-巻三-28 樂府詩二首其一 #1擬相逢狹路間〔荀 昶〕

 

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-巻三-28 樂府詩二首其一 #1擬相逢狹路間〔荀 昶〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9873

(邯鄲の邑を出発して井陘の間に宿し、険しい道で人に出会った。家の様子を聞いて、その家の事を詠った。)

趙の都であった邯鄲の邑を朝一番で旅立って、日暮れにはひと山越えた井陘のほとりに宿した。

井陘への道は、一本道のようで、まことに途が狭くて、車も馬も旋回もできないほど狭く、通れないのである。

そんな道で、ふと人に逢うたのであるが、けわしい途を行きかうので、言葉を交した。

 

 

 

 

玉臺新詠 巻三 樂府二首

擬相逢狹路間  荀昶 晉

 

 

 

擬相逢狹路間

朝發邯鄲邑、暮宿井陘間。

井陘一何狹、車馬不得旋。

邂逅相逢、崎嶇交一言。

#2

一言不容多、伏軾問君家。

君家誠難知、難知複易博。

南面平原居、北趣相如閣。

#3

飛樓臨名都、通門枕華郭。

入門無所見、但見雙棲鶴。

棲鶴數十雙、鴛鴦羣相追。

#4

大兄珥金璫、中兄振纓緌。

伏臘一來歸、隣里生光輝。

小弟無所作、鬪雞東陌逵。

#5

大婦織紈綺、中婦縫羅衣。

小婦無所作、挾瑟弄音徽。

丈人且卻坐、梁塵將欲飛。

 

(樂府詩二首其の一 相逢う狹路の間に擬す)

朝に邯鄲の邑を發し、暮に井陘の間に宿す。

井陘 一に 何ぞ狹き、車馬 旋らすを得ず。

邂逅して 相い逢、崎嶇 一言を交ゆ。

#2

一言 多を容れず、軾に伏して 君が家を問う。

君が家 誠に知り難し、知り難く 複た 博【もと】め易し。

南は 平原の居に面し、北は 相如の閣に趣く。

#3

飛樓は 名都に臨み、通門は 華郭に枕む。

門に入れば 見る所無し、但だ雙棲の鶴を見るのみ。

棲鶴 數十雙、鴛鴦 羣りて相い追う。

#4

大兄は 金璫を珥み、中兄は 纓緌を振う。

伏臘に 一び來り歸えれば、隣里 光輝を生ず。

小弟は作す所無く、雞を鬪わして 東陌の逵。

#5

大婦は紈綺を織り、中婦は羅衣を縫う。

小婦は作す所無く、瑟を挾んで 音徽を弄す。

丈人 且く 卻坐せられよ、梁塵 將に 飛ばんと欲す。


 


 

 

 

 

玉臺新詠集 《樂府二首》擬相逢狹路間

荀昶詩  訳注解説

 

 

 

 

 

擬相逢狹路間

(邯鄲の邑を出発して井陘の間に宿し、険しい道で人に出会った。家の様子を聞いて、その家の事を詠った。)

朝發邯鄲邑、暮宿井陘間。

趙の都であった邯鄲の邑を朝一番で旅立って、日暮れにはひと山越えた井陘のほとりに宿した。

井陘一何狹、車馬不得旋。

井陘への道は、一本道のようで、まことに途が狭くて、車も馬も旋回もできないほど狭く、通れないのである。

邂逅相逢、崎嶇交一言。

そんな道で、ふと人に逢うたのであるが、けわしい途を行きかうので、言葉を交した。

 

(樂府詩二首其の一 相逢う狹路の間に擬す)

朝に邯鄲の邑を發し、暮に井陘の間に宿す。

井陘 一に 何ぞ狹き、車馬 旋らすを得ず。

邂逅して 相い逢、崎嶇 一言を交ゆ。

 

 

《樂府詩二首其一》現代語訳と訳註解説

(本文)

樂府詩二首其一 擬相逢狹路間

朝發邯鄲邑、暮宿井陘間。

井陘一何狹、車馬不得旋。

邂逅相逢、崎嶇交一言。

 

(下し文)

(樂府詩二首其の一 相逢う狹路の間に擬す)

朝に邯鄲の邑を發し、暮に井陘の間に宿す。

井陘 一に 何ぞ狹き、車馬 旋らすを得ず。

邂逅して 相い逢す、崎嶇 一言を交ゆ。

 

(現代語訳)

(邯鄲の邑を出発して井陘の間に宿し、険しい道で人に出会った。家の様子を聞いて、その家の事を詠った。)

