玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

花間集 巻二

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

(原文) 花間集 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5967

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 花間集卷第二 五十首

 

 

 

 

 

溫助教庭筠十六首

 

 

清平樂二首 遐方怨二首 訴衷情一首

 

 

思帝一首 夢江南二首 河傳三首

 

 

蕃女怨二首 荷葉盃三首

 

 

 

 

 

皇甫先輩松十二首

 

 

天仙子二首 浪濤沙二首 楊柳枝二首

 

 

摘得新二首 夢江南二首 採蓮子二首

 

 

 

 

 

韋相莊二十二首

 

 

浣溪紗五首 菩薩蠻五首 歸國遙三首

 

 

應天長二首 荷葉盃二首 清平樂四首

 

 

望遠行一首

 

 

 

 

 

溫助教庭筠十六首

 

 

巻二01清平樂二首其一上陽春晚,宮女愁蛾淺。新清平思同輦,爭那長安路遠。鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。競把黃金買賦,為妾將上明君。

 

 

巻二02清平樂二首其二洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

 

 

巻二03遐方怨二首其一憑繡檻,解羅幃。未得君書,斷腸,瀟湘春鴈飛。不知征馬幾時歸,海棠花謝也,雨霏霏。其二花半坼,雨初晴。

 

 

巻二04其二花半坼,雨初晴。未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。宿粧眉淺粉山橫,約鬟鸞鏡裡,繡羅輕。訴衷情鶯語花舞春晝午,雨霏微。

 

 

巻二05訴衷情鶯語花舞春晝午,雨霏微。金帶枕,宮錦,鳳凰帷。柳弱蜨交飛,依依。遼陽音信稀,夢中歸。思帝

 

 

巻二06思帝花花,滿枝紅似霞。羅袖畫簾腸斷,卓香車。迴面共人閑語,戰篦金鳳斜。惟有阮郎春盡,不歸家。

 

 

巻二07夢江南二首其一千萬恨,恨極在天涯。山月不知心裏事,水風空落眼前花,搖曳碧雲斜。

 

 

巻二08夢江南二首其二梳洗罷,獨倚望江樓。過盡千帆皆不是,斜暉脉脉水悠悠,腸斷白蘋洲。

 

 

巻二09河傳三首其一江畔,相喚。曉妝仙,仙景箇女採蓮。請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

 

 

巻二10河傳三首其二湖上,閑望。雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。謝娘翠娥愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。蕩子天涯歸棹遠,春已晚,鶯語空腸斷。若耶溪,溪水西,柳堤,不聞郎馬嘶。

 

 

巻二11河傳三首其三同伴,相喚。杏花稀,夢裡每愁依違。仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

 

 

巻二12蕃女怨二首其一萬枝香雪開已遍,細雨雙鷰。鈿蟬箏,金雀扇,畫梁相見。鴈門消息不歸來,又飛迴。

 

 

巻二13蕃女怨二首其二磧南沙上驚鴈起,飛雪千里。玉連環,金鏃箭,年年征戰。畫樓離恨錦屏空,杏花紅。

 

 

巻二14荷葉盃三首其一一點露珠凝冷,波影。滿池塘。綠莖紅豔兩相亂,腸斷。水風涼。

 

 

巻二15荷葉盃三首其二鏡水夜來秋月,如雪。採蓮時。小娘紅粉對寒浪,惆悵。正思想。

 

 

巻二16荷葉盃三首其三楚女欲歸南浦,朝雨。濕愁紅。小船搖漾入花裏,波起。隔西風。

 

 

 

 

皇甫先輩松十二首

 

 

巻二17天仙子二首其一晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

 

 

巻二18天仙子二首其二躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

 

 

巻二19浪淘沙二首其一灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

 

 

巻二20浪淘沙二首其二蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

 

 

巻二21楊柳枝二首其一春入行宮映翠微,玄宗侍女舞煙絲。如今柳向空城綠,玉笛何人更把吹。

 

 

巻二22楊柳枝二首其二爛熳春歸水國時,王宮殿柳絲垂。黃鶯長叫空閨畔,西子無因更得知。

 

 

巻二23摘得新二首其一酌一巵,須教玉笛吹。錦筵紅燭,莫來遲。繁紅一夜經風雨,是空枝。

 

 

巻二24摘得新二首其二摘得新,枝枝葉葉春。管弦兼美酒,最關人。平生都得幾十度,展香茵。

 

 

巻二25夢江南二首其一蘭燼落,屏上暗紅蕉。閑夢江南梅熟日,夜舡吹笛雨蕭蕭,人語驛邊橋。

 

 

巻二26夢江南二首其二樓上寢,殘月下簾旌。夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,雙髻坐吹笙。

 

 

巻二27採蓮子二首其一菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)。晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

 

 

巻二28採蓮子二首其二舡動湖光灔灔秋(舉棹),貪看年少信舡流(年少)。無端隔水蓮子(舉棹),遙被人知半日羞(年少)。

 

 

 

 

 

韋相莊二十二首

 

 

巻二29浣溪紗五首其一清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾幕月明風。

 

 

巻二30浣溪紗五首其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾幕月明風。此夜有情誰不極,隔牆棃雪又玲瓏,玉容憔悴惹微紅。其三惆悵夢餘山月斜,孤燈照壁背紅紗,小樓高閣謝娘家。

 

 

巻二31浣溪紗五首其三惆悵夢餘山月斜,孤燈照壁背紅紗,小樓高閣謝娘家。暗想玉容何所似,一枝春雪凍梅花,滿身香霧簇朝霞。其四綠樹藏鶯鶯正啼,柳絲斜拂白銅堤,弄珠江上草萋萋。

 

 

巻二32浣溪紗五首其四綠樹藏鶯鶯正啼,柳絲斜拂白銅堤,弄珠江上草萋萋。日暮飲歸何處客,繡鞍驄馬一聲嘶,滿身蘭麝醉如泥。其五夜夜相思更漏殘,傷心明月凭欄干,想君思我錦衾寒。

 

 

巻二33浣溪紗五首其五夜夜相思更漏殘,傷心明月凭欄干,想君思我錦衾寒。咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看,幾時攜手入長安。其一紅樓別夜堪惆悵,香燈半捲流蘇帳。

 

 

巻二34菩薩蠻五首其一紅樓別夜堪惆悵,香燈半捲流蘇帳。殘月出門時,美人和淚辭。琵琶金翠羽,弦上黃鶯語。勸我早歸家,綠窗人似花。

 

 

巻二35菩薩蠻五首其二人人盡江南好,遊人只合江南老。春水碧於天,畫舡聽雨眠。鑪邊人似月,皓腕凝雙雪。未老莫還,還須斷腸。

 

 

