-巻三-28 樂府詩二首其一 #2擬相逢狹路間〔荀 昶〕

 

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-巻三-28 樂府詩二首其一 #2擬相逢狹路間〔荀 昶〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9880

ただ一言、多くは言いうわけではないが、車の横木に身をかがめて「あなたのお宅は」と尋ねる。

あなたの家の何でもかんでも知ろうというわけではないが、話しにくいことはいいけど、云ってもよいかんたんなことを、おしえてもらえないか。

その人が言うには、南は平原君の住居にさし向かい、北は蘭相如の高殿に通じている。と。

 

 

 

 

玉臺新詠 巻三 樂府二首

擬相逢狹路間  荀昶

 

 

 

擬相逢狹路間

朝發邯鄲邑、暮宿井陘間。

井陘一何狹、車馬不得旋。

邂逅相逢、崎嶇交一言。

#2

一言不容多、伏軾問君家。

君家誠難知、難知複易博。

南面平原居、北趣相如閣。

#3

飛樓臨名都、通門枕華郭。

入門無所見、但見雙棲鶴。

棲鶴數十雙、鴛鴦羣相追。

#4

大兄珥金璫、中兄振纓緌。

伏臘一來歸、隣里生光輝。

小弟無所作、鬪雞東陌逵。

#5

大婦織紈綺、中婦縫羅衣。

小婦無所作、挾瑟弄音徽。

丈人且卻坐、梁塵將欲飛。

 

(樂府詩二首其の一 相逢う狹路の間に擬す)

朝に邯鄲の邑を發し、暮に井陘の間に宿す。

井陘 一に 何ぞ狹き、車馬 旋らすを得ず。

邂逅して 相い逢、崎嶇 一言を交ゆ。

#2

一言 多を容れず、軾に伏して 君が家を問う。

君が家 誠に知り難し、知り難く 複た 博【もと】め易し。

南は 平原の居に面し、北は 相如の閣に趣く。

#3

飛樓は 名都に臨み、通門は 華郭に枕む。

門に入れば 見る所無し、但だ雙棲の鶴を見るのみ。

棲鶴 數十雙、鴛鴦 羣りて相い追う。

#4

大兄は 金璫を珥み、中兄は 纓緌を振う。

伏臘に 一び來り歸えれば、隣里 光輝を生ず。

小弟は作す所無く、雞を鬪わして 東陌の逵。

#5

大婦は紈綺を織り、中婦は羅衣を縫う。

小婦は作す所無く、瑟を挾んで 音徽を弄す。

丈人 且く 卻坐せられよ、梁塵 將に 飛ばんと欲す。

 


 

 

 

 

玉臺新詠集 《樂府二首》擬相逢狹路間

荀昶詩  訳注解説

 

 

 

 

 

擬相逢狹路間

(邯鄲の邑を出発して井陘の間に宿し、険しい道で人に出会った。家の様子を聞いて、その家の事を詠った。)

朝發邯鄲邑、暮宿井陘間。

趙の都であった邯鄲の邑を朝一番で旅立って、日暮れにはひと山越えた井陘のほとりに宿した。

井陘一何狹、車馬不得旋。

井陘への道は、一本道のようで、まことに途が狭くて、車も馬も旋回もできないほど狭く、通れないのである。

邂逅相逢、崎嶇交一言。

そんな道で、ふと人に逢うたのであるが、けわしい途を行きかうので、言葉を交した。

 

(樂府詩二首其の一 相逢う狹路の間に擬す)

朝に邯鄲の邑を發し、暮に井陘の間に宿す。

井陘 一に 何ぞ狹き、車馬 旋らすを得ず。

邂逅して 相い逢、崎嶇 一言を交ゆ。

 

#2

一言不容多、伏軾問君家。

ただ一言、多くは言いうわけではないが、車の横木に身をかがめて「あなたのお宅は」と尋ねる。

君家誠難知、難知複易博。

あなたの家の何でもかんでも知ろうというわけではないが、話しにくいことはいいけど、云ってもよいかんたんなことを、おしえてもらえないか。

南面平原居、北趣相如閣。

その人が言うには、南は平原君の住居にさし向かい、北は蘭相如の高殿に通じている。と。

#2

一言 多を容れず、軾に伏して 君が家を問う。

君が家 誠に知り難し、知り難く 複た 博【もと】め易し。

南は 平原の居に面し、北は 相如の閣に趣く。

 

 

《樂府詩二首其一》現代語訳と訳註解説

(本文)

#2

一言不容多、伏軾問君家。

君家誠難知、難知複易博。

南面平原居、北趣相如閣。

 

(下し文)

#2

一言 多を容れず、軾に伏して 君が家を問う。

君が家 誠に知り難し、知り難く 複た 博【もと】め易し。

南は 平原の居に面し、北は 相如の閣に趣く。

 

(現代語訳)

ただ一言、多くは言いうわけではないが、車の横木に身をかがめて「あなたのお宅は」と尋ねる。

あなたの家の何でもかんでも知ろうというわけではないが、話しにくいことはいいけど、云ってもよいかんたんなことを、おしえてもらえないか。

その人が言うには、南は平原君の住居にさし向かい、北は蘭相如の高殿に通じている。と。

 

(訳注)

樂府詩二首其一 擬相逢狹路間

1. (邯鄲の邑を出発して井陘の間に宿し、険しい道で人に出会った。家の様子を聞いて、その家の事を詠った。)

2.  荀昶(420頃在世)字は茂祖、頴川頴陰(河南省)の人、生平事跡詳かでないが、元嘉の初め文義をもって中書郎になったという。

 「相逢狭路問」は巻一古楽府(五二頁) の第二首、本篇は全くそれを模倣した擬作でとりたてて言うべきものはない。

 

#2

一言不容多、伏軾問君家。

ただ一言、多くは言いうわけではないが、車の手すりの横木に身をかがめて「あなたのお宅は」と尋ねる。

8. 軾 車前の横木、車上で敬礼の際手をつく、手すり。

 

君家誠難知、難知複易博。

あなたの家の何でもかんでも知ろうというわけではないが、話しにくいことはいいけど、云ってもよいかんたんなことを、おしえてもらえないか。

9. 誠難知、難知複易博 難しいことは知りたくもないが、言える範囲内の事を教えてくれ。

10. 易博 もとめる。「博」は六朝時代の方言で「尋責」の意、『考異』本の注に従った。

 

南面平原居、北趣相如閣。

その人が言うには、南は平原君の住居にさし向かい、北は蘭相如の高殿に通じている。と。

11. 平原居 趙の平原君、題の公子、多く食客を養う。平原君(へいげんくん、? - 紀元前251年)は、中国戦国時代の趙の公子で政治家。氏は趙、諱は勝。武霊王の子、恵文王の弟。食客を集めて兄恵文王、続いて甥孝成王を補佐した。戦国四君の一人。 人士を好み食客を数千人集めていた。その中には公孫竜や鄒衍などもいた。 略歴[編集]. ある時に平原君の妾が食客の一人が跛行を引いていたのを大笑いした。客は大いに怒り、平原君に対して「あの妾を殺してその首を私にください」と言い、平原君はこれを受け入れた。斉の孟嘗君、趙の平原君、楚の春申君、魏の信陵君を指す。 この4人は、食客を数多く養っていて、その数は3000人に達したと言われている。

12. 相如 蘭相如、趙の勇士。藺 相如は、中国の戦国時代の末期に趙の恵文王の家臣。「完璧」や「刎頸の交わり」の故事で知られる。 司馬遷は『史記』の中で、藺相如のことを文武知勇の将と賞している。