玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

花間集 巻八 孫光憲

巻八48 漁歌子二首其二 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》400巻八48 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の 漢詩ブログ-7264

孫光憲  漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。  風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。   

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。 經霅水,過松江,盡屬濃家日月。     

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

巻八48

漁歌子二首其二

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》40048

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の

漢詩ブログ-7264

 

 
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花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。

花間集 教坊曲 《漁歌子》 八首

顧夐

《巻七31漁歌子一首》  曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。酒盃深,光影促,名利無心較逐。

孫光憲

《巻八47漁歌子二首其一》 草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。

孫光憲

《巻八48漁歌子二首其二》 泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

魏承班

《巻九13漁歌子》  柳如眉,雲似髮。蛟籠香雪。夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。幾多情,無處,落花飛絮清明節。少年郎,容易別,一去音書斷

李珣

《巻十18漁歌子四首其一》  楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

李珣

《巻十19漁歌子四首其二》  荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

李珣

《巻十20漁歌子四首其三》  柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

李珣

《巻十21漁歌子四首其四》  九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

唐・張志和  《漁子 四首》 

其一 西塞山前白鷺,桃花流水鱖魚。青箬笠,綠簑,斜風細雨不須

○●○○●●○  ○○○●△○○ ○●●  ●?△ ○△●●△○○

其二 釣臺漁夫褐為,兩兩三三蚱。能縱棹,慣乘,長江白浪不曾

其三 霅溪灣裡釣漁,蚱為家西復,江上雪,浦邊,笑著荷衣不歎

其四 蟹舍主人,菰飯篿羹亦共,楓葉落,荻花,宿醉漁舟不覺

 

漁歌子二首其一

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。        

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。           

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。        

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。           

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

(漁歌子二首其の一)

草 芊芊,波 漾漾,湖邊 艸色 連波漲る。    

蓼岸【りょうがん】に沿い,楓汀に泊る,天の際 玉輪 初めて上る。     

舷歌に扣き,聯とし極まりて望む,槳聲 伊に軋き 何に向うかを知る。  

黃鵲は叫び,白鷗は眠る,誰ぞ似る 儂家 疏曠するを。 

  

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。

風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。

杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

(漁歌子二首 其の二)

流螢 泛び,明く又た滅して,夜涼 水冷 東灣 闊く。 

風浩浩として,笛寥寥とし,萬頃 金波 澄澈す。         

杜若の洲,香郁 烈し,一聲 宿鴈 霜の時節なり。      

霅水を經て,松江を過る,盡く屬す 家に濃す日月を。         

 

 

『漁歌子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。    

 

(下し文)

(漁歌子二首 其の二)

流螢 泛び,明く又た滅して,夜涼 水冷 東灣 闊く。       

風浩浩として,笛寥寥とし,萬頃 金波 澄澈す。    

杜若の洲,香郁 烈し,一聲 宿鴈 霜の時節なり。              

霅水を經て,松江を過ぎれば,盡く屬す 家に濃す日月を。    

 

(現代語訳)

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。

風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。

杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。

湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

太湖上海松江00
 

(訳注)

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

1 漁歌 若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

漁歌子 本来、詩題ではなく形式名(正確には詞に着けられた曲名)だが、唐代に既にあった填詞形式のものを、変化させたもので、填詞の形式に準じてはいるものの、填詞の詞牌ではない。漁歌子など(宋詞以前の)初期のものは本意(詞の本来の意味、詞題の性質)の場合が多い。この作品もそうである。特に、『漁歌子』は、釣りをして暮らすなどの隠逸生活を詠う。中国では伝統的に、漁師や樵人は半仙の雰囲気を漂わせたものとして捉えられている。(『漁父』も、『漁歌子』の同調異名(形式は同じで、名称が異なるだけのもの))。

 

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。

 漁歌子二首其一

草芊芊,波漾,湖邊艸色連波              

沿蓼岸,泊楓,天際玉輪初    

扣舷歌,聯極,槳聲伊軋知何              

黃鵲叫,白鷗,誰似儂家疏    

●△△  ○●● ○○●●○○△

○●● ●○△  ○●●○○●

●○○  ○●△ ●○○●○△●

○●● ●○○  ○●○○△●

漁歌子二首其二 双調五十字、前後二十五字六句三仄韻、3❸❼33/3❸❼33の詞形をとる。

泛流螢,明又,夜涼水冷東灣              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄    

杜若洲,香郁,一聲宿鴈霜時              

經霅水,過松江,盡屬濃家日    

●○○  ○●● ●△●△○○●

△●● ●△△  ●△○○○●

●△○  ○●● ●○●●○○●

△●● △○○  ●●○○●● 

 

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。      

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。

13   1 広くゆとりがある。「闊達・闊歩・闊葉樹/寛闊・広闊」2 間があいている。うとい。「迂闊 (うかつ) ・久闊」[名のり]ひろ・ひろし。

 

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。  

風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。

14 浩浩 水がみなぎり広がっているさま。果てしなく広々としているさま。

15 寥寥【りょうりょう】ひっそりとしてもの寂しいさま。また、空虚なさま。「―たる荒れ野」数の非常に少ないさま。

16 萬頃【ばんきょう】〔「頃」は百畝の耕地の意。アール〕 地面または水面が広々としていること。 

17 澄澈 ①水清く底まですみわたるさま。 ②清亮で明るくひろがろさま。月光澄澈|澄澈如 ③明白であること。

 

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。      

杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。

18 郁烈 香気が強烈にさかんなさま。文化の非常に高いこと。とても暖かい。はっきりとした綾模様。 《文選曹植<洛神賦>》:踐椒塗之郁烈, 步蘅薄而流芳。” 李善注:郁烈, 香氣之甚。・:香気がさかんなさま。文化の高いこと。暖かい。綾模様。・勢いがはげしい。「烈火・烈日・烈震・烈風・烈烈/苛烈(かれつ)・強烈・激烈・熾烈(しれつ)・峻烈(しゅんれつ)・鮮烈・壮烈・痛烈・熱烈・猛烈」2気性が強く、

19 宿鴈 雁も飛んできて、ねぐらにす。

 

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。  

湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

20 霅水 即ち江南東道湖州の霅溪。霅の意味や日本語訳。ピンインZhà((方言)) 名詞 川の名に用いる.用例霅溪=浙江省にある川の名.

21 松江 751年(天宝10載)、唐朝により松江府府治として設置された華亭県を前身とする。1656年(順治13年)に婁県が分割設置されたが、1912年(民国元年)に華亭県に統合、1914年(民国3年)には松江県と改称された。1958年に江蘇省より上海市に移管、1998年に市轄区に昇格し現在に至る。

濃家 人家が多くある。
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巻八47 漁歌子二首其一 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》399巻八47 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7259

孫光憲  漁歌子二首其一

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。 沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。    

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。 黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。    

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

巻八47

漁歌子二首其一

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》399巻八47

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7259



 

 
  2016年1月29日 の紀頌之5つのBlog  
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  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
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韓愈128 巻01-13 南山詩 #9(31~34) 806年貞元22年 39歳-(1)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7251  
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花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。

花間集 教坊曲 《漁歌子》 八首

顧夐

《巻七31漁歌子一首》  曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。酒盃深,光影促,名利無心較逐。

孫光憲

《巻八47漁歌子二首其一》 草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。

孫光憲

《巻八48漁歌子二首其二》 泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

魏承班

《巻九13漁歌子》  柳如眉,雲似髮。蛟籠香雪。夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。幾多情,無處,落花飛絮清明節。少年郎,容易別,一去音書斷

李珣

《巻十18漁歌子四首其一》  楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

李珣

《巻十19漁歌子四首其二》  荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

李珣

《巻十20漁歌子四首其三》  柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

李珣

《巻十21漁歌子四首其四》  九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

唐・張志和  《漁 子 四首》 

其一 西塞山前白鷺,桃花流水鱖魚。青箬笠,綠簑,斜風細雨不須

○●○○●●○  ○○○●△○○ ○●●  ●?△ ○△●●△○○

其二 釣臺漁夫褐為,兩兩三三蚱。能縱棹,慣乘,長江白浪不曾

其三 霅溪灣裡釣漁,蚱為家西復,江上雪,浦邊,笑著荷衣不歎

其四 蟹舍主人,菰飯篿羹亦共,楓葉落,荻花,宿醉漁舟不覺

 

漁歌子二首其一

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。        

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。           

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。        

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。           

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

(漁歌子二首其の一)

草 芊芊,波 漾漾,湖邊 艸色 連波漲る。    

蓼岸【りょうがん】に沿い,楓汀に泊る,天の際 玉輪 初めて上る。     

舷歌に扣き,聯とし極まりて望む,槳聲 伊に軋き 何に向うかを知る。  

黃鵲は叫び,白鷗は眠る,誰ぞ似る 儂家 疏曠するを。 

              

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。    

扁舟 00

『漁歌子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子二首其一

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。              

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。    

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。              

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。    

 

(下し文)

(漁歌子二首其の一)

草 芊芊,波 漾漾,湖邊 艸色 連波漲る。           

蓼岸【りょうがん】に沿い,楓汀に泊る,天の際 玉輪 初めて上る。              

舷歌に扣き,聯とし極まりて望む,槳聲 伊に軋き 何に向うかを知る。           

黃鵲は叫び,白鷗は眠る,誰ぞ似る 儂家 疏曠するを。       

 

(現代語訳)

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

春水001

 

(訳注)

漁歌子二首其一

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

1 漁歌 若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

漁歌子 本来、詩題ではなく形式名(正確には詞に着けられた曲名)だが、唐代に既にあった填詞形式のものを、変化させたもので、填詞の形式に準じてはいるものの、填詞の詞牌ではない。漁歌子など(宋詞以前の)初期のものは本意(詞の本来の意味、詞題の性質)の場合が多い。この作品もそうである。特に、『漁歌子』は、釣りをして暮らすなどの隠逸生活を詠う。中国では伝統的に、漁師や樵人は半仙の雰囲気を漂わせたものとして捉えられている。(『漁父』も、『漁歌子』の同調異名(形式は同じで、名称が異なるだけのもの))。

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。

 漁歌子二首其一

草芊芊,波漾,湖邊艸色連波              

沿蓼岸,泊楓,天際玉輪初    

扣舷歌,聯極,槳聲伊軋知何              

黃鵲叫,白鷗,誰似儂家疏    

●△△  ○●● ○○●●○○△

○●● ●○△  ○●●○○●

●○○  ○●△ ●○○●○△●

○●● ●○○  ○●○○△●

 

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

2 芊 芊(芊眠)《書》草木の茂るさま.

3 漾漾 漾とは。意味や日本語訳。[]こぼれる,溢れる酒漾出来酒が溢れる.上漾出笑容笑顔がこぼれる.水がゆらゆら揺れる,たゆとう漾同前.

 

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。  

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

4 泊楓汀 《夜泊楓江》「月落烏啼霜滿天,江楓漁父對愁眠。 姑蘇城外寒山寺,夜半鍾聲到客船。」(月落 烏啼き霜天に滿つ,江楓 漁父 愁眠に對す。 姑蘇城外の寒山寺,夜半鍾聲 客船に到る。)張継「楓橋夜泊」、『中興間氣集』では「夜泊松江」に作る。

5 汀 海・湖などの,波が打ち寄せる所。波うちぎわ。みぎわ。

6 玉輪【ぎょくりん】月の異称。

7 蓼岸 岸辺には蓼がしげる。風に揺れることをイメージさせる。

孫光憲『浣溪沙九首其一』

蓼岸風多橘柚香,江邊一望楚天長,片帆煙際閃孤光。

目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫茫,蘭紅波碧憶瀟湘。

(浣溪沙九首 其の一)

蓼岸【りょうがん】風 橘柚の香多くし,江邊 一望 楚天長しい,片帆 煙際に 孤光 閃く。

目【もく】せば 征鴻を送れば 飛びて杳杳たり,思いは流水に隨い去りて茫茫たり,蘭は紅いに 波は碧く 瀟湘を憶う。

(秋には帰るといって旅立った人を何度も秋を迎えたが帰ってこない。雁が見えなくなるように、川が流れ去るように忘れていくことになるのか、もう死んでしまったのなら、瀟湘の女神にもあこがれる)

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけると橘や柚子の香りを運んでくる、大江のほとりから一望すると楚の秋の空ははるかとおくまでつづく、一片の帆影を浮かべて霞む果てには風雨を呼ぶ閃光が一つきらめく。

女の眼は遠く飛び行く雁を消えて飛び去るまで追いかける、遠い先の帰ってこない男への思いは長江の流れとともに忘れ去ってしまう、蘭の花は紅色濃く、波は碧く瀟湘の慕情を偲ばせる。

 

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。      

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

8 扣える【ひかえる・控える】 1㋐用事や順番に備えて、すぐ近くの場所にいて待つ。待機する。㋑目立たないようにしてそばにいる。㋒空間的・時間的に迫っている。近くに位置する。また、近い将来に予定される。2・㋐度を越さないように、分量・度数などを少なめにおさえる。節制する。㋑自制や配慮をして、それをやめておく。見合わせる。㋒空間的・時間的にすぐ近くにある。近い所に持つ。あまり時を置かないで予定している。㋓忘れないように、また、念のため書きとめておく。㋔衣服などを、おさえつかんで、行かせないようにする。引きとめる。㋕引く。引っぱる。

9 舷歌 漁父が船端を叩きながらうたった舟歌。

韓愈『湘中』

猿愁魚踊水翻波、自古流傳是汨羅。

蘋藻満盤無塵奠、空聞漁父叩舷歌

(湘中) 

猿愁え魚踊って水波を翻【ひるがえ】し、古【いにし】え自【よ】り流伝す走れ汨羅【べきら】たりと。

頻藻【ひんそう】盤に満つるも奠【そな】うる処無く、空しく聞く漁父の舷【ふなばた】を叩いて歌うを

猿は悲しげな鳴き声をあげ、魚ははねて、川の水は波をわきたたせている。昔からの言い伝えによれば、ここが旧羅なのだという。

水草は皿いっぱいに盛ったが、さてどこにそなえて屈原の霊を祭ったものだろう。屈原に対して漁父が船端を叩きながらうたった舟歌がいまはむなしく聞こえてくる。

10 槳聲 船の水きり音。

 

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。  

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

11 誰似 隠遁の生活に慣れて、半隠であったものがますますこの生活に浸ってゆく、これまでいろんな隠棲する詩人がいたが、誰に似ているのだろうかというほどの意。

12 疏曠 水路を分けて通す。「疏水・疏通」関係が分け離れる。うとくなる。「疏遠」粗末な。「疏食(そし)事柄の筋を分けていちいち説明する。

巻八46 望梅花一首 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》398 巻八46 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7254

孫光憲  望梅花

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

巻八46

望梅花一首

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》398

巻八46

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7254

 

 
  2016年1月28日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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鮑照《梅花落》 

中庭雜樹多、偏為梅咨嗟。

問君何獨然、念其霜中能作花。

露中能作實、搖蕩春風媚春日。

念爾零落逐寒風、徒有霜華無霜質。

中庭に雜樹多きも、偏えに梅の為に咨嗟す。

君に問う 何ぞ独り然るや、念え 其霜中に能く花を作す。

露中に能く実を作し、春風に搖蕩して春日に媚ぶる。

念え 爾らは零落して寒風を逐い、徒らに霜華有って霜質無きを。

中庭には様々な木があるが、私が褒め称えるのはただひとえに梅の木だけである。

他の樹木があるのに、どうして梅ばかり褒めるのですかと、問われれば、考えよ、霜の中で花を開くのである。

他の樹木は、春風に揺れる暖かい春の日になって競って咲くものであるが、梅はそのころ次第に実を膨らませ、露の中で、実を結ぶのである。

考えよ、他の樹木は、いざ寒い風が吹いてくると枯れ萎んでしまうではないか。霜のように白花を咲かせても、霜の中で蕾を育むような根性は持っていないのである。

中庭雜樹  偏為梅咨
問君何獨然  念其霜中能作
露中能作  搖蕩春風媚春
念爾零落逐寒風  徒有霜華無霜

  
  
  
  

 

花間集 教坊曲『望梅花』二首

和凝

巻六24望梅花一首  春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

孫光憲

巻八46望梅花一首  數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

 

『花間集』には二首所収。孫光憲の作は一首収められている。双調三十八字、前段二十一字三句二平韻、後段十七字三句三平韻で、⑦7⑦/⑤⑦⑤の詞形をとる。

 

 

和學士凝(和凝)              望梅花一首

和凝《望梅花》 季節が変わって、春芽生えて成長した草草が全部萎れ、枯れたのも消えていった。12月も暮れて雪が積もり根雪として残り、進んだ足跡も残っていた。どんなことが起こったとしてもあの楽しい思い出の詰まった洛陽のようなところはどこにもない、ただ、今、耳に聞こえてきた、あの洛陽で聞いていた「横笛曲」にある「梅花落」の曲は何処の娼屋の家で演奏されているのだろうか。

和凝『望梅花』

春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。

越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。

何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

(梅花を望む)

春草 全無にして息を消し,臈雪【ろうせつ】猶お蹤跡に餘る。

越嶺 寒枝 香れば自ら拆り,冷豔【れいえん】奇芳 惜しむを堪えん。

何事ぞ壽陽 覓むる處無し 誰が家か「橫笛」の曲を,吹き入るは。

(春が来ることは若賓に年齢を重ねていくのみ、香草もすぐ枯れ凋み、その上に足跡残してゆく、古楽府の題名を受け継ぎ、梅花が落ち、香草が枯れ、あしあともきえ、笛の音も消えてゆくと悲哀を詠う。)

 人々は、梅の花の散りゆく風景を目にすることで、今年もまた春か巡ってきたことに気づかされる。悪人にとって春は決して喜ばしい季節ではない。春かただ。同性のものを言うのでなく、幾度となく巡りくるものを言うのであれば、それはただ自分が「撫しみを燧すを得」ることのできない状態のままいたずらに、また若賓に年齢を重ねていくのみであることを象徴するものである。

10和凝 (改)《巻六24望梅花一首  》『花間集』275全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6647

 

孫少監光憲           望梅花一首

望梅花

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

 

(望梅花)

数枝 開きて 與【とも】に 短牆と平らかに、雪萼 紅鮒 相い映ゆるを見、引き起こさん 誰人の辺塞の情を。

簾外 三更ならんと欲し、離愁を吹断して 月 正に明らかに、空しく聴く 江を隔つるの声を。

紅梅003
 

『望梅花』 現代語訳と訳註

(本文)

望梅花

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

 

(下し文)

(望梅花)

数枝 開きて 與【とも】に 短牆と平らかに、雪萼 紅鮒 相い映ゆるを見、引き起こさん 誰人の辺塞の情を。

簾外 三更ならんと欲し、離愁を吹断して 月 正に明らかに、空しく聴く 江を隔つるの声を。

 

海棠花05
 

(現代語訳)

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

 

(訳注)

望梅花

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

【解説】前段第二句の「見雪萼紅跗相映」雪の花台の上に紅梅の花がさいていれば、誰だって辺塞への思いを誘うだろう」という。雪は北方の辺境をおもわせる。後段、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲である。冬に蕾を膨らませ、霜の中に花を咲かせる、梅を思う詩である。和凝の詩と同じ横笛の曲辞である。橫笛:漢代の「横笛曲」にある「梅花落」という笛曲。中国古代音楽於いての楽器は、竪箜篌・琵琶・五絃・笙・橫笛・簫・篳篥・羯鼓・. 腰鼓・荅臘などがある。

 

『花間集』には二首所収。孫光憲の作は一首収められている。双調三十八字、前段二十一字三句二平韻、後段十七字三句三平韻で、⑦7⑦/⑤⑦⑤の詞形をとる。

數枝開與短牆。見雪萼、紅跗相映。引起離人邊塞

簾外欲三。吹斷離愁月正。空聽隔江

●○○△●○○  ●●● ○△△●  ●●△○○●○

○●●△△  △●△○●△○ △△●○○

 

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

雪萼紅跗 雪のように白い萼と紅の花のうてな。ここでは、雪のように白い花びらと紅の花房とを指す。萼【うてな】1 四方を眺めるために建てられた高い建物。高殿(たかどの)。2 極楽に往生した者の座る蓮(はす)の花の形をした台。蓮台(れんだい)。3 (「萼」とも書く)花の萼(がく)。4 眺望をよくするために、土を積んで高くした所。〈和名抄〉

短牆平 低い土塀というのは、後宮の九重の城郭の中の御殿を仕切る牆であろう。

 

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

欲三更 間もなく夜半になる。欲は今にも〜しそうだ、の意。三更は真夜中。「更漏子」・三更雨  夜を五更に分けた第三の時刻をいう。十二時から二時ごろまでの真夜半。

溫庭筠『更漏子』 ()  

玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。

眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。

梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。

一葉葉、一聲聲。空階滴到明。

『更漏子 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-20-2-#6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1696

吹断離愁 辺塞にいる夫は角笛により故郷のことを思っているだろう、芸妓は横吹曲の「梅花落」をきいては北域や西域の辺境にいる夫を思う。

花落 横吹曲辞·梅花落 

  盧照鄰「横吹曲」、『梅花落』が奏されていた。

盧照鄰(641680)河北(范陽)の人。初唐の四傑の一人。

梅花落

梅院花初発、天山雪未開。

雪処疑花満、花辺似雪廻。

因風入舞袖、雑紛向牀台。

匈奴幾万里、春至不知来。

梅院の花が初めて発くも、天山の雪は未まだ開かず

雪ふる処は花満つるかと疑い、花辺は雪の廻るに似たり

風に因りて舞袖に入り、紛に雑じりて牀台に向う

匈奴 幾万里、春至るも来たるを知らず

《燕歌行》(七言); 江總

楊柳條青樓上輕,梅花色白雪中明。

横笛短簫淒復切,誰知柏梁聲不 

《班捷伃詠扇》;江淹

紈扇如團月,出自機中素。畫作秦王女,乘鸞向煙霧。

彩色世所重,雖新不代故。竊愁涼風至,吹我玉階樹。

君子恩未畢,零落在中路。

○涼風 秋風。梁の江淹(444505年)の班?妤の詠扇に擬古詩に「窃かに愁う涼風の至り、我が玉階の樹に吹くことを。」とあるのをふまえる。班礎好は漢の成帝劉?(紀元前五紀元七年)の宮妓、趙飛燕に寵を奪われて怨歌行を作った。それに「常に恐る秋節の至るを。」という句が含まれている。

○西頭 後宮の西辺。西は閨を示す。寵愛に秋風ということだ。頭はあたり。

 

 

 

 

望梅花

唐教坊曲名。《梅苑》詞作《望梅花令》。

 

單調三十八字,六句六仄韻

和凝

春草全無消。臘雪猶餘蹤。越嶺寒枝香自

冷豔奇芳堪。何事壽陽無處。吹入誰家橫

○●○○○●  ●●△○○● ●●○○○●△

△●○○○● △●●○○●●  △●○○△●

 

雙調三十八字,前段三句兩平韻,後段三句三平韻

孫光憲

數枝開與短牆。見雪萼、紅跗相映。引起離人邊塞

簾外欲三。吹斷離愁月正。空聽隔江

●○○△●○○  ●●● ○△△●  ●●△○○●○

○●●△△  △●△○●△○ △△●○○

此詞用平韻,亦無他首可校。

 

 

以下三體字句迥異,但調名相同,故類列於後。

又一體 雙調七十字,前後段各六句六仄韻

 

蒲宗孟

寒梅堪羨。堪羨輕苞初展。被天人、制巧妝素豔。

○○● ○○● ●○○ ●●○●●

群芳皆賤。碎剪月華千萬片。綴向瓊枝欲遍。

○○○● ◎●●○○●● ●●○○●● 

小庭幽院。雪月相交無辨。影玲瓏、何處臨溪見。

●○○● ●●○○● ●○○ ○●○○● 

謝家新宴。別有清香風際轉。縹緲著人頭面。

●○○● ◎●○○○●● ●●◎○

 

蒲宗孟二詞,見《梅苑》,較唐詞迥異。

 

又一體 雙調七十二字,前後段各六句四仄韻

 

蒲宗孟

一陽初起。暖力未勝寒氣。堪賞素華長獨秀。

●○○● ●●●○○● ○●●○○●●

不並開紅抽紫。青帝只應憐潔白。不使雷同眾卉。

●●○○○● ○●●○○●● ●●○○●●

淡然難比。粉蝶豈知芳蕊。夜半捲簾如乍失。

●○○● ●●●○○● ●●●○○●●

只在銀蟾影裏。殘雪枝頭君認取。自有清香旖旎。

●●○○●● ○●○○○●● ●●○○

 

此詞前後段第三、五句,不用韻,與前詞異。

 

又一體 雙調八十二字,前後段各八句五仄韻

 

張雨

何處仙家方丈。渾連水、隔他塵坱。放鶴天空。看雲窗小。

●○○● ○◎ ◎○● ◎●○○ 

萬幅丹青圖障。憑高望。笑掣金鼇。人道是、蓬萊頂上。

◎●● ⊙⊙● ●●○○ ◎◎ ⊙⊙◎●

時問葛陂龍杖。更準備、雪中鶴氅。修月剛。收書東老。

●◎○● ◎◎◎ ●○●● ●○○ ○○

消得百壺春釀。無盡藏。莫傲清閒。怕詔起、山中宰相。

●◎○● ◎● ●●○○ ◎◎◎ ⊙⊙◎●

巻八45 楊柳枝四首其四 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》397巻八45 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7249

孫光憲   楊柳枝 四首 其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

巻八45

楊柳枝四首其四

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》397巻八45

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7249

 

 

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。

もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。

(楊柳枝四首其の三)

根柢  濁河を傍にすると雖然も,無妨にして 終日 笙歌を近くす。

驂驂として 金帶 誰か比に堪えん,還た共に 黃鶯 校せざるを多くす。

 

楊柳枝四首其四

(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

(楊柳枝四首其の四)

萬株 枯槁 怨亡隋し,臺を弔ずるに似て 各の自ら垂る。

好是 淮陰 明月の裏,酒樓 橫笛 吹くに勝らず。

 

a謝霊運永嘉ルート02

 

『楊柳枝四首』現代語訳と訳註解説
(
本文)

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

(下し文)
(楊柳枝四首其の四)

萬株 枯槁 怨亡隋し,臺を弔ずるに似て 各の自ら垂る。

好是 淮陰 明月の裏,酒樓 橫笛 吹くに勝らず。

(現代語訳)
楊柳枝四首其四(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。

そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

白貯舞005



(訳注)

楊柳枝四首 其四』 現代語訳と訳註

(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

 

楊柳枝四首其四

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花,飛遍江城雪不

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄

○○△●●○○  ○●○○●△○

●●●△△●●  ○○○△●○○

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛,浸潤飜成長養

恰似有人長點檢,着行排立向春

●○●●●△△  △●○○△●○

●●●○△●●  ?△○●●○△

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁,無妨終日近笙

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校

○△○○△●○  ○△○●●○○

○○○●○○△  ○△○○△●○

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡  似弔臺各
好是淮陰明月裏  酒樓橫笛不勝

●○○●△○△  ●●○○●●○

●●○○○●●  ●○△●△△△

 

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。

18 槁() かわく、枯れた,(しぼ)んだ枯槁同前.『荘子、齊物論』「槁木死灰。」(枯れ木と冷えた灰)すべてに無感動無関心である.

呉王夫差は国庫の金をつぎ込んで西施のために次々と庭園や離宮を作った。西施のための贅沢な庭園・館娃宮、は春には花が咲き乱れ、夏は冷たい井戸水で水浴びをし、秋には紅葉が目を楽しませ、冬は洞で暖を取る。西施が訪れるたびに大規模な響宴や歌舞が催されます。それを想像させる。

19 隋 祭りの肉の余り。おちる。おこたる。

20 弔 とむらう人の死をいたんで悔やみを述べる。とむらう。「弔意・弔歌・弔客・弔辞・弔電・弔砲・弔問/敬弔・慶弔」

 

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹

そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

21 好是 ここにあるものこそ素晴らしい良いものだ。

22 淮陰 淮陰の股くぐり男、.韓信。秦代に設置される。南北朝時代になると東魏により懐恩県(または淮恩県)と改称され淮陰郡の郡治とされた。その後北周により寿張県、583年(開皇3年)には淮陰県と改称されたが、大業初年に山陽県に編入された。

667年(乾封2年)、唐朝は再び淮陰県を設置、1273年(咸淳9年)には淮陰県より清河県が分置され、清河軍の軍治とされた。1283年(至元20年)、元朝により淮陰県は廃止され山陽県に編入されている。

23 横笛 漢代の「横笛曲」にある「梅花落」という笛曲。中国古代音楽於いての楽器は、胡琴、古筝、三弦、竪箜篌・琵琶・五絃・笙・橫笛・簫・篳篥・羯鼓・. 腰鼓・荅臘などによる楽器演奏がある。

和凝『望梅花』

春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。

越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。

何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛

(梅花を望む)

春草 全無にして息を消し,臈雪【ろうせつ】猶お蹤跡に餘る。

越嶺 寒枝 香れば自ら拆り,冷豔【れいえん】奇芳 惜しむを堪えん。

何事ぞ壽陽 覓むる處無し 誰が家か「橫笛」の曲を,吹き入るは。

 

楊柳枝四首 【字解】

 

楊柳詞

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

 

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。』

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

4 榭 榭とは、屋根のあるうてな、あずまや()、水榭、水ぎわの亭(チン)

5 濛濛 1 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。「―と砂ぼこりをまき上げる」2 心がぼんやりとしているさま。「木の本に―としてぞ立たりける」

6 飜成 ひっくり返ったり元に戻ったりする。

7 恰 [訓]あたかもちょうど。あたかも。「恰好(かっこう)」◇「恰好(かっこう)」「恰幅(かっぷく)」の「恰」の末尾促音は、「コウ(カフ)」の入声(にっしょう)pの変化したもの。

8 點檢 スル 一つ一つ検査すること。くわしく調べること。 「エンジンを-する」 「人数を-する」 「点検」に似た言葉»。檢〔検〕[音]ケン[訓]しらべる[学習漢字]51 取り調べる。「検閲・検査・検察・検死・検出・検証・検診・検定・検討/実検・点検・剖検」2 とりしまる。「検束」3 検査。

9 排立 二つのものを比べ、一方を排し、他方を立てること。排するとは、1 押しのける。しりぞける。排斥する。「万難を―・して進む」「反対勢力を―・する」2 並べる。排列する。「漢字を画数順に―・する」3 押し開く。

10 根柢 物事や考え方を成り立たせる土台になっているもの。基礎。根本。

11 雖然 にもかかわらず (雖然…但是…,儘管、卻…) N(である)+にもかかわらず な形+なの / な形である +にもかかわらず 普通体+にもかかわらず.

12 濁河 黄河のこと。《西漢會要/65》「夫齊,東有琅邪、即墨之饒,南有泰山之固,西有濁河之限,北有勃海之利。」斉には東に琅邪・即墨の豊穣があり、 南に泰山の堅固があり、西に濁河(黄河)の限界があり、北に渤海の便宜がある。

13 無妨 妨げるものはない。やりたい放題。

14 終日近笙歌 周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋、王子喬の故事。

鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】

仙人十五愛吹笙,學得崑丘彩鳳鳴。始聞鍊氣餐金液,復道朝天赴玉京。

玉京迢迢幾千里,鳳笙去去無窮已。欲歎離聲發絳脣,更嗟別調流纖指。

此時惜別詎堪聞,此地相看未忍分。重吟真曲和清吹,卻奏仙歌響綠雲。

綠雲紫氣向函關,訪道應尋緱氏山。莫學吹笙王子晉,一遇浮丘斷不還。

○笙歌《古くは「しょうが」》笙に合わせて歌うこと。また、その歌。せいか。吹笙伴歌。「綵雲蕭史駐,文字魯恭留。」蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。『玉臺観二首其一』にものべる。

「人傳有笙鶴,時過此山頭。」 このあたりの人は王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

鶴に乗って昇天したといわれる神仙で、周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋のこと。王喬ともいう。伝説によると、王子喬は若くから才能豊かで、笙を吹いては鳳凰が鳴くような音を出すことができた。伊水、洛水(河南省洛陽南部)あたりを巡り歩いていたとき、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り、帰らなくなった。それから30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山(こうしざん)の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。だが、山が険しく家族は近づくことができなかった。と、王子喬は手を上げて家族に挨拶し、数日後白鶴に乗って飛び去ったという。 そこで、人々は緱氏山の麓や嵩山の山頂に祠を建てて、王子喬を祀ったといわれている。

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236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958

291 《巻四06鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <291> Ⅰ李白詩1579 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6443

201《巻五 34少年行》「少年游俠好經過、渾身裝束皆綺羅。 蕙蘭相隨喧妓女、風光去處滿笙歌。」638《巻十九游泰山六首其六》「仙人游碧峰、處處笙歌發。 寂靜清暉、玉真連翠微。(仙人 碧峰に遊び,處處に 笙歌發す。寂靜 清暉をみ,玉真 翠微に連る。)」890《巻二十四01題隨州紫陽先生壁》忽耽笙歌樂。 頗失軒冕情。 終愿惠金液。 提攜凌太清。

李白318-#1 《巻十九12遊泰山,六首之六【案:天寶元年四月,從故御道上泰山。】》318-#1Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元42 18首 <李白318-#1> Ⅰ李白詩1630 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6698

○驂驂 添え馬を並べて行く馬車。驂は、三頭立ての馬車。富貴の者の護衛に同車するもの。

古代在車旁駕車的兩匹馬。詩經.鄭風.大叔于田:「 執轡如組,兩驂如舞。」楚辭.屈原.九歌.國殤:「 凌余陣兮躐余行,左驂殪兮右刃傷。

15 金帶 的腰。古代帝王、后妃、文武百官所服腰

16 黃鶯 コウライウグイスの別名。

17 不校 仕返しをしない。孔子《論語·泰伯》:“ 曾子日、以能問於不能、以多問於寡、有若無、実若虚、犯而不校。昔者吾友、嘗従事於斯矣。” 曾子日く、能を以て不能に問い、多を以て寡に問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若くし、犯さるるも校せず。昔者吾が友、嘗て斯に従事せり。

  曾子が言いました。「才能があるにも拘らず、才能のない人の意見も聞き、知識が豊富であるにも拘らず知識の少ない人の意見も聞く。能力が有るにも拘らず無いかのように振舞い、人徳が充実しているにも拘らず、空虚であるように振舞う。又、他人から嫌なことをされても仕返しをすることが無い。昔、私の旧友はこのように努めていました」

巻八43 楊柳枝四首其三 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》396巻八44 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7244

孫少監光憲  楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。

 

巻八43

楊柳枝四首其三

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》396巻八44

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7244

 

 
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楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

楊柳枝四首其三

(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。

(楊柳枝四首其の三)

根柢  濁河を傍にすると雖然も,無妨にして 終日 笙歌を近くす。

驂驂として 金帶 誰か比に堪えん,還た共に 黃鶯 校せざるを多くす。

 

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 

西湖十景 曲院風荷02
華山000
 

『楊柳枝四首』其三  現代語訳と訳註解説
(
本文)

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

(下し文)
(楊柳枝四首其の三)

根柢  濁河を傍にすると雖然も,無妨にして 終日 笙歌を近くす。

驂驂として 金帶 誰か比に堪えん,還た共に 黃鶯 校せざるを多くす。


(現代語訳)
楊柳枝四首其三(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。

もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。


(訳注)

楊柳枝四首其三

(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

貴公子は、好き勝手に遊びほうけていて、女を作っては棄ててゆく、女は、何もすることができずにただ待つだけである。ただ待つというのは、終日笙の笛を吹き、歌っていた王子喬は士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り、帰らなくなった。それから30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山(こうしざん)の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。というのとおなじではないか。

 

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花,飛遍江城雪不

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄

○○△●●○○  ○●○○●△○

●●●△△●●  ○○○△●○○

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛,浸潤飜成長養

恰似有人長點檢,着行排立向春

●○●●●△△  △●○○△●○

●●●○△●●  ?△○●●○△

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁,無妨終日近笙

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校

○△○○△●○  ○△○●●○○

○○○●○○△  ○△○○△●○

大明宮の圖003
 

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。

10 根柢 物事や考え方を成り立たせる土台になっているもの。基礎。根本。

11 雖然 にもかかわらず (雖然…但是…,儘管、卻…) N(である)+にもかかわらず な形+なの / な形である +にもかかわらず 普通体+にもかかわらず.

