顧夐 荷葉杯九首 其三
弱柳好花盡拆,晴陌。陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。狂摩狂,狂摩狂。
(春の行楽に美しい女たちが選ばれ、その家のボタンを自慢にして、庭先で酒宴が開かれる、都の貴公子に惚れてしまうと詠う)若い柳の細腰の女も選ばれ、艶やかな素敵なぼたんの花の様な女も選ばれるが、尽くした挙句、心は折られる。都大路は晴れやか。都大路の貴公子の檀郎、体全身に蘭麝香の香り漂い、その香に女たちは心打たれてしまう。愛して狂っちゃいそうになるのではないか、もう狂ってしまった。もう狂ってしまったのではないか、キットどうにかなってしまった。
11顧夐 (改)《巻七24荷葉杯九首其三》『花間集』326全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6902
荷葉杯九首其一
(春には逢えると約束していたのに、花が散り落ちるように寵愛を失えばもう戻ることはない。しかし、自分の立場は認識したし、病気になっても耐えるしかないと諦める女、妃嬪を詠う)
春盡小庭花落,寂寞。
春が今終ろうとしている寝殿奥の庭の花は散りおちてしまった、ひっそりとした寂しさが漂う。花が落ちることは、寵愛を失うことは、もう元に戻らない。
凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。
手摺にもたれかかり二つの眉をひそめている。こうして堪えることを教えられ、病気になろうともただあのお方との逢瀬の約束の日を楽しみに思うだけなのだ。
知摩知?知摩知?
現実を知り、此れを本当に知ったということなのか。此れでわかったということなのか本当にわかったのか。
(荷葉杯九首 其の一)
春盡く 小庭の花落つ,寂寞たり。
檻に凭【もた】れ 雙眉に斂じ,教を忍び 病を成し 佳期を憶う。
知らんや知らん?知らんや知らん?
荷葉杯九首其二
(いつかは寵愛を失うと覚悟はしていたが、妃嬪は愁うことしかできないと詠う)
歌發誰家筵上,寥亮。
歌う声が聞こえてくる、どこの御殿の宴筵席で歌を謡っているのか。澄んだ音色で響き渡ってくる。
別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。
はっきりとお別れをしたわけではないが寵愛を失なえば恨んでばかり、まさにこころがはるか遠くに行ってしまった。御殿の閨には蘭型の燈火がともる、しかし、とばりを背にすわる、名月がこの高楼を照らす。
愁摩愁,愁摩愁。
思いが募れば愁えが増し、忘れようと思っても、やっぱり愁えているのか。また、愁えている、やっぱり愁えるのか。
(荷葉杯九首 其の二)
歌發すは 誰が家の筵の上に,寥亮。
別恨み 正に悠悠たり,蘭釭 帳を背にし 當樓に月る。
愁うや愁う,愁えんや愁う。
荷葉杯九首 其三
(春の行楽に美しい女たちが選ばれ、その家のボタンを自慢にして、庭先で酒宴が開かれる、都の貴公子に惚れてしまうと詠う)
弱柳好花盡拆,晴陌。
若い柳の細腰の女も選ばれ、艶やかな素敵なぼたんの花の様な女も選ばれるが、尽くした挙句、心は折られる。都大路は晴れやか。
陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。
都大路の貴公子の檀郎、体全身に蘭麝香の香り漂い、その香に女たちは心打たれてしまう。
狂摩狂,狂摩狂。
愛して狂っちゃいそうになるのではないか、もう狂ってしまった。もう狂ってしまったのではないか、キットどうにかなってしまった。
(荷葉杯九首 其の三)
弱【わか】い柳 好き花 拆り盡し,晴れたる陌。
陌上 少年の郎,滿身 蘭麝 人 香に撲【なげう】つ。
狂わんや狂わん,狂わんや狂わん。
『荷葉杯九首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)
荷葉杯九首 其三
弱柳好花盡拆,晴陌。
陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。
狂摩狂,狂摩狂。
(下し文)
(荷葉杯九首 其の三)
弱【わか】い柳 好き花 拆り盡し,晴れたる陌。
陌上 少年の郎,滿身 蘭麝 人 香に撲【なげう】つ。
狂わんや狂わん,狂わんや狂わん。
(現代語訳)
(春の行楽に美しい女たちが選ばれ、その家のボタンを自慢にして、庭先で酒宴が開かれる、都の貴公子に惚れてしまうと詠う)
若い柳の細腰の女も選ばれ、艶やかな素敵なぼたんの花の様な女も選ばれるが、尽くした挙句、心は折られる。都大路は晴れやか。
