玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

花間集 巻三 牛嶠

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

牛嶠《巻四20玉樓春一首》『花間集』171全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6127

牛嶠  玉樓春  

春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。

小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與。

(後宮には寵愛を一手に受けていてもやがて失って、窓辺で涙を落とし、長い歴史でその床を穿つほど繰り返された、そして、杜秋娘のように誰も振り向いてくれずないのか、回文錦字詩を作っても意味がなくなって辞めてしまうものだと詠う。)

牛嶠《巻四20玉樓春一首》『花間集』171全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6127

 
 2015年6月9日の紀頌之5つのBlog 
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牛嶠《巻三50 柳枝五首 其五》『花間集』151全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5957

牛嶠 柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

楚の霊王が細腰の女を好み、宮女を集めた章華臺、またの名を細腰宮といい、その傍らに、煬帝が作った運河の柳の隋堤がある。いまはその傍らには春風に柳を揺らし、そこには女たちが多くあつめられたのである。

 

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牛嶠《巻三49 柳枝五首 其四》『花間集』150全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5952

柳枝五首其四   牛嶠

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

柳絮が花をつけ、やがて飛び始めると吹雪のようになり、春の突風にしたがってとび、馬をたたいてそして飛びかう、やがて、鬱蒼としげると春霞に覆われ、雨靄におおわれるようになると春の景色も柳絮もその魅力わからない、これを「春欺におおわれる」というようになった。

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235-#3李白 89(改訂版)《巻2-8  將進酒 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#3> Ⅰ李白詩1480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5948 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog66年大暦元年55歲-50 《1514壯遊》 杜甫index-15 杜甫<916> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5925 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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牛給事嶠(牛嶠)柳枝五首

5 牛嶠(生卒年未詳、)字は松脚、また二子虻峰という。院讐甘粛)の人。唐宰相牛僧指の子孫にあたるという。乾符五年(878)の進士。唐朝に仕えて、拾遺・補闕・校書即の官を歴任した。王建が節度使となって蜀(四川)を鎮めたとき、闢されて判官となった。

王建が蜀国を建ててから、蜀に仕えて給事中の官を拝した。よって牛給事とよばれている。博学で文学をよくし、詩歌においてはとくに名があらわれていた。ひそかに李賀(長吉)の歌詩を慕って、筆をとればただちにその詩風にならうことが多かったといぅ。詞はとくにその長ずるところで、女冠子詞の「繍帯芙蓉帳、金紋芍薬花」とか、菩薩蛮詞の「山月照山花、夢回鐙影斜」などはかれの佳句として知られていたといぅ。いわゆる花間沢とよばれる一派のなかで、況庭箔の詞風をうけてその辞句の美しきや情味の深いことでとくにすぐれた詞人である。集三十巻歌詩三巻があったというが今わずかに一部分が伝わるだけである。詞は花間集に三十二首を収めている。

 

牛嶠(改訂版)《巻三49 柳枝五首 其四》
柳枝五首其四

(春が来て春景色も移り変わるがそこで頽廃的なことを隠してくれるが、六朝斉の靈和殿の柳は、美男子であった張緒の故事を詠い、いまに柳絮のようにたくさんの宮女は新たに召されたが、そこにはまた、たくさんの嫉妬が生まれると詠う。)

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

柳絮が花をつけ、やがて飛び始めると吹雪のようになり、春の突風にしたがってとび、馬をたたいてそして飛びかう、やがて、鬱蒼としげると春霞に覆われ、雨靄におおわれるようになると春の景色も柳絮もその魅力わからない、これを「春欺におおわれる」というようになった。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

「此の楊柳は風流で愛しむべし,張緒が当年の時に似ているから。」といった靈和殿前の柳にさそわれて、六朝斉の宮殿にも春はやってくる、次々と後宮に若い女たちが召されていくけれどそれぞれが柳の枝のように交わってはいけないとされてきた、後宮には宮女三千人といわれ、またここには嫉妬の渦が柳の霞のようにおおわれている。

(柳枝五首 其の四)

狂雪 隨風 馬を撲し飛ぶ,煙に惹かれば無力にし「春欺」に被る。

靈和殿に移入 交わること莫れ,宮女三千 又た伊に妬む。

 


