玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

巻一 溫庭筠

(原文) 花間集 序文 幷 巻一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5962

(原文) 花間集 序文 幷 巻一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-596


 
 2015年5月7日の紀頌之5つのBlog 
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花間集序花間集序 作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰

 


鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

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(改訂)-1溫庭筠50《巻1-50 玉蝴蝶一首》(遠い異国から嫁いで来たのに、長期の行役で家を空けたまま、気が変わって帰ってこないのではないのかと心配でやせ細っても、誰もわかってはくれないと詠う)

 

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠50《巻1-50 玉蝴蝶一首》溫庭筠66首巻一50-50〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5447

 

 

玉蝴蝶
(遠い異国から嫁いで来たのに、長期の行役で家を空けたまま、気が変わって帰ってこないのではないのかと心配でやせ細っても、誰もわかってはくれないと詠う)

秋風淒切傷離,行客未歸時。
「自他を分たぬ」ほどに愛してくれたあのお方は遠い行役でどこかに行ったきりで、いまだに帰る時期を知らせてくれない、季節も移り変わり西から吹く風はものさびしいせつなさ、別れの時の心の傷にさみしさを連れて吹いて傷が深くなるばかりだ

寒外草先衰,江南雁到遲。
国境のそとではもうすでに寒くなって、とっくに草も枯れて衰えているというのに、江南では雁が飛んでくるのが遅いという、あのお方の知らせも遅いというだけなのか、あるいは、「江南の橘、江北の枳となる」ということで愛する気持ちがなくなったのだろうか。
芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。
還らないあの人を待ち侘びて蓮の花が枯れて凋むような頬も落ちている、それに新しく描いた眉も青柳の葉が散ったように薄れ落ちてしまう。
搖落使人悲,腸斷誰得知?
こんなにものすべてが枯れて落ち別れていく秋は人を悲しくさせてしまう、心も体も痩せ細っていき、おなかの腸も断ち切れてしまう、こんな苦しいことは誰が知ってくれるというのでしょうか。
玉の胡蝶
秋の風 淒として切なく離るることを傷み,行客は未だ歸る時なし。
寒外 草 衰えること先んじ,江南 雁 遲れて到る。
芙蓉 凋嫩【ちょうどん】の臉,楊柳の新たの眉を墮つ。
搖落して人をして悲しましむ,腸斷して誰か知るを得んや?


安史の乱期 勢力図 002

『玉蝴蝶』 現代語訳と訳註
(
本文)

玉蝴蝶
秋風淒切傷離,行客未歸時。
寒外草先衰,江南雁到遲。
芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。
搖落使人悲,腸斷誰得知?


(下し文)
玉蝴蝶
秋の風 淒として切なく離るることを傷み,行客は未だ歸る時なし。
寒外 草 衰えること先んじ,江南 雁 遲れて到る。
芙蓉 凋嫩【ちょうどん】の臉,楊柳の新たの眉を墮つ。
搖落して人をして悲しましむ,腸斷して誰か知るを得んや?


(現代語訳)
(遠い異国から嫁いで来たのに、長期の行役で家を空けたまま、気が変わって帰ってこないのではないのかと心配でやせ細っても、誰もわかってはくれないと詠う)

「自他を分たぬ」ほどに愛してくれたあのお方は遠い行役でどこかに行ったきりで、いまだに帰る時期を知らせてくれない、季節も移り変わり西から吹く風はものさびしいせつなさ、別れの時の心の傷にさみしさを連れて吹いて傷が深くなるばかりだ

国境のそとではもうすでに寒くなって、とっくに草も枯れて衰えているというのに、江南では雁が飛んでくるのが遅いという、あのお方の知らせも遅いというだけなのか、あるいは、「江南の橘、江北の枳となる」ということで愛する気持ちがなくなったのだろうか。
あんなに美しい芙蓉花が枯れて凋むような頬も落ちている、それに新しく描いた眉も青柳の葉が散ったように薄れ落ちてしまう。
こんなにものすべてが枯れて落ち別れていく秋は人を悲しくさせてしまう、心も体も痩せ細っていき、おなかの腸も断ち切れてしまう、こんな苦しいことは誰が知ってくれるというのでしょうか。
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紅梅002

(訳注)
玉蝴蝶

(遠い異国から嫁いで来たのに、長期の行役で家を空けたまま、気が変わって帰ってこないのではないのかと心配でやせ細っても、誰もわかってはくれないと詠う)

唐の教坊の曲名。西域の異民族の蝶。『花間集』には二首所収。温庭筠と 孫少監光憲の作、二首が収められている。双調四十一字、前段二十一字四句四平韻、後段二十字四句三平韻で、⑥⑤⑤⑤/5⑤⑤⑤の詞形をとる。

 

玉蝴蝶 双調四十一字、前段四句四平韻、後段四句三平韻(詞譜四)。

秋風淒切傷  行客未歸
寒外草先  江南雁到
芙蓉凋嫩臉  楊柳墮新
搖落使人  腸斷誰得

 
 
 
 
○蝴蝶 西域の異民族の蝶ということであるが、ここでは高貴、富貴の家に愛妾として嫁いだ西域の公主の女性を云い、その女性が最も輝いているころのことを指している。荘子の夢に出てくる蝶のような女性である。

[荘子斉物論]胡蝶

昔者、荘周夢為胡蝶。

栩栩然胡蝶也。

自喩適志与。

不知周也。

俄然覚、則遽遽然周也。

不知周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。

周与胡蝶、則必有分矣。

此之謂物化。  

昔者、荘周夢に胡蝶と為る。

栩栩然として胡蝶なり。

自ら喩しみ志に適へるかな。

周なるを知らざるなり。

俄然として覚むれば、則ち遽遽然として周なり。

知らず周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか。

周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。

此れを之れ物化と謂ふ。

(荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。


秋風淒切傷離,行客未歸時。
「自他を分たぬ」ほどに愛してくれたあのお方は遠い行役でどこかに行ったきりで、いまだに帰る時期を知らせてくれない、季節も移り変わり西から吹く風はものさびしいせつなさ、別れの時の心の傷にさみしさを連れて吹いて傷が深くなるばかりだ

秋風 秋風は悲愁に結びつく語。宋玉『九辨』、「悲哉秋之為氣也!」
○凄切 さびしくいたましいこと。
○行客 長期の行役をしている旅人。征夫の場合もあるが、高貴、富貴の者でなければこの詩はできない。

寒外草先衰,江南雁到遲。
国境のそとではもうすでに寒くなって、とっくに草も枯れて衰えているというのに、江南では雁が飛んでくるのが遅いという、あのお方の知らせも遅いというだけなのか、あるいは、「江南の橘、江北の枳となる」ということで愛する気持ちがなくなったのだろうか。
この聯は完全対句となっているので意味もそれを基本に読み取る。。

○寒外・江南 / 草先衰・雁到遲 

 雁と書信をかけていう。

中国の穀倉地帯で,稲作が盛ん。4世紀,五胡の侵入によって,東晋(晋)が江南に建国,南北朝時代に開発が進んだ。

江南の橘、江北の枳となる《「韓詩外伝」一〇など諸書に見える中国のことわざから》江南のタチバナを江北に移し植えればカラタチとなる。人は住む所によって性質が変化することのたとえ。棲むところによって性格が変わり、違う女に入り浸っている。


芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。

あんなに美しい芙蓉花が枯れて凋むような頬も落ちている、それに新しく描いた眉も青柳の葉が散ったように薄れ落ちてしまう。
○芙蓉凋嫩臉 芙蓉:若々しい女性を象徴するもの。凋嫩臉:精神的苦痛が頬をこけさせることを云う。
○楊柳墮新眉 楊柳:男女の若々しい様子を示すもので男女のいとなみも暗示させる。柳の葉の形の眉も若い女性がした化粧である。この聯は完全対句となっている。

○芙蓉 女性の若くて美しい人。女性の顔。女性の性器。

楊柳 楊柳は男女を示す。また楊は男を示す語である。柳は女性であるが、細柳は女性を示す語として、つかわれ、楊柳は性行為を暗示する。

搖落使人悲,腸斷誰得知?
こんなにものすべてが枯れて落ち別れていく秋は人を悲しくさせてしまう、心も体も痩せ細っていき、おなかの腸も断ち切れてしまう、こんな苦しいことは誰が知ってくれるというのでしょうか。
○搖落 うらがれること。
宋玉『九辨』、
悲哉秋之為氣也!
蕭瑟兮草木搖落而變衰,

杜甫『蒹葭』
摧折不自守,秋風吹若何?
暫時花戴雪,幾處葉沈波。
體弱春苗早,叢長夜露多。
江湖後搖落,亦恐
蹉跎。

秦州抒情詩(13) 兼葭 杜甫 <298> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1361 杜甫詩 700- 418

断腸は胸のもやもやではなく下半身のもやもやをいう。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》溫庭筠66首巻一49-〈49〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5442

(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》(出家したものの過去の栄光の生活を思い出して詠ったものである。束縛の無い道女となっても、過去、愛し合った人への思いは忘れられない、道女の思いを描く)。

 

 
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169 -#1(改訂版) 《巻06-12 梁園吟 -#1》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <169 -#1> Ⅰ李白詩1378 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5438 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》溫庭筠66首巻一49-49〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5442

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》溫庭筠66首巻一48-〈48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》(出家した高貴な女性ほど、自由な生活、幅の広い交際が一気にひろがり、彼女たちは何ものにも拘束されず自由に愛情を求めることができた喜びを詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》溫庭筠66首巻一48-48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

巻一

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

巻一

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

巻三

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

巻四

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

巻八

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

巻八

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

巻九

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

巻十

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

巻十

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》溫庭筠66首巻一47-〈47〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5432

(改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》 (渇水で数か月足止めをされて、雨乞いの神女に惚れて、その間に結ばれたが、雨が降り増水したので旅立っていった、帰るといったのに又春が来たというのに帰ってこない。女の愁いを詠う。)

 

 
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167 《巻05-15 白鼻騧》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <167> Ⅰ李白詩1363 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5363 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》溫庭筠66首巻一47-47〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5432

 

 

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河瀆神三首 其三

(最高の良い思いの生活をしていた女が春が過ぎようとしているのに愁いの気持ちでいることを詠う。)

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

青銅製の太鼓は打ち鳴らせば、賽の神がくるし、庭には幢幡と天蓋がいっぱいで人が徘徊している。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

水際の村にも、大江の港にも風雨と雷とが通過していく、女の神であるところの長江下流域の山々には男の神であるところの霞か雲がかかっていたのが絵のように開いてはれてきている。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

そんな生活をしていたのに、湊で別れを告げてから櫓の音だけがむなしくものさびしく残るだけだ。まだ若くて輝いている容姿の美女なのに、怨めしく悔しい思いで居ながら薄化粧をし直している。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

春先、麦の若葉が出揃い穂が出、ツバメが飛び交うものでさえ落ちたり倒れたりしている。閨の簾を巻き上げると宝飾に輝く高閣には愁い異に応じている女がいる。

(改訂版)

河瀆神三首 其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

(河瀆神【かとくしん】三首其の三)

銅皷【どうこ】賽神來り,幡蓋【はんがい】庭に滿ちて徘徊す。

水村 江浦 風雷過ぎ,楚山 煙開く畫の如し。

離別 櫓聲 空しく蕭索【しょくさく】し,玉容 惆悵にして薄く粧す。

青麥 鷰飛【えんひ】落落し,簾を捲きて珠閣に愁對す。


<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->巫山十二峰002

<!--[endif]-->

『河瀆神三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神三首 其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

(下し文)

(河瀆神【かとくしん】三首其の三)

銅皷【どうこ】賽神來り,幡蓋【はんがい】庭に滿ちて徘徊す。

水村 江浦 風雷過ぎ,楚山 煙開く畫の如し。

離別 櫓聲 空しく蕭索【しょくさく】し,玉容 惆悵にして薄く粧す。

青麥 鷰飛【えんひ】落落し,簾を捲きて珠閣に愁對す。

 

(現代語訳)

  
bijo02

(渇水で数か月足止めをされて、雨乞いの神女に惚れて、その間に結ばれたが、雨が降り増水したので旅立っていった、帰るといったのに又春が来たというのに帰ってこない。女の愁いを詠う。)

雨乞いの儀式に青銅製の太鼓は大きく打ち鳴らせば、賽の神女がおごそかにでてくる、神女を見ようと庭には幢幡と天蓋がいっぱいで人が徘徊している。

渇水で舟が出せない水際の村に、大江の港にも風雨と雷とがもたらされ、降注ぐ雨が通過していく、三峡の楚の山々は、煙が雲を呼び天上界の絵のように開いてはれてきている。

足止めをされていた人々はやっと三峡を下ることができ、足止めの期間世話になった女と、湊で別れを告げてから櫓の音だけがむなしくものさびしく残る。まだ輝いている容姿の若い薄化粧の女は、怨めしく悔しい思いで居る。

また春がきて、若葉が萌え、麦の穂が出て、物事にこだわらないツバメが帰ってきて喜んで飛び交い、急降下して餌をとるが、女のもとには男は帰ってこない。閨の簾を巻き上げると宝飾のすだれに輝く楼閣には愁いに向き合うだけの女がいる。

 

(訳注)

河瀆神三首 其三

(最高の良い思いの生活をしていた女が春が過ぎようとしているのに愁いの気持ちでいることを詠う。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には六首所収。温庭筠の作は三首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段二十五字四句四仄韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。

銅皷賽神  滿庭幡蓋徘
水村江浦過風  楚山如畫煙
離別櫓聲空蕭  玉容惆悵粧
青麥鷰飛落  捲簾愁對珠

  
  
  
  

張泌の作が一首、孫光憲の『河瀆神』参照。河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

 

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

雨乞いの儀式に青銅製の太鼓は大きく打ち鳴らせば、賽の神女がおごそかにでてくる、神女を見ようと庭には幢幡と天蓋がいっぱいで人が徘徊している。

・銅皷 太鼓を敲容れ竜神を呼び出し、雷を起して雨を呼ぶことが、神女の務めである。銅皷は中国南部から東南アジアにわたり広く分布する青銅製の太鼓。楽器としてはゴング類に属する。その鋳造と使用の年代は長く,流伝の地域は広く,関係する民族も多い。銅鼓の起源については,篠製置台上の太鼓を青銅でかたどったとするもの,漢族古楽器の錞于(じゆんう)(銅錞)からの発展とするもの,雲南省のタイ()族,チンポー(景頗)族で今なお使われている木製象脚鼓の写しとするものなど諸説があるが,炊具から変化したとする考えが比較的有力となりつつある。

・賽神 神女は「塞の神」であり「道祖神」であるように、中国では「塞」は道路や境界の要所に土神を祀って守護神とすること、転じてそういった「守り」のことである。これが日本神話になると、伊弉諾尊イザナギノミコトが伊弉冉尊イザナミノミコトを黄泉ヨミの国に訪ね、逃げ戻った時、追いかけてきた黄泉醜女ヨモツシコメをさえぎり止めるために投げた杖から成り出た神)邪霊の侵入を防ぐ神=さえぎる神=障の神(さえのかみ)と、いうことになる。

・幡蓋 幢幡(どうばん)と天蓋。幢幡:仏堂に飾る旗。竿柱(さおばしら)に、長い帛(はく)を垂れ下げたもの。天蓋:① 仏具の一。仏像などの上にかざす笠状の装飾物。周囲に瓔珞(ようらく)などの飾りを垂らす。② 虚無僧(こむそう)がかぶる、藺草(いぐさ)などで作った深編み笠。③ 貴人の寝台や玉座、祭壇・司祭座などの上方に設ける織物のおおい。

 

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

渇水で舟が出せない水際の村に、大江の港にも風雨と雷とがもたらされ、降注ぐ雨が通過していく、三峡の楚の山々は、煙が雲を呼び天上界の絵のように開いてはれてきている。

・楚山 愛する男性を思う山の精霊は女性の霊である。『楚辞・九歌(山鬼)』

・畫煙開 雨乞いには山焼きをする。煙は雲を呼び天上界のように湧き上がってゆく。

 

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

足止めをされていた人々はやっと三峡を下ることができ、足止めの期間世話になった女と、湊で別れを告げてから櫓の音だけがむなしくものさびしく残る。まだ輝いている容姿の若い薄化粧の女は、怨めしく悔しい思いで居る。

・櫓聲 詩的には、いさり歌であるが、ここでは女とわかれていく船の櫓を漕ぐ音というところ。

・蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

 

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

また春がきて、若葉が萌え、麦の穂が出て、物事にこだわらないツバメが帰ってきて喜んで飛び交い、急降下して餌をとるが、女のもとには男は帰ってこない。閨の簾を巻き上げると宝飾のすだれに輝く楼閣には愁いに向き合うだけの女がいる。

・青麥 春先、麦の若葉が出揃い穂が出るまでのあいだの麦をいう。麦は、秋に種をまき、冬に芽吹き、春、若葉を伸ばし、夏に稔る。まだ春の景色が整わない中、畑一面に萌え出た麦の若葉の緑は目にも鮮やかなものである。小麦、大麦、ライ麦、燕麦などの麦類はイネ科の二年草で、中央、西アジアが原産。晩秋から初冬に蒔かれ、冬を越して晩春には青々とした穂が出る。これが穂麦で、初夏に黄熟し刈り取られる。世界的に栽培される麦類は大麦、小麦、ライ麦、燕麦で、世界の穀物生産の半分近くになる。

・落落 度量が大きくてこだわらないさま。物が落ちたり倒れたりしているさま。
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(改訂)-1溫庭筠46《巻1-46 河瀆神 三首其二》夕暮れには悲しく響く《人日思歸》の曲は“花が咲き始め、鶯が啼くのをきいて帰郷の気持ちが増した”というものだが、この娘は、「雁が落ちる」のを見て、帰郷のきもちになったのであろう、それにしても、山里に早梅の香りの満ちてくる頃に、もうなってきている。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠46《巻1-46 河瀆神 三首其二》溫庭筠66首巻一46-46〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5427

 

河瀆神三首

其一

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

 

其二

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

 

其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

 

(改訂版)

河瀆神三首 其一

(道女・女僧になることが出来て、後宮の中で出来なかった恋愛が出来る喜びを詠うもの。)

河上望叢祠,廟前春雨來時。

舟の上より川岸の木立に囲まれた祠に向いながめやる。それが、いま春も盛りになれば、廟殿の辺りで神女と襄王とのように「朝雲暮雨」を重なり交じりあうことができる。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

この雨は楚の山々には、果てしない思いがとどき、ここに集まる鳥たちでさえも飛びたつのに「豔質如明玉」と時を忘れ、遅くなってしまう、此処を旅立つのに立派な棹を準備されていても、神女と過ごした寝牀を開けてしまうことなどできない、もう少しでも寝牀で過ごしたということになって、旅立ちは遅くなるし、別れることは空しくこころ傷めるのである。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

愛を求めて何処にでも杜鵑は鳴きつづけ声が死ぬまで絶えることはない。こんなに艶多き啼きごえをきけば赤き躑躅が血の色に染ったように、神女の頬を赤く染めるほど情熱を持ってくれるのである。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

若く美しい蝉の髪型の以前は妃嬪であった美人はもう寵愛を得るために愁うことなどまったくないのだ、若くて、花咲き乱れ草薫る絶頂の良き時を過ごせることができる、素晴らしい季節を謳歌してゆくのだ。

(河瀆神三首其の一)

河上 叢祠【そうし】を望み,廟前にある 春雨來たる時に。

楚山 限り 無く鳥 飛ぶこと遲く,蘭棹【らんとう】空しく別離を傷【いた】む。

何處にか 杜鵑【ほととぎす】啼き歇【や】まざるに,豔紅【えんこう】開き盡して血の如し。

蟬鬢【ぜんびん】の美人 愁【た】たば,百花 芳草 佳節なり

【旧版】 

河瀆神三首 其二

(初めて客をとった女妓がその客が旅に出るという女の情を詠う。)

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

単独に立っている廟社が寒々とした大きな流れに向かいたっている。ここ西陵峡には巫山の巫女の化身の風まじりの雨がしとしとと降る。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

あの女性は恨みがましく愁いをもってきれいな船の棹に身を寄せている。はらはらと止めどなくまるで玉飾りのように涙を流している。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

夕暮れには悲しく響く「思帰の曲」はまるで杜鵑が啼くようである、山里に早梅の香りの満ちてくる頃のことだった。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

男は帰ってゆく、振り返り見ればこの二つの心はうち沈み、別離の思いはどこかにいってさすらうことだろう。

 

巫山十二峰003
 

(改訂版)

河瀆神三首 其二

(多くの者が冬の渇水期で風が強く悪天候で水駅に船が足止めされその客中には何処かに妾として嫁ぐ謝娘がいた、その不安な気持ちを詠う。)

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

単独に立っている廟社が寒々とした大きな流れに向かいたっている。天候が悪い日がつづき、ここ西陵峡には巫山の巫女の化身の風まじりの雨がしとしとと降って、舟の出発が出来ない。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

足止めをしている者たちの中に美しい娘が恨みがましく愁いをもってきれいな船の先に身を寄せている。はらはらと止めどなくまるで玉飾りのように涙を流している。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

夕暮れには悲しく響く《人日思歸》の曲は“花が咲き始め、鶯が啼くのをきいて帰郷の気持ちが増した”というものだが、この娘は、「雁が落ちる」のを見て、帰郷のきもちになったのであろう、それにしても、山里に早梅の香りの満ちてくる頃に、もうなってきている。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

考えを回らせて見れば、これまでとこれからの、二つの心はうち沈み晴れる事は無く、生きがいというものがなく離れてゆく魂はこのままどこかにいってさすらうことだろう。

 

(河瀆神【かとくしん】三首其の二)

孤廟 寒潮に対し、西陵 風雨 蕭蕭たり。

謝娘 惆悵として欄橈に倚り、涙 流るること 玉筋 千条。

 

暮大 愁い聴く 思帰落を、早梅の香り 山郭に満つ。

首を迴らせば 両情 蕭索たり、離魂 何処にか飄泊す。


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『河瀆神三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神三首 其二

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

 

(下し文)

孤廟 寒潮に対し、西陵 風雨 蕭蕭たり。

謝娘 惆悵として欄橈に倚り、涙 流るること 玉筋 千条。

 

暮大 愁い聴く 思帰落を、早梅の香り 山郭に満つ。

首を迴らせば 両情 蕭索たり、離魂 何処にか飄泊す。

 

(現代語訳)

(多くの者が冬の渇水期で風が強く悪天候で水駅に船が足止めされその客中には何処かに妾として嫁ぐ謝娘がいた、その不安な気持ちを詠う。)

単独に立っている廟社が寒々とした大きな流れに向かいたっている。天候が悪い日がつづき、ここ西陵峡には巫山の巫女の化身の風まじりの雨がしとしとと降って、舟の出発が出来ない。

足止めをしている者たちの中に美しい娘が恨みがましく愁いをもってきれいな船の先に身を寄せている。はらはらと止めどなくまるで玉飾りのように涙を流している。

夕暮れには悲しく響く《人日思歸》の曲は“花が咲き始め、鶯が啼くのをきいて帰郷の気持ちが増した”というものだが、この娘は、「雁が落ちる」のを見て、帰郷のきもちになったのであろう、それにしても、山里に早梅の香りの満ちてくる頃に、もうなってきている。

考えを回らせて見れば、これまでとこれからの、二つの心はうち沈み晴れる事は無く、生きがいというものがなく離れてゆく魂はこのままどこかにいってさすらうことだろう。


(訳注)

河瀆神三首

唐の教坊の曲名。『花間集』には六首所収。温庭筠の作は三首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段二十五字四句四仄韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。

孤廟對寒  西陵風雨蕭
謝娘惆悵倚欄  淚流玉筋千
暮天愁聽思歸  早梅香滿山
迴首兩情蕭  離魂何處飄

  
  
  
  

張泌の作が一首、孫光憲の『河瀆神』参照。河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

河瀆神三首 其二

(多くの者が冬の渇水期で風が強く悪天候で水駅に船が足止めされその客中には何処かに妾として嫁ぐ謝娘がいた、その不安な気持ちを詠う。)

前段第一句、孤廟の孤は一つを意味するが、続く句は、棹に身を寄せ、生娘ではじめての男のもとにゆく不安と悲しみに涙をはらはらと流すさまを言う。後段末句は、振り向けば故郷に残したこころ、別離の思いを抱いて、不安な旅立をする。おんなは今からどこかをさまようのであろうと、よくある場面を詠っている。孤の字以外にも、寒、粛歳といった語が女の哀感を高めている。典型的な教坊の曲である。

 

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

単独に立っている廟社が寒々とした大きな流れに向かいたっている。天候が悪い日がつづき、ここ西陵峡には巫山の巫女の化身の風まじりの雨がしとしとと降って、舟の出発が出来ない。

〇寒潮 寒々とした川の流れ。三峡に冬の渇水期の風は、舟の追い風となり、強い風の場合欠航となる。春一番も突風であるから、冬から春先に掛けては船で出発できないことを意味している。杜甫詩に『集千家註杜工部詩集』巻十四には「公自注、市曁夔人語也。市井泊船處、謂之市曁。江水横通、止公處居、人謂之瀼。」(『四庫全書薈要』本、二〇〇五年、吉林出版集団影印)とある。そうした中でも仇注に「原注、峽人目市井泊船處、曰市曁。」とある。但しこれは仇兆鰲なりの整理と解釈が入っていると考えた方が無難である。三峡は、冬期と増水期で水位の差が激しく、船着き場が高い場所にあり、そこが市場にもなっていた。船の航行は難しい時期であったという。

○西陵 長江の三峡中の一つ、西陵峡。巫山の雨を連想させる。神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう

風雨 三峡では、風雨の際、舟が出向する事は無く足止めをされる

 

<!--[if !vml]-->泰山の夕日02
<!--[endif]-->

 

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

足止めをしている者たちの中に美しい娘が恨みがましく愁いをもってきれいな船の先に身を寄せている。はらはらと止めどなくまるで玉飾りのように涙を流している。

○謝娘 美女、妓女あるいは、愛妾の棲む家。唐の李徳祐が豪邸を築き、愛妾の謝秋娘を住まわせたことに基づくものであるが、娘が旅行する場合、嫁ぐことしかないし、家族の罪で、流刑される場合、あるいは、主人の詩に伴い出家する場合となる。・謝娘:「あの女性」の意。詞では、若くて美しい女性、乙女という場合もある。また、謝安についての逸話に基づく場合、謝靈運を云う場合もある。

歸國遙二首 其一

香玉,翠鳳寶釵垂菉簌

鈿筐交勝金粟,越羅春水淥。

畫堂照簾殘燭,夢餘更漏促。

謝娘無限心曲,曉屏山斷續。

歸國遙二首 其一 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-300-5-#54  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3047

・謝娘 おとめ。生娘。韋荘『浣渓沙』其三 

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

若くて美しい女性を指す。乙女。マドンナ。韋荘『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

惆悵 恨み嘆くこと。うらめしい。うらみがましい。

○欄橈 枠。蘭(木蘭) は棹を美化する。

○玉筋 流れる涙の筋。筋は箸。ここでは、涙の筋を玉の箸に見立てている。

 

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

夕暮れには悲しく響く《人日思歸》の曲は花が咲き始め、鶯が啼くのをきいて帰郷の気持ちが増したというものだが、この娘は、「雁が落ちる」のを見て、帰郷のきもちになったのであろう、それにしても、山里に早梅の香りの満ちてくる頃に、もうなってきている。

○思帰落 曲調の名。季節は早春であるから、ウグイスの鳴き声でこの句は、隋・薛道衡《人日思歸》「入春纔七日,離家已二年。人歸落雁後,思發在花前。」に基づいていると考えるべきで、この句の意味が、詩全体のストーリーをイメージさせるものである。この句をホトトギスの鳴き声とする解もあるが、足止めが長くなり、早梅が咲き香るようになったというもので、晩春から初夏の躑躅ということはうかがえない。

