玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

神女、巫女、尼僧、道女、女道士

17 毛熙震《巻九46女冠子二首其二》『花間集』448全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7504

毛熙震  女冠子二首其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)  お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

《花間集》445巻九46

女冠子二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7504

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
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花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

應共吹簫侶,暗相尋。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

(女冠子二首其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。

香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。

翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。

應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。

 

女冠子二首其二

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

悶來深院裏,閑步落花傍。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

纖手輕輕整,玉鑪香。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を澹拂す。。

悶し來って院裏に深し,閑かに步む 落花の傍。

纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。

 

『女冠子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

(下し文)

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を澹拂す。。

悶し來って院裏に深し,閑かに步む 落花の傍。

纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。

 

(現代語訳)

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

紅梅003
紅梅002
紅梅002
 

(訳注)

女冠子二首其二

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

1 唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には毛熙震の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

脩蛾慢,不語檀心一,小山

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂

悶來深院裏,閑步落花

纖手輕輕整,玉鑪

○△●△  △●○○●● ●○○

○●○○● ○△△●○

●△△△● ○●●○△

○●△△● ●○○

 

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

2 脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

3 慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

《後庭花二首其二》孫光憲(24) 「脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。」(脩蛾し 慢臉して 雕輦に陪すれば,後庭 新らたに宴す。)宮女たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれるのだ。 14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282

4 檀心 檀郎の心根、思い。「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。「佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。」(佯弄【ようろう】 紅絲【こうし】 蠅の拂子【ほっす】,檀郎を打つ。)あの別れた日の約束は私をもてあそぶもので素振りだけ、紅い糸で結ばれているといった、その赤い糸で蠅を打ち拂う「払子」を作って、あの恋しい「檀郎」を打ちたたいてやりたいものです。

・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

5 小山粧 寝牀の化粧。小山は女性が情交の準備をして横になって待つこと。

 

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

6  みどり色、暗い、緑色のもの、刈安、二番目、二回、双方、という意味がある。

澹拂黃 女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。孫光憲《酒泉子三首其三》「玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。」(玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。)繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。

 

悶來深院裏,閑步落花傍。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

7  1 もだえ苦しむ。「悶死・悶絶・悶悶/苦悶・煩悶」2 もつれる。「悶着」

 

纖手輕輕整,玉鑪香。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

15閻選《巻九23臨江仙二首其二》『花間集』425全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7389

閻選  臨江仙二首其二

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている

《花間集》424巻九23

臨江仙二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7389

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

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              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

花間集 教坊曲 『臨江仙』 二十六首

張泌

巻四38臨江仙  煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙  暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一  峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二  謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三  渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四  江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五  素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六  柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七  洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

和凝

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一  碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二  幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三  月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一  霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二  暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。

物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。

秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。

欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

(臨江仙二首其の一)

雨停み 荷芰 濃香を逗め,岸邊 蟬噪して 楊を垂る。

物華空しく 舊き池塘有り,仙子に逢わず,何處にか襄王を夢みん。

珍簟 對して欹てて鴛枕冷やかなり,此來 塵暗く淒涼たり。

危檻に憑らんと欲すれども恨み偏長するばかり,藕の花 珠 綴り,猶お 汗 凝粧に似たり。

 

 

臨江仙二首其二

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている。

(臨江仙二首其の二)

十二の高峯 天外寒し,竹梢 輕やかに 拂仙の壇とす。

寶衣 行雨 雲端に在り,畫簾 深く殿し,香霧 冷やかに風 殘る。

楚王 何處に去らん?と問わんと欲せば、翠屏 猶の金鸞を掩う。

猿啼いて 明月 空灘を照らし,孤舟 行客,夢に驚き亦た艱難たり。

 

巫山十二峰002
 

『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其二

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

 

 

(下し文)

(臨江仙二首其の二)

十二の高峯 天外寒し,竹梢 輕やかに 拂仙の壇とす。

寶衣 行雨 雲端に在り,畫簾 深く殿し,香霧 冷やかに風 殘る。

楚王 何處に去らん?と問わんと欲せば、翠屏 猶の金鸞を掩う。

猿啼いて 明月 空灘を照らし,孤舟 行客,夢に驚き亦た艱難たり。

 

(現代語訳)

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている。

 

巫山十二峰004
花間集 白梅
 

(訳注)

臨江仙二首其二

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

『花間集』には閻選の作が八首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

十二高峯天外  竹梢輕拂仙
寶衣行雨在雲  畫簾深殿 香霧冷風  

欲問楚王何處去 翠屏猶掩金
猿啼明月照空  孤舟行客 驚夢亦艱

●●○○○●○  ●△△●○○

●△△●●○○  ●○△● ○△△△○

●●●△△●● ●△△●○○

○○○●●△△  ○○△● ○△●○△

 

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

38 十二高峯 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

麻姑山仙壇記

建碑:唐・大暦6年(771年)顔眞卿は大暦3年に江南道の撫州刺史として、撫州に赴任した。仙女麻姑の伝承をもつ麻姑山は、この撫州に属する南城縣にあり、現在は、江西省の南昌から東南に旰江を遡ったところ、本碑は、麻姑が得道したと伝えられる土壇の傍に顔眞卿がその伝説や仙壇・祠堂の由来を書き記して、石に刻した。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

39 寶衣 ・寶衣 宝玉と絹の衣裳。

秦州抒情詩 杜甫《即時》

聞道花門破,和親事卻非。

人憐漢公主,生得渡河歸。

秋思雲髻,腰肢勝寶衣。

群凶猶索戰,回首意多違。

即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410

 

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

40 楚王 楚王 春秋戦国時代の楚の王。古代の南部中国の帝王。靈王、襄王、懷王、莊王などか。ここでは、巫山の夢であるから、宋玉《高唐賦》懐王である。

司馬相如《子虛賦》「於是楚王乃登陽雲之臺,泊乎無為,澹乎自持,勺藥之和具而後御之。」(是に於て楚王 乃ち陽雲の臺に登りて,泊乎【はくこ】として為す無く,澹乎として自ら持す,勺藥【しゃくやく】の和を具【そな】わりて後に之を御す。)司馬相如 《子虚賦 》(19#8-1 文選 賦<109-#8-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩898 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3038

41 翠屏 翡翠の屏風で、男女まじわる際、寝牀のまわりに立てる。

42 金鸞 金の鸞鳳、鳳凰を屏風、とばりなどに、つがいで描く。

 

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている。

43 孤舟行客 三峡、灔澦堆を下るのは命がけであったのでその前に港で女性と交わって次の日に下ってゆく。下る船の中で、昨晩のことと、楚王と神女のことがダブってしまい、夢が醒めると次の急流に向かう、というのがこの詩である。

劉禹錫《巫山神女廟》

巫山十二鬱蒼蒼,片石亭亭號女郎。

曉霧乍開疑卷幔,山花欲謝似殘妝。

星河好夜聞清佩,雲雨歸時帶異香。

何事神仙九天上,人間來就楚襄王。

(巫山の神女峰 劉禹錫)

巫山十二 鬱として蒼蒼、片石亭亭 女郎と号す

暁霧 乍ち開いて幔を巻けるかと疑い、山花 謝まんと欲して妝を残うに似たり

星河の好夜 清佩を聞き、雲雨 帰る時 異香を帯ぶ

何事ぞ 神仙 九天の上より、人間 来たりて 楚の襄王に就けり

 


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14鹿虔扆《巻九17女冠子二首其二》『花間集』419全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7359

鹿虔扆 女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

《花間集》416巻九17

女冠子二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7359

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

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花間集 教坊曲《女冠子》七首

溫庭筠

巻一48女冠子二首其一含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙。

溫庭筠

巻一49女冠子二首其二霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

巻三21女冠子二首其一四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

巻三22女冠子二首其二昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

巻三43女冠子二首其一求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

巻三44女冠子二首其二雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘。

牛嶠

巻四01女冠子四首其一綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

巻四02女冠子四首其二錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

巻四03女冠子四首其三星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎。

牛嶠

巻四04女冠子四首其四雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時。

張泌

巻四39女冠子露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

巻八24女冠子二首其一蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

巻八25女冠子二首其二澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密壇陰。倚雲低首望,可知心

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。鬢低含綠,羅衣澹拂。悶來深院裏,閑落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

鹿虔扆 女冠子二首

女冠子二首 其一

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

應共吹簫侶,暗相尋。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を拂い澹す。

悶し來って院裏に深し,閑し步みて花傍に落つ。

纖手 輕輕して整い,玉鑪 香す。

 

女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

(女冠子二首 其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。

香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。

翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。

應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。

朱槿花・佛桑華00
 

 

『女冠子二首 』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

 

(下し文)

(女冠子二首 其の二)

脩蛾し 慢臉して,語らず檀心一點にし,小山の粧。

蟬鬢 含綠をむを低れ,羅衣 黃を澹拂す。

悶え來りて 深く院の裏,閑かに步む 落花の傍。

纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。

 

(現代語訳)

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

海棠花101
 

(訳注)

女冠子二首 其二

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻三平韻、後段十八宇四句二平韻で、③5⑤/55③の詞形をとる。

脩蛾慢臉  不語檀心一點小山
蟬鬢低含綠  羅衣澹拂
悶來深院裏  閑步落花
纖手輕輕整  玉鑪

○△●△  △●○○●●●○○

○●○○●  ○△△●○

●△△△●  ○●●○△

○●△△●  ●○○

 

 

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

7 脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

8 慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

《後庭花二首其二》孫光憲(24) 「脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。」(脩蛾し 慢臉して 雕輦に陪すれば,後庭 新らたに宴す。)宮女たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれるのだ。 14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282

9 檀心 檀郎の心根、思い。「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。「佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。」(佯弄【ようろう】 紅絲【こうし】 蠅の拂子【ほっす】,檀郎を打つ。)あの別れた日の約束は私をもてあそぶもので素振りだけ、紅い糸で結ばれているといった、その赤い糸で蠅を打ち拂う「払子」を作って、あの恋しい「檀郎」を打ちたたいてやりたいものです。

・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

10 小山粧 寝牀の化粧。小山は女性が情交の準備をして横になって待つこと。

 

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

11 綠 みどり色、暗い、緑色のもの、刈安、二番目、二回、双方、という意味がある。

澹拂黃 女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。孫光憲《酒泉子三首其三》「玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。」(玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。)繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。

 

悶來深院裏,閑步落花傍。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

12 悶 1 もだえ苦しむ。「悶死・悶絶・悶悶/苦悶・煩悶」2 もつれる。「悶着」

 

纖手輕輕整,玉鑪香。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

 

女冠子二首【字解】

1 女冠  宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

   病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

   圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

  家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

   妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

2 媚 [訓]こびる1 なまめかしくする。色っぽい。「媚態・媚薬」2 こびへつらう。「佞媚(ねいび)3 あでやかで美しい。

3 鶴音 笙を吹く仙人が鶴に乗ってあらわれる。『列仙伝』巻上・王子喬に「王子喬は周の霊王の太子晋なり。好んで笙を吹き、鳳鳴を作し、洛陽の伊水、洛水の間に遊ぶ。

4 霓 夕立のあとなど,太陽と反対側の空に弧状にかかる七色の帯。空中の水滴粒子にあたった光の屈折と分光によって生じる。内側が紫,外側が赤の配列をした虹のほかに,この外側をとりまき,逆の色の配列の第二の虹が見えることがある。

5 捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。

6 蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。穆公有女字弄玉,好之。公以妻焉,遂教弄玉作鳳鳴,居數十年,吹似鳳聲,鳳皇來止其屋。為作鳳臺,夫婦止其上,數年,皆隨鳳飛去。」

「蕭史という者,秦の穆公の時の人である,善く蕭を吹き,能く孔雀を、白鵠致す。穆公は女有り 字を弄玉,之を好む。公は以て妻と焉し,遂に弄玉に教え鳳鳴を作り,數十年居し,吹けば鳳聲に似たり,鳳皇は來りて其の屋に止る。鳳臺を作るを為し,夫婦は其の上に止り,數年,皆に鳳に隨って飛び去る。」

秦の蕭史がとどまるほどの所であり、書きつけてある文章は魯の恭王が残しておかれたもののようである。王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

 

善吹簫 嬴は秦の姓、善吹とは秦の穆公の娘の弄玉をいう。蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。

杜甫『鄭駙馬宅宴洞中』

主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。

春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。

悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。

自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。

鄭駙馬宅宴洞中 杜甫

秦の穆公に女があり弄玉といったが、弄玉は簫の名人の蕭史を愛した。穆公は之を妻わしたところ、二人は日々楼上に於て簫を吹き鳳の鳴くが如くであったが、ある日鳳がやって来てその屋に止まり、夫妻はともにその鳳に随って飛び去った。秦楼とは弄玉のすむ楼をいい、臨晋公主の居楼に比する。

12孫光憲《巻八25女冠子二首其二》『花間集』377全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

孫光憲  女冠子二首其二

澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。一緒に簫の笛を吹いてくれと言うけれどそんなこと言ってはいけないという。同もそういうのにはなじめないのだ。

12孫光憲《巻八25女冠子二首其二》『花間集』377全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

 

 
  2016年1月7日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(54)李白 卷六05 -《玉壺吟》(烈士擊玉壺,) Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(54) <李白> Ⅰ李白詩1713 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7113  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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韓愈125《 巻三03 上兵部李侍郎書》 #6§4-1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1634> Ⅱ#6§4-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7150  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
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溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

品流巫峽外,名籍紫微中。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。

真侶墉城會,夢魂通。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

(女冠子二首 其の一)

蕙風 芝露,壇際 殘香 輕く度る。

蘂珠宮,苔點 圓碧に分れ,桃花 破紅に踐す。

品流 巫峽の外,名籍 紫微の中。

真侶 墉城の會,夢魂 通ず。

 

 

女冠子二首其二

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。

勿以吹簫伴,不同羣。

一緒に簫の笛を吹いてくれと言うけれどそんなこと言ってはいけないという。同もそういうのにはなじめないのだ。

 

(女冠子二首其の二)

花が澹れ 瘦き玉,神仙の粧束を依約す。

瓊文を佩び,瑞露 通宵 貯り,幽香 盡日焚く。

碧紗 絳節に籠り,黃藕 濃雲の冠す。

以って 簫伴に吹く勿れ,羣を同じゅうせす。

 

 

女冠子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其二

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

勿以吹簫伴,不同羣。

 

(下し文)

(女冠子二首其の二)