巻二36菩薩蠻五首其三如今卻憶江南樂,當時年少春衫薄。騎馬倚斜橋,滿樓紅袖招。翠屏金屈曲,醉入花叢宿。此度見花枝,白頭誓不歸。

 

 

巻二37菩薩蠻五首其四勸君今夜須沉醉,罇前莫話明朝事。珍重主人心,酒深情亦深。須愁春漏短,莫訴金盃滿。遇酒且呵呵,人生能幾何。

 

 

巻二38菩薩蠻五首其五洛陽城裡春光好,洛陽才子他老。柳暗魏王堤,此時心轉迷。桃花春水淥,水上鴛鴦浴。凝恨對殘暉,憶君君不知。

 

 

巻二39歸國遙三首其一春欲暮,滿地落花紅帶雨。惆悵玉籠鸚鵡,單栖無伴侶。南望去程何許,問花花不語。早晚得同歸去,恨無雙翠羽。

 

 

巻二40歸國遙三首其二金翡翠,為我南飛傳我意。罨畫橋邊春水,幾年花下醉。別後只知相愧,淚珠難遠寄。羅幕繡幃鴛被,舊歡如夢裏。

 

 

巻二41歸國遙三首其三春欲晚,戲蝶遊蜂花爛熳。日落謝家池館,柳絲金縷斷。睡覺綠鬟風亂,畫屏雲雨散。閑倚博山長歎,淚流沾皓腕。

 

 

巻二42應天長二首其一綠槐陰裡黃鶯語,深院無人春晝午。畫簾垂,金鳳舞,寂寞繡屏香一炷。碧天雲,無定處,空有夢魂來去。夜夜綠風雨,斷腸君信否。

 

 

巻二43應天長二首其二別來半音書,一寸離腸千萬結。難相見,易相別,又是玉樓花似雪。暗相思,無處,惆悵夜來烟月。想得此時情切,淚沾紅袖

 

 

巻二44荷葉盃二首其一代佳人難得,傾國,花下見無期。一雙愁黛遠山眉,不忍更思惟。閑掩翠屏金鳳,殘夢,羅幕畫堂空。碧天無路信難通,惆悵舊房櫳。

 

 

巻二45荷葉盃二首其二記得那年花下,深夜,初識謝娘時。水堂西面畫簾垂,攜手暗相期。惆悵曉鶯殘月,相別,從此隔音塵。如今俱是異人,相見更無因。

 

 

巻二46清平樂四首其一春愁南陌,故國音書隔。細雨霏霏棃花白,鷰拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上淚痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望銷魂。

 

 

巻二47清平樂四首其二野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。夢覺半床斜月,小風觸鳴琴。

 

 

巻二48清平樂四首其三何處游女,蜀國多雲雨。雲解有情花解語,窣地繡羅金縷。粧成不整金鈿,含羞待月鞦韆。住在綠槐陰裡,門臨春水橋邊。

 

 

巻二49清平樂四首其四鶯啼殘月,繡閣香燈滅。門外馬嘶郎欲別,正是落花時節。粧成不畫蛾眉,含愁獨倚金扉。雲路香塵莫掃,掃即郎去歸遲。

 

 

巻二50望遠行欲別無言倚畫屏,含恨暗傷情。謝家庭樹錦雞鳴,殘月落邊城。人欲別,馬頻嘶,綠槐千里長堤。出門芳草路萋萋,雲雨別來易東西。不忍別君後,卻入舊香閨。

 

 

 

 

    

4-417《浪濤沙二首其二》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-600-4-(417) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4547

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

 
 2014年7月23日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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37-#2 《古風五十九首之三十七》Index-26Ⅳ-1 747年天寶六年47歳466古風,五十九首之三十七燕臣昔慟哭, <37-#2> Ⅰ李白詩1199 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4543 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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4-417《浪濤沙二首其二》皇甫松唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-600-4-(417)  四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4547

 

 

浪淘沙二首其一

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

(浪淘沙 二首其の一)

灘の頭 細草 疎林に接し,浪惡く 罾舡 半ば沉まんと欲す。

宿鷺 眠鷗 舊浦に飛び,去年 沙觜 是れ江の心なり。

 

 

浪淘沙二首其二

蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

(歌妓の一生を鵁鶄に比喩して詠う。)

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

そこに波が起こり、鵁鶄は安眠することが出来なくて、そのまま寒気の砂浜に残され、心寂しくかろうじて生き延びて、そして何時とはなく長江の流れの中に入り流れ去ってゆくのである。ここの女は、年を取るとみんな同じように何処かへいなくなっていくのが通常のことなのだ。

(浪淘沙 二首其の二)

蠻歌 豆 北人の愁,蒲雨 杉風 野艇の秋。

浪起き 鵁鶄 眠りは得られず,寒沙 細細にして 江に入りて流る。

水鳥ケリ001
 

 

『浪淘沙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

浪淘沙二首其二

蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

 

蠻歌豆北人愁,松雨蒲風野艇秋。

浪起眠不得,寒沙細細入江流。

 

(下し文)

(浪淘沙 二首其の二)

蠻歌 豆 北人の愁,蒲雨 杉風 野艇の秋。

浪起き 鵁鶄 眠りは得られず,寒沙 細細にして 江に入りて流る。 

 

(現代語訳)

(歌妓の一生を鵁鶄に比喩して詠う。)

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

そこに波が起こり、鵁鶄は安眠することが出来なくて、そのまま寒気の砂浜に残され、心寂しくかろうじて生き延びて、そして何時とはなく長江の流れの中に入り流れ去ってゆくのである。ここの女は、年を取るとみんな同じように何処かへいなくなっていくのが通常のことなのだ。

 

(訳注)

浪淘沙二首其二

(歌妓の一生を鵁鶄に比喩して詠う。)

花間集には浪淘沙は皇甫松の二首が所収されている。雑曲歌辞、七言絶句形式、二十八字四句三平韻⑦⑦7⑦の詞形をとる。

皇甫松(生卒年不詳・父皇甫湜が約777~約830とされているので約800~約850と考える。親子とも、隠遁者の為形跡を遺していない)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花問集』 には十二首の詞が収められている。

《雑曲歌辞》 

浪淘沙 雑曲歌辞であるところの浪淘沙【ろうとうさ】。波が砂をよなげる。この作は、黄河や長江の流れを詠じている。『楚辭』の九歌に擬しているといわれる。

雑曲歌辞:楽府詩の一つ。内容は雑然としており、志を描写するものや感情を発露するものであり、宴遊や歓楽、うらみや別離の情、行役や征戍の苦労を詠ったものがある。・浪淘沙:なみが砂を洗う。詞牌・『浪淘沙』となる。 ・淘:よなげる。米を水に入れて、ゆりとぐ。物を水に入れて、揺らし動かして洗う。

