玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

貴公子、遊侠、行楽、無礼講

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

7毛文錫《巻五13接賢賓一首》『花間集』214全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6342

毛文錫  接賢賓  

香韉鏤襜五花驄,春景初融。流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。

為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。信穿花,從拂柳,向九陌追風。

(春が訪れ、花も盛りになる寒食・清明節のころ、科挙発表の無礼講には、貴公子の若者が折角の春景色を台無しにすると詠う)香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ると、春景色は初めて融解してかちをたかめてくる。馬たちの体には玉のような汗が吹き出し、行き来している。やがてその大宛国の駿馬たちは、汗血の珠のような汗をかき、それを流せば赤く染まる。貴公子の若者たちはいつでも馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。春景色を惜しいことに台無しにするのは、珊瑚の鞍にまたがり、鞭を降ろすことをしいないが、貴公子、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていく。その都大路の九の大通りに馬を追って風が通り抜けてゆくと、花を穿つことをつまびらかにし、そして、柳の枝を払ってゆく。

7毛文錫《巻五13接賢賓一首》『花間集』214全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6342

 
 2015年7月22日の紀頌之5つのBlog 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-78杜甫 《1715西閣,二首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-78 <941> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6340 杜甫詩1500-941-1439/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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接賢賓

(春が訪れ、花も盛りになる寒食・清明節のころ、科挙発表の無礼講には、貴公子の若者が折角の春景色を台無しにすると詠う)

五花春景初融。

香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ると、春景色は初めて融解してかちをたかめてくる。

流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。

馬たちの体には玉のような汗が吹き出し、行き来している。やがてその大宛国の駿馬たちは、汗血の珠のような汗をかき、それを流せば赤く染まる。

少年公子能乘馭,金玉轡瓏

貴公子の若者たちはいつでも馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。

為惜珊瑚鞭不下,驕生百千蹤。

春景色を惜しいことに台無しにするのは、珊瑚の鞍にまたがり、鞭を降ろすことをしいないが、貴公子、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていく。

信穿花,從拂柳,向九陌追風。

その都大路の九の大通りに馬を追って風が通り抜けてゆくと、花を穿つことをつまびらかにし、そして、柳の枝を払ってゆく。

 

 

接賢賓

香韉 鏤襜 五花の驄,春 景初めて融なり。

流珠 噴沫 躞蹀,汗血 流紅。

少年 公子 能く乘馭し,金鑣 玉轡 瓏璁。

惜むを為す 珊瑚 鞭下らずを,生を驕す 百步 千蹤を。

花を穿つを信【つまびら】かにし,柳を拂うに從い,九陌 追風に向う。

 

 

『接賢賓』 現代語訳と訳註

(本文)

接賢賓

香韉鏤襜五花驄,春景初融。

流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。

少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。

為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。

信穿花,從拂柳,向九陌追風。

 

(下し文)

接賢賓

香韉 鏤襜 五花の驄,春 景初めて融なり。

流珠 噴沫 躞蹀,汗血 流紅。

少年 公子 能く乘馭し,金鑣 玉轡 瓏璁。

惜むを為す 珊瑚 鞭下らずを,生を驕す 百步 千蹤を。

花を穿つを信【つまびら】かにし,柳を拂うに從い,九陌 追風に向う。

 

(現代語訳)

(春が訪れ、花も盛りになる寒食・清明節のころ、科挙発表の無礼講には、貴公子の若者が折角の春景色を台無しにすると詠う)

香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ると、春景色は初めて融解してかちをたかめてくる。

馬たちの体には玉のような汗が吹き出し、行き来している。やがてその大宛国の駿馬たちは、汗血の珠のような汗をかき、それを流せば赤く染まる。

貴公子の若者たちはいつでも馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。

春景色を惜しいことに台無しにするのは、珊瑚の鞍にまたがり、鞭を降ろすことをしいないが、貴公子、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていく。

その都大路の九の大通りに馬を追って風が通り抜けてゆくと、花を穿つことをつまびらかにし、そして、柳の枝を払ってゆく。

 

(訳注)

接賢賓

(春が訪れ、花も盛りになる寒食・清明節のころ、科挙発表の無礼講には、貴公子の若者が折角の春景色を台無しにすると詠う)

貴公子が春都登路を闊歩するのは、科挙及第者の発表時に、都は無礼講になる。清明節の時期であり、行楽の時季であり、貴公子の舞台はどこにでもある。

『花間集』には毛文錫一首のみ所収。双調六十二字、前段三十五字六句四平韻、後段二十四字五句二平韻で、⑦⑤6④7⑥/7⑥33⑤ の詞形をとる。

香韉鏤襜五花  春景初
流珠噴沫躞  汗血流
少年公子能乘馭  金鑣玉轡瓏

為惜珊瑚鞭不下 驕生百步千
信穿花 從拂 向九陌追
 
 
 

 
  

 

