玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

花間集 巻二 韋莊

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-28韋荘106《巻3-06 河傳三首 其二》三巻6-〈106〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5732

(改訂版)-28韋荘106《巻3-06 河傳三首 其二》(成都は古い蜀の都で、貴族の長い歴史があり、我が物顔で飲み歩く遊侠の司馬相如の様な貴公子の若者と卓文君のような娼妓について詠う。)春も終わりごろになるともう風も暖かく、成都錦官城には花が満ち溢れていて、行楽している人や風流な人をそんな春はおぼれさせてしまう。

 


『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-28韋荘106《巻3-06 河傳三首 其二》三巻6-106〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5732

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河傳』十八首

 

 

溫助教庭筠

2-09

(改訂版)河傳三首其一

曉妝仙,仙景箇

 

 

2-10

(改訂版)河傳三首其二

雨蕭蕭,煙浦花

 

 

2-11

(改訂版)河傳三首其三

杏花稀,夢裡每

 

 

韋相莊

巻二

河傳三首 其一

何處,煙雨,隋堤

 

 

巻二

河傳三首 其二

春晚,風暖,錦城

 

 

巻二

河傳三首 其三

錦浦,春女,繡衣

 

 

張舍人泌

巻五

河傳 二首之一

渺莽雲水,惆悵暮

 

 

巻五

河傳 二首之二

紅杏,交枝相映,

 

 

顧太尉

巻七

河傳三首 其一

鷰颺,晴景。小

 

 

巻七

河傳三首 其二

曲檻,春晚。

 

 

巻七

河傳三首 其三

棹舉,舟去,波光

 

 

孫少監光憲

巻七

河傳四首(1

太平天子,等閑遊

 

 

巻七

河傳四首(2

柳拖金縷,着煙籠

 

 

巻七

河傳四首(3

花落,煙薄,謝家

 

 

巻七

河傳四首(4

風颭,波斂。

 

 

閻處士選

巻九

河傳一首

秋雨,秋雨,

 

 

李秀才珣

巻十

河傳二首其一

朝雲暮雨,依舊

 

 

巻十

河傳二首其二

落花深處,啼鳥

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 2015年3月22日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-44-#5奉節-35-#5 《巻16-07 八哀詩〔五〕贈秘書監江夏李公邕 -5》 杜甫index-15 杜甫<907-5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5730 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-27韋荘105《巻3-05 河傳三首 其一》三巻5-〈105〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5727

(改訂版)-27韋荘105《巻3-05 河傳三首 其一》(河を題材にした悲しい逸話 其の一:運河建設が人民に負担を強いたものであり、隋末の反乱の原因となった隋堤、現実から逃避して酒色にふける生活を送った「迷楼」を訪れての懐古の情を詠う。)

 

 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-27韋荘105《巻3-05 河傳三首 其一》三巻5-〈105〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5727 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-27韋荘105《巻3-05 河傳三首 其一》三巻5-105〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5727

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河傳』十八首

 

 

溫助教庭筠

2-09

(改訂版)河傳三首其一

曉妝仙,仙景箇

 

 

2-10

(改訂版)河傳三首其二

雨蕭蕭,煙浦花

 

 

2-11

(改訂版)河傳三首其三

杏花稀,夢裡每

 

 

韋相莊

巻二

河傳三首 其一

何處,煙雨,隋堤

 

 

巻二

河傳三首 其二

春晚,風暖,錦城

 

 

巻二

河傳三首 其三

錦浦,春女,繡衣

 

 

張舍人泌

巻五

河傳 二首之一

渺莽雲水,惆悵暮

 

 

巻五

河傳 二首之二

紅杏,交枝相映,

 

 

顧太尉

巻七

河傳三首 其一

鷰颺,晴景。小

 

 

巻七

河傳三首 其二

曲檻,春晚。

 

 

巻七

河傳三首 其三

棹舉,舟去,波光

 

 

孫少監光憲

巻七

河傳四首(1

太平天子,等閑遊

 

 

巻七

河傳四首(2

柳拖金縷,着煙籠

 

 

巻七

傳四首(3

花落,煙薄,謝家

 

 

巻七

河傳四首(4

風颭,波斂。

 

 

閻處士選

巻九

河傳一首

秋雨,秋雨,

 

 

李秀才珣

巻十

河傳二首其一

朝雲暮雨,依舊

 

 

巻十

河傳二首其二

落花深處,啼鳥

 

 

 

 

 

 

 

河傳三首

河傳其一

何處?煙雨,隋堤春暮,柳色蔥籠。

畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。

青娥殿春妝媚,輕雲裏,綽約司花妓。

江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁。

 

河傳其二

春晚,風暖,錦城花滿,狂殺遊人。

玉鞭金勒,尋勝馳驟輕塵,惜良晨。

翠娥爭勸邛酒,纖纖手,拂面垂絲柳。

歸時煙裏,鐘鼓正是黃昏,暗銷魂。

 

河傳其三

錦浦,春女,繡衣金縷,霧薄雲輕。

花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。

玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。

香塵隱映,遙見翠檻紅摟,黛眉愁。

 

(旧解) 

河傳其一

何處?煙雨,隋堤春暮,柳色蔥籠。

畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。

青娥殿春妝媚,輕雲裏,綽約司花妓。

江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁。

(河を題材にした悲しい逸話 其の一)

何処にあるのだろうか?細雨霞がかかる、ここ隋堤も春は暮れゆこうとしていて、青々と柳の葉が茂る。

絵塗りの擢などの船具には黄金の糸の房飾りがあり、高く掲げた翠の旗は香しき風にはためいていて、水面に映る光を和らぎ溶けこませている。

五百人もの船牽く乙女が、艶やかな春の粧いをして、軽やかな雲のうちにいる。そして献上された迎輦花を持つ麗しい女官が居並んでいる。

江都に宮殿を立てて、江淮地帯の清い月影は今もなお「迷楼」と名付けられた宮殿を照らしている。そして、人々を愁いに誘うのである。

 

(河傳【かでん】其の一)

何處【いずこにか】?煙雨ありて,隋堤 春の暮,柳色蔥籠【そうろう】たり。

畫橈【がとう】金縷【きんる】,翠旗 香風に高く颭【はた】めく,水光 融【やわら】ぐ。

青娥【せいが】殿【でんきゃく】に春妝【しゅんしょう】して媚【なまめ】かし,輕雲の裏【うち】,綽約【しゃくやく】たり司花の妓。

江都の宮闕【きゅうけつ】,清淮【せいわい】の月は迷樓に映え,古今 愁う。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》三巻4-〈104〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5722

(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》(春から秋まで寵愛されたけれど、子供の出来る兆候はなく、秋には寵愛を失った。別れを告げられ、上陽宮か離宮か、陵墓仕えにかわるというその悲しさを詠う。)その日、事情を告げられて、奇麗に結った髪も乱れるほどのしょうげきをうけてしまったけど、顔の眉は若く長くみどりに残っている、だからこの閨房をでていかれたのか、これでは、世にいう「檀郎の別れ」ではないか。

 
 2015年3月20日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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204 《(改訂版) 巻19-2遊南陽清泠泉 (惜彼落日暮)》Index-12 Ⅱ―7 -732年開元二十年32歳 12首 <204> Ⅰ李白詩1434 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5718 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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50-#0 〔《上張僕射書》-#0〕韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1347> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5719 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》三巻4-〈104〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5722 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》三巻4-104〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5722

 

 

(旧解)

江城子二首 其二

(女が愛する男と床をともにしたが、何かの事情で別れを告げられ、その悲しさを詠う。)

髻鬟狼藉黛眉長,出蘭房,別檀郎。

奇麗に結った髪も激しい情事に乱れたが顔の眉は長く化粧は残る、別れを告げられ、これからいつ会えるかもわからない、悲しくて閨房から飛び出した。それが愛する潘岳の様ないい男との別れとなった。

角聲嗚咽,星斗漸微茫。

朝廷警備の軍隊が吹き鳴らす胡笳の角笛のように声を出して泣いた。見上げれば星も涙でぼんやりとしか見えない。

露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

夜露に濡れれば体も冷えてきて、名残の月も照らしている人々はまだ起き出してはいない。女自身もここに住むことはできないし、涙がとめどなく流れ、もう幾筋になるのかわからない。

江城子二首 其の二

髻鬟 狼藉たりて 黛眉 長く,蘭房より出でて,檀郎と別る。

角聲 嗚咽し,星斗 漸く微茫たり。

露冷やかに 月殘りて 人未だ起きず,留むること住わざれば,淚 千行たり。

 

(改訂版)-25韋荘103《巻3-03 江城子二首 其一》

江城子二首 其一

(何にも知らない少女は後宮に入って、まず口に紅するのを覚える、寵愛を受けるようになると、いつしか、腕枕の中に眠るようになる。愛し合えば愛し合うほど寵愛を失った時の心の痛みは大きいのにと詠う。)

恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。

その頃は天子の愛情が深く、妃嬪はそれに応えて甘えることで精一杯の愛をかえすのだが、愛する情が多ければ多いほど、愛をうしなったときの心の傷おおきいということはおしえられたのである。そう思っていても秋の長い夜をすごせば、鴛鴦の布団の中で帯びを解いてゆく。

朱唇未動,先覺口脂香。

お化粧も知らないで後宮に入ったので、若くて紅い唇はそのままで口紅など塗らずに、動かず、されるがままにしているものだが、直ぐにしはじめたのが、口紅の香りをおぼえてしまったことなのだ。

緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

そして、刺繍の掛け布団を静かにめくり白い腕出し、鳳凰の枕をはずして、愛しき晋の潘岳のように愛してもらうため、その腕を枕にするのである。

 

(江城子二首 其の一)

恩 重きに 嬌 多ければ 情 傷み易し,漏更 長く,鴛鴦に解く。

朱唇 未だ動かざるに,先に口脂の香りを覺ゆ。

緩やかに繡衾を揭げて 皓腕を抽き,鳳枕を移し,潘郎に枕せしむ。

 

(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》 

江城子二首 其二

(春から秋まで寵愛されたけれど、子供の出来る兆候はなく、秋には寵愛を失った。別れを告げられ、上陽宮か離宮か、陵墓仕えにかわるというその悲しさを詠う。)

髻鬟狼藉黛眉長,出蘭房,別檀郎。

その日、事情を告げられて、奇麗に結った髪も乱れるほどのしょうげきをうけてしまったけど、顔の眉は若く長くみどりに残っている、だからこの閨房をでていかれたのか、これでは、世にいう「檀郎の別れ」ではないか。

角聲嗚咽,星斗漸微茫。

その別れを知ってか、朝廷警備隊が吹き鳴らす胡笳の角笛も声を出して嗚咽するようである。そんな運命を知らせる星も涙でぼんやりとしか見えない。

露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

打ちひしがれて、庭をさまようが、夜露に濡れれば体も冷えてきて、西に傾く名残の月に照らされる、本当に名残惜しい、夜明けが近いのに人々はまだ起き出してはいない。妃嬪としてもうここに住むことはできない、涙がとめどなく流れ、もう幾筋になるのかわからない。

江城子二首 其の二

髻鬟 狼藉たりて 黛眉 長く,蘭房より出でて,檀郎と別る。

角聲 嗚咽し,星斗 漸く微茫たり。

露冷やかに 月殘りて 人未だ起きず,留まりて住まわず,淚 千行す。

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-24韋荘102《巻3-02 謁金門二首 其二》三巻2-〈102〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5712

(改訂版)-24韋荘102《巻3-02 謁金門二首 其二》(別れて後宮にあがり、妃嬪となったが、もう連絡を取ることも取れることもない、妃嬪としても、寵愛を受けることに汲々とするけれど春も過ぎようとしている悩む心を詠う。)妃嬪になれば、すべての個人的な繋がりは絶たれてしまう、寵愛を得なければ、空しく思い遣るだけで、計画してできることはなく消息を伝える方法がまったく見つからないし、伝わってくることもない。

 

 
 2015年3月18日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-44-#1奉節-35-#1 《巻16-07 八哀詩〔五〕贈秘書監江夏李公邕 -1》 杜甫index-15 杜甫<907-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5710 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-24韋荘102《巻3-02 謁金門二首 其二》三巻2-102〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5712

 

 

 

(旧解)

謁金門 其二

金門をはいって謁見したい(理不尽なことを中央朝廷に謁見して訴えたい)

空相憶,  無計得傳消息。

もう空しくてただ思い遣るだけです。消息を伝える方法がまったく見つからないのです。

天上嫦娥不識,寄書何處覓。

天上の昇った仙女の嫦娥でもきっと分からないだろう。手紙を出すのにも宛先をどこにもとめたらいいものやらわからない。 

新睡覺來無力,不忍把伊書跡。

午睡の一眠りから目覚めたのだが元気にならない。がっくりとして、彼女の書いた物を手に取ってみれば、もう我慢ができなくなってくる。

滿院落花春寂寂,斷腸芳草碧。

この庭一面に花びらが散ってしまう、この楽しいはずの春は過ぎ去ろうとしていいて寂しい春になっている。我慢のできないおもいは「断腸の思い」で万物が生成する春草の明るいあおさは広がっている。

 

謁金門

空しく相い憶い,消息を傳え得る 計無し。

天上 嫦娥は識らずして,書を何處にか覓【もと】むるに寄さん。

 

新睡より覺めて力無く來り,伊【こ】の書跡を把【も】つは忍ばず。

滿院 落花して 春 寂寂,斷腸して 芳草 碧。

 

(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》
謁金門二首 其一

(寵愛を失っても、寵愛を受けるため努力をかかすことが無く、王昭君のように美しいのに、異国に嫁がされてはいないが、見る目が無くて寵愛を受けることが無いことを詠う)

春漏促,金燼暗挑殘燭。

寵愛を失って何度も春を迎える、春の夜は日増しに短くなり、過ぎゆく時がはやく流れてゆく、それでも寵愛を受ける準備だけはしているから、眠りにつくことが出来ず、うとうとして、また灯火陰りさびれている灯心をかきたてる。

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

春も過ぎたある夜、誰か来たのかと簾の前に立って外を見ると風が吹き、竹は揺れているだけである、もういまは、見る夢にさえも、あのおかたは途切れ途切れにでてくるだけになった。

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

それでも一人の妃嬪はここにあり、宝玉のように麗しく艶やかな女である、ただ、夜ごと夜ごとに屏風を用意して、その陰に独り寝しているだけなのだ。

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

しずかに琵琶を抱いて懐かしき曲を奏でてみると、妃嬪であって、遠い異国に一人で嫁いだ王昭君を連想する、此処の妃嬪も、美しい顔に、白いお化粧に眉を緑にえがいてまだこんなにも美しい。


(謁金門 二首其の一) 韋莊 

春 漏促し,金燼【きんじん】暗く 殘燭【ざんしょく】挑【かきあ】ぐ。

一夜 簾前 風 竹を撼【ゆるが】し,夢魂 相い斷續す。

個 有り 嬌嬈【きょうじゅう】玉の如し,夜夜 繡屏孤り宿る。

閒かに琵琶【びわ】を抱き 舊曲を尋ぬれば,遠山眉 黛綠【たいりょく】なり。


(改訂版)-24韋荘102《巻3-02 謁金門二首 其二》
謁金門 二首其二

(別れて後宮にあがり、妃嬪となったが、もう連絡を取ることも取れることもない、妃嬪としても、寵愛を受けることに汲々とするけれど春も過ぎようとしている悩む心を詠う。)

空相憶,無計得傳消息。

妃嬪になれば、すべての個人的な繋がりは絶たれてしまう、寵愛を得なければ、空しく思い遣るだけで、計画してできることはなく消息を伝える方法がまったく見つからないし、伝わってくることもない。

天上嫦娥不識,寄書何處覓。

天上の昇った仙女の嫦娥というものでもきっと分からないだろう。手紙を出すのにも宛先をどこにもとめたらいいものやらわからないし、はたして、書くことがいいものなのだろうか。 

新睡覺來無力,不忍把伊書跡。

午睡の一眠りから目覚めたのだが気力が出てくることはない。出していない自分で書いた手紙を手に取ってみると、どうしたらよいのか、我慢ができない。 

滿院落花春寂寂,斷腸芳草碧。

後宮のひっそりとした奥のこの庭一面に花びらが散っている、楽しいはずの春は過ぎ去ろうとしている。我慢のできないおもいは「断腸の思い」で万物が生成する萌える靑い春草は広がっている。


(謁金門 二首その二)

空しく相いに憶い,計無し 消息を傳えこと得るを。

天上 嫦娥は識らずして,書を何處にか覓【もと】めて寄さん。

新睡し覺め來って力無く,伊【こ】の書跡を把【も】つ忍ばず。

滿院 落花して 春 寂寂,斷腸して 芳草 碧なり。



漢魏隋唐の洛陽城

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》三巻1-〈101〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5707

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48-#2 《外09 贈徐州族姪 -#2》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1344> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5704 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首其一》三巻1-101〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5707 

 

 

(旧解

謁金門 其一 韋莊

(金門に謁見す 其の一)

春漏促,   金燼暗挑殘燭。

春の夜の時は忙しく流れる、灯火陰りさびれている灯心をかきたてる。

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

その一夜、窓辺の竹は風が抜け揺れている、うとうととして見る夢は途切れ途切れでさびしさだけがのこる。

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

宝玉のように麗しく艶やかな女なのに、夜ごと夜ごとに屏風の陰に独り寝している。

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

しずかに琵琶を抱いて懐かしき曲を奏でてみる、春の遠山の眉が色悲しくみえる。

 

(金門に謁す 其の一)

春漏 促し,金燼【きんじん】暗く 殘燭【ざんしょく】挑【かきあ】ぐ。

一夜 簾前 風 竹を撼【ゆるが】し,夢魂 相い斷續す。

個の嬌嬈【きょうじゅう】玉の如き有り,夜夜 繡屏孤り宿る。

閒かに琵琶【びわ】を抱き 舊曲を尋ぬ,遠山 眉黛【びたい】綠なり。


(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》
謁金門二首 其一

(寵愛を失っても、寵愛を受けるため努力をかかすことが無く、王昭君のように美しいのに、異国に嫁がされてはいないが、見る目が無くて寵愛を受けることが無いことを詠う)

春漏促,金燼暗挑殘燭。

寵愛を失って何度も春を迎える、春の夜は日増しに短くなり、過ぎゆく時がはやく流れてゆく、それでも寵愛を受ける準備だけはしているから、眠りにつくことが出来ず、うとうとして、また灯火陰りさびれている灯心をかきたてる。

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

春も過ぎたある夜、誰か来たのかと簾の前に立って外を見ると風が吹き、竹は揺れているだけである、もういまは、見る夢にさえも、あのおかたは途切れ途切れにでてくるだけになった。

