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3/2 |
留別金陵諸公#1 |
張中丞傳後敘 -#26 |
送高司直尋封閬州 #2 |
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謝朓雜詩十二〔5〕 |
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3/3 |
留別金陵諸公#2 |
張中丞傳後敘 -#27 |
送高司直尋封閬州#3 |
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6詠邯鄲故才人嫁為厮養 |
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3/4 |
留別金陵諸公#3 |
張中丞傳後敘 -#28 |
可歎 #1 |
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7秋夜 |
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玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-3雜詩十二首其二同王主簿怨情
訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11091
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9.謝朓 |
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巻4•9-1-3雜詩十二首其二同王主簿怨情 |
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玉臺新詠集 謝朓詩 訳注解説 |
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漢文委員会 紀頌之Blog11093 |
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謝朓詩 雜詩十二詩 贈王主簿二首
雜詩十二首
贈王主簿二首其一
(以前寵愛を一手に受けていた女が、寵愛を失った今の思いを詠う)
日落窗中坐 紅妝好顏色
日の落ちかかる夕暮れ時、窗部屋の中に物憂げに坐っている。紅い装束をした美しい顔色の女である。
舞衣襞未縫 流黃覆不織
舞い衣はひだができて古めかしいが、新しいのはまだ縫えないでいる。機の上の生絹も織り半ばで上を覆いかぶせたままにしてある。
蜻蛉草際飛 遊蜂花上食
庭の草ぎわに衣装を鮮明にして整えている羽を持つカゲロウが飛び舞わり、蜂もあちこち飛び回ってから、花の上に蜜をあさっている。
一遇長相思 願寄連翩翼
それを見て女は、あなたをおもい、寵愛はいつまでもと誓った、だからもう一ど遇いたいと願っています、どうにかして、すぐにでもあの雌雄うち連れて飛ぶ鳥の翼にこの身を託したいものだと。
(王主簿に贈る。二首其の一)
日落ち 窗中に坐し、紅妝 顏色を好くす。
舞衣 襞【ひだ】たつも 未だ縫せず、流黃 覆うても織らず。
蜻蛉 草むらの際に飛び、蜂は遊び 花上に食す。
一たび遇わんこと “長相思”、 願わくば連翩たる翼に寄せん。
(二)
(洛陽城の片隅に、二人の美女の歌姫がいて、町のものも遠くからもその歌声を聞こうとあつまる。そうした春の日の情景を詠う)
清吹要碧玉 調弦命綠珠
清らかな吹奏のためにはあの美女の碧玉をむかえて命じるし、絃の調べには石崇の寵妾の縁珠がにあうので侍らせていいつけるのが一番いい。
輕歌急綺帶 含笑解羅襦
女の軽やかに歌う姿に心を動かして、その美しい帯にせまり、女が笑を含んでうすぎぬの袖なしをもぬぐ。
餘曲詎幾許 高駕且踟躕
最後の曲まで歌い残しの曲がどれほどあるのだろうか。それを最後まで聴こうとしているのだろう、車を止めぐずぐずとためらっている。
徘徊韶景暮 惟有洛城隅
そのように楽しみ過ごせば、時の過ぎるのも忘れているあなたを見て、わたしの方はやるせなさにその場を行ったり来たりしているうちに春の日も暮れてゆく。ただ、それはのどかなこの洛陽城の片隅の景色の中におこっただけのことなのである。
(二)
清吹 碧玉を要へ、調弦 綠珠に命ず。
