玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
******************************************

温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

後宮 妃嬪 閨怨詩

17 毛熙震《巻十09巻十酒泉子二首其一》『花間集』462全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7574

毛熙震  酒泉子二首其一

閑臥繡幃,慵想萬般情寵。錦檀偏,翹股重,翠雲欹。

暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

(これ以上ないほどの寵愛を受けていても、子が生まれないとやがて忘れられるものである)  鳳凰の刺繍のとばりの内に静かに横になっている、寵愛を受けているので、何をするにも物憂げになってしまう。寝牀の上には、錦の敷物が乱れてしまい、二人待度々重なり合う、翡翠の雁を付けた妃嬪と雲となりお方は寄り添っている。夕暮れになると寝牀のまわりに屏風を立てられ、屏風の絵の春の山の影となる。お香の煙は辺りに漂いその場所は他の所を隔てる様に漂う。品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

《花間集》411巻十09

酒泉子二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7574

(改訂版Ver.2.1

13魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 

 

 

花間集 教坊曲 《酒泉子》 二十二首

韋莊

巻三24酒泉子  月落星沉,樓上美人春睡。綠雲傾,金枕膩,畫屏深。子規啼破相思夢,曙色東方纔動。柳煙輕,花露重,思難任。

牛嶠

巻四22酒泉子  記得去年,煙暖杏園。花正發,雪飄香,江艸綠,柳絲長。鈿車纖手捲簾望,眉學春山樣。鳳釵低裊翠鬟,落梅粧。

張泌

巻四42酒泉子二首其一  春雨打,驚夢覺來天氣曉。畫堂深,紅焰小,背蘭缸。酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。舊巢中,新鷰子,語雙雙

張泌

巻四43酒泉子二首其二  紫陌青門,三十六宮春色。御溝輦路暗相通,杏園風。咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。插花走馬落殘紅,月明中。

毛文錫

巻五07酒泉子  綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。蕙風飄蕩入芳叢,惹殘紅。柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。海棠花下思朦朧,醉香風。

牛希濟

巻五43酒泉子  枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。月光斜、簾影動,舊鑪香。夢中盡相思事,纖手勻雙淚。去年書,今日意,斷離腸。

顧夐

巻七09酒泉子七首其一  楊柳舞風,輕惹春煙殘雨。杏花愁,鶯正語,畫樓東。錦屏寂寞思無窮,還是不知消息。鏡塵生,珠淚滴,損儀容。

顧夐

巻七10酒泉子七首其二  羅帶縷金,蘭麝煙凝魂斷。畫屏欹,雲鬢亂,恨難任。幾迴垂淚滴鴛衾,薄情何處去。登臨,花滿樹,信沉沉

顧夐

巻七11酒泉子七首其三  小檻日斜,風度綠人悄悄。翠幃閑掩舞雙鸞,舊香寒。別來情緒轉難判,韶顏看卻老。依稀粉上有啼痕,暗銷魂。

顧夐

巻七12酒泉子七首其四  黛薄紅深,約掠綠鬟雲膩。小鴛鴦,金翡翠,稱人心。錦鱗無處傳幽意,海鷰蘭堂春又去。隔年書,千點淚,恨難任。

顧夐

巻七13酒泉子七首其五  掩卻菱花,收拾翠鈿休上面。金蟲玉鷰鏁香奩,恨猒猒。雲鬟半墜懶重篸,淚侵山枕濕。恨燈背帳夢方酣,鴈飛南。

顧夐

巻七14酒泉子七首其六  水碧風清,入檻細香紅藕膩。謝娘斂翠恨無涯,小屏斜。堪憎蕩子不還家,謾留羅帶結。帳深枕膩炷沉煙,負當年。

顧夐

巻七15酒泉子七首其七  黛怨紅羞,掩映畫堂春欲暮。殘花微雨隔青樓,思悠悠。芳菲時節看將度,寂寞無人還獨語。畫羅襦,香粉,不勝愁。

孫光憲

巻八17酒泉子三首其一  空磧無邊,萬里陽關道路。馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。綺羅心,魂夢隔,上高樓。

孫光憲

巻八18酒泉子三首其二  曲檻小樓,正是鶯花二月。思無憀,愁欲,鬱離襟。展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

孫光憲

巻八19酒泉子三首其三  斂態前,裊裊雀釵頸。鷰成雙,鸞對影,耦新知。玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。翠連娟,紅縹渺,早粧時。

毛熙震

《巻十09巻十酒泉子二首其一》  閑臥繡幃,慵想萬般情寵。錦檀偏,翹股重,翠雲欹。暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

毛熙震

《巻十10酒泉子二首其二》  鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。日初昇,簾半掩,對殘粧。

李珣

《巻十38酒泉子四首其一》  寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。月朦朧,花暗澹,鏁春愁。尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

李珣

《巻十39酒泉子四首其二》  雨清花零,紅散香凋池兩岸。別情遙,春歌斷,掩銀屏。孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?曲中情,絃上語,不堪聽。

李珣

《巻十40酒泉子四首其三》  秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。那堪深夜枕前聽,酒初醒。牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。細和煙,冷和雨,透簾中。

李珣

《巻十41酒泉子四首其四》  秋月嬋娟,皎潔碧紗外。照花穿竹冷沉沉,印池心。凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。夜深斜傍枕前來,影徘徊。

 

酒泉子二首

 

酒泉子二首其一

(これ以上ないほどの寵愛を受けていても、子が生まれないとやがて忘れられるものである)

閑臥繡幃,慵想萬般情寵。

鳳凰の刺繍のとばりの内に静かに横になっている、寵愛を受けているので、何をするにも物憂げになってしまう。

錦檀偏,翹股重,翠雲欹。

寝牀の上には、錦の敷物が乱れてしまい、二人待度々重なり合う、翡翠の雁を付けた妃嬪と雲となりお方は寄り添っている。

暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。

夕暮れになると寝牀のまわりに屏風を立てられ、屏風の絵の春の山の影となる。お香の煙は辺りに漂いその場所は他の所を隔てる様に漂う。

蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

 

酒泉子二首其の一

繡幃に閑かに臥せて,慵く想う 萬般 情寵を。

錦檀偏り,翹股重り,翠雲欹てる。

暮天 屏上 春山碧り,香を映す 煙霧隔つを。

蕙蘭の心,魂夢の役,蛾眉を斂す。

 

酒泉子二首其二

鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。

月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。

曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。

日初昇,簾半掩,對殘粧。

 

雲髻001
 

『酒泉子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

酒泉子二首其一

閑臥繡幃,慵想萬般情寵。

錦檀偏,翹股重,翠雲欹。

暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。

蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

 

(下し文)

酒泉子二首其の一

繡幃に閑かに臥せて,慵く想う 萬般 情寵を。

錦檀偏り,翹股重り,翠雲欹てる。

暮天 屏上 春山碧り,香を映す 煙霧隔つを。

蕙蘭の心,魂夢の役,蛾眉を斂す。

 

(現代語訳)

(これ以上ないほどの寵愛を受けていても、子が生まれないとやがて忘れられるものである)

鳳凰の刺繍のとばりの内に静かに横になっている、寵愛を受けているので、何をするにも物憂げになってしまう。

寝牀の上には、錦の敷物が乱れてしまい、二人待度々重なり合う、翡翠の雁を付けた妃嬪と雲となりお方は寄り添っている。

夕暮れになると寝牀のまわりに屏風を立てられ、屏風の絵の春の山の影となる。お香の煙は辺りに漂いその場所は他の所を隔てる様に漂う。

品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

 長安城図 作図00

 

(訳注)

酒泉子二首其一

(これ以上ないほどの寵愛を受けていても、子が生まれないとやがて忘れられるものである)

『花間集』には毛熙震の作が二首収められている。双調四十字、前段十九字五句二仄韻一平韻、後段二十一字五句三仄韻一平韻で、④③/⑦533③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は④③/⑦733③の詞形をとる。

閑臥繡  慵想萬般情
錦檀偏 翹股  翠雲
暮天屏上春山  映香煙霧
蕙蘭心 魂夢  斂蛾

○●●○  ○●●○○●

●○△ △●▲  ●○○

●○△●○○●  ●○○△●

●○○ ○△●  ●△○

 

閑臥繡幃,慵想萬般情寵。

鳳凰の刺繍のとばりの内に静かに横になっている、寵愛を受けているので、何をするにも物憂げになってしまう。

幃 1帷。2(古代の身に帯びる)香袋。

萬般 そのことに関するさまざまな方面。百般。

情寵 1 いつくしむ。いつくしみ。「恩寵・天寵」2 気に入ってかわいがる。お気に入り。寵愛

 

錦檀偏,翹股重,翠雲欹。

寝牀の上には、錦の敷物が乱れてしまい、二人待度々重なり合う、翡翠の雁を付けた妃嬪と雲となりお方は寄り添っている。

翹股 性的局部。

翠雲 翡翠は翡は男性を意味し、翠は女性を意味す。雲は男性を意味する語。

欹 そばだてる。

 

暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。

夕暮れになると寝牀のまわりに屏風を立てられ、屏風の絵の春の山の影となる。お香の煙は辺りに漂いその場所は他の所を隔てる様に漂う。

春山碧 ここでの春山は寝牀のシルエットをいう。

 

蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

蕙蘭心 品性高潔な女性。

蕙蘭 蘭科植物は(西)洋蘭と東洋蘭(恵蘭、金稜辺、春蘭、寒蘭、長生蘭、富貴蘭など)、その他野生蘭などに大別できる。 古来中国では一茎一花を蘭花、一茎多花を恵花と区別して、花の観賞を対象としてきた。

17 毛熙震《巻十08後庭花三首其三》『花間集』461全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7569

毛熙震  後庭花三首       其三

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつも聞いていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

《花間集》411巻十08

後庭花三首其三

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7569

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 

 
  2016年4月3日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-14李太白集184巻五17沐浴子  429Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-15【56首】Ⅰ李白詩1803 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7555  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈144-#3《 巻02-19喜侯喜至贈張籍、張徹》  #3 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(19)<1718> Ⅱ #3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7566  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 25 杜少陵集-巻18-57 《暮春題瀼西新賃草屋,五首之一》25 杜甫詩index-15-1184 <1634> 18-57 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7567  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻十08後庭花三首其三》『花間集』461全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7569  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲 《後庭花》 五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

後庭花三首 其二

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

             

後庭花三首 其三

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつも聞いていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。

爭不教人長相見,畫堂深院。

あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

(後庭花三首其の三)

越羅の小袖 新らたに香蒨せり,金釧を薄籠す。

欄に倚れど語ること無く輕く扇を搖し,半ば勻面を遮る。

春殘り 日暖く鶯嬌 懶き,花片 庭に滿つ。

爭せしめず 人長らく相い見するを,畫堂 院を深くす。

 

木蓮0005
杏の花01

『後庭花三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首           其三

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

(下し文)

(後庭花三首其の三)

越羅の小袖 新らたに香蒨せり,金釧を薄籠す。

欄に倚れど語ること無く輕く扇を搖し,半ば勻面を遮る。

春殘り 日暖く鶯嬌 懶き,花片 庭に滿つ。

爭せしめず 人長らく相い見するを,畫堂 院を深くす。

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。

春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつも聞いていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。

あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

紅梅202
 

(訳注)

後庭花三首     其三

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

後宮の妃嬪はえらばれることが第一で、その後の人生は、その当初寵愛を受けた時に懐妊するかしないかで、人生は劇的に変わる。

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場であるが、妃嬪は常に新しく選ばれるもので、天子の在位が長ければ、すまじい数の妃嬪が後宮に存在することになる。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

 

越羅小袖新香  薄籠金
倚欄無語搖輕  半遮勻
春殘日暖鶯嬌懶  滿庭花
爭不教人長相  畫堂深

●○●●○○●  ●△○●

△○○●○△△  ●○○●

○○●●○△●  ●○○●

○△△○△△●  ●○△△

 

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

越羅小袖新香蒨 越産のうす絹の小袖が新しくて茜色で鮮やかなさまである。

越羅 浙江省湘江地方の羅の小袖。

 茜草。草の盛んに繁るさま。あざやかなさま。

薄籠金釧 うっすらと小袖の中にらせん状の金の腕飾りが透けて見える艶めかしさ、はなやかさをいう。

薄籠 うっすらと小袖の中に腕飾りが透けて見える艶めかしさ、はなやかさをいう。をいう。

金釧 金釧という装身品。らせん状に巻いた腕飾り(ブレスレット)

 

倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。

 欄干(らんかん)。てすり。

勻面 化粧で整えた顔。

 

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつもきいていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。

鶯嬌懶 鶯の美しく鳴くけれど、何処か物憂げに聞こえてくる。早春から盛春を過ぎようとしている時間の経過を教える。

 

爭不教人長相見,畫堂深院。

あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

爭不教 何不使と同じ。どうして~してくれないのか。

17 毛熙震《巻十07後庭花三首其二》『花間集』460全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7564

毛熙震  後庭花三首       其二

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)  軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

《花間集》411巻十07

後庭花三首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7564

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 
  2016年3月30日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-14李太白集161巻四36東武吟  -4 428-#4Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-14【56首】Ⅰ李白詩1804 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7560  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈144-#2《 巻02-19喜侯喜至贈張籍、張徹》  #2 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(18)<1717> Ⅱ #2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7561  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 24 杜少陵集-巻18-56 《卜居》24 杜甫詩index-15-1183 <1633> 18-56 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7562  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻十07後庭花三首其二》『花間集』460全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7564  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲 《後庭花》 五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

後庭花三首 其二

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

             

後庭花三首           其三

              越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

              倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

              春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

              爭不教人長相見,畫堂深院。

 

興慶宮002
興慶宮の位置関係00
 

『後庭花三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首           其二

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

 

(下し文)

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

 

(現代語訳)

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

 

 花蕊夫人006

(訳注)

後庭花三首     其二

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

輕盈舞妓含芳  競粧新
步搖珠翠脩蛾  膩鬟雲
歌聲慢發開檀  繡衫斜
時將纖手勻紅  笑拈金

△○●△○○●  ●?○△

●○○●○△●  ●○○●

○○●●○○●  ●○○●

○△○●○○△  ●○○●

 

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

 

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

 

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

 

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

拈 ひねり出すこと。苦心して考え出すこと。 「妙案を拈出する」; やりくり算段して、無理に金銭をなどをつくり出すこと。 「費用を拈出する」. 「捻出」とも書く。 【拈る】ひねる. 物を指先などでねじる。 体の一部をねじり回す。

17 毛熙震《巻十06後庭花三首其一》『花間集』459全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7559

毛熙震  後庭花三首 其一

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

《花間集》411巻十06

後庭花三首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7559

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 
  2016年3月29日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-14李太白集161巻四36東武吟  -3 428-#3Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-16【56首】Ⅰ李白詩1803 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7555  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈144-#1《 巻02-19喜侯喜至贈張籍、張徹 (昔我在南時,)》  #1 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(17)<1716> Ⅱ #1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7556  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 23 杜少陵集-巻18-55 《赤甲》23 杜甫詩index-15-1182 <1632> 18-55 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7557  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻十06後庭花三首其一》『花間集』459全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7559  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲 《後庭花》 五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

  

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。
自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。
傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 大明宮の圖003

 

『後庭花三首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首 其一

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

 

(下し文)

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり。

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

長安城図 作図00
 

(訳注)

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

鶯啼鷰語芳菲節  瑞庭花
昔時懽宴歌聲  管絃清
自從陵谷追遊  畫梁塵
傷心一片如珪  閑鏁宮

○○●●○△●  ●○○●

●○△●○○●  ●△○●

●△○●○○●  ●○○●

△○●●△○●  ○?○●

 

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

 

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

懽 喜ぶ,楽しむ.2((方言)) 形容詞 勢いがよい,活発である,盛んである.

清越 形容詞 (多く4字句に用い;音声が)清らかでよくとおる,清らかに響く.用例其声清越=その声が清らかに響く.清越的歌声=清らかな歌声. 清越=清らかで抑揚がある.

 

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

  (1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間

 黒みがかった黄色.

 

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

珪月 圭の古代文字。玉のような月。

鏁とは?漢字辞典。 〔動詞「鏈る」の連用形から〕 金属製の輪をつないだひも状のもの。 「懐中時計の-」 -につながれた猛獣」 物と物とを結び付けているもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。

19-499《後庭花三首,其二》十巻 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-682-19-(499)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4957

 

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

 

楽戸とは、楽籍という膿民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃∵勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。

 

梨園、宜春院。玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

17 毛熙震《巻十05木蘭花》『花間集』458全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7554

毛熙震  木蘭花

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

《花間集》45405

木  蘭  花

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7554

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月28日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-15李太白集161巻四36東武吟  -2 428-#2Ⅰ李白詩1802 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7550  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈143-#10《 巻02-19薦士 -#10》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(15)-#10<1715> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7551  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 22 杜少陵集-巻18-54 《入宅,三首之三【案:大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。】》22 杜甫詩index-15-1179 <1629>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7542  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog
17 毛熙震《巻十05木蘭花》『花間集』458全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7554
 
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

木蘭花

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

 

(木蘭花)

朱扉を掩い,翠箔を鈎し,鶯聲院に滿ちるも 春 寂寞たり。

粉淚を勻し,檀郎を恨めども,一び去って 花歸らず又た落つ。

斜暉に對し,小閣に臨む,前事 豈に重ねて想着するに堪えん。

金帶 冷たく,畫屏 幽なり,寶帳 慵薰し 蘭麝 薄たり。

 

 

『木蘭花』 現代語訳と訳註

(本文)

木蘭花

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

 

(下し文)

(木蘭花)

朱扉を掩い,翠箔を鈎し,鶯聲院に滿ちるも 春 寂寞たり。

粉淚を勻し,檀郎を恨めども,一び去って 花歸らず又た落つ。

斜暉に對し,小閣に臨む,前事 豈に重ねて想着するに堪えん。

金帶 冷たく,畫屏 幽なり,寶帳 慵薰し 蘭麝 薄たり。

 

(現代語訳)

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

木蓮0005
 

 

(訳注)

木蘭花

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

1 妓女であるが、他の客をとらなくて囲われたものを「買斷」という。官妓を題材にしたものが多く、官妓の「買斷」はほとんどが、金のやり取りではなく、報償、許可により授けられることが多かったようだ。女儀のほとんどは妓婢であったからである。

花間集の「木蘭花」をりかいするためには、直接関係するわけではないが、木蘭従軍の故事を理解する必要がある。

花木蘭 老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリー。釈智匠の《古今楽録》に収める《木蘭詩()》がこの物語を記す最も古い文献だとされ,元来,南北朝期の北方の民間民謡に由来するとされる。木蘭従軍の故事は後代,詩歌の題材となるほか,現在の京劇など伝統戯曲においても《花木蘭》(花(か)が木蘭の姓)の題で演じられている。なおそこでは元帥の賀廷玉が木蘭をぜひとも自分のむすめの婿にと願ったことから,木蘭が女性であることが知れるという筋書となっている。

 

2構成 『花間集』には教坊曲『木蘭花』は三首、魏承斑の作が一首収められている。双調五十四字、前段二十六字六句三仄韻、後段二十八字四句四仄韻で、3❸❼33/3❸❼33の詞形をとる。

掩朱扉 鈎翠箔   滿院鶯聲春寂
勻粉淚 恨檀郎   一去不歸花又
對斜暉 臨小閣   前事豈堪重想着
金帶冷 畫屏幽   寶帳慵薰蘭麝

●○○ ?●●  ●△○○○●●

○●● ●○○  ●●△○○●●

●○○ △●●  ○●●○△●●

○●△ ●△○  ●●○△○●●

 

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

3 朱扉 妃嬪の後宮の宮殿の正門

4 鈎翠箔 鈎は簾や、とばりを釣り上げる金具。

5 滿院 その宮殿の庭に花が一杯咲き誇る。

6 鶯聲 鶯は春を告げて啼く。

7 春寂寞 春は離れたものも帰って情事をするものであるのにここには寂しさだけがある。

 

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

8 勻粉淚 涙の流れ落ちる面積と化粧が残っている面積が等しい。

9 檀郎 夫や恋い慕う男を意味する。情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだが、劉郞<阮郎<檀郎と身分が高いことを意味している。

和凝『山花子二首 其二』

銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。

玉腕重金扼臂,澹梳粧。

幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。

佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

12 -7 山花子二首 其二  和學士凝二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-434-12-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3717

10 一去不歸花又落 帰ってこないこと、前句「檀郎」までの語句は、春になって訪れるものがなく、春が過ぎようとしている事実を受け入れたくないということを表現するもの。檀郎という表現でその事実を受け入れしかたのないこととあきらめる。後の語句は、辛さに堪えるということを表現するもの。

 

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

11 對斜暉 この句は秋が来たこと、女性の身にも歳が重ねられたことを意味する。

12 前事【ぜんじ】 以前にあった事柄。前事を忘れざるは後事の師なり《「史記」秦始皇本紀・賛から》以前のことを心に留めておくと、後にすることの役に立つ。

 

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

13 金帶冷 帯を解かれたことはもう随分前のことで、それ以来その帯が、かけられたままである。古代帯は愛する男に贈り、愛を受け入れる意味で男は受け取ったものである。ここでは、別れの際金の刺繍の入った帯を女に還した、「別れた」ことを意味するものである。

14 畫屏幽 屏風は、情事の際、寝牀のまわりに立てるもので、それが開かれず、閉じたままでしまわれていることをいう。

15 寶帳 宝飾に飾られたとばり

16 慵薰 お香を焚く気になれない様子。慵:無気力、物事をする気力がないこと

17 蘭麝薄 昔焚かれた蘭麝香が少し残っていてほのかに香るというほどの意味。蘭麝【らんじゃ】とは。蘭の花と麝香(じゃこう)の香り。また、よい香り。 
凌波曲舞002
 

17 毛熙震《巻十03小重山》 《花間集》456全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7544

毛熙震  小重山

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

《花間集》456巻十03

小 重 山

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7544

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月26日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-13李太白集139巻四09 來日大難 -3 427-#3Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-13#3【56首】Ⅰ李白詩1800 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7540  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈143-#8《 巻02-19薦士 -#8》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(15)-#8<1713> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7541  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 20 杜少陵集-巻18-52 《入宅,三首之一【案:大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。】》20 杜甫詩index-15-1177 <1627> 18-52漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7532  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻十03小重山》 《花間集》456全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7544  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲 《小重山》 六首

韋莊

巻三26小重山 一閉昭陽春又春,夜寒宮漏永,夢君恩。昏思陳事暗消魂,羅衣濕,紅袂有啼痕。歌吹隔重閽,遶庭芳艸綠,倚長門。萬般惆悵向誰論?顒情立,宮殿欲黃昏。

薛昭蘊

巻三38小重山二首其一 春到長門春草青,玉堦華露滴,月朧明。東風吹斷玉簫聲,宮漏促,簾外曉啼鶯。愁起夢難成,紅粧流宿淚,不勝情。手挼裙帶遶宮行,思君切,羅幌暗塵生。

薛昭蘊

巻三39小重山二首其二 秋到長門秋草黃,畫梁雙鷰去,出宮牆。玉簫無復理霓裳,金蟬墜,鸞鏡掩休粧。憶昔在昭陽,舞衣紅綬帶,繡鴛鴦。至今猶惹御爐香,魂夢斷,愁聽漏更長。

和凝

巻六14小重山二首其一  春入神京萬木芳,禁林鶯語滑,蝶飛狂。曉花擎露妬啼粧,紅日永,風和百花香。煙鏁柳絲長,御溝澄碧水,轉池塘。時時微雨洗風光,天衢遠,到處引笙篁。

和凝

巻六15小重山二首其二  正是神京爛熳時,羣仙初折得,郄詵枝。烏犀白紵最相宜,精神出,御陌袖鞭垂。柳色展愁眉,管絃分響亮,探花期。光陰占斷曲江池,新牓上,名姓徹丹墀。

毛熙震

《巻十03小重山》  梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

 

 

小重山

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

 

(小重山)

梁の鷰は畫閣の前に雙飛す,寂寥として多少恨み,懶して孤眠す。

曉來っても閑かな處 君を想えば憐れなり,紅羅の帳,金鴨 煙を冷沉す。

誰か信ず 嬋娟を損なわんか,屏に倚りて玉筋に啼く,香鈿を濕す。

四支 無力にして 鞦韆に上り,羣花 謝し,豔陽の天に對すも愁うだけなり。

 

白貯舞005
 

『小重山一首』 現代語訳と訳註

(本文)

小重山

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

 

(下し文)

(小重山)

梁の鷰は畫閣の前に雙飛す,寂寥として多少恨み,懶して孤眠す。

曉來っても閑かな處 君を想えば憐れなり,紅羅の帳,金鴨 煙を冷沉す。

誰か信ず 嬋娟を損なわんか,屏に倚りて玉筋に啼く,香鈿を濕す。

四支 無力にして 鞦韆に上り,羣花 謝し,豔陽の天に對すも愁うだけなり。

 

(現代語訳)

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

DCF00209
 

(訳注)

小重山

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

1構成 『花間集』には六首所収されているが、いそう毛熙震の作は一首収められている。双調五十八字、前段三十字六句四平韻、後段二十八字六句四平韻で、⑦5③⑦3⑤/⑤5③⑦3⑤の詞形をとる。

梁鷰雙飛畫閣  寂寥多少恨 懶孤

曉來閑處想君憐 紅羅帳  金鴨冷沉
誰信損嬋  倚屏啼玉筋 濕香

四支無力上鞦韆 羣花謝  愁對豔陽

○●○○●●○  ●△○●● ●○○

●△○●●○○ ○○●  ○●△○○

○△●○○  △△○●○ ●○△

●○○●●○○ ○○●  ○●●○○

 

2 毛秘書熙震二十九首

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後蜀に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。情致の美しい、欧陽烱、牛嶠と並ぶ優れた詩人である。

 

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

3 梁鷰 子作りのために梁上に巣を作った燕。春から初夏にかけてのこと。

 

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

 

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

4 嬋娟 /嬋妍・嬋姸  あでやかで美しいさま。せんげん。

 

 

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

5 鞦韆 ブランコ。高貴なものの娘が妃嬪に選ばれて後宮に入っても、必ず寵愛を受けるとは限らない、十二歳を過ぎ、十四五歳までに入るので、遊び道具は用意された。唐以降の後宮には、制度的に百人以上の妃嬪がいるのである。

蕩鞦韆(ぶらんこ蕩ぎ)

この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鍬極を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩に、「少年き児女は鍬確を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裾薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴環を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝欽 従って地に堕つ」(王建「鞭極詞」)。また別の詩に、「五糸もて縄を繋ぎ 塔を出ること遅く、力尽き綾かに隣りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱関に借りて久しく語無し」(韓健「鞭樗」)とある。これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

 

 

妃嬪について

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。

17 毛熙震《巻九49南歌子二首其二》『花間集』451全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7519

毛熙震  南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

《花間集》450巻九49

南歌子二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7519

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月23日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-12李太白集118巻三29 上之回  426-#2Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-12【56首】Ⅰ李白詩1795 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7515  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈143-#5《 巻02-19薦士 -#5》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(15)-#5<1708> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7516  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(17)杜少陵集 《月,三首之二》18-85 杜甫詩index-15-1174 <1624> 767年大暦2年56歲-(17) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7517  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九49南歌子二首其二》『花間集』451全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7519  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

 

花間集 教坊曲 《南歌子》 十三首

溫庭筠

巻一38南歌子七首其一手裡金鸚鵡,胸前繡鳳凰。眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。

溫庭筠

巻一39南歌子七首其二似帶如絲柳,團蘇握雪花。簾捲玉鈎斜,九衢塵欲暮,逐香車。

溫庭筠

巻一40南歌子七首其三窩墮低梳髻,連娟細掃眉。終日兩相思,為君憔悴盡,百花時。

溫庭筠

巻一41南歌子七首其四臉上金霞細,眉間翠鈿深。欹枕覆鴛衾,隔簾鶯百囀,感君心。

溫庭筠

巻一42南歌子七首其五撲蘂添黃子,呵花滿翠鬟。鴛枕映屏山,明月三五夜,對芳顏。

溫庭筠

巻一43南歌子七首其六轉眄如波眼,娉婷似柳腰,花裏暗相招。憶君腸欲斷,恨春宵。

溫庭筠

巻一44南歌子七首其七懶拂鴛鴦枕,休縫翡翠裙,羅帳罷鑪燻。近來心更切,為思君。

張泌

巻四48南歌子三首其一柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

張泌

巻四49南歌子三首其二岸柳拖煙綠,庭花照日紅。數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空

張泌

巻四50南歌子三首其三錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

毛熙震

《巻九48南歌子二首其一》  遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。深院堂人靜,理銀箏。鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。楊柳杏花時節,幾多情

毛熙震

《巻九49南歌子二首其二》  惹恨還添恨,牽腸即斷腸。凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,衣香。暗想為雲女,應憐傅粉郎。來輕出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂

張泌

《巻四48南歌子三首其一》柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

 

DCF00104
 

  

毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》 

南歌子二首其一

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

深院晚堂人靜,理銀箏。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

楊柳杏花時節,幾多情?

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

 

『南歌子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

 

 

(下し文)

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

(現代語訳)

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

木蓮0005
 

(訳注)

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

8 江南に高貴な子女として生まれ、美しく育てられ、妃嬪の地位に召されたものの全く接触がなく、この立場に置かれたままな生活は死ぬほどつらいものであった。その不運な人生を恨みぬいていた。ある日寵愛を受け始めると、今までのことがすべてなかったことのように思われ、すべてよそごとになって行ってが、しかし寵愛を失うのは早く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸したふるまいをするようになり、何時しか宮殿から姿を消したのである。

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。

 

9 『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調五十六字十句、前段二十八字三平韻、後段二十八字三平韻、5⑤❼6③/5⑤❼6③の詞形をとる。

惹恨還添恨  牽腸即斷
凝情不語一枝  獨映畫簾閑立 繡衣

 暗想為雲女 應憐傅粉

晚來輕步出閨房 髻慢釵橫無力  縱猖

●●○○●  △○●●○

△○△●●○○  ●●●○○● ●△○

●●○○● △○△●○

●△△●●○○ ●●○△○●  △○△

 

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

 

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

 

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

10 傅粉郎 何晏は色白の美男子で、余りの白さに魏明帝は白粉を付けているのかと疑われたが、夏の最中に熱湯の餅を食べさせた。食後大汗をかいたので朱衣で顔をふいたところ、色白の顔はいよいよ白く輝いた。『世説新語』(巻下・容止第一四・2)である。この故事はよく知られ、顔には常に白粉を粉飾し(本当に真っ白な肌だったとも)、手鏡を携帯し、自分の顔を見る度にそれに「うっとり」としていたという。歩く際にも、己の影の形を気にしつつ歩んだと伝えられている。また、夏侯玄や司馬師と親しくし、優れた評価を与える一方で、自分自身のことは神に等しい存在だと準えていたという(『魏氏春秋』)

 

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

11 猖狂 荒々しく常軌を逸した振る舞いをすること。

17 毛熙震《巻九47清平樂》 春》『花間集』449全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7509

毛熙震  清平樂

春光欲暮,寂寞閑庭粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

《花間集》449巻九47

清 平 樂

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7509

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月19日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-11-#2李太白集96巻三7 山人勸酒  425-#2Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-11-#2 Ⅰ李白詩1793 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7505  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈143-#3《 巻02-19薦士 -#3》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(15)-#3<1706> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7506  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(15)杜少陵集 《18-51懷灞上遊》杜甫詩index-15-1172 <1622> 767年大暦2年56歲-(15)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7507  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九47清平樂》 春》『花間集』449全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7509  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲《清平樂》九首

溫庭筠

巻二01清平樂二首其一上陽春晚,宮女愁蛾淺。新清平思同輦,爭那長安路遠。鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。競把黃金買賦,為妾將上明君。

溫庭筠

巻二02清平樂二首其二洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

韋莊

巻二46清平樂四首其一春愁南陌,故國音書隔。細雨霏霏棃花白,鷰拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上淚痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望銷魂。

韋莊

巻二47清平樂四首其二野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。夢覺半床斜月,小風觸鳴琴

韋莊

巻二48清平樂四首其三何處游女,蜀國多雲雨。雲解有情花解語,窣地繡羅金縷。粧成不整金鈿,含羞待月鞦韆。住在綠槐陰裡,門臨春水橋邊。

韋莊

巻二49清平樂四首其四鶯啼殘月,繡閣香燈滅。門外馬嘶郎欲別,正是落花時節。粧成不畫蛾眉,含愁獨倚金扉。雲路香塵莫掃,掃即郎去歸遲。

孫光憲

巻八20清平樂二首其一愁腸欲斷,正是青春半。連理分枝鸞失伴,又是一場離散。掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。憑使東風吹夢,與郎終日東西。

孫光憲

巻八21清平樂二首其二等閑無語,春恨如何去?終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸

毛熙震

《巻九47清平樂》  春光欲暮,寂寞閑庭。粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

 

清平樂

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

春光欲暮,寂寞閑庭

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

 

(清平樂)

 春光 暮んと欲し, 寂寞として庭戸 閑かなり 。

 粉蝶 雙雙として 檻を穿ちて舞い, 簾 卷く 晩天の疏雨。

 愁を含みて 獨り閨の幃に倚り, 玉鑪 煙 斷え 香 微かなり。

 正に是れ 銷魂の時節, 東風 樹に滿ち 花を飛ぶ。

botan00
 

 

『清平樂』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂

春光欲暮,寂寞閑庭

粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。

正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

 

(下し文)

(清平樂)

 春光 暮んと欲し, 寂寞として庭戸 閑かなり 。

 粉蝶 雙雙として 檻を穿ちて舞い, 簾 卷く 晩天の疏雨。

 愁を含みて 獨り閨の幃に倚り, 玉鑪 煙 斷え 香 微かなり。

 正に是れ 銷魂の時節, 東風 樹に滿ち 花を飛ぶ。

 

(現代語訳)

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

杏の花01
 

(訳注)

清平樂

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

1 後宮の妃嬪は、数十人から百人を超える場合もある、その上毎年、うら若い女が妃嬪に召される。女の盛りのわずかな時のみ寵愛され、それを過ぎれば、ただ待ち侘びる日を過ごすのだ。清平楽は、後宮の妃嬪を詠ったものである。

 

2 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

3 后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。

 

4 『花間集』には毛熙震の作が一首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。

春光欲  寂寞閑庭
粉蝶雙雙穿檻  簾捲晚天疎
含愁獨倚閨  玉鑪煙斷香
正是銷魂時節  東風滿樹花

○△●●  ●●○○●

●●○○△●●  ○△●○△●

○○●△○○  ●○○●○○

△●○○○●  ○△●●○○

花間集 白梅
 

5 清平樂について

楽府の一つ。李白の清平楽・調は、唐の玄宗が楊貴妃と沈香亭で牡丹をながめて楽しんだとき、李白が勅を受けて作ったものであった。楽府には、清調・平調・瑟調があったが、李白が、清調と平調を合わせて清平調三章を作ったのである。

清平調とは、欒律の名である。

通典に「『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:『平調、清調、瑟調,皆周房中曲之遺聲,漢世謂之三調。』則似漢代己有清商三調的稱呼了.」

(『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:平調、清調、瑟調は皆周の房中曲の遺聲、漢世、これを三調といい、すべて相和調という。則似漢代己有清商三調的稱呼了.」とある。

李白の巻四303132-《清平調詞,三首之一・二・三》詩は、沈香亭の牡丹の宴に際し、勅命に因って作ったので、清調平調の二つを合して曲に譜したから、清平調といったので、もとより詩題ではない。それから、李白が勅命に因って作ったのは、この詩と宮中行楽詞十首とであるが、これに就いては、後人の記述が錯雑して、傳聞異辭、頗る多く、紛粉として、歸著するところを知らぬようである。

 

春光欲暮,寂寞閑庭

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

6 春光:春の光景。春の季節。ここでは、季節のみならず、人生の春のこともぼんやりと感じさせる。 

7 欲暮:(季節が)終わろうとしている。季節が過ぎ去ってゆくことの描写であるとともに、人生においての時間の経過をも表している。時間が過ぎ去っていく。わたしの人生の春が終わろうとしている。

8 寂寞閒庭戸:寂しげで静かな屋敷では。 ・庭戸:庭や建物。屋敷。

 

粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

9 粉蝶 胡蝶。シロチョウ。モンシロチョウ。胡蝶の夢(こちょうのゆめ)は、中国の戦国時代の宋国(現在の河南省)に生まれた思想家で、道教の始祖の1人とされる人物の荘子(荘周)による説話である。荘子の考えが顕著に表れている説話として、またその代表作として一般的にもよく知られている。[荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。

毛熙震《定西番》

蒼翠濃陰滿院,鶯對語。

蝶交飛,戲薔薇。

斜日倚闌風好,餘香出繍衣。

未得玉郎消息,幾時歸。

と、蝶を春の情景の一つと同時に、花間を花を求めて飛び交うものとも描いている。

10 雙雙 二つそろって。蝶はオス、メス一対で、飛ぶのに、わたしは、独りである。ということをいう。

溫庭筠《菩薩蛮 (一)》 

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。

照花前後鏡。花面交相映。

新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。

(菩薩蠻 一)

小山 重疊して 金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)香顋の雪に。

懶げに起き 蛾眉を 畫く。妝を弄び 梳洗 遲し。

花を照らす 前後の 鏡。花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。

新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙 金の鷓鴣。

『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

11 穿 通る。くぐり抜ける。通す。白話では、上記の意味でよく使われる。 

12  欄干。手すり。 

13 舞 蝶がひらひらと舞い飛ぶ。

14 簾卷 (窓の)カーテンを捲いて開けて(、外の様子を見る)。外の情景を確かめること。前出馮延己の「采桑子」「玉堂香煖珠簾卷,雙燕來歸。」に同じ。なお、後出の「幃」もカーテンであるが、「簾」は、屋内外の間にあって、内外を隔てるものであって、それに対して「幃」は、屋内に設けるとばりのこと。 

15 晩天 夕方の夕暮れの空。 

16 疏雨 まばらに降る雨。ぱらぱらと降る雨。

 

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

17 倚 寄る。 

18 閨 女性の部屋、女性の住む建物の部屋。 

19 幃 とばり。

20 玉鑪 宝玉でできた立派な香炉。「鑪」は「爐」に通じる。 

21 煙斷香微 香木が燃え尽きてしまって、香りもかすかになった。

22 銷魂時節 たましいも身に付かない時節。麗しい春が終わって、季節が移ろう時期。

 

正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

23 正是 ちょうど。 

24 東風 春風。

17 毛熙震《巻九45女冠子二首其一》『花間集』447全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7499

毛熙震  女冠子二首其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)  みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

《花間集》445巻九43

女冠子二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7489

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月17日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-10李太白集74巻二15 行路難三首 其三 #2 424-#2Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-10【56首】Ⅰ李白詩1791 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7495  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈144《 巻02-18薦士》(周詩三百篇,) 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(16)<1704> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7496  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(13)杜少陵集 《卷一五58 晴二首其一》15-58 杜甫詩index-15-1170 <1620> 767年大暦2年56歲-(13) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7497   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九45女冠子二首其一》『花間集』447全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7499  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

應共吹簫侶,暗相尋。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

(女冠子二首其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。

香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。

翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。

應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。

 

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

鶯00
曉鶯001

 

『女冠子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

應共吹簫侶,暗相尋。

 

(下し文)

(女冠子二首其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。

香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。

翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。

應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。

 

(現代語訳)

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

DCF00118
 

 

(訳注)

女冠子二首其一

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

1 唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には毛熙震の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5/55③の詞形をとる。

碧桃紅 遲日媚籠光影 彩霞

香暖薰鶯語 風清引鶴

翠鬟冠玉 霓袖捧瑤

應共吹簫侶 暗相

●○○●  ○●●△△● ●○△

○●△○● △○●●○

●○△●● △●●○○

△△△○● ●△○

 

2 女冠

宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

 

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

  病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

  圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

④ 家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

    妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

⑥ 貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

 

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

3 遲日 四季、春。日が長くなったということで春を示す。ここでは晩春から初夏と考える。

杜甫《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》

遲日深春水,輕舟送別筵。

愁緒外,春色淚痕邊。

見酒須相憶,將詩莫浪傳。

若逢岑與范,為報各衰年。 

677 《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》 蜀中転々 杜甫 <583  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3225 杜甫詩1000-583-839/1500

4 彩霞 朝焼け,夕焼け.