香韉鏤襜五花驄,春景初融。

香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来る、春景色は初めて融解してかちをたかめてくる。

 したぐら【下鞍・韉】. 馬具の一。和式の鞍で,鞍橋(くらぼね)の下に敷いて,馬の背を保護するもの。普通二枚を重ねて用い,上を切付(きつつけ),下を膚付(はだつけ)と称する。中世以後は,全体を切付と称することがある。(

鏤襜 〔襜褕〕古代一种短的便衣。まえかけ

五花驄 馬のたてがみを翦りて飾とせる馬。五花馬とおなじ。青と白の斑紋の馬。驄:あし毛の馬。五花驄馬七香車,云是平陽帝子家。

全唐·卷199 岑參《感遇》五花驄馬七香車,云是平陽帝子家。鳳皇城頭日欲斜,門前高樹鳴春鴉。漢家魯元君不聞,今作城西一古墳。昔來唯有秦王女,獨自吹蕭乘白雲。」

李白《將進酒》「五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒、與爾同銷萬古愁。

235-#3李白 89(改訂版)《巻2-8  將進酒 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#3> Ⅰ李白詩1480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5948

初融 初めて融解する。

 

流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。

馬たちの体には玉のような汗が吹き出し、行き来している。やがてその大宛国の駿馬たちは、汗血の珠のような汗をかき、それを流せば赤く染まる。

躞蹀 ①小股に歩く.②行き来する.

汗血馬【かんけつば】  西域(中央アジア)地方に産した名馬の一種。1日に千里を走り,疾駆すると血のような汗を流すので,この名がつけられたという。前漢の武帝のとき,張騫(ちようけん)の遠征によって西域に名馬のいることが中国に知られるようになった。中国では古来名馬を天馬と称しているが,《史記》の大宛列伝によると,〈はじめ烏孫の馬を天馬と名づけたが,大宛の汗血馬を得てみるといっそうたくましく,そこで大宛の馬を天馬と称し,烏孫の馬を西極(せいきよく)と改めた〉と記されている。

 

少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。

貴公子の若者たちはいつでも馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。

金鑣 轡・鑣・銜〔口輪の意〕① 馬に手綱(たづな)をつけるため,馬の口にくわえさせる金具。くつばみ。くくみ。 -を取る」② 家紋の一。① にかたどったもの。丸の中に十字形のあるものと,杏葉(ぎようよう)形のものとある。 遊女のいる家。また,遊女屋の主人。くつわ屋。

瓏璁 玉と玉の鳴る音の意とで、. 明朗に鳴る音の意。 【意味】明るく朗らかなさま。 明朗な気質を現すもの。 音色が美しく清らかなさま。 美しく清廉なさま。

 

為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。

惜しいことには珊瑚の鞍にまたがり、鞭を降ろすことをしいないが、貴公子、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていく。

驕生 富貴の者の生まれ持ったおごり。

【しょう】[音]ショウ(漢)[訓]あと足あと。「蹤跡/先蹤・追蹤」 -

 

信穿花,從拂柳,向九陌追風。

その都大路の九の大通りに馬を追って風が通り抜けてゆくと、花を穿つことをつまびらかにし、そして、柳の枝を払ってゆく。

信 ①まこと。②あきらかにする。③しる。④しるし。⑤わりふ。⑥したがう。⑦うやまう。⑧たもつ。⑨まかせる。⑩二晩泊まる。再宿。⑪海水の定時の干満。⑫つかい、使者。⑬たより、おとづれ。⑭五音の宮をいう。⑮五行で土をいう。⑯五行で水神をいう。

 

穿花 

《巻六23薄命女》「天欲曉,宮漏穿花聲繚繞。牎裏星光少,冷霞寒侵帳額,殘月光沉樹杪。夢斷錦幃空悄悄,強起愁眉小。」

牛嶠《巻四15菩薩蠻七首 其五》『花間集』166全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6102

菩薩蠻七首其五

風簾鷰舞鶯啼柳,粧臺約鬢低纖手。

釵重髻盤珊,一枝紅牡丹。

門前行樂客,白馬嘶春色。

故故墜金鞭,迴頭應眼穿。

(春の行楽に街で最も美しいといわれる、高貴な人の娘が門前から出かけようとすると街中の人が一目見ようと集まってくる。そこに白馬に乗った貴公子が、金の鞭をわざと落として気をひこうとしたという詩)美しい人が出て來るからとその門前には春の野へ行楽に向かう男女がひとめみようとあつまってくる。貴公子が騎乗した白馬が嘶いて、春景色は満開である。貴公子は、馬上から人目を引くため故意に、金で飾られた鞭を堕してみて、美しい人は頭を廻して目を丸くしている。

牛嶠《巻四15菩薩蠻七首 其五》『花間集』166全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6102

 

