玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

後宮 妃嬪

7毛文錫《巻五09贊成功一首》『花間集』210全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6322

毛文錫  贊成功  

海棠未坼,萬點深紅,香包緘結一重重。似含羞態,邀勒春風。蜂來蝶去,任遶芳叢。

昨夜微雨,飄灑庭中,忽聞聲滴井邊桐。美人驚起,坐聽晨鐘。快教折取,戴玉瓏璁。

(海棠花の蕾の様な年若い女性が妃嬪として後宮に入り寵愛を一手に受けていることを詠う。)海棠花はいまだ花を開いてはいないけれど庭には赤い蕾が転々として深紅にひろがっている。たくさんの蕾は包み込んではいるものの、持っている香りをほのかにするが、その花ビラを一重、一重と結んでしまいこんでいる。それは恥じらいのしぐさを含んでいるし、春風が強く吹いてくれば迎える様にして花を開く。そうして、やがて蜂が飛んでくれば、今度は蝶が飛び去ってゆく、自由に飛びかい芳しい香りの叢に入る。昨夜は、小雨が降ったので、寝殿前の庭中が潤い色を濃くしとてもきれいになってくる。暫くすると、たちまち井戸のまわりの梧桐の葉に雨が滴り堕ちる雨音がきこえてくる。美人妃は雨音に驚いて起き上がったが、落ち着き払って朝方の鐘の音を聞いている。海棠花というべき妃嬪は、いろんなことを教えられ、心地良い事を教えられ、折られ摘み取られて行く、宝玉を頂戴して、宝玉が清らかにあたって鳴って妃嬪は今が最盛期である。

7毛文錫《巻五09贊成功一首》『花間集』210全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6322

 
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7毛文錫《巻五08喜遷鶯一首》『花間集』209全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6317

毛文錫  喜遷鶯一首  

芳春景,曖晴煙,喬木見鶯遷。 傳枝偎葉語關關,飛過綺叢間。

錦翼鮮,金毳軟,百囀千嬌相喚。碧紗曉怕聞聲,驚破鴛鴦暖。

(春が来て寵愛を受けた妃嬪は、春の暖かな砂浜に睦まじくする鴛鴦のように過すと詠う)芳しい香りが風に乗って来る春の景色、晴れあがっているが春霞に覆われてぼんやりしている。飛び遷ってきた鶯が高い木にとまっている。林の木々の葉が重なり伝わる葉擦れの音が聞こえその音に合わせて寄り添うように鳥たちがなごやかに啼いている。飛び立ったかと思うと奇麗な草むらの間に入っていく。その鳥の翼は錦織のようにあざやかに輝き、腹毛は柔らかに金色に輝く、だから、「ももさえずり」は、すべて艶めかしく、愛嬌をふりまいて、おおきな声で互いを呼び合ったりしている。朝日が昇り、東の高窓の紗を照らしたので急に明るくなった閨で、鶯啼が春の夜明けを知らせるために啼く時間に聞くことができなかったことが心配になるけれど、それに、夢を見ていたのが破れて起き上がって驚きはしたけれど、日が登ってくれば鴛鴦が砂浜で過ごす暖かい日よりになってくる。

 

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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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花間集の中で喜遷鶯は六首以下のとおりである。

韋相莊(韋荘)

(改訂版)-35韋荘113《巻3-13 喜遷鶯二首 其一》

(改訂版)-36韋荘114《巻3-14 喜遷鶯二首 其二》

薛侍郎昭蘊(薛昭蘊)

(改訂版)-4.薛昭蘊135巻三35喜遷鶯三首 其一》

(改訂版)-4.薛昭蘊136《巻三36喜遷鶯三首 其二》

(改訂版)-4.薛昭蘊137《巻三37喜遷鶯三首 其三》

毛文錫(毛司徒文錫)

喜遷鶯一首

 

遷鶯 鶯遷のこと。 鶯が谷から出て大きな木に移ること。転じて、立身出世すること。進士の試験に及第することをいう。科挙の試験に合格し、朝まだき、天子にお目見えするさまを、道教の神、玉華君にお目見えするさまを借りて詠うもので率直な表現をしている。前段は、天子に拝謁に向かう騎馬の行列の鳴り物入りの賑やかなさまは他人の騒がしさ、襟や袖を吹き過ぎる夜明けの風の模様、五更の空は自分自身が感じるこれまでと違った感覚などを描写する。後段は、参内する科挙の合格者の騎馬の列、それを導く儀仗隊の盛んなさま、合格者の豪華な着衣などを描写した後、いよいよ天子に拝謁するさまを述べる。韋荘は科挙の試験に幾度も失敗を重ね、晩年、五十九歳になって初めて合格した。この詞には、その歓びのさまが言葉の端々に表れている。後段最後の「玉華君に引見せらる」の句は、科挙の合格者が、天子直々の試験、殿試験を受けることを言ったものである。

『喜遷鶯二首』其一、『題酒家』「酒綠花紅客愛詩,落花春岸酒家旗。尋思避世爲逋客,不醉長醒也是癡。」題酒家 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-278-5-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2937

韋莊 長安春

長安二月多香塵、六街車馬聲鈴凛。

家家楼上如花人、千枝萬枝紅艶新。

簾間笑語自相問、何人占得長安春。

長安春色本無主、古来盡屬紅樓女。

如今無奈杏園人、駿馬輕車擁将去。

長安春 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-269-5-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2892 

薛昭蘊 喜遷鶯三首 其二

(改訂版)-4.薛昭蘊136《巻三36喜遷鶯三首 其二》 

喜遷鶯三首 其二

金門曉,玉京春,駿馬驟輕塵。

樺煙深處白衫新,認得化龍身。

九陌喧,千啓,滿袖桂香風細。

杏園歡宴曲江濱,自此占芳辰。

(喜遷鶯三首 其の二)

金門の曉,玉京の春,駿馬は驟【はし】り 輕塵【じんけい】す。

樺煙 深處 白衫の新,認得す 龍身に化するを。

九陌の喧,千の啓,滿袖 桂香 風細やかなる。

杏園の歡宴 曲江の濱,自ら此に 芳辰を占む。

(喜遷鶯三首 其の二:科挙に及第したその当日、天子に謁見し、その後街に出て祝福を受け、杏園、曲江での祝宴を満喫すると詠う。)

いつも見る金光門の暁が、今日は晴れやかだ、天子におあいできる輝かしい都の春である、駿馬もこの日は次々に入城してきて、急ぎ馬が砂塵を巻いて突っ走り、人も集まって進むと砂塵が舞う。

謁見の宮殿には樺の燭火の煙は奥まったところにまで漂っていて、そこには白く新しい上着をまとった官女がならぶ、そこ二つの角と五つの爪を持つ龍に化身された皇帝が鎮座されているのが分かった、科挙試験合格が実感として感じる。

安城の南北にぬける「九通」はどの通りも喧しくなり、たくさんの邸宅、家という家の門は開かれた、及第者は、各家を回って祝ってもらう、通りの大勢の人々は手を振って喜んでくれ、各所で焚かれる桂のお香は春のおだやかな微風に乗って届いてくる。

夕方には、杏園で、歓喜の祝宴を賜り、曲江のほとりの砂浜でも色とりどりの幔幕が張られ祝いの宴が催され、長安の街を園遊する。このようにいま自分は目標を達成し、よい日、よい時を一人でかみしめ、満喫しているのだ。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊136《巻三36喜遷鶯三首 其二》巻三3636-136〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5882

またの名を《早梅芳》、《春光好》、《烘春桃李》、《喜遷鶯令》、《萬年枝》、《燕歸來》、《鶴沖天》、《鶴冲霽》、《燕帰梁》、などという。「花間集」には韋荘の詩二首収められている。双調四十七字、前段二十三字五句五平韻、後段二十四字五句二仄韻二平韻で、③③⑤⑦⑤/3❸❻⑦⑤の詞形をとっている。

 長安皇城宮城00

 

喜遷鶯一首

(春が来て寵愛を受けた妃嬪は、春の暖かな砂浜に睦まじくする鴛鴦のように過すと詠う)

芳春景,曖晴煙,喬木見鶯遷。

芳しい香りが風に乗って来る春の景色、晴れあがっているが春霞に覆われてぼんやりしている。飛び遷ってきた鶯が高い木にとまっている。

傳枝葉語關關,飛過綺叢間。

林の木々の葉が重なり伝わる葉擦れの音が聞こえその音に合わせて寄り添うように鳥たちがなごやかに啼いている。飛び立ったかと思うと奇麗な草むらの間に入っていく。

錦翼鮮,金毳軟,百囀千嬌相喚。

その鳥の翼は錦織のようにあざやかに輝き、腹毛は柔らかに金色に輝く、だから、「ももさえずり」は、すべて艶めかしく、愛嬌をふりまいて、おおきな声で互いを呼び合ったりしている。

碧紗曉怕聞聲,驚破鴛鴦暖。

朝日が昇り、東の高窓の紗を照らしたので急に明るくなった閨で、鶯啼が春の夜明けを知らせるために啼く時間に聞くことができなかったことが心配になるけれど、それに、夢を見ていたのが破れて起き上がって驚きはしたけれど、日が登ってくれば鴛鴦が砂浜で過ごす暖かい日よりになってくる。

 

(喜遷鶯一首)

芳しき春景,曖かな晴煙,喬木 鶯遷を見る。

傳枝  關關と語り,飛びて綺叢の間を過る。

錦翼の鮮,金毳の軟,百囀 千嬌 相いに喚す。

碧紗の曉 聲を聞くを怕れ,破れるを驚けど 鴛鴦の暖。

 

 

『喜遷鶯一首』 現代語訳と訳註

(本文)

喜遷鶯一首

芳春景,曖晴煙,喬木見鶯遷。

傳枝偎葉語關關,飛過綺叢間。

錦翼鮮,金毳軟,百囀千嬌相喚。

碧紗曉怕聞聲,驚破鴛鴦暖。

 

(下し文)

(喜遷鶯一首)

芳しき春景,曖かな晴煙,喬木 鶯遷を見る。

傳枝 偎葉 關關と語り,飛びて綺叢の間を過る。

錦翼の鮮,金毳の軟,百囀 千嬌 相いに喚す。

碧紗の曉 聲を聞くを怕れ,破れるを驚けど 鴛鴦の暖。

 

(現代語訳)

(春が来て寵愛を受けた妃嬪は、春の暖かな砂浜に睦まじくする鴛鴦のように過すと詠う)

芳しい香りが風に乗って来る春の景色、晴れあがっているが春霞に覆われてぼんやりしている。飛び遷ってきた鶯が高い木にとまっている。

林の木々の葉が重なり伝わる葉擦れの音が聞こえその音に合わせて寄り添うように鳥たちがなごやかに啼いている。飛び立ったかと思うと奇麗な草むらの間に入っていく。

その鳥の翼は錦織のようにあざやかに輝き、腹毛は柔らかに金色に輝く、だから、「ももさえずり」は、すべて艶めかしく、愛嬌をふりまいて、おおきな声で互いを呼び合ったりしている。

朝日が昇り、東の高窓の紗を照らしたので急に明るくなった閨で、鶯啼が春の夜明けを知らせるために啼く時間に聞くことができなかったことが心配になるけれど、それに、夢を見ていたのが破れて起き上がって驚きはしたけれど、日が登ってくれば鴛鴦が砂浜で過ごす暖かい日よりになってくる。

 

(訳注)

喜遷鶯一首

(春が来て寵愛を受けた妃嬪は、春の暖かな砂浜に睦まじくする鴛鴦のように過すと詠う)

前段は春行楽に寵愛され、わが世の春と有頂天、良い暮らしにかわってゆく、後段、また来た春にも、寵愛を受け続けてゆくという女を詠う。

またの名を喜選鶯令、鶴冲天、鶴冲霽、燕帰来、燕帰梁、早梅芳、春光好などという。“花間集」には毛文錫の詩一首収められている。双調四十七字、前段二十三字五句四平韻、後段二十四字五句四仄韻で、3③⑤⑦⑤/❸❸❻7❺の詞形をとっている。

喜遷鶯一首

芳春景,曖晴,喬木見鶯

傳枝偎葉語關,飛過綺叢

錦翼,金毳,百囀千嬌相

碧紗曉怕聞聲,驚破鴛鴦

○○●  ●○○  ○●●○○

△○○●●○○  ○△●○△

●●△  ○●●  ●●○△△●

●○?●●△○  ○●○○●

 

芳春景,曖晴煙,喬木見鶯遷。

芳しい香りが風に乗って来る春の景色、晴れあがっているが春霞に覆われてぼんやりしている。飛び遷ってきた鶯が高い木にとまっている。

○芳春景 芳しい香りが風に乗って來る春の景色。

曖晴煙 はっきりせず、ぼんやりしているさま。あやふやなさま。春の朧な様子。

○喬木 高木(こうぼく)は、植物学の用語で、木本のうち、樹高が5mを超える植物のことである。10m未満のものを小高木、20mを超えるものを大高木と呼ぶこともある。広義(一般)では、高木(こうぼく、たかぎ)は丈の高い(人の背丈以上の)木をいう。 喬木(きょうぼく) 

○鶯遷 鶯が谷から出て大きな木に移ること。転じて、立身出世すること。進士の試験に及第すること。地位の変化により女を棄てることを意味する。

 

傳枝偎葉語關關,飛過綺叢間。

林の木々の葉が重なり伝わる葉擦れの音が聞こえその音に合わせて寄り添うように鳥たちがなごやかに啼いている。飛び立ったかと思うと奇麗な草むらの間に入っていく。

傳枝 葉が重なり伝わるように、鬱蒼とした様子ではない。

偎葉 ぴったり寄り添う,寄り掛かる, 偎依寄り掛かる.

關關 一羽でなくいろんな多くの鳥がなごやかに啼くこと。

 

錦翼鮮,金毳軟,百囀千嬌相喚。

その鳥の翼は錦織のようにあざやかに輝き、腹毛は柔らかに金色に輝く、だから、「ももさえずり」は、すべて艶めかしく、愛嬌をふりまいて、おおきな声で互いを呼び合ったりしている。

○錦翼 錦織のように輝くつばさ。立身出世して雲の上の存在になる様子。

李白、樂府『雉子斑』〔設辟邪伎鼓吹雉子斑曲辭〕

辟邪伎作鼓吹驚,雉子班之奏曲成,喔咿振迅欲飛鳴。

扇錦翼,雄風生。

雙雌同飲啄,趫悍誰能爭。

乍向草中耿介死,不求黃金籠下生。

天地至廣大,何惜遂物情。

善卷讓天子,務光亦逃名。

所貴曠士懷,朗然合太清。

○金毳 金の細くてやわらかい毛、金色に輝く柔らかな鳥の腹毛。

○百囀 ももさえずり。多くの人が一気にしゃべっていること。数多くさえずること。

○千嬌 千の艶めかしく、愛嬌をふりまく。あでやか。なまめかしい。この句は出世した男に女たちがすり寄ってくる様子をいう。

○相喚1 大声で呼ぶ。わめく。「喚呼・喚声/叫喚」2 呼び出す。

 

碧紗曉怕聞聲,驚破鴛鴦暖。

朝日が昇り、東の高窓の紗を照らしたので急に明るくなった閨で、鶯啼が春の夜明けを知らせるために啼く時間に聞くことができなかったことが心配になるけれど、それに、夢を見ていたのが破れて起き上がって驚きはしたけれど、日が登ってくれば鴛鴦が砂浜で過ごす暖かい日よりになってくる。

○碧紗 薄緑の薄絹を張って窓、東の高窓をいう。

䆫曉 うす絹を張った高窓に夜明けの横に入る日差しが窓を照らす。朝方がたまで愛し合っていて急に朝日が射したために、高窓の紗を照らしたので急に閨全体が明るくなった様子を云う。

毛文錫『紗窓恨』

恨二首 其一

新春鷰子還來至,一雙飛。

壘巢泥濕時時墜,涴人衣。

後園裏看百花發,香風拂,繡金扉。

月照紗,恨依依。

紗窗恨 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-368-8-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3387

怕聞聲 夜明けを知らせるために泣く時間に泣くことができなかったことが心配になる。

○驚破鴛鴦 夢を見ていたのが破れて起き上がって驚いたけれど、日が登って鴛鴦が砂浜で過ごす暖かい日よりになってくる。

長安城図 作図00
 

7毛文錫《巻五07酒泉子一首》『花間集』208全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6312

毛文錫  酒泉子  

綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。蕙風飄蕩,入芳叢,惹殘紅。

柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。海棠花下思朦朧,醉香風。

(前の春、あれほど寵愛を受けたのに、春になっても、行楽に行くこともなく後宮の海棠花の下で、ただ酒を呑むだけと詠う。)柳の木樹は緑に繁り、春の景色は盛りになってきた。ツバメは梁の上で雛たちが囀り、しきりに春を告げていた鶯の啼き声も、次第に断続的になり、そして、聞えなくなった。花のかおりは風に乗ってただよい、その芳しい香りがうっそうと茂る花木草木の中に入ってゆく。それでも残って咲いている花にまでとりこになってしまう。みどりが濃くなった柳の枝には、しなやかに揺る燻煙も、ただ空しいものと力もなくなっていく、そこには話すわけでもなく、金の盃に注がれる酒を全て飲み続け、酔いつぶれるしかない。また、春を誇る海棠花が咲くその下で、あのお方への思いは、ただ朦朧とするだけで、この香りのよい風にあたって酔っている。

7毛文錫《巻五07酒泉子一首》『花間集』208全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6312

 
 2015年7月16日の紀頌之5つのBlog 
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274 《卷十六11送姪良攜二妓赴會稽戲有此贈(改訂)》Index-19 Ⅱー14-739年開元二十七年39歳 <274> Ⅰ李白詩1552 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6308 
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7毛文錫《巻五06虞美人二首其二》『花間集』207全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6307

毛文錫  虞美人二首 其二  

寶檀金縷鴛鴦枕,綬帶盤宮錦。夕陽低映小明,南園綠樹語鶯鶯,夢難成。

玉鑪香暖頻添炷,滿地飄輕絮。珠簾不卷度沉煙,庭前閑立畫鞦韆,豔陽天。

(春になり、その盛りのころは寵愛を一手に受けていたが、春の終わりには寵愛を失ったという、その情景を詠う)閨の寝牀は寶檀であり、金糸飾りが施され、鴛鴦のように枕に臥す、寝殿には綬帶鳥図に盤宮錦とありとあらゆる飾りに寵愛されているのを感じるものにかこまれている。日も長く、夕日は低く照らし、寝殿閨の小窓を明るくする。春も終わるころになり、寝殿南側の庭園に葉もうっそうと茂るころには、愛し合いながらも別れることになる「鶯鶯伝」を語ることになる。夢は、現実になることは難しいものだ。

7毛文錫《巻五06虞美人二首其二》『花間集』207全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6307

 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-71杜甫 《1711宿江邊閣【案:即後西閣。】》七言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-71 <934> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6305 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

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張泌《巻五02江城子 二首之二》『花間集』203全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6287

張泌  江城子 二首 其二  

浣花溪上見卿卿,臉波秋水明,黛眉輕。綠雲高綰,金族小蜻蜓。好是問他來得磨?和笑道:莫多情。

(花が咲き乱れる川の畔二、行楽で楽しむ甘え声が聞こえてくる。それ以来秋になっても寵愛を受け続ける、何不自由のない生活に、このままの生活でいいのと尋ねたら、「やっぱり浮気心はいけないよ」答えたと詠う)

張泌《巻五02江城子 二首之二》『花間集』203全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6287

 
 2015年7月11日の紀頌之5つのBlog 
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271#2 《卷12-16月夜江行寄崔員外宗之#2》Index-19 Ⅱー14-739年開元二十七年39歳 【2分割】<271#2> Ⅰ李白詩1547 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6283 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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76-#9 《八讀巻六11 祭十二郎文》-9 韓愈(韓退之) 803年貞元19年 38歳<1460> Ⅱ【18分割】 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6284 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-67杜甫 《1492寄岑嘉州【案:自注:州據蜀江外。】#1》【2分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-67 <931-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6285 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog張泌《巻五02江城子 二首之二》『花間集』203全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6287 
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(改訂版Ver.2.1

江城子 二首其一

(妃嬪であっても、何も変わらず、早春になっても、清明節の行楽の時節になっても、することは、寵愛を受ける準備だけをひたすらするだけで、だれともよていはない、化粧もすぐに済ませるし、何事もおこらないし、心に、何ももつことなくすぎてゆくと詠う。)

碧欄干外小中庭,雨初晴,曉鶯聲。

寝殿につながる長い渡り廊下の手すりに沿って小庭があり、その先には中庭がある。春の長雨の後の若芽が芽吹く春らしい潤いのある晴れが広がると、暁の鶯の声が聞こえてきて、早春の季節がくる。

飛絮落花,時節近清明。

柳絮は風に舞い飛び散り、春の花は落ちはじめると、もう間もなく、寒食。清明節の季節になる。

睡起捲簾無一事,面了,沒心情。

妃嬪は眠りから醒めれば起きだして、簾を巻き上げ、外にはする何事もなく、寵愛を受ける準備をすることだけが仕事である。朝化粧はすぐにおわるし、心の中にある思いや感情がなんにもなくなっている。

(江城子 二首其の一)

碧の欄干の外 中庭小さくし,雨初めて晴れ,曉の鶯は聲す。

絮を飛し 花を落す,時節は清明に近ずく。

睡りから起きて簾を捲く 一の事も無し,面をえ了り,心も情も沒【な】くす。

 

(改訂版Ver.2.1

江城子 二首其二

(花が咲き乱れる川の畔二、行楽で楽しむ甘え声が聞こえてくる。それ以来秋になっても寵愛を受け続ける、何不自由のない生活に、このままの生活でいいのと尋ねたら、「やっぱり浮気心はいけないよ」答えたと詠う)

浣花溪上見卿卿,臉波秋水明,黛眉輕。

花さき乱れる渓のほとりには、男女の仲睦まじい所を見る。清らかな目のような波、澄わたった水鏡のような水面をつきがあかるく照らす。疑いもなく交わることで、まゆずみでかいた眉もかろやかである。

綠雲高綰,金族小蜻蜓。

両鬢にみどりの黒髪を雲型にして、頭の中央には、高く束ねて流行の髪型にしている。流行の小さなトンボの金細工の飾りをつけている。

好是問他來得磨?和笑道:莫多情。

こんな生活を続けていていいものだろうかと聞いてみる“そうしたら、笑って答えてくれる。「情が深いのはいいけどそれが浮気心ではいけない。」”と。

江城子 二首其の二

浣花溪の上【ほと】り卿卿するを見る,臉波 秋水明るく,黛眉 輕し。

綠雲 高綰にして,金族の小蜻蜓あり。

是を好とし 他に問う「來りて磨を得んや?」和かに笑うて道う「多情する莫れ。」

 

 

(改訂版Ver.2.1

『江城子 二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

江城子 二首 其二

浣花溪上見卿卿,臉波秋水明,黛眉輕。

綠雲高綰,金族小蜻蜓。

好是問他來得磨?和笑道:莫多情。

 

(下し文)

江城子 二首其の二

浣花溪の上【ほと】り卿卿するを見る,臉波 秋水明るく,黛眉 輕し。

綠雲 高綰にして,金族の小蜻蜓あり。

是を好とし 他に問う「來りて磨を得んや?」和かに笑うて道う「多情する莫れ。」と

 

(現代語訳)

(花が咲き乱れる川の畔二、行楽で楽しむ甘え声が聞こえてくる。それ以来秋になっても寵愛を受け続ける、何不自由のない生活に、このままの生活でいいのと尋ねたら、「やっぱり浮気心はいけないよ」答えたと詠う)

花さき乱れる渓のほとりには、男女の仲睦まじい所を見る。清らかな目のような波、澄わたった水鏡のような水面をつきがあかるく照らす。疑いもなく交わることで、まゆずみでかいた眉もかろやかである。

両鬢にみどりの黒髪を雲型にして、頭の中央には、高く束ねて流行の髪型にしている。流行の小さなトンボの金細工の飾りをつけている。

こんな生活を続けていていいものだろうかと聞いてみる“そうしたら、笑って答えてくれる。「情が深いのはいいけどそれが浮気心ではいけない。」”と。

 

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

江城子 二首 其二

(花が咲き乱れる川の畔二、行楽で楽しむ甘え声が聞こえてくる。それ以来秋になっても寵愛を受け続ける、何不自由のない生活に、このままの生活でいいのと尋ねたら、「やっぱり浮気心はいけないよ」答えたと詠う)

・張泌:唐末~五代・後蜀の詞人。唐末に進士となる。生没年不詳。出身地不詳。五代・後蜀の花間派(五代・『花間集』に掲載された詞人)たちの一。官は右諫議大夫史館修撰で終わる。

『花間集』には張泌の江城子が二首収められている。単調三十五字、八句五平韻で、⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

江城子 二首其一

碧欄干外小中、 雨初晴、 曉鶯聲。

飛絮落花、 時節近清明。

睡起捲簾無一事、 勻面了、 沒心情。

●○○●●△○  ●○○ ●○○

○●●○ ○●●○○

●●△○○●● ○●● ●○○

江城子 二首其二

浣花溪上見卿,臉波秋水,黛眉

綠雲高綰,金族小蜻

好是問他來得磨?和笑道:莫多

   

 

   

 

浣花溪上見卿卿,臉波秋水明,黛眉輕。

花さき乱れる渓のほとりには、男女の仲睦まじい所を見る。清らかな目のような波、澄わたった水鏡のような水面をつきがあかるく照らす。疑いもなく交わることで、まゆずみでかいた眉もかろやかである。

・浣花溪 花さき乱れる浣花渓。杜甫が名づけた成都の草堂のあった場所、後、薛濤が晩年に草堂に隠遁した。

・卿卿 昵懇の間柄。貴人と逢ってうれしい状況を云う。男女の情事の際の声を意味する。形容夫妻或相的男女十分昵人は手に手を取っていつまでも語り合い,仲むつまじい限りだ。

牛嶠『菩薩蠻七首 其三』

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。

樓上望卿卿寒新雨晴。

薰爐蒙翠被,繡帳鴛鴦睡。

何處有相知,羨他初畫眉。

・臉波 清らかな目のような波。

菩薩蠻七首 其二

柳花飛處鶯聲急,暗街春色香車立。

金鳳小簾開,臉波和恨來。

今宵求夢想,難到青樓上。

贏得一場愁,鴛衾誰並頭。

菩薩蠻七首 二 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-331-6-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3202

花間集「臉波」

牛嶠

巻四16菩薩蠻七首其二

金鳳小簾開,臉波和恨來。

張泌

巻五02江城子二首其二

浣花溪上見卿卿,臉波秋水明,黛眉輕。

和凝

巻六17臨江仙二首其二

肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。

顧夐

巻六47甘州子五首其五

山枕上,燈背臉波橫。

・秋水明 秋水:秋のころの澄わたった水。清らかに張った空と海。転じて清廉潔白清らかさを喩える。

・黛眉 まゆずみでかいた眉 (まゆ)

 

綠雲高綰,金族小蜻蜓。

両鬢にみどりの黒髪を雲型にして、頭の中央には、高く束ねて流行の髪型にしている。流行の小さなトンボの金細工の飾りをつけている。

・綰 髪をかき上げて束ねる。「人皆は今は長しと―・けと言へど」〈万・一二四〉2 舟をあやつる。「大舟を荒海(あるみ)に漕ぎ出で八()舟―・け我が見し児らがまみは著(しる)しも」〈万・一二六六〉3 《「だく」とも》手綱をあやつる。

・金族 金細工の群がったもの

・蜻蜓 とんぼ。ここでは髪飾り。

 

好是問他來得磨?和笑道:莫多情。

こんな生活を続けていていい者だろうかと聞いてみる“そうしたら、笑って答えてくれる。「情が深いのはいいけどそれが浮気心ではいけない。」”と。

・好是 ~したほうがよい。

・多情 ]1 情が深くて、感じやすいこと。また、そのさま。2 異性に対する心が移りやすいこと。また、そのさま。移り気。

江城子二首 其一

恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。

朱唇未動,先覺口脂香。

緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

103 江城子 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-295-5-#49  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3022

 

『天仙子 其一』 

惆望前回夢裏期、看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢。

眉眼細、鬢雲垂。

唯有多情宋玉知。

天仙子 其一 ~ 其五 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-270-5-#24  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2897

張泌《巻五01江城子 二首之一》『花間集』202全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6282

張泌  江城子 二首 其一  

碧欄干外小中庭,雨初晴,曉鶯聲。飛絮落花,時節近清明。睡起捲簾無一事,勻面了,沒心情。

(妃嬪であっても、何も変わらず、早春になっても、清明節の行楽の時節になっても、することは、寵愛を受ける準備だけをひたすらするだけで、だれともよていはない、化粧もすぐに済ませるし、何事もおこらないし、心に、何ももつことなくすぎてゆくと詠う。)

 

 

張泌《巻五01江城子 二首之一》『花間集』202全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6282

 
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(改訂版Ver.2.1

江城子 二首其一

(妃嬪であっても、何も変わらず、早春になっても、清明節の行楽の時節になっても、することは、寵愛を受ける準備だけをひたすらするだけで、だれともよていはない、化粧もすぐに済ませるし、何事もおこらないし、心に、何ももつことなくすぎてゆくと詠う。)

碧欄干外小中庭,雨初晴,曉鶯聲。

寝殿につながる長い渡り廊下の手すりに沿って小庭があり、その先には中庭がある。春の長雨の後の若芽が芽吹く春らしい潤いのある晴れが広がると、暁の鶯の声が聞こえてきて、早春の季節がくる。

飛絮落花,時節近清明。

柳絮は風に舞い飛び散り、春の花は落ちはじめると、もう間もなく、寒食。清明節の季節になる。

睡起捲簾無一事,面了,沒心情。

妃嬪は眠りから醒めれば起きだして、簾を巻き上げ、外にはする何事もなく、寵愛を受ける準備をすることだけが仕事である。朝化粧はすぐにおわるし、心の中にある思いや感情がなんにもなくなっている。

(江城子 二首其の一)

碧の欄干の外 中庭小さくし,雨初めて晴れ,曉の鶯は聲す。

絮を飛し 花を落す,時節は清明に近ずく。

睡りから起きて簾を捲く 一の事も無し,面をえ了り,心も情も沒【な】くす。

 

其二

浣花溪上見卿卿,臉波秋水明,黛眉輕。

綠雲高綰,金族小蜻蜓。

好是問他來得磨?和笑道:莫多情。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『江城子 二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

江城子 二首 其一

碧欄干外小中庭,雨初晴,曉鶯聲。

飛絮落花,時節近清明。

睡起捲簾無一事,勻面了,沒心情。

 

 

(下し文)

(江城子 二首其の一)

碧の欄干の外 中庭小さくし,雨初めて晴れ,曉の鶯は聲す。

絮を飛し 花を落す,時節は清明に近ずく。

睡りから起きて簾を捲く 一の事も無し,面を勻え了り,心も情も沒くす。

 

 

(現代語訳)

(妃嬪であっても、何も変わらず、早春になっても、清明節の行楽の時節になっても、することは、寵愛を受ける準備だけをひたすらするだけで、だれともよていはない、化粧もすぐに済ませるし、何事もおこらないし、心に、何ももつことなくすぎてゆくと詠う。)

寝殿につながる長い渡り廊下の手すりに沿って小庭があり、その先には中庭がある。春の長雨の後の若芽が芽吹く春らしい潤いのある晴れが広がると、暁の鶯の声が聞こえてきて、早春の季節がくる。

柳絮は風に舞い飛び散り、春の花は落ちはじめると、もう間もなく、寒食。清明節の季節になる。

妃嬪は眠りから醒めれば起きだして、簾を巻き上げ、外にはする何事もなく、寵愛を受ける準備をすることだけが仕事である。朝化粧はすぐにおわるし、心の中にある思いや感情がなんにもなくなっている。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

江城子 二首 其一

(妃嬪であっても、何も変わらず、早春になっても、清明節の行楽の時節になっても、することは、寵愛を受ける準備だけをひたすらするだけで、だれともよていはない、化粧もすぐに済ませるし、何事もおこらないし、心に、何ももつことなくすぎてゆくと詠う。)

愛されるかどうかというのは問題なく、愛されることなくても、ただ毎日そのための準備だけをするというもの。最大120~130名もの、妃を制度として老いた。そのための準備をするのが数万人の宮女の仕事である。

唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

韋荘、牛嶠の『江城子』参照。欧陽烱については後日掲載する。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-25韋荘103《巻3-03 江城子二首 其一》三巻3-〈103〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5717

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》三巻4-〈104〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5722

牛嶠《巻四22江城子二首 其一》『花間集』173全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6137

牛嶠《巻四23江城子二首 其二》『花間集』174全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6142

11 -16 江城子一首 歐陽舍人炯十七首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-426-11-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3677

 

『花間集』には張泌の江城子が二首収められている。単調三十五字、八句五平韻で、⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

碧欄干外小中、 雨初晴、 曉鶯聲。

飛絮落花、 時節近清明。

睡起捲簾無一事、 勻面了、 沒心情。

●○○●●△○  ●○○ ●○○

○●●○ ○●●○○

●●△○○●● ○●● ●○○

 

碧欄干外小中庭,雨初晴,曉鶯聲。

寝殿につながる長い渡り廊下の手すりに沿って小庭があり、その先には中庭がある。春の長雨の後の若芽が芽吹く春らしい潤いのある晴れが広がると、暁の鶯の声が聞こえてきて、早春の季節がくる。

○碧欄 東側の欄干。寝殿への渡り廊下の欄干。

○小中庭 後宮寝殿へ続く庭。

雨初晴 春の長雨の後の若芽が芽吹く春らしい潤いのある晴れの様子を意。。

○曉鶯聲 鶯は早春の暁に春を告げるために啼くもの。

 

飛絮落花,時節近清明。

柳絮は風に舞い飛び散り、春の花は落ちはじめると、もう間もなく、寒食。清明節の季節になる。

飛絮落花 前聯が早春を表現し、この聯は盛春をいう。

清明 春分から数えて十五日目。二十四節気の一つ。現在の四月四、五日頃。韋荘の詞と極似している。寒食、清明節は行楽の時季の始まり。

韋荘『河傳其三』

錦浦,春女,繡衣金縷,霧薄雲輕。

花深柳暗,時節正是清明雨初晴

玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。

香塵隱映,遙見翠檻紅摟,黛眉愁。

寒食節は、2月末に、一日中冷たいものを食べる。前後3日間、火を焚くこと、夜間に灯りをつけることを禁じられた。清明節は、31日に寒食節が終わると、一続きで行われる、家で新火をおこし始める行事である。

 

睡起捲簾無一事,勻面了,沒心情。

妃嬪は眠りから醒めれば起きだして、簾を巻き上げ、外にはする何事もなく、寵愛を受ける準備をすることだけが仕事である。朝化粧はすぐにおわるし、心の中にある思いや感情がなんにもなくなっている。

無一事 寵愛を受ける準備をすることだけが仕事であり、外にすることはない。

勻面了 顔を整える、化粧するのもすぐ終わる。・勻面:顔を整える、化粧する。謂化妝時用手搓臉使脂粉勻凈。指用脂粉化妝過的臉。

沒心情 心の中にある思いや感情がなくなる。・心情:心の中にある思いや感情。

 

張泌《巻四50柳枝一首》『花間集』201全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6277

張泌  柳枝一首  

膩粉瓊粧透碧紗,雪休誇。金鳳搔頭墮鬢斜,髮交加。

倚著雲屏新睡覺,思夢笑。紅腮隱出枕函花,有些些。

(柳のようにほそく、柳絮の白より白く美しい姿、妃嬪の美しさを詠う)柳のようにほそく美しい姿、なめらかな白粉、紅い宝玉に飾られ、碧い薄絹から細腰が透けて見える。雪のように飛ぶ柳絮よ、その白さを自慢するのはやめなさい、お前より美しいものがあるのだから。

張泌《巻四50柳枝一首》『花間集』201全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6277

 
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花間集 教坊曲 『楊柳枝』二十四首

 

 

溫助教庭筠(温庭筠)

巻一

楊柳枝八首之一

館娃宮外鄴城西,

 

 

巻一

楊柳枝八首之二

宜春苑外最長條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之三

金縷毿毿碧瓦溝,

 

 

巻一

楊柳枝八首之四

御柳如絲映九重,

 

 

巻一

楊柳枝八首之五

織錦機邊鶯語頻,

 

 

巻一

楊柳枝八首之六

蘇小門前柳萬條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之七

牆東御路傍,

 

 

巻一

楊柳枝八首之八

兩兩黃鸝色似金,

 

 

皇甫先輩松(皇甫松)

巻二

楊柳枝二首其一

春入行宮映翠微

 

 

巻二

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時

 

 

牛給事嶠(牛嶠)

巻三

柳枝五首其一

解凍風來末上青,

 

 

巻三

柳枝五首其二

橋北橋南千萬條,

 

 

巻三

柳枝五首其三

狂雪隨風撲馬飛,

 

 

巻三

柳枝五首其四

王宮裡色偏深,

 

 

巻三

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,

 

 

張舍人泌(張泌)

巻四

柳枝一首

膩粉瓊粧透碧紗,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

柳枝三首  其一

軟碧瑤煙似送人,

 

 

巻六

柳枝三首  其二

瑟瑟羅裙金縷腰,

 

 

巻六

柳枝三首 其三

鵲橋初就咽銀河,

 

 

顧太尉(顧

巻七

楊柳枝一首 顧夐

秋夜香閨思寂寥,

 

 

孫少監光憲(孫光憲)

巻八

陽柳枝四首 其一

閶門風暖落花乾

 

 

巻八

陽柳枝四首 其二

有池有榭即濛濛,

 

 

巻八

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,

 

 

巻八

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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張泌《巻四49滿宮花一首》『花間集』200全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6272

張泌《巻四49滿宮花一首》

花正芳,樓似綺,寂寞上陽宮裏。鈿籠金鏁睡鴛鴦,簾冷露華珠翠。

嬌豔輕盈香雪膩,細雨黃鶯雙起。東風惆悵欲清明,公子橋邊沉醉。

(一度寵愛を受けていた妃嬪は数多く、歳を重ねて洛陽の上陽宮に遷されたものには寵愛を受ける春はやってこないし、ひっそりと生涯を終えると。)春の暖かさを運ぶ風も吹いては来るが寂しく音を立て、気が付けば春の盛りの清明節になっている。それでも、公子は上陽宮にわたる橋のあたりまでこられてはいるが酒に酔い潰れて此処に訪れることはない。

 

張泌《巻四49滿宮花一首》『花間集』200全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6272

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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花間集 教坊曲『滿宮花』三首

 

 

作者



初句7字

 

 

張舍人泌

巻四

滿宮花一首

花正芳,樓似綺,

 

 

魏太尉承班

巻九

滿花一首

雪霏霏,風凜凜,

 

 

尹參卿鶚

巻九

滿宮一首

月沉沉,人悄悄,

 

 

 

 

 

 

 

魏太尉承班 《滿宮花一首》

雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。

醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。

春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。

少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

15-444《滿宮花一首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-627-15-(444) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4682

尹鶚 《滿宮花一首》

月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。

風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。

離恨多,相見少,何處醉迷三島。

漏清宮樹子規啼,愁鏁碧春曉。

18-473《滿宮花一首,》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-656-18-(473) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4827

 

 

 

張泌 《滿宮花一首

(一度寵愛を受けていた妃嬪は数多く、歳を重ねて洛陽の上陽宮に遷されたものには寵愛を受ける春はやってこないし、ひっそりと生涯を終えると。)

花正芳,樓似綺,寂寞上陽宮裏。

その花は今まさに芳しく美しい盛りであり、高楼に於いても綺麗さはひけをとらないも、ひっそりと寂しさが洛陽上陽宮の中にある。

鈿籠金鏁睡鴛鴦,簾冷露華珠翠。

かごかんざし、金属製の輪をつないだひも状のもので結ばれ、鴛鴦のふとんのなかに眠る。簾から寒気が入り、ひらいたはなに夜露が降り、珠と翡翠に閨は飾られている。

嬌豔輕盈香雪膩,細雨黃鶯雙起。

愛嬌も、妖艶なしぐさも十分あり、薫り高く雪のように色白の素肌はきめ細かいけしょうがされている。これほどの魅力あるものなら、春なって細雨が降って来るころには高麗鶯の番が春を告げに起きだしてくるだろう。

東風惆悵欲清明,公子橋邊沉醉。

春の暖かさを運ぶ風も吹いては来るが寂しく音を立て、気が付けば春の盛りの清明節になっている。それでも、公子は上陽宮にわたる橋のあたりまでこられてはいるが酒に酔い潰れて此処に訪れることはない。

(滿宮花一首)

花 正に芳し,樓 綺に似るも,寂寞とす 上陽宮の裏。

鈿籠 金 鴛鴦睡り,簾 冷やかして 華に露 珠翠あり。

 輕やかに盈ちて 香雪の膩,細雨 鶯 雙びて起す。

東風 惆悵して 清明にならんと欲し,公子 橋邊に 醉す。

 


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張泌《巻四48思越人一首》『花間集』199全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6267

張泌  思越人  

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

(少し前には、寵愛を一手に引き受けていた、寵愛を失っても、寵愛を受ける準備をしている、しかしもし、一時でもその気持ちを向けてくれたらどんなに良いかと思い続けると詠う)

 

張泌《巻四48思越人一首》『花間集』199全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6267

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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花間集 教坊曲『思越人』四首

 

 

作者



初句7字

 

 

張舍人泌

巻四

思越人一首

鷰雙飛,鶯百囀

 

 

孫少監光憲

巻八

思越人二首其一

古臺平,芳艸遠

 

 

巻八

思越人二首其一

渚蓮枯,宮樹老,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

思越人一首

翠屏欹,銀燭背

 

 

 

 

 

 

 

(改訂版Ver.2.1

思越人

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。

雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。

若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

(少し前には、寵愛を一手に引き受けていた、寵愛を失っても、寵愛を受ける準備をしている、しかしもし、一時でもその気持ちを向けてくれたらどんなに良いかと思い続けると詠う)

寝牀のまわりに翡翠の飾りのついた屏風をそばにたたせ、銀の燭台をその前に立てて、漏刻が知らせてくれるぎりぎりの時間まで、素晴らしい夜をこれ以上の幸せは無いものと、ゆっくりと過した。

そして、二つの帯を並べ、鳳凰の刺繍のかけ布団、錦のからまりあったベッド敷きシーツ、そこには、涙がしみこみ、花の刺繍は薄くらく沈みこみ、お香も消えて久しい。

珊瑚の髪飾り、枕に染みついた皮脂、結った髪は乱れてもそのまま、白くて細く綺麗な指や、細身の体には何にもする気にならないしぐさであり、嘗ての妖艶さは雲が散ったようにどこにも見えない。

こんな感じになってしまったが、もしあのお方がここへ来てくれるなら、新しい夢を見ることが出来、離れているこころがズタズタに斬り断たれることなどなくまじりあうことになったことだろう。

 

(思越人)

翠屏は欹だて,銀燭は背にす,漏殘の清夜 迢迢たり。

雙帶 繡窠 盤錦薦し,淚浸し 花暗く 香銷す。

珊瑚 枕膩 鴉鬟【あかん】亂して,玉纖 慵整し 雲散す。

若し是れ 適來すれば 新らたに夢め見,離腸すれども 千斷することなく爭す。

 

(改訂版Ver.2.1

『思越人』 現代語訳と訳註

(本文) (改訂版Ver.2.1

思越人

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。

雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。

若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

 

 

(下し文)

(思越人)

翠屏は欹だて,銀燭は背にす,漏殘の清夜 迢迢たり。

雙帶 繡窠 盤錦薦し,淚浸し 花暗く 香銷す。

珊瑚 枕膩 鴉鬟【あかん】亂して,玉纖 慵整し 雲散す。

若し是れ 適來すれば 新らたに夢め見,離腸すれども 千斷することなく爭す。

 

(現代語訳)

(少し前には、寵愛を一手に引き受けていた、寵愛を失っても、寵愛を受ける準備をしている、しかしもし、一時でもその気持ちを向けてくれたらどんなに良いかと思い続けると詠う)

寝牀のまわりに翡翠の飾りのついた屏風をそばにたたせ、銀の燭台をその前に立てて、漏刻が知らせてくれるぎりぎりの時間まで、素晴らしい夜をこれ以上の幸せは無いものと、ゆっくりと過した。

そして、二つの帯を並べ、鳳凰の刺繍のかけ布団、錦のからまりあったベッド敷きシーツ、そこには、涙がしみこみ、花の刺繍は薄くらく沈みこみ、お香も消えて久しい。

珊瑚の髪飾り、枕に染みついた皮脂、結った髪は乱れてもそのまま、白くて細く綺麗な指や、細身の体には何にもする気にならないしぐさであり、嘗ての妖艶さは雲が散ったようにどこにも見えない。

こんな感じになってしまったが、もしあのお方がここへ来てくれるなら、新しい夢を見ることが出来、離れているこころがズタズタに斬り断たれることなどなくまじりあうことになったことだろう。

 

(改訂版Ver.2.1

(訳注)

思越人

(少し前には、寵愛を一手に引き受けていた、寵愛を失っても、寵愛を受ける準備をしている、しかしもし、一時でもその気持ちを向けてくれたらどんなに良いかと思い続けると詠う)

『花間集』には四首所収。張泌の作は一首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。なお、『花間集』の思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。

思越人一首

翠屏欹 銀燭背  漏殘清夜迢
雙帶繡窠盤錦薦  淚浸花暗香
珊瑚枕膩鴉鬟  玉纖慵整雲
若是適來新夢  離腸爭不千

  
  
  
  

 

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。

寝牀のまわりに翡翠の飾りのついた屏風をそばにたたせ、銀の燭台をその前に立てて、漏刻が知らせてくれるぎりぎりの時間まで、素晴らしい夜をこれ以上の幸せは無いものと、ゆっくりと過した。

翠屏 翡翠の飾りのついた屏風。寝牀のまわりに立てる。

迢迢 1 はるかに遠いさま。2 他より高いさま。また、すぐれているさま。

 

雙帶 繡窠 盤錦薦,淚浸 花暗 香銷。

そして、二つの帯を並べ、鳳凰の刺繍のかけ布団、錦のからまりあったベッド敷きシーツ、そこには、涙がしみこみ、花の刺繍は薄くらく沈みこみ、お香も消えて久しい。

繡窠 二人で一つになった刺繍で飾った布団。窠:巣,ねぐら,做窠巣をつくる.

