(原文) 花間集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5982
漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)
(原文) 花間集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5982
この花街にいても嫁ぎたいと夢を持っていたが、約束してくれたあの人は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまった、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならないのだ。
9-441《河滿子一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-624-9-(441) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4667
長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』 の 「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。
官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。
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| 花間集 教坊曲『河滿子』六首 | | |||
| 作者名/巻 | 詞 | 初句 | | |
| 毛司徒文錫 | 巻五 | 河滿子一首 | 紅粉樓前月照 | |
| 和學士凝(和凝) | 巻六 | 正是破瓜年幾, | | |
| 巻六 | 寫得魚牋無限, | | ||
| 孫少監光憲 | 巻八 | 冠劍不隨君去, | | |
| 毛秘書熙震 | 巻十 | 河滿子二首 其一 | 寂寞芳菲暗度, | |
| 巻十 | 河滿子二首 其二 | 無語殘粧澹薄, | | |
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河滿子
(鶯が啼き、迎えに来てくれると約束の春が来たが、ただ待つだけだけど、歳を重ねてきた妓女の気持ちを詠う。)
紅粉樓前月照,碧紗䆫外鶯啼。
頬紅を付けて庭に出る高楼の前には月明かりが広がっている。緑色の枠にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合っている。
夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。
この世界にいても嫁ぎたいと夢を持っていたがはるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまった、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならないのだ。
恨對百花時節,王孫綠草萋萋。
また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまう、貴族の貴公子のあの人は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけていることだろう。
(河滿子)
紅粉 樓前にあって 月照す,碧紗 䆫外 鶯啼く。
夢斷 遼陽 音信,那ぞ獨り空閨を守るを堪えん。
恨むは百花時節に對し,王孫 綠草 萋萋たり。
『河滿子』 現代語訳と訳註
(本文)
河滿子
紅粉樓前月照,碧紗䆫外鶯啼。
夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。
恨對百花時節,王孫綠草萋萋。
(下し文)
(河滿子)
紅粉 樓前にあって 月照す,碧紗 䆫外 鶯啼く。
夢斷 遼陽 音信,那ぞ獨り空閨を守るを堪えん。
恨むは百花時節に對し,王孫 綠草 萋萋たり。
(現代語訳)
(鶯が啼き、迎えに来てくれると約束の春が来たが、ただ待つだけだけど、歳を重ねてきた妓女の気持ちを詠う。)
頬紅を付けて庭に出る高楼の前には月明かりが広がっている。緑色の枠にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合っている。
この世界にいても嫁ぎたいと夢を持っていたがはるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまった、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならないのだ。
また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまう、貴族の貴公子のあの人は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけていることだろう。
(訳注)
河滿子
(鶯が啼き、迎えに来てくれると約束の春が来たが、ただ待つだけだけど、歳を重ねてきた妓女の気持ちを詠う。)
富貴の貴公子は、妓女が求める「買断」をして、囲い独占して遊んだ。妓女は一時であっても安心できる条件を求めたのだ。うまくいけば妾の末席でも花街の将来はないので喜ばしいことであった。
唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。
紅粉樓前月照 碧紗窓外鶯啼
夢斷遼陽音信 那堪獨守空閨
恨對百花時節 王孫綠草萋萋
○●○○●● ●○○●○○
△●○○○△ △○●●△○
●●●○○● △○●●○○
紅粉樓前月照,碧紗䆫外鶯啼。
頬紅を付けて庭に出る高楼の前には月明かりが広がっている。緑色の枠にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合っている。
夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。
この花街にいても嫁ぎたいと夢を持っていたが、約束してくれたあの人は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまった、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならないのだ。
遼陽 遼陽は古代より遼東における中華帝国の中心であった軍事上の重要都市である。
陽:1 日。日の光。「陽光/斜陽・春陽・夕陽・太陽・朝陽・落陽」2 ひなた。山の南側。川の北側。「山陽・洛陽(らくよう)」3 明るく暖かい。「陽春」4 うわべをいつわる。
恨對百花時節,王孫綠草萋萋。
また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまう、貴族の貴公子のあの人は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけていることだろう。
王孫 1 帝王の子孫。また、貴族の子弟。2 ツクバネソウの別名。4枚の葉の中心部に黒い果実が付く様子を羽根つきの羽に例えたものであるが、ユリ科の植物としては似つかわしくない姿をしている。花の特徴: 茎先から花の柄を出し、先に淡い黄緑色の花を1つつける。 花には内花被片はなく、4枚の緑色の幅広い外花被片が垂れ下がる。 雄しべは8本である。 雌しべは1本で、先が4つに裂ける。
綠草萋萋 綠草は萌える愛という意味を持つ。萋萋:草木の茂っているさま。さいさい。ここでは数ある草草の中で選ばれ、嫁ぐ詩経のイメージを借り、どこかの娘にこえをかけているというほどの意味。
《詩経·周南·葛覃》
葛之覃兮、施于中谷。
維葉萋萋、黄鳥于飛。
集于灌木、其鳴嘴嘴。
葛の覃(の)びるや、中谷に施(うつ)る。
維(こ)れ葉 萋萋たり、黄鳥于(ここ)に飛ぶ。
灌木に集(つど)ひ、其の鳴くこと嘴嘴(かいかい)たり。
葛之覃兮,旋于中谷。
維葉莫莫,是刈是煮。
為綺為谷,服之無厭。
葛の覃びるや、中谷に旋る。
維れ葉 莫莫たり、是れ刈り 是れ煮(に)て。
綺(ち)と為し谷(げき)と為し、之を服して厭(いと)ふことなし。
言告師氏,言告言歸。
薄汗我私,薄澣我衣。
害澣害否,歸寧父母。
言(われ)師氏に告げらる、言(ここ)に告げらる 言に歸(とつ)ぐと。
薄(しば)らく我が私を汗(あら)ひ、薄らく我が衣を澣(すす)がん。
害(いづ)れか澣(すす)ぎ 害れか否(しかせ)ざらん、歸(とつ)ぎて父母を寧(やす)んぜん。
葛のツルが伸びて、谷間を覆っている、その葉は青々として、黄鳥が飛んでくるや、灌木に群がっては、皆々として鳴く
葛のツルが伸びて、谷間を覆っている、その葉は生い茂り、刈り取って煮て、糸となしても衣となしても、あるいは食べても飽きることがない
わたしは先生から告げられました、この家に嫁ぐのだと告げられました、だから身を洗い、着ている衣も洗いましょう、どれを洗いどれを洗わぬか良く考えましょう、立派な嫁になって両親を安心させてあげましょう

牛嶠 河滿子二首
(年増の芸妓が昔を思い出し、無邪気に遊ぶ少女を見て羨ましく詠う。)
河滿子二首 其一
正是破瓜年幾,含情慣得人饒。
桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。
卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。
河滿子二首 其二
寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。
目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。
卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。
孫光憲 河滿子
(河に近接の花街の女妓が公用で旅に出るおとこと逢瀬を楽しむ夜を詠う)
冠劍不隨君去,江河還共恩深。
歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。
惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。
毛秘書熙震 河滿子二首
河滿子二首 其一
寂寞芳菲暗度,歲華如箭堪驚。
緬想舊歡多少事,轉添春思難平。
曲檻絲垂金柳,小䆫絃斷銀箏。
深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。
一片相思休不得,忍教長日愁生。
誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。
河滿子二首 其二
無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。
幾度香閨眠曉,綺䆫疎日微明。
雲母帳中偷惜,水精枕上初驚。
笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。
相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。
獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。
彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。
9-440《訴衷情二首其二》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-623-9-(440) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4662
教坊の曲の詩として宮女・妓優が恋心を抱いたこと、自由恋愛をイメージさせるものである。
宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。
宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。
選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時に
は、雲藷院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」 には凧魚(五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ)が許されていた。
宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。
宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜品として大臣や貴族に与えられた。唐の各時代に、某人に「女楽」幾組を下賜するといった記録があるが、この「女楽」とはよく訓練された宮中の楽妓のことである。
長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。
教坊妓は彼女たち独特の一風変った生活の仕方と考えを持っていた。彼女たちは仲間同士で意気投合すると、「香火兄弟」(神仏の前で香火をたき義姉妹の契りを結んだ仲)となった。多いものは十四、五人、少ないものでも八、九人がそれぞれ集団をつくった。もし、その中の一人が嫁に行くと、香火兄弟たちは彼女の夫を女仲間にみたてて、「媛捜」とか「新婦」などとよんだ。また同時にその夫に睦み親しむことができたが、妻となった妓は決して嫉妬することはなかった。彼女たちはそれを突蕨の習俗にならったものであるといっていた。
また、香火兄弟でない人々の間でも、男女関係は比較的自由であった。
彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮
妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。
訴衷情二首
訴衷情二首其一
桃花流水漾縱橫,春晝彩霞明。
劉郎去,阮郎行,惆悵恨難平。
愁坐對雲屏,算歸程。
何時攜手洞邊迎,訴衷情。
(この詩は妓女の男に対する誠意を詠ったもの)
桃の花が咲き誇り、落ちた花弁は流れに乗ってゆきゆらゆら揺れて流れてゆく。のんびりとした昼下がりをのんびりと過ごすと、夕焼けが明るく綺麗だ。
久しぶりに訪ねて来ていた劉郎は去ってしまい、一度出たら帰ってこない阮郎はいってしまう、恨み嘆いているばかりで、過去の失敗を和らげようとしてもまた失敗をしてしまった。
年を重ねるほどに、愁いはつのり、あの人と過ごした所縁の雲母の屏風の前に、いつも坐っている、あの人が帰って来るといった日を数えてみるばかり、唯繰り返すだけだ。
何時になったらこの手を携えて、この窟洞の前に身請けのためにきてくれたあのひとを迎えるのか、あの人を愛するうそいつわりのない心をわかってほしい。
(訴衷情二首其の一)
桃花 流水 縱橫に漾し,春晝 霞明を彩す。
劉郎去って,阮郎行き,惆悵して 難平を恨む。
愁坐して 雲屏に對し,歸程を算す。
何の時にか 手を攜えて 洞邊に迎わん,訴衷の情。
訴衷情二首其二
鴛鴦交頸繡衣輕,碧沼藕花馨。
隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍。
思婦對心驚,想邊庭。
何時解珮掩雲屏,訴衷情。
(どんなに楽しく過ごしていても、それは何時までも続くものではない。いったん離れていったものは戻って来ることはない。この時代の女妓、女性の定めを詠うもの)
鴛鴦の刺繍のかけ布団のなかでふたりはむすばれて、着ている衣も軽く薄いもの、その池のふちには緑の澄んだ水に浮ぶ蓮の葉のように揺れ、蓮の花が香りを満たした、
縁の奥まったところに浮ぶ水草とじゅんさいのように絡み合いうごめいた、水際の乱の花の様に水面に影を映していた。雨が降ってきてその場に調和し、二人は白蘋の様に水面に揺れた。
男が女を思う気持ちというのは長くは続かないという浮草のような心変わりがあってから初めて驚いた、思い出せば、鴛鴦が遊び蓮の葉のように揺れたあの庭出来事はどこかとおくにいってしまった。
何時まで待ったらまた佩びをといて、雲母の絵屏風に囲まれて過ごす青のひと時をできるのやら、あの人を愛するうそいつわりのない心をわかってほしい。
(訴衷情二首其二)
鴛鴦 交頸して 繡衣輕く,碧沼 藕花の馨。
藻荇を隈にし,蘭 汀に映し,雨に和して浮萍を浴す。
思婦 對心 驚き,邊庭を想う。
何時か 珮を解きて 雲屏に掩い,訴衷の情。
『訴衷情二首』 現代語訳と訳註
(本文)
訴衷情二首其二
鴛鴦交頸繡衣輕,碧沼藕花馨。
隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍。
思婦對心驚,想邊庭。
何時解珮掩雲屏,訴衷情。
(下し文)
(訴衷情二首其二)
鴛鴦 交頸して 繡衣輕く,碧沼 藕花の馨。
藻荇を隈にし,蘭 汀に映し,雨に和して浮萍を浴す。
思婦 對心 驚き,邊庭を想う。
何時か 珮を解きて 雲屏に掩い,訴衷の情。
(現代語訳)
(どんなに楽しく過ごしていても、それは何時までも続くものではない。いったん離れていったものは戻って来ることはない。この時代の女妓、女性の定めを詠うもの)
鴛鴦の刺繍のかけ布団のなかでふたりはむすばれて、着ている衣も軽く薄いもの、その池のふちには緑の澄んだ水に浮ぶ蓮の葉のように揺れ、蓮の花が香りを満たした、
縁の奥まったところに浮ぶ水草とじゅんさいのように絡み合いうごめいた、水際の乱の花の様に水面に影を映していた。雨が降ってきてその場に調和し、二人は白蘋の様に水面に揺れた。
男が女を思う気持ちというのは長くは続かないという浮草のような心変わりがあってから初めて驚いた、思い出せば、鴛鴦が遊び蓮の葉のように揺れたあの庭出来事はどこかとおくにいってしまった。
何時まで待ったらまた佩びをといて、雲母の絵屏風に囲まれて過ごす青のひと時をできるのやら、あの人を愛するうそいつわりのない心をわかってほしい。
(訳注)
訴衷情二首其二
(どんなに楽しく過ごしていても、それは何時までも続くものではない。いったん離れていったものは戻って来ることはない。この時代の女妓、女性の定めを詠うもの)
『花間集』には毛文錫の作が二首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、7⑤33⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。
鴛鴦交頸繡衣輕 碧沼藕花馨
隈藻荇 映蘭汀
和雨浴浮萍 思婦對心驚
想邊庭 何時解珮掩雲屏
訴衷情
○○○△●△△ ●●●○○
△●● ●○△ △●●○○
△●●○○ ●○○
△○●●●○△ ●△○
鴛鴦交頸繡衣輕,碧沼藕花馨。
鴛鴦の刺繍のかけ布団のなかでふたりはむすばれて、着ている衣も軽く薄いもの、その池のふちには緑の澄んだ水に浮ぶ蓮の葉のように揺れ、蓮の花が香りを満たした、
鴛鴦 鴛鴦の刺繍のかけ布団
交頸 首を交じらわせる。合体する、なかでふたりはむすばれる意。
繡衣輕 心地良く過ごすさまの表現。
碧沼藕花馨 二人が過す楽しいひと時のこと。
隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍。
縁の奥まったところに浮ぶ水草とじゅんさいのように絡み合いうごめいた、水際の乱の花の様に水面に影を映していた。雨が降ってきてその場に調和し、二人は白蘋の様に水面に揺れた。
隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍 この三句も、二人の閨の様子を表現するもの。
思婦對心驚,想邊庭。
男が女を思う気持ちというのは長くは続かないという浮草のような心変わりがあってから初めて驚いた、思い出せば、鴛鴦が遊び蓮の葉のように揺れたあの庭出来事はどこかとおくにいってしまった。
思婦 一夫多妻制、男尊女卑、性の道具としていたころの女性に対する思いと考え。
何時解珮掩雲屏,訴衷情。
何時まで待ったらまた佩びをといて、雲母の絵屏風に囲まれて過ごす青のひと時をできるのやら、あの人を愛するうそいつわりのない心をわかってほしい。
解珮 帯を解く。

妓女を身請けしたのは大部分が武将、下級官吏、商人たちであったが、身分が賎しいために、彼女たちが正妻になることはきわめて難しかった。一般には彼らの側室とか姫妾になったのである。妓女は身請けされた後でも、依然として家庭の中で賎民の地位を抜けたせず、また主人の中には彼女たちを人間扱いしない者もいた。
音楽が盛り上がって来るに従い、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。一人の宮女の微笑があの人の心をとらえ、動かしたのだ。
9-438《戀情深二首其二》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-621-9-(438) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4652
戀情深二首
戀情深二首其一
(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)
滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。
ピタン、ピタン、銅製の壺の塞いだところから漏れてくる、それはむせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。
宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。
酒宴は遅くまで続いた後には、お香が一杯に焚かれた殿中に、鴛鴦のかけ布団のながですごすということになる。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。