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

それでも一人の妃嬪はここにあり、宝玉のように麗しく艶やかな女である、ただ、夜ごと夜ごとに屏風を用意して、その陰に独り寝しているだけなのだ。

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

しずかに琵琶を抱いて懐かしき曲を奏でてみると、妃嬪であって、遠い異国に一人で嫁いだ王昭君を連想する、此処の妃嬪も、美しい顔に、白いお化粧に眉を緑にえがいてまだこんなにも美しい。


(謁金門 二首其の一) 韋莊 

春 漏促し,金燼【きんじん】暗く 殘燭【ざんしょく】挑【かきあ】ぐ。

一夜 簾前 風 竹を撼【ゆるが】し,夢魂 相い斷續す。

個 有り 嬌嬈【きょうじゅう】玉の如し,夜夜 繡屏孤り宿る。

閒かに琵琶【びわ】を抱き 舊曲を尋ぬれば,遠山眉 黛綠【たいりょく】なり。


oushokun01
 

(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》 

『謁金門二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

謁金門二首 其一

春漏促,金燼暗挑殘燭。

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

 

 

(下し文)

(謁金門 二首其の一) 韋莊 

春 漏促し,金燼【きんじん】暗く 殘燭【ざんしょく】挑【かきあ】ぐ。

一夜 簾前 風 竹を撼【ゆるが】し,夢魂 相い斷續す。

個 有り 嬌嬈【きょうじゅう】玉の如し,夜夜 繡屏孤り宿る。

閒かに琵琶【びわ】を抱き 舊曲を尋ぬれば,遠山眉 黛綠【たいりょく】なり。

 

(現代語訳)

(寵愛を失っても、寵愛を受けるため努力をかかすことが無く、王昭君のように美しいのに、異国に嫁がされてはいないが、見る目が無くて寵愛を受けることが無いことを詠う)

寵愛を失って何度も春を迎える、春の夜は日増しに短くなり、過ぎゆく時がはやく流れてゆく、それでも寵愛を受ける準備だけはしているから、眠りにつくことが出来ず、うとうとして、また灯火陰りさびれている灯心をかきたてる。

春も過ぎたある夜、誰か来たのかと簾の前に立って外を見ると風が吹き、竹は揺れているだけである、もういまは、見る夢にさえも、あのおかたは途切れ途切れにでてくるだけになった。

それでも一人の妃嬪はここにあり、宝玉のように麗しく艶やかな女である、ただ、夜ごと夜ごとに屏風を用意して、その陰に独り寝しているだけなのだ。

しずかに琵琶を抱いて懐かしき曲を奏でてみると、妃嬪であって、遠い異国に一人で嫁いだ王昭君を連想する、此処の妃嬪も、美しい顔に、白いお化粧に眉を緑にえがいてまだこんなにも美しい。

 

花蕊夫人002
 

(訳注) (改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》

謁金門二首 其一

(寵愛を失っても、寵愛を受けるため努力をかかすことが無く、王昭君のように美しいのに、異国に嫁がされてはいないが、見る目が無くて寵愛を受けることが無いことを詠う)

【解説】

天子の周りにいるものの見る目がなくて、美しい妃嬪は、寵愛を受けることが無い。前段三、四句「一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。」は、晩中、待ち侘びて浅い眠りの中、風が窓辺の竹をざわざわと揺らしていたために目覚め、夢を見ては覚め、見ては覚めていたことを述べる。後段の前半「有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。」は、この詞の主人公が、閨で待つ独り寝の夜を送る艶やかな妃嬪であることを言い、後半二句は、女は無聊なるままに、伝説の曲『王昭君』の曲を聞かせる人もなく奏でるさまを描く。

「閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。」美しい中の美人であるのに、しかも、「遠山眉黛綠」まだ若い美人である。若い絶世の美人であった王昭君は、醜い女であると寵愛を受けす、匈奴に嫁いだが、ここの妃嬪は、寵愛を受けることもなく、捨て置かれている。後宮の者は何をしているのか。韋荘は自分の愛婕が蜀王王建に召されたというのに、後宮にあがれば、寵愛を受けるとは限らないということである。

 

作品中では、女の孤独の理由を明確に説明する言葉はなく、状況の羅列である。「春漏促」待ち侘びての毎日,過ぎ去る春の世は日ごとに短くなっていく。寵愛を受ける気持ちを募らせる句である。「金燼暗挑殘燭。」蝋燭の芯と、自分の若さを詠うもので侘しさを云うものである。「一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。」浅い眠り、夢も、断片、断片でしかない。諦めるしかないというせつな感をあらわす。「有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。」美しいうえに色香、妖艶である。「閒抱琵琶尋舊曲」寂しく伝説の琴曲をひく王昭君を連想させる。「遠山眉黛綠。」このくは、美人の中の美人ということであり、王昭君の逸話と考え併せて、片や、絶世の美人であって、異国へ嫁ぎ、片や、絶世の美人が高級の奥深い所でひっそりとせておかれている。

 

唐の教坊の曲『花間集』には五首所収。韋莊の作は二首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句四灰韻、後段二十四字四句四仄韻で、詞形である。

春漏  金燼暗挑殘
一夜簾前風撼  夢魂相斷
有個嬌嬈如  夜夜繡屏孤宿
閒抱琵琶尋舊  遠山眉黛 

  
  
  
  

 

春漏促,金燼暗挑殘燭。

寵愛を失って何度も春を迎える、春の夜は日増しに短くなり、過ぎゆく時がはやく流れてゆく、それでも寵愛を受ける準備だけはしているから、眠りにつくことが出来ず、うとうとして、また灯火陰りさびれている灯心をかきたてる。

・春漏促 春の夜は日ごとに短くなってゆく。寵愛を受けることだけで生きる妃賓にとって、夜は眠れない。うとうとしていると夜がしらけて來る。漏は水時計で、妃嬪という地位にしかないということ。ここでは時間のこと。春の夜なのに蝋燭の芯を斬らねばならない無情感。

・金慮暗挑残燭 灯火の芯が燃え尽き暗くなり、明るくするために残りの芯をかき立てること。:損なわれる、さびれる。

 

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

春も過ぎたある夜、誰か来たのかと簾の前に立って外を見ると風が吹き、竹は揺れているだけである、もういまは、見る夢にさえも、あのおかたは途切れ途切れにでてくるだけになった。

・夢魂 夢。魂夢とも言ぅ。あたかも夢のようにぼんやりとした心持を云う。

 揺さぶる,揺らす撼揺さぶる.「蚍蜉撼大羽アリが大木を揺さぶろうとする

 

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

それでも一人の妃嬪はここにあり、宝玉のように麗しく艶やかな女である、ただ、夜ごと夜ごとに屏風を用意して、その陰に独り寝しているだけなのだ。

・個/ 一箇に同じ。俗語。人を数える単位。一人。謙遜語。

・嬌嬈 艶やかなさま。若さだけで、覚悟もしていない頃に、寵愛を受けた、今は、妖艶になり、覚悟もできているのに、寵愛を受けることが無い女性、しかし、寵愛を受けるための努力をしている姿を連想させる。

 

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

しずかに琵琶を抱いて懐かしき曲を奏でてみると、妃嬪であって、遠い異国に一人で嫁いだ王昭君を連想する、此処の妃嬪も、美しい顔に、白いお化粧に眉を緑にえがいてまだこんなにも美しい。

・閒抱琵琶 寂しさに堪えしずかに琵琶を抱いて爪弾く。閑は他にすることがなく、まともに引くのではなく、ツン、ツンとはじくというほどの意。「琵琶抱き、舊曲」というと、王昭君を連想させる。

・尋旧曲 昔から伝わった音楽の曲、また聞いた曲。南朝陳徐陵《折楊柳》詩「江陵有舊曲,洛下作新聲。」宋 姜夔 《琵琶仙》詞「雙槳來時,有人似舊曲桃根 桃葉 。」韋莊『荷葉杯 其一』「絶代佳人難得、傾国。花下見無期。一雙愁黛遠山眉、不忍更思惟。  閒掩翠屏金鳳、残夢。羅幕畫堂空。碧天無路信難通、惆悵舊房櫳。」。

・遠山眉 女性の美しい眉を言う。

・遠山黛 女性の美しい眉を言う。

・黛綠 黛の色が青い。美人の形容。韓愈《八讀巻四09 送李愿歸盤谷序》「粉白黛綠者,列屋而閒居。」

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》二巻50-〈100〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5702

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》二巻50-100〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5702

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『南子』十八首

 

 

作者



初句7字

 

 

韋荘

巻二

望遠行一

欲別無言倚畫屏

 

 

李珣

巻十

望遠行二首其一

春日遲遲思寂寥

 

 

巻十

望遠行二首其二

露滴幽庭落葉時

 

 

 

 

 

 

 

 

韋莊:

望遠行

欲別無言倚畫屏,含恨暗傷情。

謝家庭樹錦雞鳴,殘月落邊城。

人欲別,馬頻嘶,綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋,雲雨別來易東西。

不忍別君後,卻入舊香閨。

 

李珣:

望遠行二首其一

春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。

時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。

休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。

同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。

 

望遠行二首其二

露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。

玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。

屏半掩,枕斜欹,淚無言對垂。

吟蛩斷續漏頻移,入明月鑒空帷。

 

 

(旧解)

望遠行

(あの人のことを遠くに望む歌)

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

別れをしようというころ、言葉なくこの部屋の絵屏風に身を寄せるだけで、恨みを抱き人知れず心悲しむだけなのです。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

折しも豪邸の謝家のような庭の樹に錦鶏は時を告げます、名残の月は田舎の町の城壁にまさに落ちています。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

あの人は去ってゆこうとしています、馬はしきりに声高く鳴いています。花が咲く前のエンジュの大樹か千里にわたって植わっている堤がながくつづいています。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。

不忍別君後、却入旧香閏。

忍ぶことができないことはこのひとが去った後は、このひとと過ごした閏に入るだけなのですが、それがつらいことなのです。

 

(望遠行)

別れんと欲して 言 無く 画屏に倚る、恨みを含みて 暗に情を傷ましむ。

謝家の庭樹 錦鶏 鳴き、残月 辺城に落つ。

人 別れんと欲し、馬 頻に嘶く、緑槐 千里の艮堤。

門を出づれば 芳草 路に妻萎たり、雲雨 別れてより來 東西なり易し。

忍びず 君と別れし後、却って旧の香閨に入るに。

 

 

(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》
望遠行

(韋莊が蜀主王建に愛妾を奪われた、その前夜過ごして夜明け前に別れた、人には別れはつきものであるし、別れれば自由に行動できると自分を慰めて詠う。)

欲別無言倚畫屏,含恨暗傷情。

あの日のことを思い出すと、お別れをせねばならないけれど、言葉にならないままに この部屋の絵屏風をかたづけて壁側に寄せる、もう会えないのかと思うと恨みを抱き人知れず心悲しみ、心は傷ついた。

謝家庭樹錦雞鳴,殘月落邊城。

それでも、別れを告げ、この家を去る、庭の樹に錦鶏は夜明け時を告げる、名残の月は蜀の辺境の城樓にまさに落ちはじめていた。

人欲別,馬頻嘶,綠槐千里長堤。

人が去ってゆけば、そんな時の馬はしきりに声高く鳴くものだ。進む道には、緑の葉を付けた槐の大樹か千里にわたって植わっている長堤がつづいているように、捨てたものではない。

出門芳草路萋萋,雲雨別來易東西。

そそれに、門を出れば、道に芳草若草が勢いよく茂るように女はいるものだ、巫山の神女と夢の中で情を交わした「朝雲暮雨」であっても、逢えば別れはつきもの、雲は東西に分かれ、雨は、長江の流れに東に下って去って行くのは当たり前のこと、それに自由に行動できるというものだ。

不忍別君後,卻入舊香閨。

誰でもそうだろう、問題は堪忍ぶことができないことがあるのは、愛する君とわかれた後、二人で過ごした香が残る閏に入ることであろう。

 

隋堤01
 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-21韋荘99《巻2-49 淸平樂四首 其四》二巻49-〈99〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5697

(改訂版)-21韋荘99《巻2-49 淸平樂四首 其四》  去って行った小路も香りと舞い起した塵はそのままにして決して掃除をしない。それで誰もがするのは、掃除をすると、すなわち、劉郎は去ってしまい、帰って来るのが遅くなるばかりか還らないことになるからと縁起を担いでいるという。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-21韋荘99《巻2-49 淸平樂四首 其四》二巻49-99〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5697

 

 

(旧解)

清平楽四首 其四

(世の中が清らかに治まっていることを詠う詩譜)その四

鴬啼残月、綉閣香燈滅。

鴬が啼いて春を告げてくれたと思ったら、もう春の月も10日をきろうとしている。今宵も待ち侘びてきれいな楼閣にも香を焚くのも、燈火も消えてしまうまで眠れない。

門外馬嘶郎欲別、正是落花時節。

この家の門の外で馬が嘶くとあの人は別れたいといったのです。それはまさに、今と同じ、満開の花が散っていく時期のことでした。

 

妝成不畫蛾眉、含愁濁倚金扉。

お迎えする化粧を整えてあの時の様な遠山の眉を書く気にはなれないのです。いろんなことを考えながら、ただ一人で金色に飾られたあの人が入って來る扉に倚りかかるのです。

去路香塵莫掃、掃即郎去歸遅。

去って行った道も香の残りと舞い起した塵はそのままにしているので決して掃き掃除をしてはいけないのです。掃除をしてしまうと、すなわち、あの人があの女のもとを去って私のもとに帰って來るのが遅くなるような気がするのです。

(淸平樂四首 其四) 

鴬啼き月残り 綉閣は香燈滅ゆ。

門外に馬の嘶けば郎は別れんと欲す、正に是れ落花の時節。

妝成るも蛾眉を畫かず、愁いを含んで濁り金扉に倚る。去る路の香塵は掃くことなかれ、掃けば即ち郎去りて歸ること遅からん。

花間集
 

(改訂版)-18韋荘96《巻2-46 淸平樂其四其一》

淸平樂其四其一

(蜀である時まで一緒に過ごした美人は召し上げあげられて、後宮の清平楽の生活だ、しかし、雨が降る度、楽しい日々が思い出される、「あたしが住んでいるところは、青々と茂ったエンジュの木陰のところ」と言っていたが、今は何処にいると詠う。)その一

何處遊女,蜀國多雲雨。

好きだったあの游女はどこにいったのだろうか。蜀の国に降る雨は「朝雲暮雨」の言い伝えどおり雨が多いのは、巫女の化身だからだ。

雲解有情花解語,窣地綉羅金縷。

あの時、雲となる男としては情を解して、花である美人はその言葉から情を理解して惚れあった。それからは、金糸の女の身にまとう衣装を脱がせ、突然と風音が地を這っても一緒であった。

妝成不整金鈿。含羞待月鞦韆。

美人だから、お化粧、身繕いができあがったはずなのにあわてて金の髪飾りがゆがんでいるのがかわいかったし、はじらいながら月の出を待つように、ブランコで遊んでまっていたものだ。

住在綠槐陰裏,門臨春水橋邊。

「あたしが住んでいるところは、青々と茂ったエンジュの木陰のところ。」といっていた。そして門から望む景色は春のぞうすいした川の流れに橋のあたりに面しているところだった。

(淸平樂四首其一)

何處にか 遊女ある,蜀國は雲雨多し。

雲は情する有るを解し 花は語を解す,窣地【そつち】 綉羅 金縷。

妝【よそほ】い成るも金鈿整はず。羞いを含み月を鞦韆に待つ。

綠槐の陰裏に住む在り,春水の橋邊に門臨す。

 

(改訂版)-19韋荘97《巻2-47 淸平樂其四其二》

淸平樂其四其二

(世の中が清らかに治まっていることを詠う詩譜:寵愛を失って幾度も過ぎる春を見替えやがてその春も過ぎゆき、秋風が胡弓琴の音に聞こえると詠う)

野花芳草,寂寞關山道。

寵愛を失ってもう何度目の春だろうか、野に花が咲き、かぐわしい草花は大地に繁る。この景色も、ここに続く道ももうふるさととなっている。春が巡って、また一年歳が流れてゆく、寂しい春を過ぎてゆく。 

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

ヤナギの垂れ枝が黄金色の新芽を出し、ウグイスが春を告げ、一人で過ごす春は早く過ぎ去ってゆく。それでも、寵愛を受ける準備はするだけに、かなしくうらめしい思いはつのるばかり、香を焚いて準備する閨は、重苦しくひそかに老いてゆく。

羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。

羅帶のなかには同心結をぬいこんでいるだけに悔やまれてならない。ほかのことを考えるとこは許されないから、ひとり、窓の朱色の欄干に独りでもたれかかり、遠くの景色を見やって深く思いを巡らす。

夢覺半床斜月,小窗風觸鳴琴。

眠りに付けず、うとうとして夢から目覚めると、半ばまで牀を照らす斜めに落ち掛けた月がら月光が射し込む。小窓に風がぬけると、瑟琴に触れて鳴らしたようにきこえてくる。 

(淸平樂其四其の二)

野花 芳草,寂寞たる 關山の 道。

柳は金絲を吐き 鶯語は早【いそ】ぎ,惆悵たり 香閨 暗かに老ゆる。

羅帶 「結同心」を悔み,獨り朱欄に凭れば思ひ 深し。

夢覺めば 半床の斜月,小窗 風觸りて琴を 鳴らす。

 

(改訂版)-20韋荘98《巻2-48 淸平樂其四其三》

淸平樂其四其三

淸平樂其四(公主は王孫の帰りを待つが、もう何年も期待を裏切られる、しかし、世の中には、帰って来る人も帰りを待つ人も、どちらも期待を裏切られている人々は多くいるものだと詠う詩譜)その三

春愁南陌。故國音書隔。

春には帰ると約束したから、春には正面の門に注目するけれどそれは愁いを増すばかり、公主へ音信がないばかりか、故国への音沙汰も途絶えてしまったという。

細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。

春の長雨がしとしとと降り、梨の花が細雨に濡れている季節もすぎ、ツバメが飛び交い、美しい窓のカーテンの金の装飾や縫いとりのある立派な簾額の側を払って飛んでいるのも過ぎる。  

盡日相望王孫, 塵滿衣上涙痕。

それでも一日中、王孫の帰ってくるのを眺め待ちのぞむ、帰ってきたら着替えしようと畳んでおいてある着物の上に塵が積もり、着ている上衣は涙の痕が一杯ついてしまった。

誰向橋邊吹笛, 駐馬西望消魂。

船で帰るひとを見ていると、誰かが橋のたもとを向いて、笛を吹いている。馬で帰る人がそこにとどめていて、帰らぬ人を待って西の方を望んでいる、帰った人蛾待ち人がいない、邀人には帰ってこない、そこには通い合う情は消え去っている。