花が澹れ 瘦き玉,神仙の粧束を依約す。

瓊文を佩び,瑞露 通宵 貯り,幽香 盡日焚く。

碧紗 絳節に籠り,黃藕 濃雲の冠す。

以って 簫伴に吹く勿れ,羣を同じゅうせす。

 

(現代語訳)

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。

巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。

葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。

一緒に簫の笛を吹いてくれと言うけれどそんなこと言ってはいけないという。同もそういうのにはなじめないのだ。

 

(訳注)

女冠子二首其二

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

11. 女冠

宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

    家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

    病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

    圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

   家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

    妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

 

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二平韻二仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤⑤③の詞形をとる。

女冠子二首其一

蕙風芝,壇際殘香輕

蘂珠,苔點分圓碧,桃花踐破

品流巫峽,名籍紫微

真侶墉城,夢魂

●△○●  ○●○○△●

●○○  ○●△○● ○○●●○

●○○●● ○●●○△

○●○○● △○○

双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

女冠子二首其二

澹花瘦,依約神仙粧

佩瓊,瑞露通宵貯,幽香盡日

碧紗籠絳,黃藕冠濃

勿以吹簫,不同

△○●●  △●○○?●

△○○  ●●○○● ○○●●○

●○△●● ○●△○○ 

●●△○● △○○

 

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。

12. 澹花 風や波によってゆったりと動くさま。

13. 瘦玉 瘦とは。意味や日本語訳。[](1) やせている.【反】胖・肥(2) 脂肪のない,赤身の,(【反】肥)瘦肉赤身の肉.(3) (衣服などが)きつい,窮屈な,(【反】肥)身衣服太瘦了この服はきつすぎる.(4) 土地がやせている(

14. 依約 ①関連づける。 ②かすかではっきりしないさま。▽「約」は、はっきりしないこと。

 

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。

15.  訓]おびる はく1 身に帯びる。「佩剣・佩刀・佩用/帯佩」2 腰につける飾り。「玉佩」3 心にとどめて忘れない。「

16. 瓊 1 たま。「瓊玉」2 玉のように美しい。「瓊筵(けいえん)・瓊姿」

17. 瑞露 古代廣西名酒有梧竹叶清(寄生酒)、八桂酒(瑞露)。

18. 通宵 一晩じゅう。夜どおし。副詞的にも用いる。「旧友と―酒を酌む」

19. 盡日  一日じゅう。終日。 -降雨」 各月または一年の最後の日。みそか。おおみそか。

 

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。

20. 絳節 えび茶色の旗じるし。梁の郡陵王粛綸(未詳-551)の魯山神文に「絳節竿を陳ね、満堂に繁く会う。」と

21. 黃藕冠 聖女の二羽の鳥の冠。

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孫光憲  女冠子二首其一

蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

改訂 12孫光憲《巻八24女冠子二首其一》『花間集』376全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

 

 
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溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

品流巫峽外,名籍紫微中。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。

真侶墉城會,夢魂通。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

(女冠子二首 其の一)

蕙風 芝露,壇際 殘香 輕く度る。

蘂珠宮,苔點 圓碧に分れ,桃花 破紅に踐す。

品流 巫峽の外,名籍 紫微の中。

真侶 墉城の會,夢魂 通ず。

 

女冠子二首其二

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

勿以吹簫伴,不同羣。

nat0002
 

 

女冠子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其一

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

品流巫峽外,名籍紫微中。

真侶墉城會,夢魂通。

 

 (下し文)

(女冠子二首 其の一)

蕙風 芝露,壇際 殘香 輕く度る。

蘂珠宮,苔點 圓碧に分れ,桃花 破紅に踐す。

品流 巫峽の外,名籍 紫微の中。

真侶 墉城の會,夢魂 通ず。

 

(現代語訳)

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

 

(訳注)

女冠子二首其一

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

1.  女冠 『旧唐書』の「侍突伝」に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』の「百官志」第9節 女尼,女冠,女巫には「天下の女冠は988人、女尼は50576人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(841846)、僧尼は26万人を超えていた。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦煌地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦煌資料』第一輯「敦塩寺院僧尼等名牒」)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、無視できない階層を形成していたのである。

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。

 

『花間集』 には孫光憲の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二平韻二仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤⑤③の詞形をとる。

女冠子二首其一

蕙風芝,壇際殘香輕

蘂珠,苔點分圓碧,桃花踐破

品流巫峽,名籍紫微

真侶墉城,夢魂

●△○●  ○●○○△●

●○○  ○●△○● ○○●●○

●○○●● ○●●○△

○●○○● △○○

 

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

2. 蕙風 1 万物を成長させる、めぐみの風。春風。2 陰暦2月の異称。3 君主の恩恵が広く行きわたるのを風にたとえた語。

3. 壇際 古代中国で祭祀をはじめ朝会,盟誓,封拝などの大典を行うために,平たんな地上に設けられた土築の高い露台。古代以来,皇帝がとくに壇を築いて犠牲を供え,柴を燔(た)いて丁重を示し,みずから天神をまつる祭祀が行われた。《礼記(らいき)》祭法篇に〈柴を泰壇に燔き,天を祭る〉という()。古く殷・周時代においては,それはみずから遠祖の民族神信仰に連なるものであったとみられる。歴代の皇帝は,天命を受けて政をしく天子として,上帝をまつってその功徳に報ずる儀式を行うのがつねであった。

 

 

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

4. 蘂珠宮 道教の傍にある女冠宮。・蘂珠 粉心黃蘂は額の中心に黄色い化粧をぬること。その中心の真珠を付ける。中国の東晋時代(三一七~四二〇)の道教経典。道教的身体構造論に基づいて、神仙となる法を説く。『黄庭内景経』『黄庭外景経』その他があり、世人ひとしく黄庭経と呼ぶ。黄庭とは脾臓のことで、自己の内面を見つめ,そこにあるものを探求することで、蘂珠をつける。

5. 圓碧 圓碧草

6.  1 ふみ行う。「実践・履践」2 位につく。「践祚(せんそ)

 

品流巫峽外,名籍紫微中。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として仕えるのだ。

7. 品流 家柄。門閥。

8. 巫峽外 巫山の蘂珠宮の外におかれる。蕊珠宮 — (蕊珠宮, 蕊珠) 道教經典中にかれている所の仙宮をいう。 唐顧云《華清詞》詩:相公清齋朝蕊宮, 太上符籙龍蛇蹤。”

8. 名籍 戸籍。なのふだ。

9. 紫微 北極星は天帝太一神の居所であり,この星を中心とする星座は天上世界の宮廷に当てられて紫宮,紫微宮とよばれ,漢代には都の南東郊の太一祠においてしばしば太一神の祭祀が行われた。その後,讖緯(しんい)思想(讖緯説)の盛行につれて,後漢ころには北辰北斗信仰が星辰信仰の中核をなすようになり,北辰は耀魄宝(ようはくほう)と呼ばれ群霊を統御する最高神とされた

 

真侶墉城會,夢魂通。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

10. 墉城【ようじよう】集仙録は女仙の伝記集である。【道教神仙傳記。原十卷,共女仙109人,現已佚。《道藏》本爲六卷。母元君、金母元君、上元夫人、昭霊李夫人等三十七位女仙事迹

 

 

 

女冠は、宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。『唐六典』(巻四)に、盛唐の時代、天下に女道士のいる五五〇の道観、二一二二の尼寺があったと記されている。尼や女道士の数はさらに相当なものである。『旧唐書』 の 「侍突伝」 に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』 の 「百官志」には「天下の女冠は九八八人、女尼は五万五七六人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(八讐-八四六)、僧尼は二六万五百人に達した。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦蝮地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦蛙資料』第一輯「敦塩寺院僧尼等名牒」)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、無視できない階層を形成していたのである。


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12孫光憲《巻七46浣溪沙九首其九》『花間集』348全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7012

孫光憲  浣溪沙九首 其九

烏帽斜欹倒佩魚,靜街步訪仙居,隔牆應認打門初。

將見客時微掩斂,得人憐處且先疎,低頭羞問壁邊書。

(以前からあこがれていた巫女を初めて訪ねた、壁に題した詩を気に入ってくれたらしい、巫女は恥ずかしそうにその詞の意味を聞いてきたと詠う)

山簡のように酔っぱらった男は烏紗の帽子を斜めにかぶり、金魚袋を逆さに下げて、静かな街を足音ひそめて仙女の館を訪ねる。土塀の奥の門を叩いたら、内側より直ちに、訪れをわかってくれて応対してくれる。来客に会う時になると袖でわずかに顔隠し、流し目をしてきて、ひとに可愛いいとおもわせるが、全く男の方を見ないでもじもじして、次に、頭を低く下げて恥ずかしそうに「壁に書かれた詩はどんな意味なの」と尋ねてきた。

12孫光憲《巻七46浣溪沙九首其九》『花間集』348全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7012

 

 
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浣溪沙九首 其九

(以前からあこがれていた巫女を初めて訪ねた、壁に題した詩を気に入ってくれたらしい、巫女は恥ずかしそうにその詞の意味を聞いてきたと詠う)

      烏帽斜欹倒佩魚,靜街步訪仙居,隔牆應認打門初。

山簡のように酔っぱらった男は烏紗の帽子を斜めにかぶり、金魚袋を逆さに下げて、静かな街を足音ひそめて仙女の館を訪ねる。土塀の奥の門を叩いたら、内側より直ちに、訪れをわかってくれて応対してくれる。

      將見客時微掩斂,得人憐處且先疎,低頭羞問壁邊書。

来客に会う時になると袖でわずかに顔隠し、流し目をしてきて、ひとに可愛いいとおもわせるが、全く男の方を見ないでもじもじして、次に、頭を低く下げて恥ずかしそうに「壁に書かれた詩はどんな意味なの」と尋ねてきた。

(浣溪沙九首 其の九)

烏帽 斜めに欹【そばだ】て倒にした魚を佩びる,靜かな街を【ひそか】に步み 仙居を訪れる,牆を隔てて應に門を打ち初めるを認むべし。

將に客を見んとする時 微かに斂【ひきし】めるを掩う,人 憐れみを得る處 且つ疎を先んず,頭を低れ  壁邊の書を羞問す。

 

 

『浣溪沙九首 其九』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙九首 其九

烏帽斜欹倒佩魚,靜街步訪仙居,隔牆應認打門初。

將見客時微掩斂,得人憐處且先疎,低頭羞問壁邊書。

 

(下し文)

(浣溪沙九首 其の九)

烏帽 斜めに欹【そばだ】て倒にした魚を佩びる,靜かな街を【ひそか】に步み 仙居を訪れる,牆を隔てて應に門を打ち初めるを認むべし。

將に客を見んとする時 微かに斂【ひきし】めるを掩う,人 憐れみを得る處 且つ疎を先んず,頭を低れ  壁邊の書を羞問す。

 

(現代語訳)

(以前からあこがれていた巫女を初めて訪ねた、壁に題した詩を気に入ってくれたらしい、巫女は恥ずかしそうにその詞の意味を聞いてきたと詠う)

山簡のように酔っぱらった男は烏紗の帽子を斜めにかぶり、金魚袋を逆さに下げて、静かな街を足音ひそめて仙女の館を訪ねる。土塀の奥の門を叩いたら、内側より直ちに、訪れをわかってくれて応対してくれる。

来客に会う時になると袖でわずかに顔隠し、流し目をしてきて、ひとに可愛いいとおもわせるが、全く男の方を見ないでもじもじして、次に、頭を低く下げて恥ずかしそうに「壁に書かれた詩はどんな意味なの」と尋ねてきた。

 

(訳注)

浣溪沙九首其九

(以前からあこがれていた巫女を初めて訪ねた、壁に題した詩を気に入ってくれたらしい、巫女は恥ずかしそうにその詞の意味を聞いてきたと詠う)

【解説】その寺観の壁に詩を題した。その詞を気に入った彼の女は、あってくれることになった、門を叩けばそれだけで誰が来たかとすぐに分かり、また男に会っては袖でちょっと顔を隠し、男から可愛がられれば少々初心な態度をとり差ずかしそうに俯いて壁に書かれた詩を尋ねる。

 

浣溪沙九首『浣溪沙』とは谷間の砂浜で早春の風物詩で、染め上げた沙羅を水で晒した後、並べて乾かすと、谷合が花が咲いたように見えることをいう。独り者の女性だけで行ったことで、春と沙羅と女性ということで艶歌としてうたったものが多いが、春の谷あいの様子を詠うものも多いのである。

 

『花間集』には孫光憲の作が六十一首収められている。浣溪沙九首其一は、双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

蓼岸風多橘柚,江邊一望楚天,片帆煙際閃孤

目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫,蘭紅波碧憶瀟

●●△○●●○  ○○●△●○△ ●△○●●○△

●●○△○●● △○○●●○○  ○○○●●○○

 

浣溪沙九首其二は、双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

桃杏風香簾幕,謝家門約花,畫梁幽語鷰初

繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒,卻疑身是夢魂

○●△○○●○  ●○○●●○○ ●○○●●○○ 

●●●△△●● ●△●△●△○  ●○○●△○△

 

浣溪沙九首其三は双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

花漸凋疎不耐,畫簾垂地晚堂,墮階縈蘚舞愁

膩粉半粘金靨子,殘香猶暖繡薰,蕙心無處與人

○△○△△●△  ●○○●●○△ △○○●●○○

●●●○○●● ○○△●●△△  ●○○●△○○

 

浣溪沙九首 其四双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

攬鏡無言淚欲,凝情半日懶梳,一庭疎雨濕春

楊柳秖知傷怨別,杏花應信損嬌,淚沾魂斷軫離

●●○○●●○  △○●●●○○ ●○△●●○○

○●?○△△● ●○△△●△○  ●△○●●△○

浣溪沙九首 其五は 双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

半踏長裾宛約,晚簾疎處見分,此時堪恨昧平

早是銷魂殘燭影,更愁聞著品絃,杳無消息若為

●●△○△●△  ●○△●●△○ ●○○●●○△

●●○○○●● △○△△●△○  ●○○●△○○

浣溪沙九首 其六は 双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

蘭沐初休曲檻,暖風遲日洗頭,濕雲新斂未梳

翠袂半將遮粉臆,寶釵長欲墜香,此時模樣不禁

○●○△●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○○

●●●△○●● ●○△●●○○  ●○○●△△○

浣溪沙九首 其七 双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

風遞殘香出繡,團窠金鳳舞襜,落花微雨恨相

何處去來狂太甚,空推宿酒睡無,爭教人不別猜

△●○○●●○  ○○○●●△△ ●○○●●△△

△●●△△●● △○●●●○△  ○△○△●○○

浣溪沙九首 其八 双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

輕打銀箏墜鷰,斷絲高罥畫樓西,花冠閑上午牆

粉籜半開新竹逕,紅苞盡落舊桃,不堪終日閉深

△●○○●●△  ●○○●●○○ ○△○●●○○

●●●○○●● ○○●●●○○  △○○●●△○

浣溪沙九首 其九 は、双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

烏帽斜欹倒佩魚,靜街步訪仙居,隔牆應認打門初。

將見客時微掩斂,得人憐處且先疎,低頭羞問壁邊書。

○●○○●△○  ●○○●●○○ ●○△●●○○

△●●○○●● ●○○●△△△  ○○○●●○○

 

