玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

花間集 巻五 毛文錫

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

8毛文錫《巻五35臨江仙一首》『花間集』250全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6522

毛文錫  臨江仙   

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

8毛文錫《巻五35臨江仙一首》『花間集』250全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6522

 

 
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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 (改訂版Ver.2.1

臨江仙

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

 (改訂版Ver.2.1

『臨江仙』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

 

(下し文)

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

(現代語訳)

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

 

 

(訳注)
(改訂版Ver.2.1

臨江仙 一首

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

心情を直接表現した語は、わずかに「失絃凄切に」の」句のみである。「朱絃」は川音を蛾卓の弾く琴の弦に喩えている。その響きが「凄切」とは、慕う舜を失って湘の川に身を投げた娥・英の悲しみを表すとともに、宋玉『高唐賦』の瑤姫の楚王への「相思」、情愛を対比している。瀟湘八景の素晴らしい景色、三峡、巫峡、巫山の素晴らしい景色も同時に対比している。

 

瀟湘八景の項目でこの詩を分析したものを以下に示す。

瀟湘八景

瀟湘地方の八つの景勝

山市晴嵐

暮蟬聲盡落斜陽

漁村夕照

黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎

遠浦帰帆

黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎

瀟湘夜雨

煙雨隔高唐

煙寺晩鐘

楚山紅樹・靈娥皷琴韻清商・朱絃淒切

洞庭秋月

銀蟾影掛瀟湘

平沙落雁

雲散碧天長

江天暮雪

白蘋遠散濃香

 

臨江仙

『花間集』 には毛文錫の作が一首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

臨江仙

暮蟬聲盡落斜  銀蟾影掛瀟

  
黃陵廟側水茫  楚山紅樹  煙雨隔高

    

岸泊漁燈風颭碎  白蘋遠散濃

  

靈娥皷琴韻清  朱絃淒切  雲散碧天

    

張泌『臨江仙 一首』双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤のと同じ形をとっている。

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁

五雲雙鶴去無,幾迴魂斷,凝望向長

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波,花鬟月鬢綠雲

古祠深殿,香冷雨和

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(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

花間集の臨江仙

張泌          臨江仙一首

・毛文錫       臨江仙一首

・牛希濟       臨江仙七首

・歐陽炯       臨江仙二首

・顧          臨江仙三首

・孫光憲       臨江仙二首

・魏承班       臨江仙二首

・閻選          臨江仙二首

・毛熙震       臨江仙二首

・李珣          臨江仙二首

 

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

○暮蟬聲盡 日暮蝉が鳴き盡す。

○銀蟾 月の別称。中国の古代伝説に拠れば、月には兎や蛤(ヒキガエル)が住むとされた。張泌『浣溪沙十首 其一』

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242

銀は、ここでは月の輝きを形容する。韋荘『天仙子 其三』の「蟾彩」

蟾彩霜華夜不分。天外鴻聾枕上聞。

綉衾香冷懶重燻。

入寂寂、葉紛紛。

纔睡依前夢見君。

天仙子 其三 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-272-5-#26  漢文委員会kanbuniinkai頌之の漢詩ブログ2907

○瀟湘 瀟湘は湖南省長沙一帯の地域。洞庭湖と流入する瀟水と湘江の合流するあたりを瀟湘といい、古来より風光明媚な水郷地帯として知られる。湖南省洞庭湖にを流れこむ蒲水、湘水の二つの川の名をいう。ここでは洞庭湖南岸一帯の地を指す。湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、水は西岸の支流である

○銀蟾影掛瀟湘 劉禹錫《瀟湘神》「楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。」を連想させ、基づいて、次の三句に掛かって行く。

劉禹錫《瀟湘神》

(瀟湘の神)

斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。

斑竹の枝,斑竹の枝,涙痕 點點 相思を寄す。

楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。

楚客 聽かんと欲す 瑤瑟の怨を,瀟湘の深夜 月明の時。

・瀟湘神:詞牌の一。詞の形式名。『瀟湘曲』ともいう。詳しくは下記の「構成について」を参照。この作品がこの詞牌の起源になる。湘妃と斑竹の、亡き人を偲ぶ故事で、深い味わいを出している。後世、晩唐・温庭筠は『瑤瑟怨』で「冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。雁聲遠過瀟湘去,十二樓中月自明。」とうたう。

「斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。」

湘妃の涙で斑模様となった斑竹枝の笛、湘妃竹といわれるこの竹は舜帝の妃の娥皇と女英の二人が、帝を慕って湘水に身を投じて、川の神、湘靈、湘神となった。ここには、血涙の痕が転々と斑にあるような竹が生えだしたがこれは舜帝を思いやる証しである。

