玉臺・巻四-19 雜詩六首其二 擬客從遠方來〔鮑令睴〕

 

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玉臺・巻四-19 雜詩六首其二 擬客從遠方來〔鮑令睴〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10657

(あの人を送り出して、ずいぶん歳月を過ごした。あの人の知人が遠方から訪ねて事を届けてくれた。心変わりをせず待っていると改めて決意する。)

遠方から訪ねてこられた来客があり、あの人がわたしに送り届けてくれたのは、漆ぬりの琴であった。

琴の木地には相思の文様があるのであるが、弦をつま弾くと別離の響きがあるのを感じた。

なかなか帰れないことを理解し、一生涯この調を守っていくことにしよう、そして、歳の暮れになっても心変わりを決してしないと思った。

それから、また、陽春の曲を奏して宮調・商調互いに調和する如く、いつもながく求めあって離れぬようにしたいと思うのであった。

 

 

 

 

玉臺新詠 巻四  (6鮑令暉 雜詩六首

 

 

 雜詩六首 

〔鮑令暉〕

18

巻四-18

其一

1.  擬青青河畔草

〔鮑令暉〕

19

巻四-19

其二

2.  擬客從遠方來

〔鮑令暉〕

20

巻四-20

其三

3.  題書後寄行人

〔鮑令暉〕

21

巻四-21

其四

4.  古意贈今人

〔鮑令暉〕

21

巻四-21

其五

5.1.  代葛沙門妻郭小玉詩二首(明月何皎皎)

〔鮑令暉〕

22

巻四-22

 

5.2.  代葛沙門妻郭小玉詩二首(君子將遙役)

〔鮑令暉〕

 

雜詩六首其一  擬青青河畔草

裊裊臨窗竹,藹藹垂門桐。灼灼青軒女,泠泠高台中。

明志逸秋霜,玉顏艷春紅。人生誰不別,恨君早從戎。

鳴弦慚夜月,紺黛羞春風。

 

雜詩六首其二  擬客從遠方來

客從遠方來。贈我漆鳴琴。木有相思文。弦有別離音。

終身執此調。寒不改心。願作陽春曲。宮商長相尋。

 

雜詩六首其三  題書後寄行人

自君之出矣。臨軒不解顏。砧杵夜不發。高門晝常關。

帳中流熠耀。庭前華紫蘭。物枯識節異。鴻來知客寒。

遊用暮冬盡。除春待君還。

 

雜詩六首其四  古意贈今人

無異服。衣氈代文練。月月望君歸。年年不解綖。

荊揚春早和。幽冀猶霜霰。

北寒妾已知。南心君不見。 誰為道辛苦。寄情雙飛燕。

形迫杼煎絲。顏落風催電。容華一朝盡。惟餘心不變。

 

雜詩六首其五 

代葛沙門妻郭小玉詩二首

明月何皎皎。垂照羅茵。若共相思夜。知同憂怨晨。

芳華豈矜貌。霜露不憐人。君非青雲逝。飄跡事咸秦。

妾持一生淚。經秋複度春。

 

君子將遙役。遺我雙題錦。臨當欲去時。複留相思枕。

題用常著心。枕以憶同寢。行行日已遠。轉覺心彌甚。

 

 

 

巻四-18《雜詩六首其一》 擬青青河畔草

 

 

玉臺新詠 字解集 訳注解説

 

 

鮑 令 暉   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ

 

 

 

雜詩六首其一  擬青青河畔草

(従軍している夫に対して思婦の思いを述べた作)

裊裊臨窗竹,藹藹垂門桐。

窓にさしかかった竹はたおやかであるし、門に垂れた桐はおだやかに茂っている。

灼灼青軒女,泠泠高台中。

東の高楼の青色の軒端にはかがやくばかりの美しい女が居り、冷えびえとした高い台の中に住まっている。

明志逸秋霜,玉顏艷春紅。

彼女は秋の霜にもまさる明らかな志をいだき、その玉のような顔は春の紅い花よりもつややかである。

人生誰不別,恨君早從戎。

この世には誰しも別れのないものはないけれども恨めしくも、彼女の夫は早くから出征して今に帰らぬのである。

鳴弦慚夜月,紺黛羞春風。

独り舷をかきならしても夜の月に対してわが身をほじ、紺黛の眉ず衣を用いるのも春風にはずかしい気持ちで、化粧する心にもなれない。

 