12 濁河 黄河のこと。《西漢會要/65》「夫齊,東有琅邪、即墨之饒,南有泰山之固,西有濁河之限,北有勃海之利。」斉には東に琅邪・即墨の豊穣があり、 南に泰山の堅固があり、西に濁河(黄河)の限界があり、北に渤海の便宜がある。

13 無妨 妨げるものはない。やりたい放題。

14 終日近笙歌 周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋、王子喬の故事。

鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】

仙人十五愛吹笙,學得崑丘彩鳳鳴。始聞鍊氣餐金液,復道朝天赴玉京。

玉京迢迢幾千里,鳳笙去去無窮已。欲歎離聲發絳脣,更嗟別調流纖指。

此時惜別詎堪聞,此地相看未忍分。重吟真曲和清吹,卻奏仙歌響綠雲。

綠雲紫氣向函關,訪道應尋緱氏山。莫學吹笙王子晉,一遇浮丘斷不還。

○笙歌《古くは「しょうが」》笙に合わせて歌うこと。また、その歌。せいか。吹笙伴歌。「綵雲蕭史駐,文字魯恭留。」蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。『玉臺観二首其一』にものべる。

「人傳有笙鶴,時過此山頭。」 このあたりの人は王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

鶴に乗って昇天したといわれる神仙で、周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋のこと。王喬ともいう。伝説によると、王子喬は若くから才能豊かで、笙を吹いては鳳凰が鳴くような音を出すことができた。伊水、洛水(河南省洛陽南部)あたりを巡り歩いていたとき、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り、帰らなくなった。それから30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山(こうしざん)の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。だが、山が険しく家族は近づくことができなかった。と、王子喬は手を上げて家族に挨拶し、数日後白鶴に乗って飛び去ったという。 そこで、人々は緱氏山の麓や嵩山の山頂に祠を建てて、王子喬を祀ったといわれている。

Index-21 #1 《古風五十九首之七》Index-21Ⅲ― 1-742年天寶元年42歳 <Index-21 #1> Ⅰ李白詩1153 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4313

236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958

291 《巻四06鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <291> Ⅰ李白詩1579 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6443

201《巻五 34少年行》「少年游俠好經過、渾身裝束皆綺羅。 蕙蘭相隨喧妓女、風光去處滿笙歌。」638《巻十九游泰山六首其六》「仙人游碧峰、處處笙歌發。 寂靜清暉、玉真連翠微。(仙人 碧峰に遊び,處處に 笙歌發す。寂靜 清暉をみ,玉真 翠微に連る。)」890《巻二十四01題隨州紫陽先生壁》忽耽笙歌樂。 頗失軒冕情。 終愿惠金液。 提攜凌太清。

李白318-#1 《巻十九12遊泰山,六首之六【案:天寶元年四月,從故御道上泰山。】》318-#1Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元年42 18首 <李白318-#1> Ⅰ李白詩1630 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6698

 

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。

○驂驂 添え馬を並べて行く馬車。驂は、三頭立ての馬車。富貴の者の護衛に同車するもの。

古代在車旁駕車的兩匹馬。詩經.鄭風.大叔于田:「 執轡如組,兩驂如舞。」楚辭.屈原.九歌.國殤:「 凌余陣兮躐余行,左驂殪兮右刃傷。

15 金帶 的腰。古代帝王、后妃、文武百官所服腰

16 黃鶯 コウライウグイスの別名。

17 不校 仕返しをしない。孔子《論語·泰伯》:“ 曾子日、以能問於不能、以多問於寡、有若無、実若虚、犯而不校。昔者吾友、嘗従事於斯矣。” 曾子日く、能を以て不能に問い、多を以て寡に問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若くし、犯さるるも校せず。昔者吾が友、嘗て斯に従事せり。

  曾子が言いました。「才能があるにも拘らず、才能のない人の意見も聞き、知識が豊富であるにも拘らず知識の少ない人の意見も聞く。能力が有るにも拘らず無いかのように振舞い、人徳が充実しているにも拘らず、空虚であるように振舞う。又、他人から嫌なことをされても仕返しをすることが無い。昔、私の旧友はこのように努めていました」と。

 

 

楊柳枝四首 【字解】

 

楊柳詞

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

 

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。』

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

4 榭 榭とは、屋根のあるうてな、あずまや()、水榭、水ぎわの亭(チン)

5 濛濛 1 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。「―と砂ぼこりをまき上げる」2 心がぼんやりとしているさま。「木の本に―としてぞ立たりける」

6 飜成 ひっくり返ったり元に戻ったりする。

7 恰 [訓]あたかもちょうど。あたかも。「恰好(かっこう)」◇「恰好(かっこう)」「恰幅(かっぷく)」の「恰」の末尾促音は、「コウ(カフ)」の入声(にっしょう)pの変化したもの。

8 點檢 スル 一つ一つ検査すること。くわしく調べること。 「エンジンを-する」 「人数を-する」 「点検」に似た言葉»。檢〔検〕[音]ケン[訓]しらべる[学習漢字]51 取り調べる。「検閲・検査・検察・検死・検出・検証・検診・検定・検討/実検・点検・剖検」2 とりしまる。「検束」3 検査。

9 排立 二つのものを比べ、一方を排し、他方を立てること。排するとは、1 押しのける。しりぞける。排斥する。「万難を―・して進む」「反対勢力を―・する」2 並べる。排列する。「漢字を画数順に―・する」3 押し開く。

巻八43 楊柳枝四首其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》395巻八43 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7239

孫少監光憲  楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

巻八43

楊柳枝四首其二

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》395巻八43

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7239

 

 
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楊柳枝四首其一

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

 

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 

隋堤01
 

『楊柳枝四首』 現代語訳と訳註

(本文)

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

 

(下し文)

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

 

(現代語訳)

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。


柳絮01
 

(訳注)

楊柳枝四首其二

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

人日の剪彩

陰暦の正月七日は「入日」 である。この日、宮中でも民間でも、女性は美しい色彩の絹布をとりだして、花、葉、鳥などの図案をはさみで切り抜く。「閏婦は刀を持して坐し、自ら憐む 裁ちて新しきを乗るを。葉は催して情は色を綴り、花は寄せて手は春を成す。燕(燕の模様の努紙)は帖めて敷戸に留め、鶏(鶏の模様の努紙)は謝りて餉う人を待つ。撃ち来って夫婿に問う、何処ぞ真の如からざらん」(徐延寿「人日華麻」)。上手にできれば、それを木に飾ることもあれば、それを空に飛び散らせる人もあった。こうした勢彩は主に節句のめでたさを盛り上げるために行ったのであろうが、また女性たちはこの機会を借りて自分の器用さを人に誇ったのである。

* 人日は一月一日から六日まで各種家畜の成育を占い、七日が人、八日が穀物の占い口であった。これは年頭に豊凶、吉凶を占う習俗であり、古代日本にも伝わった。

 

蕩鞦韆(ぶらんこ漕ぎ)】

この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鍬極を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩に、「少年と児女は鍬確を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裾薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴環を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝欽 従って地に堕つ」(王建「鞭極詞」)。また別の詩に、「五糸もて縄を繋ぎ 塔を出ること遅く、力尽き綾かに隣りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱関に借りて久しく語無し」(韓健「鞭樗」)とある。これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

【闘百草(百草を闘わす遊び)

草花を採ってその優劣を競う遊びで、端午の節句の前後、百草の生い茂る頃に行われた。「帰り来って小姑に見え、新たに放って百草を弄しむ」(劉駕「桑婦」)、「閑来に百草を闘わし、日を度るも敗を成さず」(雀顛「王家少婦」)などと詩に詠われでいる。これは主に少女たちの遊びであろう。

中宗の時代、安楽公主は五月五日の「聞百草」 の時、出し物を豊富にするために、わざわざ人を南海のある寺院まで派遣して、南朝宋の謝霊運が臨終の時に寺に寄進した美害(ほほひげ)を取り寄せて、百草遊びの賭け物とした(『隋唐裏話』巻下)。この「闘百草」という遊びは、恐らく草の品種で勝ち放けを競ったものと思う。それで安楽公主は、謝霊運のほほひげを草の一種のように装って賭け草にするという、奥の手を考えついたのであろう。

 

【端午の節句】に、宮中の女性たちは団子を作り、それを小さな弓で射る遊びもした。「粉団で角黍を造り、金盤の中に貯く。小さな角で弓子を造るが、うっとりするほど繊細巧妙である。箭を架えて盤中の粉団めがけて射かけ、当たれば食べでもよいが、粉団は滑威して射ぬくのは難しい」(『開元天宝達事』巻上)。この遊びは宮中だけで行われたらしく民間には普及しなかった。

 

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花,飛遍江城雪不

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄

○○△●●○○  ○●○○●△○

●●●△△●●  ○○○△●○○

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛,浸潤飜成長養

恰似有人長點檢,着行排立向春

●○●●●△△  △●○○△●○

●●●○△●●  ?△○●●○△

 

 

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

4 榭 榭とは、屋根のあるうてな、あずまや()、水榭、水ぎわの亭(チン)

5 濛濛 1 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。「―と砂ぼこりをまき上げる」2 心がぼんやりとしているさま。「木の本に―としてぞ立たりける」

6 飜成 ひっくり返ったり元に戻ったりする。

 

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

7 恰 [訓]あたかもちょうど。あたかも。「恰好(かっこう)」◇「恰好(かっこう)」「恰幅(かっぷく)」の「恰」の末尾促音は、「コウ(カフ)」の入声(にっしょう)pの変化したもの。

8 點檢 スル 一つ一つ検査すること。くわしく調べること。 「エンジンを-する」 「人数を-する」 「点検」に似た言葉»。檢〔検〕[音]ケン[訓]しらべる[学習漢字]51 取り調べる。「検閲・検査・検察・検死・検出・検証・検診・検定・検討/実検・点検・剖検」2 とりしまる。「検束」3 検査。

9 排立 二つのものを比べ、一方を排し、他方を立てること。排するとは、1 押しのける。しりぞける。排斥する。「万難を―・して進む」「反対勢力を―・する」2 並べる。排列する。「漢字を画数順に―・する」3 押し開く。

 

 

 

 

楊柳枝四首 【字解】

 

楊柳詞

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

 

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。』

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

巻八42 楊柳枝四首其一 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》394巻八42 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7234

孫光憲  楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

巻八42

楊柳枝四首其一

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》394巻八42

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7234

 

 

 
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漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

楊柳枝詞八首 (白居易 唐詩)

1

  六麼水調家家唱,白雪梅花處處吹。

  古歌舊曲君休聽,聽取新翻楊柳枝。

 2

  陶令門前四五樹,亞夫營里百千條。

  何似東都正二月,黄金枝映洛陽橋。

 3

  依依褭褭複青青,句引春風無限情。

  白雪花繁空撲地,綠絲條弱不勝鶯。

 4

  紅板江橋青酒旗,館娃宮暖日斜時。

  可憐雨歇東風定,萬樹千條各自垂。

 5

  蘇州楊柳任君誇,更有錢唐勝館娃。

  若解多情尋小小,綠楊深處是蘇家。

 6

  蘇家小女舊知名,楊柳風前有情。

  剝條盤作銀環樣,卷葉吹爲玉笛聲。

 7

  葉含濃露如啼眼,枝嫋輕風似舞腰。

  小樹不禁攀摺苦,乞君留取兩三條。

 8

  人言柳葉似愁眉,更有愁腸似柳絲。

  柳絲挽斷腸牽斷,彼此應無續得期。

 

花間集 尊前集 『竹枝詞』二十四首           

 作者   (花間集/尊前集)              (初句7字)

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其一         白帝城頭春草生

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其二         山桃紅花滿上頭

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其三         江上春來新雨晴

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其四         日出三竿春霧消

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其五         兩岸山花似雪開

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其六         瞿塘嘈嘈十二灘

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其七         巫峽蒼蒼煙雨時

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其八         城西門前艶預堆

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其九         楊柳靑靑江水平

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十  楚水巴山江雨多

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十一 山上層層桃李花

白居易      尊前集  竹枝詞四首其一    瞿塘峽口水煙低

白居易      尊前集  竹枝詞四首其二    竹枝苦怨怨何人

白居易      尊前集  竹枝詞四首其三    巴東船舫上巴西

白居易      尊前集  竹枝詞四首其四    江畔誰家唱竹枝

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其一    檳榔花發竹枝鷓

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其二    木棉花盡竹枝茘

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其三    芙蓉並蔕竹枝一

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其四    筵中蝋燭竹枝涙

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其五    斜江風起竹枝動

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其六    山頭桃花竹枝谷

孫光憲      巻八    竹枝二首其一    門前春水竹枝白

孫光憲      巻八    竹枝二首其二    亂繩千結竹枝絆

 

 

 

花間集 教坊曲 『楊柳枝』 二十四首

溫庭筠

巻一30楊柳枝八首其一 宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。正是玉人腸處,一渠春水赤欄橋。

溫庭筠

巻一31楊柳枝八首其二 南牆東御路傍,須知春色柳絲黃。杏花未肯無情思,何事行人最斷腸。

溫庭筠

巻一32楊柳枝八首其三 蘇小門前柳萬條,毿毿金線拂平橋。黃鶯不語東風起,深閉朱門伴舞腰。

溫庭筠

巻一33楊柳枝八首其四 金縷毿毿碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。晚來更帶龍池雨,半拂欄干半入樓。

溫庭筠

巻一34楊柳枝八首其五 館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。繫得王孫歸意切,不同芳草綠萋萋。

溫庭筠

巻一35楊柳枝八首其六 兩兩黃鸝色似金,裊枝啼露動芳音。春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。

溫庭筠

巻一36楊柳枝八首其七 御柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。景陽樓畔千條路,一面新粧等曉風。

溫庭筠

巻一37楊柳枝八首其八 織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。

皇甫松

巻二21楊柳枝二首其一 春入行宮映翠微,玄宗侍女舞煙絲。如今柳向空城綠,玉笛何人更把吹。

皇甫松

巻二22楊柳枝二首其二 爛熳春歸水國時,王宮殿柳絲垂。黃鶯長叫空閨畔,西子無因更得知。

牛嶠

巻三46柳枝五首其一 解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

牛嶠

巻三47柳枝五首其二 王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

牛嶠

巻三48柳枝五首其三 橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

牛嶠

巻三49柳枝五首其四 狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

牛嶠

巻三50柳枝五首其五 裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

張泌

巻四47柳枝 膩粉瓊粧透碧紗,雪休誇。金鳳搔頭墮鬢斜,髮交加。倚著雲屏新睡覺,思夢笑。紅腮隱出枕函花,有些些。

和凝

巻六30柳枝三首其一  軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

和凝

巻六31柳枝三首其二  瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

和凝

巻六32柳枝三首其三  鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

顧夐

巻七16楊柳枝 秋夜香閨思寂寥,漏迢迢。鴛幃羅幌麝煙銷,燭光搖。正憶玉郎遊蕩去,無尋處。更聞簾外雨蕭蕭,滴芭蕉。

孫光憲

巻八42楊柳枝四首其一 閶門風暖落花乾,飛遍江城江城雪不寒。獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

孫光憲

巻八43楊柳枝四首其二 有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。恰似有人長點檢,着行排立向春風。

孫光憲

巻八44楊柳枝四首其三 根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

孫光憲

巻八45楊柳枝四首其四 萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 

 

楊柳枝四首其一

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

 

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

 

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

漢洛陽1001
 

 

『楊柳枝四首』 現代語訳と訳註

(本文)

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

 

(下し文)

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

(現代語訳)

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

隋堤002
 

(訳注)

楊柳枝四首其一

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

 

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。

 

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

巻八41 思越人二首 其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》393巻八41 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7229

 孫少監光憲  思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

巻八41

思越人二首 其二

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》392巻八41

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7229

 


 
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花間集 教坊曲『思越人』四首

張泌

巻四45思越人  鷰雙飛,鶯百囀,越波堤下長橋。鈿花筐金匣,恰舞衣羅薄纖腰。東風澹蕩慵無力,黛眉愁聚春碧。滿地落花無消息,月明腸斷空憶。

孫光憲

巻八40思越人二首其一  古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

孫光憲

巻八41思越人二首其二  渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

鹿虔扆

《巻九18思越人》  翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

 

 

思越人二首 其一

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

 

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。

翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。

惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

 

思越人二首 其二

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

 

白貯舞005
 

『思越人二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

 

(下し文)

思越人二首 其二

渚の蓮は枯れ,宮の樹は老い,長洲 廢苑 蕭條す。

像を想う 玉人 空處の所,月明く 獨り溪橋を上る。

春を經て 初めて敗る 秋風起つに,紅蘭 綠蕙 死を愁う。

一片 風流 傷心の地,魂銷 目は西子を斷つ 。

 

 

(現代語訳)

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

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(訳注)

思越人二首 其二

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

 

『花間集』には四首所収。孫光憲の作は二首収められている。思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻二仄韻、後段二十六字四句四仄韻で、3❸⑥❼⑥/❼❻7❻の詞形をとる。

思越人二首 其一

古臺平,芳艸,館娃宮外春

翠黛空留千載,教人何處相

綺羅無復當時,露花點滴香

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛

●○○  ○●● ●○○●○△

●●△△○●● △○△●△○

●○○●△○● ●○●●○●

○●○○△●● ○○●●○●

思越人二首 其二も双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭

想像玉人空處所,月明獨上溪

經春初敗秋風,紅蘭綠蕙愁

一片風流傷心,魂銷目斷西

●△○  ○●● △○●●○○

●●●○△●● ●○●●○○

△○○●○△● ○○●●○●

●●△○△○● ○○●●○●

 

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

11 蕭條 ひっそりとしてもの寂しいさま。詠懐を表現する際に使う語。

杜甫『詠懐古跡 其の二

搖落深知宋玉悲,風流儒雅亦吾師。

悵望千秋一灑淚,蕭條異代不同時。

江山故宅空文藻,雲雨荒台豈夢思。

最是楚宮俱泯滅,舟人指點到今疑。

曲江三章 第一章五句

曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。

遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。

曲江三章 章五句(1) 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 52 

 

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

12 想像 この自然体が想像から生じたものである。

13 玉人 離宮に侍る白く艶やかな肌の美しい妃嬪。 

溫庭筠《巻一30楊柳枝八首其一》「宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。正是玉人腸處,一渠春水赤欄橋。」(宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。)

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠35《巻1-35 楊柳枝八首其六》溫庭筠66首巻一35-35〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5372

 

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

14 初敗 春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始める。栄華を誇っていたものが初めて衰退を知る。

15 紅蘭 ベニバナの別称。キク科の越年草、園芸植物、薬用植物。

16 綠蕙 香草のこと。この紅蘭綠蕙は当時華やかだった宮女のことをいう。とりわけ、西施について言うのである。

17 愁死 うれえ悲しんで死ぬこと。

 

一片風流傷心地,魂銷目斷西子

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

18 魂銷目斷 目斷魂銷.意気消沈して目を伏せること、あるいは目を閉じること。:目斷:元稹《同州刺史謝上表》「臣自離京國,目斷魂銷。」目の力を竭盡して看望するも到かず,因って心の悲痛をいうものである。多くは別離することが原因して傷心の極みであることを形容するもの

19 西子 西施。本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施→西施と呼ばれるようになった。越王勾践が、呉王夫差に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されたといわれている。策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。

 

曲院風荷01
 

思越人二首【字解】

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

2 古台 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。

中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。(胥台しょだい。)

3 館娃官 呉の宮殿の名。西施の居所。

4 古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置す。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、七句の「橫淥水」という表現につながる。

5 翠黛 眉のような柳の葉、美人の眉。ここでは西施を指す。

6 綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。ここでは西施が美しい衣裳をまとって呉王の寵愛を一身に集めていた当時の栄華を意味する。

7 露花点滴香涙 露の降りた花からは香しい露の滴が滴る。花のように美しい西施が涙を滴らすさまを重ねる。この句の意味には、花間集としてのお遊びの意味が込められ、エロを加えることで、教坊曲を成立させている。

 

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

8 惆悵 嘆き悲しむ。花間集ではは好んで使った語である。

韋莊『浣渓沙』其三

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

『淸平樂』

野花芳草,  寂寞關山道。

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

羅帶悔結同心, 獨凭朱欄思深。

夢覺半床斜月, 小窗風觸鳴琴。

淸平樂 () 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-261-5-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687

『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

『應天長 之二』韋莊

別来半歳青書絶、一寸離腸千萬結。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

想得此時情切、 涙沾紅袖

小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、

應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667

『歸國遙』 韋荘

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

歸國遙 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-252-5-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

韋荘『菩薩蠻 一』

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。美人和涙辭。

琵琶金翠羽。絃上黄鶯語。

勸我早歸家。綠窗人似花。

菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

9 遙天 思いをはせるところが明確でない場合の語句。青空に浮ぶ、遠い白い雲をいい、水の緑とで際立たせる。

10 橫淥水 渓谷の淵の水の色。楊の土手下の水の色。楊を映す水面。春の増水の水の色。

巻八40 思越人二首 其一 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》392巻八40 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7224

 孫少監光憲  思越人二首 其一

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

巻八40

思越人二首 其一

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》392巻八40

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7224

 

 

 

 
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  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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花間集 教坊曲『思越人』四首

張泌

巻四45思越人  鷰雙飛,鶯百囀,越波堤下長橋。鈿花筐金匣,恰舞衣羅薄纖腰。東風澹蕩慵無力,黛眉愁聚春碧。滿地落花無消息,月明腸斷空憶。

孫光憲

巻八40思越人二首其一  古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

孫光憲

巻八41思越人二首其二  渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

鹿虔扆

《巻九18思越人》  翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

 

思越人二首 其一

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

 

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。

翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。

惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

 

思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

西湖十景 曲院風荷02
 

 

『思越人二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

思越人二首 其一

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

 

(下し文)

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。

翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。

惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

 

(現代語訳)

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

花蕊夫人002
 

(訳注)

思越人二首 其一

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

 

『花間集』には四首所収。孫光憲の作は二首収められている。思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、3❸⑥❼⑥/❼❻7❻の詞形をとる。

思越人二首 其一

古臺平,芳艸,館娃宮外春

翠黛空留千載,教人何處相

綺羅無復當時,露花點滴香

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛

●○○  ○●● ●○○●○△

●●△△○●● △○△●△○

●○○●△○● ●○●●○●

○●○○△●● ○○●●○●

 

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

2 古台 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。

中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。(胥台しょだい。)

3 館娃官 呉の宮殿の名。西施の居所。

4 古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置す。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、七句の「橫淥水」という表現につながる。

 

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

5 翠黛 眉のような柳の葉、美人の眉。ここでは西施を指す。

 

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

6 綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。ここでは西施が美しい衣裳をまとって呉王の寵愛を一身に集めていた当時の栄華を意味する。

7 露花点滴香涙 露の降りた花からは香しい露の滴が滴る。花のように美しい西施が涙を滴らすさまを重ねる。この句の意味には、花間集としてのお遊びの意味が込められ、エロを加えることで、教坊曲を成立させている。

 

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

8 惆悵 嘆き悲しむ。花間集ではは好んで使った語である。

韋莊『浣渓沙』其三

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

『淸平樂』

野花芳草,  寂寞關山道。

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

羅帶悔結同心, 獨凭朱欄思深。

夢覺半床斜月, 小窗風觸鳴琴。

淸平樂 () 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-261-5-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687

『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

『應天長 之二』韋莊

別来半歳青書絶、一寸離腸千萬結。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

想得此時情切、 涙沾紅袖

小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、

應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667

『歸國遙』 韋荘

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

歸國遙 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-252-5-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

韋荘『菩薩蠻 一』

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。美人和涙辭。

琵琶金翠羽。絃上黄鶯語。

勸我早歸家。綠窗人似花。

菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

9 遙天 思いをはせるところが明確でない場合の語句。青空に浮ぶ、遠い白い雲をいい、水の緑とで際立たせる。

10 橫淥水 渓谷の淵の水の色。楊の土手下の水の色。楊を映す水面。春の増水の水の色。
douteikoshoko297
 

巻八39 謁金門一首 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》391巻八39 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7219

謁金門一首

留不得!留得也應無益。白紵春衫如雪色,揚州初去日。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

巻八39

謁金門一首

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》391巻八39

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7219

 

 
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  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八39 謁金門一首 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》391巻八39 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7219  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
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花間集 五百詩

花間集 巻第一 (温庭筠) 溫助教庭筠五十首

花間集 巻第二 〈溫助教庭筠十六首・皇甫先輩松十一首・韋相莊二十二首〉

花間集 巻第三 〈韋相莊二十五首・薛侍郎昭蘊十九首・牛給事嶠五首〉

花間集 巻第四 (牛給事嶠二十六首・張舍人泌二十三首)

花間集 巻第五 (張舍人泌四首・毛司徒文錫三十一首・歐陽舍人烱四首

花間集 巻第六 (歐陽舍人炯十三首・和學士凝十三首・顧太尉十八首)

花間集 巻第七 (顧太尉三十七首・孫少監光憲十三首)

花間集 巻第八 (孫少監光憲四十七首・魏太尉承班二首)

花間集 巻第九 (魏太尉承班十三首・鹿太保虔扆六首・閻處士選八首・尹參卿鶚六首・毛秘書熙震十六首)

花間集 巻第十 (毛秘書熙震十三首・李秀才珣三十七首)

 

花間集 教坊曲『謁金門』五首

韋莊

巻三01謁金門二首其一春漏促,金燼暗挑殘燭。一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。有箇嬌饒如玉,夜夜繡屏孤宿。閑抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

韋莊

巻三02謁金門二首其二空相憶,無計得傳消息。天上常娥人不識,寄書何處覓。新睡覺來無力,不忍把伊書跡。滿院落花春寂寂,斷腸芳艸碧。

薛昭蘊

巻三45謁金門春滿院,疊損羅衣金線。睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

牛希濟

巻五46謁金門秋已暮,重疊關山岐路。嘶馬搖鞭何處去,曉禽霜滿樹。夢斷禁城神皷,淚滴枕檀無數。一點凝紅和薄霧,翠蛾愁不語。

孫光憲

巻八39謁金門一首留不得!留得也應無益。白紵春衫如雪色,揚州初去日。輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

 

謁金門一首

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

留不得!留得也應無益。

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

 

(金門に謁す)

留め得ずして。留め得たる 也【もま】た 應【まさ】に無益なるべし。

白紵の春衫 雪の如き色、 揚州に 初めて去りし 日。

別離を輕んじ, 抛擲に甘んず。 江上の 滿帆 風疾し。

卻って羨む 彩鴛 三十六, 孤鸞 還【ま】た 一隻。

 

大明宮の圖003

 

『謁金門』 現代語訳と訳註

(本文)

謁金門一首

留不得!留得也應無益。

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

 

(下し文)

(金門に謁す)

留め得ずして。留め得たる 也【もま】た 應【まさ】に無益なるべし。

白紵の春衫 雪の如き色、 揚州に 初めて去りし 日。

別離を輕んじ, 抛擲に甘んず。 江上の 滿帆 風疾し。

卻って羨む 彩鴛 三十六, 孤鸞 還【ま】た 一隻。

 

(現代語訳)

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

haqro02
 

(訳注)

謁金門一首

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

1 謁金門の解説 技能をもって金馬門から内侍省の狭き門を及第し、梨園に、そして妃賓に選抜された。雪のような白紵を着て、白紵を持って踊る生娘であった、しかし、すぐに寵愛を失ったが、つがいでないと生きられない鴛鴦ではなく、矜持をもって鸞として生きる。

 

『花間集』には孫光憲の作が一首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句四仄韻、後段二十四字五句四仄韻で、❸❻❼5⃣/36⃣❼❺の詞形をとる。韋荘、薛昭蘊、牛希濟の謁金門の解説参照。

謁金門一首

留不得!留得也應無

白紵春衫如雪,揚州初去

輕別離,甘,江上滿帆風

卻羨彩鴛三十,孤鸞還一

△△● △●●△○●

●●○○△●● ○○○●●

△●△ ○○● ○●●△△●

●○●○△●●  ○○○●●

 

留不得!留得也應無益。

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

2 留不得:寵愛をいつまでもとどめることができない。「〔動詞〕+不得」…することができない。 

3 留:(去っていくのを)とどめる。

4 留得:とどめられて(も…)・也:…も。 

5 應:おそらく…だろう。まさに…べし。・無益:無益である。為にならない。無駄である。

 

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

6 白紵 白紵舞は三國時代においてつくられた一種著名な舞蹈であり、呉、東晋でひろまったものである。・呉歌の白紵(はくちょ) 李白「白紵辞」(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊ると詠う。)25歳の時の作である。

白紵辭 晋の時代、呉の地方に白紵の舞というのが起った。白紵というのは、麻の着物の美白なもの。それを着て舞い、その舞の歌を白紵辞と言った。白紵舞は晉の頃から唐代の梨園における手習いの舞であり、長い布をもって舞う霓裳羽衣の曲に発展していく。また、興慶宮で数百人の舞ということで、宮廷のみならず民間にも広まった舞踊で、日本、韓国、東南アジア一帯にも伝えられた。白紵とは、麻の一種で織られた薄手の白い織物のことで、白紵で仕立てられた長い袖を翻す舞い姿は、優美にして変化に富み、その美しさは古来、波を揺らすそよ風や舞い降りる雪などにたとえられている。呉歌においては、白紵、雅楽では子夜といった。梁の武帝が沈約に命じて、その詩を更制せしめた。梁の武帝が改作させたのは、四首連続して、四時を分詠したもので、子夜四時歌である。

鮑照《白紵舞》

朱脣動、素腕舉。洛陽少童邯鄲女。

古稱綠水今白紵。催弦急管為君舞。

窮秋九月荷葉黃。北風驅鴈天雨霜。

夜長酒多樂未央。

李白《白紵辭三首 其一》

揚清歌,發皓齒,北方佳人東鄰子。

且吟白紵停綠水,長袖拂面為君起。

寒雲夜卷霜海空,胡風吹天飄塞鴻。

玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛。

李白《白紵辭,三首之二》

月寒江清夜沈沈,美人一笑千黃金。

垂羅舞縠揚哀音,郢中白雪且莫吟。

子夜歌動君心,動君心,冀君賞。

願作天池雙鴛鴦,一朝飛去青雲上。

李白《白紵辭,三首之三》

刀剪綵縫舞衣,明妝麗服奪春暉。

揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所稀。

激楚結風醉忘歸,高堂月落燭已微,玉釵掛纓君莫違。

80 《白紵辭其一》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州に遊ぶ。20 首 <80> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

81 《白紵辭三首其二》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 20 首 <81> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

82 《白紵辭,三首之三》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <82> Ⅰ李白詩1247 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4783

7 衫:単衣の短いころも。現代でいえばカッターシャツ状の着物。 

8 如雪色:雪のような白い色。

9 揚州:長江北岸にあり、廣陵ともいわれ、隋代 に揚州といわれた。大運河の開鑿と水運が揚州の発展に拍車を掛けた。大運河と長江の交接点で、往時の貿易と物流の中心地。 

10 初去日:出かけていった当初の日(の服装)。

 

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

11 甘:あまんじる。 

12 抛擲:なげうつ。なげつける。なげやりにする。ここでは、女性が棄てられていることをいう。

13 江上:川の上。川で。長江で。 

14 滿帆:帆にいっぱいの(速い風を受けて)。 

15 風疾:風が速い。

 

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

15 卻:かえって。反対に。逆に。 

16 羨:うらやむ。

17 彩:美しい。いろどりのある。「彩鳳」「彩鸞」と、「美しい(鳥)」の意。 

18 鴛:オシドリ。 

19 三十六: 3対のつがい(6羽)が、6つの群をなす。たくさんのつがいが集まっていることを言う。

20 孤鸞:①子供から大人への変わり目の鸞、②つがいであるべき鸞が一羽だけになった。かたわれになった鸞鳥。鴛鴦との対比で、矜持を持った鳥であるということ。 ・鸞:〔らん;luan2〕鳳凰に似た伝説上の霊鳥。 

21 還:また。なおまた。 

22 一隻:つがいのかたわれ。つがいの片一方。一羽。一匹。

 

 

 

 

白紵舞,是創於三國時代的一種著名舞蹈。

白紵舞是因舞服用質地輕薄的白紵縫製而得名。

《晉書·樂志》載:「白紵舞,按舞辭有巾袍之言。紵本是地所出,宜是舞也。」由舞者穿著於江蘇一帶的白紵縫製的舞衣可見白紵舞最初是江南的舞蹈。從三國時代的東 到晉代再到唐代年間,白紵舞一直盛行不衰,且是酒宴表演中的常見節目。在晉代,該舞蹈已流行於封建貴族的社會。西晉張華有以該舞為主題的《白紵舞歌詩》傳世。又隋代《宣城圖經》言:「桓溫領妓游楚山,奏《白紵歌》,因改名白紓山。」唐代時就將《白紵舞》列入《九部樂》及《十部樂》的「清商」樂部中。一方面舞者在宮廷演出白紵舞,另一方面也常在士族家宴及民間表演。南朝惠休《白紵舞辭》中也有「桃花水上春風出,舞袖逶迤鸞照日」之詞。而唐朝詩人李白《白紵辭》曾寫道:「刀翦彩縫舞衣,明妝麗服奪春輝。揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所希。」兩者都讚美了白紵舞的舞姿。另外,《白紵舞》分為獨舞和群舞。南朝梁朝的沈約曾奉梁武帝之命寫成《四時白紵歌》,共有《春白紵》、《夏白紵》、《秋白紵》、《冬白紵》、《夜白紵》五章。當表演《四時白紵歌》時,五個舞者通常集體起舞。在表演結束後,她們要向觀賞者進酒。

巻八38 上行盃二首 其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》390巻八38 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7214

孫少監光憲  上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

巻八38

上行盃二首 其二

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》390巻八38

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7214

 

 
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花間集 教坊曲『上行盃』四首

韋相莊

巻三19上行盃二首其一  芳艸灞陵春岸,柳煙深,滿樓弦管,一曲離腸寸寸斷。今日送君千萬,紅樓玉盤金鏤盞,須勸珍重意,莫辭滿。(芳草 蘭陵の春岸、柳煙深く、滿樓の弦管。一曲の離聾に腸は寸断さる。今日君を千萬に送る、紅縷の玉盤に 金鐘の蓋。須らく勸むべし、意を珍重せよ、滿つるを辞することなかれ。)

巻三20上行盃二首其二  白馬玉鞭金轡,少年郎,離別容易,迢遞去程千萬里。惆悵異雲水,滿酌一盃勸和淚,須愧珍重意,莫辭醉(白馬に玉の鞭と金の轡、少年郎は 離別容易ならんも。迢遞たる去程は千萬裏。惆悵ことならん異郷の雲と水とに、一杯を勸和して涙和りに勘む。須らく愧づべし、意を珍重せよ、酔うことを辭するなかれ。)

孫少監光憲

巻八37上行盃二首 其一  草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸

巻八38上行盃二首 其二  離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

 

 孫光憲

 

上行盃二首 其一

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草離亭鞍馬,從遠道,

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、

此地分衿,燕宋秦千萬里。

そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,

此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。

佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

 

上行盃二首 其二

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

金舡滿捧。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

綺羅愁,絲管咽。

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

迴別,帆影滅,江浪如雪。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

 

(上行盃二首 其の二)

棹を離れ 逡巡して 動かんと欲し,極浦に臨み,故に人相い送る,住むを去り 心情 知る共にならず。

金舡 捧を滿つ。綺羅 愁い,絲管 咽ぐ。迴り別れ,帆影 滅し,江浪 雪の如し。

 

大明宮の圖003
 

『上行杯二首』現代語訳と訳註

(本文)

上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。

綺羅愁,絲管咽。

迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

(下し文)

(上行盃二首 其の二)

棹を離れ 逡巡して 動かんと欲し,極浦に臨み,故に人相い送る,住むを去り 心情 知る共にならず。

金舡 捧を滿つ。綺羅 愁い,絲管 咽ぐ。迴り別れ,帆影 滅し,江浪 雪の如し。

 

(現代語訳)

上行盃二首 其二(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

興慶宮沈香亭
 

(訳注)

上行杯二首 其二

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収。いそう孫光憲の作は二首収められている。単調三十八字、十句二平韻六仄韻、 ❹ 3❷❷④の詞形をとる。

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠

此地分,燕宋秦千萬

無辭一

野棠開,江艸

,沾,征騎駸

●●△○○●  △●●

●●△○  △●○○○●●

○○●● 

●○○ ○●●

●● △●  ○△○○

 

上行盃二首 其二

上行盃二首 其二 単調三十八字、十句九仄韻、❻ ❷❷❹の詞形をとる。

離棹逡巡欲,臨極,故人相,去住心情知不

金舡滿

綺羅愁,絲管

,帆影,江浪如

△●○○●●  △●● ●○△●  ●●○○○△△

○○●●

●○○ ○●△

△● △●●  ○△△●

 

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

4. 逡巡 【しゅんじゅん】決断できないで、ぐずぐずすること。しりごみすること。ためらい。

5 極浦 遠くまで続く海岸。また、はるか遠方にある海岸。《楚辞、九歌、湘君》「望涔陽兮極浦、横大江兮揚靈。」(涔陽の極浦を望み、大江に横たわって霊を揚ぐ。

6 故人 昨日まで一緒に過ごしていた人。

 

金舡滿捧。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

7 金舡 こがねに飾られた舟。

8 滿捧 櫂の棒がすべてならぶ。

 

綺羅愁,絲管咽。

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

9 綺羅 【きら】《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。

10 絲管 弦楽器、管楽器 (歌女花船戲濁波、画船鼓,昼夜不

 

迴別,帆影滅,江浪如雪。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

11 影滅 1.日に向かってゆく船の影が日が沈むに従って見えなくなってゆく。2.水面に影を落してゆく船が遠くへ進んで言って見えなくなる。3. 船の灯影は遠く消えて見えなくなる。

巻八37 上行盃二首 其 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 『花間集』389 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7209

孫少監光憲 上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸。

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。


巻八37

上行盃二首 其

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

『花間集』389

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7209

 

 
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花間集 教坊曲『上行盃』四首

韋相莊

巻三19上行盃二首其一  芳艸灞陵春岸,柳煙深,滿樓弦管,一曲離腸寸寸斷。今日送君千萬,紅樓玉盤金鏤盞,須勸珍重意,莫辭滿。(芳草 蘭陵の春岸、柳煙深く、滿樓の弦管。一曲の離聾に腸は寸断さる。今日君を千萬に送る、紅縷の玉盤に 金鐘の蓋。須らく勸むべし、意を珍重せよ、滿つるを辞することなかれ。)

巻三20上行盃二首其二  白馬玉鞭金轡,少年郎,離別容易,迢遞去程千萬里。惆悵異雲水,滿酌一盃勸和淚,須愧珍重意,莫辭醉(白馬に玉の鞭と金の轡、少年郎は 離別容易ならんも。迢遞たる去程は千萬裏。惆悵ことならん異郷の雲と水とに、一杯を勸和して涙和りに勘む。須らく愧づべし、意を珍重せよ、酔うことを辭するなかれ。)

孫少監光憲

巻八37上行盃二首 其一  草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸

巻八38上行盃二首 其二  離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

 

上行盃二首 其一

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草離亭鞍馬,從遠道,

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、

此地分衿,燕宋秦千萬里。

そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,

此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。

佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

 

上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

興慶宮沈香亭
 

『上行杯二首』現代語訳と訳註

(本文)

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

無辭一醉。

野棠開,江艸濕。

佇立,沾泣,征騎駸駸。

 

(下し文)

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,

此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。

佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

 

(現代語訳)

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

西湖十景 曲院風荷02

(訳注)

上行杯二首 其一

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

唐代以降、女性が馬に乗ることはごく一般的なことで、宮女たちが皇帝のお伴をして宮城の外に出る時はみな兵士の服装で馬に乗った。貴族の婦人が宮廷に入る時も騎馬姿で、「我国夫人 主恩を承け、平明(黎明)騎馬にて宮門に入る」(張祜「集霊台」)といったありさまだった。士大夫階級の婦人も常に騎馬で外出し、中には、街頭で「髻を露にして馳騎る」(『新唐書』車服志)者さえいた。宮女たちも皇帝のお供をして馬に乗り弓矢を携えて山野で狩りをした。「射生する宮女は紅妝を宿め、新しき弓を把り得て各おの自ら張る。馬に上る時に臨んで斉しく酒を賜わり、男児のごとく脆拝して君王に謝す」(王建「宮詞」)、「新鹿初めて放たれて兎は猶お肥え、白日 君王 内(内朝)に在ること稀なり。薄暮 千門 鎖さんと欲するに臨んで、紅赦 騎を飛ばして前に帰る」(張籍「宮詞」)。これらは、宮人たちが馬を駆って狩りをするさまを描いたものである。詩人たちが描いた、弓をしならせて鳥を射る宮中の才人の楓爽とした英姿は、次の通りである。

杜甫《哀江頭》「昭陽殿裏第一人,同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。

翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」昭陽殿裏  第一の人,輦(れん)を同じくし 君に隨(したが)ひて  君側に侍す。輦前の才人  弓箭(きゅうせん)を 帶び,白馬 嚼噛(しゃくげつ)す  黄金の勒(くつわ)。身を 翻(ひるがへ)して 天に 向ひ  仰(あふ)ぎて 雲を射れば,一笑 正(まさ)に堕(お)つ  雙飛翼。

哀江頭 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 163

北方の民間の女性たちの多くは馬に乗り弓を射ることができた。荊南節度使の李昌夔の妻独孤氏(独孤は鮮卑系名族の姓)は、二千人の侍女をつれて夫とともに荊南(湖北省)に狩猟に行ったことがある。侍女たちはみな赤紫一色の衣裳であり、馬には錦の鞍をつけていた(佚名『大唐伝載』)。この軍装した女性たちの一団は、さぞかし颯爽として壮観だったことであろう。

それに、唐から宋にかけて、恋愛事情もかなり自由であった

唐代には遥か後世まで語り伝えられた多くの愛情物語が生れた。美しい少女倩娘は、従兄と愛しあっていたが父母は結婚を許さなかった。それで、倩娘の魂は身体から遊離して、遠くに行く従兄の後を追って行き、ついに幸せで円満な結婚に至るという話(陳玄祐『離魂記』)。ある多情の村の娘は郊外にピクニックにきていた科挙受験生の雀護にひと目惚れした。雀護が去った後、この村娘は恋いこがれ病気になって死んでしまった。ところが雀護が再びこの村にくると、彼女は生き返り、この意中の人と結婚したという話(『崔護』)。

この物語は「人面桃花」*という著名な成句を残すことになった。また、才色兼備の令嬢崔鴬鴬は、書生の張君瑞とたまたま出会って愛しあい、封建道徳の束縛と母親の反対を押しのけて西廂(西の棟)でこっそりと会っては情交を結んだ、というロマンチックな物語も生れた(元稹『蔦鴬伝』)。これは後世、ながく名作として喧伝されることになる戯曲『西廂記』 の原話である。これは中国古代の恋愛物語の典型ということができる。また、別の話であるが、美しくて聡明な官僚の家の娘無双は、従兄と幼い時から仲良く遊び互いに愛し合っていた。後に無双が家族の罪に連坐し宮中の婢にされると、この従兄は侠客に頼んで彼女を救い出し、二人はめでたく結婚したという話(薛調『劉無双伝』)。名妓李娃は、自分のために金と財産を使い果し、乞食に落ちぶれた某公子を救い、さんざん苦労して彼が名を成すのを助け、二人は白髪になるまで一緒に暮らしたという話(『李娃伝』)。妓女霞小玉は才子の李益を死ぬほど愛したが、李益は途中で心変りして彼女を棄ててしまった。小玉は気持が沈んで病気にかかり、臨終に臨み李益をはげしく恨んで失恋のため死んでしまったという話(蒋防『霍小玉伝』)。唐代には、こうした話以外に、人と神、人と幽霊、人と狐が愛しあう「柳毅伝書」、「蘭橋遇仙」など有名な物語がたくさん生れた。唐代の愛情物語は、中国古代のなかできわだっており、後代の戯曲、小説に題材を提供する宝庫となった。

愛情物語の中ばかりでなく、現実の生活の中でも、当時の労働する女性たちが自由に恋愛し夫婦となることは、どこでもわりに一般的に見られることであった。「妾が家は越水の辺、艇を揺らして江煙に入る。既に同心の侶を覚め、復た同心の蓮を来る」(徐彦伯「採蓮曲」)。あるいは「楊柳青青として 江水平らかに、邸が江上の唱歌の声を聞く。東辺に日出で西辺は雨、遣う是れ無暗(無情)は却って有晴(有情)」(劉禹錫「竹枝詞」)などと詠われている。これらは労働する女性たちの自由な愛情を描いている。彼女たちは長年屋外で働いていたので、男性との交際も比較的多かった。同時にまた、封建道徳観念は稀薄であり、感情は自然で自由奔放であったから、自由な恋愛はわりに多くみられた。一般庶民の家の娘は礼教の影響や束縛を受けることが比較的少なく、自由な男女の結びつきは常に、またどこにでも存在していたのである。

* 「人面桃花」

雀護が桃花の下に美女を見初め思慕の情を詠んだ詩の一句「人面桃花相映じて紅なり」 の一部分。いとしい人にもう会えない、という意。

こうしたことを前提に、この 孫少監光憲の詩を読むとまた違った味わいが生じてくる。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収。いそう孫光憲の作は二首収められている。単調三十八字、十句二平韻六仄韻、 ❹ 3❷❷④の詞形をとる。

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠

此地分,燕宋秦千萬

無辭一

野棠開,江艸

,沾,征騎駸

●●△○○●  △●●

●●△○  △●○○○●●

○○●● 

●○○ ○●●

●● △●  ○△○○

 

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

燕宋秦 この詩では北東西南の方向を指すもの。戦国七雄”は、韓・魏・趙・・斉・楚・秦の戦国時代に称王した列国を指しているが

 

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

駸駸【しんしん】とは。意味や解説。[ト・タル][文][形動タリ]1 馬の速く走るさま。2 月日や物事の速く進むさま。
大明宮の圖003
 

12孫光憲《巻八36思帝鄉一首》『花間集』388全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7204

孫少監光憲詩 思帝  

如何?遣情情更多。永日水堂簾下,斂羞蛾。

六幅羅裙窣地,微行曳碧波。看盡滿地疎雨,打團荷。

(何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、寵愛を受けた。しかし、時が移り状況が変化し、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。いつしか、後宮から離宮に移り、春の日もただ一人過ごす。自分の歩く音が廊下に響き、池の浪が寂しく広がり、雨が、蓮の葉を敲く。)

なぜか、寵愛を失ってもあの頃を思い出すし、忘れようとすればするほど、ますます思いは募ってくる。春の日、日が少し傾いてきたので、離宮の水辺の座敷に簾垂れる、愁いに眉を曇らせる。六幅の長さで6本のプリーツのスカートは地を払い、離宮の欄干の廊下を忍びあるく、碧の波もしずかにひろがる。いつまでも離宮の広い庭園の一面に疎らにふる雨は、円い蓮の葉を打つ音だけがきこえてくる。

12孫光憲《巻八36思帝一首》『花間集』388全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7204

 

 
  2016年1月18日 の紀頌之5つのBlog  
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花間集 教坊曲 『思帝』 四首

溫庭筠

巻二06思帝一首  花花,滿枝紅似霞。羅袖畫簾腸斷,卓香車。迴面共人閑語,戰篦金鳳斜。惟有阮郎春盡,不歸家。

韋莊

巻三15思帝二首其一  雲髻墜,鳳釵垂。髻墜釵垂無力,枕函欹。翡翠屏深月落,漏依依。盡人間天上,兩心知。

韋莊

巻三16思帝二首其二  春日遊,杏花吹滿頭。陌上誰家年少,足風流。妾擬將身嫁與,一生休。縱被無情棄,不能羞!