 からまりあう

 (1) 推薦する,推挙する.(2) 草.(3) むしろ,ござ、草荐ベッドに敷くござ.

 

珊瑚 枕膩 鴉鬟亂,玉纖 慵整 雲散。

珊瑚の髪飾り、枕に染みついた皮脂、結った髪は乱れてもそのまま、白くて細く綺麗な指や、細身の体には何にもする気にならないしぐさであり、嘗ての妖艶さは雲が散ったようにどこにも見えない。

枕膩 枕の赤、油汚れ。

鴉鬟【あかん】①黒い髪の毛。 ②髪の結い方の一つ。あげまき。また、その髪に結った少年・少女。 ③召使の女。

玉纖 指が白くて細く綺麗な様子。

 ものうい。けだるい。夢や目標がない様子。

 

若是 適來 新夢見,離腸 爭不千斷。

こんな感じになってしまったが、もしあのお方がここへ来てくれるなら、新しい夢を見ることが出来、離れているこころがズタズタに斬り断たれることなどなくまじりあうことになったことだろう。

張泌《巻四47生查子一首》『花間集』198全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6262

張泌  生子一首  

相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。

魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

愛していた女が、後宮に召された妃嬪は寵愛を受けたがやがて、寵愛を失う、玉のような美肌を保っていたが、今はもう何もする気がないという妾妃となった女を詠う)

張泌《巻四47子一首》『花間集』198全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6262

 
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張泌(生平年未詳)は、五代、前蜀の人。字、出身地ともに未詳。『花間集』では牛嶠と毛文錫の間に置かれていることから、前蜀に仕えて舎人になったことが知れるだけである。晩唐から五代にかけて、張泌という名の人物が三人いたことが分かっており、このため同名異人のこの三者がしばしば混同されてきた。『花間集』 には《浣溪沙》二十七首の詞が収められていて、張泌の「浣溪沙」作が十首収められている。浣溪沙は早春の川に染めた布地を晒し、その後、河原で一枚づつ並べて乾す様子をいうものであったが、寒食、清明節のころから、初夏にかけて、行楽で、川縁や野原に、万幕を張る様子を、言うようになった。春の絶頂期、人生の絶頂期、恋愛の絶頂期を示すものが多い。舟を出して花いっぱいの渓谷に入って遊んだものが、今では砂ばかりの渓谷しか見られない、ということを象徴にして女、女妓の侘しさ、寂しさを詠うものである。 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『生子』七首

 

 

作者



初句7字

 

 

張舍人泌

巻四

子一首

相見稀,喜見相見

 

 

牛學士希濟

巻四

子一首

春山煙欲收,天澹

 

 

孫少監光憲

巻八

子三首其一

寂寞掩朱門,正是天

 

 

巻八

子三首其二

暖日策花驄,嚲鞚垂

 

 

巻八

子三首其三

金井墮高梧,玉殿籠

 

 

魏太尉承班

巻九

子二首其一

煙雨晚晴天,零落花

 

 

巻九

子二首其二

寂寞畫堂空,深夜垂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子一首

(愛していた女が、後宮に召された妃嬪は寵愛を受けたがやがて、寵愛を失う、玉のような美肌を保っていたが、今はもう何もする気がないという妾妃となった女を詠う)

相見稀,喜見相見,相見還相遠。

はじめはまれに見つめるだけだったが、見つめあうことで喜びあうようになり、そして互に見つめ合い、そしてまた、互いは遠ざかることになる。

檀畫枝紅,金蔓蜻軟。

後宮に入った女には香木の黒檀に鳳凰が描かれ、荔子の紅が並べられ、金細工の蔓に金細工のトンボの髪飾りやわらかく揺れている。

魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰

魚中の書簡も雁書簡もこなくなり、何時しか、良いことも音沙汰ないままになってしまった、そして、花は落ち、庭の南の草木も終ってしまい、女としても年を重ねた。

可憐玉肌膚,消成慵懶。

輝くような白い肌はまだまだ可愛らしい、しかし、寵愛を失うことは、そのため、痩せほそり、もうなにもするきがなくなってしまった。

 

(生子)

相い見る稀れ,喜び見 相い見,相い見て還た相い遠ざかる。

檀畫  紅なり,金蔓 蜻 軟かなり。

魚鴈 疎にするも,芳信 斷ち,花落ち 庭陰の

可憐なる 玉の肌膚,消す 慵懶成るを。

 

 

『生』 現代語訳と訳註

(本文)

子一首

相見稀,喜見相見,相見還相遠。

檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。

魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。

可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

 

(下し文)

(生子)

相い見る稀れ,喜び見 相い見,相い見て還た相い遠ざかる。

檀畫 荔枝 紅なり,金蔓 蜻蜓 軟かなり。

魚鴈 疎にするも,芳信 斷ち,花落ち 庭陰の晚。

可憐なる 玉の肌膚,消瘦す 慵懶成るを。

 

(現代語訳)

(愛していた女が、後宮に召された妃嬪は寵愛を受けたがやがて、寵愛を失う、玉のような美肌を保っていたが、今はもう何もする気がないという妾妃となった女を詠う)

はじめはまれに見つめるだけだったが、見つめあうことで喜びあうようになり、そして互に見つめ合い、そしてまた、互いは遠ざかることになる。

後宮に入った女には香木の黒檀に鳳凰が描かれ、荔子の紅が並べられ、金細工の蔓に金細工のトンボの髪飾りやわらかく揺れている。

魚中の書簡も雁書簡もこなくなり、何時しか、良いことも音沙汰ないままになってしまった、そして、花は落ち、庭の南の草木も終ってしまい、女としても年を重ねた。

輝くような白い肌はまだまだ可愛らしい、しかし、寵愛を失うことは、そのため、痩せほそり、もうなにもするきがなくなってしまった。

 

(訳注)

子一首

(愛していた女が、後宮に召された妃嬪は寵愛を受けたがやがて、寵愛を失う、玉のような美肌を保っていたが、今はもう何もする気がないという妾妃となった女を詠う)

「生」は、唐教坊曲の名、『花間集』には七首所収。張泌の作は一首収められている。双調四十三字、前段二十二字四句三仄韻、後段二十一字五句三仄韻で、3❹❺5❺/3❸❺5❺の詞形をとる。

子一首

相見稀,喜見相,相見還相

檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓

魚鴈疎,芳信,花落庭陰

可憐玉肌膚,消瘦成慵

△●○  ●●△● △●○△●

○●●○○ ○△○△●

○●△ ○△●  ○●○○●

●○●○○  ○●○○●

 

相見稀,喜見相見,相見還相遠。

はじめはまれに見つめるだけだったが、見つめあうことで喜びあうようになり、そして互に見つめ合い、そしてまた、互いは遠ざかることになる。

相見・相見・相見 

 

檀畫 荔枝紅,金蔓 蜻蜓軟。

後宮に入った女には香木の黒檀に鳳凰が描かれ、荔子の紅が並べられ、金細工の蔓に金細工のトンボの髪飾りやわらかく揺れている。

/真弓  ニシキギ科の落葉低木。山野に生え、葉は楕円形で、対生。雌雄異株。初夏、緑白色の小花が集まって咲き、果実はほぼ四角形で、熟すと四つに裂けて赤い種子が現れる。古くは材で弓を作った。やまにしきぎ。かわくまつづら。《季 花=夏 実=秋》2 (「檀弓」とも書く)マユミの木で作った弓。3 (かさね)の色目の名。表は蘇芳(すおう)、裏は黄。多く秋に用いる。

荔枝 ライチはムクロジ科の果樹。 レイシとも呼ばれる。11種。中国の嶺南地方原産で、熱帯・亜熱帯地方で栽培される。 常緑高木で、葉は偶数羽状複葉で互生する。花は黄緑色で春に咲く。果実は夏に熟し、表面は赤くうろこ状、果皮をむくと食用になる白色半透明で多汁の果肉があり、その中に大きい種子が1個ある。

金蔓 金銭を得る、つてや手がかり。資金などを出してくれる人。「―をつかむ」ここは金細工の飾り物。

蜻蜓 トンボのかみかざり。 1 トンボ目ヤンマ科の昆虫の総称。体長6センチ以上あり、体は長く太めで、複眼も大きい。翅(はね)は幅広く、翅脈(しみゃく)が太い。昆虫類中最も速く飛ぶ。ギンヤンマ・ルリボシヤンマ・カトリヤンマなど。2 大形のトンボ。

 

魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。

魚中の書簡も雁書簡もこなくなり、何時しか、良いことも音沙汰ないままになってしまった、そして、花は落ち、庭の南の草木も終ってしまい、女としても年を重ねた。

魚鴈 魚中の書簡(魚中の書簡も雁書簡)も雁書簡(雁足)

芳信 1 他人を敬って、その手紙をいう語。慕っている身分の高い人からの手紙。2 花の咲いたという便り。花信。

庭陰 庭の南の草木も終る。

 

可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

輝くような白い肌はまだまだ可愛らしい、しかし、寵愛を失うことは、そのため、痩せほそり、もうなにもするきがなくなってしまった。

玉肌膚 輝くような白い美肌。

慵懶 慵:ものうい,だるい。懶:1 なんとなく心が晴れ晴れしない。だるくておっくうである。2 苦しい。つらい。

牛嶠《巻四45女冠子四首 其四》『花間集』196全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6252

牛嶠  女冠子四首其四  

雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。

鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時。

春の日中、後宮の寝殿の庭で鶯のように語り合い、二つ並んで飛び、二つ揃って舞う、若くして子を作り、連枝に名を縫いこまれはしても、花が散るように、忘れ去られ、妃嬪は涙をするばかり。

牛嶠《巻四45女冠子四首 其四》『花間集』196全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6252

 
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 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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(改訂版Ver.2.1

女冠子四首

牛嶠(生卒年不詳),字を松卿といい,また延峰ともいった。隴西(今の甘肅省西部)の人,唐の宰相、牛僧孺の孫である。唐の僖宗、878年乾符元年の進士,拾遺,補尚書郎を歷任した。王建が蜀の鎮守になると,牛嶠は判官に任じられ、王建が建国して帝を称えると給事中等職に任じられ,故に後の人は “牛給事”と稱した。牛嶠博學、文才有り,詩は李賀に學んだ,尤も其の詞を以って世に聞く,現在《歌詩集》三捲あったことは知られているが今日うしなわれていて傳わらない。花間集に三十二首収められている。

 

(改訂版Ver.2.1

女冠子四首其一

女冠子四首其の一(若くてアイドルのような女冠が初め恋をした有様を詠う)

綠雲高髻,點翠紅時世。月如眉。

黒髪が輝き両鬢の雲型に高くした髷のもとどり姿、翡翠が鏤められた髪飾り、若い人に流行の赤くきれいな頬紅の化粧をする、それに新月のような眉を書いている。

淺笑含雙靨,低聲唱小詞。

恥しがってすこし笑うと両の頬にえくぼができる、低い声で短冊に書き込んだ短篇詞譜をうたっている。

眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。

鏡を見るとただ変わっていくのが恐ろしいし、落ち着かず蕩心であってもいい、連れ立って歩きたいと思っている。

玉趾迴嬌,約佳期。

耀く歌を謡って庭をいっしょに歩いてまわればその声は余韻として広がり、また、逢瀬の期日約束をする。

(女冠子四首 其の一)

綠雲の高髻,點翠 勻紅しく 時世なり。月 眉の如し。

淺笑 雙靨を含み,低聲 小詞を唱う。

眼看 唯だ化を恐れ,魂蕩 相い隨わんと欲す。

玉趾して嬌步迴り,佳期を約す。

(改訂版Ver.2.1

女冠子四首其二

(後蜀の後宮に美女がそろい、この春、寵愛を受ける妃賓に最高の飾り身支度に包まれ、それが久しく続くと詠う。)

錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。

錦江の水面は春の煙がただよい、卓文君をおもわせる宮女がならび、温む燒春の新酒の美酒が用意され、宮女はきれいに紫紅色の化粧をととのえる。

帶芙蓉帳,金釵芍藥花。

鸞の刺繍の帯、芙蓉の帳、金の簪、芍薬の花、限りの無いほどの寵愛を受けているさまでいっぱい。

侵膩髮,臂釧透紅紗。

そのうえ、生え際までの黄色の額に花鈿の化粧をして、紅色の紗の袖に腕輪が透けて見える。

柳暗鶯啼處,認郎家。

柳が緑色濃く繁り、陰を暗くする頃、鶯が囀るあたり、愛しき君の邸宅が見える。

(女冠子四首其二)

錦江の煙水,卓女の燒春 濃美なり。小檀霞【しょうだんか】。

繡帶【しゅうたい】芙蓉の帳,金釵 芍藥の花。

額黃【がくこう】膩髮【じはつ】を侵し,臂釧【ひせん】紅紗【こうさ】に透ける。

柳 暗く 鶯 啼く處,郎が家を認む。

 

女冠子四首其三

女冠詞四首その三(禁断の園には、今年も春の盛りが来て杏の花の香りに包まれる、一時期の寵愛であったかもしれないが、それを夢見て暮らすと詠う)

星冠霞,住在蘂珠宮裏。佩叮

星の如く宝玉を鏤めた冠、霓裳羽衣の美しくて軽やかな衣装、額の中心に黄色い花鈿の化粧をし、その中心に真珠を付けていて宮殿の内に住んでいる。そこには佩びの音がなりひびく。

明翠搖翼,纖珪理宿粧。

翡翠のとばりを明るく照らされ蝉の翼が揺れ、きめのこまかい白粉の粉を宵越しの化粧をしている。

壇春艸綠,藥院杏花香。

災厄を消除する祭祀の祭壇には春草が一斉に伸びて一面緑に変っている。禁苑の囲いの庭には満面の花で、もう杏花の香りがいっぱいに広がる。

青鳥傳心事,寄劉郎。

恋の使者である青鳥よ伝えてくれ 心にある思いを、あのおかたに寄せるこの詩を。

其の三

星の冠 霞の帔,住むは蘂珠【ずいしゅ】宮裏に在る。佩し、叮し、す。

翠を明し 蟬翼搖れ,纖珪 宿粧を理す。

醮壇【しょうだん】 春艸【しゅんそう】の綠,藥院【やくいん】 杏花の香。

青鳥 心事を傳へ,劉郎に寄す。

(改訂版Ver.2.1

女冠子四首其四

雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。

離れる事は無いと二つ並んで飛び、二つ揃って舞う、春の日中、後宮の寝殿の庭で鶯のように語り合う、そして、仙郷月宮に遊び、うす絹で袋のように包まれ、巻かれる。

錦字書封了,銀河鴈過遲。

すぐれて美しい詩句、書、慕って送る手紙もすべてやりつくし、銀河をとぶ、あの雁さえも過ぎ去るときも遅くなる。

鴛鴦排寶帳,荳連枝。

鴛鴦は宝の幃の中で排卵をし、にくづくの花のように、若くして子を作り、連枝に縫いこまれる。

不語,落花時。

そして、花が散る時がやってくる、いま、語る人もなく真珠の玉のような涙をおとしつづける。

(女冠子四首其の四)

雙ながら飛び 雙ながら舞い,春の晝 後園 鶯 語る。羅幃を卷く。

錦字 書 封じ了し,銀河 鴈 遲れて過る。

鴛鴦 寶帳に排し,荳  連枝を繡する。

語らずして珠淚に勻【あまね】し,落花の時。

 

(改訂版Ver.2.1

『女冠子』 現代語訳と訳註

(本文)女冠子四首其四

雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。

錦字書封了,銀河鴈過遲。

鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。

不語勻珠淚,落花時。

 

(下し文)

(女冠子四首其の四)

雙ながら飛び 雙ながら舞い,春の晝 後園 鶯 語る。羅幃を卷く。

錦字 書 封じ了し,銀河 鴈 遲れて過る。

鴛鴦 寶帳に排し,荳 繡 枝を連る。

語らずして珠淚に勻【あまね】し,落花の時。

 

(現代語訳)

春の日中、後宮の寝殿の庭で鶯のように語り合い、二つ並んで飛び、二つ揃って舞う、若くして子を作り、連枝に名を縫いこまれはしても、花が散るように、忘れ去られ、妃嬪は涙をするばかり。

離れる事は無いと二つ並んで飛び、二つ揃って舞う、春の日中、後宮の寝殿の庭で鶯のように語り合う、そして、仙郷月宮に遊び、うす絹で袋のように包まれ、巻かれる。

すぐれて美しい詩句、書、慕って送る手紙もすべてやりつくし、銀河をとぶ、あの雁さえも過ぎ去るときも遅くなる。

鴛鴦は宝の幃の中で排卵をし、にくづくの花のように、若くして子を作り、連枝に縫いこまれる。

そして、花が散る時がやってくる、いま、語る人もなく真珠の玉のような涙をおとしつづける。

 

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牛嶠《巻四43女冠子四首 其二》『花間集』194全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6242

牛嶠  女冠子四首其二  

錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。

額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

(後蜀の後宮に美女がそろい、この春、寵愛を受ける妃賓に最高の飾り身支度に包まれ、それが久しく続くと詠う。)錦江の水面は春の煙がただよい、卓文君をおもわせる宮女がならび、温む燒春の新酒の美酒が用意され、宮女はきれいに紫紅色の化粧をととのえる。鸞の刺繍の帯、芙蓉の帳、金の簪、芍薬の花、限りの無いほどの寵愛を受けているさまでいっぱい。そのうえ、生え際までの黄色の額に花鈿の化粧をして、紅色の紗の袖に腕輪が透けて見える。柳が緑色濃く繁り、陰を暗くする頃、鶯が囀るあたり、愛しき君の邸宅が見える。

牛嶠《巻四43女冠子四首 其二》『花間集』194全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6242

 
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牛嶠(生卒年不詳),字を松卿といい,また延峰ともいった。隴西(今の甘肅省西部)の人,唐の宰相、牛僧孺の孫である。唐の僖宗、878年乾符元年の進士,拾遺,補尚書郎を歷任した。王建が蜀の鎮守になると,牛嶠は判官に任じられ、王建が建国して帝を称えると給事中等職に任じられ,故に後の人は “牛給事”と稱した。牛嶠博學、文才有り,詩は李賀に學んだ,尤も其の詞を以って世に聞く,現在《歌詩集》三捲あったことは知られているが今日うしなわれていて傳わらない。花間集に三十二首収められている。

 

(改訂版Ver.2.1

女冠子四首

牛嶠(生卒年不詳),字を松卿といい,また延峰ともいった。隴西(今の甘肅省西部)の人,唐の宰相、牛僧孺の孫である。唐の僖宗、878年乾符元年の進士,拾遺,補尚書郎を歷任した。王建が蜀の鎮守になると,牛嶠は判官に任じられ、王建が建国して帝を称えると給事中等職に任じられ,故に後の人は “牛給事”と稱した。牛嶠博學、文才有り,詩は李賀に學んだ,尤も其の詞を以って世に聞く,現在《歌詩集》三捲あったことは知られているが今日うしなわれていて傳わらない。花間集に三十二首収められている。

 

(改訂版Ver.2.1

女冠子四首其一

女冠子四首其の一(若くてアイドルのような女冠が初め恋をした有様を詠う)

綠雲高髻,點翠紅時世。月如眉。

黒髪が輝き両鬢の雲型に高くした髷のもとどり姿、翡翠が鏤められた髪飾り、若い人に流行の赤くきれいな頬紅の化粧をする、それに新月のような眉を書いている。

淺笑含雙靨,低聲唱小詞。

恥しがってすこし笑うと両の頬にえくぼができる、低い声で短冊に書き込んだ短篇詞譜をうたっている。

眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。

鏡を見るとただ変わっていくのが恐ろしいし、落ち着かず蕩心であってもいい、連れ立って歩きたいと思っている。

玉趾迴嬌,約佳期。

耀く歌を謡って庭をいっしょに歩いてまわればその声は余韻として広がり、また、逢瀬の期日約束をする。

(女冠子四首 其の一)

綠雲の高髻,點翠 勻紅しく 時世なり。月 眉の如し。

淺笑 雙靨を含み,低聲 小詞を唱う。

眼看 唯だ化を恐れ,魂蕩 相い隨わんと欲す。

玉趾して嬌步迴り,佳期を約す。

(改訂版Ver.2.1

女冠子四首其二

(後蜀の後宮に美女がそろい、この春、寵愛を受ける妃賓に最高の飾り身支度に包まれ、それが久しく続くと詠う。)

錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。

錦江の水面は春の煙がただよい、卓文君をおもわせる宮女がならび、温む燒春の新酒の美酒が用意され、宮女はきれいに紫紅色の化粧をととのえる。

帶芙蓉帳,金釵芍藥花。

鸞の刺繍の帯、芙蓉の帳、金の簪、芍薬の花、限りの無いほどの寵愛を受けているさまでいっぱい。

侵膩髮,臂釧透紅紗。

そのうえ、生え際までの黄色の額に花鈿の化粧をして、紅色の紗の袖に腕輪が透けて見える。

柳暗鶯啼處,認郎家。

柳が緑色濃く繁り、陰を暗くする頃、鶯が囀るあたり、愛しき君の邸宅が見える。

(女冠子四首其二)

錦江の煙水,卓女の燒春 濃美なり。小檀霞【しょうだんか】。

繡帶【しゅうたい】芙蓉の帳,金釵 芍藥の花。

額黃【がくこう】膩髮【じはつ】を侵し,臂釧【ひせん】紅紗【こうさ】に透ける。

柳 暗く 鶯 啼く處,郎が家を認む。

 

女冠子四首其三

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎。

其の三

星の冠 霞の帔,住むは蘂珠【ずいしゅ】宮裏に在る。佩し、叮し、す。

翠を明し 蟬翼搖れ,纖珪 宿粧を理す。

醮壇【しょうだん】 春艸【しゅんそう】の綠,藥院【やくいん】 杏花の香。

青鳥 心事を傳へ,劉郎に寄す。

 

女冠子四首其四

雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。

錦字書封了,銀河鴈過遲。

鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。

不語勻珠淚,落花時。

(其の四)

雙ながら飛び 雙ながら舞い,春の晝 後園 鶯 語る。羅幃を卷く。

錦字 書 封じ了し,銀河 鴈 遲れて過る。

鴛鴦 寶帳に排し,荳 繡 枝を連る。

語らずして珠淚に勻し,落花の時。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『女冠子四首』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子四首其二

錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。

繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。

額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。

柳暗鶯啼處,認郎家。

 

(下し文)

(女冠子四首其の二)

錦江の煙水,卓女の燒春 濃美なり。小檀霞【しょうだんか】。

繡帶【しゅうたい】芙蓉の帳,金釵 芍藥の花。

額黃【がくこう】膩髮【じはつ】を侵し,臂釧【ひせん】紅紗【こうさ】に透ける。

柳 暗く 鶯 啼く處,郎が家を認む。

 

(現代語訳)

(後蜀の後宮に美女がそろい、この春、寵愛を受ける妃賓に最高の飾り身支度に包まれ、それが久しく続くと詠う。)

錦江の水面は春の煙がただよい、卓文君をおもわせる宮女がならび、温む燒春の新酒の美酒が用意され、宮女はきれいに紫紅色の化粧をととのえる。

鸞の刺繍の帯、芙蓉の帳、金の簪、芍薬の花、限りの無いほどの寵愛を受けているさまでいっぱい。

そのうえ、生え際までの黄色の額に花鈿の化粧をして、紅色の紗の袖に腕輪が透けて見える。

柳が緑色濃く繁り、陰を暗くする頃、鶯が囀るあたり、愛しき君の邸宅が見える。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

女冠子四首

(後蜀の後宮に美女がそろい、この春、寵愛を受ける妃賓に最高の飾り身支度に包まれ、それが久しく続くと詠う。)

蜀の都、成都の酒舗の女性から吹きになった卓文君を思わせる妃嬪について詠う。冒頭、舞台は蜀の都の成都、春には、新酒、蜀の名酒の燒春が用意され、続いて、女は薄紅色の化粧、鸞刺繍の帯、蓮の花模様の帳を垂れた部屋に住み、髪には芍薬の花飾りの金簪を挿して、最高の身繕いをしいることを述べる。後段は、花鈿の額の黄色い塗り化粧と、紅色の紗の袖から透けて見える腕輪を描く。最後の二句は何時までも寵愛が続いていることを描く。

『花間集』には牛嶠の作が四首収められている。

温庭筠、韋荘、女冠子参照。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-148《巻1-48 女冠子二首 其一》66首巻一48-〈48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-149《巻1-49 女冠子二首 其二》66首巻一49-〈49〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5442

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》三巻21-〈121〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5807

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-44韋荘122《巻3-22 女冠子二首 其二》三巻22-〈122〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5812

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊144《巻三43女冠子二首其一》巻三4344-〈144〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5922

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊145《巻三44女冠子二首其二》巻三4445-〈145〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5927

《巻四42女冠子四首 其一》『花間集』193全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6237

 

14-377《女冠子二首其一》孫光憲(37)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-560-14-(377) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4347

14-378《女冠子二首其二》孫光憲(38)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-561-14-(378) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4352

8-418《女冠子一首》張泌Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-601-8-(418) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4552

8-418《女冠子一首》張泌Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-601-8-(418) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4552

16-459《女冠子二首,其一》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-642-16-(459) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4757

16-460《女冠子二首,其二》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-643-16-(460) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4762

19-488《女冠子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-671-19-(488) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4902

19-489《女冠子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-672-19-(489) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4907

20-528《女冠子二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-711-20-(528) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5102

20-529《女冠子二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-712-20-(529) 漢文委員会kanbuniinkai頌之の漢詩ブログ5107

 

其二

(女の立場に立ち、男に寄せる思いを描く。)

唐の教坊の曲名。女冠は女道士の意。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二仄韻二平韻、後段十八宇四句二平韻一仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

女冠子四首 其一

綠雲高,點翠勻紅時。月如

淺笑含雙靨,低聲唱小

眼看唯恐,魂蕩欲相隨。

玉趾迴嬌,約佳

●○○●  ●●○○○△ ●△○

△●○○● ○○●●○

●△△●● ○●●△○

●●△△● ●○○

双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句一平韻で、❹❻③5⑤/55③の詞形をとる。

女冠子四首其二

錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。

繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。

額黃侵膩髮,臂釧透紅

柳暗鶯啼,認郎

●○○●  ●●△○○● ●○○

●●○○● ○○●●○

●○△●● ●●●○○

●●○○● ●○○

 

錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。

錦江の水面は春の煙がただよい、卓文君をおもわせる宮女がならび、温む燒春の新酒の美酒が用意され、宮女はきれいに紫紅色の化粧をととのえる。。

○錦江 成郡を流れる川。織り上げた錦をこの川で濯ぐと色が鮮やかになることから、この名がついた。

○卓女 前漢の卓王孫の娘、卓文君。司馬相如と駆け落ちして酒屋を開き酒のお燗に当たった。ここでは卓文君を借りて成都の洒舗の女を言う。

○燒春 蜀の名酒の名。

○濃美 味の濃く美味しいこと。芳醇。

○小煙霞 若く映しい女性がきれいに紫紅色の化粧をする。指女红鲜麗,如彩霞一片。檀:紫色。

 

繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。

鸞の刺繍の帯、芙蓉の帳、金の簪、芍薬の花、限りの無いほどの寵愛を受けているさまでいっぱい。

○繡帶 帳に付けられた帯状の飾りを言う。

 

額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。

そのうえ、生え際までの黄色の額に花鈿の化粧をして、紅色の紗の袖に腕輪が透けて見える。

○額黃 化粧法の一つ。女の額にほどこす黄色の化粧法。額黄ともいい、古く漢代からあったといい、六朝時代をへて唐代までずっと行なわれていた。

『菩薩蠻 三』

蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。

相見牡丹時,暫來還別離。

金作股,上蝶雙舞。

心事竟誰知?月明花滿枝。

『菩薩蠻 三』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-3-3-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1628

○臂釧 腕輪。

 

柳暗鶯啼處,認郎家。

柳が緑色濃く繁り、陰を暗くする頃、鶯が囀るあたり、愛しき君の邸宅が見える。

・春を告げる鶯が春が終わろうとするのに、何時までもなく、錦水、池のほとりの宮殿にこの春は、何時までも、寵愛が続く。

張泌《巻四41南歌子 三首之三》『花間集』192全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6232

張泌  南歌子三首 其三  

錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。

綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

(若い妃嬪は春の水辺の宴に鴛鴦のように満ち足りた日を過ごす。いつしか風雪が窓を打っても、何事もなく寵愛を受ける。)

張泌《巻四41南歌子 三首之三》『花間集』192全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6232

 
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(改訂版Ver.2.1

南歌子三首 其一

(春に寵愛を受けて、桐の花が散るとともに、寵愛を失い、それでも毎日、寵愛の準備をして待つ、夏に窓を開いて部屋に風を入れる、夕陽が巻き上げた水晶の簾に当たってかがやく、もうずっとこの生活をする。)

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

柳はすっかりみどりの色を茂らせていて、高殿を遮って影暗くしていると、桐の花は高殿のみぎりの石に散り落ちて春は過ぎていく。

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

夏が来ると高殿の窓を開けて遠くより吹き寄せる風は涼しく通り抜けてゆき、水晶の簾を巻き掲げとめれば、傾いた日差しは簾の水晶に輝いている。

(南歌子三首 其の一)

柳色 樓を遮りて暗く,桐花 落砌【みぎり】香し。

畫堂 開く處 遠風 涼しく,高く水精の簾額を卷けば,斜陽を襯【つ】く。

 

(改訂版Ver.2.1

南歌子三首 其二

(柳が茂るのを見ても、庭の花を見ても、寵愛を受けていたのが昨日の日の様に思われる、何もすることが無く、横になるとその頃のことを思いだす。杜鵑の啼くのを聞いていて昼寝をしていて、急に鳴きやんだので、目を覚ましたけれど、何にも変わった事は無く、また夢を見る事しかない。閨の壁に倚る絵屏風は何時寵愛を受けても良い様に準備していること園もがむなしいと詠う。)

岸柳拖煙綠,庭花照日紅。

岸の柳は今年も芽を吹き、もう縁の靄のようにしげっている、寝殿前の中庭の花は、紅く一層美しく日に映えている。

數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空。

あちこちでホトトギスが別れた人を呼ぶために鳴くといわれる声が聞こえ、簾かかる連子窓からそよ風が入る、啼き声が止んで、驚いて目を覚ますが夢の出来事から離れられない、だから絵屏風が余計に空しく思われる。

(南歌子三首 其の二)

岸の柳は煙綠に【ひ】きて,庭花は日に照えて紅なり。

數聲 蜀の魄 簾に入り,驚斷す 碧殘夢,畫屏 空し。

 

(改訂版Ver.2.1

南歌子三首 其三

(若い妃嬪は春の水辺の宴に鴛鴦のように満ち足りた日を過ごす。いつしか風雪が窓を打っても、何事もなく寵愛を受ける。)

錦薦紅鸂鶒,羅衣鳳凰。

水上舞台の華美な墊席、頬を赤くした若い妃嬪は鴛鴦のように寄り添っている。閨では薄絹の着物を着ていてそれには鳳凰の刺繍で飾ってあり、満ち足りた日々をおくる。

綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

閨にはうつくしい模様をきざみこんだ彫刻の窓には北風が狂ったように吹きつけ、荒れ雪が舞い飛んでくる。簾ととばりもすべておろしたので何事も無かったように待ちつづける、美しく良い香りのお香をたいて閨に鬱々とただよう。

 

(南歌子三首 其の三)

錦薦 紅の鸂鶒,羅衣 繡の鳳凰。

綺疎 飄雪 北風の狂,簾幕 盡く垂れ 事無し,金香鬱にす。

 

 

『南歌子三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子三首 其三

錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。

綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

 

(下し文)

(南歌子三首 其の三)

錦薦 紅の鸂鶒,羅衣 繡の鳳凰。

綺疎 飄雪 北風の狂,簾幕 盡く垂れ 事無し,金香鬱にす。

 

(現代語訳)

(若い妃嬪は春の水辺の宴に鴛鴦のように満ち足りた日を過ごす。いつしか風雪が窓を打っても、何事もなく寵愛を受ける。)

水上舞台の華美な墊席、頬を赤くした若い妃嬪は鴛鴦のように寄り添っている。閨では薄絹の着物を着ていてそれには鳳凰の刺繍で飾ってあり、満ち足りた日々をおくる。

閨にはうつくしい模様をきざみこんだ彫刻の窓には北風が狂ったように吹きつけ、荒れ雪が舞い飛んでくる。簾ととばりもすべておろしたので何事も無かったように待ちつづける、美しく良い香りのお香をたいて閨に鬱々とただよう。

 

(訳注)

南歌子三首 其三

(若い妃嬪は春の水辺の宴に鴛鴦のように満ち足りた日を過ごす。いつしか風雪が窓を打っても、何事もなく寵愛を受ける。)

春の水亭の宴、鴛鴦のように寵愛を受け、鳳凰の褥に入って満足な日を過ごす、夏が過ぎ、風雪が窓を討つようになっても何事もなく、ちょうあいをうける。い、作中の主人公の思いは、遙か彼方へと向かい、もうあきらめてしまうしかない。

温庭筠『南歌子』は下記に示す。

『南歌子七首』(一) 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-30-5-#8 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1736

『南歌子七首』(二)温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-31-5-#9 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1740

『南歌子七首』(三)温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-32-5-#10 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1744

『南歌子七首(四)』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-33-5-#11 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1748

『南歌子七首(五)』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-34-6-#12 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1752

『南歌子七首』(六)温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-35-7-#13 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1756

『南歌子七首』 (七) 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-36-5-#14 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1760

『花間集』には張泌の作が二首収められている。単調二十六字、五句三平韻で、5⑤⑦6③の詞形をとる。

南歌子三首 其一

柳色遮樓暗,桐花落砌

畫堂開處遠風,高卷水精簾額,襯斜

●●○○●、○○●●○。

●○○●●△△、○△●△○●、●○○。

『花間集』には張泌の作が二首収められている。単調二十六字、五句四平韻で、5⑤⑦⑥③の詞形をとる。

南歌子三首 其二

岸柳拖煙綠,庭花照日

數聲蜀魄入簾,驚斷碧,畫屏

●●△○●  ○○●●○

●○●●●○○  ○●●?○△ ●△△

『花間集』には張泌の作が二首収められている。単調二十六字、五句三平韻で、5⑤⑦6③の詞形をとる。

南歌子三首 其三

錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳

綺疎飄雪北風,簾幕盡垂無事,鬱金

●●○○●  ○△●●○

●△○●●△△  ○●●○○● ●○○

 

錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。

水上舞台の華美な墊席、頬を赤くした若い妃嬪は鴛鴦のように寄り添っている。閨では薄絹の着物を着ていてそれには鳳凰の刺繍で飾ってあり、満ち足りた日々をおくる。

・錦薦 錦で以て緣どりで飾った席子。 亦た水上に泛んだ華美な墊席をいう。水上舞台の華美な墊席。・薦1 マコモを粗く編んだむしろ。現在は多く、わらを用いる。こもむしろ。「荷車に―を掛ける」2 「薦被(こもかぶ)2」の略。おこも。3 (「虚無」とも書く)「薦僧(こもそう)」の略。4 マコモの古名。

・鸂鶒 おしどり。

 

 

綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

閨にはうつくしい模様をきざみこんだ彫刻の窓には北風が狂ったように吹きつけ、荒れ雪が舞い飛んでくる。簾ととばりもすべておろしたので何事も無かったように待ちつづける、美しく良い香りのお香をたいて閨に鬱々とただよう。

・綺疎 うつくしい模様をきざみこんだ彫刻、綺疏)、綺窓(キソウ=模様で飾った窓)

・飄雪 雪が風に吹かれ舞い飛ぶ、雪の花をいう。

・鬱 はればれしない気分のこと。

・金香 美しく良い香り。

張泌《巻四40南歌子 三首之二》『花間集』191全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6227

張泌  南歌子三首 其二  

岸柳拖煙綠,庭花照日紅。

數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空。

(柳が茂るのを見ても、庭の花を見ても、寵愛を受けていたのが昨日の日の様に思われる、何もすることが無く、横になるとその頃のことを思いだす。杜鵑の啼くのを聞いていて昼寝をしていて、急に鳴きやんだので、目を覚ましたけれど、何にも変わった事は無く、また夢を見る事しかない。閨の壁に倚る絵屏風は何時寵愛を受けても良い様に準備していること園もがむなしいと詠う。)

張泌《巻四40南歌子 三首之二》『花間集』191全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6227

 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-61杜甫 《1556奉漢中王手札》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-61 <930> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6225 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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(改訂版Ver.2.1

南歌子三首 其一

(春に寵愛を受けて、桐の花が散るとともに、寵愛を失い、それでも毎日、寵愛の準備をして待つ、夏に窓を開いて部屋に風を入れる、夕陽が巻き上げた水晶の簾に当たってかがやく、もうずっとこの生活をする。)

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

柳はすっかりみどりの色を茂らせていて、高殿を遮って影暗くしていると、桐の花は高殿のみぎりの石に散り落ちて春は過ぎていく。

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

夏が来ると高殿の窓を開けて遠くより吹き寄せる風は涼しく通り抜けてゆき、水晶の簾を巻き掲げとめれば、傾いた日差しは簾の水晶に輝いている。

(南歌子三首 其の一)

柳色 樓を遮りて暗く,桐花 落砌【みぎり】香し。

畫堂 開く處 遠風 涼しく,高く水精の簾額を卷けば,斜陽を襯【つ】く。

 

(改訂版Ver.2.1

南歌子三首 其二

(柳が茂るのを見ても、庭の花を見ても、寵愛を受けていたのが昨日の日の様に思われる、何もすることが無く、横になるとその頃のことを思いだす。杜鵑の啼くのを聞いていて昼寝をしていて、急に鳴きやんだので、目を覚ましたけれど、何にも変わった事は無く、また夢を見る事しかない。閨の壁に倚る絵屏風は何時寵愛を受けても良い様に準備していること園もがむなしいと詠う。)

岸柳拖煙綠,庭花照日紅。

岸の柳は今年も芽を吹き、もう縁の靄のようにしげっている、寝殿前の中庭の花は、紅く一層美しく日に映えている。

數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空。

あちこちでホトトギスが別れた人を呼ぶために鳴くといわれる声が聞こえ、簾かかる連子窓からそよ風が入る、啼き声が止んで、驚いて目を覚ますが夢の出来事から離れられない、だから絵屏風が余計に空しく思われる。

(南歌子三首 其の二)

岸の柳は煙綠に【ひ】きて,庭花は日に照えて紅なり。

數聲 蜀の魄 簾に入り,驚斷す 碧殘夢,畫屏 空し。

其三

錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。

綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『南歌子三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子三首 其二

岸柳拖煙綠,庭花照日紅。

數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空。

 

 

(下し文)

(南歌子三首 其の二)

岸の柳は煙綠に拖【ひ】きて,庭花は日に照えて紅なり。

數聲 蜀の魄 簾櫳に入り,驚斷す 碧殘夢,畫屏 空し。

 

 

(現代語訳)

(柳が茂るのを見ても、庭の花を見ても、寵愛を受けていたのが昨日の日の様に思われる、何もすることが無く、横になるとその頃のことを思いだす。杜鵑の啼くのを聞いていて昼寝をしていて、急に鳴きやんだので、目を覚ましたけれど、何にも変わった事は無く、また夢を見る事しかない。閨の壁に倚る絵屏風は何時寵愛を受けても良い様に準備していること園もがむなしいと詠う。)

岸の柳は今年も芽を吹き、もう縁の靄のようにしげっている、寝殿前の中庭の花は、紅く一層美しく日に映えている。

あちこちでホトトギスが別れた人を呼ぶために鳴くといわれる声が聞こえ、簾かかる連子窓からそよ風が入る、啼き声が止んで、驚いて目を覚ますが夢の出来事から離れられない、だから絵屏風が余計に空しく思われる。

 

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

南歌子三首 其二

(諦めてはいたが杜鵑、夢、人の動きによって心が動かされるものの、そこには寂蓼だけがのこるを詠う。)

晩春、窓辺近く屏風に囲まれて午醇をとっていた女性は、ホトトギスの鳴き声に、夢から覚めて、身.人の現実に返り、つくづくと空しさを覚える。彼女が見ていたのは、旅に出て帰らぬ男が帰ってきた夢か、あるいは男を尋ね求めて行った夢に違いない。それは、夢を破ったのがホトトギスの声であることから知れる。「畫屏空」は、諦めてはいたが杜鵑、夢、人の動きによって心が動かされるものの、二人だけの世界を作る屏風も、空しく広げられたままになっていることを言う。

 

岸柳拖煙綠,庭花照日紅。

岸の柳は今年も芽を吹き、もう縁の靄のようにしげっている、寝殿前の中庭の花は、紅く一層美しく日に映えている。

○岸柳 岸辺の柳の木は護岸保護のために官によって植えられたものである。

顧太尉 巻七36醉公子二首其二

岸柳垂金線,雨晴鶯百囀。家在綠楊邊,往來多少年。

馬嘶芳草遠,高樓簾半捲。斂袖翠蛾攢,相逢爾許難。

13-339《醉公子二首 其二》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-522-13-(339) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4157

○拖 (1) 引く,引きずる用子拖縄で引っ張る.把孩子拖屋子供を引きずって部屋に入れる.(2) 体の後に垂らす身后拖着一条大子背中に長いお下げの髪を垂らしている.(3) 引き延ばす拖日子日を延ばす.