輕歌 綺帶をに急し、含笑 羅襦を解く。
餘曲 詎んぞ幾許【いくばく】、高駕 且つ踟躕す。
徘徊 韶景の暮れるは、惟だ 洛城の隅に有り。
3. 同王主簿怨情
掖庭聘絕國 長門失懽讌
漢延の大奥、掖庭宮から遠く離れた砂漠の向こうの匈奴に迎えられたのは王昭君である、衛子夫が後宮に入ると、子もなく武帝の寵を失って長門宮は冷宮となり、楽しい宴会に侍ることもなかったのは陳皇后である。
相逢詠蘼蕪 辭寵悲團扇
また、離縁されて、もとの夫に逢いたくて詠ったのは“靡蕪の詩”であり、班倢妤が天子の愛を奪われ、斥けられたときのいいぐさは、秋の「うちわ」である。これらは皆男の愛を失った婦人の悲しい運命である。
花叢亂數蝶 風簾入雙燕
花さくくさむらに喋が二つ三つ乱れとび、風にゆられる簾の中には一対の燕が舞いこんでくる。
徒使春帶賒 坐惜紅顏變
それを眺めやるわたしは、棄てられた身の悲しさに痩せ細って、春の帯もいたずらに長すぎるありさま、そぞろに紅の顕もふけてゆくのが惜しまれる。
平生一顧重 夙昔千金賤
日ごろはわたしの一顧を重んじて、昔黄金千金のねうちも賎しめたほどであった。
故人心尚永 故心人不見
わが夫の心は今もなお昔にかわらぬ とは思うのだが、しかし昔ながらの心の人は見るよしもないのが今の世の常、それを思うて限りなくうらめしい。
披庭 絶国に幣され、長門 懽讌を失ふ。
相い蓬いては 蘼蕪を詠じ、寵を辭して 団扇を悲しむ。
花叢には 数蝶乱れ、風簾に 雙燕 入る。
徒らに春帯をして賒からしめ、坐ろに紅粧の変ずるを惜しむ。
生平 一顧に 重く、宿昔に 千金 賎し。
故人の心は 尚お爾り、 故心の人は 見ず。
現代譯 訳注解説
(本文)
雜詩十二首 其二
同王主簿怨情
掖庭聘絕國 長門失懽讌
相逢詠蘼蕪 辭寵悲團扇
花叢亂數蝶 風簾入雙燕
徒使春帶賒 坐惜紅顏變
平生一顧重 夙昔千金賤
故人心尚永 故心人不見
(下し文)
(王主簿の怨情に同じゅうす。)
披庭 絶国に幣され、長門 懽讌を失ふ。
相い蓬いては 蘼蕪を詠じ、寵を辭して 団扇を悲しむ。
花叢には 数蝶乱れ、風簾に 雙燕 入る。
徒らに春帯をして賒からしめ、坐ろに紅粧の変ずるを惜しむ。
生平 一顧に 重く、宿昔に
千金 賎し。
故人の心は 尚お爾り、 故心の人は 見ず。
(現代語訳)
(男の愛を失った婦人の悲しい運命を詠う)
漢延の大奥、掖庭宮から遠く離れた砂漠の向こうの匈奴に迎えられたのは王昭君である、衛子夫が後宮に入ると、子もなく武帝の寵を失って長門宮は冷宮となり、楽しい宴会に侍ることもなかったのは陳皇后である。
また、離縁されて、もとの夫に逢いたくて詠ったのは“靡蕪の詩”であり、班倢妤が天子の愛を奪われ、斥けられたときのいいぐさは、秋の「うちわ」である。これらは皆男の愛を失った婦人の悲しい運命である。
花さくくさむらに喋が二つ三つ乱れとび、風にゆられる簾の中には一対の燕が舞いこんでくる。
それを眺めやるわたしは、棄てられた身の悲しさに痩せ細って、春の帯もいたずらに長すぎるありさま、そぞろに紅の顕もふけてゆくのが惜しまれる。
日ごろはわたしの一顧を重んじて、昔黄金千金のねうちも賎しめたほどであった。
わが夫の心は今もなお昔にかわらぬ とは思うのだが、しかし昔ながらの心の人は見るよしもないのが今の世の常、それを思うて限りなくうらめしい。
(訳注解説・字解)
雜詩十二首
現存する詩は200首余り、その内容は代表作とされる山水詩のほか、花鳥風月や器物を詠じた詠物詩、友人・同僚との唱和・離別の詩、楽府詩などが大半を占める。
とりわけ叙景に優れ、謝霊運の山水詩を引き継ぎつつ、美を洞察する感受性は、他の六朝(りくちょう)詩人に類をみない。友人の沈約(しんやく)は謝の五言詩を「二百年来この詩なし」とたたえた。謝も沈約も竟陵王蕭子良(きょうりょうおうしょうしりょう)の文学サロンに出入りした八友の一人であるが、謝の詩は、唐詩の風を先駆けて切り開いており、唐の詩人李白(りはく)や杜甫(とほ)の評価も高い。尚書吏部郎に抜擢(ばってき)されてまもなく、王朝末期にありがちな皇帝廃立の陰謀に巻き込まれ、36歳で獄死した。『謝宣城集』5巻がある。
同王主簿怨情
(男の愛を失った婦人の悲しい運命を詠う)
掖庭聘絕國 長門失懽讌
漢延の大奥、掖庭宮から遠く離れた砂漠の向こうの匈奴に迎えられたのは王昭君である、衛子夫が後宮に入ると、子もなく武帝の寵を失って長門宮は冷宮となり、楽しい宴会に侍ることもなかったのは陳皇后である。
掖庭 宮殿のわきの殿舎。皇妃・宮女のいる所。後宮