(淸平樂其四其三)

春愁の 南陌。故國 音書隔つ。

細雨 霏霏として 梨花白し。燕は畫簾 金額を拂ふ。

盡日 王孫相ひ望み,塵は衣上の涙痕に滿つ。

誰か 橋邊に向いて 笛を吹く,馬を駐【とど】めて 西を望みて消魂す。

 

(改訂版)-21韋荘99《巻2-49 淸平樂四首 其四》

清平楽 其四

(妃嬪は、寵愛を受ける事だけを考えてただ準備をして待つだけで、別れた時の状態をそのまま残し、縁起を担いで待っていると詠う詩譜)その四

鴬啼残月、綉閣香燈滅。

あれほど来ると約束した春を、鴬が告げてくれたのに、もう春の月も10日をきろうとしている。寵愛を受ける準備を整え、きれいな御殿閣に香も、燈火も消えても眠れない。

門外馬嘶郎欲別、正是落花時節。

御殿の門の外で馬が嘶く、あのお方は別れていこうとしたときのことである。それはまさに、今とこの春と同じ、満開の花が散っていく時期のことだった。

妝成不畫蛾眉、含愁濁倚金扉。

妃嬪はお迎えする化粧を整えはするけど、あの時の様な遠山の眉を書けない。いろいろと愁えていて、ただ一人で正面の金色に飾られた扉に倚りかかる。

去路香塵莫掃、掃即郎去歸遅。

去って行った小路も香りと舞い起した塵はそのままにして決して掃除をしない。それで誰もがするのは、掃除をすると、すなわち、劉郎は去ってしまい、帰って来るのが遅くなるばかりか還らないことになるからと縁起を担いでいるという。

淸平樂四首 其の四

鴬啼き 月残り 綉閣は香燈 滅ゆ。

門外 馬嘶いて 郎 別れんと欲す、正に是れ 落花の時節。

妝成るも 蛾眉を畫かず、愁いを含んで濁り金扉に倚る。

去る路の香塵 掃くことなかれ、掃けば即ち 郎去り 歸り遅【や】まん。

 

花蕊夫人006
 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-20韋荘98《巻2-48 淸平樂其四其三》二巻48-〈98〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5692

(改訂版)-20韋荘98《巻2-48 淸平樂其四其三》船で帰るひとを見ていると、誰かが橋のたもとを向いて、笛を吹いている。馬で帰る人がそこにとどめていて、帰らぬ人を待って西の方を望んでいる、帰った人蛾待ち人がいない、邀人には帰ってこない、そこには通い合う情は消え去っている。

 

 
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46 《0531 (改訂)從仕》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1341> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5689 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-43-#3奉節-34-#3 《巻16-06 八哀詩八首〔四〕贈太子太師汝陽郡王璡 -3》 杜甫index-15 杜甫<906-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5690 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-20韋荘98《巻2-48 淸平樂其四其三》二巻48-98〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5692 

 

 

(旧解)

淸平樂

(世の中が清らかに治まっていることを詠う詩譜)その三

春愁南陌。故國音書隔。

また来た春も愁いが募るばかり、表の通りもそうなのです。ふるさとの親族知人もなくなり、だれからの手紙が途絶えてしまったのです。

細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。

春の長雨がしとしとと降り、梨の花が細雨に濡れているのは、むかし色白の美貌であった女性が春に涙を流すのです。ツバメが飛び交い、美しい窓のカーテンの金の装飾や縫いとりのある立派な簾額の側を払って飛んでいます。 

 

 盡日相望王孫, 塵滿衣上涙痕。 
一日中、王孫の帰ってくるのを眺め待っていて、塵があの人が来ると着ていた衣の上に涙がおちて痕が一杯ついてしまっている。

誰向橋邊吹笛, 駐馬西望消魂。

誰が橋のたもとで向こうを向いて、笛を吹いているのでしょうか。柳のたもとに馬をとどめて、西の方を眺めて、私のもとへは誰も来ないから深く悲しんで沈んでしまいます。

  

淸平樂 (三)

春愁の 南陌。故國 音書隔つ。

細雨 霏霏として 梨花白し。燕は畫簾 金額を拂ふ。

 盡日 王孫相ひ望み,塵は衣上の涙痕に滿つ。

 誰か 橋邊に向いて 笛を吹く,馬を駐【とど】めて 西を望みて消魂す。

 

 

(改訂版)-20韋荘98《巻2-48 淸平樂其四其三》

淸平樂其四其三

淸平樂其四(公主は王孫の帰りを待つが、もう何年も期待を裏切られる、しかし、世の中には、帰って来る人も帰りを待つ人も、どちらも期待を裏切られている人々は多くいるものだと詠う詩譜)その三

春愁南陌。故國音書隔。

春には帰ると約束したから、春には正面の門に注目するけれどそれは愁いを増すばかり、公主へ音信がないばかりか、故国への音沙汰も途絶えてしまったという。

細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。

春の長雨がしとしとと降り、梨の花が細雨に濡れている季節もすぎ、ツバメが飛び交い、美しい窓のカーテンの金の装飾や縫いとりのある立派な簾額の側を払って飛んでいるのも過ぎる。  

盡日相望王孫, 塵滿衣上涙痕。

それでも一日中、王孫の帰ってくるのを眺め待ちのぞむ、帰ってきたら着替えしようと畳んでおいてある着物の上に塵が積もり、着ている上衣は涙の痕が一杯ついてしまった。

誰向橋邊吹笛, 駐馬西望消魂。

船で帰るひとを見ていると、誰かが橋のたもとを向いて、笛を吹いている。馬で帰る人がそこにとどめていて、帰らぬ人を待って西の方を望んでいる、帰った人蛾待ち人がいない、邀人には帰ってこない、そこには通い合う情は消え去っている。

 

唐 長安図 基本図00
 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-19韋荘97《巻2-47 淸平樂其四其二》二巻47-〈97〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5687

(改訂版)-19韋荘97《巻2-47 淸平樂其四其二》(世の中が清らかに治まっていることを詠う詩譜:寵愛を失って幾度も過ぎる春を見替えやがてその春も過ぎゆき、秋風が胡弓琴の音に聞こえると詠う)寵愛を失ってもう何度目の春だろうか、野に花が咲き、かぐわしい草花は大地に繁る。この景色も、ここに続く道ももうふるさととなっている。春が巡って、また一年歳が流れてゆく、寂しい春を過ぎてゆく。 

 

 
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200 《巻5-8 君馬黃 (君馬黃,)》Index-12 Ⅱ―7 -732年開元二十年32歳 12首 <200> Ⅰ李白詩1426 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5678 
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45 《0308 雉帶箭》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1340> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5684 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-43-#2奉節-34-#2 《巻16-06 八哀詩八首〔四〕贈太子太師汝陽郡王璡 -2》 杜甫index-15 杜甫<906-2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5685 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-19韋荘97《巻2-47 淸平樂其四其二》二巻47-〈97〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5687 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩花間集(6)花間集(7)花間集(8)花間集(9)花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-19韋荘97《巻2-47 淸平樂其四其二》二巻47-97〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5687

 

 

 

 

花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

 

溫助教庭筠

巻二

(改)樂二首其一

上陽春晚,宮女

 

 

巻二

(改)清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳

 

 

韋荘(韋相莊)

巻二

清平樂四首其一

春愁南陌,故國

 

 

巻二

清平樂四首其二

野花芳草,寂寞

 

 

巻二

清平樂四首其三

何處游女,蜀國

 

 

巻二

清平樂四首其四

鶯啼殘月,繡閣

 

 

孫少監光憲

巻八

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是

 

 

巻八

清平樂二首其二

等閑無語,春恨

 

 

毛秘書熙震

巻九

清平樂一首

春光欲暮,寂寞

 

 

 

 

(旧解)

淸平樂

(世の中が清らかに治まっていることを詠う詩譜)その二

野花芳草,  寂寞關山道。

春の野原の草花はかぐわしく大地に春が巡ってきます。ふるさとへつづく山道は、もの寂しく大地に春が巡ってくれば、また一年歳が流れ、わたしはまた寂しい春を過ごしてゆくのです。 

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

ヤナギが黄金色の新芽を出し、ウグイスが春を告げますが一人で過ごす春は早く過ぎ去ってゆきます。うらめしい思いはつのるばかり、女だけの部屋で、時の流れのままにひそかに老いてゆくのです。

羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。

あの頃、羅帶を同心結にして、永遠の愛を誓ったことが悔やまれてなりません。窓の朱色の欄干に独りでもたれかかり、遠くを見やって深く思いを巡らすのです。 

夢覺半床斜月,小窗風觸鳴琴。

夢から目覚めて、ベッドの半ばまで斜めになった位置に来た月光が射し込んでいます。小窓から風がぬけてきて、琴に触れて鳴らしたようです。  

 

(淸平樂)

野花 芳草,寂寞たる  關山の 道。

柳は金絲を吐き鶯語は早く,惆悵たり香閨に暗かに 老ゆるを。

羅帶に同心を結べるを悔み,獨り朱欄に凭れば思ひ 深し。

夢より覺むれば半床に斜月,小窗より風觸りて琴を 鳴らす。

 

(改訂版)-18韋荘96《巻2-46 淸平樂其四其一》

淸平樂其四其一

(蜀である時まで一緒に過ごした美人は召し上げあげられて、後宮の清平楽の生活だ、しかし、雨が降る度、楽しい日々が思い出される、「あたしが住んでいるところは、青々と茂ったエンジュの木陰のところ」と言っていたが、今は何処にいると詠う。)その一

何處遊女,蜀國多雲雨。

好きだったあの游女はどこにいったのだろうか。蜀の国に降る雨は「朝雲暮雨」の言い伝えどおり雨が多いのは、巫女の化身だからだ。

雲解有情花解語,窣地綉羅金縷。

あの時、雲となる男としては情を解して、花である美人はその言葉から情を理解して惚れあった。それからは、金糸の女の身にまとう衣装を脱がせ、突然と風音が地を這っても一緒であった。

妝成不整金鈿。含羞待月鞦韆。

美人だから、お化粧、身繕いができあがったはずなのにあわてて金の髪飾りがゆがんでいるのがかわいかったし、はじらいながら月の出を待つように、ブランコで遊んでまっていたものだ。

住在綠槐陰裏,門臨春水橋邊。

「あたしが住んでいるところは、青々と茂ったエンジュの木陰のところ。」といっていた。そして門から望む景色は春のぞうすいした川の流れに橋のあたりに面しているところだった。

(淸平樂四首其一)

何處にか 遊女ある,蜀國は雲雨多し。

雲は情する有るを解し 花は語を解す,窣地【そつち】 綉羅 金縷。

妝【よそほ】い成るも金鈿整はず。羞いを含み月を鞦韆に待つ。

綠槐の陰裏に住む在り,春水の橋邊に門臨す。

 

(改訂版)-19韋荘97《巻2-47 淸平樂其四其二》

淸平樂其四其二

(世の中が清らかに治まっていることを詠う詩譜:寵愛を失って幾度も過ぎる春を見替えやがてその春も過ぎゆき、秋風が胡弓琴の音に聞こえると詠う)

野花芳草,寂寞關山道。

寵愛を失ってもう何度目の春だろうか、野に花が咲き、かぐわしい草花は大地に繁る。この景色も、ここに続く道ももうふるさととなっている。春が巡って、また一年歳が流れてゆく、寂しい春を過ぎてゆく。 

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

ヤナギの垂れ枝が黄金色の新芽を出し、ウグイスが春を告げ、一人で過ごす春は早く過ぎ去ってゆく。それでも、寵愛を受ける準備はするだけに、かなしくうらめしい思いはつのるばかり、香を焚いて準備する閨は、重苦しくひそかに老いてゆく。

羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。

羅帶のなかには同心結をぬいこんでいるだけに悔やまれてならない。ほかのことを考えるとこは許されないから、ひとり、窓の朱色の欄干に独りでもたれかかり、遠くの景色を見やって深く思いを巡らす。

夢覺半床斜月,小窗風觸鳴琴。

眠りに付けず、うとうとして夢から目覚めると、半ばまで牀を照らす斜めに落ち掛けた月がら月光が射し込む。小窓に風がぬけると、瑟琴に触れて鳴らしたようにきこえてくる。 

(淸平樂其四其の二)

野花 芳草,寂寞たる 關山の 道。

柳は金絲を吐き 鶯語は早【いそ】ぎ,惆悵たり 香閨 暗かに老ゆる。

羅帶 「結同心」を悔み,獨り朱欄に凭れば思ひ 深し。

夢覺めば 半床の斜月,小窗 風觸りて琴を 鳴らす。

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-18韋荘96《巻2-46 淸平樂其四其一》二巻46-96〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5682

 

 

(旧版)

清平楽

(世の中が清らかに治まっていることを詠う詩譜)

何處遊女,蜀國多雲雨。

あの遊女はどこにいるのだろうか。蜀の国に降る雨は「巫山雲雨」の言い伝えどおりに多情のものである。

雲解有情花解語,窣地綉羅金縷。

雲となる男は情を解して、花はおんなでその言葉がわかる。金糸の女の身にまとう衣装であるくと突然と風音のもの寂しさが地を這う。

 

妝成不整金鈿。含羞待月鞦韆。

お化粧、身繕いができあがったはずなのにあわてたからか金の髪飾りがゆがんでいる。それでもはじらいながら月の出を待つ、ブランコで女は遊んでいる。

住在綠槐陰裏,門臨春水橋邊。

「あたしは、青々と茂ったエンジュの木陰のところに住んでいる。」いっていた。門から望む景色は春のぞうすいした川の流れに橋のあたりに面しているものなのだ。

 

淸平樂

何處にか 遊女,蜀國雲雨多し。

雲は情を有し花は語を解す,地を窣(さらさら)たる  綉羅 金縷。

 

妝【よそほ】い成るも金鈿整はず。羞いを含み月を鞦韆に待つ。

綠槐の陰裏に住む在り,春水の橋邊に門臨す。

 

(改訂版)-18韋荘96《巻2-46 淸平樂其四其一》

淸平樂其四其一

(蜀である時まで一緒に過ごした美人は召し上げあげられて、後宮の清平楽の生活だ、しかし、雨が降る度、楽しい日々が思い出される、「あたしが住んでいるところは、青々と茂ったエンジュの木陰のところ」と言っていたが、今は何処にいると詠う。)その一

何處遊女,蜀國多雲雨。

好きだったあの游女はどこにいったのだろうか。蜀の国に降る雨は「朝雲暮雨」の言い伝えどおり雨が多いのは、巫女の化身だからだ。

雲解有情花解語,窣地綉羅金縷。

あの時、雲となる男としては情を解して、花である美人はその言葉から情を理解して惚れあった。それからは、金糸の女の身にまとう衣装を脱がせ、突然と風音が地を這っても一緒であった。

妝成不整金鈿。含羞待月鞦韆。

美人だから、お化粧、身繕いができあがったはずなのにあわてて金の髪飾りがゆがんでいるのがかわいかったし、はじらいながら月の出を待つように、ブランコで遊んでまっていたものだ。

住在綠槐陰裏,門臨春水橋邊。

「あたしが住んでいるところは、青々と茂ったエンジュの木陰のところ。」といっていた。そして門から望む景色は春のぞうすいした川の流れに橋のあたりに面しているところだった。

 

(改訂版)-18韋荘96《巻2-46 淸平樂其四其一》 

『淸平樂』() 現代語訳と訳註

 (本文)

清平楽

何處遊女,蜀國多雲雨。

雲解有情花解語,窣地綉羅金縷。

妝成不整金鈿。含羞待月鞦韆。

住在綠槐陰裏,門臨春水橋邊。

 

 

(下し文)

淸平樂

何處にか 遊女ある,蜀國は雲雨多し。

雲は情する有るを解し 花は語を解す,窣地【そつち】 綉羅 金縷。

 

妝【よそほ】い成るも金鈿整はず。羞いを含み月を鞦韆に待つ。

綠槐の陰裏に住む在り,春水の橋邊に門臨す。

 

 

(現代語訳)

(蜀である時まで一緒に過ごした美人は召し上げあげられて、後宮の清平楽の生活だ、しかし、雨が降る度、楽しい日々が思い出される、「あたしが住んでいるところは、青々と茂ったエンジュの木陰のところ」と言っていたが、今は何処にいると詠う。)

好きだったあの游女はどこにいったのだろうか。蜀の国に降る雨は「朝雲暮雨」の言い伝えどおり雨が多いのは、巫女の化身だからだ。

あの時、雲となる男としては情を解して、花である美人はその言葉から情を理解して惚れあった。それからは、金糸の女の身にまとう衣装を脱がせ、突然と風音が地を這っても一緒であった。

美人だから、お化粧、身繕いができあがったはずなのにあわてて金の髪飾りがゆがんでいるのがかわいかったし、はじらいながら月の出を待つように、ブランコで遊んでまっていたものだ。

「あたしが住んでいるところは、青々と茂ったエンジュの木陰のところ。」といっていた。そして門から望む景色は春のぞうすいした川の流れに橋のあたりに面しているところだった。

 

(訳注) (改訂版)-18韋荘96《巻2-46 淸平樂其四其一》

淸平樂

(世の中が清らかに治まっていることを詠う詩譜)

詞譜の一。詞の形式名。双調。四十六字。平韻相互の換韻。花間集巻第二所収。

春になって、行楽しようとたずねてみたが女はどこ得行ったのか黙って居なくなっている。残されたのは衣擦れの音と増水した川に架かる橋だけであった。

 

何處遊女、蜀國多雲雨。

好きだったあの游女はどこにいったのだろうか。蜀の国に降る雨は「朝雲暮雨」の言い伝えどおり雨が多いのは、巫女の化身だからだ。

・何處:どこにいるのか。

・遊女:あそびめをさすが、蜀、雲雨を受けて、巫女、巫山の道教の祠には、生活のため生きていくため、女性が集まって売春を行った。その中にはアイドル的女冠子、巫女、もいた。

・蜀國:蜀の国。ここの巫山県の東部に巫山がある。「巫山雲雨」で男女の交情をいう。現・四川省のこと。

・多雲雨:多情である。雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

・無覓處:探しようがない。漂いやがて消えてゆくガスのような雲なので、探しようがない。

 

雲解有情花解語,窣地綉羅金縷。

あの時、雲となる男としては情を解して、花である美人はその言葉から情を理解して惚れあった。それからは、金糸の女の身にまとう衣装を脱がせ、突然と風音が地を這っても一緒であった。