牛嶠(改訂版)《巻三49 柳枝五首 其四》 

柳枝五首其四』 現代語訳と訳註

(本文)

柳枝五首其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

 

(下し文)

(柳枝五首 其の四)

狂雪 隨風 馬を撲し飛ぶ,煙に惹かれば無力にし春欺に被る。

靈和殿に移入するを交わること莫れ,宮女三千 又た伊に妬む。

 

(現代語訳)

(春が来て春景色も移り変わるがそこで頽廃的なことを隠してくれるが、六朝斉の靈和殿の柳は、美男子であった張緒の故事を詠い、いまに柳絮のようにたくさんの宮女は新たに召されたが、そこにはまた、たくさんの嫉妬が生まれると詠う。)

柳絮が花をつけ、やがて飛び始めると吹雪のようになり、春の突風にしたがってとび、馬をたたいてそして飛びかう、やがて、鬱蒼としげると春霞に覆われ、雨靄におおわれるようになると春の景色も柳絮もその魅力わからない、これを「春欺におおわれる」というようになった。

「此の楊柳は風流で愛しむべし,張緒が当年の時に似ているから。」といった靈和殿前の柳にさそわれて、六朝斉の宮殿にも春はやってくる、次々と後宮に若い女たちが召されていくけれどそれぞれが柳の枝のように交わってはいけないとされてきた、後宮には宮女三千人といわれ、またここには嫉妬の渦が柳の霞のようにおおわれている。

 

 

(訳注)
牛嶠(改訂版)《巻三49 柳枝五首 其四》


柳枝五首其四

(春が来て春景色も移り変わるがそこで頽廃的なことを隠してくれるが、六朝斉の靈和殿の柳は、美男子であった張緒の故事を詠い、いまに柳絮のようにたくさんの宮女は新たに召されたが、そこにはまた、たくさんの嫉妬が生まれると詠う。)

折楊柳が基本にあって、男の楊と女の柳を折り絡ませリーフを造り、出征する男の健康・無事を願うものであるが、牛嶠は「別離」を見届けた柳の目線で、故事と楊について、からめてうたうものである。しかも「柳」とあることで、「別離」にたいして女性側がただ悲しいという目線ではないところがことなるてんである。

 

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「楊柳枝」十五首を含む)単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

橋北橋南千萬、恨伊張緒不相饒。
金羈白馬臨風望、認得楊家靜婉腰。



狂雪隨風撲馬,惹煙無力被春

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬



 

楊柳枝:これは其五。白居易が始めた歌曲様式。本来は漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』があるが、それも特別にページを設けている。本サイトでは、基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。

  『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

楊柳枝 其五  白居易

蘇州楊柳任君  更有錢塘勝館
若解多情尋小小  綠楊深處是蘇

  
  

 

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

柳絮が花をつけ、やがて飛び始めると吹雪のようになり、春の突風にしたがってとび、馬をたたいてそして飛びかう、やがて、鬱蒼としげると春霞に覆われ、雨靄におおわれるようになると春の景色も柳絮もその魅力わからない、これを「春欺におおわれる」というようになった。

狂雪 柳絮が飛ぶのを吹雪のようと比したもの。

 うつなぐる打ちたたく。なぐる。

春欺 意思是柳枝纏繞着烟,顯得柔無力,被春風吹得曳不定。被春欺:春風吹柳,柳随風擺,所以説“被春欺”。

 

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

「此の楊柳は風流で愛しむべし,張緒が当年の時に似ているから。」といった靈和殿前の柳にさそわれて、六朝斉の宮殿にも春はやってくる、次々と後宮に若い女たちが召されていくけれどそれぞれが柳の枝のように交わってはいけないとされてきた、後宮には宮女三千人といわれ、またここには嫉妬の渦が柳の霞のようにおおわれている。