絶国 かけはなれた国、しゅんやつ匈奴を指す。匈奴は、紀元前4世紀頃から5世紀にかけて中央ユーラシアに存在した遊牧民族および、それが中核になって興した遊牧国家であるが、漢の支配力が拡大し、匈奴の西域に対する支配力は低下していくことになる。
その後も匈奴と漢は戦闘を交え、匈奴は漢の李陵と李広利を捕らえるも、国力で勝る漢との差は次第に開いていった。
長門 漢の宮殿の名、漢の武帝の陳
皇后が退けられた宮殿の名。、皇后は帝の寵をほしいままにすること十余年なりしも、子無きため退けられて長門官にいた。司馬相如の『長門賦』では武帝の愛を失った陳皇后の女性心理を巧みに表現している。
相逢詠蘼蕪 辭寵悲團扇
また、離縁されて、もとの夫に逢いたくて詠ったのは“靡蕪の詩”であり、班倢妤が天子の愛を奪われ、斥けられたときのいいぐさは、秋の「うちわ」である。これらは皆男の愛を失った婦人の悲しい運命である。
蘼蕪 薬草の一種、おん
な草、また、かおり草。本書巻一巻頭の古詩に棄てられた妻が山に上って蘼蕪をとり、山から下りて敏夫に逢うと歌った詩がある。玉臺新詠巻一古詩八首其一 (上山採二靡蕪) 無名氏「上山採蘼蕪、下山逢故夫。」山に上りて靡蕪を採る、山より下れば故夫に逢ふ。私は山に香織くさなどの薬草採りに上ったが、山から下ると別れた元の夫に出逢うたのです。
悲団扇 漢成帝の妃班倢妤の故事。怨歌行 班婕妤(倢伃)
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怨歌行 |
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新裂齊紈素,皎潔如霜雪。 裁爲合歡扇,團團似明月。 出入君懷袖,動搖微風發。 常恐秋節至,涼風奪炎熱。 棄捐篋笥中,恩情中道絶。 |
新たに 齊の
紈素を 裂けば,皎潔にして 霜雪の 如し。 裁ちて 合歡の扇と 爲せば,團團として 明月に 似たり。 君が懷袖に 出入し,動搖すれば 微風 發す。 常に恐らくは 秋節の至りて,涼風 炎熱を 奪ひ。 篋笥の中に 棄捐せられ,恩情 中道に 絶えんことを。 |
花叢亂數蝶 風簾入雙燕
花さくくさむらに喋が二つ三つ乱れとび、風にゆられる簾の中には一対の燕が舞いこんでくる。
徒使春帶賒 坐惜紅顏變
それを眺めやるわたしは、棄てられた身の悲しさに痩せ細って、春の帯もいたずらに長すぎるありさま、そぞろに紅の顕もふけてゆくのが惜しまれる。
春帯 美しい春衣の帯。それが悩み 思うために緩くなってしまった。「古詩十九首」の「相去日己遠、衣帯日己緩」(相去ること日に己に遠く、衣帯は日に己に緩し) に基づく。
賒 「ながし」、又「とおし」の義。やせて緩やかになること。
坐 むやみにそのように思われてくること。
平生一顧重 夙昔千金賤
日ごろはわたしの一顧を重んじて、昔黄金千金のねうちも賎しめたほどであった。
生平 二字は、『文選』の一本は互倒して「平生」とする。この二句は『列女伝』の「楚の鄭子督」の話による。「楚の鄭子菅は、楚の成王の夫人なり。初め成王、台に登る。子菅は顧りみず。王日く、吾を顧りみれば汝に千金を与へんと。子菅は遂に行きて顧りみず」。
宿昔 李善は「昔、以前は」と解し「昔はあの人も、それに千金をかけるのを惜しまなかった」とするが、五臣(李周翰)注では上旬の「平生」(少年の日)と対して「衰老の日」と解する。「若い頃にはあれほど大切にしていたのに、容貌が衰えてくると、千金のごとくであった此の身も忽ち棄てられてしまう」。そうして更に此の二句には、主君から疎遠にされていることを怨む謝眺の思いが込められているであろうと言う。
故人心尚永 故心人不見
わが夫の心は今もなお昔にかわらぬ とは思うのだが、しかし昔ながらの心の人は見るよしもないのが今の世の常、それを思うて限りなくうらめしい。
故心人 三字、『文選』の一本は「故人心」に作るが、伝写の詭り。此の二句の意味は、新人に対する意ととって棄婦のこととする。李善は「古詩十九首」(第十八首)の「相去万除里、故人心尚爾」を引いているから、「あの人の心は今でも故のままであろうが、私の故のままの心をあの人は見てくれない」と解釈するのであろうか。しかし「故人」は己に心変わりしているのであるから、この解釈は正しくない。或いは李善は「故人心尚爾」という全く同じ表現の出典を指摘しただけかもしれない。「文選紗」は「故人」を棄婦ととり、「私の心はもとのままだけど、その心をあの人は見てくれない」と解釈する。

















