玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

皇甫松

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

4-417《浪濤沙二首其二》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-600-4-(417) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4547

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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浪淘沙二首其一

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

(浪淘沙 二首其の一)

灘の頭 細草 疎林に接し,浪惡く 罾舡 半ば沉まんと欲す。

宿鷺 眠鷗 舊浦に飛び,去年 沙觜 是れ江の心なり。

 

 

浪淘沙二首其二

蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

(歌妓の一生を鵁鶄に比喩して詠う。)

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

そこに波が起こり、鵁鶄は安眠することが出来なくて、そのまま寒気の砂浜に残され、心寂しくかろうじて生き延びて、そして何時とはなく長江の流れの中に入り流れ去ってゆくのである。ここの女は、年を取るとみんな同じように何処かへいなくなっていくのが通常のことなのだ。

(浪淘沙 二首其の二)

蠻歌 豆 北人の愁,蒲雨 杉風 野艇の秋。

浪起き 鵁鶄 眠りは得られず,寒沙 細細にして 江に入りて流る。

水鳥ケリ001
 

 

『浪淘沙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

浪淘沙二首其二

蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

 

蠻歌豆北人愁,松雨蒲風野艇秋。

浪起眠不得,寒沙細細入江流。

 

(下し文)

(浪淘沙 二首其の二)

蠻歌 豆 北人の愁,蒲雨 杉風 野艇の秋。

浪起き 鵁鶄 眠りは得られず,寒沙 細細にして 江に入りて流る。 

 

(現代語訳)

(歌妓の一生を鵁鶄に比喩して詠う。)

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

そこに波が起こり、鵁鶄は安眠することが出来なくて、そのまま寒気の砂浜に残され、心寂しくかろうじて生き延びて、そして何時とはなく長江の流れの中に入り流れ去ってゆくのである。ここの女は、年を取るとみんな同じように何処かへいなくなっていくのが通常のことなのだ。

 

(訳注)

浪淘沙二首其二

(歌妓の一生を鵁鶄に比喩して詠う。)

花間集には浪淘沙は皇甫松の二首が所収されている。雑曲歌辞、七言絶句形式、二十八字四句三平韻⑦⑦7⑦の詞形をとる。

皇甫松(生卒年不詳・父皇甫湜が約777~約830とされているので約800~約850と考える。親子とも、隠遁者の為形跡を遺していない)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花問集』 には十二首の詞が収められている。

《雑曲歌辞》 

浪淘沙 雑曲歌辞であるところの浪淘沙【ろうとうさ】。波が砂をよなげる。この作は、黄河や長江の流れを詠じている。『楚辭』の九歌に擬しているといわれる。

雑曲歌辞:楽府詩の一つ。内容は雑然としており、志を描写するものや感情を発露するものであり、宴遊や歓楽、うらみや別離の情、行役や征戍の苦労を詠ったものがある。・浪淘沙:なみが砂を洗う。詞牌・『浪淘沙』となる。 ・淘:よなげる。米を水に入れて、ゆりとぐ。物を水に入れて、揺らし動かして洗う。

ゆりかもめ002
 

蠻歌 豆 北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

蠻歌 珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていることをさす。

 ニクズク属は、ニクズク科の1属。学名Myristica。ミリスティカ属とも。属名はギリシャ語で香油を意味するミュリスティコス から。 熱帯性の常緑高木。東南アジア、オーストラリアに自生。 種子から、スパイスのナツメグ とメース 、生薬の肉荳蔲が作られる。

蒲雨 集中豪雨。スコール。

野艇 採蓮や、菱摘みを見る遊び。

 

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

そこに波が起こり、鵁鶄は安眠することが出来なくて、そのまま寒気の砂浜に残され、心寂しくかろうじて生き延びて、そして何時とはなく長江の流れの中に入り流れ去ってゆくのである。ここの女は、年を取るとみんな同じように何処かへいなくなっていくのが通常のことなのだ。

鵁鶄 ごいさぎ.(1)、一名{-+}。鳬に似て脚高く毛冠あり(2)。高木に巣くい、子を穴中に生む。子其の母の翅を銜へ飛びて上下す(3)。淮賦の所謂、「鸕{+}は雛を八九に吐く、鵁鶄は翼を銜へ低昂する」者なり。

細細 1 非常に細いさま。また、細く弱々しいさま。「―とした声」2 かろうじて続いているさま。また、やっとのことで維持するさま。
haqro04
 

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皇甫松《浪濤沙二首其一》緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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417ー#1 《和李相公攝事南郊覽物興懷呈一二知舊》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 823年長慶三年<1111> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4539韓愈詩-417ー#1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ廣徳2年764-105 《過故斛斯校書莊,二首之二》 杜甫index-14 764年 杜甫<777> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4540 杜甫詩1500-777-1079/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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浪淘沙二首其一

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

(浪淘沙 二首其の一)

灘の頭 細草 疎林に接し,浪惡く 罾舡 半ば沉まんと欲す。

宿鷺 眠鷗 舊浦に飛び,去年 沙觜 是れ江の心なり。

 

浪淘沙二首其二

蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

(浪淘沙 二首其の二)

蠻歌 豆 北人の愁,蒲雨 杉風 野艇の秋。

浪起き 鵁鶄 眠りは得られず,寒沙 細細にして 江に入りて流る。

 

roudai112
 

『浪淘沙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

浪淘沙二首其一

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

 

(下し文)

浪淘沙二首其一

灘の頭 細草 疎林に接し,浪惡く 罾舡 半ば沉まんと欲す。

宿鷺 眠鷗 舊浦に飛び,去年 沙觜 是れ江の心なり。

 

(現代語訳)

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

杏の花0055
 

(訳注)

浪淘沙二首其一

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

花間集には浪淘沙は皇甫松の二首が所収されている。雑曲歌辞、七言絶句形式、二十八字四句三平韻⑦⑦7⑦の詞形をとる。

皇甫松(生卒年不詳・父皇甫湜が約777~約830とされているので約800~約850と考える。親子とも、隠遁者の為形跡を遺していない)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花問集』 には十二首の詞が収められている。

