毛文錫 臨江仙
暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。
岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。
(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。
8毛文錫《巻五35臨江仙一首》『花間集』250全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6522
毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。
(改訂版Ver.2.1)
臨江仙
(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)
暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。
日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。
黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。
明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。
岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。
洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。
靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。
瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。
(江の仙【かみ】を臨む)
暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。
黃陵廟の側 水 茫茫たり。
楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。
岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。
靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。
(改訂版Ver.2.1)
『臨江仙』 現代語訳と訳註
(本文)
臨江仙
暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。
黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。
岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。
靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。
(下し文)
(江の仙【かみ】を臨む)
暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。
黃陵廟の側 水 茫茫たり。
楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。
岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。
靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。
(現代語訳)
(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)
日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。
明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。
洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。
瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。
(訳注)
(改訂版Ver.2.1)
臨江仙 一首
(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)
心情を直接表現した語は、わずかに「失絃凄切に」の」句のみである。「朱絃」は川音を蛾卓の弾く琴の弦に喩えている。その響きが「凄切」とは、慕う舜を失って湘の川に身を投げた娥・英の悲しみを表すとともに、宋玉『高唐賦』の瑤姫の楚王への「相思」、情愛を対比している。瀟湘八景の素晴らしい景色、三峡、巫峡、巫山の素晴らしい景色も同時に対比している。
瀟湘八景の項目でこの詩を分析したものを以下に示す。
瀟湘八景 | 瀟湘地方の八つの景勝 |
山市晴嵐 | 暮蟬聲盡落斜陽 |
漁村夕照 | 黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎 |
遠浦帰帆 | 黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎 |
瀟湘夜雨 | 煙雨隔高唐 |
煙寺晩鐘 | 楚山紅樹・靈娥皷琴韻清商・朱絃淒切 |
洞庭秋月 | 銀蟾影掛瀟湘 |
平沙落雁 | 雲散碧天長 |
江天暮雪 | 白蘋遠散濃香 |
臨江仙
『花間集』 には毛文錫の作が一首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。
臨江仙
暮蟬聲盡落斜陽 銀蟾影掛瀟湘
●○○●●○○ ○○●●○○
黃陵廟側水茫茫 楚山紅樹 煙雨隔高唐
岸泊漁燈風颭碎 白蘋遠散濃香
靈娥皷琴韻清商 朱絃淒切 雲散碧天長
張泌『臨江仙 一首』双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤のと同じ形をとっている。
煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。
五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。
翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。
古祠深殿,香冷雨和風。
○△○●○○● ○○●●○○
●○○●●○○ △△○● △△●△△
●●●△○●△ ○△●●○△ ○○●●●○△
●○△● ○△●△△
(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)
臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-349-7-#11 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292
花間集の臨江仙
・毛文錫 臨江仙一首
・牛希濟 臨江仙七首
・歐陽炯 臨江仙二首
・顧敻 臨江仙三首
・孫光憲 臨江仙二首
・魏承班 臨江仙二首
・閻選 臨江仙二首
・毛熙震 臨江仙二首
・李珣 臨江仙二首
暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。
日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。
○暮蟬聲盡 日暮蝉が鳴き盡す。
○銀蟾 月の別称。中国の古代伝説に拠れば、月には兎や蛤(ヒキガエル)が住むとされた。張泌『浣溪沙十首 其一』
鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。
花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。
浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】 ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242
銀は、ここでは月の輝きを形容する。韋荘『天仙子 其三』の「蟾彩」
蟾彩霜華夜不分。天外鴻聾枕上聞。
綉衾香冷懶重燻。
入寂寂、葉紛紛。
纔睡依前夢見君。
天仙子 其三 韋荘 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-272-5-#26 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2907