 
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252-#2 《卷六02南都行 #2》Index-18 Ⅱ―12-738年開元二十六年38歳 <252-#2> Ⅰ李白詩1510 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6098 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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72-#4(改訂版Ver.2.1) 《巻04-19 苦寒 #4》韓愈(韓退之) 803年貞元19年 38歳<1423> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6099 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《1939同元使君舂陵行》 杜甫詩index-15- <916-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6045 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊143《巻三42醉公子一首》巻三4243-〈143〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5917

花間集 巻三42《醉公子》薛昭蘊(改訂版)

慢綰青絲髮,光砑綾襪。

床上小燻籠,韶州新退紅。

叵耐無端處,捻得從頭汚。

惱得眼慵開,問人閑事來。

(最初は大切にしてくれ、贅沢なもの、華美なものを身に付けさせてくれたのに、今はどこにいるのだろう、何時も酔っていてかえってこなくなった貴公子に、心が捻じ曲がり、汚れていったと、なにもしたくないと生きる意欲も失せたと詠う。)

 

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊143《巻三42醉公子一首》巻三4243-143〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5917

 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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花間集 教坊曲『醉公子』 四首

 

 

作者



初句7字

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三42

醉公子一首

慢綰青絲髮

 

 

(顧太尉

巻七35

醉公子二首其一

漠漠秋雲澹

 

 

 

巻七36

醉公子二首

岸柳垂金線

 

 

尹鶚

巻九32

醉公子一首

暮煙籠蘚砌

 

 

 

 

 

 

 

薛侍郎昭蘊 十九首:

花間集に薛昭蘊の詞は《小重山二首》《浣溪紗八首》《喜遷鶯三首》《離別難一首》《相見歡一首》《醉公子一首》《女冠子二首》《謁金門一首》の十九首所収。

薛昭蘊:五代、後蜀の官司至侍郎。(生卒年未詳)、字、出身地ともに未詳。詞風は温庭筠に近い。『花間集』には十九首の詞が収められている。『花間集』には、薛侍郎昭蘊と記されている。

醇紹撃(生没年未詳)花間集に載せられている詞人。花聞集では薛侍即とあり、侍郎の官についた人であることがわかるだけで、詳しい伝記はわからない。唐書の薛廷老伝によると、廷老の子に保遜があり、保遜の子に紹緯がある。乾寧中に礼部侍郎となった。性質は軽率であり、車に坐して夔州刺史に貶せられたという。ところでその経歴をさらにくわしく見ると、紹緯ほ乾寧3年(896)九月に中書舎人から礼部侍郎にたり、ついで戸部侍郎となり、光化2年(899)六月戸部侍郎から兵郡侍郎に選っている(唐僕尚丞郎表に依る)。これによって唐末に侍郎の官にあった人であることは明らかである。紹緯のことはまた北夢瑣言にも見えている。紹緯は才を侍み物に倣り、亦父(保遜)の風があった、朝省に入る毎に、笏を弄んで歩行し、旁若無人であった。好んで浣渓沙詞を唱したという。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-31韋荘109《巻3-09 天仙子五首 其二》三巻9-〈109〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5747

(改訂版)-31韋荘109《巻3-09 天仙子五首 其二》 (天にある仙郷にいる人の詩。 其の二:春行楽の酒は無礼講であっても、楽しく愉快な酒でなければいけない、「人生百年、それがどれほどのものか。」だからいまのこの時を愉しまないでどうするのかと詠う)

 

 
 2015年3月25日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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50-#5 〔《上張僕射書》-#5〕韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1352> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5744 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-31韋荘109《巻3-09 天仙子五首 其二》三巻9-109〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5747

 

 

韋莊

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836―910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『天仙子』九首

 

 

作者



初句7字

 

 

皇甫先輩松

0217

(改訂版)天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻

 

 

0218

(改訂版)天仙子二首其二

躑躅花開紅照水

 

 

韋相莊

0308

天仙子五首 其一

悵望前回夢裏期,

 

 

0309

天仙子五首 其二

深夜歸來長酩酊,

 

 

0310

天仙子五首 其三

蟾彩霜華夜不分,

 

 

0311

天仙子五首 其四

夢覺雲屏依舊空,

 

 

0312

天仙子五首 其五

金似衣裳玉似身,

 

 

和學士凝(和凝)

0625

天仙子二首 其一

柳色披衫金縷鳳,

 

 

0626

天仙子二首 其二

洞口春紅飛蔌蔌,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅梅004

(旧解)

天仙子 其二 ----109

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の二 酒)

深夜歸來長酩酊。扶入流蘇猶未醒。

夜も更けてから帰ってゆく長い時間酩酊状態にあるようだ。万幕を張ったような流蘇樹の中に助けられて入っていったのだが、やっぱりまだ酔いがさめてはいないのだ。

醺醺酒気麝蘭和。

酒に酔ってにこにこしている状態は続いているのにさらに酒を呑んでいるけれど、美人の蘭の香りや麝香の香りが和んでいる。
驚睡覚、笑呵呵。

眠りから覚めて驚いたようで、次に大声で笑い始めている。

長道人生能幾何。

そして、何度も言うことは「人生というものはどれだけものであるか。」だからいまのこの時を愉しまないでどうするのか。

 