《雑曲歌辞》 

浪淘沙 雑曲歌辞であるところの浪淘沙【ろうとうさ】。波が砂をよなげる。この作は、黄河や長江の流れを詠じている。『楚辭』の九歌に擬しているといわれる。

雑曲歌辞:楽府詩の一つ。内容は雑然としており、志を描写するものや感情を発露するものであり、宴遊や歓楽、うらみや別離の情、行役や征戍の苦労を詠ったものがある。・浪淘沙:なみが砂を洗う。詞牌・『浪淘沙』となる。 ・淘:よなげる。米を水に入れて、ゆりとぐ。物を水に入れて、揺らし動かして洗う。

鸂鶒けいせき001
 

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

罾 正方形の網の四隅を竹ざおで張った沙網。水底に沈めておいて、時々引き上げて魚をとる。

 

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

舊浦 昔の入り江の港の方。長江の港の近くにある花街、或は祠に併設された娼屋を指す。

【し】二十八宿の一。西方の第六宿。オリオン座北部の三つの星をさす。とろきぼし。觜宿。付き合いをするには吉とされて始めたものの、別れたというほどの意味になろうか。皇甫松の作品は暗示的な表現が多い。
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ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち、暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行ったのは春の終わりで、もう秋に似なるも未練だけが残る。

 
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天仙子二首其一

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

(天仙子二首其の一)

晴れた野 鷺鷥【ろし】 一隻飛び,水花發っして秋江 碧なり。

劉郎 此日 天仙に別れ,綺席に登り,淚 珠と滴る,十二晚峯 高く歷歷たり。

 

天仙子二首其二

(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち、暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行ったのは春の終わりで、もう秋に似なるも未練だけが残る。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

女も年を重ねて行く様に、行き過ぎていく人も年を経た人に変わっていく、若い初めのころに帰って来るのなら、千も、万里もいとうことはない。(待つことだけできるから。)夢では、交じり合い、互いに寄り添う。悩んで苦しむことばかり、「天仙」と呼ばれて、まさにこれからも依然としてここにいるだけなのだ。

(天仙子二首其の二)

躑躅の花 開き 紅い水に照し,鷓鴣 飛びて遶ぐり 青山の觜に飛遶す。

行人 を經て 始めて歸り來りて,千萬里,錯り相い倚る,懊惱するも天仙 應に以ってする有り。

 

翠冠001
 

『天仙子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

 

(下し文)

(天仙子二首其の二)

躑躅【つつじ】花開き紅に 水に照し,鷓鴣 青山の觜に飛遶す。

行人 を經て 始めて歸り來りて,千萬里,錯り相い倚る,懊惱するも天仙 應に以ってする有り。

 

(現代語訳)

(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち、暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行ったのは春の終わりで、もう秋に似なるも未練だけが残る。

女も年を重ねて行く様に、行き過ぎていく人も年を経た人に変わっていく、若い初めのころに帰って来るのなら、千も、万里もいとうことはない。(待つことだけできるから。)夢では、交じり合い、互いに寄り添う。悩んで苦しむことばかり、「天仙」と呼ばれて、まさにこれからも依然としてここにいるだけなのだ。

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(訳注)

天仙子二首

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花問集』 には九首所収。皇甫松の作は二首収められている。単調三十四字、六句五仄韻で、❼❼❼❸の詞形をとる。

「天仙子」であるから、①宮女、②道観に併設された館。祠の巫女、について詠ったもの。

天仙子二首其二

(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

 

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち、暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行ったのは春の終わりで、もう秋に似なるも未練だけが残る。

○躑躅 1 足踏みすること。ためらうこと。2 つつじ。ツツジとはツツジ科の植物であり、学術的にはツツジ属の植物の総称である。ただしドウダンツツジのようにツツジ属に属さないツツジ科の植物にもツツジと呼ばれるものがあるので注意が必要である。

鷓鴣 ① キジ目キジ科の鳥のうち,ウズラよりひとまわり大きく,尾が短くて,茶褐色の地味な色彩をしたものの一般的な呼称。 古く,ヤマウズラを誤って呼んだ称。

青山 遠くに見える春の山。・青山 孟浩然の自然を動的に表現、遠近法的表現する。また、青は春を意味する。城郭の向こうに小高い山、峴山を遙かに望むことを意味する。襄陽城郭の外側、向こう側。孟浩然の自然を動的に表現、遠近法的表現する。また、青は五行思想で春を意味する。孟浩然は、春の季語として、青山を使っている。『峴山餞房琯、崔宗之』『登安陽城樓』『舟中曉望』『送友人之京』などに見える。城郭の向こうに小高い山、春の峴山を遙かに望むことを意味する。そびえる山には斜めという表現をしない。この「青き山」は次の「桑麻」の語にかかり、邵平などの故事に繋がっていく。

過故人莊

故人具雞黍,邀我至田家。

綠樹村邊合,青山郭外斜。

開筵面場圃,把酒話桑麻。

待到重陽日,還來就菊花。

311  〃   過故人莊       

觜 【し】二十八宿の一。西方の第六宿。オリオン座北部の三つの星をさす。とろきぼし。觜宿。この語は、西を意味し、秋を指す。

鷓鴣 ① キジ目キジ科の鳥のうち,ウズラよりひとまわり大きく,尾が短くて,茶褐色の地味な色彩をしたものの一般的な呼称。 古く,ヤマウズラを誤って呼んだ称。鷓鴣 『南越志』「常に日に向ひて飛ぶ。飛びて数ば月に随ふ。蓋し正月の如きは一飛して止む()。霜露を畏れ、早晩出づること稀なり。時有りて夜に飛ぶ。飛べば則ち木葉を以て自ら其の背を覆ふ。古牋に云ふ、偃鼠は河に飲むも腹を満たして止み、鷓鴣は葉を銜ふるも才かに能く身を覆ふとは、此れの謂ひなり。臆前に白円点文有り、多く対ひて啼く、志は常に南に嚮ひ、北に徂くを思はず。」、「鷓鴣は東西に回翔すと雖も、然れども開翅の始め必ず先づ南に翥ぶ」とは、亦胡馬は北に嘶くの義なり。『本草』「鷓鴣は形は母雞に似たり。鳴きて鉤輈格磔と云ふ」と。『嶺表異録』「肉は白くして脆なり。味は雞雉に勝る」と。