・斑竹枝:『瀟湘神』では、第一句を繰り返し、第二句は畳句となる。 

・斑竹:斑文のある竹。湘妃竹のこと。湘妃とは、舜帝の妃・娥皇と女英の二人のこと。舜帝を慕って湘水に身を投じて、川の神(湘靈、湘神)となったという。竹との関係では舜帝が蒼梧(現・江西省蒼梧)で崩じた時に、娥皇と女英の二人の妃がここに来て深く嘆き悲しみ、流した涙が竹に滴り、その痕(あと)が竹に斑斑と残ったことから「斑竹」と謂われた。或いは、九嶷山で亡くなり、二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。杜甫の「山鬼迷春竹,湘娥倚暮花。湖南清絶地,萬古一長嗟。」のように。中唐・柳宗元の『漁翁』「夜傍西巖宿,曉汲清湘燃楚竹。煙銷日出不見人,欸乃一聲山水綠。迴看天際下中流,巖上無心雲相逐。」での「楚竹」に同じ。中唐・武元衡の『望夫石』に「佳人望夫處,苔蘚封孤石。萬里水連天,巴山暮雲碧。湘妃涙竹下成林,子規夜啼江水深。」とある。 

・斑竹枝:斑竹で作った笛。

・涙痕:涙の痕。 ・點點:点々と。

・寄:よせる。手紙を差し出す。 

・相思:異性を思いやる。或いは、相互に思う。

「楚客欲聽瑤瑟怨、瀟湘深夜月明時。」

楚の国から来た人は、瀟湘の川の上で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいとおもった。湖南省南部の川の流れに船を浮かべて、そう思った。深夜に月の明るく澄んでいる時のことである。 

・楚客:楚の国から来た旅人。楚の人。ここでは、屈原をいう。また屈原と同様にその近く、常徳桃花源の附近をさすらう作者をいう。屈原のように流離う人。盛唐・崔國輔の『九日』に「江邊楓落菊花黄,少長登高一望鄕。九日陶家雖載酒,三年楚客已霑裳。」とあり、中唐・柳宗元の『柳州城西北隅種柑樹』に「手種黄柑二百株,春來新葉遍城隅。方同楚客憐皇樹,不學荊州利木奴。幾歳開花聞噴雪,何人摘實見垂珠。若教坐待成林日,滋味還堪養老夫。」とある。 ・欲:…たい。…ようとする。 

・聽:(自分から聴き耳を立てて)聴く。 ・瑤瑟:美くしい玉でもって飾りを施された瑟。・瑟:おおごと。「琴瑟」「瑟琴」といえば夫婦和合のことをいうので、そのようなことの暗示もあろうか。 

・怨:愛についての深い情念。深い思い。うらみ。ここでは、川の神(湘靈、湘神)湘妃の奏でる瑤瑟の凄艶さ、もの悲しさをいう。

・瀟湘:瀟水と湘水。湖南省を流れ、洞庭湖に注ぐ。湘水は、現在“湘江”という。画題によく用いられる 「山市晴嵐・漁村夕照・遠浦帰帆・瀟湘夜雨・煙寺晩鐘・洞庭秋月・平沙落雁・江天暮雪」を瀟湘地方の八つの景勝という。北宋の宋迪(そうてき)がこれを描いた。

 

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

○黄陵廟 舜の妃となった夷の二人の娘、娥皇と女英を祀った廟。湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。その地は今の湖南省湘陰の北、湘水のほとりに当たる。『臨江仙 一首』

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

○高唐 楚の宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。雲夢(湿地の名)にあった高台の名。

 

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

○風颭碎 風に揺れ砕けること。

○白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。

 

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

〇霊娥 舜の亡き後、湘水に身を投じて湘水の女神となった蛾皇、女英を指す。

○韻清商 湘水の流れの音を湘神となった蛾皇が水中で奏でる琴の音に喩えたもの。商は音律五音のうちの商の音。ここでは、清らかな音の意。

秋笛
清商欲盡奏,奏苦血沾衣。
他日傷心極,徵人白骨歸。
相逢恐恨過,故作發聲微。
不見秋雲動,悲風稍稍飛。

清苦にして哀愁のある音調。 ・商 秋、秋風。西の方角。星座のこと。五音階。「宮・商・角・徴・羽」隋・唐は中国史上で最も強大・安定し、音楽・絵画・書・舞踊・建築などが発展した。 音楽は「宮廷音楽(七部伎=清商伎・国伎・亀慈伎・安国伎・天竺伎・高麗伎・文康伎)」と 「民間音楽(山歌・小曲、器楽=琵琶・笙・笛などの演奏)」に二分される。
曹丕(曹子桓/魏文帝)詩 『燕歌行』 
燕歌行
秋風蕭瑟天気涼、草木搖落露為霜、
羣燕辭帰雁南翔。
念君客遊思断腸、慊慊思帰戀故郷、
何為淹留寄他方。』
賤妾煢煢守空房、憂来思君不敢忘。
不覚涙下霑衣裳。
援琴鳴絃發清商、短歌微吟不能長。』
明月皎皎照我牀、星漢西流夜未央。
牽牛織女遥相望、爾獨何辜限河梁。