(雜詩六首其一  青青たる河畔の草に擬す)

裊裊たり 窗に臨む竹,藹藹たり門に垂れる桐。

灼灼たり 青軒の女,泠泠たり 高台の中。

明志は秋霜を逸【す】ぎ,玉顏は 春紅のごとく艷かなり。

人生 誰か別れざらん,君が早く戎に從いしを恨む。

鳴弦 夜月に慚じ,紺黛 春風に羞ず。

 

雜詩六首其二  擬客從遠方來

(あの人を送り出して、ずいぶん歳月を過ごした。あの人の知人が遠方から訪ねて事を届けてくれた。心変わりをせず待っていると改めて決意する。)

客從遠方來。贈我漆鳴琴。

遠方から訪ねてこられた来客があり、あの人がわたしに送り届けてくれたのは、漆ぬりの琴であった。

木有相思文。弦有別離音。

琴の木地には相思の文様があるのであるが、弦をつま弾くと別離の響きがあるのを感じた。

終身執此調。寒不改心。

なかなか帰れないことを理解し、一生涯この調を守っていくことにしよう、そして、歳の暮れになっても心変わりを決してしないと思った。

願作陽春曲。宮商長相尋。

それから、また、陽春の曲を奏して宮調・商調互いに調和する如く、いつもながく求めあって離れぬようにしたいと思うのであった。

 

雜詩六首其の二  (客遠方より来るに擬す)

客 遠方より來り、我に 漆の鳴琴を贈る。

木には相思の文有り、絃に別離の音有り。

終身 此の調を執り、歳寒まで 心を改めず。

願はくば陽春の曲を作して、宮商 長く相尋ねん。

 

 

《雜詩六首其二》擬客從遠方來現代語訳と訳註解説

(本文)

雜詩六首其二  擬客從遠方來

客從遠方來。贈我漆鳴琴。木有相思文。弦有別離音。

終身執此調。寒不改心。願作陽春曲。宮商長相尋。

 

(下し文)

雜詩六首其の二  (客遠方より来るに擬す)

客 遠方より來り、我に 漆の鳴琴を贈る。

木には相思の文有り、絃に別離の音有り。

終身 此の調を執り、歳寒まで 心を改めず。

願はくば陽春の曲を作して、宮商 長く相尋ねん。

 

(現代語訳)

(あの人を送り出して、ずいぶん歳月を過ごした。あの人の知人が遠方から訪ねて事を届けてくれた。心変わりをせず待っていると改めて決意する。)

遠方から訪ねてこられた来客があり、あの人がわたしに送り届けてくれたのは、漆ぬりの琴であった。

琴の木地には相思の文様があるのであるが、弦をつま弾くと別離の響きがあるのを感じた。

なかなか帰れないことを理解し、一生涯この調を守っていくことにしよう、そして、歳の暮れになっても心変わりを決してしないと思った。

それから、また、陽春の曲を奏して宮調・商調互いに調和する如く、いつもながく求めあって離れぬようにしたいと思うのであった。

 

(訳注)

雜詩六首其二  擬客從遠方來

1. (あの人を送り出して、ずいぶん歳月を過ごした。あの人の知人が遠方から訪ねて事を届けてくれた。心変わりをせず待っていると改めて決意する。)

2. この詩もまた玉臺新詠巻一「古詩八首」中の第五首の擬作、前述した巻三、謝恵連の「代古」もまた同様の擬作。それらと同じくこの詩も思婦の情を叙したのである。

 

客從遠方來。贈我漆鳴琴。

遠方から訪ねてこられた来客があり、あの人がわたしに送り届けてくれたのは、漆ぬりの琴であった。

3. 漆鳴琴 漆ぬりの琴。

 

