巻三-19 合歡詩五首其一-#3(虎嘯谷風起)〔楊  方〕

 

 

20171215

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巻三-19 合歡詩五首其一-#3 (虎嘯谷風起)〔楊  方〕  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9661

だから、夫がじっとして居れば私も動かないし、夫が遊びにゆくというと、私も留まってはおられない。

胸を一つにして飛ぶ鳥、あの同心の鳥と同じく、また、一つ目の魚で、2匹並んではじめて泳ぐことができるという此の比目の魚にたとえたい。

二人の情の極まりに比べれば、金石の堅いものだって、断ち切ることが

 

 

 

玉臺新詠 巻三  楊  方

 

  

合歡詩五首 其一

虎嘯谷風起、龍躍景雲浮。同聲好相應、同氣自相求。

我情與子親、譬如影追軀。食共並根穗、飮共連理杯。

衣用双絲絹、寢共無縫綯。居願接膝坐、行願擕手趨。

子靖我不動、子我無留。齊彼同心鳥、譬此比目魚。

情至斷金石、膠漆未爲牢。但願長無合形作一軀。

生爲併身物、死爲同槨灰。秦氏自言至、我情不可儔。

 

合歡詩五首其二

磁石招長針、陽燧下炎煙。宮商聲相和、心同自相親。我情與子合、亦如影追身。

寢共織成被、絮用同功綿。暑比翼扇、寒坐併肩氊。子笑我必哂、子慼我無歡。

來與子共迹、去與子同塵。齊彼蛩蛩獸、舉動不相捐。唯願長無合形作一身。

生有同室好、死成併棺民。徐氏自言至、我情不可陳。

 

合歡詩五首其三

獨坐空室中、愁有數千端。悲響荅愁歎、哀涕應苦言。彷徨四顧望、白日入西山。

不覩佳人來、但見飛鳥還、飛鳥亦何樂。宿夕自作群

 

合歡詩五首其四

飛黃長轡、翼翼回輕輪。俯渉水澗、仰過九層山。脩途曲且險、秋草生兩邊。

黃華如沓金、白華如散銀。青敷羅翠采、絳葩象赤雲。爰有承露枝、紫榮合素芬。

扶疎垂清藻、布翹芳且鮮。目爲艶彩廻、心爲竒色旋。撫心悼孤客、俯仰還自憐。

踟躕向壁歎、攬筆作此文。

 

合歡詩五首其五

南林有竒樹、承春挺素華。豐翹被長條、綠葉蔽朱柯。因風吐徽音、芳氣入紫霞。

我心羨此木、願徙着余家。夕得其下、朝得弄其葩。爾根深且堅、余宅淺且洿。

移植無良期、歎息將如何。

 

(合歡の詩五首 其の一)

虎嘯けば 谷風 起り、龍躍れば 景雲 浮ぶ。

同聾は 好く相應じ、同気は 自ら相求む。

我が情子と親しむこと、譬えは 影の躯を迫ふが如し。

#2

食は 並根の穂を 共にし、飲は 連理の杯を 共にす。

衣は 双絲の絹を用い、寝は無縫の綯を共にす。

居は膝を接して坐せんことを願ひ、行は手を携へて趨らんことを願ふ。

#3

子静なれば我動かず、子遊べば我留まる無し。

彼の同心の鳥と齊しくし、此の比目の魚に 譬う

情至れば金石をも断ち、膠漆も末だ牢しと為さず。

#4

但願ふ長えに別るること無く、形を合せて一驅と作らんことを。

生きては 併身の物と爲り、死しては 同槨の灰と爲らん。

秦氏は 自ら至れりと言うも、我が情には 儔す可からず。

 

楊方 (317年頃在世)字は公回、会稽(新江)の人、異才を認められて累進、東安太守・司徒等の官についたが、後、高梁太守に禰せられ、晩年職を罷めて間盾著述に志す。王導等これを台閣に進めようとしたが固辞して受けず、郷里に帰って終わった。

<楊方について、末尾に《晉書》詳細参照>


 

 

 

 

巻三-15《合歡詩五首其一》3

 

 

字解集 訳注解説

 

 

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合歡詩五首 其一

(夫婦共に歓び、共に牀をともに過ごすことを歓びとしているが、昔、秦の羅敷は夫にたいして真心を最上至極のものとしたが私らのそれはそれ以上のものであると詠う。)