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 622 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1705

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 623 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1709

燕歌行二首 其二 曹丕(魏文帝) 魏詩<5>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 女性詩624 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1713

8毛文錫《巻五50巻五16甘州遍二首其二》『花間集』249全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6517

毛文錫  甘州遍二首其二   

秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。青塚北,黑山西。

沙飛聚散無定,往往路人迷。鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。鳳皇詔下,步步躡丹梯。

(西域の雅楽「甘州子」の生まれた辺境の辺りの過去の様々な悲劇と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになったと詠う。)北の辺境には秋風が吹けば身をちじめる緊縮頃である。北の砂漠地帯では、雁が列をなして南の地平線に低く飛ぶ。鉛色の空重なりあった雲がどこまでも続く。ここに吹き付ける風は、蕭々ともの悲しく、颯々と音を起てて強く吹く、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族の侵略を征圧する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、そこで鳴る角笛と軍鼓を鳴らし大声をあげて攻めることが心配事である。ここには、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、立派に役割を果たし、皇帝と共に青塚に葬られたし、また唐遣大将薛仁、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。砂漠の砂は飛び散り又集まり、山を造るが、定まらず、だからここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。ここの寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍るし、戦いは人馬の血に溢れ、蹄鉄餅も染まり、凝固してしまう、そうなれば異民族の地、一帯の谷間には人馬の死骸で埋め尽くされる。鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐる。

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7毛文錫《巻五33巫山一段雲一首》『花間集』234全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6442

毛文錫  巫山一段雲一首  

雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 

巫山一段雲

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

 

 

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

 

『巫山一段雲一首』 現代語訳と訳註

(本文)

巫山一段雲一首

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

 

 

(下し文)

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

 

 

(現代語訳)

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

 

 (訳注)

巫山一段雲一首

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

【解説】 巫山の神女の故事を詠う。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、.坐山の神女の故事に思いを馳せる。

巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。

 

唐の教坊の曲名。『花問集』には三首所収。毛文錫の作は.首収められている。双調四十四字、前後段二十二字四句三平韻で、5⑤⑦⑤/5⑤⑦⑤の詞形をとる。

雨霽巫山上  雲輕映碧天  遠峯吹散又相  十二晚峯
暗濕啼猿樹  高籠過客  朝朝暮暮楚江  幾度降神

●●○○●  ○△●●○  ●○△●●△○  ●●●○○

●●○○●  ○△△●○  ○○●●●○○  △●△○○

 

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

○巫山 今の四川省巫山県の東にある山。その辺りは三峡の一つの巫峡。巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

温庭筠『河瀆神三首(其一)』

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

河瀆神 三首其一 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞Gs-362-1-#68 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3357

張泌『浣渓沙十首(其三)』 

獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

浣渓沙 十首 其三 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-341-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3252

神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。

韋荘『望遠行』「欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。  人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

謁巫山廟 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-242-108-#98  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

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遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

〇十二晩峯 夕暮れ時の巫山の十二の峯々。夕暮れ時の巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

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暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

○囁猿 古くから三峡の問は、両岸の山々に高木が茂り、船で通過する問、手長猿の鳴き声の絶えることがなく、旅人はそれを聞くと誰もが望郷の念を抱いたと言う。

 

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

〇朝朝暮暮 朝な夕なに。楚の懐土が高唐に遊び夢の中で巫山の神女と情を交わした故事を踏まえる前述 韋荘『望遠行』「雲雨別来易東西」の注参照。

○楚江 ここでは長江のこと。

○神仙 ここでは楚の懐王の夢に現れて懐壬と情を交わした巫山の神女を指す。前述 韋荘『望遠行』参照。

宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」

7毛文錫《巻五32何滿子一首》『花間集』233全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6437

毛文錫  河滿子  

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

(秋には月明かりのもとで愛され、春には鶯が啼き、愛された、公孫は、北の守りに遼陽に行ったきり音沙汰ない、それでもただ待つだけ、春爛漫には恨みが増すと気持ちを詠う。)

秋には、頬紅を付けて寝殿前の庭に出れば月明かりに照らされる。春には東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合う。そのお方は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまい、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならない。また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまうが、王孫は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけている。

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妓女は買われてくると、歌舞や酒席での遊戯などを習い、少しでも怠けると仮母に激しく鞭打たれたり殴られたりし、成人に達すると客を取り銭を稼がされた。彼女たちは行動の自由がなく、平生は勝手に門を出ることもできなかった。平康里の妓女は僧が道でお経を講ずるのを最も待ち望んだ。僧が来ると、仮母に千文納めて機を見て外出し、半日間自由の空気を吸うことができたからである。

