(原文) 花間集 巻九 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6002
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漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)
(原文) 花間集 巻九 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6002
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(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)
19-492《南歌子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-675-19-(492) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4922
毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》
南歌子二首其一
(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)
遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。
遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。
深院晚堂人靜,理銀箏。
後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。
鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。
両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。
楊柳杏花時節,幾多情?
それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。
(南歌子二首其の一)
遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。
深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。
鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。
楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?
南歌子二首其二
(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)
惹恨還添恨,牽腸即斷腸。
恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。
凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。
この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。
暗想為雲女,應憐傅粉郎。
思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。
晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。
それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。
(南歌子二首其の二)
恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。
凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。
暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。
晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。
『南歌子二首』 現代語訳と訳註
(本文)
南歌子二首其二
惹恨還添恨,牽腸即斷腸。
凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。
暗想為雲女,應憐傅粉郎。
晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。
(下し文)
(南歌子二首其の二)
恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。
凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。
暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。
晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。
(現代語訳)
(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)
恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。
この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。
思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。
それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。
(訳注)
南歌子二首其二
(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)
江南に高貴な子女として生まれ、美しく育てられ、妃嬪の地位に召されたものの全く接触がなく、この立場に置かれたままな生活は死ぬほどつらいものであった。その不運な人生を恨みぬいていた。ある日寵愛を受け始めると、今までのことがすべてなかったことのように思われ、すべてよそごとになって行ってが、しかし寵愛を失うのは早く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸したふるまいをするようになり、何時しか宮殿から姿を消したのである。
古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618-626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。
また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。
皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。
『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調五十六字十句、前段二十八字三平韻、後段二十八字三平韻、5⑤❼6③/5⑤❼6③の詞形をとる。
惹恨還添恨 牽腸即斷腸
凝情不語一枝芳 獨映畫簾閑立 繡衣香
暗想為雲女 應憐傅粉郎
晚來輕步出閨房 髻慢釵橫無力 縱猖狂
●●○○● △○●●○
△○△●●○○ ●●●○○● ●△○
●●○○● △○△●○
●△△●●○○ ●●○△○● △○△
惹恨還添恨,牽腸即斷腸。
恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。
凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。
この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。
暗想為雲女,應憐傅粉郎。
思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。
傅粉郎 何晏は色白の美男子で、余りの白さに魏明帝は白粉を付けているのかと疑われたが、夏の最中に熱湯の餅を食べさせた。食後大汗をかいたので朱衣で顔をふいたところ、色白の顔はいよいよ白く輝いた。『世説新語』(巻下・容止第一四・2)である。この故事はよく知られ、顔には常に白粉を粉飾し(本当に真っ白な肌だったとも)、手鏡を携帯し、自分の顔を見る度にそれに「うっとり」としていたという。歩く際にも、己の影の形を気にしつつ歩んだと伝えられている。また、夏侯玄や司馬師と親しくし、優れた評価を与える一方で、自分自身のことは神に等しい存在だと準えていたという(『魏氏春秋』)
晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。
それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。
妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。
19-491《南歌子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-674-19-(491) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4917
溫庭筠『花間集』巻九《南歌子七首其一》
手裡金鸚鵡,胸前繡鳳凰。
偷眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。
●●○○● ○○●●○
○●●○△ △△△●△ ●○○
単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。
『南歌子七首』(一) 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-30-5-#8 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1736
『南歌子七首』(二)温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-31-5-#9 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1740
『南歌子七首』(三)温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-32-5-#10 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1744
『南歌子七首(四)』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-33-5-#11 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1748
『南歌子七首(五)』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-34-6-#12 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1752
『南歌子七首』(六)温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-35-7-#13 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1756
『南歌子七首』 (七) 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-36-5-#14 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1760
張泌『花間集』巻九《南歌子三首 其一》
柳色遮樓暗,桐花落砌香。
畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。
●●○○● ○○●●○
●○○●●△△ ○△●△○● ●○○
単調二十六字、五句三平韻で、5⑤⑦6③の詞形をとる。
南歌子三首 其一 張泌【ちょうひつ】 ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-354-7-#16 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3317
南歌子 三首 其二 張泌【ちょうひつ】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-355-7-#17 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3322
南歌子 三首之三 張泌【ちょうひつ】 ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-356-7-#18 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3327
毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》
南歌子二首其一
遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。
深院晚堂人靜,理銀箏。
鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。
楊柳杏花時節,幾多情?
(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)
遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。
後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。
両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。
それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。
(南歌子二首其の一)
遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。
深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。
鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。
楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?
南歌子二首其二
惹恨還添恨,牽腸即斷腸。
凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。
暗想為雲女,應憐傅粉郎。
晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。
『南歌子二首』 現代語訳と訳註
(本文)
南歌子二首其一
遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。
深院晚堂人靜,理銀箏。
鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。
楊柳杏花時節,幾多情?
(下し文)
(南歌子二首其の一)
遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。
深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。
鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。
楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?
(現代語訳)
(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)
遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。
後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。
両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。
それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。
(訳注)
南歌子二首其一
(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)
妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618-626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。
また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。
皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。
美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。
古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の30~50%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。
花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。
双調五十六字十句、前段二十八字二平韻二仄韻、後段二十八字三平韻一仄韻、5⑤❼❻③/⑤⑤❼6③の詞形をとる。
遠山愁黛碧 橫波慢臉明
膩香紅玉茜羅輕 深院晚堂人靜 理銀箏
鬢動行雲影 裙遮點屐聲
嬌羞愛問曲中名 楊柳杏花時節 幾多情
●○○●● △○●△○
●○○●●○△ △△●○○● ●○○
●●△○● ○○●●○
△○●●●△○ ○●●○○● △○○
遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。
遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。
慢 1 心がゆるんで締まりがない。「怠慢」2 速度や進行がだらだらと遅い。「慢性/緩慢」3 他をみくびっておごる。
膩 常侍の際に汗と脂が枕に染みついている様子をいう。
深院晚堂人靜,理銀箏。
後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。
深院 奥庭。中庭。院とは、塀や建物で囲まれた中庭。中国の伝統的な御殿。
箏 一般にことと呼ばれ、「琴」の字を当てられるが、正しくは「箏」であり、「琴(きん)」は本来別の楽器である。最大の違いは、箏では柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節するのに対し、琴(きん)では柱が無いことである。
鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。
両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。
屐 。(1) 木靴木屐木靴,下駄.(2) 靴屐履はきもの.
楊柳杏花時節,幾多情?
それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。
(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。
19-490《清平樂一首》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-673-19-(490) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4912
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| 花間集 教坊曲『清平樂』九首 | | |||
| 溫助教庭筠 | 巻二 | 上陽春晚,宮女 | | |
| | 巻二 | 洛陽愁絕,楊柳 | | |
| 韋荘(韋相莊) | 巻二 | 春愁南陌,故國 | | |
| | 巻二 | 野花芳草,寂寞 | | |
| | 巻二 | 何處游女,蜀國 | | |
| | 巻二 | 鶯啼殘月,繡閣 | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 愁腸欲斷,正是 | | |
| | 巻八 | 等閑無語,春恨 | | |
| 毛秘書熙震 | 巻九 | 清平樂一首 | 春光欲暮,寂寞 | |
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清平樂
春光欲暮,寂寞閑庭戶。
粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。
含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。
正是銷魂時節,東風滿樹花飛。
(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)
もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。
つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。
この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。
もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。
(清平樂)
春光 暮んと欲し, 寂寞として庭戸 閑かなり 。
粉蝶 雙雙として 檻を穿ちて舞い, 簾 卷く 晩天の疏雨。
愁を含みて 獨り閨の幃に倚り, 玉鑪 煙 斷え 香 微かなり。
正に是れ 銷魂の時節, 東風 樹に滿ち 花を飛ぶ。
『清平樂』 現代語訳と訳註
(本文)
清平樂
春光欲暮,寂寞閑庭戶。
粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。
含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。
正是銷魂時節,東風滿樹花飛。
(下し文)
(清平樂)
春光 暮んと欲し, 寂寞として庭戸 閑かなり 。
粉蝶 雙雙として 檻を穿ちて舞い, 簾 卷く 晩天の疏雨。
愁を含みて 獨り閨の幃に倚り, 玉鑪 煙 斷え 香 微かなり。
正に是れ 銷魂の時節, 東風 樹に滿ち 花を飛ぶ。
(現代語訳)
(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)
もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。
つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。
この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。
もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。
(訳注)
清平樂
(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)
○後宮の妃嬪は、数十人から百人を超える場合もある、その上毎年、うら若い女が妃嬪に召される。女の盛りのわずかな時のみ寵愛され、それを過ぎれば、ただ待ち侘びる日を過ごすのだ。清平楽は、後宮の妃嬪を詠ったものである。
○古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618-626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。
また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。
后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。
『花間集』には毛熙震の作が一首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。
春光欲暮 寂寞閑庭戶
粉蝶雙雙穿檻舞 簾捲晚天疎雨
含愁獨倚閨幃 玉鑪煙斷香微
正是銷魂時節 東風滿樹花飛
○△●● ●●○○●
●●○○△●● ○△●○△●
○○●△○○ ●○○●○○
△●○○○● ○△●●○○
春光欲暮,寂寞閑庭戶。
もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。
・春光:春の光景。春の季節。ここでは、季節のみならず、人生の春のこともぼんやりと感じさせる。
○欲暮:(季節が)終わろうとしている。季節が過ぎ去ってゆくことの描写であるとともに、人生においての時間の経過をも表している。時間が過ぎ去っていく。わたしの人生の春が終わろうとしている。
○寂寞閒庭戸:寂しげで静かな屋敷では。 ・庭戸:庭や建物。屋敷。
粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。
つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。
○粉蝶 胡蝶。シロチョウ。モンシロチョウ。胡蝶の夢(こちょうのゆめ)は、中国の戦国時代の宋国(現在の河南省)に生まれた思想家で、道教の始祖の1人とされる人物の荘子(荘周)による説話である。荘子の考えが顕著に表れている説話として、またその代表作として一般的にもよく知られている。[荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。
毛熙震《定西番》
蒼翠濃陰滿院,鶯對語。
蝶交飛,戲薔薇。
斜日倚闌風好,餘香出繍衣。
未得玉郎消息,幾時歸。
と、蝶を春の情景の一つと同時に、花間を花を求めて飛び交うものとも描いている。
○雙雙 二つそろって。蝶はオス、メス一対で、飛ぶのに、わたしは、独りである。ということをいう。
溫庭筠《菩薩蛮 (一)》
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。
照花前後鏡。花面交相映。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。
(菩薩蠻 一)
小山 重疊して 金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)香顋の雪に。
懶げに起き 蛾眉を 畫く。妝を弄び 梳洗 遲し。
花を照らす 前後の 鏡。花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。
新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙 金の鷓鴣。
『菩薩蠻 一』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
○穿 通る。くぐり抜ける。通す。白話では、上記の意味でよく使われる。
○檻 欄干。手すり。
○舞 蝶がひらひらと舞い飛ぶ。
○簾卷 (窓の)カーテンを捲いて開けて(、外の様子を見る)。外の情景を確かめること。前出馮延己の「采桑子」「玉堂香煖珠簾卷,雙燕來歸。」に同じ。なお、後出の「幃」もカーテンであるが、「簾」は、屋内外の間にあって、内外を隔てるものであって、それに対して「幃」は、屋内に設けるとばりのこと。
○晩天 夕方の夕暮れの空。
○疏雨 まばらに降る雨。ぱらぱらと降る雨。
含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。
この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。
○倚 寄る。
○閨 女性の部屋、女性の住む建物の部屋。
○幃 とばり。
○玉鑪 宝玉でできた立派な香炉。「鑪」は「爐」に通じる。
○煙斷香微 香木が燃え尽きてしまって、香りもかすかになった。
○銷魂時節 たましいも身に付かない時節。麗しい春が終わって、季節が移ろう時期。
正是銷魂時節,東風滿樹花飛。
もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。
○正是 ちょうど。
蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。
19-489《女冠子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-672-19-(489) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4907
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| 花間集 教坊曲『女冠子』十九首 | | |||
| 溫助教庭筠 | 巻一 | 含嬌含笑 | | |
| | 巻一 | 霞帔雲髮, | | |
| 韋相莊 | 巻三 | 四月十七, | | |
| | 巻三 | 昨夜夜半, | | |
| 薛侍郎昭蘊 | 巻三 | 求仙去也, | | |
| | 巻三 | 雲羅霧縠, | | |
| 牛嶠(牛給事嶠) | 巻四 | 綠雲高髻, | | |
| | 巻四 | 錦江煙水, | | |
| | 巻四 | 星冠霞帔, | | |
| | 巻四 | 雙飛雙舞, | | |
| 張舍人泌 | 巻四 | 露花煙草, | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 蕙風芝露, | | |
| | 巻八 | 澹花瘦玉, | | |
| 鹿太保虔扆 | 巻九 | 鳳樓琪樹, | | |
| | 巻九 | 步虛壇上, | | |
| 毛秘書熙震 | 巻九 | 女冠子二首其一 | 碧桃紅杏, | |
| | 巻九 | 女冠子二首其二 | 脩蛾慢臉, | |
| 李秀才珣 | 巻十 | 女冠子二首其一 | 星高月午, | |
| | 巻十 | 女冠子二首其二 | 春山夜靜, | |
| | | | | |
女冠子二首其一
碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。
香暖薰鶯語,風清引鶴音。
翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。
應共吹簫侶,暗相尋。
(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)
みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。
幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。
女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。
これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。
(女冠子二首其の一)
碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。
香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。
翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。
應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。
女冠子二首其二
脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。
蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。
悶來深院裏,閑步落花傍。
纖手輕輕整,玉鑪香。
(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)
お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。
蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。
小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。
か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。
(女冠子二首 其の二)
蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。
蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を澹拂す。。
悶し來って院裏に深し,閑かに步む 落花の傍。
纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。
『女冠子二首其二』 現代語訳と訳註
(本文)
女冠子二首其二
脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。
蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。
悶來深院裏,閑步落花傍。
纖手輕輕整,玉鑪香。
(下し文)
(女冠子二首 其の二)
蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。
蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を澹拂す。。
悶し來って院裏に深し,閑かに步む 落花の傍。
纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。
(現代語訳)
(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)
お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。
蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。
小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。
か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。
(訳注)
女冠子二首其二
(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)
唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には毛熙震の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。
脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。
蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。
悶來深院裏,閑步落花傍。
纖手輕輕整,玉鑪香。
○△●△ △●○○●● ●○○
○●○○● ○△△●○
●△△△● ○●●○△
○●△△● ●○○
脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。
お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。
○脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。
○慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。
《後庭花二首其二》孫光憲(24) 「脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。」(脩蛾し 慢臉して 雕輦に陪すれば,後庭 新らたに宴す。)宮女たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれるのだ。 14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282
○檀心 檀郎の心根、思い。「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。「佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。」(佯弄【ようろう】 紅絲【こうし】 蠅の拂子【ほっす】,檀郎を打つ。)あの別れた日の約束は私をもてあそぶもので素振りだけ、紅い糸で結ばれているといった、その赤い糸で蠅を打ち拂う「払子」を作って、あの恋しい「檀郎」を打ちたたいてやりたいものです。
・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。
○小山粧 寝牀の化粧。小山は女性が情交の準備をして横になって待つこと。
蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。
蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。
○綠 みどり色、暗い、緑色のもの、刈安、二番目、二回、双方、という意味がある。
澹拂黃 女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。孫光憲《酒泉子三首其三》「玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。」(玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。)繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。
悶來深院裏,閑步落花傍。
小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。
○悶 1 もだえ苦しむ。「悶死・悶絶・悶悶/苦悶・煩悶」2 もつれる。「悶着」
纖手輕輕整,玉鑪香。
か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。
春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。
19-488《女冠子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-671-19-(488) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4902
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| 花間集 教坊曲『女冠子』十九首 | | |||
| 溫助教庭筠 | 巻一 | 含嬌含笑 | | |
| | 巻一 | 霞帔雲髮, | | |
| 韋相莊 | 巻三 | 四月十七, | | |
| | 巻三 | 昨夜夜半, | | |
| 薛侍郎昭蘊 | 巻三 | 求仙去也, | | |
| | 巻三 | 雲羅霧縠, | | |
| 牛嶠(牛給事嶠) | 巻四 | 綠雲高髻, | | |
| | 巻四 | 錦江煙水, | | |
| | 巻四 | 星冠霞帔, | | |
| | 巻四 | 雙飛雙舞, | | |
| 張舍人泌 | 巻四 | 露花煙草, | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 蕙風芝露, | | |
| | 巻八 | 澹花瘦玉, | | |
| 鹿太保虔扆 | 巻九 | 鳳樓琪樹, | | |
| | 巻九 | 步虛壇上, | | |
| 毛秘書熙震 | 巻九 | 女冠子二首其一 | 碧桃紅杏, | |
| | 巻九 | 女冠子二首其二 | 脩蛾慢臉, | |
| 李秀才珣 | 巻十 | 女冠子二首其一 | 星高月午, | |
| | 巻十 | 女冠子二首其二 | 春山夜靜, | |
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女冠子二首其一
(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)
碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。
みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。
香暖薰鶯語,風清引鶴音。
幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。
翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。
女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。
應共吹簫侶,暗相尋。
これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。
(女冠子二首其の一)
碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。
香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。
翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。
應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。
女冠子二首其二
脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。
蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。
悶來深院裏,閑步落花傍。
纖手輕輕整,玉鑪香。

『女冠子二首』 現代語訳と訳註
(本文)
女冠子二首其一
碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。
香暖薰鶯語,風清引鶴音。
翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。
應共吹簫侶,暗相尋。
(下し文)
(女冠子二首其の一)
碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。
香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。
翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。
應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。
(現代語訳)
(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)
みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。
幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。
女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。
これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。
(訳注)
女冠子二首其一
(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)
唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には毛熙震の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5/5⑤5③の詞形をとる。
碧桃紅杏 遲日媚籠光影 彩霞深
香暖薰鶯語 風清引鶴音
翠鬟冠玉葉 霓袖捧瑤琴
應共吹簫侶 暗相尋
●○○● ○●●△△● ●○△
○●△○● △○●●○
●○△●● △●●○○
△△△○● ●△○
○女冠
宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。
唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。
出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。
① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。
② 病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、
③ 圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。
④ 家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。
⑤ 妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。
⑥ 貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。
碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。
みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。
遲日 四季、春。日が長くなったということで春を示す。ここでは晩春から初夏と考える。
杜甫《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》
遲日深春水,輕舟送別筵。
帝鄉愁緒外,春色淚痕邊。
見酒須相憶,將詩莫浪傳。
若逢岑與范,為報各衰年。
677 《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》 蜀中転々 杜甫 <583> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3225 杜甫詩1000-583-839/1500
彩霞 朝焼け,夕焼け.
