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玉臺・巻四-16 擬樂府四首其三#3邁遠〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10615

昔、淮陰の地にすぐれた武将韓信がおりましたが、彼は後に主羽を折られて空飛ぶこともかなわぬことになりました。

また、楚の国には力量は鼎をもちあげる程の剛の者項羽が居りましたが、この人もわが家の門を出てから遂に家には帰れず、垓下の下に散った。

あなたは、今、鼻柱の高かったという漢高祖のような方のために、剣をたよりに紫微宮にいます天子のもとに赴かれたのであります。

さてあなたの才能は、韓信や、項羽の名将に比べてどんなものでしょうか。輝く太陽のもとで光を競うようなみじめな結果に終わるように思えてむなしくなります。

 

 

 

 

玉臺新詠 巻四  (5邁遠 四首

 

 

擬樂府四首其一

14

巻四-14

其一

1.  飛來雙白鵠

邁遠〕

15

巻四-15

其二

2.  陽春曲

邁遠〕

16

巻四-16

其三

3.  長別離

邁遠〕

17

巻四-17

其四

4.  長相思

邁遠〕

 

《玉臺新詠》

其一 飛來雙白鵠

可憐雙白鵠,雙雙塵氛。連翩弄光景,交頸遊青雲。

逢羅復逢繳,雌雄一旦分。

哀聲流海曲,孤叫去江濆。豈不慕前侶,為爾不及群。

步步一零淚,千里猶待君。

樂哉新相知,悲來生別離。持此百年命,共逐寸陰移。

譬如空山草,零落心自知。

 

其二 陽春曲

百里望咸陽、知是帝京域。綠樹搖雲光、春城起風色。

佳人愛景華、流靡園塘側。

妍姿豔月映、羅衣飄蟬翼。宋玉歌陽春、巴人長歎息。

雅鄭不同賞、那令君愴惻。生平重愛惠、私自憐何極。

 

其三 長別離

生離不可聞、况復長相思。如何與君別、當我盛年時。

蕙華每搖蕩、妾心空自持。

榮乏草木歡、瘁極霜露悲。富貴身難老、貧賤年易衰。

持此斷君腸、君亦宜自疑。

淮陰有逸將、折翮謝翻飛。楚亦扛鼎士、出門不得歸。

正為隆準公、仗劍入紫微。君才定何如、白日下爭暉。

 

 

其四

晨有行路客,依依造門端。人馬風塵色,知從河塞還。

時我有同棲,結宦游邯鄲。

將不異客子,分饑復共寒。煩君尺帛書,寸心從此殫。

遣妾長憔悴,豈復歌笑顏。檐隱千霜樹,庭枯十載蘭。

經春不舉袖,秋落寧復看。一見愿道意,君門已九關。

虞卿棄相印,擔簦為同歡。閨陰欲早霜,何事空盤桓。


 

 

 

 

巻四-16《擬樂府四首其三》長別離

 

 

玉臺新詠 字解集 訳注解説

 

 

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 雨後の一滴03

擬樂府四首其一 飛來雙白鵠  #1

(古樂府“雙白鵠”に擬した詩、四首のその一、雌鳥が雄鳥を追いそしてさることをうたう)

可憐雙白鵠,雙雙塵氛。

愛すべき二匹の白鳥が、雌雄うちそろい塵多い空をたちきって、飛んでいる。

連翩弄光景,交頸遊青雲。

大空をひらひらと羽をひるがえし、日の光をあびながら、頸を交えて青空高く飛んでゆく。

逢羅復逢繳,雌雄一旦分。

それが狩人のあみにかかったり、いぐるみにであったりすると、急に雌と雄とが離れ離れになってしまう。

#2

哀聲流海曲,孤叫去江濆。

哀れな声は海のくまに伝わり、ひとりぼっちとなっての叫び声は江のほとりに響き出している。

豈不慕前侶,為爾不及群。

前に一緒だったなかまを慕うことがないわけではないけれど、彼等の仲間はずれになって居るのは、あなた(雄)を慕わしく思うてのことである。

步步一零淚,千里猶待君。

だけど、ゆっくりと、一歩ごとに涙をこぼし、千里隔たっているかもしれなくても、まだ、あなたを心待ちしている。

#3

樂哉新相知,悲來生別離。

新しい知りあいも楽しいことにちがいないが、ただこの生き別れが悲しい。

持此百年命,共逐寸陰移。

百年の寿命を持つとても、あなたと共に一寸きざみの光陰をおいかけていることしかできない。

譬如空山草,零落心自知。

たとえて見れば、人なき山の草のようなもの、だれに見られるわけもなく、やがてこぼれおち枯れ果ててしまうことは自分では承知している。

 