 

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

5 鶯語 鶯(うぐいす)の鳴き声。鶯が囀る。

6 鶯語・引鶴音 鶯の囀り、鶴が番で引き合うのも、仲の良く、睦まじく過すことを意味する。鶴音:仙人の音楽。

 

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

7 翠鬟 輪型に巻いた、美人のつやつやしいまげ。

8 玉葉 ①青い玉のように美しい葉。②天子の一族。王孫公子。③他人の手紙の敬称。

9 捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。

10 霓袖 ①天人や仙女などの着る衣。霓裳。霓衣:仙人の衣。楚辞九歌東君「青雲衣兮白霓袖」②唐の玄宗が、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽にならって作ったと伝えられる楽曲。「霓裳曲。」

 

應共吹簫侶,暗相尋。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

11 吹簫侶 蕭史の故事。中国・春秋時代の仙人です。秦の国に住む、笙の名手でした。ある時、秦王である穆公の眼に留まり、娘の弄玉を嫁に貰いました。蕭史が弄玉に笙を教え、いつしか笙の音を聞き鳳凰が来るようになりました。その後、蕭史と弄玉の夫婦は鳳凰に乗り、飛び去って行きました。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。」

17 毛熙震《巻九43更漏子二首其一》『花間集』445全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7489

更漏子二首其一

秋色清,河影澹,深燭寒光暗。綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。

更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)

初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)

《花間集》445巻九43

更漏子二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7489

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 
  2016年3月15日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-9李太白集65巻02-06楽府烏棲曲  423Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-9【56首】Ⅰ李白詩1789 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7485  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#7《 巻02-16送文暢師北遊 (昔在四門館,)-#7》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(14)8分割-#7<1702> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7486  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(12)-#1杜少陵集 《雨  (山雨不作埿,)》19-23 杜甫詩index-15-1168 <1618> 767年大暦2年56歲-(12)-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7487  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九43更漏子二首其一》『花間集』445全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7489  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲『更漏子』 十六首

溫庭筠

《巻一15更漏子六首其一》 柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。驚塞鴈,起城烏,畫屏金鷓鴣。香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。

溫庭筠

《巻一16更漏子六首其二》 星斗稀,鐘鼓歇,簾外曉鶯殘月。蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。虛閣上,倚蘭望,還似去年惆悵。春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。

溫庭筠

《巻一17更漏子六首其三》 金雀釵,紅粉面,花裡暫如相見。知我意,感君憐,此情須問天。香作穗,成淚,還似兩人心意。山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。

溫庭筠

《巻一18更漏子六首其四》 相見稀,相憶久,眉淺淡烟如柳。垂翠幕,結同心,待郎燻繡衾。城上月,白如雪,蟬髩美人愁。宮樹暗,鵲橋橫,玉籤初報明。

溫庭筠

《巻一19更漏子六首其五》 背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。堤柳動,島煙昬,兩行征鴈分。西陵路,歸帆渡,正是芳菲欲度。銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。

溫庭筠

《巻一20更漏子六首其六》 玉鑪香,紅蠟淚,偏照畫堂秋思。眉黛薄,髩雲殘,夜長衾枕寒。梧桐樹,三更雨,不道離情正苦。一葉葉,一聲聲,空階滴到明。

韋莊

《巻三23更漏子 一首  》 鐘皷寒,樓閣暝,月照古桐金井。深院閉,小庭空,落花香露紅。煙柳重,春霧薄,燈背水高閣。閑倚,暗沾衣,待郎郎不歸。

牛嶠

《巻四11更漏子三首其一》 星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。挑錦字,記情事,惟願兩心相似。收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。

牛嶠

《巻四12更漏子三首其二》 春夜闌,更漏促,金燼暗挑殘燭。驚夢斷,錦屏深,兩明月心。閨艸碧,望歸客,還是不知消息。辜負我,悔憐君,告天天不聞。

牛嶠

《巻四13更漏子三首其三》 南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。招手別,寸腸結,還是去年時節。書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

毛文錫

《巻五12 更漏子 一首》  春夜闌,春恨切,花外子規啼月。人不見,夢難憑,紅紗一點燈。偏怨別,是芳節,庭中丁香千結。宵霧散,曉霞輝,梁間雙鷰飛。

顧夐

《巻七37 更漏子  一首》 舊歡,新悵望,擁鼻含嚬樓上。濃柳翠,晚霞微,江鷗接翼飛。簾半捲,屏斜掩,遠岫參差迷眼。歌滿耳,酒盈罇,前非不要論。

孫光憲

《巻八22更漏子二首其一》 聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

孫光憲

《巻八23更漏子二首其二》 今夜期,來日別,相對秖堪愁。隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

毛熙震

《巻九43更漏子二首其一》  秋色清,河影澹,深燭寒光暗。綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

毛熙震

《巻九44更漏子二首其二》  煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。長憶得,與郎期,竊香私語時。

 

 

毛熙震 更漏子二首

 

更漏子二首其一

(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)

秋色清,河影澹,深燭寒光暗。

初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。

綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。

春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。

更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。

この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。

新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)

(更漏子二首其の一)

秋色は清なり,河影は澹なり,深の燭は寒く 光は暗なり。

綃幌は碧く,錦衾は紅に,博山香炷は融なり。

更漏に咽び,蛩鳴 切なり,院に霜華滿つるは雪の如し。

新月 上り,薄雲 收まり,簾に映える 玉鉤 懸かるを。

 

更漏子二首其二

煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。

羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。

人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。

長憶得,與郎期,竊香私語時。

 

 

『更漏子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

更漏子二首其一

秋色清,河影澹,深燭寒光暗。

綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。

更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。

新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

 

(下し文)

(更漏子二首其の一)

秋色は清なり,河影は澹なり,深燭は寒く 光は暗なり。

綃幌は碧く,錦衾は紅に,博山香炷は融なり。

更漏に咽び,蛩鳴 切なり,院に霜華滿つるは雪の如し。

新月 上り,薄雲 收まり,簾に映える 玉鉤 懸かるを。

 

(現代語訳)

(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)

初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。

春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。

この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。

それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)

花鈿02
 

(訳注)

更漏子二首其一

(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)

1【解説】 一首全体が叙景であり、直接に愛艶、情を語る言葉は用いられてはいないが、暗く寒々とした灯火の光や、燃え尽きて灰となった香、泣き咽ぶような水時計の音、心に迫る蟋蟀の声などから、妃賓の宮殿の独り秋の夜を送る辛い心情が読み取れる。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。

 

2【構成】 『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二灰韻二平韻、後段二十三字六句三灰韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻❸③⑤ の詞形をとる。宮人の室には漏刻が置かれていた、そういった身分の女性を詠ったもの、何時までも眠りに着けず更漏の時を迎える女性を詠ったものである。

秋色清,河影,深燭寒光

綃幌碧,錦衾,博山香炷

更漏咽,蛩鳴,滿院霜華如

新月,薄雲,映簾懸玉

○●○  ○●△ △●●○△●

○●● ●○○  ●○○●○

△●△  ○○● ●△○△△●

○●● ●○△  ●○○●○

 

秋色清,河影澹,深燭寒光暗。

初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。

3 秋色 秋の様子、秋気。

4 河 天の川。今年もあのお方は来てくれなかったことを連想させる。天の川を鵲が橋を作ってあの方と合わせてくれるのはたった一日、今はそれもかなわない。天の川は所収はっきりと見え、秋が深まるにつれ、次第に薄れて行く。

5 深戸 奥深い閏。

 

綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。

春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。

6 綃幌 寝牀を囲う絹の幌。五行思想によって綃幌を季節の色に変える。この詩は秋で、白色であるはずが、春の緑のままになっていることで、次の「紅」は夏のものであることで、わびしさをいう。

7 博山香蛙融 博山香炉は、大変高価で、高貴な閨にしかない。その香が燃え尽きて灰となってくずれたこと。融は融解、灰の形が崩れてしまって形をなくすこと。

 

更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。

この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。

8 更漏 水時計、女官五品以上で執務室に設置された。ここでは水時計から滴る水の音を聞くことが出来るほどの地位であったこと。後宮以外では富貴の者以外は、漏刻は役人の鳴らす鐘の音を聞いて知った。

 

新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)

9 新月 新月、三日月は希望を持つ意味につかわれる。この新月の釣り針の形と簾を止める「玉鉤」の形によって、希望を失わないということの意味になる。

10 映簾懸玉鉤 玉製の鈎から垂れ下がった簾に(新月の影が)映る。玉鉤は簾を巻いて掛けるカギ。簾をかかげるのは希望を持つための意味となる。前聯の「霜華如雪」が簾をかかげることにつながる。

雲髻001
 

唐宋の結婚事情  【適齢期】

唐代の女性は一般に早婚であり、大半が十五歳前後で嫁に行った。早い人は十三、四歳であり、遅い人は十七、八歳であった。これくらいが正常な結婚年齢であった。「媒が無ければ選ぶを得ず、年は忽三六(十八歳)を過ぐ」(白居易「続古詩」)。女子は十八歳を過ぎれば婚期を逸したと思われていたようである。唐初より以来、人口増殖のために、国家は結婚適齢期に遅れないように結婚せよとずっと強調してきた。貞観年間には十五歳以上の女子に対して、開元年間には十三歳以上の女子に対して、婚期に遅れないように結婚すべしと命じた(『唐会要』巻三八「嫁要」)。こうしてみると、女性第8節 愛情,結婚及び貞操観の結婚年齢は大体これらの年齢のあたりを上下していた。

女子の結婚の大半は、父母の命令と媒酌人の仲立ちに依って行われたが、父母の命令は常々女子の結婚に悲劇をもたらした。

 

唐代の結婚は、また「門当戸対」とか、「当色為婚」とか言われる、家柄のつり合いを大変に重視した。良民と賎民は決して縁組みをしないばかりか、良民の中でも同じ階層の者同士が結婚するのが普通だった。唐代は士族と庶民の区別が前代のようには厳密でなく、また通婚圏もそれほど閉鎖的ではなかったが、士族・庶民ともに一族一門の名誉の観念は依然として強烈であった。

 

家柄以外では、婿の家の財産と本人の才能が重視された。唐代には文学が尊ばれ、また科挙制度も発達したので、文士は名声が高まるだけでなく、文才で出世することも比較的容易であった。こうして才能の中でも文才が重んじられたのである。高貴で財産もある家でも、婿を取る時には家柄や財産よりはむしろ文才を重んじる場合があった。

 

女が嫁に選ばれる資格の第一は容姿であり、第二が金と財産であった。原理的には、徳を重んじて色を重んじないということになってはいたが、しかし唐代の世風は礼法を尚はず、色気や艶っぽさを重んじたので、男は誰でも美貌を重視した。才子や名士などといわれる人物は、とりわけそうした傾向が強かった。たとえば、名士捏顛は前後四、五回も妻を替えたが、その度にただ美貌だけを問題にした。また、才子張又新は「ただ美しい妻を得さえすれば、それで一生満足である」とさえ言った(『唐才子伝』巻六)。もちろん、妾を入れる時は一層容貌が選択の基準になった。娘の家の財産もたいへん重視された。だからこそ、貧しい家の娘はもらい手がなく大きな社会問題となった。

17 毛熙震《巻九42臨江仙二首其二》『花間集』444全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7484

毛熙震  臨江仙二首其二

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)  独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。

寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。

《花間集》

443巻九42

臨江仙二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7484

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 

 

 
  2016年3月14日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-8李太白集055巻一55 古風,五十九首之五十五 422Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-8【56首】Ⅰ李白詩1788 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7480  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#6《 巻02-16送文暢師北遊》-#6〔8分割〕 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(14)<1701> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7481  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(11)杜少陵集 《暮春》18-49 杜甫詩index-15-1167 <1617> 767年大暦2年56歲-(11) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7482  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九42臨江仙二首其二》『花間集』444全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7484  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

臨江仙二首

臨江仙二首其一

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。

(臨江仙二首其の一)

南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。

潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。

態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。

纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。

 

臨江仙二首其二

(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。

独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)

好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。

寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。

澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。

 

(臨江仙二首其の二)

幽閨 曙けんと欲し 鶯の囀ずるを聞く,紅 月影 微かに明らかなり。

好風 頻りに謝らす 落花の聲,幃を隔て 燭を殘し,猶お綺屏の箏を照らす。

繡被 錦茵 玉 暖かに眠り,炷香 斜めに 裊煙 輕し。

澹蛾 羞じらい斂め 情に勝えず,暗くして閑夢を思い,何處にか雲を逐う行かん。

 

興慶宮の位置関係00
海棠花1050
 

『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其二

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。

好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。

澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の二)

幽閨 曙けんと欲し 鶯の囀ずるを聞く,紅 月影 微かに明らかなり。

好風 頻りに謝らす 落花の聲,幃を隔て 燭を殘し,猶お綺屏の箏を照らす。

繡被 錦茵 玉 暖かに眠り,炷香 斜めに 裊煙 輕し。

澹蛾 羞じらい斂め 情に勝えず,暗くして閑夢を思い,何處にか雲を逐う行かん。

 

(現代語訳)

(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)

独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)

余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。

寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。

もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。

 

 

(訳注)

臨江仙二首其二

(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)

12 この時代の女性は、それぞれ異なった階層に属し、およそ次の十種に分けることができる。①后妃、②宮人、③公主(附郡主・県主)、④貴族・宦門婦人、⑤平民労働婦人、⑥商家の婦人、⑦妓優、⑧姫妾・家妓、⑨奴碑、⑩女尼・女冠(女道士)・女巫 - 以上である。花間集に登場するのは、太字の女性であるがその中でも、特に①②⑦⑧⑩が多い。

②宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局(尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闈、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司醞、司薬、司饎、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

「三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕。」(三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん)《白居易「後宮詞」》。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、宦官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。この詩もそういった女性を違った視点で詠ったものである。

 

13 唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。毛熙震の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる

幽閨欲曙聞鶯囀  月影
好風頻謝落花  隔幃殘燭 猶照綺屏 

繡被錦茵眠玉暖 炷香斜裊煙

澹蛾羞斂不勝情 暗思閑夢  何處逐雲

○○●●△○●  ○?●●○○

●△○●●○○  ●○○● △●●△○

●●●○○●● ●○○?○△

△△○●△△○ ●△○△  △●●○△

 

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。

独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)

14 欲曙 夜が明けようとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

 

好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。

15 綺屏箏 美しい屏風の傍らに置かれた琴。

 

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。

寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。

16  ここでは玉のように白く艶やかな肌をした美女を指す。

17 衰煙 燻る香。

 

澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。

18 澹蛾 淡い眉。

19 不勝情 思いに堪えかねる。

20 閑夢 ここでは男と会っていた夢を指す。

21 逐雲行 ここでは男と会っていた夢から覚めて、もう一度、夢を見ようとしても叶わぬことを言う。行雲は行方定めず空を流れ行く雲を指すと同時に、巫山の神女の故事による男女の出会いを暗示し、さすらいの旅を続ける男が旅先で女と情を交わしているのではないかという意を含ませている。巫山の神女の故事については、韋莊『望遠行』の「出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。」 (この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。)

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

白貯舞005
 

 

 

臨江仙二首其一 【字解】

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

1 李商隠《南 朝》 

玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。

誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。

敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。

満宮学土皆顔色、江令當年只費才。

(南 朝)

玄武湖中 玉漏催し、鶏鳴壊口 繍襦廻る。

誰か言う 瓊樹 朝朝に見わるるは、金蓮 歩歩に来たるに及はずと

敵国の軍営 木柹を漂わし、前朝の神廟 煙煤に鎖さる

満宮の学士 皆な顔色あり、江令 当年只だ才を費す

南 朝 (南斉の武帝と陳の後主)李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 46

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。毛熙震の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる

南齊天子寵嬋  六宮羅綺三
潘妃嬌豔獨芳  椒房蘭洞 雲雨降神

縱態迷歡心不足 風流可惜當  

纖腰婉約步金蓮 妖君傾國 猶自至今

○△○●●○○  ●○○●△○

○△△●●○○ ○○○△ ○●△○○

△●○○○△● △○●●△○

○○●●●○△ ○○○●  △●●○△

 

2 南斉 中国,南北朝時代の南朝の一(479502)。宋の蕭道成(しようどうせい)が順帝の禅譲を得て建国。都は建康(今の南京)。七代で蕭衍(しようえん)(梁の武帝)に国を奪われた

3 嬋娟 容姿のあでやかで美しいさま。

4 六宮 中国で、皇后と五人の夫人が住む六つの宮殿。皇后と五人の夫人。後宮。

綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。

5 三千 宮女三千人。

杜甫はかつて《20-99 観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。

767年-23幷序⑶ 杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 幷序⑶》 杜甫詩index-15-1145 <1595> 767年大暦2年56-23幷序⑶

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。100人くらいもいる妃賓に100人の宮女が使えていたとするから、後宮には一万人くらいがいたとされる。

7 潘妃 (生没年不明)東昏侯の妃。本名は兪尼子、のちに、潘玉児といった。もと王敬則の妓で、東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長する ことが大であった。かつて東昏侯は、金の蓮華を地に敷いて潘妃にその上を歩かせ、「歩歩蓮華を生ず」といった。梁の武帝の革命が起こると、東昏侯は殺され、潘妃は捕えられたが、部 将の妾となることを拒んで自殺した。

8 芳妍【ほうけん】美しく、優美な女たちがあつまれば芳しい香りでこと。

9 椒房 ①皇后の御所。②皇后・皇妃の別名。「椒」は山椒(さんしよう)、「房」は室の意。中国で皇后の御所の壁に邪気を払うためと、実の多いことにあやかり、皇子が多く生まれるようにと、山椒を塗り込めたり、庭に植えたりしたところからこの名があるという。

10 蘭洞 妃賓の宮殿。

11 金蓮 南斉の末期の帝、東昏侯蕭宝巻(483501)は黄金で蓮の花をこしらえて地面に敷き、その上を愛姫の潘妃に歩ませて、「此れ歩歩に蓮華を生ずるなり」といった(『南史』斉本紀)にある。

〔「南史斉本紀」より。中国南朝の東昏侯(とうこんこう)が潘妃(ばんき)に金製の蓮華の上を歩かせた故事による〕美人のあでやかな歩み。蓮歩。

17 毛熙震《巻九40浣溪沙七首其七》『花間集』442全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7474

毛熙震  浣溪沙七首其七

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

(多くいる妃賓は若く綺麗な時には寵愛を受け、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)  妃賓の数は多く、時期を過ぎれば寵愛を受けていたことを思い出に、酒におぼれ、ほろ酔いながら思いに耽り、思い出の刺繍の寝牀のマットレスに横たわり、眠い体は力抜けただ自分で、スカートをおろす。寂しさを紛らわす籠の鸚鵡の声を聞きつづけるのも、もう飽きてしまった。髪をとかすも煩わしく、抜け落ちた簪、金の鳳冠、翡翠の飾りをしなおして、象牙の櫛を斜めに鬢をなおせば、雲より出た月のようにしっかりとした顔立ちである。それでも錦の屏風をまわりに立て、絹の帳に香の煙の漂い薫らせて、ただ待ち続ける。

《花間集》437巻九39

浣溪沙七首其六

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7469

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世

 

 

 
  2016年3月12日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-6李太白集042巻一42 古風,五十九首之四十二 420Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-6【56首】 Ⅰ李白詩1786 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7470  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#4《 巻02-16送文暢師北遊 (昔在四門館,)-#4》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(14)8分割-#4<1699> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7471  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(9)杜少陵集 《遣悶戲呈路十九曹長》18-47 杜甫詩index-15-1165 <1615> 767年大暦2年56歲-(9)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7472  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九40浣溪沙七首其七》『花間集』442全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7474  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其七

(多くいる妃賓は若く綺麗な時には寵愛を受け、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

妃賓の数は多く、時期を過ぎれば寵愛を受けていたことを思い出に、酒におぼれ、ほろ酔いながら思いに耽り、思い出の刺繍の寝牀のマットレスに横たわり、眠い体は力抜けただ自分で、スカートをおろす。寂しさを紛らわす籠の鸚鵡の声を聞きつづけるのも、もう飽きてしまった。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

髪をとかすも煩わしく、抜け落ちた簪、金の鳳冠、翡翠の飾りをしなおして、象牙の櫛を斜めに鬢をなおせば、雲より出た月のようにしっかりとした顔立ちである。それでも錦の屏風をまわりに立て、絹の帳に香の煙の漂い薫らせて、ただ待ち続ける。

(浣溪沙七首其の七)

半ば酔い情を凝らして繍菌に臥せ、睡容 力無く 羅布を卸す、玉寵の鶴鵡を聴聞するを敵う。

傭く落敦を整う 金の薪翠、象琉 贅に歌て 月 雲に生ず、錦屏 給幌 靡煙 薫る。

DCF00209
 

『浣溪沙七首其七』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其七

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

 

 

(下し文)

(浣溪沙七首其の七)

半ば酔い情を凝らして繍菌に臥せ、睡容 力無く 羅布を卸す、玉寵の鶴鵡を聴聞するを敵う。

傭く落敦を整う 金の薪翠、象琉 贅に歌て 月 雲に生ず、錦屏 給幌 靡煙 薫る。

 

(現代語訳)

(多くいる妃賓は若く綺麗な時には寵愛を受け、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

妃賓の数は多く、時期を過ぎれば寵愛を受けていたことを思い出に、酒におぼれ、ほろ酔いながら思いに耽り、思い出の刺繍の寝牀のマットレスに横たわり、眠い体は力抜けただ自分で、スカートをおろす。寂しさを紛らわす籠の鸚鵡の声を聞きつづけるのも、もう飽きてしまった。

髪をとかすも煩わしく、抜け落ちた簪、金の鳳冠、翡翠の飾りをしなおして、象牙の櫛を斜めに鬢をなおせば、雲より出た月のようにしっかりとした顔立ちである。それでも錦の屏風をまわりに立て、絹の帳に香の煙の漂い薫らせて、ただ待ち続ける。

 

曉鶯001
 

(訳注)

浣溪沙七首其七

(多くいる妃賓は若く綺麗な時には寵愛を受け、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

半醉凝情臥繡 睡容無力卸羅裙 玉籠鸚鵡猒聽

慵整落釵金翡翠 象梳欹鬢月生雲 錦屏綃幌麝煙

●●△○●●○  ●○○●●○○

●△○●△△△  ○●●○○●●

●○○●●△○  ●△○●●○△

 

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

妃賓の数は多く、時期を過ぎれば寵愛を受けていたことを思い出に、酒におぼれ、ほろ酔いながら思いに耽り、思い出の刺繍の寝牀のマットレスに横たわり、眠い体は力抜けただ自分で、スカートをおろす。寂しさを紛らわす籠の鸚鵡の声を聞きつづけるのも、もう飽きてしまった。

1 繡茵 刺繍の施された寝牀に敷かれたマットレス。

2 玉籠 美しい寵。玉は寵を飾って言ったもの。宮殿で鸚鵡を飼える身分の人である。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

髪をとかすも煩わしく、抜け落ちた簪、金の鳳冠、翡翠の飾りをしなおして、象牙の櫛を斜めに鬢をなおせば、雲より出た月のようにしっかりとした顔立ちである。それでも錦の屏風をまわりに立て、絹の帳に香の煙の漂い薫らせて、ただ待ち続ける。

3 落釵金翡翠 抜け落ちた金のカワセミの飾りの付いた管。

4 月生雲 妃賓の顔が月であることは、寵愛はなくなったとしても、まだ若く綺麗であることを意味し、髪の形をあらわすのが雲であって、おおきな髪型にできるものは、一般の女性ではない。雲型は大きいほど位が高い。

5 綃幌 寝台を囲う絹の幌。「中國歴史ドラマ」《後宮の涙》などでは他の番組より、詳しい。

浣溪沙七首其七

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

 

(浣溪沙七首其の七)

半ば酔い情を凝らして繍菌に臥せ、睡容 力無く 羅布を卸す、玉寵の鶴鵡を聴聞するを敵う。

傭く落敦を整う 金の薪翠、象琉 贅に歌て 月 雲に生ず、錦屏 給幌 靡煙 薫る。

 

 

6 【解説】 ただ生きるだけとなる妃賓と雖も、ただ酔って力なく床に身を横たえる女であり、しかし、そうした時代であり、品位の高い者の娘は、出自の家系の為、それを願って後宮に入っている。

「三千の宮女 脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん」(白居易「後宮詞」)。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、宦官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

鶯00
 


続きを読む

17 毛熙震《巻九39浣溪沙七首其六》『花間集』441全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7469

毛熙震  浣溪沙七首其六

碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。

暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。) 緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)

《花間集》437巻九39

浣溪沙七首其六

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7469

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世

 

 
  2016年3月11日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-5李太白集040巻一40 古風,五十九首之四十 419Index-24Ⅲ-3 5【56首】Ⅰ李白詩1785 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7465  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#3《 巻02-16送文暢師北遊-#3》806年貞元22年 39歳-(14)8分割-#3<1698> Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7466  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(8)杜少陵集 《晝夢》18-48 杜甫詩index-15-1164 <1614> 767年大暦2年56歲-(8)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7467  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 李太白集  379《太白巻十四34 贈別王山人歸布山》(王子析道論,) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7473 (03/11)  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九39浣溪沙七首其六》『花間集』441全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7469  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其一

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。

春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。

弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。

(浣溪沙七首 其の一)

春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。

弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

(浣溪沙七首其の二)

花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。

紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。

 

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

(浣溪沙七首其の三)

晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。

好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。

 

 

浣溪沙七首其四

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

 

 

浣溪沙七首其五

(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)

雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。

妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。

佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。

あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。

(浣溪沙七首其の五)

雲薄く 羅裙 綬帶長し,滿身 新裛 瑞龍の香,翠鈿 斜映して 梅粧を豔す。

人を覷ず佯し 空しく婉約す,笑和し 嬌語す 太倡狂と,忍ぶこと教えられ 恨むことを牽きても 暗き形相するも。

 

 

浣溪沙七首其六

(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)

碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。

緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。

暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)

(浣溪沙 七首 其の六)

碧玉 冠輕うして 鷰釵を裊し,捧心 語ること無く 香堦を步む,弓底 繡羅の鞋に緩移す。

暗想にして 歡するは何んぞ好を計らん,豈に 期約 乖く有る時を堪えん,日高く 深院 正に懷うを忘ん。

 

浣溪沙七首其七

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

 

莊周夢蝶00
 

『浣溪沙七首其六』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其六

碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。

暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

 

 

(下し文)

(浣溪沙 七首 其の六)

碧玉 冠輕うして 鷰釵を裊し,捧心 語ること無く 香堦を步む,弓底 繡羅の鞋に緩移す。

暗想にして 歡するは何んぞ好を計らん,豈に 期約 乖く有る時を堪えん,日高く 深院 正に懷うを忘ん。

 

 

(現代語訳)

(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)

緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。

こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)

 

木蓮0005
 

(訳注)

浣溪沙七首其六

(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)

1 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

碧玉冠輕裊鷰釵 捧心無語步香堦 緩移弓底繡羅

暗想歡何計好 豈堪期約有時乖 日高深院正忘

●●△△?●○  ●○○●●○○ ●○○●●○○

●●○△△●● ●○○●●○○  ●○△△△●○

 

碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。

緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。

2 碧玉 ① 青色または緑色の玉。 玉髄の一。酸化鉄からなる不純物を含む不透明な石英。紅色・緑色・黄色・褐色などを呈する。碧玉(へきぎよく)と通称する緑色凝灰岩の類を材料とし,内径56cmの環状に作っている。円形の断面をもったものなどの,表裏の区別のない石釧もまれにあるが,大多数は裏面がたいらで,表面の上半部を斜面とし,ここに放射状のこまかい線を刻んでいる。

3 堦 階(きざはし)杜甫《蜀相》「映堦碧草自春色, 隔葉黄鸝空好音。」美しい緑色をした若草の色が階(きざはし)に照り映えて、自然と春の季節の気配を漂わせている。葉の繁みの向こう側で、高麗ウグイスが(聴く人もいないのに)空しく鳴いている。

4 緩 1 締め方がきつくないさま。ゆるいさま。「(髪ヲ)いと―にひき結はせ給ひて」〈栄花・楚王の夢〉2 ゆっくりとしたさま。

弓底 古代 纏足 女性が履いている靴。婦人纏足で足が 弓形 ので、その靴はこの名。婦人纏足説から 南朝 一説、から5世代。明、清王朝のスタイルが平、高底多種で、そして飾 刺繍 珠玉などと。

5 鞋 鞋(わらじ) - 草鞋; 鞋(くつ)。絹に刺繍をほどこした履。

 

暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)

6 歡 よろこび楽しむこと。

7 期約 逢瀬の約束の日。

8 乖 (1) (子供が)おとなしい,素直な孩子真乖この子は本当に素直だ.(2) 賢い,利口な乖機敏で賢い.(1) 非常識な,道にもとる乖舛間違った.(2) ひねくれた.

 


続きを読む

17 毛熙震《巻九37浣溪沙七首其四》『花間集』439全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7459

毛熙震  浣溪沙七首其四

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)  今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

《花間集》437巻九35

浣溪沙七首其四

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7449

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世

 

 
  2016年3月9日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-3李太白集020巻一20 古風,五十九首之二十 417Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-3【56首】 Ⅰ李白詩1783 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7455  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#1《 巻02-16送文暢師北遊 (昔在四門館,)-#1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(14)8分割-#1<1696> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7456  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(6)杜少陵集 《18-46崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡》 index-15-1162 <1612> 767年大暦2年56歲-(6) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7457  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九37浣溪沙七首其四》『花間集』439全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7459  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其一

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。

春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。

弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。

(浣溪沙七首 其の一)

春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。

弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

(浣溪沙七首其の二)

花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。

紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。

 

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

(浣溪沙七首其の三)

晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。

好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。

 

 

浣溪沙七首其四

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

 

長安城図 作図00
 

『浣溪沙七首其四』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其四

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

 

(下し文)

(浣溪沙七首其の四)

一隻の橫釵 髻叢より墜つ、静かに珍簟に眠り 起き来たるに慵く、繍羅 紅 嫩らかに 酥胸に抹く。

酥じらい細き蛾を斂め 魂 暗に断え、困迷して 語無く 思い猶お濃く、小屏 香靄 碧山 重なる。

 

(現代語訳)

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。

細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

花間集 白梅
 

(訳注)

浣溪沙七首其四

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

1 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦ の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

一隻橫釵墜髻  靜眠珍簟起來慵 繡羅紅嫩抹酥

羞斂細蛾魂暗斷 困迷無語思猶濃 小屏香靄碧山

●●△○●●○  ●○○●●△○ ●○○●●○○

○●●△○●● ●○○●△△○  ●△○●●○△

 

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。

2 珍簟 上等な竹延。簟:細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。《季 夏》簟のベットシーツは汗ばむ時には最高のものだが、汗もかかない一人寝の秋には冷たすぎる。しかし、もしかしたら、又帰ってくれるかもしれない。その時にはこの敷物が無くてはならないという待つ身の女心をあらわす意味になる。この時代の簟は、極めて珍しく高価なものであった。ベッドインしてから情事で汗をかくそのためのシ-ツであるから、情事の際には、春から秋まで使用したが、一人で寝る際には秋も半ばを過ぎると寒くなるというもの。

魏承班《訴衷情五首其三》

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

顧夐《浣溪沙八首其七》

鴈響遙天玉漏清,小紗外月朧明,翠幃金鴨炷香平。

何處不歸音信斷,良宵空使夢魂驚,簟涼枕冷不勝情。

(浣溪沙八首其の七)

鴈の響き遙かな天に 玉漏清きなり,小紗の外は月朧明し,翠幃に金鴨ありて炷香平かなり。

何處にか歸らず 音信斷つ,良宵 空しく使わしむ夢魂驚き,簟涼 枕冷 情に勝てず。

3 繡羅紅嫩抹酥胸 艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てる。酥胸は乳白色をした艶やかな胸。抹胸は胸当て、なお酥は牛や羊の乳の表面にできる膜から作る食べ物。

 

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

4 小屏香露碧山垂 花間集に商山という表現があるのは、薄絹をまとった女性が横たわった姿をいうもので、情事を待つ寝牀に横たわった様子の描写である。ここでは。屏風に女性の横たわった影が映っていることをいう。そこにはお香がただよっている。後宮のいずれかの后妃も年を重ねて、独り寝に堪える、屏風には描かれた山が重なり、屏風に香の煙が漂って趣きを深める。

 

紅梅003
 

 

浣溪沙七首其一 【字解】

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

0 【解説】 晩春の夕景色を詠う。后妃であっても年を重ねると宮殿で一生を過ごして果てる。白居易の《上陽の白髪の人》白居易「後宮詞」

雨露由來一點恩,爭能遍布及千門?

三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕!

「三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん」(白居易「後宮詞」)。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、官官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

春暮黃鶯下砌前 水精簾影露珠懸 綺霞低映晚晴

弱柳萬條垂翠帶 殘紅滿地碎香鈿  蕙風飄蕩散輕

○●○○●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○○

●●●○○●● ○○●●●○△  ●△○●●△○

 

1 砌 《「水限(みぎり)」の意で、雨滴の落ちるきわ、また、そこを限るところからという》1 時節。おり。ころ。「暑さの―御身お大事に」「幼少の―」2 軒下や階下の石畳。

2 水精 水に映り輝く宮殿。水精は水の精。水星、辰星。水の中から産する珠。水の妖精。「珠水精、故以禦火灾」(珠は水精、故に以て火灾を禦【ふせ】ぐ)とある。また、水精宮とすれば、水際の水晶で飾られた宮殿の閨。

杜甫『曲江對酒』

苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。

縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。

(曲江にて酒に對す)

苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。

飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。

春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。

それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。

勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。

官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

 

3 綺霞 美しい夕焼け、夕映え。

4 香鈿 額飾りや頬飾り。ここでは頬飾りを指す。

5 蕙風 香しい風。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

6 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

花榭香紅煙景迷 滿庭芳艸綠萋萋 金鋪閑掩繡簾 

紫鷰一雙嬌語碎 翠屏十二晚峯齊 夢魂銷散醉空

○●○○○●○  ●○○●●○○

○△○●●○○  ●●●○△●●

●△●●●○△  △○○●●△○

7 花榭 花に囲まれた水際の四阿。榭:屋根のあるうてな,あずまや()水榭水ぎわの亭(チン)

8 萋萋 草木の茂っているさま。さいさい。「水草の―と繁茂して居る気味の悪い沼地」

9 金鋪 黄金で飾った閨。鋪:鉱山で、坑道のひと区切りのこと。舗/鋪【ほ】とは。意味や解説。[名]みせ。店舗。「―を構える」[接尾]助数詞。地図など、畳みものの本を数えるのに用いる。上に来る語によっては「ぽ」となる。「

10 閑掩 しずけさにつつまれる。

11 繡簾低 鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている、それはその戸張の中で過ごしていることを意味する。

 

12 紫鷰 紫は、仙郷をイメージするものであり、道教の気高い巫女を連想させる。

13 嬌語碎 やさしくささやくこと。

14 十二晚峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

皇甫松《天仙子二首其一》

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

齊,夢魂銷散醉空閨

4-414《天仙子二首其一》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

1『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

晚起紅房醉欲銷 綠鬟雲散裊金翹 雪香花語不勝

好是向人柔弱處 玉纖時急繡裙腰 春心牽惹轉無

●●○○●●○  ●○○●○○△ ●○○●△△△

●●●○○●● ●○○●●○○  ○○△●●○○

 

2 雪香 雪のような牡丹の花のお香がただようこと。

3 花語 情事の中で話される、愛の言葉をいう。

4 柔弱 気力や体質が弱々しいこと。また、そのさま。【じゅうじゃく】

5 無憀 ・何もしないでボーっとする。顧夐『河傳三首 其三』「棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰。倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦。」13-9 河傳三首 其三 》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集」Gs-461-13-(9) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3852

・心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。牛希濟『臨江仙七首 其三』「渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。」10 -7 臨江仙七首其三 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-404-10-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3567

17 毛熙震《巻九36浣溪沙七首其三》『花間集』438全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7454

毛熙震  浣溪沙七首其三

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

《花間集》437巻九35

浣溪沙七首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7449

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世


 
  2016年3月8日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-2李太白集005巻一05 古風,五十九首之五 416Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-2【56首】-364-005Ⅰ李白詩1782 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7450  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈141-#5《 巻02-08醉贈張祕書 #5》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(13)-#5<1695> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7451  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(5)杜少陵集 《老病》15-16 杜甫詩index-15-1161 <1611> 767年大暦2年56歲-(5) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7452  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九36浣溪沙七首其三》『花間集』438全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7454  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其一

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。

春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。

弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。

(浣溪沙七首 其の一)

春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。

弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

(浣溪沙七首其の二)

花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。

紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。

 

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

(浣溪沙七首其の三)

晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。

好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。

白貯舞005
 

 

『浣溪沙七首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其三

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

 

(下し文)

(浣溪沙七首其の三)

晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。

好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。

 

(現代語訳)

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

 

長安城図 作図00
 

(訳注)

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

晚起紅房醉欲銷 綠鬟雲散裊金翹 雪香花語不勝

好是向人柔弱處 玉纖時急繡裙腰 春心牽惹轉無

●●○○●●○  ●○○●○○△ ●○○●△△△

●●●○○●● ●○○●●○○  ○○△●●○○

 

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

雪香 雪のような牡丹の花のお香がただようこと。

花語 情事の中で話される、愛の言葉をいう。

 

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

柔弱 気力や体質が弱々しいこと。また、そのさま。【じゅうじゃく】

無憀 ・何もしないでボーっとする。顧夐『河傳三首 其三』「棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰。倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦。」13-9 河傳三首 其三 》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集」Gs-461-13-(9) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3852

・心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。牛希濟『臨江仙七首 其三』「渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。」10 -7 臨江仙七首其三 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-404-10-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3567

 

 

浣溪沙七首其一 【字解】

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

0 【解説】 晩春の夕景色を詠う。后妃であっても年を重ねると宮殿で一生を過ごして果てる。白居易の《上陽の白髪の人》白居易「後宮詞」

雨露由來一點恩,爭能遍布及千門?

三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕!

「三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん」(白居易「後宮詞」)。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、官官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

春暮黃鶯下砌前 水精簾影露珠懸 綺霞低映晚晴

弱柳萬條垂翠帶 殘紅滿地碎香鈿  蕙風飄蕩散輕

○●○○●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○○

●●●○○●● ○○●●●○△  ●△○●●△○

 

1 砌 《「水限(みぎり)」の意で、雨滴の落ちるきわ、また、そこを限るところからという》1 時節。おり。ころ。「暑さの―御身お大事に」「幼少の―」2 軒下や階下の石畳。

2 水精 水に映り輝く宮殿。水精は水の精。水星、辰星。水の中から産する珠。水の妖精。「珠水精、故以禦火灾」(珠は水精、故に以て火灾を禦【ふせ】ぐ)とある。また、水精宮とすれば、水際の水晶で飾られた宮殿の閨。

杜甫『曲江對酒』

苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。

縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。

(曲江にて酒に對す)

苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。

飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。

春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。

それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。

勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。

官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

 

3 綺霞 美しい夕焼け、夕映え。

4 香鈿 額飾りや頬飾り。ここでは頬飾りを指す。

5 蕙風 香しい風。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

6 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

花榭香紅煙景迷 滿庭芳艸綠萋萋 金鋪閑掩繡簾 

紫鷰一雙嬌語碎 翠屏十二晚峯齊 夢魂銷散醉空

○●○○○●○  ●○○●●○○

○△○●●○○  ●●●○△●●

●△●●●○△  △○○●●△○

7 花榭 花に囲まれた水際の四阿。榭:屋根のあるうてな,あずまや()水榭水ぎわの亭(チン)

8 萋萋 草木の茂っているさま。さいさい。「水草の―と繁茂して居る気味の悪い沼地」

9 金鋪 黄金で飾った閨。鋪:鉱山で、坑道のひと区切りのこと。舗/鋪【ほ】とは。意味や解説。[名]みせ。店舗。「―を構える」[接尾]助数詞。地図など、畳みものの本を数えるのに用いる。上に来る語によっては「ぽ」となる。「

10 閑掩 しずけさにつつまれる。

11 繡簾低 鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている、それはその戸張の中で過ごしていることを意味する。

 

12 紫鷰 紫は、仙郷をイメージするものであり、道教の気高い巫女を連想させる。

13 嬌語碎 やさしくささやくこと。

14 十二晚峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

皇甫松《天仙子二首其一》

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

齊,夢魂銷散醉空閨

4-414《天仙子二首其一》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532

16尹鶚《巻九33菩薩蠻》『花間集』435全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7439

尹顎  菩薩蠻

隴雲暗合秋天白,俯獨坐窺煙陌。樓際角重吹,黃昬方醉歸。

荒唐難共語,明日還應去。上馬出門時,金鞭莫與伊。

(女性のもとに、西域から朝廷に命を受けて帰り、次の朝には又帰っていく、宮中の后妃であろう女性を詠う。)

隴山にかかる雲が広がると暗く厚く重い雲が秋晴れの白く高い空に蔽い始める、下窓の前に一人座って大通りからの塵埃の砂煙をうかがう。西域からあの人が帰って来る。高楼の端っこの向うから角笛が吹かれ響き渡る、夕暮れ時から帰国の宴があり、酔っ払って帰って来る。帰って来れば、とりとめのないこと二人で話したが通じ合わなかったようだ、それでも明日にはまたあの地へ帰っていくのだ。馬に跨り西の門から出て行こうとした時、寂しさよくないことと、ここにかのひとのぬくもりを遺すこととをして、西域を平定するため「金鞭」を振るって出発してゆく。

《花間集》434巻九33

菩  薩  蠻

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7439

(改訂版Ver.2.1

16尹顎

前蜀の詞人

920年前後に在世

 

 

 

 
  2016年3月5日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(95)李太白集943巻二十四54學古思邊  414Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(95) Ⅰ李白詩1779 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7435  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈141-#2《 巻02-08醉贈張祕書 #2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(13)-#2<1692> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7436韓愈詩-韓愈141-#2  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(1)杜少陵集 《立春》18-41 杜甫詩index-15-1157 <1607> 767年大暦2年56歲-(1)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7432  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 16尹鶚《巻九33菩薩蠻》『花間集』435全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7439  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

菩薩蠻

(女性のもとに、西域から朝廷に命を受けて帰り、次の朝には又帰っていく、宮中の后妃であろう女性を詠う。)

隴雲暗合秋天白,俯獨坐窺煙陌。

隴山にかかる雲が広がると暗く厚く重い雲が秋晴れの白く高い空に蔽い始める、下窓の前に一人座って大通りからの塵埃の砂煙をうかがう。西域からあの人が帰って来る。

樓際角重吹,黃昬方醉歸。

高楼の端っこの向うから角笛が吹かれ響き渡る、夕暮れ時から帰国の宴があり、酔っ払って帰って来る。

荒唐難共語,明日還應去。

帰って来れば、とりとめのないこと二人で話したが通じ合わなかったようだ、それでも明日にはまたあの地へ帰っていくのだ。

上馬出門時,金鞭莫與伊。

馬に跨り西の門から出て行こうとした時、寂しさよくないことと、ここにかのひとのぬくもりを遺すこととをして、西域を平定するため「金鞭」を振るって出発してゆく。

 

(菩薩蠻)

隴雲 暗く 秋天の白に合し,俯して 獨り坐り煙陌を窺う。

樓の際 角吹くを重ね,黃昬 方に醉い歸る。

荒唐にして 共に語り難し,明日には 還た應に去らん。

上馬し 門を出づるの時,金鞭は 莫と伊とをす。

 

紅梅202
 

『菩薩蠻』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻

隴雲暗合秋天白,俯獨坐窺煙陌。

樓際角重吹,黃方醉歸。

荒唐難共語,明日還應去。

上馬出門時,金鞭莫與伊。

 

(下し文)

(菩薩蠻)

隴雲 暗く 秋天の白に合し,俯して 獨り坐り煙陌を窺う。

樓の際 角吹くを重ね,黃 方に醉い歸る。

荒唐にして 共に語り難し,明日には 還た應に去らん。

上馬し 門を出づるの時,金鞭は 莫と伊とをす。

 

(現代語訳)

(女性のもとに、西域から朝廷に命を受けて帰り、次の朝には又帰っていく、宮中の后妃であろう女性を詠う。)

隴山にかかる雲が広がると暗く厚く重い雲が秋晴れの白く高い空に蔽い始める、下窓の前に一人座って大通りからの塵埃の砂煙をうかがう。西域からあの人が帰って来る。

高楼の端っこの向うから角笛が吹かれ響き渡る、夕暮れ時から帰国の宴があり、酔っ払って帰って来る。

帰って来れば、とりとめのないこと二人で話したが通じ合わなかったようだ、それでも明日にはまたあの地へ帰っていくのだ。

馬に跨り西の門から出て行こうとした時、寂しさよくないことと、ここにかのひとのぬくもりを遺すこととをして、西域を平定するため「金鞭」を振るって出発してゆく。

大明宮の圖003
 

(訳注)

菩薩蠻

(女性のもとに、西域から朝廷に命を受けて帰り、次の朝には又帰っていく、宮中の后妃であろう女性を詠う。)

宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

『花問集』 には孫光憲の作が五首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎➄➄の詞形をとる。

隴雲暗合秋天  獨坐窺煙

樓際角重  黃昬方醉

荒唐難共  明日還應

上馬出門  金鞭莫與

●○●●○○●  ●?●●○○●

○●●△△  ○?○●○

△○△△●  ○●○△●

●●●○○  ○○●△○

 

隴雲暗合秋天白,俯獨坐窺煙陌。

隴山にかかる雲が広がると暗く厚く重い雲が秋晴れの白く高い空に蔽い始める、下窓の前に一人座って大通りからの塵埃の砂煙をうかがう。西域からあの人が帰って来る。

○隴雲 西への道は天に続く、天日への道であること。そこに続く道は杜甫の「兵車行」に述べられており、隴西から過酷な峠を抜ける様子も「前出塞九首」「後出塞五首」に述べられており、隴山に懸かる雲はそのすべてを見ている。兵車行  杜甫

前出塞九首 其九 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ  48

後出塞五首 其五 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ  99

 

酒泉子三首其一

空磧無邊,萬里陽關道路。

馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。

綺羅心,魂夢隔,上高樓。

(酒泉子三首 其の一)

空磧 辺 無く、万里のさき陽関の道路あり。

馬は蕭蕭とし、人は去り去りて、隴雲は愁う。

香貂【こうちょう】 旧製にして戎衣窄【きつ】し、胡霜 千里さきに白し。

綺羅 心し、魂夢は隔つ、高楼に上らん。

14-370《酒泉子三首其一》孫光憲(30)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-553-14-(370) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4312

 

樓際角重吹,黃昬方醉歸。

高楼の端っこの向うから角笛が吹かれ響き渡る、夕暮れ時から帰国の宴があり、酔っ払って帰って来る。

 

荒唐難共語,明日還應去。

帰って来れば、とりとめのないこと二人で話したが通じ合わなかったようだ、それでも明日にはまたあの地へ帰っていくのだ。

○荒唐 「荒」も「唐」も大きく、広い意。言うことに根拠がなく、とりとめのないこと。また、そのさま。

 

上馬出門時,金鞭莫與伊。

馬に跨り西の門から出て行こうとした時、寂しさよくないことと、ここにかのひとのぬくもりを遺すこととをして、西域を平定するため「金鞭」を振るって出発してゆく。

○金鞭 きんべん 聞仲の宝貝。二本の蛟竜が化したという双鞭。普通に鞭として使っても強力だが、空中に投げあげて放つと相手を落馬させるほどのダメージを与える。西岐遠征時に使用し、那咤を初め姜子牙、金咤、木咤らを次々に打ち据えた。三日後の戦いで姜子牙の打神鞭に壊されるが、なぜかその後の戦いでも使用されている。

○莫與伊 莫:よくないこと。さみしいこと。伊:このこと。これ。かれ。

 

 

続きを読む

16尹鶚《巻九29臨江仙二首其二》『花間集』431全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7419

尹顎  臨江仙二首其二

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

(離宮に移された妃嬪はにどとちょうあいをうけることはないのに、閨では寵愛を受ける準備はしてまちわびている、でも、それしかないと、落す涙も枯れ果てたと詠う。

秋は深まり、夜長は寒く、銀河は静かに流れてゆく、月の光は奥深き中庭に降り注ぐ。

西の閨の窓辺にはいつものように、だれにも知られることもなく見るのはあのおかたの夢である、それも、ねむりがあさく、たちまちにして覚めてしまえば、恨み心は、特別に穏やかになるのが難しいほど動悸がする。

目が覚めても物憂く、紅い灯火が半ば消えかかり炎短くてもそのままにする、銀屏風は壁際に寄せたまま、炎が消えそうでも、あかりを背に暗くしたまま横たえている。

男用の枕の前に頭を横たえるけれど、この生活の最も心を傷ましむるできごとは、以前は、鳳凰の愛の巢である梧桐の葉に愛の雫を落していたのに、いまは、ぽとぽとと滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった。

《花間集》416巻九29

臨江仙二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7419

(改訂版Ver.2.1

16尹鶚

前蜀の詞人

920年前後に在世

 

 

 

 
  2016年3月1日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(91)李太白集931巻二十四42長門怨二首 其二  410Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(91) Ⅰ李白詩1775 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7415  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈139-#1《 巻01-23秋懷詩,十一首之十 #1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(11) #1<1688> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7416  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #5杜少陵集 《19-38 狄明府〔寄狄明府博濟〕#5》 杜甫詩index-15-1154 <1604> 767年大暦2年56歲-24 #5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7417   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 16尹鶚《巻九29臨江仙二首其二》『花間集』431全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7419  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

尹鶚(生卒年末詳)は、前蜀の詞人。成都の人。前苛の王術に仕えて翰林校書となる、続いて校書郎、参卿に進んだため、「尹参卿鶚」と呼ばれた。『花間集』には六首が収められる。