ゆりかもめ002
 

蠻歌 豆 北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

蠻歌 珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていることをさす。

 ニクズク属は、ニクズク科の1属。学名Myristica。ミリスティカ属とも。属名はギリシャ語で香油を意味するミュリスティコス から。 熱帯性の常緑高木。東南アジア、オーストラリアに自生。 種子から、スパイスのナツメグ とメース 、生薬の肉荳蔲が作られる。

蒲雨 集中豪雨。スコール。

野艇 採蓮や、菱摘みを見る遊び。

 

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

そこに波が起こり、鵁鶄は安眠することが出来なくて、そのまま寒気の砂浜に残され、心寂しくかろうじて生き延びて、そして何時とはなく長江の流れの中に入り流れ去ってゆくのである。ここの女は、年を取るとみんな同じように何処かへいなくなっていくのが通常のことなのだ。

鵁鶄 ごいさぎ.(1)、一名{-+}。鳬に似て脚高く毛冠あり(2)。高木に巣くい、子を穴中に生む。子其の母の翅を銜へ飛びて上下す(3)。淮賦の所謂、「鸕{+}は雛を八九に吐く、鵁鶄は翼を銜へ低昂する」者なり。

細細 1 非常に細いさま。また、細く弱々しいさま。「―とした声」2 かろうじて続いているさま。また、やっとのことで維持するさま。
haqro04
 

4-416《浪濤沙二首其一》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-599-4-(416) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4542

皇甫松《浪濤沙二首其一》緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

 
 2014年7月22日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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4-416《浪濤沙二首其一》皇甫松唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-599-4-(416)  二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4542

 

 

浪淘沙二首其一

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

(浪淘沙 二首其の一)

灘の頭 細草 疎林に接し,浪惡く 罾舡 半ば沉まんと欲す。

宿鷺 眠鷗 舊浦に飛び,去年 沙觜 是れ江の心なり。

 

浪淘沙二首其二

蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

(浪淘沙 二首其の二)

蠻歌 豆 北人の愁,蒲雨 杉風 野艇の秋。

浪起き 鵁鶄 眠りは得られず,寒沙 細細にして 江に入りて流る。

 

roudai112
 

『浪淘沙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

浪淘沙二首其一

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

 

(下し文)

浪淘沙二首其一

灘の頭 細草 疎林に接し,浪惡く 罾舡 半ば沉まんと欲す。

宿鷺 眠鷗 舊浦に飛び,去年 沙觜 是れ江の心なり。

 

(現代語訳)

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

杏の花0055
 

(訳注)

浪淘沙二首其一

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

花間集には浪淘沙は皇甫松の二首が所収されている。雑曲歌辞、七言絶句形式、二十八字四句三平韻⑦⑦7⑦の詞形をとる。

皇甫松(生卒年不詳・父皇甫湜が約777~約830とされているので約800~約850と考える。親子とも、隠遁者の為形跡を遺していない)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花問集』 には十二首の詞が収められている。

《雑曲歌辞》 

浪淘沙 雑曲歌辞であるところの浪淘沙【ろうとうさ】。波が砂をよなげる。この作は、黄河や長江の流れを詠じている。『楚辭』の九歌に擬しているといわれる。

雑曲歌辞:楽府詩の一つ。内容は雑然としており、志を描写するものや感情を発露するものであり、宴遊や歓楽、うらみや別離の情、行役や征戍の苦労を詠ったものがある。・浪淘沙:なみが砂を洗う。詞牌・『浪淘沙』となる。 ・淘:よなげる。米を水に入れて、ゆりとぐ。物を水に入れて、揺らし動かして洗う。

鸂鶒けいせき001
 

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

罾 正方形の網の四隅を竹ざおで張った沙網。水底に沈めておいて、時々引き上げて魚をとる。

 

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

舊浦 昔の入り江の港の方。長江の港の近くにある花街、或は祠に併設された娼屋を指す。

【し】二十八宿の一。西方の第六宿。オリオン座北部の三つの星をさす。とろきぼし。觜宿。付き合いをするには吉とされて始めたものの、別れたというほどの意味になろうか。皇甫松の作品は暗示的な表現が多い。
haqro04
 

4-415《天仙子二首其二》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-598-4-(415) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4537

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち、暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行ったのは春の終わりで、もう秋に似なるも未練だけが残る。

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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36 《古風五十九首之三十六》Index-32Ⅳ-7 753年天寶十二年53歳583古風,五十九首之二十五世道日交喪, <36> Ⅰ李白詩1194 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4518 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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416-#4 《示爽》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集823年長慶三年<1110>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4534韓愈詩-416-#4 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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天仙子二首其一

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

(天仙子二首其の一)

晴れた野 鷺鷥【ろし】 一隻飛び,水花發っして秋江 碧なり。

劉郎 此日 天仙に別れ,綺席に登り,淚 珠と滴る,十二晚峯 高く歷歷たり。

 

天仙子二首其二

(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち、暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行ったのは春の終わりで、もう秋に似なるも未練だけが残る。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

女も年を重ねて行く様に、行き過ぎていく人も年を経た人に変わっていく、若い初めのころに帰って来るのなら、千も、万里もいとうことはない。(待つことだけできるから。)夢では、交じり合い、互いに寄り添う。悩んで苦しむことばかり、「天仙」と呼ばれて、まさにこれからも依然としてここにいるだけなのだ。

(天仙子二首其の二)

躑躅の花 開き 紅い水に照し,鷓鴣 飛びて遶ぐり 青山の觜に飛遶す。

行人 を經て 始めて歸り來りて,千萬里,錯り相い倚る,懊惱するも天仙 應に以ってする有り。

 

翠冠001
 

『天仙子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

 

(下し文)

(天仙子二首其の二)

躑躅【つつじ】花開き紅に 水に照し,鷓鴣 青山の觜に飛遶す。

行人 を經て 始めて歸り來りて,千萬里,錯り相い倚る,懊惱するも天仙 應に以ってする有り。

 

(現代語訳)

(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち、暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行ったのは春の終わりで、もう秋に似なるも未練だけが残る。

女も年を重ねて行く様に、行き過ぎていく人も年を経た人に変わっていく、若い初めのころに帰って来るのなら、千も、万里もいとうことはない。(待つことだけできるから。)夢では、交じり合い、互いに寄り添う。悩んで苦しむことばかり、「天仙」と呼ばれて、まさにこれからも依然としてここにいるだけなのだ。

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(訳注)

天仙子二首

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花問集』 には九首所収。皇甫松の作は二首収められている。単調三十四字、六句五仄韻で、❼❼❼❸の詞形をとる。

「天仙子」であるから、①宮女、②道観に併設された館。祠の巫女、について詠ったもの。

天仙子二首其二

(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

 