香暖薰鶯語,風清引鶴音。
幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。
鶯語 鶯(うぐいす)の鳴き声。鶯が囀る。
鶯語・引鶴音 鶯の囀り、鶴が番で引き合うのも、仲の良く、睦まじく過すことを意味する。鶴音:仙人の音楽。
翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。
女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。
翠鬟 輪型に巻いた、美人のつやつやしいまげ。
玉葉 ①青い玉のように美しい葉。②天子の一族。王孫公子。③他人の手紙の敬称。
捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。
霓袖 ①天人や仙女などの着る衣。霓裳。霓衣:仙人の衣。楚辞九歌東君「青雲衣兮白霓袖」②唐の玄宗が、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽にならって作ったと伝えられる楽曲。「霓裳羽衣曲。」
應共吹簫侶,暗相尋。
これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。
吹簫侶 蕭史の故事。中国・春秋時代の仙人です。秦の国に住む、笙の名手でした。ある時、秦王である穆公の眼に留まり、娘の弄玉を嫁に貰いました。蕭史が弄玉に笙を教え、いつしか笙の音を聞き鳳凰が来るようになりました。その後、蕭史と弄玉の夫婦は鳳凰に乗り、飛び去って行きました。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。」
(年を少し重ねた妃嬪が寵愛を受けなくなって秋の夜長を過すのを詠ったもの)月に薄雲がかかり寒気が満ちてくる、秋の夜長は静かに更けて行く、漏刻の水の動きをずっと眺めていたら、いつの間にか四更を過ぎて、金細工の五更の甕に水は移っていくはじめて長い時を感じている。
19-487《更漏子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-670-19-(487) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4897
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| 花間集 教坊曲『更漏子』十六首 | | |||
| 溫庭筠 | 巻一 | 『更漏子六首 一』 | 柳絲長,春雨細, | |
| 巻一 | 星斗稀,鐘鼓歇, | | ||
| 巻一 | 金雀釵,紅粉面, | | ||
| 巻一 | 相見稀,相憶久, | | ||
| 巻一 | 背江樓,臨海月, | | ||
| 巻一 | 玉鑪香,紅蠟淚, | | ||
| 韋相莊 | 巻三 | 鐘鼓寒,樓閣暝 | | |
| 牛嶠 | 巻四 | 星漸稀,漏頻轉 | | |
| 巻四 | 南浦情,紅粉淚 | | ||
| 巻四 | 春夜闌,更漏促 | | ||
| 毛文錫 | 巻五 | 春夜闌,春恨切 | | |
| 顧敻 | 巻七 | 舊歡娛,新悵望, | | |
| 孫光憲 | 巻八 | 聽寒更,聞遠鴈, | | |
| 巻八 | 今夜期,來日別, | | ||
| 毛熙震 | 巻九 | 更漏子二首其一 | 秋色清,河影澹 | |
| 巻九 | 更漏子二首其二 | 煙月寒,秋夜靜 | | |
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毛熙震 更漏子二首
更漏子二首其一
(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)
秋色清,河影澹,深戶燭寒光暗。
初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。
綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。
春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。
更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。
この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。
新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。
それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)
(更漏子二首其の一)
秋色は清なり,河影は澹なり,深戶の燭は寒く 光は暗なり。
綃幌は碧く,錦衾は紅に,博山香炷は融なり。
更漏に咽び,蛩鳴 切なり,院に霜華滿つるは雪の如し。
新月 上り,薄雲 收まり,簾に映える 玉鉤 懸かるを。
更漏子二首其二
(年を少し重ねた妃嬪が寵愛を受けなくなって秋の夜長を過すのを詠ったもの)
煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。
月に薄雲がかかり寒気が満ちてくる、秋の夜長は静かに更けて行く、漏刻の水の動きをずっと眺めていたら、いつの間にか四更を過ぎて、金細工の五更の甕に水は移っていくはじめて長い時を感じている。
羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。
うす絹のとばりの下に横たわり、刺繍の屏風は空しく壁に立てかけ、燭台の灯火はもう何度も燃えてはじけ、消えかかった事か。
人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。
ここの妃嬪は打ち萎れて悄然としていて、愁いは尽きることが無い、せめて夢だけでもとうとうとすることもなく暁を迎えようとするのは難儀なことだ。
長憶得,與郎期,竊香私語時。
あのお方のことを長く思い続けている、それは風流なお方と逢瀬を約束しているからなのだ、もしかして、あのおかたの「お香」の香りがしたのではと独り言を言って戸口のほうまで行ってみる。
(更漏子二首其の二)
煙月 寒く,秋夜 靜かなり,漏轉 金壺 初めて永らえる。
羅幕 下し,繡屏 空し,燈花 結碎紅なり。
人 悄悄たり,愁 了すること無し,思夢 成らずして曉難し。
長憶 得て,與郎 期す,香を竊いて 私語 時にす。
『更漏子二首』 現代語訳と訳註
(本文)
更漏子二首其二
煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。
羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。
人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。
長憶得,與郎期,竊香私語時。
(下し文)
(更漏子二首其の二)
煙月 寒く,秋夜 靜かなり,漏轉 金壺 初めて永らえる。
羅幕 下し,繡屏 空し,燈花 結碎紅なり。
人 悄悄たり,愁 了すること無し,思夢 成らずして曉難し。
長憶 得て,與郎 期す,香を竊いて 私語 時にす。
(現代語訳)
(年を少し重ねた妃嬪が寵愛を受けなくなって秋の夜長を過すのを詠ったもの)
月に薄雲がかかり寒気が満ちてくる、秋の夜長は静かに更けて行く、漏刻の水の動きをずっと眺めていたら、いつの間にか四更を過ぎて、金細工の五更の甕に水は移っていくはじめて長い時を感じている。
うす絹のとばりの下に横たわり、刺繍の屏風は空しく壁に立てかけ、燭台の灯火はもう何度も燃えてはじけ、消えかかった事か。
ここの妃嬪は打ち萎れて悄然としていて、愁いは尽きることが無い、せめて夢だけでもとうとうとすることもなく暁を迎えようとするのは難儀なことだ。
あのお方のことを長く思い続けている、それは風流なお方と逢瀬を約束しているからなのだ、もしかして、あのおかたの「お香」の香りがしたのではと独り言を言って戸口のほうまで行ってみる。
(訳注)
更漏子二首其二
(年を少し重ねた妃嬪が寵愛を受けなくなって秋の夜長を過すのを詠ったもの)
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古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618-626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。
また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。
皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。
美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。
古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の30~50%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。
花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。
『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二灰韻二平韻、後段二十三字六句三灰韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻❸③⑤ の詞形をとる。宮人の室には漏刻が置かれていた、そういった身分の女性を詠ったもの、何時までも眠りに着けず更漏の時を迎える女性を詠ったものである。
煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。
羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。
人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。
長憶得,與郎期,竊香私語時。
○●○ ○●● ●●○○○●
○●● ●△△ ○○●●○
○●● ○○● △△△○△●
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煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。
月に薄雲がかかり寒気が満ちてくる、秋の夜長は静かに更けて行く、漏刻の水の動きをずっと眺めていたら、いつの間にか四更を過ぎて、金細工の五更の甕に水は移っていくはじめて長い時を感じている。
○漏轉 「星移漏轉」のこと。古代では、星座の移位と,更漏の轉換により時刻を計った。ここでは深夜を過ぎ、あと一時で夜が明ける時の表現。。
○金壺初永 漏刻は水瓶が高い所から5つ並んでいてそれぞれに浮があり、一番下が一杯になれば五更である、その五更の甕の浮が黄金細工で出来たもの。
羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。
うす絹のとばりの下に横たわり、刺繍の屏風は空しく壁に立てかけ、燭台の灯火はもう何度も燃えてはじけ、消えかかった事か。
人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。
ここの妃嬪は打ち萎れて悄然としていて、愁いは尽きることが無い、せめて夢だけでもとうとうとすることもなく暁を迎えようとするのは難儀なことだ。
○悄悄 1 元気がなく、うちしおれているさま。悄然。2 静かでもの寂しいさま。
長憶得,與郎期,竊香私語時。
あのお方のことを長く思い続けている、それは風流なお方と逢瀬を約束しているからなのだ、もしかして、あのおかたの「お香」の香りがしたのではと独り言を言って戸口のほうまで行ってみる。
○與郎期 逢瀬の日を約束し別れたお方。
○竊香 あのおかたの「お香」の香りがしたのではと探してみること。
○私語時 独り言を行った時。
春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。
19-486《更漏子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-669-19-(486) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4892
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| 花間集 教坊曲『更漏子』十六首 | | |||
| 溫庭筠 | 巻一 | 『更漏子六首 一』 | 柳絲長,春雨細, | |
| 巻一 | 星斗稀,鐘鼓歇, | | ||
| 巻一 | 金雀釵,紅粉面, | | ||
| 巻一 | 相見稀,相憶久, | | ||
| 巻一 | 背江樓,臨海月, | | ||
| 巻一 | 玉鑪香,紅蠟淚, | | ||
| 韋相莊 | 巻三 | 鐘鼓寒,樓閣暝 | | |
| 牛嶠 | 巻四 | 星漸稀,漏頻轉 | | |
| 巻四 | 南浦情,紅粉淚 | | ||
| 巻四 | 春夜闌,更漏促 | | ||
| 毛文錫 | 巻五 | 春夜闌,春恨切 | | |
| 顧敻 | 巻七 | 舊歡娛,新悵望, | | |
| 孫光憲 | 巻八 | 聽寒更,聞遠鴈, | | |
| 巻八 | 今夜期,來日別, | | ||
| 毛熙震 | 巻九 | 更漏子二首其一 | 秋色清,河影澹 | |
| 巻九 | 更漏子二首其二 | 煙月寒,秋夜靜 | | |
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毛熙震 更漏子二首
更漏子二首其一
(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)
秋色清,河影澹,深戶燭寒光暗。
初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。
綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。
春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。
更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。
この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。
新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。
それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)
(更漏子二首其の一)
秋色は清なり,河影は澹なり,深戶の燭は寒く 光は暗なり。
綃幌は碧く,錦衾は紅に,博山香炷は融なり。
更漏に咽び,蛩鳴 切なり,院に霜華滿つるは雪の如し。
新月 上り,薄雲 收まり,簾に映える 玉鉤 懸かるを。
更漏子二首其二
煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。
羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。
人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。
長憶得,與郎期,竊香私語時。
『更漏子二首』 現代語訳と訳註
(本文)
更漏子二首其一
秋色清,河影澹,深戶燭寒光暗。
綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。
更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。
新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。
(下し文)
(更漏子二首其の一)
秋色は清なり,河影は澹なり,深戶の燭は寒く 光は暗なり。
綃幌は碧く,錦衾は紅に,博山香炷は融なり。
更漏に咽び,蛩鳴 切なり,院に霜華滿つるは雪の如し。
新月 上り,薄雲 收まり,簾に映える 玉鉤 懸かるを。
(現代語訳)
(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)
初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。
春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。
この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。
それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)
(訳注)
更漏子二首其一
(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)
一首全体が叙景であり、直接に愛艶、情を語る言葉は用いられてはいないが、暗く寒々とした灯火の光や、燃え尽きて灰となった香、泣き咽ぶような水時計の音、心に迫る蟋蟀の声などから、妃賓の宮殿の独り秋の夜を送る辛い心情が読み取れる。
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618-626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。
また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。
皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。
美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。
古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の30~50%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。
花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。
『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二灰韻二平韻、後段二十三字六句三灰韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻❸③⑤ の詞形をとる。宮人の室には漏刻が置かれていた、そういった身分の女性を詠ったもの、何時までも眠りに着けず更漏の時を迎える女性を詠ったものである。
秋色清,河影澹,深戶燭寒光暗。
綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。
更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。
新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。
○●○ ○●△ △●●○△●
○●● ●○○ ●○○●○
△●△ ○○● ●△○△△●
○●● ●○△ ●○○●○
秋色清,河影澹,深戶燭寒光暗。
初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。
○秋色 秋の様子、秋気。
○河 天の川。今年もあのお方は来てくれなかったことを連想させる。天の川を鵲が橋を作ってあの方と合わせてくれるのはたった一日、今はそれもかなわない。天の川は所収はっきりと見え、秋が深まるにつれ、次第に薄れて行く。
○深戸 奥深い閏。
綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。
春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。
○綃幌 寝牀を囲う絹の幌。五行思想によって綃幌を季節の色に変える。この詩は秋で、白色であるはずが、春の緑のままになっていることで、次の「紅」は夏のものであることで、わびしさをいう。
○博山香蛙融 博山香炉は、大変高価で、高貴な閨にしかない。その香が燃え尽きて灰となってくずれたこと。融は融解、灰の形が崩れてしまって形をなくすこと。
更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。
この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。
○更漏 水時計、女官五品以上で執務室に設置された。ここでは水時計から滴る水の音を聞くことが出来るほどの地位であったこと。後宮以外では富貴の者以外は、漏刻は役人の鳴らす鐘の音を聞いて知った。
新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。
それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)
○新月 新月、三日月は希望を持つ意味につかわれる。この新月の釣り針の形と簾を止める「玉鉤」の形によって、希望を失わないということの意味になる。
○映簾懸玉鉤 玉製の鈎から垂れ下がった簾に(新月の影が)映る。玉鉤は簾を巻いて掛けるカギ。簾をかかげるのは希望を持つための意味となる。前聯の「霜華如雪」が簾をかかげることにつながる。
余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。
毛熙震 臨江仙二首其二
幽閨欲曙聞鶯囀,紅䆫月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。
繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。
(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。) 独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。
寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。
《花間集》 443巻九42 | 臨江仙二首其二 | 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7484 | ||
(改訂版Ver.2.1) | 17 毛熙震 | 前蜀の詞人 | 938年前後に在世 | |
臨江仙二首
臨江仙二首其一
(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)
南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。
六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。
潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。
また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。
縱態迷歡心不足,風流可惜當年。
宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった
纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。
それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。
(臨江仙二首其の一)
南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。
潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。
態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。
纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。
臨江仙二首其二
(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)
幽閨欲曙聞鶯囀,紅䆫月影微明。
独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)
好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。
余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。
繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。
寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。
澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。
もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。
(臨江仙二首其の二)
幽閨 曙けんと欲し 鶯の囀ずるを聞く,紅䆫 月影 微かに明らかなり。
好風 頻りに謝らす 落花の聲,幃を隔て 燭を殘し,猶お綺屏の箏を照らす。
繡被 錦茵 玉 暖かに眠り,炷香 斜めに 裊煙 輕し。
澹蛾 羞じらい斂め 情に勝えず,暗くして閑夢を思い,何處にか雲を逐う行かん。
『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註
(本文)
臨江仙二首其二
幽閨欲曙聞鶯囀,紅䆫月影微明。
好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。
繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。
澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。
(下し文)
(臨江仙二首其の二)
幽閨 曙けんと欲し 鶯の囀ずるを聞く,紅䆫 月影 微かに明らかなり。
好風 頻りに謝らす 落花の聲,幃を隔て 燭を殘し,猶お綺屏の箏を照らす。
繡被 錦茵 玉 暖かに眠り,炷香 斜めに 裊煙 輕し。
澹蛾 羞じらい斂め 情に勝えず,暗くして閑夢を思い,何處にか雲を逐う行かん。
(現代語訳)
(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)
独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)
余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。
寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。
もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。
(訳注)
臨江仙二首其二
(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)
12 この時代の女性は、それぞれ異なった階層に属し、およそ次の十種に分けることができる。①后妃、②宮人、③公主(附郡主・県主)、④貴族・宦門婦人、⑤平民労働婦人、⑥商家の婦人、⑦妓優、⑧姫妾・家妓、⑨奴碑、⑩女尼・女冠(女道士)・女巫 - 以上である。花間集に登場するのは、太字の女性であるがその中でも、特に①②⑦⑧⑩が多い。
②宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局(尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闈、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司醞、司薬、司饎、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。
「三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕。」(三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん)《白居易「後宮詞」》。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、宦官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。
彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。この詩もそういった女性を違った視点で詠ったものである。
13 唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。毛熙震の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる
幽閨欲曙聞鶯囀 紅䆫月影微明
好風頻謝落花聲 隔幃殘燭 猶照綺屏箏
繡被錦茵眠玉暖 炷香斜裊煙輕
澹蛾羞斂不勝情 暗思閑夢 何處逐雲行
○○●●△○● ○?●●○○
●△○●●○○ ●○○● △●●△○
●●●○○●● ●○○?○△
△△○●△△○ ●△○△ △●●○△
幽閨欲曙聞鶯囀,紅䆫月影微明。
独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)
14 欲曙 夜が明けようとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。
好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。
余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。
15 綺屏箏 美しい屏風の傍らに置かれた琴。
繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。
寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。
16 玉 ここでは玉のように白く艶やかな肌をした美女を指す。
17 衰煙 燻る香。
澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。
もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。
18 澹蛾 淡い眉。
19 不勝情 思いに堪えかねる。
20 閑夢 ここでは男と会っていた夢を指す。
21 逐雲行 ここでは男と会っていた夢から覚めて、もう一度、夢を見ようとしても叶わぬことを言う。行雲は行方定めず空を流れ行く雲を指すと同時に、巫山の神女の故事による男女の出会いを暗示し、さすらいの旅を続ける男が旅先で女と情を交わしているのではないかという意を含ませている。巫山の神女の故事については、韋莊『望遠行』の「出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。」 (この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。)
100 望遠行 韋荘 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972
臨江仙二首其一 【字解】
(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)
1 李商隠《南 朝》
玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。
誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。
敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。
満宮学土皆顔色、江令當年只費才。
(南 朝)
玄武湖中 玉漏催し、鶏鳴壊口 繍襦廻る。
誰か言う 瓊樹 朝朝に見わるるは、金蓮 歩歩に来たるに及はずと
敵国の軍営 木柹を漂わし、前朝の神廟 煙煤に鎖さる
満宮の学士 皆な顔色あり、江令 当年只だ才を費す
南 朝 (南斉の武帝と陳の後主)李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 46
唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。毛熙震の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる
南齊天子寵嬋娟 六宮羅綺三千
潘妃嬌豔獨芳妍 椒房蘭洞 雲雨降神仙
縱態迷歡心不足 風流可惜當年
纖腰婉約步金蓮 妖君傾國 猶自至今傳
○△○●●○○ ●○○●△○
○△△●●○○ ○○○△ ○●△○○
△●○○○△● △○●●△○
○○●●●○△ ○○○● △●●○△
2 南斉 中国,南北朝時代の南朝の一(479~502)。宋の蕭道成(しようどうせい)が順帝の禅譲を得て建国。都は建康(今の南京)。七代で蕭衍(しようえん)(梁の武帝)に国を奪われた
3 嬋娟 容姿のあでやかで美しいさま。
4 六宮 中国で、皇后と五人の夫人が住む六つの宮殿。皇后と五人の夫人。後宮。
綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。
5 三千 宮女三千人。
杜甫はかつて《20-99 観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。
767年-23幷序⑶ 杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 幷序⑶》 杜甫詩index-15-1145 <1595> 767年大暦2年56歲-23幷序⑶
古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。100人くらいもいる妃賓に100人の宮女が使えていたとするから、後宮には一万人くらいがいたとされる。
7 潘妃 (生没年不明)東昏侯の妃。本名は兪尼子、のちに、潘玉児といった。もと王敬則の妓で、東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長する ことが大であった。かつて東昏侯は、金の蓮華を地に敷いて潘妃にその上を歩かせ、「歩歩蓮華を生ず」といった。梁の武帝の革命が起こると、東昏侯は殺され、潘妃は捕えられたが、部 将の妾となることを拒んで自殺した。
8 芳妍【ほうけん】美しく、優美な女たちがあつまれば芳しい香りでこと。
9 椒房 ①皇后の御所。②皇后・皇妃の別名。「椒」は山椒(さんしよう)、「房」は室の意。中国で皇后の御所の壁に邪気を払うためと、実の多いことにあやかり、皇子が多く生まれるようにと、山椒を塗り込めたり、庭に植えたりしたところからこの名があるという。
10 蘭洞 妃賓の宮殿。
11 金蓮 南斉の末期の帝、東昏侯蕭宝巻(483-501)は黄金で蓮の花をこしらえて地面に敷き、その上を愛姫の潘妃に歩ませて、「此れ歩歩に蓮華を生ずるなり」といった(『南史』斉本紀)にある。
〔「南史斉本紀」より。中国南朝の東昏侯(とうこんこう)が潘妃(ばんき)に金製の蓮華の上を歩かせた故事による〕美人のあでやかな歩み。蓮歩。
毛熙震 臨江仙二首其一
南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。
縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。
(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)
六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。
また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。
宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった
それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている
《花間集》 443巻九41 | 臨江仙二首其一 | 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7479 | ||
(改訂版Ver.2.1) | 17 毛熙震 | 前蜀の詞人 | 938年前後に在世 | |
臨江仙二首
臨江仙二首其一
(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)
南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。
六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。
潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。
また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。
縱態迷歡心不足,風流可惜當年。
宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった
纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。
それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。
(臨江仙二首其の一)
南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。
潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。
態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。
纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。
臨江仙二首其二
幽閨欲曙聞鶯囀,紅䆫月影微明。
好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。
繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。
澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。
『臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註
(本文)
臨江仙二首其一
南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。
潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。
縱態迷歡心不足,風流可惜當年。
纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。
(下し文)
(臨江仙二首其の一)
南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。
潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。
態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。
纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。
(現代語訳)
(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)
六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。
また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。
宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった
それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。
19-483《浣溪紗七首其七》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-666-19-(483) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4877
浣溪沙七首
1
浣溪沙七首其一
春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。
弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。
(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)
春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。
華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。
(浣溪沙七首 其の一)
春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。
弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。
2
浣溪沙七首其二
花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。
紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。
(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)
花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。
この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。
(浣溪沙七首其の二)
花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。
紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。
3
浣溪沙七首其三
晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。
好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。
(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)
夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。
それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には湽州に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである
(浣溪沙七首其の三)
晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。
好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。
4
浣溪沙七首其四
一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。
羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。
(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)
今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。
細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。
(浣溪沙七首其の四)
一隻の橫釵 髻叢より墜つ、静かに珍簟に眠り 起き来たるに慵く、繍羅 紅 嫩らかに 酥胸に抹く。
酥じらい細き蛾を斂め 魂 暗に断え、困迷して 語無く 思い猶お濃く、小屏 香靄 碧山 重なる。
5
浣溪沙七首其五
雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。
佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。
(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)
妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。
あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。
(浣溪沙七首其の五)
雲薄く 羅裙 綬帶長し,滿身 新裛 瑞龍の香,翠鈿 斜映して 梅粧を豔す。
人を覷ず佯し 空しく婉約す,笑和し 嬌語す 太倡狂と,忍ぶこと教えられ 恨むことを牽きても 暗き形相するも。
6
浣溪沙七首其六
碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。
暗想歡娛何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。
(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)
緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。
こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)
(浣溪沙 七首 其の六)
碧玉 冠輕うして 鷰釵を裊し,捧心 語ること無く 香堦を步む,弓底 繡羅の鞋に緩移す。
暗想にして 歡娛するは何んぞ好を計らん,豈に 期約 乖く有る時を堪えん,日高く 深院 正に懷うを忘ん。
7
浣溪沙七首其七
半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。
慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。
髪をとかすも煩わしく、抜け落ちた簪、金の鳳冠、翡翠の飾りをしなおして、象牙の櫛を斜めに鬢をなおせば、雲より出た月のようにしっかりとした顔立ちである。それでも錦の屏風をまわりに立て、絹の帳に香の煙の漂い薫らせて、ただ待ち続ける。
(浣溪沙七首其の七)
半ば酔い情を凝らして繍菌に臥せ、睡容 力無く 羅布を卸す、玉寵の鶴鵡を聴聞するを敵う。
傭く落敦を整う 金の薪翠、象琉 贅に歌て 月 雲に生ず、錦屏 給幌 靡煙 薫る。
緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。
19-482《浣溪紗七首其六》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-665-19-(482) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4872
浣溪沙七首
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浣溪沙七首其一
春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。
弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。
(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)
春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。
華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。
(浣溪沙七首 其の一)
春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。
弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。
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浣溪沙七首其二
花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。
紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。
(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)
花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。
この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。
(浣溪沙七首其の二)
花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。
紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。
3
浣溪沙七首其三
晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。
好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。
(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)
夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。
それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には湽州に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである
(浣溪沙七首其の三)
晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。
好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。
4
浣溪沙七首其四
一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。
羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。
(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)
今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。
細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。
(浣溪沙七首其の四)
一隻の橫釵 髻叢より墜つ、静かに珍簟に眠り 起き来たるに慵く、繍羅 紅 嫩らかに 酥胸に抹く。
酥じらい細き蛾を斂め 魂 暗に断え、困迷して 語無く 思い猶お濃く、小屏 香靄 碧山 重なる。
5
浣溪沙七首其五
雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。
佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。
(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)
妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。
あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。
(浣溪沙七首其の五)
雲薄く 羅裙 綬帶長し,滿身 新裛 瑞龍の香,翠鈿 斜映して 梅粧を豔す。
人を覷ず佯し 空しく婉約す,笑和し 嬌語す 太倡狂と,忍ぶこと教えられ 恨むことを牽きても 暗き形相するも。
6
浣溪沙七首其六
碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。
暗想歡娛何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。
(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)
緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。
こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)
(浣溪沙 七首 其の六)
碧玉 冠輕うして 鷰釵を裊し,捧心 語ること無く 香堦を步む,弓底 繡羅の鞋に緩移す。
暗想にして 歡娛するは何んぞ好を計らん,豈に 期約 乖く有る時を堪えん,日高く 深院 正に懷うを忘ん。
7
浣溪沙七首其七
半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。
慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。
『浣溪沙七首其六』 現代語訳と訳註
(本文)
浣溪沙七首其六
碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。
暗想歡娛何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。
(下し文)
(浣溪沙 七首 其の六)
碧玉 冠輕うして 鷰釵を裊し,捧心 語ること無く 香堦を步む,弓底 繡羅の鞋に緩移す。
暗想にして 歡娛するは何んぞ好を計らん,豈に 期約 乖く有る時を堪えん,日高く 深院 正に懷うを忘ん。
(現代語訳)
(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)
緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。
こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)
(訳注)
浣溪沙七首其六
(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)
『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。
碧玉冠輕裊鷰釵 捧心無語步香堦 緩移弓底繡羅鞋
暗想歡娛何計好 豈堪期約有時乖 日高深院正忘懷
●●△△?●○ ●○○●●○○ ●○○●●○○
●●○△△●● ●○○●●○○ ●○△△△●○
碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。
緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。
碧玉 ① 青色または緑色の玉。 ② 玉髄の一。酸化鉄からなる不純物を含む不透明な石英。紅色・緑色・黄色・褐色などを呈する。碧玉(へきぎよく)と通称する緑色凝灰岩の類を材料とし,内径5~6cmの環状に作っている。円形の断面をもったものなどの,表裏の区別のない石釧もまれにあるが,大多数は裏面がたいらで,表面の上半部を斜面とし,ここに放射状のこまかい線を刻んでいる。
堦 階(きざはし)杜甫《蜀相》「映堦碧草自春色, 隔葉黄鸝空好音。」美しい緑色をした若草の色が階(きざはし)に照り映えて、自然と春の季節の気配を漂わせている。葉の繁みの向こう側で、高麗ウグイスが(聴く人もいないのに)空しく鳴いている。
緩 1 締め方がきつくないさま。ゆるいさま。「(髪ヲ)いと―にひき結はせ給ひて」〈栄花・楚王の夢〉2 ゆっくりとしたさま。
弓底 古代 纏足 女性が履いている靴。婦人纏足で足が 弓形 ので、その靴はこの名。婦人纏足説から 南朝 一説、から5世代。明、清王朝のスタイルが平、高底多種で、そして飾 刺繍 珠玉などと。
鞋 鞋(わらじ) - 草鞋; 鞋(くつ)。絹に刺繍をほどこした履。
暗想歡娛何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。
こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)
歡娛 よろこび楽しむこと。
期約 逢瀬の約束の日。
乖 (1) (子供が)おとなしい,素直な这孩子真乖この子は本当に素直だ.(2) 賢い,利口な乖觉機敏で賢い.(1) 非常識な,道にもとる乖舛間違った.(2) ひねくれた.