莫交移入靈和殿——《南斉書·張緒傳》緒美姿,清寡欲,口不言利,但吐納風流,听者忘倦。益州献柳数株于武帝,芳林苑始成,帝以之植于靈和殿前,崇玩咨嗟曰:“此楊柳風流可,似張緒当年時。」(張緒は美風の姿であり,清寡欲であった,口に利にかんすること言わなかった,但し流を納めることだけは口にした,だから多くの者に忘れられ飽きられた。益州は柳数株を武帝に献じた,時は芳林苑の建設は始まったころ,武帝箱の柳を靈和殿前にうえた,崇は玩賞し嘆息して曰う「此の楊柳は風流で愛しむ可し,張緒が当年の時に似ている。」ということだった。)・靈和殿 靈和殿の柳をいう。南朝斉武帝時 所建殿の名。南斉の文化的な中心は、武帝の第2子である竟陵王蕭子良(460 - 494年)のサロンであった。彼の邸宅である西邸には当時の第一級の文人が集い、その代表的な8名を「竟陵の八友」と呼んでいる。蕭衍もその一人に数えられていた。

○宮女三千 唐太宗位之初后の時の女は実に三千人,であった。百年後玄宗のときには侍女は八千人になった。『新唐書』「宦者傳」、「開元、宮嬪はおおよそ四万に至る。」と、玄宗の時の宮女の数を示している。杜甫は、「先帝侍女八千人」といい、白居易も「後宮の佳麗三千人」李百薬は「無用の宮人は数万に達する」といっている。女たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下稗が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」(皇帝を色香によ惑わせた罪)の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。あるいは、皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなく、天下の母の鏡と尊ばれながら、じつは常に他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあったのである。宮人は、身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家碑に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「官女」「宮城」「宮脾」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮、別館、諸親王府、皇帝陵にそれぞれ配属されていた。


 

○南朝 439年から始まり、隋が中国を再び統一する589年まで、中国の南北に王朝が並立していた時期を指す。建康(江蘇省南京市)に都を置いた東晋・宋・南斉・梁・陳の王朝。西晋末の五胡十六国の乱から隋が統一するまで三百年近く、中国は漢民族による南朝と北方民族による北朝とに分裂した時期が続いた。北朝の質実剛健、南朝の繊細華美という対比で捉えられる。

北魏が華北を統一し、華南には宋、斉、梁、陳の4つの王朝が興亡した。こちらを南朝と呼ぶ。同じく建康(建業)に都をおいた三国時代の呉、東晋と南朝の4つの王朝をあわせて六朝(りくちょう)と呼び、この時代を六朝時代とも呼ぶ。この時期、江南の開発が一挙に進み、後の隋や唐の時代、江南は中国全体の経済基盤となった。南朝では政治的な混乱とは対照的に文学や仏教が隆盛をきわめ、六朝文化と呼ばれる貴族文化が栄えて、陶淵明や王羲之などが活躍した。

 また華北では、鮮卑拓跋部の建てた北魏が五胡十六国時代の戦乱を収め、北方遊牧民の部族制を解体し、貴族制に基づく中国的国家に脱皮しつつあった。

李商隠にはほかにも「南朝(地険悠悠天険長)」と題する七言絶句がある。

 

 

〇一笑 笑みは美女の蠱惑(こわく)的な表情。周の幽王は寵愛する褒姐が笑ったことがないので、危急を知らせる煙火を燃やして諸侯を集めた。馳せ参じた人々が何事もないのにきょとんとしているのを見て褒姐が初めて「大笑」した。それを喜んでたびたび怪火を焚いたがもはや誰も集まらなくなって滅亡を招いたという話がある(『史記』周本紀)。白居易「長恨歌」にも楊貴妃について「陣を廻らせて一笑すれば百媚生ず」。

○相傾 前漢・李延年は「北方に佳人有り、絶世にして独立す。ひとたび顧みれば人の城を傾け、再び顧みれば人の国を傾く」とうたって、自分の妹を漢の武帝に薦め、妹は李夫人となって寵愛を受けた(『漢書』孝武李夫人伝)。「傾城」「傾国」の語は、歌の本来の意味は、美しい人を見ようとして町中、国中の人が一箇所に集中し、そのために町や国が文字通り傾いてしまうこと。

○荊棘 「荊」も「棘」もとげのある雑木。二字合わせると子音が重なる双声の語となる。呉の忠臣伍子背が呉王夫差に向かって諌めた言葉に、姦臣に囲まれていたら「城郭は丘墟となり、殿には荊棘生ぜん」(『呉越春秋』夫差内伝)とある。都城の荒廃をいうことと、荊は牛李闘争を示し、棘は宦官による宮廷内の執務の横暴、讒言による貶め、数々の暗殺、などを示す。

牛嶠《巻三48 柳枝五首 其三》『花間集』149全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5947