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち、暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行ったのは春の終わりで、もう秋に似なるも未練だけが残る。

○躑躅 1 足踏みすること。ためらうこと。2 つつじ。ツツジとはツツジ科の植物であり、学術的にはツツジ属の植物の総称である。ただしドウダンツツジのようにツツジ属に属さないツツジ科の植物にもツツジと呼ばれるものがあるので注意が必要である。

鷓鴣 ① キジ目キジ科の鳥のうち,ウズラよりひとまわり大きく,尾が短くて,茶褐色の地味な色彩をしたものの一般的な呼称。 古く,ヤマウズラを誤って呼んだ称。

青山 遠くに見える春の山。・青山 孟浩然の自然を動的に表現、遠近法的表現する。また、青は春を意味する。城郭の向こうに小高い山、峴山を遙かに望むことを意味する。襄陽城郭の外側、向こう側。孟浩然の自然を動的に表現、遠近法的表現する。また、青は五行思想で春を意味する。孟浩然は、春の季語として、青山を使っている。『峴山餞房琯、崔宗之』『登安陽城樓』『舟中曉望』『送友人之京』などに見える。城郭の向こうに小高い山、春の峴山を遙かに望むことを意味する。そびえる山には斜めという表現をしない。この「青き山」は次の「桑麻」の語にかかり、邵平などの故事に繋がっていく。

過故人莊

故人具雞黍,邀我至田家。

綠樹村邊合,青山郭外斜。

開筵面場圃,把酒話桑麻。

待到重陽日,還來就菊花。

311  〃   過故人莊       

觜 【し】二十八宿の一。西方の第六宿。オリオン座北部の三つの星をさす。とろきぼし。觜宿。この語は、西を意味し、秋を指す。

鷓鴣 ① キジ目キジ科の鳥のうち,ウズラよりひとまわり大きく,尾が短くて,茶褐色の地味な色彩をしたものの一般的な呼称。 古く,ヤマウズラを誤って呼んだ称。鷓鴣 『南越志』「常に日に向ひて飛ぶ。飛びて数ば月に随ふ。蓋し正月の如きは一飛して止む()。霜露を畏れ、早晩出づること稀なり。時有りて夜に飛ぶ。飛べば則ち木葉を以て自ら其の背を覆ふ。古牋に云ふ、偃鼠は河に飲むも腹を満たして止み、鷓鴣は葉を銜ふるも才かに能く身を覆ふとは、此れの謂ひなり。臆前に白円点文有り、多く対ひて啼く、志は常に南に嚮ひ、北に徂くを思はず。」、「鷓鴣は東西に回翔すと雖も、然れども開翅の始め必ず先づ南に翥ぶ」とは、亦胡馬は北に嘶くの義なり。『本草』「鷓鴣は形は母雞に似たり。鳴きて鉤輈格磔と云ふ」と。『嶺表異録』「肉は白くして脆なり。味は雞雉に勝る」と。

「早晩出づること稀なり」とあるのは餌をとる姿が観察されたためだろう。「時有りて夜に飛ぶ。飛べば則ち木葉を以て自ら其の背を覆ふ」とは、シャコの地上で生活し樹上で眠るという習性を指していると考えられるが、陸佃は『荘子』の言を引き、シャコの慎み深さを指していると考えている。ここでは、一羽が鳴きはじめると近くにいるものもすぐにこれに加わるというシャコの習性をいう。

 

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

女も年を重ねて行く様に、行き過ぎていく人も年を経た人に変わっていく、若い初めのころに帰って来るのなら、千も、万里もいとうことはない。(待つことだけできるから。)夢では、交じり合い、互いに寄り添う。悩んで苦しむことばかり、「天仙」と呼ばれて、まさにこれからも依然としてここにいるだけなのだ。

行人 出征するに別れて行く人。別れてゆく人。旅人。牛嶠《柳枝五首其一》「解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。」

 何年も年を経過する。

始歸來 初めて帰って来る。

千萬里 千里も万里も遠いさま。

錯相倚 錯:1 乱れて入りくむ。まじる。「錯雑・錯綜(さくそう)/交錯」2 まちがえる。あやまる。

懊惱 悩みもだえること。 「 -の極み」 「人生の岐路に立って-する」二 ( トタル ) [文] 形動タリ 悩みもだえるさま。

天仙 天上の仙人。神仙。道妓、巫女。

 

 

 【女尼、女冠、女巫】 (2

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家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。しかし、こうした人は少数で圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。また、家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観に入らざるをえなかった者もいる。

また妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。

宮人・宮妓が通観に入る例も少なからぬ割合を占める。彼女たちは年をとり宮中を出でも頼るべき場所とてなく、大多数が寺院・通観を最後の安住の地とした。長安の政平坊にあった安国観の女這士の大半は上陽宮の宮人であった(『唐語林』巻七)。詩人たちは女尼,女冠,女巫かつて、「斎素と白髪にて宮門を酢で、羽服・星冠に道意(修行心)存す」(戴叔倫「宮人の入道するを送る」)、「君看よ白髪にて経を詞する者を、半ばは走れ宮中にて歌舞せし人なり」(慮輪「玉真公主の影殿を過ぎる」)などと詠んで嘆いた。最後になったが、他に貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。総じて言えば、出家は女性たちが他に生きる道がない状況下における、最後の出路、最後の落ち着き先になったのである。

  

 

芸妓について

妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。

もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。

1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

 

1 宮妓

皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。

 

2 家妓

高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。

 

3営妓

軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

 

4官妓

中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。

唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。

 

5民妓

民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。

6.道妓

道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

 

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。

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皇甫松《天仙子二首其一》晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

 
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花間集巻二 皇甫松《天仙子二首》

 

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

 

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

 

 

 

花間集巻三 韋莊《天仙子五首》

 

天仙子五首其一

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

 

天仙子五首其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

 

天仙子五首其三

蟾彩霜華夜不分,天外鴻聲枕上聞,繡衾香冷嬾重熏。

人寂寂,葉紛紛,才睡依前夢見君。

 

天仙子五首其四

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

 

天仙子五首其五

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。

 

 

 

 

花間集 巻六 和凝 《天仙子二首》

 

天仙子二首其一

柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。

桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

 

天仙子二首其二

洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。

阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。

流水桃花空斷續。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『天仙子』九首

 

 

作者



初句7字

 

 

皇甫先輩松

巻二

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻

 

 

巻二

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水

 

 

韋相莊

巻三

天仙子 其一

悵望前回夢裏期,

 

 

巻三

天仙子 其二

深夜歸來長酩酊,

 

 

巻三

天仙子 其三

蟾彩霜華夜不分,

 

 

巻三

天仙子 其四

夢覺雲屏依舊空,

 

 