真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。
真珠の珠の聯の下にはいつしか朝の光が差し込む、それでも二人は、睦ごとを語り合っていて、瓊林の屏風に隔てられたまま時は過ぎる。
寶帳欲開慵起,戀情深。
ようやく、宝飾に飾られたとばりを起き上がって明けようとする者のけだるさが残っている、こんなにも深く愛し合ったのだ。
戀情深二首其の一
滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。
宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。
真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。
寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し。
戀情深二首其二
(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)
玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。
耀けるその宮殿には春爛漫で花は色濃く咲き乱れ、仙郷の神々は宮女と共に集まってくる。
羅裙窣地縷黃金,奏清音。
宮女は、うす絹の巻きスカートで歩くと突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められている、琴の清らかな音楽を奏でる。
酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。
音楽が盛り上がって来るに従い、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。一人の宮女の微笑があの人の心をとらえ、動かしたのだ。
永作鴛鴦伴,戀情深。
その夜から、長く鴛鴦が一緒にいるようになったのだ、こんなにも深く愛し合うようになったのだ。
戀情深二首其の二
玉殿 春濃く花爛熳なり,神仙簇り伴う。
羅裙 窣地 縷の黃金,清音を奏ず。
酒闌わ 歌罷めば兩 沉沉たり,一笑は君の心を動かす。
永作す 鴛鴦伴い,戀情深し。
『戀情深二首其二』 現代語訳と訳註
(本文)
戀情深二首其二
玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。
羅裙窣地縷黃金,奏清音。
酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。
永作鴛鴦伴,戀情深。
(下し文)
戀情深二首其の二
玉殿 春濃く花爛熳なり,神仙簇り伴う。
羅裙 窣地 縷の黃金,清音を奏ず。
酒闌わ 歌罷めば兩 沉沉たり,一笑は君の心を動かす。
永作す 鴛鴦伴い,戀情深し。
(現代語訳)
(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)
耀けるその宮殿には春爛漫で花は色濃く咲き乱れ、仙郷の神々は宮女と共に集まってくる。
宮女は、うす絹の巻きスカートで歩くと突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められている、琴の清らかな音楽を奏でる。
音楽が盛り上がって来るに従い、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。一人の宮女の微笑があの人の心をとらえ、動かしたのだ。
その夜から、長く鴛鴦が一緒にいるようになったのだ、こんなにも深く愛し合うようになったのだ。
(訳注)
戀情深二首其二
(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)
『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻二仄韻、後段二十一字四句三平韻一仄韻で、74⑦③/⑦⑤6③の詞形をとる。
玉殿春濃花爛熳 簇神仙伴
羅裙窣地縷黃金 奏清音
酒闌歌罷兩沉沉 一笑動君心
永作鴛鴦伴 戀情深
●●○○○●● ●○○●
○○●●●○○ ●○○
●○○△●○○ ●●●○○
●●○○● ●○△
(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。
宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。
(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618-626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。
玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。
耀けるその宮殿には春爛漫で花は色濃く咲き乱れ、仙郷の神々は宮女と共に集まってくる。
玉殿 (1).宫殿の美称。 (2).朝廷,天子のこと。 (3).伝説中天界神仙の宫殿。
羅裙窣地縷黃金,奏清音。
宮女は、うす絹の巻きスカートで歩くと突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められている、琴の清らかな音楽を奏でる。
窣地 突然のように地面に。
縷[音]ル(呉)(漢)1 細々と連なる糸筋。「一縷」2 細く、途切れずに続くさま。こまごまとしたさま。「縷言・縷述・縷説・縷陳・縷縷」3 ぼろ。「襤縷(らんる)」
酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。
音楽が盛り上がって来るに従い、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。一人の宮女の微笑があの人の心をとらえ、動かしたのだ。
闌【酣/たけなわ】とは。行事・季節などが最も盛んになった時。盛りが極まって、それ以後は衰えに向かう時。また、そのようなさま。真っ盛り。真っ最中。
永作鴛鴦伴,戀情深。
その夜から、長く鴛鴦が一緒にいるようになったのだ、こんなにも深く愛し合うようになったのだ。
宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。
9-437《戀情深二首其一》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-620-9-(437) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4647
花間集の中でも、特異な詩題であり、毛文錫だけが題している。教坊の曲の詩として宮女・妓優が恋心を抱いたこと、自由恋愛をイメージさせるものである。
宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。
宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。
選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時に
は、雲藷院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」 には凧魚(五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ)が許されていた。
宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。
宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜品として大臣や貴族に与えられた。唐の各時代に、某人に「女楽」幾組を下賜するといった記録があるが、この「女楽」とはよく訓練された宮中の楽妓のことである。
長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。
教坊妓は彼女たち独特の一風変った生活の仕方と考えを持っていた。彼女たちは仲間同士で意気投合すると、「香火兄弟」(神仏の前で香火をたき義姉妹の契りを結んだ仲)となった。多いものは十四、五人、少ないものでも八、九人がそれぞれ集団をつくった。もし、その中の一人が嫁に行くと、香火兄弟たちは彼女の夫を女仲間にみたてて、「媛捜」とか「新婦」などとよんだ。また同時にその夫に睦み親しむことができたが、妻となった妓は決して嫉妬することはなかった。彼女たちはそれを突蕨の習俗にならったものであるといっていた。
また、香火兄弟でない人々の間でも、男女関係は比較的自由であった。
彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮
妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。
戀情深二首
戀情深二首其一
(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)
滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。
ピタン、ピタン、銅製の壺の塞いだところから漏れてくる、それはむせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。
宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。
酒宴は遅くまで続いた後には、お香が一杯に焚かれた殿中に、鴛鴦のかけ布団のながですごすということになる。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。
真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。
真珠の珠の聯の下にはいつしか朝の光が差し込む、それでも二人は、睦ごとを語り合っていて、瓊林の屏風に隔てられたまま時は過ぎる。
寶帳欲開慵起,戀情深。
ようやく、宝飾に飾られたとばりを起き上がって明けようとする者のけだるさが残っている、こんなにも深く愛し合ったのだ。
戀情深二首其一
滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。
宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。
真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。
寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し。
戀情深二首其二
玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。
羅裙窣地縷黃金,奏清音。
酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。
永作鴛鴦伴,戀情深。
『戀情深二首其一』 現代語訳と訳註
(本文)
戀情深二首其一
滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。
宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。
真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。
寶帳欲開慵起,戀情深。
(下し文)
戀情深二首其一
滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。
宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。
真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。
寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し
(現代語訳)
(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)
ピタン、ピタン、銅製の壺の塞いだところから漏れてくる、それはむせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。
酒宴は遅くまで続いた後には、お香が一杯に焚かれた殿中に、鴛鴦のかけ布団のながですごすということになる。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。
真珠の珠の聯の下にはいつしか朝の光が差し込む、それでも二人は、睦ごとを語り合っていて、瓊林の屏風に隔てられたまま時は過ぎる。
ようやく、宝飾に飾られたとばりを起き上がって明けようとする者のけだるさが残っている、こんなにも深く愛し合ったのだ。
(訳注)
戀情深二首其一
(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)
『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻、後段二十一字四句三平韻で、74⑦③/⑦⑤6③の詞形をとる。
滴滴銅壺塞漏咽 醉紅樓月
宴餘香殿會鴛衾 蕩春心
真珠簾下曉光侵 鶯語隔瓊林
寶帳欲開慵起 戀情深
●●○○●●△ ●○○●
●○○●●○○ ●○○
○○○●●△△ ○●●○○
●●●○○● ●○△
滴滴 銅壺 塞漏咽,醉紅樓月。
ピタン、ピタン、銅製の壺の塞いだところから漏れてくる、それはむせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。
滴滴 ① 水などのしたたり。点々と落ちるしずく。② 点々とあるようす。
銅壺 銅板などでかまど形につくったもの。内部を空洞にしてあるので,そこへ水を満たし,空洞の中に排水を落とし、その音が地上に聞こえるように設計され、水位に倚り、時刻を計る。この時、排水は滴水化して落とす。具体的な過程としては、縦穴を伝って流れ落ちた水が水滴となって空洞の底面に溜まった水に落ち、その際に発せられた音が縦穴を通して外部に漏れる。この原理は、水琴窟に発展する。
宴餘 香殿 會鴛衾,蕩春心。
酒宴は遅くまで続いた後には、お香が一杯に焚かれた殿中に、鴛鴦のかけ布団のながですごすということになる。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。
鴛衾 鴛鴦のかけ布団。一夜を共にする。
蕩【とう】1 揺れ動く。ゆらゆら動かす。「蕩揺/漂蕩」2 酒色などにおぼれる。締まりがない。「蕩児/淫蕩(いんとう)・放蕩・遊蕩」3 豊かに広がっている。
真珠 簾下 曉光侵,鶯語 隔瓊林。
真珠の珠の聯の下にはいつしか朝の光が差し込む、それでも二人は、睦ごとを語り合っていて、瓊林の屏風に隔てられたまま時は過ぎる。
瓊林 隋から唐の時代、「瓊花(チウンホア)」は「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられたと玉のように美しい瓊樹の林。その花を食べると長寿になる。ここでは、その木々が描かれた屏風、何時までも二人で過ごす、仲睦まじい様子が続くというほどの意味。
寶帳 欲開慵起,戀情深。
ようやく、宝飾に飾られたとばりを起き上がって明けようとする者のけだるさが残っている、こんなにも深く愛し合ったのだ。
(神仙の居所を訪ね歩き水の精が現れ歓迎してくれ、やかて玉皇大帝が親しみを持って現れてくれたと詠う。)飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいあちこちに行っただろうか、ここにやっと見つけた。
9-436《月宮春一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-619-9-(436) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4642
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| 毛司徒文錫三十一首 | | ||
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| 柳含煙四首其一 | | ||
| 柳含煙四首其二 | 柳含煙四首其三 | 柳含煙四首其四 | |
| 浣紗溪一首 | | ||
| 浣溪沙一首 | 月宮春一首 | 戀情深二首其一 | |
| 戀情深二首其二 | 訴衷情二首其一 | 訴衷情二首其二 | |
| 何滿子一首 | | ||
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月宮春
水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。
紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。
玉兔銀蟾爭守護,姮娥姹女戲相隈。
遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。
(神仙の居所を訪ね歩き水の精が現れ歓迎してくれ、やかて玉皇大帝が親しみを持って現れてくれたと詠う。)
飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいあちこちに行っただろうか、ここにやっと見つけた。
紅く芳しい芍薬が咲いていて、刺繍のとばりが幾重にも垂れている高台があり、瑪瑙の盃を何度も繰り返して飲み干した。
すると遙か先から聞こえてくるのは、神仙においての最高神の居所から、あらゆる音楽器で奏でられる音楽である。玉皇大帝が元宵節には現れると聞いてはいたが、まさに親しみを持って、ここに現れたのである。
月宮春
水精宮の裡 桂花開き,神仙 探ねて幾か迴る。
紅芳 金蘂 繡の重臺,低く傾く 馬瑙の盃を。
玉兔 銀蟾 守護を爭い,姮娥 姹女 戲れて相い隈す。
『月宮春』 現代語訳と訳註
(本文)
月宮春
水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。
紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。
玉兔銀蟾爭守護,姮娥姹女戲相隈。
遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。
(下し文)
月宮春
水精宮の裡 桂花開き,神仙 探ねて幾か迴る。
紅芳 金蘂 繡の重臺,低く傾く 馬瑙の盃を。
玉兔 銀蟾 守護を爭い,姮娥 姹女 戲れて相い隈す。
遙に聽く 鈞天の九奏,玉皇 親しく看來す。
(現代語訳)
(神仙の居所を訪ね歩き水の精が現れ歓迎してくれ、やかて玉皇大帝が親しみを持って現れてくれたと詠う。)
飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいあちこちに行っただろうか、ここにやっと見つけた。
紅く芳しい芍薬が咲いていて、刺繍のとばりが幾重にも垂れている高台があり、瑪瑙の盃を何度も繰り返して飲み干した。
すると遙か先から聞こえてくるのは、神仙においての最高神の居所から、あらゆる音楽器で奏でられる音楽である。玉皇大帝が元宵節には現れると聞いてはいたが、まさに親しみを持って、ここに現れたのである。
(訳注)
月宮春
(神仙の居所を訪ね歩き水の精が現れ歓迎してくれ、やかて玉皇大帝が親しみを持って現れてくれたと詠う。)
○皇帝の後宮、あるいは、離宮かもしれないが、そこを神仙と見立て、そこに宮女たちが歌い、演奏し、踊るのを詠ったものである。訪ね歩くとあるので、どこかの離宮を不思議さを込めて詠ったものである。
『花間集』には毛文錫の作が三十一首収められている。「教坊曲」『月宮春』一首所収されている。双調四十二字、前段二十六字四句三平韻一仄韻、後段二十五字四句二平韻で、⑦⑥❼⑥/7⑦6⑤の詞形をとる。
水精宮裡桂花開 神仙探幾迴
紅芳金蘂繡重臺 低傾馬瑙盃
玉兔銀蟾爭守護 嫦娥姹女戲相隈
遙聽鈞天九奏 玉皇親看來
⑦⑥❼⑥―7⑦6⑤
●△○●●○○ ○○△△△
○○○●●△○ ○○●●○
●●○○○●● ○○●●△△△
○△○○△● ●○△△△
水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。
飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいあちこちに行っただろうか、ここにやっと見つけた。
○○水精宮 飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿。
杜甫『曲江對酒』「苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。」(苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。)春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。
曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246
紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。
紅く芳しい芍薬が咲いていて、刺繍のとばりが幾重にも垂れている高台があり、瑪瑙の盃を何度も繰り返して飲み干した。
○金蘂 1.金色花蕊。 唐 元稹 《紅芍薬》詩「繁滋蹙金蕊,高燄当鑪火。」2. 菊的异名。 宋 欧陽脩 《希真堂東手种菊花十月始弄》詩「君看金蕊正芬敷,晓日浮霜相照耀。」
○瑙盃 自然資源、玉石、瑪瑙で作られた盃。メノウは、縞状の玉髄の一種で、オパール、石英、玉髄が、層状に岩石の空洞中に沈殿してできた、鉱物の変種である。