孫光憲

巻八36思帝一首  如何?遣情情更多。永日水堂簾下,斂羞蛾。六幅羅裙窣地,微行曳碧波。看盡滿地疎雨,打團荷。

 

 

思帝

(何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、寵愛を受けた。しかし、時が移り状況が変化し、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。いつしか、後宮から離宮に移り、春の日もただ一人過ごす。自分の歩く音が廊下に響き、池の浪が寂しく広がり、雨が、蓮の葉を敲く。)

如何?遣情情更多。

なぜか、寵愛を失ってもあの頃を思い出すし、忘れようとすればするほど、ますます思いは募ってくる。

永日水堂簾下,斂羞蛾。

春の日、日が少し傾いてきたので、離宮の水辺の座敷に簾垂れる、愁いに眉を曇らせる。

六幅羅裙窣地,微行曳碧波。

六幅の長さで6本のプリーツのスカートは地を払い、離宮の欄干の廊下を忍びあるく、碧の波もしずかにひろがる。

看盡滿地疎雨,打團荷。

いつまでも離宮の広い庭園の一面に疎らにふる雨は、円い蓮の葉を打つ音だけがきこえてくる。

 

(思帝

如何ぞ 情を遣るも 情 更に多し。

永日 水堂 簾 下し、差蛾を斂め。

六幅の羅裙 地を窣い、微行して碧波を曳き。

看尽くす 満池の疎雨、団荷を打つを。

 

 

『思帝』 現代語訳と訳註

(本文)

思帝

如何?遣情情更多。

永日水堂簾下,斂羞蛾。

六幅羅裙窣地,微行曳碧波。

看盡滿地疎雨,打團荷。

 

(下し文)

(思帝

如何ぞ 情を遣るも 情 更に多し。

永日 水堂 簾 下し、差蛾を斂め。

六幅の羅裙 地を窣い、微行して碧波を曳き。

看尽くす 満池の疎雨、団荷を打つを。

 

(現代語訳)

(何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、寵愛を受けた。しかし、時が移り状況が変化し、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。いつしか、後宮から離宮に移り、春の日もただ一人過ごす。自分の歩く音が廊下に響き、池の浪が寂しく広がり、雨が、蓮の葉を敲く。)

なぜか、寵愛を失ってもあの頃を思い出すし、忘れようとすればするほど、ますます思いは募ってくる。

春の日、日が少し傾いてきたので、離宮の水辺の座敷に簾垂れる、愁いに眉を曇らせる。

六幅の長さで6本のプリーツのスカートは地を払い、離宮の欄干の廊下を忍びあるく、碧の波もしずかにひろがる。

いつまでも離宮の広い庭園の一面に疎らにふる雨は、円い蓮の葉を打つ音だけがきこえてくる。

曲院風荷01
 

 (訳注)

1.孫光憲 思帝

(もしかしたらあの人が帰って来た時の音かと思い、自分の歩く音でわからなくなると厭なので、ゆっくり歩く。するとその音は、雨音の聴覚的な余韻を残し、丸い蓮の葉を打つ雨音の一つ一つしかしない。)

【解説】 女性の愁いの情を詠う。詞の後半、彼女が忍び歩いたのは、もしかしたらあの人が帰って来た時の音かと思い、自分の歩く音でわからなくなると厭なので、ゆっくり歩く。するとその音は、雨音の聴覚的な余韻を残し、丸い蓮の葉を打つ雨音の一つ一つしかしない。彼女の傷心の心を打つ音でもあったに違いない。

『花間集』には孫光憲の作が一首収められている。単調三十六字、八句五平韻三仄韻で、②⑤❻③❻⑤❻③の詞形をとる。

思帝

?遣情情更

永日水堂簾,斂羞

六幅羅裙窣,微行曳碧

看盡滿地疎,打團

△△ ●○○△○

●●●○○● ●○△

●●○○●● ○△●●○

△●●●△● ●○△

2.  思帝郷

(一途に思う女心の詩)

長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。記録によれば、右教坊の芸妓の多くは歌がうまく、左教坊のものは舞いが上手だった。彼女たちは宮妓と同じょうに民間から選抜された技芸練達の人々であった。

3. 唐の妓優 玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「霓裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

4. 梨園、宜春院 玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

5. 霓裳羽衣 【げいしょううい】開元、天宝時代に盛んに行われた大人数の舞い踊りの楽曲。

詩人に詠まれた名歌妓の念奴、「凌波曲」(玄宗が夢の中で龍宮の女に頼まれて作ったといわれる詩曲)をよく舞った新豊の女芸人謝阿蛮(『明皇雑録』補遺)、『教坊記』に記載されている歌舞妓の顔大娘、鹿三娘、張四娘、裳大娘、それに竿木妓の王大娘、および、杜甫の「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」という詩に出てくる、剣舞の名手公孫大娘などは、みな長安の外教坊に所属する芸妓であったらしい。というのは、記録によると彼女たちは一般に長く宮中に留まることはなく、行動は比較的自由だったし、特に男女関係は比較的自由であった。これらを題材にしたものが、思帝郷である。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-1溫庭筠56《巻2-06 思帝郷一首》溫庭筠66首巻二6-〈56〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5477

思帝郷

花花、満枝紅似霞。

羅袖画簾腸断、阜香車。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

唯有阮郎春尽、不帰家。

(思帝郷)

花花、満枝 紅 霞に似たり。

羅袖 画簾 腸 断ゆ、香車を早め。

面を遅らして 人と共に閑かに語る、戦える箆 金鳳 斜めなり。

唯だ阮郎の 春 尽きるも、「家に帰らざる」有り。

【解説】

 春が尽きても遠い旅に出て帰らぬ男を思う女の情を詠う。女は待つことしか選択肢がない時代の歌である。第二.句、着物の袖と車の帳の画模様が胸を引き裂くのは、着物の袖や帳に、男女和合の象徴である番の鳥の絵模様があしらわれていたことによる。続く句は、知人の車を認めたのであろう、車を停めて、髪に斜めに挿した簪の金の鳳の飾り括らしながら、何の屈託もないかのように語り合うさまを述べる。最後の「もう若くないということなのでしょうか、今の私にとっては、もう春が終わろうとしていて、家に帰らぬ愛しの人だけ」と言うのは、はた目には幸せそうに見えながら、実は孤蘭を守る口々に、腸が引き千切られるほどの思いをしていることを訴え、もうあきらめなければならないのかということである。

 

如何?遣情情更多。

なぜか、寵愛を失ってもあの頃を思い出すし、忘れようとすればするほど、ますます思いは募ってくる。

 6. 遣情 遣懐。こころをやる。杜甫《巻七67 遣懐》昔のことを思い出して述べる。

 

永日水堂簾下,斂羞蛾。

春の日、日が少し傾いてきたので、離宮の水辺の座敷に簾垂れる、愁いに眉を曇らせる。

7. 永日 1 日中がながく感じられる春の日。春の日なが。永き日。《季 春》2 《いずれ日ながの折にゆっくり会おうの意から、別れのあいさつや手紙の結びに用いる語。

8. 水堂 離宮の水辺の建物や座敷部屋。

9. 斂羞蛾 女性の羞じらいを含んだ眉。蛾は蛾の触角に似せて措いた眉。美しい曲線を描いた女性の眉を言う。命婦、妃嬪、妓優、芸妓、美人をいう。

 

六幅羅裙窣地,微行曳碧波。

六幅の長さで6本のプリーツのスカートは地を払い、離宮の欄干の廊下を忍びあるく、碧の波もしずかにひろがる。

10. 六幅羅裙 六幅の長さの絹のスカート。幅は長さの単位。約三四cm。別の意味に、六本のプリーツの入ったスカートと解することでもよい。

11. 傘地 地を払う。

12. 微行 忍び歩く。なお小道と解する説もある。

13. 碧波 蒼浪,蒼波,滄浪,滄波。青い波。 

 

看盡滿地疎雨,打團荷。

いつまでも離宮の広い庭園の一面に疎らにふる雨は、円い蓮の葉を打つ音だけがきこえてくる。

14. 滿地疎雨 離宮の広い庭園の一面に

15. 団荷 円い蓮の葉。 興慶宮の龍池の蓮、紹興の曲院風荷などが連想されるが、此処は龍池とする。

16. 疎雨 まばらに降る雨。

大明宮の圖003
 

 

 

 

大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と艱難を共にしたことによって寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化したり、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。王皇后と玄宗は艱難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った喜后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔艱難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は一時はそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。武宗はかつて一人の妃嬢に非常に腹を立てたことがあった。その場に学士の柳公権がいたので、皇帝は彼に「もし学士が詩を一篇作ってくれるなら、彼女を許してやろう」といった。柳公権が絶句を一首つくると、武宗はたいそう喜び、彼女はこの災難を逃れることができた(王走保『唐掟言』巻一三)。しかし、皇帝から廃されたり、冷遇されただけの者は、まだ不幸中の幸いであったように思う。最悪の場合は生命の危険さえあった。高宗の王皇后と斎淑妃の二人は、武則天と寵愛を争って一敗地に塗れた。

この二人の敗北者は新皇后の階下の囚人となり、それぞれ二百回も杖で打たれてから手足を切断され、酒瓶の中に閉じ込められた後、無惨に殺された。

后妃、妃嬪にとって、最後の脅威は皇帝の死去である。これは皇帝の付属品である后妃たちが、いっさいの地位と栄誉の拠り所を失うことを意味した。一つだけ例外がある。つまり子が皇帝に即位した場合で、「やんごとなき夫の妻」から、「やんごとなき子の母」 へと転じることができた。少なくとも子のある妃嬪はちょっとした地位を保つことができたが、子のない妃嬢たちは武則天のように仏寺に送られて尼にされるか、あるいは寂しく落ちぶれて後宮の中で生涯を終えた。たとえ太后といぅ至尊の地位に登っても、新皇帝の顔色を窺わねばならなかった。憲宗の郭皇后は郭子儀の孫娘にあたり、公主を母に持ち、また穆宗の母となり、敬宗、文宗、武宗の三皇帝の祖母にあたる女性であったから、人々は唐朝の后妃のなかで「最も高貴」な方と呼んだ。しかし、宣宗が即位(八四七年)すると、生母の鄭太后はもともと郭太后の侍女であり、かねてから怨みをもっていたため、郭太后を礼遇しなかった。それで郭太后は鬱々として楽しまず、楼に登って自殺しょうとした。宣宗はそれを聞くと非常に怒った。郭太后はその夜急に死んでしまったが、死因はいうまでもなく明らかであろう。

唐代の后妃のなかには、そのほか皇帝に殉死したという特別な例がある。それは武宗の王賢妃である。彼女はもとは才人の身分であり、歌舞をよくし、皇帝からたいへんな寵愛を受けた。武宗は危篤間近になると、彼女に「朕が死んだらお前はどうするのか」と問うた。すると彼女は「陛下に御供して九泉にまいりたいと思います」と答えた。すると武宗は布を彼女に与えたので、王才人は帳の下で首をくくって死んだ(『資治通鑑』巻二四八、武宗会昌六年)。次の宣宗が即位すると、彼女に「賢妃」を追贈し、その貞節を誉め讃えた。このようにして、一個の生きた肉体が「賢妃」という虚名と取り換えられたのである。

もし、予測のつかない未来と苦難の多い運命によって生みだされる不安な感情が、后妃たちの生活の普通の心理であったとするなら、もう一つ彼女たちにまとわりついているのは、心の慰めや家庭の暖かさが欠けていることによって深く感ずる孤独、寂蓼、哀怨の気特であった。次のようにも言うことができよう。彼女たちは物質的には豊かであったが、人間の情愛の面では貧しかったと。

寵愛を失った者は言うまでもないが、寵愛を受けている者でさえも、何万にものぼる女性が一人の男性に侍っている宮中においては、誰も皇帝の愛情をいつまでも一身に繋ぎとめておくことは不可能であり、また正常な夫婦生活と家族団欒の楽しみを味わうことも不可能であった。皇帝が訪れることもなくなって、零落してしまった后妃の場合、おのずから悲痛はさらに倍加した。

玄宗の時代、妃嬪がはなはだ多かったので、「妃嬪たちに美しい花を挿すよう競わせ、帝は自ら白蝶を捕えて放ち、蝶のとまった妃嬪のところに赴いた」。また、妃嬪たちは常に「銭を投げて帝の寝所に誰が侍るのかを賭けた」(『開元天宝遺事』巻上、下)。彼女たちの苦痛を想像することができる。

「長門(妃嬪の住む宮殿)閉ざし定まりで生を求めず、頭花を焼却し挙を卸却す。玉窓に病臥す 秋雨の下、遥かに聞く別院にて人を喚ぶ声」(王建「長門」)、「早に雨露の翻って相い誤るを知らば、只ら荊の簪を挿して匹夫に嫁したるに」(劉得仁「長門怨」)、「珊瑚の枕上に千行の涙、是れ君を思うにあらず 是れ君を恨むなり」(李紳「長門怨」)等々と詩人に描写されている。唐代の人は「宮怨」「婕妤怨」「長門怨」「昭陽怨」などの類の詩詞を大量に作っており、その大半は詩人が后妃になぞらえて作ったものであるが、じつに的確に后妃たちの苦悶と幽怨の気持とを表している。これらの作品を貴婦人たちの有りもしない苦しみの表現と見なすべきではない。これらには彼女たちの、宮中での不自然な夫婦生活に対する怨み、民間の普通の夫婦に対する憧れがよく表現されている。女性として彼女たちが抱く怨恨と憧憬は、自然の情に合い理にかなっている。

 

 

残酷な生存競争

日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。
興慶宮002
 

12孫光憲《巻八35竹枝二首其二》『花間集』387全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7199

孫光憲   竹枝二首其二

亂繩千結(竹枝)絆人深(女兒),越羅萬丈(竹枝)表長尋(女兒)。

楊柳在身(竹枝)垂意緒(女兒),藕花落盡(竹枝)見蓮心(女兒)。

(男に対する女性の思いの深さを詠う。)

男と女は乱れてもつれた縄のように(おとこ)、恋人との絡み合いの深さを思うのです(おんな)。越羅の布地を一萬丈でも用意するけれど(おとこ)、女が着るのは上着のタケたったの一尋だけです(一人だけを愛して欲しいもの)(おんな)。

柳にも男と女があり、おとこの楊と女の柳がゆれるその身近にある関係を保ち(おとこ)その思いは枝をたらしていることで通ずるものとなる(おんな)。 ハスの花弁を開いてくれても、やがて散り尽くしてしまうもの(おとこ)。それこそが蓮の実が見えてきたことであり、女のまごころなのです(おんな)

12孫光憲《巻八35竹枝二首其二》『花間集』387全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7199

 

 

 
 2016年1月17日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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743年(59)李太白集卷八36-《贈盧徵君昆弟》#2 378-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(59) Ⅰ李白詩1731 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7195 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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韓愈127《 巻四19 送廖道士序》 #2 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1644> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7196 
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竹枝詞

  竹枝詞とは、民間の歌謡のことで、千余年前に、楚(四川東部(=巴)・湖北西部)に興ったものといわれている。唐代、楚の国は、北方人にとっては、蛮地でもあり、長安の文人には珍しく新鮮に映ったようだ。そこで、それらを採録し、修正したものが劉禹錫や、白居易によって広められた。それらは竹枝詞と呼ばれ、巴渝の地方色豊かな民歌の位置を得た。下って唱われなくなり、詩文となって、他地方へ広がりをみせても、同じ形式、似た題材のものは、やはりそう呼ばれるようになった。

   竹枝詞をうたうことは、「唱竹枝」といわれ、「唱」が充てられた。白居易に「怪來調苦縁詞苦,多是通州司馬詩。」 とうたわれたが、ここからも、当時の詩歌の実態が生き生きと伝わってくる。後世、詩をうたいあげることを「賦、吟、詠」等とは大きく異なる。

 

 

 

 

 

 

 

作者

花間集

 

初句7字

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其一

白帝城頭春草生

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其二

山桃紅花滿上頭

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其三

江上春來新雨晴

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其四

日出三竿春霧消

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其五

兩岸山花似雪開

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其六

瞿塘嘈嘈十二灘

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其七

巫峽蒼蒼煙雨時

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其八

城西門前艶預堆

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其九

楊柳靑靑江水平

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其十

楚水巴山江雨多

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其十一

山上層層桃李花

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其一

瞿塘峽口水煙低

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其二

竹枝苦怨怨何人

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其三

巴東船舫上巴西

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其四

江畔誰家唱竹枝

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其一

檳榔花發竹枝鷓

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其二

木棉花盡竹枝茘

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其三

芙蓉並蔕竹枝一

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其四

筵中蝋燭竹枝涙

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其五

斜江風起竹枝動

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其六

山頭桃花竹枝谷

 

 

孫光憲

巻八

竹枝二首其一

門前春水竹枝白

 

 

孫光憲

巻八

竹枝二首其二

亂繩千結竹枝絆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孫光憲 竹枝二首

竹枝二首其一

(男と女の歌 二首のその一)

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)。

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)。

男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

(その1)

門前 春水(竹枝) 白蘋の花(女兒),岸上 人無く(竹枝) 小艇 斜す(女兒)。

商女 經過して(竹枝) 江 暮れんと欲し(女兒),殘食 散抛【さんほう】して(竹枝) 神鴉に飼ふ(女兒)。 

 

竹枝二首其二

(男に対する女性の思いの深さを詠う。)

亂繩千結(竹枝)絆人深(女兒),越羅萬丈(竹枝)表長尋(女兒)。

男と女は乱れてもつれた縄のように(おとこ)、恋人との絡み合いの深さを思うのです(おんな)。越羅の布地を一萬丈でも用意するけれど(おとこ)、女が着るのは上着のタケたったの一尋だけです(一人だけを愛して欲しいもの)(おんな)。

楊柳在身(竹枝)垂意緒(女兒),藕花落盡(竹枝)見蓮心(女兒)。

柳にも男と女があり、おとこの楊と女の柳がゆれるその身近にある関係を保ち(おとこ)その思いは枝をたらしていることで通ずるものとなる(おんな)。 ハスの花弁を開いてくれても、やがて散り尽くしてしまうもの(おとこ)。それこそが蓮の実が見えてきたことであり、女のまごころなのです(おんな)

亂繩 千結して(竹枝) 人を絆【ほだ】すこと 深く(女兒),越羅 萬丈(竹枝) 表の 長【たけ】は 尋【ひとひろ】(女兒)。

楊柳 身に在りて(竹枝) 意緒を 垂らし(女兒), 藕花 落ち盡して(竹枝) 蓮心を 見る(女兒)。

大明宮の圖003
 

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12孫光憲《巻八34竹枝二首其一》『花間集』386全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7194

孫光憲  竹枝二首其一

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)。

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)。

(男と女の歌 二首のその一)

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

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竹枝詞

  竹枝詞とは、民間の歌謡のことで、千余年前に、楚(四川東部(=巴)・湖北西部)に興ったものといわれている。唐代、楚の国は、北方人にとっては、蛮地でもあり、長安の文人には珍しく新鮮に映ったようだ。そこで、それらを採録し、修正したものが劉禹錫や、白居易によって広められた。それらは竹枝詞と呼ばれ、巴渝の地方色豊かな民歌の位置を得た。下って唱われなくなり、詩文となって、他地方へ広がりをみせても、同じ形式、似た題材のものは、やはりそう呼ばれるようになった。

   竹枝詞をうたうことは、「唱竹枝」といわれ、「唱」が充てられた。白居易に「怪來調苦縁詞苦,多是通州司馬詩。」 とうたわれたが、ここからも、当時の詩歌の実態が生き生きと伝わってくる。後世、詩をうたいあげることを「賦、吟、詠」等とは大きく異なる。

 

 

 

 

 

 

 

作者

花間集

 

初句7字

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其一

白帝城頭春草生

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其二

山桃紅花滿上頭

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其三

江上春來新雨晴

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其四

日出三竿春霧消

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其五

兩岸山花似雪開

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其六

瞿塘嘈嘈十二灘

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其七

巫峽蒼蒼煙雨時

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其八

城西門前艶預堆

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其九

楊柳靑靑江水平

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其十

楚水巴山江雨多

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其十一

山上層層桃李花

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其一

瞿塘峽口水煙低

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其二

竹枝苦怨怨何人

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其三

巴東船舫上巴西

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其四

江畔誰家唱竹枝

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其一

檳榔花發竹枝鷓

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其二

木棉花盡竹枝茘

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其三

芙蓉並蔕竹枝一

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其四

筵中蝋燭竹枝涙

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其五

斜江風起竹枝動

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其六

山頭桃花竹枝谷

 

 

孫光憲

巻八

竹枝二首其一

門前春水竹枝白

 

 

孫光憲

巻八

竹枝二首其二

亂繩千結竹枝絆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孫光憲 竹枝二首

 

竹枝二首其一

(男と女の歌 二首のその一)

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)。

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)。

男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

(その1)

門前 春水(竹枝) 白蘋の花(女兒),岸上 人無く(竹枝) 小艇 斜す(女兒)。

商女 經過して(竹枝) 江 暮れんと欲し(女兒),殘食 散抛【さんほう】して(竹枝) 神鴉に飼ふ(女兒)。 

 

竹枝二首其二

亂繩千結(竹枝)絆人深(女兒),越羅萬丈(竹枝)表長尋(女兒)。

楊柳在身(竹枝)垂意緒(女兒),藕花落盡(竹枝)見蓮心(女兒)。

(その2)

亂繩 千結して(竹枝) 人を絆【ほだ】すこと 深く(女兒),越羅 萬丈(竹枝) 表の 長【たけ】は 尋【ひとひろ】(女兒)。

楊柳 身に在りて(竹枝) 意緒を 垂らし(女兒), 藕花 落ち盡して(竹枝) 蓮心を 見る(女兒)。

西湖十景 曲院風荷02
 

『竹枝二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

竹枝二首其一

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)。

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)。

 

(下し文)

(その1)

門前 春水(竹枝) 白蘋の花(女兒),岸上 人無く(竹枝) 小艇 斜す(女兒)。

商女 經過して(竹枝) 江 暮れんと欲し(女兒),殘食 散抛【さんほう】して(竹枝) 神鴉に飼ふ(女兒)。 

 

(現代語訳)

竹枝二首其一(男と女の歌 二首のその一)

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。

男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

曲院風荷01
 

(訳注)

竹枝二首其一

(男と女の歌 二首のその一)

唐の教坊の曲名。但し『教坊記』ほ竹枝子の名で載せる。またの名を巴渝詞と言う。もと巴蜀(今の四川省)の民歌。唐の白居易、劉禹錫にも竹枝があり七言絶句の形をとる。『花間集』には孫光憲の二首のみ所収。

孫光憲の作は句中と句末にそれぞれ和声(雅子詞)四句四平韻で各句四宇目の後と句末に和声が入り、和声も八平韻で、4(②)③(②)4(②)③(②)4(②)③(②)4(②)③(②)の詞形をとる。( )は和声。

~(竹枝)の語句は男目線のもので、~(女兒)はは目線のもので、おとこは~だけれど、おんなは~です。

門前春水(竹白蘋(女  岸上無人(竹小艇(女
商女經過(竹江欲暮(女  殘食(竹(女

○○○●()●○○(  ●●○○()●●○(

○●△△()○●●(  ●○○●()●○○(

 

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。

1 門前春水 家の前の春の増水した川の流れ。

2 白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。

歐陽舍人炯『南子八首 其八

翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。

島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿。

翡翠のごとく、鵁鶄【こうせい】のごとく,白蘋【はくひん】の香の裏【うち】に小さき沙汀す。

島上 陰陰として秋雨の色になり,蘆花 撲し,數隻 漁の舡何處に宿せんか。

3 岸上 岸のほとりに。岸の土手には

4 小艇斜 斜めの方に向かって進む。軽快な小舟が岸から次第に離れていく。

 

 

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)

男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

5 商女 妓女。秋女、秋娘,秋女、秋娘といい、唐時代の歌妓的妓女の呼稱である。 杜牧の代表詩 七言絶句「煙籠寒水月籠沙、夜泊秦淮近酒家。商女不知亡國恨、隔江猶唱後庭花。」妓女が「玉樹後庭花」という歌を謡うのを聞いて本当の意味は分かっていないのだろうと詠う。

6 經過 通り過ぎる。

7 江欲暮 川が暮れようとしている。

8 散抛 まき散らす。すてる。

9 殘食 食べ残し。残飯。

10 飼 餌をやる。

11 神鴉 カラス。巴(四川東部)には、カラスが甚だ多く、現地人は「神鴉」とあがめて、射ようとしなかったと伝えられている。「岳陽風土記」に「巴陵鴉甚多,土人謂之神鴉,無敢弋者。」とある。

 

竹枝詞と呼ばれ、巴渝の地方色豊かな民歌の位置を得た。下って唱われなくなり、詩文となって、他地方へ広がりをみせても、同じ形式、似た題材のものは、やはりそう呼ばれるようになった。

男と女は乱れてもつれた縄のように(おとこ)、恋人との絡み合いの深さを思うのです(おんな)。越羅の布地を一萬丈でも用意するけれど(おとこ)、女が着るのは上着のタケたったの一尋だけです(一人だけを愛して欲しいもの)(おんな)。

12孫光憲《巻八33八拍蠻一首》『花間集』385全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7189

孫光憲  八拍蠻一首

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

12孫光憲《巻八33八拍蠻一首》『花間集』385全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7189

 

 

 
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花間集 教坊曲 『八拍蠻』 三首

孫光憲

《巻八33八拍蠻一首》  孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

閻選

《巻九25八拍蠻二首 其一》  煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉

閻選

《巻九26八拍蠻二首 其二》  黛眉煙易慘,飄紅臉粉難。憔悴不知底事,遇人推道不宜春

 

閻處士選(閻選,生卒年不詳。為前蜀布衣,時稱閻處士。)

 

八拍蠻一首

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

 

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

 

興慶宮沈香亭
 

『八拍蠻』 現代語訳と訳註

(本文)

八拍蠻

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

 

(下し文)

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

 

(現代語訳)

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

大明宮の圖003
 

(訳注)

八拍蠻

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には三首所収。孫光憲の作は一首収められている。単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

八拍蠻

孔雀尾拖金線,怕人飛起入丁

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜

●●●△○●△  ●○○●●○○

●●△○○●●  △○○●●○○

 

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

1 孔雀 キジ科の鳥類で、中国から東南アジア、南アジアに分布する。邪気を払う象徴として孔雀明王の名で仏教の信仰対象にも取り入れられた。クルド人の信仰するヤズィード派の主神マラク・ターウースは、クジャクの姿をした天使である。

2 金線長 長い金色の筋。

3 丁香 チョウジの木。丁子 クローブとも言い、清熱・瀉火・去痰・鎮咳の作用があり、漢方薬では解熱、鎮痛、鎮静、消炎、利尿などなどに用いられる。ここでは我慢強く待ち侘びる女性に比喩している。

牛嶠『感恩多二首』其二

自從南浦別,愁見丁香結。

近來情轉深,憶鴛衾。

幾度將書托煙鴈,淚盈襟。

淚盈襟,禮月求天,願君知我心。

 (感恩多 二首の二)

南浦にて別れて自從【より】,丁香の結ぶを愁い見る。

近來 情 轉【うた】た深く,鴛衾【えんきん】を憶う。

幾度 將に書を煙鴈【えんがん】に托せる,淚 襟に盈ち,淚 襟に盈つ。

月に禮し 天に求む,願わくば 君が我が心を知れと。

其の二(帰って来ないばかりか、連絡もない男を待ちわびる女の心情を詠う。)

南の入り江の津で舟を送り、別れをつげてからは、丁字の花の結ぶのを見ても心は悲しく愁うのです。

近頃ではあの人への思いが揺れ動き、いよいよ深まるばかり、あの人と過ごしたあの鴛鴦の掛け布団をおもうのです。 

これまで何度もあの人に手紙を送り、空を飛ぶ雁に託したものです。何の返事もないので、涙はしとどに襟を濡らしているのです。

涙はあふれ襟を濡らしてます。月にねがい天に祈って、わたしの思いを「君」に知ってほしいと願うのです。

杜甫『江頭四詠。丁香』 

丁香體柔弱,亂結枝猶墊。細葉帶浮毛,疏花披素豔。

深栽小齋後,庶近幽人占。晚墮蘭麝中,休懷粉身念。

丁香 體 柔弱なり,亂結 枝 猶の墊【た】る。

細葉 浮毛を帶ぶ,疏花 素豔【そえん】を披【ひら】く。

深く栽す 小齋の後,庶【こいねが】わくば近ずかん 幽人をして占【しめ】しむるに。

晚に墮つる 蘭麝【らんじゃ】の中に,粉身の念を懷【いだ】くを休【や】む。

(大江のほとりで五首を詠う。その丁香の詩)

丁子がはえている その実は,柔かそうで若々しく見えるが,あちこちに入り乱れて実を結んでくると枝は垂れ下がってくる。

細い葉の表面には産毛がたくさんあり,まばらに花がさき、白くふっくらとしておおわれている。

この木をわたしの小さい書斎の後ろに植えてみる,できることならばこの丁子で我家の周りをいっぱいにしたいものである。

その実を乾燥させて,蘭と麝香の華麗で貴いとされるものの中に落ち込んだとしても,素朴で誠実に生き、おのが身を粉骨砕身にしてまでと,考えるのは止めたいものだ。

 

 

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

4 越女 越女南国の女性、美人の代称。越は今の浙江省を指すが、ここでは広く南国の意。

李白10  採蓮曲

淥水曲  李白 11

越女詞 李白

長干兒女,眉目豔新月。

屐上足如霜,不着鴉頭襪。

越女詞 五首 其一 李白12

兒多白皙,好爲蕩舟劇。

賣眼擲春心,折花調行客。

越女詞 五首 其二 李白13

耶溪採蓮女,見客櫂歌迴。

笑入荷花去,佯羞不出來。

越女詞五首其三

東陽素足女,會稽素舸郎。

相看月未墮,白地斷肝腸。

 14其四 

鏡湖水如月,耶溪女似雪。

新妝蕩新波,光景兩奇

12-5其五

5 沙頭  砂地の岸辺。

6 翠 翡翠、カワセミの羽を指す。

 

薛濤『和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什』

玉兒已逐金鐶葬,翠羽先隨秋草萎。

唯見芙蓉含曉露,數行紅淚滴清池。

(西川の李尚書の『孔雀を傷む』および薛濤の什に和す)

玉兒 已に 金鐶の葬むらるを逐い,翠羽 先づ 秋草の萎えるに隨う。

唯 見る 芙蓉 曉露を含むを,數行の紅淚 清池に滴る。

(剣南西川の李尚書の作られた『傷孔雀』と『薛濤の詩篇』に唱和してつくる詩)

輝きをはっする青年もいつの間にか、出世も諦め棺桶に足を突っ込みそうな年になった。若くて力強い翼でもって飛び立っていたのに、秋草の枯れていくのにも従っていくように思うのだ。

唯だ、草木が枯れ始める中で木芙蓉は朝露に咲いている,これを私の生き方としてきたが、涙が頬を數行ものくやしい淚があふれることばかりで、清々しいすんだ池になみだを滴らせたものか。

武元衝『西川使宅有韋令公時孔雀存焉。暇日与諸公同玩座中兼故府賓妓。興嗟久之、因賦此詩用廣其意。』

荀令昔居此,故巢留越禽。

金翠尾,飛舞碧梧陰。

上客徹瑶瑟,美人傷蕙心。

会因南国使,得放海云深。

(西川の使宅に韋令公の時、孔雀も存する有り。暇日 諸公と同玩するに、座中に故府の賓妓を兼ぬ。興嗟すること之を久しゅうす、因って此の詩を賦して用いて其の意を廣うす。)

荀令 昔 此に居り,故巢 越禽を留む。

するは 金翠の尾,飛舞するは 碧梧の陰。

上客 瑶瑟を徹し,美人 蕙心を傷ましむ。

会【たまた】ま南国の使いに因って,海雲の深きに放つを得んや。

(軍人であり詩人の韋皐公の時に西川節度使の官舎軍営芸妓に、孔雀とも思える美人がいたのだ。ある日 諸公と同席して鑑賞する宴があるときは、この幕府のの賓妓を兼ねたおんなである。感興をうたう詩を作ることを長い期間している、よって此の詩をうたうことに用いてこの女性が優れていることを広めるのである。)

昔「王佐の才」を持つ荀彧が大いに役得有を果たしたが今ここにその人がいるのである。ここの先祖伝来の富沃の地を吐蕃や西域の異民族から守っているのだ。

クジャクがその金翠尾をゆっくりと雄雄しく動かすように立ち振る舞い、鳳凰の愛の巢は碧いことのしげる所に奥ゆかしくあったのだ

立派な主賓であった韋皐を偲んで立派な瑟を奏でるのを夜を徹してなされるのである。妻として過ごしていた美人芸妓は今や慕わしい気持ちを胸に心痛めている。

たまたま、この南の国成都からの使いによって韋皐の病死が知らされたのである。韋皐の功績は海よりも深く雲よりも高いものである。

12孫光憲《巻八32玉蝴蝶春欲盡,》『花間集』384全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7184

玉蝴蝶

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる。蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

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花間集 教坊曲 『玉蝴蝶』 二首

溫庭筠

巻一50玉蝴蝶秋風淒切傷離,行客未歸時。塞外草先衰,江南鴈到遲。芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。搖落使人悲,斷腸誰得知。

孫光憲

巻八32玉蝴蝶春欲盡,景仍長,滿園花正黃。粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

 

玉蝴蝶

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。

粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。

新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる

無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

 

玉蝴蝶

春 盡んと欲す,景 仍て長く,園の花 正に黃なるに滿つ。

粉翅して 兩つながら悠颺【ゆうよう】し,翩翩として 短牆を過る。

鮮飇【せんひょう】 暖がに,牽遊 伴い,飛び去り立ちて殘芳する。

語無く蕭娘に對し,舞衫 麝香沉す。

大明宮の圖003
 

『玉蝴蝶』 現代語訳と訳註

(本文)

玉蝴蝶

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。

粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。

無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

 

 

(下し文)

(玉蝴蝶)

春 盡んと欲す,景 仍て長く,園の花 正に黃なるに滿つ。

粉翅して 兩つながら悠颺【ゆうよう】し,翩翩として 短牆を過る。

鮮飇【せんひょう】 暖がに,牽遊 伴い,飛び去り立ちて殘芳する。

語無く蕭娘に對し,舞衫 麝香沉す。

 

(現代語訳)

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。

そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。

新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる

蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

 

pla027
 

(訳注)

玉蝴蝶

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

・胡蝶 西域の異民族の蝶ということであるが、ここでは上品な妃嬪、女性を云い、その女性が最も輝いているころのことを指している。
蛇足だが、胡蝶は[荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。

 

唐教坊曲,入“黃鐘宮”。“大中初,女蠻國入貢,危髻金冠,瓔珞被體,號'菩薩蠻隊'。”四十四字。 百字令 即《念奴嬌》

念奴

『開元天宝遺事』に見える。容貌に優れ、歌唱に長け、官妓の中でも、玄宗の寵愛を得ていた。玄宗の近くを離れたことがなく、いつも周りの人々を見つめていて、玄宗に「この女は妖麗で、眼で人を魅了する」と評された。その歌声は、あらゆる楽器の音よりもよく響き渡ったと伝えられる。唐代詩人の元稹の「連昌宮詞」に、玄宗時代の盛時をあらわす表現として、玄宗に命じられた高力士が、彼女を呼び、その歌声を披露する場面がある。清代の戯曲『長生殿』にも、永新とともに、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

唐·元稹《宫词》有云:

力士念奴,念奴潜伴郎宿。得又催,特赦街中

娇满眼泪红绡,掠削云旋装束。上九天歌一声,二十五郎吹管篴。

元稹自注曰:念奴,天宝中名倡,善歌。

念奴

楼下酺宴,累日之后,万眾喧隘,安之、黄裳辟易不能禁,眾奏。玄宗遣高力士大呼于楼上曰:‘欲遣念奴唱歌,邠二十五郎吹小管篴 “笛”,看人能听否?’未不悄然奉。【翻:念奴,天宝年著名倡伶,歌唱得很好。每年辞宴会時間一長,客就吵,使音奏不下去。安之、黄裳等人禁止不住。玄宗叫高力士在楼上高呼:“我要念奴出来唱歌,邠二十五郎吹小管笛了,你能安静下来听?”大家才慢慢安静下来。】

 

『花間集』には二首所収。孫光憲の作は一首収められている。双調四十二字、前段二十一字五句三平韻、後段二十一字四句三平韻で、❸③⑤⑤⑤/❸❸⑤⑤⑤詞形をとる

玉蝴蝶

春欲,景仍,滿園花正

粉翅兩悠,翩翩過短

鮮飇,牽遊,飛去立殘

無語對蕭,舞衫沉麝

○●●  ●○△ ●○○△○

●●●○△ ○○△●○

△?● △○●  ○●●○○

○●●○○  ●○○●○

花と張0104
 

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。

とは。意味や日本語訳。やはり,依然として病仍不好病気はやはりよくならない.仍旧 réngjiù[]依然として,相変わらず白昼得温暖,夜晚仍旧寒冷昼間は暖かくなってきたが,夜は相変わらず寒い.仍然 réngrán[]依然として,元通り

滿園花正黃 黃鐘宮をいう。儒家的「中聲」指音高、速度適中的有節制的音樂。

 

粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。

粉翅 蝶の翅。

 

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。

新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる。

りょうひょう【涼飇】. 涼しい風。

 

無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

蕭娘 愛妾のこと。

沈満願『戯蕭娘』
明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。
因風時蹔擧、想像見芳姿
凊晨插歩揺、向晩解羅衣。
託意風流子、佳情詎肯私。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

蕭娘: 沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。戯れるは「因風」「想像」「凊晨」「向晩」末の二句にあらわしている。

沈滿願 :生卒年不詳。の武康の人。沈約の孫娘。征西記室范靖(靜)の妻。

西暦540年ごろの梁武帝最盛期頃に評価を受けたようである。ただ、沈約(441 - 513年)は学問に精励し学識を蓄え、宋・斉・梁の3朝に仕えた。南斉の竟陵王蕭子良の招きに応じ、その文学サロンで重きをなし、「竟陵八友」の一人に数えられた。その後蕭衍(後の梁の武帝)の挙兵に協力し、梁が建てられると尚書令に任ぜられ、建昌県侯に封ぜられた。晩年は武帝の不興をこうむり、憂愁のうちに死去したというので、身分地位についてはそれほど高いものではなかったのではなかろうか。ただ、女性の立場で、王昭君の悲劇を呼んでいるわけで、詩界に参列できるだけのものであったことは間違いない。

蕭宏(しょうこう)は、蕭順之《梁武帝の父》の子で、梁武帝の異母弟にあたる。

彼は、長い間揚州の刺史を務めていたが、北魏との戦いで今の安徽省に出陣したとき、進軍を躊躇しているうちに暴風雨に遭い、恐怖心から敵前逃亡したため、数十万の自軍が大敗したという故事が残された。このため、「美貌軟弱、北魏これ蕭娘と称す」〔「娘」は、既婚の女性の意〕と史書にみえる。彼がもっとも愛した妾の子、蕭正立の石刻は南京に現存している。

 

12孫光憲《巻八31河滿子冠劍不隨》『花間集』383全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7179

孫光憲  河滿子

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

12孫光憲《巻八31河滿子冠劍不隨》『花間集』383全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7179

 

 

 
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花間集 教坊曲 『河滿子』 六首

毛文錫

《巻五33 河滿子一首》 紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

和凝

《巻六21 河滿子二首其一》  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

和凝

《巻六22 河滿子二首其二》  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

孫光憲

《巻八31 河滿子一首》 冠劍不隨君去,江河還共恩深。歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

毛熙震

《巻十01 河滿子二首 其一》  寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。緬想舊歡多少事,轉添春思難平。曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。一片相思休不得,忍教長日愁生。誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

毛熙震

《巻十02 河滿子二首 其二》  無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

河滿子

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

河滿子

冠劍 君去るに隨わず,江河 還た共に恩深し。

歌袖  眉黛慘なるに半ば遮ぎり,淚珠 衣襟に 旋滴す。

惆悵して 雲は愁い 雨は怨む,斷魂して何處にか相い尋ん。

 

凌波曲舞002

 

『河滿子』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

 

(下し文)

河滿子

冠劍 君去るに隨わず,江河 還た共に恩深し。

歌袖  眉黛慘なるに半ば遮ぎり,淚珠 衣襟に 旋滴す。

惆悵して 雲は愁い 雨は怨む,斷魂して何處にか相い尋ん。

 