柳枝五首其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

長安㶚水は南北にぬけ、そこにかかる㶚橋から北に向かってずっと、そして橋から南に向かって、その塘陂には楊柳が植えられ、何千本何万本の枝を垂らしている。その枝は別れの時に“折楊柳”として旅立つ人の無事を祈るものだけれど、南朝宋の張緒のように平等にうまく、公平に無事を約束できるものではないので、折楊柳で見送られ、同じように出征して死んだ者からは恨まれるのである。

 

牛嶠《巻三48 柳枝五首 其三》『花間集』149全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5947

 

 

 
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花間集 教坊曲 『楊柳枝』二十四首

 

 

溫助教庭筠(温庭筠)

巻一

楊柳枝八首之一

館娃宮外鄴城西,

 

 

巻一

楊柳枝八首之二

宜春苑外最長條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之三

金縷毿毿碧瓦溝,

 

 

巻一

楊柳枝八首之四

御柳如絲映九重,

 

 

巻一

楊柳枝八首之五

織錦機邊鶯語頻,

 

 

巻一

楊柳枝八首之六

蘇小門前柳萬條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之七

牆東御路傍,

 

 

巻一

楊柳枝八首之八

兩兩黃鸝色似金,

 

 

皇甫先輩松(皇甫松)

巻二

楊柳枝二首其一

春入行宮映翠微

 

 

巻二

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時

 

 

牛給事嶠(牛嶠)

巻三

柳枝五首其一

解凍風來末上青,

 

 

巻三

柳枝五首其二

橋北橋南千萬條,

 

 

巻三

柳枝五首其三

狂雪隨風撲馬飛,

 

 

巻三

柳枝五首其四

王宮裡色偏深,

 

 

巻三

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,

 

 

張舍人泌(張泌)

巻四

柳枝一首

膩粉瓊粧透碧紗,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

柳枝三首  其一

軟碧瑤煙似送人,

 

 

巻六

柳枝三首  其二

瑟瑟羅裙金縷腰,

 

 

巻六

柳枝三首 其三

鵲橋初就咽銀河,

 

 

顧太尉(顧

巻七

楊柳枝一首 顧夐

秋夜香閨思寂寥,

 

 

孫少監光憲(孫光憲)

巻八

陽柳枝四首 其一

閶門風暖落花乾

 

 

巻八

陽柳枝四首 其二

有池有榭即濛濛,

 

 

巻八

柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,

 

 

巻八

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,

 

 

 

 

 

 

 


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牛嶠《巻三47 柳枝五首 其二》『花間集』148全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5942

牛嶠 枝五首 其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

(館娃宮跡は春景色に変わってきた別れを意味する柳は、此処でも宮女の物語をみとどけている、錢塘の蘇小小の門前の柳のもとで「結同心」で別れたが、一途な思いは、「蘇小小の墓」の松の下にまちがいなく結ばれているだろうと詠う。)

 

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柳枝五首其二

(館娃宮跡は春景色に変わってきた別れを意味する柳は、此処でも宮女の物語をみとどけている、錢塘の蘇小小の門前の柳のもとで「結同心」で別れたが、一途な思いは、「蘇小小の墓」の松の下にまちがいなく結ばれているだろうと詠う。)

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた館娃宮跡は春景色に変わってきて、そして春も盛り、木涜の塘隄の柳はますます色濃くなっている、そこには一叢と茂っているたくさんの柳枝にはシダレヤナギの新芽が金色に輝いて水面に映っているが、むかしから素足の美女を見届けた柳である。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

南斉の錢唐の妓女蘇小小の家の門前の柳で別れたが、死んでもなお想い人を待ち続けるから憤慨することなどないのだ、いまは、阮郎と連れ立って西陵の墓にある松の下で「結同心」の契りで結ばれていることだろう。

 

(柳枝五首其の二)

王 宮裡 色偏に深し,一簇 纖條 萬縷の金。

憤せず 錢塘の蘇小小,郎を引いて 松の下の「結同心」。

 

 

『柳枝五首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

柳枝五首其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

 

(下し文)

(柳枝五首其の二)

王 宮裡 色偏に深し,一簇 纖條 萬縷の金。

憤せず 錢塘の蘇小小,郎を引いて 松の下の「結同心」。

 

