玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
******************************************

温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

風流 抒情詩

巻八48 漁歌子二首其二 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》400巻八48 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の 漢詩ブログ-7264

孫光憲  漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。  風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。   

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。 經霅水,過松江,盡屬濃家日月。     

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

巻八48

漁歌子二首其二

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》40048

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の

漢詩ブログ-7264

 

 
  2016年1月30日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(69)李太白集卷十六21-《送族弟綰從軍安西》(漢家兵馬乘北風,) 388Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(69) Ⅰ李白詩1744 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7260  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#10》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1657> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7261韓愈詩-韓愈128  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-17 杜少陵集19-23 雨 -#4 杜甫詩index-15 1123 <1573> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7262   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 李太白集  339《太白巻三19-白頭吟》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7268 (01/30)  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八48 漁歌子二首其二 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》400巻八48 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の 漢詩ブログ-7264  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。

花間集 教坊曲 《漁歌子》 八首

顧夐

《巻七31漁歌子一首》  曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。酒盃深,光影促,名利無心較逐。

孫光憲

《巻八47漁歌子二首其一》 草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。

孫光憲

《巻八48漁歌子二首其二》 泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

魏承班

《巻九13漁歌子》  柳如眉,雲似髮。蛟籠香雪。夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。幾多情,無處,落花飛絮清明節。少年郎,容易別,一去音書斷

李珣

《巻十18漁歌子四首其一》  楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

李珣

《巻十19漁歌子四首其二》  荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

李珣

《巻十20漁歌子四首其三》  柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

李珣

《巻十21漁歌子四首其四》  九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

唐・張志和  《漁子 四首》 

其一 西塞山前白鷺,桃花流水鱖魚。青箬笠,綠簑,斜風細雨不須

○●○○●●○  ○○○●△○○ ○●●  ●?△ ○△●●△○○

其二 釣臺漁夫褐為,兩兩三三蚱。能縱棹,慣乘,長江白浪不曾

其三 霅溪灣裡釣漁,蚱為家西復,江上雪,浦邊,笑著荷衣不歎

其四 蟹舍主人,菰飯篿羹亦共,楓葉落,荻花,宿醉漁舟不覺

 

漁歌子二首其一

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。        

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。           

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。        

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。           

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

(漁歌子二首其の一)

草 芊芊,波 漾漾,湖邊 艸色 連波漲る。    

蓼岸【りょうがん】に沿い,楓汀に泊る,天の際 玉輪 初めて上る。     

舷歌に扣き,聯とし極まりて望む,槳聲 伊に軋き 何に向うかを知る。  

黃鵲は叫び,白鷗は眠る,誰ぞ似る 儂家 疏曠するを。 

  

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。

風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。

杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

(漁歌子二首 其の二)

流螢 泛び,明く又た滅して,夜涼 水冷 東灣 闊く。 

風浩浩として,笛寥寥とし,萬頃 金波 澄澈す。         

杜若の洲,香郁 烈し,一聲 宿鴈 霜の時節なり。      

霅水を經て,松江を過る,盡く屬す 家に濃す日月を。         

 

 

『漁歌子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。    

 

(下し文)

(漁歌子二首 其の二)

流螢 泛び,明く又た滅して,夜涼 水冷 東灣 闊く。       

風浩浩として,笛寥寥とし,萬頃 金波 澄澈す。    

杜若の洲,香郁 烈し,一聲 宿鴈 霜の時節なり。              

霅水を經て,松江を過ぎれば,盡く屬す 家に濃す日月を。    

 

(現代語訳)

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。

風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。

杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。

湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

太湖上海松江00
 

(訳注)

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

1 漁歌 若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

漁歌子 本来、詩題ではなく形式名(正確には詞に着けられた曲名)だが、唐代に既にあった填詞形式のものを、変化させたもので、填詞の形式に準じてはいるものの、填詞の詞牌ではない。漁歌子など(宋詞以前の)初期のものは本意(詞の本来の意味、詞題の性質)の場合が多い。この作品もそうである。特に、『漁歌子』は、釣りをして暮らすなどの隠逸生活を詠う。中国では伝統的に、漁師や樵人は半仙の雰囲気を漂わせたものとして捉えられている。(『漁父』も、『漁歌子』の同調異名(形式は同じで、名称が異なるだけのもの))。

 

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。

 漁歌子二首其一

草芊芊,波漾,湖邊艸色連波              

沿蓼岸,泊楓,天際玉輪初    

扣舷歌,聯極,槳聲伊軋知何              

黃鵲叫,白鷗,誰似儂家疏    

●△△  ○●● ○○●●○○△

○●● ●○△  ○●●○○●

●○○  ○●△ ●○○●○△●

○●● ●○○  ○●○○△●

漁歌子二首其二 双調五十字、前後二十五字六句三仄韻、3❸❼33/3❸❼33の詞形をとる。

泛流螢,明又,夜涼水冷東灣              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄    

杜若洲,香郁,一聲宿鴈霜時              

經霅水,過松江,盡屬濃家日    

●○○  ○●● ●△●△○○●

△●● ●△△  ●△○○○●

●△○  ○●● ●○●●○○●

△●● △○○  ●●○○●● 

 

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。      

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。

13   1 広くゆとりがある。「闊達・闊歩・闊葉樹/寛闊・広闊」2 間があいている。うとい。「迂闊 (うかつ) ・久闊」[名のり]ひろ・ひろし。

 

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。  

風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。

14 浩浩 水がみなぎり広がっているさま。果てしなく広々としているさま。

15 寥寥【りょうりょう】ひっそりとしてもの寂しいさま。また、空虚なさま。「―たる荒れ野」数の非常に少ないさま。

16 萬頃【ばんきょう】〔「頃」は百畝の耕地の意。アール〕 地面または水面が広々としていること。 

17 澄澈 ①水清く底まですみわたるさま。 ②清亮で明るくひろがろさま。月光澄澈|澄澈如 ③明白であること。

 

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。      

杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。

18 郁烈 香気が強烈にさかんなさま。文化の非常に高いこと。とても暖かい。はっきりとした綾模様。 《文選曹植<洛神賦>》:踐椒塗之郁烈, 步蘅薄而流芳。” 李善注:郁烈, 香氣之甚。・:香気がさかんなさま。文化の高いこと。暖かい。綾模様。・勢いがはげしい。「烈火・烈日・烈震・烈風・烈烈/苛烈(かれつ)・強烈・激烈・熾烈(しれつ)・峻烈(しゅんれつ)・鮮烈・壮烈・痛烈・熱烈・猛烈」2気性が強く、

19 宿鴈 雁も飛んできて、ねぐらにす。

 

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。  

湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

20 霅水 即ち江南東道湖州の霅溪。霅の意味や日本語訳。ピンインZhà((方言)) 名詞 川の名に用いる.用例霅溪=浙江省にある川の名.

21 松江 751年(天宝10載)、唐朝により松江府府治として設置された華亭県を前身とする。1656年(順治13年)に婁県が分割設置されたが、1912年(民国元年)に華亭県に統合、1914年(民国3年)には松江県と改称された。1958年に江蘇省より上海市に移管、1998年に市轄区に昇格し現在に至る。

濃家 人家が多くある。
douteikoshoko297
 

巻八47 漁歌子二首其一 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》399巻八47 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7259

孫光憲  漁歌子二首其一

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。 沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。    

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。 黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。    

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

巻八47

漁歌子二首其一

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》399巻八47

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7259



 

 
  2016年1月29日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(68)李太白集卷十六18-3-《送外甥鄭灌從軍,三首之三》(月蝕西方破敵時,) 387Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(68) Ⅰ李白詩1743 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7255  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128 巻01-13 南山詩 #9(31~34) 806年貞元22年 39歳-(1)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7251  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-17 杜少陵集19-23 雨 -#3 杜甫詩index-15 1122 <1572> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7257   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八47 漁歌子二首其一 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》399巻八47 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7259  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。

花間集 教坊曲 《漁歌子》 八首

顧夐

《巻七31漁歌子一首》  曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。酒盃深,光影促,名利無心較逐。

孫光憲

《巻八47漁歌子二首其一》 草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。

孫光憲

《巻八48漁歌子二首其二》 泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

魏承班

《巻九13漁歌子》  柳如眉,雲似髮。蛟籠香雪。夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。幾多情,無處,落花飛絮清明節。少年郎,容易別,一去音書斷

李珣

《巻十18漁歌子四首其一》  楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

李珣

《巻十19漁歌子四首其二》  荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

李珣

《巻十20漁歌子四首其三》  柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

李珣

《巻十21漁歌子四首其四》  九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

唐・張志和  《漁 子 四首》 

其一 西塞山前白鷺,桃花流水鱖魚。青箬笠,綠簑,斜風細雨不須

○●○○●●○  ○○○●△○○ ○●●  ●?△ ○△●●△○○

其二 釣臺漁夫褐為,兩兩三三蚱。能縱棹,慣乘,長江白浪不曾

其三 霅溪灣裡釣漁,蚱為家西復,江上雪,浦邊,笑著荷衣不歎

其四 蟹舍主人,菰飯篿羹亦共,楓葉落,荻花,宿醉漁舟不覺

 

漁歌子二首其一

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。        

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。           

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。        

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。           

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

(漁歌子二首其の一)

草 芊芊,波 漾漾,湖邊 艸色 連波漲る。    

蓼岸【りょうがん】に沿い,楓汀に泊る,天の際 玉輪 初めて上る。     

舷歌に扣き,聯とし極まりて望む,槳聲 伊に軋き 何に向うかを知る。  

黃鵲は叫び,白鷗は眠る,誰ぞ似る 儂家 疏曠するを。 

              

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。    

扁舟 00

『漁歌子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子二首其一

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。              

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。    

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。              

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。    

 

(下し文)

(漁歌子二首其の一)

草 芊芊,波 漾漾,湖邊 艸色 連波漲る。           

蓼岸【りょうがん】に沿い,楓汀に泊る,天の際 玉輪 初めて上る。              

舷歌に扣き,聯とし極まりて望む,槳聲 伊に軋き 何に向うかを知る。           

黃鵲は叫び,白鷗は眠る,誰ぞ似る 儂家 疏曠するを。       

 

(現代語訳)

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

春水001

 

(訳注)

漁歌子二首其一

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

1 漁歌 若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

漁歌子 本来、詩題ではなく形式名(正確には詞に着けられた曲名)だが、唐代に既にあった填詞形式のものを、変化させたもので、填詞の形式に準じてはいるものの、填詞の詞牌ではない。漁歌子など(宋詞以前の)初期のものは本意(詞の本来の意味、詞題の性質)の場合が多い。この作品もそうである。特に、『漁歌子』は、釣りをして暮らすなどの隠逸生活を詠う。中国では伝統的に、漁師や樵人は半仙の雰囲気を漂わせたものとして捉えられている。(『漁父』も、『漁歌子』の同調異名(形式は同じで、名称が異なるだけのもの))。

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。

 漁歌子二首其一

草芊芊,波漾,湖邊艸色連波              

沿蓼岸,泊楓,天際玉輪初    

扣舷歌,聯極,槳聲伊軋知何              

黃鵲叫,白鷗,誰似儂家疏    

●△△  ○●● ○○●●○○△

○●● ●○△  ○●●○○●

●○○  ○●△ ●○○●○△●

○●● ●○○  ○●○○△●

 

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

2 芊 芊(芊眠)《書》草木の茂るさま.

3 漾漾 漾とは。意味や日本語訳。[]こぼれる,溢れる酒漾出来酒が溢れる.上漾出笑容笑顔がこぼれる.水がゆらゆら揺れる,たゆとう漾同前.

 

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。  

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

4 泊楓汀 《夜泊楓江》「月落烏啼霜滿天,江楓漁父對愁眠。 姑蘇城外寒山寺,夜半鍾聲到客船。」(月落 烏啼き霜天に滿つ,江楓 漁父 愁眠に對す。 姑蘇城外の寒山寺,夜半鍾聲 客船に到る。)張継「楓橋夜泊」、『中興間氣集』では「夜泊松江」に作る。

5 汀 海・湖などの,波が打ち寄せる所。波うちぎわ。みぎわ。

6 玉輪【ぎょくりん】月の異称。

7 蓼岸 岸辺には蓼がしげる。風に揺れることをイメージさせる。

孫光憲『浣溪沙九首其一』

蓼岸風多橘柚香,江邊一望楚天長,片帆煙際閃孤光。

目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫茫,蘭紅波碧憶瀟湘。

(浣溪沙九首 其の一)

蓼岸【りょうがん】風 橘柚の香多くし,江邊 一望 楚天長しい,片帆 煙際に 孤光 閃く。

目【もく】せば 征鴻を送れば 飛びて杳杳たり,思いは流水に隨い去りて茫茫たり,蘭は紅いに 波は碧く 瀟湘を憶う。

(秋には帰るといって旅立った人を何度も秋を迎えたが帰ってこない。雁が見えなくなるように、川が流れ去るように忘れていくことになるのか、もう死んでしまったのなら、瀟湘の女神にもあこがれる)

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけると橘や柚子の香りを運んでくる、大江のほとりから一望すると楚の秋の空ははるかとおくまでつづく、一片の帆影を浮かべて霞む果てには風雨を呼ぶ閃光が一つきらめく。

女の眼は遠く飛び行く雁を消えて飛び去るまで追いかける、遠い先の帰ってこない男への思いは長江の流れとともに忘れ去ってしまう、蘭の花は紅色濃く、波は碧く瀟湘の慕情を偲ばせる。

 

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。      

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

8 扣える【ひかえる・控える】 1㋐用事や順番に備えて、すぐ近くの場所にいて待つ。待機する。㋑目立たないようにしてそばにいる。㋒空間的・時間的に迫っている。近くに位置する。また、近い将来に予定される。2・㋐度を越さないように、分量・度数などを少なめにおさえる。節制する。㋑自制や配慮をして、それをやめておく。見合わせる。㋒空間的・時間的にすぐ近くにある。近い所に持つ。あまり時を置かないで予定している。㋓忘れないように、また、念のため書きとめておく。㋔衣服などを、おさえつかんで、行かせないようにする。引きとめる。㋕引く。引っぱる。

9 舷歌 漁父が船端を叩きながらうたった舟歌。

韓愈『湘中』

猿愁魚踊水翻波、自古流傳是汨羅。

蘋藻満盤無塵奠、空聞漁父叩舷歌

(湘中) 

猿愁え魚踊って水波を翻【ひるがえ】し、古【いにし】え自【よ】り流伝す走れ汨羅【べきら】たりと。

頻藻【ひんそう】盤に満つるも奠【そな】うる処無く、空しく聞く漁父の舷【ふなばた】を叩いて歌うを

猿は悲しげな鳴き声をあげ、魚ははねて、川の水は波をわきたたせている。昔からの言い伝えによれば、ここが旧羅なのだという。

水草は皿いっぱいに盛ったが、さてどこにそなえて屈原の霊を祭ったものだろう。屈原に対して漁父が船端を叩きながらうたった舟歌がいまはむなしく聞こえてくる。

10 槳聲 船の水きり音。

 

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。  

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

11 誰似 隠遁の生活に慣れて、半隠であったものがますますこの生活に浸ってゆく、これまでいろんな隠棲する詩人がいたが、誰に似ているのだろうかというほどの意。

12 疏曠 水路を分けて通す。「疏水・疏通」関係が分け離れる。うとくなる。「疏遠」粗末な。「疏食(そし)事柄の筋を分けていちいち説明する。

巻八42 楊柳枝四首其一 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》394巻八42 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7234

孫光憲  楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

巻八42

楊柳枝四首其一

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》394巻八42

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7234

 

 

 
  2016年1月24日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(64)李太白集卷十六10-《送程劉二侍郎兼獨孤判官赴安西幕府》(安西幕府多材雄,) 383Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(64) Ⅰ李白詩1738 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7230  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128 巻01-13 南山詩 #4(11~14) 806年貞元22年 39歳-(1)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7231  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-16 #3杜甫 《19-18 又上後園山腳》#3 杜甫詩index-15-1117 <1567> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7232   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八42 楊柳枝四首其一 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》394巻八42 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7234  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

楊柳枝詞八首 (白居易 唐詩)

1

  六麼水調家家唱,白雪梅花處處吹。

  古歌舊曲君休聽,聽取新翻楊柳枝。

 2

  陶令門前四五樹,亞夫營里百千條。

  何似東都正二月,黄金枝映洛陽橋。

 3

  依依褭褭複青青,句引春風無限情。

  白雪花繁空撲地,綠絲條弱不勝鶯。

 4

  紅板江橋青酒旗,館娃宮暖日斜時。

  可憐雨歇東風定,萬樹千條各自垂。

 5

  蘇州楊柳任君誇,更有錢唐勝館娃。

  若解多情尋小小,綠楊深處是蘇家。

 6

  蘇家小女舊知名,楊柳風前有情。

  剝條盤作銀環樣,卷葉吹爲玉笛聲。

 7

  葉含濃露如啼眼,枝嫋輕風似舞腰。

  小樹不禁攀摺苦,乞君留取兩三條。

 8

  人言柳葉似愁眉,更有愁腸似柳絲。

  柳絲挽斷腸牽斷,彼此應無續得期。

 

花間集 尊前集 『竹枝詞』二十四首           

 作者   (花間集/尊前集)              (初句7字)

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其一         白帝城頭春草生

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其二         山桃紅花滿上頭

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其三         江上春來新雨晴

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其四         日出三竿春霧消

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其五         兩岸山花似雪開

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其六         瞿塘嘈嘈十二灘

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其七         巫峽蒼蒼煙雨時

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其八         城西門前艶預堆

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其九         楊柳靑靑江水平

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十  楚水巴山江雨多

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十一 山上層層桃李花

白居易      尊前集  竹枝詞四首其一    瞿塘峽口水煙低

白居易      尊前集  竹枝詞四首其二    竹枝苦怨怨何人

白居易      尊前集  竹枝詞四首其三    巴東船舫上巴西

白居易      尊前集  竹枝詞四首其四    江畔誰家唱竹枝

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其一    檳榔花發竹枝鷓

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其二    木棉花盡竹枝茘

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其三    芙蓉並蔕竹枝一

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其四    筵中蝋燭竹枝涙

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其五    斜江風起竹枝動

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其六    山頭桃花竹枝谷

孫光憲      巻八    竹枝二首其一    門前春水竹枝白

孫光憲      巻八    竹枝二首其二    亂繩千結竹枝絆

 

 

 

花間集 教坊曲 『楊柳枝』 二十四首

溫庭筠

巻一30楊柳枝八首其一 宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。正是玉人腸處,一渠春水赤欄橋。

溫庭筠

巻一31楊柳枝八首其二 南牆東御路傍,須知春色柳絲黃。杏花未肯無情思,何事行人最斷腸。

溫庭筠

巻一32楊柳枝八首其三 蘇小門前柳萬條,毿毿金線拂平橋。黃鶯不語東風起,深閉朱門伴舞腰。

溫庭筠

巻一33楊柳枝八首其四 金縷毿毿碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。晚來更帶龍池雨,半拂欄干半入樓。

溫庭筠

巻一34楊柳枝八首其五 館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。繫得王孫歸意切,不同芳草綠萋萋。

溫庭筠

巻一35楊柳枝八首其六 兩兩黃鸝色似金,裊枝啼露動芳音。春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。

溫庭筠

巻一36楊柳枝八首其七 御柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。景陽樓畔千條路,一面新粧等曉風。

溫庭筠

巻一37楊柳枝八首其八 織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。

皇甫松

巻二21楊柳枝二首其一 春入行宮映翠微,玄宗侍女舞煙絲。如今柳向空城綠,玉笛何人更把吹。

皇甫松

巻二22楊柳枝二首其二 爛熳春歸水國時,王宮殿柳絲垂。黃鶯長叫空閨畔,西子無因更得知。

牛嶠

巻三46柳枝五首其一 解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

牛嶠

巻三47柳枝五首其二 王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

牛嶠

巻三48柳枝五首其三 橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

牛嶠

巻三49柳枝五首其四 狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

牛嶠

巻三50柳枝五首其五 裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

張泌

巻四47柳枝 膩粉瓊粧透碧紗,雪休誇。金鳳搔頭墮鬢斜,髮交加。倚著雲屏新睡覺,思夢笑。紅腮隱出枕函花,有些些。

和凝

巻六30柳枝三首其一  軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

和凝

巻六31柳枝三首其二  瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

和凝

巻六32柳枝三首其三  鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

顧夐

巻七16楊柳枝 秋夜香閨思寂寥,漏迢迢。鴛幃羅幌麝煙銷,燭光搖。正憶玉郎遊蕩去,無尋處。更聞簾外雨蕭蕭,滴芭蕉。

孫光憲

巻八42楊柳枝四首其一 閶門風暖落花乾,飛遍江城江城雪不寒。獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

孫光憲

巻八43楊柳枝四首其二 有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。恰似有人長點檢,着行排立向春風。

孫光憲

巻八44楊柳枝四首其三 根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

孫光憲

巻八45楊柳枝四首其四 萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 

 

楊柳枝四首其一

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

 

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

 

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

漢洛陽1001
 

 

『楊柳枝四首』 現代語訳と訳註

(本文)

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

 

(下し文)

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

(現代語訳)

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

隋堤002
 

(訳注)

楊柳枝四首其一

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

 

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。

 

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

巻八38 上行盃二首 其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》390巻八38 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7214

孫少監光憲  上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

巻八38

上行盃二首 其二

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》390巻八38

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7214

 

 
  2016年1月20日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(61)李太白集巻十二06-《夕霽杜陵登樓寄韋繇》 380-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(61) Ⅰ李白詩1734 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7210  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈127《 巻四19 送廖道士序》 #5 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1647> Ⅱ#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7211  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-15 #2杜甫 《18-69 晚登瀼上堂》#2 杜甫詩index-15-1113 <1563> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7212   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八38 上行盃二首 其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》390巻八38 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7214  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲『上行盃』四首

韋相莊

巻三19上行盃二首其一  芳艸灞陵春岸,柳煙深,滿樓弦管,一曲離腸寸寸斷。今日送君千萬,紅樓玉盤金鏤盞,須勸珍重意,莫辭滿。(芳草 蘭陵の春岸、柳煙深く、滿樓の弦管。一曲の離聾に腸は寸断さる。今日君を千萬に送る、紅縷の玉盤に 金鐘の蓋。須らく勸むべし、意を珍重せよ、滿つるを辞することなかれ。)

巻三20上行盃二首其二  白馬玉鞭金轡,少年郎,離別容易,迢遞去程千萬里。惆悵異雲水,滿酌一盃勸和淚,須愧珍重意,莫辭醉(白馬に玉の鞭と金の轡、少年郎は 離別容易ならんも。迢遞たる去程は千萬裏。惆悵ことならん異郷の雲と水とに、一杯を勸和して涙和りに勘む。須らく愧づべし、意を珍重せよ、酔うことを辭するなかれ。)

孫少監光憲

巻八37上行盃二首 其一  草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸

巻八38上行盃二首 其二  離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

 

 孫光憲

 

上行盃二首 其一

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草離亭鞍馬,從遠道,

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、

此地分衿,燕宋秦千萬里。

そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,

此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。

佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

 

上行盃二首 其二

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

金舡滿捧。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

綺羅愁,絲管咽。

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

迴別,帆影滅,江浪如雪。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

 

(上行盃二首 其の二)

棹を離れ 逡巡して 動かんと欲し,極浦に臨み,故に人相い送る,住むを去り 心情 知る共にならず。

金舡 捧を滿つ。綺羅 愁い,絲管 咽ぐ。迴り別れ,帆影 滅し,江浪 雪の如し。

 

大明宮の圖003
 

『上行杯二首』現代語訳と訳註

(本文)

上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。

綺羅愁,絲管咽。

迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

(下し文)

(上行盃二首 其の二)

棹を離れ 逡巡して 動かんと欲し,極浦に臨み,故に人相い送る,住むを去り 心情 知る共にならず。

金舡 捧を滿つ。綺羅 愁い,絲管 咽ぐ。迴り別れ,帆影 滅し,江浪 雪の如し。

 

(現代語訳)

上行盃二首 其二(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

興慶宮沈香亭
 

(訳注)

上行杯二首 其二

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収。いそう孫光憲の作は二首収められている。単調三十八字、十句二平韻六仄韻、 ❹ 3❷❷④の詞形をとる。

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠

此地分,燕宋秦千萬

無辭一

野棠開,江艸

,沾,征騎駸

●●△○○●  △●●

●●△○  △●○○○●●

○○●● 

●○○ ○●●

●● △●  ○△○○

 

上行盃二首 其二

上行盃二首 其二 単調三十八字、十句九仄韻、❻ ❷❷❹の詞形をとる。

離棹逡巡欲,臨極,故人相,去住心情知不

金舡滿

綺羅愁,絲管

,帆影,江浪如

△●○○●●  △●● ●○△●  ●●○○○△△

○○●●

●○○ ○●△

△● △●●  ○△△●

 

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

4. 逡巡 【しゅんじゅん】決断できないで、ぐずぐずすること。しりごみすること。ためらい。

5 極浦 遠くまで続く海岸。また、はるか遠方にある海岸。《楚辞、九歌、湘君》「望涔陽兮極浦、横大江兮揚靈。」(涔陽の極浦を望み、大江に横たわって霊を揚ぐ。

6 故人 昨日まで一緒に過ごしていた人。

 

金舡滿捧。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

7 金舡 こがねに飾られた舟。

8 滿捧 櫂の棒がすべてならぶ。

 

綺羅愁,絲管咽。

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

9 綺羅 【きら】《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。

10 絲管 弦楽器、管楽器 (歌女花船戲濁波、画船鼓,昼夜不

 

迴別,帆影滅,江浪如雪。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

11 影滅 1.日に向かってゆく船の影が日が沈むに従って見えなくなってゆく。2.水面に影を落してゆく船が遠くへ進んで言って見えなくなる。3. 船の灯影は遠く消えて見えなくなる。

12孫光憲《巻八33八拍蠻一首》『花間集』385全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7189

孫光憲  八拍蠻一首

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

12孫光憲《巻八33八拍蠻一首》『花間集』385全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7189

 

 

 
  2016年1月15日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(58)李太白集巻八22-《贈郭將軍》(將軍少年出武威,) 377Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(58) Ⅰ李白詩1729 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7185  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈126《 巻四21 荊潭唱和詩序》 #6 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1642> Ⅱ#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7186  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-14-#1杜甫 《19-17 阻雨不得歸瀼西甘林》#1 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-14-#1 <1108> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7187  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八33八拍蠻一首》『花間集』385全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7189  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

花間集 教坊曲 『八拍蠻』 三首

孫光憲

《巻八33八拍蠻一首》  孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

閻選

《巻九25八拍蠻二首 其一》  煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉

閻選

《巻九26八拍蠻二首 其二》  黛眉煙易慘,飄紅臉粉難。憔悴不知底事,遇人推道不宜春

 

閻處士選(閻選,生卒年不詳。為前蜀布衣,時稱閻處士。)

 

八拍蠻一首

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

 

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

 

興慶宮沈香亭
 

『八拍蠻』 現代語訳と訳註

(本文)

八拍蠻

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

 

(下し文)

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

 

(現代語訳)

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

大明宮の圖003
 

(訳注)

八拍蠻

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には三首所収。孫光憲の作は一首収められている。単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

八拍蠻

孔雀尾拖金線,怕人飛起入丁

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜

●●●△○●△  ●○○●●○○

●●△○○●●  △○○●●○○

 

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

1 孔雀 キジ科の鳥類で、中国から東南アジア、南アジアに分布する。邪気を払う象徴として孔雀明王の名で仏教の信仰対象にも取り入れられた。クルド人の信仰するヤズィード派の主神マラク・ターウースは、クジャクの姿をした天使である。

2 金線長 長い金色の筋。

3 丁香 チョウジの木。丁子 クローブとも言い、清熱・瀉火・去痰・鎮咳の作用があり、漢方薬では解熱、鎮痛、鎮静、消炎、利尿などなどに用いられる。ここでは我慢強く待ち侘びる女性に比喩している。