○煙綠 春に柳の若葉がいっぱいに広がった様子を云う。夏の表現では緑が濃い、鬱蒼、暗いという語を使う。土手の補強に官が植えることが多く、花街は水郷と柳は一体のものである。春、岸、柳、煙、これは前の春にここで別れたことを意味する。

○庭花 寝殿の前庭を意味する。

○照日紅 花に日が射してその赤い色が生えることを云うが、これは男との佳き日を意味する。

 

數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空。

あちこちでホトトギスが別れた人を呼ぶために鳴くといわれる声が聞こえ、簾かかる連子窓からそよ風が入る、啼き声が止んで、驚いて目を覚ますが夢の出来事から離れられない、だから絵屏風が余計に空しく思われる。

○數聲 あちこちで杜鵑の声が聞こえてくることをいう。

○蜀魄 他の渡り鳥よりも渡来時期が遅いのは、托卵の習性のために対象とする鳥の繁殖が始まるのにあわせることと、食性が毛虫類を捕食するため、早春に渡来すると餌にありつけないためである。杜鵑。ホトトギス。蜀魂ともいう。杜鵑  ほととぎす。蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。(そのように、血を吐きながらなく思いである)。詳しくは杜甫『杜鵑行』を参照されたい。

不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄、子規、躑躅。李白『宣城見杜鵑花』「蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑」

杜甫『杜鵑行』

君不見昔日蜀天子,化作杜鵑似老烏。

寄巢生子不自啄,群鳥至今與哺雛。

雖同君臣有舊禮,骨肉滿眼身羈孤。

業工竄伏深樹裡,四月五月偏號呼。

其聲哀痛口流血,所訴何事常區區。

爾豈摧殘始發憤,羞帶羽翮傷形愚。

蒼天變化誰料得,萬事反覆何所無。

萬事反覆何所無,豈憶當殿群臣趨?

杜鵑行 杜甫 成都(2)浣花渓の草堂(2 -16-1)  <379 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1831 杜甫詩1000-379-557/1500

浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242

酒泉子 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-275-5-#29  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2922

天仙子 其四 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-273-5-#27  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2912

楊蘊中 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-245-111-#101  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2607

蜀中三首 其三 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-135-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2222

菩薩蠻 七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-1-#7 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644

簾櫳 カーテンのかかった連丁窓。

○驚斷 杜鵑の声が途絶えて驚く。

○碧 簾かかる東の連子窓。

殘夢 眠っていて見た夢が、眠りから覚めても夢を思い出す。

○畫屏空 屏風は閨の寝牀の周りに立てかけるものであることで、寝牀で過ごしたことを意味する。

張泌《巻四39南歌子 三首之一》『花間集』190全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6222

張泌  南歌子三首 其一  

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

(春に寵愛を受けて、桐の花が散るとともに、寵愛を失い、それでも毎日、寵愛の準備をして待つ、夏に窓を開いて部屋に風を入れる、夕陽が巻き上げた水晶の簾に当たってかがやく、もうずっとこの生活をする。)

張泌《巻四39南歌子 三首之一》『花間集』190全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6222

 

 
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(改訂版Ver.2.1

南歌子三首 其一

(春に寵愛を受けて、桐の花が散るとともに、寵愛を失い、それでも毎日、寵愛の準備をして待つ、夏に窓を開いて部屋に風を入れる、夕陽が巻き上げた水晶の簾に当たってかがやく、もうずっとこの生活をする。)

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

柳はすっかりみどりの色を茂らせていて、高殿を遮って影暗くしていると、桐の花は高殿のみぎりの石に散り落ちて春は過ぎていく。

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

夏が来ると高殿の窓を開けて遠くより吹き寄せる風は涼しく通り抜けてゆき、水晶の簾を巻き掲げとめれば、傾いた日差しは簾の水晶に輝いている。

(南歌子三首 其の一)

柳色 樓を遮りて暗く,桐花 落砌【みぎり】香し。

畫堂 開く處 遠風 涼しく,高く水精の簾額を卷けば,斜陽を襯【つ】く。

 

其二

岸柳拖煙綠,庭花照日紅。

數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空。

 

其三

錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。

綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『南歌子三首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子三首 其一

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

 

(下し文)

南歌子三首 其一

柳色 樓を遮りて暗く,桐花 落砌【みぎり】香し。

畫堂 開く處 遠風 涼しく,高く水精の簾額を卷けば,斜陽を襯【つ】く。

 

 

(現代語訳)

(春に寵愛を受けて、桐の花が散るとともに、寵愛を失い、それでも毎日、寵愛の準備をして待つ、夏に窓を開いて部屋に風を入れる、夕陽が巻き上げた水晶の簾に当たってかがやく、もうずっとこの生活をする。)

柳はすっかりみどりの色を茂らせていて、高殿を遮って影暗くしていると、桐の花は高殿のみぎりの石に散り落ちて春は過ぎていく。

夏が来ると高殿の窓を開けて遠くより吹き寄せる風は涼しく通り抜けてゆき、水晶の簾を巻き掲げとめれば、傾いた日差しは簾の水晶に輝いている。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

南歌子三首 其一

(春も過ぎ、夏も過ぎようと、気持ちは遙か彼方へと向かい、女はもうあきらめてしまうしかない。)

春が来ても来てくれない、晩春の日傾く頃になってこない。夏になってもこない、作中の主人公の思いは、遙か彼方へと向かい、もうあきらめてしまうしかない。

温庭筠『南歌子』は下記に示す。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠38《巻1-38 南歌子七首其一》溫庭筠66首巻一

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠39《巻1-39 南歌子七首其二》溫庭筠66首巻一

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠40《巻1-40 南歌子七首其三》溫庭筠66首巻一

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠41《巻1-41 南歌子七首其四》溫庭筠66首巻一

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠42《巻1-42 南歌子七首其五》溫庭筠66首巻一

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠43《巻1-43 南歌子七首其六》溫庭筠66首巻一

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠44《巻1-44 南歌子七首其七》溫庭筠66首巻一

『花間集』には張泌の作が二首収められている。単調二十六字、五句三平韻で、5⑤⑦6③の詞形をとる。

南歌子三首 其一

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

●●○○●、○○●●○。

●○○●●△△、○△●△○●、●○○。

 

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

柳はすっかりみどりの色を茂らせていて、高殿を遮って影暗くしていると、桐の花は高殿のみぎりの石に散り落ちて春は過ぎていく。

桐花 キリ属の落葉広葉樹。漢語の別名として白桐、泡桐、榮。聖王を表す”鳳凰”は梧桐の木に棲み、竹の実だけを食べるという伝説があり、 桐は霊鳥の宿り木とされた。開花は晩春、秋に実を付ける。白居易《桐花》詩「春令有常候,清明桐始發。何此巴峽中,桐花開十月。草木堅彊物,所稟固難奪。」〕憂欝、寂寥の意。

・砌 香は修飾的な詩的冠語。みぎり【砌】とは。《「水限(みぎり)」の意で、雨滴の落ちるきわ、また、そこを 限るところからという》1 時節。おり。ころ。石または煉瓦のきざはし(階段)。室内から庭へおりるところにある段。砌は石または煉瓦のきざはしの段をいうが、部屋から庭に出るポーチの角。薛濤、魚玄機も多く使う。女性らしい、細かい景色の描写の一つになる。『女妓を詠う詩によく登場する。世界間の区切りを示すものである。

薛濤『金燈花』

闌邊不見蘘蘘葉,下惟翻艷艷叢。

細視欲將何物比,曉霞初疊赤城宮。

金燈花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-154-26-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2317

薛濤 『鴛鴦草』

綠英滿香砌,兩兩鴛鴦小。

春日長,不管秋風早。

鴛鴦草 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-137-9-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2232

魚玄機 『遣懷』

閑散身無事,風光獨自遊。

斷雲江上月,解纜海中舟。

琴弄蕭梁寺,詩吟庾亮樓。

叢篁堪作伴,片石好為儔。

燕雀徒為貴,金銀誌不求。

滿杯春酒綠,對月夜窗幽。

澄清沼,抽簪映細流。

臥牀書冊遍,半醉起梳頭。

遣懷 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-103-38-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2062

魚玄機『期友人阻雨不至』

雁魚空有信,雞黍恨無期。

方籠月,褰簾已散絲。

近泉鳴畔,遠浪漲江湄。

思悲秋客,愁吟五字詩。

期友人阻雨不至 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-100-36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2047

魚玄機『寄飛卿』

階砌亂蛩鳴,庭柯煙露清。

月中鄰樂響,樓上遠山明。

珍簟涼風著,瑤琴寄恨生。

嵇君懶書劄,底物慰秋情。

寄飛卿 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-104-39-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2067

 

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

夏が来ると高殿の窓を開けて遠くより吹き寄せる風は涼しく通り抜けてゆき、水晶の簾を巻き掲げとめれば、傾いた日差しは簾の水晶に輝いている。

・開処 開け放った時、開け放つと。

・簾額 簾の上端の部分。ここでは簾の意。

・襯斜陽 夕日の光が体に貼り付くように射し込んで来る。

張泌《巻四37酒泉子 二首之一》『花間集』188全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6212

張泌  酒泉子二首 其一  

春雨打,驚夢覺來天氣曉。畫堂深,紅焰小,背蘭缸。

酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。舊巢中,新鷰子,語雙雙。

やるせない気持ちに、酒に頼るしかなく物憂げに酒の甕を取れば酒の香りは鼻打つ、つらく悲しい気持ちには、ともに酌み交わす人はいなくていい。梁上の古巣には、また、新しい番いの燕が子を育て、仲睦まじく語らい、また番を増やす。

張泌《巻四37酒泉子 二首之一》『花間集』188全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6212

 

 
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酒泉子二首 其一

(寵愛を失った妃嬪の孤閏の酒におぼれる悲しみを詠う。)

春雨打,驚夢覺來天氣曉。

春の風雨は東の窓を打つ、うとうとして夢におどろいて、目が覚めてみれば、もう夜が明けはじめたはれた空にかわる。

畫堂深,紅小,背蘭缸。

彩の御殿の表座敷が奥まったところにある閨には、火影小さく、燭台に背を向け横になっている。

酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。

やるせない気持ちに、酒に頼るしかなく物憂げに酒の甕を取れば酒の香りは鼻打つ、つらく悲しい気持ちには、ともに酌み交わす人はいなくていい。

中,新子,語雙雙。

梁上の古巣には、また、新しい番いの燕が子を育て、仲睦まじく語らい、また番を増やす。

春雨 窓を打ち、夢を驚かせ覚め来たれは 天気 暁なり。

画堂 深く、紅焔 小さく、蘭鉦【らんこう】を背く。

酒の香り 鼻を噴ち 懶【ものう】く缸【かめ】を開き、惆悵す 更に人の酔いを共にする 無きに。

舊巢の中,新しき鷰子,雙雙と 語る。

 

其二

紫陌青門,三十六宮春色。

御溝輦路暗相通,杏園風。

咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。

插花走馬落殘紅,月明中。

(酒泉子二首 其の二)

紫陌【しはく】青門,三十六宮 春色。

御溝 輦路 暗く相い通ず,杏園の風。

咸陽 沽酒 寶釵の空,笑指 未央 歸り去る。

插花をし 走馬 殘紅を落す,月明の中【うち】。

 

 

『酒泉子二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

酒泉子二首 其一

春雨打,驚夢覺來天氣曉。

畫堂深,紅焰小,背蘭缸。

酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。

舊巢中,新鷰子,語雙雙。

 

(下し文)

春雨 窓を打ち、夢を驚かせ覚め来たれは 天気 暁なり。

画堂 深く、紅焔 小さく、蘭鉦【らんこう】を背く。

酒の香り 鼻を噴ち 懶【ものう】く缸【かめ】を開き、惆悵す 更に人の酔いを共にする 無きに。

舊巢の中,新しき鷰子,雙雙と 語る。

 

(現代語訳)

(寵愛を失った妃嬪の孤閏の酒におぼれる悲しみを詠う。)

春の風雨は東の窓を打つ、うとうとして夢におどろいて、目が覚めてみれば、もう夜が明けはじめたはれた空にかわる。

彩の御殿の表座敷が奥まったところにある閨には、火影小さく、燭台に背を向け横になっている。

やるせない気持ちに、酒に頼るしかなく物憂げに酒の甕を取れば酒の香りは鼻打つ、つらく悲しい気持ちには、ともに酌み交わす人はいなくていい。

梁上の古巣には、また、新しい番いの燕が子を育て、仲睦まじく語らい、また番を増やす。

 

(訳注)

酒泉子二首 其一

(寵愛を失った妃嬪の孤閏の酒におぼれる悲しみを詠う。)

寵愛を失った妃嬪の孤閏の悲しみを詠うもので、末尾の、もう幾年も続いている古巣に新しい番の燕がやって来て子を作り、育て、仲良く鳴き交わしているとは、それだけが変化している出来事であると女性の孤独を際立たせている。

『花間集』には張泌の作が二首収められている。双調四十三字、前段二十字五句二平韻二仄韻、後段二十三字五句二平韻二仄韻で、④❼3❸③/⑦❼3❸③の詞形をとる。

酒泉子二首 其一

春雨打驚夢覺來天氣
畫堂深、紅焰背蘭

酒香噴鼻懶開惆悵更無人共

舊巢中、新鷰、語雙

○、



 

春雨打,驚夢覺來天氣曉。

春の風雨は東の窓を打つ、うとうとして夢におどろいて、目が覚めてみれば、もう夜が明けはじめたはれた空にかわる。

○春雨打 雨交じりの東風が夜の間中つよく吹いて窓にたたきつける。

○天気暁 空の気配は明け方。時は既に暁であることを言う。

 

畫堂深,紅焰小,背蘭缸。

彩の御殿の表座敷が奥まったところにある閨には、火影小さく、燭台に背を向け横になっている。

○畫堂深 彩の御殿の表座敷が奥まったところにあるという意。

○紅焰小 火影小さく、芯が燃え尽きるまで、誰も燃えカスを処理しないほどに物憂げになっている意。

○背蘭鉦 灯火の光が目に入らぬよう背ける。この表現も、うとうととしていて、なおかつ物憂げであることをいう。

 

酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。

やるせない気持ちに、酒に頼るしかなく物憂げに酒の甕を取れば酒の香りは鼻打つ、つらく悲しい気持ちには、ともに酌み交わす人はいなくていい。

○酒香唱鼻 酒の香りが鼻を打つ。

 

舊巢中,新鷰子,語雙雙。

梁上の古巣には、また、新しい番いの燕が子を育て、仲睦まじく語らい、また番を増やす。

○新燕子 また新らたに燕が来たこと、子は燕が子を育てをする。この三句は、もう何年も繰り返していることを表現している。

張泌《河傳 二首之二》張泌《巻四36河傳 二首之二》『花間集』187全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6207

張泌  河傳二首其二  紅杏,交枝相映,密密濛濛。一庭濃豔倚東風,香融,透簾櫳。

斜陽似共春光語,蝶爭舞,更引流鶯妬。魂銷千片玉樽前,神仙,瑤池醉暮天。

(今年も杏の花が咲き乱れる春の終わり、春風も、鶯も春を教えてくれたが、妃嬪は、いくら待っても寵愛を受ける事は無い、何時しか酔うことで仙界にいることを出紛らわせ、酔い続けるのであると詠う)

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(改訂版Ver.2.1

河傳二首 其二

(今年も杏の花が咲き乱れる春の終わり、春風も、鶯も春を教えてくれたが、妃嬪は、いくら待っても寵愛を受ける事は無い、何時しか酔うことで仙界にいることを出紛らわせ、酔い続けるのであると詠う)

紅杏,交枝相映,密密濛濛。

紅いあんずの花は、花を一杯に付けて枝を混交差させ、互いに華やいでいる。密集し細やかに花が咲き、花が開きすぎてぼんやりとしてしまった枝枝があり、春の盛りを過ぎていこうとしている。

一庭濃豔倚東風,香融,透簾櫳。

この庭も艶やかな色に染まって行くのは春風が吹くにしたがっているようであるし、芳しい香りは溶け込んでゆき、簾のかこいのなかに透けていく。

斜陽似共春光語,蝶爭舞,更引流鶯妬。

春の日は長くても、やがて西に傾いてゆくように春のひかりも、詩文語句、語らいも同様に陰り始めて、蝶は舞うのを急ぎ争い、さらに、それが続いて鶯の美声も妬みのように聞こえてくる。

魂銷千片玉樽前,神仙,瑤池醉暮天。

慕い続ける強い思いが消えうせてからは飾りの着いた玉盃を何度も何度も傾けて、もう仙人の心地、もはや西王母と化して、仙郷の瑤池で暮れ方の空に酔い潰れている。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『河傳 二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

河傳 二首 其二

紅杏,交枝相映,密密濛濛。

一庭濃豔倚東風,香融,透簾櫳。

斜陽似共春光語,蝶爭舞,更引流鶯妬。

魂銷千片玉樽前,神仙,瑤池醉暮天。

 

(下し文)

河傳 二首 其の二

紅の杏,枝を交え 相いに映え,密密として濛濛たり。

一庭 豔を濃くし 東風に倚り,香融け,簾櫳を透る。

陽に斜して 共に春光語るに似て,蝶 舞を爭い,更に引く 鶯妬に流るを。

魂銷え 千片 玉樽の前にし,神仙なり,瑤池 醉うて天暮る。

 

(現代語訳)

(今年も杏の花が咲き乱れる春の終わり、春風も、鶯も春を教えてくれたが、妃嬪は、いくら待っても寵愛を受ける事は無い、何時しか酔うことで仙界にいることを出紛らわせ、酔い続けるのであると詠う)

紅いあんずの花は、花を一杯に付けて枝を混交差させ、互いに華やいでいる。密集し細やかに花が咲き、花が開きすぎてぼんやりとしてしまった枝枝があり、春の盛りを過ぎていこうとしている。

この庭も艶やかな色に染まって行くのは春風が吹くにしたがっているようであるし、芳しい香りは溶け込んでゆき、簾のかこいのなかに透けていく。

春の日は長くても、やがて西に傾いてゆくように春のひかりも、詩文語句、語らいも同様に陰り始めて、蝶は舞うのを急ぎ争い、さらに、それが続いて鶯の美声も妬みのように聞こえてくる。

慕い続ける強い思いが消えうせてからは飾りの着いた玉盃を何度も何度も傾けて、もう仙人の心地、もはや西王母と化して、仙郷の瑤池で暮れ方の空に酔い潰れている。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

河傳 二首 其二

(今年も杏の花が咲き乱れる春の終わり、春風も、鶯も春を教えてくれたが、妃嬪は、いくら待っても寵愛を受ける事は無い、何時しか酔うことで仙界にいることを出紛らわせ、酔い続けるのであると詠う)

前段は、女としてこんなにも愛されていたということを云い、中段で、他の妃嬪に向かい、天子の足が遠のくのを必死で取り返そうとする。後段ではもはや仙人のように毎日飲んだくれて過ごす妃嬪を詠う。杏の花は、三月の科挙及第者の祝宴を連想させれを過ぎるとすぐに初夏になる、春の終わりを感じさせる花である。

「花間集』には張泌の作が二首収められている。其の一は双調五十一字、前段二十五字六句五仄韻、後段二十六字六句四仄韻で、❹4❹❻❷❺/❼❸5❻❺の詞形をとる。

河傳二首 其一

渺莽雲,惆悵暮帆,去程迢

夕陽芳艸千,萬,鴈聲無限

夢魂悄斷煙波,心如

相見何處是,錦屏香冷無,被頭多少

●●○●  ○●●△ ●○○●

●○○●○● ●●  ●○○●●

△○●●○○●  ○△●

△●△●●  ●△○△○● ●○○●●

其の二は双調五十四字、前段二十二字六句五仄韻、後段二十九字六句五仄韻で、❷4❹❼❷❸/❼3❺❼❷❺の詞形をとる。

河傳 二首 其二

,交枝相映,密密濛

一庭濃豔倚東,香,透簾

斜陽似共春光,蝶爭舞,更引流鶯

魂銷千片玉樽,神,瑤池醉暮

○●  ○○△● ●●△△

●○○●△○△

○○  ●○○

○○●△○△●  ●○●

△●○○●  ○○○●●○○

○○  ○○●●○

紅杏,交枝相映,密密濛濛。

紅いあんずの花は、花を一杯に付けて枝を混交差させ、互いに華やいでいる。密集し細やかに花が咲き、花が開きすぎてぼんやりとしてしまった枝枝があり、春の盛りを過ぎていこうとしている。

○杏 ・杏花 ピンク色の花。 桜とよく似ている。 開花は桜より少しだけ早いようだ。 幹の部分は桜と同じく 横向きの線が入る

張泌『浣渓沙 十首 其八』

偏戴花冠白玉簪,睡容新起意沉吟,翠鈿金縷鎮眉心。

小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花陰,斷香輕碧鏁愁深。

浣渓沙 十首 其八 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-346-7-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3277

花間集 「紅杏」

牛嶠

巻四17

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。

張泌

巻四41

紅杏,交枝相映,密密濛濛。

孫光憲

巻七49

玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

 

 

 

 

 

 

孫光憲 巻七49河傳四首其三花落,煙薄,謝家池閣。寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。沾襟,無人知此心。玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

○梁燕帰紅杏 燕は梁の巣に紅い杏の花咲く時節に帰って来た。

○密密 1 きわめて秘密なこと。また、そのさま。内々(ないない)2 配慮がこまやかであるさま。

○濛濛 1 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。「―と砂ぼこりをまき上げる」2 心がぼんやりとしているさま。

 

一庭濃豔倚東風,香融,透簾櫳。

この庭も艶やかな色に染まって行くのは春風が吹くにしたがっているようであるし、芳しい香りは溶け込んでゆき、簾のかこいのなかに透けていく。

濃豔 華麗鮮豔。

 

斜陽似共春光語,蝶爭舞,更引流鶯妬。

春の日は長くても、やがて西に傾いてゆくように春のひかりも、詩文語句、語らいも同様に陰り始めて、蝶は舞うのを急ぎ争い、さらに、それが続いて鶯の美声も妬みのように聞こえてくる。

・鶯妬 鶯が美声で啼きあい、うまく鳴けなくて卑屈になっている、這いを謳歌できないものは妬むということ、寵愛を失った年増の妃嬪をいう。

 

魂銷千片玉樽前,神仙,瑤池醉暮天。

慕い続ける強い思いが消えうせてからは飾りの着いた玉盃を何度も何度も傾けて、もう仙人の心地、もはや西王母と化して、仙郷の瑤池で暮れ方の空に酔い潰れている。

・千片 盃を繰り返すこと。

・玉樽前 飾りのついた盃を前にする。

・神仙 不老不死で、神通力をもつ人。仙人。

瑤池 崑崙山にあり、周の穆王が西王母と会ったという伝説の仙境。西王母は仙女王。魚玄機『光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。』 「恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。」三人の姉妹はその西王母に仕えていた天上仙宮の仙女であったろうという心。

瑤池 李商隱 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 52

瑤池阿母綺窗開、黄竹歌聲動地哀。
八駿日行三萬里、穆王何事不重來。
崑崙山の瑶池に住む不老不死の薬を持つ女の仙人の西王母(せいおうぼ)は、綾絹(あやぎぬ)を張った美しい窓を開けると。穆王が作った民の苦しみを歌った『黄竹詩(こうちくし)』の歌声が地を揺るがせて響いてきて哀(あわれ)なものだ。
西王母とは、西方の崑崙山上に住する女性の尊称である。すべての女仙たちを統率する聖母。東王父に対応する。
周の穆王が西に巡符して崑崙に遊び、彼女に会い、帰るのを忘れたという。また前漢の武帝が長生を願っていた際、西王母は天上から降り、三千年に一度咲くという仙桃七顆を与えたという。
周の穆王は八頭だての馬車に乗って、一日に三万里の道のりを行ける、穆王は、どうしてなのだろうか、西王母の許へ再び来ることはなかった。

・暮天  夕暮れ時の空。暮れ方の空。

張泌《巻四31浣渓沙 十首 其八》『花間集』182全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6182

張泌  浣渓沙 十首 其八  

偏戴花冠白玉簪,睡容新起意沉吟,翠鈿金縷鎮眉心。

小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花陰,斷香輕碧鏁愁深。

(寵愛を受け続けている時も、不安な気持ちで過ごしていた、今もう何度も春を一人で過ごしていく寂しい妃嬪を詠う。)花冠は髷からかたよってつけ、輝く白玉の簪が揺れ,よこになってねむり、そして、新たに起きあがり、思いをそっと小さな声で吟じる。翡翠や花鈿の飾、金の細い絲のかざり、寵愛を一手に受けていても、心配で眉をひそめ、気がかりな心のままである。

張泌《巻四31浣渓沙 十首 其八》『花間集』182全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6182

 

 
 2015年6月20日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首其七

(選ばれた妃嬪が恋に落ちて、快楽におぼれたと詠う)

花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。

花の下に万幕を張り、花と月見の筵をする、冷えてきたので香爐に火をいれ、夜は清くふけてゆき、奇麗な筵を敷き、しかも容姿のあでやかで美しさといえばさながら屏風絵の美人のようであるだけに、二人だけで過ごすのはだれにもしられたくない。

人不見時還暫語,令纔後愛微,越羅巴錦不勝春。

人目につかぬその時、わずかの間に言葉を交わして返事をする、人目をさけての恋は悦楽と苦悶の顔をする。美しき越地方産の薄絹と蜀産の錦の衣裳を寄贈しても春の思いにまさるものではないのだ。

(浣渓沙 十首 其の七)

花月 香り 寒く 夜塵 悄まり、綺筵の幽会 傷神を暗にし、嬋娟 依約として画屏の人。

人 見ざる時 還た暫く語り、纔かにたしむるの後 愛みて微かに嚬み、越羅、巴錦も春に勝えず。

(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其八

(寵愛を受け続けている時も、不安な気持ちで過ごしていた、今もう何度も春を一人で過ごしていく寂しい妃嬪を詠う。)

偏戴花冠白玉簪,睡容新起意吟,翠鈿金縷鎮眉心。

花冠は髷からかたよってつけ、輝く白玉の簪が揺れ,よこになってねむり、そして、新たに起きあがり、思いをそっと小さな声で吟じる。翡翠や花鈿の飾、金の細い絲のかざり、寵愛を一手に受けていても、心配で眉をひそめ、気がかりな心のままである。

小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花陰,斷香輕碧愁深。

小さな檻のようなこの閨に、斜になった日のひかりがさし、風はショウショウと静かでもの寂しくふいている。妃嬪もこの春を過してまた歳を重ねた、簾越に庭の杏花も枯れ落ちてゆく。花の香りも、お香もすでに斷たれ、薄く明るい緑色に染まり、部屋の鍵は締まっていて、愁いは深くなるだけなのだ。

浣渓沙 十首 其の八

偏戴 花冠 白玉の簪,睡容 新起 意吟,翠鈿 金縷 鎮眉心。

小檻 日斜 風悄悄たり,簾を隔てて零落 杏花の陰,香を斷ち 輕やかに碧なし 鏁 愁い深し。

 

 

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『浣渓沙 十首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣渓沙 十首 其八

偏戴花冠白玉簪,睡容新起意沉吟,翠鈿金縷鎮眉心。

小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花陰,斷香輕碧鏁愁深。

 

(下し文)

浣渓沙 十首 其の八

偏戴 花冠 白玉の簪,睡容 新起 意沉吟,翠鈿 金縷 鎮眉心。

小檻 日斜 風悄悄たり,簾を隔てて零落 杏花の陰,香を斷ち 輕やかに碧なし 鏁 愁い深し。

 

(現代語訳)

(寵愛を受け続けている時も、不安な気持ちで過ごしていた、今もう何度も春を一人で過ごしていく寂しい妃嬪を詠う。)

花冠は髷からかたよってつけ、輝く白玉の簪が揺れ,よこになってねむり、そして、新たに起きあがり、思いをそっと小さな声で吟じる。翡翠や花鈿の飾、金の細い絲のかざり、寵愛を一手に受けていても、心配で眉をひそめ、気がかりな心のままである。

小さな檻のようなこの閨に、斜になった日のひかりがさし、風はショウショウと静かでもの寂しくふいている。妃嬪もこの春を過してまた歳を重ねた、簾越に庭の杏花も枯れ落ちてゆく。花の香りも、お香もすでに斷たれ、薄く明るい緑色に染まり、部屋の鍵は締まっていて、愁いは深くなるだけなのだ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其八

(寵愛を受け続けている時も、不安な気持ちで過ごしていた、今もう何度も春を一人で過ごしていく寂しい妃嬪を詠う。)

唐の教坊の曲名。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦.の詞形をとる。韋荘は同名の詩五首載せている。

浣溪沙十首其一

鈿轂香車過柳,樺煙分處馬頻,為他沉醉不成

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾,含情無語倚樓西

△●○○△●△  △○△●●○○ ○△○●△○△

○●●○○●● ●○○●●○○  ○○○●△○○

浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊 照花淹竹小溪流 鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月 可堪分袂又經秋 晚風斜日不勝愁。

●●△○●●○  ●○△●●○○ △○○●●○○

●●●○△●● ●○△●●△○  ●△○●△△○

浣溪沙十首其三

獨立寒堦望月,露濃香泛小庭,繡屏愁背一燈

雲雨自從分散後,人間無路到仙,但憑魂夢訪天

●●○○△●△  ●○○●●○○ ●△○●●○○

○●●△△●● ○△○●●○○  △○○△●○○

浣溪沙十首其四

依約殘眉理舊黃 翠鬟擲一長 暖風晴日罷朝

閑折海棠看又撚 玉纖無力惹餘香 此情誰會倚斜

△●○○●●○ ●○○●●○△ ●△○●△○○

○△●○△●● ●○○●●○○ ●○○●△○○

浣渓沙 十首 其五

翡翠屏開繡幄,謝娥無力曉粧,錦帷鴛被宿香

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾,杏花凝恨倚東

●●△○●●○ ●○○●●?○ ●○○●●○○

○●●○○●● ●○○●●○○ ●○△●△○△

浣渓沙 十首 其六

枕障燻鑪隔繡,二年終日兩相,杏花明月始應

天上人間何處去,舊歡新夢覺來,黃昏微雨畫簾垂。

△△○○●●○ ●○○●●△△ ●○○●●△○

○●○△△●● ●○○△●△○ ○○○●●○○

浣渓沙 十首 其七

花月香寒悄夜,綺筵幽會暗傷,嬋娟依約畫屏

人不見時還暫語,令纔後愛微,越羅巴錦不勝

○●○○●●○ ●○○●●△○ ○○△●●△○

○△●○○●● △△○●●○○ ●○○●△△○

浣渓沙 十首 其八

偏戴花冠白玉,睡容新起意沉,翠鈿金縷鎮眉

小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花,斷香輕碧鏁愁

△●○△●●○  ●○○●●○△ ●△○●●○○

●●●○△●● ●○△●●○○  ●○△●?○△

 

偏戴花冠白玉簪,睡容新起意沉吟,翠鈿金縷鎮眉心。

花冠は髷からかたよってつけ、輝く白玉の簪が揺れ,よこになってねむり、そして、新たに起きあがり、思いをそっと小さな声で吟じる。翡翠や花鈿の飾、金の細い絲のかざり、寵愛を一手に受けていても、心配で眉をひそめ、気がかりな心のままである。

・偏戴花冠白玉簪 寵愛を受ける閨でのようすをいう。髷は傾き、花の冠をつけ、輝く宝飾の簪が揺れる。

・睡容新起意沉吟 この句はいまの女の心の動きを詠う。・沉吟 思い迷う,決めかねてぶつぶつ呟(つぶ/や)く.・睡容 ねすがた。

・翠鈿金縷鎮眉心 ・翠:翡翠のかざり。・鈿:古代婦女の顔面の上に花鈿飾物をつけること。

温庭筠『菩薩蠻 九』

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠淚闌幹,燕飛春又殘。

『菩薩蠻 九』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-9-9-#9 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1652

・縷 金の糸。また、金色の糸。

 

 

小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花陰,斷香輕碧鏁愁深。

小さな檻のようなこの閨に、斜になった日のひかりがさし、風はショウショウと静かでもの寂しくふいている。妃嬪もこの春を過してまた歳を重ねた、簾越に庭の杏花も枯れ落ちてゆく。花の香りも、お香もすでに斷たれ、薄く明るい緑色に染まり、部屋の鍵は締まっていて、愁いは深くなるだけなのだ。

・檻 猛獣や罪人が逃げないように入れておく、鉄格子などを使った頑丈な囲い、または室。

・悄悄 1 元気がなく、うちしおれているさま。悄然。「―として引き返す」 2 静かでもの寂しいさま。 すご‐すご【悄悄】: [副]気落ちして元気がないさま。また、元気なくその場をたち去るさま

・杏花 ピンク色の花。 桜とよく似ている。 開花は桜より少しだけ早いようだ。 幹の部分は桜と同じく 横向きの線が入る。閨怨詩では女性自身に喩えられる。

・鏁 ①. 0 戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。 -をさす」 -をおろす」. . 1 錠剤。

張泌《巻四30浣渓沙 十首 其七》『花間集』181全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6177

浣渓沙 十首 其七

花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。

人不見時還暫語,令纔後愛微嚬,越羅巴錦不勝春。

(選ばれた妃嬪が恋に落ちて、快楽におぼれたと詠う)

花の下に万幕を張り、花と月見の筵をする、冷えてきたので香爐に火をいれ、夜は清くふけてゆき、奇麗な筵を敷き、しかも容姿のあでやかで美しさといえばさながら屏風絵の美人のようであるだけに、二人だけで過ごすのはだれにもしられたくない。

張泌《巻四30浣渓沙 十首 其七》『花間集』181全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6177

 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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浣渓沙 十首其七

(選ばれた妃嬪が恋に落ちて、快楽におぼれたと詠う)

花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。

花の下に万幕を張り、花と月見の筵をする、冷えてきたので香爐に火をいれ、夜は清くふけてゆき、奇麗な筵を敷き、しかも容姿のあでやかで美しさといえばさながら屏風絵の美人のようであるだけに、二人だけで過ごすのはだれにもしられたくない。

人不見時還暫語,令纔後愛微,越羅巴錦不勝春。

人目につかぬその時、わずかの間に言葉を交わして返事をする、人目をさけての恋は悦楽と苦悶の顔をする。美しき越地方産の薄絹と蜀産の錦の衣裳を寄贈しても春の思いにまさるものではないのだ。

(浣渓沙 十首 其の七)

花月 香り 寒く 夜塵 悄まり、綺筵の幽会 傷神を暗にし、嬋娟 依約として画屏の人。

人 見ざる時 還た暫く語り、纔かにたしむるの後 愛みて微かに嚬み、越羅、巴錦も春に勝えず。

 

 

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『浣渓沙 十首 其七』 現代語訳と訳註

(本文)

浣渓沙 十首 其七

花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。

人不見時還暫語,令纔後愛微嚬,越羅巴錦不勝春。

 

(下し文)

(浣渓沙 十首 其の七)

花月 香り 寒く 夜塵 悄まり、綺筵の幽会 傷神を暗にし、嬋娟 依約として画屏の人。

人 見ざる時 還た暫く語り、纔かにたしむるの後 愛みて微かに嚬み、越羅、巴錦も春に勝えず。

 

(現代語訳)

(選ばれた妃嬪が恋に落ちて、快楽におぼれたと詠う)

花の下に万幕を張り、花と月見の筵をする、冷えてきたので香爐に火をいれ、夜は清くふけてゆき、奇麗な筵を敷き、しかも容姿のあでやかで美しさといえばさながら屏風絵の美人のようであるだけに、二人だけで過ごすのはだれにもしられたくない。

人目につかぬその時、わずかの間に言葉を交わして返事をする、人目をさけての恋は悦楽と苦悶の顔をする。美しき越地方産の薄絹と蜀産の錦の衣裳を寄贈しても春の思いにまさるものではないのだ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其七

(選ばれた妃嬪が恋に落ちて、快楽におぼれたと詠う)

本詞は解釈の上で異説が多い。ここでは、花の下の誰もいない宴席で人目を避けながら逢瀬を愉しむ男女の恋を詠う。もう一つには、顔を合わせることのできた男女が人目を盗んでしばし語らうさまと解した。前段は、春の夜の宴席、絵辟風の中の美人のような女性は心傷めずにはいられぬことを言う。後段は、人が見ていない時はしばらく語り合うが、男は人目につくと、女をそっと追いやると、彼女はしきりに悲しみの表情を浮かべるさまを詠う。そして最後は、美しい衣裳を纏った女性はこの春の時節に堪えかねるかのようだと結ぶ。なおこの女性は、宴に侍る妓女である。しかしこの詩の前段に、「綺筵幽會」とあることから、宴会の人がいない状態を云うので矛盾する。

