玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

花間集 巻六 欧陽烱

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

9欧陽烱《巻六13鳳樓春一首》『花間集』264全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6592

欧陽烱  鳳樓春 一首   

鳳髻綠雲叢,深掩房攏。錦書通,夢中相見覺來慵,勻面淚臉珠融。因想玉郎何處去,對淑景誰同。

小樓中,春思無窮。倚欄顒望,闇牽愁緒,柳花飛起東風。斜日照簾,羅幌香冷粉屏空。海棠零落,鶯語殘紅。

(寵愛は若いときだけのもので、また春から初夏になっても連絡がない、次から次へと咲く海棠の花散る時節にいたってもただ寵愛を待つだけと閨怨を詠う。)

豊かな黒髪を両鬢の雲型に後ろの髻の鳳凰の結び目、髪に結い降ろし、宮殿深くの房閏の帳をたらし、向こうに連子窓がある。練り絹の書は何度も届く。夢中ではたがいに会えたが覚めたらけだるさが残る、涙の後を化粧で整えても、珠の涙は頬紅を溶かしてしまう。誰からも愛される高貴なお方に手紙は届いているはずなのに合いには来てくれない、何処に行かれているのか、春の美しい景色を誰とともに過ごしているのか。小樓に登って眺める、春にあのお方と過ごすという思いは果てない。手すりにもたれて臨む、知らぬ間にまた愁いのなかにひきこまれる。柳絮は春風がおこるたびに舞い散る。やがて日が傾き、簾越に牀を照らし、寝牀を覆う薄絹の帳にはお香の火も消えてつめたい、ただ空しく鳳凰の屏風が立つ。やがて海菜の花も凋んで落ち、春を告げていた鶯の啼き声も残った紅の花の中に消える。美しかった妃賓も美しさを失う。

9欧陽烱《巻六13鳳樓春一首》『花間集』264全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6592

 

 
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鳳樓春 一首

(寵愛は若いときだけのもので、また春から初夏になっても連絡がない、次から次へと咲く海棠の花散る時節にいたってもただ寵愛を待つだけと閨怨を詠う。)

鳳髻綠雲叢,深掩房攏。

豊かな黒髪を両鬢の雲型に後ろの髻の鳳凰の結び目、髪に結い降ろし、宮殿深くの房閏の帳をたらし、向こうに連子窓がある。

錦書通,夢中相見覺來慵,勻面淚臉珠融。

練り絹の書は何度も届く。夢中ではたがいに会えたが覚めたらけだるさが残る、涙の後を化粧で整えても、珠の涙は頬紅を溶かしてしまう。

因想玉郎何處去,對淑景誰同。

誰からも愛される高貴なお方に手紙は届いているはずなのに合いには来てくれない、何処に行かれているのか、春の美しい景色を誰とともに過ごしているのか。

小樓中,春思無窮。

小樓に登って眺める、春にあのお方と過ごすという思いは果てない。

倚欄顒望,闇牽愁緒,柳花飛起東風。

手すりにもたれて臨む、知らぬ間にまた愁いのなかにひきこまれる。柳絮は春風がおこるたびに舞い散る。

斜日照簾,羅幌香冷粉屏空。

やがて日が傾き、簾越に牀を照らし、寝牀を覆う薄絹の帳にはお香の火も消えてつめたい、ただ空しく鳳凰の屏風が立つ。

海棠零落,鶯語殘紅。

やがて海菜の花も凋んで落ち、春を告げていた鶯の啼き声も残った紅の花の中に消える。美しかった妃賓も美しさを失う。

 

 

『鳳樓春』 現代語訳と訳註

(本文)

鳳樓春

鳳髻綠雲叢,深掩房攏。

錦書通,夢中相見覺來慵,勻面淚臉珠融。

因想玉郎何處去,對淑景誰同。

小樓中,春思無窮。

倚欄顒望,闇牽愁緒,柳花飛起東風。

斜日照簾,羅幌香冷粉屏空。

海棠零落,鶯語殘紅。

 

(下し文)

(鳳樓春【ほうろうしゅん】

鳳髻【ほうけい】綠雲 叢【そう】とし,深く房攏を掩う。

錦書 通し,夢中 相い見 覺め來りて慵【ものう】き,面を勻い 臉に淚し 珠融く。

因りて想う 玉郎 何處にか去らん,淑景に對し誰か同じうすと。

小樓に中【あた】って,春思 窮り無し。

欄に倚り顒望【ぎょうぼう】し,闇牽するは愁緒【しゅうちょ】を,柳花 東風に飛び起つ。

日斜むけば簾を照し,羅の幌には香 冷めて 粉しても屏は空し。

海棠も零落し,鶯語も殘紅す。

 

(現代語訳)

(寵愛は若いときだけのもので、また春から初夏になっても連絡がない、次から次へと咲く海棠の花散る時節にいたってもただ寵愛を待つだけと閨怨を詠う。)

豊かな黒髪を両鬢の雲型に後ろの髻の鳳凰の結び目、髪に結い降ろし、宮殿深くの房閏の帳をたらし、向こうに連子窓がある。

練り絹の書は何度も届く。夢中ではたがいに会えたが覚めたらけだるさが残る、涙の後を化粧で整えても、珠の涙は頬紅を溶かしてしまう。

誰からも愛される高貴なお方に手紙は届いているはずなのに合いには来てくれない、何処に行かれているのか、春の美しい景色を誰とともに過ごしているのか。

小樓に登って眺める、春にあのお方と過ごすという思いは果てない。

手すりにもたれて臨む、知らぬ間にまた愁いのなかにひきこまれる。柳絮は春風がおこるたびに舞い散る。

やがて日が傾き、簾越に牀を照らし、寝牀を覆う薄絹の帳にはお香の火も消えてつめたい、ただ空しく鳳凰の屏風が立つ。

やがて海菜の花も凋んで落ち、春を告げていた鶯の啼き声も残った紅の花の中に消える。美しかった妃賓も美しさを失う。

 

(訳注)

鳳樓春一首

(春から初夏になっても連絡がない、次から次へと咲く海棠の花散る時節にいたる閨怨を詠う。)

鳳樓春 宮中における妃賓の、寝殿の楼閣における恋愛模様を言う。

唐の教坊の曲名。『花間集』には欧陽烱の一首のみ所収。双調七十七字、前段三十七字七句六平韻、後段四十字九句五平韻で、⑤❹③⑦⑥7⑤/❸④❹4❻4⑦4④の詞形をとる。

鳳髻綠雲  深掩房 
錦書  夢中相見覺來 勻面淚臉珠  

因想玉郎何處去 對淑景誰  

小樓中 春思無 

 “/”

 倚欄顒 闇牽愁緒  柳花飛起東風 
斜日照簾  羅幌香冷粉屏 
海棠零落  鶯語殘紅 

  
  
   

  

  

  
  
  

 

鳳髻綠雲叢,深掩房攏。

豊かな黒髪を両鬢の雲型に後ろの髻の鳳凰の結び目、髪に結い降ろし、宮殿深くの房閏の帳をたらし、向こうに連子窓がある。

○鳳髻綠雲叢 全体は雲型で後ろに背に向けて鳳の羽の形に結い上げた豊かな黒髪。宮妓の髪。

○房攏 房は宮女の部屋の前のたたき廊下の連子窓。攏は、獣を入れておく「おり、」。連子窓。

 

錦書通,夢中相見覺來慵,勻面淚臉珠融。

練り絹の書は何度も届く。夢中ではたがいに会えたが覚めたらけだるさが残る、涙の後を化粧で整えても、珠の涙は頬紅を溶かしてしまう。

○錦書通 練り絹に書いてかれた妃嬪への手紙。前秦の竇滔の妻蘇氏が錦を織って廻文の詩二百余首を題して任地に行ったままで消息の分からない夫の滔におくって愛情を取り戻したという故事にならっている。手紙の美称。(夫は趙明誠) 