烏帽斜欹倒佩魚,靜街步訪仙居,隔牆應認打門初。

山簡のように酔っぱらった男は烏紗の帽子を斜めにかぶり、金魚袋を逆さに下げて、静かな街を足音ひそめて仙女の館を訪ねる。土塀の奥の門を叩いたら、内側より直ちに、訪れをわかってくれて応対してくれる。

【1】    烏帽 烏紗帽。隋、唐時代には身分の高い者がかぶったが、後には貴賎に関係なく用いられ、さらには閑居の際にかぶるようになった。

【2】    佩魚 魚袋。唐代には五品官以上の官僚が身に付けた魚の形をした飾り。品級の違いによって金製、銀製、銅製があった。

【3】    斜欹倒 西晋の山簡が荊州の知事として湖北省の荊州の地方長官として嚢陽にいたとき、常に酔っぱらっては高陽の池にあそび(野酒)、酩酊したあげく、白い帽子をさかさに被り、馬にのって歩いた。それが評判となり、そのことをうたった歌までできた。山簡は泥酔しているのではなく、この時、談義はしているのである。竹林の七賢人の山濤の子であり、山簡はそのような儒教的・既成の倫理観を捨て, 外聞を気にせず, 己に正直にして自由にふるまった。

【4】    倫歩 足音を忍ばせて歩く。

【5】    仙居 仙女の館。ここでは妓楼を指す。あるいは女道士のいる道観の可能性もある。当時の通観の尼は多くが春を禦いでいた。李商隠《重過聖女詞》「白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。

恋愛詩人・李商隠 6 重過聖女詞

聖女詞 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 99

 

將見客時微掩斂,得人憐處且先疎,低頭羞問壁邊書。

来客に会う時になると袖でわずかに顔隠し、流し目をしてきて、ひとに可愛いいとおもわせるが、全く男の方を見ないでもじもじして、次に、頭を低く下げて恥ずかしそうに「壁に書かれた詩はどんな意味なの」と尋ねてきた。

【6】    掩赦 顔を覆いかくすようにして眼を流し目にしてみて、羞ずかしそうにする。

【7】    且生疎 少男の方を見ないでもじもじする。初心な仕草。

【8】    壁邊書 壁に書かれた詩を尋ねる。彼女のこのような仕草は、男を引きつけるための爛れた作戦ではなく、孫光憲が作詞して壁に書いた詩の意味が全く分からなかった。

 

 

 

 

 

 

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11顧夐 (改)《巻六45甘州子五首其三》『花間集』296全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6752

顧夐  甘州子五首其三   

曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。山枕上,長是怯晨鐘。

(劉郎・阮郎といわれるものは仙郷にゆき、夢のようなひと時をすごす、その様子を詠う。)

かつて劉郎とか、阮郎のようにすごし、仙界に訪れた。仙郷の三洞の奥深い所に案内され、この時出逢ったのである綵絹の縁取りの筵の敷物の上で宴をして終わった後には、鳳凰の縫い取りのある布団の中に並んで入る。打ち解けた甘州子の楽曲が流れる中、奇麗な顔立ちを見続ける。女は横になり、ふたり枕をならべる、夜長のこんな時間を過ごしていると朝を告げる鐘の音が聞こえてこないかと怯える。

11顧夐 (改)《巻六45甘州子五首其三》『花間集』296全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6752

 

 
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甘州子五首 其一

(西域地方から来た娘が初めて寵愛をうける、龍涎香と麝香の香りが閨にひろがり、秋の夜長を過ごすのをうたう。)

一爐龍麝錦帷旁,屏掩映,燭熒煌。

香炉より龍涎香と麝香の二つの香が一筋になって立ち上り、錦の帳の傍ら、屏風に照り映えて浮びあがり、招かれた閨に灯火きらめきあかるい。

禁樓刁斗喜初長,羅薦繡鴛鴦。

宮中で時刻を知らせるためにならせる鈴音が、今、初更の時を告げる。一緒に過ごす夜はまだこれからで長いから、嬉しくおもう。ベッドのうえには薄絹の鴛駕の縫い取り模様の敷物の上にまねかれる、

山枕上,私語口脂香。

女は横になり、ふたり枕をならべる、耳元にささやく時に口紅の香がする。

(甘州子五首 其の一)

一爐の龍麝【りょうじゃ】錦帷【きんい】の旁ら,屏 掩て映し,燭 熒煌【けいこう】たり。

禁樓の刁斗【ちょうと】 初めて長きを喜び,羅薦【らせん】繡りの鴛鴦あり。

山 枕の上に,私語 口脂の香。

 

甘州子五首 其二

(清々しい夜がくるといつも寵愛を受けた、どんなに素晴らしく過ごしても心配で仕方なかったのが、現実になり、一年に一度の河を渡ってくることもなくなってしまった妃賓を詠う。)

每逢清夜與良晨,多悵望,足傷神。

清々しい夜がくるといつもお逢いできた、それにともなって、素晴らしい夜明けを迎えた。それでも、将来のことが心配して遙か先を眺めたり、立ち直れないほど深く心を傷めたりした。

雲迷水隔意中人,寂寞繡羅茵。

天の雲が迷えば、お慕いする人とは天の川の水に隔てられてしまう。鳳凰の刺繍の敷物の牀の上は寂寞としてさびしい限り。

山枕上,幾點淚痕新。

いつものように牀の枕に横になる、はらはらと落ちた涙の模様ができる、そして今宵もまた新しい模様が加わる。

(甘州子五首 其の二)

逢う每に 清夜と良晨【りょうしん】となり,悵望すること多く,神を傷ましむに足りたり。

雲 迷えば 水 隔つもの 意中の人も,寂寞【せきばく】たり 繡の羅茵【らいん】には。

山 枕の上,幾ばくの點【てん】淚痕【るいこん】新たにせん。

 

 

甘州子五首 其三

曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。

綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。

山枕上,長是怯晨鐘。

(劉郎・阮郎といわれるものは仙郷にゆき、夢のようなひと時をすごす、その様子を詠う。)

かつて劉郎とか、阮郎のようにすごし、仙界に訪れた。仙郷の三洞の奥深い所に案内され、この時出逢ったのである

綵絹の縁取りの筵の敷物の上で宴をして終わった後には、鳳凰の縫い取りのある布団の中に並んで入る。打ち解けた甘州子の楽曲が流れる中、奇麗な顔立ちを見続ける。

女は横になり、ふたり枕をならべる、夜長のこんな時間を過ごしていると朝を告げる鐘の音が聞こえてこないかと怯える。

(甘州子五首 其の三)

曾て劉阮の如く仙を訪ねた蹤あり,洞を深くし客あり,此の時逢う。

綺筵 散後 繡衾 同じゅうし,曲を款めて韶を見て容く。

山 枕の上,是を長くして 晨鐘に怯る。

 

其四

露桃花裏小樓深,持玉盞,聽瑤琴。

醉歸青瑣入鴛衾,月色照衣襟。

山枕上,翠鈿鎮眉心。

 

其五

紅鑪深夜醉調笙,敲拍處,玉纖輕。

小屏古畫岸低平,煙月滿閑庭。

山枕上,燈背臉波橫。

 

『甘州子五首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

甘州子五首其三

曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。

綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。

山枕上,長是怯晨鐘。

 

(下し文)

(甘州子五首 其の三)

曾て劉阮の如く仙を訪ねた蹤あり,洞を深くし客あり,此の時逢う。

綺筵 散後 繡衾 同じゅうし,曲を款めて韶を見て容く。

山 枕の上,是を長くして 晨鐘に怯る。

 

 

(現代語訳)

(劉郎・阮郎といわれるものは仙郷にゆき、夢のようなひと時をすごす、その様子を詠う。)

かつて劉郎とか、阮郎のようにすごし、仙界に訪れた。仙郷の三洞の奥深い所に案内され、この時出逢ったのである

綵絹の縁取りの筵の敷物の上で宴をして終わった後には、鳳凰の縫い取りのある布団の中に並んで入る。打ち解けた甘州子の楽曲が流れる中、奇麗な顔立ちを見続ける。

女は横になり、ふたり枕をならべる、夜長のこんな時間を過ごしていると朝を告げる鐘の音が聞こえてこないかと怯える。

 

(訳注)

甘州子五首其三

(劉郎・阮郎といわれるものは仙郷にゆき、夢のようなひと時をすごす、その様子を詠う。)

甘州子は西域から花街に来た娘をいう。 唐の長安は当時世界最大の都市で、国際交流都市であった。そこには青い目の娘がいた。特にペルシャ系、トルコ系の美女が詩に登場している。雅楽に「甘州子」がある。中国の雅楽は,〈雅正の楽〉の意で俗楽に対立し,儒教の礼楽思想に基づいて成立,発展したために狭義には天地宗廟の祭祀楽を意味するが,広義には国家,宮廷の儀式や宴饗の楽も含める。狭義の雅楽は古来の雅楽器を用い,堂上登歌(どうじようとうか),堂下楽懸(どうかがくけん)の2種の楽を奏し,八佾(はちいつ)の舞を舞うという一定の形式を有する。

甘州(かんしゅう)は中国にかつて存在した州。現在の中華人民共和国甘粛省張掖市に比定される。南北朝時代には西魏により西涼州が設置され、553年(廃帝3年)に甘州と改称された。その後、隋代は、隋朝が成立すると当初は甘州が設置され27県を管轄した。607年(大業3年)には郡制施行に伴い武威郡と改称された。

唐の教坊の曲名。『花問集』には顧夐の五首のみ所収。単調三十三字、七句五平韻で、⑦3③⑦⑤3⑤の詞形をとる。

甘州子五首 其一

一爐龍麝錦帷,屏掩映,燭熒

禁樓刁斗喜初,羅薦繡鴛

山枕上,私語口脂

●○○●●○○  △●● ●○○ 

△○○●●○△ ○●●○○

○△● ○●●○○

 

甘州子五首 其二

每逢清夜與良,多悵望,足傷

雲迷水隔意中,寂寞繡羅

山枕,幾點淚痕

●○○●△○○  ○●△ ●△○

○○●●●△○ ●●●○○

○△● △●●○○

 

甘州子五首 其三

曾如劉阮訪仙,深洞客,此時

綺筵散後繡衾,款曲見韶

山枕上,長是怯晨

○△○△●○○  △△● ●○○

●○●●●○○ ●●●○○

○△● △●●○○

 

 

曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。

かつて劉郎とか、阮郎のようにすごし、仙界に訪れた。仙郷の三洞の奥深い所に案内され、この時出逢ったのである

○劉阮 劉郎、阮郎 ○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

○蹤 あと足あと。「蹤跡/先蹤・追蹤」

○洞 道教における、〈三洞〉すなわち洞神,洞玄,洞真のうち,洞神部の経典群であり,道教経典の中では成立の時期が最も早く,したがってまた道教の神学教理全体の中でも基底的な,もしくは底辺部的な位置を占める。

 

綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。

綵絹の縁取りの筵の敷物の上で宴をして終わった後には、鳳凰の縫い取りのある布団の中に並んで入る。打ち解けた甘州子の楽曲が流れる中、奇麗な顔立ちを見続ける。

○款 1 打ち解けた心 。真心。よしみ。「款待・款談/交款」2 取り決めの条項。「条款・定款・約款」3 まとまった 金額。「借款」4 金石にくぼませて彫った文字。また、書画に書きつける文字。

○韶容 1.清新的光。 2.的容貌。 : 古代曲名。

 

山枕上,長是怯晨鐘。

女は横になり、ふたり枕をならべる、夜長のこんな時間を過ごしていると朝を告げる鐘の音が聞こえてこないかと怯える。

○山枕上 女性が横たわることを山という表現をする。

張泌《巻四46女冠子一首》『花間集』197全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6257

張泌  女冠子 一首  

露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。

竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

(後宮に祀られた祠の舞台、祭壇に、後宮に入った若い女冠子をうたうもので、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団の中のアイドルの頂点のような存在である、しかし歳を重ねれば世代交代ということはつきものである。数万にも及ぶ女道士も人知れずなくなっていくと詠う。

張泌《巻四46女冠子一首》『花間集』197全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6257

 
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張泌(生平年未詳)は、五代、前蜀の人。字、出身地ともに未詳。『花間集』では牛嶠と毛文錫の間に置かれていることから、前蜀に仕えて舎人になったことが知れるだけである。晩唐から五代にかけて、張泌という名の人物が三人いたことが分かっており、このため同名異人のこの三者がしばしば混同されてきた。『花間集』 には《浣溪沙》二十七首の詞が収められていて、張泌の「浣溪沙」作が十首収められている。浣溪沙は早春の川に染めた布地を晒し、その後、河原で一枚づつ並べて乾す様子をいうものであったが、寒食、清明節のころから、初夏にかけて、行楽で、川縁や野原に、万幕を張る様子を、言うようになった。春の絶頂期、人生の絶頂期、恋愛のの絶頂期を示すものが多い。舟を出して花いっぱいの渓谷に入って遊んだものが、今では砂ばかりの渓谷しか見られない、ということを象徴にして女、女妓の侘しさ、寂しさを詠うものである。 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

巻一

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 〃

巻一

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

巻三

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 〃

巻三

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 〃

巻三

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 〃

巻四

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 〃

巻四

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 〃

巻四

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

巻四

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

巻八

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 〃

巻八

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 〃

巻九

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

巻九

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 〃

巻九

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

巻十

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 〃

巻十

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 


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牛嶠《巻四44女冠子四首 其三》『花間集』195全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6247