『花間集』と張泌、《浣溪沙》

張泌(生平年未詳)は、五代、前蜀の人。字、出身地ともに未詳。『花間集』では牛嶠と毛文錫の間に置かれていることから、前蜀に仕えて舎人になったことが知れるだけである。晩唐から五代にかけて、張泌という名の人物が三人いたことが分かっており、このため同名異人のこの三者がしばしば混同されてきた。『花間集』 には《浣溪沙》二十七首の詞が収められていて、張泌の「浣溪沙」作が十首収められている。浣溪沙は早春の川に染めた布地を晒し、その後、河原で一枚づつ並べて乾す様子をいうものであったが、寒食、清明節のころから、初夏にかけて、行楽で、川縁や野原に、万幕を張る様子を、言うようになった。春の絶頂期、人生の絶頂期、恋愛のの絶頂期を示すものが多い。舟を出して花いっぱいの渓谷に入って遊んだものが、今では砂ばかりの渓谷しか見られない、ということを象徴にして女、女妓の侘しさ、寂しさを詠うものである。

 

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。

幹線道路沿いは、民家や商店が多く、民間の旅人でも食糧に不足はしなかった。民営の旅舎や逆旅と呼ばれる旅館も多数存在した。9世紀の唐代を旅行した円仁の『入唐求法巡礼行記』によると、円仁は長期間の旅行をほとんど危険もなく行っている。

宿屋は寝具持参で自炊が原則であった。相部屋が多く、その時は、寝床だけを借りることになる。寝床は大きいのを牀、小さいのを榻といった。使用しない時は寝床は壁に立てていたが、宿では常時、設置していたところもあった。食店という食堂を兼ねた宿も存在したが、安宿は自炊が一般的で、飯だけはつける宿もあった。旅行は遠距離なものが多く、長期間に渡るため、馬車や馬、ロバ、ラクダで荷を運ぶことが多かった。相部屋には炉があり、部屋で煮炊きを行い、外から食糧や酒も持参できた。宿屋の中に馬小屋があることもあった。宿は貸し切りもあり、小房という個室もある宿も存在した。

 

唐の教坊の曲名。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦.の詞形をとる。韋荘は同名の詩五首載せている。

浣溪沙十首其一

鈿轂香車過柳,樺煙分處馬頻,為他沉醉不成

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾,含情無語倚樓西

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浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊 照花淹竹小溪流 鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月 可堪分袂又經秋 晚風斜日不勝愁。

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浣溪沙十首其三

獨立寒堦望月,露濃香泛小庭,繡屏愁背一燈

雲雨自從分散後,人間無路到仙,但憑魂夢訪天

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浣溪沙十首其四

依約殘眉理舊黃 翠鬟擲一長 暖風晴日罷朝

閑折海棠看又撚 玉纖無力惹餘香 此情誰會倚斜

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浣渓沙 十首 其五

翡翠屏開繡幄,謝娥無力曉粧,錦帷鴛被宿香

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾,杏花凝恨倚東

●●△○●●○ ●○○●●?○ ●○○●●○○

○●●○○●● ●○○●●○○ ●○△●△○△

浣渓沙 十首 其六

枕障燻鑪隔繡,二年終日兩相,杏花明月始應

天上人間何處去,舊歡新夢覺來,黃昏微雨畫簾垂。

△△○○●●○ ●○○●●△△ ●○○●●△○

○●○△△●● ●○○△●△○ ○○○●●○○

浣渓沙 十首 其七

花月香寒悄夜,綺筵幽會暗傷,嬋娟依約畫屏

人不見時還暫語,令纔後愛微,越羅巴錦不勝

○●○○●●○ ●○○●●△○ ○○△●●△○

○△●○○●● △△○●●○○ ●○○●△△○

 

花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。

花の下に万幕を張り、花と月見の筵をする、冷えてきたので香爐に火をいれ、夜は清くふけてゆき、奇麗な筵を敷き、しかも容姿のあでやかで美しさといえばさながら屏風絵の美人のようであるだけに、二人だけで過ごすのはだれにもしられたくない。

○花月 花の下の筵で花の向こうの空の上に月がある。・花月香寒 秋の日の月見の宴で冷えて來るので香炉に火を入れる。香炉はお香と暖を取るためのもの。

○悄夜塵 夜の塵が静まる。ここでは夜が清らかにふけゆくことを言う。

○幽会 男女が人目を忍んでこっそり会うこと。

○傷神 人に知られては困る後ろめたい気持ちを云う。神でさえも心を傷めること。

○嬋娟/嬋妍【せんけん】 ①女性の美しきを言う。容姿のあでやかで美しいさま。張衡《西京賦》「妖蠱豔夫夏,美聲暢于虞氏。始徐進而羸形,似不任乎羅綺。嚼清商而卻轉,增嬋娟以此豸。」(清商を嚼いて卻轉し,嬋娟を增して以て此豸【しち】す。その媚態はかの有名な美女の夏姫よりも艶に美しく、その美声は、名歌手虞公よりものびのびとよくとおる。初めて歩を進めると、その細遺肉付きの身体は、薄絹の衣裳にも堪えぬ風情がある。澄んだ音色の凊商の曲を吟じながら後すだりに旋回すれば典雅な貴賓も加わって、柔軟優美な舞いとなる。②ひきつながるさま。

依約 ①よりむすびつける。②かすかなさま。さもにたり。さながら、まるで。「他依約前去赴會。」依稀隱約。唐.白居易〈答蘇庶子〉詩:「蓬山閒氣味,依約似龍樓。」

孫少監光憲 《巻八25女冠子二首其二》「澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。」

 

人不見時還暫語,令纔後愛微嚬,越羅巴錦不勝春。

人目につかぬその時、わずかの間に言葉を交わして返事をする、人目をさけての恋は悦楽と苦悶の顔をする。美しき越地方産の薄絹と蜀産の錦の衣裳を寄贈しても春の思いにまさるものではないのだ。

○人不見時 人に見られぬようなときに

○還暫語 わずかの間に言葉を交わして返事をする。

○令纔後愛微嚬 性にたいしての喜びの表情と悦楽と苦悶の顔をすることをいう。・は強制する。・は〜するとすぐに。・はここでは追いやること。・はしきりに〜する。・は眉をひそめる。

越羅巴錦 越産の薄絹と蜀産の錦。ともに名品として有名。ここでは女の美しい着物を言う。

人々は常に女子、とりわけ美女を不祥の物、家を没落させ国を亡ぼす禍の種と見なしていた。桓彦範は中宗に上奏文を書き、后妃を政治に干渉させないよう諌言した。「帝王が婦人に政治を相談すれば、必ず国を破り身を亡ぼします。……それで古人が〝牝鶏の農するは、惟れ家の索ぶなりと″と誓えたのです」(『旧唐書』桓彦範伝)。女が政治に口を出せば、必ず国を滅ぼし身を滅ぼすという考えは、士大夫たちが女性の政治への参加に反感を持ち、憂慮の念を持っていたことの表れであった。女性で美貌の持ち主ならば、どうしても「女禍」(女の起す災難)という罪名から逃れられなかった。

 

唐代の人々の男女関係はわりに放噂で、貞操観念も稀薄であったことは誰もが認めるところであり、後世の通学者の「勝ない唐、欄った漢」という説を生むにいたった。それは女性の愛情、結婚生活の中にそう言われても仕方のない種々の明らかな根拠があったからである。というのは、唐代には未婚の娘が秘かに男と情を通じたり、既婚婦人が別に愛人を見つけたり、離婚や再婚があたりまえの社会風潮になっていたからである。

 

女性が結婚の後に、また夫の死後に愛人を見つけるといったことは、さらに普通のことだった。

貞元年間のこと、文人の李章武は、華州(陳西省筆県)のある民家に宿泊し、その家の息子の嫁と愛し合って情交を結び、死んでも心は変わらぬと誓った(李景亮『李章武伝』)。また、貴族の姫妾であった獣鄭新野達実が姓)は、一人の少年を自分の部屋にひそかに隠していた。官庁がこの少年を捜し始めたので、彼女はこの年若い愛人に自分の家族とは異なる人物や食べ物の話を教え込み、それを官に自白させた。

 

「バレなければ、良し。」という風潮が根強くあった。女性蔑視、軽視の反動として、権力持った女性が暴走するということも多くあり、はかなんで、自暴自棄でその時の快楽を求めることも大いにあったようだ。

張泌《巻四29浣渓沙 十首 其六》『花間集』180全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6172

張泌  浣渓沙 十首 其六  

枕障燻鑪隔繡幃,二年終日兩相思,杏花明月始應知。

天上人間何處去,舊歡新夢覺來時,黃昏微雨畫簾垂。

天上界といわれる天子の寵愛の行動は、寵愛を失うという人間界の現実、天子の心は、何処に去って行ってしまったのか、だから楽しく過ごした出来事は、あらたには夢でしか再びあうことはできない、「朝雲暮雨」日暮れてくれば微かな雨となって簾の中にいるだけで、歳を重ねてゆくだけである。

張泌《巻四29浣渓沙 十首 其六》『花間集』180全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6172

 
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(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首其六

(寵愛を失い、行事などにも呼ばれなくなって初めて、妃嬪の立場の悲しさくるしさを認識するもの)

枕障燻鑪隔幃,二年終日兩相思,杏花明月始應知。

使わない枕、障子、香炉の火もたたらのようにかたまったまま、そして、刺繍の垂れ幕も使わなくなってしまった。恋慕の思いのまま終日過ごす日々は二年になる。それでも、杏の花に時期の行事、中秋節にも呼ばれなくなって初めて妃嬪の将来を理解する。

天上人間何處去,舊歡新夢覺來時,昏微雨畫簾垂。

天上界といわれる天子の寵愛の行動は、寵愛を失うという人間界の現実、天子の心は、何処に去って行ってしまったのか、だから楽しく過ごした出来事は、あらたには夢でしか再びあうことはできない、「朝雲暮雨」日暮れてくれば微かな雨となって簾の中にいるだけで、歳を重ねてゆくだけである。

浣渓沙 十首 其の六

枕障 燻鑪 繡幃を隔つ,二年 終日 兩つながら相い思い,杏花 明月 始めて應に知る。

天上 人間 何處に去り,舊歡 新夢 時に來るを覺ゆ,黃昏 微雨 畫簾垂る。

 

(改訂版Ver.2.1

『浣渓沙 十首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣渓沙 十首 其六

枕障燻鑪隔繡幃,二年終日兩相思,杏花明月始應知。

天上人間何處去,舊歡新夢覺來時,黃昏微雨畫簾垂。

 

(下し文)

(浣渓沙 十首 其の六)

枕障 燻鑪 繡幃を隔つ,二年 終日 兩つながら相い思い,杏花 明月 始めて應に知る。

天上 人間 何處に去り,舊歡 新夢 時に來るを覺ゆ,黃昏 微雨 畫簾垂る。

 

(現代語訳)

(寵愛を失い、行事などにも呼ばれなくなって初めて、妃嬪の立場の悲しさくるしさを認識するもの)

使わない枕、障子、香炉の火もたたらのようにかたまったまま、そして、刺繍の垂れ幕も使わなくなってしまった。恋慕の思いのまま終日過ごす日々は二年になる。それでも、杏の花に時期の行事、中秋節にも呼ばれなくなって初めて妃嬪の将来を理解する。

天上界といわれる天子の寵愛の行動は、寵愛を失うという人間界の現実、天子の心は、何処に去って行ってしまったのか、だから楽しく過ごした出来事は、あらたには夢でしか再びあうことはできない、「朝雲暮雨」日暮れてくれば微かな雨となって簾の中にいるだけで、歳を重ねてゆくだけである。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其六

(寵愛を失い、行事などにも呼ばれなくなって初めて、妃嬪の立場の悲しさくるしさを認識するもの)

枕障→ 燻鑪→ 隔繡幃,二年→ 終日→ 兩相思,杏花→ 明月→ 始應知。

寵愛を失って、月日の移り変わるが、恋慕の心はかわらない。

天上→ 人間→ 何處去,舊歡→ 新夢→ 覺來時,黃昏→ 微雨→ 畫簾垂。

天上界といわれる天子の行動は人間界には戻ってこない、だから楽しく過ごしたことは夢で再び実現し、「朝雲暮雨」日暮れてくれば微かな雨となって簾の中にいる。

『花間集』と張泌、《浣溪沙》

張泌(生平年未詳)は、五代、前蜀の人。字、出身地ともに未詳。『花間集』では牛嶠と毛文錫の間に置かれていることから、前蜀に仕えて舎人になったことが知れるだけである。晩唐から五代にかけて、張泌という名の人物が三人いたことが分かっており、このため同名異人のこの三者がしばしば混同されてきた。『花間集』 には《浣溪沙》二十七首の詞が収められていて、張泌の「浣溪沙」作が十首収められている。浣溪沙は早春の川に染めた布地を晒し、その後、河原で一枚づつ並べて乾す様子をいうものであったが、寒食、清明節のころから、初夏にかけて、行楽で、川縁や野原に、万幕を張る様子を、言うようになった。春の絶頂期、人生の絶頂期、恋愛のの絶頂期を示すものが多い。舟を出して花いっぱいの渓谷に入って遊んだものが、今では砂ばかりの渓谷しか見られない、ということを象徴にして女、女妓の侘しさ、寂しさを詠うものである。

 

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。

幹線道路沿いは、民家や商店が多く、民間の旅人でも食糧に不足はしなかった。民営の旅舎や逆旅と呼ばれる旅館も多数存在した。9世紀の唐代を旅行した円仁の『入唐求法巡礼行記』によると、円仁は長期間の旅行をほとんど危険もなく行っている。

宿屋は寝具持参で自炊が原則であった。相部屋が多く、その時は、寝床だけを借りることになる。寝床は大きいのを牀、小さいのを榻といった。使用しない時は寝床は壁に立てていたが、宿では常時、設置していたところもあった。食店という食堂を兼ねた宿も存在したが、安宿は自炊が一般的で、飯だけはつける宿もあった。旅行は遠距離なものが多く、長期間に渡るため、馬車や馬、ロバ、ラクダで荷を運ぶことが多かった。相部屋には炉があり、部屋で煮炊きを行い、外から食糧や酒も持参できた。宿屋の中に馬小屋があることもあった。宿は貸し切りもあり、小房という個室もある宿も存在した。

 

唐の教坊の曲名。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦.の詞形をとる。韋荘は同名の詩五首載せている。

浣溪沙十首其一

鈿轂香車過柳,樺煙分處馬頻,為他沉醉不成

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾,含情無語倚樓西

△●○○△●△  △○△●●○○ ○△○●△○△

○●●○○●● ●○○●●○○  ○○○●△○○

浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊 照花淹竹小溪流 鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月 可堪分袂又經秋 晚風斜日不勝愁。

●●△○●●○  ●○△●●○○ △○○●●○○

●●●○△●● ●○△●●△○  ●△○●△△○

浣溪沙十首其三

獨立寒堦望月,露濃香泛小庭,繡屏愁背一燈

雲雨自從分散後,人間無路到仙,但憑魂夢訪天

●●○○△●△  ●○○●●○○ ●△○●●○○

○●●△△●● ○△○●●○○  △○○△●○○

浣溪沙十首其四

依約殘眉理舊黃 翠鬟擲一長 暖風晴日罷朝

閑折海棠看又撚 玉纖無力惹餘香 此情誰會倚斜

△●○○●●○ ●○○●●○△ ●△○●△○○

○△●○△●● ●○○●●○○ ●○○●△○○

浣渓沙 十首 其五

翡翠屏開繡幄,謝娥無力曉粧,錦帷鴛被宿香

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾,杏花凝恨倚東

●●△○●●○ ●○○●●?○ ●○○●●○○

○●●○○●● ●○○●●○○ ●○△●△○△

浣渓沙 十首 其六

枕障燻鑪隔繡,二年終日兩相,杏花明月始應

天上人間何處去,舊歡新夢覺來,黃昏微雨畫簾垂。

△△○○●●○ ●○○●●△△ ●○○●●△○

○●○△△●● ●○○△●△○ ○○○●●○○

 

枕障 燻鑪 隔繡幃,二年 終日 兩相思,杏花 明月 始應知。

使わない枕、障子、香炉の火もたたらのようにかたまったまま、そして、刺繍の垂れ幕も使わなくなってしまった。恋慕の思いのまま終日過ごす日々は二年になる。それでも、杏の花に時期の行事、中秋節にも呼ばれなくなって初めて妃嬪の将来を理解する。

○枕障 1 じゃまをする。じゃま。さしさわり。「障害/故障・罪障・支障・万障・魔障」2 隔てさえぎるもの。「障子・障壁」3 防ぐ。「保障」[難読]

○燻鑪 1 物がよく燃えないで、煙ばかりを出す。「生木が―・る」「焼け跡が―・る」2 煙のすすで黒くなる。すすける。「天井が―・る」3 争い事などが表に現れずに、また、完全に解決しないままで続いている。鑪:粘土でつくられた高さの低い角形の炉。

○繡幃 刺繍に飾られた垂れ幕

○兩相思 相思相見 この場合の相はお互いにという意味ではなく相手のことを思う、見るであり、一人なのである。

杏花/明月 杏花:晩春に開花、科挙合格者の発表後曲池坊の杏園にて祝宴が開かれる。牡丹と杏花は科挙を連想させる。明月:曇りなく澄みわたった満月。また、名月。《季 秋》仲秋の名月。

春の行事:探春の宴、送窮日、寒食節、清明節、上巳節

秋の行事:七夕、天長節、中秋節、重陽節

 

 

天上 人間 何處去,舊歡 新夢 覺來時,黃昏 微雨 畫簾垂。

天上界といわれる天子の寵愛の行動は、寵愛を失うという人間界の現実、天子の心は、何処に去って行ってしまったのか、だから楽しく過ごした出来事は、あらたには夢でしか再びあうことはできない、「朝雲暮雨」日暮れてくれば微かな雨となって簾の中にいるだけで、歳を重ねてゆくだけである。

・天上人間何處去 この句は男がもう別の女性の所に行ってしまっていることを云う。

・舊歡新夢覺來時 この句は、昔はいい思いをさせてくれたという。

・黃昏微雨畫簾垂 春の夕暮になって雨が降り始めた、今日は誰も来ることはないというもの。黄昏・微雨は高唐の賦「朝雲暮雨」を思わせる言葉であると同時に、女性の年を重ねる事、雨は、腹を落下させ、凋ませてゆくことを暗示させる。

張泌《巻四28浣渓沙 十首 其五》『花間集』179全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6167

張泌  浣渓沙 十首 其五  

翡翠屏開繡幄紅,謝娥無力曉粧慵,錦帷鴛被宿香濃。

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾櫳,杏花凝恨倚東風。

(寵愛を失っても探春の宴の季節になると、同じように準備をして待つ、年を重ねても解放される恩赦がない以上準備をしなくてはいけない悲しい妃嬪を詠う)春の細雨は寝殿前の中庭には春なのに寂しさと空しさが広がり、ツバメが飛び交い、鶯が春を告げているのにすだれの籠檻のなかで隔離されているようなものだ。杏の花の季節には恨みを凝り固まるものであり、東の風に向かって正門に倚りかかる。

張泌《巻四28浣渓沙 十首 其五》『花間集』179全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6167

 

 
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張泌《巻四27浣渓沙 十首 其四》『花間集』178全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6162

張泌  浣溪沙十首其四  

依約殘眉理舊黃,翠鬟擲一簪長,暖風晴日罷朝粧。

閑折海棠看又撚,玉纖無力惹餘香,此情誰會倚斜陽。

浣渓沙 十首 その四(若い時は、薄化粧でも、あまり気にせず、ただ、一緒に過ごすことを楽しんだ、寵愛を失って、歳を重ねた妃嬪は、同じ春が来て、花束を作ってみてもただ一日陽だまりで一人過ごすだけである)

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張泌《巻四26浣渓沙 十首 其三》『花間集』177全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6157

張泌  浣渓沙 十首 其三  

獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

浣渓沙 十首 その三 (朝雲暮雨と寵愛を受けていても、それを失えば、宮殿への道は天涯に阻まれるように遠いものとなると妃嬪を詠う。)

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(改訂版Ver.2.1

浣溪沙十首其一

(西に向かう旅人との別れを題材にしたよくある別れを詠う)

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

螺鈿の車は柳の堤の道を西に向い過ぎて行く。樺の灯火の煙は漂い、最後の別れの朝には旅立つ馬もしきりに噺く。朝早く旅立つにあたって、酔いが醒めていなければ、不覚なので、夕べの宴会では深酔いすることはないものなのだ。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

駅亭をめぐって、花は咲き満ちていて、香しき夜の露は細やかなものである。杜鵑の声途絶え、名残の月は傾きてみえない。思いを秘めて言葉なく西にむかったひとを高殿に身を寄せておもう。

 

(浣溪沙十首 其の一)

鈿轂【でんこく】香車 柳堤を過ぐ,樺煙【かえん】分かるる處 馬 頻りに嘶く,他が為に醉するも泥を成さず。

花は驛亭に滿ち 香露 細やかなり,杜鵑 聲 斷え 玉蟾【ぎょくぜん】低し,情を含んで語ること無く 樓西に倚る。

 

(改訂版Ver.2.1

溪沙十首其二

(寵愛を受け、何不自由なく、楽しいおもいの日々に分袂すると、宮殿の御門、夜明け前に帰っていくあのお方の姿を追う、哀しい妃嬪の思いを詠う。)

馬上凝情憶舊遊,照花淹竹小溪流,鈿箏羅幕玉頭。

馬上には思いを一身に集めるお方がいて、そして、楽しい日々は続いており、今も、夕べのことを思い浮かべている、咲き誇る花に朝日に照らされ、竹林の小路に入っていくと、小川が流れている誰にも気兼ねせず静かに過ごす、螺鈿の琴が奏でられ、薄絹のとばりに、漢の武帝の李夫人を思わせる「玉搔頭」を飾り何不自由のない生活を送る。

早是出門長帶月,可堪分袂又經秋,風斜日不勝愁。

眠れず少し早く起き出し、門を出ると、涙があふれて有明けの月を見上げると長く帯のようににじんで見える。あの人とは【分袂】してから、また、この夜長の秋をひとりで堪えなければいけない。夕方の風が抜けてゆき、日が傾いて、この愁いを克服するものはなにもない。

(浣溪沙十首其の二)

馬上 凝情 舊遊を憶い,照花 淹竹 小溪の流れ,鈿箏 羅幕 玉として頭を搔く。

早に是こに出門 月も長帶たり,堪える可し 袂を分ち 又た秋も經るを,晚風 斜日 愁に勝らず。

 

(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其三

浣渓沙 十首 その三 (朝雲暮雨と寵愛を受けていても、それを失えば、宮殿への道は天涯に阻まれるように遠いものとなると妃嬪を詠う。)

獨立寒望月華,露濃香泛小庭花,屏愁背一燈斜。

寒々とした宮殿の階に独り佇み、仲秋の月を眺めれば、露に濡れた寝殿前の庭の花は香しき香を放つ。寝牀の側の屏風を背にする灯火一つ愁わしく火影を揺らすだけ。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

巫山神女の故事のように「朝雲暮雨」いつも一緒であったのに、別れて後は、人間ではその仙界の館に訪ねるすべはこの世にないのである、ということだと、できるのはただ夢の場合だけだが、しかも空のはてを訪ねるという大変な事なのだ。

(浣渓沙 十首 其の三)

独り寒堦【かんかい】に立ちて 月華を望む、露 濃く 香り 泛く 小庭の花、繍屏【しゅうへい】に 愁い背きて 一灯 斜めなり。

雲雨 分散してより後、人間 路の仙家に到る無く、但だ魂夢を憑【たの】みて 天涯を訪ぬ。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『浣渓沙 十首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣渓沙 十首 其三

獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

 

 

(下し文)

(浣渓沙 十首 其の三)

独り寒堦【かんかい】に立ちて 月華を望む、露 濃く 香り 泛く 小庭の花、繍屏【しゅうへい】に 愁い背きて 一灯 斜めなり。

雲雨 分散してより後、人間 路の仙家に到る無く、但だ魂夢を憑【たの】みて 天涯を訪ぬ。

 

 

(現代語訳)

浣渓沙 十首 その三 (朝雲暮雨と寵愛を受けていても、それを失えば、宮殿への道は天涯に阻まれるように遠いものとなると妃嬪を詠う。)

寒々とした宮殿の階に独り佇み、仲秋の月を眺めれば、露に濡れた寝殿前の庭の花は香しき香を放つ。寝牀の側の屏風を背にする灯火一つ愁わしく火影を揺らすだけ。

巫山神女の故事のように「朝雲暮雨」いつも一緒であったのに、別れて後は、人間ではその仙界の館に訪ねるすべはこの世にないのである、ということだと、できるのはただ夢の場合だけだが、しかも空のはてを訪ねるという大変な事なのだ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

『花間集』と張泌、《浣溪沙》

張泌(生平年未詳)は、五代、前蜀の人。字、出身地ともに未詳。『花間集』では牛嶠と毛文錫の間に置かれていることから、前蜀に仕えて舎人になったことが知れるだけである。晩唐から五代にかけて、張泌という名の人物が三人いたことが分かっており、このため同名異人のこの三者がしばしば混同されてきた。『花間集』 には《浣溪沙》二十七首の詞が収められていて、張泌の「浣溪沙」作が十首収められている。浣溪沙は早春の川に染めた布地を晒し、その後、河原で一枚づつ並べて乾す様子をいうものであったが、寒食、清明節のころから、初夏にかけて、行楽で、川縁や野原に、万幕を張る様子を、言うようになった。春の絶頂期、人生の絶頂期、恋愛のの絶頂期を示すものが多い。舟を出して花いっぱいの渓谷に入って遊んだものが、今では砂ばかりの渓谷しか見られない、ということを象徴にして女、女妓の侘しさ、寂しさを詠うものである。

 

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。

幹線道路沿いは、民家や商店が多く、民間の旅人でも食糧に不足はしなかった。民営の旅舎や逆旅と呼ばれる旅館も多数存在した。9世紀の唐代を旅行した円仁の『入唐求法巡礼行記』によると、円仁は長期間の旅行をほとんど危険もなく行っている。

宿屋は寝具持参で自炊が原則であった。相部屋が多く、その時は、寝床だけを借りることになる。寝床は大きいのを牀、小さいのを榻といった。使用しない時は寝床は壁に立てていたが、宿では常時、設置していたところもあった。食店という食堂を兼ねた宿も存在したが、安宿は自炊が一般的で、飯だけはつける宿もあった。旅行は遠距離なものが多く、長期間に渡るため、馬車や馬、ロバ、ラクダで荷を運ぶことが多かった。相部屋には炉があり、部屋で煮炊きを行い、外から食糧や酒も持参できた。宿屋の中に馬小屋があることもあった。宿は貸し切りもあり、小房という個室もある宿も存在した。

 

浣溪沙十首 其三

浣渓沙 十首 その三 (朝雲暮雨と寵愛を受けていても、それを失えば、宮殿への道は天涯に阻まれるように遠いものとなると妃嬪を詠う。)

後宮を仙界にたとえることは多い、天子が妃嬪のもとを訪ねるものであり、寵愛を失えば後宮の中にあっても、天涯に在ることと一緒である。前半の語には、後宮を表す語を使い、後半は、仙界にいながら、遠く隔たってしまったという。妃嬪、後宮の中の出来事を詠ったもの。

唐の教坊の曲名。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦.の詞形をとる。韋荘は同名の詩五首載せている。

浣溪沙十首 其一

鈿轂香車過柳,樺煙分處馬頻,為他沉醉不成

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾,含情無語倚樓西

△●○○△●△  △○△●●○○ ○△○●△○△

○●●○○●● ●○○●●○○  ○○○●△○○

浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊 照花淹竹小溪流 鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月 可堪分袂又經秋 晚風斜日不勝愁。

●●△○●●○  ●○△●●○○ △○○●●○○

●●●○△●● ●○△●●△○  ●△○●△△○

浣溪沙十首 其三

獨立寒堦望月,露濃香泛小庭,繡屏愁背一燈

雲雨自從分散後,人間無路到仙,但憑魂夢訪天

●●○○△●△  ●○○●●○○ ●△○●●○○

○●●△△●● ○△○●●○○  △○○△●○○

 

 

獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。

寒々とした宮殿の階に独り佇み、仲秋の月を眺めれば、露に濡れた寝殿前の庭の花は香しき香を放つ。寝牀の側の屏風を背にする灯火一つ愁わしく火影を揺らすだけ。

○堦 (1) 階段台(門前などの)階段.(2) 等級军阶軍隊における階級

○月華 仲秋の名月。

○小庭花 1 狭い庭。2 寝殿の前の東西の廊のまわりにある狭い庭。3 清涼殿の殿上 (てんじょう) の間 () の前庭。紫宸殿 (ししんでん) の前庭を大庭というのに対する。4 馬術で、狭い練習場。馬上の太刀打 (たちうち) を練習する。

○繍屏 屏風の美称。屏風を状況説明に使う場合は男が来なくて女が一人でベットに横たわること。蝋燭を背にするという表現も同じ。

 

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

巫山神女の故事のように「朝雲暮雨」いつも一緒であったのに、別れて後は、人間ではその仙界の館に訪ねるすべはこの世にないのである、ということだと、できるのはただ夢の場合だけだが、しかも空のはてを訪ねるという大変な事なのだ。

○雲雨 男女の交情を指す。韋荘「望遠行」の「雲雨別来易東西」の注 宋玉の「神女賦」に、「且に朝雲となり、碁に行雨となる」「朝雲暮雨。」の句がある。結句の「雲雨」に応じている。神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。韋荘『望遠行』「欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。  人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

〇自従 〜より。

〇人間 この世。人間の世。

〇仙家 仙人のすみか。女性のいる寝殿

○憑 頼る。

○魂夢 夢。夢魂に同じ。

〇天涯 1 空のはて。2 故郷を遠く離れた地。3. 仙家に到達する距離。

張泌《巻四25浣渓沙 十首 其二》『花間集』176全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6152

張泌  浣溪沙十首其二  

馬上凝情憶舊遊,照花淹竹小溪流,鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月,可堪分袂又經秋,晚風斜日不勝愁。

(寵愛を受け、何不自由なく、楽しいおもいの日々に分袂すると、宮殿の御門、夜明け前に帰っていくあのお方の姿を追う、哀しい妃嬪の思いを詠う。)

張泌《巻四25浣渓沙 十首 其二》『花間集』176全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6152

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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(改訂版Ver.2.1

浣溪沙十首其一

(西に向かう旅人との別れを題材にしたよくある別れを詠う)

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

螺鈿の車は柳の堤の道を西に向い過ぎて行く。樺の灯火の煙は漂い、最後の別れの朝には旅立つ馬もしきりに噺く。朝早く旅立つにあたって、酔いが醒めていなければ、不覚なので、夕べの宴会では深酔いすることはないものなのだ。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

駅亭をめぐって、花は咲き満ちていて、香しき夜の露は細やかなものである。杜鵑の声途絶え、名残の月は傾きてみえない。思いを秘めて言葉なく西にむかったひとを高殿に身を寄せておもう。

 

(浣溪沙十首 其の一)

鈿轂【でんこく】香車 柳堤を過ぐ,樺煙【かえん】分かるる處 馬 頻りに嘶く,他が為に沉醉するも泥を成さず。

花は驛亭に滿ち 香露 細やかなり,杜鵑 聲 斷え 玉蟾【ぎょくぜん】低し,情を含んで語ること無く 樓西に倚る。

 

(改訂版Ver.2.1

溪沙十首其二

(寵愛を受け、何不自由なく、楽しいおもいの日々に分袂すると、宮殿の御門、夜明け前に帰っていくあのお方の姿を追う、哀しい妃嬪の思いを詠う。)

馬上凝情憶舊遊,照花淹竹小溪流,鈿箏羅幕玉頭。

馬上には思いを一身に集めるお方がいて、そして、楽しい日々は続いており、今も、夕べのことを思い浮かべている、咲き誇る花に朝日に照らされ、竹林の小路に入っていくと、小川が流れている誰にも気兼ねせず静かに過ごす、螺鈿の琴が奏でられ、薄絹のとばりに、漢の武帝の李夫人を思わせる「玉搔頭」を飾り何不自由のない生活を送る。

早是出門長帶月,可堪分袂又經秋,風斜日不勝愁。

眠れず少し早く起き出し、門を出ると、涙があふれて有明けの月を見上げると長く帯のようににじんで見える。あの人とは【分袂】してから、また、この夜長の秋をひとりで堪えなければいけない。夕方の風が抜けてゆき、日が傾いて、この愁いを克服するものはなにもない。

(浣溪沙十首其の二)

馬上 凝情 舊遊を憶い,照花 淹竹 小溪の流れ,鈿箏 羅幕 玉として頭を搔く。

早に是こに出門 月も長帶たり,堪える可し 袂を分ち 又た秋も經るを,晚風 斜日 愁に勝らず。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『浣溪沙十首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊,照花淹竹小溪流,鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月,可堪分袂又經秋,晚風斜日不勝愁。

 

(下し文)

(浣溪沙十首其の二)

馬上 凝情 舊遊を憶い,照花 淹竹 小溪の流れ,鈿箏 羅幕 玉として頭を搔く。

早に是こに出門 月も長帶たり,堪える可し 袂を分ち 又た秋も經るを,晚風 斜日 愁に勝らず。

 

(現代語訳)

(寵愛を受け、何不自由なく、楽しいおもいの日々に分袂すると、宮殿の御門、夜明け前に帰っていくあのお方の姿を追う、哀しい妃嬪の思いを詠う。)

馬上には思いを一身に集めるお方がいて、そして、楽しい日々は続いており、今も、夕べのことを思い浮かべている、咲き誇る花に朝日に照らされ、竹林の小路に入っていくと、小川が流れている誰にも気兼ねせず静かに過ごす、螺鈿の琴が奏でられ、薄絹のとばりに、漢の武帝の李夫人を思わせる「玉搔頭」を飾り何不自由のない生活を送る。

眠れず少し早く起き出し、門を出ると、涙があふれて有明けの月を見上げると長く帯のようににじんで見える。あの人とは【分袂】してから、また、この夜長の秋をひとりで堪えなければいけない。夕方の風が抜けてゆき、日が傾いて、この愁いを克服するものはなにもない。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

『花間集』と張泌、《浣溪沙》

張泌(生平年未詳)は、五代、前蜀の人。字、出身地ともに未詳。『花間集』では牛嶠と毛文錫の間に置かれていることから、前蜀に仕えて舎人になったことが知れるだけである。晩唐から五代にかけて、張泌という名の人物が三人いたことが分かっており、このため同名異人のこの三者がしばしば混同されてきた。『花間集』 には《浣溪沙》二十七首の詞が収められていて、張泌の「浣溪沙」作が十首収められている。浣溪沙は早春の川に染めた布地を晒し、その後、河原で一枚づつ並べて乾す様子をいうものであったが、寒食、清明節のころから、初夏にかけて、行楽で、川縁や野原に、万幕を張る様子を、言うようになった。春の絶頂期、人生の絶頂期、恋愛のの絶頂期を示すものが多い。舟を出して花いっぱいの渓谷に入って遊んだものが、今では砂ばかりの渓谷しか見られない、ということを象徴にして女、女妓の侘しさ、寂しさを詠うものである。

 

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。

幹線道路沿いは、民家や商店が多く、民間の旅人でも食糧に不足はしなかった。民営の旅舎や逆旅と呼ばれる旅館も多数存在した。9世紀の唐代を旅行した円仁の『入唐求法巡礼行記』によると、円仁は長期間の旅行をほとんど危険もなく行っている。

宿屋は寝具持参で自炊が原則であった。相部屋が多く、その時は、寝床だけを借りることになる。寝床は大きいのを牀、小さいのを榻といった。使用しない時は寝床は壁に立てていたが、宿では常時、設置していたところもあった。食店という食堂を兼ねた宿も存在したが、安宿は自炊が一般的で、飯だけはつける宿もあった。旅行は遠距離なものが多く、長期間に渡るため、馬車や馬、ロバ、ラクダで荷を運ぶことが多かった。相部屋には炉があり、部屋で煮炊きを行い、外から食糧や酒も持参できた。宿屋の中に馬小屋があることもあった。宿は貸し切りもあり、小房という個室もある宿も存在した。

 

浣溪沙十首 其二

(寵愛を受け、何不自由なく、楽しいおもいの日々に分袂すると、宮殿の御門、夜明け前に帰っていくあのお方の姿を追う、哀しい妃嬪の思いを詠う。)

この詩は、寵愛の絶頂期、何不自由なくすごすことを「凝情」「舊遊」,「照花」「淹竹小溪流」,「鈿箏」「羅幕」「玉搔頭」とこれほどのちょうあいをうけるほどの絶世の美女であることを表す。「長帶月」は名残月、残月(二十日頃の夜明けの月)よりも月末に近い月のことで、何もかも終ったということを連想させる。当時の生活習慣で仕事に出る、旅に出るのは夜の明けきらぬ時であること、男が女のもとを去るという形が多い。

唐の教坊の曲名。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦.の詞形をとる。韋荘は同名の詩五首載せている。

浣溪沙十首 其一

鈿轂香車過柳,樺煙分處馬頻,為他沉醉不成

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾,含情無語倚樓西

△●○○△●△  △○△●●○○ ○△○●△○△

○●●○○●● ●○○●●○○  ○○○●△○○

浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊 照花淹竹小溪流 鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月 可堪分袂又經秋 晚風斜日不勝愁。

●●△○●●○  ●○△●●○○ △○○●●○○

●●●○△●● ●○△●●△○  ●△○●△△○

 

馬上凝情憶舊遊,照花淹竹小溪流,鈿箏羅幕玉搔頭。

馬上には思いを一身に集めるお方がいて、そして、楽しい日々は続いており、今も、夕べのことを思い浮かべている、咲き誇る花に朝日に照らされ、竹林の小路に入っていくと、小川が流れている誰にも気兼ねせず静かに過ごす、螺鈿の琴が奏でられ、薄絹のとばりに、漢の武帝の李夫人を思わせる「玉搔頭」を飾り何不自由のない生活を送る。

・凝情 思いを一身に集める。情意專注唐李康成《玉華仙子歌》:轉態凝情五雲裏, 嬌顏千芙蓉花。 宋向滈《菩薩蠻望行人》詞:庭院欲黃昏, 凝情欲斷魂。”

・憶舊遊 楽しい日々のことを思い起こす。

・淹竹 小路竹藪に引き込まれる景色。

・鈿箏 箏では柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節する。立て琴。箏類の一種で撥弦楽器。中国太古からあって,琴とともに奏されたため〈琴瑟相和す〉の語源となった。構造は箏と同様であるが,弦数は多い。25弦が普通の型。

・羅幕 薄絹のとばり。幕。・陸機《文選、君子有所思行》:“邃宇列綺窻,室接幕。”邃宇は綺窻を列ね,室は幕を接す。奥のいえには、あや絹で飾った窓が連なり、蘭で作った芳しい室にはうす絹のとばりを張る。

・玉搔頭 女性の首飾,玉製の髮簪。漢武帝の李夫人により玉簪搔頭を以て,いわゆる玉簪をもって「玉搔頭」稱するようになる。(玉搔頭, 玉搔) 1.即玉簪。 古代女子的一種首飾。 《西京雜記》卷二:武帝過李夫人, 就取玉簪搔頭。 自此後宮人搔頭皆用玉, 玉價倍貴焉。” 唐白居易《長恨歌》:花鈿委地無人收, 翠翹金雀玉搔頭。”

 

早是出門長帶月,可堪分袂又經秋,晚風斜日不勝愁。

眠れず少し早く起き出し、門を出ると、涙があふれて有明けの月を見上げると長く帯のようににじんで見える。あの人とは【分袂】してから、また、この夜長の秋をひとりで堪えなければいけない。夕方の風が抜けてゆき、日が傾いて、この愁いを克服するものはなにもない。

・早是出門 夜も眠れず起き出して門を出る。夜明け前に男はこの門を出るので、もしかしたら、あの人を見つけることが出来るかもしれないと思ったのだ。

・長帶月 涙をためたままで月を見るので帯状の月に見えてしまう。有明けの月は、月の後半下弦の月をすぎた頃の月(名残月)だろう。

・分袂 【ぶんべい】たもとを分かつこと。別れること。決別。

・又經秋 また秋という季節が過ぎてゆく。

・晚風斜日 「照花淹竹小溪流」に風が吹き、斜めに日が射すのは風流の極みのはずである。でもそれは愁いの方が勝っているということ。そして女としての盛りを過ぎていくという意。

牛嶠《巻四21西溪子一首》『花間集』172全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6132

牛嶠  西溪子  

捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。

畫堂前,人不語,弦解語。

彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。

(後宮に入るには一族の浮沈を掛けてはいるもので、寵愛を受ける期間が出来るだけ長いこと、子供が出来なければ、その地位は危うい。それでも寵愛を待ち続ける外ないということを詠う)

牛嶠《巻四21西溪子一首》『花間集』172全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6132

 
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(改訂版Ver.2.1 

西溪子

(後宮に入るには一族の浮沈を掛けてはいるもので、寵愛を受ける期間が出来るだけ長いこと、子供が出来なければ、その地位は危うい。それでも寵愛を待ち続ける外ないということを詠う)

捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。

綺麗に画かれた琵琶・阮咸の捍撥されていた琴、盤双六、金鳳の屏風があり、蝉の髪飾り、輝く宝飾の簪、ちょうあいのひびには揺れうごいたものだ。

畫堂前,人不語,弦解語。

壁に描かれた御殿の堂の前に立ち、話す人はない。琵琶の弦は独り言を理解してくれる。

彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。

爪弾いた「昭君怨」の調べは閨の奥まで弾いてくるし、うつくしいまゆには愁いの迹がとれはしない、それでも頭を回らすこともできないのが、定めで、待ち続けるだけなのだ。

(西溪子【せいけいし】)