牛嶠『感恩多二首』其二

自從南浦別,愁見丁香結。

近來情轉深,憶鴛衾。

幾度將書托煙鴈,淚盈襟。

淚盈襟,禮月求天,願君知我心。

 (感恩多 二首の二)

南浦にて別れて自從【より】,丁香の結ぶを愁い見る。

近來 情 轉【うた】た深く,鴛衾【えんきん】を憶う。

幾度 將に書を煙鴈【えんがん】に托せる,淚 襟に盈ち,淚 襟に盈つ。

月に禮し 天に求む,願わくば 君が我が心を知れと。

其の二(帰って来ないばかりか、連絡もない男を待ちわびる女の心情を詠う。)

南の入り江の津で舟を送り、別れをつげてからは、丁字の花の結ぶのを見ても心は悲しく愁うのです。

近頃ではあの人への思いが揺れ動き、いよいよ深まるばかり、あの人と過ごしたあの鴛鴦の掛け布団をおもうのです。 

これまで何度もあの人に手紙を送り、空を飛ぶ雁に託したものです。何の返事もないので、涙はしとどに襟を濡らしているのです。

涙はあふれ襟を濡らしてます。月にねがい天に祈って、わたしの思いを「君」に知ってほしいと願うのです。

杜甫『江頭四詠。丁香』 

丁香體柔弱,亂結枝猶墊。細葉帶浮毛,疏花披素豔。

深栽小齋後,庶近幽人占。晚墮蘭麝中,休懷粉身念。

丁香 體 柔弱なり,亂結 枝 猶の墊【た】る。

細葉 浮毛を帶ぶ,疏花 素豔【そえん】を披【ひら】く。

深く栽す 小齋の後,庶【こいねが】わくば近ずかん 幽人をして占【しめ】しむるに。

晚に墮つる 蘭麝【らんじゃ】の中に,粉身の念を懷【いだ】くを休【や】む。

(大江のほとりで五首を詠う。その丁香の詩)

丁子がはえている その実は,柔かそうで若々しく見えるが,あちこちに入り乱れて実を結んでくると枝は垂れ下がってくる。

細い葉の表面には産毛がたくさんあり,まばらに花がさき、白くふっくらとしておおわれている。

この木をわたしの小さい書斎の後ろに植えてみる,できることならばこの丁子で我家の周りをいっぱいにしたいものである。

その実を乾燥させて,蘭と麝香の華麗で貴いとされるものの中に落ち込んだとしても,素朴で誠実に生き、おのが身を粉骨砕身にしてまでと,考えるのは止めたいものだ。

 

 

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

4 越女 越女南国の女性、美人の代称。越は今の浙江省を指すが、ここでは広く南国の意。

李白10  採蓮曲

淥水曲  李白 11

越女詞 李白

長干兒女,眉目豔新月。

屐上足如霜,不着鴉頭襪。

越女詞 五首 其一 李白12

兒多白皙,好爲蕩舟劇。

賣眼擲春心,折花調行客。

越女詞 五首 其二 李白13

耶溪採蓮女,見客櫂歌迴。

笑入荷花去,佯羞不出來。

越女詞五首其三

東陽素足女,會稽素舸郎。

相看月未墮,白地斷肝腸。

 14其四 

鏡湖水如月,耶溪女似雪。

新妝蕩新波,光景兩奇

12-5其五

5 沙頭  砂地の岸辺。

6 翠 翡翠、カワセミの羽を指す。

 

薛濤『和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什』

玉兒已逐金鐶葬,翠羽先隨秋草萎。

唯見芙蓉含曉露,數行紅淚滴清池。

(西川の李尚書の『孔雀を傷む』および薛濤の什に和す)

玉兒 已に 金鐶の葬むらるを逐い,翠羽 先づ 秋草の萎えるに隨う。

唯 見る 芙蓉 曉露を含むを,數行の紅淚 清池に滴る。

(剣南西川の李尚書の作られた『傷孔雀』と『薛濤の詩篇』に唱和してつくる詩)

輝きをはっする青年もいつの間にか、出世も諦め棺桶に足を突っ込みそうな年になった。若くて力強い翼でもって飛び立っていたのに、秋草の枯れていくのにも従っていくように思うのだ。

唯だ、草木が枯れ始める中で木芙蓉は朝露に咲いている,これを私の生き方としてきたが、涙が頬を數行ものくやしい淚があふれることばかりで、清々しいすんだ池になみだを滴らせたものか。

武元衝『西川使宅有韋令公時孔雀存焉。暇日与諸公同玩座中兼故府賓妓。興嗟久之、因賦此詩用廣其意。』

荀令昔居此,故巢留越禽。

金翠尾,飛舞碧梧陰。

上客徹瑶瑟,美人傷蕙心。

会因南国使,得放海云深。

(西川の使宅に韋令公の時、孔雀も存する有り。暇日 諸公と同玩するに、座中に故府の賓妓を兼ぬ。興嗟すること之を久しゅうす、因って此の詩を賦して用いて其の意を廣うす。)

荀令 昔 此に居り,故巢 越禽を留む。

するは 金翠の尾,飛舞するは 碧梧の陰。

上客 瑶瑟を徹し,美人 蕙心を傷ましむ。

会【たまた】ま南国の使いに因って,海雲の深きに放つを得んや。

(軍人であり詩人の韋皐公の時に西川節度使の官舎軍営芸妓に、孔雀とも思える美人がいたのだ。ある日 諸公と同席して鑑賞する宴があるときは、この幕府のの賓妓を兼ねたおんなである。感興をうたう詩を作ることを長い期間している、よって此の詩をうたうことに用いてこの女性が優れていることを広めるのである。)

昔「王佐の才」を持つ荀彧が大いに役得有を果たしたが今ここにその人がいるのである。ここの先祖伝来の富沃の地を吐蕃や西域の異民族から守っているのだ。

クジャクがその金翠尾をゆっくりと雄雄しく動かすように立ち振る舞い、鳳凰の愛の巢は碧いことのしげる所に奥ゆかしくあったのだ

立派な主賓であった韋皐を偲んで立派な瑟を奏でるのを夜を徹してなされるのである。妻として過ごしていた美人芸妓は今や慕わしい気持ちを胸に心痛めている。

たまたま、この南の国成都からの使いによって韋皐の病死が知らされたのである。韋皐の功績は海よりも深く雲よりも高いものである。

12孫光憲《巻八32玉蝴蝶春欲盡,》『花間集』384全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7184

玉蝴蝶

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる。蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

12孫光憲《巻八32玉蝴蝶春欲盡,》『花間集』384全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7184

 

 

 
  2016年1月14日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(56)李太白集卷六10-《同族弟金城尉叔卿燭照山水壁畫歌》(高堂粉壁圖蓬瀛,) 376-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(58) Ⅰ李白詩1728 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7180  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈126《 巻四21 荊潭唱和詩序》 #5 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1641> Ⅱ#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7181  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-13-#5杜甫 《19-16 秋行官張望督促東渚耗稻向畢,清晨遣女奴阿稽、豎子阿段往問》#5 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-13-#5 <1107> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7182  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八32玉蝴蝶春欲盡,》『花間集』384全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7184  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

花間集 教坊曲 『玉蝴蝶』 二首

溫庭筠

巻一50玉蝴蝶秋風淒切傷離,行客未歸時。塞外草先衰,江南鴈到遲。芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。搖落使人悲,斷腸誰得知。

孫光憲

巻八32玉蝴蝶春欲盡,景仍長,滿園花正黃。粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

 

玉蝴蝶

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。

粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。

新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる

無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

 

玉蝴蝶

春 盡んと欲す,景 仍て長く,園の花 正に黃なるに滿つ。

粉翅して 兩つながら悠颺【ゆうよう】し,翩翩として 短牆を過る。

鮮飇【せんひょう】 暖がに,牽遊 伴い,飛び去り立ちて殘芳する。

語無く蕭娘に對し,舞衫 麝香沉す。

大明宮の圖003
 

『玉蝴蝶』 現代語訳と訳註

(本文)

玉蝴蝶

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。

粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。

無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

 

 

(下し文)

(玉蝴蝶)

春 盡んと欲す,景 仍て長く,園の花 正に黃なるに滿つ。

粉翅して 兩つながら悠颺【ゆうよう】し,翩翩として 短牆を過る。

鮮飇【せんひょう】 暖がに,牽遊 伴い,飛び去り立ちて殘芳する。

語無く蕭娘に對し,舞衫 麝香沉す。

 

(現代語訳)

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。

そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。

新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる

蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

 

pla027
 

(訳注)

玉蝴蝶

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

・胡蝶 西域の異民族の蝶ということであるが、ここでは上品な妃嬪、女性を云い、その女性が最も輝いているころのことを指している。
蛇足だが、胡蝶は[荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。

 

唐教坊曲,入“黃鐘宮”。“大中初,女蠻國入貢,危髻金冠,瓔珞被體,號'菩薩蠻隊'。”四十四字。 百字令 即《念奴嬌》

念奴

『開元天宝遺事』に見える。容貌に優れ、歌唱に長け、官妓の中でも、玄宗の寵愛を得ていた。玄宗の近くを離れたことがなく、いつも周りの人々を見つめていて、玄宗に「この女は妖麗で、眼で人を魅了する」と評された。その歌声は、あらゆる楽器の音よりもよく響き渡ったと伝えられる。唐代詩人の元稹の「連昌宮詞」に、玄宗時代の盛時をあらわす表現として、玄宗に命じられた高力士が、彼女を呼び、その歌声を披露する場面がある。清代の戯曲『長生殿』にも、永新とともに、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

唐·元稹《宫词》有云:

力士念奴,念奴潜伴郎宿。得又催,特赦街中

娇满眼泪红绡,掠削云旋装束。上九天歌一声,二十五郎吹管篴。

元稹自注曰:念奴,天宝中名倡,善歌。

念奴

楼下酺宴,累日之后,万眾喧隘,安之、黄裳辟易不能禁,眾奏。玄宗遣高力士大呼于楼上曰:‘欲遣念奴唱歌,邠二十五郎吹小管篴 “笛”,看人能听否?’未不悄然奉。【翻:念奴,天宝年著名倡伶,歌唱得很好。每年辞宴会時間一長,客就吵,使音奏不下去。安之、黄裳等人禁止不住。玄宗叫高力士在楼上高呼:“我要念奴出来唱歌,邠二十五郎吹小管笛了,你能安静下来听?”大家才慢慢安静下来。】

 

『花間集』には二首所収。孫光憲の作は一首収められている。双調四十二字、前段二十一字五句三平韻、後段二十一字四句三平韻で、❸③⑤⑤⑤/❸❸⑤⑤⑤詞形をとる

玉蝴蝶

春欲,景仍,滿園花正

粉翅兩悠,翩翩過短

鮮飇,牽遊,飛去立殘

無語對蕭,舞衫沉麝

○●●  ●○△ ●○○△○

●●●○△ ○○△●○

△?● △○●  ○●●○○

○●●○○  ●○○●○

花と張0104
 

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。

とは。意味や日本語訳。やはり,依然として病仍不好病気はやはりよくならない.仍旧 réngjiù[]依然として,相変わらず白昼得温暖,夜晚仍旧寒冷昼間は暖かくなってきたが,夜は相変わらず寒い.仍然 réngrán[]依然として,元通り

滿園花正黃 黃鐘宮をいう。儒家的「中聲」指音高、速度適中的有節制的音樂。

 

粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。

粉翅 蝶の翅。

 

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。

新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる。

りょうひょう【涼飇】. 涼しい風。

 

無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

蕭娘 愛妾のこと。

沈満願『戯蕭娘』
明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。
因風時蹔擧、想像見芳姿
凊晨插歩揺、向晩解羅衣。
託意風流子、佳情詎肯私。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

蕭娘: 沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。戯れるは「因風」「想像」「凊晨」「向晩」末の二句にあらわしている。

沈滿願 :生卒年不詳。の武康の人。沈約の孫娘。征西記室范靖(靜)の妻。

西暦540年ごろの梁武帝最盛期頃に評価を受けたようである。ただ、沈約(441 - 513年)は学問に精励し学識を蓄え、宋・斉・梁の3朝に仕えた。南斉の竟陵王蕭子良の招きに応じ、その文学サロンで重きをなし、「竟陵八友」の一人に数えられた。その後蕭衍(後の梁の武帝)の挙兵に協力し、梁が建てられると尚書令に任ぜられ、建昌県侯に封ぜられた。晩年は武帝の不興をこうむり、憂愁のうちに死去したというので、身分地位についてはそれほど高いものではなかったのではなかろうか。ただ、女性の立場で、王昭君の悲劇を呼んでいるわけで、詩界に参列できるだけのものであったことは間違いない。

蕭宏(しょうこう)は、蕭順之《梁武帝の父》の子で、梁武帝の異母弟にあたる。

彼は、長い間揚州の刺史を務めていたが、北魏との戦いで今の安徽省に出陣したとき、進軍を躊躇しているうちに暴風雨に遭い、恐怖心から敵前逃亡したため、数十万の自軍が大敗したという故事が残された。このため、「美貌軟弱、北魏これ蕭娘と称す」〔「娘」は、既婚の女性の意〕と史書にみえる。彼がもっとも愛した妾の子、蕭正立の石刻は南京に現存している。

 

12孫光憲《巻八28風流子三首其三》『花間集』380全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7164

孫光憲  風流子三首其三

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

黄金でつくった覊に、宝飾で輝くクツワを付いてきたこと知らせる様に馬を嘶かせている。鬱蒼と緑に茂った楊の樹のもとに馬をつなぐ。

南の正面の扉は閉められたままであり、刺繍が入った簾も垂らしている。奥まった中庭の国向って小川が流れているあれほど咲き誇った花も落ちてしまっている。

誰もがやがて歓談するのもやめて帰るとことになる。外に出ると深夜の九衢の大通りがある皇城も夜が更けてゆく。

12孫光憲《巻八28風流子三首其三》『花間集』380全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7164

 

 
  2016年1月10日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(56)李太白集卷六07-《西嶽雲臺歌送丹丘子》 375-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(56) Ⅰ李白詩1724 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7161  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈126《 巻四21 荊潭唱和詩序》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1637> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7162  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-13-#1杜甫 《19-16 秋行官張望督促東渚耗稻向畢,清晨遣女奴阿稽、豎子阿段往問》#1 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-13-#1 <1103> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7163  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八28風流子三首其三》『花間集』380全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7164  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

孫光憲

巻八26風流子三首其一  茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

孫光憲

巻八27風流子三首其二  樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

孫光憲

巻八28風流子三首其三  金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。朱掩,繡簾垂,曲院水流花謝。歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

風流子三首其二

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

(風流子三首其の二)

楼は長衢【ちょうく】に倚りて 暮れんと欲し、神仙の伴侶を瞥見す。

微かに粉を傳き、頭を攏し梳く、隠映す 画簾の開く処。

語ること 無く、緒 無し、慢に羅裙を曳きて 帰り去る。

 

風流子三首其三

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

黄金でつくった覊に、宝飾で輝くクツワを付いてきたこと知らせる様に馬を嘶かせている。鬱蒼と緑に茂った楊の樹のもとに馬をつなぐ。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

南の正面の扉は閉められたままであり、刺繍が入った簾も垂らしている。奥まった中庭の国向って小川が流れているあれほど咲き誇った花も落ちてしまっている。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

誰もがやがて歓談するのもやめて帰るとことになる。外に出ると深夜の九衢の大通りがある皇城も夜が更けてゆく。

 

(風流子三首其の三)

金絡 玉銜 嘶く馬,向に繫ぎて 綠楊 陰下にす。

 掩う,繡簾 垂れ,曲院 水流れ 花謝す。

歡罷め,歸る也,猶お九衢 深夜に在り。

西湖十景 曲院風荷02

 

『風流子三首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

風流子三首其三

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

(下し文)

(風流子三首其の三)

金絡 玉銜 嘶く馬,向に繫ぎて 綠楊 陰下にす。

 掩う,繡簾 垂れ,曲院 水流れ 花謝す。

歡罷め,歸る也,猶お九衢 深夜に在り。

 

(現代語訳)

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

黄金でつくった覊に、宝飾で輝くクツワを付いてきたこと知らせる様に馬を嘶かせている。鬱蒼と緑に茂った楊の樹のもとに馬をつなぐ。

南の正面の扉は閉められたままであり、刺繍が入った簾も垂らしている。奥まった中庭の国向って小川が流れているあれほど咲き誇った花も落ちてしまっている。

誰もがやがて歓談するのもやめて帰るとことになる。外に出ると深夜の九衢の大通りがある皇城も夜が更けてゆく。

曲院風荷01
 

(訳注)

風流子三首其三

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

 

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其一

茅舍槿籬溪,雞犬自南自

菰葉長,水開,門外春波漲

,聲,軋軋鳴梭穿

△●●○○●  ○●●○●●

○●△  ●○○ ○●○○△● 

△● ○●  ●●○○△●

風流子三首其二

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

樓倚長衢欲,瞥見神仙伴

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開

,無,慢曳羅裙歸

○△△○●●  ●●○○●●

○△●  ●○○ ●●●○○●

○● ○●  ●●○○○●

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其三

金絡玉銜嘶,繫向綠楊陰

掩,繡簾垂,曲院水流花

,歸,猶在九衢深

○●●○○●  ●●●○○●

○●●  ●○○ ●△●○○●

○△ ○●  △●△○△●


続きを読む

改訂12孫光憲《巻八26風流子三首其一》『花間集』378全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7162

孫光憲  風流子三首其一

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

改訂12孫光憲《巻八26風流子三首其一》『花間集』378全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7162

 

 

 
  2016年1月8日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(55)李太白集卷六05 -《玉壺吟》#2 374Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(55)#2 Ⅰ李白詩1722 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7153  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈125《 巻三03 上兵部李侍郎書》 #7§4-2 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1635> Ⅱ#7§4-2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7154  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-12-#2杜甫 《19-10 上後園山腳》#2 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-12-#2 <1101> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7155  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 改訂12孫光憲《巻八26風流子三首其一》『花間集』378全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7162  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

孫光憲

巻八26風流子三首其一  茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

孫光憲

巻八27風流子三首其二  樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

孫光憲

巻八28風流子三首其三  金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。朱掩,繡簾垂,曲院水流花謝。歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

大明宮 作図011
 

 

 

『風流子三首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

風流子三首其一

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

 

(下し文)

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

 

(現代語訳)

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(訳注)

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

1.    風流子. 唐教坊曲名。寵愛を失った妃賓、離宮か、墓陵に送られた妃嬪を思い浮かべる作品である。この時代に風流に自然を眺められるのは、何らかの安定した収入源がある女性が前提である。「男耕女織」の時代であるが、この詩には全く労働の気配が感じられない。犬が遠くで鳴き、鶏、鳥が鳴く声が、琴の曲とし、コオロギの声も、琴箏に聞こえる、昔は、春の行楽、秋の菊美、月見にことを演奏し、聞いていた人物であるから、宮中にいた女性、妃嬪という立場であったものが暇を取らされたということである。或は、後宮にいても、寵愛を受けない妃嬪たちは、することは全くないから、この詩の状況に置かれることもあるのである。

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其一

茅舍槿籬溪,雞犬自南自

菰葉長,水開,門外春波漲

,聲,軋軋鳴梭穿

△●●○○●  ○●●○●●

○●△  ●○○ ○●○○△● 

△● ○●  ●●○○△●

 

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

2. 茅舍 草ぶきの家,あばら家,茅屋,拙宅.

3. 槿籬 槿(ムクゲ)のいけがき。「槿籬竹屋江村路。槿籬竹屋江村の路」〔王安石・鍾山晩歩〕.

4. 溪曲 前溪曲のこと。古楽府吴声舞曲。

5. 雞犬 『老子、獨立第八十』「鄰國相望、雞犬之聲相聞」(鄰國相い望み、雞犬の聲相い聞ゆる)

6. 動物の飼育

「年は二八(十六歳)、久しく香閏に鎖こめられ、禍児(狩)と鶴鵡を相手に戯ぶのが愛き」(『敦煙変文社会風俗事物考』より引用)とあるように、家庭の少女や婦人、それに宮中の女性たちは常に鶴鵡や犬などの小動物を友として飼い、寂しさをまざらわせていた。楊貴妃が飼っていた鶴鵡は雪衣女といい、犬は康国(中央アジアのサマルカンド)から献上されたもので、どちらも高貴な品種であった。宮女や妃妾もまた常に小さな金の龍に蟻蜂を捉えて飼い、夜枕辺に置いて鳴き声を聞き、孤独の苦しみをまざらわせた。後に、この風習を民間が争ってまねるようになり、蟻蜂を飼うのを娯楽とした(『開元天宝遺事』巻上)。

 

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

7. 菰 ① マコモやわらで織った筵(むしろ)。 マコモの古名。 「三島江の入江の-をかりにこそ/万葉集 2766 「薦被(こもかぶ)り② 」の略。

8. 水 1.亦作"" 2.水草名。一年生草本。

 

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

9. 聽織,聲促 「聽促織,聲促織」ということ。

杜甫『促織』

促織甚微細、哀音何動人。

草根吟不穏、牀下意相親。

久客得無涙、故妻難及晨。

悲糸与急管、感激異天真。

(促 織)

促織【そくしょく】は  甚【はなは】だ微細なるに、哀音【あいおん】  何ぞ人を動かすや。

草根【そうこん】に 吟ずること 穏かならず、牀下【しょうか】に 意 相【あい】親しむ。

久客【きゅうかく】 涙 無きを得んや、故妻【こさい】  晨【あした】に及び難し。

悲糸【ひし】と急管【きゅうかん】と、感激は天真【てんしん】に異なり。

秦州抒情詩(11)   促織 杜甫 <296> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1355 杜甫詩 700- 416

10 軋軋 清楽は12弦箏を用いたが,他は13弦箏を普通とした。 奏法には指で奏する搊(しゆう),骨製の爪(義甲)で奏する弾,弦を擦って鳴らす軋(あつ)があったというが,搊と弾の意味はかならずしも明確ではない。車にキシミ音のような音。

11. 鳴梭 横糸とする糸を巻いた管を、舟形の胴部の空所に収めたもの。端から糸を引き出しながら縦糸の間を左右にくぐらせる。シャトル。

12. 穿屋 「穿屋巷」細い細い路地のこと。

 

 

主に宮中の年中行事

年中行事は、唐代では史料も増え、政府の儀礼だけでなく、都市における行事の詳細も分かるようになっている。行事の中でも、立春から冬至までの八節(二十四節気参照)と重日が重要視された。唐代の年中行事は、国家の安泰や農作物の豊穣や無病息災、神々や祖先との交流し、社会的共同性を更新する機会であり、宗教的呪術の場でもあった。

元会は、元旦に都である長安太極宮もしくは大明宮で皇帝が行う朝賀である。元会には各国の使者や百官が集まり、式典を行った。百官は元旦と前後3日間合計7日間休み、元会の儀式が終わると、残る3日新春の訪れを家族と祝った。正月には竹を燃やし、爆竹が鳴らされ、悪霊を追い払った。また、屠蘇酒を飲み、健康を祝い、膠牙糖という水飴を舐めた。

人日節正月7日に行われた行事である。祝宴が宮廷で行われ、百官に魔よけの人形の切り絵である「人勝」が配られる。この日、7種の野草を使う羮が作られた。

上元節は正月15日の前後3日間続く灯籠祭りであり、元宵節とも呼ばれ、仏教の影響もあって、最も盛んとなった祭りである。上元節の期間中は、夜行の禁が解かれ、都市、田舎を問わず、家ごとに灯籠を掛け連ね、着飾った大勢の見物人が夜通し活動する。大都市では、灯籠を無数に連ねた灯樹、灯輪、山棚などというものが飾られ、都市内各地で見物することができた。上元節の灯籠は、玄宗期に隆盛を迎え、その盛大さは多くの唐詩に唱われている。長安では、皇帝も元宵節を楽しみ、雑踏は非常に激しいもので、落とし物も朝には市中にあちこちに転がったと伝えられる。また、昼間は抜河(綱引き)が行われた。長安以外では、洛陽揚州涼州でも大規模な祭りが開かれた。玄宗期の一時期は2月に開かれていた。

探春の宴は早春の野に春の風景を探す行事である。送窮日は、1月最終日で、貧乏神を送り出す行事である。

寒食節は、2月末に、一日中冷たいものを食べる。前後3日間、火を焚くこと、夜間に灯りをつけることを禁じられた。清明節は、31日に寒食節が終わると、一続きで行われる、家で新火をおこし始める行事である。

寒食の用語解説 - 古代中国で、冬至から105日目に、火気を用いないで冷たい食事をしたこと。そのころは風雨が激しいので火災予防のためとも、また、一度火を断って新しい火で春を促すためともいう。

上巳節は、33日に行われる河や池の水で身体を洗う行事である「祓禊」が行われる。長安付近では、曲江池や渭水で行った。全体的に行楽のような意味合いを持った行事で、景色を楽しんだり、宴会が開かれたりした。

春の行事:探春の宴、送窮日、寒食節、清明節、上巳節

秋の行事:七夕、天長節、中秋節、重陽節

端午節は、55日に、悪鬼を防ぐため、艾(よもぎ)人形を戸口にかけ、艾のを頭にかぶる行事である。粽子(ちまき)を食べ、竜船競渡(ボートレース)を行うこともあった。宮廷でも、衣服やチマキが下賜された。部屋に飾る鍾馗の絵は唐代からはじまっている。

夏至には、百官は3日間の休みが与えられる。

七夕は、77日に、年に一度、織女星と牽牛星が会う日である。爆衣・爆書という衣類書籍の虫干しが行われ、夜にや瓜を食べ、を立てて二つの星を祭る。針穴に色糸を通して織物の上達を祈る「乞巧節」でもある。

天長節は、85日の玄宗の誕生日を国慶節としたことによる。宮廷では宴席を行い、興慶宮の広場で、玄宗のもとで宮廷楽団の音楽や大規模な舞踊、出し物や曲芸軽業手品などの百戯が行われた。全国の寺観でも盛大な儀式が行われ、農民も天神を祭るという行事に組み入れられた。

「中秋節は、815日に、中秋の名月を眺める日であり、この日の満月が最も美しい月とされた。果物などを食べながら、月見を行った。唐代の半ばにはじまり、晩唐には定着した。

重陽節は、99日に、人々が高い丘や高楼の高所に登高し、茱萸(かわはじかみ)の枝や菊の花を髪に挿し、その実を入れた袋を肘に下げ、菊酒を飲み邪気を祓う行事である。翌日の910日が小重陽で酒宴が開かれた。

冬至節は、1115日に、皇帝が朝賀を行う前に天に祭り、天下太平・五穀豊穣を祈り、式典が催される。元旦とともに重視され、官僚は7日間の休日を与えられた。民間でも「拝冬」として祝い、ご馳走をする。この前夜は、「至除夜」と言われ、徹夜して夜明けを迎える。

臘日は成道日の128日に、酒宴などを行って祝う行事。宮中でも宴会が開かれる。

徐夕は、1229日か30日の1年の最終日。夜の「除夜」に、新しい年を迎えるため、酒を飲んで、徹夜する。宮廷では「大儺」の儀式が行われた。

12孫光憲《巻八13生查子三首其二》『花間集』365全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7097

孫光憲  『生子三首』其二

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

12孫光憲《巻八13子三首其二》『花間集』365全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7097

 

 

 
  2015年12月20日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(48)李白366-#2 巻五05-《相逢行》(朝騎五花馬,) 366-#2Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(48) <李白366-#2> Ⅰ李白詩1709 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7093  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈119-#4《 巻九16喜雪獻裴尚書》 #4 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1622> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7094  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-8-#2杜甫 《19-06 園人送瓜》#2 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-8-#2 <1083> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7095  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八13生查子三首其二》『花間集』365全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7097  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

孫光憲  花間集 六十一首

花間集 巻第七 (十三首)

花間集 巻第八 (四十八首)