杜甫《鄭駙馬宅宴洞中》
主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。
春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。
悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。
自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。
玉兔銀蟾爭守護,姮娥姹女戲相隈。
遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。
すると遙か先から聞こえてくるのは、神仙においての最高神の居所から、あらゆる音楽器で奏でられる音楽である。玉皇大帝が元宵節には現れると聞いてはいたが、まさに親しみを持って、ここに現れたのである。
○鈞天 天の中央。転じて、天子の居所。ここでは神仙においての最高神の居所。
○九奏 各種の楽器で奏でられること。笙笛、横笛、瑟、箏、琴、胡弓、鼓など教坊の曲を奏でる。
○玉皇大帝、玉皇上帝、あるいは玉皇、玉帝、天公は、中国道教における事実上の最高神で、天界の支配者でありその下の地上・地底に住むあらゆるものの支配者でもある。
道観には「玉皇殿」など玉皇大帝を祀る殿閣がある。旧暦1月9日は「玉皇誕」とされ、玉皇大帝の誕生の日として祭祀が行われる。旧暦1月15日に行われる元宵節の由来にも、玉皇大帝は登場する。
天帝崇拝は存在したが、玉皇大帝が記録の中に現れるのは後漢以後のことで、道教の体系化に伴い三清・四御などの説が整えられ天帝とみなされるようになった。宋の時代に幾人かの皇帝が玉皇大帝を重視し強く崇拝したことから庶民の中でも崇拝されるようになり、道教の中でも重要な存在となった。
○杜甫『曲江對酒』
苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。
縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。
(曲江にて酒に對す)
苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。
飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。
春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。
それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。
勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。
官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。
その度ごとに恨みを遺す、生命はニイニイゼミのように短いし須女という名の機織り娘も憐れなのである。幾たびか行き帰るうちに鴛鴦の旗織りの方に下っていくのを見て嫉妬したからだ。でも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごすのだ。
9-435《浣溪沙一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-618-9-(435) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4637
浣溪沙一首
(七夕以外の日は他の機織りの娘の所に行く彦星であったが、今宵だけは二人良い出会いを過すと詠う。)
七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。
天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会う日が来たというのに年々歳を重ねて信頼は違うことはない、銀河の清らかな流れの浅瀬に彦星の訪問を示す白雲がかすかにひろがる。月の光が明るくなるとカササギが橋を造る影が出来て、百舌鳥がとんでゆく。
每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。
その度ごとに恨みを遺す、生命はニイニイゼミのように短いし須女という名の機織り娘も憐れなのである。幾たびか行き帰るうちに鴛鴦の旗織りの方に下っていくのを見て嫉妬したからだ。でも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごすのだ。
浣溪沙一首
七夕 年年 信 違わず,銀河 清淺 白雲 微かなり,蟾光 鵲影とし 伯勞 飛ぶ。
每に 蟪蛄を恨む 婺女を憐み,幾び 嬌妬を迴る 鴛機に下るを,今宵の嘉會は兩つながら依依たり。
『浣溪沙一首』 現代語訳と訳註
(本文)
浣溪沙一首
七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。
每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。
(下し文)
浣溪沙一首
七夕 年年 信 違わず,銀河 清淺 白雲 微かなり,蟾光 鵲影とし 伯勞 飛ぶ。
每に 蟪蛄を恨む 婺女を憐み,幾び 嬌妬を迴る 鴛機に下るを,今宵の嘉會は兩つながら依依たり。
(現代語訳)
(七夕以外の日は他の機織りの娘の所に行く彦星であったが、今宵だけは二人良い出会いを過すと詠う。)
天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会う日が来たというのに年々歳を重ねて信頼は違うことはない、銀河の清らかな流れの浅瀬に彦星の訪問を示す白雲がかすかにひろがる。月の光が明るくなるとカササギが橋を造る影が出来て、百舌鳥がとんでゆく。
その度ごとに恨みを遺す、生命はニイニイゼミのように短いし須女という名の機織り娘も憐れなのである。幾たびか行き帰るうちに鴛鴦の旗織りの方に下っていくのを見て嫉妬したからだ。でも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごすのだ。
(訳注)
毛文錫
毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。
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| 毛司徒文錫三十一首 | | ||
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| 柳含煙四首其一 | | ||
| 柳含煙四首其二 | 柳含煙四首其三 | 柳含煙四首其四 | |
| 浣紗溪一首 | | ||
| 浣溪沙一首 | 月宮春一首 | 戀情深二首其一 | |
| 戀情深二首其二 | 訴衷情二首其一 | 訴衷情二首其二 | |
| 何滿子一首 | | ||
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浣溪沙一首
『花間集』には毛文錫の作が三十一首収められている。この詞調の「教坊曲」『浣溪紗』五十六首に毛文錫の一首は所収されている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。
七夕年年信不違 銀河清淺白雲微 蟾光鵲影伯勞飛
每恨蟪蛄憐婺女 幾迴嬌妬下鴛機 今宵嘉會兩依依
●●○○△△○ ○○○△●○○ ○△●●●△○
●●●○○●● △△△●●○○ ○○○●●△△
七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。
天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会う日が来たというのに年々歳を重ねて信頼は違うことはない、銀河の清らかな流れの浅瀬に彦星の訪問を示す白雲がかすかにひろがる。月の光が明るくなるとカササギが橋を造る影が出来て、百舌鳥がとんでゆく。
○七夕 陰暦七月七日の夜、天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会うという伝説にちなむ年中行事。五節句のひとつ。《古詩十九首之十》(無名氏)「迢迢牽牛星 皎皎河漢女」(迢迢【ちょうちょう】たる牽牛星、皎皎【こうこう】たる河漢の女。)天の川を隔ててはるかかなたには彦星がいて、こちらにはこうこうと白くかがやく天の川の織姫がいる。
古詩十九首之十 (10) 漢詩<97>Ⅱ李白に影響を与えた詩529 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1404
○清淺 清んだ浅瀬。謝靈運《從斤竹澗越嶺溪行詩》「蘋萍泛沉深。菰蒲冒清淺。」(蘋萍【ひんべい】は沈深【ちんしん】に泛び、菰蒲【こほ】は清淺【せいせん】を冒【おお】えり。)浮草が深い淵にただよい集まり、まこもやがまは清んだ浅瀬を蔽って生えている。従斤竹澗超嶺渓行 謝霊運(康楽) 詩<57-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩448 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1161
○蟾光 つきあかり。李白《古朗月行》「蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。」(蟾蜍(せんじょ)は 円影を蝕し、大明 夜已に残く。)月の中にはヒキガエルがすんでいて、月のまるい影を食べている。月明かりが大きく照らさている夜があり、欠けてしまって夜の明りがのこる。古朗月行 #2 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 265/350
○鵲 陰暦七月七日の夜、牽牛、織女の二星の、年に一度の逢瀬のために、鵲は翼をならべて天の川に橋をつくる。男女の契りの橋渡しをするという。
○伯勞 鳥類スズメ目の科である。モズと呼ばれるが、狭義にはその1種がモズと呼ばれる。 杜甫《百舌》は(この頃の口先だけの者たちを詠う)ものである。
廣徳2年764-75 《百舌》 杜甫<751> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4085 杜甫詩1500-751-988/250039
每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。
その度ごとに恨みを遺す、生命はニイニイゼミのように短いし須女という名の機織り娘も憐れなのである。幾たびか行き帰るうちに鴛鴦の旗織りの方に下っていくのを見て嫉妬したからだ。でも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごすのだ。
○蟪蛄 蟪蛄けいこ(にいにいぜみ)生命の短いたとえ。人生のはかないことのたとえ。また、見識や経験の狭いことのたとえ。 小さなセミは夏の間だけしか生きないので、春と秋を知らない意から。「朝菌ちょうきんは晦朔かいさくを知らず、蟪蛄は春秋を知らず」から。「朝菌」は朝生えて晩には枯れるというキノコ。一説に、朝生まれて晩には死ぬ虫。
○婺女 1須女という名の機織り娘。玄武の亀身あるいは蛇身。.星宿名,即女宿。又名须女,务女。二十八宿之一,玄武七宿之第三宿,有星四颗。稽古始め・お披露目に吉。訴訟・結婚・葬式に凶
○嘉會 ① めでたい会合。 ② 風流な会合。素敵な出会い。
うす絹の靴下をはいている年を重ねた宮女は俗塵から選定された者たちが出てくれば、遊女としていくことになる。そこに来る人は、逢瀬をし、春心をあらわして、珠の女妓たちと戯れて帰っていく。
9-434《浣沙溪一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-617-9-(434) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4632
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| 毛司徒文錫三十一首 | | ||
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| 柳含煙四首其一 | | ||
| 柳含煙四首其二 | 柳含煙四首其三 | 柳含煙四首其四 | |
| 浣沙溪一首 | | ||
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| 月宮春一首 | 戀情深二首其一 | 戀情深二首其二 | |
| 訴衷情二首其一 | 訴衷情二首其二 | | |
| 何滿子一首 | | ||
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宮殿の土塀の畔に、半ば出た様に柳の枝が艶めかしい動きをするし、時によっては宮女たちの影が見え隠れし、それは、星列宿を祭りをする巫女の様に軽く梳けて見える着物を羽織っている、その着物はやんごとなきお方しか着られない黄緑色のうす絹の着物の波が揺れる。
9-433《柳含煙四首其四》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-616-9-(433) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4627
柳含煙四首
柳含煙四首 其一
隋堤柳,汴河旁。
夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。
因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。
笙歌未盡起橫流,鏁春愁。
(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)
煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。
それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。
長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。
笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる
(柳含煙四首 其の一)
隋堤の柳,汴河の旁。
夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。
夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。
笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。
柳含煙四首 其二
河橋柳,占芳春。
映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。
樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。
不如移植在金門,近天恩。
(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)
川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。
柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。
柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。
この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。
柳含煙四首 其の二
河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。
水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴り折るを攀げ行人に贈り,暗くして神に傷む。
樂府 吹きて橫笛曲を為し,能く離れて腸斷の續すを使む。
移植 金門に在るに如かず,天恩に近し。
柳含煙四首 其三
章台柳,近垂旒。
低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。
直與路邊江畔別,免被離人攀折。
最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。
(長安の章華台の下にある花柳界の女たちを見てきた柳が見たことを詠う。)
章華台の下にある柳の木を見てきた、その街の近く、皇帝の冕冠のおそばに柳は垂れている。
柳の枝は低く垂れ、そこを往来する、冠帽子や、車蓋を拂っているし、春も盛りなので鬱蒼としてぼんやりとして来て、春の運気もこの帝都全体に広がる。
真っ直ぐな道路と道路に沿って渠溝のほとりに柳があり河川本流の渭水で別れている、この町の人はこの柳を折って奉げて旅人の安全を祈ってわかれた人には柳に被われるのは免れたのだ。
最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。
(柳含煙四首 其の三)
章台の柳,垂旒を近くす。
低拂す 往來する冠蓋を,朦朧として 春色 皇州に滿ち,瑞煙 浮ぶ。
直與の路 邊に江に畔に別れ,免被して人と離れ 攀折する。
最も憐れなるは 京兆 蛾眉を畫くもの,葉纖の時のみ。
柳含煙四首 其四
(渠溝の土手に植えられた柳、天子のもとに集められた宮女・妓優たちとはその場所を得ることでその力を発揮できると詠う。)
御溝柳,占春多。
天子のお庭に続く渠溝の土手に植えられた柳は、多くの宮女・妓優たちの春を訪ね見てきた。
半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。
宮殿の土塀の畔に、半ば出た様に柳の枝が艶めかしい動きをするし、時によっては宮女たちの影が見え隠れし、それは、星列宿を祭りをする巫女の様に軽く梳けて見える着物を羽織っている、その着物はやんごとなきお方しか着られない黄緑色のうす絹の着物の波が揺れる。
昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。
昨日は天子が大明宮にいる間、金鑾殿にいて、その後は、上林苑の中を巡り歩く。細腰で舞い繊細で柔らかに踊り、衣擦れの舞の起す風がとどいてくる。
栽培得地近皇宮,瑞煙濃。
柳の樹の栽培も地を得ねば育たない、芸を持った妓優・宮女も場所を得てその芸が発揮されるそれを梨園ということで育てられたのは、天子の宮殿の御傍に置かれたからであり、天子の御蔭のめでたい祥煙に覆われたからなのだ。
(柳含煙四首 其の四)
御溝の柳,春を占う多し。
宮牆を半ば出で 婀娜なり,時に有 影に倒って 輕羅を醮す,麴塵の波。
昨日 金鑾 上苑を巡り,風亞すは 舞腰 纖軟なり。
地を得て皇宮近くに栽培す,瑞煙 濃なり。
| 宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることでた。 宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸*、倡優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。薛瓊瓊はもとは色町の妓女であったが、箏が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「搊弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。
* 楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。 |
玄宗は宮中に梨園*、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃∵勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「寛裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。 * 梨園、宜春院。玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。 | |
これら何百何千もの宮妓は、どのような生活をしていたのであろうか。宮妓は宮人と共通するところもあったが、しかし全く同じというわけでもなかったようだ。宮人の中から選抜されて宮妓にされたものの大半は、「宮婦」 の身分のままであったが、それ以外の民間から選抜されたものの地位と身分は、一般の宮人に比べてやや高かったようである。各時代の記録はきわめて少ないが、ただ玄宗の時代についてだけは、『教坊記』という書物が彼女たちについて専門に書いている。その記載によると、選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時には、雲藷院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」 には凧魚(五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ)が許されていたが、宮人には許されなかった。内人は比較的優遇されており、その家庭は「内人家」とよばれ、みな宮廷の外の外教坊に住み、季節ごとに宮廷から糧米が支給されていた。内人の中で皇帝から最も寵愛を受けていた「十家」と称される内人は邸宅を賜り、日常の賞賜もたいへん多かった。また、内人は家族と常時会うことができ、毎月の二日、十六日、あるいは自分の誕生日などに母親や姉妹が訪ねることができた。