前蜀(907年—925年),五代政之一,王建所建,定都成都

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。

昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いに慕い、相佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。

この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。

別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。

(臨江仙二首其の一)

一番 荷芰 生池の沼,檻前 風送り 馨香あり。

昔年 此に於て蕭娘を伴とし,相いに偎【なじ】み佇立す,牽き惹れても 衷腸を敘す。

時逞す 笑容 無限の態,還如す 菡萏 芳を爭う。

別れ來って 虛しく遣る 悠颺を思うを,慵うき 往事を窺う,金鏁は 小蘭房なり。

 

臨江仙二首其二

(離宮に移された妃嬪はにどとちょうあいをうけることはないのに、閨では寵愛を受ける準備はしてまちわびている、でも、それしかないと、落す涙も枯れ果てたと詠う。

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

秋は深まり、夜長は寒く、銀河は静かに流れてゆく、月の光は奥深き中庭に降り注ぐ。

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

西の閨の窓辺にはいつものように、だれにも知られることもなく見るのはあのおかたの夢である、それも、ねむりがあさく、たちまちにして覚めてしまえば、恨み心は、特別に穏やかになるのが難しいほど動悸がする。

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

目が覚めても物憂く、紅い灯火が半ば消えかかり炎短くてもそのままにする、銀屏風は壁際に寄せたまま、炎が消えそうでも、あかりを背に暗くしたまま横たえている。

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

男用の枕の前に頭を横たえるけれど、この生活の最も心を傷ましむるできごとは、以前は、鳳凰の愛の巢である梧桐の葉に愛の雫を落していたのに、いまは、ぽとぽとと滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった。

(臨江仙二首其の二)

深秋 寒夜 銀河 靜まり,月 深院の中庭に明かなる。

西 幽夢 等閑 成り,逡巡 覺むる後,特地 恨みは平らかなり難し。

紅燭 半條して 焰短を殘し,依稀として 暗く 銀屏を背にす。

枕前 何事か最も情を傷ましめん,梧桐の葉上,點點として 露珠さえ零【わず】かなり。

 

西湖十景 曲院風荷02
 

臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其二

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の二)

深秋 寒夜 銀河 靜まり,月 深院の中庭に明かなる。

西 幽夢 等閑 成り,逡巡 覺むる後,特地 恨みは平らかなり難し。

紅燭 半條して 焰短を殘し,依稀として 暗く 銀屏を背にす。

枕前 何事か最も情を傷ましめん,梧桐の葉上,點點として 露珠さえ零【わず】かなり。

 

(現代語訳)

(離宮に移された妃嬪はにどとちょうあいをうけることはないのに、閨では寵愛を受ける準備はしてまちわびている、でも、それしかないと、落す涙も枯れ果てたと詠う。

秋は深まり、夜長は寒く、銀河は静かに流れてゆく、月の光は奥深き中庭に降り注ぐ。

西の閨の窓辺にはいつものように、だれにも知られることもなく見るのはあのおかたの夢である、それも、ねむりがあさく、たちまちにして覚めてしまえば、恨み心は、特別に穏やかになるのが難しいほど動悸がする。

目が覚めても物憂く、紅い灯火が半ば消えかかり炎短くてもそのままにする、銀屏風は壁際に寄せたまま、炎が消えそうでも、あかりを背に暗くしたまま横たえている。

男用の枕の前に頭を横たえるけれど、この生活の最も心を傷ましむるできごとは、以前は、鳳凰の愛の巢である梧桐の葉に愛の雫を落していたのに、いまは、ぽとぽとと滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった。

kairo10681
 

(訳注)

臨江仙二首其二

(離宮に移された妃嬪はにどとちょうあいをうけることはないのに、閨では寵愛を受ける準備はしてまちわびている、でも、それしかないと、落す涙も枯れ果てたと詠う。

13 【解説】 孤閏の恨みを詠う。後段、夢覚めた後、半ば消えかかった灯火は暗く、梧桐の葉に滴り落ちる滴の音一つ一つに、一層悲しみを誘われずにはいないことを言う。

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

深秋寒夜銀河靜  月明深院中
西幽夢等閑  逡巡覺後 特地恨難

紅燭半條殘焰短 依稀暗背銀 

枕前何事最傷 梧桐葉上  點點露珠

△○○●○○●  ●○△△△○

○?○△●○○  ○○●● ●●●△○

○●●○○●● △○●●○△

△○△●●△○ ○○●●  ●●●○△

 

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

秋は深まり、夜長は寒く、銀河は静かに流れてゆく、月の光は奥深き中庭に降り注ぐ。

14 銀河 天の川。銀漢。天漢。《季 秋》銀漢 あまのがわ。銀河・経河・河漢・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。《季 秋》

詩経の大雅•棫樸、「倬彼雲漢、爲章于天。」小雅大東などに雲漢,銀河,天河がみえる。古詩十九首之十「迢迢牽牛星、皎皎河漢女。」、謝霊運(康楽) 『燕歌行』「誰知河漢淺且清,展轉思服悲明星。」、李商隠『燕臺詩四首 其二』 「直教銀漢堕懐中、未遣星妃鎭來去。」七夕伝説では、織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が天の川である。二人は互いに恋しあっていたが、天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになった。州抒情詩(7)  天河 杜甫 <292> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

 

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

西の閨の窓辺にはいつものように、だれにもおとずれることもない、見るのはあのおかたの夢だけである、それも、ねむりがあさく、たちまちにして覚めてしまえば、恨み心は、特別に穏やかになるのが難しいほど動悸がする。

15 西 正妻ではない愛妾(女妓)、の閨。

16 幽夢 人知れぬ徴かな夢。幽の字、底本では郷に作るが四部備要本に拠って改めた。

17 等閑 いつものように。

18 遽巡 束の間。

19 特地 特別に。

 

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

目が覚めても物憂く、紅い灯火が半ば消えかかり炎短くてもそのままにする、銀屏風は壁際に寄せたまま、炎が消えそうでも、あかりを背に暗くしたまま横たえている。

20 依稀 徴かなさま。

21 背銀屏 銀屏風を背後にする。つまり灯火が銀屏風の前に置かれていることを言う。男と共に過ごす時、燈火も、屏風は寝牀のまわりに置くもので、「背」にするのは屏風が壁側に寄せられたままだということで、ずっと背後にあるということ。女が横になっていることを表現する語である。

 

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

殿方用の枕の前に頭を横たえるけれど、この生活の最も心を傷ましむるできごとは、以前は、鳳凰の愛の巢である梧桐の葉に愛の雫を落していたのに、いまは、ぽとぽとと滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった。

22 梧桐葉上 梧桐はツガイの鳳凰の愛の巢である。その梧桐の葉のうえには愛の雫を落していたという意味。

23 露珠零 滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった

 

 

 

尹顎 臨江仙二首 【字解】

尹鶚,生卒年不詳,仕蜀為翰林、校書郎,累官至參卿。錦城今四川成都煙月之士。工詩詞,與賓貢李烙焉啤J飼笆裎校書郎。《花間集》卷九稱『尹參卿鶚』,參卿為參佐官之敬稱,非具體官守。事跡見《鑒戒錄》卷四、《十國春秋》卷四四本傳。

尹鶚詞。《花間集》錄存六首,《尊前集》錄存十一首,共十七首。

 

其一(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

一番荷芰生池沼  檻前風送馨
昔年於此伴蕭  相偎佇立 牽惹敘衷

時逞笑容無限態 還如菡萏爭

別來虛遣思悠颺 慵窺往事  金鏁小蘭

●△△●△○●  ●○△●○○

●○○●●○○  △○●● △●●△○

○●●○○●● ○△●●○○

●△○●△○△ ○○●●  ○?●○○

1 荷芰 蓮と菱

2 檻前 池の側の四阿の欄干。

3 蕭娘  身請けをされた女妓のこと。沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。

戯蕭娘

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)
明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。
風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。
凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。
意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

4 偎 ぴったり寄り添う,寄り掛かる偎傍, 偎依寄り掛かる.音読み:ワイ、 エ訓読み:ほのか、 なじむ、 したしむ、 ちかよる

5 逞 たくましい1 たくましい。「逞卒・逞兵」2 思うとおりにする

6 笑容 笑顔,笑み笑容可掬にこやかな笑みをたたえた.

7 菡萏 スイレン科の抽水性多年草、園芸植物、薬用植物。 はすのはな。

 

8 虛遣 空しくやる

9 悠颺(ゆうよう)」は、「ゆったりと舞い上がる」

10 往事 過ぎ去った事柄。昔のこと。

11 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

鹿虔扆【ろくけんい】)臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

16-457《臨江仙二首,其一》九巻 鹿虔扆 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-640-16-(457) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4747

12 蘭房 妓女の美しい寝室。また、美人の閨房(けいぼう)

15閻選《巻九26八拍蠻二首其二》『花間集』428全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7404

閻選 八拍蠻二首 其二

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

《花間集》424巻九26

八拍蠻二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7404

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 

              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

孫光憲 《八拍蠻》

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

美人が多い南国の女らは昼には競って岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

 

 

 

閻選 八拍蠻二首 其一

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

(八拍蠻二首 其の一)

雲鏁 嫩黃【ぜんこう】 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。

光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。

 

閻選 八拍蠻二首 其二

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

(八拍蠻二首 其二)

愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。

憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと


興慶宮002
丁子001
 

『八拍蠻二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

八拍蠻二首 其二

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

 

 

(下し文)

(八拍蠻二首 其二)

愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。

憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと。

 

(現代語訳)

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。

なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

 

(訳注)

八拍蠻二首 其二

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

53 《八拍蛮》单调,二十八字,四句,二/三平韵。唐教坊曲名。白居易が始めた歌曲様式。本来は漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、詩の形式は七言絶句体であるが、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に《楊柳枝詞》《採蓮子》《陽関曲》《浪淘沙》《江南春》《阿那曲》《欸乃曲》《水調歌》《清平調》などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なり、曲調も異なっている。

『花間集』にはこの詩題の閻選の作が二首収められている。単調二十八字、四句二平韻二仄韻で、❼⑦❼⑦の詞形をとる。

愁鏁黛眉煙易慘  淚飄紅臉粉難
憔悴不知緣底事  遇人推道不宜

○?●○○●●  ●○○△●△○

○●△○△●●  ●○○●△○○

閻處士選(閻選,生卒年不詳。為前蜀布衣,時稱閻處士。)

【解説】 基本的に宮女・教坊の妓優に関する詞である。春には逢えるはずと思って侘しく待つ女の心の様子を女の身近な変化でそれを詠う。

 

 

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。

54  ①金属製の輪をつないだひも状のもの。②物と物とを結び付けているもの。きずな。戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。

55 煙易惨 閨で準備のための香を焚き続け、煙でいぶされて黒ずんだこと。

56 粉難勻 涙でくずれた化粧は繕うことができ

ないほどである。

 

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

57 憔悴不知緣底事 人が女のやつれたのを見て、なぜやつれたのか理由が分からず、女にその訳を尋ねた、と解する。

58 推道 言い逃れる、言い訳をする。

59 不宜春 体が春にむいていない。

霓裳羽衣舞001

 

 


続きを読む

14鹿虔扆《巻九15臨江仙二首其二》『花間集』417全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7349

臨江仙二首 其二

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。 

《花間集》416巻九15

臨江仙二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7349

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 
  2016年2月16日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(80)李太白集819巻二十二40憶東山二首 其二  399Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(80) Ⅰ李白詩1761 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7345  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈129《 巻01-14秋懷詩,十一首之一 (窗前兩好樹,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(2)<1674> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7346  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-22-#3杜少陵集 《21-05 可歎 #3》 杜甫詩index-15-1140 <1590> 767年大暦2年56歲-22-#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7347  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 14鹿虔扆《巻九15臨江仙二首其二》『花間集』417全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7349  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

鹿太保虔扆 花間集巻九に六首所収。

臨江仙二首  鹿太保虔扆(鹿虔扆【ろくけんい】)

 

臨江仙二首 其一

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

(臨江仙二首 其の一)

金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺 愁いて秋空に對す。

翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。

煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。

藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。

 

臨江仙二首 其二

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、月は欠けて惨めなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。

(臨江仙二首 其の二)

無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。

に絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。

一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。

暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。

 

 

『臨江仙二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首 其二

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

 

(下し文)

(臨江仙二首 其の二)

無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。

絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。

一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。

暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。

 

(現代語訳)

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。

柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。

一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。

夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。

 

 

(訳注)

臨江仙二首 其二

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

臨江仙二首

『花間集』には鹿虔扆の作が六首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

無賴曉鶯驚夢斷  起來殘醉初
絲柳裊  翠簾慵卷 約砌杏花

一自玉郎遊冶去 蓮凋月慘儀  

暮天微雨灑閑庭 手挼裙帶  無語倚雲

○●●○○△●  ●△○●○

●?○●?○  ●○○△ ●●●○  

●●●○○●● △○●●○ 

●○○●●○ ●○○●  ○●△○

 

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。

9 無賴 ① 定職をもたず,素行の悪い・こと(さま)。そのような人をもいう。ならずもの。  頼るところのないこと。

 

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。

10 裊 裊画数:13音読み:ジョウ、 ニョウ、 チョウ訓読み:しなやか

11 約 やく【約】[漢字項目]とは。意味や解説。[音]ヤク(呉)(漢)[訓]つづめるつづまやか[学習漢字]41 ひもで結ぶ。締めくくる。「制約・括約筋」2 ひもで結び目を作り、取り決めの目印とする。広く、約束のこと。

 

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。

12 遊冶 〔「冶」は飾る意〕 遊びにふけって,容姿を飾ること。酒色にふけること。

慘〔惨〕【さん】1 いたましい。みじめ。「惨禍・惨苦・惨憺(さんたん)・惨落/悲惨」2 むごい。むごたらしい。

13 儀形 手本。模範。ぎぎょう。「和漢の鑑(かがみ)と仰ぎて、四海 ... 1件の用語解説(儀刑で検索). Tweet. デジタル大辞泉の解説. ぎ‐けい 【儀刑/儀型/儀形】 《「儀式刑法」の略》手本。模範。

 

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。

14 挼 [](1) (紙などが)(しわ)になる.(2) (布などが)すりへる.

くんたい【裙帯】① 裳の腰につけて左右に長く垂らした紐。官女が正装の時,装飾として用いた。② すそと帯。

 

 

鹿虔扆 臨江仙二首 【字解】

 

1 鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

前蜀(ぜんしょく907925)は中国・五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。創始者は王建。

創始者王建は許州舞陽(現在の河南省舞陽県)の人で、黄巣の乱の鎮圧に加わって功績を挙げる。その後、唐の実力者である宦官・田令孜の仮子(養子)になり、僖宗が蜀(四川)へ落ち延びる際にこれを救った事で璧州(四川省通江)刺史となる。

888年には永平節度使となり、891年には成都に拠っていた剣南西川節度使の陳敬瑄と仮父である田令孜を殺して、成都を制圧。更に剣南西川藩鎮を滅ぼして、四川全域をほぼ完全に支配下に置いた。また901年には鳳翔の李茂貞(岐王)より漢中を奪う。

これにより、903年に唐より蜀王の地位を与えられ、更に907年に後梁に唐が滅ぼされると皇帝を名乗った。

 

2 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

3 重門 一の門、二の門と言うように重なる門を言う。宮女の居る場所をいう。妓優は必ずしも宮殿内に住む必要がなかった。

4 綺 窓枠などに彫刻や色彩を施した窓。窓の方向性によって五行思想により基本の色が決まる。

5 翠華 天子の旗、天子の儀使。翠花/翠華【すいか】とは。《中国で、天子の旗がカワセミの羽で飾ってあったところから》天子の旗。帝王の旗。皇帝の旗。

6 煙月 雲は男で、月は女、男女の情というものは、というほどの意味。

7 清露泣香紅 露に濡れた蓮の花を擬人化して、蓮の花が泣いていると表現したもの。

 

8 鹿虔扆の背景

蜀は天然の要害であり、周辺からの侵攻の危険が少なく、塩・鉄などの資源を豊富に有して古来より「天府」と呼ばれていた。この平和を求めて多くの文化人・僧などが中原から蜀へ流れてきており、王建も豊かな経済力を背景に文化の保護を行い、木版印刷による儒教・仏教の経典の出版やこの地での絹織物の生産などの事業を興した。

 

しかしその一方で、侵攻の危険性が薄い事から軍隊の目は内部への監視に向いており、尋事団と呼ばれる秘密警察を作り、不満分子を圧殺した。

 

918年に王建が死ぬと王建の実子と仮子の間での相続争いが起き、最終的に王建の末子・王衍が後を継ぐ。

 

王衍は蜀の経済力に依存して奢侈にふけり、政治は宦官に任せきりで、民衆からは搾取を行った。これにより民心は急速に離反して行き、925年に後唐軍が侵攻してくると抵抗する者がおらず、簡単に滅ぼされた。王衍は長安に護送される途中で殺された。

 

前蜀滅亡後は武将の孟知祥がこの地の統治を後唐より任ぜられたが、後に独立して後蜀を建てた。

後蜀(こうしょく 934 - 965年)は中国五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。四川の豊かな財物を背景に文化の華を開かせた。

 

前蜀と同じく、四川には平和を求めて流れて来た文人が数多く集まり、東の呉・南唐と並んで五代十国時代の最高峰の文化を花開かせた。

 

後蜀の代表的な文化人としては画家の黄筌(こうせん)、詞人の毛文錫(もうぶんしゃく)・欧陽炯(おうようけい)などが上げられる。

 

黄筌は前蜀・後蜀の両方に宮廷画家として仕えた人物である。花鳥画を得意とし、後の宋代には黄筌と南唐の花鳥画家・徐煕の二人を花鳥画の基本とした。

 

毛文錫と欧陽炯はこの時代になって一般的になってきたジャンル・「詞」が主な作品である。それまでの詩(漢詩)とは違い、形式に捕らわれずありのままの感情を表現し、歌うように詠むのが詞である。詞にはそれまでは大っぴらに喋るべきことではないと考えられていた恋愛や性的なことを題材とした作品(艶詞と呼ばれる)も多くあり、この時代に意識が開かれた事が感じられる。

 

毛文錫も黄筌と同じように両蜀に仕えた人物であり、欧陽炯は後蜀の宰相にまでなった人物である。別の見方をすれば、このような文人が政権の傍にいたから後蜀は滅んだとも言えないこともないが。これらの詩人の作品は晩唐の836年から940年までに各地で詠まれた詩・詞を集めた詩集・『花間集』に集められ、欧陽炯が序文を書いている。

14鹿虔扆《巻九14臨江仙二首其一》『花間集』416全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7344

鹿虔扆  臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

《花間集》416巻九14

訴衷情五首其五

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7344

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 
  2016年2月15日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(79)李太白集818巻二十二39憶東山二首 其一  398Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(79) Ⅰ李白詩1760 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7340  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#26》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1673> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7341  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-22-#2杜少陵集 《21-05 可歎 #2》 杜甫詩index-15-1139 <1589> 767年大暦2年56歲-22-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7342  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 14鹿虔扆《巻九14臨江仙二首其一》『花間集』416全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7344  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

鹿太保虔扆 花間集巻九に六首所収。

臨江仙二首  鹿太保虔扆(鹿虔扆【ろくけんい】)

 

臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

(臨江仙二首 其の一)

金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺 愁いて秋空に對す。

翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。

煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。

藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。

 

臨江仙二首 其二

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

 

(臨江仙二首 其の二)

無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。

に絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。

一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。

暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。

 

紅梅202
 

 

『臨江仙二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

 

(下し文)

(臨江仙二首 其の一)

金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺 愁いて秋空に對す。

翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。

煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。

藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。

 

(現代語訳)

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

 

成都関連地図 00
 

(訳注)

臨江仙二首 其一

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

【解説】 前段は、目の前に広がる荒れ果てた宮廷の庭園や宮殿を措き、国亡びてより後は、かつて高殿に鳴り響いていた楽の音も歌声もなく、ただ物寂しく風の吹き過ぎゆくばかりであることを述べる。後段は、月は国の亡びたことも知らずに、昔に変わらず宮殿に光を投げかけ、池の蓮の花は亡国を傷むかのように、互いに向き合って露に泣いていると言う。もう一つは、国が破れても、後宮の女たちは次の王たちに仕え、根強く生き続けることをいっているのである。本詞は、前蜀の滅亡しても、宮女たちは、ある意味「強い」ものであり、主が違っても美しく生きることが傷ましいとするものと考えられる。

『花間集』の序の日付は940年大蜀広政三年であることから、本詞は後蜀が文化はなやかなりし時に編纂されたものであることが分かる。

臨江仙二首

『花間集』には鹿虔扆の作が六首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

金鏁重門荒苑  愁對
翠華一去寂無  玉樓歌吹 聲斷已隨

煙月不知人事 夜闌還照深

藕花相向野塘 暗傷亡國  清露泣香

○●△○△●●  ●○○●○△

●△●●●○○  ●○○△ ○●●○△

○●△○○●● ●○○●△○

●○△●●○△ ●△○●  ○●●○○

1 鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

前蜀(ぜんしょく907925)は中国・五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。創始者は王建。

創始者王建は許州舞陽(現在の河南省舞陽県)の人で、黄巣の乱の鎮圧に加わって功績を挙げる。その後、唐の実力者である宦官・田令孜の仮子(養子)になり、僖宗が蜀(四川)へ落ち延びる際にこれを救った事で璧州(四川省通江)刺史となる。

888年には永平節度使となり、891年には成都に拠っていた剣南西川節度使の陳敬瑄と仮父である田令孜を殺して、成都を制圧。更に剣南西川藩鎮を滅ぼして、四川全域をほぼ完全に支配下に置いた。また901年には鳳翔の李茂貞(岐王)より漢中を奪う。

これにより、903年に唐より蜀王の地位を与えられ、更に907年に後梁に唐が滅ぼされると皇帝を名乗った。

 

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

2 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

3 重門 一の門、二の門と言うように重なる門を言う。宮女の居る場所をいう。妓優は必ずしも宮殿内に住む必要がなかった。

4 綺 窓枠などに彫刻や色彩を施した窓。窓の方向性によって五行思想により基本の色が決まる。

 

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

5 翠華 天子の旗、天子の儀使。翠花/翠華【すいか】とは。《中国で、天子の旗がカワセミの羽で飾ってあったところから》天子の旗。帝王の旗。皇帝の旗。

 

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

6 煙月 雲は男で、月は女、男女の情というものは、というほどの意味。

 

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

7 清露泣香紅 露に濡れた蓮の花を擬人化して、蓮の花が泣いていると表現したもの。

 

8 鹿虔扆の背景

蜀は天然の要害であり、周辺からの侵攻の危険が少なく、塩・鉄などの資源を豊富に有して古来より「天府」と呼ばれていた。この平和を求めて多くの文化人・僧などが中原から蜀へ流れてきており、王建も豊かな経済力を背景に文化の保護を行い、木版印刷による儒教・仏教の経典の出版やこの地での絹織物の生産などの事業を興した。

 

しかしその一方で、侵攻の危険性が薄い事から軍隊の目は内部への監視に向いており、尋事団と呼ばれる秘密警察を作り、不満分子を圧殺した。

 

918年に王建が死ぬと王建の実子と仮子の間での相続争いが起き、最終的に王建の末子・王衍が後を継ぐ。

 

王衍は蜀の経済力に依存して奢侈にふけり、政治は宦官に任せきりで、民衆からは搾取を行った。これにより民心は急速に離反して行き、925年に後唐軍が侵攻してくると抵抗する者がおらず、簡単に滅ぼされた。王衍は長安に護送される途中で殺された。

 

前蜀滅亡後は武将の孟知祥がこの地の統治を後唐より任ぜられたが、後に独立して後蜀を建てた。

後蜀(こうしょく 934 - 965年)は中国五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。四川の豊かな財物を背景に文化の華を開かせた。

 

前蜀と同じく、四川には平和を求めて流れて来た文人が数多く集まり、東の呉・南唐と並んで五代十国時代の最高峰の文化を花開かせた。

 

後蜀の代表的な文化人としては画家の黄筌(こうせん)、詞人の毛文錫(もうぶんしゃく)・欧陽炯(おうようけい)などが上げられる。

 

黄筌は前蜀・後蜀の両方に宮廷画家として仕えた人物である。花鳥画を得意とし、後の宋代には黄筌と南唐の花鳥画家・徐煕の二人を花鳥画の基本とした。

 

毛文錫と欧陽炯はこの時代になって一般的になってきたジャンル・「詞」が主な作品である。それまでの詩(漢詩)とは違い、形式に捕らわれずありのままの感情を表現し、歌うように詠むのが詞である。詞にはそれまでは大っぴらに喋るべきことではないと考えられていた恋愛や性的なことを題材とした作品(艶詞と呼ばれる)も多くあり、この時代に意識が開かれた事が感じられる。

 

毛文錫も黄筌と同じように両蜀に仕えた人物であり、欧陽炯は後蜀の宰相にまでなった人物である。別の見方をすれば、このような文人が政権の傍にいたから後蜀は滅んだとも言えないこともないが。これらの詩人の作品は晩唐の836年から940年までに各地で詠まれた詩・詞を集めた詩集・『花間集』に集められ、欧陽炯が序文を書いている。

13魏承班《巻九11生查子二首 其二》『花間集』413全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7329

魏承班  生子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

《花間集》412巻九11

子二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7329

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 
  2016年2月12日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(76)李太白集644巻十九18朝下過盧郎中敘舊游  395Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(76) Ⅰ李白詩1757 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7325  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#23》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1670> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7326  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-21#2杜少陵集 《20-101 寫懷,二首之二 #2》 杜甫詩index-15-1136 <1586> 767年大暦2年56歲-21#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7327  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九11生查子二首 其二》『花間集』413全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7329  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

魏承班 生子二首

子二首 其一

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

煙雨晚晴天,零落花無語。

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

難話此時心,梁鷰雙來去。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

子二首 其二

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。

看看又春來,還是長蕭索。

おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

moon4733
 

『生子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(下し文)

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

(現代語訳)

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。

おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

柳絮01
興慶宮沈香亭
 

(訳注)

子二首 其二

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

寂寞畫堂空  深夜垂羅
燈暗錦屏欹  月冷珠簾
愁恨夢應成  何處貪歡
看看又春來  還是長蕭

●●●○△  △●○○●

○●●△○  ●△○○●

○●△△○  △●○○●

△△●○△  ○●△○●

 

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

7寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。「人居を遠く離れた―たる別世界にも」〈柳田・山の人生〉2 心が満たされずにもの寂しいさま。

 

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

 

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。

8夢應成 夢がまさに叶えばいいとおもう。

 

看看又春來,還是長蕭索。

おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

9蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

 

 

子二首【字解】

1煙雨 雲雨というのは宋玉《高唐賦》の巫山の巫女の事(情交)であるが、宮女、教坊の妓優の場合には、煙雨となる。夕方から庭園で宴席が開かれることである。

2零落 宮女・妓優にとって若くないことを意味する。

3薫風 初夏の青葉風。

4有恨和情撫 恨みと思いを込めて奏でる。ここでは恨みや愁いを発散させるべく琴の音に託して奏でることを言う。和:調和させる。撫:奏でる。教坊の曲の女妓は、自分の持っている芸でしか表現することが出来ない。好きである場合も、嫌いであろうと、恨んでいても発言する場はなく、琴を演奏する女妓は琴を弾いて気を引くことしかない。妃嬪であっても全く同じことがいえる。

5腸斷斷絃 身も心も通い合わないでいることは、琴絃が切れても、切れても演奏し続けても相手の心に響かない。

6金縷 衣服に施された金糸の刺繍を指す。

7寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。「人居を遠く離れた―たる別世界にも」〈柳田・山の人生〉2 心が満たされずにもの寂しいさま。

8夢應成 夢がまさに叶えばいいとおもう。

9蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

13魏承班《巻九10生查子二首 其一》『花間集』412全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7324

魏承班  生子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

《花間集》412巻九10

子二首 其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7324

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世


 
  2016年2月11日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(75)李太白集643巻十九17 下終南山過斛斯山人宿置酒  394-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(75) Ⅰ李白詩1756 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7320  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#22》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1669> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7321  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-21#1杜少陵集 《20-101 寫懷,二首之二 #1》 杜甫詩index-15-1135 <1585> 767年大暦2年56歲-21#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7322  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九10生查子二首 其一》『花間集』412全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7324  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲《生子》七首

張泌

《巻四44子》  相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

牛希濟

《巻五44子》  春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

孫光憲

《巻八12子三首其一》  寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

孫光憲

《巻八13子三首其二》  暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

孫光憲

《巻八14子三首其三》  金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪。玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

魏承班

《巻九10子二首 其一》  煙雨晴天,零落花無語。難話此時心,梁雙來去。琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,金縷

魏承班

《巻九11子二首 其二》  寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

 

 

杜甫はかつて《観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。唐の太宗の時、李百薬は上奏して「無用の宮人は、ややもすれば数万に達する」(『全唐文』巻一四二、李百薬「宮人を放つを請うの封事」)といった。『新唐書』の「官者伝」上に、「開元、天宝中、宮嬪はおおよそ四万に至る」と記されている。後者は唐代の宮廷女性の人数に関する最高の具体的な数字であり、まさに盛唐の風流天子玄宗皇帝時代のものである。宋代の人洪邁は、この時期は漢代以来、帝王の妃妾の数が最も多かった時代であるといっている(『容斎五筆』巻三「開元宮嬪」)。うまい具合に、この時期の女性の総人口は先に紹介した数字 - およそ二千六百余万であるから、四万余人とすれば、じつに全女性人口の六百分の一を占める。つまり、女性六百人ごとに一人が宮廷に入ったことになる。唐末になり、国土は荒れ、国勢は衰えたが、いぜんとして「六宮(後宮)の貴・賤の女性は一万人を減らない」(『資治通鑑』巻二七三、後唐の荘宗同光三年)という状態だった。この驚くべき数字の陰で、どのくらい多くの「曠夫怨女」(男やもめと未婚の老女)を造り出したことか計り知れない。唐末の詩人曹鄴が慨嘆して「天子 美女を好み、夫婦 双を成さず」(「捕漁謡」)と詠ったのも怪しむに足りない。

 

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

「楽戸」とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になった

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。

 

「梨園」、「宜春院」玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

 

興慶宮沈香亭
 

魏承班 生子二首

 

子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。

難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

 

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

 

『生子二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。

難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

 

 

(下し文)

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(現代語訳)

子二首 其一(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

大明宮の圖003
 

(訳注)

子二首 其一

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

煙雨晚晴天  零落花無
難話此時心  梁鷰雙來
琴韻對薰風  有恨和情
腸斷斷絃頻  淚滴黃金

○●●○○  △●○○●

△●●○○  ○●○△●

○●●△△  ●●△○●

○●●△○  ●●○○●

 

煙雨晚晴天,零落花無語。

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

○煙雨 雲雨というのは宋玉《高唐賦》の巫山の巫女の事(情交)であるが、宮女、教坊の妓優の場合には、煙雨となる。夕方から庭園で宴席が開かれることである。

○零落 宮女・妓優にとって若くないことを意味する。

 

難話此時心,梁鷰雙來去。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

○薫風 初夏の青葉風。

〇有恨和情撫 恨みと思いを込めて奏でる。ここでは恨みや愁いを発散させるべく琴の音に託して奏でることを言う。和:調和させる。撫:奏でる。教坊の曲の女妓は、自分の持っている芸でしか表現することが出来ない。好きである場合も、嫌いであろうと、恨んでいても発言する場はなく、琴を演奏する女妓は琴を弾いて気を引くことしかない。妃嬪であっても全く同じことがいえる。

 

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど、琴の演奏してもとどかない、涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

○腸斷斷絃 身も心も通い合わないでいることは、琴絃が切れても、切れても演奏し続けても相手の心に響かない。

○金縷 衣服に施された金糸の刺繍を指す。
長安城図 作図00
 

13魏承班《巻九09訴衷情五首其五》『花間集』411全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7319

魏承班  訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

(この詩は若さと魅力を発揮して君王から寵愛を得ようとして春はよかったが、そのごはちょうあいは無くなった宮女を詠ったもの)その五

春になればあの方と夜を過ごしたいと思う気持ちが強くなり、若さに負けてはと、しっかりと化粧を施し、眼もとを化粧し、頬に紅をさした、宮女は嫉妬していても人をゆるすこと、楽しむことを求められる。星のえくぼは頬に小さくあり、宝飾の耳飾りが揺れる。思いが叶って、幾度も共にこの春の歓楽の約束を果たしてもらって、酔いしれる。その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

《花間集》411巻九09

訴衷情五首其五

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7319

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 

 
  2016年2月10日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(75)李太白集643巻十九17下終南山過斛斯山人宿置酒  394Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(75) Ⅰ李白詩1755 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7315  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#21》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1668> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7316  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-20#3杜少陵集 《20-100 寫懷,二首之一 #3》 杜甫詩index-15-1134 <1584> 767年大暦2年56歲-20#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7317  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九09訴衷情五首其五》『花間集』411全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7319  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

『新・旧唐書』の「后妃伝」に記載されている三十六人の后妃のうち、意外なことに十五人は非命の最期をとげている。二人は後宮で皇帝の寵愛を争って死に、二人は動乱のなかで行方不明となり、一人は皇帝の死に殉じて自殺し、一人は皇太后として皇帝から罪を問われて死んだ。その他の九人はすべて政治闘争、宮廷政変で死に、そのうちの三人は朝廷の政治に関与して政敵に殺され、残りの六人は罪もないのに政争の犠牲となった。

后妃たちにとって、最も恐ろしいことはまず第一に政治権力をめぐる闘争であった。彼女たちはしばしば全く理由もなく政治事件の被害に遭ったり、家族の罪に連坐させられたり、甚だしい場合には殺害されるという災難にあった。ここで人々はまず楊貴妃のことを最初に想い浮かべることであろう。複雑な政治闘争、権力闘争の角逐の中で、いまだ政治に関与したことのなかったこの女性は、玄宗皇帝が彼女に夢中になり、また彼女の家族を特別に厚遇したということだけで、君主を迷わし国を誤らせ禍をもたらした罪魁となり、最後には無残にも締め殺されたうえ、千古に残る悪名を背負わされ、正真正銘の生け贅の小羊となった。

唐代に、このような悲劇が決して他になかったわけではない。中宗の趨皇后(死後に皇后の称号を追贈)は王妃となった時、母親の常楽長公主と武則天の間に抗争が起ったため、内侍省(宮中に在る官官管理の一役所)に拘禁された。毎日窓から生のままの食事を少し与えられただけで、世話する人もいなかった。数日後、衛士が中で死んでいるのを発見したとき、死体はすでに腐乱していた。容宗の睾后と劉后は人から無実の罪に陥れられ、武則天の命で、同じ日に秘密裏に殺され、死体は行方知れずになった。粛宗が皇太子だった時、章妃は長兄が罪により死を賜ったため粛宗と離婚を余儀なくされた。以後彼女は宮中で尼僧となって終生灯明古仏を伴としてくらした。唐末、昭宗の何皇后の最後はさらに悲惨で、昭宗が朱全忠に殺された後、罪を控造されて締め殺され、王朝交替の犠牲者となった。

 

彼女たちの第二の脅威は、皇帝の寵愛を失うことに外ならない。大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と艱難を共にしたことによって寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化したり、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。王皇后と玄宗は艱難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った喜后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔艱難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は一時はそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。武宗はかつて一人の妃嬢に非常に腹を立てたことがあった。その場に学士の柳公権がいたので、皇帝は彼に「もし学士が詩を一篇作ってくれるなら、彼女を許してやろう」といった。柳公権が絶句を一首つくると、武宗はたいそう喜び、彼女はこの災難を逃れることができた(王走保『唐掟言』巻一三)。しかし、皇帝から廃されたり、冷遇されただけの者は、まだ不幸中の幸いであったように思う。最悪の場合は生命の危険さえあった。高宗の王皇后と斎淑妃の二人は、武則天と寵愛を争って一敗地に塗れた。

この二人の敗北者は新皇后の階下の囚人となり、それぞれ二百回も杖で打たれてから手足を切断され、酒瓶の中に閉じ込められた後、無惨に殺された。

后妃、妃嬪にとって、最後の脅威は皇帝の死去である。これは皇帝の付属品である后妃たちが、いっさいの地位と栄誉の拠り所を失うことを意味した。一つだけ例外がある。つまり子が皇帝に即位した場合で、「やんごとなき夫の妻」から、「やんごとなき子の母」 へと転じることができた。少なくとも子のある妃嬪はちょっとした地位を保つことができたが、子のない妃嬢たちは武則天のように仏寺に送られて尼にされるか、あるいは寂しく落ちぶれて後宮の中で生涯を終えた。たとえ太后といぅ至尊の地位に登っても、新皇帝の顔色を窺わねばならなかった。憲宗の郭皇后は郭子儀の孫娘にあたり、公主を母に持ち、また穆宗の母となり、敬宗、文宗、武宗の三皇帝の祖母にあたる女性であったから、人々は唐朝の后妃のなかで「最も高貴」な方と呼んだ。しかし、宣宗が即位(八四七年)すると、生母の鄭太后はもともと郭太后の侍女であり、かねてから怨みをもっていたため、郭太后を礼遇しなかった。それで郭太后は鬱々として楽しまず、楼に登って自殺しょうとした。宣宗はそれを聞くと非常に怒った。郭太后はその夜急に死んでしまったが、死因はいうまでもなく明らかであろう。

唐代の后妃のなかには、そのほか皇帝に殉死したという特別な例がある。それは武宗の王賢妃である。彼女はもとは才人の身分であり、歌舞をよくし、皇帝からたいへんな寵愛を受けた。武宗は危篤間近になると、彼女に「朕が死んだらお前はどうするのか」と問うた。すると彼女は「陛下に御供して九泉にまいりたいと思います」と答えた。すると武宗は布を彼女に与えたので、王才人は帳の下で首をくくって死んだ(『資治通鑑』巻二四八、武宗会昌六年)。次の宣宗が即位すると、彼女に「賢妃」を追贈し、その貞節を誉め讃えた。このようにして、一個の生きた肉体が「賢妃」という虚名と取り換えられたのである。

もし、予測のつかない未来と苦難の多い運命によって生みだされる不安な感情が、后妃たちの生活の普通の心理であったとするなら、もう一つ彼女たちにまとわりついているのは、心の慰めや家庭の暖かさが欠けていることによって深く感ずる孤独、寂蓼、哀怨の気特であった。次のようにも言うことができよう。彼女たちは物質的には豊かであったが、人間の情愛の面では貧しかったと。

寵愛を失った者は言うまでもないが、寵愛を受けている者でさえも、何万にものぼる女性が一人の男性に侍っている宮中においては、誰も皇帝の愛情をいつまでも一身に繋ぎとめておくことは不可能であり、また正常な夫婦生活と家族団欒の楽しみを味わうことも不可能であった。皇帝が訪れることもなくなって、零落してしまった后妃の場合、おのずから悲痛はさらに倍加した。

玄宗の時代、妃嬪がはなはだ多かったので、「妃嬪たちに美しい花を挿すよう競わせ、帝は自ら白蝶を捕えて放ち、蝶のとまった妃嬪のところに赴いた」。また、妃嬪たちは常に「銭を投げて帝の寝所に誰が侍るのかを賭けた」(『開元天宝遺事』巻上、下)。彼女たちの苦痛を想像することができる。

「長門(妃嬪の住む宮殿)閉ざし定まりで生を求めず、頭花を焼却し挙を卸却す。玉窓に病臥す 秋雨の下、遥かに聞く別院にて人を喚ぶ声」(王建「長門」)、「早に雨露の翻って相い誤るを知らば、只ら荊の簪を挿して匹夫に嫁したるに」(劉得仁「長門怨」)、「珊瑚の枕上に千行の涙、是れ君を思うにあらず 是れ君を恨むなり」(李紳「長門怨」)等々と詩人に描写されている。唐代の人は「宮怨」「婕妤怨」「長門怨」「昭陽怨」などの類の詩詞を大量に作っており、その大半は詩人が后妃になぞらえて作ったものであるが、じつに的確に后妃たちの苦悶と幽怨の気持とを表している。これらの作品を貴婦人たちの有りもしない苦しみの表現と見なすべきではない。これらには彼女たちの、宮中での不自然な夫婦生活に対する怨み、民間の普通の夫婦に対する憧れがよく表現されている。女性として彼女たちが抱く怨恨と憧憬は、自然の情に合い理にかなっている。

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧の紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

訴衷情五首其五

(この詩は若さと魅力を発揮して君王から寵愛を得ようとして春はよかったが、そのごはちょうあいは無くなった宮女を詠ったもの)その五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

春になればあの方と夜を過ごしたいと思う気持ちが強くなり、若さに負けてはと、しっかりと化粧を施し、眼もとを化粧し、頬に紅をさした、宮女は嫉妬していても人をゆるすこと、楽しむことを求められる。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

星のえくぼは頬に小さくあり、宝飾の耳飾りが揺れる。思いが叶って、幾度も共にこの春の歓楽の約束を果たしてもらって、酔いしれる。

別後憶纖腰,夢魂勞。

その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

(訴衷情五首其の五)

春情 眼に滿ち 臉 綃に紅し,嬌妬 人饒すを索む。

星靨 小さく,玉璫搖れ,幾たびか共にして 春朝を醉う。

別後 纖腰を憶い,夢魂 勞す。

今の如し 風葉 又た蕭蕭たり,恨 迢迢たり。

 

長安皇城宮城00
 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の五)

春情 眼に滿ち 臉 綃に紅し,嬌妬 人饒すを索む。

星靨 小さく,玉璫搖れ,幾たびか共にして 春朝を醉う。

別後 纖腰を憶い,夢魂 勞す。

今の如し 風葉 又た蕭蕭たり,恨 迢迢たり。

 

(現代語訳)

(この詩は若さと魅力を発揮して君王から寵愛を得ようとして春はよかったが、そのごはちょうあいは無くなった宮女を詠ったもの)その五

春になればあの方と夜を過ごしたいと思う気持ちが強くなり、若さに負けてはと、しっかりと化粧を施し、眼もとを化粧し、頬に紅をさした、宮女は嫉妬していても人をゆるすこと、楽しむことを求められる。

星のえくぼは頬に小さくあり、宝飾の耳飾りが揺れる。思いが叶って、幾度も共にこの春の歓楽の約束を果たしてもらって、酔いしれる。

その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。

今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

霓裳羽衣舞001
 


続きを読む

13魏承班《巻九08訴衷情五首其四》『花間集』410全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7314

魏承班  訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。夢成幾度遶天涯,到君家。

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

巻九08

訴衷情五首其四

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》410巻九08

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7314

 

 
  2016年2月9日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(74)李太白集605巻十八12金門答蘇秀才  393-#5Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(74) Ⅰ李白詩1754 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7310  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#20》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1667> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7311  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-20#2杜少陵集 《20-100 寫懷,二首之一 #2》 杜甫詩index-15-1133 <1583> 767年大暦2年56歲-20#2漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7312  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九08訴衷情五首其四》『花間集』410全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7314  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

皇后、宮女などについて。―――「内職」制度、「内官」制度 ―――

(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

 

(3) 后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。后妃たちの生活は優閑かつ安逸なもので、終日飽食し何もしないで遊びくらした。もちろん、時には彼女たちも形ばかりの仕事をしなければならなかった。たとえば恒例となっている皇后の養蚕の儀式や六宮(皇后の宮殿)での繭を献ずる儀式を主催し参加すること - これは天下の婦女に率先して養蚕事業の範を示すことを意味していた。

 

(4) 形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

(5) 富貴、栄達、優閑、快適 - 彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

魏太尉承班 《訴衷情五首》

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧の紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

 

花間集 白梅
 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

 

(下し文)

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

紅梅202

 

(訳注)

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

金風輕透碧  銀釭焰影
倚枕臥 恨何  山掩小屏
雲雨別  想容
夢成幾度遶天涯  到君

○△△●●?○  ○○●●○

△△● ●△○  ○●●△○

○●●○○  ●○△

△○△●●○○  ●○○

 

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

21 釭 【かりも】. 車軸による磨滅を防ぐために車の轂(こしき)の中にはめる鉄管。かりもの形をした燭台。

 

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みは何と緩やかなものであり、宮女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

22 倚枕臥 屏風に倚りかかり、寝牀に横になる、ここは時間の経過をいう。

23 恨何 恨みは何と緩やかなものであり、ここの女性は、恨んだり、嫉妬することは許されない。

24 山掩小屏霞 ここの山は女性が横たわって動かないでいること、しかし寵愛を受けていた時と同じように身支度、準備等をしていることをいう。

 

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

25 雲雨 ① 雲と雨。 〔三国志 呉書周瑜伝〕 (雲や雨を得て竜が昇天するように)大事をなす機会。 朝雲暮雨(ちよううんぼう) 」に同じ。雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝、巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7
 無題(颯颯東風細雨來)
8 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53 夜雨寄北
71 風雨
76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集

77 春雨 李商隠特集
78
細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠
79
七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作

など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている。

 