 

花間集 教坊曲『生子』七首

張泌

巻四44子相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

牛希濟

巻五44子春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

孫光憲

巻八12子三首其一寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

孫光憲

巻八13子三首其二暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

孫光憲

巻八14子三首其三金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪。玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

魏承班

巻九10子二首 其一》  煙雨晴天,零落花無語。難話此時心,梁雙來去。琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,金縷

魏承班

巻九11子二首 其二》  寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

 隋堤002

 

孫光憲 『生子三首』其一

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

寂寞掩朱門,正是天將暮。

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

待得沒人時,隈倚論私語。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

 

寂寞 朱門を掩い,正に是れ 天將て暮れる。

暗澹として 小庭の中,滴滴として 梧桐の雨。

繡 夫を工みし,心緒を牽き,盡く鴛鴦の縷を配す。

人を沒する時を得んことを待ち,隈倚して私語を論ずる。

 

『生子三首』其二

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

 

(『生子三首』其の二)

暖かな日 花驄を策し,鞚を嚲れ 陌に楊を垂れ。

芳草 煙青に惹れ,絮を落つ 風白に隨う。

誰が家 繡轂 香塵を動かし,隱映す 神仙の客を。

狂殺す 玉鞭の郎,咫尺 音容を隔つなり。

 

興慶宮002
 

『生子三首』其二 現代語訳と訳註

(本文)

孫光憲 『生子三首』其二

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

 

(下し文)

(『生子三首』其の二)

暖かな日 花驄を策し,鞚を嚲れ 陌に楊を垂れ。

芳草 煙青に惹れ,絮を落つ 風白に隨う。

誰が家 繡轂 香塵を動かし,隱映す 神仙の客を。

狂殺す 玉鞭の郎,咫尺 音容を隔つなり。

 

(現代語訳)

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。

郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。

何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。

その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

 

(訳注)

子三首其二

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

 

花間集には孫光憲の『生子三首』ある。双調四十一字、前段二十字、四句二仄韻で、後段二十一字、五句二平韻二仄韻5❺5❺/③3❺⑤❺の詞形をとる。

寂寞掩朱門,正是天將

暗澹小庭中,滴滴梧桐

繡工,牽心緒,配盡鴛鴦

待得沒人,隈倚論私

●●●○○  △●○△●

●△●○△  ●●○○●

●○  △○● ●●○○●

●●●○○ △△△○●

其二双調四十二字、前段二十字、四句二仄韻で、前段二十二字、四句二仄韻で、5❺5❺/7❺5❺の詞形をとる。

子三首 其二

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

●●●○○  ●●○○●

○●●○○  ●●○△●

○○●●●○○  ●●○○●

△●●○○  ●●○○●

 

 

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。

4 花驄 大宛の種である花紋様ある驄馬

5 嚲鞚 嚲:垂れている飾りがゆれて叩く。鞚:おもがい1 (くつわ)の部分の名。手綱(たづな)の両端を結びつける轡の引き手。みずき。2 手綱の両端。

 

芳草惹煙青,落絮隨風白。

郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。

 

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。

6 繡轂 裝飾華美的車輛。貴人たちが銀鞍の馬や立派な車にのって来て

 

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

7 狂殺 狂おしく細い。一目で好きになってしまう。

8 玉鞭郎 飾りが施された鞭を持った貴公子の男。

 

 

孫光憲 『生子三首』【字解】

 

 

1 寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。じゃくまく。

2 朱門 身分の高い顕官の邸。① 朱塗りの門。 ②《門を朱塗りにしたところから》富貴の人の家。家屋は南を正門とし、高貴の人はその邸の門を朱色に塗った。郭璞の「遊仙詩」に、「朱門何ぞ栄とするに足らん」 の句がある。

薛濤『燕離巢』「出入朱門未忍,主人常愛語交交。銜泥穢珊瑚枕,不得梁間更壘巢。」(燕、巣を離る)朱門に出入して 未だ【なげう】つに忍びず、主人 常に愛す 語 交交なるを。泥を銜んで 珊瑚の枕を 穢汚す、梁間 更に巣を壘するを 得ず。

十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467

 

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

3 梧桐 梧桐の葉に棲む鳳凰のつがい。鳳凰は梧桐の木に棲むとされる。『詩経』大雅・巻阿に「鳳凰鳴けり、彼の高岡に。梧桐生ぜり、彼の朝陽に」。その鄭玄の箋に「鳳凰の性は、梧桐に非ざれは棲まず。竹の実に非ざれは食わず」。

・梧桐:こどう 立秋の日に初めて葉を落とす。大きな葉を一閒一枚落としてゆく青桐は凋落を象徴するもの。特に井戸の辺の梧桐は砧聲と共に秋の詩には欠かせない。李煜「采桑子其二」李煜「烏夜啼」温庭筠「更漏子」李白「贈舎人弟台卿江南之」李賀「十二月楽詞」などおおくある。玄宗と楊貴妃を喩える場合もある。

顧夐『虞美人六首』其四「碧梧桐映紗晚,花謝鶯聲懶。小屏屈曲掩青山,翠幃香粉玉爐寒,兩蛾攢。顛狂少年輕離別,辜負春時節。畫羅紅袂有啼痕,魂消無語倚閨門,欲黃昬。」(其の四)碧の梧桐 紗の晚を映し,花 鶯聲の懶を謝す。小屏 屈曲 青山を掩い,翠幃 香粉 玉爐の寒,兩つながらの蛾を攢める。狂を顛じて少年 離別を輕くし,辜 春の時節に負【そむ】く。羅に畫く紅の袂 啼痕有り,魂消 語無く閨門に倚り,黃昬ならんと欲す。

11顧夐 (改)《巻六37虞美人六首其四》『花間集』288全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6712

4 花驄 大宛の種である花紋様ある驄馬

5 嚲鞚 嚲:垂れている飾りがゆれて叩く。鞚:おもがい1 (くつわ)の部分の名。手綱(たづな)の両端を結びつける轡の引き手。みずき。2 手綱の両端。

6 繡轂 裝飾華美的車輛。貴人たちが銀鞍の馬や立派な車にのって来て

7 狂殺 狂おしく細い。一目で好きになってしまう。

8 玉鞭郎 飾りが施された鞭を持った貴公子の男。

12孫光憲《巻八12生查子三首其一》『花間集』364全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7092

孫光憲 『生子三首』其一

寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

12孫光憲《巻八12子三首其一》『花間集』364全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7092

 

 

 
  2015年12月19日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(48)李白 巻五05-《相逢行》(朝騎五花馬,) Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(47) <李白> Ⅰ李白詩1706 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7078  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈119-#3《 巻九16喜雪獻裴尚書》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1621> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7089  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-8-#1杜甫 《19-06 園人送瓜》#1 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-8-#1 <1082> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7090  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八12生查子三首其一》『花間集』364全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7092  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

孫光憲  花間集 六十一首

花間集 巻第七 (十三首)

花間集 巻第八 (四十八首)

 

花間集 教坊曲『生子』七首

張泌

巻四44子相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

牛希濟

巻五44子春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

孫光憲

巻八12子三首其一寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

孫光憲

巻八13子三首其二暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

孫光憲

巻八14子三首其三金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪。玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

魏承班

巻九10子二首 其一》  煙雨晴天,零落花無語。難話此時心,梁雙來去。琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,金縷

魏承班

巻九11子二首 其二》  寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

 

 

孫光憲 『生子三首』其一

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

寂寞掩朱門,正是天將暮。

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

待得沒人時,隈倚論私語。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

 

寂寞 朱門を掩い,正に是れ 天將て暮れる。

暗澹として 小庭の中,滴滴として 梧桐の雨。

繡 夫を工みし,心緒を牽き,盡く鴛鴦の縷を配す。

人を沒する時を得んことを待ち,隈倚して私語を論ずる。

DCF00112
 

 

『生子三首』其一 現代語訳と訳註

(本文)

子三首其一

寂寞掩朱門,正是天將暮。

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

待得沒人時,隈倚論私語。

 

(下し文)

寂寞 朱門を掩い,正に是れ 天將て暮れる。

暗澹として 小庭の中,滴滴として 梧桐の雨。

繡 夫を工みし,心緒を牽き,盡く鴛鴦の縷を配す。

人を沒する時を得んことを待ち,隈倚して私語を論ずる。

 

(現代語訳)

子三首其一(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

瓊花02
 

(訳注)

子三首其一

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)その一

前段はその邸宅の正門のひっそり感を、中庭に入ると梧桐の葉に雨が落ちる音で悲しさを表現している。一夫多妻制の時代であるが、この詩の雰囲気では正妻の死ではなく、愛妾の死であろう。後段は死んだ愛妾の使用したものには鳳凰の刺繍や鴛鴦の絵の紐がかけられていて天に持っていけるようにしてある。でも、誰もが何時かは死ぬものだから、ということで終るが、その裏には、夫が何時になっても帰らず、

其一

花間集には孫光憲の『生子三首』ある。双調四十一字、前段二十字、四句二仄韻で、後段二十一字、五句二平韻二仄韻5❺5❺/③3❺⑤❺の詞形をとる。

寂寞掩朱門,正是天將

暗澹小庭中,滴滴梧桐

繡工,牽心緒,配盡鴛鴦

待得沒人,隈倚論私

●●●○○  △●○△●

●△●○△  ●●○○●

●○  △○● ●●○○●

●●●○○ △△△○●

 

寂寞掩朱門,正是天將暮。

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

1 寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。じゃくまく。

2 朱門 身分の高い顕官の邸。① 朱塗りの門。 ②《門を朱塗りにしたところから》富貴の人の家。家屋は南を正門とし、高貴の人はその邸の門を朱色に塗った。郭璞の「遊仙詩」に、「朱門何ぞ栄とするに足らん」 の句がある。

薛濤『燕離巢』「出入朱門未忍,主人常愛語交交。銜泥穢珊瑚枕,不得梁間更壘巢。」(燕、巣を離る)朱門に出入して 未だ【なげう】つに忍びず、主人 常に愛す 語 交交なるを。泥を銜んで 珊瑚の枕を 穢汚す、梁間 更に巣を壘するを 得ず。

十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467

 

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

3 梧桐 梧桐の葉に棲む鳳凰のつがい。鳳凰は梧桐の木に棲むとされる。『詩経』大雅・巻阿に「鳳凰鳴けり、彼の高岡に。梧桐生ぜり、彼の朝陽に」。その鄭玄の箋に「鳳凰の性は、梧桐に非ざれは棲まず。竹の実に非ざれは食わず」。

・梧桐:こどう 立秋の日に初めて葉を落とす。大きな葉を一閒一枚落としてゆく青桐は凋落を象徴するもの。特に井戸の辺の梧桐は砧聲と共に秋の詩には欠かせない。李煜「采桑子其二」李煜「烏夜啼」温庭筠「更漏子」李白「贈舎人弟台卿江南之」李賀「十二月楽詞」などおおくある。玄宗と楊貴妃を喩える場合もある。

顧夐『虞美人六首』其四「碧梧桐映紗晚,花謝鶯聲懶。小屏屈曲掩青山,翠幃香粉玉爐寒,兩蛾攢。顛狂少年輕離別,辜負春時節。畫羅紅袂有啼痕,魂消無語倚閨門,欲黃昬。」(其の四)碧の梧桐 紗の晚を映し,花 鶯聲の懶を謝す。小屏 屈曲 青山を掩い,翠幃 香粉 玉爐の寒,兩つながらの蛾を攢める。狂を顛じて少年 離別を輕くし,辜 春の時節に負【そむ】く。羅に畫く紅の袂 啼痕有り,魂消 語無く閨門に倚り,黃昬ならんと欲す。

11顧夐 (改)《巻六37虞美人六首其四》『花間集』288全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6712

 

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

 

待得沒人時,隈倚論私語。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

12孫光憲《巻八06河瀆神二首其一》『花間集』358全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7062

孫光憲  河瀆神二首 其一

汾水碧依依,黃雲落葉初飛。翠蛾一去不言歸,廟門空掩斜暉。

四壁陰森排古畫,依舊瓊輪羽駕。小殿沉沉清夜,銀燈飄落香

(汾河を遠くに見る御陵にも秋がおとずれるのと長い夜が来るその景色をうたう)

汾水の流れは緑に澄んだ水で遙か先まで流れている。傾きかけた日に黄色に映る雲をみて初めて秋を知り、初めて落ち葉が散って来たのを見る。「翠蛾」はひとたび去る時には帰って来るとは言わなかった、この陵廟の門はひっそりとして西日が照り輝く。廟苑を囲む四方の壁の向こうには深い木々の森が鬱蒼としてかべやはしらにえがかれたものがふるくうすよごれている見えなくなるほどになっている、きっと昔は鳳凰鳥の馭者に牽かれ天に環をかけて飛び走る絵が描かれていたのだろう。陵廟の館樓はしんしんと更けてゆき清らかな夜が訪れる。妃嬪の閨の銀の燭台の燈火は灯芯がおちて燃え残りが油の香りがする。

12孫光憲《巻八06河瀆神二首其一》『花間集』358全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7062

 

 

 
  2015年12月13日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白研究05 清平調詞について  <李白研究05> Ⅰ李白詩1702 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7058  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈115《 巻九11題木居士,二首之一》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1611> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7039  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-7-#2杜甫 《19-07 課伐木 序》#2 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-7-#2 <1076> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7060   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八06河瀆神二首其一》『花間集』358全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7062  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 孫少監光憲四十七首

菩薩蠻五首

河瀆神二首

虞美人二首

後庭花二首

子三首

臨江仙二首

酒泉子三首

清平樂二首

更漏子二首

女冠子二首

風流子三首

定西番二首

河滿子一首

玉蝴蝶一首

八拍蠻一首

竹枝一首

思帝一首

上行盃二首

謁金門一首

思越人二首

陽柳枝四首

望梅花一首

漁歌子二首

 

 

溫庭筠

《巻一45》 河瀆神三首其一河上望叢祠,廟前春雨來時。楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

溫庭筠

巻一46河瀆神三首其二孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

溫庭筠

巻一47河瀆神三首其三銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

張泌

巻五03河瀆神古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

孫光憲

巻八06河瀆神二首其一汾水碧依依,黃雲落葉初飛。翠蛾一去不言歸,廟門空掩斜暉。四壁陰森排古畫,依舊瓊輪羽駕。小殿沉沉清夜,銀燈飄落香

孫光憲

巻八07河瀆神二首其二江上草芊芊,春晚湘妃廟前。一方柳色楚南天,數行斜鴈聯翩。獨倚朱欄情不極,魂斷終朝相憶。兩槳不知消息,遠汀時起鸂鶒。

 

河瀆神二首       其一

汾水碧依依,黃雲落葉初飛。

翠蛾一去不言歸,廟門空掩斜暉。

四壁陰森排古畫,依舊瓊輪羽駕。

小殿沉沉清夜,銀燈飄落香

(汾河を遠くに見る御陵にも秋がおとずれるのと長い夜が来るその景色をうたう)

汾水の流れは緑に澄んだ水で遙か先まで流れている。傾きかけた日に黄色に映る雲をみて初めて秋を知り、初めて落ち葉が散って来たのを見る。

「翠蛾」はひとたび去る時には帰って来るとは言わなかった、この陵廟の門はひっそりとして西日が照り輝く。

廟苑を囲む四方の壁の向こうには深い木々の森が鬱蒼としてかべやはしらにえがかれたものがふるくうすよごれている見えなくなるほどになっている、きっと昔は鳳凰鳥の馭者に牽かれ天に環をかけて飛び走る絵が描かれていたのだろう。

陵廟の館樓はしんしんと更けてゆき清らかな夜が訪れる。妃嬪の閨の銀の燭台の燈火は灯芯がおちて燃え残りが油の香りがする。

河瀆神二首           其一

汾水 碧 依依たり,黃雲 落葉 初めて飛ぶ。

翠蛾 一び去りて 歸るを言わず,廟門 空しく斜暉を掩う。

四壁 森を陰して古畫を排し,依舊 羽駕に 瓊輪す。

小殿 沉沉として清夜なり,銀燈 飄落して 香

             

河瀆神二首           其二

江上草芊芊,春晚湘妃廟前。

一方柳色楚南天,數行斜鴈聯翩。

獨倚朱欄情不極,魂斷終朝相憶。

兩槳不知消息,遠汀時起鸂鶒。

Nature1-011
 

 

『河瀆神二首』 現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神二首           其一

汾水碧依依,黃雲落葉初飛。

翠蛾一去不言歸,廟門空掩斜暉。

四壁陰森排古畫,依舊瓊輪羽駕。

小殿沉沉清夜,銀燈飄落香

 

(下し文)

河瀆神二首           其一

汾水 碧 依依たり,黃雲 落葉 初めて飛ぶ。

翠蛾 一び去りて 歸るを言わず,廟門 空しく斜暉を掩う。

四壁 森を陰して古畫を排し,依舊 羽駕に 瓊輪す。

小殿 沉沉として清夜なり,銀燈 飄落して 香す。

 

(現代語訳)

(汾河を遠くに見る御陵にも秋がおとずれるのと長い夜が来るその景色をうたう)

汾水の流れは緑に澄んだ水で遙か先まで流れている。傾きかけた日に黄色に映る雲をみて初めて秋を知り、初めて落ち葉が散って来たのを見る。

「翠蛾」はひとたび去る時には帰って来るとは言わなかった、この陵廟の門はひっそりとして西日が照り輝く。

廟苑を囲む四方の壁の向こうには深い木々の森が鬱蒼としてかべやはしらにえがかれたものがふるくうすよごれている見えなくなるほどになっている、きっと昔は鳳凰鳥の馭者に牽かれ天に環をかけて飛び走る絵が描かれていたのだろう。

陵廟の館樓はしんしんと更けてゆき清らかな夜が訪れる。妃嬪の閨の銀の燭台の燈火は灯芯がおちて燃え残りが油の香りがする。

Flower1-004
 

(訳注)

河瀆神二首     其一

(汾河を遠くに見る御陵にも秋がおとずれるのと長い夜が来るその景色をうたう)

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。後宮に配置されるだけでなく、各離宮、御陵に妃嬪たちは配属された。

河瀆神 一首

『花間集』には張泌の作が一首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段五字四句四灰韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。

汾水碧依,黃雲落葉初

翠蛾一去不言,廟門空掩斜

四壁陰森排古,依舊瓊輪羽

小殿沉沉清,銀燈飄落香

○●●△△  ○○●●○○

●△●●△○○  ●○△●○○

●●○○○●●  △●○○●●

●●○○○●  ○○○●○●

             

汾水碧依依,黃雲落葉初飛。

汾水の流れは緑に澄んだ水で遙か先まで流れている。傾きかけた日に黄色に映る雲をみて初めて秋を知り、初めて落ち葉が散って来たのを見る。

1.   汾水 山西省を南北に流れる大きな川で、渭河に次ぐ黄河第二の支流。 山西省北部の忻州市寧武県の管涔山に発する。黄土高原の谷間を流れる支流を集めて南西方向へ流れ、次いで南東方向へ、さらに北東方向へと大きく曲がりながら太原市で盆地に出る。晋中市から臨汾市へと、山西省中部の盆地を北東から南西の方向へ貫き、侯馬で西へ折れ、運城市河津で黄河左岸に合流する。春秋戦国時代以来の歴史的都市の多くが汾河流域にあり、黄河文明や中国の歴代王朝の多くを生んだ山西省の母なる川でもある。

2.   黃雲 秋の日が落ち掛け夕焼になる前の黄色のうろこ雲。

 

翠蛾一去不言歸,廟門空掩斜暉。

「翠蛾」はひとたび去る時には帰って来るとは言わなかった、この陵廟の門はひっそりとして西日が照り輝く。

3.   翠娥  ①青黒い三日月形の眉(マユ)。美人の美しい眉のこと。 ②転じて、美人のこと。ここは、陵廟付きの妃賓。

廟門 陵廟の門。

 

四壁陰森排古畫,依舊瓊輪羽駕。

廟苑を囲むの四方の壁の向こうには深い木々の森が鬱蒼としてかべやはしらにえがかれたものがふるくうすよごれている見えなくなるほどになっている、きっと昔は鳳凰鳥の馭者に牽かれ天に環をかけて飛び走る絵が描かれていたのだろう。

4.   四壁 この廟苑を囲む四方の壁、

5.   陰森排古畫 この壁を蔽いかぶさるように木の枝が鬱蒼としていて、木の樹脂が飛んで以前は鮮やかに描かれていた絵が薄汚れて見えなくなる。

6.   瓊輪羽駕 鳳凰鳥の馭者に牽かれ天に環をかけて飛び走る絵が描かれていたことをいう。

 

小殿沉沉清夜,銀燈飄落香

陵廟の館樓はしんしんと更けてゆき清らかな夜が訪れる。妃嬪の閨の銀の燭台の燈火は灯芯がおちて燃え残りが油の香りがする。

7.   飄落 ふんわりと落ちること。

8.   燃え残りの臣が油の香りを発すること。

 

 

孫光憲 河瀆神二首 【字解】

 

 

(1)  汾水 山西省を南北に流れる大きな川で、渭河に次ぐ黄河第二の支流。 山西省北部の忻州市寧武県の管涔山に発する。黄土高原の谷間を流れる支流を集めて南西方向へ流れ、次いで南東方向へ、さらに北東方向へと大きく曲がりながら太原市で盆地に出る。晋中市から臨汾市へと、山西省中部の盆地を北東から南西の方向へ貫き、侯馬で西へ折れ、運城市河津で黄河左岸に合流する。春秋戦国時代以来の歴史的都市の多くが汾河流域にあり、黄河文明や中国の歴代王朝の多くを生んだ山西省の母なる川でもある。黃雲 秋の日が落ち掛け夕焼になる前の黄色のうろこ雲。 

(2)  翠娥  1.青黒い三日月形の眉(マユ)。美人の美しい眉のこと。2転じて、美人のこと。ここは、陵廟付きの妃賓。

(3)  廟門 陵廟の門。

(4)  四壁 この廟苑を囲む四方の壁、

(5)  陰森排古畫 この壁を蔽いかぶさるように木の枝が鬱蒼としていて、木の樹脂が飛んで以前は鮮やかに描かれていた絵が薄汚れて見えなくなる。

(6)  瓊輪羽駕 鳳凰鳥の馭者に牽かれ天に環をかけて飛び走る絵が描かれていたことをいう。

(7) 飄落 ふんわりと落ちること。

(8)  燃え残りの臣が油の香りを発すること。

12孫光憲《巻八05菩薩蠻五首其五 木綿》『花間集』357全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7057

孫光憲  菩薩蠻          其五

木綿花映叢祠小,越禽聲裏春光曉。        銅皷與蠻歌,南人祈賽多。

客帆風正急,茜袖隈牆立。極浦幾迴頭,煙波無限愁。

(北へ帰る船に良い人をひそかに見送る美人が愁いにあふれ涙を流している。同じ船に乗るが、無事な船旅を願って旅立つ)

晩春になって、木綿の花が咲き照らされ映え、花いっぱいの中に祠が小さく見える。野鳥が裏の土塀を越えて春の朝日が昇る中で鳴きだした。銅鑼と太鼓に合わせて南の異民族の歌を謡い始めた、嶺南山脈を越えるとそこの住民の人は土着のいろんな神が多くおり、船出を祈る。旅人の船帆に、風がまさに急に強く吹いてくると、旅は中断されるので急いで旅立つ。南の美人は土塀の陰からそっと覗いて茜の袖を振って送っている。入り江の一番奥まった所の湊を何度も何度も振り返って見返した。朝靄に煙る中、少し波立つ、もうこれ以上の愁を感じることはない。

12孫光憲《巻八05菩薩蠻五首其五 木綿》『花間集』357全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7057

 

 
  2015年12月12日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(43)李白361 巻四29-《宮中行樂詞,八首之八》(水綠南薰殿,) 361Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(43) <李白361> Ⅰ李白詩1701 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7053  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈114《 巻九10郴口又贈,二首之二》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1614> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7054  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-7-#1杜甫 《19-07 課伐木 序》#1 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-7-#1 <1075> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7055  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻八05菩薩蠻五首其五 木綿》『花間集』357全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7057  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

菩薩蠻 五首其一

(妃嬪も年を重ねてきて以前の若さがなくなってきて、それでも希望をもって夜を過ごす女を詠う)

月華如水籠香砌,金環碎撼門初閉。

仲秋の明月は明るく庭を照らすけれど、水に映るのと違って地面にかくれている、庭に出ると石砌のとこまでは閨のお香が漂ってくる。風が吹く度、門がゆれ、錠の音が響くので、開いていた門扉をはじめて閉じる。

      寒影墮高簷,鉤垂一面簾。

秋の夜が更け、高き庇の影が寒々と地に落ちる。月の形の吊金具をはずしてすべての簾を垂らす。

      碧煙輕裊裊,紅戰燈花笑。

閨で青い薫香が軽やかに、なよなよと立ち上がり、紅き炎が大きく揺れ、灯芯が爆けて嬉しいことと笑みをうかべる。

      即此是高唐,掩屏秋夢長。

すなわち、これこそが、きっと「高唐賦」にいう化身をしたことだろう。寝牀のまわりにたてる屏風を用意し、秋の夜は長いから、秋の夜の夢はながくつづく。

(菩薩蠻          其の一)

月華 水の如く香砌【こうせい】を籠め,金環 碎け撼【ゆ】れて 門 初めて閉す。

影を寒くして 高簷【こうえん】に墮ち,鉤は 一面に簾を垂らす。

碧煙 輕やかに 裊裊【じょうじょう】とし,紅 戰うは 燈花 笑う。

即ち 此れは 是れ「高唐」なり,屏を掩うは 秋の夢も 長し。

 

菩薩蠻 其二

(寵愛を受け、夜を一緒に過ごしたけれど、暗いうちから、鶏や、鶯までも鳴きだして朝を知らせる。まだ名残の月が明るいというのに見送らねばならないと妃賓を詠う)

花冠頻皷牆頭翼,東方澹白連色。

まだ暗いうちに雄鶏が土塀の上でしきりに羽ばたきをはじめた。するとまもなく、東側の窓が白みはじめて空が明け初めた。

      門外早鶯聲,背樓殘月明。

門の外の高枝で、まだ夜が明けきっていない早い時間なのに鶯がなきだした、名残月は高殿の彼方高く、まだ明るくのこっている。

      薄寒籠醉態,依舊鈆華在。

春といっても早朝はまだ寒く、酔いが残るからだを寒さが包む、少しでも長く仲睦まじくしていたいから、夜化粧はそのままにしている。

      握手送人歸,半拖金縷衣。

あのお方がお帰りになるのを送るために手を握り交わし、金糸の縫い取りの衣を半ば肩にはおらせてあげる。

(菩薩蠻          其の二)

花冠 頻りに 牆頭 翼を鼓し、東方 澹白にして 窓色に連なる。

門外 早に鶯声すれど、楼を背に 残月 明きらかなり。

薄寒 酔態を寵め、旧に依り 鈆華 在り。

手を握り 人 帰るを送り、半ば金縷の衣を拖く。

 

菩薩蠻 其三

(寵愛を受けているときと同じように、春の盛りに散った花ビラを風流に楽しんでもらおうと、そうじもさせずにまっている。今は独りで春が過ぎようとしている)

小庭花落無人掃,疎香滿地東風老。

寝殿の中庭には咲き誇って花もみんな散り落ちているが、人に掃除はさせない。焚くお香は時折この中庭に漂い満ちていて春の風も終わって、夏の風に変わろうとしている。

      春晚信沉沉,天涯何處尋。

春も終ろうとするのに暗い気持ちになってどうしようもない。このまま寵愛を失ったままでは、この後宮での生涯は何処いくやら、どうしたらいいのやら、だれに尋ねたらいいのか。

      曉堂屏六扇,眉共湘山遠。

朝焼けの楼閣の閨には六曲の屏風と團扇を飾っていて、眉も瀟湘八景の絵の山々も遠く影を薄くする。

      爭那別離心,近來尤不禁。

心の中で攻めたり、許したり、もうあきらめるかと落ち着かずにいる、でも別れる気持ちになることなどあろうか、又寵愛を近いうちにあるだろう、もうしばらくするとあるのかと考えてばかりこんな想いはいけないというのだろうか。