○慵 けだるさだけが残ってしまう。虚無感。

○勻 均等に整える。ここでは拭い払うこと。

○腺珠融 頬の涙の滴が (紅白粉を) くずす。涙で紅白粉が溶けることを言う。

 

因想玉郎何處去,對淑景誰同。

誰からも愛される高貴なお方に手紙は届いているはずなのに合いには来てくれない、何処に行かれているのか、春の美しい景色を誰とともに過ごしているのか。

○玉郎 玉の様に輝かしい男。ここでは若くて輝いている、誰からも愛される高貴な男の意。

○淑景 春の美しい景色。

 

小樓中,春思無窮。

小樓に登って眺める、春にあのお方と過ごすという思いは果てない。

○春思 万物が子作りを始め、成長するのが春。冬の間にたくわえられて春に開花する、人の思いも思い続けていたものが春には遂げられるという五行思想をいう。

 

倚欄顒望,闇牽愁緒,柳花飛起東風。

手すりにもたれて臨む、知らぬ間にまた愁いのなかにひきこまれる。柳絮は春風がおこるたびに舞い散る。

○顒望 じっと動かず遠くを眺める

○闇牽 闇に牽く。知らぬ間に誘い込まれる、あるいは一つの考えに引き込まれることを云う。

 

斜日照簾,羅幌香冷粉屏空。

やがて日が傾き、簾越に牀を照らし、寝牀を覆う薄絹の帳にはお香の火も消えてつめたい、ただ空しく鳳凰の屏風が立つ。

○羅幌香冷粉麻空 寝台を覆う薄絹の帳は香炉の火も消え、白く塗り飾った屏風の中には人影(夫の姿) のないことを言う。女性の悲しみを言ったもの。

 

海棠零落,鶯語殘紅。

やがて海菜の花も凋んで落ち、春を告げていた鶯の啼き声も残った紅の花の中に消える。美しかった妃賓も美しさを失う。

○海棠 紫色の枝から数㎝の花柄を伸ばし、淡いピンク色の花を次つぎと咲かせ、花の美しさから美女を形容するときにも登場する、晩春から初夏にかけて咲く。女盛りをいう。

○零落 1 落ちぶれること。2 草木の枯れ落ちること。

○鶯語殘紅 ここは、海棠の花が咲き誇っている時に鶯が啼いていたのが記憶として残っていること、海棠花が零落しているのであるから夏が来ているのであるから、鶯は啼いてはいない。

9欧陽烱《巻六12江城子一首》『花間集』263全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6587

欧陽烱  江城子一首  

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

(六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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花間集 江城子 七首

韋莊

 

巻三03

江城二首其一  恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。朱唇未動,先覺口脂香。緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

巻三04

江城子二首其二  髻鬟狼籍黛眉長,出蘭房,別檀郎。角聲嗚咽,星斗漸微茫。露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

牛嶠

 

巻四26

江城子首其一  鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。越王宮殿,蘋葉藕花中。簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

巻四27

江城子二首其二  極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。渡口楊花,狂雪任風吹。日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

張泌

 

巻五01

江城二首其一  碧欄干外小中庭,雨初晴,曉鶯聲。飛絮落花,時節近清明。睡起捲簾無一事,勻面了,沒心情。

巻五02

江城子二首其二  浣花溪上見卿卿,臉波秋水明,黛眉輕。綠雲高綰,金族小蜻蜓。好是問他來得磨?和笑道:莫多情。

欧陽烱

 

巻六12

江城子一首  晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

 

 

 

江城子一首

(六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。

六代繁華,暗逐逝波聲。

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

 

(江城子)

晚日 金陵 岸の艸 平らかに,落霞 明るく,水 無情なり,六代 繁華とし,暗に波聲を逐逝【ついせき】す。

空しく姑蘇臺上の月有り,西子の鏡の如く江城を照す。

 

 

『江城子』 現代語訳と訳註

(本文)

江城子

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

 

(下し文)

(江城子)

晚日 金陵 岸の艸 平らかに,落霞 明るく,水 無情なり,六代 繁華とし,暗に波聲を逐逝【ついせき】す。

空しく姑蘇臺上の月有り,西子の鏡の如く江城を照す。

 

(現代語訳)

(六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。

古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

 

(訳注)

江城子

(かつて六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

【解説】 栄華を極めた六朝の都の女の街も繁華も、長江の流れは西から東へあたりまえにながれていることが無情であると、栄枯盛衰、消え去る世の無常を述べる。最後の二句は、今はただ姑蘇台の上に輝く西施(西子)の鏡のような月が、都跡を照らすばかりであることをいい、時代はさらに戦国時代の呉まで遡り、世の変遷に対する無常の観をより深めている。

 

『花間集』には「江城子」は七首所収、欧陽烱の作は一首収められている。単調三十五または三十六字、三十八字、八句五平韻の詞形をとる。

欧陽烱 江城一首は単調三十五字、八句五平韻 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

晚日金陵岸艸  落霞明 水無

六代繁華 暗逐逝波

 空有姑蘇臺上月 如西子鏡照江

●●○○●●○  ●○○ ●○○

●●○△ ●●●○○

△●○○○●● △○●●●○○

韋荘の作は二首収められている。二首とも単調三十五字、八句五平韻で、 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

恩重嬌多情易  漏更長 解鴛

朱唇未動 先覺口脂

緩揭繡衾抽皓腕 移鳳枕  枕潘 

   

 

   

韋荘の単調の詞からやがて、双七十字,前后格式相同,各五平韵と変化してゆく。

 

牛嶠、江城子二首 其一は単調三十五字、八句五平韻 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

鵁鶄飛起郡城,碧江,半灘

越王宮殿,蘋葉藕花

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛

○○○●●○○  ●○△ ●△△

●△○● ○●●○△

○△●○○△● ○●●  ●△△

牛嶠、江城子二首 其二は単調三十七字、八句五平韻 ⑦⑤③4⑤73③の詞形をとる。

極浦煙消水鳥  離筵分首  送金

渡口楊花  狂雪任風

日暮天空波浪急  芳艸岸  雨如

●●○○●●○  △○△●○ ●○○

●●○○ △●△△△

●●○△○△● ○●●  ●△○

張泌の江城子が二首収められている。単調三十五字、八句五平韻で、 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

碧欄干外小中、 雨初晴、 曉鶯聲。

飛絮落花、 時節近清明。

睡起捲簾無一事、 勻面了、 沒心情。

●○○●●△○  ●○○ ●○○

○●●○ ○●●○○

●●△○○●● ○●● ●○○

張必、江城子二首 其二は単調三十七字、八句五平韻 ⑦⑤③4⑤73③の詞形をとる。

浣花溪上見卿  臉波秋水明 黛眉

綠雲高綰 金族小蜻

好是問他來得磨 和笑道  莫多

●○○●●○○  △○○●○ ●○△

●○○● ○●●○△

●●●△△●△ △●●  ●○○

 

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。

太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。

金陵 、江蘇省の省都。古くから長江流域・華南の中心地で、かつては三国・呉、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳(以上の6朝を総称して六朝)、十国の南唐や明といった王朝や南京国民政府の首都であった。中国四大古都の一つ。南京の歴史は春秋時代に呉がこの地に城を築いたことに始まる。戦国時代に呉を征服した楚は金陵邑を設置。その後秦朝による統一事業が達成され、始皇帝がこの地に巡幸してきた際に、「この地に王者の気がある」と言われ、それに怒って地形を無理やり変えてこの地の気を絶とうとした。また名前も金から秣(まぐさ)の秣陵県と改称している。三国時代になると呉の孫権が229年に石頭城という要塞を築いて建業と称してこの地に都を置いた。西晋にて一旦、建業とされた後に司馬鄴(愍帝)を避諱して建康と改められ、東晋及びその後の四王朝(宋、斉、梁、陳)の都となった。呉を含めた六国が全て同じ地に都を置いたことから六朝時代の名がある。隋代には江寧県、唐代には金陵県、白下県、上元県と改称されている。隋唐代には新たに開削された大運河により、長江対岸の揚州が物資の集積地となり、この地域の中心地としての地位を奪われた恰好となり、往時の都としての繁栄は見られなくなった。唐崩壊後の五代十国時代には、南唐の都城である金陵府が置かれ、後に改名されて西都と称する。