○滿山郭 孟春になり、春風にのりうめの香りが広がるということ、水駅の妓女たちが対応に追われ忙しくしていること峡谷の城郭内に一杯に広がる。

 

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

考えを回らせて見れば、これまでとこれからの、二つの心はうち沈み晴れる事は無く、生きがいというものがなく離れてゆく魂はこのままどこかにいってさすらうことだろう。
兩情蕭索 これまで世話になったところを思う心、故郷に対する思いということと、これまで嫁いでいた世話になった事への思いとこれから先への思いの二つの感情、天候不良で足止めされた不安と寂しさと遣り切れなさの情ということ。

蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠45《巻1-45 河瀆神 三首其一》溫庭筠66首巻一45-45〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5422

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河瀆神』六首

 

 

作者名/


初句

 

 

溫庭筠

巻一

河瀆神 三首其一

河上望叢祠,

 

 

巻一

河瀆神 三首其二

孤廟對寒潮,

 

 

巻一

河瀆神 三首其三

銅皷賽神來,

 

 

張泌

巻二

河瀆神 一首

古樹噪寒鴉,

 

 

孫光憲

巻八

河瀆神二首其一

汾水碧依依,

 

 

巻八

河瀆神二首其二

江上草芊芊,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河瀆神三首

其一

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

 

其二

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

 

其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

(旧版)

河瀆神三首 其一

(道妓の居る祠に向うもの、女妓を伴っておいて出発する者、全くおとずれの居ないもの、鳴くもの喜ぶもの道妓たちの悲喜交々を詠う。)

河上望叢祠,廟前春雨來時。

舟の上より川岸の木立に囲まれた祠に向いながめやる。廟殿の辺りも巫女が成り変わった春雨の降り来ているころだ。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

この雨は楚の山々にもは果てしない思いがとどき、鳥が緩やかに飛びたつ、道女が加わって舟が発ちに空しく別れを傷むものがいる。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

何処にでも杜鵑は鳴くつづけ声が絶えることはない。こんなに啼けば「啼いて血を吐くホトトギス」の逸話のように赤き躑躅が血の色に染ったものだということもわかる。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

若く美しい蝉の髪の女は愁うことなどまったくない、それは花咲き乱れ草薫る絶頂の良き時を過ごしているのだ。

(河瀆神三首其の一)

河上 叢祠【そうし】を望み,廟前 春雨來たる時。

楚山 限り 無く鳥 飛ぶこと遲く,蘭棹【らんとう】空しく別離を傷【いた】む。

何處にか 杜鵑【ほととぎす】啼き歇【や】まざるに,豔紅【えんこう】開き盡して血の如し。

蟬鬢【ぜんびん】の美人 愁【た】たば,百花 芳草 佳節なり。
 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠44《巻1-44 南歌子七首其七》溫庭筠66首巻一44-〈44〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5417

(改訂)-1溫庭筠44《巻1-44 南歌子七首其七》(寵愛を受けることが無くなって久しいという状況であっても、いつかまた「寵愛を受ける」という気持ちを持って生きていくと詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠44《巻1-44 南歌子七首其七》溫庭筠66首巻一44-44〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5417

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠43《巻1-43 南歌子七首其六》溫庭筠66首巻一43-〈43〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5412

(寵愛を失って又春が来て、行楽の宴席でいろんな光景を見るが、それでも毎夜寵愛を受ける準備だけはしなくてはいけない。春の宵は恨めしい限りだと詠う)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠43《巻1-43 南歌子七首其六》溫庭筠66首巻一43-43〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5412

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。

 

(改訂版)

南歌子七首其三
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
終日兩相思。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。

終日 兩つながら 相思う。

君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。

 

 

(改訂版)

南歌子 七首其四
臉上金霞細,眉間翠鈿深。
ほほのうえには、かぼそい金霞のよそおいでかざり、眉間にはふかく翠りの鈿のかざりをしている。
倚枕覆鴛衾。
着飾って麗しくして枕をあててよこになり、鴛鴦のうす絹の掛け布をかけています。
隔簾鶯百囀,感君心。
御簾を隔てて鶯がしきりにさえずっているので、その鶯の囀りは、しみじみとあなたのこころを感じているのです。

(南歌子)

臉の上 金の霞 細やかに,眉の間 翠の 深し。

枕に倚り 鴛衾を覆す。

簾を隔てて 鶯 百に囀り,君が心に感ず。

 

(改訂版)

南歌子 七首其五
(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。
妃嬪の身分になってから、夜の準備で蕊黃は女の額に黄色の化粧をほどこして華やかな雰囲気にし、女としての花を開かせ、麗しい輪型に巻いた黒毛の髷で精いっぱいのお化粧をしている。
鴛枕映屏山。
鴛鴦の一つの枕に並んで寝牀に横になると、その寝姿がろうそくの明かりに屏風に山影となって映っている。
月明三五夜,對芳顔。
今夜は十五夜で満月の明かりがどこまでも明るくてらしているのだから、美しい尊顔の方に向けていたい。

(南歌子 七首其の五)
撲蕊【ぼうくずい】黃子【おうし】を添え,呵花して翠鬟【すいかん】に滿つ。
鴛枕【かちん】屏山を映す。
月明 三五の夜,芳顔に對す。

 

(改訂版)

南歌子 七首其六
(寵愛を失って又春が来て、行楽の宴席でいろんな光景を見るが、それでも毎夜寵愛を受ける準備だけはしなくてはいけない。春の宵は恨めしい限りだと詠う)

轉盼如波眼,娉婷似柳腰。
あのお方は流し目を動かしまるで波眼蝶のように飛び回る、飛ぶ先の多くの妃嬪は優雅にして美しく垂れ柳のような細腰をしているものたちである。
花裏暗相招。

春も盛り、行楽には花のさき乱れる裏に蝶のように花影に招いている。

憶君腸欲斷,恨春宵。
あのお方のことを思い続け、寵愛を受けたいと毎夜準備をしているだけで叶わず、下腸など切ってしまいたいと思っている。それにしてもこんな春の宵は恨めしいだけだ。

南歌子 七首其六
轉盼【てんはん】波眼の如し,娉婷【ひょうてい】似って柳腰【りゅうよう】たり。
花裏 暗【ひそか】に相い招く,君を憶う腸 斷ぜんと欲す,春宵を恨む。

 


『南歌子』 現代語訳と訳註
(
本文)

南歌子 七首其六
轉盼如波眼,娉婷似柳腰。
花裏暗相招,

憶君腸欲斷,恨春宵。


(下し文) 

(南歌子 七首其六)
轉盼【てんはん】波眼の如し,娉婷【ひょうてい】似って柳腰【りゅうよう】たり。
花裏 暗【ひそか】に相い招く,君を憶う腸 斷ぜんと欲す,春宵を恨む。


(現代語訳)
(寵愛を失って又春が来て、行楽の宴席でいろんな光景を見るが、それでも毎夜寵愛を受ける準備だけはしなくてはいけない。春の宵は恨めしい限りだと詠う)

あのお方は流し目を動かしまるで波眼蝶のように飛び回る、飛ぶ先の多くの妃嬪は優雅にして美しく垂れ柳のような細腰をしているものたちである。
春も盛り、行楽には花のさき乱れる裏に蝶のように花影に招いている。

あのお方のことを思い続け、寵愛を受けたいと毎夜準備をしているだけで叶わず、下腸など切ってしまいたいと思っている。それにしてもこんな春の宵は恨めしいだけだ。


(訳注) (六)

(寵愛を失って又春が来て、行楽の宴席でいろんな光景を見るが、それでも毎夜寵愛を受ける準備だけはしなくてはいけない。春の宵は恨めしい限りだと詠う)

【解 説】

原始時代の母権制がその歴史的使命を果し、その寿命が尽きた時、「男尊女卑」一夫多妻は誰も疑うことのない人の世の道徳的規範となった。人口の半分を占める女性たちは、未来永劫にわたって回復不可能な二等人となり、ごく最近まで、二度と再び他の半分である男性と平等になることはなかった。(形態の違いこそあれ、未だに真の平等までにいたっていないのかもしれない。)

 

そうした中で、彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生、ごりごりの儒学者たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。

 

妃嬪について、寵愛を失った後、実際にはかなり自由な恋愛があっても、表向きには、貞操を守るというスタイルをとっていたということ、そういったことを踏まえて花間集の詩を読んでいかないと、単に「断腸」の思い、嘆くと解釈してしまうことになる。朱子学、儒学がさらに教条的なものになっていく中世封建制までは、かなり自由恋愛があったということなのである。

 

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

轉盼如波眼,娉婷似柳
花裏暗相

憶君腸欲斷,恨春

 

 

 

 

轉盼如波眼,娉婷似柳腰。
あのお方は流し目を動かしまるで波眼蝶のように飛び回る、飛ぶ先の多くの妃嬪は優雅にして美しく垂れ柳のような細腰をしているものたちである。
・轉盼 流し目を動かす。盼:(1) 切望する,焦がれる切盼切望する.(2) 見る左右盼左右を見回す.
・波眼 波眼蝶
娉婷 【ひょうてい】(婦人の姿や振舞いが)優雅な,美しい
柳腰 細くてしなやかな腰。多く、美人のたとえ。李商隠『楚宮』「楚管蠻弦愁一概,空城罷舞腰支在。」楚宮詩でいう「腰支在」は妖艶な腰の体つきで舞い姿をみせた。「宮妓」詩に「披香新殿に腰支を闘わす」というように、踊り子の動きの際立つ部位。薄絹をつけて舞う宮廷での踊りは、頽廃的に性欲に訴えるものであった。

楚宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 55

また、同様に細腰について、女性の細い腰。楚の霊王が細い腰を好んだという。『漢書・馬寥傳』の「呉王好劍客,百姓多瘡瘢。楚王好細腰,宮中多餓死。」、『荀子・君道』「楚莊王好細腰,故朝有餓人。」や『韓非子』「越王好勇,而民多輕死。楚靈王好細腰,而國中多餓人。」「楚の霊王は細腰を好み、国中餓する人多し」。


花裏暗相招。

春も盛り、行楽には花のさき乱れる裏に蝶のように花影に招いている。

○行楽というのは花のもとに万幕を張り、花筵が開かれ、無礼講である。

 

憶君腸欲斷,恨春宵。

あのお方のことを思い続け、寵愛を受けたいと毎夜準備をしているだけで叶わず、下腸など切ってしまいたいと思っている。それにしてもこんな春の宵は恨めしいだけだ。

○妃嬪は天子の為だけのために生きるのであるが、寵愛を失ったものを詩に頻繁に登場するのである。これらの詩は、当時であれば、噂、言い伝えなど我々が知らないこともあろうから、面白い詞であったのではなかろうか。詩人たちのサロンでは面白おかしくこれらの詩を楽しんだことだろう。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠42《巻1-42 南歌子七首其五》溫庭筠66首巻一42-〈42〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5407

(改訂)-1溫庭筠42《巻1-42 南歌子七首其五》(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠42《巻1-42 南歌子七首其五》溫庭筠66首巻一42-42〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5407

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。

 

(改訂版)

南歌子七首其三
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
終日兩相思。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。

終日 兩つながら 相思う。

君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。

 

 

(改訂版)

南歌子 七首其四
臉上金霞細,眉間翠鈿深。
ほほのうえには、かぼそい金霞のよそおいでかざり、眉間にはふかく翠りの鈿のかざりをしている。
倚枕覆鴛衾。
着飾って麗しくして枕をあててよこになり、鴛鴦のうす絹の掛け布をかけています。
隔簾鶯百囀,感君心。
御簾を隔てて鶯がしきりにさえずっているので、その鶯の囀りは、しみじみとあなたのこころを感じているのです。

(南歌子)

臉の上 金の霞 細やかに,眉の間 翠の 深し。

枕に倚り 鴛衾を覆す。

簾を隔てて 鶯 百に囀り,君が心に感ず。

 

(改訂版)

南歌子 七首其五
(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。
妃嬪の身分になってから、夜の準備で蕊黃は女の額に黄色の化粧をほどこして華やかな雰囲気にし、女としての花を開かせ、麗しい輪型に巻いた黒毛の髷で精いっぱいのお化粧をしている。
鴛枕映屏山。
鴛鴦の一つの枕に並んで寝牀に横になると、その寝姿がろうそくの明かりに屏風に山影となって映っている。
月明三五夜,對芳顔。
今夜は十五夜で満月の明かりがどこまでも明るくてらしているのだから、美しい尊顔の方に向けていたい。

 

(南歌子 七首其の五)
撲蕊【ぼうくずい】黃子【おうし】を添え,呵花して翠鬟【すいかん】に滿つ。
鴛枕【かちん】屏山を映す。
月明 三五の夜,芳顔に對す。

 

十三夜月雲髻001


『南歌子』七首其五 現代語訳と訳註
(
本文)
南歌子 七首其五

撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。
鴛枕映屏山。
月明三五夜,對芳顔。


(下し文)
(南歌子 七首其の五)

撲蕊【ぼうくずい】黃子【おうし】を添え,呵花して翠鬟【すいかん】に滿つ。
鴛枕【かちん】屏山を映す。
月明 三五の夜,芳顔に對す。


(現代語訳)
(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

妃嬪の身分になってから、夜の準備で蕊黃は女の額に黄色の化粧をほどこして華やかな雰囲気にし、女としての花を開かせ、麗しい輪型に巻いた黒毛の髷で精いっぱいのお化粧をしている。
鴛鴦の一つの枕に並んで寝牀に横になると、その寝姿がろうそくの明かりに屏風に山影となって映っている。
今夜は十五夜で満月の明かりがどこまでも明るくてらしているのだから、美しい尊顔の方に向けていたい。
花鈿02
 

三日月01

(訳注) 

南歌子 七首其五

(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

臉上金霞細,眉間翠
撲蕊添黃子,呵花滿翠
鴛枕映屏

月明三五夜,對芳

 

 

 

唐宋の美意識《体型》

唐代の絵画、彫像に出てくる女性の姿を見ると、彼女たちはみな確かに顔は満月のようにふくよかであり、からだは豊満でまるまるとしている。そして、あの軍服を着て馬に乗って弓を引く女性は、特に堂々とした勇敢な姿を示しており、痩せて弱々しい姿はほとんど見られない。これはまさに唐代の人々の審美観と現実の生活そのものの反映であった。唐代第一の美人楊玉環(楊貴妃)は豊満型の美人であり、漢代の痩身型の美人趙飛燕と並んで、「燕は痩せ環は肥え」といわれ、美人の二つの典型と称された。

このような美意識は、唐代の社会生活と社会の気風から生れた。というのは、唐代の物質生活は比較的豊かであったから、身体がふっくらとした女性が多くいたのである。また社会の気風は開放的であり、北朝の尚武の遺風を受け継ぎ、女性は家から出て活動することもわりに多く、また常に馬に乗って矢を射る活動にも加わっていた。それで、往々女性は健康的で颯爽たる姿をしていたのである。こうした現実が人々の審美観に影響し、そしてこの審美観と時代の好みとが、逆に女性たちにこの種の美しさを極力追求させたのである。少なくとも「楚王、細き腰を好む」ために、食を減らすといったことはなかった。これによって、女性は健康で雄々しくかつ豊満であるといった傾向が助長されたのである。

審美観と密接な関係がある服装と化粧は、女性の生活の重要な一部分であった。

〔* 『筍子』等に、昔、楚の霊王は腰の細い美人を好んだ。それで宮中の女性は食を減らし餓死したという故事がある。〕

 

撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。
春の日に妃嬪の身分になってから、夜の準備で蕊黃は女の額に黄色の化粧をほどこして華やかな雰囲気にし、女としての花を開かせ、麗しい輪型に巻いた黒毛の髷で精いっぱいのお化粧をしている。
・撲蕊黃子 蕊黃は女の額にほどこす黄色の後宮妃嬪を中心に流行した化粧法。額黄ともいい、古く漢代からあったといい、六朝時代をへて唐代までずっと行なわれていた。蕊黃の黄色の粉のこと。額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」「花蕊」「蕊黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。
・呵花 花が大きく開いたこと。女としての花を開かせること。
・翠鬟 (1)カワセミの羽のように麗しい輪型にまいた黒毛のまげ。妃嬪美人の髪型は大きいほど身分の高いことをあらわした。美女の譬え。(2)青々とした山。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。


鴛枕映屏山。
鴛鴦の一つの枕に並んで寝牀に横になると、その寝姿がろうそくの明かりに屏風に山影となって映っている。
・鴛枕 鴛鴦のように枕した。鴛鴦の絵が描かれた枕に並んで横たえた。
・屏山 美女が寝床についてよこ向きになった寝姿を云う。蝋燭の光がシルエットとして山形に移っていることをいう。


月明三五夜,對芳顔。
今夜は十五夜で満月の明かりがどこまでも明るくてらしているのだから、美しい尊顔の方に向けていたい。
・月明 夜を明るくしてくれる月明かり。
三五夜 十五夜。女性が最も女性らしいという意味を含む。
・芳顔 イケメンのあなた。美しい顔。また、他人を敬って、その顔をいう語。尊顔。
三峡 巫山十二峰001
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠41《巻1-41 南歌子七首其四》溫庭筠66首巻一41-〈41〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5402

(改訂)-1溫庭筠41《巻1-41 南歌子七首其四》 御簾を隔てて鶯がなくころまで、寝牀で寵愛を受けていた、これほどまでの愛情を深く感じている。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠41《巻1-41 南歌子七首其四》溫庭筠66首巻一41-〈41〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5402 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠41《巻1-41 南歌子七首其四》溫庭筠66首巻一41-41〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5402

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。

 

(改訂版)

南歌子七首其三
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
終日兩相思。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。

終日 兩つながら 相思う。

君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。

 

 

(改訂版)

南歌子 七首其四
臉上金霞細,眉間翠鈿深。
ほほのうえには、かぼそい金霞のよそおいでかざり、眉間にはふかく翠りの鈿のかざりをしている。
倚枕覆鴛衾。
着飾って麗しくして枕をあててよこになり、鴛鴦のうす絹の掛け布をかけています。
隔簾鶯百囀,感君心。
御簾を隔てて鶯がしきりにさえずっているので、その鶯の囀りは、しみじみとあなたのこころを感じているのです。

(南歌子)

臉の上 金の霞 細やかに,眉の間 翠の 深し。

枕に倚り 鴛衾を覆す。

簾を隔てて 鶯 百に囀り,君が心に感ず。

花鈿02
 

『南歌子 七首』(四) 現代語訳と訳註
(
本文)
臉上金霞細,眉間翠深。
倚枕覆鴛衾。
隔簾,感君心。


(下し文)
(南歌子)
臉の上 金の霞 細やかに,眉の間 翠の
 深し。
枕に倚り 鴛衾を覆す。
簾を隔てて 鶯 百に囀り,君が心に感ず。


(現代語訳)
(春の夜、寵愛を受けた妃嬪の心情を詠う。ともに過ごした女としての喜びを詠う。)

寵愛を待つ顏の上に、かぼそい金霞の揺れるのが楽しい装いで飾り、眉間にはふかく翠の花鈿、粧靨のかざりをしている。
そして、麗しく一つ枕
に身を寄せ合い、その上には鴛鴦のうす絹の掛け布をかけている。
御簾を隔てて鶯がなくころまで、寝牀で寵愛を受けていた、これほどまでの愛情を深く感じている。

(訳注)

 南歌子 七首其四
(春の夜、寵愛を受けた妃嬪の心情を詠う。ともに過ごした女としての喜びを詠う。)

【解説】

妃嬪は毎夜、天子を迎え入れるために念入りに化粧をする。その日は、一つ枕に身を寄せ合い、いつしか安らかな眠りに入る。気づけば、窓の外では、鶯がしきりに囀り交わしており、改めて愛される喜びを噛みしめるというものである。

実は多くの注釈書、「女が独り春の夜を送る悲しみを詠う」と単純な解釈の者が多くみられるが、妃嬪、家妾にしろ、基本一人で寝るものであるが、毎夜天子、主人が寝牀に来ることを前提に仕度をしているのである。寵愛を失っている語句は一つもない。最後句の「君が心に感ず」 の句にあるように、理解し愛し合っていることを詠っている。であれば、「君が心に感ず(私はあなたの愛に感動しています)」と結ばれる作品を、孤独な夜を送る詞と解するのは不自然であり、儒教者的解釈では花間集は読めないものの典型である。窓の外から聞こえて来る鶯の囀りは、寂しさをそそるものではなく、ここでは、状景の変化からも一人寝の寂しさは感じられず、満ち足りた幸福感を示す心地よさしか感じられないのである。中国の注釈書は元、明、清朝時代に多くの儒学文学者によってきわめて閉鎖的な文化、倫理観が横行した。唐宋期をピークにしてそれ以前はある程度自由な恋愛観の中での一夫多妻制であったこと理解する必要がある。当時の化粧法、服装、装飾品等を考慮しないと本当の理解はできない。

 

妃嬪の化粧と飾について

―化粧

唐代の女性は、化粧にたいへん気をつかった。普通は、顔、胸、手、唇などに白粉や頬紅をつけ、また肌を白くし、あるいは艶やかにしたが、それ以外に眉を画くことをことのほか重視した。眉毛の画き方はたいへん多く、玄宗は画工に「十眉図」を描かせたことがあり、それらには横雲とか斜月などという美しい名称がつけられていた(『粧楼記』)。ある人は、唐代の女性は眉毛の装飾に凝り、それはいまだかつてなかった水準に達したと述べている。その他、彼女たちは額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」「花蕊」「蕊黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

臉上金霞細,眉間翠
倚枕覆鴛
隔簾,感君

 

 

唐教坊曲。唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『更漏子』『定西番』『南歌子』は宮廷で歌われた花間集のほとんどは教坊曲である。丹の曲名の同一性からでも60%以上教坊の曲である。実際に選定されたのが、趙崇祚のサロンであること、趙崇祚は玄宗と同じように一芸を為すものを集めたことから、花間集の全詩が、何らかの形で、多少の変化があっても教坊の曲の曲に基づく作品であったのである。それについては、『花間集序』 (1)~(5) 欧陽烱の以下の全訳を参考にされたい。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-(1) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197


臉上金霞細,眉間翠鈿深。

寵愛を待つ顏の上に、かぼそい金霞の揺れるのが楽しい装いで飾り、眉間にはふかく翠の花鈿、粧靨のかざりをしている。
○瞼上 頬から顎にかけて、顏。上は場所を示す接尾辞。

○金霞細 金細工の飾り、歩くごとに揺れるのを楽しむ。ここでは性交時に男性が揺れるのを喜んだという、頽廃的な喜びは、後宮における頽廃ということと思われる。

○翠鈿深 金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に緑色の靨飾り「粧靨」の色の濃いさまを言う。


倚枕覆鴛衾。
そして、麗しく一つ枕に身を寄せ合い、その上には鴛鴦のうす絹の掛け布をかけている。
○倚枕 一つ枕に身を寄せ合い、いつしか安らかな眠りに入る。

○鴛衾 オシドリ模様のある掛け布団。

 


隔簾鶯百囀,感君心。
御簾を隔てて鶯がなくころまで、寝牀で寵愛を受けていた、これほどまでの愛情を深く感じている。
〇鶯百囀 しきりに鳴き噸る。百囀:別の意味として、朝方まで性行為の際の声を発したという意。

○感君心 君の心に感ずる。ここでは、寵愛を受ける球に毎夜その準備をしていても、できない日が多いが、この日の様に明け方まで愛してもらったということに関しての奸状に答えたいという意味である。日本でいえば、万葉集の時代である。万葉集にも数多く性的意味の作品が多い。性的な意味をきちんと理解すれば、深い味わいがあるものである
雲髻001
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠40《巻1-40 南歌子七首其三》溫庭筠66首巻一40-〈40〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5397

(改訂)-1溫庭筠40《巻1-40 南歌子七首其三》 髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。


 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠40《巻1-40 南歌子七首其三》溫庭筠66首巻一40-40〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5397

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。

九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。 

(改訂版)

南歌子七首其三
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
終日兩相思。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。

終日 兩つながら 相思う。

君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。


『南歌子、七首其三』(改訂)現代語訳と訳註
(
本文)  南歌子七首其三
垂低梳髻,連娟細掃眉。
終日兩相思。
爲君憔悴盡,百花時。


(下し文)
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。
終日 兩つながら 相思う。
君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。


(現代語訳)
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。

(訳注)

南歌子七首其

(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
【解説】

 後宮における頽廃的に過ごすことこそが、国、或は天子の度量の大きさという考え方があり、寵愛を受けている妃嬪には最高の、化粧、服装、髪型が施された。宮女、妓優はやせ形の者が尊ばれ、妃嬪は色白、長身、奇麗、妖艶でぽっちゃり方、肉感的なものが選定された。この条件に合えば、次から次へと後宮に入った

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

垂低梳髻,連娟細掃
終日兩相
爲君憔悴盡,百花

 

 

唐教坊曲。唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『更漏子』『定西番』『南歌子』は宮廷で歌われた花間集のほとんどは教坊曲である。丹の曲名の同一性からでも60%以上教坊の曲である。実際に選定されたのが、趙崇祚のサロンであること、趙崇祚は玄宗と同じように一芸を為すものを集めたことから、花間集の全詩が、何らかの形で、多少の変化があっても教坊の曲の曲に基づく作品であったのである。それについては、『花間集序』 (1)~(5) 欧陽烱の以下の全訳を参考にされたい。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-(1) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182

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垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
垂低梳髻 両鬢に雲型に櫛で垂れた髪は鬢付け油固めたもの。髪型は、前後左右にひろく、高く低くと大きいほど高貴であること。唐後期の後宮には頽廃的になり、機能性が全くない髪型になってゆく、一方で、男装が流行する。ここでいうのは、胡の髪型をいう。『髻鬟品』 には、多種多様の髪型が列挙されている。半翻髻【はんほんけい】、反綰髻【はんわんけい】、楽游髻、双環望仙髻、回鶻髻、愁来髻、帰順髻、倭堕髻など。

○連娼 眉の三日月形に細長く両頬に垂れた髪に連なるように描かれた眉。十眉図にいう払雲眉(横烟眉)のこと。・娟 女と柔かい意とで、女性のしなやかな意。 【意味】嫋やかで優美な容貌を持つもの。淑やかに振る舞い、上品なさま。 ほのかに見目麗しいさま。 見目好く容姿端麗なさま。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。


終日兩相思
たひかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

〇両相思 二人が互いに恋し合う。


爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
憔悴 )心配や疲労・病気のためにやせ衰えること。
・百花 種々の多くの花、いろいろな花の意。百花繚乱。いろいろの花が咲き乱れること。転じて、秀でた人物が多く出て、すぐれた立派な業績が一時期にたくさん現れること。「繚乱」は花などがたくさん咲き乱れている様子.