26 娃本名孟姚,戰國時代趙國國君趙武靈王の妃子。 ①美しい。女性の姿がすっきりと際立ってよいさま。(=佳) ②美人。 ③赤ん坊。

恵文王(けいぶんおう、 紀元前310 - 紀元前266年)は、中国戦国時代の趙国の第7代の君主(在位:紀元前298 - 紀元前266年)。趙で最初に王号を称した。姓は嬴、氏は趙、諱は何。武霊王の子(武霊王の王号は追号)、弟に平原君がいる。

 

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

27 天涯 1 空のはて。「彗星が―から来って」〈魯庵・社会百面相〉2 故郷を遠く離れた地。

28 遶/ 1 まとう。まつわる。「纏 (てんじょう)2 めぐる。

大明宮の圖003
 


続きを読む

13魏承班《巻九07訴衷情五首其三》『花間集』409全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7309

魏承班  訴衷情五首其三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

巻九07

訴衷情五首其三

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》409巻九07

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7309

 

 

 

 
  2016年2月8日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(74)李太白集605巻十八12金門答蘇秀才  393-#4Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(74) Ⅰ李白詩1753 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7305  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#19》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1666> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7306  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-20#1杜少陵集 《20-100 寫懷,二首之一 #1》 杜甫詩index-15-1132 <1582> 767年大暦2年56歲-20#1漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7307  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九07訴衷情五首其三》『花間集』409全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7309  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

大明宮の圖003
 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

 

(訳注)

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

銀漢雲晴玉漏  蛩聲悄畫
筠簟冷 碧牎  
皓月瀉寒  割人
那堪獨自步池  對鴛

○●○○●●△  ○○●●○

○●△ ●○△  ○●●○○

●●●○△  ●○○

△○●●●○○  ●○○

 

 

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

銀漢 天の川。銀河。天漢。《季 秋》銀漢 あまのがわ。銀河・経河・河漢・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。《季 秋》

詩経の大雅•棫樸、「倬彼雲漢、爲章于天。」小雅大東などに雲漢,銀河,天河がみえる。古詩十九首之十「迢迢牽牛星、皎皎河漢女。」、謝霊運(康楽) 『燕歌行』「誰知河漢淺且清,展轉思服悲明星。」、李商隠『燕臺詩四首 其二』 「直教銀漢堕懐中、未遣星妃鎭來去。」七夕伝説では、織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が天の川である。二人は互いに恋しあっていたが、天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになった。秦州抒情詩(7)  天河 杜甫 <292> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

鳳城 丹鳳城、長安城の皇城、大明宮をいう。皇城の丹庭、丹階、鳳凰が棲むとされたことでいう。長安城は、星座による儀礼の確立、方位、宇宙観によって築かれたものであるから、この詩の表現となる。

 

玉漏 古代の時計の美しいものをいう。

蛩聲 .蟋蟀の鳴き声。

 失敗や失望でがっかりして、元気がなくなる。

 

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

:竹(の青い皮):細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。《季 夏》

 てんまど。

 蝋燭の俗字。

 

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

皓月 明るく照り輝く月。明月。

 [そそぐ]1 流れそそぐ。「瀉出/一瀉千里」2 からだの外に流し出す。「瀉下・瀉血・瀉剤・瀉痢/水瀉・吐瀉」[難読]沢瀉(おもだか)

 

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

 

訴衷情五首其三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷 碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

長安城図 作図00
 

13魏承班《巻九05訴衷情五首其一》『花間集』407全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7299

魏承班  訴衷情五首其一

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。煙露冷,水流輕,思想夢難成。

羅帳裊香平,恨頻生。思君無計睡還醒,隔層城。

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

巻九05

訴衷情五首其一

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》407巻九05

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7299

 

 

 
  2016年2月6日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(74)李太白集605巻十八12金門答蘇秀才  393-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(74) Ⅰ李白詩1751 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7295  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#17》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1664> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7296  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-19-#3杜少陵集 《19-22 暇日小園散病,將種秋菜,督勒耕牛,兼書觸目》#3 杜甫詩index-15-1130 <1580> 767年大暦2年56歲-19-#3 7297  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九05訴衷情五首其一》『花間集』407全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7299  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

《体型》

唐代の絵画、彫像に出てくる女性の姿を見ると、彼女たちはみな確かに顔は満月のようにふくよかであり、からだは豊満でまるまるとしている。そして、あの軍服を着て馬に乗って弓を引く女性は、特に堂々とした勇敢な姿を示しており、痩せて弱々しい姿はほとんど見られない。これはまさに唐代の人々の審美観と現実の生活そのものの反映であった。唐代第一の美人楊玉環(楊貴妃)は豊満型の美人であり、漢代の痩身型の美人趨飛燕と並んで、「燕は痩せ環は肥え」といわれ、美人の二つの典型と称された。

このような美意識は、唐代の社会生活と社会の気風から生れた。というのは、唐代の物質生活は比較的豊かであったから、身体がふっくらとした女性が多くいたのである。また社会の気風は開放的であり、北朝の尚武の遺風を受け継ぎ、女性は家から出て活動することもわりに多く、また常に馬に乗って矢を射る活動にも加わっていた。それで、往々女性は健康的で楓爽たる姿をしていたのである。こうした現実が人々の審美観に影響し、そしてこの審美観と時代の好みとが、逆に女性たちにこの種の美しさを極力追求させたのである。少なくとも「楚王、細き腰を好む」ために、食を減らすといったことはなかった。これによって、女性は健康で雄々しくかつ豊満であるといった傾向が助長されたのである。

* 『筍子』等に、昔、楚の霊王は腰の細い美人を好んだ。それで宮中の女性は食を減らし餓死したという故事がある。

審美観と密接な関係がある服装と化粧は、女性の生活の重要な一部分であった。この方面の論文や著書はたいへん多いが、ここでは、すでに発表された著作のうち、主として孫機先生の「唐代婦女の服装と化粧」(『文物』一九八四年第四期)と題する一文によって簡単に紹介し、その後で、唐代女性の服装と化粧について、少しばかり私の意見を述べようと思う。

 

《服装と化粧》

 ―服装

唐代の女性の服装は、貴賎上下の区別なく、だいたいにおいで杉(一重の上着)、裾(スカート)、岐(肩かけ)の三つからなっていた。上着の衫のすそは腰のあたりで裙でとめる。裙はたいていだぶだぶとして大きく、長くて地面をひきずるほどであり、普通六幅(一幅は二尺二寸)の布で作られた。肩に布をかけるが、これを「帔服」といい、腰のあたりまでゆったりと垂れている。また、常に衫の上に「半臂」(袖の短い上着)をはおったが、これはかなり質のよい布で作り、主に装飾のためのものであった。足には靴か草履をはいたが、これらは綿布、麻、錦帛、蒲などで作られていた。

 

―化粧

唐代の女性は、化粧にたいへん気をつかった。普通は、顔、胸、手、唇などに白粉や頬紅をつけ、また肌を白くし、あるいは艶やかにしたが、それ以外に眉を画くことをことのほか重視した。眉毛の画き方はたいへん多く、玄宗は画工に「十眉図」を描かせたことがあり、それらには横雲とか斜月などという美しい名称がつけられていた(『粧楼記』)。ある人は、唐代の女性は眉毛の装飾に凝り、それはいまだかつてなかった水準に達したと述べている。その他、彼女たちは額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」「花蕊」「蕊黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。

 

 ―髪型

髪型はさらに豊富多彩で、段成式の著作『髻鬟品』 には、多種多様の髪型が列挙されている。たとえば、半翻髻【はんほんけい】、反綰髻【はんわんけい】、楽游髻、双環望仙髻、回鶻髻、愁来髻、帰順髻、倭堕髻など。髻の上に、色々な宝石や花飾りの簪を挿したり、歩揺(歩く度に美しく揺れ光る髪飾り)を着けたり、櫛を挿したりして飾った。それらは、貧富や貴賎によって定まっていた。

衣服、装飾などはきわめて墳末な物ではあるが、かえって一滴の水と同じょうに、往々にして社会の多種多様の情況をよく映し出すことができた。唐代の女性の服飾もその例に漏れない。そこに浮かび上がる特色もまた、まさに唐代という社会の諸相を映し出す映像そのものであった。

 

 

一 胡装

胡服を着て胡帽を被る ー 「女が胡の婦と為り胡敏を学ぶ」(元横「法曲」)、これは唐代女性の特別の好みの一つであった。唐代の前期には、女性が馬に乗って外出する際に被った「帯解」(頭から全身をおおうスカーフ)は、「戎夷」(周辺の蛮族)から伝わった服装であった。また、彼女たちは袖が細く身体にぴったりした、左襟を折り返した胡服を好んで着た。盛唐時代(開元〜大暦の間)には、馬に乗る時に胡帽をかぶるのが一時流行した。胡服・胡帽の姿は絵画や彫刻、塑像の中で、随所に見ることができる。

彼女たちは、また胡人の化粧をも学んだ。ファッション

「新楽府」「其三十五 時世妝」 白居易

時世妝,時世妝,出自城中傳四方。

時世流行無遠近,腮不施朱面無粉。

烏膏注唇唇似泥,雙眉畫作八字低。

妍媸黑白失本態,妝成盡似含悲啼。

圓鬟無鬢堆髻樣,斜紅不暈赭面狀。

昔聞被發伊川中,辛有見之知有戎。

元和妝梳君記取,髻堆面赭非華風。

 

時世の妝 時世の妝、城中より出でて四方に傳はる。

時世の流行 遠近無し、腮に朱を施さず面に粉無し。

烏膏唇に注(つ)けて唇泥に似たり、雙眉畫きて八字の低を作す。

妍媸 黑白 本態を失し、妝成って盡く悲啼を含めるに似たり。

圓鬟(かん)鬢無く堆髻の樣、斜紅暈せず赭面の狀。

昔聞く 被髪伊川の中、辛有之を見て戎有るを知る。

元和(806820年)の妝琉(顔の化粧、髪型) 君 記取よ、髻椎、面赭は華風に非ざるを。

 

流行の化粧は、都会から出て四方に伝わる、時勢の流行には近在も遠方もない、頬紅をささず顔に白粉を塗らぬ、黒い油を口に塗って泥を見るようだ、眉を書けば八の字に垂れ下がって見苦しい(時世妝:流行の化粧法、腮:顎から頬にかけて)

美醜と黒白がひっくり返って、化粧した顔は泣きべそ顔だ、丸髷にはふくらみがなくさいづちまげのようだし、頬紅はぼかしてないのでまるで赤ら顔だ(妍媸:美醜、含悲啼:泣きべそ顔、圓鬟:丸髷、堆髻:さいづちまげ、胡人の女が結ぶ、斜紅:斜めに引いた頬紅、赭面:赤ら顔)

昔のことに、髪をふり乱した者たちが伊川で踊っているのを見て、辛有はその地が戎の地だといったというではないか、元和の流行の化粧について記録しておいてほしい、さいづちまげや赤ら顔は華風ではないと(被髪:髪を振り乱す、妝梳:化粧とヘアスタイルのこと)

 

 

同時代に流行したファッションを批判したもの。都の人々が中国固有の化粧やヘアスタイルを捨てて、戎の風俗にしているという内容で、白居易は中国風でない化粧や髪型の流行を慨嘆している。こうした胡服や胡粧は大半が北方と西北の遊牧系少数民族から伝わってきた。服装と装飾が胡族化したことは、まさに強盛な大帝国が率先して外来文化を吸収したことを、最も良く示す現象である。

唐代の人々には、宋代の人のような「〔中華の〕遺民 涙尽く 胡塵の裏」(陸游「秋夜将に暁に籬門を出で涼を迎えんとして感有り」)といった亡国の痛みはなかったので、当然にも胡服や胡粧によって中華の中心たる中原が胡化するとか、生臭い土地に変り「蛮夷」 の邦になるといった恐れや心配は全く頭に浮かんではいない。ただ唐の中期になり、「胡騎 煙塵を起こす」というようになると、始めて「女が胡の婦と為り胡敏を学ぶ」(元稹「法曲」)のは乱国の兆であると、悲しみ嘆く人が出てきた。国勢が衰退したので、統治者の自信が揺らいだのである。女性からすると、一瞥の女卑からの解放、自由な外出へと、社会的な大変革をもたらすものであった。これは、文化的頽廃、性倫理の変貌と有機的に化学反応したものである。

 

 

二 戎装と男装

唐代の女性、とりわけ宮廷の女性は、常に戎装(軍装)と男装を美しいものと考えていた。高宗の時代、太平公主は武官の服装をして宮中で歌舞を演じたことがある。また、武宗の時代、王才人は武宗と同じ服を着て一緒に馬を駆って狩りをした。それで天子に上奏する人はいつもどちらが天子か見まちがったが、武宗はそれを面白がった。宮女たちが軍服を着たり、男装するのは全く普通のことだった。「軍装の宮妓、蛾を掃くこと浅し」(李賀「河南府試十二月楽詞」)、「男子の衣を着て靴をはく者がいる。あたかも奚、契丹の服のようである」(『新唐書』車服志)などの記録はたいへん多い。絵画や彫像の中にはさらに多くの戎装、男装の宮女の姿を見ることができる。こうした風潮は民間にも伝わり、妓女や俳優(役者)たちも常に「装束 男児に似たり」(李廓「長安少年行」)といわれ、また「士流(士人階級)の妻は、あるいは大夫の服を着、あるいはまた男物の靴、衫(上着)、鞭、帽子などを用いて、妻も夫も身仕度が同じだった」(『大唐新語』巻十)といわれている。男女が同じ服を着て、妻と夫の区別も無いとは、本当に平等な感じがする。こうした風潮が生れたのは、社会の開放性と尚武の気風があったからにはかならない。当時の若干の保守的な人々は、男女の服装に違いがなく、陰陽が逆さまになっている情況に頭を横に振りながら、「婦人が夫の姿になり、夫は妻の飾りとなっている。世の中の顛倒でこれより甚だしいものはない」(『全唐文』巻三一五、李華「外孫崔氏二孩に与うる書」)と慨嘆した。これぞまさしく、女性が男装する風潮は封建道徳の緩みであると説明する直接的表現ではないか。

 

 

 

花間集 教坊曲《訴衷情》 十三首

溫庭筠

《巻二04訴衷情二首其二》 花半坼,雨初晴。未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。宿粧眉淺粉山橫,約鬟鸞鏡裡,繡羅輕。訴衷情鶯語花舞春晝午,雨霏微。

溫庭筠

《巻二05訴衷情二首其二》 鶯語花舞春晝午,雨霏微。金帶枕,宮錦,鳳凰帷。柳弱蜨交飛,依依。遼陽音信稀,夢中歸。思帝

韋莊

巻三17訴衷情二首其一燭燼香殘簾半捲,夢初驚。花欲謝,深夜,月朧明。何處按歌聲,輕輕。舞衣塵暗生,負春情。

韋莊

巻三18訴衷情二首其二碧沼紅芳煙雨靜,倚蘭橈。垂玉珮,交帶,裊纖腰。鴛夢隔星橋,迢迢。越羅香暗銷,墜花翹。

毛文錫

巻五30訴衷情二首其一桃花流水漾縱橫,春晝彩霞明。劉郎去,阮郎行,惆悵恨難平。愁坐對雲屏,算歸程。何時攜手洞邊迎,訴衷情。

毛文錫

巻五31訴衷情二首其二鴛鴦交頸繡衣輕,碧沼藕花馨。隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍。思婦對心驚,想邊庭。何時解珮掩雲屏,訴衷情。

顧夐

巻七20訴衷情二首其一香滅簾垂春漏永,整鴛衾。羅帶重,雙鳳,縷黃金。外月光臨,沉沉。斷腸無處尋,負春心。

顧夐

巻七21訴衷情二首其二永夜人何處去,來音。香閣掩,眉斂,月將沉。怎忍不相尋?鴛孤衾。換我心為你心,始知相憶深。

魏承班

《巻九05訴衷情五首其一》  高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。煙露冷,水流輕,思想夢難成。羅帳香平,恨頻生。思君無計睡還醒,隔層城

魏承班

《巻九06訴衷情五首其二》  春深花簇小樓臺,風飄錦開。新睡覺,,山枕印紅腮。鬢亂墜金釵,語檀隈。臨行執手重重囑,幾千迴

魏承班

《巻九07訴衷情五首其三》  銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。簟冷,碧涼,紅䗶淚飄香。皓月瀉寒光,割人腸。那堪獨自池塘,對鴛鴦

魏承班

《巻九08訴衷情五首其四》  金風輕透碧紗,銀釭影斜。倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。雲雨別娃,想容華。夢成幾度遶天涯,到君家。

魏承班

《巻九09訴衷情五首其五》  春情滿眼臉紅,嬌妬索人饒。星靨小,玉搖,幾共醉春朝。別後憶纖腰,夢魂勞。如今風葉又蕭蕭,恨迢迢

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

 

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

 

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

tsuki001
 

 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其一

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

羅帳裊香平,恨頻生。

思君無計睡還醒,隔層城。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

興慶宮002
 

(現代語訳)

訴衷情五首其一(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

 

(訳注)

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

高歌宴罷月初  詩情引恨
煙露冷  水流輕 思想夢難 

羅帳裊香平 恨頻  

思君無計睡還 隔層

○○●△●○○  ○○●●○

○●△  ●○△ △●△△○ 

○●●○○   ●○△ 

△○○●●○△ ●○○

 

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

高歌宴罷月初盈 唐の玄宗の妃賓、念奴のことを言う。『開元天宝遺事』に見える。容貌に優れ、歌唱に長け、官妓の中でも、玄宗の寵愛を得ていた。玄宗の近くを離れたことがなく、いつも周りの人々を見つめていて、玄宗に「この女は妖麗で、眼で人を魅了する」と評された。その歌声は、あらゆる楽器の音よりもよく響き渡ったと伝えられる。唐代詩人の元稹の「連昌宮詞」に、玄宗時代の盛時をあらわす表現として、玄宗に命じられた高力士が、彼女を呼び、その歌声を披露する場面がある。清代の戯曲『長生殿』にも、永新とともに、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

 

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

 

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

羅帳裊香平 妃嬪は、寵愛を失っても寵愛を受ける準備だけは毎日することを言う。 

 

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

層城 九重の後宮。
moon4733
 

13魏承班《巻九03玉樓春二首其一》『花間集』405全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7289

魏承班  玉樓春二首 其一

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

(寵愛を失って初めての春を過ごす、散ゆく花も庭一面にひろがる、全く会うこともないからもう期待することもない。)

春の盛りなのに、寂寂として過ぎてゆく、寝殿奥の色鮮やかな画堂の簷梁の上の燕が巣をながめる、翡翠の飾りの簾を高く巻き上げ、数曲の屏風は閉じられて横倒しにしてある。庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

巻九03

玉樓春二首其一

13

魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》405巻九03

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7289

 

 
  2016年2月4日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(73)李太白集卷十六33-《送長沙陳太守,二首之二》(七郡長沙國,) 392Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(73) Ⅰ李白詩1749 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7285  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#15》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1662> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7286  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-19-#1杜少陵集 《19-22 暇日小園散病,將種秋菜,督勒耕牛,兼書觸目》#1 杜甫詩index-15-1128 <1578> 767年大暦2年56歲-19-#1 7287  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 3魏承班《巻九03玉樓春二首其一》『花間集』405全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7289  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

魏承班 玉樓春二首

 

 

花間集 教坊曲《玉樓春》 七首

牛嶠

《巻四24玉樓春》 春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與

顧夐

《巻六48玉樓春四首其一》 月照玉樓春漏促,颯颯風搖庭砌竹。夢驚鴛被覺來時,何處管絃聲斷續。惆悵少年游冶去,枕上兩蛾攢細綠。曉鶯簾外語花枝,背帳猶殘紅燭。

顧夐

《巻六49玉樓春四首其二》 柳映玉樓春日晚,雨細風輕煙草軟。畫堂鸚鵡語雕籠,金粉小屏猶半掩。香滅繡幃人寂寂,倚檻無言愁思遠。恨郎何處縱疎狂,長使含啼眉不展。

顧夐

《巻六50玉樓春四首其三》 月皎露華影細,風送菊香粘繡袂。博山爐冷水沉微,惆悵金閨終日閉。懶展羅衾垂玉淚,羞對菱花篸寶髻。良宵好事枉教休,無計那他狂耍壻。

顧夐

《巻六51玉樓春四首其四》 拂水雙飛來去鷰,曲檻小屏山六扇。春愁凝思結眉心,綠綺懶調紅錦薦。話別情多聲欲戰,玉筋痕留紅粉面。鎮長獨立到黃昏,卻怕良宵頻夢見。

魏承班

《巻九03玉樓春二首其一》  寂寂畫堂梁上,高卷翠簾橫數扇。一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。愁倚錦屏低雪面,羅金縷線。好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見

魏承班

《巻九04玉樓春二首其二》  輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。玉滿斟情未已,促坐王孫公子醉。春風筵上貫珠色韶顏嬌旖旎

 

 

玉樓春二首 其一

(寵愛を失って初めての春を過ごす、散ゆく花も庭一面にひろがる、全く会うこともないからもう期待することもない。)

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

春の盛りなのに、寂寂として過ぎてゆく、寝殿奥の色鮮やかな画堂の簷梁の上の燕が巣をながめる、翡翠の飾りの簾を高く巻き上げ、数曲の屏風は閉じられて横倒しにしてある。

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

 

(玉樓春二首 其一)

寂寂たる畫堂 梁上の鷰,高く翠簾を卷き數扇を橫たう。

一庭の春色 人を惱せ來る,滿地の落花 紅 幾片なる。

愁いて錦屏に倚り 雪の面を低れ,淚 繡羅の金縷の線に滴る。

好天 涼月も 盡く傷心し,是れ 玉郎 長く見ざる為めなり。

 

玉樓春二首 其二

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

玉斝滿斟情未已,促坐王孫公子醉。

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

 

興慶宮沈香亭
 

『玉樓春二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

玉樓春二首 其一

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

 

 

(下し文)

(玉樓春二首 其一)

寂寂たる畫堂 梁上の鷰,高く翠簾を卷き數扇を橫たう。

一庭の春色 人を惱せ來る,滿地の落花 紅 幾片なる。

愁いて錦屏に倚り 雪の面を低れ,淚 繡羅の金縷の線に滴る。

好天 涼月も 盡く傷心し,是れ 玉郎 長く見ざる為めなり。

 

 

(現代語訳)

玉樓春二首 其一(寵愛を失って初めての春を過ごす、散ゆく花も庭一面にひろがる、全く会うこともないからもう期待することもない。)

春の盛りなのに、寂寂として過ぎてゆく、寝殿奥の色鮮やかな画堂の簷梁の上の燕が巣をながめる、翡翠の飾りの簾を高く巻き上げ、数曲の屏風は閉じられて横倒しにしてある。

庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 

錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

曲院風荷01
 

(訳注)

玉樓春二首 其一

( 男を思う情を詠う。)

前段、梁の上の番の燕を見て、孤独の情に駆られ、心慰めるべく窓の帳を巻き上げて庭に目をやるが、庭一面の春の景は却って苦悩を誘うことを述べる。地面に無数の花が一面に散り敷いているとは、せっかくの春も間もなく無為のうちに過ぎ去ってしまうことを語る。

 

『花間集』には七首所収。魏承班の作は二首収められている。双調五十六字、前段二十八字四句三仄韻、後段二十八字四句三仄韻で、❼❼7❼❼7の詞形をとる。

寂寂畫堂梁上  高卷翠簾橫數
一庭春色惱人來  滿地落花紅幾
愁倚錦屏低雪  淚滴繡羅金縷
好天涼月盡傷心  為是玉郎長不

●●●○○●●  ○△●○△●△

●○○●●○△  ●●●○○△●

○△●△○●●  ●●●○○●●

●○△●●△○  ○●●○△△●

 

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

春の盛りなのに、寂寂として過ぎてゆく、寝殿奥の色鮮やかな画堂の簷梁の上の燕が巣をながめる、翡翠の飾りの簾を高く巻き上げ、数曲の屏風は閉じられて横倒しにしてある。

1 梁上燕 梁の上の燕。春に戻って来て巣作りする雌雄番の燕を指し、女の孤独感と年増感を際立たせる。

2 高卷翠簾橫數扇 折り畳み屏風が寝牀のまわりに広げて立てかけられることなく、閉じられたまま、横に置いてある。数扇は数曲の面からなる屏風。

 

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 

3 一庭春色悩入来 庭一面の春景色が人の気持ちを苦悩に導く。

 

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

 

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

4 好天涼月尽傷心 いかに素晴らしい好風良月の時に巡り会おうとも、それらはすべて心を悲しませずにはいない。なお涼月の語は、普通は秋の月を指すが、ここでは美しい月のかかる夜の意味。

5 玉郎 美男。ここでは愛しい男の意。

13魏承班《巻九02木蘭花》『花間集』404全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7284

魏承班 木蘭花

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

(少女とも思える妃嬪は、寵愛を失って、愁いの暮らしをする、そして、離宮か、御陵を守る役目に変わる、そして、ある春の日に再び寵愛を受ける。)

うら若い美人がいて、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く御殿の高楼は、澄み切った水の底にじっとしておるかのように建っている。大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、身繕いをしないで、衣の裾を引きずって歩き、まるで酒に酔ったようである。ところが、ここにも、待ちに待って、遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あのお方を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

巻九02

木蘭花

13

魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》404
巻九02

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の
漢詩ブログ-7284

 

 

 
  2016年2月3日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(72)李太白集卷十六32-《送長沙陳太守,二首之一》(長沙陳太守,) 391Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(72) Ⅰ李白詩1748 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7280  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#14》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1661> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7281  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-18 #4杜少陵集 《19-21 甘林》#4 杜甫詩index-15-1127 <1577> 767年大暦2年56歲-18 #4 7282  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九02木蘭花》『花間集』404全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7284  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲《木蘭花》 三首

韋莊

《巻三25木蘭花》  獨上小樓春欲暮,愁望玉關芳艸路。消息斷,不逢人,卻斂細眉歸繡。坐看落花空歎息,羅袂濕斑紅淚滴。千山萬水不曾行,魂夢欲教何處覓。

魏承班

《巻九02木蘭花》  小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

毛熙震

《巻十05木蘭花》  掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

 

魏承班 木蘭花

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

(少女とも思える妃嬪は、寵愛を失って、愁いの暮らしをする、そして、離宮か、御陵を守る役目に変わる、そして、ある春の日に再び寵愛を受ける。)

うら若い美人がいて、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く御殿の高楼は、澄み切った水の底にじっとしておるかのように建っている。

大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、身繕いをしないで、衣の裾を引きずって歩き、まるで酒に酔ったようである。

ところが、ここにも、待ちに待って、遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。

愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あのお方を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

 

(木蘭花)

小芙蓉,香旖旎【きに】たり,碧玉の堂深く水に似て清し。

寶匣を閉じ,金鋪を掩い,屏を倚せて 拖袖して愁い醉うが如し。

遲遲として好景 煙花の媚,曲渚 鴛鴦 錦翅を眠らす。

凝然として 愁望し 靜かに相い思い,一雙笑靨【しょうよう】 香蘂を嚬む。

 

 

『木蘭花』 現代語訳と訳註

(本文)

木蘭花

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

 

(下し文)

(木蘭花)

小芙蓉,香旖旎【きに】たり,碧玉の堂深く水に似て清し。

寶匣を閉じ,金鋪を掩い,屏を倚せて 拖袖して愁い醉うが如し。

遲遲として好景 煙花の媚,曲渚 鴛鴦 錦翅を眠らす。

凝然として 愁望し 靜かに相い思い,一雙笑靨【しょうよう】 香蘂を嚬む。

 

 (現代語訳)

木蘭花(少女とも思える妃嬪は、寵愛を失って、愁いの暮らしをする、そして、離宮か、御陵を守る役目に変わる、そして、ある春の日に再び寵愛を受ける。)

うら若い美人がいて、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く御殿の高楼は、澄み切った水の底にじっとしておるかのように建っている。

大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、身繕いをしないで、衣の裾を引きずって歩き、まるで酒に酔ったようである。

ところが、ここにも、待ちに待って、遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。

愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あのお方を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

宮島(10)
 

(訳注)

木蘭花

(少女とも思える妃嬪は、寵愛を失って、愁いの暮らしをする、そして、離宮か、御陵を守る役目に変わる、そして、ある春の日に再び寵愛を受ける。)

この「木蘭花」を女性器に喩える。妃嬪である。「碧玉堂深清似水」とあるのは、離宮の大池のそばの御殿であろう。

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 

寵愛を失った者は言うまでもないが、寵愛を受けている者でさえも、何万にものぼる女性が一人の男性に侍っている宮中においては、誰も皇帝の愛情をいつまでも一身に繋ぎとめておくことは不可能であり、また正常な夫婦生活と家族団欒の楽しみを味わうことも不可能であった。皇帝が訪れることもなくなって、零落してしまった后妃の場合、おのずから悲痛はさらに倍加した。

玄宗の時代、妃嬪がはなはだ多かったので、「妃嬪たちに美しい花を挿すよう競わせ、帝は自ら白蝶を捕えて放ち、蝶のとまった妃嬪のところに赴いた」。また、妃嬪たちは常に「銭を投げて帝の寝所に誰が侍るのかを賭けた」(『開元天宝遺事』巻上、下)。彼女たちの苦痛を想像することができる。

「長門(妃嬪の住む宮殿)閉ざし定まりで生を求めず、頭花を焼却し挙を卸却す。玉窓に病臥す 秋雨の下、遥かに聞く別院にて人を喚ぶ声」(王建「長門」)、「早に雨露の翻って相い誤るを知らば、只ら荊の簪を挿して匹夫に嫁したるに」(劉得仁「長門怨」)、「珊瑚の枕上に千行の涙、是れ君を思うにあらず 是れ君を恨むなり」(李紳「長門怨」)等々と詩人に描写されている。唐代の人は「宮怨」「婕妤怨」「長門怨」「昭陽怨」などの類の詩詞を大量に作っており、その大半は詩人が后妃になぞらえて作ったものであるが、じつに的確に后妃たちの苦悶と幽怨の気持とを表している。これらの作品を貴婦人たちの有りもしない苦しみの表現と見なすべきではない。これらには彼女たちの、宮中での不自然な夫婦生活に対する怨み、民間の普通の夫婦に対する憧れがよく表現されている。女性として彼女たちが抱く怨恨と憧憬は、自然の情に合い理にかなっている。

pla044
 

1 花木蘭 老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリー。釈智匠の《古今楽録》に収める《木蘭詩()》がこの物語を記す最も古い文献だとされ,元来,南北朝期の北方の民間民謡に由来するとされる。木蘭従軍の故事は後代,詩歌の題材となるほか,現在の京劇など伝統戯曲においても《花木蘭》(花(か)が木蘭の姓)の題で演じられている。なおそこでは元帥の賀廷玉が木蘭をぜひとも自分のむすめの婿にと願ったことから,木蘭が女性であることが知れるという筋書となっている。

『花間集』には教坊曲『木蘭花』は三首、魏承斑の作が一首収められている。双調五十四字、前段二十六字六句三仄韻、後段二十八字四句四仄韻で、3❸33❼❼❼❼の詞形をとる。

小芙蓉、香旖碧玉堂深清似

閉寶匣、掩金鋪、倚屏拖袖愁如
遲遲好景煙花曲渚鴛鴦眠錦
凝然愁望靜相一雙笑靨嚬香

●○○  ○△● ●●○△○●●

●●● ●○△  △△△●○△●

○○●●○○●  ●●○○○●●

△○○△●△△  ●○●●○○●

 

 

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

うら若い美人がいて、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く御殿の高楼は、澄み切った水の底にじっとしておるかのように建っている。

2 芙蓉 芙蓉は美人である。フヨウのこと。とくに蓮と区別するためには「木芙蓉」とも言った。古くは往々にして蓮(ハス)の花を指した。美女の形容としても多用された表現である。フヨウと区別するために「水芙蓉」とも。

3 旖旎 柔らかくて麗しい.風光旖旎=風景が柔らかく麗しい.

『菩薩蠻七首其六』 

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

寒天欲曙,猶結同心苣。

啼粉羅衣,問郎何日歸。

菩薩蠻七首 其六 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-335-6-#22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3222

薛濤《贈遠二首 其二》

芙蓉新落蜀山秋,錦字開緘到是愁。

閨閣不知戎馬事,月高還上望夫樓。

贈遠二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-216-82-#76  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2627

 

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、身繕いをしないで、衣の裾を引きずって歩き、まるで酒に酔ったようである。

4 寶匣 大切な宝物を入れておく美しい小箱。

5 金鋪 門扉のとって金輪。誰も訪れず、取っ手を開けるものがいない。

6 拖袖 人に会うことがないので身繕いをしないで衣の裾を引きずって歩く。

 

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

ところが、ここにも、待ちに待って、遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。

7 遲遲 のろのろとして。ぐずぐずとして。時間がかかるさま。速度、進度が滞りがちなさまを謂う。

 

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あのお方を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

8 凝然 じっとして動かないさま直立不動の姿勢で 音無しの構えで 凝然として 身じろぎせずに

9 一雙(いっそう) 二つの意。左右にあるから。

10 笑靨(しようよう) えくぼ。 「一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。」一雙の笑靨【しょうよう】複に面を回らせば、十萬の精兵 盡く戈を倒【さかしま】にす。

魚玄機《浣紗廟》

越相謀計策多,浣紗神女已相和。

一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。

範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。

只今諸長江畔,空有青山號苧蘿。

浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-# 卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1912 

11 嚬 苦々しげに口をゆがめる。

12 香蘂 女性自身。局部。
興慶宮002
 

13魏承班《巻八50菩薩蠻二首 其二》『花間集』402全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7274

魏承班  菩薩蠻二首 其二

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

(宮妓の中の妓優であり、妃嬪となるものの秋の夜の興慶宮勤政楼での宴席を詠う。)

薄絹の衣裳の下には金泥の絵模様がほのかに見えている、秋の夜の勤政楼の玳瑁の筵の宴において歌う「琴操」曲の歌があり、優雅な宴はすすめられる。おおらかに声を震わせて独唱して皆、静まりかえりききほれる、艶めかしき眼差し投げかける、翡翠の髪飾りに黄金の簪が黒髪に揺れる。宴もたけなわになると酒に酔って頬も紅く可愛らしく愛嬌に感じられる、眉は遠き秋の山の色にかかれて頬の赤く染まった近くの山ということなのだ。そのあと、刺繍の帳のうちに麝香の煙がひくくただようなかで、誰が知ろう、この時の二人の心のうちを。

巻八50

菩薩蠻二首 其二

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》402巻八50

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7274

 

 

 

 

魏承斑(生卒年未詳、およそ九三〇年前後に在世)

前蜀の詞人。字、出身地ともに未詳。魏承斑の父親の魏宏夫は、前蜀の王建の養子となり、王宗弼の名を賜り、斉王に封じられた。蜀承斑は鮒馬都尉(皇女の婿に与えられる官職)となり、官は大尉に至った。その詞は、専ら抒情を主とし、淡白にして明噺で、人々は好んでその詞を模倣したと言われ、薛昭蘊や牛橋には譲るが、毛文錫には勝ると評価されている。『花間集』には十五首の詞が収められている。全唐詩によりなお六首を補うことができる。詞風は溫庭筠に近い。

 

 

花間集 巻八 魏太尉承班二首

花間集 巻九 魏太尉承班十三首

 

 

菩薩蠻二首

 

菩薩蠻二首 其一

(秋も深まり、菊と月を愛でる宴において、結ばれることになった妓優からひひんになって初めて寵愛を受けることに)

羅裾薄薄秋波染,眉間畫時山兩點。

うす絹の裾から足元が透けて見えてきて秋景色の波はずっと色濃くしている。女の眉の間には花鈿が綺麗に点々と画かれて化粧を整えている。

相見綺筵時,深情暗共知。

秋を愛でるきれいな宴の花筵に互に見つめ合う二人がいる、愛し合う心はますます深くなり、ますます二人だけの世界に入っていくことを知る。

翠翹雲鬢動,斂態彈金鳳。

女は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。

宴罷入蘭房,邀入解珮璫。

やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

(菩薩蠻二首 其の一)

羅裾 薄薄として秋波染め,眉間 畫時 山兩點たり。

相い見る 綺筵の時を,深く情す 暗く共に知るを。

翠翹して 雲鬢動き,態を斂めて 金鳳を彈く。

宴罷み 蘭房に入る,邀えて入る 珮璫を解く。

 

菩薩蠻二首 其二

(宮妓の中の妓優であり、妃嬪となるものの秋の夜の興慶宮勤政楼での宴席を詠う。)

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。

薄絹の衣裳の下には金泥の絵模様がほのかに見えている、秋の夜の勤政楼の玳瑁の筵の宴において歌う「琴操」曲の歌があり、優雅な宴はすすめられる。

聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。

おおらかに声を震わせて独唱して皆、静まりかえりききほれる、艶めかしき眼差し投げかける、翡翠の髪飾りに黄金の簪が黒髪に揺れる。

酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。

宴もたけなわになると酒に酔って頬も紅く可愛らしく愛嬌に感じられる、眉は遠き秋の山の色にかかれて頬の赤く染まった近くの山ということなのだ。

繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

そのあと、刺繍の帳のうちに麝香の煙がひくくただようなかで、誰が知ろう、この時の二人の心のうちを。

 

(菩薩蠻二首 其の二)

羅衣 隱約たり 金泥の畫,玳筵【たいえん】一曲 秋夜に當る。

聲 戰【ふる】え 人を覷ること嬌かし,雲鬟 翠翹 裊【ゆ】れる。

酒醺 紅玉輭【やわら】かに,眉翠 秋山遠し。

繡幌【しゅうこう】麝煙 沉み,誰れ人か 兩心を知らん。

 

大明宮の圖003
 

『菩薩蠻二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻二首 其二

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。

聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。

酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。

繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

 

(下し文)

(菩薩蠻二首 其の二)

羅衣 隱約たり 金泥の畫,玳筵【たいえん】一曲 秋夜に當る。

聲 戰【ふる】え 人を覷ること嬌かし,雲鬟 翠翹 裊【ゆ】れる。

酒醺 紅玉輭【やわら】かに,眉翠 秋山遠し。

繡幌【しゅうこう】麝煙 沉み,誰れ人か 兩心を知らん。

 

(現代語訳)

(宮妓の中の妓優であり、妃嬪となるものの秋の夜の興慶宮勤政楼での宴席を詠う。)

薄絹の衣裳の下には金泥の絵模様がほのかに見えている、秋の夜の勤政楼の玳瑁の筵の宴において歌う「琴操」曲の歌があり、優雅な宴はすすめられる。

おおらかに声を震わせて独唱して皆、静まりかえりききほれる、艶めかしき眼差し投げかける、翡翠の髪飾りに黄金の簪が黒髪に揺れる。

宴もたけなわになると酒に酔って頬も紅く可愛らしく愛嬌に感じられる、眉は遠き秋の山の色にかかれて頬の赤く染まった近くの山ということなのだ。

そのあと、刺繍の帳のうちに麝香の煙がひくくただようなかで、誰が知ろう、この時の二人の心のうちを。

 

(訳注)

菩薩蛮二首其二

(宮妓の中の妓優であり、妃嬪となるものの秋の夜の興慶宮勤政楼での宴席を詠う。)

後段、宴も終わった時には、彼女は酔って顔を紅く染め、男と香の煙なびく自室の帳の内に戻るが、二人の胸の内を知る者は誰一人いないと言う。

長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。記録によれば、右教坊の芸妓の多くは歌がうまく、左教坊のものは舞いが上手だったという。

彼女らも、芸を売ることだけだったということではなく、歌、踊りの後天子のものとでその夜を過すということは当然あった。富貴の者の家に置かれた芸妓たちも同様であり、軍隊や地方官庁に置かれた官妓も同じであった。

この詩の中ではもっとも高貴なものの酒宴であったので、天子の御手が着いたということであろう。

たとえば、『楽府雑録』『開元天宝遺事』に見える。吉州永新県の楽家の生まれの女性で本名を許和子と言った。開元の末年ごろに後宮に入り、教坊の宜春院に属した。その本籍によって、永新と呼ばれた。美貌と聡い性質を持ち、歌に長じ、作曲を行い、韓娥李延年の千年来の再来と称せられた。玄宗から寵愛を受け、演奏中もその歌声は枯れることがなく、玄宗から「その歌声は千金の価値がある」と評せられる。玄宗が勤政楼から顔を出した時、群衆が騒ぎだしたので、高力士の推薦で永新に歌わせたところ、皆、静まりかえったという説話が伝わっている。
安史の乱の時に、後宮のものもバラバラとなり、一士人の得るところとなった。宮中で金吾将軍であった韋青もまた、歌を善くしていたが、彼が広陵の地に乱を避け、月夜に河の上の欄干によりかかっていたところ、船の中からする歌声を聞き、永新の歌と気づいた韋青が船に入っていき、永新と再会し、涙を流しあったという説話が残っている。その士人が死去した後、母親と長安に戻り、民間の中で死去する。最期に母親に、「お母さんの金の成る木は倒れました」と語ったと伝えられる。清代の戯曲『長生殿』にも、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

『花間集』には魏承斑の作が二首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻二首 其一

羅裾薄薄秋波,眉間畫時山兩

相見綺筵,深情暗共

翠翹雲鬢,斂態彈金

宴罷入蘭,邀入解珮

○○●●○○●  ○△●○○●●

△●●○○  △○●△○

●△○●●  ●●△○●

●△●○○  ○●●●○

菩薩蠻二首 其二

羅衣隱約金泥,玳筵一曲當秋

聲戰覷人,雲鬟裊翠

酒醺紅玉,眉翠秋山

繡幌麝煙,誰人知兩

○△●●○△●  ●○●●△○●

○●●○△  ○○●●△

●○○●●  ○●○○●

●●●○○  ○○○●○

興慶宮沈香亭
 

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。

薄絹の衣裳の下には金泥の絵模様がほのかに見えている、秋の夜の勤政楼の玳瑁の筵の宴において歌う「琴操」曲の歌があり、優雅な宴はすすめられる。

7 隠約 ほのかかなさま。①はっきりと見分けがたいこと。②言葉は簡単でも意味が奥深いこと。また、あからさまに表現しないこと

8 玳筵 玳瑁の筵。玳瑁は海亀の一種で、甲羅が半透明なところから珍重される。ここでは豪華な宴席、興慶宮勤政楼を指す。

 

聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。

おおらかに声を震わせて独唱して皆、静まりかえりききほれる、艶めかしき眼差し投げかける、翡翠の髪飾りに黄金の簪が黒髪に揺れる。

9 聲戰 おおらかに声を震わせて独唱する。

唐の玄宗が楊玉環のために作ったとされる曲。霓裳羽衣の曲は玄宗が婆羅門系の音楽をアレンジした曲と言われる。玄宗は愛妾である楊玉環のお披露目の際、この曲を群臣に披露し、群臣に楊玉環が特別な存在であると意識させた。

『霓裳羽衣舞』は唐代舞踊を代表する演目で、「霓裳」とは虹のように美しいもすそ(スカート)、「羽衣」は鳥の羽のように軽い衣のこと。唐の玄宗皇帝が夢のなかで天上の月宮に遊び、仙女が舞っていた調べをもとに作った。

楽史「楊太真外伝」によると、玄宗が三郷駅に登り、女几山を望んだ時に作曲したものである説と、玄宗が、仙人の羅公遠に連れられ、月宮に行き、仙女が舞っていた曲の調べをおぼえて作らせた説双方が記されている。楊貴妃もこれに合わせて、舞うのを得意としたという。しかし、玄宗期に起こった安史の乱以降、この曲は国を傾けた不祥の曲であると忌まれ、楽譜も散逸してしまった。 白居易の「長恨歌」にも曲名が登場する。「漁陽鼙鼓動地來、驚破霓裳羽衣曲。」(漁陽の鼙鼓【へいこ】 地を動【どよ】もして来たり、驚破す 霓裳羽衣の曲。)

 

酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。

宴もたけなわになると酒に酔って頬も紅く可愛らしく愛嬌に感じられる、眉は遠き秋の山の色にかかれて頬の赤く染まった近くの山ということなのだ。

10 紅玉輭 ここでは酒に酔って紅くなった歌妓の頬のこと。

11 秋山 ここでは女の眉を指すが、遠き山であり、紅く染まった頬は色づく秋の山である。眉と女がよこになったシルエットを山で喩える姿をいう。屏風と山は女体を意味する。

 

繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

そのあと、刺繍の帳のうちに麝香の煙がひくくただようなかで、誰が知ろう、この時の二人の心のうちを。

12 麝煙沉 麝香の煙が低くなびくこと。

 

 

 

《菩薩蠻二首》 【字解】

 

1 羅:絡み織を用いた、目の粗い絹織物の一種。 もともと羅とは鳥や小動物などを捕獲するための網を意味する言葉だったが、絹で織った網のような薄物を指す言葉にもなった。2 :膝から下という意味。転じて、衣服の下の方。

3 眉間山兩點 花鈿をかくこと。

4 翹《意味》. あげる。鳥の尾羽のように、高くかかげる。つまだてる。つま先だって背を高くする。 特に秀でた人。また、特にすぐれているさま。ぬきんでる。 【翹楚】ぎょうそ. 大勢の中でとびぬけてすぐれていること。また、その人。 「楚」は、特に丈の高い木。