(現代語訳)

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

 

(訳注)

河滿子

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

1 河滿子 唐教坊曲名であり舞曲とされる。一名を《何滿子》という。白居易詩注:開元中,滄州の歌う者の姓名であった。元稹詩に云う:“便ち將て何滿は,御府新題樂府纂に 曲名を為すとしている。又《盧氏雜》には唐文宗が宮人の沈翹翹の舞に《河滿子》詞を命じたとしている。又 舞曲に屬すとする。馮夢龍《詹詹外史、唐文宗》“「唐文宗御宴,宮妓舞《河滿子》,是沈翹翹。其詞云「浮雲蔽白日」。文宗曰:「汝知書耶?此是《文選》第一首。」遂問其繇。翹翹泣曰:「妾本元濟女,自因國亡,沒入掖庭,易姓沈。因配樂籍,本藝方響,乃白玉也。」乃賜金玉環。”

唐文宗李昂(原名涵,8091120日-840210日)

大明宮の圖003
 

2 唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、孫光憲は一首所収。単調三十七字、三平韻二仄韻6⑥❼⑥❻⑥の詞形をとる。

河滿子

冠劍不隨君去,江河還共恩

歌袖半遮眉黛淚珠旋滴衣

惆悵雲愁雨斷魂何處相

△●△○○●  ○○○△○△

○●●○○●●  ●○△●△○

○●○○●△  ●○△●△○

 

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

3 冠劍 爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けている。

4 江河 長江と黄河の河の神に安全を祈る。

 

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

5 眉黛慘 今宵の逢瀬で眉と黛が崩れてしまって悲惨な状態になる。

 

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

6 惆悵 恨み嘆くこと。恨み嘆くさま。

7 雲愁・雨怨 雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7
 無題(颯颯東風細雨來)
8
 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53
 夜雨寄北
71
 風雨
76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集
77 春雨 李商隠特集
78細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠
79七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作
など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている

12孫光憲《巻八30定西番二首 其二》『花間集』382全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7174

孫光憲  定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

12孫光憲《巻八30定西番二首 其二》『花間集』382全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7174

 

 

 
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花間集 教坊曲『定西番』七首

溫庭筠

巻一27定西番三首其一漢使昔年離別。攀弱柳,折寒梅,上高臺。千里玉關春雪,鴈來人不來。羌笛一聲愁,月徘徊。

溫庭筠

巻一28定西番三首其二海鷰欲飛調羽。萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。雙鬢翠霞金縷,一枝春豔濃。樓上月明三五,鏁窗中。

溫庭筠

巻一29定西番三首其三細雨曉鶯春晚。人似玉,柳如眉,正相思。羅幕翠簾初捲,鏡中花一枝。腸斷塞門消息,鴈來稀。

牛嶠

巻四23定西番紫塞月明千里,金甲冷,戍樓寒,夢長安。思望中天闊,漏殘星亦殘。畫角數聲嗚咽,雪漫漫。

孫光憲

巻八29定西番二首 其一鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

孫光憲

巻八30定西番二首 其二帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

毛熙震

《巻十04定西番》  蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

 

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

定西番二首 其二

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

 

(定西番二首 其の二)

帝子 枕前秋の夜、霜幄 冷やか、月華明るく、正に三更まり。

何處にか 戍樓 笛寒く,夢殘り 一聲を聞く。

遙かに想う 漢關 萬里,淚 縱橫にす。

 

大明宮の圖003


 

『定西番二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

 

(下し文)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

(現代語訳)

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

 

(訳注)

定西番二首 其二

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

 

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。

双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/6⑤6③の詞形をとる。

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天,馬蹄

鵲面弓離短韔,彎來月欲

一隻鳴雲外,曉鴻

○●○○○△  ○●● ●○○  ●○△

●●○△●●  ○△●●○

●●○○○●  ●△○

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。既に溫庭筠と牛嶠については掲載済みである。双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、❻3③③/6⑤❻③の詞形をとる。

定西番二首 其二

帝子枕前秋霜幄,月華,正三

何處戍樓寒笛,夢殘聞一

遙想漢關萬,淚縱

●●△○○●  ○●△ ●△○  △△△

△●●○○●  △○△●○

○●●○●●  ●△△

 

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

9. 秋夜 ・天長節は、85日の玄宗の誕生日を国慶節としたことによる。宮廷では宴席を行い、興慶宮の広場で、玄宗のもとで宮廷楽団の音楽や大規模な舞踊、出し物や曲芸、軽業、手品などの百戯が行われた。全国の寺観でも盛大な儀式が行われ、農民も天神を祭るという行事に組み入れられた。・中秋節は、815日に、中秋の名月を眺める日であり、この日の満月が最も美しい月とされた。果物などを食べながら、月見を行った。唐代の半ばにはじまり、晩唐には定着した。

・重陽節は、99日に、人々が高い丘や高楼の高所に登高し、茱萸(かわはじかみ)の枝や菊の花を髪に挿し、その実を入れた袋を肘に下げ、菊酒を飲み邪気を祓う行事である。翌日の910日が小重陽で酒宴が開かれた。

10. 幄 四隅に柱を立て、棟・檐(のき)を渡して布帛(ふはく)で覆った仮小屋。祭儀などのときに、臨時に庭に設けるもの。幄。幄の屋()。あげばり。

11. 三更 五更の第三。およそ現在の午後11時または午前零時からの2時間をいう。子()の刻。丙夜(へいや)

 

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

12. 戍樓 西域の国境を守る塞の楼閣。

 

遙想漢關萬里,淚縱橫。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

13. 漢關萬里 万里の長城の先の玉門關。

 

 

 

 

定西番

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》溫庭筠66首巻一27-〈27〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5332

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孫光憲 定西番二首 【字解】

1. 鶏禄山 今の内蒙古の杭錦後旗の西北にある山。鶏禄墓に続く。後漢の賛意は、鶏禄塞を出て匈奴と稽落山(鶏禄山) で戦い、勝利を収めると、燕然山に登って石に戦功を刻んで帰った。古山名。在今蒙古人民共和国西南部。東漢永元元年(公元89) 竇憲による北匈奴の大破と班超による西域平定という外征の大成果があり、親政後にも新降匈奴や西羌に優位を保ち、対外的に国威が最も発揚された時代とされる

2. 遊騎 遊撃騎馬兵。

3. 馬蹄軽 凍りついた表土がやわらかくなって、馬が歩きやすくなること。

4. 鵲面弓 背面にカササギの形の飾りの付いた弓。なお、弓の名と解する説もある。鵲はカラスより小さいが、カラス科の鳥だけあって、胸一面が真っ白であとは真っ黒である。カチカチと鳴くので、勝烏(かちがらす)、烏鵲(うじゃく)、喜鵲(きじゃく)の名もある。

5. 離短鼓 弓袋から取り出す。離は取り出す。鼓は弓を入れる袋。短は、馬上で用いる弓が小型なことを意味する。

6. 月欲成 満月になろうとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

7. 鳴 鳴り響く鏑矢。鏑をつけた矢。射ると大きな音響を発して飛ぶ。狩猟用の野矢の一種。軍陣の箙(えびら)には上差(うわざし)として差し添えた。鳴り鏑矢。鳴り矢。

8. 曉鴻 明け方にとっでゆく大雁。鴻:1.水鳥の一つ。大形の水鳥。おおとり。「鴻毛・鴻鵠」2.大きい。広大。
安史の乱期 勢力図 002
 

改訂 12孫光憲《巻八29定西番二首 其一》『花間集』381全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7169

孫光憲  定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

改訂 12孫光憲《巻八29定西番二首 其一》『花間集』381全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7169

 

 
  2016年1月11日 の紀頌之5つのBlog  
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  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
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  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
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花間集 教坊曲『定西番』七首

溫庭筠

巻一27定西番三首其一漢使昔年離別。攀弱柳,折寒梅,上高臺。千里玉關春雪,鴈來人不來。羌笛一聲愁,月徘徊。

溫庭筠

巻一28定西番三首其二海鷰欲飛調羽。萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。雙鬢翠霞金縷,一枝春豔濃。樓上月明三五,鏁窗中。

溫庭筠

巻一29定西番三首其三細雨曉鶯春晚。人似玉,柳如眉,正相思。羅幕翠簾初捲,鏡中花一枝。腸斷塞門消息,鴈來稀。

牛嶠

巻四23定西番紫塞月明千里,金甲冷,戍樓寒,夢長安。思望中天闊,漏殘星亦殘。畫角數聲嗚咽,雪漫漫。

孫光憲

巻八29定西番二首 其一鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

孫光憲

巻八30定西番二首 其二帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

毛熙震

《巻十04定西番》  蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

 

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

 

 

『定西番二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

 

(下し文)

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

(現代語訳)

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

 

(訳注)

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

【解説】 辺塞の防備に当たる騎馬兵の活動を詠う。『花間集』の中にあっては、邊西詩があることが特異な作品であるが、その一とその二は一体のものであるということで花間集に取り上げられたのである。ただ、カササギは浮き橋となって織姫のところへ渡らせてくれるのであり、弓を引けば月のようになる、つまり美人の顔のようだ、こんな邊西の地にあってもカササギが思い出させてくれるということでもある。いかに戦場であっても風流に考えようという、戦場にはいかないで想定して詠うもの。

 

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。

双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/6⑤6③の詞形をとる。

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天,馬蹄

鵲面弓離短韔,彎來月欲

一隻鳴雲外,曉鴻

○●○○○△  ○●● ●○○  ●○△

●●○△●●  ○△●●○

●●○○○●  ●△○

安史の乱期 勢力図 002
 

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

1. 鶏禄山 今の内蒙古の杭錦後旗の西北にある山。鶏禄墓に続く。後漢の賛意は、鶏禄塞を出て匈奴と稽落山(鶏禄山) で戦い、勝利を収めると、燕然山に登って石に戦功を刻んで帰った。古山名。在今蒙古人民共和国西南部。東漢永元元年(公元89) 竇憲による北匈奴の大破と班超による西域平定という外征の大成果があり、親政後にも新降匈奴や西羌に優位を保ち、対外的に国威が最も発揚された時代とされる

2. 遊騎 遊撃騎馬兵。

3. 馬蹄軽 凍りついた表土がやわらかくなって、馬が歩きやすくなること。

 

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

4. 鵲面弓 背面にカササギの形の飾りの付いた弓。なお、弓の名と解する説もある。鵲はカラスより小さいが、カラス科の鳥だけあって、胸一面が真っ白であとは真っ黒である。カチカチと鳴くので、勝烏(かちがらす)、烏鵲(うじゃく)、喜鵲(きじゃく)の名もある。

5. 離短鼓 弓袋から取り出す。離は取り出す。鼓は弓を入れる袋。短は、馬上で用いる弓が小型なことを意味する。

6. 月欲成 満月になろうとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

 

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

7. 鳴 鳴り響く鏑矢。鏑をつけた矢。射ると大きな音響を発して飛ぶ。狩猟用の野矢の一種。軍陣の箙(えびら)には上差(うわざし)として差し添えた。鳴り鏑矢。鳴り矢。

8. 曉鴻 明け方にとっでゆく大雁。鴻:1.水鳥の一つ。大形の水鳥。おおとり。「鴻毛・鴻鵠」2.大きい。広大。

12孫光憲《巻八28風流子三首其三》『花間集』380全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7164

孫光憲  風流子三首其三

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

黄金でつくった覊に、宝飾で輝くクツワを付いてきたこと知らせる様に馬を嘶かせている。鬱蒼と緑に茂った楊の樹のもとに馬をつなぐ。

南の正面の扉は閉められたままであり、刺繍が入った簾も垂らしている。奥まった中庭の国向って小川が流れているあれほど咲き誇った花も落ちてしまっている。

誰もがやがて歓談するのもやめて帰るとことになる。外に出ると深夜の九衢の大通りがある皇城も夜が更けてゆく。

12孫光憲《巻八28風流子三首其三》『花間集』380全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7164

 

 
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孫光憲

巻八26風流子三首其一  茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

孫光憲

巻八27風流子三首其二  樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

孫光憲

巻八28風流子三首其三  金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。朱掩,繡簾垂,曲院水流花謝。歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

風流子三首其二

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

(風流子三首其の二)

楼は長衢【ちょうく】に倚りて 暮れんと欲し、神仙の伴侶を瞥見す。

微かに粉を傳き、頭を攏し梳く、隠映す 画簾の開く処。

語ること 無く、緒 無し、慢に羅裙を曳きて 帰り去る。

 

風流子三首其三

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

黄金でつくった覊に、宝飾で輝くクツワを付いてきたこと知らせる様に馬を嘶かせている。鬱蒼と緑に茂った楊の樹のもとに馬をつなぐ。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

南の正面の扉は閉められたままであり、刺繍が入った簾も垂らしている。奥まった中庭の国向って小川が流れているあれほど咲き誇った花も落ちてしまっている。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

誰もがやがて歓談するのもやめて帰るとことになる。外に出ると深夜の九衢の大通りがある皇城も夜が更けてゆく。

 

(風流子三首其の三)

金絡 玉銜 嘶く馬,向に繫ぎて 綠楊 陰下にす。

 掩う,繡簾 垂れ,曲院 水流れ 花謝す。

歡罷め,歸る也,猶お九衢 深夜に在り。

西湖十景 曲院風荷02

 

『風流子三首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

風流子三首其三

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

(下し文)

(風流子三首其の三)

金絡 玉銜 嘶く馬,向に繫ぎて 綠楊 陰下にす。

 掩う,繡簾 垂れ,曲院 水流れ 花謝す。

歡罷め,歸る也,猶お九衢 深夜に在り。

 

(現代語訳)

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

黄金でつくった覊に、宝飾で輝くクツワを付いてきたこと知らせる様に馬を嘶かせている。鬱蒼と緑に茂った楊の樹のもとに馬をつなぐ。

南の正面の扉は閉められたままであり、刺繍が入った簾も垂らしている。奥まった中庭の国向って小川が流れているあれほど咲き誇った花も落ちてしまっている。

誰もがやがて歓談するのもやめて帰るとことになる。外に出ると深夜の九衢の大通りがある皇城も夜が更けてゆく。

曲院風荷01
 

(訳注)

風流子三首其三

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

 

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其一

茅舍槿籬溪,雞犬自南自

菰葉長,水開,門外春波漲

,聲,軋軋鳴梭穿

△●●○○●  ○●●○●●

○●△  ●○○ ○●○○△● 

△● ○●  ●●○○△●

風流子三首其二

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

樓倚長衢欲,瞥見神仙伴

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開

,無,慢曳羅裙歸

○△△○●●  ●●○○●●

○△●  ●○○ ●●●○○●

○● ○●  ●●○○○●

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其三

金絡玉銜嘶,繫向綠楊陰

掩,繡簾垂,曲院水流花

,歸,猶在九衢深

○●●○○●  ●●●○○●

○●●  ●○○ ●△●○○●

○△ ○●  △●△○△●


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12孫光憲《巻八27風流子三首其二》『花間集』379全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7160

孫光憲  風流子三首其二

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

12孫光憲《巻八27風流子三首其二》『花間集』379全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7160

 

 
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孫光憲

巻八26風流子三首其一  茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

孫光憲

巻八27風流子三首其二  樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

孫光憲

巻八28風流子三首其三  金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。朱掩,繡簾垂,曲院水流花謝。歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

風流子三首其二

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

(風流子三首其の二)

楼は長衢【ちょうく】に倚りて 暮れんと欲し、神仙の伴侶を瞥見す。

微かに粉を傳き、頭を攏し梳く、隠映す 画簾の開く処。

語ること 無く、緒 無し、慢に羅裙を曳きて 帰り去る。

 

風流子三首其三

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

長安城図 作図00
 

 

『風流子三首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

風流子三首其二

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

 

(下し文)

(風流子三首其の二)

楼は長衢【ちょうく】に倚りて 暮れんと欲し、神仙の伴侶を瞥見す。

微かに粉を傳き、頭を攏し梳く、隠映す 画簾の開く処。

語ること 無く、緒 無し、慢に羅裙を曳きて 帰り去る。

 

(現代語訳)

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。

薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。

黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

大明宮 作図011
 

(訳注)

風流子三首其二

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

 

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其一

茅舍槿籬溪,雞犬自南自

菰葉長,水開,門外春波漲

,聲,軋軋鳴梭穿

△●●○○●  ○●●○●●

○●△  ●○○ ○●○○△● 

△● ○●  ●●○○△●

風流子三首其二

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

樓倚長衢欲,瞥見神仙伴

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開

,無,慢曳羅裙歸

○△△○●●  ●●○○●●

○△●  ●○○ ●●●○○●

○● ○●  ●●○○○●

 

孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている

 

 

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。

13. 長衛 街の中心の大通り、交通の要衝の地。長安の承天門―朱雀門―明徳門の朱雀門街を示すことで長安城に夕闇が訪れたことを言う。

14. 欲暮 暮れようとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。

15. 神仙伴侶 神仙のともがら、仙女。花街で、風流な日を過ごすなかで女性が男にとってよき伴侶でいてくれること、文字通り、痒い所に手が届くおもてなしをしてくれていることを風流に表現する。女道士で後宮に入った妃嬪と思われる。

16. 瞥見 ちらりと見ること。ざっと目を通すこと。一瞥。

 

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。

17. 徴博 粉薄く白粉を塗る。

18. 攏梳頭 髪をさっと梳かす。攏は櫛などで筋目をっけること。

19. 隠映 隠れん坊をして、見え隠れする。

 

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

20. 無緒 楽しい思いがしない、心楽しまない。ここでは女性が浮かぬ顔をしていることを言う。

 

 

(風流子三首其の二)

楼は長衢【ちょうく】に倚りて 暮れんと欲し、神仙の伴侶を瞥見す。

微かに粉を傳き、頭を攏し梳く、隠映す 画簾の開く処。

語ること 無く、緒 無し、慢に羅裙を曳きて 帰り去る。

 

孫光憲  風流子三首 其一其二 【字解】

 

1.        風流子. 唐教坊曲名。寵愛を失った妃賓、離宮か、墓陵に送られた妃嬪を思い浮かべる作品である。この時代に風流に自然を眺められるのは、何らかの安定した収入源がある女性が前提である。「男耕女織」の時代であるが、この詩には全く労働の気配が感じられない。犬が遠くで鳴き、鶏、鳥が鳴く声が、琴の曲とし、コオロギの声も、琴箏に聞こえる、昔は、春の行楽、秋の菊美、月見にことを演奏し、聞いていた人物であるから、宮中にいた女性、妃嬪という立場であったものが暇を取らされたということである。或は、後宮にいても、寵愛を受けない妃嬪たちは、することは全くないから、この詩の状況に置かれることもあるのである。

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

2. 茅舍 草ぶきの家,あばら家,茅屋,拙宅.

3. 槿籬 槿(ムクゲ)のいけがき。「槿籬竹屋江村路。槿籬竹屋江村の路」〔王安石・鍾山晩歩〕.

4. 溪曲 前溪曲のこと。古楽府吴声舞曲。

5. 雞犬 『老子、獨立第八十』「鄰國相望、雞犬之聲相聞」(鄰國相い望み、雞犬の聲相い聞ゆる)

6. 動物の飼育

「年は二八(十六歳)、久しく香閏に鎖こめられ、禍児(狩)と鶴鵡を相手に戯ぶのが愛き」(『敦煙変文社会風俗事物考』より引用)とあるように、家庭の少女や婦人、それに宮中の女性たちは常に鶴鵡や犬などの小動物を友として飼い、寂しさをまざらわせていた。楊貴妃が飼っていた鶴鵡は雪衣女といい、犬は康国(中央アジアのサマルカンド)から献上されたもので、どちらも高貴な品種であった。宮女や妃妾もまた常に小さな金の龍に蟻蜂を捉えて飼い、夜枕辺に置いて鳴き声を聞き、孤独の苦しみをまざらわせた。後に、この風習を民間が争ってまねるようになり、蟻蜂を飼うのを娯楽とした(『開元天宝遺事』巻上)。

7. 菰 ① マコモやわらで織った筵(むしろ)。 マコモの古名。 「三島江の入江の-をかりにこそ/万葉集 2766 「薦被(こもかぶ)り② 」の略。

8. 水 1.亦作"" 2.水草名。一年生草本。

9. 聽織,聲促 「聽促織,聲促織」ということ。

杜甫『促織』

促織甚微細、哀音何動人。

草根吟不穏、牀下意相親。

久客得無涙、故妻難及晨。

悲糸与急管、感激異天真。

(促 織)

促織【そくしょく】は  甚【はなは】だ微細なるに、哀音【あいおん】  何ぞ人を動かすや。

草根【そうこん】に 吟ずること 穏かならず、牀下【しょうか】に 意 相【あい】親しむ。

久客【きゅうかく】 涙 無きを得んや、故妻【こさい】  晨【あした】に及び難し。

悲糸【ひし】と急管【きゅうかん】と、感激は天真【てんしん】に異なり。

秦州抒情詩(11)   促織 杜甫 <296> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1355 杜甫詩 700- 416

10 軋軋 清楽は12弦箏を用いたが,他は13弦箏を普通とした。 奏法には指で奏する搊(しゆう),骨製の爪(義甲)で奏する弾,弦を擦って鳴らす軋(あつ)があったというが,搊と弾の意味はかならずしも明確ではない。車にキシミ音のような音。

11. 鳴梭 横糸とする糸を巻いた管を、舟形の胴部の空所に収めたもの。端から糸を引き出しながら縦糸の間を左右にくぐらせる。シャトル。

12. 穿屋 「穿屋巷」細い細い路地のこと。

 

主に宮中の年中行事

年中行事は、唐代では史料も増え、政府の儀礼だけでなく、都市における行事の詳細も分かるようになっている。行事の中でも、立春から冬至までの八節(二十四節気参照)と重日が重要視された。唐代の年中行事は、国家の安泰や農作物の豊穣や無病息災、神々や祖先との交流し、社会的共同性を更新する機会であり、宗教的呪術の場でもあった。

元会は、元旦に都である長安太極宮もしくは大明宮で皇帝が行う朝賀である。元会には各国の使者や百官が集まり、式典を行った。百官は元旦と前後3日間合計7日間休み、元会の儀式が終わると、残る3日新春の訪れを家族と祝った。正月には竹を燃やし、爆竹が鳴らされ、悪霊を追い払った。また、屠蘇酒を飲み、健康を祝い、膠牙糖という水飴を舐めた。

人日節正月7日に行われた行事である。祝宴が宮廷で行われ、百官に魔よけの人形の切り絵である「人勝」が配られる。この日、7種の野草を使う羮が作られた。

上元節は正月15日の前後3日間続く灯籠祭りであり、元宵節とも呼ばれ、仏教の影響もあって、最も盛んとなった祭りである。上元節の期間中は、夜行の禁が解かれ、都市、田舎を問わず、家ごとに灯籠を掛け連ね、着飾った大勢の見物人が夜通し活動する。大都市では、灯籠を無数に連ねた灯樹、灯輪、山棚などというものが飾られ、都市内各地で見物することができた。上元節の灯籠は、玄宗期に隆盛を迎え、その盛大さは多くの唐詩に唱われている。長安では、皇帝も元宵節を楽しみ、雑踏は非常に激しいもので、落とし物も朝には市中にあちこちに転がったと伝えられる。また、昼間は抜河(綱引き)が行われた。長安以外では、洛陽揚州涼州でも大規模な祭りが開かれた。玄宗期の一時期は2月に開かれていた。

探春の宴は早春の野に春の風景を探す行事である。送窮日は、1月最終日で、貧乏神を送り出す行事である。

寒食節は、2月末に、一日中冷たいものを食べる。前後3日間、火を焚くこと、夜間に灯りをつけることを禁じられた。清明節は、31日に寒食節が終わると、一続きで行われる、家で新火をおこし始める行事である。

寒食の用語解説 - 古代中国で、冬至から105日目に、火気を用いないで冷たい食事をしたこと。そのころは風雨が激しいので火災予防のためとも、また、一度火を断って新しい火で春を促すためともいう。

上巳節は、33日に行われる河や池の水で身体を洗う行事である「祓禊」が行われる。長安付近では、曲江池や渭水で行った。全体的に行楽のような意味合いを持った行事で、景色を楽しんだり、宴会が開かれたりした。

春の行事:探春の宴、送窮日、寒食節、清明節、上巳節

秋の行事:七夕、天長節、中秋節、重陽節

端午節は、55日に、悪鬼を防ぐため、艾(よもぎ)人形を戸口にかけ、艾のを頭にかぶる行事である。粽子(ちまき)を食べ、竜船競渡(ボートレース)を行うこともあった。宮廷でも、衣服やチマキが下賜された。部屋に飾る鍾馗の絵は唐代からはじまっている。

夏至には、百官は3日間の休みが与えられる。

七夕は、77日に、年に一度、織女星と牽牛星が会う日である。爆衣・爆書という衣類書籍の虫干しが行われ、夜にや瓜を食べ、を立てて二つの星を祭る。針穴に色糸を通して織物の上達を祈る「乞巧節」でもある。

天長節は、85日の玄宗の誕生日を国慶節としたことによる。宮廷では宴席を行い、興慶宮の広場で、玄宗のもとで宮廷楽団の音楽や大規模な舞踊、出し物や曲芸軽業手品などの百戯が行われた。全国の寺観でも盛大な儀式が行われ、農民も天神を祭るという行事に組み入れられた。

「中秋節は、815日に、中秋の名月を眺める日であり、この日の満月が最も美しい月とされた。果物などを食べながら、月見を行った。唐代の半ばにはじまり、晩唐には定着した。

重陽節は、99日に、人々が高い丘や高楼の高所に登高し、茱萸(かわはじかみ)の枝や菊の花を髪に挿し、その実を入れた袋を肘に下げ、菊酒を飲み邪気を祓う行事である。翌日の910日が小重陽で酒宴が開かれた。

冬至節は、1115日に、皇帝が朝賀を行う前に天に祭り、天下太平・五穀豊穣を祈り、式典が催される。元旦とともに重視され、官僚は7日間の休日を与えられた。民間でも「拝冬」として祝い、ご馳走をする。この前夜は、「至除夜」と言われ、徹夜して夜明けを迎える。

臘日は成道日の128日に、酒宴などを行って祝う行事。宮中でも宴会が開かれる。

徐夕は、1229日か30日の1年の最終日。夜の「除夜」に、新しい年を迎えるため、酒を飲んで、徹夜する。宮廷では「大儺」の儀式が行われた。

改訂12孫光憲《巻八26風流子三首其一》『花間集』378全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7162

孫光憲  風流子三首其一

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

改訂12孫光憲《巻八26風流子三首其一》『花間集』378全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7162

 

 

 
  2016年1月8日 の紀頌之5つのBlog  
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  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
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孫光憲

巻八26風流子三首其一  茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

孫光憲

巻八27風流子三首其二  樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

孫光憲

巻八28風流子三首其三  金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。朱掩,繡簾垂,曲院水流花謝。歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

大明宮 作図011
 

 

 

『風流子三首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

風流子三首其一

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

 

(下し文)

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

 

(現代語訳)

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(訳注)

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

1.    風流子. 唐教坊曲名。寵愛を失った妃賓、離宮か、墓陵に送られた妃嬪を思い浮かべる作品である。この時代に風流に自然を眺められるのは、何らかの安定した収入源がある女性が前提である。「男耕女織」の時代であるが、この詩には全く労働の気配が感じられない。犬が遠くで鳴き、鶏、鳥が鳴く声が、琴の曲とし、コオロギの声も、琴箏に聞こえる、昔は、春の行楽、秋の菊美、月見にことを演奏し、聞いていた人物であるから、宮中にいた女性、妃嬪という立場であったものが暇を取らされたということである。或は、後宮にいても、寵愛を受けない妃嬪たちは、することは全くないから、この詩の状況に置かれることもあるのである。

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其一

茅舍槿籬溪,雞犬自南自

菰葉長,水開,門外春波漲

,聲,軋軋鳴梭穿

△●●○○●  ○●●○●●

○●△  ●○○ ○●○○△● 

△● ○●  ●●○○△●

 

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

2. 茅舍 草ぶきの家,あばら家,茅屋,拙宅.

3. 槿籬 槿(ムクゲ)のいけがき。「槿籬竹屋江村路。槿籬竹屋江村の路」〔王安石・鍾山晩歩〕.

4. 溪曲 前溪曲のこと。古楽府吴声舞曲。

5. 雞犬 『老子、獨立第八十』「鄰國相望、雞犬之聲相聞」(鄰國相い望み、雞犬の聲相い聞ゆる)

6. 動物の飼育

「年は二八(十六歳)、久しく香閏に鎖こめられ、禍児(狩)と鶴鵡を相手に戯ぶのが愛き」(『敦煙変文社会風俗事物考』より引用)とあるように、家庭の少女や婦人、それに宮中の女性たちは常に鶴鵡や犬などの小動物を友として飼い、寂しさをまざらわせていた。楊貴妃が飼っていた鶴鵡は雪衣女といい、犬は康国(中央アジアのサマルカンド)から献上されたもので、どちらも高貴な品種であった。宮女や妃妾もまた常に小さな金の龍に蟻蜂を捉えて飼い、夜枕辺に置いて鳴き声を聞き、孤独の苦しみをまざらわせた。後に、この風習を民間が争ってまねるようになり、蟻蜂を飼うのを娯楽とした(『開元天宝遺事』巻上)。

 

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

7. 菰 ① マコモやわらで織った筵(むしろ)。 マコモの古名。 「三島江の入江の-をかりにこそ/万葉集 2766 「薦被(こもかぶ)り② 」の略。

8. 水 1.亦作"" 2.水草名。一年生草本。

 

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

9. 聽織,聲促 「聽促織,聲促織」ということ。

杜甫『促織』

促織甚微細、哀音何動人。

草根吟不穏、牀下意相親。

久客得無涙、故妻難及晨。

悲糸与急管、感激異天真。

(促 織)

促織【そくしょく】は  甚【はなは】だ微細なるに、哀音【あいおん】  何ぞ人を動かすや。

草根【そうこん】に 吟ずること 穏かならず、牀下【しょうか】に 意 相【あい】親しむ。

久客【きゅうかく】 涙 無きを得んや、故妻【こさい】  晨【あした】に及び難し。

悲糸【ひし】と急管【きゅうかん】と、感激は天真【てんしん】に異なり。

秦州抒情詩(11)   促織 杜甫 <296> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1355 杜甫詩 700- 416

10 軋軋 清楽は12弦箏を用いたが,他は13弦箏を普通とした。 奏法には指で奏する搊(しゆう),骨製の爪(義甲)で奏する弾,弦を擦って鳴らす軋(あつ)があったというが,搊と弾の意味はかならずしも明確ではない。車にキシミ音のような音。

11. 鳴梭 横糸とする糸を巻いた管を、舟形の胴部の空所に収めたもの。端から糸を引き出しながら縦糸の間を左右にくぐらせる。シャトル。

12. 穿屋 「穿屋巷」細い細い路地のこと。

 

 

主に宮中の年中行事

年中行事は、唐代では史料も増え、政府の儀礼だけでなく、都市における行事の詳細も分かるようになっている。行事の中でも、立春から冬至までの八節(二十四節気参照)と重日が重要視された。唐代の年中行事は、国家の安泰や農作物の豊穣や無病息災、神々や祖先との交流し、社会的共同性を更新する機会であり、宗教的呪術の場でもあった。

元会は、元旦に都である長安太極宮もしくは大明宮で皇帝が行う朝賀である。元会には各国の使者や百官が集まり、式典を行った。百官は元旦と前後3日間合計7日間休み、元会の儀式が終わると、残る3日新春の訪れを家族と祝った。正月には竹を燃やし、爆竹が鳴らされ、悪霊を追い払った。また、屠蘇酒を飲み、健康を祝い、膠牙糖という水飴を舐めた。

人日節正月7日に行われた行事である。祝宴が宮廷で行われ、百官に魔よけの人形の切り絵である「人勝」が配られる。この日、7種の野草を使う羮が作られた。

上元節は正月15日の前後3日間続く灯籠祭りであり、元宵節とも呼ばれ、仏教の影響もあって、最も盛んとなった祭りである。上元節の期間中は、夜行の禁が解かれ、都市、田舎を問わず、家ごとに灯籠を掛け連ね、着飾った大勢の見物人が夜通し活動する。大都市では、灯籠を無数に連ねた灯樹、灯輪、山棚などというものが飾られ、都市内各地で見物することができた。上元節の灯籠は、玄宗期に隆盛を迎え、その盛大さは多くの唐詩に唱われている。長安では、皇帝も元宵節を楽しみ、雑踏は非常に激しいもので、落とし物も朝には市中にあちこちに転がったと伝えられる。また、昼間は抜河(綱引き)が行われた。長安以外では、洛陽揚州涼州でも大規模な祭りが開かれた。玄宗期の一時期は2月に開かれていた。

探春の宴は早春の野に春の風景を探す行事である。送窮日は、1月最終日で、貧乏神を送り出す行事である。

寒食節は、2月末に、一日中冷たいものを食べる。前後3日間、火を焚くこと、夜間に灯りをつけることを禁じられた。清明節は、31日に寒食節が終わると、一続きで行われる、家で新火をおこし始める行事である。

寒食の用語解説 - 古代中国で、冬至から105日目に、火気を用いないで冷たい食事をしたこと。そのころは風雨が激しいので火災予防のためとも、また、一度火を断って新しい火で春を促すためともいう。

上巳節は、33日に行われる河や池の水で身体を洗う行事である「祓禊」が行われる。長安付近では、曲江池や渭水で行った。全体的に行楽のような意味合いを持った行事で、景色を楽しんだり、宴会が開かれたりした。

春の行事:探春の宴、送窮日、寒食節、清明節、上巳節

秋の行事:七夕、天長節、中秋節、重陽節

端午節は、55日に、悪鬼を防ぐため、艾(よもぎ)人形を戸口にかけ、艾のを頭にかぶる行事である。粽子(ちまき)を食べ、竜船競渡(ボートレース)を行うこともあった。宮廷でも、衣服やチマキが下賜された。部屋に飾る鍾馗の絵は唐代からはじまっている。

夏至には、百官は3日間の休みが与えられる。

七夕は、77日に、年に一度、織女星と牽牛星が会う日である。爆衣・爆書という衣類書籍の虫干しが行われ、夜にや瓜を食べ、を立てて二つの星を祭る。針穴に色糸を通して織物の上達を祈る「乞巧節」でもある。

天長節は、85日の玄宗の誕生日を国慶節としたことによる。宮廷では宴席を行い、興慶宮の広場で、玄宗のもとで宮廷楽団の音楽や大規模な舞踊、出し物や曲芸軽業手品などの百戯が行われた。全国の寺観でも盛大な儀式が行われ、農民も天神を祭るという行事に組み入れられた。

「中秋節は、815日に、中秋の名月を眺める日であり、この日の満月が最も美しい月とされた。果物などを食べながら、月見を行った。唐代の半ばにはじまり、晩唐には定着した。

重陽節は、99日に、人々が高い丘や高楼の高所に登高し、茱萸(かわはじかみ)の枝や菊の花を髪に挿し、その実を入れた袋を肘に下げ、菊酒を飲み邪気を祓う行事である。翌日の910日が小重陽で酒宴が開かれた。

冬至節は、1115日に、皇帝が朝賀を行う前に天に祭り、天下太平・五穀豊穣を祈り、式典が催される。元旦とともに重視され、官僚は7日間の休日を与えられた。民間でも「拝冬」として祝い、ご馳走をする。この前夜は、「至除夜」と言われ、徹夜して夜明けを迎える。

臘日は成道日の128日に、酒宴などを行って祝う行事。宮中でも宴会が開かれる。

徐夕は、1229日か30日の1年の最終日。夜の「除夜」に、新しい年を迎えるため、酒を飲んで、徹夜する。宮廷では「大儺」の儀式が行われた。

12孫光憲《巻八25女冠子二首其二》『花間集』377全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

孫光憲  女冠子二首其二

澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。一緒に簫の笛を吹いてくれと言うけれどそんなこと言ってはいけないという。同もそういうのにはなじめないのだ。

12孫光憲《巻八25女冠子二首其二》『花間集』377全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

 

 
  2016年1月7日 の紀頌之5つのBlog  
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溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

品流巫峽外,名籍紫微中。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。

真侶墉城會,夢魂通。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

(女冠子二首 其の一)

蕙風 芝露,壇際 殘香 輕く度る。

蘂珠宮,苔點 圓碧に分れ,桃花 破紅に踐す。

品流 巫峽の外,名籍 紫微の中。

真侶 墉城の會,夢魂 通ず。

 

 

女冠子二首其二

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。

勿以吹簫伴,不同羣。

一緒に簫の笛を吹いてくれと言うけれどそんなこと言ってはいけないという。同もそういうのにはなじめないのだ。

 

(女冠子二首其の二)

花が澹れ 瘦き玉,神仙の粧束を依約す。

瓊文を佩び,瑞露 通宵 貯り,幽香 盡日焚く。

碧紗 絳節に籠り,黃藕 濃雲の冠す。

以って 簫伴に吹く勿れ,羣を同じゅうせす。

 

 

女冠子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其二

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

勿以吹簫伴,不同羣。

 

(下し文)

(女冠子二首其の二)

花が澹れ 瘦き玉,神仙の粧束を依約す。

瓊文を佩び,瑞露 通宵 貯り,幽香 盡日焚く。

碧紗 絳節に籠り,黃藕 濃雲の冠す。

以って 簫伴に吹く勿れ,羣を同じゅうせす。

 

(現代語訳)

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。

巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。

葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。

一緒に簫の笛を吹いてくれと言うけれどそんなこと言ってはいけないという。同もそういうのにはなじめないのだ。

 

(訳注)

女冠子二首其二

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

11. 女冠

宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

    家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

    病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

    圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

   家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

    妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

 

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二平韻二仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤⑤③の詞形をとる。

女冠子二首其一

蕙風芝,壇際殘香輕

蘂珠,苔點分圓碧,桃花踐破

品流巫峽,名籍紫微

真侶墉城,夢魂

●△○●  ○●○○△●

●○○  ○●△○● ○○●●○

●○○●● ○●●○△

○●○○● △○○

双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

女冠子二首其二

澹花瘦,依約神仙粧

佩瓊,瑞露通宵貯,幽香盡日

碧紗籠絳,黃藕冠濃

勿以吹簫,不同

△○●●  △●○○?●

△○○  ●●○○● ○○●●○

●○△●● ○●△○○ 

●●△○● △○○

 

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。

12. 澹花 風や波によってゆったりと動くさま。

13. 瘦玉 瘦とは。意味や日本語訳。[](1) やせている.【反】胖・肥(2) 脂肪のない,赤身の,(【反】肥)瘦肉赤身の肉.(3) (衣服などが)きつい,窮屈な,(【反】肥)身衣服太瘦了この服はきつすぎる.(4) 土地がやせている(

14. 依約 ①関連づける。 ②かすかではっきりしないさま。▽「約」は、はっきりしないこと。

 

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。

15.  訓]おびる はく1 身に帯びる。「佩剣・佩刀・佩用/帯佩」2 腰につける飾り。「玉佩」3 心にとどめて忘れない。「

16. 瓊 1 たま。「瓊玉」2 玉のように美しい。「瓊筵(けいえん)・瓊姿」

17. 瑞露 古代廣西名酒有梧竹叶清(寄生酒)、八桂酒(瑞露)。

18. 通宵 一晩じゅう。夜どおし。副詞的にも用いる。「旧友と―酒を酌む」

19. 盡日  一日じゅう。終日。 -降雨」 各月または一年の最後の日。みそか。おおみそか。

 

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。

20. 絳節 えび茶色の旗じるし。梁の郡陵王粛綸(未詳-551)の魯山神文に「絳節竿を陳ね、満堂に繁く会う。」と

21. 黃藕冠 聖女の二羽の鳥の冠。

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改訂 12孫光憲《巻八24女冠子二首其一》『花間集』376全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

孫光憲  女冠子二首其一

蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

改訂 12孫光憲《巻八24女冠子二首其一》『花間集』376全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

 

 
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溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

品流巫峽外,名籍紫微中。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。

真侶墉城會,夢魂通。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

(女冠子二首 其の一)

蕙風 芝露,壇際 殘香 輕く度る。

蘂珠宮,苔點 圓碧に分れ,桃花 破紅に踐す。

品流 巫峽の外,名籍 紫微の中。

真侶 墉城の會,夢魂 通ず。

 

女冠子二首其二

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

勿以吹簫伴,不同羣。

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女冠子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其一

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

品流巫峽外,名籍紫微中。

真侶墉城會,夢魂通。

 

 (下し文)

(女冠子二首 其の一)

蕙風 芝露,壇際 殘香 輕く度る。

蘂珠宮,苔點 圓碧に分れ,桃花 破紅に踐す。

品流 巫峽の外,名籍 紫微の中。

真侶 墉城の會,夢魂 通ず。

 

(現代語訳)

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

 

(訳注)

女冠子二首其一

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

1.  女冠 『旧唐書』の「侍突伝」に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』の「百官志」第9節 女尼,女冠,女巫には「天下の女冠は988人、女尼は50576人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(841846)、僧尼は26万人を超えていた。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦煌地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦煌資料』第一輯「敦塩寺院僧尼等名牒」)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、無視できない階層を形成していたのである。

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。

 

『花間集』 には孫光憲の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二平韻二仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤⑤③の詞形をとる。

女冠子二首其一

蕙風芝,壇際殘香輕

蘂珠,苔點分圓碧,桃花踐破

品流巫峽,名籍紫微

真侶墉城,夢魂

●△○●  ○●○○△●

●○○  ○●△○● ○○●●○

●○○●● ○●●○△

○●○○● △○○

 