落霞 夕焼け。霞は朝焼け雲または夕焼け雲。

水無情 長江の流れは人の世にはお構いなく日夜流れ続けること。また川の流れは時の流れを象徴し、時の推移の無常を言う。金陵が長江の南岸に位置するのでこのように表現した。

六代 いわゆる六朝のこと。金陵に都を置いた呉、東晋、宋、斉、梁、陳の六つの王朝を指す。

 

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

姑蘇台 戦国時代、呉王の大差が西施のために築いた台館。姑蘇は蘇州の西方にある山。・姑蘇:姑蘇台。蘇州にある。また蘇州の街のこと。呉の首都。呉王・夫差が姑蘇城にいたが、越王・勾践に攻められ、降ろされたところ。

李白も多く残している。

・《巻二-06 烏棲曲》「姑蘇台上烏棲時。王宮里醉西施。

・《巻二一28蘇台覽古》 「旧苑荒台楊柳新、菱歌清唱不勝春。只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。」

・《巻二二30對酒》「棘生石虎殿。 鹿走姑蘇台。 自古帝王宅。」

・《巻二四56口號王美人半醉》「風動荷花水殿香。 姑蘇台上宴王。 西施醉舞嬌無力。 笑倚東窗白玉床。」

蘇臺覧古           

旧苑荒台楊柳新、菱歌清唱不勝春。
只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。

(旧苑  荒台 楊柳新たなり、菱歌の清唱  春に勝【た】えず。只  今は惟だ西江の月有り、曾て照らす  呉王 宮裏の人。

『浣溪沙八首其七』 薛昭蘊

傾國傾城恨有餘,幾多紅涙泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

呉主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

9 9 浣溪紗八首 其七 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-385-9-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3472

西子 西施:本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。
 現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施>>>西施と呼ばれるようになった。
 紀元前5世紀、越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されてたといわれている。越の策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
呉が滅びた後の生涯は不明だが、勾践夫人が彼女の美貌を恐れ、夫も二の舞にならぬよう、また呉国の人民も彼女のことを妖術で国王をたぶらかし、国を滅亡に追い込んだ妖怪と思っていたことから、西施も生きたまま皮袋に入れられ長江に投げられた。また、美女献上の策案者であり世話役でもあった范蠡に付き従って越を出奔し、余生を暮らしたという説もある。
 (2)西施ものがたり  李白がよく取り上げた題材

・『古風五十九首 第十八 李白ではべつの視点から興味あるとらえ方をしている。李白は西施にかかわる多く詩を残している。

 

魚玄機『光・威・裒、姉妹三人』「文有貌終堪比,西子無言我更慚。」光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172

○江城 川沿いの街。長江南岸沿いの金陵を言う。城は街。

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欧陽烱  賀明朝二首 其二   

憶昔花間相見後,只憑纖手,暗紅豆。人前不解,巧傳心事。別來依舊,辜負春晝。

碧羅衣上蹙金繡,睹對對鴛鴦,空裛淚痕透。想韶顏非久,終是為伊,只恁瘦。

(高貴なお方は若い細身の音楽の上手い女を好むもので、その春の行楽の情愛の有様を詠う)

昔のこと、満開の花に囲まれた中で初めて知り合った、それは後につづいた。ただ、この若くてか細いこの手にたよって、押し黙ってその人に気付いてもらうために紅小豆をなげた。

人の前では知らないそぶりをし、心の中で寵愛を受けたいと思う気持ちをうまく伝える一番良い方法である。

春の行楽で明るい日差しの中で恥ずかしさも忘れてであい、そうして愛し合い、そうして別れたが能くその時の事を思い出す。

緑色の薄絹の着物の金の刺繍の裾がちぢまり、体を開いく、そしてツガイになり、鴛鴦のように一体となって、そんな思いを胸に包むほどに空しくなり、涙が流れてかわくことがない。

どんなに音楽の優れていて若く美しい妃嬪であってもいつまでもそれを保てることはない。結局このことが問題で、若くて美しい時に限るということで、ただ、こんな調子で選ばれるから食べないで、こっそり細身の女になろうとする。

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(改訂版Ver.2.1

賀明朝二首 其一

(乙女のころ寵愛を受け始めたし、「結同心」をして愛を確かめた。しかし。寵愛を失い再び愛を確かめることはなかった。妃嬪を詠う。)

憶昔花間初識面,紅袖半遮粧臉。

昔を思いだして、満開の花に囲まれた中で初めて知り合った。その時、きちんと化粧をした顔を恥かしそうに紅い袖で半ば隠していた。

輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金線。

石榴色のスカートを軽く揺らして、帯を緩やかにしめた。ことさらに白いほっそりとした指をみせて示し、つぎに、密かにスカートの鳳風の金糸を「結同心」によじってつけた。

碧梧桐鏁深深院,誰料得,兩情何日教繾綣。

仲睦まじい鳳凰の住まいであるみどりの梧桐の葉の茂った奥の奥、深く閉ざされた楼閣の奥庭に、いったい誰に推し量ることができよう、二人の恋が実っていたはずなのにまたいつの日結ばれるのか。

羨春來雙鷰,飛到玉樓,朝暮相見。

羨ましいとおもうのは、春がくれば番の燕は子作るものだし、あの輝くような高楼館にすんでいるところへ飛んでゆくなら、朝に、夕べにたがいに会うことができるというものだ。

(賀明朝二首 其の一)

昔を憶う 花間に 初め面を識りしおり,紅袖 半ば粧臉【しょうけん】遮【さえぎ】る。

輕やかに石榴の裙帶を轉【めぐら】し,故に纖纖【せんせん】たる玉指を將て,【ひそ】かに雙鳳の金線を撚【よ】りしを

碧の梧桐 深深たる院を鏁【とざ】し,誰か料【はか】り得ん,兩情 何れの日にか繾綣【けんけん】たら教【しめ】ん。

春 雙鷰來たるを羨【うらや】む,玉樓に飛び到り,朝に暮に 相い見る。

 

賀明朝二首 其二

(高貴なお方は若い細身の音楽の上手い女を好むもので、その春の行楽の情愛の有様を詠う)

憶昔花間相見後,只憑纖手,暗紅豆。

昔のこと、満開の花に囲まれた中で初めて知り合った、それは後につづいた。ただ、この若くてか細いこの手にたよって、押し黙ってその人に気付いてもらうために紅小豆をなげた。

人前不解,巧傳心事。

人の前では知らないそぶりをし、心の中で寵愛を受けたいと思う気持ちをうまく伝える一番良い方法である。

別來依舊,辜負春晝。

春の行楽で明るい日差しの中で恥ずかしさも忘れてであい、そうして愛し合い、そうして別れたが能くその時の事を思い出す。

碧羅衣上蹙金繡,睹對對鴛鴦,空裛淚痕透。

緑色の薄絹の着物の金の刺繍の裾がちぢまり、体を開いく、そしてツガイになり、鴛鴦のように一体となって、そんな思いを胸に包むほどに空しくなり、涙が流れてかわくことがない。