捍撥【かんぱち】雙盤 金鳳あり,蟬鬢 玉釵 搖れ動く。

畫堂の前,人語らず,弦は語を解す。

彈は「昭君怨」の處より到り,翠蛾の愁,頭を迴わさず。


 

(改訂版Ver.2.1 

『西溪子』 現代語訳と訳註

(本文)

西溪子

捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。

畫堂前,人不語,弦解語。

彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。

 

 

(下し文)

(西溪子【せいけいし】)

捍撥【かんぱち】雙盤 金鳳あり,蟬鬢 玉釵 搖れ動く。

畫堂の前,人語らず,弦は語を解す。

彈は「昭君怨」の處より到り,翠蛾の愁,頭を迴わさず。

 

 

(現代語訳)

(後宮に入るには一族の浮沈を掛けてはいるもので、寵愛を受ける期間が出来るだけ長いこと、子供が出来なければ、その地位は危うい。それでも寵愛を待ち続ける外ないということを詠う)

綺麗に画かれた琵琶・阮咸の捍撥されていた琴、盤双六、金鳳の屏風があり、蝉の髪飾り、輝く宝飾の簪、ちょうあいのひびには揺れうごいたものだ。

壁に描かれた御殿の堂の前に立ち、話す人はない。琵琶の弦は独り言を理解してくれる。

爪弾いた「昭君怨」の調べは閨の奥まで弾いてくるし、うつくしいまゆには愁いの迹がとれはしない、それでも頭を回らすこともできないのが、定めで、待ち続けるだけなのだ。

 

(改訂版Ver.2.1 

 (訳注)

西溪子

(後宮に入るには一族の浮沈を掛けてはいるもので、寵愛を受ける期間が出来るだけ長いこと、子供が出来なければ、その地位は危うい。それでも寵愛を待ち続ける外ないということを詠う)

唐代の皇帝たちは、後宮の女性を選抜したり寵愛したりするのに、あまり尊卑貴賎を気にかけなかったが、彼女たちに地位・品級を賜る時には家柄をたいへん重視した。とりわけ皇后に立てる時には絶対に家柄が高貴でなければならず、「天下の名族を厳選」しなければならなかった(『資治通鑑』巻一九九、高宗永徴六年)。漢代に歌妓の衛子夫(武帝の皇后。もと武帝の姉の歌妓)や舞妓の超飛燕(成帝の皇后。もと身なし児で歌妓)が皇后になったようなことは、唐代には完全に跡を絶った。后妃に封ずる時は、まず「地肖清華」(家柄の高貴)、「軒冤之族」(貴顕なる名族)等々の出身であることが強調され、その次にやっと徳行が問われた。

唐代の記録にある二十六人の皇后の内、死後追贈された人、あるいは息子の即位によって尊ばれて太后に封ぜられた人、こうした若干の例外を除く他の大多数の皇后は、その時代の高官か名門の家柄の出であり、そのうちの八人はやはり皇族の出身であった。時に皇帝が家柄などにそう拘泥しないこともあったが、しかし大臣たちが家柄を最も有力な理由にして反対したので、皇帝でさえどうすることもできなかった。

『花間集』には三首所収され、牛嶠の作が一首収められている。双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二灰韻二平韻で、❻❻/3③③6❸❸の詞形をとる。

西溪子

捍撥雙盤金,蟬鬢玉釵搖

畫堂前,人不,弦解

彈到昭君怨處,翠蛾,不迴

●●○○○●  ○●●○○●

●○○  ○△● ○●●

△●○○△● ●△○  △△○ 

 

捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。

綺麗に画かれた琵琶・阮咸の捍撥されていた琴、盤双六、金鳳の屏風があり、蝉の髪飾り、輝く宝飾の簪、ちょうあいのひびには揺れうごいたものだ。

・捍撥【かんぱち】 琵琶や阮咸(げんかん)などの楽器を捍撥という。すなわち撥のあたる皮張りの表面に濃彩画があるもの。

・雙盤 雙六盤、盤双六(ばんすごろく)と後世に発生して単に「双六」と称した絵双六(えすごろく)の2種類があった。雙陸:双六の一種で、賭博をした。

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

〔唐書,狄仁傑傳〕后召謂曰,朕數夢雙陸不勝何也,於是仁傑與王方慶俱在,二人同辭,對曰,雙陸不勝,無子也,天其意者,以儆陛下乎。

 

畫堂前,人不語,弦解語。

壁に描かれた御殿の堂の前に立ち、話す人はない。琵琶の弦は独り言を理解してくれる。

 

彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。

爪弾いた「昭君怨」の調べは閨の奥まで弾いてくるし、うつくしいまゆには愁いの迹がとれはしない、それでも頭を回らすこともできないのが、定めで、待ち続けるだけなのだ。

・昭君怨 王昭君の詠った詩題、ここでは筝曲であり、王昭君:前漢の元帝の宮女。竟寧元年(紀元前33年)、匈奴との和親のため、呼韓邪単于に嫁し、「寧胡閼氏」としてその地で没した。名は檣。ともするが、『漢書・元帝紀』では前者「檣」。昭君は字。明君、明妃は、「昭」字をさけたための晋以降の称。

・翠蛾 みどりの眉。蛾は峨眉。

翡翠は鳥の雄の「赤」を表わし”翠”は雌の「緑」を表わしているが、ここに言う翠はメス、女、蛾は嫦娥も一人で過ごす女。嫦娥 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。

李白 把酒問月

把酒問月、故人賈淳令余問之。 

靑天有月來幾時,我今停杯一問之。 

人攀明月不可得,月行卻與人相隨。 

皎如飛鏡臨丹闕,綠煙滅盡淸輝發。 

但見宵從海上來,寧知曉向雲閒沒。 

白兔搗藥秋復春,嫦娥孤棲與誰鄰。 

今人不見古時月,今月曾經照古人。 

古人今人若流水,共看明月皆如此。 

唯願當歌對酒時,月光長照金樽裏。

李白 月下獨酌四首 其四

 

李商隠『嫦娥』 

雲母屏風燭影深、長河漸落暁星沈。

嫦娥應悔倫塞薬、碧海青天夜夜心。

李商隠 『嫦娥』 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集約130首 詩の背景1.道教 2.芸妓 3.嫦娥と李商隠

 

和凝《巻六30柳枝三首其一》

軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。

青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

12 -17 柳枝三首  其一 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-444-12-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3767

和凝《巻六32柳枝三首其三》

鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。

不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥

12 -19 柳枝三首 其三 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-446-12-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3777

牛嶠《巻四20玉樓春一首》『花間集』171全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6127

牛嶠  玉樓春  

春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。

小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與。

(後宮には寵愛を一手に受けていてもやがて失って、窓辺で涙を落とし、長い歴史でその床を穿つほど繰り返された、そして、杜秋娘のように誰も振り向いてくれずないのか、回文錦字詩を作っても意味がなくなって辞めてしまうものだと詠う。)

牛嶠《巻四20玉樓春一首》『花間集』171全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6127

 
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牛嶠《巻四16菩薩蠻七首 其六》『花間集』167全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6107

牛嶠  菩薩蠻七首 其六  

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

寒天欲曙,猶結同心苣。

啼粉羅衣,問郎何日歸。

菩薩蠻七首其の六:(はじめて寵愛を受けて、何不自由なく過ごしす、春の日から、咲くなって悪も暮れる頃も、萵苣の組み合わせが織り込まれているかけ布団、翡翠の上かけ、と寒くない高価な布団に包まれるが、やがて寵愛を失うが、それでも待つことが定めの妃嬪であると詠う)

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(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首 其一

(寵愛を受ける時は短く、ツバメが来て、しばらくヒナがうるさくし始める頃にはすでに寵愛を失う。そのごは、毎日、寵愛を受けていた時と同じようにただ、待ち続ける毎日が繰り返される。まるでどこか北の遠くの遼陽に送り出した人を待つ寡婦と同じようになってしまうと詠う)

舞裙香暖金泥鳳,畫梁語鷰驚殘夢。

香炉の火が暖かく、香付の舞衣裳のスカートには金泥の鳳模様がきれいである、赤青の塗りの梁の上の燕が鳴き交わすと名残りの夢は破られてしまう。

門外柳花飛,玉郎猶未歸。

宮殿門の外は春もさかり、池端からの並木の柳絮の花が舞い飛ぶのが終わると約束の春は過ぎてしまう、愛しいひとはそれでも未だに帰って来ない。

愁勻紅粉淚,眉剪春山翠。

妃嬪の憂いは、涙で頬紅と白粉がくずれてはなおしても崩れてしまう。眉は春山の翠のようにかいて整えたので涙で何もかも崩れてしまう。

何處是遼陽,錦屏春晝長。

待つのが定めというものの、ここの錦屏風の閨の内の、春の日の長い昼間に、怠惰になって何もする気になれない、ほんとに愛しの人は遼陽の様な遠方にでも行ったのかと感じられ、ほんとうは何処にいいているか。

(菩薩蠻七首 其の一)

舞裙 香 暖かく 金泥の鳳,畫梁【がりょう】語る 殘夢を驚く。

門外 柳花 飛,玉郎 猶お未だ歸らず。

愁は紅粉の淚を勻【あまね】し,眉は春山の翠を剪る。

何處か 是れ遼陽なる,錦屏 春晝 長し。

 

(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首其二

菩薩蠻七首その二(別離し、この春、そのまま行楽に出かけられるのを見送るものの、これから違った生活をするどうにかして前向きに生きてゆくを詠う。)

柳花飛處鶯聲急,暗街春色香車立。

柳絮が飛びが飛び交うところになり、晩春にうつっていくから鶯の啼き声さえ、どうやら急ぎ始めたようだ。暮れなずむ街、すっかり春の景色に満ち溢れ日には香をたきこめた御車の列が行楽の地に向かう。

金鳳小簾開,臉波和恨來。

金の鳳凰の刺繍の小窓のすだれを開いて見送ってから、清らかな目になにだの波をたたえて、恨む気持ちを和ませてやってくる。

今宵求夢想,難到青樓上。

今宵からは夢の中であのお方のことを思い浮かべるだけだ。青樓の高殿のあたりに行くこともかなわない。

贏得一場愁,鴛衾誰並頭。

ここの場所だけは愁いを催すことはなく次第に前向きな気持ちになってゆくようだ、思うことは、「誰かが鴛鴦の布団に並んで頭を並べてくれるということ」と。

(菩薩蠻七首 其の二)

柳花 飛ぶ處 鶯聲急なり,暗き街 春色 香車立つ。

金鳳 小簾開き,臉波 和みて恨み來る。

今宵 夢想を求め,青樓の上に到れ難し。

贏得【えいとく】 一場愁い,鴛衾【おうきん】 誰ぞ頭を並べん。

 

(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。

奇麗に輝く簪が風に揺れ、見上げれば立春の旗が大きくなびいている、杏の花がいっぱいの木の枝が交差していて、春になっても寵愛を失ったまま、庭には一杯に咲く日にも、香炉の煙に涙が止まらない。

樓上望卿卿,寒新雨晴。

高樓に上がって「あなたさま」と甘えてみる。でも窓辺に時折り吹く風は冷たいと思っていたら雨がふり、やがて晴れに変わり気持ちも新たになる。

薰爐蒙翠被,帳鴛鴦睡。

何處有相知,羨他初畫眉。

閨に戻って夕刻から薰爐に火を容れてあたたかくなって、翡翠のはねをかざった掛け布団のなかにはいった、刺繍のとばりのなかに、鴛鴦のようにふたりが眠っている。

それが寵愛を失った今、何処にいるのかは互いにわかってはいるけれどどうにもしようがない、他の妃嬪を羨むことで、初めての形のまゆずみをほどこす。

 

(菩薩蠻七首 其の三)

玉釵 風動き春幡急なり,交枝 紅杏 籠煙り泣く。

樓上 望み卿卿,寒 新らたに雨晴る。

薰爐 蒙翠被り,帳 鴛鴦の睡。

何處にか 相い知る有る,他を羨む初めて眉を畫く。

 

(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首 其四

菩薩蠻七首その四:(巫山の地に立って昔の「巫山の雲雨」を思われる、しかし、今ここには、山月、山花、燈燭の影、それもこれもなにごともなくときはながれていると詠う。)

畫屏重疊巫陽翠,楚神尚有行雲意。

奇麗に書かれた屏風が幾重に重ねられた向こうには巫陽の翡翠の扇やかけ布団が残されている。楚山の神女巫陽を愛した楚王の気持ちは雲が流れていく雲と同じように想いを届ける。

朝暮幾般心,向他情漫深。

特にそれが「朝雲暮雨」ということを、いくどとなく朝が来れば想い、夕方になると思いをかき立てられる。しかし、ここにいて、ほかの人の情に接するたびに何とはなしにさらに深く思われてくる。

風流今古隔,作瞿塘客。

巫陽、襄王の美風の名残りは、昔のこととなってしまって今はなにもない。だから、いまはここに立って、空しく瞿塘峡を下って云った楚王の事を思ってこの詩を作る。

山月照山花,夢迴燈影斜。

そして、山影より月がのぼって、山やそこのさく花も照らしている。このやまにまつわる夢はいろいろと廻り回り、燈火も付けたままでなにごともなく影を斜めにしている。

(菩薩蠻七首 其の四)

畫屏 重疊 巫陽の翠,楚神 尚お行雲の意有り。

朝暮 幾か般心す,他に向う 情 漫深す。

風流 今古と隔り,作すは瞿塘の客を。

山月 山花を照し,夢は迴る 燈影斜なり。

(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首 其五

(春の行楽に街で最も美しいといわれる、高貴な人の娘が門前から出かけようとすると街中の人が一目見ようと集まってくる。そこに白馬に乗った貴公子が、金の鞭をわざと落として気をひこうとしたという詩)

風簾鷰舞鶯啼柳,粧臺約鬢低纖手。

風が簾を通り抜け、つばめが舞い飛び交い、鶯が啼いて柳がしげってきて、春光明媚である、美しい人は、化粧台に向かい、髪を整えかぼそい手を低くしてでかけようとする。

釵重髻盤珊,一枝紅牡丹。

特別な簪は重く下がり、髻に挿すとゆらゆら揺れている。この美しい人は、どこにいても一枝の紅い牡丹が咲いているかのような存在である。

門前行樂客,白馬嘶春色。

美しい人が出て來るからとその門前には春の野へ行楽に向かう男女がひとめみようとあつまってくる。貴公子が騎乗した白馬が嘶いて、春景色は満開である。

故故墜金鞭,迴頭應眼穿。

貴公子は、馬上から人目を引くため故意に、金で飾られた鞭を堕してみて、美しい人は頭を廻して目を丸くしている。

(菩薩蠻七首 其の五)

風簾 鷰舞い鶯柳に啼く,粧臺 鬢を約し纖手を低れる。

釵重く髻 盤珊たり,一枝の紅牡丹。

門前 行樂の客,白馬 春色に嘶く。

故故にして 金鞭を墜とし,頭を迴して應に眼穿つ。

(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首 其六

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

雲型の黒髪の上に髪飾りの金細工の雀が飛んでるように飾られている。初めは何もわからず愁いおびた眉にもなったが、翡翠の羽のかけ布団にはいって、春霞は薄く漂う毎日を過ごす。

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

香のただよう高閣殿には芙蓉の美女たちがあふれるほどいて、そこにはきれいな絵の屏風があり、山がいくえにも重り、つらなっている。

寒天欲曙,猶結同心苣。

秋も深まり窓も凍りつく寒空に、よながなのに、もう朝になろうとする。それでもなお、「同心結」萵苣の組み合わせが織り込まれているかけ布団の中で結ばれる。

啼粉羅衣,問郎何日歸。

今日も涙で化粧は落ち、閨に着る上着も落ちた涙で汚れている。それでも、寵愛を受けるための準備は続ける。「同心結」の約束があるというものの、聞いてみたいという「(わたしのところへ)いつ帰って來るのですか」と。

(菩薩蠻七首 其の六)

綠雲 鬢上 金雀飛び,愁眉 斂翠 春煙薄し。

香閣 芙蓉に掩れ,畫屏 山幾重なり。

寒 天欲曙,猶お心苣を同じうするを結ぶ。

啼き粉れ 羅衣をし,郎に問う 何れの日にか歸らん。

菩薩蠻七首 其七

玉樓冰簟鴛鴦錦,粉融香汗流山枕。

簾外轆轤聲,斂眉含笑驚。

柳陰煙漠漠,低鬢蟬釵落。

須作一生拚,盡君今日歡。

(菩薩蠻七首 其の七)

玉樓の冰簟【ひょうてん】鴛鴦の錦,粉は香しき汗に融け 山枕に流る。

簾外 轆轤【ろくろ】の聲,眉を斂め 笑いを含みて驚く。

柳陰 煙【もや】漠漠たり,低き鬢 蟬釵【ぜんさ】落つ。

須【すべから】く一生 拚【す】つるを作すべし,君の今日の歡びを盡くせ。

 

(改訂版Ver.2.1

『菩薩蠻七首』 現代語訳と訳註

 (本文)

菩薩蠻七首其六

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

寒天欲曙,猶結同心苣。

啼粉羅衣,問郎何日歸。

 

(下し文)

(其六)

綠雲 鬢上 金雀飛び,愁眉 斂翠 春煙薄し。

香閣 芙蓉に掩れ,畫屏 山幾重なり。

寒 天欲曙,猶お心苣を同じうするを結ぶ。

啼き粉れ 羅衣を,郎に問う 何れの日にか歸らん。

 

(現代語訳)

菩薩蠻七首其の六:(はじめて寵愛を受けて、何不自由なく過ごしす、春の日から、咲くなって悪も暮れる頃も、萵苣の組み合わせが織り込まれているかけ布団、翡翠の上かけ、と寒くない高価な布団に包まれるが、やがて寵愛を失うが、それでも待つことが定めの妃嬪であると詠う)

雲型の黒髪の上に髪飾りの金細工の雀が飛んでるように飾られている。初めは何もわからず愁いおびた眉にもなったが、翡翠の羽のかけ布団にはいって、春霞は薄く漂う毎日を過ごす。

香のただよう高閣殿には芙蓉の美女たちがあふれるほどいて、そこにはきれいな絵の屏風があり、山がいくえにも重り、つらなっている。

秋も深まり窓も凍りつく寒空に、よながなのに、もう朝になろうとする。それでもなお、「同心結」萵苣の組み合わせが織り込まれているかけ布団の中で結ばれる。

今日も涙で化粧は落ち、閨に着る上着も落ちた涙で汚れている。それでも、寵愛を受けるための準備は続ける。「同心結」の約束があるというものの、聞いてみたいという「(わたしのところへ)いつ帰って來るのですか」と。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首其六

菩薩蠻七首其の六:(はじめて寵愛を受けて、何不自由なく過ごしす、春の日から、咲くなって悪も暮れる頃も、萵苣の組み合わせが織り込まれているかけ布団、翡翠の上かけ、と寒くない高価な布団に包まれるが、やがて寵愛を失うが、それでも待つことが定めの妃嬪であると詠う)

唐教坊の曲名。『花間集』41首、温庭筠14首、韋荘5首、牛嶠7首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻七首 其一

舞裙香暖金泥,畫梁語鷰驚殘

門外柳花,玉郎猶未

愁勻紅粉,眉剪春山

何處是遼,錦屏春晝

●○○●○△●  ●○●●○○△

○●●○○  ●○△●○

○○○●●  ○●○○●

△●●○○  ●△○●△菩薩蠻七首 其二

柳花飛處鶯聲,暗街春色香車

金鳳小簾,臉波和恨

今宵求夢,難到青樓

贏得一場,鴛衾誰並

●○○●○○●  ●○○●○○●

○●●○○  △○△●△

○○○△●  △●○○●

○●●○○  ○○○●○

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡,交枝紅杏籠煙

樓上望卿寒新雨

薰爐蒙翠,繡帳鴛鴦

何處有相,羨他初畫

●○△●○○●  ○○○●△○●

○●△○○  △○○●○

△○○●●  ●●○○●

△●●△○  ○△○●○

菩薩蠻七首 其四

畫屏重疊巫陽,楚神尚有行雲

朝暮幾般,向他情漫

風流今古,虛作瞿塘

山月照山,夢迴燈影

●△△●○○●  ●○△●△○●

○●△○○  ●△○●△

△○○●●  ○●△○●

○●●○○  △△○●○

菩薩蠻七首 其五

風簾鷰舞鶯啼,粧臺約鬢低纖

釵重髻盤,一枝紅牡

門前行樂,白馬嘶春

故故墜金,迴頭應眼穿

△○●●○○●  ?○●●○○●

○△●○○  ●○○●○

○○△●●  ●●○○●

●●●○○  △○△●△

菩薩蠻七首其六

綠雲鬢上飛金,愁眉斂翠春煙

香閣掩芙,畫屏山幾

寒天欲,猶結同心

啼粉,問郎何日

●○●●○○●  ○○●●○○●

○●●○○  ●△○△△

○○○●●  △●○○●

○●○○△  ●○△●○

 

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

雲型の黒髪の上に髪飾りの金細工の雀が飛んでるように飾られている。初めは何もわからず愁いおびた眉にもなったが、翡翠の羽のかけ布団にはいって、春霞は薄く漂う毎日を過ごす。

・この二句 春の季節には男女はとても仲が良かったことを云う

飛金雀 金細工のカンザシにスズメが飛んでいるように細工がしてあるもの。少し動けば揺れる。

愁眉斂翠 翡翠の布団に包まれた様子をいう。

 

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

香のただよう高閣殿には芙蓉の美女たちがあふれるほどいて、そこにはきれいな絵の屏風があり、山がいくえにも重り、つらなっている。

・芙蓉 古くは往々にして蓮(ハス)の花を指した。美女の形容としても多用された表現である。フヨウと区別するために「水芙蓉」とも。ここでははっきりと高閣の中にたくさんの美女がいることを云っている。

・この二句 芙蓉は夏、秋を意味していて、ここまで仲が良かったことを示す。

 

 

寒天欲曙,猶結同心苣。

秋も深まり窓も凍りつく寒空に、よながなのに、もう朝になろうとする。それでもなお、「同心結」萵苣の組み合わせが織り込まれているかけ布団の中で結ばれる。

・この二句 ここでは秋も深まり、夜長を一人さびしく過ごしたいと思っていた波悲しい秋になってしまったことを云っている。でもまた身も心も一体化したいと思っている。

 

・結同心苣 萵苣の組み合わせが織り込まれているかけ布団の中で結ばれる。 南朝梁沈約《少年新婚為之詠》「錦履并花紋, 繡帶同心苣。」(錦履 并花の紋, 繡帶 同心の苣。)“錦の履に花の紋様が并べてあり, 刺繍の帶には、萵苣の組み合わせが織り込まれている。”(玉台新詠巻五)に基づいている。・苣:①たいまつ。葦を束ねて焼く。《後漢書、皇甫嵩傳》「束苣乘城。」②ちしゃな。苣叚借爲蒙、今俗以爲萵苣字、菜名。

 

啼粉羅衣,問郎何日歸。

今日も涙で化粧は落ち、閨に着る上着も落ちた涙で汚れている。それでも、寵愛を受けるための準備は続ける。「同心結」の約束があるというものの、聞いてみたいという「(わたしのところへ)いつ帰って來るのですか」と。

・この二句  閨の着物にきかえて待っているもののその夜も来なかい。しかし、準備をして待つのが定めであると。

牛嶠《巻四13菩薩蠻七首 其三》『花間集』164全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6092

牛嶠  菩薩蠻七首 其三   

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。樓上望卿卿,寒新雨晴。

薰爐蒙翠被,繡帳鴛鴦睡。何處有相知,羨他初畫眉。

(寵愛を受ける春の日々は最高の思いで過ごすが、寵愛を失っても、準備だけはしておくのがさだめだと詠う)奇麗に輝く簪が風に揺れ、見上げれば立春の旗が大きくなびいている、杏の花がいっぱいの木の枝が交差していて、春になっても寵愛を失ったまま、庭には一杯に咲く日にも、香炉の煙に涙が止まらない。高樓に上がって「あなたさま」と甘えてみる。でも窓辺に時折り吹く風は冷たいと思っていたら雨がふり、やがて晴れに変わり気持ちも新たになる。

牛嶠《巻四13菩薩蠻七首 其三》『花間集』164全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6092

 
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(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首 其一

(寵愛を受ける時は短く、ツバメが来て、しばらくヒナがうるさくし始める頃にはすでに寵愛を失う。そのごは、毎日、寵愛を受けていた時と同じようにただ、待ち続ける毎日が繰り返される。まるでどこか北の遠くの遼陽に送り出した人を待つ寡婦と同じようになってしまうと詠う)

舞裙香暖金泥鳳,畫梁語鷰驚殘夢。

香炉の火が暖かく、香付の舞衣裳のスカートには金泥の鳳模様がきれいである、赤青の塗りの梁の上の燕が鳴き交わすと名残りの夢は破られてしまう。

門外柳花飛,玉郎猶未歸。

宮殿門の外は春もさかり、池端からの並木の柳絮の花が舞い飛ぶのが終わると約束の春は過ぎてしまう、愛しいひとはそれでも未だに帰って来ない。

愁勻紅粉淚,眉剪春山翠。

妃嬪の憂いは、涙で頬紅と白粉がくずれてはなおしても崩れてしまう。眉は春山の翠のようにかいて整えたので涙で何もかも崩れてしまう。

何處是遼陽,錦屏春晝長。

待つのが定めというものの、ここの錦屏風の閨の内の、春の日の長い昼間に、怠惰になって何もする気になれない、ほんとに愛しの人は遼陽の様な遠方にでも行ったのかと感じられ、ほんとうは何処にいいているか。

(菩薩蠻七首 其の一)

舞裙 香 暖かく 金泥の鳳,畫梁【がりょう】語る 殘夢を驚く。

門外 柳花 飛,玉郎 猶お未だ歸らず。

愁は紅粉の淚を勻【あまね】し,眉は春山の翠を剪る。

何處か 是れ遼陽なる,錦屏 春晝 長し。

 

(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首其二

菩薩蠻七首その二(別離し、この春、そのまま行楽に出かけられるのを見送るものの、これから違った生活をするどうにかして前向きに生きてゆくを詠う。)

柳花飛處鶯聲急,暗街春色香車立。

柳絮が飛びが飛び交うところになり、晩春にうつっていくから鶯の啼き声さえ、どうやら急ぎ始めたようだ。暮れなずむ街、すっかり春の景色に満ち溢れ日には香をたきこめた御車の列が行楽の地に向かう。

金鳳小簾開,臉波和恨來。

金の鳳凰の刺繍の小窓のすだれを開いて見送ってから、清らかな目になにだの波をたたえて、恨む気持ちを和ませてやってくる。

今宵求夢想,難到青樓上。

今宵からは夢の中であのお方のことを思い浮かべるだけだ。青樓の高殿のあたりに行くこともかなわない。

贏得一場愁,鴛衾誰並頭。

ここの場所だけは愁いを催すことはなく次第に前向きな気持ちになってゆくようだ、思うことは、「誰かが鴛鴦の布団に並んで頭を並べてくれるということ」と。

(其の二)

柳花 飛ぶ處 鶯聲急なり,暗き街 春色 香車立つ。

金鳳 小簾開き,臉波 和みて恨み來る。

今宵 夢想を求め,青樓の上に到れ難し。

贏得【えいとく】 一場愁い,鴛衾【おうきん】 誰ぞ頭を並べん。

(改訂版Ver.2.1 

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。

奇麗に輝く簪が風に揺れ、見上げれば立春の旗が大きくなびいている、杏の花がいっぱいの木の枝が交差していて、春になっても寵愛を失ったまま、庭には一杯に咲く日にも、香炉の煙に涙が止まらない。

樓上望卿卿,寒新雨晴。

高樓に上がって「あなたさま」と甘えてみる。でも窓辺に時折り吹く風は冷たいと思っていたら雨がふり、やがて晴れに変わり気持ちも新たになる。

薰爐蒙翠被,帳鴛鴦睡。

何處有相知,羨他初畫眉。

閨に戻って夕刻から薰爐に火を容れてあたたかくなって、翡翠のはねをかざった掛け布団のなかにはいった、刺繍のとばりのなかに、鴛鴦のようにふたりが眠っている。

それが寵愛を失った今、何処にいるのかは互いにわかってはいるけれどどうにもしようがない、他の妃嬪を羨むことで、初めての形のまゆずみをほどこす。

 

(其の三)

玉釵 風動き春幡急なり,交枝 紅杏 籠煙り泣く。

樓上 望み卿卿,寒 新らたに雨晴る。

薰爐 蒙翠被り,繡帳 鴛鴦の睡。

何處にか 相い知る有る,他を羨む初めて眉を畫く。

 

其四

畫屏重疊巫陽翠,楚神尚有行雲意。

朝暮幾般心,向他情漫深。

風流今古隔,虛作瞿塘客。

山月照山花,夢迴燈影斜。

 

其五

風簾鷰舞鶯啼柳,粧臺約鬢低纖手。

釵重髻盤珊,一枝紅牡丹。

門前行樂客,白馬嘶春色。

故故墜金鞭,迴頭應眼穿。

 

其六

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

寒天欲曙,猶結同心苣。

啼粉羅衣,問郎何日歸。

 

其七

玉樓冰簟鴛鴦錦,粉融香汗流山枕。

簾外轆轤聲,斂眉含笑驚。

柳陰煙漠漠,低鬢蟬釵落。

須作一生拚,盡君今日歡。

 

(改訂版Ver.2.1 

『菩薩蠻七首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。

樓上望卿卿,寒新雨晴。

薰爐蒙翠被,繡帳鴛鴦睡。

何處有相知,羨他初畫眉。

 

(下し文)

(其の三)

玉釵 風動き春幡急なり,交枝 紅杏 籠煙り泣く。

樓上 望み卿卿,寒 新らたに雨晴る。

薰爐 蒙翠被り,繡帳 鴛鴦の睡。

何處にか 相い知る有る,他を羨む初めて眉を畫く。

 

 

(現代語訳)

(寵愛を受ける春の日々は最高の思いで過ごすが、寵愛を失っても、準備だけはしておくのがさだめだと詠う)

奇麗に輝く簪が風に揺れ、見上げれば立春の旗が大きくなびいている、杏の花がいっぱいの木の枝が交差していて、春になっても寵愛を失ったまま、庭には一杯に咲く日にも、香炉の煙に涙が止まらない。

高樓に上がって「あなたさま」と甘えてみる。でも窓辺に時折り吹く風は冷たいと思っていたら雨がふり、やがて晴れに変わり気持ちも新たになる。

閨に戻って夕刻から薰爐に火を容れてあたたかくなって、翡翠のはねをかざった掛け布団のなかにはいった、刺繍のとばりのなかに、鴛鴦のようにふたりが眠っている。

それが寵愛を失った今、何処にいるのかは互いにわかってはいるけれどどうにもしようがない、他の妃嬪を羨むことで、初めての形のまゆずみをほどこす。

 

(訳注)
(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首 其三

菩薩蠻七首 其の三:(寵愛を受ける春の日々は最高の思いで過ごすが、寵愛を失っても、準備だけはしておくのがさだめだと詠う)

唐教坊の曲名。『花間集』41首、温庭筠14首、韋荘5首、牛嶠7首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻七首 其一

舞裙香暖金泥,畫梁語鷰驚殘

門外柳花,玉郎猶未

愁勻紅粉,眉剪春山

何處是遼,錦屏春晝

●○○●○△●  ●○●●○○△

○●●○○  ●○△●○

○○○●●  ○●○○●

△●●○○  ●△○●△菩薩蠻七首 其二

柳花飛處鶯聲,暗街春色香車

金鳳小簾,臉波和恨

今宵求夢,難到青樓

贏得一場,鴛衾誰並

●○○●○○●  ●○○●○○●

○●●○○  △○△●△

○○○△●  △●○○●

○●●○○  ○○○●○

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡,交枝紅杏籠煙

樓上望卿寒新雨

薰爐蒙翠,繡帳鴛鴦

何處有相,羨他初畫

●○△●○○●  ○○○●△○●

○●△○○  △○○●○

△○○●●  ●●○○●

△●●△○  ○△○●○

 

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。

奇麗に輝く簪が風に揺れ、見上げれば立春の旗が大きくなびいている、杏の花がいっぱいの木の枝が交差していて、春になっても寵愛に溢れていて、庭には一杯に咲く日に、香炉の煙に涙が止まらない。

・玉釵 こがねにかがやく天子からの贈り物の簪。

溫庭筠 巻一02 菩薩蠻十四首其二「雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。」

溫庭筠 巻一25 酒泉子四首其三 「玉釵斜篸雲鬟髻,裙上金縷鳳。」

牛嶠  巻四10 應天長二首其二 「玉釵橫,山枕膩,寶帳鴛鴦春睡美。」

牛嶠  巻四11 更漏子三首其一 「收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。」

牛嶠  巻四17 菩薩蠻七首其三 「玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。」

牛嶠 巻四25 西溪子 「捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。」

和凝 巻六16 臨江仙二首其一 「碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。」

孫光憲 巻八16 臨江仙二首其二 「玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。」

・春幡 春旗。 古代における迎春と立春日までに旗を立てたり、或は春幡を樹梢に掛けたりする。

・籠煙 竹かごの中の香の煙をいう。池端の柳が、冬の間に枝だけで垂れさがった様子を籠と表現し、香炉の上の籠と対比させて表現する。それが、これから草木が生繁る頃がすなわち匂うがごとき春の緑の煙霞に包まれた風景なのだろう。そこには陰陽判じがたい中に宿る生命の気配を感じることができる。

 

樓上望卿卿,寒新雨晴。

高樓に上がって「あなたさま」と甘えてみる。でも窓辺に時折り吹く風は冷たいと思っていたら雨がふり、やがて晴れに変わり気持ちも新たになる。

・卿卿 卿卿 妻が夫を呼ぶ称。閨褥での言葉。南朝宋·劉義慶《世新語·惑溺》:“親卿愛卿,是以卿卿,我不卿卿,誰當卿卿?”貴人と逢ってうれしい状況を云う。男女の情事の際の声を意味する。

 は窗、窓で晩秋の窓を云う。窓を寒いと感じ愧じるころの窓を云う。

 

薰爐蒙翠被,繡帳鴛鴦睡。

閨に戻って夕刻から薰爐に火を容れてあたたかくなって、翡翠のはねをかざった掛け布団のなかにはいった、刺繍のとばりのなかに、鴛鴦のようにふたりが眠っている。

・薰爐 香と暖炉が一体となったもので、部屋が暖かくなることをいう。

・蒙 1 おおう。かぶさる。こうむる。「蒙塵(もうじん)・蒙霧」2 くらい。物知らずで道理が わからない。「

・翠被 (或繡)有翡翠紋飾的被子。以翠羽飾被。被子:掛け布団.

 

何處有相知,羨他初畫眉。

それが寵愛を失った今、何処にいるのかは互いにわかってはいるけれどどうにもしようがない、他の妃嬪を羨むことで、初めての形のまゆずみをほどこす。

畫眉 ①まゆずみでまゆをかくこと。②まゆずみでかいた美しい眉。転じて、美人をいう。③ほおじろ鳥。

(改訂版Ver.2.1)牛嶠《巻四11菩薩蠻七首 其一》『花間集』162全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6082

牛嶠  菩薩蠻七首 其一  

舞裙香暖金泥鳳,畫梁語鷰驚殘夢。

門外柳花飛,玉郎猶未歸。

愁勻紅粉淚,眉剪春山翠。

何處是遼陽,錦屏春晝長。

(寵愛を受ける時は短く、ツバメが来て、しばらくヒナがうるさくし始める頃にはすでに寵愛を失う。そのごは、毎日、寵愛を受けていた時と同じようにただ、待ち続ける毎日が繰り返される。まるでどこか北の遠くの遼陽に送り出した人を待つ寡婦と同じようになってしまうと詠う)

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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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貴族の女性たち

貴族の女性たちが夫の貴賎栄辱の運命のままに翻弄され浮沈定まらない生活をおくったことを反映している。

 

「栄耀栄華は束の間のことで長続きはしない」といつも恐れおののいていたほかに、貴族の婦人たちがそれこそ絶えず感じていたのは閨の孤独、夫の薄情に対する恨み、それに容色の衰え易さに対する嘆きであった。唐詩の中で百首に上る「閏怨」詩の大部分が、彼女たちのこの種の心情をよく表現している。花間集以外でたとえば、

王昌齢「閏怨」

閨中少婦 不曽愁、春日凝粧上翠楼。

忽見陌頭 楊柳色、悔教夫婿覓封侯。

閨中の少婦かつて愁えず、春の日に粧いを凝らして翠楼を上る。

忽ち見る陌頭の楊柳の色を、夫婿をして封侯を求めしむるを悔ゆる。

陳羽「古意」

妾年四十絲滿頭、郎年五十封公侯。

男兒全盛日忘舊、銀床羽帳空飃

妾の年四十にして絲の頭に滿ち、郎の年五十にして公侯に封ぜらる。

男兒は全盛なれば、日びに舊を忘れ、銀床、羽帳は、空しく飃飅たり。

などの詩。こうした心情は彼女たちがただ終日飽食し、何の心配もなく暮らしていたから生れたというだけではない。それよりも重要なのは、彼女たちは下層の労働する女性たちに比べて独立した経済的能力が無かったため、男性に対する依存心が強く、また家庭の中でも地位が低かったために、夫の自分に対する感情に頼らざるを得なかったことによる。しかし、貴族の男たちは往々にしてたくさんの妻妾を持ち、あちこちで女色を漁ったので、おのずから彼女たちは一日中夫の薄情に苦悩し、家庭の中での自分の行く末を案じ、従って自分の容色の衰えを嘆く以外に為すすべがなかった。

 

 

 

下級官吏の家の女性

貴顕の家柄には入らない下級官吏の家の女性について述べる。彼女たちの生活は一般に朝廷から支給される官俸の収入に頼っていた。杜甫が、「自京赴奉先縣詠懷五百字」(「京より奉先県に赴き詠懐す五百字」)「生常免租,名不隸徵伐。」生は(生活の上では)常に租税を免れ、名は征伐(徴兵名簿)に隷らず」と、自らについて語っているように、下級官吏の身分の者には一般民衆のような租税や諸役の苦しみはなかった。しかし彼らの官俸は往々きわめて少なかったので、衣食の心配や飢寒の苦しみは一般的にはなかったにせよ、生活に十分な余裕があるわけでなく、甚だしい時には貧困窮迫を免れることはできなかった。杜甫の生涯は大半が下級官吏の生活であり、妻と娘の生活はかなり苦しく、多年人に寄食して暮らしたのである。

戦乱(安史の乱)によって、杜甫《北徵》(「北征」)「經年至茅屋,妻子衣百結。慟哭松聲回,悲泉共幽咽。平生所嬌兒,顏色白勝雪。見耶背面啼,垢膩不襪。床前兩小女,補綴才過膝。」妻と子、衣は百結だらけ」、「床前の両少女、補綴(つぎはぎだらけの衣服)綾かに膝を過ぐ」というありさま。彼は最も貧しい時には薪を背負い、橡の実を採ってその日暮らしをせねばならなかった。暮らし向きがよかった時のこと、ある日杜甫は友人に妻を紹介した。友人は家に帰るとすぐ妻に命じて、杜甫の妻のために夜飛蝉(婦人の衣裳)をおしゃれ用にと送らせた。おそらく杜甫夫人の着物があまりに簡単で質素だったからであろう(張泌『粧楼記』)。元槙が下級官吏である校吾郎になった時、家族の生活はわりに苦しかった。彼は「悲懐を遣わす」という詩において、「顧我無衣捜藎篋、泥他沽酒抜金釵。野蔬充膳甘長藿、落葉添薪仰古槐。」(我を顧みて衣無ければ画筐(衣裳箱)を捜し、他に泥みて酒を活わんとすれば金銀を抜く。野読 膳に充ちて長き蓉甘く、落葉 薪に添えんとして古き椀を仰ぐ)と、亡き妻の寺氏との生活を懐しんでいる。少なくとも生活はそれほど豊かでなかったことが分かる。この階層の女性は一般に生産労働には参加しなかった。といっても彼女たちの多くは、完全に奴僕に任せきりで家事労働から解放されていたというわけでもなかった。小官吏であった王績は官を棄てて家に帰った後、詩の中で「床に借りて婦の織を看る」と書いている。また白居易は江州司馬に左遷された時、「内子に贈る」という詩の中で「寒衣補燈火、小女戲牀頭。」(〔妻は〕寒衣にて灯下に補い、小女は床頭に戯る)と書いている。この階層の女性たちは、しばしば一定の家事労働をやらねばならなかったことが分かる。

この階層の女性たちは出身も教養も低く、また自分の地位が高まる可能性も特にはなかったので、夫の官途が順調で、とんとん拍子に出世することを祈るというのが共通した心理であり、さし迫った願いであった。

 

 

(改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首 其一

(寵愛を受ける時は短く、ツバメが来て、しばらくヒナがうるさくし始める頃にはすでに寵愛を失う。そのごは、毎日、寵愛を受けていた時と同じようにただ、待ち続ける毎日が繰り返される。まるでどこか北の遠くの遼陽に送り出した人を待つ寡婦と同じようになってしまうと詠う)

舞裙香暖金泥鳳,畫梁語鷰驚殘夢。

香炉の火が暖かく、香付の舞衣裳のスカートには金泥の鳳模様がきれいである、赤青の塗りの梁の上の燕が鳴き交わすと名残りの夢は破られてしまう。

門外柳花飛,玉郎猶未歸。

宮殿門の外は春もさかり、池端からの並木の柳絮の花が舞い飛ぶのが終わると約束の春は過ぎてしまう、愛しいひとはそれでも未だに帰って来ない。

愁勻紅粉淚,眉剪春山翠。

妃嬪の憂いは、涙で頬紅と白粉がくずれてはなおしても崩れてしまう。眉は春山の翠のようにかいて整えたので涙で何もかも崩れてしまう。

何處是遼陽,錦屏春晝長。

待つのが定めというものの、ここの錦屏風の閨の内の、春の日の長い昼間に、怠惰になって何もする気になれない、ほんとに愛しの人は遼陽の様な遠方にでも行ったのかと感じられ、ほんとうは何処にいいているか。