(樂府に擬す四首 其の一 “飛び來る 雙白鵠)  #1

憐れむ可し 雙白鵠,雙雙 塵氛をつ。

連翩として光景を弄し,頸を交えて 青雲に遊ぶ。

羅に逢い 復た 繳に逢い,雌雄 一旦 分る。

#2

哀聲は海曲に流れ,孤叫は江濆を去る。

豈に前侶を慕わざらんや,爾が為に群するに及ばず。

步步 一たび淚を零し,千里 猶お 君を待つ。

#3

樂しい哉 新相知,悲しいかな 來生別離。

此の百年の命を持して,共に寸陰の移るを逐う。

譬えば空山の草の如し,零落して 心自ら知る。

 

 

擬樂府四首其二 

(都における人と情景との美麗を写し、それに心を移す夫に対して、妻の思いなやむ情を叙べたもの)

百里望咸陽、知是帝京域。

百里のかなたに成陽を眺めると、これこそは帝京の地域であるとすぐわかる。

綠樹搖雲光、春城起風色。

そこには線の樹々が雲間に照る光にゆらめいて、春の城には春風の“けわい”が動いてきた。

佳人愛景華、流靡園塘側。

美人はこのうるわしい景色を愛でて、うららかな春の光のなびく固の池のほとりを歩む。

#2

妍姿豔月映、羅衣飄蟬翼。

そのうるわしい姿にはあでやかな月影がうつろい、うす絹の衣は蝉の羽のようにひるがえる。

宋玉歌陽春、巴人長歎息。

昔、楚の宋玉や、そのような詩人が「陽春」や「巴人」の歌をうたうと、「巴人」の歌に皆が感嘆したとのことです。

雅鄭不同賞、那令君愴惻。

わたしは雅声と鄭声とは同じように賞美しないものだと聞いているけれど、あなたは「巴人」のような鄭声のために心をいたましめるのでしょうか。

生平重愛惠、私自憐何極。

ふだんあなたの愛となさけをありがたく思っているわたしです。今棄てられては自分が可愛そうでならないのです。

 

(樂府に擬す四首 其の二 陽春の曲)

百里 咸陽を望み、是れを知るは 帝京の域なるを。

綠樹 雲光 搖らぎ、春城 風色を起す。

佳人 景華を愛し、流靡 園塘の側ら。

#2

妍姿 豔月 映じ、羅衣 蟬翼を飄えす。

宋玉 陽春を歌い、巴人 長く歎息す。

雅鄭は同賞せず、那んぞ 君をして 愴惻せしむるや。

生平 愛惠を重んじ、私【じそか】に自ら憐れむ 何んぞ極りあらん。

 

擬樂府四首其三 長別離

(妻も思いとは異なる夫が、功名心にかられて外地に仕官を求めて往っていることに対して、留守居の年若い妻が帰らぬ夫を思い、悶々の情を寄せる詩)

生離不可聞、况復長相思。

生きながら離れはなれの夫婦生活は聞くさえつらい。ましてそれがいつまでも続くのではやりきれない思いである。

如何與君別、當我盛年時。

それがどうしたことであろうか、あなたと別れて、思いもしなかった一人で、盛りの年を過ごさねばならないことになろうとは。

蕙華每搖蕩、妾心空自持。

あのかおり草の花はいつもゆらゆらとのびやかに動いているのに、わたしの心はただあてもなくむなしく自らを保っていることしかできない。

#2

榮乏草木歡、瘁極霜露悲。

栄えても草木の花さくような喜びは無く、やつれては露や霜にくだかれる草木の悲しみを極める。

富貴身難老、貧賤年易衰。

人は富貴にあっては身も老いにくいが、貧賎になると衰え易いのが常というもの。

持此斷君腸、君亦宜自疑。

これを思うと、わたしも思っていますあなたの腸も断ちきられる思いでいることを。そしてあなたもまた、私腸が断ち切られそうだという事をこれについては自ら疑って見られても宜しいでしょう。

#3

淮陰有逸將、折翮謝翻飛。

昔、淮陰の地にすぐれた武将韓信がおりましたが、彼は後に主羽を折られて空飛ぶこともかなわぬことになりました。

楚亦扛鼎士、出門不得歸。

また、楚の国には力量は鼎をもちあげる程の剛の者項羽が居りましたが、この人もわが家の門を出てから遂に家には帰れず、垓下の下に散った。

正為隆準公、仗劍入紫微。

あなたは、今、鼻柱の高かったという漢高祖のような方のために、剣をたよりに紫微宮にいます天子のもとに赴かれたのであります。

君才定何如、白日下爭暉。

さてあなたの才能は、韓信や、項羽の名将に比べてどんなものでしょうか。輝く太陽のもとで光を競うようなみじめな結果に終わるように思えてむなしくなります。

 

(樂府に擬す四首 其の三 長別離)

