玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

風流、詠懐詞

17 毛熙震《巻九41臨江仙二首其一》『花間集』443全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7479

毛熙震  臨江仙二首其一

南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている

《花間集》

443巻九41

臨江仙二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7479

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。

潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。

纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。

(臨江仙二首其の一)

南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。

潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。

態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。

纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。

 

臨江仙二首其二

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。

好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。

澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

 

興慶宮沈香亭
 

『臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其一

南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。

潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。

纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の一)

南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。

潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。

態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。

纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。

 

(現代語訳)

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。

花間集 白梅
 

(訳注)

臨江仙二首其一

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

1 李商隠《南 朝》 

玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。

誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。

敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。

満宮学土皆顔色、江令當年只費才。

(南 朝)

玄武湖中 玉漏催し、鶏鳴壊口 繍襦廻る。

誰か言う 瓊樹 朝朝に見わるるは、金蓮 歩歩に来たるに及はずと

敵国の軍営 木柹を漂わし、前朝の神廟 煙煤に鎖さる

満宮の学士 皆な顔色あり、江令 当年只だ才を費す

南 朝 (南斉の武帝と陳の後主)李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 46

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。毛熙震の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる

南齊天子寵嬋  六宮羅綺三
潘妃嬌豔獨芳  椒房蘭洞 雲雨降神

縱態迷歡心不足 風流可惜當  

纖腰婉約步金蓮 妖君傾國 猶自至今

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南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

2 南斉 中国,南北朝時代の南朝の一(479502)。宋の蕭道成(しようどうせい)が順帝の禅譲を得て建国。都は建康(今の南京)。七代で蕭衍(しようえん)(梁の武帝)に国を奪われた

3 嬋娟 容姿のあでやかで美しいさま。

4 六宮 中国で、皇后と五人の夫人が住む六つの宮殿。皇后と五人の夫人。後宮。

綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。

5 三千 宮女三千人。

杜甫はかつて《20-99 観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。

767年-23幷序⑶ 杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 幷序⑶》 杜甫詩index-15-1145 <1595> 767年大暦2年56-23幷序⑶

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。100人くらいもいる妃賓に100人の宮女が使えていたとするから、後宮には一万人くらいがいたとされる。

 

潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

7 潘妃 (生没年不明)東昏侯の妃。本名は兪尼子、のちに、潘玉児といった。もと王敬則の妓で、東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長する ことが大であった。かつて東昏侯は、金の蓮華を地に敷いて潘妃にその上を歩かせ、「歩歩蓮華を生ず」といった。梁の武帝の革命が起こると、東昏侯は殺され、潘妃は捕えられたが、部 将の妾となることを拒んで自殺した。

8 芳妍【ほうけん】美しく、優美な女たちがあつまれば芳しい香りでこと。

9 椒房 ①皇后の御所。②皇后・皇妃の別名。「椒」は山椒(さんしよう)、「房」は室の意。中国で皇后の御所の壁に邪気を払うためと、実の多いことにあやかり、皇子が多く生まれるようにと、山椒を塗り込めたり、庭に植えたりしたところからこの名があるという。

10 蘭洞 妃賓の宮殿。

 

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

 

纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。

11 金蓮 南斉の末期の帝、東昏侯蕭宝巻(483501)は黄金で蓮の花をこしらえて地面に敷き、その上を愛姫の潘妃に歩ませて、「此れ歩歩に蓮華を生ずるなり」といった(『南史』斉本紀)にある。

〔「南史斉本紀」より。中国南朝の東昏侯(とうこんこう)が潘妃(ばんき)に金製の蓮華の上を歩かせた故事による〕美人のあでやかな歩み。蓮歩。

 

杏の花01
 

南 朝 
玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。
楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。
誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。
誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。
敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。
敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。
満宮学土皆顔色、江令當年只費才。
千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。


楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。
誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。
敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。
千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。

 

南 朝
玄武湖中 玉漏催し、鶏鳴壊口 繍襦廻る。
誰か言う 瓊樹 朝朝に見わるるは、金蓮 歩歩に来たるに及はずと
敵国の軍営 木柹を漂わし、前朝の神廟 煙煤に鎖さる
満宮の学士 皆な顔色あり、江令 当年只だ才を費す

 

 

南朝 439年から始まり、隋が中国を再び統一する589年まで、中国の南北に王朝が並立していた時期を指す。建康(江蘇省南京市)に都を置いた東晋・宋・南斉・梁・陳の王朝。西晋末の五胡十六国の乱から隋が統一するまで三百年近く、中国は漢民族による南朝と北方民族による北朝とに分裂した時期が続いた。北朝の質実剛健、南朝の繊細華美という対比で捉えられる。
北魏が華北を統一し、華南には宋、斉、梁、陳の4つの王朝が興亡した。こちらを南朝と呼ぶ。同じく建康(建業)に都をおいた三国時代の呉、東晋と南朝の4つの王朝をあわせて六朝(りくちょう)と呼び、この時代を六朝時代とも呼ぶ。この時期、江南の開発が一挙に進み、後の隋や唐の時代、江南は中国全体の経済基盤となった。南朝では政治的な混乱とは対照的に文学や仏教が隆盛をきわめ、六朝文化と呼ばれる貴族文化が栄えて、陶淵明や王羲之などが活躍した。
 
また華北では、鮮卑拓跋部の建てた北魏が五胡十六国時代の戦乱を収め、北方遊牧民の部族制を解体し、貴族制に基づく中国的国家に脱皮しつつあった。
李商隠にはほかにも「南朝(地険悠悠天険長)」と題する七言絶句がある。

 

玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。
楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。
玄武湖 南京市北郊の湖。南朝宋の文帝が開墾し楽遊園に造った、行楽の場とした。「陳の後宮(玄武)」詩にも「玄武 新苑を開き、龍舟 燕幸(御幸して宴を催すこと)頻りなり」。○玉漏催 玉でできた漏刻(水時計)がせき立てるように時を刻む。文帝は次々に土木工事行い、夜まで時を忘れて享楽に耽ったことをいう。○鶏鳴埭 (けいめいたい) 玄武湖の北の堰の名。南斉の武帝はしばしば官女を引き連れて琅琊城に行幸し、宮廷を早朝に発って玄武湖の堰まで来ると鶏が鳴いたのでそこを「鶏鳴埭」と呼んだという(『南史』后妃伝・武穣装皇后伝)。「域」は堰の意。○繍襦廻 「繍襦」はうす絹の襦袢で刺繍を施したものをいう。膝上までの短衣を着たお供の官女たちを指す。「」は短衣が舞いながら回転する。




誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。
誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。
瓊樹 宝玉のように美しい木。陳の後主が張貴妃、孔貴嬪の美貌を讃えて作った「玉樹後庭歌」をふまえてに「璧月は 夜夜に満ち、瓊樹は朝朝新たなり」(『陳書』後主沈皇后伝論)にもとづく。「瓊」は赤い宝石。「璧」も美しい玉。○金蓮歩歩來 南斉の末期の帝、東昏侯蕭宝巻(483501)は黄金で蓮の花をこしらえて地面に敷き、その上を愛姫の潘妃に歩ませて、「此れ歩歩に蓮華を生ずるなり」といった(『南史』斉本紀)にある。
〔「南史斉本紀」より。中国南朝の東昏侯(とうこんこう)が潘妃(ばんき)に金製の蓮華の上を歩かせた故事による〕美人のあでやかな歩み。
蓮歩。

 

 

 

敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。
敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。
敵国 隋を指す。○漂木柹 隋の文帝は戦艦を建造した際、秘密裡に進めるようにという忠告に対して、天誅を施そうとしているのだから隠すまでもない、川に船の木くずを流せ、戦艦が攻めてくると知って陳が放埓を改めるならはそれでよい、と語った(『南史』陳本紀)。「柹」は木屑。○前朝神廟鎖煙煤 先帝の建国の艱難辛苦忘れ、霊を祀った7か所の御廟が祭祀も行われずに放置され酒食に耽った。その上、陳の後主(陳叔宝)は先祖の祀りを怠って酒食に溺れ、とがめた章華を斬殺した(司馬光「資治通鑑」)。「煙煤」はすすけむり。



満宮学土皆顔色、江令當年只費才。
千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。
満宮学土皆顔色 陳の後主は宮女のなかで文才のあるものを「女学士」に命じ、宴遊に際して詩を書かせ、千人以上の宮女たちに合唱させた。「顔色」は美貌。○江令 陳の宮廷の御用文人江総(519594)、梁、陳、隋の三朝に仕えた。尚書令であったので「江令」という。『陳書』江総伝に、総は権宰であったのに、政務を持せず、後主と遊宴のみし、陳喧・孔範・王瑳ら十余人と共にし、「狎客(お追従もの)」と称された。国政に与る身でありながら享楽の詩にのみ才を注いだことをのべる。

14鹿虔扆《巻九19虞美人》『花間集』421全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7369

虞美人

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。璅疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

《花間集》420巻九19

虞 美 人

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7369

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

938965年前後に在世

 

 

 

 
  2016年2月20日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(82)李太白集829巻二十三03效古二首其二  401Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(82) Ⅰ李白詩1765 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7365  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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韓愈132-#2《 巻01-16秋懷詩,十一首之三 -#2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(4)<1678> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7366  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-23 #2杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 #2》 杜甫詩index-15-1144 <1594> 767年大暦2年56歲-23 #2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7367  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

 

 

虞美人

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。

疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。

九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。

不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

 

(虞美人)

卷荷 香澹 煙り渚に浮き,綠嫩【りょくどん】新雨に擎たれる。

【そうそう】疎に透き 曉の風清く,象床の珍簟 冷く光り輕やかにし,水紋 平かなり。

九疑 黛色の屏 斜に掩う,枕上 眉心の斂。

堪えず 相い望む 病 將って成すを,鈿昬【でんこん】 檀粉 淚 縱橫にし,情に勝らず。

 

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『虞美人一首』 現代語訳と訳註

(本文)

虞美人

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。

疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。

不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

 

 

(下し文)

(虞美人)

卷荷 香澹 煙り渚に浮き,綠嫩【りょくどん】新雨に擎たれる。

【そうそう】疎に透き 曉の風清く,象床の珍簟 冷く光り輕やかにし,水紋 平かなり。

九疑 黛色の屏 斜に掩う,枕上 眉心の斂。

堪えず 相い望む 病 將って成すを,鈿昬【でんこん】 檀粉 淚 縱橫にし,情に勝らず。

 

(現代語訳)

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。

宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。

九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。

もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

 

四川省西部地区略図
 

(訳注)

虞美人

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

寵愛がまだあるかもしれないと思って悶々とした生活を送っているが、天子の許しを得て、道女になることが目標となるが大抵許されず、朽ち果てる様に死んでゆくものである。

1 1 虞美人 項羽の愛姫で虞姫ともいう。5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか・安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒宴をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞世の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。虞美人草の名は,彼女の鮮血が化して草花になったという伝から来ている。

秦末 虞美人『虞美人歌』

漢兵已略地,四方楚歌聲。

大王意氣盡,賤妾何聊生。

(虞美人の歌)

漢兵 已に地を略し,四方 楚の歌聲。

大王 意氣盡き,賤妾 何ぞ生を聊んぜん。

虞美人歌  秦末・虞美 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482

項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌』

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

2. 美人 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。鹿虔扆の詩は一首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字三平韻で、75⑦⑦③/75⑦⑦③の詞形をとる。

卷荷香澹浮煙渚  綠嫩擎新雨
疎透曉  象床珍簟冷光輕 水紋

九疑黛色屏斜掩 枕上眉心斂

不堪相望病將成 鈿昬檀粉淚縱  不勝

△△○△○○●  ●●○○●

●?△●●△○  ●○○●△△△ ●○○

△○●●△○● △●○○●

△○△△●△○ △?○●●△△  △△○

 

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。

3 嫩 新芽の葉。若葉。 【嫩芽】どんが. 新しく生えてきた芽。新芽。 【嫩緑】どんりょく. 草や木の新芽の色。 若緑 ( わかみどり ) 。新緑。 【嫩い】わかい. 生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。 【嫩草】わかくさ. 若々しく柔らかい草。 「若草」とも書く。「どんそう」とも読む。1(植物の芽・果実や人の肌などが)若い,柔らかい,みずみずしい.3.用例个姑娘 niang 皮很嫩。〔述〕=この娘は肌がみずみずしい

◎この前半、二句と次の三句は宮女=虞美人が寵愛されている様子を蓮、香り、煙、綠嫩、擎、新雨等の語で情事の様子をイメージさせている。それはやがて孤独な生活へ変わってゆく前奏曲の様なものなのである。

 

疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。

4 璅 宝飾で飾られた窓。宮女の閨の窓。

5 簟 細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。古代では高価なもので、特にここに出ている水紋の網目のものは最も高価なものである。花間集では、情事を連想させるアイテムとして登場する。

 

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。

九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。

6 九疑 屏風に描かれた山水画であろう。1. 九嶷山 「舜 之所葬,在 零陵 界中。」 2.九疑山 之神。《楚辞·離騒》十三段:「百神翳其備降兮,九疑繽其並迎。」《楚辞、九歌、(四)湘夫人》「九疑繽兮並迎、霊之來兮如雲。」(九疑山の神々が 盛んにむらがり並んで迎えると、湘君の神霊は衆神を随えて雲のように降ってこられる。)

◎後半、この二句と次の三句は寵愛がなくなる様子、男性の象徴である九疑山の神の屏風がかたずけられ、悶々として横になるしかない様子をいう。

 

不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

もうこの生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

7 鈿昬 昬:昏 花鈿が暗くなる。花鈿が薄れて消えかけている。

8 檀粉 化粧品で白粉の中に香りが良いものが入っている。高価なもので宮女の使う化粧品。

 

 

9 『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で一二二人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 

唐代の皇帝たちは、後宮の女性を選抜したり寵愛したりするのに、あまり尊卑貴職を気にかけなかったが、彼女たちに地位・品級を賜る時には家柄をたいへん重視した。とりわけ皇后に立てる時には絶対に家柄が高貴でなければならず、「天下の名族を厳選」しなければならなかった(『資治通鑑』巻一九九、高宗永徴六年)。漢代に歌妓の衛子夫(武帝の皇后。もと武帝の姉の歌妓)や舞妓の超飛燕(成帝の皇后。もと身なし児で歌妓)が皇后になったようなことは、唐代には完全に跡を絶った。后妃に封ずる時は、まず「地肖清華」(家柄の高貴)、「軒冤之族」(貴顕なる名族)等々の出身であることが強調され、その次にやっと徳行が問われた。

 

彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

 

 

 

思越人【字解】

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

1 【解説】詩題の意味は江南に去って行った阮郎を恨むということである。李白の《巴女詞》と同じように、蜀の女妓について詠ったものである。鹿虔扆の役職からすれば、官妓についてのものである。蜀には、成都の西側とには、南津の渡し場には、民妓が、南から東側に官妓がいた。表向きには漢魏が圧倒していた。其処にいる女たちの歌である。もっとも花間集における「恨む」は男目線のものである。当時の倫理観には、棄てられた女が男を恨むということはなく、民から近代にかけての儒教思想による倫理観に変化したことで、詩の解釈も儒教的解釈が当たり前となったことで、男目線の「恨む」という解釈に変わったのである。この事については花間集の訳註解説として別の機会に発表する予定である。 女性の孤閏の侘しさを詠う。前段は、独り寝の夜の閏の様子を通じて、女の侘しさを述べ、後段は、前半の二句で、枕を覆う乱れた髪と、それを物憂く整えるさまを、後半の二句で、男との出会いの夢から覚めた後の悲痛な思いを語る。

2 『花間集』には鹿慶辰の作が二首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。

翠屏欹 銀燭背  漏殘清夜迢
雙帶繡窠盤錦薦  淚浸花暗香
珊瑚枕膩鴉鬟  玉纖慵整雲
若是適來新夢  離腸爭不千

●△○ ○●●  ●○○●○○

○●●○○●●  ●△○●○○

○○△●○○●  ●○○●○●

△●●△○△●  △○○△○●

3 銀燭背 灯火に背を向ける。銀燭は明るく燃える灯燭。一人で居て悶々としていることを強調する語。

4 漏殘清夜迢迢 長い夜が明けそぅになることを言う。漏は水時計。ここでは時間の意。残は損なわれる、さびれる。迢迢は遙かなさま。

5 双帯繍窠盤錦薦 刺繍のある帯の両端が錦の敷物の上に垂れ、蛇がとぐろを巻いたように円くなっていることを言う。葉は刺繍模様。薦ほ敷物。

6 涙侵花暗香銷 敷物の上に置かれた帯の模様の上に涙がこぼれ落ちて薫きしめた香の香りも消えた、ということ。花は帯の刺繍模様。暗香は徴かな香り。

7 珊瑚枕膩 珊瑚の飾りの付いた枕が髪油、皮脂の染みで光っていること。一人寝をひたすらしているということ。この時代の女性は自らの意思で外に出ることはできない。

8 鴉鬟 結い上げた黒髪の髷。鴉はいわゆる「烏の濡羽色」。

9 雲散 髪の乱れを言う。雲は女性の大きく膨らませた豊かな髪を形容する言葉、で、鬢を蝉の羽のように梳いた髪型を両雲鬢。この髪型が乱れたままというのは見せる人がいないこと。寝崩れしても気にしないことをいう。

10 適来 今しがた。

11 若是適來新夢見 もし、いまここで、夢で情交できるというのなら、という意味。

12 唐宋時代の貞操観、倫理観

唐代の女性は一般に早婚であり、大半が十五歳前後で嫁に行った。早い人は十三、四歳であり、遅い人は十七、八歳であった。これくらいが正常な結婚年齢であった。「媒無ければ選ぶを得ず、年は忽三六(十八歳)を過ぐ」(自居易「続古詩」)。女子は十八歳を過ぎれば婚期を逸したと思われていたようである。唐初より以来、人口増殖のために、国家は結婚適齢期に遅れないように結婚せよとずっと強調してきた。貞観年間には十五歳以上の女子に対して、開元年間には十三歳以上の女子に対して、婚期に遅れないように結婚すべしと命じた(『唐会要』巻三八「嫁要」

当然花街における妓女も15歳から23・4までがピークである。性的成長と婚姻が驚くほど低年齢であった。結婚感は、前世から定められているもので、本人の気持ちで決まるものではない。その一方で貞操感が全くないので、父母、媒酌人、天意できめられた。

唐代の結婚について、もう一つ注目すべき現象がある。それは男が女の家に行って婚礼をあげるケースがひじょうに多いということである。これについては、敦燈で発見された唐代の書儀(諸種の公文・書簡等の書式)の写本が確かな証拠を提供してくれる。それに「最近の人の多くは妻を自分の家に迎えない。つまり妻の実家で結婚式をあげ、何年たっても夫の実家に行かない。自分の実家でそのまま子供を出産することが、一度や二度にとどまらない者もいる。道が遠くて日返りで舅姑に挨拶に行けないからでもない。……婦人は婚礼が終っても夫の一族を全く知らないのである」という。

この文書からみると、夫は妻の実家で結婚式をあげ、また妻は何年も夫の家に行かないのみならず、甚だしい場合には、何人か子どもを生んだ後でも妻は夫の実家の人々と知りあうことがないのである(以上の観点と材料は超和平先生より提供いただいた。併せて周一良先生の「敦煙写本書儀の中に見る

 

唐代の人々は貞操観念が稀薄だったので、離婚、再婚はきわめて一般的な風潮となり、古代社会史上注目すべき現象となった。ところで離婚は、もちろん男女双方に平等というわけではなかった。

 

唐代の法律は、まず男が女を離婚して家から出す権利を保証している。唐律は、妻が次の「七出」を犯せば、夫は離婚してもよいと規定している。「七出」とは古い時代からの礼法により、Ⅲ男児を生まない、榔淫乱である、㈲舅姑によく仕えない、㈲他人の悪口を言いふらす、㈲盗みを行う、㈱嫉妬心が強い、仰悪い病気にかかる、以上の七項目とされている。しかし、「七出」に該当するものでも、追い出せない三つの条件があった。それは、Ⅲ舅姑の葬式を主催した者、榔嫁に来た時は下品であったが後に立派な女性になった者、㈱離婚されても行くところのない者、以上の三つの場合は妻を離縁すべきでないとした(『唐律疏議』巻一四)。こうした一定の制限があったにせよ、妻を離縁することはやはりきわめで簡単であった。離婚の理由はたいへん多く、たとえば、厳澄夫の妻慎氏は十余年たっても子供が出来なかったので離縁された(『雲渓友議』巻一)、李過秀の母は微賎の生れであったが、嫁が家の奴婦を叱る声を聴き不愉快になった。息子の過秀はそれを知るとすぐ妻を離縁した(『雲渓友議』巻一、『旧唐書』李大亮伝附李過秀伝)。自居易の判決文にも、妻を離縁することを許した例が少なからずある。たとえば、父母が嫁を女性たちの乱行や道徳に反した現象が、じつは少なくなかった。敦煌変文の 「齢酎書」 の中に、次のような女性たちの情況が記されている。

 

彼女たちは「児を欺り婿を踏みつけにし、大声で罵り、舅や姑が話してもまったく耳を貸さず、台所に入って怒り出したら、粥も汁もひっくり返し、鉢や髄をたたき、釜や鍋を打ち、怒ると水牛の飼葉桶のように大きくふくれ、笑うと轍櫨が廻るようにうるさい」、「村で自由気ままにやってきたのに慣れて、礼儀を学ばず、女仕事も好まない」(『敦塩変文集』巻七)等々。ある唐代の民歌に、「家がだんだん貧しくなるが、これは全くものぐさな妻のせい、酒を飲めば夫も顔負け、衣服を縫ったりほどくこともできない。よい衣裳を着てはすぐ外出し、男の同伴を求めないが、心の中ではいつも男を欲しがっている。東の家ではデマを飛ばし、西の家では相槌を打ち、……」(『唐代民歌考釈及変文考論』)などとある。これらは行儀の悪い婦人を皮肉ったものである。封建道徳の模範となった少数の女性の他に、唐代の女性、とりわけ下層の働く女性の中には、女道徳を守らず、甚だしくは「風を傷つけ俗を敗る」現象さえあったことを、これらの描写は反映している。

 

このような倫理道徳に惇る状況は、夫婦の間の関係と家庭における女性の地位の上に、より集中的に反映していた。礼教の「三綱」(君臣、夫婦、父子の三つの綱)の一つが、夫は妻の綱というものであり、女性の「三従」 の一つが妻は夫に従うぺしというものであった。しかしながら、唐代の少なからざる家庭の中には、逆に「婦は強く夫は弱し、内(妻)は剛く外(夫)は柔なり」(『朝野愈載』巻四)という情況があり、妻が家の主人、夫はただの操り人形でしかない家も多かった。

 

こうした現象は、決して唐代だけに存在したわけではなく、南北朝時代の北朝以来の遺風を受け継ぐものであった。北斉(五五〇1五七七)の顔之推が書いた『顔氏家訓』 の中に、「鄴(北朝の都、現在の河北省臨港県)下の風俗では、もっぱら家は女で維持されている。彼女らは訴訟をおこして是非を争ったり、頼みごとに行ったり、人を接待したりするので、彼女らの乗る車で街路はふさがれ、彼女らの着飾った姿は役所に溢れている。息子に代って官職を求め、夫のために無罪を訴えているのである。これは恒、代(鮮卑族の建てた北魂王朝が最初に都を置いた現在の大同一帯の古地名)の遺風であろうか」とある。北朝の伝統と、封建道徳の不振とが、この 「夫は柔で妻が剛、夫が妻に従う」という現象を日常化したのである。とりわけ唐代の初期は、上は皇帝から下は貴族、士大夫に至るまで、「内(妻)を倶れる」 ことが風習になっていた。しかも、君臣、上下、誰もが妻の恐ろしさを公然と口にして恥とも思わなかったのである。万乗の君ともなった中宗も恐妻家として有名であったから、宮中の伶人(宮中の楽人)が中宗に面と向って「振り返って見ますと、皇帝様は柳の枝で編んだ寵のよう(ぶくぶく肥っているが骨がなく柔かい)、御婦人を恐れることは結構じゃ。宮廷外では蓑談が恐妻家として第一番、宮廷内では李老(中宗)に勝る者はおりません」(『本事詩』嘲戯)などと戯れ歌を唱ったところ、その場ですぐ中宗の妻の葦后から褒美を賜った。また、粛宗は張皇后を大いに恐れていたので、ある詩人は「張后 楽しまざれば 上(皇帝) 忙と為す(心が落ちつかない)」(杜甫「憶昔」)と誘った。

 

士大夫の恐妻家としては、太宗の時代の任壊、中宗の時代の襲談などが有名であった。裳談などは「かかあ天下」 であることを正統化する一式の理屈さえ持っていて、「妻を恐れる理由は三つある。一つは、若くて美しい時に彼女を見れば生菩薩のように見える。どうして生菩薩を畏れない人があろうか。息子や娘が成人する前に彼女を見れば九子魔母(インド渡来の女神で、鬼子母神と同じ)のようである。どうして九子魔母を畏れない人があろうか。五十、六十になって、薄化粧を施し顔が黒くなった彼女を見れば鳩盤茶(インド渡来の神で、人の精気と血を吸う魔神)のようである。どうして鳩盤茶を

畏れない人があろうか」(『本草詩』嘲戯)と言った。高宗はかつて朝臣の楊弘武にどうして某人に官職を与えたのかと問うた。すると場はこともあろうに「臣の妻の毒氏は強くで猛々しい女でございます。昨日この妻が私に頼んだからなのでして、もし従わなければおそらくひどい目に遭うのでございます」と答えた(『太平広記』巻二七二)。次の唐末の宰相王鐸の話はもっと滑稽である。彼は姫妾を連れて黄巣の進撃を防ぎに出陣した。妻は嫉妬して後を追い、とつぜん彼のところに妻が都を離れてこちらに向っているという知らせがとどいた。彼は幕僚たちに「黄巣は南から、妻は北から向って来る。どう対処すればいいだろう」と聞いた。幕僚たちは冗談に「黄巣に降伏する方がマシで

す」と言った(『太平広記』巻二五二)。

 

下級官吏や一般庶民の家にも同じ情況があった。紆州(安徽省懐寧県)の兵士李廷壁は軍内で連日宴会を開き、三日間家に帰らなかった。その妻は恨んで「帰って来たら切り殺してやる」と伝えた。李は驚き恐れて泣きくらし、寺に移り住んで家に帰ろうとしなかった(『太平広記』巻二七二)。自居易は、妻が夫を殴った事件を受理したことがある。この事件は県令がすでに彼女を三年の懲役刑に処した案件であった。

14鹿虔扆《巻九16女冠子二首其一》『花間集』418全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7354

鹿虔扆 女冠子二首 其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

《花間集》416巻九16

女冠子二首 其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7354

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 

花間集 教坊曲《女冠子》七首

溫庭筠

巻一48女冠子二首其一含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙。

溫庭筠

巻一49女冠子二首其二霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

巻三21女冠子二首其一四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

巻三22女冠子二首其二昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

巻三43女冠子二首其一求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

巻三44女冠子二首其二雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘。

牛嶠

巻四01女冠子四首其一綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

巻四02女冠子四首其二錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

巻四03女冠子四首其三星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎。

牛嶠

巻四04女冠子四首其四雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時。

張泌

巻四39女冠子露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

巻八24女冠子二首其一蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

巻八25女冠子二首其二澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密壇陰。倚雲低首望,可知心

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。鬢低含綠,羅衣澹拂。悶來深院裏,閑落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

  

鹿虔扆 女冠子二首

女冠子二首 其一

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

應共吹簫侶,暗相尋。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

 

女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

(女冠子二首 其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。

香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。

翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。

應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。

 

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を拂い澹す。

悶し來って院裏に深し,閑し步みて花傍に落つ。

纖手 輕輕して整い,玉鑪 香す。

泰山の道観02
 

『女冠子二首 』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首 其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

應共吹簫侶,暗相尋。

 

(下し文)

(女冠子二首 其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。

香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。

翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。

應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。

 

(現代語訳)

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

杏の白花012
 

(訳注)

女冠子二首 其一

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻三平韻、後段十八宇四句二平韻で、③5⑤/55③の詞形をとる。

碧桃紅  遲日媚籠光影 彩霞 

香暖薰鶯語 風清引鶴

翠鬟冠玉葉 霓袖捧瑤

應共吹簫侶 暗相

●○○●  ○●●△△● ●○△

○●△○●  △○●●○

●○△●●  △●●○○

△△△○●  ●△○

 

1 女冠  宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

   病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

   圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

  家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

   妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

漢詩ブログ001
 

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

2 媚 [訓]こびる1 なまめかしくする。色っぽい。「媚態・媚薬」2 こびへつらう。「佞媚(ねいび)3 あでやかで美しい。

 

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

3 鶴音 笙を吹く仙人が鶴に乗ってあらわれる。『列仙伝』巻上・王子喬に「王子喬は周の霊王の太子晋なり。好んで笙を吹き、鳳鳴を作し、洛陽の伊水、洛水の間に遊ぶ。

 

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

4 霓 夕立のあとなど,太陽と反対側の空に弧状にかかる七色の帯。空中の水滴粒子にあたった光の屈折と分光によって生じる。内側が紫,外側が赤の配列をした虹のほかに,この外側をとりまき,逆の色の配列の第二の虹が見えることがある。

5 捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。

 

應共吹簫侶,暗相尋。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

6 蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。穆公有女字弄玉,好之。公以妻焉,遂教弄玉作鳳鳴,居數十年,吹似鳳聲,鳳皇來止其屋。為作鳳臺,夫婦止其上,數年,皆隨鳳飛去。」

「蕭史という者,秦の穆公の時の人である,善く蕭を吹き,能く孔雀を、白鵠致す。穆公は女有り 字を弄玉,之を好む。公は以て妻と焉し,遂に弄玉に教え鳳鳴を作り,數十年居し,吹けば鳳聲に似たり,鳳皇は來りて其の屋に止る。鳳臺を作るを為し,夫婦は其の上に止り,數年,皆に鳳に隨って飛び去る。」

秦の蕭史がとどまるほどの所であり、書きつけてある文章は魯の恭王が残しておかれたもののようである。王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

 

善吹簫 嬴は秦の姓、善吹とは秦の穆公の娘の弄玉をいう。蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。

杜甫『鄭駙馬宅宴洞中』

主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。

春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。

悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。

自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。

鄭駙馬宅宴洞中 杜甫

秦の穆公に女があり弄玉といったが、弄玉は簫の名人の蕭史を愛した。穆公は之を妻わしたところ、二人は日々楼上に於て簫を吹き鳳の鳴くが如くであったが、ある日鳳がやって来てその屋に止まり、夫妻はともにその鳳に随って飛び去った。秦楼とは弄玉のすむ楼をいい、臨晋公主の居楼に比する。

巻八45 楊柳枝四首其四 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》397巻八45 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7249

孫光憲   楊柳枝 四首 其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

巻八45

楊柳枝四首其四

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》397巻八45

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7249

 

 

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。

もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。

(楊柳枝四首其の三)

根柢  濁河を傍にすると雖然も,無妨にして 終日 笙歌を近くす。

驂驂として 金帶 誰か比に堪えん,還た共に 黃鶯 校せざるを多くす。

 

楊柳枝四首其四

(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

(楊柳枝四首其の四)

萬株 枯槁 怨亡隋し,臺を弔ずるに似て 各の自ら垂る。

好是 淮陰 明月の裏,酒樓 橫笛 吹くに勝らず。

 

a謝霊運永嘉ルート02

 

『楊柳枝四首』現代語訳と訳註解説
(
本文)

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

(下し文)
(楊柳枝四首其の四)

萬株 枯槁 怨亡隋し,臺を弔ずるに似て 各の自ら垂る。

好是 淮陰 明月の裏,酒樓 橫笛 吹くに勝らず。

(現代語訳)
楊柳枝四首其四(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。

そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

白貯舞005



(訳注)

楊柳枝四首 其四』 現代語訳と訳註

(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

 

楊柳枝四首其四

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花,飛遍江城雪不

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄

○○△●●○○  ○●○○●△○

●●●△△●●  ○○○△●○○

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛,浸潤飜成長養

恰似有人長點檢,着行排立向春

●○●●●△△  △●○○△●○

●●●○△●●  ?△○●●○△

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁,無妨終日近笙

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校

○△○○△●○  ○△○●●○○

○○○●○○△  ○△○○△●○

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡  似弔臺各
好是淮陰明月裏  酒樓橫笛不勝

●○○●△○△  ●●○○●●○

●●○○○●●  ●○△●△△△

 

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。

18 槁() かわく、枯れた,(しぼ)んだ枯槁同前.『荘子、齊物論』「槁木死灰。」(枯れ木と冷えた灰)すべてに無感動無関心である.

呉王夫差は国庫の金をつぎ込んで西施のために次々と庭園や離宮を作った。西施のための贅沢な庭園・館娃宮、は春には花が咲き乱れ、夏は冷たい井戸水で水浴びをし、秋には紅葉が目を楽しませ、冬は洞で暖を取る。西施が訪れるたびに大規模な響宴や歌舞が催されます。それを想像させる。

19 隋 祭りの肉の余り。おちる。おこたる。

20 弔 とむらう人の死をいたんで悔やみを述べる。とむらう。「弔意・弔歌・弔客・弔辞・弔電・弔砲・弔問/敬弔・慶弔」

 

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹

そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

21 好是 ここにあるものこそ素晴らしい良いものだ。

22 淮陰 淮陰の股くぐり男、.韓信。秦代に設置される。南北朝時代になると東魏により懐恩県(または淮恩県)と改称され淮陰郡の郡治とされた。その後北周により寿張県、583年(開皇3年)には淮陰県と改称されたが、大業初年に山陽県に編入された。

667年(乾封2年)、唐朝は再び淮陰県を設置、1273年(咸淳9年)には淮陰県より清河県が分置され、清河軍の軍治とされた。1283年(至元20年)、元朝により淮陰県は廃止され山陽県に編入されている。

23 横笛 漢代の「横笛曲」にある「梅花落」という笛曲。中国古代音楽於いての楽器は、胡琴、古筝、三弦、竪箜篌・琵琶・五絃・笙・橫笛・簫・篳篥・羯鼓・. 腰鼓・荅臘などによる楽器演奏がある。

和凝『望梅花』

春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。

越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。

何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛

(梅花を望む)

春草 全無にして息を消し,臈雪【ろうせつ】猶お蹤跡に餘る。

越嶺 寒枝 香れば自ら拆り,冷豔【れいえん】奇芳 惜しむを堪えん。

何事ぞ壽陽 覓むる處無し 誰が家か「橫笛」の曲を,吹き入るは。

 

楊柳枝四首 【字解】

 

楊柳詞

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

 

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。』

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

4 榭 榭とは、屋根のあるうてな、あずまや()、水榭、水ぎわの亭(チン)

5 濛濛 1 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。「―と砂ぼこりをまき上げる」2 心がぼんやりとしているさま。「木の本に―としてぞ立たりける」

6 飜成 ひっくり返ったり元に戻ったりする。

7 恰 [訓]あたかもちょうど。あたかも。「恰好(かっこう)」◇「恰好(かっこう)」「恰幅(かっぷく)」の「恰」の末尾促音は、「コウ(カフ)」の入声(にっしょう)pの変化したもの。

8 點檢 スル 一つ一つ検査すること。くわしく調べること。 「エンジンを-する」 「人数を-する」 「点検」に似た言葉»。檢〔検〕[音]ケン[訓]しらべる[学習漢字]51 取り調べる。「検閲・検査・検察・検死・検出・検証・検診・検定・検討/実検・点検・剖検」2 とりしまる。「検束」3 検査。

9 排立 二つのものを比べ、一方を排し、他方を立てること。排するとは、1 押しのける。しりぞける。排斥する。「万難を―・して進む」「反対勢力を―・する」2 並べる。排列する。「漢字を画数順に―・する」3 押し開く。

10 根柢 物事や考え方を成り立たせる土台になっているもの。基礎。根本。

11 雖然 にもかかわらず (雖然…但是…,儘管、卻…) N(である)+にもかかわらず な形+なの / な形である +にもかかわらず 普通体+にもかかわらず.