宴会や遊戯の席

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平康里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取らねばならなかった。南曲の張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を騙した。陳は処女を得たと思い、さらに三緡(一緡は銅銭一千枚)を張家にやった。その他、買断という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一緒を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

 

少し有名な妓女はなじみの客を多くよぶことができたので、豪門や富貴の客から大量の銭と品物が仮母の懐に入った。これらの妓女の生活は一般にかなり裕福であり、賛沢ですらあった。また、ある妓女は仮母に大量の金を儲けさせたが、仮母はいぜんとして彼女にひどく辛くあたった。たとえば楊莱児は仮母にたっぷり金を儲けさせたが、仮母は彼女を虐待した。それで、莱児は身請けされて行く時、仮母を大いに罵り衣を払って去った。やっと鬱憤を晴らしたのである。下層妓女の収入はたいへん少なく、生活はきわめて苦しかった。張住住の家の場合は、抱えている二人の妓女が売れなかったので、置屋は没落し、雑貨を売って生活しなければならなかった。

教坊籍に入らない妓女は官府の統制下になかったので、客から身請けされ堅気となって嫁すことができた。「落籍」の費用は地位によって異なっており、先に述べた王福娘の請け値は 〝一、二百金″であった。これはだいたい中等の値段であり、妓女の標準の値段であった。唐代の小説『李娃伝』の主人公李姓は堅気になろうとして、二十年間の衣食代を自分の貯えた金の中から仮母に返し、身請けされた。この金額は決して少なくはなかったはずである。こうしたことは現実にはそう多いことではなかったであろう。なぜなら、かりに名高い妓女でも普通はこれほど多くのへそくりを工面することは難しかったからである。身請けの大部分は客が見初めたものであって、彼女たちの意志ではどうすることもできなかった。しかし、長安の妓女は総じて地方官妓に比べるといくらか主体性を持っていた。たとえば、王福娘は挙子(科挙受験生)の孫薬を見初め、彼に落籍を頼んだ。また、睦州刺史の柳斉物は名妓の矯陳を好きになった。彼女はそれに応えて「もし科挙に合格して錦帳三十枚をくださるなら、一生お仕えいたします」と答えた。柳斉物は果たして錦帳を数通りそろえて彼女を迎えにきたので、彼女は柳家に嫁いだ(『因話録』巻一。何はともあれ、無理に落籍されたり贈答の具に供されたりするのに比べたらずっとマシであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河滿子』六首

 

 

作者名/


初句

 

 

毛司徒文錫

巻五

河滿子一首

紅粉樓前月照

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

河滿子二首 其一

正是破瓜年幾,

 

 

巻六

河滿子二首 其二

寫得魚牋無限,

 

 

孫少監光憲

巻八

河滿子一首

冠劍不隨君去,

 

 

毛秘書熙震

巻十

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,

 

 

巻十

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河滿子

(秋には月明かりのもとで愛され、春には鶯が啼き、愛された、公孫は、北の守りに遼陽に行ったきり音沙汰ない、それでもただ待つだけ、春爛漫には恨みが増すと気持ちを詠う。)

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。

秋には、頬紅を付けて寝殿前の庭に出れば月明かりに照らされる。春には東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合う。

夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

そのお方は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまい、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならない。

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまうが、王孫は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけている。

 

(河滿子)

紅粉 樓前にあって 月照す,碧紗 外 鶯啼く。

夢斷 遼陽 音信,那ぞ獨り空閨を守るを堪えん。

恨むは百花時節に對し,王孫 綠草 萋萋たり。

 

 

『河滿子』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。

夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

 

(下し文)

(河滿子)

紅粉 樓前にあって 月照す,碧紗 外 鶯啼く。

夢斷 遼陽 音信,那ぞ獨り空閨を守るを堪えん。

恨むは百花時節に對し,王孫 綠草 萋萋たり。

 

(現代語訳)

(秋には月明かりのもとで愛され、春には鶯が啼き、愛された、公孫は、北の守りに遼陽に行ったきり音沙汰ない、それでもただ待つだけ、春爛漫には恨みが増すと気持ちを詠う。)

秋には、頬紅を付けて寝殿前の庭に出れば月明かりに照らされる。春には東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合う。

そのお方は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまい、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならない。

また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまうが、王孫は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけている。

 

(訳注)

河滿子

(秋には月明かりのもとで愛され、春には鶯が啼き、愛された、公孫は、北の守りに遼陽に行ったきり音沙汰ない、それでもただ待つだけ、春爛漫には恨みが増すと気持ちを詠う。)

公孫は、妓女が求める「買断」をして、囲い独占して遊んだ。妓女は一時であっても安心できる条件を求める。うまくいけば妾の末席でも花街の将来はないので喜ばしいことであった。

唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、毛文錫は一首所収。単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。