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| 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。 宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。 俳優、芸人など芸を売って暮らしている女性は、一般の貴族、平民の女性に比べてより独立性があり、男に従属することも少なく、男女の地位も自然で比較的平等であったこと、また彼女たちは娼妓と同じではなかったが、男女関係に対する観念は同じょうに大いに自由奔放であった。
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『柳含煙四首 其四』 現代語訳と訳註
(本文)
柳含煙四首 其四
御溝柳,占春多。
半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。
昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。
栽培得地近皇宮,瑞煙濃。
(下し文)
(柳含煙四首 其の四)
御溝の柳,春を占う多し。
宮牆を半ば出で 婀娜なり,時に有 影に倒って 輕羅を醮す,麴塵の波。
昨日 金鑾 上苑を巡り,風亞すは 舞腰 纖軟なり。
地を得て皇宮近くに栽培す,瑞煙 濃なり。
(現代語訳)
(渠溝の土手に植えられた柳、天子のもとに集められた宮女・妓優たちとはその場所を得ることでその力を発揮できると詠う。)
天子のお庭に続く渠溝の土手に植えられた柳は、多くの宮女・妓優たちの春を訪ね見てきた。
宮殿の土塀の畔に、半ば出た様に柳の枝が艶めかしい動きをするし、時によっては宮女たちの影が見え隠れし、それは、星列宿を祭りをする巫女の様に軽く梳けて見える着物を羽織っている、その着物はやんごとなきお方しか着られない黄緑色のうす絹の着物の波が揺れる。
昨日は天子が大明宮にいる間、金鑾殿にいて、その後は、上林苑の中を巡り歩く。細腰で舞い繊細で柔らかに踊り、衣擦れの舞の起す風がとどいてくる。
柳の樹の栽培も地を得ねば育たない、芸を持った妓優・宮女も場所を得てその芸が発揮されるそれを梨園ということで育てられたのは、天子の宮殿の御傍に置かれたからであり、天子の御蔭のめでたい祥煙に覆われたからなのだ。
(訳注)
柳含煙四首 其四
()
唐教坊の曲『花間集』には毛文錫の四首所収されている。双調四十四字、前段二十一字五句三平韻、四仄韻、後段二十三字四句二仄韻二平韻で、❸③⑥⑦③/❼⑥⑦③の詞形をとる。
●○● △○○
●●○○○● ●○●●△△○ ●○○
●●○○○●● △△●○○●
△△●●●○○ ●○○
御溝柳,占春多。
天子のお庭に続く渠溝の土手に植えられた柳は、多くの宮女・妓優たちの春を訪ね見てきた。
半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。
宮殿の土塀の畔に、半ば出た様に柳の枝が艶めかしい動きをするし、時によっては宮女たちの影が見え隠れし、それは、星列宿を祭りをする巫女の様に軽く梳けて見える着物を羽織っている、その着物はやんごとなきお方しか着られない黄緑色のうす絹の着物の波が揺れる。
○婀娜 ① 女性の色っぽくなまめかしいさま。「―な年増(としま)」② 美しくたおやかなさま。性行為の際のなまめかしい女性しなやかな体のラインを言う。
李商隠《石榴》 | 榴枝婀娜榴實繁、榴膜軽明榴子鮮。 可羨瑤池碧桃樹、碧桃紅頬一千年。 |
(石榴)榴枝は婀娜として榴實は繁し、榴膜は軽明として榴子は鮮かなり。羨むべし 瑤池 碧桃の樹、碧桃の紅頬は一千年。 | |
ザクロをつける枝はしなやかに延びる、たわわに熟れるザクロの実はすばらしい。透き通るように薄いザクロの皮膜の内側、ザクロの種は色鮮やかなものだ。でももっと羨ましいのは西王母の住まう瑤池に植えられている碧桃の木である。三千年に一度実をつける碧桃は、その紅色の肌を一千年もの長く保ち続けるという。
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醮 中国における道教の祭祀の一つ。《隋書》経籍志の道経序録によれば,醮とは災厄を消除する方法の一つで,夜中,星空の下で酒や乾肉などの供物を並べ,天皇太一や五星列宿を祭り,文書を上奏する儀礼をいう。
軽羅の用語解説 - 紗(しゃ)・絽(ろ)などの薄い絹織物。また、それで作った単(ひとえ)。うすもの。《季 夏》
羅切 (らせつ)とは、人間の男性の外部生殖器を切断すること。日本において「羅切」という場合は、陰茎のみ切断する場合と、陰茎と陰嚢を同時に切断する場合に使用し、睾丸のみ摘出する狭義の去勢は含まない。
麴塵 【きくじん】①色の名。ほとんど灰色みを帯びた黄緑色。古くは刈安(かりやす)と紫根による染め色,近世は黄と青の糸による織り色をいう。天皇の略式の袍(ほう)の色で禁色(きんじき)の一。青色。山鳩。②「麴塵の袍」の略。
昨日 金鑾 巡上苑,風亞 舞腰 纖軟。
昨日は天子が大明宮にいる間、金鑾殿にいて、その後は、上林苑の中を巡り歩く。細腰で舞い繊細で柔らかに踊り、衣擦れの舞の起す風がとどいてくる。
金鑾 長安大明宮 金鑾殿 帝が大明宮にゐる間は金鑾殿にゐる
上苑 中国,秦・漢代の天子の苑の名。苑とは囲いを設けて,その中で鳥獣などを養うところの意。上林苑はすでに秦代にあったが荒廃していたため,前漢の武帝がこれを修復,拡大した。長安 (西安) を中心に,周囲三百余里。
風亞 衣擦れの舞の起す風
亜[音]ア(漢) [訓]つぐ1 上位や主たるものに次ぐ。次位の。準ずる。「亜将・亜聖・亜流・亜熱帯」2 化合物中で酸化の程度の低いものを表す語。「亜硝酸・亜硫酸」
栽培 得地 近皇宮,瑞煙濃。
柳の樹の栽培も地を得ねば育たない、芸を持った妓優・宮女も場所を得てその芸が発揮されるそれを梨園ということで育てられたのは、天子の宮殿の御傍に置かれたからであり、天子の御蔭のめでたい祥煙に覆われたからなのだ。
《柳含煙四首其三》毛文錫≫ 最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。
9-432《柳含煙四首其三》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-615-9-(432) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4622
柳含煙四首
柳含煙四首 其一
(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)
隋堤柳,汴河旁。
煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。
夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。
それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。
因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。
長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。
笙歌未盡起橫流,鏁春愁。
笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる
(柳含煙四首 其の一)
隋堤の柳,汴河の旁。
夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。
夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。
笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。
柳含煙四首 其二
(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)
河橋柳,占芳春。
川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。
映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。
柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。
樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。
柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。
不如移植在金門,近天恩。
この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。
柳含煙四首 其の二
河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。
水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴り折るを攀げ行人に贈り,暗くして神に傷む。
樂府 吹きて橫笛曲を為し,能く離れて腸斷の續すを使む。
移植 金門に在るに如かず,天恩に近し。
柳含煙四首 其三
(長安の章華台の下にある花柳界の女たちを見てきた柳が見たことを詠う。)
章台柳,近垂旒。
章華台の下にある柳の木を見てきた、その街の近く、皇帝の冕冠のおそばに柳は垂れている。
低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。
柳の枝は低く垂れ、そこを往来する、冠帽子や、車蓋を拂っているし、春も盛りなので鬱蒼としてぼんやりとして来て、春の運気もこの帝都全体に広がる。
直與路邊江畔別,免被離人攀折。
真っ直ぐな道路と道路に沿って渠溝のほとりに柳があり河川本流の渭水で別れている、この町の人はこの柳を折って奉げて旅人の安全を祈ってわかれた人には柳に被われるのは免れたのだ。
最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。
最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。
(柳含煙四首 其の三)
章台の柳,垂旒を近くす。
低拂す 往來する冠蓋を,朦朧として 春色 皇州に滿ち,瑞煙 浮ぶ。
直與の路 邊に江に畔に別れ,免被して人と離れ 攀折する。
最も憐れなるは 京兆 蛾眉を畫くもの,葉纖の時のみ。
柳含煙四首 其四
御溝柳,占春多。
半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。
昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。
栽培得地近皇宮,瑞煙濃。
『柳含煙四首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)
柳含煙四首 其三
章台柳,近垂旒。
低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。
直與路邊江畔別,免被離人攀折。
最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。
(下し文)
(柳含煙四首 其の一)
隋堤の柳,汴河の旁。
夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。
夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。
笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。
(現代語訳)
(長安の章華台の下にある花柳界の女たちを見てきた柳が見たことを詠う。)
章華台の下にある柳の木を見てきた、その街の近く、皇帝の冕冠のおそばに柳は垂れている。
柳の枝は低く垂れ、そこを往来する、冠帽子や、車蓋を拂っているし、春も盛りなので鬱蒼としてぼんやりとして来て、春の運気もこの帝都全体に広がる。
真っ直ぐな道路と道路に沿って渠溝のほとりに柳があり河川本流の渭水で別れている、この町の人はこの柳を折って奉げて旅人の安全を祈ってわかれた人には柳に被われるのは免れたのだ。
最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。
(訳注)
柳含煙四首 其三
(長安の章華台の下にある花柳界の女たちを見てきた柳が見たことを詠う。)
唐教坊の曲『花間集』には毛文錫の四首所収されている。双調四十四字、前段二十一字五句三平韻、四仄韻、後段二十三字四句二仄韻二平韻で、❸③⑥⑦③/❼⑥⑦③の詞形をとる。
長安、平康里 官妓は前漢の武帝が軍営に妓女をたくわえ,それを妻のない軍士に侍せしめたのにはじまるというが,魏晋南北朝時代に楽戸の制が設けられ,特殊の賤民(せんみん)である妓女が楽戸に入れられ,唐代にはその籍が教坊に属していた。唐代には長安の平康里は妓女のおるところとして知られ,彼女らの中には詩文に長じ,また小説の題材となった者も少なくない。唐の孫棨の《北里志》は平康里の妓女のことを記したもので,当時平康里の妓女は3曲に分かれて南曲,中曲が上等とされ,そこに貴紳富豪が盛んに出入したという。
○○● ●○○
○●●△△● △○○●●○○ ●○○
●△●○○●● ●●△○○△
●○○●●△○ ●○○
章台柳,近垂旒。
章華台の下にある柳の木を見てきた、その街の近く、皇帝の冕冠のおそばに柳は垂れている。
章台柳 長安市内西南部にあった楼台の名。また、その楼台のあった宮殿の名。
《楼台の下が花柳街であったところから》繁華街の遊郭をいう。章台:秦の宫殿名。以って宫内に章台有りでその名を得る。 章台に相如を見る。——《史記·廉頗藺相如列傳》 即章華台。 春秋時楚国の離宮。
垂旒 古代帝王礼帽前后悬垂的玉串。冕冠は皇帝から卿大夫以上が着用した。冠の上に冕板(延とも)と呼ばれる長方形の木板を乗せ、冕板前後の端には旒を垂らした。旒の数は身分により異なり、皇帝の冕冠は前後に十二旒、計二十四旒である。このほか皇帝が天地を祭るのに使う旒の無い大裘冕がある。冠側面から玉笄と呼ばれる簪を指し、底部には纓と呼ばれる組紐がつく。また冕板の中央には天河帯と呼ばれる赤帯がついた。
低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。
柳の枝は低く垂れ、そこを往来する、冠帽子や、車蓋を拂っているし、春も盛りなので鬱蒼としてぼんやりとして来て、春の運気もこの帝都全体に広がる。
冠蓋 冠帽子や、車蓋
朦朧 ① ぼんやりとかすんで、はっきり見えないさま。② 物事の内容・意味などがはっきりしないさま。③ 意識が確かでないさま。
皇州 帝都。李白《古風、五十九首之十八》「衣冠照雲日,朝下散皇州。」(衣冠 雲日を照らし、朝より下りて 皇州に散ず。)
直與路邊江畔別,免被離人攀折。
真っ直ぐな道路と道路に沿って渠溝のほとりに柳があり河川本流の渭水で別れている、この町の人はこの柳を折って奉げて旅人の安全を祈ってわかれた人には柳に被われるのは免れたのだ。
攀折 折楊柳を攀げる。
最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。
最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。
京兆 長安
畫蛾眉 平康里の女妓たちである
葉纖 若くて細くて魅力ある
色と芸を売って生業とする娼妓と女芸人とである。「妓」、この後世もっぱら肉体を売る女性を指すようになった呼称は、もとは「伎(技)」 の意味から来たもので、歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。それゆえ彼女たちも一括して論ずることにする。以上は本論に入る前の「正名」(名称と実態を正しく概念規定すること)の作業である。
唐代には「妓」と呼ばれた人は基本三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。
(1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)
1 宮妓
皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。
2 家妓
高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。
3営妓
軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。
4官妓
中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。
唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。
5民妓
民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。
6.道妓
道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。
妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。
(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。
9-431《柳含煙四首其二》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-614-9-(431) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4617
柳含煙四首
柳含煙四首 其一
(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)
隋堤柳,汴河旁。
煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。
夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。
それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。
因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。
長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。
笙歌未盡起橫流,鏁春愁。
笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる
(柳含煙四首 其の一)
隋堤の柳,汴河の旁。
夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。
夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。
笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。
柳含煙四首 其二
(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)
河橋柳,占芳春。
川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。
映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。
柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。
樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。
柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。
不如移植在金門,近天恩。
この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。
柳含煙四首 其の二
河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。
水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴り折るを攀げ行人に贈り,暗くして神に傷む。
樂府 吹きて橫笛曲を為し,能く離れて腸斷の續すを使む。
移植 金門に在るに如かず,天恩に近し。
柳含煙四首 其三
章台柳,近垂旒。
低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。
直與路邊江畔別,免被離人攀折。
最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。
柳含煙四首 其四
御溝柳,占春多。
半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。
昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。
栽培得地近皇宮,瑞煙濃。
『柳含煙四首』 現代語訳と訳註
(本文)
柳含煙四首 其二
河橋柳,占芳春。
映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。
樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。
不如移植在金門,近天恩。
(下し文)
柳含煙四首 其の二
河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。
