李珣《河傳二首,其二》十巻 (この街の役人であったあのお方に身請けされ、妻妾としてつくしたが、別の地に赴任する朝のことを詠う。)
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漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)
李珣《河傳二首,其二》十巻 (この街の役人であったあのお方に身請けされ、妻妾としてつくしたが、別の地に赴任する朝のことを詠う。)
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李珣《河傳二首,其一》十巻 (成都の妻妾が旅に出たきり音沙汰がなくなった男について、巫山十二晩峰の麓にある祠の美人のもとに入り浸ってしまっているのだろうと詠う。)
20-541《河傳二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-724-20-(541) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5167
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| 花間集 教坊曲『河傳』十八首 | | ||||||
| 溫助教庭筠 | 巻二 | 曉妝仙,仙景箇 | | ||||
| 巻二 | 雨蕭蕭,煙浦花 | | |||||
| 巻二 | 杏花稀,夢裡每 | | |||||
| 韋相莊 | 巻二 | 何處,煙雨,隋堤 | | ||||
| 巻二 | 春晚,風暖,錦城 | | |||||
| 巻二 | 錦浦,春女,繡衣 | | |||||
| 張舍人泌 | 巻五 | 渺莽雲水,惆悵暮 | | ||||
| 巻五 | 紅杏,交枝相映, | | |||||
| 顧太尉敻 | 巻七 | 鷰颺,晴景。小䆫 | | ||||
| 巻七 | 曲檻,春晚。 | | |||||
| 巻七 | 棹舉,舟去,波光 | | |||||
| 孫少監光憲 | 巻七 | 太平天子,等閑遊 | | ||||
| 巻七 | 柳拖金縷,着煙籠 | | |||||
| 巻七 | 花落,煙薄,謝家 | | |||||
| 巻七 | 風颭,波斂。 | | |||||
| 閻處士選 | 巻九 | 秋雨,秋雨, | | ||||
| 李秀才珣 | 巻十 | 河傳二首其一 | 朝雲暮雨,依舊 | | |||
| 巻十 | 河傳二首其二 | 落花深處,啼鳥 | | ||||
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河傳二首
河傳二首其一
(成都の妻妾が旅に出たきり音沙汰がなくなった男について、巫山十二晩峰の麓にある祠の美人のもとに入り浸ってしまっているのだろうと詠う。)
去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。
去っていったきりで何処に行ったのやら、遙か遠い葉の国か、その国だろうか、その地まで山も水も連なっているのに。
朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。
楚の懐王と瑶姫のように朝も夕もいつも一緒になって快楽を得ていて、巫山の十二峰の前に古からある祠に入り浸っていることだろう、そこには猿の悲痛な叫びが聞こえていて、それを聞いて旅人はその祠に到着する。
愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書絕。
下腹に性の愁いを感じて、どうして、異なる丁子の身のように結ばれずにいようか、そんなことがあれば、離別という気持ちでいるだろうし、故国の女にも音信を断絶している。
想佳人花下,對明月春風,恨應同。
この祠の巫女、妓女の美人たちは花の下にあってこそと思うし、名月や春風の季節に対してのものである、愛していると思い続けることは何時しか、恨むことと同じ意味になっていく。
河傳二首其二
春暮,微雨。送君南浦,愁斂雙蛾。
落花深處,啼鳥似逐離歌,粉檀珠淚和。
臨流更把同心結,情哽咽,後會何時節?
不堪迴首,相望已隔汀洲,艣聲幽。
(河傳二首其の一)
去り去って,何處ぞ?迢迢たり 巴楚,山水 相い連る。
朝に雲に暮に雨,舊十二峯の前に依り,猿聲 客舡に到る。
愁腸 豈に異って丁香結ばん?因って離別し,故國 音書絕つ。
佳人を花下に想い,明月 春風に對し,恨み應に同じゅうす。
(河傳二首其の二)
春の暮、微雨に、君を南浦に送り、愁いに双蛾を斂む。
落花 深き処、啼く鳥 離歌を逐うに似たり、粉檀 珠涙 和す。
流れに臨みて 更に同心を結べば、情 哽咽【こうえつ】す、後会 何れの時節ぞ。
首を迴らすに堪えず、相い望めば 巳に汀洲を隔て、艣聲【ろせい】 幽かなり。
『河傳二首其一』 現代語訳と訳註解説
(本文)
河傳二首其一
去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。
朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。
愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書絕。
想佳人花下,對明月春風,恨應同。
(下し文)
河傳二首其一
去り去って,何處ぞ?迢迢たり 巴楚,山水 相い連る。
朝に雲に暮に雨,舊十二峯の前に依り,猿聲 客舡に到る。
愁腸 豈に異って丁香結ばん?因って離別し,故國 音書絕つ。
佳人を花下に想い,明月 春風に對し,恨み應に同じゅうす。
(現代語訳)
(成都の妻妾が旅に出たきり音沙汰がなくなった男について、巫山十二晩峰の麓にある祠の美人のもとに入り浸ってしまっているのだろうと詠う。)
去っていったきりで何処に行ったのやら、遙か遠い葉の国か、その国だろうか、その地まで山も水も連なっているのに。
楚の懐王と瑶姫のように朝も夕もいつも一緒になって快楽を得ていて、巫山の十二峰の前に古からある祠に入り浸っていることだろう、そこには猿の悲痛な叫びが聞こえていて、それを聞いて旅人はその祠に到着する。
下腹に性の愁いを感じて、どうして、異なる丁子の身のように結ばれずにいようか、そんなことがあれば、離別という気持ちでいるだろうし、故国の女にも音信を断絶している。
この祠の巫女、妓女の美人たちは花の下にあってこそと思うし、名月や春風の季節に対してのものである、愛していると思い続けることは何時しか、恨むことと同じ意味になっていく。
(訳注)
河傳二首其一
(成都の妻妾が旅に出たきり音沙汰がなくなった男について、巫山十二晩峰の麓にある祠の美人のもとに入り浸ってしまっているのだろうと詠う。)
【解説】 李珣に、巫山一段雲二首があり、不況にいることとしてえがいているが、この詩は、故郷に残した女と巫峡で遊ぶ男を客観的に見ている。巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。こうしたことの前提で巫山の神女の故事ができあがっている。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、坐山の神女の故事に思いを馳せる。
『花間集』には「河傳」は十八首、その内、李珣の作が二首収められている。双調五十五字、前段二十七字七句四仄韻三平韻、後段一十八字六句三仄韻二平韻で、❷.❷.❹.④.❹.⑥.⑤./❼.❸.❺.5.⑤.③.の詞形をとる。温庭筠、の韋莊、張泌、顧敻、孫光憲、閻處士選河傳、解説参照。
去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。
朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。
愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書絕。
想佳人花下,對明月春風,恨應同。
●● △● ○○○● ○●△○
○○●● △●●●○○ ○○●●○
○○●●○○● ○△● ●●○○●
●○○○● ●○●○△ ●△○
去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。
去っていったきりで何処に行ったのやら、遙か遠い葉の国か、その国だろうか、その地まで山も水も連なっているのに。
巴楚 涪江流域の梓州、嘉陵江流域の閬州、巴江流域の巴州の三巴を巴の国、楚は、現在の湖南省・湖北省を指す。 楚 (春秋) (? - 紀元前223年) - 春秋時代の強国で、戦国七雄の1つでもある。ここでは三峡に到る渝州、雲安、夔州、辺りを指している。特に巫峡を下る直前に在る菱州に在る祠とその周辺の歓楽街を指している。
朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。
楚の懐王と瑶姫のように朝も夕もいつも一緒になって快楽を得ていて、巫山の十二峰の前に古からある祠に入り浸っていることだろう、そこには猿の悲痛な叫びが聞こえていて、それを聞いて旅人はその祠に到着する。
○朝雲暮雨 楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。
韋莊『望遠行』「出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。」
この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。
○舊十二峯 中国上古の神話には、瑤姫が西王母の第二十三人の娘「雲華夫人(うんかふじん)」だとの言い伝えがあり、十二匹の悪龍に降伏し禹の治水事業を助けていた。後に巫山十二峰(神女峰)を形成した。
十二晚峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」
巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407
皇甫松《天仙子二首其一》
晴野鷺鷥飛一隻,水葓花發秋江碧。
劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。
齊,夢魂銷散醉空閨
4-414《天仙子二首其一》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532
毛文錫『巫山一段雲一首』
雨霽巫山上,雲輕映碧天。
遠峯吹散又相連,十二晚峯前。
暗濕啼猿樹,高籠過客舡。
朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。
巫山一段雲二首其二
古廟依青嶂,行宮枕碧流。
水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。
雲雨朝還暮,煙花春復秋。
啼猿何必近孤舟,行客自多愁。
愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書絕。
下腹に性の愁いを感じて、どうして、異なる丁子の身のように結ばれずにいようか、そんなことがあれば、離別という気持ちでいるだろうし、故国の女にも音信を断絶している。
想佳人花下,對明月春風,恨應同。
この祠の巫女、妓女の美人たちは花の下にあってこそと思うし、名月や春風の季節に対してのものである、愛していると思い続けることは何時しか、恨むことと同じ意味になっていく。
李珣
巫山一段雲二首其一
有客經巫峽,停橈向水湄。
楚王曾此夢瑤姬,一夢杳無期。
塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。
西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠。
巫山一段雲二首其二
古廟依青嶂,行宮枕碧流。
水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。
雲雨朝還暮,煙花春復秋。
啼猿何必近孤舟,行客自多愁。
宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。
杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。
水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13) 杜甫 <418> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500
李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。
細雨(帷飄白玉堂) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76
細雨(瀟洒傍廻汀) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78
・芳草路萋萋 旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことを。『楚辞』招隠士第十二「王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。」(王孫 遊びて歸らず、春草 生じて萋萋たり。)
・雲雨別來易東西 愛し合ってきた睦まじい男女の仲も、一たび別れとなれば、たちまち東西に遠く離れ離れになってしまうことを言う。雲雨は男女の情交を指す。宋玉の「高唐の賦」の序に拠れば、楚の懐王は高唐に遊び、巫山の神女と夢の中で情を交わした。神女は別れに当たり 「私は巫山の南、高く険しい所におり、朝には雲となり暮れには雨となって、朝な朝な夕なに、陽台の下におります」と言い残し去ったと言う。以来、雲.雨の語は男女の情交を指すようになった。
啼猿何必近孤舟,行客自多愁。
この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。
〇時猿何必近孤舟 昔から、三峡(長江上流の四川省と湖北省にまたがる巫咲、瞿塘峡、西陵峡) を挟む両岸の山々の猿の噂き声は、長江を行き来する船にまで届き、旅人の愁いを誘った。
李珣《虞美人一首,》十巻 昨夜来から、待ち続け、麗しい美男子が他所での逢瀬をひそかにともにすごしているのだろう、あまりに浮気心がおおいために、今宵も酒に酔い、さめることはなく、あのお方は、帰る約束の日を守ったことがない。
20-540《虞美人一首,》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-723-20-(540) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5162
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李珣《西溪子一首,》十巻 (「買斷」身請けされた妓女は、覚悟していたことではあるが、年を経ると、妓女の所に男が訪れることはない。春には帰って来ると出て行った男を待ち続ける寂しい様子を詠う。)
20-539《西溪子一首,》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-722-20-(539) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5157
西溪子
(「買斷」身請けされた妓女は、覚悟していたことではあるが、年を経ると、妓女の所に男が訪れることはない。春には帰って来ると出て行った男を待ち続ける寂しい様子を詠う。)
金縷翠鈿浮動,粧罷小䆫圓夢。
今日こそは、来てくれると金糸作りの髪飾りゆらゆら揺れ、花鈿も付けて、あの日と同じ装いを済ませた、別れた時の約束が守られる夢が正夢であってほしいと占う小窓のむこうの天にいのる。
日高時,春已老,人來到,滿地落花慵掃。
すでに日は高く昇って又昼を過ぎる、また、約束の春は既にすぎさろうとしている、人は往来するけれど、中庭に散り敷ける花を掃うのは物憂くてしない。
無語倚屏風,泣殘紅。
誰とも話すことが無くなり、寝牀のまわりに屏風を立てることもないので片づけたままだし、生気を失って生きる意欲をなくし、ただ、涙を流す。
(西溪子)
金縷の翠鈿 浮動し,粧い罷え 小䆫 夢を圓う。
日 高き時,春 已に老けたり,人 來りて到り,滿地の落花 掃うに慵く。
無語るく屏風を倚せ,殘紅に泣きたり。
『西溪子』 現代語訳と訳註解説
(本文)
西溪子
金縷翠鈿浮動,粧罷小䆫圓夢。
日高時,春已老,人來到,滿地落花慵掃。
無語倚屏風,泣殘紅。
(下し文)
(西溪子)
金縷の翠鈿 浮動し,粧い罷え 小䆫 夢を圓う。
日 高き時,春 已に老けたり,人 來りて到り,滿地の落花 掃うに慵く。
無語るく屏風を倚せ,殘紅に泣きたり。
(現代語訳)
(「買斷」身請けされた妓女は、覚悟していたことではあるが、年を経ると、妓女の所に男が訪れることはない。春には帰って来ると出て行った男を待ち続ける寂しい様子を詠う。)
今日こそは、来てくれると金糸作りの髪飾りゆらゆら揺れ、花鈿も付けて、あの日と同じ装いを済ませた、別れた時の約束が守られる夢が正夢であってほしいと占う小窓のむこうの天にいのる。
すでに日は高く昇って又昼を過ぎる、また、約束の春は既にすぎさろうとしている、人は往来するけれど、中庭に散り敷ける花を掃うのは物憂くてしない。
誰とも話すことが無くなり、寝牀のまわりに屏風を立てることもないので片づけたままだし、生気を失って生きる意欲をなくし、ただ、涙を流す。
(訳注)
西溪子
(「買斷」身請けされた妓女は、覚悟していたことではあるが、年を経ると、妓女の所に男が訪れることはない。春には帰って来ると出て行った男を待ち続ける寂しい様子を詠う。)
【解説】 「買斷」身請けされた妓女の所に年を経ると、男が訪れることはないのは、身請けされた妓女は覚悟していることである。冒頭二句は、棄てられたという自覚のない初めのころは、男の訪れを待って化粧を毎日、整えるのである。窓辺で昨夜見た夢が正夢であってほしいと吉凶判断をするさまを描く。末三句は、散り敷いた花を掃う気持ちにはなれず、独り屏風転身を寄せて、終わりかけた花に向かって、密かに涙するさまを詠じる。女が散り敷いた花を掃除する気持ちになれないのは、風流人にとっては当然のことであるが、人が出ていったり、去っていった道に散った花を掃除すると、人の帰りや訪れが遅れるという迷信があったことによる。なお、第五句に「人末だ到らず」とあることからすると、夢占いは吉と出た可能性がきわめて高い。
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| 花間集 教坊曲『西溪子』三首 | | ||||||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | | |||
| 牛嶠(牛給事嶠) | 巻四 | 捍撥雙盤金鳳, | | ||||
| 毛文錫(毛司徒文錫) | 巻五 | 昨日西溪遊賞, | | ||||
| 李珣(李秀才珣) | 巻十 | 西溪子一首 | 金縷翠鈿浮動, | | |||
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『花間集』には三首所収。李珣の作は一首収められている。単調三十五字、八句五仄韻二平韻で、❻❻3❸❸❻⑤③の詞形をとる。
金縷翠鈿浮動 粧罷小䆫圓夢
日高時 春已老
人來到 滿地落花慵掃
無語倚屏風 泣殘紅
○●●△○● ?△●?○△
●○○ ○●●
○△● ●●●○○●
○●△△△ ●○○
金縷翠鈿浮動,粧罷小䆫圓夢。
今日こそは、来てくれると金糸作りの髪飾りゆらゆら揺れ、花鈿も付けて、あの日と同じ装いを済ませた、別れた時の約束が守られる夢が正夢であってほしいと占う小窓のむこうの天にいのる。
○金縷翠鈿 金糸で作られた飾りの付いた簪と額に飾る花鈿。
○円夢 夢が昨夜見た夢が正夢であってほしいと吉凶判断の占いをする。吉しかない占い。
日高時,春已老,人來到,滿地落花慵掃。
すでに日は高く昇って又昼を過ぎる、また、約束の春は既にすぎさろうとしている、人は往来するけれど、中庭に散り敷ける花を掃うのは物憂くてしない。
○日高時,春已老,人來到
○滿地落花慵掃 女が散り敷いた花を掃除する気持ちになれないのは、風流人にとっては当然のことであるが、人が出ていったり、去っていった道に散った花を掃除すると、①早く年を取る、老け込が早くなる。②人の帰りや訪れが遅れるという思いがあることによる。
王維「田園楽」・孟浩然「春暁」盛唐詩 春暁 孟浩然28 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -335
田園楽 王維
桃紅復含宿雨、柳緑更帯春煙。
花落家童未掃、鶯啼山客猶眠。
春曉 孟浩然
春眠不覺曉,處處聞啼鳥。
夜來風雨聲,花落知多少。
無語倚屏風,泣殘紅。
誰とも話すことが無くなり、寝牀のまわりに屏風を立てることもないので片づけたままだし、生気を失って生きる意欲をなくし、ただ、涙を流す。
倚屏風 屏風は、ベッドインするのにベッドの周りに立てるもので、それを折りたたんで壁際に倚りかけている。性交渉が全くなくなったことをいう。
殘紅 生きる意欲が損なわれたことをいう。
李珣《菩薩蠻三首,其三》十巻 (南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われ、かつては、良い日々を過ごしたけれど、又春が過ぎてゆき歳を重ねてゆくと詠う。)
20-538《菩薩蠻三首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-721-20-(538) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5152
菩薩蠻三首
菩薩蠻三首其一
(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)
迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。
堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。
殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。
夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)
征帆何處客,相見還相隔。
出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。
不語欲魂銷,望中煙水遙。
話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ。
(菩薩蠻三首其の一)
塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。
残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。
征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。
語らず 魂 銷えんと欲し、中を望めば 煙と水は 遙かなり。
菩薩蠻三首其二
(離れの部屋をあてがわれて三年も過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)
等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。
あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。日が傾き始めたので、簾を降ろす、たたきと庭との花壇に草花が長短入り混じって成長しているのが影を成している。
曲檻日初斜,杜鵑啼落花。
この離れに来る渡り廊下の欄干の足元に始めて日差しが入り柱の影を斜めにしている、春の花は散り落ちて、もうホトトギスが泣きはじめる初夏を迎えている。
恨去容易處,又話瀟湘去。
約束が守られず恨みに思うことも、あの方の事も忘れ去り、此処も苦もなく棲めるところとなっている。それに、話すこともできるし、「瀟湘妃子」の故事のように思いつめるのはやめた。
凝思倚屏山,淚流紅臉斑。
もうあの人の事は考えないようにしているし、あの時の屏風は壁横に立てかけて納めていて一人で寝るだけ、それでも、涙が流れて、頬紅をつたい落ちて、瀟湘の斑竹のようになっている。
(菩薩蠻三首其の二)
閑に等しいまま 將に三春の景を度り,簾垂れ 碧砌 參差の影。
曲檻 日初めて斜めなり,杜鵑 啼き花を落す。
恨去 容易の處,又た話し 瀟湘去る。
凝思す屏山に倚り,淚流し 紅臉斑なり。
菩薩蠻三首其三
(南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われ、かつては、良い日々を過ごしたけれど、又春が過ぎてゆき歳を重ねてゆくと詠う。)
隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。
すだれを隔てて春の小雨が降り、番の燕が飛んでゆくと、家の周りのたたき添いの春の花が枯れ始め、潤って紅の色は深くなり、初夏の花が咲き始める。
捻得寶箏調,心隨征棹遙。
宝飾で飾られた耀く琴を爪弾いてあの人が好きだった調べを聴くけれど、あの人は、舟を出帆してはるか遠くへ行ってしまい、その進んだ航路を心で追いかけて、思うことだけだ。
楚天雲外路,動便經年去。
長江中下流域の楚の国の辺りの航路の外へ広がる雲のようにあの人はどこへ行かれたのか、ともすればこのまま年を重ねてゆくだけになるのだろう。
香斷畫屏深,舊懽何處尋。
閨には香を焚くのもいつしかやめてしまったし、寝牀のまわりに立てていた絵屏風も置く方に片付けてしまい、一人で夜を明かす日々は続く、過ぎ去った喜びの日の事は、今、何処を尋ねてもわかりはしないのだ。
(菩薩蠻三首其の三)
簾を隔て微雨 雙に鷰飛び,砌花 零落す 紅深く淺くして。
捻じては 寶箏の調を得ん,心は 棹を征し遙かなるに隨う。
楚天 雲は外路にあり,動もすれば 便ち 經年去る。
香斷ち 畫屏深く,舊懽は 何處に尋ねん。
『菩薩蠻三首其三』 現代語訳と訳註解説
(本文)
菩薩蠻三首其三
隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。
捻得寶箏調,心隨征棹遙。
楚天雲外路,動便經年去。
香斷畫屏深,舊懽何處尋。
(下し文)
(菩薩蠻三首其の三)
簾を隔て微雨 雙に鷰飛び,砌花 零落す 紅深く淺くして。
捻じては 寶箏の調を得ん,心は 棹を征し遙かなるに隨う。
楚天 雲は外路にあり,動もすれば 便ち 經年去る。
香斷ち 畫屏深く,舊懽は 何處に尋ねん。
(現代語訳)
(南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われ、かつては、良い日々を過ごしたけれど、又春が過ぎてゆき歳を重ねてゆくと詠う。)
すだれを隔てて春の小雨が降り、番の燕が飛んでゆくと、家の周りのたたき添いの春の花が枯れ始め、潤って紅の色は深くなり、初夏の花が咲き始める。
宝飾で飾られた耀く琴を爪弾いてあの人が好きだった調べを聴くけれど、あの人は、舟を出帆してはるか遠くへ行ってしまい、その進んだ航路を心で追いかけて、思うことだけだ。
長江中下流域の楚の国の辺りの航路の外へ広がる雲のようにあの人はどこへ行かれたのか、ともすればこのまま年を重ねてゆくだけになるのだろう。
閨には香を焚くのもいつしかやめてしまったし、寝牀のまわりに立てていた絵屏風も置く方に片付けてしまい、一人で夜を明かす日々は続く、過ぎ去った喜びの日の事は、今、何処を尋ねてもわかりはしないのだ。
(訳注)
菩薩蠻三首其三
(南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われ、かつては、良い日々を過ごしたけれど、又春が過ぎてゆき歳を重ねてゆくと詠う。)
菩薩蠻とは唐教坊曲の一つで、妓優について詠うものである。『花間集』には李珣の作が三首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。溫庭筠、韋莊などの菩薩蛮の解説参照。
隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。
捻得寶箏調,心隨征棹遙。
楚天雲外路,動便經年去。
香斷畫屏深,舊懽何處尋。
●○○●○○● ●○△●○△△
●●●○△ ○○○●○
●○○●● ●△△○●
○●●△△ ●△△●○
隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。
すだれを隔てて春の小雨が降り、番の燕が飛んでゆくと、家の周りのたたき添いの春の花が枯れ始め、潤って紅の色は深くなり、初夏の花が咲き始める。
砌花零落 家の周りのたたき添いの春の花が枯れ始めたこと。この二句は、季節の変わり目を指し、時の経過をいう。
紅深淺 春の盛りの花は散り始めたが春の花は雨に濡れて色濃くし、初夏の花は咲き初めの淡い色をしている。
捻得寶箏調,心隨征棹遙。
宝飾で飾られた耀く琴を爪弾いてあの人が好きだった調べを聴くけれど、あの人は、舟を出帆してはるか遠くへ行ってしまい、その進んだ航路を心で追いかけて、思うことだけだ。
捻 琴を爪弾く琴。
心隨征棹遙 舟を出帆してはるか遠くへ行ってしまい、その進んだ航路を追いかけるのはこころだけである。
楚天雲外路,動便經年去。
長江中下流域の楚の国の辺りの航路の外へ広がる雲のようにあの人はどこへ行かれたのか、ともすればこのまま年を重ねてゆくだけになるのだろう。
楚天 長江中流から下流域の楚の国の辺り。このごから、女は、南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われた女性と考えられる。
雲外路 子もが、香炉以外にもいく様にあのお方もどこに行ったのかわからない。雲は男を意味する。
動便 ややもすれば、すなわち~となる。
香斷畫屏深,舊懽何處尋。
閨には香を焚くのもいつしかやめてしまったし、寝牀のまわりに立てていた絵屏風も置く方に片付けてしまい、一人で夜を明かす日々は続く、過ぎ去った喜びの日の事は、今、何処を尋ねてもわかりはしないのだ。
舊懽 昔過した楽しい日々。盛んに愛してくれた頃のこと。 ・懽:1喜ぶ,楽しむ.2((方言)) 形容詞 勢いがよい,活発である,盛んである.