木有相思文。弦有別離音。

琴の木地には相思の文様があるのであるが、弦をつま弾くと別離の響きがあるのを感じた。

4. 相思文 『述異記』に戦国時代、魏国が秦の難に苦しみ征戊に従軍した人民が久しく戦地にあって返れず、その妻は夫を思うて遂に卒した。それを葬った墓の上に大木が生じ、枝葉は哲夫の居る方向に傾いたのでこれを相思木と云ったとあるが、ここにいう「相思文」は連理文などと同じく、男女の深いちぎりを示す語である。

 

終身執此調。寒不改心。

なかなか帰れないことを理解し、一生涯この調を守っていくことにしよう、そして、歳の暮れになっても心変わりを決してしないと思った。

 

願作陽春曲。宮商長相尋。

それから、また、陽春の曲を奏して宮調・商調互いに調和する如く、いつもながく求めあって離れぬようにしたいと思うのであった。

5. 陽春曲 春秋時代の師曠が作曲したとされ、「陽春」は「白雪」と一対として作ったとも言われている。

「陽春白雪」は、宋玉の「対楚王問」に、「客、郢中に歌ふ者あり。其の始めを下里巴人と曰ふ、国中の属して和する者数千人なり。其の陽阿薤露を為す、国中の属して和する者数百人なり。其の陽春白雪を為す、国中の属して和する者数十人に過ぎず、商を引き羽を刻み、雑ふるに流徴を以てす、国中属して和する者、数人に過ぎざるのみ。是れ其の曲彌々高くして、其の和彌々寡なし。(『文選』巻四十五)」とあり、楚の国の高尚な歌曲の意である。この話から、「陽春の曲、和する者、必ず寡し」という言葉が、普通の人は高尚な詩調を理解できない喩として使用されるようになった。

「陽春」の曲調は清新で流暢であり、穏やかな風・柔らかな春光・青々とした山々など、生命力に満ちあふれた春の様子や、春が来た喜びを表現している。謝希逸(四二一〜四六八)の『琴論』には「劉涓子善鼓琴、制陽春白雪曲」とあり、この斉国の劉涓子が「陽春」を作曲したとも言われている。また、『琴歴』(『初学記』所引)には、「陽春弄」「白雪」の記載があり、古くより有名な琴曲であったことがわかる。また、中国では琵琶曲としても伝えられた。

6. 宮商 中國古代音樂,五音十二律の法がり,周以前に有五音階が在った,それは、宮、商、角、徵、羽である。中国の各民族の弦楽器の調弦は、一般に5度あるいは4度を聴きとった後、4度あるいは5度を調弦する。しかし漢民族の楽器である古琴の伝統的な調弦法は、このような仕方でなく、離れた弦の同度の音程をとってから、5度あるいは4度を定める。

 古琴の7条の弦相互の音の高さの関係は固定していない。曲が異なれば、異なった「調」(調弦法)をもちった。南宋時代の末まで、民間の琴家が作曲する時、旋律や調式の特点に相応しくするため生みだした「調」は、次のような35調に及んでいる。

正 調 楚商調 清 調 三清調 金羽調 蕤賓調 羲和調

 林鐘調 下間弦 玉清調 碧玉調 慢角調 清涼調 側羽調

 側楚調 清角調 慢商調 無媒調 舜 調 側商調 間 弦

 清宮調 清商調 離憂調 泉鳴調 側蜀調 清羽調 黄鐘宮調

 呉 調 瑟 調 応鐘調 上間弦 無射調 慢宮調 商角調

 

古琴の律と調(音階と調弦法)

 中国の各民族の弦楽器の調弦は、一般に5度あるいは4度を聴きとった後、4度あるいは5度を調弦します。しかし漢民族の楽器である古琴の伝統的な調弦法は、このような仕方でなく、離れた弦の同度の音程をとってから、5度あるいは4度を定めます。

 古琴の7条の弦相互の音の高さの関係は固定していません。曲が異なれば、異なった「調」(調弦法)をもちました。南宋時代の末まで、民間の琴家が作曲する時、旋律や調式の特点に相応しくするため生みだした「調」は、次のような35調に及んでいます。

 