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

2. 蕙風 1 万物を成長させる、めぐみの風。春風。2 陰暦2月の異称。3 君主の恩恵が広く行きわたるのを風にたとえた語。

3. 壇際 古代中国で祭祀をはじめ朝会,盟誓,封拝などの大典を行うために,平たんな地上に設けられた土築の高い露台。古代以来,皇帝がとくに壇を築いて犠牲を供え,柴を燔(た)いて丁重を示し,みずから天神をまつる祭祀が行われた。《礼記(らいき)》祭法篇に〈柴を泰壇に燔き,天を祭る〉という()。古く殷・周時代においては,それはみずから遠祖の民族神信仰に連なるものであったとみられる。歴代の皇帝は,天命を受けて政をしく天子として,上帝をまつってその功徳に報ずる儀式を行うのがつねであった。

 

 

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

4. 蘂珠宮 道教の傍にある女冠宮。・蘂珠 粉心黃蘂は額の中心に黄色い化粧をぬること。その中心の真珠を付ける。中国の東晋時代(三一七~四二〇)の道教経典。道教的身体構造論に基づいて、神仙となる法を説く。『黄庭内景経』『黄庭外景経』その他があり、世人ひとしく黄庭経と呼ぶ。黄庭とは脾臓のことで、自己の内面を見つめ,そこにあるものを探求することで、蘂珠をつける。

5. 圓碧 圓碧草

6.  1 ふみ行う。「実践・履践」2 位につく。「践祚(せんそ)

 

品流巫峽外,名籍紫微中。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として仕えるのだ。

7. 品流 家柄。門閥。

8. 巫峽外 巫山の蘂珠宮の外におかれる。蕊珠宮 — (蕊珠宮, 蕊珠) 道教經典中にかれている所の仙宮をいう。 唐顧云《華清詞》詩:相公清齋朝蕊宮, 太上符籙龍蛇蹤。”

8. 名籍 戸籍。なのふだ。

9. 紫微 北極星は天帝太一神の居所であり,この星を中心とする星座は天上世界の宮廷に当てられて紫宮,紫微宮とよばれ,漢代には都の南東郊の太一祠においてしばしば太一神の祭祀が行われた。その後,讖緯(しんい)思想(讖緯説)の盛行につれて,後漢ころには北辰北斗信仰が星辰信仰の中核をなすようになり,北辰は耀魄宝(ようはくほう)と呼ばれ群霊を統御する最高神とされた

 

真侶墉城會,夢魂通。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

10. 墉城【ようじよう】集仙録は女仙の伝記集である。【道教神仙傳記。原十卷,共女仙109人,現已佚。《道藏》本爲六卷。母元君、金母元君、上元夫人、昭霊李夫人等三十七位女仙事迹

 

 

 

女冠は、宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。『唐六典』(巻四)に、盛唐の時代、天下に女道士のいる五五〇の道観、二一二二の尼寺があったと記されている。尼や女道士の数はさらに相当なものである。『旧唐書』 の 「侍突伝」 に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』 の 「百官志」には「天下の女冠は九八八人、女尼は五万五七六人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(八讐-八四六)、僧尼は二六万五百人に達した。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦蝮地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦蛙資料』第一輯「敦塩寺院僧尼等名牒」)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、無視できない階層を形成していたのである。


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12孫光憲《巻八23更漏子二首其二》『花間集』375全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7147

孫光憲  更漏子二首其二

今夜期,來日別,相對秖堪愁隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

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花間集 教坊曲『更漏子』十六首

溫庭筠

巻一15更漏子六首其一柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。驚塞鴈,起城烏,畫屏金鷓鴣。香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。

溫庭筠

巻一16更漏子六首其二星斗稀,鐘鼓歇,簾外曉鶯殘月。蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。虛閣上,倚蘭望,還似去年惆悵。春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。

溫庭筠

巻一17更漏子六首其三金雀釵,紅粉面,花裡暫如相見。知我意,感君憐,此情須問天。香作穗,成淚,還似兩人心意。山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。

溫庭筠

巻一18更漏子六首其四相見稀,相憶久,眉淺淡烟如柳。垂翠幕,結同心,待郎燻繡衾。城上月,白如雪,蟬髩美人愁。宮樹暗,鵲橋橫,玉籤初報明。

溫庭筠

巻一19更漏子六首其五背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。堤柳動,島煙昬,兩行征鴈分。西陵路,歸帆渡,正是芳菲欲度。銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。

溫庭筠

巻一20更漏子六首其六玉鑪香,紅蠟淚,偏照畫堂秋思。眉黛薄,髩雲殘,夜長衾枕寒。梧桐樹,三更雨,不道離情正苦。一葉葉,一聲聲,空階滴到明。

韋莊

巻三23更漏子鐘皷寒,樓閣暝,月照古桐金井。深院閉,小庭空,落花香露紅。煙柳重,春霧薄,燈背水高閣。閑倚,暗沾衣,待郎郎不歸。

牛嶠

巻四11更漏子三首其一 星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。挑錦字,記情事,惟願兩心相似。收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。

牛嶠

巻四12更漏子三首其二 春夜闌,更漏促,金燼暗挑殘燭。驚夢斷,錦屏深,兩明月心。閨艸碧,望歸客,還是不知消息。辜負我,悔憐君,告天天不聞。

牛嶠

巻四13更漏子三首其三南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。招手別,寸腸結,還是去年時節。書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

毛文錫

巻五12 更漏子一首 春夜闌,春恨切,花外子規啼月。人不見,夢難憑,紅紗一點燈。偏怨別,是芳節,庭中丁香千結。宵霧散,曉霞輝,梁間雙鷰飛。

顧夐

巻七37 更漏子一首  舊歡,新悵望,擁鼻含嚬樓上。濃柳翠,晚霞微,江鷗接翼飛。簾半捲,屏斜掩,遠岫參差迷眼。歌滿耳,酒盈罇,前非不要論。

孫光憲

巻八22更漏子二首其一 聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

孫光憲

巻八23更漏子二首其二 今夜期,來日別,相對秖堪愁。隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

毛熙震

巻九43更漏子二首其一  秋色清,河影澹,深燭寒光暗。幌碧,錦衾紅,博山香融。更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤

毛熙震

巻九44更漏子二首其二  煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。羅幕下,屏空,燈花結碎紅。人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。長憶得,與郎期,竊香私語時

 

 

更漏子二首其一

(富貴の家の歌妓が今夜は歌っていない。漏刻の音がしっかり聞えるし、雁の啼くのも聞こえた。奥座敷で二人が交わっているからだと詠う。)

聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。

真夜中を過ぎて時を知らせる漏刻の音が聴こえてくると寒さが増してくる、遠くの方で雁が鳴いていくのが聞える。歌妓のあの娘も真夜中過ぎれば奥の閨にいる。

扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。

中庭のあるその家の飾られた扉には閂で戸締まりをしている。庭には珠簾の草花を植えてあり、月の光があふれる様に照らしている。

人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。

誰もいなくて人声などなく、唐なども焚かれず閨は冷え切ったままだ。蝋燭の火が赤く半ば垂らした戸帳を照らし、あの子が待っていたそこに清々しい影が映っている。

雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

二人は「高唐賦」の雨と雲とに化身し交わった。最高の蕙蘭のような心情であろうと思うし、この気持ちは長江を流れ、滄海のうみのふかさというべきかもしれない。

 

(更漏子二首 其の一)

寒更を聽けば,遠く鴈を聞く,半夜 蕭娘 深き院。

扃し,珠簾を下る,滿庭 玉蟾噴く。

人語 靜かにして,香閨 冷く,紅幕 半ば垂れて清影あり。

雲雨 態し,蕙蘭の心,此情 江海 深くす。

 

更漏子二首其二

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

今夜期,來日別,相對秖堪愁

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿

漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

 

(更漏子二首其の二)

今夜 期あり,日來れば別,相い對して秖だ堪え愁

粉面を隈して,撚えて簪を瑤らす,無言 淚 襟に滿つ。

銀箭 落ち,霜華 薄ぎ,牆外 曉雞 咿喔【いあく】あり。

付囑【ふしょく】を聽き,情悰【じょうそう】を惡し,斷腸 西に復た東に。

 

十三夜月
DCF00212
 

『更漏子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

更漏子二首其二

今夜期,來日別,相對秖堪愁

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

 

(下し文)

(更漏子二首其の二)

今夜 期あり,日來れば別,相い對して秖だ堪え愁つ。

粉面を隈して,撚えて簪を瑤らす,無言 淚 襟に滿つ。

銀箭 落ち,霜華 薄ぎ,牆外 曉雞 咿喔【いあく】あり。

付囑【ふしょく】を聽き,情悰【じょうそう】を惡し,斷腸 西に復た東に。

 

(現代語訳)

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。

白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 

漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。

妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

 

三日月01
銀河002
(
訳注)

更漏子二首其二

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

【解説】 更漏というのは夜の時間を計る水時計のことだが、花間集では、①妃嬪、愛妾との別離に夜が早く過ぎるのを気にする場合。②待ち人が何時までも来ないから時間が気になる場合。大まかにこの2例の変形のものである。この詩は①の場合である。

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。

更漏子二首其一

双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻3③⑤の詞形をとる。

聽寒更,聞遠,半夜蕭娘深。扃繡,下珠,滿庭噴玉

人語靜,香閨,紅幕半垂清。雲雨態,蕙蘭,此情江海

△○△  △●● ●●○○△△ ○●● ●○○  ●○△●○

○●●  ○○△ ○●●○○●  ○●● ●○○  ●○○●△

更漏子二首其二

双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句四仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/❸❸❻❸③⑤の詞形をとる。

今夜期,來日,相對秖堪愁

隈粉面,撚瑤,無言淚滿

銀箭,霜華,牆外曉雞咿

聽付,惡情,斷腸西復

○●○  △●● △●?○○●

△●● ●○○  ○○●●○

○●●  ○△● ○●●○○●

△●● △○○  ●○○●○

 

今夜期,來日別,相對秖堪愁

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。

10. 相対 ここでは愛人の男に向かい合うこと。

 

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 

11. 隈粉面 頻を寄せる。粉面は白粉を塗った白い顔。

12. 瑤簪 玉の飾りのついた簪が小刻みに揺れる。

 

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。

漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。

13. 銀箭落 夜が尽きること。階段型の5つの水槽があり、その一つで一更で浮き袋に銀箭は水時計の時を示す矢(針)。それが上から順に一更ずつ下に移る。したがって、落ちるとは水時計の水がなくなり時間が経ったことを意味する。

14. 霜華 白く降りた霜。

15. 咿喔 時を告げる鶏の声の形容。

 

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

16. 付嘱 言い付け、頼み。

17. 悪情悰 気が滅入る。

 

 

 

 

孫光憲 更漏子二首 【字解】

 

 

1 更漏 漏壺であり、計時器をいう。 古代、滴漏計時に用いたもの, 夜間、漏刻に憑り更を傳える, 故に稱す。 唐の李肇が《唐國史補》卷中に漏刻を説明している。「 惠遠以山中不知更漏,乃取銅葉製器,狀如蓮花,置盆水之上,底孔漏水,半之則沈,每晝夜十二沈, 為行道之節, 雖冬夏短長, 雲陰月黑, 亦無差也。」

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻3③⑤の詞形をとる。

更漏子二首其一

聽寒更,聞遠,半夜蕭娘深。扃繡,下珠,滿庭噴玉

人語靜,香閨,紅幕半垂清。雲雨態,蕙蘭,此情江海

△○△  △●● ●●○○△△ ○●● ●○○  ●○△●○

○●●  ○○△ ○●●○○●  ○●● ●○○  ●○○●△

2. 寒更 夜更けの薄ら寒い様を言いう。五更: 1 一夜を初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称。2 五更の第五。およそ現在の午前3時から午前5時、または午前4時から午前6時ころにあたる。寅(とら)の刻。戊夜。

3. 蕭娘 歌妓の名前。「唐娘」「謝娘」など六朝時代の女妓の一般呼称。民妓、家妓、美女や妓女、あるいは愛妾をいう。

沈満願『戯蕭娘』

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)

明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。

風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。

凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。

意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

・謝家 民妓、家妓、美女や妓女、あるいは愛妾の棲む家。唐の李徳祐が豪邸を築いて謝秋娘を池のほとりの楼閣に住まわせたことによる。比喩する相手が特定される場合は、晋の謝安であったり、謝靈運、謝朓を示す場合もある。

4. 扃 (1) (外からの)かんぬき.(2) (を閉ざす)1 草が生い茂って道や入り口を閉ざすこと。「立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは―にさはりしもせじ」〈源・若紫〉2 簡素な住まい。わび住まい。

5. 珠簾 1 玉で飾ったすだれ。また、すだれの美称。たまだれ。2 ヒガンバナ科の多年草。地下の鱗茎(りんけい)から細長い葉が群がって出る。夏、高さ約30センチの茎を出し、クロッカスに似た白い花をつける。

6.  激しくふく。

7. 玉蟾 【ぎょくせん】《月の中に三つ足の蟾(ヒキガエル)がいるという伝説から》月の異称。

8. 雲雨 男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。漂いやがて消えてゆくガスのような雲なので、探しようがない。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

淸平樂(一) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-260-5-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682

9. 蕙蘭 広東省を主な原産地とするシンビジウム属の一部です。 わが国にやってきて100年以上になるため帰化植物と同じく作りやすい蘭になっています。 花は品種によって2月から4月ごろ開花して、中国蘭特有のよい香りが漂う。

12孫光憲《巻八22更漏子二首其一》『花間集』374全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7142

孫光憲  更漏子二首其一

聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。

人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

(富貴の家の歌妓が今夜は歌っていない。漏刻の音がしっかり聞えるし、雁の啼くのも聞こえた。奥座敷で二人が交わっているからだと詠う。)

真夜中を過ぎて時を知らせる漏刻の音が聴こえてくると寒さが増してくる、遠くの方で雁が鳴いていくのが聞える。歌妓のあの娘も真夜中過ぎれば奥の閨にいる。中庭のあるその家の飾られた扉には閂で戸締まりをしている。庭には珠簾の草花を植えてあり、月の光があふれる様に照らしている。誰もいなくて人声などなく、唐なども焚かれず閨は冷え切ったままだ。蝋燭の火が赤く半ば垂らした戸帳を照らし、あの子が待っていたそこに清々しい影が映っている。二人は「高唐賦」の雨と雲とに化身し交わった。最高の蕙蘭のような心情であろうと思うし、この気持ちは長江を流れ、滄海のうみのふかさというべきかもしれない。

12孫光憲《巻八22更漏子二首其一》『花間集』374全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7142

 

 
  2015年12月29日 の紀頌之5つのBlog  
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花間集 教坊曲『更漏子』十六首

溫庭筠

巻一15更漏子六首其一柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。驚塞鴈,起城烏,畫屏金鷓鴣。香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。

溫庭筠

巻一16更漏子六首其二星斗稀,鐘鼓歇,簾外曉鶯殘月。蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。虛閣上,倚蘭望,還似去年惆悵。春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。

溫庭筠

巻一17更漏子六首其三金雀釵,紅粉面,花裡暫如相見。知我意,感君憐,此情須問天。香作穗,成淚,還似兩人心意。山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。

溫庭筠

巻一18更漏子六首其四相見稀,相憶久,眉淺淡烟如柳。垂翠幕,結同心,待郎燻繡衾。城上月,白如雪,蟬髩美人愁。宮樹暗,鵲橋橫,玉籤初報明。

溫庭筠

巻一19更漏子六首其五背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。堤柳動,島煙昬,兩行征鴈分。西陵路,歸帆渡,正是芳菲欲度。銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。

溫庭筠

巻一20更漏子六首其六玉鑪香,紅蠟淚,偏照畫堂秋思。眉黛薄,髩雲殘,夜長衾枕寒。梧桐樹,三更雨,不道離情正苦。一葉葉,一聲聲,空階滴到明。

韋莊

巻三23更漏子鐘皷寒,樓閣暝,月照古桐金井。深院閉,小庭空,落花香露紅。煙柳重,春霧薄,燈背水高閣。閑倚,暗沾衣,待郎郎不歸。

牛嶠

巻四11更漏子三首其一 星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。挑錦字,記情事,惟願兩心相似。收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。

牛嶠

巻四12更漏子三首其二 春夜闌,更漏促,金燼暗挑殘燭。驚夢斷,錦屏深,兩明月心。閨艸碧,望歸客,還是不知消息。辜負我,悔憐君,告天天不聞。

牛嶠

巻四13更漏子三首其三南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。招手別,寸腸結,還是去年時節。書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

毛文錫

巻五12 更漏子一首 春夜闌,春恨切,花外子規啼月。人不見,夢難憑,紅紗一點燈。偏怨別,是芳節,庭中丁香千結。宵霧散,曉霞輝,梁間雙鷰飛。

顧夐

巻七37 更漏子一首  舊歡,新悵望,擁鼻含嚬樓上。濃柳翠,晚霞微,江鷗接翼飛。簾半捲,屏斜掩,遠岫參差迷眼。歌滿耳,酒盈罇,前非不要論。

孫光憲

巻八22更漏子二首其一 聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

孫光憲

巻八23更漏子二首其二 今夜期,來日別,相對秖堪愁。隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

毛熙震

巻九43更漏子二首其一  秋色清,河影澹,深燭寒光暗。幌碧,錦衾紅,博山香融。更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤

毛熙震

巻九44更漏子二首其二  煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。羅幕下,屏空,燈花結碎紅。人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。長憶得,與郎期,竊香私語時

 

 

更漏子二首其一

(富貴の家の歌妓が今夜は歌っていない。漏刻の音がしっかり聞えるし、雁の啼くのも聞こえた。奥座敷で二人が交わっているからだと詠う。)

聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。

真夜中を過ぎて時を知らせる漏刻の音が聴こえてくると寒さが増してくる、遠くの方で雁が鳴いていくのが聞える。歌妓のあの娘も真夜中過ぎれば奥の閨にいる。

扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。

中庭のあるその家の飾られた扉には閂で戸締まりをしている。庭には珠簾の草花を植えてあり、月の光があふれる様に照らしている。

人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。

誰もいなくて人声などなく、唐なども焚かれず閨は冷え切ったままだ。蝋燭の火が赤く半ば垂らした戸帳を照らし、あの子が待っていたそこに清々しい影が映っている。

雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

二人は「高唐賦」の雨と雲とに化身し交わった。最高の蕙蘭のような心情であろうと思うし、この気持ちは長江を流れ、滄海のうみのふかさというべきかもしれない。

 

(更漏子二首 其の一)

寒更を聽けば,遠く鴈を聞く,半夜 蕭娘 深き院。

扃し,珠簾を下る,滿庭 玉蟾噴く。

人語 靜かにして,香閨 冷く,紅幕 半ば垂れて清影あり。

雲雨 態し,蕙蘭の心,此情 江海 深くす。

 

更漏子二首其二

今夜期,來日別,相對秖堪愁

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

pla029
 

 

『更漏子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

更漏子二首其一

聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。

扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。

人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。

雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

 

(下し文)

(更漏子二首 其の一)

寒更を聽けば,遠く鴈を聞く,半夜 蕭娘 深き院。

扃し,珠簾を下る,滿庭 玉蟾噴く。

人語 靜かにして,香閨 冷く,紅幕 半ば垂れて清影あり。

雲雨 態し,蕙蘭の心,此情 江海 深くす。

 

(現代語訳)

(富貴の家の歌妓が今夜は歌っていない。漏刻の音がしっかり聞えるし、雁の啼くのも聞こえた。奥座敷で二人が交わっているからだと詠う。)

真夜中を過ぎて時を知らせる漏刻の音が聴こえてくると寒さが増してくる、遠くの方で雁が鳴いていくのが聞える。歌妓のあの娘も真夜中過ぎれば奥の閨にいる。

中庭のあるその家の飾られた扉には閂で戸締まりをしている。庭には珠簾の草花を植えてあり、月の光があふれる様に照らしている。

誰もいなくて人声などなく、唐なども焚かれず閨は冷え切ったままだ。蝋燭の火が赤く半ば垂らした戸帳を照らし、あの子が待っていたそこに清々しい影が映っている。

二人は「高唐賦」の雨と雲とに化身し交わった。最高の蕙蘭のような心情であろうと思うし、この気持ちは長江を流れ、滄海のうみのふかさというべきかもしれない。

朱槿花・佛桑華00
 

(訳注)

更漏子二首其一

(富貴の家の歌妓が今夜は歌っていない。漏刻の音がしっかり聞えるし、雁の啼くのも聞こえた。奥座敷で二人が交わっているからだと詠う。)

 

1.    更漏 漏壺であり、計時器をいう。 古代、滴漏計時に用いたもの, 夜間、漏刻に憑り更を傳える, 故に稱す。 唐の李肇が《唐國史補》卷中に漏刻を説明している。「 惠遠以山中不知更漏,乃取銅葉製器,狀如蓮花,置盆水之上,底孔漏水,半之則沈,每晝夜十二沈, 為行道之節, 雖冬夏短長, 雲陰月黑, 亦無差也。」

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、336335/336335の詞形をとる。

更漏子二首其一

聽寒更,聞遠,半夜蕭娘深。扃繡,下珠,滿庭噴玉

人語靜,香閨,紅幕半垂清。雲雨態,蕙蘭,此情江海

△○△  △●● ●●○○△△ ○●● ●○○  ●○△●○

○●●  ○○△ ○●●○○●  ○●● ●○○  ●○○●△

 

聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。

真夜中を過ぎて時を知らせる漏刻の音が聴こえてくると寒さが増してくる、遠くの方で雁が鳴いていくのが聞える。歌妓のあの娘も真夜中過ぎれば奥の閨にいる。

2. 寒更 夜更けの薄ら寒い様を言いう。五更: 1 一夜を初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称。2 五更の第五。およそ現在の午前3時から午前5時、または午前4時から午前6時ころにあたる。寅(とら)の刻。戊夜。

3. 蕭娘 歌妓の名前。「唐娘」「謝娘」など六朝時代の女妓の一般呼称。民妓、家妓、美女や妓女、あるいは愛妾をいう。

沈満願『戯蕭娘』

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)

明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。

風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。

凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。

意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

・謝家 民妓、家妓、美女や妓女、あるいは愛妾の棲む家。唐の李徳祐が豪邸を築いて謝秋娘を池のほとりの楼閣に住まわせたことによる。比喩する相手が特定される場合は、晋の謝安であったり、謝靈運、謝朓を示す場合もある。

 

扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。

中庭のあるその家の飾られた扉には閂で戸締まりをしている。庭には珠簾の草花を植えてあり、月の光があふれる様に照らしている。

4. 扃 (1) (外からの)かんぬき.(2) (を閉ざす)1 草が生い茂って道や入り口を閉ざすこと。「立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは―にさはりしもせじ」〈源・若紫〉2 簡素な住まい。わび住まい。

5. 珠簾 1 玉で飾ったすだれ。また、すだれの美称。たまだれ。2 ヒガンバナ科の多年草。地下の鱗茎(りんけい)から細長い葉が群がって出る。夏、高さ約30センチの茎を出し、クロッカスに似た白い花をつける。

6.  激しくふく。

7. 玉蟾 【ぎょくせん】《月の中に三つ足の蟾(ヒキガエル)がいるという伝説から》月の異称。

 

人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。

誰もいなくて人声などなく、唐なども焚かれず閨は冷え切ったままだ。蝋燭の火が赤く半ば垂らした戸帳を照らし、あの子が待っていたそこに清々しい影が映っている。

 

雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

二人は「高唐賦」の雨と雲とに化身し交わった。最高の蕙蘭のような心情であろうと思うし、この気持ちは長江を流れ、滄海のうみのふかさというべきかもしれない。

8. 雲雨 男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。漂いやがて消えてゆくガスのような雲なので、探しようがない。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

淸平樂(一) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-260-5-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682

9. 蕙蘭 広東省を主な原産地とするシンビジウム属の一部で、 わが国にやってきて100年以上になるため帰化植物と同じく作りやすい蘭である。 花は品種によって2月から4月ごろ開花して、中国蘭特有のよい香りが漂う。

12孫光憲《巻八21清平樂二首其二》『花間集』373全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7137

孫光憲  清平樂二首其二

等閑無語,春恨如何去?終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

(あの春の日に寵愛を受けていたのが終わって詩なった、花が咲き、柳の緑が濃くなっても、もう何もありはしない。朝、馬だけの輦が行き、馬だけの輦が帰ってきたというと詠う。)

今日もやることもやりたくなくて押し黙ったまま時を過ごす、待ち望んだ春なのに、春も盛りというのに、この春の恨みをどうすれば消せるのか。あのとき、春だからと引き留めてもやっぱりそそくさと強引に出て行かれ、ちょうあいをうしなった、花が咲けど暗い気持ち、柳が色を濃くしても、何処に行かれるのか、判りはしない。一日中、眺め尽くして見るのも嫌になり、やるせない思いもどこかにやるよりないのだ、窓を斜めにくぎってさしこむ夕日は今夜の「明」と「暗」を示唆するものである。眠れず一人過ごす長い夜が恨めしい、黄昏時のこの屋の朱塗りの門に日は落ちる、見慣れた刺繍の飾った鞍を置く驄馬だけが空しく帰ってくる。

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  2015年12月28日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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李白372 巻五 24-《秋思》(春陽如昨日) 372728年開元十六年28歲 <李白372> Ⅰ李白詩1717 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7133  
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花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

溫庭筠

巻二01清平樂二首其一上陽春晚,宮女愁蛾淺。新清平思同輦,爭那長安路遠。鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。競把黃金買賦,為妾將上明君。

溫庭筠

巻二02清平樂二首其二洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

韋莊

巻二46清平樂四首其一春愁南陌,故國音書隔。細雨霏霏棃花白,鷰拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上淚痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望銷魂。

韋莊

巻二47清平樂四首其二野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。夢覺半床斜月,小風觸鳴琴。

韋莊

巻二48清平樂四首其三何處游女,蜀國多雲雨。雲解有情花解語,窣地繡羅金縷。粧成不整金鈿,含羞待月鞦韆。住在綠槐陰裡,門臨春水橋邊。

韋莊

巻二49清平樂四首其四鶯啼殘月,繡閣香燈滅。門外馬嘶郎欲別,正是落花時節。粧成不畫蛾眉,含愁獨倚金扉。雲路香塵莫掃,掃即郎去歸遲。

孫光憲

巻八20清平樂二首其一愁腸欲斷,正是青春半。連理分枝鸞失伴,又是一場離散。掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。憑使東風吹夢,與郎終日東西。

孫光憲

巻八21清平樂二首其二等閑無語,春恨如何去?終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

毛熙震

《巻九47清平樂》  春光欲暮,寂寞閑庭。粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲天疎雨。含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛

 

 

清平樂二首其一

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

愁腸欲斷,正是青春半。

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

(清平樂二首其の一)

愁腸 斷たんと欲す,正に是れ青春 半ばなり。

連理は枝を分ち 鸞は伴を失う,又た是れ 一場の離散なり。

鏡を掩い 語ること無く 眉は低る,思は芳艸に隨い凄凄たり。

東風は夢を吹くに憑使【つかし】めば,郎と終日 東西せん。

 

清平樂二首其二

(あの春の日に寵愛を受けていたのが終わって詩なった、花が咲き、柳の緑が濃くなっても、もう何もありはしない。朝、馬だけの輦が行き、馬だけの輦が帰ってきたというと詠う。)
等閑無語,春恨如何去?

今日もやることもやりたくなくて押し黙ったまま時を過ごす、待ち望んだ春なのに、春も盛りというのに、この春の恨みをどうすれば消せるのか。
終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

あのとき、春だからと引き留めてもやっぱりそそくさと強引に出て行かれ、ちょうあいをうしなった、花が咲けど暗い気持ち、柳が色を濃くしても、何処に行かれるのか、判りはしない。
盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。

一日中、眺め尽くして見るのも嫌になり、やるせない思いもどこかにやるよりないのだ、窓を斜めにくぎってさしこむ夕日は今夜の「明」と「暗」を示唆するものである。
長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

眠れず一人過ごす長い夜が恨めしい、黄昏時のこの屋の朱塗りの門に日は落ちる、見慣れた刺繍の飾った鞍を置く驄馬だけが空しく帰ってくる。

 

(清平樂二首其の二)

等閑に語ること 無く、春恨 如何にして去らん?

終に是れ 疎狂し 留【と】めて 住【とど】まらず、花は暗く 柳は濃く 何処ぞ。

尽日 目は断じ 魂は飛びて、晩窓 斜めに残を界【くぎ】る。

長く恨むは 朱門の薄暮に、繍鞍 驄馬 空しく帰るを。

Flower1-008
 

 

『清平樂二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂二首其二

等閑無語,春恨如何去?

終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。

長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

 

(下し文)

(清平樂二首其の二)

等閑に語ること 無く、春恨 如何にして去らん?

終に是れ 疎狂し 留【と】めて 住【とど】まらず、花は暗く 柳は濃く 何処ぞ。

尽日 目は断じ 魂は飛びて、晩窓 斜めに残暉を界【くぎ】る。

長く恨むは 朱門の薄暮に、繍鞍 驄馬 空しく帰るを。

 

(現代語訳)

(あの春の日に寵愛を受けていたのが終わって詩なった、花が咲き、柳の緑が濃くなっても、もう何もありはしない。朝、馬だけの輦が行き、馬だけの輦が帰ってきたというと詠う。)

今日もやることもやりたくなくて押し黙ったまま時を過ごす、待ち望んだ春なのに、春も盛りというのに、この春の恨みをどうすれば消せるのか。

あのとき、春だからと引き留めてもやっぱりそそくさと強引に出て行かれ、ちょうあいをうしなった、花が咲けど暗い気持ち、柳が色を濃くしても、何処に行かれるのか、判りはしない。

一日中、眺め尽くして見るのも嫌になり、やるせない思いもどこかにやるよりないのだ、窓を斜めにくぎってさしこむ夕日は今夜の「明」と「暗」を示唆するものである。

眠れず一人過ごす長い夜が恨めしい、黄昏時のこの屋の朱塗りの門に日は落ちる、見慣れた刺繍の飾った鞍を置く驄馬だけが空しく帰ってくる。

 

(訳注)

清平樂二首其二

(あの春の日に寵愛を受けていたのが終わって詩なった、花が咲き、柳の緑が濃くなっても、もう何もありはしない。朝、馬だけの輦が行き、馬だけの輦が帰ってきたというと詠う。)

 

1 清平調について

楽府の一つ。唐の玄宗が楊貴妃と沈香亭で牡丹をながめて楽しんだとき、李白が勅を受けて作ったもの。楽府には、清調・平調・瑟調があったが、李白が、清調と平調を合わせて清平調三章を作った。

清平調とは、欒律の名で、

通典に「『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:『平調、清調、瑟調,皆周房中曲之遺聲,漢世謂之三調。』則似漢代己有清商三調的稱呼了.」

(『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:平調、清調、瑟調は皆周の房中曲の遺聲、漢世、これを三調といい、すべて相和調という。則似漢代己有清商三調的稱呼了.」とある。

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。

清平樂二首其一

愁腸欲,正是青春

連理分枝鸞失,又是一場離

掩鏡無語眉,思隨芳艸凄

憑使東風吹夢,與郎終日東西

○○●●  △●○○●

○●△○○●●  ●●●○△●

●●○●○○  △○○●○○

○●○△△△  △○○●○○

双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺7❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。清平樂二首其二

等閑無,春恨如何

終是疎狂留不住,花暗柳濃何

盡日目斷魂,晚斜界殘

長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空

●○○●  ○●△△●

○●△△△△●  ○●●○△●

●●●●○○  ●?○●○○

△●○○●●  ●○○●△○

 

等閑無語,春恨如何去?

今日もやることもやりたくなくて押し黙ったまま時を過ごす、待ち望んだ春なのに、春も盛りというのに、この春の恨みをどうすれば消せるのか。

12. 等閑 なすべきことをないがしろにする。

 

終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

あのとき、春だからと引き留めてもやっぱりそそくさと強引に出て行かれ、ちょうあいをうしなった、花が咲けど暗い気持ち、柳が色を濃くしても、何処に行かれるのか、判りはしない。

13. 終是 結局のところ。

14. 疎狂 そそっかしく、ひどく常識にはずれていること。 ここは朝廷の高官であるから夕刻までに帰って来るけれどそそくさと家を又出てゆくこと。

15. 花暗柳濃 後宮には何人かの妃嬪がいることを示す。・花暗:花が咲いている庭の奥まったところ。・柳濃:柳並木の鬱蒼と茂ったあたり。

16. 留不住 引き留めることができない。

 

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。

一日中、眺め尽くして見るのも嫌になり、やるせない思いもどこかにやるよりないのだ、窓を斜めにくぎってさしこむ夕日は今夜の「明」と「暗」を示唆するものである。

17 斜界殘暉 夕日の光が明暗を分ける様子をいう。ここではいったん帰ってきてからのそのまま家にいて夜を一緒に過ごす「明」なのか、すぐに他の女のもとに行ってしまう「暗」なのか、ということをイメージさせる。

 

長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

眠れず一人過ごす長い夜が恨めしい、黄昏時のこの屋の朱塗りの門に日は落ちる、見慣れた刺繍の飾った鞍を置く驄馬だけが空しく帰ってくる。

18. 長恨 夕方出て行った男に秋の夜長を一晩中どうして過したらよいのかという恨み心を抱く。この時代の女性に嫉妬心を現代の女性と比較すると極めて薄いものである。一夫多妻制であることが現代の倫理観とまったく異なるのであって、女性は性の道具、女卑、の前提のもとに恨むことさえしてはいけないのである。男性の方も罪の意識はないというのが基本である。したがってここでは男目線の詩であるから、どういう状態であっても女性が自分のことだけを愛してくれているという前提のもとに、この夜ひとりで過ごす女性の心情を「長恨」という語で表現するのである。この「長」を“つねに”と読ませるのは間違い。

19.. 朱門 朱雀門。南の門。身分の高い顕官の邸の正門を通るのはこの屋の主人。① 朱塗りの門。 ②《門を朱塗りにしたところから》富貴の人の家。家屋は南を正門とし、高貴の人はその邸の門を朱色に塗った。杜甫『自京赴奉先縣詠懷五百字』「朱門酒肉臭、路有凍死骨。」このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くしてあまったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。

薛濤『燕離巢』「出入朱門未忍,主人常愛語交交。銜泥穢珊瑚枕,不得梁間更壘巢。」(朱門に出入して 未だ【なげう】つに忍びず、主人 常に愛す 語 交交なるを。泥を銜んで 珊瑚の枕を 穢汚す、梁間 更に巣を壘するを 得ず。)

十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467

20. 繡鞍驄馬空歸 立派な鞍を置いた青白毛の馬だけが空しく帰って来る。ここでは主人のお供として出かけた馬番だけが馬を連れて帰って来たことを意味する。

21. 驄馬 青白色の馬。「時俗造次那得致,雲霧晦冥方降精。」此の種類の馬は世俗の人がほしいからとしてあわただしく得ようとしてできるものか、このような馬は、雲や霧がとざして真っ暗という様な時はじめて天が精気を降してこの馬を下界へ送りくださるものである。

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12孫光憲《巻八20清平樂二首其一》『花間集』372全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7132

孫光憲  清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是青春半。連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。憑使東風吹夢,與郎終日東西。

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

12孫光憲《巻八20清平樂二首其一》『花間集』372全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7132

 

 

 
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花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

溫庭筠

巻二01清平樂二首其一上陽春晚,宮女愁蛾淺。新清平思同輦,爭那長安路遠。鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。競把黃金買賦,為妾將上明君。

溫庭筠

巻二02清平樂二首其二洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

韋莊

巻二46清平樂四首其一春愁南陌,故國音書隔。細雨霏霏棃花白,鷰拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上淚痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望銷魂。

韋莊

巻二47清平樂四首其二野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。夢覺半床斜月,小風觸鳴琴。

韋莊

巻二48清平樂四首其三何處游女,蜀國多雲雨。雲解有情花解語,窣地繡羅金縷。粧成不整金鈿,含羞待月鞦韆。住在綠槐陰裡,門臨春水橋邊。

韋莊

巻二49清平樂四首其四鶯啼殘月,繡閣香燈滅。門外馬嘶郎欲別,正是落花時節。粧成不畫蛾眉,含愁獨倚金扉。雲路香塵莫掃,掃即郎去歸遲。

孫光憲

巻八20清平樂二首其一愁腸欲斷,正是青春半。連理分枝鸞失伴,又是一場離散。掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。憑使東風吹夢,與郎終日東西。

孫光憲

巻八21清平樂二首其二等閑無語,春恨如何去?終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

毛熙震

《巻九47清平樂》  春光欲暮,寂寞閑庭。粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲天疎雨。含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛

 

 

清平樂二首其一

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

愁腸欲斷,正是青春半。

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

(清平樂二首其の一)

愁腸 斷たんと欲す,正に是れ青春 半ばなり。

連理は枝を分ち 鸞は伴を失う,又た是れ 一場の離散なり。

鏡を掩い 語ること無く 眉は低る,思は芳艸に隨い凄凄たり。

東風は夢を吹くに憑使【つかし】めば,郎と終日 東西せん。

 

清平樂二首其二

等閑無語,春恨如何去?