12 濁河 黄河のこと。《西漢會要/65》「夫齊,東有琅邪、即墨之饒,南有泰山之固,西有濁河之限,北有勃海之利。」斉には東に琅邪・即墨の豊穣があり、 南に泰山の堅固があり、西に濁河(黄河)の限界があり、北に渤海の便宜がある。

13 無妨 妨げるものはない。やりたい放題。

14 終日近笙歌 周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋、王子喬の故事。

鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】

仙人十五愛吹笙,學得崑丘彩鳳鳴。始聞鍊氣餐金液,復道朝天赴玉京。

玉京迢迢幾千里,鳳笙去去無窮已。欲歎離聲發絳脣,更嗟別調流纖指。

此時惜別詎堪聞,此地相看未忍分。重吟真曲和清吹,卻奏仙歌響綠雲。

綠雲紫氣向函關,訪道應尋緱氏山。莫學吹笙王子晉,一遇浮丘斷不還。

○笙歌《古くは「しょうが」》笙に合わせて歌うこと。また、その歌。せいか。吹笙伴歌。「綵雲蕭史駐,文字魯恭留。」蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。『玉臺観二首其一』にものべる。

「人傳有笙鶴,時過此山頭。」 このあたりの人は王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

鶴に乗って昇天したといわれる神仙で、周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋のこと。王喬ともいう。伝説によると、王子喬は若くから才能豊かで、笙を吹いては鳳凰が鳴くような音を出すことができた。伊水、洛水(河南省洛陽南部)あたりを巡り歩いていたとき、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り、帰らなくなった。それから30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山(こうしざん)の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。だが、山が険しく家族は近づくことができなかった。と、王子喬は手を上げて家族に挨拶し、数日後白鶴に乗って飛び去ったという。 そこで、人々は緱氏山の麓や嵩山の山頂に祠を建てて、王子喬を祀ったといわれている。

Index-21 #1 《古風五十九首之七》Index-21Ⅲ― 1-742年天寶元年42歳 <Index-21 #1> Ⅰ李白詩1153 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4313

236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958

291 《巻四06鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <291> Ⅰ李白詩1579 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6443

201《巻五 34少年行》「少年游俠好經過、渾身裝束皆綺羅。 蕙蘭相隨喧妓女、風光去處滿笙歌。」638《巻十九游泰山六首其六》「仙人游碧峰、處處笙歌發。 寂靜清暉、玉真連翠微。(仙人 碧峰に遊び,處處に 笙歌發す。寂靜 清暉をみ,玉真 翠微に連る。)」890《巻二十四01題隨州紫陽先生壁》忽耽笙歌樂。 頗失軒冕情。 終愿惠金液。 提攜凌太清。

李白318-#1 《巻十九12遊泰山,六首之六【案:天寶元年四月,從故御道上泰山。】》318-#1Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元42 18首 <李白318-#1> Ⅰ李白詩1630 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6698

○驂驂 添え馬を並べて行く馬車。驂は、三頭立ての馬車。富貴の者の護衛に同車するもの。

古代在車旁駕車的兩匹馬。詩經.鄭風.大叔于田:「 執轡如組,兩驂如舞。」楚辭.屈原.九歌.國殤:「 凌余陣兮躐余行,左驂殪兮右刃傷。

15 金帶 的腰。古代帝王、后妃、文武百官所服腰

16 黃鶯 コウライウグイスの別名。

17 不校 仕返しをしない。孔子《論語·泰伯》:“ 曾子日、以能問於不能、以多問於寡、有若無、実若虚、犯而不校。昔者吾友、嘗従事於斯矣。” 曾子日く、能を以て不能に問い、多を以て寡に問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若くし、犯さるるも校せず。昔者吾が友、嘗て斯に従事せり。

  曾子が言いました。「才能があるにも拘らず、才能のない人の意見も聞き、知識が豊富であるにも拘らず知識の少ない人の意見も聞く。能力が有るにも拘らず無いかのように振舞い、人徳が充実しているにも拘らず、空虚であるように振舞う。又、他人から嫌なことをされても仕返しをすることが無い。昔、私の旧友はこのように努めていました」

巻八41 思越人二首 其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》393巻八41 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7229

 孫少監光憲  思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

巻八41

思越人二首 其二

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》392巻八41

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7229

 


 
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花間集 教坊曲『思越人』四首

張泌

巻四45思越人  鷰雙飛,鶯百囀,越波堤下長橋。鈿花筐金匣,恰舞衣羅薄纖腰。東風澹蕩慵無力,黛眉愁聚春碧。滿地落花無消息,月明腸斷空憶。

孫光憲

巻八40思越人二首其一  古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

孫光憲

巻八41思越人二首其二  渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

鹿虔扆

《巻九18思越人》  翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

 

 

思越人二首 其一

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

 

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。

翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。

惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

 

思越人二首 其二

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

 

白貯舞005
 

『思越人二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

 

(下し文)

思越人二首 其二

渚の蓮は枯れ,宮の樹は老い,長洲 廢苑 蕭條す。

像を想う 玉人 空處の所,月明く 獨り溪橋を上る。

春を經て 初めて敗る 秋風起つに,紅蘭 綠蕙 死を愁う。

一片 風流 傷心の地,魂銷 目は西子を斷つ 。

 

 

(現代語訳)

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

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(訳注)

思越人二首 其二

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

 

『花間集』には四首所収。孫光憲の作は二首収められている。思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻二仄韻、後段二十六字四句四仄韻で、3❸⑥❼⑥/❼❻7❻の詞形をとる。

思越人二首 其一

古臺平,芳艸,館娃宮外春

翠黛空留千載,教人何處相

綺羅無復當時,露花點滴香

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛

●○○  ○●● ●○○●○△

●●△△○●● △○△●△○

●○○●△○● ●○●●○●

○●○○△●● ○○●●○●

思越人二首 其二も双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭

想像玉人空處所,月明獨上溪

經春初敗秋風,紅蘭綠蕙愁

一片風流傷心,魂銷目斷西

●△○  ○●● △○●●○○

●●●○△●● ●○●●○○

△○○●○△● ○○●●○●

●●△○△○● ○○●●○●

 

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

11 蕭條 ひっそりとしてもの寂しいさま。詠懐を表現する際に使う語。

杜甫『詠懐古跡 其の二

搖落深知宋玉悲,風流儒雅亦吾師。

悵望千秋一灑淚,蕭條異代不同時。

江山故宅空文藻,雲雨荒台豈夢思。

最是楚宮俱泯滅,舟人指點到今疑。

曲江三章 第一章五句

曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。

遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。

曲江三章 章五句(1) 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 52 

 

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

12 想像 この自然体が想像から生じたものである。

13 玉人 離宮に侍る白く艶やかな肌の美しい妃嬪。 

溫庭筠《巻一30楊柳枝八首其一》「宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。正是玉人腸處,一渠春水赤欄橋。」(宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。)

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠35《巻1-35 楊柳枝八首其六》溫庭筠66首巻一35-35〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5372

 

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

14 初敗 春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始める。栄華を誇っていたものが初めて衰退を知る。

15 紅蘭 ベニバナの別称。キク科の越年草、園芸植物、薬用植物。

16 綠蕙 香草のこと。この紅蘭綠蕙は当時華やかだった宮女のことをいう。とりわけ、西施について言うのである。

17 愁死 うれえ悲しんで死ぬこと。

 

一片風流傷心地,魂銷目斷西子

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

18 魂銷目斷 目斷魂銷.意気消沈して目を伏せること、あるいは目を閉じること。:目斷:元稹《同州刺史謝上表》「臣自離京國,目斷魂銷。」目の力を竭盡して看望するも到かず,因って心の悲痛をいうものである。多くは別離することが原因して傷心の極みであることを形容するもの

19 西子 西施。本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施→西施と呼ばれるようになった。越王勾践が、呉王夫差に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されたといわれている。策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。

 

曲院風荷01
 

思越人二首【字解】

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

2 古台 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。

中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。(胥台しょだい。)

3 館娃官 呉の宮殿の名。西施の居所。

4 古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置す。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、七句の「橫淥水」という表現につながる。

5 翠黛 眉のような柳の葉、美人の眉。ここでは西施を指す。

6 綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。ここでは西施が美しい衣裳をまとって呉王の寵愛を一身に集めていた当時の栄華を意味する。

7 露花点滴香涙 露の降りた花からは香しい露の滴が滴る。花のように美しい西施が涙を滴らすさまを重ねる。この句の意味には、花間集としてのお遊びの意味が込められ、エロを加えることで、教坊曲を成立させている。

 

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

8 惆悵 嘆き悲しむ。花間集ではは好んで使った語である。

韋莊『浣渓沙』其三

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

『淸平樂』

野花芳草,  寂寞關山道。

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

羅帶悔結同心, 獨凭朱欄思深。

夢覺半床斜月, 小窗風觸鳴琴。

淸平樂 () 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-261-5-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687

『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

『應天長 之二』韋莊

別来半歳青書絶、一寸離腸千萬結。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

想得此時情切、 涙沾紅袖

小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、

應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667

『歸國遙』 韋荘

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

歸國遙 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-252-5-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

韋荘『菩薩蠻 一』

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。美人和涙辭。

琵琶金翠羽。絃上黄鶯語。

勸我早歸家。綠窗人似花。

菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

9 遙天 思いをはせるところが明確でない場合の語句。青空に浮ぶ、遠い白い雲をいい、水の緑とで際立たせる。

10 橫淥水 渓谷の淵の水の色。楊の土手下の水の色。楊を映す水面。春の増水の水の色。

巻八40 思越人二首 其一 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》392巻八40 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7224

 孫少監光憲  思越人二首 其一

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

巻八40

思越人二首 其一

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》392巻八40

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7224

 

 

 

 
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花間集 教坊曲『思越人』四首

張泌

巻四45思越人  鷰雙飛,鶯百囀,越波堤下長橋。鈿花筐金匣,恰舞衣羅薄纖腰。東風澹蕩慵無力,黛眉愁聚春碧。滿地落花無消息,月明腸斷空憶。

孫光憲

巻八40思越人二首其一  古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

孫光憲

巻八41思越人二首其二  渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

鹿虔扆

《巻九18思越人》  翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

 

思越人二首 其一

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

 

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。

翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。

惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

 

思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

西湖十景 曲院風荷02
 

 

『思越人二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

思越人二首 其一

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

 

(下し文)

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。

翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。

惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

 

(現代語訳)

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

花蕊夫人002
 

(訳注)

思越人二首 其一

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

 

『花間集』には四首所収。孫光憲の作は二首収められている。思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、3❸⑥❼⑥/❼❻7❻の詞形をとる。

思越人二首 其一

古臺平,芳艸,館娃宮外春

翠黛空留千載,教人何處相

綺羅無復當時,露花點滴香

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛

●○○  ○●● ●○○●○△

●●△△○●● △○△●△○

●○○●△○● ●○●●○●

○●○○△●● ○○●●○●

 

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

2 古台 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。

中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。(胥台しょだい。)

3 館娃官 呉の宮殿の名。西施の居所。

4 古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置す。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、七句の「橫淥水」という表現につながる。

 

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

5 翠黛 眉のような柳の葉、美人の眉。ここでは西施を指す。

 

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

6 綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。ここでは西施が美しい衣裳をまとって呉王の寵愛を一身に集めていた当時の栄華を意味する。

7 露花点滴香涙 露の降りた花からは香しい露の滴が滴る。花のように美しい西施が涙を滴らすさまを重ねる。この句の意味には、花間集としてのお遊びの意味が込められ、エロを加えることで、教坊曲を成立させている。

 

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

8 惆悵 嘆き悲しむ。花間集ではは好んで使った語である。

韋莊『浣渓沙』其三

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

『淸平樂』

野花芳草,  寂寞關山道。

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

羅帶悔結同心, 獨凭朱欄思深。

夢覺半床斜月, 小窗風觸鳴琴。

淸平樂 () 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-261-5-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687

『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

『應天長 之二』韋莊

別来半歳青書絶、一寸離腸千萬結。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

想得此時情切、 涙沾紅袖

小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、

應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667

『歸國遙』 韋荘

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

歸國遙 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-252-5-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

韋荘『菩薩蠻 一』

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。美人和涙辭。

琵琶金翠羽。絃上黄鶯語。

勸我早歸家。綠窗人似花。

菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

9 遙天 思いをはせるところが明確でない場合の語句。青空に浮ぶ、遠い白い雲をいい、水の緑とで際立たせる。

10 橫淥水 渓谷の淵の水の色。楊の土手下の水の色。楊を映す水面。春の増水の水の色。
douteikoshoko297
 

12孫光憲《巻八31河滿子冠劍不隨》『花間集』383全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7179

孫光憲  河滿子

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

12孫光憲《巻八31河滿子冠劍不隨》『花間集』383全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7179

 

 

 
  2016年1月13日 の紀頌之5つのBlog  
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花間集 教坊曲 『河滿子』 六首

毛文錫

《巻五33 河滿子一首》 紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

和凝

《巻六21 河滿子二首其一》  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

和凝

《巻六22 河滿子二首其二》  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

孫光憲

《巻八31 河滿子一首》 冠劍不隨君去,江河還共恩深。歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

毛熙震

《巻十01 河滿子二首 其一》  寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。緬想舊歡多少事,轉添春思難平。曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。一片相思休不得,忍教長日愁生。誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

毛熙震

《巻十02 河滿子二首 其二》  無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

河滿子

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

河滿子

冠劍 君去るに隨わず,江河 還た共に恩深し。

歌袖  眉黛慘なるに半ば遮ぎり,淚珠 衣襟に 旋滴す。

惆悵して 雲は愁い 雨は怨む,斷魂して何處にか相い尋ん。

 

凌波曲舞002

 

『河滿子』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

 

(下し文)

河滿子

冠劍 君去るに隨わず,江河 還た共に恩深し。

歌袖  眉黛慘なるに半ば遮ぎり,淚珠 衣襟に 旋滴す。

惆悵して 雲は愁い 雨は怨む,斷魂して何處にか相い尋ん。

 

(現代語訳)

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

 

(訳注)

河滿子

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

1 河滿子 唐教坊曲名であり舞曲とされる。一名を《何滿子》という。白居易詩注:開元中,滄州の歌う者の姓名であった。元稹詩に云う:“便ち將て何滿は,御府新題樂府纂に 曲名を為すとしている。又《盧氏雜》には唐文宗が宮人の沈翹翹の舞に《河滿子》詞を命じたとしている。又 舞曲に屬すとする。馮夢龍《詹詹外史、唐文宗》“「唐文宗御宴,宮妓舞《河滿子》,是沈翹翹。其詞云「浮雲蔽白日」。文宗曰:「汝知書耶?此是《文選》第一首。」遂問其繇。翹翹泣曰:「妾本元濟女,自因國亡,沒入掖庭,易姓沈。因配樂籍,本藝方響,乃白玉也。」乃賜金玉環。”

唐文宗李昂(原名涵,8091120日-840210日)

大明宮の圖003
 

2 唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、孫光憲は一首所収。単調三十七字、三平韻二仄韻6⑥❼⑥❻⑥の詞形をとる。

河滿子

冠劍不隨君去,江河還共恩

歌袖半遮眉黛淚珠旋滴衣

惆悵雲愁雨斷魂何處相

△●△○○●  ○○○△○△

○●●○○●●  ●○△●△○

○●○○●△  ●○△●△○

 

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

3 冠劍 爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けている。

4 江河 長江と黄河の河の神に安全を祈る。

 

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

5 眉黛慘 今宵の逢瀬で眉と黛が崩れてしまって悲惨な状態になる。

 

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

6 惆悵 恨み嘆くこと。恨み嘆くさま。

7 雲愁・雨怨 雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7
 無題(颯颯東風細雨來)
8
 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53
 夜雨寄北
71
 風雨
76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集
77 春雨 李商隠特集
78細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠
79七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作
など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている

12孫光憲《巻八18酒泉子三首其二》『花間集』370全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7122

孫光憲  酒泉子三首其二

曲檻小樓,正是鶯花二月。思無憀,愁欲,鬱離襟。

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

(又春になり、久方ぶりに高楼にあがって眺めると春の盛りであった。気分がよくなり閨に戻って屏風を広げると古代の舜帝を追って旅をした瀟水と湘水の、二神の絵が出てくると前にもまして心がふさがれる)

閨から出て渡り廊下の欄干に沿って小さめの楼閣に来て見ると、まさに盛春真っただ中の鶯は囀り花は満開の二月の景色に変わっている。晴れやかに気持ちになって何にもおもいでボーとしている。これで愁いに思ったりすることから立ち直ることが出来るだろう。憂欝の底とは縁が切れる。閨に帰って、雰囲気を変えようと屏風を広げて見ると瀟水と湘水の、水の神の絵に空しく対峙することになる。絵ははるか千里万里を越えて行くものである。女はこの部屋から出ることはないが絵のように千里万里行くことが出来たらと思うと涙はあふれ、紅色の頬をおおいつくし、緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せている、また怨みに思う気持ちは深く沈んでゆく。

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韋莊

巻三24酒泉子月落星沉,樓上美人春睡。綠雲傾,金枕膩,畫屏深。子規啼破相思夢,曙色東方纔動。柳煙輕,花露重,思難任。

牛嶠

巻四22酒泉子記得去年,煙暖杏園。花正發,雪飄香,江艸綠,柳絲長。鈿車纖手捲簾望,眉學春山樣。鳳釵低裊翠鬟,落梅粧。

張泌

巻四42酒泉子二首其一春雨打,驚夢覺來天氣曉。畫堂深,紅焰小,背蘭缸。酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。舊巢中,新鷰子,語雙雙

張泌

巻四43酒泉子二首其二紫陌青門,三十六宮春色。御溝輦路暗相通,杏園風。咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。插花走馬落殘紅,月明中。

毛文錫

巻五07酒泉子綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。蕙風飄蕩入芳叢,惹殘紅。柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。海棠花下思朦朧,醉香風。

牛希濟

巻五43酒泉子枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。月光斜、簾影動,舊鑪香。夢中盡相思事,纖手勻雙淚。去年書,今日意,斷離腸。

顧夐

巻七09酒泉子七首其一楊柳舞風,輕惹春煙殘雨。杏花愁,鶯正語,畫樓東。錦屏寂寞思無窮,還是不知消息。鏡塵生,珠淚滴,損儀容。

顧夐

巻七10酒泉子七首其二羅帶縷金,蘭麝煙凝魂斷。畫屏欹,雲鬢亂,恨難任。幾迴垂淚滴鴛衾,薄情何處去。登臨,花滿樹,信沉沉

顧夐

巻七11酒泉子七首其三小檻日斜,風度綠人悄悄。翠幃閑掩舞雙鸞,舊香寒。別來情緒轉難判,韶顏看卻老。依稀粉上有啼痕,暗銷魂。

顧夐

巻七12酒泉子七首其四黛薄紅深,約掠綠鬟雲膩。小鴛鴦,金翡翠,稱人心。錦鱗無處傳幽意,海鷰蘭堂春又去。隔年書,千點淚,恨難任。

顧夐

巻七13酒泉子七首其五掩卻菱花,收拾翠鈿休上面。金蟲玉鷰鏁香奩,恨猒猒。雲鬟半墜懶重篸,淚侵山枕濕。恨燈背帳夢方酣,鴈飛南。

顧夐

巻七14酒泉子七首其六水碧風清,入檻細香紅藕膩。謝娘斂翠恨無涯,小屏斜。堪憎蕩子不還家,謾留羅帶結。帳深枕膩炷沉煙,負當年。

顧夐

巻七15酒泉子七首其七黛怨紅羞,掩映畫堂春欲暮。殘花微雨隔青樓,思悠悠。芳菲時節看將度,寂寞無人還獨語。畫羅襦,香粉,不勝愁。

孫光憲

巻八17酒泉子三首其一空磧無邊,萬里陽關道路。馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。綺羅心,魂夢隔,上高樓。

孫光憲

巻八18酒泉子三首其二曲檻小樓,正是鶯花二月。思無憀,愁欲,鬱離襟。展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

孫光憲

巻八19酒泉子三首其三斂態前,裊裊雀釵頸。鷰成雙,鸞對影,耦新知。玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。翠連娟,紅縹渺,早粧時。

毛熙震

《巻十09巻十酒泉子二首其一》  閑臥繡幃,慵想萬般情寵。錦檀偏,翹股重,翠雲欹。暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

毛熙震

《巻十10酒泉子二首其二》  鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。日初昇,簾半掩,對殘粧。

李珣

《巻十38酒泉子四首其一》  寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。月朦朧,花暗澹,鏁春愁。尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

李珣

《巻十39酒泉子四首其二》  雨清花零,紅散香凋池兩岸。別情遙,春歌斷,掩銀屏。孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?曲中情,絃上語,不堪聽。

李珣

《巻十40酒泉子四首其三》  秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。那堪深夜枕前聽,酒初醒。牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。細和煙,冷和雨,透簾中。

李珣

《巻十41酒泉子四首其四》  秋月嬋娟,皎潔碧紗外。照花穿竹冷沉沉,印池心。凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。夜深斜傍枕前來,影徘徊。

 

 

酒泉子三首其一

(西域を守る兵士たちは行ったら行ったきり帰って来ることは難しい、残された者たちがどんな思いをしていても間には高い山があり、砂漠があり、万里の長城が隔てている。)

空磧無邊,萬里陽關道路。

砂漠に空しく石ころを防塁として果てしなく続いている、万里の先にある西域の陽関への道路はつづく先に兵士はいる。

馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

そこに至る天に続く道は馬でさえヒューヒューとくるしくて嘶き、人は行き去り、帰ることなく行き去る、隴山にかかる雲はこんな悲しい出来事を見ている。

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。

西域を守る兵士は貂【てん】の防寒軍服が誰かの御下がりであろうが、古着の継ぎはぎだらけであろうと、この地は千里にわたり異民族の攻め寄るところであり極寒の霜は白く凍りつくので必要不可欠の服なのだ。

綺羅心,魂夢隔,上高樓。

美しい綺羅の衣を着た女がどんなに兵士のことを思っていても、どんなに夢に見て思おうと、それは隴山と砂漠の防塁に隔てられて届きはしない。高楼に上って西の空を臨んでいることだろう。

(酒泉子三首 其の一)

空磧 辺 無く、万里のさき陽関の道路あり。

馬は蕭蕭とし、人は去り去りて、隴雲は愁う。

香貂【こうちょう】 旧製にして戎衣窄【きつ】し、胡霜 千里さきに白し。

綺羅 心し、魂夢は隔つ、高楼に上らん。

 

酒泉子三首其二

(又春になり、久方ぶりに高楼にあがって眺めると春の盛りであった。気分がよくなり閨に戻って屏風を広げると古代の舜帝を追って旅をした瀟水と湘水の、二神の絵が出てくると前にもまして心がふさがれる)

曲檻小樓,正是鶯花二月。

閨から出て渡り廊下の欄干に沿って小さめの楼閣に来て見ると、まさに盛春真っただ中の鶯は囀り花は満開の二月の景色に変わっている。

思無憀,愁欲,鬱離襟。

晴れやかに気持ちになって何にもおもいでボーとしている。これで愁いに思ったりすることから立ち直ることが出来るだろう。憂欝の底とは縁が切れる。

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。

閨に帰って、雰囲気を変えようと屏風を広げて見ると瀟水と湘水の、水の神の絵に空しく対峙することになる。絵ははるか千里万里を越えて行くものである。

淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

女はこの部屋から出ることはないが絵のように千里万里行くことが出来たらと思うと涙はあふれ、紅色の頬をおおいつくし、緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せている、また怨みに思う気持ちは深く沈んでゆく。

(酒泉子三首 其の二)

曲檻 小樓,正に是れ鶯花二月なり。

思うは無憀にして,愁いんと欲す,鬱 襟を離る。

展屏 空しく對す 瀟湘の水に,眼前に 千萬里。

淚 紅に掩い,眉 翠に斂まり,恨 沉沉たり。

 

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊雀釵頸。

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

DCF00212
 

 

『酒泉子三首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

酒泉子三首其二

曲檻小樓,正是鶯花二月。

思無憀,愁欲,鬱離襟。

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。

淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

 

(下し文)

(酒泉子三首 其の二)

曲檻 小樓,正に是れ鶯花二月なり。

思うは無憀にして,愁いんと欲す,鬱 襟を離る。

展屏 空しく對す 瀟湘の水に,眼前に 千萬里。

淚 紅に掩い,眉 翠に斂まり,恨 沉沉たり。

 

(現代語訳)

(又春になり、久方ぶりに高楼にあがって眺めると春の盛りであった。気分がよくなり閨に戻って屏風を広げると古代の舜帝を追って旅をした瀟水と湘水の、二神の絵が出てくると前にもまして心がふさがれる)

閨から出て渡り廊下の欄干に沿って小さめの楼閣に来て見ると、まさに盛春真っただ中の鶯は囀り花は満開の二月の景色に変わっている。

晴れやかに気持ちになって何にもおもいでボーとしている。これで愁いに思ったりすることから立ち直ることが出来るだろう。憂欝の底とは縁が切れる。

閨に帰って、雰囲気を変えようと屏風を広げて見ると瀟水と湘水の、水の神の絵に空しく対峙することになる。絵ははるか千里万里を越えて行くものである。

女はこの部屋から出ることはないが絵のように千里万里行くことが出来たらと思うと涙はあふれ、紅色の頬をおおいつくし、緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せている、また怨みに思う気持ちは深く沈んでゆく。

十三夜月
 

(訳注)

酒泉子三首其二(又春になり、久方ぶりに高楼にあがって眺めると春の盛りであった。気分がよくなり閨に戻って屏風を広げると古代の舜帝を追って旅をした瀟水と湘水の、二神の絵が出てくると前にもまして心がふさがれる)

 

『花間集』には孫光憲の作が三首収められている。双調四十字、前段十九字五句一仄韻二平韻、後段二十一字五句三仄韻一平韻で、③/❼❺3❸③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は③/⑦733③の詞形をとる。

酒泉子三首其一

空磧無邊,萬里陽關道。馬蕭,人去去,隴雲

香貂舊制戎衣,胡霜千里。綺羅心,魂夢,上高

△●○○  ●●○○●● ●○○  ○●● ●○○

○○●●○△● ○○○●●  ●○○ ○△●  ●○○

『花間集』には孫光憲の作が三首収められている。双調四十字、前段十九字五句二仄韻二平韻、後段二十一字五句三仄韻二平韻で、③/❼❺③❸③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は③/⑦733③の詞形をとる。

酒泉子三首其二

曲檻小,正是鶯花二

思無憀,愁欲,鬱離

展屏空對瀟湘,眼前千萬

淚掩,眉斂,恨沉

●●●○  △●○○●●

△○○  ○●● ●△○

●△△●○○● ●○○●●

●●○ ○●●  ●○○

 

曲檻小樓,正是鶯花二月。

閨から出て渡り廊下の欄干に沿って小さめの楼閣に来て見ると、まさに盛春真っただ中の鶯は囀り花は満開の二月の景色に変わっている。

8. 曲檻 閨は奥まったところにあるのでそこから樓閣までにある欄干のある廊下。

9. 小樓 多くくない楼閣。

10. 鶯花 鶯は囀り花は満開である。

11. 二月 盛春真っただ中の二月の景色に変わっている。閨にいると暦は二月であっても季節感がないので、この言い方になる。

 

思無憀,愁欲,鬱離襟。

晴れやかに気持ちになって何にもおもいでボーとしている。これで愁いに思ったりすることから立ち直ることが出来るだろう。憂欝の底とは縁が切れる。

12. 無憀 ・何もしないでボーっとする。顧夐『河傳三首 其三』「棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦。」13-9 河傳三首 其三 》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集」Gs-461-13-(9) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3852

・心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。牛希濟『臨江仙七首 其三』「渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。」10 -7 臨江仙七首其三 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-404-10-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3567

 

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。

閨に帰って、雰囲気を変えようと屏風を広げて見ると瀟水と湘水の水神の絵に空しく対峙することになる。絵ははるか千里万里を越えて行くものである。

13. 瀟湘水 娥皇と女英の二人の女神からなる洞庭湖から湘江、瀟水にかけての地域の絵が描かれている。

14. 眼前千萬里 当時の女性は基本的に閨から出ることはないので、絵を見て千里万里を行くことが出来たら、あの人を探して歩けるだろうというほどの意味になる。

 

淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

女はこの部屋から出ることはないが絵のように千里万里行くことが出来たらと思うと涙はあふれ、紅色の頬をおおいつくし、緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せている、また怨みに思う気持ちは深く沈んでゆく。

15. 紅 頬の琴、転じて化粧をした顔。

16. 眉斂翠 緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せることをいう。

17. 沉沉 ](1) (水中に)沈む,水没する.【反】浮(2) (抽象的事物について)抑える,鎮める.沉不住气怒りを抑えられない.(3) 《方》休む,休息する.━ [](1) (重量が)重い,目方のある.(2) 程度が大きい,甚だしい.

薛昭蘊『浣溪紗八首 其四』

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

手を握りあったのは河橋のたもとの柳が金のように芽吹き繁る下でした。蜂はその鬚でもって、輕やかに百花の芯に惹かれ、飛び回るのです。花のかおりが風に乗って吹いて来て、そのなかの蘭のはなに思いよせると、いつのまにか清がしい琴の音に寄ってしまうのです。

あの人への思いは胸いっぱいであり、ちょうど今、川いっぱいの春の増水とおなじのようなのです,あのひとのおもい、やさしさはとても深く、だから、また、酒盃をいっぱいに何度も注いでくれることのようでした,楚の巫女と皇帝の化身である靄、カスミが漂い、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくものです。

9 6 浣溪紗八首 其四 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-382-9-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3457

12孫光憲《巻八11後庭花二首其二》『花間集』363全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7087

孫光憲  後庭花二首其二

石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。

玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

(歓楽街の若い美人たちも、宮女たちも絶世の美女、陳の張貴妃もやがては散り去って、誰も覚えていない。悲しい女の定めを詠う。)

金陵の石頭城は六朝の王朝は滅んだものの、むなしく城郭だけは残っている長江下流域、江南の要衝の都市である。ここに立てば、昔の宮殿はすっかり春の景色である。それは、二メートルもある長く青い絹糸は陳の張貴妃の黒髪のようであり、香りのよい春の草は、萌黄色にそまる。歓楽街に美女たちはいるけれど、張貴妃という絶世の傾国美女は得難いものだ。美しい花びら、若い盛りの美人というものはやがて散り、尽き果ててしまうものである。その上更に、散ってしまったものを誰が覚えていようか。こりんごの花と葉、それに実というものはしげれば織物のように美しいものである。ただ、人にとっては「陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた」とかなしい思いを思い出させるものである。美人たちみんな、盛りを過ぎれば悲しく、うらめしいことが果てしがないのである。

12孫光憲《巻八11後庭花二首其二》『花間集』363全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7087

 

 
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孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

花間集 教坊曲『後庭花』五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

後庭花二首其一

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

(後庭花二首其の一)

景陽 鐘動す 宮の鶯囀,露 涼す 金殿。

輕飇 吹起 瓊花の綻,玉葉は翦の如し。

晚 來し 高閣に上れば,珠簾 卷き,見墜すば 香千片。

蛾を脩め 臉を慢して 雕輦に陪し,後庭 新らたに宴す。

 

 

後庭花二首其二

(歓楽街の若い美人たちも、宮女たちも絶世の美女、陳の張貴妃もやがては散り去って、誰も覚えていない。悲しい女の定めを詠う。)

石城依舊空江國,故宮春色。

金陵の石頭城は六朝の王朝は滅んだものの、むなしく城郭だけは残っている長江下流域、江南の要衝の都市である。ここに立てば、昔の宮殿はすっかり春の景色である。

七尺青絲芳草綠,世難得。

それは、二メートルもある長く青い絹糸は陳の張貴妃の黒髪のようであり、香りのよい春の草は、萌黄色にそまる。歓楽街に美女たちはいるけれど、張貴妃という絶世の傾国美女は得難いものだ。

玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。

美しい花びら、若い盛りの美人というものはやがて散り、尽き果ててしまうものである。その上更に、散ってしまったものを誰が覚えていようか。

只是教人添怨憶,悵望無極。

こりんごの花と葉、それに実というものはしげれば織物のように美しいものである。ただ、人にとっては「陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた」とかなしい思いを思い出させるものである。美人たちみんな、盛りを過ぎれば悲しく、うらめしいことが果てしがないのである。

石城 舊に依りて  空しき江國, 故宮は  春色。

七尺の靑絲  芳草 碧なり, 絶世  得難し。

玉英 凋【しぼ】み落ちて 盡き, 更に 何人か 識らん。

 野棠 織るが如く, 只だ是れ 人をして 怨憶を 添へ敎【し】む, 悵望 極り無し。

 

木蘭03
 

『後庭花二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花二首其二

石城依舊空江國,故宮春色。

七尺青絲芳草綠,世難得。

玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。

只是教人添怨憶,悵望無極。

 

(下し文)

石城 舊に依りて  空しき江國, 故宮は  春色。

七尺の靑絲  芳草 碧なり, 絶世  得難し。

玉英 凋【しぼ】み落ちて 盡き, 更に 何人か 識らん。

 野棠 織るが如く, 只だ是れ 人をして 怨憶を 添へ敎【し】む, 悵望 極り無し。

 

(現代語訳)

後庭花二首其二(歓楽街の若い美人たちも、宮女たちも絶世の美女、陳の張貴妃もやがては散り去って、誰も覚えていない。悲しい女の定めを詠う。)

金陵の石頭城は六朝の王朝は滅んだものの、むなしく城郭だけは残っている長江下流域、江南の要衝の都市である。ここに立てば、昔の宮殿はすっかり春の景色である。

それは、二メートルもある長く青い絹糸は陳の張貴妃の黒髪のようであり、香りのよい春の草は、萌黄色にそまる。歓楽街に美女たちはいるけれど、張貴妃という絶世の傾国美女は得難いものだ。

美しい花びら、若い盛りの美人というものはやがて散り、尽き果ててしまうものである。その上更に、散ってしまったものを誰が覚えていようか。

こりんごの花と葉、それに実というものはしげれば織物のように美しいものである。ただ、人にとっては「陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた」とかなしい思いを思い出させるものである。美人たちみんな、盛りを過ぎれば悲しく、うらめしいことが果てしがないのである。

海棠花1050
 

(訳注)

後庭花二首其二

(歓楽街の若い美人たちも、宮女たちも絶世の美女、陳の張貴妃もやがては散り去って、誰も覚えていない。悲しい女の定めを詠う。)

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

 

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、孫光憲は二首である。双調四十六字、前段二十二字、三仄韻、後段二十五字、四仄韻で、❼❹7❹/5❸❺❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯,露涼金殿

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如

晚來高閣上,珠簾,見墜香千

脩蛾慢臉陪雕,後庭新

●○○●○○●  ●△○●

△?△●○○●  ●●△●

●△○●●  ○○△ ●●○○●

○△●△○○● ●○○●

後庭花二首其二 双調四十六字、前段二十二字、三仄韻、後段二十五字、四仄韻で、❼❹7❹/5❸❺❼❹の詞形をとる。

石城依舊空江,故宮春

七尺青絲芳草綠,世難

玉英凋落盡,更何人,野棠如

只是教人添怨,悵望無

●○△●△○●  ●○○●

●●○○○●●  ●△△●

●○○●●  △△○● ●○△●

△●△○○△● ●△○●

 

石城依舊空江國, 故宮春色。

金陵の石頭城は六朝の王朝は滅んだものの、むなしく城郭だけは残っている長江下流域、江南の要衝の都市である。ここに立てば、昔の宮殿はすっかり春の景色である。

12. 石城:石頭城。越は楚に滅ぼされ,この付近も楚の領域に入ったが,楚の威王のとき,この地に王気がみられるとして,これを鎮めるために金を埋め,今の清涼山付近に城を築いたことから,金陵と称したといわれる。これは秦淮河が長江に流入する地点をみおろす要害の地で,のちに孫権が石頭城を築く。 秦は金陵邑を秣陵県(ばつりようけん)とし,漢代に入ると周辺には丹陽,江乗,胡孰(こじゆく)などの諸県が設けられ丹陽郡に属した。石頭城は、秦淮河の畔にある古都の城郭。唐以前に六代の王朝が置かれた。古来、多くの詩人が石頭城を詠う。

劉禹錫『石頭城』「山圍故國週遭在,潮打空城寂寞回。淮水東邊舊時月,夜深還過女牆來。」、

韋莊『金陵圖』「江雨霏霏江草齊,六朝如夢鳥空啼。無情最是臺城柳,依舊烟籠十里堤。」、

欧陽炯『江城子』「晩日金陵岸草平,落霞明,水無情。六代繁華,暗逐逝波聲,空有姑蘇臺上月,如西子鏡,照江城。」、11 -16 江城子一首 歐陽舍人炯十七首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-426-11-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3677

13 依舊 昔通りである。昔のままである。 

14 空江國 六朝の江南の古城は残っているが、王朝は皆滅亡し、城郭だけが変わらずに残っていることを「空」と表した。

15 故宮 昔の宮殿。 

16 春色 春の景色。

 

七尺靑絲芳草碧, 絶世難得。

それは、二メートルもある長く青い絹糸は陳の張貴妃の黒髪のようであり、香りのよい春の草は、萌黄色にそまる。歓楽街に美女たちはいるけれど、張貴妃という絶世の傾国美女は得難いものだ。

17 七尺靑絲 南朝・陳の張貴妃の黒髪のような美しくて長い柳の枝。・七尺:唐の大尺で、1尺は約29.4センチメートル、小尺は約24.6センチメートル。七尺では大尺で:約2.05メートル、小尺で:約1.72メートル。 

18 芳草 香りのよい春の草。 

19 碧 緑色をしている。綠とするのもある。

20 絶世 世に並ぶものがなく、すぐれていること。ここでは、前の「石城依舊」から、絶世の傾国、美女を指す、張貴妃のこと。 

21 難得 得難い。

 

玉英凋落盡, 更何人識。

美しい花びら、若い盛りの美人というものはやがて散り、尽き果ててしまうものである。その上更に、散ってしまったものを誰が覚えていようか。

22 玉英 ここは、美しい花びら、南京の歓楽街の美人を示している。 

23 凋落 しぼみ落ちること。 

24 盡 つきる。

25 更 その上。さらに。 

26 識 おぼえている。しる。ここは、前者の義。

 

野棠如織, 只是敎人添怨憶, 悵望無極。

こりんごの花と葉、それに実というものはしげれば織物のように美しいものである。ただ、人にとっては「陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた」とかなしい思いを思い出させるものである。美人たちみんな、盛りを過ぎれば悲しく、うらめしいことが果てしがないのである。

27 野棠 棠梨。こりんご。やまなし。ここではその花も指す。 

28 如織 野棠の花と葉の色の釣り合いが恰も織物の如くに美しいことをいう。

29 只是 ただこれ。(美しい野棠の花も)ただ人に(かなしい思いを思い出させる)だけだ。 

30 敎人 人をして…せしむ。人に…させる。人に(かなしい思いを思い出)させる。敎:使役の(助)動詞で、古語では、平声。 

31 添 そえる。一層(かなしい思いをするだけだ)。 

32 怨憶 うらめしい思い出。陳後主陳叔寶と張貴妃の故事等、六朝の哀史を指す。

33 悵望 うらめしげに見遣る。 

34 無極 極まり無い。果てしない。

 

凌波曲舞002
 

  

 

 

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12孫光憲《巻八10後庭花二首其一》『花間集』362全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7082

改訂版 孫光憲  後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

12孫光憲《巻八10後庭花二首其一》『花間集』362全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7082

 

 

 
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孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

花間集 教坊曲『後庭花』五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

後庭花二首其一

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

(後庭花二首其の一)

景陽 鐘動す 宮の鶯囀,露 涼す 金殿。

輕飇 吹起 瓊花の綻,玉葉は翦の如し。

晚 來し 高閣に上れば,珠簾 卷き,見墜すば 香千片。

蛾を脩め 臉を慢して 雕輦に陪し,後庭 新らたに宴す。

 

後庭花二首其二

石城依舊空江國,故宮春色。

七尺青絲芳草綠,世難得。

玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。

只是教人添怨憶,悵望無極。

 

白芷00
 

『後庭花二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

 

(下し文)

(後庭花二首其の一)

景陽 鐘動す 宮の鶯囀,露 涼す 金殿。

輕飇 吹起 瓊花の綻,玉葉は翦の如し。

晚 來し 高閣に上れば,珠簾 卷き,見墜すば 香千片。

蛾を脩め 臉を慢して 雕輦に陪し,後庭 新らたに宴す。

 

(現代語訳)

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

 

(訳注)

後庭花二首其一

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

1.  『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

1-2   妃嬪たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下婦が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。國は滅ぼされると、「籍没」といって家族(母、娘、妻、妾、子孫を含む)と奴稗は、みな後宮に入れて官奴婦にすることになっていた。つまり「技芸に巧みな者は後宮に入れる」(『唐六典』巻六、刑部都官)と定めていた。そして、無能な者は司農寺(銭穀のことを司る官庁)等の官庁に配属して官奴稗とし、後宮に入れられた者の一部分は官女とした。将軍の妻、娘、碑妾等は、みな夫や父、あるいは主人が諌殺され、後宮の婦にされた。

1-3 後宮と貞壮観 また、上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。六朝文化、唐、宋、を過ぎるあたりまで、比較的自由な恋愛感情であった。

 

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、孫光憲は二首である。双調四十六字、前段二十二字、三仄韻、後段二十五字、四仄韻で、❼❹7❹/5❸❺❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯,露涼金殿

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如

晚來高閣上,珠簾,見墜香千

脩蛾慢臉陪雕,後庭新

●○○●○○●  ●△○●

△?△●○○●  ●●△●

●△○●●  ○○△ ●●○○●

○△●△○○● ●○○●

1-4 陳の後主《玉樹後庭花》であるが、詞というより字数を合わせて美辞麗句を並べた楽府ではあるが、後世、後宮の頽廃、悪政治、を題材にした詩題の下になったもの。

麗宇芳林對高閣、新粧豔質本傾城。

映戸凝嬌乍不進、出帷含態笑相迎。

臉似花含露、玉樹流光照後庭

麗宇 芳林 高閣に対し、新粧 艶質 本より傾城。

戸に映るも嬌を凝らし 乍(たちま)ち進まず、帷を出でて態を含み 笑いて相い迎う。

妖姫 臉は花の露を含むに似たり、玉樹 光を流して後庭を照らす。

壮麗な宮殿、香しい林は高殿と向かい合っており、化粧を終えたばかりの艶やかさはまことに絶色の美女である。

絹張りの戸に映った影でしなをつくってみて、つと立ち止まり、それから帷をでて媚びを含んで笑いながら出迎える。

妖艶な妃嬪女たちの顔は花が露を含んでいるのにも似て、月の光は美しい木立を通して裏庭を照らしている。

1-5特に楽府を多く作り、その内容は艶麗で技巧的な詩風を特徴とする「宮体詩」が大多数を占める。後主の代表作であり、壮麗な後宮と宮女のあでやかな美しさを詠じた「玉樹後庭花」は、後世において亡国の詩とされ、六朝文学批判の槍玉に挙げられるほか、南朝滅亡を主題とする詩にしばしば詠われている。

陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53

 

 

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

2.  景陽 江蘇省江寧県の北、陳の宮殿の名。その宮殿、陳の後主が皇后と妃嬪と一緒にかくれた井戸の名。隋の軍隊が国都建虚(南京)に侵入した夜もなお訪宴に耽っていた陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた。