「早晩出づること稀なり」とあるのは餌をとる姿が観察されたためだろう。「時有りて夜に飛ぶ。飛べば則ち木葉を以て自ら其の背を覆ふ」とは、シャコの地上で生活し樹上で眠るという習性を指していると考えられるが、陸佃は『荘子』の言を引き、シャコの慎み深さを指していると考えている。ここでは、一羽が鳴きはじめると近くにいるものもすぐにこれに加わるというシャコの習性をいう。

 

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

女も年を重ねて行く様に、行き過ぎていく人も年を経た人に変わっていく、若い初めのころに帰って来るのなら、千も、万里もいとうことはない。(待つことだけできるから。)夢では、交じり合い、互いに寄り添う。悩んで苦しむことばかり、「天仙」と呼ばれて、まさにこれからも依然としてここにいるだけなのだ。

行人 出征するに別れて行く人。別れてゆく人。旅人。牛嶠《柳枝五首其一》「解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。」

 何年も年を経過する。

始歸來 初めて帰って来る。

千萬里 千里も万里も遠いさま。

錯相倚 錯:1 乱れて入りくむ。まじる。「錯雑・錯綜(さくそう)/交錯」2 まちがえる。あやまる。

懊惱 悩みもだえること。 「 -の極み」 「人生の岐路に立って-する」二 ( トタル ) [文] 形動タリ 悩みもだえるさま。

天仙 天上の仙人。神仙。道妓、巫女。

 

 

 【女尼、女冠、女巫】 (2

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家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。しかし、こうした人は少数で圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。また、家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観に入らざるをえなかった者もいる。

また妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。

宮人・宮妓が通観に入る例も少なからぬ割合を占める。彼女たちは年をとり宮中を出でも頼るべき場所とてなく、大多数が寺院・通観を最後の安住の地とした。長安の政平坊にあった安国観の女這士の大半は上陽宮の宮人であった(『唐語林』巻七)。詩人たちは女尼,女冠,女巫かつて、「斎素と白髪にて宮門を酢で、羽服・星冠に道意(修行心)存す」(戴叔倫「宮人の入道するを送る」)、「君看よ白髪にて経を詞する者を、半ばは走れ宮中にて歌舞せし人なり」(慮輪「玉真公主の影殿を過ぎる」)などと詠んで嘆いた。最後になったが、他に貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。総じて言えば、出家は女性たちが他に生きる道がない状況下における、最後の出路、最後の落ち着き先になったのである。

  

 

芸妓について

妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。

もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。

1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

 

1 宮妓

皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。

 

2 家妓

高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。

 

3営妓

軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

 

4官妓

中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。

唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。

 

5民妓

民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。

6.道妓

道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

 

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。

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4-414《天仙子二首其一》皇甫松唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414)  二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532

 

 

花間集巻二 皇甫松《天仙子二首》

 

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

 

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

 

 

 

花間集巻三 韋莊《天仙子五首》

 

天仙子五首其一

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

 

天仙子五首其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

 

天仙子五首其三

蟾彩霜華夜不分,天外鴻聲枕上聞,繡衾香冷嬾重熏。

人寂寂,葉紛紛,才睡依前夢見君。

 

天仙子五首其四

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

 

天仙子五首其五

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。

 

 

 

 

花間集 巻六 和凝 《天仙子二首》

 

天仙子二首其一

柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。

桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

 

天仙子二首其二

洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。

阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。

流水桃花空斷續。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『天仙子』九首

 

 

作者



初句7字

 

 

皇甫先輩松

巻二

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻

 

 

巻二

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水

 

 

韋相莊

巻三

天仙子 其一

悵望前回夢裏期,

 

 

巻三

天仙子 其二

深夜歸來長酩酊,

 

 

巻三

天仙子 其三

蟾彩霜華夜不分,

 

 

巻三

天仙子 其四

夢覺雲屏依舊空,

 

 

巻三

天仙子 其五

金似衣裳玉似身,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

天仙子二首 其一

柳色披衫金縷鳳,

 

 

巻六

天仙子二首 其二

洞口春紅飛蔌蔌,

 

 

 

 

 

 

 

 

皇甫松(生卒年不詳)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花問集』 には十二首の詞が収められている。

 

 

 

 

 

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

(天仙子二首其の一)

晴れた野 鷺鷥【ろし】 一隻飛び,水花發っして秋江 碧なり。

劉郎 此日 天仙に別れ,綺席に登り,淚 珠と滴る,十二晚峯 高く歷歷たり。

 

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

(天仙子二首其の二)

躑躅 花開き 水を紅に照す,鷓鴣 青山の觜に飛遶す。

行人 て 始めて歸り來り,千萬里,錯相倚,懊惱 天仙 應に以ってす有り。

 

 

『天仙子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

 

(下し文)

(天仙子二首其の一)

晴れた野 鷺鷥 一隻飛び,水の花發っして秋江 碧なり。

劉郎 此日 天仙に別れ,綺席に登り,淚 珠と滴る,十二晚峯 高く歷歷たり。

 

(現代語訳)

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

 

 

(訳注)

天仙子二首

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花問集』 には九首所収。皇甫松の作は二首収められている。単調三十四字、六句五仄韻で、❼❼❼❸の詞形をとる。

「天仙子」であるから、①宮女、②道観に併設された館。祠の巫女、について詠ったもの。

天仙子二首其一

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

【解説】 仙女のごとき道教の寺の尼と男の別れを詠う。当時、道教や仏教の尼寺は男に春をささげぐ所と化していた。末句の十二峯は巫山の著名な十二の峯のことで、宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