李珣《菩薩蠻三首,其二》十巻 (離れの部屋をあてがわれて三年も過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。
20-537 《菩薩蠻三首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-720-20-(537) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5147
菩薩蠻三首
菩薩蠻三首其一
(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)
迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。
堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。
殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。
夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)
征帆何處客,相見還相隔。
出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。
不語欲魂銷,望中煙水遙。
話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ。
(菩薩蠻三首其の一)
塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。
残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。
征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。
語らず 魂 銷えんと欲し、中を望めば 煙と水は 遙かなり。
菩薩蠻三首其二
(離れの部屋をあてがわれて三年も過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)
等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。
あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。日が傾き始めたので、簾を降ろす、たたきと庭との花壇に草花が長短入り混じって成長しているのが影を成している。
曲檻日初斜,杜鵑啼落花。
この離れに来る渡り廊下の欄干の足元に始めて日差しが入り柱の影を斜めにしている、春の花は散り落ちて、もうホトトギスが泣きはじめる初夏を迎えている。
恨去容易處,又話瀟湘去。
約束が守られず恨みに思うことも、あの方の事も忘れ去り、此処も苦もなく棲めるところとなっている。それに、話すこともできるし、「瀟湘妃子」の故事のように思いつめるのはやめた。
凝思倚屏山,淚流紅臉斑。
もうあの人の事は考えないようにしているし、あの時の屏風は壁横に立てかけて納めていて一人で寝るだけ、それでも、涙が流れて、頬紅をつたい落ちて、瀟湘の斑竹のようになっている。
(菩薩蠻三首其の二)
閑に等しいまま 將に三春の景を度り,簾垂れ 碧砌 參差の影。
曲檻 日初めて斜めなり,杜鵑 啼き花を落す。
恨去 容易の處,又た話し 瀟湘去る。
凝思す屏山に倚り,淚流し 紅臉斑なり。
菩薩蠻三首其三
隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。
捻得寶箏調,心隨征棹遙。
楚天雲外路,動便經年去。
香斷畫屏深,舊懽何處尋。
『菩薩蠻三首其一』 現代語訳と訳註解説
(本文)
菩薩蠻三首其二
等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。
曲檻日初斜,杜鵑啼落花。
恨去容易處,又話瀟湘去。
凝思倚屏山,淚流紅臉斑。
(下し文)
(菩薩蠻三首其の二)
閑に等しいまま 將に三春の景を度り,簾垂れ 碧砌 參差の影。
曲檻 日初めて斜めなり,杜鵑 啼き花を落す。
恨去 容易の處,又た話し 瀟湘去る。
凝思す屏山に倚り,淚流し 紅臉斑なり。
(現代語訳)
(離れの部屋をあてがわれて三年も過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)
あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。日が傾き始めたので、簾を降ろす、たたきと庭との花壇に草花が長短入り混じって成長しているのが影を成している。
この離れに来る渡り廊下の欄干の足元に始めて日差しが入り柱の影を斜めにしている、春の花は散り落ちて、もうホトトギスが泣きはじめる初夏を迎えている。
約束が守られず恨みに思うことも、あの方の事も忘れ去り、此処も苦もなく棲めるところとなっている。それに、話すこともできるし、「瀟湘妃子」の故事のように思いつめるのはやめた。
もうあの人の事は考えないようにしているし、あの時の屏風は壁横に立てかけて納めていて一人で寝るだけ、それでも、涙が流れて、頬紅をつたい落ちて、瀟湘の斑竹のようになっている。
(訳注)
菩薩蠻三首其二
(離れの部屋をあてがわれて過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)
菩薩蠻とは唐教坊曲の一つで、妓優について詠うものである。『花間集』には李珣の作が三首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。溫庭筠、韋莊などの菩薩蛮の解説参照。
等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。
曲檻日初斜,杜鵑啼落花。
恨去容易處,又話瀟湘去。
凝思倚屏山,淚流紅臉斑。
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等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。
あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。日が傾き始めたので、簾を降ろす、たたきと庭との花壇に草花が長短入り混じって成長しているのが影を成している。
・等閑 物事の扱いをいい加減にすること。注意を払わないこと。なおざり。来るべき人がもう来なくなって知って、自暴自棄になっていることを示す。
・三春 ①春の三か月(早春・盛春・晩春)。謝靈運《登石門最高頂》「心契九秋榦,日玩三春荑。」(心に契る九秋の幹を、目は翫【よろこ】ぶ三春の荑【つばみ】。)心に九十日の秋の霜にも枯れぬ松柏の幹のような心の道を守ることを誓い、ここでの日々は春の三か月に咲く初花を愛で遊ぶのだ。②三年、三度の春。杜甫《贈王二十四侍御契詩》「一別星橋夜,三移斗柄春。」(一別 星橋の夜、三たび移る 斗柄の春。)成都星橋での夜にお別れの宴会をしてから、はや春を指す北斗星の柄が三たびうつり三年も過ぎたのです。
・參差 山や草木の長短不そろいのさま。
曲檻日初斜,杜鵑啼落花。
この離れに来る渡り廊下の欄干の足元に始めて日差しが入り柱の影を斜めにしている、春の花は散り落ちて、もうホトトギスが泣きはじめる初夏を迎えている。
・杜鵑啼 恋しい余りに啼いて血を吐くホトトギス。男を求めて泣くけれど、啼いて血を吐くホトトギス。ツツジの花は初夏であるから時間の経過も示している。蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。(そのように、血を吐きながらなく思いである)。
不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄、子規、躑躅。李白【宣城見杜鵑花】. 蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑
杜鵑行 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -16-1) <379> 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1831 杜甫詩1000-379-557/1500
杜鵑行 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -16-2) <379> 2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1835 杜甫詩1000-379-558/1500
恨去容易處,又話瀟湘去。
約束が守られず恨みに思うことも、あの方の事も忘れ去り、此処も苦もなく棲めるところとなっている。それに、話すこともできるし、「瀟湘妃子」の故事のように思いつめるのはやめた。
・容易處 なんの苦もなく棲めるところとなることをいう。杜甫《雨》前雨傷卒暴,今雨喜容易。(前雨は卒暴なりしを傷む、今雨は容易なるを喜ぶ。)
・瀟湘 瀟水と湘水。湖南省を流れ洞庭湖に注ぐ。湘水は、現在“湘江”という。「瀟湘妃子」の故事をふまえての句である。太古の聖天子である舜帝は、南巡(なんじゅん:南方の視察)した際に蒼梧(そうご)で崩御した。堯帝の二人の娘であり舜帝の妃であった娥皇(がこう)と女英(じょえい)の姉妹は湘水(しょうすい)のほとりで舜帝の死を泣きに泣く。二人の流した涙が河畔の竹の上に降り注いで斑点となり、これがすなわち斑(まだら)模様のついた竹、斑竹(はんちく)になったという。この句と最終句の「涙」「斑」が関連する。
劉禹錫『瀟湘神』
斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。
楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。
斑竹枝,斑竹枝,涙痕 點點 相思を寄す。
楚客 聽かんと欲す瑤瑟の怨を,瀟湘の深夜 月明の時。
斑文のある湘妃竹、その斑竹で作った笛。娥皇と女英の涙の痕が点々とあるが、これはその人を思いやる証しなのである。
楚の国から来たその人は、瀟湘の川の上で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいとおもった。瀟湘の川の流れに船を浮かべてそう思ったのだ。深夜に月の明るく澄んでいる時のことであった。
瀟湘神
詞牌の一。詞の形式名。『瀟湘曲』ともいう。詳しくは下記の「構成について」を参照。この作品がこの詞牌の起源になる。湘妃と斑竹の、亡き人を偲ぶ故事で、深い味わいを出している。
温庭筠は『瑤瑟怨』
冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。
雁聲遠過瀟湘去,十二樓中月自明。 と詠う。
・斑竹 斑文のある竹。湘妃竹のこと。湘妃とは、舜帝の妃・娥皇と女英の二人のこと。舜帝を慕って湘水に身を投じて、川の湘靈、湘神となったという故事。舜帝が蒼梧(現在の江西省蒼梧)で崩じた時に、娥皇と女英の二人の妃がここに来て深く嘆き悲しみ、流した涙が竹に滴り、その痕(あと)が竹に斑斑と残ったことから「斑竹」と謂われた。或いは、九嶷山で亡くなり、二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。恨みの涙、別れの涙。慟哭の涙、偲ぶ涙。辺境の地に向かう惜別の涙、四面楚歌の絶望の悔し涙。とあるけれど、頼りにして従っていた貴顕の御方が、左遷された、取り残された書生の将来不安の涙。
李商隠の『涙』詩は、人の世の涙の諸相を写し出し、最後に保護者と別れる貧士の涙が、何よりも痛切であることを歌う。面白い詩だ。
涙 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 33
・涙痕 涙の痕。
・點點 点々と。
・寄 よせる。手紙を差し出す。
・相思 異性を思いやる。或いは、相互に思う。
凝思倚屏山,淚流紅臉斑。
もうあの人の事は考えないようにしているし、あの時の屏風は壁横に立てかけて納めていて一人で寝るだけ、それでも、涙が流れて、頬紅をつたい落ちて、瀟湘の斑竹のようになっている。
倚屏山 逢瀬の時には寝牀のまわりに屏風を立てるが、今はその屏風を閉じたままで、壁にななめに立てかけられていて、「山」は屏風に書かれている山という意味もあるが、女が寝ていることを意味する。横たわっていること。
紅臉斑 瀟湘の二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。離れの閨のまわりの竹林の竹も斑の竹になるのだろうか。
李珣菩薩蠻三首,其一》十巻 (船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)
20-536《菩薩蠻三首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-719-20-(536) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5142
| 歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指すもので、唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのである。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。菩薩蠻はこうした一芸に秀でた芸妓について詠ったものである。 宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。 宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。 |
花間集 教坊曲『菩薩蠻』四十一首
毛熙震 巻一『菩薩蠻 一』 小山重疊金明滅,
『菩薩蠻 二』 水精簾裡頗黎枕,
『菩薩蠻 三』 蘂黃無限當山額,
『菩薩蠻 四』 翠翹金縷雙鸂鶒,
『菩薩蠻 五』 杏花含露團香雪,
『菩薩蠻 六』 玉樓明月長相憶,
『菩薩蠻 七』 鳳凰相對盤金縷,
『菩薩蠻 八』 牡丹花謝鶯聲歇,
『菩薩蠻 九』 滿宮明月梨花白,
『菩薩蠻 十』 寶函鈿雀金鸂鶒,
『菩薩蠻十一』 南園滿地堆輕絮,
『菩薩蠻十二』 夜來皓月纔當午,
『菩薩蠻十三』 雨晴夜合玲瓏日
『菩薩蠻十四』 竹風輕動庭除冷,
韋 荘 菩薩蠻 一 韋荘 紅樓別夜堪惆悵
菩薩蠻 二 韋荘 人人盡說江南好
菩薩蠻 三 韋荘 如今卻憶江南樂
菩薩蠻 四 韋荘 勸君今夜須沉醉
菩薩蠻 五 韋荘 洛陽城裡春光好
牛 嶠 菩薩蠻七首 其一 舞裙香暖金泥鳳,
菩薩蠻七首 其二 柳花飛處鶯聲急,
菩薩蠻七首 其三 玉釵風動春幡急,
菩薩蠻七首 其四 畫屏重疊巫陽翠
菩薩蠻七首 其五 風簾鷰舞鶯啼柳,
菩薩蠻七首 其六 綠雲鬢上飛金雀,
菩薩蠻七首 其七,玉樓冰簟鴛鴦錦,
和 凝 巻八 菩薩蠻一首 其一 越梅半拆輕寒裏
孫光憲 巻八 菩薩蠻五首其一 月華如水籠香砌,
菩薩蠻五首其二花冠頻皷牆頭翼,
菩薩蠻五首其三小庭花落無人掃,
菩薩蠻五首其四青巖碧洞經朝雨,
菩薩蠻五首其五木綿花映叢祠小,
魏承班 巻八 菩薩蠻二首其一 羅裾薄薄秋波染,
菩薩蠻二首其二羅衣隱約金泥畫,
尹鶚隴 巻九 菩薩蠻一首 雲暗合秋天白,
毛熙震 巻十 菩薩蠻三首其一 梨花滿院飄香雪
巻十 菩薩蠻三首其二 繡簾高軸臨塘看
巻十 菩薩蠻三首其三 天含殘碧融春色
李秀才珣 巻十 菩薩蠻三首其一 迴塘風起波紋細
巻十 菩薩蠻三首其二 等閑將度三春景
巻十 菩薩蠻三首其三 隔簾微雨雙飛鷰
菩薩蠻三首
菩薩蠻三首其一
(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)
迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。
堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。
殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。
夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)
征帆何處客,相見還相隔。
出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。
不語欲魂銷,望中煙水遙。
話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ。
(菩薩蠻三首其の一)
塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。
残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。
征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。
語らず 魂 銷えんと欲し、中を望めば 煙と水は 遙かなり。
菩薩蠻三首其二
等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。
曲檻日初斜,杜鵑啼落花。
恨去容易處,又話瀟湘去。
凝思倚屏山,淚流紅臉斑。
菩薩蠻三首其三
隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。
捻得寶箏調,心隨征棹遙。
楚天雲外路,動便經年去。
香斷畫屏深,舊懽何處尋。
『菩薩蠻三首其一』 現代語訳と訳註解説
(本文)
菩薩蠻三首其一
迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。
殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。
征帆何處客,相見還相隔。
不語欲魂銷,望中煙水遙。
(下し文)
(菩薩蠻三首其の一)
塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。
残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。
征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。
語らず 魂 銷えんと欲し、中を望めば 煙と水は 遙かなり。
(現代語訳)
(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)
堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。
夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)
出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。
話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ。
(訳注)
菩薩蠻三首其一
(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)
【解説】 いずこの人とも知れぬ旅の男の乗る船を見送る女性の情はかつてここから見送ったものとして別れの情はよくわかると詠う。妓優の夢は、囲ってもらい、そこで一人の人に愛され続けたいと思っている。船の発着が見えるその家は身請けをされて棲んでいる家なのである。妓優は官妓であることが多く、ちい的に高い者であれば、その仕事の先々にこうした女性を身請けして囲っていたのである。
菩薩蠻とは唐教坊曲の一つで、妓優について詠うものである。『花間集』には李珣の作が三首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。溫庭筠、韋莊などの菩薩蛮の解説参照。
△○△●○○● ●○○●○○●
○●●○○ ○○○●○
○△△●● △●○△●
△●●○○ △△○●○
迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。
堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。
○迴塘 堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれること。船着き場であるから入り江のように湾曲した堤があり、そこに風が吹いてきた。
○刺桐 木の名。中国南方の山谷に生育し、樹は桐に似て樹皮は薄黄色く、濃紅色の花を枝一面につける。刺があるので刺桐と呼ばれるもので籬・牆璧と併用して植えられる。身請けされた妻妾が棲んでいるということ。
斜閉 遮閉であり、完全に閉ざされている。囲われた女性であるから他の男とは接触できないことを意味する。門が斜めに閉ざされているというのではない。菩薩蠻という詩であり、以前妓優であった女が、身請けをされて、妻妾という立場遺あるということで、決してオープンではないのである。身分的には奴婢であることが多い。
殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。
夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)
○残日 夕日。
○平蕪 雑草が生い茂っている野原。
征帆何處客,相見還相隔。
出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。
○征帆 旅行く舟。かって女もこうして旅立つ船を見送ったことを思い出している。
不語欲魂銷,望中煙水遙。
話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ。
○欲魂銷 あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうだ。欲は今にも〜しそうだ、の意。銷は彫り込まれた文字を抉り取って消してしまう。単に消して忘れるというものではない。
○望中 視線が当たるところの届く限り、行きさって見渡す限り、ただ遠くをぼんやり見るのではなく船が行き去って消えたあたりを見るということ。
(菩薩蠻三首其の一)
塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。
残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。
征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。
李珣《望遠行二首,其二》十巻 (身請けをされたものの寺観の離れの奥座敷に棄てられた蕭娘は、逢瀬の約束の秋をまた、迎えたたが、空しく時は過ぎてゆくと詠う。)竹林の奥の誰もいない静かな中庭に、落ち葉の上に秋の夜露がしたたりおちている、また秋が来て愁いは増すばかり、ここで待つ女には、柳の眉にまた愁いがあつまってくる。
20-535《望遠行二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-718-20-(535) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5137
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| 花間集 教坊曲『南鄉子』十八首 | | |||||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | | ||
| 韋荘 | 巻二 | | ||||
| 李珣 | 巻十 | 望遠行二首其一 | 春日遲遲思寂寥 | | ||
| 巻十 | 望遠行二首其二 | 露滴幽庭落葉時 | | |||
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望遠行二首
望遠行二首其一
(遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)
春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。
春の日は日に日に長くなり、あのかたを思う時も多くなり、心寂しい。今まだ関所に向かう途中でしょうが、その道さえ、わたしには遙か遠いものなのです。
瓊䆫時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。
閏の窓辺には折からの艶やかな鶯の声を聴き潤み、枝垂れ柳の、そのしなやかに揺れるのを見ては潤むからだに、恨むこころに牽かれていくのです。
休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。
暈し作りの刺繍も止めたし、蕭は悲しい音なので吹くも止めている、晩春の残り花は暗く凋んでいるので追い求めるのをやめるのです。それは自分の顔は知らぬ間にやつれていくようにおもえるからなのです。
同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。
別れの時の愛の誓いの同心結びはスカートの腰に今も残っていて、いつも結び直します、それなのに、もういくたびかこの美しい風月を無にして、素晴らしい春の夜をむざむざ過ごしていくのは仕方ないことなのでしょう。
(望遠行二首其の一)
春日遲遲として思い 寂寥、行客 関山 路 遙かなり。
瓊䆫 時に聴く 語鶯の嬌なるを、柳糸 恨みを牽く 一条条。
暈繡を休め、吹簾を罷め、貌は残花を逐いて暗に凋む。
同心 猶お旧裙の腰に結はる、忍びて風月に辜き 良宵を度る。
望遠行二首其二
(身請けをされたものの寺観の離れの奥座敷に棄てられた蕭娘は、逢瀬の約束の秋をまた、迎えたたが、空しく時は過ぎてゆくと詠う。)
露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。
竹林の奥の誰もいない静かな中庭に、落ち葉の上に秋の夜露がしたたりおちている、また秋が来て愁いは増すばかり、ここで待つ女には、柳の眉にまた愁いがあつまってくる。
玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。
あれほどまでに愛おしい美男のお人は一度去って云ったら約束の期日が来てもその約束は守られなかった。水は東に去り、雲は遠く彼方に消えてしまい、手紙も音沙汰もいまだにないのだ。
屏半掩,枕斜欹,䗶淚無言對垂。
逢瀬の閨の寝牀には、まわり全てに立てていた屏風もいまは片隅に、あの人の枕を斜めにして女は枕にそばだてている。じっとして何も言わず、蝋燭の垂れるのも涙が垂れるのもそのままにして見ている。
吟蛩斷續漏頻移,入䆫明月鑒空帷。
蟋蟀が啼くのがとぎれとぎれに聞こえてきて、水時計はしきりに次の水槽に移って時は過ぎてゆく、また秋が終わってゆくだけなのか。窓から入って来る明月の明かりは寂しくとばりを照らしている。
(望遠行二首其の二)
露滴る幽庭 落葉の時,愁い 蕭娘柳眉を聚む。
玉郎 一び去り佳期を負く,水雲 迢遞 鴈書遲く。
屏半ば掩い,枕斜に欹て,䗶淚 無言にして 對垂す。
吟蛩 斷續 漏れ頻に移り,䆫に明月入りて 空しく帷を鑒す。
『望遠行二首其二』 現代語訳と訳註解説
(本文)
望遠行二首其二
露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。
玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。
屏半掩,枕斜欹,䗶淚無言對垂。
吟蛩斷續漏頻移,入䆫明月鑒空帷。
(下し文)
(望遠行二首其の二)
露滴る幽庭 落葉の時,愁い 蕭娘柳眉を聚む。
玉郎 一び去り佳期を負く,水雲 迢遞 鴈書遲く。
屏半ば掩い,枕斜に欹て,䗶淚 無言にして 對垂す。
吟蛩 斷續 漏れ頻に移り,䆫に明月入りて 空しく帷を鑒す。
(現代語訳)
(身請けをされたものの寺観の離れの奥座敷に棄てられた蕭娘は、逢瀬の約束の秋をまた、迎えたたが、空しく時は過ぎてゆくと詠う。)
竹林の奥の誰もいない静かな中庭に、落ち葉の上に秋の夜露がしたたりおちている、また秋が来て愁いは増すばかり、ここで待つ女には、柳の眉にまた愁いがあつまってくる。
あれほどまでに愛おしい美男のお人は一度去って云ったら約束の期日が来てもその約束は守られなかった。水は東に去り、雲は遠く彼方に消えてしまい、手紙も音沙汰もいまだにないのだ。
逢瀬の閨の寝牀には、まわり全てに立てていた屏風もいまは片隅に、あの人の枕を斜めにして女は枕にそばだてている。じっとして何も言わず、蝋燭の垂れるのも涙が垂れるのもそのままにして見ている。
蟋蟀が啼くのがとぎれとぎれに聞こえてきて、水時計はしきりに次の水槽に移って時は過ぎてゆく、また秋が終わってゆくだけなのか。窓から入って来る明月の明かりは寂しくとばりを照らしている。
(訳注)
望遠行二首其二
(身請けをされたものの寺観の離れの奥座敷に棄てられた蕭娘は、逢瀬の約束の秋をまた、迎えたたが、空しく時は過ぎてゆくと詠う。)
『花間集』には李均の作が二首収められており、双調五十三字、前段二十七字四句四平韻、後段二十六字五句四平韻で、⑦⑥⑦⑦/3③⑥⑦⑦の詞形をとる。
露滴幽庭落葉時 愁聚蕭娘柳眉
玉郎一去負佳期 水雲迢遞鴈書遲
屏半掩 枕斜欹 䗶淚無言對垂
吟蛩斷續漏頻移 入䆫明月鑒空帷
●●○○●●○ ○●○○●○
●○●●●○○ ●○○●●○○
△●● △○○ ●●○○●○
△○●●●○○ ●?○●△△○
露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。
竹林の奥の誰もいない静かな中庭に、落ち葉の上に秋の夜露がしたたりおちている、また秋が来て愁いは増すばかり、ここで待つ女には、柳の眉にまた愁いがあつまってくる。
蕭娘 「買斷」「身請け」をされた女妓のこと。沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。
戯蕭娘
明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。
因風時蹔擧、想像見芳姿
凊晨插歩揺、向晩解羅衣。
託意風流子、佳情詎肯私。
ねやの奥座敷に輝いている真珠を鏤めた翡翠のとばり、その内側に金箔を飾った緑のうす絹のとばりがある。
風に吹かれて時にはしばらくまくれ上がってしまう。きっとその中に(蕭娘さん)あなたの綺麗なお姿があると思います。
清々しい朝を迎えると外していた簪を髪に挿すのでしょう。それから晩方になればその奥座敷でうすぎぬの肌着をとくことでしょう。
あなたはあの風雅なあの人(范靖)に心を寄せていますね。そういう男女の愛情について私は独り占めにしようなんて思ってもいませんから。
(蕭娘を戯むる)
明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。
風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。
凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。
意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。
戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488
玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。
あれほどまでに愛おしい美男のお人は一度去って云ったら約束の期日が来てもその約束は守られなかった。水は東に去り、雲は遠く彼方に消えてしまい、手紙も音沙汰もいまだにないのだ。
○玉郎 美男。ここでは愛しい男の意。
屏半掩,枕斜欹,䗶淚無言對垂。
逢瀬の閨の寝牀には、まわり全てに立てていた屏風もいまは片隅に、あの人の枕を斜めにして女は枕にそばだてている。じっとして何も言わず、蝋燭の垂れるのも涙が垂れるのもそのままにして見ている。
枕斜欹 帰ってこない男の枕に待っている女の耳を当てること。
䗶淚無言對垂 蝋燭がたれ、涙がたれるけれど、話す人もいない。
吟蛩斷續漏頻移,入䆫明月鑒空帷。
蟋蟀が啼くのがとぎれとぎれに聞こえてきて、水時計はしきりに次の水槽に移って時は過ぎてゆく、また秋が終わってゆくだけなのか。窓から入って来る明月の明かりは寂しくとばりを照らしている。
吟蛩 蟋蟀がなく。
漏頻移 漏刻は5つの水槽に順に水が落ちてゆくことをいう。「頻」という語で、毎晩ということをあらわす。漏刻を置いてある部屋はかなりの富貴の者の女であることがわかる。
入䆫明月鑒空帷 月明かりが入ってとばりをスポットライトの様に照らす光景は寂しさの極みである。それでも妓優は不特定多数の男と接する事より、孤独であっても、この道を選ぶのである。
大多数の妓女の最後の願いは、途中で普通の男に身請けされ結婚することだった。しかし、この結婚も彼女たちが愛情を得て、円満な結婚生活を送れるということを決して意味してはいなかった。
彼女たちが見初めた人に必ずしも結婚の意志があったり、身請けの金があったりしたわけではない。また、彼女たちを身請けしようと願い、またその金がある人が、必ずしも彼女たちの意中の人だったわけでもない。
妓女を身請けしたのは大部分が武将、下級官吏、商人たちであったが、身分が賎しいために、彼女たちが正妻になることはきわめて難しかった。一般には彼らの側室とか姫妾になったのである。正室になったものは、史書の記載ではただ一例見られるだけである。妓女は身請けされた後でも、依然として家庭の中で賎民の地位を抜けだせず、また主人の中には彼女たちを人間扱いしない者もいた。
唐代の著名な小説『雷小玉伝』は妓女の愛情悲劇を描いたものである。霞小玉は李益を心から愛したが、しかし「自らつり合わないことを知り」、李益と結婚する夢はもたなかった。李益が正式の結婚をする前の数年間の恩愛を願っただけである。このささやかな可憐な望みも、李益の裏切りと薄情によって粉々に砕かれ、小玉は悲しみのあまり病気にかかり、恨みを抱いたまま死んでしまった。このような凄惨な愛情悲劇は、まさに唐代の無数の妓女がたどった運命の一縮図であった。
妓女たちはこうした悪縁をたいへん恐れ、たとえ逆境にあっても愛と幸せを求めて全力を尽した。妓女たちは色町で世の中の金や人情のはかなさを見つくし、また身請けされて嫁いでも前途は計り難かったので、少なからざる妓女が別の道、つまり出家して仏門に入る道を選んだ。
○劉阮 劉郎、阮郎 檀郎、安仁、潘郎、玉郎・・・・・。
○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。
李珣《望遠行二首,其一》十巻 (遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)
20-534《望遠行二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-717-20-(534) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5132
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| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | | ||
| 韋荘 | 巻二 | | ||||
| 李珣 | 巻十 | 望遠行二首其一 | 春日遲遲思寂寥 | | ||
| 巻十 | 望遠行二首其二 | 露滴幽庭落葉時 | | |||
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望遠行二首
望遠行二首其一
(遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)
春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。
春の日は日に日に長くなり、あのかたを思う時も多くなり、心寂しい。今まだ関所に向かう途中でしょうが、その道さえ、わたしには遙か遠いものなのです。
瓊䆫時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。
閏の窓辺には折からの艶やかな鶯の声を聴き潤み、枝垂れ柳の、そのしなやかに揺れるのを見ては潤むからだに、恨むこころに牽かれていくのです。
休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。
暈し作りの刺繍も止めたし、蕭は悲しい音なので吹くも止めている、晩春の残り花は暗く凋んでいるので追い求めるのをやめるのです。それは自分の顔は知らぬ間にやつれていくようにおもえるからなのです。
同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。
別れの時の愛の誓いの同心結びはスカートの腰に今も残っていて、いつも結び直します、それなのに、もういくたびかこの美しい風月を無にして、素晴らしい春の夜をむざむざ過ごしていくのは仕方ないことなのでしょう。
(望遠行二首其の一)
春日遲遲として思い 寂寥、行客 関山 路 遙かなり。
瓊䆫 時に聴く 語鶯の嬌なるを、柳糸 恨みを牽く 一条条。
暈繡を休め、吹簾を罷め、貌は残花を逐いて暗に凋む。
同心 猶お旧裙の腰に結はる、忍びて風月に辜き 良宵を度る。
望遠行二首其二
露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。
玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。
屏半掩,枕斜欹,䗶淚無言對垂。
吟蛩斷續漏頻移,入䆫明月鑒空帷。

『望遠行二首其一』 現代語訳と訳註解説
(本文)
望遠行二首其一
春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。
瓊䆫時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。
休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。
同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。
(下し文)
(望遠行二首其の一)
春日遲遲として思い 寂寥、行客 関山 路 遙かなり。
瓊䆫 時に聴く 語鶯の嬌なるを、柳糸 恨みを牽く 一条条。
暈繡を休め、吹簾を罷め、貌は残花を逐いて暗に凋む。
同心 猶お旧裙の腰に結はる、忍びて風月に辜き 良宵を度る。
(現代語訳)
(遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)
春の日は日に日に長くなり、あのかたを思う時も多くなり、心寂しい。今まだ関所に向かう途中でしょうが、その道さえ、わたしには遙か遠いものなのです。
閏の窓辺には折からの艶やかな鶯の声を聴き潤み、枝垂れ柳の、そのしなやかに揺れるのを見ては潤むからだに、恨むこころに牽かれていくのです。
暈し作りの刺繍も止めたし、蕭は悲しい音なので吹くも止めている、晩春の残り花は暗く凋んでいるので追い求めるのをやめるのです。それは自分の顔は知らぬ間にやつれていくようにおもえるからなのです。
別れの時の愛の誓いの同心結びはスカートの腰に今も残っていて、いつも結び直します、それなのに、もういくたびかこの美しい風月を無にして、素晴らしい春の夜をむざむざ過ごしていくのは仕方ないことなのでしょう。
(訳注)
望遠行二首其一
(遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)
【解説】 この詩は、二句ごとに時間経過が異なっている。前段始めは、別れて間もない春の日が日一日と長くなり、まだ行く道であろうことを旅路にあるお方を思って愁いに沈み、次の二句は、翌年春、ウグイスの鳴き声、枝垂れる無数の柳の枝の一本一本に悲しみを誘われずにはいられないことを言う。
後段、初めの二句は、それも数年たつと、何年もかかってする刺繍も途中でやめ、思いを込めて吹く笛もしなくなり、春に咲く花もどうでもよくなる。
末尾、スカートの腰にはあの方を見送った時に結んだ、「永結同心」そのままに残っており、春の夜を、あたら虚しく送っていると、無念の思いを語っている。子供が出来ない妃嬪はそのままとし終えてゆくのである。
『花間集』には李均の作が二首収められており、双調五十三字、前段二十七字四句四平韻、後段二十六字五句四平韻で、⑦⑥⑦⑦/3③⑥⑦⑦の詞形をとる。
春日遲遲思寂寥 行客關山路遙
瓊䆫時聽語鶯嬌 柳絲牽恨一條條
休暈繡 罷吹蕭 貌逐殘花暗凋
同心猶結舊裙腰 忍辜風月度良宵
○●○○△●△ △●○○●○
○●○△●○△ ●○△●●○○
△●● △△○ ●●○○●○
○○△●●○○ ●○△●●○○
春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。
春の日は日に日に長くなり、あのかたを思う時も多くなり、心寂しい。今まだ関所に向かう途中でしょうが、その道さえ、わたしには遙か遠いものなのです。
○寂寥 心が満ち足りず、もの寂しいこと。ひっそりとしてもの寂しいさま。
○関山 関所のある山、国境。ここでは遙かな旅路の意でもある。
瓊䆫時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。
閏の窓辺には折からの艶やかな鶯の声を聴き潤み、枝垂れ柳の、そのしなやかに揺れるのを見ては潤むからだに、恨むこころに牽かれていくのです。
○壇窓 美しく飾った窓。
○語鶯嬌 「語鶯嬌(鶯の噸りは口づけの音のようで艶やか)」 の語順が押韻のために変わったもの。
○柳糸牽恨一条条 枝垂れた柳の枝の一本一本が揺れれば、男との睦まじく過ごした日々を思い出し、別離の恨みを誘う。柳は男女の交わりを言い、したがって別離の象徴となる。
この二句は仲睦まじく過ごしたことを思い出す出来事である。
休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。
暈し作りの刺繍も止めたし、蕭は悲しい音なので吹くも止めている、晩春の残り花は暗く凋んでいるので追い求めるのをやめるのです。それは自分の顔は知らぬ間にやつれていくようにおもえるからなのです。
○暈繡 濃淡さまざまな色糸を用いて、グラデーション模様の色を変化させる刺繍。刺繍は相手を思いやってするもので、特にレベルの高い刺繍で高貴なものしかしない。宮中、後宮の妃嬪、あるいは皇族の内官であろう。
○貌 顔。
この二句は思いを込めてする作業である。
同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。
別れの時の愛の誓いの同心結びはスカートの腰に今も残っていて、いつも結び直します、それなのに、もういくたびかこの美しい風月を無にして、素晴らしい春の夜をむざむざ過ごしていくのは仕方ないことなのでしょう。
○同心猶結 男女が別れの際などに愛の誓いのしるしとして、解けないように固く結ぶ佩び紐、髪の毛の結び方をいう。通常は、佩び玉を腰に着けるようにぶら下げることが多い。時代映画などで、妃嬪は君王などの髪の毛を数本切り、自分の髪の毛と結び、 「永結同心(永遠に心を結ぶ)」を願うということ。
○忍辜風月度良宵 美しい風月を無にして素晴らしい春の夜をみすみす過ごす。この時代の全ての女性は、妻であろうが妓女であろうが、待つことしかない。子供ができるまでが勝負であり、それによって扱いは劇的に変化する。子ができなければ閨に放置、あるいは、棄てられても仕方がないということなのである。

韋莊『望遠行』
欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。
謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。
人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。
出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。
不忍別君後、却入旧香閏。
別れんと欲して 言 無く 画屏に倚る、恨みを含みて 暗に情を傷ましむ。
謝家の庭樹 錦鶏 鳴き、残月 辺城に落つ。
人 別れんと欲し、馬 頻に嘶く、緑槐 千里の艮堤。
門を出づれば 芳草 路に妻萎たり、雲雨 別れてより來 東西なり易し。
忍びず 君と別れし後、却って旧の香閨に入るに。
(あの人のことを遠くに望む歌)
別れをしようというころ、言葉なくこの部屋の絵屏風に身を寄せるだけで、恨みを抱き人知れず心悲しむだけなのです。
折しも豪邸の謝家のような庭の樹に錦鶏は時を告げます、名残の月は田舎の町の城壁にまさに落ちています。
あの人は去ってゆこうとしています、馬はしきりに声高く鳴いています。花が咲く前のエンジュの大樹か千里にわたって植わっている堤がながくつづいています。
この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。
忍ぶことができないことはこのひとが去った後は、このひとと過ごした閏に入るだけなのですが、それがつらいことなのです。
100 望遠行 韋荘 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972
李珣《酒泉子四首,其四》十巻 (かつては名をはせた妓優も買斷を受けた暮らしをしても、歳を重ねるほどに来てくれる事は無くなる。悲愁の秋を寂しく過ごす様子を詠う。)
中秋のつきは美しく艶やかであり、緑色のうす絹をはった窓の外を清らかにして輝やかにしている。
20-533《酒泉子四首,其四》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-716-20-(533) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5127
酒泉子四首
酒泉子四首其一
(寵愛をうけた妃嬪が二度と承けることが無くなり、春というのに無気力な毎日を過ごすと詠う)
寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。
ひっそりとして寂しい春景色の中の高楼があり、燭台の焔は、風に揺れ、刺繍のとばりも揺れ、玉すだれも淝水の尖りもゆっくりと揺れている。
月朦朧,花暗澹,鏁春愁。
春の盛りの月は朧月であり、花に月の明かりはほんのりと照らす。誰も来ないので鍵をかけたままで春の憂いに思うばかりである。
尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。
色々思いめぐらすことと云えば、過ぎ去った昔のことばかり、それも時折り見る夢がきっかけになったものである。涙顔で桃の身に露が零れ落ちるようであり、頬の紅さは涙にぬれて色濃く見える。
鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。
両鬢の蝉の翅の髪型は傾き、あの方にもらった鳳凰の簪は落ちたままで、もうなにを思っていいのかなんにもわからない。(酒におぼれる毎日だ)
(酒泉子四首其の一)
寂寞として青樓,風觸 繡簾 珠翠撼【ゆれ】る。
月は朦朧とし,花は暗澹として,春愁を鏁す。
尋思 往事 稀夢に依れど,淚臉 露桃 紅色重し。
鬢は蟬を欹【かたむ】け。釵は鳳を墜し,思は悠悠たり。
酒泉子四首其二
(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)
雨清花零,紅散香凋池兩岸。
春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)
別情遙,春歌斷,掩銀屏。
別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。
孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?
それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。
曲中情,絃上語,不堪聽。
琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。
酒泉子四首其二
雨清けれど花零ち,紅散り香凋いて 池の兩岸。
別情遙,春歌斷,掩銀屏。
孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?
曲中情,絃上語,不堪聽。
酒泉子四首其三
(年を重ねた妃嬪は一人さびしく過ごすことに堪えねばならない。過ぎ行く秋の長雨に、枯れた蓮の葉を敲く雨音を詠う。)
秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。
秋の長雨は連綿と降り続く、枯れた蓮の葉に落ちる雨音はあつまり、群れて、かわいた砕ける音は人々が集まってざわめく音の様である。
那堪深夜枕前聽,酒初醒。
そのまま深夜までもずっと続き、ひとり枕辺で聞くにもう堪えきれず、憂さ晴らしの酒もすぐ醒め酔うことができない。
牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。
雨音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、ちょうあいへの思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。
細和煙,冷和雨,透簾中。
音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、寵愛への思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。
(酒泉子四首其の二)
秋雨 聯綿として、声 敗荷の叢裏に散る。
那で堪えんや 深夜 枕前に聴くに、酒 初し醒む。
愁いを牽き 思いを惹い 更に停まること 無く、燭は暗く 香は凝り 天は暁ならんと欲す。
細やかに煙に和し、冷ややかに雨に和し、簾中を透る。
酒泉子四首其四
(かつては名をはせた妓優も買斷を受けた暮らしをしても、歳を重ねるほどに来てくれる事は無くなる。悲愁の秋を寂しく過ごす様子を詠う。)
秋月嬋娟,皎潔碧紗䆫外。
中秋のつきは美しく艶やかであり、緑色のうす絹をはった窓の外を清らかにして輝やかにしている。
照花穿竹冷沉沉,印池心。
寒花を照らし、竹林の中までその光は入っていく、冷気はこの景色に森々と深まっていく、また秋が過ぎて行こうとするやるせなく池を廻るが過ぎ去った日々この池での行楽の思い出を思い出すばかりである。
凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。
夜露が寒花や竹の葉から滴り落ち、小閣の軒のみぎわには蟋蟀が啼くのと瑟を爪弾いて歌を吟じている、美しい妓優はあの日のこと思い出しながら吟じていたが、現実に帰って驚いている。
夜深斜傍枕前來,影徘徊。
というのもいつの間にか夜も更けて寝牀に片手をついて斜めになり、あのお方と横になっていたことを思い出したら、枕の前に来ているのだ。見ると再び、池の周りを徘徊している。
(酒泉子四首其の四)
秋月は嬋娟たり,皎潔は碧紗の䆫外にあり。
花を照らし 竹を穿ち 冷 沉沉たり,池心を印ず。
凝露は滴り,砌蛩は吟じ,驚きて覺む 謝娘の殘夢。
夜深く 斜傍して枕前に來り,徘徊を影す。
『酒泉子四首其四』 現代語訳と訳註解説
(本文)
酒泉子四首其四
秋月嬋娟,皎潔碧紗䆫外。
照花穿竹冷沉沉,印池心。
凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。
夜深斜傍枕前來,影徘徊。
(下し文)
(酒泉子四首其の四)
秋月は嬋娟たり,皎潔は碧紗の䆫外にあり。
花を照らし 竹を穿ち 冷 沉沉たり,池心を印ず。
凝露は滴り,砌蛩は吟じ,驚きて覺む 謝娘の殘夢。
夜深く 斜傍して枕前に來り,徘徊を影す。
(現代語訳)
(かつては名をはせた妓優も買斷を受けた暮らしをしても、歳を重ねるほどに来てくれる事は無くなる。悲愁の秋を寂しく過ごす様子を詠う。)
中秋のつきは美しく艶やかであり、緑色のうす絹をはった窓の外を清らかにして輝やにかしている。
寒花を照らし、竹林の中までその光は入っていく、冷気はこの景色に森々と深まっていく、また秋が過ぎて行こうとするやるせなく池を廻るが過ぎ去った日々この池での行楽の思い出を思い出すばかりである。
夜露が寒花や竹の葉から滴り落ち、小閣の軒のみぎわには蟋蟀が啼くのと瑟を爪弾いて歌を吟じている、美しい妓優はあの日のこと思い出しながら吟じていたが、現実に帰って驚いている。
というのもいつの間にか夜も更けて寝牀に片手をついて斜めになり、あのお方と横になっていたことを思い出したら、枕の前に来ているのだ。見ると再び、池の周りを徘徊している。
(訳注)
酒泉子四首其四
(かつては名をはせた妓優も買斷を受けた暮らしをしても、歳を重ねるほどに来てくれる事は無くなる。悲愁の秋を寂しく過ごす様子を詠う。)
官妓、妓優が「買斷」か「命令」によって、他の客と接することが無くなって楼閣の小閣に囲われている。そのことは、芸妓たちの夢であるけれども、一定の年を経ると寂しさを耐え抜かなければいけないことにもなるわけで、前半の「秋月」「皎潔碧紗」は十分にまだ魅力がある美しい様子を詠うことで、憐れを誘うことになる。妓優の多くは良家の出身者が多く琴を弾くものが多い、「すすむし」「こうろぎ」が啼くのを聞くのではなく、琴を弾くことで、前半の「秋月」「皎潔碧紗」の語句と関連付けられる。
酒泉はもとは、大量の酒を呑むことをいい、それによって引き起こされる男女の別れを題材にした唐の教坊曲の名である。『花間集』には李珣の作が四首収められている。双調四十字、前段十九字五句二平韻、後段二十一字五句二平韻で、46⑦③/336⑦③でこれまでの張泌、牛嶠と同じ④❼3❸③/⑦733③の詞形をと異なるし、ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、④❻3❸③/⑦533③の詞形をとる。
秋月嬋娟,皎潔碧紗䆫外。
照花穿竹冷沉沉,印池心。
凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。
夜深斜傍枕前來,影徘徊。
○●○○ ●●●○?●
●○△●△○○ ●○○
△●● ●○△ ○●●○○△
●△○△△○△ ●○○
秋月嬋娟,皎潔碧紗䆫外。
中秋のつきは美しく艶やかであり、緑色のうす絹をはった窓の外を清らかにして輝やかにしている。
嬋娟/嬋妍【せんけん】容姿のあでやかで美しいさま。
皎 白く光り輝くさま。
潔1 汚れがなく清らか。清らかにする。2 余計なものがなく、すっきりしている。3 心や行いがけじめ正しい。
照花穿竹冷沉沉,印池心。
寒花を照らし、竹林の中までその光は入っていく、冷気はこの景色に森々と深まっていく、また秋が過ぎて行こうとするやるせなく池を廻るが過ぎ去った日々この池での行楽の思い出を思い出すばかりである。
沉沉 (物が)ずっしり重い.〔連用修〕=稲穂がずっしりと垂れている.2(程度が)深い.
印 しるし。印をつける。跡。跡をつける。道。方法。首。印影、印可、印章、印象、印信。
凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。
夜露が寒花や竹の葉から滴り落ち、小閣の軒のみぎわには蟋蟀が啼くのと瑟を爪弾いて歌を吟じている、美しい妓優はあの日のこと思い出しながら吟じていたが、現実に帰って驚いている。
謝娘 妓優、妓女。
砌 ①雨滴を受けるために、軒下などに石などを敷いた所。また、転じて、庭。②場所。所。③時。折。場合。
夜深斜傍枕前來,影徘徊。
というのもいつの間にか夜も更けて寝牀に片手をついて斜めになり、あのお方と横になっていたことを思い出したら、枕の前に来ているのだ。見ると再び、池の周りを徘徊している。
李珣《酒泉子四首,其三》十巻 (年を重ねた妃嬪は一人さびしく過ごすことに堪えねばならない。過ぎ行く秋の長雨に、枯れた蓮の葉を敲く雨音を詠う。)音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、寵愛への思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない
20-532《酒泉子四首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-715-20-(532) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5122
酒泉子四首
酒泉子四首其一
(寵愛をうけた妃嬪が二度と承けることが無くなり、春というのに無気力な毎日を過ごすと詠う)
寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。
ひっそりとして寂しい春景色の中の高楼があり、燭台の焔は、風に揺れ、刺繍のとばりも揺れ、玉すだれも淝水の尖りもゆっくりと揺れている。
月朦朧,花暗澹,鏁春愁。
春の盛りの月は朧月であり、花に月の明かりはほんのりと照らす。誰も来ないので鍵をかけたままで春の憂いに思うばかりである。
尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。
色々思いめぐらすことと云えば、過ぎ去った昔のことばかり、それも時折り見る夢がきっかけになったものである。涙顔で桃の身に露が零れ落ちるようであり、頬の紅さは涙にぬれて色濃く見える。
鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。
両鬢の蝉の翅の髪型は傾き、あの方にもらった鳳凰の簪は落ちたままで、もうなにを思っていいのかなんにもわからない。(酒におぼれる毎日だ)
(酒泉子四首其の一)
寂寞として青樓,風觸 繡簾 珠翠撼【ゆれ】る。
月は朦朧とし,花は暗澹として,春愁を鏁す。
尋思 往事 稀夢に依れど,淚臉 露桃 紅色重し。
鬢は蟬を欹【かたむ】け。釵は鳳を墜し,思は悠悠たり。
酒泉子四首其二
(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)
雨清花零,紅散香凋池兩岸。
春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)
別情遙,春歌斷,掩銀屏。
別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。
孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?
それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。
曲中情,絃上語,不堪聽。
琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。
酒泉子四首其二
雨清けれど花零ち,紅散り香凋いて 池の兩岸。
別情遙,春歌斷,掩銀屏。
孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?
曲中情,絃上語,不堪聽。
酒泉子四首其三
(年を重ねた妃嬪は一人さびしく過ごすことに堪えねばならない。過ぎ行く秋の長雨に、枯れた蓮の葉を敲く雨音を詠う。)
秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。
秋の長雨は連綿と降り続く、枯れた蓮の葉に落ちる雨音はあつまり、群れて、かわいた砕ける音は人々が集まってざわめく音の様である。
那堪深夜枕前聽,酒初醒。
そのまま深夜までもずっと続き、ひとり枕辺で聞くにもう堪えきれず、憂さ晴らしの酒もすぐ醒め酔うことができない。
牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。
雨音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、ちょうあいへの思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。
細和煙,冷和雨,透簾中。
音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、寵愛への思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。
(酒泉子四首其の二)
秋雨 聯綿として、声 敗荷の叢裏に散る。
那で堪えんや 深夜 枕前に聴くに、酒 初し醒む。
愁いを牽き 思いを惹い 更に停まること 無く、燭は暗く 香は凝り 天は暁ならんと欲す。
細やかに煙に和し、冷ややかに雨に和し、簾中を透る。
酒泉子四首其四
秋月嬋娟,皎潔碧紗䆫外。
照花穿竹冷沉沉,印池心。
凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。
夜深斜傍枕前來,影徘徊。
『酒泉子四首其二』 現代語訳と訳註解説
(本文)
酒泉子四首其三
秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。
那堪深夜枕前聽,酒初醒。
牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。
細和煙,冷和雨,透簾中。
(下し文)
(酒泉子四首其の二)
秋雨 聯綿として、声 敗荷の叢裏に散る。
那で堪えんや 深夜 枕前に聴くに、酒 初し醒む。
愁いを牽き 思いを惹い 更に停まること 無く、燭は暗く 香は凝り 天は暁ならんと欲す。
細やかに煙に和し、冷ややかに雨に和し、簾中を透る。
(現代語訳)
(年を重ねた妃嬪は一人さびしく過ごすことに堪えねばならない。過ぎ行く秋の長雨に、枯れた蓮の葉を敲く雨音を詠う。)
秋の長雨は連綿と降り続く、枯れた蓮の葉に落ちる雨音はあつまり、群れて、かわいた砕ける音は人々が集まってざわめく音の様である。
そのまま深夜までもずっと続き、ひとり枕辺で聞くにもう堪えきれず、憂さ晴らしの酒もすぐ醒め酔うことができない。
雨音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、寵愛への思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。
音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、ちょうあいへの思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。
(訳注)
酒泉子四首其三
(年を重ねた妃嬪は一人さびしく過ごすことに堪えねばならない。過ぎ行く秋の長雨に、枯れた蓮の葉を敲く雨音を詠う。)
【解説】 寵愛を失った妃嬪は宮殿の庭の池の枯れた蓮を叩く秋雨の音に、若き日の喝さいを受けていた音を思い出し、ひとり眠れぬ夜を堪えると詠う。
酒泉はもとは、大量の酒を呑むことをいい、それによって引き起こされる男女の別れを題材にした唐の教坊曲の名である。『花間集』には李珣の作が四首収められている。双調四十字、前段十九字五句二平韻、後段二十一字五句二平韻で、46⑦③/⑦733③でこれまでの張泌、牛嶠と同じ④❼3❸③/⑦733③の詞形をと異なるし、ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、④❻3❸③/⑦533③の詞形をとる。
秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。
那堪深夜枕前聽,酒初醒。
牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。
細和煙,冷和雨,透簾中。
○●○○ ○●●△○●
△○△●△○△ ●○△
△○●△△○○ ●●○△○●●
●△○ △△● ●○△
(停は【ちゃう】中と韻をふむ。)後段第一句の停と韻が合わないとして、後世のものが、旌の字に改める解説書もあるが蜀・楚の読みとして押韻に問題なし。
秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。
秋の長雨は連綿と降り続く、枯れた蓮の葉に落ちる雨音はあつまり、群れて、かわいた砕ける音は人々が集まってざわめく様である。
○声散敗荷叢裏 群がる枯れ蓮を打つ雨音が辺りに散らばるように響くことを言う。敗荷は枯れて破れかかった蓮の葉。
那堪深夜枕前聽,酒初醒。
そのまま深夜までもずっと続き、ひとり枕辺で聞くにもう堪えきれず、憂さ晴らしの酒もすぐ醒め酔うことができない。
牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。
雨音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、ちょうあいへの思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。
○香凝 薫く香の香りが散らずに立ち籠める。
○欲暁 夜が明けようとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。
細和煙,冷和雨,透簾中。
細やかな雨に変わり、朝靄と融合し、そこに冷気が雨に加わったようだ、冷たい朝靄は窓の簾を抜けて入って来る。(入って来るのは冷気だけで寒さにも耐えねばならない季節になってきた)
○細和煙、冷和雨、透簾族 香の香りが窓の簾を通して、細やかに霜に融け、冷たく雨に融けこんでゆくこと。
李珣《酒泉子四首,其二》十巻 (春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)
20-531《酒泉子四首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-714-20-(531) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5117
酒泉子四首
酒泉子四首其一
(寵愛をうけた妃嬪が二度と承けることが無くなり、春というのに無気力な毎日を過ごすと詠う)
寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。
ひっそりとして寂しい春景色の中の高楼があり、燭台の焔は、風に揺れ、刺繍のとばりも揺れ、玉すだれも淝水の尖りもゆっくりと揺れている。
月朦朧,花暗澹,鏁春愁。
春の盛りの月は朧月であり、花に月の明かりはほんのりと照らす。誰も来ないので鍵をかけたままで春の憂いに思うばかりである。
尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。
色々思いめぐらすことと云えば、過ぎ去った昔のことばかり、それも時折り見る夢がきっかけになったものである。涙顔で桃の身に露が零れ落ちるようであり、頬の紅さは涙にぬれて色濃く見える。
鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。
両鬢の蝉の翅の髪型は傾き、あの方にもらった鳳凰の簪は落ちたままで、もうなにを思っていいのかなんにもわからない。(酒におぼれる毎日だ)
(酒泉子四首其の一)
寂寞として青樓,風觸 繡簾 珠翠撼【ゆれ】る。
月は朦朧とし,花は暗澹として,春愁を鏁す。
尋思 往事 稀夢に依れど,淚臉 露桃 紅色重し。
鬢は蟬を欹【かたむ】け。釵は鳳を墜し,思は悠悠たり。
酒泉子四首其二
(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)
雨清花零,紅散香凋池兩岸。
春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)
別情遙,春歌斷,掩銀屏。
別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。
孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?
それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。
曲中情,絃上語,不堪聽。
琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。
酒泉子四首其二
雨清けれど花零ち,紅散り香凋いて 池の兩岸。
別情遙,春歌斷,掩銀屏。
孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?
曲中情,絃上語,不堪聽。
酒泉子四首其三
秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。
那堪深夜枕前聽,酒初醒。
牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。
細和煙,冷和雨,透簾中。
酒泉子四首其四
秋月嬋娟,皎潔碧紗䆫外。
照花穿竹冷沉沉,印池心。
凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。
夜深斜傍枕前來,影徘徊。

『酒泉子四首其二』 現代語訳と訳註解説
(本文)
酒泉子四首其二
雨清花零,紅散香凋池兩岸。
別情遙,春歌斷,掩銀屏。
孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?
曲中情,絃上語,不堪聽。
(下し文)
酒泉子四首其二
雨清花零,紅散香凋池兩岸。
別情遙,春歌斷,掩銀屏。
孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?
曲中情,絃上語,不堪聽。
(現代語訳)
(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)
春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)
別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。
それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。
琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。
(訳注)
酒泉子四首其二
(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)
【解説】 春の末、遠く去っていった男を思う女性の思いを詠う。前段は、晩春の長雨に、池の周りの花は散り香りも失せてしまったこと、思いは遙かなおかたへと向かい、お方が去ってからは歌を歌うこともなく、独り部屋に閉じ籠もっていることを言う。後段は、お方の乗る舟は、もう楚の地を離れてさらに遠く去っていることだろうと、妓優は悲しみに何も手につかず、心紛らせるために弾く琴も自ずと悲しい調べとなり、その音は自ら弾きながらも聴くに堪えないことを詠む。長雨に打たれて散り落ち香りの失せた花は、自らの役割が終わり、うちしおれて涙する妓優を連想させるものである。
もとは、大量の酒を呑むことをいい、それによって引き起こされる男女の別れを題材にし、唐の教坊曲の名である。『花間集』には李珣の作が四首収められている。双調四十字、前段十九字五句二仄韻二平韻、後段二十一字五句二仄韻二平韻で、張泌、牛嶠と同じ④❼3❸③/⑦733③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、④❻3❸③/⑦533③の詞形をとる。
雨清花零 紅散香凋池兩岸
別情遙 春歌斷 掩銀屏
孤帆早晚離三楚 閑理鈿箏愁幾許
曲中情 絃上語 不堪聽
●○○△ ○●○○○●●
●○○ ○○● ●○△
○△●●△△● ○●△○○△●
●△○ △●● △○△
雨清花零,紅散香凋池兩岸。
春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)
○雨清 長く雨に降り籠められる。
○花零 花が散り落ちる。
○紅散 紅の色が越せる。
別情遙,春歌斷,掩銀屏。
別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。
○春歌断 男が去ってから春を謳歌する歌も歌わなくなってしまったことを言う。
○掩銀屏 寵愛を受ける閨には、赤のものが基本の色調であるのが、憂鬱な気分で見るものが映えないということと、埃がかぶってしまい銀色モノトーンのような色あせてしまった。だれもこない独り部屋に引き寵もることを言う。
孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?
それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。
○孤帆 一人旅立っていった男の乗る舟を指すと同時に、孤の語に女の孤独な心情が込められている。
○早晚 ①早いことと遅いこと。②いずれ。③このあいだ。④朝夕。⑤ついに。しまいには。ここではとうとう。
〇三楚 江陵、彰城、広陵の三地。ここでは江陵を指す。
○閑理鈿箏 男が去ってしまったために何も手につかず、心慰め時を遣るために琴を奏でることを言う。鈿箏は螺鈿をちりばめた琴、高貴なものの持ち物。
曲中情,絃上語,不堪聽。
琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。
李珣《酒泉子四首,其一》十巻 (寵愛をうけた妃嬪が二度と承けることが無くなり、春というのに無気力な毎日を過ごすと詠う)ひっそりとして寂しい春景色の中の高楼があり、燭台の焔は、風に揺れ、刺繍のとばりも揺れ、玉すだれも淝水の尖りもゆっくりと揺れている。
20-530《酒泉子四首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-713-20-(530) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5112
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李珣《女冠子二首,其二》十巻 (これだけ綺麗な冠女にも別れていったいとしい男がいたと詠う)春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる
20-529《女冠子二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-712-20-(529) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5107
女冠子二首
女冠子二首其一
(若者同士で祠に来て女冠子と一夜を過そうとするが、自分はその気になれず、夜半過ぎからは、一人庭を開会し次こそは蓬莱山を目指そうと思うと詠う。)
星高月午,丹桂青松深處。
星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。
醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。
祠の神を祭る祭壇をひらき、金きり音、清らかな露の滴り落ちる音、珠のとばり、祠の垂れ絹、辺りには大樹が立ち青々とした苔が敷き詰められている。
步虛聲縹緲,想像思徘徊。
自分一人、他のもののようにはできず、その中をむなしく歩き、はるか遠い先に声を聴く、頭ではいろんなことを想像し、ただ考えながら彷徨い歩くのである。
曉天歸去路,指蓬萊。
やがて朝が来て暁の空が晴れてその帰り道の向うには、自分は今度こそ、神仙の蓬莱山を目指そうと思うのである。
(女冠子二首 其の一)
星高く月午なり,丹桂 青松 深き處。
醮壇開き,金磬 清露を敲き,珠幢 翠苔に立つ。
步 虛しく 聲 縹緲たり,想像 思うて徘徊す。
曉天 歸去の路,蓬萊を指す。
女冠子二首其二
(これだけ綺麗な冠女にも別れていったいとしい男がいたと詠う)
春山夜靜,愁聞洞天疎磬。
春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる
玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。
かがやくほど飾られた奥の講堂には誰もいない。外には霧雨が降り、佩び玉のように簾が垂れていて、軽やかにお香の煙がただよい冠女は緑の裾の着物をひっぱって歩いてくる。
對花情脉脉,望月步徐徐。
こんな花のような美人に情感のこもったまなざしで見るだけであり、月の様な美女をずっと見るとしずしずと歩いている。
劉阮今何處?絕來書。
聞いてくるには、別れて去っていった愛しいあのお方は、今、何処にいるのでしょう、手紙も今は堪えてしまったと。
(女冠子二首其の二)
春山 夜靜かなり,愁いは洞天疎磬を聞く。
玉堂虛し,細霧 珠珮を垂れ,輕煙 翠裾を曳く。
花に對して 情 脉脉たり,月に望んで 步 徐徐たる。
劉阮 今 何處? 來書を絕つ。
『女冠子二首其二』 現代語訳と訳註解説
(本文)
女冠子二首其二
春山夜靜,愁聞洞天疎磬。
玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。
對花情脉脉,望月步徐徐。
劉阮今何處?絕來書。
![]() | (下し文) (女冠子二首其の二) 春山 夜靜かなり,愁いは洞天疎磬を聞く。 玉堂虛し,細霧 珠珮を垂れ,輕煙 翠裾を曳く。 花に對して 情 脉脉たり,月に望んで 步 徐徐たる。 劉阮 今 何處? 來書を絕つ。
(現代語訳) 春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる かがやくほど飾られた奥の講堂には誰もいない。外には霧雨が降り、佩び玉のように簾が垂れていて、軽やかにお香の煙がただよい冠女は緑の裾の着物をひっぱって歩いてくる。 こんな花のような美人に情感のこもったまなざしで見るだけであり、月の様な美女をずっと見るとしずしずと歩いている。 聞いてくるには、別れて去っていった愛しいあのお方は、今、何処にいるのでしょう、手紙も今は堪えてしまったと。 |
(訳注)
女冠子二首其二
唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には李珣の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻二平韻三仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❹❻③❺⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。
春山夜靜,愁聞洞天疎磬。
玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。
對花情脉脉,望月步徐徐。
劉阮今何處?絕來書。
○○●● ○△△○△●
●○○ ●△○○● △○●●○
●○○●● △●●○○
○△○△● ●△○
春山夜靜,愁聞洞天疎磬。
春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる
洞天 中国の道教で神仙の住むとされる名山勝境のこと。洞天は,壱中天と同じく,一つの限られた空間の中に全宇宙が存在するという考えから生まれたもののようであるが,同時に,それは地下の霊界とつながりをもった聖なる場としての〈洞窟〉に対する原始的な信仰にも基づくものであろう。この考えが唐代になって整理され,十大洞天,三十六小洞天,七十二福地の名が定められた。
玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。
かがやくほど飾られた奥の講堂には誰もいない。外には霧雨が降り、佩び玉のように簾が垂れていて、軽やかにお香の煙がただよい冠女は緑の裾の着物をひっぱって歩いてくる。
虛 1 備えのないこと。油断。すき。2 事実でないこと。うそ。いつわり。3 中身・実体がないこと。むなしいこと。うつろ。から。
珠佩 真珠のおびもの。礼服の装飾で、玉を貫いた糸を数本つないで腰から靴の先まで垂れ、歩くとき鳴るようにしたもの。宮中に入るものすべてのものがつけていた。階級によって音が違った。
李白《宮中行樂詞、其八》
水綠南薰殿,花紅北闕樓。 鶯歌聞太液,鳳吹繞瀛洲。
素女鳴珠珮,天人弄綵球。 今朝風日好,宜入未央游。
(宮中行楽詞 其の八)
水は綠なり 南薫殿、花は紅なり 北闕楼。
鶯歌 太液に聞こえ、鳳吹 瀛洲を繞る。
素女は 珠佩を鳴らし、天人は 彩毬を弄す。
今朝 風日好し、宜しく未央に入りて遊ぶべし。
宮中行樂詞八首其八 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白149
裾 1 衣服の下方の縁(ふち)。また、その部分。「着物の―をからげる」2 物の端。下端や末端の部分。「垂れ幕の―」3 頭髪の、襟首(えりくび)に近い、末端の部分。「―を刈り上げる」4 山などの麓。
對花情脉脉,望月步徐徐。
こんな花のような美人に情感のこもったまなざしで見るだけであり、月の様な美女をずっと見るとしずしずと歩いている。
脉脉(脈々)①みえないさま。②目の表情で気持ちを伝えようとする,情感のこもったまなざしで見ている.③連続して絶えないさま。
・脉/脈【みゃく】1 動物の体内で血液が流通する管。血管。2 脈拍。3 《医師が患者の脈拍をみて病状を診断するところから》先の望み。見込み。
温庭筠 | |
| 夢江南二首 其一 |
千萬恨,恨極在天涯。 | |
山月不知心裏事,水風空落眼前花,搖曳碧雲斜。 | |
夢江南二首 其二 | |
梳洗罷,獨倚望江樓。 | |
過盡千帆皆不是,斜暉脉脉水悠悠,腸斷白蘋洲。 | |
過盡千帆皆不是,斜暉脈脈水悠悠。
何もかも通り過ぎてしまったこと、千の帆かけ船が行き交うけれどあの人がのっている船ではないのです。そうしているといつの間にか太陽が西に傾いている、みゃくみゃくと思いつきないこの気持ちを、せつなくやるせない思いを知らないというように川の流れは悠悠と流れて行くのです。
『夢江南 之二』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-45-14-# 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1796
劉阮今何處?絕來書。 聞いてくるには、別れて去っていった愛しいあのお方は、今、何処にいるのでしょう、手紙も今は堪えてしまったと。 ○劉阮 劉郎、阮郎 ○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。 顧夐『甘州子五首其三』 曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。 綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。 山枕上,長是怯晨鐘。 (甘州子五首 其の三) 曾て劉阮の如く仙を訪ねた蹤あり,洞を深くし客あり,此の時逢う。 綺筵 散後 繡衾 同じゅうし,曲を款めて韶を見て容く。 山 枕の上,是を長くして 晨鐘に怯る。 13-12《甘州子五首其三》顧太尉敻(顧夐【こけい】)55首 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-465-13-(12) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3872
李珣《女冠子二首,其一》十巻 (若者同士で祠に来て女冠子と一夜を過そうとするが、自分はその気になれず、夜半過ぎからは、一人庭を開会し次こそは蓬莱山を目指そうと思うと詠う。)星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。
20-528《女冠子二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-711-20-(528) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5102
○女冠について
家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。しかし、こうした人は少数で圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。また、家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観に入らざるをえなかった者もいる。国がその最低限の維持費を負担していた。
また妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。
宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。
唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。
出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。
① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。
② 病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、
③ 圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。
④ 家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。
⑤ 妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。
⑥ 貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。
⑦ 道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。
| | | | | |
| 花間集 教坊曲『女冠子』十九首 | | |||
| 溫助教庭筠 | 巻一 | 含嬌含笑 | | |
| | 巻一 | 霞帔雲髮, | | |
| 韋相莊 | 巻三 | 四月十七, | | |
| | 巻三 | 昨夜夜半, | | |
| 薛侍郎昭蘊 | 巻三 | 求仙去也, | | |
| | 巻三 | 雲羅霧縠, | | |
| 牛嶠(牛給事嶠) | 巻四 | 綠雲高髻, | | |
| | 巻四 | 錦江煙水, | | |
| | 巻四 | 星冠霞帔, | | |
| | 巻四 | 雙飛雙舞, | | |
| 張舍人泌 | 巻四 | 露花煙草, | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 蕙風芝露, | | |
| | 巻八 | 澹花瘦玉, | | |
| 鹿太保虔扆 | 巻九 | 鳳樓琪樹, | | |
| | 巻九 | 步虛壇上, | | |
| 毛秘書熙震 | 巻九 | 碧桃紅杏, | | |
| | 巻九 | 脩蛾慢臉, | | |
| 李秀才珣 | 巻十 | 女冠子二首其一 | 星高月午, | |
| | 巻十 | 女冠子二首其二 | 春山夜靜, | |
| | | | | |
女冠子二首

女冠子二首其一
(若者同士で祠に来て女冠子と一夜を過そうとするが、自分はその気になれず、夜半過ぎからは、一人庭を開会し次こそは蓬莱山を目指そうと思うと詠う。)
星高月午,丹桂青松深處。
星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。
醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。
祠の神を祭る祭壇をひらき、金きり音、清らかな露の滴り落ちる音、珠のとばり、祠の垂れ絹、辺りには大樹が立ち青々とした苔が敷き詰められている。
步虛聲縹緲,想像思徘徊。
自分一人、他のもののようにはできず、その中をむなしく歩き、はるか遠い先に声を聴く、頭ではいろんなことを想像し、ただ考えながら彷徨い歩くのである。
曉天歸去路,指蓬萊。
やがて朝が来て暁の空が晴れてその帰り道の向うには、自分は今度こそ、神仙の蓬莱山を目指そうと思うのである。
(女冠子二首 其の一)
星高く月午なり,丹桂 青松 深き處。
醮壇開き,金磬 清露を敲き,珠幢 翠苔に立つ。
步 虛しく 聲 縹緲たり,想像 思うて徘徊す。
曉天 歸去の路,蓬萊を指す。
女冠子二首其二
春山夜靜,愁聞洞天疎磬。
玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。
對花情脉脉,望月步徐徐。
劉阮今何處?絕來書。

『女冠子二首其一』 現代語訳と訳註解説
(本文)
女冠子二首其一
星高月午,丹桂青松深處。
醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。
步虛聲縹緲,想像思徘徊。
曉天歸去路,指蓬萊。
(下し文)
(女冠子二首 其の一)
星高く月午なり,丹桂 青松 深き處。
醮壇開き,金磬 清露を敲き,珠幢 翠苔に立つ。
步 虛しく 聲 縹緲たり,想像 思うて徘徊す。
曉天 歸去の路,蓬萊を指す。
(現代語訳)
(若者同士で祠に来て女冠子と一夜を過そうとするが、自分はその気になれず、夜半過ぎからは、一人庭を開会し次こそは蓬莱山を目指そうと思うと詠う。)
星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。
祠の神を祭る祭壇をひらき、金きり音、清らかな露の滴り落ちる音、珠のとばり、祠の垂れ絹、辺りには大樹が立ち青々とした苔が敷き詰められている。
自分一人、他のもののようにはできず、その中をむなしく歩き、はるか遠い先に声を聴く、頭ではいろんなことを想像し、ただ考えながら彷徨い歩くのである。
やがて朝が来て暁の空が晴れてその帰り道の向うには、自分は今度こそ、神仙の蓬莱山を目指そうと思うのである。
(訳注)
女冠子二首其一
唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には李珣の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻二平韻三仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❹❻③❺⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。
星高月午 丹桂青松深處
醮壇開 金磬敲清露 珠幢立翠苔
步虛聲縹緲 想像思徘徊
曉天歸去路 指蓬萊
○○●● ○●○○△●
△○○ ○●△○● ○△●●○
●○○●● ●●△○○
●○○●● ●○△
星高月午,丹桂青松深處。
星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。
月午 夜半の月。《送惟良上人》劉禹錫 高齋灑寒水,是夕山僧至。玄牝無關鎖,瓊書舍文字。 燈明香滿室,月午霜凝地。語到不言時,世間人盡睡。
丹桂 月の中にある桂の木。花の紅い木犀。人の優れた才を比喩する・丹花丹桂:紅い花に、紅い唇の美人
青松 青々とした松樹。松の緑が変わらないように、変わらぬ節操。若々しい男。
醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。
祠の神を祭る祭壇をひらき、金きり音、清らかな露の滴り落ちる音、珠のとばり、祠の垂れ絹、辺りには大樹が立ち青々とした苔が敷き詰められている。
醮壇 神を祭る祭壇。中国における道教の祭祀の一つ。《隋書》経籍志の道経序録によれば,醮とは災厄を消除する方法の一つで,夜中,星空の下で酒や乾肉などの供物を並べ,天皇太一や五星列宿を祭り,文書を上奏する儀礼をいう。酒を呑み尽くす。酒を呑み干して杯を返さない。
敲 1 打つこと。また、その人。2叩き土に石灰や水をまぜて練ったものを塗り、たたき固めて仕上げた土間。のちにはコンクリートで固めた土間。3 カツオをおろして表面を火であぶり、そのまま、あるいは手や包丁の腹でたたいて身を締めてから刺し身状に切ったもの。薬味や調味料を添える。4 「たたきなます」の略。
5 生の魚肉・獣肉などを包丁の刃でたたいて細かくした料理。6 石の表面をたたいてならし細かい槌(つち)のあとを残す仕上げ方。石工(いしく)の語。
7 俗に、強盗のこと。「―に入る」
幢【どう】1 昔、儀式または軍隊の指揮などに用いた旗の一種。彩色 した布で作り、竿の先につけたり、柱に懸けたりした。はたほこ。2 魔軍を制する仏・菩薩( ぼさつ)のしるし。また、仏堂の装飾とするたれぎぬ。
翠苔 緑色のコケ。青々としたコケ。
步虛聲縹緲,想像思徘徊。
自分一人、他のもののようにはできず、その中をむなしく歩き、はるか遠い先に声を聴く、頭ではいろんなことを想像し、ただ考えながら彷徨い歩くのである。
縹緲 とおくかすかなさま。はるかにひろい。緲【さ】 =紗。かすか。
曉天歸去路,指蓬萊。
やがて朝が来て暁の空が晴れてその帰り道の向うには、自分は今度こそ、神仙の蓬莱山を目指そうと思うのである。
曉天 暁の空。
蓬萊 蓬萊(ほうらい)とは、古代中国で東の海上(海中)にある仙人が住むといわれていた仙境の1つ。道教の流れを汲む神仙思想のなかで説かれるものである。 中国山東省の蓬莱県(市)については、蓬莱市を参照。神仙三山は蓬莱、瀛州、方丈をいう。
李珣《南鄉子十首,其十》十巻 (越の女は色白で賢い美人で、流し目に微笑をされて誘われると、呉を滅ぼした越王でさえも頽廃に向った、わたしも誘われて一夜を過したが、琵琶の曲を背にして川を渡って去ったのだと詠う)
20-527《南鄉子十首,其十》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-710-20-(527) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5097
南鄉子十首其八
(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。
(南鄉子十首其の八)
漁市 散り、渡船 稀に、越南の雲樹 望中に微かなり。
行客 湘を待ち 天 暮れんと欲し、春浦に送り、愁い聴く 猩猩の瘴雨に噂くを。
南鄉子十首其九
(越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
髷を雲のように高く結い、そしてその後ろには犀の角のように髪型をしている高貴なお方である。后妃しか切れない焦紅の襦袢に緑のうす絹のスカートを着付けている。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
越王の宮殿には春の暖かな風景が広がっている。池の岸辺には漢かにの花が満ち溢れていて、毎たび美女で賢女の誉れ高い西施の様な后妃を迎えともなって自然に遊び,風景を観賞しているのである。
(南鄉子十首其の九)
雲髻【うんけい】を攏【くく】り,犀梳【さいしょ】を背,焦紅の衫 綠羅の裙に映える。
越王の臺の下 春風暖かなり,花岸に盈ち,遊賞す 每に邀えて鄰女伴うを。
南鄉子十首其十
(越の女は色白で賢い美人で、流し目に微笑をされて誘われると、呉を滅ぼした越王でさえも頽廃に向った、わたしも誘われて一夜を過したが、琵琶の曲を背にして川を渡って去ったのだと詠う)
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
逢瀬を過したところは、この日も暮れかかれば空は晴れ渡って來る。呉を破った後の句踐は有頂天で、『礼記』「昏義」にある「内職」制度を無視し、強烈な赤い色の花を著けるトゲがある女たちを多く侍らせる頽廃に走ってしまった。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
越の美人たちのこっそりと流し目を送って思わせぶりな素振りには誰もがまいってしまうものだ。赤と緑の番のようになったことをそこに残したまま、琵琶の曲「騎象奏楽」を弾きながら、その場を去って川を渡ってゆく。
(南鄉子十首其の十)
相い見ゆる處,晚に晴天なり,桐を刺し花の下 越臺の前。
暗裡 迴眸 屬意を深くす,雙翠を遺し,「騎象」人を背にして 先ず水を過す。
『南鄉子十首其十』 現代語訳と訳註解説
(本文)
南鄉子十首其十
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
(下し文)
(南鄉子十首其の十)
相い見ゆる處,晚に晴天なり,桐を刺し花の下 越臺の前。
暗裡 迴眸 屬意を深くす,雙翠を遺し,「騎象」人を背にして 先ず水を過す。
(現代語訳)
(越の女は色白で賢い美人で、流し目に微笑をされて誘われると、呉を滅ぼした越王でさえも頽廃に向った、わたしも誘われて一夜を過したが、琵琶の曲をせにして川を渡って去ったのだと詠う)
逢瀬を過したところは、この日も暮れかかれば空は晴れ渡って來る。呉を破った後の句踐は有頂天で、『礼記』「昏義」にある「内職」制度を無視し、強烈な赤い色の花を著けるトゲがある女たちを多く侍らせる頽廃に走ってしまった。
越の美人たちのこっそりと流し目を送って思わせぶりな素振りには誰もがまいってしまうものだ。赤と緑の番のようになったことをそこに残したまま、琵琶の曲「騎象奏楽」を弾きながら、その場を去って川を渡ってゆく。
(訳注)
南鄉子十首其十
(越の女は色白で賢い美人で、流し目に微笑をされて誘われると、呉を滅ぼした越王でさえも頽廃に向った、わたしも誘われて一夜を過したが、琵琶の曲をせにして川を渡って去ったのだと詠う)
唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻二仄韻で、3③⑦7❸❼の詞形である。
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
△●● ●○○ ●○○●●○○
●●△○△●● △○● △●●○△△●
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
逢瀬を過したところは、この日も暮れかかれば空は晴れ渡って來る。呉を破った後の句踐は有頂天で、『礼記』「昏義」にある「内職」制度を無視し、強烈な赤い色の花を著けるトゲがある女たちを多く侍らせる頽廃に走ってしまった。
刺桐 デイゴ。南方産のマメ科喬木で、強烈な赤い色の花を著ける。トゲがあることからこの名がある。ここでは、礼記に刺桐(學名:莿桐樹)是豆科刺桐屬的落葉性喬木。原產在熱帶亞洲及太平洋洲諸島的珊瑚礁海岸。
越臺 越王臺のこと。 越王は城の名。越王殿というのは紹興市中心にある府山,此山原名叫“龍山”,卧虎藏龍之地。長江流域の百越に属する民族を主体に建設されたと言われる。越は楚、呉など長江文明を築いた流れを汲むと考えられており、稲作や銅の生成で栄えた。越では銅の生成技術に優れており、1965年に銅剣が湖北省江陵県望山1号墓より出土したが、その銅剣は表面に硫化銅の皮膜が覆っておりさびていない状態で出土し現在も保管されている。稲作は越人によるものである。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
越の美人たちのこっそりと流し目を送って思わせぶりな素振りには誰もがまいってしまうものだ。赤と緑の番のようになったことをそこに残したまま、琵琶の曲「騎象奏楽」を弾きながら、その場を去って川を渡ってゆく。
迴眸 ひとみをめぐらす。
屬意 思いを寄せる,意を注ぐ.心を寄せる,注意を向ける.
遺雙翠 越の雙翠宮殿跡。雙翠楽園。翡翠の番の簪。男女の交わりの表現。
騎象 象に跨る。琵琶の曲名。騎象奏楽の図にのこる。
南鄉子十首 (その一からその七)
南鄉子十首其一
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(南鄉子十首其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
南鄉子十首其二
蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。
迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。
(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)
木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。
入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。
(南鄉の子十首其二)
蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。
塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。
南鄉子十首其三
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
(南鄉子十首 其の三)
歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。
曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳蔻の花 千萬朵を垂る。
南鄉子十首其四
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)
彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。
一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
(南鄉子十首其の四)
彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。
香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。
南鄉子十首其五
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)
発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。
南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。
(南鄉子十首其の五)
淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。
避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。
南鄉子十首其六
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
纜卻扁舟篷底睡。
(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)
雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。
帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。
木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。
(南鄉子十首其の六)
雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。
春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?
纜 卻て扁舟 篷底睡る。
南鄉子十首其七
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
綠鬟紅臉誰家女?
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)
大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。
編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、
帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。
(南鄉子十首其の七)
沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。
綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?
遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。
李珣《南鄉子十首,其九》十巻 (越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)
20-526《南鄉子十首,其九》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-709-20-(526) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5092
南鄉子十首
南鄉子十首其一
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(南鄉子十首其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
南鄉子十首其二
(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)
蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。
木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。
迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。
入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。
(南鄉の子十首其二)
蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。
塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。
南鄉子十首其三
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
(南鄉子十首 其の三)
歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。
曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳蔻の花 千萬朵を垂る。
南鄉子十首其四
(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
(南鄉子十首其の四)
彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。
香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。
南鄉子十首其五
(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。
(南鄉子十首其の五)
淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。
避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。
南鄉子十首其六
(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。
纜卻扁舟篷底睡。
木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。
南鄉子十首其六
雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。
春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?
纜 卻て扁舟 篷底睡る。
南鄉子十首其七
(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。
綠鬟紅臉誰家女?
編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。
(南鄉子十首其の七)
沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。
綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?
遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。
南鄉子十首其八
(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。
(南鄉子十首其の八)
漁市 散り、渡船 稀に、越南の雲樹 望中に微かなり。
行客 湘を待ち 天 暮れんと欲し、春浦に送り、愁い聴く 猩猩の瘴雨に噂くを。
南鄉子十首其九
(越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
髷を雲のように高く結い、そしてその後ろには犀の角のように髪型をしている高貴なお方である。后妃しか切れない焦紅の襦袢に緑のうす絹のスカートを着付けている。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
越王の宮殿には春の暖かな風景が広がっている。池の岸辺には漢かにの花が満ち溢れていて、毎たび美女で賢女の誉れ高い西施の様な后妃を迎えともなって自然に遊び,風景を観賞しているのである。
(南鄉子十首其の九)
雲髻【うんけい】を攏【くく】り,犀梳【さいしょ】を背,焦紅の衫 綠羅の裙に映える。
越王の臺の下 春風暖かなり,花岸に盈ち,遊賞す 每に邀えて鄰女伴うを。
南鄉子十首其十
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
『南鄉子十首其九』 現代語訳と訳註解説
(本文)
南鄉子十首其九
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
(下し文)
(南鄉子十首其の九)
雲髻【うんけい】を攏【くく】り,犀梳【さいしょ】を背,焦紅の衫 綠羅の裙に映える。
越王の臺の下 春風暖かなり,花岸に盈ち,遊賞す 每に邀えて鄰女伴うを。
(現代語訳)
(越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)
髷を雲のように高く結い、そしてその後ろには犀の角のように髪型をしている高貴なお方である。后妃しか切れない焦紅の襦袢に緑のうす絹のスカートを着付けている。
越王の宮殿には春の暖かな風景が広がっている。池の岸辺には漢かにの花が満ち溢れていて、毎たび美女で賢女の誉れ高い西施の様な后妃を迎えともなって自然に遊び,風景を観賞しているのである。
(訳注)
南鄉子十首其九
(越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)
唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻四仄韻で、❸③⑦❼❸❼の詞形である。
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
●○● ●○○ ○○○●●○○
●△○●○△● ○○● ○●●○○●●
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
髷を雲のように高く結い、そしてその後ろには犀の角のように髪型をしている高貴なお方である。后妃しか切れない焦紅の襦袢に緑のうす絹のスカートを着付けている。
攏 ①抑える。くくる。理める。②髪をくしけずる。
雲髻 女性の盤捲の髪型で、雲のように高く巻き上げて結いた髮髻。女性の髪が雲の形のように大きなものとし、大きいほど高貴であった。髻は男性の頭の上に一つくくりで髪を結いあげる髪型をいう。
杜甫《即時》
聞道花門破,和親事卻非。
人憐漢公主,生得渡河歸。
秋思拋雲髻,腰肢勝寶衣。
群凶猶索戰,回首意多違。
聞道く花門の破を,和親して事 卻って非なり。
人は憐れむ 漢の公主を,生きて 渡河して歸るを得るを。
秋思して 雲髻【うんけい】を拋【なげう】ち,腰肢して寶衣に勝る。
凶は群りて 猶お戰を索す,首を回らせて意に違うを多くす。
即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410
犀梳 犀の角で作った櫛。
焦紅 紅色を焦がす色、茶色に近い赤。
衫 上代,麻などで作った単衣。襦袢の類。
羅裙 薄絹のスカート。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
越王の宮殿には春の暖かな風景が広がっている。池の岸辺には漢かにの花が満ち溢れていて、毎たび美女で賢女の誉れ高い西施の様な后妃を迎えともなって自然に遊び,風景を観賞しているのである。
越王臺 越王は城の名。越王殿というのは紹興市中心にある府山,此山原名叫“龍山”,卧虎藏龍之地。長江流域の百越に属する民族を主体に建設されたと言われる。越は楚、呉など長江文明を築いた流れを汲むと考えられており、稲作や銅の生成で栄えた。越では銅の生成技術に優れており、1965年に銅剣が湖北省江陵県望山1号墓より出土したが、その銅剣は表面に硫化銅の皮膜が覆っておりさびていない状態で出土し現在も保管されている。稲作は越人によるものである。
遊賞 自然に遊び,風景を観賞すること。
邀 1 人の来るのを待ち受ける。2 呼んで、来てもらう。呼びよせる。「
鄰女 「鄰女窺牆」宋玉のこと。 戦国の末、紀元前三世紀ごろの楚の国の詩人。美男子で、隣の女が三年間のぞき見したというが、それrにも心を動かさなかった。
鄰女窺牆.戰國時宋玉鄰家有美女傾心于他,三年間常爬上牆頭偷窺,但宋玉從未動心。後形容女子對男子的傾慕。
鄰女・東家女・東鄰・東鄰女など美女をいう。
列女伝、東家の女。秋胡詩、日出東南隅ということで、ほぼ同様な詩である。日出東南隅行 謝霊運(康楽) 詩<68>490 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1287身を売った西家の女は傾城といわれるほどの妓女となって黄金で身を飾り、刺繍を施した肌着を身に纏えるほどの生活をしている。 しかし東家の女はただただ貧しさに苦しみながらも、その玉体を北国の人買いの手には渡さなかった。
・東家有賢女 美人といっても賢くて美人の東家の女です。西は、色気がある傾国の美女を云う。
為焦仲卿妻作#4(-其二)で「東家有賢女,自名秦羅敷。」「でも、東隣には賢い女がいる。本人が自分でも秦の羅敷だというほどの器量よしなのだ。」と母親が息子の府吏にいっている。
・東家有賢女 ・東家 楚の宋玉の『登徒子好色の賦』「臣が里の美しき者は、臣が東家の子に若くはなし。」とある。ここから美人のたとえを”東家之子”又は”東家之女”と。美女を称して”東隣”とした事例に唐の李白「自古有秀色、西施与東隣」(古来より秀でた容姿端麗美人、西施と東隣)白居易「感情」のもある
李白『白紵辭其一』「揚清歌、發皓齒。 北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。」
李白81白紵辭其一 82白紵辭其二 83 巴女詞
無題(何處哀筝随急管) 李商隠21
『光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。』#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
光威裒姉妹三人小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#6 魚玄機 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-124 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2167
李珣《南鄉子十首,其八》花間集十巻 (南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)
20-525《南鄉子十首,其八》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-708-20-(525) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5087
南鄉子十首
南鄉子十首其一
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(南鄉子十首其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
南鄉子十首其二
(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)
蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。
木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。
迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。
入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。
(南鄉の子十首其二)
蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。
塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。
南鄉子十首其三
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
(南鄉子十首 其の三)
歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。
曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳蔻の花 千萬朵を垂る。
南鄉子十首其四
(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
(南鄉子十首其の四)
彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。
香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。
南鄉子十首其五
(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。
(南鄉子十首其の五)
淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。
避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。
南鄉子十首其六
(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。
纜卻扁舟篷底睡。
木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。
南鄉子十首其六
雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。
春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?