紅粉樓前月照  碧紗窓外鶯
夢斷遼陽音信  那堪獨守空
恨對百花時節  王孫綠草萋

○●○○●●  ●○○●○○

△●○○○△  △○●●△○

●●●○○●  △○●●○○

 

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。

秋には、頬紅を付けて寝殿前の庭に出れば月明かりに照らされる。春には東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合う。

○樓前 寝殿前の庭。

○碧紗 東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外

 

夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

そのお方は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまい、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならない。

○遼陽 遼陽は古代より遼東における中華帝国の中心であった軍事上の重要都市である。

遼陽 遼陽はかつて襄平と称し、この地方一帯を中国が支配する上での中心地となっていた。戦国時代には燕の遼東郡の中心地だった。秦は遼東郡の郡治をここに置き、前漢・後漢の頃に領土が東へ拡大した時期は玄菟郡に属した。404年、高句麗が襄平を占領し、遼東府と改名した。唐が高句麗を滅ぼし(麗唐戦争)て置いた安東都護府は、後に所在地を平壌から襄平に移している。907年建国の遼時代に遼陽と改名され、遼の副都(陪都)・東京遼陽府となった。遼の後の金も東京遼陽府を副都としている。この時期東京にいた皇族の烏禄は、第4代皇帝海陵王に反抗する勢力に擁立され海陵王を滅ぼし、第5代皇帝・世宗として即位、遼陽に白塔などを建設した。・陽:1 日。日の光。「陽光/斜陽・春陽・夕陽・太陽・朝陽・落陽」2 ひなた。山の南側。川の北側。「山陽・洛陽(らくよう)3 明るく暖かい。「陽春」4 うわべをいつわる。

 

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまうが、王孫は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけている。

○王孫 1 帝王の子孫。また、貴族の子弟。2 ツクバネソウの別名。4枚の葉の中心部に黒い果実が付く様子を羽根つきの羽に例えたものであるが、ユリ科の植物としては似つかわしくない姿をしている。花の特徴: 茎先から花の柄を出し、先に淡い黄緑色の花を1つつける。 花には内花被片はなく、4枚の緑色の幅広い外花被片が垂れ下がる。 雄しべは8本である。 雌しべは1本で、先が4つに裂ける。

綠草萋萋 綠草は萌える愛という意味を持つ。萋萋:草木の茂っているさま。さいさい。ここでは数ある草草の中で選ばれ、嫁ぐ詩経のイメージを借り、どこかの娘にこえをかけているというほどの意味。

《詩経·周南·葛覃》

葛之覃兮、施于中谷。

維葉萋萋、黄鳥于飛。

集于灌木、其鳴嘴嘴。

葛の覃(の)びるや、中谷に施(うつ)る。

維(こ)れ葉 萋萋たり、黄鳥于(ここ)に飛ぶ。  

灌木に集(つど)ひ、其の鳴くこと嘴嘴(かいかい)たり。

 

葛之覃兮,旋于中谷。

維葉莫莫,是刈是煮。

為綺為谷,服之無厭。

葛の覃びるや、中谷に旋る。

維れ葉 莫莫たり、是れ刈り 是れ煮(に)て。

綺(ち)と為し谷(げき)と為し、之を服して厭(いと)ふことなし。

 

言告師氏,言告言歸。

薄汗我私,薄澣我衣。

害澣害否,歸寧父母。

言(われ)師氏に告げらる、言(ここ)に告げらる 言に歸(とつ)ぐと。

薄(しば)らく我が私を汗(あら)ひ、薄らく我が衣を澣(すす)がん。

害(いづ)れか澣(すす)ぎ 害れか否(しかせ)ざらん、歸(とつ)ぎて父母を寧(やす)んぜん。

 

葛のツルが伸びて、谷間を覆っている、その葉は青々として、黄鳥が飛んでくるや、灌木に群がっては、皆々として鳴く

 

葛のツルが伸びて、谷間を覆っている、その葉は生い茂り、刈り取って煮て、糸となしても衣となしても、あるいは食べても飽きることがない

 

 わたしは先生から告げられました、この家に嫁ぐのだと告げられました、だから身を洗い、着ている衣も洗いましょう、どれを洗いどれを洗わぬか良く考えましょう、立派な嫁になって両親を安心させてあげましょう

7毛文錫《巻五31應天長一首》『花間集』232全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6432

毛文錫  應天長一首  

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

平らかに大江の波は暖かな日には、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

7毛文錫《巻五31應天長一首》『花間集』232全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6432

 

 
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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

應天長

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。

平らかに大江の波は暖かな日には、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

應天長一首

平江 波暖かく 鴛鴦語り,兩兩らる釣【ちょうせん】 極浦【きょくほ】に歸る。

蘆州【ろしゅう】一夜 風 雨に和し,淺沙を起き飛びて 雪鷺【せつろ】翹。

漁燈 遠渚【えんちょ】明く,蘭棹【らんとう】今宵【こんしょう】何處なるか。

羅袂【らべい】風に從いて輕やかに舉がり,愁殺【しゅうさい】あり 採蓮の女にも。

 