想韶顏非久,終是為伊,只恁瘦。

どんなに音楽の優れていて若く美しい妃嬪であってもいつまでもそれを保てることはない。結局このことが問題で、若くて美しい時に限るということで、ただ、こんな調子で選ばれるから食べないで、こっそり細身の女になろうとする。

(賀明朝二首 其の二)

憶う昔 花の間 たがいに見そめし後に,只だ 纖手に憑かれ,暗【だま】って紅豆を【なげう】つ

人前に解【と】かず,心事を巧傳するを。

別れ來り 舊に依り,春晝に辜負【こふ】す。

碧の羅衣の上 金繡を蹙【しゅく】し,對【つい】するを睹て 鴛鴦對【つい】し,空しく裛【たぎし】め 淚痕 透す。

韶顏を想えば 久しく非らず,終【つい】に是れ 伊れを為す,只だ恁瘦。

 

 

『賀明朝二首其一』現代語訳と訳註

(本文)

賀明朝二首 其二

憶昔花間相見後,只憑纖手,暗紅豆。

人前不解,巧傳心事。

別來依舊,辜負春晝。

碧羅衣上蹙金繡,睹對對鴛鴦,空裛淚痕透。

想韶顏非久,終是為伊,只恁瘦。

 

(下し文)

(賀明朝二首 其の二)

憶う昔 花の間 たがいに見そめし後に,只だ 纖手に憑かれ,暗【だま】って紅豆を【なげう】つ

人前に解【と】かず,心事を巧傳するを。

別れ來り 舊に依り,春晝に辜負【こふ】す。

碧の羅衣の上 金繡を蹙【しゅく】し,對【つい】するを睹て 鴛鴦對【つい】し,空しく裛【たぎし】め 淚痕 透す。

韶顏を想えば 久しく非らず,終【つい】に是れ 伊れを為す,只だ恁瘦。

 

 

(現代語訳)

(高貴なお方は若い細身の音楽の上手い女を好むもので、その春の行楽の情愛の有様を詠う)

昔のこと、満開の花に囲まれた中で初めて知り合った、それは後につづいた。ただ、この若くてか細いこの手にたよって、押し黙ってその人に気付いてもらうために紅小豆をなげた。

人の前では知らないそぶりをし、心の中で寵愛を受けたいと思う気持ちをうまく伝える一番良い方法である。

春の行楽で明るい日差しの中で恥ずかしさも忘れてであい、そうして愛し合い、そうして別れたが能くその時の事を思い出す。

緑色の薄絹の着物の金の刺繍の裾がちぢまり、体を開いく、そしてツガイになり、鴛鴦のように一体となって、そんな思いを胸に包むほどに空しくなり、涙が流れてかわくことがない。

どんなに音楽の優れていて若く美しい妃嬪であってもいつまでもそれを保てることはない。結局このことが問題で、若くて美しい時に限るということで、ただ、こんな調子で選ばれるから食べないで、こっそり細身の女になろうとする。

 

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

賀明朝二首 其二

(高貴なお方は若い細身の音楽の上手い女を好むもので、その春の行楽の情愛の有様を詠う)

唐の教坊の曲名。またの名を賀熙朝、双調朝聖朝、賀聖朝と言う。『花間集』には欧陽烱の二首のみ所収。賀明朝二首 其二は双調六十一字、前段三十一字七句五仄韻、後段三十字六句四仄韻で❼4❹4❹❹❹/❼5❺❺4❹の詞形をとる。

憶昔花間相見  只憑纖手 

●●○△△●●  △○○●  ●○○●

人前不解  巧傳心

○○△●  ●△○●

別來依  辜負春

●△△●  ○●○●

碧羅衣上蹙金  睹對對鴛鴦  空裛淚痕
●○△●●○●  ●●●○○  △●●○●

想韶顏非  終是為伊  只恁

●○○○●  ○●○○  △△○●

 

賀明朝二首 其一

唐の教坊の曲名。またの名を賀熙朝、双調朝聖朝、賀聖朝と言う。『花間集』には欧陽烱の二首のみ所収。双調六十一字、前段三十一字五句三仄韻、後段三十字六句四仄韻で❼❻66❻/❼3❼❺4❹の詞形をとる。

賀明朝二首其一

憶昔花間初識,紅袖半遮粧

●●○△○●●  ○●●○?△

輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金

△●●○○●  ●△○○●●  ○●○●○●

碧梧桐鏁深深,誰料得,兩情何日教繾

●○○?△△△  ○△●  ●○△●△●● 

羨春來雙,飛到玉樓,朝暮相

○○△○●  ○●●○  ○●△●

 

憶昔花間相見後,只憑纖手,暗紅豆。

昔のこと、満開の花に囲まれた中で初めて知り合った、それは後につづいた。ただ、この若くてか細いこの手にたよって、押し黙ってその人に気付いてもらうために紅小豆をなげた。

憑纖手 憑はたのむこと。纖手は若い妃嬪のやさしくか細い手。 

 おしだまって。

紅豆 紅豆は女性自身を示し、小豆を投げて気を引くことを表現する。

 

人前不解,巧傳心事。

人の前では知らないそぶりをし、心の中で寵愛を受けたいと思う気持ちをうまく伝える一番良い方法である。

巧傳心事 あなたと一緒に過ごしたいということを一番うまく表現するということ。

 

別來依舊,辜負春晝。

春の行楽で明るい日差しの中で恥ずかしさも忘れてであい、そうして愛し合い、そうして別れたが能くその時の事を思い出す。

依舊 どうしてもその時の事を思い出します

辜負春晝 「依舊」に対する意味で、“春の行楽で明るい日差しの中で恥ずかしさも忘れて愛し合ったことです”ということ。この句と次の三句もこれにあたる

 

碧羅衣上蹙金繡,睹對對鴛鴦,空裛淚痕透。

緑色の薄絹の着物の金の刺繍の裾がちぢまり、体を開いく、そしてツガイになり、鴛鴦のように一体となって、そんな思いを胸に包むほどに空しくなり、涙が流れてかわくことがない。

蹙金繡 蹙は金の刺繍がちぢまることで、セックスの描写で、思い浮かべていること。

睹對對鴛鴦 こちらでツガイの鴛鴦を見ると、また傍につがいをみる。*思い浮かべる性交を表現している。

 ふくろにする。たきしめる。心の片隅に思いを留める。

淚痕透 涙が乾かず流れつづくことをいう。

 

想韶顏非久,終是為伊,只恁瘦。

どんなに音楽の優れていて若く美しい妃嬪であってもいつまでもそれを保てることはない。結局このことが問題で、若くて美しい時に限るということで、ただ、こんな調子で選ばれるから食べないで、こっそり細身の女になろうとする。

韶顏 音楽の優れた美しい妓女。韶:舜の楽。楽を奏でる宮女は若い子に限られる。宋時代以降、音楽の優れた美しい妓女をいう。

 おもう。このように

 (1) 盗む人家自行人の自転車を盗む.(2) (暇を)見つける空儿 kòngr 時間をつくる.━ []こっそり听盗み聞きする.跑了ずらかった.いい加減にする(とも書く) tōu'ān[]《書》目先の安逸。*「不倫する。よばい。」と。

9欧陽烱《巻六10賀明朝二首 其一》『花間集』261全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6577

欧陽烱  賀明朝二首 其一  

憶昔花間初識面,紅袖半遮粧臉。輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金線。

碧梧桐鏁深深院,誰料得,兩情何日教繾綣。羨春來雙鷰,飛到玉樓,朝暮相見。

(乙女のころ寵愛を受け始めたし、「結同心」をして愛を確かめた。しかし。寵愛を失い再び愛を確かめることはなかった。妃嬪を詠う。)