牛嶠  女冠子四首 其三  

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎。

星の如く宝玉を鏤めた冠、霓裳羽衣の美しくて軽やかな衣装、額の中心に黄色い花鈿の化粧をし、その中心に真珠を付けていて宮殿の内に住んでいる。そこには佩びの音がなりひびく。翡翠のとばりを明るく照らされ蝉の翼が揺れ、きめのこまかい白粉の粉を宵越しの化粧をしている。災厄を消除する祭祀の祭壇には春草が一斉に伸びて一面緑に変っている。禁苑の囲いの庭には満面の花で、もう杏花の香りがいっぱいに広がる。

 

牛嶠《巻四44女冠子四首 其三》『花間集』195全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6247

 
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(改訂版Ver.2.1

女冠子四首

牛嶠(生卒年不詳),字を松卿といい,また延峰ともいった。隴西(今の甘肅省西部)の人,唐の宰相、牛僧孺の孫である。唐の僖宗、878年乾符元年の進士,拾遺,補尚書郎を歷任した。王建が蜀の鎮守になると,牛嶠は判官に任じられ、王建が建国して帝を称えると給事中等職に任じられ,故に後の人は “牛給事”と稱した。牛嶠博學、文才有り,詩は李賀に學んだ,尤も其の詞を以って世に聞く,現在《歌詩集》三捲あったことは知られているが今日うしなわれていて傳わらない。花間集に三十二首収められている。

 

(改訂版Ver.2.1

女冠子四首其一

女冠子四首其の一(若くてアイドルのような女冠が初め恋をした有様を詠う)

綠雲高髻,點翠紅時世。月如眉。

黒髪が輝き両鬢の雲型に高くした髷のもとどり姿、翡翠が鏤められた髪飾り、若い人に流行の赤くきれいな頬紅の化粧をする、それに新月のような眉を書いている。

淺笑含雙靨,低聲唱小詞。

恥しがってすこし笑うと両の頬にえくぼができる、低い声で短冊に書き込んだ短篇詞譜をうたっている。

眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。

鏡を見るとただ変わっていくのが恐ろしいし、落ち着かず蕩心であってもいい、連れ立って歩きたいと思っている。

玉趾迴嬌,約佳期。

耀く歌を謡って庭をいっしょに歩いてまわればその声は余韻として広がり、また、逢瀬の期日約束をする。

(女冠子四首 其の一)

綠雲の高髻,點翠 勻紅しく 時世なり。月 眉の如し。

淺笑 雙靨を含み,低聲 小詞を唱う。

眼看 唯だ化を恐れ,魂蕩 相い隨わんと欲す。

玉趾して嬌步迴り,佳期を約す。

(改訂版Ver.2.1

女冠子四首其二

(後蜀の後宮に美女がそろい、この春、寵愛を受ける妃賓に最高の飾り身支度に包まれ、それが久しく続くと詠う。)

錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。

錦江の水面は春の煙がただよい、卓文君をおもわせる宮女がならび、温む燒春の新酒の美酒が用意され、宮女はきれいに紫紅色の化粧をととのえる。

帶芙蓉帳,金釵芍藥花。

鸞の刺繍の帯、芙蓉の帳、金の簪、芍薬の花、限りの無いほどの寵愛を受けているさまでいっぱい。

侵膩髮,臂釧透紅紗。

そのうえ、生え際までの黄色の額に花鈿の化粧をして、紅色の紗の袖に腕輪が透けて見える。

柳暗鶯啼處,認郎家。

柳が緑色濃く繁り、陰を暗くする頃、鶯が囀るあたり、愛しき君の邸宅が見える。

(女冠子四首其二)

錦江の煙水,卓女の燒春 濃美なり。小檀霞【しょうだんか】。

繡帶【しゅうたい】芙蓉の帳,金釵 芍藥の花。

額黃【がくこう】膩髮【じはつ】を侵し,臂釧【ひせん】紅紗【こうさ】に透ける。

柳 暗く 鶯 啼く處,郎が家を認む。

 

女冠子四首其三

女冠詞四首その三(禁断の園には、今年も春の盛りが来て杏の花の香りに包まれる、一時期の寵愛であったかもしれないが、それを夢見て暮らすと詠う)

星冠霞,住在蘂珠宮裏。佩叮

星の如く宝玉を鏤めた冠、霓裳羽衣の美しくて軽やかな衣装、額の中心に黄色い花鈿の化粧をし、その中心に真珠を付けていて宮殿の内に住んでいる。そこには佩びの音がなりひびく。

明翠搖翼,纖珪理宿粧。

翡翠のとばりを明るく照らされ蝉の翼が揺れ、きめのこまかい白粉の粉を宵越しの化粧をしている。

壇春艸綠,藥院杏花香。

災厄を消除する祭祀の祭壇には春草が一斉に伸びて一面緑に変っている。禁苑の囲いの庭には満面の花で、もう杏花の香りがいっぱいに広がる。

青鳥傳心事,寄劉郎。

其の三

星の冠 霞の帔,住むは蘂珠【ずいしゅ】宮裏に在る。佩し、叮し、す。

翠を明し 蟬翼搖れ,纖珪 宿粧を理す。

醮壇【しょうだん】 春艸【しゅんそう】の綠,藥院【やくいん】 杏花の香。

青鳥 心事を傳へ,劉郎に寄す。

 

女冠子四首其四

雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。

錦字書封了,銀河鴈過遲。

鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。

不語勻珠淚,落花時。

(其の四)

雙ながら飛び 雙ながら舞い,春の晝 後園 鶯 語る。羅幃を卷く。

錦字 書 封じ了し,銀河 鴈 遲れて過る。

鴛鴦 寶帳に排し,荳 繡 枝を連る。

語らずして珠淚に勻し,落花の時。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『女冠子』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子四首 其三

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎。

 

(下し文)

女冠子四首其の三

星の冠 霞の帔,住むは蘂珠【ずいしゅ】宮裏に在る。佩し、叮し、

翠を明し 蟬翼搖れ,纖珪 宿粧を理す。

醮壇【しょうだん】 春艸【しゅんそう】の綠,藥院【やくいん】 杏花の香。

青鳥 心事を傳へ,劉郎に寄す。

 

(現代語訳)

女冠詞四首その三(禁断の園には、今年も春の盛りが来て杏の花の香りに包まれる、一時期の寵愛であったかもしれないが、それを夢見て暮らすと詠う)

星の如く宝玉を鏤めた冠、霓裳羽衣の美しくて軽やかな衣装、額の中心に黄色い花鈿の化粧をし、その中心に真珠を付けていて宮殿の内に住んでいる。そこには佩びの音がなりひびく。

翡翠のとばりを明るく照らされ蝉の翼が揺れ、きめのこまかい白粉の粉を宵越しの化粧をしている。

災厄を消除する祭祀の祭壇には春草が一斉に伸びて一面緑に変っている。禁苑の囲いの庭には満面の花で、もう杏花の香りがいっぱいに広がる。

恋の使者である青鳥よ伝えてくれ 心にある思いを、あのおかたに寄せるこの詩を。

 

(訳注)

女冠子四首其三

女冠詞四首その三(禁断の園には、今年も春の盛りが来て杏の花の香りに包まれる、一時期の寵愛であったかもしれないが、それを夢見て暮らすと詠う)

『花間集』には牛嶠の作が四首収められている。

温庭筠、韋荘、女冠子参照。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-148《巻1-48 女冠子二首 其一》66首巻一48-〈48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-149《巻1-49 女冠子二首 其二》66首巻一49-〈49〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5442

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》三巻21-〈121〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5807

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-44韋荘122《巻3-22 女冠子二首 其二》三巻22-〈122〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5812

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊144《巻三43女冠子二首其一》巻三4344-〈144〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5922

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊145《巻三44女冠子二首其二》巻三4445-〈145〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5927

《巻四42女冠子四首 其一》『花間集』193全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6237

 

14-377《女冠子二首其一》孫光憲(37)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-560-14-(377) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4347

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8-418《女冠子一首》張泌Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-601-8-(418) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4552

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19-489《女冠子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-672-19-(489) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4907

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女冠子四首 其一

綠雲高,點翠勻紅時。月如

淺笑含雙靨,低聲唱小

眼看唯恐,魂蕩欲相隨。

玉趾迴嬌,約佳

●○○●  ●●○○○△ ●△○

△●○○● ○○●●○

●△△●● ○●●△○

●●△△● ●○○

双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句一平韻で、❹❻③5⑤/55③の詞形をとる。

女冠子四首其二

錦江煙,卓女燒春濃。小檀

繡帶芙蓉帳,金釵芍藥

額黃侵膩髮,臂釧透紅

柳暗鶯啼,認郎

●○○●  ●●△○○● ●○○

●●○○● ○○●●○

●○△●● ●●●○○

●●○○● ●○○

双調四十一字、前段二十二字五句三仄韻二平韻、後段十八宇四句二仄韻二平韻で、❹❻③❺⑤/❺⑤⑤③の詞形をとる。

女冠子四首其三

星冠霞,住在蘂珠宮。佩叮

明翠搖蟬,纖珪理宿

醮壇春艸,藥院杏花

青鳥傳心,寄劉

○△○△  ●●●○○● △○?

○●○○● ○○●●?

△○○●● ●△●○○

○●△○● ●○○

 

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

星の如く宝玉を鏤めた冠、霓裳羽衣の美しくて軽やかな衣装、額の中心に黄色い花鈿の化粧をし、その中心に真珠を付けていて宮殿の内に住んでいる。そこには佩びの音がなりひびく。

・星冠 星の如く宝玉を鏤めた冠。

・霞帔 白居易·霓裳羽衣歌:「虹裳霞帔步搖冠,鈿瓔纍纍佩珊珊。」

薄絹などで作った、女性の美しくて軽やかな衣装のこと。また、舞曲の名。もと西域から伝来したものという。一説に唐の玄宗が仙人と月宮に遊び、仙女の舞を見たが、玄宗はその音調を覚えて帰り、楽士にそのとおり作らせたのがこの楽曲という。楊貴妃ようきひはこの舞を得意としたとされる。▽「霓裳」は虹にじのように美しいもすそ(スカート)の意。「霓」は虹。「羽衣」は鳥の羽で作った軽い衣。天あまのはごろも。天人や仙人が着て空を飛ぶという。・帔 とは。意味や日本語訳。古代の女性の刺繍(し/しゆう)つきの肩掛け. 

蘂珠 粉心黃蘂は額の中心に黄色い化粧をぬること。その中心の真珠を付ける。

 1 身に帯びる。「佩剣・佩刀・佩用/帯佩」2 腰につける飾り。「玉佩」3 心にとどめて忘れない。

・叮 (1) (蚊やノミが)刺す,かむ被蚊子叮了一下蚊に刺された.(2) 問い詰める,しつこく尋ねる叮了她一句念を押すように彼女に尋ねた.

 鐘の音を表す擬声語。

 

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

翡翠のとばりを明るく照らされ蝉の翼が揺れ、きめのこまかい白粉の粉を宵越しの化粧をしている。

・纖〔繊〕【せん】1 ほそい。こまかい。「繊維・繊細・繊繊・繊毛」2 繊維。

・珪  主に石英粒からなる砂。花崗岩(かこうがん)などの風化で生じる。珪石を粉砕した人工珪砂もある。ガラスの原料、鋳物砂、研磨材に使用。石英砂。

・宿妝 宵越しの化粧。岑参《醉子美人》朱唇一点桃花殷,宿妝嬌羞偏髻鬟。 

「宿粧」

 

溫庭筠

巻一03菩薩蠻十四首其三

蘂黃無限當山額,宿粧隱笑紗窗隔。

溫庭筠

巻二04遐方怨二首其一

宿粧眉淺粉山橫,約鬟鸞鏡裡,繡羅輕。

牛嶠

巻四03女冠子四首其三

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

顧夐

巻六34虞美人六首其一

宿粧猶在酒初醒,翠翹慵整倚雲屏,轉娉婷。

 

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

災厄を消除する祭祀の祭壇には春草が一斉に伸びて一面緑に変っている。禁苑の囲いの庭には満面の花で、もう杏花の香りがいっぱいに広がる。

・醮 中国における道教の祭祀の一つ。《隋書》経籍志の道経序録によれば,醮とは災厄を消除する方法の一つで,夜中,星空の下で酒や乾肉などの供物を並べ,天皇太一や五星列宿を祭り,文書を上奏する儀礼をいう。

藥院 禁苑の囲いを凝らして出入りを禁じたところ。男子禁制の道女のいるところ。

 

青鳥傳心事,寄劉郎。

恋の使者である青鳥よ伝えてくれ 心にある思いを、あのおかたに寄せるこの詩を。

・青鳥 青色は五行思想方位で東に当たる。春の神を青帝ともいう。また靑鳥は天上の女神西王母の侍女でもある。そこでここは、青い鳥が春の使者として訪れたことをいうのであろう。恋の使者(青鳥 仙界とのなかだちをするという青い鳥、恋の使者である。この島に棲む青い鳥が使者である。仙女西王母の使いの鳥。杜甫「麗人行」にもある。お誘いの手紙を届けるものを指す。)

・劉郞 仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 

牛嶠《巻四42女冠子四首 其一》『花間集』193全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6237

牛嶠  女冠子四首 其一  

綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。

眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

女冠子四首其の一(若くてアイドルのような女冠が初め恋をした有様を詠う)

黒髪が輝き両鬢の雲型に高くした髷のもとどり姿、翡翠が鏤められた髪飾り、若い人に流行の赤くきれいな頬紅の化粧をする、それに新月のような眉を書いている。恥しがってすこし笑うと両の頬にえくぼができる、低い声で短冊に書き込んだ短篇詞譜をうたっている。

牛嶠《巻四42女冠子四首 其一》『花間集』193全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6237

 
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牛嶠(生卒年不詳),字を松卿といい,また延峰ともいった。隴西(今の甘肅省西部)の人,唐の宰相、牛僧孺の孫である。唐の僖宗、878年乾符元年の進士,拾遺,補尚書郎を歷任した。王建が蜀の鎮守になると,牛嶠は判官に任じられ、王建が建国して帝を称えると給事中等職に任じられ,故に後の人は “牛給事”と稱した。牛嶠博學、文才有り,詩は李賀に學んだ,尤も其の詞を以って世に聞く,現在《歌詩集》三捲あったことは知られているが今日うしなわれていて傳わらない。花間集に三十二首収められている。

 

(改訂版Ver.2.1

女冠子四首其一

女冠子四首其の一(若くてアイドルのような女冠が初め恋をした有様を詠う)