 

(菩薩蠻七首 其の一)

舞裙 香 暖かく 金泥の鳳,畫梁【がりょう】語る 殘夢を驚く。

門外 柳花 飛,玉郎 猶お未だ歸らず。

愁は紅粉の淚を勻【あまね】し,眉は春山の翠を剪る。

何處か 是れ遼陽なる,錦屏 春晝 長し。

 

其二

柳花飛處鶯聲急,暗街春色香車立。

金鳳小簾開,臉波和恨來。

今宵求夢想,難到青樓上。

贏得一場愁,鴛衾誰並頭。

 

其三

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。

樓上望卿卿,寒新雨晴。

薰爐蒙翠被,繡帳鴛鴦睡。

何處有相知,羨他初畫眉。

 

其四

畫屏重疊巫陽翠,楚神尚有行雲意。

朝暮幾般心,向他情漫深。

風流今古隔,虛作瞿塘客。

山月照山花,夢迴燈影斜。

 

其五

風簾鷰舞鶯啼柳,粧臺約鬢低纖手。

釵重髻盤珊,一枝紅牡丹。

門前行樂客,白馬嘶春色。

故故墜金鞭,迴頭應眼穿。

 

其六

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

寒天欲曙,猶結同心苣。

啼粉羅衣,問郎何日歸。

 

其七

玉樓冰簟鴛鴦錦,粉融香汗流山枕。

簾外轆轤聲,斂眉含笑驚。

柳陰煙漠漠,低鬢蟬釵落。

須作一生拚,盡君今日歡。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『菩薩蠻七首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻七首 其一

舞裙香暖金泥鳳,畫梁語鷰驚殘夢。

門外柳花飛,玉郎猶未歸。

愁勻紅粉淚,眉剪春山翠。

何處是遼陽,錦屏春晝長。

 

(下し文)

(菩薩蠻七首 其の一)

舞裙 香 暖かく 金泥の鳳,畫梁【がりょう】語る鷰 殘夢を驚く。

門外 柳花 飛,玉郎 猶お未だ歸らず。

愁は紅粉の淚を勻【あまね】し,眉は春山の翠を剪る。

何處か 是れ遼陽なる,錦屏 春晝 長し。

 

 

(現代語訳)

(寵愛を受ける時は短く、ツバメが来て、しばらくヒナがうるさくし始める頃にはすでに寵愛を失う。そのごは、毎日、寵愛を受けていた時と同じようにただ、待ち続ける毎日が繰り返される。まるでどこか北の遠くの遼陽に送り出した人を待つ寡婦と同じようになってしまうと詠う)

香炉の火が暖かく、香付の舞衣裳のスカートには金泥の鳳模様がきれいである、赤青の塗りの梁の上の燕が鳴き交わすと名残りの夢は破られてしまう。

宮殿門の外は春もさかり、池端からの並木の柳絮の花が舞い飛ぶのが終わると約束の春は過ぎてしまう、愛しいひとはそれでも未だに帰って来ない。

妃嬪の憂いは、涙で頬紅と白粉がくずれてはなおしても崩れてしまう。眉は春山の翠のようにかいて整えたので涙で何もかも崩れてしまう。

待つのが定めというものの、ここの錦屏風の閨の内の、春の日の長い昼間に、怠惰になって何もする気になれない、ほんとに愛しの人は遼陽の様な遠方にでも行ったのかと感じられ、ほんとうは何処にいいているか。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首 其一

(寵愛を受ける時は短く、ツバメが来て、しばらくヒナがうるさくし始める頃にはすでに寵愛を失う。そのごは、毎日、寵愛を受けていた時と同じようにただ、待ち続ける毎日が繰り返される。まるでどこか北の遠くの遼陽に送り出した人を待つ寡婦と同じようになってしまうと詠う)

こんなにも寵愛を受けられないのは、辺境に出かけて帰らぬ男を思う女の情のようである。それでも妃嬪は、寵愛を失っても、ひたすら待つしかない。この詩は「愁勻紅粉淚,眉剪春山翠。」と愁いがすべてをくずれてゆくという表現に象徴される。この詩が、辺境に出かけて帰らぬ男を思う女の情であり、遙かな男へ思いを馳せ、屏風の陰に引き籠もり、遅々として進まぬ春の日長の所在なさについて語るというだけの詩であるはずはなく、毎日労働もせず、豪華な着物を見に着け、大きな部屋に住まい出来る、富貴の者の愛妾か、踊りなどを担当する、美人身分の妃嬪と推察できる。宮中の内官制度で妃嬪は皇后を補佐し、六儀は。九卿に四徳を教え、皇后の儀礼を讃える。美人は、女冠を率いて祭礼接客を事とし、才人は宴会、寝所の世話、絲枲をおさめ、織り上がった反物を帝に献ずる。何もしなくて生活できる女性は、限られた地位の者だけである。

唐教坊の曲名。『花間集』41首、温庭筠14首、韋荘5首、牛嶠7首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻七首 其一

舞裙香暖金泥,畫梁語鷰驚殘

門外柳花,玉郎猶未

愁勻紅粉,眉剪春山

何處是遼,錦屏春晝

●○○●○△●  ●○●●○○△

○●●○○  ●○△●○

○○○●●  ○●○○●

△●●○○  ●△○●△

 

舞裙香暖金泥鳳,畫梁語鷰驚殘夢。

香炉の火が暖かく、香付の舞衣裳のスカートには金泥の鳳模様がきれいである、赤青の塗りの梁の上の燕が鳴き交わすと名残りの夢は破られてしまう。

○春暖 薫きしめた香の香りが暖かく感じられる。この頃の香炉は、暖房も兼ねていたから、この事で着る服は外套のものではなく踊用の薄手の服をイメージさせる。

舞裙 妃嬪、宮女妓優などの演舞の際のスカート。牛嶠《巻三50柳枝五首其五》「裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。」翡翠の髪飾りが妖艶に揺れ、香煙は香炉の網を抜けて細く揺れ起ちあがり、暖かな風波に払われて揺れている。舞い踊る女たちの裙はみだれ、その下のあらたに麴塵色に染められたうす絹が見えて奇麗だ。

牛嶠《巻三50 柳枝五首 其五》『花間集』151全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5957

 

金泥鳳 鳳凰が巣作りをする画を金絲で刺繍されている。舞踊担当の妃嬪(美人)。

唐:李存勖(885年-926年)《陽臺夢》

薄羅衫子金泥鳳,困纖腰怯銖衣重。笑迎移步小蘭叢,嚲金翹玉鳳。

嬌多情脈脈,羞把同心捻弄。楚天雲雨卻相和,又入陽臺夢。

①金泥鳳:這裏指羅衫的花色點綴。②銖衣:衣之至輕者。多指舞衫。③嚲:下垂。金翹、玉鳳:皆古代婦女的首飾。④同心:即古代男女表示愛情的“同心結”。⑤陽臺:宋玉《高唐賦序》:楚襄王嘗遊高唐,夢一婦人來會,自雲巫山之女,在“高臺之下”。舊時因稱男女歡會之所爲“陽臺”。

 

門外柳花飛,玉郎猶未歸。

宮殿門の外は春もさかり、池端からの並木の柳絮の花が舞い飛ぶのが終わると約束の春は過ぎてしまう、愛しいひとはそれでも未だに帰って来ない。

○柳花 綿毛の生えた柳の種。柳絮の飛ぶのは春の一時期であることから、春が過ぎてゆく憂いを表現する。

○玉郎 美男。ここでは愛しい男の意。古代女子對其夫、或所歡愛的男子的暱稱。唐.牛嶠〈菩薩蠻.舞裙香暖金泥鳳〉詞:「門外柳花飛,玉郎猶未歸。」道教中的仙官名。唐.李商隱〈重過聖女祠〉詩:「玉郎會此通仙籍,憶向天階問紫芝。」對男子的美稱。

恋愛詩人・李商隠 6 重過聖女詞

韋莊《巻三11天仙子五首其四》「夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。」

花間集』全詩訳注解説(改訂版)-33韋荘111《巻3-11 天仙子五首 其四》三巻11-111〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5757

 

愁勻紅粉淚,眉剪春山翠。

妃嬪の憂いは、涙で頬紅と白粉がくずれてはなおしても崩れてしまう。眉は春山の翠のようにかいて整えたので涙で何もかも崩れてしまう。

愁勻 愁いは~にあまねし。朱松 太康道中二首其二 「一色春勻萬樹紅,坐愁吹作雪漫空。誰知莢楊花意,只擬春殘卷地風。

○春山 女件の美しい眉を言う。愁いに染まり、眉には愁いに曇る女性を表現するがそれがとても美しく見えることをいう。

李商隠《代贈二首 其二》 「總把春山掃眉黛、不知供得幾多愁。」(あなたのいない今、あまたの男を相手にしてきたが眉墨でまゆを画く、自分も年を取ってきた、幾多の愁いを伴ってここまで来たのだがどこまで知ってくれているだろう。)○総把 全てを束にして握る。○春山 男女の情欲の気持ちのかたまり。○掃眉 まゆをかく。 ・眉黛眉毛を剃って墨で描いたまゆ。眉には年を取ってくるという意味を含む。

代贈二首 其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 98

溫庭筠《菩薩蠻十四首 其十二》「繡簾垂簌,眉黛遠山綠。」(この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。)

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠12《菩薩蠻十四首 其十二》溫庭筠66首巻一12-〈12〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5257

 

何處是遼陽,錦屏春晝長。

待つのが定めというものの、ここの錦屏風の閨の内の、春の日の長い昼間に、怠惰になって何もする気になれない、ほんとに愛しの人は遼陽の様な遠方にでも行ったのかと感じられ、ほんとうは何処にいいているか。

○遼陽 遼寧省南部遼陽。古代より軍事上の重要都市であったため、なかなか帰ってこれないということの表現として使う。実際に行ってはいないと思われる。

春晝長 季節の移ろいを表現するのと、怠惰になってゆくことを表現する。

牛嶠《巻四07更漏子三首其一》『花間集』158全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6062

更漏子三首 其一

星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。

香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。

挑錦字,記情事,惟願兩心相似。

收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。
(春の夜、少し離れた宮殿で夜通しの演舞が催されていて、眠りに付けず、寵愛を受け絶頂であった頃を思い浮かべる)

今宵は眠れずうとうとしてまた起きて夜空を見れば、星屑の空もようやく疎らになってきて、漏刻の浮子ももしきりに転じている。どこの楼殿で演奏しているのか西域の輪臺曲の演奏の音が聴こえてくるのが寵愛を失った今、怨みに思う。

 

牛嶠《巻四07更漏子三首其一》『花間集』158全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6062

 

 

 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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70-#1(改訂版Ver.2.1) 《巻04-17 落歯 #1》 (去年落一牙)【4分割】 韓愈(韓退之) 803年貞元19年 38歳<1415> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6059 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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(改訂版Ver.2.1

更漏子三首 其一

(春の夜、少し離れた宮殿で夜通しの演舞が催されていて、眠りに付けず、寵愛を受け絶頂であった頃を思い浮かべる)

星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。

今宵は眠れずうとうとしてまた起きて夜空を見れば、星屑の空もようやく疎らになってきて、漏刻の浮子ももしきりに転じている。どこの楼殿で演奏しているのか西域の輪臺曲の演奏の音が聴こえてくるのが寵愛を失った今、怨みに思う。

香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。

きっとそこの閣殿にお香が被っているし、杏の花はこんな夜でも紅を保っている。月はここの庭だけでなく、すべてを明るく照らし、楊柳は風に吹かれてゆれている。

挑錦字,記情事,惟願兩心相似。

寂しくないように、すぐれて美しい詩句をかかげて示され、そして、心の思いを書き記してくれる。ただ、願うのは、二人の心に思うことが「同じことを思う」ということ。

收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。

妃嬪は、涕と一緒にその言葉を収め、燈火を背に横になる。耀く簪も枕の傍においてしまっている。

 

更漏子【こうろうし】三首 其の一

星 漸【ようや】く稀れにして,漏 頻に轉じ,何處にか輪臺 聲怨す。

香 閣掩い,杏花の紅,月明く 楊柳 風す。

錦字を挑げ,情事を記し,惟だ願う 兩つながらの心 相い似る。

淚 語を收め,燈を背にして眠り,玉釵 枕邊に橫わる。

 

其二

春夜闌,更漏促,金燼暗挑殘燭。

驚夢斷,錦屏深,兩明月心。

閨艸碧,望歸客,還是不知消息。

辜負我,悔憐君,告天天不聞。

 

其三

南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。

低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。

招手別,寸腸結,還是去年時節。

書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

 

(改訂版Ver.2.1

『更漏子三首 其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

更漏子三首 其一

星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。

香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。

挑錦字,記情事,惟願兩心相似。

收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。

(下し文)
更漏子【こうろうし】三首 其の一

星 漸【ようや】く稀れにして,漏 頻に轉じ,何處にか輪臺 聲怨す。

香 閣掩い,杏花の紅,月明く 楊柳 風す。

錦字を挑げ,情事を記し,惟だ願う 兩つながらの心 相い似る。

淚 語を收め,燈を背にして眠り,玉釵 枕邊に橫わる。

(現代語訳)
(春の夜、少し離れた宮殿で夜通しの演舞が催されていて、眠りに付けず、寵愛を受け絶頂であった頃を思い浮かべる)

今宵は眠れずうとうとしてまた起きて夜空を見れば、星屑の空もようやく疎らになってきて、漏刻の浮子ももしきりに転じている。どこの楼殿で演奏しているのか西域の輪臺曲の演奏の音が聴こえてくるのが寵愛を失った今、怨みに思う。

きっとそこの閣殿にお香が被っているし、杏の花はこんな夜でも紅を保っている。月はここの庭だけでなく、すべてを明るく照らし、楊柳は風に吹かれてゆれている。

寂しくないように、すぐれて美しい詩句をかかげて示され、そして、心の思いを書き記してくれる。ただ、願うのは、二人の心に思うことが「同じことを思う」ということ。

妃嬪は、涕と一緒にその言葉を収め、燈火を背に横になる。耀く簪も枕の傍においてしまっている。


(訳注) (改訂版Ver.2.1

更漏子三首 其一

(春の夜、少し離れた宮殿で夜通しの演舞が催されていて、眠りに付けず、寵愛を受け絶頂であった頃を思い浮かべる)

更は五更、夕方から、夜明けまで時を告げることを示す。特に秋以降、待ち侘びる夜が長いことを強調するシチュエーションのものをいう。

この詩は寵愛を失った妃嬪が、少し離れた宮殿で夜通しの演舞が催されていて、眠りに付けず、庭を散策し、寵愛を受けている時のことを思い出し、今、寵愛の絶頂にある妃嬪のことを予想するということを詠っている。

『花間集』には牛嶠の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。更漏子という題で、花間集には温庭筠、韋莊、牛嶠、毛文錫、孫光憲、毛熙震などの作が収録されている。

更漏子三首 其一

星漸稀,漏頻,何處輪臺聲

香閣掩,杏花,月明楊柳

挑錦,記情,惟願兩心相

收淚語,背燈,玉釵橫枕

○△○ ●○● △●○○○△

○●● ●○○ ●○○●△

△●● ●○● ○●●○△●

△●● ●○○ ●○△△○

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-45韋荘123《巻3-23 更漏子一首》三巻23-〈123〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5817

『花間』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠15《更漏子六首其一》溫庭筠66首巻一15-〈15〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5272

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠16《更漏子六首其二》溫庭筠66首巻一16-〈16〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5277

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星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。

今宵は眠れずうとうとしてまた起きて夜空を見れば、星屑の空もようやく疎らになってきて、漏刻の浮子ももしきりに転じている。どこの楼殿で演奏しているのか西域の輪臺曲の演奏の音が聴こえてくるのが寵愛を失った今、怨みに思う。

・星漸稀 深夜の満点の星屑から時間経過し空が少し明るくなってきた様子を云う。一人で過ごす夜、眠りに付けずうとうとして目が醒めて星空を眺めているのを表現する句である。

・漏頻轉 漏水の水時計がひたひたと過ぎていく様子を云う。水の水槽が五段あり、一番上の水槽から一段下の水槽に水を漏らしてゆく、それぞれの水槽に時刻の旗を立てた浮が浮かんでいて、水があるうちは浮んでいるからそれを見て詠み取る。仕掛けには相当の財力と地位の者でないと漏刻はもっていない。それぞれの御殿には用意してある。

・輪臺 唐の楽曲で德鱒が作る西域の舞曲。輪臺は漢代西域にある地名で、此処に屯田した、現在の新疆省庫車縣東、輪臺縣。この楽を序、≪靑海波≫を破として連続して舞うもので、此処では夜通し演舞されたのであろう。。

・聲怨 西域の音楽、人のうわさが聞えて來るのが怨めしく思う。

 

香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。

きっとそこの閣殿にお香が被っているし、杏の花はこんな夜でも紅を保っている。月はここの庭だけでなく、すべてを明るく照らし、楊柳は風に吹かれてゆれている。

・香閣掩 お香が夜中中焚かれて高閣に広がっていること、時間経過を示す言葉と、侘しさを示すものである。

・杏花紅 杏の花は女盛りをあらわすものである。こんなに一人で居てもまだ女盛り、女としてそのままであるということ。

・月明楊柳風 月は女性を示し、楊柳は楊が男、柳が女をあらわし、情事が終わった後に汗ばんだところに微風が吹いてきたことを云うのである。ここの三句は楽しかった日々のことをいうものである。

 

挑錦字,記情事,惟願兩心相似。

寂しくないように、すぐれて美しい詩句をかかげて示され、そして、心の思いを書き記してくれる。ただ、願うのは、二人の心に思うことが「同じことを思う」ということ。

・挑錦字 ・錦字 すぐれて美しい詩句。錦字をかかげるというのは、この女性に対して美辞麗句をしめされていたということ。

・記情事 心が動かされる言葉を書き記した。

 

 

收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。

妃嬪は、涕と一緒にその言葉を収め、燈火を背に横になる。耀く簪も枕の傍においてしまっている。

・背燈 燈火を後ろに離れて淋しい様子を云う。一人で居るので明るくなくてもよいことをいう。韋荘『更漏子』.

鐘鼓寒,樓閣暝,月照古銅金井。

深院閉,小樓空,落花香露紅。

煙柳重,春霧薄,燈背水窗高閣。

閑倚,暗沾衣,待郎郎不歸。

123 更漏子 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-282-5-#36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2957

 

輪臺 位於新疆省庫車縣東。見「輪臺縣」條。古地名。漢西域之地。本為輪臺國,被李廣利所滅。漢武帝為牽制匈奴,在此屯田。唐置縣,並置府。即今新疆省輪臺縣。 縣名。位於新疆省庫車縣東。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊146《巻三45謁金門》巻三4546-〈146〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5932

謁金門

春滿院,疊損羅衣金線。

睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。

斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。

早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

もう、どれだけ思い続けただろうか「長相思」の綿入れ、「結同心」の帯、思い出すたび腸が千切れの苦しみになり、それでも、寵愛を夢見る事だけしかできない生活を強いられている。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊146《巻三45謁金門》巻三4546-146〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5932

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊142《巻三41相見歡》巻三4142-〈142〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5912

花間集巻三41   相見歡

羅襦繡袂香紅,畫堂中。

細艸平沙蕃馬,小屏風。

卷羅幕,凭粧閣,思無窮。

暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳。

  (改訂版)薛昭蘊 《相見歡》(相見歡:いつも一緒に、同じ軍装をきて、好きな小草原の広がる砂地に戒の駿馬に乗って狩をしたものだが、いまはもうそんなことはまったくなく、ただひたすら、待ち続けて歳を重ねるだけだと詠う。)


 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊142《巻三41相見歡》巻三4142-142〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5912

 
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薛侍郎昭蘊 十九首:

花間集に薛昭蘊の詞は《小重山二首》《浣溪紗八首》《喜遷鶯三首》《離別難一首》《相見歡一首》《醉公子一首》《女冠子二首》《謁金門一首》の十九首所収。

薛昭蘊:五代、後蜀の官司至侍郎。(生卒年未詳)、字、出身地ともに未詳。詞風は温庭第に近い。『花間集』には十九首の詞が収められている。『花間集』には、薛侍郎昭蘊と記されている。

醇紹撃(生没年未詳)花間集に載せられている詞人。花聞集では薛侍即とあり、侍郎の官についた人であることがわかるだけで、詳しい伝記はわからない。唐書の薛廷老伝によると、廷老の子に保遜があり、保遜の子に紹緯がある。乾寧中に礼部侍郎となった。性質は軽率であり、車に坐して夔州刺史に貶せられたという。ところでその経歴をさらにくわしく見ると、紹緯ほ乾寧3年(896)九月に中書舎人から礼部侍郎にたり、ついで戸部侍郎となり、光化2年(899)六月戸部侍郎から兵郡侍郎に選っている(唐僕尚丞郎表に依る)。これによって唐末に侍郎の官にあった人であることは明らかである。紹緯のことはまた北夢瑣言にも見えている。紹緯は才を侍み物に倣り、亦父(保遜)の風があった、朝省に入る毎に、笏を弄んで歩行し、旁若無人であった。好んで浣渓沙詞を唱したという。

 

(旧解)

相見歡一首

(浮気男に棄てられた女の愁いの情を詠う。)

羅襦繡袂香紅,畫堂中。

今日も夜化粧に紅をさし、薄絹の上着の刺繍の袂に香しきのかおりをつけ、あの人を待つ鳳凰の画かれた奥まった閨の中にいる。

細艸平沙蕃馬,小屏風。

そこには、あの人が好きな小草生う広がる砂地に戒の駿馬の小さな屏風をかざった。 

卷羅幕,凭粧閣,思無窮。

待っても来ないから、薄絹の幃帳を巻きあげ、少し高い化粧の部屋の窓辺に寄りながめるけれど、いくら思っても果てがない。

暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳。

女として若くないことを実感させる暮れ方の雨のあとの靄、これで完全に女のもとに訪れるという思いは断たれてしまった、ここから出ることもかなわない身の上の者には窓にかかる簾は檻であり、あの人の居る世界と隔離されてしまっている。 

(相見歡【そうけんかん】)

羅襦【らじゅ】繡袂【しゅうべい】紅に香り,畫堂の中。

細艸 平沙の蕃馬【ばんば】,小屏風にあり。

羅幕を卷き,粧閣に凭【よ】れば,思 窮り無し。

暮の雨 輕き煙 魂は斷たれ,簾櫳を隔つるに。

 

唐宋代の絵画、彫像に出てくる女性の姿を見ると、彼女たちはみな確かに顔は満月のようにふくよかであり、からだは豊満でまるまるとしている。そして、胡や、国軍服を着て馬に乗って弓を引く女性は、特に堂々とした勇敢な姿を示しており、痩せて弱々しい姿はほとんど見られない。これはまさに唐宋代の人々の審美観と現実の生活そのものの反映であった。唐宋代第一の美人楊玉環(楊貴妃)は豊満型の美人であり、漢代の痩身型の美人趨飛燕と並んで、「燕は痩せ、環は肥え」といわれ、美人の二つの典型と称された。

 

このような美意識は、唐代の社会生活と社会の気風から生れた。というのは、唐宋代の物質生活は比較的豊かであったから、身体がふっくらとした女性が多くいたのである。また社会の気風は開放的であり、北朝の尚武の遺風を受け継ぎ、女性は家から出て活動することもわりに多く、また常に馬に乗って矢を射る活動にも加わっていた。それで、往々女性は健康的で颯爽たる姿をしていたのである。こうした現実が人々の審美観に影響し、そしてこの審美観と時代の好みとが、逆に女性たちにこの種の美しさを極力追求させたのである。少なくとも「楚王、細き腰を好む*」ために、食を減らすといったことはなかった。これによって、女性は健康で雄々しくかつ豊満であるといった傾向が助長されたのである。審美観と密接な関係がある服装と化粧は、女性の生活の重要な一部分であった。

 『筍子』等に、昔、楚の霊王は腰の細い美人を好んだ。それで宮中の女性は食を減らし餓死したという故事がある。

 

唐宋代の女性の服装は、貴賤上下の区別なく、だいたいにおいで衫(一重の上着)、裙(スカート)、帔(肩かけ)の三つからなっていた。上着の衫の裾は腰のあたりで裙でとめる。裙はたいていだぶだぶとして大きく、長くて地面をひきずるほどであり、普通六幅(一幅は二尺二寸)の布で作られた。肩に布をかけるが、これを「帔服」といい、腰のあたりまでゆったりと垂れている。また、常に衫の上に「半臂」(袖の短い上着)をはおったが、これはかなり質のよい布で作り、主に装飾のためのものであった。足には靴か草履をはいたが、これらは綿布、麻、錦帛、蒲などで作られていた。


胡装

胡服を着て胡帽を被る 「女が胡の婦と為り胡妝を学ぶ」(元稹「法曲」)、これは唐代女性の特別の好みの一つであった。唐代の前期には、女性が馬に乗って外出する際に被った「冪蘺」(頭から全身をおおうスカーフ)は、「戎夷」(周辺の蛮族)から伝わった服装であった。また、彼女たちは袖が細く身体にぴったりした、左襟を折り返した胡服を好んで着た。盛唐時代(開元〜大暦の間)には、馬に乗る時に胡帽をかぶるのが一時流行した。胡服・胡帽の姿は絵画や彫刻、塑像の中で、随所に見ることができる。

彼女たちは、また胡人の化粧をも学んだ。

 

「新楽府」「其三十五 時世妝」 白居易

時世妝,時世妝,出自城中傳四方。

時世流行無遠近,腮不施朱面無粉。

烏膏注唇唇似泥,雙眉畫作八字低。

妍媸黑白失本態,妝成盡似含悲啼。

圓鬟無鬢堆髻樣,斜紅不暈赭面狀。

昔聞被發伊川中,辛有見之知有戎。

元和妝梳君記取,髻堆面赭非華風。

 

時世の妝 時世の妝、城中より出でて四方に傳はる。

時世の流行 遠近無し、腮に朱を施さず面に粉無し。

烏膏唇に注(つ)けて唇泥に似たり、雙眉畫きて八字の低を作す。

妍媸 黑白 本態を失し、妝成って盡く悲啼を含めるに似たり。

圓鬟(かん)鬢無く堆髻の樣、斜紅暈せず赭面の狀。

昔聞く 被髪伊川の中、辛有之を見て戎有るを知る。

元和(806820年)の妝琉(顔の化粧、髪型) 君 記取よ、髻椎、面赭は華風に非ざるを。

 

流行の化粧は、都会から出て四方に伝わる、時勢の流行には近在も遠方もない、頬紅をささず顔に白粉を塗らぬ、黒い油を口に塗って泥を見るようだ、眉を書けば八の字に垂れ下がって見苦しい(時世妝:流行の化粧法、腮:顎から頬にかけて)

美醜と黒白がひっくり返って、化粧した顔は泣きべそ顔だ、丸髷にはふくらみがなくさいづちまげのようだし、頬紅はぼかしてないのでまるで赤ら顔だ(妍媸:美醜、含悲啼:泣きべそ顔、圓鬟:丸髷、堆髻:さいづちまげ、胡人の女が結ぶ、斜紅:斜めに引いた頬紅、赭面:赤ら顔)

昔のことに、髪をふり乱した者たちが伊川で踊っているのを見て、辛有はその地が戎の地だといったというではないか、元和の流行の化粧について記録しておいてほしい、さいづちまげや赤ら顔は華風ではないと(被髪:髪を振り乱す、妝梳:化粧とヘアスタイルのこと)

 

 

同時代に流行したファッションを批判したもの。都の人々が中国固有の化粧やヘアスタイルを捨てて、戎の風俗にしているという内容で、白居易は中国風でない化粧や髪型の流行を慨嘆している。こうした胡服や胡粧は大半が北方と西北の遊牧系少数民族から伝わってきた。服装と装飾が胡族化したことは、まさに強盛な大帝国が率先して外来文化を吸収したことを、最も良く示す現象である。

唐代の人々には、宋代の人のような「〔中華の〕遺民 涙尽く 胡塵の裏」(陸游「秋夜将に暁に籬門を出で涼を迎えんとして感有り」)といった亡国の痛みはなかったので、当然にも胡服や胡粧によって中華の中心たる中原が胡化するとか、生臭い土地に変り「蛮夷」の邦になるといった恐れや心配は全く頭に浮かんではいない。ただ唐の中期になり、「胡騎 煙塵を起こす」というようになると、始めて「女が胡の婦と為り胡敏を学ぶ」(元稹「法曲」)のは乱国の兆であると、悲しみ嘆く人が出てきた。国勢が衰退したので、統治者の自信が揺らいだのである。女性からすると、一瞥の女卑からの解放、自由な外出へと、社会的な大変革をもたらすものであった。これは、文化的頽廃、性倫理の変貌と有機的に化学反応したものである。

 

 

戎装と男装

唐宋代の女性、とりわけ宮廷の女性は、常に戎装(軍装)と男装を美しいものと考えていた。高宗の時代、太平公主は武官の服装をして宮中で歌舞を演じたことがある。また、武宗の時代、王才人は武宗と同じ服を着て一緒に馬を駆って狩りをした。それで天子に上奏する人はいつもどちらが天子か見まちがったが、武宗はそれを面白がった。宮女たちが軍服を着たり、男装するのは全く普通のことだった。「軍装の宮妓、蛾を掃くこと浅し」(李賀「河南府試十二月楽詞」)、「男子の衣を着て靴をはく者がいる。あたかも奚、契丹の服のようである」(『新唐書』車服志)などの記録はたいへん多い。絵画や彫像の中にはさらに多くの戎装、男装の宮女の姿を見ることができる。こうした風潮は民間にも伝わり、妓女や俳優(役者)たちも常に「装束 男児に似たり」(李廓「長安少年行」)といわれ、また「士流(士人階級)の妻は、あるいは大夫の服を着、あるいはまた男物の靴、衫(上着)、鞭、帽子などを用いて、妻も夫も身仕度が同じだった」(『大唐新語』巻十)といわれている。男女が同じ服を着て、妻と夫の区別も無いとは、本当に平等な感じがする。こうした風潮が生れたのは、社会の開放性と尚武の気風があったからにはかならない。当時の若干の保守的な人々は、男女の服装に違いがなく、陰陽が逆さまになっている情況に頭を横に振りながら、「婦人が夫の姿になり、夫は妻の飾りとなっている。世の中の顛倒でこれより甚だしいものはない」(『全唐文』巻三一五、李華「外孫崔氏二孩に与うる書」)と慨嘆した。これぞまさしく、女性が男装する風潮は封建道徳の緩みであると説明する直接的表現ではないか。

 

(改訂版)《巻三41相見歡》

相見歡

(相見歡:いつも一緒に、同じ軍装をきて、好きな小草原の広がる砂地に戒の駿馬に乗って狩をしたものだが、いまはもうそんなことはまったくなく、ただひたすら、待ち続けて歳を重ねるだけだと詠う。)

羅襦繡袂香紅,畫堂中。

夜化粧に紅をさし、薄絹の上着の刺繍の袂に香しきのかおりをつけ、あのお方を待つ鳳凰の画かれた奥まった御殿の閨の中にいる。

細艸平沙蕃馬,小屏風。

いつも一緒に、同じ軍装をきて、好きな小草原の広がる砂地に戒の駿馬に乗って狩をしたもので、寝牀の置く小さな屏風にも馬の画の物を飾る。

卷羅幕,凭粧閣,思無窮。

薄絹の幃帳を巻きあげ、少し高い床の化粧の部屋の窓辺に寄りに気怠く眺める、あのお方のことをいくら思っても果てがない、でもそれしかすることがないのも事実だ。

暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳。

高唐の賦の「朝雲暮雨」様にいつも一緒だよと誓ってくれていたのに、妃嬪を思いやる気持ちは絶たれてしまった。待つだけが使命である妃嬪にとって、今や簾のかかる連子窓によって隔離されたようなものだ。

 

 

(改訂版)《巻三41相見歡》

『相見歡一首』 現代語訳と訳註

(本文)

相見歡

羅襦繡袂香紅,畫堂中。

細艸平沙蕃馬,小屏風。

卷羅幕,凭粧閣,思無窮。

暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳。

 

(下し文)

相見歡

羅襦【らじゅ】繡袂【しゅうべい】紅に香り,畫堂の中。

細艸 平沙の蕃馬【ばんば】,小屏風にあり。

羅幕を卷き,粧閣に凭【よ】るも,思 窮り無し。

「暮雨輕煙」の魂 斷つ、簾櫳に隔たる。

 

(現代語訳)

(相見歡:いつも一緒に、同じ軍装をきて、好きな小草原の広がる砂地に戒の駿馬に乗って狩をしたものだが、いまはもうそんなことはまったくなく、ただひたすら、待ち続けて歳を重ねるだけだと詠う。)

夜化粧に紅をさし、薄絹の上着の刺繍の袂に香しきのかおりをつけ、あのお方を待つ鳳凰の画かれた奥まった御殿の閨の中にいる。

いつも一緒に、同じ軍装をきて、好きな小草原の広がる砂地に戒の駿馬に乗って狩をしたもので、寝牀の置く小さな屏風にも馬の画の物を飾る。

薄絹の幃帳を巻きあげ、少し高い床の化粧の部屋の窓辺に寄りに気怠く眺める、あのお方のことをいくら思っても果てがない、でもそれしかすることがないのも事実だ。

高唐の賦の「朝雲暮雨」様にいつも一緒だよと誓ってくれていたのに、妃嬪を思いやる気持ちは絶たれてしまった。待つだけが使命である妃嬪にとって、今や簾のかかる連子窓によって隔離されたようなものだ。

 

 

(訳注) (改訂版)《巻三41相見歡》

相見歡

(浮気男に棄てられた女の愁いの情を詠う。)

妃嬪の愁いが詠われる時、季節は多く晩春である。「暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳」妃嬪は待つのが使命である、寵愛を失えば、これほど人格を否定されるものがないから、詩に登場する。この時代、その他の階層の女性は、比較的、自由な性生活をしている。不倫や自由恋愛多いから、役所で取り締まらなければいけなかった。妃嬪には、その可能性が極めてない。その間、春が来るごとに「暮の雨」花が落ち、年増になってゆくこと、それでも、地位が変わらなければ、あいかわらず、ちょうあいをうけるじゅんびをして、まちつづけなければならないのである。と、詠うものである。

寵愛を受けている時と寵愛を失って以降の対比、一人で出かけることはできないので、この語を使用する。なかにわに出るくらいの生活を意味するもの。

唐の教坊の曲名。『花間集』には薛昭蘊の一首のみ所収。双調三十六字、前段十八字四句二平韻、後段十八字五句二仄韻二平韻で、⑥③6③/❸❸③6③の詞形をとる。

羅襦繡袂香畫堂
細艸平沙蕃馬小屏
卷羅凭粧、思無

暮雨輕煙魂斷隔簾





 

羅襦繡袂香紅,畫堂中。

夜化粧に紅をさし、薄絹の上着の刺繍の袂に香しきのかおりをつけ、あのお方を待つ鳳凰の画かれた奥まった御殿の閨の中にいる。

香紅 もみの上着に薫きしめた香が香ること。

羅襦 杜甫.新婚別詩:「自嗟貧家女、久致羅襦裳。羅襦不復施、対君洗紅粧。(自ら嗟【さ】す貧家の女,久しく羅襦【らじゅ】裳を致す。羅襦復た施さず,君に対して紅粧【こうそう】を洗わん。)

新婚別 杜甫 三吏三別詩 <218>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1049 杜甫詩集700- 314

繡袂  袂に縋る願いを聞いてもらうまでは離すまいと、人のたもとをとらえる。転じて、相手の同情を引いて助けを求める。

 

細艸平沙蕃馬,小屏風。

いつも一緒に、同じ軍装をきて、好きな小草原の広がる砂地に戒の駿馬に乗って狩をしたもので、寝牀の置く小さな屏風にも馬の画の物を飾る。

蕃馬 戎の馬、小ぶりの足の速い遊牧民族の馬、騎馬兵士の勇壮さが好きだから飾っている。駿馬が好きで、おそらく女性自身も、男装して馬に乗るのであろう。だから屏風にもそうしたえがかれたもおを飾った。

 この時代の女性は、男装にあこがれ、馬の画を善く飾った。この馬を以て意中の男が最果ての砂漠の地に旅立って帰ってこないことを連想するというのは、短絡である。

 

卷羅幕,凭粧閣,思無窮。

薄絹の幃帳を巻きあげ、少し高い床の化粧の部屋の窓辺に寄りに気怠く眺める、あのお方のことをいくら思っても果てがない、でもそれしかすることがないのも事実だ。

粧閣 化粧の部屋。明かりをよくいれるために他の部屋より独立し、階床が高かった。物見もできるもの。

班婕妤 王維 (後宮の妃嬪を詠う)

怪來妝閣閉,朝下不相迎。

總向春園裏,花間笑語聲。

怪しむらくは妝閣【さうかく】の 閉づることを,朝より下りて  相ひ迎へず。

總て春園の裏に 向いて,花間 笑語の聲。

この三句でわかることは、西域のどこか、砂漠に出征したのでなくて、何時でも女のもとに来られることをあらわす句である。

 

暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳。

高唐の賦の「朝雲暮雨」様にいつも一緒だよと誓ってくれていたのに、妃嬪を思いやる気持ちは絶たれてしまった。待つだけが使命である妃嬪にとって、今や簾のかかる連子窓によって隔離されたようなものだ

暮雨軽煙 夕暮れの雨と簿霞は高唐の賦の「朝雲暮雨」の故事をいう。晩春に降る雨はここで必ず春の花は落花する。妃嬪の希望、期待を完全に断たれたことを意味する。

簾櫳 簾のかかる連子窓。1窓.2(動物を入れる)おり.寵愛を受けているころは、事あるごとに、連れ立って出かけた、寵愛を失っても、寵愛を受けるための準備と、ただ待つだけが使命であるから、動くことができないから、御殿のその場所から出られないことをいう。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊129《巻三32浣溪紗八首 其三》巻三3229-〈129〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5847

.薛昭蘊(改訂版)浣溪紗八首 其三  それでも、心動かされた出来事があったのは、忘れもしない去年の寒食の日の行楽での事、行列は、ふだんは使われない延秋門から外にでて、行楽先で、金の車止めて降りた時に見初めた人がいた。日は傾く様に時は流れ、「郡庭花」と言われた妃嬪も花が散るものであるし、おもう魂は消え失せてしまうものである。

 

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊129《巻三32浣溪紗八首 其三》巻三3229-129〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5847

 

 

各クラスの官僚が彼女たちの門下に出入し、へつらったり賄賂を送ったりして栄達を求めた。彼女たちが顔を出して頼み事をすると、役所は皇帝の詔勅のごとく見なして奔走し、不首尾に終わることをひたすら恐れた。一般の官僚で彼女たちに逆らおうとする人はいなかった。

貴族の女性は衣食住の心配も家事の苦労もなかったので、年中歌舞音曲とお化粧とで暇をつぶした。

彼女たちは豊かといえば豊か、地位が貴いといえば貴かったが、しかしその富貴と地位の大半は、男性の付属物たる身分によって獲得したものであった。彼女たちに富貴をもたらすことができたものは、逆にまた災難をもたらすこともできた。一家の男が一旦勢力を失うと、彼女たちも同様に付属物として巻き添えになった。そして一夜にして農婦、貧女にも及ばない官稗(国有の奴隷)となった。

これが彼女たちの最も恐れたことである。厳武は剣南節度使となって相当好き勝手に振舞った。彼が死ぬとその母はむしろほっとして、「これからは官碑にならないですむ」といった(『新唐書』厳挺之附厳武伝)。(杜甫が厳武について述べている中には、厳武は英雄としての表現しか見当たらない。参考「《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#1》 杜甫」)

「栄耀栄華は束の間のことで長続きはしない」といつも恐れおののいていたほかに、貴族の婦人たちがそれこそ絶えず感じていたのは閨の孤独、夫の薄情に対する恨み、それに容色の衰え易さに対する嘆きであった。唐詩の中で百首に上る「閏怨」詩の大部分が、彼女たちのこの種の心情をよく表現している。花間集以外でたとえば、

王昌齢「閏怨」

閨中少婦 不曽愁、春日凝粧上翠楼。

忽見陌頭 楊柳色、悔教夫婿覓封侯。

閨中の少婦かつて愁えず、春の日に粧いを凝らして翠楼を上る。

忽ち見る 陌頭の楊柳の色を、夫婿をして封侯を求めしむるを悔ゆる。

陳羽「古意」

妾年四十絲滿頭、郎年五十封公侯。

男兒全盛日忘舊、銀床羽帳空飃

妾の年四十にして絲の頭に滿ち、郎の年五十にして公侯に封ぜらる。

男兒は全盛なれば、日びに舊を忘れ、銀床、羽帳は、空しく飃飅たり。

などの詩。こうした心情は彼女たちがただ終日飽食し、何の心配もなく暮らしていたから生れたというだけではない。それよりも重要なのは、彼女たちは下層の労働する女性たちに比べて独立した経済的能力が無かったため、男性に対する依存心が強く、また家庭の中でも地位が低かったために、夫の自分に対する感情に頼らざるを得なかったことによる。しかし、貴族の男たちは往々にしてたくさんの妻妾を持ち、あちこちで女色を漁ったので、おのずから彼女たちは一日中夫の薄情に苦悩し、家庭の中での自分の行く末を案じ、従って自分の容色の衰えを嘆く以外に為すすべがなかった。