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 【女尼、女冠、女巫】

 唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。『唐六典』(巻四)に、盛唐の時代、天下に女道士のいる550の道観、2,122の尼寺があったと記されている。尼や女道士の数はさらに相当なものである。『旧唐書』の「傅奕伝」に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』の 「百官志」には「天下の女冠は9,888人、女尼は50,576人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(841846)、僧尼は二26万人を超えていた。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には二十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦煌地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦煌資料』)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、御らく数倍にはなるのではないだろうか。国としても無視できない階層を形成していたのである。

この数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬪・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。娼屋のOGなどの駆け込み寺観が存在していたのである。

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

〇鷺鷺 白鷺。

 水辺に生える蓼の仲間のオオケタデ。【思いやり・汚れない心】水/水草名。一年生草本。全株有毛。叶子卵形,花色或白色,可观赏,花果可入

 

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

〇劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

顧夐『甘州子五首其三』「曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。山枕上,長是怯晨鐘。」13-12《甘州子五首其三》顧太尉(顧夐【こけい】)55首 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-465-13-(12) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3872

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

・阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉郎は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

〇天仙 天台山の仙女。ここでは道教の寺の尼を指す。

○登綺席 素晴らしい酒席に着く。ここでは別離の宴の席に着くこと。

〇十二晩峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。

毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

〇歷歷 一つ一つがはっきりとしている、きまり


 

皇甫湜(こうほしょく、777835)に和し、其の韻を用う」はこの年の冬の作である。皇甫湜、字は持正・睦州新安の人で、806年元和元年進士試験を通過し、陸渾県の尉となり、元和三年、さらに上級の賢良方正能直言極諌科に及第し、すこぶる意気があがっていた。韓愈にとっては11歳年下の友人でもあり弟子でもあったひとである。皇甫湜は、その任地でおこった大きな山火事を「陸渾山火」という長詩に仕立てて、韓愈におくった。皇甫湜は散文にはひいでた才能をもっているくせに、詩となるとてんで見ばえがしない。

 

皇甫湜777—835年),字持正,睦州新安(今浙江淳安)人。唐代文學家。是引發牛李黨爭的人物之一。 元和進士,官至工部郎中。裴度辟為判官。皇甫湜出韓愈門下,從韓愈學古文,思想傾向與韓愈相近,為文亦言聖道,但其闢佛不若韓愈積極。

 

 

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7-408《柳枝五首其五》牛給事嶠(牛嶠)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-591-7-(408) 巻三漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4502

柳枝五首其五》牛嶠≫(昔楚王が細腰を好んで、宮殿で柳腰で女たちが躍った、隋堤の柳の新芽は麴塵蜀染められ、揺れる枝はうす絹の裳裾のようであり、そこには今も女たちがたくさんいると詠う。)

 
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7-408《柳枝五首其五》牛給事嶠(牛嶠)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-591-7-(408)  巻三漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4502

 

 

皇甫先輩松(皇甫松)楊柳枝二首

楊柳枝二首其一

春入行宮映翠微,玄宗侍女舞煙絲。

如今柳向空城綠,玉笛何人更把吹。

 

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時,王宮殿柳絲垂。

黃鶯長叫空閨畔,西子無因更得知。

 

 

牛給事嶠牛嶠柳枝五首

柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

 

柳枝五首其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

 

柳枝五首其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

 

柳枝五首其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

 

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

 

張舍人泌(張泌)             巻四      

柳枝一首 

膩粉瓊粧透碧紗,雪休誇。

金鳳搔頭墮鬢斜,髮交加。

倚著雲屏新睡覺,思夢笑。

紅腮隱出枕函花,有些些。

 

 

牛給事嶠(牛嶠)柳枝五首

柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(凍りつく寒さの厳しいなかに新しい芽をはぐくみ、暖かい陽気に芽吹き、緑の葉を茂らせてゆく、その盛りには、歓迎、送別にその魅力を発揮するが、やがてその一生を終えるものなのだ。柳を女の一生に喩えて詠ったものである。)

凍るような寒さの風が暖かくなってくると柳の梢の先に青い目が膨らみやがて葉になる。凍っていた枝が緑に垂れると、まるでその枝は、薄絹の袖を仰いで、身分の高い人にえしゃくをしてキョウキョウとして招いてくるのだ。

柳の並木道は細い腰の女たちのように、かぼそい腕の者たちのようにしなやかに城郭の中心の大道に並んで臨んでいる。ここを通る人、出征していくあの人を舞いで送り出して、こうしてその一生を過ごし終えるのだ。(花の盛りには後宮でその魅力で魅了するが、時期を過ぎれば一生は終わる。)

(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來れば 末上の青となり,羅袖を解き垂れ、卿卿に拜す。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

 

柳枝五首其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

(春になって柳が芽を吹くと西施がすごした後宮跡や、錢塘の蘇小小の花街に来て柳は同じように繁っているし、西陵の松の下にこの世では無理だったけど、きっと結ばれているだろうと詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた宮殿跡は春景色に変わってきて、そして春も盛り、柳の並木は色濃くなっていく、そこには群れて茂っている極めてたくさんの柳枝にはシダレヤナギの新芽が金色に輝いている。

南斉の錢唐の妓女蘇小小の置屋の門前の柳の所で別れても憤慨することなどないのだ、檀郎のあの人とは西陵の松の下で契り、一緒になることが決まっているのだから。

(柳枝五首其の二)

王 宮裡 色偏に深し,一簇 纖條 萬縷の金。

憤せず 錢塘の蘇小小,郎を引いては 松の下 同心を結ぶ。

 

柳枝五首其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

(旅立つ人に折楊柳で無事を祈るがかなえられない人からは恨みを持たれるが、細腰、柳腰の美女にはどんな英雄であっても、それだけでなく誰もがその前ではおとなしくなるものであると詠う)

橋から北に向かってずっと、そして橋から南に向かって柳が植えられ、千本万本の枝を垂らしている。その枝は別れの時に折楊柳としていのるものだけれど、南朝宋の張緒のように廟堂、公平にできるものではないので、折楊柳で見送られ、同じように出征して死んだ者からは恨まれるのである。

