玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

遊宴 登覧

11顧夐 (改)《巻七24荷葉杯九首其三》『花間集』326全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6902

顧夐  荷葉杯九首 其三   

弱柳好花盡拆,晴陌。陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。狂摩狂,狂摩狂。

(春の行楽に美しい女たちが選ばれ、その家のボタンを自慢にして、庭先で酒宴が開かれる、都の貴公子に惚れてしまうと詠う)若い柳の細腰の女も選ばれ、艶やかな素敵なぼたんの花の様な女も選ばれるが、尽くした挙句、心は折られる。都大路は晴れやか。都大路の貴公子の檀郎、体全身に蘭麝香の香り漂い、その香に女たちは心打たれてしまう。愛して狂っちゃいそうになるのではないか、もう狂ってしまった。もう狂ってしまったのではないか、キットどうにかなってしまった。

11顧夐 (改)《巻七24荷葉杯九首其三》『花間集』326全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6902

 

 
  2015年11月11日 の紀頌之5つのBlog  
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荷葉杯九首其一

(春には逢えると約束していたのに、花が散り落ちるように寵愛を失えばもう戻ることはない。しかし、自分の立場は認識したし、病気になっても耐えるしかないと諦める女、妃嬪を詠う)

春盡小庭花落,寂寞。

春が今終ろうとしている寝殿奥の庭の花は散りおちてしまった、ひっそりとした寂しさが漂う。花が落ちることは、寵愛を失うことは、もう元に戻らない。

凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。

手摺にもたれかかり二つの眉をひそめている。こうして堪えることを教えられ、病気になろうともただあのお方との逢瀬の約束の日を楽しみに思うだけなのだ。

知摩知?知摩知?

現実を知り、此れを本当に知ったということなのか。此れでわかったということなのか本当にわかったのか。

(荷葉杯九首 其の一)

春盡く 小庭の花落つ,寂寞たり。

檻に凭【もた】れ 雙眉に斂じ,教を忍び 病を成し 佳期を憶う。

知らんや知らん?知らんや知らん?

 

荷葉杯九首其二

(いつかは寵愛を失うと覚悟はしていたが、妃嬪は愁うことしかできないと詠う)

歌發誰家筵上,寥亮。

歌う声が聞こえてくる、どこの御殿の宴筵席で歌を謡っているのか。澄んだ音色で響き渡ってくる。

別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。

はっきりとお別れをしたわけではないが寵愛を失なえば恨んでばかり、まさにこころがはるか遠くに行ってしまった。御殿の閨には蘭型の燈火がともる、しかし、とばりを背にすわる、名月がこの高楼を照らす。

愁摩愁,愁摩愁。

思いが募れば愁えが増し、忘れようと思っても、やっぱり愁えているのか。また、愁えている、やっぱり愁えるのか。

(荷葉杯九首 其の二)

歌發すは 誰が家の筵の上に,寥亮。

別恨み 正に悠悠たり,蘭釭 帳を背にし 當樓に月る。

愁うや愁う,愁えんや愁う。

 

 

荷葉杯九首 其三

(春の行楽に美しい女たちが選ばれ、その家のボタンを自慢にして、庭先で酒宴が開かれる、都の貴公子に惚れてしまうと詠う)

弱柳好花盡拆,晴陌。

若い柳の細腰の女も選ばれ、艶やかな素敵なぼたんの花の様な女も選ばれるが、尽くした挙句、心は折られる。都大路は晴れやか。

陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。

都大路の貴公子の檀郎、体全身に蘭麝香の香り漂い、その香に女たちは心打たれてしまう。

狂摩狂,狂摩狂。

愛して狂っちゃいそうになるのではないか、もう狂ってしまった。もう狂ってしまったのではないか、キットどうにかなってしまった。

(荷葉杯九首 其の三)

弱【わか】い柳 好き花 拆り盡し,晴れたる陌。

陌上 少年の郎,滿身 蘭麝 人 香に撲【なげう】つ。

狂わんや狂わん,狂わんや狂わん。

 

 

芍薬003
 

『荷葉杯九首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

荷葉杯九首 其三

弱柳好花盡拆,晴陌。

陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。

狂摩狂,狂摩狂。

 

(下し文)

(荷葉杯九首 其の三)

弱【わか】い柳 好き花 拆り盡し,晴れたる陌。

陌上 少年の郎,滿身 蘭麝 人 香に撲【なげう】つ。

狂わんや狂わん,狂わんや狂わん。

 

(現代語訳)

(春の行楽に美しい女たちが選ばれ、その家のボタンを自慢にして、庭先で酒宴が開かれる、都の貴公子に惚れてしまうと詠う)

若い柳の細腰の女も選ばれ、艶やかな素敵なぼたんの花の様な女も選ばれるが、尽くした挙句、心は折られる。都大路は晴れやか。

都大路の貴公子の檀郎、体全身に蘭麝香の香り漂い、その香に女たちは心打たれてしまう。

愛して狂っちゃいそうになるのではないか、もう狂ってしまった。もう狂ってしまったのではないか、キットどうにかなってしまった。

 

(訳注)

荷葉杯九首其三

(春の行楽に美しい女たちが選ばれ、その家のボタンを自慢にして、庭先で酒宴が開かれる、都の貴公子に惚れてしまうと詠う)

唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。

春薪踏青(ハイキング)

正月十五日以後から三月の清明節の前後にかけて、人々は盛んにハイキングをしたり、野宴を催したりして楽しんだ。女性も春のハイキングに巻き込まれ、一年の内、最も愉快で自由なめ日を楽しんだ。「長安の男女は春の野を遊歩し、名花に遇えば敷物を広げ、紅い 裾を順番に挿し掛けて、宴の幌とする」、「都の男女は、毎年正月半ば過ぎになると、各おの車に乗り馬に跨り、園圃(農園)あるいは郊野(郊外の野原)の中に帳をしつらえて、探春の宴をする」(『開元天宝遺事』巻下)。こう見てくると、春の野に遊宴を催すとは、何と現代的なことかと思う。長安の曲江池、楽游原などの景勝の地は、ひとたび新春が訪れると女性たちがみな押しょせて見物したり笑い合ったりする場所であり、その他の景勝地もみな同様であった。唐詩の中には女性たちが春を楽しむ情景を歌ったものが少なくない。李華の詩「春遊吟」 に、「初春 芳句(春の野)遍く、千里 藷として職に盈つ。美人は新しき英を摘み、歩歩 春緑に玩る」とあり、また施肩吾の詞「少婦遊春詞」 に、「錦を集め花を轢めて勝遊を闘かわせ、万人 行く処 最も風流」とある。杜甫は「麗人の行」 の中で、貴婦人たちの訪春の情景を「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」と描写した。張萱の 「虢国夫人游春図」は、さらに生々と唐代貴婦人の游春の情景を再現している。

 

『花間集』には顧夐の作が九首収められている。単調二十六字、六句二仄韻、四平韻、❷⑤⑦③③の詞形をとる。

荷葉杯九首其一

春盡小庭花,寂

凭檻斂雙,忍教成病憶佳

知摩?知摩

○●●○○●  ●●

△●●○○  ●△○●●○○

○△○ ○△○

荷葉杯九首 其二

歌發誰家筵,寥

別恨正悠,蘭釭背帳月當

愁摩,愁摩

○●○○○●  △●

●●△○○  ○○●●●△○

○△○  ○△○

荷葉杯九首 其三

弱柳好花盡,晴

陌上少年,滿身蘭麝撲人

狂摩,狂摩

●●●○●●  ○●

●●●○○  ●○○●●○○

△△△  △△△

 

溫庭筠

《巻二14 荷葉盃三首其一》 一點露珠凝冷,波影。滿池塘。綠莖紅豔兩相亂,腸斷。水風涼。

溫庭筠

《巻二15 荷葉盃三首其二》 鏡水夜來秋月,如雪。採蓮時。小娘紅粉對寒浪,惆悵。正思想。

溫庭筠

《巻二16 荷葉盃三首其三》 楚女欲歸南浦,朝雨。濕愁紅。小船搖漾入花裏,波起。隔西風。

韋莊

《巻二44 荷葉盃二首其一》 代佳人難得,傾國,花下見無期。一雙愁黛遠山眉,不忍更思惟。閑掩翠屏金鳳,殘夢,羅幕畫堂空。碧天無路信難通,惆悵舊房櫳。

韋莊

《巻二45 荷葉盃二首其二》 記得那年花下,深夜,初識謝娘時。水堂西面畫簾垂,攜手暗相期。惆悵曉鶯殘月,相別,從此隔音塵。如今俱是異人,相見更無因。

顧夐

《巻七22 荷葉杯九首其一》 春盡小庭花落,寂寞。凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。知摩知?知摩知?

顧夐

《巻七23 荷葉杯九首其二》 歌發誰家筵上,寥亮。別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。愁摩愁,愁摩愁。

顧夐

《巻七24 荷葉杯九首其三》 弱柳好花盡拆,晴陌。陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。狂摩狂,狂摩狂。

顧夐

《巻七25 荷葉杯九首其四》 記得那時相見,膽戰。鬢亂四肢柔,泥人無語不擡頭。羞摩羞,羞摩羞。

顧夐

《巻七26 荷葉杯九首其五》 夜久歌聲怨咽,殘月。菊冷露微微,看看濕透縷金衣。歸摩歸,歸摩歸。

顧夐

《巻七27 荷葉杯九首其六》 我憶君詩最苦,知否。字字盡關心,紅牋寫寄表情深。吟摩吟,吟摩吟。

顧夐

《巻七28 荷葉杯九首其七》 金鴨香濃鴛被,枕膩。小髻簇花鈿,腰如細柳臉如蓮。憐摩憐,憐摩憐。

顧夐

《巻七29 荷葉杯九首其八》 曲砌蝶飛煙暖,春半。花發柳垂條,花如雙臉柳如腰。嬌摩嬌,嬌摩嬌。

顧夐

《巻七30 荷葉杯九首其九》 一去又乖期信,春盡。滿院長莓苔,手挼裙帶獨徘徊。來摩來,來摩來。

 

 

弱柳好花盡拆,晴陌。

若い柳の細腰の女も選ばれ、艶やかな素敵なぼたんの花の様な女も選ばれるが、尽くした挙句、心は折られる。都大路は晴れやか。

・弱柳 若い柳の細腰の女。弱:若い。柳は細腰の女性を示す。

・好花 艶やかな素敵なぼたんの花の様な女。

・盡拆 ことごとく折る。あの男にかかって折られ、摘み取られてしまう。

・晴陌 晴たる大通り。男は都大路を晴れやかに闊歩するというほどの意。

 

陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。

都大路の貴公子の檀郎、体全身に蘭麝香の香り漂い、その香に女たちは心打たれてしまう。

・少年郎 少年は1820歳程度の高貴な家のやんちゃな息子たち。郎は、遊郎、檀郎、阮郎、劉郎などプレイボーイをいう。やりたい放題をする富貴の二男坊ということである。李白・杜甫・王維など歌っている。

贈少年 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-56-9-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1840

温庭筠『贈少年』

江海相逢客恨多,秋風葉下洞庭波。

酒酣夜別淮陰市,月照高樓一曲歌。

王維 少年行
新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。
李白 17少年行
少年行      
五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。
落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。
杜甫 少年行

馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
 
王昌齢『少年行』
走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。
いなせな若者や壮士を詠う。

 

狂摩狂,狂摩狂。

愛して狂っちゃいそうになるのではないか、もう狂ってしまった。もう狂ってしまったのではないか、キットどうにかなってしまった。

・摩 疑問をあらわす語で、~かしら。

 

 

 

音楽と歌舞 4分割(2

 