纜 卻て扁舟 篷底睡る。
南鄉子十首其七
(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。
綠鬟紅臉誰家女?
編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。
(南鄉子十首其の七)
沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。
綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?
遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。
南鄉子十首其八
(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。
(南鄉子十首其の八)
漁市 散り、渡船 稀に、越南の雲樹 望中に微かなり。
行客 湘を待ち 天 暮れんと欲し、春浦に送り、愁い聴く 猩猩の瘴雨に噂くを。
南鄉子十首其九
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
南鄉子十首其十
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
『南鄉子十首其八』 現代語訳と訳註解説
(本文)
南鄉子十首其八
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
(下し文)
(南鄉子十首其の八)
漁市 散り、渡船 稀に、越南の雲樹 望中に微かなり。
行客 湘を待ち 天 暮れんと欲し、春浦に送り、愁い聴く 猩猩の瘴雨に噂くを。
(現代語訳)
(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)
魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。
旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。
(訳注)
南鄉子十首其八
(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿の愁いであると詠う。)
【解説】 南国の水郷地帯を行く旅人の愁いを詠う。前半三句は、魚の市も終わって人も舟も去り、川を渡る舟もなく、はるか遠く南国越の中腹まで樹々が微かに霞んで見えるさまをえがく。後半三句は、日の暮れかかる頃、酒のお相手の娼妓を待ち、翌朝には一夜を過した女たちの見送りを春の浦辺に受けるけれど、ここでは瘴雨蠻煙のため女たちは大丈夫なのかと心配をするし、雨に鳴く大猿の啼く声も悲しく聞き入るさまを綴る。ただし、作者がこの地を訪れて作った詩ではなく、酒の宴席でお遊びで、嶺南地方を想像して詠ったものである。
唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調三平韻四仄韻で、3③⑦❼❸❼の詞形である。
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
○●● ●○○ ●○○●△△○
△●●○○●● ●○● ○△○○○●●
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。
○越南 中国の南部の「五嶺」(南嶺山脈)よりも南の地方を指す。現在の広東省、広西チワン族自治区、海南省の全域と、湖南省、江西省の一部にあたる。部分的に華南と重なっている。かつて中国がベトナムの北部一帯を支配し、紅河(ソンコイ河)三角州に交趾郡を置くなどしていた時期には、ベトナム北部も嶺南に含まれていたが、今日使われる「嶺南」の概念からはベトナムは除かれる。また、「嶺南」という語が単に広東・広西・海南の三省区のみを指して使われ、江西省と湖南省の五嶺山脈以南の部分が除外される場合もある。
嶺南は「嶺外」、「嶺表」とも称される。「表」とは「外」を意味し、嶺表は中国中心部から見て五嶺よりも外側という意味になる。嶺南も、中原を中心とした地域名称である。
嶺南は中国の他の地域とは五嶺で隔絶され、気候や環境も異なっており、現在でも他の地域とは若干異なった文化や習慣を有している。
中微 翠微:1 薄緑色にみえる山のようす。また、遠方に青くかすむ山。2 山の中腹。八合目あたりのところ。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。
○待湘 湘は娼妓、ここでは娼妓を待つ。
○猩猩 大型の猿。中国の伝説上の動物。人の言葉を理解し酒を好み、日本では赤ら顔に赤色の毛で表し、中国では黄色の毛の生き物と伝わる。
また猩々を題材にした各種の芸能における演目・曲名になっており、特に能の五番目物『猩々』が有名である。真っ赤な能装束で飾った猩々が、酒に浮かれながら舞い謡う。さらにそこから転じて、大酒家や赤色のものを指すこともある。
○瘴雨 高温多湿地帯の蒸し蒸しする雨。山川の毒気により、古くから人に障害をもたらす雨として恐れられて来た。・瘴雨蠻煙 中国南部、嶺南地方瘴氣を含んだ煙雨が有る。宋·辛棄疾《滿江紅》詞:「瘴雨蠻煙,十年夢,尊前休說。」
李珣《南鄉子十首,其七》花間集十巻 編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。
20-524《南鄉子十首,其七》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-707-20-(524) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5082
南鄉子十首
南鄉子十首其一
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(南鄉子十首其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
南鄉子十首其二
(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)
蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。
木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。
迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。
入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。
(南鄉の子十首其二)
蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。
塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。
南鄉子十首其三
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
(南鄉子十首 其の三)
歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。
曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳蔻の花 千萬朵を垂る。
南鄉子十首其四
(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
(南鄉子十首其の四)
彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。
香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。
南鄉子十首其五
(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。
(南鄉子十首其の五)
淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。
避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。
南鄉子十首其六
(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。
纜卻扁舟篷底睡。
木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。
南鄉子十首其六
雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。
春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?
纜 卻て扁舟 篷底睡る。
南鄉子十首其七
(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。
綠鬟紅臉誰家女?
編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。
(南鄉子十首其の七)
沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。
綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?
遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。
南鄉子十首其八
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
南鄉子十首其九
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
南鄉子十首其十
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
『南鄉子十首其七』 現代語訳と訳註解説
(本文)
南鄉子十首其七
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
綠鬟紅臉誰家女?
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
(下し文)
(南鄉子十首其の七)
沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。
綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?
遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。
(現代語訳)
(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)
大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。
編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、
帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。

(訳注)
南鄉子十首其七
(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)
唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻二仄韻で、3③⑦❼3❼の詞形である。
沙月靜 水煙輕 芰荷香裏夜舡行
綠鬟紅臉誰家女
遙相顧 緩唱棹歌極浦去
△●● ●○△ ●△○●●○△
●○○△○○●
○△● ●●●○●●●
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。
沙月 長江の大きな中州の砂浜から月が昇って来ることをいう。
芰荷 菱と蓮の花と葉。その方言では芰荷の二字で蓮の花、葉を意味するとしている。《楚辭·離騷》「製芰荷以為衣兮,集芙蓉以為裳。」(芰荷を製して以て衣と為し,芙蓉を集めて以て裳と為す。)花の香りという意味では、初夏から夏の季節で、採蓮という意味では、秋ということになる。
綠鬟紅臉誰家女?
編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、
綠鬟 若い女のみずら環毛。編みこんでリング状に整えた髪。
紅臉 紅顔に同じ。紅く美しい顔。血色がよくて皮膚につやがある顔。古くは美しい婦人の容貌にもいった。紅顔が若い美少年を言い、紅臉が若い女性の美人をいう場合もある。
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。
・緩 ゆるやかなさま。のろいさま。・唱 となえる うたう、① 人に先立って言う。「唱道・唱和/首唱・提唱・夫唱婦随」② 声高く呼ばわる。「三唱・復唱」③ 節をつけてうたう。「唱歌」
極浦【きょくほ】 遠くまで続く海岸。また、はるか遠方にある海岸。非常に遠く離れた地の海岸。また、遠い水際(みずぎわ)。水平線のかなた。
李珣《南鄉子十首,其六》十巻 雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。
20-523《南鄉子十首,其六》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-706-20-(523) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5077
南鄉子十首
南鄉子十首其一
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(南鄉子十首其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
南鄉子十首其二
(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)
蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。
木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。
迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。
入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。
(南鄉の子十首其二)
蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。
塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。
南鄉子十首其三
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
(南鄉子十首 其の三)
歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。
曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳蔻の花 千萬朵を垂る。
南鄉子十首其四
(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
(南鄉子十首其の四)
彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。
香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。
南鄉子十首其五
(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。
(南鄉子十首其の五)
淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。
避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。
南鄉子十首其六
(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。
纜卻扁舟篷底睡。
木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。
南鄉子十首其六
雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。
春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?
纜 卻て扁舟 篷底睡る。
南鄉子十首其七
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
綠鬟紅臉誰家女?
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
南鄉子十首其八
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
南鄉子十首其九
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
南鄉子十首其十
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
『南鄉子十首其六』 現代語訳と訳註解説
(本文)
南鄉子十首其六
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
纜卻扁舟篷底睡。
(下し文)
南鄉子十首其六
雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。
春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?
纜 卻て扁舟 篷底睡る。
(現代語訳)
(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)
雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。
帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。
木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。

(訳注)
南鄉子十首其六
(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)
唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻四仄韻で、❸③⑦❼❸❼の詞形である。
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
纜卻扁舟篷底睡。
○●● △△△ ●○○●●○△
○●○●○○● ○○●
●●△○○●●
柳宗元《江雪》「千山鳥飛絶, 萬徑人蹤滅。 孤舟簑笠翁, 獨釣寒江雪。」((千山 鳥 飛ぶこと 絶え, 萬徑 人蹤 滅ゆ。 孤舟 簑笠(さりふ)の翁, 獨り 釣る 寒江の雪。)
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。
鱸魚 スズキ(鱸、学名:Lateolabrax japonicus) は、スズキ目・スズキ亜目・スズキ科に属する魚。海岸近くや河川に生息する大型の肉食魚で、食用や釣りの対象魚として人気がある。成長につれて呼び名が変わる出世魚である。
纜卻扁舟篷底睡。
木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。
纜 船尾にあって船を陸につなぎとめる綱。もやいづな。
篷 (1) (~儿)(車や船などで使う)おおい,日よけ雨篷(駅などの)雨よけ屋根.(2) 船の帆篷布防水シート.扯(落)篷帆を上げる(下ろす).篷车(1) 有蓋(がい)貨車.(2) 〔辆〕幌(ほろ)つきのトラック.篷
李珣《南鄉子十首,其五》十巻 発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。
20-522《南鄉子十首,其五》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-705-20-(522) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5072
南鄉子十首
南鄉子十首其一
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(南鄉子十首其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
南鄉子十首其二
(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)
蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。
木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。
迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。
入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。
(南鄉の子十首其二)
蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。
塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。
南鄉子十首其三
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
(南鄉子十首 其の三)
歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。
曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳蔻の花 千萬朵を垂る。
南鄉子十首其四
(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
(南鄉子十首其の四)
彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。
香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。
南鄉子十首其五
(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。
(南鄉子十首其の五)
淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。
避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。
南鄉子十首其六
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
纜卻扁舟篷底睡。
南鄉子十首其七
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
綠鬟紅臉誰家女?
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
南鄉子十首其八
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
南鄉子十首其九
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
南鄉子十首其十
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

『南鄉子十首其五』 現代語訳と訳註解説
(本文)
南鄉子十首其五
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
(下し文)
(南鄉子十首其の五)
淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。
避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。
(現代語訳)
(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)
発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。
南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。
(訳注)
南鄉子十首其五
(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)
唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻四仄韻で、❸③⑦❼❸❼の詞形である。
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
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傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。
○淥蟻 蜀の銘酒で、発泡酒の名で、有のような小さな泡が浮いてくる清酒。《文選‧謝朓<在郡臥病呈沈尚書>詩》: “嘉魴聊可薦, 淥蟻方獨持。” 李善注引《釋名》: “酒有泛齊, 浮蟻在上, 洗洗然。” 「嘉妨柳可薦」梁・江掩「雉体詩」(李都尉)に「悠悠清川水、嘉新得所薦」(悠悠たり 清川の水、嘉筋は 薦く所を得たり)と、よく似た句があるが、「薦」は「薄く」の意で、所を得て生きていることを言う。
「緑蟻方独持」「緑蟻」は、蟻のようなあわがプツプツと浮いている緑の酒。開けたての新酒。「方」は今ちょうど〜。「独持」は、あなたのような客人と飲みたいのだが、今は独りで飲んでいる、という意味であろう。
○紅螺 ・螺:アクキガイ科の巻き貝。化粧をキチン整えた妓優の頭の上に髷。
○閑邀 だれもいなくて静かにむかえる。
○簇笙歌 妓優たちの笙の笛など沢山集まって演奏に合わせて合奏する。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。
舡 船をうごかす。
夾岸 岸をさしはさむ。狭い岸。
荔枝 ライチはムクロジ科の果樹。 レイシとも呼ばれる。1属1種。中国の嶺南地方原産で、熱帯・亜熱帯地方で栽培される。 常緑高木で、葉は偶数羽状複葉で互生する。花は黄緑色で春に咲く。果実は夏に熟し、表面は赤くうろこ状、果皮をむくと食用になる白色半透明で多汁の果肉があり、その中に大きい種子が1個ある。
李珣《南鄉子十首,其四》十巻 一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
20-521《南鄉子十首,其四》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-704-20-(521) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5067
南鄉子十首
南鄉子十首其一
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(南鄉子十首其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
南鄉子十首其二
蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。
迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。
(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)
木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。
入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。
(南鄉の子十首其二)
蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。
塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。
南鄉子十首其三
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
(南鄉子十首 其の三)
歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。
曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳蔻の花 千萬朵を垂る。
南鄉子十首其四
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)
彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。
一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
(南鄉子十首其の四)
彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。
香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。
南鄉子十首其五
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
南鄉子十首其六
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
纜卻扁舟篷底睡。
南鄉子十首其七
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
綠鬟紅臉誰家女?
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
南鄉子十首其八
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
南鄉子十首其九
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
南鄉子十首其十
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
『南鄉子十首其四』 現代語訳と訳註解説
(本文)
南鄉子十首其四
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
(下し文)
(南鄉子十首其の四)
彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。
香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。
(現代語訳)
(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)
彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。
一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
(訳注)
南鄉子十首其四
(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)
唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻四仄韻で、❸③⑦❼❸❼の詞形である。
乘彩舫 過蓮塘 棹歌驚起睡鴛鴦
帶香遊女隈伴笑 爭窈窕 競折團荷遮晚照
△●● △△○ ●○○●●○○
●○○●△●● ○●● ●△○△○●●
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。
彩舫 飾り船。・畫舸 彩色を施した船。舫はふね。画は美しく絵どられた飾られた意であるが、詩語として冠したもの。洞庭湖付近から雲夢澤にかけて始まったものである。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。
窈窕 美しくしとやかなさま。上品で奥ゆかしいさま。
李珣《南鄉子十首,其三》十巻 (南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
20-520《南鄉子十首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-703-20-(520) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5062
南鄉子十首
南鄉子十首其一
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(南鄉子十首其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
南鄉子十首其二
(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)
蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。
木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。
迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。
入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。
(南鄉の子十首其二)
蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。
塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。
南鄉子十首其三
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
(南鄉子十首 其の三)
歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。
曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳蔻の花 千萬朵を垂る。
南鄉子十首其四
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
南鄉子十首其五
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
南鄉子十首其六
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
纜卻扁舟篷底睡。
南鄉子十首其七
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
綠鬟紅臉誰家女?
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
南鄉子十首其八
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
南鄉子十首其九
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
南鄉子十首其十
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
『南鄉子十首其三』 現代語訳と訳註解説
(本文)
南鄉子十首其三
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
(下し文)
(南鄉子十首 其の三)
歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。
曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳蔻の花 千萬朵を垂る。
(現代語訳)
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
(訳注)
南鄉子十首其三
(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)
唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調に二平韻三仄韻で、3③⑦❼❸❼の詞形である。
歸路近 扣舷歌 採真珠處水風多
曲岸小橋山月過 煙深鏁 荳蔻花垂千萬朵
○●● ●○○ ●○○●●△○
●●●○○●▲ ○△● ●●○○○●●
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。
扣舷 船端をたたく。蘇軾《赤壁賦》「於是飲酒楽甚、扣舷而歌之。」(是に於て酒を飲みて楽しむこと甚し、舷を扣いて之を歌う。)
・扣【控える/×扣える】.1㋐用事や順番に備えて、すぐ近くの場所にいて待つ。待機する。㋑目立たないようにしてそばにいる。㋒空間的・時間的に迫っている。近くに位置する。また、近い将来に予定される。2㋐度を越さないように、分量・度数などを少なめにおさえる。節制する。㋑自制や配慮をして、それをやめておく。見合わせる。㋒空間的・時間的にすぐ近くにある。近い所に持つ。あまり時を置かないで予定している。㋓忘れないように、また、念のため書きとめておく。㋔衣服などを、おさえつかんで、行かせないようにする。引きとめる。㋕引く。引っぱる。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳蔻の花が千万と待っているのだ。
鏁 【錠・鏁・鎖】①. 戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。②.錠剤。
荳蔻花 にくずく。白荳蔻【びゃくずく】という豆の草の名。花は葉間に生ずる。南方では少し開きかけた花を胎花と云い、歳が若くて妊娠することに喩える。
『女冠子』 其四
雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。
錦字書封了,銀河鴈過遲。
鴛鴦排寶帳,荳蔻繡連枝。
不語勻珠淚,落花時。
(女冠子其の四)
雙ながら飛び 雙ながら舞い,春の晝 後園 鶯 語る。羅幃を卷く。
錦字 書 封じ了し,銀河 鴈 遲れて過る。
鴛鴦 寶帳に排し,荳蔻 繡 枝を連る。
語らずして珠淚に勻し,落花の時。
女冠子四首 其四 牛嶠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-317-5-#57-(8) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3132
朵 花・雲またはそれらに似たものの数を数える。朵红花=1輪の赤い花.几朵淡云=幾つかの薄い雲.
李珣《南鄉子十首,其二》十巻 (南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。
20-519《南鄉子十首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-702-20-(519) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5057
李珣《南鄉子十首,其一》十巻 (長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
20-518《南鄉子十首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-701-20-(518) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5052
南鄉子十首
南鄉子十首其一
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(南鄉子十首其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
南鄉子十首其二
蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。
迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。
南鄉子十首其三
歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。
曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳蔻花垂千萬朵。
南鄉子十首其四
乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。
帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。
南鄉子十首其五
傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。
避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。
南鄉子十首其六
雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。
春酒香熟鱸魚美,誰同醉?
纜卻扁舟篷底睡。
南鄉子十首其七
沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。
綠鬟紅臉誰家女?
遙相顧,緩唱棹歌極浦去。
南鄉子十首其八
漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。
行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。
南鄉子十首其九
攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。
越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。
南鄉子十首其十
相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。
暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。
『南鄉子十首、其一』 現代語訳と訳註解説
(本文)
南鄉子十首其一
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
(下し文)
(南鄉子、十首、其の一)
煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。
遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。
(現代語訳)
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得寄寄」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
(訳注)
南鄉子十首其一
(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)
【解説】 晩春における南国の船旅の旅愁を詠う。散ってしまった花、囁く鷓鴣、小舟、野の渡し、ふけゆく春、これらはすべて作者の隠遁したい気持ちを反映している。特に鷓鴣の語には、故郷に残してきた妻を思い、旅における身の孤独の思い、隠遁したい気持ちが込められている。野心のある者の詩ではない。きっかけがあれば、官を辞したい、一番いいのは、半隠半官の生活であるということ。
唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調に二平韻二仄韻で、3③⑦❼3❼の詞形である。
煙漠漠 雨淒淒 岸花零落鷓鴣啼
遠客扁舟臨野渡 思鄉處 潮退水準春色暮
○●● ●○○ ●○△●●○○
●●△○△●● △○● ○●●●○●●
煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。
靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
○漠漠 ボーっと煙って定かならぬさま。
○凄凄 しとしとと小止みなく降り続くさま。
○鷓鴣 ① キジ目キジ科の鳥のうち,ウズラよりひとまわり大きく,尾が短くて,茶褐色の地味な色彩をしたものの一般的な呼称。 ② 古く,ヤマウズラを誤って呼んだ称。中国南方のキジ科の鳥。その鳴き声は「行不得寄寄(あなた行かないで)」と聞きなしされてきた。ここでは、故郷に残してきた妻の顔が思い出され鷓鴣の啼くのが妻とどぶって切なくなるというもの。
遠客扁舟臨野渡,思鄉處,潮退水準春色暮。
遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。
○扁舟 小舟。李白『越中秋懷』「不然五湖上。 亦可乘扁舟。」(然ずんば 五湖に上ざる、亦 扁舟に乘るべし。)そうでなければ、越中の五大湖の上にただ一槽の船でもいいから浮かべている方が良いのである。
李白が隠遁で「扁舟」を浮かべて暮らしたいと願う詩である。
『さらば長安よ「東武吟」 (出東門后書懷留別翰林諸公 ) 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白180』、
『李白 97 把酒問月』、
『李白 66 宣州謝朓樓餞別校書叔雲』、
『 李白68秋登宣城謝眺北楼 李白69久別離 李白70估客行』
○野渡 野中の渡し場。
○處 場や時を表す語。ここでは後者。
李珣『南鄉子十首、其一』の世界観と同じように感じられる詩
柳宗元『江雪』
千山鳥飛絶,萬徑人蹤滅。
孤舟簑笠翁,獨釣寒江雪。
千山 鳥飛ぶこと 絶え,萬徑 人蹤滅ゆ。
孤舟 簑笠の翁,獨り 釣る 寒江の雪。
川に降りそそぐ雪。厳しい冬の情景は、都より左遷されて、永州司馬となった作者の心象風景でもある。
李珣《臨江仙二首,其二》十巻 (あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)
20-517
李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825-826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の九嬪の昭儀(妃嬪・女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。
臨江仙二首
臨江仙二首其一
簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。
芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。
不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。
幾迴偷看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。
(寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)
簾を巻き上げるとあのお方と過ごした、池の中央にある小高い丘に上に立つ小高樓が見える。しばらくして、そよ風に任せてゆったりと歩いてみる。
菱と蓮に経糸のような雨がふりそそぐ半ば凋み枯れてまばらになった派の上に落ちる。柳の枝はたれて、つつみを拂うほど茂っている、もう少しで夕日が暮れて行こうというのに秋蝉がうるさく鳴いている。(それなのに自分の心は静かなものだ。)
誰と話すわけでもなく、結い上げた髷を俯き加減で、しずかに物思いにふける。夕日に輝く簪が斜めに落ち掛けていて、雙魚の硯を出してくる。
今までもらったあの方からの手紙を出して返詩を書こうと読み返してみるけれど、愛情を受けることから離れ、別れたことは恨みがこみ上げてくる、互いがこうして隔たったままということは、手紙を書こうとしてもどうしてよいやら、わからないのだ。
(臨江仙二首其の一)
簾卷き 池心 小閣虛し,暫く涼しく 閑かに步むは 徐徐たり。
芰荷 經雨 半ば凋疎す,堤を拂う 柳を垂れ,蟬噪す 夕陽に餘る。
語らず 低鬟 幽思遠く,玉釵 斜に墜ち 雙魚。
幾たびか迴らん 寄來の書を偷み看して,離情せば別恨し,相い隔つこと 何如せんと欲す。
臨江仙二首其二
鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。
起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。
強整嬌姿臨寶鏡,小池一朵芙蓉。
舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。
(あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)
鶯が春を告げたら、簾の前の陽だまりに比は暖かく、やがて赤く変わってゆく。あのお方が来てはくれなくなったが、それでも、もしかしたらと麝香を宝玉のように輝いている香炉に焚いているから、まだその香が閨に残っており、それもまだ濃く匂いが漂っている。
うとうととし、起き上がって閨の中で思案するだけでどうでもいいじゃないかという心境になるし、別離の愁いはきっと春の夢だったと思いなおす。この、まだ若いのだからあのお方ともっと楽しみたいと思う気持ちは、誰がわかってくれるのだろう。
それでも思い直して、化粧と身繕いして魅力あるような容姿に整えようとして覆いを取って鏡に向かう。鏡の中の池には、一輪の素敵な芙蓉の花のような美人がいる。
あの楽しかった日々の後を探し訪ね歩いても、それは何処にもありはしない。そうしたとしてもただ振り返ることで、更に耐え忍ぶことになるだけなのだ、それに、屏風に描かれた、九疑山のように、辛い思いの峯峯が重なっていくようなものになるだけなのだ。
(臨江仙二首其の二)
鶯報じ 簾前 日紅に暖かなり,玉鑪 殘麝 猶お濃くし。
起來して 閨思 尚お疎慵し,別愁 春夢なり,誰か解さん 此の情悰を。
強整し 嬌姿 寶鏡に臨み,小池 一朵の芙蓉。
舊歡の再び蹤【あと】を尋ねる處無く,更に迴顧するに堪え,屏畫 九疑の峯。
『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註解説
(本文)
臨江仙二首其二
鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。
起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。
強整嬌姿臨寶鏡,小池一朵芙蓉。
舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。
(下し文)
(臨江仙二首其の二)
鶯報じ 簾前 日紅に暖かなり,玉鑪 殘麝 猶お濃くし。
起來して 閨思 尚お疎慵し,別愁 春夢なり,誰か解さん 此の情悰を。
強整し 嬌姿 寶鏡に臨み,小池 一朵の芙蓉。
舊歡の再び蹤【あと】を尋ねる處無く,更に迴顧するに堪え,屏畫 九疑の峯。
(現代語訳)
(あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)
鶯が春を告げたら、簾の前の陽だまりに比は暖かく、やがて赤く変わってゆく。あのお方が来てはくれなくなったが、それでも、もしかしたらと麝香を宝玉のように輝いている香炉に焚いているから、まだその香が閨に残っており、それもまだ濃く匂いが漂っている。
うとうととし、起き上がって閨の中で思案するだけでどうでもいいじゃないかという心境になるし、別離の愁いはきっと春の夢だったと思いなおす。この、まだ若いのだからあのお方ともっと楽しみたいと思う気持ちは、誰がわかってくれるのだろう。
それでも思い直して、化粧と身繕いして魅力あるような容姿に整えようとして覆いを取って鏡に向かう。鏡の中の池には、一輪の素敵な芙蓉の花のような美人がいる。
あの楽しかった日々の後を探し訪ね歩いても、それは何処にもありはしない。そうしたとしてもただ振り返ることで、更に耐え忍ぶことになるだけなのだ、それに、屏風に描かれた、九疑山のように、辛い思いの峯峯が重なっていくようなものになるだけなのだ。
(訳注)
臨江仙二首其二
(あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)
【解説】この詩は、もしかすると李珣の妹のことかもしれない。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の九嬪の昭儀となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。九嬪の昭儀というのは、「内官」制度の規定で、皇后、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。
つまり、皇后に次いで五番目の妃嬪ということになる。5/122であるから順位としても相当高い序列である。この時代、艶詩、閨情詩でいう恨みという語で、満たされぬ状況を表現することが多いが、現代の感覚での「恨み」とは違っている。社会制度、性倫理観が根本的に異なっているからである。
唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。李珣の作は二首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句一仄三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/❼⑥⑦4⑤の詞形をとる。
鶯報簾前暖日紅 玉鑪殘麝猶濃
起來閨思尚疎慵 別愁春夢 誰解此情悰
強整嬌姿臨寶鏡 小池一朵芙蓉
舊歡無處再尋蹤 更堪迴顧 屏畫九疑峯
○●○○●●○ ●○○●△○
●△○△△△○ ●○○△ ○●●○○
○●△○△●● ●○●●○○
●○○●●○○ △○△● △●△○○
鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。
鶯が春を告げたら、簾の前の陽だまりに比は暖かく、やがて赤く変わってゆく。あのお方が来てはくれなくなったが、それでも、もしかしたらと麝香を宝玉のように輝いている香炉に焚いているから、まだその香が閨に残っており、それもまだ濃く匂いが漂っている。
玉鑪 宝玉のように輝いている香炉に
麝 焚いた香のよいかおり。麝香(じゃこう)は雄のジャコウジカの腹部にある香嚢(ジャコウ腺)から得られる分泌物を乾燥した香料、生薬の一種である。 ムスク (musk) とも呼ばれる。
起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。
うとうととし、起き上がって閨の中で思案するだけでどうでもいいじゃないかという心境になるし、別離の愁いはきっと春の夢だったと思いなおす。この、まだ若いのだからあのお方ともっと楽しみたいと思う気持ちは、誰がわかってくれるのだろう。
疎慵 面倒くさい、物憂い、億劫という意味だが、ここでは とらわれがなく、こだわりが無い、そんなこまごまとした世間のことなど、もう、どうでもいいじゃないかという心境。
悰 楽しむ。心。思い。
強整嬌姿臨寶鏡,小池一朵芙蓉。
それでも思い直して、化粧と身繕いして魅力あるような容姿に整えようとして覆いを取って鏡に向かう。鏡の中の池には、一輪の素敵な芙蓉の花のような美人がいる。
朵/朶【タ】 1えだ。2量詞 花・雲またはそれらに似たものの数を数える.3.≒儿 用例一朵红花=1輪の赤い花.几朵淡云=幾つかの薄い雲.
舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。
あの楽しかった日々の後を探し訪ね歩いても、それは何処にもありはしない。そうしたとしてもただ振り返ることで、更に耐え忍ぶことになるだけなのだ、それに、屏風に描かれた、九疑山のように、辛い思いの峯峯が重なっていくようなものになるだけなのだ。
尋蹤 後を探し訪ね歩く。
迴顧 回顧:ふりかえる。
九疑山. 1. キウギザン. 1. 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。*
九疑山 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。九嶷山主峰は舜源峰であり、海拔610mであり,以下,娥皇、女英、桂林、杞林、石城、石楼、朱明、箫韶をいうがどの峰も同じように見えるため、九疑山と称された。舜の廟がある。別名:蒼梧山
謝靈運『初發石首城』「越海淩三山,遊湘曆九嶷。」
(海を越えて三山を淩ぎ,湘に遊びて九嶷【きゅうぎ】を曆ん。)
そして、越の地方からは海を越えて温州に至る三山を陵ぐものである。湘江で遊び九嶷山を経ていくのもよいのである。
・三山 会稽始寧から南に三山(現浙江省富陽縣三山)がある。東方三神山の一山として に移動。蓬萊、方丈、瀛州(えいしゅう)は東海の三神山であり、不老不死の仙人が住むと伝えられている。・九嶷山 洞庭湖の南部で、瀟水と湘江が合流する一帯の景色は「瀟湘湖南」「瀟湘八景」と称されて親しまれてきた。これに古代の帝王・舜が葬られたとされている九嶷山を取り入れた景観もまたその美しさで知られ、多くの詩が詠まれてきた(劉禹錫の「瀟湘曲」など)。
李珣《臨江仙二首,其一》十巻 (寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)
20-516《臨江仙二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-699-20-(516) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5042
李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825-826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の昭儀(女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。
臨江仙二首
臨江仙二首其一
(寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)
簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。
簾を巻き上げるとあのお方と過ごした、池の中央にある小高い丘に上に立つ小高樓が見える。しばらくして、そよ風に任せてゆったりと歩いてみる。
芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。
菱と蓮に経糸のような雨がふりそそぐ半ば凋み枯れてまばらになった派の上に落ちる。柳の枝はたれて、つつみを拂うほど茂っている、もう少しで夕日が暮れて行こうというのに秋蝉がうるさく鳴いている。(それなのに自分の心は静かなものだ。)
不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。
誰と話すわけでもなく、結い上げた髷を俯き加減で、しずかに物思いにふける。夕日に輝く簪が斜めに落ち掛けていて、雙魚の硯を出してくる。
幾迴偷看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。
今までもらったあの方からの手紙を出して返詩を書こうと読み返してみるけれど、愛情を受けることから離れ、別れたことは恨みがこみ上げてくる、互いがこうして隔たったままということは、手紙を書こうとしてもどうしてよいやら、わからないのだ。
(臨江仙二首其の一)
簾卷き 池心 小閣虛し,暫く涼しく 閑かに步むは 徐徐たり。
芰荷 經雨 半ば凋疎す,堤を拂う 柳を垂れ,蟬噪す 夕陽に餘る。
語らず 低鬟 幽思遠く,玉釵 斜に墜ち 雙魚。
幾たびか迴らん 寄來の書を偷み看して,離情せば別恨し,相い隔つこと 何如せんと欲す。
臨江仙二首其二
鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。
起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。
強整嬌姿臨寶鏡,小池一朵芙蓉。
舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。
『臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註解説
(本文)
臨江仙二首其一
簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。
芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。
不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。
幾迴偷看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。
(下し文)
(臨江仙二首其の一)
簾卷き 池心 小閣虛し,暫く涼しく 閑かに步むは 徐徐たり。
芰荷 經雨 半ば凋疎す,堤を拂う 柳を垂れ,蟬噪す 夕陽に餘る。
語らず 低鬟 幽思遠く,玉釵 斜に墜ち 雙魚。
幾たびか迴らん 寄來の書を偷み看して,離情せば別恨し,相い隔つこと 何如せんと欲す。
(現代語訳)
(寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)
簾を巻き上げるとあのお方と過ごした、池の中央にある小高い丘に上に立つ小高樓が見える。しばらくして、そよ風に任せてゆったりと歩いてみる。
菱と蓮に経糸のような雨がふりそそぐ半ば凋み枯れてまばらになった派の上に落ちる。柳の枝はたれて、つつみを拂うほど茂っている、もう少しで夕日が暮れて行こうというのに秋蝉がうるさく鳴いている。(それなのに自分の心は静かなものだ。)
誰と話すわけでもなく、結い上げた髷を俯き加減で、しずかに物思いにふける。夕日に輝く簪が斜めに落ち掛けていて、雙魚の硯を出してくる。
今までもらったあの方からの手紙を出して返詩を書こうと読み返してみるけれど、愛情を受けることから離れ、別れたことは恨みがこみ上げてくる、互いがこうして隔たったままということは、手紙を書こうとしてもどうしてよいやら、わからないのだ。
(訳注)
臨江仙二首其一
(寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)
唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。李珣の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。
簾卷池心小閣虛 暫涼閑步徐徐
芰荷經雨半凋疎 拂堤垂柳 蟬噪夕陽餘
不語低鬟幽思遠 玉釵斜墜雙魚
幾迴偷看寄來書 離情別恨 相隔欲何如
○△○○●●○ ●△○●○○
●△△●●○△ ●△○● ○●●○○
△●○○○△● ●○○●○○
△△○△●△○ △○●● △●●△△
簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。
簾を巻き上げるとあのお方と過ごした、池の中央にある小高い丘に上に立つ小高樓が見える。しばらくして、そよ風に任せてゆったりと歩いてみる。
池心 池の中心部。池のまんなか。神仙三山を池の中に作り、そこに小さな高楼が断っている。唐大明宮んp大掖池の蓬莱亭を連想させる。
虛 むなしい。あな。うつろ。大きい丘。昔の建物の跡。天空。
閑步 ゆったりと落ち着いてしずかにあるく。 ・閑:ひま。ひまな時間。また,ゆったりと落ち着いてしずかなさま。
徐徐 1 挙動が落ち着いてゆったりしているさま。2 進行や変化がゆっくりしているさま。
芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。
菱と蓮に経糸のような雨がふりそそぐ半ば凋み枯れてまばらになった派の上に落ちる。柳の枝はたれて、つつみを拂うほど茂っている、もう少しで夕日が暮れて行こうというのに秋蝉がうるさく鳴いている。(それなのに自分の心は静かなものだ。)
凋疎 枯れ凋んでまばらになる。
蝉噪 セミがうるさく鳴く.わめく,大声で騒
不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。
誰と話すわけでもなく、結い上げた髷を俯き加減で、しずかに物思いにふける。夕日に輝く簪が斜めに落ち掛けていて、雙魚の硯を出してくる。
鬟 〔「みみつら(耳鬘)」の転といわれる〕 上代の男子の髪の結い方の一。頭頂で左右に分け,それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた結い方。びずら。びんずら。
幽思 1 静かに思いにふける. 2名詞 ひそかな思い,秘められ感情.
雙魚 二匹の並んだ魚。書信。硯の名。手洗いの名。錢の名。星宿、雙魚宮で少女を意味する。
幾迴偷看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。
今までもらったあの方からの手紙を出して返詩を書こうと読み返してみるけれど、愛情を受けることから離れ、別れたことは恨みがこみ上げてくる、互いがこうして隔たったままということは、手紙を書こうとしてもどうしてよいやら、わからないのだ。
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毛熙震『臨江仙二首其一』
南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。
潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。
縱態迷歡心不足,風流可惜當年。
纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。
(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)
六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。
また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。
宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった
それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。
(臨江仙二首其の一)
南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。
潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。
態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。
纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。
双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる
○△○●●○○ ●○○●△○
○△△●●○○ ○○○△ ○●△○○
△●○○○△●△○●●△○
○○●●●○△ ○○○● △●●○△
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張泌『臨江仙 一首』
煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。
五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。
翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。
古祠深殿,香冷雨和風。
(臨江仙【りんこうせん】)
煙【もや】收まり 湘渚【しょうちょ】秋江 靜まり,蕉花 露に泣き 紅に愁う。
五雲 雙鶴 去りて蹤【あと】無く,幾迴 魂斷え,望を凝らして 長空に向える。
翠竹 暗きに留み 珠の淚の怨み,閑かに寶瑟 波中に調ぶ,花鬟 月鬢 綠雲 重る。
古祠【こし】の深殿,香は冷雨となりて風に和す。
(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)
湘水の渚をおおっていた霧は消え、静かに秋の大江は流れ、カンナの花は露に泣き愁いに紅く色を濃くしている。
五色の雲の彼方へ二羽の鶴が飛び去り、水に沈んだがその跡は今は何も残さない、幾たびかそこを訪ね回り、そこでその燃える思いを断ったという、遠くはるかな空の果てにその思いを望んだことだろう。
翠の斑竹は密かに留めている怨み込めたる涙跡である、波の間に静かに瑟琴の奏では水の音にきえてゆく。花のような鬟髷、月のような両鬢、美しき黒髪は雲のように重なっている。
古き道教聖女祠の奥深い宮殿は、聖女祠の香りは吹きつける冷い雨と風になごんでいく。
双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。
○△○●○○● ○○●●○○
●○○●●○○ △△○● △△●△△
●●●△○●△ ○△●●○△ ○○●●●○△
●○△● ○△●△△
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李珣《巫山一段雲二首,其二》十巻 この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。
20-515《巫山一段雲二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-698-20-(515) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5037
巫山一段雲二首は、毛文錫の詩を挟んでみると連詩のように思われる。
巫山一段雲二首其一
(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて思い浮んだことを詠う。)
有客經巫峽,停橈向水湄。
ここに旅人がいて、三峡・巫峡をくだろうとすると、棹を止め、楫を止めて、祠に停泊し、その後、水に臨む岸を見ながら、流れに沿って下流に向かうものである。
楚王曾此夢瑤姬,一夢杳無期。
そこ巫峡の山には楚の懐王と瑤姫との伝説があり、宋玉の「高唐賦」に登場する夢の中で出会い、親しく交わるというものであるが、その夢は一度見ていると、果てしなくその逢瀬の約束は無限につづくのである。
塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。
だからその祠では、仮に雲が厚く閨が暗ければ、珠の簾を巻き上げるものであり、閨の香が絶えて消えてしまうと香の香りを逃がさないために、カワセミの雌の緑色のとばりを垂らすものだ。
西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠。
それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。
(巫山、一段の雲 二首其の一)
客有り 巫峽を經て,橈を停め 水湄に向う。
楚王 曾て此れ 瑤姬を夢み,一び夢むが 杳として期無し。
塵【か】りに暗ければ 珠簾卷き,香消えれば 翠幄垂る。
西風 首を迴らせて悲に勝らず,暮雨 空祠を灑う。
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毛文錫『巫山一段雲一首』
雨霽巫山上,雲輕映碧天。
遠峯吹散又相連,十二晚峯前。
暗濕啼猿樹,高籠過客舡。
朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。
(巫山の一段雲一首)
雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。
遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。
暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。
朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。
(巫山十二峯は交わり、別れの場所であり、また、雨が降り交わり、朝が来て別れる。そんな巫山を詠う。)
神女の生まれ変わりの雨が朝には別れたために晴れ、巫山のあたりはすっかり澄み渡る。その空に神女と夜を過ごした雲が軽やかにすみきった青空に映えている。
遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、二人のわかれた十二峰には猿の鳴き声がこだまする。
暗くたれこめた雲があたりをくらくし、暗くなった樹を密かに濡らしたなかに猿がないているのだ。高い籠に揺られ見下ろすようにの巫峡のうえから旅人の乗る船を下に見ている。
朝が来て別れ、また朝になり、夕ぐれて交わり、また夕暮れていく、舟は下って楚の国、長江下流域ののほとり、ここにはここの神仙が幾たびも降りて交わるということだ。
【解説】 巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。こうしたことの前提で巫山の神女の故事ができあがっている。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、坐山の神女の故事に思いを馳せる。
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巫山一段雲二首其二
(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて、ここの景色と気風によって思い浮んだことを詠う。)
古廟依青嶂,行宮枕碧流。
楚の懐王が巫山の神女のために建てたとされる古廟は十二の翠の山に寄り添うようにあり、楚の行在所であった宮は碧き流れを臨んで、長江の傍らにたっている。
水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。
渓谷に響く水の流れの音とみなもにうつる山の色をふかくし、その中に美しい高殿を包み込んでいる、過ぎ去りし昔のことがこの景色と気風によって果てなく偲ばれてくる。
雲雨朝還暮,煙花春復秋。
高唐の賦にいう「朝雲暮雨」となって、陽台の下で待っているといった瑶姫とその懐王の逢瀬、花曇りの春の盛りからまた秋の寒花のかおる時もその時節に応じてしのばれる。
啼猿何必近孤舟,行客自多愁。
この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。
(巫山、一段の雲 二首其の二)
古廟 依青嶂,行宮枕碧流。
水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。
雲雨朝還暮,煙花春復秋。
啼猿何必近孤舟,行客自多愁。
『巫山一段雲二首其二』 現代語訳と訳註解説
(本文)
巫山一段雲二首其二
古廟依青嶂,行宮枕碧流。
水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。
雲雨朝還暮,煙花春復秋。
啼猿何必近孤舟,行客自多愁。
(下し文)
(巫山、一段の雲 二首其の二)
古廟 青嶂に依り、行宮 碧流に枕【のぞ】む。
水聲 山色 粧榛を鏁ざし、往事 思い 悠悠たり。
雲雨 朝 還た暮、煙花 春 復た秋。
啼猿 何ぞ孤舟に近づくを必とせん、行客 自ら愁い 多い。
(現代語訳)
(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて、ここの景色と気風によって思い浮んだことを詠う。)
楚の懐王が巫山の神女のために建てたとされる古廟は十二の翠の山に寄り添うようにあり、楚の行在所であった宮は碧き流れを臨んで、長江の傍らにたっている。
渓谷に響く水の流れの音とみなもにうつる山の色をふかくし、その中に美しい高殿を包み込んでいる、過ぎ去りし昔のことがこの景色と気風によって果てなく偲ばれてくる。
高唐の賦にいう「朝雲暮雨」となって、陽台の下で待っているといった瑶姫とその懐王の逢瀬、花曇りの春の盛りからまた秋の寒花のかおる時もその時節に応じてしのばれる。
この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。
(訳注)
巫山一段雲二首
(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて、ここの景色と気風によって思い浮んだことを詠う。)
【解説】 長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情を詠う。前段は、楚の懐王とゆかりのある神女を祀った社と楚の仮の官とが山や川に寄り添って建ち、水音と山に包まれて、遠い昔への果てしない思いに誘われることを述べる。後段は、朝な夕なの雲や雨に日は過ぎ、花の春から秋へと歳月は流れ、旅人なる作者は、人の悲しみを誘う猿の鳴き声を聞くまでもなく、自ずと憂愁の情がわき起こると述べる。
巫山一段雲二首其二
『花間集』には李均の作が二首収められている。双調四→四字、前後段二十二字四句三平撃、5⑤⑦⑤/5⑤⑦⑤の詞形をとる。毛文錫の巫山一段雲の解説参照。
古廟依青嶂 行宮枕碧流
水聲山色鏁粧樓 往事思悠悠
雲雨朝還暮 煙花春復秋
啼猿何必近孤舟 行客自多愁
●●△○● △○△●○
●○○●??○ ●●△○○
○●○○● ○○○●○
○○△●●○○ △●●○○
古廟依青嶂,行宮枕碧流。
楚の懐王が巫山の神女のために建てたとされる古廟は十二の翠の山に寄り添うようにあり、楚の行在所であった宮は碧き流れを臨んで、長江の傍らにたっている。
○古廟 古い社。ここでは楚の懐王が巫山の神女のために建てたとされる社。
○青峰 そそり立つ青い山。四川省にある巫山のこと。
○行宮【あんぐう(かりみや)】 皇帝行在所、仮の御所。かつての楚の離宮。とは、皇帝の行幸時あるいは、政変などの理由で御所を失陥しているなどといった場合、一時的な宮殿として建設あるいは使用された施設の事を言われる。他に行在所【あんざいしょ】、御座所、頓宮という。
水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。
渓谷に響く水の流れの音とみなもにうつる山の色をふかくし、その中に美しい高殿を包み込んでいる、過ぎ去りし昔のことがこの景色と気風によって果てなく偲ばれてくる。
○粧楼 美しい高楼。官女の館を指す。
雲雨朝還暮,煙花春復秋。
高唐の賦にいう「朝雲暮雨」となって、陽台の下で待っているといった瑶姫とその懐王の逢瀬、花曇りの春の盛りからまた秋の寒花のかおる時もその時節に応じてしのばれる。
○雲雨朝還暮 楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。
韋莊『望遠行』「出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。」
この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。
・芳草路萋萋 旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことを。『楚辞』招隠士第十二「王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。」(王孫 遊びて歸らず、春草 生じて萋萋たり。)
・雲雨別來易東西 愛し合ってきた睦まじい男女の仲も、一たび別れとなれば、たちまち東西に遠く離れ離れになってしまうことを言う。雲雨は男女の情交を指す。宋玉の「高唐の賦」の序に拠れば、楚の懐王は高唐に遊び、巫山の神女と夢の中で情を交わした。神女は別れに当たり 「私は巫山の南、高く険しい所におり、朝には雲となり暮れには雨となって、朝な朝な夕なに、陽台の下におります」と言い残し去ったと言う。以来、雲.雨の語は男女の情交を指すようになった。
啼猿何必近孤舟,行客自多愁。
この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。
〇時猿何必近孤舟 昔から、三峡(長江上流の四川省と湖北省にまたがる巫咲、瞿塘峡、西陵峡) を挟む両岸の山々の猿の噂き声は、長江を行き来する船にまで届き、旅人の愁いを誘った。

李珣《巫山一段雲二首,其一》十巻 それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。
20-514《巫山一段雲二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-697-20-(514) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5032
巫山一段雲二首
巫山一段雲二首其一
(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて思い浮んだことを詠う。)
有客經巫峽,停橈向水湄。
ここに旅人がいて、三峡・巫峡をくだろうとすると、棹を止め、楫を止めて、祠に停泊し、その後、水に臨む岸を見ながら、流れに沿って下流に向かうものである。
楚王曾此夢瑤姬,一夢杳無期。
そこ巫峡の山には楚の懐王と瑤姫との伝説があり、宋玉の「高唐賦」に登場する夢の中で出会い、親しく交わるというものであるが、その夢は一度見ていると、果てしなくその逢瀬の約束は無限につづくのである。
塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。
だからその祠では、仮に雲が厚く閨が暗ければ、珠の簾を巻き上げるものであり、閨の香が絶えて消えてしまうと香の香りを逃がさないために、カワセミの雌の緑色のとばりを垂らすものだ。
西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠。
それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。
巫山一段雲二首其一
客有り 巫峽を經て,橈を停め 水湄に向う。
楚王 曾て此れ 瑤姬を夢み,一び夢むが 杳として期無し。
塵【か】りに暗ければ 珠簾卷き,香消えれば 翠幄垂る。
西風 首を迴らせて悲に勝らず,暮雨 空祠を灑う。
巫山一段雲二首其二
古廟依青嶂,行宮枕碧流。
水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。
雲雨朝還暮,煙花春復秋。
啼猿何必近孤舟,行客自多愁。
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毛文錫『巫山一段雲一首』
雨霽巫山上,雲輕映碧天。
遠峯吹散又相連,十二晚峯前。
暗濕啼猿樹,高籠過客舡。
朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。
(巫山の一段雲一首)
雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。
遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。
暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。
朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。
(巫山十二峯は交わり、別れの場所であり、また、雨が降り交わり、朝が来て別れる。そんな巫山を詠う。)
神女の生まれ変わりの雨が朝には別れたために晴れ、巫山のあたりはすっかり澄み渡る。その空に神女と夜を過ごした雲が軽やかにすみきった青空に映えている。
遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、二人のわかれた十二峰には猿の鳴き声がこだまする。
暗くたれこめた雲があたりをくらくし、暗くなった樹を密かに濡らしたなかに猿がないているのだ。高い籠に揺られ見下ろすようにの巫峡のうえから旅人の乗る船を下に見ている。
朝が来て別れ、また朝になり、夕ぐれて交わり、また夕暮れていく、舟は下って楚の国、長江下流域ののほとり、ここにはここの神仙が幾たびも降りて交わるということだ。
【解説】 巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。こうしたことの前提で巫山の神女の故事ができあがっている。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、坐山の神女の故事に思いを馳せる。
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『巫山一段雲二首其一』 現代語訳と訳註解説
(本文)
巫山一段雲二首其一
有客經巫峽,停橈向水湄。
楚王曾此夢瑤姬,一夢杳無期。
塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。
西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠。
(下し文)
巫山一段雲二首其一
客有り 巫峽を經て,橈を停め 水湄に向う。
楚王 曾て此れ 瑤姬を夢み,一び夢むが 杳として期無し。
塵【か】りに暗ければ 珠簾卷き,香消えれば 翠幄垂る。
西風 首を迴らせて悲に勝らず,暮雨 空祠を灑う。
(現代語訳)
(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて思い浮んだことを詠う。)
ここに旅人がいて、三峡・巫峡をくだろうとすると、棹を止め、楫を止めて、祠に停泊し、その後、水に臨む岸を見ながら、流れに沿って下流に向かうものである。
そこ巫峡の山には楚の懐王と瑤姫との伝説があり、宋玉の「高唐賦」に登場する夢の中で出会い、親しく交わるというものであるが、その夢は一度見ていると、果てしなくその逢瀬の約束は無限につづくのである。
だからその祠では、仮に雲が厚く閨が暗ければ、珠の簾を巻き上げるものであり、閨の香が絶えて消えてしまうと香の香りを逃がさないために、カワセミの雌の緑色のとばりを垂らすものだ。
それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。
(訳注)
巫山一段雲二首
(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて思い浮んだことを詠う。)
『花間集』には三首で、毛文錫と李珣の作が二首収められている。双調四じゅう四字、前後段二十二字四句三平撃、5⑤⑦⑤/5⑤⑦⑤の詞形をとる。毛文錫の巫山一段雲の解説参照。
有客經巫峽 停橈向水湄
楚王曾此夢瑤姬 一夢杳無期
塵暗珠簾卷 香消翠幄垂
西風迴首不勝悲 暮雨灑空祠
●●△○● ○△●●○
●△○●△○○ ●△●○○
○●○○△ ○○●●○
○△△●△△○ ●●●△○
巫山一段雲二首其一
【解説】 長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情を詠う。
巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。
巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。
西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。
有客經巫峽,停橈向水湄。
ここに旅人がいて、三峡・巫峡をくだろうとすると、棹を止め、楫を止めて、祠に停泊し、その後、水に臨む岸を見ながら、流れに沿って下流に向かうものである。
橈 かい、かじ、たわ-む...