虎嘯谷風起、龍躍景雲浮。

虎がうそぶくと谷の風が吹き起こり、龍が躍ると五色の慶雲が浮かぶという。

同聲好相應、同氣自相求。

そうした嘯きに同調する声は、よく応じ合うものであり、同種、同類の気はひとりでに遠吠えして求め合うものである。

我情與子親、譬如影追軀。

それと同じく私の情は、あなたと親しむことで与えられ、たとえば日の影が自分の形のままに追ってきて離れないようなものである。

2

食共並根穗、飮共連理杯。

食事をとるには、田植えから根を並べてそだてた稲の穂を共にし、飲むには木目がそろい、つながった酒杯でのんでいる。

衣用双絲絹、寢共無縫綯。

二人が着る衣は二本糸で縫った絹を用い、二人で一緒に寝る切れ目なし、縫い目なしの“かいまき”を着て一緒に寝る。

居願接膝坐、行願擕手趨。

起きていて一緒にすごすには、いつも膝とひざを突き合わせて座りたいと互いに願っているし、どこかに行く時に、あるくには必ず手を携えて二人三脚のように仲良くはしりたいと願っている。

#3

子靖我不動、子我無留。

齊彼同心鳥、譬此比目魚。

情至斷金石、膠漆未爲牢。

だから、夫がじっとして居れば私も動かないし、夫が遊びにゆくというと、私も留まってはおられない。

胸を一つにして飛ぶ鳥、あの同心の鳥と同じく、また、一つ目の魚で、2匹並んではじめて泳ぐことができるという此の比目の魚にたとえたい。

二人の情の極まりに比べれば、金石の堅いものだって、断ち切ることが

#4

但願長無合形作一軀。生爲併身物、死爲同槨灰。

秦氏自言至、我情不可儔。

 

(合歡の詩五首 其の一)

虎嘯けば 谷風 起り、龍躍れば 景雲 浮ぶ。

同聾は 好く相應じ、同気は 自ら相求む。

我が情子と親しむこと、譬えは 影の躯を迫ふが如し。

#2

食は 並根の穂を 共にし、飲は 連理の杯を 共にす。

衣は 双絲の絹を用い、寝は無縫の綯を共にす。

居は膝を接して坐せんことを願ひ、行は手を携へて趨らんことを願ふ。

 

#3

子静なれば我動かず、子遊べば我留まる無し。

彼の同心の鳥と齊しくし、此の比目の魚に 譬う。

情至れば金石をも断ち、膠漆も末だ牢しと為さず。

 

 

《合歡詩五首 其一》現代語訳と訳註解説

(本文) 
#3

子靖我不動、子我無留。

齊彼同心鳥、譬此比目魚。

情至斷金石、膠漆未爲牢。

 

(下し文)
#3

子静なれば我動かず、子遊べば我留まる無し。

彼の同心の鳥と齊しくし、此の比目の魚に 譬う。

情至れば金石をも断ち、膠漆も末だ牢しと為さず。

 

(現代語訳)

だから、夫がじっとして居れば私も動かないし、夫が遊びにゆくというと、私も留まってはおられない。

胸を一つにして飛ぶ鳥、あの同心の鳥と同じく、また、一つ目の魚で、2匹並んではじめて泳ぐことができるという此の比目の魚にたとえたい。

二人の情の極まりに比べれば、金石の堅いものだって、断ち切ることができるといい、まして、膠と漆の結合などでは、固いものとも思えないということである。

 

(訳注)

合歡詩五首 其一

3. (夫婦共に歓び、共に牀をともに過ごすことを歓びとしているが、昔、秦の羅敷は夫にたいして真心を最上至極のものとしたが私らのそれはそれ以上のものであると詠う。)

合歓 ともに喜び楽しむこと。男女が共寝すること。同衾(どうきん)「合歓木」の略。

 

#3

子靖我不動、子我無留。

だから、夫がじっとして居れば私も動かないし、夫が遊びにゆくというと、私も留まってはおられない。

 

齊彼同心鳥、譬此比目魚。

胸を一つにして飛ぶ鳥、あの同心の鳥と同じく、また、一つ目の魚で、2匹並んではじめて泳ぐことができるという此の比目の魚にたとえたい。

10. 同心鳥 胸を一つにして飛ぶ鳥。1. 中の鳥。古人 以て祥瑞の象徵と為す。  《宋書•符瑞志下》に「同心鳥,王者德及遐方,四夷合同則至。」とある。 2. 愛情の象徵とする。 晉の傅玄の詩に《擬四愁》詩之二に、「佳人貽我蘭蕙草,何以要之同心鳥。」とある。 3.愛し合った伴侶をいう。 晉·楊方《合歡詩》之一:「齊彼同心鳥,譬此比目魚。」とある。《漢語大詞典》第35103104にある。

11. 比目魚 一つ目の魚で、2匹並んではじめて泳ぐことができるという、中国の伝説上の魚。仲のよい夫婦のたとえ。ヒラメやカレイのこと。『爾雅』によれば「東方に比白魚あり、比せざれは行かず」とある。二匹ならねば行かぬ魚という。今は傑(はれ)・鮮(誓)の煩をいう。既は両目ひとしく体の右にあり、酢は、之に反して左にあるのでいう。

 

情至斷金石、膠漆未爲牢。 
二人の情の極まりに比べれば、金石の堅いものだって、断ち切ることができるといい、まして、膠と漆の結合などでは、固いものとも思えないということである。

12. 断金石 『易経』繋辞伝に「二人心を同じうすれば其の利金をも断つ」とある。「金石」はきわめて堅く、永久に変わらないもののたとえに用いる。 「漢書・韓信伝」に「今足下は漢王と金石の交わりを為すといえども、然れども終には漢王の擒とする所と為らん」とあることから。 【類義語】 ・魚と水・管鮑の交わり・膠漆の交わり・心腹の友・水魚の親・水魚の交わり・断金の契り・断金の交わり・・・・。

 

 

楊方  ―――――――――――――――――――
『晋書』列38

楊方,字公回。少好學,有異才。初為郡鈴下威儀,公事之暇,輒讀《五經》,邑未之知。史諸葛恢見而奇之,待以門人之禮,由是始得周旋貴人間。時虞喜兄弟以儒學立名,雅愛方,為之延譽。恢嘗遣方為文,薦郡功曹主簿。虞預稱美之,送以示循。循報書曰:
楊方は、あざなを公回という。若くして學を好み、異才があった。
はじめ郡鈴の下で威儀をなし、公務のあいまに、『五經』を読んだ。だが郷邑の人は、楊方の向学心に気づかなかった。
内史の諸葛恢が、楊方と会って奇特だと思い、門人の礼によって歓待した。諸葛恢のおかげで、初めて貴人の間で、楊方は名を知られた。
ときに虞喜の兄弟は、儒學によって名を立てていた。虞喜の兄弟は、楊方を雅愛し、楊方を誉めた。
諸葛恢はかつて楊方に作文させたことがあった。諸葛恢はその文章を評価して、楊方を郡の功曹主簿に推薦した。虞預は楊方の文章を稱美して、賀循に送って読ませた。
賀循は返書した。

「此子開拔有志,意只言異於凡猥耳,不圖偉才如此。其文甚有奇分,若出其胸臆,乃是一國所推,豈但牧豎中逸群邪!聞處舊黨之中,好有謙沖之行,此亦立身之一隅。然世衰道喪,人物凋弊,每聞一介之徒有向道之志,冀之願之。如方者乃荒萊之特苗,鹵田之善秀,姿質已良,但沾染未足耳;移植豐壤,必成嘉豎。足下才為世英,位為朝右,道隆化立,然後為貴。昔許子將拔樊仲昭于賈堅,郭林宗成魏德公於畎畝。足下志隆此業,二賢之功不為難及也。」
「この人は開拔にして志があり、意見や言葉は、凡猥な奴らとは異なるぞ。思いもよらない偉才とは、彼のことを言うのだ。彼の文はとても奇分がある。もし彼が胸の内を表現すれば、一國の代表作となるぞ。どうして牧童の中に埋もれさせて良いものか!私の知り合いの中には、謙沖之行を好む人がいる。文才も、立身するための強みとなる。
世は衰えて道は喪われ、人物は凋弊している。
私は、一介の徒が道に向かう志を持っていると聞くたび、その志が成就することを願う。楊方は、荒地に生えた優れた品種の苗だ。土質が良ければ善く育つのだから、恵まれた環境に移植してやらねばならん。彼の才能は世に英をなし、朝廷で高位に上り、政道を高隆させ、貴くなるだろう。
むかし(後漢末に)許子將は樊仲昭を賈堅から抜擢し、郭林宗は魏德公を畎畝から抜擢した。楊方の志の高さは、きみを抜擢した私の行いの価値を隆めてくれる。
私がやったことは、二賢之功(許劭と郭泰の手柄)に匹敵するだろうなあ」

 

循遂稱方于京師。司徒王導辟為掾,轉東安太守,遷司徒參軍事。方在都邑,搢紳之士鹹厚遇之,自以地寒,不願久留京華,求補遠郡,欲閒居著述。導從之,上補高梁太守。在郡積年,著《五經鉤沈》,更撰《越春秋》,並雜文筆,皆行於世。以年老,棄郡歸。導將進之台閣,固辭還里,終於家。
賀循は京師(建康)で楊方を称えた。
司徒の王導は、楊方を辟召して掾とした。楊方は東安太守に転じ、司徒參軍事に遷った。楊方が都邑にいたとき、搢紳之士を厚遇し、自らは地寒(敷物のない冷遇状態=謙遜した態度)を取った。
楊方は、長く京華(居心地の良い都会)に留まることを願わず、遠郡に赴任することを求めた。
楊方は(閑職で)著述活動をやりたかった。
王導はこれを認めてやり、楊方を高梁太守に任命した。高梁郡にいることは積年、楊方は『五經鉤沈』を著し、さらに『越春秋』を撰じた。楊方の文筆は評価されて、流行した。
年老いたから、高梁郡を去って建康に帰った。王導は、楊方を台閣(中央の高官)に進めようとしたが、楊方は固辞した。
帰郷して、自宅で死んだ。