これら何百何千もの宮妓は、どのような生活をしていたのであろうか。宮妓は宮人と共通するところもあったが、しかし全く同じというわけでもなかったようだ。宮人の中から選抜されて宮妓にされたものの大半は、「宮婦」の身分のままであったが、それ以外の民間から選抜されたものの地位と身分は、一般の宮人に比べてやや高かったようである。各時代の記録はきわめて少ないが、ただ玄宗の時代についてだけは、『教坊記』という書物が彼女たちについて専門に書いている。

 

選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時には、雲韶院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」には佩魚が許されていたが、宮人には許されなかった。内人は比較的優遇されており、その家庭は「内人家」とよばれ、みな宮廷の外の外教坊に住み、季節ごとに宮廷から糧米が支給されていた。内人の中で皇帝から最も寵愛を受けていた「十家」と称される内人は邸宅を賜り、日常の賞賜もたいへん多かった。また、内人は家族と常時会うことができ、毎月の二日、十六日、あるいは自分の誕生日などに母親や姉妹が訪ねることができた。敬宗の時、皇帝は自ら内人の家族千二百人を招待し、教坊で宴席を設け、褒美として錦を下賜した(『旧唐書』敬宗紀)。

○佩魚 五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ(佩び玉)

8牛希濟《巻0547 臨江仙七首其七》『花間集』245全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6497

牛希濟  臨江仙七首其七  

洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。

萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

(洞庭湖を望む周りには隠遁者を受け入れるが、特に真ん中に在る君山辺りは日月の輝きで最高の神仙郷である。東の湖面静かな平湖あたりは、天高い秋の星が降る季節が良い神仙郷である。五嶺山脈を超えると羅浮山のふもとには蜜柑と霜と紅葉の神仙の郷があると詠う。)洞庭湖に波立つのは、晴天の日は水面は輝き、風がそよぐ程度でも吹かれて波立つ。洞庭湖の中には、隠遁者の住む君山がポツンと浮んでそこだけ霞が立ちこめる。洞庭湖の真ん中あたりは神仙の郷に属しているし、そこには、輝くような高楼と真珠の宮殿がある。そして月が昇れば湖面に映す月と互いにその輪辺を接し、すべてが月の世界である。この洞庭湖から長江を下って東の方、万里さきの湖面静かな平湖は冷気がひろがると秋の色に染まると一番の景色で、空高く星たちが瞬けば星も湖面に垂れ、影を写し、千差万別、境目もわからず、星屑の世界になる。五嶺を越えれば、柑橘樹の名産地で、この季節霜が重ねて降りるようになると更に木々の紅葉が進んで鮮やかな色に変わる。羅浮山のふもとには蜜柑と霜と紅葉の神仙の郷があり、それが向かう道にはどこまでも、奥深い所までも連なっている。

8牛希濟《巻0547 臨江仙七首其七》『花間集』245全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6497

 

 
 2015年8月22日の紀頌之5つのBlog 
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 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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85 (改訂) 巻09-14湘中 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1502> Ⅱ巻09-14 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6494 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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7毛文錫《巻五31應天長一首》『花間集』232全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6432

毛文錫  應天長一首  

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

平らかに大江の波は暖かな日には、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

應天長

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。

平らかに大江の波は暖かな日には、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

應天長一首

平江 波暖かく 鴛鴦語り,兩兩らる釣【ちょうせん】 極浦【きょくほ】に歸る。

蘆州【ろしゅう】一夜 風 雨に和し,淺沙を起き飛びて 雪鷺【せつろ】翹。

漁燈 遠渚【えんちょ】明く,蘭棹【らんとう】今宵【こんしょう】何處なるか。

羅袂【らべい】風に從いて輕やかに舉がり,愁殺【しゅうさい】あり 採蓮の女にも。

 

『應天長 一首』 現代語訳と訳註

(本文)

應天長一首

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。

蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。

羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

 

(下し文)

應天長一首

平江 波暖かく 鴛鴦語り,兩兩らる釣舡【ちょうせん】 極浦【きょくほ】に歸る。

蘆州【ろしゅう】一夜 風 雨に和し,淺沙を起き飛びて 雪鷺【せつろ】翹。

漁燈 遠渚【えんちょ】明く,蘭棹【らんとう】今宵【こんしょう】何處なるか。

羅袂【らべい】風に從いて輕やかに舉がり,愁殺【しゅうさい】あり 採蓮の女にも。

 

 

(現代語訳)

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

平らかに大江の波は暖かな日には、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

 

 

(訳注)

應天長 一首

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

前段、平らで暖かな水に浮かぶ鴛鴦(オシドリ)が囁き交わすさまは、仲睦まじく語り合っていたことをいう男女を象徴している。その夜の吹き降りは、男が別れていくのを見送った後の女性の静まらぬ心を示し、首を高くもたげて飛び立とうとしている白鷺は、すぐにも男のもとに飛んで行きたいという女の思いを象徴している。後段は、遠くの岸辺にあって漁をする舟の漁火を見て、あの人の乗る舟ほどのあたりかしらと男を思いやる女性の情について述べ、薄絹を風になびかせ、採蓮する娘たちにも愁いはある。愁いに沈む女の姿を描く。

應天長

『花間集』には毛文錫の作が一首収められている。双調五十字、前段二十八字四句三仄韻、後段二十二字四句四仄韻で、❼❼7❼/❺❻❻❺の詞形をとる

應天長一首

平江波暖鴛鴦  兩兩釣舡歸極
蘆州一夜風和雨  飛起淺沙翹雪
漁燈明遠  蘭棹今宵何
羅袂從風輕  愁殺採蓮

○○○●○○●  ●●●○○●●

○○●●△△●  ○●△△△●●

○○○●●  ○●○○△●

○●△△△●  ○●●△●

 

韋荘(韋相莊)          應天長二首

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毛文錫(毛司徒文錫) 應天長一首

應天長一首

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

(顧太尉       應天長一首

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平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。

平らかに大江の波は暖かな日に、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

○平江 平らに広がる川。増水、洪水の状況ではないこと。

釣舡 

○極浦 遠い果ての岸。ここではい遙かな対岸を指す。

 

蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

○蘆州 蘆(あし)の生える州()

風和雨 吹き降りを言う。

○翹 あげる。鳥の尾羽のように、高くかかげる。つまだてる。つま先だって背を高くする。 特に秀でた人。また、特にすぐれているさま。ぬきんでる。ここでは背を伸ばして高く首を挙げること。

 

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

○蘭棹 蘭で作った船の棹。ここでは意中の男の乗る船を指す。

 

羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

○愁殺 この上ない愁いに誘う。穀は強調を表す。

○採蓮女 年若い女が腕と素足を出して採蓮する。それを秋の行楽として色町の女とお客の者たちが見学するという、年齢差を感じさせる語のひとつである。

羅袂 閨で着る薄絹の透けて見える上着の袖口のひろがったもの。

《木蘭花》

獨上小樓春欲暮、愁望玉関芳草路。

消息断、不逢人。却斂細眉歸繍戸。

坐看落花空歎息、羅袂斑紅涙滴。

干山萬水不曾行、魂夢欲教何覓。

(木蘭花)

獨り小樓に上れば春暮れんと欲し、愁望す 玉関芳草の路。

消息 断え、人に逢はず。却って細き眉を斂【ひそ】めて 繍戸に歸る

坐ろに落花を看て 空しく歎息し、羅袂【らべい】湿れて斑【まだら】に紅涙 滴たる。

千山萬水 曾て行かず、魂夢は何處に覓【もと】めしめんと欲す。

坐看落花空歎息、羅袂斑紅涙滴。

約束の春をはじめてまつ者は、次第にただ漫然として散る花を見て、むなしくため息を漏らすことになり、薄絹のたもとは涙で堕ちた頬紅が点々と濡らすことになる。

・羅袂 帰ってきたら閨で着る薄絹の透けて見える上着の袖口。帰って来ると思って閨で着て涙する。唐代の女性の服装は、まさに社会の風気が開放的になるに従って自由となり、益々拘束がなくなっていったのである。家庭での服装については、私たちは唐代の絵画の中に見ることができる。たとえば、有名な永泰公主の墓の壁画の中に見られる女性などは、たいてい上着も下着も太めにゆったり美しいが、しかし胸も乳も露わにされているのである。

張泌《巻四33浣渓沙 十首 其十》『花間集』184全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6192

張泌  浣渓沙 十首其十  

小市東門欲雪天,眾中依約見神仙,蘂黃香畫貼金蟬。

飲散黃昏人草草,醉容無語立門前,馬嘶塵烘一街煙。

(春の行楽に酒宴も華やかであったが、空も夜が急変して寒くなり、雪が降るような雲行きに変わった。宴席は散会になり、街中一斉に家々の暖房、竈に火が焚かれ始めたので、全体に煙が起ち上って来たと詠う。)

 

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(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首其十

(春の行楽に酒宴も華やかであったが、空も夜が急変して寒くなり、雪が降るような雲行きに変わった。宴席は散会になり、街中一斉に家々の暖房、竈に火が焚かれ始めたので、全体に煙が起ち上って来たと詠う。)

小市東門欲雪天,中依約見神仙,蘂香畫貼金

庶民の市場に、東の春明門に、春の雪の天気になろうとしている。人々が街に行き交う中で、まるで、神仙の世界かと見えるのである。それは、蕊黄の飾りをし、香しく巻き画のようで、金の蝉羽を貼り付けて宮殿のようである。

飲散昏人草草,醉容無語立門前,馬嘶塵一街煙。

暖かかった行楽の酒の席は空模様の急変でたそがれ、あわただしく人が行動する、酔ってしまった者は、御門の前に無言のまま立っている。馬が嘶き、家々の暖房の塵も一斉に温めはじめたので、この街全体から煙が立ち上って行く。

(浣渓沙 十首 其の十)

小市 東門 雪天と欲し,眾中 依約して 神仙を見,蘂黃 香畫 金蟬を貼る。

飲散 黃昏 人 草草たり,醉容して語る無く 門前に立ち,馬嘶き 塵烘【じんこう】一街の煙。

 

(改訂版Ver.2.1

『浣渓沙 十首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣渓沙 十首其十

小市東門欲雪天,眾中依約見神仙,蘂黃香畫貼金蟬。

飲散黃昏人草草,醉容無語立門前,馬嘶塵烘一街煙。

 

 

(下し文)

(浣渓沙 十首 其の十)

小市 東門 雪天と欲し,眾中 依約して 神仙を見,蘂黃 香畫 金蟬を貼る。

飲散 黃昏 人 草草たり,醉容して語る無く 門前に立ち,馬嘶き 塵烘【じんこう】一街の煙。

 

 

(現代語訳)

(春の行楽に酒宴も華やかであったが、空も夜が急変して寒くなり、雪が降るような雲行きに変わった。宴席は散会になり、街中一斉に家々の暖房、竈に火が焚かれ始めたので、全体に煙が起ち上って来たと詠う。)

庶民の市場に、東の春明門に、春の雪の天気になろうとしている。人々が街に行き交う中で、まるで、神仙の世界かと見えるのである。それは、蕊黄の飾りをし、香しく巻き画のようで、金の蝉羽を貼り付けて宮殿のようである。

暖かかった行楽の酒の席は空模様の急変でたそがれ、あわただしく人が行動する、酔ってしまった者は、御門の前に無言のまま立っている。馬が嘶き、家々の暖房の塵も一斉に温めはじめたので、この街全体から煙が起ち上って行く。

 

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首其十

(春の行楽に酒宴も華やかであったが、空も夜が急変して寒くなり、雪が降るような雲行きに変わった。宴席は散会になり、街中一斉に家々の暖房、竈に火が焚かれ始めたので、全体に煙が起ち上って来たと詠う。)

唐の教坊の曲名。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦.の詞形をとる。韋荘は同名の詩五首載せている。