杜甫はかつて《観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。唐の太宗の時、李百薬は上奏して「無用の宮人は、ややもすれば数万に達する」(『全唐文』巻一四二、李百薬「宮人を放つを請うの封事」)といった。『新唐書』の「官者伝」上に、「開元、天宝中、宮嬪はおおよそ四万に至る」と記されている。後者は唐代の宮廷女性の人数に関する最高の具体的な数字であり、まさに盛唐の風流天子玄宗皇帝時代のものである。宋代の人洪邁は、この時期は漢代以来、帝王の妃妾の数が最も多かった時代であるといっている(『容斎五筆』巻三「開元宮嬪」)。うまい具合に、この時期の女性の総人口は先に紹介した数字 - およそ二千六百余万であるから、四万余人とすれば、じつに全女性人口の六百分の一を占める。つまり、女性六百人ごとに一人が宮廷に入ったことになる。唐末になり、国土は荒れ、国勢は衰えたが、いぜんとして「六宮(後宮)の貴・賤の女性は一万人を減らない」(『資治通鑑』巻二七三、後唐の荘宗同光三年)という状態だった。この驚くべき数字の陰で、どのくらい多くの「曠夫怨女」(男やもめと未婚の老女)を造り出したことか計り知れない。唐末の詩人曹鄴が慨嘆して「天子 美女を好み、夫婦 双を成さず」(「捕漁謡」)と詠ったのも怪しむに足りない。
古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618-626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。
また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。
后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。
(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)
19-481《浣溪紗七首其五》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-664-19-(481) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4867
浣溪沙七首
1
浣溪沙七首其一
春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。
弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。
(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)
春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。
華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。
(浣溪沙七首 其の一)
春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。
弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。
2
浣溪沙七首其二
花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。
紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。
(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)
花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。
この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。
(浣溪沙七首其の二)
花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。
紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。
3
浣溪沙七首其三
晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。
好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。
(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)
夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。
それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には湽州に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである
(浣溪沙七首其の三)
晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。
好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。
4
浣溪沙七首其四
一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。
羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。
(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)
今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。
細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。
(浣溪沙七首其の四)
一隻の橫釵 髻叢より墜つ、静かに珍簟に眠り 起き来たるに慵く、繍羅 紅 嫩らかに 酥胸に抹く。
酥じらい細き蛾を斂め 魂 暗に断え、困迷して 語無く 思い猶お濃く、小屏 香靄 碧山 重なる。
5
浣溪沙七首其五
雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。
佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。
(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)
妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。
あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。
(浣溪沙七首其の五)
雲薄く 羅裙 綬帶長し,滿身 新裛 瑞龍の香,翠鈿 斜映して 梅粧を豔す。
人を覷ず佯し 空しく婉約す,笑和し 嬌語す 太倡狂と,忍ぶこと教えられ 恨むことを牽きても 暗き形相するも。
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浣溪沙七首其六
碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。
暗想歡娛何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。
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浣溪沙七首其七
半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。
慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。
『浣溪沙七首其五』 現代語訳と訳註
(本文)
浣溪沙七首其五
雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。
佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。
(下し文)
(浣溪沙七首其の五)
雲薄く 羅裙 綬帶長し,滿身 新裛 瑞龍の香,翠鈿 斜映して 梅粧を豔す。
人を覷ず佯し 空しく婉約す,笑和し 嬌語す 太倡狂と,忍ぶこと教えられ 恨むことを牽きても 暗き形相するも。
(現代語訳)
(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)
妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。
あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。
(訳注)
浣溪沙七首其五
(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)
『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。
雲薄羅裙綬帶長 滿身新裛瑞龍香 翠鈿斜映豔梅粧
佯不覷人空婉約 笑和嬌語太倡狂 忍教牽恨暗形相
○●○○●●△ ●○○●●○○ ●△○●●○○
○△●○△●● ●△△●●△△ ●△△●●○△
雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。
妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。
雲薄 妓優、宮女、女官の髪型。ここは、妓優である楽女の髪型。
羅裙 うす絹のスカート。
綬帶 官印を帯びるための組紐の帯。佩び玉の着いた帯。
新裛 新たに装束に香をたきしめるための袋。また、その材料。栴檀(せんだん)の葉や樹皮から作るという。
瑞龍香 高貴なお香の名。
翠鈿 翡翠の花鈿。
豔梅粧 艶めかしい梅の香料の化粧。
佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。
あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。
佯 振りをする,見せ掛ける佯死死んだ振りをする.佯装…の振りをする.佯攻陽動作戦をとる,偽装攻撃をする.佯狂(阳狂)狂人を装う,気のふれた振りをする.佯言
覷人 人をうかがうい みる。
婉約 すなおでうつくしくひかえめである。
太倡狂 甚だしく楽女にうつつを抜かす遊び人。
今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。
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(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)
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この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。
19-478《浣溪紗七首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-661-19-(478) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4852
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(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)
19-477《浣溪紗七首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-660-19-(477) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4847
続きを読む隴山にかかる雲が広がると暗く厚く重い雲が秋晴れの白く高い空に蔽い始める、下窓の前に一人座って大通りからの塵埃の砂煙をうかがう。西域からあの人が帰って来る。
18-476《菩薩蠻一首》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-659-18-(476) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4842
尹參卿鶚六首
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| ID | 巻 | 作品名 | 作者 | | ||
| ■ 尹參卿鶚(尹鶚【いんがく】)六首 | | | ||||
| 1 | 九巻 | 臨江仙二首,其一 | 尹鶚 | | ||
| 2 | 九巻 | 臨江仙二首,其二 | 尹鶚 | | ||
| 3 | 九巻 | 滿宮花一首, | 尹鶚 | | ||
| 4 | 九巻 | 杏園方一首 | 尹鶚 | | ||
| 5 | 九巻 | 醉公子一首, | 尹鶚 | | ||
| 6 | 九巻 | 菩薩蠻一首 | 尹鶚 | | ||
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続きを読む
一日じゅう、種々の趣きの庭に春の風流を尋ねて酒に酔う。夜になって、また同じところに帰ってきて、月が真上にあがるまで又、酒をのみ続ける。
18-475《醉公子一首,》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-658-18-(475) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4837
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| 花間集 教坊曲『醉公子』 四首 | | |||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | |
| 薛侍郎昭蘊 | 巻三 | 慢綰青絲髮 | | |
| 顧敻(顧太尉敻) | 巻七 | 漠漠秋雲澹 | | |
| | 巻七 | 岸柳垂金線 | | |
| 尹鶚 | 巻九 | 醉公子一首 | 暮煙籠蘚砌 | |
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醉公子
(春が訪れると公子は風流を求めて飲み明かし、愛妾と共に過ごすが、やがて、他の美人のもとに行ってしまったと詠う)
暮煙籠蘚砌,戟門猶未閉。
夕暮れの靄は囲われたこの庭の鮮やかな建物との砌に漂う。公子の邸宅の御門は未だに閉められたままだ。
盡日醉尋春,歸來月滿身。
一日じゅう、種々の趣きの庭に春の風流を尋ねて酒に酔う。夜になって、また同じところに帰ってきて、月が真上にあがるまで又、酒をのみ続ける。
離鞍隈繡袂,墜巾花亂綴。
馬を繋いでその場所から離れ、うす絹の刺繍のたもとの中に入ってゆく。来ていた着物はその場に脱ぎ捨て、女の花弁は乱れそしてつづられる。
何處惱佳人,檀痕衣上新。
それなのに、今は何処に行かれたのだろう、美人の元だろうけど頭を悩ます、寝牀に心の傷跡を残してしまったので今日からは気分一新するためにも着物を新しくしたようだ。
(醉公子)
暮煙 籠蘚の砌,戟門 猶お未だ閉ず。
盡日 春を尋ね醉い,月滿身に歸來す。
鞍を離れ 繡袂を隈れ,巾を墜す 花亂綴。
何の處にか佳人を惱し,檀痕 衣上新らたなり。
『醉公子一首』 現代語訳と訳註
(本文)
醉公子
暮煙籠蘚砌,戟門猶未閉。
盡日醉尋春,歸來月滿身。
離鞍隈繡袂,墜巾花亂綴。
何處惱佳人,檀痕衣上新。
(下し文)
(醉公子)
暮煙 籠蘚の砌,戟門 猶お未だ閉ず。
盡日 春を尋ね醉い,月滿身に歸來す。
鞍を離れ 繡袂を隈れ,巾を墜す 花亂綴。
何の處にか佳人を惱し,檀痕 衣上新らたなり。
(現代語訳)
(春が訪れると公子は風流を求めて飲み明かし、愛妾と共に過ごすが、やがて、他の美人のもとに行ってしまったと詠う)
夕暮れの靄は囲われたこの庭の鮮やかな建物との砌に漂う。公子の邸宅の御門は未だに閉められたままだ。
一日じゅう、種々の趣きの庭に春の風流を尋ねて酒に酔う。夜になって、また同じところに帰ってきて、月が真上にあがるまで又、酒をのみ続ける。
馬を繋いでその場所から離れ、うす絹の刺繍のたもとの中に入ってゆく。来ていた着物はその場に脱ぎ捨て、女の花弁は乱れそしてつづられる。
それなのに、今は何処に行かれたのだろう、美人の元だろうけど頭を悩ます、寝牀に心の傷跡を残してしまったので今日からは気分一新するためにも着物を新しくしたようだ。
(訳注)
醉公子
(春が訪れると公子は風流を求めて飲み明かし、愛妾と共に過ごすが、やがて、他の美人のもとに行ってしまったと詠う)
公子(こうし)は、中国の春秋戦国時代の各国の公族の子弟。君主(公)の子は公子と呼ばれ、公子の子は公孫と呼ばれた。実質上、諸侯は王族に等しく、その子弟も王子と呼んでもさしつかえはないが、建前上、列国は周王の家来であり、王は周王ただ一人であるので、諸侯は公を称し、その子弟は公子となった。ただし、楚に限っては周王の権威を認めておらず、歴代の君主は王と称したので、その子弟は当然王子であったはずだが、周の傘下にあった諸国の文献においては公子と記されている。戦国時代に入って周の権威が完全に失墜した後は、諸侯は次々に王を僭称したが、公式には公であったので、その子弟は相変わらず公子と呼ばれた。
醉公子は、唐の教坊の曲名。『花間集』には尹鶚の一首他三首の所収。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻、韻二平韻で、❺❺⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。
暮煙籠蘚砌 戟門猶未閉
盡日醉尋春 歸來月滿身
離鞍隈繡袂 墜巾花亂綴
何處惱佳人 檀痕衣上新
●○△●● ●○△●●
●●●○○ ○△●●○
△○△●● ●○○●●
△●●○○ ○○△●○
暮煙籠蘚砌,戟門猶未閉。
夕暮れの靄は囲われたこの庭の鮮やかな建物との砌に漂う。公子の邸宅の御門は未だに閉められたままだ。
戟門 ホコなどの儀杖を門に立てて並べることから、大官の邸宅、あるいは、役所、顕貴の家。
盡日醉尋春,歸來月滿身。
一日じゅう、種々の趣きの庭に春の風流を尋ねて酒に酔う。夜になって、また同じところに帰ってきて、月が真上にあがるまで又、酒をのみ続ける。
盡日 ① 一日じゅう。終日。 「 -降雨」 ② 各月または一年の最後の日。みそか。おおみそか。
尋春 春の風流をもとめ、そこで宴する。大官の邸宅であるから、種々の趣きの庭があるのをたずねあるく。
離鞍隈繡袂,墜巾花亂綴。
馬を繋いでその場所から離れ、うす絹の刺繍のたもとの中に入ってゆく。来ていた着物はその場に脱ぎ捨て、女の花弁は乱れそしてつづられる。
<!--[if !supportLists]-->○ <!--[endif]-->この二句は、ベッドインしての描写。
何處惱佳人,檀痕衣上新。
それなのに、今は何処に行かれたのだろう、美人の元だろうけど頭を悩ます、寝牀に心の傷跡を残してしまったので今日からは気分一新するためにも着物を新しくしたようだ。
佳人 美しい女の人。
檀痕 檀は公子と共にすごした寝牀で、そこには公子の残した痕跡がたくさんあること。
こんな美人を看た誰もが夢にまでつきまとうものだから、いつの日か寝牀のまわりに雲母の屏風を立てかけて、一緒に過ごしたいとおもっているのだ。
18-474《杏園方一首》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-657-18-(474) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4832
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| ID | 巻 | 作品名 | 作者 | |
| ■ 尹參卿鶚(尹鶚【いんがく】)六首 | | | ||
| 1 | 九巻 | 臨江仙二首,其一 | 尹鶚 | |
| 2 | 九巻 | 臨江仙二首,其二 | 尹鶚 | |
| 3 | 九巻 | 滿宮花一首, | 尹鶚 | |
| 4 | 九巻 | 杏園方一首 | 尹鶚 | |
| 5 | 九巻 | 醉公子一首, | 尹鶚 | |
| 6 | 九巻 | 菩薩蠻一首 | 尹鶚 | |
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色と芸を売って生業とする娼妓と女芸人とである。「妓」、この後世もっぱら肉体を売る女性を指すようになった呼称は、もとは「伎(技)」 の意味から来たもので、歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。それゆえ彼女たちも一括して論ずることにする。
杏園芳
嚴粧嫩臉花明,教人見了關情。
含羞舉步越羅輕,稱娉婷。
終朝咫尺窺香閣,迢遙似隔層城。
何時休遣夢相縈,入雲屏。
(高嶺の花である妓優と杏園とで夢を詠ったものである)
年に一度の発表の日で、念入りに粧いし柔肌の顔立ちは花のごとく明るく映えている、こんな感じで見る人はきっと心を虜にするだろう。
その素振りは何処か恥じらいを含んでいて、細腰を越羅のスカートで包み、軽やかに足を運べば、艶やかで美しく、えも言えぬほどだ。
終日ごく間近なところで、芸を磨くのをみているし、楼閣での宴で妓優の芸を窺いてみてはいるものの、実際には、高楼から望んで遙かに遠く高い城壁に隔たれているかのようである。
こんな美人を看た誰もが夢にまでつきまとうものだから、いつの日か寝牀のまわりに雲母の屏風を立てかけて、一緒に過ごしたいとおもっているのだ。
(杏園芳)
嚴粧の嫩臉【どうけん】花明るく,人 見了れば情に關わら教む。
羞らいを含み 越羅輕やかに步を舉げれば,娉婷【へいてい】に稱う。
朝から終まで 咫尺にて香閣を窺う,迢遙として層城を隔つに似たり。
何れの時にか 夢の相い縈い遣むるを休め,雲屏に入らん。
『杏園芳』 現代語訳と訳註
(本文)
杏園芳
嚴粧嫩臉花明,教人見了關情。
含羞舉步越羅輕,稱娉婷。
終朝咫尺窺香閣,迢遙似隔層城。
何時休遣夢相縈,入雲屏。
(下し文)
(杏園芳)
嚴粧の嫩臉【どうけん】花明るく,人 見了れば情に關わら教む。
羞らいを含み 越羅輕やかに步を舉げれば,娉婷【へいてい】に稱う。
朝から終まで 咫尺にて香閣を窺う,迢遙として層城を隔つに似たり。
何れの時にか 夢の相い縈い遣むるを休め,雲屏に入らん。
(現代語訳)
(高嶺の花である妓優と杏園とで夢を詠ったものである)
年に一度の発表の日で、念入りに粧いし柔肌の顔立ちは花のごとく明るく映えている、こんな感じで見る人はきっと心を虜にするだろう。
その素振りは何処か恥じらいを含んでいて、細腰を越羅のスカートで包み、軽やかに足を運べば、艶やかで美しく、えも言えぬほどだ。
終日ごく間近なところで、芸を磨くのをみているし、楼閣での宴で妓優の芸を窺いてみてはいるものの、実際には、高楼から望んで遙かに遠く高い城壁に隔たれているかのようである。
こんな美人を看た誰もが夢にまでつきまとうものだから、いつの日か寝牀のまわりに雲母の屏風を立てかけて、一緒に過ごしたいとおもっているのだ。
(訳注)
『花間集』には尹鶚の一首のみ所収。今日伝わる杏園芳もまたこの一首だけである。教坊所属の妓優について詠ったものである。
杏園芳 杏園から春の科挙祝宴、饗宴での妓優や女妓とのその日の無礼講を連想する。
・杏園:官吏登用試験(科挙)に合格した進士たちの祝宴会場。科挙に合格した進士には、曲江の池の畔(ほとり)の杏園で、祝宴を賜り、長安の街で園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。
・杏園人:科挙に合格し、新たに進士となった人たちを指す。
長安曲江 杏園 進士の試験は秋にあり、翌年の春の花が咲き誇る時期に結果発表がある。官吏登用試験(科挙)に合格した進士には、後出・長安の曲江の池の畔(ほとり)にあった杏園で、祝宴を賜り、長安の街を園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。また、貴族は自邸自慢のボタンを庭を開放して鑑賞させ、合格者の無礼を許した。
・長安:唐の首都。現・陝西省・西安。科挙の最終試験会場もここにあり、科挙合格者の祝宴もここで開かれる。
孟郊はそれに落第して、落胆のさまを『再下第』「一夕九起嗟,夢短不到家。兩度長安陌,空將涙見花。」とうたった。この詩もそれと似た感情を詠っていよう。
孟郊は『登科後』で「昔日齷齪不足誇,今朝放蕩思無涯。春風得意馬蹄疾,一日看盡長安花。」と、がらりと変わった詩を作っている。 唐宋詩236 登科後 Ⅶ孟郊(孟東野)<19>紀頌之の漢詩ブログ
○詞の構成について 双調四十五字、前段二十二字四句四平韻、後段二十三字四句三平韻で、⑥⑥⑦③/7⑥⑦③詞形をとる。
嚴粧嫩臉花明 教人見了關情
含羞舉步越羅輕 稱娉婷
終朝咫尺窺香閣 迢遙似隔層城
何時休遣夢相縈 入雲屏
○?●△○○ △○●●○○
○○●●●○△ △●○
○○●●○○● ○○●●○○
△○△●△△○ ●○△
嚴粧嫩臉花明,教人見了關情。
年に一度の発表の日で、念入りに粧いし柔肌の顔立ちは花のごとく明るく映えている、こんな感じで見る人はきっと心を虜にするだろう。
○厳粧 念入りな化粧。
○嫩臉 若くみずみずしい顔。
○教人見了関情 人が見たら心を捉えて離さないようにさせる。見た人の心を捉える、の意。交は使役を表す。了は〜したら。
含羞舉步越羅輕,稱娉婷。
その素振りは何処か恥じらいを含んでいて、細腰を越羅のスカートで包み、軽やかに足を運べば、艶やかで美しく、えも言えぬほどだ。
○越羅 越産の上等な薄絹。ここではそれで作ったスカートを言う。越は今の浙江省。
○称娉婷 美に適ぅ。娉婷は艶やかで美しいこと。
終朝咫尺窺香閣,迢遙似隔層城。
終日ごく間近なところで、芸を磨くのをみているし、楼閣での宴で妓優の芸を窺いてみてはいるものの、実際には、高楼から望んで遙かに遠く高い城壁に隔たれているかのようである。
○咫尺 ごく間近。咫は八寸、尺は十寸。
○香閣 香を焚く楼閣の講堂で妓優の芸を見る。
○層城 高い城壁。
何時休遣夢相縈,入雲屏。
こんな美人を看た誰もが夢にまでつきまとうものだから、いつの日か寝牀のまわりに雲母の屏風を立てかけて、一緒に過ごしたいとおもっているのだ。
○縈 (萦) まといつく,絡む.気にかかる. (周りを)巡る,まつわる.まつわりつく,(周りを)巡る.