綠雲高髻,點翠紅時世。月如眉。

黒髪が輝き両鬢の雲型に高くした髷のもとどり姿、翡翠が鏤められた髪飾り、若い人に流行の赤くきれいな頬紅の化粧をする、それに新月のような眉を書いている。

淺笑含雙靨,低聲唱小詞。

恥しがってすこし笑うと両の頬にえくぼができる、低い声で短冊に書き込んだ短篇詞譜をうたっている。

眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。

鏡を見るとただ変わっていくのが恐ろしいし、落ち着かず蕩心であってもいい、連れ立って歩きたいと思っている。

玉趾迴嬌,約佳期。

耀く歌を謡って庭をいっしょに歩いてまわればその声は余韻として広がり、また、逢瀬の期日約束をする。

(女冠子四首 其の一)

綠雲の高髻,點翠 勻紅しく 時世なり。月 眉の如し。

淺笑 雙靨を含み,低聲 小詞を唱う。

眼看 唯だ化を恐れ,魂蕩 相い隨わんと欲す。

玉趾して嬌步迴り,佳期を約す。

 

其二

錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。

繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。

額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。

柳暗鶯啼處,認郎家。

 

其三

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎。

 

其四

雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。

錦字書封了,銀河鴈過遲。

鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。

不語勻珠淚,落花時。

 

(改訂版Ver.2.1

『女冠子四首』 現代語訳と訳註

(本文) 女冠子四首 其一

綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。

淺笑含雙靨,低聲唱小詞。

眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。

玉趾迴嬌步,約佳期。

 

(下し文)

(女冠子四首 其の一)

綠雲の高髻,點翠 勻紅しく 時世なり。月 眉の如し。

淺笑 雙靨を含み,低聲 小詞を唱う。

眼看 唯だ化を恐れ,魂蕩 相い隨わんと欲す。

玉趾して嬌步迴り,佳期を約す。

 

(現代語訳)

女冠子四首其の一(若くてアイドルのような女冠が初め恋をした有様を詠う)

黒髪が輝き両鬢の雲型に高くした髷のもとどり姿、翡翠が鏤められた髪飾り、若い人に流行の赤くきれいな頬紅の化粧をする、それに新月のような眉を書いている。

恥しがってすこし笑うと両の頬にえくぼができる、低い声で短冊に書き込んだ短篇詞譜をうたっている。

鏡を見るとただ変わっていくのが恐ろしいし、落ち着かず蕩心であってもいい、連れ立って歩きたいと思っている。

耀く歌を謡って庭をいっしょに歩いてまわればその声は余韻として広がり、また、逢瀬の期日約束をする。

 

 

(訳注)

女冠子四首其一

女冠子四首其の一(若くてアイドルのような女冠が初め恋をした有様を詠う)

温庭筠、韋荘、女冠子参照。

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《巻四42女冠子四首 其一》『花間集』193全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6237

 

14-377《女冠子二首其一》孫光憲(37)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-560-14-(377) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4347

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唐の教坊の曲名。女冠は女道士の意。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二仄韻二平韻、後段十八宇四句二平韻一仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

女冠子四首 其一

綠雲高,點翠勻紅時。月如

淺笑含雙靨,低聲唱小

眼看唯恐,魂蕩欲相隨。

玉趾迴嬌,約佳

●○○●  ●●○○○△ ●△○

△●○○● ○○●●○

●△△●● ○●●△○

●●△△● ●○○

 

 

綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。

黒髪が輝き両鬢の雲型に高くした髷のもとどり姿、翡翠が鏤められた髪飾り、若い人に流行の赤くきれいな頬紅の化粧をする、それに新月のような眉を書いている。

○この三句は、女冠がうら若き乙女であることをいう。

・綠雲高髻 若い女の黒髪が輝き両鬢の雲型に高くした髷のもとどり姿。

・點翠 宝飾の翡翠がちりばめられた簪。

・勻紅 頬紅を付けて化粧する。

・時世 時とともに移り変わる、世の中。時代。ときよ。

・月如眉 眉が新月のようである;眉月(指新月). 眉黛.のことで、古代女子が眉を黛畫するのに用いる。黛,青黑色的顏料である。

 

淺笑含雙靨,低聲唱小詞。

恥しがってすこし笑うと両の頬にえくぼができる、低い声で短冊に書き込んだ短篇詞譜をうたっている。

・靨 笑()(くぼ) (1)笑うと、頬にできる小さなくぼみ。 (2)ほくろ。

・低聲 恥しがって小声を出す。

・小詞 1.短冊などの書き込んだ短篇歌詞。填寫:(表・伝票などに)記入する,書き込む.2.民間歌謠或は曲藝をいう。 猶小調。

 

眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。

鏡を見るとただ変わっていくのが恐ろしいし、落ち着かず蕩心であってもいい、連れ立って歩きたいと思っている。

恐化 変化して行くのが怖い

魂蕩 蕩:1.落ち着かないで、ゆれうごく。ゆらぐ。うごかす。「蕩心・漂蕩」2.しまりがなく、わがまま。ほしいまま。特に、酒色におぼれる。「放蕩・遊蕩・蕩児」

 

玉趾迴嬌步,約佳期。

耀く歌を謡って庭をいっしょに歩いてまわればその声は余韻として広がり、また、逢瀬の期日約束をする。

・玉趾 足跡が輝いている。ここでは歌声が余韻として残るというほどの意味である。

・佳期 逢瀬の約束の期日。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊145《巻三44女冠子二首其二》巻三4445-〈145〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5927

(改訂版)女冠子二首其二
雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。

髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。

往來雲過五,去往島經三。

正遇劉郎使,瑤緘。

(女冠子二首其の二:清廉な礼拝の修行の成果、神女となって昇天し、雲に乗って五岳、神仙三山を廻ったが、劉郎の使者が訪れ寵愛を受けると詠う。)

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊145《巻三44女冠子二首其二》巻三4445-145〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5927

 
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女冠子二首其一 .薛昭蘊(改訂版)

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

靜夜松風下,禮天壇。

(寵愛を失った妃嬪がっもともあこがれ、希望するのは、南岳魏夫人のように俗世を棄てる事であり、清らかに自然に同化していくことであると詠う。)

 

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李白《江上送女道士褚三清游南岳》

江女道士,頭戴蓮花巾。

霓衣不雨【霓裳不雨】,特異陽臺雲。

足下遠遊履,凌波生素塵。

尋仙向南嶽,應見魏夫人。

 

南岳魏夫人(神仙・上清派の開祖) 道教上清派の開祖とされている女神仙。南岳衡山(こうざん)の支配者ともいわれ、紫虚元君(しきょげんくん)とも呼ばれる。 もとは魏華存(ぎかそん)(251~334年)という名で、西晋の司徒魏舒(ぎじょ)の娘として山東省に生まれたと伝えられている。若いときから『道徳経』などに親しみ、胡麻散などの長生薬を服用し、神仙術に打ち込んだ。結婚後に河南省に移り二男をもうけたが、子供が成長すると斎室を建て、家族と離れて修道生活に入った。288年12月16日、ついに神々が降下してきて、『上清経』などの経典や道法を授けられた。83歳のときには東華帝君から仙薬を与えられ、その薬を飲んで尸解(しかい)して昇天し、天界で紫虚元君に封じられ、南岳衡山を支配するようになったという。  また、それから30年後に茅山(ぼうざん)の楊羲(ようぎ)、許穆(きょぼく)のもとに降霊し、上清派の諸経典を授け、これによって上清派が始まったのだという。

 

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。『唐六典』(巻四)に、盛唐の時代、天下に女道士のいる五五〇の道観、二一二二の尼寺があったと記されている。尼や女道士の数はさらに相当なものである。『旧唐書』 の 「侍突伝」 に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』 の 「百官志」には「天下の女冠は九八八人、女尼は五万五七六人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(八讐-八四六)、僧尼は二六万五百人に達した。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦蝮地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦蛙資料』第一輯「敦塩寺院僧尼等名牒」)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、無視できない階層を形成していたのである。

この数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。彼女たちはどうして同じ道を歩んで出家するに至ったのだろうか。

【出家の動機】

およそ出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。一部は、家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。たとえば、宋国公の斎璃は仏教にのめりこみ、娘を三歳にして寺に入れ尼にしてしまった(『唐文拾遺』巻六五「大唐済度寺の故比丘尼法楽法師の墓誌銘」)。

柳宗元の娘の和娘は、病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った(『全唐文』巻五八二、柳宗元「下務の女子の墓碑記」)。こうした人々の大半は貴族、士大夫の家の女子であり、彼女たちの入信は多かれ少なかれ信仰の要素を内に持っていたようである。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。たとえば、開元年間、輩県(河南省筆県)の李氏は夫の死後再婚を願わず、俗世を棄てて尼になった(侠名『宝応録』)。焼騎将軍桃李立が死んだ時、その妻は喪が明けると、出家して女道士になりたいと朝廷に願い出た(『全唐文』巻五三一、張貫「桃李立の妻、女道士に充らんとするを奏せる状」)。あるいはまた、家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観に人らざるをえなかった者もいる。越王李貞(太宗の子)の玄孫李玄真は、祖先(曾祖父李珍子)の武則天に対する反逆の罪によって父、祖父などがみな嶺南の僻遠の地で死んだ。彼女はそれら肉親を埋葬した後、成宜観に入り信仰の中で生涯を終えた(『旧唐書』列女伝)。睾参は罪にふれて左遷させられた。すると、その娘は榔州(湖南省榔県)で出家し尼になった(『新唐書』睾参伝)。

 

また妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。宮人・宮妓が通観に入る例も少なからぬ割合を占める。彼女たちは年をとり宮中を出でも頼るべき場所とてなく、大多数が寺院・通観を最後の安住の地とした。

 

長安の政平坊にあった安国観の女這士の大半は上陽宮の宮人であった(『唐語林』巻七)。詩人たちはかつて、「斎素と白髪にて宮門を酢で、羽服・星冠に道意(修行心)存す」(戴叔倫「宮人の入道するを送る」)、「君看よ白髪にて経を詞する者を、半ばは走れ宮中にて歌舞せし人なり」(慮輪「玉真公主の影殿を過ぎる」)などと詠んで嘆いた。最後になったが、他に貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。総じて言えば、出家は女性たちが他に生きる道がない状況下における、最後の出路、最後の落ち着き先になったのである。

一般の女子の出家の状況はだいたい以上述べたようなものであったが、妃嬢・公主たちの出家の事情は比較的特殊である。妃嬢の中のある者は、皇帝が死ぬと集団で寺に送りこまれた

 

 

(改訂版)-4.薛昭蘊144《巻三43女冠子二首其一》

女冠子二首其一

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

寵愛を失って神仙をもとめて俗世を去るのである、これまでの翡翠の飾り、花鈿、黄金の櫛、簪、なにもかもすべて投げ捨て、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

薄い透明感の黄色の羽衣を軽くたるませて上半身、片に巻き付ける。頭には雲の彫刻の白玉の冠を付けている。

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

野に靄が漂うのは、修業している渓谷の洞窟の冷気が靄は生むのである、そして、ここに繁る木々に月光はあまねく照らし、清川な流れにかかる石橋をも一体化して寒気がひろがる。

靜夜松風下,禮天壇。

清廉で静かな夜に、小高い丘の松をぬけた風が遠くやさしく吹いてくるところで、王屋山の頂の様に天壇をつくって礼拝する。

(改訂版)(女冠子 二首其の一)

仙を求めて去るなり,翠鈿【すいでん】金篦【きんべい】盡く捨て,嵒巒【がんらん】に入る。

霧捲 黃羅の帔【かたかけ】,雲彫 白玉の冠。

野煙 溪洞に冷やかなり,林月 石橋に寒し。

靜夜 松風の下,天壇に禮す。

 

 

(改訂版)-4.薛昭蘊144《巻三43女冠子二首其一》

『女冠子二首其一』現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其一

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

靜夜松風下,禮天壇。

 

(下し文)

(改訂版)(女冠子 二首其の一)

仙を求めて去るなり,翠鈿【すいでん】金篦【きんべい】盡く捨て,嵒巒【がんらん】に入る。

霧捲 黃羅の帔【かたかけ】,雲彫 白玉の冠。

野煙 溪洞に冷やかなり,林月 石橋に寒し。

靜夜 松風の下,天壇に禮す。

 

(現代語訳) (改訂版)女冠子二首其一

(寵愛を失った妃嬪がっもともあこがれ、希望するのは、南岳魏夫人のように俗世を棄てる事であり、清らかに自然に同化していくことであると詠う。)

寵愛を失って神仙をもとめて俗世を去るのである、これまでの翡翠の飾り、花鈿、黄金の櫛、簪、なにもかもすべて投げ捨て、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

薄い透明感の黄色の羽衣を軽くたるませて上半身、片に巻き付ける。頭には雲の彫刻の白玉の冠を付けている。

野に靄が漂うのは、修業している渓谷の洞窟の冷気が靄は生むのである、そして、ここに繁る木々に月光はあまねく照らし、清川な流れにかかる石橋をも一体化して寒気がひろがる。

清廉で静かな夜に、小高い丘の松をぬけた風が遠くやさしく吹いてくるところで、王屋山の頂の様に天壇をつくって礼拝する。

 

 

(訳注)

(改訂版)女冠子二首其一

(寵愛を失った妃嬪がっもともあこがれ、希望するのは、南岳魏夫人のように俗世を棄てる事であり、清らかに自然に同化していくことであると詠う。)

前段は、女道士となるために、家も身を創る品々もすべてを捨て去って、山に入ると、いつしかもやのようにつつまれて同化する衣裳に変わること述べる。後段は、月の照る静かな夜、風渡る松の木の下で、天壇、地壇に祈りを捧げるさまを描く。

『花間集』には薛昭蘊の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句、二仄韻二平韻、後段十八字四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

女冠子二首其一

求仙去、翠鈿金篦盡、入嵒

霧捲黃羅帔、雲彫白玉

野煙溪洞冷、林月石橋

靜夜松風禮天





 

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

寵愛を失って神仙をもとめて俗世を去るのである、これまでの翡翠の飾り、花鈿、黄金の櫛、簪、なにもかもすべて投げ捨て、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

求仙 仙人になることを求める。ここでは南岳魏夫人(神仙・上清派の開祖)にあこがれて高貴な身分を棄てる(しかし、宮人を引き連れて入山する。)