(天仙子【てんせんし】 其の二)

深夜 歸り来たりて長く酩酊【めいてい】し、扶けられて流蘇【りゅうそ】に入るも 猶お未だ醒めず。

醺醺【くんくん】たる酒気、麝蘭【じゃらん】と和じる。

驚いて睡りより覚むれば 笑ふこと呵呵【かか】とし。

長【さか】んに道【い】ふ「人生能く幾何ぞ」と。

 

改訂版)-30韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一》

天仙子五首其一

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の一:去年の春の行楽で美男子と楽しく過ごし、その後も、逢瀬を約束したのに、それっきりになり、今年も行楽の季節となり、同じように、貴族の遊侠好色男に弄ばれる若い女が多いことだろうと詠う。)

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

前回の逢瀬で約束した次の逢瀬は約束を守ってもらえず今では、うらむ気持ちをもってこの夢の中で逢瀬を見る事は恨み痛んで、後宮を出て行楽を楽しんだ方を望む。そこには春の花を見るのであり、観賞しても語りかけるきにもならないし、尋ねることも、思いをうちあけることも苦しい。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知

なぜなら、そこには、桃の花は露に濡れ、花は小さい細い枝に咲いていて、若い美人と美男子が行楽していて、美人は雲型の鬢を垂らして艶めかしい。そしてそこには、春に起きた好色の気持ちの者ばかりがいて、「宋玉」のように、好色男だということは分かっていても流されてしまうというものだ。

(天仙子【てんせんし】五首 其の一)

惆望【ちょうぼう】す 前回 夢裏の期を、花を看るも語らず 尋ねること思うことを苦しむを。

桃を露し 花裏は小腰肢、眉眼は細やかなり、鬢雲は垂して、唯だ 多情有り 「宋玉の知」ことを。

 

 

(改訂版)-31韋荘109《巻3-09 天仙子五首 其二》

天仙子五首其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

幔幕に流蘇の房が付いている高貴な宴席に、酔っていたから、高貴な婦人に助けられて入っていったのだが、しばらくたってもやっぱりまだ酔いがさめてはいない、結局、深夜になって帰って来た随分長い時間飲んだので、酩酊状態にあって、なかなか醒めない。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

酔えば酔うほどってにこにこしている状態は続いていて、それでもさらに酒を呑んで、酒のにおいに、蘭の香りや麝香の香りが和んでたのしむものである。少しうとうとして、驚いて眠りから覚める、次に大声で声高らかに笑い始めればよい。そして、もうながいこと言われてきた「人生百年、それがどれほどのものか。」だからいまのこの時を愉しまないでどうするのか。

(天仙子【てんせんし】 其の二)

深夜 歸り来たりて長く酩酊【めいてい】し、流蘇【りゅうそ】に扶けられて入るも 猶お未だ醒めず。

醺醺【くんくん】たる酒気、麝蘭【じゃらん】と和し、驚いて睡りより覚むれば、呵呵【かか】と笑い、長【さか】んに道【い】ふ「人生能く幾何ぞ」と。

紅梅002
 

  

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-30韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一》三巻8-〈108〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5742

(改訂版)-30韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一》(天にある仙郷にいる人の詩。 其の一 去年の春の行楽で美男子と楽しく過ごし、その後も、逢瀬を約束したのに、それっきりになり、今年も行楽の季節となり、同じように、貴族の遊侠好色男に弄ばれる若い女が多いことだろうと詠う。)

 

 

 


 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-30韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一》三巻8-108〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5742

 

 
『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」とある。

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『天仙子』九首

 

 

作者



初句7字

 

 

皇甫先輩松

0217

(改訂版)天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻

 

 

0218

(改訂版)天仙子二首其二

躑躅花開紅照水

 

 

韋相莊

0308

天仙子五首 其一

悵望前回夢裏期,

 

 

0309

天仙子五首 其二

深夜歸來長酩酊,

 

 

0310

天仙子五首 其三

蟾彩霜華夜不分,

 

 

0311

天仙子五首 其四

夢覺雲屏依舊空,

 

 

0312

天仙子五首 其五

金似衣裳玉似身,

 

 

和學士凝(和凝)

0625

天仙子二首 其一

柳色披衫金縷鳳,

 

 

0626

天仙子二首 其二

洞口春紅飛蔌蔌,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天仙子五首其一

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

 

天仙子五首其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

 

天仙子五首其三

蟾彩霜華夜不分,天外鴻聲枕上聞,繡衾香冷嬾重熏。

人寂寂,葉紛紛,才睡依前夢見君。

 

天仙子五首其四

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

 