昔を思いだして、満開の花に囲まれた中で初めて知り合った。その時、きちんと化粧をした顔を恥かしそうに紅い袖で半ば隠していた。石榴色のスカートを軽く揺らして、帯を緩やかにしめた。ことさらに白いほっそりとした指をみせて示し、つぎに、密かにスカートの鳳風の金糸を「結同心」によじってつけた。仲睦まじい鳳凰の住まいであるみどりの梧桐の葉の茂った奥の奥、深く閉ざされた楼閣の奥庭に、いったい誰に推し量ることができよう、二人の恋が実っていたはずなのにまたいつの日結ばれるのか。羨ましいとおもうのは、春がくれば番の燕は子作るものだし、あの輝くような高楼館にすんでいるところへ飛んでゆくなら、朝に、夕べにたがいに会うことができるというものだ。

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(改訂版Ver.2.1

賀明朝二首 其一

憶昔花間初識面,紅袖半遮粧臉。

輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金線。

碧梧桐鏁深深院,誰料得,兩情何日教繾綣。

羨春來雙鷰,飛到玉樓,朝暮相見。

(乙女のころ寵愛を受け始めたし、「結同心」をして愛を確かめた。しかし。寵愛を失い再び愛を確かめることはなかった。妃嬪を詠う。)

昔を思いだして、満開の花に囲まれた中で初めて知り合った。その時、きちんと化粧をした顔を恥かしそうに紅い袖で半ば隠していた。

石榴色のスカートを軽く揺らして、帯を緩やかにしめた。ことさらに白いほっそりとした指をみせて示し、つぎに、密かにスカートの鳳風の金糸を「結同心」によじってつけた。

仲睦まじい鳳凰の住まいであるみどりの梧桐の葉の茂った奥の奥、深く閉ざされた楼閣の奥庭に、いったい誰に推し量ることができよう、二人の恋が実っていたはずなのにまたいつの日結ばれるのか。

羨ましいとおもうのは、春がくれば番の燕は子作るものだし、あの輝くような高楼館にすんでいるところへ飛んでゆくなら、朝に、夕べにたがいに会うことができるというものだ。

(賀明朝二首 其の一)

昔を憶う 花間に 初め面を識りしおり,紅袖 半ば粧臉【しょうけん】遮【さえぎ】る。

輕やかに石榴の裙帶を轉【めぐら】し,故に纖纖【せんせん】たる玉指を將て,【ひそ】かに雙鳳の金線を撚【よ】りしを

碧の梧桐 深深たる院を鏁【とざ】し,誰か料【はか】り得ん,兩情 何れの日にか繾綣【けんけん】たら教【しめ】ん。

春 雙鷰來たるを羨【うらや】む,玉樓に飛び到り,朝に暮に 相い見る。

 

其二

憶昔花間相見後,只憑纖手,暗紅豆。

人前不解,巧傳心事。

別來依舊,辜負春晝。

碧羅衣上蹙金繡,睹對對鴛鴦,空裛淚痕透。

想韶顏非久,終是為伊,只恁瘦。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『賀明朝二首其一』現代語訳と訳註

(本文)

賀明朝二首 其一

憶昔花間初識面,紅袖半遮粧臉。

輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金線。

碧梧桐鏁深深院,誰料得,兩情何日教繾綣。

羨春來雙鷰,飛到玉樓,朝暮相見。

 

(下し文)

(賀明朝二首 其の一)

昔を憶う 花間に 初め面を識りしおり,紅袖 半ば粧臉【しょうけん】遮【さえぎ】る。

輕やかに石榴の裙帶を轉【めぐら】し,故に纖纖【せんせん】たる玉指を將て,【ひそ】かに雙鳳の金線を撚【よ】りしを

碧の梧桐 深深たる院を鏁【とざ】し,誰か料【はか】り得ん,兩情 何れの日にか繾綣【けんけん】たら教【しめ】ん。

春 雙鷰來たるを羨【うらや】む,玉樓に飛び到り,朝に暮に 相い見る。

 

(現代語訳)

(乙女のころ寵愛を受け始めたし、「結同心」をして愛を確かめた。しかし。寵愛を失い再び愛を確かめることはなかった。妃嬪を詠う。)

昔を思いだして、満開の花に囲まれた中で初めて知り合った。その時、きちんと化粧をした顔を恥かしそうに紅い袖で半ば隠していた。

石榴色のスカートを軽く揺らして、帯を緩やかにしめた。ことさらに白いほっそりとした指をみせて示し、つぎに、密かにスカートの鳳風の金糸を「結同心」によじってつけた。

仲睦まじい鳳凰の住まいであるみどりの梧桐の葉の茂った奥の奥、深く閉ざされた楼閣の奥庭に、いったい誰に推し量ることができよう、二人の恋が実っていたはずなのにまたいつの日結ばれるのか。

羨ましいとおもうのは、春がくれば番の燕は子作るものだし、あの輝くような高楼館にすんでいるところへ飛んでゆくなら、朝に、夕べにたがいに会うことができるというものだ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

賀明朝二首 其一

(乙女のころ寵愛を受け始めたし、「結同心」をして愛を確かめた。しかし。寵愛を失い再び愛を確かめることはなかった。妃嬪を詠う。)

【解説】 前段は、行楽の日、宮女・女妓を見初め、情を交わした、後段は、現実的に高貴な人の女、彼女に会うすべのない苦衷を訴える。

唐の教坊の曲名。またの名を賀熙朝、双調朝聖朝、賀聖朝と言う。『花間集』には欧陽烱の二首のみ所収。双調六十一字、前段三十一字五句三仄韻、後段三十字六句四仄韻で❼❻66❻/❼3❼❺4❹の詞形をとる。

賀明朝二首其一

憶昔花間初識,紅袖半遮粧

輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金

碧梧桐鏁深深,誰料得,兩情何日教繾

羨春來雙,飛到玉樓,朝暮相

●●○△○●●  ○●●○?△

△●●○○●  ●△○○●●  ○●○●○●

●○○?△△△  ○△●  ●○△●△●● 

○○△○●  ○●●○  ○●△●

 

憶昔花間初識面,紅袖半遮粧臉。

昔を思いだして、満開の花に囲まれた中で初めて知り合った。その時、きちんと化粧をした顔を恥かしそうに紅い袖で半ば隠していた。

○初識面 初めて知り合ったこと。

○紅袖 紅い袖、若い女妓をいう。

○半遮粧臉 きちんと化粧をした顔を恥かしそうに紅い袖で半ば隠すこと。

 

輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金線。

石榴色のスカートを軽く揺らして、帯を緩やかにしめた。ことさらに白いほっそりとした指をみせて示し、つぎに、密かにスカートの鳳風の金糸を「結同心」によじってつけた。

○石榴裙帶 石榴色のスカートの帯。

○故將纖纖玉指 わざと細く白い指で。故は故意に、わざと。将は〜で、〜でもって。

○双鳳金線 スカートに刺繍された番の鳳凰の金の糸をよじって「結同心」にしてつけた。撚 こっそりつける。・(1) 盗む人家自行人の自転車を盗む.(2) (暇を)見つける空、(3)なおざり、(4)人情が薄い。・撚:①ひねること。ねじること。 「腰の-が大事だ」

②普通と少しちがうように,工夫したり趣向をこらしたりすること。 ③「 捻り技 」に同じ。

④「 おひねり 」に同じ。⑤綛(かせ)を集めてねじり一単位としたもの。ねじり。

 

碧梧桐鏁深深院,誰料得,兩情何日教繾綣。

仲睦まじい鳳凰の住まいであるみどりの梧桐の葉の茂った奥の奥、深く閉ざされた楼閣の奥庭に、いったい誰に推し量ることができよう、二人の恋が実っていたはずなのにまたいつの日結ばれるのか。

○梧桐 鳳凰は、霊泉(醴泉〈れいせん〉、甘い泉の水)だけを飲み、60-120年に一度だけ実を結ぶという竹の実のみを食物とし、梧桐の木にしか止まらないという。『詩経』には「鳳凰鳴けり、彼の高き岡に。梧桐生ず、彼の朝陽に」とある。