(現代語訳)

(館娃宮跡は春景色に変わってきた別れを意味する柳は、此処でも宮女の物語をみとどけている、錢塘の蘇小小の門前の柳のもとで「結同心」で別れたが、一途な思いは、「蘇小小の墓」の松の下にまちがいなく結ばれているだろうと詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた館娃宮跡は春景色に変わってきて、そして春も盛り、木涜の塘隄の柳はますます色濃くなっている、そこには一叢と茂っているたくさんの柳枝にはシダレヤナギの新芽が金色に輝いて水面に映っているが、むかしから素足の美女を見届けた柳である。

南斉の錢唐の妓女蘇小小の家の門前の柳で別れたが、死んでもなお想い人を待ち続けるから憤慨することなどないのだ、いまは、阮郎と連れ立って西陵の墓にある松の下で「結同心」の契りで結ばれていることだろう。

 

柳枝五首

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「楊柳枝」十五首を含む)単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

折楊柳が基本にあって、男の楊と女の柳を折り絡ませリーフを造り、出征する男の健康を願うものであるが、それが女の柳の枝だけであるというところに作者の意図を感じるものである。

柳枝五首其二

(館娃宮跡は春景色に変わってきた別れを意味する柳は、此処でも宮女の物語をみとどけている、錢塘の蘇小小の門前の柳のもとで「結同心」で別れたが、一途な思いは、「蘇小小の墓」の松の下にまちがいなく結ばれているだろうと詠う。)

 

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた館娃宮跡は春景色に変わってきて、そして春も盛り、木涜の塘隄の柳はますます色濃くなっている、そこには一叢と茂っているたくさんの柳枝にはシダレヤナギの新芽が金色に輝いて水面に映っているが、むかしから素足の美女を見届けた柳である。

王宮 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。・胥台【しょだい。】館娃宮 呉の宮殿の名。西施の居所。・古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置する。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、この詩の「裡色偏深」孫少監光憲、花間集巻八40の思越人二首 其一七句の「橫淥水」という表現につながる。

孫少監光憲       花間集巻八40 思越人二首 其一

           古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

           翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

           綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

           惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

○一簇 一叢,一群。草木が群れて茂っていること。

○纖條 繊細な枝。溫庭筠の表現では、毵毵 毛や柳の枝が細長く垂れ下がるさま。毛の長いさま。毛の長くふさふさとしたさま。 

細々と連なる糸筋。「一縷」細く、途切れずに続くさま。こまごまとしたさま。「縷言・縷述・縷説・縷陳・縷縷」ぼろ。「襤縷(らんる)

・萬條金線 極めてたくさんの枝の本数。新芽が金色に輝いているシダレヤナギの枝のこと。 

 

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

南斉の錢唐の妓女蘇小小の家の門前の柳で別れたが、死んでもなお想い人を待ち続けるから憤慨することなどないのだ、いまは、阮郎と連れ立って西陵の墓にある松の下で「結同心」の契りで結ばれていることだろう。

錢塘蘇小小 479年-約502年)中国南北朝的南斉時期,銭塘の著名な歌妓であった,蘇小小には玉台新詠み「西陵歌」

妾乘油壁車,郞乘靑踪馬。
何處結同心、西陵松柏下。
わたしは、赤い色をした轎に乗り。貴男は、あし毛の馬に乗っている。
どこで、契りを交わしましょうか。西陵の松柏の下で(契りましょう)。
(西陵歌)
〔わたくし〕は 油壁の車に乘り,郞〔あなた〕は 靑の馬に 乘る。
何處【いづこ】にか 同心を 結ばん、西陵の 松柏の下【もと】
妾乘油壁車、郞乘靑馬。
わたしは、赤い色をした轎に乗り。貴男は、あし毛の馬に乗っている。 
・妾 わたし。わたしめ。女性の謙譲を表す一人称。 ・乘 のる。 ・油壁車 赤い色をした漆塗りの轎。駕籠。 ・郞 貴男。 ・靑馬 葦毛の馬。青、白の毛の混じった馬。
何處結同心、西陵松柏下。
どこで、契りを交わしましょうか。西陵の松柏の下で(契りましょう)。 
・何處 どこで。 ・結同心 男女が契りを交わす。・西陵:地名。現・杭州の銭塘江の東の蕭山市。 ・松柏下:松や柏(はく。コノテガシワ)の繁っている木の下。松柏は、常緑樹で、変わらぬ誓いともとれ、また、墓場の樹木でもあり、偕老同穴の誓いともとれる。
南斉(南齊)時代、謝朓と同時期、銭塘の名妓。才色兼備の誉れが高かった。現・浙江省杭州市、「銭塘」のこと。唐代に「唐」字を避けて「錢唐」を「銭塘」とした。白楽天、杜牧、羅隱も詩の中に詠う。