(菩薩蠻          其の三)

小庭 花落ち 人 掃く無し,疎香 滿地 東風 老ゆ。

春晚 信 沉沉,天涯 何處にか尋ねん。

曉堂 屏 六扇あり,眉 共に 湘山 遠し。

爭 那ぞ別離の心あらん,近來 尤も禁じえず。

 

菩薩蠻 其四

(成都から乗り合わせの舟に乗って長江を下る。重慶に立ち寄るまでの舟の中から見えた南渓の景色と美人に見とれた様子を詠う。)

      青巖碧洞經朝雨,隔花相喚南溪去。

舟が急流に差し掛かると苔が張り付いた大きな岩があり、今度は木々の被われた洞窟を過ぎる。巫女の化身の朝から降っていた雨が止んだ。川岸には花が離れ合って互いの綺麗さを競っている。峨嵋山を過ぎて長江の流れは進み、南渓を通過していく。

      一隻木蘭舡,波平遠浸天。

一槽の木蘭の中型船は進んでゆく、川幅は広がり、波は穏やかに平坦な流れに変わると流れの先、遠くの先の方では天にしみ込んでいくようだ。

      扣舡驚翡翠,嫩玉擡香臂。

船端をたたいて詠い始めると翡翠鳥は驚いて翅をばたつかせると、舟の上の美しく若い妓女は香りの良い肩と腕を少し高くするように動かして翡翠のまねをして可愛いい振りをする

      紅日欲沉西,煙中遙解觽。

夕日は紅く西の山影に沈んでゆき、夕靄に煙る中を遙か先に向い謎解きのように探りながら船は進んでゆく。

(菩薩蠻          其の四)

青巖 碧洞 朝雨を經り,隔花 相喚して南溪 去り。

一隻 木蘭の舡,波平らかにして 遠く天に浸む。

扣舡 翡翠驚き,嫩玉 香臂に擡す。

紅日 西に沉まんと欲し,煙中 遙か觽を解く。

             

菩薩蠻  其五

           木綿花映叢祠小,越禽聲裏春光曉。

           銅皷與蠻歌,南人祈賽多。

           客帆風正急,茜袖隈牆立。

           極浦幾迴頭,煙波無限愁。

(北へ帰る船に良い人をひそかに見送る美人が愁いにあふれ涙を流している。同じ船に乗るが、無事な船旅を願って旅立つ)

晩春になって、木綿の花が咲き照らされ映え、花いっぱいの中に祠が小さく見える。野鳥が裏の土塀を越えて春の朝日が昇る中で鳴きだした。

銅鑼と太鼓に合わせて南の異民族の歌を謡い始めた、嶺南山脈を越えるとそこの住民の人は土着のいろんな神が多くおり、船出を祈る。

旅人の船帆に、風がまさに急に強く吹いてくると、旅は中断されるので急いで旅立つ。南の美人は土塀の陰からそっと覗いて茜の袖を振って送っている。

入り江の一番奥まった所の湊を何度も何度も振り返って見返した。朝靄に煙る中、少し波立つ、もうこれ以上の愁を感じることはない。

(菩薩蠻          其の五)

木綿の花映し 叢祠 小し,禽越え 裏に聲えし 春 曉に光く。

銅皷 蠻歌を與え,南人 賽多を祈る。

客帆に 風は 正に急なり,茜袖 隈に 牆 立つ。

浦に極まり 幾びか頭を迴らさん,煙波 愁い限り無し。

 


続きを読む

12孫光憲《巻七47河傳四首其一太》『花間集』349全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7017

孫光憲  河傳四首其一

太平,天子,等閑遊戲,疏河千里。柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。

如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中。

(天子次第で太平がある、寵愛を施すのも、施政に愛撫の心で行うのも、大河が流れていくことと同じであり、行楽、舟遊びを夜を徹して行うのも、天子の年中行事なのである。)

天下が太平であるのは、天子が、長閑に過ごし、厳かに遊び戯れ、そんなことは黄河が千里先まで流れて行くようなものだ。柳は枝を糸のように垂らし、淵には春の雪解けで増水が緑の澄み切って流れているころには、長江や淮河の大河には大風が起こることはない。この花の御殿には三千人の宮女が仕えている。「朝雲暮雨」の寵愛を得ようと妃賓のあらそいがある、寵愛は誰なのか、どの御殿なのか、天子はどこにとどまっているのか。春から夏には、錦の帆柱に帆に風を受けて、舟遊びが、花霞のただようその際には紅い花が咲き、花の宴は夜まで続き、かがり火は空を染めていて、天子の魂は迷ってしまって誰を寵愛するのか、そうした中で、天子は天下国家の安寧のために心を掛けられるのである。

12孫光憲《巻七47河傳四首其一太》『花間集』349全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7017


 
  2015年12月4日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(34)李白353 巻四16-《玉階怨》(李白と謝朓の) 353Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(34) <李白353> Ⅰ李白詩1693 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7013  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈110 -#1《 巻九03叉魚招張功曹》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1606> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7014  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-5-#5杜甫 《20-98 鄭典設自施州歸》 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-5-#5 <1067> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7015  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻七47河傳四首其一太》『花間集』349全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7017  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集  河傳 十八首

溫庭筠

《巻二09河傳三首其一》江畔,相喚。曉妝仙,仙景箇女採蓮。請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

溫庭筠

《巻二10河傳三首其二》湖上,閑望。雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。謝娘翠娥愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。蕩子天涯歸棹遠,春已晚,鶯語空腸斷。若耶溪,溪水西,柳堤,不聞郎馬嘶。

溫庭筠

《巻二11河傳三首其三》同伴,相喚。杏花稀,夢裡每愁依違。仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

韋莊

《巻三05河傳三首其一》何處,煙雨,隋堤春暮。柳色葱蘢,畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。青娥殿春粧媚,輕雲裡,綽約司花妓。江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁

韋莊

《巻三06河傳三首其二》春晚,風暖,錦城花滿。狂殺遊人,玉鞭金勒,尋勝馳驟輕塵,惜良晨。翠娥爭勸臨邛酒,纖纖手,拂面垂絲柳。歸時煙裏,鐘皷正是黃昏,暗銷魂。

韋莊

《巻三07河傳三首其三》錦浦,春女,繡衣金縷。霧薄雲輕,花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。香塵隱映,遙見翠檻紅樓,黛眉愁。

張泌

《巻四40河傳二首其一》渺莽雲水,惆悵暮帆,去程迢遞。夕陽芳艸,千里萬里,鴈聲無限起。夢魂悄斷煙波裡,心如醉。相見何處是,錦屏香冷無睡,被頭多少淚。

張泌

《巻四41河傳二首其二》紅杏,交枝相映,密密濛濛。一庭濃豔倚東風,香融,透簾櫳。斜陽似共春光語,蝶爭舞,更引流鶯妬。魂銷千片玉樽前,神仙,瑤池醉暮天。

顧夐

《巻六40河傳三首其一》鷰颺,晴景。小屏暖,鴛鴦交頸。菱花掩卻翠鬟欹,慵整。海棠簾外影。繡幃香斷金鸂鶒,無消息,心事空相憶。東風,春正濃。愁紅,淚痕衣上重

顧夐

《巻六41河傳三首其二》曲檻,春晚。碧流紋細,綠楊絲軟,露花,鮮杏,枝繁鶯囀,野蕪似剪。直是人間到天上,堪遊賞,醉眼疑屏障,對池塘,惜韶光,斷腸為花須盡狂。

顧夐

《巻六42河傳三首其三》棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰。倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦

孫光憲

《巻七47河傳四首其一》太平天子,等閑遊戲,疏河千里。柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中

孫光憲

《巻七48河傳四首其二》柳拖金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。襞花牋,豔思牽。成篇,官娥相與傳。

孫光憲

《巻七49河傳四首其三》花落,煙薄,謝家池閣。寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。沾襟,無人知此心。玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

孫光憲

《巻七50河傳四首其四》風颭,波斂。團荷閃閃,珠傾露點。木蘭舟上,何處娃越豔,藕花紅照臉。大堤狂殺襄陽客,煙波隔,渺渺湖光白。身已歸,心不歸。斜暉,遠汀鸂鶒飛

閻選

《巻九27河傳 一首》  秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸

李珣

《巻十49河傳二首其一》  去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書。想佳人花下,對明月春風,恨應同。

李珣

《巻十50河傳二首其二》  春暮,微雨。送君南浦,愁斂雙蛾。落花深處,啼鳥似逐離歌,粉檀珠淚和。臨流更把同心結,情哽咽,後會何時節?不堪迴首,相望已隔汀洲,艣聲幽。

 

 

河傳四首其一

(天子次第で太平がある、寵愛を施すのも、施政に愛撫の心で行うのも、大河が流れていくことと同じであり、行楽、舟遊びを夜を徹して行うのも、天子の年中行事なのである。)

太平,天子,等閑遊戲,疏河千里。

天下が太平であるのは、天子が、長閑に過ごし、厳かに遊び戯れ、そんなことは黄河が千里先まで流れて行くようなものだ。

柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。

柳は枝を糸のように垂らし、淵には春の雪解けで増水が緑の澄み切って流れているころには、長江や淮河の大河には大風が起こることはない。

如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?

この花の御殿には三千人の宮女が仕えている。「朝雲暮雨」の寵愛を得ようと妃賓のあらそいがある、寵愛は誰なのか、どの御殿なのか、天子はどこにとどまっているのか。

錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中。

春から夏には、錦の帆柱に帆に風を受けて、舟遊びが、花霞のただようその際には紅い花が咲き、花の宴は夜まで続き、かがり火は空を染めていて、天子の魂は迷ってしまって誰を寵愛するのか、そうした中で、天子は天下国家の安寧のために心を掛けられるのである。

 

(河傳四首 其の一)

太平の天子,等閑し遊戲す,疏河すは千里なり。

柳 絲の如し,隈倚 淥波の春水,長淮 風 起らず。

花の如き殿には三千の女が,雲雨を爭い,何處にか人を留めて住わん?

錦帆の風,煙際の紅,燒空ありて,魂迷し 大業に中【あた】る。

 

海棠花101
 

 

『河傳四首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

河傳四首 其一

太平,天子,等閑遊戲,疏河千里。

柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。

如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?

錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中。

 

(下し文)

(河傳四首 其の一)

太平の天子,等閑し遊戲す,疏河すは千里なり。

柳 絲の如し,隈倚 淥波の春水,長淮 風 起らず。

花の如き殿には三千の女が,雲雨を爭い,何處にか人を留めて住わん?

錦帆の風,煙際の紅,燒空ありて,魂迷し 大業に中【あた】る。

 

(現代語訳)

(天子次第で太平がある、寵愛を施すのも、施政に愛撫の心で行うのも、大河が流れていくことと同じであり、行楽、舟遊びを夜を徹して行うのも、天子の年中行事なのである。)

天下が太平であるのは、天子が、長閑に過ごし、厳かに遊び戯れ、そんなことは黄河が千里先まで流れて行くようなものだ。

柳は枝を糸のように垂らし、淵には春の雪解けで増水が緑の澄み切って流れているころには、長江や淮河の大河には大風が起こることはない。

この花の御殿には三千人の宮女が仕えている。「朝雲暮雨」の寵愛を得ようと妃賓のあらそいがある、寵愛は誰なのか、どの御殿なのか、天子はどこにとどまっているのか。

春から夏には、錦の帆柱に帆に風を受けて、舟遊びが、花霞のただようその際には紅い花が咲き、花の宴は夜まで続き、かがり火は空を染めていて、天子の魂は迷ってしまって誰を寵愛するのか、そうした中で、天子は天下国家の安寧のために心を掛けられるのである。

 木蓮0005

(訳注)

河傳四首其一

(天子次第で太平がある、寵愛を施すのも、施政に愛撫の心で行うのも、大河が流れていくことと同じであり、行楽、舟遊びを夜を徹して行うのも、天子の年中行事なのである。)

 

『花間集』 には孫光憲の作が四首収められている。河傳四首 其一は双調五十一字、前段二十六字七句二平韻五仄韻、後段二十六字六句四平韻五仄韻で、②❷❹❻❺③②⑤の詞形をとる。

河傳四首 其一

,天,等閑遊,疏河千

柳如,隈倚淥波春,長淮風不

 “ / ”

如花殿三千,爭雲,何處留人

錦帆,煙際,燒,魂迷大業

●○  ○● ●○○△  △○○●

●△○  △△●○○● △○△△●

△○●●△○● ○○●  △●△○●

●△△  ○●○ △△  ○○●●△

 

太平,天子,等閑遊戲,疏河千里。

天下が太平であるのは、天子が、長閑に過ごし、厳かに遊び戯れ、そんなことは黄河が千里先まで流れて行くようなものだ。

   太平・天子 太平という世は天子次第である。天子の施政は大河のようにすることである。

   等閑 物事を軽くみて、いいかげんに扱うこと。なおざり。

   疏河千里 天の地から流れて来る大河、黄河の流れは千里先まで続く。川の流れは東にながれる。川の流れは低い方に流れてゆき千里先まで流れて行く、そうしたことは常識なのだ。

   疏河:天の地から流れて来る大河。湖沼や河川を水源として灌漑,給水,舟運のために,あるいは排水のために,新たに土地を切り開いて通水させることおよびその人工水路、大きな河川をいう。

 

柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起

柳は枝を糸のように垂らし、淵には春の雪解けで増水が緑の澄み切って流れているころには、長江や淮河の大河には大風が起こることはない。

    淥波春水 増水して川の水嵩は上がっているが、雪解け水なので浸みきっていることをいう。

    長淮 中国四大河川の長江と淮河で、長江から運河を経て淮河に入る大河の廣い隆起をいう。

 

如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?

この花の御殿には三千人の宮女が仕えている。「朝雲暮雨」の寵愛を得ようと妃賓のあらそいがある、寵愛は誰なのか、どの御殿なのか、天子はどこにとどまっているのか。

   三千女 杜甫はかつて《観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。唐の太宗の時、李百薬は上奏して「無用の宮人は、ややもすれば数万に達する」(『全唐文』巻一四二、李百薬「宮人を放つを請うの封事」)といった。『新唐書』の「官者伝」上に、「開元、天宝中、宮嬪はおおよそ四万に至る」と記されている。後者は唐代の宮廷女性の人数に関する最高の具体的な数字であり、まさに盛唐の風流天子玄宗皇帝時代のものである。宋代の人洪邁は、この時期は漢代以来、帝王の妃妾の数が最も多かった時代であるといっている(『容斎五筆』巻三「開元宮嬪」)。うまい具合に、この時期の女性の総人口は先に紹介した数字 - およそ二千六百余万であるから、四万余人とすれば、じつに全女性人口の六百分の一を占める。つまり、女性六百人ごとに一人が宮廷に入ったことになる。唐末になり、国土は荒れ、国勢は衰えたが、いぜんとして「六宮(後宮)の貴・賤の女性は一万人を減らない」(『資治通鑑』巻二七三、後唐の荘宗同光三年)という状態だった。この驚くべき数字の陰で、どのくらい多くの「曠夫怨女」(男やもめと未婚の老女)を造り出したことか計り知れない。唐末の詩人曹鄴が慨嘆して「天子 美女を好み、夫婦 双を成さず」(「捕漁謡」)と詠ったのも怪しむに足りない。

   爭雲雨 雲が男で女が雨で絡み合うというほどの意味だが、宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

 

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

 

錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中。

春から夏には、錦の帆柱に帆に風を受けて、舟遊びが、花霞のただようその際には紅い花が咲き、花の宴は夜まで続き、かがり火は空を染めていて、天子の魂は迷ってしまって誰を寵愛するのか、そうした中で、天子は天下国家の安寧のために心を掛けられるのである。

   錦帆風 宮中における舟遊びで錦の帆を張った船

   煙際紅 夕靄のただようその際には紅い牡丹の花が咲く。

   燒空 かがり火に赤く染まった空。

   大業中 大きな仕事をすること。天子の後宮での生活は、一般の者とはかけ離れたものであること、仙郷、天空の生活をしてこそ太平である呂氏、そうした中で、天下国家の大業がなされるとされた、つつましい生活は御法度であった。

 

 

三千女 の補足

宮廷は小社会であり、宮人の中にも身分の高下貴賎があり、また様々な等級があった。后妃たちに「内官」 の制度があったように、宮人たちには「宮官」 の制度があった。宮官と内官を比較してみると、品階の上で差があったばかりでなく、いくらかの本質的な区別があったようだ。つまり、内官は官と称したが身分上は妃嬪の身分に属すべきもの、つまり皇帝の妾でもあったが、宮官にそうした身分はなく、ただ宮中の各種の事務を司る職員にすぎなかった。当然、これはあくまで身分上のことに過ぎず、彼女たちと皇帝の実際の関係に何ら影響しないことは、ちょうど主人と家碑の関係と同じである。

 

宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局(尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司、司薬、司、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

 

宮官は事務官であったから、必ずしも容貌とか、皇帝のお気に召すかどうかにこだわる必要はなく、良家の出身で才徳兼備の女性を選びさえすればよかった。著名な才女であった宋若昭は、徳宗によって宮中に召され宮官の首席尚宮に任命された。裳光延の母庫秋氏は婦徳の名が高く、武則天に召されて女官御正に封じられた(『新唐書』蓑行倹伝)。

六局の宮官の他に、宮中には内文学館があり、宮人の中の文学の教養ある者を選んで学士とし、妃嬪宮人に教養、読み書き、算術などを教育する仕事を担当させた。宋若昭は六宮の文学士をも兼ね、皇子、妃嬢、公主、鮒馬(公主の婿)などを教育したので、「宮師」とよばれた。宮人の廉女真は隷書をよくし、宮中の学士に任じられたこともあった(『全唐詩』巻五一九、李遠「廉女真の葬を観る」)。

唐末、李菌が一人の元宮人にあったところ、彼女は自らかつて「侍書家」であったと云った(孫光憲『北夢項言』巻九)。おそらく書に優れていたのでこの職に任命された宮人であったと思われる。

これら宮官の中のある者は晶級が高く、権勢があり、宮中で尊ばれたばかりか、はては外延の官僚さえも彼女たちに取り入って功名を図ろうとした。こうしたことにより、一部の宮人は外朝の政治に関与することもできたが、しかし、彼女たちの身分は所詮皇帝の家婦にすぎなかった。ある皇子の守り役が太宗(李世民)の弟野王に、「尚宮(宮官の長)の晶秩の高い者には、お会いになった際に拝礼をなさるべきです」と諭したところ、野王は「これはわが二番目の兄(李世民)の家稗ではないか。

何で拝する必要があるか?」と言った(『旧唐書』高祖二十二子伝)。この言葉は一語で宮官身分の何たるかを喝破している。

 

 

孫光憲 河傳四首【字解】

其の一

【1】 太平・天子 

【2】 等閑 物事を軽くみて、いいかげんに扱うこと。なおざり。

【3】 疏河千里 天の地から流れて来る大河、黄河の流れは千里先まで続く。川の流れは東にながれる。川の流れは低い方に流れてゆき千里先まで流れて行く、そうしたことは常識なのだ。

【4】 疏河:天の地から流れて来る大河。湖沼や河川を水源として灌漑,給水,舟運のために,あるいは排水のために,新たに土地を切り開いて通水させることおよびその人工水路、大きな河川をいう。

【5】     淥波春水 増水して川の水嵩は上がっているが、雪解け水なので浸みきっていることをいう。

【6】     長淮 中国四大河川の長江と淮河で、長江から運河を経て淮河に入る大河の廣い隆起をいう。

【7】    三千女 杜甫はかつて《観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。唐の太宗の時、李百薬は上奏して「無用の宮人は、ややもすれば数万に達する」(『全唐文』巻一四二、李百薬「宮人を放つを請うの封事」)といった。『新唐書』の「官者伝」上に、「開元、天宝中、宮嬪はおおよそ四万に至る」と記されている。後者は唐代の宮廷女性の人数に関する最高の具体的な数字であり、まさに盛唐の風流天子玄宗皇帝時代のものである。宋代の人洪邁は、この時期は漢代以来、帝王の妃妾の数が最も多かった時代であるといっている(『容斎五筆』巻三「開元宮嬪」)。うまい具合に、この時期の女性の総人口は先に紹介した数字 - およそ二千六百余万であるから、四万余人とすれば、じつに全女性人口の六百分の一を占める。つまり、女性六百人ごとに一人が宮廷に入ったことになる。唐末になり、国土は荒れ、国勢は衰えたが、いぜんとして「六宮(後宮)の貴・賤の女性は一万人を減らない」(『資治通鑑』巻二七三、後唐の荘宗同光三年)という状態だった。この驚くべき数字の陰で、どのくらい多くの「曠夫怨女」(男やもめと未婚の老女)を造り出したことか計り知れない。唐末の詩人曹鄴が慨嘆して「天子 美女を好み、夫婦 双を成さず」(「捕漁謡」)と詠ったのも怪しむに足りない。

【8】    爭雲雨 雲が男で女が雨で絡み合うというほどの意味だが、宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

【9】    錦帆風 宮中における舟遊びで錦の帆を張った船

【10】  煙際紅 夕靄のただようその際には紅い牡丹の花が咲く。

【11】  燒空 かがり火に赤く染まった空。

【12】  大業中 大きな仕事をすること。天子の後宮での生活は、一般の者とはかけ離れたものであること、仙郷、天空の生活をしてこそ太平である呂氏、そうした中で、天下国家の大業がなされるとされた、つつましい生活は御法度であった。

12孫光憲《巻七39浣溪沙九首其二》『花間集』341全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6977

孫光憲  浣溪沙九首其二 

桃杏風香簾幕閑,謝家門約花關,畫梁幽語鷰初還。

繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒山,卻疑身是夢魂間。

(春が来れば、行楽を楽しみにするが、今年は、どうなるのかわからない、立派な御殿に住まいをしてはいても、やるせない気持ちは晴れないのでお酒に頼ってしまう。そんな思いを詩歌を壁に書いて晴らす)

春が訪れ、桃花の香りが風に乗り、次に杏の花の香りが届けられる、それは、簾と幔幕を抜けて誰もいないこの部屋に。愛されている妾の家に、花は満開に咲いているのに門の扉は閉められたまま。いろどられた梁の上の燕は鳴き声などなく静かになったので、初めてツバメがいなくなったのを知る。夜が明けてくれば屏風を動かして一人寝の枕から酔いが残ったままで目覚め、厠に行く。春の行楽を過ごすことができるのだろうか、夢とうつつとの間を行ったり来たりの生活をしていてよいのだろうか。そうした思いを、薄絹に刺繍をほどこした樓閣の壁に、数行の詩歌を題した。

12孫光憲《巻七39浣溪沙九首其二》『花間集』341全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6977

 

 
  2015年11月26日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(28)李白347 巻四08-《塞下曲六首之一》(十五入漢宮,) 347Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(28) <李白347> Ⅰ李白詩1685 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6973  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈105《 雜詩,四首之二》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1598> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6974  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-2杜甫 《17-39 寄韓諫議》 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-2 <1059> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6975  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 12孫光憲《巻七39浣溪沙九首其二》『花間集』341全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6977  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

孫光憲(900年-968年),字孟文,自號葆光子。陵州貴平(今屬四川仁壽縣東北)人。五代詞人。

 

出生農家,好讀書,喜抄書,至老不廢。五代後唐時,曾任陵州判官,後得梁震之薦,荊南高季興聘為掌書記。[1]歷事高季興、高從誨、高保融、高保勗、高繼沖諸王,累官至檢校秘書監兼御史大夫賜金紫。後勸高繼沖獻地納降,宋太祖聞之甚悅,授黃州刺史。在荊南期間,作《北夢瑣言》。能填詞,作有《浣溪沙》、《菩薩蠻》、《虞美人》等,陳廷焯他“詞氣甚遒,措辭亦多警練,然不及溫韋處亦在此,坐少閒逸之致”[2]《花間集》收其詞61首。

 

孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている

 

 

 

浣溪沙九首 其一

(諸葛亮は万里橋で劉備の御征伐の船出を見送り、薛濤は、思い人を望江樓から見送った、。雁書が届くだろうか,杳杳として、茫茫としているところであるから川が流れ去るように忘れていくことになるのか、瀟湘二妃嬪、屈原、賈誼、とそこに沈んだ人の思いは、人の心に残っている)

      蓼岸風多橘柚香,江邊一望楚天長,片帆煙際閃孤光。

岸辺の蓼がしげる中を風がぬけ、橘や柚子の香りを運んでくる、大江のほとり望江樓から一望すると船の進むと、「高唐賦」の楚は、はるかとおくに、一片の帆影を浮かべて霞む果てには雲雨を呼ぶ閃光が一つきらめく。

      目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫茫,蘭紅波碧憶瀟湘。

眼を空に向け、飛び行く雁を遠くかすかなところまで追いかける、それでも、長江の流れははてしなくひろくひろがるから、雁書が届くのがみずのながれのようにながれてしまうのか、瀟湘八景の赤い蘭花、碧く波は数々の賢者を思い起こさせてくれる。

(浣溪沙九首 其の一)

蓼岸【りょうがん】風 橘柚の香多くし,江邊 一望 楚天長しい,片帆 煙際に 孤光 閃く。

目【もく】 征鴻を送れば 飛びて杳杳たり,思いは流水に隨い去りて茫茫たり,蘭は紅いに 波は碧く 瀟湘を憶う。

             

浣溪沙九首 其二

(春が来れば、行楽を楽しみにするが、今年は、どうなるのかわからない、立派な御殿に住まいをしてはいても、やるせない気持ちは晴れないのでお酒に頼ってしまう。そんな思いを詩歌を壁に書いて晴らす)

      桃杏風香簾幕閑,謝家門約花關,畫梁幽語鷰初還。

春が訪れ、桃花の香りが風に乗り、次に杏の花の香りが届けられる、それは、簾と幔幕を抜けて誰もいないこの部屋に。愛されている妾の家に、花は満開に咲いているのに門の扉は閉められたまま。いろどられた梁の上の燕は鳴き声などなく静かになったので、初めてツバメがいなくなったのを知る。

      繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒山,卻疑身是夢魂間。

夜が明けてくれば屏風を動かして一人寝の枕から酔いが残ったままで目覚め、厠に行く。春の行楽を過ごすことができるのだろうか、夢とうつつとの間を行ったり来たりの生活をしていてよいのだろうか。そうした思いを、薄絹に刺繍をほどこした樓閣の壁に、数行の詩歌を題した。

浣溪沙九首     其二

桃杏から風香し 簾幕閑なり,謝家の門 花關に約し,畫梁には幽語 鷰初めて還る。

繡閣 數行 壁に題し了り,曉屏 一たび枕し 酒醒め 山に,卻て疑う 身是とし夢魂の間に。

 

 

『浣溪沙九首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙九首           其二

桃杏風香簾幕閑,謝家門約花關,畫梁幽語鷰初還。

繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒山,卻疑身是夢魂間。

             

 

(下し文)

浣溪沙九首           其二

桃杏から風香し 簾幕閑なり,謝家の門 花關に約し,畫梁には幽語 鷰初めて還る。

繡閣 數行 壁に題し了り,曉屏 一たび枕し 酒醒め 山に,卻て疑う 身是とし夢魂の間に。

 

 

(現代語訳)

(春が来れば、行楽を楽しみにするが、今年は、どうなるのかわからない、立派な御殿に住まいをしてはいても、やるせない気持ちは晴れないのでお酒に頼ってしまう。そんな思いを詩歌を壁に書いて晴らす)

春が訪れ、桃花の香りが風に乗り、次に杏の花の香りが届けられる、それは、簾と幔幕を抜けて誰もいないこの部屋に。愛されている妾の家に、花は満開に咲いているのに門の扉は閉められたまま。いろどられた梁の上の燕は鳴き声などなく静かになったので、初めてツバメがいなくなったのを知る。

夜が明けてくれば屏風を動かして一人寝の枕から酔いが残ったままで目覚め、厠に行く。春の行楽を過ごすことができるのだろうか、夢とうつつとの間を行ったり来たりの生活をしていてよいのだろうか。そうした思いを、薄絹に刺繍をほどこした樓閣の壁に、数行の詩歌を題した。

 

海棠花101
 

(訳注)

浣溪沙九首其二

(春が来れば、行楽を楽しみにするが、今年は、どうなるのかわからない、立派な御殿に住まいをしてはいても、やるせない気持ちは晴れないのでお酒に頼ってしまう。そんな思いを詩歌を壁に書いて晴らす)

 

浣溪沙とは谷間の砂浜で早春の風物詩で、染め上げた沙羅を水で晒した後、並べて乾かすと、谷合が花が咲いたように見えることをいう。独り者の女性だけで行ったことで、春と沙羅と女性ということで艶歌としてうたったものが多いが、春の谷あいの様子を詠うものも多いのである。

 

『花間集』には孫光憲の作が六十一首収められている。浣溪沙九首其一は、双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

蓼岸風多橘柚,江邊一望楚天,片帆煙際閃孤

目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫,蘭紅波碧憶瀟

●●△○●●○  ○○●△●○△ ●△○●●○△

●●○△○●● △○○●●○○  ○○○●●○○

 

浣溪沙九首其二は、双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

桃杏風香簾幕,謝家門約花,畫梁幽語鷰初

繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒,卻疑身是夢魂

○●△○○●○  ●○○●●○○ ●○○●●○○ 

●●●△△●● ●△●△●△○  ●○○●△○△

 

 

桃杏風香簾幕閑,謝家門約花關,畫梁幽語鷰初還。

春が訪れ、桃花の香りが風に乗り、次に杏の花の香りが届けられる、それは、簾と幔幕を抜けて誰もいないこの部屋に。愛されている妾の家に、花は満開に咲いているのに門の扉は閉められたまま。いろどられた梁の上の燕は鳴き声などなく静かになったので、初めてツバメがいなくなったのを知る。

桃杏風香 桃・杏・香は春の代名詞。早春に咲く桃の花、青春から晩春に咲く杏の花、どちらも香りを風に乗せて届けてくれる。

簾幕閑 宮殿、邸宅の外窓にかかる簾、幃、幔幕の中は静かなものだ。

謝家門 謝家 美女や妓女、あるいは愛妾の棲む家。唐の李徳祐が豪邸を築いて謝秋娘を池のほとりの楼閣に住まわせたことによる。比喩する相手が特定される場合は、晋の謝安であったり、謝靈運、謝朓を示す場合もある。謝家聯雪 晋の謝道韞の雪のことをよんだ才の故事をいう。小女で詩才あることを褒める場合にこの故事をひく。「還有一年冬天,天空中雪花紛紛揚揚,謝家子弟正圍坐在火爐旁談詩論文。雪越下越大,謝安笑了笑問在座的侄兒侄女們:“白雪紛紛何所似(大雪紛紛而下像什麼樣子)?”