○誰料得 誰も推し量ることはできない。反語。

○教繾綣 離れがたくさせる。二人が一つに結ばれるようになることを言う。教は使役を表す。

 

羨春來雙鷰,飛到玉樓,朝暮相見。

羨ましいとおもうのは、春がくれば番の燕は子作るものだし、あの輝くような高楼館にすんでいるところへ飛んでゆくなら、朝に、夕べにたがいに会うことができるというものだ。

9欧陽烱《巻六09獻衷心一首》『花間集』260全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6572

欧陽烱  獻衷心一首   見好花顏色,爭笑東風。雙臉上,晚粧同。閑小樓深閣,春景重重。三五夜,偏有恨,月明中。情未已,信曾通,滿衣猶自染檀紅。恨不如雙鷰,飛舞簾櫳。春欲暮,殘絮盡,柳條空。

(若い日々に、寵愛を一手に受けた、真心をすべてささげたのである。やがて寵愛を失い、どんなに恨んでみても、それでも、寵愛を受ける準備をしている妃嬪を詠う。)

若い花のようなはちきれんばかりの赤く染まった顔のころは好んで見る、そこに春風が吹けば、きそって笑い転げて、楽しいことばかり。二つの瞼の上にはきちんと花鈿を化粧し、夜の化粧をいつもと同じように寵愛を受ける準備は、毎日することを教えられる。そして、閨のある小楼はひっそりと静まり、奥まったところの寝殿の高閣があり、奥庭には春の景色がいっぱいであり、その上に春の行事と重なって華やかな暮らしのなかにも静かな離れの小さな楼閣のくらしがあった。仲秋の名月は、上る月を一緒に見たかったのに、月が真上にくるころには、、ひたすらに恨みに思ったものだ。あのお方を慕う情心は未だ終わりはしない。信頼しあう心は、以前から変わってはいない。今日も、どの着物を着ようかと寝牀に衣でいっぱい並べ立て、閨は檀の葉が紅く色づいたように染まってしまった。あのお方の前で飛び交い、舞いを舞うのもこの閨の簾にかこまれたところだけに限られてどこにもいけなくても、ツガイの燕のように寵愛がなくなったことを恨みに思う。また、春も過ぎようとしている、残った柳絮もことごとく飛んで行ってしまい、柳の枝でまた会う約束をしていてもそれは空しい思いに変わってしまう。

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欧陽烱

巻六09獻衷心見好花顏色,爭笑東風。雙臉上,晚粧同。閑小樓深閣,春景重重。三五夜,偏有恨,月明中。情未已,信曾通,滿衣猶自染檀紅。恨不如雙鷰,飛舞簾櫳。春欲暮,殘絮盡,柳條空。

顧夐

巻七18獻衷心繡鴛鴦帳暖,畫孔雀屏欹。人悄悄,月明時,想昔年懽笑,恨今日分離。銀釭背,銅漏永,阻佳期。小樓煙細,虛閣簾垂。幾多心事,暗地思惟。被嬌娥牽役,魂夢如癡。金閨裡,山枕上,始應知。

 

 

(改訂版Ver.2.1- 

獻衷心

(若い日々に、寵愛を一手に受けた、真心をすべてささげたのである。やがて寵愛を失い、どんなに恨んでみても、それでも、寵愛を受ける準備をしている妃嬪を詠う。)
見好花顏色,爭笑東風。

若い花のようなはちきれんばかりの赤く染まった顔のころは好んで見る、そこに春風が吹けば、きそって笑い転げて、楽しいことばかり。

雙臉上,晚粧同。

二つの瞼の上にはきちんと花鈿を化粧し、夜の化粧をいつもと同じように寵愛を受ける準備は、毎日することを教えられる。

閑小樓深閣,春景重重。

そして、閨のある小楼はひっそりと静まり、奥まったところの寝殿の高閣があり、奥庭には春の景色がいっぱいであり、その上に春の行事と重なって華やかな暮らしのなかにも静かな離れの小さな楼閣のくらしがあった。

 

三五夜,偏有恨,月明中。

仲秋の名月は、上る月を一緒に見たかったのに、月が真上にくるころには、、ひたすらに恨みに思ったものだ。

情未已,信曾通,滿衣猶自染檀紅。

あのお方を慕う情心は未だ終わりはしない。信頼しあう心は、以前から変わってはいない。今日も、どの着物を着ようかと寝牀に衣でいっぱい並べ立て、閨は檀の葉が紅く色づいたように染まってしまった。

恨不如雙鷰,飛舞簾櫳。

あのお方の前で飛び交い、舞いを舞うのもこの閨の簾にかこまれたところだけに限られてどこにもいけなくても、ツガイの燕のように寵愛がなくなったことを恨みに思う。

春欲暮,殘絮盡,柳條空。

また、春も過ぎようとしている、残った柳絮もことごとく飛んで行ってしまい、柳の枝でまた会う約束をしていてもそれは空しい思いに変わってしまう。

 

獻衷心  顧夐

繡鴛鴦帳暖,畫孔雀屏欹。

人悄悄,月明時,想昔年懽笑,恨今日分離。

銀釭背,銅漏永,阻佳期。

小樓煙細,虛閣簾垂。

幾多心事,暗地思惟。

被嬌娥牽役,魂夢如癡。

金閨裡,山枕上,始應知。

5 3355 333 / 44 44 54 333(3531

(改訂版Ver.2.1- 

『獻衷心』 現代語訳と訳註

(本文)

獻衷心

見好花顏色,爭笑東風。

雙臉上,晚粧同。

閑小樓深閣,春景重重。

三五夜,偏有恨,月明中。

情未已,信曾通,滿衣猶自染檀紅。

恨不如雙鷰,飛舞簾櫳。

春欲暮,殘絮盡,柳條空。

 

 

(下し文)

献衷心【けんそうしん】

見好し 花顏の色を,東風に笑うを爭う。

雙臉の上に,晚粧 同じゅうす。

小樓を閑かにし閣を深くす,春景 重重たり。

三五の夜,偏えに恨有り,月は明るく中なり。

情 未だ已まず,信 曾通し,滿衣 猶お自ら檀紅に染る。

雙鷰の如からずを恨み,飛舞すは簾櫳のみ。

春も暮んと欲せば,殘絮 盡くし,柳條 空し。

 

(現代語訳)

(若い日々に、寵愛を一手に受けた、真心をすべてささげたのである。やがて寵愛を失い、どんなに恨んでみても、それでも、寵愛を受ける準備をしている妃嬪を詠う。)

若い花のようなはちきれんばかりの赤く染まった顔のころは好んで見る、そこに春風が吹けば、きそって笑い転げて、楽しいことばかり。

二つの瞼の上にはきちんと花鈿を化粧し、夜の化粧をいつもと同じように寵愛を受ける準備は、毎日することを教えられる。

そして、閨のある小楼はひっそりと静まり、奥まったところの寝殿の高閣があり、奥庭には春の景色がいっぱいであり、その上に春の行事と重なって華やかな暮らしのなかにも静かな離れの小さな楼閣のくらしがあった。

 

仲秋の名月は、上る月を一緒に見たかったのに、月が真上にくるころには、、ひたすらに恨みに思ったものだ。

あのお方を慕う情心は未だ終わりはしない。信頼しあう心は、以前から変わってはいない。今日も、どの着物を着ようかと寝牀に衣でいっぱい並べ立て、閨は檀の葉が紅く色づいたように染まってしまった。

あのお方の前で飛び交い、舞いを舞うのもこの閨の簾にかこまれたところだけに限られてどこにもいけなくても、ツガイの燕のように寵愛がなくなったことを恨みに思う。

また、春も過ぎようとしている、残った柳絮もことごとく飛んで行ってしまい、柳の枝でまた会う約束をしていてもそれは空しい思いに変わってしまう。

 