〇人雲屏 屏風の陰に入る。屏風は多く寒さを避けたり人目を遮るために寝台の脇に置かれるもの。したがって、入雲屏は床をともに(ベットイン)することを意味する。
【解説】 女性に心惹かれる男の情を詠う。後段、一日中、女の芸の練習をまじかで窺っていても、まるではるか彼方の高い城壁に隔てられているかのようで、常に夢の内で恋い焦がれているが、一体いつになったら女の閏に入り、屏風の陰で時をともにすることができるのかと、女への熱い思いを語る。
妓優であるから間直に見る事もある男ではあるものの、実際には遠い存在で、近づくこともできない。
杏園での一大イベントは科挙の発表であり、唯一のチャンスの時ではある。詩はそうした高嶺の花である妓優と杏園とで夢を詠ったものである。
眠りにつけず、漏刻の音が清らかに響くのを聞いていると、宮殿の庭の大樹に杜鵑がなく夜明けになっている。時は廻り、愁いに満ちたこの蘭房にも東の窓にまた新しい春の暁が訪れている。(こんどの春こそきっと来てくれると希望をもって春を迎える。)
18-473《滿宮花一首,》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-656-18-(473) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4827
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| 花間集 教坊曲『滿宮花』三首 | | |||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | |
| 張舍人泌 | 巻四 | | ||
| 魏太尉承班 | 巻九 | | ||
| 尹參卿鶚 | 巻九 | 滿宮花一首 | 月沉沉,人悄悄, | |
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滿宮花
(年を重ねた、女妓が春には来ると男との約束を守って待つが、秋は過ぎ又春が来る、今度の春こそ来てくれると詠う)
月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。
秋の月の光に照らされて森々と夜が更けてゆく、だれ一人いなくてひっそりとしている。香をひとたきくゆらせるとそれが裏庭の方までしなやかに漂い、ほのかな香りに包まれる。
風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。
春景色はこんなにも風流であるのに、高貴なお方は帰ってこない、だから、まわりの地の全てには、花が散り落ちた花弁で一杯なのに、それをすすんで掃き奇麗にする気になれないのだ。
離恨多,相見少,何處醉迷三島。
別離のままではこんなにも恨む気持ちは多くなり、あの人を見る事は無くなってしまった。何処へ行ったのだろうか、きっと、神仙の三山といわれる歓楽街を酒に酔い迷ってしまっているのだろう。
漏清宮樹子規啼,愁鏁碧䆫春曉。
眠りにつけず、漏刻の音が清らかに響くのを聞いていると、宮殿の庭の大樹に杜鵑がなく夜明けになっている。時は廻り、愁いに満ちたこの蘭房にも東の窓にまた新しい春の暁が訪れている。(こんどの春こそきっと来てくれると希望をもって春を迎える。)
滿宮花
月 沉沉とし,人 悄悄たり,一炷は後庭にあり 裊香る。
風流 帝子 歸來せず,滿地 禁花 慵く掃く。
離は恨多く,相い見少くし,何處ぞ 醉いて三島を迷う。
漏清く 宮樹に 子規啼く,鏁を愁う 碧䆫の春曉。
『滿宮花』 現代語訳と訳註
(本文)
滿宮花
月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。
風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。
離恨多,相見少,何處醉迷三島。
漏清宮樹子規啼,愁鏁碧䆫春曉。
(下し文)
滿宮花
月 沉沉とし,人 悄悄たり,一炷は後庭にあり 裊香る。
風流 帝子 歸來せず,滿地 禁花 慵く掃く。
離は恨多く,相い見少くし,何處ぞ 醉いて三島を迷う。
漏清く 宮樹に 子規啼く,鏁を愁う 碧䆫の春曉。
(現代語訳)
(年を重ねた、女妓が春には来ると男との約束を守って待つが、秋は過ぎ又春が来る、今度の春こそ来てくれると詠う)
秋の月の光に照らされて森々と夜が更けてゆく、だれ一人いなくてひっそりとしている。香をひとたきくゆらせるとそれが裏庭の方までしなやかに漂い、ほのかな香りに包まれる。
春景色はこんなにも風流であるのに、高貴なお方は帰ってこない、だから、まわりの地の全てには、花が散り落ちた花弁で一杯なのに、それをすすんで掃き奇麗にする気になれないのだ。
別離のままではこんなにも恨む気持ちは多くなり、あの人を見る事は無くなってしまった。何処へ行ったのだろうか、きっと、神仙の三山といわれる歓楽街を酒に酔い迷ってしまっているのだろう。
眠りにつけず、漏刻の音が清らかに響くのを聞いていると、宮殿の庭の大樹に杜鵑がなく夜明けになっている。時は廻り、愁いに満ちたこの蘭房にも東の窓にまた新しい春の暁が訪れている。(こんどの春こそきっと来てくれると希望をもって春を迎える。)
(訳注)
滿宮花
(年を重ねた、女妓が春には来ると男との約束を守って待つが、秋は過ぎ又春が来る、今度の春こそ来てくれると詠う)
『花間集』 には三首所収。魏承斑の作は一首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句三仄韻、後段二十六字四句三仄韻で、3❸❻7❻/3❸❻7❻の詞形をとる。月沉沉 人悄悄 一炷後庭香裊
風流帝子不歸來 滿地禁花慵掃
離恨多 相見少 何處醉迷三島
漏清宮樹子規啼 愁鏁碧䆫春曉
●○○ ○●● ●●●○○●
△○●●△○△ ●●△○○●
△●○ △●● △●●○△●
●○○●●○○ ○?●?○●
月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。
月の光に照らされて森々と夜が更けてゆく、だれ一人いなくてひっそりとしている。香をひとたきくゆらせるとそれが裏庭の方までしなやかに漂い、ほのかな香りに包まれる。
沉沉 (1) ずっしり重い,重量のある.(2) うち沈んだ,重苦しい.
悄悄 (1) ひっそりと,音もなく.(2) こっそりと,内密に悄悄话内緒話.
一炷 (1) 香をひとたきくゆらせること。また、その香。(2) 1本の灯心。
香裊 香がしなやかに漂う。
風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。
春景色はこんなにも風流であるのに、高貴なお方は帰ってこない、だから、まわりの地の全てには、花が散り落ちた花弁で一杯なのに、それをすすんで掃き奇麗にする気になれないのだ。
帝子 ここでは、神仙三島のある仙界(歓楽街)に来た高貴なお客。道教の最高神格のこと。「それぞれ道教における天上界の最高天「玉清境」「上清境」「太清境」に住し、この三天のことも「三清」と呼ぶ。
禁花 使ってはいけない花。嫌われる花。ここでは散り落ちた花弁。落ちてしまうと汚れ腐り嫌われる花になる。・花落 花が 散る。若い時の花は散る。女妓が年老いたので嫌われるということ。
離恨多,相見少,何處醉迷三島。
別離のままではこんなにも恨む気持ちは多くなり、あの人を見る事は無くなってしまった。何処へ行ったのだろうか、きっと、神仙の三山といわれる歓楽街を酒に酔い迷ってしまっているのだろう。
宮中のみならず、富貴の家、歓楽街の池には、池中に、神仙の住む蓬莱(ほうらい)・瀛州(えいしゅう)・方丈(ほうじょう)になぞらえられた3島(三神島)造営する。 黄河が渤海へと注ぐ岸に立ち、遥か東の海上をのぞむと、忽然と浮かび上がる島影が浮かぶという設定である。
漏清宮樹子規啼,愁鏁碧䆫春曉。
眠りにつけず、漏刻の音が清らかに響くのを聞いていると、宮殿の庭の大樹に杜鵑がなく夜明けになっている。愁いに満ちたこの蘭房にも東の窓にまた新しい春の暁が訪れている。(こんどの春こそきっと来てくれると希望をもって春を迎える。)
漏清 漏刻の音が清らかに響く。
子規啼 男を求めて泣くけれど、啼いて血を吐くホトトギス。ツツジの花は初夏であるから時間の経過も示している。
温庭筠『菩薩蠻 七』
玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。
門外草萋萋,送君聞馬嘶。
畫羅金翡翠,香燭銷成淚。
花落子規啼,綠窗殘夢迷。
玉樓明月長へに相ひ憶ふ、柳絲裊娜【じょうや】春力無し。
門外草萋萋たり、君を送れば馬の嘶くを聞けり。
畫【いろうつくしき】羅【うすぎぬ】金の翡翠、香【かぐはしき】燭消【とけ】て涙を成す。
花落ちて子規啼けば、綠窗【ろくそう】に殘夢迷ふ。
『菩薩蠻 七』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-1-#7 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644
・子規 ホトトギス杜鵑。血を吐きながら、悲しげに、鳴くことから鳴き声が読み方と類似しているため不如歸とも書き表す。
宣城見杜鵑花 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集-244/-350
法鏡寺 杜甫
洩雲蒙清晨,初日翳複吐。
朱甍半光炯,戸牖粲可數。
拄策忘前期,出蘿已亭午。
冥冥子規叫,微徑不複取。
“同谷紀行(6)” 法鏡寺 杜甫 <325>#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1541 杜甫詩 700- 478 |
杜甫の鳥獸蟲魚類について整理してみると次のようにある。
五言律詩
『鸚鵡』、『子規』、『百舌』、『歸鴈二首』、『歸鴈』、『孤鴈』、『鸂鶒』、『花鴨』『麂』、
錦瑟
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。
錦瑟 李商隠 1 Ⅰ晩唐李商隠詩<1>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之漢詩ブログ<64>
鏁 蘭房に他の者との接触を断つため、①. [0] 戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。 「 -をさす」 「 -をおろす」. ②. [1] 錠剤。 《錠》
男用の枕の前に頭を横たえるけれど、この生活の最も心を傷ましむるできごとは、以前は、鳳凰の愛の巢である梧桐の葉に愛の雫を落していたのに、いまは、ぽとぽとと滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった。
昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いに慕い、相佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。
18-471《臨江仙二首,其一》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-654-18-(471) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4817
今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。
17-470《河傳》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-653-17-(470) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4812
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| 花間集 教坊曲『河傳』十八首 | | |||||
| 溫助教庭筠 | 巻二 | 曉妝仙,仙景箇 | | |||
| 巻二 | 雨蕭蕭,煙浦花 | | ||||
| 巻二 | 杏花稀,夢裡每 | | ||||
| 韋相莊 | 巻二 | 何處,煙雨,隋堤 | | |||
| 巻二 | 春晚,風暖,錦城 | | ||||
| 巻二 | 錦浦,春女,繡衣 | | ||||
| 張舍人泌 | 巻五 | 渺莽雲水,惆悵暮 | | |||
| 巻五 | 河傳 二首之二 張泌 | 紅杏,交枝相映, | | |||
| 顧太尉敻 | 巻七 | 鷰颺,晴景。小䆫 | | |||
| 巻七 | 曲檻,春晚。 | | ||||
| 巻七 | 棹舉,舟去,波光 | | ||||
| 孫少監光憲 | 巻七 | 太平天子,等閑遊 | | |||
| 巻七 | 柳拖金縷,着煙籠 | | ||||
| 巻七 | 河傳四首(3)孫光憲( | 花落,煙薄,謝家 | | |||
| 巻七 | 風颭,波斂。 | | ||||
| 閻處士選 | 巻九 | 河傳一首 | 秋雨,秋雨, | | ||
| 李秀才珣 | 巻十 | 河傳二首其一 | 朝雲暮雨,依舊 | | ||
| | 巻十 | 河傳二首其二 | 落花深處,啼鳥 | | ||
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河傳 一首
秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。
暗燈涼簟怨分離,妖姬,不勝悲。
西風稍急喧䆫竹,停又續,膩臉懸雙玉。
幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。
(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)
秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。
今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。
秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。
幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。
(河傳)
秋の雨,秋の雨に,晝と無く夜と無く,滴滴として霏霏たり。
燈暗く簟涼かにして 分離を怨み,妖姬,悲に勝えず。
西風 稍や急に 䆫竹喧【かまびす】し,停み 又た續き,膩臉【じけん】雙玉に懸かり。
幾たび迴るも 約せし 鴈來る時を邀うるも,期に違い,鴈歸るも,人歸えらず。
『河傳 一首』 現代語訳と訳註
(本文)
秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。
暗燈涼簟怨分離,妖姬,不勝悲。
西風稍急喧䆫竹,停又續,膩臉懸雙玉。
幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。
(下し文)
(河傳)
秋の雨,秋の雨に,晝と無く夜と無く,滴滴として霏霏たり。
燈暗く簟涼かにして 分離を怨み,妖姬,悲に勝えず。
西風 稍や急に 䆫竹喧【かまびす】し,停み 又た續き,膩臉【じけん】雙玉に懸かり。
幾たび迴るも 約せし 鴈來る時を邀うるも,期に違い,鴈歸るも,人歸えらず。
(現代語訳)
(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)
秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。
今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。
秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。
幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。
(訳注)
河傳 一首
(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)
【解説】雁が飛び帰る頃、秋雨の降ると船は航行されず、本当は浮気心の男なのに、雨や、風で帰れないと雨や風をを恨むことでまぎらわせる女性の心情を詠う。末尾、男は「雁が帰る頃旨分も戻って来る」と約束をしたが、何年も約束を破り、今年も雁は渡って来たが、あの人はまたも帰って来なかったと恨みを述べる。昼夜を分かたず降り続く雨、窓辺で風にざわめく竹は胸中の不安を示すと同時に、船が航行されないから帰ってこないと気持ちを雨と風に恨む気持ちを紛らわせる。でも帰ってきて肥満体の男は暑がりだから、簟のシーツを片付けることが出来ない女の思いやりをうたっている。
この時代に、若くして、愛妾とされ、身請けされ、買斷されるというのは女妓たちの憧れである。その憧れは同時に閨で、一人で過ごすということも意味している。李白の「江夏行」「長干行」などとこの詩は、シチュエーションが似ているということでより参考にすると味わいが深まる。
なおも夏用の竹筵を使っているのは、女が愁いと悲しみとのために何もする気になれず、竹筵をしまうのも面倒なためであるとする解説書もあるが、それでは意味が浅すぎる。
『花問集』には閣選の作が一首収められている。双調五十三字、前段二十四字七句二仄韻四平韻、後段二十九字六句三仄韻四平韻で、❷❷4④⑦②③/❼❸❺⑦②②③の詞形をとる。
秋雨 秋雨 無晝無夜 滴滴霏霏
暗燈涼簟怨分離 妖姬 不勝悲
西風稍急喧䆫竹 停又續 膩臉懸雙玉
幾迴邀約鴈來時 違期 鴈歸 人不歸
○● ○● ○●○● ●●○○
●○△●△△△ ○○ △△○
○△●●○?● ○●● ●△○○●
△△○●●△○ ○○ ●○ ○△○
秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。
秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。
○秋雨,秋雨 雨の日には船の航行が出来ないので、雨を恨む様子をいう。
○霏霏 雨や雪の激しく降るさま。この四句は約束の時期に降る、秋の長雨を恨んでいる。
暗燈涼簟怨分離,妖姬,不勝悲。
今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。
○涼簟 冷たい竹筵の高級ベッドシーツ。筆は竹皮で編んだ夏用の敷物。既に雁渡る秋に入っているので涼簟と言う。ベッドの情交の際、汗でぼと着くことが無い。閨で待ち続ける女の侘しさをイメージさせる。簟は高級なので男は富貴の者であることを意味する。
○分離 ここでは男が別の女のもとに行っていることをイメージさせる、別れ別れになっていること。
○妖姫 魅惑的な美女。女の良さをいうことは、男はそれに飽きたということを感じさせる。この三句は、男を待つ閨の様子と待つことに堪えなければいけないことをいう。
西風稍急喧䆫竹,停又續,膩臉懸雙玉。
秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。
○西風 西風が吹けば長江を遡上できなくて航行不能になる。
○雙玉 二筋の真珠の涙がおちる双玉は双真珠の様な珠の涙がほほをつたう涙の玉。
幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。
幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。
幾迴 何年も経過したこと。
なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。
17-469《八拍蠻二首,其二》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-652-17-(469) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4807
間選(生卒年末詳〔約932年前後在世〕)は、後蜀の詞人。字、裡、出身地も未詳。生涯、平民で過ごしたので、人々は閣処士と呼んだ(処士とは無官の意)。『花間集』 には八首の詞が収められている。
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| ID | 巻 | 作品名 | 作者 | | ||
| ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首 | | | ||||
| 1 | 九巻 | 虞美人二首,其一 | 閻選 | | ||
| 2 | 九巻 | 虞美人二首,其二 | 閻選 | | ||
| 3 | 九巻 | 臨江仙二首,其一 | 閻選 | | ||
| 4 | 九巻 | 臨江仙二首,其二 | 閻選 | | ||
| 5 | 九巻 | 浣溪紗一首, | 閻選 | | ||
| 6 | 九巻 | 八拍蠻二首,其一 | 閻選 | | ||
| 7 | 九巻 | 八拍蠻二首,其二 | 閻選 | | ||
| 8 | 九巻 | 河傳 | 閻選 | | ||
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| 花間集 教坊曲『八拍蠻』三首 | | ||||
| 孫少監光憲 | 巻八 | 八拍蠻一首 | 孔雀尾拖金線長 | | |
| 閻處士選 | 巻九 | 八拍蠻二首其一 | 雲鏁嫩黃煙柳細 | | |
| 巻九 | 八拍蠻二首其二 | 愁鏁黛眉煙易慘 | | ||
| | | | | | |
孫光憲 《八拍蠻》
孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。
越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。
(八拍蠻)
孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。
越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。
(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)
孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。
美人が多い南国の女らは昼には競って岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。
閻選 八拍蠻二首 其一
雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。
光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。
(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)
雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。
春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。
(八拍蠻二首 其の一)
雲鏁 嫩黃【ぜんこう】 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。
光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。
閻選 八拍蠻二首 其二
愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。
憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。
(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)
愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。
なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。
(八拍蠻二首 其二)
愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。
憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと。
『八拍蠻二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
八拍蠻二首 其二
愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。
憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。
(下し文)
(八拍蠻二首 其二)
愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。
憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと。
(現代語訳)
(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)
愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。
なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。
(訳注)
八拍蠻二首 其二
(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)
《八拍蛮》单调,二十八字,四句,二/三平韵。唐教坊曲名。白居易が始めた歌曲様式。本来は漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、詩の形式は七言絶句体であるが、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に《楊柳枝詞》《採蓮子》《陽関曲》《浪淘沙》《江南春》《阿那曲》《欸乃曲》《水調歌》《清平調》などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なり、曲調も異なっている。
『花間集』にはこの詩題の閻選の作が二首収められている。単調二十八字、四句二平韻二仄韻で、7⑦7⑦の詞形をとる。
愁鏁黛眉煙易慘 淚飄紅臉粉難勻
憔悴不知緣底事 遇人推道不宜春
○?●○○●● ●○○△●△○
○●△○△●● ●○○●△○○
【解説】 基本的に宮女・教坊の妓優に関する詞である。春には逢えるはずと思って侘しく待つ女の心の様子を女の身近な変化でそれを詠う。
愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。
愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。
○鏁 ①金属製の輪をつないだひも状のもの。②物と物とを結び付けているもの。きずな。戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。
○煙易惨 閨で準備のための香を焚き続け、煙でいぶされて黒ずんだこと。
○粉難勻 涙でくずれた化粧は繕うことができ
ないほどである。
憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。
なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。
○憔悴不知緣底事 人が女のやつれたのを見て、なぜやつれたのか理由が分からず、女にその訳を尋ねた、と解する。
○推道 言い逃れる、言い訳をする。
春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。
17-468《八拍蠻二首,其一》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-651-17-(468) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4802
間選(生卒年末詳〔約932年前後在世〕)は、後蜀の詞人。字、裡、出身地も未詳。生涯、平民で過ごしたので、人々は閣処士と呼んだ(処士とは無官の意)。『花間集』 には八首の詞が収められている。
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| ID | 巻 | 作品名 | 作者 | | ||
| ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首 | | | ||||
| 1 | 九巻 | 虞美人二首,其一 | 閻選 | | ||
| 2 | 九巻 | 虞美人二首,其二 | 閻選 | | ||
| 3 | 九巻 | 臨江仙二首,其一 | 閻選 | | ||
| 4 | 九巻 | 臨江仙二首,其二 | 閻選 | | ||
| 5 | 九巻 | 浣溪紗一首, | 閻選 | | ||
| 6 | 九巻 | 八拍蠻二首,其一 | 閻選 | | ||
| 7 | 九巻 | 八拍蠻二首,其二 | 閻選 | | ||
| 8 | 九巻 | 河傳 | 閻選 | | ||
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| 花間集 教坊曲『八拍蠻』三首 | | ||||
| 孫少監光憲 | 巻八 | 八拍蠻一首 | 孔雀尾拖金線長 | | |
| 閻處士選 | 巻九 | 八拍蠻二首其一 | 雲鏁嫩黃煙柳細 | | |
| 巻九 | 八拍蠻二首其二 | 愁鏁黛眉煙易慘 | | ||
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孫光憲 《八拍蠻》
孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。
越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。
(八拍蠻)
孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。
越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。
(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)
孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。
美人が多い南国の女らは昼には競って岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。
閻處士選(閻選,生卒年不詳。為前蜀布衣,時稱閻處士。)
八拍蠻二首 其一
雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。
光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。
(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)
雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。
春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。
(八拍蠻二首 其の一)
雲鏁 嫩黃【ぜんこう】 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。
光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。
八拍蠻二首 其二
愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。
憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。
(八拍蠻二首 其二)
愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。
憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと。
『八拍蠻二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
八拍蠻二首 其一
雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。
光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。
(下し文)
(八拍蠻二首 其の一)
雲鏁 嫩黃 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。
光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。
(現代語訳)
(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)
雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。
春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。
(訳注)
八拍蠻二首 其一
(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)
『花間集』にはこの詩題の閻選の作が二首収められている。単調二十八字、四句二平韻二仄韻で、❼⑦❼⑦の詞形をとる。
雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。
光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。
○?●○○●● △△○●●○○
△●△△○●● △△●●●○○
雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。
雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。
鏁・鎖・鏈【くさり】①. 金属製の輪をつないだひも状のもの。 「懐中時計の-」 「 -につながれた猛獣」. ②. 物と物とを結び付けているもの。きずな。
嫩 1(植物の芽・果実や人の肌などが)若い,柔らかい,みずみずしい.↔老3.用例这个姑娘 ・niang 的脸皮很嫩。〔述〕=この娘は肌がみずみずしい.又白又嫩的小手=色白で柔らかい小さいこと
光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。
春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。
光影 春の光は馬物を成長させ、風光明媚にしていく。
李白《越女詞其五》
鏡湖水如月,耶溪女似雪。
新妝蕩新波,光影兩奇絶。
鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。
新妝 新波に蕩ゆらめき,光影 兩つながら奇絶。
鏡湖は水が月光のようにすみ,耶溪は女むすめが雪のように色白。
初々しい化粧姿はすがすがしい波間にうつる,その光影はどちらも比べがたく素晴らしい。
攢 攒(攢)とは。意味や日本語訳。[動]集める,集めまとめる攒钱金を集める. ⇒ zǎn 攒聚 cuánjù[動]群がる,密集する.
行行坐坐 心に落ち着きがなく、立ったり座ったり、行ったり戻ったりすること。
17-467《浣溪紗一首,》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-650-17-(467) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4797
続きを読む巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。
続きを読む
高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。
あの柳の一枝の艶めかしさが横になり、芙蓉の花は酒に酔い潰れ、こんなに素敵な夜が訪れてもあのおかたとはもういっしょでいることはない、憂い悲しむ生活を恨むことしかないのだ。
17-464《虞美人二首,其二》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-647-17-(464) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4782
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| ID | 巻 | 作品名 | 作者 | |
| ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首 | | | ||
| 1 | 九巻 | 虞美人二首,其一 | 閻選 | |
| 2 | 九巻 | 虞美人二首,其二 | 閻選 | |
| 3 | 九巻 | 臨江仙二首,其一 | 閻選 | |
| 4 | 九巻 | 臨江仙二首,其二 | 閻選 | |
| 5 | 九巻 | 浣溪紗一首, | 閻選 | |
| 6 | 九巻 | 八拍蠻二首,其一 | 閻選 | |
| 7 | 九巻 | 八拍蠻二首,其二 | 閻選 | |
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ID 巻 作品名 作者
■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首
1 九巻 虞美人二首,其一 閻選
2 九巻 虞美人二首,其二 閻選
3 九巻 臨江仙二首,其一 閻選
4 九巻 臨江仙二首,其二 閻選
5 九巻 浣溪紗一首, 閻選
6 九巻 八拍蠻二首,其一 閻選
7 九巻 八拍蠻二首,其二 閻選
閻處士選 虞美人二首
間選(生卒年末詳〔約932年前後在世〕)は、後蜀の詞人。字、裡、出身地も未詳。生涯、平民で過ごしたので、人々は閣処士と呼んだ(処士とは無官の意)。『花間集』 には八首の詞が収められている。
虞美人二首其一
(寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)その一
粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。
二人がずっと愛し合って、白粉が崩れ始め、頬を赤くして顔にはあぶら汗でテカっている、蓮の花の花弁ははじめてほころびうけいれる。顏は動き、二つの体は波のようにゆっくりと動く。
小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉婷。
宮女は小魚の玉を口に含み、そして簪を髪につけて横たわっている、スカートが石榴の柄にそまって、薄絹が軽やかに、愛そのものに形作られている、ひたすら、宮女の姿や振舞いが優雅で美しい。
偷期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。
一時のがれの約束事ではあるが、錦の波が続き、蓮は奥深い所に咲いたのだ、それは、一つの夢であった、それは《高唐賦》の「朝雲暮雨」のようであった。
臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。
あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。
(虞美人二首其の一)
粉融 紅膩 蓮房の綻,臉動き 雙の波慢す。
小魚玉を銜み 鬢釵橫わる,石榴 裙染 象 紗輕す,轉た娉婷【へいてい】。
偷期 錦浪 荷 深き處,一たびの夢 雲と雨とを兼ぬ。
臂留 檀印 齒痕の香,深秋 不寐し 漏 初めて長し,盡く思量す。
虞美人二首其二
(あれほどに美しいお方でも寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)その二
楚腰蠐領團香玉,鬢疊深深綠。
楚の国で美しい細腰の宮女はスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋で、薫り高く宝玉のような輝きを集めたようだ。髪型は高く重ねられ、緑の黒髪は深く深く黒い。
月蛾星眼笑微嚬,柳妖桃豔不勝春,晚粧勻。
月に棲む嫦娥の美しさはほしのかがやきをもつひとみで、ほんの少し微笑むだけで美しい、柳の枝のようにしなやかで、桃のみのように妖艶で春けしと雖もこの美しさに勝てるはずもない。晩になると夜の化粧を施せばここまで述べたすべての美しさに等しくなる。
水紋簟映青紗帳,霧罩秋波上。
それが秋になっても水紋模様の天の敷物はそのまま寝牀に牽かれたままであり、春に垂らされたうす絹のとばりもそのままで、霧が大地にかぶさるように秋の気配にここのすべてはおおい尽くされてしまう。
一枝嬌臥醉芙蓉,良宵不得與君同,恨忡忡。
あの柳の一枝の艶めかしさが横になり、芙蓉の花は酒に酔い潰れ、こんなに素敵な夜が訪れてもあのおかたとはもういっしょでいることはない、憂い悲しむ生活を恨むことしかないのだ。
(虞美人二首其の二)
楚腰 蠐領【せいりょう】香玉を團【まと】め,鬢疊 深深として綠なり。
月蛾 星眼 笑微 嚬【ひそ】め,柳妖 桃豔 春も勝らず,晚粧 勻し。
水紋の簟映し 青紗の帳,霧罩 秋波上【くわわ】る。
一枝 嬌臥し 芙蓉を醉わす,良宵 君と與に同じゅうするを得ず,忡忡を恨む。
『虞美人二首其二』 現代語訳と訳註
(本文)
虞美人二首其二
楚腰蠐領團香玉,鬢疊深深綠。
月蛾星眼笑微嚬,柳妖桃豔不勝春,晚粧勻。
水紋簟映青紗帳,霧罩秋波上。
一枝嬌臥醉芙蓉,良宵不得與君同,恨忡忡。
(下し文)
(虞美人二首其の二)
楚腰 蠐領【せいりょう】香玉を團【まと】め,鬢疊 深深として綠なり。
月蛾 星眼 笑微 嚬【ひそ】め,柳妖 桃豔 春も勝らず,晚粧 勻し。
水紋の簟映し 青紗の帳,霧罩 秋波上【くわわ】る。
一枝 嬌臥し 芙蓉を醉わす,良宵 君と與に同じゅうするを得ず,忡忡を恨む。
(現代語訳)
(あれほどに美しいお方でも寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)その二
楚の国で美しい細腰の宮女はスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋で、薫り高く宝玉のような輝きを集めたようだ。髪型は高く重ねられ、緑の黒髪は深く深く黒い。
月に棲む嫦娥の美しさはほしのかがやきをもつひとみで、ほんの少し微笑むだけで美しい、柳の枝のようにしなやかで、桃のみのように妖艶で春けしと雖もこの美しさに勝てるはずもない。晩になると夜の化粧を施せばここまで述べたすべての美しさに等しくなる。
それが秋になっても水紋模様の天の敷物はそのまま寝牀に牽かれたままであり、春に垂らされたうす絹のとばりもそのままで、霧が大地にかぶさるように秋の気配にここのすべてはおおい尽くされてしまう。
あの柳の一枝の艶めかしさが横になり、芙蓉の花は酒に酔い潰れ、こんなに素敵な夜が訪れてもあのおかたとはもういっしょでいることはない、憂い悲しむ生活を恨むことしかないのだ。

(訳注)
虞美人二首其二
唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。閻選の詩は二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字二仄韻三平韻で、❼❺⑦⑦③/❼❺⑦⑦③の詞形をとる。
楚腰蠐領團香玉 鬢疊深深綠
月蛾星眼笑微嚬 柳妖桃豔不勝春 晚粧勻
水紋簟映青紗帳 霧罩秋波上
一枝嬌臥醉芙蓉 良宵不得與君同 恨忡忡
●○○●○○● ●●△△●
●△○●●○○ ●○○●△△○ ●?○
●○●●○○● △●○○●
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楚腰 蠐領 團香玉,鬢疊 深深綠。
楚の国で美しい細腰の宮女はスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋で、薫り高く宝玉のような輝きを集めたようだ。髪型は高く重ねられ、緑の黒髪は深く深く黒い。
楚腰 楚の細腰
蠐領 首はすく蟲のよう。木の中に巣食うスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋。《詩経‧衛風‧碩人》「手如柔荑,膚如凝脂,領如蝤蠐,齒如瓠犀,螓首蛾眉。」(領は蝤蠐【しゅうせい】の如し)手は初めて伸びた柔らかい荑のようで、しなやかである。肌は凝り固まった脂肪のように白くてこってりと引き締まって清く、首筋のしなやかであるのは、木の中に巣食うスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている。
蠐螬 地中にいる昆虫。コガネムシ類の幼虫を主にいう。地虫(じむし)。せいそう。《季 秋》
團 1 まるい。まるくまとまる。「団扇(だんせん)・団団・団欒(だんらん)/大団円」2 ひとかたまりに集まったもの。「団塊・団結・団地/一団・星団・船団・寒気団・原子団」3 同類の人の集まり。人が集まってつくる組織。「団員・団体・団長/楽団・球団・教団・結団・公団・集団・退団・入団・兵団」4 「団体」の略。「団交/経団連」〈トン〉まるい。まるいもの。「団栗(どんぐり)/金団・水団・炭団(たどん)・蒲団(ふとん)」[名のり]あつ・まどか・まる
月蛾 星眼 笑微嚬,柳妖 桃豔 不勝春,晚粧勻。
月に棲む嫦娥の美しさはほしのかがやきをもつひとみで、ほんの少し微笑むだけで美しい、柳の枝のようにしなやかで、桃のみのように妖艶で春けしと雖もこの美しさに勝てるはずもない。晩になると夜の化粧を施せばここまで述べたすべての美しさに等しくなる。
月蛾 月に上った嫦娥のように美しい。嫦娥(じょうが、こうが)は、中国神話に登場する人物。后羿の妻。姮娥とも表記する。『淮南子』覧冥訓によれば、もとは仙女だったが地上に下りた際に不死でなくなったため、夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げ、蝦蟇になったと伝えられる。別の話では、后羿が離れ離れになった嫦娥をより近くで見るために月に向かって供え物をしたのが、月見の由来だとも伝えている。道教では、嫦娥を月神とみなし、「太陰星君」さらに「月宮黄華素曜元精聖後太陰元君」「月宮太陰皇君孝道明王」と呼び、中秋節に祀っている。「嫦」は「姮」の異体字で同じ意味である。前漢の文帝の名が「恒」であるため、字形のよく似た「姮」を避諱して「嫦」を用いるようになった。日本では百姓読みにより旁の「常」から「じょう」と読まれるようになったが、本来の読み通りに「こう」と読む場合もある。
笑微 麗しの傾国の美女の微笑。美しすぎるとその美しさに一人だけ寵愛すると天下の平穏が乱され、国を傾けることになる。唐の宣宗の事例がある。穏健な抑制政策を採用するなどの社会の安定を図ったので聖帝とされたが、献上された美女を数日寵愛し、その後後宮から追放しても朕の思いが残るだけと「沈毒盃」により葬った。
勻 読み:イン訓読み:すくない、 ひとしい。
水紋 簟映 青紗帳,霧罩 秋波上。
それが秋になっても水紋模様の天の敷物はそのまま寝牀に牽かれたままであり、春に垂らされたうす絹のとばりもそのままで、霧が大地にかぶさるように秋の気配にここのすべてはおおい尽くされてしまう。
水紋簟 晩春から初秋まで寝牀のシーツとして敷かれる高価なもの。
青紗帳 春に垂らされたうす絹のとばり、夏を過ぎると、白絹に替えられるものである。
霧罩 霧が大地にかぶさる
<!--[if !supportLists]-->◎ <!--[endif]-->この二句は、宮女への寵愛は亡くなってしまった様子をいう。水紋簟・青紗帳・霧罩・秋波、一人の寂しさ、侘しさをいう語である。
一枝 嬌臥 醉芙蓉,良宵 不得與君同,恨忡忡。
あの柳の一枝の艶めかしさが横になり、芙蓉の花は酒に酔い潰れ、こんなに素敵な夜が訪れてもあのおかたとはもういっしょでいることはない、憂い悲しむ生活を恨むことしかないのだ。
忡忡 憂い悲しむさま。気が気でないさま.
あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。
17-463《虞美人二首,其一》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-646-17-(463) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4777
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| 花間集 教坊曲『虞美人』十四首 | | ||||||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | | |||
| (毛司徒文錫) | 巻五 | 鴛鴦對浴銀塘暖, | | ||||
| | 巻五 | 寶檀金縷鴛鴦枕, | | ||||
| 顧太尉敻 | 巻六 | 曉鶯啼破相思夢, | | ||||
| | 巻六 | 觸簾風送景陽鐘, | | ||||
| | 巻六 | 翠屏閑掩垂珠箔, | | ||||
| | 巻六 | 碧梧桐映紗䆫晚, | | ||||
| | 巻六 | 深閨春色勞思想, | | ||||
| | 巻六 | 少年豔質勝瓊英, | | ||||
| 孫少監光憲 | 巻八 | 紅䆫寂寂無人語, | | ||||
| | 巻八 | 好風微揭簾旌起, | | ||||
| 鹿太保虔扆 | 巻九 | 虞美人一首 | 卷荷香澹浮煙渚 | | |||
| 閻處士選 | 巻九 | 虞美人二首其一 | 粉融紅膩蓮房綻, | | |||
| | 巻九 | 虞美人二首其二 | 楚腰蠐領團香玉, | | |||
| 李秀才珣 | 巻十 | 虞美人一首 | 金籠鶯報天將曙 | | |||
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閻處士選 虞美人二首
間選(生卒年末詳〔約932年前後在世〕)は、後蜀の詞人。字、裡、出身地も未詳。生涯、平民で過ごしたので、人々は閣処士と呼んだ(処士とは無官の意)。『花間集』 には八首の詞が収められている。
虞美人二首其一
(寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)
粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。
二人がずっと愛し合って、白粉が崩れ始め、頬を赤くして顔にはあぶら汗でテカっている、蓮の花の花弁ははじめてほころびうけいれる。顏は動き、二つの体は波のようにゆっくりと動く。
小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉婷。
宮女は小魚の玉を口に含み、そして簪を髪につけて横たわっている、スカートが石榴の柄にそまって、薄絹が軽やかに、愛そのものに形作られている、ひたすら、宮女の姿や振舞いが優雅で美しい。
偷期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。
一時のがれの約束事ではあるが、錦の波が続き、蓮は奥深い所に咲いたのだ、それは、一つの夢であった、それは《高唐賦》の「朝雲暮雨」のようであった。
臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。
あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。
(虞美人二首其の一)
粉融 紅膩 蓮房の綻,臉動き 雙の波慢す。
小魚玉を銜み 鬢釵橫わる,石榴 裙染 象 紗輕す,轉た娉婷【へいてい】。
偷期 錦浪 荷 深き處,一たびの夢 雲と雨とを兼ぬ。
臂留 檀印 齒痕の香,深秋 不寐し 漏 初めて長し,盡く思量す。
虞美人二首其二
楚腰蠐領團香玉,鬢疊深深綠。
月蛾星眼笑微嚬,柳妖桃豔不勝春,晚粧勻。
水紋簟映青紗帳,霧罩秋波上。
一枝嬌臥醉芙蓉,良宵不得與君同,恨忡忡。

『虞美人二首其一』 現代語訳と訳註
(本文)
虞美人二首其一
粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。
小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉婷。
偷期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。
臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。
(下し文)
(虞美人二首其の一)
粉融 紅膩 蓮房の綻,臉動き 雙の波慢す。
小魚玉を銜み 鬢釵橫わる,石榴 裙染 象 紗輕す,轉た娉婷【へいてい】。
偷期 錦浪 荷 深き處,一たびの夢 雲と雨とを兼ぬ。
臂留 檀印 齒痕の香,深秋 不寐し 漏 初めて長し,盡く思量す。
(現代語訳)
(寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)
二人がずっと愛し合って、白粉が崩れ始め、頬を赤くして顔にはあぶら汗でテカっている、蓮の花の花弁ははじめてほころびうけいれる。顏は動き、二つの体は波のようにゆっくりと動く。
宮女は小魚の玉を口に含み、そして簪を髪につけて横たわっている、スカートが石榴の柄にそまって、薄絹が軽やかに、愛そのものに形作られている、ひたすら、宮女の姿や振舞いが優雅で美しい。
一時のがれの約束事ではあるが、錦の波が続き、蓮は奥深い所に咲いたのだ、それは、一つの夢であった、それは《高唐賦》の「朝雲暮雨」のようであった。
あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。
(訳注)
虞美人二首其一
(寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)
唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。閻選の詩は二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字三平韻で、75⑦⑦③/75⑦⑦③の詞形をとる。
粉融紅膩蓮房綻 臉動雙波慢
小魚銜玉鬢釵橫 石榴裙染象紗輕 轉娉婷
偷期錦浪荷深處 一夢雲兼雨
臂留檀印齒痕香 深秋不寐漏初長 盡思量
●○○●△○● △●○○●
●○○●●○△ ●○○●●○△ ●●○
○○●△△△● ●△○△●
●△○●●○○ △○△●●○△ ●△△
粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。
二人がずっと愛し合って、白粉が崩れ始め、頬を赤くして顔にはあぶら汗でテカっている、蓮の花の花弁ははじめてほころびうけいれる。顏は動き、二つの体は波のようにゆっくりと動く。
粉融 おしろいがとけてくずれる。
蓮房綻 蓮の花の花弁はほころびる、縫い目がほどける。破れる。
紅膩 頬を赤くし顔が油出て驅。
蓮房綻 宮女の閨に鍵をかける。
臉動 顔が動く。
雙波慢 二つの波がゆっくりと動く。慢【まん】[常用漢字][音]マン(呉)1 心がゆるんで締まりがない。「怠慢」2 速度や進行がだらだらと遅い。「慢性/緩慢」3 他をみくびっておごる。
小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉婷。
宮女は小魚の玉を口に含み、そして簪を髪につけて横たわっている、スカートが石榴の柄にそまって、薄絹が軽やかに、愛そのものに形作られている、ひたすら、宮女の姿や振舞いが優雅で美しい。
小魚 この句は情事の性描写で訳しにくいこと。
鬢釵橫 簪を髪につけて横たわっている
石榴 赤身ザクロのほかに、白い水晶ザクロや果肉が黒いザクロなどがあり、アメリカ合衆国ではワンダフル、ルビーレッドなど、中国では水晶石榴、剛石榴、大紅石榴などの品種が多く栽培されている。
轉娉婷 【へいてい】.ひたすら、婦人の姿や振舞いが優雅な,美しい.
偷期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。
一時のがれの約束事ではあるが、錦の波が続き、蓮は奥深い所に咲いたのだ、それは、一つの夢であった、それは《高唐賦》の「朝雲暮雨」のようであった。
偷期 なおざりの時期。一時のがれを約束する。
夢雲兼雨 雲霧は情交、
臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。
あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。
臂留 あの方の腕の中の温もりが残る。
檀印 閨の寝牀にはお香の香りが残る。檀:寝牀。檀香。 前蜀貫休《桐江閑居》詩之三:「静室焚檀印,深炉烧铁瓶。」...
もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。
それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。
16-461《思越人一首,》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-644-16-(461) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4767
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| 花間集 教坊曲『思越人』四首 | | |||
| 張舍人泌 | 巻四 | 鷰雙飛,鶯百囀, | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 古臺平,芳艸遠 | | |
| 巻八 | 渚蓮枯,宮樹老, | | ||
| 鹿太保虔扆 | 巻九 | 思越人一首 | 翠屏欹,銀燭背, | |
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| ID | 巻 | 作品名 | 作者 | |
| ■ 鹿太保虔扆(鹿虔扆【ろくけんい】)六首 | | | ||
| 1 | 九巻 | 臨江仙二首,其一 | 鹿虔扆 | |
| 2 | 九巻 | 臨江仙二首,其二 | 鹿虔扆 | |
| 3 | 九巻 | 女冠子二首,其一 | 鹿虔扆 | |
| 4 | 九巻 | 女冠子二首,其二 | 鹿虔扆 | |
| 5 | 九巻 | 思越人一首, | 鹿虔扆 | |
| 6 | 九巻 | 虞美人一首, | 鹿虔扆 | |
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鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938〜965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。
欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。
思越人
(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)
翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。
高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。
雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。
錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。
珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。
妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。
若是適來新夢見,離腸爭不千斷。
それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。
(越人を思う)
翠屏 欹せ,銀燭 背にし,漏殘り 清夜 迢迢たり。
雙帶 繡窠にして 錦薦を盤にす,淚 花を浸し 暗く香銷ゆ。
珊瑚の枕は膩り 鴉鬟も亂れ,玉纖 雲散を慵く整う。
若し是に 適來すれば 新夢 見ることなり,離腸 爭【いか】で 千斷せざらん。
『思越人』 現代語訳と訳註
(本文)
思越人
翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。
雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。
珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。
若是適來新夢見,離腸爭不千斷。
(下し文)
(越人を思う)
翠屏 欹せ,銀燭 背にし,漏殘り 清夜 迢迢たり。
雙帶 繡窠にして 錦薦を盤にす,淚 花を浸し 暗く香銷ゆ。
珊瑚の枕は膩り 鴉鬟も亂れ,玉纖 雲散を慵く整う。
若し是に 適來すれば 新夢 見ることなり,離腸 爭【いか】で 千斷せざらん。
(現代語訳)
(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)
高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。
錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。
妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。
それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。
(訳注)
思越人
(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)
【解説】詩題の意味は江南に去って行った阮郎を恨むということである。李白の《巴女詞》と同じように、蜀の女妓について詠ったものである。鹿虔扆の役職からすれば、官妓についてのものである。蜀には、成都の西側とには、南津の渡し場には、民妓が、南から東側に官妓がいた。表向きには漢魏が圧倒していた。其処にいる女たちの歌である。もっとも花間集における「恨む」は男目線のものである。当時の倫理観には、棄てられた女が男を恨むということはなく、民から近代にかけての儒教思想による倫理観に変化したことで、詩の解釈も儒教的解釈が当たり前となったことで、男目線の「恨む」という解釈に変わったのである。この事については花間集の訳註解説として別の機会に発表する予定である。 女性の孤閏の侘しさを詠う。前段は、独り寝の夜の閏の様子を通じて、女の侘しさを述べ、後段は、前半の二句で、枕を覆う乱れた髪と、それを物憂く整えるさまを、後半の二句で、男との出会いの夢から覚めた後の悲痛な思いを語る。
『花間集』には鹿慶辰の作が二首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。
翠屏欹 銀燭背 漏殘清夜迢迢
雙帶繡窠盤錦薦 淚浸花暗香銷
珊瑚枕膩鴉鬟亂 玉纖慵整雲散
若是適來新夢見 離腸爭不千斷
●△○ ○●● ●○○●○○
○●●○○●● ●△○●○○
○○△●○○● ●○○●○●
△●●△○△● △○○△○●
翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。
高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。
○銀燭背 灯火に背を向ける。銀燭は明るく燃える灯燭。一人で居て悶々としていることを強調する語。
○漏殘清夜迢迢 長い夜が明けそぅになることを言う。漏は水時計。ここでは時間の意。残は損なわれる、さびれる。迢迢は遙かなさま。
雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。
錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。
○双帯繍窠盤錦薦 刺繍のある帯の両端が錦の敷物の上に垂れ、蛇がとぐろを巻いたように円くなっていることを言う。葉は刺繍模様。薦ほ敷物。
○涙侵花暗香銷 敷物の上に置かれた帯の模様の上に涙がこぼれ落ちて薫きしめた香の香りも消えた、ということ。花は帯の刺繍模様。暗香は徴かな香り。
珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。
妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。
○珊瑚枕膩 珊瑚の飾りの付いた枕が髪油、皮脂の染みで光っていること。一人寝をひたすらしているということ。この時代の女性は自らの意思で外に出ることはできない。
○鴉鬟 結い上げた黒髪の髷。鴉はいわゆる「烏の濡羽色」。
○雲散 髪の乱れを言う。雲は女性の大きく膨らませた豊かな髪を形容する言葉、で、鬢を蝉の羽のように梳いた髪型を両雲鬢。この髪型が乱れたままというのは見せる人がいないこと。寝崩れしても気にしないことをいう。
若是適來新夢見,離腸爭不千斷。
それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。
○適来 今しがた。
○若是適來新夢見 もし、いまここで、夢で情交できるというのなら、という意味。

唐宋時代の貞操観、倫理観
唐代の女性は一般に早婚であり、大半が十五歳前後で嫁に行った。早い人は十三、四歳であり、遅い人は十七、八歳であった。これくらいが正常な結婚年齢であった。「媒無ければ選ぶを得ず、年は忽三六(十八歳)を過ぐ」(自居易「続古詩」)。女子は十八歳を過ぎれば婚期を逸したと思われていたようである。唐初より以来、人口増殖のために、国家は結婚適齢期に遅れないように結婚せよとずっと強調してきた。貞観年間には十五歳以上の女子に対して、開元年間には十三歳以上の女子に対して、婚期に遅れないように結婚すべしと命じた(『唐会要』巻三八「嫁要」
当然花街における妓女も15歳から23・4までがピークである。性的成長と婚姻が驚くほど低年齢であった。結婚感は、前世から定められているもので、本人の気持ちで決まるものではない。その一方で貞操感が全くないので、父母、媒酌人、天意できめられた。
唐代の結婚について、もう一つ注目すべき現象がある。それは男が女の家に行って婚礼をあげるケースがひじょうに多いということである。これについては、敦燈で発見された唐代の書儀(諸種の公文・書簡等の書式)の写本が確かな証拠を提供してくれる。それに「最近の人の多くは妻を自分の家に迎えない。つまり妻の実家で結婚式をあげ、何年たっても夫の実家に行かない。自分の実家でそのまま子供を出産することが、一度や二度にとどまらない者もいる。道が遠くて日返りで舅姑に挨拶に行けないからでもない。……婦人は婚礼が終っても夫の一族を全く知らないのである」という。
この文書からみると、夫は妻の実家で結婚式をあげ、また妻は何年も夫の家に行かないのみならず、甚だしい場合には、何人か子どもを生んだ後でも妻は夫の実家の人々と知りあうことがないのである(以上の観点と材料は超和平先生より提供いただいた。併せて周一良先生の「敦煙写本書儀の中に見る
唐代の人々は貞操観念が稀薄だったので、離婚、再婚はきわめて一般的な風潮となり、古代社会史上注目すべき現象となった。ところで離婚は、もちろん男女双方に平等というわけではなかった。
唐代の法律は、まず男が女を離婚して家から出す権利を保証している。唐律は、妻が次の「七出」を犯せば、夫は離婚してもよいと規定している。「七出」とは古い時代からの礼法により、Ⅲ男児を生まない、榔淫乱である、㈲舅姑によく仕えない、㈲他人の悪口を言いふらす、㈲盗みを行う、㈱嫉妬心が強い、仰悪い病気にかかる、以上の七項目とされている。しかし、「七出」に該当するものでも、追い出せない三つの条件があった。それは、Ⅲ舅姑の葬式を主催した者、榔嫁に来た時は下品であったが後に立派な女性になった者、㈱離婚されても行くところのない者、以上の三つの場合は妻を離縁すべきでないとした(『唐律疏議』巻一四)。こうした一定の制限があったにせよ、妻を離縁することはやはりきわめで簡単であった。離婚の理由はたいへん多く、たとえば、厳澄夫の妻慎氏は十余年たっても子供が出来なかったので離縁された(『雲渓友議』巻一)、李過秀の母は微賎の生れであったが、嫁が家の奴婦を叱る声を聴き不愉快になった。息子の過秀はそれを知るとすぐ妻を離縁した(『雲渓友議』巻一、『旧唐書』李大亮伝附李過秀伝)。自居易の判決文にも、妻を離縁することを許した例が少なからずある。たとえば、父母が嫁を女性たちの乱行や道徳に反した現象が、じつは少なくなかった。敦煌変文の 「齢酎書」 の中に、次のような女性たちの情況が記されている。
彼女たちは「児を欺り婿を踏みつけにし、大声で罵り、舅や姑が話してもまったく耳を貸さず、台所に入って怒り出したら、粥も汁もひっくり返し、鉢や髄をたたき、釜や鍋を打ち、怒ると水牛の飼葉桶のように大きくふくれ、笑うと轍櫨が廻るようにうるさい」、「村で自由気ままにやってきたのに慣れて、礼儀を学ばず、女仕事も好まない」(『敦塩変文集』巻七)等々。ある唐代の民歌に、「家がだんだん貧しくなるが、これは全くものぐさな妻のせい、酒を飲めば夫も顔負け、衣服を縫ったりほどくこともできない。よい衣裳を着てはすぐ外出し、男の同伴を求めないが、心の中ではいつも男を欲しがっている。東の家ではデマを飛ばし、西の家では相槌を打ち、……」(『唐代民歌考釈及変文考論』)などとある。これらは行儀の悪い婦人を皮肉ったものである。封建道徳の模範となった少数の女性の他に、唐代の女性、とりわけ下層の働く女性の中には、女道徳を守らず、甚だしくは「風を傷つけ俗を敗る」現象さえあったことを、これらの描写は反映している。
このような倫理道徳に惇る状況は、夫婦の間の関係と家庭における女性の地位の上に、より集中的に反映していた。礼教の「三綱」(君臣、夫婦、父子の三つの綱)の一つが、夫は妻の綱というものであり、女性の「三従」 の一つが妻は夫に従うぺしというものであった。しかしながら、唐代の少なからざる家庭の中には、逆に「婦は強く夫は弱し、内(妻)は剛く外(夫)は柔なり」(『朝野愈載』巻四)という情況があり、妻が家の主人、夫はただの操り人形でしかない家も多かった。
こうした現象は、決して唐代だけに存在したわけではなく、南北朝時代の北朝以来の遺風を受け継ぐものであった。北斉(五五〇1五七七)の顔之推が書いた『顔氏家訓』 の中に、「鄴(北朝の都、現在の河北省臨港県)下の風俗では、もっぱら家は女で維持されている。彼女らは訴訟をおこして是非を争ったり、頼みごとに行ったり、人を接待したりするので、彼女らの乗る車で街路はふさがれ、彼女らの着飾った姿は役所に溢れている。息子に代って官職を求め、夫のために無罪を訴えているのである。これは恒、代(鮮卑族の建てた北魂王朝が最初に都を置いた現在の大同一帯の古地名)の遺風であろうか」とある。北朝の伝統と、封建道徳の不振とが、この 「夫は柔で妻が剛、夫が妻に従う」という現象を日常化したのである。とりわけ唐代の初期は、上は皇帝から下は貴族、士大夫に至るまで、「内(妻)を倶れる」 ことが風習になっていた。しかも、君臣、上下、誰もが妻の恐ろしさを公然と口にして恥とも思わなかったのである。万乗の君ともなった中宗も恐妻家として有名であったから、宮中の伶人(宮中の楽人)が中宗に面と向って「振り返って見ますと、皇帝様は柳の枝で編んだ寵のよう(ぶくぶく肥っているが骨がなく柔かい)、御婦人を恐れることは結構じゃ。宮廷外では蓑談が恐妻家として第一番、宮廷内では李老(中宗)に勝る者はおりません」(『本事詩』嘲戯)などと戯れ歌を唱ったところ、その場ですぐ中宗の妻の葦后から褒美を賜った。また、粛宗は張皇后を大いに恐れていたので、ある詩人は「張后 楽しまざれば 上(皇帝) 忙と為す(心が落ちつかない)」(杜甫「憶昔」)と誘った。
士大夫の恐妻家としては、太宗の時代の任壊、中宗の時代の襲談などが有名であった。裳談などは「かかあ天下」 であることを正統化する一式の理屈さえ持っていて、「妻を恐れる理由は三つある。一つは、若くて美しい時に彼女を見れば生菩薩のように見える。どうして生菩薩を畏れない人があろうか。息子や娘が成人する前に彼女を見れば九子魔母(インド渡来の女神で、鬼子母神と同じ)のようである。どうして九子魔母を畏れない人があろうか。五十、六十になって、薄化粧を施し顔が黒くなった彼女を見れば鳩盤茶(インド渡来の神で、人の精気と血を吸う魔神)のようである。どうして鳩盤茶を
畏れない人があろうか」(『本草詩』嘲戯)と言った。高宗はかつて朝臣の楊弘武にどうして某人に官職を与えたのかと問うた。すると場はこともあろうに「臣の妻の毒氏は強くで猛々しい女でございます。昨日この妻が私に頼んだからなのでして、もし従わなければおそらくひどい目に遭うのでございます」と答えた(『太平広記』巻二七二)。次の唐末の宰相王鐸の話はもっと滑稽である。彼は姫妾を連れて黄巣の進撃を防ぎに出陣した。妻は嫉妬して後を追い、とつぜん彼のところに妻が都を離れてこちらに向っているという知らせがとどいた。彼は幕僚たちに「黄巣は南から、妻は北から向って来る。どう対処すればいいだろう」と聞いた。幕僚たちは冗談に「黄巣に降伏する方がマシで
す」と言った(『太平広記』巻二五二)。
下級官吏や一般庶民の家にも同じ情況があった。紆州(安徽省懐寧県)の兵士李廷壁は軍内で連日宴会を開き、三日間家に帰らなかった。その妻は恨んで「帰って来たら切り殺してやる」と伝えた。李は驚き恐れて泣きくらし、寺に移り住んで家に帰ろうとしなかった(『太平広記』巻二七二)。自居易は、妻が夫を殴った事件を受理したことがある。この事件は県令がすでに彼女を三年の懲役刑に処した案件であった。
お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。
16-460《女冠子二首,其二》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-643-16-(460) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4762
【女尼、女冠、女巫】 (2) |
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家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。しかし、こうした人は少数で圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。また、家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観に入らざるをえなかった者もいる。 | |
また妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。 宮人・宮妓が通観に入る例も少なからぬ割合を占める。彼女たちは年をとり宮中を出でも頼るべき場所とてなく、大多数が寺院・通観を最後の安住の地とした。長安の政平坊にあった安国観の女道士の大半は上陽宮の宮人であった(『唐語林』巻七)。詩人たちは女尼,女冠,女巫かつて、「斎素と白髪にて宮門を酢で、羽服・星冠に道意(修行心)存す」(戴叔倫「宮人の入道するを送る」)、「君看よ白髪にて経を詞する者を、半ばは走れ宮中にて歌舞せし人なり」(慮輪「玉真公主の影殿を過ぎる」)などと詠んで嘆いた。最後になったが、他に貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。総じて言えば、出家は女性たちが他に生きる道がない状況下における、最後の出路、最後の落ち着き先になったのである。 | |
彼女たちは女道士になっても公主としての富貴と栄誉を失わなかった。朝廷は旧来のごとく彼女たちに生活資財を支給したから、生活はかえって公主の時より自由になり、束縛を受けなくなった。また女道士の生活は尼僧のそれに比べていくらか自由であったからこそ、公主たちの大半は仏寺に入らず通観に入ったのである。
出家した女性の生活は、きわめで特色のあるものだった。まず第一に、彼女たちは人に頼って生きる階層であり、一般には生業に従事しなかった。国家あるいは施主から衣食がすべて供給された。 |
鹿虔扆 女冠子二首
鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938〜965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。
欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。
女冠子二首 其一
(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)
碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。
桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。
香暖薰鶯語,風清引鶴音。
香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。
翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。
長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。
應共吹簫侶,暗相尋。
まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。
女冠子二首 其二
(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)
脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。
お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。
蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。
蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。
悶來深院裏,閑步落花傍。
小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。
纖手輕輕整,玉鑪香。
か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。
(女冠子二首 其の一)
碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。
香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。
翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。
應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。
(女冠子二首 其の二)
蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。
蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を澹拂す。。
悶し來って院裏に深し,閑かに步む 落花の傍。
纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。
『女冠子二首 』 現代語訳と訳註
(本文)
女冠子二首 其二
脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。
蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。
悶來深院裏,閑步落花傍。
纖手輕輕整,玉鑪香。
(下し文)
(女冠子二首 其の二)
脩蛾し 慢臉して,語らず檀心一點にし,小山の粧。
蟬鬢 含綠をむを低れ,羅衣 黃を澹拂す。
悶え來りて 深く院の裏,閑かに步む 落花の傍。
纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。
(現代語訳)
(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)
お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。
蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。
小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。
か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。
(訳注)
女冠子二首 其二
(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)
唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻三平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹6③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。
脩蛾慢臉 不語檀心一點小山粧
蟬鬢低含綠 羅衣澹拂黃
悶來深院裏 閑步落花傍
纖手輕輕整 玉鑪香
○△●△ △●○○●●●○○
○●○○● ○△△●○
●△△△● ○●●○△
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脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。
お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。
○脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。
○慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。
《後庭花二首其二》孫光憲(24) 「脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。」(脩蛾し 慢臉して 雕輦に陪すれば,後庭 新らたに宴す。)宮女たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれるのだ。 14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282
○檀心 檀郎の心根、思い。「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。「佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。」(佯弄【ようろう】 紅絲【こうし】 蠅の拂子【ほっす】,檀郎を打つ。)あの別れた日の約束は私をもてあそぶもので素振りだけ、紅い糸で結ばれているといった、その赤い糸で蠅を打ち拂う「払子」を作って、あの恋しい「檀郎」を打ちたたいてやりたいものです。
・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。
○小山粧 寝牀の化粧。小山は女性が情交の準備をして横になって待つこと。
蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。
蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。
○綠 みどり色、暗い、緑色のもの、刈安、二番目、二回、双方、という意味がある。
澹拂黃 女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。孫光憲《酒泉子三首其三》「玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。」(玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。)繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。
悶來深院裏,閑步落花傍。
小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。
○悶 1 もだえ苦しむ。「悶死・悶絶・悶悶/苦悶・煩悶」2 もつれる。「悶着」
纖手輕輕整,玉鑪香。
か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。
長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。
16-459《女冠子二首,其一》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-642-16-(459) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4757
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| 花間集 教坊曲『女冠子』十九首 | | |||
| 溫助教庭筠 | 巻一 | 含嬌含笑 | | |
| | 巻一 | 霞帔雲髮, | | |
| 韋相莊 | 巻三 | 四月十七, | | |
| | 巻三 | 昨夜夜半, | | |
| 薛侍郎昭蘊 | 巻三 | 求仙去也, | | |
| | 巻三 | 雲羅霧縠, | | |
| 牛嶠(牛給事嶠) | 巻四 | 綠雲高髻, | | |
| | 巻四 | 錦江煙水, | | |
| | 巻四 | 星冠霞帔, | | |
| | 巻四 | 雙飛雙舞, | | |
| 張舍人泌 | 巻四 | 露花煙草, | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 蕙風芝露, | | |
| | 巻八 | 澹花瘦玉, | | |
| 鹿太保虔扆 | 巻九 | 女冠子二首其一 | 鳳樓琪樹, | |
| | 巻九 | 女冠子二首其二 | 步虛壇上, | |
| 毛秘書熙震 | 巻九 | 女冠子二首其一 | 碧桃紅杏, | |
| | 巻九 | 女冠子二首其二 | 脩蛾慢臉, | |
| 李秀才珣 | 巻十 | 女冠子二首其一 | 星高月午, | |
| | 巻十 | 女冠子二首其二 | 春山夜靜, | |
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鹿虔扆 女冠子二首
女冠子二首 其一
(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)
碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。
桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。
香暖薰鶯語,風清引鶴音。
香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。
翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。
長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。
應共吹簫侶,暗相尋。
まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。
![]() | 女冠子二首 其二 脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。 蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。 悶來深院裏,閑步落花傍。 纖手輕輕整,玉鑪香。