生離は聞くに可【た】へず、況んや復た長く相思うをや。

如何ぞ君と別るる、我が盛年の時に當るや。

蕙華は毎に揺蕩するに、妾が心は空しく自ら持す。

#2

榮は草木の歓に乏しく、瘁は霜露の悲しみを極む。

富貴には身老い難く、貧賤には年衰へ易し。

此を持すれば吾が腸を断たしむ、君も亦宜しく自ら疑ふべし。

#3

准陰に逸將有り、翻を折って翻飛を謝せり。

楚にも亦鼎を扛ぐるの士あり、門を出でて歸るを得ざりき。

正に隆準公の爲に、剣に仗りて紫微に入る。

君が才は定めて何如、白日の下暉を争ふ。

 

 

《擬樂府四首其三 陽春曲》現代語訳と訳註解説

(本文)

#3

淮陰有逸將、折翮謝翻飛。

楚亦扛鼎士、出門不得歸。

正為隆準公、仗劍入紫微。

君才定何如、白日下爭暉。

 

(下し文)

#3

准陰に逸將有り、翻を折って翻飛を謝せり。

楚にも亦鼎を扛ぐるの士あり、門を出でて歸るを得ざりき。

正に隆準公の爲に、剣に仗りて紫微に入る。

君が才は定めて何如、白日の下暉を争ふ。

 

(現代語訳)

昔、淮陰の地にすぐれた武将韓信がおりましたが、彼は後に主羽を折られて空飛ぶこともかなわぬことになりました。

また、楚の国には力量は鼎をもちあげる程の剛の者項羽が居りましたが、この人もわが家の門を出てから遂に家には帰れず、垓下の下に散った。

あなたは、今、鼻柱の高かったという漢高祖のような方のために、剣をたよりに紫微宮にいます天子のもとに赴かれたのであります。

さてあなたの才能は、韓信や、項羽の名将に比べてどんなものでしょうか。輝く太陽のもとで光を競うようなみじめな結果に終わるように思えてむなしくなります。

 

(訳注)

擬樂府四首其三 長別離

1. (妻も思いとは異なる夫が、功名心にかられて外地に仕官を求めて往っていることに対して、留守居の年若い妻が帰らぬ夫を思い、悶々の情を寄せる詩)

2. 【題意】 『楽府詩集』では雑曲歌辞に列する歌曲で、功名心にかられて外地に仕官を求めている夫に対して、留守居の年若い妻が悶々の情を寄せる詩である。

 

#3

淮陰有逸將、折翮謝翻飛。

昔、淮陰の地にすぐれた武将韓信がおりましたが、彼は後に主羽を折られて空飛ぶこともかなわぬことになりました。

8. 淮陰有逸將 「准陰」は江蘇准安県、韓信の封地。漢高祖に用いられて偉功を立て大将となったが後に疑われて殺された。韓信は、秦末から前漢初期にかけての武将。劉邦の元で数々の戦いに勝利し、劉邦の覇権を決定付けた。張良・蕭何と共に漢の三傑の一人。なお、同時代に戦国時代の韓の王族出身の、同じく韓信という名の人物がおり、劉邦によって韓王に封じられているが、こちらは韓王信と呼んで区別される。

9. 折翮謝翻飛 『文苑英華』本には「折羽不會飛」に作る。韓信の殺されたことを鳥にたとえていった。「翮」は羽の主羽、たちばね。「」はやめること。

 

楚亦扛鼎士、出門不得歸。

また、楚の国には力量は鼎をもちあげる程の剛の者項羽が居りましたが、この人もわが家の門を出てから遂に家には帰れず、垓下の下に散った。

10. 扛鼎士 楚の項羽を指す。『史記』「項羽本紀」に「項羽 長八尺余り、力能く鼎を扛ぐ」とある。

11. 出門不得歸 楚漢戦争の垓下の戦に敗死して故郷楚に帰れなかったことをいう。

 

正為隆準公、仗劍入紫微。

あなたは、今、鼻柱の高かったという漢高祖のような方のために、剣をたよりに紫微宮にいます天子のもとに赴かれたのであります。

12. 隆準公 漢高祖は「人と為り隆準にして龍顔」と称せられた。「隆準」は鼻柱の高いことをいう。

13. 仗劍入紫微 「紫微」は星座の名、帝王の居所、紫微宮殿をいう。高祖の言に「吾布衣を以て三の剣を提げ天下を取る」とある。

 

君才定何如、白日下爭暉。

さてあなたの才能は、韓信や、項羽の名将に比べてどんなものでしょうか。輝く太陽のもとで光を競うようなみじめな結果に終わるように思えてむなしくなります。

14. 白日下爭暉 「白日下るに暉を争う」と訓し、「太陽はどんどん走っていつも西方へ下ろうと暉を争うている」と釈し、光陰、歳月留らず急に去る意とされる。あるいは、夫の才能が韓信や項羽に及ばずして徒らに功名を争うことの不幸を夫のために惜しんだものと解すこともできる。ここでは夫の才能が韓信や項羽に及ばずして光陰の短い中、徒らに功名を争うことが夫婦にとって不幸であるということをしめす。