水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴り折るを攀げ行人に贈り,暗くして神に傷む。
樂府 吹きて橫笛曲を為し,能く離れて腸斷の續すを使む。
移植 金門に在るに如かず,天恩に近し。
(現代語訳)
(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)
川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。
柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。
柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。
この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。
(訳注)
柳含煙四首 其二
(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)
『花間集』には毛文錫の四首所収されている。双調四十四字、前段二十一字五句三平韻、四仄韻、後段二十三字四句二仄韻二平韻で、3③6⑥③/❼❻⑦③の詞形をとる。
押韻 春、人、神/曲、續、門、恩。
○○● △○○
●●○○●● △△○△●△○ ●△○
●●△○△●● △●△○●●
△△○●●○○ ●○○
河橋柳,占芳春。
川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。
映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。
柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。
樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。
柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。
樂府《楊柳》《大堤》《芙蓉》《曲渚》1 中国前漢の武帝の創設した、音楽をつかさどる役所。2 漢代に1が巷間から採集し、保存した歌謡、およびそれを模して作られた詩の一体。長句・短句の交錯する自由な詩形により、祭儀から日常生活に至る広範囲な題材を扱い、多くは楽器に合わせて歌った。3 漢詩の古体の一。漢代以降の2の題目・形式をまねて作った、伴奏を伴わない詩。唐代に流行。新楽府(しんがふ)といわれ、「白氏文集(はくしもんじゅう)」にも収められる白居易のものが有名
楽府2の題目。歌・行・歌行・引・曲・吟・辞・唱・怨などの種類がある。後世の詩人は、多くこれらに倣って楽府を作った。
不如移植在金門,近天恩。
この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。
金門 金光門 長安の外郭の城の西側に三門があり、北にあるものを聞達門、中にあるものを金光門、南にあるものを延平門という。金光門を西に出ると昆明池の方へゆく。
煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。
9-430《柳含煙四首其一》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-613-9-(430) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4612
柳含煙四首
柳含煙四首 其一
(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)
隋堤柳,汴河旁。
煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。
夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。
それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。
因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。
長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。
笙歌未盡起橫流,鏁春愁。
笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる
(柳含煙四首 其の一)
隋堤の柳,汴河の旁。
夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。
夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。
笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。
柳含煙四首 其二
河橋柳,占芳春。
映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。
樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。
不如移植在金門,近天恩。
柳含煙四首 其三
章台柳,近垂旒。
低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。
直與路邊江畔別,免被離人攀折。
最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。
柳含煙四首 其四
御溝柳,占春多。
半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。
昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。
栽培得地近皇宮,瑞煙濃。
『柳含煙四首』 現代語訳と訳註
(本文)
柳含煙四首 其一
隋堤柳,汴河旁。
夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。
因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。
笙歌未盡起橫流,鏁春愁。
(下し文)
(柳含煙四首 其の一)
隋堤の柳,汴河の旁。
夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。
夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。
笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。
(現代語訳)
(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)
煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。
それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。
長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。
笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる
(訳注)
柳含煙四首 其一
柳、旁、香、張 /好、葆、流、愁。
△△● ●○○
●●●○○● ○○●●●○○ ●△△
○△○○○●● ●●○○●●
○○●●●△○ △○○
隋堤柳,汴河旁。
煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。
隋堤 隋を建国した楊堅(文帝)は、この問題を解決するために587年に淮水と長江を結ぶ邗溝(かんこう)を開鑿し、589年に陳を滅ぼして、南北を統一した。
604年に二代皇帝煬帝が即位し、翌年より再び大運河の工事が始まる。
まず初めに黄河と淮水を結ぶ通済渠(つうせいきょ)が作られ、続いて黄河と天津を結ぶ永済渠(えいせいきょ)、そして長江から杭州へと至る江南河が作られ、河北から浙江へとつながる大運河が完成した。完成は610年のことで、その総延長は2500キロメートルを越える。
通済渠の工事には100万人の民衆が動員され、女性までも徴発されて5か月で完成した。これによって、後の人から暴政と非難され、更にこの運河を煬帝自身が竜船(皇帝が乗る船)に乗って遊覧し、煬帝が好んだ江南へと行幸するのに使ったことから、「自らの好みのために民衆を徴発した」などとも言われるようになる。
大運河は一から全てを開削したわけではなく、既存の小運河を連結した部分がかなりある。また大運河の建造は南北の統一を確かなものとし、江南の物産を河北にもたらした。永済渠建設の目的は高句麗遠征であった。
夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。
それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。
因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。
長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。
蘇 1 生きかえる。よみがえる。「蘇生」2 草の名。
羽葆 羽飾りのことで
笙歌未盡起橫流,鏁春愁。
笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる
等の心配事は、国境を待るための角笛であり、征圧するために鼓を鳴らし大声をあげて攻めることであった。異民族とは他にもある、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、皇帝と共に青塚に葬られ立派に役割を果たしたし、また唐遣大将薛仁貴、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。
9-429
毛文錫(毛司徒文錫) 甘州遍二首
甘州遍二首其一
春光好,公子愛閑遊,足風流。
金鞍白馬,雕弓寶劍,紅纓錦襜出長鞦。
花蔽膝,玉銜頭。
尋芳逐勝歡宴,絲竹不曾休。
美人唱,揭調是《甘州》。醉紅樓。
堯年舜日,樂聖永無憂。
(宮女、官妓らにより琴、瑟、管弦楽の演奏がなされ、雅楽「甘州子」、「四時白紵歌」が歌われて、春の行楽の宴がなされたことを詠う)
春が来て日のひかりも快いものであり、ここでは、諸侯、貴公子は静かな風流の行楽の遊びを好んでいるようだし、そこでは風流に満足したようだ。
ここに集まっているのは、黄金でかざられた鞍をつけた白馬、彫刻で飾られた弓、宝飾の絵の剣べにいろのたずな錦の前掛け、馬の尾の下から後輪に三繫を付けて轅を固定している。
膝までを花で蔽っていて、頭から轡を銜える所にも飾り付けられている。
芳しい女妓を訪ねて春景色を歓勝し、行楽の宴を遂行してきて、琴、瑟、管弦楽の演奏はやむことはない。
宮女、官妓らはずっと歌いつづけ、雅楽「甘州子」は調子を揃えて詠われている。高楼全体で酒宴に酔うのである。
古代賢君の堯と舜が施政した天下太平で国力も隆盛と「四時白紵歌」もうたわれて、このように聖天子のもとに音楽が演奏されれば長しえにこれから先のこと愁いなどすることはないのだ。
甘州遍二首 其の一
春光 好しく,公子 閑遊を愛で,風流に足る。
金鞍 白馬に,雕弓 寶劍あり,紅纓の錦 襜は長鞦を出づ。
花は膝を蔽い,玉は頭を銜む。
芳を尋ね 逐に歡宴に勝り,絲竹 曾て休ず。
美人 唱し,是《甘州》を揭調す。紅樓に醉う。
堯年とし舜日とす,樂聖 永らく憂い無し。
甘州遍二首其二
秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。
蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。
青塚北,黑山西。
沙飛聚散無定,往往路人迷。
鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。
鳳皇詔下,步步躡丹梯。
(西域の雅楽「甘州子」の生まれた元々の辺りの事と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになると詠う。)
秋風が吹きはじめ身をちじめ、引き締める頃になる。北の砂漠地帯では、雁が列をなして低く飛んでゆく。鉛色の空がどこまでも続く。
蕭々颯々かぜはつよくなっていくばかり、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族と叛乱などを平定する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、彼等の心配事は、国境を待るための角笛であり、征圧するために鼓を鳴らし大声をあげて攻めることであった。
異民族とは他にもある、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、皇帝と共に青塚に葬られ立派に役割を果たしたし、また唐遣大将薛仁貴、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。
砂漠の砂は飛び散っていき又集まって山を造り、また散っていくものであり、ここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。
寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍ってしまい、戦いの中で人馬の血に溢れ、蹄鉄餅に染まり、固まってしまう、そうなれば異民族の地、そこら一帯の谷間には人馬で埋め尽くされるのである。
鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐるのである。
(甘州遍二首其の二)
秋風 緊し,平磧 鴈行 低くし,陣雲齊し。
蕭蕭 颯颯,邊聲 四起,愁 戍角と征鼙とを聞く。
青塚の北,黑山の西。
沙飛 聚散 定る無し,往路を往き 人は迷う。
鐵衣 冷く,戰馬 血 蹄に沾い,蕃溪を破る。
鳳皇 詔下し,步み步みて丹梯に躡ばせる。
『甘州遍二首其一』 現代語訳と訳註
(本文)
甘州遍二首其二
秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。
蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。
青塚北,黑山西。
沙飛聚散無定,往往路人迷。
鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。
鳳皇詔下,步步躡丹梯。
(下し文)
(甘州遍二首其の二)
秋風 緊し,平磧 鴈行 低くし,陣雲齊し。
蕭蕭 颯颯,邊聲 四起,愁 戍角と征鼙とを聞く。
青塚の北,黑山の西。
沙飛 聚散 定る無し,往路を往き 人は迷う。
鐵衣 冷く,戰馬 血 蹄に沾い,蕃溪を破る。
鳳皇 詔下し,步み步みて丹梯に躡ばせる。
(現代語訳)
(西域の雅楽「甘州子」の生まれた元々の辺りの事と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになると詠う。)
秋風が吹きはじめ身をちじめ、引き締める頃になる。北の砂漠地帯では、雁が列をなして低く飛んでゆく。鉛色の空がどこまでも続く。
蕭々颯々かぜはつよくなっていくばかり、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族と叛乱などを平定する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、彼等の心配事は、国境を待るための角笛であり、征圧するために鼓を鳴らし大声をあげて攻めることであった。
異民族とは他にもある、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、皇帝と共に青塚に葬られ立派に役割を果たしたし、また唐遣大将薛仁貴、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。
砂漠の砂は飛び散っていき又集まって山を造り、また散っていくものであり、ここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。
寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍ってしまい、戦いの中で人馬の血に溢れ、蹄鉄餅に染まり、固まってしまう、そうなれば異民族の地、そこら一帯の谷間には人馬で埋め尽くされるのである。
鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐるのである。
(訳注)
甘州遍二首其二
(西域の雅楽「甘州子」の生まれた元々の辺りの事と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになると詠う。)
唐の教坊の曲名。『花問集』には毛文錫の二首のみ所収。雙調六十三字、前段三十二字八句四平韻一仄韻、後段三十一字七句四平韻一仄韻で、❸⑤③44⑦3③/6⑤❸⑤③4⑤ の詞形をとる。
○△● ○●●△○ ●○△。
○○●● ○○●● ○△●●△○○。
○●● ●○○。
△○●●○● ●●●○○。
●△△ ●●●△○ ●○○。
●○●● ●●●○○。
秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。
秋風が吹きはじめ身をちじめ、引き締める頃になる。北の砂漠地帯では、雁が列をなして低く飛んでゆく。鉛色の空がどこまでも続く。
緊 1 固く引きしまる。引きしめる。「緊縮・緊張・緊縛・緊密」2 物事が差し迫っている。「緊急・緊迫・緊要/喫緊」
磧. qì. ㄑㄧˋ. 1. 淺水中的沙石。 2. [沙~]沙漠。不生草木的沙石地。
齊/斉【せい】[漢字項目]とは。意味や解説。[常用漢字][音]セイ(漢)サイ(慣)[訓]ととのえるととのうひとしい1 凸凹がなく等しくそろっている。そろえる。ととのえる。「斉一・斉唱/一斉・均斉・整斉・修身斉家」2 中国、春秋時代の国名。「
蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。
蕭々颯々かぜはつよくなっていくばかり、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族と叛乱などを平定する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、彼等の心配事は、国境を待るための角笛であり、征圧するために鼓を鳴らし大声をあげて攻めることであった。
蘇武と李陵 涼秋九月, 塞外草衰. 夜不能寐, 側耳遠聽,胡笳互動, 牧馬悲鳴, 吟嘯成群, 邊聲四起. 晨坐聽之, 不覺淚下.
李陵と蘇武の二人のうち、蘇武が英雄として帰国を果たしたのに対し、反逆者の汚名を着せられた李陵は遂に帰国せず、辺境の地で一生を終えた。「答蘇武書」は、帰国を勧める蘇武の書簡に対し、自らの国を捨てる決心を綴った李陵の返信である。
青塚北,黑山西。
異民族とは他にもある、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、皇帝と共に青塚に葬られ立派に役割を果たしたし、また唐遣大将薛仁貴、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。
青塚 内蒙古自治区呼和浩特市にある王昭君の墓を「青塚」という。辺りは草も生えない荒地なのに墓の近くだけは青い草が生えたことからいう。紀元前33年、匈奴の君主である呼韓邪単于が入朝した時、漢の女性を妻に娶りたいと言ってきたので王昭君が嫁ぐ事になった。 王昭君は呼韓邪単于との間に一男を儲けるが紀元前31年に呼韓邪単于が死ぬと、匈奴の風習に従い次の皇帝の妻になる。
黑山 中国古代戦場,現内蒙巴林右旗小罕山。石城で戦い、単騎突撃して、敵の弓手を生け捕りにした。また唐遣大将薛仁貴、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。
沙飛聚散無定,往往路人迷。
砂漠の砂は飛び散っていき又集まって山を造り、また散っていくものであり、ここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。
鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。
寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍ってしまい、戦いの中で人馬の血に溢れ、蹄鉄餅に染まり、固まってしまう、そうなれば異民族の地、そこら一帯の谷間には人馬で埋め尽くされるのである。
蕃溪 1 未開の異民族。「蕃夷(ばんい)・蕃俗」2 外国。
【谷・渓▽・谿▼】①山または丘にはさまれた細長い溝状の低地。一般には河川の浸食による河谷が多い。成因によって川や氷河による浸食谷と断層や褶曲(しゆうきよく)による構造谷とに分ける。また,山脈に沿う谷を縦谷(じゆうこく),山脈を横切るものを横谷(おうこく)という。②高い所にはさまれた低い部分。「波の-」 「気圧の-」
③二つの屋根の流れが交わる所。 「 -樋」
鳳皇詔下,步步躡丹梯。
鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐるのである。
躡 ①足音を忍ばせる.•他蹑着脚走出去了。〔+目〕=彼は足音を忍ばせながら出て行った.②(文語文[昔の書き言葉]) 追跡する,尾行する.例•蹑踪=追跡する.③(文語文[昔の書き言葉]) 足で踏みつける.