・花解語:花は言葉がわかる。美しい女性を暗示している。婉約詞では、美しい女性を「解語花」(言葉を解する花)という。

・雲解有情花解語:雲は男の情で、それを解して花はおんなの言葉で、情が深くてやさしく美しい女性たちはよくわかる。

・窣地:突然と風音のもの寂しさが地を這うところから、にわかに、突然。

・綉羅:ぬいとりのあるうすぎぬ。女性の身にまとう衣装の布地。

・金縷:金糸の(刺繍)。

 

妝成不整金鈿。含羞待月鞦韆。

美人だから、お化粧、身繕いができあがったはずなのにあわてて金の髪飾りがゆがんでいるのがかわいかったし、はじらいながら月の出を待つように、ブランコで遊んでまっていたものだ。

・妝成:よそおいがなる。身繕いができあがる。

・不整金鈿:金のかんざしなどの髪飾りがゆがんで。

ここは白居易の「長恨歌」の「雲鬢半偏新睡覺,花冠不整下堂來。」をふまえていよう。

・含羞:はじらいながら。

・待月:月の出を待つ。明るくなるのを待つ。ここでは月はおんなをいみするので「待女()」意味になる。

・鞦韆:ブランコ。妓女の遊具。

 

 

住在綠槐陰裏,門臨春水橋邊。

「あたしが住んでいるところは、青々と茂ったエンジュの木陰のところ。」といっていた。そして門から望む景色は春のぞうすいした川の流れに橋のあたりに面しているところだった。

・住在:…に住んでいる。

・綠槐陰裏:青々と茂ったエンジュの木陰で。裏:なかで。男が女の棲んでいるところに通うのが当時の情交の基本であって、どこを探しても女がいない。増水した水の揺れを男女の情交として見ている。

・門臨:門は…に面している。

・春水橋邊:雪解けの水が増水している春の川の流れに架かった橋のたもと。春水は男女の思いと情交を比喩するものである。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-17韋荘95《巻2-45 荷葉杯二首其二》二巻45-〈95〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5677

(改訂版)-17韋荘95《巻2-45 荷葉杯二首其二》(初めて娘と話をし、好きになったけれど、美しい娘は後宮に召されるということで別れてしまったそれからというもの音信不通のまま逢うことはできないと詠う。)あの年、花かげのもとで酒宴を楽しんだことを忘れることはない、それは深夜につづいた。その時、はじめて娘に声をかけ、話をして好きになった。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-17韋荘95《巻2-45 荷葉杯二首其二》二巻45-95〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5677

 

 

(旧版)

荷葉杯 其二

記得那年花下。 深夜。

忘れもしない、あの年、花かげのもとで、それは深夜のことでした。

初識謝娘時。

「はじめて乙女を知った時」といっていました。 

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

池のほとりの座敷の西側のところで、えすだれを垂れたその中で、手を携えて夜を過ごし、暗黙の内に次の情事の思いをきめたのです。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

かなしくい嘆かわしいことに、あかつきの鷺がなき、名残の月が別れの月に変わって別れたのです。

從此隔音塵。

それ以来、音信は絶えてしまったのです。 

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

今は二人とも異郷の人となってしまい、逢おうとしてももはやそのよしもなくなってしまいました。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-16韋荘94《巻2-44 荷葉杯二首 其一》二巻44-〈94〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5672

(改訂版)-16韋荘94《巻2-44 荷葉杯二首 其一》(絶世の美人を後宮に召した国は必ず頽廃し、傾国する。美女を送り出したものは思い偲んで、空虚な生活になると詠う。)古来、国中に収集組織を作って集めても、絶世の美人というのは簡単に得られるものではなく、無理に集めて得たとしても、ほとんどその国は頽廃し、国を傾けている。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-16韋荘94《巻2-44 荷葉杯二首 其一》二巻44-94〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5672

 

 

荷葉杯というのは教坊曲で、秋、蓮をとる季節の乙女の心持を詠うものである。『花聞集』には韋莊の作が.二首収められている。双調五十字、前段二十五字五句二仄韻三平韻、後段二十五字五句二仄韻三平韻で❻❷⑤⑦⑤/❻❷⑤⑦⑤詞形をとる。

同題の溫庭筠 単調二十三字、六句四仄韻二平韻で、❻❷③❼❷③の詞形であり、顧夐の作、九首は、双調二十六字、前段八字二句二仄韻、後段十二字四句四平韻で、❷/⑤⑦③③の詞形をとり、三者三様の詞形としている。

荷葉杯 二首其一

絶代佳人難  
花下見無  一雙愁黛遠山
不忍更思

閒掩翠屏金 

羅幕畫堂
碧天無路信難  惆悵舊房

 

 

 ○▲


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『荷葉盃』十四首

 

 

作者



初句7字

 

 

溫助教庭筠

巻二14

(改訂)荷葉 三首 其一

一點露珠凝冷

 

 

巻二15

(改訂)荷葉盃 三首 其二

鏡水夜來秋月

 

 

巻二16

(改訂)荷葉盃 三首 其三

楚女欲歸南浦

 

 

韋荘(韋相莊)

巻二44

荷葉杯二首其一

絶代佳人難得

 

 

巻二45

荷葉杯二首其二

記得那年花下

 

 

(顧太尉

巻七22

荷葉盃首其一

春盡小庭花落

 

 

巻七23

荷葉盃九首其二

歌發誰家筵上

 

 

巻七24

荷葉盃九首其三

弱柳好花盡拆

 

 

巻七25

荷葉盃九首其四

記得那時相見

 

 

巻七26

荷葉盃九首其五

夜久歌聲怨咽

 

 

巻七27

荷葉盃九首其六

我憶君詩最苦

 

 

巻七28

荷葉盃九首其七

金鴨香濃鴛被

 

 

巻七29

荷葉盃九首其八

曲砌蝶飛煙暖

 

 

巻七30

荷葉盃九首其九

一去又乖期信

 

 

 

 

 

 

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-15韋荘93《巻2-43 應天長二首其二》二巻43-〈93〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5667

(改訂版)-15韋荘93《巻2-43 應天長二首其二》(寵愛を受けている時の約束も、それをうしなえば、男心が離れていくのは容易なことだ。こんな時でも、寵愛を受けるため思い続けていくと詠う。)「千萬結」と約束し、同心結を残してくれて、ちょっとだけ離れるだけだからということで、別れて半年たつというのに、消息をしらせることが断たれた。

 
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(改訂版)-14韋荘92《巻2-42 應天長二首其一》

應天長二首其一

應天長(寵愛を失っても妃嬪は、寵愛を受けていた時と同じように、待ち続けないといけない。しかしその生活は、世俗を断ち切った隠遁者の生活なのであると詠う。)その一

綠槐陰裏黄鶯語,深院無人春晝午。

青々と茂った槐の木陰で高麗鶯が啼いて春が来たことを告げる。九重の奥深い庭は静かで人気がなく、春の昼下がり何も変わらず過すだけだ。

畫簾垂,金鳳舞,寂莫綉屏香一。

美しく縫い取りをした簾を下ろす、簾の縫い取り模様の金の鳳が風に舞い動く。ひっそりと寂しげな閨の刺繍のある屏風のそばの香炉から煙が一筋たっている。

碧天雲,無定處,空有夢魂來去。

寄る辺がない、青空にある孤雲。昔、寵愛を受けていたことは、ただむなしく夢の中にいる夢の中だけに魂だけがやってくるだけになってしまった。

夜夜綠窗風雨,斷腸君信否。

それでも、夜毎、寵愛を受けるための準備をして待ち侘びる閨の窓辺には風とあめが吹きつける。このはらわたが切れるほどの深い嘆きを信じてくれるだろうか、いや、もうそれは期待できないことなのだ。

(應天長二首其の一)

綠槐 陰裏 黄鶯 語る。深院 人無く 春の 晝午【さが】り。

畫簾 垂らせば、金鳳 舞う。寂莫たり 綉屏 香 一【ひとすぢ】。

碧天の 雲,定める處 無し。空しく有る 夢魂の 來って去るを。

夜夜 綠窗に 風雨あり。斷腸せるを 君 信ずや否や。

 (旧版)

應天長 之二 韋莊

(應天長 その二)

別来半歳音書絶、一寸離腸千萬結。

貴方と別れてもう半年になろうとしている、音信は一切なくなっている。この間は全く性交できなくなったものの心はほんの少しも離れていないという「千萬結」と千年万年結ばれているといいかわしたのですから。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

いくら恋しい人であっても逢うのは難しく、別れるのは容易いことです。また、今年も玉の楼に雪のように花がふきちるころとなりました。

 

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

ひそかにあの人をこいしくおもっているけれど、わたしのこころのうちをうちあけるすべもないのです。夜になり、おぼろ月を仰いでは、かなしいおもいにとざされる。

想得此時情切、 涙沾紅袖

こんな思いのときのこころの切なさをしみじみと感じては、毎夜、涙がとめどなく紅の袖をしとどにぬらして、カビの斑点が出るくらいです。

 

應天長 之二 韋莊

別れ来りて半歳 音書【いんしょ】絶え、一寸 離腸して 千萬 結ぶ。

相い見る難く、相い別れるは易し、又是れ玉楼 花 雪に似たり。

 

相い思う暗く、虚しく説く無く、惆悵して夜来るは煙月なり。

想得るは此の時情切たり、涙沾うは紅袖の

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-14韋荘92《巻2-42 應天長二首其一》二巻42-92〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5662

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『應天長』 六首

 

 

作者



初句7字

 

 

韋荘(韋相莊)

0214

應天長 二首 其一 

綠槐陰裏黄鶯語

 

 

0215

應天長 二首 其二

別来半歳音書絶

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

0409

應天長二首 其一

玉樓春望晴煙滅

 

 

0410

應天長首 其二

雙眉澹薄藏心事

 

 

毛文錫(毛司徒文錫)

0532

應天長一首

平江波暖鴛鴦語

 

 

(顧太尉

0719

應天長一首

瑟瑟羅裙金線縷

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(旧版)

應天長  韋莊

(應天長)

綠槐陰裏黄鶯語深院無人春晝午。

青々と茂った槐の木陰でウグイスが春が来たことを告げてくれる。あの人を待つ奥深い庭は静かで人気がなく、春の昼下がりボーッと過す。

畫簾垂,金鳳舞。寂莫綉屏香一。

何気なく美しく縫い取りをしたカーテンを下ろす、カーテンの縫い取り模様の金の鳳が動く。寂しげな女性の部屋の縫い取りのある屏風のそばの香炉から煙が一筋たっている。

 

碧天雲,無定處。空有夢魂來去。

青空にある雲。寄る辺がない。恋しいあのひとはどこにいるのやら。わたしの所へは、ただむなしく夢の中にいる魂だけがやってくるだけ。

夜夜綠窗風雨,斷腸君信否。

夜毎、待ち侘びる女の部屋の窓辺には嵐が吹き荒びつづける。この深い嘆きをあのひとは信じてくれるだろうか。

 

(應天長)

綠槐 陰裏 黄鶯 語り。深院 人無く 春の 晝午【さが】り。

畫簾 垂らせば、金鳳 舞ひ。寂莫たる 綉屏に  香 一【すぢ】。

碧天の 雲, 定める處 無し。 空しく 夢魂の 來去 有るのみ。

夜夜 綠窗に 風雨ありて。 斷腸せるを 君 信ずや否や。

 

(改訂版)-14韋荘92《巻2-42 應天長二首其一》

應天長二首其一

應天長(寵愛を失っても妃嬪は、寵愛を受けていた時と同じように、待ち続けないといけない。しかしその生活は、世俗を断ち切った隠遁者の生活なのであると詠う。)その一

綠槐陰裏黄鶯語,深院無人春晝午。

青々と茂った槐の木陰で高麗鶯が啼いて春が来たことを告げる。九重の奥深い庭は静かで人気がなく、春の昼下がり何も変わらず過すだけだ。

畫簾垂,金鳳舞,寂莫綉屏香一。

美しく縫い取りをした簾を下ろす、簾の縫い取り模様の金の鳳が風に舞い動く。ひっそりと寂しげな閨の刺繍のある屏風のそばの香炉から煙が一筋たっている。

碧天雲,無定處,空有夢魂來去。

寄る辺がない、青空にある孤雲。昔、寵愛を受けていたことは、ただむなしく夢の中にいる夢の中だけに魂だけがやってくるだけになってしまった。

夜夜綠窗風雨,斷腸君信否。

それでも、夜毎、寵愛を受けるための準備をして待ち侘びる閨の窓辺には風とあめが吹きつける。このはらわたが切れるほどの深い嘆きを信じてくれるだろうか、いや、もうそれは期待できないことなのだ。

(應天長二首其の一)

綠槐 陰裏 黄鶯 語る。深院 人無く 春の 晝午【さが】り。

畫簾 垂らせば、金鳳 舞う。寂莫たり 綉屏 香 一【ひとすぢ】。

碧天の 雲,定める處 無し。空しく有る 夢魂の 來って去るを。

夜夜 綠窗に 風雨あり。斷腸せるを 君 信ずや否や。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-13韋荘91《巻2-41 歸國遙三首 其三》二巻41-〈91〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5657

(改訂版)-13韋荘91《巻2-41 歸國遙三首 其三》(富貴のものに嫁いだ、貴族門閥の女性が、自分の若さが失われていくように、貴族門閥の中でも時と共に寂しい思いをして行く様子を詠うもの その3

 

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-13韋荘91《巻2-41 歸國遙三首 其三》二巻41-91〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5657

 

 

封爵・食実封

唐代の命婦制度では、皇帝の姑母(父の姉妹)を大長公主、皇帝の姉妹を長公主といい、皇帝の娘を公主と称した。公主たちにはみな封号が与えられた。その封号は地名(国名の場合もあれば、郡名の場合もある)によるもの、たとえば代国公主、富国公主、平陽公主、東陽公主など、それに美称によるもの、たとえば太平公主、安楽公主などがあった。皇太子の娘を郡主と称し、また封号として新都郡主、義安郡主などの称号が与えられた。親王の娘を県主と称し、文安県主、東光県主などという封号が与えられた。

 命婦制とは高貴な身分の女性に授与する封号を定めたもの。皇帝の母や妃嬢等に対しては内命婦制が、公主など外朝の男に嫁した者に対しては外命婦制が定められていた。外命婦には国夫人、郡夫人、郡君、県君、郷君の五等級があった。

『新唐書』「諸帝公主伝」と『唐会要』「公主」 の項(以下この二書によるものは出典を省略)の記載によると、唐朝には全部で二二一人の公主がいた(この中には周辺異民族に降嫁させるために、特に公主に封ぜられた宗室の女性、たとえば文成公主などは含まれない)。郡主、県主がどれだけいたのかはわからない。これら公主、郡主、県主はみな皇族李氏の女性であったが、他に武則天の時代に武姓の女性や武則天の愛娘太平公主の娘が県主に封じられたこともあった。

 

公主たちの封号は一種の単なる栄誉の称号であって、何ら実際的な意味はなかった。彼女たちが封じられた国、郡とも何ら関係はなかった。彼女たちの実際の利益、経済収入は、いわゆる「食実封」 によるものである。食実封とは、国家が貴族にいくらかの農戸を封戸として給するものであり、貴族はその封戸から租・調の銭糧や布帛などを徴収して生活の資にした。一般的にいえば、公主が嫁に行く前は宮中での生活物資は、一切宮廷から支給された。降嫁して後は賜給された封戸が衣食の資となった。しかし、およそ玄宗の時代から、まだ嫁に行かない幼い公主にも封戸が賜給されるようになった。唐初の食封制度に照らすと、公主には三百戸が、長公主には最高六百戸が与えられた。高宗の時代になると、武則天の一人娘太平公主は大変な寵愛をうけたので、食封も定額を越え、武則天の周王朝の時には三千戸にもなった。後に中宗が即位すると、太平公主は功績によって五千戸に加増した。中宗の韋后が生んだ二人の娘安楽・長寧の両公主はそれぞれ食封三千戸と二千五百戸に加増し、腹ちがいの娘宜城公主等も二千戸に加増した。これは公主の食実封が最も多い時期である。容宗の時代になると、太平公主の権力が天下で最大となり封戸も一万戸に増え、唐朝の公主のなかで最高の額に達した。

玄宗の時代、公主たちの封戸がひじょうに多かったので、それを削減して長公主等は一千戸、公主は五百戸を限度にした。また与えられる封戸は壮丁(税を負担する成年男子)が一家に三人以内の戸とした(なぜなら、玄宗朝の前に太平公主と安楽公主は競争して、「財産が多く壮丁の多い」富戸を封戸として取り込んだからである)。それ以後、武恵妃が玄宗の寵愛をほしいままにしたので、その娘の成宜公主は一千戸の封戸を賜った。これによって他の公主も一千戸に加増され、以後、これがおよその定制となった。

 

公主たちは降嫁して後も、公主の食封を管理する役所である「公主邑司」を設け、令、丞、録事、主簿等の大小の役人を置いた。これらの役人は公主の封戸から税を取り、田園、倉庫、財物収入などを専門に管理した。玄宗の開元以前は、公主邑司と国家の官吏は一緒に公主の封戸から税を徴収したが、開元年間になると国家が統一して封戸から徴収し、それを公主に支給するように変った。唐の後期になると、食実封はしだいに名目だけになり、国家が直接彼女たちに税収に相当する物資を支給するようになった。たとえば徳宗の貞元年間に「諸公主には毎年それぞれに封物として布南七百端、疋、屯を給す」(『唐会要』巻九〇「縁封雑記」)とした。これは俸禄とほぼ同じであり、国家の供給制となった。

 

郡主、県主もまた降嫁の後に封戸を賜った。たとえば武則天の時代、武姓の県主はみな封戸を持ち、玄宗も裏楽県主等にそれぞれ実封一百戸を与えた(『全唐文』巻三六、玄宗「嚢楽県主等に実封を加うる勅」)。ただすべての郡主や県主に与えたかどうかは不明である。唐の後期にはだいたい国家の供給制に変ったのであり、貞元年間の規定では「郡主、県主の夫が官を罷めた場合は、郡主には四季ごとに七万銭を、県主には四季ごとに五万銭を支給する。夫が死去した場合もこの規定に照らして行う」とした。後にまたこれを改めて、夫が官であるか否かに関係なく、「郡主には四季ごとに銭一百貫(十万銭)、県主には七十貫(七万銭)を支給する」とした(『唐会要』巻六「公主」)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『歸國遙』五首(改訂版)

 

 

作者



初句7字

 

 

溫庭筠

01-21

歸國遙二首 其一

香玉,翠鳳寶釵垂菉簌

 

 

01-22

歸國遙二首 其二

雙臉,小鳳戰蓖金颭豔

 

 