景陽井 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 48

3.  鐘動・鶯囀 「猿鳴鐘動不知曙」(猿鳴き 鐘動いて 曙を知らず)

謁衡獄廟遂宿獄寺題門樓 韓退之(韓愈)詩<51-#4>Ⅱ中唐詩347 紀頌之の漢詩ブログ1120

4. 金殿  金で飾った宮殿。また、非常に美しい御殿。

 

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

5. 輕飇 軽く頬を撫でてゆく風。飇:つむじかぜ。涼飇】. 涼しい風。

6. 瓊花 江蘇省、揚州市が原産で、隋から唐の時代、「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられた。ただ不稔であったために、「聚八仙」という台木に接ぎ木して増やしていたが、元軍の進入とともに絶え、その後は残った台木の「聚八仙」が「瓊花」と呼ばれるようになったという。晩春に白色の両性花とまわりに8個の真っ白な装飾花を咲かせる。

7. 翦 =剪。切りそろえる。断ち切る。

 

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

8. 見墜香千片 庭に妃嬪の周りにおつきの宮女が侍るので見下ろせは瓊花のように見える。

 

脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

9. 脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

10 慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

11. 新宴 後宮では春先に、宮女の面談選定が行われる。そして選ばれた宮女からさらに妃嬪候補者が選定され、酒宴の補助のような形で花を添える形になる。天子に見初められる前に、宦官、上級宮女に妃嬪たちの選別を通過する必要がある。

 菜の花001

 

孫光憲 後庭花二首 【字解】

 

1.-1『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

1-2 妃嬪たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下婦が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。國は滅ぼされると、「籍没」といって家族(母、娘、妻、妾、子孫を含む)と奴稗は、みな後宮に入れて官奴婦にすることになっていた。つまり「技芸に巧みな者は後宮に入れる」(『唐六典』巻六、刑部都官)と定めていた。そして、無能な者は司農寺(銭穀のことを司る官庁)等の官庁に配属して官奴稗とし、後宮に入れられた者の一部分は官女とした。将軍の妻、娘、碑妾等は、みな夫や父、あるいは主人が諌殺され、後宮の婦にされた。

1-3 後宮と貞壮観 また、上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。六朝文化、唐、宋、を過ぎるあたりまで、比較的自由な恋愛感情であった。

1-4 陳の後主《玉樹後庭花》であるが、詞というより字数を合わせて美辞麗句を並べた楽府ではあるが、後世、後宮の頽廃、悪政治、を題材にした詩題の下になったもの。

麗宇芳林對高閣、新粧豔質本傾城。

映戸凝嬌乍不進、出帷含態笑相迎。

臉似花含露、玉樹流光照後庭

麗宇 芳林 高閣に対し、新粧 艶質 本より傾城。

戸に映るも嬌を凝らし 乍(たちま)ち進まず、帷を出でて態を含み 笑いて相い迎う。

妖姫 臉は花の露を含むに似たり、玉樹 光を流して後庭を照らす。

壮麗な宮殿、香しい林は高殿と向かい合っており、化粧を終えたばかりの艶やかさはまことに絶色の美女である。

絹張りの戸に映った影でしなをつくってみて、つと立ち止まり、それから帷をでて媚びを含んで笑いながら出迎える。

妖艶な妃嬪女たちの顔は花が露を含んでいるのにも似て、月の光は美しい木立を通して裏庭を照らしている。

1-5特に楽府を多く作り、その内容は艶麗で技巧的な詩風を特徴とする「宮体詩」が大多数を占める。後主の代表作であり、壮麗な後宮と宮女のあでやかな美しさを詠じた「玉樹後庭花」は、後世において亡国の詩とされ、六朝文学批判の槍玉に挙げられるほか、南朝滅亡を主題とする詩にしばしば詠われている。

陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53

2. 景陽 江蘇省江寧県の北、陳の宮殿の名。その宮殿、陳の後主が皇后と妃嬪と一緒にかくれた井戸の名。隋の軍隊が国都建虚(南京)に侵入した夜もなお訪宴に耽っていた陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた。

景陽井 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 48

3. 鐘動・鶯囀 「猿鳴鐘動不知曙」(猿鳴き 鐘動いて 曙を知らず)

謁衡獄廟遂宿獄寺題門樓 韓退之(韓愈)詩<51-#4>Ⅱ中唐詩347 紀頌之の漢詩ブログ1120

4. 金殿  金で飾った宮殿。また、非常に美しい御殿。

5. 輕飇 軽く頬を撫でてゆく風。飇:つむじかぜ。涼飇】. 涼しい風。

6. 瓊花 江蘇省、揚州市が原産で、隋から唐の時代、「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられた。ただ不稔であったために、「聚八仙」という台木に接ぎ木して増やしていたが、元軍の進入とともに絶え、その後は残った台木の「聚八仙」が「瓊花」と呼ばれるようになったという。晩春に白色の両性花とまわりに8個の真っ白な装飾花を咲かせる。

7. 翦 =剪。切りそろえる。断ち切る。

8. 見墜香千片 庭に妃嬪の周りにおつきの宮女が侍るので見下ろせは瓊花のように見える。

9. 脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

10 慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

11. 新宴 後宮では春先に、宮女の面談選定が行われる。そして選ばれた宮女からさらに妃嬪候補者が選定され、酒宴の補助のような形で花を添える形になる。天子に見初められる前に、宦官、上級宮女に妃嬪たちの選別を通過する必要がある。

 

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12孫光憲《巻八07河瀆神二首其二》『花間集』359全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7067

孫光憲  河瀆神二首       其二

江上草芊芊,春晚湘妃廟前。一方柳色楚南天,數行斜鴈聯翩。

獨倚朱欄情不極,魂斷終朝相憶。兩槳不知消息,遠汀時起鸂鶒。

(春になり瀟湘八景の娥皇と女英の祠や廟に着てみると、そのころの空とおなじ空が広がり、舟もふたりをのせて出発する。また鴛鴦の様に一緒に過ごしていることだろうと詠う。)

湘江のほとりには草草が勢いよくのびてきて繁っている。春が終わろうとしているころに湘江の川の神は「湘妃」「湘君」の祠の前に春の景色でいっぱいになる。

その廟の片側には柳が鬱蒼として葉をつけ、その色のむこうには、楚の国の晴れ渡った昼下がりの南の空がある。その空には、いつしか雁が数行の列をなして、ここの空を斜めに連なりはばたいて北の空に行き去る。

娥皇なのか、女英なのか、独り、紅い欄干によりかかり、空を見上げて雁を追いかけてみているが心は落ち着いていない。しかし、眠れぬ夜を過ごし、その最後の朝を迎えた娥皇と女英のような気持ちでいると決意した、思いを貫くためである。

船に乗って行ってしまったあの娥皇なのか、女英なのか行く先は全く分からない。遠くを眺めれば水際の砂浜には時おり、鴛鴦が起き上がって過ごしていることだろう。

12孫光憲《巻八07河瀆神二首其二》『花間集』359全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7067

 

 
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 孫少監光憲四十七首

菩薩蠻五首

河瀆神二首

虞美人二首

後庭花二首

子三首

臨江仙二首

酒泉子三首

清平樂二首

更漏子二首

女冠子二首

風流子三首

定西番二首

河滿子一首

玉蝴蝶一首

八拍蠻一首

竹枝一首

思帝一首

上行盃二首

謁金門一首

思越人二首

陽柳枝四首

望梅花一首

漁歌子二首

 

 

 

河瀆神二首 其一

(汾河を遠くに見る御陵にも秋がおとずれるのと長い夜が来るその景色をうたう)

汾水碧依依,黃雲落葉初飛。

汾水の流れは緑に澄んだ水で遙か先まで流れている。傾きかけた日に黄色に映る雲をみて初めて秋を知り、初めて落ち葉が散って来たのを見る。

翠蛾一去不言歸,廟門空掩斜暉。

「翠蛾」はひとたび去る時には帰って来るとは言わなかった、この陵廟の門はひっそりとして西日が照り輝く。

四壁陰森排古畫,依舊瓊輪羽駕。

廟苑を囲む四方の壁の向こうには深い木々の森が鬱蒼としてかべやはしらにえがかれたものがふるくうすよごれている見えなくなるほどになっている、きっと昔は鳳凰鳥の馭者に牽かれ天に環をかけて飛び走る絵が描かれていたのだろう。

小殿沉沉清夜,銀燈飄落香

陵廟の館樓はしんしんと更けてゆき清らかな夜が訪れる。妃嬪の閨の銀の燭台の燈火は灯芯がおちて燃え残りが油の香りがする。

河瀆神二首           其一

汾水 碧 依依たり,黃雲 落葉 初めて飛ぶ。

翠蛾 一び去りて 歸るを言わず,廟門 空しく斜暉を掩う。

四壁 森を陰して古畫を排し,依舊 羽駕に 瓊輪す。

小殿 沉沉として清夜なり,銀燈 飄落して 香

 

 

河瀆神二首 其二

(春になり瀟湘八景の娥皇と女英の祠や廟に着てみると、そのころの空とおなじ空が広がり、舟もふたりをのせて出発する。また鴛鴦の様に一緒に過ごしていることだろうと詠う。)

江上草芊芊,春晚湘妃廟前。

湘江のほとりには草草が勢いよくのびてきて繁っている。春が終わろうとしているころに湘江の川の神は「湘妃」「湘君」の祠の前に春の景色でいっぱいになる。

一方柳色楚南天,數行斜鴈聯翩。

その廟の片側には柳が鬱蒼として葉をつけ、その色のむこうには、楚の国の晴れ渡った昼下がりの南の空がある。その空には、いつしか雁が数行の列をなして、ここの空を斜めに連なりはばたいて北の空に行き去る。

獨倚朱欄情不極,魂斷終朝相憶。

娥皇なのか、女英なのか、独り、紅い欄干によりかかり、空を見上げて雁を追いかけてみているが心は落ち着いていない。しかし、眠れぬ夜を過ごし、その最後の朝を迎えた娥皇と女英のような気持ちでいると決意した、思いを貫くためである。

兩槳不知消息,遠汀時起鸂鶒。

船に乗って行ってしまったあの娥皇なのか、女英なのか行く先は全く分からない。遠くを眺めれば水際の砂浜には時おり、鴛鴦が起き上がって過ごしていることだろう。

 

(河瀆神二首       其の二)

江上 草 芊芊たり,春晚 湘妃 廟前たり。

一方 柳色 楚の南天,數行 斜鴈 聯翩す。

獨り朱欄に倚るも 情 極らず,魂斷つ 終に朝 相憶するを。

兩槳 消息を知らず,汀を遠くして 時に鸂鶒起す。

             

宮島(5)
 

『河瀆神二首』 現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神二首           其二

江上草芊芊,春晚湘妃廟前。

一方柳色楚南天,數行斜鴈聯翩。

獨倚朱欄情不極,魂斷終朝相憶。

兩槳不知消息,遠汀時起鸂鶒。

 

(下し文)

(河瀆神二首       其の二)

江上 草 芊芊たり,春晚 湘妃 廟前たり。

一方 柳色 楚の南天,數行 斜鴈 聯翩す。

獨り朱欄に倚るも 情 極らず,魂斷つ 終に朝 相憶するを。

兩槳 消息を知らず,汀を遠くして 時に鸂鶒起す。

 

(現代語訳)

(春になり瀟湘八景の娥皇と女英の祠や廟に着てみると、そのころの空とおなじ空が広がり、舟もふたりをのせて出発する。また鴛鴦の様に一緒に過ごしていることだろうと詠う。)

湘江のほとりには草草が勢いよくのびてきて繁っている。春が終わろうとしているころに湘江の川の神は「湘妃」「湘君」の祠の前に春の景色でいっぱいになる。

その廟の片側には柳が鬱蒼として葉をつけ、その色のむこうには、楚の国の晴れ渡った昼下がりの南の空がある。その空には、いつしか雁が数行の列をなして、ここの空を斜めに連なりはばたいて北の空に行き去る。

娥皇なのか、女英なのか、独り、紅い欄干によりかかり、空を見上げて雁を追いかけてみているが心は落ち着いていない。しかし、眠れぬ夜を過ごし、その最後の朝を迎えた娥皇と女英のような気持ちでいると決意した、思いを貫くためである。

船に乗って行ってしまったあの娥皇なのか、女英なのか行く先は全く分からない。遠くを眺めれば水際の砂浜には時おり、鴛鴦が起き上がって過ごしていることだろう。

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(訳注)

河瀆神二首其二

(春になり瀟湘八景の娥皇と女英の祠や廟に着てみると、そのころの空とおなじ空が広がり、舟もふたりをのせて出発する。またえんおうのように一緒に過ごしていることだろうと詠う。)

韓愈 『黄陵廟碑』には湘妃のことが面白く述べられている。

《黄陵廟碑 -(1)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1036  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4164韓愈詩-393-1

402-10 《黄陵廟碑 -(10)四段の2》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家読本 巻五 <1063  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4299韓愈詩-402-10

 

『花間集』には張泌の作が一首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段五字四句四灰韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。

 

江上草芊芊,春晚湘妃廟前。

湘江のほとりには草草が勢いよくのびてきて繁っている。春が終わろうとしているころに湘江の川の神は「湘妃」「湘君」の祠の前に春の景色でいっぱいになる。

9 芊芊 草木がぼうぼうと伸び茂るさま。

10 湘妃 湘江の川の神は「湘妃」「湘君」といい、娥皇と女英の二人の女神からなる。娥皇・女英の二人の娘姉妹を舜の妃としたこと。娥皇と女英は舜帝の妃であったが、舜が没すると悲しんで川に身を投じ、以後川の神となった。斑竹の表面にある斑紋は、娥皇と女英の涙が落ちた跡が残って斑になったという言い伝えがあり、湘江竹、湘竹、涙竹などの別名がある。

11 廟前 廟や祠そのものに、あるいは人の集まる港に近く、ところに女妓が集められていたその様子を「草」「湘妃」と表現している。男が船に乗って出かけて行ったのである。

 

一方柳色楚南天,數行斜鴈聯翩。

その廟の片側には柳が鬱蒼として葉をつけ、その色のむこうには、楚の国の晴れ渡った昼下がりの南の空がある。その空には、いつしか雁が数行の列をなして、ここの空を斜めに連なりはばたいて北の空に行き去る。

12 柳色楚南天 柳の色は夏空の色である、季節が夏に変わったことをいう。

13 數行斜鴈 列をなして空を斜めに横切る。

 

獨倚朱欄情不極,魂斷終朝相憶。

娥皇なのか、女英なのか、独り、紅い欄干によりかかり、空を見上げて雁を追いかけてみているが心は落ち着いていない。しかし、眠れぬ夜を過ごし、その最後の朝を迎えた娥皇と女英のような気持ちでいると決意した、思いを貫くためである。

14 朱欄情不極 紅い欄干によりかかり、空を見上げて雁を追いかけてみているが心は落ち着いていない。

15 魂斷終朝 舜帝が逝った後、帝の後を追おうと決め、その最後の朝を迎えた娥皇と女英のような気持ちでいることをいう。

 

兩槳不知消息,遠汀時起鸂鶒。

船に乗って行ってしまったあの娥皇なのか、女英なのか行く先は全く分からない。遠くを眺めれば水際の砂浜には時おり、鴛鴦が起き上がって過ごしていることだろう。

16 兩槳 かじとかいなど舟を漕ぎ勧める道具。ここではそうした船に乗って行ってしまったあの娥皇と女英ということ。

17 鸂鶒 おしどり。今までも鴛鴦のように過ごしたし、遠いところでまた過ごしたい。

『江頭五詠:鸂鶒』 

故使籠寬織,須知動損毛。

看雲莫悵望,失水任呼號。

六翮曾經剪,孤飛卒未高。

且無鷹隼慮,留滯莫辭勞。 

(江頭の五詠:鸂鶒【けいせき】)

故【ことさら】に籠をして織を寛にせしむ、須【すべか】らく知るべし動けば毛を損するを。

雲を看て 猶お悵望す、水を失して呼号するに任す。

六翮【ろくかく】曾て剪らるるを経たり、孤飛 卒【つい】に未だ高からず。

且つ鷹隼【ようしゅん】の慮り無し、留滞 労を辞する莫れ。

鴛鴦を飼うのにわざわざ寵の目をあらく織らせた、なぜならば目を密にすればその中で動くとき鳥が毛を傷めるとおもうからだ。

籠から雲を見ては恨めしく眺めることだろうし、水から離れてしまうから悲しんで泣き叫ぶことだろうが、叫ぶがままにさせておく。

六枚の立ち羽は前に剪られてしまったから、ひとりで飛ぶ力が無くなっているので、高く飛べないのだ。

だけど、それで鷹や隼におそわれる心配がない、それを取り柄にすれば、ゆっくりこのかごのなかにとどまって苦労することを云うことなどなくなるといものだ。

江頭五詠:鸂鶒 蜀中転々 杜甫 <521  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2800 杜甫詩1000-521-754/1500

 

 

 

 

孫光憲 河瀆神二首 【字解】

 

 

(1)  汾水 山西省を南北に流れる大きな川で、渭河に次ぐ黄河第二の支流。 山西省北部の忻州市寧武県の管涔山に発する。黄土高原の谷間を流れる支流を集めて南西方向へ流れ、次いで南東方向へ、さらに北東方向へと大きく曲がりながら太原市で盆地に出る。晋中市から臨汾市へと、山西省中部の盆地を北東から南西の方向へ貫き、侯馬で西へ折れ、運城市河津で黄河左岸に合流する。春秋戦国時代以来の歴史的都市の多くが汾河流域にあり、黄河文明や中国の歴代王朝の多くを生んだ山西省の母なる川でもある。黃雲 秋の日が落ち掛け夕焼になる前の黄色のうろこ雲。 

(2)  翠娥  1.青黒い三日月形の眉(マユ)。美人の美しい眉のこと。2転じて、美人のこと。ここは、陵廟付きの妃賓。

(3)  廟門 陵廟の門。

(4)  四壁 この廟苑を囲む四方の壁、

(5)  陰森排古畫 この壁を蔽いかぶさるように木の枝が鬱蒼としていて、木の樹脂が飛んで以前は鮮やかに描かれていた絵が薄汚れて見えなくなる。

(6)  瓊輪羽駕 鳳凰鳥の馭者に牽かれ天に環をかけて飛び走る絵が描かれていたことをいう。

(7) 飄落 ふんわりと落ちること。

(8)  燃え残りの臣が油の香りを発すること。

9 芊芊 草木がぼうぼうと伸び茂るさま。

10 湘妃 湘江の川の神は「湘妃」「湘君」といい、娥皇と女英の二人の女神からなる。娥皇・女英の二人の娘姉妹を舜の妃としたこと。娥皇と女英は舜帝の妃であったが、舜が没すると悲しんで川に身を投じ、以後川の神となった。斑竹の表面にある斑紋は、娥皇と女英の涙が落ちた跡が残って斑になったという言い伝えがあり、湘江竹、湘竹、涙竹などの別名がある。

11 廟前 廟や祠そのものに、あるいは人の集まる港に近く、ところに女妓が集められていたその様子を「草」「湘妃」と表現している。男が船に乗って出かけて行ったのである。

12 柳色楚南天 柳の色は夏空の色である、季節が夏に変わったことをいう。

13 數行斜鴈 列をなして空を斜めに横切る。

14 朱欄情不極 紅い欄干によりかかり、空を見上げて雁を追いかけてみているが心は落ち着いていない。

15 魂斷終朝 舜帝が逝った後、帝の後を追おうと決め、その最後の朝を迎えた娥皇と女英のような気持ちでいることをいう。

16 兩槳 かじとかいなど舟を漕ぎ勧める道具。ここではそうした船に乗って行ってしまったあの娥皇と女英ということ。

17 鸂鶒 おしどり。今までも鴛鴦のように過ごしたし、遠いところでまた過ごしたい。

『江頭五詠:鸂鶒』 

故使籠寬織,須知動損毛。

看雲莫悵望,失水任呼號。

六翮曾經剪,孤飛卒未高。

且無鷹隼慮,留滯莫辭勞。 

(江頭の五詠:鸂鶒【けいせき】)

故【ことさら】に籠をして織を寛にせしむ、須【すべか】らく知るべし動けば毛を損するを。

雲を看て 猶お悵望す、水を失して呼号するに任す。

六翮【ろくかく】曾て剪らるるを経たり、孤飛 卒【つい】に未だ高からず。

且つ鷹隼【ようしゅん】の慮り無し、留滞 労を辞する莫れ。

鴛鴦を飼うのにわざわざ寵の目をあらく織らせた、なぜならば目を密にすればその中で動くとき鳥が毛を傷めるとおもうからだ。

籠から雲を見ては恨めしく眺めることだろうし、水から離れてしまうから悲しんで泣き叫ぶことだろうが、叫ぶがままにさせておく。

六枚の立ち羽は前に剪られてしまったから、ひとりで飛ぶ力が無くなっているので、高く飛べないのだ。

だけど、それで鷹や隼におそわれる心配がない、それを取り柄にすれば、ゆっくりこのかごのなかにとどまって苦労することを云うことなどなくなるといものだ。

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12孫光憲《巻七50河傳四首其四風》『花間集』352全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7032

孫光憲  河傳四首 其四 

風颭,波斂。團荷閃閃,珠傾露點。木蘭舟上,何處娃越豔,藕花紅照臉。

大堤狂殺襄陽客,煙波隔,渺渺湖光白。身已歸,心不歸。斜暉,遠汀鸂鶒飛。

(古くからある採蓮曲をうたう呉越の娘たちも、襄陽大堤曲をうたう女たちも男と一緒に暮らせば、そのままずっといっしょにいたいとおもう、離れがたく思うのは当然のことだ。)

晩春のそよ風が水面を震わせ、浪も寄せてくる。丸い蓮の葉はせんせんと揺れると、葉に乗った水の玉は露と一緒になって転々と転ぶ。木蘭の花の様な美女は船の上で、何処に向おうというのか、呉の國で美女は越の国で艶めかしさをはってしたというけれど、やっぱり、この地方の女性は蓮根の花のような頬はあかく顔を照らしている。襄陽の歓楽街の大堤には襄陽の街を訪れた旅人を歓楽にくるわせてしまうという。朝靄は漢水の波を隔てて広がり、水面には日差しがキラキラとして眩しい。ここの女は歳をとれば故郷に還されるが、大抵は好きな男と離れがたく心は帰ることが出来ないだから、日差しが傾く頃になると、遠く港のみぎわにはつがいの鸂鶒が飛び立っていく。

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河傳四首其一

(天子次第で太平がある、寵愛を施すのも、施政に愛撫の心で行うのも、大河が流れていくことと同じであり、行楽、舟遊びを夜を徹して行うのも、天子の年中行事なのである。)

太平,天子,等閑遊戲,疏河千里。

天下が太平であるのは、天子が、長閑に過ごし、厳かに遊び戯れ、そんなことは黄河が千里先まで流れて行くようなものだ。

柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。

柳は枝を糸のように垂らし、淵には春の雪解けで増水が緑の澄み切って流れているころには、長江や淮河の大河には大風が起こることはない。

如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?

この花の御殿には三千人の宮女が仕えている。「朝雲暮雨」の寵愛を得ようと妃賓のあらそいがある、寵愛は誰なのか、どの御殿なのか、天子はどこにとどまっているのか。

錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中。

春から夏には、錦の帆柱に帆に風を受けて、舟遊びが、花霞のただようその際には紅い花が咲き、花の宴は夜まで続き、かがり火は空を染めていて、天子の魂は迷ってしまって誰を寵愛するのか、そうした中で、天子は天下国家の安寧のために心を掛けられるのである。

 

(河傳四首 其の一)

太平の天子,等閑し遊戲す,疏河すは千里なり。

柳 絲の如し,隈倚 淥波の春水,長淮 風 起らず。

花の如き殿には三千の女が,雲雨を爭い,何處にか人を留めて住わん?

錦帆の風,煙際の紅,燒空ありて,魂迷し 大業に中【あた】る。

 

河傳四首 其二

(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

柳拖,金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。

柳の枝が土手を引き摺り、その枝は金色の紐を垂らす、夕靄はこの街を囲むように出てきて霧がそれをつつむ様に出てくる、そこにもうもうと柳絮が落ちて飛び交う。

鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。

鳳凰の絵が描かれた飾り画船は楚の国の美女を載せている、美女は華麗に舞う、それに合わせた様に波の上に音を立て、鼓の音は雷のように轟く。

龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。

この光景は戦国時代の故事を筝曲に言うように「龍が爭い、虎が闘って天下を分ける」ようこの美女をわが手にしようとあらそう、しかしここには美女の主となる者はいない。それは王獻之の愛妾「桃葉」の詩のようにここ江南では、「桃葉よ桃葉、兎に角渡って来い」と美女にとに角この川を渡って来てくれればいいと言っている。

襞花牋,豔思牽。

ひだひだのスカートをゆらせて薛濤䇳にしたためて、魅力のある気持ちで引き付ける。

成篇,官娥相與傳。

その光景を目にすれば詩篇はできるものだし、この美女たちは官妓であり、世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。

(河傳四首其の二)

柳の拖,金の縷,煙 籠霧に着き,濛濛として絮を落す。

鳳皇 舟上の楚女,舞をに妙して,雷喧 波上の皷。

龍爭 虎戰 中土を分ち,人 主無し,桃葉 江南渡る。

襞花の牋,豔思 牽く。

篇成し,官娥 相いに與傳す。

 

河傳四首 其三

(少し前の春は、行楽、酒宴と、この離宮で華やかな日を過ごした、豪華な家にも、春も終るように寵愛は失われるとさびしいひびを過ごすよりない)

花落,煙薄,謝家池閣。

咲き誇った花は散り、夕靄が淡くひろがる、「謝秋娘」は豪邸の池のほとりの故事のような離宮の楼閣にすごす。

寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。

寂寞とした中に春も深まり、色艶雙絶の美女は心配事が少しあるのか眉をひそめ、思いを小声で一人語をつぶやく。

沾襟,無人知此心。

涙は襟を濡らすけれど、この心のうちを知る人はだれもいない。

玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

奇麗な宝飾の香炉には火も消えて灰だけが、もう近頃ずっと焚かれたこともなく冷ややかなままで、簾を下ろしたままで日影を映し、紅い杏の花の咲くなか梁の上にはまた燕が帰って来る。

晚來天,空悄然。

行楽も酒宴もなく、春も終わる夕刻になるというのに、空虚、うち萎れてしまう。

孤眠,枕檀雲髻偏。

それからは独り寝るだけで、香木の枕に横になると雲型の髷は片側に傾いて、もう直すこともないのだ。

(河傳四首其の三)

花落ち,煙薄れ,謝家の池閣。

寂寞として春深し,翠蛾 輕く斂め 意 沉吟す。

襟を沾し,人 此の心を知る無し。

玉鑪 香 斷え 霜灰 冷ややかにして,簾 影を鋪く,梁鷰 紅杏に歸る。

晚來の天には,空しく悄然とす。

孤り眠り,枕檀 雲髻 偏る。

 

河傳四首 其四

(古くからある採蓮曲をうたう呉越の娘たちも、襄陽大堤曲をうたう女たちも男と一緒に暮らせば、そのままずっといっしょにいたいとおもう、離れがたく思うのは当然のことだ。)

風颭,波斂。

晩春のそよ風が水面を震わせ、浪も寄せてくる。

團荷閃閃,珠傾露點。

丸い蓮の葉はせんせんと揺れると、葉に乗った水の玉は露と一緒になって転々と転ぶ。

木蘭舟上,何處娃越豔,藕花紅照臉。

木蘭の花の様な美女は船の上で、何処に向おうというのか、呉の國で美女は越の国で艶めかしさをはってしたというけれど、やっぱり、この地方の女性は蓮根の花のような頬はあかく顔を照らしている。

大堤狂殺襄陽客,煙波隔,渺渺湖光白。

襄陽の歓楽街の大堤には襄陽の街を訪れた旅人を歓楽にくるわせてしまうという。朝靄は漢水の波を隔てて広がり、水面には日差しがキラキラとして眩しい。

身已歸,心不歸。

斜暉,遠汀鸂鶒飛。

ここの女は歳をとれば故郷に還されるが、大抵は好きな男と離れがたく心は帰ることが出来ない

だから、日差しが傾く頃になると、遠く港のみぎわにはつがいの鸂鶒が飛び立っていく。

(其の四)

風 颭【そよ】ぎ,波 斂す。

團荷 閃閃【せんせん】とし,珠 傾き 露 點ず。

木蘭の舟上,何處にか娃し越は豔し,藕花 紅いに臉を照らす。

大堤 狂殺 襄陽の客,煙波 隔てて,渺渺として湖光 白らむ。

身 已に歸り,心 歸らず。

暉を斜して,遠汀 鸂鶒飛ぶ。

 

 

『河傳四首 其四』 現代語訳と訳註

(本文)

河傳四首其四

風颭,波斂。

團荷閃閃,珠傾露點。

木蘭舟上,何處娃越豔,藕花紅照臉。

大堤狂殺襄陽客,煙波隔,渺渺湖光白。

身已歸,心不歸。

斜暉,遠汀鸂鶒飛。

 

(下し文)

(河傳四首其の四)

風 颭【そよ】ぎ,波 斂す。

團荷 閃閃【せんせん】とし,珠 傾き 露 點ず。

木蘭の舟上,何處にか娃し越は豔し,藕花 紅いに臉を照らす。

大堤 狂殺 襄陽の客,煙波 隔てて,渺渺として湖光 白らむ。

身 已に歸り,心 歸らず。

暉を斜して,遠汀 鸂鶒飛ぶ。

 

(現代語訳)

(古くからある採蓮曲をうたう呉越の娘たちも、襄陽大堤曲をうたう女たちも男と一緒に暮らせば、そのままずっといっしょにいたいとおもう、離れがたく思うのは当然のことだ。)

晩春のそよ風が水面を震わせ、浪も寄せてくる。

丸い蓮の葉はせんせんと揺れると、葉に乗った水の玉は露と一緒になって転々と転ぶ。

木蘭の花の様な美女は船の上で、何処に向おうというのか、呉の國で美女は越の国で艶めかしさをはってしたというけれど、やっぱり、この地方の女性は蓮根の花のような頬はあかく顔を照らしている。

襄陽の歓楽街の大堤には襄陽の街を訪れた旅人を歓楽にくるわせてしまうという。朝靄は漢水の波を隔てて広がり、水面には日差しがキラキラとして眩しい。

ここの女は歳をとれば故郷に還されるが、大抵は好きな男と離れがたく心は帰ることが出来ない

だから、日差しが傾く頃になると、遠く港のみぎわにはつがいの鸂鶒が飛び立っていく。

 

 

(訳注)

河傳四首其四

(古くからある採蓮曲をうたう呉越の娘たちも、襄陽大堤曲をうたう女たちも男と一緒に暮らせば、そのままずっといっしょにいたいとおもう、離れがたく思うのは当然のことだ。)

採蓮歌の季節を思い詠う。この歌は蓮の花を採り、そして後には蓮の実や菱のみを採る、若い女性が歌を唄いながら摘み取ってゆく、それを若い男たちが土手で眺めるという光景が浮かばれる。後宮では、どの大きな池の蓮を宮女たちが採蓮歌を歌って,踊るのである。それを見ながら、呉越戦争の西施をおっもい、襄陽の大堤曲

 

『花間集』 には孫光憲の作が四首収められている。河傳四首 其一は双調五十一字、前段二十六字七句二平韻五仄韻、後段二十六字六句四平韻五仄韻で、②❷❹❻❺③②⑤の詞形をとる。

河傳四首 其一

,天,等閑遊,疏河千

柳如,隈倚淥波春,長淮風不

 “ / ”

如花殿三千,爭雲,何處留人

錦帆,煙際,燒,魂迷大業

●○  ○● ●○○△  △○○●

●△○  △△●○○● △○△△●

△○●●△○● ○○●  △●△○●

●△△  ○●○ △△  ○○●●△

河傳四首其二。双調五十一字、前段二十六字六句五仄韻、後段二十六字六句五仄韻で、❹❼❷③③②⑤の詞形をとる。

,金,着煙籠,濛濛落

鳳皇舟上楚,妙,雷喧波上

 “ / ”  

龍爭虎戰分中,人無,桃葉江南

襞花,豔思。成,官娥相與

●△  ○● ?○△△  △△●●

●○○●●●  ●● ○○○●●

○○●●△△● ○○●  ○●○○●

●○○  ●△△ ○○  ○○△△△

河傳四首 其三。双調五十一字、前段三十三字八句二平韻五仄韻、後段二十八字七句四平韻三仄韻で、❹❼②⑤③③②⑤の詞形をとる。

河傳四首 其三

,煙,謝家池

寂寞春,翠蛾輕斂意沉

,無人知此

 “ / ”  

玉鑪香斷霜灰,簾鋪,梁鷰歸紅

晚來,空悄

,枕檀雲髻

○●  ○● ●○○●

●●○△ ●△△●●○△

△○ ○○○●○

●○○●○○△ ○△●  ○●○○●

●△○  △●○

○○  △○○●△

双調五十一字、前段二十六字六句五仄韻、後段二十六字六句五仄韻で、❻❺❸❸❷❺の詞形をとる。

河傳四首其四

,波。團荷閃,珠傾露

木蘭舟上,何處娃越,藕花紅照

 “ / ”  

大堤狂殺襄陽,煙波,渺渺湖光

身已,心不。斜,遠汀鸂鶒

△●  ○● ○△●●  ○○●●

●○○●  △●○○●● ●○○●△

●△△●○○● ○○●  ●●○△●

○●○  ○△○ ○○  ●△○?○

 

風颭,波斂。

晩春のそよ風が水面を震わせ、浪も寄せてくる。

   颭 風が(ものを)ふるわせる. 

   【れん】1 引きしめ集める。取り入れる。「苛斂(かれん)・聚斂(しゅうれん)2 引きしまる。「収斂」3 死体を棺に収める。


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12孫光憲《巻七48河傳四首其二柳》『花間集』350全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7022

孫光憲  河傳四首 其二

柳拖,金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。

鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。

龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。

襞花牋,豔思牽。成篇,官娥相與傳。

(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

柳の枝が土手を引き摺り、その枝は金色の紐を垂らす、夕靄はこの街を囲むように出てきて霧がそれをつつむ様に出てくる、そこにもうもうと柳絮が落ちて飛び交う。鳳凰の絵が描かれた飾り画船は楚の国の美女を載せている、美女は華麗に舞う、それに合わせた様に波の上に音を立て、鼓の音は雷のように轟く。この光景は戦国時代の故事を筝曲に言うように「龍が爭い、虎が闘って天下を分ける」ようこの美女をわが手にしようとあらそう、しかしここには美女の主となる者はいない。それは王獻之の愛妾「桃葉」の詩のようにここ江南では、「桃葉よ桃葉、兎に角渡って来い」と美女にとに角この川を渡って来てくれればいいと言っている。ひだひだのスカートをゆらせて薛濤䇳にしたためて、魅力のある気持ちで引き付ける。その光景を目にすれば詩篇はできるものだし、この美女たちは官妓であり、世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。

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花間集  河傳 十八首

溫庭筠

《巻二09河傳三首其一》江畔,相喚。曉妝仙,仙景箇女採蓮。請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

溫庭筠

《巻二10河傳三首其二》湖上,閑望。雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。謝娘翠娥愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。蕩子天涯歸棹遠,春已晚,鶯語空腸斷。若耶溪,溪水西,柳堤,不聞郎馬嘶。

溫庭筠

《巻二11河傳三首其三》同伴,相喚。杏花稀,夢裡每愁依違。仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

韋莊

《巻三05河傳三首其一》何處,煙雨,隋堤春暮。柳色葱蘢,畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。青娥殿春粧媚,輕雲裡,綽約司花妓。江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁

韋莊

《巻三06河傳三首其二》春晚,風暖,錦城花滿。狂殺遊人,玉鞭金勒,尋勝馳驟輕塵,惜良晨。翠娥爭勸臨邛酒,纖纖手,拂面垂絲柳。歸時煙裏,鐘皷正是黃昏,暗銷魂。

韋莊

《巻三07河傳三首其三》錦浦,春女,繡衣金縷。霧薄雲輕,花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。香塵隱映,遙見翠檻紅樓,黛眉愁。

張泌

《巻四40河傳二首其一》渺莽雲水,惆悵暮帆,去程迢遞。夕陽芳艸,千里萬里,鴈聲無限起。夢魂悄斷煙波裡,心如醉。相見何處是,錦屏香冷無睡,被頭多少淚。

張泌

《巻四41河傳二首其二》紅杏,交枝相映,密密濛濛。一庭濃豔倚東風,香融,透簾櫳。斜陽似共春光語,蝶爭舞,更引流鶯妬。魂銷千片玉樽前,神仙,瑤池醉暮天。

顧夐

《巻六40河傳三首其一》鷰颺,晴景。小屏暖,鴛鴦交頸。菱花掩卻翠鬟欹,慵整。海棠簾外影。繡幃香斷金鸂鶒,無消息,心事空相憶。東風,春正濃。愁紅,淚痕衣上重

顧夐

《巻六41河傳三首其二》曲檻,春晚。碧流紋細,綠楊絲軟,露花,鮮杏,枝繁鶯囀,野蕪似剪。直是人間到天上,堪遊賞,醉眼疑屏障,對池塘,惜韶光,斷腸為花須盡狂。

顧夐

《巻六42河傳三首其三》棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰。倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦

孫光憲

《巻七47河傳四首其一》太平天子,等閑遊戲,疏河千里。柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中

孫光憲

《巻七48河傳四首其二》柳拖金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。襞花牋,豔思牽。成篇,官娥相與傳。

孫光憲

《巻七49河傳四首其三》花落,煙薄,謝家池閣。寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。沾襟,無人知此心。玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

孫光憲

《巻七50河傳四首其四》風颭,波斂。團荷閃閃,珠傾露點。木蘭舟上,何處娃越豔,藕花紅照臉。大堤狂殺襄陽客,煙波隔,渺渺湖光白。身已歸,心不歸。斜暉,遠汀鸂鶒飛

閻選

《巻九27河傳 一首》  秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸

李珣

《巻十49河傳二首其一》  去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書。想佳人花下,對明月春風,恨應同。

李珣

《巻十50河傳二首其二》  春暮,微雨。送君南浦,愁斂雙蛾。落花深處,啼鳥似逐離歌,粉檀珠淚和。臨流更把同心結,情哽咽,後會何時節?不堪迴首,相望已隔汀洲,艣聲幽。

 

 

河傳四首其一

(天子次第で太平がある、寵愛を施すのも、施政に愛撫の心で行うのも、大河が流れていくことと同じであり、行楽、舟遊びを夜を徹して行うのも、天子の年中行事なのである。)

太平,天子,等閑遊戲,疏河千里。

天下が太平であるのは、天子が、長閑に過ごし、厳かに遊び戯れ、そんなことは黄河が千里先まで流れて行くようなものだ。

柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。

柳は枝を糸のように垂らし、淵には春の雪解けで増水が緑の澄み切って流れているころには、長江や淮河の大河には大風が起こることはない。

如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?

この花の御殿には三千人の宮女が仕えている。「朝雲暮雨」の寵愛を得ようと妃賓のあらそいがある、寵愛は誰なのか、どの御殿なのか、天子はどこにとどまっているのか。

錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中。

春から夏には、錦の帆柱に帆に風を受けて、舟遊びが、花霞のただようその際には紅い花が咲き、花の宴は夜まで続き、かがり火は空を染めていて、天子の魂は迷ってしまって誰を寵愛するのか、そうした中で、天子は天下国家の安寧のために心を掛けられるのである。

 

(河傳四首 其の一)

太平の天子,等閑し遊戲す,疏河すは千里なり。

柳 絲の如し,隈倚 淥波の春水,長淮 風 起らず。

花の如き殿には三千の女が,雲雨を爭い,何處にか人を留めて住わん?