 

 

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠39《巻1-39 南歌子七首其二》溫庭筠66首巻一39-〈39〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5392

(改訂)-1溫庭筠39《巻1-39 南歌子七首其二》 遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠39《巻1-39 南歌子七首其二》溫庭筠66首巻一39-39〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5392

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。


<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->唐 長安図 基本図00

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『南歌子』七首其二 現代語訳と訳註
(
本文)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
簾卷玉鈎斜。
九衢塵欲暮,逐香車。


(下し文) 南歌子 
帶に似て絲柳【しりゅう】の如し,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾卷【れんかん】玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮れなんと欲す,香車【こうしゃ】を逐う。


(現代語訳)
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

隋堤01
楊貴妃清華池002

(訳注)
南歌子其二

(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)
【解説】 春になれば、舟遊びで、池に舟を浮かべると、池塘の柳は緑の帯を為す。そこに近づいてみると柳の枝は糸のように長く垂れ下がる、丸く寄り集まった白い柳架が寵愛を受けている妃嬪の美しさを連想させる。郊外に行楽に行っての帰り、夕暮れ間近の都人路を転がり動く情景、その美しさに誰でもその車の後を追うというものを詠う。この季節だけ、妃嬪の車が庶民の前を通ることがある。その情景を詠う。

『花間集』巻一にある。男性の目から見た好ましい、しなやかな細腰、白い肌、良い香りの女性の姿である。
唐教坊曲名。単調二十三字、五句三平韻(詞譜一)。唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『更漏子』『定西番』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。


似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
○似帯 遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯をする。

○如糸柳 近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝。

團酥 きよく滑らかなまるみをもったもの。酥:牛や羊の乳を発行させた乳酸飲料。酒の別名。きよく滑らかなたとえ。また、肉感美女のオッパイのこと。
雪花 雪の白さと艶やかな花の白さ。握雪花は、白い柳絮の大きさが手で雪を握ったほどであることを言う。あるいは、肉感美女の胸をつかむ。


簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。


九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。
九衢 枝の多く別れたもの。山海経「宣山の上に桑有り。その枝を衢という也。枝交互に四出るなり。」衢:ちまた。四方に通じる大通り。分かれ道。四通八達の大通り。ここでは都大路の意。

○欲暮 暮れようとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。

○香車 立派な車。行楽に行き交った高貴の人の車。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠38《巻1-38 南歌子七首其一》溫庭筠66首巻一38-〈38〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5387

(改訂)-1溫庭筠38《巻1-38 南歌子七首其一》 流れてきた、鸚鵡貝の形をした金の盃が流れてくるのを手に取る。そしてこっそり、天子の方に流し目をする。その仕草は、これからきっと寵愛を一手に受けるほどの妃嬪と見受けられることだろう。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-23-1奉節-15 《巻15-62 送殿中楊監赴蜀見相公 -#1》 杜甫index-15 杜甫<886-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5380 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠38《巻1-38 南歌子七首其一》溫庭筠66首巻一38-38〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5387

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『南歌子』 十二首

 

作者



初句7字

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』(一)

手裡金鸚鵡

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』(二)

似帶如絲柳

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』(三)

窩墮低梳髻

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首(四)』

臉上金霞細

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首(五)』

撲蘂添黃子

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』(六)

轉眄如波眼

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』 (七) 

懶拂鴛鴦枕

 

張泌

巻四

南歌子三首 其一

柳色遮樓暗

 

張泌

巻四

南歌子 三首 其二

岸柳拖煙綠

 

張泌

巻四

南歌子 三首之三

錦薦紅鸂鶒

 

毛熙震

巻九

南歌子二首其一

遠山愁黛碧

 

毛熙震

巻九

南歌子二首其二

惹恨還添恨

 

 

 

 

 

 

南歌子七首
南歌子七首其一
手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。眼暗形相。不如從嫁與,作鴛鴦。

南歌子七首其
似帶如絲柳,團酥握雪花。簾卷玉鈎斜。九衢塵欲暮,逐香車。

南歌子七首其三
垂低梳髻,連娟細掃眉。終日兩相思。爲君憔悴盡,百花時。
南歌子七首其四
臉上金霞細,眉間翠深。倚枕覆鴛衾。隔簾,感君心。

南歌子七首其
撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。鴛枕映屏山。月明三五夜,對芳顔。

南歌子七首其
轉盼如波眼,娉婷似柳腰。花裏暗相招,憶君腸欲斷,恨春宵。

南歌子七首其
懶拂鴛鴦枕,休縫翡翠裙。羅帳罷爐熏。近來心更切,爲思君。

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。


現代語訳と訳註
(
本文)

南歌子七首其一
手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
眼暗形相。

不如從嫁與,作鴛鴦。


(下し文)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。


(現代語訳)
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。)

流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

唐朝 大明宮2000

(訳注)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。)

『花間集』巻一38番にある。諸侯の娘が妃嬪として後宮にあがり、曲水の宴で初め招かれ、妃嬪として後宮の生活が始まる(嫁ぐことになる。)流れてきた、鸚鵡貝の形をした金の盃が流れてくるのを手に取る。そしてこっそり、天子の方に流し目をする。その仕草は、これからきっと寵愛を一手に受けるほどの妃嬪と見受けられることだろう。こうした宴席に妃嬪として最初の行事であることから、序列も高い妃嬪であろう。詩は宴席を客観的に見て詠ったものである。
唐教坊曲名。単調二十三字。唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳
眼暗形

不如從嫁與,作鴛

○ 

 


手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
・手裏 手の中に。 
・金鸚鵡 杯。黄金製の酒器、「鸚鵡杯」のこと。鸚鵡貝・阿古屋(あこや)貝など真珠光沢のある美しい貝でつくった杯。曲水の宴などで用いられる。おうむはい。隋唐のころ貴族や文人の間で流行した習俗。3月3日の上巳(じょうし)に郊外や庭苑の水辺に出,招魂・祓除(ふつじょ)を行い,流水に酒杯を浮かべ,一定地点(自分の前など)に流れ着くまでに詩をよみ,宴遊した。李白の『襄陽歌』「落日欲沒峴山西。倒著接籬花下迷。襄陽小兒齊拍手。攔街爭唱白銅鞮。旁人借問笑何事。笑殺山翁醉似泥。鸕鶿杓。
鸚鵡杯。百年三萬六千日。一日須傾三百杯。」李白と道教48襄陽歌 ⅰ
・胸前 衣服の前面に。
・綉 刺繍がしてある。縫いとりがしてある。 

眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

・偸眼 盗み見る。 
・暗 ひそかに。こっそりと。 


不如從嫁與,作鴛鴦。

もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

・形相 みつもる。目算する。 人相。顔かたち。姿。ここは、前者、動詞の意。
・不如 もう…た方がいい。…に及ばない。しかず。 
・從嫁與 …に嫁ぐ。・從 …にしたがう。…につく。従軍、従父の従。 ・嫁 とつぐ。・與 …に。
・作 …となる。
・鴛鴦 鴛鴦の夫婦。
唐 長安図 基本図00
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠37《巻1-37 楊柳枝八首其八》溫庭筠66首巻一37-〈37〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5382

(改訂)-1溫庭筠37《巻1-37 楊柳枝八首其八》古より、王孫らの性倫理は自由で、先々に妃嬪を侍らせ、別れの時は必ずここへ帰えってくると誓うけれど、楚辞でいう「春の草花が繁りだす」ようにうつりかわってゆく、あれほど愛し合っていても、もう関係がないと、月日が経っても美しい妃嬪であっても、そのもとに帰る気にはならないのである。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠37《巻1-37 楊柳枝八首其八》溫庭筠66首巻一37-37〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5382

 

 

 

楊柳枝 八首其八
(楊柳枝詩の最終八首目であり、王家、妃嬪の性倫理観の結論的なことを述べている。)

館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。
呉王夫差の築いた西施は館娃宮から別れて、敵国に向かったし、魏の曹植は兄嫁の慕情を胸に鄴城の西で、悲しい別れをした。行く舟の帆は空と川面に映えて、わかれの近くには、柳の枝が風に靡いて堤を払う、するとまた、離れがたい気持ちにさせるのである。 
繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。
古より、王孫らの性倫理は自由で、先々に妃嬪を侍らせ、別れの時は必ずここへ帰えってくると誓うけれど、楚辞でいう「春の草花が繁りだす」ようにうつりかわってゆく、あれほど愛し合っていても、もう関係がないと、月日が経っても美しい妃嬪であっても、そのもとに帰る気にはならないのである。
(楊柳枝 八首其の八)
館娃宮【かんあいきゅう】の外 鄴城【ぎょうじょう】の西,遠くは征帆に 映じ 近くは堤を拂ふ。
繋ぎ得たりは王孫の意切なるをもって歸り,「春草の萋萋(りょくせいせい)たる綠」を關せず。

 

 

『楊柳枝 八首之八』温庭筠 現代語訳と訳註
(
本文)
 楊柳枝 温庭筠 
館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。
繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。


(下し文)
(楊柳枝 八首其の八)
館娃宮【かんあいきゅう】の外 鄴城【ぎょうじょう】の西,遠くは征帆に 映じ 近くは堤を拂ふ。
繋ぎ得たりは王孫の意切なるをもって歸り,「春草の萋萋【せいせい】たる綠」を關せず。


(現代語訳)
(楊柳枝詩の最終八首目であり、王家、妃嬪の性倫理観の結論的なことを述べている。)

呉王夫差の築いた西施は館娃宮から別れて、敵国に向かったし、魏の曹植は兄嫁の慕情を胸に鄴城の西で、悲しい別れをした。行く舟の帆は空と川面に映えて、わかれの近くには、柳の枝が風に靡いて堤を払う、するとまた、離れがたい気持ちにさせるのである。 
古より、王孫らの性倫理は自由で、先々に妃嬪を侍らせ、別れの時は必ずここへ帰えってくると誓うけれど、楚辞でいう「春の草花が繁りだす」ようにうつりかわってゆく、あれほど愛し合っていても、もう関係がないと、月日が経っても美しい妃嬪であっても、そのもとに帰る気にはならないのである。

(訳注)
楊柳枝 ( 八首之八)

柳を詠う。連作八首のうちこれは第八首。後宮には中世封建制の貞操感、現代の貞操感はない。性倫理はかなり自由であった。この詩は、楊柳枝詩の最終八首目であり、王家、妃嬪の性倫理観の結論的なことを述べている。サロンでのお遊び的な詩であっても、一夫多妻制のなかで、後宮をはじめとして、富貴の者には、多くの美しい女性が集まるシステム、性のための家奴婢になっていたことをいうものである。


館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。
呉王夫差の築いた西施は館娃宮から別れて、敵国に向かったし、魏の曹植は兄嫁の慕情を胸に鄴城の西で、悲しい別れをした。行く舟の帆は空と川面に映えて、わかれの近くには、柳の枝が風に靡いて堤を払う、するとまた、離れがたい気持ちにさせるのである。 
館娃宮 呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。 そして西施は旅立っていく。
・鄴城 魏の曹操の都で、現・河南省臨。館娃宮、城ともに、曾ての栄華の地であるが曹植が不遇をかこったところであり、その西にある歓楽街での別離がある。 
・西 「西」は、歓楽街、別離、柳。その一方で五行思想から、白、秋、悲秋、別離、凋落、没落、衰頽ということ。
・遠映 遠くにはえて見えている。遠くに映じている。「近拂」の対。「遠映」「近拂」といった単語は無い。 ・映 はえる。うつる。うつす。 
・征帆 遠くへ行く舟。旅の舟。 
・拂堤 ヤナギの枝が風に靡いて堤を払うように動いている(性行の男性の腰の動きとされる)。堤は別れで再会の約束をするところ。堤に馬を止めて女のもとに行くところ。 ・拂 はらう。ヤナギの枝が風に靡き動くさまを表現していう。


繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。
古より、王孫らの性倫理は自由で、先々に妃嬪を侍らせ、別れの時は必ずここへ帰えってくると誓うけれど、楚辞でいう「春の草花が繁りだす」ようにうつりかわってゆく、あれほど愛し合っていても、もう関係がないと、月日が経っても美しい妃嬪であっても、そのもとに帰る気にはならないのである。
・この二句は『楚辞・招隱士』に基づくもの。 
・繋得 繋ぎとめて…。-得 動詞の後に附いて、(動作や状態の)結果、程度、方法、傾向を表す。 
・王孫 色あせていった女性の許を離れて旅立つ男性を指す、主人公。本来(その当時は)は愛しい男性。放蕩の貴人の子弟。王族の孫。貴公子。『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,蛄鳴兮啾啾。」を指す。そこでの王孫とは、隠士である楚の王族の屈原のこと。ただ、詩詞で使われる王孫とは、女性の容色の衰え等のために、女性の許を離れて旅立っていった男性のことでもある。詩題や詞牌に謝靈運『悲哉行』「萋萋春草生,王孫遊有情」『王孫歸』『憶王孫』『王孫遊』(南齊・謝朓)「綠草蔓如絲,雜樹紅英發。無論君不歸,君歸芳已歇。」としてよく使われる。劉希夷『白頭吟』(代悲白頭翁)「公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。
宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」 や、王維の『送別』「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年綠,王孫歸不歸。」や、韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」や、王維の『山居秋暝』で「空山新雨後,天氣晩來秋。明月松間照,清泉石上流。竹喧歸浣女,蓮動下漁舟。隨意春芳歇,王孫自可留。」がある。 
・歸意 帰郷したいという気持ち。帰ると約束したこと。
・切 しきりに。ふかく。程度の深刻さを示す。ひたすらなさま。それを思うことがしきりで強いさま。
・不關 …に関わらずに。かかわらない。関係ない。

・春草綠萋萋 春草 春の草。春に咲く草花。(『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。」)を踏まえている。 *「春草綠萋萋」で「月日が流れ、季節が変わって春になったのに」の意になる。この句は、春に寵愛を受け、歓楽、悦楽の思いを起させるという意味である。そうした意味で全体を見ると深い味わいになってくる。 
謝靈運『悲哉行』「萋萋春草生,王孫遊有情」
悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩502 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1323

悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩503 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1326

謝靈運『登池上樓』「池塘生春草,園柳變鳴禽。」

池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。

登池上樓 #2 謝霊運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005

謝朓『王孫遊』「綠草蔓如絲,雜樹紅英發。無論君不歸,君歸芳已歇。」
さかんに茂っている春の草木がのびている、「楚辞」で詠う王孫は遊んでいて情をもっている。
・綠萋萋 青々と茂っている。 
・萋萋 木や草の繁っているさま。
王昭君の『昭君怨』(『怨詩』)「秋木萋萋,其葉萎黄。有鳥處山,集于苞桑。養育羽毛,形容生光。既得升雲,上遊曲房。離宮絶曠,身體摧藏。志念抑沈,不得頡頏。雖得委食,心有徊徨。我獨伊何,來往變常。翩翩之燕,遠集西羌。高山峨峨,河水泱泱。父兮母兮,道里悠長。嗚呼哀哉,憂心惻傷。」

怨詩 王昭君  漢詩<110-#2>玉台新詠集 女性詩 546 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1455


謝靈運『悲哉行』
萋萋春草生,王孫遊有情,差池鷰始飛,夭裊桃始榮,灼灼桃悅色,飛飛燕弄聲,檐上雲結陰,澗下風吹清,
幽樹雖改觀,終始在初生。松蔦歡蔓延,樛葛欣虆縈,眇然遊宦子,晤言時未并,鼻感改朔氣,眼傷變節榮,侘傺豈徒然,澶漫
音形,風來不可托,鳥去豈為聽。

悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩503 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1326


謝靈運『石門在永嘉』 #1
躋険築幽居、披雲臥石門。

苔滑誰能歩、葛弱豈可捫。

嫋嫋秋風過、萋萋春草繁。

美人遊不遠、佳期何繇敦。』

石門在永嘉 謝霊運<30>#1 詩集 404  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1029

#2

芳塵凝瑤席、清醑満金樽。

洞庭空波瀾、桂枝徒攀翻。

結念屬霽漢、孤景莫與諼。

俯濯石下潭、仰看條上猿。』

石門在永嘉 謝霊運<30>#2 詩集 405  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1032

#3

早聞夕飈急、晩見朝日暾。

崖傾光難留、林深響易奔。

感往慮有復、理来情無存。

庶持乗日車、得以慰營魂。」

匪爲衆人説、冀與智者論。』

石門在永嘉 謝霊運<30>#3 詩集 406  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1035

 

謝靈運『登池上樓』
登池上樓#1

潛虯媚幽姿,飛鴻響遠音。

薄霄愧雲浮,棲川怍淵沉。

進德智所拙,退耕力不任。」

徇祿反窮海,臥痾對空林。

衾枕昧節候,褰開暫窺臨。

傾耳聆波瀾,舉目眺嶇嶔。』

登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  詩集 395 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1002

 

初景革緒風,新陽改故陰。

池塘生春草,園柳變鳴禽。」

祁祁傷豳歌,萋萋感楚吟。

索居易永久,離群難處心。

持操豈獨古,無悶徵在今。』

登池上樓 #2 謝霊運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005


などと、杜甫など多くの詩人が詠っている。


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楊柳枝 ( 八首之一)
蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
不語東風起,深閉朱門伴舞腰。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 之一》溫庭筠66首巻一30-〈30〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5347


楊柳枝 ( 八首之二)
金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠31《巻1-31 楊柳枝 其二》溫庭筠66首巻一31-〈31〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5352


楊柳枝 ( 八首之三)
禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-0溫庭筠32《巻1-32 》溫庭筠66首巻一32-〈32〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5357

 

楊柳枝 ( 八首之四)
織錦機邊語頻,停梭垂淚憶征人。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-0溫庭筠32《巻1-32 》溫庭筠66首巻一32-〈32〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5357


 
      楊柳枝 ( 八首之五)

      兩兩黃色似色,枝啼露動芳音。
      春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠34《巻1-34 楊柳枝八首其五》溫庭筠66首巻一34-〈34〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5367


      楊柳枝 ( 八首之六)
      宜春苑外最長條,閑春風伴舞腰。
      正是玉人腸(一作斷)處,一渠春水赤闌橋。
『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠33《巻1-33 楊柳枝八首其四》溫庭筠66首巻一33-〈33〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5362


楊柳枝 ( 八首之七)
牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠35《巻1-35 楊柳枝八首其六》溫庭筠66首巻一35-〈35〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5372

 

楊柳枝 ( 八首之八)
館娃宮外城西,遠映征帆近拂堤。
系得王孫歸意切,不關(一作同)芳草綠萋萋。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠36《巻1-36 楊柳枝八首其七》溫庭筠66首巻一36-〈36〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5377

(改訂)-1溫庭筠36《巻1-36 楊柳枝八首其七》 (春が来て、興慶宮に侍る妃賓も、曲江の離宮に侍る妃嬪も寵愛を受ける事だけを考えての準備をしているけれどどうしようもないのは、断腸の思いだけと詠う。)


『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠36《巻1-36 楊柳枝八首其七》溫庭筠66首巻一36-36〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5377

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

楊柳枝 八首其三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (其の四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 

楊柳枝 八首八首其五
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つづついっぱいに、あっちに二つづつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

(楊柳枝八首その五)

兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心。
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楊柳枝 八首其六 
(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)その六

宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
正是玉人腸處,一渠春水赤闌橋。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 

(楊柳枝 八首其の六)  
宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。
正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。


楊柳枝 八首其七
牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
長安城興慶宮を南内にはその東の土塀に囲まれた皇帝専用の道があるのです。そこではもう春の景色が柳の若い萌え色がいっぱいなので自然にわかるのです。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?
杏の花が咲き盛春も過ぎようとしている宮女の慎み深い情愛を思うこと、片思いの感情を止めようと思うけれどそれもできず、役目で旅に出たあの人を思う気持ち、最も強い断腸の思いをどうしようもないのです。

(楊柳枝 八首其の七)
【なんだい】牆の東 禦路の帝,須らく春色知るべし、柳絲の黃を。
杏花 未だ肯えて情思するを無くするをなさず,何事か行人最も斷腸するも?

 


『楊柳枝八首其七』 現代語訳と訳註
(
本文) 

楊柳枝八首其七

牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?


(下し文)
(楊柳枝 八首其の七)

【なんだい】牆の東 禦路の帝,須らく春色知るべし、柳絲の黃を。

杏花 未だ肯えて情思するを無くするをなさず,何事か行人最も斷腸するも?


(現代語訳)
(春が来て、興慶宮に侍る妃賓も、曲江の離宮に侍る妃嬪も寵愛を受ける事だけを考えての準備をしているけれどどうしようもないのは、断腸の思いだけと詠う。)

南内は長安城興慶宮のことであり、その東の土塀に囲まれた皇帝専用の道があるように、寵愛を待つ妃嬪がいる。そこにも季節はうつり、もう春の景色が柳の若い萌え色がいっぱいに垂れて揺れている。
曲江芙蓉苑にも寵愛を待つ妃嬪がいる、そこの杏の花も咲きほこり、盛春も過ぎようとしているけれど、それでも妃嬪の慎み深い情愛を思うこと、寵愛を受けたいと思う感情を止めようということはできない。今生きることは、どのような事でも、あのお方のためにするものであり、それでも、寵愛を受けられないのは、最も強い断腸の思いだけはどうしようもないのである。
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(訳注)
楊柳枝 八首其七

柳を詠う。連作八首のうちこれは第七首。

(春が来て、興慶宮に侍る妃賓も、曲江の離宮に侍る妃嬪も寵愛を受ける事だけを考えての準備をしているけれどどうしようもないのは、断腸の思いだけと詠う。)

【解説】

この詩も、後宮の妃嬪を宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて差しさわりのない範囲で艶詞を詠ったもので、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句二平韻で、7⑦7⑦の詞形をとる。

牆東禦路帝 須知春色柳絲
杏花未肯無情思 何事行人最斷

 
 

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。


牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
南内は長安城興慶宮のことであり、その東の土塀に囲まれた皇帝専用の道があるように、寵愛を待つ妃嬪がいる。そこにも季節はうつり、もう春の景色が柳の若い萌え色がいっぱいに垂れて揺れている。
・南 興慶宮のこと。興慶宮は長安城北にある「太極宮」、「大明宮」と区別するため、「南内」と呼ばれた。南北1.3キロメートル、東西1.1キロメートルあり、北側が宮殿、南側が庭園となっていた。南には、「竜池」という湖が存在し、船を浮かべることもあった。732年(開元20年)には、興慶宮と長安の東南隅にある曲江池の付近にある離宮「芙蓉園」、北部にある「大明宮」へとつなぐ皇帝専用の通路である「夾城」が完成している。「夾城」は、二重城壁で挟まれた通路であり、住民たちに知られることなく、皇帝たちが移動するためのものであった。


杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?
曲江芙蓉苑にも寵愛を待つ妃嬪がいる、そこの杏の花も咲きほこり、盛春も過ぎようとしているけれど、それでも妃嬪の慎み深い情愛を思うこと、寵愛を受けたいと思う感情を止めようということはできない。今生きることは、どのような事でも、あのお方のためにするものであり、それでも、寵愛を受けられないのは、最も強い断腸の思いだけはどうしようもないのである。
・杏花 ウメ、スモモの近縁種であり、容易に交雑する。ただし、ウメの果実は完熟しても果肉に甘みを生じず、種と果肉が離れないのに対し、アンズは熟すと甘みが生じ、種と果肉が離れる(離核性)。またアーモンドの果肉は、薄いため食用にしない。耐寒性があり比較的涼しい地域で栽培されている。春(3月下旬から4月頃)に、桜よりもやや早く淡紅の花を咲かせ、初夏にウメによく似た実を付ける。美しいため花見の対象となることもある。自家受粉では品質の良い結実をしないために、他品種の混植が必要であり、時には人工授粉も行われる事がある。収穫期は6月下旬から7月中旬で、一つの品種は10日程度で収穫が終了する。『乙女のはにかみ』『慎み深さ』
杏園 
官吏登用試験(科挙)に合格した進士たちの祝宴会場。科挙に合格した進士には、曲江の池の畔(ほとり)の杏園で、祝宴を賜り、長安の街で園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。 ・杏園人:科挙に合格し、新たに進士となった人たちを指す。

長安曲江 杏園 進士の試験は秋にあり、翌年の春の花が咲き誇る時期に結果発表がある。官吏登用試験(科挙)に合格した進士には、後出・長安の曲江の池の畔(ほとり)にあった杏園で、祝宴を賜り、長安の街を園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。また、貴族は自邸自慢のボタンを庭を開放して鑑賞させ、合格者の無礼を許した。

行人 妃賓を束ねる人。妃嬪のもとから去ってゆく人。ここでは天子をさす。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠35《巻1-35 楊柳枝八首其六》溫庭筠66首巻一35-35〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5372

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首其三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (其の四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 

 

楊柳枝 八首八首其五
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つづついっぱいに、あっちに二つづつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

(楊柳枝八首その五)

兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心。
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楊柳枝 八首其六 
(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)その六

宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
正是玉人腸處,一渠春水赤闌橋。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 


(楊柳枝 八首其の六)  
宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。
正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。



『楊柳枝 八首其六』温庭筠 現代語訳と訳註
(
本文) 楊柳枝 八首其六
宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
正是玉人腸
處,一渠春水赤闌橋。


(下し文)
(楊柳枝八首其六)  
宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。
正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。

 

(現代語訳)
(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)

離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 
唐朝 大明宮2000

(訳注)
楊柳枝 八首
柳を詠う。連作八首のうちこれは第六首。

(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)

【解説】

この詩も、後宮の妃嬪を宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて差しさわりのない範囲で艶詞を詠ったもので、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句二平韻で、7⑦7⑦の詞形をとる。

宜春苑外最長條 閑裊春風伴舞
正是玉人腸  一渠春水赤闌

  
  

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。


宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
・宜春苑 ,唐長安城東南の曲江にある。これは秦朝皇家の禁苑で宜春苑といった。隋朝の皇城が曲江によって建てられ,曲江を改稱して「芙蓉園」為した。唐になって大明宮のなかに小庭園をつくった。ここでは、大明宮の中の小苑か、曲江の芙蓉苑を指すのか不明である。いずれにせよ後宮・妃嬪に関して陳べて意味が変わることはない。李白『侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新鶯百囀歌』
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侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新鶯百囀歌
東風已綠瀛洲草。紫殿紅樓覺春好。
池南柳色半青春。縈煙裊娜拂綺城。
垂絲百尺挂雕楹。
上有好鳥相和鳴。間關早得春風情。
春風卷入碧云去。千門萬
皆春聲。
是時君王在鎬京。五云垂暉耀紫清。
仗出金宮隨日轉。天回玉輦繞花行。
始向蓬萊看舞鶴。還過芷若聽新鶯。
新鶯飛繞上林苑。愿入簫韶雜鳳笙。
侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新百囀歌李白131

・最 一番に。もっとも。 
・長條 長い枝
・閒裊 みやびでなよなよとしている。たおやか。みやびやか。しとやか。=閒嫋(嫺嫋、嫻嫋)。 
・伴 つきしたがう。ともなう。 
・舞腰 舞い姿。


正是玉人腸處,一渠春水赤闌橋。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 
・正是 ちょうど…だ。ぴったりだ。(すなわち)一筋のほりかわの春の流れ(に架かった)赤闌橋(のところだ)。
・玉人 離宮に侍る白く艶やかな肌の美しい妃嬪。 
・腸斷 寵愛を受けられずにただ待ち続ける思い腸(はらわた=下半身)がちぎれるほどの侘しさをおもうことをいう。
・渠 ほりかわ、みぞの量詞(助数詞)。 
・春水 滻水から渠溝、運河が引かれていて、春の雪解け水で増水している川の流れ。この時の水は他の時節の水よりも澄みきっているのが特徴。ここは、閨の情事の白絹のすきとおった上かけ布団の盛り上がりの様子を連想させる意味である。
一渠 主要な場所には船で行ける。大明宮、興慶宮、芙蓉苑には、天子専用の道路がある。内の一番大きな龍首渠。大明宮の配置図参照
・赤闌橋 御橋のこと。赤欄の橋。大明宮の南に位置する。配置図参照

なお、唐杜佑《通典》に「隋開皇三年,築京城,引香積渠水自赤欄橋經第五橋西北入城。」から判断すれば、香積渠は長安城の西側にあり、この橋は長安北西にある運河に架かる橋ということに在るので、曲江は東側の黄渠から引水しているので、斛校の芙蓉苑では大明宮ということになろう。
唐 長安図 基本図00


 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠34《巻1-34 楊柳枝八首其五》溫庭筠66首巻一34-〈34〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5367