5 斂態彈金鳳 服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。斂態:服の乱れをまとめること。

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊雀釵頸。

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

12孫光憲《巻八19酒泉子三首其三》『花間集』371全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7127

6 珮璫 佩び玉と耳飾り。・珮:① 身につけるもの。腰にさげる装飾品。 奈良時代,礼服(らいふく)に用いた装飾品。組み糸に玉を通し,胸の下から沓(くつ)のところまで垂らし,歩くときに鳴るようにしたもの。おんもの。玉佩。・璫:耳珠・冠飾。〔「木尻」の意〕 刀剣の鞘(さや)の末端。また,そこにはめる金物。 〘建〙(「木尻」とも書く)部材の先端の総称。主として,破風板・垂木などの下方の端。

巻八46 望梅花一首 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》398 巻八46 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7254

孫光憲  望梅花

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

巻八46

望梅花一首

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》398

巻八46

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7254

 

 
  2016年1月28日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(67)李太白集卷十六18-2-《送外甥鄭灌從軍,三首之二》(丈八蛇矛出隴西,) 386Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(67) Ⅰ李白詩1742 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7250  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128 巻01-13 南山詩 #8(27~30) 806年貞元22年 39歳-(1)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7251  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-17 杜少陵集19-23 雨 -#2 杜甫詩index-15 1121 <1571> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7252   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八46 望梅花一首 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》398 巻八46 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7254  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

鮑照《梅花落》 

中庭雜樹多、偏為梅咨嗟。

問君何獨然、念其霜中能作花。

露中能作實、搖蕩春風媚春日。

念爾零落逐寒風、徒有霜華無霜質。

中庭に雜樹多きも、偏えに梅の為に咨嗟す。

君に問う 何ぞ独り然るや、念え 其霜中に能く花を作す。

露中に能く実を作し、春風に搖蕩して春日に媚ぶる。

念え 爾らは零落して寒風を逐い、徒らに霜華有って霜質無きを。

中庭には様々な木があるが、私が褒め称えるのはただひとえに梅の木だけである。

他の樹木があるのに、どうして梅ばかり褒めるのですかと、問われれば、考えよ、霜の中で花を開くのである。

他の樹木は、春風に揺れる暖かい春の日になって競って咲くものであるが、梅はそのころ次第に実を膨らませ、露の中で、実を結ぶのである。

考えよ、他の樹木は、いざ寒い風が吹いてくると枯れ萎んでしまうではないか。霜のように白花を咲かせても、霜の中で蕾を育むような根性は持っていないのである。

中庭雜樹  偏為梅咨
問君何獨然  念其霜中能作
露中能作  搖蕩春風媚春
念爾零落逐寒風  徒有霜華無霜

  
  
  
  

 

花間集 教坊曲『望梅花』二首

和凝

巻六24望梅花一首  春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

孫光憲

巻八46望梅花一首  數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

 

『花間集』には二首所収。孫光憲の作は一首収められている。双調三十八字、前段二十一字三句二平韻、後段十七字三句三平韻で、⑦7⑦/⑤⑦⑤の詞形をとる。

 

 

和學士凝(和凝)              望梅花一首

和凝《望梅花》 季節が変わって、春芽生えて成長した草草が全部萎れ、枯れたのも消えていった。12月も暮れて雪が積もり根雪として残り、進んだ足跡も残っていた。どんなことが起こったとしてもあの楽しい思い出の詰まった洛陽のようなところはどこにもない、ただ、今、耳に聞こえてきた、あの洛陽で聞いていた「横笛曲」にある「梅花落」の曲は何処の娼屋の家で演奏されているのだろうか。

和凝『望梅花』

春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。

越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。

何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

(梅花を望む)

春草 全無にして息を消し,臈雪【ろうせつ】猶お蹤跡に餘る。

越嶺 寒枝 香れば自ら拆り,冷豔【れいえん】奇芳 惜しむを堪えん。

何事ぞ壽陽 覓むる處無し 誰が家か「橫笛」の曲を,吹き入るは。

(春が来ることは若賓に年齢を重ねていくのみ、香草もすぐ枯れ凋み、その上に足跡残してゆく、古楽府の題名を受け継ぎ、梅花が落ち、香草が枯れ、あしあともきえ、笛の音も消えてゆくと悲哀を詠う。)

 人々は、梅の花の散りゆく風景を目にすることで、今年もまた春か巡ってきたことに気づかされる。悪人にとって春は決して喜ばしい季節ではない。春かただ。同性のものを言うのでなく、幾度となく巡りくるものを言うのであれば、それはただ自分が「撫しみを燧すを得」ることのできない状態のままいたずらに、また若賓に年齢を重ねていくのみであることを象徴するものである。

10和凝 (改)《巻六24望梅花一首  》『花間集』275全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6647

 

孫少監光憲           望梅花一首

望梅花

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

 

(望梅花)

数枝 開きて 與【とも】に 短牆と平らかに、雪萼 紅鮒 相い映ゆるを見、引き起こさん 誰人の辺塞の情を。

簾外 三更ならんと欲し、離愁を吹断して 月 正に明らかに、空しく聴く 江を隔つるの声を。

紅梅003
 

『望梅花』 現代語訳と訳註

(本文)

望梅花

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

 

(下し文)

(望梅花)

数枝 開きて 與【とも】に 短牆と平らかに、雪萼 紅鮒 相い映ゆるを見、引き起こさん 誰人の辺塞の情を。

簾外 三更ならんと欲し、離愁を吹断して 月 正に明らかに、空しく聴く 江を隔つるの声を。

 

海棠花05
 

(現代語訳)

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

 

(訳注)

望梅花

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

【解説】前段第二句の「見雪萼紅跗相映」雪の花台の上に紅梅の花がさいていれば、誰だって辺塞への思いを誘うだろう」という。雪は北方の辺境をおもわせる。後段、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲である。冬に蕾を膨らませ、霜の中に花を咲かせる、梅を思う詩である。和凝の詩と同じ横笛の曲辞である。橫笛:漢代の「横笛曲」にある「梅花落」という笛曲。中国古代音楽於いての楽器は、竪箜篌・琵琶・五絃・笙・橫笛・簫・篳篥・羯鼓・. 腰鼓・荅臘などがある。

 

『花間集』には二首所収。孫光憲の作は一首収められている。双調三十八字、前段二十一字三句二平韻、後段十七字三句三平韻で、⑦7⑦/⑤⑦⑤の詞形をとる。

數枝開與短牆。見雪萼、紅跗相映。引起離人邊塞

簾外欲三。吹斷離愁月正。空聽隔江

●○○△●○○  ●●● ○△△●  ●●△○○●○

○●●△△  △●△○●△○ △△●○○

 

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

雪萼紅跗 雪のように白い萼と紅の花のうてな。ここでは、雪のように白い花びらと紅の花房とを指す。萼【うてな】1 四方を眺めるために建てられた高い建物。高殿(たかどの)。2 極楽に往生した者の座る蓮(はす)の花の形をした台。蓮台(れんだい)。3 (「萼」とも書く)花の萼(がく)。4 眺望をよくするために、土を積んで高くした所。〈和名抄〉

短牆平 低い土塀というのは、後宮の九重の城郭の中の御殿を仕切る牆であろう。

 

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

欲三更 間もなく夜半になる。欲は今にも〜しそうだ、の意。三更は真夜中。「更漏子」・三更雨  夜を五更に分けた第三の時刻をいう。十二時から二時ごろまでの真夜半。

溫庭筠『更漏子』 ()  

玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。

眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。

梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。

一葉葉、一聲聲。空階滴到明。

『更漏子 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-20-2-#6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1696

吹断離愁 辺塞にいる夫は角笛により故郷のことを思っているだろう、芸妓は横吹曲の「梅花落」をきいては北域や西域の辺境にいる夫を思う。

花落 横吹曲辞·梅花落 

  盧照鄰「横吹曲」、『梅花落』が奏されていた。

盧照鄰(641680)河北(范陽)の人。初唐の四傑の一人。

梅花落

梅院花初発、天山雪未開。

雪処疑花満、花辺似雪廻。

因風入舞袖、雑紛向牀台。

匈奴幾万里、春至不知来。

梅院の花が初めて発くも、天山の雪は未まだ開かず

雪ふる処は花満つるかと疑い、花辺は雪の廻るに似たり

風に因りて舞袖に入り、紛に雑じりて牀台に向う

匈奴 幾万里、春至るも来たるを知らず

《燕歌行》(七言); 江總

楊柳條青樓上輕,梅花色白雪中明。

横笛短簫淒復切,誰知柏梁聲不 

《班捷伃詠扇》;江淹

紈扇如團月,出自機中素。畫作秦王女,乘鸞向煙霧。

彩色世所重,雖新不代故。竊愁涼風至,吹我玉階樹。

君子恩未畢,零落在中路。

○涼風 秋風。梁の江淹(444505年)の班?妤の詠扇に擬古詩に「窃かに愁う涼風の至り、我が玉階の樹に吹くことを。」とあるのをふまえる。班礎好は漢の成帝劉?(紀元前五紀元七年)の宮妓、趙飛燕に寵を奪われて怨歌行を作った。それに「常に恐る秋節の至るを。」という句が含まれている。

○西頭 後宮の西辺。西は閨を示す。寵愛に秋風ということだ。頭はあたり。

 

 

 

 

望梅花

唐教坊曲名。《梅苑》詞作《望梅花令》。

 

單調三十八字,六句六仄韻

和凝

春草全無消。臘雪猶餘蹤。越嶺寒枝香自

冷豔奇芳堪。何事壽陽無處。吹入誰家橫

○●○○○●  ●●△○○● ●●○○○●△

△●○○○● △●●○○●●  △●○○△●

 

雙調三十八字,前段三句兩平韻,後段三句三平韻

孫光憲

數枝開與短牆。見雪萼、紅跗相映。引起離人邊塞

簾外欲三。吹斷離愁月正。空聽隔江

●○○△●○○  ●●● ○△△●  ●●△○○●○

○●●△△  △●△○●△○ △△●○○

此詞用平韻,亦無他首可校。

 

 

以下三體字句迥異,但調名相同,故類列於後。

又一體 雙調七十字,前後段各六句六仄韻

 

蒲宗孟

寒梅堪羨。堪羨輕苞初展。被天人、制巧妝素豔。

○○● ○○● ●○○ ●●○●●

群芳皆賤。碎剪月華千萬片。綴向瓊枝欲遍。

○○○● ◎●●○○●● ●●○○●● 

小庭幽院。雪月相交無辨。影玲瓏、何處臨溪見。

●○○● ●●○○● ●○○ ○●○○● 

謝家新宴。別有清香風際轉。縹緲著人頭面。

●○○● ◎●○○○●● ●●◎○

 

蒲宗孟二詞,見《梅苑》,較唐詞迥異。

 

又一體 雙調七十二字,前後段各六句四仄韻

 

蒲宗孟

一陽初起。暖力未勝寒氣。堪賞素華長獨秀。

●○○● ●●●○○● ○●●○○●●

不並開紅抽紫。青帝只應憐潔白。不使雷同眾卉。

●●○○○● ○●●○○●● ●●○○●●

淡然難比。粉蝶豈知芳蕊。夜半捲簾如乍失。

●○○● ●●●○○● ●●●○○●●

只在銀蟾影裏。殘雪枝頭君認取。自有清香旖旎。

●●○○●● ○●○○○●● ●●○○

 

此詞前後段第三、五句,不用韻,與前詞異。

 

又一體 雙調八十二字,前後段各八句五仄韻

 

張雨

何處仙家方丈。渾連水、隔他塵坱。放鶴天空。看雲窗小。

●○○● ○◎ ◎○● ◎●○○ 

萬幅丹青圖障。憑高望。笑掣金鼇。人道是、蓬萊頂上。

◎●● ⊙⊙● ●●○○ ◎◎ ⊙⊙◎●

時問葛陂龍杖。更準備、雪中鶴氅。修月剛。收書東老。

●◎○● ◎◎◎ ●○●● ●○○ ○○

消得百壺春釀。無盡藏。莫傲清閒。怕詔起、山中宰相。

●◎○● ◎● ●●○○ ◎◎◎ ⊙⊙◎●

巻八43 楊柳枝四首其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》395巻八43 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7239

孫少監光憲  楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

巻八43

楊柳枝四首其二

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》395巻八43

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7239

 

 
  2016年1月25日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(65)李太白集卷十六13-《送張遙之壽陽幕府》(壽陽信天險,) 384Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(65) Ⅰ李白詩1739 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7235  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128 巻01-13 南山詩 #5(15~18) 806年貞元22年 39歳-(1)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7231  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-16 #4杜甫 《19-18 又上後園山腳》#4 杜甫詩index-15 1118 <1568> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7237   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八43 楊柳枝四首其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》395巻八43 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7239  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

楊柳枝四首其一

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

 

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 

隋堤01
 

『楊柳枝四首』 現代語訳と訳註

(本文)

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

 

(下し文)

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

 

(現代語訳)

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。


柳絮01
 

(訳注)

楊柳枝四首其二

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

人日の剪彩

陰暦の正月七日は「入日」 である。この日、宮中でも民間でも、女性は美しい色彩の絹布をとりだして、花、葉、鳥などの図案をはさみで切り抜く。「閏婦は刀を持して坐し、自ら憐む 裁ちて新しきを乗るを。葉は催して情は色を綴り、花は寄せて手は春を成す。燕(燕の模様の努紙)は帖めて敷戸に留め、鶏(鶏の模様の努紙)は謝りて餉う人を待つ。撃ち来って夫婿に問う、何処ぞ真の如からざらん」(徐延寿「人日華麻」)。上手にできれば、それを木に飾ることもあれば、それを空に飛び散らせる人もあった。こうした勢彩は主に節句のめでたさを盛り上げるために行ったのであろうが、また女性たちはこの機会を借りて自分の器用さを人に誇ったのである。

* 人日は一月一日から六日まで各種家畜の成育を占い、七日が人、八日が穀物の占い口であった。これは年頭に豊凶、吉凶を占う習俗であり、古代日本にも伝わった。

 

蕩鞦韆(ぶらんこ漕ぎ)】

この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鍬極を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩に、「少年と児女は鍬確を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裾薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴環を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝欽 従って地に堕つ」(王建「鞭極詞」)。また別の詩に、「五糸もて縄を繋ぎ 塔を出ること遅く、力尽き綾かに隣りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱関に借りて久しく語無し」(韓健「鞭樗」)とある。これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

【闘百草(百草を闘わす遊び)

草花を採ってその優劣を競う遊びで、端午の節句の前後、百草の生い茂る頃に行われた。「帰り来って小姑に見え、新たに放って百草を弄しむ」(劉駕「桑婦」)、「閑来に百草を闘わし、日を度るも敗を成さず」(雀顛「王家少婦」)などと詩に詠われでいる。これは主に少女たちの遊びであろう。

中宗の時代、安楽公主は五月五日の「聞百草」 の時、出し物を豊富にするために、わざわざ人を南海のある寺院まで派遣して、南朝宋の謝霊運が臨終の時に寺に寄進した美害(ほほひげ)を取り寄せて、百草遊びの賭け物とした(『隋唐裏話』巻下)。この「闘百草」という遊びは、恐らく草の品種で勝ち放けを競ったものと思う。それで安楽公主は、謝霊運のほほひげを草の一種のように装って賭け草にするという、奥の手を考えついたのであろう。

 

【端午の節句】に、宮中の女性たちは団子を作り、それを小さな弓で射る遊びもした。「粉団で角黍を造り、金盤の中に貯く。小さな角で弓子を造るが、うっとりするほど繊細巧妙である。箭を架えて盤中の粉団めがけて射かけ、当たれば食べでもよいが、粉団は滑威して射ぬくのは難しい」(『開元天宝達事』巻上)。この遊びは宮中だけで行われたらしく民間には普及しなかった。

 

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花,飛遍江城雪不

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄

○○△●●○○  ○●○○●△○

●●●△△●●  ○○○△●○○

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛,浸潤飜成長養

恰似有人長點檢,着行排立向春

●○●●●△△  △●○○△●○

●●●○△●●  ?△○●●○△

 

 

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

4 榭 榭とは、屋根のあるうてな、あずまや()、水榭、水ぎわの亭(チン)

5 濛濛 1 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。「―と砂ぼこりをまき上げる」2 心がぼんやりとしているさま。「木の本に―としてぞ立たりける」

6 飜成 ひっくり返ったり元に戻ったりする。

 

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

7 恰 [訓]あたかもちょうど。あたかも。「恰好(かっこう)」◇「恰好(かっこう)」「恰幅(かっぷく)」の「恰」の末尾促音は、「コウ(カフ)」の入声(にっしょう)pの変化したもの。

8 點檢 スル 一つ一つ検査すること。くわしく調べること。 「エンジンを-する」 「人数を-する」 「点検」に似た言葉»。檢〔検〕[音]ケン[訓]しらべる[学習漢字]51 取り調べる。「検閲・検査・検察・検死・検出・検証・検診・検定・検討/実検・点検・剖検」2 とりしまる。「検束」3 検査。

9 排立 二つのものを比べ、一方を排し、他方を立てること。排するとは、1 押しのける。しりぞける。排斥する。「万難を―・して進む」「反対勢力を―・する」2 並べる。排列する。「漢字を画数順に―・する」3 押し開く。

 

 

 

 

楊柳枝四首 【字解】

 

楊柳詞

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

 

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。』

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

巻八39 謁金門一首 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》391巻八39 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7219

謁金門一首

留不得!留得也應無益。白紵春衫如雪色,揚州初去日。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

巻八39

謁金門一首

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》391巻八39

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7219

 

 
  2016年1月21日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(62)李太白集巻十四34-《贈別王山人歸布山》(王子析道論,) 381Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(62) Ⅰ李白詩1734 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7210  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128 巻01-13 南山詩  #1(1~3) 806年貞元22年 39歳-(1)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ7216  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-15 #3杜甫 《18-69 晚登瀼上堂》#3 杜甫詩index-15-1114 <1564> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7217   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八39 謁金門一首 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》391巻八39 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7219  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 五百詩

花間集 巻第一 (温庭筠) 溫助教庭筠五十首

花間集 巻第二 〈溫助教庭筠十六首・皇甫先輩松十一首・韋相莊二十二首〉

花間集 巻第三 〈韋相莊二十五首・薛侍郎昭蘊十九首・牛給事嶠五首〉

花間集 巻第四 (牛給事嶠二十六首・張舍人泌二十三首)

花間集 巻第五 (張舍人泌四首・毛司徒文錫三十一首・歐陽舍人烱四首

花間集 巻第六 (歐陽舍人炯十三首・和學士凝十三首・顧太尉十八首)

花間集 巻第七 (顧太尉三十七首・孫少監光憲十三首)

花間集 巻第八 (孫少監光憲四十七首・魏太尉承班二首)

花間集 巻第九 (魏太尉承班十三首・鹿太保虔扆六首・閻處士選八首・尹參卿鶚六首・毛秘書熙震十六首)

花間集 巻第十 (毛秘書熙震十三首・李秀才珣三十七首)

 

花間集 教坊曲『謁金門』五首

韋莊

巻三01謁金門二首其一春漏促,金燼暗挑殘燭。一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。有箇嬌饒如玉,夜夜繡屏孤宿。閑抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

韋莊

巻三02謁金門二首其二空相憶,無計得傳消息。天上常娥人不識,寄書何處覓。新睡覺來無力,不忍把伊書跡。滿院落花春寂寂,斷腸芳艸碧。

薛昭蘊

巻三45謁金門春滿院,疊損羅衣金線。睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

牛希濟

巻五46謁金門秋已暮,重疊關山岐路。嘶馬搖鞭何處去,曉禽霜滿樹。夢斷禁城神皷,淚滴枕檀無數。一點凝紅和薄霧,翠蛾愁不語。

孫光憲

巻八39謁金門一首留不得!留得也應無益。白紵春衫如雪色,揚州初去日。輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

 

謁金門一首

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

留不得!留得也應無益。

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

 

(金門に謁す)

留め得ずして。留め得たる 也【もま】た 應【まさ】に無益なるべし。

白紵の春衫 雪の如き色、 揚州に 初めて去りし 日。

別離を輕んじ, 抛擲に甘んず。 江上の 滿帆 風疾し。

卻って羨む 彩鴛 三十六, 孤鸞 還【ま】た 一隻。

 

大明宮の圖003

 

『謁金門』 現代語訳と訳註

(本文)

謁金門一首

留不得!留得也應無益。

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

 

(下し文)

(金門に謁す)

留め得ずして。留め得たる 也【もま】た 應【まさ】に無益なるべし。

白紵の春衫 雪の如き色、 揚州に 初めて去りし 日。

別離を輕んじ, 抛擲に甘んず。 江上の 滿帆 風疾し。

卻って羨む 彩鴛 三十六, 孤鸞 還【ま】た 一隻。

 

(現代語訳)

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

haqro02
 

(訳注)

謁金門一首

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

1 謁金門の解説 技能をもって金馬門から内侍省の狭き門を及第し、梨園に、そして妃賓に選抜された。雪のような白紵を着て、白紵を持って踊る生娘であった、しかし、すぐに寵愛を失ったが、つがいでないと生きられない鴛鴦ではなく、矜持をもって鸞として生きる。

 

『花間集』には孫光憲の作が一首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句四仄韻、後段二十四字五句四仄韻で、❸❻❼5⃣/36⃣❼❺の詞形をとる。韋荘、薛昭蘊、牛希濟の謁金門の解説参照。

謁金門一首

留不得!留得也應無

白紵春衫如雪,揚州初去

輕別離,甘,江上滿帆風

卻羨彩鴛三十,孤鸞還一

△△● △●●△○●

●●○○△●● ○○○●●

△●△ ○○● ○●●△△●

●○●○△●●  ○○○●●

 

留不得!留得也應無益。

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

2 留不得:寵愛をいつまでもとどめることができない。「〔動詞〕+不得」…することができない。 

3 留:(去っていくのを)とどめる。

4 留得:とどめられて(も…)・也:…も。 

5 應:おそらく…だろう。まさに…べし。・無益:無益である。為にならない。無駄である。

 

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

6 白紵 白紵舞は三國時代においてつくられた一種著名な舞蹈であり、呉、東晋でひろまったものである。・呉歌の白紵(はくちょ) 李白「白紵辞」(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊ると詠う。)25歳の時の作である。

白紵辭 晋の時代、呉の地方に白紵の舞というのが起った。白紵というのは、麻の着物の美白なもの。それを着て舞い、その舞の歌を白紵辞と言った。白紵舞は晉の頃から唐代の梨園における手習いの舞であり、長い布をもって舞う霓裳羽衣の曲に発展していく。また、興慶宮で数百人の舞ということで、宮廷のみならず民間にも広まった舞踊で、日本、韓国、東南アジア一帯にも伝えられた。白紵とは、麻の一種で織られた薄手の白い織物のことで、白紵で仕立てられた長い袖を翻す舞い姿は、優美にして変化に富み、その美しさは古来、波を揺らすそよ風や舞い降りる雪などにたとえられている。呉歌においては、白紵、雅楽では子夜といった。梁の武帝が沈約に命じて、その詩を更制せしめた。梁の武帝が改作させたのは、四首連続して、四時を分詠したもので、子夜四時歌である。

鮑照《白紵舞》

朱脣動、素腕舉。洛陽少童邯鄲女。

古稱綠水今白紵。催弦急管為君舞。

窮秋九月荷葉黃。北風驅鴈天雨霜。

夜長酒多樂未央。

李白《白紵辭三首 其一》

揚清歌,發皓齒,北方佳人東鄰子。

且吟白紵停綠水,長袖拂面為君起。

寒雲夜卷霜海空,胡風吹天飄塞鴻。

玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛。

李白《白紵辭,三首之二》

月寒江清夜沈沈,美人一笑千黃金。

垂羅舞縠揚哀音,郢中白雪且莫吟。

子夜歌動君心,動君心,冀君賞。

願作天池雙鴛鴦,一朝飛去青雲上。

李白《白紵辭,三首之三》

刀剪綵縫舞衣,明妝麗服奪春暉。

揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所稀。

激楚結風醉忘歸,高堂月落燭已微,玉釵掛纓君莫違。

80 《白紵辭其一》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州に遊ぶ。20 首 <80> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

81 《白紵辭三首其二》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 20 首 <81> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

82 《白紵辭,三首之三》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <82> Ⅰ李白詩1247 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4783

7 衫:単衣の短いころも。現代でいえばカッターシャツ状の着物。 

8 如雪色:雪のような白い色。

9 揚州:長江北岸にあり、廣陵ともいわれ、隋代 に揚州といわれた。大運河の開鑿と水運が揚州の発展に拍車を掛けた。大運河と長江の交接点で、往時の貿易と物流の中心地。 

10 初去日:出かけていった当初の日(の服装)。

 

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

11 甘:あまんじる。 

12 抛擲:なげうつ。なげつける。なげやりにする。ここでは、女性が棄てられていることをいう。

13 江上:川の上。川で。長江で。 

14 滿帆:帆にいっぱいの(速い風を受けて)。 

15 風疾:風が速い。

 

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

15 卻:かえって。反対に。逆に。 

16 羨:うらやむ。

17 彩:美しい。いろどりのある。「彩鳳」「彩鸞」と、「美しい(鳥)」の意。 

18 鴛:オシドリ。 

19 三十六: 3対のつがい(6羽)が、6つの群をなす。たくさんのつがいが集まっていることを言う。

20 孤鸞:①子供から大人への変わり目の鸞、②つがいであるべき鸞が一羽だけになった。かたわれになった鸞鳥。鴛鴦との対比で、矜持を持った鳥であるということ。 ・鸞:〔らん;luan2〕鳳凰に似た伝説上の霊鳥。 

21 還:また。なおまた。 

22 一隻:つがいのかたわれ。つがいの片一方。一羽。一匹。

 

 

 

 

白紵舞,是創於三國時代的一種著名舞蹈。

白紵舞是因舞服用質地輕薄的白紵縫製而得名。

《晉書·樂志》載:「白紵舞,按舞辭有巾袍之言。紵本是地所出,宜是舞也。」由舞者穿著於江蘇一帶的白紵縫製的舞衣可見白紵舞最初是江南的舞蹈。從三國時代的東 到晉代再到唐代年間,白紵舞一直盛行不衰,且是酒宴表演中的常見節目。在晉代,該舞蹈已流行於封建貴族的社會。西晉張華有以該舞為主題的《白紵舞歌詩》傳世。又隋代《宣城圖經》言:「桓溫領妓游楚山,奏《白紵歌》,因改名白紓山。」唐代時就將《白紵舞》列入《九部樂》及《十部樂》的「清商」樂部中。一方面舞者在宮廷演出白紵舞,另一方面也常在士族家宴及民間表演。南朝惠休《白紵舞辭》中也有「桃花水上春風出,舞袖逶迤鸞照日」之詞。而唐朝詩人李白《白紵辭》曾寫道:「刀翦彩縫舞衣,明妝麗服奪春輝。揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所希。」兩者都讚美了白紵舞的舞姿。另外,《白紵舞》分為獨舞和群舞。南朝梁朝的沈約曾奉梁武帝之命寫成《四時白紵歌》,共有《春白紵》、《夏白紵》、《秋白紵》、《冬白紵》、《夜白紵》五章。當表演《四時白紵歌》時,五個舞者通常集體起舞。在表演結束後,她們要向觀賞者進酒。

巻八37 上行盃二首 其 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 『花間集』389 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7209

孫少監光憲 上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸。

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。


巻八37

上行盃二首 其

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

『花間集』389

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7209

 

 
  2016年1月19日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(61)李太白集巻十二06-《夕霽杜陵登樓寄韋繇》(浮陽滅霽景,) 380Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(61) Ⅰ李白詩1731 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7195  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈127《 巻四19 送廖道士序》 #4 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1646> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7206  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-15 #1杜甫 《18-69 晚登瀼上堂》#1 杜甫詩index-15-1112 <1562> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7207 杜甫詩1500-1112-1562/2500  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八37 上行盃二首 其 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 『花間集』389 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7209  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲『上行盃』四首

韋相莊

巻三19上行盃二首其一  芳艸灞陵春岸,柳煙深,滿樓弦管,一曲離腸寸寸斷。今日送君千萬,紅樓玉盤金鏤盞,須勸珍重意,莫辭滿。(芳草 蘭陵の春岸、柳煙深く、滿樓の弦管。一曲の離聾に腸は寸断さる。今日君を千萬に送る、紅縷の玉盤に 金鐘の蓋。須らく勸むべし、意を珍重せよ、滿つるを辞することなかれ。)

巻三20上行盃二首其二  白馬玉鞭金轡,少年郎,離別容易,迢遞去程千萬里。惆悵異雲水,滿酌一盃勸和淚,須愧珍重意,莫辭醉(白馬に玉の鞭と金の轡、少年郎は 離別容易ならんも。迢遞たる去程は千萬裏。惆悵ことならん異郷の雲と水とに、一杯を勸和して涙和りに勘む。須らく愧づべし、意を珍重せよ、酔うことを辭するなかれ。)

孫少監光憲

巻八37上行盃二首 其一  草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸

巻八38上行盃二首 其二  離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

 

上行盃二首 其一

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草離亭鞍馬,從遠道,

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、

此地分衿,燕宋秦千萬里。

そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,

此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。

佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

 

上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

興慶宮沈香亭
 

『上行杯二首』現代語訳と訳註

(本文)

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

無辭一醉。

野棠開,江艸濕。

佇立,沾泣,征騎駸駸。

 

(下し文)

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,

此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。

佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

 

(現代語訳)

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

西湖十景 曲院風荷02

(訳注)

上行杯二首 其一

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

唐代以降、女性が馬に乗ることはごく一般的なことで、宮女たちが皇帝のお伴をして宮城の外に出る時はみな兵士の服装で馬に乗った。貴族の婦人が宮廷に入る時も騎馬姿で、「我国夫人 主恩を承け、平明(黎明)騎馬にて宮門に入る」(張祜「集霊台」)といったありさまだった。士大夫階級の婦人も常に騎馬で外出し、中には、街頭で「髻を露にして馳騎る」(『新唐書』車服志)者さえいた。宮女たちも皇帝のお供をして馬に乗り弓矢を携えて山野で狩りをした。「射生する宮女は紅妝を宿め、新しき弓を把り得て各おの自ら張る。馬に上る時に臨んで斉しく酒を賜わり、男児のごとく脆拝して君王に謝す」(王建「宮詞」)、「新鹿初めて放たれて兎は猶お肥え、白日 君王 内(内朝)に在ること稀なり。薄暮 千門 鎖さんと欲するに臨んで、紅赦 騎を飛ばして前に帰る」(張籍「宮詞」)。これらは、宮人たちが馬を駆って狩りをするさまを描いたものである。詩人たちが描いた、弓をしならせて鳥を射る宮中の才人の楓爽とした英姿は、次の通りである。

杜甫《哀江頭》「昭陽殿裏第一人,同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。

翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」昭陽殿裏  第一の人,輦(れん)を同じくし 君に隨(したが)ひて  君側に侍す。輦前の才人  弓箭(きゅうせん)を 帶び,白馬 嚼噛(しゃくげつ)す  黄金の勒(くつわ)。身を 翻(ひるがへ)して 天に 向ひ  仰(あふ)ぎて 雲を射れば,一笑 正(まさ)に堕(お)つ  雙飛翼。

哀江頭 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 163

北方の民間の女性たちの多くは馬に乗り弓を射ることができた。荊南節度使の李昌夔の妻独孤氏(独孤は鮮卑系名族の姓)は、二千人の侍女をつれて夫とともに荊南(湖北省)に狩猟に行ったことがある。侍女たちはみな赤紫一色の衣裳であり、馬には錦の鞍をつけていた(佚名『大唐伝載』)。この軍装した女性たちの一団は、さぞかし颯爽として壮観だったことであろう。

それに、唐から宋にかけて、恋愛事情もかなり自由であった

唐代には遥か後世まで語り伝えられた多くの愛情物語が生れた。美しい少女倩娘は、従兄と愛しあっていたが父母は結婚を許さなかった。それで、倩娘の魂は身体から遊離して、遠くに行く従兄の後を追って行き、ついに幸せで円満な結婚に至るという話(陳玄祐『離魂記』)。ある多情の村の娘は郊外にピクニックにきていた科挙受験生の雀護にひと目惚れした。雀護が去った後、この村娘は恋いこがれ病気になって死んでしまった。ところが雀護が再びこの村にくると、彼女は生き返り、この意中の人と結婚したという話(『崔護』)。

この物語は「人面桃花」*という著名な成句を残すことになった。また、才色兼備の令嬢崔鴬鴬は、書生の張君瑞とたまたま出会って愛しあい、封建道徳の束縛と母親の反対を押しのけて西廂(西の棟)でこっそりと会っては情交を結んだ、というロマンチックな物語も生れた(元稹『蔦鴬伝』)。これは後世、ながく名作として喧伝されることになる戯曲『西廂記』 の原話である。これは中国古代の恋愛物語の典型ということができる。また、別の話であるが、美しくて聡明な官僚の家の娘無双は、従兄と幼い時から仲良く遊び互いに愛し合っていた。後に無双が家族の罪に連坐し宮中の婢にされると、この従兄は侠客に頼んで彼女を救い出し、二人はめでたく結婚したという話(薛調『劉無双伝』)。名妓李娃は、自分のために金と財産を使い果し、乞食に落ちぶれた某公子を救い、さんざん苦労して彼が名を成すのを助け、二人は白髪になるまで一緒に暮らしたという話(『李娃伝』)。妓女霞小玉は才子の李益を死ぬほど愛したが、李益は途中で心変りして彼女を棄ててしまった。小玉は気持が沈んで病気にかかり、臨終に臨み李益をはげしく恨んで失恋のため死んでしまったという話(蒋防『霍小玉伝』)。唐代には、こうした話以外に、人と神、人と幽霊、人と狐が愛しあう「柳毅伝書」、「蘭橋遇仙」など有名な物語がたくさん生れた。唐代の愛情物語は、中国古代のなかできわだっており、後代の戯曲、小説に題材を提供する宝庫となった。

愛情物語の中ばかりでなく、現実の生活の中でも、当時の労働する女性たちが自由に恋愛し夫婦となることは、どこでもわりに一般的に見られることであった。「妾が家は越水の辺、艇を揺らして江煙に入る。既に同心の侶を覚め、復た同心の蓮を来る」(徐彦伯「採蓮曲」)。あるいは「楊柳青青として 江水平らかに、邸が江上の唱歌の声を聞く。東辺に日出で西辺は雨、遣う是れ無暗(無情)は却って有晴(有情)」(劉禹錫「竹枝詞」)などと詠われている。これらは労働する女性たちの自由な愛情を描いている。彼女たちは長年屋外で働いていたので、男性との交際も比較的多かった。同時にまた、封建道徳観念は稀薄であり、感情は自然で自由奔放であったから、自由な恋愛はわりに多くみられた。一般庶民の家の娘は礼教の影響や束縛を受けることが比較的少なく、自由な男女の結びつきは常に、またどこにでも存在していたのである。

* 「人面桃花」

雀護が桃花の下に美女を見初め思慕の情を詠んだ詩の一句「人面桃花相映じて紅なり」 の一部分。いとしい人にもう会えない、という意。

こうしたことを前提に、この 孫少監光憲の詩を読むとまた違った味わいが生じてくる。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収。いそう孫光憲の作は二首収められている。単調三十八字、十句二平韻六仄韻、 ❹ 3❷❷④の詞形をとる。

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠

此地分,燕宋秦千萬

無辭一

野棠開,江艸

,沾,征騎駸

●●△○○●  △●●

●●△○  △●○○○●●

○○●● 

●○○ ○●●

●● △●  ○△○○

 

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

燕宋秦 この詩では北東西南の方向を指すもの。戦国七雄”は、韓・魏・趙・・斉・楚・秦の戦国時代に称王した列国を指しているが

 

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

駸駸【しんしん】とは。意味や解説。[ト・タル][文][形動タリ]1 馬の速く走るさま。2 月日や物事の速く進むさま。
大明宮の圖003
 

12孫光憲《巻八23更漏子二首其二》『花間集』375全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7147

孫光憲  更漏子二首其二

今夜期,來日別,相對秖堪愁隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

12孫光憲《巻八23更漏子二首其二》『花間集』375全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7147

 

 

 

 
  2016年1月5日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(54)李太白集卷六04-《侍從宜春苑,奉詔賦“龍池柳色初青,聽新鶯百囀”歌》 373-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(54) Ⅰ李白詩1719 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7143  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈125《 巻三03 上兵部李侍郎書》 #4§2-3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1632> Ⅱ#4§2-3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7144  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-11-#3杜甫 《19-05 園官送菜》#3 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-11-#3 <1093> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7145  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八23更漏子二首其二》『花間集』375全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7147  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲『更漏子』十六首

溫庭筠

巻一15更漏子六首其一柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。驚塞鴈,起城烏,畫屏金鷓鴣。香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。

溫庭筠

巻一16更漏子六首其二星斗稀,鐘鼓歇,簾外曉鶯殘月。蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。虛閣上,倚蘭望,還似去年惆悵。春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。

溫庭筠

巻一17更漏子六首其三金雀釵,紅粉面,花裡暫如相見。知我意,感君憐,此情須問天。香作穗,成淚,還似兩人心意。山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。

溫庭筠

巻一18更漏子六首其四相見稀,相憶久,眉淺淡烟如柳。垂翠幕,結同心,待郎燻繡衾。城上月,白如雪,蟬髩美人愁。宮樹暗,鵲橋橫,玉籤初報明。

溫庭筠

巻一19更漏子六首其五背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。堤柳動,島煙昬,兩行征鴈分。西陵路,歸帆渡,正是芳菲欲度。銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。

溫庭筠

巻一20更漏子六首其六玉鑪香,紅蠟淚,偏照畫堂秋思。眉黛薄,髩雲殘,夜長衾枕寒。梧桐樹,三更雨,不道離情正苦。一葉葉,一聲聲,空階滴到明。

韋莊

巻三23更漏子鐘皷寒,樓閣暝,月照古桐金井。深院閉,小庭空,落花香露紅。煙柳重,春霧薄,燈背水高閣。閑倚,暗沾衣,待郎郎不歸。

牛嶠

巻四11更漏子三首其一 星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。挑錦字,記情事,惟願兩心相似。收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。

牛嶠

巻四12更漏子三首其二 春夜闌,更漏促,金燼暗挑殘燭。驚夢斷,錦屏深,兩明月心。閨艸碧,望歸客,還是不知消息。辜負我,悔憐君,告天天不聞。

牛嶠

巻四13更漏子三首其三南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。招手別,寸腸結,還是去年時節。書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

毛文錫

巻五12 更漏子一首 春夜闌,春恨切,花外子規啼月。人不見,夢難憑,紅紗一點燈。偏怨別,是芳節,庭中丁香千結。宵霧散,曉霞輝,梁間雙鷰飛。

顧夐

巻七37 更漏子一首  舊歡,新悵望,擁鼻含嚬樓上。濃柳翠,晚霞微,江鷗接翼飛。簾半捲,屏斜掩,遠岫參差迷眼。歌滿耳,酒盈罇,前非不要論。

孫光憲

巻八22更漏子二首其一 聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

孫光憲

巻八23更漏子二首其二 今夜期,來日別,相對秖堪愁。隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

毛熙震

巻九43更漏子二首其一  秋色清,河影澹,深燭寒光暗。幌碧,錦衾紅,博山香融。更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤

毛熙震

巻九44更漏子二首其二  煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。羅幕下,屏空,燈花結碎紅。人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。長憶得,與郎期,竊香私語時

 

 

更漏子二首其一

(富貴の家の歌妓が今夜は歌っていない。漏刻の音がしっかり聞えるし、雁の啼くのも聞こえた。奥座敷で二人が交わっているからだと詠う。)

聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。

真夜中を過ぎて時を知らせる漏刻の音が聴こえてくると寒さが増してくる、遠くの方で雁が鳴いていくのが聞える。歌妓のあの娘も真夜中過ぎれば奥の閨にいる。

扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。

中庭のあるその家の飾られた扉には閂で戸締まりをしている。庭には珠簾の草花を植えてあり、月の光があふれる様に照らしている。

人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。

誰もいなくて人声などなく、唐なども焚かれず閨は冷え切ったままだ。蝋燭の火が赤く半ば垂らした戸帳を照らし、あの子が待っていたそこに清々しい影が映っている。

雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

二人は「高唐賦」の雨と雲とに化身し交わった。最高の蕙蘭のような心情であろうと思うし、この気持ちは長江を流れ、滄海のうみのふかさというべきかもしれない。

 

(更漏子二首 其の一)

寒更を聽けば,遠く鴈を聞く,半夜 蕭娘 深き院。

扃し,珠簾を下る,滿庭 玉蟾噴く。

人語 靜かにして,香閨 冷く,紅幕 半ば垂れて清影あり。

雲雨 態し,蕙蘭の心,此情 江海 深くす。

 

更漏子二首其二

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

今夜期,來日別,相對秖堪愁

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿

漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

 

(更漏子二首其の二)

今夜 期あり,日來れば別,相い對して秖だ堪え愁

粉面を隈して,撚えて簪を瑤らす,無言 淚 襟に滿つ。

銀箭 落ち,霜華 薄ぎ,牆外 曉雞 咿喔【いあく】あり。

付囑【ふしょく】を聽き,情悰【じょうそう】を惡し,斷腸 西に復た東に。

 

十三夜月
DCF00212
 

『更漏子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

更漏子二首其二

今夜期,來日別,相對秖堪愁

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

 

(下し文)

(更漏子二首其の二)

今夜 期あり,日來れば別,相い對して秖だ堪え愁つ。

粉面を隈して,撚えて簪を瑤らす,無言 淚 襟に滿つ。

銀箭 落ち,霜華 薄ぎ,牆外 曉雞 咿喔【いあく】あり。

付囑【ふしょく】を聽き,情悰【じょうそう】を惡し,斷腸 西に復た東に。

 

(現代語訳)

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。

白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 

漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。

妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

 

三日月01
銀河002
(
訳注)

更漏子二首其二

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

【解説】 更漏というのは夜の時間を計る水時計のことだが、花間集では、①妃嬪、愛妾との別離に夜が早く過ぎるのを気にする場合。②待ち人が何時までも来ないから時間が気になる場合。大まかにこの2例の変形のものである。この詩は①の場合である。

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。

更漏子二首其一

双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻3③⑤の詞形をとる。

聽寒更,聞遠,半夜蕭娘深。扃繡,下珠,滿庭噴玉

人語靜,香閨,紅幕半垂清。雲雨態,蕙蘭,此情江海

△○△  △●● ●●○○△△ ○●● ●○○  ●○△●○

○●●  ○○△ ○●●○○●  ○●● ●○○  ●○○●△

更漏子二首其二

双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句四仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/❸❸❻❸③⑤の詞形をとる。

今夜期,來日,相對秖堪愁

隈粉面,撚瑤,無言淚滿

銀箭,霜華,牆外曉雞咿

聽付,惡情,斷腸西復

○●○  △●● △●?○○●

△●● ●○○  ○○●●○

○●●  ○△● ○●●○○●

△●● △○○  ●○○●○

 

今夜期,來日別,相對秖堪愁

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。

10. 相対 ここでは愛人の男に向かい合うこと。

 

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 

11. 隈粉面 頻を寄せる。粉面は白粉を塗った白い顔。

12. 瑤簪 玉の飾りのついた簪が小刻みに揺れる。

 

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。

漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。

13. 銀箭落 夜が尽きること。階段型の5つの水槽があり、その一つで一更で浮き袋に銀箭は水時計の時を示す矢(針)。それが上から順に一更ずつ下に移る。したがって、落ちるとは水時計の水がなくなり時間が経ったことを意味する。

14. 霜華 白く降りた霜。

15. 咿喔 時を告げる鶏の声の形容。

 

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

16. 付嘱 言い付け、頼み。

17. 悪情悰 気が滅入る。

 

 

 

 

孫光憲 更漏子二首 【字解】

 

 

1 更漏 漏壺であり、計時器をいう。 古代、滴漏計時に用いたもの, 夜間、漏刻に憑り更を傳える, 故に稱す。 唐の李肇が《唐國史補》卷中に漏刻を説明している。「 惠遠以山中不知更漏,乃取銅葉製器,狀如蓮花,置盆水之上,底孔漏水,半之則沈,每晝夜十二沈, 為行道之節, 雖冬夏短長, 雲陰月黑, 亦無差也。」

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻3③⑤の詞形をとる。

更漏子二首其一

聽寒更,聞遠,半夜蕭娘深。扃繡,下珠,滿庭噴玉

人語靜,香閨,紅幕半垂清。雲雨態,蕙蘭,此情江海

△○△  △●● ●●○○△△ ○●● ●○○  ●○△●○

○●●  ○○△ ○●●○○●  ○●● ●○○  ●○○●△

2. 寒更 夜更けの薄ら寒い様を言いう。五更: 1 一夜を初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称。2 五更の第五。およそ現在の午前3時から午前5時、または午前4時から午前6時ころにあたる。寅(とら)の刻。戊夜。

3. 蕭娘 歌妓の名前。「唐娘」「謝娘」など六朝時代の女妓の一般呼称。民妓、家妓、美女や妓女、あるいは愛妾をいう。

沈満願『戯蕭娘』

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)

明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。

風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。

凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。

意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

・謝家 民妓、家妓、美女や妓女、あるいは愛妾の棲む家。唐の李徳祐が豪邸を築いて謝秋娘を池のほとりの楼閣に住まわせたことによる。比喩する相手が特定される場合は、晋の謝安であったり、謝靈運、謝朓を示す場合もある。

4. 扃 (1) (外からの)かんぬき.(2) (を閉ざす)1 草が生い茂って道や入り口を閉ざすこと。「立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは―にさはりしもせじ」〈源・若紫〉2 簡素な住まい。わび住まい。

5. 珠簾 1 玉で飾ったすだれ。また、すだれの美称。たまだれ。2 ヒガンバナ科の多年草。地下の鱗茎(りんけい)から細長い葉が群がって出る。夏、高さ約30センチの茎を出し、クロッカスに似た白い花をつける。

6.  激しくふく。

7. 玉蟾 【ぎょくせん】《月の中に三つ足の蟾(ヒキガエル)がいるという伝説から》月の異称。

8. 雲雨 男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。漂いやがて消えてゆくガスのような雲なので、探しようがない。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

淸平樂(一) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-260-5-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682

9. 蕙蘭 広東省を主な原産地とするシンビジウム属の一部です。 わが国にやってきて100年以上になるため帰化植物と同じく作りやすい蘭になっています。 花は品種によって2月から4月ごろ開花して、中国蘭特有のよい香りが漂う。

12孫光憲《巻八21清平樂二首其二》『花間集』373全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7137

孫光憲  清平樂二首其二

等閑無語,春恨如何去?終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

(あの春の日に寵愛を受けていたのが終わって詩なった、花が咲き、柳の緑が濃くなっても、もう何もありはしない。朝、馬だけの輦が行き、馬だけの輦が帰ってきたというと詠う。)

今日もやることもやりたくなくて押し黙ったまま時を過ごす、待ち望んだ春なのに、春も盛りというのに、この春の恨みをどうすれば消せるのか。あのとき、春だからと引き留めてもやっぱりそそくさと強引に出て行かれ、ちょうあいをうしなった、花が咲けど暗い気持ち、柳が色を濃くしても、何処に行かれるのか、判りはしない。一日中、眺め尽くして見るのも嫌になり、やるせない思いもどこかにやるよりないのだ、窓を斜めにくぎってさしこむ夕日は今夜の「明」と「暗」を示唆するものである。眠れず一人過ごす長い夜が恨めしい、黄昏時のこの屋の朱塗りの門に日は落ちる、見慣れた刺繍の飾った鞍を置く驄馬だけが空しく帰ってくる。

12孫光憲《巻八21清平樂二首其二》『花間集』373全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7137

 

 

 
  2015年12月28日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白372 巻五 24-《秋思》(春陽如昨日) 372728年開元十六年28歲 <李白372> Ⅰ李白詩1717 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7133  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈125《 巻三03 上兵部李侍郎書》 #2§2-1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1630> Ⅱ#2§2-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7134  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-11-#1杜甫 《19-05 園官送菜》#1 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-11-#1 <1091> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7135  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八21清平樂二首其二》『花間集』373全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7137  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

 

花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

溫庭筠

巻二01清平樂二首其一上陽春晚,宮女愁蛾淺。新清平思同輦,爭那長安路遠。鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。競把黃金買賦,為妾將上明君。

溫庭筠

巻二02清平樂二首其二洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

韋莊

巻二46清平樂四首其一春愁南陌,故國音書隔。細雨霏霏棃花白,鷰拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上淚痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望銷魂。

韋莊

巻二47清平樂四首其二野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。夢覺半床斜月,小風觸鳴琴。

韋莊

巻二48清平樂四首其三何處游女,蜀國多雲雨。雲解有情花解語,窣地繡羅金縷。粧成不整金鈿,含羞待月鞦韆。住在綠槐陰裡,門臨春水橋邊。

韋莊

巻二49清平樂四首其四鶯啼殘月,繡閣香燈滅。門外馬嘶郎欲別,正是落花時節。粧成不畫蛾眉,含愁獨倚金扉。雲路香塵莫掃,掃即郎去歸遲。

孫光憲

巻八20清平樂二首其一愁腸欲斷,正是青春半。連理分枝鸞失伴,又是一場離散。掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。憑使東風吹夢,與郎終日東西。

孫光憲

巻八21清平樂二首其二等閑無語,春恨如何去?終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

毛熙震

《巻九47清平樂》  春光欲暮,寂寞閑庭。粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲天疎雨。含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛

 

 

清平樂二首其一

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

愁腸欲斷,正是青春半。

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

(清平樂二首其の一)

愁腸 斷たんと欲す,正に是れ青春 半ばなり。

連理は枝を分ち 鸞は伴を失う,又た是れ 一場の離散なり。

鏡を掩い 語ること無く 眉は低る,思は芳艸に隨い凄凄たり。

東風は夢を吹くに憑使【つかし】めば,郎と終日 東西せん。

 

清平樂二首其二

(あの春の日に寵愛を受けていたのが終わって詩なった、花が咲き、柳の緑が濃くなっても、もう何もありはしない。朝、馬だけの輦が行き、馬だけの輦が帰ってきたというと詠う。)
等閑無語,春恨如何去?