錦帆の風,煙際の紅,燒空ありて,魂迷し 大業に中【あた】る。

 

河傳四首 其二

(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

柳拖,金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。

柳の枝が土手を引き摺り、その枝は金色の紐を垂らす、夕靄はこの街を囲むように出てきて霧がそれをつつむ様に出てくる、そこにもうもうと柳絮が落ちて飛び交う。

鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。

鳳凰の絵が描かれた飾り画船は楚の国の美女を載せている、美女は華麗に舞う、それに合わせた様に波の上に音を立て、鼓の音は雷のように轟く。

龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。

この光景は戦国時代の故事を筝曲に言うように「龍が爭い、虎が闘って天下を分ける」ようこの美女をわが手にしようとあらそう、しかしここには美女の主となる者はいない。それは王獻之の愛妾「桃葉」の詩のようにここ江南では、「桃葉よ桃葉、兎に角渡って来い」と美女にとに角この川を渡って来てくれればいいと言っている。

襞花牋,豔思牽。

ひだひだのスカートをゆらせて薛濤䇳にしたためて、魅力のある気持ちで引き付ける。

成篇,官娥相與傳。

その光景を目にすれば詩篇はできるものだし、この美女たちは官妓であり、世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。

(河傳四首其の二)

柳の拖,金の縷,煙 籠霧に着き,濛濛として絮を落す。

鳳皇 舟上の楚女,舞をに妙して,雷喧 波上の皷。

龍爭 虎戰 中土を分ち,人 主無し,桃葉 江南渡る。

襞花の牋,豔思 牽く。

篇成し,官娥 相いに與傳す。

宮島(10)
 

 

『河傳四首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

河傳四首其二

柳拖,金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。

鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。

龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。

襞花牋,豔思牽。

成篇,官娥相與傳。

 

 

(下し文)

(河傳四首其の二)

柳の拖,金の縷,煙 籠霧に着き,濛濛として絮を落す。

鳳皇 舟上の楚女,舞をに妙して,雷喧 波上の皷。

龍爭 虎戰 中土を分ち,人 主無し,桃葉 江南渡る。

襞花の牋,豔思 牽く。

篇成し,官娥 相いに與傳す。

 

 

(現代語訳)

(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

柳の枝が土手を引き摺り、その枝は金色の紐を垂らす、夕靄はこの街を囲むように出てきて霧がそれをつつむ様に出てくる、そこにもうもうと柳絮が落ちて飛び交う。

鳳凰の絵が描かれた飾り画船は楚の国の美女を載せている、美女は華麗に舞う、それに合わせた様に波の上に音を立て、鼓の音は雷のように轟く。

この光景は戦国時代の故事を筝曲に言うように「龍が爭い、虎が闘って天下を分ける」ようこの美女をわが手にしようとあらそう、しかしここには美女の主となる者はいない。それは王獻之の愛妾「桃葉」の詩のようにここ江南では、「桃葉よ桃葉、兎に角渡って来い」と美女にとに角この川を渡って来てくれればいいと言っている。

ひだひだのスカートをゆらせて薛濤䇳にしたためて、魅力のある気持ちで引き付ける。

その光景を目にすれば詩篇はできるものだし、この美女たちは官妓であり、世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。

隋堤002
 

(訳注)

河傳四首其二

(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

 

『花間集』 には孫光憲の作が四首収められている。河傳四首 其一は双調五十一字、前段二十六字七句二平韻五仄韻、後段二十六字六句四平韻五仄韻で、②❷❹❻❺③②⑤の詞形をとる。

河傳四首 其一

,天,等閑遊,疏河千

柳如,隈倚淥波春,長淮風不

 “ / ”

如花殿三千,爭雲,何處留人

錦帆,煙際,燒,魂迷大業

●○  ○● ●○○△  △○○●

●△○  △△●○○● △○△△●

△○●●△○● ○○●  △●△○●

●△△  ○●○ △△  ○○●●△

河傳四首其二。双調五十一字、前段二十六字六句五仄韻、後段二十六字六句五仄韻で、❹❼❷③③②⑤の詞形をとる。

,金,着煙籠,濛濛落

鳳皇舟上楚,妙,雷喧波上

 “ / ”  

龍爭虎戰分中,人無,桃葉江南

襞花,豔思。成,官娥相與

●△  ○● ?○△△  △△●●

●○○●●●  ●● ○○○●●

○○●●△△● ○○●  ○●○○●

●○○  ●△△ ○○  ○○△△△

 

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12孫光憲《巻七38浣溪沙九首其一》『花間集』340全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6972

孫光憲  浣溪沙九首其一

蓼岸風多橘柚香,江邊一望楚天長,片帆煙際閃孤光。

目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫茫,蘭紅波碧憶瀟湘。

(諸葛亮は万里橋で劉備の御征伐の船出を見送り、薛濤は、思い人を望江樓から見送った、。雁書が届くだろうか,杳杳として、茫茫としているところであるから川が流れ去るように忘れていくことになるのか、瀟湘二妃嬪、屈原、賈誼、とそこに沈んだ人の思いは、人の心に残っている)

岸辺の蓼がしげる中を風がぬけ、橘や柚子の香りを運んでくる、大江のほとり望江樓から一望すると船の進むと、「高唐賦」の楚は、はるかとおくに、一片の帆影を浮かべて霞む果てには雲雨を呼ぶ閃光が一つきらめく。眼を空に向け、飛び行く雁を遠くかすかなところまで追いかける、それでも、長江の流れははてしなくひろくひろがるから、雁書が届くのがみずのながれのようにながれてしまうのか、瀟湘八景の赤い蘭花、碧く波は数々の賢者を思い起こさせてくれる。

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韋莊

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

韋莊

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

韋莊

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

韋莊

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

韋莊

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

薛昭蘊

《巻二3浣溪紗五首其二欲》 上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾幕月明風。此夜有情誰不極,隔牆棃雪又玲瓏,玉容憔悴惹微紅。其三惆悵夢餘山月斜,孤燈照壁背紅紗,小樓高閣謝

薛昭蘊

《巻二31浣溪紗五首其三》 惆悵夢餘山月斜,孤燈照壁背紅紗,小樓高閣謝娘家。暗想玉容何所似,一枝春雪凍梅花,滿身香霧簇朝霞。其四綠樹藏鶯鶯正啼,柳絲斜拂白銅堤,弄珠江上

薛昭蘊

《巻二32浣溪紗五首其四》 綠樹藏鶯鶯正啼,柳絲斜拂白銅堤,弄珠江上草萋萋。日暮飲歸何處客,繡鞍驄馬一聲嘶,滿身蘭麝醉如泥。其五夜夜相思更漏殘,傷心明月凭欄干,想君思我

薛昭蘊

《巻二33浣溪紗五首其五》 夜夜相思更漏殘,傷心明月凭欄干,想君思我錦衾寒。咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看,幾時攜手入長安。其一紅樓別夜堪惆悵,香燈半捲流蘇帳。

薛昭蘊

《巻三27浣溪沙八首其一》 紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

薛昭蘊

《巻三28浣溪沙八首其二》 鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

薛昭蘊

《巻三29浣溪沙八首其三》 粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

薛昭蘊

《巻三30浣溪沙八首其四》 握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

張泌

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

張泌

《巻二3浣溪紗五首其二欲》 上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾幕月明風。此夜有情誰不極,隔牆棃雪又玲瓏,玉容憔悴惹微紅。其三惆悵夢餘山月斜,孤燈照壁背紅紗,小樓高閣謝

張泌

《巻二31浣溪紗五首其三》 惆悵夢餘山月斜,孤燈照壁背紅紗,小樓高閣謝娘家。暗想玉容何所似,一枝春雪凍梅花,滿身香霧簇朝霞。其四綠樹藏鶯鶯正啼,柳絲斜拂白銅堤,弄珠江上

張泌

《巻二32浣溪紗五首其四》 綠樹藏鶯鶯正啼,柳絲斜拂白銅堤,弄珠江上草萋萋。日暮飲歸何處客,繡鞍驄馬一聲嘶,滿身蘭麝醉如泥。其五夜夜相思更漏殘,傷心明月凭欄干,想君思我

張泌

《巻二33浣溪紗五首其五》 夜夜相思更漏殘,傷心明月凭欄干,想君思我錦衾寒。咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看,幾時攜手入長安。其一紅樓別夜堪惆悵,香燈半捲流蘇帳。

張泌

《巻三27浣溪沙八首其一》 紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

張泌

《巻三28浣溪沙八首其二》 鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

張泌

《巻三29浣溪沙八首其三》 粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

張泌

《巻三30浣溪沙八首其四》 握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

張泌

《巻三31浣溪沙八首其五》 簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

毛文錫

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

欧陽烱

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

欧陽烱

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

欧陽烱

《巻二29浣溪紗五首其一》 清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾

顧夐

《巻二3浣溪紗五首其二欲》 上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾幕月明風。此夜有情誰不極,隔牆棃雪又玲瓏,玉容憔悴惹微紅。其三惆悵夢餘山月斜,孤燈照壁背紅紗,小樓高閣謝

顧夐

《巻二31浣溪紗五首其三》 惆悵夢餘山月斜,孤燈照壁背紅紗,小樓高閣謝娘家。暗想玉容何所似,一枝春雪凍梅花,滿身香霧簇朝霞。其四綠樹藏鶯鶯正啼,柳絲斜拂白銅堤,弄珠江上

顧夐

《巻二32浣溪紗五首其四》 綠樹藏鶯鶯正啼,柳絲斜拂白銅堤,弄珠江上草萋萋。日暮飲歸何處客,繡鞍驄馬一聲嘶,滿身蘭麝醉如泥。其五夜夜相思更漏殘,傷心明月凭欄干,想君思我

顧夐

《巻二33浣溪紗五首其五》 夜夜相思更漏殘,傷心明月凭欄干,想君思我錦衾寒。咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看,幾時攜手入長安。其一紅樓別夜堪惆悵,香燈半捲流蘇帳。

顧夐

《巻三27浣溪沙八首其一》 紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

顧夐

《巻三28浣溪沙八首其二》 鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

顧夐

《巻三29浣溪沙八首其三》 粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

顧夐

《巻三30浣溪沙八首其四》 握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

孫光憲

《巻三31浣溪沙八首其五》 簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

孫光憲

《巻三32浣溪沙八首其六》 江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

孫光憲

《巻三33浣溪沙八首其七》 傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖

孫光憲

《巻三34浣溪沙八首其八》 越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

孫光憲

《巻四28浣溪沙十首其一》 鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

孫光憲

《巻四29浣溪沙十首其二》 馬上凝情憶舊遊,照花淹竹小溪流,鈿箏羅幕玉搔頭。早是出門長帶月,可堪分袂又經秋,晚風斜日不勝愁。

孫光憲

《巻四30浣溪沙十首其三》 獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

孫光憲

《巻四31浣溪沙十首其四》 依約殘眉理舊黃,翠鬟擲一簪長,暖風晴日罷朝粧。閑折海棠看又撚,玉纖無力惹餘香,此情誰會倚斜陽

孫光憲

《巻四32浣溪沙十首其五》 翡翠屏開繡幄紅,謝娥無力曉粧慵,錦帷鴛被宿香濃。微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾櫳,杏花凝恨倚東風。

閻選

《巻九24浣溪沙》  寂寞流蘇冷繡茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。八拍蠻二首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

李珣

《巻十14浣溪沙四首其一》  入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月香徑夢悠颺

李珣

《巻十15浣溪沙四首其二》  晚出閑庭看海棠,風流學得家粧,小釵橫戴一枝芳。鏤玉梳斜雲鬢膩,縷金衣透雪肌香,暗思何事立殘陽。

李珣

《巻十16浣溪沙四首其三》  訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。

李珣

《巻十17浣溪沙四首其四》  紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢音塵。翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。

 

 

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10和凝 (改)《巻六32柳枝三首其三 》『花間集』283全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6687

和凝  柳枝三首其三  

鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

(七夕の日には銀河にはカササギが川に並んで橋を作ってくれて仙郎が逢うことができるし、むかし、桂樹によじ登ったことを生かせば、月の嫦娥を探し求めることができるだろう、と詠ったもの)

カササギが銀河に並んで橋となってくれたが、はじめてこれを渡ろうとして、カササギがうるさく鳴く。七夕の今夜、一年ぶりに訪ねた仙人の男は自れの姓名を告げてつげて和やかになる。今はここにはないけれどその昔には桂の樹が青い葉をつけて大きな樹にそだち攀じ登ったものだが、それを生かして、月の里に行ったなら、

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柳枝三首 其一

(早春に、結同心で別れたひとでも、盛春のころには風流人なり、柳がうっそうと茂る初夏には浮気心が、真夏には女性と夜を過ごすようになるものであると詠う)その一。

軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。

(見送る女)みどりの色もまだやわらかい早春のころ、朝靄が瑤煙のようにただよう朝のはやい時間、旅立つ人は皆早く、旅人は皆よく似ている。見送り終えて、花に日差しがあたる頃には、顔に手を当て、緑の蛾の眉をひそめて泣いている。

青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

(旅立った男)旅中の安全を願った柳の木は青々と茂るころには、旅人は自然に風流人となっていることだろうし、その柳が、金糸のように枝裾を吹き上げるころには、洛水の女神を待っているだろう。

(柳枝三首 其の一)

碧軟らかに瑤煙なれば送りし人に似たり,花を映す時には 翠蛾 嚬【しか】めるを把む。

青青 自ら是れ 風流の主に,慢颭【まんせん】 金絲 洛神を待つ。

 

柳枝三首 其二

(見送り、別れて、泣き腫らしたが、その後は、酔いつぶれ、淫らな声を出し、高級官僚、仙人にも愛嬌を振りまく。)その二。

瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。

風が寂しく吹き、薄絹のスカートが風にしずかに揺れ、金の練り糸の縫い付けが細い腰にまとわる。見送りがおわれば、涙で眉黛、化粧は崩してしまっても、そのままで、いつまでもなおさず、かさねて化粧をすることはない。

醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

それからというもの、閨で酔ってしまい、淫ら声を上げ、顔にポチポチを描いたように新しい化粧を施しているかのよう、こんどは、仙人をつかまえて、愛嬌を振り巻きつくしている。

(柳枝三首、其の二)

瑟瑟として 羅裙 金縷の腰,黛眉 隈破して未だ重ねて描かず。

醉い來りて 咬損し 新たに花子し,仙郎を拽住し 盡く嬌を放たん。

 

柳枝三首 其三

(七夕の日には銀河にはカササギが川に並んで橋を作ってくれて仙郎が逢うことができるし、むかし、桂樹によじ登ったことを生かせば、月の嫦娥を探し求めることができるだろう、と詠ったもの)

鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。

カササギが銀河に並んで橋となってくれたが、はじめてこれを渡ろうとして、カササギがうるさく鳴く。七夕の今夜、一年ぶりに訪ねた仙人の男は自れの姓名を告げてつげて和やかになる。

不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

今はここにはないけれどその昔には桂の樹が青い葉をつけて大きな樹にそだち攀じ登ったものだが、それを生かして、月の里に行ったなら、

(柳枝三首其の三)

鵲橋 初めて就きて 銀河に咽く,今夜 仙郎 自ら姓和す。

是にあらず 昔年 桂樹に攀るを,豈に能く月の裏 嫦娥を索めん。

 

 

『柳枝三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

柳枝三首其三

鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。

不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

 

(下し文)

(柳枝三首其の三)

鵲橋 初めて就きて 銀河に咽く,今夜 仙郎 自ら姓和す。

是にあらず 昔年 桂樹に攀るを,豈に能く月の裏 嫦娥を索めん。

 

(現代語訳)

(七夕の日には銀河にはカササギが川に並んで橋を作ってくれて仙郎が逢うことができるし、むかし、桂樹によじ登ったことを生かせば、月の嫦娥を探し求めることができるだろう、と詠ったもの)

カササギが銀河に並んで橋となってくれたが、はじめてこれを渡ろうとして、カササギがうるさく鳴く。七夕の今夜、一年ぶりに訪ねた仙人の男は自れの姓名を告げてつげて和やかになる。

今はここにはないけれどその昔には桂の樹が青い葉をつけて大きな樹にそだち攀じ登ったものだが、それを生かして、月の里に行ったなら、あの美しい女性の「嫦娥」を何とかうまく探すことが出来るのだろう。

 

(訳注)

柳枝三首其三

(七夕の日には銀河にはカササギが川に並んで橋を作ってくれて仙郎が逢うことができるし、むかし、桂樹によじ登ったことを生かせば、月の嫦娥を探し求めることができるだろう、と詠ったもの)

七夕の傳説を詠ったもので、初句二句は銀河のカササギのわたらせる橋を、三四句は、月の嫦娥伝説を詠うものである。

 

唐の教坊曲。『花間集』には、単調、雙調とあり、最初の表に示したように二十四首ある。和凝の柳枝三首其一は単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形である。

和凝 《柳枝三首 其三》単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形。

鵲橋初就咽銀,今夜仙郎自姓

●○○●△○○  ○●○○●●△

不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦

△●●○○●●  ●△●●●○○

和凝 《柳枝三首 其一》単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形。

軟碧瑤煙似送,映花時把翠蛾

●●○○●●○  ●○○●●△○

青青自是風流主,慢颭金絲待洛

○○●●△○●  ●●○○●●○

和凝 《柳枝三首 其二》単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形。

瑟瑟羅裙金縷,黛眉隈破未重

醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放

  
  

 

顧夐  《楊柳枝》 雙調四十字、前段二十字四句四平韻、後段二十字四句二平韻二仄韻で、⑦③⑦③/❼❸⑦③の詞形である。

秋夜香閨思寂  漏迢迢 鴛幃羅幌麝煙  燭光
○●○○△●△  ●○○ ○○○●●○○  ●△○

正憶玉郎遊蕩  無尋 更聞簾外雨蕭  滴芭

△●●○○●●  ○○● △△○●●○○  ●○○

 

鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。

カササギが銀河に並んで橋となってくれたが、はじめてこれを渡ろうとして、カササギがうるさく鳴く。七夕の今夜、一年ぶりに訪ねた仙人の男は自れの姓名を告げてつげて和やかになる。

鵲橋 李商隠『辛未七夕』「豈能無意酬烏鵲、惟與蜘蛛乞巧絲。」天上の恋人たちが会う為に、烏鵲が河をうずめて橋をかけてくれるということだが、せっかくの努力に酬いる気もないのであろう。ただ、地上の蜘蛛の五色の糸の七夕の飾り物や果物をお供えさせておくだけというのは、献身して働く者は放っておいて、権力を持ったものには厚遇しょうということなのか。

・烏鵲 七夕の夜、烏鵲が銀河の橋渡しをするという「鵲橋」伝説。鵲橋(しゃくはし、かささぎばし)とは、中国の伝説で旧暦の77日の七夕の日に天の川上にできる橋の名前である。この橋は織姫と彦星が出会うためにできることから、鵲橋とは男女が良縁で結ばれる事を意味する。『淮南子』からの引用とされている「烏鵲河を填めて橋を成し、織女を渡らしむ」という白孔六帖の文章が出典とされる。辛未七夕 李商隠紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 34 「辛未七夕」李商隠

仙郎【せんろう】仙人。尚書省の各部郎中の員外をいう。唐·王維《重酬苑郎中詩》「仙郎有意憐同舍, 丞相無私斷掃門。」劉禹錫《衢州徐員外使君遺以縞紵兼竹書箱,因成一篇用答佳貺》「爛柯山下舊仙郎, 列宿來添婺女光。」

五位の蔵人(くろうど)の唐名。仕事を捨てて仙女を求めている男。娼屋に來る男。「劉郎」「阮郎」「檀郎」潘郎」など、女遊びをするもの、妓女があこがれる男の名称である。

・阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉郎は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

 

不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

今はここにはないけれどその昔には桂の樹が青い葉をつけて大きな樹にそだち攀じ登ったものだが、それを生かして、月の里に行ったなら、あの美しい女性の「嫦娥」を何とかうまく探すことが出来るのだろう。

桂樹 桂は木犀など香木の総称。月に生えている伝説上の木。優れたものの喩として使われるが、ここは、月の中の桂の葉の香しいであろう匂いも実際にはとどかない。女が自分にて手の到かねものとなったという意味である。・青桂苑 青が五行思想で春を示す、桂は奥座敷の部屋の柱ほか材料であり、桂の植わる庭園は、屋外の情交の場所。1 カツラ科の落葉高木。山地に自生。葉は広卵形で裏面が白い。雌雄異株。5月ごろ、紅色の雄花、淡紅色の雌花をつけ、花びらはない。材を建築・家具や碁盤・将棋盤などに用いる。おかつら。かもかつら。2 中国の伝説で、月の世界にあるという木。

嫦娥 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。

李商隠『嫦娥』 
(嫦娥のように裏切った恋は後悔の念にきっと苛まれる。)
雲母屏風燭影深、長河漸落暁星沈。
半透明の雲母を一面に貼りつめた屏風に、ろうそくの影があやしく映っている。眠られぬ独り寝の床で、その揺らめく焔の影を眺めているうちに、夜はいつしか白らけはじめ、天の川は次第に傾いて光をおとし、薄明の中に暁の明星も沈んで消えてゆく。
嫦娥應悔倫塞薬、碧海青天夜夜心。
裏切られた心の痛み故に、夜のあけるまで、こうして星や月を眺めているのだ。あなたはいま何処にいるのだろうか。月の精である嫦娥は、夫の不在中に不思議な薬を飲み、その為に空に舞いあがったのだという。そのように、人間の世界を去った嫦娥は、しかしきっと、その薬をぬすみ飲んだ事をくやんでいるだろう。
青青と広がる天空、その極みなる、うすみどりの空の海原、それを眺めつつ、夜ごと、嫦娥は傷心しているに違いない。私を裏切った私の懐しき恋人よ。君もまた新らしい快楽をなめて、身分高い人のもとに身を寄せたことを悔いながら、寒寒とした夜を過しているのではなかろうか。

10和凝 (改)《巻六16臨江仙二首其一》『花間集』267全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6607

和凝  臨江仙二首 其一   

海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。

碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

(越王句踐の命を受けて呉に嫁ぐ西施の美しさを詠い、復讐を遂げた越王の朝廷のあったところには、恥辱をいやす勾践の妻のように赤い蓼の花が夏を過ぎるまで咲いていると詠う。)

海棠花は好ましい香りが熟成されてまろやかになり、晩春の銭塘江の景色も変わろうとしている、小楼は仙境のように霧霞の薄い衣にまかれ、ぼんやりと薄暗くぼんやりしている。若くてみどりの黒髪のもとどりにした髪型で初めて出て宮中にあがると、刺繍の簾にかこまれた宮殿である。麝香はあたり中にただよい、鸞の佩び玉は風の中にあるように揺れる。磨かれた宝玉の花鈿に、簪から垂れる鸂鶒の金細工が爭っているように揺れる、真白な雪のような肌、両鬢にくも型の流行の髪型、まさにそれらが見事に融和している。あのお方を思う気持ちは遥か先の東海の蒼海の東の仙界の三山に向かう。ここには越王が復讐をはたした朝廷があったところに夏を迎えた今でも、蓼の花が赤く咲いている。

10和凝 (改)《巻六16臨江仙二首其一》『花間集』267全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6607

 

 

 
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10 和學士凝二十首

 和凝898955)字は成績、郭州須昌(山東省東平県)の人。幼少のころから聡明で、学問を好み、一読した書はみなその大義に達していた。十七歳で明経に挙げられ、十九歳で進士に及第した。はじめ後梁に仕えて地方官をつとめたが、つづいて後唐に仕えて、天成年間(926929)に殿中侍御史を拝し、礼部員外即を経て主客員外郎、知制許に改められ、ついで翰林に入って学士となった。また後晋に仕えて、天福五年(940) に中書侍郎同中書門下平車掌(宰相)を拝命した。ついでまた後漢に仕えて、太子大伴を拝し、魯国公に封ぜられた。後周の顕徳二年(955)五十八歳で卒した。のち侍中を贈与された。外見をつくろうことが好きで、平生、乗物や衣服を美しく装飾してりっぱなようすをしていた。また、後進のものを世話するのが好きで、賢不肖にかかわらず、虚心をもってその仕進の道を開きみちびいたので、たいそう評判がよかったという。

文章をつくるにはその分量の多いことが得意であった。文集は百余巻あり、かつて自ら板に訝って、数百状を校印し、人に分かち与えた。短歌艶曲に長じ、「由子相公」というよび名がつけられていた。かれの艶詞をあつめたものに香密集があり、宰相の名を避けて韓樫の名に託してあったというが、今日伝わる韓促の香密集(香散薬)は和顔の作ではないことはすでに明の毛管などがその尤もであることを弁じている(五唐人集)。著述に演論集三十巻、群芸集五十巻、紅薬編五巻(宋史芸文志)があったといぅが、今伝わらない。

かれの詩集に紅葉稿一巻あり、百余首を収めているといぅが(歴代詩余、竜沐勘著唐宋名家詩選に紹介した宋大字本)、この本も明らかではない。紅葉稿は紅薬編のことで、これは制語に関する著述であるといぅ説もある (胡透、詞選)。かれの詞は花間集に二十首収められている。王国経の輯本には二十九首を収めている。

* 旧五代史巻一二七 新五代史巻五六 北夢項言巻パ以歌詞自娯粂 歴代詩余巻一〇二詞人姓氏 全唐詩巻三二 紅葉稿詞一巻 王国稚韓、唐五代二十一家詞輯所収

 

「花間集」和學士凝二十首

巻六14小重山二首其一  春入神京萬木芳,禁林鶯語滑,蝶飛狂。曉花擎露妬啼粧,紅日永,風和百花香。煙鏁柳絲長,御溝澄碧水,轉池塘。時時微雨洗風光,天衢遠,到處引笙篁。

巻六15小重山二首其二  正是神京爛熳時,羣仙初折得,郄詵枝。烏犀白紵最相宜,精神出,御陌袖鞭垂。柳色展愁眉,管絃分響亮,探花期。光陰占斷曲江池,新牓上,名姓徹丹墀。

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

巻六18菩薩蠻一首  越梅半拆輕寒裏,冰清澹薄籠藍水。暖覺杏梢紅,遊絲狂惹風。閑堦莎徑碧,遠夢猶堪惜。離恨又迎春,相思難重陳。

巻六19山花子二首其一  鶯錦蟬縠馥麝臍,輕裾花早曉烟迷。鸂鶒戰金紅掌墜,翠雲低。星靨笑隈霞臉畔,蹙金開襜襯銀泥。春思半和芳草嫩,碧萋萋。

巻六20山花子二首其二  銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。玉腕重金扼臂,澹梳粧。幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

巻六21河滿子二首其一  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

巻六22河滿子二首其二  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

巻六23薄命女一首  天欲曉,宮漏穿花聲繚繞。牎裏星光少,冷霞寒侵帳額,殘月光沉樹杪。夢斷錦幃空悄悄,強起愁眉小。

巻六24望梅花一首  春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

巻六25天仙子二首其一  柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

巻六26天仙子二首其二  洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。

巻六27春光好二首其一  紗暖,畫屏閑,嚲雲鬟。睡起四肢無力,半春間。玉指剪裁羅勝,金盤點綴蘇山。窺宋深心無限事,小眉彎。

巻六28春光好二首其二  蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。春水無風無浪,春天半雨半晴。紅粉相隨南浦晚,幾含情。

巻六29採桑子一首  蝤蠐領上訶梨子,繡帶雙垂,椒閑時,競學樗蒲賭荔枝。叢頭鞋子紅編細,裙窣金絲。無事嚬眉,春思飜教阿母疑。

巻六30柳枝三首其一  軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

巻六31柳枝三首其二  瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

巻六32柳枝三首其三  鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

巻六33漁父一首   白芷汀寒立鷺鷥,蘋風輕剪浪花時。烟冪冪,日遲遲。香引芙蓉惹釣絲。

 

 

臨江仙二首 其一

(越王句踐の命を受けて呉に嫁ぐ西施の美しさを詠い、復讐を遂げた越王の朝廷のあったところには、恥辱をいやす勾践の妻のように赤い蓼の花が夏を過ぎるまで咲いていると詠う。)

海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。

海棠花は好ましい香りが熟成されてまろやかになり、晩春の銭塘江の景色も変わろうとしている、小楼は仙境のように霧霞の薄い衣にまかれ、ぼんやりと薄暗くぼんやりしている。

翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。

若くてみどりの黒髪のもとどりにした髪型で初めて出て宮中にあがると、刺繍の簾にかこまれた宮殿である。麝香はあたり中にただよい、鸞の佩び玉は風の中にあるように揺れる。

碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。

磨かれた宝玉の花鈿に、簪から垂れる鸂鶒の金細工が爭っているように揺れる、真白な雪のような肌、両鬢にくも型の流行の髪型、まさにそれらが見事に融和している。

含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

あのお方を思う気持ちは遥か先の東海の蒼海の東の仙界の三山に向かう。ここには越王が復讐をはたした朝廷があったところに夏を迎えた今でも、蓼の花が赤く咲いている。

 

其二

披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。

碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。

肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。

嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

 

 

『臨江仙二首』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首 其一

海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。

翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。

碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。

含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

 

(下し文)

(臨江仙二首 其の一)

海棠 香老 春江の晚,小樓 霧縠し 濛す。

翠鬟 初めに出でて 繡簾の中,麝煙 鸞珮 風に蘋す。

碾玉 釵搖して鸂鶒の戰,雪肌 雲鬢 將に融る。

含情 遙指 碧波の東,越王の臺殿 蓼花 紅なり。

 

(現代語訳)

(越王句踐の命を受けて呉に嫁ぐ西施の美しさを詠い、復讐を遂げた越王の朝廷のあったところには、恥辱をいやす勾践の妻のように赤い蓼の花が夏を過ぎるまで咲いていると詠う。)

海棠花は好ましい香りが熟成されてまろやかになり、晩春の銭塘江の景色も変わろうとしている、小楼は仙境のように霧霞の薄い衣にまかれ、ぼんやりと薄暗くぼんやりしている。

若くてみどりの黒髪のもとどりにした髪型で初めて出て宮中にあがると、刺繍の簾にかこまれた宮殿である。麝香はあたり中にただよい、鸞の佩び玉は風の中にあるように揺れる。

磨かれた宝玉の花鈿に、簪から垂れる鸂鶒の金細工が爭っているように揺れる、真白な雪のような肌、両鬢にくも型の流行の髪型、まさにそれらが見事に融和している。

あのお方を思う気持ちは遥か先の東海の蒼海の東の仙界の三山に向かう。ここには越王が復讐をはたした朝廷があったところに夏を迎えた今でも、蓼の花が赤く咲いている。

 

(訳注)

臨江仙二首其一

(越王句踐の命を受けて呉に嫁ぐ西施の美しさを詠い、復讐を遂げた越王の朝廷のあったところには、恥辱をいやす勾践の妻のように赤い蓼の花が夏を過ぎるまで咲いていると詠う。)

臨江仙は擣教坊の曲であり、基本的に詠懐詩である。河川の神にまつわるものを詠ったものが多い。湘江の神霊となった娥皇と女英、湘江に身を投じた屈原、黄河の洛神賦、水と川を司る洛水の女神。黄河の神・河伯の妻。黄河にそそぐ川の一つ・洛水(らくすい)と伊川(いせん)が合流するあたりに住んでいる。「雒嬪(らくひん)」「洛神」とも呼ばれる)、琴を弾いていると、夜中に洛浦の女神と出会い、洛水をめぐる秘密を語る話も見られる(『太平広記』311「蕭曠遇女神」)。

黄河の神・河伯(かはく)の配偶神。道教における黄河の神。広い意味で川の神全般を指すこともある。黄河の神である河伯は数多い川の神の中でも最も重要で、豊作や降雨を授ける力があるとされている。すでに殷の時代から河伯に対する祭祀が行われ、牛などが犠牲にささげられた。人間の女子が犠牲とされた時期もあり、巫女などが住民中の娘を花嫁として飾り立て、ベッドに寝かせて川に沈めたという。

 広く行き渡っている説では、冰夷(馮夷)(ひょうい)という男が渡河中に溺死し、天帝から河伯に任じられたという。道教では、冰夷は薬を飲んで水の仙人となり、河伯になったとしている。その姿について、かつて暴風雨の中に出現した河伯は水の車に乗り、二頭の龍に車を引かせ、螭(みずち)をそえ馬にしていたという伝説がある。

 また、河伯は人の頭に魚の体をしているともいわれ、明朝ころからは龍の一種と考えられるようになったといわれている。

この詩では、ぜっしの美女西施を詠い、越王句踐の旧跡について歌うものである。銭塘江 杭州市の南を流れる浙江省第一の河。杭州湾の形状に起因して毎年起こる「銭塘の秋濤(しゅうとう)」(海水の大逆流現象)で有名だが、これは銭塘江の潮神となった伍子胥の執念で起こっているという伝説がある。

 紀元前5世紀、呉(ご)が越(えつ)を破り、呉王夫差(ふうさ)は越王句践(こうせん)を捕虜にした。このとき呉王に仕えていた伍子胥(ごししょ)は何度となく越王を殺すように王に進言したが入れられず、結局句践は釈放された。その後も伍子胥は夫差に対して越を打つように進言したが、ついに腹を立てた夫差によって死を賜ることになった。伍子胥は息子を呼び、「わしの首を都城の南門に懸け、越軍が攻め寄せるのが見えるようにしてくれ。わしの遺体は鯰の皮に包んで銭塘江に投げ入れてくれ。わしは朝夕潮に乗って呉国が敗れるのを見てやりたいのだ」といった。 「銭塘の秋濤」が起こるようになったのはこのことがあってからだという。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には、《臨江仙》二十六首所収、ほとんど詠懐詩である。和凝の作は二首収められている。双調五十三字、前段二十六字四句三平韻で、後段二十七字四句三平韻7⑥⑦⑥/7⑥⑦⑦の詞形をとる。

臨江仙二首 其一

海棠香老春江晚  小樓霧縠
翠鬟初出繡簾  麝煙鸞珮蘋
碾玉釵搖鸂鶒戰  雪肌雲鬢將
含情遙指碧波  越王臺殿蓼花

●○○●○○●  ●○△●○△

●○○●●○△  ●○○●○△

●●○○○?●  ●○○●△○

○○○●●○○  ●△○●●○○

牛希濟(臨江仙七首 其一)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻で、⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤の詞形をとる。

峭碧參差十二  冷煙寒樹重

宮殿是仙  金鑪珠  香靄晝偏

一自楚王驚夢斷  人間無路相

至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●△△●●○  △○○●△△

○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

 

海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。

海棠花は好ましい香りが熟成されてまろやかになり、晩春の銭塘江の景色も変わろうとしている、小楼は仙境のように霧霞の薄い衣にまかれ、ぼんやりと薄暗くぼんやりしている。

○海棠 1 バラ科の落葉小高木。枝は紫色で垂れ下がり、葉は楕円形。4月ごろ、紅色の花が下向きに咲き、実は丸く、黄褐色に熟す。中国の原産で、庭木などにする。垂枝(すいし)海棠。花(はな)海棠。

○香老 老香と熟成香の違いは、熟成香は好ましい香りが熟成されてまろやかになることで、老香はそれがさらに進んで好ましくない香りで、マニアックになる、或はよい香りが消えてゆく。

江 下句八句目に「越王臺殿」とあり、会稽、紹興の歓楽街を示すもので、銭塘江のこと。

○霧縠【ムコク】. 霧のように、軽く薄いちぢみの絹。仙人(センニン)などの着物をいう。《文選司馬相如<子虛賦>》:於是鄭女曼 被阿緆, 揄紵縞, 雜纖羅, 垂霧縠。” 劉良注:霧縠, 其細如霧, 垂之為裳也。

/空濛【くうもう】小雨や霧のために、ぼんやりと薄暗いさま。・濛: 煙雨迷茫的樣子。如:「剛下過一場雨,山間一片濛的景色。」亦作「空濛」。武元衝『題嘉陵驛』「悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。路半嘉陵頭已白,蜀門西更上靑天。」(武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。)ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。

《桃葉歌》,其歌曰:“桃葉複桃葉,渡江不用楫;但渡無所苦,我自迎娶汝。

 

翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。

若くてみどりの黒髪のもとどりにした髪型で初めて出て宮中にあがると、刺繍の簾にかこまれた宮殿である。麝香はあたり中にただよい、鸞の佩び玉は風の中にあるように揺れる。

翠鬟 若いみどりの黒髪のもとどり、張泌『浣溪沙十首其四』「依約殘眉理舊黃,翠鬟擲一簪長,暖風晴日罷朝粧。閑折海棠看又撚,玉纖無力惹餘香,此情誰會倚斜陽。」

張泌《巻四27浣渓沙 十首 其四》『花間集』178全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6162

牛嶠『酒泉子一首』「記得去年,煙暖杏園花發。雪飄香,江艸綠,柳絲長。鈿車纖手捲簾望,眉學春山樣。鳳釵低裊翠鬟上,落梅粧。」

牛嶠《巻四18酒泉子一首》『花間集』169全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6117

鸞珮 鸞鳳の玉の彫刻の身につけるもの。腰にさげる玉の装飾品。礼服(らいふく)に用いた玉の装飾品。組み糸に玉を通し,胸の下から沓(くつ)のところまで垂らし,歩くときに鳴るようにしたもの。おんもの。玉佩

 

碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。

磨かれた宝玉の花鈿に、簪から垂れる鸂鶒の金細工が爭っているように揺れる、真白な雪のような肌、両鬢にくも型の流行の髪型、まさにそれらが見事に融和している。

碾玉 うすのような形の磨かれた髪飾りの宝飾。

鸂鶒 えんおうのこと。兄弟の喩えにされる鳥。杜甫はよく使う。鸂鶒【けいせき】紫おしどり。謝霊運『鸂鶒賦』「覧水禽之萬族、信莫麗干鸂鶒。」(水禽之萬族を覧るに、信に干鸂鶒麗しきは莫し。)水鳥。いろいろに書く。鳥の名。常葉の大きなもので、紫色が多いので、紫鷲喬ともいう。
杜甫『春水生 二絶其一』
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。

春水生 二絶其一 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 9)  杜甫 <414  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2015 杜甫詩1000-414-597/1500

杜甫『江頭五詠:鸂鶒』

故使籠寬織,須知動損毛。

看雲莫悵望,失水任呼號。

六翮曾經剪,孤飛卒未高【孤飛只未高】。

且無鷹隼慮,留滯莫辭勞。

(江頭の五詠:鸂鶒【けいせき】)

故【ことさら】に籠をして織を寛にせしむ、須【すべか】らく知るべし動けば毛を損するを。

雲を看て 猶お悵望す、水を失して呼号するに任す。

六翮【ろくかく】曾て剪らるるを経たり、孤飛 卒【つい】に未だ高からず。

且つ鷹隼【ようしゅん】の慮り無し、留滞 労を辞する莫れ。

 

含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

あのお方を思う気持ちは遥か先の東海の蒼海の東の仙界の三山に向かう。ここには越王が復讐をはたした朝廷があったところに夏を迎えた今でも、蓼の花が赤く咲いている。

○碧波東 東海の蒼海の東には仙界の三山がある。この詩の仙郷は、会稽の道教の本山の傍の歓楽街を示すものである。

○越王 春秋時代後期の越の王勾践(未詳 - 紀元前465年)は、范蠡の補佐を得て当時華南で強勢を誇っていた呉を滅ぼした。春秋五覇の一人に数えられることもある。句践とも表記される。越王允常の子で、楚の恵王の外祖父にあたる。この時、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦がいた。きれいな女たちはここに集められてきたこと、集まったこと、ここではその故事を連想させる。また、勾践は呉に敗れ屈辱の日々と悔しさを忘れず「会稽の恥」と部屋に苦い肝を吊るして毎日のようにそれを舐めて呉に対する復讐を誓った。前述の夫差と合わせて臥薪嘗胆という故事の元となった逸話である。越は着々と国力を蓄え、夫差が中原の会盟に出かけたときを狙って呉に攻め込んだ。呉の太子友は斬られ、夫差は慌てて呉へ引き返してきたが、これより4年後に呉は越に滅ぼされることになる。呉を滅ぼした勾践は、越の都を現在の江蘇省の連雲港に遷し、更に諸侯を会盟して中原の覇者となった。