「漢書」によると、李陵の物語とはこんな話である・・・。
昔から中国は北方に住む遊牧民である匈奴たちと攻防を繰り返してきた。秦の始皇帝が長城を造り始めたのも匈奴の侵入をふせぐためというから、その深刻さの程がわかる。それは李陵の生きた漢の時代でも同じであった。
あるとき、武帝は匈奴を征討することを決め、李広利を大将軍とする一大部隊を繰り出した。その一翼として、李陵には輜重隊を任せようとしていた。輜重隊というのは食料や兵器など要するに主力部隊のための物資運搬係りである。武人としての戦果は望めない地味な役割である。李陵はこれを聞いて武帝に泣きを入れ、「兵の5千も与えてくだされば匈奴の奥深く侵入して征伐してみせましょう」と言ったところ、武帝の気に入り、兵を与えられた。ただし、騎兵ではなく歩兵であった。
こうして李陵軍は北に向けて出陣する。李広利将軍の部隊とは合流する手筈であったが、その途上、匈奴の主力部隊と遭遇してしまう。その数3万。もちろん、全員騎兵である。6倍もの兵力差がある上に、馬に乗った相手に歩兵で立ち向かうのだから、戦う前から勝敗は決まったようなもので、実際、最終的には敗れるのだが、しかし、李陵軍は死闘を繰り広げること8日に及び、その間に匈奴1万を討ち取るという獅子奮迅の働きをみせる。そうして文字通り刃折れ矢尽きて李陵は降伏し捕虜となる。
武帝は激怒する。このとき群臣も武帝に迎合して降伏した李陵は罰せられて当然だと言い立てる中でただ一人、李陵の勇戦と無実を訴えて武帝の逆鱗に触れて宮刑に処されたのが司馬遷であった。 しかし、匈奴は捕虜となった李陵を殺すでもなく逆に帰順するよう求めた。その戦いぶりに匈奴の王も武人として好感をもったのである。
蘇武という武将は忠節の武人として知られている。「平家物語」巻二に「蘇武」と題する一節がある。喜界島に流刑になった康頼が都を想うあまり歌を書きつけた卒塔婆を流す。都に流れ着いて思い出しておくれと云う望郷の歌だが、これがほんとに流れ着いて世の哀れをさそったという一節である。 この康頼の故事が、かつて、はるか昔の漢の武将の蘇武の故事とよく似ていることから引用されたものらしい。というのは、蘇武は使者として匈奴の地へ赴くのだが、そこで囚われの身になってしまい、以来、19年もの間、匈奴の地にあって変節することなく生き抜き、かつて雁に託した都への手紙が届き、それがもとになって晴れて帰国できたという来歴の持ち主だからである。
(宮女、官妓らにより琴、瑟、管弦楽の演奏がなされ、雅楽「甘州子」、「四時白紵歌」が歌われて、春の行楽の宴がなされたことを詠う)春が来て日のひかりも快いものであり、ここでは、諸侯、貴公子は静かな風流の行楽の遊びを好んでいるようだし、そこでは風流に満足したようだ。
9-428《甘州遍二首其一》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-611-9-(428) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4602
毛文錫(毛司徒文錫) 甘州遍二首
甘州遍二首其一
(宮女、官妓らにより琴、瑟、管弦楽の演奏がなされ、雅楽「甘州子」、「四時白紵歌」が歌われて、春の行楽の宴がなされたことを詠う)
春が来て日のひかりも快いものであり、ここでは、諸侯、貴公子は静かな風流の行楽の遊びを好んでいるようだし、そこでは風流に満足したようだ。
金鞍白馬,雕弓寶劍,紅纓錦襜出長鞦。
ここに集まっているのは、黄金でかざられた鞍をつけた白馬、彫刻で飾られた弓、宝飾の絵の剣べにいろのたずな錦の前掛け、馬の尾の下から後輪に三繫を付けて轅を固定している。
花蔽膝,玉銜頭。
膝までを花で蔽っていて、頭から轡を銜える所にも飾り付けられている。
尋芳逐勝歡宴,絲竹不曾休。
芳しい女妓を訪ねて春景色を歓勝し、行楽の宴を遂行してきて、琴、瑟、管弦楽の演奏はやむことはない。
美人唱,揭調是《甘州》。醉紅樓。
宮女、官妓らはずっと歌いつづけ、雅楽「甘州子」は調子を揃えて詠われている。高楼全体で酒宴に酔うのである。
堯年舜日,樂聖永無憂。
古代賢君の堯と舜が施政した天下太平で国力も隆盛と「四時白紵歌」もうたわれて、このように聖天子のもとに音楽が演奏されれば長しえにこれから先のこと愁いなどすることはないのだ。
甘州遍二首 其の一
春光 好しく,公子 閑遊を愛で,風流に足る。
金鞍 白馬に,雕弓 寶劍あり,紅纓の錦 襜は長鞦を出づ。
花は膝を蔽い,玉は頭を銜む。
芳を尋ね 逐に歡宴に勝り,絲竹 曾て休ず。
美人 唱し,是《甘州》を揭調す。紅樓に醉う。
堯年とし舜日とす,樂聖 永らく憂い無し。
甘州遍二首其二
秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。
蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。
青塚北,黑山西。
沙飛聚散無定,往往路人迷。
鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。
鳳皇詔下,步步躡丹梯。
『甘州遍二首其一』 現代語訳と訳註
(本文)
甘州遍二首其一
春光好,公子愛閑遊,足風流。
金鞍白馬,雕弓寶劍,紅纓錦襜出長鞦。
花蔽膝,玉銜頭。
尋芳逐勝歡宴,絲竹不曾休。
美人唱,揭調是《甘州》。醉紅樓。
堯年舜日,樂聖永無憂。
(下し文)
甘州遍二首 其の一
春光 好しく,公子 閑遊を愛で,風流に足る。
金鞍 白馬に,雕弓 寶劍あり,紅纓の錦 襜は長鞦を出づ。
花は膝を蔽い,玉は頭を銜む。
芳を尋ね 逐に歡宴に勝り,絲竹 曾て休ず。
美人 唱し,是《甘州》を揭調す。紅樓に醉う。
堯年とし舜日とす,樂聖 永らく憂い無し。
(現代語訳)
(宮女、官妓らにより琴、瑟、管弦楽の演奏がなされ、雅楽「甘州子」、「四時白紵歌」が歌われて、春の行楽の宴がなされたことを詠う)
春が来て日のひかりも快いものであり、ここでは、諸侯、貴公子は静かな風流の行楽の遊びを好んでいるようだし、そこでは風流に満足したようだ。
ここに集まっているのは、黄金でかざられた鞍をつけた白馬、彫刻で飾られた弓、宝飾の絵の剣べにいろのたずな錦の前掛け、馬の尾の下から後輪に三繫を付けて轅を固定している。
膝までを花で蔽っていて、頭から轡を銜える所にも飾り付けられている。
芳しい女妓を訪ねて春景色を歓勝し、行楽の宴を遂行してきて、琴、瑟、管弦楽の演奏はやむことはない。
宮女、官妓らはずっと歌いつづけ、雅楽「甘州子」は調子を揃えて詠われている。高楼全体で酒宴に酔うのである。
古代賢君の堯と舜が施政した天下太平で国力も隆盛と「四時白紵歌」もうたわれて、このように聖天子のもとに音楽が演奏されれば長しえにこれから先のこと愁いなどすることはないのだ。
(訳注)
甘州遍二首其一
唐の教坊の曲名。『花問集』には毛文錫の二首のみ所収。雙調六十三字、前段三十二字八句四平韻一仄韻、後段三十一字七句四平韻一仄韻で、❸⑤③44⑦3③/6⑤❸⑤③4⑤ の詞形をとる。
甘州子は西域から花街に来た娘をいう。 唐の長安は当時世界最大の都市で、国際交流都市であった。そこには青い目の娘がいた。特にペルシャ系、トルコ系の美女が詩に登場している。雅楽に「甘州子」がある。中国の雅楽は,〈雅正の楽〉の意で俗楽に対立し,儒教の礼楽思想に基づいて成立,発展したために狭義には天地宗廟の祭祀楽を意味するが,広義には国家,宮廷の儀式や宴饗の楽も含める。狭義の雅楽は古来の雅楽器を用い,堂上登歌(どうじようとうか),堂下楽懸(どうかがくけん)の2種の楽を奏し,八佾(はちいつ)の舞を舞うという一定の形式を有する。
甘州(かんしゅう)は中国にかつて存在した州。現在の中華人民共和国甘粛省張掖市に比定される。南北朝時代には西魏により西涼州が設置され、553年(廃帝3年)に甘州と改称された。その後、隋代は、隋朝が成立すると当初は甘州が設置され2郡7県を管轄した。607年(大業3年)には郡制施行に伴い武威郡と改称された。
顧夐
顧夐 甘州子五首 其一
一爐龍麝錦帷旁,屏掩映,燭熒煌。
禁樓刁斗喜初長,羅薦繡鴛鴦。
山枕上,私語口脂香。
甘州子五首 其二
每逢清夜與良晨,多悵望,足傷神。
雲迷水隔意中人,寂寞繡羅茵。
山枕上,幾點淚痕新。
甘州子五首 其三
曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。
綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。
山枕上,長是怯晨鐘。
甘州子五首 其四
露桃花裏小樓深,持玉盞,聽瑤琴。
醉歸青瑣入鴛衾,月色照衣襟。
山枕上,翠鈿鎮眉心。
甘州子五首 其五
紅鑪深夜醉調笙,敲拍處,玉纖輕。
小屏古畫岸低平,煙月滿閑庭。
山枕上,燈背臉波橫。
毛文錫《甘州遍二首其一》
3 | 5 | 3 | |
4 | 4 | 7 | |
3 | 3 | | 32 |
6 | 5 | | |
3 | 5 | 3 | |
4 | 5 | | 31 |
| 63 | ||
❸⑤③44⑦3③/6⑤❸⑤③4⑤
春光好,公子愛閑遊,足風流。
春が来て日のひかりも快いものであり、ここでは、諸侯、貴公子は静かな風流の行楽の遊びを好んでいるようだし、そこでは風流に満足したようだ。
金鞍白馬,雕弓寶劍,紅纓錦襜出長鞦。
ここに集まっているのは、黄金でかざられた鞍をつけた白馬、彫刻で飾られた弓、宝飾の絵の剣べにいろのたずな錦の前掛け、馬の尾の下から後輪に三繫を付けて轅を固定している。
白馬 詩経「鴻雁の什、白駒」賢者を隠遁させないで引き留めるためにいろいろ試みるが山、谷のなかにさっていくものである、ということから帰ってゆく貴富、ここでは貴公子のことを言う。
纓 ① 冠の後ろに突き出ている巾子(こじ)の根もとをしめた紐(ひも)の余りを背に垂れ下げたもの。 ② 巾子の背面下部の付属具。骨を入れ薄絹に薄く漆をかける。形により,立纓(りゆうえい)・垂纓・巻纓・細纓などがある。① を装飾的に変化させたもの。 ③ 冠がぬげないように顎(あご)の下で結ぶ紐。
襜 馬に乗る時の前掛け。
鞦 ① 馬具の一。馬の尾の下から後輪(しずわ)の鞖(しおで)につなぐ紐(ひも)。 → 三繫(さんがい) ② のち,頭・胸・尾にかける紐の総称。三繫。おしかけ。 ③ 牛馬の尻につけて,車の轅(ながえ)を固定させる紐。
花蔽膝,玉銜頭。
膝までを花で蔽っていて、頭から轡を銜える所にも飾り付けられている。
尋芳逐勝歡宴,絲竹不曾休。
芳しい女妓を訪ねて春景色を歓勝し、行楽の宴を遂行してきて、琴、瑟、管弦楽の演奏はやむことはない。
絲竹とは?歴史民俗用語。〔「糸竹(しちく)」の訓読み〕 ① 〔「糸」は琴・三味線などの弦楽器,「竹」は笛・笙(しよう)などの管楽器〕 和楽器の総称。管弦。 ② 音楽。音曲。
美人唱,揭調是《甘州》。醉紅樓。
宮女、官妓らはずっと歌いつづけ、雅楽「甘州子」は調子を揃えて詠われている。高楼全体で酒宴に酔うのである。
堯年舜日,樂聖永無憂。
古代賢君の堯と舜が施政した天下太平で国力も隆盛と「四時白紵歌」もうたわれて、このように聖天子のもとに音楽が演奏されれば長しえにこれから先のこと愁いなどすることはないのだ。
世の中が太平で国力も隆盛になることの比喩。 古代賢君の堯と舜が施政したよのなかをいう。南朝梁沈約《四時白紵歌‧春白紵》: “佩服瑤草駐容色, 舜日堯年懽無極。” 明無名氏《鬧鍾馗》楔子
(巫女のもとに高貴のお方が泣かなく訪れてくれない、同じ化身するなら、その方の佩び玉に化身できたらと詠う。)錦のとばりが垂れ、香りが広がるに伴って眠る。黄金の香炉には、夕方には新しい香と交換し燻らせている。
9-427《贊浦子一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-610-9-(427) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4597
毛文錫(毛司徒文錫) 贊浦子一首
毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。
贊浦子
(巫女のもとに高貴のお方が泣かなく訪れてくれない、同じ化身するなら、その方の佩び玉に化身できたらと詠う。)
錦帳添香睡,金鑪換夕薰。
錦のとばりが垂れ、香りが広がるに伴って眠る。黄金の香炉には、夕方には新しい香と交換し燻らせている。
懶結芙蓉帶,慵拖翡翠裙。
その女は物憂げに芙蓉柄の帯を結んでいるし、翡翠の飾りのスカートをだるそうに引きずっている。
正是桃夭柳媚,那堪暮雨朝雲。
まさに、これは、この女妓の美しさを詩経に言う「桃のみずみずしいとき」であり、若々しい柳の葉の眉もくっきりとしている。それなのにどうして夕暮れに雨に化身しんしてまじわり、朝には雲となって別れて行くという、そんな生活に堪えている。
宋玉高唐意,裁瓊欲贈君。
宋玉の「高唐賦」に言う、雨となり雲となってまじわることを思い続けるけれど、それがかなわぬなら、瓊玉に化身し、佩び玉飾りに裁縫してあなたに贈ろうと思う。そうしたら別れなくてもずっと一緒に入れると思う。
贊浦子
錦帳 香を添えて睡り,金鑪 夕に換えて薰る。
芙蓉の帶を懶結し,翡翠の裙を慵拖す。
正に是れ 桃夭 柳媚なり,那んぞ 暮雨 朝雲に堪えん。
宋玉 高唐の意,瓊を裁し 君に贈らんと欲す。
『贊浦子』 現代語訳と訳註
(本文)
贊浦子
錦帳添香睡,金鑪換夕薰。
懶結芙蓉帶,慵拖翡翠裙。
正是桃夭柳媚,那堪暮雨朝雲。
宋玉高唐意,裁瓊欲贈君。
(下し文)
贊浦子
錦帳 香を添えて睡り,金鑪 夕に換えて薰る。
芙蓉の帶を懶結し,翡翠の裙を慵拖す。
正に是れ 桃夭 柳媚なり,那んぞ 暮雨 朝雲に堪えん。
宋玉 高唐の意,瓊を裁し 君に贈らんと欲す。
(現代語訳)
(巫女のもとに高貴のお方が泣かなく訪れてくれない、同じ化身するなら、その方の佩び玉に化身できたらと詠う。)
錦のとばりが垂れ、香りが広がるに伴って眠る。黄金の香炉には、夕方には新しい香と交換し燻らせている。
その女は物憂げに芙蓉柄の帯を結んでいるし、翡翠の飾りのスカートをだるそうに引きずっている。
まさに、これは、この女妓の美しさを詩経に言う「桃のみずみずしいとき」であり、若々しい柳の葉の眉もくっきりとしている。それなのにどうして夕暮れに雨に化身しんしてまじわり、朝には雲となって別れて行くという、そんな生活に堪えている。
宋玉の「高唐賦」に言う、雨となり雲となってまじわることを思い続けるけれど、それがかなわぬなら、瓊玉に化身し、佩び玉飾りに裁縫してあなたに贈ろうと思う。そうしたら別れなくてもずっと一緒に入れると思う。
(訳注)
贊浦子
(巫女のもとに高貴のお方が泣かなく訪れてくれない、同じ化身するなら、その方の佩び玉に化身できたらと詠う。)
唐教坊曲名。別名《贊普子》。『花間集』には毛文錫一首のみ所収。双調四十二字、前段二十字四句二平韻、後段二十二字四句二平韻で、5⑤5⑤/6⑥5⑤の詞形をとる。
薰、裙、雲、君。
●●○○● ○○●●△
●●○○● ○△●●○
△●○△●● △○●●○○
●●○○● △○●●○
錦帳 添香睡,金鑪 換夕薰。
錦のとばりが垂れ、香りが広がるに伴って眠る。黄金の香炉には、夕方には新しい香と交換し燻らせている。
懶結芙蓉帶,慵拖翡翠裙。
その女は物憂げに芙蓉柄の帯を結んでいるし、翡翠の飾りのスカートをだるそうに引きずっている。
拖 ①(重いものを)ずるずる引っ張る,引きずる,引く.他拖着疲倦的身体回到家里。=彼は疲れた体を引きずって家まで。
正是桃夭柳媚,那堪暮雨朝雲。
まさに、これは、この女妓の美しさを詩経に言う「桃のみずみずしいとき」であり、若々しい柳の葉の眉もくっきりとしている。それなのにどうして夕暮れに雨に化身しんしてまじわり、朝には雲となって別れて行くという、そんな生活に堪えている。
桃夭 《「詩経」周南・桃夭から。嫁ぐ若い女性の美しさを桃のみずみずしさにたとえた語》女性の婚期。嫁入りどきをいう。
桃之夭夭、灼灼其華。之子于歸、宜其室家。
桃之夭夭、有粉其實。之子于歸、宜其家室。
桃の夭夭たる、灼灼たり其の華。この子ここに歸【とつ】がば、其の室家に宜しからん。
桃の夭夭たる、粉たり其の實。この子ここに歸がば、其の家室に宜しからん。
暮雨朝雲 宋玉高唐の賦に言う「朝雲」は、朝の雲。「暮雨」は、夕暮れの雨。男女の契りのたとえ。
宋玉高唐意,裁瓊欲贈君。
宋玉の「高唐賦」に言う、雨となり雲となってまじわることを思い続けるけれど、それがかなわぬなら、瓊玉に化身し、佩び玉飾りに裁縫してあなたに贈ろうと思う。そうしたら別れなくてもずっと一緒に入れると思う。
宋玉「高唐賦」 楚の懐王が高唐で遊んで^ .おをした時、夢の中に女が現れて王と情を交これは、『文選』のに見える話に由来している。「雲雨巫山」一巫山之夢」ともいう。