(女冠子二首 其の一) 碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。 香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。 翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。 應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。
(女冠子二首 其の二) 蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。 蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を拂い澹す。 悶し來って院裏に深し,閑し步みて花傍に落つ。 纖手 輕輕して整い,玉鑪 香す。 |
『女冠子二首 』 現代語訳と訳註
(本文)
女冠子二首 其一
碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。
香暖薰鶯語,風清引鶴音。
翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。
應共吹簫侶,暗相尋。
(下し文)
(女冠子二首 其の一)
碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。
香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。
翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。
應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。
(現代語訳)
(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)
桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。
香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。
長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。
まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

(訳注)
女冠子二首 其一
(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)
鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938〜965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。
欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。
唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻三平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹6③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。
碧桃紅杏 遲日媚籠光影 彩霞深
香暖薰鶯語 風清引鶴音
翠鬟冠玉葉 霓袖捧瑤琴
應共吹簫侶 暗相尋
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●○△●● △●●○○
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○女冠
宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。
唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。
出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。
① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。
② 病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、
③ 圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。
④ 家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。
⑤ 妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。
⑥ 貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。
碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。
桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。
媚の用語解説 - [音]ビ(漢) [訓]こびる1 なまめかしくする。色っぽい。「媚態・媚薬」2 こびへつらう。「佞媚(ねいび)」3 あでやかで美しい。
香暖薰鶯語,風清引鶴音。
香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。
鶴音 笙を吹く仙人が鶴に乗ってあらわれる。『列仙伝』巻上・王子喬に「王子喬は周の霊王の太子晋なり。好んで笙を吹き、鳳鳴を作し、伊洛の間に遊ぶ。
翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。
長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。
霓 夕立のあとなど,太陽と反対側の空に弧状にかかる七色の帯。空中の水滴粒子にあたった光の屈折と分光によって生じる。内側が紫,外側が赤の配列をした虹のほかに,この外側をとりまき,逆の色の配列の第二の虹が見えることがある。
捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。
應共吹簫侶,暗相尋。
まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。
蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。穆公有女字弄玉,好之。公以妻焉,遂教弄玉作鳳鳴,居數十年,吹似鳳聲,鳳皇來止其屋。為作鳳臺,夫婦止其上,數年,皆隨鳳飛去。」
「蕭史という者,秦の穆公の時の人である,善く蕭を吹き,能く孔雀を、白鵠致す。穆公は女有り 字を弄玉,之を好む。公は以て妻と焉し,遂に弄玉に教え鳳鳴を作り,數十年居し,吹けば鳳聲に似たり,鳳皇は來りて其の屋に止る。鳳臺を作るを為し,夫婦は其の上に止り,數年,皆に鳳に隨って飛び去る。」
秦の蕭史がとどまるほどの所であり、書きつけてある文章は魯の恭王が残しておかれたもののようである。王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。
善吹簫 嬴は秦の姓、善吹とは秦の穆公の娘の弄玉をいう。蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。
杜甫『鄭駙馬宅宴洞中』
主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。
春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。
悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。
自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。
秦の穆公に女があり弄玉といったが、弄玉は簫の名人の蕭史を愛した。穆公は之を妻わしたところ、二人は日々楼上に於て簫を吹き鳳の鳴くが如くであったが、ある日鳳がやって来てその屋に止まり、夫妻はともにその鳳に随って飛び去った。秦楼とは弄玉のすむ楼をいい、臨晋公主の居楼に比する。
柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、月は欠けて惨めなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。
16-458《臨江仙二首,其二》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-641-16-(458) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4752
鹿太保虔扆 花間集巻九に六首所収。
臨江仙二首 鹿太保虔扆(鹿虔扆【ろくけんい】)
鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938〜965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。
欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。
臨江仙二首 其一
(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)
金鏁重門荒苑靜,綺䆫愁對秋空。
国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。
翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。
天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。
煙月不知人事改,夜闌還照深宮。
霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。
藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。
池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。
臨江仙二首 其二
(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)
無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。
暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。
映䆫絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。
柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。
一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。
一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、月は欠けて惨めなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。
暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。
夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。
(臨江仙二首 其の一)
金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺䆫 愁いて秋空に對す。
翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。
煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。
藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。
(臨江仙二首 其の二)
無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。
䆫に絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。
一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。
暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。
『臨江仙二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
臨江仙二首 其二
無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。
映䆫絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。
一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。
暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。
(下し文)
(臨江仙二首 其の二)
無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。
䆫に絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。
一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。
暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。
(現代語訳)
(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)
暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。
柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。
一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。
夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。
(訳注)
臨江仙二首 其二
臨江仙二首
『花間集』には鹿虔扆の作が六首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。
無賴曉鶯驚夢斷 起來殘醉初醒
映䆫絲柳裊煙青 翠簾慵卷 約砌杏花零
一自玉郎遊冶去 蓮凋月慘儀形
暮天微雨灑閑庭 手挼裙帶 無語倚雲屏
○●●○○△● ●△○●○△
●?○●?○○ ●○○△ ●●●○△
●●●○○●● △○●●○○
●○○●●○○ ●○○● ○●△○△
無賴 曉鶯 驚夢斷,起來 殘醉 初醒。
暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。
無賴 ① 定職をもたず,素行の悪い・こと(さま)。そのような人をもいう。ならずもの。 ② 頼るところのないこと。
映䆫 絲柳 裊煙青,翠簾 慵卷,約砌 杏花零。
柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。
裊とは?漢字辞典。 裊画数:13音読み:ジョウ、 ニョウ、 チョウ訓読み:しなやか
約 やく【約】[漢字項目]とは。意味や解説。[音]ヤク(呉)(漢)[訓]つづめるつづまやか[学習漢字]4年1 ひもで結ぶ。締めくくる。「制約・括約筋」2 ひもで結び目を作り、取り決めの目印とする。広く、約束のこと。
一自 玉郎 遊冶去,蓮凋 月慘 儀形。
一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。
遊冶 〔「冶」は飾る意〕 遊びにふけって,容姿を飾ること。酒色にふけること。
慘〔惨〕【さん】1 いたましい。みじめ。「惨禍・惨苦・惨憺(さんたん)・惨落/悲惨」2 むごい。むごたらしい。
儀形 手本。模範。ぎぎょう。「和漢の鑑(かがみ)と仰ぎて、四海 ... 1件の用語解説(儀刑で検索). Tweet. デジタル大辞泉の解説. ぎ‐けい 【儀刑/儀型/儀形】 《「儀式刑法」の略》手本。模範。
暮天 微雨 灑閑庭,手挼 裙帶,無語 倚雲屏。
夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。
挼とは。意味や日本語訳。[動](1) (紙などが)皺(しわ)になる.(2) (布などが)すりへる.
天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。
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(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。
15-456《漁歌子一首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-639-15-(456) 19漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4742
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| 花間集 教坊曲『漁歌子』八首 | | |||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | |
| 顧敻(顧太尉敻) | 巻七 | 曉風清,幽沼綠, | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 草芊芊,波漾漾, | | |
| 巻八 | 泛流螢,明又滅, | | ||
| 魏太尉承班 | 巻九 | 漁歌子一首 | 柳如眉,雲似髮。 | |
| 李秀才珣 | 巻十 | 漁歌子四首其一 | 草芊芊,花簇簇, | |
| 巻十 | 漁歌子四首其二 | 荻花秋,瀟湘夜, | | |
| 巻十 | 漁歌子四首其三 | 柳垂絲,花滿樹, | | |
| 巻十 | 漁歌子四首其四 | 九疑山,三湘水, | | |
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漁歌子
(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)
柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。
妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。
夢魂驚,鐘漏歇,䆫外曉鶯殘月。
うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。
幾多情,無處說,落花飛絮清明節。
あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。
少年郎,容易別,一去音書斷絕。
貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。
(漁歌子)
柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。
夢魂 驚き,鐘漏 歇み,䆫外には 曉鶯 殘月あり。
幾多の情,無處の說,花落ち 絮飛ぶ 清明節。
少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷絕。
『漁歌子』 現代語訳と訳註
(本文)
漁歌子
柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。
夢魂驚,鐘漏歇,䆫外曉鶯殘月。
幾多情,無處說,落花飛絮清明節。
少年郎,容易別,一去音書斷絕。
(下し文)
(漁歌子)
柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。
夢魂 驚き,鐘漏 歇み,䆫外には 曉鶯 殘月あり。
幾多の情,無處の說,花落ち 絮飛ぶ 清明節。
少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷絕。
(現代語訳)
(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)
妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。
うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。
あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。
貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。
(訳注)
漁歌子
(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)
花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首、魏承班の詩は一首のみ所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。
柳如眉 雲似髮 蛟綃霧縠籠香雪
夢魂驚 鐘漏歇 䆫外曉鶯殘月
幾多情 無處說 落花飛絮清明節
少年郎 容易別 一去音書斷絕
●△○ ○●● ○○△●△○●
△○○ ○●● ?●●○○●
△○○ ○●● ●○○●○○●
●○○ ○●● ●●○○●●
柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。
巫女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。
縠 からみ織りの一種。粟粒のような点で文様を表す。薄くて透けた夏用の布。こめ。宋玉《神女賦》 宜高殿以廣意兮,翼放縱而綽寬。動霧縠以徐步兮、拂墀聲之珊珊。
夢魂驚,鐘漏歇,䆫外曉鶯殘月。
うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。
歇 ](1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間一歇ごく短い時間.歇班 xiē▽bān[動](~儿)仕事が休みになる,非番になる.
幾多情,無處說,落花飛絮清明節。
あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。
清明節 清明節は農暦(旧暦)の24節気の一つ。春風が吹き、暖かくなると、空気は新鮮で爽やかになり、天地は明るく、清らかになる。このため「清明」と呼ばれる。しかし、この時節は、雨が次第に多くなる。親に仕える道を重視する中国人は、「生者に仕える如く死者にも仕える」という考え方から出発し、墓を先祖が地下に住んでいる場所と見なし、雨季が到来する前の清明の季節にはまず、風雨に一年間さらされてきた墓を修復、整理し、草を刈り、土を盛らなければならない。そして供物を並べて礼拝し、先祖にご加護と平安を祈るのだ。
妓女からすれば、清明節の時には、故郷の墓を祀るために、あの人はいるものだということをいい。この日は自分の所に来てくれるということをあらわしている。
少年郎,容易別,一去音書斷絕。
貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思ってたとおりであった。
少年郎 貴公子の遊び人。
漁歌子二首其二
花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。
孫光憲《漁歌子二首》
漁歌子二首其一
(劉郎のように家に帰らなくなった男が、漁師の歌う舟歌を聞きながら、次の港の女のもとにむかう)
草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。
沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。
扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。
黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。
●△○ ○●● ○○△●△○●
△○○ ○●● ?●●○○●
△○○ ○●● ●○○●○○●
●○○ ○●● ●●○○●●
柳如眉 雲似髮 蛟綃霧縠籠香雪
夢魂驚 鐘漏歇 䆫外曉鶯殘月
幾多情 無處說 落花飛絮清明節
少年郎 容易別 一去音書斷絕
漁歌子二首其二
(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)
泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。
風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。
杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。
經霅水,過松江,盡屬濃家日月。
●○○ ○●●
●△●△○○● △●●
●△△ ●△○○○●
●△○ ○●●
●○●●○○● △●●
△○○ ●●○○●●
泛流螢 明又滅 夜涼水冷東灣闊
風浩浩 笛寥寥 萬頃金波澄澈
杜若洲 香郁烈 一聲宿鴈霜時節
經霅水 過松江 盡屬濃家日月
若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。
15-455《黃鐘樂一首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-638-15-(455) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4737
長安の妓女
ここでは主に長安の平鹿里や、その他の街坊に集中して住んでいた一般の娼妓について述べたい。先に述べた皇室専属の教坊妓はこの中には含まない。長安の官妓は、上に述べた地方の官妓とは多くの違いがあるように思う。唐後期の孫薬が長安の妓女について専門に記した『北里志』と、その他こまごまとした史料からみると、長安の妓女も官府に属し、官府の御用に応じなければならなかったが、しかし官奴婦としての色合いはそれほど強くはなかった。官府の彼女たちに対する支配は比較的ゆるやかで、彼女たちも自分がどの長官の管理下にあるかもよく知らず、身分の束縛もあまりなく、地位も少しばかり高かった。また、彼女たちは官府から衣食を支給されておらず、自分で商売を営んでおり、後世の娼妓とほとんど変りなかった。これはたぶん、長安などの大都市が各界の人士、とりわけ天下の才子である進士たちが遊ぶ有名な場所であり、朝廷の支持と容認の下、妓楼で遊ぶ風潮がたいそう盛んであったため、長安などの妓女たちを官府が独占的に支配することはもはやきわめて難しく、しだいに社会全体に開放されていったからであろう。こうした情況は、およそ唐の中後期に向うに従って次第に発展していった。しかし、地方官妓は唐の後期になると藩鋲が巨大な権力を持ったため、なおいっそう地方官、とりわけ渚鋲の独占支配を受けることとなった。長安の妓女たちの生活情況は、唐代の官妓がしだいに自由業の娼妓に変化してゆく過程をよく反映している。
長安の妓女は「楽営」には属さず、孫柴の『北里志』序の言葉をかりると、「京中の飲妓、籍は教坊に属す」というように、籍は教坊にあった。先に述べたように、玄宗時代に教坊が設立されたのは、もともと天下の芸人を集めて訓練を行い、専ら宮廷の御用に供するためであったが、『北里志』がいう「京中の飲妓」とは明らかに宮廷に奉仕する芸人ではなく、民間で営業する娼妓であり、彼女たちも教坊には住まず、平鹿里やその他の里坊に住んでいたのである。これでは「京中の飲妓、籍は教坊に属す」という記述と矛盾する。いったいどうしたことだろうか。筆者が推測するに、こ
れはたぶん教坊制度の変化と関係があるように思う。玄宗以後、教坊はしだいに衰退していったが、
後の時代になっても教坊は依然としてたびたび芸妓を選抜して朝廷の御用に供していた。しかしふだんは彼女たち全部を教坊の中に住まわせることができなくなり、ただ若干の名妓だけを選んで教坊籍に入れ、いつでも宮廷の御用に派遣できるようにしていた。大半の妓女は普通はもといた置家とか、自宅に住んで、前と同じく自由営業の娼妓生活を送っていた。自居易の 「琵琶行」 に、「自ら言う 本これ京城の女、家は蝦焼陵(長安の東部、音楽坊にあった街区名)下に在りて住む。十三にして琵琶を学び得て成り、名は教坊第一部に属す。……五陵(漢の五帝陵が並び長安の上流階級が多く住んでいた地域)の年少、争って纏頭し(祝儀を出す)、一曲に紅補数を知らず」とある。この教坊籍に名を列した琵琶妓は教坊に住んではおらず、一般社会で芸を売り身を売って生活していたのである。
長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』の「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。
官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。
長安の妓女の大多数は平康里に住んでいた。「長安に平鹿坊という所があって、妓女の居住地である。京都の侠少(遊侠の若者)は此に草集る。……当時の人々はこの坊を風流薮沢(歓楽街)と呼んだ」(『開元天宝遺事』巻上)。『北里志』の記載によると、平康里の街区は三曲に分れ、名妓は多く南曲、あるいは中曲に住み、北曲に住むものの大多数は無名の「卑屑」(醜くて卑しい)の小妓であった。この三曲に住む妓女の生活に旦口同低貧富の差があった。南曲、中曲はおおむね堂院は広く静かで、院内には花が植えられ池もあり、室内の設備は快適で、華美にすぎるものさえあったが、下層の妓女の住まいは粗末なものであった。劉泰娘は北曲の小さな家の娘であったから、他の妓女たちと宴席に向う時、あなたは何処にお住まいですかと聞かれると、言葉をにごして、門前に一本の木がありますわ、などと言うだけであった。どの曲内に住んでいるかが、その妓女の身価に大きな関係があったようである。それ以外にも平鹿里に住まない妓女がおり、その他の街坊にそれぞれ分散して住んでいた。
妓女たちは皆それぞれ一派を立て、家を単位に独立して営業していた。彼女たちのあるものは家族と一緒に住んでいたが、多くは家の暮らしが立たないので、妓女として生きざるをえなかったのである。たとえば、唐代の小説『霞小玉伝』(蒋防作)の主人公霞小玉は、もともと霞王の娘であったが、母親が霞王の婦女であったから、後に母娘ともども追い出されてしまった。やむなく小玉は妓女となり母と一緒にくらした。また、「琵琶行」 に出てくる琵琶妓は、「弟は走って軍に従い阿頻は死す」といっているので、家族と一緒に住んでいたことがわかる。これらの妓女の大半は虐待を受けず、境遇はいくらかマシだった。しかし、その他多くの妓女は家族はおらず、「仮母」 に買われ養女にされたものであった。仮母とは後世いうところの「鴇母」(やりて婆)と同じであり、みな年増の妓女がなった。仮母に夫や家族はなく、しかし容色はまだ全く衰えたというわけではなかったので、大半が王侯貴族の邸宅を警護する武官の囲われ者であった。また、ある者はこっそりと夜伽をする男を囲っていたが、夫と言えるような代物ではなかった。平鹿里の置屋の大部分は仮母が何人かの妓女をかかえで営業していた。たとえば楊妙児の置屋を例にとれば、彼女はもともと名妓であったが、のちに仮母となり、莱児、永児、迎児、桂児の四人の養女をひきとって育てた。その他の置屋もほぼ同じょうなものであった。これらの妓女はみな生活はたいへん苦しく、大部分が「田舎の貧家」 から買われてきた幼女であり、仮母の姓を名のった。ある者は自分の実の父母さえ全く知らなかった。またある者は、人に騙されて売られて、この世界に堕ちたのであった。「ある良家の娘は、自分の家の嫁にするといって連れて行かれたが、他に多額の謝礼で転売され、誤ってこの苦界に堕ち、脱出することができなかった」(『北里志』「海論三曲中事」)。たとえば、王福娘は解梁(山西省臨晋県)の人であったが、嫁にやると騙されて都に連れて行かれ、色町に売られてしまった。しかし彼女は何も真相を知らないでいた。後に置屋は彼女に歌を習わせ客を取らせた。一人のか弱い女が行き場を失えば、他人の言いなりになるしかなかった。この間、家の兄弟が捜し出して奪い返そうとした。しかし彼女は、自分はすでに操を失った身であり、また兄弟には何の力もないことを考えると、望みを絶って兄弟に手を引かせるしか方法がなく、家族と泣き泣き永別したのであった。唐代の社会は良民と膿民の区別が明確であり、いったん娼妓の世界に転落すれば、身を脱することが困難であったばかりか、肉親と行き来して顔を合わせることさえきわめて難しかった。
妓女は買われてくると、歌舞や酒席での遊戯などを習い、少しでも怠けると仮母に激しく鞭打たれたり殴られたりし、成人に達すると客を取り銭を稼がされた。彼女たちは行動の自由がなく、平生は勝手に門を出ることもできなかった。平康里の妓女は僧が道でお経を講ずるのを最も待ち望んだ。僧が来ると、仮母に千文納めて機を見て外出し、半日間自由の空気を吸うことができたからである。
妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平鹿里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。
黃鐘樂
(蜀の年を重ねた官妓の恨みと愁いを詠う。)
池塘煙暖草萋萋。
若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。
惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。
恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。
遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。
もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。
偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。
年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。
何事春來君不見,夢魂長在錦江西。
又春が来たって、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。
黃鐘樂
池塘 煙暖して 草萋萋たり。
惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。
遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。
偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。
何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。
『黃鐘樂』 現代語訳と訳註
(本文)
黃鐘樂
池塘煙暖草萋萋。
惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。
遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。
偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。
何事春來君不見,夢魂長在錦江西。
(下し文)
黃鐘樂
池塘 煙暖して 草萋萋たり。
惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。
遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。
偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。
何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。
(現代語訳)
(蜀の年を重ねた官妓の恨みと愁いを詠う。)
若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。
恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。
もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。
年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。
又春が来たって、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。
(訳注)
黃鐘樂
(蜀の年を重ねた官妓の恨みと愁いを詠う。)
若く溌剌としているころは、いろんな客接待するより「買斷」で他の客をとらなくても良い方がよかったけれど、歳を重ねた官妓には人と接する機会がなく辛く淋しい日を過さなければならない。
『花間集』には教坊曲『黃鐘樂』は一首、魏承斑の作が収められている。双調ご六十四字、前段三十二字六句三そく平韻、後段三十二字六句四平韻で、⑦+4+4+③+7+⑦/⑦+4+④+③+7+⑦ の詞形をとる。
池塘煙暖草萋萋
惆悵閑宵 含恨愁坐 思堪迷
遙想玉人情事遠 音容渾似隔桃溪
偏記同歡秋月低 簾外論心 花畔和醉 暗相攜
何事春來君不見 夢魂長在錦江西
○○○●●○○
○●○○ ○●○● △○○
○●●○○●● ○○△●●○○
△●○○○●○ ○●△○ ○●△● ●△○
△●○△○△● △○△●●○○
池塘煙暖草萋萋。
若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。
池塘のこの句は春に変わりゆく有様をいう場で、有名な謝靈運の《登池上樓》の次の句に基づくものである。「池塘生春草,園柳變鳴禽。」(池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。)池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。
登池上樓 #2 謝靈運<25>#2 詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005
惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。
恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。
惆悵 恨み嘆くこと。恨み嘆くさま。
遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。
もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。
桃溪 行楽をした浣花渓。
偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。
年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。
偏記 偏った記録。
何事春來君不見,夢魂長在錦江西。