終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。

長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

 

miyajima594
 

『清平樂二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是青春半。

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

 

(下し文)

(清平樂二首其の一)

愁腸 斷たんと欲す,正に是れ青春 半ばなり。

連理は枝を分ち 鸞は伴を失う,又た是れ 一場の離散なり。

鏡を掩い 語ること無く 眉は低る,思は芳艸に隨い凄凄たり。

東風は夢を吹くに憑使【つかし】めば,郎と終日 東西せん。

 

(現代語訳)

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。

連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。

寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。

この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

 

 芍薬001

(訳注)

清平樂二首其一

(初めて寵愛を受けた、牡丹の花が咲いた春がまた来たが、愁いの思いは晴れることがない。それでも、妃嬪として寵愛を受ける準備だけをすることだけはしないといけない。だから、春の風に乗って、あのお方のもとに飛んで一緒にいたいと詠う。)

 

1.    清平調について

楽府の一つ。唐の玄宗が楊貴妃と沈香亭で牡丹をながめて楽しんだとき、李白が勅を受けて作ったもの。楽府には、清調・平調・瑟調があったが、李白が、清調と平調を合わせて清平調三章を作った。

清平調とは、欒律の名で、

通典に「『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:『平調、清調、瑟調,皆周房中曲之遺聲,漢世謂之三調。』則似漢代己有清商三調的稱呼了.」

(『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:平調、清調、瑟調は皆周の房中曲の遺聲、漢世、これを三調といい、すべて相和調という。則似漢代己有清商三調的稱呼了.」とある。

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。

清平樂二首其一

愁腸欲,正是青春

連理分枝鸞失,又是一場離

掩鏡無語眉,思隨芳艸凄

憑使東風吹夢,與郎終日東西

○○●●  △●○○●

○●△○○●●  ●●●○△●

●●○●○○  △○○●○○

○●○△△△  △○○●○○

 

愁腸欲斷,正是青春半。

愁いに思う気持ちが続いて、どうしてもこれを断ち切りたいと思っていたが、沈香亭に牡丹の咲く春が訪れ、今春の盛り妃嬪もその若さを誇っている。

2. 愁腸 愁え悲しむ心。哀愁に満ちた心。傅玄 《雲歌》「白雲翩翩翔天庭,流景彷彿非君形。 白雲飄飄捨我高翔, 青雲徘徊為我愁腸。」(白雲 翩翩として天庭に翔ける,流景 彷彿として君の形に非らず。)

3. 欲断 今にも〜心が折れそうだ。~のことを断絶したい。女は閨にこもっているものというのがこの時代の当たり前のこと。男がここでは詩題からも高貴な男が春を迎えたのに帰ってこない。毎日思い続けていることで、これをやめなければいけないと思っていることをいう。顧夐『臨江仙三首 其二』「幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。」13-336《臨江仙三首 其二》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-519-13-(336) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4142 

4. 青春半 旧暦二月を指、春の半ば、と女自身はまだ若いことをいう。五行思想で春の色は青に配当されるので春を青春と言う。また旧暦では一月、二月、三月が春で、春の半ばは二月に当たる。

 

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

連理の梧桐が茂り、おおきな幹のえだに、鸞鳥が伴侶を失って止まっている。後宮では、寵愛を失えば、これらのことは普通にある一場面のことで、妃嬪にとっては常に別れを覚悟しなければいけないのである。

5. 連理 株を異にする樹の枝幹がつながって一体化したもの。もともと吉祥の兆しであったが、後には睦まじい男女、夫妻の比喩として用いられるようになった。

6. 鸞失伴 鸞鳥が伴侶を失うこと、寵愛を失う。後宮にはいわゆる「内職」という制度があり、『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。

 

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

寵愛を失えば化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくすことが増え、言葉を交わすこともなくなり、心は暗く眉も下がってしかめ顔になるものだ、それでも、芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女であるから、何時も準備をしておくことが矜持であると生きてゆく。

7. 芳艸凄凄 かんばしい香りの草が茂っているさま。 旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことをいう。花間集では「芳草」を美人に喩えるのは常套手段。溫庭筠『菩薩蛮 其七』の「玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。門外草萋萋,送君聞馬嘶。畫羅金翡翠,香燭銷成淚。花落子規啼,綠窗殘夢迷。」

『菩薩蠻 七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-1-#7 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644

『酒泉子』四首(一)温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-21-3-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1700

孫光憲『後庭花二首其二』 「石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。」

14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282

凄凄】とは。意味や解説。[形動タリ]1 寒く冷たいさま。寒々とものさびしいさま。また、涼しいさま。「―たる微陽のまへ、遠路に臨んで眼(まなこ)をきはむ」〈平家・五〉2 雨雲のわくさま。蕭の用語解説 - [音]ショウ(セウ)(呉)(漢)1 草の名。ヨモギの一種。「蕭艾(しょうがい)2 ものさびしい。「蕭蕭・蕭条・蕭然」蕭条】とは。意味や解説。[ト・タル][文][形動タリ]ひっそりともの寂しいさま。

 

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

この春の風に吹けば、この気持ちをあのおかたのもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あのおかたと一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るとおもうのである。

8. 憑使 頼る、よすがにすることができれば。憑 【ヒョウ・つく】1 よりかかる。頼みにする。よりどころ。2 霊がのり移る。つく。

9. 東風吹夢 【胡蝶の夢】(こちょうのゆめ) [荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。

10. 與郎終日東西 一日中、あなたが東に行けば一緒に東に行き、西に行けば一緒に西に行き、東は春、西は秋、すなわち、一年中。

11. 郎  劉郎、阮郎  別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

 

『甘州子五首其三』 「曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。山枕上,長是怯晨鐘。」

13-12《甘州子五首其三》顧太尉(顧夐【こけい】)55首 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-465-13-(12) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3872

和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

劉禹錫『再遊玄都觀』

百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。

種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。

再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

牛嶠『女冠子 其三』

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

牛嶠『夢江南二首 其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

夢江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142 

温庭筠 『思帝郷』

花花、満枝紅似霞。

羅袖画簾腸断、阜香車。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

唯有阮郎春尽、不帰家。

思帝郷 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-303-5-#57  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3062

牛嶠『夢江南二首其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142

12孫光憲《巻八19酒泉子三首其三》『花間集』371全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7127

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊雀釵頸。鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。翠連娟,紅縹渺,早粧時。

(若くて美しい女を愛おしくかわいがる姿を詠う。)

服の乱れをまとめて窓際に近寄っていく、首を投げ出すように振り返ると、孔雀の簪がゆらゆら揺れる。それからは燕が二人並ぶように、鸞とりが二つの影をかさねるように、二人が結合してあたらしい愛を知るのである。繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。眉を緑にうつくしく連なって書き直し、頬紅は微かではっきりしないほどに着けてみる。どちらにしても化粧直しは早くしないといけないと思う。

12孫光憲《巻八19酒泉子三首其三》『花間集』371全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7127

 

 
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韋莊

巻三24酒泉子月落星沉,樓上美人春睡。綠雲傾,金枕膩,畫屏深。子規啼破相思夢,曙色東方纔動。柳煙輕,花露重,思難任。

牛嶠

巻四22酒泉子記得去年,煙暖杏園。花正發,雪飄香,江艸綠,柳絲長。鈿車纖手捲簾望,眉學春山樣。鳳釵低裊翠鬟,落梅粧。

張泌

巻四42酒泉子二首其一春雨打,驚夢覺來天氣曉。畫堂深,紅焰小,背蘭缸。酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。舊巢中,新鷰子,語雙雙

張泌

巻四43酒泉子二首其二紫陌青門,三十六宮春色。御溝輦路暗相通,杏園風。咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。插花走馬落殘紅,月明中。

毛文錫

巻五07酒泉子綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。蕙風飄蕩入芳叢,惹殘紅。柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。海棠花下思朦朧,醉香風。

牛希濟

巻五43酒泉子枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。月光斜、簾影動,舊鑪香。夢中盡相思事,纖手勻雙淚。去年書,今日意,斷離腸。

顧夐

巻七09酒泉子七首其一楊柳舞風,輕惹春煙殘雨。杏花愁,鶯正語,畫樓東。錦屏寂寞思無窮,還是不知消息。鏡塵生,珠淚滴,損儀容。

顧夐

巻七10酒泉子七首其二羅帶縷金,蘭麝煙凝魂斷。畫屏欹,雲鬢亂,恨難任。幾迴垂淚滴鴛衾,薄情何處去。登臨,花滿樹,信沉沉

顧夐

巻七11酒泉子七首其三小檻日斜,風度綠人悄悄。翠幃閑掩舞雙鸞,舊香寒。別來情緒轉難判,韶顏看卻老。依稀粉上有啼痕,暗銷魂。

顧夐

巻七12酒泉子七首其四黛薄紅深,約掠綠鬟雲膩。小鴛鴦,金翡翠,稱人心。錦鱗無處傳幽意,海鷰蘭堂春又去。隔年書,千點淚,恨難任。

顧夐

巻七13酒泉子七首其五掩卻菱花,收拾翠鈿休上面。金蟲玉鷰鏁香奩,恨猒猒。雲鬟半墜懶重篸,淚侵山枕濕。恨燈背帳夢方酣,鴈飛南。

顧夐

巻七14酒泉子七首其六水碧風清,入檻細香紅藕膩。謝娘斂翠恨無涯,小屏斜。堪憎蕩子不還家,謾留羅帶結。帳深枕膩炷沉煙,負當年。

顧夐

巻七15酒泉子七首其七黛怨紅羞,掩映畫堂春欲暮。殘花微雨隔青樓,思悠悠。芳菲時節看將度,寂寞無人還獨語。畫羅襦,香粉,不勝愁。

孫光憲

巻八17酒泉子三首其一空磧無邊,萬里陽關道路。馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。綺羅心,魂夢隔,上高樓。

孫光憲

巻八18酒泉子三首其二曲檻小樓,正是鶯花二月。思無憀,愁欲,鬱離襟。展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

孫光憲

巻八19酒泉子三首其三斂態前,裊裊雀釵頸。鷰成雙,鸞對影,耦新知。玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。翠連娟,紅縹渺,早粧時。

毛熙震

《巻十09巻十酒泉子二首其一》  閑臥繡幃,慵想萬般情寵。錦檀偏,翹股重,翠雲欹。暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

毛熙震

《巻十10酒泉子二首其二》  鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。日初昇,簾半掩,對殘粧。

李珣

《巻十38酒泉子四首其一》  寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。月朦朧,花暗澹,鏁春愁。尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

李珣

《巻十39酒泉子四首其二》  雨清花零,紅散香凋池兩岸。別情遙,春歌斷,掩銀屏。孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?曲中情,絃上語,不堪聽。

李珣

《巻十40酒泉子四首其三》  秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。那堪深夜枕前聽,酒初醒。牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。細和煙,冷和雨,透簾中。

李珣

《巻十41酒泉子四首其四》  秋月嬋娟,皎潔碧紗外。照花穿竹冷沉沉,印池心。凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。夜深斜傍枕前來,影徘徊。

 

 

酒泉子三首其一

(西域を守る兵士たちは行ったら行ったきり帰って来ることは難しい、残された者たちがどんな思いをしていても間には高い山があり、砂漠があり、万里の長城が隔てている。)

空磧無邊,萬里陽關道路。

砂漠に空しく石ころを防塁として果てしなく続いている、万里の先にある西域の陽関への道路はつづく先に兵士はいる。

馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

そこに至る天に続く道は馬でさえヒューヒューとくるしくて嘶き、人は行き去り、帰ることなく行き去る、隴山にかかる雲はこんな悲しい出来事を見ている。

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。

西域を守る兵士は貂【てん】の防寒軍服が誰かの御下がりであろうが、古着の継ぎはぎだらけであろうと、この地は千里にわたり異民族の攻め寄るところであり極寒の霜は白く凍りつくので必要不可欠の服なのだ。

綺羅心,魂夢隔,上高樓。

美しい綺羅の衣を着た女がどんなに兵士のことを思っていても、どんなに夢に見て思おうと、それは隴山と砂漠の防塁に隔てられて届きはしない。高楼に上って西の空を臨んでいることだろう。

(酒泉子三首 其の一)

空磧 辺 無く、万里のさき陽関の道路あり。

馬は蕭蕭とし、人は去り去りて、隴雲は愁う。

香貂【こうちょう】 旧製にして戎衣窄【きつ】し、胡霜 千里さきに白し。

綺羅 心し、魂夢は隔つ、高楼に上らん。

 

酒泉子三首其二

(又春になり、久方ぶりに高楼にあがって眺めると春の盛りであった。気分がよくなり閨に戻って屏風を広げると古代の舜帝を追って旅をした瀟水と湘水の、二神の絵が出てくると前にもまして心がふさがれる)

曲檻小樓,正是鶯花二月。

閨から出て渡り廊下の欄干に沿って小さめの楼閣に来て見ると、まさに盛春真っただ中の鶯は囀り花は満開の二月の景色に変わっている。

思無憀,愁欲,鬱離襟。

晴れやかに気持ちになって何にもおもいでボーとしている。これで愁いに思ったりすることから立ち直ることが出来るだろう。憂欝の底とは縁が切れる。

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。

閨に帰って、雰囲気を変えようと屏風を広げて見ると瀟水と湘水の、水の神の絵に空しく対峙することになる。絵ははるか千里万里を越えて行くものである。

淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

女はこの部屋から出ることはないが絵のように千里万里行くことが出来たらと思うと涙はあふれ、紅色の頬をおおいつくし、緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せている、また怨みに思う気持ちは深く沈んでゆく。

(酒泉子三首 其の二)

曲檻 小樓,正に是れ鶯花二月なり。

思うは無憀にして,愁いんと欲す,鬱 襟を離る。

展屏 空しく對す 瀟湘の水に,眼前に 千萬里。

淚 紅に掩い,眉 翠に斂まり,恨 沉沉たり。

 

酒泉子三首其三

(若くて美しい女を愛おしくかわいがる姿を詠う。)

斂態前,裊裊雀釵頸。

服の乱れをまとめて窓際に近寄っていく、首を投げ出すように振り返ると、孔雀の簪がゆらゆら揺れる。

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

それからは燕が二人並ぶように、鸞とりが二つの影をかさねるように、二人が結合してあたらしい愛を知るのである。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

眉を緑にうつくしく連なって書き直し、頬紅は微かではっきりしないほどに着けてみる。どちらにしても化粧直しは早くしないといけないと思う。

(酒泉子三首其の三)

態を斂めて前にあり,裊裊として雀釵 頸をす。

鷰 雙を成し,鸞 影に對し,耦 新たに知る。

玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。

翠 娟に連り,紅 渺に縹す,早に粧 時にす。

 

凌波曲舞002
 

『酒泉子三首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊雀釵頸。

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

 

(下し文)

(酒泉子三首其の三)

態を斂めて前にあり,裊裊として雀釵 頸をす。

鷰 雙を成し,鸞 影に對し,耦 新たに知る。

玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。

翠 娟に連り,紅 渺に縹す,早に粧 時にす。

 

(現代語訳)

(若くて美しい女を愛おしくかわいがる姿を詠う。)

服の乱れをまとめて窓際に近寄っていく、首を投げ出すように振り返ると、孔雀の簪がゆらゆら揺れる。

それからは燕が二人並ぶように、鸞とりが二つの影をかさねるように、二人が結合してあたらしい愛を知るのである。

繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。

眉を緑にうつくしく連なって書き直し、頬紅は微かではっきりしないほどに着けてみる。どちらにしても化粧直しは早くしないといけないと思う。

DCF00209
 

(訳注)

酒泉子三首其三

(若くて美しい女を愛おしくかわいがる姿を詠う。)

 

『花間集』には孫光憲の作が三首収められている。双調四十字、前段十九字五句一仄韻二平韻、後段二十一字五句三仄韻一平韻で、③/❼❺3❸③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は③/⑦733③の詞形をとる。

酒泉子三首其一

空磧無邊,萬里陽關道。馬蕭,人去去,隴雲

香貂舊制戎衣,胡霜千里。綺羅心,魂夢,上高

△●○○  ●●○○●● ●○○  ○●● ●○○

○○●●○△● ○○○●●  ●○○ ○△●  ●○○

『花間集』には孫光憲の作が三首収められている。双調四十字、前段十九字五句二仄韻二平韻、後段二十一字五句三仄韻二平韻で、③/❼❺③❸③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は③/⑦733③の詞形をとる。

酒泉子三首其二

曲檻小,正是鶯花二

思無憀,愁欲,鬱離

展屏空對瀟湘,眼前千萬

淚掩,眉斂,恨沉

●●●○  △●○○●●

△○○  ○●● ●△○

●△△●○○● ●○○●●

●●○ ○●●  ●○○

双調四十字、前段十九字五句二仄韻一平韻、後段二十一字五句三仄韻一平韻で、③/❼533③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は③/⑦7③❸③の詞形をとる。

酒泉子三首其三

斂態,裊裊雀釵

鷰成雙,鸞對,耦新

玉纖澹拂眉山,鏡中嗔共

翠連,紅縹,早粧

●●?○  ??●○○△

●○○  ○●● ●○○

●○△●○○● ●△○△●

●○○ ○●●  ●?○

 

斂態前,裊裊雀釵頸。

服の乱れをまとめて窓際に近寄っていく、首を投げ出すように振り返ると、孔雀の簪がゆらゆら揺れる。

18 裊裊【嫋嫋じょうじょう】①. なよなよとして風情のあるさま。しなやかなさま。たおやかなさま。②. 音や声が細く長く続くさま。

19  (1) 投げる,ほうる抛球球を投げる.(2) 捨て去る,置き去りにする抛下妻子儿女妻子を捨て去る.投げ売りする.抛光 つや出しをする,研磨する.

 

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

それからは燕が二人並ぶように、鸞とりが二つの影をかさねるように、二人が結合してあたらしい愛を知るのである。

20 纖 1 ほそい。こまかい。「繊維・繊細・繊繊・繊毛」2 繊維。

21 耦 二人が並んで耕す.耦合:カップリング,結合.

 

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。

22 澹拂 風や波によってゆったりと動き、払うように動く。

23 嗔 怒る 嗔怪 怒って責める.

 

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

眉を緑にうつくしく連なって書き直し、頬紅は微かではっきりしないほどに着けてみる。どちらにしても化粧直しは早くしないといけないと思う。

24 娟 美しい,麗しい娟秀麗しい.娟媚姿が素晴らしい.

25 縹渺 1 広くはてしないさま。「―たる雪の広野を隔てて」〈鏡花・註文帳〉2 かすかではっきりとしないさま。

 

 

 

 

 

 

孫光憲 《酒泉子三首》 【字解】

 

 

 

1. 空磧 空漠とした石ころ砂漠。

2. 陽關 関門の名。今の甘粛省敦燈の西南。玉関の南にあったので陽閑と言った。陽関(ようかん):盛唐の詩人・王 維の詩で知られる陽関。

王維『送元二使安西』

 渭城朝雨潤輕塵、 客舎青青柳色新。

 勧君更盡一杯酒、 西出陽關無故人。

(元二の安西に使するを送る)

渭城の朝雨 軽塵を潤し、客舎青青柳色新たなり。

君に勧む更に盡くせ一杯の酒、西のかた陽關を出ずれば故人無からん。

 陽関の烽火台

 陽関は甘粛省敦煌市の西南70キロにあり、古代シルクロードの関所である。前漢に関所がおかれ玉門関の南(陽)にあったこと からこの名がある。玉門関と並んで西域交通の門戸であった。前漢時代は陽関都尉の治所であり、魏晋時代は陽関県が置かれた。

唐代には寿昌県がおかれた。宋・元代以後は西方との陸路交通がだんだんと衰退し、関所も廃棄された。

3. 粛粛 馬の斯き声の形容。

4. 隴雲愁 西への道は天に続く、天日への道であること。そこに続く道は杜甫の「兵車行」に述べられており、隴西から過酷な峠を抜ける様子も「前出塞九首」「後出塞五首」に述べられており、隴山に懸かる雲はそのすべてを見ている。

兵車行  杜甫

5. 香貂舊制戎衣窄 貂の革製の昔誰かが作ったもので出征する際に持たされた軍服は体に少々きつくても必要なものだ。香貂は貂が極寒の冬には形が古かろうが、大きさがあって居なくても寒さをしのぐうえで威力を発揮して素晴らしいというほどの意味、美称。

6. 綺羅心 美しい綺羅の衣を着た女の心。

7. 魂夢隔 ここは夢魂が空磧、萬里、陽關、道路、隴雲に隔てられてとても届くはずがないというものである。

○この三句を故郷にいる妻の言葉としている解釈もあるが、間違い。この三句は男目線の言葉であり、孫光憲のものの見方である。

前出塞九首 其一 杜甫

前出塞九首 其二 杜甫

前出塞九首 其三 杜甫

前出塞九首 其四 杜甫

前出塞九首 其五 杜甫 44

前出塞九首 其六 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 45

出塞九首 其七 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 46

前出塞九首 其八 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 47

前出塞九首 其九 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48

後出塞五首 其一 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 95

後出塞五首 其二 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 96

後出塞五首 其三 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 97

後出塞五首 其四 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 98

後出塞五首 其五 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 99

 

8. 曲檻 閨は奥まったところにあるのでそこから樓閣までにある欄干のある廊下。

9. 小樓 多くくない楼閣。

10. 鶯花 鶯は囀り花は満開である。

11. 二月 盛春真っただ中の二月の景色に変わっている。閨にいると暦は二月であっても季節感がないので、この言い方になる。

12. 無憀 ・何もしないでボーっとする。顧夐『河傳三首 其三』「棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦。」13-9 河傳三首 其三 》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集」Gs-461-13-(9) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3852

・心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。牛希濟『臨江仙七首 其三』「渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。」10 -7 臨江仙七首其三 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-404-10-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3567

13. 瀟湘水 娥皇と女英の二人の女神からなる洞庭湖から湘江、瀟水にかけての地域の絵が描かれている。

14. 眼前千萬里 当時の女性は基本的に閨から出ることはないので、絵を見て千里万里を行くことが出来たら、あの人を探して歩けるだろうというほどの意味になる。

15. 紅 頬の琴、転じて化粧をした顔。

16. 眉斂翠 緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せることをいう。

17. 沉沉 ](1) (水中に)沈む,水没する.【反】浮(2) (抽象的事物について)抑える,鎮める.沉不住气怒りを抑えられない.(3) 《方》休む,休息する.━ [](1) (重量が)重い,目方のある.(2) 程度が大きい,甚だしい.

薛昭蘊『浣溪紗八首 其四』

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

手を握りあったのは河橋のたもとの柳が金のように芽吹き繁る下でした。蜂はその鬚でもって、輕やかに百花の芯に惹かれ、飛び回るのです。花のかおりが風に乗って吹いて来て、そのなかの蘭のはなに思いよせると、いつのまにか清がしい琴の音に寄ってしまうのです。

あの人への思いは胸いっぱいであり、ちょうど今、川いっぱいの春の増水とおなじのようなのです,あのひとのおもい、やさしさはとても深く、だから、また、酒盃をいっぱいに何度も注いでくれることのようでした,楚の巫女と皇帝の化身である靄、カスミが漂い、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくものです。

9 6 浣溪紗八首 其四 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-382-9-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3457

18 裊裊【嫋嫋じょうじょう】①. なよなよとして風情のあるさま。しなやかなさま。たおやかなさま。②. 音や声が細く長く続くさま。

19  (1) 投げる,ほうる抛球球を投げる.(2) 捨て去る,置き去りにする抛下妻子儿女妻子を捨て去る.投げ売りする.抛光 つや出しをする,研磨する.

20 纖 1 ほそい。こまかい。「繊維・繊細・繊繊・繊毛」2 繊維。

21 耦 二人が並んで耕す.耦合:カップリング,結合.

22 澹拂 風や波によってゆったりと動き、払うように動く。

23 嗔 怒る 嗔怪 怒って責める.

24 娟 美しい,麗しい娟秀麗しい.娟媚姿が素晴らしい.

25 縹渺 1 広くはてしないさま。「―たる雪の広野を隔てて」〈鏡花・註文帳〉2 かすかではっきりとしないさま。

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孫光憲  酒泉子三首其二

曲檻小樓,正是鶯花二月。思無憀,愁欲,鬱離襟。

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

(又春になり、久方ぶりに高楼にあがって眺めると春の盛りであった。気分がよくなり閨に戻って屏風を広げると古代の舜帝を追って旅をした瀟水と湘水の、二神の絵が出てくると前にもまして心がふさがれる)

閨から出て渡り廊下の欄干に沿って小さめの楼閣に来て見ると、まさに盛春真っただ中の鶯は囀り花は満開の二月の景色に変わっている。晴れやかに気持ちになって何にもおもいでボーとしている。これで愁いに思ったりすることから立ち直ることが出来るだろう。憂欝の底とは縁が切れる。閨に帰って、雰囲気を変えようと屏風を広げて見ると瀟水と湘水の、水の神の絵に空しく対峙することになる。絵ははるか千里万里を越えて行くものである。女はこの部屋から出ることはないが絵のように千里万里行くことが出来たらと思うと涙はあふれ、紅色の頬をおおいつくし、緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せている、また怨みに思う気持ちは深く沈んでゆく。

12孫光憲《巻八18酒泉子三首其二》『花間集』370全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7122

 

 
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韋莊

巻三24酒泉子月落星沉,樓上美人春睡。綠雲傾,金枕膩,畫屏深。子規啼破相思夢,曙色東方纔動。柳煙輕,花露重,思難任。

牛嶠

巻四22酒泉子記得去年,煙暖杏園。花正發,雪飄香,江艸綠,柳絲長。鈿車纖手捲簾望,眉學春山樣。鳳釵低裊翠鬟,落梅粧。

張泌

巻四42酒泉子二首其一春雨打,驚夢覺來天氣曉。畫堂深,紅焰小,背蘭缸。酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。舊巢中,新鷰子,語雙雙

張泌

巻四43酒泉子二首其二紫陌青門,三十六宮春色。御溝輦路暗相通,杏園風。咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。插花走馬落殘紅,月明中。

毛文錫

巻五07酒泉子綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。蕙風飄蕩入芳叢,惹殘紅。柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。海棠花下思朦朧,醉香風。

牛希濟

巻五43酒泉子枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。月光斜、簾影動,舊鑪香。夢中盡相思事,纖手勻雙淚。去年書,今日意,斷離腸。

顧夐

巻七09酒泉子七首其一楊柳舞風,輕惹春煙殘雨。杏花愁,鶯正語,畫樓東。錦屏寂寞思無窮,還是不知消息。鏡塵生,珠淚滴,損儀容。

顧夐

巻七10酒泉子七首其二羅帶縷金,蘭麝煙凝魂斷。畫屏欹,雲鬢亂,恨難任。幾迴垂淚滴鴛衾,薄情何處去。登臨,花滿樹,信沉沉

顧夐

巻七11酒泉子七首其三小檻日斜,風度綠人悄悄。翠幃閑掩舞雙鸞,舊香寒。別來情緒轉難判,韶顏看卻老。依稀粉上有啼痕,暗銷魂。

顧夐

巻七12酒泉子七首其四黛薄紅深,約掠綠鬟雲膩。小鴛鴦,金翡翠,稱人心。錦鱗無處傳幽意,海鷰蘭堂春又去。隔年書,千點淚,恨難任。

顧夐

巻七13酒泉子七首其五掩卻菱花,收拾翠鈿休上面。金蟲玉鷰鏁香奩,恨猒猒。雲鬟半墜懶重篸,淚侵山枕濕。恨燈背帳夢方酣,鴈飛南。

顧夐

巻七14酒泉子七首其六水碧風清,入檻細香紅藕膩。謝娘斂翠恨無涯,小屏斜。堪憎蕩子不還家,謾留羅帶結。帳深枕膩炷沉煙,負當年。

顧夐

巻七15酒泉子七首其七黛怨紅羞,掩映畫堂春欲暮。殘花微雨隔青樓,思悠悠。芳菲時節看將度,寂寞無人還獨語。畫羅襦,香粉,不勝愁。

孫光憲

巻八17酒泉子三首其一空磧無邊,萬里陽關道路。馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。綺羅心,魂夢隔,上高樓。

孫光憲

巻八18酒泉子三首其二曲檻小樓,正是鶯花二月。思無憀,愁欲,鬱離襟。展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

孫光憲

巻八19酒泉子三首其三斂態前,裊裊雀釵頸。鷰成雙,鸞對影,耦新知。玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。翠連娟,紅縹渺,早粧時。

毛熙震

《巻十09巻十酒泉子二首其一》  閑臥繡幃,慵想萬般情寵。錦檀偏,翹股重,翠雲欹。暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

毛熙震

《巻十10酒泉子二首其二》  鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。日初昇,簾半掩,對殘粧。

李珣

《巻十38酒泉子四首其一》  寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。月朦朧,花暗澹,鏁春愁。尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

李珣

《巻十39酒泉子四首其二》  雨清花零,紅散香凋池兩岸。別情遙,春歌斷,掩銀屏。孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?曲中情,絃上語,不堪聽。

李珣

《巻十40酒泉子四首其三》  秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。那堪深夜枕前聽,酒初醒。牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。細和煙,冷和雨,透簾中。

李珣

《巻十41酒泉子四首其四》  秋月嬋娟,皎潔碧紗外。照花穿竹冷沉沉,印池心。凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。夜深斜傍枕前來,影徘徊。

 

 

酒泉子三首其一

(西域を守る兵士たちは行ったら行ったきり帰って来ることは難しい、残された者たちがどんな思いをしていても間には高い山があり、砂漠があり、万里の長城が隔てている。)

空磧無邊,萬里陽關道路。

砂漠に空しく石ころを防塁として果てしなく続いている、万里の先にある西域の陽関への道路はつづく先に兵士はいる。

馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

そこに至る天に続く道は馬でさえヒューヒューとくるしくて嘶き、人は行き去り、帰ることなく行き去る、隴山にかかる雲はこんな悲しい出来事を見ている。

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。

西域を守る兵士は貂【てん】の防寒軍服が誰かの御下がりであろうが、古着の継ぎはぎだらけであろうと、この地は千里にわたり異民族の攻め寄るところであり極寒の霜は白く凍りつくので必要不可欠の服なのだ。

綺羅心,魂夢隔,上高樓。

美しい綺羅の衣を着た女がどんなに兵士のことを思っていても、どんなに夢に見て思おうと、それは隴山と砂漠の防塁に隔てられて届きはしない。高楼に上って西の空を臨んでいることだろう。

(酒泉子三首 其の一)

空磧 辺 無く、万里のさき陽関の道路あり。

馬は蕭蕭とし、人は去り去りて、隴雲は愁う。

香貂【こうちょう】 旧製にして戎衣窄【きつ】し、胡霜 千里さきに白し。

綺羅 心し、魂夢は隔つ、高楼に上らん。

 

酒泉子三首其二

(又春になり、久方ぶりに高楼にあがって眺めると春の盛りであった。気分がよくなり閨に戻って屏風を広げると古代の舜帝を追って旅をした瀟水と湘水の、二神の絵が出てくると前にもまして心がふさがれる)

曲檻小樓,正是鶯花二月。

閨から出て渡り廊下の欄干に沿って小さめの楼閣に来て見ると、まさに盛春真っただ中の鶯は囀り花は満開の二月の景色に変わっている。

思無憀,愁欲,鬱離襟。

晴れやかに気持ちになって何にもおもいでボーとしている。これで愁いに思ったりすることから立ち直ることが出来るだろう。憂欝の底とは縁が切れる。

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。

閨に帰って、雰囲気を変えようと屏風を広げて見ると瀟水と湘水の、水の神の絵に空しく対峙することになる。絵ははるか千里万里を越えて行くものである。

淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

女はこの部屋から出ることはないが絵のように千里万里行くことが出来たらと思うと涙はあふれ、紅色の頬をおおいつくし、緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せている、また怨みに思う気持ちは深く沈んでゆく。

(酒泉子三首 其の二)

曲檻 小樓,正に是れ鶯花二月なり。

思うは無憀にして,愁いんと欲す,鬱 襟を離る。

展屏 空しく對す 瀟湘の水に,眼前に 千萬里。

淚 紅に掩い,眉 翠に斂まり,恨 沉沉たり。

 

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊雀釵頸。

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

DCF00212
 

 

『酒泉子三首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

酒泉子三首其二

曲檻小樓,正是鶯花二月。

思無憀,愁欲,鬱離襟。

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。

淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

 

(下し文)

(酒泉子三首 其の二)

曲檻 小樓,正に是れ鶯花二月なり。

思うは無憀にして,愁いんと欲す,鬱 襟を離る。

展屏 空しく對す 瀟湘の水に,眼前に 千萬里。

淚 紅に掩い,眉 翠に斂まり,恨 沉沉たり。

 

(現代語訳)

(又春になり、久方ぶりに高楼にあがって眺めると春の盛りであった。気分がよくなり閨に戻って屏風を広げると古代の舜帝を追って旅をした瀟水と湘水の、二神の絵が出てくると前にもまして心がふさがれる)

閨から出て渡り廊下の欄干に沿って小さめの楼閣に来て見ると、まさに盛春真っただ中の鶯は囀り花は満開の二月の景色に変わっている。

晴れやかに気持ちになって何にもおもいでボーとしている。これで愁いに思ったりすることから立ち直ることが出来るだろう。憂欝の底とは縁が切れる。

閨に帰って、雰囲気を変えようと屏風を広げて見ると瀟水と湘水の、水の神の絵に空しく対峙することになる。絵ははるか千里万里を越えて行くものである。

女はこの部屋から出ることはないが絵のように千里万里行くことが出来たらと思うと涙はあふれ、紅色の頬をおおいつくし、緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せている、また怨みに思う気持ちは深く沈んでゆく。

十三夜月
 

(訳注)

酒泉子三首其二(又春になり、久方ぶりに高楼にあがって眺めると春の盛りであった。気分がよくなり閨に戻って屏風を広げると古代の舜帝を追って旅をした瀟水と湘水の、二神の絵が出てくると前にもまして心がふさがれる)

 

『花間集』には孫光憲の作が三首収められている。双調四十字、前段十九字五句一仄韻二平韻、後段二十一字五句三仄韻一平韻で、③/❼❺3❸③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は③/⑦733③の詞形をとる。

酒泉子三首其一

空磧無邊,萬里陽關道。馬蕭,人去去,隴雲

香貂舊制戎衣,胡霜千里。綺羅心,魂夢,上高

△●○○  ●●○○●● ●○○  ○●● ●○○

○○●●○△● ○○○●●  ●○○ ○△●  ●○○

『花間集』には孫光憲の作が三首収められている。双調四十字、前段十九字五句二仄韻二平韻、後段二十一字五句三仄韻二平韻で、③/❼❺③❸③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は③/⑦733③の詞形をとる。

酒泉子三首其二

曲檻小,正是鶯花二

思無憀,愁欲,鬱離

展屏空對瀟湘,眼前千萬

淚掩,眉斂,恨沉

●●●○  △●○○●●

△○○  ○●● ●△○

●△△●○○● ●○○●●

●●○ ○●●  ●○○

 

曲檻小樓,正是鶯花二月。

閨から出て渡り廊下の欄干に沿って小さめの楼閣に来て見ると、まさに盛春真っただ中の鶯は囀り花は満開の二月の景色に変わっている。

8. 曲檻 閨は奥まったところにあるのでそこから樓閣までにある欄干のある廊下。

9. 小樓 多くくない楼閣。

10. 鶯花 鶯は囀り花は満開である。

11. 二月 盛春真っただ中の二月の景色に変わっている。閨にいると暦は二月であっても季節感がないので、この言い方になる。

 

思無憀,愁欲,鬱離襟。

晴れやかに気持ちになって何にもおもいでボーとしている。これで愁いに思ったりすることから立ち直ることが出来るだろう。憂欝の底とは縁が切れる。

12. 無憀 ・何もしないでボーっとする。顧夐『河傳三首 其三』「棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦。」13-9 河傳三首 其三 》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集」Gs-461-13-(9) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3852

・心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。牛希濟『臨江仙七首 其三』「渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。」10 -7 臨江仙七首其三 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-404-10-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3567

 

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。

閨に帰って、雰囲気を変えようと屏風を広げて見ると瀟水と湘水の水神の絵に空しく対峙することになる。絵ははるか千里万里を越えて行くものである。

13. 瀟湘水 娥皇と女英の二人の女神からなる洞庭湖から湘江、瀟水にかけての地域の絵が描かれている。

14. 眼前千萬里 当時の女性は基本的に閨から出ることはないので、絵を見て千里万里を行くことが出来たら、あの人を探して歩けるだろうというほどの意味になる。

 

淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

女はこの部屋から出ることはないが絵のように千里万里行くことが出来たらと思うと涙はあふれ、紅色の頬をおおいつくし、緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せている、また怨みに思う気持ちは深く沈んでゆく。

15. 紅 頬の琴、転じて化粧をした顔。

16. 眉斂翠 緑の蛾眉の間の額にはしわを寄せることをいう。

17. 沉沉 ](1) (水中に)沈む,水没する.【反】浮(2) (抽象的事物について)抑える,鎮める.沉不住气怒りを抑えられない.(3) 《方》休む,休息する.━ [](1) (重量が)重い,目方のある.(2) 程度が大きい,甚だしい.

薛昭蘊『浣溪紗八首 其四』

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

手を握りあったのは河橋のたもとの柳が金のように芽吹き繁る下でした。蜂はその鬚でもって、輕やかに百花の芯に惹かれ、飛び回るのです。花のかおりが風に乗って吹いて来て、そのなかの蘭のはなに思いよせると、いつのまにか清がしい琴の音に寄ってしまうのです。

あの人への思いは胸いっぱいであり、ちょうど今、川いっぱいの春の増水とおなじのようなのです,あのひとのおもい、やさしさはとても深く、だから、また、酒盃をいっぱいに何度も注いでくれることのようでした,楚の巫女と皇帝の化身である靄、カスミが漂い、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくものです。

9 6 浣溪紗八首 其四 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-382-9-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3457

12孫光憲《巻八17酒泉子三首其一》『花間集』369全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7117

孫光憲  酒泉子三首其一

空磧無邊,萬里陽關道路。馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。綺羅心,魂夢隔,上高樓。

(西域を守る兵士たちは行ったら行ったきり帰って来ることは難しい、残された者たちがどんな思いをしていても間には高い山があり、砂漠があり、万里の長城が隔てている。)

砂漠に空しく石ころを防塁として果てしなく続いている、万里の先にある西域の陽関への道路はつづく先に兵士はいる。

そこに至る天に続く道は馬でさえヒューヒューとくるしくて嘶き、人は行き去り、帰ることなく行き去る、隴山にかかる雲はこんな悲しい出来事を見ている。

西域を守る兵士は貂【てん】の防寒軍服が誰かの御下がりであろうが、古着の継ぎはぎだらけであろうと、この地は千里にわたり異民族の攻め寄るところであり極寒の霜は白く凍りつくので必要不可欠の服なのだ。

美しい綺羅の衣を着た女がどんなに兵士のことを思っていても、どんなに夢に見て思おうと、それは隴山と砂漠の防塁に隔てられて届きはしない。高楼に上って西の空を臨んでいることだろう。

12孫光憲《巻八17酒泉子三首其一》『花間集』369全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7117

 

 

 
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韋莊

巻三24酒泉子月落星沉,樓上美人春睡。綠雲傾,金枕膩,畫屏深。子規啼破相思夢,曙色東方纔動。柳煙輕,花露重,思難任。

牛嶠

巻四22酒泉子記得去年,煙暖杏園。花正發,雪飄香,江艸綠,柳絲長。鈿車纖手捲簾望,眉學春山樣。鳳釵低裊翠鬟,落梅粧。

張泌

巻四42酒泉子二首其一春雨打,驚夢覺來天氣曉。畫堂深,紅焰小,背蘭缸。酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。舊巢中,新鷰子,語雙雙

張泌

巻四43酒泉子二首其二紫陌青門,三十六宮春色。御溝輦路暗相通,杏園風。咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。插花走馬落殘紅,月明中。

毛文錫

巻五07酒泉子綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。蕙風飄蕩入芳叢,惹殘紅。柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。海棠花下思朦朧,醉香風。

牛希濟

巻五43酒泉子枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。月光斜、簾影動,舊鑪香。夢中盡相思事,纖手勻雙淚。去年書,今日意,斷離腸。

顧夐

巻七09酒泉子七首其一楊柳舞風,輕惹春煙殘雨。杏花愁,鶯正語,畫樓東。錦屏寂寞思無窮,還是不知消息。鏡塵生,珠淚滴,損儀容。

顧夐

巻七10酒泉子七首其二羅帶縷金,蘭麝煙凝魂斷。畫屏欹,雲鬢亂,恨難任。幾迴垂淚滴鴛衾,薄情何處去。登臨,花滿樹,信沉沉

顧夐

巻七11酒泉子七首其三小檻日斜,風度綠人悄悄。翠幃閑掩舞雙鸞,舊香寒。別來情緒轉難判,韶顏看卻老。依稀粉上有啼痕,暗銷魂。

顧夐

巻七12酒泉子七首其四黛薄紅深,約掠綠鬟雲膩。小鴛鴦,金翡翠,稱人心。錦鱗無處傳幽意,海鷰蘭堂春又去。隔年書,千點淚,恨難任。

顧夐

巻七13酒泉子七首其五掩卻菱花,收拾翠鈿休上面。金蟲玉鷰鏁香奩,恨猒猒。雲鬟半墜懶重篸,淚侵山枕濕。恨燈背帳夢方酣,鴈飛南。

顧夐

巻七14酒泉子七首其六水碧風清,入檻細香紅藕膩。謝娘斂翠恨無涯,小屏斜。堪憎蕩子不還家,謾留羅帶結。帳深枕膩炷沉煙,負當年。

顧夐

巻七15酒泉子七首其七黛怨紅羞,掩映畫堂春欲暮。殘花微雨隔青樓,思悠悠。芳菲時節看將度,寂寞無人還獨語。畫羅襦,香粉,不勝愁。

孫光憲

巻八17酒泉子三首其一空磧無邊,萬里陽關道路。馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。綺羅心,魂夢隔,上高樓。

孫光憲

巻八18酒泉子三首其二曲檻小樓,正是鶯花二月。思無憀,愁欲,鬱離襟。展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

孫光憲

巻八19酒泉子三首其三斂態前,裊裊雀釵頸。鷰成雙,鸞對影,耦新知。玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。翠連娟,紅縹渺,早粧時。

毛熙震

《巻十09巻十酒泉子二首其一》  閑臥繡幃,慵想萬般情寵。錦檀偏,翹股重,翠雲欹。暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

毛熙震

《巻十10酒泉子二首其二》  鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。日初昇,簾半掩,對殘粧。

李珣

《巻十38酒泉子四首其一》  寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。月朦朧,花暗澹,鏁春愁。尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

李珣

《巻十39酒泉子四首其二》  雨清花零,紅散香凋池兩岸。別情遙,春歌斷,掩銀屏。孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?曲中情,絃上語,不堪聽。

李珣

《巻十40酒泉子四首其三》  秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。那堪深夜枕前聽,酒初醒。牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。細和煙,冷和雨,透簾中。

李珣

《巻十41酒泉子四首其四》  秋月嬋娟,皎潔碧紗外。照花穿竹冷沉沉,印池心。凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。夜深斜傍枕前來,影徘徊。

 

 

酒泉子三首其一

(西域を守る兵士たちは行ったら行ったきり帰って来ることは難しい、残された者たちがどんな思いをしていても間には高い山があり、砂漠があり、万里の長城が隔てている。)

空磧無邊,萬里陽關道路。

砂漠に空しく石ころを防塁として果てしなく続いている、万里の先にある西域の陽関への道路はつづく先に兵士はいる。

馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

そこに至る天に続く道は馬でさえヒューヒューとくるしくて嘶き、人は行き去り、帰ることなく行き去る、隴山にかかる雲はこんな悲しい出来事を見ている。

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。

西域を守る兵士は貂【てん】の防寒軍服が誰かの御下がりであろうが、古着の継ぎはぎだらけであろうと、この地は千里にわたり異民族の攻め寄るところであり極寒の霜は白く凍りつくので必要不可欠の服なのだ。

綺羅心,魂夢隔,上高樓。

美しい綺羅の衣を着た女がどんなに兵士のことを思っていても、どんなに夢に見て思おうと、それは隴山と砂漠の防塁に隔てられて届きはしない。高楼に上って西の空を臨んでいることだろう。

(酒泉子三首 其の一)

空磧 辺 無く、万里のさき陽関の道路あり。

馬は蕭蕭とし、人は去り去りて、隴雲は愁う。

香貂【こうちょう】 旧製にして戎衣窄【きつ】し、胡霜 千里さきに白し。

綺羅 心し、魂夢は隔つ、高楼に上らん。

 

酒泉子三首其二

曲檻小樓,正是鶯花二月。

思無憀,愁欲,鬱離襟。

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。

淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

 

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊雀釵頸。

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

banri01 1
 

 

『酒泉子三首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

酒泉子三首其一

空磧無邊,萬里陽關道路。

馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。

綺羅心,魂夢隔,上高樓。

 

(下し文)

(酒泉子三首 其の一)

空磧 辺 無く、万里のさき陽関の道路あり。

馬は蕭蕭とし、人は去り去りて、隴雲は愁う。

香貂【こうちょう】 旧製にして戎衣窄【きつ】し、胡霜 千里さきに白し。

綺羅 心し、魂夢は隔つ、高楼に上らん。

 

(現代語訳)

(西域を守る兵士たちは行ったら行ったきり帰って来ることは難しい、残された者たちがどんな思いをしていても間には高い山があり、砂漠があり、万里の長城が隔てている。)