浣溪沙十首其一

鈿轂香車過柳,樺煙分處馬頻,為他沉醉不成

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾,含情無語倚樓西

△●○○△●△  △○△●●○○ ○△○●△○△

○●●○○●● ●○○●●○○  ○○○●△○○

浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊 照花淹竹小溪流 鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月 可堪分袂又經秋 晚風斜日不勝愁。

●●△○●●○  ●○△●●○○ △○○●●○○

●●●○△●● ●○△●●△○  ●△○●△△○

浣溪沙十首其三

獨立寒堦望月,露濃香泛小庭,繡屏愁背一燈

雲雨自從分散後,人間無路到仙,但憑魂夢訪天

●●○○△●△  ●○○●●○○ ●△○●●○○

○●●△△●● ○△○●●○○  △○○△●○○

浣溪沙十首其四

依約殘眉理舊黃 翠鬟擲一長 暖風晴日罷朝

閑折海棠看又撚 玉纖無力惹餘香 此情誰會倚斜

△●○○●●○ ●○○●●○△ ●△○●△○○

○△●○△●● ●○○●●○○ ●○○●△○○

浣渓沙 十首 其五

翡翠屏開繡幄,謝娥無力曉粧,錦帷鴛被宿香

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾,杏花凝恨倚東

●●△○●●○ ●○○●●?○ ●○○●●○○

○●●○○●● ●○○●●○○ ●○△●△○△

浣渓沙 十首 其六

枕障燻鑪隔繡,二年終日兩相,杏花明月始應

天上人間何處去,舊歡新夢覺來,黃昏微雨畫簾垂。

△△○○●●○ ●○○●●△△ ●○○●●△○

○●○△△●● ●○○△●△○ ○○○●●○○

浣渓沙 十首 其七

花月香寒悄夜,綺筵幽會暗傷,嬋娟依約畫屏

人不見時還暫語,令纔後愛微,越羅巴錦不勝

○●○○●●○ ●○○●●△○ ○○△●●△○

○△●○○●● △△○●●○○ ●○○●△△○

浣渓沙 十首 其八

偏戴花冠白玉,睡容新起意沉,翠鈿金縷鎮眉

小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花,斷香輕碧鏁愁

△●○△●●○  ●○○●●○△ ●△○●●○○

●●●○△●● ●○△●●○○  ●○△●?○△

浣渓沙 十首 其九

晚逐香車入鳳,東風斜揭繡簾,慢迴嬌眼笑盈

消息未通何計是,便須佯醉且隨,依稀聞道大狂

●●○○●●○  ○△○●●○△ ●△△●●○○

○●●○△●● △○○●△○△  △○△●●△△

浣渓沙 十首其十

小市東門欲雪,眾中依約見神,蘂黃香畫貼金

飲散黃昏人草草,醉容無語立門,馬嘶塵烘一街

●●○○●●○  ○△△●●○○ ●○○●●○○

●●○○○●● ●○○●●○○  ●○○△●○○

 

小市東門欲雪天,眾中依約見神仙,蘂黃香畫貼金蟬。

庶民の市場に、東の春明門に、春の雪の天気になろうとしている。人々が街に行き交う中で、まるで、神仙の世界かと見えるのである。それは、蕊黄の飾りをし、香しく巻き画のようで、金の蝉羽を貼り付けて宮殿のようである。

○小市東門 長安では東市の東に、春明門がある。そこの北側には興慶宮がある。

○依約 ①よりむすびつける。②かすかなさま。さもにたり。さながら、まるで。「他依約前去赴會。」依稀隱約。唐.白居易〈答蘇庶子〉詩:「蓬山閒氣味,依約似龍樓。」

孫少監光憲 《巻八25女冠子二首其二》「澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。」

○神仙 神仙となって長命を得ることは道を得る機会が増えることであり、奨励される。真理としての宇宙観には多様性があり、中国では儒・仏・道の三教が各々補完し合って共存しているとするのが道教の思想である。平康里から、長安城東北の城内、興慶宮付近、おおくは官営の妓楼、宴会場があり、神仙といった。雪が降って来て行楽の宴席も神仙世界のように見える。

○蘂黃 蘂:① 花の生殖器官。ずい。② ひもの先端と総(ふさ)との間につける飾り。

○香畫 神仙の絵巻物。

○貼金蟬 金箔の蝉の羽を貼りつける。

 

飲散黃昏人草草,醉容無語立門前,馬嘶塵烘一街煙。

暖かかった行楽の酒の席は空模様の急変でたそがれ、あわただしく人が行動する、酔ってしまった者は、御門の前に無言のまま立っている。馬が嘶き、家々の暖房の塵も一斉に温めはじめたので、この街全体から煙が立ち上って行く。

○草草 (1)忙しいこと。あわただしいこと。また、そのさま。(2)簡略にすること。粗末であること。また、そのさま。 

○塵烘 烘とは。 [](火で)暖める,乾かす。

張泌《巻四32浣渓沙 十首 其九》『花間集』183全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6187

張泌  浣渓沙 十首 其九  

晚逐香車入鳳城,東風斜揭繡簾輕,慢迴嬌眼笑盈盈。

消息未通何計是,便須佯醉且隨行,依稀聞道大狂生。

(酒宴に招かれ、門を入る際に偶然に遭遇し、酔ったふりをして、心を通じ合った、こんなことがあってよいのか、思いもしなかった幸運を詠う)次第に暮れ、晩方の景色の後を追うように妃嬪を乗せた車が鳳凰の飾りの御門の宮城の中に入ってゆく。春風に車の小窓の簾が少しめくれ、刺繍の簾が緩やかに揺れる。ゆっくりと回ると愛嬌のある流し目があり、満面、微笑である。

張泌《巻四32浣渓沙 十首 其九》『花間集』183全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6187

 

 
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(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其九

(酒宴に招かれ、門を入る際に偶然に遭遇し、酔ったふりをして、心を通じ合った、こんなことがあってよいのか、思いもしなかった幸運を詠う)

逐香車入鳳城,東風斜揭繡簾輕,慢迴嬌眼笑盈盈。

次第に暮れ、晩方の景色の後を追うように妃嬪を乗せた車が鳳凰の飾りの御門の宮城の中に入ってゆく。春風に車の小窓の簾が少しめくれ、刺繍の簾が緩やかに揺れる。ゆっくりと回ると愛嬌のある流し目があり、満面、微笑である。

消息未通何計是,便須佯醉且隨行,依稀聞道大狂生。

どうにかして消息を得ようとするも、どうやっても手紙が来ることはないと思っていたら、それは酔ったふりをして始まり、そして成り行きでうまくいったのだ。こんなことは稀中の稀で、生きていてこれほどのことがあるということかもしれない、大いに狂った者の仕業ということだろう。

 

(浣渓沙 十首 其の九)

晚 香車を逐い 鳳城に入る,東風 斜に揭げ 繡簾輕し,慢く迴り 嬌眼 笑み盈盈【えんえん】たり。

消息 未だ通わず 何ぞ是を計る,便ち須らく佯醉し 且く隨行し,依稀に聞道【きくなら】く大狂生なり と。

 

(改訂版Ver.2.1

『浣渓沙 十首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣渓沙 十首 其九

晚逐香車入鳳城,東風斜揭繡簾輕,慢迴嬌眼笑盈盈。

消息未通何計是,便須佯醉且隨行,依稀聞道大狂生。

 

(下し文)

(浣渓沙 十首 其の九)

晚 香車を逐い 鳳城に入る,東風 斜に揭げ 繡簾輕し,慢く迴り 嬌眼 笑み盈盈【えんえん】たり。

消息 未だ通わず 何ぞ是を計る,便ち須らく佯醉し 且く隨行し,依稀に聞道【きくなら】く大狂生なり と。

 

(現代語訳) (改訂版Ver.2.1

(酒宴に招かれ、門を入る際に偶然に遭遇し、酔ったふりをして、心を通じ合った、こんなことがあってよいのか、思いもしなかった幸運を詠う)

次第に暮れ、晩方の景色の後を追うように妃嬪を乗せた車が鳳凰の飾りの御門の宮城の中に入ってゆく。春風に車の小窓の簾が少しめくれ、刺繍の簾が緩やかに揺れる。ゆっくりと回ると愛嬌のある流し目があり、満面、微笑である。

どうにかして消息を得ようとするも、どうやっても手紙が来ることはないと思っていたら、それは酔ったふりをして始まり、そして成り行きでうまくいったのだ。こんなことは稀中の稀で、生きていてこれほどのことがあるということかもしれない、大いに狂った者の仕業ということだろう。

 

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其九

(酒宴に招かれ、門を入る際に偶然に遭遇し、酔ったふりをして、心を通じ合った、こんなことがあってよいのか、思いもしなかった幸運を詠う)

唐の教坊の曲名。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦.の詞形をとる。韋荘は同名の詩五首載せている。

浣溪沙十首其一

鈿轂香車過柳,樺煙分處馬頻,為他沉醉不成

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾,含情無語倚樓西

△●○○△●△  △○△●●○○ ○△○●△○△

○●●○○●● ●○○●●○○  ○○○●△○○

浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊 照花淹竹小溪流 鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月 可堪分袂又經秋 晚風斜日不勝愁。

●●△○●●○  ●○△●●○○ △○○●●○○

●●●○△●● ●○△●●△○  ●△○●△△○

浣溪沙十首其三

獨立寒堦望月,露濃香泛小庭,繡屏愁背一燈

雲雨自從分散後,人間無路到仙,但憑魂夢訪天

●●○○△●△  ●○○●●○○ ●△○●●○○

○●●△△●● ○△○●●○○  △○○△●○○

浣溪沙十首其四

依約殘眉理舊黃 翠鬟擲一長 暖風晴日罷朝

閑折海棠看又撚 玉纖無力惹餘香 此情誰會倚斜

△●○○●●○ ●○○●●○△ ●△○●△○○

○△●○△●● ●○○●●○○ ●○○●△○○

浣渓沙 十首 其五

翡翠屏開繡幄,謝娥無力曉粧,錦帷鴛被宿香

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾,杏花凝恨倚東

●●△○●●○ ●○○●●?○ ●○○●●○○

○●●○○●● ●○○●●○○ ●○△●△○△

浣渓沙 十首 其六

枕障燻鑪隔繡,二年終日兩相,杏花明月始應

天上人間何處去,舊歡新夢覺來,黃昏微雨畫簾垂。

△△○○●●○ ●○○●●△△ ●○○●●△○

○●○△△●● ●○○△●△○ ○○○●●○○

浣渓沙 十首 其七

花月香寒悄夜,綺筵幽會暗傷,嬋娟依約畫屏

人不見時還暫語,令纔後愛微,越羅巴錦不勝

○●○○●●○ ●○○●●△○ ○○△●●△○

○△●○○●● △△○●●○○ ●○○●△△○

浣渓沙 十首 其八

偏戴花冠白玉,睡容新起意沉,翠鈿金縷鎮眉

小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花,斷香輕碧鏁愁

△●○△●●○  ●○○●●○△ ●△○●●○○

●●●○△●● ●○△●●○○  ●○△●?○△

浣渓沙 十首 其九

晚逐香車入鳳城,東風斜揭繡簾輕,慢迴嬌眼笑盈盈。

消息未通何計是,便須佯醉且隨行,依稀聞道大狂生。

●●○○●●○  ○△○●●○△ ●△△●●○○

○●●○△●● △○○●△○△  △○△●●△△

 

晚逐香車入鳳城,東風斜揭繡簾輕,慢迴嬌眼笑盈盈。

次第に暮れ、晩方の景色の後を追うように妃嬪を乗せた車が鳳凰の飾りの御門の宮城の中に入ってゆく。春風に車の小窓の簾が少しめくれ、刺繍の簾が緩やかに揺れる。ゆっくりと回ると愛嬌のある流し目があり、満面、微笑である。

・晚逐 逐:1 後を追う。追い払う。「逐鹿(ちくろく)/角逐・駆逐・放逐」2 順を追って進む。「逐一・逐次・逐条・逐年・逐語。不吉な予感を示す言葉。

・鳳城 1 《中国の漢代、門に銅製の鳳凰(ほうおう)を飾ったところから》宮城。皇居。禁裡。2 都。都城。帝京。

・斜揭 車の覆いを少しかかげて外を見るしぐさ。

・慢迴 ゆっくりと回る。

・嬌眼 あでやかな目。なまめかしい目。流し目。

・盈盈 (1)清澈. 春水盈盈. (2)止、仪态美好. 盈盈. (3)神情或美好情気分等充分流露. 盈盈. (4)動作. 盈盈起舞.

 

消息未通何計是,便須佯醉且隨行,依稀聞道大狂生。

どうにかして消息を得ようとするも、どうやっても手紙が来ることはないと思っていたら、それは酔ったふりをして始まり、そして成り行きでうまくいったのだ。こんなことは稀中の稀で、生きていてこれほどのことがあるということかもしれない、大いに狂った者の仕業ということだろう。

・佯醉 よったふりをする。盧綸 《宴席賦得姚美人拍箏歌(美人曾在禁中)》「已愁紅臉能佯醉,又恐朱門難再過。」佯:振りをする,見せ掛ける佯死死んだ振りをする.佯装…の振りをする.佯攻 []《書》陽動作戦をとる,偽装攻撃をする.佯狂(阳狂) yángkuáng[]《書》狂人を装う,気のふれた振りをする.

・便須 就該。如:「要想成功,便須努力。」

『花間集』全詩訳注解説-4.薛昭蘊 (改訂版)《巻三27浣溪紗八首 其一》27-〈花間集127〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5837

薛昭蘊 (改訂版)浣溪紗八首 其一 (春の清明節のころ、秋の長雨のように降り止まないので、行楽が中止になった。その時の様子を詠ったものである。)春の行楽、舟遊びを楽しみいるというのに、渡し場のあたりの紅蓼にもあきのながあめのように雨が降ってくる、砂浜もぬれてカモメの足跡が列をなしてしっかりと残るほどである、舟遊び、野砂浜で宴を催すはずであった女たちがあめのやむのをまっている。髷の髻から髪が垂れ、袖が揺れ、野の風が香りを運んでくる。

 

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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220 《(改訂版) 巻4-14 襄陽曲,四首之三》Index-14 Ⅱ― 9-734年開元二十二年34歳 巻4-14 李白と道教(7)襄陽曲四首之三<220> Ⅰ李白詩1456 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5828 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説-4.薛昭蘊 (改訂版)《巻三27浣溪紗八首 其一》27-〈花間集127〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5837 
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 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説-4.薛昭蘊 (改訂版)《巻三27浣溪紗八首 其一》27-〈花間集127〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5837

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-40韋荘118《巻3-18 訴衷情二首 其二》三巻18-〈118〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5792

(改訂版)韋荘  訴衷情二首 其二(妃嬪の孤独な心情を詠う二首の其の二。妃嬪の夢をくだく、雨による舟遊びの中止の様子を詠う。)後宮の池には柳の緑に水面も染まっていて、赤い花と薫り高い花が咲きほこっているが、カスミが靄になり細雨に変わり静かに時が過ぎていく。その日の舟遊びを楽しみにしていた妃嬪が、蘭の棹に倚り、ゆくのをためらっている。


 
 2015年4月3日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-40韋荘118《巻3-18 訴衷情二首 其二》三巻18-118〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5792


 

作者

詩題

詞形 ○平韻 ●仄韻


 

溫庭筠

訴衷情一首

7③❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

 

❷❷❸❸❷③ ⑤②⑤③)

(十一句六平五仄)

韋莊

訴衷情二首其一

7③❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

訴衷情二首其二

⑦③❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

毛文錫

訴衷情二首其一

7⑤33⑤ ⑤③⑦③

41

六平韻

訴衷情二首其二

7⑤33⑤ ⑤③⑦③

41

六平韻

顧夐

訴衷情二首其一

7③❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

訴衷情二首其二

7③❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

魏承班

訴衷情五首其一

⑦⑤3③⑤ ⑤③⑦③

41

八平韻

訴衷情五首其二

⑦⑤3③⑤ ⑤③⑦③

41

八平韻

訴衷情五首其三

⑦⑤3③⑤ ⑤③⑦③

41

八平韻

訴衷情五首其四

⑦⑤3③⑤ 5③7③

41

六平韻

訴衷情五首其五

⑦⑤3③⑤ ⑤③⑦③

41

八平韻

(旧解)

訴衷情二首 其二

碧沼紅芳煙雨靜,倚蘭橈。

春も深まり緑に染まる池の周りには赤い花や薫り高い花が咲き、カスミが靄になり細雨に変わり静かに時が過ぎていく。そして蘭の大きな弱くなった樹に倚りかかる。

垂玉佩,交帶,嫋纖腰。

朝が来ると朝賀の儀に佩び玉が垂れ整列する。其の後でもう閨で交わる。妖艶な細腰は寵愛されていたのである。

鴛夢隔星橋,迢迢,越羅香暗銷,墜花翹。

鴛鴦のように過したものが七夕の橋渡になり今はそれも隔たることになった。春ははるか遠くになってしまった。うす絹の上衣、香をたくこともなく消え行ってしまった。あれだけ寵愛によって栄華を誇ったものも今や落ちてしまった。

(訴衷情【そちゅうじょう】二首其の二)

碧沼の紅き芳に煙雨静かに、蘭橈に倚れば。

玉佩び垂れ、帯交る、嫋【しなや】かに纖【ほそ】き腰鴛夢は星橋を隔てて、迢迢たり、越羅の香は暗【ひそ】かに銷え、花翹 墜つ。



改訂版 3 韋莊《03-38 
訴衷情二首 其一

訴衷情二首 其一

(女盛りを過ぎた女の孤独な心情を詠う二首の其の一:踊りと美しさにより妃嬪となったが、毎年新しい女性が後宮に選ばれて後宮に入って来次第に忘れ去られる寵愛を失った踊りの得意であった妃賓を詠う。)

燭燼香殘簾半卷,夢初驚。

寵愛を失い、孤独の夜をうとうととしている、今しがた、なにかで夢から目覚めて驚いた、春とはいえ少し肌寒いと思えば、蝋燭も燃え尽き、残り香も消えても未だ昼間に帳を半分巻き上げたままにしていたからだが、それでも何もする気になれない。

花欲謝,深夜,月朧明。

庭を見ると、もう、深夜をすぎたから、月はおぼろにあかるくて、花はもう散りかけ凋み始めている。

何處按歌聲?輕輕,舞衣塵暗生,負春情。

夢を醒ませた楽器に合わせて歌う歌声は何処の御殿から聞こえてくるのだろう、こちらには、自慢であった舞の衣に塵が積もって色あせて見える、春の心情は忘れないし、寵愛を受ける準備も、踊りの準備も毎日している、それに負けたら生きていけないのだと思っても、心は折れそうになる。

(訴衷情【そちゅうじょう】二首其の一)

燭 燼【も】え 香 残り 簾 半ば捲かれて 夢初めて驚む。

花も謝【しぼ】まんと欲す、深き夜、月朧に明かく。

何處よりぞ 按歌の聾の軽軽たる、舞衣は塵 暗【ひそ】かに生じて春の情に負【そむ】く。


 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》二巻37-〈87〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5637

(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》春夜の時が短いことをなげくべきで、金に輝く大盃にはいっぱいに酒をつぐものであり、もう飲めないなどと訴えてはいけない。酒宴に出会ったのなら、愉快に、大いに笑い、陽気にのむものであり、人生百年というもののそれがどれほどのものか。このみじかい時を、酒こそ大いにのもうとおもうのだ。

 

 
 2015年3月3日の紀頌之5つのブログ 
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193 《巻24-38 寄遠,十一首之十》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <193> Ⅰ李白詩1417 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5633 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》二巻37-87〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5637

 

 

 

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

長安の妓女の大多数は平康里に住んでいた。「長安に平鹿坊という所があって、妓女の居住地である。京都の侠少(遊侠の若者)は此に草集る。……当時の人々はこの坊を風流薮沢(歓楽街)と呼んだ」(『開元天宝遺事』巻上)。『北里志』の記載によると、平康里の街区は三曲に分れ、名妓は多く南曲、あるいは中曲に住み、北曲に住むものの大多数は無名の「卑屑」(醜くて卑しい)の小妓であった。この三曲に住む妓女の生活に旦口同低貧富の差があった。南曲、中曲はおおむね堂院は広く静かで、院内には花が植えられ池もあり、室内の設備は快適で、華美にすぎるものさえあったが、下層の妓女の住まいは粗末なものであった。劉泰娘は北曲の小さな家の娘であったから、他の妓女たちと宴席に向う時、あなたは何処にお住まいですかと聞かれると、言葉をにごして、門前に一本の木がありますわ、などと言うだけであった。どの曲内に住んでいるかが、その妓女の身価に大きな関係があったようである。それ以外にも平鹿里に住まない妓女がおり、その他の街坊にそれぞれ分散して住んでいた。

 

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平鹿里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取らねばならなかった。南曲の張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を騙した。陳は処女を得たと思い、さらに三緡(一緡は銅銭一千枚)を張家にやった。その他、「買断」という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一緒を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-〈86〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5632

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5632

 

 

官  妓

唐代の社会に充ちあふれ、一つの階層を形成していたのは、主に各級の官庁の楽籍に登録されていた大量の官妓である。もし、宮妓と教坊妓とを一般に芸人と見なすことができ、そしてまた家妓が姫妾・婦女と同類だとすれば、ここでとりあげる官妓だけが後世の娼妓と同じ性格をもっていた。

 

いわゆる唐代の娼妓とは主にこの部類の人たちを指すのである。

唐代は妓楽が盛んであり、「唐人は文を尚び、狎(芸妓遊び)を好む」(張端義『貴耳集』巻下)と評された。官庁の送迎、宴会典礼はもちろん、また官吏が集まって遊ぶ時にも、常に妓楽で雰囲気を盛りたてた。官吏が妓楼に泊り、娼妓と遊ぶ風潮はきわめて盛んであり、朝廷の法律もこれを決して禁止することはなかった。自居易は杭州の刺史(各州に置かれ地方官を監督した役職。太守とも呼ばれた)の任にあった時、日がな一日妓女を連れて遊んだ。それで後の宋代の人は、これを怪しみ、論難して「これによって当時の郡政(郡の政治)には暇が多く、吏議(官吏の議論)も甚だ寛やかだったことが分かる。もし今日だったら、必ず処罰の対象とされたであろう」(襲明之『中呉紀聞』)と書いている。また、清代の人は白居易をいささか羨ましく思い、「風流太守愛魂銷,到處春翹有舊游;相見當時疏朝綱,尚無官吏宿娼條」(風流太守は魂の消ゆるを愛し、到る処 春訪 翠麹有り。想見す 当時 禁網疎 にして、尚お官吏宿娼の条無きを)〔趙翼題《白香山集後》(白香山集の後に題する詩)、銭泳『履園叢話』巻二一「笑柄」)と述べている。官妓制度はまさにこの種の社会風潮と朝廷の放任のもとで、唐代に盛況を極めたのである。

当時、長安と洛陽の両京に大量の官妓がいたばかりでなく、地方の大きな州、府にも官妓がいた。

 

 

それで「府娼」とか「郡娼」という言葉があった。揚州、成都のような繁華な大都会は、みな名妓が集中する場所であった。県の官庁についていえば、『旧唐書』 の「葦堅伝」 には、天宝の初め、霊宝県と隣県(河南省)の官府は両県の「官便の婦人」(官妓)を集めて得宝歌(玄宗が楊貴妃を得た時作られた曲。楽府の一つ)を唱わせ、玄宗皇帝に悦ばれたとあり、また李徳裕の『文武両朝献替記』 には、李が宰相になった時、「両県に命じてこれ以上娼妓を置かないようにさせる」という処置をとったことが記されている。県の官庁にも官妓が設けられていたことがわかる。

そう多くはない現存する史料の分析を通じて、筆者は地方の州・府の官妓の地位と生活は、都長安の官妓と比べてかなり異なっていたことを知った。従って以下においてはそれらを分けて述べよ

 

 

地方の官妓

ここで主にとりあげるのは各州・府(及び唐代後期の藩鎮)に隷属する官妓である。これら官妓には二つの来源があった。一つは、代々「楽籍」に入れられていた、官に隷属する職民の女子であり、他に生きる道はなく、ただ先祖代々の仕事を踏襲するだけで昔どおりの楽妓となったもの。もう一つは、良民の女子であったがいろいろの原因によって楽籍に落ちたものである。たとえば名妓の薛濤は、元は良家の娘であり、父が仕官を求めて各地を巡るのに付き従っていたが、ついに蜀(四川省)まで流れ来た時、落ちぶれて楽籍に入った。また韋中丞の愛姫が生んだ娘は、兄弟がみな死んだので「身を楽部に委ね、先人を恥辱しめざるをえなかった」(『雲渓友議』巻三)。これらはみな衣食にこと欠いたために楽籍に入らざるをえなかった例である。また、地方長官から良民の身分を剥奪され婢にされたものもあった。

 

また、地方長官から良民の身分を剥奪され蝉にされたものはまれであった。林蕗は郡州(湖南省宝慶県)の刺史となった後、「門客の陶元之を杖殺し、その妻を籍没して倡(娼妓)とした」(『新唐書』儒学伝下「林蘊傳」)。しかし、こうした事例はだいたい例外的なものであった。なぜなら、表的には罪人の家族を籍没して官奴稗に落とすことは、皇帝だけに出来ることであり、官吏が良民を抑えつけて勝手に賤民にすることはできなかったからである。

 

さて、これらの女性はひとたび楽籍に入ると、官に隷属する璧となり、その地位は官奴婢とほとんど同じであった。李商隠は「妓席」という詩の中で、「君に勧む〔御指名の際には〕小字(幼名)を書し、慎んで官奴と喚ぶ莫かれ」と述べ、官妓たちが官奴の身分であったことを明らかにしている。

地方官妓は「楽営」の管理下に属していたので、常に「楽営妓人」、「楽営子女」などと呼ばれた。

 

唐代にはまた「営妓」という呼称もあった。営妓は専ら軍士の娯楽に供されたもので、官妓と異なる人々であるという人もいる。しかし今まで見た文献の記載では「官妓」と「営妓」は混同されて使われており、何らの区別も見出せない。営妓とよばれた人々の多くも、一般の官妓と同じょうに地方長官の管理下に置かれ官府に奉仕したのであって、専ら軍士の娯楽の用にのみ供されたという根拠を見出すことはできない。こうした理由で、唐代に専業の軍妓がいたと断定することは不可能である。筆者が思うに、営妓とはただ地方官妓の一種の別称にすぎず、楽営に所属していたがゆえに「楽営妓人」と呼ばれ、或いは単に「営妓」とも略称されたのではないか。誤解を生んだ理由は、一つには営妓という名が軍営を連想させたこと、二つには唐代の中期以後、地方官妓はみな藩帥(潘鎮)の統括下に入り、長官が軍事長官の職権を兼ねたので、人々は属下の営妓は軍事長官が軍隊のために設置したもの、と考えたことにあろう。

楽営官妓は、節度使や州刺史などの地方長官が直接に掌握し支配した。彼女たちは一般に楽営に集中して居住し、そこから自由に出ることは許されず、官庁から衣服や食糧の支給を受けていた。

 

そして、いつでも官庁からの呼び出しに応じることができるよう準備していたので、「官使の婦人」とか、「官侯の女子」などと呼ばれたのである。

 

官庁が挙行する各種の祝典宴会・歓送迎会・上官接待などの時に、官府は彼女たちを召集して芸の披露、酒席の接待、夜の相手などをさせた。官妓の大半はみな一定の技芸を持ち、歌や舞い、酒席での遊び、それに管弦楽器の演奏などに長じていた。彼女たちは、一段と大きな権勢を持つ長官に占有される以外は、一般に地方長官の許可なしに客を自由に接待することはできなかったと思われる

 

(旧版)

菩薩蠻五首 其三   韋莊

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

騎馬倚斜橋,  滿樓紅袖招。

翠屏金屈曲,  醉入花叢宿。

此度見花枝,  白頭誓不歸。

いまになってみれば、また江南にいた時の楽しい思い出が沸き起こってきます。あのときはわたしもまだ年がわかく、うすい春の上衣を身につけた若々しい粋な姿をしていたのです。

馬にまたがって遊郭の斜橋に近づい時など、どこの靑楼からも、妓女が紅い袖をふって、わたしを手招きしたものです。

翡翠の屏風には金の金具がかざられていてお酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたりたのしくすごしたのです。

そしてこのたびは花の枝のような細身のうつくしい好みの人を見いだし、こんな白髪あたまになったればこそ、故郷には帰るなどともったいないことはしないと誓ったのです。

(菩薩蠻 その三)

今さらに 却って 江南の樂しかりきを憶ふ,當時 年少 春なれば衫 薄きをつける。

騎馬 斜橋に倚り,樓に滿つ 紅袖が招くを。

翠の屏 金の屈曲あり, 醉ひて 花叢の宿に入る。

此の度【たび】も 花の枝に見【まみ】ゆ,白頭 歸らざるを誓う。

 

 

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86

(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

いまになって残念だなあと思い返す、それは江南に遊んでいたころ、楽しいことばかりであった。そのときは、年若く、伊達の盛りで、うすい春の上衣を身につけた粋な装いでいたものだ。

騎馬倚斜橋,滿樓紅袖招。

そして、馬にまたがって官妓高楼に渡る橋のたもとに馬をとどめると、どこの靑楼からも、官妓が紅い袖をふって、手招きしていたものだ。

翠屏金屈曲,醉入花叢宿。

太守専用(高級官僚用)座敷の翡翠の屏風には金の金具が飾られている、そして、お酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたり楽しく過ごした。

此度見花枝,白頭誓不歸。

そしてこのときは、花の枝のような細身のうつくしい好みの人とまみえた、だからその時、白髪あたまになっても、故郷に帰ることなどないと誓っていた。

(菩薩蠻五首其の三)

今の如し 却って憶ふ 江南の樂しきを,當時 年少なれば 春の衫 薄きし。

馬に騎し 橋に倚ること斜にす,樓に滿つ 紅袖が招く。

翠の屏 金の屈曲あり, 醉ひて 花叢の宿に入る。

此の度【たび】 花の枝に見【まみ】ゆ,白頭 歸らざると誓う。

三峡 巫山十二峰001
 

 

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86

菩薩蠻五首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻五首其三

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

騎馬倚斜橋,滿樓紅袖招。

翠屏金屈曲,醉入花叢宿。

此度見花枝,白頭誓不歸。

 

(下し文)

(菩薩蠻五首其の三)

今の如し 却って憶ふ 江南の樂しきを,當時 年少なれば 春の衫 薄きし。

馬に騎し 橋に倚ること斜にす,樓に滿つ 紅袖が招く。

翠の屏 金の屈曲あり, 醉ひて 花叢の宿に入る。

此の度【たび】 花の枝に見【まみ】ゆ,白頭 歸らざると誓う。

 

(現代語訳)

(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

いまになって残念だなあと思い返す、それは江南に遊んでいたころ、楽しいことばかりであった。そのときは、年若く、伊達の盛りで、うすい春の上衣を身につけた粋な装いでいたものだ。

そして、馬にまたがって官妓高楼に渡る橋のたもとに馬をとどめると、どこの靑楼からも、官妓が紅い袖をふって、手招きしていたものだ。

太守専用(高級官僚用)座敷の翡翠の屏風には金の金具が飾られている、そして、お酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたり楽しく過ごした。

そしてこのときは、花の枝のような細身のうつくしい好みの人とまみえた、だからその時、白髪あたまになっても、故郷に帰ることなどないと誓っていた。

a謝霊運永嘉ルート02
 

(訳注)

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86

菩薩蠻五首其三

(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

当時の文人の共通の感情をあらわしている。酒宴、歌会で披露されたもので、実際に江南を旅をする際中の作ではなく思いでの詩である。

菩薩蠻は唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、韋莊の菩薩蠻は五首、双調 四十四字。換韻。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。 

『花間集』巻二50首の36番目で韋荘8番目の菩薩蠻五首其三としてあり、(花間集500首の86首目)、当時の文人の共通の感情をあらわしている。

菩薩蛮五首 其一

紅樓別夜堪惆。 香燈半捲流蘇

殘月出門、美人和涙

琵琶金翠、絃上黄鶯

勸我早歸   綠窗人似

 
 
● 
 

菩薩蛮五首 其二

人人盡説江南,遊人只合江南

春水碧於,  畫船聽雨

爐邊人似,  皓腕凝雙

未老莫還,  還鄕須斷

  
  
  
  

菩薩蠻五首其三

如今却憶江南,當時年少春衫

騎馬倚斜,滿樓紅袖

翠屏金屈,醉入花叢宿

此度見花,白頭誓不

  
  
  
  

この作品は『花間集』巻二50首の36番目で韋荘8番目の菩薩蠻五首其三としてあり、、当時の文人の共通の感情をあらわしている。

 

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

いまになって残念だなあと思い返す、それは江南に遊んでいたころ、楽しいことばかりであった。そのときは、年若く、伊達の盛りで、うすい春の上衣を身につけた粋な装いでいたものだ。

・如今:いま。ただいま。今になって思う。

・却:かえって。逆に。

・憶:思い起こす。 

・江南樂:江南での楽しかった日々。菩薩蠻()「人人盡説江南好,遊人只合江南老。」に同じ。

・當時:過去のその時。そのころ。当時。 

・年少:十五歳から二十歳過ぎの年代の者たち、年若い者。

・春衫:春のひとえの衣。 

・春衫薄:春の服が薄ものである。粋ななりをしているということ。閨できる着物を云う。伊達の盛りの粋な着物というほどのもの。

 

騎馬倚斜橋,滿樓紅袖招。

そして、馬にまたがって官妓高楼に渡る橋のたもとに馬をとどめると、どこの靑楼からも、官妓が紅い袖をふって、手招きしていたものだ。

・騎馬倚斜橋 平仄で「騎馬斜倚橋」である。

・騎馬:馬にうち跨ることだが、それができるのは経済的に豊かで、地位のあるものになる。エリートの象徴でもある。 

・倚:たちよる。 

・斜橋:色里にある橋。遊里に架かる橋。

・紅袖:若い女性の衣服で、うら若い女性を指す。 

・招:手招きをする。

 

翠屏金屈曲,醉入花叢宿。

太守専用(高級官僚用)座敷の翡翠の屏風には金の金具が飾られている、そして、お酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたり楽しく過ごした。

・翠屏:翡翠のびょうぶ。 

・金屈曲:屏風の金色をしたちょうつがい。

・醉入:酔っぱらってしまう。 

・花叢宿:花の繁みになっている宿、前の「滿樓」青楼に宿泊する事。美しい女性のいる所。遊ぶところがたくさんあり、女たちがたくさんいること。

 

此度見花枝,白頭誓不歸。

そしてこのときは、花の枝のような細身のうつくしい好みの人とまみえた、だからその時、白髪あたまになっても、故郷に帰ることなどないと誓っていた。

・此度:このたび。 

・見花枝:細身の美しい女性に出逢った。若い時は肉感の女性をこの身一定の歳を重ねると「細腰」の女性がいいということ。・見:見出すこと。

・白頭:白髪頭。老齢になること。少しゆとりが出たことを云う。 

・誓不歸:誓って帰らない。やっと好みの女性にめぐり会えたというのに帰るわけにはいかないでしょうというほどの意味。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-7韋荘85《巻2-35 菩薩蠻五首其二》二巻35-〈85〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5627

(改訂版)-7韋荘85《巻2-35 菩薩蠻五首其二》(長安にいて、世間の人が言う若いうちに江南に行ったことのあるものが、その良さを想像して詠うもの)世間の人々だれもかれも、江南はいいところだという。遊学して世間のことが分かっている人は、歳をとったら江南へいって暮すのが一ばんよいとおもっている。 


 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-7韋荘85《巻2-35 菩薩蠻五首其二》二巻35-85〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5627

 

 

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首之 一》

菩薩蛮五首 其一

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

殘月出門時、美人和涙辭。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

琵琶金翠羽、絃上黄鶯語。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

勸我早歸家、綠窗人似花。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

(菩薩蛮五首その一)

紅樓の別夜 惆悵に堪え、香燈 半ばに捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と辭を和【とも】にす。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語る。

我に勸む 「早【つと】に 家に歸れ」と。「綠窗の人」 花の似【ごと】し。

 

(旧版)

菩薩蠻 二

人人盡説江南好,遊人只合江南老。

春水碧於天,  畫船聽雨眠。

爐邊人似月,  皓腕凝雙雪。

未老莫還鄕,  還鄕須斷腸。

だれもかれも、江南はいいところだといいます。よそのくにへ遊びに出た人は、江南へいって年をとるまでくらすのが一ばんよいとおもっているのです。 

春は、雪解けの増水したながれは空の青さと一体化する。舟遊びの美しく彩られた船にのって、雨をききながら寄り添って眠ります。

酒爐のほとりには、お月さまを彷彿させる美人が居ます。その人の真白な腕から想像して、まるで雪がかたまったようなうつくしい体をしているのです。

一旦こういうところへ来たならば、年をとりたくはないし、まして故郷へ帰ることなど思いはしないのです。故郷などへ帰ったならば、この性的欲求不満を解決することが出来はしないことがわかるのです。

(菩薩蠻 二)

人人 盡く説く  江南は好しと,遊人 只だ合に  江南に老ゆべし。

春水は 天よりも碧く,畫船に 雨を聽きて眠る。

爐邊 人は 月の似く,皓き腕は 雙つの雪を凝らせる。

未だ老いざれば 鄕に還る 莫かれ,鄕に還らば  須らく 斷腸すべし。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-〈82〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5612

 

(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四》渓谷の砂浜に布地を干す季節が来て、柳のみどりは色よくしてきた、鶯の姿は見えないけれどまさしく鶯が鳴いているのがきこえてくる。柳の枝は琴絃のように垂れて、清明節にブランコに乗って歌われるわらべ歌の「白銅堤」に合わせて柳の絃を拂っているし、草の絨毯がが生い茂る江畔では筝曲「弄珠」を奏でている。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-82〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5612

 

 

(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-82

 

(旧版)

浣渓沙 其四----082

緑樹藏鶯鴬正啼、柳絲斜拂白銅堤、

弄珠江上草萋萋。

日暮飲、綉驄馬一聲

満身蘭麝醉如泥。

みどりの葉が繁ってき、鶯の姿は見合ないけれど間違いなく鶯が鳴いている。柳の枝はその枝を垂れている昔から歌に唄われた「白銅堤」を柳の枝が箒のように拂っている。

ここにある歓楽街で美人と遊び大江のうえに遊ぶ、そして行楽は郊外の草が茂っている中で遊ぶ。

日暮れになって飲んで帰るのはどこの旅人だろうか。

刺繍に飾られた鞍の駿馬が一声いなないた、

その時は全身に最高のお香「蘭麝」にひたっていて酒も酔いどれてもう泥のようになっている。

 

緑樹は鶯を藏すも鶯は正に啼く、柳絲は斜に拂う白銅堤、珠を弄ぶも江上は草萋萋【しげり】たり。

日暮れ飲み歸るは何處の客ぞ、綉鞍の驄馬【あしげ】一聲嘶く、満身の蘭麝醉うこと泥の如し。

 

 

『浣渓沙五首』 其一 ---079

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜嫋【しゃじょう】して 花鈿を 間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

 

(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-81

 

浣渓沙五首 其三 ----081

(選ばれて後宮に入ってきたが、毎夜、寵愛を受けるため、お香を朝霧がただよったかのように焚いているが、全く寵愛を受ける事は無い、妃嬪は、家柄もいいとされた美人であってもそのまま年老いていくとある日の早春の妃嬪を詠う。)

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

恨めしくて毎夜夢を見てしまう、うとうととして外を見ると名残の下弦の月が山に傾いている。一つだけ燈火が部屋の壁に影がゆらめき、その向こうの絹布窓にも影を映す。後宮に小殿の離れがあり、その高樓のある部屋に選ばれて此処に来た、貴族の娘の生娘がいる。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

ここに来てから、あのお方のことをひそかに思うだけ、これほどの美しい顔と姿はどこを探してもいないほどで、春未だ来のあの枝に咲いた一輪の花のようであり、春先の雪のようであり、早梅の花は凍りつくほど寒い朝、雪のように咲き誇るようである。ここでは、寵愛だけを考え、寵愛を受けるため全身に香を浴び、その部屋にはお香を一杯にして、朝霧のようにお香を焚いていて、それでも、寵愛を受けることもなく、時は過ぎ去ってゆく。

(浣溪沙五首 其の三)

惆悵す 夢の餘【あと】 山月斜なり、孤燈は壁背の窗紗を照らす、小樓 高閣 謝娘の家。

暗かに想ふ 玉容 何所に似たるや、一枝 春雪 梅花を凍らし、満身 香霧 朝霞簇【むら】がる。

 

(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-82

浣渓沙五首 其四

(きれいな谷間が砂でいっぱいになる早春の出来事、春の行楽の事を詠う。)

緑樹藏鶯鴬正啼、柳絲斜拂白銅堤、弄珠江上草萋萋。

渓谷の砂浜に布地を干す季節が来て、柳のみどりは色よくしてきた、鶯の姿は見えないけれどまさしく鶯が鳴いているのがきこえてくる。柳の枝は琴絃のように垂れて、清明節にブランコに乗って歌われるわらべ歌の「白銅堤」に合わせて柳の絃を拂っているし、草の絨毯がが生い茂る江畔では筝曲「弄珠」を奏でている。

日暮飲、綉驄馬一聲満身蘭麝醉如泥

日暮れになって飲んで帰るのはどこのおかたであろうか。美しく刺繍に飾られた鞍の駿馬にのられて、講談の一下りを話されているのだろう、その時は全身に最高のお香「蘭麝」にひたっていて酒も酔いどれてもう泥のようになっている。

(浣渓沙五首 其の四)

緑樹は鶯を藏すも鶯は正に啼く、柳絲は斜に拂う「白銅」堤、「珠を弄ぶ」も江上は草萋萋【しげり】たり。

日暮れ 飲み歸るは 何處の客ぞ、綉鞍の驄馬【あしげ】一聲嘶く、満身の蘭麝醉うこと泥の如し。

 

楊貴妃清華池002

韋莊

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-78-2皇甫松12《巻2-28 採蓮子二首其二》皇甫松12首巻二28-〈78〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5592

(改訂版)-78-2皇甫松12《巻2-28 採蓮子二首其二》 ただわけもなく船に乗って離れてしまった、採蓮子は、貴公子と舟で一夜を過ごした後は蓮の実を売るかのように棄てられてしまう。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、それをはるか離れている人に見られたけれど、半日、恥ずかしい思いをすればいいだけだ。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

 

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-78-2皇甫松12《巻2-28 採蓮子二首其二》皇甫松12首巻二28-78〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5592

 

 

(改訂版)-77-2皇甫松11《巻2-27 採蓮子二首其一》

採蓮子二首 其一

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)。

未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

日が落ちてきたけど水は揺れて波だって、舟の舳先まで水浸し。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、そのうえ、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、若いもの今を楽しめ。)

(採蓮子二首  其の一)

菡萏の蓮は香る 十頃の陂【つつみ】(棹を舉げよ)、小姑 戲れるを貪【むさぼ】り 蓮を採ること遲し (年少なり)

晩來れども 水に弄じて 船頭 濕れる (棹を舉げよ),更に 紅裙を脱ぎ 鴨兒【おうじ】を裹【つつ】む (年少なり)

(旧版)

採蓮子二首 其二

舡動湖光灔灔秋(舉棹),貪看年少信舡流(年少)。

無端隔水蓮子(舉棹),遙被人知半日羞(年少)。

(秋になって夜の採蓮に出た乙女たちの恋しい男を思いやることを詠う)その二

舟が動いて月の光がきらきらと影を落とす秋の夜(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。乙女らは丘の上で見ている青年をじっと見つめるものだから船が流されるがままになっているのです。(ああ、そうだよ若いもの。)

ただわけもなく船を岸に向けると、乙女は蓮の実を好きな青年に向けて投げるのです。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。それをはるか離れている人に見られたので、半日も恥ずかしい思いをした。(ああ、そうだよ若いもの。)

 

採蓮子二首  其の二

船は 湖光を動かし 灔灔たる 秋 (棹を舉げよ)

年少を貪り看て 船の流るるに 信【まか】す (年少なり)

端 無くも水を隔てて 蓮子を抛【なげう】てば (棹を舉げよ),遙か人に知られて 半日羞づ (年少なり)。

 

(改訂版)-78-2皇甫松12《巻2-28 採蓮子二首其二》

採蓮子二首 其二

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)その二

舡動湖光灔灔秋(舉棹),貪看年少信舡流(年少)。

舟が動けば湖面の波に月の光がきらきらとゆれ、艶やかな波が続いて、艶やかな秋の夜が更ける(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、貴公子がみるのもまた増えて舟は合流し、時に流され、船も流されるがままになっている。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

無端隔水蓮子(舉棹),遙被人知半日羞(年少)。

ただわけもなく船に乗って離れてしまった、採蓮子は、貴公子と舟で一夜を過ごした後は蓮の実を売るかのように棄てられてしまう。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、それをはるか離れている人に見られたけれど、半日、恥ずかしい思いをすればいいだけだ。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

(採蓮子二首 其二)

舡動すれば湖光して 灔灔の秋なり棹を舉げよ)貪看すれば年少くして 舡 流るるに信【まか】す。 (年少なり)

端 無くも水を隔てれば 蓮子を抛【なげう】つ、棹を舉げよ)遙か人に知られども 半日 羞ずだけ。(年少なり)

05saiko02
 

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(改訂版)-77-2皇甫松11《巻2-27 採蓮子二首其一》未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-77-2皇甫松11《巻2-27 採蓮子二首其一》皇甫松12首巻二27-77〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5587

 

 

(旧版)

採蓮子二首 其一

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)。

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

(秋になって夜の採蓮に出た乙女たちの恋しい男を思いやることを詠う)

ハスの花、蓮の実、薫り高いハス、この十頃もあるこの池に、(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。乙女らは遊びに夢中になって蓮とり作業がはかどらないのです。(ああ、そうだよ若いもの。)

そんなことして薄暗くなってきたのにまだ水遊びをしている、舟の舳先までびしょぬれだ。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。それにくわえて、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、そうだよ若いもの。)

 