都大路の貴公子の檀郎、体全身に蘭麝香の香り漂い、その香に女たちは心打たれてしまう。
愛して狂っちゃいそうになるのではないか、もう狂ってしまった。もう狂ってしまったのではないか、キットどうにかなってしまった。
(訳注)
荷葉杯九首其三
(春の行楽に美しい女たちが選ばれ、その家のボタンを自慢にして、庭先で酒宴が開かれる、都の貴公子に惚れてしまうと詠う)
唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
春薪踏青(ハイキング)
正月十五日以後から三月の清明節の前後にかけて、人々は盛んにハイキングをしたり、野宴を催したりして楽しんだ。女性も春のハイキングに巻き込まれ、一年の内、最も愉快で自由なめ日を楽しんだ。「長安の男女は春の野を遊歩し、名花に遇えば敷物を広げ、紅い 裾を順番に挿し掛けて、宴の幌とする」、「都の男女は、毎年正月半ば過ぎになると、各おの車に乗り馬に跨り、園圃(農園)あるいは郊野(郊外の野原)の中に帳をしつらえて、探春の宴をする」(『開元天宝遺事』巻下)。こう見てくると、春の野に遊宴を催すとは、何と現代的なことかと思う。長安の曲江池、楽游原などの景勝の地は、ひとたび新春が訪れると女性たちがみな押しょせて見物したり笑い合ったりする場所であり、その他の景勝地もみな同様であった。唐詩の中には女性たちが春を楽しむ情景を歌ったものが少なくない。李華の詩「春遊吟」 に、「初春 芳句(春の野)遍く、千里 藷として職に盈つ。美人は新しき英を摘み、歩歩 春緑に玩る」とあり、また施肩吾の詞「少婦遊春詞」 に、「錦を集め花を轢めて勝遊を闘かわせ、万人 行く処 最も風流」とある。杜甫は「麗人の行」 の中で、貴婦人たちの訪春の情景を「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」と描写した。張萱の 「虢国夫人游春図」は、さらに生々と唐代貴婦人の游春の情景を再現している。
『花間集』には顧夐の作が九首収められている。単調二十六字、六句二仄韻、四平韻、❻❷⑤⑦③③の詞形をとる。
荷葉杯九首其一
春盡小庭花落,寂寞。
凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。
知摩知?知摩知?
○●●○○●
●●
△●●○○
●△○●●○○
○△○ ○△○
荷葉杯九首 其二
歌發誰家筵上,寥亮。
別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。
愁摩愁,愁摩愁。
○●○○○●
△●
●●△○○
○○●●●△○
○△○
○△○
荷葉杯九首 其三
弱柳好花盡拆,晴陌。
陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。
狂摩狂,狂摩狂。
●●●○●●
○●
●●●○○
●○○●●○○
△△△
△△△
|
溫庭筠 |
《巻二14 荷葉盃三首其一》 一點露珠凝冷,波影。滿池塘。綠莖紅豔兩相亂,腸斷。水風涼。 |
|
溫庭筠 |
《巻二15 荷葉盃三首其二》 鏡水夜來秋月,如雪。採蓮時。小娘紅粉對寒浪,惆悵。正思想。 |
|
溫庭筠 |
《巻二16 荷葉盃三首其三》 楚女欲歸南浦,朝雨。濕愁紅。小船搖漾入花裏,波起。隔西風。 |
|
韋莊 |
《巻二44 荷葉盃二首其一》 絕代佳人難得,傾國,花下見無期。一雙愁黛遠山眉,不忍更思惟。閑掩翠屏金鳳,殘夢,羅幕畫堂空。碧天無路信難通,惆悵舊房櫳。 |
|
韋莊 |
《巻二45 荷葉盃二首其二》 記得那年花下,深夜,初識謝娘時。水堂西面畫簾垂,攜手暗相期。惆悵曉鶯殘月,相別,從此隔音塵。如今俱是異鄉人,相見更無因。 |
|
顧夐 |
《巻七22 荷葉杯九首其一》 春盡小庭花落,寂寞。凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。知摩知?知摩知? |
|
顧夐 |
《巻七23 荷葉杯九首其二》 歌發誰家筵上,寥亮。別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。愁摩愁,愁摩愁。 |
|
顧夐 |
《巻七24 荷葉杯九首其三》 弱柳好花盡拆,晴陌。陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。狂摩狂,狂摩狂。 |
|
顧夐 |
《巻七25 荷葉杯九首其四》 記得那時相見,膽戰。鬢亂四肢柔,泥人無語不擡頭。羞摩羞,羞摩羞。 |