黄金の轡や手綱の白馬にまたがって威風堂々とした英雄である楊家の将軍でさえも、柳のようにか細い腰、妖艶な動きの女性に対しては静かにして愛するものということをだれもが認識している。

(柳枝五首其の三)

橋の北かた 橋の南かた 千萬條たり,伊を恨む 張緒 相饒【あいゆる】さずを。

金羈 白馬 風望を臨み,楊家 婉腰に靜るを認得す。

 

柳枝五首其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

(春が来て春景色も移り変わるがそこで頽廃的なことを隠してくれるが、六朝斉の宮殿に柳絮のようにたくさんの宮女は新たに召されたがそこにはたくさんの嫉妬が生まれると詠う。)

春も盛りに柳絮が飛び交うのは吹雪のようで春の突風に馬をたたいてそして飛んでゆく、やがて、春霞に覆われると春の景色も柳絮もその魅力わからない、行楽に出かけてそこでの事を隠し、春霞は春を欺いているのだ。

六朝斉の宮殿にも春はやってくる、次々と若い女たちが靈和殿に召されていくとそれぞれが交わってはいけないとされてきたのだ、後宮には宮女三千人といわれ、またここには嫉妬の渦が巻いているところなのだ。

(柳枝五首 其の四)

狂雪 隨風 馬を撲し飛ぶ,煙に惹かれば無力にし春欺に被る。

靈和殿に移入するを交わること莫れ,宮女三千 又た伊に妬む。

 

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

(昔楚王が細腰を好んで、宮殿で柳腰で女たちが躍った、隋堤の柳の新芽は麴塵蜀染められ、揺れる枝はうす絹の裳裾のようであり、そこには今も女たちがたくさんいると詠う。)

翡翠の飾りが妖艶に揺れ、香煙は香炉の網を抜けて細く揺れ起ちあがり、柳の枝は暖かな風波に払われて揺れている。舞い踊る女たちの裙はみだれ、その下のあらたに麴塵色に染められたうす絹が見えて奇麗なのだ。

楚の霊王が細腰の女を好み、宮女を集めた章華臺、またの名を細腰宮といい、その傍らに、運河の柳の隋堤がある。いまはその傍らには春風に柳を揺らし、そこには女たちが多くいるのである。

(柳枝五首其の五)

裊翠 籠煙 暖波を拂い,舞裙 新らたに 麴塵の羅に染る。

章華臺の畔 隋堤の上【ほと】り,傍に 春風を得て 爾許多し。

 

隋堤01
 

柳枝五首其五』 現代語訳と訳註

(本文)

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

 

(下し文)

(柳枝五首其の五)

裊翠 籠煙 暖波を拂い,舞裙 新らたに 麴塵の羅に染る。

章華臺の畔 隋堤の上【ほと】り,傍に 春風を得て 爾許多し。

 

(現代語訳)

(昔楚王が細腰を好んで、宮殿で柳腰で女たちが躍った、隋堤の柳の新芽は麴塵蜀染められ、揺れる枝はうす絹の裳裾のようであり、そこには今も女たちがたくさんいると詠う。)

翡翠の飾りが妖艶に揺れ、香煙は香炉の網を抜けて細く揺れ起ちあがり、柳の枝は暖かな風波に払われて揺れている。舞い踊る女たちの裙はみだれ、その下のあらたに麴塵色に染められたうす絹が見えて奇麗なのだ。

楚の霊王が細腰の女を好み、宮女を集めた章華臺、またの名を細腰宮といい、その傍らに、運河の柳の隋堤がある。いまはその傍らには春風に柳を揺らし、そこには女たちが多くいるのである。

 

楊貴妃清華池002
 

(訳注)

柳枝五首

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「楊柳枝」十五首を含む)単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

折楊柳が基本にあって、男の楊と女の柳を折り絡ませリーフを造り、出征する男の健康を願うものであるが、それが女の柳の枝だけであるというところに作者の意図を感じるものである。

柳枝五首其五

(昔楚王が細腰を好んで、宮殿で柳腰で女たちが躍った、隋堤の柳の新芽は麴塵蜀染められ、揺れる枝はうす絹の裳裾のようであり、そこには今も女たちがたくさんいると詠う。)

 

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

翡翠の飾りが妖艶に揺れ、香煙は香炉の網を抜けて細く揺れ起ちあがり、柳の枝は暖かな風波に払われて揺れている。舞い踊る女たちの裙はみだれ、その下のあらたに麴塵色に染められたうす絹が見えて奇麗なのだ。

○麴塵【きくじん】① 色の名。ほとんど灰色みを帯びた黄緑色。古くは刈安(かりやす)と紫根による染め色,近世は黄と青の糸による織り色をいう。天皇の略式の袍(ほう)の色で禁色(きんじき)の一。青色。山鳩。きじん。 「麴塵の袍」天皇が略儀に着用した麴塵色の袍。桐・竹・鳳凰(ほうおう)・麒麟(きりん)を組み合わせて一単位とした文様が用いられた。六位の蔵人(くろうど)が拝領して着用することもあった。青色の袍。

 

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

楚の霊王が細腰の女を好み、宮女を集めた章華臺、またの名を細腰宮といい、その傍らに、運河の柳の隋堤がある。いまはその傍らには春風に柳を揺らし、そこには女たちが多くいるのである。

○章華台 又た章華宮と稱す。是れは楚の靈王六年(前535年)修建された離宮をいう。 後漢書「楚の靈王は特喜歡するための細腰、女子が宮内に輕歌曼舞する在り,少なからず宮女は王に於て求媚を爲,食を少くし餓を忍ぶ,以て細腰を求めらる,章華宮 又た “細腰宮”と之れを稱す有り。後に章華宮 兵亂を。」