『應天長 一首』 現代語訳と訳註

(本文)

應天長一首

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。

蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。

羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

 

(下し文)

應天長一首

平江 波暖かく 鴛鴦語り,兩兩らる釣舡【ちょうせん】 極浦【きょくほ】に歸る。

蘆州【ろしゅう】一夜 風 雨に和し,淺沙を起き飛びて 雪鷺【せつろ】翹。

漁燈 遠渚【えんちょ】明く,蘭棹【らんとう】今宵【こんしょう】何處なるか。

羅袂【らべい】風に從いて輕やかに舉がり,愁殺【しゅうさい】あり 採蓮の女にも。

 

 

(現代語訳)

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

平らかに大江の波は暖かな日には、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

 

 

(訳注)

應天長 一首

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

前段、平らで暖かな水に浮かぶ鴛鴦(オシドリ)が囁き交わすさまは、仲睦まじく語り合っていたことをいう男女を象徴している。その夜の吹き降りは、男が別れていくのを見送った後の女性の静まらぬ心を示し、首を高くもたげて飛び立とうとしている白鷺は、すぐにも男のもとに飛んで行きたいという女の思いを象徴している。後段は、遠くの岸辺にあって漁をする舟の漁火を見て、あの人の乗る舟ほどのあたりかしらと男を思いやる女性の情について述べ、薄絹を風になびかせ、採蓮する娘たちにも愁いはある。愁いに沈む女の姿を描く。

應天長

『花間集』には毛文錫の作が一首収められている。双調五十字、前段二十八字四句三仄韻、後段二十二字四句四仄韻で、❼❼7❼/❺❻❻❺の詞形をとる

應天長一首

平江波暖鴛鴦  兩兩釣舡歸極
蘆州一夜風和雨  飛起淺沙翹雪
漁燈明遠  蘭棹今宵何
羅袂從風輕  愁殺採蓮

○○○●○○●  ●●●○○●●

○○●●△△●  ○●△△△●●

○○○●●  ○●○○△●

○●△△△●  ○●●△●

 

韋荘(韋相莊)          應天長二首

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牛嶠(牛給事嶠)       應天長二首

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毛文錫(毛司徒文錫) 應天長一首

應天長一首

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

(顧太尉       應天長一首

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平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。

平らかに大江の波は暖かな日に、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

○平江 平らに広がる川。増水、洪水の状況ではないこと。

釣舡 

○極浦 遠い果ての岸。ここではい遙かな対岸を指す。

 

蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

○蘆州 蘆(あし)の生える州()

風和雨 吹き降りを言う。

○翹 あげる。鳥の尾羽のように、高くかかげる。つまだてる。つま先だって背を高くする。 特に秀でた人。また、特にすぐれているさま。ぬきんでる。ここでは背を伸ばして高く首を挙げること。

 

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

○蘭棹 蘭で作った船の棹。ここでは意中の男の乗る船を指す。

 

羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

○愁殺 この上ない愁いに誘う。穀は強調を表す。

○採蓮女 年若い女が腕と素足を出して採蓮する。それを秋の行楽として色町の女とお客の者たちが見学するという、年齢差を感じさせる語のひとつである。

羅袂 閨で着る薄絹の透けて見える上着の袖口のひろがったもの。

《木蘭花》

獨上小樓春欲暮、愁望玉関芳草路。

消息断、不逢人。却斂細眉歸繍戸。

坐看落花空歎息、羅袂斑紅涙滴。

干山萬水不曾行、魂夢欲教何覓。

(木蘭花)

獨り小樓に上れば春暮れんと欲し、愁望す 玉関芳草の路。

消息 断え、人に逢はず。却って細き眉を斂【ひそ】めて 繍戸に歸る

坐ろに落花を看て 空しく歎息し、羅袂【らべい】湿れて斑【まだら】に紅涙 滴たる。

千山萬水 曾て行かず、魂夢は何處に覓【もと】めしめんと欲す。

坐看落花空歎息、羅袂斑紅涙滴。

約束の春をはじめてまつ者は、次第にただ漫然として散る花を見て、むなしくため息を漏らすことになり、薄絹のたもとは涙で堕ちた頬紅が点々と濡らすことになる。

・羅袂 帰ってきたら閨で着る薄絹の透けて見える上着の袖口。帰って来ると思って閨で着て涙する。唐代の女性の服装は、まさに社会の風気が開放的になるに従って自由となり、益々拘束がなくなっていったのである。家庭での服装については、私たちは唐代の絵画の中に見ることができる。たとえば、有名な永泰公主の墓の壁画の中に見られる女性などは、たいてい上着も下着も太めにゆったり美しいが、しかし胸も乳も露わにされているのである。