砂漠に空しく石ころを防塁として果てしなく続いている、万里の先にある西域の陽関への道路はつづく先に兵士はいる。

そこに至る天に続く道は馬でさえヒューヒューとくるしくて嘶き、人は行き去り、帰ることなく行き去る、隴山にかかる雲はこんな悲しい出来事を見ている。

西域を守る兵士は貂【てん】の防寒軍服が誰かの御下がりであろうが、古着の継ぎはぎだらけであろうと、この地は千里にわたり異民族の攻め寄るところであり極寒の霜は白く凍りつくので必要不可欠の服なのだ。

美しい綺羅の衣を着た女がどんなに兵士のことを思っていても、どんなに夢に見て思おうと、それは隴山と砂漠の防塁に隔てられて届きはしない。高楼に上って西の空を臨んでいることだろう。

 

(訳注)

酒泉子三首其一

(西域を守る兵士たちは行ったら行ったきり帰って来ることは難しい、残された者たちがどんな思いをしていても間には高い山があり、砂漠があり、万里の長城が隔てている。)

【解説】孫光憲の詩は客観視して詠じられたものが多い。ここでも宴席から、行ったことのない西域、玉門関の更に西の陽関を想像し従軍兵士の思いを詠う。妻が出征した夫を思う雰囲気を感じさせて事態感を出している。教坊曲は吟じたり、それを聞いているものは全く実感のない人たちを前提にして作られるものであるから、いかに万人受けするかということが重要である。そうした意味でも孫光憲は客観的な目線を送っている。

 

『花間集』には孫光憲の作が三首収められている。双調四十字、前段十九字五句一仄韻二平韻、後段二十一字五句三仄韻一平韻で、③/❼❺3❸③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は③/⑦733③の詞形をとる。

酒泉子三首其一

空磧無邊,萬里陽關道。馬蕭,人去去,隴雲

香貂舊制戎衣,胡霜千里。綺羅心,魂夢,上高

△●○○  ●●○○●● ●○○  ○●● ●○○

○○●●○△● ○○○●●  ●○○ ○△●  ●○○

 

空磧無邊,萬里陽關道路。

砂漠に空しく石ころを防塁として果てしなく続いている、万里の先にある西域の陽関への道路はつづく先に兵士はいる。

1. 空磧 空漠とした石ころ砂漠。

2. 陽關 関門の名。今の甘粛省敦燈の西南。玉関の南にあったので陽閑と言った。陽関(ようかん):盛唐の詩人・王 維の詩で知られる陽関。

王維『送元二使安西』

 渭城朝雨潤輕塵、 客舎青青柳色新。

 勧君更盡一杯酒、 西出陽關無故人。

(元二の安西に使するを送る)

渭城の朝雨 軽塵を潤し、客舎青青柳色新たなり。

君に勧む更に盡くせ一杯の酒、西のかた陽關を出ずれば故人無からん。

 陽関の烽火台

 陽関は甘粛省敦煌市の西南70キロにあり、古代シルクロードの関所である。前漢に関所がおかれ玉門関の南(陽)にあったこと からこの名がある。玉門関と並んで西域交通の門戸であった。前漢時代は陽関都尉の治所であり、魏晋時代は陽関県が置かれた。

唐代には寿昌県がおかれた。宋・元代以後は西方との陸路交通がだんだんと衰退し、関所も廃棄された。

 

馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

そこに至る天に続く道は馬でさえヒューヒューとくるしくて嘶き、人は行き去り、帰ることなく行き去る、隴山にかかる雲はこんな悲しい出来事を見ている。

3. 粛粛 馬の斯き声の形容。

4. 隴雲愁 西への道は天に続く、天日への道であること。そこに続く道は杜甫の「兵車行」に述べられており、隴西から過酷な峠を抜ける様子も「前出塞九首」「後出塞五首」に述べられており、隴山に懸かる雲はそのすべてを見ている。

兵車行  杜甫

 

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。

西域を守る兵士は貂【てん】の防寒軍服が誰かの御下がりであろうが、古着の継ぎはぎだらけであろうと、この地は千里にわたり異民族の攻め寄るところであり極寒の霜は白く凍りつくので必要不可欠の服なのだ。

5. 香貂舊制戎衣窄 貂の革製の昔誰かが作ったもので出征する際に持たされた軍服は体に少々きつくても必要なものだ。香貂は貂が極寒の冬には形が古かろうが、大きさがあって居なくても寒さをしのぐうえで威力を発揮して素晴らしいというほどの意味、美称。

 

綺羅心,魂夢隔,上高樓。

美しい綺羅の衣を着た女がどんなに兵士のことを思っていても、どんなに夢に見て思おうと、それは隴山と砂漠の防塁に隔てられて届きはしない。高楼に上って西の空を臨んでいることだろう。

6. 綺羅心 美しい綺羅の衣を着た女の心。

7. 魂夢隔 ここは夢魂が空磧、萬里、陽關、道路、隴雲に隔てられてとても届くはずがないというものである。

○この三句を故郷にいる妻の言葉としている解釈もあるが、間違い。この三句は男目線の言葉であり、孫光憲のものの見方である。

前出塞九首 其一 杜甫

前出塞九首 其二 杜甫

前出塞九首 其三 杜甫

前出塞九首 其四 杜甫

前出塞九首 其五 杜甫 44

前出塞九首 其六 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 45

前出塞九首 其七 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 46

前出塞九首 其八 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 47

前出塞九首 其九 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48

後出塞五首 其一 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 95

後出塞五首 其二 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 96

後出塞五首 其三 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 97

後出塞五首 其四 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 98

後出塞五首 其五 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 99

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12孫光憲《巻八16臨江仙二首其二》『花間集』368全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7112

孫光憲     巻八16臨江仙二首其二 暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

(妃嬪になり寵愛を受けていても、何時かは失うものである。高唐賦にいう楚雲もやがて分かれるものと詠う)

夕暮の降る雨はさびしそうにさらさらと降って気持ちがなえる、寝殿の門をあけることはない、閨の燭台に火をともして、その前に静かに座って動かず、「初更」の鐘が鳴る。耀く簪を付けたままで高く結った髪型が低くつぶれていて、両鬢の雲型も横方向に崩れかけていてもなおそうとはしない。とばり、幔幕も、垂らしかけのままでととのえず、屏風と戸張には燭光の影を映して明るい。寵愛を受けず、そのための準備もしないのでは、妃嬪の座を棄てることになる、思い直して、頭を低くして古い秦の瑟琴を一心に奏でる。燕が二羽並んでいて、こころのかよわない鸞が並んで足跡をのこしていく、男女の情というものには勝てないのだろう。そんな愁いも夜が明けると旅立って行くこことで消える。まさに、あんなに愛し合っていても「高唐賦」にいう雲に化身して川を下ってゆき別れるのである。

12孫光憲《巻八16臨江仙二首其二》『花間集』368全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7112

 

 
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張泌

巻四38臨江仙煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅

和凝

巻六17臨江仙二首其二披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

 

臨江仙二首其一

(選抜されて後宮に入り、選抜されて妃賓に、そして鳳凰のようにむつまじく過ごしたが、寵愛は長くは続かない、何時しか少し年を重ねると見捨てられてしまう妃嬪を詠う。)

霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。

醴泉である井戸、鳳凰は梧桐にだけとまる愛の巣であったものを、秋が来て霜に打たれて葉が枯れ落ち幹だけになっている、それと同じように、閨には翡翠の帳や彫りの手すりにもこの秋、初めて寒さを感じさせるものである。

薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。

少し年を重ねたとはいえ、薄化粧や眉は花の冠によく似あってとても美しい。誰も来ない閨では思いを内に含んで言葉など発することなく、物憂げにいつまでも手すりにもたれて倚りかかっておこしをまつ。

杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。

あのお方は輦車で今どこかにはるかなところに行かれてしまった、別れは悲しみであったが、思い出も、思いでの物、様々なものが恨みにかわってしまう。

不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

心は揺れ動き、思いは募るばかりで、堪えることが出来ない。鏡の箱を開けることもなく長く覆いをかけたままにしている。他のことへの意欲などないし、番で初めて鳳凰なのに独りで居る鸞はいったいなにを思えばよいのだろうか。

 

臨江仙二首其二

暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。

玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。

終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。

鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

 

 

(臨江仙二首其の一)

霜 井梧を拍ち 幹葉 堕ち、翠幃 雕檻 初めて寒し。

薄鈆 残黛 花冠に称う、情を含みて 語ること 無く、延佇して 欄干に倚る。

杳杳として 征輪 何処にか去れる、離愁 別恨 千般なり。

堪えず 心緒の正に多端なるに、鏡奩 長に掩い、孤鸞に対する意無し。

 

臨江仙二首其二

暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。

玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。

終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。

鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

(妃嬪になり寵愛を受けていても、何時かは失うものである。高唐賦にいう楚雲もやがて分かれるものと詠う)

夕暮の降る雨はさびしそうにさらさらと降って気持ちがなえる、寝殿の門をあけることはない、閨の燭台に火をともして、その前に静かに座って動かず、「初更」の鐘が鳴る。

耀く簪を付けたままで高く結った髪型が低くつぶれていて、両鬢の雲型も横方向に崩れかけていてもなおそうとはしない。とばり、幔幕も、垂らしかけのままでととのえず、屏風と戸張には燭光の影を映して明るい。

寵愛を受けず、そのための準備もしないのでは、妃嬪の座を棄てることになる、思い直して、頭を低くして古い秦の瑟琴を一心に奏でる。

燕が二羽並んでいて、こころのかよわない鸞が並んで足跡をのこしていく、男女の情というものには勝てないのだろう。そんな愁いも夜が明けると旅立って行くこことで消える。まさに、あんなに愛し合っていても「高唐賦」にいう雲に化身して川を下ってゆき別れるのである。

(臨江仙二首 其の二)

暮雨 淒淒として 深く院閉し,燈前 初更に凝坐す。

玉釵 低く壓し 鬢雲橫にし,羅幕を半ば垂らし,燭光明らかに相いに映す。

終に是れに 心有り 漢の珮を投じ,頭を低くして 但し 秦箏を理す。

鷰雙び 鸞耦して 情勝てず,只だ愁い 明けて發し,將に 楚雲行くを逐う。

 

 

『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其二

暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。

玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。

終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。

鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

 

(下し文)

(臨江仙二首 其の二)

暮雨 淒淒として 深く院閉し,燈前 初更に凝坐す。

玉釵 低く壓し 鬢雲橫にし,羅幕を半ば垂らし,燭光明らかに相いに映す。

終に是れに 心有り 漢の珮を投じ,頭を低くして 但し 秦箏を理す。

鷰雙び 鸞耦して 情勝てず,只だ愁い 明けて發し,將に 楚雲行くを逐う。

 

(現代語訳)

(妃嬪になり寵愛を受けていても、何時かは失うものである。高唐賦にいう楚雲もやがて分かれるものと詠う)

夕暮の降る雨はさびしそうにさらさらと降って気持ちがなえる、寝殿の門をあけることはない、閨の燭台に火をともして、その前に静かに座って動かず、「初更」の鐘が鳴る。

耀く簪を付けたままで高く結った髪型が低くつぶれていて、両鬢の雲型も横方向に崩れかけていてもなおそうとはしない。とばり、幔幕も、垂らしかけのままでととのえず、屏風と戸張には燭光の影を映して明るい。

寵愛を受けず、そのための準備もしないのでは、妃嬪の座を棄てることになる、思い直して、頭を低くして古い秦の瑟琴を一心に奏でる。

燕が二羽並んでいて、こころのかよわない鸞が並んで足跡をのこしていく、男女の情というものには勝てないのだろう。そんな愁いも夜が明けると旅立って行くこことで消える。まさに、あんなに愛し合っていても「高唐賦」にいう雲に化身して川を下ってゆき別れるのである。

 

(訳注)

臨江仙二首其二

(妃嬪になり寵愛を受けていても、何時かは失うものである。高唐賦にいう楚雲もやがて分かれるものと詠う)

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調五十八字、前後段同形、各五句二十九字三平韻二仄韻で、❼⑥⑦❹⑤/❼⑥⑦❹⑤の詞形をとる。張泌、毛文錫、牛希濟、和凝、顧孫光憲、鹿虔扆、閻選、毛熙震、李珣の臨江仙の解説参照。

臨江仙二首其一

霜拍井梧幹葉,翠幃雕檻初

薄鈆殘黛稱花,含情無,延佇倚欄

杳杳征輪何處,離愁別恨千

不堪心緒正多,鏡奩長,無意對孤

○●●○●●△  ●○○●○○

●○○●△○△  ○○○● △●△○○

●●○○△●● △○●●○○

△○○●△○○ ●○△●  ○●●○○

其二 双調五十八字、前後段同形、各五句二十九字三平韻二仄韻で、❼⑥⑦❹⑤/❼⑥⑦❹⑤の詞形をとる。張泌、毛文錫、牛希濟、和凝、顧孫光憲、鹿虔扆、閻選、毛熙震、李珣の臨江仙の解説参照。

臨江仙二首其二

暮雨淒淒深院,燈前凝坐初

玉釵低壓鬢雲,半垂羅,相映燭光

終是有心投漢,低頭但理秦

鷰雙鸞耦不勝,只愁明,將逐楚雲

●●○○△△●  ○○△●○△

●○○●●○△  ●○○● △●●△○

○●●○○●● ○○△●○○

●○○●△△○ △○○●  △●●○△

 

暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。

夕暮の降る雨はさびしそうにさらさらと降って気持ちがなえる、寝殿の門をあけることはない、閨の燭台に火をともして、その前に静かに座って動かず、「初更」の鐘が鳴る。

12 暮雨 朝雲暮雨。男女の契り・情交のこと。「朝雲」は朝の雲、「暮雨」は夕暮れに降る雨の意。「暮雨朝雲 ぼうちょううん 」ともいう。

13 淒淒 (1) 寒い,冷え冷えする.(2) もの寂しい,うらさびれた.《―()悲しい,胸ふさがる.凄惨。痛ましい,悲惨な.凄楚

14 深院閉 高い塀で囲まれた大きな屋敷、寝殿のとびらをしめたままにする。.

15 凝坐 1.静坐。 2.引申静止,固定不

16 初更 日が暮れて、翌朝夜が明けるまでを五回の時を告げる、その初回をいう。この時はまだ来てくれるかもしれないという意味に使う語である。

 

玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。

耀く簪を付けたままで高く結った髪型が低くつぶれていて、両鬢の雲型も横方向に崩れかけていてもなおそうとはしない。とばり、幔幕も、垂らしかけのままでととのえず、屏風と戸張には燭光の影を映して明るい。

17 玉釵・低壓鬢雲橫 この二句は妃嬪自身の様子で、特に髪型が崩れても直そうとする気持ちにもならない。

18 半垂羅幕,相映燭光明 この二句は妃嬪の部屋の様子。

 

終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。

寵愛を受けず、そのための準備もしないのでは、妃嬪の座を棄てることになる、思い直して、頭を低くして古い秦の瑟琴を一心に奏でる。

8 投漢珮 相傳周代鄭交甫於漢皋臺下遇見兩位女子,女子身上均佩帶二珠。回頭看時,二位女子也不見蹤影。妃嬪の位を示す帯玉。あの漢の佩び玉を投げ捨ててしまって忘れようとする心になろうとしていることをいう。

10 理秦箏 寺院歌謡として行われた楽箏伴奏の歌曲が多く、ここでは三峡、巫山の巫女が奏るものである。秦箏- 箏は,戦国時代(403‐前221)に秦の将軍蒙恬(もうてん)が作ったという説があるが信ずるに足りない。しかし,秦で広く行われていたことから秦箏とも呼ばれ,中国大陸西部に興った秦と箏との関係は密接である。

 

鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

燕が二羽並んでいて、こころのかよわない鸞が並んで足跡をのこしていく、男女の情というものには勝てないのだろう。そんな愁いも夜が明けると旅立って行くこことで消える。まさに、あんなに愛し合っていても「高唐賦」にいう雲に化身して川を下ってゆき別れるのである。

11 鷰雙 ツバメが二つ並ぶ。ツバメは子作りのために巣を作り、やってくる。

12 鸞耦 鳳凰はつがいで居るもの。・耦 二人が並んで耕す.ここは、三峡を越えて行く前に留まる夔州・歸州・宜昌などの港の街の妓娼について詠ったもの。

13 明發 夜が明けたら出発すること。・明発 早朝、夜が明けて光が発する時。夜は初夜を引きずっているということ。 謝霊運『初發石首城』「游當羅浮行,息必廬霍期。越海淩三山,遊湘曆九嶷。欽聖若旦暮,懷賢亦淒其。皎皎明發心,不為寒欺。」

14 楚雲 雲が男で女が雨で絡み合うというほどの意味だが、宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

 

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)

細雨(帷飄白玉堂)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76

細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78

白貯舞005
 

 

 

 

 

 

 

孫光憲 『臨江仙二首』 【字解】

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1 【臨江仙解説】遠く旅に出て帰らぬ男を思う女の情を詠う。前段は、斎条とした秋の寒さの到来と、美しさの変わらぬ女性の姿、そして、思いに沈むさまを述べる。後段、「離愁別恨千般なり」や「心緒の正に多端」の語は、「男の身に何かあったのではないか」「旅先で新しい女ができたのではないか」「もしこのままあの人が帰らなかったならば私はどうなるのか」と、あれこれ悪い事を想像せずにはいられぬ女心を綴ったものである。一夫多妻制のこの時代、通い婚が基本であり、女のもとに男が通うということぢ、天子から下々まで、女に大小の差こそあっても一つの部屋、閨、家があり気が向けば立ち寄る。女は他に行かせないように頑張る。その一生懸命さを表現する、鏡、霜、井、梧、葉墮、翠、幃、雕檻、初寒、薄鈆、殘黛、花冠,含情、無語,延佇、倚欄干、何處去,離、愁、別、恨、千般、不堪、心緒、正多端,鏡奩、長掩,對孤鸞、と。初めは仲睦まじくしている時の小道具は一転して一人さびしい小道具となるのである。孫光憲の詩はそうした年増女の辛さを表現する語句のみで構成されているのである。

2 梧幹葉 梧桐は仲睦まじく暮らしていたことの象徴。鳳凰は、霊泉(醴泉〈れいせん〉、甘い泉の水だけを飲み、60-120年に一度だけ実を結ぶという竹の実のみを食物とし、梧桐の木にしか止まらないという。『詩経』に「鳳凰鳴けり、彼の高き岡に。梧桐生ず、彼の朝陽に」『詩経』大雅巻阿とあり、「鳳凰は梧桐にあらざれば栖まず、竹実にあらざれば食わず」という。『詩経』『春秋左氏伝』『論語』などでは「聖天子の出現を待ってこの世に現れる」といわれる瑞獣(瑞鳥)のひとつとされる。『礼記』では麒麟・霊亀・応竜とともに「四霊」と総称されている。

3 薄鈆殘黛稱花冠 薄れた白粉や眉は花の冠によく似あう。化粧はくずれてしまっているが、女の美しさは少しも変わっていないことを言う。・薄鈆:薄れた白粉。・残黛:色越せた眉。・称:ぴったりとよく似あう。

4 延佇 いつまでも手すりにもたれて倚りかかっていること。

5 杳杳 ほのかなさま。くらいさま。また,はるかなさま。空間または時間においてとても遠い、遠いこと。

6 離愁 別れの悲しみ。

7 千般 種々。さまざま。いろいろ。

8 心緒 思いのはし。心の動き。

9 多端 1 複雑で多方面にわたっていること。また、そのさま。「多岐―」2 事件や仕事が多くて忙しいこと。また、そのさま。多忙。多事。

10 鏡奩 鏡を収めておく箱。

11 孤鸞 自分の姿しか映っていない鏡。鸞は鸞鏡。鏡のこと。○鏡中鸞 金属製の鏡の背面に彫られた鸞の模様が「双鳳文鏡」であり、離ればなれのつがいの鸞がお互いを求め合う姿を彫刻しているものが多い。「鸞鏡」は、愛し合う(時にはなれねばならない)男女の思いを映し出す鏡をしめす。鸞は理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。白楽天「太行路」に鏡中鸞を引き合いにし男女について詠っている。無題 (含情春晼晩) 李商隠 16 では李商隠が旅先の南京周辺の家妓であろう女性の部屋にひそかに入り交わったということを詠っている。

孫光憲『浣溪沙九首其四』

攬鏡無言淚欲流,凝情半日懶梳頭,一庭疎雨濕春愁。

楊柳秖知傷怨別,杏花應信損嬌羞,淚沾魂斷軫離憂。

溫庭筠『菩薩蠻 六』

寶函雀金鸂鵣,沈香閣上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。

寶函【ほうかん】鈿雀【てんじゃく】金の鸂鵣【けいちょく】,沈香【ちんこう】の閣上 山の碧【みどり】。

楊柳 又 絲の如し,驛橋 春雨【はるさめ】の時なり。

畫樓から音信 斷つ,芳草 江南の岸のあり。

鸞鏡と花枝とあり,此の情は誰か知るを得る。

あの人をまちわびている女妓が、目をさまし、うつくしい匣枕、鈿雀のかんざしと、金のおしどりにかざられたかんざしがそばにおちている。起き出すのも物憂い女妓は、朝のお化粧をして沈香のただよう樓閣のうえにのぼって、呉山のみどりの彼方をながめやる。
健康と無事を祈って折った青柳は又芽をふいて、糸のようにほそい枝を風になびかせている。驛亭にしっとりと春雨がふって、あの日ここであの人と別れを告げた。あれからどれほど月日がたったのか。
美しい高楼あの人を待ち侘びているけれど音信はとぎれたままなのだ。かんばしい春の草が江南の岸にはまたさきだした。
このさびしいこころは、鸞鳥を背に彫んだ鏡と花が咲き誇る枝だけがいつもみている。この心情はだれが察っしてくれるのだろうか。

『菩薩蠻 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-6-6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1640

・寶函鈿雀金鸂鵣 宝函はうつくしい匣の意であるが、枕函(まくら)とか、化粧箱をさす。鈿雀は花鈿(かんざし)雀釵のたぐいであろう。金鸂鵣、これも金のおしどりのかんざしである。枕のほとりに叙のおちているけしき。夫が居たら考えられない景色というところであろう。の注参照。ここではさらに鏡に映る己の孤独な影を重ねる。

12 暮雨 朝雲暮雨。男女の契り・情交のこと。「朝雲」は朝の雲、「暮雨」は夕暮れに降る雨の意。「暮雨朝雲 ぼうちょううん 」ともいう。

13 淒淒 (1) 寒い,冷え冷えする.(2) もの寂しい,うらさびれた.《―()悲しい,胸ふさがる.凄惨。痛ましい,悲惨な.凄楚

14 深院閉 高い塀で囲まれた大きな屋敷、寝殿のとびらをしめたままにする。

15 凝坐 1.静坐。 2.引申静止,固定不

16 初更 日が暮れて、翌朝夜が明けるまでを五回の時を告げる、その初回をいう。この時はまだ来てくれるかもしれないという意味に使う語である。

17 玉釵・低壓鬢雲橫 この二句は妃嬪自身の様子で、特に髪型が崩れても直そうとする気持ちにもならない。

18 半垂羅幕,相映燭光明 この二句は妃嬪の部屋の様子。

8 投漢珮 相傳周代鄭交甫於漢皋臺下遇見兩位女子,女子身上均佩帶二珠。回頭看時,二位女子也不見蹤影。妃嬪の位を示す帯玉。あの漢の佩び玉を投げ捨ててしまって忘れようとする心になろうとしていることをいう。

10 理秦箏 寺院歌謡として行われた楽箏伴奏の歌曲が多く、ここでは三峡、巫山の巫女が奏るものである。秦箏- 箏は,戦国時代(403‐前221)に秦の将軍蒙恬(もうてん)が作ったという説があるが信ずるに足りない。しかし,秦で広く行われていたことから秦箏とも呼ばれ,中国大陸西部に興った秦と箏との関係は密接である。

11 鷰雙 ツバメが二つ並ぶ。ツバメは子作りのために巣を作り、やってくる。

12 鸞耦 鳳凰はつがいで居るもの。・耦 二人が並んで耕す.ここは、三峡を越えて行く前に留まる夔州・歸州・宜昌などの港の街の妓娼について詠ったもの。

白鬚草01

13 明發 夜が明けたら出発すること。・明発 早朝、夜が明けて光が発する時。夜は初夜を引きずっているということ。 謝霊運『初發石首城』「游當羅浮行,息必廬霍期。越海淩三山,遊湘曆九嶷。欽聖若旦暮,懷賢亦淒其。皎皎明發心,不為寒欺。」

14 楚雲 雲が男で女が雨で絡み合うというほどの意味だが、宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

 

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)

細雨(帷飄白玉堂)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76

細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78

12孫光憲《巻八15臨江仙二首其一》『花間集』367全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7107

孫光憲  臨江仙二首其一

霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。

杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

(選抜されて後宮に入り、選抜されて妃賓に、そして鳳凰のようにむつまじく過ごしたが、寵愛は長くは続かない、何時しか少し年を重ねると見捨てられてしまう妃嬪を詠う。)

醴泉である井戸、鳳凰は梧桐にだけとまる愛の巣であったものを、秋が来て霜に打たれて葉が枯れ落ち幹だけになっている、それと同じように、閨には翡翠の帳や彫りの手すりにもこの秋、初めて寒さを感じさせるものである。

少し年を重ねたとはいえ、薄化粧や眉は花の冠によく似あってとても美しい。誰も来ない閨では思いを内に含んで言葉など発することなく、物憂げにいつまでも手すりにもたれて倚りかかっておこしをまつ。

あのお方は輦車で今どこかにはるかなところに行かれてしまった、別れは悲しみであったが、思い出も、思いでの物、様々なものが恨みにかわってしまう。

心は揺れ動き、思いは募るばかりで、堪えることが出来ない。鏡の箱を開けることもなく長く覆いをかけたままにしている。他のことへの意欲などないし、番で初めて鳳凰なのに独りで居る鸞はいったいなにを思えばよいのだろうか。

12孫光憲《巻八15臨江仙二首其一》『花間集』367全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7107

 

 

 
  2015年12月22日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(48)李白366-#4 巻五05-《相逢行》(朝騎五花馬,) 366-#4Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(48) <李白366-#4> Ⅰ李白詩1711 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7103  
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  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-9-#1杜甫 《19-09 .槐葉冷淘》#1 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-9-#1 <1085> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7105  
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張泌

巻四38臨江仙煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅

和凝

巻六17臨江仙二首其二披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

 

臨江仙二首其一

(選抜されて後宮に入り、選抜されて妃賓に、そして鳳凰のようにむつまじく過ごしたが、寵愛は長くは続かない、何時しか少し年を重ねると見捨てられてしまう妃嬪を詠う。)

霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。

醴泉である井戸、鳳凰は梧桐にだけとまる愛の巣であったものを、秋が来て霜に打たれて葉が枯れ落ち幹だけになっている、それと同じように、閨には翡翠の帳や彫りの手すりにもこの秋、初めて寒さを感じさせるものである。

薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。

少し年を重ねたとはいえ、薄化粧や眉は花の冠によく似あってとても美しい。誰も来ない閨では思いを内に含んで言葉など発することなく、物憂げにいつまでも手すりにもたれて倚りかかっておこしをまつ。

杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。

あのお方は輦車で今どこかにはるかなところに行かれてしまった、別れは悲しみであったが、思い出も、思いでの物、様々なものが恨みにかわってしまう。

不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

心は揺れ動き、思いは募るばかりで、堪えることが出来ない。鏡の箱を開けることもなく長く覆いをかけたままにしている。他のことへの意欲などないし、番で初めて鳳凰なのに独りで居る鸞はいったいなにを思えばよいのだろうか。

 

臨江仙二首其二

暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。

玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。

終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。

鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

 

 

(臨江仙二首其の一)

霜 井梧を拍ち 幹葉 堕ち、翠幃 雕檻 初めて寒し。

薄鈆 残黛 花冠に称う、情を含みて 語ること 無く、延佇して 欄干に倚る。

杳杳として 征輪 何処にか去れる、離愁 別恨 千般なり。

堪えず 心緒の正に多端なるに、鏡奩 長に掩い、孤鸞に対する意無し。

 

隋堤01
 

『臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其一

霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。

薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。

杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。

不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

 

 

(下し文)

(臨江仙二首其の一)

霜 井梧を拍ち 幹葉 堕ち、翠幃 雕檻 初めて寒し。

薄鈆 残黛 花冠に称う、情を含みて 語ること 無く、延佇して 欄干に倚る。

杳杳として 征輪 何処にか去れる、離愁 別恨 千般なり。

堪えず 心緒の正に多端なるに、鏡奩 長に掩い、孤鸞に対する意無し。

 

 

(現代語訳)

(選抜されて後宮に入り、選抜されて妃賓に、そして鳳凰のようにむつまじく過ごしたが、寵愛は長くは続かない、何時しか少し年を重ねると見捨てられてしまう妃嬪を詠う。)

醴泉である井戸、鳳凰は梧桐にだけとまる愛の巣であったものを、秋が来て霜に打たれて葉が枯れ落ち幹だけになっている、それと同じように、閨には翡翠の帳や彫りの手すりにもこの秋、初めて寒さを感じさせるものである。

少し年を重ねたとはいえ、薄化粧や眉は花の冠によく似あってとても美しい。誰も来ない閨では思いを内に含んで言葉など発することなく、物憂げにいつまでも手すりにもたれて倚りかかっておこしをまつ。

あのお方は輦車で今どこかにはるかなところに行かれてしまった、別れは悲しみであったが、思い出も、思いでの物、様々なものが恨みにかわってしまう。

心は揺れ動き、思いは募るばかりで、堪えることが出来ない。鏡の箱を開けることもなく長く覆いをかけたままにしている。他のことへの意欲などないし、番で初めて鳳凰なのに独りで居る鸞はいったいなにを思えばよいのだろうか。

長安城図 作図00
 

(訳注)

臨江仙二首其一

(選抜されて後宮に入り、選抜されて妃賓に、そして鳳凰のようにむつまじく過ごしたが、寵愛は長くは続かない、何時しか少し年を重ねると見捨てられてしまう妃嬪を詠う。)

1 【臨江仙解説】遠く旅に出て帰らぬ男を思う女の情を詠う。前段は、斎条とした秋の寒さの到来と、美しさの変わらぬ女性の姿、そして、思いに沈むさまを述べる。後段、「離愁別恨千般なり」や「心緒の正に多端」の語は、「男の身に何かあったのではないか」「旅先で新しい女ができたのではないか」「もしこのままあの人が帰らなかったならば私はどうなるのか」と、あれこれ悪い事を想像せずにはいられぬ女心を綴ったものである。一夫多妻制のこの時代、通い婚が基本であり、女のもとに男が通うということぢ、天子から下々まで、女に大小の差こそあっても一つの部屋、閨、家があり気が向けば立ち寄る。女は他に行かせないように頑張る。その一生懸命さを表現する、鏡、霜、井、梧、葉墮、翠、幃、雕檻、初寒、薄鈆、殘黛、花冠,含情、無語,延佇、倚欄干、何處去,離、愁、別、恨、千般、不堪、心緒、正多端,鏡奩、長掩,對孤鸞、と。初めは仲睦まじくしている時の小道具は一転して一人さびしい小道具となるのである。孫光憲の詩はそうした年増女の辛さを表現する語句のみで構成されているのである。

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調五十八字、前後段同形、各五句二十九字三平韻二仄韻で、❼⑥⑦❹⑤/❼⑥⑦❹⑤の詞形をとる。張泌、毛文錫、牛希濟、和凝、顧孫光憲、鹿虔扆、閻選、毛熙震、李珣の臨江仙の解説参照。

臨江仙二首其一

霜拍井梧幹葉,翠幃雕檻初

薄鈆殘黛稱花,含情無,延佇倚欄

杳杳征輪何處,離愁別恨千

不堪心緒正多,鏡奩長,無意對孤

○●●○●●△  ●○○●○○

●○○●△○△  ○○○● △●△○○

●●○○△●● △○●●○○

△○○●△○○ ●○△●  ○●●○○

 

霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。

醴泉である井戸、鳳凰は梧桐にだけとまる愛の巣であったものを、秋が来て霜に打たれて葉が枯れ落ち幹だけになっている、それと同じように、閨には翡翠の帳や彫りの手すりにもこの秋、初めて寒さを感じさせるものである。

2 梧幹葉 梧桐は仲睦まじく暮らしていたことの象徴。鳳凰は、霊泉(醴泉〈れいせん〉、甘い泉の水だけを飲み、60-120年に一度だけ実を結ぶという竹の実のみを食物とし、梧桐の木にしか止まらないという。『詩経』に「鳳凰鳴けり、彼の高き岡に。梧桐生ず、彼の朝陽に」『詩経』大雅巻阿とあり、「鳳凰は梧桐にあらざれば栖まず、竹実にあらざれば食わず」という。『詩経』『春秋左氏伝』『論語』などでは「聖天子の出現を待ってこの世に現れる」といわれる瑞獣(瑞鳥)のひとつとされる。『礼記』では麒麟・霊亀・応竜とともに「四霊」と総称されている。

 

薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。

少し年を重ねたとはいえ、薄化粧や眉は花の冠によく似あってとても美しい。誰も来ない閨では思いを内に含んで言葉など発することなく、物憂げにいつまでも手すりにもたれて倚りかかっておこしをまつ。

3 薄鈆殘黛稱花冠 薄れた白粉や眉は花の冠によく似あう。化粧はくずれてしまっているが、女の美しさは少しも変わっていないことを言う。・薄鈆:薄れた白粉。・残黛:色越せた眉。・称:ぴったりとよく似あう。

4 延佇 いつまでも手すりにもたれて倚りかかっていること。

 

杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。

あのお方は輦車で今どこかにはるかなところに行かれてしまった、別れは悲しみであったが、思い出も、思いでの物、様々なものが恨みにかわってしまう。

5 杳杳 ほのかなさま。くらいさま。また,はるかなさま。空間または時間においてとても遠い、遠いこと。

6 離愁 別れの悲しみ。

7 千般 種々。さまざま。いろいろ。

 

不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

心は揺れ動き、思いは募るばかりで、堪えることが出来ない。鏡の箱を開けることもなく長く覆いをかけたままにしている。他のことへの意欲などないし、番で初めて鳳凰なのに独りで居る鸞はいったいなにを思えばよいのだろうか。

8 心緒 思いのはし。心の動き。

9 多端 1 複雑で多方面にわたっていること。また、そのさま。「多岐―」2 事件や仕事が多くて忙しいこと。また、そのさま。多忙。多事。

10 鏡奩 鏡を収めておく箱。

11 孤鸞 自分の姿しか映っていない鏡。鸞は鸞鏡。鏡のこと。○鏡中鸞 金属製の鏡の背面に彫られた鸞の模様が「双鳳文鏡」であり、離ればなれのつがいの鸞がお互いを求め合う姿を彫刻しているものが多い。「鸞鏡」は、愛し合う(時にはなれねばならない)男女の思いを映し出す鏡をしめす。鸞は理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。白楽天「太行路」に鏡中鸞を引き合いにし男女について詠っている。無題 (含情春晼晩) 李商隠 16 では李商隠が旅先の南京周辺の家妓であろう女性の部屋にひそかに入り交わったということを詠っている。

孫光憲『浣溪沙九首其四』

攬鏡無言淚欲流,凝情半日懶梳頭,一庭疎雨濕春愁。

楊柳秖知傷怨別,杏花應信損嬌羞,淚沾魂斷軫離憂。

溫庭筠『菩薩蠻 六』

寶函雀金鸂鵣,沈香閣上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。

寶函【ほうかん】鈿雀【てんじゃく】金の鸂鵣【けいちょく】,沈香【ちんこう】の閣上 山の碧【みどり】。

楊柳 又 絲の如し,驛橋 春雨【はるさめ】の時なり。

畫樓から音信 斷つ,芳草 江南の岸のあり。

鸞鏡と花枝とあり,此の情は誰か知るを得る。

あの人をまちわびている女妓が、目をさまし、うつくしい匣枕、鈿雀のかんざしと、金のおしどりにかざられたかんざしがそばにおちている。起き出すのも物憂い女妓は、朝のお化粧をして沈香のただよう樓閣のうえにのぼって、呉山のみどりの彼方をながめやる。
健康と無事を祈って折った青柳は又芽をふいて、糸のようにほそい枝を風になびかせている。驛亭にしっとりと春雨がふって、あの日ここであの人と別れを告げた。あれからどれほど月日がたったのか。
美しい高楼あの人を待ち侘びているけれど音信はとぎれたままなのだ。かんばしい春の草が江南の岸にはまたさきだした。
このさびしいこころは、鸞鳥を背に彫んだ鏡と花が咲き誇る枝だけがいつもみている。この心情はだれが察っしてくれるのだろうか。

『菩薩蠻 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-6-6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1640

・寶函鈿雀金鸂鵣 宝函はうつくしい匣の意であるが、枕函(まくら)とか、化粧箱をさす。鈿雀は花鈿(かんざし)雀釵のたぐいであろう。金鸂鵣、これも金のおしどりのかんざしである。枕のほとりに叙のおちているけしき。夫が居たら考えられない景色というところであろう。の注参照。ここではさらに鏡に映る己の孤独な影を重ねる。

12孫光憲《巻八14生查子三首其三》『花間集』366全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7102

孫光憲 『生子三首』其三

金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪

玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

(高貴な人の愛妾、第二夫人であっても、歳を重ねると誰も寄り付かず、閨はまるで牢獄のようであり、この悔しさをだれに言うこともできないと詠う。)

飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いている、井戸の近くの高い梧桐の枝が井戸に蔽いかぶさって落ちてくる。しばらくするとその向こうの煌びやかな高殿に、上り始めた朧月がかかっている。

その宮女の部屋には訪れる人もなくまるで漢の戚夫人の「永巷歌」を思わせる寂寞が漂う。しばらくの間、顔を崩してしわを寄せているがこんな愁いに満ちた生活に堪えることが出来ないのだろう。

飾られた香炉には香を焚くこともなく冷たいままで、少し焚いてもすぐ燃え尽きてしまう、こんなことを繰り返していたり、あの方への思いを新たにしたり、またあきらめたりしている。

翡翠で飾られた御車はここに帰って来ることはもうない、一人さびしく恨む気持ちは誰に訴えたらよいのだろう。

12孫光憲《巻八14子三首其三》『花間集』366全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7102

 

 

 

 
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孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

孫光憲  花間集 六十一首

花間集 巻第七 (十三首)

花間集 巻第八 (四十八首)

 

花間集 教坊曲『生子』七首

張泌

巻四44子相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

牛希濟

巻五44子春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

孫光憲

巻八12子三首其一寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

孫光憲

巻八13子三首其二暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

孫光憲

巻八14子三首其三金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪。玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

魏承班

巻九10子二首 其一》  煙雨晴天,零落花無語。難話此時心,梁雙來去。琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,金縷

魏承班

巻九11子二首 其二》  寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

 

 

孫光憲 『生子三首』其一

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

寂寞掩朱門,正是天將暮。

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

待得沒人時,隈倚論私語。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

 

寂寞 朱門を掩い,正に是れ 天將て暮れる。

暗澹として 小庭の中,滴滴として 梧桐の雨。

繡 夫を工みし,心緒を牽き,盡く鴛鴦の縷を配す。

人を沒する時を得んことを待ち,隈倚して私語を論ずる。

 

『生子三首』其二

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

 

(『生子三首』其の二)

暖かな日 花驄を策し,鞚を嚲れ 陌に楊を垂れ。

芳草 煙青に惹れ,絮を落つ 風白に隨う。

誰が家 繡轂 香塵を動かし,隱映す 神仙の客を。

狂殺す 玉鞭の郎,咫尺 音容を隔つなり。

『生子三首』其三

(高貴な人の愛妾、第二夫人であっても、歳を重ねると誰も寄り付かず、閨はまるで牢獄のようであり、この悔しさをだれに言うこともできないと詠う。)

金井墮高梧,玉殿籠斜月。

飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いている、井戸の近くの高い梧桐の枝が井戸に蔽いかぶさって落ちてくる。しばらくするとその向こうの煌びやかな高殿に、上り始めた朧月がかかっている。

永巷寂無人,斂態愁堪

その宮女の部屋には訪れる人もなくまるで漢の戚夫人の「永巷歌」を思わせる寂寞が漂う。しばらくの間、顔を崩してしわを寄せているがこんな愁いに満ちた生活に堪えることが出来ないのだろう。

玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。

飾られた香炉には香を焚くこともなく冷たいままで、少し焚いてもすぐ燃え尽きてしまう、こんなことを繰り返していたり、あの方への思いを新たにしたり、またあきらめたりしている。

翠輦不歸來,幽恨將誰

翡翠で飾られた御車はここに帰って来ることはもうない、一人さびしく恨む気持ちは誰に訴えたらよいのだろう。

(『生子三首』其の三)

金井 高梧を墮つ,玉殿 籠にす月を斜にす。

永巷 寂して人無く,斂態 愁いて堪す。

玉爐 寒く,香 燼滅し,還た君の恩歇に似る。

翠輦 歸り來らず,幽恨 將に 誰かう。

 

紅梅002
 

『生子三首』其三 現代語訳と訳註

(本文)

孫光憲 『生子三首』其三

金井墮高梧,玉殿籠斜月。

永巷寂無人,斂態愁堪

玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。

翠輦不歸來,幽恨將誰

 

(下し文)『生子三首』其三

金井 高梧を墮つ,玉殿 籠にす月を斜にす。

永巷 寂して人無く,斂態 愁いて堪

玉爐 寒く,香 燼滅し,還た君の恩歇に似る。

翠輦 歸り來らず,幽恨 將に 誰か

 

(現代語訳)

(高貴な人の愛妾、第二夫人であっても、歳を重ねると誰も寄り付かず、閨はまるで牢獄のようであり、この悔しさをだれに言うこともできないと詠う。)

飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いている、井戸の近くの高い梧桐の枝が井戸に蔽いかぶさって落ちてくる。しばらくするとその向こうの煌びやかな高殿に、上り始めた朧月がかかっている。

その宮女の部屋には訪れる人もなくまるで漢の戚夫人の「永巷歌」を思わせる寂寞が漂う。しばらくの間、顔を崩してしわを寄せているがこんな愁いに満ちた生活に堪えることが出来ないのだろう。

飾られた香炉には香を焚くこともなく冷たいままで、少し焚いてもすぐ燃え尽きてしまう、こんなことを繰り返していたり、あの方への思いを新たにしたり、またあきらめたりしている。

翡翠で飾られた御車はここに帰って来ることはもうない、一人さびしく恨む気持ちは誰に訴えたらよいのだろう。

 

(訳注) 

子三首其三

(高貴な人の愛妾、第二夫人であっても、歳を重ねると誰も寄り付かず、閨はまるで牢獄のようであり、この悔しさをだれに言うこともできないと詠う。)

 

花間集には孫光憲の『生子三首』ある。双調四十一字、前段二十字、四句二仄韻で、後段二十一字、五句二平韻二仄韻5❺5❺/③3❺⑤❺の詞形をとる。

寂寞掩朱門,正是天將

暗澹小庭中,滴滴梧桐

繡工,牽心緒,配盡鴛鴦

待得沒人,隈倚論私

●●●○○  △●○△●

●△●○△  ●●○○●

●○  △○● ●●○○●

●●●○○ △△△○●

其二双調四十二字、前段二十字、四句二仄韻で、前段二十二字、四句二仄韻で、5❺5❺/7❺5❺の詞形をとる。

子三首 其二

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

●●●○○  ●●○○●

○●●○○  ●●○△●

○○●●●○○  ●●○○●

△●●○○  ●●○○●

花間集には孫光憲の『生子三首』ある。双調四十一字、前段二十字、四句二仄韻で、後段二十一字、五句二仄韻5❺5❺/33❺5❺の詞形をとる。

孫光憲 『生子三首』其三

金井墮高梧,玉殿籠斜

永巷寂無人,斂態愁堪

玉爐寒,香燼滅,還似君恩

翠輦不歸來,幽恨將誰

○●△○○  ●●△○●

●●●○○  ●●○○●

●○○  ○●● ○●○○●

●●△○△ ○●△○●

宮島(10)
 

金井墮高梧,玉殿籠斜月。

飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いている、井戸の近くの高い梧桐の枝が井戸に蔽いかぶさって落ちてくる。しばらくするとその向こうの煌びやかな高殿に、上り始めた朧月がかかっている。

9 金井 飾りのある井戸に西日が当たり金色に輝いているという意味。西日は黄昏、人生の絶頂期を過ぎた寂寞感を演出する。

10 籠斜月 籠はおぼろ月夜で日が沈んで昇り始めたことをいう。

 

永巷寂無人,斂態愁堪

その宮女の部屋には訪れる人もなくまるで漢の戚夫人の「永巷歌」を思わせる寂寞が漂う。しばらくの間、顔を崩してしわを寄せているがこんな愁いに満ちた生活に堪えることが出来ないのだろう。

11 永巷 永巷(罪を犯した女官を入れる牢獄)に幽閉されること。ここは、宮女が一室を与えられ、そこで寂しく一生を終えるのでこの表現を用いた。紀元前195年に劉邦が死去して盈(恵帝)が即位すると、皇太后となった呂雉による前帝戚夫人母子への報復が始まる。まず、戚夫人を捕らえて永巷(えいこう:罪を犯した女官を入れる牢獄)に監禁し、一日中豆を搗かせる刑罰を与えた。戚夫人が自らの境遇を嘆き悲しみ、詠んだ歌が「永巷歌」として『漢書』に収められている。そして呂太后は、長安に入朝した如意を毒殺した。その前後、戚夫人も殺害された。

12 斂態 ほんの少しの間・しばらくの間、顔を崩してしわを寄せること。斂:1 引きしめ集める。取り入れる。「苛斂(かれん)・聚斂(しゅうれん)2 引きしまる。「収斂」3 死体を棺に収める。「斂葬」

 

玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。

飾られた香炉には香を焚くこともなく冷たいままで、少し焚いてもすぐ燃え尽きてしまう、こんなことを繰り返していたり、あの方への思いを新たにしたり、またあきらめたりしている。

13 恩歇 寵愛に対する報恩をやめる。

 

翠輦不歸來,幽恨將誰

翡翠で飾られた御車はここに帰って来ることはもうない、一人さびしく恨む気持ちは誰に訴えたらよいのだろう。

 

 

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孫光憲  『生子三首』其二

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

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孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

孫光憲  花間集 六十一首

花間集 巻第七 (十三首)

花間集 巻第八 (四十八首)

 

花間集 教坊曲『生子』七首

張泌

巻四44子相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

牛希濟

巻五44子春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

孫光憲

巻八12子三首其一寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

孫光憲

巻八13子三首其二暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

孫光憲

巻八14子三首其三金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪。玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

魏承班

巻九10子二首 其一》  煙雨晴天,零落花無語。難話此時心,梁雙來去。琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,金縷

魏承班

巻九11子二首 其二》  寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

 隋堤002

 

孫光憲 『生子三首』其一

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

寂寞掩朱門,正是天將暮。

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

待得沒人時,隈倚論私語。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

 

寂寞 朱門を掩い,正に是れ 天將て暮れる。

暗澹として 小庭の中,滴滴として 梧桐の雨。

繡 夫を工みし,心緒を牽き,盡く鴛鴦の縷を配す。

人を沒する時を得んことを待ち,隈倚して私語を論ずる。

 

『生子三首』其二

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

 

(『生子三首』其の二)

暖かな日 花驄を策し,鞚を嚲れ 陌に楊を垂れ。

芳草 煙青に惹れ,絮を落つ 風白に隨う。

誰が家 繡轂 香塵を動かし,隱映す 神仙の客を。

狂殺す 玉鞭の郎,咫尺 音容を隔つなり。

 

興慶宮002
 

『生子三首』其二 現代語訳と訳註

(本文)

孫光憲 『生子三首』其二

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

 

(下し文)

(『生子三首』其の二)

暖かな日 花驄を策し,鞚を嚲れ 陌に楊を垂れ。

芳草 煙青に惹れ,絮を落つ 風白に隨う。

誰が家 繡轂 香塵を動かし,隱映す 神仙の客を。

狂殺す 玉鞭の郎,咫尺 音容を隔つなり。

 

(現代語訳)

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。

郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。

何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。

その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

 

(訳注)

子三首其二

(春ののどかな日に、貴公子が砂塵をあげて行楽に向かう。家柄よろしく馬も車も乗っている人もきれいな姿であるけれど、やっていることとは隔たりが逢ういけ好かないやつらだと詠う)

 

花間集には孫光憲の『生子三首』ある。双調四十一字、前段二十字、四句二仄韻で、後段二十一字、五句二平韻二仄韻5❺5❺/③3❺⑤❺の詞形をとる。

寂寞掩朱門,正是天將

暗澹小庭中,滴滴梧桐

繡工,牽心緒,配盡鴛鴦

待得沒人,隈倚論私

●●●○○  △●○△●

●△●○△  ●●○○●

●○  △○● ●●○○●

●●●○○ △△△○●

其二双調四十二字、前段二十字、四句二仄韻で、前段二十二字、四句二仄韻で、5❺5❺/7❺5❺の詞形をとる。

子三首 其二

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

芳草惹煙青,落絮隨風白。

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

●●●○○  ●●○○●

○●●○○  ●●○△●

○○●●●○○  ●●○○●

△●●○○  ●●○○●

 

 

暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。

春の日が温かく包む行楽日和に、大宛国の名馬がオモガイに飾りの房を揺らして都大通りをすすめば、柳が垂れて揺れるのと馬の飾りの房が調子を合わせて揺れる。

4 花驄 大宛の種である花紋様ある驄馬

5 嚲鞚 嚲:垂れている飾りがゆれて叩く。鞚:おもがい1 (くつわ)の部分の名。手綱(たづな)の両端を結びつける轡の引き手。みずき。2 手綱の両端。

 

芳草惹煙青,落絮隨風白。

郊外のかんばしい若草に何処からかお香を焚いていて青い煙が漂い、その香に惹かれて進む。そこに柳絮の白い綿が飛んで、辺りは雪のように真っ白に風に舞う。

 

誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。

何処の高貴な家柄の人であろうか、銀鞍の馬に立派な車にのって行楽に向かうとその後にお香の香りと車が起す砂塵が舞う。まるで絵に描かれた仙人が車に乗って雲の上に昇り消えていくかのようである。

6 繡轂 裝飾華美的車輛。貴人たちが銀鞍の馬や立派な車にのって来て

 

狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

その車には狂おしいほど細くていい男が鞭を振って行ってしまったが、奇麗な形で音を立てて去って行くのは一緒だが姿かたちと雷のような騒音とは恐ろしくかけ離れている。

7 狂殺 狂おしく細い。一目で好きになってしまう。

8 玉鞭郎 飾りが施された鞭を持った貴公子の男。

 

 

孫光憲 『生子三首』【字解】

 

 

1 寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。じゃくまく。

2 朱門 身分の高い顕官の邸。① 朱塗りの門。 ②《門を朱塗りにしたところから》富貴の人の家。家屋は南を正門とし、高貴の人はその邸の門を朱色に塗った。郭璞の「遊仙詩」に、「朱門何ぞ栄とするに足らん」 の句がある。

薛濤『燕離巢』「出入朱門未忍,主人常愛語交交。銜泥穢珊瑚枕,不得梁間更壘巢。」(燕、巣を離る)朱門に出入して 未だ【なげう】つに忍びず、主人 常に愛す 語 交交なるを。泥を銜んで 珊瑚の枕を 穢汚す、梁間 更に巣を壘するを 得ず。

十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467

 

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

3 梧桐 梧桐の葉に棲む鳳凰のつがい。鳳凰は梧桐の木に棲むとされる。『詩経』大雅・巻阿に「鳳凰鳴けり、彼の高岡に。梧桐生ぜり、彼の朝陽に」。その鄭玄の箋に「鳳凰の性は、梧桐に非ざれは棲まず。竹の実に非ざれは食わず」。

・梧桐:こどう 立秋の日に初めて葉を落とす。大きな葉を一閒一枚落としてゆく青桐は凋落を象徴するもの。特に井戸の辺の梧桐は砧聲と共に秋の詩には欠かせない。李煜「采桑子其二」李煜「烏夜啼」温庭筠「更漏子」李白「贈舎人弟台卿江南之」李賀「十二月楽詞」などおおくある。玄宗と楊貴妃を喩える場合もある。

顧夐『虞美人六首』其四「碧梧桐映紗晚,花謝鶯聲懶。小屏屈曲掩青山,翠幃香粉玉爐寒,兩蛾攢。顛狂少年輕離別,辜負春時節。畫羅紅袂有啼痕,魂消無語倚閨門,欲黃昬。」(其の四)碧の梧桐 紗の晚を映し,花 鶯聲の懶を謝す。小屏 屈曲 青山を掩い,翠幃 香粉 玉爐の寒,兩つながらの蛾を攢める。狂を顛じて少年 離別を輕くし,辜 春の時節に負【そむ】く。羅に畫く紅の袂 啼痕有り,魂消 語無く閨門に倚り,黃昬ならんと欲す。

11顧夐 (改)《巻六37虞美人六首其四》『花間集』288全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6712

4 花驄 大宛の種である花紋様ある驄馬

5 嚲鞚 嚲:垂れている飾りがゆれて叩く。鞚:おもがい1 (くつわ)の部分の名。手綱(たづな)の両端を結びつける轡の引き手。みずき。2 手綱の両端。

6 繡轂 裝飾華美的車輛。貴人たちが銀鞍の馬や立派な車にのって来て

7 狂殺 狂おしく細い。一目で好きになってしまう。

8 玉鞭郎 飾りが施された鞭を持った貴公子の男。

12孫光憲《巻八12生查子三首其一》『花間集』364全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7092

孫光憲 『生子三首』其一

寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

12孫光憲《巻八12子三首其一》『花間集』364全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7092

 

 

 
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孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

孫光憲  花間集 六十一首

花間集 巻第七 (十三首)

花間集 巻第八 (四十八首)

 

花間集 教坊曲『生子』七首

張泌

巻四44子相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

牛希濟

巻五44子春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

孫光憲

巻八12子三首其一寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

孫光憲

巻八13子三首其二暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

孫光憲

巻八14子三首其三金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪。玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

魏承班

巻九10子二首 其一》  煙雨晴天,零落花無語。難話此時心,梁雙來去。琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,金縷

魏承班

巻九11子二首 其二》  寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

 

 

孫光憲 『生子三首』其一

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

寂寞掩朱門,正是天將暮。

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

待得沒人時,隈倚論私語。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

 

寂寞 朱門を掩い,正に是れ 天將て暮れる。

暗澹として 小庭の中,滴滴として 梧桐の雨。

繡 夫を工みし,心緒を牽き,盡く鴛鴦の縷を配す。

人を沒する時を得んことを待ち,隈倚して私語を論ずる。

DCF00112
 

 

『生子三首』其一 現代語訳と訳註

(本文)

子三首其一

寂寞掩朱門,正是天將暮。

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

待得沒人時,隈倚論私語。

 

(下し文)

寂寞 朱門を掩い,正に是れ 天將て暮れる。

暗澹として 小庭の中,滴滴として 梧桐の雨。

繡 夫を工みし,心緒を牽き,盡く鴛鴦の縷を配す。

人を沒する時を得んことを待ち,隈倚して私語を論ずる。

 

(現代語訳)

子三首其一(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

瓊花02
 

(訳注)

子三首其一

(身分の高い顕官の妻に不幸があって邸宅に通夜葬儀に参列した時の様子を詠う。)その一

前段はその邸宅の正門のひっそり感を、中庭に入ると梧桐の葉に雨が落ちる音で悲しさを表現している。一夫多妻制の時代であるが、この詩の雰囲気では正妻の死ではなく、愛妾の死であろう。後段は死んだ愛妾の使用したものには鳳凰の刺繍や鴛鴦の絵の紐がかけられていて天に持っていけるようにしてある。でも、誰もが何時かは死ぬものだから、ということで終るが、その裏には、夫が何時になっても帰らず、

其一

花間集には孫光憲の『生子三首』ある。双調四十一字、前段二十字、四句二仄韻で、後段二十一字、五句二平韻二仄韻5❺5❺/③3❺⑤❺の詞形をとる。

寂寞掩朱門,正是天將

暗澹小庭中,滴滴梧桐

繡工,牽心緒,配盡鴛鴦

待得沒人,隈倚論私

●●●○○  △●○△●

●△●○△  ●●○○●

●○  △○● ●●○○●

●●●○○ △△△○●

 

寂寞掩朱門,正是天將暮。

こんなにもひっそりとして寂しい雰囲気が正門を蔽っている。それはまさに、ここに、天はその人生の暮れ掛かるのを示されている。

1 寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。じゃくまく。

2 朱門 身分の高い顕官の邸。① 朱塗りの門。 ②《門を朱塗りにしたところから》富貴の人の家。家屋は南を正門とし、高貴の人はその邸の門を朱色に塗った。郭璞の「遊仙詩」に、「朱門何ぞ栄とするに足らん」 の句がある。

薛濤『燕離巢』「出入朱門未忍,主人常愛語交交。銜泥穢珊瑚枕,不得梁間更壘巢。」(燕、巣を離る)朱門に出入して 未だ【なげう】つに忍びず、主人 常に愛す 語 交交なるを。泥を銜んで 珊瑚の枕を 穢汚す、梁間 更に巣を壘するを 得ず。

十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467

 

暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。

中に入ってゆくと黄昏から薄暗闇になってゆく中庭を通ってゆくと、おりしもひたひたと雨が落ち、鳳凰鳥が仲睦まじく棲んだ梧桐の葉っぱに落ちる音が悲しい。

3 梧桐 梧桐の葉に棲む鳳凰のつがい。鳳凰は梧桐の木に棲むとされる。『詩経』大雅・巻阿に「鳳凰鳴けり、彼の高岡に。梧桐生ぜり、彼の朝陽に」。その鄭玄の箋に「鳳凰の性は、梧桐に非ざれは棲まず。竹の実に非ざれは食わず」。

・梧桐:こどう 立秋の日に初めて葉を落とす。大きな葉を一閒一枚落としてゆく青桐は凋落を象徴するもの。特に井戸の辺の梧桐は砧聲と共に秋の詩には欠かせない。李煜「采桑子其二」李煜「烏夜啼」温庭筠「更漏子」李白「贈舎人弟台卿江南之」李賀「十二月楽詞」などおおくある。玄宗と楊貴妃を喩える場合もある。

顧夐『虞美人六首』其四「碧梧桐映紗晚,花謝鶯聲懶。小屏屈曲掩青山,翠幃香粉玉爐寒,兩蛾攢。顛狂少年輕離別,辜負春時節。畫羅紅袂有啼痕,魂消無語倚閨門,欲黃昬。」(其の四)碧の梧桐 紗の晚を映し,花 鶯聲の懶を謝す。小屏 屈曲 青山を掩い,翠幃 香粉 玉爐の寒,兩つながらの蛾を攢める。狂を顛じて少年 離別を輕くし,辜 春の時節に負【そむ】く。羅に畫く紅の袂 啼痕有り,魂消 語無く閨門に倚り,黃昬ならんと欲す。

11顧夐 (改)《巻六37虞美人六首其四》『花間集』288全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6712

 

繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。

部屋には見事な刺繍の上かけがかけられ、鳳凰の馭者が死者の心を牽いて天にゆく、見ればここにはすべての物に鴛鴦の刺繍、鴛鴦の絲が配されている。

 

待得沒人時,隈倚論私語。

人というものはどんな高貴な人であっても「死ぬ時がくる」というのを待つだけなのである。もっともそんな不遜なジャレゴトは隅っこでいう独り言である。

12孫光憲《巻八11後庭花二首其二》『花間集』363全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7087

孫光憲  後庭花二首其二

石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。

玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

(歓楽街の若い美人たちも、宮女たちも絶世の美女、陳の張貴妃もやがては散り去って、誰も覚えていない。悲しい女の定めを詠う。)

金陵の石頭城は六朝の王朝は滅んだものの、むなしく城郭だけは残っている長江下流域、江南の要衝の都市である。ここに立てば、昔の宮殿はすっかり春の景色である。それは、二メートルもある長く青い絹糸は陳の張貴妃の黒髪のようであり、香りのよい春の草は、萌黄色にそまる。歓楽街に美女たちはいるけれど、張貴妃という絶世の傾国美女は得難いものだ。美しい花びら、若い盛りの美人というものはやがて散り、尽き果ててしまうものである。その上更に、散ってしまったものを誰が覚えていようか。こりんごの花と葉、それに実というものはしげれば織物のように美しいものである。ただ、人にとっては「陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた」とかなしい思いを思い出させるものである。美人たちみんな、盛りを過ぎれば悲しく、うらめしいことが果てしがないのである。

12孫光憲《巻八11後庭花二首其二》『花間集』363全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7087

 

 
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韓愈119-#2《 巻九16喜雪獻裴尚書》 #2 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1620> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7084  
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孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

花間集 教坊曲『後庭花』五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

後庭花二首其一

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

(後庭花二首其の一)

景陽 鐘動す 宮の鶯囀,露 涼す 金殿。

輕飇 吹起 瓊花の綻,玉葉は翦の如し。

晚 來し 高閣に上れば,珠簾 卷き,見墜すば 香千片。

蛾を脩め 臉を慢して 雕輦に陪し,後庭 新らたに宴す。

 

 

後庭花二首其二

(歓楽街の若い美人たちも、宮女たちも絶世の美女、陳の張貴妃もやがては散り去って、誰も覚えていない。悲しい女の定めを詠う。)

石城依舊空江國,故宮春色。

金陵の石頭城は六朝の王朝は滅んだものの、むなしく城郭だけは残っている長江下流域、江南の要衝の都市である。ここに立てば、昔の宮殿はすっかり春の景色である。

七尺青絲芳草綠,世難得。

それは、二メートルもある長く青い絹糸は陳の張貴妃の黒髪のようであり、香りのよい春の草は、萌黄色にそまる。歓楽街に美女たちはいるけれど、張貴妃という絶世の傾国美女は得難いものだ。

玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。

美しい花びら、若い盛りの美人というものはやがて散り、尽き果ててしまうものである。その上更に、散ってしまったものを誰が覚えていようか。

只是教人添怨憶,悵望無極。

こりんごの花と葉、それに実というものはしげれば織物のように美しいものである。ただ、人にとっては「陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた」とかなしい思いを思い出させるものである。美人たちみんな、盛りを過ぎれば悲しく、うらめしいことが果てしがないのである。

石城 舊に依りて  空しき江國, 故宮は  春色。

七尺の靑絲  芳草 碧なり, 絶世  得難し。

玉英 凋【しぼ】み落ちて 盡き, 更に 何人か 識らん。

 野棠 織るが如く, 只だ是れ 人をして 怨憶を 添へ敎【し】む, 悵望 極り無し。

 

木蘭03
 

『後庭花二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花二首其二

石城依舊空江國,故宮春色。

七尺青絲芳草綠,世難得。

玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。

只是教人添怨憶,悵望無極。

 

(下し文)

石城 舊に依りて  空しき江國, 故宮は  春色。

七尺の靑絲  芳草 碧なり, 絶世  得難し。

玉英 凋【しぼ】み落ちて 盡き, 更に 何人か 識らん。

 野棠 織るが如く, 只だ是れ 人をして 怨憶を 添へ敎【し】む, 悵望 極り無し。

 

(現代語訳)

後庭花二首其二(歓楽街の若い美人たちも、宮女たちも絶世の美女、陳の張貴妃もやがては散り去って、誰も覚えていない。悲しい女の定めを詠う。)

金陵の石頭城は六朝の王朝は滅んだものの、むなしく城郭だけは残っている長江下流域、江南の要衝の都市である。ここに立てば、昔の宮殿はすっかり春の景色である。

それは、二メートルもある長く青い絹糸は陳の張貴妃の黒髪のようであり、香りのよい春の草は、萌黄色にそまる。歓楽街に美女たちはいるけれど、張貴妃という絶世の傾国美女は得難いものだ。

美しい花びら、若い盛りの美人というものはやがて散り、尽き果ててしまうものである。その上更に、散ってしまったものを誰が覚えていようか。

こりんごの花と葉、それに実というものはしげれば織物のように美しいものである。ただ、人にとっては「陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた」とかなしい思いを思い出させるものである。美人たちみんな、盛りを過ぎれば悲しく、うらめしいことが果てしがないのである。

海棠花1050
 

(訳注)

後庭花二首其二

(歓楽街の若い美人たちも、宮女たちも絶世の美女、陳の張貴妃もやがては散り去って、誰も覚えていない。悲しい女の定めを詠う。)

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

 

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、孫光憲は二首である。双調四十六字、前段二十二字、三仄韻、後段二十五字、四仄韻で、❼❹7❹/5❸❺❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯,露涼金殿

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如

晚來高閣上,珠簾,見墜香千

脩蛾慢臉陪雕,後庭新

●○○●○○●  ●△○●

△?△●○○●  ●●△●

●△○●●  ○○△ ●●○○●

○△●△○○● ●○○●

後庭花二首其二 双調四十六字、前段二十二字、三仄韻、後段二十五字、四仄韻で、❼❹7❹/5❸❺❼❹の詞形をとる。

石城依舊空江,故宮春

七尺青絲芳草綠,世難

玉英凋落盡,更何人,野棠如

只是教人添怨,悵望無

●○△●△○●  ●○○●

●●○○○●●  ●△△●

●○○●●  △△○● ●○△●

△●△○○△● ●△○●

 

石城依舊空江國, 故宮春色。

金陵の石頭城は六朝の王朝は滅んだものの、むなしく城郭だけは残っている長江下流域、江南の要衝の都市である。ここに立てば、昔の宮殿はすっかり春の景色である。

12. 石城:石頭城。越は楚に滅ぼされ,この付近も楚の領域に入ったが,楚の威王のとき,この地に王気がみられるとして,これを鎮めるために金を埋め,今の清涼山付近に城を築いたことから,金陵と称したといわれる。これは秦淮河が長江に流入する地点をみおろす要害の地で,のちに孫権が石頭城を築く。 秦は金陵邑を秣陵県(ばつりようけん)とし,漢代に入ると周辺には丹陽,江乗,胡孰(こじゆく)などの諸県が設けられ丹陽郡に属した。石頭城は、秦淮河の畔にある古都の城郭。唐以前に六代の王朝が置かれた。古来、多くの詩人が石頭城を詠う。

劉禹錫『石頭城』「山圍故國週遭在,潮打空城寂寞回。淮水東邊舊時月,夜深還過女牆來。」、

韋莊『金陵圖』「江雨霏霏江草齊,六朝如夢鳥空啼。無情最是臺城柳,依舊烟籠十里堤。」、

欧陽炯『江城子』「晩日金陵岸草平,落霞明,水無情。六代繁華,暗逐逝波聲,空有姑蘇臺上月,如西子鏡,照江城。」、11 -16 江城子一首 歐陽舍人炯十七首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-426-11-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3677

13 依舊 昔通りである。昔のままである。 

14 空江國 六朝の江南の古城は残っているが、王朝は皆滅亡し、城郭だけが変わらずに残っていることを「空」と表した。

15 故宮 昔の宮殿。 

16 春色 春の景色。

 

七尺靑絲芳草碧, 絶世難得。

それは、二メートルもある長く青い絹糸は陳の張貴妃の黒髪のようであり、香りのよい春の草は、萌黄色にそまる。歓楽街に美女たちはいるけれど、張貴妃という絶世の傾国美女は得難いものだ。

17 七尺靑絲 南朝・陳の張貴妃の黒髪のような美しくて長い柳の枝。・七尺:唐の大尺で、1尺は約29.4センチメートル、小尺は約24.6センチメートル。七尺では大尺で:約2.05メートル、小尺で:約1.72メートル。 

18 芳草 香りのよい春の草。 

19 碧 緑色をしている。綠とするのもある。

20 絶世 世に並ぶものがなく、すぐれていること。ここでは、前の「石城依舊」から、絶世の傾国、美女を指す、張貴妃のこと。 

21 難得 得難い。

 

玉英凋落盡, 更何人識。

美しい花びら、若い盛りの美人というものはやがて散り、尽き果ててしまうものである。その上更に、散ってしまったものを誰が覚えていようか。

22 玉英 ここは、美しい花びら、南京の歓楽街の美人を示している。 

23 凋落 しぼみ落ちること。 

24 盡 つきる。

25 更 その上。さらに。 

26 識 おぼえている。しる。ここは、前者の義。

 

野棠如織, 只是敎人添怨憶, 悵望無極。

こりんごの花と葉、それに実というものはしげれば織物のように美しいものである。ただ、人にとっては「陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた」とかなしい思いを思い出させるものである。美人たちみんな、盛りを過ぎれば悲しく、うらめしいことが果てしがないのである。

27 野棠 棠梨。こりんご。やまなし。ここではその花も指す。 

28 如織 野棠の花と葉の色の釣り合いが恰も織物の如くに美しいことをいう。

29 只是 ただこれ。(美しい野棠の花も)ただ人に(かなしい思いを思い出させる)だけだ。 

30 敎人 人をして…せしむ。人に…させる。人に(かなしい思いを思い出)させる。敎:使役の(助)動詞で、古語では、平声。 

31 添 そえる。一層(かなしい思いをするだけだ)。 

32 怨憶 うらめしい思い出。陳後主陳叔寶と張貴妃の故事等、六朝の哀史を指す。

33 悵望 うらめしげに見遣る。 

34 無極 極まり無い。果てしない。

 

凌波曲舞002
 

  

 

 

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12孫光憲《巻八10後庭花二首其一》『花間集』362全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7082

改訂版 孫光憲  後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

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  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている。

 

花間集 教坊曲『後庭花』五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

後庭花二首其一

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

(後庭花二首其の一)

景陽 鐘動す 宮の鶯囀,露 涼す 金殿。

輕飇 吹起 瓊花の綻,玉葉は翦の如し。

晚 來し 高閣に上れば,珠簾 卷き,見墜すば 香千片。

蛾を脩め 臉を慢して 雕輦に陪し,後庭 新らたに宴す。

 

後庭花二首其二

石城依舊空江國,故宮春色。

七尺青絲芳草綠,世難得。

玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。

只是教人添怨憶,悵望無極。

 

白芷00
 

『後庭花二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

 

(下し文)

(後庭花二首其の一)

景陽 鐘動す 宮の鶯囀,露 涼す 金殿。

輕飇 吹起 瓊花の綻,玉葉は翦の如し。

晚 來し 高閣に上れば,珠簾 卷き,見墜すば 香千片。

蛾を脩め 臉を慢して 雕輦に陪し,後庭 新らたに宴す。

 

(現代語訳)

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

 

(訳注)

後庭花二首其一

(後宮には、妃嬪がたくさんいて、その妃嬪1人に宮女100人付く、丁度それは瓊花をいう。天子は今宵もまた新しい宴会をもよおす。)

1.  『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

1-2   妃嬪たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下婦が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。國は滅ぼされると、「籍没」といって家族(母、娘、妻、妾、子孫を含む)と奴稗は、みな後宮に入れて官奴婦にすることになっていた。つまり「技芸に巧みな者は後宮に入れる」(『唐六典』巻六、刑部都官)と定めていた。そして、無能な者は司農寺(銭穀のことを司る官庁)等の官庁に配属して官奴稗とし、後宮に入れられた者の一部分は官女とした。将軍の妻、娘、碑妾等は、みな夫や父、あるいは主人が諌殺され、後宮の婦にされた。

1-3 後宮と貞壮観 また、上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。六朝文化、唐、宋、を過ぎるあたりまで、比較的自由な恋愛感情であった。

 

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、孫光憲は二首である。双調四十六字、前段二十二字、三仄韻、後段二十五字、四仄韻で、❼❹7❹/5❸❺❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯,露涼金殿

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如

晚來高閣上,珠簾,見墜香千

脩蛾慢臉陪雕,後庭新

●○○●○○●  ●△○●

△?△●○○●  ●●△●

●△○●●  ○○△ ●●○○●

○△●△○○● ●○○●

1-4 陳の後主《玉樹後庭花》であるが、詞というより字数を合わせて美辞麗句を並べた楽府ではあるが、後世、後宮の頽廃、悪政治、を題材にした詩題の下になったもの。

麗宇芳林對高閣、新粧豔質本傾城。

映戸凝嬌乍不進、出帷含態笑相迎。

臉似花含露、玉樹流光照後庭

麗宇 芳林 高閣に対し、新粧 艶質 本より傾城。

戸に映るも嬌を凝らし 乍(たちま)ち進まず、帷を出でて態を含み 笑いて相い迎う。

妖姫 臉は花の露を含むに似たり、玉樹 光を流して後庭を照らす。

壮麗な宮殿、香しい林は高殿と向かい合っており、化粧を終えたばかりの艶やかさはまことに絶色の美女である。

絹張りの戸に映った影でしなをつくってみて、つと立ち止まり、それから帷をでて媚びを含んで笑いながら出迎える。

妖艶な妃嬪女たちの顔は花が露を含んでいるのにも似て、月の光は美しい木立を通して裏庭を照らしている。

1-5特に楽府を多く作り、その内容は艶麗で技巧的な詩風を特徴とする「宮体詩」が大多数を占める。後主の代表作であり、壮麗な後宮と宮女のあでやかな美しさを詠じた「玉樹後庭花」は、後世において亡国の詩とされ、六朝文学批判の槍玉に挙げられるほか、南朝滅亡を主題とする詩にしばしば詠われている。

陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53

 

 

景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。

陳の景陽宮殿には後主が妃嬪とかくれて捕縛された井戸のある庭があり、夜明けを告げる鐘が鳴り、鶯がなきはじめても、酒宴をやめることなく、夏が過ぎ秋が過ぎても金で飾った宮殿には華燭の宴が絶やすことがない。

2.  景陽 江蘇省江寧県の北、陳の宮殿の名。その宮殿、陳の後主が皇后と妃嬪と一緒にかくれた井戸の名。隋の軍隊が国都建虚(南京)に侵入した夜もなお訪宴に耽っていた陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた。

景陽井 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 48

3.  鐘動・鶯囀 「猿鳴鐘動不知曙」(猿鳴き 鐘動いて 曙を知らず)

謁衡獄廟遂宿獄寺題門樓 韓退之(韓愈)詩<51-#4>Ⅱ中唐詩347 紀頌之の漢詩ブログ1120

4. 金殿  金で飾った宮殿。また、非常に美しい御殿。

 

輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。

後宮の庭で、風が吹き上げ軽く頬を撫でてゆく、小さな錠の瓊花の香りが漂う、それは、香り良い葉を鋏みできった時のように香りである。

5. 輕飇 軽く頬を撫でてゆく風。飇:つむじかぜ。涼飇】. 涼しい風。

6. 瓊花 江蘇省、揚州市が原産で、隋から唐の時代、「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられた。ただ不稔であったために、「聚八仙」という台木に接ぎ木して増やしていたが、元軍の進入とともに絶え、その後は残った台木の「聚八仙」が「瓊花」と呼ばれるようになったという。晩春に白色の両性花とまわりに8個の真っ白な装飾花を咲かせる。

7. 翦 =剪。切りそろえる。断ち切る。

 

晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

夕刻になれば、高楼の上に昇り、玉の簾を巻き上げて、見下ろせば先ほど庭先で見た瓊花の花びらがたくさんしきつめるかのようで、香りもとどく。

8. 見墜香千片 庭に妃嬪の周りにおつきの宮女が侍るので見下ろせは瓊花のように見える。

 

脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。

妃嬪たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれる。

9. 脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

10 慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

11. 新宴 後宮では春先に、宮女の面談選定が行われる。そして選ばれた宮女からさらに妃嬪候補者が選定され、酒宴の補助のような形で花を添える形になる。天子に見初められる前に、宦官、上級宮女に妃嬪たちの選別を通過する必要がある。

 菜の花001

 

孫光憲 後庭花二首 【字解】

 

1.-1『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

1-2 妃嬪たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下婦が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。國は滅ぼされると、「籍没」といって家族(母、娘、妻、妾、子孫を含む)と奴稗は、みな後宮に入れて官奴婦にすることになっていた。つまり「技芸に巧みな者は後宮に入れる」(『唐六典』巻六、刑部都官)と定めていた。そして、無能な者は司農寺(銭穀のことを司る官庁)等の官庁に配属して官奴稗とし、後宮に入れられた者の一部分は官女とした。将軍の妻、娘、碑妾等は、みな夫や父、あるいは主人が諌殺され、後宮の婦にされた。

1-3 後宮と貞壮観 また、上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。六朝文化、唐、宋、を過ぎるあたりまで、比較的自由な恋愛感情であった。

1-4 陳の後主《玉樹後庭花》であるが、詞というより字数を合わせて美辞麗句を並べた楽府ではあるが、後世、後宮の頽廃、悪政治、を題材にした詩題の下になったもの。

麗宇芳林對高閣、新粧豔質本傾城。

映戸凝嬌乍不進、出帷含態笑相迎。

臉似花含露、玉樹流光照後庭

麗宇 芳林 高閣に対し、新粧 艶質 本より傾城。

戸に映るも嬌を凝らし 乍(たちま)ち進まず、帷を出でて態を含み 笑いて相い迎う。

妖姫 臉は花の露を含むに似たり、玉樹 光を流して後庭を照らす。

壮麗な宮殿、香しい林は高殿と向かい合っており、化粧を終えたばかりの艶やかさはまことに絶色の美女である。

絹張りの戸に映った影でしなをつくってみて、つと立ち止まり、それから帷をでて媚びを含んで笑いながら出迎える。

妖艶な妃嬪女たちの顔は花が露を含んでいるのにも似て、月の光は美しい木立を通して裏庭を照らしている。

1-5特に楽府を多く作り、その内容は艶麗で技巧的な詩風を特徴とする「宮体詩」が大多数を占める。後主の代表作であり、壮麗な後宮と宮女のあでやかな美しさを詠じた「玉樹後庭花」は、後世において亡国の詩とされ、六朝文学批判の槍玉に挙げられるほか、南朝滅亡を主題とする詩にしばしば詠われている。

陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53

2. 景陽 江蘇省江寧県の北、陳の宮殿の名。その宮殿、陳の後主が皇后と妃嬪と一緒にかくれた井戸の名。隋の軍隊が国都建虚(南京)に侵入した夜もなお訪宴に耽っていた陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた。

景陽井 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 48

3. 鐘動・鶯囀 「猿鳴鐘動不知曙」(猿鳴き 鐘動いて 曙を知らず)

謁衡獄廟遂宿獄寺題門樓 韓退之(韓愈)詩<51-#4>Ⅱ中唐詩347 紀頌之の漢詩ブログ1120

4. 金殿  金で飾った宮殿。また、非常に美しい御殿。

5. 輕飇 軽く頬を撫でてゆく風。飇:つむじかぜ。涼飇】. 涼しい風。

6. 瓊花 江蘇省、揚州市が原産で、隋から唐の時代、「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられた。ただ不稔であったために、「聚八仙」という台木に接ぎ木して増やしていたが、元軍の進入とともに絶え、その後は残った台木の「聚八仙」が「瓊花」と呼ばれるようになったという。晩春に白色の両性花とまわりに8個の真っ白な装飾花を咲かせる。

7. 翦 =剪。切りそろえる。断ち切る。

8. 見墜香千片 庭に妃嬪の周りにおつきの宮女が侍るので見下ろせは瓊花のように見える。

9. 脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

10 慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

11. 新宴 後宮では春先に、宮女の面談選定が行われる。そして選ばれた宮女からさらに妃嬪候補者が選定され、酒宴の補助のような形で花を添える形になる。天子に見初められる前に、宦官、上級宮女に妃嬪たちの選別を通過する必要がある。

 

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12孫光憲《巻八09虞美人二首其二》『花間集』361全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7077

孫光憲  虞美人二首    其二

好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。

畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。交人無處寄相思,落花芳艸過前期,沒人知。

(約束の春の日はすぎて、何時しか夏になるが寵愛を受けることはないそれでも、空しさと寂しさに囲まれるが、寵愛を受ける準備だけは、毎日欠かさずしている)心地よいそよ風がそっと簾を巻き上げ、吹き流しのように揺れる。金糸の刺繍の番の鸞は互いに寄り添う。翠の軒端の燕の巢に愁わし鳴く雛鳥の声がきこえてくる、こんな時、春景色に囲まれているのに、春心が報われなくて暗い気持ちになってしまう、女一人、平穏な気持ちでいることは難しい。彩が鮮やかな御殿の横を流れる小川の流れ、春というのに空虚な雰囲気はたがいに覆われる、香炉に一筋の煙がゆれて、そしてほそながく漂ってのこっている。慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持、こころをどこにおいていいのか、と、かわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら、それでもやはり思い続けてゆくと決め、春の花は散り、若草はおい茂る時節になってしまっても、以前の約束日はとっくに過ぎてしまったけれど、この辛い気持ちはだれにもわからないのだ。 

12孫光憲《巻八09虞美人二首其二》『花間集』361全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7077

 

 
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虞美人二首 其一

(虞美人のように孤立化してしまった妃賓について、訪れる人もなく寂しい毎日を過ごす)

      寂寂無人語,暗澹梨花雨。

      紅い燈火が影をおとす窓のある閨には誰もよらず語ることはない。春の花がいっぱいというのに長雨は梨の花を濡らして、薄暗くひっそりとしている。(花も天も私を見棄てるのか)

繡羅紋地粉新描,博山香炷旋抽條,睡魂銷。

今日は、刺繍入りのシーツを取り換え、お化粧し、何度もし直し、新しく眉を書いた。りっぱな博山の香炉からは一条の香煙が立ち上り揺れながら旋回している。待ちつかれてうとうとし、もう、あのおかたを迎えようとするはりつめた気持ちも消えてきた。

      天涯一去無消息,終日長相憶。

心は、どこか遠くの果てに一度行ってしまったのだろうか、音沙汰は全くない。日がな一日、それも毎日、ずーっとあのお方のことを思い続けていくだけ。

      交人相憶幾時休?不堪悵觸別離愁,淚還流。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持のかわるがわるが繰り返して思うけど、そんな気持ちをいつまで続けていくのか、もうおわりにしたい。おいつめられて、恨み嘆くこと、わかれてしまいたいと愁うことにはもう堪えられない。涙はまた流れて行く。

             

虞美人二首 其二

(約束の春の日はすぎて、何時しか夏になるが寵愛を受けることはないそれでも、空しさと寂しさに囲まれるが、寵愛を受ける準備だけは、毎日欠かさずしている)

      好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。

心地よいそよ風がそっと簾を巻き上げ、吹き流しのように揺れる。金糸の刺繍の番の鸞は互いに寄り添う。

      翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。

翠の軒端の燕の巢に愁わし鳴く雛鳥の声がきこえてくる、こんな時、春景色に囲まれているのに、春心が報われなくて暗い気持ちになってしまう、女一人、平穏な気持ちでいることは難しい。

      畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。

彩が鮮やかな御殿の横を流れる小川の流れ、春というのに空虚な雰囲気はたがいに覆われる、香炉に一筋の煙がゆれて、そしてほそながく漂ってのこっている。

      交人無處寄相思,落花芳艸過前期,沒人知。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持、こころをどこにおいていいのか、と、かわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら、それでもやはり思い続けてