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【字解集】 19.合歡詩五首

合歡詩五首 其一

虎嘯谷風起、龍躍景雲浮。同聲好相應、同氣自相求。

我情與子親、譬如影追軀。食共並根穗、飮共連理杯。

衣用双絲絹、寢共無縫綯。居願接膝坐、行願擕手趨。

子靖我不動、子我無留。齊彼同心鳥、譬此比目魚。

情至斷金石、膠漆未爲牢。但願長無合形作一軀。

生爲併身物、死爲同槨灰。秦氏自言至、我情不可儔。

(合歡の詩五首 其の一)

虎嘯けば 谷風 起り、龍躍れば 景雲 浮ぶ。

同聾は 好く相應じ、同気は 自ら相求む。

我が情子と親しむこと、譬えは 影の躯を迫ふが如し。

#2

食は 並根の穂を 共にし、飲は 連理の杯を 共にす。

衣は 双絲の絹を用い、寝は無縫の綯を共にす。

居は膝を接して坐せんことを願ひ、行は手を携へて趨らんことを願ふ。

#3

子静なれば我動かず、子遊べば我留まる無し。

彼の同心の鳥と齊しくし、此の比目の魚に 譬う。

情至れば金石をも断ち、膠漆も末だ牢しと為さず。

#4

但願ふ長えに別るること無く、形を合せて一驅と作らんことを。

生きては 併身の物と爲り、死しては 同槨の灰と爲らん。

秦氏は 自ら至れりと言うも、我が情には 儔す可からず。

合歡詩五首  

1. 《玉臺新詠考異》の解説、下し文

馮氏は「詩紀」は後の三首を「雜詩」として為し、註に其下曰く、樂府は前に通ず、合歡詩を為し、今、玉臺の案に從う。馮氏が據する所は、乃ち是れ明刻なり、其宋は正作を刻す。合歡詩五首と樂府の詩集とは、相い『藝文類聚』同うす。合歡部は此の第五首を收む、題に曰く晉の楊方の合歡詩は誤りあると雖も、以て「詠合歡花」と為す。然るに、當時、此の詩本題の合歡と見る可し。乃ち此に誤る有るなり。蓋して此の五首は皆、寓言に屬す。

前の二首は極めて篤摯の忱ろを冩し、第三首は乃ち暌違の感に入り、第四首は見て親しまざれるを言い、第五首は之を求めて得ざるをう。詞は屬せずと雖も、意は實に相承く」といい、明人は、以て前の二首が相いに酬荅の語あるを以て、遂に誤って比を賦と為し、而して三首を析した後に曰く、「雜詩」と題した、のであると述べ、 輕改舊文殊に「古人之意を失うもの」と断じている。今は仍ち宋刻に從う。とするとしている。

2. この「合歓詩五首」について異説がある。漏惟訴(冊舅)の『古詩紀』は後の三首を「雑詩」として区別してあるが、『芸文類衆』はこの第五首を特に「詠二合歓花一詩」とし、『楽府詩集』(巻七十六)には五首みな楊方の作としている。紀容野の『考異』本は五首共に「合歓詩」と認め、且つ日く、「この五首はみな寓言に属す。前の二首は極めて篤肇の恍(あついまごころ)を写し、第三首は乃ち際遣石感(わかれの思い)に入り、第四百は見て親しまれざるを言ひ、第五首は之を求めて得ざるをいふ、詞は属せずと蛙も、意は実に相承(ぅ)く」といい、五首に分るるも恰かも一篇であるかの如く見なしている。而して明人は前二首が互いに酬答の語あるを以て遂に誤って比を賊となし、後の三首を分析して「雑詩」と題したのであると述べ、これ下八の意を失うものと断じている。鈴木博士は別に説を為して、これをすべて贈答・往返の詩と見、第六に答詩のあるべきが欠けたのだと推定して居られる。余は必ずしもこれに従わず、しばらく『考異』本に従うことにする。

合歡詩五首 其一

3. (夫婦共に歓び、共に牀をともに過ごすことを歓びとしているが、昔、秦の羅敷は夫にたいして真心を最上至極のものとしたが私らのそれはそれ以上のものであると詠う。)

合歓 1 ともに喜び楽しむこと。2 男女が共寝すること。同衾(どうきん)3 「合歓木」の略。

 

虎嘯谷風起、龍躍景雲浮。

虎がうそぶくと谷の風が吹き起こり、龍が躍ると五色の慶雲が浮かぶという。

4. 景雲 めでたい五色の雲、「慶雲」に同じ。

 

同聲好相應、同氣自相求。

そうした嘯きに同調する声は、よく応じ合うものであり、同種、同類の気はひとりでに遠吠えして求め合うものである。

5. 同声・同気 『易経』文言伝に、「同声相応じ、同気相求む。雲は龍に従ひ、風は虎に従ふ」とある。

 

我情與子親、譬如影追軀。

それと同じく私の情は、あなたと親しむことで与えられ、たとえば日の影が自分の形のままに追ってきて離れないようなものである。

2

食共並根穗、飮共連理杯。

食事をとるには、田植えから根を並べてそだてた稲の穂を共にし、飲むには木目がそろい、つながった酒杯でのんでいる。

6. 連理杯 木目のつながった木で作った酒杯。 

 

衣用双絲絹、寢共無縫綯。

二人が着る衣は二本糸で縫った絹を用い、二人で一緒に寝る切れ目なし、縫い目なしの“かいまき”を着て一緒に寝る。

7. 縫綯 かいまき、ないまぜ【綯い交ぜ】,ないまぜる【綯い交ぜる】,なう【綯う】掻巻(かいまき)とは、袖のついた着物状の寝具のこと。 掻巻とは袖のついた寝具のことで、綿入れの一種である。

 

居願接膝坐、行願擕手趨。
起きていて一緒にすごすには、いつも膝とひざを突き合わせて座りたいと互いに願っているし、どこかに行く時に、あるくには必ず手を携えて二人三脚のように仲良くはしりたいと願っている。

8. 接膝坐 膝とひざを突き合わせて座る。

9. 擕手趨 手を携え、二人三脚のように仲良く走る。

#3

子靖我不動、子我無留。

だから、夫がじっとして居れば私も動かないし、夫が遊びにゆくというと、私も留まってはおられない。

 

齊彼同心鳥、譬此比目魚。

胸を一つにして飛ぶ鳥、あの同心の鳥と同じく、また、一つ目の魚で、2匹並んではじめて泳ぐことができるという此の比目の魚にたとえたい。

10. 同心鳥 胸を一つにして飛ぶ鳥。1. 中の鳥。古人 以て祥瑞の象徵と為す。  《宋書•符瑞志下》に「同心鳥,王者德及遐方,四夷合同則至。」とある。 2. 愛情の象徵とする。 晉の傅玄の詩に《擬四愁》詩之二に、「佳人貽我蘭蕙草,何以要之同心鳥。」とある。 3.愛し合った伴侶をいう。 晉·楊方《合歡詩》之一:「齊彼同心鳥,譬此比目魚。」とある。《漢語大詞典》第35103104にある。

11. 比目魚 1 一つ目の魚で、2匹並んではじめて泳ぐことができるという、中国の伝説上の魚。仲のよい夫婦のたとえ。2 ヒラメやカレイのこと。『爾雅』によれば「東方に比白魚あり、比せざれは行かず」とある。二匹ならねば行かぬ魚という。今は傑(はれ)・鮮(誓)の煩をいう。既は両目ひとしく体の右にあり、酢は、之に反して左にあるのでいう。

 

情至斷金石、膠漆未爲牢。
二人の情の極まりに比べれば、金石の堅いものだって、断ち切ることができるといい、まして、膠と漆の結合などでは、固いものとも思えないということである。

12. 断金石 『易経』繋辞伝に「二人心を同じうすれば其の利金をも断つ」とある。「金石」はきわめて堅く、永久に変わらないもののたとえに用いる。 「漢書・韓信伝」に「今足下は漢王と金石の交わりを為すといえども、然れども終には漢王の擒とする所と為らん」とあることから。 【類義語】 ・魚と水・管鮑の交わり・膠漆の交わり・心腹の友・水魚の親・水魚の交わり・断金の契り・断金の交わり・・・・。

#4

但願長無、合形作一軀。

願わくばいつまでも別れることなく、形を合わせて一身同体となり、愛を確かめる。

13. 合形作一軀 体を受け入れて一心同体、性交渉の表現。

 

生爲併身物、死爲同槨灰。

だから、確かめ合った愛は、生きているかぎり、心はいつも一つに並んでおり、体は一つのものとなり、死ぬときは同じ棺の灰となるのである。

14. 併身物 身も心も、使っている者もすべて一つになる。一心同体の異なった表現として使う。

 

秦氏自言至、我情不可儔。
昔、泰の羅敦という女は夫をほめて、自らのまごころを最上至極のように言うて、操節をまもったというが、それでも、私の情にはとても及ぶことはないのである。

15. 泰氏 玉臺新詠(巻一09 古樂府詩六首)「日出東南隅行」に見える秦羅敦のこと。列女伝、東家の女。秋胡詩、日出東南隅ということで、ほぼ同様な詩である。羅敦は邑人王仁の妻となり、王仁は後に趙王の家令となった。羅敷がある時、路で桑摘みをしていると、趙王が台の上から見て悦び、宴によびよせて奪い取ろうとした。羅敷は筝をひき、「陌上桑」の歌をうたって、自らを明らかにしたので、趙王は思いとまったとある。この詩をみると、趙王ではなくて、土地の長官大守が羅敷を見そめたことになっている。いずれにしても、わが夫の美をたたえて太守の招きを強く拒絶した女性ということである。【このような詩ができるという事は、この時代には、身分の上位の者、仕事上の上司、が下級のものの妻を奪い取ることが珍しいことでなく、それを毅然として断ったことが痛快な出来事であったという事を示すものである。性風俗、倫理感が中世封建制と違って緩やかな時代であったという事である。】

玉-010-#1 古樂府詩六首其一 -#1日出二東南隅行〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7737

日出東南隅行 謝霊運(康楽) <68>Ⅱ李白に影響を与えた詩 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1287

身を売った西家の女は傾城といわれるほどの妓女となって黄金で身を飾り、刺繍を施した肌着を身に纏えるほどの生活をしている。 しかし東家の女はただただ貧しさに苦しみながらも、その玉体を北国の人買いの手には渡さなかった。

陌上桑行 古詩漢楽府<55>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩

16. 儔 たぐい。等漬、なかま。

 


合歡詩五首其二

 

合歡詩五首其二

磁石招長鍼、陽燧下炎煙。宮商聲相和、心同自相親。我情與子合、亦如影追身。

寢共織成被、絮用同功綿。暑比翼扇、寒坐併肩氊。子笑我必哂、子慼我無歡。

來與子共迹、去與子同塵。齊彼蛩蛩獸、舉動不相捐。唯願長無合形作一身。

生有同室好、死成併棺民。徐氏自言至、我情不可陳。

(合歡詩五首其二)

磁石は長鍼を招き、陽は炎煙を下す。

宮商 聲相和し、心同じければ自ら相親しむ。

我が情の子と合するも、亦影の身を追ふが如し。

#2

寝には織成の被を共にし、には同功の綿を用ひ、

暑さには比翼の扇を揺かし、寒さには併肩のに坐す。

子笑へは我必ずひ、子戚ふれは我歓ぶこと無し。

来るには子とを共にし、去るには子と塵を同じくす。

#3

彼の蛩蛩獣としくし、挙動 相いてず。

唯だ 願はくは長く別るること無く、形を合せて一身と作り、

生きては同室の好有り、死しては併棺の民と成らんことを。

徐氏は自ら至れりと言ふも、我が情は陳ぶ可からず。

 

合歡詩五首其二

17. (夫婦共に歓び、共に牀をともに過ごすことを歓びとしているが、あの蛩蛩獣と憠蟲のようにどんなことがあっても一身であり、いつも同じ部屋で一緒に過ごす。真心を最上至極のもの、情の深さもとても陳べることができないほどであると詠う。)

合歓 ともに喜び楽しむこと。男女が共寝すること。同衾(どうきん)「合歓木」の略。

 

磁石招長鍼、陽燧下炎煙。

磁石は、長い鍼針を引きよせるし、日光をとる陽煙は炎の煙をおろし、

18. 磁石 は「慈石」ともかく。古代においてはこの両者の表現が用いられていた。「慈石」というのは、磁石が鉄を引きつける様が「慈母が子を招く」ようだというので名付けられたということで、こちらが本来の名称で、「磁石」は俗称であった。ちなみに漢代の字書『説文解字』には「磁」の字は見えない。

19. 陽燵 太陽から熱原をとる器、銅製の杯形凹面鏡の焦点に日光を集め艾【もぐさ】をもってその火をとるもの。

 「燧」「陽燧」は、『淮南子』の天文訓に「陽燧は日を見ればすなわち燃えて火となる」とある。宋・沈括の『夢渓筆談』に凹面鏡のこととしてみえる。つまり、凹面鏡の焦点に可燃物を置くと燃えるという、オリンピック聖火の採火式でもおなじみの光景のことを言っていると考えられ、中国では、艾を使ったとされる。

 

宮商聲相和、心同自相親。

官調と商調とは音声が互いに調和するものだ。それと等しく、人の心が同じければひとりでに相親しむのである。

20. 宮商 音調五音の中の二つ、宮調は大らかな響き、商調は高くすんだ響き。中国音楽で使われる五つの音高、五聲、五音(ごいん)ともいう。

宮、商、 角、 徴、 羽の五つ。音の高低によって並べると、五音音階ができる。西洋音楽の階名で、宮をドとすると、商はレ、角はミ、徴はソ、羽はラに相当する。後に変宮(宮の低半音)と変徴(徴の低半音)が加えられ、七声または七音となった。変宮と変徴はシとファ#に相当する。音の低いものから並べると、宮・商・角・変徴・徴・羽・変宮で、七音音階を形成する。これは教会旋法のリディア旋法の音階に等しい。すなわち宮をファとすると宮・商・角・変徴・徴・羽・変宮はファ・ソ・ラ・シ・ド・レ・ミに相当する。

 

我情與子合、亦如影追身。 
わたしの思いが、心があなたと合い、和合するのは、日影が、月影がその形を追いかけるようなものです。

#2

寢共織成被、絮用同功綿。

寝るときは織模様の“かいまき”を共にし、その詰め綿はよりあい繭からとった絹わたを用いるのである。

21. 織成被 織模様のある“かいまき”とした。大秦国では野繭の糸で織物をつくり群獣の五色の毛を之にまじえ、鳥獣・人物・草木・雲気の模様を織成するという。

22. 同功綿 数匹の蚕が集まって作った一つの繭からとった綿。二、三匹から八匹にも及ぶという。 

 

比翼扇、寒坐併肩氊。

暑い時は、比翼鳥の如く扇を動かして涼をとり、寒い時は肩を併せて毛氊に坐って寒さをしのぐ。

23.  比翼 比翼の鳥のことで、雌雄それぞれ目と翼が一つずつで、常に一体となって飛ぶという想像上の鳥。「比翼連理」とは男女の情愛の、深くむつまじいことのたとえ。相思相愛の仲。夫婦仲のむつまじいたとえ。連理の枝のことで、根元は別々の二本の木で幹や枝が途中でくっついて、木理が連なったもの。男女の離れがたく仲むつまじいことのたとえをいう。

24. 氊 フェルト毡帽フェルト帽.炕毡オンドルの上にしく毛氈(もうせん).毡房。遊牧民の住む円天井の家.木枠の上にフェルトをかぶせて作る.いわゆる蒙古パオ.毡条フェルトの敷物。

 

子笑我必哂、子慼我無歡。

あなたが笑えば私もうれしくてわらうし、あなたが悲しめば、私も悲しみ、喜んでなんていられるはずはない。

 

來與子共迹、去與子同塵。

あなたが来れば、いつも、あなたのあとを追って歩き、往くときはあなたと同じほこりを起てて去るのです。

 

#3

齊彼蛩蛩獸、舉動不相捐。

あの蛩蛩獣と憠鼠とのように、どんな動作をしても声互いを見棄てることはしない蟲であるという。

25.  蛩蛩獸 『爾雅』の釈地篇によると、西方に蛩蛩と憠蟲、距虚という足の長い獣がいる。この獣は共に甘草を食うので憠蟲という動物が常にこれを採って食わした。もし危難があるときは二獣は必ず憠蟲を負うて逃れるという。両者一方は足の長いがために、他方は甘草を供給してくれるがために離れることのない関係を作った。故に蛩蛩は密接不離の関係をいうに用いられる。今雁門広武県夏崖山中にこれに似た動物が居り兎に似て大きく、土俗これを憠鼠と名づけているともいう。

 

唯願長無、合形作一身。

ただ願うのは、いつまでも別れることなく、とこしえに、形を合わせて一身合体となっていたいと思っている。

 

生有同室好、死成併棺民。

生きている時は同じ室、部屋で仲よく暮らしてゆくことだし、死んでしまったなら、二人ならんで棺の中に入る民人となりたい。

 

徐氏自言至、我情不可陳。 
彼の徐淑という女は、自分では夫への愛情が至極無限のように言うているが、私の情の深さはとても陳べつくせるほどのものではないのである。

26. 徐氏 後漢秦嘉の妻徐淑のこと。その詩は前出巻一に見える。

秦嘉荅妻詩  #1 〔徐淑〕

妾身兮不令、嬰疾兮來歸。沉滯兮家門、歷時兮不差。

曠廢兮侍覲、情敬兮有違。君今兮奉命、遠適兮京師。

悠悠兮離別、無因兮叙懷。瞻望兮踴躍、佇立兮徘徊。

思君兮感結、夢想兮容輝。君發兮引邁、去我兮日乖。

恨無兮羽翼、高飛兮相追。長吟兮永歎、淚下兮霑兮。

 

 

 

合歡詩五首其三

合歡詩五首其三

獨坐空室中、愁有數千端。悲響荅愁歎、哀涕應苦言。

彷徨四顧望、白日入西山。不覩佳人來、但見飛鳥還、

飛鳥亦何樂。宿夕自作群。

(合歡詩五首其の三)

濁り空室の中に坐すれば、愁は 数千 端有り。悲響は 愁歎に答へ、哀涕は 苦言に應ず。

彷徨して 四に 顧望すれば、白日 西山に入る。佳人の来るを覩ず、但 飛鳥の還るを見る。

飛鳥 亦何をか楽しむ、夕宿して自ら群を作す。

 

合歡詩五首其三

27. (わかれの思い、別れた直後の気持ちを詠ったもの)

 

獨坐空室中、愁有數千端。

別れたばかりの独りの部屋に、むなしく坐りつづけていると、悲愁が種々様々におこってくる。

28. 数千端 いろいろの事がら、何もかも、「万端」「万事」。

 

悲響荅愁歎、哀涕應苦言。

悲しい声が愁になげきもつれて出てくるし、悲しい涙涕が苦しい言葉に応じてこぼれる。

29. 荅 こたえ。アズキ、マメ科の一年草、園芸植物。

 

彷徨四顧望、白日入西山。

別れたことは心に堪え、あたりをさまよいながら、四囲、四方をふりかえって眺めると、日は、はや西山に没しはじめている。

彷徨 目あてもなく歩きまわること。さまようこと。

四 四方。四季・四角・四天王・四書五経・四方八方・四名。四度。よたび。「再三再四」東西南北の四方面。よも。「四囲・四通八達(しつうはったつ)・四角四面

 

不覩佳人來、但見飛鳥還、

あの佳き人はもう来てくれなくてみることもできない、ただ、空飛ぶ鳥のねぐらに帰るのを見ると希望が持てる気もする。

佳人 ここは妻が夫を指していう。

 

飛鳥亦何樂。宿夕自作群。 
あの鳥どもは巣に帰って、何を楽しむのであろうか、彼等さへ夕方巣に宿るときは、自然の事としてに群れを作ってとまるというのに。

 

 

合歡詩五首其四

合歡詩五首其四

飛黃長轡、翼翼回輕輪。俯渉水澗、仰過九層山。

脩途曲且險、秋草生兩邊。

黃華如沓金、白華如散銀。青敷羅翠采、絳葩象赤雲。

爰有承露枝、紫榮合素芬。

扶疎垂清藻、布翹芳且鮮。目爲艶彩廻、心爲竒色旋。

撫心悼孤客、俯仰還自憐。踟躕向壁歎、攬筆作此文。

(合歡詩五首其の四)

飛黄は 長轡を衡み、巽翼として 軽輪を回らす。俯して緑水の潤を捗り、仰いで九層の山を過ぐ。

脩途 曲りて且つ険に、秋草 雨過に生ず。

黄華は 沓金の如く、白華は 散銀の如し。青敷は翠彩を羅ね、絳お葩は赤雲に象たり。

爰に露を承くるの枝有り、紫柴素芬を合む。

扶疎して清藻を垂れ、翹を布いて芳且つ鮮なり。目は艶彩の爲に廻り、心は奇色の爲に旋る。

心を撫して孤客を悼み、俯仰して 還た自ら憐れむ。踟躕して壁に向つて歎じ、筆を攬って 此の文を作る。

 

合歡詩五首其四

1. (旅に出る様子を、道中を予測し、思いをのべる。旅の途中ではきっと華やかなこともあるでしょう、それを思うと寂しくもあり、嘆いてしまう。お帰りの準備は色々できているけれど、お帰りがないのでこの歌を作ったのですと詠う。)

2. この詩初めに旅に出るさまを叡し、次に草花の美しさと樹花の鮮かさを写し、終わりに孤客を傷み自らを憐れむ情を述べている。しかし、頗る要旨の捉え難い作であるが、恐らく草花と樹花とは夫が旅先で出会うであろうと思う美女にたとえ、それを羨む女心を叙したものであろう。

 

飛黃長轡、翼翼回輕輪。

飛黄のような神馬が、長いたずなをくわえて、しずしずと軽い車の輪をめぐらしてゆく。

3. 飛黄 黄帝の時の神馬と伝う。0翼翼 恭敬、厳正のさま。

 

俯渉水澗、仰過九層山。

その事に乗ってあなたは、下り坂はうつむいては緑の水の谷間をわたり、上り坂は仰いでは九重の山を過ぎる。

4. 九層山 いくつの山を越え、山に沿って進むこと。 九層:六角九層からなる仏塔で、近くの赤城山に立つ梁妃塔と対応している。

 

脩途曲且險、秋草生兩邊。

長い途は、曲り曲ってけわしく、秋草は途の両側、兩岸に生えている。

 

#2

黃華如沓金、白華如散銀。

黄色の花は黄金を重ねたようであり、また白い花は銀をまき散らしたようである。

5. 沓金 重なった金。参考 中国の下駄と日本の下駄

 

青敷羅翠采、絳葩象赤雲。

青い花は翠の色どりをつらね、紅の花は赤い雲かと見まごうはかりになる。

6. 青敷 「敷」は施に同じ。花の垂れたるをいう。

 

爰有承露枝、紫榮合素芬。

ここにまた露をうけた木の枝があり、紫の花が白い香りの蕊の香りが和合して、強く広がる。

7. 合素芥 諸本「合」とあるが内田博士は『考異』本によって「含」が正しいとしている。「芥」は花の香り、「素芥」とあるのは白い花蕊の香りをいったとは鈴木博士の解である。これに従った。

 

#3

扶疎垂清藻、布翹芳且鮮。

それが、まばらに茂った枝には清らかなあやを垂れさせる、高くあがった花は芳しくまたあざやかな色をあたりにひろげている。

8. 布翹 「布」は「しく」の意、「翹」は高くぬき出すさま。

 

目爲艶彩廻、心爲竒色旋。

目はそのあでやかないろどりのためにくるめき、心はすぐれた色に対し動揺するでしょう。

 

撫心悼孤客、俯仰還自憐。

それを思いながら胸をなでて、独り旅の空、旅客の人となっていることをいたみ、また俯したり、仰いだりしてわが身を悲しむだけである。

 

踟躕向壁歎、攬筆作此文。 
もう、ためらいながら壁に向かって嘆くだけだし、筆をとってこの気持ちを文として書き記すのです

 

 

合歡詩五首 其五

合歡詩五首其五

南林有竒樹、承春挺素華。豐翹被長條、綠葉蔽朱柯。因風吐徽音、芳氣入紫霞。

我心羨此木、願徙着余家。夕得其下、朝得弄其葩。爾根深且堅、余宅淺且洿。

移植無良期、歎息將如何。

(合歡詩五首 其の五)

南隣に奇樹有り、春を承けて素華を挺す。豊翹は長に被り、緑葉は 朱柯蔽う。

風に因りて微音を吐き、芳気は 紫霞に入る。

我が心は此の木を羨む、願はくは徒して余が家に著けよ。夕に其の下に遊ぶを得、朝に其の花を弄するを得ん。

爾が根は深く且つ堅し、余が宅は浅く且つ洿る。移植するに良に期無し、欺息して將に如何にせんとかする。

合歡詩五首 其五 #1

9. (この詩も前詩と同じく花にたとえて女の容姿の美を写し、その美女を得たいと思う男心を、待っている女の方を思い、庭の剪定をしてやれないから若干の問題点があろうと述べたものである。)