後世、蘇小小については、
白居易 『楊柳枝』其五
蘇州
楊柳任君誇,更有錢塘勝館娃。
若解多情尋
小小綠楊深處是蘇家。

白居易 『楊柳枝』其六
蘇家小女舊知名,楊柳風前別有情。
剥條盤作銀環樣,卷葉吹爲玉笛聲。

白居易 『餘杭形勝』
餘杭形勝四方無,州傍靑山縣枕湖。
遶郭荷花三十里,拂城松樹一千株。
夢兒亭古傳
名謝,敎妓樓新道姓蘇
獨有使君年太老,風光不稱白髭鬚。

杜牧 『自宣城赴官上京』
瀟灑江湖十過秋,酒杯無日不淹留。
謝公城畔溪驚夢,
蘇小門前柳拂頭。
千里雲山何處好,幾人襟韻一生休。
塵冠挂卻知閒事,終擬蹉訪舊遊。

溫庭筠 楊柳枝八首其三
蘇小門前柳萬條,金線拂平橋。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
楊柳枝 (之一) 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-57-10-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1844


五代・梁・羅隱 『江南行』
江煙雨蛟軟,漠漠小山眉黛淺。
水國多愁又有情,夜槽壓酒銀船滿。
細絲搖柳凝曉空,呉王臺春夢中。
鴛鴦喚不起,平鋪綠水眠東風。
西陵路邊月悄悄,油碧輕車
蘇小小

牛嶠 『楊柳枝八首之一』
呉王宮裏色偏深,一簇纖條萬縷金。
不憤錢塘
蘇小小,引郎松下結同心。

李賀《蘇小小の墓》登場する蘇小小は、死んでもなお想い人を待ち続ける哀れな亡霊となって描き出されている。詩自体はあくまで美しく幻想的だが、昏く重い。この幻想と怪奇、耽美と死こそが李賀が昏い情熱を傾けたテーマであった。
と、多くの作品が作られている。
○引郎 貴男と一緒に行く。男を先導してゆく。

松下 蘇小小『西陵歌』「何處結同心、西陵松柏下。」にもとづく。
現在、杭州西湖畔(西北)に墳墓 がある。

結同心 同心結を結うこと。連環回文様式の絶対にほどけない結び方。また、同心結は、(男女の)ちぎりを結ぶことと。錢唐 蘇小(蘇小小)『西陵歌』「妾乘油壁車,郞乘靑踪馬。何處結同心、西陵松柏下。」(妾(わたくし)は 油壁の車に乘り,郞(あなた)は 靑の馬に 乘る。何處(いづこ)にか 同心を 結ばん、西陵の 松柏の下(もと)。)とみえる。蘇小小『西陵歌』ここでは、タペストリーのように寝牀の垂れ幕の中心にぶら下げ飾るということである。男女が契りを交わす。花間集では以下の詩に見える。

溫庭筠《巻一18       更漏子六首其四》「垂翠幕,結同心,待郎燻繡衾。

韋莊《巻二47清平樂四首》「羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。」

牛嶠《巻三47 柳枝五首 其二》「不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。」

牛嶠《巻四20菩薩蠻七首》寒天欲曙,猶結同心苣。」

毛文錫《巻五11中興樂》「豆花繁煙豔深,丁香軟結同心。

 

蘇小小の先祖は、かつて東晋の官吏であり、後に、蘇家は落ちぶれて銭塘に移った。

先祖から受け緒いだ財産で商売し、そこの裕福な商人となった。蘇家には女の子蘇小小ひとりしかおらず、両親から非常に可愛がられていた。体が弱々しくて小さいので、小小という名前を付けられた。蘇小小が十五歳の時、両親が亡くなった。仕方なく財産を換金して、乳母賈氏と一緒に城の西にある西冷橋のほとりに引越した。