(訳注)(改訂版Ver.2.1-

獻衷心一首

(若い日々に、寵愛を一手に受けた、真心をすべてささげたのである。やがて寵愛を失い、どんなに恨んでみても、それでも、寵愛を受ける準備をしている妃嬪を詠う。)

○衷心 心の中。心の底。衷情。《蜀志、法正傳》 先主毎入、衷心凛凛。」とある。「真心をささげた女の話」というところか。

詩は物語のようで、若いころには、女のもとに足しげく来て一緒に過ごしていたものが、女が年を取ると〔この頃は二十代中盤を過ぎること〕見限られてしまったことを云う。おんなを檀の実に喩えて詠っている。

獻衷心

唐の教坊の曲名。『花間集』には二首所収。欧陽烱の作が一首、顧夐の作が収められている。六十四字、双調九八平韻三仄韻である。前半三十三字九四平韻一仄韻、後半三十一字九四平韻二仄韻、三字句が多く可愛らしさを印象づけるものである。

(5④ 3③ ④  / 3③⑦ ❺④ 3❸③)33 31

 

顧夐  獻衷心一首

六十四字、双調九八平韻三仄韻

見好花顏色,爭笑東

●●○○●  ○●○△

雙臉,晚粧

○△●  ●○○

閑小樓深閣,春景重

○●○△●  ○●△△

三五夜,偏有,月明中。

△●●  △●●  ●○△    (33

情未已,信曾,滿衣猶自染檀

○●●  △○○  ●△△●●○○

恨不如雙,飛舞簾

●△△○●  ○●○○

春欲暮,殘絮,柳條

○●●  ○●●  ●○△   (31

 

 

顧夐  獻衷心一首

六十字、双調七平韻四仄韻

繡鴛鴦帳暖  畫孔雀屏

●○○●●  ●●●△○

人悄悄  月明

○●●  ●○○

想昔年懽笑  恨今日分

●●○△●  ●○●△△

銀釭  銅漏永  阻佳

○○●  ○●●  ●○○  (35

小樓煙  虛閣簾

●○○●  ○●○○

幾多心  暗地思

△○○●  ●●△○

被嬌娥牽役  魂夢如

●△○△●  ○△△○

金閨  山枕上  始應

○○●  ○△●  ●△○    (34

10+6+10+935   8+8+9+934

 

見好花顏色,爭笑東風。

若い花のようなはちきれんばかりの赤く染まった顔のころは好んで見る、そこに春風が吹けば、きそって笑い転げて、楽しいことばかり。

○爭笑 李白『宮中行樂詞八首 其五』「繡香風暖。 紗窗曙色新。 宮花爭笑日。 池草暗生春。 綠樹聞歌鳥。 青樓見舞人。 昭陽桃李月。 羅綺自相親。」宮女たちが微笑み、花々が競って咲き誇る春の日。池のほとりの草も、いつのまにか、春のいのちをもやしはじめる。

宮中行樂詞八首五 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白146

宮花争笑日 「劉子新論」「春葩含日似笑,秋葉法露如泣。」(春の葩は日を含みで笑うが似く、秋の葉は露に泫おいて泣くが如し)とある。宮女たちが微笑み、花々が競って咲き誇る春の日。

雙臉上,晚粧同。

二つの瞼の上にはきちんと花鈿を化粧し、夜の化粧をいつもと同じように寵愛を受ける準備は、毎日することを教えられる。

○晚粧同 妃嬪は、寵愛を受ける準備は、毎日しなければいけない。

 

閑小樓深閣,春景重重。

そして、閨のある小楼はひっそりと静まり、奥まったところの寝殿の高閣があり、奥庭には春の景色がいっぱいであり、その上に春の行事と重なって華やかな暮らしのなかにも静かな離れの小さな楼閣のくらしがあった。

○閑小樓 閨のある小楼はひっそりと静まり、静かな離れの小さな楼閣のくらしがある。

○深閣 奥まったところの寝殿の高閣。

○春景重重 春の景色がいっぱいであり、その上に春の行事と重なって華やかな暮らしがることをいう。

 

三五夜,偏有恨,月明中。

仲秋の名月は、上る月を一緒に見たかったのに、月が真上にくるころには、、ひたすらに恨みに思ったものだ。

○三五夜 陰暦十五日の夜。十五夜。特に、八月十五日の仲秋の名月の夜。白居易《三五夜中新月色二千里外故人心》「三五夜中新月色、二千里外故人心。」(三五夜中【さんごやちゅう】  新月の色、二千里外【にせんりがい】  故人【こじん】の心。)

杜甫『月夜』と比較してみる 白居易『八月十五日夜禁中独直対月憶元九』 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 147 

○偏有恨 ひたすらに恨みに思う。

○月明中 名月はもう真上にきている。

 

情未已,信曾通,滿衣猶自染檀紅。

あのお方を慕う情心は未だ終わりはしない。信頼しあう心は、以前から変わってはいない。今日も、どの着物を着ようかと寝牀に衣でいっぱい並べ立て、閨は檀の葉が紅く色づいたように染まってしまった。

○檀 高貴な地位のものの寝牀をいう。

ニシキギ科の落葉低木。山野に生え、葉は楕円形で、対生。雌雄異株。晩春に黄緑色の小さな4弁花が咲いて、枝にびっしり実をつけ、秋になると淡紅色に熟して四つに割れた実から真っ赤な皮におおわれた種子がぶらさがり、葉が散ったあとも枝に残る。初夏、緑白色の小花が集まって咲き、果実はほぼ四角形で、熟すと四つに裂けて赤い種子が現れる。古くは材で弓を作った。やまにしきぎ。かわくまつづら。《季 花=夏 実=秋》ここは、女性の性器を表現しているということは、満足できず、中途半端で帰っていったことを示す。十分な満足というのは、夜を共にして夜明け前に帰ることを言う。

 

恨不如雙鷰,飛舞簾櫳。

あのお方の前で飛び交い、舞いを舞うのもこの閨の簾にかこまれたところだけに限られてどこにもいけなくても、ツガイの燕のように寵愛がなくなったことを恨みに思う。

○簾櫳 この頃の女性は自分だけで、どこかに出ることはできなかったのである。通い婚が基本であり、男が通ってくれなければ籠の鳥なのである。ここは、閨の四方にに架けられた、簾によってそこから出ることも、楽しいこともなくなったことを示す。

 

春欲暮,殘絮盡,柳條空。

また、春も過ぎようとしている、残った柳絮もことごとく飛んで行ってしまい、柳の枝でまた会う約束をしていてもそれは空しい思いに変わってしまう。

○殘絮 春の盛りに柳絮が飛び交うころになると、いつも柳絮が飛ぶ春には女のもとに来てくれていた。その柳絮もあとわずかしか残っていない春も終わろうとしている。そういった思いを残●●という。

○柳條 柳は男性を意味し、枝が揺れるのをセックスに喩える。柳は柳枝詩にいう別れる時のおまじないを象徴するもので、柳の枝を見て男を思い浮かべ、別れる時の約束を思い浮かべるという意味になる。

9欧陽烱《巻六08南郷(鄉)子八首 其八》『花間集』259全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6567

子八首其八

翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。

島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿。

(春から夏、秋にかけて、水路駅に向かう船は忙しく、此処が宿よと招いてくれるが。そんな呉の国でも、冬には、漁船が数席しか出ておらず、まして宿の女中がお迎えもしてくれないから、何処に宿があるのかわからないと詠っている。南国の水路駅の四季をうたったものである。:その八)