謝朗答道:“撒鹽空中差可擬(像是空中撒下的一把白花花的鹽)。”謝朗是謝安的二哥謝據的兒子,謝安聽了侄兒的回答後,沒置可否,只是默不作聲。

謝道韞隨即答道:“未若柳絮因風起(滿天飛舞的雪花就像春天隨風起舞的柳絮)。”聽了謝道韞的回答,謝安一面鼓掌,一面口中對謝道韞的才華贊賞不已。此後,人們稱有文學才能的女子為“詠絮之才”。」

魚玄機 卷804_46『和人次韻』

喧喧朱紫雜人寰,獨自清吟日色間。

何事玉郎搜藻思,忽將瓊韻扣柴關。

白花發詠慚稱謝,僻巷深居謬學顏。

不用多情欲相見,松蘿高處是前山。

和人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-118-53-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2137

約花關 花が咲いていてもそのまま枯らせてしまうという意。約はしめくくる。

・畫梁 いろどられた梁の上。愛妾の棲む花街の高楼の庇の下でツバメが巣作りをするところ。

・幽語 その前までは燕の雛が啼いて囀っていたが、今はひっそりとして啼くものがいない。雛が成長して巣立ちをしたことを意味する。

・鷰初還 春からいたツバメが帰って行っていなくなったことを初めて知る。

 

繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒山,卻疑身是夢魂間。

夜が明けてくれば屏風を動かして一人寝の枕から酔いが残ったままで目覚め、厠に行く。春の行楽を過ごすことができるのだろうか、夢とうつつとの間を行ったり来たりの生活をしていてよいのだろうか。そうした思いを、薄絹に刺繍をほどこした樓閣の壁に、数行の詩歌を題した。

・繡閣 窓にうす絹のししゅうのはいっていて、壁や柱が鮮やか色で輝く高閣

・數行 しばしば出かける。

・題了壁 この語は、前聯に謝家という語があり、その注文に示したように詩の上手い女妓をいうもので、ここは詩を壁に書いたということ。

・曉屏 朝日が急に直接射しこんでくるのを遮るための屏風、そして、屏風に朝日のあかりが当たり始める。

・一枕 一人寝の枕から(酔いが残ったままで目覚め、)またうとうととすること。

・酒醒山 酔いが醒めてトイレに行く、ここでは山は厠の隠語。

・卻疑 自分のすることに疑いを持つこと。

・身是 自分自身の身の処仕方がよくわからない様子をいう。

・夢魂間。夢とうつつを行ったり来たりすること。

11顧夐 (改)《巻七31漁歌子一首》『花間集』333全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6937

顧夐  漁歌子一首

曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。

好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。酒盃深,光影促,名利無心較逐。

(若いころは寵愛をほしいままにしたが、寵愛を失い、離宮に配属された妃嬪は、風流、興を感じる隠士の生活をするのとおなじであると詠う。)

初秋の明け方の清々しい風にあたる。誰もいない沼の岸辺には緑があふれている。水際の欄干に倚りかかって珍しい鳥が水浴びをしているのを少し離れてはいるがじっと眺める。奇麗な絵が描かれた簾は垂らしておき、翡翠の屏風はたたんで使わず、それでも着物の袂には蓮の香りをいっぱいにしみ込ませ良い香りを漂わせるのである。嫉妬せず思いを広くしていくのはよいことであり、山水風流なものに注目することは何よりいいことであり、身体は長閑に、こころは静かにする、妃嬪離宮の平生の隠遁生活なのである。酒を呑むのは十分に飲むし、月光の影に趣を促し、もう、名誉と利益については全く関心がないし、人と競い合うことなどもしない。

11顧夐 (改)《巻七31漁歌子一首》『花間集』333全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6937

 

 
  2015年11月18日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(24)李白343 -#2 巻三30-《獨不見》(白馬誰家子,) 343 -#2Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(24)Ⅰ李白詩1677 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6933  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈102-#2《 巻四01 劉生詩》 #2 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1590> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6934  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-175杜甫 《1810-瞿塘懷古》24 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-175 <1051> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6935   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 11顧夐 (改)《巻七31漁歌子一首》『花間集』333全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6937  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

漁歌子一首

(若いころは寵愛をほしいままにしたが、寵愛を失い、離宮に配属された妃嬪は、風流、興を感じる隠士の生活をするのとおなじであると詠う。)

曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。

初秋の明け方の清々しい風にあたる。誰もいない沼の岸辺には緑があふれている。水際の欄干に倚りかかって珍しい鳥が水浴びをしているのを少し離れてはいるがじっと眺める。

畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。

奇麗な絵が描かれた簾は垂らしておき、翡翠の屏風はたたんで使わず、それでも着物の袂には蓮の香りをいっぱいにしみ込ませ良い香りを漂わせるのである。

好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。

嫉妬せず思いを広くしていくのはよいことであり、山水風流なものに注目することは何よりいいことであり、身体は長閑に、こころは静かにする、妃嬪離宮の平生の隠遁生活なのである。

酒盃深,光影促,名利無心較逐。

酒を呑むのは十分に飲むし、月光の影に趣を促し、もう、名誉と利益については全く関心がないし、人と競い合うことなどもしない。

(漁歌子)

曉風 清【すがすが】しく,幽沼 綠なり,欄に倚り 珍禽の浴を凝望するなり。

畫簾 垂れ,翠屏 曲し,袖に 荷香馥郁【ふくいく】を滿たす。

攄懷【ちょかい】を好み,寓目に堪え,身は閑し 心は靜す 平生足る。

酒盃 深く,光影 促し,名利 較逐するに無心なり。

 

 

『漁歌子』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子

曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。

畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。

好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。

酒盃深,光影促,名利無心較逐。

 

(下し文)

(漁歌子)

曉風 清【すがすが】しく,幽沼 綠なり,欄に倚り 珍禽の浴を凝望するなり。

畫簾 垂れ,翠屏 曲し,袖に 荷香馥郁【ふくいく】を滿たす。

攄懷【ちょかい】を好み,寓目に堪え,身は閑し 心は靜す 平生足る。

酒盃 深く,光影 促し,名利 較逐するに無心なり。

 

(現代語訳)

(若いころは寵愛をほしいままにしたが、寵愛を失い、離宮に配属された妃嬪は、風流、興を感じる隠士の生活をするのとおなじであると詠う。)

初秋の明け方の清々しい風にあたる。誰もいない沼の岸辺には緑があふれている。水際の欄干に倚りかかって珍しい鳥が水浴びをしているのを少し離れてはいるがじっと眺める。

奇麗な絵が描かれた簾は垂らしておき、翡翠の屏風はたたんで使わず、それでも着物の袂には蓮の香りをいっぱいにしみ込ませ良い香りを漂わせるのである。

嫉妬せず思いを広くしていくのはよいことであり、山水風流なものに注目することは何よりいいことであり、身体は長閑に、こころは静かにする、妃嬪離宮の平生の隠遁生活なのである。

酒を呑むのは十分に飲むし、月光の影に趣を促し、もう、名誉と利益については全く関心がないし、人と競い合うことなどもしない。

 

(訳注)

漁歌子一首

(若いころは寵愛をほしいままにしたが、寵愛を失い、離宮に配属された妃嬪は、風流、興を感じる隠士の生活をするのとおなじであると詠う。)

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。

総長五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。

漁歌子一首

曉風清,幽沼,倚欄凝望珍禽

畫簾垂,翠屏,滿袖荷香馥

好攄懷,堪寓,身閑心靜平生

酒盃深,光影,名利無心較

●△○  ○●● △○△△○○●

●○○ ●△●  ●●△○●●

●○○  ○●● ○○○●○△●

●○△ △●●  ○●○○●●

漁歌子二首其一  孫光憲

草芊芊,波漾,湖邊艸色連波

沿蓼岸,泊楓,天際玉輪初

扣舷歌,聯極,槳聲伊軋知何

黃鵲,白鷗眠,誰似儂家疏

●△△  ○●● ○○●●○○△

○●● ●○△  ○●●○○●

●○○  ○●△ ●○○●○△●

○●● ●○○  ○●○○△●

顧夐

《巻七31漁歌子一首》  曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。酒盃深,光影促,名利無心較逐。

孫光憲

《巻八47漁歌子二首其一》 草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。

孫光憲

《巻八48漁歌子二首其二》 泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

魏承班

《巻九13漁歌子》  柳如眉,雲似髮。蛟籠香雪。夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。幾多情,無處,落花飛絮清明節。少年郎,容易別,一去音書斷

李珣

《巻十18漁歌子四首其一》  楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

李珣

《巻十19漁歌子四首其二》  荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

李珣

《巻十20漁歌子四首其三》  柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

李珣

《巻十21漁歌子四首其四》  九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

 

曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。

初秋の明け方の清々しい風にあたる。誰もいない沼の岸辺には緑があふれている。水際の欄干に倚りかかって珍しい鳥が水浴びをしているのを少し離れてはいるがじっと眺める。

曉風清 初秋の朝の清清しい風を言う。

幽沼綠 沼の岸辺には竹藪の茂みの木陰の涼しさをいう。

 

畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。

奇麗な絵が描かれた簾は垂らしておき、翡翠の屏風はたたんで使わず、それでも着物の袂には蓮の香りをいっぱいにしみ込ませ良い香りを漂わせるのである。

翠屏曲 寵愛を受けるとき、屏風を立て、帳をたらす、寵愛を失えば用がないから翡翠の屏風はたたんで使わずということ。

馥郁 よい香りがただよっているさま。寵愛を受ける準備をしていることを示す。

 

好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。

嫉妬せず思いを広くしていくのはよいことであり、山水風流なものに注目することは何よりいいことであり、身体は長閑に、こころは静かにする、妃嬪離宮の平生の隠遁生活なのである。

攄懷 おもいをひろくめぐらす。嫉妬やねたみをもたないこと。

寓目 目を向けること。注目すること。

 

酒盃深,光影促,名利無心較逐。

酒を呑むのは十分に飲むし、月光の影に趣を促し、もう、名誉と利益については全く関心がないし、人と競い合うことなどもしない。

名利(個人の)名誉と利益.用例名利思想=個人の利益・名誉・地位を追い求める考え.名利双收((成語))=名誉と利益を両方とも手に入れる.

較逐 (競逐). ;較對. (競爭對抗). ;較逐. (角逐,競爭追求).

11顧夐 (改)《巻七05浣溪沙八首其五》『花間集』307全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6807

顧夐  浣溪紗八首,其五   

庭菊飄黃玉露濃,冷莎隈砌隱鳴蛩,何期良夜得相逢。

背帳風搖紅滴,惹香暖夢繡衾重,覺來枕上怯晨鐘。

(菊の花に夜露が下りる良い夜、思いもよらず寵愛を受けることになった、床をすごす共寝の夜が明けると、それからどうなるのかと恐れる女の情を詠う。)

風にゆれ動く庭に咲き誇る黄菊に玉の露に濡れて色を濃くする。秋の冷気に見向きもされない莎草はつめたく階の端に生えていて、その影でこおろぎが鳴いて秋の趣きを添え、思いがけないこの出会い、素晴らしい夜は思いもよらないことである。とばりを背にして、灯火の炎は揺れていて、蝋燭を滴らせるのも忘れるように時は過ぎる。香の香りに誘われ、重ねた肌に暖かに夢は掛け布団のうちでつづき、この素敵な時から目覚めること、枕辺にこのまま居たいと思うこと、夜明け前の鐘が鳴ればわかれなければいけない、それはとても恐いことなのだ。

11顧夐 (改)《巻七05浣溪沙八首其五》『花間集』307全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6807

 

 
  2015年10月23日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白333-#3 《巻二25-上雲樂》 #3Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(14)  Ⅰ李白詩1651 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6803  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈94-#7《 巻二15岳陽樓別竇司直》 #7 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1564> Ⅱ#7 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6804  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-153杜甫 《1552雨晴》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-153 <1025> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6805  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 11顧夐 (改)《巻七05浣溪沙八首其五》『花間集』307全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6807  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

浣溪沙八首其一

(春は万物を成長させ、春の行楽は放蕩の情をさらに強くする。待つものは、柳の緑が濃くなるころ閨の中で待っているだけで、これからの人生、こんな生活を覚悟して生きていかないと詠う。)

春色迷人恨正,可堪蕩子不還家,細風輕露著梨花。

春の景色は人の心を浮かせ、迷わせて、人がどこにいるのかわからないので恨むことになるし、だから。放蕩のものが家に帰ってこないことには耐えるようにすべきであるし、そんな春の優しい風に当たり、軽やかな露に濡れた梨の花が色をはっきりとさせ、其処には人が集まる。

簾外有情雙鷰颺,檻前無力綠楊斜,小屏狂夢極天涯。

行楽の季節には、簾の外に情愛があるのであり、ツガイの燕が飛び上がるということがある、ただ閨だけで、待つだけで、檻の暮し、柳の緑も濃く、風に斜め払う、閨の寝牀横の小屏風の中で夢の中だけで狂うもの、そんな人生が一生続いて行く。

(浣溪沙八首其の一)

春色 人を迷わせ正に【はる】かにするを恨み,蕩子家に還らざるを堪る可し,細風 輕露 梨花に著わる。

簾外 情有り 雙鷰 颺【あが】り,檻前 無力 綠楊 斜めなり,小屏 狂夢 天涯に極む。

浣溪沙八首其二

浣溪沙その二(夏も過ぎ、秋になってもどこからも音沙汰がない、御殿の閨に何もせず、、ただ、寵愛を受ける準備だけは菅、使うことがないので、埃に汚れて居る)

紅藕香寒翠渚平,月籠虛閣夜蛩清,塞鴻驚夢兩牽情。

秋になりかけのころ蓮の花の香りを残したまま夕方の寒さを感じる。緑叢がいっぱいで渚に平らかに広がる。閨の高窓に見える月は輝き寂しい高閣を照らしし、すずむしがすがすがしく鳴いている。北方から南に向かう大雁は夢に驚き情に絡んで両手で引寄せて雁書を見たいと思う。

寶帳玉鑪,殘麝冷,羅衣金縷暗塵生,小孤燭淚縱橫。

宝飾で飾られたとばりが下がり、こがねに飾られた香炉には麝香は消えてそのままで冷たい、寵愛を受けていたときに着ていた薄絹の金の刺繍の着物にはチリが積もってうす汚れている。閨の小窓の手前にポツンと燭台があり、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになる。

(浣溪沙八首其の二)

紅藕 香寒く 翠の渚 平かにし,月籠の虛閣 夜蛩 清かなり,塞鴻 夢に驚き 情に兩牽す。

寶帳 玉鑪あり,殘麝 冷かなり,羅衣 金縷 塵生に暗くす,小 孤燭 淚 縱橫たり。

 

浣溪沙八首其三

浣溪沙八首その三(若くして寵愛を失った妃賓は、瀟湘の后妃ように帝に先立たれのと同じで、一人で過ごすのは、残された思い出の部屋で泣きぬれて過ごすことなのである。)

荷芰風輕簾幕香,繡衣鸂鶒泳迴塘,小屏閑掩舊瀟湘。

蓮花と菱花は軽く風にのって簾や、幔幕にまでその香が届くと、刺繍の着物の妃賓は、鸂鶒が泳ぎながら堤の方へ進むのを見る。閨の低い屏風に静かに囲まれた中にいにしえの瀟湘曲が物悲しく聞こえてくる。

恨入空幃鸞影獨,淚凝雙臉渚蓮光,薄情年少每思量。

誰もいない鸞凰の刺繍の戸張の中には蝋燭の光にただ一人の影を映して、そこにはうらみだけがはいってくると、涙が止まらず、二筋の涙の痕が顔に残ってしまい、涙があふれて渚の蓮池に光るかのようである。愛情の薄い皇子は歳若くして死別したのかと、思う度にその思いの量は多くなっていく。

(浣溪沙八首其の三)

荷芰 風輕く 簾幕 香り,繡衣 鸂鶒泳いで塘を迴り,小屏 閑かに掩うは舊えの瀟湘。

空幃に恨入す 鸞影獨つ,淚 臉に雙つながらにして 渚の蓮光に凝し,薄情 年少なるも 每く思量す。

 

浣溪沙八首其四

浣溪沙八首その四(愛妾とされ、どんなに寵愛を受けていても、寵愛は失うもの、西王母のようであっても、巫山の瑤姫であっても、今はどうなるのかはわからない、いずれにしても耐えて生きていくことだけだ。)

惆悵經年別謝娘,月花院好風光,此時相望最情傷。

愛妾とされてもうどれだけ年数を重ねたのだろうか、それなのに別れて怨めしいと思うようになったが。高窓から入る月明かり、奥の中庭に咲く満開の花、春の盛りのこんなにもよい季節が来ても、またたがいにこの時を楽しく過ごしたいと思えば思うほど、またもっとも心が傷つくのである。

青鳥不來傳錦字,瑤何處鏁蘭房,忍教魂夢兩茫茫。

西王母の春の恋の使者として錦字を伝え持ってくるはずが一向に来なかったし、巫山の瑶女の身を揺らせてくれ、身も心も繋いでくれるというがその閨がどこにあるのか、いつも堪え、心の奥に忍ばせて、夢とするだけで、両頬に流れる涙は果てしなく流れてゆくのである。

浣溪紗八首其の四)

惆悵 經年 謝娘に別れ,月 花院 風光好く,此時 相い望む 最情の傷。

青鳥 來らず 錦字を傳う,瑤 何處にか 蘭房を鏁にし,魂夢を忍教して兩つながら茫茫たり。

 

浣溪紗八首,其五

(菊の花に夜露が下りる良い夜、思いもよらず寵愛を受けることになった、床をすごす共寝の夜が明けると、それからどうなるのかと恐れる女の情を詠う。)

庭菊飄黃玉露濃,冷莎隈砌隱鳴蛩,何期良夜得相逢。

風にゆれ動く庭に咲き誇る黄菊に玉の露に濡れて色を濃くする。秋の冷気に見向きもされない莎草はつめたく階の端に生えていて、その影でこおろぎが鳴いて秋の趣きを添え、思いがけないこの出会い、素晴らしい夜は思いもよらないことである。

背帳風搖紅滴,惹香暖夢繡衾重,覺來枕上怯晨鐘。

とばりを背にして、灯火の炎は揺れていて、蝋燭を滴らせるのも忘れるように時は過ぎる。香の香りに誘われ、重ねた肌に暖かに夢は掛け布団のうちでつづき、この素敵な時から目覚めること、枕辺にこのまま居たいと思うこと、夜明け前の鐘が鳴ればわかれなければいけない、それはとても恐いことなのだ。

浣溪紗八首,其の五)

庭菊 黃を飄し 玉露濃し,冷莎 砌に隈【よ】し 鳴蛩【めいきょう】 隱れ,何ぞ期せん 良夜 相う逢うを得るを。

帳を背に 風 搖がせ 紅【こうろう】 滴る,香に惹【ひか】るる暖かき夢 繡衾【しゅうきん】重なり,覺め來り 枕上 晨鐘に怯る。

 

《巻七06浣溪沙八首其六》  雲澹風高葉亂飛,小庭寒雨綠苔微,深閨人靜掩屏幃。粉黛暗愁金帶枕,鴛鴦空繞畫羅衣,那堪辜負不思歸。

《巻七07浣溪沙八首其七》  鴈響遙天玉漏清,小紗外月朧明,翠幃金鴨炷香平。何處不歸音信斷,良宵空使夢魂驚,簟涼枕冷不勝情

《巻七08浣溪沙八首其八》  露白蟾明又到秋,佳期幽會兩悠悠,夢牽情役幾時休。記得泥人微斂黛,無言斜倚小書樓,暗思前事不勝愁。

 

 

 

 

 

浣溪紗八首,其五』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪紗八首,其五

庭菊飄黃玉露濃,冷莎隈砌隱鳴蛩,何期良夜得相逢。

背帳風搖紅滴,惹香暖夢繡衾重,覺來枕上怯晨鐘。

 

(下し文)

(浣溪紗八首,其の五)

庭菊 黃を飄し 玉露濃し,冷莎 砌に隈【よ】し 鳴蛩【めいきょう】 隱れ,何ぞ期せん 良夜 相う逢うを得るを。

帳を背に 風 搖がせ 紅【こうろう】 滴る,香に惹【ひか】るる暖かき夢 繡衾【しゅうきん】重なり,覺め來り 枕上 晨鐘に怯る。

 

(現代語訳)

(菊の花に夜露が下りる良い夜、思いもよらず寵愛を受けることになった、床をすごす共寝の夜が明けると、それからどうなるのかと恐れる女の情を詠う。)

風にゆれ動く庭に咲き誇る黄菊に玉の露に濡れて色を濃くする。秋の冷気に見向きもされない莎草はつめたく階の端に生えていて、その影でこおろぎが鳴いて秋の趣きを添え、思いがけないこの出会い、素晴らしい夜は思いもよらないことである。

とばりを背にして、灯火の炎は揺れていて、蝋燭を滴らせるのも忘れるように時は過ぎる。香の香りに誘われ、重ねた肌に暖かに夢は掛け布団のうちでつづき、この素敵な時から目覚めること、枕辺にこのまま居たいと思うこと、夜明け前の鐘が鳴ればわかれなければいけない、それはとても恐いことなのだ。

 

(訳注)

浣溪沙八首其五

(菊の花に夜露が下りる良い夜、思いもよらず寵愛を受けることになった、床をすごす共寝の夜が明けると、それからどうなるのかと恐れる女の情を詠う。)

〔解説〕前段は花に露で潤うこと、後段は、紅蝋燭がしたたること、情事の描写し、連想を膨らませる。香の香り、布団の中で肌を重ね暖かき夢路が続くのであるが、男は日が昇るまでに役所に登朝しなければいけない。今まで掘っておかれたのに、思いもよらない訪問は、急に出征か、出張を命ぜられたことによるもので、だから一晩中肌を重ねたということを詠っている。

鐘が鳴ると旅に出るのである。以後、二度と逢えないのである。

 

唐の教坊の曲名。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦.の詞形をとる。

浣溪沙八首其一

春色迷人恨正,可堪蕩子不還,細風輕露著梨

簾外有情雙鷰颺,檻前無力綠楊,小屏狂夢極天

○●○○●△○  ●○●●△○○ ●△△●△○○

○●●○○●△ ●○○●●○○  ●△△△●○○

浣溪沙八首其二  ⑦⑦⑦/4③⑦⑦

紅藕香寒翠渚,月籠虛閣夜蛩,塞鴻驚夢兩牽

寶帳玉鑪,殘麝,羅衣金縷暗塵,小孤燭淚縱

○●○○●●○  ●△○●●○○ ●△○△●△○

●●●○ ○●△  ○△○●●○△ ●?○●●△△

浣溪沙八首其三

荷芰風輕簾幕  繡衣鸂鶒泳迴塘 小屏閑掩舊瀟  

恨入空幃鸞影獨 淚凝雙臉渚蓮  薄情年少每思

△●△△○●○  ●△○?●△○ ●△○●●○○

●●△○○●● ●△○△●△△  ●○○●●△△

浣溪沙八首其四

惆悵經年別謝,月花院好風,此時相望最情

青鳥不來傳錦字,瑤何處鏁蘭,忍教魂夢兩茫

○●△○●●○  ●?○△●△△ ●○△△●○△

○●△△△●● ○○△●?○○  ●△○△●○○

浣溪紗八首,其五

庭菊飄黃玉露,冷莎隈砌隱鳴,何期良夜得相

背帳風搖紅滴,惹香暖夢繡衾,覺來枕上怯晨

○●○○●●○  △○△●●○○ △○○●●△○

●●△○○●● ●○●△●○△  ●△△●●○○

韋荘ほか全員で十名が同名の詩合計57首、花間集の11.4%載せている。谷間の砂浜で早春の風物詩で、染め上げた沙羅を水で晒した後、並べて乾かすことをいう。独り者の女性だけで行ったことで、春と沙羅と女性ということで艶歌としてうたったものである。

 

 

庭菊飄黃玉露濃,冷莎隈砌隱鳴蛩,何期良夜得相逢。

風にゆれ動く庭に咲き誇る黄菊に玉の露に濡れて色を濃くする。秋の冷気に見向きもされない莎草はつめたく階の端に生えていて、その影でこおろぎが鳴いて秋の趣きを添え、思いがけないこの逢瀬、素晴らしい夜は思いもよらないことである。

庭菊瓢黄 庭に咲く菊は黄金色に咲き誇り、秋の風に揺れる。時間的に後に「玉露 濃く」と変化する。「庭の黄菊は露に濡れて咲き」と訳す。艶詩であるから情事の描写と考えれば理解は深まる。

 莎草。蚊帳吊草、莎草、学名: Cyperus microiria)は、カヤツリグサ科カヤツリグサ属の一年生植物。道端や田畑にも出現する雑草。マスクサ(枡草)ともいう。

隱鳴蛩 草の影でこおろぎが鳴く。

何期良夜 思いがけないこの出会いの素晴らしい夜。

得相逢 逢瀬という素晴らしい夜。

 

背帳風搖紅滴,惹香暖夢繡衾重,覺來枕上怯晨鐘。

とばりを背にして、灯火の炎は揺れていて、蝋燭を滴らせるのも忘れるように時は過ぎる。香の香りに誘われ、重ねた肌に暖かに夢は掛け布団のうちでつづき、この素敵な時から目覚めること、枕辺にこのまま居たいと思うこと、夜明け前の鐘が鳴ればわかれなければいけない、それはとても恐いことなのだ。

背帳 帳を背後にして。

 蝋燭を滴らせるのも忘れるように時は過ぎる。

怯晨鐘 晨の鐘を聞くのが恐ろしい。夜の明けるとともに愛人と別れねばならぬことを恐れた言葉。

11顧夐 (改)《巻七01浣溪沙八首其一》『花間集』303全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6787

顧夐  浣溪沙八首其一》  春色迷人恨正,可堪蕩子不還家,細風輕露著梨花。簾外有情雙鷰颺,檻前無力綠楊斜,小屏狂夢極天涯

(春は万物を成長させ、春の行楽は放蕩の情をさらに強くする。待つものは、柳の緑が濃くなるころ閨の中で待っているだけで、これからの人生、こんな生活を覚悟して生きていかないと詠う。)春の景色は人の心を浮かせ、迷わせて、人がどこにいるのかわからないので恨むことになるし、だから。放蕩のものが家に帰ってこないことには耐えるようにすべきであるし、そんな春の優しい風に当たり、軽やかな露に濡れた梨の花が色をはっきりとさせ、其処には人が集まる。行楽の季節には、簾の外に情愛があるのであり、ツガイの燕が飛び上がるということがある、ただ閨だけで、待つだけで、檻の暮し、柳の緑も濃く、風に斜め払う、閨の寝牀横の小屏風の中で夢の中だけで狂うもの、そんな人生が一生続いて行く。

11顧夐 (改)《巻七01浣溪沙八首其一》『花間集』303全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6787

 

 

 
  2015年10月19日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白331-#3 《巻二18-春日行》 331-#3Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首 <李白331-#3> Ⅰ李白詩1647 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6783  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈94-#3《 巻二15岳陽樓別竇司直》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1560> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6784  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-149杜甫 《1557返照》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-149 <1021> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6785  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 11顧夐 (改)《巻七01浣溪沙八首其一》『花間集』303全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6787  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

《巻七01浣溪沙八首其一》  春色迷人恨正,可堪蕩子不還家,細風輕露著梨花。簾外有情雙鷰颺,檻前無力綠楊斜,小屏狂夢極天涯

《巻七02浣溪沙八首其二》  紅藕香寒翠渚平,月籠虛閣夜蛩清,塞鴻驚夢兩牽情。寶帳玉鑪,殘麝冷,羅衣金縷暗塵生,小孤燭淚縱橫

《巻七03浣溪沙八首其三》  荷芰風輕簾幕香,繡衣鸂鶒泳迴塘,小屏閑掩舊瀟湘。恨入空幃鸞影獨,淚凝雙臉渚蓮光,薄情年少每思量。

《巻七04浣溪沙八首其四》  惆悵經年別謝娘,月花院好風光,此時相望最情傷。青鳥不來傳錦字,瑤何處鏁蘭房,忍教魂夢兩茫茫

《巻七05浣溪沙八首其五》  庭菊飄黃玉露濃,冷莎隈砌隱鳴蛩,何期良夜得相逢。背帳風搖紅滴,惹香暖夢繡衾重,覺來枕上怯晨鐘

《巻七06浣溪沙八首其六》  雲澹風高葉亂飛,小庭寒雨綠苔微,深閨人靜掩屏幃。粉黛暗愁金帶枕,鴛鴦空繞畫羅衣,那堪辜負不思歸。

《巻七07浣溪沙八首其七》  鴈響遙天玉漏清,小紗外月朧明,翠幃金鴨炷香平。何處不歸音信斷,良宵空使夢魂驚,簟涼枕冷不勝情

《巻七08浣溪沙八首其八》  露白蟾明又到秋,佳期幽會兩悠悠,夢牽情役幾時休。記得泥人微斂黛,無言斜倚小書樓,暗思前事不勝愁。

 

 

 

浣溪沙八首其一

(春は万物を成長させ、春の行楽は放蕩の情をさらに強くする。待つものは、柳の緑が濃くなるころ閨の中で待っているだけで、これからの人生、こんな生活を覚悟して生きていかないと詠う。)

春色迷人恨正,可堪蕩子不還家,細風輕露著梨花。

春の景色は人の心を浮かせ、迷わせて、人がどこにいるのかわからないので恨むことになるし、だから。放蕩のものが家に帰ってこないことには耐えるようにすべきであるし、そんな春の優しい風に当たり、軽やかな露に濡れた梨の花が色をはっきりとさせ、其処には人が集まる。

簾外有情雙鷰颺,檻前無力綠楊斜,小屏狂夢極天涯。

行楽の季節には、簾の外に情愛があるのであり、ツガイの燕が飛び上がるということがある、ただ閨だけで、待つだけで、檻の暮し、柳の緑も濃く、風に斜め払う、閨の寝牀横の小屏風の中で夢の中だけで狂うもの、そんな人生が一生続いて行く。

(浣溪沙八首其の一)

春色 人を迷わせ正に【はる】かにするを恨み,蕩子家に還らざるを堪る可し,細風 輕露 梨花に著わる。

簾外 情有り 雙鷰 颺【あが】り,檻前 無力 綠楊 斜めなり,小屏 狂夢 天涯に極む。

 

 

『浣溪沙八首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙八首其一

春色迷人恨正,可堪蕩子不還家,細風輕露著梨花。

簾外有情雙鷰颺,檻前無力綠楊斜,小屏狂夢極天涯。

 

(下し文)

(浣溪沙八首其の一)

春色 人を迷わせ正に【はる】かにするを恨み,蕩子家に還らざるを堪る可し,細風 輕露 梨花に著わる。

簾外 情有り 雙鷰 颺【あが】り,檻前 無力 綠楊 斜めなり,小屏 狂夢 天涯に極む。

 

(現代語訳)

(春は万物を成長させ、春の行楽は放蕩の情をさらに強くする。待つものは、柳の緑が濃くなるころ閨の中で待っているだけで、これからの人生、こんな生活を覚悟して生きていかないと詠う。)

春の景色は人の心を浮かせ、迷わせて、人がどこにいるのかわからないので恨むことになるし、だから。放蕩のものが家に帰ってこないことには耐えるようにすべきであるし、そんな春の優しい風に当たり、軽やかな露に濡れた梨の花が色をはっきりとさせ、其処には人が集まる。

行楽の季節には、簾の外に情愛があるのであり、ツガイの燕が飛び上がるということがある、ただ閨だけで、待つだけで、檻の暮し、柳の緑も濃く、風に斜め払う、閨の寝牀横の小屏風の中で夢の中だけで狂うもの、そんな人生が一生続いて行く。

 

(訳注)

浣溪沙八首其一

(春が来ても放蕩な夫は帰ってこない、これからの人生はこんな生活を覚悟して生きていかないとおもいながら詠う。)

谷間の砂浜で早春の風物詩で、染め上げた沙羅を水で晒した後、並べて乾かすことをいう。独り者の女性だけで行ったことで、春と沙羅と女性ということで艶歌としてうたったものである。

 

 

 

 

 

 

韋荘(韋相莊)

浣溪紗五首

 

 

薛昭蘊(薛侍郎昭蘊)

浣溪紗八首

 

 

張泌(張舍人泌)

浣溪紗十首

 

 

毛文錫(毛司徒文錫)

浣紗溪一首

 

 

欧陽烱(歐陽舍人烱)

浣溪紗四首

 

 

(顧太尉

浣溪紗八首

 

 

孫光憲(孫少監光憲)

浣溪紗九首

 

 

閻選(閻處士選)

浣溪紗一首

 

 

毛熙震(毛秘書熙震)

浣溪紗七首

 

 

李絢(李秀才珣)

浣溪紗四首

 

 

 

 

 

 

 

 

唐の教坊の曲名。韋荘ほか全員で十名が同名の詩合計57首、花間集の11.4%載せている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦.の詞形をとる。

浣溪沙八首其一

春色迷人恨正,可堪蕩子不還,細風輕露著梨

簾外有情雙鷰颺,檻前無力綠楊,小屏狂夢極天

○●○○●△○  ●○●●△○○ ●△△●△○○

○●●○○●△ ●○○●●○○  ●△△△●○○

浣溪沙八首其二

紅藕香寒翠渚,月籠虛閣夜蛩,塞鴻驚夢兩牽

寶帳玉鑪,殘麝,羅衣金縷暗塵,小孤燭淚縱

○●○○●●○  ●△○●●○○ ●△○△●△○

●●●○ ○●△  ○△○●●○△ ●?○●●△△

 

春色迷人恨正,可堪蕩子不還家,細風輕露著梨花。

春の景色は人の心を浮かせ、迷わせて、人がどこにいるのかわからないので恨むことになるし、だから。放蕩のものが家に帰ってこないことには耐えるようにすべきであるし、そんな春の優しい風に当たり、軽やかな露に濡れた梨の花が色をはっきりとさせ、其処には人が集まる。

春色 春景色に変わったこと。男女の関係が春になって表向きにもわかるようになる。・庭であり、野であり春草の中筵で宴、康楽をする。

恨正 夫()がどこに行っているかわからないことをいう。

蕩子 放蕩の男(夫)一夫多妻制であったから罪悪感は全くない。

細風 春を優しい風に当たること。こまやかのかみをゆらせること。

輕露 軽やかな露に濡れ潤らせること。

著梨花 梨花は女性をあらわす。桃李不言下自成蹊【訓読文】桃李は言わざれども自ずから蹊(こみち)を成す

 

簾外有情雙鷰颺,檻前無力綠楊斜,小屏狂夢極天涯。

行楽の季節には、簾の外に情愛があるのであり、ツガイの燕が飛び上がるということがある、ただ閨だけで、待つだけで、檻の暮し、柳の緑も濃く、風に斜め払う、閨の寝牀横の小屏風の中で夢の中だけで狂うもの、そんな人生が一生続いて行く。

簾外 簾越しに見える景色。

有情 春は庭先でも情愛の出来事があるということ。

雙鷰颺 ツガイの燕が飛び上る。

檻前 ツガイの燕ということで、檻ということだが、この時代の女性は自分の意志でどこかに行くことは難しい。したがって、檻の住まいという表現をする。

綠楊斜 柳の枝葉揺れるものであり、その様子で男を指すものであり、緑の男柳も斜めにしているだけで盛鯉が全くないという意。

小屏 寝牀のまわりに屏風を回らすこと。

狂夢 もっぱら夢の中だけでくるおしくなること。

極天涯 そんなじんせいも一生続いて行くしかないのだというほどの意。

 

 

《年中行事》

年中行事は、唐代では史料も増え、政府の儀礼だけでなく、都市における行事の詳細も分かるようになっている。行事の中でも、立春から冬至までの八節(二十四節気参照)と重日が重要視された。唐代の年中行事は、国家の安泰や農作物の豊穣や無病息災、神々や祖先との交流し、社会的共同性を更新する機会であり、宗教的呪術の場でもあった。

元会は、元旦に都である長安太極宮もしくは大明宮で皇帝が行う朝賀である。元会には各国の使者や百官が集まり、式典を行った。百官は元旦と前後3日間合計7日間休み、元会の儀式が終わると、残る3日新春の訪れを家族と祝った。正月には竹を燃やし、爆竹が鳴らされ、悪霊を追い払った。また、屠蘇酒を飲み、健康を祝い、膠牙糖という水飴を舐めた。

人日節正月7日に行われた行事である。祝宴が宮廷で行われ、百官に魔よけの人形の切り絵である「人勝」が配られる。この日、7種の野草を使う羮が作られた。

上元節は正月15日の前後3日間続く灯籠祭りであり、元宵節とも呼ばれ、仏教の影響もあって、最も盛んとなった祭りである。上元節の期間中は、夜行の禁が解かれ、都市、田舎を問わず、家ごとに灯籠を掛け連ね、着飾った大勢の見物人が夜通し活動する。大都市では、灯籠を無数に連ねた灯樹、灯輪、山棚などというものが飾られ、都市内各地で見物することができた。上元節の灯籠は、玄宗期に隆盛を迎え、その盛大さは多くの唐詩に唱われている。長安では、皇帝も元宵節を楽しみ、雑踏は非常に激しいもので、落とし物も朝には市中にあちこちに転がったと伝えられる。また、昼間は抜河(綱引き)が行われた。長安以外では、洛陽揚州涼州でも大規模な祭りが開かれた。玄宗期の一時期は2月に開かれていた。

探春の宴は早春の野に春の風景を探す行事である。送窮日は、1月最終日で、貧乏神を送り出す行事である。

寒食節は、2月末に、一日中冷たいものを食べる。前後3日間、火を焚くこと、夜間に灯りをつけることを禁じられた。清明節は、31日に寒食節が終わると、一続きで行われる、家で新火をおこし始める行事である。

寒食の用語解説 - 古代中国で、冬至から105日目に、火気を用いないで冷たい食事をしたこと。そのころは風雨が激しいので火災予防のためとも、また、一度火を断って新しい火で春を促すためともいう。

上巳節は、33日に行われる河や池の水で身体を洗う行事である「祓禊」が行われる。長安付近では、曲江池や渭水で行った。全体的に行楽のような意味合いを持った行事で、景色を楽しんだり、宴会が開かれたりした。

春の行事:探春の宴、送窮日、寒食節、清明節、上巳節

10和凝 (改)《巻六33漁父一首   》『花間集』284全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6692

和凝  漁父  

白芷汀寒立鷺鷥,蘋風輕剪浪花時。烟冪冪,日遲遲。香引芙蓉惹釣絲。

(春の日、早朝から、釣り糸を垂れる風流人の隠遁者の目に映る、白にまつわる景色、白瀕、波が寄せる渚、ツガイの白鷺、日ごとに長くなる日差し、釣り糸、そこに、咲き初める芙蓉の花が香りに引き寄せられる。)

ヨロイグサの白い小さな花があつまって生えている早春朝の寒気がひろがる水際に白鷺が羽を広げ降り立つ、白い小花の浮水草が渡る風にゆれ、さざ波起こる時よろい草も揺れれば、驚いて白露が飛び上がる。靄は冪冪と広がり霞む、春の日は日ごとに日暮れが遅くなり、日一日と日が伸びる。蓮の花の香りがひろがり、漁父は釣り糸を垂れているが、その香りに引き寄せられる。

10和凝 (改)《巻六33漁父一首   》『花間集』284全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6692

 

 

 
  2015年9月30日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白317-#1 《巻十九11遊泰山,六首之五【案:天寶元年四月,從故御道上泰山。】》317-#1Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元年42歳 18首 <李白317-#1> Ⅰ李白詩1628 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6688  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈91-#6《 巻二12 縣齋有懷》 #6 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1541> Ⅱ#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6689  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-139#8杜甫 《1614夔府書懷四十韻》#8 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-139 <1002> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6690  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 10和凝 (改)《巻六33漁父一首   》『花間集』284全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6692  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

10 和學士凝二十首

 和凝898955)字は成績、郭州須昌(山東省東平県)の人。幼少のころから聡明で、学問を好み、一読した書はみなその大義に達していた。十七歳で明経に挙げられ、十九歳で進士に及第した。はじめ後梁に仕えて地方官をつとめたが、つづいて後唐に仕えて、天成年間(926929)に殿中侍御史を拝し、礼部員外即を経て主客員外郎、知制許に改められ、ついで翰林に入って学士となった。また後晋に仕えて、天福五年(940) に中書侍郎同中書門下平車掌(宰相)を拝命した。ついでまた後漢に仕えて、太子大伴を拝し、魯国公に封ぜられた。後周の顕徳二年(955)五十八歳で卒した。のち侍中を贈与された。外見をつくろうことが好きで、平生、乗物や衣服を美しく装飾してりっぱなようすをしていた。また、後進のものを世話するのが好きで、賢不肖にかかわらず、虚心をもってその仕進の道を開きみちびいたので、たいそう評判がよかったという。

文章をつくるにはその分量の多いことが得意であった。文集は百余巻あり、かつて自ら板に訝って、数百状を校印し、人に分かち与えた。短歌艶曲に長じ、「由子相公」というよび名がつけられていた。かれの艶詞をあつめたものに香密集があり、宰相の名を避けて韓樫の名に託してあったというが、今日伝わる韓促の香密集(香散薬)は和顔の作ではないことはすでに明の毛管などがその尤もであることを弁じている(五唐人集)。著述に演論集三十巻、群芸集五十巻、紅薬編五巻(宋史芸文志)があったといぅが、今伝わらない。

かれの詩集に紅葉稿一巻あり、百余首を収めているといぅが(歴代詩余、竜沐勘著唐宋名家詩選に紹介した宋大字本)、この本も明らかではない。紅葉稿は紅薬編のことで、これは制語に関する著述であるといぅ説もある (胡透、詞選)。かれの詞は花間集に二十首収められている。王国経の輯本には二十九首を収めている。

* 旧五代史巻一二七 新五代史巻五六 北夢項言巻パ以歌詞自娯粂 歴代詩余巻一〇二詞人姓氏 全唐詩巻三二 紅葉稿詞一巻 王国稚韓、唐五代二十一家詞輯所収

 

「花間集」和學士凝二十首

巻六14小重山二首其一  春入神京萬木芳,禁林鶯語滑,蝶飛狂。曉花擎露妬啼粧,紅日永,風和百花香。煙鏁柳絲長,御溝澄碧水,轉池塘。時時微雨洗風光,天衢遠,到處引笙篁。

巻六15小重山二首其二  正是神京爛熳時,羣仙初折得,郄詵枝。烏犀白紵最相宜,精神出,御陌袖鞭垂。柳色展愁眉,管絃分響亮,探花期。光陰占斷曲江池,新牓上,名姓徹丹墀。

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

巻六18菩薩蠻一首  越梅半拆輕寒裏,冰清澹薄籠藍水。暖覺杏梢紅,遊絲狂惹風。閑堦莎徑碧,遠夢猶堪惜。離恨又迎春,相思難重陳。

巻六19山花子二首其一  鶯錦蟬縠馥麝臍,輕裾花早曉烟迷。鸂鶒戰金紅掌墜,翠雲低。星靨笑隈霞臉畔,蹙金開襜襯銀泥。春思半和芳草嫩,碧萋萋。

巻六20山花子二首其二  銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。玉腕重金扼臂,澹梳粧。幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

巻六21河滿子二首其一  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

巻六22河滿子二首其二  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

巻六23薄命女一首  天欲曉,宮漏穿花聲繚繞。牎裏星光少,冷霞寒侵帳額,殘月光沉樹杪。夢斷錦幃空悄悄,強起愁眉小。

巻六24望梅花一首  春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

巻六25天仙子二首其一  柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

巻六26天仙子二首其二  洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。

巻六27春光好二首其一  紗暖,畫屏閑,嚲雲鬟。睡起四肢無力,半春間。玉指剪裁羅勝,金盤點綴蘇山。窺宋深心無限事,小眉彎。

巻六28春光好二首其二  蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。春水無風無浪,春天半雨半晴。紅粉相隨南浦晚,幾含情。

巻六29採桑子一首  蝤蠐領上訶梨子,繡帶雙垂,椒閑時,競學樗蒲賭荔枝。叢頭鞋子紅編細,裙窣金絲。無事嚬眉,春思飜教阿母疑。

巻六30柳枝三首其一  軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

巻六31柳枝三首其二  瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

巻六32柳枝三首其三  鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

巻六33漁父一首   白芷汀寒立鷺鷥,蘋風輕剪浪花時。烟冪冪,日遲遲。香引芙蓉惹釣絲。

 

 

漁父 

(春の日、早朝から、釣り糸を垂れる風流人の隠遁者の目に映る、白にまつわる景色、白瀕、波が寄せる渚、ツガイの白鷺、日ごとに長くなる日差し、釣り糸、そこに、咲き初める芙蓉の花が香りに引き寄せられる。)

白芷汀寒立鷺鷥,蘋風輕剪浪花時。

ヨロイグサの白い小さな花があつまって生えている早春朝の寒気がひろがる水際に白鷺が羽を広げ降り立つ、白い小花の浮水草が渡る風にゆれ、さざ波起こる時よろい草も揺れれば、驚いて白露が飛び上がる。

烟冪冪,日遲遲。

靄は冪冪と広がり霞む、春の日は日ごとに日暮れが遅くなり、日一日と日が伸びる。

香引芙蓉惹釣絲。

蓮の花の香りがひろがり、漁父は釣り糸を垂れているが、その香りに引き寄せられる。

 

(漁父)

白芷の汀 寒くして鷺鷥 立つ、蘋風 軽く浪花を剪る時。

烟は 冪冪として、日は 遅遅たり。

香引して 芙蓉 釣糸を惹う。

 

 

『漁父』 現代語訳と訳註

(本文)

漁父

白芷汀寒立鷺鷥,蘋風輕剪浪花時。

烟冪冪,日遲遲。香引芙蓉惹釣絲。

 

(下し文)

(漁父)

白芷【はくし】の汀【みぎわ】寒くして鷺鷥【ろし】立つ、蘋風【ひんふう】軽く浪花を剪る時。

烟【もや】は冪冪【べきべき】として、日は 遅遅たり。

香引して 芙蓉 釣糸を惹【さそ】う。(芙蓉の香りは釣り糸を引き惹う)

 

(現代語訳)

(春の日、早朝から、釣り糸を垂れる風流人の隠遁者の目に映る、白にまつわる景色、白瀕、波が寄せる渚、ツガイの白鷺、日ごとに長くなる日差し、釣り糸、そこに、咲き初める芙蓉の花が香りに引き寄せられる。)

ヨロイグサの白い小さな花があつまって生えている早春朝の寒気がひろがる水際に白鷺が羽を広げ降り立つ、白い小花の浮水草が渡る風にゆれ、さざ波起こる時よろい草も揺れれば、驚いて白露が飛び上がる。

靄は冪冪と広がり霞む、春の日は日ごとに日暮れが遅くなり、日一日と日が伸びる。蓮の花の香りがひろがり、漁父は釣り糸を垂れているが、その香りに引き寄せられる。

 

(訳注)

漁父

(春の日、早朝から、釣り糸を垂れる風流人の隠遁者の目に映る、白にまつわる景色、白瀕、波が寄せる渚、ツガイの白鷺、日ごとに長くなる日差し、釣り糸、そこに、咲き初める芙蓉の花が香りに引き寄せられる。)

【解説】 隠遁者、風流者の漁父が釣り糸を垂れる水辺に、白芷と白鷺、白蘋とさざ波、もやとの日差し、白い花の香り、芙蓉と釣り糸の白、美人の白い肌、白という関連性で10種のものを織り込んでいる。そして、この画の向こう側に女妓の存在を感じさせる情景を詠う。末尾、垂れた釣り糸は蓮の香りに引き寄せられるかのように、風に吹かれてすーっと水面を移動する、の意。

漁父は、漁歌子のまたの名。漁歌子は唐の教坊の曲名。漁歌子には、漁父の他に、漁父詞、漁父歌、漁楽の別名がある。『花間集』には和凝の漁父一首と顧夐の漁歌子一首が収められている。和凝の作は、単調二十七字、五句四平韻で、⑦⑦3③⑦の詞形をとる。

白芷汀寒立鷺  蘋風輕剪浪花
●●△○●●○  ○△△●△○○

烟冪冪  日遲
○●●  ●○○

香引芙蓉惹釣

○●○○●●○

花間集第七巻 顧夐『漁歌子』調五十字、前後段二十五字、六句四仄韻で、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。

曉風清,幽沼,倚欄凝望珍禽

畫簾垂,翠屏,滿袖荷香馥

好攄懷,堪寓,身閑心靜平生

酒盃深,光影,名利無心較

●△○  ○●● △○△△○○●

●○○ ●△●  ●●△○●●

●○○  ○●● ○○○●○△●

●○△ △●●  ○●○○●●

 

白芷汀寒立鷺鷥,蘋風輕剪浪花時。

ヨロイグサの白い小さな花があつまって生えている早春朝の寒気がひろがる水際に白鷺が羽を広げ降り立つ、白い小花の浮水草が渡る風にゆれ、さざ波起こる時よろい草も揺れれば、驚いて白露が飛び上がる。

白芷 1 ヨロイグサの漢名。また、その根。漢方で鎮痛・鎮静薬などに用いる。2 ハナウドの漢名。花ウド。水辺に生える。

鷺鷥 鷺に同じ。サギ。王維 《輞川集、欒家瀬》「颯颯秋雨中、浅浅石溜瀉。波跳自相濺、白鷺驚復下。」(颯颯たる秋雨の中、浅浅として石溜に瀉ぐ。波は跳って自ら相い濺ぎ、白鷺は驚きて復た下れり。)

 

烟冪冪,日遲遲。

靄は冪冪と広がり霞む、春の日は日ごとに日暮れが遅くなり、日一日と日が伸びる。

烟冪冪 靄に霞むさま。

 

香引芙蓉惹釣絲。

蓮の花の香りがひろがり、漁父は釣り糸を垂れているが、その香りに引き寄せられる。

香引芙蓉惹釣糸 「芙蓉香引惹釣糸」(芙蓉の香りは釣り糸を引き惹う)が平灰の関係で語順が変わったもの。漁父は隠遁者、風流人であり、芙蓉は蓮の花、美人である。

 

花間集と同時期の「漁歌子」詞。

 

徐積 『漁歌子』

水曲山隈四五家、夕陽煙火隔蘆花。

漁唱歇、醉眠斜。綸竿蓑笠是生涯。

(漁歌子)

水の曲 山の隈 四、五の家、夕陽の煙火蘆花を隔つ

漁唱歇【や】み、醉眠斜めなり。綸竿【りんかん】蓑笠【さりゅう】是れ 生涯。

 

水面が湾曲して入り組んでいるところや、山の折れ曲がって奥まったところに四、五軒の娼屋がある。夕日の中に、炊煙がアシの花の向こう側に騰がっている。

漁の歌声は、やんで。だんだんと酔って、徐々に眠りについている。釣り糸と釣り竿、蓑と笠が、生涯の命である。

 

徐積 1028年天聖六年~1103年崇寧二年、字は仲車。楚州山陽の人で、治平二年の進士。

徐積は若い頃から殺すことを戒め、蟻の群を見て踏まないよう気を使った。仏書を読んだことはないが、仏を論じれば的を得ていた。いつも一室に黙って座り、世の中とは関わり無いようであったが、天下の事を論じれば次から次へと倦むことは無かった。広東から変える途中の人が客としてやってきて徐積に会い、辺境の事を語った。徐積は山川の険しさ、堡塞の疎密さ番禺の搶手の利害について、まるで手元にあるが如く論じた。客は嘆息して言った。「家から出ないで天下のことを知るとはまさに徐公のことである」

 

これは填詞。『漁歌子』とは填詞の詞牌の一で、唐代に既にあった填詞形式。『漁歌子』は詩題ではなく形式名(正確には詞に着けられた曲名)だが、『漁歌子』など(宋詞以前の)初期のものは本意(詞の本来の意味、詞題の性質)の場合が多い。この作品もそうである。特に、『漁歌子』は、釣りをして暮らすなどの隠逸生活を詠う。中国では伝統的に、漁師や樵人は半仙の雰囲気を漂わせたものとして捉えられている。

『漁歌子』で代表的な者には『漁歌子』(西塞山前白鷺飛)唐・張志和、『漁歌子』(壯誤功名老學詩)清・趙懿、『漁歌子』漁父樂(水曲山隈四五家)宋・徐積、『漁父詞』(好個神仙張志和)宋・周紫芝、『漁歌子』(一任孤舟正又斜)元・無名氏、『漁父・和張志和詞』(雪色髭鬚一老翁)唐・無名氏、『漁父』(釣臺漁父褐爲裘)唐・張志和、『漁父』(松江蟹舎主人歡)唐・張志和などがある。(『漁父』も、『漁歌子』の同調異名(形式は同じで、名称が異なるだけのもの))。

10和凝 (改)《巻六30柳枝三首其一 》『花間集』281全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6677

和凝  柳枝三首 其一  

軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。

青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

(早春に、結同心で別れたひとでも、盛春のころには風流人なり、柳がうっそうと茂る初夏には浮気心が、真夏には女性と夜を過ごすようになるものであると詠う)その一。

(見送る女)みどりの色もまだやわらかい早春のころ、朝靄が瑤煙のようにただよう朝のはやい時間、旅立つ人は皆早く、旅人は皆よく似ている。見送り終えて、花に日差しがあたる頃には、顔に手を当て、緑の蛾の眉をひそめて泣いている。

(旅立った男)旅中の安全を願った柳の木は青々と茂るころには、旅人は自然に風流人となっていることだろうし、その柳が、金糸のように枝裾を吹き上げるころには、洛水の女神を待っているだろう。

10和凝 (改)《巻六30柳枝三首其一 》『花間集』281全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6677


 
  2015年9月27日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白315-#2 《巻十九09遊泰山,六首之三【案:天寶元年四月,從故御道上泰山。】》315-#2Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元年42歳 18首 <李白315-#2> Ⅰ李白詩1625 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6673  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈91-#3《 巻二12 縣齋有懷》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1538> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6674  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-136#5杜甫 《1614夔府書懷四十韻》#5 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-136 <999> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6675  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 10和凝 (改)《巻六30柳枝三首其一 》『花間集』281全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6677  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

1

溫庭筠

巻一30楊柳枝八首其一

宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。正是玉人腸處,一渠春水赤欄橋。

2

溫庭筠

巻一31楊柳枝八首其二

牆東御路傍,須知春色柳絲黃。杏花未肯無情思,何事行人最斷腸。

3

溫庭筠

巻一32楊柳枝八首其三

蘇小門前柳萬條,毿毿金線拂平橋。黃鶯不語東風起,深閉朱門伴舞腰。

4

溫庭筠

巻一33楊柳枝八首其四

金縷毿毿碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。晚來更帶龍池雨,半拂欄干半入樓。

5

溫庭筠

巻一34楊柳枝八首其五

館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。繫得王孫歸意切,不同芳草綠萋萋。

6

溫庭筠

巻一35楊柳枝八首其六

兩兩黃鸝色似金,裊枝啼露動芳音。春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。

7

溫庭筠

巻一36楊柳枝八首其七

御柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。景陽樓畔千條路,一面新粧等曉風。

8

溫庭筠

巻一37楊柳枝八首其八

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。

9

皇甫松

巻二21楊柳枝二首其一

春入行宮映翠微,玄宗侍女舞煙絲。如今柳向空城綠,玉笛何人更把吹。

10

皇甫松

巻二22楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時,王宮殿柳絲垂。黃鶯長叫空閨畔,西子無因更得知。

11

牛嶠

巻三46柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

12

牛嶠

巻三47柳枝五首其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

13

牛嶠

巻三48柳枝五首其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

14

牛嶠

巻三49柳枝五首其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

15

牛嶠

巻三50柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

16

張泌

巻四47柳枝

粉瓊粧透碧紗,雪休誇。金鳳搔頭墮鬢斜,髮交加。倚著雲屏新睡覺,思夢笑。紅腮隱出枕函花,有些些。

17

和凝

巻六30柳枝三首其一 

 軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

18

和凝

巻六31柳枝三首其二 

 瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

19

和凝

巻六32柳枝三首其三 

 鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

20

顧夐

巻七16楊柳枝

秋夜香閨思寂寥,漏迢迢。鴛幃羅幌麝煙銷,燭光搖。正憶玉郎遊蕩去,無尋處。更聞簾外雨蕭蕭,滴芭蕉。

21

孫光憲

巻八42楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城江城雪不寒。獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

22

孫光憲

巻八43楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。恰似有人長點檢,着行排立向春風。

23

孫光憲

巻八44楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

24

孫光憲

巻八45楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 

 

柳枝三首 其一

(早春に、結同心で別れたひとでも、盛春のころには風流人なり、柳がうっそうと茂る初夏には浮気心が、真夏には女性と夜を過ごすようになるものであると詠う)その一。

軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。

(見送る女)みどりの色もまだやわらかい早春のころ、朝靄が瑤煙のようにただよう朝のはやい時間、旅立つ人は皆早く、旅人は皆よく似ている。見送り終えて、花に日差しがあたる頃には、顔に手を当て、緑の蛾の眉をひそめて泣いている。

青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

(旅立った男)旅中の安全を願った柳の木は青々と茂るころには、旅人は自然に風流人となっていることだろうし、その柳が、金糸のように枝裾を吹き上げるころには、洛水の女神を待っているだろう。

(柳枝三首 其の一)

碧軟らかに瑤煙なれば送りし人に似たり,花を映す時には 翠蛾 嚬【しか】めるを把む。

青青 自ら是れ 風流の主に,慢颭【まんせん】 金絲 洛神を待つ。

 

其二

瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。

醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

 

其三

鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。

不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

隋堤002
 

 

『柳枝三首、其一』 現代語訳と訳註

(本文)

柳枝三首 其一

軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。

青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

 

(下し文)

(柳枝三首 其の一)

碧軟らかに瑤煙なれば送りし人に似たり,花を映す時には 翠蛾 嚬【しか】めるを把む。

青青 自ら是れ 風流の主に,慢颭【まんせん】 金絲 洛神を待つ。

 

(現代語訳)

(早春に、結同心で別れたひとでも、盛春のころには風流人なり、柳がうっそうと茂る初夏には浮気心が、真夏には女性と夜を過ごすようになるものであると詠う)その一。

(見送る女)みどりの色もまだやわらかい早春のころ、朝靄が瑤煙のようにただよう朝のはやい時間、旅立つ人は皆早く、旅人は皆よく似ている。見送り終えて、花に日差しがあたる頃には、顔に手を当て、緑の蛾の眉をひそめて泣いている。

(旅立った男)旅中の安全を願った柳の木は青々と茂るころには、旅人は自然に風流人となっていることだろうし、その柳が、金糸のように枝裾を吹き上げるころには、洛水の女神を待っているだろう。

 

 

(訳注)

柳枝三首 其一

(早春に、結同心で別れたひとでも、盛春のころには風流人なり、柳がうっそうと茂る初夏には浮気心が、真夏には女性と夜を過ごすようになるものであると詠う)その一。

 

唐の教坊曲。『花間集』には、単調、雙調とあり、最初の表に示したように二十四首ある。和凝の柳枝三首其一は単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形である。

和凝 《柳枝三首 其一》単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形。

軟碧瑤煙似送,映花時把翠蛾

●●○○●●○  ●○○●●△○

青青自是風流主,慢颭金絲待洛

○○●●△○●  ●●○○●●○

 

顧夐  《楊柳枝》 雙調四十字、前段二十字四句四平韻、後段二十字四句二平韻二仄韻で、⑦③⑦③/❼❸⑦③の詞形である。

秋夜香閨思寂  漏迢迢 鴛幃羅幌麝煙  燭光
○●○○△●△  ●○○ ○○○●●○○  ●△○

正憶玉郎遊蕩  無尋 更聞簾外雨蕭  滴芭

△●●○○●●  ○○● △△○●●○○  ●○○

 

軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。

(見送る女)みどりの色もまだやわらかい早春のころ、朝靄が瑤煙のようにただよう朝のはやい時間、旅立つ人は皆早く、旅人は皆よく似ている。見送り終えて、花に日差しがあたる頃には、顔に手を当て、緑の蛾の眉をひそめて泣いている。

瑤煙 朝もやにかすむが山の葉だけがはっきりしてアメジスト玉の切断面の幾重にも山の端が重なるような景色。

 〔嚬める・顰める〕【ひそめる】(「眉をひそめる」の形で)眉の辺りにしわをよせる。不快な時や悲しい時の表情にいう。顔をしかめる。

 1 束ねたものを数えるのに用いる。2 射芸で、矢を数えるのに用いる。

 

青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

(旅立った男)旅中の安全を願った柳の木は青々と茂るころには、旅人は自然に風流人となっていることだろうし、その柳が、金糸のように枝裾を吹き上げるころには、洛水の女神を待っているだろう。

慢颭 風が物をふるわせる。

洛神 洛神、洛嬪(らくひん)は、古代中国の伝説に出てくる伏義氏の娘であり、水と川を司る洛水の女神。黄河の神・河伯の妻。黄河にそそぐ川の一つ・洛水(らくすい)と伊川(いせん)が合流するあたりに住んでいる。後に后羿(こうげい)が洛嬪を奪って結婚したという伝説でもある。あるいは、洛神の賦は兄嫁に対する恋慕を意味するものである。

隋堤01

10和凝 (改)《巻六28春光好二首其二》『花間集』279全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6667

和凝  春光好二首其二   

蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。

春水無風無浪,春天半雨半晴。紅粉相隨南浦晚,幾含情。

(科挙合格の祝宴、探花使に選ばれた者は花を探し、牡丹か、杏か、桃李か、宮女にか、そこで、どれだけの恋する情愛が生まれるのか春の無礼講のことである)

早春の浮水草の葉はやわらかく育ち、池に映る杏の花に明るく日差しが照る、絵塗りの船は軽やかに浮ぶ。

澄んだ水の渚に出ているのは二つ並んで水浴びをしている鴛鴦、そこに、船頭が歌う舟歌にあわせて合格者たちが船縁を叩きながら歌うので驚いている。

春の淥水は風もなく波もたたず鏡のよう、春の空はかわりやすく小雨が降ったかと思うと今度はぱっと晴れる。

及第者に若い宮女たちは連れ立って、暮れてきた南の入り江の船着き場の方に入っていく、そこで、どれだけの恋する情愛が生まれ、育つのだろう。

10和凝 (改)《巻六28春光好二首其二》『花間集』279全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6667

 

 
  2015年9月25日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白314 《巻十九08遊泰山,六首之二【案:天寶元年四月,從故御道上泰山。】》Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元年42歳 18首 <李白314> Ⅰ李白詩1623 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6663  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
91 巻二12縣齋有懷【案:陽山縣齋作,時貞元二十一年,順宗新即位。】 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1536> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6664  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-134#3杜甫 《1614夔府書懷四十韻》#3 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-134 <997> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6665  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 10和凝 (改)《巻六28春光好二首其二》『花間集』279全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6667  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

和凝(898955)、字を成績と言い、鄆州の須昌(今の山東省東平の西北)の人。彼は幼い時から聡明で、早くから書物を学び、一読すれば常に大義に通じた。梁の義成軍節度使賀瓌に招かれて従事となったが、賀瓌が唐の荘宗との戦いに敗れると、彼一人が賀瓌に従った。賀瓌は和凝に対して、自分に従うのをやめて己の道を求めるように勧めたが、和凝は「男子たるもの、人の知遇を得ながら危難の際に恩に報いないのは、本意ではない」と言い、行動をともにし、追っ手を射倒して、賀瓌の命を救った。そこで、賀瓌は自分の娘を和凝に娶らせ、「和凝は将来重位に就くであろぅから、謹んで仕えるように」と子供らに諭した。そのために、和凝の名は一時に轟いた。彼は、梁、唐、晋、漢、周の五朝に仕え、多くの後進を導いたので、人々から広く慕われたと言う。和凝は若い時に好んで艶詞を作ったが、晋の宰相になると詞を回収して焼き捨てさせた。しかし、艶詞のために名を汚すことになり、契丹は晋に入朝すると、彼を曲子相公と呼んだと言う。和凝の詞は二十七首が伝わり、『花間集』 には二十首の詞が収められている。後周の顕徳二年(955)五十八歳で卒した。

 

和學士凝(和凝)二十首 和凝,字成績,五代詞人。曾官翰林學士知制誥等職。

 

「花間集」和學士凝二十首

巻六14小重山二首其一  春入神京萬木芳,禁林鶯語滑,蝶飛狂。曉花擎露妬啼粧,紅日永,風和百花香。煙鏁柳絲長,御溝澄碧水,轉池塘。時時微雨洗風光,天衢遠,到處引笙篁。

巻六15小重山二首其二  正是神京爛熳時,羣仙初折得,郄詵枝。烏犀白紵最相宜,精神出,御陌袖鞭垂。柳色展愁眉,管絃分響亮,探花期。光陰占斷曲江池,新牓上,名姓徹丹墀。

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

巻六18菩薩蠻一首  越梅半拆輕寒裏,冰清澹薄籠藍水。暖覺杏梢紅,遊絲狂惹風。閑堦莎徑碧,遠夢猶堪惜。離恨又迎春,相思難重陳。

巻六19山花子二首其一  鶯錦蟬縠馥麝臍,輕裾花早曉烟迷。鸂鶒戰金紅掌墜,翠雲低。星靨笑隈霞臉畔,蹙金開襜襯銀泥。春思半和芳草嫩,碧萋萋。

巻六20山花子二首其二  銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。玉腕重金扼臂,澹梳粧。幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

巻六21河滿子二首其一  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

巻六22河滿子二首其二  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

巻六23薄命女一首  天欲曉,宮漏穿花聲繚繞。牎裏星光少,冷霞寒侵帳額,殘月光沉樹杪。夢斷錦幃空悄悄,強起愁眉小。

巻六24望梅花一首  春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

巻六25天仙子二首其一  柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

巻六26天仙子二首其二  洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。

巻六27春光好二首其一  紗暖,畫屏閑,嚲雲鬟。睡起四肢無力,半春間。玉指剪裁羅勝,金盤點綴蘇山。窺宋深心無限事,小眉彎。

巻六28春光好二首其二  蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。春水無風無浪,春天半雨半晴。紅粉相隨南浦晚,幾含情。

巻六29採桑子一首  蝤蠐領上訶梨子,繡帶雙垂,椒閑時,競學樗蒲賭荔枝。叢頭鞋子紅編細,裙窣金絲。無事嚬眉,春思飜教阿母疑。

巻六30柳枝三首其一  軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

巻六31柳枝三首其二  瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

巻六32柳枝三首其三  鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

巻六33漁父一首   白芷汀寒立鷺鷥,蘋風輕剪浪花時。烟冪冪,日遲遲。香引芙蓉惹釣絲。

 

和學士凝(和凝)二十首 和凝,字成績,五代詞人。曾官翰林學士知制誥等職。

 

 

1014

春光好二首 其一

(うららかな春に、寵愛を受けた、あさが来ても起きるのが億劫になるほどの夜を過ごした。その時、西施のように飾ったし、窓からうかがってくれたからそんな春を過ごしたが、今、同じように寵愛を受ける準備をしているが、何事も起こらない、どうしたらいいのかわからない、希望をなくしてしまいそうだと妃賓気持ちを詠う。)

暖,畫屏閑,嚲雲鬟。

春の季節になって、沙羅絹を張った窓に日が当たり暖かくなる、絵の屏風の閨には静かにねむりからさめる。髪のみだれをはらってなおす。

睡起四肢無力,半春間。

二度寝入りをして、寝牀から出られなくて、起き上がってみたが手足にまったく力が入らない。「春眠暁を覚えず」の真っただ中のころである。

玉指剪裁羅勝,金盤點綴蘇山。

白く輝くようなその指でうす絹を見事に裁断する。金色のかざりのかがやく寝牀には姑蘇山の宮殿の西施のように、お迎えの飾りつけをしている。

窺宋深心無限事,小眉彎。

宋玉を隣の女がのぞき見した故事のように窓から覗いてくれる、そう深く心に思うが、なにごともおこらず、何もわからなくなってしまった。憂いで眉尻が湾曲している。

(春光好二首 其の一)

 暖か,畫屏 閑かなり,雲鬟を嚲【なお】す。

睡起するも四肢 無力,春間を半にす。

玉指 剪裁 羅勝り,金盤 蘇山を點綴【てんてい】す。

宋を窺い 心を深くし 事を限る無し,小眉の彎。

1014

春光好二首其二

(科挙合格の祝宴、探花使に選ばれた者は花を探し、牡丹か、杏か、桃李か、宮女にか、そこで、どれだけの恋する情愛が生まれるのか春の無礼講のことである)

蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。

早春の浮水草の葉はやわらかく育ち、池に映る杏の花に明るく日差しが照る、絵塗りの船は軽やかに浮ぶ。

雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。

澄んだ水の渚に出ているのは二つ並んで水浴びをしている鴛鴦、そこに、船頭が歌う舟歌にあわせて合格者たちが船縁を叩きながら歌うので驚いている。

春水無風無浪,春天半雨半晴。

春の淥水は風もなく波もたたず鏡のよう、春の空はかわりやすく小雨が降ったかと思うと今度はぱっと晴れる。

紅粉相隨南浦晚,幾含情。

及第者に若い宮女たちは連れ立って、暮れてきた南の入り江の船着き場の方に入っていく、そこで、どれだけの恋する情愛が生まれ、育つのだろう。

(春光好 二首 其の二)

蘋葉【ひんよう】軟らかく,杏花 明るく,畫舡【がしゅう】輕し。

雙【なら】び浴するの鴛鴦 淥汀【ろくてい】を出づ,棹歌の聲に。

春水 風無く 浪無く,春天 半ば雨ふり 半ば晴る。

紅粉 相い隨いて 南浦の晚,幾ばくの含情に。

 

 

『春光好二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

春光好二首其二

蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。

雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。

春水無風無浪,春天半雨半晴。

紅粉相隨南浦晚,幾含情。

 

(下し文)

(春光好 二首 其の二)

蘋葉【ひんよう】軟らかく,杏花 明るく,畫舡【がしゅう】輕し。

雙【なら】び浴するの鴛鴦 淥汀【ろくてい】を出づ,棹歌の聲に。

春水 風無く 浪無く,春天 半ば雨ふり 半ば晴る。

紅粉 相い隨いて 南浦の晚,幾ばくの含情に。

 

 

(現代語訳)

(科挙合格の祝宴、探花使に選ばれた者は花を探し、牡丹か、杏か、桃李か、宮女にか、そこで、どれだけの恋する情愛が生まれるのか春の無礼講のことである)

早春の浮水草の葉はやわらかく育ち、池に映る杏の花に明るく日差しが照る、絵塗りの船は軽やかに浮ぶ。

澄んだ水の渚に出ているのは二つ並んで水浴びをしている鴛鴦、そこに、船頭が歌う舟歌にあわせて合格者たちが船縁を叩きながら歌うので驚いている。

春の淥水は風もなく波もたたず鏡のよう、春の空はかわりやすく小雨が降ったかと思うと今度はぱっと晴れる。

及第者に若い宮女たちは連れ立って、暮れてきた南の入り江の船着き場の方に入っていく、そこで、どれだけの恋する情愛が生まれ、育つのだろう。

 

(訳注)

春光好二首其二

(科挙合格の祝宴、探花使に選ばれた者は花を探し、牡丹か、杏か、桃李か、宮女にか、そこで、どれだけの恋する情愛が生まれるのか春の無礼講のことである)

【解説】 春、杏園で合格の宴があり、街に繰り出すもの、花を愛でるもの、舟遊びをするもののうち、女性達の水上の行楽の様子を詠う。唐代において、進士たちは、曲江の西にあった杏園において宴遊するのが常であったが、新たに及第した進士の杏園の初会を探花宴といい、その時には合格者中の最年少者二人を選んで探花使とし、諸処の名園を徧遊させ、名花を探らせた。探花の名はこれより起こる。宋初においてもこの風習は行われ、いずれもこの探花使に選ばれた者を探花といい、特に廷試第三名の及第者に限ることはなかった。

 

春光好二首其二

唐の教坊の曲名。またの名を愁倚欄、愁倚欄令、倚欄令と言う。『花間集』には和凝の二首のみ所収。

春光好二首 其一双調四十一字、前段十九字、五句三平韻、後段二十二字四句二平韻で、3③③6③/6⑥7③の詞形をとる。

暖,畫屏,嚲雲睡起四肢無力,半春

玉指剪裁羅勝,金盤點綴蘇。窺宋深心無限事,小眉

○?●  ●△○ ●○○ ●●●○○● ●○△

●●●△○△ ○○●●○○ ○●△○○●● ●○○

春光好二首其二は双調四十一字、前段十九字、五句三平韻、後段二十二字四句二平韻で、3③③6③/6⑥7③の詞形をとる。

蘋葉軟,杏花,畫舡。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌

春水無風無浪,春天半雨半。紅粉相隨南浦晚,幾含

○●●  ●○○ ●○△  ○●○○●●△ ●○○

○●○△○△ ○○●●●○  ○●△○○●● △○○

 

作者:晏幾道 北宋

《愁倚欄令》双調四十二字、前段十九字、五句三平韻、後段二十三字四句三平韻で、3③③6③/6⑥7③の詞形をとる。

憑江閣、看煙、恨春。還有當年聞笛淚、酒東

時候草綠花、斜陽外、遠水溶。渾似阿蓮雙枕畔、畫屏

○○●  △○△ ●○○ ○●△○△●● ●○△

○●●●○○ ○○●  ●●△△ △●○△○△●  ●△△

 

 

蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。

早春の浮水草の葉はやわらかく育ち、池に映る杏の花に明るく日差しが照る、絵塗りの船は軽やかに浮ぶ。

蘋葉軟 浮草が育ち始めて淡い色でやわらかい葉をつききって舟が進む。。この三句は待ち遠しかった春に舟遊びをする池のようすをいう。

杏花明 池の岸にあんずの花に日が射していて花が際立って奇麗な様子。杏の花は科挙の合格発表=合格者=無礼講、曲江の池を連想させる。

畫舡輕 絵塗りの船での遊びは江南で始まり広がったもの。

 

雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。

澄んだ水の渚に出ているのは二つ並んで水浴びをしている鴛鴦、そこに、船頭が歌う舟歌にあわせて合格者たちが船縁を叩きながら歌うので驚いている。

鴛鴦 オシドリ。

漁汀 水の清く澄んだ渚。

棹歌 船を漕ぐ櫂で船縁を叩きながら歌うこと。またその歌、舟歌。

 

春水無風無浪,春天半雨半晴。

春の淥水は風もなく波もたたず鏡のよう、春の空はかわりやすく小雨が降ったかと思うと今度はぱっと晴れる。

春水 雪解け水で増水した様子を云う。増水しても澄んでいるのが春水である。植物の成長に必要なミネラル分を多く含んでいる時期で、期待感を持たせる語である。

春天 春ののどかな空を云う。行楽時の天候が良いことを云うが、男心と春の空、行楽の時の浮気心を云う。

 

紅粉相隨南浦晚,幾含情。

及第者に若い宮女たちは連れ立って、暮れてきた南の入り江の船着き場の方に入っていく、そこで、どれだけの恋する情愛が生まれ、育つのだろう。

紅粉 紅と白粉。ここでは紅と白粉で化粧した女の意。

南浦 よく別離の岸辺などを意味することが多いが、ここは人目を避ける南側の岸辺の奥の方に行くことを言う。いわゆる「しけ込む」ことさす。

幾含情 この日のためにどれほどの女が、その男のことを思い続けていきていくことになるのだろうかという意味になる。一夫多妻制の時代の倫理観で見てもらいたい。

 

探花(たんか)は中国の科挙制度で殿試で、第3位の成績で進士に及第した者の名称。首席及第者の状元、第2位及第者の榜眼と併せて「三鼎甲」「三魁」などと呼ぶ。

当初首席及第者を状元、次席及第者・三位及第者を榜眼と称していた。

 

探花の名は、唐代に、進士及第した者を対象に皇帝から祝宴を賜り、その祝宴を探花宴と称した。この宴会で進士の最年少の者に、首都の庭園から牡丹を探して持ってこさせ、披露する役を命じ、あわせて宴会後進士一同が牡丹の出所の庭園を鑑賞するのを先導させた。この先導役を探花使あるいは探花郎と称したことに由来する。

北宋代末期に至って、次席及第者だけを榜眼とし、第3位及第者は探花と呼ばれるようになった。このころに、探花使が3位及第者に命じられるようになり、元では科挙が廃止され、末期に復活し、明以後、探花宴は催されず、探花の名のみ残った。

探花の名称は状元、榜眼と同様、正式名称ではなく慣習として呼ばれていた名称である。科挙合格者名を正式発表する立て札の金傍には「一甲第三名」と記載されている。状元、榜眼、探花はいずれも「進士及第」の称号を賜った。

10和凝 (改)《巻六15小重山二首其二》『花間集』266全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6602

和凝  小重山二首 其二   

正是神京爛熳時,羣仙初折得,郄詵枝。烏犀白紵最相宜,精神出,御陌袖鞭垂。

柳色展愁眉,管絃分響亮,探花期。光陰占斷曲江池,新牓上,名姓徹丹墀。

(春たけなわのころは科挙試験の合格者発表がある、合格したら曲江の杏園の杏の花のもとで逢うことを約束していたが、合格者名簿に載っていたが、約束の場所には来なかった。毎年の春の出来事であり、また新しい春が来て、また、丹庭階を登ってゆくものがいると詠う。)

まさにここ都長安、大明宮は、春爛漫のころ、神仙宮殿には「八千人」、神々、巫女が花が咲く枝が集まった中に枝をかき分けはいって小枝を折り取る。花に加え、烏犀帯の正装、白紵の舞を踊るもの、音楽、舞踊、散楽と劇、それらが全て最高の時を迎える、天使に捧げる思いで出演し、及第の者は無礼講で繰り出していく、都の大通りには、町々から人々が出てきて手を振り、袖を振って歓迎している。柳色は濃くなり、妓優の柳の眉には愁いが広がっている。城中、管楽器と弦楽器の音がよく響き通りぬける。きっとあの妓優、宮女、娘たちは、約束の花のもとに行こうと探す。春の盛りに、毎年おこることで、日は流れ、長安の曲江の池の畔にはまた新しい春が訪れる、牡丹、杏花が咲き乱れ、一杯に広がる。新しい科挙合格者の掲示版が出され、その人はきっと名をあげ、一族の誉れとして、天子に謁見するための丹墀を歩んでいく人となる。

10和凝 (改)《巻六15小重山二首其二》『花間集』266全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6602

 

 
  2015年9月12日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白307-#2 《巻八 23駕去溫泉後贈楊山人》#2Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元年42歳 18首 <李白307-#2> Ⅰ李白詩1610 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6598  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈88-#9 §2-2 (改訂)巻一26 赴江陵途中寄贈王二十補闕、李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1523> Ⅱ#9 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6599  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-121杜甫 《巻1733秋興,八首之八》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-121 <984> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6600   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 10和凝 (改)《巻六18菩薩蠻一首》『花間集』269全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6617  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

続きを読む

9欧陽烱《巻六08南郷(鄉)子八首 其八》『花間集』259全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6567

子八首其八

翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。

島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿。

(春から夏、秋にかけて、水路駅に向かう船は忙しく、此処が宿よと招いてくれるが。そんな呉の国でも、冬には、漁船が数席しか出ておらず、まして宿の女中がお迎えもしてくれないから、何処に宿があるのかわからないと詠っている。南国の水路駅の四季をうたったものである。:その八)

春うらら、翡翠鳥は飛び、鵁鶄は仲睦まじくおよぐ、夏のころ、白蘋は可憐で、かおりにかこまれた中、渚の波打ち際にたつ。悲愁のころ、島の上にも。物さびしく雲がかかり、秋の長雨が降り生気がなくなり暗いけしきがつづく。蘆の花穂に、冷たい雨が打ちつづく。そして、これが冬景色か、数隻の呉の漁船が浮かぶだけで、旅の者は、何処に宿があるのやら、さびしすぎてわからない。

9欧陽烱《巻六08南郷()子八首 其八》『花間集』259全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6567

 

 
  2015年9月5日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
李白301 《巻十八06答友人贈烏紗帽》(改訂版)Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <301> Ⅰ李白詩1589 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6493  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈88 (改訂)巻一26-#2§1-2 赴江陵途中寄贈王二十補闕、李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 韓愈 805年貞元21年 38歳<1516>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6564  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-114杜甫 《巻1726秋興,八首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-114 <977> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6565  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 9欧陽烱《巻六08南郷(鄉)子八首 其八》『花間集』259全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6567  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

続きを読む

9欧陽烱《巻六07南鄉子八首 其七》『花間集』258全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6562

欧陽烱  南子八首其七  

袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日。

(傳中の鮫人が織った透け透けの絲絹の衣をまとった女妓は、南国特有の花に囲まれた中で、睦まじく蘆管酒を酌み交わして、何日も夜を徹して竜宮城のように過すのであると詠う:その七)

南国水路駅の女は。傳中の鮫人が織る所の絲絹で縫製した袖でかおをかくし、お香をたいて漂わせている静かな奥まったところにある閨に微笑を浮べて迎い入れてくれる。それからは、葵の花で区分けされた宴席に、藤の編み込みの敷物をひろげ、頭上には枝が屋根のように広げられている、蘆管酒を酌み交わす。ナツメグの花のようなうら若い女妓はその花の間にいてくれて、夕方から翌日まで一緒に食をとってくれる竜宮城のように過すのである。

9欧陽烱《巻六07子八首 其七》『花間集』258全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6562

 

 
 2015年9月4日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
300-#2 《巻十八04早秋單父南樓酬竇公衡》#2Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <300-#2> Ⅰ李白詩1602 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6558 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
805年  88-#1 (改訂)巻一26 赴江陵途中寄贈王二十補闕、李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1515> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6559 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-118杜甫 《1801偶題》#6 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-118 <976-#6> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6560  
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻六07南鄉子八首 其七》『花間集』258全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6562 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

 

続きを読む

9欧陽烱《巻六06南鄉子八首 其六》『花間集』257全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6557

欧陽烱  南子八首其六  

路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手。

(大江。運河を経て、南国の街にはいると雨がさっと降り、すぐに晴れ上がると、異なる樹木の景色のなか、農作業する若い女の白い腕とか細い手が美しいと詠う。)

水路、航路を過ぎ、運河を通って南国地方の街に入れば、黒つげの木樹は大きく育ち、葉影が十分になしていて、赤い花を咲かせた蓼の花がうつくしい。入り江の港の両岸には人家があつまり、小雨が少し降ったのちにはすぐに晴れあがり、するともう唐アズキを収穫している、「くろつぐ」の大樹のもとで若い女の華奢な白い手がもたげて収穫作業をしている。

9欧陽烱《巻六06子八首 其六》『花間集』257全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6557

 

 

 
  2015年9月3日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
300-#1 《巻十八04早秋單父南樓酬竇公衡》#1Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <300-#1> Ⅰ李白詩1601 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6553  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
87-#7 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1514> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6554  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-117杜甫 《1801偶題》#5 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-117 <976-#5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6555  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 9欧陽烱《巻六06南鄉子八首 其六》『花間集』257全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6557  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

続きを読む

9欧陽烱《巻六05南鄉子八首 其五》『花間集』256全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6552

欧陽烱  南子八首其五   

二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客。

(十六になった女妓が初めてのお化粧して、花鈿と耳飾り、南国の水路駅に向かう旅人に宿に招く姿を見ると故郷を思い出すと詠う、その五)

十六歳に似合う花鈿の化粧をして、胸のあたりに雪模様でかざって蓮の花のようなお顔だちである。細黄金の耳飾りは耳から落ちて、床のうえで瑟瑟とした音が鳴った、霞のような薄いころもの中に蕾のように体を包む。微笑み合い、寄り添い合う、大江のほとり立って、遠くから入って来る旅人を招き入れる。

9欧陽烱《巻六05子八首 其五》『花間集』256全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6552

 

 
 2015年9月2日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
299 《卷十六04魯郡堯祠送張十四遊河北》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <299> Ⅰ李白詩1587 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6483 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#6 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1513> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6549 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-116杜甫 《1801偶題》#4 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-116 <976-#4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6550 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻六05南鄉子八首 其五》『花間集』256全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6552 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

交通制度と旅

交通については、すでに整備されていた馳道を利用し、さらなる補修拡張を行った。そのため、長安を中心とした各地方につながる道路水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

大運河の開通後、水路の重要性が大いに増した。水運や造船の発達により、大規模な輸送が可能になり、運河の度重なる改善もあわさって、大量の食料が運搬され、長安の食料不足が解消した。海運もまた、造船技術の向上により発達していった。

幹線道路沿いは、民家や商店が多く、民間の旅人でも食糧に不足はしなかった。民営の旅舎や逆旅と呼ばれる旅館も多数存在した。9世紀の唐代を旅行した円仁の『入唐求法巡礼行記』によると、円仁は長期間の旅行をほとんど危険もなく行っている。

宿屋寝具持参で自炊が原則であった。相部屋が多く、その時は、寝床だけを借りることになる。寝床は大きいのを牀、小さいのを榻といった。使用しない時は寝床は壁に立てていたが、宿では常時、設置していたところもあった。食店という食堂を兼ねた宿も存在したが、安宿は自炊が一般的で、飯だけはつける宿もあった。旅行は遠距離なものが多く、長期間に渡るため、馬車ロバラクダで荷を運ぶことが多かった。相部屋には炉があり、部屋で煮炊きを行い、外から食糧や酒も持参できた。宿屋の中に馬小屋があることもあった。宿は貸し切りもあり、小房という個室もある宿も存在した。

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。そこで、花間集序文を南郷子八首を見てゆく前に再掲したのである。

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰   

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

 

花 間 集

 

(1)

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

 

(2)

その歌は、昔、国中を探してもわずか数人の者しか歌えなかった高雅な白雲謡の歌にも似て、それを仙女のような女性が歌えば、それを聞きつつ酒を傾ける男たちは陶然として酒に酔うと述べ、『花間集』の詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示唆する。「春の艶やかさを奪い」とは、『花間集』に詠われた季節に春が圧倒的に多いことによる。仙女のような歌姫が歌う『花間集』の詞は、その昔の一つ一つが自ずから鸞鳥の鳴き声に合致し、その響きは空を流れる雲をも留めるほどであり、その言葉の一つ一つは十二音階の音律にぴったりと合っていることを指摘する。

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182 

(3)

続いて欧陽烱は、『花間集』 の詞が楽府詩に連なるものであり、贅沢を競い合うどんな富豪の家を凌駕する趙家の(趙崇祚)の豪華な宴席では、貴公子が詞を色紙にしたためて美女に手渡すと、それを受け取った美女が拍子木を手に取って、それを歌えば、美女の美しきは嫌が上にも勝ると言い、ここでも『花間集』の詞が宴席のためのものであることを言う。

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187 

(4)

『花間集』の詞に類似する歌は、既に南朝の時代に作られているが、それは言葉が雅やかでないばかりか、実体を伴わぬ空疎なものであったこと、そして、唐の玄宗皇帝の時代になって初めて外面内面ともにそなわった清平楽調が作られ、近年に至って温庭第の詞集『金茎集』が現れたことを指摘し、詞が名実ともに新しい時代の文学となったことを言う。しかし、この評価は巻末の晃謙之の欧文とは相反するものがある。この後、欧陽桐は筆を続けて、先に触れた『花間集』命名の謂われについて語り筆を結ぶ。欧陽胴は 『花間集』 にきわめて高い評価を与えているが、これは自身が 『花間集』 詞人の一員であったこと、また、編集者の趙崇祚との人間関係に起因するものといえよう。

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

 

(5)-1

唐が滅亡して、中原では五つの王朝が長江流域では十数もの地方政権が興亡を繰り返したが、四川盆地を拠とする前・後の蜀は豊かな経済力を基盤に安定した地域となっていた。前・後の蜀は君臣共に一時の安逸をむさぼり、享楽に耽ることで、ここに前・後の蜀の頽廃文化が形成された。それの中核を担ったのは、中原、江南から、文化人のみならず、妓優、楽工、各種職人が戦火を避けて、蜀の地に終結したことが大きな原因である。

(5)-2

編者の趙崇祚は、祖籍は開祖父の趙廷隠が後蜀の大祖・孟知祥に従って蜀に入り、親軍を統括すること十数年。趙崇祚は衛尉少卿となり、弟の崇韜は都知領殿直となって、ともに親軍の指揮に参与した。趙氏一門は要職を占め、その暮らしぶりは贅を尽くしたものであった。

『太平廣記』巻四〇九引孫光憲《北夢瑣言》「趙廷除起南宅北宅、千梁萬供、其諸奢麗、莫之與儔。後枕江瀆、池中有二島嶼、遂甃石循池、四岸皆種垂楊、或間雜木芙蓉、池中種藕。毎至秋夏、花開魚躍、柳陰之下、有士子執巻者、垂綸者、執如意者、執塵尾奢、譚詩論道者。」

邸宅は並ぶものがないほど豪奢で、庭の池に二つの島を造り、岸辺に楊柳を、池の端に水芙蓉を、池の中に蓮を植えていた。毎年、夏や秋になれば、花は咲き魚は躍り、柳の木陰で人々が思い思いに巻物を持ち、釣糸を垂れ、如意やら大

鹿の尾で作った払子やらを揮い、詩を語り、道を論じたりしていた。

 趙崇祚はこのすべての芸の優れたもの、風流あるものを集めたサロンで、「広く賓客に会い、時に談論風発する中で、近来の詩客の曲子詞五百首を集め、十巻に分けた」という。

《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197

 

 

続きを読む

9欧陽烱《巻六04南鄉子八首 其四》『花間集』255全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6547

欧陽烱  南子八首其四   

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

9欧陽烱《巻六04子八首 其四》『花間集』255全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6547

 

 
 2015年9月1日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
298-#3 《卷十六03送魯郡劉長史遷弘農長史》#3 Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <298-#3> Ⅰ李白詩1599 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6543 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#5 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1512> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6544 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-115杜甫 《1801偶題》#3 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-115 <976-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6545 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻六04南鄉子八首 其四》『花間集』255全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6547 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

続きを読む

9欧陽烱《巻六03南鄉子八首 其三》『花間集』254全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6542

欧陽烱  南子八首其三   

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

9欧陽烱《巻六03子八首 其三》『花間集』254全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6542

 

 
 2015年8月31日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
298-#2 《卷十六01送魯郡劉長史遷弘農長史》#2 Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <298-#2> Ⅰ李白詩1598 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6538 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#4 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1511> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6539 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-114杜甫 《1801偶題》#2 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-114 <976-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6540 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻六03南鄉子八首 其三》『花間集』254全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6542 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。       

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(改訂版Ver.2.1

子八首其三 

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(南子八首其の三)

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

(改訂版Ver.2.1

『南』 現代語訳と訳註

(本文)

子八首其三 

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

 

(下し文)

子八首其の三

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 晚霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

 

(現代語訳)

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十七字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其三 は、二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

岸遠沙,日斜歸路晚霞

●●△○  ●○○●●○○

孔雀自憐金翠,臨水,認得行人驚不

●●●○○●●  △●  ●●△○○△●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

○晩霞 夕焼け。霞は朝焼け雲または夕焼け雲。ここは、黄昏て夕靄が漂ってきたことを云う。

○この二句はそれ洛の中で時間経過と場所が変化している、動的な詩であることに注目する。

 

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起。

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

○孔雀自憐金翠尾 孔雀鳥が、折角の見事な羽を広げても、長江を望んでその翅を見せているだけなことを自らを憐れむいがいにないということ。

○行人 旅人。其二作の遊人同様、作者を指す。

 

この詩で、王維の詩を連想する。

 

《輞川集二十首、欒家瀬》

 

颯颯秋雨中、浅浅石溜瀉。

颯颯たる秋雨の中、浅浅として石溜【せきりゅう】に瀉ぐ。

波跳自相濺、白鷺驚復下。

波は跳って自ら相い濺(そそ)ぎ、白鷺は驚きて復()た下れり。

「欒家瀬」は早瀬の名で、臨湖亭の奥、「柳浪」の柳の近くにあった。王維の詩は山水画の中の情景、水しぶきに驚いて白鷺が飛び立つが、また降りてくると観察の鋭さを示している。役人生活への比喩を含んでいる。

9欧陽烱《巻六02南鄉子八首 其二》『花間集』253全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6537

子八首其二

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

9欧陽烱《巻六02子八首 其二》『花間集』253全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6537

 

 
 2015年8月30日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
298 《卷十六01 送魯郡劉長史遷弘農長史》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <298> Ⅰ李白詩1586 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6478 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#3 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1510> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6534韓愈詩-87-#3 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-113杜甫 《1801偶題》1531 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-113 <976> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6530 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻六02南鄉子八首 其二》『花間集』253全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6537 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

歐陽舍人炯

子八首

李秀才珣

子十首

 

 

子 

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

 

『南子八首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

子八首其二

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

 

(下し文)

(南子八首其の二)

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(現代語訳)

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

其二

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

舟遊びは特に好んで行われた。長江下流域では静かな入江、池・湖に特有の畫船・樓船をだし、南国の舟遊びの情景を詠う。旅人(遊人・風流人)の問いに、女は振り向いて微笑みながら指さして「芭蕉の林の奥に住んでいます」と答える。「槿花籬外竹橫橋」「沙上女」「笑指」「芭蕉林裏住」この語のどこをとってもここに登場する女は乙女とか、娘ではない、年増の女である。むくげ籬の先に、澗水に架けられた竹の橋。その向こうに粗末な家にむくげの花、人の世の栄華のはかないことのたとえであることから、昔は、蝶よ、花よと下にも置かない生活をしていたが、今では芭蕉の林の中で風流な生活をしている女がいると詠うものである。或は、歳をとって浣花渓百花潭に住んだ、薛濤のような風流人の女性であったのだろうか。

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。二十八字、二十七字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其二は、二十八字単調、五句二平韻二仄韻で④⑦❼2❼の詞形である。

子八首其二

畫舸停  槿花籬外竹橫
●●○△  ●○○●●△○

水上遊人沙上  迴顧  笑指芭蕉林裏

●●○○△●●  △●  ●●○○○●●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

 

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

○画舸 大江に行き交う彩色を施した舟。舸は本来、大型の船を指す。舟旅のための舟であるから少し大きいものである。画は美しく絵どられた飾られた意であるが、詩語として冠したもの。

魚玄機『江行 二首』 其一

大江橫抱武昌斜,鸚鵡洲前萬家。

畫舸春眠朝未足,夢為蝴蝶也尋花。

江行 二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-92-28-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2007

魚玄機『江行 二首』 其二

煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。

醉臥醒吟都不覺,今朝驚在漢江頭。

江行 二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-93-29-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2012

李商隠『燕臺詩四首 其四

天東日出天西下,雌鳳孤飛女龍寡。

青溪白石不相望,堂上遠甚蒼梧野。

凍壁霜華交隱起,芳根中斷香心死。

浪乘畫舸憶蟾蜍,月娥未必嬋娟子。』

燕臺詩四首 其四 冬#1 李商隠134 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 134-#1

○槿花 1 ムクゲの花。朝に開いて夕方にはしぼむところから、はかない栄華のたとえにされる。2 アサガオの花。人の世の栄華のはかないことのたとえ。つかのまの盛り。むくげの花が朝咲いて、夕暮れには散ることからいう。 ・「槿花」はむくげの花。はかないたとえ。

○竹横橋 風流な竹の橋が懸かっている、の意。通常の竹の橋は歩く部分が、編みこんであったり、細く割いたものを並べてつくるが、おそらく数本の竹を横に並べて作ったものであろう。

 

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

○水上遊人 舟七の旅人。遊人は旅人。作中の主人公(作者)を指す。

○沙上女 渚の女。

迴顧 1.回頭;回頭看。南朝 謝靈運 《登上戍石鼓山》「極目睞左闊, 迴顧眺右狹。」2.顧念, 眷戀。前蜀 韋莊 《秦婦吟》「妾身幸得全刀鋸, 不敢踟躕久迴顧。」

○芭蕉林裏住 芭蕉の林であるから、粗末な家であろう。

 

9欧陽烱《〔改訂〕巻六01南鄉子八首 其一》『花間集』252全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6532

欧陽烱  南子八首 其一   

嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影,鴛鴦浴。水遠山長看不足。

(長江下流域の春景色の思い)若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

9欧陽烱《〔改訂〕巻六01子八首 其一》『花間集』252全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6532

 

 

 
 2015年8月29日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
297-#4 《卷十五18送薛九被讒去魯》#4 Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <297-#4> Ⅰ李白詩1596 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6528 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#2 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1509> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6529 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-112杜甫 《巻1540夔州歌十絕句,十首之十》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-112 <975> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6530 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog766年-112杜甫 《巻1540夔州歌十絕句,十首之十》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-112 <975> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6530 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

 

歐陽舍人炯

子八首

 

李秀才珣

子十首

 

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。       

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。そこで、花間集序文を南郷子八首を見てゆく前に再掲したのである。

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰   

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

 

花 間 集

 

(1)

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

 

(2)

その歌は、昔、国中を探してもわずか数人の者しか歌えなかった高雅な白雲謡の歌にも似て、それを仙女のような女性が歌えば、それを聞きつつ酒を傾ける男たちは陶然として酒に酔うと述べ、『花間集』の詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示唆する。「春の艶やかさを奪い」とは、『花間集』に詠われた季節に春が圧倒的に多いことによる。仙女のような歌姫が歌う『花間集』の詞は、その昔の一つ一つが自ずから鸞鳥の鳴き声に合致し、その響きは空を流れる雲をも留めるほどであり、その言葉の一つ一つは十二音階の音律にぴったりと合っていることを指摘する。

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182 

(3)

続いて欧陽烱は、『花間集』 の詞が楽府詩に連なるものであり、贅沢を競い合うどんな富豪の家を凌駕する趙家の(趙崇祚)の豪華な宴席では、貴公子が詞を色紙にしたためて美女に手渡すと、それを受け取った美女が拍子木を手に取って、それを歌えば、美女の美しきは嫌が上にも勝ると言い、ここでも『花間集』の詞が宴席のためのものであることを言う。

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187 

(4)

『花間集』の詞に類似する歌は、既に南朝の時代に作られているが、それは言葉が雅やかでないばかりか、実体を伴わぬ空疎なものであったこと、そして、唐の玄宗皇帝の時代になって初めて外面内面ともにそなわった清平楽調が作られ、近年に至って温庭第の詞集『金茎集』が現れたことを指摘し、詞が名実ともに新しい時代の文学となったことを言う。しかし、この評価は巻末の晃謙之の欧文とは相反するものがある。この後、欧陽桐は筆を続けて、先に触れた『花間集』命名の謂われについて語り筆を結ぶ。欧陽胴は 『花間集』 にきわめて高い評価を与えているが、これは自身が 『花間集』 詞人の一員であったこと、また、編集者の趙崇祚との人間関係に起因するものといえよう。

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

 

(5)-1

唐が滅亡して、中原では五つの王朝が長江流域では十数もの地方政権が興亡を繰り返したが、四川盆地を拠とする前・後の蜀は豊かな経済力を基盤に安定した地域となっていた。前・後の蜀は君臣共に一時の安逸をむさぼり、享楽に耽ることで、ここに前・後の蜀の頽廃文化が形成された。それの中核を担ったのは、中原、江南から、文化人のみならず、妓優、楽工、各種職人が戦火を避けて、蜀の地に終結したことが大きな原因である。

(5)-2

編者の趙崇祚は、祖籍は開祖父の趙廷隠が後蜀の大祖・孟知祥に従って蜀に入り、親軍を統括すること十数年。趙崇祚は衛尉少卿となり、弟の崇韜は都知領殿直となって、ともに親軍の指揮に参与した。趙氏一門は要職を占め、その暮らしぶりは贅を尽くしたものであった。

『太平廣記』巻四〇九引孫光憲《北夢瑣言》「趙廷除起南宅北宅、千梁萬供、其諸奢麗、莫之與儔。後枕江瀆、池中有二島嶼、遂甃石循池、四岸皆種垂楊、或間雜木芙蓉、池中種藕。毎至秋夏、花開魚躍、柳陰之下、有士子執巻者、垂綸者、執如意者、執塵尾奢、譚詩論道者。」

邸宅は並ぶものがないほど豪奢で、庭の池に二つの島を造り、岸辺に楊柳を、池の端に水芙蓉を、池の中に蓮を植えていた。毎年、夏や秋になれば、花は咲き魚は躍り、柳の木陰で人々が思い思いに巻物を持ち、釣糸を垂れ、如意やら大

鹿の尾で作った払子やらを揮い、詩を語り、道を論じたりしていた。

 趙崇祚はこのすべての芸の優れたもの、風流あるものを集めたサロンで、「広く賓客に会い、時に談論風発する中で、近来の詩客の曲子詞五百首を集め、十巻に分けた」という。

《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197

 

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

(改訂版Ver.2.1

『南子八首 其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

子八首 其一

嫩草如煙,石榴花發海南天。

日暮江亭春影,鴛鴦浴。

水遠山長看不足。


(下し文)
子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭はに春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

(現代語訳)
(長江下流域の春景色の思い)

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。


(訳注) (改訂版Ver.2.1

子八首 其一

 

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十七字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

嫩草如煙,石榴花發海南天。

真昼になるころは、若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

○嫩草如煙 大気は温度変化により体積が変化して密度が変わり、温度の異なる大気が隣り合っている場合、光は冷たい空気の方へ屈折する。晴天の日中に、物体の表面が日光を受け温度が上がったとき、風が弱い場合はそこに滞留している大気が暖まり、密度が小さくなって浮力により上昇する。このとき暖まった大気と周りの相対的に冷たい大気とが混ざり合い、乱流的な上昇気流が発生する。この上昇気流の部分を通る光が様々な向きに屈折されることで、陽炎が見える。常に変化してできては消えるその様から、とらえどころのないもの、はかないものの例えとしても用いられる。

・嫩草【どんそう】【わかくさ.】新緑。生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。若々しく柔らかい草。【わかい】嫩い. 「若草」とも書く。 【嫩葉】わかば. 芽生えたばかりに柔らかい葉。 嫩葉 ( どんよう ) 」に同じ。 「若葉」とも書く。

○石榴 前漢の武帝の命を受けた張騫が西域から帰国した際に、パルティアからザクロ(安石榴あるいは塗林)を持ち帰ったとする記述が『証類本草』(1091-1093年)以降の書物に見られるため、紀元前2世紀の伝来であるとの説があるが、今日では3世紀頃の伝来であると考えられている[。  ザクロの実は、銅鏡の曇りを防止するために磨く材料として用いられた。子孫繁栄、豊穣。

○海南天 南国の目の前が海のように広がったほとんど空が占めるような景色をいう。

 

 

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とすし、そばには鴛鴦が水浴びをする。

○春影淥 春の雪解け水の澄みきったところに樓亭の影が映っている景色。

○日暮江亭 日暮れ近くの水辺の樓亭

 

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

○水遠山長 江水のはるか遠くに山並みが長く連なっている景色。

○看不足 いくら見ていても飽きることがない。

9欧陽烱《巻六04南鄉子八首 其四》『花間集』255全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6547

欧陽烱  南子八首其四   

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

9欧陽烱《巻六04子八首 其四》『花間集』255全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6547

 

 

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。       

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(改訂版Ver.2.1

子八首其三 

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(南子八首其の三)

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

子八首其四 

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『南』 現代語訳と訳註

(本文)

子八首其四

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

 

(下し文)

(南其の四)

洞口あり 誰が家ぞ,木蘭あり 舡繫して木蘭の花。

紅袖の女郎 相い引き去る,南浦に游び,笑み倚り 春風 相い對して語らう。

 

(現代語訳)

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

其四

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十八字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其四 は二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

洞口誰,木蘭舡繫木蘭

紅袖女郎相引,游南浦,笑倚春風相對

△●○○  ●○○●●○○

○●●○△●●  ○○●  ●△○△△●●

子八首其三 は、二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

岸遠沙,日斜歸路晚霞

●●△○  ●○○●●○○

孔雀自憐金翠,臨水,認得行人驚不

●●●○○●●  △●  ●●△○○△●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首其二は、二十八字単調、五句二平韻二仄韻で④⑦❼2❼の詞形である。

子八首其二

畫舸停  槿花籬外竹橫
●●○△  ●○○●●△○

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《南》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

○洞口 日本では、床の間の脇壁に設けた開口部。床脇を広くみせるためのもの。縁(ふち)を壁土で塗りめぐらし、上部は半円形とする。中国の華北,中原,西北地方などに見られる,切り立った壁面に掘って作る横穴式住居。中国音の〈ヤオトン〉でも知られる。黄土層の崩れにくい土質を巧みに利用し,夏涼しく冬暖かい利点がある。

○舡 大きな船、船の異体字とされる。

○木蘭 つぼみの先が必ず北を向くので、方向を指示する植物「コンパス・フラワー」とも呼ばれている。モクレンの仲間(マグノリア属)は、原始時代から形状を変えていないことも特徴で、恐竜時代の地層から化石が発掘されることがある。モクレン科 落葉低木(紫モクレン)、落葉高木(白モクレン)原産地 中国、高さ4メートル前後(紫モクレン)、15メートル前後(白モクレン)花期 晩春3~4月、花色 紅紫、白

 

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

○紅袖女郎相引去 そで【袖】とは。意味や解説、類語。1 衣服の身頃 (みごろ) について、両腕を覆うもの。和服ではたもとの部分を含めていう。「―をたくしあげる」2 建造物・工作物などの本体の両わき、または片方にあるもの。門のわきの小さな門、机のわきの引き出しなど。3 舞台

女郎 女と男

 

○南浦 南の入り江の津。船で行く男を見送る別離の場を象徴する。洛陽、成都、長江下流域の江南の港、武昌、武漢、襄陽、揚州などや、会稽、紹興をいう。北に入る女にとって東風か、南風の吹く季節でなければ帰ってこれないから、春が来ると帰還を胸躍らせるから、春から初夏への経過を感じさせ、夏が過ぎれば風が変わるので帰りは期待できない。すると、また歳を重ねるわけで、女盛りを過ぎようとする時間経過も感じさせる。下句の「西風」で完全に別れてしまったことを感じさせるものである。南の港から帰って来るのには春風、夏の南風で秋冬の風では帰れない。南浦情は有るから夏に帰ってきて逢えるということをこっころ情である。冬でも帰りを期待できるとすれば、洛陽ぐらいで、通常は、動かないものだ。

花間集 南浦 に関する詩

◍ 溫庭筠 巻二02清平樂二首其二「洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。」

◍ 溫庭筠 巻二16荷葉盃三首其三「楚女欲歸南浦,朝雨。濕愁紅。小船搖漾入花裏,波起。隔西風。」

◍ 牛嶠 巻四08感恩多二首其二「自從南浦別,愁見丁香結。近來情轉深,憶鴛衾。幾度將書托煙鴈,淚盈襟。淚盈襟,禮月求天,願君知我心。」

◍ 牛嶠 巻四13更漏子三首其三「南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。招手別,寸腸結,還是去年時節。書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

◍ 欧陽烱 巻六04子八首其四「洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

◍ 和凝 巻六28春光好二首其二「蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。春水無風無浪,春天半雨半晴。紅粉相隨南浦晚,幾含情。」

記事検索
ギャラリー
  • 玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-6雜詩十二首其四詠邯鄲故才人嫁為厮養卒婦  訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11115
  • 玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-4雜詩十二首其三夜聽妓二首之一 瓊閨釧響聞 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11099
  • 玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-3雜詩十二首其二同王主簿怨情 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11091
  • 玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-3雜詩十二首其二同王主簿怨情 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11091
  • 玉臺新詠集 巻四 9.謝朓 巻4•9-1-2雜詩十二首其一贈王主簿二首之一 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11083
  • 玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-5雜詩五首其五巫山高 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11091
  • 玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-5雜詩五首其五巫山高 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11091
  • 玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-4雜詩五首其四詠幔 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11083
  • 玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-3雜詩五首其三詠琵琶 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11075
プロフィール

紀 頌之

カテゴリー
タグクラウド
記事検索
  • ライブドアブログ