彼女たちは松柏の林の中にある小さな別荘に住み、貯金で生活を維持し、美しい自然の中で楽しく日々を送っていた。少年たちは彼女の美しさに心を惹かれ、いつも彼女の馬車の周りにたむろしていた。両親からの束縛もなく、蘇小小は文人たちとの付き合いを楽しみ、自宅ではいつも詩の会を開いたりしていた。家の前は、いつも馬車や人で賑わい、蘇小小は銭塘の名妓になった。

ある日、蘇小小が外で遊んでいた時、一人のハンサムな青年・阮籍と出会った。二人は一目惚れとなり、阮籍は蘇小小の家を訪ね、その夜、彼女と一夜を明かした。その後二人は、一刻も離れることがなかった。毎日、景勝地に遊ぶというふうであった。しかし阮籍の父は、息子が銭塘の名妓といい加減に過ごしているという話を聞いて大いに腹立ち、彼を無理に巡業に帰らせた。蘇小小は、毎日愛人の帰りを待ったが、阮籍が戻ってくることはなかった。結局、蘇小小は病気で倒れてしまった。幸い蘇小小は、かたくなな性格の人ではなかった。また他の魅力的な若者が訪ねて来たこともあって、だんだん元のにぎやかな生活に戻った。

ある晴れた秋の日、湖のほとりで、彼女は阮籍と大変よく似た男性に出会った。身なりが質素で、表情はと見れば、すっかり気落ちしている。名を尋ねてみると鮑仁という。科挙の試験を受けるため都に赴こうとしたが、旅費が足りなくなったらしい。蘇小小は、この人が気位の高い人であり、必ず受かると思って鮑仁に旅費を与えた。鮑仁は大いに感動し再び大望雄志を胸に都に向かった。

当時、上江観察使の孟浪は、公用で銭塘に来ていた。官吏である身分で蘇小小の家を訪ねるのは不便なので、自宅に蘇小小を招待しようと何度も誘った結果、やっと彼女を迎えることができた。孟浪は意地悪をしようとして、庭の一本の梅を指し彼女に詩を吟じさせた。蘇小小はゆっくりと「梅花虫傲骨、怎敢敵春寒?若更分紅白、環須青眼看!」と吟じた。孟浪は敬服した。

ところが、美人には薄命が多い。蘇小小はその次の春、病気で亡くなった。ちょうどその時、鮑仁はすでに殿試に合格しており、滑州の長官に任命された。赴任の途中、蘇小小の所に立ち寄ったが、彼女の葬式には間に合った。鮑仁は、棺おけのわきで大声で位いた。そして彼女の墓の前に「銭塘蘇小小の墓」という碑を立てた。

牛嶠《巻三46 柳枝五首 其一》『花間集』147全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5937

柳枝五首 其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(後宮の池塘の柳は、春に芽吹いてから行き交う人を誘ってくる、毎年行き交う人にそうしていて、行き交う宮人の生涯を見届けている。)

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牛嶠 花間集 巻三 柳枝五首


花間集 巻四

女冠子四首 夢江南二首 感恩多二首

應天長二首 更漏子三首 望江怨一首

菩薩蠻七首 酒泉子一首 定西番一首

玉樓春一首 西溪子一首 江城子二首

 

5 牛嶠(生卒年未詳、)字は松脚、また二子虻峰という。院讐甘粛)の人。唐宰相牛僧指の子孫にあたるという。乾符五年(878)の進士。唐朝に仕えて、拾遺・補闕・校書即の官を歴任した。王建が節度使となって蜀(四川)を鎮めたとき、闢されて判官となった。

王建が蜀国を建ててから、蜀に仕えて給事中の官を拝した。よって牛給事とよばれている。博学で文学をよくし、詩歌においてはとくに名があらわれていた。ひそかに李賀(長吉)の歌詩を慕って、筆をとればただちにその詩風にならうことが多かったといぅ。詞はとくにその長ずるところで、女冠子詞の「繍帯芙蓉帳、金紋芍薬花」とか、菩薩蛮詞の「山月照山花、夢回鐙影斜」などはかれの佳句として知られていたといぅ。いわゆる花間沢とよばれる一派のなかで、況庭箔の詞風をうけてその辞句の美しきや情味の深いことでとくにすぐれた詞人である。集三十巻歌詩三巻があったというが今わずかに一部分が伝わるだけである。詞は花間集に三十二首を収めている。