天仙子五首其五

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。

 

 (旧解)

天仙子 其一

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の一 薄情な男)

惆望前回夢裏期、看花不語苦尋思。

うらむ気持ちをもってこの前の夢の中での情事の約束を思い出しています。それは花を観賞しても苦しく尋ねても、思いをうちあけても少しも私に語りかけてはくれませんでした。

露桃花裏小腰肢。

小さい枝のような腰の私の存在感は庭に咲くどの桃の花に同じように降りる露のようでしかないのでしょうか。

眉眼細、鬢雲垂。

私はまだ自信を持っているのです。眉や眼は柳の葉のように細く長いのです。そして、鬢は雲の形にかたちよくととのえています。

唯有多情宋玉知。

ただ、わたしは楚の文学者「宋玉」のことを知っていますし、あなたが同じように能力は持っていても多情の浮気者であることも知っているのです。

 

前回の夢裏の期を惆望し、花を看るも苦尋の思いを語らず。

露しく桃花の裏の小腰肢。

眉眼細く、鬢雲垂しを。

唯だ多情の宋玉の知ること有らん。

 

改訂版)-30韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一》

天仙子五首其一

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の一:去年の春の行楽で美男子と楽しく過ごし、その後も、逢瀬を約束したのに、それっきりになり、今年も行楽の季節となり、同じように、貴族の遊侠好色男に弄ばれる若い女が多いことだろうと詠う。)

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

前回の逢瀬で約束した次の逢瀬は約束を守ってもらえず今では、うらむ気持ちをもってこの夢の中で逢瀬を見る事は恨み痛んで、後宮を出て行楽を楽しんだ方を望む。そこには春の花を見るのであり、観賞しても語りかけるきにもならないし、尋ねることも、思いをうちあけることも苦しい。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知

なぜなら、そこには、桃の花は露に濡れ、花は小さい細い枝に咲いていて、若い美人と美男子が行楽していて、美人は雲型の鬢を垂らして艶めかしい。そしてそこには、春に起きた好色の気持ちの者ばかりがいて、「宋玉」のように、好色男だということは分かっていても流されてしまうというものだ。

(天仙子【てんせんし】五首 其の一)

惆望【ちょうぼう】す 前回 夢裏の期を、花を看るも語らず 尋ねること思うことを苦しむを。

桃を露し 花裏は小腰肢、眉眼は細やかなり、鬢雲は垂して、唯だ 多情有り 「宋玉の知」ことを。

 

改訂版)-30韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一》 

『天仙子 其一』 現代語訳と訳註

(本文) 

天仙子五首其一  ----108

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

 

(下し文)

(天仙子【てんせんし】五首 其の一)

惆望【ちょうぼう】す 前回 夢裏の期を、花を看るも語らず 尋ねること思うことを苦しむを。

桃を露し 花裏は小腰肢、眉眼は細やかなり、鬢雲は垂して、唯だ 多情有り 「宋玉の知」ことを。

 

(現代語訳)

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の一 去年の春の行楽で美男子と楽しく過ごし、その後も、逢瀬を約束したのに、それっきりになり、今年も行楽の季節となり、同じように、貴族の遊侠好色男に弄ばれる若い女が多いことだろうと詠う。)

前回の逢瀬で約束した次の逢瀬は約束を守ってもらえず今では、うらむ気持ちをもってこの夢の中で逢瀬を見る事は恨み痛んで後宮を出て行楽を楽しんだ方を望む。そこには春の花を見るのであり、観賞しても語りかけるきにもならないし、尋ねることも、思いをうちあけることも苦しい。

なぜなら、そこには、桃の花は露に濡れ、花は小さい細い枝に咲いていて、若い美人と美男子が行楽していて、美人は雲型の鬢を垂らして艶めかしい。そしてそこには、春に起きた好色の気持ちの者ばかりがいて、「宋玉」のように、好色男だということは分かっていても流されてしまうというものだ。

 

 

(訳注) 改訂版)-30韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一》

天仙子 其一

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の一:去年の春の行楽で美男子と楽しく過ごし、その後も、逢瀬を約束したのに、それっきりになり、今年も行楽の季節となり、同じように、貴族の遊侠好色男に弄ばれる若い女が多いことだろうと詠う。)

後宮は天上界、仙郷に喩えられ、一旦はいれば二度と出ることはできないとまで言われたが、娯楽、遊戯を愉しんでは致し、自由な性倫理もそこには在った。

原始時代の母権制がその歴史的使命を果し、その寿命が尽きた時、「男尊女卑」一夫多妻は誰も疑うことのない人の世の道徳的規範となった。人口の半分を占める女性たちは、未来永劫にわたって回復不可能な二等人となり、ごく最近まで、二度と再び他の半分である男性と平等になることはなかった。(形態の違いこそあれ、未だに真の平等までにいたっていないのかもしれない。)