裁 ① 布を断ち切る。「裁断・裁縫」② 是非善悪を判断して決める。処理する。「裁定・裁判/決裁・親裁・制裁・総裁・仲裁・独裁」3 外見。「体裁」4 裁縫のこと。「
瓊 ① たま。「瓊玉」② 玉のように美しい。「瓊筵(けいえん)・瓊姿」
楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。
・宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,崪兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」
・謁 おまいりすること。
謁巫山廟 薛濤 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-242-108-#98 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592
巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407
(春が訪れ、官妓たちの所に、高級官僚が来て宴を催すが、貴公子たちは、親の七光りのもと、女たちの心を傷つけて去ってゆくと詠う。)香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ていた、春は、冬残った景色を初めてと化してくれるように、官妓たちの心も春の心に溶かしてくれる。
9-426《接賢賓一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-609-9-(426) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4592
接賢賓
(春が訪れ、官妓たちの所に、高級官僚が来て宴を催すが、貴公子たちは、親の七光りのもと、女たちの心を傷つけて去ってゆくと詠う。)
香韉鏤襜五花驄,值春景初融。
香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ていた、春は、冬残った景色を初めてと化してくれるように、官妓たちの心も春の心に溶かしてくれる。
流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。
馬たちの体に玉のような汗が吹き出し未だ行き来していないのにもかかわらずである。やがて大宛国の駿馬は、珠のような汗をかき、それを流せば赤く染めて流れるのである。
少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。
貴公子の若者たちは馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。
為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。
珊瑚の鞍に鞭を降ろしていないのが惜しいことであるが、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていった。
信穿花,從拂柳,向九陌追風。
信頼を持っていた女の気持ち、花を穿つことになり、それは柳の枝を払うことであり、そこを通り過ぎて、都大路の九の通りに風は通り抜けてゆく。
接賢賓
香韉 鏤襜 五花の驄,值春 景初めて融なり。
流珠 噴沫 躞蹀,汗血 流紅。
少年 公子 能く乘馭し,金鑣 玉轡 瓏璁。
惜む為す 珊瑚 鞭下らずを,生を驕す 百步 千蹤を。
信は花を穿ち,從て柳を拂い,九陌 追風に向う。
『接賢賓』 現代語訳と訳註
(本文)
接賢賓
香韉鏤襜五花驄,值春景初融。
流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。
少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。
為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。
信穿花,從拂柳,向九陌追風。
(下し文)
(現代語訳)
(春が訪れ、官妓たちの所に、高級官僚が来て宴を催すが、貴公子たちは、親の七光りのもと、女たちの心を傷つけて去ってゆくと詠う。)
香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ていた、春は、冬残った景色を初めてと化してくれるように、官妓たちの心も春の心に溶かしてくれる。
馬たちの体に玉のような汗が吹き出し未だ行き来していないのにもかかわらずである。やがて大宛国の駿馬は、珠のような汗をかき、それを流せば赤く染めて流れるのである。
貴公子の若者たちは馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。
珊瑚の鞍に鞭を降ろしていないのが惜しいことであるが、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていった。
信頼を持っていた女の気持ち、花を穿つことになり、それは柳の枝を払うことであり、そこを通り過ぎて、都大路の九の通りに風は通り抜けてゆく。
(訳注)
接賢賓
(春が訪れ、官妓たちの所に、高級官僚が来て宴を催すが、貴公子たちは、親の七光りのもと、女たちの心を傷つけて去ってゆくと詠う。)
『花間集』には毛文錫一首のみ所収。双調六十二字、前段二十二字四句三平韻一仄韻、後段三十七字七句三平韻一仄韻で、⑦⑤❻④/7⑥7⑥3❸⑤ の詞形をとる。
○○△△●○⑦ ●○●○⑤
○○△●●❻ △●○④
●○○●△△➐ ○○●●○⑥
○●○○○△➐ ○△●●○⑥
△△○ △●❸ ●△●○△
香韉鏤襜五花驄,值春景初融。
香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ていた、春は、冬残った景色を初めてと化してくれるように、官妓たちの心も春の心に溶かしてくれる。
韉 したぐら【下鞍・韉】. 馬具の一。和式の鞍で,鞍橋(くらぼね)の下に敷いて,馬の背を保護するもの。普通二枚を重ねて用い,上を切付(きつつけ),下を膚付(はだつけ)と称する。中世以後は,全体を切付と称することがある。(
鏤襜 〔襜褕〕古代一种短的便衣。まえかけ
五花驄 骢(驄)とは。意味や日本語訳。あし毛の馬。五花驄馬七香車,云是平陽帝子家。
流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。
馬たちの体に玉のような汗が吹き出し未だ行き来していないのにもかかわらずである。やがて大宛国の駿馬、汗血馬は、珠のような汗をかき、それを流せば赤く染めて流れるのである。
躞蹀 ①小股に歩く.②行き来する.
汗血馬【かんけつば】 西域(中央アジア)地方に産した名馬の一種。1日に千里を走り,疾駆すると血のような汗を流すので,この名がつけられたという。前漢の武帝のとき,張騫(ちようけん)の遠征によって西域に名馬のいることが中国に知られるようになった。中国では古来名馬を天馬と称しているが,《史記》の大宛列伝によると,〈はじめ烏孫の馬を天馬と名づけたが,大宛の汗血馬を得てみるといっそうたくましく,そこで大宛の馬を天馬と称し,烏孫の馬を西極(せいきよく)と改めた〉と記されている。
少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。
貴公子の若者たちは馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。
金鑣 轡・鑣・銜〔口輪の意〕① 馬に手綱(たづな)をつけるため,馬の口にくわえさせる金具。くつばみ。くくみ。 「 -を取る」② 家紋の一。① にかたどったもの。丸の中に十字形のあるものと,杏葉(ぎようよう)形のものとある。 ③ 遊女のいる家。また,遊女屋の主人。くつわ屋。
瓏璁 玉と玉の鳴る音の意とで、. 明朗に鳴る音の意。 【意味】明るく朗らかなさま。 明朗な気質を現すもの。 音色が美しく清らかなさま。 美しく清廉なさま。
為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。
珊瑚の鞍に鞭を降ろしていないのが惜しいことであるが、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていった。
驕生 富貴の者の生まれ持ったおごり。
蹤【しょう】[音]ショウ(漢)[訓]あと足あと。「蹤跡/先蹤・追蹤」 -
信穿花,從拂柳,向九陌追風。
信頼を持っていた女の気持ち、花を穿つことになり、それは柳の枝を払うことであり、そこを通り過ぎて、都大路の九の通りに風は通り抜けてゆく。
白居易《夜歸》
半醉閑行湖岸東,馬鞭敲鐙轡瓏璁。萬株松樹青山上,十裏沙堤明月中。
樓角漸移當路影,潮頭欲過滿江風。歸來未放笙歌散,畫戟門開蠟燭紅。
毛文錫《贊成功》
海棠未坼,萬點深紅,香包緘結一重重。
似含羞態,邀勒春風。
蜂來蝶去,任遶芳叢。
昨夜微雨,飄灑庭中。
忽聞聲滴井邊桐,美人驚起,坐聽晨鐘。
快教折取,戴玉瓏璁。
(贊成功)
海棠 未だ坼【ひら】かず,萬點 深紅なり,香包 緘結【かんけつ】して 一重重。
羞態を含みて似,春風に勒を邀う。
蜂來りて 蝶去り,芳叢に遶るを任す。
昨夜 微雨あり,庭中飄灑【ひょうれい】す。
忽ち聞く 井邊の桐に滴す聲を,美人 驚起し,坐して聽く 晨鐘【しんしょう】を。
快く教し 折り取る,玉を戴き 瓏璁【ろうそう】す。
(南の素晴らしい美人も、最も美しい時には最高のくらしをしたものだが、奇麗なもの、美味しいものも飽きてしまえばその美味しい味実もどうしようもないと詠う。)南国の常緑樹にも一杯の花が咲き誇り、春霞がそこには広がっている。あの人もために、丁子のように貞操を守り、丁子の様にあの人を思い続けてやっと身も心も一心同体になることが出来た。
9-425《中興樂一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-608-9-(425) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4587
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| 花間集 教坊曲『中興樂』二首 | | |||||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | | ||
| 毛文錫(毛司徒文錫) | 巻五 | 中興樂一首 | 豆蔻花繁煙豔深, | | ||
| 牛學士希濟 | 巻五 | 中興樂一首 | 池塘暖碧浸晴暉, | | ||
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毛文錫 中興樂
豆蔻花繁煙豔深,丁香軟結同心。
翠鬟女,相與共淘金。
紅蕉葉裏猩猩語,鴛鴦浦,鏡中鸞舞。
絲雨隔,荔枝陰。
(南の素晴らしい美人も、最も美しい時には最高のくらしをしたものだが、奇麗なもの、美味しいものも飽きてしまえばその美味しい味実もどうしようもないと詠う。)
南国の常緑樹にも一杯の花が咲き誇り、春霞がそこには広がっている。あの人もために、丁子のように貞操を守り、丁子の様にあの人を思い続けてやっと身も心も一心同体になることが出来た。
髪を結った髻に翡翠の飾りを付けた妓女は互いに結ばれ、その閨の中で、砂金を掬いより分ける簀子の中の金のように一緒になってゆれうごいた。
この美女の姫芭蕉は葉を裏にしたり、顔を赤らめて、酔っ払いが言うような言葉を発している。それは鴛鴦が暮らす入り江の奥まった安定的な暮らしであったし、鏡に描かれた仲睦まじい鳳凰鸞の舞のようであった。
雨の化身の妓女のもとに雲の化身の男が来るのが次第に雨も糸の様に隔絶するようになってしまい、彼女の熟れた荔枝はそっと陰におかれたようになってしまう。
毛文錫 (中興樂)
豆蔻 花繁り 煙豔深し,丁香 軟らかく同心を結す。
翠鬟の女,相いに共に淘金を與う。
紅蕉 葉裏 猩猩の語,鴛鴦の浦,鏡中 鸞舞う。
絲雨隔とし,荔枝の陰。
牛希濟 中興樂
池塘暖碧浸晴暉,濛濛柳絮輕飛。
紅蘂凋來,醉夢還稀。
春雲空有鴈歸,珠簾垂。
東風寂寞,恨郎拋擲,淚溼羅衣。
毛文錫『中興樂』 現代語訳と訳註
(本文)
中興樂
豆蔻花繁煙豔深,丁香軟結同心。
翠鬟女,相與共淘金。
紅蕉葉裏猩猩語,鴛鴦浦,鏡中鸞舞。
絲雨隔,荔枝陰。
(下し文)
(中興樂)
豆蔻 花繁り 煙豔深し,丁香 軟らかく同心を結す。
翠鬟の女,相いに共に淘金を與う。
紅蕉 葉裏 猩猩の語,鴛鴦の浦,鏡中 鸞舞う。
絲雨隔とし,荔枝の陰。
(現代語訳)
(南の素晴らしい美人も、最も美しい時には最高のくらしをしたものだが、奇麗なもの、美味しいものも飽きてしまえばその美味しい味実もどうしようもないと詠う。)
南国の常緑樹にも一杯の花が咲き誇り、春霞がそこには広がっている。あの人もために、丁子のように貞操を守り、丁子の様にあの人を思い続けてやっと身も心も一心同体になることが出来た。
髪を結った髻に翡翠の飾りを付けた妓女は互いに結ばれ、その閨の中で、砂金を掬いより分ける簀子の中の金のように一緒になってゆれうごいた。
この美女の姫芭蕉は葉を裏にしたり、顔を赤らめて、酔っ払いが言うような言葉を発している。それは鴛鴦が暮らす入り江の奥まった安定的な暮らしであったし、鏡に描かれた仲睦まじい鳳凰鸞の舞のようであった。
雨の化身の妓女のもとに雲の化身の男が来るのが次第に雨も糸の様に隔絶するようになってしまい、彼女の熟れた荔枝はそっと陰におかれたようになってしまう。
(訳注)
毛文錫
毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。
中興樂
(南の素晴らしい美人も、最も美しい時には最高のくらしをしたものだが、奇麗なもの、美味しいものも飽きてしまえばその美味しい味実もどうしようもないと詠う。)
『花間集』には二首所収で、毛文錫の作は一首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句三平韻(一仄韻)、後段二十字五句一平韻三仄韻で、⑦⑥3⑤/❼❸❹3③の詞形をとる。この詩は牛希濟の作と若干詞形に変化がある。
●●○○○●△ ○○●●○○
●○● △△△○○
○○●●○○● ○○● ●△○●
○●● ●○○
豆蔻花繁煙豔深,丁香軟結同心。
南国の常緑樹にも一杯の花が咲き誇り、春霞がそこには広がっている。あの人もために、丁子のように貞操を守り、丁子の様にあの人を思い続けてやっと身も心も一心同体になることが出来た。
豆蔻 ニクズク属は、ニクズク科の1属。学名Myristica。ミリスティカ属とも。属名はギリシャ語で香油を意味するミュリスティコスから。 熱帯性の常緑高木。東南アジア、オーストラリアに自生。 種子から、スパイスのナツメグ とメース 、生薬の肉荳蔲が作られる。皇甫松《浪淘沙二首其二》「蠻歌豆蔻北人愁,蒲雨杉風野艇秋。」4-417《浪濤沙二首其二》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-600-4-(417) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4547
丁香 クローブの花蕾は釘に似た形をしているため、中国では「釘」と同義の「丁」の字を使って「丁香」、「丁子」の名があてられる。 生薬としての花蕾を丁子(ちょうじ)または丁香(ちょうこう)ということもあり、芳香健胃剤である(日本薬局方にも収録されている)。孫光憲《八拍蠻》「孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。」孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。
越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。14-386《八拍蠻一首》孫光憲(46)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-569-14-(386) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4392
牛嶠『感恩多二首其二』「自從南浦別,愁見丁香結。」杜甫『江頭四詠。丁香』にもある。
結同心
牛嶠《柳枝五首其二》
吳王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。
不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。