 

 

柳枝五首

其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

 

其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

 

其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

 

其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

 

其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

 

 

牛嶠《巻三46 柳枝五首 其一》『花間集』147全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5937

 

 

(改訂版)《巻三46柳枝五首 其一》

柳枝五首其一

(後宮の池塘の柳は、春に芽吹いてから行き交う人を誘ってくる、毎年行き交う人にそうしていて、行き交う宮人の生涯を見届けている。)

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

正月の解凍水の時期も過ぎて、春風が優しく吹いてくると柳の梢にも青い目が噴出して、春は万物が目覚め成長する、そしてそこを通る人に、「もうそろそろ薄絹の上衣を脱衣しますわよ。早くいらして。」といっているようである。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

そして、その柳の並木道の柳の枝葉はしなやかな細い腰の女たちのように、後宮へ続く道にずっと揺れ動くのをやめないし、そして行き交う人の生涯を見続けているのである。

 

(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來りて 末上 青くなり,羅袖を解かんと垂なんとす、「拜卿卿」。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

 

『柳枝五首其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(下し文)
(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來りて 末上 青くなり,羅袖を解かんと垂なんとす、「拜卿卿」。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

(現代語訳)
(後宮の池塘の柳は、春に芽吹いてから行き交う人を誘ってくる、毎年行き交う人にそうしていて、行き交う宮人の生涯を見届けている。)

正月の解凍水の時期も過ぎて、春風が優しく吹いてくると柳の梢にも青い目が噴出して、春は万物が目覚め成長する、そしてそこを通る人に、「もうそろそろ薄絹の上衣を脱衣しますわよ。早くいらして。」といっているようである。

そして、その柳の並木道の柳の枝葉はしなやかな細い腰の女たちのように、後宮へ続く道にずっと揺れ動くのをやめないし、そして行き交う人の生涯を見続けているのである。



(訳注)

柳枝五首其一

柳枝

 

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。柳を詠い込んで、唐の長安・洛陽の民歌として作ったものからはじまり、後宮の池塘の柳を詠うことで、宮女の一生、女性の一生を詠うものと広げて行っている。。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがあるが、それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なることによって、曲調も当然ながら異なっている。

 

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「柳枝」九首を含む)皇甫松の詩は二首で、単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の絶句詞形をとる。

柳枝五首其一

解凍風來末上,解垂羅袖拜卿

無端裊娜臨官路,舞送行人過一


 

解凍 風來 末上青,解垂 羅袖 拜卿卿。

正月の解凍水の時期も過ぎて、春風が優しく吹いてくると柳の梢にも青い目が噴出して、春は万物が目覚め成長する、そしてそこを通る人に、「もうそろそろ薄絹の上衣を脱衣しますわよ。早くいらして。」といっているようである。

解凍 樹氷が溶けおちる。とける。古代にこの語を使っていない。落ちる。悟る。とおす。よくす。言い訳。解き明かし。悟り。楽章の一節。文体の名。・・・ゆるむ。明·王志堅《表異録》卷二「正月解凍水,二月白蘋水。・・・」

末上青 柳の梢の先に芽吹き始めたことをいう。少女から大人になることを示唆する。末は木梢、上は梢のあたり、全体的に、青は芽吹いてきたこと。 歐陽脩 

宋玉在《風賦》中寫道: “夫風生於地,起於青萍之末,

解垂 もう少しで解衣しそうなこと。もうそろそろ脱衣します。垂はまさに~しようとする。

卿卿 妻が夫を呼ぶ称。閨褥での言葉。南朝宋·劉義慶《世新語·惑溺》:“親卿愛卿,是以卿卿,我不卿卿,誰當卿卿?”

 

無端 裊娜 臨官路,舞送 行人 過一生。

その柳の並木道の柳の枝葉はしなやかな細い腰の女たちのように、後宮へ続く道にずっと揺れ動くのをやめない、そして行き交う人の生涯を見続けているのである。

無端 末端がない。何処までも終わりがないほど続く。

裊娜 嫋娜【じょうだ】 しなやかなさま。なよなよしたさま。

官路 朝廷の御門に通づる大道。
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