巻三

天仙子 其五

金似衣裳玉似身,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

天仙子二首 其一

柳色披衫金縷鳳,

 

 

巻六

天仙子二首 其二

洞口春紅飛蔌蔌,

 

 

 

 

 

 

 

 

皇甫松(生卒年不詳)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花問集』 には十二首の詞が収められている。

 

 

 

 

 

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

(天仙子二首其の一)

晴れた野 鷺鷥【ろし】 一隻飛び,水花發っして秋江 碧なり。

劉郎 此日 天仙に別れ,綺席に登り,淚 珠と滴る,十二晚峯 高く歷歷たり。

 

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

(天仙子二首其の二)

躑躅 花開き 水を紅に照す,鷓鴣 青山の觜に飛遶す。

行人 て 始めて歸り來り,千萬里,錯相倚,懊惱 天仙 應に以ってす有り。

 

 

『天仙子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

 

(下し文)

(天仙子二首其の一)

晴れた野 鷺鷥 一隻飛び,水の花發っして秋江 碧なり。

劉郎 此日 天仙に別れ,綺席に登り,淚 珠と滴る,十二晚峯 高く歷歷たり。

 

(現代語訳)

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

 

 

(訳注)

天仙子二首

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花問集』 には九首所収。皇甫松の作は二首収められている。単調三十四字、六句五仄韻で、❼❼❼❸の詞形をとる。

「天仙子」であるから、①宮女、②道観に併設された館。祠の巫女、について詠ったもの。

天仙子二首其一

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

【解説】 仙女のごとき道教の寺の尼と男の別れを詠う。当時、道教や仏教の尼寺は男に春をささげぐ所と化していた。末句の十二峯は巫山の著名な十二の峯のことで、宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

bijo02

 【女尼、女冠、女巫】

 唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。『唐六典』(巻四)に、盛唐の時代、天下に女道士のいる550の道観、2,122の尼寺があったと記されている。尼や女道士の数はさらに相当なものである。『旧唐書』の「傅奕伝」に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』の 「百官志」には「天下の女冠は9,888人、女尼は50,576人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(841846)、僧尼は二26万人を超えていた。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には二十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦煌地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦煌資料』)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、御らく数倍にはなるのではないだろうか。国としても無視できない階層を形成していたのである。

この数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬪・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。娼屋のOGなどの駆け込み寺観が存在していたのである。

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

〇鷺鷺 白鷺。

 水辺に生える蓼の仲間のオオケタデ。【思いやり・汚れない心】水/水草名。一年生草本。全株有毛。叶子卵形,花色或白色,可观赏,花果可入

 

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

〇劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

顧夐『甘州子五首其三』「曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。山枕上,長是怯晨鐘。」13-12《甘州子五首其三》顧太尉(顧夐【こけい】)55首 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-465-13-(12) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3872

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

・阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉郎は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

〇天仙 天台山の仙女。ここでは道教の寺の尼を指す。

○登綺席 素晴らしい酒席に着く。ここでは別離の宴の席に着くこと。

〇十二晩峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。

毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

〇歷歷 一つ一つがはっきりとしている、きまり


 

皇甫湜(こうほしょく、777835)に和し、其の韻を用う」はこの年の冬の作である。皇甫湜、字は持正・睦州新安の人で、806年元和元年進士試験を通過し、陸渾県の尉となり、元和三年、さらに上級の賢良方正能直言極諌科に及第し、すこぶる意気があがっていた。韓愈にとっては11歳年下の友人でもあり弟子でもあったひとである。皇甫湜は、その任地でおこった大きな山火事を「陸渾山火」という長詩に仕立てて、韓愈におくった。皇甫湜は散文にはひいでた才能をもっているくせに、詩となるとてんで見ばえがしない。

 

皇甫湜777—835年),字持正,睦州新安(今浙江淳安)人。唐代文學家。是引發牛李黨爭的人物之一。 元和進士,官至工部郎中。裴度辟為判官。皇甫湜出韓愈門下,從韓愈學古文,思想傾向與韓愈相近,為文亦言聖道,但其闢佛不若韓愈積極。

 

 

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#0>Ⅱ中唐詩493 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1558

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#1>Ⅱ中唐詩494 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1561

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陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 詩<93-#5>Ⅱ中唐詩498 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1573

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 詩<93-#6>Ⅱ中唐詩499 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1576

石佛谷 皇甫湜 詩<94-#1>Ⅱ中唐詩498 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1573

石佛谷 皇甫湜 詩<94-#2>Ⅱ中唐詩501 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1582

石佛谷 皇甫湜 詩<94-#3>Ⅱ中唐詩502 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1585

《讀皇甫湜公安園池詩書其後〔一本為二首。〕》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <875  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3359韓愈詩-221ー#1

《讀皇甫湜公安園池詩書其後〔一本為二首。〕》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <876  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3364韓愈詩-221ー#2

《讀皇甫湜公安園池詩書其後〔一本為二首。〕》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <877  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3369韓愈詩-221ー#3

《讀皇甫湜公安園池詩書其後〔一本為二首。〕》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <878  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3374韓愈詩-221ー#4

 

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春も暮れかかってきた杏花ちりおちて、疎らに残っているだけだ。もう夢だけでしか会えなくなったこの閨でも、依然とは違った生活で、愁えている毎日だ。ここに来る旅の人は燕は一たび去ると既に飛ぶのをやめる。そして、帰ることはない。別れて残されたものの頬には涙の痕が残っており、着物を中には空しさだけが残っている。

 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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1-65-413《河傳三首其三》温庭筠Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-596-1-65-(413)  二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4527

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河傳』十八首

 

 

溫庭筠

巻二

河傳三首其一

江畔,相喚。曉妝仙,仙景箇

 

 

巻二

河傳三首其二

湖上,閑望。雨蕭蕭,煙浦花

 

 

巻二

河傳三首其三

同伴,相喚。杏花稀,夢裡每

 

 

韋莊

巻二

105 河傳 其一 韋荘

何處,煙雨,隋堤

 

 

巻二

106 河傳三首 其二 韋荘

春晚,風暖,錦城

 

 

巻二

107 河傳三首 其三 韋荘

錦浦,春女,繡衣

 

 

張泌

巻五

河傳 二首之一 張泌【ちょうひつ】 

渺莽雲水,惆悵暮

 

 

巻五

河傳 二首之二 張泌【ちょうひつ】

紅杏,交枝相映,

 

 


巻七

 河傳三首 其一顧夐【

鷰颺,晴景。小

 

 

巻七

河傳三首 其二顧夐

曲檻,春晚。

 

 

巻七

13-9《 河傳三首 其三 顧夐

棹舉,舟去,波光

 

 

孫光憲

巻七

14-350《河傳四首(1)》孫光憲

太平天子,等閑遊

 

