-巻二40 王昭君辭一首并序  -#3 石崇

 

 

20171016

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745年 n-56-#3 留別王司馬嵩(卷十五(一)九○九)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9265

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-155 昌黎先生 巻八-02會合聯句【案:韓愈、張籍、孟郊、張徹】-#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9231

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806年-集17-133 韓昌黎集字解集秋雨聯句【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9064

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

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index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-141#30 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#30§10.-2注(1155) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9253

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767年-集-19 【字解集】 ・H提封 I鸚鵡 J孤雁 K鷗 L猿 M麂 N雞 O黃魚 P白小  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8998

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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-巻二40 王昭君辭一首并序  -#3 石崇 Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9227

わたしはもと漢の国の人であるのに、今、まさに、匈奴王單于の朝廷に嫁ごうとしているのです。

永遠【なが】のお暇乞いも終わらぬうちに、前駆のものは、もう旗をあげ、出発しょうとしている。

列に沿った下僕や駁者もみな涙をはらはらと流し、ながえにそうた馬までが、悲しげに鳴いている。

 

玉臺新詠 73

王昭君辭一首并序   -#3

-巻二40

 石崇

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ9227

38、雁門関
 

王昭君辭并序

(王昭君の辭 并びに序)

1

王明君者,本為王昭君,以觸文帝諱,故改。

王明君はもと王昭君といったが、晋の文帝のいみなの昭と同じで、さしさわりがあるので、王明君と改めたのである。

匈奴盛請婚於漢,

さて漢の元帝の時、匈奴は勢い盛んで、漠朝から妻をめとりたいと申し込んできた。

元帝詔以後宮良家女子明君配焉。

元帝は奥御殿に仕える良家の女明君をこれにあわすこととした。

2

昔公主嫁烏孫,令琵琶馬上作樂,以慰其道路之思,

昔、漢の武帝の時、公主(天子の女として江都王建の女がこれにあたる)が烏孫王にとつがせられたとき、馬上で琵琶を弾じ音楽を奏させて、旅路の憂さを慰めさせたことがあった。

其送明君亦必也。

元帝が明君を送った時にも、きっとそのようにしたのであろう

其新造之曲,多哀聲,

私はここに明君についての新曲を作ってみたが、あわれにうらみの声調が多い。

故叙之於紙云爾。

それを紙に書き記す次第である。

王明君は 本と王昭君なるも、文帝の諱に觸るるを以て、故に改む。

匈奴は盛にして 婚を漢に請ふ。

元帝は 詔して 後宮の良家の子なる明君を以て 焉に配す。

 

昔 公主の烏孫に嫁ぎしとき、琵琶もて馬上に樂を作し、以て其の道路の思を慰めしむ。

其の明君を選るにも亦必ず爾せしならん。

其の新曲を造るに 哀怨の聲 多し。

故に之を紙に鼓すと云爾【しかいう】。

木蓮0005
 


我本漢家子  將適單于庭。

わたしはもと漢の国の人であるのに、今、まさに、匈奴王單于の朝廷に嫁ごうとしているのです。

辭决未及終  前驅已抗旌。

永遠【なが】のお暇乞いも終わらぬうちに、前駆のものは、もう旗をあげ、出発しょうとしている。

僕御涕流離  轅馬為悲嗚。

列に沿った下僕や駁者もみな涙をはらはらと流し、ながえにそうた馬までが、悲しげに鳴いている。

#4

哀鬱傷五  泣淚霑珠纓。

行行日已遠  乃造匈奴城。

延我於穹廬  加我閼氏名。

殊類非所安  雖貴非所榮。

#5

父子見凌辱  對之慙且驚。

殺身良未易  默默以苟生。

苟生亦何聊  積思常憤盈。

願假飛鴻翼  棄之以遐征。

#6

飛鴻不我顧  佇立以屏營。

昔為匣中玉  今為糞上英。

朝華不足歡  甘為秋草并。

傳語後世人  遠嫁難為情。

 

#3

我は 本と 漢家の子なるに、將に 單于の庭に 適かんとす。

辭訣すること 未だ終るに及ぼざるに、前駆は 己に旌を 抗ぐ。

僕御は 涕 流離たり、轅馬も 爲めに悲鳴す。

#4

哀鬱は 五内を傷り、泣涙は 珠纓す。

行き行きて 日に己に遠く、乃ち匈奴の城に造【いた】る。

我を 穹廬に延き、我に 閼氏の名を 加う。

殊類は 安んずる所に非ず、貴しと雖も榮とする所に非ず。

#5

父子に陵辱せらる、之に對して慙ぢ且つ驚く。

身を殺すは良に易からず、 默默として 以て苟も生く。

苟も 生くるも亦た 何にからん、積恩は常に憤盈す。

願わくば 飛鴻の翼をりて、之に乗りて以てくに征かん。

#6

飛鴻は我を顧みず、佇立して以て屏す。

昔は中の玉たり、今は糞上の英と為る。

朝華は歓ぶに足らず、甘んじて秋草と幷【あわ】せられん。

語を傳う後世の人に、遠嫁は情を為し難しと。

 

 

《王昭君辭一首并序》現代語訳と訳註解説
(本文)

#3

我本漢家子  將適單于庭。

辭决未及終  前驅已抗旌。

僕御涕流離  轅馬為悲嗚。

 

(下し文)
#3

我は 本と 漢家の子なるに、將に 單于の庭に 適かんとす。

辭訣すること 未だ終るに及ぼざるに、前駆は 己に旌を 抗ぐ。

僕御は 涕 流離たり、轅馬も 爲めに悲鳴す。

 

(現代語訳)

わたしはもと漢の国の人であるのに、今、まさに、匈奴王單于の朝廷に嫁ごうとしているのです。

永遠【なが】のお暇乞いも終わらぬうちに、前駆のものは、もう旗をあげ、出発しょうとしている。

列に沿った下僕や駁者もみな涙をはらはらと流し、ながえにそうた馬までが、悲しげに鳴いている。

 

(訳注)

王昭君辭一首并序(王昭君の辭 并びに序)

王明君はもと王昭君といったが、晋の文帝のいみなの昭と同じで、さしさわりがあるので、王明君と改めたのである。

さて漢の元帝の時、匈奴は勢い盛んで、漠朝から妻をめとりたいと申し込んできた。

元帝は奥御殿に仕える良家の女明君をこれにあわすこととした。

昔、漢の武帝の時、公主(天子の女として江都王建の女がこれにあたる)が烏孫王にとつがせられたとき、馬上で琵琶を弾じ音楽を奏させて、旅路の憂さを慰めさせたことがあった。

元帝が明君を送った時にも、きっとそのようにしたのであろう

私はここに明君についての新曲を作ってみたが、あわれにうらみの声調が多い。

それを紙に書き記す次第である。

 

#3

我本漢家子  將適單于庭。

わたしはもと漢の国の人であるのに、今、まさに、匈奴王單于の朝廷に嫁ごうとしているのです。

7. 漢家子 漢の国の人、漢民族であることを誇りに思う語句。

8. 單于 匈奴の曹長、すなわち王。

 

辭决未及終  前驅已抗旌。

永遠【なが】のお暇乞いも終わらぬうちに、前駆のものは、もう旗をあげ、出発しょうとしている。

 

僕御涕流離  轅馬為悲嗚。 
列に沿った下僕や駁者もみな涙をはらはらと流し、ながえにそうた馬までが、悲しげに鳴いている。

9. 流離 涙の流れるさま。