水湄 水に臨む岸。詩経秦風・蒹葭「蒹葭淒淒、白露未晞。 所謂伊人、在水之湄。」蒹葭萋萋(せいせい)たり 白露未だ晞(かわ)かず. 所謂伊の人 水の湄(び)に在り・湄:汀。岸。ほとり。はま。みずぎわ
楚王曾此夢瑤姬,一夢杳無期。
そこ巫峡の山には楚の懐王と瑤姫との伝説があり、宋玉の「高唐賦」に登場する夢の中で出会い、親しく交わるというものであるが、その夢は一度見ていると、果てしなくその逢瀬の約束は無限につづくのである。
楚王 楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。
夢瑤姬 瑤姫【ようき】は、別名を「巫山神女」と呼ばれており。炎帝の四人娘の第三の娘であり、才色を兼ね備えて、学問より武術が得意とした。女娃(じょあ)の姉にあたる。美しいく輝く仙草「瑤草」は、瑤姫の化身である。
『高唐賦』と『神女賦』に記述があり、楚の懐王の夢に現れた契りを結んだ。最終、彼女は巫山に封じられた。
中国上古の神話には、瑤姫が西王母の第二十三人の娘「雲華夫人(うんかふじん)」だとの言い伝えがあり、十二匹の悪龍に降伏し禹の治水事業を助けていた。後に巫山十二峰(神女峰)を形成した。
塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。
だからその祠では、仮に雲が厚く閨が暗ければ、珠の簾を巻き上げるものであり、閨の香が絶えて消えてしまうと香の香りを逃がさないために、カワセミの雌の緑色のとばりを垂らすものだ。
塵 ①ちり。②俗。③仮のこと。④世。⑥跡。⑦小さい数。⑧やわらぐさま。⑨ひさしい。
幄 まんまく。下張りの小さい幕。幕張りの内側。
翠 カワセミの雌のいろ、緑をいう。
西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠。
それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。
西風迴首不勝悲 《楚辞·九辩》:“悲哉!秋之为气也。萧瑟兮,草木摇落而变衰。” 唐杜甫《登高》诗:“万里悲秋常作客,百年多病独登台。
皇帝禹を埋葬した九峯竝び聳えたつ九疑山があり、湘夫人、屈原が投身した三湘水がある。蘆の花が一面に広がれば、その時こそ漢の武帝の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」の季節になる。
20-513《漁歌子四首,其四》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-696-20-(513) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5027
李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825-826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀(907年—925年),王衍の昭儀(女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。
漁歌子四首其一
楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。
草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。
信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。
酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。
(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)
春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。
春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。
春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。
酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。
(漁歌子四首其の一)
楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。
草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。
信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。
酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。
漁歌子四首其二
荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。
碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。
水為鄉,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。
酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。
(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)
荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。
碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。
そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。
酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。
(漁歌子四首其の二)
荻花の秋なれば,瀟湘の夜は,橘洲の佳景 屏畫の如し。
碧煙の中なれば,明月の下は,小艇の垂綸 初めて罷む。
水為の鄉なれば,篷を舍と作し,魚羹 稻飯 常飡なり。
酒は杯に盈ち,書は架につ,名利 不將に心に掛けず。
漁歌子四首其三
柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。
棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。
罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。
下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。
(春が来ても、思うが儘に生きてゆく、たったひとりしかいない村に束縛されずに生きてゆきたいと詠う。)
柳が糸のような枝を垂れようが、桃李の花は樹に満ちあふれようが、鶯が啼くのは、長江、楚の河岸一帯に春を告げて、春山はやがて暮れて、さわやかな季節を迎える。
隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。
そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。
長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。
(漁歌子四首其の三)
柳は絲を垂れて,花は樹に滿つ,鶯は楚の岸に啼いて 春山は暮る。
輕舟を棹ぎて,深浦を出で,漁歌を緩唱して歸り去る。
綸を垂るるを罷め,還た醑を酌み,孤村 遙かに雲の遮ぎる處を指す。
長汀を下り,淺渡に臨む,驚き起ちぬ 一行の沙鷺。
漁歌子四首其四
(洞庭湖は風流なところで、このまま誰に遠慮することなく、酒を呑みたいものだと詠う)
九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。
皇帝禹を埋葬した九峯竝び聳えたつ九疑山があり、湘夫人、屈原が投身した三湘水がある。蘆の花が一面に広がれば、その時こそ漢の武帝の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」の季節になる。
水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。
洞庭湖は風流で、水面から湧き出でる雲、山の端から月が昇り、水面に映る月を竿で穿つと波で水面の天は揺れ、それに泛ぶ雲と水面に映る雲がたわむれる。
皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。
ここでは湘夫人の演奏のように鼓の音はさわやかに響き、それに合わせて琴の音が響いてくる、そうなると蟻の泡の浮き出る新酒を傾けるのである。木の葉のような小舟は、自ずからゆったりと流れに任せて遙かにゆらゆらと進む、そして河畔をぶらぶら歩く。
任東西,無定止,不議人間醒醉。
木の葉舟は流れに任せて西から東へ当たり前のこととして進み、どこかに留まることはない。ひとの世に生きるということはこのようにゆったりとすることはむつかしく、酔っぱらったり、目覚めたりしていくことしかないのだ。
(漁歌子四首其の四)
九疑の山,三湘の水,蘆花の時節 秋風起つ。
水雲の間,山月の裏,棹は月穿ち 雲は遊び戲れる。
皷 琴を清くし,淥蟻を傾け,扁舟 自ら逍遙の志を得る。
東西に任せ,定め止る無し,議さず 人間 醒醉するを。
『漁歌子四首』 現代語訳と訳註解説
(本文)
漁歌子四首其四
九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。
水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。
皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。
任東西,無定止,不議人間醒醉。
(下し文)
(漁歌子四首其の四)
九疑の山,三湘の水,蘆花の時節 秋風起つ。
水雲の間,山月の裏,棹は月穿ち 雲は遊び戲れる。
皷 琴を清くし,淥蟻を傾け,扁舟 自ら逍遙の志を得る。
東西に任せ,定め止る無し,議さず 人間 醒醉するを。
(現代語訳)
(洞庭湖は風流なところで、このまま誰に遠慮することなく、酒を呑みたいものだと詠う)
皇帝禹を埋葬した九峯竝び聳えたつ九疑山があり、湘夫人、屈原が投身した三湘水がある。蘆の花が一面に広がれば、その時こそ漢の武帝の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」の季節になる。
洞庭湖は風流で、水面から湧き出でる雲、山の端から月が昇り、水面に映る月を竿で穿つと波で水面の天は揺れ、それに泛ぶ雲と水面に映る雲がたわむれる。
ここでは湘夫人の演奏のように鼓の音はさわやかに響き、それに合わせて琴の音が響いてくる、そうなると蟻の泡の浮き出る新酒を傾けるのである。木の葉のような小舟は、自ずからゆったりと流れに任せて遙かにゆらゆらと進む、そして河畔をぶらぶら歩く。
木の葉舟は流れに任せて西から東へ当たり前のこととして進み、どこかに留まることはない。ひとの世に生きるということはこのようにゆったりとすることはむつかしく、酔っぱらったり、目覚めたりしていくことしかないのだ。
(訳注)
漁歌子四首其四
(洞庭湖は風流なところで、このまま誰に遠慮することなく、酒を呑みたいものだと詠う)
『花間集』には教坊曲『漁歌子』が八首所収されている。李珣の作は四首収められている。双調五十字、前後段二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。
九疑山 三湘水 蘆花時節秋風起
水雲間 山月裏 棹月穿雲遊戲
皷清琴 傾淥蟻 扁舟自得逍遙志
任東西 無定止 不議人間醒醉
△○○ △○● ○○○●○△●
●○△ ○●● ●●△○○△
●○○ ○●● △○●●○○●
△○○ ○●● △●○△△●
九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。
皇帝禹を埋葬した九峯竝び聳えたつ九疑山があり、湘夫人、屈原が投身した三湘水がある。蘆の花が一面に広がれば、その時こそ漢の武帝の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」の季節になる。
九疑山 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。九嶷山主峰は舜源峰であり、海拔610mであり,以下,娥皇、女英、桂林、杞林、石城、石楼、朱明、箫韶をいうがどの峰も同じように見えるため、九疑山と称された。
三湘 ①河川名。沅湘、瀟湘、蒸湘の湘江をいう。また、長江、沅湘、湘江をいうがどちらにしても洞庭湖周辺地方の河川をいう。地名。『太平実記』「以湘郷、湘潭、湘陰爲三湘。」
蘆花 秋に茎頭に大きな穂をぬいて、この穂に紫色の小穂をたくさんつけ、のち紫褐色に変わってゆくもの
秋風起 漢の武帝 『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」(秋風起って 白雲飛び 草木黄落して 雁南に歸る)
秋風辭 漢(武帝)劉徹 詩 Ⅱ李白に影響を与えた詩511 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1350
水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。
洞庭湖は風流で、水面から湧き出でる雲、山の端から月が昇り、水面に映る月を竿で穿つと波で水面の天は揺れ、それに泛ぶ雲と水面に映る雲がたわむれる。
棹月穿 賈島「棹穿波上月,舡壓水中天。」棹(さを)は穿(うが)つ波の底の月、船は圧(お)そふ水中の天。『〈過海聯句〉(與高麗使聯句)』
皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。
ここでは湘夫人の演奏のように鼓の音はさわやかに響き、それに合わせて琴の音が響いてくる、そうなると蟻の泡の浮き出る新酒を傾けるのである。木の葉のような小舟は、自ずからゆったりと流れに任せて遙かにゆらゆらと進む、そして河畔をぶらぶら歩く。
皷 つづみ。
淥蟻 一種美酒。蟻のようなあわがプツプツと浮いている緑の酒。開けたての新酒。文選·謝脁『在郡臥病呈沈尚書詩: “嘉魴聊可薦, 淥蟻方獨持。』 亦作“綠螘”。緑蟻方独持〓緑蟻」は、蟻のようなあわがプツプツと浮いている緑の酒。開けたての新酒。「方」は今ちょうど〜。「独持」は、あなたのような客人と飲みたいのだが、今は独りで飲んでいる、という意味。
任東西,無定止,不議人間醒醉。
木の葉舟は流れに任せて西から東へ当たり前のこととして進み、どこかに留まることはない。ひとの世に生きるということはこのようにゆったりとすることはむつかしく、酔っパラったり、目覚めたりしていくことしかないのだ。
任東西 西から東へ流れて行く様に流れに任せたままに。

書経 舜
舜、二十歳にして孝行で世に知られた。三十歳にして、堯帝が用いるべき者かを問うた。四嶽(岳)、皆が虞舜を推挙して、可とした。堯は二人の娘を舜の妻となし、その(家)内を観、九人の息子を供に居らせ外(処世)を観た。
舜は嬀汭に居り、内行をいよいよ謹んだ。堯の二人の娘は、貴であるが、舜の親戚に驕ることなく、立派に婦道を行った。堯の九男は皆ますます(志)篤くなった。
舜が帝位に就くと、天子の旗を載せて、父瞽叟に朝した(君子を訪ねる形)。和敬して謹み、子としての道を行った。弟の象を封じて、諸侯となした。舜の子、商均も亦、不肖であった。舜はあらかじめ、禹を天子に推薦し、十七年にして崩じる。三年の喪をことごとく終え、禹も亦、舜の子に帝位を譲った。舜が堯の子に譲ったように。諸侯これに帰す。その後、禹は天子の位に就く。
司馬遷は、史記・列女傳で「於是堯妻之二女、觀其徳於二女、舜飭下二女於嬀汭 、如婦禮、堯善之。」と解釈している。二女を舜の妻とすることによって、二女に舜の徳がどう現われるかを見る。天から女が降りてくる訳はないので、舜が準備を整え嬀汭 に迎えたと変える。二女が婦人としての礼をつくし、堯はそれを善しとした。娘が、舜の徳に感化され、庶人の妻として、父母弟に仕えるのを観て、堯は舜の徳を認める。
袁珂氏によれば、神話と伝説のなかでは、娥皇と女英は、舜を護る女神であり、幼くして母をなくした舜の心の支えである。舜が罠に陥れられようとする時に、舜に勇気を与え、難から逃れる服をさづけ、火の中では鳥となって飛びたたせ、井戸からは竜となって昇り去らせる。舜を鳥となし、竜となさしめることによって、舜になみなみならぬ力を与える。
女神の心をも動かし、舜は救われる。堯が舜に授けたおおいなる賜が二女と服であった。
論語に曰、「子、韶を謂う。美を尽くし、また善を尽くせり。」
更に、論語に曰、「子、斉に在まして韶を聞く。三月、肉の味を知らず。」
舜が一人の時に歌っていた曲を南風という。
南風の薫や 以て吾が民の慍(うらみ)を解くべし。
李珣《漁歌子四首,其三》十巻 隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす
20-512《漁歌子四首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-695-20-(512) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5022
李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825-826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀(907年—925年),王衍の昭儀(女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。
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| 花間集 教坊曲『漁歌子』八首 | | |||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | |
| 顧敻(顧太尉敻) | 巻七 | 曉風清,幽沼綠, | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 草芊芊,波漾漾, | | |
| 巻八 | 泛流螢,明又滅, | | ||
| 魏太尉承班 | 巻九 | 漁歌子一首 | 柳如眉,雲似髮。 | |
| 李秀才珣 | 巻十 | 漁歌子四首其一 | 草芊芊,花簇簇, | |
| 巻十 | 漁歌子四首其二 | 荻花秋,瀟湘夜, | | |
| 巻十 | 漁歌子四首其三 | 柳垂絲,花滿樹, | | |
| 巻十 | 漁歌子四首其四 | 九疑山,三湘水, | | |
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漁歌子四首其一
楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。
草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。
信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。
酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。
(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)
春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。
春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。
春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。
酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。
(漁歌子四首其の一)
楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。
草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。
信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。
酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。
(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)
荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。
碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。
そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。
酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。
漁歌子四首其二
荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。
碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。
水為鄉,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。
酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。
(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)
荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。
碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。
そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。
酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。
(漁歌子四首其の二)
荻花の秋なれば,瀟湘の夜は,橘洲の佳景 屏畫の如し。
碧煙の中なれば,明月の下は,小艇の垂綸 初めて罷む。
水為の鄉なれば,篷を舍と作し,魚羹 稻飯 常飡なり。
酒は杯に盈ち,書は架につ,名利 不將に心に掛けず。
漁歌子四首其三
柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。
棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。
罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。
下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。
(春が来ても、思うが儘に生きてゆく、たったひとりしかいない村に束縛されずに生きてゆきたいと詠う。)
柳が糸のような枝を垂れようが、桃李の花は樹に満ちあふれようが、鶯が啼くのは、長江、楚の河岸一帯に春を告げて、春山はやがて暮れて、さわやかな季節を迎える。
隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。
そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。
長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。
(漁歌子四首其の三)
柳は絲を垂れて,花は樹に滿つ,鶯は楚の岸に啼いて 春山は暮る。
輕舟を棹ぎて,深浦を出で,漁歌を緩唱して歸り去る。
綸を垂るるを罷め,還た醑を酌み,孤村 遙かに雲の遮ぎる處を指す。
長汀を下り,淺渡に臨む,驚き起ちぬ 一行の沙鷺。
漁歌子四首其四
九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。
水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。
皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。
任東西,無定止,不議人間醒醉。
『漁歌子四首』 現代語訳と訳註解説
(本文)
漁歌子四首其三
柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。
棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。
罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。
下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。
(下し文)
(漁歌子四首其の三)
柳は絲を垂れて,花は樹に滿つ,鶯は楚の岸に啼いて 春山は暮る。
輕舟を棹ぎて,深浦を出で,漁歌を緩唱して歸り去る。
綸を垂るるを罷め,還た醑を酌み,孤村 遙かに雲の遮ぎる處を指す。
長汀を下り,淺渡に臨む,驚き起ちぬ 一行の沙鷺。

(現代語訳)
(春が来ても、思うが儘に生きてゆく、たったひとりしかいない村に束縛されずに生きてゆきたいと詠う。)
柳が糸のような枝を垂れようが、桃李の花は樹に満ちあふれようが、鶯が啼くのは、長江、楚の河岸一帯に春を告げて、春山はやがて暮れて、さわやかな季節を迎える。
隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。
そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。
長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。
そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。
長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。
(訳注)
漁歌子四首其三
(春が来ても、思うが儘に生きてゆく、たったひとりしかいない村に束縛されずに生きてゆきたいと詠う。)
【解説】 屈原と同じように、官僚の汚れた交際、媚びるような態度に我慢できず、朝廷内での疎外感を詠ったもの。前段は、自分の思いを抑えていても、月日は移りゆく、春の日暮れ時、漁父が舟に棹さして漁歌を歌いながら帰り行くさまは屈原と同じ境地である。後段は、釣りを終えた後は酒を酌み、蓬か夕霧の彼方の村を目指して、長い水辺に沿って下り、浅瀬の船着場を前にした時、砂地に眠っていた鷺を驚かせて一斉に飛び立たせてしまったことを描く。それは、自分の清廉さは他の者と違っていて、朝廷内で疎外されていることを連想させる。
『花間集』には教坊曲『漁歌子』が八首所収されている。李珣の作は四首収められている。双調五十字、前後段二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。
柳垂絲 花滿樹 鶯啼楚岸春山暮
棹輕舟 出深浦 緩唱漁歌歸去
罷垂綸 還酌醑 孤村遙指雲遮處
下長汀 臨淺渡 驚起一行沙鷺
●○○ ○●● ○○●●○○●
●△○ ●△● ●●○○○●
△○○ ○●● ○○○●○○●
●△△ △△● ○●●△△●
柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。
柳が糸のような枝を垂れようが、桃李の花は樹に満ちあふれようが、鶯が啼くのは、長江、楚の河岸一帯に春を告げて、春山はやがて暮れて、さわやかな季節を迎える。
○楚岸 湖北省を流れる川の岸辺。長江中流域から下流域の河岸、一帯の泛称。
棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。
隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。
○深浦 奥まった入江。港町があり、花街がある。
漁歌 漁師。屈原の行為を詠った『楚辞・漁父』「乃歌曰:'滄浪之水清兮,可以濯吾纓;滄浪之水濁兮,可以濯吾足。遂去,不復與言。」の雰囲気を借りる。(乃ち 歌ひて曰く: 「滄浪の水 淸まば,以って我が纓を濯ふ可く,滄浪の水 濁らば,以って 我が足を 濯ふ可し。」 遂に去り,復た 與には言はず。
その老漁師がその時詠った歌には、
滄浪の水が澄んでいるのなら、 大切な冠の紐を洗おう。
滄浪の水が濁っているのなら、 汚れた私の足を洗おう。
と。とうとうそのまま去って、二度と語り合うことがなかった。
罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。
そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。
○醑 清酒、美酒。清廉潔白な儒者聖人であるものの飲む酒は清酒である。
下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。
長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。
○浅渡 浅瀬の船着場。
○驚起一行沙鷺 驚いたサギが一列になって飛び立ったことを言う。
『楚辞・漁父』屈原
屈原曰:「吾聞之,新沐者必彈冠,新浴者必振衣。安能以身之察察,受物之汶汶乎?寧赴湘流,葬於江魚之腹中。」安能以皓皓之白,而蒙世俗之塵埃醫乎?漁夫莞爾而笑,鼓抴而去,乃歌曰:'滄浪之水清兮,可以濯吾纓;滄浪之水濁兮,可以濯吾足。遂去,不復與言。
漁歌子(漁父樂) 宋・徐積
水曲山隈四五家, 夕陽煙火隔蘆花。
漁唱歇,醉眠斜, 綸竿蓑笠是生涯。
(漁歌子)
水の曲【くま】山の隈【くま】四、五の家,夕陽の煙火 蘆花を隔つ。
漁唱 歇み, 醉眠 斜めなり,綸竿 蓑笠【さりゅう】是れ 生涯なり。
李珣《漁歌子四首,其二》花間集十巻 荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。
20-511《漁歌子四首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-694-20-(511) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5017
漁歌子四首其一
(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)
楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。
春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。
草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。
春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。
信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。
春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。
酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。
酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。
(漁歌子四首其の一)
楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。
草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。
信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。
酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。
漁歌子四首其二
(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)
荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。
荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。
碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。
碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。
水為鄉,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。
そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。
酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。
酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。
(漁歌子四首其の二)
荻花の秋なれば,瀟湘の夜は,橘洲の佳景 屏畫の如し。
碧煙の中なれば,明月の下は,小艇の垂綸 初めて罷む。
水為の鄉なれば,篷を舍と作し,魚羹 稻飯 常飡なり。
酒は杯に盈ち,書は架につ,名利 不將に心に掛けず。
漁歌子四首其三
柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。
棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。
罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。
下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。
漁歌子四首其四
九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。
水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。
皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。
任東西,無定止,不議人間醒醉。
『漁歌子四首』 現代語訳と訳註解説
(本文)
漁歌子四首其二
荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。
碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。
水為鄉,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。
酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。
(下し文)
(漁歌子四首其の二)
荻花の秋なれば,瀟湘の夜は,橘洲の佳景 屏畫の如し。
碧煙の中なれば,明月の下は,小艇の垂綸 初めて罷む。
水為の鄉なれば,篷を舍と作し,魚羹 稻飯 常飡なり。
酒は杯に盈ち,書は架につ,名利 不將に心に掛けず。
(現代語訳)
(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)
荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。
碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。
そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。
酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。
(訳注)
漁歌子四首其二
【解説】 隠士の生活と心境とを詠う。官界にあった作者の李珣にとって、こうした生き方は理想の人生であった。隠遁指向は、強弱の違いはあるものの、中国の文人に等しく見られるものである。
『花間集』には教坊曲『漁歌子』が八首所収されている。李珣の作は四首収められている。双調五十字、前後段二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。
荻花秋 瀟湘夜 橘洲佳景如屏畫
碧煙中 明月下 小艇垂綸初罷
水為鄉 篷作舍 魚羹稻飯常飡也
酒盈杯 書滿架 名利不將心掛
●○○ ○○● ●○○●△△●
●○△ ○●● ●●○○○△
●○○ ○●● ○○●●○○●
●○○ ○●● ○●△△○●

荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。
荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。
○荻花 オギの花。
○滞湘 洞庭湖の南、零陵付近で瀟水と湘江の合流するあたりを言い、付近の風景は絶景で、八つの勝景を瀟湘八景といい、平沙落雁(へいさらくがん)・遠浦帰帆・山市晴嵐(せいらん)・江天暮雪・洞庭秋月・瀟湘夜雨・煙寺晩鐘・漁村夕照の称。北宋の宋迪(そうてき)が描いて八幅をつくった。
古風,五十九首之四十九
美人出南國,灼灼芙蓉姿。
皓齒終不發,芳心空自持。
由來紫宮女,共妒青蛾眉。
歸去瀟湘沚,沈吟何足悲。
(古風,五十九首之四十九)
美人 南國にず,灼灼たる芙蓉の姿。
皓齒 終に發かず,芳心 空しく自ら持す。
由來 紫宮の女,共に青蛾眉を妒む。
歸り去れ 瀟湘の沚【なぎさ】,沈吟 何んぞ悲むに足らん。
49 《古風五十九首之四十九》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳274古風,五十九首之四十九美人出南國, <49> Ⅰ李白詩1212 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4608
○橘洲 中洲の名。今の湖南省長沙を流れる湘江にある中洲。橘(蜜柑)を多く産出したので橘洲と呼ばれた。
碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。
碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。
○垂輪初罷 今、釣りを終えたばかり。垂綸は釣り糸を垂れること。
水為鄉,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。
そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。
○蓬作舎 蓬で作ったまずしい家とする。陳陶『續古詩』「矻矻篷舍下、慕君麒麟閣。」に基づく。
○魚羹 魚のなます。魚・鳥の肉や野菜を入れた熱い吸い物。海のものと山のもの、水郷で出来るものなど豊富であることをいう。
○稲飯 米飯、米の飯。水稲米がよく採れる。したがっていつも酒を醸造している。
○常飡 普段の食事。飡は餐に同じ。当時の食事として、他の地方と比較すれば御馳走になるという意味。
酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。
酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。
酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。
20-510《漁歌子四首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-693-20-(510) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5012
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| 花間集 教坊曲『漁歌子』八首 | | |||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | |
| 顧敻(顧太尉敻) | 巻七 | 曉風清,幽沼綠, | | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 草芊芊,波漾漾, | | |
| 巻八 | 泛流螢,明又滅, | | ||
| 魏太尉承班 | 巻九 | 漁歌子一首 | 柳如眉,雲似髮。 | |
| 李秀才珣 | 巻十 | 漁歌子四首其一 | 草芊芊,花簇簇, | |
| 巻十 | 漁歌子四首其二 | 荻花秋,瀟湘夜, | | |
| 巻十 | 漁歌子四首其三 | 柳垂絲,花滿樹, | | |
| 巻十 | 漁歌子四首其四 | 九疑山,三湘水, | | |
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漁歌子四首其一
(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)
楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。
春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。
草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。
春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。
信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。
春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。
酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。
酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。
(漁歌子四首其の一)
楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。
草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。
信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。
酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。
漁歌子四首其二
荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。
碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。
水為鄉,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。
酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。
漁歌子四首其三
柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。
棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。
罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。
下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。
漁歌子四首其四
九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。
水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。
皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。
任東西,無定止,不議人間醒醉。
『漁歌子四首』 現代語訳と訳註解説
(本文)
漁歌子四首其一
楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。
草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。
信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。
酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。
(下し文)
(漁歌子四首其の一)
楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。
草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。
信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。
酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。
(現代語訳)
(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)
春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。
春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。
春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。
酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。
(訳注)
漁歌子四首其一
(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと隠遁者の気持ちを詠う。)その一
『花間集』には教坊曲『漁歌子』が八首所収されている。李珣の作は四首収められている。双調五十字、前後段二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。
楚山青 湘水淥 春風澹蕩看不足
草芊芊 花簇簇 漁艇棹歌相續
信浮沉 無管束 釣迴乘月歸灣曲
酒盈罇 雲滿屋 不見人間榮辱
●○○ ○●● ○△△●△△●
●△△ ○●● ○●●○△●
△○○ ○●● ●△△●○○●
●○○ ○●● △●○△○●
楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。
春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。
楚山青 楚の地方の山。靑は、春霞にぼんやりとした遠くの山。楚の懐王と巫女の故事を連想。
湘水淥 春水により増水した澄み切った湘水の流れ。湘夫人乃是女神。禹と二后妃の故事を連想。
澹蕩【たんとう】 ( 名 ・形動タリ ). ゆったりしてのどかな・こと(さま)。 「冲融とか-とか云ふ詩人の語は/草枕 漱石」 「春風-として起こる/経国
李白《古風,五十九首之十》「吾亦澹蕩人,拂衣可同調。」(吾も亦た 澹蕩たんとうの人、衣を払って 調を同じゅうすべし。) 物事にこだわらないたちはわたしも同様である。だから、思いきって、かれと意気投合しょうとおもうのだ。
草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。
春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い舟を進めるが何時までも謡い続けている。
芊とは、草がしげるという意味の字である。「艸、盛んなり」、〔広雅〕に「芊芊は茂るなり」とある。宋玉《高唐賦》「仰視山巔,肅何千千。」では春山の青いことをいう。
簇簇 [形動タリ]群がり集まるさま。ぞくぞく。「この植物は、茎の先に、―として花をつけた」白居易·開元寺東池早春詩:「簇簇青泥中,新蒲葉如劍。」
棹歌/櫂歌【とうか】船頭が舟をこぎながらうたう歌。ふなうた。
信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。
春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。
管束 管束。維管束【いかんそく】種子植物とシダ植物の根・茎・葉を通じて発達した通道組織。水分の上昇路である木部と,養分の通路となる師部からなる。
●この三句は与謝野蕪村の俳句、「春の海 終日のたりのたり哉」の感じである。
酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。
酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。
罇【ソン・もたい】 さけをいれるかめ。
榮辱 栄誉と恥辱。「衣食足而後知榮辱」盛衰榮辱。

参考 李白《春夜宴桃李園序》
夫
天地者,萬物之逆旅;
光陰者,百代之過客。
而
浮生若夢,爲歡幾何?