 

巻七

14-351《河傳四首(2)》孫光憲

柳拖金縷,着煙籠

 

 

巻七

14-352河傳四首(3)》孫光憲

花落,煙薄,謝家

 

 

巻七

14-353《河傳四首(4)》孫光憲

風颭,波斂。

 

 

閻選

巻九

河傳一首

秋雨,秋雨,

 

 

李珣

巻十

河傳二首其一

朝雲暮雨,依舊

 

 

 

巻十

河傳二首其二

落花深處,啼鳥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《河傳三首其一》

江畔,相喚。

曉妝仙,仙景箇女採蓮。

請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。

紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。

浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

(大江のほとりの女の館に貴公子たちが遊びに来る、遊んだあとはそれぞれ女を棄てて帰っていくと詠う)

大江の岸辺のあたりで、女たちにむけて大きな声で呼び合っている。

朝化粧をきれいにした女たちがいる、こちらには川辺の祠館の風景の中で、今しも、一人の女が蓮を摘み取っている。

あなたにお願いしたいのは向うの方に行ってはダメだということ、あそこの岸辺のこと。貴公子がいるのだ。かれらはよい花の美人ばかりを新たに選んで行ってあの船をいっぱいにしようとしている。

採蓮の女は、紅い袖をたくし上げて素肌を見せている。そちらから吹いてくる風は暖かい。しろくかがやくうでを船縁から垂らして蓮を摘む。恋い焦がれた思いをいくら向けようとも、貴公子は柳の梢を断ち切るようにすぐわかれるだろう。

入り江の港から南に向かって帰っていくもの、同じように北に帰るものがいたとしてもそれ以上を知ろうとするものではない。やがて夕刻になるように若さもやがてなくなるもので、歳をとっても捨てられないというのも稀な事なのだ。

(河傳三首 其の一)

江畔,相いに喚【よびあ】う。

曉妝の仙,仙景 箇女 蓮を採る。

君に請う 向う莫れ 那の岸邊,少年,花を好み 新たに舡滿つ。

紅袖 搖れ曳き 風暖を逐う,玉腕を垂れ,腸は向えど 柳絲斷つ。

浦南 歸りて,浦北 歸り,知る莫れ,晚來りて 人に稀れなり。

 

河傳三首其二

湖上,閑望。

雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。

謝娘翠蛾愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。

蕩子天涯歸棹遠,春已晚,語空腸斷。

若耶溪,溪水西。

柳堤,不聞郎馬嘶。

湖の上り,閑かに望む。

雨 蕭蕭として,煙める浦に花橋の路遙なり。

娘 翠蛾を謝するは愁い消さず,終に朝なり,夢魂は晚の潮に迷う。

蕩子は天涯にあり棹して歸るは遠く,春 已に晚く,鶯語 空しく腸斷す。

若耶溪,溪水の西。

柳の堤,郎の馬嘶くも聞えず。

湖のほとりの樓閣から、静かに湖面を眺めている。

雨はしとしとと降り続いてる。雨靄のかかった入り江に、橋のほとりに花が雨に潤い鮮やかにさいている、その路はとおくはるかにかすんでいる。

嘗ては謝安に携えられた娘のようであったのに今は、みどりの蛾眉が消えかけても愁いは消えないでいるのです。宵の化粧もそのままについにあさになるのです、あの人は夜は夢のなか、昼は魂さえも雨靄に、夕ぐれになれば潮のあとを追って迷ってばかりなのでしょう。

空のはてに行ったまま、わたしのことも忘れてしまっている放蕩癖のあの人が、舟にのって帰ってくることはないのでしょうか。この長雨で春はもう過ぎて行こうとしています。鶯の鳴き声を聞くたびにただむなしい下腹はいたくなるだけなのです。

若耶渓にも女が居ます、西施が足を洗って見初められた渓川の西の方に。

楊柳を折った柳の堤に、ここにはあの人が旅立つときに乗った馬のいなないたのに、今はなにもきこえないのです。

『河傳』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-49-2-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1812

 

河傳三首其三

同伴,相喚。

杏花稀,夢裡每愁依違。

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

(女の盛り、春の盛りにはいつも一緒に過ごしたのに、春も終わり、男は旅に出て帰って来ることはなかった、秋を迎えれば悲愁であり、心は傷つくばかりと詠う。)

いつも一緒だったし、何時も声を掛け合った。

春も暮れかかってきた杏花ちりおちて、疎らに残っているだけだ。もう夢だけでしか会えなくなったこの閨でも、依然とは違った生活で、愁えている毎日だ。

ここに来る旅の人は燕は一たび去ると既に飛ぶのをやめる。そして、帰ることはない。別れて残されたものの頬には涙の痕が残っており、着物を中には空しさだけが残っている。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、春霞は広がり渡ってこの南苑に漂い渡る。

柳永が「雪梅香」という歌曲で、宋玉が九辯であらわした「悲愁」を詠い、柳の並木は長く続いている、その先にはまだあどけない女が一人、でもそれからは人として生きていても毎日は心痛められる事ばかりなのだ。

 

(河傳三首其の三)

同伴し,相い喚ぶ。

杏花稀れにして,夢裡 每に依違を愁う。

仙客 一去って 鷰已に飛び,歸らず,淚痕 空しく衣滿つ。

天際 雲鳥 晴遠を引く,春已に晚れ,煙靄 南苑に渡る。

雪梅 香り,柳帶 長く,小娘,轉た人をして意傷きわ令む。

紅梅00
 

 

河傳三首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

河傳三首其三

同伴,相喚。

杏花稀,夢裡每愁依違。

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

 

 

芙蓉33302
(
下し文)

(河傳三首其の三)

同伴し,相い喚ぶ。

杏花稀れにして,夢裡 每に依違を愁う。

仙客 一去って 鷰已に飛び,歸らず,淚痕 空しく衣滿つ。

天際 雲鳥 晴遠を引く,春已に晚れ,煙靄 南苑に渡る。

雪梅 香り,柳帶 長く,小娘,轉た人をして意傷きわ令む。

 

(現代語訳)

(女の盛り、春の盛りにはいつも一緒に過ごしたのに、春も終わり、男は旅に出て帰って来ることはなかった、秋を迎えれば悲愁であり、心は傷つくばかりと詠う。)

いつも一緒だったし、何時も声を掛け合った。

春も暮れかかってきた杏花ちりおちて、疎らに残っているだけだ。もう夢だけでしか会えなくなったこの閨でも、依然とは違った生活で、愁えている毎日だ。

ここに来る旅の人は燕は一たび去ると既に飛ぶのをやめる。そして、帰ることはない。別れて残されたものの頬には涙の痕が残っており、着物を中には空しさだけが残っている。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、春霞は広がり渡ってこの南苑に漂い渡る。