そうした中で、彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生、ごりごりの儒学者たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。これは、世界的にも同時期に同じような婚姻制度、性倫理が存在した、日本での万葉集から、源氏物語と六朝文学から花間集の時期、全く同じということではないが、中世封建制の儒教的性倫理の前の自由な文学と共に興味深いものである。

この詩は、韋荘は、宋玉の《登徒子好色賦》の民間逸話に基づいて、春の行楽というものに、貴族の男女が期待を持ち、自由な恋愛を行った結果、それがあまりに楽しかったために、「後日悲しみ恨むことになってしまう」と分かっていてもそれに流されてしまうものだ、というものである。

『花間集』には韋莊の作が五首収められている。単調三十四字、六句五平韻で、⑦⑦⑦3③⑦の詞形をとる。

(改訂版)-30韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一》

悵望前回夢裏  看花不語苦尋
露桃花裏小腰  眉眼細 鬢雲  唯有多情宋玉

  
  
   

 

惆望前回夢裏期、看花不語苦尋思。

前回の逢瀬で約束した次の逢瀬は約束を守ってもらえず今では、うらむ気持ちをもってこの夢の中で逢瀬を見る事は恨み痛んで後宮を出て行楽を楽しんだ方を望む。そこには春の花を見るのであり、観賞しても語りかけるきにもならないし、尋ねることも、思いをうちあけることも苦しい。

・惆望 うらむ、いたむ、気落ちするなどの気持ちをもって遠くを眺める。

前回 前回の逢瀬。

夢裏期 前回の逢瀬の逢瀬で次回の逢瀬の日を約束したことが夢のこととなり、夢でしか逢瀬できないこと。

 

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

なぜなら、そこには、桃の花は露に濡れ、花は小さい細い枝に咲いていて、若い美人と美男子が行楽していて、美人は雲型の鬢を垂らして艶めかしい。そしてそこには、春に起きた好色の気持ちの者ばかりがいて、「宋玉」のように、好色男だということは分かっていても流されてしまうというものだ。

露桃花裏小腰肢 春の行楽の様子。

細くてしなやかな腰。多く、美人のたとえ。李商隠『楚宮』「楚管蠻弦愁一概,空城罷舞腰支在。」楚宮詩でいう「腰支在」は妖艶な腰の体つきで舞い姿をみせた。「宮妓」詩に「披香新殿に腰支を闘わす」というように、踊り子の動きの際立つ部位。薄絹をつけて舞う宮廷での踊りは、頽廃的に性欲に訴えるものであった。

楚宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 55

また、同様に細腰について、女性の細い腰。楚の霊王が細い腰を好んだという。『漢書・馬寥傳』の「呉王好劍客,百姓多瘡瘢。楚王好細腰,宮中多餓死。」、『荀子・君道』「楚莊王好細腰,故朝有餓人。」や『韓非子』「越王好勇,而民多輕死。楚靈王好細腰,而國中多餓人。」「楚の霊王は細腰を好み、国中餓する人多し」。

眉眼細 若い美人、美男子をいう。

鬢雲垂 艶めかしさを形容する語。

唯有多情 好色であることをいう。

宋玉知 楚の文学者、美男子「宋玉」は好色男であることを知っている。《登徒子好色賦》・宋玉 中国,戦国時代末期、楚の文学者。屈原の弟子とされる。屈原にならって主として辞賦作品を作ったが,その批判精神は受け継げず,主君の好悪のままに作品を作る宮廷作家の最も早い例ともされる。宋玉の作品として,《文選》には〈風の賦〉〈高唐の賦〉〈神女の賦〉〈登徒子好色の賦〉など,《楚辞章句》には〈九弁〉〈招魂〉などが収められるほか,《古文苑》にも幾編かの宋玉作と称する作品が収められている。しかし彼の伝記に確実なよりどころのないこととあわせて,それぞれの作品の来歴にも多くの問題のあることが指摘されている。

 

《登徒子好色賦》

宋玉と登徒子はともに楚国の大夫であり、楚の王とは親しい関係にある。だが登徒子は宋玉の才能を妬み、楚王の前で彼の悪口を言い続けた。ある日、登徒子は「宋玉は美男子であり、才能もありますが、好色な人間ですから、陛下は後宮に行かれるときは決して彼をともにしてはなりませんぞ。後宮には美しい妃たちがいらっしゃるので、宋玉に会ってしまえばあとで面倒なことが起こりかねますから」と楚王に助言した。

 