7毛文錫(改)《巻五30訴衷情二首其二》『花間集』231全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6427

毛文錫  訴衷情二首其二  

鴛鴦交頸衣輕,碧沼藕花馨。隈藻,映蘭汀,和雨浴浮萍。思婦對心驚,想邊庭。何時解珮掩雲屏,訴衷情。

(寵愛を受けることはどんなに素晴らしいことか、しかし、過ぎ去ってみれば、それは浮草のように儚い。それでも、妃嬪は、寵愛を待ち続けると詠う)

鴛鴦のように、頭を絡み合わせ、刺繍の衣も軽く薄いもの身に着ける、その池のふちの緑の澄んだ水に浮ぶ蓮の葉のように揺れ、蓮の花の香りに満たされる。縁の奥まったところに浮ぶ水草とじゅんさいのように、水際の蘭の花の様に水面に影を映し、雨はその場に調和し、浮遊の白蘋を水浴させている。男が女を思う気持ちというのは浮草のようなもので驚いている、いま、想うのは、鴛鴦が遊び、蓮の葉のように揺れたあの水辺の庭出来事。何時になったらまた帯をといて、雲母の絵屏風に囲まれて過ごすことができるのやら、あの人に愛されたい、うそいつわりのない心をわかってほしい。

7毛文錫()《巻五30訴衷情二首其二》『花間集』231全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6427

 

 
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7毛文錫(改)《巻五29訴衷情二首其一》『花間集』230全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6422

毛文錫  訴衷情二首其一  

桃花流水漾縱橫,春晝彩霞明。劉郎去,阮郎行,惆悵恨難平。愁坐對雲屏,算歸程。何時攜手洞邊迎,訴衷情。

(春の日、寵愛を一手に受けていたが、劉郎や阮郎がしたように、妃嬪は寵愛を失った。しかし、何時か再び寵愛を受けることを願って毎日準備している、と誠意を訴えると詠ったもの)桃の花が咲き、落ちた花弁は流れに乗ってゆきゆらゆら揺れて流れてゆく。春の昼下がりをのんびりと過ごし、夕焼けが明るく綺麗である。久しぶりに来ていた劉郎みたいに去り、出たら帰ってこない阮郎みたいに行ってしまう、恨み嘆いているばかりで、寵愛を失ってそれを和らげようとしても、それはどうしようもない。愁いはつのり、所縁の雲母の屏風の前に坐る、帰ってくれる日程を計算し、唯、それを繰り返す。そして、何時か、この奥まった冷宮の閨から手を携えて迎えてくれるだろうか、うそいつわりのない心をわかってほしい。

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7毛文錫《巻五28戀情深二首其二》『花間集』229全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6417

毛文錫  戀情深二首其二  

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。羅裙窣地縷黃金,奏清音。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。永作鴛鴦伴,戀情深。

(花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まり、酒宴は酣になり、やがて終わるころには、その日から寵愛を受け、久しく寵愛を受けることになる。妃嬪は、この夜、深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)其の二  寝殿は耀ける宮殿、いま花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まってくる。うす絹の巻きスカートで踊ると突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められる、清らかな音楽を奏でる。音楽が盛り上がるほど、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。それから、一人の妃嬪の微笑が君王の心をとらえ、動かす。その夜から、とこしえに鴛鴦が一緒にいるようになり、深く愛し合い、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

7毛文錫《巻五28戀情深二首其二》『花間集』229全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6417

 

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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毛文錫  戀情深二首

 

戀情深二首其一

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)其の一

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。

寶帳欲開慵起,戀情深。

宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

戀情深二首其一

滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。

宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。

真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。

寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し。

 

 

戀情深二首其二

(花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まり、酒宴は酣になり、やがて終わるころには、その日から寵愛を受け、久しく寵愛を受けることになる。妃嬪は、この夜、深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)其の二

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

寝殿は耀ける宮殿、いま花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まってくる。

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

うす絹の巻きスカートで踊ると突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められる、清らかな音楽を奏でる。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

音楽が盛り上がるほど、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。それから、一人の妃嬪の微笑が君王の心をとらえ、動かす。

永作鴛鴦伴,戀情深。

その夜から、とこしえに鴛鴦が一緒にいるようになり、深く愛し合い、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

戀情深二首其の二

玉殿 春濃く花爛熳なり,神仙簇り伴う。

羅裙 窣地 縷の黃金,清音を奏ず。

酒闌わ 歌罷めば兩 沉沉たり,一笑は君の心を動かす。

永作す 鴛鴦伴い,戀情深し。

 

 

『戀情深二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

戀情深二首其二

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

永作鴛鴦伴,戀情深。

 

(下し文)

戀情深二首其の二

玉殿 春濃く花爛熳なり,神仙簇り伴う。

羅裙 窣地 縷の黃金,清音を奏ず。

酒闌わ 歌罷めば兩 沉沉たり,一笑は君の心を動かす。

永作す 鴛鴦伴い,戀情深し。

 