柳永が「雪梅香」という歌曲で、宋玉が九辯であらわした「悲愁」を詠い、柳の並木は長く続いている、その先にはまだあどけない女が一人、でもそれからは人として生きていても毎日は心痛められる事ばかりなのだ。

 

(訳注)

河傳
・双調五十五字、前段七旬同氏韻五平韻、後段七句三穴韻四平韻(詞譜十一)。

河傳三首其三

(女の盛り、春の盛りにはいつも一緒に過ごしたのに、春も終わり、男は旅に出て帰って来ることはなかった、秋を迎えれば悲愁であり、心は傷つくばかりと詠う。)

 

 

同伴,相喚。

いつも一緒だったし、何時も声を掛け合った。

 

杏花稀,夢裡每愁依違。

春も暮れかかってきた杏花ちりおちて、疎らに残っているだけだ。もう夢だけでしか会えなくなったこの閨でも、依然とは違った生活で、愁えている毎日だ。

 

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

ここに来る旅の人は燕は一たび去ると既に飛ぶのをやめる。そして、帰ることはない。別れて残されたものの頬には涙の痕が残っており、着物を中には空しさだけが残っている。

 

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、春霞は広がり渡ってこの南苑に漂い渡る。

 

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

柳永が「雪梅香」という歌曲で宋玉が九辯であらわした「悲愁」を詠い、柳の並木は長く続いている、その先にはまだあどけない女が一人、でもそれからは人として生きていても毎日は心痛められる事ばかりなのだ。

 

 

柳永【りゅうえい】  中国,北宋の詞人。生没年不詳。初めの名は三変,字は耆卿。福建省崇安の人。景祐1(1034)の進士に及第。官は屯田員外郎に至り,柳屯田と呼ばれる。都の開封で遊興に耽り,歌謡作家となる。歌辞文芸,詞の興隆期に当たり,卑俗とそしられながら通俗歌謡の形式や表現手法をとりいれることによってこの様式を発展させた。不遇であった晩年の作は,深い憂悶を旅情に託し,ことに優れる。詞集《楽章集》3巻がある。【村上 哲見】

 

柳永 雪梅香·景索景索,危楼独立面晴空。悲秋情緒,当時宋玉同①。市孤烟寒碧,水村残叶舞愁。楚天,浪浸斜阳,千里溶溶。 临风。想佳后愁镇敛眉峰②。可惜当年,乖雨迹云踪③。雅妍姿正洽,落花流水忽西

1-63-411《清平樂二首其二》温庭筠Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-594-1-63-(411) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4517

温庭筠《清平樂二首其二》洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

 
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花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

 

溫助教庭筠

巻二

清平樂二首其一

上陽春晚,宮女

 

 

 

巻二

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳

 

 

韋荘(韋相莊)

巻二

清平樂四首其一

春愁南陌,故國

 

 

 

巻二

清平樂四首其二

野花芳草,寂寞

 

 

 

巻二

清平樂四首其三

何處游女,蜀國

 

 

 

巻二

清平樂四首其四

鶯啼殘月,繡閣

 

 

孫少監光憲

巻八

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是

 

 

 

巻八

清平樂二首其二

等閑無語,春恨

 

 

毛秘書熙震

巻九

清平樂一首

春光欲暮,寂寞

 

 

 

 

 

清平樂二首其一

(寵愛を失った宮女が姥捨て山ともいえる上陽宮にたくさんいて、美貌や芸では若く新鮮な宮女に負けてしまうもの、そしてそこで一生を終えるのだが、文学に秀でているなら寵愛を取り戻せるかもしれないと詠う)

上陽春晚,宮女愁蛾淺。

寵愛を失った宮女が不遇な一生を送った上陽宮には春を過ぎた景色になる。ここ生きている宮女たちは白居易が「上陽白髪人」と詠ったように眉も薄くなった美人たちの愁いが漂っているのだ。

清平思同輦,爭那長安路遠。

新しい歳に変わっても、世の中が清らかに治まっていても、彼女らは、漢の班捷伃が「同輦を辞」したような思いでいる。何せ、天子の寵愛を爭おうとしても天子の入る長安までの道のりは遠いのである。

鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。

鳳凰の画かれたとばり、鴛鴦の刺繍のかけ布団、そしていたずらに焚かれるお香、そこには天子に寵愛されることが終わった名残ばかりがあるのである。ここでは、かつて花とさいた宮女たちは心が満たされずにもの寂しいだけであり、その多くの宮女の門は閉じられたままになっているのだ。

競把黃金買賦,為妾將上明君。

若さを失った宮女が寵愛を受けるために本当に競い合うなら、漢の陳后が司馬相如に黄金百斤で賦を作ってもらい天子の寵愛を取り戻すということだ。それで、やっと寵愛をうける女として、まさに、賢明な天子のもとにあがることになるのだ。 

(清平樂二首其の一)

上陽の春晚,宮女 蛾淺に愁う。

 清平 同輦を思う,爭い那ぞ長安路遠く。

鳳帳 鴛被 徒らに燻じ,寂寞 花鏁 千門。

把を競い 黃金 賦を買う,妾為す 將に明君に上る。

 

清平樂二首其二

(唐の東都洛陽の町には、終日、あちこちで柳の枝を手折っては旅立ついろんな人を詠う。)

洛陽愁,楊柳花飄雪。

春も盛り、柳架は花のように、雪のように乱れ散るというのに、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願すると、それにつられて橋の下流れさる春水は嗚咽して泣いてくれるのだ。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

旅立とうとして馬に上ってまでも、人々は争って別れを傷むので盃をわたし見送りの酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

(清平樂二首其の二)

洛陽に愁絶す、楊柳 花 雪を飄【ひるが】えす。

終日 行人 攀折を爭い、橋下 水流 鳴咽す。

馬に上れば 争いて離れの觴を勧む、南浦 鶯声 腸を断つ。

愁殺す 平原の年少、首を遅らし涙千行を揮う。

 

珠櫻001
 

『清平樂二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳花飄雪。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

 

(下し文)

(清平樂二首其の二)

洛陽に愁絶す、楊柳 花 雪を飄【ひるが】えす。

終日 行人 攀折を爭い、橋下 水流 鳴咽す。

馬に上れば 争いて離れの觴を勧む、南浦 鶯声 腸を断つ。

愁殺す 平原の年少、首を遅らし涙千行を揮う。

 

(現代語訳)

(唐の東都洛陽の町には、終日、あちこちで柳の枝を手折っては旅立ついろんな人を詠う。)

春も盛り、柳架は花のように、雪のように乱れ散るというのに、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願すると、それにつられて橋の下流れさる春水は嗚咽して泣いてくれるのだ。