翠細金箆 翡翠や金で飾った櫛や簪。

嵒巒 自然に同化するため岩山に入る。道教は、南北朝の時代に成熟し、唐代には国教となり、宗教としての質をどんどん向上させた。宗教人類学・宗教歴史学・宗教心理学・宗教社会学の観点から分析すると、道教は宗教の基本要素を全て備えている。キリスト教・イスラム教・仏教の三大世界宗教と比べると、道教は一般の宗教としての特徴だけでなく独特の民族文化の特色も備えている。道教の一般的な宗教としての特徴を次に示す。道教は自然発生した自然宗教と人為的な倫理宗教の結合体である。人格化した主神(元始天尊・太上老君など)に対する信仰だけだけでなく、自然界の本質である汎神論の「道」の信仰(ヒンズー教の「ブラーフマン」、大乗仏教の「仏性」と類似している)もある。祠に女妓ともなった。

 

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

薄い透明感の黄色の羽衣を軽くたるませて上半身、片に巻き付ける。頭には雲の彫刻の白玉の冠を付けている。

霧捲黃羅帔 薄い透明感の黄色の羽衣を軽くたるませて上半身、片に巻き付ける。

古代婦女披於肩背的一種紗巾,多為薄質紗羅所制。

白玉冠 白い玉。白壁。《禮記》「衣白衣、服白玉。」

 

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

野に靄が漂うのは、修業している渓谷の洞窟の冷気が靄は生むのである、そして、ここに繁る木々に月光はあまねく照らし、清川な流れにかかる石橋をも一体化して寒気がひろがる。

野煙溪洞冷 渓谷の洞窟から靄が発生し、雲に成長するというのが古代中国の考えであった。道教はこの煙、霞と一体化することが修業である。

林月石橋寒 この後段からは、自然と一体化していく修行の場の様子をいう。

 

靜夜松風下,禮天壇。

清廉で静かな夜に、小高い丘の松をぬけた風が遠くやさしく吹いてくるところで、王屋山の頂の様に天壇をつくって礼拝する。

靜夜・松風下 どちらも清いことに喩える語。杜甫《陪鄭広文遊何将軍山林十首 其九》「醒酒微風入,聽詩靜夜分。」(酒を醒まさんとして微風入り 詩を聴けばかんとして静夜分かる)酒の酔いを醒ますため微風に当たり体に当て吹きこみ、詩に耳を傾けていると静かに夜がふけてゆくのである。

杜甫 《玉華宮》「溪回松風長,蒼鼠竄古瓦。」(渓廻りて松風長し 蒼鼠古瓦に竄る。)谷川がうねっている、そこに這うように松風が遠くやさしく吹いてくる、落ちて散らばった古瓦に胡麻塩の毛の鼠が人を畏れるかの様にかくれている。 

玉華宮 ① 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 205

天壇 天の神を祭るための祭壇。1.封建における帝王祭天をおこなう高臺。 《宋書禮志三》:光武 建武 中, 不立北郊, 故后地之祇常配食天壇。” 《南齊書禮志上》:郊為天壇。 2. 王屋山の頂,軒轅が天に祈ったという。《相傳》黃帝 禮天處。 」相傳には黃帝が天に禮した處という。 杜甫 《昔游》「王喬下天壇,微月映皓鶴。」(王喬天壇に下り,微月 皓鶴に映ず。)おりしも王喬かと思われる仙人が天壇に降りてきた。 仇兆鰲 注:王屋山 頂曰 天壇 。” 陳師道 《談叢》卷十八:王屋 天壇 道書云 黃帝 禮天處也。

軒轅 黄帝(こうてい)は神話伝説上では、三皇の治世を継ぎ、中国を統治した五帝の最初の帝であるとされる。また、三皇のうちに数えられることもある。(紀元前2510年~紀元前2448年)漢代に司馬遷によって著された歴史書『史記』や『国語・晋語』によると、少典の子、姫水のほとりに生まれたことに因んで姓は姫姓、氏は軒轅氏、または帝鴻氏とも呼ばれ、山海経に登場する怪神・帝鴻と同一のものとする説もある。蚩尤を討って諸侯の人望を集め、神農氏に代わって帝となった。『史記』はその治世を、従わない者を討ち、道を開いて、後世の春秋戦国時代に中国とされる領域をすみずみまで統治した開国の帝王の時代として描く。少昊、昌意の父。

**********************************************************************************

(旧解)

女冠子二首其一

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

靜夜松風下,禮天壇。

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。

野に靄がひろがり、渓谷の洞窟が冷ややかにして靄は生まれ、この祠の近くに散歩する木々のあいだから月あかりに映えていたが、いまは石橋をわたるのもひとりで寒い。

あの人が来てくれなくなった静かな夜、小高い丘の松をぬけて風が吹いてくる、こうして恵まれてきたことを天壇に祈りを捧ぐ。

女冠子 二首其の一

仙を求めて去る也,翠鈿【すいでん】金篦【きんべい】盡く捨て,嵒巒【がんらん】に入る。

霧捲く 黃羅の帔【かたかけ】,雲彫る 白玉の冠。

野煙 溪洞 冷やかに,林月 石橋 寒し。

靜夜 松風の下,天壇に禮す。

(旧解)

女冠子二首其二

雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。

髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。

往來雲過五,去往島經三。

正遇劉郎使,瑤緘。

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

その日、ここ仙郷に雲の薄絹に覆われ、霧は谷を被う、新たに晴れやかに道女としての法籙を授かった。そうして、真の女道士の教授として里に下りてゆく。

髪を書き上げ髻をしっかりし、若さある髪を整え、そして冠を選んで、碧玉の簪を付けた。

行き過ぎるの雲が過ぎる様に今宵を過した、行きつ戻りつして中州、島々、一年を過していった。

まさに、遊び人のあの劉郎の使いのものと出会った、そしてもう、道教の経典の「啓瑤壇」を封印してしまった。

女冠子二首其の二

雲は羅に 霧は縠に,新らたに明威なる法籙を授り,真函に降ろ。

髻綰 青絲の髮,冠抽 碧玉の篸。

往來して雲 五を過り,去往して島 三を經る。

正に劉郎の使に遇い,瑤 緘ず。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-44韋荘122《巻3-22 女冠子二首 其二》三巻22-〈122〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5812

韋荘(改訂版)女冠子二首 其二  昨夜の夜半のことだった。一年以上も経つというのに、枕辺で、夢を見たことをはっきり覚えている。「夢では多く語り合ったし、以前と同じ妝装いでで麗しい君の面影は桃の花のようだった。ほほえんでくれて女性の美しく若い柳葉の眉尻はしきりに下げている。」というものだ。

 
 2015年4月7日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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215 《(改訂版) 巻22-25 山中與幽人對酌》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <215> Ⅰ李白詩1451 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5803 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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52  (改訂版)《巻03-01-1 河之水二首寄子侄老成 其一)》韓愈(韓退之) 800年貞元16年 33歳~804年貞元20年 37歳の27首<1353> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5749 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-46-#4奉節-37-#4 《巻16-09 八哀詩八首〔七〕故著作郎貶台州司戶滎陽鄭公虔 -4》 杜甫index-15 杜甫<909-#4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5810 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-44韋荘122《巻3-22 女冠子二首 其二》三巻22-122〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5812

 

 

(旧解)

女冠子 (二)

昨夜夜半,枕上分明夢見。

昨夜の夜半のことだった。枕辺で。寝ていてはっきりと明らかなことは夢で会えるということです。

語多時。

その時は幾時か、共にかたりあったものでした。

依舊桃花面,頻低柳葉眉。

以前と同じで麗しい女性の面影は桃の花のようです。女性の美しい眉はしきりに長く下げている。

半羞還半喜,欲去又依依。

半ば、恥じらい、こんどは半ば、喜ぶということでしたし、行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたいのです。

覺來知是夢,不勝悲。

夢から覚めてから、夢であるということがやっと分かったし、悲しみにとてもたえることができないのです。

 女冠子

昨夜 夜半,枕上 分明に夢に見【まみ】ゆ。

語ること  多時にわたる。

舊に依る  桃花の 面【かほ】,頻に 低ぐ  柳葉の眉を。

半ば羞ぢ 還た 半ば喜び,去らんと欲して 又 依依たり。

覺め來って  知るは 是れ 夢,悲みに 勝【た】へず。

 

 

【出家の動機】

およそ出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。一部は、家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。たとえば、宋国公の斎璃は仏教にのめりこみ、娘を三歳にして寺に入れ尼にしてしまった(『唐文拾遺』巻六五「大唐済度寺の故比丘尼法楽法師の墓誌銘」)。

柳宗元の娘の和娘は、病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った(『全唐文』巻五八二、柳宗元「下務の女子の墓碑記」)。こうした人々の大半は貴族、士大夫の家の女子であり、彼女たちの入信は多かれ少なかれ信仰の要素を内に持っていたようである。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。たとえば、開元年間、輩県(河南省筆県)の李氏は夫の死後再婚を願わず、俗世を棄てて尼になった(侠名『宝応録』)。焼騎将軍桃李立が死んだ時、その妻は喪が明けると、出家して女道士になりたいと朝廷に願い出た(『全唐文』巻五三一、張貫「桃李立の妻、女道士に充らんとするを奏せる状」)。あるいはまた、家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観に人らざるをえなかった者もいる。越王李貞(太宗の子)の玄孫李玄真は、祖先(曾祖父李珍子)の武則天に対する反逆の罪によって父、祖父などがみな嶺南の僻遠の地で死んだ。彼女はそれら肉親を埋葬した後、成宜観に入り信仰の中で生涯を終えた(『旧唐書』列女伝)。睾参は罪にふれて左遷させられた。すると、その娘は榔州(湖南省榔県)で出家し尼になった(『新唐書』睾参伝)。

 

また妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。宮人・宮妓が通観に入る例も少なからぬ割合を占める。彼女たちは年をとり宮中を出でも頼るべき場所とてなく、大多数が寺院・通観を最後の安住の地とした。

長安の政平坊にあった安国観の女這士の大半は上陽宮の宮人であった(『唐語林』巻七)。詩人たちはかつて、「斎素と白髪にて宮門を酢で、羽服・星冠に道意(修行心)存す」(戴叔倫「宮人の入道するを送る」)、「君看よ白髪にて経を詞する者を、半ばは走れ宮中にて歌舞せし人なり」(慮輪「玉真公主の影殿を過ぎる」)などと詠んで嘆いた。最後になったが、他に貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。総じて言えば、出家は女性たちが他に生きる道がない状況下における、最後の出路、最後の落ち着き先になったのである。

一般の女子の出家の状況はだいたい以上述べたようなものであったが、妃嬢・公主たちの出家の事情は比較的特殊である。妃嬢の中のある者は、皇帝が死ぬと集団で寺に送りこまれた。たとえば、武媚(後の武則天)などの妃嬢は太宗の死後、盛業寺に送られて尼にされた。また、ある者は家人が罪を犯したためもはや妃嬢となる資格を失い、やむなく出家せざるを得なかった。たとえば、粛宗の喜妃は長兄が死を賜ったので粛宗と離婚し、宮中にある寺の尼となった。楊貴妃が女道士になった件は、玄宗が息子の嫁を自分の妃にするために弄した策略にすぎず、これで天下の耳目を掩ったのである。公主が道教に入信することはさらに多く、唐朝の二一二人の公主のうち、出家した者は十人にも上る。ただし、彼女たちの多くは道教に入っており、仏に仕えたのではなかった。彼女たち事実上自ら願って女道士の生活に入ったのであろう。最も有名な玄宗皇帝の妹の玉貴公主と、彼女と同時に出家した金仙公主は、おそらくこうした例である。彼女たちは女道士になっても公主としての富貴と栄誉を失わなかった。朝廷は旧来のごとく彼女たちに生活資財を支給したから、生活はかえって公主の時より自由になり、束縛を受けなくなった。また女道士の生活は尼僧のそれに比べていくらか自由であったからこそ、公主たちの大半は仏寺に入らず通観に入ったのである。

 

 

(改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》 

女冠子二首其一

(道女になると別れた女性を思い偲ぶ情を詠う。)

四月十七,正是去年今日。

初夏、四月十七日、まさにこの日一年前の今日。

別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。

それはきみと別れの時、涙をこらえつつ、ただ、見つめ合えばこらえきれないのでうつむいてしまう、形の上の出家とはいえ、泣けば恥かしいことと思い顔を作るから、少し眉間にしわを寄せてしまった。 

不知魂已斷,空有夢相隨。

すでに思いを通わせることは許されないと心に言い聞かせているのに、夢で君を追いかけていることがある、それは空しくつらいことだということは知らなかった。

除卻天邊月,沒人知。

空にある月がきみであるから、もう月を見る事はしなくなったし、そして、人のうわさも75日、一年もたったので、誰も別れた人の心を知ろうとはしない。 

(女冠の子)

四月の十七,正に是れ去年の今日。

君と別れし時。涙を忍びて佯【いつは】りて面を低げ,羞【はぢら】いを含みて眉を斂む。

知らず  魂い已に斷たれ,空しく夢に相ひ隨う有るを。

除卻す 天邊の月を,人の知る沒【な】し。

 

女冠子二首其二

(一年前に別れたというのに、夢に女性が出てきて逢瀬を楽しみ歓び、離れがたいという夢だが、夢だということがわかると、もっとつらくなるのだと詠う。)

昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。

昨夜の夜半のことだった。一年以上も経つというのに、枕辺で、夢を見たことをはっきり覚えている。「夢では多く語り合ったし、以前と同じ妝装いでで麗しい君の面影は桃の花のようだった。ほほえんでくれて女性の美しく若い柳葉の眉尻はしきりに下げている。」というものだ。

半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

それでも、その夢の、「半ば、恥じらい、また、半ば、喜ぶ、去って行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたい。」ということがつらいのだ。夢から覚めてから、それが夢だったと分かってしまうと、その悲しみにとてもたえることができないのだ。

(女冠の子)

昨夜 夜半,枕上 分明に夢み見【まみ】ゆ。:「語ること 時に多く、舊に依る  桃花の 面【かほ】,頻に 低ぐ  柳葉の眉を。

半ば羞ぢ 還た 半ば喜び,去らんと欲して 又 依依たり。

覺め來って  知るは 是れ 夢,悲みに 勝【た】へず。
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紅梅002
 

『女冠子二首其二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
(改訂版)《巻3-22 女冠子二首 其二》
女冠子二首其二

昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。

半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。


(下し文)
(女冠の子)