趙の都であった邯鄲の邑を朝一番で旅立って、日暮れにはひと山越えた井陘のほとりに宿した。

井陘への道は、一本道のようで、まことに途が狭くて、車も馬も旋回もできないほど狭く、通れないのである。

そんな道で、ふと人に逢うたのであるが、けわしい途を行きかうので、言葉を交した。

 

(訳注)

樂府詩二首其一 擬相逢狹路間

1. (邯鄲の邑を出発して井陘の間に宿し、険しい道で人に出会った。家の様子を聞いて、その家の事を詠った。)

2.  荀昶(420頃在世)字は茂祖、頴川頴陰(河南省)の人、生平事跡詳かでないが、元嘉の初め文義をもって中書郎になったという。

 「相逢狭路問」は巻一古楽府(五二頁) の第二首、本篇は全くそれを模倣した擬作でとりたてて言うべきものはない。

 

朝發邯鄲邑、暮宿井陘間。

趙の都であった邯鄲の邑を朝一番で旅立って、日暮れにはひと山越えた井陘のほとりに宿した。

3. 邯鄲 太行山脈の東麓と華北平原の間にあり,河北と中原,華北平原と山西高原とを結ぶ交通の要地に位置する。春秋時代から衛の邑(都市)としてあらわれ,戦国の初めに趙の都がおかれると(386),その地の利から物資の交易地となり,全国の商人が集まる屈指の大都会として大いに繁栄した。趙が秦に滅ぼされて邯鄲郡となり(228),漢代では一族が封建されて趙王国がおかれたが,邯鄲の繁栄も秦・漢時代までであった。趙の都(河北省)。邯鄲邑 邯 邯は趙の都、河北道(現河北省邯鄲縣)であったところ。貴族の家の場合の家芸妓を示すが、邯鄲の芸妓は、かる技などの曲芸をするものが多かったので、そういった芸妓を色々家においていることを連想させる。また、栄枯盛衰は所詮夢に過ぎないと、その儚さを表す言葉として知られている「邯鄲の夢」というのがある。以下に紹介する。

「邯鄲の夢」:趙の時代に「廬生」という若者が人生の目標も定まらぬまま故郷を離れ、趙の都の邯鄲に赴く。廬生はそこで呂翁という道士(日本でいう仙人)に出会い、延々と僅かな田畑を持つだけの自らの身の不平を語った。するとその道士は夢が叶うという枕を廬生に授ける。そして廬生はその枕を使ってみると、みるみる出世し嫁も貰い、時には冤罪で投獄され、名声を求めたことを後悔して自殺しようとしたり、運よく処罰を免れたり、冤罪が晴らされ信義を取り戻ししたりしながら栄旺栄華を極め、国王にも就き賢臣の誉れを恣に至る。子や孫にも恵まれ、幸福な生活を送った。しかし年齢には勝てず、多くの人々に惜しまれながら眠るように死んだ。ふと目覚めると、実は最初に呂翁という道士に出会った当日であり、寝る前に火に掛けた粟粥がまだ煮揚がってさえいなかった。全ては夢であり束の間の出来事であったのである。廬生は枕元に居た呂翁に「人生の栄枯盛衰全てを見ました。先生は私の欲を払ってくださった」と丁寧に礼を言い、故郷へ帰って行った。

中国においては粟の事を「黄粱」といい、廬生が粟粥を煮ている間の物語であることから『黄粱の一炊』としても知られる。いわゆる、日本の落語や小説・漫画でいうところの夢オチの代表的な古典作品としても知られる。

同義の日本の言葉としては「邯鄲夢の枕」、「邯鄲の夢」、「一炊の夢」、「黄粱の夢」など枚挙に暇がないが、一つの物語から多くの言い回しが派生、発生したことからは、日本の文化や価値観に長い間影響を与えたことが窺い知れる。現在ではほとんどの言葉が使われる事がなくなっているが、「邯鄲の夢」は人の栄枯盛衰は所詮夢に過ぎないと、その儚さを表す言葉として知られている。

 

井陘一何狹、車馬不得旋。

井陘への道は、一本道のようで、まことに途が狭くて、車も馬も旋回もできないほど狭く、通れないのである。

5. 井陘 県名又山名、邯鄲の北。河北道恒州

 

邂逅相逢、崎嶇交一言。

そんな道で、ふと人に逢うたのであるが、けわしい途を行きかうので、言葉を交した。

6. 邂逅 思いがけなく出あうこと。偶然の出あい。めぐりあい。「旧友と邂逅する」

7. 崎嶇 険しいこと。容易でないこと。また、辛苦すること。① 山道の険しいさま。「崎嶇たる山路」② 世渡りの厳しく困難なさま。