(改訂)-1溫庭筠34《巻1-34 楊柳枝八首其五》(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-21-2奉節-13 《巻15-60 殿中楊監見示張旭草書圖 -#2》 杜甫index-15 杜甫<884-2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5365 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠34《巻1-34 楊柳枝八首其五》溫庭筠66首巻一34-34〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5367

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首其三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (其の四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 

 

楊柳枝 八首八首其五
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つづついっぱいに、あっちに二つづつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

(楊柳枝八首その五)

兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心。
楊柳枝005


― 花間集 0134 溫庭筠 楊柳枝八首其五 ―

『楊柳枝』  八首其五 現代語訳と訳註
(
本文) 
楊柳枝 八首其五
兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。


(下し文)
兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心


(現代語訳)
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

臘梅がこちらの枝に二つずついっぱいに、あっちに二つずつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

楊貴妃清華池002

(訳注)
楊柳枝  八首其五
柳を詠う。連作八首のうち第五首。(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

【解説】

この詩も、後宮の妃嬪を宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて差しさわりのない範囲で艶詞を詠ったもので、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句二平韻で、7⑦7⑦の詞形をとる。

兩兩黃鸝色似色 裊枝啼露動芳
春來幸自長如線 可惜牽纏蕩子

 ○
 

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つずついっぱいに、あっちに二つずつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
・兩兩黃鸝色似色 両々は枝に蝋梅が二つ並んで黄色の花をつけてさいている。それが高麗鶯が枝にツガイで泊まっているように見える。そこに、何処とはなく鶯の啼き声が聞えてくるという意味であり、妃嬪という立場から、ほとんど一人で過ごしていることを感じさせる語句の使い方である。

・裊枝 風にそよぐ枝。1 風がそよそよと吹くさま。  2 長くしなやかなさま。小枝の揺れとツガイの花というシチュエーション。
・啼露 1 涙を流して泣く。「啼泣」2 鳥や獣などが鳴く。杜鵑が啼いて血を吐くように愛するお方を呼び続けた様に一人で居る鶯は涙を流して呼びかけ啼いていることを意味している。その上、朝露が鶯の動きで落ちるのが見えるということ。


春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

・牽纏 絡み合う、関係する、影響する。しがらみ。くされえん。寵愛を受けたいと思うことしか許されないことをいう。
・蕩子 若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで放蕩児ではないかといういみ。「蕩児(とうじ)」に同じ。正業を忘れて、酒色にふける者。放蕩むすこ。遊蕩児。

白居易『放言五首 其二』
世途倚伏都無定,塵網牽纏卒未休。

禍福回還車轉轂,榮枯反覆手藏鉤。

龜靈未免刳腸患,馬失應無折足憂。

不信君看棊者,輸贏須待局終頭。

世途(せいと)の倚伏 すべて定まるなく、塵網(じんもう)のけんてん ついに未だやまず。
禍福はめぐりて 車 轂(こく)を転じ、栄枯は蔵鉤のごとく反復す。
亀は霊なるも 未だ腸を刳(え)ぐらる患(うれ)いを免れず、馬は失して まさに足を折る憂い無かるべし。
信ぜずんば 君看よ 奕棋(えきき)の者、輸贏(しゅえい) すべからく待つべし。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠33《巻1-33 楊柳枝八首其四》溫庭筠66首巻一33-〈33〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5362

(改訂)-1溫庭筠33《巻1-33 楊柳枝八首其四》(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠33《巻1-33 楊柳枝八首其四》溫庭筠66首巻一33-33〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5362

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首之三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (之四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 


『楊柳枝』 八首其四 現代語訳と訳註
(
本文) 楊柳枝 八首其四
織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。


(下し文)
(楊柳枝 八首その四)
錦を織るは機の邊り 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索たり,縱【たと】い楊が垂れる有るも 未だ春を覺ざる。


(現代語訳)
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
関所塞の春の盛りを過ぎようとする三月といっても、なお春にはなっていないというのはこの妃嬪もおなじように寂しいものである。たとえ、垂れ柳の葉が芽吹いてきて風に揺られて腰を動かそうとも、妃嬪にとっては、春の喜びを感じることはできない。

(訳注)
楊柳枝  八首其四
柳を詠う。連作八首のうち第四首。(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

 

【解説】

唐時代に流行した辺塞詩は、現地に赴いた実際を詠ったものではなく、宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて詠われたもので、辺塞地に送り出した女性たちの状況を安に何が言いたいのかを想像するものなのである。楊柳の詩は、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

織錦機邊鶯語頻 停梭垂淚憶征
塞門三月猶蕭索 縱有垂楊未覺

 
 

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。


織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
・織錦機邊 錦を扱うのは妃嬪が指示をして天子に贈るもので、寵愛を得るための必須事項である。

・鶯語 鶯が鳴き春を告げる。後宮の場合、妃嬪たちは春の訪れに寵愛を待ち望み、宮女は行楽での楽しみを夢見ることを語り合う。高楼の女儀の場合もある。季語としては早春、春を告げるということ。
・頻 くりかえす。

・征人 たびびと。遊子。旅客。命令で旅立つ人、征客をいういくさびと。出陣した人。天子が後宮を出て離宮などに行くことを征伐になぞらえて云う。

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人 李白の「烏夜啼」詩に「黄雲城辺烏欲棲、帰飛唖亜枝上啼。機中織錦秦川女、碧紗如煙隔窓語。停梭悵然憶遠人、独宿弧房涙如雨。(黄雲(こううん)  城辺  烏棲まんと欲し。帰り飛び  唖唖として枝上に啼く。機中  錦を織る  秦川【しんせん】の女。碧紗【へきさ】  煙の如く  窓を隔てて語る。梭【ひ】を停め  悵然【ちょうぜん】として遠人を憶う。独り弧房に宿して  涙  雨の如し。)李白41 烏夜啼とあるのを踏まえる。また織錦は、東晉十六國の時、前秦才女蘇蕙、及び其の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げて送った故事に基づく


塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
関所塞の春の盛りを過ぎようとする三月といっても、なお春にはなっていないというのはこの妃嬪もおなじように寂しいものである。たとえ、垂れ柳の葉が芽吹いてきて風に揺られて腰を動かそうとも、妃嬪にとっては、春の喜びを感じることはできない。
塞門 西域の塞、玉門関。
・三月 春の三か月(早春、盛春、晩春)
・蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。
蕭条。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春 王之渙の「涼州詞」の「羌笛 何ぞ須いん楊柳を怨むを、春風 渡らず 玉門関」の句を踏まえる。塞門は陽関や玉門關などの国境の関門をいうが、特定されたところではなく、後宮において、存在感がなくなっていることを感じさせる表現である。

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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-0溫庭筠32巻1-32 楊柳枝八首其三》溫庭筠66首巻一32-32〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5357

 

 

楊柳枝 八首之一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (之一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首之二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 の二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首之三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
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(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

楊柳枝003


『楊柳枝』 八首之三 現代語訳と訳註
(
本文) 
禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。


(下し文) 楊柳枝 八首之三
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。


(現代語訳)
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
隋堤01

(
訳注)
楊柳枝 八首之三
柳を詠う。連作八首のうち第三首。(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

 

楊柳枝は基本的に後宮の妃嬪の寵愛を受けることに関した詩詞である。楊柳は楊がおとこであり、柳は女性を示す、連作八首のうち第三首。この詩は、玄宗を想定して100人以上いた妃嬪たちの心情を詠ったものである。

・楊柳枝 《花間集、序》「楊柳大堤之句,樂府相傳。」(楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。)“古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。とある。

 

【解説】

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

禦柳如絲映九  鳳凰窗映繡芙
景陽樓畔千條路  一面新妝待曉

  
  

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。


禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
・九重/九門 1 物が九つ、または、いくつも重なっていること。また、その重なり。「―に霞隔てば」〈源・真木柱〉2 《昔、中国の王城は門を九重につくったところから》宮中。禁中。九門 九重の門。これらは大明宮のことを指す
贈從弟南平太守之遙二首 其二 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -292

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(2)李白と道教 李白46西岳云台歌送丹邱子

 

景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
・景陽 景陽の鐘。『南斉書(后妃伝)』、斉の武帝が景陽楼に鐘を置かせ、暁に鳴らして時を知らせたことから〕暁に鳴らされる鐘。
・柳の枝は男が通ってくる頃は柳の木に馬を止めてきていた。今は馬が止まっていないのだ。男は来ないのだ。

李商隠《景陽井》

景陽宮井剰堪悲、不盡龍鸞誓死期。

腸断呉王宮外水、濁泥猶得葬西施。

○景陽宮の景陽井 江蘇省江寧県の北、陳の宮殿の井戸の名。

隋の軍隊が国都建虚(南京)に侵入した夜もなお訪宴に耽っていた陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた。

58810月、隋の文帝は南北中国統一をめざし、次子の晋王楊広を総大将とする総勢518000の軍を侵攻させた。589年、元日には隋軍が大挙して長江を渡り国都建康に迫った。後主は「犬羊のごとき者ども(隋軍を指す)が我が国に勝手に侵入し、京師(国都の周辺地域を指す)の近郊をぬすみとっている。ハチやサソリのごとき毒のある者は、時機を選んで(隋軍を)掃討・平定するがよい。内外ともに厳重に警戒するように」と命詔したが、迎撃に出た陳の将紀瑱が撃破され、隋軍の前線司令官賀若弼が、陳の捕虜を寛大に扱ったこともあり、形勢不利を悟った陳の軍勢からは投降者が相次いだ。首都の建康が陥落するに及び、大臣の1人である尚書僕射の袁憲は「隋軍の兵士達が宮廷に侵入してきても、決して乱暴なことはしないでしょう。しかも今は陳国にとって最も重大な時でございます。陛下におかれましては、服装を正して正殿に着座し、梁の武帝が侯景を引見した時の例にお倣い下さいますように」と後主に進言したが、後主は従わず「剣の刃の下では当たっていくことはできない。私には私の考えがあるのだ」と言って、宮中の奥にある空井戸に隠れようとした。袁憲は繰り返し諫め、さらに後閤舎人の夏侯公韻が、自分の体で井戸を覆って妨害したが、彼を押しのけて張麗華・孔貴人の両夫人とともに井戸の底に隠れていたところ、結局、宮殿に侵入してきた隋軍に発見されて捕虜となった。張麗華は楊広の命により青渓中橋で斬られた(『陳書』および『南史』の后妃伝)。
唐朝 大明宮2000
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠31《巻1-31 楊柳枝 其二》溫庭筠66首巻一31-〈31〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5352

(改訂)-1溫庭筠31《巻1-31 楊柳枝 其二》(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

 

 
 2015年1月5日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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157 《巻02-14 行路難三首 其二》(改訂)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <157> Ⅰ李白詩1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5348 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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30-(5) §2-2 《讀巻05-05 畫記 -(5)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1273> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5349 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠31《巻1-31 楊柳枝 其二》溫庭筠66首巻一31-〈31〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5352 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠31《巻1-31 楊柳枝 其二》溫庭筠66首巻一31-31〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5352

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (之一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)
金縷 
毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。
晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。



唐朝 大明宮2000


『楊柳枝』 八首其二 現代語訳と訳註
(
本文)  

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。


(下し文)(楊柳枝 八首その二)
金縷 
毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。
晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

(現代語訳)
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
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(訳注)
楊柳枝  八首其二

柳を詠う。連作八首のうち第二首。(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

 

楊柳は楊がおとこであり、柳は女性を示す、連作八首のうち第二首。この詩は、玄宗を想定して100人以上いた妃嬪たちの心情を詠ったものである。

・楊柳枝 《花間集、序》「楊柳大堤之句,樂府相傳。」(楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。)“古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。とある。

 

【解説】

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

金縷毵毵  六宮眉黛惹香
晚來更帶龍池雨  半拂欄杆半入
  
  

 

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

花間集尊前集 『竹枝詞』二十四首

 作者   (花間集/尊前集)              (初句7字)

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其一         白帝城頭春草生

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其二         山桃紅花滿上頭

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其三         江上春來新雨晴

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其四         日出三竿春霧消

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其五         兩岸山花似雪開

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其六         瞿塘嘈嘈十二灘

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其七         巫峽蒼蒼煙雨時

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其八         城西門前艶預堆

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其九         楊柳靑靑江水平

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十 楚水巴山江雨多

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十一山上層層桃李花

白居易      尊前集  竹枝詞四首其一    瞿塘峽口水煙低

白居易      尊前集  竹枝詞四首其二    竹枝苦怨怨何人

白居易      尊前集  竹枝詞四首其三    巴東船舫上巴西

白居易      尊前集  竹枝詞四首其四    江畔誰家唱竹枝

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其一    檳榔花發竹枝鷓

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其二    木棉花盡竹枝茘

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其三    芙蓉並蔕竹枝一

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其四    筵中蝋燭竹枝涙

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其五    斜江風起竹枝動

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其六    山頭桃花竹枝谷

孫光憲      巻八    竹枝二首其一     門前春水竹枝白

孫光憲      巻八    竹枝二首其二     亂繩千結竹枝絆

 


金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
・金縷 針金状の金の撚糸で綴り合わせる
毵毵 毛や柳の枝が細長く垂れ下がるさま。毛の長いさま。毛の長くふさふさとしたさま。 
・碧 あおい。みどり。あお。色があおい。あおみどり。無色の奥から浮き出すあおみどり色。
・六宮 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。後宮に東西六宮おくようになり、後宮の皇后と多くの妃嬪が住む宮殿を示す。後宮。


晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
更帶 夜のための帯に着替える。夜の時間帯がふけていく。
龍池雨 興慶宮龍池。興慶宮は長安城北にある「太極宮」、「大明宮」と区別するため、「南内」と呼ばれた。南北1.3キロメートル、東西1.1キロメートルあり、北側が宮殿、南側が庭園となっていた。南には、「竜池」という湖が存在し、船を浮かべることもあった。・半拂 着物のすそをかかげる。
欄杆 橋・階段などの縁に、人が落ちるのを防ぎ、また装飾ともするために柵状に作り付けたもの。てすり。
半入樓 でたりはいったりすること。唐長安城図

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 其一》溫庭筠66首巻一30-〈30〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5347

(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 其一》(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 之一》溫庭筠66首巻一30-30〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5347

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲 『楊柳枝』二十四首

 

 

溫助教庭筠(温庭筠)

巻一

楊柳枝八首之一

館娃宮外鄴城西,

 

 

巻一

楊柳枝八首之二

宜春苑外最長條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之三

金縷毿毿碧瓦溝,

 

 

巻一

楊柳枝八首之四

御柳如絲映九重,

 

 

巻一

楊柳枝八首之五

織錦機邊鶯語頻,

 

 

巻一

楊柳枝八首之六

蘇小門前柳萬條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之七

牆東御路傍,

 

 

巻一

楊柳枝八首之八

兩兩黃鸝色似金,

 

 

皇甫先輩松(皇甫松)

巻二

楊柳枝二首其一

春入行宮映翠微

 

 

巻二

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時

 

 

牛給事嶠(牛嶠)

巻三

柳枝五首其一

解凍風來末上青,

 

 

巻三

柳枝五首其二

橋北橋南千萬條,

 

 

巻三

柳枝五首其三

狂雪隨風撲馬飛,

 

 

巻三

柳枝五首其四

王宮裡色偏深,

 

 

巻三

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,

 

 

張舍人泌(張泌)

巻四

柳枝一首

膩粉瓊粧透碧紗,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

柳枝三首  其一

軟碧瑤煙似送人,

 

 

巻六

柳枝三首  其二

瑟瑟羅裙金縷腰,

 

 

巻六

柳枝三首 其三

鵲橋初就咽銀河,

 

 

顧太尉(顧

巻七

楊柳枝一首 顧夐

秋夜香閨思寂寥,

 

 

孫少監光憲(孫光憲)

巻八

陽柳枝四首 其一

閶門風暖落花乾

 

 

巻八

陽柳枝四首 其二

有池有榭即濛濛,

 

 

巻八

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,

 

 

巻八

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,

 

 

 

 

 

 

 

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》溫庭筠66首巻一29-〈29〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5342

(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

 

 
 2014年12月29日の紀頌之5つのブログ 
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155-#4 《巻02-04 梁甫吟 -#4》(改訂)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <155-#4> Ⅰ李白詩1358 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5338 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》溫庭筠66首巻一29-29〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5342

 


定西番 一
漢使昔年離別,攀弱柳,折寒梅,上高台。
千裏玉關春雪,雁來人不來。
羌笛一聲愁
,月徘徊。

定西番 二
海燕欲飛調羽,萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。
翠霞金縷,一枝春豔濃。
樓上月明三五,瑣窗中。

定西番 三
細雨曉春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
腸斷寒門消息,雁來稀。


定西番三首其一
漢使昔年離別,攀弱柳,折寒梅,上高台。
漢の武帝が使者まで出して西王母を待ったがいったん別れたら二度と会えなかったという。わたしは若々しく柳のようにしなやかに挙げて過ごしし、折楊柳の変わりに寒梅を折って旅の健康を祈り、高台に上って見送るのです。
千裏玉關春雪,雁來人不來。
遙か千里先の玉門関に春が訪れても雪が残るという、私の所には雁が来ても、あの人は来てくれない。
羌笛一聲愁,月徘徊。
羌笛が一声響いてくるとその憂えを含んだ響きに気持ちも絶え絶えになる、今日もまた月の輝く庭を徘徊するのです

(定西番三首其の一)
漢使 昔年の離別,弱【わか】い柳を攀ぐ,寒梅を折り,高台に上る。
千裏玉關の春雪,雁來るも 人來らず。
羌笛一聲して 愁
し,月に 徘徊す。


定西番三首其二
海燕欲飛調羽,萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。
海ツバメは翅を整えてとぼうとしている。勿忘草は緑の葉を茂らせている。杏の花は赤く咲いている。宮女の部屋の格子窓の向こうの簾越しに見えてたのしむ。
翠霞金縷,一枝春豔濃。
宮女の左右の鬢には翡翠の髪飾りに覆われ金の細糸で飾られている。
樓上月明三五,瑣窗中。
高楼の上に月影が照らし輝き花を愛でる人影が三々五々と歩いている。宮女は小さな窓から眺めている。

(定西番三首其の二)
海燕 羽を調【ととの】えて飛ばんと欲するも,萱草 【かんそう】綠なり,杏花は紅たり,簾櫳を隔てしなり。
【そうびん】翠霞の金縷,一枝春豔濃【えんのう】。
樓上 月明にして三五たり,瑣窗【そうそう】の中。

定西番三首其三
細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
腸斷寒門消息,雁來稀
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
(定西番三首其の三)

細雨 曉鶯【ぎょうおう】春晚,人玉に似る,柳 眉の如し,正に相い思う。
羅幕【らばく】翠簾【すいれん】初めて卷き,鏡中 花一枝。
腸斷【ちょうだん】寒門 消息す,雁 稀に來る。

 

紅梅002

『定西番三首其三』 現代語訳と訳註
(
本文)

定西番 三
細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
腸斷寒門消息,雁來稀。


(下し文)
定西番 三
細雨 曉鶯【ぎょうおう】春晚,人玉に似る,柳 眉の如し,正に相い思う。
羅幕【らばく】翠簾【すいれん】初めて卷き,鏡中 花一枝。
腸斷【ちょうだん】寒門 消息す,雁 稀に來る。


(現代語訳)
(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
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(訳注)
定西番三首其三

(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『定西番』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐教坊曲名。 雙調三十五字,前段四句一仄韻、兩平韻,後段四句兩仄韻、兩平韻.❻3③③/❻⑤❸③の詞形を取る。
細雨曉鶯春  人似玉 柳如  正相
羅幕翠簾初  鏡中花一
腸斷寒門消  雁來

     
  
  

教坊とは、唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。五弦・琵琶・箜篌・箏を学んだ。また、宜春院や教坊の見習いを「雑婦女」といった。


細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
細雨曉鶯春晚 早春から晩春への季節の移り変わりを云う。曉鶯は春を告げる取り、春の感情、離れている男性を思い起こすこと、同時にそのことで寝付けず朝を迎えたということを含んでいる語であることを理解すること。
・人似玉,柳如眉 人の美しさと感情と表現する。

・正相思 本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。


羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
・羅幕二句 春は過ぎてゆく、妃嬪はまた歳を重ねるが最高に美しいということ。


腸斷寒門消息,雁來稀。
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
腸斷 男女の性交渉を意味する。
寒門 北方国境の関門、塞。寵愛を受けなくなった妃嬪たちは、その状態のことを辺塞詩的な表現を使って表現した。
消息 音信が来ないこと、何処にいるのかわからないこと。待つ身の女が、事実上棄てられたことを示す語である。
雁來稀 帰ってきてもほかの女の所に行っているというほどの意味である。

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(改訂)-1溫庭筠28《巻1-28 定西番三首其二》(寵愛を失った妃嬪が春景色を見て、万物に春の様相が見える、自分の身分もあるどんなことがあっても、身支度を整えておかなければと装う、それは仲秋の名月の時期になっても寵愛を受ける事は無く、西にかたむく明月を小窓にながめると詠う)

 
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花間集 教坊曲『定西番』七首

 

 

溫助教庭筠

巻一

定西番三首其一

漢使昔年離別,

 

 

巻一

定西番三首其二

海燕欲飛調羽,

 

 

巻一

定西番三首其三

細雨曉春晚,

 

 

牛給事嶠

巻四

定西番一首

紫塞月明千里,

 

 

孫少監光憲

巻八

定西番二首其一

鷄祿山前游騎,

 

 

巻八

定西番二首其二

帝子枕前秋夜,

 

 

毛秘書熙震

巻十

定西番一首

蒼翠濃陰滿院,

 

西域の国境を守るために送り出した夫を思う女性の目線・西域の詠懐としてなど 


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(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》(はじめは、漢の武帝も使者を送って西王母を舞ったし、使命を帯びて、西域に赴いた張騫だって13年もかかってやっと帰ったから仕方がないと思っていたが、羌笛の声を聴くと兵役で送り出した妻と同じだと侘しい思いを詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-〈26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327

(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》 いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。


 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327

 


1-23 酒泉子四首其一
高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。
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酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

1-24 酒泉子四首其二
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。

 

1-25 酒泉子四首其三
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。
宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
草初齊,花又落,燕雙雙。

春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。

草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。 

1-26 酒泉子四首其四
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

楚女不歸,樓枕小河春水。
愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。
月孤明,風又起,杏花稀。
それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。

玉釵斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
八行書,千裏夢,雁南飛。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->花間温庭筠

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『酒泉子』 (四) 現代語訳と訳註
(
本文) 酒泉子 (四)
楚女不歸,樓枕小河春水。
月孤明,風又起,杏花稀。
斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
八行書,千裏夢,雁南飛。


(下し文)
酒泉子 (四)
楚女 歸らず,樓枕 小河の春水。
月 孤り明るくし,風又起きるは,杏花 稀れなり。
 斜簪 雲鬟 重り,裙上 金縷の鳳。
八行の書,千裏の夢,雁 南飛す。


(現代語訳)
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。

それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。

完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
花間集

(訳注) 酒泉子 (四)
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

【解説】

前段には、寵愛を一身に受けていれば、妃嬪は故郷の事も、帰ることも考える事は無かったほどの生活であった。やがて、杏の花も蜜もやがて稀なことになってゆく。

後段は、どんなに寵愛を失っても、寵愛を受けていたころと同じようにして待侍すること義務であり、生きることであるということをいい、いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思う、ということだけ考えて毎日を生きる。

唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺3❸③の詞形をとる。
楚女不  樓枕小河春
月孤明 風又起 杏花

斜簪雲鬟 裙上金縷

八行書 千裏 雁南

 
  

 

  

 

楚女不歸,樓枕小河春水。
愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。

○楚女 ①宋玉「高唐賦」に言う愛し合う男女の女性をいう。②皇帝に対して変わることのない思いを寄せる女性。③広く南国の女性を指す。

○枕 拠る、臨む。

○小河春水 河は中原を中心に北部での川をいう、「小」は身の周り、ここでは閨、寝牀であり、春水は雪解け水の河の中心を嵩高くする様子、ここでは布団の中にいる様子をいう。

菩薩蠻 十三
竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲影。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
兩蛾愁黛淺,故國
宮遠。
春恨正關情,畫樓殘點聲。

百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。


月孤明,風又起,杏花稀。
それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。
○杏花稀 杏の花があらかた散り、春も終わりに近いことを言う。・杏花 杏の花は春の花であり、秋に稀に咲くわけではなく男女関係をもとにした語と思われる。
菩薩蠻 十一
南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
雨後卻斜陽,杏花零落香。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。

(百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う)


玉釵斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
○斜簪 挿した簪が斜めになる。

○雲鬟重 高く結い上げた美しい髪であるものが、少し潰れかける。

○金縷鳳 金糸で刺繍された鳳凰。

菩薩蠻 十四
水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
江上柳如煙,雁飛殘月天。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
雙鬂隔香紅,玉頭上風。

(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)


八行書,千裏夢,雁南飛。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
○八行書 寵愛を受けていたころに贈られた行七字で八行の格調高い男性の楽府・律詩の短い手紙。ここでは尽くせぬ思いを八行、一行七字の手紙に凝縮して愛を書いたことを意味する。六朝より、高貴な人が書く詞詩をいう。平仄、韻を踏んで作るのは高度で、常時詩人の作られせることができる人物に書かせたということであろう。

○千裏夢 後宮という狭い空間なのに、それが千里の遠い、儚い夢となっていることをいう。この夢と初句の「楚女」を夢に見たことに基づいてこの詩が出来上がっている。楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。

○雁南飛 狩が南に飛び帰って行くけれど、妃嬪であるが故、南の楚の国に帰ることもできず見上げるだけなのであるという意味。雁は匈奴に捕らわれた漢の蘇武が、雁の脚に手紙を結わえて放った故事から、手紙を運ぶ使者を意味する。

菩薩蠻 十
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。

(若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う)

 

 

 

【余談】 

某、「花間集」の解釈について。

 

この時代に、女性がどこかに行くのは、大きく分けて①召される・仕える。②嫁ぐ場合。③売られる。であり、その女を待つ男がその心情を詩にかくことなどありえない。花間集というのは、蜀の高官のこれ以上ないという贅を凝らしたサロンで選定されたものであり、中国の古代の文学に貴族以外の題材をとらえるものはない。花間集について、間違った訳詩が多いのはこうした前提無視し、現代の発想で解釈しているものが多い。特に『花間集』東洋文庫812の解釈はひどい。【訳】 楚の女帰り来ず、春の小河に臨む高殿。明るく照らす一輪の月、またも風吹き、杏の花散り数も少なに。  結い上げし黒髪に斜めにささる玉の簪、鳳凰の金糸の繍のスカート模様。八行の玉梓に、遙か千里の夢乗せて、南指し雁は飛びゆく。

その解説に、 

「前段には、彼女が帰って来たならばともに春を楽しもうと思っていたのに、彼女の帰らぬうちに、早くも春は過ぎ去ろうとしているという思いが込められている。後段は、男の腋に焼き付いて離れぬ女の姿から詠い起こす。彼女のスカートに刺繍された鳳凰は、男女和合の象徴であり、男の女に対する思いを強調する。男は女への思いを、八行の文にしたため、はるか南を指して渡る雁に託さずにはいられぬ。雁は秋には北から南に渡り、春には南から北に渡る。ここで雁が南に飛ぶと言っているのは、前段の春から半年過ぎた今も、まだ彼女が帰って来ないことを示す。」