○隋堤 隋の煬帝が、黄河と長江を結ぶために開いた運河の堤。煬帝はこの堤に柳を植えさせた。

韋莊『河傳三首』河傳其一

何處?煙雨,隋堤春暮,柳色蔥籠。

畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。

青娥殿春妝媚,輕雲裏,綽約司花妓。

江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁。

○爾許多 阿弥陀様のような女妓をいう。菩薩蠻とか、女冠子、河瀆神、河傳という語と同じように使う。

今時の同生知識等、爾許多の人、恐畏らくは命は石火に同じ、久しく照らすこと期し難し。識性は無常なり、逝くこと風燭に踰えたり。故に人人同じく願じて共に往生の業を結ぶ。各々『彌陀經』を誦すること爾許萬徧、彌陀の名を念ずること爾許萬徧。又某の功德等を造ること、普く皆周備す。故に某月日に於て、院宇を莊嚴し、道場を瑩飾し、僧尼を奉請して、宿宵行道す。又廚皇の百味の種種の甘香を以て、佛及以び僧徒に奉りて、同心に慶喜す。又願はくは持戒・誦經・念佛・行道し、及び諸の功德等を造らん。

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(旅立つ人に折楊柳で無事を祈るがかなえられない人からは恨みを持たれるが、細腰、柳腰の美女にはどんな英雄であっても、それだけでなく誰もがその前ではおとなしくなるものであると詠う)

 
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7-406《柳枝五首其三》牛給事嶠(牛嶠)唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-589-7-(406)  巻三漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4492

 

 

牛給事嶠(牛嶠)柳枝五首

柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(凍りつく寒さの厳しいなかに新しい芽をはぐくみ、暖かい陽気に芽吹き、緑の葉を茂らせてゆく、その盛りには、歓迎、送別にその魅力を発揮するが、やがてその一生を終えるものなのだ。柳を女の一生に喩えて詠ったものである。)

凍るような寒さの風が暖かくなってくると柳の梢の先に青い目が膨らみやがて葉になる。凍っていた枝が緑に垂れると、まるでその枝は、薄絹の袖を仰いで、身分の高い人にえしゃくをしてキョウキョウとして招いてくるのだ。

柳の並木道は細い腰の女たちのように、かぼそい腕の者たちのようにしなやかに城郭の中心の大道に並んで臨んでいる。ここを通る人、出征していくあの人を舞いで送り出して、こうしてその一生を過ごし終えるのだ。(花の盛りには後宮でその魅力で魅了するが、時期を過ぎれば一生は終わる。)

(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來れば 末上の青となり,羅袖を解き垂れ、卿卿に拜す。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

 

柳枝五首其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

(春になって柳が芽を吹くと西施がすごした後宮跡や、錢塘の蘇小小の花街に来て柳は同じように繁っているし、西陵の松の下にこの世では無理だったけど、きっと結ばれているだろうと詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた宮殿跡は春景色に変わってきて、そして春も盛り、柳の並木は色濃くなっていく、そこには群れて茂っている極めてたくさんの柳枝にはシダレヤナギの新芽が金色に輝いている。

南斉の錢唐の妓女蘇小小の置屋の門前の柳の所で別れても憤慨することなどないのだ、檀郎のあの人とは西陵の松の下で契り、一緒になることが決まっているのだから。

(柳枝五首其の二)

王 宮裡 色偏に深し,一簇 纖條 萬縷の金。

憤せず 錢塘の蘇小小,郎を引いては 松の下 同心を結ぶ。

 

柳枝五首其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

(旅立つ人に折楊柳で無事を祈るがかなえられない人からは恨みを持たれるが、細腰、柳腰の美女にはどんな英雄であっても、それだけでなく誰もがその前ではおとなしくなるものであると詠う)

橋から北に向かってずっと、そして橋から南に向かって柳が植えられ、千本万本の枝を垂らしている。その枝は別れの時に折楊柳としていのるものだけれど、南朝宋の張緒のように廟堂、公平にできるものではないので、折楊柳で見送られ、同じように出征して死んだ者からは恨まれるのである。

黄金の轡や手綱の白馬にまたがって威風堂々とした英雄である楊家の将軍でさえも、柳のようにか細い腰、妖艶な動きの女性に対しては静かにして愛するものということをだれもが認識している。

(柳枝五首其の三)

橋の北かた 橋の南かた 千萬條たり,伊を恨む 張緒 相饒【あいゆる】さずを。

金羈 白馬 風望を臨み,楊家 婉腰に靜るを認得す。

 

枝五首其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

 

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

 

 

『柳枝五首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

柳枝五首其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

 

(下し文)

(柳枝五首其の三)

橋の北かた 橋の南かた 千萬條たり,伊を恨む 張緒 相饒【あいゆる】さずを。

金羈 白馬 風望を臨み,楊家 婉腰に靜るを認得す。

 

(現代語訳)

(旅立つ人に折楊柳で無事を祈るがかなえられない人からは恨みを持たれるが、細腰、柳腰の美女にはどんな英雄であっても、それだけでなく誰もがその前ではおとなしくなるものであると詠う)

橋から北に向かってずっと、そして橋から南に向かって柳が植えられ、千本万本の枝を垂らしている。その枝は別れの時に折楊柳としていのるものだけれど、南朝宋の張緒のように廟堂、公平にできるものではないので、折楊柳で見送られ、同じように出征して死んだ者からは恨まれるのである。

黄金の轡や手綱の白馬にまたがって威風堂々とした英雄である楊家の将軍でさえも、柳のようにか細い腰、妖艶な動きの女性に対しては静かにして愛するものということをだれもが認識している。

 

 

(訳注)

柳枝五首

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「楊柳枝」十五首を含む)単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

折楊柳が基本にあって、男の楊と女の柳を折り絡ませリーフを造り、出征する男の健康を願うものであるが、それが女の柳の枝だけであるというところに作者の意図を感じるものである。

柳枝五首其三

(旅立つ人に折楊柳で無事を祈るがかなえられない人からは恨みを持たれるが、細腰、柳腰の美女にはどんな英雄であっても、それだけでなく誰もがその前ではおとなしくなるものであると詠う)

 

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

橋から北に向かってずっと、そして橋から南に向かって柳が植えられ、千本万本の枝を垂らしている。その枝は別れの時に折楊柳としていのるものだけれど、南朝宋の張緒のように廟堂、公平にできるものではないので、折楊柳で見送られ、同じように出征して死んだ者からは恨まれるのである。