韋莊

02-39

歸國遙三首 其一

春欲暮、滿地落花紅帶雨。

 

 

02-40

歸國遙三首 其二

金翡翠、爲我南飛傳我意。

 

 

02-41

歸國遙三首 其三

春欲晩、戯蝶遊蜂花爛熳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(旧版)

歸國遙 其三

春欲晩、 戯蝶遊蜂花爛熳。

日落謝家池館、柳絲金縷断。

睡覺綠鬟風乱、畫屏雲雨散。

閒倚博山長歎、涙流沾皓腕。

(ここがよかったので歸えるべき故郷が遠い その3

あれほど待ち望んでいた春が終わろうとしている。この春、蝶がつがいで戯れ、蜂は花から花へ遊んで廻っていましたが、わたしにもそんな花咲き爛漫な生活があったのです。

豪邸の池のほとりの楼閣に住んでいても、日が西に傾くようにお相手にされなくなってしまう、あるいは柳の枝が揺れもつれ合うようだったものが、金の糸で結びあっていたものが解き放たれたのです。

眠りから覚めると緑の雲鬟が風に吹かれて乱れている。立派な絵が描かれた屏風には雲に雨が降り注ぐのだけが目立って見えてしまう。

博山爐に静かに寄りかかって長い溜息をつくのです。涙が流れてこの白いう手に滴り落ちて濡らしました。(きっとあの人は私のことを思い出してきっと帰って來ると信じています。)

(歸える國は遙か 其の三)

春晩れんとし、戯蝶 遊蜂 花爛漫たり。

日は謝家の池館に落ち、柳絲の金縷も断たる。

睡より覚むれば緑鬟の風に乱れ、画屏に雲雨散る。

閒かに博山に倚りて長歎すれば、涙流れて皓き腕を沾らす。

 

 

(改訂版)-11韋荘89《巻2-39 歸國遙三首 其一》

0239 歸國遙三首 其一

(南の故郷が遠いというように、再び寵愛を受ける日は来るのだろうかと詠う)

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

春の盛りは暮れはじめている、地面には、ちり落ちた花でいっぱい敷きこめる、あかい色鮮やかな花びらが雨にぬれている。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

恨み嘆きをこめた奇麗に飾られた鳥かごの鸚鵡がただ一羽でいる、つれあいもなく淋しそうにしている、帰らぬ人を待つさびしい気持ちが愈々募ってくる。

南望去程何許、問花花不語。

ひとり南のかなたを眺めてはあのお方のいるところまでの道のりはどれほどあるであろうかとおもう。蝶や蜂が蕋によってくるから、その花にたずねてみたけど、花は寄ってくるものの事は何もはなさない。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

思いは近々あのおかたと手を携えて一緒にこの庭に帰ってきたい。恨みごとを言っても仕方がない、南に飛んでゆく翡翠のように二つの翼がないので、ここで、帰って来ることだけを考え、寵愛を受けていたころの事だけを考えていきてゆく。

 

(歸る國は遙かなる)

春 暮なんと欲し、落花 地に滿す 紅帶の雨に。

惆悵して玉籠の鸚鵡、單り棲いして 伴侶無し。

南望して 去りし程【みちのり】は 何許【いくば】くぞ、花に問いて花は語らず。

早晩 同じゅうするを得て歸り去り、恨む無し 雙んだ翠羽を。

 

(改訂版)-12韋荘90《巻2-40 歸國遙三首 其二》

歸國遙 三首 其二

(歸ってくる故郷が遠いというのか 三首 其の二  もうカワセミが使者となることもなく、もう何年たっただろう、今年の春も過ぎてゆく、ただ今は、昔の思い出の中に生きているだけだと詠う。

金翡翠、 爲我南飛傳我意。

金の翡翠のかんざしはあのお方からの贈り物、カワセミは冬には南に移動し妃嬪の故郷を思う気持ちを伝えてくれたことだろう、春になって帰ってきたから、今度は、私の使者となって、あのお方に寵愛を得られるようにつたえてほしい。

罨晝橋邊春水、幾年花下酔。

清明節の飾りをした橋に立ち、今年も雪解け水は網で覆いをかけた様に川の水が増水しているながれ、月日の流れは速い。行楽に行って花陰のもと、あのお方と酒を酌みながらよってたのしい日をすごしてから、幾年になろうか、

別後只知相愧、涙珠難遠寄。

寵愛を失い、別れて以来、ただ悔しさを身にしみて感じている。玉の涙があふれるけれど、あのお方に寄せることはあまりに遠いことで困難なことになっている。

羅幕繍緯爲被、舊歡如夢裏。

今は、あの頃の思い出に生きるだけで、それは、部屋には薄絹のとばり、刺繍入りの垂れ絹で寝牀をおおい、そのなかで二人がすごした日々のよろこびは夢のなかだけのことになっている。

 

(歸る國は遙かなる 三首 其の二)

金の翡翠、 我が爲に南に飛び 我意を傳う。

罨晝【えんがく】 橋邊の春水、幾年ぞ 花の下に酔しは。

別後 只だ相い愧ずを知る、涙の珠は遠く寄せ難し。

羅幕 繍緯 被い爲し、舊歡 夢裏の如し。

 

(改訂版)-13韋荘91《巻2-41 歸國遙三首 其三》

歸國遙 三首其三

(富貴のものに嫁いだ、貴族門閥の女性が、自分の若さが失われていくように、貴族門閥の中でも時と共に寂しい思いをして行く様子を詠うもの その3

春欲晩、戯蝶遊蜂花爛熳。

蝶が戯れ、蜂が花から花へ遊んで廻っている、そんな花がさき爛漫な春が終わろうとしている。

日落謝家池館、柳絲金縷断。

離宮・別業である王家の豪邸の池のほとりの楼閣に住んでいるものの、日が西に傾くようにさびしくなってしまうし、柳の枝が揺れもつれ合い、金の糸で結びあっていたものが、それももう絶たれてしまった。

睡覺綠鬟風乱、畫屏雲雨散。

眠りから覚めると緑の雲鬟が風に吹かれて乱れてしまう。立派な絵が描かれた屏風は壁に倚り、雲と雨といわれる男女のことも過去の事とどこかへ散り去ってしまった。

閒倚博山長歎、涙流沾皓腕。

何にもすることが無く博山爐に静かに寄りかかって長い溜息をつき、涙が流れてこの白いうでに滴り落ちて濡らしたままだ。

 

博山爐01

 

(改訂版)-13韋荘91《巻2-41 歸國遙三首 其三》

『歸國遙三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

歸國遙 三首其三

春欲晩戯蝶遊蜂花爛熳。

日落謝家池館、柳絲金縷断。

睡覺綠鬟風乱、畫屏雲雨散。

閒倚博山長歎、涙流沾皓腕。

 

(下し文)

(歸える國は遙か 其の三)

春 晩れなんと欲し、戯蝶 遊蜂 花爛漫。

日は落つ 謝家の池館、柳絲金縷 断つ。

睡より覚むれば 緑鬟 風に乱れ、画屏 雲雨 散る。

博山に閒倚して 長歎すれば、涙流れて皓き腕を沾らす。

 

(現代語訳)

(富貴のものに嫁いだ、貴族門閥の女性が、自分の若さが失われていくように、貴族門閥の中でも時と共に寂しい思いをして行く様子を詠うもの その3

蝶が戯れ、蜂が花から花へ遊んで廻っている、そんな花がさき爛漫な春が終わろうとしている。

離宮・別業である王家の豪邸の池のほとりの楼閣に住んでいるものの、日が西に傾くようにさびしくなってしまうし、柳の枝が揺れもつれ合い、金の糸で結びあっていたものが、それももう絶たれてしまった。

眠りから覚めると緑の雲鬟が風に吹かれて乱れてしまう。立派な絵が描かれた屏風は壁に倚り、雲と雨といわれる男女のことも過去の事とどこかへ散り去ってしまった。

何にもすることが無く博山爐に静かに寄りかかって長い溜息をつき、涙が流れてこの白いうでに滴り落ちて濡らしたままだ。

韋莊

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-12韋荘90《巻2-40 歸國遙三首 其二》二巻40-〈90〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5652

(改訂版)-12韋荘90《巻2-40 歸國遙三首 其二》(歸ってくる故郷が遠いというのか 三首 其の二  もうカワセミが使者となることもなく、もう何年たっただろう、今年の春も過ぎてゆく、ただ今は、昔の思い出の中に生きているだけだと詠う。

 

 
 2015年3月6日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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195(改訂版) 《巻2-19前有一樽酒行【前有樽酒行】,二首之一春風東來忽相過,》Index-12 Ⅱ―7 -732年開元二十年32歳 12首 <195> Ⅰ李白詩1420 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5648 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-42-#3奉節-33-#3 《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#3》 杜甫index-15 杜甫<905-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5650 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-12韋荘90《巻2-40 歸國遙三首 其二》二巻40-90〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5652

 

 

・帰国遙は唐の教坊の曲名で、またの名を帰国境、帰日造、帰平遠、思佳客と言う。韋莊の帰国遙は『花間集』に三首所収。

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『歸國遙』五首(改訂版)

 

 

作者



初句7字

 

 

溫庭筠

01-21

歸國遙二首 其一

香玉,翠鳳寶釵垂菉簌

 

 

01-22

歸國遙二首 其二

雙臉,小鳳戰蓖金颭豔

 

 

韋莊

02-39

歸國遙三首 其一

春欲暮、滿地落花紅帶雨。

 

 

02-40

歸國遙三首 其二

金翡翠、爲我南飛傳我意。

 

 

02-41

歸國遙三首 其三

春欲晩、戯蝶遊蜂花爛熳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(旧版)

歸國遙 二

金翡翠、 爲我南飛傳我意。

罨晝橋邊春水、幾年花下酔。

別後只知相愧、涙珠難遠寄

羅幕繍緯爲、舊歡如夢裏。

女は金の翡翠のかんざしを手にとって、金の翳翠にいう。わたしのために、あの人の行っている南の方へ飛んでいって、わたしの心のうちをあの人に伝えて下さい。

網で覆いをかけた様に川の水が増水している春のながれ、橋のほとりに立ってながめる。いくとせになろうか、行楽に行って花陰のもと、あなたと酒をくみながらたのしい日をすごしたことでしょうか。

あなたとお別れしてからは、ただ悔しさを身にしみて感ずるばかりです。わたしのかなしみは遠いところにいるあなたにお伝えすることも困難なのです。

あの頃のこと、その部屋には薄絹のとばり、刺しゅう入りのたれぎぬ、忍のふすまにおおわれていました。それに二人が語り合った閨の内のたのしさ、このようなすぎ去った日々のよろこびはまるで夢のなかのようにおもわれます。

 

(歸る國は遙かなる 二)

金の翡翠、 我が爲に南に飛び 我意を傳えよ。

罨晝【えんがく】 橋邊の春水、幾年 花下ち酔う。

別後 只だ相い愧ずを知る、涙の珠は遠く寄せ難し。

羅幕 繍緯 被い爲し、舊歡 夢の裏に如【に】る。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-11韋荘89《巻2-39 歸國遙三首 其一》二巻39-〈89〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5647

(改訂版)-11韋荘89《巻2-39 歸國遙三首 其一》 帰って来るはずの春の盛りを、花は庭に散り落ちて敷き詰められる晩春も過ぎてゆき、鸚鵡が籠に一羽で待っている。あれほど花の蕊倚っていたものが、もう忘れたのだろうか。翡翠は南の方に飛んでゆくが妃嬪は何時の日か寵愛を受けると信じていきていく。

 

 
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花間集 教坊曲『歸國遙』五首(改訂版)

 

 

作者



初句7字

 

 

溫庭筠

01-21

歸國遙二首 其一

香玉,翠鳳寶釵垂菉簌

 

 

01-22

歸國遙二首 其二

雙臉,小鳳戰蓖金颭豔

 

 

韋莊

02-39

歸國遙三首 其一

春欲暮、滿地落花紅帶雨。

 

 

02-40

歸國遙三首 其二

金翡翠、爲我南飛傳我意。

 

 

02-41

歸國遙三首 其三

春欲晩、戯蝶遊蜂花爛熳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(旧版)

歸國遙三首 其一

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

(歸ってくる故郷が遠いというのか)

春の盛りは暮れはじめている、地面には、ちり落ちた花でいっぱい敷きこめる、あかい色鮮やかな花びらが雨にぬれている。

奇麗に飾られた鳥かごの鸚鵡がただ一羽で、友もなく淋しそうにしているのを見て、帰らぬ人を待つ自分のさびしい気持ちがいよいよつのって、かなしさにたえられない。

あの人の行った南のかなたをながめるが、あの人のいるところまでの道のりはどれほどあるであろうか。花にむかってそれをたずねてみるが、花は何もものをいわないでだまっている。

いつになったらあの人と手をたずさえて行きつ戻りつして歩くことができるだろうか。くやしいけれど、自分には二つのつばさがないので、あの人のところへ飛んでゆくことができない。

(歸る國は遙かなる)

春 暮なんと欲し、落花 地に滿す 紅帶の雨に。

惆悵して玉籠の鸚鵡、單り棲いして 伴侶無し。

南望して 去りし程【みちのり】は 何許【いくば】くぞ、花に問いて花は語らず。

早晩 同じゅうするを得て歸り去り、恨む無し 雙んだ翠羽を。

 

花蕊と蜂01
 

(改訂版)-11韋荘89《巻2-39 歸國遙三首 其一》

『歸國遙』 現代語訳と訳註

(本文)

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

 

(下し文)

(歸る國は遙かなる)

春 暮なんと欲し、落花 地に滿す 紅帶の雨に。

惆悵して玉籠の鸚鵡、單り棲いして 伴侶無し。

南望して 去りし程【みちのり】は 何許【いくば】くぞ、花に問いて花は語らず。

早晩 同じゅうするを得て歸り去り、恨む無し 雙んだ翠羽を。

 

(現代語訳)

(南の故郷が遠いというように、再び寵愛を受ける日は来るのだろうかと詠う)

春の盛りは暮れはじめている、地面には、ちり落ちた花でいっぱい敷きこめる、あかい色鮮やかな花びらが雨にぬれている。

恨み嘆きをこめた奇麗に飾られた鳥かごの鸚鵡がただ一羽でいる、つれあいもなく淋しそうにしている、帰らぬ人を待つさびしい気持ちが愈々募ってくる。

ひとり南のかなたを眺めてはあのお方のいるところまでの道のりはどれほどあるであろうかとおもう。蝶や蜂が蕋によってくるから、その花にたずねてみたけど、花は寄ってくるものの事は何もはなさない。

思いは近々あのおかたと手を携えて一緒にこの庭に帰ってきたい。恨みごとを言っても仕方がない、南に飛んでゆく翡翠のように二つの翼がないので、ここで、帰って来ることだけを考え、寵愛を受けていたころの事だけを考えていきてゆく。

 

花と張0104
(
訳注)  (改訂版)-11韋荘89《巻2-39 歸國遙三首 其一》

0239 歸國遙三首 其一

(南の故郷が遠いというように、再び寵愛を受ける日は来るのだろうかと詠う)

帰って来るはずの春の盛りを、花は庭に散り落ちて敷き詰められる晩春も過ぎてゆき、鸚鵡が籠に一羽で待っている。あれほど花の蕊倚っていたものが、もう忘れたのだろうか。翡翠は南の方に飛んでゆくが妃嬪は何時の日か寵愛を受けると信じていきていく。

・帰国遙 草調四十三字、前後段各四句四仄韻(詞譜四)。唐の教坊の曲名。またの名を帰国境、帰日造、帰平遠、思佳客と言う。韋莊《0239 帰国遙三首 其一》など『花間集』には三首所収。

『花間集』 には韋莊の作が三首収められている。双調四十三字、前段二十一字四句四仄韻、後段二十二字四句四仄韻で、❸❼❻❺/❻❺❻❺の詞形をとる。

歸國遙三首 其一

春欲  滿地落花紅帶
惆悵玉籠鸚  單棲無伴
南望去程何  問花花不
早晩得同歸  恨無雙翠

  
  
  
  

 

春欲暮、滿地落花紅帶雨。

春の盛りは暮れはじめている、地面には、ちり落ちた花でいっぱい敷きこめる、あかい色鮮やかな花びらが雨にぬれている。

・紅帶 散り落ち敷きこめた花びらのこと。同じ状景の詩に、孟浩然《春暁》と王維《田園楽七首之六》がある。

 

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

恨み嘆きをこめた奇麗に飾られた鳥かごの鸚鵡がただ一羽でいる、つれあいもなく淋しそうにしている、帰らぬ人を待つさびしい気持ちが愈々募ってくる。

○惆悵 恨み嘆く。

韋荘《0234菩薩蠻五首其一》「紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。殘月出門時。美人和涙辭。琵琶金翠羽。絃上黄鶯語。勸我早歸家。綠窗人似花。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首其一》二巻34-〈84〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5622

 

 

南望去程何許、問花花不語。

ひとり南のかなたを眺めてはあのお方のいるところまでの道のりはどれほどあるであろうかとおもう。蝶や蜂が蕋によってくるから、その花にたずねてみたけど、花は寄ってくるものの事は何もはなさない。

・何許 いずこ。ここは去程(みちのり)とあるから、幾許、いくばくの意にもちいていると解する方が適切である。

・問花花不語 花に問えど花は語らず。よく用いられるいい方で、意中を知ってくれるものがないことをあらわす。

惜春詞(溫庭筠 唐詩)

百舌問花花不語,低回似恨横塘雨。

蜂爭粉蕊蝶分香,不似垂楊惜金縷。

願君留得長妖韶,莫逐東風還盪搖。

秦女含嚬向煙月,愁紅帶露空迢迢。

 

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

思いは近々あのおかたと手を携えて一緒にこの庭に帰ってきたい。恨みごとを言っても仕方がない、南に飛んでゆく翡翠のように二つの翼がないので、ここで、帰って来ることだけを考え、寵愛を受けていたころの事だけを考えていきてゆく。

・早晩 近々、何日というのと同じ。

・同帰 詩経の豳風七月に「春日遲遲 采蘩祁祁 女心傷悲 殆及公子同帰.」、また、邶風の北風に「惠而好我、攜手同帰。」(惠して我を好みせば手を携えて同じく歸せん)とある。ここは恋人同志がいっしょになって行く意である。

・雙翠羽 翡翠は越冬のために南の暖かい方につがいで移動する、求愛方法がはっきりしていることから花間集ではよく使う。 オスのくちばしは黒いが、メスは下のくちばしが赤いのでオスと区別できる。また、若干メスよりオスの方が色鮮やかである。

 

芍薬001
 

 