 

命婦制

高貴な身分の女性に授与する封号を定めたもの。皇帝の母や妃嬢等に対しては内命婦制が、公主など外朝の男に嫁した者に対しては外命婦制が定められていた。外命婦には国夫人、郡夫人、郡君、県君、郷君の五等級があった。

内命婦

宮中の全ての妃嬪

外命婦

公主、王妃、貴婦人

外命婦制

親王の母と妻を「妃」とし、文武の二品官と国公の母と妻を「国夫人」に封じ、三品官以上の官僚の母と妻を「郡夫人」に封じ、四品官の官僚の母と妻を「郡君」に封じ、五品官の官僚の母と妻を「県君」に封ず、と。以上の婦人はそれぞれ封号を与えられたが、母親の封号には別に「太」の字が付け加えられた。

 

 

 (旧解)

浣溪沙八首其三

其の三(官妓から妾妻に迎えられたものの寒食の時から見むきもされない女を詠う)

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

逢いたいのに逢えなかった娘はお白粉塗をぬった頬に徴かに残った涙跡があり、郡役所の官舎の庭に咲く花は散り夕闇となる。思いは遠くにいるあの人のこと、深き恨みを誰に話したらいいのだろうか。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

忘れもしない去年の寒食の日の行楽での事、延秋の門の外れに車止め、日は傾きてあの人は花が散るように魂消え失せてしまった時でもあるのだ。

 

唐朝 大明宮2000

(改訂版)-4.薛昭蘊129《巻三32浣溪紗八首 其三》
浣溪沙八首其三

(「郡庭花」として後宮に選ばれて迎えられたものの寵愛を受けることもなく、女の盛りを過ぎてしまう、一度だけ、寒食の日の行楽で心ときめかしたこともあったけど、みんな遠い夢の中と詠う)

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

妃嬪はお白粉塗をぬった頬に徴かに残った涙跡がある、郡役所の官舎の大きな庭に咲く花も散り夕闇となってしまう。妃嬪は「郡庭花」として後宮に選ばれては行ったが、しかし、寵愛もないまま花の盛りを過ぎようとしている。情も通うことなく遠く隔ったままで、この深き恨みを誰に話したらいいのだろうか。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

それでも、心動かされた出来事があったのは、忘れもしない去年の寒食の日の行楽での事、行列は、ふだんは使われない延秋門から外にでて、行楽先で、金の車止めて降りた時に見初めた人がいた。日は傾く様に時は流れ、「郡庭花」と言われた妃嬪も花が散るものであるし、おもう魂は消え失せてしまうものである。

(浣溪の沙 八首 其の三)

粉上 依稀【いき】として淚痕有り,郡庭の花 落ち 黃昏【こうこん】せんと欲す,遠情 深恨 誰とか論ぜん。

記【おぼ】え得ぬ 去年 寒食の日,延秋門の外 金輪を卓【と】む,日は斜めに 人は散りて 暗く消魂するなり。

 

唐 長安図 基本図00

(改訂版)-4.薛昭蘊129《巻三32浣溪紗八首 其三》 

『浣溪沙八首』 現代語訳と訳註

(本文) 薛昭蘊(改訂版)浣溪紗八首 其三

浣溪沙八首其三

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

  

(下し文) 薛昭蘊(改訂版)浣溪紗八首 其三

(浣溪の沙 八首 其の三)

粉上 依稀【いき】として淚痕有り,郡庭の花 落ち 黃昏【こうこん】せんと欲す,遠情 深恨 誰とか論ぜん。

記【おぼ】え得ぬ 去年 寒食の日,延秋門の外 金輪を卓【と】む,日は斜めに 人は散りて 暗く消魂するなり。

 

(現代語訳) 薛昭蘊(改訂版)浣溪紗八首 其三

(「郡庭花」として後宮に選ばれて迎えられたものの寵愛を受けることもなく、女の盛りを過ぎてしまう、一度だけ、寒食の日の行楽で心ときめかしたこともあったけど、みんな遠い夢の中と詠う)

妃嬪はお白粉塗をぬった頬に徴かに残った涙跡がある、郡役所の官舎の大きな庭に咲く花も散り夕闇となってしまう。妃嬪は「郡庭花」として後宮に選ばれては行ったが、しかし、寵愛もないまま花の盛りを過ぎようとしている。情も通うことなく遠く隔ったままで、この深き恨みを誰に話したらいいのだろうか。

それでも、心動かされた出来事があったのは、忘れもしない去年の寒食の日の行楽での事、行列は、ふだんは使われない延秋門から外にでて、行楽先で、金の車止めて降りた時に見初めた人がいた。日は傾く様に時は流れ、「郡庭花」と言われた妃嬪も花が散るものであるし、おもう魂は消え失せてしまうものである。

 

(訳注) (改訂版)-4.薛昭蘊129《巻三32浣溪紗八首 其三》

浣溪沙八首其三

(「郡庭花」として後宮に選ばれて迎えられたものの寵愛を受けることもなく、女の盛りを過ぎてしまう、一度だけ、寒食の日の行楽で心ときめかしたこともあったけど、みんな遠い夢の中と詠う)

この詩は郡令・節度使の娘が、選ばれて後宮に迎えられ、妃嬪となり、親孝行となるも、寵愛を受けることもなく、暇を持て余す。故郷の郡官舎の庭遊んだことを思いだす。しかし、どうしようもないことだが、去年の寒食の時、大勢の行楽行列の中の官僚人の男を見初めた。

その初恋の人を忘れる事は無いとおもっていたが、今年の寒食で見つけることはできなかった。妃嬪もしだいに年を重ねる。もう忘れる事しかないのである。

この詩の背景をまとめると郡令・節度使の娘が、選ばれて後宮に迎えられ、妃嬪となり、死の雰囲気から、寵愛を受ける事のない状態であった。.初めた男を思い慕う娘、②.後宮の奥院囲でただ寵愛を受ける準備をして生活するだけ、③.自分の意志を伝える手段はないし、④.そこまでの地位ではない。唐宋の性倫理は結構自由であったが、妃嬪という立場は最も高速性の高い者で、若しあやまちがあれば、本人、一族に至るまで死罪である。ただ、解放される場合、貴族、地方貴族、高級官僚には者のように与えられることはあった。

寒食の時、後宮から、クルマを連ねて、楽遊原、曲江、韋曲などに行楽に行く。

当時の娘、妃嬪、など、深窓の中に暮らし、外出する自由はなかった。外出が許されるのは、月十五日の元宵節や、寒食清明、あるいは寺社参りなど、特別な日に限られていた。しかも一人での外出など許されなかった。

本詞の女主人公は、何時:「去年」「寒食日」というから、今年の寒食の日との対比、去年見初めたけれど、今年はなかった。

何処で:「延秋門外」、この門の内外、一般人は近づくこともできない。つまりここに登場するのは、天子に関係した人物である。去年は延秋門から出て行列の中にいた人であるが、その行列の中には今年はいなかったのか、妃嬪そのものが、行楽に参加させてもらえなかったのか。

どうした時:「卓金輪」去年車を止めて乗り降りするときに見かけた、今年は見かけなかった、あるいは妃嬪はこの康楽に参加させてもらえなかった。

寒食の日に延秋門外に行楽に出かけた時の車も、その身分に相応しい立派なものであったことが金輪の語から窺える。妃嬪は、大勢の行列の中の人の男を見初めたが、もちろん男に二正業をかけることなどできるはずもない。やがて日も西に傾き、人々はみな帰り去ってしまった。

花先、花散る寒食の時節になると、特に強く男のことが思い起こされ、密かに涙を流さずにはいられなかったのである。

『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。

(改訂版)浣溪紗八首 其一

双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、7⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

紅蓼渡頭秋正雨、印沙鷗跡自成整鬟飄袖野風

不語含嚬深浦裏幾迴愁煞棹舡、鷰歸帆盡水茫茫。



双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

(改訂版)浣溪沙八首其二

鈿匣菱花錦帶,靜臨蘭檻卸頭,約鬟低珥等歸

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依,二年終日損芳



(改訂版)浣溪紗八首 其三

粉上依稀有淚、郡庭花落欲黃昏、遠情深恨與誰論。

記得去年寒食日、延秋門外卓金、日斜人散暗消魂。



 

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

妃嬪はお白粉塗をぬった頬に徴かに残った涙跡がある、郡役所の官舎の大きな庭に咲く花も散り夕闇となってしまう。妃嬪は「郡庭花」として後宮に選ばれては行ったが、しかし、寵愛もないまま花の盛りを過ぎようとしている。情も通うことなく遠くへだったまま、この深き恨みを誰に話したらいいのだろうか。

○粉上 白粉を塗った頬。

○依稀 かすかなさま。

○郡庭 郡役所の庭。ここでは郡の長官の官舎の庭を指す。郡は中国では県の上の行政単位。

○遠情 

 

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

それでも、心動かされた出来事があったのは、忘れもしない去年の寒食の日の行楽での事、行列は、ふだんは使われない延秋門から外にでて、行楽先で、金の車止めて降りた時に見初めた人がいた。日は傾く様に時は流れ、「郡庭花」と言われた妃嬪も花が散るものであるし、おもう魂は消え失せてしまうものである。

○寒食 冬至から数えて百五日目。・寒食:清明節の3日前夜。現在の暦で言うと、四月四日前後か。“掃墓”(先祖のお墓参りをして、お墓の掃除をする日)の日でもある。春の盛りから晩春にさしかかる頃。この日は火を焚くことを禁じ、あらかじめ調理しておいた冷えた料理を食べたので寒食と言った。

の「寒食天」:戦国の時、晋国は内乱が発生し、介之推は苦難を恐れなくてに重耳を追随して、困難の時、自分足の肉を切ってスープを作って重耳に飲まされたことがある。重耳が晋文公をした後、介之推は母と隠遁して山奥に行った。重耳は介之推の行ったことが分からない。重耳は行って、あちこちを探しても出せなかった。仕方がなくて彼は、そこで火を放して人を探しす。三日の火が続き、強火が消した後、介之推と母と互いに抱いていっしょに深山の中で焼き殺された。

介之推と母の焼き殺される時間をちょうど清明前の日であり、こちらの忠義の臣を記念するため、清明の時に人々はすべて介之を焼き殺す火を拒絶し、冷たい食品だけを食べて、だからこの日は「寒食節」を叫ぶ。

○延秋門 唐の禁苑の宮門の名。 長安 禁苑西門。 ・天寶 十四載冬115日, 安祿山 起兵叛亂。 次年六月長安陥落,玄宗 即由して 延秋門から長安を脱出し, 蜀に避難に赴く。

   杜甫 《哀王孫》詩:長安 城頭頭白烏, 夜飛 延秋門 上呼。”(長安城頭頭白の烏、夜 延秋 門上に飛んで呼ぶ。

哀王孫 杜甫140  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 140-#1

程大昌《雍錄》卷五:玄宗 自苑西門出, 為苑之 延秋門 為都城 直門 也。 既出, 即由便橋渡 咸陽 馬嵬 而西。”

宋敏求 《長安志》卷六:苑中宮亭凡二十四所, 西面二門, 南曰 延秋門 北曰 玄武門 。”

 

○卓金輪 立派な車を止める。卓は停める。

長安城皇城図

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊128《巻三31浣溪紗八首 其二》巻三3128-〈128〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5842

(改訂版).薛昭蘊 浣溪紗八首其二 (寵愛を失った妃嬪が寒食、清明節のころには行楽の約束をされて心待ちにしていたが、宮殿の自室に迎えることもなく、行楽に出かけるこうとないまま空しく春を過す。)其の二。額に飾る花鈿の飾物を宝飾箱から出し、菱花の鏡をだす、そして、錦の帯を帯びかけに出して垂れさせ用意する。寒食、清明の行楽に迎えにくる約束の数日は髪を頭頂で左右に分け、耳飾りを多く低くつけて毎日同じようにして待つ。それは、しずかに欄干に臨みおむかえし、頭に飾っているものを取り去って褥に入る時を楽しみにしているからなのだ。


 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊128《巻三31浣溪紗八首 其二》巻三3128-128〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5842

 

 

薛昭蘊:五代、後蜀の官司至侍郎。(生卒年未詳)、字、出身地ともに未詳。詞風は温庭第に近い。『花間集』には十九首の詞が収められている。『花間集』には、薛侍郎昭蘊と記されている。

醇紹撃(生没年未詳)花間集に載せられている詞人。花聞集では薛侍即とあり、侍郎の官についた人であることがわかるだけで、詳しい伝記はわからない。唐書の薛廷老伝によると、廷老の子に保遜があり、保遜の子に紹緯がある。乾寧中に礼部侍郎となった。性質は軽率であり、車に坐して夔州刺史に貶せられたという。ところでその経歴をさらにくわしく見ると、紹緯ほ乾寧3年(896)九月に中書舎人から礼部侍郎にたり、ついで戸部侍郎となり、光化2年(899)六月戸部侍郎から兵郡侍郎に選っている(唐僕尚丞郎表に依る)。これによって唐末に侍郎の官にあった人であることは明らかである。紹緯のことはまた北夢瑣言にも見えている。紹緯は才を侍み物に倣り、亦父(保遜)の風があった、朝省に入る毎に、笏を弄んで歩行し、旁若無人であった。好んで浣渓沙詞を唱したという。

 

 

<!--[if !supportLists]-->1.<!--[endif]-->女性の美の総論

唐代の人々が美しいと感じる女性は、どのような人であったか。玄宗は太子の妃を選ぶ時、はっきりと「背が高くて色の白い」女子を選ぶようにと言ったことがある(『唐語林』巻一)。寧王李憲(容宗の長子)は、隣に住む餅売りの妻を見初めたが、それは彼女が「肌のきめが細かくて白く、目が輝いて美しい」からであった(『本草詩』情感)。これらは、およそ基本的に唐代の人々の女性についての審美観を反映しており、また中国古代の女性美についての一般的な標準とも一致している。つまり、「長、白、美」の三つであった。長とは身長が高いこと、白とは皮膚の色が白いこと、美とは容貌が美しいことである。中国古代の美人の基準は主にこうした点にあり、唐代の人々も例外ではなかった。その他に、「桜桃 焚素(白居易家の歌妓)の口、楊柳 小蛮(同じく歌妓)の腰」(白居易「楊柳枝詞」)というように、唐代の詩詞や著作の中に反復して出てくる、小さい口、細い腰、白い手、細い足などは、秀麗で繊細な美人の特徴であり、だいたい各時代のそれと一致している。

しかし、人々は唐代の女性美には他の時代にはない特色があったことに注目している。唐代の男性は、背が高く色が白く、細くて優雅な女性を好んだが、しかし決して林黛玉(『紅楼夢』の主人公)のような病弱なものは喜ばなかった。彼らは健康で雄々しく、はては豊満でぽっちゃりした美人を大いに尊んだ(これはただこの時代の好みというだけであって、決してあらゆる人々がいつもこうだったわけではない)。この点に関しては、証拠はたいへん多く、すでに人々の周知のことである。

 

《体型》

唐代の絵画、彫像に出てくる女性の姿を見ると、彼女たちはみな確かに顔は満月のようにふくよかであり、からだは豊満でまるまるとしている。そして、あの軍服を着て馬に乗って弓を引く女性は、特に堂々とした勇敢な姿を示しており、痩せて弱々しい姿はほとんど見られない。これはまさに唐代の人々の審美観と現実の生活そのものの反映であった。唐代第一の美人楊玉環(楊貴妃)は豊満型の美人であり、漢代の痩身型の美人趨飛燕と並んで、「燕は痩せ環は肥え」といわれ、美人の二つの典型と称された。

このような美意識は、唐代の社会生活と社会の気風から生れた。というのは、唐代の物質生活は比較的豊かであったから、身体がふっくらとした女性が多くいたのである。また社会の気風は開放的であり、北朝の尚武の遺風を受け継ぎ、女性は家から出て活動することもわりに多く、また常に馬に乗って矢を射る活動にも加わっていた。それで、往々女性は健康的で楓爽たる姿をしていたのである。こうした現実が人々の審美観に影響し、そしてこの審美観と時代の好みとが、逆に女性た

ちにこの種の美しさを極力追求させたのである。少なくとも「楚王、細き腰を好む」ために、食を減らすといったことはなかった。これによって、女性は健康で雄々しくかつ豊満であるといった傾向が助長されたのである。

* 『筍子』等に、昔、楚の霊王は腰の細い美人を好んだ。それで宮中の女性は食を減らし餓死したという故事がある。

審美観と密接な関係がある服装と化粧は、女性の生活の重要な一部分であった。この方面の論文や著書はたいへん多いが、ここでは、すでに発表された著作のうち、主として孫機先生の「唐代婦女の服装と化粧」(『文物』一九八四年第四期)と題する一文によって簡単に紹介し、その後で、唐代女性の服装と化粧について、少しばかり私の意見を述べようと思う。

 

《服装と化粧》

 ―服装

唐代の女性の服装は、貴賎上下の区別なく、だいたいにおいで杉(一重の上着)、裾(スカート)、岐(肩かけ)の三つからなっていた。上着の衫のすそは腰のあたりで裙でとめる。裙はたいていだぶだぶとして大きく、長くて地面をひきずるほどであり、普通六幅(一幅は二尺二寸)の布で作られた。肩に布をかけるが、これを「帔服」といい、腰のあたりまでゆったりと垂れている。また、常に衫の上に「半臂」(袖の短い上着)をはおったが、これはかなり質のよい布で作り、主に装飾のためのものであった。足には靴か草履をはいたが、これらは綿布、麻、錦帛、蒲などで作られていた。

 

―化粧

唐代の女性は、化粧にたいへん気をつかった。普通は、顔、胸、手、唇などに白粉や頬紅をつけ、また肌を白くし、あるいは艶やかにしたが、それ以外に眉を画くことをことのほか重視した。眉毛の画き方はたいへん多く、玄宗は画工に「十眉図」を描かせたことがあり、それらには横雲とか斜月などという美しい名称がつけられていた(『粧楼記』)。ある人は、唐代の女性は眉毛の装飾に凝り、それはいまだかつてなかった水準に達したと述べている。その他、彼女たちは額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」「花蕊」「蕊黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。

 

 ―髪型

髪型はさらに豊富多彩で、段成式の著作『髻鬟品』 には、多種多様の髪型が列挙されている。たとえば、半翻髻【はんほんけい】、反綰髻【はんわんけい】、楽游髻、双環望仙髻、回鶻髻、愁来髻、帰順髻、倭堕髻など。髻の上に、色々な宝石や花飾りの簪を挿したり、歩揺(歩く度に美しく揺れ光る髪飾り)を着けたり、櫛を挿したりして飾った。それらは、貧富や貴賎によって定まっていた。

衣服、装飾などはきわめて墳末な物ではあるが、かえって一滴の水と同じょうに、往々にして社会の多種多様の情況をよく映し出すことができた。唐代の女性の服飾もその例に漏れない。そこに浮かび上がる特色もまた、まさに唐代という社会の諸相を映し出す映像そのものであった。

 

 

 

 (改訂版)《巻三27浣溪紗八首 其一》

浣溪沙八首 其一

(春の清明節のころ、秋の長雨のように降り止まないので、行楽が中止になった。その時の様子を詠ったものである。)

紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。

春の行楽、舟遊びを楽しみいるというのに、渡し場のあたりの紅蓼にもあきのながあめのように雨が降ってくる、砂浜もぬれてカモメの足跡が列をなしてしっかりと残るほどである、舟遊び、野砂浜で宴を催すはずであった女たちがあめのやむのをまっている。髷の髻から髪が垂れ、袖が揺れ、野の風が香りを運んでくる。

不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

行楽が中止されると誰もが語ることもないし、苦々しさを含んだ顔つきで、船津の裏の奥の方に消えていく、憂い顔の船頭は幾度も廻って舟歌を歌ってかえって行く。ツバメも、女妓たちも帰ってしまい、小雨そぼ降る水面が茫茫として広がっているだけなのだ。

(浣溪沙八首 其の一)

紅蓼【こうじん】渡頭に秋の正ぞ雨なる,鷗跡【おうせき】沙に印して 自ら行を成し,整鬟【せいかん】飄袖【ひょうしゅう】野風 香る。

語らず 嚬【しかめ】るを含んで浦の裏に深くする,幾びか迴って 棹舡郎【とうこうろう】を愁煞【しゅうさつ】せんとし,鷰 歸って 帆は水を茫茫とし盡す。

(旧解)

浣溪沙八首其二

其の二(湘水の港町の妓女が、旅から戻ってくる男を待つ、そして次の年も同じように待つ、全く音信もなくなって空しく春過す。)

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

顔面の上に飾物や、菱花の鏡を用意して、宝飾箱があり、横には西の帯が垂れたままにある。この静けさは、蘭のかおる女の閨に広がり、今、頭飾りを取り去ろうとしている髪の毛の頭頂で左右に分け,それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた結い方を整えようとしているのは、旅から戻ってくる約束の日が来たからなのだ。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

春も盛んになり野山に草木が繁茂して、ここ湘水には緑がいっぱいに広がっている。夢をしっかり見るころに、ひたひたと水時計の音がむなしく響いてくる。もう二回目の春は終わろうとしている春の花が咲きみだれて、やがてその香はなくなって來るのだ。

 

 

(改訂版)《巻三31浣溪紗八首 其二》

浣溪沙八首其二

(寵愛を失った妃嬪が寒食、清明節のころには行楽の約束をされて心待ちにしていたが、宮殿の自室に迎えることもなく、行楽に出かけるこうとないまま空しく春を過す。)其の二

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

額に飾る花鈿の飾物を宝飾箱から出し、菱花の鏡をだす、そして、錦の帯を帯びかけに出して垂れさせ用意する。寒食、清明の行楽に迎えにくる約束の数日は髪を頭頂で左右に分け、耳飾りを多く低くつけて毎日同じようにして待つ。それは、しずかに欄干に臨みおむかえし、頭に飾っているものを取り去って褥に入る時を楽しみにしているからなのだ。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

この季節になると野山に草木が繁茂して、故郷の湘水の岸辺の砂浜に、色とりどりの幔幕が広がっているだろうと、行楽の夢をしっかり見るころに、ひたひたと水時計の音がむなしく響いて現実に戻される。もう二回目の春は終わろうとしていいて春の花が咲きみだれて、やがてその香はなくなって、妃嬪の女としての盛りが過ぎてしまうようで愁いが深くなる。

 

 

 

(改訂版)《巻三31浣溪紗八首 其二》

『浣溪沙八首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙八首其二

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

 

(下し文)

(浣溪の沙 八首 其の二)

鈿匣【でんこう】菱花【りょうか】錦帶垂れ,靜かに臨む蘭の檻 卸頭【しゃとう】の時,約鬟【やくかん】低珥【ていじ】歸期に等【なお】す。

茂茂として艸青 湘渚【しょうちょ】闊がる,夢餘り 漏は依依とするも空しく有り,二た年 日終り 芳菲も損う。

 

(現代語訳)

(寵愛を失った妃嬪が寒食、清明節のころには行楽の約束をされて心待ちにしていたが、宮殿の自室に迎えることもなく、行楽に出かけるこうとないまま空しく春を過す。)其の二

額に飾る花鈿の飾物を宝飾箱から出し、菱花の鏡をだす、そして、錦の帯を帯びかけに出して垂れさせ用意する。寒食、清明の行楽に迎えにくる約束の数日は髪を頭頂で左右に分け、耳飾りを多く低くつけて毎日同じようにして待つ。それは、しずかに欄干に臨みおむかえし、頭に飾っているものを取り去って褥に入る時を楽しみにしているからなのだ。

この季節になると野山に草木が繁茂して、故郷の湘水の岸辺の砂浜に、色とりどりの幔幕が広がっているだろうと、行楽の夢をしっかり見るころに、ひたひたと水時計の音がむなしく響いて現実に戻される。もう二回目の春は終わろうとしていいて春の花が咲きみだれて、やがてその香はなくなって、妃嬪の女としての盛りが過ぎてしまうようで愁いが深くなる。

 

(訳注) (改訂版)《巻三31浣溪紗八首 其二》

浣溪沙八首其二

(寵愛を失った妃嬪が寒食、清明節のころには行楽の約束をされて心待ちにしていたが、宮殿の自室に迎えることもなく、行楽に出かけるこうとないまま空しく春を過す。)其の二

春まだ寒い時期、染め付けた布地を水にさらした後、河原に干す。春になると谷間の美しい光景となる。「浣溪沙」は、寒食、清明節、春の河原に、色とりどりの万幕を張って行楽を楽しむ様子が布地を晒し、乾かす光景と似ているために、春の行楽の恋模様を詠うものである。多くの階層の歌があるが、妃嬪・宮人・妓優のものがほとんどである。

『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋荘の浣渓抄の解説参照。

 浣溪沙八首其二

鈿匣菱花錦帶,靜臨蘭檻卸頭,約鬟低珥等歸

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依,二年終日損芳



 

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

額に飾る花鈿の飾物を宝飾箱から出し、菱花の鏡をだす、そして、錦の帯を帯びかけに出して垂れさせ用意する。寒食、清明の行楽に迎えにくる約束の数日は髪を頭頂で左右に分け、耳飾りを多く低くつけて毎日同じようにして待つ。それは、しずかに欄干に臨みおむかえし、頭に飾っているものを取り去って褥に入る時を楽しみにしているからなのだ。

・鈿匣 ・鈿:古代婦女の顔面の上に飾物をつけること。匣:はこ。

・菱花 ヒシの花。《裏面に多くヒシの花を鋳るところから》金属製の鏡。菱花鏡。

・蘭檻 蘭のかおる女の閨。

・卸頭 女性の頭に飾っているものを取り去ること。通常は逢瀬で床に入る際に飾り物をとるという意味だが、この詩は帰って来る相手のために飾ったものを、約束を破られたので飾を執ることをいう。卸下頭上的裝飾。唐·韓偓·閨情詩:「輕風滴礫動簾鉤,宿酒猶酣懶卸頭。」

・鬟 鬟:わげ。頭頂で左右に分け,それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた結い方。びずら。びんずら。髻【もとどり】:《「本取り」の意》髪を頭の上に集めて束ねた所。また、その髪。たぶさ。

・珥 1.耳の飾り珠。丸玉。2. 剣の白玉飾りのある柄頭。《楚辭·九歌、東皇太一》撫長兮玉珥,璆鏘鳴兮琳琅。《註》珥,音餌。 又同咡。3.日傘。日傍の雲気。日旁氣也。《前漢·天文志》抱珥𧈫蜺。蜺とは、耳飾りという意味の漢字である。

・等 等しい。整える。階級。階段。順位をあらわす。はかる。待つ。篇海に「等,侯待也。」とある。ここでは帰る約束の寒食清明節のころに毎日同じように待っているというほどの意。

・歸期 帰って來るという約束の日のこと。

 

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

この季節になると野山に草木が繁茂して、故郷の湘水の岸辺の砂浜に、色とりどりの幔幕が広がっているだろうと、行楽の夢をしっかり見るころに、ひたひたと水時計の音がむなしく響いて現実に戻される。もう二回目の春は終わろうとしていいて春の花が咲きみだれて、やがてその香はなくなって、妃嬪の女としての盛りが過ぎてしまうようで愁いが深くなる。

・茂茂 1茂る,繁茂する.≡懋.⇒繁茂.用例根深叶茂=根は深く葉が茂っている.2豊富ですばらしい.

湘渚【しょうちょ】秋江 靜まり,蕉花 露に泣き 紅に愁う。  湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、水は西岸の支流である。

『臨江仙 一首』

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

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(改訂版)韋荘 酒泉子一首(祭礼接客、宴会、寝所の世話を司る役割の妃嬪が寵愛を受けていたが次の年の春が来ると寵愛を失っていた、それでも寵愛を受ける気持ちでいないといけない自由な考えはできないと詠う)


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後宮での酒泉子

后妃たちの生活は優閑かつ安逸なもので、終日飽食し何もしないで遊びくらした。もちろん、時には彼女たちも形ばかりの仕事をしなければならなかった。たとえば恒例となっている皇后の養蚕の儀式六宮(皇后の宮殿)での繭を献ずる儀式を主催し参加すること〔-これは天下の婦女に率先して養蚕事業の範を示すことを意味していた〕。玄宗の時代、帝は彼女たちに自ら養蚕をするよう命じ、「女が専門にすべき仕事を知らしめようとした」 ことがあった(『資治通鑑』巻二一三、玄宗開元十五年)。しかし、この仕事も当然ながら身分の賎しい宮女たちに押し付けられたはずであり、本当に彼女たちを働かせることにはならなかったに相違ない。この他にも、また祭祀、帝陵参拝、宴会等の儀式にも参加しなければならなかった。

 

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。

妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、

六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、

美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、

才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。

 

しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。

形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-45韋荘123《巻3-23 更漏子一首》三巻23-〈123〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5817

(改訂版)韋荘 更漏子一首 (寵愛を失った妃嬪が夜の時間経過の気にする:秋の夜長に時を告げる、女の侘しさを詠う。)献上するために錦を織りあげる作業をしていたら、鐘鼓の響きが寒々ときこえてくる、気が付けば、樓閣の一角で機織りの場所だけの燈だけになってあたりは暗くなっている、月は明かるく庭を照らし、擣衣の砧の作業も済んだ、銅張りの井戸端を照らしている。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-45韋荘123《巻3-23 更漏子一首》三巻23-123〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5817

 

 

白居易に「繚綾」(呉越で作られた花柄模様の最高級の錦)「念女工之勞」と題する詩がある。

綾繚綾何所似?不似羅綃與紈綺。

應似天台山上明月前,四十五尺瀑布泉。

中有文章又奇,地鋪白煙花簇雪。

織者何人衣者誰?越溪寒女漢宮

去年中使宣口敕,天上取樣人間織。

織為雲外秋雁行,染作江南春水色。

廣裁衫袖長製裙,金鬥熨波刀剪紋。

異彩奇文相隱映,轉側看花花不定。

昭陽舞人恩正深,春衣一對千金。

汗沾粉汙不再著,曳土踏泥無惜心。

繚綾織成費功績,莫比尋常繒與帛。

絲細繰多女手疼,紮紮千聲不盈尺。

昭陽殿裏歌舞人,若見織時應也惜。

 

この繚綾は何という素晴らしい、天然の技をも凌ぐ、精美で色鮮やかな織物であったことか。

それは、われわれが今でも見ることのできるひじょうに美しい唐代の多くの織物と同じょうに、まさにこの時代の無名の「越渓の寒女」の手から生れた。すばらしい技能をもっていた女職人たちは、心血を注ぎ技術の限りを尽して、紡織1芸史と技術史の上に重要な一頁を飾ったのである。しかし、その名前事績も人に知られることなく、われわれはただこれらの作品の中から、当代の女職人たちの聡明な才知と高度な技芸を味わう以外にない。

紡織、染色、刺繍などの工芸技術の方面で、新しい創造をし、絶妙な技術を発揮した女性はいたが、その内の何人かが偶然の原因でわずかばかりの記録を残したにすぎなかった。玄宗の柳婕妤の妹は生れつき手が器用で頭もよく、鏤板(板木)に様々な模様を彫って布の上に捺染する新しい染織の技法を発明した。技術は高く、染めた織物はたいへん精巧で美しかった。彼女はかつて自分の作品を王皇后に献上したことがあったが、玄宗はそれを見てたいそう喜び、宮中でそれをまねて作るよう命じた。最初、この技術を宮廷外に伝えることは禁止されたが、後しだいに民間にも伝わり、一般庶民もこの柳氏の染織法で染めた織物から作った衣服を着るようになった(『唐語林』巻四)。

永貞年間(八〇五年)、南海(広東省沿海一帯)から宮中に一人の「奇女子」が献上されてきた。名を盧眉娘といい、年はわずか十四歳であったが、その巧みな技芸は他に並ぶものがなかった。彼女は長さ一尺の絹布に『法華経』七巻すべてを刺繍することができた。その文字は粟粒のように小さいが、点も画もはっきりしており、髪の毛のように細い文字であった。さらにまた、彼女は傘のような蓋いである「飛仙蓋」も作った。これは一束の絹糸を三段に分け五色に染め、五重の傘の蓋を作るのである。その上面には、伝説上の仙人の島である十洲三島、天人仙女、御殿、麒麟、鳳凰などの模様が描かれていたが、さらに千人に上る子供の像も刺繍されていた。この蓋は幅が一丈もあったが、量ってみると重さは三両にも満たなかったという(『太平広記』巻六六)。このような高度で精妙な技能をもっていたのだから、まさに「奇女」ということができよう。

もう一人、馬雷五という技が巧みな少女がいた。彼女は幼い時から聡明で手先もたいへん器用で、およそ彼女が織り刺繍したものは、誰からもこの世の物と息われないと常に絶讃された。彼女の叔母は柳宗元の姫妾であった。馬雷五がわずか十五歳で病死した時、柳宗元は特にこの手芸に長じた薄命の少女のために墓誌銘を書いた(『全唐文』巻五八九、柳宗元「馬室女雷五葬志」)。彼女は、唐代に

無数にいた手芸に巧みな女性の一人に過ぎなかったが、大文学者のおかげで幸運にも後世にその名が伝わったのである。

中国古来の「男耕女織」という生産方式は、女性を制約し、彼女たちがその他の生産活動、科学技術の方面で知恵と才能を発揮するのを不可能にした。

高邁かつ深遠な学術の世界は、古来女性が足を踏み入れ難いところであった。それで唐代においては、哲学や学術の世界で書物を読みあさって造詣の深かった女性は一人か二人しか生れなかった。

一人はすでに文学の方面で言及した才女牛応貞である。彼女は博識多才で、十三歳でもう儒教経典、諸子百家、歴史書など数百巻、仏教経典二百巻を朗読できた。彼女は、「学問は、六芸(詩・書・礼・楽・易・春秋の六つの経書)全般にわたり、文章は諸子百家を兼ね、道家の秘言を頣い、釈部(仏教)の幽旨を采る」といわれ、儒仏道の三教に通じないところは無かった。彼女はまた夢の中で古代の哲学者の王弼、鄭玄、王衍らと名理(名と本質)を論じ、文章について語り合った。彼女の有名な著作「魍魎 影に問う賦」は、文学作品であると同時に哲学書でもあった。この作品は『荘子』の魍魎(霊魂)が影を責める話に基づいて、霊魂と影の問答に仮託して深遠な哲理を追究したものであり、女性が哲学を論じた、じつに稀な著作である(宋若昭『牛応貞伝』)。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-39韋荘117《巻3-17 訴衷情二首 其一》三巻17-〈117〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5787

改訂版 韋莊 訴衷情二首其一 女盛りを過ぎた女の孤独な心情を詠う二首の其の一:踊りと美しさにより妃嬪となったが、毎年新しい女性が後宮に選ばれて後宮に入って来次第に忘れ去られる寵愛を失った踊りの得意であった妃賓を詠う。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-39韋荘117《巻3-17 訴衷情二首 其一》三巻17-117〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5787

 

 

 

教坊の曲 舞踊

紅桃

『明皇雑録』『楊太真外伝』に見える。楊貴妃の侍女。楊貴妃に命じられて、紅粟玉の腕輪を謝阿蛮に渡した。後に、玄宗が安史の乱の勃発後、長安に帰還した時、楊貴妃の侍女の一人として会合する。そこで、楊貴妃の作曲した「涼州」を歌い、ともに涙にくれたが、玄宗によって、「涼州」は広められた。

謝阿蛮

『明皇雑録』『楊太真外伝』に見える。新豊出身の妓女。「凌波曲」という舞を得意としていた。その舞踊の技術により、玄宗と楊貴妃から目をかけられ、腕輪を与えられた。後に、玄宗が安史の乱の勃発後、長安に帰還した時、舞踊を披露した後で、その腕輪を玄宗に見せたため、玄宗は涙を落としたと伝えられる。

張雲容

全唐詩の楊貴妃の詩「阿那曲」で詠われる。楊貴妃の侍女。非常に寵愛を受け、華清宮で楊貴妃に命じられ、一人で霓裳羽衣の曲を舞い、金の腕輪を贈られたと伝えられる。また、『伝奇』にも説話が残っている。内容は以下の通りである。張雲容は生前に、高名な道士であった申天師に仙人になる薬を乞い、もらい受け、楊貴妃に頼んで、空気孔を開けた棺桶にいれてもらった。その百年後に生き返り、薛昭という男を夫にすることにより、地仙になったという。

王大娘

『明皇雑録』『楊太真外伝』に見える。教坊に所属していた妓女。玄宗と楊貴妃の前で雑伎として、頭の上に、頂上に木で山を形作ったものをつけた百尺ある竿を立て、幼児にその中を出入りさせ、歌舞を披露する芸を見せた。その場にいた劉晏がこれを詩にして詠い、褒美をもらっている。

許和子(永新)

『楽府雑録』『開元天宝遺事』に見える。吉州永新県の楽家の生まれの女性で本名を許和子と言った。開元の末年ごろに後宮に入り、教坊の宜春院に属した。その本籍によって、永新と呼ばれた。美貌と聡い性質を持ち、歌に長じ、作曲を行い、韓娥李延年の千年来の再来と称せられた。玄宗から寵愛を受け、演奏中もその歌声は枯れることがなく、玄宗から「その歌声は千金の価値がある」と評せられる。玄宗が勤政楼から顔を出した時、群衆が騒ぎだしたので、高力士の推薦で永新に歌わせたところ、皆、静まりかえったという説話が伝わっている。
安史の乱の時に、後宮のものもバラバラとなり、一士人の得るところとなった。宮中で金吾将軍であった韋青もまた、歌を善くしていたが、彼が広陵の地に乱を避け、月夜に河の上の欄干によりかかっていたところ、船の中からする歌声を聞き、永新の歌と気づいた韋青が船に入っていき、永新と再会し、涙を流しあったという説話が残っている。その士人が死去した後、母親と長安に戻り、民間の中で死去する。最期に母親に、「お母さんの金の成る木は倒れました」と語ったと伝えられる。清代の戯曲『長生殿』にも、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

念奴

『開元天宝遺事』に見える。容貌に優れ、歌唱に長け、官妓の中でも、玄宗の寵愛を得ていた。玄宗の近くを離れたことがなく、いつも周りの人々を見つめていて、玄宗に「この女は妖麗で、眼で人を魅了する」と評された。その歌声は、あらゆる楽器の音よりもよく響き渡ったと伝えられる。唐代詩人の元稹の「連昌宮詞」に、玄宗時代の盛時をあらわす表現として、玄宗に命じられた高力士が、彼女を呼び、その歌声を披露する場面がある。清代の戯曲『長生殿』にも、永新とともに、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

 

 

訴衷情二首 其一

燭燼香殘簾半卷,夢初驚。

花欲謝,深夜,月朧明。

何處按歌聲?輕輕,舞衣塵暗生,負春情。

 

訴衷情二首 其二

碧沼紅芳煙雨靜,倚蘭橈。

垂玉佩,交帶,嫋纖腰。

鴛夢隔星橋,迢迢,越羅香暗銷,墜花翹。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-37韋荘115《巻3-15 思帝郷二首 其一》三巻15-〈115〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5777

改訂版  韋荘 巻3-15 思帝郷二首 其一 帝都の女の郷で思うこと その一:請われて後宮に入り、人間族世界から殿上人となったのに、今は寵愛を失って孤独で暇と戦っている『二人だけの愛の言葉』を思い出せと詠う。

 

 
 2015年3月31日の紀頌之5つのBlog 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-37韋荘115《巻3-15 思帝郷二首 其一》三巻15-115〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5777

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『思帝』四首

 

 

溫助教庭筠

巻二06

(改訂版) 思帝一首 

花花、満枝紅似霞。

 

 

韋相莊

巻三15

思帝二首 其一 

雲髻墜,鳳釵垂

 

 

巻三16

思帝鄕二首 其二 

春日遊,杏花吹滿頭

 

 

孫少監光憲

巻八

思帝一首

如何?遣情情更多。

 

 

 

 

 

 

 

 

教坊妓・長安の官妓

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

 

彼女たちの中には、また別に朝臣や外国からの使節が献上した女性も、一部分であるが含まれていた。たとえば、敬宗の時代、浙東(浙江省一帯)から朝廷に飛燕、軽風という二人の舞妓が献上されている。また文宗の時代、回紇に降嫁した太和公主が馬にまたがって弓をひく七人の娘を献上したこともあった(『杜陽雜編』巻中、『旧唐書』文宗紀下)。それ以外に、少数ではあるが、元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。先人の考証によると、玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になったという(任半塘『教坊記箋訂』中華書局、一九六二年)。

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「霓裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

○梨園、宜春院 玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

○霓裳羽衣 【げいしょううい】開元、天宝時代に盛んに行われた大人数の舞い踊りの楽曲。

 

宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたし、一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたとはいえ、彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になった。玄宗の弟の申王は、冬になると宮妓たちに周囲をすき間なく囲ませて暖をとり、これを「妓圃」とよんだ。別の弟の岐王は寒い時妓女の懐に手を入れて暖をとった(『開元天宝達事』巻上)。こうした事例からみると、宮妓たちは芸人ではあったが、結局のところ娼妓との区別は、彼女たちが皇室専用の慰み物であるというにすぎない。

 

 

 

内職、冊封

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

 