それを聞いた楚王は宋玉を謁見し、登徒子の言葉を確認しようとした。そこで宋玉は「わたしの外見がいいのは、生まれつきであり、学問が豊富なのは、学問に励んだからです。しかし、わたしのことを好色というのは、まったくありもしないデタラメでございます」と答えた。すると楚王は「ならば証拠を見せよ」という。そこで宋玉は「天下の美人は、楚の国に最も多くいて、なかでも美人が最も多いのはわたしの故郷の臣里です。さらに臣里で一番の美人はわたしの隣に住んでおります。この美人の背丈が高くも低くもなく、なんの化粧もする必要はありません。彼女の歯、髪とその仕草などは美そのものであり、彼女は一つの笑顔を見せるだけで多くの貴公子を酔わせることができましょう。しかし彼女は三年の間、壁の隙間を通してわたしを覗きましたが、わたしの心は動きませんでした。わたしは好色な人物ではありません。実は、登徒子こそが好色な人間なのです」と答えた。

 

楚王がその理由を聞くと、宋玉は「登徒子の妻は決して美しい人ではありませんが、登徒子は彼女に一目惚れし、今ではすでに五人の子供が出来ているのですよ。」というので、これには楚王も言葉を失ったのである。これが“隣の女が壁に窺う”という故事である。

 

韋莊

836―910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-28韋荘106《巻3-06 河傳三首 其二》三巻6-〈106〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5732

(改訂版)-28韋荘106《巻3-06 河傳三首 其二》(成都は古い蜀の都で、貴族の長い歴史があり、我が物顔で飲み歩く遊侠の司馬相如の様な貴公子の若者と卓文君のような娼妓について詠う。)春も終わりごろになるともう風も暖かく、成都錦官城には花が満ち溢れていて、行楽している人や風流な人をそんな春はおぼれさせてしまう。

 


『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-28韋荘106《巻3-06 河傳三首 其二》三巻6-106〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5732

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河傳』十八首

 

 

溫助教庭筠

2-09

(改訂版)河傳三首其一

曉妝仙,仙景箇

 

 

2-10

(改訂版)河傳三首其二

雨蕭蕭,煙浦花

 

 

2-11

(改訂版)河傳三首其三

杏花稀,夢裡每

 

 

韋相莊

巻二

河傳三首 其一

何處,煙雨,隋堤

 

 

巻二

河傳三首 其二

春晚,風暖,錦城

 

 

巻二

河傳三首 其三

錦浦,春女,繡衣

 

 

張舍人泌

巻五

河傳 二首之一

渺莽雲水,惆悵暮

 

 

巻五

河傳 二首之二

紅杏,交枝相映,

 

 

顧太尉

巻七

河傳三首 其一

鷰颺,晴景。小

 

 

巻七

河傳三首 其二

曲檻,春晚。

 

 

巻七

河傳三首 其三

棹舉,舟去,波光

 

 

孫少監光憲

巻七

河傳四首(1

太平天子,等閑遊

 

 

巻七

河傳四首(2

柳拖金縷,着煙籠

 

 

巻七

河傳四首(3

花落,煙薄,謝家

 

 

巻七

河傳四首(4

風颭,波斂。

 

 

閻處士選

巻九

河傳一首

秋雨,秋雨,

 

 

李秀才珣

巻十

河傳二首其一

朝雲暮雨,依舊

 

 

巻十

河傳二首其二

落花深處,啼鳥

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 2015年3月22日の紀頌之5つのBlog 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠52《巻2-02 清平樂二首》溫庭筠66首巻二2-〈52〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5457

(改訂)-1溫庭筠52《巻2-02 清平樂二首》(春にはいろんな階層、いろんな人たちが別れの涙を流す、中でも、春の行楽での無礼講での貴公子たちのふるまいにおおくの娘たちが千行の涙を流すと詠う)

 

 
 2015年1月26日の紀頌之5つのブログ 
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李白 清平楽

楽府には、清調・平調・瑟調の三つがあって、清平調とはこのうちの清調と平調を合わせたものである。

 

双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑥⑥6⑥の詞形をとる。

清平楽五首之一

禁庭春畫  鶯羽披新
百草巧求花下  祗賭珠璣滿
日晚卻理殘  禦前閑舞霓
誰道腰肢窈窕  折旋笑得君

  
  
  
  

 

単調二十八字三平韻

清平調

雲想衣裳花想  春風拂檻露華
若非群玉山頭見  會向瑤臺月下

  
  

 

 

李白詩 尊前集  清平楽五首、清平調三首

    李太白集 《巻二十五補遺》清平楽令二首清平楽三首、《巻四》清平調三首

清平樂 一(

禁庭春畫。鶯羽披新繡。百草巧求花下鬥。祗賭珠璣滿鬥。

日晚卻理殘妝。禦前閑舞霓裳。誰道腰肢窈窕,折旋笑得君王。

 

清平樂 二(

禁闈清夜。月探金窗罅。玉帳鴛鴦噴蘭麝。時落銀燈香

女伴莫話孤眠。六宮羅綺三千。一笑皆生百媚,宸衷教在誰邊。

 

清平樂 三(

煙深水闊。音信無由達。惟有碧天雲外月。偏照懸懸離別。

盡日感事傷懷。愁眉似鎖難開。夜夜長留半被,待君魂夢歸來。

 