ここでいう「女」はなにものか。①後宮にに仕える女であれば、二十歳を過ぎれば帰る可能性はあるが、それまでの恋愛経験があれば、後宮にはいる事すらかなわない。②嫁いだ女を待つという詩ではない。③売られた女を待つ詩ではない。薛濤・魚玄機なのか、薛濤のように官妓で、一芸に秀でているのであれば、軍隊の前線慰問に出かけた女性が想定されるが、この詩では想定できない。民妓であった魚玄機なら溫庭筠との接点もあり、「八行書」の愛の詩も多く残しているが、魚玄機は、男に捨てられたのであり、この詩の男が溫庭筠であるけれど、合理性に欠けるので、やはり、この書の解釈はおかしいということになる。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠25《0125 酒泉子四首其三》溫庭筠66首巻一25-〈25〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5322

(改訂)-1溫庭筠250125 酒泉子四首其三》(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

 

 
 2014年12月25日の紀頌之5つのブログ 
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酒泉子 (一)
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。

酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

酒泉子 (二)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。

 

酒泉子 (三)
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
草初齊,花又落,燕雙雙。

春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。
草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。



花蕊夫人002

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『酒泉子四首』(三) 現代語訳と訳註
(
本文)
 酒泉子 (三)
日映紗窗,金鴨小屏山碧。
春,煙隔,背蘭釭。
宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
草初齊,花又落,燕雙雙。


(下し文)
酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。
草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。

(現代語訳)
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。

寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

Nature1-011

(訳注) 酒泉子 (三)
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもなく、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)


唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺③❸③の詞形をとる。
日映紗,金鴨小屏山
春,煙,背蘭
宿妝惆悵倚高,千裏雲影
草初
,花又,燕雙

  
  
 

 

   


日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
・紗窗 薄絹を張った窓。
李白『宮中行樂詞八首 其五』「繡
香風暖。 紗窗曙色新。 宮花爭笑日。 池草暗生春。 綠樹聞歌鳥。 青樓見舞人。 昭陽桃李月。羅綺自相親。」
・鴨 カモ科の鳥類のうち、雁(カリ)に比べて体が小さく、首があまり長くなく、冬羽(繁殖羽)では雄と雌で色彩が異なるものをいう。カルガモのようにほとんど差がないものもある。
小屏山 「山」の前に「小」が来る場合、女性が屏風の前に横に伏している寝姿をいう。この場合女性だけが一人で寝ている姿をいう。屏風に画かれた遠山に対して女性のシルエットは近き山ということ。男に捨てられた女性、帰らぬ夫を待つ女性の場合に使われる語である。

『菩薩蠻』 (一) 
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。
照花前後鏡。花面交相映。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-〈1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202


春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。

 選抜されて宮廷に入ったものは、主に地方の名門の者が選ばれた。特に洛陽方面、徐州、蘇州、江南の名門の子女は小さいうちから登録されていて十五歳前後までに後宮に入った。ただ、宮女となると、必ずしも高貴な家柄の出ではなかったが、しかし大多数は「良家」の出身、つまり一般の官僚あるいは士人の家の出であった。唐朝の諸帝は、前後して何度となく民間の良家の娘を広く選抜して後宮に入れた。後宮や東宮(皇太子の宮殿)の女官に欠員が生じた場合は、みな良家の才智と徳行のある女性を当て、礼をもって招聴されるようにとされた。また罪人として宮廷に入れられた者や、もともと下賎の家の者はみな補充に当てないようお願いいたします」(『資治通鑑』巻一九五、太宗貞観十三年)と。唐の太宗はこの意見を入れ、すすんで「天子自ら良家の娘を選び、東宮の女官に当てた」 ことがあった(『資治通鑑』巻一九七、太宗貞観十七年)。

これ以後、唐の歴代の皇帝は、後宮や太子、諸王のために妃を選ぶ時にはひじょうに家柄を重んじ、常に良家の中から広く娘を選び、「龍子龍孫」(皇帝の子や孫)が下賎の家の女から生れないようにした。玄宗皇帝は、皇太子や諸王のために「百官の子女」、「九品官(一品官から九品官に至る官僚)の息女」を選んで宮中に入れた(『全唐文』巻三五、玄宗「皇太子諸王妃を選ぶ勅」、『新唐書』十二宗諸子伝)。文宗は皇太子の妃を選んだとき、百官に「十歳以上の嫡女(正妻の生んだ女子)、妹、姪、孫娘をすべて報告せよ」(『全唐文』巻七四、文宗「皇太子妃を選ぶ勅」)と命じた。荘格太子(文宗の子、名は李永)のために妃を決める時には、もっぱら「汝州(河南省臨安。洛陽の東南)、鄭州(河南省鄭州)一帯の高貴な身分の家の子女を対象に新婦を求めた」(王講『唐語林』巻四「企羨」)。十数歳に達した「良家の子女」は、この種の選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。


宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
・宿粧 寝化粧をし、床に就き、うとうととして、眠れぬままに朝になり、起きだした時の顔の状態をいう。宵越しの化粧で多くはいつ来るのかと待ちわびて憂愁のためにくずれているものをいう。
温庭筠『菩薩蠻 三』
蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
相見牡丹時,暫來還別離。
金作股,上蝶雙舞。
心事竟誰知?月明花滿枝。
・惆悵 歎き悲しむさま。恨んで嘆く。


草初齊,花又落,燕雙雙。
春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。
・斉眉  《後漢の梁鴻の妻の孟光が食膳を捧げるとき、その高さを眉(まゆ)と斉(ひと)しくしたという「後漢書」梁鴻伝の故事から》妻が夫を深く尊敬して仕えること。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》溫庭筠66首巻一24-〈24〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5317

(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》 唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》溫庭筠66首巻一24-24〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5317

 

 

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。

 

彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

彼女たちの脅威は、皇帝の寵愛を失うことに外ならない。大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と艱難を共にしたことによっ々寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化すると、或は、年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。王皇后と玄宗は艱難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った喜后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔艱難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は、一時的にそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。

 

日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。

 

後宮の競争の激しさは人を懐然とさせる。こうした競争は王后、粛妃が起したものではないし、また武則天だけを谷めることもできない。それはじつに後宮のなかで極限にまで発展した、一夫多妻制度がもたらした産物であった。政治と権力が彼女たちの争いを発酵させ膨らませたのであり、その激烈さは普通の家庭の妻と妾の争いを遥かに越えるものとなった。

皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなくなるので、早くから考えをめぐらせた人たちもいた。男子を生んだ后妃は、いうまでもなくあらゆる手段を講じてわが子を皇太子にし、その貴い子の母たる地位を手に入れようとした。こうして跡継ぎを決めることも、后妃たちの激しい競争となった。

 

 

酒泉子 (一)
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。
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酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

酒泉子 (二)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。


<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->楊貴妃清華池002

<!--[endif]-->

『酒泉子四首()』 現代語訳と訳註
(
本文)
 酒泉子
花映柳條,閑嚮綠萍池上。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。


(下し文)
花は 柳條に 映じ,閑に向ふ綠萍の 池上。
欄干に凭(よ)り,細浪を窺へば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩(ふた)つながら疏索(まれ)に,洞房空しく寂寂たり。
銀屏にて 掩ひ,翠箔を 垂らし,春宵を 度(わた)る。


(現代語訳)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。

宮島(10)

(訳注)
酒泉子

(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

・酒泉子 唐教坊曲名。雙調四十字、前段五句両平韻
両仄韻、後段五句三仄韻一平韻(詞譜三)。
唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺③❸③の詞形をとる。
花映柳
,閑嚮綠萍池
憑欄
,窺細,兩蕭

近來音信兩疏,洞房空寂
掩銀
,垂翠,度春

○●●○  ○●●○○●

○○●  ○●△ ●○○

●△○△●△● △○△●●

●○△ ○●●  ●○○


花映柳條,閑向綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
・映 照り映える。ここでは、花の(紅い)色が緑の柳に映えていること。
・柳條 柳の枝。 ・條:長い枝。しなやかな女性の様子を云う。
・閑 ひま。ぶらぶらと。つれづれなるままに。ひまにまかせて。
・郷 ~に向かう。
・綠萍 綠色の浮き草。
・池上 池のほとり。


憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。
四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
・憑欄杆 欄干によりかかる。このしぐさは、人を待ったり、思索したりするときの表現。離宮の池端の景色と想定する。
・窺 うかがう。様子を見る。
・細浪 さざ波。
・蕭蕭 ものさびしいさま。


近來音信兩疏索,洞房空寂寂。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
近來 ちかごろ。
・音信 文字やしるしによるおとずれ。手紙。たより。来訪。
・兩 来訪と手紙のどちらも。
・疏索 まれである。
・洞房 妓女などの小部屋をいう場合もあるが、「買斷」を受けた妓女のかこわれ部屋をいう場合が多いが、この詩の全体的な雰囲気は、離宮の閨であって、姥捨て山のようにその閨と池端、四阿の空間での生活であることをこの語で表現している。
・空寂寂 空寂。ひっそりとして寂しい。
・洞房空寂寂 奥深い妃嬪の部屋はひっそりとして寂しい。


掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
掩銀屏 銀の屏風でおおう。
・翠箔 翡翠の簾。緑色のカーテン。緑色のカーテンは女性の部屋をいう。
 過ごす。
度春宵 春のよいをすごす。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠23《0123 酒泉子四首其一》溫庭筠66首巻一23-〈23〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5312

(改訂)-1溫庭筠23《0123 酒泉子四首其一》 涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠23《酒泉子四首其一》溫庭筠66首巻一23-23〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5312

 

 

妓  優

宮妓、教坊妓 官妓 地方官妓 

ここで述べたいのは、色と芸を売って生業とする娼妓と女芸人とである。「妓」、この後世もっぱら肉体を売る女性を指すようになった呼称は、もとは「伎(技)」 の意味から来たもので、歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。

 

さて、唐代には「妓」と呼ばれた人は三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

 

 

 

一宮妓、教坊妓

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

* 楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

二 官  妓

 

唐代の社会に充ちあふれ、一つの階層を形成していたのは、主に各級の官庁の楽籍に登録されていた大量の官妓である。もし、宮妓と教坊妓とを一般に芸人と見なすことができ、そしてまた家妓が姫妾・婦女と同類だとすれば、ここでとりあげる官妓だけが後世の娼妓と同じ性格をもっていた。

 

いわゆる唐代の娼妓とは主にこの部類の人たちを指すのである。

唐代は妓楽が盛んであり、「唐人は文を尚び、狎(芸妓遊び)を好む」(張端義『貴耳集』巻下)と評された。官庁の送迎、宴会典礼はもちろん、また官吏が集まって遊ぶ時にも、常に妓楽で雰囲気を盛りたてた。官吏が妓楼に泊り、娼妓と遊ぶ風潮はきわめて盛んであり、朝廷の法律もこれを決して禁止することはなかった。自居易は杭州の刺史(各州に置かれ地方官を監督した役職。太守とも呼ばれた)の任にあった時、日がな一日妓女を連れて遊んだ。それで後の宋代の人は、これを怪しみ、論難して「これによって当時の郡政(郡の政治)には暇が多く、吏議(官吏の議論)も甚だ寛やかだったことが分かる。もし今日だったら、必ず処罰の対象とされたであろう」(襲明之『中呉紀聞』)と書いている。また、清代の人は白居易をいささか羨ましく思い、「風流太守は魂の消ゆるを愛し、到る処 春訪 翠麹有り。想見す 当時 禁網疎 にして、尚お官吏宿娼の条無きを」(趨翼「自香山集の後に題する詩」、銭泳『履圃叢話』巻二一「笑柄」)と述べている。官妓制度はまさにこの種の社会風潮と朝廷の放任のもとで、唐代に盛況を極めたのである。

当時、長安と洛陽の両京に大量の官妓がいたばかりでなく、地方の大きな州、府にも官妓がいた。

 

地方の官妓

ここで主にとりあげるのは各州・府(及び唐代後期の藩鎮)に隷属する官妓である。これら官妓には二つの来源があった。一つは、代々「楽籍」に入れられていた、官に隷属する職民の女子であり、他に生きる道はなく、ただ先祖代々の仕事を踏警るだけで昔どおりの楽妓となったもの。もう一つは、良民の女子であったがいろいろの原因によって楽籍に落ちたものである。たとえば名妓の薛濤は、元は良家の娘であり、父が仕官を求めて各地を巡るのに付き従っていたが、ついに蜀(四川省)まで流れ来た時、落ちぶれて楽籍に入った。また韋中丞の愛姫が生んだ娘は、兄弟がみな死んだので「身を楽部に委ね、先人を恥辱しめ」ざるをえなかった(『雲渓友議』巻三)。これらはみな衣食にこと欠いたために楽籍に人らざるをえなかった例である。また、地方長官から良民の身分を剥奪され婢にされたものもあった。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠22《巻1-22 歸國遙二首其二》溫庭筠66首巻一22-〈22〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5307

(改訂)-1溫庭筠22《巻1-22 歸國遙二首其二》(十代になってすぐに後宮にあがって、やがて寵愛を受けるようになった美しい妃嬪は、この上ない寵愛に故郷を思い浮かべることないと詠う)歸國遙二首其の二

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠22《巻1-22 歸國遙二首其二》溫庭筠66首巻一22-22〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5307

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠21《巻1-21 歸國遙二首其一》溫庭筠66首巻一21-〈21〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5302

(改訂)-1溫庭筠21《巻1-21 歸國遙二首其一》若くて美しい女性にとっては限りがないし、思うが儘に物事は進んでいることもあって、夜明けに閨の屏風に朝日が当たり、寝姿の影が映るころも、寵愛は、行為は終わったり、また、続いたりしている。


 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠20《更漏子六首其六》溫庭筠66首巻一20-〈20〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5297

改訂-1溫庭筠20《更漏子六首其六》(寵愛を失っても、降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓う。更漏子の其一から其四は寵愛を失った妃嬪の生き方を詠う。)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠20《更漏子六首其六》溫庭筠66首巻一20-20〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5297

 

 

唐代三百年間の女性の人数を正確に測る方法はない。しかしある時期の人数はだいたい計算できる。記録によると、唐代の最大の人口は天宝十三載(七五四年)の五二八八万四八八人であり、この数字で計算すれば、半分が女性と仮定した場合、女性が最も多かった時、二千六百余万人に達したことになる。

二千数百万人の女性は、それぞれ異なった階層に属していた。彼女たちはおよそ次の十種に分けることができる。①后妃、②宮人、③公主(附郡主・県主)、④貴族・宦門婦人、⑤平民労働婦人、⑥商家の婦人、⑦妓優、⑧姫妾・家妓、⑨奴碑、⑩女尼・女冠(女道士)・女巫 - 以上である。

 

宮妓、教坊妓

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

* 楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

溫庭筠《更漏子六首の其の六》
玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。
眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。

梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。
一葉葉、一聲聲。空階滴到明。

玉の爐 香り、紅の蝋 涙す、偏【ひたす】らに畫堂を照らす秋の思い。
眉の翠 薄れ、鬢の雲 殘【ほつ】る。夜 長くして  衾枕 寒し。

梧桐【ことう】の樹に、三更の雨し、道【い】わず 離情正に苦なるを。
ひと葉ひと葉、ひと聲ひと聲。空しく階【きざはし】に滴りて明【あけ】に到る。

 

 

1溫庭筠15. 更漏子六首其一
(たとえ何だって良い、「謝家池閣」のように愛され続けたいと願っているのに、孤独に夜を過ごす悲しみを詠うもの。)

柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。
柳絲はほそくながく枝をたれ、春の雨はこぬかあめ、眠れぬまま一人侘しく庭の花を見ていると、花のむこうから水時計のしたたる音が耳を澄ませばきこえてくる。
驚寒雁,起城烏,畫屏金遮
季節も変わり北に向かう雁の鳴き声で目をさまし、城内の烏もおきだしてくる、枕のほとりの絵屏風にはむつまじいすがたの金の鷓がえがかれている。
香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。
香のたちこめた薄霧が、花の香りを漂わせて、簾を通して忍び込んでくる。ただひとりで妃嬪にも謝安の妓女のように池のほとり春草の萌えはじめる頃に座敷で過ごしたものだし、謝秋娘が池のほとりの楼閣でかわいがられたようにおもっているのに、此処の閨には愁いと悲しみに溢れている。
紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。
紅い蝋燭を背にしたまま、刺繍のすだれをたらしたままだし、夢の中では一緒で長くすごしていることを、あのおかたは知らない。
柳絲【りゅうし】は長く,春雨は細【こまやか】く,花外は漏聲【ろうせい】迢遞【しょうてい】なり。
寒雁を驚かし,城烏を起し,畫屏 金の遮

香霧は薄し,簾幕【れんまく】は透け,惆悵して謝家の池閣。
紅燭の背,繡簾【しゅうれん】垂れ,夢長じて君 知らず。

 

2.更漏子
(ことしもまた春の終わり、昔の寵愛を思い出すことだけで生きていく儚い妃嬪の情を詠う。

星鬥稀,鍾鼓歇,簾外曉殘月。
北斗七星が瞬き夜明け近くなってきて、時を告げる鐘鼓の音も終わる。宮殿の閨にかかるすだれの外には、暁の鶯が春の盛りに移ると告げている、そしてあのお方を返したくない有明の名残月がかかっている。
蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。
あの宵も蘭の花はしっとりと露にぬれ、柳が風に吹かれて揺れまじりあう、離れがたい逢瀬を重ねる。庭の満開に咲いていた花が散り一面に厚く敷いている。
虛閣上,倚欄望,還似去年惆
空虚な思いでひとけのない楼閣にのぼり、欄干にもたれてなんとなくかなたを眺める。去年の春も、情けなくかなしみを抱えて過ごしたが同じようにまた今年の春も悲しい思いをしている。
春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。
そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

星鬥は稀に,鍾鼓は歇む,簾外 曉鶯【ぎょうおう】月殘る。
蘭露は重り,柳風は斜す,庭に滿つるは落花の堆。
虛閣の上,欄に倚りて望み,似る去年の惆悵なるを還るをや。
春暮なんと欲し,思いに窮まること無く,舊歡は夢に中【あた】るが如し。

 

3. 更漏子六首其三
(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)

金雀釵,紅粉面,花裏暫時相見。
雀をかたどった金のかんざし、白粉に紅をさし化粧を整えて、春の盛りに花のなかで、出逢って語りあい、しばらくの時を過ごした。
知我意,感君憐,此情須問天。
あのお方はわたしのこころをよく理解してくれたし、わたしもあのお方がわたしに愛しいと思ってくれ、憐をかけていることをよく感じ取ったものだった。愛しあっているこころは疑う余地のないもので、どんなに天の神様に尋ねるとしても間違いないことであった。

香作穗,蠟成淚,還似兩人心意。
時が過ぎて、今宵も蝋燭の芯が穂のようにもえただようだけ、蝋燭はとけて落ちるのも私の涙と同じこと。香が思うままただようのと、蝋燭が流れるように涙をながしているのは、二人のこころのうちによく似ている。

山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。
今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。
(更漏子六首其三)
金雀の釵【さ】,紅粉の面,花の裏に暫時こそ相い見。
我が意を知り,君の憐を感じ,此の情 須らく天に問う。
香は穗を作し,蠟は淚を成すは,還って兩人の心意に似る。
山が枕して膩【じ】し,錦の衾 寒するは,覺めて更漏の殘【なご】りを來る。

 

 

4. 更漏子六首其四
(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みを経験するも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
城上月,白如雪,蟬美人愁
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)
 (更漏子六首其の四)
相ひ見ゆること稀に、相ひ憶ふこと久し、眉淺く  淡く烟【かす】むこと柳の如し。
翠幕を垂らし、同心を結ぶ、郎に侍するに 繡衾を燻ず。
城 月上り、白きは雪の如し、蝉の鬢 美人は愁い絶す。
宮の樹は暗く、鵲橋 橫たはる、玉籤初めて明を報ず。

 

4. 更漏子六首其四
(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みをけいけんするも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
城上月,白如雪,蟬美人愁
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)
 (更漏子六首其の四)
相ひ見ゆること稀に、相ひ憶ふこと久し、眉淺く  淡く烟【かす】むこと柳の如し。
翠幕を垂らし、同心を結ぶ、郎に侍するに 繡衾を燻ず。
城 月上り、白きは雪の如し、蝉の鬢 美人は愁い絶す。
宮の樹は暗く、鵲橋 橫たはる、玉籤初めて明を報ず。

 

5. 更漏子六首其 其五
(遠く旅立って帰らぬ男を思う女の情を詠う、溫庭筠の港町ブルースというところか。)

背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。
堤柳動,島煙昏,兩行征雁分。
大堤の柳も芽を吹き風に揺れる季節も変わり、向いの魚梁洲の島に霞がかかる夕暮れ時に二列で飛んでいた雁が、別れて飛んでいる。
京口路,歸帆渡,正是芳菲欲度。
又、春が来て京口の別れ道にはのこされた女がいる、わたしは長安に帰る舟の渡し場に立つ、まさにこれでもって春の盛りに情交を重ねた官妓の女と別れて旅立つ。
銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。
そこには、座敷に一人、銀燭台の蝋燭をつけたまま官妓が横たわる、輝く玉縄星も低くなり、蝋燭の芯ももうすでに短くなっていて、夜明けを告げる鶏が一番の時を知らせてくる。
其の五
江樓を背にし,海月に臨む,城の上【ほと】り角聲【かくせい】嗚咽【めいいん】す。
堤の柳は動めき,島の煙【えん】は昏【くら】し,兩行して征雁は分かる。
京口の路,歸帆の渡,正に是れ芳菲【ほうひ】度らんと欲す。
銀燭 盡き,玉繩 低す,一聲するは村落の雞。


更漏子六首其六
(寵愛を失っても、降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓う。更漏子の其一から其四は寵愛を失った妃嬪の生き方を詠う。)

玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。
宝玉のように輝いている香炉に焚いた香のよいかおりが宮殿の閨内にただよう。夜もふけ、紅い蝋燭の蝋がとけ、かなしみの涙をながす。秋の夜長、綺麗に輝いた宮殿だけに、ひたすらさびしい悲愁にとざされた座敷を、蝋燭のひかりだけがぼんやりと照らされている。
眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。
緑の眉は薄い黛で、鬢の雲型はしっかりと残り、若く美しい、夜が長い、眠られないままにかけ布も、枕も一人で過ごすには寒さがしみてくる。

梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。
庭園のあおぎりの樹は今も茂り、そこに真夜中の雨がふりそそぐ、寵愛を失うことが、ほんとうに辛い苦しいものであっても、決して口に出さずに、ちょうあいをうけたことをこころのよりどころとしていきていこうと心に思うのである。
一葉葉、一聲聲。空階滴到明。
一葉と一葉は二つに揃い、一の葉に落ちる雨音と寄り添う葉の雨音がひとつに響く。だれもいない宮殿の階段にしたたりおちる雨の音は夜明けまでもつづいている。妃嬪もこの苦しみに耐えて生き続けるのだ。


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『更漏子六首其六』現代語訳と訳註
(
本文)
更漏子六首其六

玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。
眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。
梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。
一葉葉、一聲聲。空階滴到明。


(下し文)
(更漏子六首其の六)

玉の爐 香り、紅の蝋 涙す、偏【ひたす】らに畫堂を照らす秋の思い。
眉の翠 薄れ、鬢の雲 殘【ほつ】る。夜 長くして  衾枕 寒し。
梧桐【ことう】の樹に、三更の雨し、道【い】わず 離情正に苦なるを。
ひと葉ひと葉、ひと聲ひと聲。空しく階【きざはし】に滴りて明【あけ】に到る。


(現代語訳)
(寵愛を失っても、降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓う。更漏子の其一から其四は寵愛を失った妃嬪の生き方を詠う。)

宝玉のように輝いている香炉に焚いた香のよいかおりが宮殿の閨内にただよう。夜もふけ、紅い蝋燭の蝋がとけ、かなしみの涙をながす。秋の夜長、綺麗に輝いた宮殿だけに、ひたすらさびしい悲愁にとざされた座敷を、蝋燭のひかりだけがぼんやりと照らされている。緑の眉は薄い黛で、鬢の雲型はしっかりと残り、若く美しい、夜が長い、眠られないままにかけ布も、枕も一人で過ごすには寒さがしみてくる。
庭園のあおぎりの樹は今も茂り、そこに真夜中の雨がふりそそぐ、寵愛を失うことが、ほんとうに辛い苦しいものであっても、決して口に出さずに、ちょうあいをうけたことをこころのよりどころとしていきていこうと心に思うのである。
一葉と一葉は二つに揃い、一の葉に落ちる雨音と寄り添う葉の雨音がひとつに響く。だれもいない宮殿の階段にしたたりおちる雨の音は夜明けまでもつづいている。妃嬪もこの苦しみに耐えて生き続けるのだ。


(訳注)

更漏子六首其六

(寵愛を失っても、降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓う。更漏子の其一から其四は寵愛を失った妃嬪の生き方を詠う。)

【解説】 寵愛を失った妃嬪の苦しみ、雨降る秋の長夜を独り過ごす妃嬪の思いを詠う。

前段は、まだ十分に若さと美しさを持っている妃嬪の様子を詠う。眉墨の色は薄れ、髪も形を崩さない、ひたすら灯火の光に照らされて物思いにふける。

後段は、夜半、梧桐の葉は、後宮のような場所でないと植えられないもの。夫唱婦随を象徴するもので、雨は高都賦で、契りを結びあうものである。降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓うとういのが、妃嬪の位というものである。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

玉爐香、紅蝋。偏照畫堂秋
眉翠薄、鬢雲
。夜長衾枕
梧桐
。三更。不道離情正
一葉葉、一聲
。空階滴到

   

   
  
 

   


玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。
宝玉のように輝いている香炉に焚いた香のよいかおりが宮殿の閨内にただよう。夜もふけ、紅い蝋燭の蝋がとけ、かなしみの涙をながす。秋の夜長、綺麗に輝いた宮殿だけに、ひたすらさびしい悲愁にとざされた座敷を、蝋燭のひかりだけがぼんやりと照らされている。
○去炉香 玉製の香炉から香の薫りが上北ち上る。

○紅蝮涙 赤い蝋燭が燃えて蝮を滴らすことを言う。

○偏 ひたすら、一途に。

・偏照畫堂秋思 偏はひとえに。かたよってそればかりする意。照らしてばかりいる。蟻燭のひかりが画堂をじっと照らしてばかりいる。画堂は彩色されたうつくしい座敷。


眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。

緑の眉は薄い黛で、鬢の雲型はしっかりと残り、若く美しい、夜が長い、眠られないままにかけ布も、枕も一人で過ごすには寒さがしみてくる。
眉翠薄 黛がおちて、薄らいできて。
鬢雲殘 鬢の雲型の髪が乱れてきた。
・衾枕寒 蒲団や枕辺が寒い、寒々しい。独り寝を暗示している。

○屑翠蒔 眉墨の色が薄れる。

○贅雲残 贅の毛が乱れる。ここでは 「眉翠蒋」 の句とともに、眠れぬままに纏転反側して粧いのくずれたことを表す。残は損なわれる、さびれる。0余枕 夜具。会は掛けふとん。


梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。
庭園のあおぎりの樹は今も茂り、そこに真夜中の雨がふりそそぐ、寵愛を失うことが、ほんとうに辛い苦しいものであっても、決して口に出さずに、ちょうあいをうけたことをこころのよりどころとしていきていこうと心に思うのである。
梧桐樹 アオギリやキリの木。後宮の天子と皇后・妃嬪夫唱婦随の木の象徴であることをのべることで、一人寝の寂しさを強調する。
・三更雨  
日没から日の出までの時間を五等分した第三の時刻をいう。十二時から二時ごろまでの真夜半。
不道離情正苦 梧桐に真夜中の雨が降り注ぐことを言い、眠れぬ夜の苦しみを示す。別離の悲しみがこれほど幸いとは思いもかけなかった。・不道 想像もなかったの意。 いわない。だまっている。・離情 別れる気持ち。・正苦 別れていることはとても辛いことだ。