古人秉燭夜遊,良有以也。
況
陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
會桃李之芳園,序天倫之樂事。
群季俊秀,皆爲惠連。
吾人詠歌,獨慚康樂。
幽賞未已,高談轉清。
開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。
不有佳作,何伸雅懷?
如詩不成,罰依金谷酒斗數。
春夜 桃李園に 宴する序
夫(そ)れ
天地は, 萬物の逆旅(げきりょ)にして、光陰は,百代の過客なり。
而(しか)して
浮生は 夢の若し,歡を爲(な)すこと 幾何(いくばく)ぞ?
古人 燭を秉(と)りて夜に遊ぶ,良(まこと)に以(ゆえ)有る也。
況(いは)んや
陽春 我を召くに煙景を以てし,大塊 我に假すに 文章を以てするをや。
桃李の芳園に 會し,天倫の樂事を 序す。
群季の俊秀は,皆 惠連 爲(た)り。
吾人の詠歌は,獨り康樂に 慚(は)づ。
幽賞 未だ已(や)まず,高談 轉(うた)た清し。
瓊筵を 開きて 以て華に坐し,羽觴を飛ばして 月に醉(よ)ふ。
佳作 有らずんば,何ぞ 雅懷を 伸べんや?
如(も)し 詩 成らずんば,罰は金谷の酒斗數に依(よ)らん。
李珣《浣溪紗四首,其四》花間集巻十 (官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠う)
20-509
浣溪沙四首
(寵愛を失い、いつの間にか女の盛りを過ぎて、聞かざるものも色あせてきた。思いはこんな人生を恨むことだけだと詠う。)
浣溪沙四首其一
入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。
何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。
相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月䆫香徑夢悠颺。
この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たびか閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。
(浣溪沙四首其の一)
夏に入り 偏えに宜しく薄粧を澹し,越羅の衣褪せ 金黃も鬱し,翠鈿 檀注 容光を助く。
相見すれども言無く 還た恨有り,幾たびか迴り判卻し 又た思量し,月䆫 香徑 夢は悠颺【ゆうよう】す。
(寵愛を失ったばかりの妃嬪の心境を詠うもの。)
浣溪沙四首其二
晚出閑庭看海棠,風流學得內家粧,小釵橫戴一枝芳。
晩春になって誰もいない奥の宮殿の庭には、海棠の花が咲き乱れ、美しい妃嬪がたたずむのが見られる。さわやかな風が抜けてゆくもう宮のお化粧することも十分に分かってきた、それでも、海棠の一枝を勝手気ままに頭に挿して香りを楽しんでいる。
鏤玉梳斜雲鬢膩,縷金衣透雪肌香,暗思何事立殘陽。
黄金細工に宝玉を鏤めた飾りをつけ、雲型のまげを結った髪を斜めに梳かす。そして、金糸の刺繍のうす絹の半透明の衣もの下に雪のような肌とほんのりとした香りを漂わせる、それなのに暗い思いになっているのはどうしてなのだろうか、それはあの寵愛を受けていたころのことが忘れられず、海棠の木の所に夕日を受けて立っているのだ。
(浣溪沙四首其の二)
晚がた 閑かな庭に出で 海棠を看る,風は流れ內家の粧を得るを學び,小釵は一枝の芳を戴げ橫わる。
鏤玉 雲鬢の膩を梳斜しょ,縷金 衣雪肌の香を透し,暗思して何事か殘陽を立せん。
(かつてよしみのあった妓優との再会を果たせなかった男の思いを詠う。)
浣溪沙四首其三
訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。
思い出の地を訪れてみれば、やはり昔の別離のことが痛ましく性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行くことしかなさどうだ、平康里の玉樓の妓優とは再会の手立てがつかないのであり、都大路の六街に小雨が降り続いて春の盛りの花びらも香りも散らしているか、ほかの妓女を相手にする気にもなれない。
早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。
「高唐の賦」にある巫山神女の故事の様にはなれない情を交わしたはずなのに、逢えなくなってしまったのだ。錦江の春をいたずらに過ごすことに、どうして堪えて行くことが出来るというのか。だけど、今できることは、春の花に遭遇するように、きっといい女に合うこともあるだろう、だから、今は酒を傾けて、心行くまで呑み続ける事しかなおのである。
(浣溪沙四首其の三)
旧を訪ね 離れを傷み魂 断えんと欲す、重ねて玉楼の人を見るに因いも無く、
六街の微雨 香塵を鏤む。
早に巫峡の夢に逢わざるが為、那ぞ堪えんや 虚しく錦江の春を度すに、花に遇わは 酒を傾け 辞すること 頻りなる莫かれ。
(官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠う)
浣溪沙四首其四
紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢絕音塵。
あの紅い頬で、蓮根の糸でわたしを受け入れ、花の香りに包まれる水辺の高楼に続く欄干に何時しか足が向いてしまう、花弁の美しき女を思いうかべるだけでなにもできないことは堪え難い、少し前まで、二人で歓喜しあったことが夢でしかなくなってしまった、いまは、音信すら交わすことが許されないのだ。
翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。
逢瀬を重ねたこの艶房には、翡翠の団扇は重ねておかれたままだし、絵屏風の山は逢瀬の陰々としたことを思い出すことになり、あの夏の日には簟の竹筵の水紋の網目のさざ波のシーツは心地良かったものであったが、今はただ冷たさだけがリンリンと伝わってくる。いま彼女は、どこかの艶房で新たに蝉の初鳴きをしていることだろう、彼女への我が魂をもう断たねばならないとおもうのだ。
(浣溪沙四首其の四)
紅藕の花香り 檻に到るは頻りなり,堪える可けんや 閑かに花に似たる人を憶う,舊歡 夢の如く 音塵を絕つ。
翠 疊なり 畫屏の山隱隱とす,冷たく鋪ける紋簟の水潾潾たり,斷魂して 何處なるか 一蟬 新たならん。

『浣溪沙四首其四』 現代語訳と訳註解説
(本文)
浣溪沙四首其四
紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢絕音塵。
翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。
(下し文)
(浣溪沙四首其の四)
紅藕の花香り 檻に到るは頻りなり,堪える可けんや 閑かに花に似たる人を憶う,舊歡 夢の如く 音塵を絕つ。
翠 疊なり 畫屏の山隱隱とす,冷たく鋪ける紋簟の水潾潾たり,斷魂して 何處なるか 一蟬 新たならん。
(現代語訳)
(官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠う)
あの紅い頬で、蓮根の糸でわたしを受け入れ、花の香りに包まれる水辺の高楼に続く欄干に何時しか足が向いてしまう、花弁の美しき女を思いうかべるだけでなにもできないことは堪え難い、少し前まで、二人で歓喜しあったことが夢でしかなくなってしまった、いまは、音信すら交わすことが許されないのだ。
逢瀬を重ねたこの艶房には、翡翠の団扇は重ねておかれたままだし、絵屏風の山は逢瀬の陰々としたことを思い出すことになり、あの夏の日には簟の竹筵の水紋の網目のさざ波のシーツは心地良かったものであったが、今はただ冷たさだけがリンリンと伝わってくる。いま彼女は、どこかの艶房で新たに蝉の初鳴きをしていることだろう、彼女への我が魂をもう断たねばならないとおもうのだ。
(訳注)
浣紗 絹を織って染め付けた布地を川で晒す、水の冷たい時に色の定着がよくなることで、春先の年中行事であり、谷間の石の上に並べて干されること、春の風物詩であることを意味する。秋は採蓮、採菱も若い娘の素足が風物詩である。李白は春秋の風物詩をおおくうたっている。
花間集における「浣紗」は、春先、若い娘が素足を出して紗を洗う姿を見て、春の行楽を詠ったり、あるいは自分の恋愛事情によって、昔を思い出し、満たされぬ女を詠ったりするもので、浣紗の情景を詠うものはない。多くは、若い娘がはしゃいだり、楽しい出会いがあるというのに、こんな時節に、奥座敷で静かに過ごすしかない、妃嬪たち、教坊の妓優たち、官妓たちを詠うものがほとんでである。
浣溪沙四首其四
(官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠う)
【解説】蓮は美しい女性のことを言うが、女性の局部を意味し、その解釈に基づくと不明だった意味が分かり、個性を持った表現になることが多い。花間集に限らず,艶詩の場合、多くの意味不明詩がこれによって理解される。国家予算の20%~35%に後宮の維持運営費に充てられていたことからも、古代、六朝から唐宋期の女性の歴史的背景、制度、倫理観など総合的に理解したうえで、花間集を読まないと真の解釈はできない。
この詩は、官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠うものである。前段は、池に臨む手すりにもたれ、紅蓮の花に女性の面影を重ねたが、彼女の居場所は分かっていても、連絡を取ることが出来ない、会えぬ辛さを綴る。後段は、室内に目を転じ、絵屏風に囲まれた床の敷物も冷え冷えとし、どこで鳴くのか初蝉の声に腸は断ち切られると、苦衷を訴える。
蓮の花に美人を連想する例は 『花問集』 にはよく見られ、本詞では蓮の花の香りが女を連想させるよすがとなっており、官能的な色合いを帯びている。また絵屏風に描かれた山々の暗い姿や、床の敷物の冷たい感触も男の心情を象徴している。
『花間集』には李絢の作が四首収められている。双調四十二字、前段三句二十一字三平韻、後段三句二十一字二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋莊の浣渓抄
紅藕花香到檻頻 可堪閑憶似花人 舊歡如夢絕音塵
翠疊畫屏山隱隱 冷鋪紋簟水潾潾 斷魂何處一蟬新
○●○○●●○ ●○○●●○○ ●○△△●○○
●●●△○●● △△○●●○○ ●○△●●○○
花間集の浣渓紗の詩、このブログですべて訳註解説しているのでは以下の解説参照。
韋荘(韋相莊) 浣渓沙 其五
薛昭蘊(薛侍郎昭蘊)浣溪紗八首 其八
張泌(張舍人泌) 浣渓沙十首 其十
毛文錫 浣溪沙一首
欧陽烱(歐陽舍人烱)浣渓沙三首 其三
顧敻(顧太尉敻) 浣溪紗八首,其八
孫光憲(孫少監光憲)浣溪紗九首其九
閻選 浣溪紗一首
毛熙震(毛秘書熙震)浣溪紗七首其七
紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢絕音塵。
あの紅い頬で、蓮根の糸でわたしを受け入れ、花の香りに包まれる水辺の高楼に続く欄干に何時しか足が向いてしまう、花弁の美しき女を思いうかべるだけでなにもできないことは堪え難い、少し前まで、二人で歓喜しあったことが夢でしかなくなってしまった、いまは、音信すら交わすことが許されないのだ。
○音塵 音信など連絡のとれるものの一切の手段。
翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。
逢瀬を重ねたこの艶房には、翡翠の団扇は重ねておかれたままだし、絵屏風の山は逢瀬の陰々としたことを思い出すことになり、あの夏の日には簟の竹筵の水紋の網目のさざ波のシーツは心地良かったものであったが、今はただ冷たさだけがリンリンと伝わってくる。いま彼女は、どこかの艶房で新たに蝉の初鳴きをしていることだろう、彼女への我が魂をもう断たねばならないとおもうのだ。
○翠疊 翡翠の飾りや、翡翠の団扇、翡翠のとばりなどが無造作に積み重ねておかれている。
畫屏 屏風は寝牀のまわりに立てるもので、情事を連想させる。
○隠隠 暗いさま。
冷鋪紋簟水 簟のシーツには情事の汗を感じさせないために敷かれるもので、楚のシーツの模様は水紋が常識的なものであった。このシーツは当時は大変高価なものであり、高級官僚でなければ手にできないものである。
●これらの高級品をそのままおいてゆくのは、作者が女にプレゼントしたもので、女は作者よりの高い地位のものの女となったということである。
宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属し、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。すべて教坊の所属であった。宮妓はしばしば皇帝の御下賜晶として大臣や貴族に与えられた。
20-508《浣溪紗四首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-691-20-(508) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5002
宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。
宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。平民女性で選抜されたものは、「摘弾家」(演奏家)と称された。
楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。
彼女たちの中には、また別に朝臣や外国からの使節が献上した女性も、一部分であるが含まれていた。それ以外に、少数ではあるが、元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。すべて教坊の所属であった。
梨園、宜春院。玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。
彼女たちの生活も比較的自由で、彼女たちに対する宮中の束縛も、それほど厳格ではなかった。年をとり容色が衰えると、宮中から出て家に帰りたいと申し出ることが許されており、宮人のように必ずしも深宮の中で朽ち果てねばならないというわけではなかった。宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。冬になると宮妓たちに周囲をすき間なく囲ませて暖をとり、これを「妓圃」とよんだ。別の弟の岐王は寒い時妓女の懐に手を入れて暖をとった(『開元天宝達事』巻上)。こうした事例からみると、宮妓たちは芸人ではあったが、結局のところ娼妓との区別は、彼女たちが皇室専用の慰み物であるというにすぎない。宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜晶として大臣や貴族に与えられた。
皇室専属の教坊妓以外も妓優はおり、彼女らは主に長安の平鹿里や、その他の街坊に集中して住んでいた。
長安の官妓は、上に述べた地方の官妓とは多くの違いがあるように思う。唐後期の孫薬が長安の妓女について専門に記した『北里志』と、その他こまごまとした史料からみると、長安の妓女も官府に属し、官府の御用に応じなければならなかったが、しかし官奴婦としての色合いはそれほど強くはなかった。官府の彼女たちに対する支配は比較的ゆるやかで、彼女たちも自分がどの長官の管理下にあるかもよく知らず、身分の束縛もあまりなく、地位も少しばかり高かった。また、
彼女たちは官府から衣食を支給されておらず、自分で商売を営んでおり、後世の娼妓とほとんど変りなかった。これはたぶん、長安などの大都市が各界の人士、とりわけ天下の才子である進士たちが遊ぶ有名な場所であり、朝廷の支持と容認の下、妓楼で遊ぶ風潮がたいそう盛んであったため、長安などの妓女たちを官府が独占的に支配することはもはやきわめて難しく、しだいに社会全体に開放されていったからであろう。こうした情況は、およそ唐の中後期に向うに従って次第に発展していった。しかし、地方官妓は唐の後期になると藩鋲が巨大な権力を持ったため、なおいっそう地方官、とりわけ渚鋲の独占支配を受けることとなった。長安の妓女たちの生活情況は、唐代の官妓がしだいに自由業の娼妓に変化してゆく過程をよく反映している。
長安の妓女は「楽営」には属さず、孫柴の『北里志』序の言葉をかりると、「京中の飲妓、籍は教坊に属す」というように、籍は教坊にあった。
玄宗時代に教坊が設立されたのは、もともと天下の芸人を集めて訓練を行い、専ら宮廷の御用に供するためであったが、『北里志』がいう「京中の飲妓」とは明らかに宮廷に奉仕する芸人ではなく、民間で営業する娼妓であり、彼女たちも教坊には住まず、平鹿里やその他の里坊に住んでいたのである。これでは「京中の飲妓、籍は教坊に属す」という記述と矛盾する。いったいどうしたことだろうか。筆者が推測するに、これはたぶん教坊制度の変化と関係があるように思う。玄宗以後、教坊はしだいに衰退していったが、後の時代になっても教坊は依然としてたびたび芸妓を選抜して朝廷の御用に供していた。しかしふだんは彼女たち全部を教坊の中に住まわせることができなくなり、ただ若干の名妓だけを選んで教坊籍に入れ、いつでも宮廷の御用に派遣できるようにしていた。大半の妓女は普通はもといた置家とか、自宅に住んで、前と同じく自由営業の娼妓生活を送っていた。
浣溪沙四首
浣溪沙四首其一
入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。
相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月䆫香徑夢悠颺。
(寵愛を失い、いつの間にか女の盛りを過ぎて、聞かざるものも色あせてきた。思いはこんな人生を恨むことだけだと詠う。)
何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。
この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たびか閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。
(浣溪沙四首其の一)
夏に入り 偏えに宜しく薄粧を澹し,越羅の衣褪せ 金黃も鬱し,翠鈿 檀注 容光を助く。
相見すれども言無く 還た恨有り,幾たびか迴り判卻し 又た思量し,月䆫 香徑 夢は悠颺【ゆうよう】す。
浣溪沙四首其二
晚出閑庭看海棠,風流學得內家粧,小釵橫戴一枝芳。
鏤玉梳斜雲鬢膩,縷金衣透雪肌香,暗思何事立殘陽。
(寵愛を失ったばかりの妃嬪の心境を詠うもの。)
晩春になって誰もいない奥の宮殿の庭には、海棠の花が咲き乱れ、美しい妃嬪がたたずむのが見られる。さわやかな風が抜けてゆくもう宮のお化粧することも十分に分かってきた、それでも、海棠の一枝を勝手気ままに頭に挿して香りを楽しんでいる。
黄金細工に宝玉を鏤めた飾りをつけ、雲型のまげを結った髪を斜めに梳かす。そして、金糸の刺繍のうす絹の半透明の衣もの下に雪のような肌とほんのりとした香りを漂わせる、それなのに暗い思いになっているのはどうしてなのだろうか、それはあの寵愛を受けていたころのことが忘れられず、海棠の木の所に夕日を受けて立っているのだ。
(浣溪沙四首其の二)
晚がた 閑かな庭に出で 海棠を看る,風は流れ內家の粧を得るを學び,小釵は一枝の芳を戴げ橫わる。
鏤玉 雲鬢の膩を梳斜しょ,縷金 衣雪肌の香を透し,暗思して何事か殘陽を立せん。
浣溪沙四首其三
訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。
早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。
(かつてよしみのあった妓優との再会を果たせなかった男の思いを詠う。)
思い出の地を訪れてみれば、やはり昔の別離のことが痛ましく性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行くことしかなさどうだ、平康里の玉樓の妓優とは再会の手立てがつかないのであり、都大路の六街に小雨が降り続いて春の盛りの花びらも香りも散らしているか、ほかの妓女を相手にする気にもなれない。
「高唐の賦」にある巫山神女の故事の様にはなれない情を交わしたはずなのに、逢えなくなってしまったのだ。錦江の春をいたずらに過ごすことに、どうして堪えて行くことが出来るというのか。だけど、今できることは、春の花に遭遇するように、きっといい女に合うこともあるだろう、だから、今は酒を傾けて、心行くまで呑み続ける事しかなおのである。
(浣溪沙四首其の三)
旧を訪ね 離れを傷み魂 断えんと欲す、重ねて玉楼の人を見るに因いも無く、
六街の微雨 香塵を鏤む。
早に巫峡の夢に逢わざるが為、那ぞ堪えんや 虚しく錦江の春を度すに、花に遇わは 酒を傾け 辞すること 頻りなる莫かれ。
浣溪沙四首其四
紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢絕音塵。
翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。
『浣溪沙四首其三』 現代語訳と訳註解説
(本文)
浣溪沙四首其三
訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。
早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。
(下し文)
(浣溪沙四首其の三)
旧を訪ね 離れを傷み魂 断えんと欲す、重ねて玉楼の人を見るに因いも無く、
六街の微雨 香塵を鏤む。
早に巫峡の夢に逢わざるが為、那ぞ堪えんや 虚しく錦江の春を度すに、花に遇わは 酒を傾け 辞すること 頻りなる莫かれ。
(現代語訳)
(かつてよしみのあった妓優との再会を果たせなかった男の思いを詠う。)
思い出の地を訪れてみれば、やはり昔の別離のことが痛ましく性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行くことしかなさどうだ、平康里の玉樓の妓優とは再会の手立てがつかないのであり、都大路の六街に小雨が降り続いて春の盛りの花びらも香りも散らしているか、ほかの妓女を相手にする気にもなれない。
「高唐の賦」にある巫山神女の故事の様にはなれない情を交わしたはずなのに、逢えなくなってしまったのだ。錦江の春をいたずらに過ごすことに、どうして堪えて行くことが出来るというのか。だけど、今できることは、春の花に遭遇するように、きっといい女に合うこともあるだろう、だから、今は酒を傾けて、心行くまで呑み続ける事しかなおのである。
(訳注)
浣溪沙四首其三
(かつてよしみのあった妓優との再会を果たせなかった男の思いを詠う。)
【解説】六街というのは長安の平康里を連想させ、そこには、教坊の妓優たち、子の雰囲気からすれば、官妓の妓優であったものと思われる。この詩の男より、上級官僚の妾になっていったので連絡の取りようがないということだろう。官妓はその所属の長の命により、与えられて、官吏の妻妾になった。どんなに愛し合っていても、許可がないといっしょになることはできず、別離は避けられなかった。
訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。
思い出の地を訪れてみれば、やはり昔の別離のことが痛ましく性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行くことしかなさどうだ、平康里の玉樓の妓優とは再会の手立てがつかないのであり、都大路の六街に小雨が降り続いて春の盛りの花びらも香りも散らしているか、ほかの妓女を相手にする気にもなれない。
○欲断魂 性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行こうとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。
○玉楼人 ここでは教坊の妓優を指す。
〇六街 唐の長安を城中左右に走る六筋の大通り、東市と西市の間にある街区をいう。。ここでは都の繁華街、成都の六街の意であるが、長安の平康里を舞台にしている。
○香塵 散った花びら。
早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。
「高唐の賦」にある巫山神女の故事の様にはなれない情を交わしたはずなのに、逢えなくなってしまったのだ。錦江の春をいたずらに過ごすことに、どうして堪えて行くことが出来るというのか。だけど、今できることは、春の花に遭遇するように、きっといい女に合うこともあるだろう、だから、今は酒を傾けて、心行くまで呑み続ける事しかなおのである。
○巫峡夢 宋玉「高唐賦」男女の情交を意味する。
毛文錫《巫山一段雲一首》
雨霽巫山上,雲輕映碧天。
遠峯吹散又相連,十二晚峯前。
暗濕啼猿樹,高籠過客舡。
朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。
巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。こうしたことの前提で巫山の神女の故事ができあがっている。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、坐山の神女の故事に思いを馳せる。
巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407
○巫山 今の四川省巫山県の東にある山。その辺りは三峡の一つの巫峡。
温庭筠『河瀆神三首(其一)』
河上望叢祠,廟前春雨來時。
楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。
何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。
蟬鬢美人愁絕,百花芳草佳節。
河瀆神 三首其一 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞Gs-362-1-#68 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3357
張泌『浣渓沙十首(其三)』
獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。
雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。
浣渓沙 十首 其三 張泌【ちょうひつ】 ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-341-7-#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3252
神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。
韋荘『望遠行』「欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。 人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。不忍別君後、却入旧香閏。」
100 望遠行 韋荘 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972
○錦江 四川省の成都を流れる川。ここでは蜀の都の成都を指す。
(寵愛を失ったばかりの妃嬪の心境を詠うもの。)晩春になって誰もいない奥の宮殿の庭には、海棠の花が咲き乱れ、美しい妃嬪がたたずむのが見られる。さわやかな風が抜けてゆくもう宮のお化粧することも十分に分かってきた、それでも、海棠の一枝を勝手気ままに頭に挿して香りを楽しんでいる。
20-507《浣溪紗四首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-690-20-(507) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4997
李珣の詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。
20-506《浣溪紗四首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-689-20-(506) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4992
李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825-826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の昭儀(女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。
浣溪沙四首
浣溪沙四首其一
(寵愛を失い、いつの間にか女の盛りを過ぎて、聞かざるものも色あせてきた。思いはこんな人生を恨むことだけだと詠う。)
入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。
何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。
相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月䆫香徑夢悠颺。
この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たびか閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。
(浣溪沙四首其の一)
夏に入り 偏えに宜しく薄粧を澹し,越羅の衣褪せ 金黃も鬱し,翠鈿 檀注 容光を助く。
相見すれども言無く 還た恨有り,幾たびか迴り判卻し 又た思量し,月䆫 香徑 夢は悠颺【ゆうよう】す。
浣溪沙四首其二
晚出閑庭看海棠,風流學得內家粧,小釵橫戴一枝芳。
鏤玉梳斜雲鬢膩,縷金衣透雪肌香,暗思何事立殘陽。
浣溪沙四首其三
訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。
早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。
浣溪沙四首其四
紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢絕音塵。
翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。
浣溪沙四首其一
入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。
相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月䆫香徑夢悠颺。
『浣溪沙四首其一』 現代語訳と訳註解説
(本文)
浣溪沙四首其一
入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。
相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月䆫香徑夢悠颺。
(下し文)
浣溪沙四首其一
夏に入り 偏えに宜しく薄粧を澹し,越羅の衣褪せ 金黃も鬱し,翠鈿 檀注 容光を助く。
相見すれども言無く 還た恨有り,幾たびか迴り判卻し 又た思量し,月䆫 香徑 夢は悠颺【ゆうよう】す。
(現代語訳)
(寵愛を失い、いつの間にか女の盛りを過ぎて、聞かざるものも色あせてきた。思いはこんな人生を恨むことだけだと詠う。)
何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。
この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たびか閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。
(訳注)
李秀才珣 花間集三十七首
李珣(約855〜約930)、字を徳潤と言い、前蜀、梓州(今の四川省三台)の人。蜀生まれの波斯人で、幼少の頃から努力家であり、その詩はしばしば人の心を打ったと言う。詞集に『凌駕集』があったが、失われて今日伝わらない。その妹は蜀王主の王術の昭儀(女官の官名。官女の最高位)となり、詞が得意であった。詞風は韋荘や孫光憲に近いものがあり、「南郷子」はその代表作とされる。『花間集』 には三十七首の詞が収められている。
浣溪沙四首其一
『花間集』には李絢の作が四首収められている。双調四十二字、前段三句二十一字三平韻、後段三句二十一字二平韻で、7⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋莊の浣渓抄の解説参照。
入夏偏宜澹薄粧 越羅衣褪鬱金黃 翠鈿檀注助容光
相見無言還有恨 幾迴判卻又思量 月䆫香徑夢悠颺
●●△○△●? ●○△?●○○ ●△○●●○△
△●○○○●● △△●●●△△ ●?○●△○△
入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。
何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。
偏宜 ひとえによろしく。
澹薄 淡泊1 味・色・感じなどが、あっさりしていること。また、そのさま。「―な味の料理」⇔濃厚。2 性格や態度がさっぱりしていること。こだわりやしつこさがないこと
越羅 越羅の布地。越の国の特産の羅(うすぎぬ)。
衣褪 ころもがあせる。
鬱 うすよごれる
檀注 指で口紅を塗ること。指胭脂、唇膏一类的化妆用品。
相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月䆫香徑夢悠颺。
この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たび閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。
悠颺 ゆったりと舞い上がる。颺: 舞い上がる,はためく
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