緒(ちょう しょ、422 - 489年)は、南朝宋から斉にかけての官僚・学者。字は思曼。本貫は呉郡呉県。太子中舎人の張寅の子として生まれた。若くして名を知られ、つつましく欲が少なく、叔父の張鏡は「この子は今の楽広である」と評した。揚州に召されて議曹従事となり、秀才に挙げられた。建平王護軍主簿・右軍法曹行参軍・司空主簿・撫軍南中郎二府功曹・尚書倉部郎を歴任した。都令史が郡県に米の上納について訊ねると、張緒はもの寂しい様子で見つめて、包み隠すことがなかった。巴陵王文学・太子洗馬・北中郎参軍・太子中舎人・呉郡中正・車騎従事中郎・中書郎・揚州治中・黄門郎をつとめた。宋の明帝は張緒と会うたびに、そのさっぱりした人柄に感心していたことで出世した。

不相饒 

杜甫《立秋後題》

日月不相饒、節序昨夜隔。

玄蝉無停号、秋燕已如客。

平生独往願、惆悵年半百。

罷官亦由人、何事拘形役。

(立秋の後に題す)

日月【じつげつ】相饒【あいゆる】さず、節序【せつじょ】   昨夜隔【へだ】たる。

玄蝉【げんせん】 号【さけ】ぶこと停【とど】むる無きも、秋燕【しゅうえん】 已【すで】に客の如し。

平生【へいぜい】 独往【どくおう】の願い、惆悵【ちゅうちょう】す年【とし】半百【はんぴゃく】。

官を罷【や】むるも亦た人に由【よ】る、何事ぞ形役【けいえき】に拘【こう】せられむ。

 

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

黄金の轡や手綱の白馬にまたがって威風堂々とした英雄である楊家の将軍でさえも、柳のようにか細い腰、妖艶な動きの女性に対しては静かにして愛するものということをだれもが認識している。

 

「楊家将」は、宋の建国期に敵国・遼を相手に勇猛果敢に戦い、宋に一筋の光明を与えてきた将軍・楊業率いる楊一族の物語だ。宋のため、命を惜しまず戦った楊業と七人の息子たちの英雄伝説は中国全土で長く敬愛されている。

楊業の時代

物語は、宋が北漢を攻めるところから始まる。このとき、北漢の武将であった何継業(楊業)・佘賽花らは太祖(趙匡胤)らをさんざん苦戦させる。しかし、結局は北漢は宋に敗北する。何継業も宋に降るが、このとき太宗により「楊」の姓を賜るとともに、英武帝・劉継元とつながる「継」の字を削除し、以後は「楊業」と名乗ることになる。北漢の武将として宋将をさんざ苦しめたことがのちのちまで尾を引くことになり、楊家軍はいまひとつ宋将らの信頼を得ることができない。ことに潘仁美などは佘賽花に矢傷を負わさせられたことで、楊家軍を恨み、たびたび対立する。

 

宋に降った後、楊業は息子らとともに遼と戦うことになる。激戦の末、息子の大郎、二郎、三郎は戦死、四郎は遼の捕虜となり、五郎は行方不明になる。それでも楊業は戦い続けるが、楊家軍を恨む宋将・潘仁美らの姦計により、勝算のない死地に追い込まれる。そして、援軍を求めてきた七郎は潘仁美により殺害される。ついに力尽きた楊業は自決し、楊家軍も敗北する。

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(春になって柳が芽を吹くと西施がすごした後宮跡や、錢塘の蘇小小の花街に来て柳は同じように繁っているし、西陵の松の下にこの世では無理だったけど、きっと結ばれているだろうと詠う。)


 
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(凍りつく寒さの厳しいなかに新しい芽をはぐくみ、暖かい陽気に芽吹き、緑の葉を茂らせてゆく、その盛りには、歓迎、送別にその魅力を発揮するが、やがてその一生を終えるものなのだ。柳を女の一生に喩えて詠ったものである。)


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牛給事嶠(牛嶠)柳枝五首

柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(凍りつく寒さの厳しいなかに新しい芽をはぐくみ、暖かい陽気に芽吹き、緑の葉を茂らせてゆく、その盛りには、歓迎、送別にその魅力を発揮するが、やがてその一生を終えるものなのだ。柳を女の一生に喩えて詠ったものである。)

凍るような寒さの風が暖かくなってくると柳の梢の先に青い目が膨らみやがて葉になる。凍っていた枝が緑に垂れると、まるでその枝は、薄絹の袖を仰いで、身分の高い人にえしゃくをしてキョウキョウとして招いてくるのだ。

柳の並木道は細い腰の女たちのように、かぼそい腕の者たちのようにしなやかに城郭の中心の大道に並んで臨んでいる。ここを通る人、出征していくあの人を舞いで送り出して、こうしてその一生を過ごし終えるのだ。(花の盛りには後宮でその魅力で魅了するが、時期を過ぎれば一生は終わる。)

(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來れば 末上の青となり,羅袖を解き垂れ、卿卿に拜す。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

 

柳枝五首其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

 

柳枝五首其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

 

柳枝五首其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

 

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

楊貴妃清華池002
 

『柳枝五首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

 

(下し文)

(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來れば 末上の青となり,羅袖を解き垂れ、卿卿に拜す。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

 

(現代語訳)

(凍りつく寒さの厳しいなかに新しい芽をはぐくみ、暖かい陽気に芽吹き、緑の葉を茂らせてゆく、その盛りには、歓迎、送別にその魅力を発揮するが、やがてその一生を終えるものなのだ。柳を女の一生に喩えて詠ったものである。)

凍るような寒さの風が暖かくなってくると柳の梢の先に青い目が膨らみやがて葉になる。凍っていた枝が緑に垂れると、まるでその枝は、薄絹の袖を仰いで、身分の高い人にえしゃくをしてキョウキョウとして招いてくるのだ。