春うらら、翡翠鳥は飛び、鵁鶄は仲睦まじくおよぐ、夏のころ、白蘋は可憐で、かおりにかこまれた中、渚の波打ち際にたつ。悲愁のころ、島の上にも。物さびしく雲がかかり、秋の長雨が降り生気がなくなり暗いけしきがつづく。蘆の花穂に、冷たい雨が打ちつづく。そして、これが冬景色か、数隻の呉の漁船が浮かぶだけで、旅の者は、何処に宿があるのやら、さびしすぎてわからない。

9欧陽烱《巻六08南郷()子八首 其八》『花間集』259全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6567

 

 
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9欧陽烱《巻六07南鄉子八首 其七》『花間集』258全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6562

欧陽烱  南子八首其七  

袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日。

(傳中の鮫人が織った透け透けの絲絹の衣をまとった女妓は、南国特有の花に囲まれた中で、睦まじく蘆管酒を酌み交わして、何日も夜を徹して竜宮城のように過すのであると詠う:その七)

南国水路駅の女は。傳中の鮫人が織る所の絲絹で縫製した袖でかおをかくし、お香をたいて漂わせている静かな奥まったところにある閨に微笑を浮べて迎い入れてくれる。それからは、葵の花で区分けされた宴席に、藤の編み込みの敷物をひろげ、頭上には枝が屋根のように広げられている、蘆管酒を酌み交わす。ナツメグの花のようなうら若い女妓はその花の間にいてくれて、夕方から翌日まで一緒に食をとってくれる竜宮城のように過すのである。

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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻六07南鄉子八首 其七》『花間集』258全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6562 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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9欧陽烱《巻六06南鄉子八首 其六》『花間集』257全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6557

欧陽烱  南子八首其六  

路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手。

(大江。運河を経て、南国の街にはいると雨がさっと降り、すぐに晴れ上がると、異なる樹木の景色のなか、農作業する若い女の白い腕とか細い手が美しいと詠う。)

水路、航路を過ぎ、運河を通って南国地方の街に入れば、黒つげの木樹は大きく育ち、葉影が十分になしていて、赤い花を咲かせた蓼の花がうつくしい。入り江の港の両岸には人家があつまり、小雨が少し降ったのちにはすぐに晴れあがり、するともう唐アズキを収穫している、「くろつぐ」の大樹のもとで若い女の華奢な白い手がもたげて収穫作業をしている。

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9欧陽烱《巻六05南鄉子八首 其五》『花間集』256全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6552

欧陽烱  南子八首其五   

二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客。

(十六になった女妓が初めてのお化粧して、花鈿と耳飾り、南国の水路駅に向かう旅人に宿に招く姿を見ると故郷を思い出すと詠う、その五)

十六歳に似合う花鈿の化粧をして、胸のあたりに雪模様でかざって蓮の花のようなお顔だちである。細黄金の耳飾りは耳から落ちて、床のうえで瑟瑟とした音が鳴った、霞のような薄いころもの中に蕾のように体を包む。微笑み合い、寄り添い合う、大江のほとり立って、遠くから入って来る旅人を招き入れる。

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交通制度と旅

交通については、すでに整備されていた馳道を利用し、さらなる補修拡張を行った。そのため、長安を中心とした各地方につながる道路水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

大運河の開通後、水路の重要性が大いに増した。水運や造船の発達により、大規模な輸送が可能になり、運河の度重なる改善もあわさって、大量の食料が運搬され、長安の食料不足が解消した。海運もまた、造船技術の向上により発達していった。

幹線道路沿いは、民家や商店が多く、民間の旅人でも食糧に不足はしなかった。民営の旅舎や逆旅と呼ばれる旅館も多数存在した。9世紀の唐代を旅行した円仁の『入唐求法巡礼行記』によると、円仁は長期間の旅行をほとんど危険もなく行っている。

宿屋寝具持参で自炊が原則であった。相部屋が多く、その時は、寝床だけを借りることになる。寝床は大きいのを牀、小さいのを榻といった。使用しない時は寝床は壁に立てていたが、宿では常時、設置していたところもあった。食店という食堂を兼ねた宿も存在したが、安宿は自炊が一般的で、飯だけはつける宿もあった。旅行は遠距離なものが多く、長期間に渡るため、馬車ロバラクダで荷を運ぶことが多かった。相部屋には炉があり、部屋で煮炊きを行い、外から食糧や酒も持参できた。宿屋の中に馬小屋があることもあった。宿は貸し切りもあり、小房という個室もある宿も存在した。

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。そこで、花間集序文を南郷子八首を見てゆく前に再掲したのである。

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰   

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

 

花 間 集

 

(1)

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

 

(2)

その歌は、昔、国中を探してもわずか数人の者しか歌えなかった高雅な白雲謡の歌にも似て、それを仙女のような女性が歌えば、それを聞きつつ酒を傾ける男たちは陶然として酒に酔うと述べ、『花間集』の詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示唆する。「春の艶やかさを奪い」とは、『花間集』に詠われた季節に春が圧倒的に多いことによる。仙女のような歌姫が歌う『花間集』の詞は、その昔の一つ一つが自ずから鸞鳥の鳴き声に合致し、その響きは空を流れる雲をも留めるほどであり、その言葉の一つ一つは十二音階の音律にぴったりと合っていることを指摘する。

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182 

(3)

続いて欧陽烱は、『花間集』 の詞が楽府詩に連なるものであり、贅沢を競い合うどんな富豪の家を凌駕する趙家の(趙崇祚)の豪華な宴席では、貴公子が詞を色紙にしたためて美女に手渡すと、それを受け取った美女が拍子木を手に取って、それを歌えば、美女の美しきは嫌が上にも勝ると言い、ここでも『花間集』の詞が宴席のためのものであることを言う。

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187 

(4)

『花間集』の詞に類似する歌は、既に南朝の時代に作られているが、それは言葉が雅やかでないばかりか、実体を伴わぬ空疎なものであったこと、そして、唐の玄宗皇帝の時代になって初めて外面内面ともにそなわった清平楽調が作られ、近年に至って温庭第の詞集『金茎集』が現れたことを指摘し、詞が名実ともに新しい時代の文学となったことを言う。しかし、この評価は巻末の晃謙之の欧文とは相反するものがある。この後、欧陽桐は筆を続けて、先に触れた『花間集』命名の謂われについて語り筆を結ぶ。欧陽胴は 『花間集』 にきわめて高い評価を与えているが、これは自身が 『花間集』 詞人の一員であったこと、また、編集者の趙崇祚との人間関係に起因するものといえよう。

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

 

(5)-1

唐が滅亡して、中原では五つの王朝が長江流域では十数もの地方政権が興亡を繰り返したが、四川盆地を拠とする前・後の蜀は豊かな経済力を基盤に安定した地域となっていた。前・後の蜀は君臣共に一時の安逸をむさぼり、享楽に耽ることで、ここに前・後の蜀の頽廃文化が形成された。それの中核を担ったのは、中原、江南から、文化人のみならず、妓優、楽工、各種職人が戦火を避けて、蜀の地に終結したことが大きな原因である。

(5)-2

編者の趙崇祚は、祖籍は開祖父の趙廷隠が後蜀の大祖・孟知祥に従って蜀に入り、親軍を統括すること十数年。趙崇祚は衛尉少卿となり、弟の崇韜は都知領殿直となって、ともに親軍の指揮に参与した。趙氏一門は要職を占め、その暮らしぶりは贅を尽くしたものであった。

『太平廣記』巻四〇九引孫光憲《北夢瑣言》「趙廷除起南宅北宅、千梁萬供、其諸奢麗、莫之與儔。後枕江瀆、池中有二島嶼、遂甃石循池、四岸皆種垂楊、或間雜木芙蓉、池中種藕。毎至秋夏、花開魚躍、柳陰之下、有士子執巻者、垂綸者、執如意者、執塵尾奢、譚詩論道者。」