孟浩然《春暁》と王維《田園楽七首之六》



春曉   孟浩然

春眠不覺曉,處處聞啼鳥。春眠 曉を覺えず,處處 啼鳥を聞く。

夜來風雨聲,花落知多少。夜來 風雨の聲, 落つること 知りぬ多少ぞ。

(春曉:春の夜明け。詩人は床からは出ない。春の朝に目覚めていても、時間経過順に、淡々と詠われている。)

春の眠りは心地よいので、夜が明けるのも分からずに眠ってしまう。ふと目覚めるとあちこちから鳥のさえずりが聞こえてくる。

そういえばゆうべの雨風の音が激しかったが、今朝の庭にはどれほどの花がたくさん散ったことだろう。

 

田園楽 七首其六  王維
珍しい六言の絶句
歌うのに心地良いように、二言の語で啖呵を切るようにつくっている。


桃紅復含宿雨、柳緑更帯春煙。桃は紅にして、復た宿雨を含み、柳は緑にして、更に春煙を帯ぶ。
花落家童未掃、鶯啼山客猶眠。花落ちて 家僮 未だ掃らわず、鶯啼いて山客 猶【な】お 眠る。

桃の花は、夕べの雨を含んでつやつやといっそう紅色あざやか、柳は青さを増して、春のかすみにけむる。
花が庭先に散り敷かれている、召使いの少年は掃き清めたりはしない。ウグイスがしきりに鳴くのに山荘のあるじはまだまだ夢うつつの中に有る。

田園楽七首 王維

田園楽 七首

田園楽七首 1 千門

田園楽七首 2 再見

田園楽七首 3 採菱

田園楽七首 4 芳草

田園楽七首 5 山下

田園楽七首 6 桃紅

田園楽七首 7 酌酒

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-10韋荘88《巻2-38 菩薩蠻五首其五》二巻38-〈88〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5642

(改訂版)-10韋荘88《巻2-38 菩薩蠻五首其五》(洛陽の町の春の素晴らしさをいい、賈誼が左遷されて、他郷からこの地をおもい、白居易が最も風流といった魏王堤、果たして自分は洛陽に帰えりたいのに、杜甫のようにこのまま旅暮らしを続けざるをえないと詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-10韋荘88《巻2-38 菩薩蠻五首其五》二巻38-88〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5642

 

 

花間集

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首之 一》

菩薩蛮五首 其一

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

殘月出門時、美人和涙辭。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

琵琶金翠羽、絃上黄鶯語。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

勸我早歸家、綠窗人似花。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

(菩薩蛮五首その一)

紅樓の別夜 惆悵に堪え、香燈 半ばに捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と辭を和【とも】にす。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語る。

我に勸む 「早【つと】に 家に歸れ」と。「綠窗の人」 花の似【ごと】し。

 

(改訂版)-7韋荘85《巻2-35 菩薩蠻五首其二》

菩薩蠻五首其二

(長安にいて、世間の人が言う若いうちに江南に行ったことのあるものが、その良さを想像して詠うもの)

人人盡説江南好,遊人只合江南老。

世間の人々だれもかれも、江南はいいところだという。遊学して世間のことが分かっている人は、歳をとったら江南へいって暮すのが一ばんよいとおもっている。 

春水碧於天,畫船聽雨眠。

雪解けの澄んだ増水した春水のながれは空の青さと一体化し、舟遊びには江南名物の美しく彩られた船にのって、雨音をききながら眠る。

爐邊人似月,皓腕凝雙雪。

酒爐のほとりには、お月さまを彷彿させる美人が居てくれる。色白の顔、真白な腕は昔の西施を思い浮かべる両の腕、両の足の、雪のようなうつくしさがある。

未老莫還鄕,還鄕須斷腸。

まだまだ歳をとってはいないものがここへ来たならば、故郷へ帰りたいとは思いはしない。故郷などへ帰ったならば、だれもが性的欲求不満を起してしまうに違いない。

(菩薩蠻五首其の二)

人人の盡く説くは 江南好しとす,遊人 只だ合う 江南に老ゆべしと。

春水 天に碧く,畫船に 雨を聽きて眠る。

爐邊 人は 月の似く,皓き腕は 雙つ雪を凝らせる。

未だ老いざれば 鄕に還る 莫かれ,鄕に還らば 須らく斷腸すべし。

 

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86

菩薩蠻五首其三

(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

いまになって残念だなあと思い返す、それは江南に遊んでいたころ、楽しいことばかりであった。そのときは、年若く、伊達の盛りで、うすい春の上衣を身につけた粋な装いでいたものだ。

騎馬倚斜橋,滿樓紅袖招。

そして、馬にまたがって官妓高楼に渡る橋のたもとに馬をとどめると、どこの靑楼からも、官妓が紅い袖をふって、手招きしていたものだ。

翠屏金屈曲,醉入花叢宿。

太守専用(高級官僚用)座敷の翡翠の屏風には金の金具が飾られている、そして、お酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたり楽しく過ごした。

此度見花枝,白頭誓不歸。

そしてこのときは、花の枝のような細身のうつくしい好みの人とまみえた、だからその時、白髪あたまになっても、故郷に帰ることなどないと誓っていた。

(菩薩蠻五首其の三)

今の如し 却って憶ふ 江南の樂しきを,當時 年少なれば 春の衫 薄きし。

馬に騎し 橋に倚ること斜にす,樓に滿つ 紅袖が招く。

翠の屏 金の屈曲あり, 醉ひて 花叢の宿に入る。

此の度【たび】 花の枝に見【まみ】ゆ,白頭 歸らざると誓う。

 

(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》

菩薩蠻五首其四

(理想に思うは半官半隠で、その一番な事は、春の短い夜の酒宴に遭遇して、愉快に、陽気に、心行くまで酒を飲むことだけであると詠う。)

勸君今夜須沈醉,樽前莫話明朝事。

酒宴の主人は「今夜の酒宴では思いきり飲んで酔っぱらうべきである。大盃を前にしては、お酒をのむことだけすれよいのであって、あしたのことなど一切考えない、はなさないで、今のこのときをたのしむべきである。」といって酒をすすめてくれる。

珍重主人心,酒深情亦深。

酒宴の主人の思いやりのこころはまことに感謝するところだ。酔えば酔い、酔いが深まれば深まるほど、主人の情が深く感じられる。

須愁春漏短,莫訴金杯滿。

こんなに楽しく、万物が成長する春夜の時が短いことをなげくべきで、金に輝く大盃にはいっぱいに酒をつぐものであり、もう飲めないなどと訴えてはいけない。

遇酒且呵呵,人生能幾何?

酒宴に出会ったのなら、愉快に、大いに笑い、陽気にのむものであり、人生百年というもののそれがどれほどのものか。このみじかい時を、酒こそ大いにのもうとおもうのだ。

(菩薩蛮五首其の四)

君に勸む 今夜 須【すべか】らく沈醉すべし,樽前に 明朝の事を話す莫れ。

珍重す主人の心, 酒深くして情も亦た深し。

須【すべか)らく 春漏の短きを愁ふべし,金杯に滿ちたるを訴ふる莫れ。

酒に遇【あ】えば 且【しば】らく呵呵【かか】たれ,人生能【よ】く幾何【いくばく】かある?

 

(改訂版)-10韋荘88《巻2-38 菩薩蠻五首其五》

菩薩蠻五首其五

(洛陽の町の春の素晴らしさをいい、賈誼が左遷されて、他郷からこの地をおもい、白居易が最も風流といった魏王堤、果たして自分は洛陽に帰えりたいのに、杜甫のようにこのまま旅暮らしを続けざるをえないと詠う。)

洛陽城裏春光好,洛陽才子他鄕老。

洛陽の才子である賈誼のようにわたしは、よその郷の蜀で年をとろうとしているが、いまごろ、洛陽城の街のなかは、のどかな春のけしきにかわって、ほんとうに好ましいものになっているだろう。

柳暗魏王堤,此時心轉迷。

とくに、白居易が最も風情があるといったところの、洛陽城郭の南にある、魏王:李泰の名がついたある柳のしげった魏王堤をおもい出す。あの池塘の柳を思い出すと、わたしのこころはますます洛陽のかなたへさまようばかりなのだ。

桃花春水綠,水上鴛鴦浴。

万物を成長させる洛水の水は雪解けの澄み切ったきれいな増水のながれに、うつくしい桃の花びらがちってながれてゆき、ながれのほとりにはうえにはおしどりが仲むつまじく浴をしている。

凝恨對殘暉,憶君君不知。

あの白居易が朝から夕方まで散策したあの池塘は、洛陽の春の西日の当たる景色をおもいうかべてしまい、帰ることができない杜甫と同じようにうらめしく思うきもちというのは、わたしも同じように帰れずにいるから、これほどまでに洛陽にいる人のことを憶いだしているけれど、わたしの切ない心をだれも知っていてはくれないだろう。

 

(菩薩蠻五首其の五)

洛陽城裏 春光 好く,洛陽の才子 他鄕老ゆ。

柳は暗【ふか】し 魏王の堤。此の時 心 轉【うた】た迷ふ。

桃花 春水 綠にして,水上に 鴛鴦 浴す。

恨を凝らして 殘暉に對し,君を憶えど 君は知らず。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》二巻37-〈87〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5637

(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》春夜の時が短いことをなげくべきで、金に輝く大盃にはいっぱいに酒をつぐものであり、もう飲めないなどと訴えてはいけない。酒宴に出会ったのなら、愉快に、大いに笑い、陽気にのむものであり、人生百年というもののそれがどれほどのものか。このみじかい時を、酒こそ大いにのもうとおもうのだ。

 

 
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193 《巻24-38 寄遠,十一首之十》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <193> Ⅰ李白詩1417 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5633 
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39 《0226(改訂)汴州亂二首其一》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1330> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5634韓愈詩-39 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》二巻37-〈87〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5637 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》二巻37-87〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5637

 

 

 

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

長安の妓女の大多数は平康里に住んでいた。「長安に平鹿坊という所があって、妓女の居住地である。京都の侠少(遊侠の若者)は此に草集る。……当時の人々はこの坊を風流薮沢(歓楽街)と呼んだ」(『開元天宝遺事』巻上)。『北里志』の記載によると、平康里の街区は三曲に分れ、名妓は多く南曲、あるいは中曲に住み、北曲に住むものの大多数は無名の「卑屑」(醜くて卑しい)の小妓であった。この三曲に住む妓女の生活に旦口同低貧富の差があった。南曲、中曲はおおむね堂院は広く静かで、院内には花が植えられ池もあり、室内の設備は快適で、華美にすぎるものさえあったが、下層の妓女の住まいは粗末なものであった。劉泰娘は北曲の小さな家の娘であったから、他の妓女たちと宴席に向う時、あなたは何処にお住まいですかと聞かれると、言葉をにごして、門前に一本の木がありますわ、などと言うだけであった。どの曲内に住んでいるかが、その妓女の身価に大きな関係があったようである。それ以外にも平鹿里に住まない妓女がおり、その他の街坊にそれぞれ分散して住んでいた。

 

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平鹿里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取らねばならなかった。南曲の張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を騙した。陳は処女を得たと思い、さらに三緡(一緡は銅銭一千枚)を張家にやった。その他、「買断」という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一緒を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-〈86〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5632

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5632

 

 

官  妓

唐代の社会に充ちあふれ、一つの階層を形成していたのは、主に各級の官庁の楽籍に登録されていた大量の官妓である。もし、宮妓と教坊妓とを一般に芸人と見なすことができ、そしてまた家妓が姫妾・婦女と同類だとすれば、ここでとりあげる官妓だけが後世の娼妓と同じ性格をもっていた。

 

いわゆる唐代の娼妓とは主にこの部類の人たちを指すのである。

唐代は妓楽が盛んであり、「唐人は文を尚び、狎(芸妓遊び)を好む」(張端義『貴耳集』巻下)と評された。官庁の送迎、宴会典礼はもちろん、また官吏が集まって遊ぶ時にも、常に妓楽で雰囲気を盛りたてた。官吏が妓楼に泊り、娼妓と遊ぶ風潮はきわめて盛んであり、朝廷の法律もこれを決して禁止することはなかった。自居易は杭州の刺史(各州に置かれ地方官を監督した役職。太守とも呼ばれた)の任にあった時、日がな一日妓女を連れて遊んだ。それで後の宋代の人は、これを怪しみ、論難して「これによって当時の郡政(郡の政治)には暇が多く、吏議(官吏の議論)も甚だ寛やかだったことが分かる。もし今日だったら、必ず処罰の対象とされたであろう」(襲明之『中呉紀聞』)と書いている。また、清代の人は白居易をいささか羨ましく思い、「風流太守愛魂銷,到處春翹有舊游;相見當時疏朝綱,尚無官吏宿娼條」(風流太守は魂の消ゆるを愛し、到る処 春訪 翠麹有り。想見す 当時 禁網疎 にして、尚お官吏宿娼の条無きを)〔趙翼題《白香山集後》(白香山集の後に題する詩)、銭泳『履園叢話』巻二一「笑柄」)と述べている。官妓制度はまさにこの種の社会風潮と朝廷の放任のもとで、唐代に盛況を極めたのである。

当時、長安と洛陽の両京に大量の官妓がいたばかりでなく、地方の大きな州、府にも官妓がいた。

 

 

それで「府娼」とか「郡娼」という言葉があった。揚州、成都のような繁華な大都会は、みな名妓が集中する場所であった。県の官庁についていえば、『旧唐書』 の「葦堅伝」 には、天宝の初め、霊宝県と隣県(河南省)の官府は両県の「官便の婦人」(官妓)を集めて得宝歌(玄宗が楊貴妃を得た時作られた曲。楽府の一つ)を唱わせ、玄宗皇帝に悦ばれたとあり、また李徳裕の『文武両朝献替記』 には、李が宰相になった時、「両県に命じてこれ以上娼妓を置かないようにさせる」という処置をとったことが記されている。県の官庁にも官妓が設けられていたことがわかる。

そう多くはない現存する史料の分析を通じて、筆者は地方の州・府の官妓の地位と生活は、都長安の官妓と比べてかなり異なっていたことを知った。従って以下においてはそれらを分けて述べよ

 

 

地方の官妓

ここで主にとりあげるのは各州・府(及び唐代後期の藩鎮)に隷属する官妓である。これら官妓には二つの来源があった。一つは、代々「楽籍」に入れられていた、官に隷属する職民の女子であり、他に生きる道はなく、ただ先祖代々の仕事を踏襲するだけで昔どおりの楽妓となったもの。もう一つは、良民の女子であったがいろいろの原因によって楽籍に落ちたものである。たとえば名妓の薛濤は、元は良家の娘であり、父が仕官を求めて各地を巡るのに付き従っていたが、ついに蜀(四川省)まで流れ来た時、落ちぶれて楽籍に入った。また韋中丞の愛姫が生んだ娘は、兄弟がみな死んだので「身を楽部に委ね、先人を恥辱しめざるをえなかった」(『雲渓友議』巻三)。これらはみな衣食にこと欠いたために楽籍に入らざるをえなかった例である。また、地方長官から良民の身分を剥奪され婢にされたものもあった。

 

また、地方長官から良民の身分を剥奪され蝉にされたものはまれであった。林蕗は郡州(湖南省宝慶県)の刺史となった後、「門客の陶元之を杖殺し、その妻を籍没して倡(娼妓)とした」(『新唐書』儒学伝下「林蘊傳」)。しかし、こうした事例はだいたい例外的なものであった。なぜなら、表的には罪人の家族を籍没して官奴稗に落とすことは、皇帝だけに出来ることであり、官吏が良民を抑えつけて勝手に賤民にすることはできなかったからである。

 

さて、これらの女性はひとたび楽籍に入ると、官に隷属する璧となり、その地位は官奴婢とほとんど同じであった。李商隠は「妓席」という詩の中で、「君に勧む〔御指名の際には〕小字(幼名)を書し、慎んで官奴と喚ぶ莫かれ」と述べ、官妓たちが官奴の身分であったことを明らかにしている。

地方官妓は「楽営」の管理下に属していたので、常に「楽営妓人」、「楽営子女」などと呼ばれた。

 

唐代にはまた「営妓」という呼称もあった。営妓は専ら軍士の娯楽に供されたもので、官妓と異なる人々であるという人もいる。しかし今まで見た文献の記載では「官妓」と「営妓」は混同されて使われており、何らの区別も見出せない。営妓とよばれた人々の多くも、一般の官妓と同じょうに地方長官の管理下に置かれ官府に奉仕したのであって、専ら軍士の娯楽の用にのみ供されたという根拠を見出すことはできない。こうした理由で、唐代に専業の軍妓がいたと断定することは不可能である。筆者が思うに、営妓とはただ地方官妓の一種の別称にすぎず、楽営に所属していたがゆえに「楽営妓人」と呼ばれ、或いは単に「営妓」とも略称されたのではないか。誤解を生んだ理由は、一つには営妓という名が軍営を連想させたこと、二つには唐代の中期以後、地方官妓はみな藩帥(潘鎮)の統括下に入り、長官が軍事長官の職権を兼ねたので、人々は属下の営妓は軍事長官が軍隊のために設置したもの、と考えたことにあろう。

楽営官妓は、節度使や州刺史などの地方長官が直接に掌握し支配した。彼女たちは一般に楽営に集中して居住し、そこから自由に出ることは許されず、官庁から衣服や食糧の支給を受けていた。

 

そして、いつでも官庁からの呼び出しに応じることができるよう準備していたので、「官使の婦人」とか、「官侯の女子」などと呼ばれたのである。

 

官庁が挙行する各種の祝典宴会・歓送迎会・上官接待などの時に、官府は彼女たちを召集して芸の披露、酒席の接待、夜の相手などをさせた。官妓の大半はみな一定の技芸を持ち、歌や舞い、酒席での遊び、それに管弦楽器の演奏などに長じていた。彼女たちは、一段と大きな権勢を持つ長官に占有される以外は、一般に地方長官の許可なしに客を自由に接待することはできなかったと思われる

 

(旧版)

菩薩蠻五首 其三   韋莊

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

騎馬倚斜橋,  滿樓紅袖招。

翠屏金屈曲,  醉入花叢宿。

此度見花枝,  白頭誓不歸。

いまになってみれば、また江南にいた時の楽しい思い出が沸き起こってきます。あのときはわたしもまだ年がわかく、うすい春の上衣を身につけた若々しい粋な姿をしていたのです。

馬にまたがって遊郭の斜橋に近づい時など、どこの靑楼からも、妓女が紅い袖をふって、わたしを手招きしたものです。

翡翠の屏風には金の金具がかざられていてお酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたりたのしくすごしたのです。