採蓮子二首  其の一

蓮は香る 十頃の陂【つつみ】(棹を舉げよ)。

小姑 戲れて 貪【むさぼ】り 蓮を採ること遲し (年少なり)。

晩來 水を 弄びて 船頭 濕れる (棹を舉げよ),更に 紅裙を脱ぎ 鴨兒【おうじ】を裹【つつ】む (年少なり)。

 

(旧版)

採蓮子二首 其二

舡動湖光灔灔秋(舉棹),貪看年少信舡流(年少)。

無端隔水蓮子(舉棹),遙被人知半日羞(年少)。

 

採蓮子二首  其の二

船は 湖光を動かし 灔灔たる 秋 (棹を舉げよ)。

年少を貪り看て 船の流るるに 信【まか】す (年少なり)。

端 無くも水を隔てて 蓮子を抛【なげう】てば (棹を舉げよ),遙か人に知られて 半日羞づ (年少なり)。

 

(改訂版)-77-2皇甫松11《巻2-27 採蓮子二首其一》

採蓮子二首 其一

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)。

未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

日が落ちてきたけど水は揺れて波だって、舟の舳先まで水浸し。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、そのうえ、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、若いもの今を楽しめ。)

(採蓮子二首  其の一)

菡萏の蓮は香る 十頃の陂【つつみ】(棹を舉げよ)、小姑 戲れるを貪【むさぼ】り 蓮を採ること遲し (年少なり)

晩來れども 水に弄じて 船頭 濕れる (棹を舉げよ),更に 紅裙を脱ぎ 鴨兒【おうじ】を裹【つつ】む (年少なり)

 

『採蓮子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

採蓮子二首

其一

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)。

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

 

(下し文)

採蓮子二首  其の一

菡萏の蓮は香る 十頃の陂【つつみ】(棹を舉げよ)。

小姑 戲れるを貪【むさぼ】り 蓮を採ること遲し (年少なり)。

晩來れども 水に弄じて 船頭 濕れる (棹を舉げよ),更に 紅裙を脱ぎ 鴨兒【おうじ】を裹【つつ】む (年少なり)。

 

(現代語訳)

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)

未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

日が落ちてきたけど水は揺れて波だって、舟の舳先まで水浸し。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、そのうえ、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、若いもの今を楽しめ。)

 

(訳注)

採蓮子二首 其一

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)

唐の教坊の曲名。「教坊記』は采蓮子と記す。お座敷、宴会の席で詠うもので、意味合い的には男同士で飲みながら、下ネタの意味を込めて、娼妓に歌わせ、踊らせるものである。

『花間集』には皇甫松の二首のみ所収。

単調二十八字、四句・平韻で、各句末に二字の囃子詞が付く。この囃子詞を含めると三十六字になり、⑦❷、⑦❷。7❷、⑦❷。の詞形をとる。( )内は囃子詞。

菡萏香蓮十頃  小姑貪戲採蓮
晚來弄水船頭濕  紅裙裹

  
  

皇甫松:皇甫が姓。睦州の人(現・浙江建徳)。皇甫湜の息子。生没年不詳。唐代の人。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。

 

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)

未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

ハスの花、蓮の実、薫り高いハス、この十頃もあるこの池に、(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。乙女らは遊びに夢中になって蓮とり作業がはかどらないのです。(ああ、そうだよ若いもの。)

・菡萏:ハスの花。はちす。

・香蓮:薫り高いハス。

・頃:面積の単位。一頃=百畝で、周代、古代では、1,82ヘクタール。碧波万頃(広い水面)という風に広さの表現となっている。

・陂/堤。ここでは、池。

・舉棹:第一句と三句の後に来るおはやしのことば。「(舟を漕ぐ)さおをあげて」止まってじっと見るという意味を含む。(下ネタの意味もある)

・小姑:女の子。乙女。年若い娼妓。

・貪戲:遊びほうけている。じゃれあっている。

・採蓮遲:ハスを採るのがなかなか進まない。採蓮したものを岸に集荷するのが遅れる。

・年少:第二句と四句の後に来るお囃子のことば。「年が若い(者)」(下ネタの意味もある)

 

 

 

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

日が落ちてきたけど水は揺れて波だって、舟の舳先まで水浸し。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、そのうえ、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、若いもの今を楽しめ。)

そんなことしてると薄暗くなってきたのにまだ水遊びをしている、舟の舳先までびしょぬれだ。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。それにくわえて、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、そうだよ若いもの。)

・晩來:薄暗くなってきて。

・弄水:水遊びをしている。

・船頭濕:船の上が濡れる。船頭:へさき。船首のこと。船頭さんのことではない。

・更:おまけに。

・脱:(衣服を)ぬぐ。

・紅裙:紅いスカート(状の着物)。

・裹:(くゎ;guo3)つつむ。

・鴨兒:アヒル。カモ。児は、名詞などに付く接尾辞。現代語では、可愛い感じを出す場合もあるが、特に意味はない。アヒルの子、ヒヨコという意味は普通ない。

 

採蓮曲    
      
若耶渓傍採蓮女、笑隔荷花共人語。
日照新粧水底明、風飄香袖空中挙。
岸上誰家遊冶郎、三三五五映垂楊。
紫騮嘶入落花去、見此踟蹰空断腸。


若耶渓のあたりで蓮の花摘む女たち
笑いさざめきハスの花を隔てて語り合う
陽照は化粧したての顔を明るく水面に映しだし、
吹いている風は香しい袖を軽やかに舞い上げている
岸辺にはどこの浮かれた若者だろうか
三々五々としだれ柳の葉影に見え隠れ。
栗毛の駒は嘶いて柳絮のなかに消え去ろうと
この女たちを見ては行きつ戻りつむなしく心を揺さぶられる。


(採蓮曲)

若耶【じゃくや】渓の傍り 採蓮の女、笑って荷花【かか】を隔てて人と共に語る。
日は新粧を照らして水底明らかに、風は香袖を飄して空中に挙がる。
岸上  誰が家の遊冶郎【ゆうやろう】ぞ、三三、五五、垂楊に映ず。
紫騮【しりゅう】落花に嘶【いなな】きて入りて去り、此れを見て踟蹰【ちちゅう】して空しく断腸。
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<!--[endif]-->

 馬とともにおふざけをして垂楊(しだれやなぎ)の葉陰に消えていった若者たちのうしろ姿と、一方、急におしゃべりを止めて「踟蹰」(ためらい)がちに顔を赤らめている乙女たちの姿を、李白は描いている。ハスを採る娘らとその乙女の気を引こうとしている若者=遊冶郎、現在だったらチャラ男のこと?。もう若い者の中に入りきれない客観してみている李白。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-75-2皇甫松9《巻2-25 夢江南二首其一》皇甫松12首巻二25-〈75〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5577

皇甫松9《巻2-25 夢江南二首其一》(江南で過ごした日、水陸駅では、毎夜送別の宴が開かれ、一夜の思い出をつくったと詠う)香油の入った蝋燭の燈芯が燃え尽き、蝋のしずくが落ちる、屏風絵の紅蕉(カンナ)の花に焔の残りが照らすのも薄暗い。

 

 

 
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35-(12) 《讀巻04-14 送孟東野序 -(12)§4-3》韓愈(韓退之)ID 801年貞元17年 35歳<1318> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5574 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-75-2皇甫松9《巻2-25 夢江南二首其一》皇甫松12首巻二25-75〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5577

 

 

(改訂版)-75-2皇甫松9《巻2-25 夢江南二首其一》

原始時代の母権制がその歴史的使命を果し、その寿命が尽きた時、「男尊女卑」は誰も疑うことのない人の世の道徳的規範となった。エンゲルスは『家族私有財産及び国家の起源』において、この歴史的変化について「女性にとって世界史的意義を有する失敗」といった。この失敗はおよそ「逃れられない劫難」 であり、これはまた人々にいささかの悲しみを感じさせずにはおかなかった。

なぜならそれはずうっと数千年間も続いたのであるから。その時から、中国の人口の半分を占める女性たちは、未来永劫にわたって回復不可能な二等人となり、二度と再び他の半分である男性と平等になることはなかった。かくして、男を生めば「弄璋」(璋をつかむ)といい、女を生めば「弄瓦」(瓦【いとまき】をつかむ。古代、女子が生れると糸巻を与える習慣があった)といった。そこで、「婦は服するなり」「婦人は人に伏すなり」ということになり、「女子と小人(奴僕)は養い難し」とか、「三従四徳」を守れとか、「餓死しても小事であり、貞節を失うことの方が大事だ……」といった価値観が生れた。

中国の女性は、数千年間もこのような哀れな境遇の中でもがき苦しんだのである。ずっと後の今世紀初頭になって、民主革命(辛亥革命)のかすかな光が彼女たちの生活にさしこみ、こうした状況に初めてわずかばかりの変化が生れたのであった。

三従四徳

女は幼い時は父に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従うという三従を守り、婦徳、婦言、婦容、婦功の四つの徳を持たねばならない、という儒教の教え。

 

 

唐代三百年間の女性たちは、この数千年来低い地位に甘んじてきた古代女性たちの仲間であった。

彼女たちは先輩や後輩たちと同じように、農業を基本とする男耕女織の古代社会において、生産労働で主要な位置を占めず、経済上独立できなかった。この点こそ、付属品・従属物という彼女たちの社会的地位はどの王朝の女性とも変わらない、という事態を決定づけたのである。しかしながら、唐代の女性たちは前代や後代の女性たちと全く同じだというわけでもなかった。先学はかつて次のように指摘したことがある。「三千年近い封建社会の女性に対する一貫した要求は、貞操、柔順、服従にはかならず、例外はきわめて少なかった。もし例外があるとすれば、それは唐代の女性たちにはかならない」(李思純「唐代婦女習尚考」『江村十論』、上海人民出版社、一九五七年)。筆者は、さらに一歩進めて次のように言うことができると思う。唐代の女性は中国古代の女性たちの中でわりあい幸運な部類であったと。なぜなら、彼女たちは他の王朝、とりわけ明清時代という封建末期の女性たちに比べると、社会的地位はあれほどまでに卑賎ではなく、また蒙った封建道徳の束縛と圧迫もやや少なめであり、まだ比較的多くの自由があった。

 

 

 (旧版)

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『歸國遙』五首

 

 

作者



初句7字

 

 

溫助教庭筠

2-07

夢江南二首其一

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

 

 

2-08

夢江南二首其二

樓上寢,殘月下簾旌。

 

 

皇甫先輩松

2-25

夢江南二首其一

千萬恨,恨極在天涯。

 

 

2-25

夢江南二首其二

梳洗罷,獨倚望江樓。

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

4-05

夢江南二首其一

含泥燕,飛到畫堂前。

 

 

4-06

夢江南二首其二

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

 

 

 

 

 

 

 

皇甫松(生卒年不詳)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花間集』には十二首の詞が収められている。

 

 

 (旧版)

夢江南二首 其一

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

閒夢江南梅熟日,夜船吹笛雨蕭蕭。

人語驛邊橋。

(江南で過ごした日、愛する女との別離の思い出)

香油の入った蝋燭の燈芯が燃え尽きるのか蝋のしずくが落ち、屏風絵の紅蕉(カンナ)の花も薄暗い。

夢路に辿るのは江南の初夏、梅の実が熟すころのこと、夜の船にでいると笛の音がひびく、雨はしとしとと降って、雨だれが鼓のように合わせて伝わってくる。

人の話し声が駅舎近くの橋から聞こえる。

 

(夢江南二首 其の一)

 蘭燼【らんじん】落ち, 屏上【へいじょう】紅蕉【こうしょう】暗し。

 閒夢【かんむ】江南 梅 熟す日, 夜船の吹笛 雨 蕭蕭たり。

人は語る 驛邊の橋。

 

(改訂版)-75-2皇甫松9《巻2-25 夢江南二首其一》

夢江南二首 其一

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

閒夢江南梅熟日,夜船吹笛雨蕭蕭。

人語驛邊橋。

 