今日もやることもやりたくなくて押し黙ったまま時を過ごす、待ち望んだ春なのに、春も盛りというのに、この春の恨みをどうすれば消せるのか。
終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

あのとき、春だからと引き留めてもやっぱりそそくさと強引に出て行かれ、ちょうあいをうしなった、花が咲けど暗い気持ち、柳が色を濃くしても、何処に行かれるのか、判りはしない。
盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。

一日中、眺め尽くして見るのも嫌になり、やるせない思いもどこかにやるよりないのだ、窓を斜めにくぎってさしこむ夕日は今夜の「明」と「暗」を示唆するものである。
長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

眠れず一人過ごす長い夜が恨めしい、黄昏時のこの屋の朱塗りの門に日は落ちる、見慣れた刺繍の飾った鞍を置く驄馬だけが空しく帰ってくる。

 

(清平樂二首其の二)

等閑に語ること 無く、春恨 如何にして去らん?

終に是れ 疎狂し 留【と】めて 住【とど】まらず、花は暗く 柳は濃く 何処ぞ。

尽日 目は断じ 魂は飛びて、晩窓 斜めに残を界【くぎ】る。

長く恨むは 朱門の薄暮に、繍鞍 驄馬 空しく帰るを。

Flower1-008
 

 

『清平樂二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂二首其二

等閑無語,春恨如何去?

終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。

長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

 

(下し文)

(清平樂二首其の二)

等閑に語ること 無く、春恨 如何にして去らん?

終に是れ 疎狂し 留【と】めて 住【とど】まらず、花は暗く 柳は濃く 何処ぞ。

尽日 目は断じ 魂は飛びて、晩窓 斜めに残暉を界【くぎ】る。

長く恨むは 朱門の薄暮に、繍鞍 驄馬 空しく帰るを。

 

(現代語訳)

(あの春の日に寵愛を受けていたのが終わって詩なった、花が咲き、柳の緑が濃くなっても、もう何もありはしない。朝、馬だけの輦が行き、馬だけの輦が帰ってきたというと詠う。)

今日もやることもやりたくなくて押し黙ったまま時を過ごす、待ち望んだ春なのに、春も盛りというのに、この春の恨みをどうすれば消せるのか。

あのとき、春だからと引き留めてもやっぱりそそくさと強引に出て行かれ、ちょうあいをうしなった、花が咲けど暗い気持ち、柳が色を濃くしても、何処に行かれるのか、判りはしない。

一日中、眺め尽くして見るのも嫌になり、やるせない思いもどこかにやるよりないのだ、窓を斜めにくぎってさしこむ夕日は今夜の「明」と「暗」を示唆するものである。

眠れず一人過ごす長い夜が恨めしい、黄昏時のこの屋の朱塗りの門に日は落ちる、見慣れた刺繍の飾った鞍を置く驄馬だけが空しく帰ってくる。

 

(訳注)

清平樂二首其二

(あの春の日に寵愛を受けていたのが終わって詩なった、花が咲き、柳の緑が濃くなっても、もう何もありはしない。朝、馬だけの輦が行き、馬だけの輦が帰ってきたというと詠う。)

 

1 清平調について

楽府の一つ。唐の玄宗が楊貴妃と沈香亭で牡丹をながめて楽しんだとき、李白が勅を受けて作ったもの。楽府には、清調・平調・瑟調があったが、李白が、清調と平調を合わせて清平調三章を作った。

清平調とは、欒律の名で、

通典に「『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:『平調、清調、瑟調,皆周房中曲之遺聲,漢世謂之三調。』則似漢代己有清商三調的稱呼了.」

(『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:平調、清調、瑟調は皆周の房中曲の遺聲、漢世、これを三調といい、すべて相和調という。則似漢代己有清商三調的稱呼了.」とある。

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。

清平樂二首其一

愁腸欲,正是青春

連理分枝鸞失,又是一場離

掩鏡無語眉,思隨芳艸凄

憑使東風吹夢,與郎終日東西

○○●●  △●○○●

○●△○○●●  ●●●○△●

●●○●○○  △○○●○○

○●○△△△  △○○●○○

双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺7❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。清平樂二首其二

等閑無,春恨如何

終是疎狂留不住,花暗柳濃何

盡日目斷魂,晚斜界殘

長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空

●○○●  ○●△△●

○●△△△△●  ○●●○△●

●●●●○○  ●?○●○○

△●○○●●  ●○○●△○

 

等閑無語,春恨如何去?

今日もやることもやりたくなくて押し黙ったまま時を過ごす、待ち望んだ春なのに、春も盛りというのに、この春の恨みをどうすれば消せるのか。

12. 等閑 なすべきことをないがしろにする。

 

終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

あのとき、春だからと引き留めてもやっぱりそそくさと強引に出て行かれ、ちょうあいをうしなった、花が咲けど暗い気持ち、柳が色を濃くしても、何処に行かれるのか、判りはしない。

13. 終是 結局のところ。

14. 疎狂 そそっかしく、ひどく常識にはずれていること。 ここは朝廷の高官であるから夕刻までに帰って来るけれどそそくさと家を又出てゆくこと。

15. 花暗柳濃 後宮には何人かの妃嬪がいることを示す。・花暗:花が咲いている庭の奥まったところ。・柳濃:柳並木の鬱蒼と茂ったあたり。

16. 留不住 引き留めることができない。

 

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。

一日中、眺め尽くして見るのも嫌になり、やるせない思いもどこかにやるよりないのだ、窓を斜めにくぎってさしこむ夕日は今夜の「明」と「暗」を示唆するものである。

17 斜界殘暉 夕日の光が明暗を分ける様子をいう。ここではいったん帰ってきてからのそのまま家にいて夜を一緒に過ごす「明」なのか、すぐに他の女のもとに行ってしまう「暗」なのか、ということをイメージさせる。

 

長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

眠れず一人過ごす長い夜が恨めしい、黄昏時のこの屋の朱塗りの門に日は落ちる、見慣れた刺繍の飾った鞍を置く驄馬だけが空しく帰ってくる。

18. 長恨 夕方出て行った男に秋の夜長を一晩中どうして過したらよいのかという恨み心を抱く。この時代の女性に嫉妬心を現代の女性と比較すると極めて薄いものである。一夫多妻制であることが現代の倫理観とまったく異なるのであって、女性は性の道具、女卑、の前提のもとに恨むことさえしてはいけないのである。男性の方も罪の意識はないというのが基本である。したがってここでは男目線の詩であるから、どういう状態であっても女性が自分のことだけを愛してくれているという前提のもとに、この夜ひとりで過ごす女性の心情を「長恨」という語で表現するのである。この「長」を“つねに”と読ませるのは間違い。

19.. 朱門 朱雀門。南の門。身分の高い顕官の邸の正門を通るのはこの屋の主人。① 朱塗りの門。 ②《門を朱塗りにしたところから》富貴の人の家。家屋は南を正門とし、高貴の人はその邸の門を朱色に塗った。杜甫『自京赴奉先縣詠懷五百字』「朱門酒肉臭、路有凍死骨。」このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くしてあまったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。

薛濤『燕離巢』「出入朱門未忍,主人常愛語交交。銜泥穢珊瑚枕,不得梁間更壘巢。」(朱門に出入して 未だ【なげう】つに忍びず、主人 常に愛す 語 交交なるを。泥を銜んで 珊瑚の枕を 穢汚す、梁間 更に巣を壘するを 得ず。)

十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467

20. 繡鞍驄馬空歸 立派な鞍を置いた青白毛の馬だけが空しく帰って来る。ここでは主人のお供として出かけた馬番だけが馬を連れて帰って来たことを意味する。

21. 驄馬 青白色の馬。「時俗造次那得致,雲霧晦冥方降精。」此の種類の馬は世俗の人がほしいからとしてあわただしく得ようとしてできるものか、このような馬は、雲や霧がとざして真っ暗という様な時はじめて天が精気を降してこの馬を下界へ送りくださるものである。

驄馬行  杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 102

12孫光憲《巻八20清平樂二首其一》『花間集』372全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7132

孫光憲  清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是青春半。連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。憑使東風吹夢,與郎終日東西。

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

12孫光憲《巻八20清平樂二首其一》『花間集』372全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7132

 

 

 
  2015年12月27日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(53)李白371 巻五 26-《秋思》(燕支黃葉落,) 371Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(53) <李白371> Ⅰ李白詩1716 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7128  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈125《 巻三03 上兵部李侍郎書》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1629> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7129韓愈詩-韓愈125  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-10-#3杜甫 《19-15 行官張望補稻畦水歸》#3 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-10-#3 <1090> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7130  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八20清平樂二首其一》『花間集』372全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7132  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

 

花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

溫庭筠

巻二01清平樂二首其一上陽春晚,宮女愁蛾淺。新清平思同輦,爭那長安路遠。鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。競把黃金買賦,為妾將上明君。

溫庭筠

巻二02清平樂二首其二洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

韋莊

巻二46清平樂四首其一春愁南陌,故國音書隔。細雨霏霏棃花白,鷰拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上淚痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望銷魂。

韋莊

巻二47清平樂四首其二野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。夢覺半床斜月,小風觸鳴琴。

韋莊

巻二48清平樂四首其三何處游女,蜀國多雲雨。雲解有情花解語,窣地繡羅金縷。粧成不整金鈿,含羞待月鞦韆。住在綠槐陰裡,門臨春水橋邊。

韋莊

巻二49清平樂四首其四鶯啼殘月,繡閣香燈滅。門外馬嘶郎欲別,正是落花時節。粧成不畫蛾眉,含愁獨倚金扉。雲路香塵莫掃,掃即郎去歸遲。

孫光憲

巻八20清平樂二首其一愁腸欲斷,正是青春半。連理分枝鸞失伴,又是一場離散。掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。憑使東風吹夢,與郎終日東西。

孫光憲

巻八21清平樂二首其二等閑無語,春恨如何去?終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

毛熙震

《巻九47清平樂》  春光欲暮,寂寞閑庭。粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲天疎雨。含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛

 

 

清平樂二首其一

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

愁腸欲斷,正是青春半。

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

(清平樂二首其の一)

愁腸 斷たんと欲す,正に是れ青春 半ばなり。

連理は枝を分ち 鸞は伴を失う,又た是れ 一場の離散なり。

鏡を掩い 語ること無く 眉は低る,思は芳艸に隨い凄凄たり。

東風は夢を吹くに憑使【つかし】めば,郎と終日 東西せん。

 

清平樂二首其二

等閑無語,春恨如何去?

終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。

長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

 

miyajima594
 

『清平樂二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是青春半。

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

 

(下し文)

(清平樂二首其の一)

愁腸 斷たんと欲す,正に是れ青春 半ばなり。

連理は枝を分ち 鸞は伴を失う,又た是れ 一場の離散なり。

鏡を掩い 語ること無く 眉は低る,思は芳艸に隨い凄凄たり。

東風は夢を吹くに憑使【つかし】めば,郎と終日 東西せん。

 

(現代語訳)

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。

連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。

寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。

この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

 

 芍薬001

(訳注)

清平樂二首其一

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

 

1.    清平調について

楽府の一つ。唐の玄宗が楊貴妃と沈香亭で牡丹をながめて楽しんだとき、李白が勅を受けて作ったもの。楽府には、清調・平調・瑟調があったが、李白が、清調と平調を合わせて清平調三章を作った。

清平調とは、欒律の名で、

通典に「『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:『平調、清調、瑟調,皆周房中曲之遺聲,漢世謂之三調。』則似漢代己有清商三調的稱呼了.」

(『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:平調、清調、瑟調は皆周の房中曲の遺聲、漢世、これを三調といい、すべて相和調という。則似漢代己有清商三調的稱呼了.」とある。

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。

清平樂二首其一

愁腸欲,正是青春

連理分枝鸞失,又是一場離

掩鏡無語眉,思隨芳艸凄

憑使東風吹夢,與郎終日東西

○○●●  △●○○●

○●△○○●●  ●●●○△●

●●○●○○  △○○●○○

○●○△△△  △○○●○○

 

愁腸欲斷,正是青春半。

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。

2. 愁腸 愁え悲しむ心。哀愁に満ちた心。傅玄 《雲歌》「白雲翩翩翔天庭,流景彷彿非君形。 白雲飄飄捨我高翔, 青雲徘徊為我愁腸。」(白雲 翩翩として天庭に翔ける,流景 彷彿として君の形に非らず。)

3. 欲断 今にも〜心が折れそうだ。~のことを断絶したい。女は閨にこもっているものというのがこの時代の当たり前のこと。男がここでは詩題からも高貴な男が春を迎えたのに帰ってこない。毎日思い続けていることで、これをやめなければいけないと思っていることをいう。顧夐『臨江仙三首 其二』「幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。」13-336《臨江仙三首 其二》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-519-13-(336) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4142 

4. 青春半 旧暦二月を指、春の半ば、と女自身はまだ若いことをいう。五行思想で春の色は青に配当されるので春を青春と言う。また旧暦では一月、二月、三月が春で、春の半ばは二月に当たる。

 

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。

5. 連理 株を異にする樹の枝幹がつながって一体化したもの。もともと吉祥の兆しであったが、後には睦まじい男女、夫妻の比喩として用いられるようになった。

6. 鸞失伴 鸞鳥が伴侶を失うこと、寵愛を失う。後宮にはいわゆる「内職」という制度があり、『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。

 

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。

7. 芳艸凄凄 かんばしい香りの草が茂っているさま。 旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことをいう。花間集では「芳草」を美人に喩えるのは常套手段。溫庭筠『菩薩蛮 其七』の「玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。門外草萋萋,送君聞馬嘶。畫羅金翡翠,香燭銷成淚。花落子規啼,綠窗殘夢迷。」

『菩薩蠻 七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-1-#7 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644

『酒泉子』四首(一)温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-21-3-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1700

孫光憲『後庭花二首其二』 「石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。」

14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282

凄凄】とは。意味や解説。[形動タリ]1 寒く冷たいさま。寒々とものさびしいさま。また、涼しいさま。「―たる微陽のまへ、遠路に臨んで眼(まなこ)をきはむ」〈平家・五〉2 雨雲のわくさま。蕭の用語解説 - [音]ショウ(セウ)(呉)(漢)1 草の名。ヨモギの一種。「蕭艾(しょうがい)2 ものさびしい。「蕭蕭・蕭条・蕭然」蕭条】とは。意味や解説。[ト・タル][文][形動タリ]ひっそりともの寂しいさま。

 

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

8. 憑使 頼る、よすがにすることができれば。憑 【ヒョウ・つく】1 よりかかる。頼みにする。よりどころ。2 霊がのり移る。つく。

9. 東風吹夢 【胡蝶の夢】(こちょうのゆめ) [荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。

10. 與郎終日東西 一日中、あなたが東に行けば一緒に東に行き、西に行けば一緒に西に行き、東は春、西は秋、すなわち、一年中。

11. 郎  劉郎、阮郎  別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

 

『甘州子五首其三』 「曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。山枕上,長是怯晨鐘。」

13-12《甘州子五首其三》顧太尉(顧夐【こけい】)55首 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-465-13-(12) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3872

和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

劉禹錫『再遊玄都觀』

百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。

種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。

再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

牛嶠『女冠子 其三』

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

牛嶠『夢江南二首 其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

夢江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142 

温庭筠 『思帝郷』

花花、満枝紅似霞。

羅袖画簾腸断、阜香車。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

唯有阮郎春尽、不帰家。

思帝郷 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-303-5-#57  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3062

牛嶠『夢江南二首其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142

12孫光憲《巻八16臨江仙二首其二》『花間集』368全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7112

孫光憲     巻八16臨江仙二首其二 暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

(妃嬪になり寵愛を受けていても、何時かは失うものである。高唐賦にいう楚雲もやがて分かれるものと詠う)

夕暮の降る雨はさびしそうにさらさらと降って気持ちがなえる、寝殿の門をあけることはない、閨の燭台に火をともして、その前に静かに座って動かず、「初更」の鐘が鳴る。耀く簪を付けたままで高く結った髪型が低くつぶれていて、両鬢の雲型も横方向に崩れかけていてもなおそうとはしない。とばり、幔幕も、垂らしかけのままでととのえず、屏風と戸張には燭光の影を映して明るい。寵愛を受けず、そのための準備もしないのでは、妃嬪の座を棄てることになる、思い直して、頭を低くして古い秦の瑟琴を一心に奏でる。燕が二羽並んでいて、こころのかよわない鸞が並んで足跡をのこしていく、男女の情というものには勝てないのだろう。そんな愁いも夜が明けると旅立って行くこことで消える。まさに、あんなに愛し合っていても「高唐賦」にいう雲に化身して川を下ってゆき別れるのである。

12孫光憲《巻八16臨江仙二首其二》『花間集』368全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7112

 

 
  2015年12月23日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(49)李白 巻五10-《折楊柳》(垂楊拂綠水,) Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(49) <李白> Ⅰ李白詩1707 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7083  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈121《 巻九21梨花下贈劉師命》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1625> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7109  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-9-#2杜甫 《19-09 .槐葉冷淘》#2 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-9-#2 <1086> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7110   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八16臨江仙二首其二》『花間集』368全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7112  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

張泌

巻四38臨江仙煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅

和凝

巻六17臨江仙二首其二披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

 

臨江仙二首其一

(選抜されて後宮に入り、選抜されて妃賓に、そして鳳凰のようにむつまじく過ごしたが、寵愛は長くは続かない、何時しか少し年を重ねると見捨てられてしまう妃嬪を詠う。)

霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。

醴泉である井戸、鳳凰は梧桐にだけとまる愛の巣であったものを、秋が来て霜に打たれて葉が枯れ落ち幹だけになっている、それと同じように、閨には翡翠の帳や彫りの手すりにもこの秋、初めて寒さを感じさせるものである。

薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。

少し年を重ねたとはいえ、薄化粧や眉は花の冠によく似あってとても美しい。誰も来ない閨では思いを内に含んで言葉など発することなく、物憂げにいつまでも手すりにもたれて倚りかかっておこしをまつ。

杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。

あのお方は輦車で今どこかにはるかなところに行かれてしまった、別れは悲しみであったが、思い出も、思いでの物、様々なものが恨みにかわってしまう。

不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

心は揺れ動き、思いは募るばかりで、堪えることが出来ない。鏡の箱を開けることもなく長く覆いをかけたままにしている。他のことへの意欲などないし、番で初めて鳳凰なのに独りで居る鸞はいったいなにを思えばよいのだろうか。

 

臨江仙二首其二

暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。

玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。

終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。

鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

 

 

(臨江仙二首其の一)

霜 井梧を拍ち 幹葉 堕ち、翠幃 雕檻 初めて寒し。

薄鈆 残黛 花冠に称う、情を含みて 語ること 無く、延佇して 欄干に倚る。

杳杳として 征輪 何処にか去れる、離愁 別恨 千般なり。

堪えず 心緒の正に多端なるに、鏡奩 長に掩い、孤鸞に対する意無し。

 

臨江仙二首其二

暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。

玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。

終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。

鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

(妃嬪になり寵愛を受けていても、何時かは失うものである。高唐賦にいう楚雲もやがて分かれるものと詠う)

夕暮の降る雨はさびしそうにさらさらと降って気持ちがなえる、寝殿の門をあけることはない、閨の燭台に火をともして、その前に静かに座って動かず、「初更」の鐘が鳴る。

耀く簪を付けたままで高く結った髪型が低くつぶれていて、両鬢の雲型も横方向に崩れかけていてもなおそうとはしない。とばり、幔幕も、垂らしかけのままでととのえず、屏風と戸張には燭光の影を映して明るい。

寵愛を受けず、そのための準備もしないのでは、妃嬪の座を棄てることになる、思い直して、頭を低くして古い秦の瑟琴を一心に奏でる。

燕が二羽並んでいて、こころのかよわない鸞が並んで足跡をのこしていく、男女の情というものには勝てないのだろう。そんな愁いも夜が明けると旅立って行くこことで消える。まさに、あんなに愛し合っていても「高唐賦」にいう雲に化身して川を下ってゆき別れるのである。

(臨江仙二首 其の二)

暮雨 淒淒として 深く院閉し,燈前 初更に凝坐す。

玉釵 低く壓し 鬢雲橫にし,羅幕を半ば垂らし,燭光明らかに相いに映す。

終に是れに 心有り 漢の珮を投じ,頭を低くして 但し 秦箏を理す。

鷰雙び 鸞耦して 情勝てず,只だ愁い 明けて發し,將に 楚雲行くを逐う。

 

 

『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其二

暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。

玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。

終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。

鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

 

(下し文)

(臨江仙二首 其の二)

暮雨 淒淒として 深く院閉し,燈前 初更に凝坐す。

玉釵 低く壓し 鬢雲橫にし,羅幕を半ば垂らし,燭光明らかに相いに映す。

終に是れに 心有り 漢の珮を投じ,頭を低くして 但し 秦箏を理す。

鷰雙び 鸞耦して 情勝てず,只だ愁い 明けて發し,將に 楚雲行くを逐う。

 

(現代語訳)

(妃嬪になり寵愛を受けていても、何時かは失うものである。高唐賦にいう楚雲もやがて分かれるものと詠う)

夕暮の降る雨はさびしそうにさらさらと降って気持ちがなえる、寝殿の門をあけることはない、閨の燭台に火をともして、その前に静かに座って動かず、「初更」の鐘が鳴る。

耀く簪を付けたままで高く結った髪型が低くつぶれていて、両鬢の雲型も横方向に崩れかけていてもなおそうとはしない。とばり、幔幕も、垂らしかけのままでととのえず、屏風と戸張には燭光の影を映して明るい。

寵愛を受けず、そのための準備もしないのでは、妃嬪の座を棄てることになる、思い直して、頭を低くして古い秦の瑟琴を一心に奏でる。

燕が二羽並んでいて、こころのかよわない鸞が並んで足跡をのこしていく、男女の情というものには勝てないのだろう。そんな愁いも夜が明けると旅立って行くこことで消える。まさに、あんなに愛し合っていても「高唐賦」にいう雲に化身して川を下ってゆき別れるのである。

 

(訳注)

臨江仙二首其二

(妃嬪になり寵愛を受けていても、何時かは失うものである。高唐賦にいう楚雲もやがて分かれるものと詠う)

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調五十八字、前後段同形、各五句二十九字三平韻二仄韻で、❼⑥⑦❹⑤/❼⑥⑦❹⑤の詞形をとる。張泌、毛文錫、牛希濟、和凝、顧孫光憲、鹿虔扆、閻選、毛熙震、李珣の臨江仙の解説参照。

臨江仙二首其一

霜拍井梧幹葉,翠幃雕檻初

薄鈆殘黛稱花,含情無,延佇倚欄

杳杳征輪何處,離愁別恨千

不堪心緒正多,鏡奩長,無意對孤

○●●○●●△  ●○○●○○

●○○●△○△  ○○○● △●△○○

●●○○△●● △○●●○○

△○○●△○○ ●○△●  ○●●○○

其二 双調五十八字、前後段同形、各五句二十九字三平韻二仄韻で、❼⑥⑦❹⑤/❼⑥⑦❹⑤の詞形をとる。張泌、毛文錫、牛希濟、和凝、顧孫光憲、鹿虔扆、閻選、毛熙震、李珣の臨江仙の解説参照。

臨江仙二首其二

暮雨淒淒深院,燈前凝坐初

玉釵低壓鬢雲,半垂羅,相映燭光

終是有心投漢,低頭但理秦

鷰雙鸞耦不勝,只愁明,將逐楚雲

●●○○△△●  ○○△●○△

●○○●●○△  ●○○● △●●△○

○●●○○●● ○○△●○○

●○○●△△○ △○○●  △●●○△

 

暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。

夕暮の降る雨はさびしそうにさらさらと降って気持ちがなえる、寝殿の門をあけることはない、閨の燭台に火をともして、その前に静かに座って動かず、「初更」の鐘が鳴る。

12 暮雨 朝雲暮雨。男女の契り・情交のこと。「朝雲」は朝の雲、「暮雨」は夕暮れに降る雨の意。「暮雨朝雲 ぼうちょううん 」ともいう。

13 淒淒 (1) 寒い,冷え冷えする.(2) もの寂しい,うらさびれた.《―()悲しい,胸ふさがる.凄惨。痛ましい,悲惨な.凄楚

14 深院閉 高い塀で囲まれた大きな屋敷、寝殿のとびらをしめたままにする。.

15 凝坐 1.静坐。 2.引申静止,固定不

16 初更 日が暮れて、翌朝夜が明けるまでを五回の時を告げる、その初回をいう。この時はまだ来てくれるかもしれないという意味に使う語である。

 

玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。

耀く簪を付けたままで高く結った髪型が低くつぶれていて、両鬢の雲型も横方向に崩れかけていてもなおそうとはしない。とばり、幔幕も、垂らしかけのままでととのえず、屏風と戸張には燭光の影を映して明るい。

17 玉釵・低壓鬢雲橫 この二句は妃嬪自身の様子で、特に髪型が崩れても直そうとする気持ちにもならない。

18 半垂羅幕,相映燭光明 この二句は妃嬪の部屋の様子。

 

終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。

寵愛を受けず、そのための準備もしないのでは、妃嬪の座を棄てることになる、思い直して、頭を低くして古い秦の瑟琴を一心に奏でる。

8 投漢珮 相傳周代鄭交甫於漢皋臺下遇見兩位女子,女子身上均佩帶二珠。回頭看時,二位女子也不見蹤影。妃嬪の位を示す帯玉。あの漢の佩び玉を投げ捨ててしまって忘れようとする心になろうとしていることをいう。

10 理秦箏 寺院歌謡として行われた楽箏伴奏の歌曲が多く、ここでは三峡、巫山の巫女が奏るものである。秦箏- 箏は,戦国時代(403‐前221)に秦の将軍蒙恬(もうてん)が作ったという説があるが信ずるに足りない。しかし,秦で広く行われていたことから秦箏とも呼ばれ,中国大陸西部に興った秦と箏との関係は密接である。

 

鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

燕が二羽並んでいて、こころのかよわない鸞が並んで足跡をのこしていく、男女の情というものには勝てないのだろう。そんな愁いも夜が明けると旅立って行くこことで消える。まさに、あんなに愛し合っていても「高唐賦」にいう雲に化身して川を下ってゆき別れるのである。

11 鷰雙 ツバメが二つ並ぶ。ツバメは子作りのために巣を作り、やってくる。

12 鸞耦 鳳凰はつがいで居るもの。・耦 二人が並んで耕す.ここは、三峡を越えて行く前に留まる夔州・歸州・宜昌などの港の街の妓娼について詠ったもの。

13 明發 夜が明けたら出発すること。・明発 早朝、夜が明けて光が発する時。夜は初夜を引きずっているということ。 謝霊運『初發石首城』「游當羅浮行,息必廬霍期。越海淩三山,遊湘曆九嶷。欽聖若旦暮,懷賢亦淒其。皎皎明發心,不為寒欺。」

14 楚雲 雲が男で女が雨で絡み合うというほどの意味だが、宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

 

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)

細雨(帷飄白玉堂)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76

細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78

白貯舞005
 

 

 

 

 

 

 

孫光憲 『臨江仙二首』 【字解】

--------------------------------------------------++--------------------------------------------------

 

1 【臨江仙解説】遠く旅に出て帰らぬ男を思う女の情を詠う。前段は、斎条とした秋の寒さの到来と、美しさの変わらぬ女性の姿、そして、思いに沈むさまを述べる。後段、「離愁別恨千般なり」や「心緒の正に多端」の語は、「男の身に何かあったのではないか」「旅先で新しい女ができたのではないか」「もしこのままあの人が帰らなかったならば私はどうなるのか」と、あれこれ悪い事を想像せずにはいられぬ女心を綴ったものである。一夫多妻制のこの時代、通い婚が基本であり、女のもとに男が通うということぢ、天子から下々まで、女に大小の差こそあっても一つの部屋、閨、家があり気が向けば立ち寄る。女は他に行かせないように頑張る。その一生懸命さを表現する、鏡、霜、井、梧、葉墮、翠、幃、雕檻、初寒、薄鈆、殘黛、花冠,含情、無語,延佇、倚欄干、何處去,離、愁、別、恨、千般、不堪、心緒、正多端,鏡奩、長掩,對孤鸞、と。初めは仲睦まじくしている時の小道具は一転して一人さびしい小道具となるのである。孫光憲の詩はそうした年増女の辛さを表現する語句のみで構成されているのである。

2 梧幹葉 梧桐は仲睦まじく暮らしていたことの象徴。鳳凰は、霊泉(醴泉〈れいせん〉、甘い泉の水だけを飲み、60-120年に一度だけ実を結ぶという竹の実のみを食物とし、梧桐の木にしか止まらないという。『詩経』に「鳳凰鳴けり、彼の高き岡に。梧桐生ず、彼の朝陽に」『詩経』大雅巻阿とあり、「鳳凰は梧桐にあらざれば栖まず、竹実にあらざれば食わず」という。『詩経』『春秋左氏伝』『論語』などでは「聖天子の出現を待ってこの世に現れる」といわれる瑞獣(瑞鳥)のひとつとされる。『礼記』では麒麟・霊亀・応竜とともに「四霊」と総称されている。

3 薄鈆殘黛稱花冠 薄れた白粉や眉は花の冠によく似あう。化粧はくずれてしまっているが、女の美しさは少しも変わっていないことを言う。・薄鈆:薄れた白粉。・残黛:色越せた眉。・称:ぴったりとよく似あう。

4 延佇 いつまでも手すりにもたれて倚りかかっていること。

5 杳杳 ほのかなさま。くらいさま。また,はるかなさま。空間または時間においてとても遠い、遠いこと。

6 離愁 別れの悲しみ。

7 千般 種々。さまざま。いろいろ。

8 心緒 思いのはし。心の動き。

9 多端 1 複雑で多方面にわたっていること。また、そのさま。「多岐―」2 事件や仕事が多くて忙しいこと。また、そのさま。多忙。多事。

10 鏡奩 鏡を収めておく箱。

11 孤鸞 自分の姿しか映っていない鏡。鸞は鸞鏡。鏡のこと。○鏡中鸞 金属製の鏡の背面に彫られた鸞の模様が「双鳳文鏡」であり、離ればなれのつがいの鸞がお互いを求め合う姿を彫刻しているものが多い。「鸞鏡」は、愛し合う(時にはなれねばならない)男女の思いを映し出す鏡をしめす。鸞は理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。白楽天「太行路」に鏡中鸞を引き合いにし男女について詠っている。無題 (含情春晼晩) 李商隠 16 では李商隠が旅先の南京周辺の家妓であろう女性の部屋にひそかに入り交わったということを詠っている。

孫光憲『浣溪沙九首其四』

攬鏡無言淚欲流,凝情半日懶梳頭,一庭疎雨濕春愁。

楊柳秖知傷怨別,杏花應信損嬌羞,淚沾魂斷軫離憂。

溫庭筠『菩薩蠻 六』

寶函雀金鸂鵣,沈香閣上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。

寶函【ほうかん】鈿雀【てんじゃく】金の鸂鵣【けいちょく】,沈香【ちんこう】の閣上 山の碧【みどり】。

楊柳 又 絲の如し,驛橋 春雨【はるさめ】の時なり。

畫樓から音信 斷つ,芳草 江南の岸のあり。

鸞鏡と花枝とあり,此の情は誰か知るを得る。

あの人をまちわびている女妓が、目をさまし、うつくしい匣枕、鈿雀のかんざしと、金のおしどりにかざられたかんざしがそばにおちている。起き出すのも物憂い女妓は、朝のお化粧をして沈香のただよう樓閣のうえにのぼって、呉山のみどりの彼方をながめやる。
健康と無事を祈って折った青柳は又芽をふいて、糸のようにほそい枝を風になびかせている。驛亭にしっとりと春雨がふって、あの日ここであの人と別れを告げた。あれからどれほど月日がたったのか。
美しい高楼あの人を待ち侘びているけれど音信はとぎれたままなのだ。かんばしい春の草が江南の岸にはまたさきだした。
このさびしいこころは、鸞鳥を背に彫んだ鏡と花が咲き誇る枝だけがいつもみている。この心情はだれが察っしてくれるのだろうか。

『菩薩蠻 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-6-6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1640

・寶函鈿雀金鸂鵣 宝函はうつくしい匣の意であるが、枕函(まくら)とか、化粧箱をさす。鈿雀は花鈿(かんざし)雀釵のたぐいであろう。金鸂鵣、これも金のおしどりのかんざしである。枕のほとりに叙のおちているけしき。夫が居たら考えられない景色というところであろう。の注参照。ここではさらに鏡に映る己の孤独な影を重ねる。

12 暮雨 朝雲暮雨。男女の契り・情交のこと。「朝雲」は朝の雲、「暮雨」は夕暮れに降る雨の意。「暮雨朝雲 ぼうちょううん 」ともいう。

13 淒淒 (1) 寒い,冷え冷えする.(2) もの寂しい,うらさびれた.《―()悲しい,胸ふさがる.凄惨。痛ましい,悲惨な.凄楚

14 深院閉 高い塀で囲まれた大きな屋敷、寝殿のとびらをしめたままにする。

15 凝坐 1.静坐。 2.引申静止,固定不

16 初更 日が暮れて、翌朝夜が明けるまでを五回の時を告げる、その初回をいう。この時はまだ来てくれるかもしれないという意味に使う語である。

17 玉釵・低壓鬢雲橫 この二句は妃嬪自身の様子で、特に髪型が崩れても直そうとする気持ちにもならない。

18 半垂羅幕,相映燭光明 この二句は妃嬪の部屋の様子。

8 投漢珮 相傳周代鄭交甫於漢皋臺下遇見兩位女子,女子身上均佩帶二珠。回頭看時,二位女子也不見蹤影。妃嬪の位を示す帯玉。あの漢の佩び玉を投げ捨ててしまって忘れようとする心になろうとしていることをいう。

10 理秦箏 寺院歌謡として行われた楽箏伴奏の歌曲が多く、ここでは三峡、巫山の巫女が奏るものである。秦箏- 箏は,戦国時代(403‐前221)に秦の将軍蒙恬(もうてん)が作ったという説があるが信ずるに足りない。しかし,秦で広く行われていたことから秦箏とも呼ばれ,中国大陸西部に興った秦と箏との関係は密接である。

11 鷰雙 ツバメが二つ並ぶ。ツバメは子作りのために巣を作り、やってくる。

12 鸞耦 鳳凰はつがいで居るもの。・耦 二人が並んで耕す.ここは、三峡を越えて行く前に留まる夔州・歸州・宜昌などの港の街の妓娼について詠ったもの。

白鬚草01

13 明發 夜が明けたら出発すること。・明発 早朝、夜が明けて光が発する時。夜は初夜を引きずっているということ。 謝霊運『初發石首城』「游當羅浮行,息必廬霍期。越海淩三山,遊湘曆九嶷。欽聖若旦暮,懷賢亦淒其。皎皎明發心,不為寒欺。」

14 楚雲 雲が男で女が雨で絡み合うというほどの意味だが、宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

 

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)

細雨(帷飄白玉堂)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76

細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78

12孫光憲《巻八14生查子三首其三》『花間集』366全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7102

孫光憲 『生子三首』其三

金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪

玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

(高貴な人の愛妾、第二夫人であっても、歳を重ねると誰も寄り付かず、閨はまるで牢獄のようであり、この悔しさをだれに言うこともできないと詠う。)

飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いている、井戸の近くの高い梧桐の枝が井戸に蔽いかぶさって落ちてくる。しばらくするとその向こうの煌びやかな高殿に、上り始めた朧月がかかっている。

その宮女の部屋には訪れる人もなくまるで漢の戚夫人の「永巷歌」を思わせる寂寞が漂う。しばらくの間、顔を崩してしわを寄せているがこんな愁いに満ちた生活に堪えることが出来ないのだろう。

飾られた香炉には香を焚くこともなく冷たいままで、少し焚いてもすぐ燃え尽きてしまう、こんなことを繰り返していたり、あの方への思いを新たにしたり、またあきらめたりしている。

翡翠で飾られた御車はここに帰って来ることはもうない、一人さびしく恨む気持ちは誰に訴えたらよいのだろう。

12孫光憲《巻八14子三首其三》『花間集』366全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7102

 

 

 

 
  2015年12月21日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(48)李白366-#3 巻五05-《相逢行》(朝騎五花馬,) 366-#3Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(48) <李白366-#3> Ⅰ李白詩1710 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7098  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈119-#5《 巻九16喜雪獻裴尚書》 #5 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1623> Ⅱ#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7099  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-8-#3杜甫 《19-06 園人送瓜》#3 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-8-#3 <1084> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7100  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八14生查子三首其三》『花間集』366全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7102  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

孫光憲  花間集 六十一首

花間集 巻第七 (十三首)

花間集 巻第八 (四十八首)

 

花間集 教坊曲『生子』七首

張泌

巻四44子相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

牛希濟

巻五44子春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

孫光憲

巻八12子三首其一寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

孫光憲

巻八13子三首其二暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

孫光憲

巻八14子三首其三金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪。玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

魏承班

巻九10子二首 其一》  煙雨晴天,零落花無語。難話此時心,梁雙來去。琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,金縷

魏承班

巻九11子二首 其二》  寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

 

 

孫光憲 『生子三首』其一

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

寂寞掩朱門,正是天將暮。

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

待得沒人時,隈倚論私語。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

 

寂寞 朱門を掩い,正に是れ 天將て暮れる。

暗澹として 小庭の中,滴滴として 梧桐の雨。

繡 夫を工みし,心緒を牽き,盡く鴛鴦の縷を配す。

人を沒する時を得んことを待ち,隈倚して私語を論ずる。

 

『生子三首』其二

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

 

(『生子三首』其の二)

暖かな日 花驄を策し,鞚を嚲れ 陌に楊を垂れ。

芳草 煙青に惹れ,絮を落つ 風白に隨う。

誰が家 繡轂 香塵を動かし,隱映す 神仙の客を。

狂殺す 玉鞭の郎,咫尺 音容を隔つなり。

『生子三首』其三

(高貴な人の愛妾、第二夫人であっても、歳を重ねると誰も寄り付かず、閨はまるで牢獄のようであり、この悔しさをだれに言うこともできないと詠う。)

金井墮高梧,玉殿籠斜月。

飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いている、井戸の近くの高い梧桐の枝が井戸に蔽いかぶさって落ちてくる。しばらくするとその向こうの煌びやかな高殿に、上り始めた朧月がかかっている。

永巷寂無人,斂態愁堪

その宮女の部屋には訪れる人もなくまるで漢の戚夫人の「永巷歌」を思わせる寂寞が漂う。しばらくの間、顔を崩してしわを寄せているがこんな愁いに満ちた生活に堪えることが出来ないのだろう。

玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。

飾られた香炉には香を焚くこともなく冷たいままで、少し焚いてもすぐ燃え尽きてしまう、こんなことを繰り返していたり、あの方への思いを新たにしたり、またあきらめたりしている。

翠輦不歸來,幽恨將誰

翡翠で飾られた御車はここに帰って来ることはもうない、一人さびしく恨む気持ちは誰に訴えたらよいのだろう。

(『生子三首』其の三)

金井 高梧を墮つ,玉殿 籠にす月を斜にす。

永巷 寂して人無く,斂態 愁いて堪す。

玉爐 寒く,香 燼滅し,還た君の恩歇に似る。

翠輦 歸り來らず,幽恨 將に 誰かう。

 

紅梅002
 

『生子三首』其三 現代語訳と訳註

(本文)

孫光憲 『生子三首』其三

金井墮高梧,玉殿籠斜月。

永巷寂無人,斂態愁堪

玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。

翠輦不歸來,幽恨將誰

 

(下し文)『生子三首』其三

金井 高梧を墮つ,玉殿 籠にす月を斜にす。

永巷 寂して人無く,斂態 愁いて堪

玉爐 寒く,香 燼滅し,還た君の恩歇に似る。

翠輦 歸り來らず,幽恨 將に 誰か

 

(現代語訳)

(高貴な人の愛妾、第二夫人であっても、歳を重ねると誰も寄り付かず、閨はまるで牢獄のようであり、この悔しさをだれに言うこともできないと詠う。)

飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いている、井戸の近くの高い梧桐の枝が井戸に蔽いかぶさって落ちてくる。しばらくするとその向こうの煌びやかな高殿に、上り始めた朧月がかかっている。

その宮女の部屋には訪れる人もなくまるで漢の戚夫人の「永巷歌」を思わせる寂寞が漂う。しばらくの間、顔を崩してしわを寄せているがこんな愁いに満ちた生活に堪えることが出来ないのだろう。

飾られた香炉には香を焚くこともなく冷たいままで、少し焚いてもすぐ燃え尽きてしまう、こんなことを繰り返していたり、あの方への思いを新たにしたり、またあきらめたりしている。

翡翠で飾られた御車はここに帰って来ることはもうない、一人さびしく恨む気持ちは誰に訴えたらよいのだろう。

 

(訳注) 

子三首其三

(高貴な人の愛妾、第二夫人であっても、歳を重ねると誰も寄り付かず、閨はまるで牢獄のようであり、この悔しさをだれに言うこともできないと詠う。)

 

花間集には孫光憲の『生子三首』ある。双調四十一字、前段二十字、四句二仄韻で、後段二十一字、五句二平韻二仄韻5❺5❺/③3❺⑤❺の詞形をとる。

寂寞掩朱門,正是天將

暗澹小庭中,滴滴梧桐

繡工,牽心緒,配盡鴛鴦

待得沒人,隈倚論私

●●●○○  △●○△●

●△●○△  ●●○○●

●○  △○● ●●○○●

●●●○○ △△△○●

其二双調四十二字、前段二十字、四句二仄韻で、前段二十二字、四句二仄韻で、5❺5❺/7❺5❺の詞形をとる。

子三首 其二

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

●●●○○  ●●○○●

○●●○○  ●●○△●

○○●●●○○  ●●○○●

△●●○○  ●●○○●

花間集には孫光憲の『生子三首』ある。双調四十一字、前段二十字、四句二仄韻で、後段二十一字、五句二仄韻5❺5❺/33❺5❺の詞形をとる。

孫光憲 『生子三首』其三

金井墮高梧,玉殿籠斜

永巷寂無人,斂態愁堪

玉爐寒,香燼滅,還似君恩

翠輦不歸來,幽恨將誰

○●△○○  ●●△○●

●●●○○  ●●○○●

●○○  ○●● ○●○○●

●●△○△ ○●△○●

宮島(10)
 

金井墮高梧,玉殿籠斜月。

飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いている、井戸の近くの高い梧桐の枝が井戸に蔽いかぶさって落ちてくる。しばらくするとその向こうの煌びやかな高殿に、上り始めた朧月がかかっている。

9 金井 飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いているという意味。西日は黄昏、人生の絶頂期を過ぎた寂寞感を演出する。

10 籠斜月 籠はおぼろ月夜で日が沈んで昇り始めたことをいう。

 

永巷寂無人,斂態愁堪

その宮女の部屋には訪れる人もなくまるで漢の戚夫人の「永巷歌」を思わせる寂寞が漂う。しばらくの間、顔を崩してしわを寄せているがこんな愁いに満ちた生活に堪えることが出来ないのだろう。

11 永巷 永巷(罪を犯した女官を入れる牢獄)に幽閉されること。ここは、宮女が一室を与えられ、そこで寂しく一生を終えるのでこの表現を用いた。紀元前195年に劉邦が死去して盈(恵帝)が即位すると、皇太后となった呂雉による前帝戚夫人母子への報復が始まる。まず、戚夫人を捕らえて永巷(えいこう:罪を犯した女官を入れる牢獄)に監禁し、一日中豆を搗かせる刑罰を与えた。戚夫人が自らの境遇を嘆き悲しみ、詠んだ歌が「永巷歌」として『漢書』に収められている。そして呂太后は、長安に入朝した如意を毒殺した。その前後、戚夫人も殺害された。

12 斂態 ほんの少しの間・しばらくの間、顔を崩してしわを寄せること。斂:1 引きしめ集める。取り入れる。「苛斂(かれん)・聚斂(しゅうれん)2 引きしまる。「収斂」3 死体を棺に収める。「斂葬」

 

玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。

飾られた香炉には香を焚くこともなく冷たいままで、少し焚いてもすぐ燃え尽きてしまう、こんなことを繰り返していたり、あの方への思いを新たにしたり、またあきらめたりしている。

13 恩歇 寵愛に対する報恩をやめる。

 

翠輦不歸來,幽恨將誰

翡翠で飾られた御車はここに帰って来ることはもうない、一人さびしく恨む気持ちは誰に訴えたらよいのだろう。

 

 

続きを読む

12孫光憲《巻八09虞美人二首其二》『花間集』361全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7077

孫光憲  虞美人二首    其二

好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。

畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。交人無處寄相思,落花芳艸過前期,沒人知。

(約束の春の日はすぎて、何時しか夏になるが寵愛を受けることはないそれでも、空しさと寂しさに囲まれるが、寵愛を受ける準備だけは、毎日欠かさずしている)心地よいそよ風がそっと簾を巻き上げ、吹き流しのように揺れる。金糸の刺繍の番の鸞は互いに寄り添う。翠の軒端の燕の巢に愁わし鳴く雛鳥の声がきこえてくる、こんな時、春景色に囲まれているのに、春心が報われなくて暗い気持ちになってしまう、女一人、平穏な気持ちでいることは難しい。彩が鮮やかな御殿の横を流れる小川の流れ、春というのに空虚な雰囲気はたがいに覆われる、香炉に一筋の煙がゆれて、そしてほそながく漂ってのこっている。慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持、こころをどこにおいていいのか、と、かわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら、それでもやはり思い続けてゆくと決め、春の花は散り、若草はおい茂る時節になってしまっても、以前の約束日はとっくに過ぎてしまったけれど、この辛い気持ちはだれにもわからないのだ。 

12孫光憲《巻八09虞美人二首其二》『花間集』361全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7077

 

 
  2015年12月16日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(46)李白364 巻四32-《清平調詞,三首之三》(名花傾國兩相歡,) 364Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(46) <李白364> Ⅰ李白詩1705 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7073  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈118《 巻九15別盈上人》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1614> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7054韓愈詩-韓愈118  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-7-#5杜甫 《19-07 課伐木》#5 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-7-#5 <1079> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7075  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八09虞美人二首其二》『花間集』361全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7077  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

虞美人二首 其一

(虞美人のように孤立化してしまった妃賓について、訪れる人もなく寂しい毎日を過ごす)

      寂寂無人語,暗澹梨花雨。

      紅い燈火が影をおとす窓のある閨には誰もよらず語ることはない。春の花がいっぱいというのに長雨は梨の花を濡らして、薄暗くひっそりとしている。(花も天も私を見棄てるのか)

繡羅紋地粉新描,博山香炷旋抽條,睡魂銷。

今日は、刺繍入りのシーツを取り換え、お化粧し、何度もし直し、新しく眉を書いた。りっぱな博山の香炉からは一条の香煙が立ち上り揺れながら旋回している。待ちつかれてうとうとし、もう、あのおかたを迎えようとするはりつめた気持ちも消えてきた。

      天涯一去無消息,終日長相憶。

心は、どこか遠くの果てに一度行ってしまったのだろうか、音沙汰は全くない。日がな一日、それも毎日、ずーっとあのお方のことを思い続けていくだけ。

      交人相憶幾時休?不堪悵觸別離愁,淚還流。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持のかわるがわるが繰り返して思うけど、そんな気持ちをいつまで続けていくのか、もうおわりにしたい。おいつめられて、恨み嘆くこと、わかれてしまいたいと愁うことにはもう堪えられない。涙はまた流れて行く。

             

虞美人二首 其二

(約束の春の日はすぎて、何時しか夏になるが寵愛を受けることはないそれでも、空しさと寂しさに囲まれるが、寵愛を受ける準備だけは、毎日欠かさずしている)

      好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。

心地よいそよ風がそっと簾を巻き上げ、吹き流しのように揺れる。金糸の刺繍の番の鸞は互いに寄り添う。

      翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。

翠の軒端の燕の巢に愁わし鳴く雛鳥の声がきこえてくる、こんな時、春景色に囲まれているのに、春心が報われなくて暗い気持ちになってしまう、女一人、平穏な気持ちでいることは難しい。

      畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。

彩が鮮やかな御殿の横を流れる小川の流れ、春というのに空虚な雰囲気はたがいに覆われる、香炉に一筋の煙がゆれて、そしてほそながく漂ってのこっている。

      交人無處寄相思,落花芳艸過前期,沒人知。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持、こころをどこにおいていいのか、と、かわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら、それでもやはり思い続けてゆくと決め、春の花は散り、若草はおい茂る時節になってしまっても、以前の約束日はとっくに過ぎてしまったけれど、この辛い気持ちはだれにもわからないのだ。 

(虞美人二首其の二)

好風 微かに掲げ 簾旌を起こし、金巽 鸞 相い倚る。

翠簷 愁い聴く 乳禽の声、此の時 春態 暗に情に関わり、独り平らかなり難し。

画堂 流水 空しく相いに翳【おお】い、一穂 香 搖曳す。

交【こ】の人 相思を寄する処無く、落花 芳草 前期を過ぎて、人の知ること没し。

 

 

『虞美人二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

虞美人二首           其二

好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。

翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。

畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。

交人無處寄相思,落花芳艸過前期,沒人知。

 

 

(下し文)

(虞美人二首其の二)

好風 微かに掲げ 簾旌を起こし、金巽 鸞 相い倚る。

翠簷 愁い聴く 乳禽の声、此の時 春態 暗に情に関わり、独り平らかなり難し。

画堂 流水 空しく相いに翳【おお】い、一穂 香 搖曳す。

交【こ】の人 相思を寄する処無く、落花 芳草 前期を過ぎて、人の知ること没し。

 

(現代語訳)

(約束の春の日はすぎて、何時しか夏になるが寵愛を受けることはないそれでも、空しさと寂しさに囲まれるが、寵愛を受ける準備だけは、毎日欠かさずしている)

心地よいそよ風がそっと簾を巻き上げ、吹き流しのように揺れる。金糸の刺繍の番の鸞は互いに寄り添う。

翠の軒端の燕の巢に愁わし鳴く雛鳥の声がきこえてくる、こんな時、春景色に囲まれているのに、春心が報われなくて暗い気持ちになってしまう、女一人、平穏な気持ちでいることは難しい。

彩が鮮やかな御殿の横を流れる小川の流れ、春というのに空虚な雰囲気はたがいに覆われる、香炉に一筋の煙がゆれて、そしてほそながく漂ってのこっている。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持、こころをどこにおいていいのか、と、かわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら、それでもやはり思い続けてゆくと決め、春の花は散り、若草はおい茂る時節になってしまっても、以前の約束日はとっくに過ぎてしまったけれど、この辛い気持ちはだれにもわからないのだ。 

 

(訳注)

虞美人二首其二

(約束の春の日はすぎて、何時しか夏になるが寵愛を受けることはないそれでも、空しさと寂しさに囲まれるが、寵愛を受ける準備だけは、毎日欠かさずしている)

【解説】 寵愛を失った妃賓、登場の「虞美人」は、春というもの、四面幔幕で覆われ行楽を楽しむはずであったもの。それが、四面楚歌ならぬ四面静寂であるということなのだ。魅力がなくなったと自ら思うことはない、結果として、寵愛を失ったのである。春は万物が成長するとき、また、“春情を抑えることが出来ない”というのを前提にしないとここに登場する「虞美人」の辛さがわからない。

1 虞美人 項羽の愛姫で虞姫ともいう。5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか・安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒宴をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞世の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。虞美人草の名は,彼女の鮮血が化して草花になったという伝から来ている。

秦末 虞美人『虞美人歌』

漢兵已略地,四方楚歌聲。

大王意氣盡,賤妾何聊生。

(虞美人の歌)

漢兵 已に地を略し,四方 楚の歌聲。

大王 意氣盡き,賤妾 何ぞ生を聊んぜん。

虞美人歌  秦末・虞美 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482

項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌』

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

2. 美人 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。

      

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字二仄韻三平韻で、❼❺⑦⑦③/❼❺⑦⑦③の詞形をとる。

虞美人二首           其一

寂寂無人,暗澹梨花

繡羅紋地粉新,博山香炷旋抽,睡魂

天涯一去無消,終日長相

交人相憶幾時?不堪悵觸別離,淚還

○?●●○○●  ●△○○●

●○○●●○○  ●○○●△○○ ●○○

○○●●○○● ○●△△●

○○△●△○△ △○●●●△○ ●○○

虞美人二首           其二

好風微揭簾旌,金翼鸞相

翠簷愁聽乳禽,此時春態暗關,獨難

畫堂流水空相,一穗香搖

交人無處寄相,落花芳艸過前,沒人

●△○●○○●  ○●○△△ 

●○○△●○○  ●○○●●○○ ●△○

●○○●△△△ ●●○○●

○○○●●△△ ●○○●△○○  ●○○

 

好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。

心地よいそよ風がそっと簾を巻き上げ、吹き流しのように揺れる。金糸の刺繍の番の鸞は互いに寄り添う。

12. 簾旌 簾が幔幕や吹き流しのように持ち上げられる様子であることをいう。旌は吹き流しの様な旗。

13. 金翼鸞 簾に金糸で刺繍された鸞。

 

翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。

翠の軒端の燕の巢に愁わし鳴く雛鳥の声がきこえてくる、こんな時、春景色に囲まれているのに、春心が報われなくて暗い気持ちになってしまう、女一人、平穏な気持ちでいることは難しい。

14. 翠篇 翠色の庇。

15. 春態 春の姿、様態。

 

畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。

彩が鮮やかな御殿の横を流れる小川の流れ、春というのに空虚な雰囲気はたがいに覆われる、香炉に一筋の煙がゆれて、そしてほそながく漂ってのこっている。

16.  流水 御殿の欲を流れる運河、池とつながっていて、その子、人の動きが全く感じられない。流れ去る時を暗示している。

17. 翳 掩う。

 

交人無處寄相思,落花芳艸過前期,沒人知。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持、こころをどこにおいていいのか、と、かわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら、それでもやはり思い続けてゆくと決め、春の花は散り、若草はおい茂る時節になってしまっても、以前の約束日はとっくに過ぎてしまったけれど、この辛い気持ちはだれにもわからないのだ。 

18. 交人無処寄相思 慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持、こころをどこにおいていいのか、と、かわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら、それでもやはり思い続けてゆく。交はこもごも、ともに、かわるがわる。

19. 前期 以前に交わした逢瀬の約束の期日。

pla027
 

 

 

 

孫光憲  虞美人二首  【字解】

 

1 虞美人 項羽の愛姫で虞姫ともいう。5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか・安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒宴をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞世の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。虞美人草の名は,彼女の鮮血が化して草花になったという伝から来ている。

秦末 虞美人『虞美人歌』

漢兵已略地,四方楚歌聲。

大王意氣盡,賤妾何聊生。

(虞美人の歌)

漢兵 已に地を略し,四方 楚の歌聲。

大王 意氣盡き,賤妾 何ぞ生を聊んぜん。

虞美人歌  秦末・虞美 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482

項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌』

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

2. 美人 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。

3 紅寂寂無人語 紅い燈火が影をおとす窓のある妃嬪の閨には誰もよらず語ることはない。

4 暗澹 どんよりとした雲行きの中で降り出した雨で、白い梨の花は咲いているが薄暗くはえることはないようすをいう。この二句は、春景色、いっぱいに咲く花は妃嬪の見方と思っていたのに、空は暗く雨を落とし、妃嬪美人の思いを裏切るという。

. 繡羅紋地 閨の刺しゅう入りのシーツを取り換える。

. 粉新描 お化粧をし直し新しく眉を書きなおした。

7 博山香炷 香炉の一種で,豆(とう)形の火皿に先端のとがった山形の蓋をもつ。承盤をともなうものも多く,これは海中に浮かぶ神山(蓬莱山)にたとえたとみられ,神仙道との関係がうかがわれる。戦国末期にあらわれ,漢代に盛行し,青銅製品には金象嵌をほどこした華麗なものがある。江南では東晋,南朝代に青磁製のものがみられる。南北朝代には仏教徒も用い,仏像の台座正面や供養者の持物にあらわされた。隋・唐代には山形の蓋が蓮華をかたどった緑釉陶もつくられた。いずれにしても、高価なもので、それ相応の人物からの贈り物と考えられる。

. 旋抽條 一条の香煙が立ち上り揺れながら旋回すること。

. 相憶 相思ということはお互いに思うというのではなく相手を思う、一方的に思うということ。

10. 交人相憶 慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持のかわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら。交はこもごも、ともに、かわるがわる。

11. 悵觸 惆悵に接触ということで、恨み嘆くこと、わかれてしまいたいとうれうことにもうたえられない。

12. 簾旌 簾が幔幕や吹き流しのように持ち上げられる様子であることをいう。旌は吹き流しの様な旗。

13. 金翼鸞 簾に金糸で刺繍された鸞。

14. 翠篇 翠色の庇。

15. 春態 春の姿、様態。

16.  流水 御殿の欲を流れる運河、池とつながっていて、その子、人の動きが全く感じられない。流れ去る時を暗示している。

17. 翳 掩う。

18. 交人無処寄相思 慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持、こころをどこにおいていいのか、と、かわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら、それでもやはり思い続けてゆく。交はこもごも、ともに、かわるがわる。

19. 前期 以前に交わした逢瀬の約束の期日。
花鈿02
 

改訂版12孫光憲《巻八08虞美人二首其一》『花間集』360全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7072

孫光憲  虞美人二首       其一

寂寂無人語,暗澹梨花雨。繡羅紋地粉新描,博山香炷旋抽條,睡魂銷。

天涯一去無消息,終日長相憶。交人相憶幾時休?不堪悵觸別離愁,淚還流。

(虞美人のように孤立化してしまった妃賓について、訪れる人もなく寂しい毎日を過ごす)

紅い燈火が影をおとす窓のある閨には誰もよらず語ることはない。春の花がいっぱいというのに長雨は梨の花を濡らして、薄暗くひっそりとしている。(花も天も私を見棄てるのか)

今日は、刺繍入りのシーツを取り換え、お化粧し、何度もし直し、新しく眉を書いた。りっぱな博山の香炉からは一条の香煙が立ち上り揺れながら旋回している。待ちつかれてうとうとし、もう、あのおかたを迎えようとするはりつめた気持ちも消えてきた。

心は、どこか遠くの果てに一度行ってしまったのだろうか、音沙汰は全くない。日がな一日、それも毎日、ずーっとあのお方のことを思い続けていくだけ。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持のかわるがわるが繰り返して思うけど、そんな気持ちをいつまで続けていくのか、もうおわりにしたい。おいつめられて、恨み嘆くこと、わかれてしまいたいと愁うことにはもう堪えられない。涙はまた流れて行く。

改訂版12孫光憲《巻八08虞美人二首其一》『花間集』360全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7072

 

 

 
  2015年12月15日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(45)李白363 巻四31-《清平調詞,三首之二》(一枝穠豔露凝香,) 363Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(45) <李白363> Ⅰ李白詩1704 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7068  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈117《 巻九13晚泊江口》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1613> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7049  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-7-#4杜甫 《19-07 課伐木》#4 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-7-#4 <1078> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7070  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 改訂版12孫光憲《巻八08虞美人二首其一》『花間集』360全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7072  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲『虞美人』十四首

毛文錫

巻五05虞美人二首其一鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。垂楊低拂麴塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。遙思桃葉江碧,便是天河隔。錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任

毛文錫

巻五06虞美人二首其二寶檀金縷鴛鴦枕,綬帶盤宮錦。夕陽低映小明,南園綠樹語鶯鶯,夢難成。玉鑪香暖頻添炷,滿地飄輕絮。珠簾不卷度沉煙,庭前閑立畫鞦韆,豔陽天

顧夐

巻六34虞美人六首其一曉鶯啼破相思夢,簾看金泥鳳。宿粧猶在酒初醒,翠翹慵整倚雲屏,轉娉婷。香檀細畫侵桃臉,羅袂輕輕斂。佳期堪恨再難尋,綠蕪滿院柳成陰,負春心。

顧夐

巻六35虞美人六首其二觸簾風送景陽鐘,鴛被繡花重。曉幃初卷冷煙濃,翠勻粉黛好儀容,思嬌慵。起來無語理朝粧,寶匣鏡凝光。綠荷相倚滿池塘,露清枕簟藕花香,恨悠揚。

顧夐

巻六36虞美人六首其三翠屏閑掩垂珠箔,絲雨籠池閣。露粘紅藕咽清香,謝娘嬌極不成狂,罷朝粧。小金鸂鶒沉煙細,膩枕堆雲髻。淺眉微斂炷檀輕,舊懽時有夢魂驚,悔多情。

顧夐

巻六37虞美人六首其四碧梧桐映紗晚,花謝鶯聲懶。小屏屈曲掩青山,翠幃香粉玉爐寒,兩蛾攢。顛狂少年輕離別,辜負春時節。畫羅紅袂有啼痕,魂消無語倚閨門,欲黃昬。

顧夐

巻六38虞美人六首深閨春色勞思想,恨共春蕪長。黃鸝嬌囀泥芳妍,杏枝如畫倚輕煙,鏁前。凭欄愁立雙蛾細,柳影斜搖砌。玉郎還是不還家,教人魂夢逐楊花,繞天涯。

顧夐

巻六39虞美人六首其六少年豔質勝瓊英,早晚別三清。蓮冠穩篸鈿篦橫,飄飄羅袖碧雲輕,畫難成。遲遲少轉腰身裊,翠靨眉心小。醮壇風急杏花香。此時恨不駕鸞皇,訪劉郎。

孫光憲

巻八08虞美人二首其一紅寂寂無人語,暗澹梨花雨。繡羅紋地粉新描,博山香炷旋抽條,睡魂銷。天涯一去無消息,終日長相憶。交人相憶幾時休?不堪悵觸別離愁,淚還流。

孫光憲

巻八09虞美人二首其二好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。交人無處寄相思,落花芳艸過前期,沒人知。

鹿虔扆

《巻九19虞美人》  卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。不堪相望病將成,鈿檀粉縱橫,不勝情

閻選

《巻九20虞美人二首其一》  粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。

閻選

《巻九21虞美人二首其二》  楚腰領團香玉,鬢疊深深綠。月蛾星眼笑微,柳妖桃不勝春,。水紋簟映青紗帳,霧罩秋波上。一枝嬌臥醉芙蓉,良宵不得與君同,恨忡忡

 

 

虞美人二首 其一

(虞美人のように孤立化してしまった妃賓について、訪れる人もなく寂しい毎日を過ごす)

      寂寂無人語,暗澹梨花雨。

      紅い燈火が影をおとす窓のある閨には誰もよらず語ることはない。春の花がいっぱいというのに長雨は梨の花を濡らして、薄暗くひっそりとしている。(花も天も私を見棄てるのか)

繡羅紋地粉新描,博山香炷旋抽條,睡魂銷。

今日は、刺繍入りのシーツを取り換え、お化粧し、何度もし直し、新しく眉を書いた。りっぱな博山の香炉からは一条の香煙が立ち上り揺れながら旋回している。待ちつかれてうとうとし、もう、あのおかたを迎えようとするはりつめた気持ちも消えてきた。

      天涯一去無消息,終日長相憶。

心は、どこか遠くの果てに一度行ってしまったのだろうか、音沙汰は全くない。日がな一日、それも毎日、ずーっとあのお方のことを思い続けていくだけ。

      交人相憶幾時休?不堪悵觸別離愁,淚還流。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持のかわるがわるが繰り返して思うけど、そんな気持ちをいつまで続けていくのか、もうおわりにしたい。おいつめられて、恨み嘆くこと、わかれてしまいたいと愁うことにはもう堪えられない。涙はまた流れて行く。

             

虞美人二首           其二

              好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。

              翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。

              畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。

              交人無處寄相思,落花芳艸過前期,沒人知。

pla045
 

 

 

『虞美人二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

虞美人二首           其一

寂寂無人語,暗澹梨花雨。

繡羅紋地粉新描,博山香炷旋抽條,睡魂銷。

天涯一去無消息,終日長相憶。

交人相憶幾時休?不堪悵觸別離愁,淚還流。

 

(下し文)

(虞美人二首       其の一)

 寂寂とし 人語ること無し,暗澹 梨花の雨。

繡羅 紋地 粉 新らた描き,博山 香炷 抽條旋る,睡魂 銷す。

天涯 一び去り 消息無く,終日 長く相いに憶う。

交人 相いに憶う 幾時 休まん? 悵觸 別離の愁に堪えざらん,淚 還た流る。

 

 

(現代語訳)

(虞美人のように孤立化してしまった妃賓について、訪れる人もなく寂しい毎日を過ごす)

紅い燈火が影をおとす窓のある閨には誰もよらず語ることはない。春の花がいっぱいというのに長雨は梨の花を濡らして、薄暗くひっそりとしている。(花も天も私を見棄てるのか)

今日は、刺繍入りのシーツを取り換え、お化粧し、何度もし直し、新しく眉を書いた。りっぱな博山の香炉からは一条の香煙が立ち上り揺れながら旋回している。待ちつかれてうとうとし、もう、あのおかたを迎えようとするはりつめた気持ちも消えてきた。

心は、どこか遠くの果てに一度行ってしまったのだろうか、音沙汰は全くない。日がな一日、それも毎日、ずーっとあのお方のことを思い続けていくだけ。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持のかわるがわるが繰り返して思うけど、そんな気持ちをいつまで続けていくのか、もうおわりにしたい。おいつめられて、恨み嘆くこと、わかれてしまいたいと愁うことにはもう堪えられない。涙はまた流れて行く。

019
 

(訳注)

虞美人二首其一 

(虞美人のように孤立化してしまった妃賓について、訪れる人もなく寂しい毎日を過ごす)

ここに言う虞美人は少し年を重ねた虞美人のような美人の妃賓。たれも自分のもとには訪れる人がなく四面静寂であることで生きることに憑かれたことを詠う。

1 虞美人 項羽の愛姫で虞姫ともいう。5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか・安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒宴をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞世の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。虞美人草の名は,彼女の鮮血が化して草花になったという伝から来ている。

秦末 虞美人『虞美人歌』

漢兵已略地,四方楚歌聲。

大王意氣盡,賤妾何聊生。

(虞美人の歌)

漢兵 已に地を略し,四方 楚の歌聲。

大王 意氣盡き,賤妾 何ぞ生を聊んぜん。

虞美人歌  秦末・虞美 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482

項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌』

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

2. 美人 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字二仄韻三平韻で、❼❺⑦⑦③/❼❺⑦⑦③の詞形をとる。

虞美人二首           其一

寂寂無人,暗澹梨花

繡羅紋地粉新,博山香炷旋抽,睡魂

天涯一去無消,終日長相

交人相憶幾時?不堪悵觸別離,淚還

○?●●○○●  ●△○○●

●○○●●○○  ●○○●△○○ ●○○

○○●●○○● ○●△△●

○○△●△○△ △○●●●△○ ●○○

 

寂寂無人語,暗澹梨花雨。

紅い燈火が影をおとす窓のある閨には誰もよらず語ることはない。春の花がいっぱいというのに長雨は梨の花を濡らして、薄暗くひっそりとしている。(花も天も私を見棄てるのか)

3 紅寂寂無人語 紅い燈火が影をおとす窓のある妃嬪の閨には誰もよらず語ることはない。

4 暗澹 どんよりとした雲行きの中で降り出した雨で、白い梨の花は咲いているが薄暗くはえることはないようすをいう。この二句は、春景色、いっぱいに咲く花は妃嬪の見方と思っていたのに、空は暗く雨を落とし、妃嬪美人の思いを裏切るという。

 

繡羅紋地粉新描,博山香炷旋抽條,睡魂銷。

今日は、刺繍入りのシーツを取り換え、お化粧し、何度もし直し、新しく眉を書いた。りっぱな博山の香炉からは一条の香煙が立ち上り揺れながら旋回している。待ちつかれてうとうとし、もう、あのおかたを迎えようとするはりつめた気持ちも消えてきた。

. 繡羅紋地 閨の刺しゅう入りのシーツを取り換える。

. 粉新描 お化粧をし直し新しく眉を書きなおした。

7 博山香炷 香炉の一種で,豆(とう)形の火皿に先端のとがった山形の蓋をもつ。承盤をともなうものも多く,これは海中に浮かぶ神山(蓬莱山)にたとえたとみられ,神仙道との関係がうかがわれる。戦国末期にあらわれ,漢代に盛行し,青銅製品には金象嵌をほどこした華麗なものがある。江南では東晋,南朝代に青磁製のものがみられる。南北朝代には仏教徒も用い,仏像の台座正面や供養者の持物にあらわされた。隋・唐代には山形の蓋が蓮華をかたどった緑釉陶もつくられた。いずれにしても、高価なもので、それ相応の人物からの贈り物と考えられる。

. 旋抽條 一条の香煙が立ち上り揺れながら旋回すること。

 

天涯一去無消息,終日長相憶。

心は、どこか遠くの果てに一度行ってしまったのだろうか、音沙汰は全くない。日がな一日、それも毎日、ずーっとあのお方のことを思い続けていくだけ。

. 相憶 相思ということはお互いに思うというのではなく相手を思う、一方的に思うということ。

 

交人相憶幾時休?不堪悵觸別離愁,淚還流。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持のかわるがわるが繰り返して思うけど、そんな気持ちをいつまで続けていくのか、もうおわりにしたい。おいつめられて、恨み嘆くこと、わかれてしまいたいと愁うことにはもう堪えられない。涙はまた流れて行く。

10. 交人相憶 慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持のかわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら。交はこもごも、ともに、かわるがわる。

11. 悵觸 惆悵に接触ということで、恨み嘆くこと、わかれてしまいたいとうれうことにもうたえられない。

 

 

 

 

 

 

孫光憲  虞美人二首  【字解】

 

1 虞美人 項羽の愛姫で虞姫ともいう。5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか・安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒宴をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞世の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。虞美人草の名は,彼女の鮮血が化して草花になったという伝から来ている。

秦末 虞美人『虞美人歌』

漢兵已略地,四方楚歌聲。

大王意氣盡,賤妾何聊生。

(虞美人の歌)

漢兵 已に地を略し,四方 楚の歌聲。

大王 意氣盡き,賤妾 何ぞ生を聊んぜん。

虞美人歌  秦末・虞美 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482

項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌』

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

2. 美人 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。

3 紅寂寂無人語 紅い燈火が影をおとす窓のある妃嬪の閨には誰もよらず語ることはない。

4 暗澹 どんよりとした雲行きの中で降り出した雨で、白い梨の花は咲いているが薄暗くはえることはないようすをいう。この二句は、春景色、いっぱいに咲く花は妃嬪の見方と思っていたのに、空は暗く雨を落とし、妃嬪美人の思いを裏切るという。

. 繡羅紋地 閨の刺しゅう入りのシーツを取り換える。

. 粉新描 お化粧をし直し新しく眉を書きなおした。

7 博山香炷 香炉の一種で,豆(とう)形の火皿に先端のとがった山形の蓋をもつ。承盤をともなうものも多く,これは海中に浮かぶ神山(蓬莱山)にたとえたとみられ,神仙道との関係がうかがわれる。戦国末期にあらわれ,漢代に盛行し,青銅製品には金象嵌をほどこした華麗なものがある。江南では東晋,南朝代に青磁製のものがみられる。南北朝代には仏教徒も用い,仏像の台座正面や供養者の持物にあらわされた。隋・唐代には山形の蓋が蓮華をかたどった緑釉陶もつくられた。いずれにしても、高価なもので、それ相応の人物からの贈り物と考えられる。

. 旋抽條 一条の香煙が立ち上り揺れながら旋回すること。

. 相憶 相思ということはお互いに思うというのではなく相手を思う、一方的に思うということ。 

10. 交人相憶 慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持のかわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら。交はこもごも、ともに、かわるがわる。

11. 悵觸 惆悵に接触ということで、恨み嘆くこと、わかれてしまいたいとうれうことにもうたえられない。 

12孫光憲《巻八03菩薩蠻五首其三 小庭》『花間集』355全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7047

孫光憲  菩薩蠻              其三

小庭花落無人掃,疎香滿地東風老。春晚信沉沉,天涯何處尋。

曉堂屏六扇,眉共湘山遠。爭那別離心,近來尤不禁。

(寵愛を受けているときと同じように、春の盛りに散った花ビラを風流に楽しんでもらおうと、そうじもさせずにまっている。今は独りで春が過ぎようとしている)

寝殿の中庭には咲き誇って花もみんな散り落ちているが、人に掃除はさせない。焚くお香は時折この中庭に漂い満ちていて春の風も終わって、夏の風に変わろうとしている。

春も終ろうとするのに暗い気持ちになってどうしようもない。このまま寵愛を失ったままでは、この後宮での生涯は何処いくやら、どうしたらいいのやら、だれに尋ねたらいいのか。

朝焼けの楼閣の閨には六曲の屏風と團扇を飾っていて、眉も瀟湘八景の絵の山々も遠く影を薄くする。

心の中で攻めたり、許したり、もうあきらめるかと落ち着かずにいる、でも別れる気持ちになることなどあろうか、又寵愛を近いうちにあるだろう、もうしばらくするとあるのかと考えてばかりこんな想いはいけないというのだろうか。

12孫光憲《巻八03菩薩蠻五首其三 小庭》『花間集』355全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7047

 

 
  2015年12月10日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(41)李白359 巻四27-《宮中行樂詞,八首之六》(今日明光裡,) 359Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(41) <李白359> Ⅰ李白詩1699 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7043  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈112《 巻九08湘中酬張十一功曹》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1608> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7024韓愈詩-韓愈112  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-6-#5杜甫 《19-08 柴門》#5 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-6-#5 <1073> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7045  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八03菩薩蠻五首其三 小庭》『花間集』355全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7047  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

菩薩蠻 五首其一

(妃嬪も年を重ねてきて以前の若さがなくなってきて、それでも希望をもって夜を過ごす女を詠う)

月華如水籠香砌,金環碎撼門初閉。

仲秋の明月は明るく庭を照らすけれど、水に映るのと違って地面にかくれている、庭に出ると石砌のとこまでは閨のお香が漂ってくる。風が吹く度、門がゆれ、錠の音が響くので、開いていた門扉をはじめて閉じる。

      寒影墮高簷,鉤垂一面簾。

秋の夜が更け、高き庇の影が寒々と地に落ちる。月の形の吊金具をはずしてすべての簾を垂らす。

      碧煙輕裊裊,紅戰燈花笑。

閨で青い薫香が軽やかに、なよなよと立ち上がり、紅き炎が大きく揺れ、灯芯が爆けて嬉しいことと笑みをうかべる。

      即此是高唐,掩屏秋夢長。

すなわち、これこそが、きっと「高唐賦」にいう化身をしたことだろう。寝牀のまわりにたてる屏風を用意し、秋の夜は長いから、秋の夜の夢はながくつづく。

(菩薩蠻          其の一)

月華 水の如く香砌【こうせい】を籠め,金環 碎け撼【ゆ】れて 門 初めて閉す。

影を寒くして 高簷【こうえん】に墮ち,鉤は 一面に簾を垂らす。

碧煙 輕やかに 裊裊【じょうじょう】とし,紅 戰うは 燈花 笑う。

即ち 此れは 是れ「高唐」なり,屏を掩うは 秋の夢も 長し。

 

菩薩蠻 其二

(寵愛を受け、夜を一緒に過ごしたけれど、暗いうちから、鶏や、鶯までも鳴きだして朝を知らせる。まだ名残の月が明るいというのに見送らねばならないと妃賓を詠う)

花冠頻皷牆頭翼,東方澹白連色。

まだ暗いうちに雄鶏が土塀の上でしきりに羽ばたきをはじめた。するとまもなく、東側の窓が白みはじめて空が明け初めた。

      門外早鶯聲,背樓殘月明。

門の外の高枝で、まだ夜が明けきっていない早い時間なのに鶯がなきだした、名残月は高殿の彼方高く、まだ明るくのこっている。

      薄寒籠醉態,依舊鈆華在。

春といっても早朝はまだ寒く、酔いが残るからだを寒さが包む、少しでも長く仲睦まじくしていたいから、夜化粧はそのままにしている。

      握手送人歸,半拖金縷衣。

あのお方がお帰りになるのを送るために手を握り交わし、金糸の縫い取りの衣を半ば肩にはおらせてあげる。

(菩薩蠻          其の二)

花冠 頻りに 牆頭 翼を鼓し、東方 澹白にして 窓色に連なる。

門外 早に鶯声すれど、楼を背に 残月 明きらかなり。

薄寒 酔態を寵め、旧に依り 鈆華 在り。

手を握り 人 帰るを送り、半ば金縷の衣を拖く。

 

菩薩蠻 其三

(寵愛を受けているときと同じように、春の盛りに散った花ビラを風流に楽しんでもらおうと、そうじもさせずにまっている。今は独りで春が過ぎようとしている)

小庭花落無人掃,疎香滿地東風老。

寝殿の中庭には咲き誇って花もみんな散り落ちているが、人に掃除はさせない。焚くお香は時折この中庭に漂い満ちていて春の風も終わって、夏の風に変わろうとしている。

      春晚信沉沉,天涯何處尋。

春も終ろうとするのに暗い気持ちになってどうしようもない。このまま寵愛を失ったままでは、この後宮での生涯は何処いくやら、どうしたらいいのやら、だれに尋ねたらいいのか。

      曉堂屏六扇,眉共湘山遠。

朝焼けの楼閣の閨には六曲の屏風と團扇を飾っていて、眉も瀟湘八景の絵の山々も遠く影を薄くする。

      爭那別離心,近來尤不禁。

心の中で攻めたり、許したり、もうあきらめるかと落ち着かずにいる、でも別れる気持ちになることなどあろうか、又寵愛を近いうちにあるだろう、もうしばらくするとあるのかと考えてばかりこんな想いはいけないというのだろうか。

(菩薩蠻          其の三)

小庭 花落ち 人 掃く無し,疎香 滿地 東風 老ゆ。

春晚 信 沉沉,天涯 何處にか尋ねん。

曉堂 屏 六扇あり,眉 共に 湘山 遠し。

爭 那ぞ別離の心あらん,近來 尤も禁じえず。

             

菩薩蠻    其四

青巖碧洞經朝雨,隔花相喚南溪去。

              一隻木蘭舡,波平遠浸天。

              扣舡驚翡翠,嫩玉擡香臂。

              紅日欲沉西,煙中遙解觽。

             

菩薩蠻    其五

              木綿花映叢祠小,越禽聲裏春光曉。

              銅皷與蠻歌,南人祈賽多。

              客帆風正急,茜袖隈牆立。

              極浦幾迴頭,煙波無限愁。

pla045
 

 

『菩薩蠻  其三』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻    其三

小庭花落無人掃,疎香滿地東風老。

春晚信沉沉,天涯何處尋。

曉堂屏六扇,眉共湘山遠。

爭那別離心,近來尤不禁。

 

(下し文)

(菩薩蠻              其の三)

小庭 花落ち 人 掃く無し,疎香 滿地 東風 老ゆ。

春晚 信 沉沉,天涯 何處にか尋ねん。

曉堂 屏 六扇あり,眉 共に 湘山 遠し。

爭 那ぞ別離の心あらん,近來 尤も禁じえず。

 

 

(現代語訳)

(寵愛を受けているときと同じように、春の盛りに散った花ビラを風流に楽しんでもらおうと、そうじもさせずにまっている。今は独りで春が過ぎようとしている)

寝殿の中庭には咲き誇って花もみんな散り落ちているが、人に掃除はさせない。焚くお香は時折この中庭に漂い満ちていて春の風も終わって、夏の風に変わろうとしている。

春も終ろうとするのに暗い気持ちになってどうしようもない。このまま寵愛を失ったままでは、この後宮での生涯は何処いくやら、どうしたらいいのやら、だれに尋ねたらいいのか。

朝焼けの楼閣の閨には六曲の屏風と團扇を飾っていて、眉も瀟湘八景の絵の山々も遠く影を薄くする。

心の中で攻めたり、許したり、もうあきらめるかと落ち着かずにいる、でも別れる気持ちになることなどあろうか、又寵愛を近いうちにあるだろう、もうしばらくするとあるのかと考えてばかりこんな想いはいけないというのだろうか。

tsuzji00
 

(訳注)

菩薩蠻其三

(寵愛を受けているときと同じように、春の盛りに散った花ビラを風流に楽しんでもらおうと、そうじもさせずにまっている。今は独りで春が過ぎようとしている)

 

『花問集』 には孫光憲の作が五首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎➄➄の詞形をとる。

菩薩蠻    其一

月華如水籠香,金環碎撼門初

寒影墮高,鉤垂一面

碧煙輕裊,紅戰燈花

即此是高,掩屏秋夢

●△△●△○●  ○○●●○○●

○●△○○  ○○●●○

●○△??  ○●○○●

●●●○○  ●△○△△

双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎➄➄の詞形をとる。

菩薩蠻    其二

花冠頻皷牆頭,東方澹白連

門外早鶯,背樓殘月

薄寒籠醉,依舊鈆華

握手送人,半拖金縷

○△○●○○●  ○○△●○?●

○●●○○  ●○○●○

●○△●●  △●○△●

●●●○○  ●△○●△

双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎➄➄の詞形をとる。

菩薩蠻    其三

小庭花落無人,疎香滿地東風

春晚信沉,天涯何處

曉堂屏六,眉共湘山

爭那別離,近來尤不

●○○●○○●  △○●●○△●

○●△○○  ○○△●○

●○△●△  ○△○○●

○△●△○  ●△○△△

 

小庭花落無人掃,疎香滿地東風老。

寝殿の中庭には咲き誇って花もみんな散り落ちているが、人に掃除はさせない。焚くお香は時折この中庭に漂い満ちていて春の風も終わって、夏の風に変わろうとしている。

18. 小庭花落無人掃 この句は、孟浩然『春暁』王維の『田園楽』と同じような景色が連想される。孟浩然『春暁』 と王維『田園楽』 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1941 (02/17)

19. 東風老 春の風も終わって、夏の風に変わる

 

春晚信沉沉,天涯何處尋。

春も終ろうとするのに暗い気持ちになってどうしようもない。このまま寵愛を失ったままでは、この後宮での生涯は何処いくやら、どうしたらいいのやら、だれに尋ねたらいいのか。

20.  真。信じる心。

21. 沉沉 太陽は まるで灰がかぶさっているかのように,ぼうっと暗い.