蓼花 たでの花。タデ科 一年草または多年草。草丈20cm2m前後(種類によって異なる)。花期610月。花色 赤紫、ピンクなど。ここは女の盛りを過ぎた年増女を示すものであること。復讐を果たした勾践の妻を連想させる。

9欧陽烱《巻六12江城子一首》『花間集』263全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6587

欧陽烱  江城子一首  

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

(六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

9欧陽烱《巻六12江城子一首》『花間集』263全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6587


 
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花間集 江城子 七首

韋莊

 

巻三03

江城二首其一  恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。朱唇未動,先覺口脂香。緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

巻三04

江城子二首其二  髻鬟狼籍黛眉長,出蘭房,別檀郎。角聲嗚咽,星斗漸微茫。露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

牛嶠

 

巻四26

江城子首其一  鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。越王宮殿,蘋葉藕花中。簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

巻四27

江城子二首其二  極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。渡口楊花,狂雪任風吹。日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

張泌

 

巻五01

江城二首其一  碧欄干外小中庭,雨初晴,曉鶯聲。飛絮落花,時節近清明。睡起捲簾無一事,勻面了,沒心情。

巻五02

江城子二首其二  浣花溪上見卿卿,臉波秋水明,黛眉輕。綠雲高綰,金族小蜻蜓。好是問他來得磨?和笑道:莫多情。

欧陽烱

 

巻六12

江城子一首  晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

 

 

 

江城子一首

(六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。

六代繁華,暗逐逝波聲。

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

 

(江城子)

晚日 金陵 岸の艸 平らかに,落霞 明るく,水 無情なり,六代 繁華とし,暗に波聲を逐逝【ついせき】す。

空しく姑蘇臺上の月有り,西子の鏡の如く江城を照す。

 

 

『江城子』 現代語訳と訳註

(本文)

江城子

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

 

(下し文)

(江城子)

晚日 金陵 岸の艸 平らかに,落霞 明るく,水 無情なり,六代 繁華とし,暗に波聲を逐逝【ついせき】す。

空しく姑蘇臺上の月有り,西子の鏡の如く江城を照す。

 

(現代語訳)

(六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。

古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

 

(訳注)

江城子

(かつて六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

【解説】 栄華を極めた六朝の都の女の街も繁華も、長江の流れは西から東へあたりまえにながれていることが無情であると、栄枯盛衰、消え去る世の無常を述べる。最後の二句は、今はただ姑蘇台の上に輝く西施(西子)の鏡のような月が、都跡を照らすばかりであることをいい、時代はさらに戦国時代の呉まで遡り、世の変遷に対する無常の観をより深めている。

 

『花間集』には「江城子」は七首所収、欧陽烱の作は一首収められている。単調三十五または三十六字、三十八字、八句五平韻の詞形をとる。

欧陽烱 江城一首は単調三十五字、八句五平韻 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

晚日金陵岸艸  落霞明 水無

六代繁華 暗逐逝波

 空有姑蘇臺上月 如西子鏡照江

●●○○●●○  ●○○ ●○○

●●○△ ●●●○○

△●○○○●● △○●●●○○

韋荘の作は二首収められている。二首とも単調三十五字、八句五平韻で、 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

恩重嬌多情易  漏更長 解鴛

朱唇未動 先覺口脂

緩揭繡衾抽皓腕 移鳳枕  枕潘 

   

 

   

韋荘の単調の詞からやがて、双七十字,前后格式相同,各五平韵と変化してゆく。

 

牛嶠、江城子二首 其一は単調三十五字、八句五平韻 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

鵁鶄飛起郡城,碧江,半灘

越王宮殿,蘋葉藕花

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛

○○○●●○○  ●○△ ●△△

●△○● ○●●○△

○△●○○△● ○●●  ●△△

牛嶠、江城子二首 其二は単調三十七字、八句五平韻 ⑦⑤③4⑤73③の詞形をとる。

極浦煙消水鳥  離筵分首  送金

渡口楊花  狂雪任風

日暮天空波浪急  芳艸岸  雨如

●●○○●●○  △○△●○ ●○○

●●○○ △●△△△

●●○△○△● ○●●  ●△○

張泌の江城子が二首収められている。単調三十五字、八句五平韻で、 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

碧欄干外小中、 雨初晴、 曉鶯聲。

飛絮落花、 時節近清明。

睡起捲簾無一事、 勻面了、 沒心情。

●○○●●△○  ●○○ ●○○

○●●○ ○●●○○

●●△○○●● ○●● ●○○

張必、江城子二首 其二は単調三十七字、八句五平韻 ⑦⑤③4⑤73③の詞形をとる。

浣花溪上見卿  臉波秋水明 黛眉

綠雲高綰 金族小蜻

好是問他來得磨 和笑道  莫多

●○○●●○○  △○○●○ ●○△

●○○● ○●●○△

●●●△△●△ △●●  ●○○

 

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。

太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。

金陵 、江蘇省の省都。古くから長江流域・華南の中心地で、かつては三国・呉、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳(以上の6朝を総称して六朝)、十国の南唐や明といった王朝や南京国民政府の首都であった。中国四大古都の一つ。南京の歴史は春秋時代に呉がこの地に城を築いたことに始まる。戦国時代に呉を征服した楚は金陵邑を設置。その後秦朝による統一事業が達成され、始皇帝がこの地に巡幸してきた際に、「この地に王者の気がある」と言われ、それに怒って地形を無理やり変えてこの地の気を絶とうとした。また名前も金から秣(まぐさ)の秣陵県と改称している。三国時代になると呉の孫権が229年に石頭城という要塞を築いて建業と称してこの地に都を置いた。西晋にて一旦、建業とされた後に司馬鄴(愍帝)を避諱して建康と改められ、東晋及びその後の四王朝(宋、斉、梁、陳)の都となった。呉を含めた六国が全て同じ地に都を置いたことから六朝時代の名がある。隋代には江寧県、唐代には金陵県、白下県、上元県と改称されている。隋唐代には新たに開削された大運河により、長江対岸の揚州が物資の集積地となり、この地域の中心地としての地位を奪われた恰好となり、往時の都としての繁栄は見られなくなった。唐崩壊後の五代十国時代には、南唐の都城である金陵府が置かれ、後に改名されて西都と称する。

落霞 夕焼け。霞は朝焼け雲または夕焼け雲。

水無情 長江の流れは人の世にはお構いなく日夜流れ続けること。また川の流れは時の流れを象徴し、時の推移の無常を言う。金陵が長江の南岸に位置するのでこのように表現した。

六代 いわゆる六朝のこと。金陵に都を置いた呉、東晋、宋、斉、梁、陳の六つの王朝を指す。

 

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

姑蘇台 戦国時代、呉王の大差が西施のために築いた台館。姑蘇は蘇州の西方にある山。・姑蘇:姑蘇台。蘇州にある。また蘇州の街のこと。呉の首都。呉王・夫差が姑蘇城にいたが、越王・勾践に攻められ、降ろされたところ。

李白も多く残している。

・《巻二-06 烏棲曲》「姑蘇台上烏棲時。王宮里醉西施。

・《巻二一28蘇台覽古》 「旧苑荒台楊柳新、菱歌清唱不勝春。只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。」

・《巻二二30對酒》「棘生石虎殿。 鹿走姑蘇台。 自古帝王宅。」

・《巻二四56口號王美人半醉》「風動荷花水殿香。 姑蘇台上宴王。 西施醉舞嬌無力。 笑倚東窗白玉床。」

蘇臺覧古           

旧苑荒台楊柳新、菱歌清唱不勝春。
只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。

(旧苑  荒台 楊柳新たなり、菱歌の清唱  春に勝【た】えず。只  今は惟だ西江の月有り、曾て照らす  呉王 宮裏の人。

『浣溪沙八首其七』 薛昭蘊

傾國傾城恨有餘,幾多紅涙泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

呉主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

9 9 浣溪紗八首 其七 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-385-9-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3472

西子 西施:本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。
 現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施>>>西施と呼ばれるようになった。
 紀元前5世紀、越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されてたといわれている。越の策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
呉が滅びた後の生涯は不明だが、勾践夫人が彼女の美貌を恐れ、夫も二の舞にならぬよう、また呉国の人民も彼女のことを妖術で国王をたぶらかし、国を滅亡に追い込んだ妖怪と思っていたことから、西施も生きたまま皮袋に入れられ長江に投げられた。また、美女献上の策案者であり世話役でもあった范蠡に付き従って越を出奔し、余生を暮らしたという説もある。
 (2)西施ものがたり  李白がよく取り上げた題材

・『古風五十九首 第十八 李白ではべつの視点から興味あるとらえ方をしている。李白は西施にかかわる多く詩を残している。

 

魚玄機『光・威・裒、姉妹三人』「文有貌終堪比,西子無言我更慚。」光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172

○江城 川沿いの街。長江南岸沿いの金陵を言う。城は街。

8毛文錫《巻五35臨江仙一首》『花間集』250全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6522

毛文錫  臨江仙   

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

8毛文錫《巻五35臨江仙一首》『花間集』250全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6522

 

 
 2015年8月27日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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297-#2 《卷十五18送薛九被讒去魯》#2 Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <297-#2> Ⅰ李白詩1594 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6518 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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 孟郊張籍     
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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 (改訂版Ver.2.1

臨江仙

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

 (改訂版Ver.2.1

『臨江仙』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

 

(下し文)

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

(現代語訳)

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

 

 

(訳注)
(改訂版Ver.2.1

臨江仙 一首

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

心情を直接表現した語は、わずかに「失絃凄切に」の」句のみである。「朱絃」は川音を蛾卓の弾く琴の弦に喩えている。その響きが「凄切」とは、慕う舜を失って湘の川に身を投げた娥・英の悲しみを表すとともに、宋玉『高唐賦』の瑤姫の楚王への「相思」、情愛を対比している。瀟湘八景の素晴らしい景色、三峡、巫峡、巫山の素晴らしい景色も同時に対比している。

 

瀟湘八景の項目でこの詩を分析したものを以下に示す。

瀟湘八景

瀟湘地方の八つの景勝

山市晴嵐

暮蟬聲盡落斜陽

漁村夕照

黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎

遠浦帰帆

黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎

瀟湘夜雨

煙雨隔高唐

煙寺晩鐘

楚山紅樹・靈娥皷琴韻清商・朱絃淒切

洞庭秋月

銀蟾影掛瀟湘

平沙落雁

雲散碧天長

江天暮雪

白蘋遠散濃香

 

臨江仙

『花間集』 には毛文錫の作が一首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

臨江仙

暮蟬聲盡落斜  銀蟾影掛瀟

  
黃陵廟側水茫  楚山紅樹  煙雨隔高

    

岸泊漁燈風颭碎  白蘋遠散濃

  

靈娥皷琴韻清  朱絃淒切  雲散碧天

    

張泌『臨江仙 一首』双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤のと同じ形をとっている。

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁

五雲雙鶴去無,幾迴魂斷,凝望向長

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波,花鬟月鬢綠雲

古祠深殿,香冷雨和

○△○●○○●  ○○●●○○

●○○●●○○  △△○●  △△●△△

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△

●○△●  ○△●△△

(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

花間集の臨江仙

張泌          臨江仙一首

・毛文錫       臨江仙一首

・牛希濟       臨江仙七首

・歐陽炯       臨江仙二首

・顧          臨江仙三首

・孫光憲       臨江仙二首

・魏承班       臨江仙二首

・閻選          臨江仙二首

・毛熙震       臨江仙二首

・李珣          臨江仙二首

 

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

○暮蟬聲盡 日暮蝉が鳴き盡す。

○銀蟾 月の別称。中国の古代伝説に拠れば、月には兎や蛤(ヒキガエル)が住むとされた。張泌『浣溪沙十首 其一』

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242

銀は、ここでは月の輝きを形容する。韋荘『天仙子 其三』の「蟾彩」

蟾彩霜華夜不分。天外鴻聾枕上聞。

綉衾香冷懶重燻。

入寂寂、葉紛紛。

纔睡依前夢見君。

天仙子 其三 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-272-5-#26  漢文委員会kanbuniinkai頌之の漢詩ブログ2907

○瀟湘 瀟湘は湖南省長沙一帯の地域。洞庭湖と流入する瀟水と湘江の合流するあたりを瀟湘といい、古来より風光明媚な水郷地帯として知られる。湖南省洞庭湖にを流れこむ蒲水、湘水の二つの川の名をいう。ここでは洞庭湖南岸一帯の地を指す。湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、水は西岸の支流である

○銀蟾影掛瀟湘 劉禹錫《瀟湘神》「楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。」を連想させ、基づいて、次の三句に掛かって行く。

劉禹錫《瀟湘神》

(瀟湘の神)

斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。

斑竹の枝,斑竹の枝,涙痕 點點 相思を寄す。

楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。

楚客 聽かんと欲す 瑤瑟の怨を,瀟湘の深夜 月明の時。

・瀟湘神:詞牌の一。詞の形式名。『瀟湘曲』ともいう。詳しくは下記の「構成について」を参照。この作品がこの詞牌の起源になる。湘妃と斑竹の、亡き人を偲ぶ故事で、深い味わいを出している。後世、晩唐・温庭筠は『瑤瑟怨』で「冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。雁聲遠過瀟湘去,十二樓中月自明。」とうたう。

「斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。」

湘妃の涙で斑模様となった斑竹枝の笛、湘妃竹といわれるこの竹は舜帝の妃の娥皇と女英の二人が、帝を慕って湘水に身を投じて、川の神、湘靈、湘神となった。ここには、血涙の痕が転々と斑にあるような竹が生えだしたがこれは舜帝を思いやる証しである。

・斑竹枝:『瀟湘神』では、第一句を繰り返し、第二句は畳句となる。 

・斑竹:斑文のある竹。湘妃竹のこと。湘妃とは、舜帝の妃・娥皇と女英の二人のこと。舜帝を慕って湘水に身を投じて、川の神(湘靈、湘神)となったという。竹との関係では舜帝が蒼梧(現・江西省蒼梧)で崩じた時に、娥皇と女英の二人の妃がここに来て深く嘆き悲しみ、流した涙が竹に滴り、その痕(あと)が竹に斑斑と残ったことから「斑竹」と謂われた。或いは、九嶷山で亡くなり、二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。杜甫の「山鬼迷春竹,湘娥倚暮花。湖南清絶地,萬古一長嗟。」のように。中唐・柳宗元の『漁翁』「夜傍西巖宿,曉汲清湘燃楚竹。煙銷日出不見人,欸乃一聲山水綠。迴看天際下中流,巖上無心雲相逐。」での「楚竹」に同じ。中唐・武元衡の『望夫石』に「佳人望夫處,苔蘚封孤石。萬里水連天,巴山暮雲碧。湘妃涙竹下成林,子規夜啼江水深。」とある。 

・斑竹枝:斑竹で作った笛。

・涙痕:涙の痕。 ・點點:点々と。

・寄:よせる。手紙を差し出す。 

・相思:異性を思いやる。或いは、相互に思う。

「楚客欲聽瑤瑟怨、瀟湘深夜月明時。」

楚の国から来た人は、瀟湘の川の上で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいとおもった。湖南省南部の川の流れに船を浮かべて、そう思った。深夜に月の明るく澄んでいる時のことである。 

・楚客:楚の国から来た旅人。楚の人。ここでは、屈原をいう。また屈原と同様にその近く、常徳桃花源の附近をさすらう作者をいう。屈原のように流離う人。盛唐・崔國輔の『九日』に「江邊楓落菊花黄,少長登高一望鄕。九日陶家雖載酒,三年楚客已霑裳。」とあり、中唐・柳宗元の『柳州城西北隅種柑樹』に「手種黄柑二百株,春來新葉遍城隅。方同楚客憐皇樹,不學荊州利木奴。幾歳開花聞噴雪,何人摘實見垂珠。若教坐待成林日,滋味還堪養老夫。」とある。 ・欲:…たい。…ようとする。 

・聽:(自分から聴き耳を立てて)聴く。 ・瑤瑟:美くしい玉でもって飾りを施された瑟。・瑟:おおごと。「琴瑟」「瑟琴」といえば夫婦和合のことをいうので、そのようなことの暗示もあろうか。 

・怨:愛についての深い情念。深い思い。うらみ。ここでは、川の神(湘靈、湘神)湘妃の奏でる瑤瑟の凄艶さ、もの悲しさをいう。

・瀟湘:瀟水と湘水。湖南省を流れ、洞庭湖に注ぐ。湘水は、現在“湘江”という。画題によく用いられる 「山市晴嵐・漁村夕照・遠浦帰帆・瀟湘夜雨・煙寺晩鐘・洞庭秋月・平沙落雁・江天暮雪」を瀟湘地方の八つの景勝という。北宋の宋迪(そうてき)がこれを描いた。

 

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

○黄陵廟 舜の妃となった夷の二人の娘、娥皇と女英を祀った廟。湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。その地は今の湖南省湘陰の北、湘水のほとりに当たる。『臨江仙 一首』

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

○高唐 楚の宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。雲夢(湿地の名)にあった高台の名。

 

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

○風颭碎 風に揺れ砕けること。

○白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。

 

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

〇霊娥 舜の亡き後、湘水に身を投じて湘水の女神となった蛾皇、女英を指す。

○韻清商 湘水の流れの音を湘神となった蛾皇が水中で奏でる琴の音に喩えたもの。商は音律五音のうちの商の音。ここでは、清らかな音の意。

秋笛
清商欲盡奏,奏苦血沾衣。
他日傷心極,徵人白骨歸。
相逢恐恨過,故作發聲微。
不見秋雲動,悲風稍稍飛。

清苦にして哀愁のある音調。 ・商 秋、秋風。西の方角。星座のこと。五音階。「宮・商・角・徴・羽」隋・唐は中国史上で最も強大・安定し、音楽・絵画・書・舞踊・建築などが発展した。 音楽は「宮廷音楽(七部伎=清商伎・国伎・亀慈伎・安国伎・天竺伎・高麗伎・文康伎)」と 「民間音楽(山歌・小曲、器楽=琵琶・笙・笛などの演奏)」に二分される。
曹丕(曹子桓/魏文帝)詩 『燕歌行』 
燕歌行
秋風蕭瑟天気涼、草木搖落露為霜、
羣燕辭帰雁南翔。
念君客遊思断腸、慊慊思帰戀故郷、
何為淹留寄他方。』
賤妾煢煢守空房、憂来思君不敢忘。
不覚涙下霑衣裳。
援琴鳴絃發清商、短歌微吟不能長。』
明月皎皎照我牀、星漢西流夜未央。
牽牛織女遥相望、爾獨何辜限河梁。

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 622 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1705

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 623 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1709

燕歌行二首 其二 曹丕(魏文帝) 魏詩<5>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 女性詩624 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1713

8毛文錫《巻五50巻五16甘州遍二首其二》『花間集』249全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6517

毛文錫  甘州遍二首其二   

秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。青塚北,黑山西。

沙飛聚散無定,往往路人迷。鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。鳳皇詔下,步步躡丹梯。

(西域の雅楽「甘州子」の生まれた辺境の辺りの過去の様々な悲劇と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになったと詠う。)北の辺境には秋風が吹けば身をちじめる緊縮頃である。北の砂漠地帯では、雁が列をなして南の地平線に低く飛ぶ。鉛色の空重なりあった雲がどこまでも続く。ここに吹き付ける風は、蕭々ともの悲しく、颯々と音を起てて強く吹く、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族の侵略を征圧する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、そこで鳴る角笛と軍鼓を鳴らし大声をあげて攻めることが心配事である。ここには、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、立派に役割を果たし、皇帝と共に青塚に葬られたし、また唐遣大将薛仁、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。砂漠の砂は飛び散り又集まり、山を造るが、定まらず、だからここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。ここの寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍るし、戦いは人馬の血に溢れ、蹄鉄餅も染まり、凝固してしまう、そうなれば異民族の地、一帯の谷間には人馬の死骸で埋め尽くされる。鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐる。

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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-109杜甫 《巻1537夔州歌十絕句,十首之七》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-109 <972> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6515 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog8毛文錫《巻五50巻五16甘州遍二首其二》『花間集』249全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6517 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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8牛希濟《巻0545 臨江仙七首其五》『花間集』243全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6487

牛希濟  臨江仙七首 其五  

素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。

風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

(洛陽の上陽宮にはたくさんの純真な女たちが初めての夜を過ごし、晴れやかな夜を過ごし、特に千年前の魏の曹植のコイバナは今も有名な話であるとを詠う)

昼間の洛陽の都に春のひかりがふりそそぎ、洛水には万遍なくさざ波が光きらめいている。ここには千年の妃嬪、宮妓の媚艶があり、たくさんの初夜を過したことが積み重なっている。白紵は入り混じり、波のようにひるがえり、うす絹の下着靴下を履いた女たちは軽やかに跳ね回って踊っているし、香炉の煙が上ぶたの所で燻り、日に照らされた日々に、珠玉、ひすいのかざりにそれぞれに光を分けている。風にふかれるとその宝玉に包まれた着物は踊っているのかとみまちがえる、帳の鸞が飛んで、鳳凰がはばたいているようで驚くのをこらえ堪えている。このことは心を許すということは体を一つにすることなど恐れることはないということを理解すべきである。それは魏の曹植が「神洛賦」にあらわしている、だから、それから千年たってもそのことは有名なことなのである。

8牛希濟《巻0545 臨江仙七首其五》『花間集』243全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6487

 

 
 2015年8月20日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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294-#1 《卷九01秋日鍊藥院鑷白髮贈元六兄林宗》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <294-#1> Ⅰ李白詩1587 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6483 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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83 (改訂)巻09-05次同冠峽【次弄冠峽】【次巫冠峽】【案:赴陽山作。】 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1500> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6484 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog8牛希濟《巻0545 臨江仙七首其五》『花間集』243全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6487 
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臨江仙七首

8.牛希済

牛學士希濟、咸通十三年頃(872年頃~末詳)、隴西(今の甘粛省隴西)の人。牛嶠の兄の子。前蜀に仕えて起居郎、翰林学士、御史中丞等の職を歴任、同光三年(925年)、後唐によって蜀が滅ぼされると、後唐に降り洛陽に入った。後唐の明宗が、蜀の旧臣に「蜀主、巨唐に降る」という詩を作らせると、みな蜀主の荒淫をそしったが、年希済だけは蜀主非難の言葉を吐かなかったので、明宗は彼を蕹州〔今の陝西省西安の西北)の節度副使に任じた。『花間集』には十一首の詞が収められている。

 

 

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其一

(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首其二

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

(臨江仙七首 其二)

謝家 仙觀 雲岑に寄り,岩蘿 地を拂い陰を成す。

洞房 閉くことなく、白雲深し,時に當って丹竈し,一粒 黃金に化す。

石壁 霞衣 猶お半ば挂り,松風 長じて鳴琴に似たり。

時間すれば 「唳鶴」す 前林に起きるを,「十洲高會」,何處にか相い尋ねんことを許さん?

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其三

(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。

渭水は秦の都、咸陽、次時代の長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

何事乘龍入忽降,似知深意相招。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

こうして、道教の最高神格の「三清」がふたりをみとめてくれれば、手を携えてその道を行くならばはるか遠いということはないのである。この世の中はいろんな障壁があるものであり、彩り豊かな筆でもって美しく艶めかしく描くことである。

(臨江仙七首 其の三)

渭闕 宮城 秦樹凋ち,玉樓 獨り上りて無す。

情を含みて自ら吹簫を語らず,調情して恨を和み,天路 風飄を逐う。

何事ぞ龍に乘り入り忽ち降り,知るに似たり 深意 相い招くを。

三清 手を攜えて路 遙ならざる,世間 屏障,彩筆 嬌饒の劃【かく】す。

 

巻五39(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首其四

(黄河支流清水がめぐる黄帝陵には、皇帝の死によって、妃嬪宮女たちが送られている。彼女らは若くして死んでいくのは間違いないことだと詠う)

江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。

黄河支流清水がめぐる黄帝陵にも春景色になり、霊廟は静まり返っている。近くには艶めかしく鶯の春を告げる声が、聞こえてくる。

滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。

黄帝陵の庭園には緑の苔の斑点が幾重にも重なり合って、いっぱいに広がっている。そこには祀るひとびとはあつまり雲が影を暗くするほど集まったが何事もおこらず、やがて、雲散霧消して、自然と山に帰っていく。

簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。

しだいに、笛と太鼓の音も稀になり聞えなくなったし、香炉も燃え尽きて消え、つめたくなってしまった。満天の空の月は満月から「彎環の吟」になるまで、つきるまで繰り返す。

風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

この風流こそが、みんなが本道とするところ、人間、この世のものとして一番良いものであるというだろう。この風流の場所に、風流に病み付きになった皇帝の宮女たちは誰もが知る。まだ若い紅顔であるのに死んで行くのを待つだけなのである。

 

 

巻五40臨江仙七首其五

(洛陽の上陽宮にはたくさんの純真な女たちが初めての夜を過ごし、晴れやかな夜を過ごし、特に千年前の魏の曹植のコイバナは今も有名な話であるとを詠う)

素洛春光瀲平,千重媚臉初生。

昼間の洛陽の都に春のひかりがふりそそぎ、洛水には万遍なくさざ波が光きらめいている。ここには千年の妃嬪、宮妓の媚艶があり、たくさんの初夜を過したことが積み重なっている。

波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。

白紵は入り混じり、波のようにひるがえり、うす絹の下着靴下を履いた女たちは軽やかに跳ね回って踊っているし、香炉の煙が上ぶたの所で燻り、日に照らされた日々に、珠玉、ひすいのかざりにそれぞれに光を分けている。

風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳堪驚。

風にふかれるとその宝玉に包まれた着物は踊っているのかとみまちがえる、帳の鸞が飛んで、鳳凰がはばたいているようで驚くのをこらえ堪えている。

也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

このことは心を許すということは体を一つにすることなど恐れることはないということを理解すべきである。それは魏の曹植が「神洛賦」にあらわしている、だから、それから千年たってもそのことは有名なことなのである。

 

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

 

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8牛希濟《巻0543 臨江仙七首其三》『花間集』241全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6477

牛希濟  臨江仙七首 其三  

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

渭水は秦の都、咸陽、次時代の長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

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 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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81-#2 (改訂)巻04-14縣齋讀書 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1498> Ⅱ巻04-14 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6474 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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8牛希濟《巻0542 臨江仙七首其二》『花間集』240全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6472

牛希濟  臨江仙七首其二  

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

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(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其一

(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首其二

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

(臨江仙七首 其二)

謝家 仙觀 雲岑に寄り,岩蘿 地を拂い陰を成す。

洞房 閉くことなく、白雲深し,時に當って丹竈し,一粒 黃金に化す。

石壁 霞衣 猶お半ば挂り,松風 長じて鳴琴に似たり。

時間すれば 「唳鶴」す 前林に起きるを,「十洲高會」,何處にか相い尋ねんことを許さん?
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牛希濟

巻五38臨江仙七首其三渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

 

(改訂版Ver.2.1

『臨江仙七首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙七首其二

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

 

(下し文)

(臨江仙七首 其二)

謝家 仙觀 雲岑に寄り,岩蘿 地を拂い陰を成す。

洞房 閉くことなく、白雲深し,時に當って丹竈し,一粒 黃金に化す。

石壁 霞衣 猶お半ば挂り,松風 長じて鳴琴に似たり。

時間すれば 「唳鶴」す 前林に起きるを,「十洲高會」,何處にか相い尋ねんことを許さん?

 

(現代語訳)

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其二

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

古代は河を船で旅するもので、宿場、寺観には女妓がいた。臨江仙はそこにいる女性について、男目線で詠ったものである。初めの二句は景色を幻影的表現しながら、上句は男性について、下句は女性の描写である。「仙觀」「雲岑」「岩蘿」「成陰」「洞房」「白雲深」「丹竈」「一粒」「黃金」「松風」「鳴琴」「唳鶴」など、すべて性に関する陰語である。四聯の下句だけは性描の隠語を使用しながら、故事などを引用して締めくくるものである。教坊の曲は、サロンでいろんな場面を想定して詞を作って楽しんだもの。

臨江仙

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。詞形を以下の通り。

(臨江仙七首 其一)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

(臨江仙七首 其二)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

謝家仙觀寄雲,岩蘿拂地成。 洞房不閉白雲,當時丹竈,一粒化黃

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴。 時間唳鶴起前,十洲高會,何處許相

●○○△●○○  ○○●●○○  △○△●●○△  △○○●  ●●●○○

●●○△△●●  ○△△●○○  ○△●●●○○  ●○○●  △●●△○

張泌『臨江仙一首』双調五十八字、前段二十九字五句平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

○△○●○○●  ○○●●○○  ●○○●●○○  △△○●  △△●△△

翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△  ●○△●  ○△●△△

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 

 

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

謝家 恋人の女性側の家。謝は、東晋の才媛・謝道韞のことで彼女の姓。こよなく可愛い女性の意で使われている。謝道韞とは、魏晋時代随一の才女といわれた東晋・謝安の姪の謝道韞のこと。謝安は姪の謝道韞をこよなく可愛がったというが、謝安や謝靈運を云う場合もある。この頃は男が女の所へ通うか、女を囲うものであるから、女の家であろう。

温庭筠『更漏子』

柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。

驚寒雁,起城烏,畫屏金遮

香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。

紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。

『更漏子 一』温筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-15-15-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1676

薛濤『酬郭簡州寄柑子』「霜規不讓黃金色,圓質仍含御史香。何處同聲情最異,臨川太守謝家郎。」

酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507

韋荘『望遠行』

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

『寄人』 現代語訳と訳註

寄人

別夢依依到謝家 小廊迴合曲闌斜。

多情只有春庭月, 猶爲離人照落花。

寄人 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞 Gs-361-7-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3352

仙觀 仙郷・寺観には女妓がいた。駆け込み寺という概念は棄てられた女、喰うに困った場合、寺観に併設された娼屋で働く、若ければ巫女アイドルのような存在にもなった。韓愈『華山女』『石鼓詩』に詠われている。

蘿 ヒカゲノカズラは、ヒカゲノカズラ植物門に属する代表的な植物である。蘿という別称もある。広義のシダ植物ではあるが、その姿はむしろ巨大なコケを思わせる。閨怨詩ではうす絹をまとった女性をあらわす語である。

 

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

丹竈 道士卽ち方術の士の靈藥を煉る竈 カマド

 

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

半挂 うすきぬがとばりとしてたれかけられている様子。

 

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

唳鶴 鶴が鳴くこと。また、その声。「風声鶴唳」。《戦いに敗れた前秦の苻堅(ふけん)の軍が風の音や鶴の鳴き声などにも驚き騒いで敗走したという「晋書」謝玄伝の故事から》おじけづいた人が、少々のことに驚くことのたとえ。

十洲 東方朔『海内十洲記』の中で十州の旅行記でたとえば海内十洲記』の中の「鳳麟洲」の記載に以下のようにある。

「周穆王の時、西胡が、昆吾割玉刀と夜光常満杯を献上してきた。刀の長さは一尺であり、杯は、三升が入る大きさであった。刀が玉を切るときには、泥を切るようであり、杯は伯玉の精であり、光は明るく夜を照らすようであった。」夜光杯(やこうはい)は玉で作られた杯であり、中国甘粛省酒泉の特産の一つである。東方朔は下界に住む仙人のように描かれることとなった。唐代の詩人李白は彼のことを「世人不識東方朔、大金門是謫仙」と褒め称えている。

8牛希濟《巻0541 臨江仙七首其一》『花間集』239全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6467

牛希濟  臨江仙七首其一  

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。
(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。
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張舍人泌

臨江仙一首

毛文錫(毛司徒文錫)

臨江仙一首

牛學士希濟

臨江仙七首

和凝

臨江仙二首

(顧太尉

臨江仙三首

孫少監光憲

臨江仙二首

魏太尉承班

臨江仙二首

鹿虔扆

臨江仙二首

毛秘書熙震

臨江仙二首

李秀才珣

臨江仙二首

閻處士選

臨江仙二首

 

 

臨江仙二十六首

張泌

巻四38臨江仙煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅

和凝

巻六17臨江仙二首其二披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

臨江仙七首 其一

(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。
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『臨江仙七首其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

臨江仙七首其一

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

(下し文)
(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。
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(現代語訳)
(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。



(訳注)

臨江仙

臨江仙七首 其一

(三峡の巫峡を下る際に立ち寄った聖女の祠で夢かうつつかの時を過ごして神に見守られて急流を下っていく。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻で、⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤の詞形をとる。

(臨江仙七首 其一)

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

張泌『臨江仙一首』7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

○△○●○○●  ○○●●○○  ●○○●●○○  △△○●  △△●△△

翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△  ●○△●  ○△●△△

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

三峡瞿塘峡は緑色を濃くして高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

○峭碧 緑色をして高くけわしい峰。

李白『尋蕹尊師隠居』「群峭碧摩天、逍遥不記年。」(群がるほどの峰は、緑色をして、天をこするほどの高さだ。法師はここできままな生活をしつつ、何年棲んでいるのか分らない。)

參差・参差 いり乱れている形。

薛濤『江月樓』「秋風仿佛江冷,鷗鷺參差夕陽影。 垂虹納納臥譙門,雉堞耽耽俯漁艇。 陽安小兒拍手笑,使君幻出江南景。」(悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。

江月樓 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-241-107-#97  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587

〇十二峯 巫山の十二の峯々。巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、.坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

天仙子二首其一 皇甫松 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-375-6-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3422

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

 

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

 別名を「巫山神女(ふざんしんじょ)」と呼ばれており。炎帝の四人娘の第三の娘であり、才色を兼ね備えて、学問より武術が得意とした。女娃(じょあ)の姉にあたる。美しいく輝く仙草「瑤草」は、瑤姫の化身である。

『高唐賦』と『神女賦』に記述があり、楚の懐王の夢に現れた契りを結んだ。最終、彼女は巫山に封じられた。

中国上古の神話には、瑤姫が西王母の第二十三人の娘「雲華夫人(うんかふじん)」だとの言い伝えがあり、十二匹の悪龍に降伏し禹の治水事業を助けていた。後に巫山十二峰(神女峰)を形成した。

『宝蓮灯』に記述があり、瑤姫は玉皇大帝の妹姫であり、二郎神と三聖母の母親。

金鑪 金で飾られた手あぶり、火鉢。おおがめ。

仙蹤 神仙のものの蹤をのこす。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

ただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王の故事のように夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

楚王:蜀の国。ここの巫山県の東部に巫山がある。「巫山雲雨」で男女の交情をいう。現・四川省のこと。

楚王 (ソ)の宋玉(ソウギョク)の作。高唐観で、楚の懐王と巫山(フザン)の神女とが契りを結んだことをのべた韻文。懐王(かいおう、? - 紀元前299年)は戦国時代の楚の王(在位:紀元前329 - 紀元前299年)。姓は羋(び)。名は槐(かい)。秦の張儀の謀略に引きずり回され、国力を消耗し、最後は秦との戦いに敗れ秦に幽閉されたまま死去した。戦国時代の暗君の代名詞的存在と目され、楚の悲劇の象徴とされた。屈原が度々彼を諫めたが、頑として聞き入れず、屈原自殺の原因となった人物でもあった。

男女の密会・情交のたとえ。「巫山の雲」「巫山の雨」「巫山の雲雨」とも。《語源》楚 (ソ)の懐王が昼寝の夢の中で巫山の神女と情交を結んだという故事による。⇔〈文選・宋 玉・高唐賦〉. 〔文選(モンゼン)・宋玉(ソウギョク)・高唐賦〕 《類句》雲雨(ウンウ)の情。雲雨巫山。 ②天気が 簡単に変化するように、人の心が変わりやすいことのたとえ。 《出典》 手ヲ翻(ヒルガエ) セバ雲ト作()リ、手ヲ覆(クツガ)エセバ雨トナル。

 

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。・多雲雨:多情である。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

・無覓處:探しようがない。漂いやがて消えてゆくガスのような雲なので、探しようがない。

『清平楽』

何處遊女,蜀國多雲雨。

雲解有情花解語,窣地綉羅金縷。

妝成不整金鈿。含羞待月鞦韆。

住在綠槐陰裏,門臨春水橋邊。

淸平樂(一) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-260-5-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682

征棹 . 1.亦作"征棹" 2.行的船。行:。征途。征夫。征人。征衣。征帆(行的船)

7毛文錫《巻五26月宮春一首》『花間集』227全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6407

毛文錫  月宮春  

水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。

玉兔銀蟾爭守護,姮娥女戲相隈。遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。

(神仙の居所を訪ね歩き、やっと桂の花が咲く水精宮にいたる。紅く芳しい芍薬が咲き、集霊宮、通天台にむかい、瑪瑙の盃をかたむける、九曲、九奏の調べに乗せて最高神の玉皇大帝が親しみを持って現れると詠う。)月に在る水精宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいめぐり廻ったであろうか、ここにやっと見つけた。紅く芳しい芍薬が咲いていて、刺繍のとばりが幾重にも垂れている集霊宮、通天台などの高閣の高台があり、瑪瑙の盃を何度も繰り返して飲み干した。すると遙か先から聞こえてくるのは、神仙においての最高神の居所から、あらゆる音楽器で九曲、奏でられる音楽である。最高神である玉皇大帝が元宵節には現れると聞いてはいたが、まさに親しみを持って、ここに現れたのである。

7毛文錫《巻五26月宮春一首》『花間集』227全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6407


 
 2015年8月4日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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286-#1 《卷十五12送韓準裴政孔巢父還山》-#1 Index-20Ⅱ― 15-740年開元二十八年40歳 <286-#1> Ⅰ李白詩1571 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6403 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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78-#11 《巻0210送惠師》【案:愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】-#11 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1484> Ⅱ【11分割】-#11 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6404 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-89-杜甫 《1569謁先主廟》-#3 五言古詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-89-3 <952-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6405  
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog7毛文錫《巻五26月宮春一首》『花間集』227全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6407 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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7毛文錫《巻五25浣溪沙一首》『花間集』226全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6402

毛文錫  浣溪沙一首  七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。(浣溪沙一首)七夕 年年 信 違わず,銀河 清淺 白雲 微かなり,蟾光 鵲影とし 伯勞 飛ぶ。每に 蟪蛄を恨む 婺女を憐み,幾び 嬌妬を迴る 鴛機に下るを,今宵の嘉會は兩つながら依依たり。(七夕の日は他の機織りの娘の所に行く牽牛星である、今宵だけは二人良い出会いを過すと詠う。)天の川に隔てられた牽牛星と織女星が、毎年、一度だけ会う日が来る、その信頼は違うことはない、銀河の清らかな流れの浅瀬に彦星の訪問を示す白雲がかすかにひろがる。月の光が明るくなるとカササギが橋を造ると影が出来て、百舌鳥が飛んでいなくなる。別れにはその度ごとに恨みにおもい、生命はニイニイゼミのように短いものであるし、須女という名の機織り娘も憐れなものである。幾度か、行き帰るうちに鴛鴦の機織りの方に下っていくのを見て嫉妬する、それでも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごす。