昨夜 夜半,枕上 分明に夢み見【まみ】ゆ。:「語ること 時に多く、舊に依る  桃花の 面【かほ】,頻に 低ぐ  柳葉の眉を。

半ば羞ぢ 還た 半ば喜び,去らんと欲して 又 依依たり。

覺め來って  知るは 是れ 夢,悲みに 勝【た】へず。

(現代語訳)
(一年前に別れたというのに、夢に女性が出てきて逢瀬を楽しみ歓び、離れがたいという夢だが、夢だということがわかると、もっとつらくなるのだと詠う。)

昨夜の夜半のことだった。一年以上も経つというのに、枕辺で、夢を見たことをはっきり覚えている。「夢では多く語り合ったし、以前と同じ妝装いでで麗しい君の面影は桃の花のようだった。ほほえんでくれて女性の美しく若い柳葉の眉尻はしきりに下げている。」というものだ。

それでも、その夢の、「半ば、恥じらい、また、半ば、喜ぶ、去って行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたい。」ということがつらいのだ。夢から覚めてから、それが夢だったと分かってしまうと、その悲しみにとてもたえることができないのだ。


(訳注) (改訂版)《巻3-22 女冠子二首 其二》

女冠子二首其二

(一年前に別れたというのに、夢に女性が出てきて逢瀬を楽しみ歓び、離れがたいという夢だが、夢だということがわかると、もっとつらくなるのだと詠う。)

この作品は、女冠子(二)と聯章詞(聯章体=同一の事柄を複数の詞で詠むもの)になっている。男が女性の側に立って描いているが、発想はあくまで男性である。

・女冠 ①道教の門中に在って修道している女道士をいう。②宮中の妃嬪・女官が位階を与えられること。

【解説】 其一で、去年の四月十七日に、王建に韋荘の愛妾はうばわれた。まず道女となり、その道女として後宮に入り、妃嬪となった。 夢に恋い慕う女を見た男の情を詠う。その夢が覚め、そこで初めて夢だと知り、悲しみに堪えることができないことを語る。

唐の教坊の曲。『花問集』には韋荘の作が二首収められて心る。双調四十.字、前段二十三字五句二仄韻二平韻、後段十八字四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

詞牌の一。双調(単調、異体もある) 四十一字。換韻。

《巻3-21 女冠子二首 其一》

四月十,正是去年今

別君,忍淚佯低面,含羞半斂

不知魂已斷,空有夢相

除卻天邊月,沒人





(改訂版)《巻3-22 女冠子二首 其二》

昨夜夜,枕上分明夢:語多,依舊桃花面,頻低柳葉

半羞還半喜,欲去又依

覺來知是夢,不勝


  
  

 

昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。

昨夜の夜半のことだった。一年以上も経つというのに、枕辺で、夢を見たことをはっきり覚えている。「夢では多く語り合ったし、以前と同じ妝装いでで麗しい君の面影は桃の花のようだった。ほほえんでくれて女性の美しく若い柳葉の眉尻はしきりに下げている。」というものだ。

・分明:はっきりと明らかなこと。

・夢見:夢で会う。見:会う。ここは、夢を見る、ではない。

・語多時:(想いを)語ることが長時間に亘る。多くの時間、(情愛を)語った。

・依舊:昔ながらの。以前と同じで。

・桃花面:桃の花のように麗しい女性の容貌。美貌。面:かお。

・頻低柳葉眉:しきりとほほえんでくれるので美しい眉尻を下げる。柳眉:女性の美しい眉。

 

半羞還半喜,欲去又依依、覺來知是夢,不勝悲。

それでも、その夢の、「半ば、恥じらい、また、半ば、喜ぶ、去って行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたい。」ということがつらいのだ。夢から覚めてから、それが夢だったと分かってしまうと、その悲しみにとてもたえることができないのだ。

・半羞還半喜:半ばは恥じらい、半ばは喜ぶ。

・還:なおも。また。

・欲去又依依:行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたい。依依:名残惜しく離れにくいさま。・依依 後に心がひかれるさま。 顔延之《秋胡詩》(7)  (「遲遲前途盡,依依造門基。」(遲遲【ちち】として前途【ぜんと】盡【つ】き,依依【いい】として門基【もんき】に造【いた】る。)秋湖の足どりは遅れがちながらも行く道を尽くしてしまう、後に心を引かれながらも家の門の土台に行き着いた。

秋胡詩 (7) 顔延之(延年) 詩<9>Ⅱ李白に影響を与えた詩478 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1251

・門基 わが家の門の土台。

・覺來:夢から覚める。

・知是夢:夢であるということがやっと分かった。知ったことは、夢である。

・不勝悲:悲しみに勝(た)えない。とても悲しい。 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》三巻21-〈121〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5807

韋荘(改訂版) 女冠子二首 其一 道女になると別れた女性を思い偲ぶ情を詠う。初夏、四月十七日、まさにこの日一年前の今日。それはきみと別れの時、涙をこらえつつ、ただ、見つめ合えばこらえきれないのでうつむいてしまう、形の上の出家とはいえ、泣けば恥かしいことと思い顔を作るから、・・・・・・・。 

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》三巻21-121〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5807

 

 

公主が道教に入信することはさらに多く、唐朝の二一二人の公主のうち、出家した者は十人にも上る。ただし、彼女たちの多くは道教に入っており、仏に仕えたのではなかった。彼女たち事実上自ら願って女道士の生活に入ったのであろう。最も有名な玄宗皇帝の妹の玉貴公主と、彼女と同時に出家した金仙公主は、おそらくこうした例である。彼女たちは女道士になっても公主としての富貴と栄誉を失わなかった。朝廷は旧来のごとく彼女たちに生活資財を支給したから、生活はかえって公主の時より自由になり、束縛を受けなくなった。また女道士の生活は尼僧のそれに比べていくらか自由であったからこそ、公主たちの大半は仏寺に入らず通観に入ったのである。

 

【女冠子の生活】

出家した女性の生活は、きわめで特色のあるものだった。まず第一に、彼女たちは人に頼って生きる階層であり、一般には生業に従事しなかった。国家あるいは施主から衣食がすべて供給された。

建国当初、高祖は勅令を下して、「およそ戒律を守り、修行に励む僧尼、女冠等の人には、一律に衣食を供給し、欠かさぬようにせよ」(『旧唐書』高祖紀)と命じている。しかし、尼や女道士の生活状況は人によって大変な相違があった。豪奢な生活をし奴僕を使っている上層の者もいれば、清貧の生活をし奴稗に等しい下層の者もいた。上層に属す尼や女道士には、国家が生活物資を支給する以外に、高官貴人も布施などの援助をしたので、彼女たちの生活は往々にして豊かであり賛沢でさえあった。

 

彼女たちは最も独立性に富んだ身分であり、同時にまたきわめて開放的な階層でもあった。なぜなら、彼女たちは家庭と夫の束縛から抜け出しており、また世俗的な道徳倫理の拘束からも解放されていたからであり、なおかつ唐代の宗教教門の戒律もそれほど厳格ではなかったからである。彼女たちのうち、とりわけ女道士は、唐代の女性の中できわめで自由奔放な人々であったから、唐代の女道士は娼優に近かったという学者もいる(梁乙真『中国婦女文学史綱』、譚正壁『中国女性文学史話』)

 

彼女たちは深い教養を身につけ、常に宮廷、王府、貴族豪門の屋敷に出入りしては、軍事・政治の大事に参画したり、天文や人事に関する吉凶を占ったので、皇帝・皇后や貴顕から大いに信用された。女道士の許霊素はかつて粛宗の張皇后を助け、偽の詔勅を作り、皇后の生んだ子を皇太子にした(『旧唐書』后妃伝下)。また、尼僧の王奉仙は唐末、節度使間の戦争が激しかった時、朝廷の観察使等の大官や将帥たちの軍師となり、軍中の賞罰、作戦などすべて自ら決した(『資治通鑑』巻二五七、偉宗光啓三年)。こうした例は決して少なくない。

 

彼女たちは、社交、外出、生活などなんでも比較的自由だった。上述の出家した玉貴公主は、玄宗時代には特殊な地位にあって活躍した人物である。彼女は常時宮廷に出入りし、兄玄宗や高官貴顕とよく一緒に出かけて遊んだ。唐詩の中には、当時の近臣たちの唱和の作品に、玉真公主とともに遊んだことを特別に詠んだ詩がある。ところで、尼僧や女道士は常に四方の名山大川を自由に遊歴することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

0148

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

0149

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

0321

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

0322

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

0338

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

0339

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

0401

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

0402

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

0403

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

0404

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

0439

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

0824

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

0825

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

0916

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

0917

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

0945

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

0946

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

1036

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

1037

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-69-2皇甫松3《巻2-19 浪濤沙二首其一》皇甫松12首巻二19-〈69〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5547

(改訂版)-69-2皇甫松3《巻2-19 浪濤沙二首其一》水際の白鷺が棲みついていかもめは砂地で眠っているところ、昔、水の神が棲んでいた住まいのあたりだろう、入り江の港の方に飛んでいく。去年のことだった、その砂浜で觜宿の星を見て投身した神女は帰ってこない、瀟湘の二妃とおなじような大江の別れの心というものか、もう二度と逢うことはない。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-69-2皇甫松3《巻2-19 浪濤沙二首其一》皇甫松12首巻二19-69〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5547

 

 

(旧版)

浪濤沙二首其一

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

 

浪濤沙二首其一

(今は穏やかな漁村の景色が広がり、波が砂を洗う水際の近くに、むかし瀟湘の二妃のように身を投げた女がいた、去年のことだった、別れた人を思って長江の景色を詠う)

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには、か細い葉の草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、漁船が四隅を竹竿で張った沙網を仕掛け、網は半ば沈みかけようとしている。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

水際の白鷺が棲みついていかもめは砂地で眠っているところ、昔、水の神が棲んでいた住まいのあたりだろう、入り江の港の方に飛んでいく。去年のことだった、その砂浜で觜宿の星を見て投身した神女は帰ってこない、瀟湘の二妃とおなじような大江の別れの心というものか、もう二度と逢うことはない。

 

(浪濤沙 二首其の一)

灘の頭 細草 疎林に接し,浪惡く 罾舡 半ば沉まんと欲す。

宿鷺 眠鷗 舊浦に飛び,去年 沙觜 是れ江の心なり。

 

浪濤沙二首其二

蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

(浪濤沙二首其の二)

蠻歌 豆 北人の愁,蒲雨 杉風 野艇の秋。

浪起き 鵁鶄 眠りは得られず,寒沙 細細にして 江に入りて流る。

 

doteiko01

(改訂版)-69-2皇甫松3《巻2-19 浪濤沙二首其一》

『浪濤沙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

浪淘沙二首其一

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

 

(下し文)

浪濤沙二首其一

灘の頭 細草 疎林に接し,浪惡く 罾舡 半ば沉まんと欲す。

宿鷺 眠鷗 舊浦に飛び,去年 沙觜 是れ江の心なり。

 

(現代語訳)

(今は穏やかな漁村の景色が広がり、波が砂を洗う水際の近くに、むかし瀟湘の二妃のように身を投げた女がいた、去年のことだった、別れた人を思って長江の景色を詠う)

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには、か細い葉の草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、漁船が四隅を竹竿で張った沙網を仕掛け、網は半ば沈みかけようとしている。

水際の白鷺が棲みついていかもめは砂地で眠っているところ、昔、水の神が棲んでいた住まいのあたりだろう、入り江の港の方に飛んでいく。去年のことだった、その砂浜で觜宿の星を見て投身した神女は帰ってこない、瀟湘の二妃とおなじような大江の別れの心というものか、もう二度と逢うことはない。

 三峡 巫山十二峰001

(訳注) (改訂版)-69-2皇甫松3《巻2-19 浪濤沙二首其一》

浪濤沙二首其一

(今は穏やかな漁村の景色が広がり、波が砂を洗う水際の近くに、むかし瀟湘の二妃のように身を投げた女がいた、去年のことだった、別れた人を思って長江の景色を詠う)

花間集には浪濤沙は皇甫松の二首が所収されている。雑曲歌辞、七言絶句形式、二十八字四句三平韻⑦⑦7⑦の詞形をとる。

蠻歌豆  蒲雨杉風野艇
浪起鵁鶄眠不得  寒沙細細入江

  
  

皇甫松(生卒年不詳・父皇甫湜が約777~約830とされているので約800~約850と考える。親子とも、隠遁者の為形跡を遺していない)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花問集』 には十二首の詞が収められている。

《雑曲歌辞》 

浪濤沙 雑曲歌辞であるところの浪濤沙【浪淘沙ろうとうさ】。波が砂をよなげる。この作は、黄河や長江の流れを詠じている。『楚辭』の九歌に擬しているといわれる。九歌は一種の祭祀歌であると考えられる。湖南省あたりを中心にして、神につかえる心情を歌ったものとするのが、有力な説である。九歌と総称されるが、歌の数は十一ある。作者は屈原とされるが、異説もある。王逸は、屈原が懐王に追われて、瀟湘地域に旅した際、土着の祭祀歌があまりに野卑だったので、優美なものに改作して与えたのだとする。同時に、その神に対する心情のうちに、自分の王に対する忠誠を寓意として歌いこんだともいう。

雑曲歌辞:楽府詩の一つ。内容は雑然としており、志を描写するものや感情を発露するものであり、宴遊や歓楽、うらみや別離の情、行役や征戍の苦労を詠ったものがある。・浪濤沙:なみが砂を洗う。詞牌・『浪濤沙(浪淘沙)』となる。 ・濤淘:よなげる。米を水に入れて、ゆりとぐ。物を水に入れて、揺らし動かして洗う。

 

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには、か細い葉の草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、漁船が四隅を竹竿で張った沙網を仕掛け、網は半ば沈みかけようとしている。

 正方形の網の四隅を竹ざおで張った沙網。水底に沈めておいて、時々引き上げて魚をとる。

 

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

水際の白鷺が棲みついていかもめは砂地で眠っているところ、昔、水の神が棲んでいた住まいのあたりだろう、入り江の港の方に飛んでいく。去年のことだった、その砂浜で觜宿の星を見て投身した神女は帰ってこない、瀟湘の二妃とおなじような大江の別れの心というものか、もう二度と逢うことはない。