(柳枝五首其の二)
吳王 宮裡 色偏に深し,一簇 纖條 萬縷の金。
憤せず 錢塘の蘇小小,郎を引いては 松の下 同心を結ぶ。
7-405《柳枝五首其二》牛給事嶠(牛嶠)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-588-7-(405) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4487
翠鬟女,相與共淘金。
髪を結った髻に翡翠の飾りを付けた妓女は互いに結ばれ、その閨の中で、砂金を掬いより分ける簀子の中の金のように一緒になってゆれうごいた。
淘金 土砂にまじっている砂金を水中で揺すって選び分けること。また、その砂金。
紅蕉葉裏猩猩語,鴛鴦浦,鏡中鸞舞。
この美女の姫芭蕉は葉を裏にしたり、顔を赤らめて、酔っ払いが言うような言葉を発している。それは鴛鴦が暮らす入り江の奥まった安定的な暮らしであったし、鏡に描かれた仲睦まじい鳳凰鸞の舞のようであった。
紅蕉(こうしょう) 姫芭蕉。バショウ科の多年草。バショウに似るが小形で、高さ1~2メートル。赤色の苞(ほう)をもつ花をつける。中国南部の原産。美人蕉(びじんしょう)。
猩猩 1 オランウータンの別名。2 想像上の動物。オランウータンに似るが、顔と足は人に似て髪は赤く長く垂れ、よく酒を飲むという。3 酒の好きな人。大酒飲み。4 能面の一。童子の顔を赤く彩色した面。「猩猩」などに用いる。
絲雨隔,荔枝陰。
雨の化身の妓女のもとに雲の化身の男が来るのが次第に雨も糸の様に隔絶するようになってしまい、彼女の熟れた荔枝はそっと陰におかれたようになってしまう。
荔枝 嶺南地方原産で、熱帯・亜熱帯地方で栽培される。 常緑高木で、葉は偶数羽状複葉で互生する。花は黄緑色で春に咲く。果実は夏に熟し、表面は赤くうろこ状、果皮をむくと食用になる白色半透明で多汁の果肉があり、その中に大きい種子が1個ある。楊貴妃は「荔枝」がとても好きだったが、都には「荔枝」がなかった。彼女を満足させるためにわざわざ最南部から「速い馬」で運んで行ったという。ここは「陰」と共に女性の性器をいう。
(行楽を西の渓谷で行い、酒宴も華やかに、夢中でいたらその男は別の女と帰って行ったと詠う。)昨日のことだった、西の渓谷で渓谷の美しさを感賞して遊んだ、芳しい木樹は珍しい素敵な花をつけていて、いろんな形で咲いていた。しかし、春の日差しは閉ざされようとしていた。
9-424《西溪子一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-607-9-(424) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4582
花間集 五巻 毛文錫 西溪子一首
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| 花間集 教坊曲『西溪子』三首 | | |||||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | | ||
| 牛嶠(牛給事嶠) | 巻四 | 西溪子一首 | 捍撥雙盤金鳳, | | ||
| 毛文錫(毛司徒文錫) | 巻五 | 西溪子一首 | 昨日西溪遊賞, | | ||
| 李秀才珣 | 巻十 | 西溪子一首 | 金縷翠鈿浮動, | | ||
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牛嶠
西溪子
捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。
畫堂前,人不語,弦解語。
彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。
(西溪子【せいけいし】)
捍撥【かんぱち】雙盤 金鳳あり,蟬鬢 玉釵 搖れ動く。
畫堂の前,人語らず,弦するは語を解す。
彈くは「昭君怨」の處に到り,翠・蛾も愁うなり,頭を迴わせざるなり。
《西溪子》牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-338-6-#25 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3237
毛文錫《西溪子》
(行楽を西の渓谷で行い、酒宴も華やかに、夢中でいたらその男は別の女と帰って行ったと詠う。)
昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。
昨日のことだった、西の渓谷で渓谷の美しさを感賞して遊んだ、芳しい木樹は珍しい素敵な花をつけていて、いろんな形で咲いていた。しかし、春の日差しは閉ざされようとしていた。
金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。
黄金の大盃に酒をいっぱいに注ぎ、琴瑟楽器や笛、管楽器を奏でているのを耳にし、愛嬌のある女妓は長い上着を着て舞い、春の宴は盛んに香も暖かに広がった。
不覺到斜暉,馬馱歸。
酒宴に夢中でいて、日は西に沈んでゆくのも気が付かず、つまらぬ男が別の女妓と帰っていったのも気が付かなかった。
西溪子
昨日 西溪に 遊賞し,芳樹 奇花 千樣あり,春光に鏁く。
金罇 滿ち,絃管を聽き,嬌妓 衫を舞い 香暖かなり。
覺えず 斜暉に到るを,馬馱 歸るを。
李珣《西溪子》
金縷翠鈿浮動,粧罷小䆫圓夢。
日高時,春已老,人來到,滿地落花慵掃。
無語倚屏風,泣殘紅。
『西溪子』 現代語訳と訳註
(本文)
《西溪子》
昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。
金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。
不覺到斜暉,馬馱歸。
(下し文)
西溪子
昨日 西溪に 遊賞し,芳樹 奇花 千樣あり,春光に鏁く。
金罇 滿ち,絃管を聽き,嬌妓 衫を舞い 香暖かなり。
覺えず 斜暉に到るを,馬馱 歸るを。
(現代語訳)
(行楽を西の渓谷で行い、酒宴も華やかに、夢中でいたらその男は別の女と帰って行ったと詠う。)
昨日のことだった、西の渓谷で渓谷の美しさを感賞して遊んだ、芳しい木樹は珍しい素敵な花をつけていて、いろんな形で咲いていた。しかし、春の日差しは閉ざされようとしていた。
黄金の大盃に酒をいっぱいに注ぎ、琴瑟楽器や笛、管楽器を奏でているのを耳にし、愛嬌のある女妓は長い上着を着て舞い、春の宴は盛んに香も暖かに広がった。
酒宴に夢中でいて、日は西に沈んでゆくのも気が付かず、つまらぬ男が別の女妓と帰っていったのも気が付かなかった。
(訳注)
《西溪子》
『花間集』には三首所収され、毛文錫の作が一首収められている。双調三十五字、前段十五字五句一平韻、四仄韻、後段十四字三句一仄韻二平韻で、❻❻③❸❸/❻⑤③の詞形をとる。
●●○○○● ○●○○○●
●○△ ○○● △△●
△△●○○● △●●○○ ●△○
昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。
昨日のことだった、西の渓谷で渓谷の美しさを感賞して遊んだ、芳しい木樹は珍しい素敵な花をつけていて、いろんな形で咲いていた。しかし、春の日差しは閉ざされようとしていた。
金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。
黄金の大盃に酒をいっぱいに注ぎ、琴瑟楽器や笛、管楽器を奏でているのを耳にし、愛嬌のある女妓は長い上着を着て舞い、春の宴は盛んに香も暖かに広がった。
衫 ①(上半身に着る)ひとえの上着,シャツ.⇒衬衫 ,汗衫.②(足元まで届く)長い上着.
不覺到斜暉,馬馱歸。
酒宴に夢中でいて、日は西に沈んでゆくのも気が付かず、つまらぬ男が別の女妓と帰っていったのも気が付かなかった。
駄【だ】 荷役に使う馬。駄馬。[接頭]名詞に付いて、値うちのないもの、つまらないもの、粗悪なものなどの意を表す。[接尾]助数詞。馬1頭に負わせる荷物の量を1駄として、その数量を数えるのに用いる。江戸時代には36貫(約135キロ)を定量とした。
それはまるで少女の様に恥じらいのしぐさを含んでいるかのようだし、春風が強く吹いてくれば迎える様にしている。海棠のような少女はもうすぐ花を開くのだろう。やがて蜂が飛んでくるし、蝶が今度は飛び去ってゆく、自由に飛んでいき芳しい香りの叢に入ってゆく。
9-423《贊成功一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-606--(423) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4577
贊成功
(庭の海棠は蕾のころから存在感があり、花輪を開けば、もっと華麗になり、香りを漂わせ最高の時を与えてくれる。この屋の少女も芸妓として、この花の様に最高の時を迎える。)
海棠未坼,萬點深紅,香包緘結一重重。
海棠花はまだ花を開いてはいないけれど庭には赤い蕾が転々として深紅に蔽われている。たくさんの蕾は包み込んではいるものの、持っている香りをほのかにするようだが、その皮を一重、一重と結んでしまいこんでいる。
似含羞態,邀勒春風。
それはまるで少女の様に恥じらいのしぐさを含んでいるかのようだし、春風が強く吹いてくれば迎える様にしている。海棠のような少女はもうすぐ花を開くのだろう。
蜂來蝶去,任遶芳叢。
やがて蜂が飛んでくるし、蝶が今度は飛び去ってゆく、自由に飛んでいき芳しい香りの叢に入ってゆく。
昨夜微雨,飄灑庭中。
昨日は、春雨の小雨が降ったので、この庭中が潤い色を濃くしとてもきれいになっている。
忽聞聲滴井邊桐,美人驚起,坐聽晨鐘。
暫くすると、雨音がするとたちまち井戸のまわりの梧桐の葉に雨が滴り於堕ちた。行楽に来ていた美人は驚いて起き上がったが、落ち着き払って朝方の鐘の音を聞いている。
快教折取,戴玉瓏璁。
海棠の花はこんなことを教えられ心地良い事を教えられ、摘み取り折られて行く、宝玉を頂戴して、宝玉が清らかにあたって鳴って女妓は今が最盛期である。
(贊成功)
海棠 未だ坼【ひら】かず,萬點 深紅なり,香包 緘結【かんけつ】して 一重重。
羞態を含みて似,春風に勒を邀う。
蜂來りて 蝶去り,芳叢に遶るを任す。
昨夜 微雨あり,庭中飄灑【ひょうれい】す。
忽ち聞く 井邊の桐に滴す聲を,美人 驚起し,坐して聽く 晨鐘【しんしょう】を。
快く教し 折り取る,玉を戴き 瓏璁【ろうそう】す。
『贊成功』 現代語訳と訳註
(本文)
贊成功
海棠未坼,萬點深紅,香包緘結一重重。
似含羞態,邀勒春風。
蜂來蝶去,任遶芳叢。
昨夜微雨,飄灑庭中。
忽聞聲滴井邊桐,美人驚起,坐聽晨鐘。
快教折取,戴玉瓏璁。
(下し文)
(贊成功)
海棠 未だ坼【ひら】かず,萬點 深紅なり,香包 緘結【かんけつ】して 一重重。
羞態を含みて似,春風に勒を邀う。
蜂來りて 蝶去り,芳叢に遶るを任す。
昨夜 微雨あり,庭中飄灑【ひょうれい】す。
忽ち聞く 井邊の桐に滴す聲を,美人 驚起し,坐して聽く 晨鐘【しんしょう】を。
快く教し 折り取る,玉を戴き 瓏璁【ろうそう】す。
(現代語訳)
(庭の海棠は蕾のころから存在感があり、花輪を開けば、もっと華麗になり、香りを漂わせ最高の時を与えてくれる。この屋の少女も芸妓として、この花の様に最高の時を迎える。)
海棠花はまだ花を開いてはいないけれど庭には赤い蕾が転々として深紅に蔽われている。たくさんの蕾は包み込んではいるものの、持っている香りをほのかにするようだが、その皮を一重、一重と結んでしまいこんでいる。
それはまるで少女の様に恥じらいのしぐさを含んでいるかのようだし、春風が強く吹いてくれば迎える様にしている。海棠のような少女はもうすぐ花を開くのだろう。
やがて蜂が飛んでくるし、蝶が今度は飛び去ってゆく、自由に飛んでいき芳しい香りの叢に入ってゆく。
昨日は、春雨の小雨が降ったので、この庭中が潤い色を濃くしとてもきれいになっている。
暫くすると、雨音がするとたちまち井戸のまわりの梧桐の葉に雨が滴り於堕ちた。行楽に来ていた美人は驚いて起き上がったが、落ち着き払って朝方の鐘の音を聞いている。
海棠の花はこんなことを教えられ心地良い事を教えられ、摘み取り折られて行く、宝玉を頂戴して、宝玉が清らかにあたって鳴って女妓は今が最盛期である。

(訳注)
《贊成功一首》
『花間集』には毛文錫一首のみ所収。双調六十二字、前段三十一字七句四平韻、後段三十一字七句四平韻で、4④⑦4④4④/4④⑦4④4④の詞形をとる。
●○●● ●●△○ ○○○●●△△
●○○● ○●○△
○△●● △●○○
●●○● ○●○△ ●△○●●○○
●○○● ●△○○
●△△● ●●○○
贊成功
(庭の海棠は蕾のころから存在感があり、花輪を開けば、もっと華麗になり、香りを漂わせ最高の時を与えてくれる。この屋の少女も芸妓として、この花の様に最高の時を迎える。)
海棠未坼,萬點深紅,香包緘結一重重。
海棠花はまだ花を開いてはいないけれど庭には赤い蕾が転々として深紅に蔽われている。たくさんの蕾は包み込んではいるものの、持っている香りをほのかにするようだが、その皮を一重、一重と結んでしまいこんでいる。
海棠 1 バラ科の落葉小高木。枝は紫色で垂れ下がり、葉は楕円形。4月ごろ、紅色の花が下向きに咲き、実は丸く、黄褐色に熟す。中国の原産で、庭木などにする。垂枝(すいし)海棠。花(はな)海棠。
坼 【タク、 チャク】さける、 わかれる、 ひらく、 さけめ
似含羞態,邀勒春風。
それはまるで少女の様に恥じらいのしぐさを含んでいるかのようだし、春風が強く吹いてくれば迎える様にしている。海棠のような少女はもうすぐ花を開くのだろう。
邀勒 クツワを迎える。
蜂來蝶去,任遶芳叢。
やがて蜂が飛んでくるし、蝶が今度は飛び去ってゆく、自由に飛んでいき芳しい香りの叢に入ってゆく。
任遶 めぐるにまかせる。
昨夜微雨,飄灑庭中。
昨日は、春雨の小雨が降ったので、この庭中が潤い色を濃くしとてもきれいになっている。
飄灑 飄灑①神情姿態自然,有靈雲気。②秋雨飘洒。
忽聞聲滴井邊桐,美人驚起,坐聽晨鐘。
暫くすると、雨音がするとたちまち井戸のまわりの梧桐の葉に雨が滴り於堕ちた。行楽に来ていた美人は驚いて起き上がったが、落ち着き払って朝方の鐘の音を聞いている。
快教折取,戴玉瓏璁。
海棠の花はこんなことを教えられ心地良い事を教えられ、摘み取り折られて行く、宝玉を頂戴して、宝玉が清らかにあたって鳴って女妓は今が最盛期である。
瓏璁 玉と玉の鳴る音の意とで、. 明朗に鳴る音の意。 【意味】明るく朗らかなさま。 明朗な気質を現すもの。 音色が美しく清らかなさま。 美しく清廉なさま。
白居易《夜歸》
半醉閑行湖岸東,馬鞭敲鐙轡瓏璁。萬株松樹青山上,十裏沙堤明月中。
樓角漸移當路影,潮頭欲過滿江風。歸來未放笙歌散,畫戟門開蠟燭紅。
玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-6雜詩十二首其四詠邯鄲故才人嫁為厮養卒婦 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11115
玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-4雜詩十二首其三夜聽妓二首之一 瓊閨釧響聞 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11099
玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-3雜詩十二首其二同王主簿怨情 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11091
玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-2雜詩十二首其一贈王主簿二首之一 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11083
玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-5雜詩五首其五巫山高 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11091
玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-4雜詩五首其四詠幔 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11083
紀 頌之