柳の並木道は細い腰の女たちのように、かぼそい腕の者たちのようにしなやかに城郭の中心の大道に並んで臨んでいる。ここを通る人、出征していくあの人を舞いで送り出して、こうしてその一生を過ごし終えるのだ。(花の盛りには後宮でその魅力で魅了するが、時期を過ぎれば一生は終わる。)

丁子001
 

(訳注)

柳枝五首

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「楊柳枝」十五首を含む)単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

折楊柳が基本にあって、男の楊と女の柳を折り絡ませリーフを造り、出征する男の健康を願うものであるが、それが女の柳の枝だけであるというところに作者の意図を感じるものである。

柳枝五首其一

(凍りつく寒さの厳しいなかに新しい芽をはぐくみ、暖かい陽気に芽吹き、緑の葉を茂らせてゆく、その盛りには、歓迎、送別にその魅力を発揮するが、やがてその一生を終えるものなのだ。柳を女の一生に喩えて詠ったものである。)

 

解凍 風來 末上青,解垂 羅袖 拜卿卿。

凍るような寒さの風が暖かくなってくると柳の梢の先に青い目が膨らみやがて葉になる。凍っていた枝が緑に垂れると、まるでその枝は、薄絹の袖を仰いで、身分の高い人にえしゃくをしてキョウキョウとして招いてくるのだ。

末上青 柳の梢の先に芽吹き始めたことをいう。少女から大人になることを示唆する。 歐陽脩 『生査子』

去年元夜時, 花市燈如畫。

月上柳梢頭, 人約黄昏後。

今年元夜時, 月與燈依舊。

不見去年人, 涙滿春衫袖。

去年  元夜の時, 花市  燈は 畫の如し。

 柳の梢頭に 月は上(のぼ)り, 人は約す  黄昏(たそがれ)の後を。

今年  元夜の時, 月と 燈とは  舊に依る。

 去年の人に  見(あ)へずして, 涙は滿つ  春衫の袖に。

 

無端 裊娜 臨官路,舞送 行人 過一生。

柳の並木道は細い腰の女たちのように、かぼそい腕の者たちのようにしなやかに城郭の中心の大道に並んで臨んでいる。ここを通る人、出征していくあの人を舞いで送り出して、こうしてその一生を過ごし終えるのだ。(花の盛りには後宮でその魅力で魅了するが、時期を過ぎれば一生は終わる。)

無端 末端がない。何処までも終わりがないほど続く。

裊娜 嫋娜【じょうだ】 しなやかなさま。なよなよしたさま。

官路 朝廷の御門に通づる大道。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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(越の国を後にして独り呉の国をその微笑で傾国させたという西施の宮殿跡に春景色は広がっているけれど、そんな妖艶な気配は感じることはできないけど、これだけの史蹟を遺すということは改めて認識をさせるものである。)

 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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4-403《楊柳枝二首其二》皇甫先輩松(皇甫松)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-586-4-(403)  巻三漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4477

 

 

皇甫松)楊柳枝二首 其一

春入行宮映翠微,玄宗侍女舞煙絲。

如今柳向空城綠,玉笛何人更把吹。

(長安城大明宮には八千人との数万人とも言われた宮女がいたというが、春の盛りの今は緑の柳が生えるだけである。)

春景色は後宮の庭にも入ってきて、庭園の山に薄緑色に生える。ここに暮らした、唐の玄宗の数万の宮女たちは、香炉に立ち上る一条の舞う紫煙のように儚いものなのだ。

その後宮もこの頃は、柳のように細腰の宮女たちでにぎわうこともなく、誰もいない宮城には柳の緑が生えている。輝くような横笛は、どのような人の手にあるのか、そして、それを吹かれているのだろうか。

(楊柳枝二首 其の一)

春入り 行宮 翠微に映り,玄宗 侍女 煙絲に舞う。

如今 柳向 空城の綠,玉笛 何人か 更に把み吹く。

 

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時,王宮殿柳絲垂。

黃鶯長叫空閨畔,西子無因更得知。

(越の国を後にして独り呉の国をその微笑で傾国させたという西施の宮殿跡に春景色は広がっているけれど、そんな妖艶な気配は感じることはできないけど、これだけの史蹟を遺すということは改めて認識をさせるものである。)

花の咲き乱れる春が、呉國江南の水郷の一帯にも景色をひろげてきた。姑蘇台の王宮殿にも柳の目を緑に繁らせて、枝を垂らしている。

高麗鶯が春の訪れを告げる泣き声を長く引っ張って叫んで知るけれど、西施の閨のあとにはもう何もなく曠湖畔の景色があるだけである。西施は本当にその微笑で呉の国を滅ぼすという故事があったのだろうか、今の此処の景色からわかることはできないが、ここに残された史蹟からさらに認識することが出来るだろう。

 

(楊柳枝二首其の二)

爛熳 春歸 水國の時,王 宮殿 柳絲 垂る。

黃鶯 長叫 空閨の畔,西子 無因 更に知るを得る。

roudai112
 

『楊柳枝二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時,王宮殿柳絲垂。

黃鶯長叫空閨畔,西子無因更得知。

 

(下し文)

(楊柳枝二首其の二)

爛熳 春歸 水國の時,王 宮殿 柳絲 垂る。

黃鶯 長叫 空閨の畔,西子 無因 更に知るを得る。

 

(現代語訳)

(越の国を後にして独り呉の国をその微笑で傾国させたという西施の宮殿跡に春景色は広がっているけれど、そんな妖艶な気配は感じることはできないけど、これだけの史蹟を遺すということは改めて認識をさせるものである。)

花の咲き乱れる春が、呉國江南の水郷の一帯にも景色をひろげてきた。姑蘇台の王宮殿にも柳の目を緑に繁らせて、枝を垂らしている。

高麗鶯が春の訪れを告げる泣き声を長く引っ張って叫んで知るけれど、西施の閨のあとにはもう何もなく曠湖畔の景色があるだけである。西施は本当にその微笑で呉の国を滅ぼすという故事があったのだろうか、今の此処の景色からわかることはできないが、ここに残された史蹟からさらに認識することが出来るだろう。

 曉鶯001

(訳注)

楊柳枝二首

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「柳枝」九首を含む)単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。