(現代語訳)

(花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まり、酒宴は酣になり、やがて終わるころには、その日から寵愛を受け、久しく寵愛を受けることになる。妃嬪は、この夜、深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)其の二

寝殿は耀ける宮殿、いま花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まってくる。

うす絹の巻きスカートで踊ると突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められる、清らかな音楽を奏でる。

音楽が盛り上がるほど、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。それから、一人の妃嬪の微笑が君王の心をとらえ、動かす。

その夜から、とこしえに鴛鴦が一緒にいるようになり、深く愛し合い、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

(訳注)

戀情深二首其二

(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻一仄韻、後段二十一字四句三平韻で、❼4⑦③/❼⑤6③の詞形をとる。

滴滴銅壺塞漏  醉紅樓月  宴餘香殿會鴛  蕩春
真珠簾下曉光  鶯語隔瓊林  寶帳欲開慵起  戀情

●●○○●●△  ●○○●  ●○○●●○○  ●○○

○○○●●△△  ○●●○○  ●●●○○●  ●○△

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻二仄韻、後段二十字四句二平韻二仄韻で、❼❹⑦③/⑦⑤❺❸の詞形をとる。

玉殿春濃花爛  簇神仙  羅裙窣地縷黃   奏清
酒闌歌罷兩沉  一笑動君  永作鴛鴦  戀情

●●○○○●●  ●○○●  ○○●●●○○  ●○○

●○○△●○○  ●●●○○  ●●○○●  ●○△

 

 

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

寝殿は耀ける宮殿、いま花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まってくる。

玉殿 (1).殿の美称。 (2).朝廷,天子のこと。 (3).伝説中天界神仙の殿。

 

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

うす絹の巻きスカートで踊ると突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められる、清らかな音楽を奏でる。

窣地 突然のように地面に。

縷[音]ル(呉)(漢)1 細々と連なる糸筋。「一縷」2 細く、途切れずに続くさま。こまごまとしたさま。「縷言・縷述・縷説・縷陳・縷縷」3 ぼろ。「襤縷(らんる)

 

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

音楽が盛り上がるほど、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。それから、一人の妃嬪の微笑が君王の心をとらえ、動かす。

闌【酣/たけなわ】とは。行事・季節などが最も盛んになった時。盛りが極まって、それ以後は衰えに向かう時。また、そのようなさま。真っ盛り。真っ最中。

 

永作鴛鴦伴,戀情深。

その夜から、とこしえに鴛鴦が一緒にいるようになり、深く愛し合い、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

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毛文錫  戀情深二首其一  

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。寶帳欲開慵起,戀情深。

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

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花間集の中でも、特異な詩題であり、毛文錫だけが題している。教坊の曲の詩として宮女・妓優が恋心を抱いたこと、自由恋愛をイメージさせるものである。唐から宋にかけて、倫理は史上最高に自由であったことをベースに考えて詠んでいくとよい。

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

 

選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時に

は、雲藷院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」 には凧魚(五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ)が許されていた。

 

宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。

 

宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜品として大臣や貴族に与えられた。唐の各時代に、某人に「女楽」幾組を下賜するといった記録があるが、この「女楽」とはよく訓練された宮中の楽妓のことである。

 

長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。

 

教坊妓は彼女たち独特の一風変った生活の仕方と考えを持っていた。彼女たちは仲間同士で意気投合すると、「香火兄弟」(神仏の前で香火をたき義姉妹の契りを結んだ仲)となった。多いものは十四、五人、少ないものでも八、九人がそれぞれ集団をつくった。もし、その中の一人が嫁に行くと、香火兄弟たちは彼女の夫を女仲間にみたてて、「媛捜」とか「新婦」などとよんだ。また同時にその夫に睦み親しむことができたが、妻となった妓は決して嫉妬することはなかった。彼女たちはそれを突蕨の習俗にならったものであるといっていた。

また、香火兄弟でない人々の間でも、男女関係は比較的自由であった。

 

彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮

妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

 

 

戀情深二首

 

戀情深二首其一

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。

寶帳欲開慵起,戀情深。

宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

戀情深二首其一

滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。

宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。

真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。

寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し。

 

 

戀情深二首其二

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

永作鴛鴦伴,戀情深。

 

 

『戀情深二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

戀情深二首其一

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

寶帳欲開慵起,戀情深。

 

(下し文)

戀情深二首其一

滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。

宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。

真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。

寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し

 

(現代語訳)

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)

ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。

宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

(訳注)

戀情深二首其一

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻、後段二十一字四句三平韻で、74⑦③/⑦⑤6③の詞形をとる。

滴滴銅壺塞漏  醉紅樓月  宴餘香殿會鴛  蕩春
真珠簾下曉光侵  鶯語隔瓊林  寶帳欲開慵起  戀情