 

曉堂屏六扇,眉共湘山遠。

朝焼けの楼閣の閨には六曲の屏風と團扇を飾っていて、眉も瀟湘八景の絵の山々も遠く影を薄くする。

22. 曉堂 朝焼けに御殿の閨に、夜も眠らずもやもやと過ごしたことを「曉」の語で表現している。暁の梁となったら日が昇ってくると閨の梁から明るくなるのを確認するということで、朝まで好きな男と一緒に過ごした意味になる。

23.  眉共湘山遠 眉は峨眉山とかの山で表現するが、愁いに涙、眉が薄くなる。それは屏風に描かれた、瀟湘八景の山々が遠く薄く描かれているのと同じということ。ここは、遠くの山は遠近法で薄く描く、眉も湘水の山も遠く薄くということ。湘水の女神は《楚辞》九歌篇に歌われる2人の女神をいい。湖南省にある湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。《山海経(せんがいきよう)》に洞庭の山に住む天帝の2人の娘のことが見え,漢の《列女伝》では,この2人は尭帝の娘で舜の妃である娥皇と女英であって,舜が蒼梧で死ぬと2人は湘水に身を投げてその神になったのだとされている。湘君と湘夫人はこの2女神に比定されるが,一説には湘君は男神,湘夫人は女神で,2人は夫婦なのだともされる。

 

爭那別離心,近來尤不禁。

心の中で攻めたり、許したり、もうあきらめるかと落ち着かずにいる、でも別れる気持ちになることなどあろうか、又寵愛を近いうちにあるだろう、もうしばらくするとあるのかと考えてばかりこんな想いはいけないというのだろうか。

24. 爭 心の中で連絡のないあの人攻めたり、許したり、もうあきらめるかと葛藤する。

 

続きを読む

12孫光憲《巻八01菩薩蠻五首其一 月華》『花間集』353全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7037

孫光憲  菩薩蠻           五首其一

月華如水籠香砌,金環碎撼門初閉。        寒影墮高簷,鉤垂一面簾。

碧煙輕裊裊,紅戰燈花笑。         即此是高唐,掩屏秋夢長。

(女も年を重ねてきて以前の若さがなくなってきて、それでも希望をもって夜を過ごす女を詠う)

仲秋の明月は明るく庭を照らすけれど、水に映るのと違って地面にかくれている、庭に出ると石砌のとこまでは閨のお香が漂ってくる。風が吹く度、門がゆれ、錠の音が響くので、開いていた門扉をはじめて閉じる。秋の夜が更け、高き庇の影が寒々と地に落ちる。月の形の吊金具をはずしてすべての簾を垂らす。閨で青い薫香が軽やかに、なよなよと立ち上がり、紅き炎が大きく揺れ、灯芯が爆けて嬉しいことと笑みをうかべる。すなわち、これこそが、きっと「高唐賦」にいう化身をしたことだろう。寝牀のまわりにたてる屏風を用意し、秋の夜は長いから、秋の夜の夢はながくつづく。

12孫光憲《巻八01菩薩蠻五首其一 月華》『花間集』353全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7037

 

 
  2015年12月8日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(39)李白357 巻四25-《宮中行樂詞,八首之四》(玉樹春歸日,) 357Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(39) <李白357> Ⅰ李白詩1697 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7033  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈110 -#5《 巻九03叉魚招張功曹》 #5 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1610> Ⅱ#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7034  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-6-#3杜甫 《19-08 柴門》#3 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-6-#3 <1071> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7035  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八01菩薩蠻五首其一 月華》『花間集』353全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7037  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集卷第八 四十九首

 

 

 

 

 

 孫少監光憲四十七首

 

 

菩薩蠻五首

河瀆神二首

虞美人二首

 

 

後庭花二首

子三首

臨江仙二首

 

 

酒泉子三首

清平樂二首

更漏子二首

 

 

女冠子二首

風流子三首

定西番二首

 

 

河滿子一首

玉蝴蝶一首

八拍蠻一首

 

 

竹枝一首

思帝一首

上行盃二首

 

 

謁金門一首

思越人二首

陽柳枝四首

 

 

望梅花一首

漁歌子二首

 

 

 

 

 

 

 

 

 魏太尉承班二首

 

 

菩薩蠻二首

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている

 

 

              孫光憲

             

菩薩蠻 五首其一

(妃嬪も年を重ねてきて以前の若さがなくなってきて、それでも希望をもって夜を過ごす女を詠う)

月華如水籠香砌,金環碎撼門初閉。

仲秋の明月は明るく庭を照らすけれど、水に映るのと違って地面にかくれている、庭に出ると石砌のとこまでは閨のお香が漂ってくる。風が吹く度、門がゆれ、錠の音が響くので、開いていた門扉をはじめて閉じる。

      寒影墮高簷,鉤垂一面簾。

秋の夜が更け、高き庇の影が寒々と地に落ちる。月の形の吊金具をはずしてすべての簾を垂らす。

      碧煙輕裊裊,紅戰燈花笑。

閨で青い薫香が軽やかに、なよなよと立ち上がり、紅き炎が大きく揺れ、灯芯が爆けて嬉しいことと笑みをうかべる。

      即此是高唐,掩屏秋夢長。

すなわち、これこそが、きっと「高唐賦」にいう化身をしたことだろう。寝牀のまわりにたてる屏風を用意し、秋の夜は長いから、秋の夜の夢はながくつづく。

(菩薩蠻          其の一)

月華 水の如く香砌【こうせい】を籠め,金環 碎け撼【ゆ】れて 門 初めて閉す。

影を寒くして 高簷【こうえん】に墮ち,鉤は 一面に簾を垂らす。

碧煙 輕やかに 裊裊【じょうじょう】とし,紅 戰うは 燈花 笑う。

即ち 此れは 是れ「高唐」なり,屏を掩うは 秋の夢も 長し。

             

菩薩蠻    五首其二

              花冠頻皷牆頭翼,東方澹白連色。

              門外早鶯聲,背樓殘月明。

              薄寒籠醉態,依舊鈆華在。

              握手送人歸,半拖金縷衣。

             

菩薩蠻    五首其三

              小庭花落無人掃,疎香滿地東風老。

              春晚信沉沉,天涯何處尋。

              曉堂屏六扇,眉共湘山遠。

              爭那別離心,近來尤不禁。

             

菩薩蠻    五首其四

              青巖碧洞經朝雨,隔花相喚南溪去。

              一隻木蘭舡,波平遠浸天。

              扣舡驚翡翠,嫩玉擡香臂。

              紅日欲沉西,煙中遙解觽。

             

菩薩蠻    五首其五

              木綿花映叢祠小,越禽聲裏春光曉。

              銅皷與蠻歌,南人祈賽多。

              客帆風正急,茜袖隈牆立。

              極浦幾迴頭,煙波無限愁。

DCF00118
 

 

『菩薩蠻  其一』 現代語訳と訳註

(本文) 菩薩蠻            其一

              月華如水籠香砌,金環碎撼門初閉。

              寒影墮高簷,鉤垂一面簾。

              碧煙輕裊裊,紅戰燈花笑。

              即此是高唐,掩屏秋夢長。

 

(下し文)

(菩薩蠻              其の一)

月華 水の如く香砌【こうせい】を籠め,金環 碎け撼【ゆ】れて 門 初めて閉す。

影を寒くして 高簷【こうえん】に墮ち,鉤は 一面に簾を垂らす。

碧煙 輕やかに 裊裊【じょうじょう】とし,紅 戰うは 燈花 笑う。

即ち 此れは 是れ「高唐」なり,屏を掩うは 秋の夢も 長し。

続きを読む

12孫光憲《巻七49河傳四首其三花》『花間集』351全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7027

孫光憲  河傳四首 其三

花落,煙薄,謝家池閣。寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。沾襟,無人知此心。

玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。晚來天,空悄然。孤眠,枕檀雲髻偏。

(少し前の春は、行楽、酒宴と、この離宮で華やかな日を過ごした、豪華な家にも、春も終るように寵愛は失われるとさびしいひびを過ごすよりない)

咲き誇った花は散り、夕靄が淡くひろがる、「謝秋娘」は豪邸の池のほとりの故事のような離宮の楼閣にすごす。寂寞とした中に春も深まり、色艶雙絶の美女は心配事が少しあるのか眉をひそめ、思いを小声で一人語をつぶやく。涙は襟を濡らすけれど、この心のうちを知る人はだれもいない。奇麗な宝飾の香炉には火も消えて灰だけが、もう近頃ずっと焚かれたこともなく冷ややかなままで、簾を下ろしたままで日影を映し、紅い杏の花の咲くなか梁の上にはまた燕が帰って来る。行楽も酒宴もなく、春も終わる夕刻になるというのに、空虚、うち萎れてしまう。それからは独り寝るだけで、香木の枕に横になると雲型の髷は片側に傾いて、もう直すこともないのだ。

12孫光憲《巻七49河傳四首其三花》『花間集』351全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7027

 

 
  2015年12月6日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(37)李白355 巻四23-《宮中行樂詞,八首之二》(柳色黃金嫩,) 355Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(37) <李白355> Ⅰ李白詩1695 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7023  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈110 -#3《 巻九03叉魚招張功曹》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1608> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7024  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-6#1杜甫 《19-08 柴門》 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-6 <1064> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7000  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻七49河傳四首其三花》『花間集』351全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7027  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

河傳四首其一

(天子次第で太平がある、寵愛を施すのも、施政に愛撫の心で行うのも、大河が流れていくことと同じであり、行楽、舟遊びを夜を徹して行うのも、天子の年中行事なのである。)

太平,天子,等閑遊戲,疏河千里。

天下が太平であるのは、天子が、長閑に過ごし、厳かに遊び戯れ、そんなことは黄河が千里先まで流れて行くようなものだ。

柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。

柳は枝を糸のように垂らし、淵には春の雪解けで増水が緑の澄み切って流れているころには、長江や淮河の大河には大風が起こることはない。

如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?

この花の御殿には三千人の宮女が仕えている。「朝雲暮雨」の寵愛を得ようと妃賓のあらそいがある、寵愛は誰なのか、どの御殿なのか、天子はどこにとどまっているのか。

錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中。

春から夏には、錦の帆柱に帆に風を受けて、舟遊びが、花霞のただようその際には紅い花が咲き、花の宴は夜まで続き、かがり火は空を染めていて、天子の魂は迷ってしまって誰を寵愛するのか、そうした中で、天子は天下国家の安寧のために心を掛けられるのである。

 

(河傳四首 其の一)

太平の天子,等閑し遊戲す,疏河すは千里なり。

柳 絲の如し,隈倚 淥波の春水,長淮 風 起らず。

花の如き殿には三千の女が,雲雨を爭い,何處にか人を留めて住わん?

錦帆の風,煙際の紅,燒空ありて,魂迷し 大業に中【あた】る。

 

河傳四首 其二

(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

柳拖,金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。

柳の枝が土手を引き摺り、その枝は金色の紐を垂らす、夕靄はこの街を囲むように出てきて霧がそれをつつむ様に出てくる、そこにもうもうと柳絮が落ちて飛び交う。

鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。

鳳凰の絵が描かれた飾り画船は楚の国の美女を載せている、美女は華麗に舞う、それに合わせた様に波の上に音を立て、鼓の音は雷のように轟く。

龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。

この光景は戦国時代の故事を筝曲に言うように「龍が爭い、虎が闘って天下を分ける」ようこの美女をわが手にしようとあらそう、しかしここには美女の主となる者はいない。それは王獻之の愛妾「桃葉」の詩のようにここ江南では、「桃葉よ桃葉、兎に角渡って来い」と美女にとに角この川を渡って来てくれればいいと言っている。

襞花牋,豔思牽。

ひだひだのスカートをゆらせて薛濤䇳にしたためて、魅力のある気持ちで引き付ける。

成篇,官娥相與傳。

その光景を目にすれば詩篇はできるものだし、この美女たちは官妓であり、世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。

(河傳四首其の二)

柳の拖,金の縷,煙 籠霧に着き,濛濛として絮を落す。

鳳皇 舟上の楚女,舞をに妙して,雷喧 波上の皷。

龍爭 虎戰 中土を分ち,人 主無し,桃葉 江南渡る。

襞花の牋,豔思 牽く。

篇成し,官娥 相いに與傳す。

 

河傳四首 其三

花落,煙薄,謝家池閣。

寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。

沾襟,無人知此心。

玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

晚來天,空悄然。

孤眠,枕檀雲髻偏。

(少し前の春は、行楽、酒宴と、この離宮で華やかな日を過ごした、豪華な家にも、春も終るように寵愛は失われるとさびしいひびを過ごすよりない)

咲き誇った花は散り、夕靄が淡くひろがる、「謝秋娘」は豪邸の池のほとりの故事のような離宮の楼閣にすごす。

寂寞とした中に春も深まり、色艶雙絶の美女は心配事が少しあるのか眉をひそめ、思いを小声で一人語をつぶやく。

涙は襟を濡らすけれど、この心のうちを知る人はだれもいない。

奇麗な宝飾の香炉には火も消えて灰だけが、もう近頃ずっと焚かれたこともなく冷ややかなままで、簾を下ろしたままで日影を映し、紅い杏の花の咲くなか梁の上にはまた燕が帰って来る。

行楽も酒宴もなく、春も終わる夕刻になるというのに、空虚、うち萎れてしまう。

それからは独り寝るだけで、香木の枕に横になると雲型の髷は片側に傾いて、もう直すこともないのだ。

(河傳四首其の三)

花落ち,煙薄れ,謝家の池閣。

寂寞として春深し,翠蛾 輕く斂め 意 沉吟す。

襟を沾し,人 此の心を知る無し。

玉鑪 香 斷え 霜灰 冷ややかにして,簾 影を鋪く,梁鷰 紅杏に歸る。

晚來の天には,空しく悄然とす。

孤り眠り,枕檀 雲髻 偏る。

 

河傳四首 其四

風颭,波斂。

團荷閃閃,珠傾露點。

木蘭舟上,何處娃越豔,藕花紅照臉。

大堤狂殺襄陽客,煙波隔,渺渺湖光白。

身已歸,心不歸。

斜暉,遠汀鸂鶒飛。

 

興慶宮002

続きを読む

12孫光憲《巻七45浣溪沙九首其八》『花間集』347全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7007

孫光憲  浣溪沙九首       其八

輕打銀箏墜鷰泥,斷絲高罥畫樓西,花冠閑上午牆啼。

粉籜半開新竹逕,紅苞盡落舊桃蹊,不堪終日閉深閨。

(年を重ねた妃嬪に変わって若い妃嬪に寵愛は移っていくもの、この御殿の妃嬪は独り閏ですごす。晩春の日の妃嬪の無聊を詠う。)

軽く弾く、弾いたその音に驚いたのか、燕の泥が銀で飾った琴にぽとりと落ちた、長い蜘蛛の絲は風にあおられ高殿の西窓に掛かり、雄鶏が正面の土塀にとまって鳴いた。竹の子の粉を吹いた皮から半ば顔を出した晩春の小路沿いに若竹がつづくものだし、紅い花が散り尽くしてしまったこれまで見なれてきた桃の小道がつづく、それが世の移ろいというもの、こんな春景色が残る中で、一日中、奥まった閏に寵もっているのは堪えられないことだ。

12孫光憲《巻七45浣溪沙九首其八》『花間集』347全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7007


 
  2015年12月2日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(33)李白351 巻四13-《塞下曲六首之六》(烽火動沙漠,) 351Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(33) <李白351> Ⅰ李白詩1691 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7003  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈108-#4《 巻七21譴瘧鬼》 #4 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1604> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7004  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-5-#3杜甫 《20-98 鄭典設自施州歸》 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-5-#3 <1065> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7005  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻七45浣溪沙九首其八》『花間集』347全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7007  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

孫光憲(900年-968年),字孟文,自號葆光子。陵州貴平(今屬四川仁壽縣東北)人。五代詞人。

 

出生農家,好讀書,喜抄書,至老不廢。五代後唐時,曾任陵州判官,後得梁震之薦,荊南高季興聘為掌書記。[1]歷事高季興、高從誨、高保融、高保勗、高繼沖諸王,累官至檢校秘書監兼御史大夫賜金紫。後勸高繼沖獻地納降,宋太祖聞之甚悅,授黃州刺史。在荊南期間,作《北夢瑣言》。能填詞,作有《浣溪沙》、《菩薩蠻》、《虞美人》等,陳廷焯他“詞氣甚遒,措辭亦多警練,然不及溫韋處亦在此,坐少閒逸之致”[2]《花間集》收其詞61首。

 

孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている

 

 

 

浣溪沙九首 其一

(諸葛亮は万里橋で劉備の御征伐の船出を見送り、薛濤は、思い人を望江樓から見送った、。雁書が届くだろうか,杳杳として、茫茫としているところであるから川が流れ去るように忘れていくことになるのか、瀟湘二妃嬪、屈原、賈誼、とそこに沈んだ人の思いは、人の心に残っている)

      蓼岸風多橘柚香,江邊一望楚天長,片帆煙際閃孤光。

岸辺の蓼がしげる中を風がぬけ、橘や柚子の香りを運んでくる、大江のほとり望江樓から一望すると船の進むと、「高唐賦」の楚は、はるかとおくに、一片の帆影を浮かべて霞む果てには雲雨を呼ぶ閃光が一つきらめく。

      目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫茫,蘭紅波碧憶瀟湘。

眼を空に向け、飛び行く雁を遠くかすかなところまで追いかける、それでも、長江の流れははてしなくひろくひろがるから、雁書が届くのがみずのながれのようにながれてしまうのか、瀟湘八景の赤い蘭花、碧く波は数々の賢者を思い起こさせてくれる。

(浣溪沙九首 其の一)

蓼岸【りょうがん】風 橘柚の香多くし,江邊 一望 楚天長しい,片帆 煙際に 孤光 閃く。

目【もく】 征鴻を送れば 飛びて杳杳たり,思いは流水に隨い去りて茫茫たり,蘭は紅いに 波は碧く 瀟湘を憶う。

             

浣溪沙九首 其二

(春が来れば、行楽を楽しみにするが、今年は、どうなるのかわからない、立派な御殿に住まいをしてはいても、やるせない気持ちは晴れないのでお酒に頼ってしまう。そんな思いを詩歌を壁に書いて晴らす)

      桃杏風香簾幕閑,謝家門約花關,畫梁幽語鷰初還。

春が訪れ、桃花の香りが風に乗り、次に杏の花の香りが届けられる、それは、簾と幔幕を抜けて誰もいないこの部屋に。愛されている妾の家に、花は満開に咲いているのに門の扉は閉められたまま。いろどられた梁の上の燕は鳴き声などなく静かになったので、初めてツバメがいなくなったのを知る。

      繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒山,卻疑身是夢魂間。

夜が明けてくれば屏風を動かして一人寝の枕から酔いが残ったままで目覚め、厠に行く。春の行楽を過ごすことができるのだろうか、夢とうつつとの間を行ったり来たりの生活をしていてよいのだろうか。そうした思いを、薄絹に刺繍をほどこした樓閣の壁に、数行の詩歌を題した。

浣溪沙九首     其二

桃杏から風香し 簾幕閑なり,謝家の門 花關に約し,畫梁には幽語 鷰初めて還る。

繡閣 數行 壁に題し了り,曉屏 一たび枕し 酒醒め 山に,卻て疑う 身是とし夢魂の間に。

             

浣溪沙九首 其三

(庭にたくさんの花が咲くように、あまたいる妃嬪も清純で溌剌としていたが、寵愛を受け、歳を重ねればその純真さはどこへ行くのだろう。)

      花漸凋疎不耐風,畫簾垂地晚堂空,墮階縈蘚舞愁紅。

庭一杯に咲いていた花もしだいにしぼみ、まばらになってきて風に堪えられなくなってくる。きれいな簾は下におろしたまま西日が射しこむ御殿の座敷はおつきのものを下がらせて、誰もいなくて二人だけの静けさが広がる。散り落ちた赤い花弁は階にそのままにされ、舞い落ちる花弁は憂いを表して絡みながら落ちる。

      膩粉半粘金靨子,殘香猶暖繡薰籠,蕙心無處與人同。

寵愛を受け、化粧によるきめの細かい皮膚に、金の付け黒子も半ばとれそうだ。閨に香りは残り、まだ刺繍の台に乗った網籠の香炉には暖かさが残っている。妃寵愛を受ければ、妃嬪の麗しい心はどこにあるのか、歳をかさねれば行く末は誰もとおんなじようになってしまう。

(浣溪沙九首 其の三)

花 漸く凋疎し 風に耐えず,畫簾 地に垂れ 晚の堂 空し,階墮ち 縈蘚 愁い 紅に舞う。

膩粉 金靨子を半粘し,殘香 猶お繡薰籠に暖く,蕙心 處に無く 人と同じうす。

 

             

浣溪沙九首 其四

(春の行楽というのに日がな一日物憂げに暮らし、季節が過ぎていく、寵愛を失い、悲しみと愁いが廻って次々と生まれてくる。歳を重ねてもちょうあいのことはわすれられない訪れるものがいない妃嬪を詠う。)

      攬鏡無言淚欲流,凝情半日懶梳頭,一庭疎雨濕春愁。

鏡を手にとって見ても言葉にもならず、涙をこらえられなくて、とめどなく流れてゆこうとしている、寵愛を受けたい気持ちだけでいるものの、半日何もする気にならず髪を梳くこともしていない。寝殿前の中庭に、時折雨が降り、春というのに愁いも湿っている。

      楊柳秖知傷怨別,杏花應信損嬌羞,淚沾魂斷軫離憂。

楊柳は繁り、春の盛り、季節を知るだけだと、やっぱりあの別れたことは傷ついて恨む、合格発表の後、杏の花の咲く庭園で、詩文で答えてくれたから恥を忍んで愛嬌をだしたのに裏切られた。なみだはとめどがなくながれきものをぬらすのでこころもきれてしまう、愁い悲しみから離れてもまた愁いと悲しみがやってくる。

              浣溪沙九首 其四

鏡を攬り 無言にして 淚 流んと欲す,情を凝らし 半日 頭を梳くを懶く,一庭に 疎雨あり 春愁に濕う。

楊柳 秖だ知るも 怨別に傷み,杏花 應信あり 嬌羞を損い,淚沾い 魂斷し 離憂を軫る。

             

浣溪沙九首 其五

(選抜され、後宮に入り、ただ待つだけの生活、さきのことはわからない)

      半踏長裾宛約行,晚簾疎處見分明,此時堪恨昧平生。

細腰の妃賓が半歩ずつ、長い裾の服を引いて、たおやかに小股であるいていく、夕暮れの簾の隙間からはっきりとみえている。ずっとここの御殿にいるだけで、この時、恨めしいいとおもう心は我慢ができない。

      早是銷魂殘燭影,更愁聞著品絃聲,杳無消息若為情。

燃え残る灯火に映る影に既に魂は奪われ、さらに彼女の弦の調べに愁いの耳を傾けすごした、でもそれ以上は知らない、こんな思いはどうすればよいのだろう。

(浣溪沙九首 其の五)

半ば 長く裾を踏み 宛約として行く,晚簾 疎なる處 見ること分明,此の時 恨むに 平生昧きに堪える。

早に是れ  殘燭の影に銷魂し,更聞著するを愁う  品絃の聲,杳として無く 消息 情を若為【いかん】せん。

 

浣溪沙九首 其六

(後宮の妃賓の洗髪のあとはきっとこのような姿であろうと、春の日長に、胸元をはだけて髪を洗い終えたばかりの魅惑的な姿を讃えた詞。)

      蘭沐初休曲檻前,暖風遲日洗頭天,濕雲新斂未梳蟬。

御殿の角の手すりの前で、蘭香を浸した沐浴、髪を洗い終えたばかり、春分を過ぎれば、風は暖かになり、春の日は長くなっていくから、頭を洗って陽気の中にそのままいる。それから、長い髪を頭の上で雲型にまとめてみたものの、まだ櫛を使って梳くことなどしないし、蝉の簪も付けたりしない。

      翠袂半將遮粉臆,寶釵長欲墜香肩,此時模樣不禁憐。

翡翠色の袂には胸の襟元から、白粉をしたように白い胸を、遮ることになっている、長い宝飾の簪が蘭香の香り漂う肩に落ちかかろうとしている。こんな有様を見ることができると同時に、愛おしいと覚えずにはいられない。

(浣溪沙九首 其の六)

蘭沐 初めて休む 曲檻の前きに,暖風 遲日 洗頭の天,濕雲 新らたに斂【まと】め 未だ蟬を梳かず。

翠袂 半ば將に 粉臆を遮らんとし,寶釵 長く 香肩に墜ちんと欲し,此の時 模樣 憐れむに禁ぜず。

             

浣溪沙九首 其七

      (寵愛を失ったとしても、あきらめれば生きてゆけない。今日も部屋に風を入れて、香をたき、どんな時でも、準備だけは欠かさない。)

風遞殘香出繡簾,團窠金鳳舞襜襜,落花微雨恨相兼。

薫く香の残香が風に運ばれてきて、縫い取り刺繍の簾から流れ出てゆくと、円い金刺繍の鳳凰が簾の前にゆらゆらと舞って、そぼ降る雨に煙るとともに散る花は愁いを誘う。

      何處去來狂太甚,空推宿酒睡無猒,爭教人不別猜嫌。

何処かに行ったかと思うと来てくれる、全く常軌を逸してあまりにひどいことばかりで、見え透いたことを言う「夕べはすっかり酔いつぶれて正体なく酒宴の席で寝込んでいた」と、そんな人だと教えられ、それと戦ってきた、それなのに猜疑心を抱かせ、嫌いになる、それでも、別れることはない。

              (浣溪沙九首 其七)

風 殘香を 繡簾より出ずるを遞り,團窠 金鳳 襜襜【たんたん】として舞う,落花 微雨 恨み相い兼ぬ。

何處にか去り來る 狂なる太甚,空推するは 宿酒もて睡り猒くこと無きを,教えに爭い人は別れず 猜嫌するを。

 

浣溪沙九首 其八

(年を重ねた妃嬪に変わって若い妃嬪に寵愛は移っていくもの、この御殿の妃嬪は独り閏ですごす。晩春の日の妃嬪の無聊を詠う。)

      輕打銀箏墜鷰泥,斷絲高罥畫樓西,花冠閑上午牆啼。

      軽く弾く、弾いたその音に驚いたのか、燕の泥が銀で飾った琴にぽとりと落ちた、長い蜘蛛の絲は風にあおられ高殿の西窓に掛かり、雄鶏が正面の土塀にとまって鳴いた。

粉籜半開新竹逕,紅苞盡落舊桃蹊,不堪終日閉深閨。

竹の子の粉を吹いた皮から半ば顔を出した晩春の小路沿いに若竹がつづくものだし、紅い花が散り尽くしてしまったこれまで見なれてきた桃の小道がつづく、それが世の移ろいというもの、こんな春景色が残る中で、一日中、奥まった閏に寵もっているのは堪えられないことだ。

              (浣溪沙九首 其の八)

輕く銀箏【ぎんそう】を打ち鷰泥 墜つ,斷絲 高く畫樓の西に罥【か】かり,花冠 閑【のど】かに午牆【ごしょう】に上り啼く。

粉籜【ふんたく】半ば開き 新竹の逕【けい】,紅苞【こうほう】盡く落ち 舊の桃の蹊【けい】,終日 深閨を閉ざすに 堪えず。

 

続きを読む

12孫光憲《巻七44浣溪沙九首其七》『花間集』346全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7002

孫光憲  浣溪沙九首 其七

風遞殘香出繡簾,團窠金鳳舞襜襜,落花微雨恨相兼。

何處去來狂太甚,空推宿酒睡無猒,爭教人不別猜嫌。

(寵愛を失ったとしても、あきらめれば生きてゆけない。今日も部屋に風を入れて、香をたき、どんな時でも、準備だけは欠かさない。)

薫く香の残香が風に運ばれてきて、縫い取り刺繍の簾から流れ出てゆくと、円い金刺繍の鳳凰が簾の前にゆらゆらと舞って、そぼ降る雨に煙るとともに散る花は愁いを誘う。何処かに行ったかと思うと来てくれる、全く常軌を逸してあまりにひどいことばかりで、見え透いたことを言う「夕べはすっかり酔いつぶれて正体なく酒宴の席で寝込んでいた」と、そんな人だと教えられ、それと戦ってきた、それなのに猜疑心を抱かせ、嫌いになる、それでも、別れることはない。

12孫光憲《巻七44浣溪沙九首其七》『花間集』346全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7002

 

 

 
  2015年12月1日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(32)李白350 巻四12-《塞下曲六首之五》(塞虜乘秋下,) 350Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(32) <李白350> Ⅰ李白詩1690 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6998  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈108-#3《 巻七21譴瘧鬼》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1603> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6999  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-5-#2杜甫 《20-98 鄭典設自施州歸》 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-5-#2 <1064> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7000   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻七44浣溪沙九首其七》『花間集』346全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7002  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

孫光憲(900年-968年),字孟文,自號葆光子。陵州貴平(今屬四川仁壽縣東北)人。五代詞人。

 

出生農家,好讀書,喜抄書,至老不廢。五代後唐時,曾任陵州判官,後得梁震之薦,荊南高季興聘為掌書記。[1]歷事高季興、高從誨、高保融、高保勗、高繼沖諸王,累官至檢校秘書監兼御史大夫賜金紫。後勸高繼沖獻地納降,宋太祖聞之甚悅,授黃州刺史。在荊南期間,作《北夢瑣言》。能填詞,作有《浣溪沙》、《菩薩蠻》、《虞美人》等,陳廷焯他“詞氣甚遒,措辭亦多警練,然不及溫韋處亦在此,坐少閒逸之致”[2]《花間集》收其詞61首。

 

孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている

 

 

 

浣溪沙九首 其一

(諸葛亮は万里橋で劉備の御征伐の船出を見送り、薛濤は、思い人を望江樓から見送った、。雁書が届くだろうか,杳杳として、茫茫としているところであるから川が流れ去るように忘れていくことになるのか、瀟湘二妃嬪、屈原、賈誼、とそこに沈んだ人の思いは、人の心に残っている)

      蓼岸風多橘柚香,江邊一望楚天長,片帆煙際閃孤光。

岸辺の蓼がしげる中を風がぬけ、橘や柚子の香りを運んでくる、大江のほとり望江樓から一望すると船の進むと、「高唐賦」の楚は、はるかとおくに、一片の帆影を浮かべて霞む果てには雲雨を呼ぶ閃光が一つきらめく。

      目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫茫,蘭紅波碧憶瀟湘。

眼を空に向け、飛び行く雁を遠くかすかなところまで追いかける、それでも、長江の流れははてしなくひろくひろがるから、雁書が届くのがみずのながれのようにながれてしまうのか、瀟湘八景の赤い蘭花、碧く波は数々の賢者を思い起こさせてくれる。

(浣溪沙九首 其の一)

蓼岸【りょうがん】風 橘柚の香多くし,江邊 一望 楚天長しい,片帆 煙際に 孤光 閃く。

目【もく】 征鴻を送れば 飛びて杳杳たり,思いは流水に隨い去りて茫茫たり,蘭は紅いに 波は碧く 瀟湘を憶う。

             

浣溪沙九首 其二

(春が来れば、行楽を楽しみにするが、今年は、どうなるのかわからない、立派な御殿に住まいをしてはいても、やるせない気持ちは晴れないのでお酒に頼ってしまう。そんな思いを詩歌を壁に書いて晴らす)

      桃杏風香簾幕閑,謝家門約花關,畫梁幽語鷰初還。

春が訪れ、桃花の香りが風に乗り、次に杏の花の香りが届けられる、それは、簾と幔幕を抜けて誰もいないこの部屋に。愛されている妾の家に、花は満開に咲いているのに門の扉は閉められたまま。いろどられた梁の上の燕は鳴き声などなく静かになったので、初めてツバメがいなくなったのを知る。

      繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒山,卻疑身是夢魂間。

夜が明けてくれば屏風を動かして一人寝の枕から酔いが残ったままで目覚め、厠に行く。春の行楽を過ごすことができるのだろうか、夢とうつつとの間を行ったり来たりの生活をしていてよいのだろうか。そうした思いを、薄絹に刺繍をほどこした樓閣の壁に、数行の詩歌を題した。

浣溪沙九首     其二

桃杏から風香し 簾幕閑なり,謝家の門 花關に約し,畫梁には幽語 鷰初めて還る。

繡閣 數行 壁に題し了り,曉屏 一たび枕し 酒醒め 山に,卻て疑う 身是とし夢魂の間に。

             

浣溪沙九首 其三

(庭にたくさんの花が咲くように、あまたいる妃嬪も清純で溌剌としていたが、寵愛を受け、歳を重ねればその純真さはどこへ行くのだろう。)

      花漸凋疎不耐風,畫簾垂地晚堂空,墮階縈蘚舞愁紅。

庭一杯に咲いていた花もしだいにしぼみ、まばらになってきて風に堪えられなくなってくる。きれいな簾は下におろしたまま西日が射しこむ御殿の座敷はおつきのものを下がらせて、誰もいなくて二人だけの静けさが広がる。散り落ちた赤い花弁は階にそのままにされ、舞い落ちる花弁は憂いを表して絡みながら落ちる。

      膩粉半粘金靨子,殘香猶暖繡薰籠,蕙心無處與人同。

寵愛を受け、化粧によるきめの細かい皮膚に、金の付け黒子も半ばとれそうだ。閨に香りは残り、まだ刺繍の台に乗った網籠の香炉には暖かさが残っている。妃寵愛を受ければ、妃嬪の麗しい心はどこにあるのか、歳をかさねれば行く末は誰もとおんなじようになってしまう。

(浣溪沙九首 其の三)

花 漸く凋疎し 風に耐えず,畫簾 地に垂れ 晚の堂 空し,階墮ち 縈蘚 愁い 紅に舞う。

膩粉 金靨子を半粘し,殘香 猶お繡薰籠に暖く,蕙心 處に無く 人と同じうす。

moon4733
 

             

浣溪沙九首 其四

(春の行楽というのに日がな一日物憂げに暮らし、季節が過ぎていく、寵愛を失い、悲しみと愁いが廻って次々と生まれてくる。歳を重ねてもちょうあいのことはわすれられない訪れるものがいない妃嬪を詠う。)

      攬鏡無言淚欲流,凝情半日懶梳頭,一庭疎雨濕春愁。

鏡を手にとって見ても言葉にもならず、涙をこらえられなくて、とめどなく流れてゆこうとしている、寵愛を受けたい気持ちだけでいるものの、半日何もする気にならず髪を梳くこともしていない。寝殿前の中庭に、時折雨が降り、春というのに愁いも湿っている。

      楊柳秖知傷怨別,杏花應信損嬌羞,淚沾魂斷軫離憂。

楊柳は繁り、春の盛り、季節を知るだけだと、やっぱりあの別れたことは傷ついて恨む、合格発表の後、杏の花の咲く庭園で、詩文で答えてくれたから恥を忍んで愛嬌をだしたのに裏切られた。なみだはとめどがなくながれきものをぬらすのでこころもきれてしまう、愁い悲しみから離れてもまた愁いと悲しみがやってくる。

              浣溪沙九首 其四

鏡を攬り 無言にして 淚 流んと欲す,情を凝らし 半日 頭を梳くを懶く,一庭に 疎雨あり 春愁に濕う。

楊柳 秖だ知るも 怨別に傷み,杏花 應信あり 嬌羞を損い,淚沾い 魂斷し 離憂を軫る。

             

浣溪沙九首 其五

(選抜され、後宮に入り、ただ待つだけの生活、さきのことはわからない)

      半踏長裾宛約行,晚簾疎處見分明,此時堪恨昧平生。

細腰の妃賓が半歩ずつ、長い裾の服を引いて、たおやかに小股であるいていく、夕暮れの簾の隙間からはっきりとみえている。ずっとここの御殿にいるだけで、この時、恨めしいいとおもう心は我慢ができない。

      早是銷魂殘燭影,更愁聞著品絃聲,杳無消息若為情。

燃え残る灯火に映る影に既に魂は奪われ、さらに彼女の弦の調べに愁いの耳を傾けすごした、でもそれ以上は知らない、こんな思いはどうすればよいのだろう。

(浣溪沙九首 其の五)

半ば 長く裾を踏み 宛約として行く,晚簾 疎なる處 見ること分明,此の時 恨むに 平生昧きに堪える。

早に是れ  殘燭の影に銷魂し,更聞著するを愁う  品絃の聲,杳として無く 消息 情を若為【いかん】せん。

 

浣溪沙九首 其六

(後宮の妃賓の洗髪のあとはきっとこのような姿であろうと、春の日長に、胸元をはだけて髪を洗い終えたばかりの魅惑的な姿を讃えた詞。)

      蘭沐初休曲檻前,暖風遲日洗頭天,濕雲新斂未梳蟬。

御殿の角の手すりの前で、蘭香を浸した沐浴、髪を洗い終えたばかり、春分を過ぎれば、風は暖かになり、春の日は長くなっていくから、頭を洗って陽気の中にそのままいる。それから、長い髪を頭の上で雲型にまとめてみたものの、まだ櫛を使って梳くことなどしないし、蝉の簪も付けたりしない。

      翠袂半將遮粉臆,寶釵長欲墜香肩,此時模樣不禁憐。

翡翠色の袂には胸の襟元から、白粉をしたように白い胸を、遮ることになっている、長い宝飾の簪が蘭香の香り漂う肩に落ちかかろうとしている。こんな有様を見ることができると同時に、愛おしいと覚えずにはいられない。

(浣溪沙九首 其の六)

蘭沐 初めて休む 曲檻の前きに,暖風 遲日 洗頭の天,濕雲 新らたに斂【まと】め 未だ蟬を梳かず。

翠袂 半ば將に 粉臆を遮らんとし,寶釵 長く 香肩に墜ちんと欲し,此の時 模樣 憐れむに禁ぜず。

             

浣溪沙九首 其七

      (寵愛を失ったとしても、あきらめれば生きてゆけない。今日も部屋に風を入れて、香をたき、どんな時でも、準備だけは欠かさない。)

風遞殘香出繡簾,團窠金鳳舞襜襜,落花微雨恨相兼。

薫く香の残香が風に運ばれてきて、縫い取り刺繍の簾から流れ出てゆくと、円い金刺繍の鳳凰が簾の前にゆらゆらと舞って、そぼ降る雨に煙るとともに散る花は愁いを誘う。

      何處去來狂太甚,空推宿酒睡無猒,爭教人不別猜嫌。

             

何処かに行ったかと思うと来てくれる、全く常軌を逸してあまりにひどいことばかりで、見え透いたことを言う「夕べはすっかり酔いつぶれて正体なく酒宴の席で寝込んでいた」と、そんな人だと教えられ、それと戦ってきた、それなのに猜疑心を抱かせ、嫌いになる、それでも、別れることはない。

              (浣溪沙九首 其七)

風 殘香を 繡簾より出ずるを遞り,團窠 金鳳 襜襜【たんたん】として舞う,落花 微雨 恨み相い兼ぬ。

何處にか去り來る 狂なる太甚,空推するは 宿酒もて睡り猒くこと無きを,教えに爭い人は別れず 猜嫌するを。

 

             

浣溪沙九首           其八

              輕打銀箏墜鷰泥,斷絲高罥畫樓西,花冠閑上午牆啼。

              粉籜半開新竹逕,紅苞盡落舊桃蹊,不堪終日閉深閨。

                           

             

浣溪沙九首           其九

              烏帽斜欹倒佩魚,靜街步訪仙居,隔牆應認打門初。

              將見客時微掩斂,得人憐處且先疎,低頭羞問壁邊書。

海棠花101
 

 

『浣溪沙九首 其七』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙九首 其七

風遞殘香出繡簾,團窠金鳳舞襜襜,落花微雨恨相兼。

何處去來狂太甚,空推宿酒睡無猒,爭教人不別猜嫌。

 

(下し文)

(浣溪沙九首 其七)

風 殘香を 繡簾より出ずるを遞り,團窠 金鳳 襜襜【たんたん】として舞う,落花 微雨 恨み相い兼ぬ。

何處にか去り來る 狂なる太甚,空推するは 宿酒もて睡り猒くこと無きを,教えに爭い人は別れず 猜嫌するを。

 

 

(現代語訳)

(寵愛を失ったとしても、あきらめれば生きてゆけない。今日も部屋に風を入れて、香をたき、どんな時でも、準備だけは欠かさない。)

薫く香の残香が風に運ばれてきて、縫い取り刺繍の簾から流れ出てゆくと、円い金刺繍の鳳凰が簾の前にゆらゆらと舞って、そぼ降る雨に煙るとともに散る花は愁いを誘う。

何処かに行ったかと思うと来てくれる、全く常軌を逸してあまりにひどいことばかりで、見え透いたことを言う「夕べはすっかり酔いつぶれて正体なく酒宴の席で寝込んでいた」と、そんな人だと教えられ、それと戦ってきた、それなのに猜疑心を抱かせ、嫌いになる、それでも、別れることはない。

 

(訳注)

浣溪沙九首其七

(寵愛を失ったとしても、あきらめれば生きてゆけない。今日も部屋に風を入れて、香をたき、どんな時でも、準備だけは欠かさない。)

【解説】 閨に様子を奇麗に表現し、妃嬪は大勢いるから異常なくらい女性と接している、周りからいろいろおしえられたり、注意されても、寵愛を受けることしか考えないし、寵愛を失っても、何時も準備をするだけだ。恨みを過ぎれば諦めるということ。風に揺れて舞う簾の鳳凰の刺繍、閨をきちんと整える。あきらめれば終わりなのだ、どんなになっても準備だけは欠かさない。

 

浣溪沙九首『浣溪沙』とは谷間の砂浜で早春の風物詩で、染め上げた沙羅を水で晒した後、並べて乾かすと、谷合が花が咲いたように見えることをいう。独り者の女性だけで行ったことで、春と沙羅と女性ということで艶歌としてうたったものが多いが、春の谷あいの様子を詠うものも多いのである。

 

『花間集』には孫光憲の作が六十一首収められている。浣溪沙九首其一は、双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

蓼岸風多橘柚,江邊一望楚天,片帆煙際閃孤

目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫,蘭紅波碧憶瀟

●●△○●●○  ○○●△●○△ ●△○●●○△

●●○△○●● △○○●●○○  ○○○●●○○

 

浣溪沙九首其二は、双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

桃杏風香簾幕,謝家門約花,畫梁幽語鷰初

繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒,卻疑身是夢魂

○●△○○●○  ●○○●●○○ ●○○●●○○ 

●●●△△●● ●△●△●△○  ●○○●△○△

 

浣溪沙九首其三は双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

花漸凋疎不耐,畫簾垂地晚堂,墮階縈蘚舞愁

膩粉半粘金靨子,殘香猶暖繡薰,蕙心無處與人

○△○△△●△  ●○○●●○△ △○○●●○○

●●●○○●● ○○△●●△△  ●○○●△○○

 

浣溪沙九首 其四双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

攬鏡無言淚欲,凝情半日懶梳,一庭疎雨濕春

楊柳秖知傷怨別,杏花應信損嬌,淚沾魂斷軫離

●●○○●●○  △○●●●○○ ●○△●●○○

○●?○△△● ●○△△●△○  ●△○●●△○

浣溪沙九首 其五は 双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

半踏長裾宛約,晚簾疎處見分,此時堪恨昧平

早是銷魂殘燭影,更愁聞著品絃,杳無消息若為

●●△○△●△  ●○△●●△○ ●○○●●○△

●●○○○●● △○△△●△○  ●○○●△○○

浣溪沙九首 其六は 双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

蘭沐初休曲檻,暖風遲日洗頭,濕雲新斂未梳

翠袂半將遮粉臆,寶釵長欲墜香,此時模樣不禁

○●○△●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○○

●●●△○●● ●○△●●○○  ●○○●△△○

浣溪沙九首 其七 双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

風遞殘香出繡,團窠金鳳舞襜,落花微雨恨相

何處去來狂太甚,空推宿酒睡無,爭教人不別猜

△●○○●●○  ○○○●●△△ ●○○●●△△

△●●△△●● △○●●●○△  ○△○△●○○

 

風遞殘香出繡簾,團窠金鳳舞襜襜,落花微雨恨相兼。

薫く香の残香が風に運ばれてきて、縫い取り刺繍の簾から流れ出てゆくと、円い金刺繍の鳳凰が簾の前にゆらゆらと舞って、そぼ降る雨に煙るとともに散る花は愁いを誘う。

【1】    風遞殘香出繡簾 香炉の残香が風に運ばれて簾から流れ出る。

【2】    團窠金鳳 円形の金糸で刺繍した鳳凰。円形は団欒の意を含む。窠 瓜を輪切りにした形に似た文様または紋所。一説に、蜂の巣の形ともいう。の紋。木瓜(もっこう)

【3】    襜襜 揺れるさま。襜:前隠し、「《爾雅·釋器》衣蔽前、謂之襜(衣の前を覆う、これを襜(セン)という)」とあり、 和訓には、 「まえかけ、ひとえもの、ととのふ」等があるという(篆文詳注日本大玉篇)。

【4】    落花微雨恨相兼 落花と微雨とがともに恨みを誘う。散る花は女の年を重ねることこれからの行く末を憂うことであり、雨に煙るのは女の満たされない気持ちの愁いをいう。宋玉「高唐の賦」に言う、雨に化身して男のもとに洗われるというもので、それが「微」霞むのであるから、靄に思いを消されるという愁いになる。

 

何處去來狂太甚,空推宿酒睡無猒,爭教人不別猜嫌。

何処かに行ったかと思うと来てくれる、全く常軌を逸してあまりにひどいことばかりで、見え透いたことを言う「夕べはすっかり酔いつぶれて正体なく酒宴の席で寝込んでいた」と、そんな人だと教えられ、それと戦ってきた、それなのに猜疑心を抱かせ、嫌いになる、それでも、別れることはない。

【5】    去来 行く。去の字だけに意味がある偏義詞。

【6】    狂太甚 全く常軌を逸している。ここでは男が女遊びに夢中なことを指す。狂:まわりのこと気にせず一つのことに懸命になる様子をいう。太甚【たいじん】ひどすぎる,あまりにもひどい.物事の程度のはなはだしいさま。

【7】    空推 見え透いた言い訳をする。

【8】    宿酒 昨夜飲んだ酒。

【9】    睡無猒 飽くことなく眠る、眠りを貴る。

【10】  争教人不別猜嫌 遊び人だと教えられ、それと戦ってきた、それなのに私に猜疑心を抱かせたり、嫌われるようなことをするのでしょうか、別れることになるのはやっぱりいやな事です。争教は人から教えられたことと争うこと。人はここに登場する女性。別はわかれ。猫嫌は疑う、清疑心を抱くようなこと、嫌われようとするのかということ。

12孫光憲《巻七42浣溪沙九首其五》『花間集』344全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6992

孫光憲  浣溪沙九首 其五  

半踏長裾宛約行,晚簾疎處見分明,此時堪恨昧平生。

早是銷魂殘燭影,更愁聞著品絃聲,杳無消息若為情。

(選抜され、後宮に入り、ただ待つだけの生活、さきのことはわからない)

細腰の妃賓が半歩ずつ、長い裾の服を引いて、たおやかに小股であるいていく、夕暮れの簾の隙間からはっきりとみえている。ずっとここの御殿にいるだけで、この時、恨めしいいとおもう心は我慢ができない。燃え残る灯火に映る影に既に魂は奪われ、さらに彼女の弦の調べに愁いの耳を傾けすごした、でもそれ以上は知らない、こんな思いはどうすればよいのだろう。

12孫光憲《巻七42浣溪沙九首其五》『花間集』344全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6992

 

 
  2015年11月29日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白279-#2 《卷23-04擬古,十二首之一》 279-#2 Index-19 Ⅱー14-739年開元二十七年39歳 <李白279-#2 > Ⅰ李白詩1688 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6988  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈108-#1《 巻七21譴瘧鬼》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1601> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6989  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