一葉葉、一聲聲。空階滴到明。
一葉と一葉は二つに揃い、一の葉に落ちる雨音と寄り添う葉の雨音がひとつに響く。だれもいない宮殿の階段にしたたりおちる雨の音は夜明けまでもつづいている。妃嬪もこの苦しみに耐えて生き続けるのだ。

○空階 宮殿の人けのない砌の石階段。

甘粛省-嘉峪関0051
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠19《更漏子六首其五》溫庭筠66首巻一19-〈19〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5292

改訂-1溫庭筠19《更漏子六首其五》 漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。

 
 2014年12月19日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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152 《卷23-05 擬古,十二首之二》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <152> Ⅰ李白詩1348 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5288 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-17-2奉節-9 《巻15-27 火 -2》 杜甫index-15 杜甫<881> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5290 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠19《更漏子六首其五》溫庭筠66首巻一19-〈19〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5292 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠19《更漏子六首其五》溫庭筠66首巻一19-19〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5292

 

 

5. 更漏子六首其 其五
(遠く旅立って帰らぬ男を思う女の情を詠う、溫庭筠の港町ブルースというところか。)

背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。
堤柳動,島煙昏,兩行征雁分。
大堤の柳も芽を吹き風に揺れる季節も変わり、向いの魚梁洲の島に霞がかかる夕暮れ時に二列で飛んでいた雁が、別れて飛んでいる。
京口路,歸帆渡,正是芳菲欲度。
又、春が来て京口の別れ道にはのこされた女がいる、わたしは長安に帰る舟の渡し場に立つ、まさにこれでもって春の盛りに情交を重ねた官妓の女と別れて旅立つ。
銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。
そこには、座敷に一人、銀燭台の蝋燭をつけたまま官妓が横たわる、輝く玉縄星も低くなり、蝋燭の芯ももうすでに短くなっていて、夜明けを告げる鶏が一番の時を知らせてくる。
其の五
江樓を背にし,海月に臨む,城の上【ほと】り角聲【かくせい】嗚咽【めいいん】す。
堤の柳は動めき,島の煙【えん】は昏【くら】し,兩行して征雁は分かる。
京口の路,歸帆の渡,正に是れ芳菲【ほうひ】度らんと欲す。
銀燭 盡き,玉繩 低す,一聲するは村落の雞。


嚢陽一帯00

『更漏子』 (更漏子六首其五) 現代語訳と訳註
(
本文)
更漏子 ()
背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
堤柳動,島煙昏,兩行征雁分。
京口路,歸帆渡,正是芳菲欲度。
銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。


(下し文)
(更漏子六首其の五)
江樓を背にし,海月に臨む,城の上【ほと】り角聲【かくせい】嗚咽【めいいん】す。
堤の柳は動めき,島の煙【えん】は昏【くら】し,兩行して征雁は分かる。
京口の路,歸帆の渡,正に是れ芳菲【ほうひ】度らんと欲す。
銀燭 盡き,玉繩 低す,一聲するは村落の雞。


(現代語訳)
(遠く旅立って帰らぬ男を思う女の情を詠う、溫庭筠の港町ブルースというところか。)

漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。
大堤の柳も芽を吹き風に揺れる季節も変わり、向いの魚梁洲の島に霞がかかる夕暮れ時に二列で飛んでいた雁が、別れて飛んでいる。
又、春が来て京口の別れ道にはのこされた女がいる、わたしは長安に帰る舟の渡し場に立つ、まさにこれでもって春の盛りに情交を重ねた官妓の女と別れて旅立つ。
そこには、座敷に一人、銀燭台の蝋燭をつけたまま官妓が横たわる、輝く玉縄星も低くなり、蝋燭の芯ももうすでに短くなっていて、夜明けを告げる鶏が一番の時を知らせてくる。
隋堤01

(訳注)

更漏子六首其五
(遠く旅立って帰らぬ男を思う女の情を詠う、溫庭筠の港町ブルースというところか。)

【解説】 

前段は、川面に映る月を眺めながら男の乗る舟の帰りを待ちわびるさまを描く。古来から月は鏡で人を思う縁であった。折から聞こえて来る角笛の音は、男と夜過ごした時に何時も聞いたものだ。女は自らの咽び泣きの声と重ねる。風に揺れる堤の柳は二人のあの夜の絡み合いを思い起こさせる。中州を覆う霞は男と過ごす時は楽しみの霞であったが、今は、胸を暗く塞ぎ、二列に分かれて渡り行く雁は、男からの文を運んでは来なかった。

後段は、別の街に来ていた溫庭筠は、京口の別れを目にし、残される女に憐れを掛ける。女は、今宵も眠れず、村の鶏が時を告げ、遂に夜明けを迎えてしまったことを言う。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
堤柳動,島煙,兩行征雁
京口
,歸帆,正是芳菲欲
銀燭盡,玉繩
,一聲村落

  

   
  
 

   

楊貴妃清華池002

背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。
・背 背を向ける。隠す。名詞で背中。背負う。
・江樓 大江沿いの高楼に男が帰って來るの待ち侘びる状景。この場合の男は、高官か、舟商人が常套であるし、待つ身の女は妻妾となったものか、「買斷」によって囲われた女ということ、いずれにしても、官妓であったものということであろう。
・海月 渡し場の入り江に上る月。
・城上 じょうかくのほとりにある塞。この下句の「城上」「角聲」語で官妓ということを連想させる。
角聲 角笛の音が響いてくる。軍営で用いる夜のときをしらせるもの。
・嗚咽 むせび泣く。すすり泣く。また、寂しく悲しい笛の音の形容。


堤柳動,島煙昏,兩行征雁分。
大堤の柳も芽を吹き風に揺れる季節も変わり、向いの魚梁洲の島に霞がかかる夕暮れ時に二列で飛んでいた雁が、別れて飛んでいる。
堤柳動 柳が芽を吹き葉を茂らせ、風に揺れ動く春から夏をあらわす語である。堤には、官が植えこんだ柳があるが、ここは、襄陽の大堤を想定してみた。李白の「大堤曲」「漢水臨襄陽。花開大堤暖。佳期大堤下。淚向南云滿。春風無復情。吹我夢魂散。 不見眼中人。天長音信斷。」(漢水は 嚢陽に臨(のぞ)み、花開いて 大堤暖かなり。佳期 大堤の下(もと)、涙は南雲に向って満つ。春風 復(また) 情 無く、我が 夢魂(むこん)を吹いて散ず眼中の人を見えず、天 長(とおく)にして 音信 断。)

李白53大堤曲 李白54怨情 李白55贈内

・島煙昏 この詩は温庭筠が襄陽にいた時の詩であろう。大堤から見える魚梁洲の事ではなかろうか。春の霞のかかった夕暮れ時のこと。
兩行 二列で飛ぶ雁、時節が秋に変わる。
征雁分 雁が分かれ離れて飛ぶ。「買斷」で囲われた官妓が待ち侘びるその胸の内で高官の男と別れた時の事を連想させる語である。襄陽は漢水と白水の別れの街。


京口路,歸帆渡,正是芳菲欲度。
又、春が来て京口の別れ道にはのこされた女がいる、わたしは長安に帰る舟の渡し場に立つ、まさにこれでもって春の盛りに情交を重ねた官妓の女と別れて旅立つ。
・京口 江蘇省丹徒県。南徐州晋陵郡丹徒県京口里。現、鎭江市。北岸の揚州、瓜州と船で結ばれた、旅路のターミナルの都市でもある。ここから長江を離れ徐州長安に向かう運河に入る別れの港町でもある。
・歸帆渡 長安に向かう帰り舟の渡し。
・芳菲 花や草。ここでは、春の情況をいうのであるが、この街の色町における遊びを意味するもの。


銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。
そこには、座敷に一人、銀燭台の蝋燭をつけたまま官妓が横たわる、輝く玉縄星も低くなり、蝋燭の芯ももうすでに短くなっていて、夜明けを告げる鶏が一番の時を知らせてくる。
玉繩 二つからなる星の名というが玉衡星は動かないので沈んでいかないし、低くならない。銀の燭台の蝋燭の芯が燃え尽きて低くなる方が分かり易い。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠18《更漏子六首其四》溫庭筠66首巻一18-〈18〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5287

改訂-1溫庭筠18《更漏子六首其四》 初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)

 
 2014年12月18日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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151 《卷20-11 登新平樓》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <151> Ⅰ李白詩1347 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5283 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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29-§3-1 《讀巻03-12 答崔立之書 -(6)§3-1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1260> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5284 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-17-1奉節-9《巻15-27 火 -1》 杜甫index-15 杜甫<880> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5285 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠18《更漏子六首其四》溫庭筠66首巻一18-〈18〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5287 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠18《更漏子六首其四》溫庭筠66首巻一18-18〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5287

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『更漏子』十六首

 

 

作者



初句7字

 

 

溫庭筠

巻一

更漏子六首 其一

柳絲長,春雨細,

 

 

巻一

更漏子六首 其二 

星斗稀,鐘鼓歇,

 

 

巻一

更漏子六首 其三

金雀釵,紅粉面,

 

 

巻一

更漏子六首 其四

相見稀,相憶久,

 

 

巻一

更漏子六首 其五

背江樓,臨海月,

 

 

巻一

更漏子六首 其六

玉鑪香,紅蠟淚,

 

 

韋相莊

巻三

更漏子一首

鐘鼓寒,樓閣暝

 

 

牛嶠

巻四

更漏子三首 其一

星漸稀,漏頻轉

 

 

巻四

更漏子三首 其二

南浦情,紅粉淚

 

 

巻四

更漏子三首 其三 

春夜闌,更漏促

 

 

毛文錫

巻五

更漏子一首

春夜闌,春恨切

 

 


巻七

更漏子一首

舊歡,新悵望,

 

 

孫光憲

巻八

更漏子二首其一

聽寒更,聞遠鴈,

 

 

巻八

更漏子二首其二

今夜期,來日別,

 

 

毛熙震

巻九

更漏子二首其一

秋色清,河影澹

 

 

巻九

更漏子二首其二

煙月寒,秋夜靜

 

 

 

 

 

 

 

溫庭筠  <更漏子六首>  <冒頭八字>  

1       更漏子六首其一  柳絲長,春雨細,

2       更漏子六首其二  星斗稀,鐘鼓歇,

3       更漏子六首其三  金雀釵,紅粉面,

4       更漏子六首其四  相見稀,相憶久,

5       更漏子六首其五  背江樓,臨海月,

6       更漏子六首其六  玉鑪香,紅蠟淚,

  

 

4. 更漏子六首其四
(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みをけいけんするも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
城上月,白如雪,蟬美人愁
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)
 (更漏子六首其の四)
相ひ見ゆること稀に、相ひ憶ふこと久し、眉淺く  淡く烟【かす】むこと柳の如し。
翠幕を垂らし、同心を結ぶ、郎に侍するに 繡衾を燻ず。
城 月上り、白きは雪の如し、蝉の鬢 美人は愁い絶す。
宮の樹は暗く、鵲橋 橫たはる、玉籤初めて明を報ず。

十三夜月

『更漏子六首其四』 現代語訳と訳註
(
本文) 更漏子六首其四
相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
城上月,白如雪,蟬美人愁
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明。


(下し文) 

更漏子)
相ひ見ゆること稀に、相ひ憶ふこと久し、眉淺く  淡く烟【かす】むこと柳の如し。
翠幕を垂らし、同心を結ぶ、
郎に侍するに 繡衾を燻ず。
城 月上り、白きは雪の如し、蝉の鬢 美人は愁い絶す。
宮の樹は暗く、鵲橋 橫たはる、玉籤初めて明を報ず。


(現代語訳)
(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みをけいけんするも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)

銀河002

(訳注)

更漏子六首其四

(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みをけいけんするも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

・更漏子 更漏とは夜の時(五更)を知らせる水時計のことをいい、この詩は漏刻五更の時刻が気になるものの気持ちを詠んだもの。この更漏子のように曲名と内容が何らかの関わりを持つものが多い。又、水時計を閨の中に所有できるものはおおよそ、後宮の妃嬪である。

【解説】 

妃嬪は見初められてなったものは100人を超える女たちの中で何人いたかと云えば、わずかな数のものでしかない。大半は高貴な家柄の娘たちが天子の子を授かるという、ワンチャンスに一族の命運をかけて妃嬪にあがっている。したがって花間集の詩の内多くはこの妃嬪たちの詩である。

前段は、寵愛を失っても、節供など大勢の妃嬪たちと一同にして、天子に見えることはある。しかし、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であるから、①眉の化粧を整え、②帳を垂れ、③結同心の佩びをかざり、④夜具に香を薫きしめて天子の到来を待つ、ということを心がけるのはいきていくための最低限の事である。これができないなら、後宮の姥捨て山に送られるか、毒殺されるかであろう。その最低限の身支度しているさまを述べる。

後段は、天子が訪れるとはもう思ってはいない。ただ、「もしかして」と思って生きて行かなければどうしようもないのである。したがって眠れるはずもなく、夜はあたら虚しく明けるのである。「鵲橋 横たわり」は、鵲が天の川に彦星と織姫畠との逢瀬を助けるために橋を架ける伝説を踏まえ、自分には鵲のような出会いがもう一度だけでも寵愛をと願っているのである。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

相見稀,相憶,眉淺淡煙如
垂翠幕,結同
,侍郎熏繡
城上,白如,蟬美人愁
宮樹暗,鵲橋,玉簽初報

  

   
  
 

   

 

kairo10681
妃嬪たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび「誰か之へ」と呼べば、百人の下婦が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。

○女禍 君主が女色に迷い、国事を誤ったため引き起された禍い。

 

l 内職、冊封

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。


相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
・相見 逢うこと。
・稀 まれ。殆ど逢っていないこと。
・相憶 思いをつのらせていること。ここでの相は、お互いに、という意味はない。
・久 時間的にながいこと。
眉淺 眉の化粧があわい。大切な男の人が、いなくなり、やるせなく、物憂げな感じをいっている。
・淡烟如柳 柳のように淡くかすんでいる。柳は韻字でもあり、柳葉は女性の若さ、美しい眉の形容でもある。「柳眉」「柳葉眉」。


垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
・垂翠幕 閨房の緑のカーテンをすること。春のことをいう。
結同心 同心結を結うこと。連環回文様式の結び方。また、同心結は、(男女の)ちぎりを結ぶことと。
錢唐 蘇小(蘇小小)『西陵歌』「妾乘油壁車,郞乘靑踪馬。何處結同心、西陵松柏下。」(妾(わたくし)は 油壁の車に乘り,郞(あなた)は 靑の馬に 乘る。何處(いづこ)にか 同心を 結ばん、西陵の 松柏の下(もと)。)とみえる。蘇小小『西陵歌』ここでは、タペストリーのように寝牀の垂れ幕の中心にぶら下げ飾るということである。
・侍郎 通常官名で、皇帝の側に仕える役で、現代風に言えば次官。「侍郎(きみ)のため」となる。ただし、下片に、美人、宮樹と官職名や宮中関係の語が出てくるので、繋がりから見るとこれも官職名で男は、高級官僚である。焦がれる気持ちを表現している、一夫多妻制の時代で富貴の身分では、簡単に女を捨てた。ただし嫡子を産むと立場は全く異なった。
・燻綉衾 うすぎぬの掛け布団に香を焚く。愛しい人の帰りを待った寝床の設え。



城上月,白如雪,蟬美人愁
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
・城上月 街の上の月。月は、圓く家族団らん(団円)を表し、男の人と共にいたころの回憶。目の前の月の情景から思いを派生させている。城は都市のこと。城市。街が城郭で囲まれていたことからこういう。秋になったことを云う。
・蝉鬢 当時の女性の髪型の一。両横の鬢が薄くセミの羽のようになっていることから付いた名称。また、セミの羽のようにつややかで美しい髪の形容。
美人 宮女、芸妓。役職を云う場合もある。
愁絶 哀しみが、際だって大きいこと。絶は、前の字(語)の様子が際だっている時に使われる。愁殺。ここは絶で押韻するため愁絶になった。壮絶、隔絶、卓絶、冠絶の類。


宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明。
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)
宮樹暗 夜目に、宮中の樹木の生い茂っているさまをいう。月の後半だと西に傾かないので、月の初めのころと考えられる。つまり、本当の別れが来たと思っていないことをあらわしている。月の後半の月20日の月、名残り月を別れの月という。
鵲橋 天の川のこと。カササギが七夕に橋を架けて、牽牛と織女を会わせるという。わが邦では、転じて宮中の階(みはし。きざはし)を謂う(かささぎの渡せる橋に…)。つまりあの人とはまだ切れてはいない。
・玉籤 籤は、水時計に浮かべている竹などでできたもので、時間を計る。玉は、美称。
報明 夜明けを告げる。五更の時のこと

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠17《更漏子六首其三》溫庭筠66首巻一17-〈17〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5282

改訂-1溫庭筠17《更漏子六首其三》(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠17《更漏子六首其三》溫庭筠66首巻一17-17〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5282

 

 

3. 更漏子六首其三
(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)

金雀釵,紅粉面,花裏暫時相見。
雀をかたどった金のかんざし、白粉に紅をさし化粧を整えて、春の盛りに花のなかで、出逢って語りあい、しばらくの時を過ごした。
知我意,感君憐,此情須問天。
あのお方はわたしのこころをよく理解してくれたし、わたしもあのお方がわたしに愛しいと思ってくれ、憐をかけていることをよく感じ取ったものだった。愛しあっているこころは疑う余地のないもので、どんなに天の神様に尋ねるとしても間違いないことであった。

香作穗,蠟成淚,還似兩人心意。
時が過ぎて、今宵も蝋燭の芯が穂のようにもえただようだけ、蝋燭はとけて落ちるのも私の涙と同じこと。香が思うままただようのと、蝋燭が流れるように涙をながしているのは、二人のこころのうちによく似ている。

山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。
今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。
(更漏子六首其三)
金雀の釵【さ】,紅粉の面,花の裏に暫時こそ相い見。
我が意を知り,君の憐を感じ,此の情 須らく天に問う。
香は穗を作し,蠟は淚を成すは,還って兩人の心意に似る。
山が枕して膩【じ】し,錦の衾 寒するは,覺めて更漏の殘【なご】りを來る。


『更漏子六首其三』 現代語訳と訳註
(
本文)
 更漏子六首其三
金雀釵,紅粉面,花裏暫時相見。
知我意,感君憐,此情須問天。
香作穗,蠟成淚,還似兩人心意。
山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。


(下し文) 更漏子六首其三
金雀の釵【さ】,紅粉の面,花の裏に暫時こそ相い見。
我が意を知り,君の憐を感じ,此の情 須らく天に問う。
香は穗を作し,蠟は淚を成すは,還って兩人の心意に似る。
山が枕して膩【じ】し,錦の衾 寒するは,覺めて更漏の殘【なご】りを來る。


(現代語訳)
(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)

雀をかたどった金のかんざし、白粉に紅をさし化粧を整えて、春の盛りに花のなかで、出逢って語りあい、しばらくの時を過ごした。
あのお方はわたしのこころをよく理解してくれたし、わたしもあのお方がわたしに愛しいと思ってくれ、憐をかけていることをよく感じ取ったものだった。愛しあっているこころは疑う余地のないもので、どんなに天の神様に尋ねるとしても間違いないことであった。

時が過ぎて、今宵も蝋燭の芯が穂のようにもえただようだけ、蝋燭はとけて落ちるのも私の涙と同じこと。香が思うままただようのと、蝋燭が流れるように涙をながしているのは、二人のこころのうちによく似ている。

今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。
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(訳注)

更漏子六首其三
(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)

・更漏子 更漏とは夜の時(五更)を知らせる水時計のことをいい、この詩は漏刻五更の時刻が気になるものの気持ちを詠んだもの。この更漏子のように曲名と内容が何らかの関わりを持つものが多い。又、水時計を閨の中に所有できるものはおおよそ、後宮の妃嬪である。

【解説】 

前段では、春の花の盛りに男と逢い引きをして愛を誓ったことを回想し、「あの時の言葉を天に尋ねてみるとよい」と、一人、心の中で問いかけている。

後段は、寵愛を失った悲しみを忘れていくことはできない。化粧も、閨の準備も寵愛を受けていた時と同じ、それだけが生きているあかしなのだ。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

金雀釵 紅粉 花裏暫時相

知我 感君 此情須問
香作 蠟成 還似兩人心

山枕 錦衾 覺來更漏

  

  
  

  

甘粛省-嘉峪関0051
 

金雀釵,紅粉面,花裏暫時相見。金雀のかんざしをさし、雀をかたどった金のかんざし、白粉に紅をさし化粧を整えて、春の盛りに花のなかで、出逢って語りあい、しばらくの時を過ごした。
〇金雀 雀をかたどった金のかんざし。曹植『美女篇』「攘袖見素手,皓腕約金環。頭上金爵釵,腰佩翠琅玕。」(袖を攘げて素手を見(あらは)せば、皓腕 金環を約す。頭上には金爵の釵、腰には佩びる翠琅干。)美女が賢い男を得たいと思う気持ちを詠ったもので、若い女性である。
〇紅粉 紅と白粉。うら若い女性を詠う。


知我意,感君憐,此情須問天。
あのお方はわたしのこころをよく理解してくれたし、わたしもあのお方がわたしに愛しいと思ってくれ、憐をかけていることをよく感じ取ったものだった。愛しあっているこころは疑う余地のないもので、どんなに天の神様に尋ねるとしても間違いないことであった。

○憐 優しさ、情け。

○此情須問天 二人が互いに誓い合った愛は天も承知だから天に尋ねてみたらよい、という意味。


香作穗,蠟成淚,還似兩人心意。
時が過ぎて、今宵も蝋燭の芯が穂のようにもえただようだけ、蝋燭はとけて落ちるのも私の涙と同じこと。香が思うままただようのと、蝋燭が流れるように涙をながしているのは、二人のこころのうちによく似ている。

○香作穂 香が燃え尽きて灰となる。穂は芯の燃えさしが穂の形になるさまをいう。

○蠟成淚 蝋燭の蝋の滴りを涙に喩えたもの。


山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。
今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。
〇山 女が横になることをあらわす言葉である。
〇膩 皮膚からにじみ出たあぶら。あか。すべすべする。
〇衾 薄いかけ布。初めの三言二句は女の横になった艶の雰囲気をあらわしている。

○山枕膩 山の形をした枕が髪油に汚れ、てかてか光っている。男が女を裏切って通って来ないため、枕を新しく取り替える気持ちも起こらず、油染みるにまかせたままであることを言う。

○錦衾寒 独り寝のため床も寒々としている。ここでの寒は孤独感も含む。

○更漏残 水時計の水が尽きかける。夜明け間近であることを言う。更漏は水時計。宮殿に置かれたもの。
miyajima594
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠16《更漏子六首其二》溫庭筠66首巻一16-〈16〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5277

改訂-1溫庭筠16《更漏子六首其二》 そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠16《更漏子六首其二》溫庭筠66首巻一16-16〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5277

 

 

1溫庭筠15. 更漏子六首其一
(たとえ何だって良い、「謝家池閣」のように愛され続けたいと願っているのに、孤独に夜を過ごす悲しみを詠うもの。)

柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。
柳絲はほそくながく枝をたれ、春の雨はこぬかあめ、眠れぬまま一人侘しく庭の花を見ていると、花のむこうから水時計のしたたる音が耳を澄ませばきこえてくる。
驚寒雁,起城烏,畫屏金遮
季節も変わり北に向かう雁の鳴き声で目をさまし、城内の烏もおきだしてくる、枕のほとりの絵屏風にはむつまじいすがたの金の鷓がえがかれている。
香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。
香のたちこめた薄霧が、花の香りを漂わせて、簾を通して忍び込んでくる。ただひとりで妃嬪にも謝安の妓女のように池のほとり春草の萌えはじめる頃に座敷で過ごしたものだし、謝秋娘が池のほとりの楼閣でかわいがられたようにおもっているのに、此処の閨には愁いと悲しみに溢れている。
紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。
紅い蝋燭を背にしたまま、刺繍のすだれをたらしたままだし、夢の中では一緒で長くすごしていることを、あのおかたは知らない。
柳絲【りゅうし】は長く,春雨は細【こまやか】く,花外は漏聲【ろうせい】迢遞【しょうてい】なり。
寒雁を驚かし,城烏を起し,畫屏 金の遮

香霧は薄し,簾幕【れんまく】は透け,惆悵して謝家の池閣。
紅燭の背,繡簾【しゅうれん】垂れ,夢長じて君 知らず。

 

2.更漏子
(ことしもまた春の終わり、昔の寵愛を思い出すことだけで生きていく儚い妃嬪の情を詠う。

星鬥稀,鍾鼓歇,簾外曉殘月。
北斗七星が瞬き夜明け近くなってきて、時を告げる鐘鼓の音も終わる。宮殿の閨にかかるすだれの外には、暁の鶯が春の盛りに移ると告げている、そしてあのお方を返したくない有明の名残月がかかっている。
蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。
あの宵も蘭の花はしっとりと露にぬれ、柳が風に吹かれて揺れまじりあう、離れがたい逢瀬を重ねる。庭の満開に咲いていた花が散り一面に厚く敷いている。
虛閣上,倚欄望,還似去年惆
空虚な思いでひとけのない楼閣にのぼり、欄干にもたれてなんとなくかなたを眺める。去年の春も、情けなくかなしみを抱えて過ごしたが同じようにまた今年の春も悲しい思いをしている。
春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。
そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

星鬥は稀に,鍾鼓は歇む,簾外 曉鶯【ぎょうおう】月殘る。
蘭露は重り,柳風は斜す,庭に滿つるは落花の堆。
虛閣の上,欄に倚りて望み,似る去年の惆悵なるを還るをや。
春暮なんと欲し,思いに窮まること無く,舊歡は夢に中【あた】るが如し。

Nature1-011


『更漏子』 現代語訳と訳註
(
本文)
星鬥稀,鍾鼓歇,簾外曉殘月。
蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。
虛閣上,倚欄望,還似去年惆
春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。


(下し文)
星鬥は稀に,鍾鼓は歇む,簾外 曉鶯【ぎょうおう】月殘る。
蘭露は重り,柳風は斜す,庭に滿つるは落花の堆。
虛閣の上,欄に倚りて望み,似る去年の惆悵なるを還るをや。
春暮なんと欲し,思いに窮まること無く,舊歡は夢に中【あた】るが如し。


(現代語訳)
(ことしもまた春の終わり、昔の寵愛を思い出すことだけで生きていく儚い妃嬪の情を詠う。)

北斗七星が瞬き夜明け近くなってきて、時を告げる鐘鼓の音も終わる。宮殿の閨にかかるすだれの外には、暁の鶯が春の盛りに移ると告げている、そしてあのお方を返したくない有明の名残月がかかっている。
あの宵も蘭の花はしっとりと露にぬれ、柳が風に吹かれて揺れまじりあう、離れがたい逢瀬を重ねる。庭の満開に咲いていた花が散り一面に厚く敷いている。
空虚な思いでひとけのない楼閣にのぼり、欄干にもたれてなんとなくかなたを眺める。去年の春も、情けなくかなしみを抱えて過ごしたが同じようにまた今年の春も悲しい思いをしている。
そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

木蘭02

(訳注)
更漏子
(ことしもまた春の終わり、昔の寵愛を思い出すことだけで生きていく儚い妃嬪の情を詠う。)

・更漏子 更漏とは夜の時(五更)を知らせる水時計のことをいい、この詩は漏刻五更の時刻が気になるものの気持ちを詠んだもの。この更漏子のように曲名と内容が何らかの関わりを持つものが多い。又、水時計を閨の中に所有できるものはおおよそ、後宮の妃嬪である。