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 2015年8月3日の紀頌之5つのBlog 
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285-#2 《卷9-03憶襄陽舊遊贈馬少府巨》#2Index-20Ⅱ― 15-740年開元二十八年40歳 <285-#2> Ⅰ李白詩1570 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6398 
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78-#10 《巻0210送惠師》-#10 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1483> Ⅱ【11分割】-#10 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6399 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-89-杜甫 《1569謁先主廟》-#2 五言古詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-89-2 <952-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6400 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog7毛文錫《巻五25浣溪沙一首》『花間集』226全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6402 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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7毛文錫《巻五19柳含煙四首其二》『花間集』220全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6372

毛文錫  柳含煙四首 其二  

河橋柳,占芳春。映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。不如移植在金門,近天恩。

(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、長安周辺の河川、運河の柳並木に、まつわるいろんな逸話があったことを思わせる)隋堤運河を渡る橋のたもとの柳、かんばしい春はこれからどうなるのか。柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、しかしその陰に約束が果たされず、失い、傷つき、恨むものがいる。“柳”の楽府は沢山あり、宮女、妓優が横一面に並んで、笛曲を吹奏する、そして、それはまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。隋堤の柳は植え替えておなじようにはなるというものではないが、今、長安城の西の金門にある、それは天子の御恩がふりそそぐ近くにある。

7毛文錫《巻五19柳含煙四首其二》『花間集』220全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6372

 
 2015年7月28日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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282-#1 《卷8-07贈范金卿,二首之一》-#1Index-20Ⅱ― 15-740年開元二十八年40歳 <282-#1> Ⅰ李白詩1564 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6368 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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78-#4 《巻0210送惠師》-#4 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1477> Ⅱ【11分割】-#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6369韓愈詩-78-#4 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-84杜甫 《1507上白帝城【案:公孫述僭位於此,自稱白帝。】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-84 <947> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6370 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog7毛文錫《巻五19柳含煙四首其二》『花間集』220全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6372 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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柳含煙四首 其一

(煬帝が国を傾けるほどして作った運河は国を豊かにした。春の行楽の画船が行き交い、春景色に色を添え、船引きの笙歌は春の愁いを消してくれる。)隋堤の柳 其の一

隋堤柳,汴河旁。

煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。

夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。

両岸は千里先まで緑の影を成し続く。またそこには竜のフナ飾りの鮮やかな絵が行き交い、鳳凰の絵の舟が、香りたかい蘭の木で作られている。その船に錦の帆を張る。

因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。

長安や洛陽いて夢で思うのは、江南地方の春の景色がよいものであるという、楽しみになる。隋堤の運河により一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。

笙歌未盡起橫流,鏁春愁。

そしてこの運河、娘たちの船引きの笙の笛に歌声を乗せた船は進んでも、未だにこの流れに横から入り込むが、波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころに蓋をして、隠してくれる。

 

(柳含煙四首 其の一)

隋堤の柳,汴河の旁。

夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。

夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。

笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。

 

柳含煙四首 其二

(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、長安周辺の河川、運河の柳並木に、まつわるいろんな逸話があったことを思わせる)
隋堤の柳 其の二

河橋柳,占芳春。

隋堤運河を渡る橋のたもとの柳、かんばしい春はこれからどうなるのか。

映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、しかしその陰に約束が果たされず、失い、傷つき、恨むものがいる。

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。

“柳”の楽府は沢山あり、宮女、妓優が横一面に並んで、笛曲を吹奏する、そして、それはまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。

不如移植在金門,近天恩。

隋堤の柳は植え替えておなじようにはなるというものではないが、今、長安城の西の金門にある、それは天子の御恩がふりそそぐ近くにある。

(柳含煙四首 其の二)

河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。

水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴る 折るを攀げ行人に贈り,暗に 神を傷む。

樂府 吹きて笛曲を橫に為し,能く離れて腸斷の續かわ使む。

移植に如かずも 金門に在る,天恩に近し。

 

柳含煙四首 其三

章台柳,近垂旒。

低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。

直與路邊江畔別,免被離人攀折。

最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。

 

柳含煙四首 其四

御溝柳,占春多。

半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。

昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。

栽培得地近皇宮,瑞煙濃。

 

 

『柳含煙四首』 現代語訳と訳註

(本文)

柳含煙四首 其二

河橋柳,占芳春。

映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。

不如移植在金門,近天恩。

 

(下し文)

(柳含煙四首 其の二)

河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。

水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴る 折るを攀げ行人に贈り,暗に 神を傷む。

樂府 吹きて笛曲を橫に為し,能く離れて腸斷の續かわ使む。

移植に如かずも 金門に在る,天恩に近し。

 

(現代語訳)

(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、長安周辺の河川、運河の柳並木に、まつわるいろんな逸話があったことを思わせる)

隋堤運河を渡る橋のたもとの柳、かんばしい春はこれからどうなるのか。

柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、しかしその陰に約束が果たされず、失い、傷つき、恨むものがいる。

“柳”の楽府は沢山あり、宮女、妓優が横一面に並んで、笛曲を吹奏する、そして、それはまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。

隋堤の柳は植え替えておなじようにはなるというものではないが、今、長安城の西の金門にある、それは天子の御恩がふりそそぐ近くにある。

 

(訳注)

柳含煙四首 其二

(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、長安周辺の河川、運河の柳並木に、まつわるいろんな逸話があったことを思わせる)

唐教坊の曲『花間集』には毛文錫の四首所収されている。双調四十五字、前段二十二字五句三平韻一仄韻、後段二十三字四句一仄韻三平韻で、❸③6⑦③/❼⑥⑦③の詞形をとる。

柳含煙四首 其一

隋堤、汴河旁。夾岸綠陰千里、龍舟鳳舸木蘭香、錦帆張。

因夢江南春景、一路流蘇羽葆。笙歌未盡起橫、鏁春愁。

柳、旁、香、張 /好、葆、流、愁。

△△●  ●○○

●●●○○●  ○○●●●○○ ●△△

○△○○○●● ●●○○●● 

○○●●●△○ △○○

『花間集』には毛文錫の四首所収されている。双調四十四字、前段二十一字五句三平韻、後段二十三字四句二仄韻二平韻で、3③6⑥③/❼❻⑦③の詞形をとる。

柳含煙四首 其二

河橋柳,占芳。映水含煙拂路,幾迴攀折贈行,暗傷

樂府吹為橫笛,能使離腸斷。不如移植在金,近天

押韻 春、人、神/曲、續、門、恩。

○○●  △○○

●●○○●●  △△○△●△○  ●△○

●●△○△●●  △●△○●●

△△○●●○○  ●○○

 

河橋柳,占芳春。

隋堤運河を渡る橋のたもとの柳、かんばしい春はこれからどうなるのか。

薛昭蘊《巻三30浣溪沙八首其四》「握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。」(手を握るは河橋なり 柳 金に似たるころ,蜂鬚 輕く惹れる 百花の心,蕙風 蘭思 清琴に寄る。意 滿つ 便ち同うするは 春水滿ちるがごとく,情 深くするは 還た酒盃深くすに似たり,「楚煙」 「湘月」 兩れも 沉沉たり。)

 

映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、しかしその陰に約束が果たされず、失い、傷つき、恨むものがいる。

含煙拂路 の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いている。

 

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。

“柳”の楽府は沢山あり、宮女、妓優が横一面に並んで、笛曲を吹奏する、そして、それはまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。

樂府《楊柳》《大堤》《芙蓉》《曲渚》1 中国前漢の武帝の創設した、音楽をつかさどる役所。2 漢代に1が巷間から採集し、保存した歌謡、およびそれを模して作られた詩の一体。長句・短句の交錯する自由な詩形により、祭儀から日常生活に至る広範囲な題材を扱い、多くは楽器に合わせて歌った。3 漢詩の古体の一。漢代以降の2の題目・形式をまねて作った、伴奏を伴わない詩。唐代に流行。新楽府(しんがふ)といわれ、「白氏文集(はくしもんじゅう)」にも収められる白居易のものが有名

楽府2の題目。歌・行・歌行・引・曲・吟・辞・唱・怨などの種類がある。後世の詩人は、多くこれらに倣って楽府を作った。

 

不如移植在金門,近天恩。

隋堤の柳は植え替えておなじようにはなるというものではないが、今、長安城の西の金門にある、それは天子の御恩がふりそそぐ近くにある。

金門 金光門 長安の外郭の城の西側に三門があり、北にあるものを聞達門、中にあるものを金光門、南にあるものを延平門という。金光門を西に出ると昆明池の方へゆく。城内西市放生池から金光門を経て長安八水の一つ潏水と潏渠という運河でむすばれていた。当然この運河の両岸、に潏水の河岸に柳が植えられていた。当時のもっとも大量輸送手段というのは船に寄るものであった。漢の未央宮もこの河川の役割が大きかったようだ。

7毛文錫《巻五05虞美人二首其一》『花間集』206全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6302

毛文錫  虞美人二首其一  鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。垂楊低拂麴塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。遙思桃葉江碧,便是天河隔。錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任

(南京、秦淮の河畔「桃葉渡」には、桃葉を深く愛した.王獻之のことがよくわかる趣を残していると詠う。)あれほどに思いつづけた東晋の情熱の女妓「桃葉」は遙か呉江のほとりの碧のもとにある。すなわち、今は、ここには二人を引き裂くのは天の川が横たわっている。そして“たまにはお前から私に思いを寄せてくれ”といったものの、錦の鱗魚は水底深く住んでいて、魚中書を出すすべもなく、これだけ恋い焦がれているのに、ただ夢に尋ねるだけなのだ、この思いはもう堪えがたいものだ。

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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

毛文錫三十一首

巻五05虞美人二首其一鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。垂楊低拂麴塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。遙思桃葉江碧,便是天河隔。錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任

巻五06虞美人二首其二寶檀金縷鴛鴦枕,綬帶盤宮錦。夕陽低映小明,南園綠樹語鶯鶯,夢難成。玉鑪香暖頻添炷,滿地飄輕絮。珠簾不卷度沉煙,庭前閑立畫鞦韆,豔陽天

巻五07酒泉子綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。蕙風飄蕩入芳叢,惹殘紅。柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。海棠花下思朦朧,醉香風。

巻五08喜遷鶯芳春景,曖晴煙,喬木見鶯遷。傳枝偎葉語關關,飛過綺叢間。錦翼鮮,金毳軟,百囀千嬌相喚。碧紗曉怕聞聲,驚破鴛鴦暖

巻五09贊成功海棠未坼,萬點深紅,香包緘結一重重。似含羞態,邀勒春風。蜂來蝶去,任遶芳叢。昨夜微雨,飄灑庭中。忽聞聲滴井邊桐,美人驚起,坐聽晨鐘。快教折取,戴玉瓏璁。

巻五10西溪子昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。不覺到斜暉,馬馱歸。

巻五11中興樂豆花繁煙豔深,丁香軟結同心。翠鬟女,相與共淘金。紅蕉葉裏猩猩語,鴛鴦浦,鏡中鸞舞。絲雨隔,荔枝陰

巻五12更漏子春夜闌,春恨切,花外子規啼月。人不見,夢難憑,紅紗一點燈。偏怨別,是芳節,庭中丁香千結。宵霧散,曉霞輝,梁間雙鷰飛。

巻五13接賢賓香韉鏤襜五花驄,春景初融。流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。信穿花,從拂柳,向九陌追風

巻五14贊浦子錦帳添香睡,金鑪換夕薰。懶結芙蓉帶,慵拖翡翠裙。正是桃夭柳媚,那堪暮雨朝雲。宋玉高唐意,裁瓊欲贈君。

巻五15甘州遍二首其一春光好,公子愛閑遊,足風流。金鞍白馬,雕弓寶劍,紅纓錦襜出長鞦。花蔽膝,玉銜頭。尋芳逐勝歡宴,絲竹不曾休。美人唱,揭調是《甘州》。醉紅樓。堯年舜日,樂聖永無憂。

巻五16甘州遍二首其二秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。青塚北,黑山西。沙飛聚散無定,往往路人迷。

巻五17恨二首其一新春鷰子還來至,一雙飛。壘巢泥濕時時墜,涴人衣。後園裏看百花發,香風拂,繡金扉。月照紗,恨依依

巻五18恨二首其二雙雙蝶翅塗鈆粉,花心。綺飛來穩,畫堂陰。二三月愛隨飄絮,伴落花,來拂衣襟。更剪輕羅片,傅黃金

巻五19毛文錫《巻五19 柳含煙四首其一》隋堤柳,汴河旁。夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。笙歌未盡起橫流,鏁春愁。

巻五20柳含煙四首其二河橋柳,占芳春。映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。不如移植在金門,近天恩。

巻五21柳含煙四首其三章台柳,近垂旒。低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。直與路邊江畔別,免被離人攀折。最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。

巻五22柳含煙四首其四御溝柳,占春多。半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。栽培得地近皇宮,瑞煙濃。

巻五23醉花間二首其一休相問,怕相問,相問還添恨。春水滿塘生,鸂鶒還相趁。咋夜雨霏霏,臨明寒一陣。偏憶戍樓人,久邊庭信

巻五24醉花間二首其二深相憶,莫相憶,相憶情難極。銀漢是紅牆,一帶遙相隔。金盤珠露滴,兩岸花白。風搖玉珮清,今夕為何夕

巻五25浣沙溪春水輕波浸綠苔,枇杷洲上紫檀開。晴日眠沙鸂鸂穩,暖相隈。羅襪生塵遊女過,有人逢著弄珠迴。蘭麝飄香初解珮,忘歸來。

巻五26浣溪沙七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。

巻五27月宮春一首水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。玉兔銀蟾爭守護,姮娥女戲相隈。遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。

巻五28戀情深二首其一滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。寶帳欲開慵起,戀情深。

巻五29戀情深二首其二玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。羅裙窣地縷黃金,奏清音。酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。永作鴛鴦伴,戀情深。

巻五30訴衷情二首其一桃花流水漾縱橫,春晝彩霞明。劉郎去,阮郎行,惆悵恨難平。愁坐對雲屏,算歸程。何時攜手洞邊迎,訴衷情。

巻五31訴衷情二首其二鴛鴦交頸繡衣輕,碧沼藕花馨。隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍。思婦對心驚,想邊庭。何時解珮掩雲屏,訴衷情。

巻五32應天長平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

巻五33河滿子紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

巻五34巫山一段雲雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

巻五35臨江仙暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

毛文錫. (約西元913年前後在世),字平珪,高陽(今河北高陽縣)人。 唐進士。在蜀做翰林學士,累官司徒。蜀亡,降後唐。後又事後蜀,擅小詩豔語。 西溪子昨夜西溪遊賞,芳樹奇花千樣。鎖春光,金樽滿,聽絃管。 嬌妓舞衫香暖。不覺到斜暉,馬馱歸。

毛文錫三十一首

 

 

 

7毛文錫《巻五05虞美人二首其一》『花間集』206全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6302

 

 

虞美人二首 其一

(南京、秦淮の河畔「桃葉渡」には、桃葉を深く愛した.王獻之のことがよくわかる趣を残していると詠う。)

鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。

鴛鴦は銀色に光る池の水に遊び、堤には春の暖かさがひろがってきたが、それでも蒲は水面より顏を短く出す。

垂楊低拂塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。

柳の枝は水面に届くほどに垂れて掃き払い、池の波は柳の薄黄の色にそまっている。その水面に映る枝は、蛟が蜘蛛の巣に露の玉も編込まれたように多くある、円い蓮の葉には露がこぼれ落ちる。 

遙思桃葉江碧,便是天河隔。

あれほどに思いつづけた東晋の情熱の女妓「桃葉」は遙か呉江のほとりの碧のもとにある。すなわち、今は、ここには二人を引き裂くのは天の川が横たわっている。

錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任。

錦の鱗魚は水底深く住んでいて、魚中書を出すすべもなく、これだけ恋い焦がれているのに、ただ夢に尋ねるだけなのだ、この思いはもう堪えがたい。

 

 

其二

寶檀金縷鴛鴦枕,綬帶盤宮錦。

夕陽低映小明,南園綠樹語鶯鶯,夢難成。

玉鑪香暖頻添炷,滿地飄輕絮。

珠簾不卷度沉煙,庭前閑立畫鞦韆,豔陽天。

 

 

『虞美人二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

虞美人二首 其一

鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。

垂楊低拂麴塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。

遙思桃葉江碧,便是天河隔。

錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任。

 

(下し文)

鴛鴦 対浴して銀塘 暖かに、水面 蒲梢 短し。

垂楊 低く払う 麹塵の波、蛟絲 網を結びて 露珠 多く、円荷に滴る。

遙かに思うは 桃葉 呉江の碧ならんこと、便ち是れ 天河 隔つ。

錦鱗紅髭 影 沈沈として、相い思うも 空しく夢の相い尋ぬる 有るのみ、意 任え難し

 

(現代語訳)

(南京、秦淮の河畔「桃葉渡」には、桃葉を深く愛した.王獻之のことがよくわかる趣を残していると詠う。)

鴛鴦は銀色に光る池の水に遊び、堤には春の暖かさがひろがってきたが、それでも蒲は水面より顏を短く出す。

柳の枝は水面に届くほどに垂れて掃き払い、池の波は柳の薄黄の色にそまっている。その水面に映る枝は、蛟が蜘蛛の巣に露の玉も編込まれたように多くある、円い蓮の葉には露がこぼれ落ちる。 

あれほどに思いつづけた東晋の情熱の女妓「桃葉」は遙か呉江のほとりの碧のもとにある。すなわち、今は、ここには二人を引き裂くのは天の川が横たわっている。

そして“たまにはお前から私に思いを寄せてくれ”といったものの、錦の鱗魚は水底深く住んでいて、魚中書を出すすべもなく、これだけ恋い焦がれているのに、ただ夢に尋ねるだけなのだ、この思いはもう堪えがたいものだ。

 

(訳注)

虞美人二首 

(南京、秦淮の河畔「桃葉渡」には、桃葉を深く愛した.王獻之のことがよくわかる趣を残していると詠う。)

 秦末・ 虞美『虞美人歌』玉臺新詠

虞美人歌
漢兵已略地,四方楚歌聲。
大王意氣盡,賤妾何聊生。
虞美人歌  秦末・虞美人 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482 

『虞美人歌』

この詩は『史記正義』に出てくる楚の項羽(項籍)の女官である虞美人の作といわれる。項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

・西楚覇王・項羽の愛姫・虞姫の唱った歌。 

・この悲劇に基づき後世、同題の詩が作られる。 

・虞美人 項羽の女官。「美人」は位。

・実質上の妻。『史記・項羽本紀』虞姫は、どの戦闘にもついて行った。

唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。毛文錫の詩は二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字二仄韻三平韻で、❼❺⑦⑦③/❼❺⑦⑦③の詞形をとる。

虞美人二首 其一

鴛鴦對浴銀塘,水面蒲梢

垂楊低拂麴塵,蛟絲結網露珠,滴圓

遙思桃葉,便是天河

錦鱗紅鬣影沉,相思空有夢相,意難

○○●●○○●  ●●○△●

○○○●●○○  ○○●●●○○  ●○△

○△○●○○●  △●○○●

●○○●●○○  △△△●△△○  ●△△

 

其一

(鴛鴦のように過したが、今は高貴な人の妻、二人の間には天の川がある。そこにいるとわかっていても手が届かないもどかしい男の気持ちを詠う。虞美人に男の気持ちは伝わらない。)

呉江のほとりに住む虞美人に思慕する。前段は、春、水温む時節の池陂の景物を描写し、後段は、前段の番の鴛鴦(オシドリ)から、呉江の対岸に住む高貴な人の女となった女性への思いを募らせる。二人を隔てる呉江は決して渡れない天の川に相当し、手紙を寄せる手だてもなく、ただ夢に彼女を尋ねるはかりで、とても今の気持ちには堪えられないと、手に届かない女性への切なる思いを語る。

 

鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。

鴛鴦は銀色に光る池の水に遊び、堤には春の暖かさがひろがってきたが、それでも蒲は水面より顏を短く出す。

○銀塘 光を反射して銀色に光る池の水と堤。

 

垂楊低拂麴塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。

柳の枝は水面に届くほどに垂れて掃き払い、池の波は柳の薄黄の色にそまっている。その水面に映る枝は、蛟が蜘蛛の巣に露の玉も編込まれたように多くある、円い蓮の葉には露がこぼれ落ちる。 

○麴塵波 薄黄色の波間。麹塵は酒造用の麹の薄黄色の花。ここでは芽吹いた薄黄色の柳の葉に水面が染まっているさまを表現している。

○蛟絲 柳の枝が水面に映るのが、ミズチが蜘蛛の絲をだして網の様だし、その網には真珠の珠が光るようである。

 

遙思桃葉江碧,便是天河隔。

あれほどに思いつづけた東晋の情熱の女妓「桃葉」は遙か呉江のほとりの碧のもとにある。すなわち、今は、ここには二人を引き裂くのは天の川が横たわっている。

○桃葉 東晋・王献之の愛妾の名。ここでは借りて意中の女性を意味する。王献之の愛妾“桃葉”は秦淮の両岸を往来する時、王献之は心配でならずに、いつも自ら秦淮河の渡し場まで迎えに行き、≪桃葉歌≫「桃葉復桃葉,渡江不用楫。但渡無所苦,我自迎接汝。」“桃葉よ桃葉、河を渡るのに櫂は使わないでおくれ、そして、苦しいことはすることはないでいいよ、私が迎えに行くから”と、渡し場から大声で叫び続け、そのうちに南浦渡は桃葉渡と呼ばれるようになった。後の人々は王献之の記念として、彼が当時、桃葉を迎えに行っていた渡し場を桃葉渡と名付けた。

 

錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任。

そして“たまにはお前から私に思いを寄せてくれ”といったものの、錦の鱗魚は水底深く住んでいて、魚中書を出すすべもなく、これだけ恋い焦がれているのに、ただ夢に尋ねるだけなのだ、この思いはもう堪えがたいものだ。

○錦鱗紅鬣 鯉を飾って言ったもの。雷はここでは魚のロひげの意。鯉は手紙の別称。楽府古辞の「客 遠方より来たり、我に双鯉魚を遣る。児を呼びて鯉魚を君さしむ、中に尺素の書有り」(魚中書)とある。

○影沈沈 水中深く沈んで姿の見えぬこと。

○意難任 思いをそのままにはしておけない、堪えがたい思い。

この三句は、.王獻之《桃葉歌二首其二》「桃葉復桃葉,桃葉連桃根。相憐兩樂事,獨使我殷勤。」“桃葉よ桃葉、桃の葉は桃の根と連なっているよ、お互いに愛し合うのは、二人が一緒にいる時の楽しいことだけど、お前は私ばかりに気を持たせてばかりだ、たまにはお前から私に思いを寄せてくれ”という詩に基づいている。

張泌《巻四38酒泉子 二首之二》『花間集』189全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6217

張泌  酒泉子二首 其二  

紫陌青門,三十六宮春色。御溝輦路暗相通,杏園風。

咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。插花走馬落殘紅,月明中。

〔(春の科挙発表の無礼講を詠う。)長安の街は春の景色に染まっている、科挙合格の発表の無礼講のころから春の終わりにかけて、貴公子らは五陵、咸陽、高級住宅街を我が物顔で遊び歩く、それが毎年のことで毎夜、月が真上に在るころまでは大騒ぎしている。〕

張泌《巻四38酒泉子 二首之二》『花間集』189全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6217

 
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(改訂版Ver.2.1

酒泉子二首 其一

(寵愛を失った妃嬪の孤閏の酒におぼれる悲しみを詠う。)

春雨打,驚夢覺來天氣曉。

春の風雨は東の窓を打つ、うとうとして夢におどろいて、目が覚めてみれば、もう夜が明けはじめたはれた空にかわる。

畫堂深,紅小,背蘭缸。

彩の御殿の表座敷が奥まったところにある閨には、火影小さく、燭台に背を向け横になっている。

酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。

やるせない気持ちに、酒に頼るしかなく物憂げに酒の甕を取れば酒の香りは鼻打つ、つらく悲しい気持ちには、ともに酌み交わす人はいなくていい。

中,新子,語雙雙。

梁上の古巣には、また、新しい番いの燕が子を育て、仲睦まじく語らい、また番を増やす。

春雨 窓を打ち、夢を驚かせ覚め来たれは 天気 暁なり。

画堂 深く、紅焔 小さく、蘭鉦【らんこう】を背く。

酒の香り 鼻を噴ち 懶【ものう】く缸【かめ】を開き、惆悵す 更に人の酔いを共にする 無きに。

舊巢の中,新しき鷰子,雙雙と 語る。

(改訂版Ver.2.1

酒泉子二首 其二

〔(春の科挙発表の無礼講を詠う。)長安の街は春の景色に染まっている、科挙合格の発表の無礼講のころから春の終わりにかけて、貴公子らは五陵、咸陽、高級住宅街を我が物顔で遊び歩く、それが毎年のことで毎夜、月が真上に在るころまでは大騒ぎしている。〕

紫陌青門,三十六宮春色。

都の街路の東には靑門の春明門があり、ここにある漢の武帝の作った「周墻,四百餘里、離宮・別館、三十六か所、神池・霊沼」は、すべて春色の景色に染そまっている。

御溝輦路暗相通,杏園風。

長安城に張り巡らされた運河、宮中の庭を流れる溝水路、天子の輦車の通路のどちらも人知れず通ってゆける道である。曲江の杏園に春風は吹くころ科挙の合格発表がある。

咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。

御陵を背にして秦の咸陽の街があり、此処で貴公子が酒屋で酒を手にし、宝玉の簪を付けた女妓を弄び空しい春となる。そんなことをわらいとばして、未央宮・長安城に去りかえっていく。

插花走馬落殘紅,月明中。

貴公子たちは花を挿し、馬を我が物顔で走らせ、春も終わりころの残った赤い花も落ち始めているころまでつづく。そして今日も、月はまだ真上にあってこの街を照らす。(酒泉子二首 其の二)

紫陌【しはく】青門,三十六宮 春色なり。

御溝 輦路 暗に相い通じ,杏園の風。

咸陽 沽酒 寶釵空しく,笑指して 未央に 歸り去る。

花を插し 馬を走らせて 殘紅を落す,月明の中【うち】。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『酒泉子二首 其二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

酒泉子二首 其二

紫陌青門,三十六宮春色。

御溝輦路暗相通,杏園風。

咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。

插花走馬落殘紅,月明中。


(下し文)
(酒泉子二首 其の二)

紫陌【しはく】青門,三十六宮 春色なり。

御溝 輦路 暗に相い通じ,杏園の風。

咸陽 沽酒 寶釵空しく,笑指して 未央に 歸り去る。

花を插し 馬を走らせて 殘紅を落す,月明の中【うち】。

(現代語訳)
〔(春の科挙発表の無礼講を詠う。)長安の街は春の景色に染まっている、科挙合格の発表の無礼講のころから春の終わりにかけて、貴公子らは五陵、咸陽、高級住宅街を我が物顔で遊び歩く、それが毎年のことで毎夜、月が真上に在るころまでは大騒ぎしている。〕

都の街路の東には靑門の春明門があり、ここにある漢の武帝の作った「周墻,四百餘里、離宮・別館、三十六か所、神池・霊沼」は、すべて春色の景色に染そまっている。

長安城に張り巡らされた運河、宮中の庭を流れる溝水路、天子の輦車の通路のどちらも人知れず通ってゆける道である。曲江の杏園に春風は吹くころ科挙の合格発表がある。

御陵を背にして秦の咸陽の街があり、此処で貴公子が酒屋で酒を手にし、宝玉の簪を付けた女妓を弄び空しい春となる。そんなことをわらいとばして、未央宮・長安城に去りかえっていく。

貴公子たちは花を挿し、馬を我が物顔で走らせ、春も終わりころの残った赤い花も落ち始めているころまでつづく。そして今日も、月はまだ真上にあってこの街を照らす。


(訳注)

(改訂版Ver.2.1

酒泉子二首 其二

〔(春の科挙発表の無礼講を詠う。)長安の街は春の景色に染まっている、科挙合格の発表の無礼講のころから春の終わりにかけて、貴公子らは五陵、咸陽、高級住宅街を我が物顔で遊び歩く、それが毎年のことで毎夜、月が真上に在るころまでは大騒ぎしている。〕

春の科挙発表の無礼講を詠う。前段、長安城、近郊の秦の都、漢の未央宮を詠い、杏園での祝賀に始まって、貴族の家の庭は解放され、牡丹の花を競った。後段、貴族の子息は無礼講で酒を飲んで馬を走らせ、夜遅くまで大騒ぎをする。春景色を詠い、北の五陵の高級居住地域の貴公子を詠い、弄ばれた女性のことを連想させる。

『花間集』には張泌の作が二首収められている。双調四十三字、前段二十字五句二平韻二仄韻、後段二十三字五句二平韻二仄韻で、④❼3❸③/⑦❼3❸③の詞形をとる。

酒泉子二首 其一

春雨打驚夢覺來天氣
畫堂深、紅焰背蘭

酒香噴鼻懶開惆悵更無人共

舊巢中、新鷰、語雙

○、



双調四十三字、前段二十字四句二平韻一仄韻、後段二十三字四句二平韻二仄韻で、4+++③=20 /⑦+++❸=23の詞形をとる。

酒泉子二首 其二

紫陌青門,三十六宮春

御溝輦路暗相,杏園

咸陽沽酒寶釵,笑指未央歸

插花走馬落殘,月明

●●○○  △●●○○●

●○●●●△○  ●○△

○○△●●○△  ●●●○○●

●○●●●○○  ●○△

 

紫陌青門,三十六宮春色。

都の街路の東には靑門の春明門があり、ここにある漢の武帝の作った「周墻,四百餘里、離宮・別館、三十六か所、神池・霊沼」は、すべて春色の景色に染そまっている。

・紫陌青門 長安を東西に抜ける最も拡幅(104m)の大きい通り、春明門から入城し、西の金光門までの東西道、南北道は中央の朱雀路が最も広く120mの拡員であった 紫陌【しはく】都の街路。都の市街。紫陌,長安の道路を指す。青門は春明門

・三十六宮 漢の武帝がつくった三十六か所の宮殿。李賀『金銅仙人辭漢歌』「畫欄桂樹懸秋香,三十六宮土花碧。」(畫欄の桂樹秋香を懸け,三十六宮土花碧なり。)

班孟堅《西都賦》

東郊則有通溝大漕,潰渭洞河。

汎舟山東,控引淮湖,與海通波。

西郊則有上囿禁苑,林麓藪澤,陂池連乎蜀漢。

繚以周墻,四百餘里。

離宮別館,三十六所。

(東郊と西郊) 東の郊外には、疏水、大運河があり、渭水に交流して過ぎ、黄河につきぬけて流入する。

舟を山東の地にうかべ、淮水や湖水の水を引きこみ、海と水波を相通じて一つとなる。

西の郊外には、天子専用の自然公園や禁宛、深林・大湿地帯・用水池があり、萄漠の地に向かって続き、牆をぐるりとめぐらすこと四百余里。

離宮・別館が三十六か所、神池・霊沼が至るところに存在する。

班孟堅(班固)《西都賦》(16)6(東郊と西郊)-1 文選 賦<1121618分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩970 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3398

 

御溝輦路暗相通,杏園風。

長安城に張り巡らされた運河、宮中の庭を流れる溝水路、天子の輦車の通路のどちらも人知れず通ってゆける道である。曲江の杏園に春風は吹くころ科挙の合格発表がある。

・御溝 御溝水、渠溝、運河、宮中の庭を流れる溝の水。曲江の芙蓉苑に向かう運河。南北、東西に設置された。当時の大量輸送手段は、船舶によるものである。

・輦路 輦道(れんどう)」に同じ天子の車の通路。興慶宮から曲江の杏園に向かう専用道路。

・杏園 長安の曲江の池の畔(ほとり)にあった杏園で、祝宴を賜り、長安の街を園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。また、貴族は自邸自慢のボタンを庭を開放して鑑賞させ、合格者の無礼を許した。

・杏園:官吏登用試験(科挙)に合格した進士たちの祝宴会場。科挙に合格した進士には、曲江の池の畔(ほとり)の杏園で、祝宴を賜り、長安の街で園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。 

・杏園人:科挙に合格し、新たに進士となった人たちを指す。

 

咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。

御陵を背にして秦の咸陽の街があり、此処で貴公子が酒屋で酒を手にし、宝玉の簪を付けた女妓を弄び空しい春となる。そんなことをわらいとばして、未央宮・長安城に去りかえっていく。

・咸陽 秦朝の首都として大いに栄えた。風水においては山・丘・阜などの南側、河・江・川・湖などの水辺の北側を陽と言う。この都市は九嵕山の南、渭水の北に当たり「咸陽」なためにこの名前がついた。

・沽酒 酒を売買すること。また、その酒。

・未央 前漢の都である長安の南西部にあった宮殿であり、前漢の皇帝の居場所であった。 『三輔黄図』によると漢の高祖7年に、少府陽城延の指揮のもと、丞相蕭何が主導して造営を開始した。

咸陽沽酒 “五陵・少年” 李白、王維、杜甫が詩にしている、李白『少年行』「五陵年少金市東,銀鞍白馬度春風。落花踏盡遊何處,笑入胡姫酒肆中。」

・少年を題材にしたものは盛唐の詩人の間で流行っていたのだろう。杜甫も最初二首詠い、しばらくして、この一首詠っている。どの詩人も貴族の親に向けて、批判はできないが、その息子らの破廉恥な様子を詠うことにより、貴族社会を批判している。

・貴族の子弟が酒屋において傲慢に酒を貪ったさまをうたう。(762)宝応元年、杜甫51歳の成都での作品。李白や、王維の同名の作品は楽府、音楽に合わせて歌うように詩を読むものであるが、杜甫のこの詩は七言絶句の形式の歌行である。同種の『貧孝行』がある。

王維の「少年行四首」は漢時代を借りて四場面の劇構成になっている。
王維『少年行四首』 其一
   
新豊美酒斗十千、咸陽遊侠多少年。  
相逢意気為君飲、繋馬高楼垂柳辺。

 

插花走馬落殘紅,月明中。

貴公子たちは花を挿し、馬を我が物顔で走らせ、春も終わりころの残った赤い花も落ち始めているころまでつづく。そして今日も、月はまだ真上にあってこの街を照らす。

 

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

張泌臨江仙 一首煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

 

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 
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(改訂版Ver.2.1

臨江仙

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

(臨江仙【りんこうせん】)

煙【もや】收まり 湘渚【しょうちょ】秋江 靜まり,蕉花 露に泣き 紅に愁う。

五雲 雙鶴 去りて蹤【あと】無く,幾迴 魂斷え,望を凝らして 長空に向える。

翠竹 暗きに留み 珠の淚の怨み,閑かに寶瑟 波中に調ぶ,花鬟 月鬢 綠雲 重る。

古祠【こし】の深殿,香は雨と風に冷やか。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『臨江仙』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙 一首

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

 

(下し文)

(臨江仙【りんこうせん】)

煙【もや】收まり 湘渚【しょうちょ】秋江 靜まり,蕉花 露に泣き 紅に愁う。

五雲 雙鶴 去りて蹤【あと】無く,幾迴 魂斷え,望を凝らして 長空に向える。

翠竹 暗きに留み 珠の淚の怨み,閑かに寶瑟 波中に調ぶ,花鬟 月鬢 綠雲 重る。

古祠【こし】の深殿,香は雨と風に冷やか。

 

(現代語訳)

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

湘水の渚にただよっていた濃霧は消えてゆき、洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色を濃くしている。

この地には、桃源郷があり、五色の雲の彼方へ二羽の鶴が飛び去り、多くの詩人が幾度かこの地を訪ね回り、燃える思いを断ったし、遠くはるかな空の果てにその思いを望んだのだ。

この地の翠の斑竹は密かに留めている怨み込めたる涙跡であり、湘夫人が奏でる瑟琴の調は波の間に静かにはいってゆく。ここには花のような鬟髷、月のような両鬢、美しき黒髪は雲のように重なっている。

古き社祠の奥深い宮祠殿には、聖女祠殿の香りは吹きつける雨と風に冷やかに流れる。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

臨江仙 一首

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

前段二段は、湘江の女神、娥皇と女英を祭った社を訪れた時の感懐を詠う。鶴に乗って去ったきり行方知れずの堯の娘蛾皇、女英を追慕する思いを吐露する。後段二段は、辺りに繁る青竹の娥皇、女英の怨みの涙の跡を今もなお留め、今の道女の美しさを詠い、波音は二人が奏でる琴のようであることを述べる。そして末三句で、古びた祠殿には、花のように髪を結いしげ、三日月のような賓を垂れた、黒髪豊かな道女がいる。香炉に薫かれる香の香りは吹きつける雨風に溶け入り、物寂しさが漂うことを言う。なお前段の泣き濡れたように露が降りた紆蕉(カンナ)の花は、娥皇、女英を連想させる働きをしているし、そこに今は美しい道女が居るのか、あるいはいてほしいということである。あるいは女性の精気を連想させるのである。

唐の教坊の曲名。『花間集』には二十六首所収。張泌の作は一首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

臨江仙 一首

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁

五雲雙鶴去無,幾迴魂斷,凝望向長

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波,花鬟月鬢綠雲

古祠深殿,香冷雨和

○△○●○○●  ○○●●○○

●○○●●○○  △△○● △△●△△

●●●△○●△ ○△●●○△  ○○●●●○△

●○△●  ○△●△△。

 

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

湘水の渚にただよっていた濃霧は消えてゆき、洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色を濃くしている。

〇湘 瀟湘八景(しょうしょう はっけい)とは、中国の山水画の伝統的な画題。またその8つの名所のこと。瀟湘は湖南省長沙一帯の地域。洞庭湖と流入する瀟水と湘江の合流するあたりを瀟湘といい、古来より風光明媚な水郷地帯として知られる。湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、水は西岸の支流である。

〇焦花 美人蕉の花。カンナの花。

 

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

この地には、桃源郷があり、五色の雲の彼方へ二羽の鶴が飛び去り、多くの詩人が幾度かこの地を訪ね回り、燃える思いを断ったし、遠くはるかな空の果てにその思いを望んだのだ。

〇五雲 五色の瑞雲。めでたい兆しとして出現する、紫色や五色の仙界の雲。

〇双鶴去無躍 堯の二人の娘である娥皇と女英は、舜の后妃となったが、舜が崩御すると湘江に身を投じて、湘江の神、湘霊になったと伝えられる。本句は、湘江の神霊となった娥皇と女英が、舜を探し求めるために、鶴に跨って飛び去ったきり、行方の知れぬことを言う。

〇幾迴魂斷 桃源郷の伝説もこの一帯から生まれた。 屈原の『楚辞』「九歌」や「離騒」には、伝説上の皇帝堯の二人の娘湘君・湘妃の物語が幻想的に詠われている。後に二人は湘山に祀られた。戦国時代、この詩を詠んだ屈原自身もこの地を彷徨い、詩を詠み、ついには失意のうちに身を投じている。洞庭湖の畔に建つ岳陽楼には各地から文人が集い雅会を開いた。唐の張説、杜甫、宋代の范仲淹など多くの詩文がこの名勝の地で生まれた。

 

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

この地の翠の斑竹は密かに留めている怨み込めたる涙跡であり、湘夫人が奏でる瑟琴の調は波の間に静かにはいってゆく。ここには花のような鬟髷、月のような両鬢、美しき黒髪は雲のように重なっている。

〇翠竹暗留珠淚怨 娥皇と女英は湘夫人と呼ばれ、舜が崩御すると泣き崩れて涙を竹に払った。すると竹は残らず斑模様になったと言う。今の斑竹がそれである。本句はこの伝説を踏まえる。

〇閑調寶瑟波中 逐語訳すれば、静かに波間で琴を奏でる。ここでは波音を湘夫人が奏でる琴の音に喩える。

〇花鬟月鬢綠雲重 社に祀られた湘大人の像の髪の毛を形容した言葉。

 

古祠深殿,香冷雨和風。

古き社祠の奥深い宮祠殿には、聖女祠殿の香りは吹きつける雨と風に冷やかに流れる。

〇古祠深殿 娥皇と女英を祀る奥深い宮祠殿。

牛嶠《巻四22江城子二首 其一》『花間集』173全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6137