 正 調 楚商調 清 調 三清調 金羽調 蕤賓調 羲和調

 林鐘調 下間弦 玉清調 碧玉調 慢角調 清涼調 側羽調

 側楚調 清角調 慢商調 無媒調 舜 調 側商調 間 弦

 清宮調 清商調 離憂調 泉鳴調 側蜀調 清羽調 黄鐘宮調

 呉 調 瑟 調 応鐘調 上間弦 無射調 慢宮調 商角調

 

 現在の伝統琴曲の中では、正調が最も多く、慢角調・清商調・慢宮調・蕤賓調・慢商調・黄鐘宮調の6調が続き、他の調はとても少なくなります。正調が多いため、南宋時代から、はじめに正調で調弦し、他の調は正調の調弦から派生して定めるようになりました。

 正調の7弦の散声(開放弦)の相対音高は次のようになります。

 

正調(大部分の伝統琴曲はこの調を用います)

1弦       2弦       3弦       4弦       5弦       6弦       7弦

古代の相対音名    下徴       下羽                                                   

現代の数字譜の音高                                                                             

現代の唱法           sol          la           do          re           mi          sol          la

最も近い絶対音高              C            D           F            G           A            C            D

 

 最後の欄の絶対音高とは、現在の北京・上海の古琴家が一般に調弦する時のものです。内地の古琴家は2度低く調弦(5弦=G)する場合があります。20年前の上海の琴家は2度高く調弦(5弦=B)する場合もありました。いいかえれば現在の各地の琴家の正調の音高は一定ではないが、5弦散声の絶対音高はGより下らず、Bより高くないといえます。古琴の7弦の長さは1.1mほどで、絹糸で作られています。最大張力に限りがあるため、5弦の高さがBを超えれば弦は切れ、Gより低ければ充分な音がでなくなります。このため北京と上海の古琴会は、5弦の絶対音高をAにしますが、これはさまざまな違いを折衷したものなのです。

 最も早い伝統的な調弦法は、「宮弦の9徽を徴(ち)に、徴弦の9徽を商に、商弦の9徽を羽に、羽弦の9徽を角に合わせ、角弦の10徽を商に、商弦の10徽を徴に、徴弦の10徽を宮に合わせます。」この調弦法は、各調に応用できます。後に弦を移し正調に改められましたが、名は異なっても実際は同じです。

 明清時代の琴譜に伝えられる調弦法は、先ず「緩すぎもせず締めすぎでもない程度に」5弦を定め、7弦を締め緩めして5弦10徽と同音(10徽は5弦の4分の3にあたり、5弦の4度音になります)にします。次に4弦を調整し4弦9徽を7弦散声と同音にします。次いで6弦を調整し4弦10徽と同音(4弦の4度)にします。次に3弦9徽を6弦散声と同音(3弦の5度)にします。2弦を調整し2弦9徽を5弦散声と同音(2弦の5度)にします。1弦を調整し1弦9徽を4弦散声と同音(1弦の5度)にします。これが正調です。数千年の間、古琴家はこのような調弦法で古琴を弾いてきており、音階を聞き分けることも音階という概念ももちませんでした。

 こうした調弦法の結果、5弦角音は3弦宮音11徽に比べ18分の1高くなり、3弦11徽のdoの音は、正に西洋純律(自然音階)のmiになっています。もし5弦の音とmiを同じにしたければ、5弦を少し緩めます。7弦を緩めれば5弦10徽と同じになり、2弦を緩めれば、7弦よりオクターブ低い音がえられます。但し古琴家は純5度と純4度の調弦法、つまり我国の三分損益律に慣れていますので、あらゆる伝統琴曲は必ずこのような純5度と純4度の関係を保持し、オクターブの音のたくさんの「応合」で出来ています。

 こうして古琴の曲と無伴奏のバイオリン独奏と同じく、十二平均律の鍵盤楽器による伴奏やユニゾンと共に古琴を演奏すると、一定の矛盾が生じ、古琴家は演奏を統一するのが難しくなります。もっともバイオリン奏者が聴くと、古琴の音階は鍵盤楽器より更に不調和ですが、これは十二平均律が純律と三分損益律の間を折衷しているためです。

 

 

其二 擬†客徒二遠方一乗上 (客遠方より来るに擬す)

 

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