旅立とうとして馬に上ってまでも、人々は争って別れを傷むので盃をわたし見送りの酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。

洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

 

采蓮004
 

(訳注)

清平楽二首

唐の教坊曲、『花間集』には清平樂は九首溫庭筠の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑥⑥6⑥の詞形をとる。

清平樂二首其二

(唐の東都洛陽の町には、終日、あちこちで柳の枝を手折っては旅立ついろんな人を詠う。)

【解説】 唐の東都洛陽の町の、終日、柳の枝を手折っては旅立つ人を描写する。前段は、まず第一句で、洛陽が愁い極まる町であることを指摘、三、四句で、洛陽が愁い極まる町である理由が明かされる。そして、人生意気に感ずる若者も、さすが別離に当たっては愁い極まり、見送る人々を振り返り見ながらとめどなく流れる涙を拭いつつ去ってゆくと結ぶ。

 

洛陽愁,楊柳花飄雪。

春も盛り、柳架は花のように、雪のように乱れ散るというのに、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

○楊柳花 綿毛の生えた柳の種、柳架。・楊柳 楊柳は男女を示す。また楊は芸妓の色町を示す語である。柳は男性であるが、細柳は女性を示す語として、つかわれる。

 

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願すると、それにつられて橋の下流れさる春水は嗚咽して泣いてくれるのだ。

○行人 ここでは、出征した夫。旅人。行商人。李白『北風行』「倚門望行人、念君長城苦寒良可哀。」 『古風,五十九首之二十四』「鼻息干虹蜺,行人皆怵惕」

○爭攀折 「折楊柳」のことで、ここでは、我先にと争って柳の枝をとろうと手を上にあげている様子をいう。古く中国では、旅立ちを見送る際に、無事の帰りを願い、旅立つ人に柳の枝を手折って環にして贈る習慣があった。握った手を離すと、環はまっすぐに元に戻るところから、環と帰還の還をかけて、旅立った人がすぐに戻って来るようにとの縁起をかついで行ったもの。

○醉壺觴 酒つぼとさかずき。壺酒は新酒は春の呼び声とともにある。新種の壺酒は油紙のような蓋をして黄色の紐で封印がしてある。

 

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

旅立とうとして馬に上ってまでも、人々は争って別れを傷むので盃をわたし見送りの酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。

○南浦 洛陽城の南の水辺の送別の地。王維《斉州送祖三二首 其二》「送君南浦涙如糸、君向東州使我悲。為報故人憔悴尽、如今不似洛陽時。」(斉州にて祖三を送る 二首其の二)君を南浦(なんぽ)に送れば 涙 糸の如し、君は東州に向かい 我をして悲しましむ。為に報ぜよ 故人は憔悴(しょうすい)し尽くし、如今(じょこん)は 洛陽の時に似ず。

とあるのに基づく。

 

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

○愁殺 愁い極まる。殺は動詞や形容詞の後について程度のきわめて高いことを表す。

○平原年少 人生意気に感ずる若者の意。平原は平原君のこと、戦国時代の都邑。今の山東省平原。食客三千人を養ったと言われる戦国趙の恵文王の弟平原君が封ぜられた地。ここではそれを借りて洛陽の地の意気盛んな若者を指す。

平原君(?~前251 〔平原は号。山東の平原に封ぜられたことから〕 中国,戦国時代の趙の王族。姓は趙,名は勝。趙の恵文王・孝成王に仕え宰相となる。食客は数千人。斉の孟嘗君らとともに戦国の四君に数えられる。

いわゆる貴公子とか、游侠の若者に詩を贈る。作者の心と若者の心の絡み合うさまを詩にする。詩中の「淮陰市」はキーワードで、「隠忍自重した游侠の徒・韓信のようにあれ。」と歌う。両者は、出逢って楽しむということはなく「客恨」「秋風」「淮陰市」と失意の情感を醸している。 
少年:若者。年若い者。唐詩で「少年」といえば、
王維 少年行
新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。
李白 17少年行
少年行      
五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。
落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。
杜甫 少年行

馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
 
王昌齢『少年行』
走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。
いなせな若者や壮士を詠う。

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《清平樂二首其一》温庭筠≫(寵愛を失った宮女が姥捨て山ともいえる上陽宮にたくさんいて、美貌や芸では若く新鮮な宮女に負けてしまうもの、そしてそこで一生を終えるのだが、文学に秀でているなら寵愛を取り戻せるかもしれないと詠う)

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

 

溫助教庭筠

巻二

清平樂二首其一

上陽春晚,宮女

 

 

 

巻二

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳

 

 

韋荘(韋相莊)

巻二

清平樂四首其一

春愁南陌,故國

 

 

 

巻二

清平樂四首其二

野花芳草,寂寞

 

 

 

巻二

清平樂四首其三

何處游女,蜀國

 

 

 

巻二

清平樂四首其四

鶯啼殘月,繡閣

 

 

孫少監光憲

巻八

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是

 

 

 

巻八

清平樂二首其二

等閑無語,春恨

 

 

毛秘書熙震

巻九

清平樂一首

春光欲暮,寂寞

 

 

 

 

 

清平樂二首其一

(寵愛を失った宮女が姥捨て山ともいえる上陽宮にたくさんいて、美貌や芸では若く新鮮な宮女に負けてしまうもの、そしてそこで一生を終えるのだが、文学に秀でているなら寵愛を取り戻せるかもしれないと詠う)

上陽春晚,宮女愁蛾淺。

寵愛を失った宮女が不遇な一生を送った上陽宮には春を過ぎた景色になる。ここ生きている宮女たちは白居易が「上陽白髪人」と詠ったように眉も薄くなった美人たちの愁いが漂っているのだ。

清平思同輦,爭那長安路遠。

新しい歳に変わっても、世の中が清らかに治まっていても、彼女らは、漢の班捷伃が「同輦を辞」したような思いでいる。何せ、天子の寵愛を爭おうとしても天子の入る長安までの道のりは遠いのである。

鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。

鳳凰の画かれたとばり、鴛鴦の刺繍のかけ布団、そしていたずらに焚かれるお香、そこには天子に寵愛されることが終わった名残ばかりがあるのである。ここでは、かつて花とさいた宮女たちは心が満たされずにもの寂しいだけであり、その多くの宮女の門は閉じられたままになっているのだ。

競把黃金買賦,為妾將上明君。

若さを失った宮女が寵愛を受けるために本当に競い合うなら、漢の陳后が司馬相如に黄金百斤で賦を作ってもらい天子の寵愛を取り戻すということだ。それで、やっと寵愛をうける女として、まさに、賢明な天子のもとにあがることになるのだ。 

清平樂二首其一

上陽の春晚,宮女 蛾淺に愁う。

 清平 同輦を思う,爭い那ぞ長安路遠く。