牛嶠  江城子二首 其一  

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

越王宮殿,蘋葉藕花中。

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

(睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

牛嶠《巻四22江城子二首 其一》『花間集』173全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6137

 
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(改訂版Ver.2.1

江城子二首 其一

(睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

ゴイサギ.は起き上がって群れをなして、城東の方へ飛んでゆく、そこは大江と天空は碧く一体化しているし、なかば航海が困難な急流があり風がある。

越王宮殿,蘋葉藕花中。

その江南には、「会稽の恥」で臥薪嘗胆して呉を破った越の宮殿には浮草であっても気っても繋がっているレンコンのような花が集まっている。

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

(江城子 二首 其の一)

鵁鶄【こうせい】 起きて郡て城東に飛び,江空を碧とし,半灘の風。

越王の宮殿,蘋葉 藕花 中【あつま】る。

簾捲 水樓 魚浪 起き,千片の雪,雨 濛濛たり。

巫山十二峰002
 

 

其二

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

渡口楊花,狂雪任風吹。

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

(其の二)

極浦 煙 消えて水鳥 飛び,離筵 分首の時,金巵【きんし】を送る。

渡口の楊花,狂雪 風吹に任かす。

日暮 天空 波浪 急に,芳艸の岸,雨 絲如し。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『江城子二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

江城子二首

其一

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

越王宮殿,蘋葉藕花中。

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

 

 

(下し文)

(江城子 二首 其の一)

鵁鶄【こうせい】 起きて郡て城東に飛び,江空を碧とし,半灘の風。

越王の宮殿,蘋葉 藕花 中【あつま】る。

簾捲 水樓 魚浪 起き,千片の雪,雨 濛濛たり。

 

(現代語訳)

(睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)

ゴイサギ.は起き上がって群れをなして、城東の方へ飛んでゆく、そこは大江と天空は碧く一体化しているし、なかば航海が困難な急流があり風がある。

その江南には、「会稽の恥」で臥薪嘗胆して呉を破った越の宮殿には浮草であっても気っても繋がっているレンコンのような花が集まっている。

簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

 夔州東川卜居図詳細 001

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

江城子二首 其一

(睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)

またの名を江神子、春意遠、水晶簾と言う。「花間集』 には韋荘の作は二首収められている。

女が愛する男と床をともにするさまを詠う。ここには差恥に顔を赤らめるような初心な女の姿は全く見られず、積極的で、愛一途に生きる女の姿が描かれている。

103 江城子 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-295-5-#49  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3022

江城子二首 其一

恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。

朱唇未動,先覺口脂香。

緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

104 江城子 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-296-5-#50  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3027

江城子二首 其二

髻鬟狼藉黛眉長,出蘭房,別檀郎。

角聲嗚咽,星斗漸微茫。

露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

『花間集』には七首所収。牛嶠二首、韋荘の作二首(掲載済み)が二首収められ、張泌、欧陽炯らも所収されている。単調二十七字、八句五平韻 7③③/4⑤/73③の詞形をとる。

江城子二首 其一

鵁鶄飛起郡城,碧江,半灘

越王宮殿,蘋葉藕花

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛

○○○●●○○  ●○△ ●△△

●△○● ○●●○△

○△●○○△● ○●●  ●△△

 

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

ゴイサギ.は起き上がって群れをなして、城東の方へ飛んでゆく、そこは大江と天空は碧く一体化しているし、なかば航海が困難な急流があり風がある。

・鵁鶄 ごいさぎ. 水鳥の一種。即ち「池鷺」。頭は細く身は長い,身には花紋を披い,頸は白毛で有り,頭には紅冠が有り,能く水に入って魚を捕り,分佈は中國南方である。鳬に似て脚高く毛冠あり、高木に巣くひ、子を穴中に生む。子其の母の翅を銜へ飛びて上下す。

*この三句は、鷺のように仲睦まじく過ごしたのに、鷺のように南に飛んで行ってしまった。船で降ったあの人の旅路は航路困難な場所があってとても心配だということをいう。唐韓愈孟郊《城南聯句》:將身親魍魅, 浮跡侶鷗鶄。

・郡城 ここは、長江三峡の上流の郡城。東に向かって流れる長江、ゴイサギも長江下流域江南へ飛んでゆく。

・碧江空 大江と天空は碧く一体化している

・半灘風 なかば航海が困難な急流があり風がある。

 

越王宮殿,蘋葉藕花中。

その江南には、「会稽の恥」で臥薪嘗胆して呉を破った越の宮殿には浮草であっても気っても繋がっているレンコンのような花が集まっている。

・越王宮殿 越王勾践が宮殿を焼いたことなど。《韓非子》越王句踐見怒蛙而式之,御者曰:「何為式?」王曰:「蛙有氣如此,可無為式乎?」士人聞之曰:「蛙有氣,王猶為式,況士人之有勇者乎!」是人有自剄死以其頭獻者。故越王將復而試其教,燔臺而鼓之,使民赴火者,賞在火也,臨江而鼓之,使人赴水者,賞在水也,臨戰而使人頭刳腹而無顧心者,賞在兵也,又況據法而進賢,其功甚此矣。

越王の句踐は怒蛙 (威嚇して力む蛙)を見て、これに敬礼をした。御者は聞いた「どうして敬礼するのですか?」王は答えた「蛙はこのように勇気がある。そのために、敬礼しないでいいだろうか?(そうするべきだ)」士人は、これを聞いて言った「蛙に勇気があると,王は蛙にさえ、そのために敬礼なさった。まして士人の勇者であれば、猶更だろう!」この年、自剄(自分で首を切る)して死に、その頭を獻上する者があった。そこで越王はに復讐しようとしてその人民の教化(の程度)を試そうとした。楼台(宮殿)を焼いて鼓を打ち,民を火中に赴かせ、火中にはいれば賞を与えた。長江に臨んで鼓を打ち,人を水中に赴かせ,水中に入れば賞を与えた。戰に臨んで、人が頭を切られ腹をえぐられても顧みる心を持たなかったのは,戦の中に入れば賞があったからだ。また、まして法に拠って賢人を推挙するなら,その功績は此れ (火中、水中、戦の中)より甚しいこと猶更のことである。

(改訂版)-4.薛昭蘊133《巻三36浣溪紗八首 其七》

浣溪沙八首其七

傾國傾城恨有餘,幾多紅涙泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

呉主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊133《巻三36浣溪紗八首 其七》巻三3633-133〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5867

・蘋葉 浮草の一種で柏餅の葉のように使う。

・藕 レンコン (レンコンはちぎっても糸がつながっている>)(男女が)別れたのになお関係を断ち切れずにいる.藕粉 レンコンの澱粉.

⋆この二句は仲睦まじくしていたころのことをいう。別れてもなお関係を断ち切れずにいることをいう。

 

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

魚浪起 波の間に魚が躍っているさま。

千片雪 花びらがたくさん散って雪が積もったようだというさま。

雨濛濛 春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れているさま。

⋆春水の増水のころになっても帰ってこない。そんな大江のほとりの女のいる高楼の有様を云う。

牛嶠《巻四14菩薩蠻七首 其四》『花間集』165全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6097

牛嶠 菩薩蠻七首 其四  

畫屏重疊巫陽,楚神尚有行雲。朝暮幾般,向他情漫

風流今古,虛作瞿塘。山月照山,夢迴燈影

菩薩蠻七首その四:(巫山の地に立って昔の「巫山の雲雨」を思われる、しかし、今ここには、山月、山花、燈燭の影、それもこれもなにごともなくときはながれていると詠う。)巫陽、襄王の美風の名残りは、昔のこととなってしまって今はなにもない。だから、いまはここに立って、空しく瞿塘峡を下って云った楚王の事を思ってこの詩を作る。そして、山影より月がのぼって、山やそこのさく花も照らしている。このやまにまつわる夢はいろいろと廻り回り、燈火も付けたままでなにごともなく影を斜めにしている。

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牛嶠《巻三50 柳枝五首 其五》『花間集』151全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5957

牛嶠 柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

楚の霊王が細腰の女を好み、宮女を集めた章華臺、またの名を細腰宮といい、その傍らに、煬帝が作った運河の柳の隋堤がある。いまはその傍らには春風に柳を揺らし、そこには女たちが多くあつめられたのである。

 

牛嶠《巻三50 柳枝五首 其五》『花間集』151全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5957

 
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牛嶠《巻三49 柳枝五首 其四》『花間集』150全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5952

柳枝五首其四   牛嶠

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

柳絮が花をつけ、やがて飛び始めると吹雪のようになり、春の突風にしたがってとび、馬をたたいてそして飛びかう、やがて、鬱蒼としげると春霞に覆われ、雨靄におおわれるようになると春の景色も柳絮もその魅力わからない、これを「春欺におおわれる」というようになった。

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牛給事嶠(牛嶠)柳枝五首

5 牛嶠(生卒年未詳、)字は松脚、また二子虻峰という。院讐甘粛)の人。唐宰相牛僧指の子孫にあたるという。乾符五年(878)の進士。唐朝に仕えて、拾遺・補闕・校書即の官を歴任した。王建が節度使となって蜀(四川)を鎮めたとき、闢されて判官となった。

王建が蜀国を建ててから、蜀に仕えて給事中の官を拝した。よって牛給事とよばれている。博学で文学をよくし、詩歌においてはとくに名があらわれていた。ひそかに李賀(長吉)の歌詩を慕って、筆をとればただちにその詩風にならうことが多かったといぅ。詞はとくにその長ずるところで、女冠子詞の「繍帯芙蓉帳、金紋芍薬花」とか、菩薩蛮詞の「山月照山花、夢回鐙影斜」などはかれの佳句として知られていたといぅ。いわゆる花間沢とよばれる一派のなかで、況庭箔の詞風をうけてその辞句の美しきや情味の深いことでとくにすぐれた詞人である。集三十巻歌詩三巻があったというが今わずかに一部分が伝わるだけである。詞は花間集に三十二首を収めている。

 

牛嶠(改訂版)《巻三49 柳枝五首 其四》
柳枝五首其四

(春が来て春景色も移り変わるがそこで頽廃的なことを隠してくれるが、六朝斉の靈和殿の柳は、美男子であった張緒の故事を詠い、いまに柳絮のようにたくさんの宮女は新たに召されたが、そこにはまた、たくさんの嫉妬が生まれると詠う。)

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

柳絮が花をつけ、やがて飛び始めると吹雪のようになり、春の突風にしたがってとび、馬をたたいてそして飛びかう、やがて、鬱蒼としげると春霞に覆われ、雨靄におおわれるようになると春の景色も柳絮もその魅力わからない、これを「春欺におおわれる」というようになった。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

「此の楊柳は風流で愛しむべし,張緒が当年の時に似ているから。」といった靈和殿前の柳にさそわれて、六朝斉の宮殿にも春はやってくる、次々と後宮に若い女たちが召されていくけれどそれぞれが柳の枝のように交わってはいけないとされてきた、後宮には宮女三千人といわれ、またここには嫉妬の渦が柳の霞のようにおおわれている。

(柳枝五首 其の四)

狂雪 隨風 馬を撲し飛ぶ,煙に惹かれば無力にし「春欺」に被る。

靈和殿に移入 交わること莫れ,宮女三千 又た伊に妬む。

 


牛嶠(改訂版)《巻三49 柳枝五首 其四》 

柳枝五首其四』 現代語訳と訳註

(本文)

柳枝五首其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

 

(下し文)

(柳枝五首 其の四)

狂雪 隨風 馬を撲し飛ぶ,煙に惹かれば無力にし春欺に被る。

靈和殿に移入するを交わること莫れ,宮女三千 又た伊に妬む。

 

(現代語訳)

(春が来て春景色も移り変わるがそこで頽廃的なことを隠してくれるが、六朝斉の靈和殿の柳は、美男子であった張緒の故事を詠い、いまに柳絮のようにたくさんの宮女は新たに召されたが、そこにはまた、たくさんの嫉妬が生まれると詠う。)

柳絮が花をつけ、やがて飛び始めると吹雪のようになり、春の突風にしたがってとび、馬をたたいてそして飛びかう、やがて、鬱蒼としげると春霞に覆われ、雨靄におおわれるようになると春の景色も柳絮もその魅力わからない、これを「春欺におおわれる」というようになった。

「此の楊柳は風流で愛しむべし,張緒が当年の時に似ているから。」といった靈和殿前の柳にさそわれて、六朝斉の宮殿にも春はやってくる、次々と後宮に若い女たちが召されていくけれどそれぞれが柳の枝のように交わってはいけないとされてきた、後宮には宮女三千人といわれ、またここには嫉妬の渦が柳の霞のようにおおわれている。

 

 

(訳注)
牛嶠(改訂版)《巻三49 柳枝五首 其四》


柳枝五首其四

(春が来て春景色も移り変わるがそこで頽廃的なことを隠してくれるが、六朝斉の靈和殿の柳は、美男子であった張緒の故事を詠い、いまに柳絮のようにたくさんの宮女は新たに召されたが、そこにはまた、たくさんの嫉妬が生まれると詠う。)

折楊柳が基本にあって、男の楊と女の柳を折り絡ませリーフを造り、出征する男の健康・無事を願うものであるが、牛嶠は「別離」を見届けた柳の目線で、故事と楊について、からめてうたうものである。しかも「柳」とあることで、「別離」にたいして女性側がただ悲しいという目線ではないところがことなるてんである。

 

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「楊柳枝」十五首を含む)単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

橋北橋南千萬、恨伊張緒不相饒。
金羈白馬臨風望、認得楊家靜婉腰。



狂雪隨風撲馬,惹煙無力被春

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬



 

楊柳枝:これは其五。白居易が始めた歌曲様式。本来は漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』があるが、それも特別にページを設けている。本サイトでは、基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。

  『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

楊柳枝 其五  白居易

蘇州楊柳任君  更有錢塘勝館
若解多情尋小小  綠楊深處是蘇

  
  

 

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

柳絮が花をつけ、やがて飛び始めると吹雪のようになり、春の突風にしたがってとび、馬をたたいてそして飛びかう、やがて、鬱蒼としげると春霞に覆われ、雨靄におおわれるようになると春の景色も柳絮もその魅力わからない、これを「春欺におおわれる」というようになった。

狂雪 柳絮が飛ぶのを吹雪のようと比したもの。

 うつなぐる打ちたたく。なぐる。

春欺 意思是柳枝纏繞着烟,顯得柔無力,被春風吹得曳不定。被春欺:春風吹柳,柳随風擺,所以説“被春欺”。

 

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

「此の楊柳は風流で愛しむべし,張緒が当年の時に似ているから。」といった靈和殿前の柳にさそわれて、六朝斉の宮殿にも春はやってくる、次々と後宮に若い女たちが召されていくけれどそれぞれが柳の枝のように交わってはいけないとされてきた、後宮には宮女三千人といわれ、またここには嫉妬の渦が柳の霞のようにおおわれている。

莫交移入靈和殿——《南斉書·張緒傳》緒美姿,清寡欲,口不言利,但吐納風流,听者忘倦。益州献柳数株于武帝,芳林苑始成,帝以之植于靈和殿前,崇玩咨嗟曰:“此楊柳風流可,似張緒当年時。」(張緒は美風の姿であり,清寡欲であった,口に利にかんすること言わなかった,但し流を納めることだけは口にした,だから多くの者に忘れられ飽きられた。益州は柳数株を武帝に献じた,時は芳林苑の建設は始まったころ,武帝箱の柳を靈和殿前にうえた,崇は玩賞し嘆息して曰う「此の楊柳は風流で愛しむ可し,張緒が当年の時に似ている。」ということだった。)・靈和殿 靈和殿の柳をいう。南朝斉武帝時 所建殿の名。南斉の文化的な中心は、武帝の第2子である竟陵王蕭子良(460 - 494年)のサロンであった。彼の邸宅である西邸には当時の第一級の文人が集い、その代表的な8名を「竟陵の八友」と呼んでいる。蕭衍もその一人に数えられていた。

○宮女三千 唐太宗位之初后の時の女は実に三千人,であった。百年後玄宗のときには侍女は八千人になった。『新唐書』「宦者傳」、「開元、宮嬪はおおよそ四万に至る。」と、玄宗の時の宮女の数を示している。杜甫は、「先帝侍女八千人」といい、白居易も「後宮の佳麗三千人」李百薬は「無用の宮人は数万に達する」といっている。女たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下稗が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」(皇帝を色香によ惑わせた罪)の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。あるいは、皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなく、天下の母の鏡と尊ばれながら、じつは常に他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあったのである。宮人は、身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家碑に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「官女」「宮城」「宮脾」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮、別館、諸親王府、皇帝陵にそれぞれ配属されていた。


 

○南朝 439年から始まり、隋が中国を再び統一する589年まで、中国の南北に王朝が並立していた時期を指す。建康(江蘇省南京市)に都を置いた東晋・宋・南斉・梁・陳の王朝。西晋末の五胡十六国の乱から隋が統一するまで三百年近く、中国は漢民族による南朝と北方民族による北朝とに分裂した時期が続いた。北朝の質実剛健、南朝の繊細華美という対比で捉えられる。

北魏が華北を統一し、華南には宋、斉、梁、陳の4つの王朝が興亡した。こちらを南朝と呼ぶ。同じく建康(建業)に都をおいた三国時代の呉、東晋と南朝の4つの王朝をあわせて六朝(りくちょう)と呼び、この時代を六朝時代とも呼ぶ。この時期、江南の開発が一挙に進み、後の隋や唐の時代、江南は中国全体の経済基盤となった。南朝では政治的な混乱とは対照的に文学や仏教が隆盛をきわめ、六朝文化と呼ばれる貴族文化が栄えて、陶淵明や王羲之などが活躍した。

 また華北では、鮮卑拓跋部の建てた北魏が五胡十六国時代の戦乱を収め、北方遊牧民の部族制を解体し、貴族制に基づく中国的国家に脱皮しつつあった。

李商隠にはほかにも「南朝(地険悠悠天険長)」と題する七言絶句がある。

 

 

〇一笑 笑みは美女の蠱惑(こわく)的な表情。周の幽王は寵愛する褒姐が笑ったことがないので、危急を知らせる煙火を燃やして諸侯を集めた。馳せ参じた人々が何事もないのにきょとんとしているのを見て褒姐が初めて「大笑」した。それを喜んでたびたび怪火を焚いたがもはや誰も集まらなくなって滅亡を招いたという話がある(『史記』周本紀)。白居易「長恨歌」にも楊貴妃について「陣を廻らせて一笑すれば百媚生ず」。

○相傾 前漢・李延年は「北方に佳人有り、絶世にして独立す。ひとたび顧みれば人の城を傾け、再び顧みれば人の国を傾く」とうたって、自分の妹を漢の武帝に薦め、妹は李夫人となって寵愛を受けた(『漢書』孝武李夫人伝)。「傾城」「傾国」の語は、歌の本来の意味は、美しい人を見ようとして町中、国中の人が一箇所に集中し、そのために町や国が文字通り傾いてしまうこと。

○荊棘 「荊」も「棘」もとげのある雑木。二字合わせると子音が重なる双声の語となる。呉の忠臣伍子背が呉王夫差に向かって諌めた言葉に、姦臣に囲まれていたら「城郭は丘墟となり、殿には荊棘生ぜん」(『呉越春秋』夫差内伝)とある。都城の荒廃をいうことと、荊は牛李闘争を示し、棘は宦官による宮廷内の執務の横暴、讒言による貶め、数々の暗殺、などを示す。

牛嶠《巻三48 柳枝五首 其三》『花間集』149全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5947

柳枝五首其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

長安㶚水は南北にぬけ、そこにかかる㶚橋から北に向かってずっと、そして橋から南に向かって、その塘陂には楊柳が植えられ、何千本何万本の枝を垂らしている。その枝は別れの時に“折楊柳”として旅立つ人の無事を祈るものだけれど、南朝宋の張緒のように平等にうまく、公平に無事を約束できるものではないので、折楊柳で見送られ、同じように出征して死んだ者からは恨まれるのである。

 

牛嶠《巻三48 柳枝五首 其三》『花間集』149全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5947

 

 

 
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花間集 教坊曲 『楊柳枝』二十四首

 

 

溫助教庭筠(温庭筠)

巻一

楊柳枝八首之一

館娃宮外鄴城西,

 

 

巻一

楊柳枝八首之二

宜春苑外最長條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之三

金縷毿毿碧瓦溝,

 

 

巻一

楊柳枝八首之四

御柳如絲映九重,

 

 

巻一

楊柳枝八首之五

織錦機邊鶯語頻,

 

 

巻一

楊柳枝八首之六

蘇小門前柳萬條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之七

牆東御路傍,

 

 

巻一

楊柳枝八首之八

兩兩黃鸝色似金,

 

 

皇甫先輩松(皇甫松)

巻二

楊柳枝二首其一

春入行宮映翠微

 

 

巻二

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時

 

 

牛給事嶠(牛嶠)

巻三

柳枝五首其一

解凍風來末上青,

 

 

巻三

柳枝五首其二

橋北橋南千萬條,

 

 

巻三

柳枝五首其三

狂雪隨風撲馬飛,

 

 

巻三

柳枝五首其四

王宮裡色偏深,

 

 

巻三

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,

 

 

張舍人泌(張泌)

巻四

柳枝一首

膩粉瓊粧透碧紗,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

柳枝三首  其一

軟碧瑤煙似送人,

 

 

巻六

柳枝三首  其二

瑟瑟羅裙金縷腰,

 

 

巻六

柳枝三首 其三

鵲橋初就咽銀河,

 

 

顧太尉(顧

巻七

楊柳枝一首 顧夐

秋夜香閨思寂寥,

 

 

孫少監光憲(孫光憲)

巻八

陽柳枝四首 其一

閶門風暖落花乾

 

 

巻八

陽柳枝四首 其二

有池有榭即濛濛,

 

 

巻八

柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,

 

 

巻八

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,

 

 

 

 

 

 

 


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牛嶠《巻三47 柳枝五首 其二》『花間集』148全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5942

牛嶠 枝五首 其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

(館娃宮跡は春景色に変わってきた別れを意味する柳は、此処でも宮女の物語をみとどけている、錢塘の蘇小小の門前の柳のもとで「結同心」で別れたが、一途な思いは、「蘇小小の墓」の松の下にまちがいなく結ばれているだろうと詠う。)

 

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 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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柳枝五首其二

(館娃宮跡は春景色に変わってきた別れを意味する柳は、此処でも宮女の物語をみとどけている、錢塘の蘇小小の門前の柳のもとで「結同心」で別れたが、一途な思いは、「蘇小小の墓」の松の下にまちがいなく結ばれているだろうと詠う。)

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた館娃宮跡は春景色に変わってきて、そして春も盛り、木涜の塘隄の柳はますます色濃くなっている、そこには一叢と茂っているたくさんの柳枝にはシダレヤナギの新芽が金色に輝いて水面に映っているが、むかしから素足の美女を見届けた柳である。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

南斉の錢唐の妓女蘇小小の家の門前の柳で別れたが、死んでもなお想い人を待ち続けるから憤慨することなどないのだ、いまは、阮郎と連れ立って西陵の墓にある松の下で「結同心」の契りで結ばれていることだろう。

 

(柳枝五首其の二)

王 宮裡 色偏に深し,一簇 纖條 萬縷の金。

憤せず 錢塘の蘇小小,郎を引いて 松の下の「結同心」。

 

 

『柳枝五首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

柳枝五首其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

 

(下し文)

(柳枝五首其の二)

王 宮裡 色偏に深し,一簇 纖條 萬縷の金。

憤せず 錢塘の蘇小小,郎を引いて 松の下の「結同心」。

 

(現代語訳)

(館娃宮跡は春景色に変わってきた別れを意味する柳は、此処でも宮女の物語をみとどけている、錢塘の蘇小小の門前の柳のもとで「結同心」で別れたが、一途な思いは、「蘇小小の墓」の松の下にまちがいなく結ばれているだろうと詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた館娃宮跡は春景色に変わってきて、そして春も盛り、木涜の塘隄の柳はますます色濃くなっている、そこには一叢と茂っているたくさんの柳枝にはシダレヤナギの新芽が金色に輝いて水面に映っているが、むかしから素足の美女を見届けた柳である。

南斉の錢唐の妓女蘇小小の家の門前の柳で別れたが、死んでもなお想い人を待ち続けるから憤慨することなどないのだ、いまは、阮郎と連れ立って西陵の墓にある松の下で「結同心」の契りで結ばれていることだろう。

 

柳枝五首

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「楊柳枝」十五首を含む)単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

折楊柳が基本にあって、男の楊と女の柳を折り絡ませリーフを造り、出征する男の健康を願うものであるが、それが女の柳の枝だけであるというところに作者の意図を感じるものである。

柳枝五首其二

(館娃宮跡は春景色に変わってきた別れを意味する柳は、此処でも宮女の物語をみとどけている、錢塘の蘇小小の門前の柳のもとで「結同心」で別れたが、一途な思いは、「蘇小小の墓」の松の下にまちがいなく結ばれているだろうと詠う。)

 

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた館娃宮跡は春景色に変わってきて、そして春も盛り、木涜の塘隄の柳はますます色濃くなっている、そこには一叢と茂っているたくさんの柳枝にはシダレヤナギの新芽が金色に輝いて水面に映っているが、むかしから素足の美女を見届けた柳である。

王宮 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。・胥台【しょだい。】館娃宮 呉の宮殿の名。西施の居所。・古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置する。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、この詩の「裡色偏深」孫少監光憲、花間集巻八40の思越人二首 其一七句の「橫淥水」という表現につながる。

孫少監光憲       花間集巻八40 思越人二首 其一

           古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

           翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

           綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

           惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

○一簇 一叢,一群。草木が群れて茂っていること。

○纖條 繊細な枝。溫庭筠の表現では、毵毵 毛や柳の枝が細長く垂れ下がるさま。毛の長いさま。毛の長くふさふさとしたさま。 

細々と連なる糸筋。「一縷」細く、途切れずに続くさま。こまごまとしたさま。「縷言・縷述・縷説・縷陳・縷縷」ぼろ。「襤縷(らんる)

・萬條金線 極めてたくさんの枝の本数。新芽が金色に輝いているシダレヤナギの枝のこと。 

 

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

南斉の錢唐の妓女蘇小小の家の門前の柳で別れたが、死んでもなお想い人を待ち続けるから憤慨することなどないのだ、いまは、阮郎と連れ立って西陵の墓にある松の下で「結同心」の契りで結ばれていることだろう。

錢塘蘇小小 479年-約502年)中国南北朝的南斉時期,銭塘の著名な歌妓であった,蘇小小には玉台新詠み「西陵歌」

妾乘油壁車,郞乘靑踪馬。
何處結同心、西陵松柏下。
わたしは、赤い色をした轎に乗り。貴男は、あし毛の馬に乗っている。
どこで、契りを交わしましょうか。西陵の松柏の下で(契りましょう)。
(西陵歌)
〔わたくし〕は 油壁の車に乘り,郞〔あなた〕は 靑の馬に 乘る。
何處【いづこ】にか 同心を 結ばん、西陵の 松柏の下【もと】
妾乘油壁車、郞乘靑馬。
わたしは、赤い色をした轎に乗り。貴男は、あし毛の馬に乗っている。 
・妾 わたし。わたしめ。女性の謙譲を表す一人称。 ・乘 のる。 ・油壁車 赤い色をした漆塗りの轎。駕籠。 ・郞 貴男。 ・靑馬 葦毛の馬。青、白の毛の混じった馬。
何處結同心、西陵松柏下。
どこで、契りを交わしましょうか。西陵の松柏の下で(契りましょう)。 
・何處 どこで。 ・結同心 男女が契りを交わす。・西陵:地名。現・杭州の銭塘江の東の蕭山市。 ・松柏下:松や柏(はく。コノテガシワ)の繁っている木の下。松柏は、常緑樹で、変わらぬ誓いともとれ、また、墓場の樹木でもあり、偕老同穴の誓いともとれる。
南斉(南齊)時代、謝朓と同時期、銭塘の名妓。才色兼備の誉れが高かった。現・浙江省杭州市、「銭塘」のこと。唐代に「唐」字を避けて「錢唐」を「銭塘」とした。白楽天、杜牧、羅隱も詩の中に詠う。

後世、蘇小小については、
白居易 『楊柳枝』其五
蘇州
楊柳任君誇,更有錢塘勝館娃。
若解多情尋
小小綠楊深處是蘇家。

白居易 『楊柳枝』其六
蘇家小女舊知名,楊柳風前別有情。
剥條盤作銀環樣,卷葉吹爲玉笛聲。

白居易 『餘杭形勝』
餘杭形勝四方無,州傍靑山縣枕湖。
遶郭荷花三十里,拂城松樹一千株。
夢兒亭古傳
名謝,敎妓樓新道姓蘇
獨有使君年太老,風光不稱白髭鬚。

杜牧 『自宣城赴官上京』
瀟灑江湖十過秋,酒杯無日不淹留。
謝公城畔溪驚夢,
蘇小門前柳拂頭。
千里雲山何處好,幾人襟韻一生休。
塵冠挂卻知閒事,終擬蹉訪舊遊。

溫庭筠 楊柳枝八首其三
蘇小門前柳萬條,金線拂平橋。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
楊柳枝 (之一) 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-57-10-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1844


五代・梁・羅隱 『江南行』
江煙雨蛟軟,漠漠小山眉黛淺。
水國多愁又有情,夜槽壓酒銀船滿。
細絲搖柳凝曉空,呉王臺春夢中。
鴛鴦喚不起,平鋪綠水眠東風。
西陵路邊月悄悄,油碧輕車
蘇小小

牛嶠 『楊柳枝八首之一』
呉王宮裏色偏深,一簇纖條萬縷金。
不憤錢塘
蘇小小,引郎松下結同心。

李賀《蘇小小の墓》登場する蘇小小は、死んでもなお想い人を待ち続ける哀れな亡霊となって描き出されている。詩自体はあくまで美しく幻想的だが、昏く重い。この幻想と怪奇、耽美と死こそが李賀が昏い情熱を傾けたテーマであった。
と、多くの作品が作られている。
○引郎 貴男と一緒に行く。男を先導してゆく。

松下 蘇小小『西陵歌』「何處結同心、西陵松柏下。」にもとづく。
現在、杭州西湖畔(西北)に墳墓 がある。

結同心 同心結を結うこと。連環回文様式の絶対にほどけない結び方。また、同心結は、(男女の)ちぎりを結ぶことと。錢唐 蘇小(蘇小小)『西陵歌』「妾乘油壁車,郞乘靑踪馬。何處結同心、西陵松柏下。」(妾(わたくし)は 油壁の車に乘り,郞(あなた)は 靑の馬に 乘る。何處(いづこ)にか 同心を 結ばん、西陵の 松柏の下(もと)。)とみえる。蘇小小『西陵歌』ここでは、タペストリーのように寝牀の垂れ幕の中心にぶら下げ飾るということである。男女が契りを交わす。花間集では以下の詩に見える。

溫庭筠《巻一18       更漏子六首其四》「垂翠幕,結同心,待郎燻繡衾。

韋莊《巻二47清平樂四首》「羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。」

牛嶠《巻三47 柳枝五首 其二》「不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。」

牛嶠《巻四20菩薩蠻七首》寒天欲曙,猶結同心苣。」

毛文錫《巻五11中興樂》「豆花繁煙豔深,丁香軟結同心。

 

蘇小小の先祖は、かつて東晋の官吏であり、後に、蘇家は落ちぶれて銭塘に移った。

先祖から受け緒いだ財産で商売し、そこの裕福な商人となった。蘇家には女の子蘇小小ひとりしかおらず、両親から非常に可愛がられていた。体が弱々しくて小さいので、小小という名前を付けられた。蘇小小が十五歳の時、両親が亡くなった。仕方なく財産を換金して、乳母賈氏と一緒に城の西にある西冷橋のほとりに引越した。

彼女たちは松柏の林の中にある小さな別荘に住み、貯金で生活を維持し、美しい自然の中で楽しく日々を送っていた。少年たちは彼女の美しさに心を惹かれ、いつも彼女の馬車の周りにたむろしていた。両親からの束縛もなく、蘇小小は文人たちとの付き合いを楽しみ、自宅ではいつも詩の会を開いたりしていた。家の前は、いつも馬車や人で賑わい、蘇小小は銭塘の名妓になった。

ある日、蘇小小が外で遊んでいた時、一人のハンサムな青年・阮籍と出会った。二人は一目惚れとなり、阮籍は蘇小小の家を訪ね、その夜、彼女と一夜を明かした。その後二人は、一刻も離れることがなかった。毎日、景勝地に遊ぶというふうであった。しかし阮籍の父は、息子が銭塘の名妓といい加減に過ごしているという話を聞いて大いに腹立ち、彼を無理に巡業に帰らせた。蘇小小は、毎日愛人の帰りを待ったが、阮籍が戻ってくることはなかった。結局、蘇小小は病気で倒れてしまった。幸い蘇小小は、かたくなな性格の人ではなかった。また他の魅力的な若者が訪ねて来たこともあって、だんだん元のにぎやかな生活に戻った。

ある晴れた秋の日、湖のほとりで、彼女は阮籍と大変よく似た男性に出会った。身なりが質素で、表情はと見れば、すっかり気落ちしている。名を尋ねてみると鮑仁という。科挙の試験を受けるため都に赴こうとしたが、旅費が足りなくなったらしい。蘇小小は、この人が気位の高い人であり、必ず受かると思って鮑仁に旅費を与えた。鮑仁は大いに感動し再び大望雄志を胸に都に向かった。

当時、上江観察使の孟浪は、公用で銭塘に来ていた。官吏である身分で蘇小小の家を訪ねるのは不便なので、自宅に蘇小小を招待しようと何度も誘った結果、やっと彼女を迎えることができた。孟浪は意地悪をしようとして、庭の一本の梅を指し彼女に詩を吟じさせた。蘇小小はゆっくりと「梅花虫傲骨、怎敢敵春寒?若更分紅白、環須青眼看!」と吟じた。孟浪は敬服した。

ところが、美人には薄命が多い。蘇小小はその次の春、病気で亡くなった。ちょうどその時、鮑仁はすでに殿試に合格しており、滑州の長官に任命された。赴任の途中、蘇小小の所に立ち寄ったが、彼女の葬式には間に合った。鮑仁は、棺おけのわきで大声で位いた。そして彼女の墓の前に「銭塘蘇小小の墓」という碑を立てた。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊141《巻三40離別難一首》巻三4041-〈141〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5907

薛昭蘊 花間集巻三40《離別難一首》

離別難一首

寶馬曉鞲彫鞍,羅幃乍別情難。

那堪春景媚,送君千萬里。

半粧珠翠落,露華寒。

燭,青絲曲,偏能鉤引淚闌干。

 

良夜促,香塵綠,魂欲迷,檀眉半斂愁低。

未別心先咽,欲語情難

出芳艸,路東西。

搖袖立,春風急,櫻花楊柳雨淒淒。


薛昭蘊(改訂版)

 

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊141《巻三40離別難一首》巻三4041-141〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5907


 

 

 

(旧解)

離別難

(男性から見た、宮女・官妓が情のかよった男を送り出し、これから先どうして貞操を守ってゆくのかその心持を詠う。)
寶馬曉鞲彫鞍,羅幃乍別情難。

夜明け前に出発する男の宝飾で盛装した馬を整え、車には暁の斜め横からの日差しを防ぐためのとばりがかけられ、彫刻に飾られた車前の横木のおおいや鞍も準備されている。閨の薄絹のとばりの中で二人は離れがたい気持ちでいたのだ。

那堪春景媚,送君千萬里。

どうしてまだ春の最中で、この景色を楽しみたいのに、それを堪えねばならないのでしょうか。あのお方を千里も万里もはるかなところへ送らないといけないのでしょうか。

半粧珠翠落,露華寒。

玉と翡翠の簪を落したまま兮そそくさと薄化粧を整えて外に出たのですが、朝露がきれいに降りて光っていてとても寒いのです。

燭,青絲曲,偏能鉤引淚闌干。

昨日の夜の赤い蝋燭と瑟で「靑絲の曲」を奏でたことで一つになった、そんなことを思い出すとひたすら涙を誘い、涙にぬれて渡り廊下の欄干にすがっているのです。

 

良夜促,香塵綠,魂欲迷,檀眉半斂愁低。

こんな素敵な春の夜を二人で過ごせたいい夜だったが、春の夜は短く二人で過ごす良い夜の時はあっという間に過ぎてしまったし、蝋燭の火も燃え尽きそうで、香炉のお香もいつしか消えていたのも気が付かず過したのです。別れるのがつらく眉が檀になり、眉間にしわを寄せてしままったままで、愁いの気持ちでただそこへ蹲ってしまうのです。

未別心先咽,欲語情難

本当に別れたわけではないのに一緒に居たい気持ちはどうにもならずむせび泣いています。声を掛けようと思うのですが別れがつらすぎて声にならないのです。

出芳艸,路東西。

あの人は良い香りの街道の草花の中へ旅立って、東西に長い街道を隔てて別れるのです

搖袖立,春風急,櫻花楊柳雨淒淒。

私はこの袖を揺らして別れを惜しんで立ち尽くし、一人で春の突風に晒されるのです。ああこんなに桜が咲いても、こんなにも、楊も柳も葉をつけて繁っても、私が巫山の巫女となって雨に化身しても、それはただ寂しくさらさらと降るだけなのです。

 

(離別【わかれ】難し)

馬を寶【かざ】り曉の鞲【ふく】彫の鞍【くら】,羅幃【らい】は乍【たちま】ちの別 情【なさけ】難し。

那んぞ春景の媚に堪えん,君を千萬里に送るを。

珠翠の落るに半粧して,露華の寒。

燭【かつしょく】紅にし,絲曲に青しものを,偏えに能く鉤引【こういん】し 闌干に淚す。

 

良夜は促し,香塵は綠す,魂は迷わんと欲し,檀眉 半ば斂して愁いて低す。

未だ心は咽を先んじて別れず,語らんと欲れど 情 難し。

芳艸に出で,東西に路す。

袖を搖して立し,春風急す,櫻花 楊柳 雨 淒淒【せいせい】。

9 15-#1 離別難一首-#1(薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-391-9-15-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3502 

9 15-#2 離別難一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-392-9-15-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3507

 


(改訂版) 薛昭蘊 花間集巻三40《離別難一首》

離別難一首

寶馬曉鞲彫鞍,羅幃乍別情難。

天子のお馬車に夜明け前から彫刻に飾られた輦、馬には彫刻の鞍が、そしてうす絹のとばりが足らされて待っているが、別れをされながら情が離れがたいのだろうお出ましが遅い。

那堪春景媚,送君千萬里。

天子を千里、万里もはるかなところへ送りすれば、一緒にこの春の景色をいつくしむことが出来ないのをどうして堪えられようか?という別れもある。

半粧珠翠落,露華寒。

「徐妃半面妝」というので珠翠の寵愛を失い、鬱くちい妃嬪が後宮を出て、四つを浴び寒い寺観に追いやられたという別れもある。

燭,青絲曲,偏能鉤引淚闌干。

紅い蝋燭のもと天子に“壽陽來”と侯景は渦陽を大敗させた戦果に錦を求めたが、朝廷は靑布を給したことで、童謠の「靑絲の曲」のように謀反を起こした。錦の変わりに蒼絲ということが引き金になって謀反を起し、涙で御殿の欄干から別離をしたこんな偏ったこともある。

 

良夜促,香塵綠,魂欲迷,檀眉半斂愁低。

春の夜、二人で過ごせたいい夜だが短くすぐにすぎる、香炉のお香もいつしか消えていたのも気が付かず過したというのに、愛する心はどこへ行ったのか、ここにはいなくなった、つらく眉間に横の皺と縦の皺が出来てしまって、愁いの気持ちは心沈ませて高まることはない。