又春が来たって、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。
錦江西 薛濤の所縁の地と考えれば、詩の味わいが深まる。薛濤の墓、望江樓は錦江のにしであり、成都の西には琴台、百花潭、浣花渓がある。
愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。
15-454《生查子二首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-637-15-(454) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4732
魏承班 生查子二首
生查子二首 其一
(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)
煙雨晚晴天,零落花無語。
少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。
難話此時心,梁鷰雙來去。
この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。
琴韻對薰風,有恨和情撫。
初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。
腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。
情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。
(生查子二首 其一)
煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。
話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。
琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。
腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。
生查子二首 其二
(宮女が毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二
寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。
いろどられた高楼の奥座敷には訪れる人も誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。
燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。
燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。
愁恨夢應成,何處貪歡樂。
愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。
看看又春來,還是長蕭索。
春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。
(生查子二首 其二)
寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。
燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。
愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。
看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。
『生查子二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
生查子二首 其二
寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。
燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。
愁恨夢應成,何處貪歡樂。
看看又春來,還是長蕭索。
(下し文)
(生查子二首 其二)
寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。
燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。
愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。
看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。
(現代語訳)
(宮女が毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二
いろどられた高楼の奥座敷には訪れる人も誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。
燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。
愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。
春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。
(訳注)
生查子二首 其二
(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)その二
『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。
寂寞畫堂空 深夜垂羅幕
燈暗錦屏欹 月冷珠簾薄
愁恨夢應成 何處貪歡樂
看看又春來 還是長蕭索
●●●○△ △●○○●
○●●△○ ●△○○●
○●△△○ △●○○●
△△●○△ ○●△○●
寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。
いろどられた高楼の奥座敷には訪れる人も誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。
寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。「人居を遠く離れた―たる別世界にも」〈柳田・山の人生〉2 心が満たされずにもの寂しいさま。
燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。
燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。
愁恨夢應成,何處貪歡樂。
愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。
看看又春來,還是長蕭索。
春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)
15-453《生查子二首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-636-15-(453) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4727
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| 花間集 教坊曲『生查子』七首 | | |||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | |
| 張舍人泌 | 巻四 | 生查子一首 | 相見稀,喜見相見 | |
| 牛學士希濟 | 巻四 | 春山煙欲收,天澹 | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 寂寞掩朱門,正是天 | | |
| 巻八 | 暖日策花驄,嚲鞚垂 | | ||
| 巻八 | 金井墮高梧,玉殿籠 | | ||
| 魏太尉承班 | 巻九 | 生查子二首其一 | 煙雨晚晴天,零落花 | |
| 巻九 | 生查子二首其二 | 寂寞畫堂空,深夜垂 | | |
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宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。
「楽戸」とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。
元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になった
玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。
「梨園」、「宜春院」玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。
魏承班 生查子二首
生查子二首 其一
(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)
煙雨晚晴天,零落花無語。
少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。
難話此時心,梁鷰雙來去。
この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。
琴韻對薰風,有恨和情撫。
初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。
腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。
情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。
生查子二首 其二
寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。
燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。
愁恨夢應成,何處貪歡樂。
看看又春來,還是長蕭索。
(生查子二首 其一)
煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。
話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。
琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。
腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。
(生查子二首 其二)
寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。
燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。
愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。
看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。
『生查子二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
生查子二首 其一
煙雨晚晴天,零落花無語。
難話此時心,梁鷰雙來去。
琴韻對薰風,有恨和情撫。
腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。
(下し文)
(生查子二首 其一)
煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。
話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。
琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。
腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。
(現代語訳)
(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)
少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。
この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。
初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。
情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。
(訳注)
生查子二首 其一
(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)
『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。
煙雨晚晴天 零落花無語
難話此時心 梁鷰雙來去
琴韻對薰風 有恨和情撫
腸斷斷絃頻 淚滴黃金縷
○●●○○ △●○○●
△●●○○ ○●○△●
○●●△△ ●●△○●
○●●△○ ●●○○●
煙雨晚晴天,零落花無語。
少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。
○煙雨 雲雨というのは宋玉《高唐賦》の巫山の巫女の事(情交)であるが、宮女、教坊の妓優の場合には、煙雨となる。夕方から庭園で宴席が開かれることである。
○零落 宮女・妓優にとって若くないことを意味する。
難話此時心,梁鷰雙來去。
この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。
琴韻對薰風,有恨和情撫。
初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。
○薫風 初夏の青葉風。
〇着恨和情撫 恨みと思いを込めて奏でる。ここでは恨みや愁いを発散させるべく琴の音に託して奏でることを言う。和:調和させる。撫:奏でる。教坊の曲の女妓は、自分の持っている芸でしか表現することが出来ない。好きである場合も、嫌いであろうと、恨んでいても発言する場はなく、琴を演奏する女妓は琴を弾いて気を引くことしかない。
腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。
情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。
○腸斷斷絃 身も心も通い合わないでいることは琴絃が切れても切れても演奏し続けても相手の心に響かない。
その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。
続きを読む
朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた吳娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。
15-451《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-634-15-(451) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4717
皇后、宮女などについて。―――「内職」制度、「内官」制度 ―――
(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。
宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。
(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618-626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。
(3) 后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。后妃たちの生活は優閑かつ安逸なもので、終日飽食し何もしないで遊びくらした。もちろん、時には彼女たちも形ばかりの仕事をしなければならなかった。たとえば恒例となっている皇后の養蚕の儀式や六宮(皇后の宮殿)での繭を献ずる儀式を主催し参加すること - これは天下の婦女に率先して養蚕事業の範を示すことを意味していた。
(4) 形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。
(5) 富貴、栄達、優閑、快適 - 彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。
魏太尉承班 《訴衷情五首》
訴衷情五首其一
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)
高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。
高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されたものであった。
煙露冷,水流輕,思想夢難成。
冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはないということだ。
羅帳裊香平,恨頻生。
うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれたたちのぼってねやにすいへいにひろがっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。
思君無計睡還醒,隔層城。
君王を思う気持ちには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が肌経ってしまった。
(訴衷情五首其の一)
高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。
煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。
羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。
君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。
訴衷情五首其二
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二
春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。
春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。
新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。
昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。
鬢亂墜金釵,語檀隈。
髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。
臨行執手重重囑,幾千迴。
あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)
(訴衷情五首其の二)
春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。
新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。
鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。
臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。
訴衷情五首其三
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三
銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。
夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。
筠簟冷,碧牎涼,紅䗶淚飄香。
あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)
皓月瀉寒光,割人腸。
秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。
那堪獨自步池塘,對鴛鴦。
もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。
(訴衷情五首其の三)
銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。
筠簟冷く,碧牎 涼し,紅䗶 淚 香を飄す。
皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。
那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。
訴衷情五首其四
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四
金風輕透碧䆫紗,銀釭焰影斜。
黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。
倚枕臥,恨何賒,山掩小屏霞。
寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。
雲雨別吳娃,想容華。
朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた吳娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。
夢成幾度遶天涯,到君家。
これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。
訴衷情五首其五
春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。
星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。
別後憶纖腰,夢魂勞。
如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。
『訴衷情五首』 現代語訳と訳註
(本文)
訴衷情五首其四
金風輕透碧䆫紗,銀釭焰影斜。
倚枕臥,恨何賒,山掩小屏霞。
雲雨別吳娃,想容華。
夢成幾度遶天涯,到君家。
(下し文)
(訴衷情五首其の四)
金風 輕く碧䆫の紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。
倚りて枕臥し,恨みは何ず賒,山にして小屏に霞を掩う。
雲雨 吳娃も別る,想うに容華なり。
夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。
(現代語訳)
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四
黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。
寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。
朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた吳娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。
これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。
(訳注)
訴衷情五首其四
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四
『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。
金風輕透碧䆫紗 銀釭焰影斜
倚枕臥 恨何賒 山掩小屏霞
雲雨別吳娃 想容華
夢成幾度遶天涯 到君家
○△△●●?○ ○○●●○
△△● ●△○ ○●●△○
○●●○○ ●○△
△○△●●○○ ●○○
金風輕透碧䆫紗,銀釭焰影斜。
黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。
釭 【かりも】. 車軸による磨滅を防ぐために車の轂(こしき)の中にはめる鉄管。かりもの形をした燭台。
倚枕臥,恨何賒,山掩小屏霞。
寄り添い枕に横になる、恨みは何と緩やかなものであり、宮女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。
倚枕臥 屏風に倚りかかり、寝牀に横になる、ここは時間の経過をいう。
恨何賒 恨みは何と緩やかなものであり、ここの女性は、恨んだり、嫉妬することは許されない。
山掩小屏霞 ここの山は女性が横たわって動かないでいること、しかし寵愛を受けていた時と同じように身支度、準備等をしていることをいう。
雲雨別吳娃,想容華。
朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた吳娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。
雲雨 ① 雲と雨。 ② 〔三国志 呉書周瑜伝〕 (雲や雨を得て竜が昇天するように)大事をなす機会。 ③ 「 朝雲暮雨(ちよううんぼう) 」に同じ。雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝、巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。
宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。
杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。
水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13) 杜甫 <418> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500
李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。
これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7 無題(颯颯東風細雨來)
8 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53 夜雨寄北
71 風雨
76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集
77 春雨 李商隠特集
78細雨(瀟洒傍廻汀) 李商隠
79七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作
など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている。
吳娃:吳娃本名吳孟姚,戰國時代趙國國君趙武靈王の妃子。娃 ①美しい。女性の姿がすっきりと際立ってよいさま。(=佳) ②美人。 ③赤ん坊。
恵文王(けいぶんおう、 紀元前310年 - 紀元前266年)は、中国戦国時代の趙国の第7代の君主(在位:紀元前298年 - 紀元前266年)。趙で最初に王号を称した。姓は嬴、氏は趙、諱は何。武霊王の子(武霊王の王号は追号)、弟に平原君がいる。
夢成幾度遶天涯,到君家。
これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。
天涯 1 空のはて。「彗星が―から来って」〈魯庵・社会百面相〉2 故郷を遠く離れた地。
夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)
15-450《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-633-15-(450) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4712
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| 花間集 教坊曲『訴衷情』 十三首 | | ||||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | | |
| 溫庭筠 (溫助教庭筠) | 巻一 | 鶯語花舞春晝午 | | ||
| 韋莊(韋相莊) | 巻二 | 燭燼香殘簾半卷 | | ||
| 巻二 | 碧沼紅芳煙雨靜 | | |||
| 毛文錫 (毛司徒文錫) | 巻五 | 桃花流水漾縱橫 | | ||
| 巻五 | 鴛鴦交頸繡衣輕 | | |||
| 顧敻 (顧太尉敻) | 巻七 | 香滅簾垂春漏永 | | ||
| 巻七 | 永夜拋人何處去 | | |||
| 魏承班 (魏太尉承班) | 巻九 | 訴衷情五首 其一 | 高歌宴罷月初盈 | | |
| 巻九 | 訴衷情五首 其二 | 春深花簇小樓臺 | | ||
| 巻九 | 訴衷情五首 其三 | 銀漢雲晴玉漏長 | | ||
| 巻九 | 訴衷情五首 其四 | 金風輕透碧䆫紗 | | ||
| 巻九 | 訴衷情五首 其五 | 春情滿眼臉紅綃 | | ||
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魏太尉承班 《訴衷情五首》
訴衷情五首其一
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)
高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。
高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されたものであった。
煙露冷,水流輕,思想夢難成。
冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはないということだ。
羅帳裊香平,恨頻生。
うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれたたちのぼってねやにすいへいにひろがっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。
思君無計睡還醒,隔層城。
君王を思う気持ちには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が肌経ってしまった。
(訴衷情五首其の一)
高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。
煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。
羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。
君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。
訴衷情五首其二
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二
春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。
春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。
新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。
昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。
鬢亂墜金釵,語檀隈。
髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。
臨行執手重重囑,幾千迴。
あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)
(訴衷情五首其の二)
春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。
新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。
鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。
臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。
訴衷情五首其三
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三
銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。
夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。
筠簟冷,碧牎涼,紅䗶淚飄香。
あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)
皓月瀉寒光,割人腸。
秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。
那堪獨自步池塘,對鴛鴦。
もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。
(訴衷情五首其の三)
銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。
筠簟冷く,碧牎 涼し,紅䗶 淚 香を飄す。
皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。
那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。
訴衷情五首其四
金風輕透碧䆫紗,銀釭焰影斜。
倚枕臥,恨何賒,山掩小屏霞。
雲雨別吳娃,想容華。
夢成幾度遶天涯,到君家。
訴衷情五首其五
春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。
星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。
別後憶纖腰,夢魂勞。
如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。
『訴衷情五首』 現代語訳と訳註
(本文)
訴衷情五首其三
銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。
筠簟冷,碧牎涼,紅䗶淚飄香。
皓月瀉寒光,割人腸。
那堪獨自步池塘,對鴛鴦。
(下し文)
(訴衷情五首其の三)
銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。
筠簟冷く,碧牎 涼し,紅䗶 淚 香を飄す。
皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。
那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。
(現代語訳)
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三
夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。
あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)
秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。
もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。
(訳注)
訴衷情五首其三
(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三
『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。
銀漢雲晴玉漏長 蛩聲悄畫堂
筠簟冷 碧牎涼 紅䗶淚飄香
皓月瀉寒光 割人腸
那堪獨自步池塘 對鴛鴦
○●○○●●△ ○○●●○
○●△ ●○△ ○●●○○
●●●○△ ●○○
△○●●●○○ ●○○
銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。
夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。
銀漢 天の川。銀河。天漢。《季 秋》
玉漏 古代時計漏壺的美称。
蛩聲 .蟋蟀的鸣声。
悄 失敗や失望でがっかりして、元気がなくなる。
筠簟冷,碧牎涼,紅䗶淚飄香。
あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)
筠:竹(の青い皮).簟:細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。《季 夏》
牎 てんまど。
䗶 蝋燭の俗字。
皓月瀉寒光,割人腸。
秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。
皓月 明るく照り輝く月。明月。
瀉 瀉の用語解説 - [音]シャ(呉)(漢) [訓]そそぐ1 流れそそぐ。「瀉出/一瀉千里」2 からだの外に流し出す。「瀉下・瀉血・瀉剤・瀉痢/水瀉・吐瀉」[難読]沢瀉(おもだか)
那堪獨自步池塘,對鴛鴦。
もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。
あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)
15-449《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-632-15-(449) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4707
| 『花間集』 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(7)魏承班十五首 鹿虔扆六首 閻選八首 尹鶚六首 | | ||||
| ID | 巻 | 作品名 | 作者 | | |
| ■ 魏太尉承班(魏承班【ぎしょうはん】)十五首 | | | |||
| 1 | 八巻 | 菩薩蠻二首其一 | 魏承班 | | |
| 2 | 八巻 | 菩薩蠻二首其二 | 魏承班 | | |
| 3 | 九巻 | 滿宮花一首 | 魏承班 | | |
| 4 | 九巻 | 木蘭花一首 | 魏承班 | | |
| 5 | 九巻 | 玉樓春二首,其一 | 魏承班 | | |
| 6 | 九巻 | 玉樓春二首,其二 | 魏承班 | | |
| 7 | 九巻 | 訴衷情五首,其一 | 魏承班 | | |
| 8 | 九巻 | 訴衷情五首,其二 | 魏承班 | | |
| 9 | 九巻 | 訴衷情五首,其三 | 魏承班 | | |
| 10 | 九巻 | 訴衷情五首,其四 | 魏承班 | | |
| 11 | 九巻 | 訴衷情五首,其五 | 魏承班 | | |
| 12 | 九巻 | 生查子二首,其一 | 魏承班 | | |
| 13 | 九巻 | 生查子二首,其二 | 魏承班 | | |
| 14 | |||||