 

『夢江南』 現代語訳と訳註

(本文)

夢江南

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

閒夢江南梅熟日,夜船吹笛雨蕭蕭。

人語驛邊橋。

 

(下し文)

(夢江南二首 其の一)

 蘭燼【らんじん】落ち, 屏上【へいじょう】紅蕉【こうしょう】暗し。

 閒夢【かんむ】江南 梅 熟す日, 夜船の吹笛 雨 蕭蕭たり。

人は語る 驛邊の橋。

 

(現代語訳)

(江南で過ごした日、水陸駅では、毎夜送別の宴が開かれ、一夜の思い出をつくったと詠う)

香油の入った蝋燭の燈芯が燃え尽き、蝋のしずくが落ちる、屏風絵の紅蕉(カンナ)の花に焔の残りが照らすのも薄暗い。

江南は素晴らしいところだった、夢路に辿るのは江南の初夏、梅の実が熟すころのこと、夜の船遊びで笛の音がひびき、雨はしとしとと降って、雨だれが鼓のように和合して伝わってきたものだ。

そこは、水陸駅の水辺であり、陸路の要衝である橋の側の亭から送別の宴の話し声が聞こえてきたのだ。

 

 

(訳注) (改訂版)-75-2皇甫松9《巻2-25 夢江南二首其一》

夢江南

(江南で過ごした日、水陸駅では、毎夜送別の宴が開かれ、一夜の思い出をつくったと詠う)

・夢江南:【ぼうこうなん】単調の望江南、望江南、謝秋娘、夢江南、憶江南と同調。「夢」の音は「ぼう」がふさわしい。「む」は慣用音。なお「望江南」は【ばうこうなん】と言う。詞の形式名。花間集二巻第所収。 平韻 一韻到底。韻式は「AAA」。

かつて江南の水陸駅で過ごした日、一夜の思い出を詠う。夢に見たということで、旅の夜の思い出を描く。梅の実の熟す頃の江南、しとしとと雨の降る夜、宿駅の橋、船の中で誰かが吹く笛、遅くまで送別の話し声が聞こえてくる、と。皇甫松の詩は自身の経験の詩ではなく、客観的に見、女と過ごすということは、こういうことだろうと、閨情の様子を想定する。

唐の教坊の曲名。『花間集』には六首あり、皇甫松の作が二首収められている。夢江南二作品中の第一である。単調二十七字、五句三平韻で、37⑦⑤の詞形をとる。

蘭燼落  屏上暗紅
閒夢江南梅熟日  夜船吹笛雨蕭
人語驛邊

  
  

白居易の「憶江南」「江南好,風景舊曾諳。 日出江花紅勝火,春來江水綠如藍。 能不憶江南。」「夢江南」と「憶江南」は同一詞調。(江南好し。風景 旧【もと】より 曽て諳【そら】んず、日出づれば 江花 紅きこと火に勝り。春来れば 江水 緑なること 藍の如し、能く 江南を 憶はざらんや。)江南は素晴らしい。その風景はずっと昔から私の記憶に焼きついている。太陽が昇ると江上の花は火のように真っ赤に見え、春が来れば江の水は藍のように緑色になる。どうして江南を慕わずにいれよう。

 

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

香油の入った蝋燭の燈芯が燃え尽き、蝋のしずくが落ちる、屏風絵の紅蕉(カンナ)の花に焔の残りが照らすのも薄暗い。

・蘭燼:香油の入った立派なロウソクの燃え残り。・蘭:蘭膏。香油。また、植物の蘭と、特に関係はない場合もある。・燼:燃え残り。燃えさし。「燼滅/灰燼・余燼」。李淸照の「獨上蘭舟」の蘭も木蘭の舟の意はあるが、結果としては、美称。

・屏上:屏風の。屏風に描かれている。ここは屏風に映る蝋燭の揺らめく炎の照らしをいう。

・暗:ロウソクが消えかかっているので、薄暗くなっている。

・紅蕉:紅いカンナ。カンナは美人蕉という。

 

閒夢江南梅熟日,夜船吹笛雨蕭蕭。

江南は素晴らしいところだった、夢路に辿るのは江南の初夏、梅の実が熟すころのこと、夜の船遊びで笛の音がひびき、雨はしとしとと降って、雨だれが鼓のように和合して伝わってくる。

・閒夢:のどかな夢。ここの「閒」は「閑」の意(音も)。

・江南:中国南部。長江以南。

・梅熟日:梅の実が熟す晩春、初夏に。=黄梅季、黄梅天。梅雨どき。

・閒夢江南梅熟日:ひそやかな夢は江南の初夏を辿る。白居易の「江南好,風景舊曽諳。日出江花紅勝火,春來江水綠如藍。能不憶江南!」に応えているとも思える。

・夜船:作者との関係が不明。作者は韋荘のように、船にいるのか、それとも、夜船でだれかが笛を吹いているのか。韋荘の「菩薩蛮」「人人盡説江南好,遊人只合江南老。春水碧於天,畫船聽雨眠。」も参考になる。

・吹笛:笛を吹く。静かな宵、遙か彼方から笛の音が伝わってきた、ということ。音が聞こえるということは、静かだからなので、静かな夜、と解しても好かろう。

・蕭蕭:もの寂しいさま。ここでは雨が静かに降る様子をいう。

 

 

人語驛邊橋。

水陸駅の水辺であり、陸路の要衝である橋の側の亭から送別の宴の話し声が聞こえる。

・人語:人の話し声が聞こえる。少なくとも泣いて、取りすがるという状況ではない。上の読み下しでは「人は語る」と読んではいるが…。 女性の話し声がする、鳥のさえずり、美人の声が聞こえる、という感じの意味である。「人語」の場合、「語」は、日本語で「かたる」という重々しい感じよりも「声が聞こえる」という軽いものの方がふさわしい。

・驛邊橋:古代の駅舎。宿舎。この場合、水陸駅の水辺であり、陸路の要衝である橋の側の亭。

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(改訂版)-74-2皇甫松8《巻2-24 摘得新二首其二》こうした宴には平生から行われていて、今を楽しむことであり、皆新たなことを得るのであるのは、幾十度になるだろうか、そして、その後には、褥にお香の香りが広がっているものだ。

 

 

 
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(改訂版)-73-2皇甫松7《巻2-23 摘得新》

摘得新二首 其一

(王子喬のように玉笛を吹こう、大盃一杯の大酒を酌みかわそう、時を逃すことなく、今宵の歓を尽くすべきことを詠む。)【今の一時が新たな事として掴み取って楽しもう、その一】

酌一巵,須教玉笛吹。

まず、大盃一杯の大酒を酌みかわす、そこには、王子喬のように玉笛を吹き鳴らさせることが必要である。そうすれば、王子喬のように仙界に行って不老長寿を得るかもしれない。

錦筵紅燭,莫來遲。

錦の筵、紅梅のもとに蝋燭ともされたその下で、この時は再びは来ないものだからこの時を逃さず、楽しむことである。

繁紅一夜經風雨,是空枝。

春盛り、桃の花もただの一夜の軽やかな風と雨が降って来れば、空しきただの枝となるではないのか。だから、咲き誇っている時にこそ、たのしまねばならないのである。

(新たにするを得るを摘る【てきとくしん】二首 其の一)

一巵【し】を酌み、須く玉笛を吹かしむべし。

錦筵 紅の蝋燭、来たり遅るること莫かれ。

繁紅 一夜 風雨を経れば、是れ空枝なり。

 

(改訂版)-74-2皇甫松8《巻2-24 摘得新二首其二》
摘得新二首 其二

(今の一時が新たな事として掴み取って楽しもう、その二)

摘得新,枝枝葉葉春。

今の一時が新たな事として掴み取って楽しもう、枝という枝、葉という葉、春景色になっている。枝も栄えて葉も茂る。今のこの時こそ、楽しもう。

管弦兼美酒,最關人。

笛や琴の音楽が盛んになれば、美味しいお酒が酌み交わされる。役所の人間たちの宴は酣になる。

平生都得幾十度,展香茵。

こうした宴には平生から行われていて、今を楽しむことであり、皆新たなことを得るのであるのは、幾十度になるだろうか、そして、その後には、褥にお香の香りが広がっているものだ。

(新たにするを得るを摘る【てきとくしん】二首 其の二)

新たにするを得るを摘る,枝枝 葉葉の春。

管弦 美酒を兼ね,最關の人。

平生 都て得る 幾十度,香りが茵【しとね】に展ず。

 

 

『摘得新二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

摘得新二首 其二

摘得新,枝枝葉葉春。

管弦兼美酒,最關人。

平生都得幾十度,展香茵。

 

(下し文)

(新たにするを得るを摘る【てきとくしん】二首 其の二)

新たにするを得るを摘る,枝枝 葉葉の春。

管弦 美酒を兼ね,最關の人。

平生 都て得る 幾十度,香りが茵【しとね】に展ず。

 

(現代語訳)

(今の一時が新たな事として掴み取って楽しもう、その二)

今の一時が新たな事として掴み取って楽しもう、枝という枝、葉という葉、春景色になっている。枝も栄えて葉も茂る。今のこの時こそ、楽しもう。

笛や琴の音楽が盛んになれば、美味しいお酒が酌み交わされる。役所の人間たちの宴は酣になる。

こうした宴には平生から行われていて、今を楽しむことであり、皆新たなことを得るのであるのは、幾十度になるだろうか、そして、その後には、褥にお香の香りが広がっているものだ。

 

(訳注)

摘得新二首 其二

(今の一時が新たな事として掴み取って楽しもう、その二)

「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。それゆえ彼女たちも一括して論ずることにする。以上は本論に入る前の「正名」(名称と実態を正しく概念規定すること)の作業である。

さて、唐代には「妓」と呼ばれた人は三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

唐の教坊の曲名。『花間集』には皇甫松の二首のみ所収。単調二十六字、六句四平韻で、③⑤/5③/7③の詞形をとる。

其一

酌一  須教玉笛
錦筵紅  莫來
繁紅一夜經風雨  是空

  
  
  

其二

摘得  枝枝葉葉
管弦兼美酒  最關
平生都得幾十度  展香

  
  
  

 

摘得新,枝枝葉葉春。

今の一時が新たな事として掴み取って楽しもう、枝という枝、葉という葉、春景色になっている。枝も栄えて葉も茂る。今のこの時こそ、楽しもう。

 

管弦兼美酒,最關人。

笛や琴の音楽が盛んになれば、美味しいお酒が酌み交わされる。役所の人間たちの宴は酣になる。

關人 役所の人間。

 

平生都得幾十度,展香茵。

こうした宴には平生から行われていて、今を楽しむことであり、皆新たなことを得るのであるのは、幾十度になるだろうか、そして、その後には、褥にお香の香りが広がっているものだ。

茵(しとね)とは座ったり寝たりするときの敷物の古風な呼称。寝るときの敷物は「褥」という文字を使い、ベッドパッドなどのことを指す。本項では寝殿造りなどに見られる座具である。通常、畳の上に敷かれた真綿入りの座具であり、座布団の一種といえる。四方の縁(へり)を錦(にしき)などで囲った正方形の敷物。縁は位階により五位以上は黄絹、六位以下は紺布などとなっていた。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-73-2皇甫松7《巻2-23 摘得新》皇甫松12首巻二23-〈73〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5567

(改訂版)-73-2皇甫松7《巻2-23 摘得新》(王子喬のように玉笛を吹こう、大盃一杯の大酒を酌みかわそう、時を逃すことなく、今宵の歓を尽くすべきことを詠む。)【今の一時が新たな事として掴み取って楽しもう、その一】

 
 2015年2月17日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-36 奉節-29 《巻15-06 示獠奴阿段》 杜甫index-15 杜甫<900-01> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5565 
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 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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