10. 以上の五詩「合歓」をもって給題としている。「合歓」 とは男女和合歓楽の意を示す用語である。この五第、作者の一貫した内容を求めるのに苦しむが、いずれも男女の愛情を叙したことは共通であり、そこにこの題名の意義が存するものと思われる。

 

南林有竒樹、承春挺素華。

南隣の家にめずらしい樹があって、家の庭越に見え、春の陽気をうけて、真白い花をぬき出して春景色にしてくれる。

11. 南林 家の正面玄関を南側に設置する。道路を挟んでその南側に南鄰の家がある。南鄰の家と道路までに植えられた樹木がまずらしいものであったという事。

杜甫《南鄰》

錦裡先生烏角巾,園收芋栗未全貧。慣看賓客兒童喜,得食階除鳥雀馴。

秋水纔深四五尺,野航恰受兩三人。白沙翠竹江村暮,相送柴門月色新。

(南 鄰)

錦里先生 烏の角巾、園に芋栗を收む 全く貧ならず。

賓客を看るに慣れて 児童喜び、階除【かいじょ】に食するを得て鳥雀 馴る。

秋水 纔【わず】かに深し 四五尺、野航【やこう】恰【あたか】も受く両三人。

白沙翠竹 江村の暮、相い柴門に送れば月色新たなり。

浣花渓の錦裡先生は鳥角巾を頭に乗せて隠者のすがたをしている。小さな農園でつくっている芋や栗がとれるからまったくの貧乏というのではない。

子どもは南隣のお客をみなれているので来客をみて喜び歓迎しているようだ、小鳥や、雀などもいつも外のきざはしあたりに近づいてきて物がたべよく人になれてきている。

秋の澄んだ江水がそこまでよく見え、四五尺の水深だ、そこへ二三人のれる野の小舟をうかべている。

白い沙浜のむこうに翠の竹林があり、江村も夕暮れが近づいてくる。客の朱山人を送ろうと柴門にむかうと秋の夕暮れは速く月明かりが増して新たに月があらわれたようなのである。

南鄰 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3 -1) 紀頌之の漢詩ブログ1859 -564

過南鄰朱山人水亭 杜甫 成都(3)3-2) 紀頌之の漢詩ブログ565

12. 竒樹 古代中国の珍しい北側に植える庭樹 春に真白な花を咲かせ 匂いは芳しい。参考までに、古代中国の珍しい北側に植える庭樹 春に真白な花を咲かせ 匂いは芳しい樹。

13. 挺素華 真白い花をぬき出して咲いている。

 

豐翹被長條、綠葉蔽朱柯。

その豊かに秀でた花は長い枝にかぶさり、縁の葉は、朱い花をその枝葉でをおおうている、それを剪定を指図する人がいない。

14. 豐翹 前詩にも見える語である。「勉」に高挙、茂盛、特出等の意がある。花の豊かに秀でて咲いたさまに解した。

15. 被長條 花が枝を覆っている。

16. 朱柯 朱色の枝、花の咲いた枝の形容である。

 

因風吐徽音、芳氣入紫霞。 
風が吹くとその花や葉がささやかな音をたて、芳しい気が紫の霞の中にたちこめる中あなたを待っている。

17. 紫霞 目の光を反映する雲気。

 

#2

我心羨此木、願徙着余家。

私はこれほどの木を羨しく思うのであり、私の家にも、同じ木を移してでも植えたいと願っているのである。

此木 「南林有竒樹、承春挺素華。豐翹被長條、綠葉蔽朱柯。因風吐徽音、芳氣入紫霞。」の六句をいう。

 

夕得其下、朝得弄其葩。

願いがかなえば、夕にはその下に遊べるし、朝にはその花びらをもてあそぶこともできるのである。

葩 はなびら。

 

爾根深且堅、余宅淺且洿。

しかしその樹の根は、深く且つ堅いし、私の宅地は土が浅くにしか根が張れないだろうし、また水たまりでよごれている。

洿 1水たまり.2掘る.3汚い.

 

移植無良期、歎息將如何。 
還ってやることもできないので、それを移植する予定も時期もたてられない、おもえば、なげくことしかできないし、全く持ってどうしようもないのである。