【解説】 

前段は、寵愛を受けて幸せな夜を過ごし、離れがたい春の明け方を描写し、後段では、すぐそこにいるあの方なのに、気持ちを伝えるすべもなく、高殿からの眺望も所詮は悲しみをもたらすものでしかない、今年もまた去年と同じ愁いに囚われ、かつての愛の歓びも夢であっても、それをよりどころに生きていくしかないのだ。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。

雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

星鬥稀,鍾鼓,簾外曉
蘭露重,柳風,滿庭堆落
虛閣,倚欄,還似去年惆
春欲暮,思無,舊歡如夢

  

  
  

  

 

星鬥稀,鍾鼓歇,簾外曉殘月。

北斗七星が瞬き夜明け近くなってきて、時を告げる鐘鼓の音も終わる。宮殿の閨にかかるすだれの外には、暁の鶯が春の盛りに移ると告げている、そしてあのお方を返したくない有明の名残月がかかっている。
・星斗 北斗星、または南斗星をもいう。星。星辰(せいしん)空が白み始め星影がまばらになる。斗は北斗星と南斗星を意味するが、ここでは単に星の意。
・鍾鼓  歇時を知らせるかねと太鼓。時を告げる鐘や太鼓の音が尽きる。いよいよ夜明けの近いことを示す。
・殘月 十五夜までにはなく陰暦十六日以降、一般的には二十日頃の夜明けに残る月を云う。このような月を詩に詠うは芸妓との別れる場合、人目を忍んで逢瀬を重ねた男女の別れを云う。ここでは、早春が終わり、間もなく盛春に変わってゆく、時の流れをいう。


蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。
あの宵も蘭の花はしっとりと露にぬれ、柳が風に吹かれて揺れまじりあう、離れがたい逢瀬を重ねる。庭の満開に咲いていた花が散り一面に厚く敷いている。
・蘭 香草の一種、古くは沢蘭をさす。菊科に属するもの。ふじはかま。蘭の種類は多くてこの時代のものが果たしてどのようなものであったかは決め難い。ここでは女性自身を示していると思われる。
・柳風斜 柳も女性を示す。
・落花 女の年齢を重ねた様子を云う。


虛閣上,倚欄望,還似去年惆悵。
空虚な思いでひとけのない楼閣にのぼり、欄干にもたれてなんとなくかなたを眺める。去年の春も、情けなくかなしみを抱えて過ごしたが同じようにまた今年の春も悲しい思いをしている。
倚欄望 見る目的がなくなんとなく眺めている様子を云う。
還似去年惆悵 去年「惆悵」の思いをした、今年もまた同じ思いだ。この表現では毎年同じ思いをしているのであろう。抜群の言い回しといえる。

虚閣 人けのない館。身の孤独を示す。


春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。
そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

欲暮 暮れようとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。旧歓 昔の歓び。かつて恋人とともに過ごしていた時の愛の歓びを指す。
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠15《更漏子六首其一》溫庭筠66首巻一15-〈15〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5272

改訂-1溫庭筠15《更漏子六首其一》香のたちこめた薄霧が、花の香りを漂わせて、簾を通して忍び込んでくる。ただひとりで妃嬪にも謝安の妓女のように池のほとり春草の萌えはじめる頃に座敷で過ごしたものだし、謝秋娘が池のほとりの楼閣でかわいがられたようにおもっているのに、此処の閨には愁いと悲しみに溢れている。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠15《更漏子六首其一》溫庭筠66首巻一15-15〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5272

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠14《菩薩蠻十四首 其十四》溫庭筠66首巻一14-〈14〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5267

改訂-1溫庭筠14《菩薩蠻十四首 其十四》 左右の鬢にはうつくしい花のかんざしをへだて挿している。玉のかんざしは風に吹かれてゆらゆらゆれている。どんなに思われても、これだけの事は何時までも続けるのである。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠14《菩薩蠻十四首 其十四》溫庭筠66首巻一14-14〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5267

 

 

2. 温庭筠 

菩薩蠻十四首 其十四
(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)

水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
水晶宮といわれた宮殿の閨の水晶のすだれの内側に、あの方のために玻璃の枕をいつも用意している、あたたかくする香を焚いて、夢にしか現れない鴛鴦の錦のかけ布団に横になり、あの方のことを思う。

江上柳如煙,雁飛殘月天。
大江のほとりには、煙雲にかおおわれたかのように鬱々と柳が生い茂る、また今宵も忘れたくても忘れられず眠れないでいると、もう雁が有明けの名残の月をかすめて渡ってゆく。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
妃嬪の体には、藕絲のうすくすけた秋の色の衣服を身に着けていて、人日には髪かざりの人勝をふそろいに飾ることは忘れない。
雙鬂隔香紅,玉頭上風。
左右の鬢にはうつくしい花のかんざしをへだて挿している。玉のかんざしは風に吹かれてゆらゆらゆれている。どんなに思われても、これだけの事は何時までも続けるのである。

(菩薩蠻十四首 其十四)

水精の簾の裏 頗黎【はり】の枕,香を暖め夢に惹れ鴛鴦【えんおう】の錦。
江上 柳如の煙,雁飛 月天に殘る。
藕絲【ぐうし】秋色淺く,人勝【じんしょう】參差【さんさ】の剪。
雙鬂【そうびん】香紅を隔ち,玉【ぎょくさ】頭上の風。


<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->隋堤01

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『菩薩蠻十四首 其十四』 現代語訳と訳註
(
本文)菩薩蠻
菩薩蠻十四首 其十四

水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
江上柳如煙,雁飛殘月天。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
雙鬂隔香紅,玉頭上風。

 

(下し文)
(菩薩蠻十四首 其十四)

水精の簾の裏 頗黎【はり】の枕,香を暖め夢に惹れ鴛鴦【えんおう】の錦。
江上 柳如の煙,雁飛 月天に殘る。
藕絲【ぐうし】秋色淺く,人勝【じんしょう】參差【さんさ】の剪。
雙鬂【そうびん】香紅を隔ち,玉
【ぎょくさ】頭上の風。


(現代語訳)
(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)

水晶宮といわれた宮殿の閨の水晶のすだれの内側に、あの方のために玻璃の枕をいつも用意している、あたたかくする香を焚いて、夢にしか現れない鴛鴦の錦のかけ布団に横になり、あの方のことを思う。

大江のほとりには、煙雲にかおおわれたかのように鬱々と柳が生い茂る、また今宵も忘れたくても忘れられず眠れないでいると、もう雁が有明けの名残の月をかすめて渡ってゆく。
妃嬪の体には、藕絲のうすくすけた秋の色の衣服を身に着けていて、人日には髪かざりの人勝をふそろいに飾ることは忘れない。

左右の鬢にはうつくしい花のかんざしをへだて挿している。玉のかんざしは風に吹かれてゆらゆらゆれている。どんなに思われても、これだけの事は何時までも続けるのである。
楊貴妃清華池002

(訳注) 
(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)

【解説】 百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。

冒頭の二句は、妃嬪の閨には豪華な調度品、香の薫かれる室内の景と、その香の薫りにうとうと夢路に誘われるすがたを描く。

続く二句は、離宮から見える外の景色、川辺の煙る青柳が朧になるほどに繁るのは、逢瀬を連想させ、有明けの空には名残月、雁は妃嬪のもとに文の一つもないこと、侘しさを誘う。

後段は、寵愛を受けることは二度とないと覚悟したものの、生きていく術として、妃嬪の存在感、モチベーションを自分自身で一つ一つの恒例の行事を、丹念に行うことで満足する。人形を作ること、顔を整え、豊かな髪に挿された簪の人形が春風にゆらゆらと揺らめくさま、それらすべてが生きがいとなるので、余計なことは考えないことが生きていくことだと詠う。

この後段の描写は、夢から覚めた後の女の姿とも解釈されるが、生きがいを何に求めるかということを述べている。

単に、夢の中の女の姿を描いたともとれるようでは、花間集の意味はわからない。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻十四首 其十四

水精簾裏頗黎,暖香惹夢鴛鴦
江上柳如,雁飛殘月
藕絲秋色,人勝參差
雙鬂隔香,玉頭上

  
  
  
  

 

水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。

水晶宮といわれた宮殿の閨の水晶のすだれの内側に、あの方のために玻璃の枕をいつも用意している、あたたかくする香を焚いて、夢にしか現れない鴛鴦の錦のかけ布団に横になり、あの方のことを思う。
・水精簾 水精は水晶。李白の『玉階怨』「玉階生白露、 夜久侵羅襪。却下水晶簾、 玲瓏望秋月。」(白玉の階きざはしに白い露が珠のように結露し、夜は更けて羅(うすぎぬ)の襪(くつした)につめたさが侵みてくる。露に潤った水晶の簾をさっとおろした、透き通った水精の簾を通り抜けてきた秋の澄んだ月光が玉の光り輝くのを眺めているだけ。)李白39玉階怨 満たされぬ思いの詩。
・頗黎枕 頗黎は玻璃/頗梨【はり】1 仏教で、七宝の一。水晶のこと。2 ガラスの異称。3 火山岩中に含まれる非結晶質の物質。
・暖香 それをたくと部屋のあたたかくなるたきもの。香名に暖香というのもあるがここは一般的なことばであろう。
・惹夢 夢をさそうこと。
・鴛鴦錦 鴛駕の紋様のある錦の被(懸けふとん)。


江上柳如煙,雁飛殘月天。
大江のほとりには、煙雲にかおおわれたかのように鬱々と柳が生い茂る、また今宵も忘れたくても忘れられず眠れないでいると、もう雁が有明けの名残の月をかすめて渡ってゆく。
・江上 川のほとり。江は中国の川の呼称。北方では河と言う。

・柳如 柳絮が飛び交うのはカスミではなく煙のようなじょうたいせある。

・殘月 夜明けの空に懸かる月。月後半の月、別れを惜しむ名残月。


藕絲秋色淺,人勝參差剪。
妃嬪の体には、藕絲のうすくすけた秋の色の衣服を身に着けていて、人日には髪かざりの人勝をふそろいに飾ることは忘れない。
藕絲秋色淺 藕絲は蓮根からとれる糸。そのよぅな細くて軽い繊維の衣服をいう。体の線がよく出て、妃嬪が閨に着る。秋色とは悲愁の五行思想の白色、霜色。
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華勝。正月七日「人勝節」という。正月7日の人日に用いられた飾り。人や動植物の形に切り抜いて彩色したあしぎぬ、金箔の縁飾り等の残片を一枚に貼り込んでいる。人日の日に、厄除けに用いる髪に飾る人形。
参差は大小ふそろいのさま。
 

雙鬂隔香紅,玉頭上風。
左右の鬢にはうつくしい花のかんざしをへだて挿している。玉のかんざしは風に吹かれてゆらゆらゆれている。どんなに思われても、これだけの事は何時までも続けるのである。
・香紅 花をいう言葉であるが、ここは花のかんざしを意味するとおもう。
・玉
頭上風 王叙頭は玉のかんざし。男と交わって揺れるのではなく、風に揺れるのである。憐れに感じさせるほどせつない女の状況を詠うのである。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠13《菩薩蠻十四首 其十三》溫庭筠66首巻一13-〈13〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5262

改訂-1溫庭筠13《菩薩蠻十四首 其十三》 初夏のさわやかな風が竹の林を抜けて庭園から、軽やかに簾を動かして房に付いている風鈴がすきとおったように美しく鳴りつめたく響く。夜ともなれば、玉のすだれに月がさしのぼってあかるくすみわたった影をおとす。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠13《菩薩蠻十四首 其十三》溫庭筠66首巻一13-13〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5262

 

 

 

14温庭筠 .

菩薩蠻十四首 其十三
竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲影。
初夏のさわやかな風が竹の林を抜けて庭先から、軽やかに簾を動かして房に付いている風鈴がすきとおったように美しく鳴りつめたく響く。玉のすだれに月がさしのぼってあかるくすみわたった影をおとす。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
閨に横向きで寝枕する女は今宵も待ち侘びて宵の濃い化粧のままある。綠壇でつられた枕には金の鳳風の紋様が彫描されている。
兩蛾愁黛淺,故國宮遠。
二つの眉はさびしそうにまゆずみがうすれている。むかし呉宮に送られた西施は、はるかにへだたった故国をなつかしくおもった。(今、ひとり待ち侘びる女は西施と同じ思いなのだ。)。
春恨正關情,畫樓殘點聲。
廻り廻って春は男女の交わりが始まるものであるのに待ち侘びる春の恨みはほんとに愛情に関連するものだ。夜明けが近くなったのか、飾られた高楼のうえで時をつげる太鼓の音の名残のようにがとぎれとぎれにきこえてくる。

楊貴妃清華池002

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『菩薩蠻十四首 其十三』 現代語訳と訳註
(
本文)

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
兩蛾愁黛淺,故國
宮遠。
春恨正關情,畫樓殘點聲。


(下し文)
竹風 輕動して 庭除の冷,珠簾 月上りて瓏影するも玲なり。
山枕は濃妝を隱し,綠檀には金の鳳凰あり。
兩蛾は愁いて黛淺し,故國 
宮の遠。
春恨 正に關情し,畫樓 點聲を殘す。

(現代語訳)
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。

初夏のさわやかな風が竹の林を抜けて庭園から、軽やかに簾を動かして房に付いている風鈴がすきとおったように美しく鳴りつめたく響く。夜ともなれば、玉のすだれに月がさしのぼってあかるくすみわたった影をおとす。
寝牀に横向きで寝枕する女は今宵も侘びしく宵というのに濃い化粧のままでいる。綠壇でつられた枕には金の鳳風の紋様が彫描されている。
愁いに暮れ、何もする気になれず、二つの眉はうすれている。むかし呉宮に送られた西施は、はるかに隔たった故国をなつかしくおもったが、此処の妃嬪もまた、今、華やかな宮殿を思い、ひとり侘びしい思いでいる。
又春が来て、春は男女の交わりが始まるものであるのに、侘びしい妃嬪は春を恨むしかないという、まさに、そうした感情で生きていくだけだ。夜明けが近くなったのか、飾られた高楼から時をつげる太鼓の音の名残のようにが途切れ途切れに聞こえてくる。

巫山十二峰002

(訳注)
菩薩蠻十四首 其十三
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。

【解説】

前段第一句、初秋の孤独感、「庭険冷ややかに」は、日中の暖かさも、夜になって竹を揺らす風に消え、誰も来ない一人寝の寒さを感ずるようになったこと、月の光の描写も、空気の透明感とともに、肌に感じる冷気を際立たせている。このひんやりとした気配は、女の独り寝のわびしさいう。

次句第三句の鳳凰は詞において、番の烏として男女和合の象徴を表し、それが逆に女主人公の孤独を際立たせる。

後段第三句、「春恨正に情に関わる」と先に指摘した「番の鳳凰」の語とともに、寵愛を受けた天子を思う情である。

末句は、気付けば夜明けを告げる時の音が聞こえて来たという意味で、彼女が一夜をまんじりともせずに明かしてしまったことを物語る。

華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

 

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻十四首 其十
竹風輕動庭除,珠簾月上玲瓏
山枕隱濃,綠檀金鳳
兩蛾愁黛
,故國
春恨正關,畫樓殘點

  
  
  
  

 

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。
初夏のさわやかな風が竹の林を抜けて庭園から、軽やかに簾を動かして房に付いている風鈴がすきとおったように美しく鳴りつめたく響く。夜ともなれば、玉のすだれに月がさしのぼってあかるくすみわたった影をおとす。
・庭除 庭の階段のあるところ。風除室のような意味を持つ場所。
・玲瓏影 玲の瓏も同じ意味で、1 玉などが透き通るように美しいさま。また、玉のように輝くさま。2 玉などの触れ合って美しく鳴るさま。また、音声の澄んで響くさま。


山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
寝牀に横向きで寝枕する女は今宵も侘びしく宵というのに濃い化粧のままでいる。綠壇でつられた枕には金の鳳風の紋様が彫描されている。
・山枕 枕のこと。温庭篤の更漏子詞に「山枕蹴、錦余寒」、顧鼻の甘州子詞に山枕上、長是怯農鐘」とある。
・隠 臥=隠と同じ、もたれること。よりかかること。或は向こう向きに寢る。
・濃妝 こってりとあついお化粧をした年増女。宵の口に化粧をするのは濃い化粧で、寝る前には寝化粧に帰る。つまり、今日も来なかったということ。西施の事も意味する語である。
・綠檀 黒檀、紫檀と綠壇は枕をつくる木材をいう。緑壇は緑色の枕檀(まくら)ということで、寝るという意味になる。緑檀は後宮でつかわれるもの。
・金鳳凰 枕にはどこされた紋様で、つがいを描いているので、空しさを引き立てる。


兩蛾愁黛淺,故國宮遠。
愁いに暮れ、何もする気になれず、二つの眉はうすれている。むかし呉宮に送られた西施は、はるかに隔たった故国をなつかしくおもったが、此処の妃嬪もまた、今、華やかな宮殿を思い、ひとり侘びしい思いでいる。
・故国呉宮遠 呉宮は西施をかりていう。呉は江蘇一帯をいう。西施;沉魚落雁 西施
水光瀲艷晴方好,山色空濛雨亦奇。 
若把西湖比西子,濃妝淡抹總相宜。


春恨正關情,畫樓殘點聲。
又春が来て、春は男女の交わりが始まるものであるのに、侘びしい妃嬪は春を恨むしかないという、まさに、そうした感情で生きていくだけだ。夜明けが近くなったのか、飾られた高楼から時をつげる太鼓の音の名残のようにが途切れ途切れに聞こえてくる。
・残点声 鍾鼓を鳴らして時を告げる音が、明方近くなって、眠い中ほとんどきこえなくなること。夜通し待っている様子、せつなさをあらわすもの。




洛陽女兒行 王維

 

洛陽女兒對門居,才可容顏十五餘。

良人玉勒乘驄馬,侍女金盤膾鯉魚。

畫閣朱樓盡相望,紅桃綠柳垂簷向。

羅幃送上七香車,寶扇迎歸九華帳。

狂夫富貴在青春,意氣驕奢劇季倫。

自憐碧玉親教舞,不惜珊瑚持與人。

春窗曙滅九微火,九微片片飛花璅。

戲罷曾無理曲時,妝成只是熏香坐。

城中相識盡繁華,日夜經過趙李家。

誰憐越女顏如玉,貧賤江頭自浣沙。


杜甫 麗人行

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繍羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,    翠微盎葉垂鬢唇。

背後何所見,    珠壓腰穩稱身。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

黄門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

簫管哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

楊花雪落覆白蘋,靑鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢絶倫,慎莫近前丞相嗔。

 

 

 

三月三日  天氣 新たに,長安の水邊  麗人  多し。

態は濃く 意は遠くして淑且かつ真に,肌理きりは 細膩さい にして  骨肉は勻ひとし。

繍羅しう の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金しゅくきんの孔雀 じゃく  銀の麒麟 りん。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉おうようと爲して鬢びん脣しんに 垂たる。

背後何の見る所ぞ,珠は腰衱えうけふを壓して穩やかに身に稱かなふ。』

就中なかんづく 雲幕の椒房せうばうの親しん,名を賜ふ 大國  虢くゎくと秦しんと。

紫駝しだの峰を翠釜すゐ より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸さいちょ 厭飫えんよして久しく未だ下さず,鸞刀らんたう 縷切る せつして  空しく紛綸たり。

黄門 鞚くつわを飛ばして塵を動かさず,御廚ぎょちゅう 絡繹らくえきとして 八珍を送る。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從ひんじゅう 雜遝ざったふして  要津えうしんに實みつ。』

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡んする,軒に當たりて 馬より下りて  錦茵きんいんに入る。

楊花やうくゎ 雪のごとく落ちて  白蘋はくひんを覆ひ,靑鳥 飛び去りて  紅巾こうきんを銜ふくむ。

手を炙あぶらば 熱す可べし  勢は絶倫なり,慎みて 近前する莫れ  丞相じょうしゃう 嗔いからん。』

    

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠12《菩薩蠻十四首 其十二》溫庭筠66首巻一12-〈12〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5257

改訂-1溫庭筠12《菩薩蠻十四首 其十二》 そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。



 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠12《菩薩蠻十四首 其十二》溫庭筠66首巻一12-12〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5257

 

 

菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉,弄粧梳洗遲。

照花前後鏡,花面交相映。

新帖羅襦,雙雙金鷓鴣。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-〈1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202

菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。

江上柳如煙,鴈飛殘月天。

藕絲秋色淺,人勝參差剪。

雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠2《菩薩蠻十四首 其二》溫庭筠66首巻一1-〈2〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5207

菩薩蠻十四首其三

無限當山額,宿粧隱笑紗窗隔。

相見牡丹時,暫來還別離。

翠釵金作股,釵上雙蝶舞。

心事竟誰知,月明花滿枝。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠3《菩薩蠻十四首 其三》溫庭筠66首巻一3-〈3〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5212

菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,水紋細起春池碧。

池上海棠梨,雨晴紅滿枝。

衫遮笑靨,烟草粘飛蝶。

青瑣對芳菲,玉關音信稀。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠4《菩薩蠻十四首 其四》溫庭筠66首巻一4-〈4〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5217

菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。

燈在月朧明,覺來聞曉鶯。

玉鉤掛起翠,粧淺舊眉薄。

春夢正關情,鏡中鬢輕。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠5《菩薩蠻十四首 其五》溫庭筠66首巻一5-〈5〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5222

菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,柳絲娜春無力。

門外草萋萋,送君聞馬嘶。

畫羅金翡翠,香燭消成

花落子規啼,綠窗殘夢迷。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠6《菩薩蠻十四首 其六》溫庭筠66首巻一6-〈6〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5227

菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。

明鏡照新粧,鬢輕雙臉長。

畫樓相望久,欄外垂絲柳。

意信不歸來,社前雙迴。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠7《菩薩蠻十四首 其七》溫庭筠66首巻一7-〈7〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5232

菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠闌干,燕飛春又殘。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠8《菩薩蠻十四首 其八》溫庭筠66首巻一8-〈8〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5237


菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,故人萬里關山隔。

金雁一雙飛,痕沾衣。

小園芳艸綠,家住越溪曲。

楊柳色依依,歸君不歸。


菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒香關上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。


菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。

雨後卻斜陽,杏華零落香。

無言睡臉,枕上屏山掩。

時節欲昏,無獨倚門。


菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,重簾悄悄無人語。

深處麝煙長,臥時留薄粧。

當年還自惜,往事那堪憶。

花落月明殘,錦衾知曉寒。


菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香紅絲拂。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。

簾垂菉簌,眉黛遠山綠。

春水渡溪橋,凭欄魂欲消。


菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。

山枕隱,綠檀金鳳凰。

兩蛾愁黛淺,故國宮遠。

春恨正關情,畫樓殘點聲。

花間集02
 

 

13.温庭筠 

菩薩蠻十四首 其十二
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無い。華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香裊紅絲拂。
寵愛を受けた次の日の朝のように、雨が晴れあがり、潤った合歓の花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごくあの夜の状況を思い出す。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
あの寵愛を受け続けていたころがあったのに、此処には寂しくしずかな夢だけしかなく、あのおかたと過ごした奇麗な宮殿の奥座敷のことを憶いだすだけしかない。かなしいのは庭にいっぱい「忘れ草の花」が生えている。
繡簾垂簌,眉黛遠山綠。
この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。
春水渡溪橋,憑欄魂欲消。
そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。


(菩薩蠻十四首 其十二)
雨晴れ夜合 玲瓏の日,萬枝 香裊【こうじょう】 紅絲拂う。
閑夢は金堂を憶う,庭に滿つ萱草【かんぞう】長し。
繡簾 簌【ろくそく】を垂し,眉黛【びたい】遠山の綠。
春水 溪橋を渡り,欄に憑【もた】れて魂消さんと欲す。


花蕊夫人006

『菩薩蠻十四首』 其十二 現代語訳と訳註
(
本文) 菩薩蠻十四首 其十二
雨晴夜台玲
日,萬枝香紅絲拂。
閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
繡簾垂
簌,眉黛遠山綠。
春水渡溪橋,憑欄魂欲消。


(下し文)
雨晴れ夜合 玲瓏の日,萬枝 香裊【こうじょう】 紅絲拂う。
閑夢は金堂を憶う,庭に滿つ萱草長し。
繡簾 
簌【ろくそく】を垂し,眉黛【びたい】遠山の綠。
春水 溪橋を渡り,欄に憑【もた】れて魂消さんと欲す。


(現代語訳)
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無い。華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

寵愛を受けた次の日の朝のように、雨が晴れあがり、潤った合歓の花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごくあの夜の状況を思い出す。
あの寵愛を受け続けていたころがあったのに、此処には寂しくしずかな夢だけしかなく、あのおかたと過ごした奇麗な宮殿の奥座敷のことを憶いだすだけしかない。かなしいのは庭にいっぱい「忘れ草の花」が生えている。
この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。
そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。

(訳注)

菩薩蠻十四首 其十二
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無い。華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

【解説】 後宮の宮殿から、離宮、陵廟、あるいは、洛陽の上陽宮のように妃嬪の姥捨て山のようなところに遣られた様子をいう

前段は、麗しき館で意中の人と睦まじく過ごした時のことを回想する。合歓の花はその名のとおり、愛する者同⊥の歓びを想起し、女がかつての良きHを夢見たのも、この花に因る。また、愁いを忘れさせる萱草が茂るとは、当時、女が幸せの最中にあったことを示す。後段は、夢から覚めた後の憂愁を詠う。垂れ下がったカーテンは女の塞いだ心を象徴し、橋下を流れる用水は、過ぎ去った良き時はもう二度と帰って来ないことを語り、同時に、今も春は刻々と過ぎ去ってゆくことを表している。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻十四首 其十二
雨晴夜台玲,萬枝香紅絲
閑夢憶金,滿庭萱草
繡簾垂
,眉黛遠山
春水渡溪,憑欄魂欲

  
  
  
  

 

雨晴夜台玲日,萬枝香紅絲拂。
寵愛を受けた次の日の朝のように、雨が晴れあがり、潤った合歓の花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごくあの夜の状況を思い出す。
夜合 一名合歓木、ねむのき。夜中になると葉が合するので夜合といわれる。明刊草本花詩譜で夜合花というのはこれとは別種のもの。ここは次の句に紅糸払とあるから合歓の気の花をいう。この二句は天子の夜のお渡りの様子、男女の絡みの表現をいう。
玲耗日 雨にねれたねむの花が日に映えてくっきりとうつくしく見えること。
万枝句 庭中の枝という枝に紅いふさのような花がさいてうつくしくしなやかに見えること。紅糸私は紅い色の糸払。糸私は払子のことであるが、ここはねむの花のふさのような形を形容して用いる。


閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
あの寵愛を受け続けていたころがあったのに、此処には寂しくしずかな夢だけしかなく、あのおかたと過ごした奇麗な宮殿の奥座敷のことを憶いだすだけしかない。かなしいのは庭にいっぱい「忘れ草の花」が生えている。
金堂 うつくしい座敷。
・萱草一に吾輩という。かんぞう。わすれぐさ。詩経、衛風伯兮篇に「焉諼得草、言樹之背。願言伯思、使我心痗。」(焉くんぞ諼草を得ん。言に背に樹えん。願いて言に伯を思い、我が心をして痗ましむ)とある。
“我憂いを忘れるために、何処かで、もの忘れする草をみつけ、それを裏座敷に植えたい。“というもの。 謝惠連『西陵遇風獻康楽』にみえる。
西陵遇風獻康楽 その5 謝惠運 謝霊運(康楽) 詩<54>Ⅱ李白に影響を与えた詩441 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1140
・閑夢二句 雨上がりのねむの花を見て」萱草の庭いっぱいに生えた座敷をおもいだす。閏情の詞と見てよく、男が来てくれない、(捨てられた)のなら忘れてしまうことしかないというもの。


繡簾垂簌,眉黛遠山綠。
この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。
 ():符道教のお(ふだ)](1) 葉が落ちる音叶簌簌响木の葉がさらさらと音をたてる.(2) 涙がはらはら落ちる様子.寵愛を失った妃嬪の多くは道教に身を寄せていくものである。

・遠山綠 みどりの山は、晩春の山、遠い山の稜線は女の体であり、一人その体を持て余すことを云う。寵愛を受け、その結果子供が出来ないということで、生きる望みが薄らいでいることをいう。


春水渡溪橋,憑欄魂欲消。
そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。
魂欲消 あの寵愛を受けていたころの良き思いで、その思い出をよりどころにして生きてゆく。白居易の《上陽白髪人》とは若干角度を変えて表現をしている。

春水渡溪橋,憑欄魂欲消の二句は、後宮の宮殿から、離宮、陵廟、あるいは、洛陽の上陽宮のように妃嬪の姥捨て山のようなところに遣られた様子をいう。

 

花間温庭筠
 

 

 

「三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕。」(三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん)《白居易「後宮詞」》。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、宦官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

上陽白髪人  白居易(白氏文集 第三)

上陽人    ,紅顔暗老白髪新。

緑衣監使守宮門,一閉上陽多少春。

玄宗未歳初選人,入時十六今六十。

同時采択百余人,零落年深残此身。

憶昔呑悲別親族,扶入車中不教哭。

昔云入内便承恩,臉似芙蓉胸似玉。

未容君王得身面,已被楊妃遥側目。

妬令潜配上陽宮,一生遂向空房宿。

秋夜長    ,夜長無寐天不明。

耿耿残灯背壁影,蕭蕭暗雨打窓声。

春日遅    ,日遅独坐天難暮。

宮鶯百囀愁猒聞,梁双栖老休妬。

鶯帰去長悄然,春往秋来不記年。

唯向深宮望明月,東西四五百迴円。

今日宮中年最老,大家遥賜尚書号。

小頭鞋履窄衣裳,青黛点眉眉細長。

外人不見見応笑,天宝末年時世粧。

上陽人 苦最多,少亦苦,老亦苦。

少苦老苦両如何。

君不見昔時呂尚美人賦。

又不見今日上陽白髪歌。

 

白居易《上陽白髪人》 (白氏文集 第三)

上陽の人、紅顏暗く老いて白髪新たなり

綠衣の監使宮門を守る、一たび上陽に閉ざされてより多少の春ぞ

玄宗の末 初めて選ばれて入る、入る時十六今六十

同時に採擇す百余人、零落して年深く 此の身を殘す

憶ふ昔 悲しみを吞みて親族に別れ、扶けられて車中に入るも哭せしめず

皆云ふ 入すれば便ち恩を承くと、臉は芙蓉に似て胸は玉に似たり

未だ君王の面を見るを得るを容れざるに、已に楊妃に遙かに側目せらる

妒(ねた)みて潛かに上陽宮に配せられ、一生遂に空房に宿る

秋夜長し、夜長くして寐ぬる無く天明ならず

耿耿たる殘燈 壁に背く影、蕭蕭たる暗雨 窗を打つ聲

春日遲し、日遲くして獨り坐せば天暮れ難し

宮鶯百たび囀ずるも愁へて聞くを厭ふ、梁燕雙び棲むも老いて妒むを休む

鶯は歸り燕は去って長へに悄然たり、春往き秋來して年を記さず

唯だ深宮に明月を望む、東西四五百回 圓かなり

今日 宮中 年最も老ゆ、大家遙かに賜ふ尚書の號

小頭の鞋履 窄(せま)き衣裳、青黛 眉を點ず 眉細くして長し

外人は見ず 見れば應に笑ふべし、天寶の末年 時世の妝ひ

上陽の人、苦しみ最も多し、少くして亦苦しみ、老いて亦苦しむ。

少くして苦しむと老いて苦しむと兩つながら如何。

君見ずや 昔時 呂向の美人の賦。

又見ずや 今日 上陽白髪の歌。

 


 


 


 


 


 


 







『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠11《菩薩蠻十四首 其十一》溫庭筠66首巻一11-〈11〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5252

改訂-1溫庭筠11《菩薩蠻十四首 其十一》 また今年の春も過ぎて、時も季節も、妃嬪もまた歳を重ねる。ただひとりで退屈で園内をそぞろ歩き、門にもたれて、あの方のお越しを待ちわびるのである。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠11《菩薩蠻十四首 其十一》溫庭筠66首巻一11-11〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5252

 


 


菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉,弄粧梳洗遲。

照花前後鏡,花面交相映。

新帖羅襦,雙雙金鷓鴣。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-〈1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202

菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。

江上柳如煙,鴈飛殘月天。

藕絲秋色淺,人勝參差剪。

雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠2《菩薩蠻十四首 其二》溫庭筠66首巻一1-〈2〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5207

菩薩蠻十四首其三

無限當山額,宿粧隱笑紗窗隔。

相見牡丹時,暫來還別離。

翠釵金作股,釵上雙蝶舞。

心事竟誰知,月明花滿枝。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠3《菩薩蠻十四首 其三》溫庭筠66首巻一3-〈3〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5212

菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,水紋細起春池碧。

池上海棠梨,雨晴紅滿枝。

衫遮笑靨,烟草粘飛蝶。

青瑣對芳菲,玉關音信稀。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠4《菩薩蠻十四首 其四》溫庭筠66首巻一4-〈4〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5217

菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。

燈在月朧明,覺來聞曉鶯。

玉鉤掛起翠,粧淺舊眉薄。

春夢正關情,鏡中鬢輕。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠5《菩薩蠻十四首 其五》溫庭筠66首巻一5-〈5〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5222

菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,柳絲娜春無力。

門外草萋萋,送君聞馬嘶。

畫羅金翡翠,香燭消成

花落子規啼,綠窗殘夢迷。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠6《菩薩蠻十四首 其六》溫庭筠66首巻一6-〈6〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5227

菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。

明鏡照新粧,鬢輕雙臉長。

畫樓相望久,欄外垂絲柳。

意信不歸來,社前雙迴。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠7《菩薩蠻十四首 其七》溫庭筠66首巻一7-〈7〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5232

菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠闌干,燕飛春又殘。

 


菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,故人萬里關山隔。

金雁一雙飛,痕沾衣。

小園芳艸綠,家住越溪曲。

楊柳色依依,歸君不歸。

 


菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒香關上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。

 


菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。

雨後卻斜陽,杏華零落香。

無言睡臉,枕上屏山掩。

時節欲昏,無獨倚門。

 


菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,重簾悄悄無人語。

深處麝煙長,臥時留薄粧。

當年還自惜,往事那堪憶。

花落月明殘,錦衾知曉寒。

 


菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香紅絲拂。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。

簾垂菉簌,眉黛遠山綠。

春水渡溪橋,凭欄魂欲消。

 


菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。

山枕隱,綠檀金鳳凰。

兩蛾愁黛淺,故國宮遠。

春恨正關情,畫樓殘點聲。

 

楊貴妃清華池002
 

11.温庭筠 菩薩蠻十四首 其十一
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
ことしも春の盛りを過ぎて行く、宮殿の南園には柳絮が、地面いっぱいに雪のようにつもる。そこに清明節というのに愁いの気持ちでいるところに、春雨が降り始め、今日もふりしきる小雨の音を聞いているしかない。

雨後卻斜陽,杏花零落香。
雨がやむころには、傾いた日差しが斜めに射しこん照りかえし、この雨で杏の花が一面に散り落ち、良いにおいをあたりにただよわせる。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
誰にも遭わず、一言も言わないで、日暮れになり、寝むけ眼の顔に夜のお化粧をととのえる。妃嬪が山の様なシルエットの寝姿で横たわり、今日も屏風に画かれた山とで連山のように動かない。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。
また今年の春も過ぎて、時も季節も、妃嬪もまた歳を重ねる。ただひとりで退屈で園内をそぞろ歩き、門にもたれて、あの方のお越しを待ちわびるのである。

菩薩蠻十四首 其十一
南園は地に滿つ輕絮堆るを,愁 清明の雨一霎するを聞く。
雨後 卻て斜陽なり,杏花 零落して香る。
言無くて睡臉を勻し,枕上に屏山掩う。
時節 黃昏にならんと欲す,無聊 獨り門に倚る。


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『菩薩蠻十四首 其十一』 現代語訳と訳註
(
本文
菩薩蠻十四首 其十一

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
雨後卻斜陽,杏花零落香。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。


(下し文)
南園は地に滿つ輕絮堆るを,愁 清明の雨一霎するを聞く。
雨後 卻て斜陽なり,杏花 零落して香る。
言無くて睡臉を勻し,枕上に屏山掩う。
時節 黃昏にならんと欲す,無聊 獨り門に倚る。


(現代語訳)
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う

ことしも春の盛りを過ぎて行く、宮殿の南園には柳絮が、地面いっぱいに雪のようにつもる。そこに清明節というのに愁いの気持ちでいるところに、春雨が降り始め、今日もふりしきる小雨の音を聞いているしかない。
雨がやむころには、傾いた日差しが斜めに射しこん照りかえし、この雨で杏の花が一面に散り落ち、良いにおいをあたりにただよわせる。
誰にも遭わず、一言も言わないで、日暮れになり、寝むけ眼の顔に夜のお化粧をととのえる。妃嬪が山の様なシルエットの寝姿で横たわり、今日も屏風に画かれた山とで連山のように動かない。
また今年の春も過ぎて、時も季節も、妃嬪もまた歳を重ねる。ただひとりで退屈で園内をそぞろ歩き、門にもたれて、あの方のお越しを待ちわびるのである。


(訳注)

菩薩蠻十四首 其十一
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う

【解説】 去年の清明節には咲く春とともに寵愛をうけたのに、飛び積もった柳絮の上に雨が降り、杏の花もあめにぬれ落ちてゆく、妃嬪はこれからずっと一人で生きてゆく妃嬪の情を詠う。

 


清明の時節、独り無聊をかこつ妃嬪。

前段は、雨音に聞き入っているうちにいつしか眠りに入り、目覚めてみると既に雨は上がり日は西に傾き、雨に杏の花が散り落ちて、春のたけてゆくさまを述べる。傾く日や散り落ちる花には、彼女の愁いが託されている。

後段に述べる広げたままの屏風も迫る夕闇も、主人公の閉ざされた暗い心情を反映している。また、無聊なままに門口に身を寄せて佇むのは、待っても無駄とは分かっていても、ひょっとしたら愛するお方が訪ねて来てくれるのではないかという儚い期待からのもので、女の微細な心情が見事に描写されている。百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とはない。

 

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

南園滿地堆輕,愁聞一霎清明
雨後卻斜,杏花零落
無言勻睡
,枕上屏山
時節欲黃
,無聊獨倚

  
  
  
  

 

 

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。

ことしも春の盛りを過ぎて行く、宮殿の南園には柳絮が、地面いっぱいに雪のようにつもる。そこに清明節というのに愁いの気持ちでいるところに、春雨が降り始め、今日もふりしきる小雨の音を聞いているしかない。
・南園 特定の庭園をさすのではないであろうが長安の南の曲江であるか、妃嬪の住まいする南側の庭ということになる宮殿邸宅の正門のある方向である。。
・絮 柳絮。(1)白い綿毛をもった柳の種子。また、それが雪のように散るさま。[季]春。 (2)雪の形容。
・一霎 しばらくの時間。
・清明 二十四節気の一。冬至ののち百五日、春分から十五日目。陽暦の四月五、六日ごろ。


雨後卻斜陽,杏花零落香。
雨がやむころには、傾いた日差しが斜めに射しこん照りかえし、この雨で杏の花が一面に散り落ち、良いにおいをあたりにただよわせる。
・雨後卻斜陽 妃嬪の人生を示す。
・零落 ここは杏花の散ってゆくさま。何年か前のこの季節から女のところへ来なくなったもの。


無言勻睡臉,枕上屏山掩。
誰にも遭わず、一言も言わないで、日暮れになり、寝むけ眼の顔に夜のお化粧をととのえる。妃嬪が山の様なシルエットの寝姿で横たわり、今日も屏風に画かれた山とで連山のように動かない。
・屏山 妓女の横向きの寝姿をいう。作者はこの二句にエロチックなことを連想させることを意図している。


時節欲黃昏,無聊獨倚門。
また今年の春も過ぎて、時も季節も、妃嬪もまた歳を重ねる。ただひとりで退屈で園内をそぞろ歩き、門にもたれて、あの方のお越しを待ちわびるのである。
時節欲黃昏 時節の変わり、妓女の年齢の変化、若さ、新鮮さのなくなってきていることを表現する。

無聊【ぶりょう】 退屈なこと。心が楽しまないこと。気が晴れないこと。また、そのさま。むりょう。「―

【訳】 南の苑に柳の繁の敷き積みて、に傾き、香しき杏の花の散り落ちる。

愁し、黙皐つし っ整 しはし聞く清明の雨の音。雨の上がれば口は既に西

う寝覚めの血、枕辺に屏風広がり、夕闇の迫る頃、昧きなく門口に独り身を寄す。

閶闔門001

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠10《菩薩蠻十四首 其十》溫庭筠66首巻一10-〈10〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5247

改訂-1溫庭筠10《菩薩蠻十四首 其十》男楊と女柳の枝がなよなよと揺れるきせつとなったけれど、若々しくそしてなまめかしい体には春は来ない。そして、初夏がおとずれて、は愛の巢にヒナが待っている。愛する君は新しい妃嬪のもとに行っていて、もうここにはお越しにならないと覚悟して生きていくしかない

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠10《菩薩蠻十四首 其十》溫庭筠66首巻一10-10〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5247

 

9.温庭筠

菩薩蠻十四首 其十
若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う

滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はお越しにならないのはまるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。(離宮に行く、避暑地に行くこと、別の妃嬪の所に行く)
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金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、避暑地からお帰りになっているはずなのに、妃嬪の宮殿の閨にお渡りがなく、ながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。
小園芳草綠,家住越溪曲。
又、季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、妃嬪も見初められたあの時は、むかし越の国の美人西施が見初められた若耶渓の「詞曲」のように出会があって、寵愛を受けたという。
楊柳色依依,燕歸君不歸。
又春が来て、男楊と女柳の枝がなよなよと揺れるきせつとなったけれど、若々しくそしてなまめかしい体には春は来ない。そして、初夏がおとずれて、燕には愛の巢にヒナが待っている。愛する君は新しい妃嬪のもとに行っていて、もうここにはお越しにならないと覚悟して生きていくしかない。
(菩薩蠻十四首 其の十)

宮に滿つ月明り 梨花の白,故人 萬裏 關山の隔。
金雁 一雙飛,淚痕 繡衣に沾う。
小園 芳草の綠,家住 越溪の曲。
楊柳 色 依依なり,燕歸 君 歸らず。



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『菩薩蠻十四首 其の十』現代語訳と訳註
(
本文)
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。


(下し文)
(菩薩蠻十四首 其の十)

宮に滿つ月明り 梨花の白,故人 萬裏 關山の隔。
金雁 一雙飛,淚痕 繡衣に沾う。
小園 芳草の綠,家住 越溪の曲。
楊柳 色 依依なり,燕歸 君 歸らず。


(現代語訳)
若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う

後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はお越しにならないのは、まるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。(離宮に行く、避暑地に行くこと、別の妃嬪の所に行く)
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、避暑地からお帰りになっているはずなのに、妃嬪の宮殿の閨にお渡りがなく、ながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。
又、季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、妃嬪も見初められたあの時は、むかし越の国の美人西施が見初められた若耶渓の「詞曲」のように出会があって、寵愛を受けたという。
又春が来て、男楊と女柳の枝がなよなよと揺れるきせつとなったけれど、若々しくそしてなまめかしい体には春は来ない。そして、初夏がおとずれて、燕には愛の巢にヒナが待っている。愛する君は新しい妃嬪のもとに行っていて、もうここにはお越しにならないと覚悟して生きていくしかない。
泰山の夕日02

 (訳注)

菩薩蠻十四首 其十

若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う

【解説】 梨の花の咲く春に寵愛をうけ、避暑に行かれるのを見送ったきり、また、春が来ても、初夏を迎えてもお渡りになる事は無かった妃嬪の情を詠う。

前段は、この素晴らしい春の夜を独り過ごさねはならぬ恨みを語り、金の雁の刺繍も我が流す涙で濡れている。

後段第二句で、妃嬪の宮殿が、越の美女西施が紗を洗ったという川の入江にあると言っているのは、この妃嬪が西施のような美女であることを表現する。そして、今年もまた燕は帰って来たのに愛するお方は妃嬪の元には帰って来ない。別離の情・子作りを詠う詞に燕がよく描かれること、本作にも当てはまる。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

滿宮明月梨花  故人萬裏關山
金雁一雙  淚痕沾繡
小園芳草  家住越溪
楊柳色依  燕歸君不

  
  
  
  

 

滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はお越しにならないのは、まるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。(離宮に行く、避暑地に行くこと、別の妃嬪の所に行く)
滿宮明月梨花白 宮は王者の官室をいう。この場合妃嬪の詩である。この句は、妃嬪が寵愛を受けていたことを表現するものである。百名を超える妃賓の中には、全く寵愛を受けずに過ごす者もいた。寵愛を受ける間に子供ができることが、妃嬪のその後の人生を帰るのである。王宮に限らず、単に満楼というのと変わらないという説もあるが、この語はそんなアバウトな感じでは使えない語である。温庭筠の舞衣曲「不逐秦王巻象株、満楼明月梨花白」。とは異なる。
・關山 辺境の塞・関所をいう。杜甫『洗兵行(洗兵馬)』「三年笛裡關山月,萬國兵前草木風。」
洗兵行 #1 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ992 杜甫特集700- 295杜甫『登岳陽樓』「昔聞洞庭水,今上岳陽樓。呉楚東南坼,乾坤日夜浮。親朋無一字,老病有孤舟。戎馬關山北,憑軒涕泗流。」、李白31 『関山月』「明月出天山、蒼茫雲海間。長風幾萬里、吹度玉門關。漢下白登道、胡窺青海灣。由來征戰地、不見有人還。戍客望邊色、思歸多苦顏。高樓當此夜、歎息未應閑。」高適『塞上聞吹笛』「借問梅花何處落,風吹一夜滿關山。」とある。関所となるべき要害の山。また、ふるさとの四方をとりまく山。故郷。などの意味がある。高適の詩(2 塞上聞吹笛  田家春望 (1)除夜作

金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、避暑地からお帰りになっているはずなのに、妃嬪の宮殿の閨にお渡りがなく、ながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。
金雁 金星が流れて秋が来て雁が帰る季節になったという意。秋は五行で金に配せられる。雁は書信を伝える。天子は、季節により、避暑地に向い、離宮に、あるいは温泉宮にいくので、燕、雁、浮雲、等に喩えて詠われたのである。あくまで、酒の席での詩である。
・涙痕 なみだのながれたあと。単になみだをいうときもある。


小園芳草綠,家住越溪曲。
又、季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、妃嬪も見初められたあの時は、むかし越の国の美人西施が見初められた若耶渓の「詞曲」のように出会があって、寵愛を受けたという。
・越溪曲 越溪は若耶渓。若耶渓は会稽の南から北流して鏡湖に流れ入る。浙江省紹興県南にあり、昔、西施が素足を洗ったところ。ここは美女を西施に比喩していう。李白越女詞五首越女詞 五首 其四淥水曲  李白 1110  採蓮曲(この採連曲のブログで西施について解説している。)。この地方は美人の多い子で有名。素足の女は、楚の国の王を籠絡した女性西施が其ふっくらとした艶的の魅力により語の句に警告させその出発殿のすあしのおんなであったことから、そのエピソードを歌にされたもの。家住は晏幾道の清平楽詞など、詩詞によく見られることば。
晏幾道(清平樂)蓮開欲遍。
一夜秋聲轉。殘綠斷紅香片片。長是西風堪怨。莫愁家住溪邊。采蓮心事年年。誰管水流花謝,月明昨夜蘭船。


楊柳色依依,燕歸君不歸。
又春が来て、男楊と女柳の枝がなよなよと揺れるきせつとなったけれど、若々しくそしてなまめかしい体には春は来ない。そして、初夏がおとずれて、燕には愛の巢にヒナが待っている。愛する君は新しい妃嬪のもとに行っていて、もうここにはお越しにならないと覚悟して生きていくしかない。
・楊柳句 男楊と女柳の枝がなよなよと揺れること。詩経采薇に「楊柳依依」とある。依依は柳の枝のしなやかなさまをいう。
丁子001
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠9《菩薩蠻十四首 其九》溫庭筠66首巻一9-〈9〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5242

改訂-1溫庭筠9《菩薩蠻十四首 其九》 妃嬪は庭を眺めて思いに耽っていたが、せめて夢で寵愛を受けるだけだ。しかし、彼の人のことがやはり胸から離れず、なかなか寝付けない。これが前段の意である。時間の流れからすれば、すぐ近くにいても、寵愛は簡単ではない。「灯、半ば明らかなり」とは、外の月光の明るさと対比した表現は、後宮のおなかの寂しさをあらわしたものである。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠9《菩薩蠻十四首 其九》溫庭筠66首巻一9-9〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5242

 

 

菩薩蠻十四首 其九
(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。
春三月、牡丹の花はちり、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなる。池端の青柳のみどりは繁り、いつしか宮殿の中庭一面に、仲秋の名月が、かげがさす季節に変わる。
相憶夢難成,背窗燈半明。
妃嬪は宮殿のうちにあって、寵愛を失ってからは夢の中でも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ燭灯の向うの窓に背を向けて「逢いたい!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
妃嬪は若くその顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしい、ひとり過ごす宮殿の閨は寂寞としたままで、愁いに沈んでいる。

人遠淚闌幹,燕飛春又殘。
後宮の奥のかこわれた宮殿の閨はひっそりとして人かげもなく、頬には、涙を流し続けてくっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。
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牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。


紅梅002

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『菩薩蠻十四首 其九』現代語訳と訳註
(
本文)
菩薩蠻十四首 其九

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。
相憶夢難成,背窗燈半明。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
人遠淚闌幹,燕飛春又殘。


(下し文)
牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。


(現代語訳)
(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

春三月、牡丹の花はちり、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなる。池端の青柳のみどりは繁り、いつしか宮殿の中庭一面に、仲秋の名月が、かげがさす季節に変わる。
妃嬪は宮殿のうちにあって、寵愛を失ってからは夢の中でも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ燭灯の向うの窓に背を向けて「逢いたい!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
妃嬪は若くその顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしい、ひとり過ごす宮殿の閨は寂寞としたままで、愁いに沈んでいる。

後宮の奥のかこわれた宮殿の閨はひっそりとして人かげもなく、頬には、涙を流し続けてくっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。
海棠花1050

(訳注)
菩薩蠻十四首 其九

(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

【解説】 過ぎゆく春に、寵愛を失った妃嬪の情を詠う。

前段に言う楊は雄を示し揺れる枝は逢瀬をれんそうさせる、季節が変わり、秋の夜長を一人過ごす。作中の妃嬪は庭を眺めて思いに耽っていたが、せめて夢で寵愛を受けるだけだ。しかし、彼の人のことがやはり胸から離れず、なかなか寝付けない。これが前段の意である。

時間の流れからすれば、すぐ近くにいても、寵愛は簡単ではない。「灯、半ば明らかなり」とは、外の月光の明るさと対比した表現は、後宮のおなかの寂しさをあらわしたものである。

後段は、妃嬪は翡翠や黄金の飾りを装ってみたものの、すべて贈り物でいただいたものであるから、独りの世界に閉じ籠もってそれをたえなければいけない。

この詩の表現で、「背窗燈半明」というのは新しい感じがする句である。又、楊柳の内、「楊」:男の語と「月」:女を同じ句の中にあるのは、逢瀬を思い出させるものであり、楊、イクォール別離⇒折楊柳⇒国境の守りに着く⇒遠くの空を見る、と解釈するのは単純すぎる、確かに、一方的に別れておったということは、折楊柳とは無関係である。この詩の面白いのは、近くにいても、思いが届かず、寵愛を失っている状況を詠っていることにある。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

牡丹花謝,綠楊滿院中庭
相憶夢難,背窗燈半
翠鈿金壓
,寂寞香閨
人遠淚闌
,燕飛春又

  
  
  
  

 

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。
春三月、牡丹の花はちり、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなる。池端の青柳のみどりは繁り、いつしか宮殿の中庭一面に、仲秋の名月が、かげがさす季節に変わる。
 花がしぼみおちること。
 止むこと。
・中庭 中心にある庭、なかにわ。


相憶夢難成,背窗燈半明。
妃嬪は宮殿のうちにあって、寵愛を失ってからは夢の中でも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ燭灯の向うの窓に背を向けて「逢いたい!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
・背窓句 宮殿のどこか、窓の向こうに毎日思いを向けている、すぐ手の届くところにいるのに。その思いは一向に届かないこと。


金壓臉,寂寞香閨掩。
妃嬪は若くその顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしい、ひとり過ごす宮殿の閨は寂寞としたままで、愁いに沈んでいる。


人遠淚闌幹,燕飛春又殘。
後宮の奥のかこわれた宮殿の閨はひっそりとして人かげもなく、頬には、涙を流し続けてくっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。
涙闌幹 闌幹は涙の流れるさまであるが、ここでは毎日泣き続けている状況を示しているので、涙か流し枯れてもそのあとは残っているといったほうが理解しやすいとおもう。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠8《菩薩蠻十四首 其八》溫庭筠66首巻一8-〈8〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5237

改訂-1溫庭筠8《菩薩蠻十四首 其八》(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠8《菩薩蠻十四首 其八》溫庭筠66首巻一8-8〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5237



菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉,弄粧梳洗遲。

照花前後鏡,花面交相映。

新帖羅襦,雙雙金鷓鴣。



菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。

江上柳如煙,鴈飛殘月天。

藕絲秋色淺,人勝參差剪。

雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。



菩薩蠻十四首其三

無限當山額,宿粧隱笑紗窗隔。

相見牡丹時,暫來還別離。

翠釵金作股,釵上雙蝶舞。

心事竟誰知,月明花滿枝。



菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,水紋細起春池碧。

池上海棠梨,雨晴紅滿枝。

衫遮笑靨,烟草粘飛蝶。

青瑣對芳菲,玉關音信稀。



菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。

燈在月朧明,覺來聞曉鶯。

玉鉤掛起翠,粧淺舊眉薄。

春夢正關情,鏡中鬢輕。



菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,柳絲娜春無力。

門外草萋萋,送君聞馬嘶。

畫羅金翡翠,香燭消成

花落子規啼,綠窗殘夢迷。



菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。

明鏡照新粧,鬢輕雙臉長。

畫樓相望久,欄外垂絲柳。

意信不歸來,社前雙迴。



菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠闌干,燕飛春又殘。



菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,故人萬里關山隔。

金雁一雙飛,痕沾衣。

小園芳艸綠,家住越溪曲。

楊柳色依依,歸君不歸。



菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒香關上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。



菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。

雨後卻斜陽,杏華零落香。

無言睡臉,枕上屏山掩。

時節欲昏,無獨倚門。



菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,重簾悄悄無人語。

深處麝煙長,臥時留薄粧。

當年還自惜,往事那堪憶。

花落月明殘,錦衾知曉寒。



菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香紅絲拂。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。

簾垂菉簌,眉黛遠山綠。

春水渡溪橋,凭欄魂欲消。



菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。

山枕隱,綠檀金鳳凰。

兩蛾愁黛淺,故國宮遠。

春恨正關情,畫樓殘點聲。



妃嬪に関する制度 ―――――――――――

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の妾【ようしょう】の身分があった。



后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」(『旧唐書』王鋲伝)。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。



彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。



日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。