清平樂 四(

鸞衾鳳褥。夜夜常孤宿。更被銀臺紅蠟燭。學妾淚珠相續。

花貌些子時光。人遠泛瀟湘。欹枕悔聽寒漏,聲聲滴斷愁腸。

 

清平樂 五(

畫堂晨起。來報雪花墜。高卷簾櫳看佳瑞。皓色遠迷庭砌。

盛氣光引爐煙,素草寒生玉佩。應是天仙狂醉。亂把白雲揉碎。

 

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清平調 三首其一

雲想衣裳花想容。春風拂檻露華濃。若非群玉山頭見,會向瑤臺月下逢。

 

清平調 三首其二

一枝紅艷露凝香。雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似,可憐飛燕倚新妝。

 

清平調 三首其三

名花傾國兩相歡。常得君王帶笑看。解得春風無限恨。沈香亭北倚闌幹。

 

 

 

 

(改訂版)

清平樂二首其一

(天子のために、妃嬪は大明宮六宮、興慶宮、洛陽内裏、上陽宮、離宮、御陵など宮殿陵廟に配置され、寵愛を得ようとそれぞれ努力をすることだけを生きるあかしとしている。美貌、音楽舞踊、芸、文学、裁縫、・・・を競って努力をする。しかしそのまま埋もれてしまうことがほとんどで、漢の陳皇后のようにいずれ寵愛を取り戻せることだけを信じていきていくと詠う)

上陽春晚,宮女愁蛾淺。

上陽宮で待ち続けてもう春も終ろうとしている。待つだけの妃嬪は眉も薄くなり愁いが消えることなどない。

清平思同輦,爭那長安路遠。

また新しい歳に変わる、世の中が清らかに治まっていても、彼女らは、天子の事だけ考えていきていて、漢の班捷伃が「同輦を辞」したような思いでいる。どうしようもないことには、天子の寵愛を爭おうとしても天子の入る長安までの道のりは遠いのである。

鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。

それでも、天子が何時来られてもいい準備だけは欠くことはできない、鳳凰の画かれたとばり、鴛鴦の刺繍のかけ布団、そしていたずらに焚かれるお香、そこには天子に寵愛されることを希望として生きる事しかないのであって、どんなに寂寞の思いにかられても、多くの門があろうとも、天子を思う気持ちだけはなくしてはいけない、それだけで生きてゆくのであるから。

競把黃金買賦,為妾將上明君。

昔。陳皇后は寵愛を取り戻すために司馬相如に黄金百斤で賦を作ってもらい、自らも詩を勉強し、競い合い寵愛を取り戻したというが、寵愛をうけるためには、女として、向上する事であり、まさに、それを受け入れる賢明な天子のもとにあがることが必要なのだ。

清平樂二首其一

上陽の春晚,宮女 蛾淺に愁う。

 清平 同輦を思う,爭い那ぞ長安路遠く。

鳳帳 鴛被 徒らに燻じ,寂寞 花鏁 千門。

把を競い 黃金 賦を買う,妾為す 將に明君に上る。

 

 

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清平樂二首其二

(唐の東都洛陽の町には、終日、あちこちで柳の枝を手折っては旅立ついろんな人を詠う。)

洛陽愁,楊柳花飄雪。

春も盛り、柳架は花のように、雪のように乱れ散るというのに、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願すると、それにつられて橋の下流れさる春水は嗚咽して泣いてくれるのだ。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

旅立とうとして馬に上ってまでも、人々は争って別れを傷むので盃をわたし見送りの酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

 

(改訂版)
清平樂二首其二

(春にはいろんな階層、いろんな人たちが別れの涙を流す、中でも、春の行楽での無礼講での貴公子たちのふるまいにおおくの娘たちが千行の涙を流すと詠う)

洛陽愁,楊柳花飄雪。

高官の移動、貴公子が存在感を見せる春も盛り、楊柳はもえ、柳絮の花は、雪のように乱れ散るころには、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、宮女、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願するのであるが、そればかりでなく、貴公子たちのおもちゃにされた娘たちの悲しみの嗚咽が春水の音にまじって橋の下を流れ去る。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

貴公子たちは、馬に上ったままで、新酒の封を切ってそのままラッパ飲みをしたり、別れの盃をわたし酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいで哭している。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

戦国「平原君」を気取って春の無礼講にむれをなし、洛陽の高級住宅地の貴公子たちのやることはこれ以上の心配はない程極まったもので、あっちでも、こっちでも振り返れば多くの女たちが千行の涙を拭っているのだ。

(清平樂二首其の二)

洛陽に愁絶す、楊柳 花 雪を飄【ひるが】えす。

終日 行人 攀折を爭い、橋下 水流 鳴咽す。

馬に上れば 争いて離れの觴を勧む、南浦 鶯声 腸を断つ。

愁殺す 平原の年少、首を遅らし涙千行を揮う。

 


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