|
顧夐 |
《巻七26 荷葉杯九首其五》 夜久歌聲怨咽,殘月。菊冷露微微,看看濕透縷金衣。歸摩歸,歸摩歸。 |
|
顧夐 |
《巻七27 荷葉杯九首其六》 我憶君詩最苦,知否。字字盡關心,紅牋寫寄表情深。吟摩吟,吟摩吟。 |
|
顧夐 |
《巻七28 荷葉杯九首其七》 金鴨香濃鴛被,枕膩。小髻簇花鈿,腰如細柳臉如蓮。憐摩憐,憐摩憐。 |
|
顧夐 |
《巻七29 荷葉杯九首其八》 曲砌蝶飛煙暖,春半。花發柳垂條,花如雙臉柳如腰。嬌摩嬌,嬌摩嬌。 |
|
顧夐 |
《巻七30 荷葉杯九首其九》 一去又乖期信,春盡。滿院長莓苔,手挼裙帶獨徘徊。來摩來,來摩來。 |
弱柳好花盡拆,晴陌。
若い柳の細腰の女も選ばれ、艶やかな素敵なぼたんの花の様な女も選ばれるが、尽くした挙句、心は折られる。都大路は晴れやか。
・弱柳 若い柳の細腰の女。弱:若い。柳は細腰の女性を示す。
・好花 艶やかな素敵なぼたんの花の様な女。
・盡拆 ことごとく折る。あの男にかかって折られ、摘み取られてしまう。
・晴陌 晴たる大通り。男は都大路を晴れやかに闊歩するというほどの意。
陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。
都大路の貴公子の檀郎、体全身に蘭麝香の香り漂い、その香に女たちは心打たれてしまう。
・少年郎 少年は18~20歳程度の高貴な家のやんちゃな息子たち。郎は、遊郎、檀郎、阮郎、劉郎などプレイボーイをいう。やりたい放題をする富貴の二男坊ということである。李白・杜甫・王維など歌っている。
贈少年 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-56-9-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1840
温庭筠『贈少年』
江海相逢客恨多,秋風葉下洞庭波。
酒酣夜別淮陰市,月照高樓一曲歌。
、王維 少年行
新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。
李白 17少年行
少年行
五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。
落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。
杜甫 少年行
馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
王昌齢『少年行』
走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。
いなせな若者や壮士を詠う。
狂摩狂,狂摩狂。
愛して狂っちゃいそうになるのではないか、もう狂ってしまった。もう狂ってしまったのではないか、キットどうにかなってしまった。
・摩 疑問をあらわす語で、~かしら。
音楽と歌舞 4分割(2)
これら何百何千もの宮妓は、どのような生活をしていたのであろうか。宮妓は宮人と共通するところもあったが、しかし全く同じというわけでもなかったようだ。宮人の中から選抜されて宮妓にされたものの大半は、「宮婦」の身分のままであったが、それ以外の民間から選抜されたものの地位と身分は、一般の宮人に比べてやや高かったようである。各時代の記録はきわめて少ないが、ただ玄宗の時代についてだけは、『教坊記』という書物が彼女たちについて専門に書いている。
選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時には、雲韶院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」には佩魚が許されていたが、宮人には許されなかった。内人は比較的優遇されており、その家庭は「内人家」とよばれ、みな宮廷の外の外教坊に住み、季節ごとに宮廷から糧米が支給されていた。内人の中で皇帝から最も寵愛を受けていた「十家」と称される内人は邸宅を賜り、日常の賞賜もたいへん多かった。また、内人は家族と常時会うことができ、毎月の二日、十六日、あるいは自分の誕生日などに母親や姉妹が訪ねることができた。敬宗の時、皇帝は自ら内人の家族千二百人を招待し、教坊で宴席を設け、褒美として錦を下賜した(『旧唐書』敬宗紀)。
○佩魚 五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ(佩び玉)




