未別心先咽,欲語情難

いまだに別れを告げられたのではない、別れの事が咲きに考えるから嗚咽してしまう、声を掛けようと思うが別れがつらすぎて声にならない。

出芳艸,路東西。

門を出れば、良い香りの草草は沢山あるし、路は東と西にわけてしまうと、あとは何にをしようと分からない。

搖袖立,春風急,櫻花楊柳雨淒淒。

袖を揺らして立ち見送る、一人ですごす春の風は急いで過ぎてゆく。桜の花を吹き飛ばし、柳絮もいそいでとびさるし、雨はただ寂しくさらさらと降るだけで、それが別れというものである。

 
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(離別難一首:別れというのは昔からいろいろあるが、別れて仕舞えば、あれほど「那堪春景媚」と春景色をいつくしんでいたものが、櫻も花も楊も柳も雨も淒淒としてただ寂しいだけであると詠う)
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊139《巻三39小重山二首 其二》巻三3939-〈139〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5897

小重山二首 其二

秋到長門秋草黃,畫梁雙鷰去,出宮牆。

玉簫無復理霓裳,金蟬墜,鸞鏡掩休粧。

憶昔在昭陽,舞衣紅綬帶,繡鴛鴦。

至今猶惹御爐香,魂夢斷,愁聽漏更長。
薛昭蘊 小重山二首





『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊139《巻三39小重山二首 其二》巻三3939-139〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5897



 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『小重山』 六首

 

作者



初句7字

 

韋相莊

巻三

(改訂版)小重山 韋荘

一閉昭陽春又春

 

薛侍郎昭蘊

巻三

小重山二首 其一

春到長門春草青

 

巻三

小重山二首 其二

秋到長門秋草黃

 

和凝

巻六

小重山二首其一

春入神京萬木芳

 

巻六

小重山二首其二

正是神京爛熳時

 

毛秘書熙震

巻十

小重山一首

梁鷰雙飛畫閣前

 

薛侍郎昭蘊十九首:

小重山二首 

浣溪紗八首 

喜遷鶯三首 

離別難一首 

相見歡一首 

醉公子一首 

女冠子二首

謁金門一首

 

薛昭蘊:五代、後蜀の官司至侍郎。(生卒年未詳)、字、出身地ともに未詳。詞風は温庭第に近い。『花間集』には十九首の詞が収められている。『花間集』には、薛侍郎昭蘊と記されている。

醇紹撃(生没年未詳)花間集に載せられている詞人。花聞集では薛侍即とあり、侍郎の官についた人であることがわかるだけで、詳しい伝記はわからない。唐書の薛廷老伝によると、廷老の子に保遜があり、保遜の子に紹緯がある。乾寧中に礼部侍郎となった。性質は軽率であり、車に坐して夔州刺史に貶せられたという。ところでその経歴をさらにくわしく見ると、紹緯ほ乾寧3年(896)九月に中書舎人から礼部侍郎にたり、ついで戸部侍郎となり、光化2年(899)六月戸部侍郎から兵郡侍郎に選っている(唐僕尚丞郎表に依る)。これによって唐末に侍郎の官にあった人であることは明らかである。紹緯のことはまた北夢瑣言にも見えている。紹緯は才を侍み物に倣り、亦父(保遜)の風があった、朝省に入る毎に、笏を弄んで歩行し、旁若無人であった。好んで浣渓沙詞を唱したという。

 

今、花間集に侍郎とあり、また、その中に収められた十八首の詞の中、八首の浣渓沙があることから推量して薛昭蘊は紹緯と同じ人物であろうといぅ説が考えられるといわれている。晩年に磎州(渓州に同じであろう、広西に属する)に配せられているが、全唐詩の薛紹緯の条には天復中(唐末の年号、901903)に渓州司馬に貶せられたといぅひおそらくこの頃に貶せられたであろう。なお、北夢瑣言では薛澄州と呼んでいる。澄州もまた広西に属する。また、全唐詩に河東の人とあるのは、おそらく薛氏の出身地を言うのであろう。

 

歴代詩余の詞人姓氏では前局に編入して蜀に仕えて侍郎となったごとく記している。この説に従ってかれが韋荘と同じく蜀に仕えて侍郎となったとしている伝記も見受けられるが、紹澄が紹緯と同一人であるとすると上記の経歴と矛盾を生ずる。王国維は紹緯と薛昭蘊とを兄弟と見て、一門に浣溪沙詞を好んだものがあったと解しているが、この説よりも上にのべた同一人と見る説の方がよいようだ。花間集において温庭筠、皇甫松、韋荘についで薛昭蘊を並べているのも、唐王朝に仕えた人物を先に置いたためであろう。両者を同一人としておいた。

 

 

小重山二首 其一

(小重山二首 其の一:漢の陳皇后が武帝の寵愛を失い、所縁の長門宮に隠居させられて、切ない思いをすると詠う)

春到長門春草青,玉華露滴,月朧明。

春が訪れて長門宮にも春の芳草が青く芽吹く、宮殿の美しい階を降りてゆくと花の花弁に甘露が滴り、月はおぼろに照っている。

東風吹斷玉簫聲,宮漏促,簾外曉啼鶯。

春風に乗って芳草の香りと笛の音に酔っていると、きれいに飾られた簫の吹奏の音は、春の突風が吹いて中段される、宮殿の夜は日ごと短く時せわしなくすすむ、すだれの外に夜明けの鶯が啼いている。

愁起夢難成,紅粧流宿淚,不勝情。

寵愛を失って、愁いがはじまり、しだいに夢にも見なくなってしまう、春の夜に、頬を紅く染めた化粧をとかす涙は夜具をぬらす、それは耐えることができない。

手挼裙帶遶宮行,思君切,羅幌暗塵生。

皇后を廃され、長門宮に隠居させられたのである、どれほど天子の事を慕おうとこのせつなさはどれほどのものであろうか。絹のとばりにほこりや塵が積もっている。

 

(小重山二首 其の一)

春は長門に到り 春草 青く、玉 華露 滴り、月は朧に明らかに。

東風 玉簫聲の声を吹断す、宮漏 促【せきた】て、簾外 鶯 暁に啼く。

愁い極まり 夢 成り難く、紅粧 宿涙 流る、情に勝えず。

手もて裙帶を挼りつつ階を遶りて行く、君を思うこと切に、羅幌 暗に塵 生ず。



 

(改訂版)-4.薛昭蘊139《巻三39小重山二首 其二》

(小重山二首 其の二:漢の成帝、趙飛燕姉妹の史事を詠っている)

秋到長門秋草黃,畫梁雙去,出宮牆。

寵愛を失ったまま秋が来る、長門宮には草木が枯れ始め、菊の黄色も枯れていく、絵模様の梁の上の番のツバメたちもその巣を去って行き、軽快な身のこなしの燕は、後宮の土塀の外に出て東南の宮殿に行ってしまった。

玉簫無復理霓裳,金蟬墜,鸞鏡掩休粧。

ここの宮殿で、きれいに飾られた簫は再び吹かれることはなく「霓裳羽衣の曲」の踊りの練習さえもすることはなくなった。金蝉の簪は化粧台に置かれたまま、鳳鸞鳥の鏡に掩いがしたまま、化粧さえしなくなった。

憶昔在昭陽,舞衣紅綬帶,繡鴛鴦。

昔の昭陽殿にいたころは花形であった、舞着物には紅の綬帶の佩びていたし、鴛鴦鳥の刺繍がいっぱいに際江の寵愛を受けた。

至今猶惹御爐香,魂夢斷,愁聽漏更長。

寵愛を失った今に至っても、化粧や飾り付けの花鈿、簪を付けなくても、閨の褥の準備だけは毎日して、なお、香炉に焚くことに惹かれてはいるものの、もう夢にも出てくることはなく、秋の夜長に時を刻む漏更の音は愁いを聞くにほかならない。

凌波曲舞002
 

 



 


 
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其二(小重山二首 其の二:漢の成帝、趙飛燕姉妹の史事を詠っている)寵愛を失ったまま秋が来る、長門宮には草木が枯れ始め、菊の黄色も枯れていく、絵模様の梁の上の番のツバメたちもその巣を去って行き、軽快な身のこなしの燕は、後宮の土塀の外に出て東南の宮殿に行ってしまった。
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊134《巻三34浣溪紗八首 其八》巻三3434-〈134〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5872

薛昭蘊(改訂版)浣溪紗八首 其八(浣溪の沙 八首其の八 :西施のように美しい娘は、生娘でその魅力を認められたが、歳をとってしまえば、若い時の魅力はなくなるものだと詠う)

 

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊134《巻三34浣溪紗八首 其八》巻三3434-〈134〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5872 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊134《巻三34浣溪紗八首 其八》巻三3434-134〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5872

 

 

雇われたり手伝い仕事をする女性は必ずしも針仕事だけではなく、その他の生計の道もあった。九隴(四川省彭県)の人張守珪は茶園を一つ持っていた。彼は「毎年茶摘みの人を百余人旦雇った。男女の雇工が茶畑に入り混っていた」(『太平広記』巻三七「陽平諦仙」)。これは女性が茶摘みに雇われた例である。張薦の著した『霊怪集』には、鄆州(山東省東平県)の関某なるものが、紐という姓の女を傭婦として雇い、それに衣食を給して酷使した話が載っている(『太平広記』巻二八六)。これは家の雑事に雇われた例である。これらの傭婦たちの大半は生きるすべがなく、他人に雇われたものであるが、しかし彼女たちと主人の関係は雇傭関係であって、売買可能な奴碑と同じではなかった。その他にも、別の仕事に従事する女性も若干あった。

澄州(広西省上林県)の砂金採りの女性たち。劉禹錫 《浪淘沙九首其六》「日照澄洲江霧開,淘金女伴滿江隈。美人首飾侯王印,儘是沙中浪底來。」(日は澄みたる洲を照らし江霧は開け、金を淘う女伴は江の隈に満つ。美人の首飾 侯王の印、尽く是れ抄の中 狼の底より来る)

その他に手工業に従事する女性もいる。広州に何二娘という女がおり、年わずか二十歳で専ら靴を編んで生業としていた(『太平広記』巻六二)。

これら農業以外の仕事に従事する女性たちは、農家の女性と同じょうに、唐代社会の経済的発展、富の蓄積、さらには科学技術文明に対して貢献をなしたのである。

花間集において、労働する女性を詠う場合、その労働の部分は、かつて純真無垢の乙女であった時をいう場合が多く、その後、選ばれて、後宮にあがった、官妓になって名声を得たとか、比較するための常套である。西施が、素足で水辺にいたのをスカウトされる。採蓮曲なども、腕をあらわにし、素足を出す乙女を詠うものである。これら同じ労働する無垢な少女がその美貌で栄華を得るサクセスストーリが描かれている。浣溪沙八首其八では「越女淘金春水上」とその少女は素足で砂を浣っていたのである。

 

(旧解)

浣溪沙八首其八

(浣溪の沙 八首其の八 妓女の一生を詠う)

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

越地方にくるとの美女がす足で金を水に選りわけ作業をしているがそれは春の雪解け水の水嵩が増えているあたりだ。歌に合わせて揺れ動き雲型の髪を高く結い、動きに合わせて帯玉や耳飾りが鳴っている。中州の渚に風が吹き、大江の土手の草が揺れると、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってくる。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

春の山は遠きに霞みにうつる体ではないし、翡翠のような眉に似せてはもう画けない。ただ、年増になった女妓にとってまさにこの山に日がかたむいて來るとどうしても怨みの思いを含んだ景色ということなるのだ。青い桃の花がやがてパッと咲くが、それもつかの間、花は落ちてしまい、まるで浦島太郎の様な一時のことだと思うのである。

(浣溪の沙八首其の八)

越女が春水の上で金を淘【よな】げ,雲鬢を步み搖らし 珮 璫を鳴らせる,渚風【ちょふう】 江草 又た清香なり。

遠山 翠黛を凝すを為さず,只だ應に恨みを含むは 斜陽に向い,碧桃も花謝【お】ち 劉郎を憶うを。

芍薬003
 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊133《巻三36浣溪紗八首 其七》巻三3633-〈133〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5867

薛昭蘊(改訂版)浣溪紗八首其七  呉王夫差の領地である呉の国は、むなしく落日に晒されている。 越王の勾践は自らの宮殿に火をつけて、闘う志気を昂揚させ攻めこんだが、その宮殿は、今、半ば雜草に埋もれてしまっている。太湖に、ハスの花がいっぱいに咲いて、ヒシがいっぱいに繁って、「採蓮曲」の歌が響いている。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊133《巻三36浣溪紗八首 其七》巻三3633-133〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5867

 

 

(旧解)

浣溪沙八首其七

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)

傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

国を亡ぼすほどの美貌には、恨みごとが、余りあるほどである。幾多の女性が姑蘇城に涙を流して泣いたことだろう。どれほど多くの女性がここ、姑蘇城に涙を流したことだろう。 風に乗って瞳をこらせば、雪のように真っ白な美しい肌の女性だ。

主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

呉王夫差の領地である呉の国は、むなしく落日に晒されている。 越王の勾践の宮殿は、半ば、草に埋もれている。ハスに花が咲き、ヒシが繁って、太湖に、いっぱいになっている。

 

(改訂版)-4.薛昭蘊133《巻三36浣溪紗八首 其七》

浣溪沙八首其七

(浣溪紗八首 其の七:呉越戦争に絡んだ、呉と越の地をそれぞれの地に立って思いうかべて歌ったもの。)

傾國傾城恨有餘,幾多紅涙泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

男をして国や白を滅ぼして顧みぬまでに心酔させるほど妖艶な美女には、恨みごとが、余りあるほどである。たった200本の立派な黒檀が夫差の警戒心を解き、呉の国庫にダメージを与えることになった豪奢な五層の大宮殿を完成させ、姑蘇台となずけたが、幾多の女性が姑蘇城にあつめられ、涙を流して泣いたことだろう。どれほど多くの女性がここ、姑蘇城で忍び泣き、涙を流したことだろう。若耶溪で風に乗って瞳をこらして見つけ呉主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

呉王夫差の領地である呉の国は、むなしく落日に晒されている。 越王の勾践は自らの宮殿に火をつけて、闘う志気を昂揚させ攻めこんだが、その宮殿は、今、半ば雜草に埋もれてしまっている。太湖に、ハスの花がいっぱいに咲いて、ヒシがいっぱいに繁って、「採蓮曲」の歌が響いている。

(浣溪紗八首 浣溪沙その七)

傾國傾城 恨みは餘り有り,幾多の紅涙 姑蘇に泣く,風に倚り 睇【ひとみ】を凝【こ】らせば 雪の 肌膚。

呉主の山河 空しく落日,越王の宮殿 半ば平蕪,藕【はす】 花さき菱【ひし】蔓【の】びて 重湖に滿つ。

 

浣溪沙八首其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-38韋荘116《巻3-16 思帝鄕二首 其二》三巻16-〈116〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5782

改訂版 韋荘 思帝鄕二首 其二 帝都の女の郷で思うこと その二:《巻3-15 思帝郷二首 其一》のある「兩心知」〔二人だけの愛の言葉〕の答、「將身嫁與、一生休。縱被無情棄,不能羞。」〔あなたのもとへ、嫁つぎたい、あなたと一緒にすごしたい。もし、棄てられても、恥たりして死ぬようなことはない。〕と詠う。

 

 
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210 《巻17-22 送梁四歸東平》Index-13 Ⅱ― 8-733年開元二十一年33歳 <210> Ⅰ李白詩1441 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5753 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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50-#2 《《巻02-03 幽懷》-#2   (幽懷不能寫,)》韓愈(韓退之)ID 800年貞元16年 33歳~804年貞元20年 37歳の27首<1348> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5724 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-45-#5奉節-36-#5 《巻16-06 八哀詩八首〔六〕故秘書少監武功蘇公源明 -5》 杜甫index-15 杜甫<908-#5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5780 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-38韋荘116《巻3-16 思帝鄕二首 其二》三巻16-〈116〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5782 
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 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-38韋荘116《巻3-16 思帝鄕二首 其二》三巻16-116〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5782 
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(旧解)

思帝郷二首 其二

(帝都にいて田舎を思う。)

 春日遊,  杏花吹滿頭。

ある春の日に、郊外へ行楽に出かけました。杏の花びらが頭一杯に降りかかってくるような日でした。
 陌上誰家年少、 足風流。

こんな田舎道にいるのは、どこの若者なのでしょう。 行楽で足を延ばしてきたなかなか風流な事でしょう。
 妾擬將身嫁與、 一生休。

わたしは一度でいいから、嫁という地位をあたえられたいのです。そしたら、一生 おちつき、これでおわっても満足なのです。

 縱被無情棄,  不能羞。

たとえ、無情にも棄てられたとしても、いっかいよめになっておれば、はずかしいとは思わないものなのです。

思帝鄕

春日遊ぶ, 杏花 吹きて頭に滿つ。

陌【あぜみち】の上 誰が家の年少か、足【はなは】だ風流なり。

妾【わたし】は擬【おも】う 身を嫁與【かよ】すとしても、 一生の休んぜん。

 縱【たと】い無情に棄てらるるとも, 羞づ能【あた】わず。

 

 

女性の家庭内の娯楽と節句の行事には次のようなものがあった。

人日の剪彩

陰暦の正月七日は「人日」 である。この日、宮中でも民間でも、女性は美しい色彩の絹布をとりだして、花、葉、鳥などの図案をはさみで切り抜く。「閏婦は刀を持して坐し、自ら憐む 裁ちて新しきを乗るを。葉は催して情は色を綴り、花は寄せて手は春を成す。燕(燕の模様の努紙)は帖めて敷戸に留め、鶏(鶏の模様の努紙)は謝りて餉う人を待つ。撃ち来って夫婿に問う、何処ぞ真の如からざらん」(徐延寿「人日華麻」)。上手にできれば、それを木に飾ることもあれば、それを空に飛び散らせる人もあった。こうした勢彩は主に節句のめでたさを盛り上げるために行ったのであろうが、また女性たちはこの機会を借りて自分の器用さを人に誇ったのである。

* 人日は一月一日から六日まで各種家畜の成育を占い、七日が人、八日が穀物の占い口であった。これは年頭に豊凶、吉凶を占う習俗であり、古代日本にも伝わった。

 

 

蕩鞦韆(ぶらんこ蕩ぎ)

この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鞦韆を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩に、

「少年き児女は鞦韆を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裙薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴璫を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝釵 従って地に堕つ」(王建「鞦韆詞」)。

また別の詩に、

「五糸もて縄を繋ぎ 墻を出ること遅く、力尽き纔かに瞵りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱闌に借りて久しく語無し」(韓偓「鞦韆」)とある。これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

韓偓《鞦韆》

池塘夜歇清明雨,繞院無塵近花塢。

五絲繩繫出牆遲,力盡才瞵見鄰圃。

下來嬌喘未能調,斜倚朱欄久無語。

無語兼動所思愁,轉眼看天一長吐。

 

王建《鞦韆詞》

長長絲繩紫復碧,裊裊橫枝高百尺。

少年兒女重秋千,盤巾結帶分兩邊。

身輕裙薄易生力,雙手向空如鳥翼。

下來立定重系衣,復畏斜風高不得。

傍人送上那足貴,終賭鳴鬥自起。

回回若與高樹齊,頭上寶釵從墮地。

眼前爭勝難為休,足踏平地看始愁。

 

浣渓沙五首 其二

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-〈80〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5602

 

闘百草(百草を闘わす遊び)

五月五日端午の節に摘み草比べ合って遊んだ風俗

草花を採ってその優劣を競う遊びで、端午の節句の前後、百草の生い茂る頃に行われた。「帰り来って小姑に見え、新たに放って百草を弄しむ」(劉駕「桑婦」)、「閑来に百草を闘わし、日を度るも敗を成さず」(雀顛「王家少婦」)などと詩に詠われでいる。これは主に少女たちの遊びであろう。中宗の時代、安楽公主は五月五日の「闘百草」 の時、出し物を豊富にするために、わざわざ人を南海のある寺院まで派遣して、南朝宋の謝霊運が臨終の時に寺に寄進した美害(ほほひげ)を取り寄せて、百草遊びの賭け物とした(『隋唐裏話』巻下)。この「闘百草」という遊びは、恐らく草の品種で勝ち抜けを競ったものと思う。それで安楽公主は、謝霊運のほほひげを草の一種のように装って賭け草にするという、奥の手を考えついたのであろう。

 

弓子団子

端午の節句に、宮中の女性たちは団子を作り、それを小さな弓で射る遊びもした。「粉団で角黍()を造り、金盤の中に貯く。小さな角で弓子を造るが、うっとりするほど繊細巧妙である。箭を架えて盤中の粉団めがけて射かけ、当たれば食べでもよいが、粉団は滑威して射ぬくのは難しい」(『開元天宝達事』巻上)。この遊びは宮中だけで行われたらしく民間には普及しなかった。

 

七夕の乞巧(針仕事の占い)

旧暦七月七日の夜の針仕事の占いは、一年の中で女性にとって最も重要な祭日だった。この日の晩は宮廷でも民間でも祭壇をつくり、鄭重に線香、果物、酒などをお供えして、香を焚いて牽牛と織女の二神を祭り、音楽を奏して宴会を開き、賑やかに過ごした。女性たちは織女に様々なお願い事 - 針仕事が上手になるように、幸せになるようにと願い、また「困難を乗り越え、手と目がさらによく利き、織りも縫いも心のままにできるよう」お願いした(『柳河東集』巻一八「乞巧文」)。この夜、女性たちは月に向い針に糸を通してみる。うまく通れば上手になると解釈した。宮中の女性たちは、次のような新しい占いもした。「宮女たちは、瓜の花と酒食を庭に並べて牽牛と織女に願いごとをした。また各人が蜘株を捉えて小さな盆の中に入れ、蜘妹がかける巣の糸が粗いか細かいかを見て、自分の針仕事が上手か下手かを占った」(『開元天宝達事』巻下)。

 

拜新月

「幼女綾かに六歳、末だ巧も拙も知らず。向夜堂前に在りて、人に学んで新月を拝む」(施肩吾「幼女詞」)、「東家の阿母も亦た月を拝し、一拝一悲 声断絶す。昔年 月を拝しては容輝を蓮 にし、如今 月を拝しては双すじの涙垂る。衆女の 新月を拝するを回り看て、却って憶う紅閏の年少の時」(張婦人「新月を拝す」)、などと唐詩に歌われている。拝月はもちろん新月が初めて出た時に行う。古代の小説や戯曲の中に家庭の女性が拝月する情景がしばしばでてくる。それらによって、拝月は昔から女性たちがお月様に願いごとをする機会であったことを知るのである。

 

 

蔵鈎(鈎隠し)

「蔵鈎を得て多少を語らん(数を当てん)と欲し、嬢妃官女は相い和すに任す。朋毎に一百人を定(定数)となし、三千匹の森羅を遣勝る」(羅宗涛『教壇変文社会風俗事物考』台北文史哲出版社、一九七四年より引用)。これは双方百人ずつが勝負を競う集団的な遊びで、これは宮中の女性だけに盛んに行われたもののようである。

* 鈎とは、とめ金、帯どめなど、先端が曲っている金属製の小物の総称。

 

 

動物の飼育

「年は二八(十六歳)、久しく香閏に鎖こめられ、禍児(狩)と鶴鵡を相手に戯ぶのが愛き」(『敦煙変文社会風俗事物考』より引用)とあるように、家庭の少女や婦人、それに宮中の女性たちは常に鶴鵡や犬などの小動物を友として飼い、寂しさをまざらわせていた。楊貴妃が飼っていた鶴鵡は雪衣女といい、犬は康国(中央アジアのサマルカンド)から献上されたもので、どちらも高貴な品種であった。宮女や妃妾もまた常に小さな金の龍に蟻蜂を捉えて飼い、夜枕辺に置いて鳴き声を聞き、孤独の苦しみをまざらわせた。後に、この風習を民間が争ってまねるようになり、蟻蜂を飼うのを娯楽とした(『開元天宝遺事』巻上)。

 

 

 

唐代で最も特色のあるのは、女性たちの外出である。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-27韋荘105《巻3-05 河傳三首 其一》三巻5-〈105〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5727

(改訂版)-27韋荘105《巻3-05 河傳三首 其一》(河を題材にした悲しい逸話 其の一:運河建設が人民に負担を強いたものであり、隋末の反乱の原因となった隋堤、現実から逃避して酒色にふける生活を送った「迷楼」を訪れての懐古の情を詠う。)

 

 
 2015年3月21日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-44-#4奉節-35-#4 《巻16-07 八哀詩〔五〕贈秘書監江夏李公邕 -4》 杜甫index-15 杜甫<907-4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5725 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-27韋荘105《巻3-05 河傳三首 其一》三巻5-〈105〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5727 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-27韋荘105《巻3-05 河傳三首 其一》三巻5-105〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5727

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河傳』十八首

 

 

溫助教庭筠

2-09

(改訂版)河傳三首其一

曉妝仙,仙景箇

 

 

2-10

(改訂版)河傳三首其二

雨蕭蕭,煙浦花

 

 

2-11

(改訂版)河傳三首其三

杏花稀,夢裡每

 

 

韋相莊

巻二

河傳三首 其一

何處,煙雨,隋堤

 

 

巻二

河傳三首 其二

春晚,風暖,錦城

 

 

巻二

河傳三首 其三

錦浦,春女,繡衣

 

 

張舍人泌

巻五

河傳 二首之一

渺莽雲水,惆悵暮

 

 

巻五

河傳 二首之二

紅杏,交枝相映,

 

 

顧太尉

巻七

河傳三首 其一

鷰颺,晴景。小

 

 

巻七

河傳三首 其二

曲檻,春晚。

 

 

巻七

河傳三首 其三

棹舉,舟去,波光

 

 

孫少監光憲

巻七

河傳四首(1

太平天子,等閑遊

 

 

巻七

河傳四首(2

柳拖金縷,着煙籠

 

 

巻七

傳四首(3

花落,煙薄,謝家

 

 

巻七

河傳四首(4

風颭,波斂。

 

 

閻處士選

巻九

河傳一首

秋雨,秋雨,

 

 

李秀才珣

巻十

河傳二首其一

朝雲暮雨,依舊

 

 

巻十

河傳二首其二

落花深處,啼鳥

 

 

 

 

 

 

 

河傳三首

河傳其一

何處?煙雨,隋堤春暮,柳色蔥籠。

畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。

青娥殿春妝媚,輕雲裏,綽約司花妓。

江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁。

 

河傳其二

春晚,風暖,錦城花滿,狂殺遊人。

玉鞭金勒,尋勝馳驟輕塵,惜良晨。

翠娥爭勸邛酒,纖纖手,拂面垂絲柳。

歸時煙裏,鐘鼓正是黃昏,暗銷魂。

 

河傳其三

錦浦,春女,繡衣金縷,霧薄雲輕。

花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。

玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。

香塵隱映,遙見翠檻紅摟,黛眉愁。

 

(旧解) 

河傳其一

何處?煙雨,隋堤春暮,柳色蔥籠。

畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。

青娥殿春妝媚,輕雲裏,綽約司花妓。

江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁。

(河を題材にした悲しい逸話 其の一)

何処にあるのだろうか?細雨霞がかかる、ここ隋堤も春は暮れゆこうとしていて、青々と柳の葉が茂る。

絵塗りの擢などの船具には黄金の糸の房飾りがあり、高く掲げた翠の旗は香しき風にはためいていて、水面に映る光を和らぎ溶けこませている。

五百人もの船牽く乙女が、艶やかな春の粧いをして、軽やかな雲のうちにいる。そして献上された迎輦花を持つ麗しい女官が居並んでいる。

江都に宮殿を立てて、江淮地帯の清い月影は今もなお「迷楼」と名付けられた宮殿を照らしている。そして、人々を愁いに誘うのである。

 

(河傳【かでん】其の一)

何處【いずこにか】?煙雨ありて,隋堤 春の暮,柳色蔥籠【そうろう】たり。

畫橈【がとう】金縷【きんる】,翠旗 香風に高く颭【はた】めく,水光 融【やわら】ぐ。

青娥【せいが】殿【でんきゃく】に春妝【しゅんしょう】して媚【なまめ】かし,輕雲の裏【うち】,綽約【しゃくやく】たり司花の妓。

江都の宮闕【きゅうけつ】,清淮【せいわい】の月は迷樓に映え,古今 愁う。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》二巻50-〈100〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5702

(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》それに、門を出れば、道に芳草若草が勢いよく茂るように女はいるものだ、巫山の神女と夢の中で情を交わした「朝雲暮雨」であっても、逢えば別れはつきもの、雲は東西に分かれ、雨は、長江の流れに東に下って去って行くのは当たり前のこと、それに自由に行動できるというものだ。

 

 
 2015年3月16日の紀頌之5つのBlog 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》二巻50-100〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5702

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『南子』十八首

 

 

作者



初句7字

 

 

韋荘

巻二

望遠行一

欲別無言倚畫屏

 

 

李珣

巻十

望遠行二首其一

春日遲遲思寂寥

 

 

巻十

望遠行二首其二

露滴幽庭落葉時

 

 

 

 

 

 

 

 

韋莊:

望遠行

欲別無言倚畫屏,含恨暗傷情。

謝家庭樹錦雞鳴,殘月落邊城。

人欲別,馬頻嘶,綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋,雲雨別來易東西。

不忍別君後,卻入舊香閨。

 

李珣:

望遠行二首其一

春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。

時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。

休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。

同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。

 

望遠行二首其二

露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。

玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。

屏半掩,枕斜欹,淚無言對垂。

吟蛩斷續漏頻移,入明月鑒空帷。

 

 

(旧解)

望遠行

(あの人のことを遠くに望む歌)

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

別れをしようというころ、言葉なくこの部屋の絵屏風に身を寄せるだけで、恨みを抱き人知れず心悲しむだけなのです。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

折しも豪邸の謝家のような庭の樹に錦鶏は時を告げます、名残の月は田舎の町の城壁にまさに落ちています。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

あの人は去ってゆこうとしています、馬はしきりに声高く鳴いています。花が咲く前のエンジュの大樹か千里にわたって植わっている堤がながくつづいています。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。

不忍別君後、却入旧香閏。

忍ぶことができないことはこのひとが去った後は、このひとと過ごした閏に入るだけなのですが、それがつらいことなのです。

 

(望遠行)

別れんと欲して 言 無く 画屏に倚る、恨みを含みて 暗に情を傷ましむ。

謝家の庭樹 錦鶏 鳴き、残月 辺城に落つ。

人 別れんと欲し、馬 頻に嘶く、緑槐 千里の艮堤。

門を出づれば 芳草 路に妻萎たり、雲雨 別れてより來 東西なり易し。

忍びず 君と別れし後、却って旧の香閨に入るに。

 

 

(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》
望遠行

(韋莊が蜀主王建に愛妾を奪われた、その前夜過ごして夜明け前に別れた、人には別れはつきものであるし、別れれば自由に行動できると自分を慰めて詠う。)

欲別無言倚畫屏,含恨暗傷情。

あの日のことを思い出すと、お別れをせねばならないけれど、言葉にならないままに この部屋の絵屏風をかたづけて壁側に寄せる、もう会えないのかと思うと恨みを抱き人知れず心悲しみ、心は傷ついた。

謝家庭樹錦雞鳴,殘月落邊城。

それでも、別れを告げ、この家を去る、庭の樹に錦鶏は夜明け時を告げる、名残の月は蜀の辺境の城樓にまさに落ちはじめていた。

人欲別,馬頻嘶,綠槐千里長堤。

人が去ってゆけば、そんな時の馬はしきりに声高く鳴くものだ。進む道には、緑の葉を付けた槐の大樹か千里にわたって植わっている長堤がつづいているように、捨てたものではない。

出門芳草路萋萋,雲雨別來易東西。

そそれに、門を出れば、道に芳草若草が勢いよく茂るように女はいるものだ、巫山の神女と夢の中で情を交わした「朝雲暮雨」であっても、逢えば別れはつきもの、雲は東西に分かれ、雨は、長江の流れに東に下って去って行くのは当たり前のこと、それに自由に行動できるというものだ。

不忍別君後,卻入舊香閨。

誰でもそうだろう、問題は堪忍ぶことができないことがあるのは、愛する君とわかれた後、二人で過ごした香が残る閏に入ることであろう。

 

隋堤01
 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-10韋荘88《巻2-38 菩薩蠻五首其五》二巻38-〈88〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5642

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-10韋荘88《巻2-38 菩薩蠻五首其五》二巻38-88〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5642

 

 

花間集

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首之 一》

菩薩蛮五首 其一

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

殘月出門時、美人和涙辭。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

琵琶金翠羽、絃上黄鶯語。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

勸我早歸家、綠窗人似花。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

(菩薩蛮五首その一)

紅樓の別夜 惆悵に堪え、香燈 半ばに捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と辭を和【とも】にす。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語る。

我に勸む 「早【つと】に 家に歸れ」と。「綠窗の人」 花の似【ごと】し。

 

(改訂版)-7韋荘85《巻2-35 菩薩蠻五首其二》

菩薩蠻五首其二

(長安にいて、世間の人が言う若いうちに江南に行ったことのあるものが、その良さを想像して詠うもの)

人人盡説江南好,遊人只合江南老。

世間の人々だれもかれも、江南はいいところだという。遊学して世間のことが分かっている人は、歳をとったら江南へいって暮すのが一ばんよいとおもっている。 

春水碧於天,畫船聽雨眠。

雪解けの澄んだ増水した春水のながれは空の青さと一体化し、舟遊びには江南名物の美しく彩られた船にのって、雨音をききながら眠る。

爐邊人似月,皓腕凝雙雪。

酒爐のほとりには、お月さまを彷彿させる美人が居てくれる。色白の顔、真白な腕は昔の西施を思い浮かべる両の腕、両の足の、雪のようなうつくしさがある。

未老莫還鄕,還鄕須斷腸。

まだまだ歳をとってはいないものがここへ来たならば、故郷へ帰りたいとは思いはしない。故郷などへ帰ったならば、だれもが性的欲求不満を起してしまうに違いない。

(菩薩蠻五首其の二)

人人の盡く説くは 江南好しとす,遊人 只だ合う 江南に老ゆべしと。

春水 天に碧く,畫船に 雨を聽きて眠る。

爐邊 人は 月の似く,皓き腕は 雙つ雪を凝らせる。

未だ老いざれば 鄕に還る 莫かれ,鄕に還らば 須らく斷腸すべし。

 

(改訂版)-8韋荘86《巻2-36 菩薩蠻五首其三》二巻36-86

菩薩蠻五首其三

(長安にいて、世間の人が言う、今になって思い出す、若いうちに江南に行ったころは楽しかった、ずっと楽しいまま、白髪になっても帰らないと言っていたものだと、その良さを想像して詠うもの)

如今却憶江南樂,當時年少春衫薄。

いまになって残念だなあと思い返す、それは江南に遊んでいたころ、楽しいことばかりであった。そのときは、年若く、伊達の盛りで、うすい春の上衣を身につけた粋な装いでいたものだ。

騎馬倚斜橋,滿樓紅袖招。

そして、馬にまたがって官妓高楼に渡る橋のたもとに馬をとどめると、どこの靑楼からも、官妓が紅い袖をふって、手招きしていたものだ。

翠屏金屈曲,醉入花叢宿。

太守専用(高級官僚用)座敷の翡翠の屏風には金の金具が飾られている、そして、お酒に酔ったいきおいで、花の様な美しい妓女のたくさんいる宿に入りびたり楽しく過ごした。

此度見花枝,白頭誓不歸。

そしてこのときは、花の枝のような細身のうつくしい好みの人とまみえた、だからその時、白髪あたまになっても、故郷に帰ることなどないと誓っていた。

(菩薩蠻五首其の三)

今の如し 却って憶ふ 江南の樂しきを,當時 年少なれば 春の衫 薄きし。

馬に騎し 橋に倚ること斜にす,樓に滿つ 紅袖が招く。

翠の屏 金の屈曲あり, 醉ひて 花叢の宿に入る。

此の度【たび】 花の枝に見【まみ】ゆ,白頭 歸らざると誓う。

 

(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》

菩薩蠻五首其四

(理想に思うは半官半隠で、その一番な事は、春の短い夜の酒宴に遭遇して、愉快に、陽気に、心行くまで酒を飲むことだけであると詠う。)

勸君今夜須沈醉,樽前莫話明朝事。

酒宴の主人は「今夜の酒宴では思いきり飲んで酔っぱらうべきである。大盃を前にしては、お酒をのむことだけすれよいのであって、あしたのことなど一切考えない、はなさないで、今のこのときをたのしむべきである。」といって酒をすすめてくれる。

珍重主人心,酒深情亦深。

酒宴の主人の思いやりのこころはまことに感謝するところだ。酔えば酔い、酔いが深まれば深まるほど、主人の情が深く感じられる。

須愁春漏短,莫訴金杯滿。

こんなに楽しく、万物が成長する春夜の時が短いことをなげくべきで、金に輝く大盃にはいっぱいに酒をつぐものであり、もう飲めないなどと訴えてはいけない。

遇酒且呵呵,人生能幾何?

酒宴に出会ったのなら、愉快に、大いに笑い、陽気にのむものであり、人生百年というもののそれがどれほどのものか。このみじかい時を、酒こそ大いにのもうとおもうのだ。

(菩薩蛮五首其の四)

君に勸む 今夜 須【すべか】らく沈醉すべし,樽前に 明朝の事を話す莫れ。

珍重す主人の心, 酒深くして情も亦た深し。

須【すべか)らく 春漏の短きを愁ふべし,金杯に滿ちたるを訴ふる莫れ。

酒に遇【あ】えば 且【しば】らく呵呵【かか】たれ,人生能【よ】く幾何【いくばく】かある?

 

(改訂版)-10韋荘88《巻2-38 菩薩蠻五首其五》

菩薩蠻五首其五

(洛陽の町の春の素晴らしさをいい、賈誼が左遷されて、他郷からこの地をおもい、白居易が最も風流といった魏王堤、果たして自分は洛陽に帰えりたいのに、杜甫のようにこのまま旅暮らしを続けざるをえないと詠う。)

洛陽城裏春光好,洛陽才子他鄕老。

洛陽の才子である賈誼のようにわたしは、よその郷の蜀で年をとろうとしているが、いまごろ、洛陽城の街のなかは、のどかな春のけしきにかわって、ほんとうに好ましいものになっているだろう。

柳暗魏王堤,此時心轉迷。

とくに、白居易が最も風情があるといったところの、洛陽城郭の南にある、魏王:李泰の名がついたある柳のしげった魏王堤をおもい出す。あの池塘の柳を思い出すと、わたしのこころはますます洛陽のかなたへさまようばかりなのだ。

桃花春水綠,水上鴛鴦浴。

万物を成長させる洛水の水は雪解けの澄み切ったきれいな増水のながれに、うつくしい桃の花びらがちってながれてゆき、ながれのほとりにはうえにはおしどりが仲むつまじく浴をしている。

凝恨對殘暉,憶君君不知。

あの白居易が朝から夕方まで散策したあの池塘は、洛陽の春の西日の当たる景色をおもいうかべてしまい、帰ることができない杜甫と同じようにうらめしく思うきもちというのは、わたしも同じように帰れずにいるから、これほどまでに洛陽にいる人のことを憶いだしているけれど、わたしの切ない心をだれも知っていてはくれないだろう。

 

(菩薩蠻五首其の五)

洛陽城裏 春光 好く,洛陽の才子 他鄕老ゆ。

柳は暗【ふか】し 魏王の堤。此の時 心 轉【うた】た迷ふ。

桃花 春水 綠にして,水上に 鴛鴦 浴す。

恨を凝らして 殘暉に對し,君を憶えど 君は知らず。

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  • 玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-3雜詩五首其三詠琵琶 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11075
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紀 頌之