そしてこのたびは花の枝のような細身のうつくしい好みの人を見いだし、こんな白髪あたまになったればこそ、故郷には帰るなどともったいないことはしないと誓ったのです。

(菩薩蠻 その三)

今さらに 却って 江南の樂しかりきを憶ふ,當時 年少 春なれば衫 薄きをつける。

騎馬 斜橋に倚り,樓に滿つ 紅袖が招くを。

翠の屏 金の屈曲あり, 醉ひて 花叢の宿に入る。

此の度【たび】も 花の枝に見【まみ】ゆ,白頭 歸らざるを誓う。

 

 

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86

(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

いまになって残念だなあと思い返す、それは江南に遊んでいたころ、楽しいことばかりであった。そのときは、年若く、伊達の盛りで、うすい春の上衣を身につけた粋な装いでいたものだ。

騎馬倚斜橋,滿樓紅袖招。

そして、馬にまたがって官妓高楼に渡る橋のたもとに馬をとどめると、どこの靑楼からも、官妓が紅い袖をふって、手招きしていたものだ。

翠屏金屈曲,醉入花叢宿。

太守専用(高級官僚用)座敷の翡翠の屏風には金の金具が飾られている、そして、お酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたり楽しく過ごした。

此度見花枝,白頭誓不歸。

そしてこのときは、花の枝のような細身のうつくしい好みの人とまみえた、だからその時、白髪あたまになっても、故郷に帰ることなどないと誓っていた。

(菩薩蠻五首其の三)

今の如し 却って憶ふ 江南の樂しきを,當時 年少なれば 春の衫 薄きし。

馬に騎し 橋に倚ること斜にす,樓に滿つ 紅袖が招く。

翠の屏 金の屈曲あり, 醉ひて 花叢の宿に入る。

此の度【たび】 花の枝に見【まみ】ゆ,白頭 歸らざると誓う。

三峡 巫山十二峰001
 

 

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86

菩薩蠻五首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻五首其三

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

騎馬倚斜橋,滿樓紅袖招。

翠屏金屈曲,醉入花叢宿。

此度見花枝,白頭誓不歸。

 

(下し文)

(菩薩蠻五首其の三)

今の如し 却って憶ふ 江南の樂しきを,當時 年少なれば 春の衫 薄きし。

馬に騎し 橋に倚ること斜にす,樓に滿つ 紅袖が招く。

翠の屏 金の屈曲あり, 醉ひて 花叢の宿に入る。

此の度【たび】 花の枝に見【まみ】ゆ,白頭 歸らざると誓う。

 

(現代語訳)

(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

いまになって残念だなあと思い返す、それは江南に遊んでいたころ、楽しいことばかりであった。そのときは、年若く、伊達の盛りで、うすい春の上衣を身につけた粋な装いでいたものだ。

そして、馬にまたがって官妓高楼に渡る橋のたもとに馬をとどめると、どこの靑楼からも、官妓が紅い袖をふって、手招きしていたものだ。

太守専用(高級官僚用)座敷の翡翠の屏風には金の金具が飾られている、そして、お酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたり楽しく過ごした。

そしてこのときは、花の枝のような細身のうつくしい好みの人とまみえた、だからその時、白髪あたまになっても、故郷に帰ることなどないと誓っていた。

a謝霊運永嘉ルート02
 

(訳注)

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86

菩薩蠻五首其三

(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

当時の文人の共通の感情をあらわしている。酒宴、歌会で披露されたもので、実際に江南を旅をする際中の作ではなく思いでの詩である。

菩薩蠻は唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、韋莊の菩薩蠻は五首、双調 四十四字。換韻。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。 

『花間集』巻二50首の36番目で韋荘8番目の菩薩蠻五首其三としてあり、(花間集500首の86首目)、当時の文人の共通の感情をあらわしている。

菩薩蛮五首 其一

紅樓別夜堪惆。 香燈半捲流蘇

殘月出門、美人和涙

琵琶金翠、絃上黄鶯

勸我早歸   綠窗人似

 
 
● 
 

菩薩蛮五首 其二

人人盡説江南,遊人只合江南

春水碧於,  畫船聽雨

爐邊人似,  皓腕凝雙

未老莫還,  還鄕須斷

  
  
  
  

菩薩蠻五首其三

如今却憶江南,當時年少春衫

騎馬倚斜,滿樓紅袖

翠屏金屈,醉入花叢宿

此度見花,白頭誓不

  
  
  
  

この作品は『花間集』巻二50首の36番目で韋荘8番目の菩薩蠻五首其三としてあり、、当時の文人の共通の感情をあらわしている。

 

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

いまになって残念だなあと思い返す、それは江南に遊んでいたころ、楽しいことばかりであった。そのときは、年若く、伊達の盛りで、うすい春の上衣を身につけた粋な装いでいたものだ。

・如今:いま。ただいま。今になって思う。

・却:かえって。逆に。

・憶:思い起こす。 

・江南樂:江南での楽しかった日々。菩薩蠻()「人人盡説江南好,遊人只合江南老。」に同じ。

・當時:過去のその時。そのころ。当時。 

・年少:十五歳から二十歳過ぎの年代の者たち、年若い者。

・春衫:春のひとえの衣。 

・春衫薄:春の服が薄ものである。粋ななりをしているということ。閨できる着物を云う。伊達の盛りの粋な着物というほどのもの。

 

騎馬倚斜橋,滿樓紅袖招。

そして、馬にまたがって官妓高楼に渡る橋のたもとに馬をとどめると、どこの靑楼からも、官妓が紅い袖をふって、手招きしていたものだ。

・騎馬倚斜橋 平仄で「騎馬斜倚橋」である。

・騎馬:馬にうち跨ることだが、それができるのは経済的に豊かで、地位のあるものになる。エリートの象徴でもある。 

・倚:たちよる。 

・斜橋:色里にある橋。遊里に架かる橋。

・紅袖:若い女性の衣服で、うら若い女性を指す。 

・招:手招きをする。

 

翠屏金屈曲,醉入花叢宿。

太守専用(高級官僚用)座敷の翡翠の屏風には金の金具が飾られている、そして、お酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたり楽しく過ごした。

・翠屏:翡翠のびょうぶ。 

・金屈曲:屏風の金色をしたちょうつがい。

・醉入:酔っぱらってしまう。 

・花叢宿:花の繁みになっている宿、前の「滿樓」青楼に宿泊する事。美しい女性のいる所。遊ぶところがたくさんあり、女たちがたくさんいること。

 

此度見花枝,白頭誓不歸。

そしてこのときは、花の枝のような細身のうつくしい好みの人とまみえた、だからその時、白髪あたまになっても、故郷に帰ることなどないと誓っていた。

・此度:このたび。 

・見花枝:細身の美しい女性に出逢った。若い時は肉感の女性をこの身一定の歳を重ねると「細腰」の女性がいいということ。・見:見出すこと。

・白頭:白髪頭。老齢になること。少しゆとりが出たことを云う。 

・誓不歸:誓って帰らない。やっと好みの女性にめぐり会えたというのに帰るわけにはいかないでしょうというほどの意味。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-7韋荘85《巻2-35 菩薩蠻五首其二》二巻35-〈85〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5627

(改訂版)-7韋荘85《巻2-35 菩薩蠻五首其二》(長安にいて、世間の人が言う若いうちに江南に行ったことのあるものが、その良さを想像して詠うもの)世間の人々だれもかれも、江南はいいところだという。遊学して世間のことが分かっている人は、歳をとったら江南へいって暮すのが一ばんよいとおもっている。 


 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-7韋荘85《巻2-35 菩薩蠻五首其二》二巻35-85〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5627

 

 

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首之 一》

菩薩蛮五首 其一

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

殘月出門時、美人和涙辭。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

琵琶金翠羽、絃上黄鶯語。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

勸我早歸家、綠窗人似花。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

(菩薩蛮五首その一)

紅樓の別夜 惆悵に堪え、香燈 半ばに捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と辭を和【とも】にす。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語る。

我に勸む 「早【つと】に 家に歸れ」と。「綠窗の人」 花の似【ごと】し。

 

(旧版)

菩薩蠻 二

人人盡説江南好,遊人只合江南老。

春水碧於天,  畫船聽雨眠。

爐邊人似月,  皓腕凝雙雪。

未老莫還鄕,  還鄕須斷腸。

だれもかれも、江南はいいところだといいます。よそのくにへ遊びに出た人は、江南へいって年をとるまでくらすのが一ばんよいとおもっているのです。 

春は、雪解けの増水したながれは空の青さと一体化する。舟遊びの美しく彩られた船にのって、雨をききながら寄り添って眠ります。

酒爐のほとりには、お月さまを彷彿させる美人が居ます。その人の真白な腕から想像して、まるで雪がかたまったようなうつくしい体をしているのです。

一旦こういうところへ来たならば、年をとりたくはないし、まして故郷へ帰ることなど思いはしないのです。故郷などへ帰ったならば、この性的欲求不満を解決することが出来はしないことがわかるのです。

(菩薩蠻 二)

人人 盡く説く  江南は好しと,遊人 只だ合に  江南に老ゆべし。

春水は 天よりも碧く,畫船に 雨を聽きて眠る。

爐邊 人は 月の似く,皓き腕は 雙つの雪を凝らせる。

未だ老いざれば 鄕に還る 莫かれ,鄕に還らば  須らく 斷腸すべし。

 
 2015年3月1日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首其一》二巻34-〈84〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5622

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首其一》「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首其一》二巻34-84〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5622

 

 

花間集 菩薩蛮五首 唐・蜀 韋莊

溫助教庭筠    菩薩蠻十四首

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韋荘(韋相莊)        菩薩蠻五首

牛嶠(牛給事嶠)菩薩蠻七首

歐陽舍人炯    菩薩蠻一首

孫少監光憲    菩薩蠻五首

閻處士選      菩薩蠻一首

毛秘書熙震    菩薩蠻三首

李秀才珣      菩薩蠻三首

(旧版)

菩薩蠻 一

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。   美人和涙辭。

琵琶金翠羽。   絃上黄鶯語。

勸我早歸家。   綠窗人似花。

赤く美しい富貴の女の家の高殿での別れの夜というに、たまらない恨み嘆ことにたえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜたふさで飾られたとばりを半ばかかげているのは心残りの表れなのだ。

有明の月このいえをさるときがきたようだ。美しい女性と涙ながらの別れを告げねばならない。

その美人は翡翠のかざられたばちで琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは鶯の春を告げる言葉のように私を引き留める。

そして、そのあとには「早くあなたの家にお帰りなさい」と勧め、「緑の窓のほとりに花のようにきれいな人が待っていることでしょう」を添えて云うのである。

 

菩薩蛮

紅樓の別れの夜 惆悵に堪へんや。香燈に半ば捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と和【とも】に辭す。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語るに:

我に勸む 早【つと】に 家に歸れと。綠窗に 人 花の似【ごと】し。

 

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首之 一》

菩薩蛮五首 其一

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

殘月出門時、美人和涙辭。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

琵琶金翠羽、絃上黄鶯語。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

勸我早歸家、綠窗人似花。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

(菩薩蛮五首その一)

紅樓の別夜 惆悵に堪え、香燈 半ばに捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と辭を和【とも】にす。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語る。

我に勸む 「早【つと】に 家に歸れ」と。「綠窗の人」 花の似【ごと】し。

花蕊夫人002
 

 

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首其一》

『菩薩蛮五首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蛮五首 其一

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時、美人和涙辭。

琵琶金翠羽絃上黄鶯語。

勸我早歸家、綠窗人似花。

 

(下し文)

(菩薩蛮五首その一)

紅樓の別夜 惆悵に堪え、香燈 半ばに捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と辭を和【とも】にす。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語る。

我に勸む 「早【つと】に 家に歸れ」と。「綠窗の人」 花の似【ごと】し。

 

(現代語訳)

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

 

海棠花101
 

(訳注) (改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首之 一》

菩薩蛮五首 其一

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

一定の期間を過ぎれば、子供できない場合、別の妃嬪に寵愛は移る。妃嬪の資格として、音楽、舞踊は最低限の嗜みであった。この詩は、妓優が朝別れるというには、全体的に優雅な雰囲気を感じさせるので、妃嬪の事と考える。。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。換韻。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。 

菩薩蛮五首 其一

紅樓別夜堪惆。 香燈半捲流蘇

殘月出門美人和涙

琵琶金翠絃上黄鶯

勸我早歸   綠窗人似

 
 
● 
 

 この詞は花間集 韋荘の菩薩蛮其一である。上片で恋人との切ない別れの情景が、下片では、女性を懐憶している。

・韋莊:韋荘。唐末、蜀の詞人。

溫庭筠 菩薩蠻十五首其一

小山重疊金明,鬢雲欲度香顋
懶起畫蛾
。弄妝梳洗
照花前後
。花面交相
新帖繡羅
。雙雙金鷓

●○△●○○●  ●○●●○○●

●●●△○  ●○○●○

●○○●●  ○●○△●

○●●○○  ○○○●○

 

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

・紅樓:赤く色を塗った、美しい高殿。南の正門に続く御殿を示し、お金持ちの家の愛妾の住む建物で寵愛を受けるところ(基本、男が女の所に通う、「通い婚」)。青楼であれば、品が落ちてくるが、いずれにしても、この男女が密会した場所をいう場合が多い。

・別夜:別れの夜。男と女が別れた、その夜。

・堪:(現代語)たえがたい。たえられようか。この中心の語義は、古語と同じ「たえる」だが、ここでは違う。「紅樓の別夜 惆悵に堪へたり」(別れの辛さを克服できた)というのではなくて、少し字が多くなるが、「紅樓の別夜 (なんぞ)惆悵に堪へたらんや」とでもして、別れの耐え難さを表しているところ。

・惆悵:恨み嘆く。

・香燈:香しい灯火。香は、女性の居場所を暗示させる語。

・半捲:半ば巻く。大きく巻き上げていないところに、女性の微妙な気持ちが現れている。

・流蘇:五色の糸を混ぜたふさで、幕や旗などの飾りに使う。流蘇帳は、ふさの飾りが付いた幕。華麗で艶めかしいベッド等の家具を連想させる働きがある。初唐・上官儀の『八詠應制二首』之一に「啓重帷,重帷照文杏。翡翠藻輕花,流蘇媚浮影。瑤笙燕始歸,金堂露初晞。風隨少女至,虹共美人歸。」とある。

・帳:とばり。たれぎぬ。カーテン。ここは床帳(ベッドカーテン)か。(中国では、ベッドをカーテンで囲む習慣がある。あてにはできないが、「大明宮詞」でも武則天はカーテン付きのベッドに寝ていたが…。いつ頃からか、また調べておきます。)

 

殘月出門時、美人和涙辭。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

・殘月:有明の月。夜が明けてもまだ空にある月。この頃は、夜が明けるまでに帰らないといけなかった。名残月は20日頃の月をいう。

・出門:その人の元を立ち去るとき。

・美人:詞では妓優、歌妓(歌姫)を指すこと多い。元来、妃嬪をいう、隋唐の「内官」制度、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。普通に、美人といえば、やはり美しい女性を指すが、男性をいう場合や、心が立派な君子や君主など、いろいろな場合がある。ここは、涙と共に別れの言葉を言った訳であるから、やはり女性のことか。

・和涙:涙とともに。涙を含んで。

・辭:別れの挨拶の辞を言う。もしも美人を作者の男性ととると、辞去する、になる。ここは前者が相応しい。

妓優 玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「霓裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

 

琵琶金翠羽絃上黄鶯語。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

・琵琶:弦楽器の一。右端の女性が奏でているような楽器。

・金翠羽:金の翡翠(翠は雌のカワセミ)の羽の飾り模様。琵琶の表面か、ばちに画かれ・いる。羽がややこしいのは韻を踏むためでもあろう。

・絃上:絃を弦とする本も多い。弦で。演奏して。弦楽器を奏でることをいう。

・黄鶯:うぐいす。詞ではよく出てくる。ここでは、琵琶から流れ来る音楽の形容。

・語:言葉。黄鶯語の外にも解語花(女性のこと)等、という風に語を使う。琵琶から流れ来るメロディが、まるで弾く人の意を体して、語りかけてくるような感じを謂っている。

 

勸我早歸家、綠窗人似花。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

・勸我:琵琶から流れ来るメロデイは、「はやくもどってきなさいね」と語りかけるようだ、ということ。

・早歸家:「早く戻れ。」「いってかえり」という出掛けのあいさつの様なもの。早の意味は、早期に。「近日中に帰ってこい」の意味であって、「もういい時間になったので、いそいで速く家に帰らないと」ではない。早、夙などと、速、快、疾などとでは、日本語では、どれも「はやい」と読むものの、意味が全く違う。

・綠窗:緑のうすぎぬのカーテンをした窓は東のまどで、「東鄰()の女」宋玉の賦の中に出てくる美人、美人で賢い女性をイメージさせる。

・似:…の ようである。ごとし。如・似ともに「ごとし」と読み、意味も近いが、似は●、如は○のところでと、使い分ける。

韋莊

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-〈83〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5617

(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五》秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。

 
 2015年2月27日の紀頌之5つのブログ 
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189 《巻24-34 寄遠,十一首之六》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <189> Ⅰ李白詩1413 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5613 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-41-#1奉節-32-#1 《巻16-04 八哀詩八首〔二〕故司徒李公光弼 -1》 杜甫index-15 杜甫<904-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5615 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-〈83〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5617 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5617

 

 

(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83

 

(旧版)浣渓沙五首其五

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。

想君思我錦衾寒。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。

幾時攜手入長安。

よごとあなたのことを思っていると夜も更けてきて今日もあとわずか、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を眺めたりしながら、物思いに耽るのです。

君に想いを馳せれば、わたしの錦の掛け布団が寒いけれども、きっと私のことを思っていることをおもえばあったかいでしょう。

画堂が小さく僅かの距離でいるもの、狭い画堂が海のように深く感じられる。おもいだすのはただひたすら以前もらった手紙を見ているのです。

いつになったら晋の謝安のように女を携えて長安の都に入れるようになるのだろう。

(浣溪沙)

夜夜相ひ思ひて 更漏殘れ。明月に傷心して欄干に凭る。

君を想ふに我を思ひて 錦の衾 寒からん。

咫尺の畫堂 深きこと海に似,憶ひ來って唯だ舊き書を把りて看る。

幾れの時か手を攜へて長安に入らん。

 

(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83

 

浣渓沙五首 其五

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。

 

(きれいな谷間が砂でいっぱいになる早春になったのに、天子の御殿がすぐ近くにあっても、その間には深い海が横たわっている、でもいつの日か手を携えて長安の街を通り抜け、春の行楽に往けることだろうと詠う。)

秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。

間直にある画堂の御殿との間、、あのお方の御殿とは僅かの距離でしかないのに、まるでそこには渡たることのできない深い海のようなものがある。だけど、ただひたすら以前もらった手紙を手に取って見て寵愛を受けていたころをおもいだすことしかない。いつになったら晋の謝安のように春の日に手を携えてもらって長安の大明宮の御殿に入れるのだろう。そう思って生きていくしかないのだ。

唐 長安図 基本図00
 

 

(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83

『浣溪沙』 現代語訳と訳註

(本文) 浣渓沙五首 其五

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。

 

 

(下し文)

(浣渓沙五首 其五)

夜夜の相思 更漏殘れ。明月に傷心して欄干に凭る。

君を想ふに我を思ひて 錦の衾 寒からん。

 

咫尺の畫堂 深きこと海に似,憶ひ來って唯だ舊き書を把りて看る。

幾れの時か手を攜へて長安に入らん。

 

 

(現代語訳)

(きれいな谷間が砂でいっぱいになる早春になったのに、天子の御殿がすぐ近くにあっても、その間には深い海が横たわっている、でもいつの日か手を携えて長安の街を通り抜け、春の行楽に往けることだろうと詠う。)

秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。

間直にある画堂の御殿との間、、あのお方の御殿とは僅かの距離でしかないのに、まるでそこには渡たることのできない深い海のようなものがある。だけど、ただひたすら以前もらった手紙を手に取って見て寵愛を受けていたころをおもいだすことしかない。いつになったら晋の謝安のように春の日に手を携えてもらって長安の大明宮の御殿に入れるのだろう。そう思って生きていくしかないのだ。

楊貴妃清華池002
 
韋莊

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-〈82〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5612

 

(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四》渓谷の砂浜に布地を干す季節が来て、柳のみどりは色よくしてきた、鶯の姿は見えないけれどまさしく鶯が鳴いているのがきこえてくる。柳の枝は琴絃のように垂れて、清明節にブランコに乗って歌われるわらべ歌の「白銅堤」に合わせて柳の絃を拂っているし、草の絨毯がが生い茂る江畔では筝曲「弄珠」を奏でている。

 

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-〈82〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5612 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-82〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5612

 

 

(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-82

 

(旧版)

浣渓沙 其四----082

緑樹藏鶯鴬正啼、柳絲斜拂白銅堤、

弄珠江上草萋萋。

日暮飲、綉驄馬一聲

満身蘭麝醉如泥。

みどりの葉が繁ってき、鶯の姿は見合ないけれど間違いなく鶯が鳴いている。柳の枝はその枝を垂れている昔から歌に唄われた「白銅堤」を柳の枝が箒のように拂っている。

ここにある歓楽街で美人と遊び大江のうえに遊ぶ、そして行楽は郊外の草が茂っている中で遊ぶ。

日暮れになって飲んで帰るのはどこの旅人だろうか。

刺繍に飾られた鞍の駿馬が一声いなないた、

その時は全身に最高のお香「蘭麝」にひたっていて酒も酔いどれてもう泥のようになっている。

 

緑樹は鶯を藏すも鶯は正に啼く、柳絲は斜に拂う白銅堤、珠を弄ぶも江上は草萋萋【しげり】たり。

日暮れ飲み歸るは何處の客ぞ、綉鞍の驄馬【あしげ】一聲嘶く、満身の蘭麝醉うこと泥の如し。

 

 

『浣渓沙五首』 其一 ---079

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜嫋【しゃじょう】して 花鈿を 間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

 

(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-81

 

浣渓沙五首 其三 ----081

(選ばれて後宮に入ってきたが、毎夜、寵愛を受けるため、お香を朝霧がただよったかのように焚いているが、全く寵愛を受ける事は無い、妃嬪は、家柄もいいとされた美人であってもそのまま年老いていくとある日の早春の妃嬪を詠う。)

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

恨めしくて毎夜夢を見てしまう、うとうととして外を見ると名残の下弦の月が山に傾いている。一つだけ燈火が部屋の壁に影がゆらめき、その向こうの絹布窓にも影を映す。後宮に小殿の離れがあり、その高樓のある部屋に選ばれて此処に来た、貴族の娘の生娘がいる。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

ここに来てから、あのお方のことをひそかに思うだけ、これほどの美しい顔と姿はどこを探してもいないほどで、春未だ来のあの枝に咲いた一輪の花のようであり、春先の雪のようであり、早梅の花は凍りつくほど寒い朝、雪のように咲き誇るようである。ここでは、寵愛だけを考え、寵愛を受けるため全身に香を浴び、その部屋にはお香を一杯にして、朝霧のようにお香を焚いていて、それでも、寵愛を受けることもなく、時は過ぎ去ってゆく。

(浣溪沙五首 其の三)

惆悵す 夢の餘【あと】 山月斜なり、孤燈は壁背の窗紗を照らす、小樓 高閣 謝娘の家。

暗かに想ふ 玉容 何所に似たるや、一枝 春雪 梅花を凍らし、満身 香霧 朝霞簇【むら】がる。

 

(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-82

浣渓沙五首 其四

(きれいな谷間が砂でいっぱいになる早春の出来事、春の行楽の事を詠う。)

緑樹藏鶯鴬正啼、柳絲斜拂白銅堤、弄珠江上草萋萋。

渓谷の砂浜に布地を干す季節が来て、柳のみどりは色よくしてきた、鶯の姿は見えないけれどまさしく鶯が鳴いているのがきこえてくる。柳の枝は琴絃のように垂れて、清明節にブランコに乗って歌われるわらべ歌の「白銅堤」に合わせて柳の絃を拂っているし、草の絨毯がが生い茂る江畔では筝曲「弄珠」を奏でている。

日暮飲、綉驄馬一聲満身蘭麝醉如泥

日暮れになって飲んで帰るのはどこのおかたであろうか。美しく刺繍に飾られた鞍の駿馬にのられて、講談の一下りを話されているのだろう、その時は全身に最高のお香「蘭麝」にひたっていて酒も酔いどれてもう泥のようになっている。

(浣渓沙五首 其の四)

緑樹は鶯を藏すも鶯は正に啼く、柳絲は斜に拂う「白銅」堤、「珠を弄ぶ」も江上は草萋萋【しげり】たり。

日暮れ 飲み歸るは 何處の客ぞ、綉鞍の驄馬【あしげ】一聲嘶く、満身の蘭麝醉うこと泥の如し。

 

楊貴妃清華池002

韋莊

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-〈81〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5607

(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三》 ここに来てから、あのお方のことをひそかに思うだけ、これほどの美しい顔と姿はどこを探してもいないほどで、春未だ来のあの枝に咲いた一輪の花のようであり、春先の雪のようであり、早梅の花は凍りつくほど寒い朝、雪のように咲き誇るようである。ここでは、寵愛だけを考え、寵愛を受けるため全身に香を浴び、その部屋にはお香を一杯にして、朝霧のようにお香を焚いていて、それでも、寵愛を受けることもなく、時は過ぎ去ってゆく。

 

 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-81〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5607

 

 

(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-81

 

『浣渓沙五首』 其一 ---079

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜嫋【しゃじょう】して 花鈿を 間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-〈80〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5602

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二》(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-〈80〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5602 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5602

 

花間集

(改訂版)-1韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》

 

『浣渓沙五首』 其一 ---079

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜嫋【しゃじょう】して 花鈿を 間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

(旧版)

『浣渓沙五首』 其二 ---080

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

ぶらんこにのろうとおもったのに四肢・五体がだるくてしかたがないのです。あの人の連絡もないので使いの者を遣わしたいと思うけれどやっぱり心が不安だらけになってできないのです。

美しく彩色に描かれた高楼にかかっている簾や帷幕に月影を映して、それが風に揺れています。

此の夜は誰の情けを受けたいとしても誰もいないのです。垣根を隔てて春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、そしてそれが玉などが透き通るようにただ美しいだけなのです。

美しい容貌の女は心痛のために、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れているのです。

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

 

(旧版)

『浣渓沙五首』 其三 ----081

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

 

惆悵たり夢の餘り山月斜なり、孤燈は壁背の窗紗を照らす、小樓高閣は謝娘の家。

暗かに想ふ玉容何の似たる所ぞ、一枝の春雪梅花を凍らし、満身の香霧に朝霞簇【むら】がると。

 

(旧版)

『浣渓沙五首』 其四----082

緑樹藏鶯鴬正啼、柳絲斜拂白銅堤、弄珠江上草萋萋。

日暮飲、綉驄馬一聲満身蘭麝醉如泥

 

緑樹は鶯を藏すも鶯は正に啼く、柳絲は斜に拂う白銅堤、珠を弄ぶも江上は草萋萋【しげり】たり。

日暮れ飲み歸るは何處の客ぞ、綉鞍の驄馬【あしげ】一聲嘶く、満身の蘭麝醉うこと泥の如し。

 

(旧版)

『浣渓沙五首』 其五一一一083

浣渓沙

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。

よごとあなたのことを思っていると夜も更けてきて今日もあとわずか、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を眺めたりしながら、物思いに耽るのです。

君に想いを馳せれば、わたしの錦の掛け布団が寒いけれども、きっと私のことを思っていることをおもえばあったかいでしょう。

画堂が小さく僅かの距離でいるもの、狭い画堂が海のように深く感じられる。おもいだすのはただひたすら以前もらった手紙を見ているのです。

いつになったら晋の謝安のように女を携えて長安の都に入れるようになるのだろう。

(浣溪沙)

夜夜相ひ思ひて 更漏殘れ。明月に傷心して欄干に凭る。君を想ふに我を思ひて 錦の衾 寒からん。

咫尺の畫堂 深きこと海に似,憶ひ來って唯だ舊き書を把りて看る。幾れの時か手を攜へて長安に入らん。

 

 

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

 

 

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二 現代語訳と訳註

(本文) ---080

浣渓沙五首 其二

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

 

(下し文)

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

 

(現代語訳)

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

 

(訳注)

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

其一の続版で、寒食、清明節の行事として鞦韆に乗ったとしても、誰に見てもらうわけでもなく、高さを競って遊んだものだが今は、その気にならない。近くにいても連絡さえ取れず、鼻と風だけが通い合っていると思うと焦燥にかられる。それでも、寵愛を受けることで毎夜待っていることだけで生きている。

唐の教坊の曲名。『花間集』 には五十七首所収。韋莊の作は五首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で⑦⑦⑦/7⑦⑦の「AAA/AA」詞形をとる。の詞は花間集巻二所収の浣溪沙其一である。

浣渓沙五首 其一

淸曉妝成寒食天 柳球斜嫋間花鈿 捲簾直出畫堂

指點牡丹初綻朶 日高猶自凭朱 含顰不語恨春

  

  

浣渓沙五首 其二

欲上鞦韆四體  擬教人送又心 畫堂簾幕月明

此夜有情誰不極 隔墻梨雪又玲  玉容憔悴惹微

●●○○●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○△

●●●○○△● ●○○●●○○  ●○○●●○○

 

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

鞦韆 ぶらんこ蕩ぎのこと、2本の綱や鎖で横木をつり下げ、それに乗って前後に揺り動かして遊ぶもの。ぶらんこ。しゅうせん。《季 春》

蕩鞦韆 この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鞦韆を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩王建《鞦韆詞》に、「少年き児女は鞦韆を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裙薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴璫を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝釵 従って地に堕つ」

王建《鞦韆詞》

長長絲繩紫復碧,裊裊橫枝高百尺。

少年兒女重秋千,盤巾結帶分兩邊。

身輕裙薄易生力,雙手向空如鳥翼。

下來立定重系衣,復畏斜風高不得。

傍人送上那足貴,終賭鳴鬥自起。

回回若與高樹齊,頭上寶釵從墮地。

眼前爭勝難為休,足踏平地看始愁。

また別の詩、韓偓《鞦韆》に、

「五糸もて縄を繋ぎ 墻を出ること遅く、力尽き纔かに瞵りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱闌に借りて久しく語無し」(韓偓「鞦韆」)とある。

韓偓《鞦韆》

池塘夜歇清明雨,繞院無塵近花塢。

五絲繩繫出牆遲,力盡才瞵見鄰圃。

下來嬌喘未能調,斜倚朱欄久無語。

無語兼動所思愁,轉眼看天一長吐。

これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

 

 

四体 頭・胴・手・足。全身。五体。

・慵 物憂い,けだるい.

・忪 ドキドキする、動悸が不安定、驚く、恐れおののく。

・畫堂:美しく彩色してある建物。立派な建物。

 

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

・玲瓏 1 玉などが透き通るように美しいさま。また、玉のように輝くさま。 2 玉などの触れ合って美しく鳴るさま。また、音声の澄んで響くさま。

玉容 美しい容貌(ようぼう)。玉貌。

憔悴 病気や心痛のために、やせおとろえること。やつれること。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-3韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》二巻29-〈79〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5597

(改訂版)-3韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一》(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-3韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》二巻29-79〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5597

花間集 浣溪沙 

 

韋莊

 

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭第と並んで温蒙と併称され、晩唐期を代表する詞人である。喜涯の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

 

唐宋の時代の女性は、それぞれ異なった階層に属していた。彼女たちはおよそ次の十種に分けることができる。

 ①   妃嬪、

 ②   宮人、

 ③   公主(附郡主・県主)、

 ④  貴族・宦門婦人、

 ⑤   平民労働婦人、

 ⑥  商家の婦人、

 ⑦  妓優、

 ⑧  姫妾・家妓、

 ⑨  奴碑、

 ⑩  女尼・女冠(女道士)・女巫

以上である。

 

 

唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局(尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闈、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司醞、司薬、司饎、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

 

 

 

(旧版)浣溪沙

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿、捲簾直出畫堂前。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

早朝に起きだし化粧をやり直す、今日は清明節の一日なのです。柳絮が柳球になってが花鈿のところを左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いている。すだれを巻き上げると直ちに美しく彩色してある建物の前に出てみたのです。

ボタン花がほころんだばかりの枝を指で摘して数える。日が高くなってくると、なおかつ、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめて物思うのです。寂しくて眉をひそめて、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないのです。

(浣溪沙)

淸曉 妝成す 寒食の天に,柳球斜めに 嫋【じょう】として  花鈿を間す,

簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

 

指 點【さ】す牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】を,

日 高くして 猶ほも自ら  朱欄に 凭【よ】り,

顰【ひん】を含むも 語らず  春殘を恨むを。

 

 

(改訂版)-1韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一》

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

 

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

 

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜 嫋【しゃじょう】して 花鈿を間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

唐朝 大明宮2000

(改訂版)-1韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》

『浣溪沙』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙五首 其一

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

 

(下し文)

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜 嫋【しゃじょう】して 花鈿を 間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日 高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

(現代語訳)

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

 

(訳注) (改訂版)-1韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

日がな一日、何にもしないで、奇麗な部屋、奇麗な庭、奇麗な建物、牡丹の花が咲き誇る…これだけの条件の中にいることができる女性は、妃嬪だけである。貴族の愛妾ということもなくはないが、寵愛を失った妃嬪というのが適切であろう。寒食の日には、お墓参りのお供を夢見、春の行楽を待ち侘び、、二羽の牡丹の花を一緒に見たいと夢見ている、どんなことがあっても、寵愛を受ける準備をしておかないといけないのが妃嬪なのだ。

春まだ寒い時期、染め付けた布地を水にさらした後、河原に干す。春になると谷間の美しい光景となる。「浣溪沙」は、春の河原に、色とりどりの万幕を張って行楽を楽しむ様子が布地を晒し、乾かす光景と似ているために、春の行楽の恋模様を詠うものである。多くの階層の歌があるが、妃嬪・宮人・妓優のものがほとんどである。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』 には五十七首所収。韋莊の作は五首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で⑦⑦⑦/7⑦⑦の「AAA/AA」詞形をとる。の詞は花間集巻二所収の浣溪沙其一である。

其一

淸曉妝成寒食天 柳球斜嫋間花鈿 捲簾直出畫堂

指點牡丹初綻朶 日高猶自凭朱 含顰不語恨春

  

  

 

 

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

・淸曉:あかつきの最初。の夜が明けたばかり。

・妝成:清明の日の朝の身繕いもできあがり。

・寒食:清明節の3日前夜。現在の暦で言うと、四月四日前後か。“掃墓”(先祖のお墓参りをして、お墓の掃除をする日)の日でもある。寒食は冬至から数えて百五日目。この日は火を燃やすことを禁じ、あらかじめ調理しておいた冷えた料理を食べたので寒食と言った。その起源は、春秋時代、晋の介子椎の故事に基づくと言われている。彼は、又公の亡命の供をした。そして、文公が復権し帰国すると、故郷の山に隠れ文公の呼び出しに応じなかった。文公は山に火を放ては介子推が山から出て来るものと思い、火を放ったところ、介子椎は樹を抱いて焼死した。文公はその死を悼んで、介千推の命日には国民に火を焚くことを禁じたと言う。二十四節気の清明の前日に当たる。

・天:日。一日(いちにち)。

・柳球:“柳花球”のこと。風に方々飛ばされた柳絮が団子状に固まったものを頭に飾ったことから白い球状の物を頭に着けた。介千推の命日ということで、喪章の意味もあったのである。

・斜:ななめに。きっちりとなっていないさまをいう。

・嫋:かぼそく弱々しいさま。風がそよそよと吹くさま。煙などがゆらゆらと立ち上るさま。ここでは、ゆらゆらと揺れ動くさまをいう。

・間:間する。隔てる。間(ま)をおく。ここは動詞の意。名詞とは声調が違う。

・花鈿:婦人の頭の装飾品で、前額にはりつけるもの。或いは、花かんざし。ここは花かんざしを挿した女をいう。

魚玄機『折楊柳』

朝朝送別泣花鈿,折盡春風楊柳煙。

願得西山無樹木,免教人作淚懸懸。

朝朝 送別 花鈿に泣き、春風に折り尽くすは楊柳 煙る。

願はくは 西山 樹木なしとし、人をして 涙の懸懸を作さしむるを免るるを得んことを。

・捲簾:スダレを巻き上げる。

・直出:直ちに…に出て。

・畫堂:美しく彩色してある建物。立派な建物。

 

 

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

・指點:指摘する。一つ一つ指差して数える。

・牡丹:ボタンの花。

・初:咲いたばかりの。いましがた咲いたばかりの。

・綻朶:花がほころんだばかりの枝。

・日高:日が高くなる。お昼近くなる。

・猶自:…でさえ、なおかつ。

・凭:よりかかる。もたれる。

・朱欄:あかい欄干。

・含顰:眉をひそめる。しかめる。 

・顰 顔をしかめる。眉を寄せる。

・不語:…を口にしない。言わない。

・恨:恨み言。

・春殘:移ろいゆく春。去りゆく春。

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