○瀟湘 瀟湘は湖南省長沙一帯の地域。洞庭湖と流入する瀟水と湘江の合流するあたりを瀟湘といい、古来より風光明媚な水郷地帯として知られる。湖南省洞庭湖にを流れこむ蒲水、湘水の二つの川の名をいう。ここでは洞庭湖南岸一帯の地を指す。湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では洣水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で溈水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、洣水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、溈水は西岸の支流である。
○銀蟾影掛瀟湘 劉禹錫《瀟湘神》「楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。」を連想させ、基づいて、次の三句に掛かって行く。
劉禹錫《瀟湘神》 | (瀟湘の神) |
斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。 | 斑竹の枝,斑竹の枝,涙痕 點點 相思を寄す。 |
楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。 | 楚客 聽かんと欲す 瑤瑟の怨を,瀟湘の深夜 月明の時。 |
・瀟湘神:詞牌の一。詞の形式名。『瀟湘曲』ともいう。詳しくは下記の「構成について」を参照。この作品がこの詞牌の起源になる。湘妃と斑竹の、亡き人を偲ぶ故事で、深い味わいを出している。後世、晩唐・温庭筠は『瑤瑟怨』で「冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。雁聲遠過瀟湘去,十二樓中月自明。」とうたう。
「斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。」
湘妃の涙で斑模様となった斑竹枝の笛、湘妃竹といわれるこの竹は舜帝の妃の娥皇と女英の二人が、帝を慕って湘水に身を投じて、川の神、湘靈、湘神となった。ここには、血涙の痕が転々と斑にあるような竹が生えだしたがこれは舜帝を思いやる証しである。
・斑竹枝:『瀟湘神』では、第一句を繰り返し、第二句は畳句となる。
・斑竹:斑文のある竹。湘妃竹のこと。湘妃とは、舜帝の妃・娥皇と女英の二人のこと。舜帝を慕って湘水に身を投じて、川の神(湘靈、湘神)となったという。竹との関係では舜帝が蒼梧(現・江西省蒼梧)で崩じた時に、娥皇と女英の二人の妃がここに来て深く嘆き悲しみ、流した涙が竹に滴り、その痕(あと)が竹に斑斑と残ったことから「斑竹」と謂われた。或いは、九嶷山で亡くなり、二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。杜甫の「山鬼迷春竹,湘娥倚暮花。湖南清絶地,萬古一長嗟。」のように。中唐・柳宗元の『漁翁』「夜傍西巖宿,曉汲清湘燃楚竹。煙銷日出不見人,欸乃一聲山水綠。迴看天際下中流,巖上無心雲相逐。」での「楚竹」に同じ。中唐・武元衡の『望夫石』に「佳人望夫處,苔蘚封孤石。萬里水連天,巴山暮雲碧。湘妃涙竹下成林,子規夜啼江水深。」とある。
・斑竹枝:斑竹で作った笛。
・涙痕:涙の痕。 ・點點:点々と。
・寄:よせる。手紙を差し出す。
・相思:異性を思いやる。或いは、相互に思う。
「楚客欲聽瑤瑟怨、瀟湘深夜月明時。」
楚の国から来た人は、瀟湘の川の上で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいとおもった。湖南省南部の川の流れに船を浮かべて、そう思った。深夜に月の明るく澄んでいる時のことである。
・楚客:楚の国から来た旅人。楚の人。ここでは、屈原をいう。また屈原と同様にその近く、常徳桃花源の附近をさすらう作者をいう。屈原のように流離う人。盛唐・崔國輔の『九日』に「江邊楓落菊花黄,少長登高一望鄕。九日陶家雖載酒,三年楚客已霑裳。」とあり、中唐・柳宗元の『柳州城西北隅種柑樹』に「手種黄柑二百株,春來新葉遍城隅。方同楚客憐皇樹,不學荊州利木奴。幾歳開花聞噴雪,何人摘實見垂珠。若教坐待成林日,滋味還堪養老夫。」とある。 ・欲:…たい。…ようとする。
・聽:(自分から聴き耳を立てて)聴く。 ・瑤瑟:美くしい玉でもって飾りを施された瑟。・瑟:おおごと。「琴瑟」「瑟琴」といえば夫婦和合のことをいうので、そのようなことの暗示もあろうか。
・怨:愛についての深い情念。深い思い。うらみ。ここでは、川の神(湘靈、湘神)湘妃の奏でる瑤瑟の凄艶さ、もの悲しさをいう。
・瀟湘:瀟水と湘水。湖南省を流れ、洞庭湖に注ぐ。湘水は、現在“湘江”という。画題によく用いられる 「山市晴嵐・漁村夕照・遠浦帰帆・瀟湘夜雨・煙寺晩鐘・洞庭秋月・平沙落雁・江天暮雪」を瀟湘地方の八つの景勝という。北宋の宋迪(そうてき)がこれを描いた。
黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。
明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。
○黄陵廟 舜の妃となった夷の二人の娘、娥皇と女英を祀った廟。湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。その地は今の湖南省湘陰の北、湘水のほとりに当たる。『臨江仙 一首』
煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。
五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。
翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。
古祠深殿,香冷雨和風。
臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】 ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292
○高唐 楚の宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。雲夢(湿地の名)にあった高台の名。
岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。
洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。
○風颭碎 風に揺れ砕けること。
○白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。
靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。
瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。
〇霊娥 舜の亡き後、湘水に身を投じて湘水の女神となった蛾皇、女英を指す。
○韻清商 湘水の流れの音を湘神となった蛾皇が水中で奏でる琴の音に喩えたもの。商は音律五音のうちの商の音。ここでは、清らかな音の意。
秋笛
清商欲盡奏,奏苦血沾衣。
他日傷心極,徵人白骨歸。
相逢恐恨過,故作發聲微。
不見秋雲動,悲風稍稍飛。
清苦にして哀愁のある音調。 ・商 秋、秋風。西の方角。星座のこと。五音階。「宮・商・角・徴・羽」隋・唐は中国史上で最も強大・安定し、音楽・絵画・書・舞踊・建築などが発展した。 音楽は「宮廷音楽(七部伎=清商伎・国伎・亀慈伎・安国伎・天竺伎・高麗伎・文康伎)」と 「民間音楽(山歌・小曲、器楽=琵琶・笙・笛などの演奏)」に二分される。
曹丕(曹子桓/魏文帝)詩 『燕歌行』
燕歌行
秋風蕭瑟天気涼、草木搖落露為霜、
羣燕辭帰雁南翔。
念君客遊思断腸、慊慊思帰戀故郷、
何為淹留寄他方。』
賤妾煢煢守空房、憂来思君不敢忘。
不覚涙下霑衣裳。
援琴鳴絃發清商、短歌微吟不能長。』
明月皎皎照我牀、星漢西流夜未央。
牽牛織女遥相望、爾獨何辜限河梁。』
燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 622 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1705
燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 623 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1709
燕歌行二首 其二 曹丕(魏文帝) 魏詩<5>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 女性詩624 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1713


