舊浦 この詩は、屈原楚辞九歌に基づいており、瀟湘、黄河の水神を連想させるものである。いかに重要な河であったかは神話や伝説からも十分にうかがえる。 10個の太陽のうち9個を射落としたという伝説を持つ羿は、河伯を弓で射てその妻の雒嬪を奪ったといわれる。河伯とは黄河の神であり、雒嬪とは黄河の支流のひとつ洛水の女神である。瀟湘神:詞牌の一。詞の形式名。『瀟湘曲』ともいう。詳しくは下記の「構成について」を参照。この作品がこの詞牌の起源になる。湘妃と斑竹の、亡き人を偲ぶ故事で、深い味わいを出している。

【し】二十八宿の一。西方の第六宿。オリオン座北部の三つの星をさす。とろきぼし。觜宿。付き合いをするには吉とされて始めたものの、別れたというほどの意味になろうか。皇甫松の作品は暗示的な表現が多い。
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-68-2皇甫松2《巻2-18 天仙子二首其二》皇甫松12首巻二18-〈68〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5542

皇甫松2《巻2-18 天仙子二首其二》(初夏になりツツジの花が開き始めころに、人里離れて隠棲し修行にはいった、それは、年を経るにしたがって、始めのころに帰って来るという、千も、万里先にいっていても、「歸去來」(かえりなんいざ)と帰って来たものであり、神仙のなかで生きていくと詠う。)

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-68-2皇甫松2《巻2-18 天仙子二首其二》皇甫松12首巻二18-68〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5542

 

 

皇甫松(生卒年不詳)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。工部侍郎皇甫湜の子、宰相牛僧濡の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『大隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。『花間集』 には十二首の詞が収められている。

 

(旧版)

天仙子二首 其一

(仙女といわれる道教の寺の尼と男の別れを詠う。)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる野辺にはツガイの白鷺一羽飛んでゆく、蓼の花が咲き開いていたのに、もう秋になっての大江の水は青々と広がる。

劉郎此日別天仙,登綺席,

ここに來ると皆、劉郎となってこの日、仙女と別れるのだ。それは送別の宴に着くところからだ。

淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

はらはらと涙の玉が滴る。十二の峰々は晴れあがった夕空にくっきりとしたシルエットをのこして聳えている。

晴野 鷺鷥【ろし】一隻【いっせき】飛び,水【すいこう】花 發して 秋江碧なり。

劉郎 此の日天仙に別る,綺席【きせき】に登り,淚珠 滴【したた】り,十二晚峯【ばんぽう】高く歷歷たり。

 

天仙子二首其二

(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行って、未練だけが残る。

行人經始歸來,千萬里,

女も年を重ねて行く様に、行き過ぎていく人も年を経た人に変わっていく、若い初めのころに帰って來るならば、千も、万里もいとうことはない。

錯相倚,懊惱天仙應有以。

交じり合い、互いに寄り添う。悩んで苦しむことばかり、「天仙」と呼ばれて、まさにこれからも依然としてここにあるだけ。

(天仙子二首其の二)

躑躅の花 開き 紅い水に照し,鷓鴣 飛びて遶ぐり 青山の觜。

行人【こうじん】を經て 始めて歸り來れば,千、萬里も,

錯り相い倚る,懊惱するも天仙 應に以ってする有り。


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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-67-2皇甫松1《巻2-17 天仙子二首其一》皇甫松12首巻二17-〈67〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5537

(改訂版)-67-2皇甫松1《巻2-17 天仙子二首其一》(秋の長雨で、巫山に逗留し、巫山の仙女と劉郎のように過ごした、そしてこの日秋晴れになり、「高唐賦」のように襄王と巫女の別れ、珠の涙を流して、巫山十二峰を後にする別れを詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-67-2皇甫松1《巻2-17 天仙子二首其一》皇甫松12首巻二17-67〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5537

 

 

(旧版)

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『天仙子』九首

 

 

作者



初句7字

 

 

皇甫先輩松

巻二

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻

 

 

巻二

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水

 

 

韋相莊

巻三

天仙子五首 其一

悵望前回夢裏期,

 

 

巻三

天仙子五首 其二

深夜歸來長酩酊,

 

 

巻三

天仙子五首 其三

蟾彩霜華夜不分,

 

 

巻三

天仙子五首 其四

夢覺雲屏依舊空,

 

 

巻三

天仙子五首 其五

金似衣裳玉似身,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

天仙子二首 其一

柳色披衫金縷鳳,

 

 

巻六

天仙子二首 其二

洞口春紅飛蔌蔌,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇甫先輩松       天仙子二首

天仙子二首

其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

 

韋相莊              天仙子五首

天仙子五首

其一

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

 

其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

 

其三

蟾彩霜華夜不分,天外鴻聲枕上聞,繡衾香冷嬾重熏。

人寂寂,葉紛紛,才睡依前夢見君。

 

其四

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

 

其五

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。

 

歐陽舍人炯       天仙子二首

天仙子二首

其一

柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。

桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

 

其二

洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。

阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。

流水桃花空斷續。

 

皇甫松(生卒年不詳)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。工部侍郎皇甫湜の子、宰相牛僧濡の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『大隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。『花間集』 には十二首の詞が収められている。

 

(旧版)

天仙子二首 其一

(仙女といわれる道教の寺の尼と男の別れを詠う。)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる野辺にはツガイの白鷺一羽飛んでゆく、蓼の花が咲き開いていたのに、もう秋になっての大江の水は青々と広がる。

劉郎此日別天仙,登綺席,

ここに來ると皆、劉郎となってこの日、仙女と別れるのだ。それは送別の宴に着くところからだ。

淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

はらはらと涙の玉が滴る。十二の峰々は晴れあがった夕空にくっきりとしたシルエットをのこして聳えている。

(旧版)

天仙子二首其二

(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行って、未練だけが残る。

行人經始歸來,千萬里,

女も年を重ねて行く様に、行き過ぎていく人も年を経た人に変わっていく、若い初めのころに帰って來るならば、千も、万里もいとうことはない。

錯相倚,懊惱天仙應有以。

交じり合い、互いに寄り添う。悩んで苦しむことばかり、「天仙」と呼ばれて、まさにこれからも依然としてここにあるだけ。

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》溫庭筠66首巻一49-〈49〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5442

(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》(出家したものの過去の栄光の生活を思い出して詠ったものである。束縛の無い道女となっても、過去、愛し合った人への思いは忘れられない、道女の思いを描く)。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》溫庭筠66首巻一49-49〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5442

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》溫庭筠66首巻一48-〈48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》(出家した高貴な女性ほど、自由な生活、幅の広い交際が一気にひろがり、彼女たちは何ものにも拘束されず自由に愛情を求めることができた喜びを詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》溫庭筠66首巻一48-48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

巻一

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

巻一

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

巻三

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

巻四

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

巻八

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

巻八

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

巻九

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

巻十

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

巻十

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》溫庭筠66首巻一47-〈47〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5432

(改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》 (渇水で数か月足止めをされて、雨乞いの神女に惚れて、その間に結ばれたが、雨が降り増水したので旅立っていった、帰るといったのに又春が来たというのに帰ってこない。女の愁いを詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》溫庭筠66首巻一47-47〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5432

 

 

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河瀆神三首 其三

(最高の良い思いの生活をしていた女が春が過ぎようとしているのに愁いの気持ちでいることを詠う。)

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

青銅製の太鼓は打ち鳴らせば、賽の神がくるし、庭には幢幡と天蓋がいっぱいで人が徘徊している。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

水際の村にも、大江の港にも風雨と雷とが通過していく、女の神であるところの長江下流域の山々には男の神であるところの霞か雲がかかっていたのが絵のように開いてはれてきている。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

そんな生活をしていたのに、湊で別れを告げてから櫓の音だけがむなしくものさびしく残るだけだ。まだ若くて輝いている容姿の美女なのに、怨めしく悔しい思いで居ながら薄化粧をし直している。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

春先、麦の若葉が出揃い穂が出、ツバメが飛び交うものでさえ落ちたり倒れたりしている。閨の簾を巻き上げると宝飾に輝く高閣には愁い異に応じている女がいる。

(改訂版)

河瀆神三首 其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

(河瀆神【かとくしん】三首其の三)

銅皷【どうこ】賽神來り,幡蓋【はんがい】庭に滿ちて徘徊す。

水村 江浦 風雷過ぎ,楚山 煙開く畫の如し。

離別 櫓聲 空しく蕭索【しょくさく】し,玉容 惆悵にして薄く粧す。

青麥 鷰飛【えんひ】落落し,簾を捲きて珠閣に愁對す。


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『河瀆神三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神三首 其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

(下し文)

(河瀆神【かとくしん】三首其の三)

銅皷【どうこ】賽神來り,幡蓋【はんがい】庭に滿ちて徘徊す。

水村 江浦 風雷過ぎ,楚山 煙開く畫の如し。

離別 櫓聲 空しく蕭索【しょくさく】し,玉容 惆悵にして薄く粧す。

青麥 鷰飛【えんひ】落落し,簾を捲きて珠閣に愁對す。

 

(現代語訳)

  
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(渇水で数か月足止めをされて、雨乞いの神女に惚れて、その間に結ばれたが、雨が降り増水したので旅立っていった、帰るといったのに又春が来たというのに帰ってこない。女の愁いを詠う。)

雨乞いの儀式に青銅製の太鼓は大きく打ち鳴らせば、賽の神女がおごそかにでてくる、神女を見ようと庭には幢幡と天蓋がいっぱいで人が徘徊している。

渇水で舟が出せない水際の村に、大江の港にも風雨と雷とがもたらされ、降注ぐ雨が通過していく、三峡の楚の山々は、煙が雲を呼び天上界の絵のように開いてはれてきている。

足止めをされていた人々はやっと三峡を下ることができ、足止めの期間世話になった女と、湊で別れを告げてから櫓の音だけがむなしくものさびしく残る。まだ輝いている容姿の若い薄化粧の女は、怨めしく悔しい思いで居る。

また春がきて、若葉が萌え、麦の穂が出て、物事にこだわらないツバメが帰ってきて喜んで飛び交い、急降下して餌をとるが、女のもとには男は帰ってこない。閨の簾を巻き上げると宝飾のすだれに輝く楼閣には愁いに向き合うだけの女がいる。

 

(訳注)

河瀆神三首 其三

(最高の良い思いの生活をしていた女が春が過ぎようとしているのに愁いの気持ちでいることを詠う。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には六首所収。温庭筠の作は三首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段二十五字四句四仄韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。

銅皷賽神  滿庭幡蓋徘
水村江浦過風  楚山如畫煙
離別櫓聲空蕭  玉容惆悵粧
青麥鷰飛落  捲簾愁對珠

  
  
  
  

張泌の作が一首、孫光憲の『河瀆神』参照。河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

 

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

雨乞いの儀式に青銅製の太鼓は大きく打ち鳴らせば、賽の神女がおごそかにでてくる、神女を見ようと庭には幢幡と天蓋がいっぱいで人が徘徊している。

・銅皷 太鼓を敲容れ竜神を呼び出し、雷を起して雨を呼ぶことが、神女の務めである。銅皷は中国南部から東南アジアにわたり広く分布する青銅製の太鼓。楽器としてはゴング類に属する。その鋳造と使用の年代は長く,流伝の地域は広く,関係する民族も多い。銅鼓の起源については,篠製置台上の太鼓を青銅でかたどったとするもの,漢族古楽器の錞于(じゆんう)(銅錞)からの発展とするもの,雲南省のタイ()族,チンポー(景頗)族で今なお使われている木製象脚鼓の写しとするものなど諸説があるが,炊具から変化したとする考えが比較的有力となりつつある。

・賽神 神女は「塞の神」であり「道祖神」であるように、中国では「塞」は道路や境界の要所に土神を祀って守護神とすること、転じてそういった「守り」のことである。これが日本神話になると、伊弉諾尊イザナギノミコトが伊弉冉尊イザナミノミコトを黄泉ヨミの国に訪ね、逃げ戻った時、追いかけてきた黄泉醜女ヨモツシコメをさえぎり止めるために投げた杖から成り出た神)邪霊の侵入を防ぐ神=さえぎる神=障の神(さえのかみ)と、いうことになる。

・幡蓋 幢幡(どうばん)と天蓋。幢幡:仏堂に飾る旗。竿柱(さおばしら)に、長い帛(はく)を垂れ下げたもの。天蓋:① 仏具の一。仏像などの上にかざす笠状の装飾物。周囲に瓔珞(ようらく)などの飾りを垂らす。② 虚無僧(こむそう)がかぶる、藺草(いぐさ)などで作った深編み笠。③ 貴人の寝台や玉座、祭壇・司祭座などの上方に設ける織物のおおい。

 

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

渇水で舟が出せない水際の村に、大江の港にも風雨と雷とがもたらされ、降注ぐ雨が通過していく、三峡の楚の山々は、煙が雲を呼び天上界の絵のように開いてはれてきている。

・楚山 愛する男性を思う山の精霊は女性の霊である。『楚辞・九歌(山鬼)』

・畫煙開 雨乞いには山焼きをする。煙は雲を呼び天上界のように湧き上がってゆく。

 

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

足止めをされていた人々はやっと三峡を下ることができ、足止めの期間世話になった女と、湊で別れを告げてから櫓の音だけがむなしくものさびしく残る。まだ輝いている容姿の若い薄化粧の女は、怨めしく悔しい思いで居る。

・櫓聲 詩的には、いさり歌であるが、ここでは女とわかれていく船の櫓を漕ぐ音というところ。

・蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

 

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

また春がきて、若葉が萌え、麦の穂が出て、物事にこだわらないツバメが帰ってきて喜んで飛び交い、急降下して餌をとるが、女のもとには男は帰ってこない。閨の簾を巻き上げると宝飾のすだれに輝く楼閣には愁いに向き合うだけの女がいる。

・青麥 春先、麦の若葉が出揃い穂が出るまでのあいだの麦をいう。麦は、秋に種をまき、冬に芽吹き、春、若葉を伸ばし、夏に稔る。まだ春の景色が整わない中、畑一面に萌え出た麦の若葉の緑は目にも鮮やかなものである。小麦、大麦、ライ麦、燕麦などの麦類はイネ科の二年草で、中央、西アジアが原産。晩秋から初冬に蒔かれ、冬を越して晩春には青々とした穂が出る。これが穂麦で、初夏に黄熟し刈り取られる。世界的に栽培される麦類は大麦、小麦、ライ麦、燕麦で、世界の穀物生産の半分近くになる。

・落落 度量が大きくてこだわらないさま。物が落ちたり倒れたりしているさま。
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