后妃たちの生活は優閑かつ安逸なもので、終日飽食し何もしないで遊びくらした。もちろん、時には彼女たちも形ばかりの仕事をしなければならなかった。たとえば恒例となっている皇后の養蚕の儀式や六宮(皇后の宮殿)での繭を献ずる儀式を主催し参加すること〔-これは天下の婦女に率先して養蚕事業の範を示すことを意味していた〕。玄宗の時代、帝は彼女たちに自ら養蚕をするよう命じ、「女が専門にすべき仕事を知らしめようとした」 ことがあった(『資治通鑑』巻二一三、玄宗開元十五年)。しかし、この仕事も当然ながら身分の賎しい宮女たちに押し付けられたはずであり、本当に彼女たちを働かせることにはならなかったに相違ない。この他にも、また祭祀、帝陵参拝、宴会等の儀式にも参加しなければならなかった。

 

形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。彼女らの運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたのであり、それを失えば、いつまでその場、立場いられるかというのは難しいことだった。

 

彼女たちは生前は孤独に苦しんだが、死後はより一層寂しく惨めであった。後宮で一生を終えない人もいたが、その運命は堀川の流れに漂う紅葉よりもさらにあてどのないものであった。天子は気ままに宮人を贈物とし、外洋(臣従してくる異民族)や功臣に褒美として与えたので、彼女たちの結末がどうなるのか、全く運命の流れに身を委ねるはかなかった。老いて天寿を全うできたなら、彼女たちにとってはやはり幸せなことだった。後宮にはいたるところ危険が潜んでおり、宮人たちは常に政治闘争や宮廷の政変に巻きこまれ、身分が下賎であったから、しばしば理由もなく刀刃の露と消えた。

 

唐末でも相変らず「六宮の貴・職の女性は一万人を減らない」という状況であった。その理由は、もともと解放された女性が多くない上に、絶えず新人が選抜されて入って来たので、根本的な問題の解決にはならなかったからである。そしてまた、解放された宮人の大多数は年を取り病弱であって役に立たず、彼女たちの青春はすでに深宮の中に葬り去られていたので、後宮を出でも寄る辺なく、晩年の境遇はじつに哀れで寂しいものであった。これと同時に青春の輝きの絶頂にある乙女たちが次々と絶えることなく後宮に送り込まれ、その紅顔が衰え、青春が空しく費やされるのを待つのであった。だからこの種の仁政の意義などというものは、本当に取るに足りないものだったのである。

 

 

 

(旧解)

思帝二首 其一

(帝都の女の郷で思うこと)

雲髻墜,鳳釵垂,

雲型の髷の髻がくずれ落ち掛けている。鳳凰のかんざしはそのまま垂れている。

髻墜釵垂無力,枕函欹。

もとどりが落ち、カンザシがかろうじてついているということはもう何もする気が無く無気力な状態なのだ、枕の箱も壊れかけている。

翡翠屏深月落,漏依依。

翡翠の屏風には部屋の奥深い所にあり、月が落ちかかってそこにまで影を指していて、五更の時をもう間もなく告げるであろう。

盡人間天上,兩心知。

女も年増になって來ると愚痴も言い尽くしてしまうし、下世話な世でおこる女の儚さと高貴なところでの女の一生は全く異なった二つの心情があるということがいまさらにわかるというものだ。

 

(思帝【していきょう】二首 其の一)

雲髻 墜ち,鳳釵 垂る,

髻 墜ち 釵 垂れて力無く,枕函 欹【かたむ】く。

翡翠【ひすい】の屏は深く月落つるも,漏は依依たり。

【い】い盡くす 人間【じんかん】と天上を,兩つの心 知る。

 

改訂版)-37韋荘115《巻3-15 思帝郷二首 其一》 

思帝二首 其一

(帝都の女の郷で思うこと その一:請われて後宮に入り、人間族世界から殿上人となったのに、今は寵愛を失って孤独で暇と戦っている『二人だけの愛の言葉』を思い出せと詠う

雲髻墜,鳳釵垂,

寵愛を失って随分経つ、雲型の髷の髻がくずれ落ち掛けている。鳳凰のかんざしはそのまま垂れているが、なおす気になれない。

髻墜釵垂無力,枕函欹。

髻が落ち、カンザシがかろうじてついているけれど、何もする気がおこらない、枕の箱からだして、新しい簪に取り換えて気分を変えて、身支度を整えるのもやめた。

翡翠屏深月落,漏依依。

翡翠の屏風を部屋の奥深い所においているが、月影の動きをずっと見ていたのだが、もう西に落ちかかり、奥まで影を指していて、五更の時をもう間もなく告げるころになった。

盡人間天上,兩心知。

あれほどまでに、請われて後宮に入り、人間族世界から殿上人となったのに、今は寵愛を失って孤独で暇と戦っている、それでも、「二人だけしか知らないその言葉」を見て元気を出そう。

(思帝【していきょう】二首 其の一)

雲髻 墜ち,鳳釵 垂る,

髻 墜ち 釵 垂れて力無く,枕函 欹【かたむ】く。

翡翠【ひすい】の屏は深く月落つるも,漏は依依たり。

【い】い盡くす 人間【じんかん】と天上を,「兩心のみ知る」。

 

長安城皇城図
紅梅002
 

改訂版)-37韋荘115《巻3-15 思帝郷二首 其一》 

『思帝』二首 其一 現代語訳と訳註

(本文)

思帝二首 其一

雲髻墜,鳳釵垂,

髻墜釵垂無力,枕函欹。

翡翠屏深月落,漏依依。

盡人間天上,兩心知。

 

(下し文)

(思帝【していきょう】二首 其の一)

雲髻 墜ち,鳳釵 垂る,

髻 墜ち 釵 垂れて力無く,枕函 欹【かたむ】く。

翡翠【ひすい】の屏は深く月落つるも,漏は依依たり。

【い】い盡くす 人間【じんかん】と天上を,「兩心のみ知る」。

 

(現代語訳)

(帝都の女の郷で思うこと その一:請われて後宮に入り、人間族世界から殿上人となったのに、今は寵愛を失って孤独で暇と戦っている『二人だけの愛の言葉』を思い出せと詠う

寵愛を失って随分経つ、雲型の髷の髻がくずれ落ち掛けている。鳳凰のかんざしはそのまま垂れているが、なおす気になれない。

髻が落ち、カンザシがかろうじてついているけれど、何もする気がおこらない、枕の箱からだして、新しい簪に取り換えて気分を変えて、身支度を整えるのもやめた。

翡翠の屏風を部屋の奥深い所においているが、月影の動きをずっと見ていたのだが、もう西に落ちかかり、奥まで影を指していて、五更の時をもう間もなく告げるころになった。

あれほどまでに、請われて後宮に入り、人間族世界から殿上人となったのに、今は寵愛を失って孤独で暇と戦っている、それでも、「二人だけしか知らないその言葉」を見て元気を出そう。

 

 

(訳注) 改訂版)-37韋荘115《巻3-15 思帝郷二首 其一》

思帝二首 其一

(帝都の女の郷で思うこと その一:請われて後宮に入り、人間族世界から殿上人となったのに、今は寵愛を失って孤独で暇と戦っている『二人だけの愛の言葉』を思い出せと詠う

韋荘が、愛妾を蜀王王建に奪われたことを思わせる詩のひとつで、教坊の曲の曲を作る際この題材をよく使っている。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》二巻50-〈100〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5702

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》三巻1-〈101〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5707

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-24韋荘102《巻3-02 謁金門二首 其二》三巻2-〈102〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5712

唐の教坊の曲名。花間集に韋荘の詩は二首収められている。単調三十三字、八句五平韻、③③666③の詞形をとる。

改訂版)-37韋荘115《巻3-15 思帝郷二首 其一》

雲髻  鳳釵
髻墜釵垂無力  枕函
翡翠屏深月落  漏依依
盡人間天上  兩心

  
  
  
  


 

雲髻墜,鳳釵垂, 
寵愛を失って随分経つ、雲型の髷の髻がくずれ落ち掛けている。鳳凰のかんざしはそのまま垂れているが、なおす気になれない。

・雲髻 女性の髪が雲の形のように大きなものとしていた。大きいほど高貴であった。これを雲鬢とするテキストがあるが、それでは三国志の「関羽」の顔がイメージされ意味が限定され通らない。756年ウイグルの王女が粛宗の妾になる際に、ウイグル国王に嫁いだ姫君の髪型が有名。

『即事』

聞道花門破,和親事卻非。

人憐漢公主,生得渡河歸。

秋思雲髻,腰肢勝寶衣。

群凶猶索戰,回首意多違。

即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410

・鳳釵 鳳凰のかんざし。通常、つがいの物を云い、ここではそのの片方が壊れて垂れ下がっていることを云う。


髻墜釵垂無力,枕函欹。

髻が落ち、カンザシがかろうじてついているけれど、何もする気がおこらない、枕の箱からだして、新しい簪に取り換えて気分を変えて、身支度を整えるのもやめた。

・枕函 箱型のまくら。

・欹 新しい簪に取り換えて気分を変える、身支度を整えるのをやめた。

 

翡翠屏深月落,漏依依。

翡翠の屏風を部屋の奥深い所においているが、月影の動きをずっと見ていたのだが、もう西に落ちかかり、奥まで影を指していて、五更の時をもう間もなく告げるころになった。

・漏 五更の時をつげる

・依依 名残惜しく離れにくいさま。

 

盡人間天上,兩心知。

あれほどまでに、請われて後宮に入り、人間族世界から殿上人となったのに、今は寵愛を失って孤独で暇と戦っている、それでも、「二人だけしか知らないその言葉」を見て元気を出そう。

盡 このままの退屈な毎日を送るより、尼寺、道観に出家をさせ貰うことを願い出る。解放を願い出る。

・人間天上 世間の中から選抜され、その中からまた選ばれて、妃嬪になった事、世俗の人間が、天上の御殿に生活する。孤独と暇との戦いをしていることをいう。(韋荘の愛妾が蜀王の王建に召されていて、別々の世界で暮らすこと。)

・兩心 二つの心情。寵愛を受けたい、解放されたいという心。白居易《長恨歌》「臨別殷勤重寄詞、詞中有誓兩心知」(別れに臨みて殷勤に重ねて詞を寄す、詞中に誓い有り 両心のみ知る。)別れに際し、ていねいに重ねて言葉を寄せた。その中に、王と彼女の二人だけにわかる誓いの言葉があった。韋荘の愛妾は蜀王の王建に召されている。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-34韋荘112《巻3-12 天仙子五首 其五》三巻12-〈112〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5762

(改訂版)-34韋荘112《巻3-12 天仙子五首 其五》(天にある仙郷にいる人の詩。 其の五;出会う人が誰もが美人と認める女性と好きあったが、天子のもとに召されたが、やがて寵愛を失い、後宮から解放されて、道教に出家したことを詠う)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-34韋荘112《巻3-12 天仙子五首 其五》三巻12-112〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5762

 

 

宮人の解放

    ――― 天仙子五首 其五 に関する参考 ―――

唐朝後宮の宮人の数はたいへん多かったが、それでも、宮人の採用は止むことはなかったので、後宮では恨みつらみが積もり、また民間でも不満が生れた。それで宮人問題は社会と朝廷の注目をあびることになった。どの皇帝の時代にも、この悪政を批判し、宮人たちが家族や恋人と離別させられる恨みや苦しみに同情して、彼女たちを放ち帰らせるようにと皇帝に願い出る人がいた。

 

皇帝たちは、自分が徳政を実施し、歌舞音曲や女人を好まない振りをするために、また時には純粋に宮廷費用を節約するために、あるいはまた、後宮に怨恨が満ち溢れたせいで、災難にあって「天罰」を受けることを恐れるために、しばしば詔勅を発して宮人を解放した。唐朝では高祖より後、ほとんどの皇帝が宮人を解放したという記録がある。多い時には三千人、少ない時でも数百人であった。

 

これら宮人は宮中を出てから家のある者は家に帰り、嫁に行くことも可能だった。老いて病いのある者、身寄りのない者などは寺院や道観(道教の寺院)に送って収容し、時々少しばかりの金品を支給し生活の用とした(『全唐文』巻四二、粛宗「宮人を放つ詔」)。これは唐朝の皇帝のわずかばかりの仁政ということができる。しかし解放したといっても、宮人の数はいぜんとして相当なもので、唐末でも相変らず「六宮の貴・職の女性は一万人を減らない」という状況であった。

 

その理由は、もともと解放された女性が多くない上に、絶えず新人が選抜されて入って来たので、根本的な問題の解決にはならなかったからである。そしてまた、解放された宮人の大多数は年を取り病弱であって役に立たず、彼女たちの青春はすでに深宮の中に葬り去られていたので、後宮を出でも寄る辺なく、晩年の境遇はじつに哀れで寂しいものであった。これと同時に青春の輝きの絶頂にある乙女たちが次々と絶えることなく後宮に送り込まれ、その紅顔が衰え、青春が空しく費やされるのを待つのであった。だからこの種の仁政の意義などというものは、本当に取るに足りないものだったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『天仙子』九首

 

 

作者



初句7字

 

 

皇甫先輩松

0217

(改訂版)天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻

 

 

0218

(改訂版)天仙子二首其二

躑躅花開紅照水

 

 

韋相莊

0308

天仙子五首 其一

悵望前回夢裏期,

 

 

0309

天仙子五首 其二

深夜歸來長酩酊,

 

 

0310

天仙子五首 其三

蟾彩霜華夜不分,

 

 

0311

天仙子五首 其四

夢覺雲屏依舊空,

 

 

0312

天仙子五首 其五

金似衣裳玉似身,

 

 

和學士凝(和凝)

0625

天仙子二首 其一

柳色披衫金縷鳳,

 

 

0626

天仙子二首 其二

洞口春紅飛蔌蔌,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天仙子五首其一

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

 

天仙子五首其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

 

天仙子五首其三

蟾彩霜華夜不分,天外鴻聲枕上聞,繡衾香冷嬾重熏。

人寂寂,葉紛紛,才睡依前夢見君。

 

天仙子五首其四

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

 

天仙子五首其五

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。


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花間集』全詩訳注解説(改訂版)-33韋荘111《巻3-11 天仙子五首 其四》三巻11-〈111〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5757

(改訂版)-33韋荘111《巻3-11 天仙子五首 其四》(寵愛を受けたころの迹片を残して、毎日寵愛を受けるべく準備をする、又春を過ぎようとしているが夢がかなうことはない、縁起を担いだ跡形も消えかけ、毎日泣き腫らすと詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-33韋荘111《巻3-11 天仙子五首 其四》三巻11-111〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5757

 

 

 

天仙子 其四 ----111

(天仙子【てんせんし】 其の四)
夢覚雲屏依舊空、杜鵑聲咽隔簾墻。

雲母を散らした屏風のかげに、あの人とのたのしいかたらいの夢がさめると、やっぱり相変わらず空しいものなのです。それはすだれを隔て、垣根を隔てて、ほととぎすの啼く声が、悲しくむせぶようにきこえてくるのです。

玉郎薄幸去無蹤。

薄情なおとこのあの人は、どこへいったのか、ゆくえもわからないのです。

一日日、恨重重。

あの人の迎えを待っているその一日と重ねる日々は恨みを重ねていく一日なのです。

涙界蓮腮兩線紅。

なみだのあとが、お化粧のほほをつたい紅のふたすじのなみだとなってながれるのです。

 

(天仙子【てんせんし】 其の四)

夢覚むれば雲屏舊に依りて空しく、杜鵑【とけん】聲咽【むせ】びて 簾墻【れんしょう】を隔つ。

玉郎は薄幸にして去るも 蹤無し。

一日日、恨み重重。

涙は蓮腮【れんさい】に界たりて 両線 紅し。

 

 

(改訂版)-33韋荘111《巻3-11 天仙子五首 其四》

天仙子五首其四

(寵愛を受けたころの迹片を残して、毎日寵愛を受けるべく準備をする、又春を過ぎようとしているが夢がかなうことはない、縁起を担いだ跡形も消えかけ、毎日泣き腫らすと詠う。)

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

あの寵愛を受けた日々は夢だったのだろうか、現実に引き戻らされると、そこには、雲母を散らした屏風は壁に寄せ、寝牀は相い変わらず空しいものである。今年ももう、春は過ぎて、すだれを隔て、垣根を隔てて、ほととぎすの啼く声が、悲しくむせぶようにきこえてくる。美しい顔立ちのあのお方は薄情もので、ここを去って行ったけれど、又帰って来ることを思ってそのままにしていたけれど、その跡形もなくなってしまうほど時は絶ってしまった。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

寵愛を受けることを思い続けて一日、また一日、先のこと考えず活きる。確かにそこに、恨みも、一つ、また一つと重なってゆく、化粧も毎日し直すけれど、涙がこぼれ、眼の淵にはレンゲの花の顎様に残り、両の頬紅を落した涕の痕は蓮華の花の茎の様になる。そしてまた次の日も繰り返す。

(天仙子【てんせんし】五首 其の四)

夢は覚め 雲屏は舊に依りて空し、杜鵑【とけん】聲咽【むせ】びて 簾墻【れんしょう】を隔ち、玉郎は薄幸 去って 蹤無し。

一日【いつじつ】に日【じつ】、恨みは重ねて重ぬ、涙は蓮腮【れんさい】に界し 両たながらの紅に線とす。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-32韋荘110《巻3-10 天仙子五首 其三》三巻10-〈110〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5752

(改訂版)-32韋荘110《巻3-10 天仙子五首 其三》やがて蟋蟀も鳴きやみ、御殿の閨には寂しさと静けさが入り、庭の木の葉に風に吹かれて地面を揺れ動く音だけが聞える。たとえわずかの眠りでも、以前、寵愛を受けた愉しかった思い出を夢見たいと思うのに寝付けない。


 
 2015年3月26日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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208-#1 《巻12-21 北山獨酌寄韋六 -#1》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <208-#1> Ⅰ李白詩1440 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5748 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-44-#9奉節-35-#9 《巻16-07 八哀詩〔五〕贈秘書監江夏李公邕 -9》 杜甫index-15 杜甫<907-9> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5750 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-32韋荘110《巻3-10 天仙子五首 其三》三巻10-110〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5752

 

 

三百年間も続いた大唐帝国は、まさに輝ける封建時代の盛世にへり、封建道徳も後世のように厳格で過酷な段階にまでは発展していなかったからである。封建支配者が人々の肉体と精神を禁縛する手段としての封建道徳は、もともと支配者の必要に従って一歩一歩発展してきたものである。支配者というものは、いつだって世も末になればなるほど、人々の頭脳、身体、七情六欲を、女性の足とともに取り締まる必要があると感じるようになり、封建道徳もまた彼らのこうした感覚が日ましに強まるにつれ、いよいよ厳格に、かつ周到になっていった。

 

七情六欲

『礼記』 の記載にある喜、怒、哀、催、愛、悪、欲の七情と、生、死、耳、目、口、鼻の六つから発する欲。

 

先秦時代(秦の始皇帝以前の時代)から唐代以前まで、どの時代にも常に女道徳を称揚する人がいたけれども、大体において支配者たちはまだそれほど切迫した危機感がなかったので、女性に対する束縛もそれほど厳重ではなく、彼女たちもまだ一定の地位と自由をもっていた。ただ宋代以降になると、支配者たちは種々の困難に遭遇し、自分に対して日ごとに自信を喪失したので、道徳家たちはそこで始めて女性に対するしつけを厳格にするようになった。明、清という封建時代の末期になると、封建道徳はますます厳格になり、完備して厳密になり、残酷になり、ついには女性を十八界の地獄の世界に投げ込むことになった。まさに封建社会の最盛期にあった唐朝は、非常に繁栄し強盛であったから、支配者たちは充分な自信と実力を持っており、人々の肉体と精神をさらに強く束縛する必要を感じなかったため、唐朝は各方面でかなり開明的、開放的な政策を実施したのである。

 

 

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。「錦を集め花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流」(施肩吾「少婦遊寿詞」)、「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

瓜田李下の疑い、唐人はらず。「瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」

「瓜田に履を入れず、李下(すももの木の下)に冠を正さず」 の格言に基づく、疑われやすい状況のたとえ。

宋洪邁《容齋三筆白公夜聞歌者》:然鄂州所見, 亦一女子獨處, 夫不在焉。 瓜田李下之疑, 唐人不譏也。”

 

彼女たちは「胡服騎射」を好む気風があり、胡服戎装(北方民族の軍装)をしたり、男装したりすることを楽しみ、雄々しく馬を走らせ鞭を振い、「撃を露わにして〔馬を〕馳験せた」(『新唐書』車服志)。

またポロや狩猟などの活動に加わることもできた。

杜甫の《哀江頭》詩に「輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」(輦前の才人 弓箭【きゅうせん】を 帶び,白馬 嚼噛【しゃくげつ】す 黄金の勒【くつわ】。身を翻して天に向ひ 仰ぎて雲を射れば,一笑 正に堕つ 雙飛翼。)と描写されている。馬上で矢を射る女たちの何と雄々しき姿であることか。彼女たちは勇敢かつ大胆で、よく愛し、よく恨み、また、よく怒りよく罵り、古来女性に押しつけられてきた柔順、謙恭、忍耐などの「美徳」とはほとんど無縁のようだった。誰にも馴れない荒馬を前にして、武則天は公衆に言った。「私はこの馬を制することができる。それには三つの物が必要だ。一つめは鉄鞭、二つめは鉄樋(鉄杖、武器の一種)、三つめは短剣である。鉄鞭で撃っても服さなければ馬首を鉄樋でたたき、それでもなお服さなければ剣でその喉を断つ」(『資治通鑑』巻二〇六、則天后久視元年)と。この話は唐代の女性たちに特有の勇敢で、剛毅な性格をじつに生々と表わしている。

彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。『西廟記』『人面桃花』『侍女離魂』『蘭橋遇仙』『柳毅伝書』等の、儒教道徳に反した恋愛物語が、どれも唐朝に誕生したことは、この常よい証拠である。

 

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、妃嬪たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃嬪たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。


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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》三巻4-〈104〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5722

(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》(春から秋まで寵愛されたけれど、子供の出来る兆候はなく、秋には寵愛を失った。別れを告げられ、上陽宮か離宮か、陵墓仕えにかわるというその悲しさを詠う。)その日、事情を告げられて、奇麗に結った髪も乱れるほどのしょうげきをうけてしまったけど、顔の眉は若く長くみどりに残っている、だからこの閨房をでていかれたのか、これでは、世にいう「檀郎の別れ」ではないか。

 
 2015年3月20日の紀頌之5つのBlog 
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204 《(改訂版) 巻19-2遊南陽清泠泉 (惜彼落日暮)》Index-12 Ⅱ―7 -732年開元二十年32歳 12首 <204> Ⅰ李白詩1434 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5718 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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50-#0 〔《上張僕射書》-#0〕韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1347> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5719 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》三巻4-104〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5722

 

 

(旧解)

江城子二首 其二

(女が愛する男と床をともにしたが、何かの事情で別れを告げられ、その悲しさを詠う。)

髻鬟狼藉黛眉長,出蘭房,別檀郎。

奇麗に結った髪も激しい情事に乱れたが顔の眉は長く化粧は残る、別れを告げられ、これからいつ会えるかもわからない、悲しくて閨房から飛び出した。それが愛する潘岳の様ないい男との別れとなった。

角聲嗚咽,星斗漸微茫。

朝廷警備の軍隊が吹き鳴らす胡笳の角笛のように声を出して泣いた。見上げれば星も涙でぼんやりとしか見えない。

露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

夜露に濡れれば体も冷えてきて、名残の月も照らしている人々はまだ起き出してはいない。女自身もここに住むことはできないし、涙がとめどなく流れ、もう幾筋になるのかわからない。

江城子二首 其の二

髻鬟 狼藉たりて 黛眉 長く,蘭房より出でて,檀郎と別る。

角聲 嗚咽し,星斗 漸く微茫たり。

露冷やかに 月殘りて 人未だ起きず,留むること住わざれば,淚 千行たり。

 

(改訂版)-25韋荘103《巻3-03 江城子二首 其一》

江城子二首 其一

(何にも知らない少女は後宮に入って、まず口に紅するのを覚える、寵愛を受けるようになると、いつしか、腕枕の中に眠るようになる。愛し合えば愛し合うほど寵愛を失った時の心の痛みは大きいのにと詠う。)

恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。

その頃は天子の愛情が深く、妃嬪はそれに応えて甘えることで精一杯の愛をかえすのだが、愛する情が多ければ多いほど、愛をうしなったときの心の傷おおきいということはおしえられたのである。そう思っていても秋の長い夜をすごせば、鴛鴦の布団の中で帯びを解いてゆく。

朱唇未動,先覺口脂香。

お化粧も知らないで後宮に入ったので、若くて紅い唇はそのままで口紅など塗らずに、動かず、されるがままにしているものだが、直ぐにしはじめたのが、口紅の香りをおぼえてしまったことなのだ。

緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

そして、刺繍の掛け布団を静かにめくり白い腕出し、鳳凰の枕をはずして、愛しき晋の潘岳のように愛してもらうため、その腕を枕にするのである。

 

(江城子二首 其の一)

恩 重きに 嬌 多ければ 情 傷み易し,漏更 長く,鴛鴦に解く。

朱唇 未だ動かざるに,先に口脂の香りを覺ゆ。

緩やかに繡衾を揭げて 皓腕を抽き,鳳枕を移し,潘郎に枕せしむ。

 

(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》 

江城子二首 其二

(春から秋まで寵愛されたけれど、子供の出来る兆候はなく、秋には寵愛を失った。別れを告げられ、上陽宮か離宮か、陵墓仕えにかわるというその悲しさを詠う。)

髻鬟狼藉黛眉長,出蘭房,別檀郎。

その日、事情を告げられて、奇麗に結った髪も乱れるほどのしょうげきをうけてしまったけど、顔の眉は若く長くみどりに残っている、だからこの閨房をでていかれたのか、これでは、世にいう「檀郎の別れ」ではないか。

角聲嗚咽,星斗漸微茫。

その別れを知ってか、朝廷警備隊が吹き鳴らす胡笳の角笛も声を出して嗚咽するようである。そんな運命を知らせる星も涙でぼんやりとしか見えない。

露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

打ちひしがれて、庭をさまようが、夜露に濡れれば体も冷えてきて、西に傾く名残の月に照らされる、本当に名残惜しい、夜明けが近いのに人々はまだ起き出してはいない。妃嬪としてもうここに住むことはできない、涙がとめどなく流れ、もう幾筋になるのかわからない。

江城子二首 其の二

髻鬟 狼藉たりて 黛眉 長く,蘭房より出でて,檀郎と別る。

角聲 嗚咽し,星斗 漸く微茫たり。

露冷やかに 月殘りて 人未だ起きず,留まりて住まわず,淚 千行す。

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-25韋荘103《巻3-03 江城子二首 其一》三巻3-〈103〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5717

(改訂版)-25韋荘103《巻3-03 江城子二首 其一》(何にも知らない少女は後宮に入って、まず口に紅するのを覚える、寵愛を受けるようになると、いつしか、腕枕の中に眠るようになる。愛し合えば愛し合うほど寵愛を失った時の心の痛みは大きいのにと詠う。)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-25韋荘103《巻3-03 江城子二首 其一》三巻3-103〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5717

 

 

宮中に入る

このように多くの女性はどこから来たのか。またどのようにして宮廷に入ったのか。彼女たちはだいたい次の四種類に分けられる。

 

第一種は、礼をもって宮廷に迎え入れられた場合である。この種の人々の大部分は名門貴顕の出身である。たとえば高宗の王皇后、中宗の趨皇后、粛宗の張皇后等の場合、みな皇室の親戚であった。また唐朝の権力者の娘もいた。たとえば意宗の郭貴妃は尚父郭子儀の孫娘であった。また名門大族の子孫もいた。

 

第二種は、選抜されて宮廷に入った場合である。この種の女性は必ずしも高貴な家柄の出ではなかったが、しかし大多数は「良家」の出身、つまり一般の官僚あるいは士人の家の出であった。

 

第三種は、宮中に献上された女性である。この種の人々には様々なタイプがあったが、大半は美貌か技芸の才によって献上された女性であった。いくらかの朝臣は自分の出世のために妻や娘を宮中に入れることを常に願った。たとえば、秘書官の鄭普息は、娘を中宗の後宮に献上したので弾劾を受けたことがあった(『資治通鑑』巻二〇八、中宗神龍二年)。雀堤はさらに恥知らずにも美貌の妻と娘を一緒に皇太子の宮中に献上し、高官になることができた。

 

第四種は、罪人の家の女性で宮廷の稗にされたものである。これらの大多数は、官僚士大夫層の女性であった。唐律の規定では、「籍没」といって謀反および大逆罪を犯した官僚士大夫層の家族(母、娘、妻、妾、子孫を含む)と奴稗は、みな後宮に入れて官奴婦にすることになっていた。つまり「技芸に巧みな者は後宮に入れる」(『唐六典』巻六、刑部都官)と定めていた。そして、無能な者は司農寺(銭穀のことを司る官庁)等の官庁に配属して官奴稗とし、後宮に入れられた者の一部分は官女とした。著名な宮廷の才女となった上官娩児は、祖父の罪に連坐し、まだおむつを着けている時、母とともに宮廷に没収された女性である。

 

 

以上をまとめてみると、唐の宮廷女性は四種の主な方法1招聴、選抜、献上、連坐によって調達されていたことが分かる。彼女たちの中には、名門貴族、官僚士大夫層の娘のみならず、また少数ながら娼妓、俳優、脾妾など下賎な身分に属する者もいた。罪没される者は比較的特殊な例であったが、これ以外の女性たちはあるいは家柄、あるいは才智と徳行、あるいは容姿、あるいは技芸によって宮中に選抜された人々であり、以上の四つが彼女たちが宮廷に入る主要な道であった。そして彼女たちの大半は十三、四歳の少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『應天長』 六首

 

 

作者



初句7字

 

 

韋相莊

3-03

江城子二首其一

恩重嬌多情易傷

 

 

3-04

江城子二首其二

髻鬟狼藉黛眉長

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

0426

江城子二首其一

鵁鶄飛起郡城東

 

 

0427

江城子二首其二

極浦煙消水鳥飛

 

 

張舍人泌

0501

江城子二首其一

碧欄干外小中庭

 

 

0502

江城子二首其二

浣花溪上見卿卿

 

 

歐陽舍人炯

0612

江城子一首

晚日金陵岸艸平

 

 

 

 

 

 

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-24韋荘102《巻3-02 謁金門二首 其二》三巻2-〈102〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5712

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-24韋荘102《巻3-02 謁金門二首 其二》三巻2-102〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5712

 

 

 

(旧解)

謁金門 其二

金門をはいって謁見したい(理不尽なことを中央朝廷に謁見して訴えたい)

空相憶,  無計得傳消息。

もう空しくてただ思い遣るだけです。消息を伝える方法がまったく見つからないのです。

天上嫦娥不識,寄書何處覓。

天上の昇った仙女の嫦娥でもきっと分からないだろう。手紙を出すのにも宛先をどこにもとめたらいいものやらわからない。 

新睡覺來無力,不忍把伊書跡。

午睡の一眠りから目覚めたのだが元気にならない。がっくりとして、彼女の書いた物を手に取ってみれば、もう我慢ができなくなってくる。

滿院落花春寂寂,斷腸芳草碧。

この庭一面に花びらが散ってしまう、この楽しいはずの春は過ぎ去ろうとしていいて寂しい春になっている。我慢のできないおもいは「断腸の思い」で万物が生成する春草の明るいあおさは広がっている。

 

謁金門

空しく相い憶い,消息を傳え得る 計無し。

天上 嫦娥は識らずして,書を何處にか覓【もと】むるに寄さん。

 

新睡より覺めて力無く來り,伊【こ】の書跡を把【も】つは忍ばず。

滿院 落花して 春 寂寂,斷腸して 芳草 碧。

 

(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》
謁金門二首 其一

(寵愛を失っても、寵愛を受けるため努力をかかすことが無く、王昭君のように美しいのに、異国に嫁がされてはいないが、見る目が無くて寵愛を受けることが無いことを詠う)

春漏促,金燼暗挑殘燭。

寵愛を失って何度も春を迎える、春の夜は日増しに短くなり、過ぎゆく時がはやく流れてゆく、それでも寵愛を受ける準備だけはしているから、眠りにつくことが出来ず、うとうとして、また灯火陰りさびれている灯心をかきたてる。

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

春も過ぎたある夜、誰か来たのかと簾の前に立って外を見ると風が吹き、竹は揺れているだけである、もういまは、見る夢にさえも、あのおかたは途切れ途切れにでてくるだけになった。

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

それでも一人の妃嬪はここにあり、宝玉のように麗しく艶やかな女である、ただ、夜ごと夜ごとに屏風を用意して、その陰に独り寝しているだけなのだ。

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

しずかに琵琶を抱いて懐かしき曲を奏でてみると、妃嬪であって、遠い異国に一人で嫁いだ王昭君を連想する、此処の妃嬪も、美しい顔に、白いお化粧に眉を緑にえがいてまだこんなにも美しい。


(謁金門 二首其の一) 韋莊 

春 漏促し,金燼【きんじん】暗く 殘燭【ざんしょく】挑【かきあ】ぐ。

一夜 簾前 風 竹を撼【ゆるが】し,夢魂 相い斷續す。

個 有り 嬌嬈【きょうじゅう】玉の如し,夜夜 繡屏孤り宿る。

閒かに琵琶【びわ】を抱き 舊曲を尋ぬれば,遠山眉 黛綠【たいりょく】なり。


(改訂版)-24韋荘102《巻3-02 謁金門二首 其二》
謁金門 二首其二

(別れて後宮にあがり、妃嬪となったが、もう連絡を取ることも取れることもない、妃嬪としても、寵愛を受けることに汲々とするけれど春も過ぎようとしている悩む心を詠う。)

空相憶,無計得傳消息。

妃嬪になれば、すべての個人的な繋がりは絶たれてしまう、寵愛を得なければ、空しく思い遣るだけで、計画してできることはなく消息を伝える方法がまったく見つからないし、伝わってくることもない。

天上嫦娥不識,寄書何處覓。

天上の昇った仙女の嫦娥というものでもきっと分からないだろう。手紙を出すのにも宛先をどこにもとめたらいいものやらわからないし、はたして、書くことがいいものなのだろうか。 

新睡覺來無力,不忍把伊書跡。

午睡の一眠りから目覚めたのだが気力が出てくることはない。出していない自分で書いた手紙を手に取ってみると、どうしたらよいのか、我慢ができない。 

滿院落花春寂寂,斷腸芳草碧。

後宮のひっそりとした奥のこの庭一面に花びらが散っている、楽しいはずの春は過ぎ去ろうとしている。我慢のできないおもいは「断腸の思い」で万物が生成する萌える靑い春草は広がっている。


(謁金門 二首その二)

空しく相いに憶い,計無し 消息を傳えこと得るを。

天上 嫦娥は識らずして,書を何處にか覓【もと】めて寄さん。

新睡し覺め來って力無く,伊【こ】の書跡を把【も】つ忍ばず。

滿院 落花して 春 寂寂,斷腸して 芳草 碧なり。



漢魏隋唐の洛陽城

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》三巻1-〈101〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5707

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首其一》三巻1-101〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5707 

 

 

(旧解

謁金門 其一 韋莊

(金門に謁見す 其の一)

春漏促,   金燼暗挑殘燭。

春の夜の時は忙しく流れる、灯火陰りさびれている灯心をかきたてる。

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

その一夜、窓辺の竹は風が抜け揺れている、うとうととして見る夢は途切れ途切れでさびしさだけがのこる。

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

宝玉のように麗しく艶やかな女なのに、夜ごと夜ごとに屏風の陰に独り寝している。

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

しずかに琵琶を抱いて懐かしき曲を奏でてみる、春の遠山の眉が色悲しくみえる。

 

(金門に謁す 其の一)

春漏 促し,金燼【きんじん】暗く 殘燭【ざんしょく】挑【かきあ】ぐ。

一夜 簾前 風 竹を撼【ゆるが】し,夢魂 相い斷續す。

個の嬌嬈【きょうじゅう】玉の如き有り,夜夜 繡屏孤り宿る。

閒かに琵琶【びわ】を抱き 舊曲を尋ぬ,遠山 眉黛【びたい】綠なり。


(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》
謁金門二首 其一

(寵愛を失っても、寵愛を受けるため努力をかかすことが無く、王昭君のように美しいのに、異国に嫁がされてはいないが、見る目が無くて寵愛を受けることが無いことを詠う)

春漏促,金燼暗挑殘燭。

寵愛を失って何度も春を迎える、春の夜は日増しに短くなり、過ぎゆく時がはやく流れてゆく、それでも寵愛を受ける準備だけはしているから、眠りにつくことが出来ず、うとうとして、また灯火陰りさびれている灯心をかきたてる。

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

春も過ぎたある夜、誰か来たのかと簾の前に立って外を見ると風が吹き、竹は揺れているだけである、もういまは、見る夢にさえも、あのおかたは途切れ途切れにでてくるだけになった。

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

それでも一人の妃嬪はここにあり、宝玉のように麗しく艶やかな女である、ただ、夜ごと夜ごとに屏風を用意して、その陰に独り寝しているだけなのだ。

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

しずかに琵琶を抱いて懐かしき曲を奏でてみると、妃嬪であって、遠い異国に一人で嫁いだ王昭君を連想する、此処の妃嬪も、美しい顔に、白いお化粧に眉を緑にえがいてまだこんなにも美しい。


(謁金門 二首其の一) 韋莊 

春 漏促し,金燼【きんじん】暗く 殘燭【ざんしょく】挑【かきあ】ぐ。

一夜 簾前 風 竹を撼【ゆるが】し,夢魂 相い斷續す。

個 有り 嬌嬈【きょうじゅう】玉の如し,夜夜 繡屏孤り宿る。

閒かに琵琶【びわ】を抱き 舊曲を尋ぬれば,遠山眉 黛綠【たいりょく】なり。


oushokun01
 

(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》 

『謁金門二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

謁金門二首 其一

春漏促,金燼暗挑殘燭。

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

 

 

(下し文)

(謁金門 二首其の一) 韋莊 

春 漏促し,金燼【きんじん】暗く 殘燭【ざんしょく】挑【かきあ】ぐ。

一夜 簾前 風 竹を撼【ゆるが】し,夢魂 相い斷續す。

個 有り 嬌嬈【きょうじゅう】玉の如し,夜夜 繡屏孤り宿る。

閒かに琵琶【びわ】を抱き 舊曲を尋ぬれば,遠山眉 黛綠【たいりょく】なり。

 

(現代語訳)

(寵愛を失っても、寵愛を受けるため努力をかかすことが無く、王昭君のように美しいのに、異国に嫁がされてはいないが、見る目が無くて寵愛を受けることが無いことを詠う)

寵愛を失って何度も春を迎える、春の夜は日増しに短くなり、過ぎゆく時がはやく流れてゆく、それでも寵愛を受ける準備だけはしているから、眠りにつくことが出来ず、うとうとして、また灯火陰りさびれている灯心をかきたてる。

春も過ぎたある夜、誰か来たのかと簾の前に立って外を見ると風が吹き、竹は揺れているだけである、もういまは、見る夢にさえも、あのおかたは途切れ途切れにでてくるだけになった。

それでも一人の妃嬪はここにあり、宝玉のように麗しく艶やかな女である、ただ、夜ごと夜ごとに屏風を用意して、その陰に独り寝しているだけなのだ。

しずかに琵琶を抱いて懐かしき曲を奏でてみると、妃嬪であって、遠い異国に一人で嫁いだ王昭君を連想する、此処の妃嬪も、美しい顔に、白いお化粧に眉を緑にえがいてまだこんなにも美しい。

 

花蕊夫人002
 

(訳注) (改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》

謁金門二首 其一

(寵愛を失っても、寵愛を受けるため努力をかかすことが無く、王昭君のように美しいのに、異国に嫁がされてはいないが、見る目が無くて寵愛を受けることが無いことを詠う)

【解説】

天子の周りにいるものの見る目がなくて、美しい妃嬪は、寵愛を受けることが無い。前段三、四句「一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。」は、晩中、待ち侘びて浅い眠りの中、風が窓辺の竹をざわざわと揺らしていたために目覚め、夢を見ては覚め、見ては覚めていたことを述べる。後段の前半「有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。」は、この詞の主人公が、閨で待つ独り寝の夜を送る艶やかな妃嬪であることを言い、後半二句は、女は無聊なるままに、伝説の曲『王昭君』の曲を聞かせる人もなく奏でるさまを描く。

「閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。」美しい中の美人であるのに、しかも、「遠山眉黛綠」まだ若い美人である。若い絶世の美人であった王昭君は、醜い女であると寵愛を受けす、匈奴に嫁いだが、ここの妃嬪は、寵愛を受けることもなく、捨て置かれている。後宮の者は何をしているのか。韋荘は自分の愛婕が蜀王王建に召されたというのに、後宮にあがれば、寵愛を受けるとは限らないということである。

 

作品中では、女の孤独の理由を明確に説明する言葉はなく、状況の羅列である。「春漏促」待ち侘びての毎日,過ぎ去る春の世は日ごとに短くなっていく。寵愛を受ける気持ちを募らせる句である。「金燼暗挑殘燭。」蝋燭の芯と、自分の若さを詠うもので侘しさを云うものである。「一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。」浅い眠り、夢も、断片、断片でしかない。諦めるしかないというせつな感をあらわす。「有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。」美しいうえに色香、妖艶である。「閒抱琵琶尋舊曲」寂しく伝説の琴曲をひく王昭君を連想させる。「遠山眉黛綠。」このくは、美人の中の美人ということであり、王昭君の逸話と考え併せて、片や、絶世の美人であって、異国へ嫁ぎ、片や、絶世の美人が高級の奥深い所でひっそりとせておかれている。

 

唐の教坊の曲『花間集』には五首所収。韋莊の作は二首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句四灰韻、後段二十四字四句四仄韻で、詞形である。

春漏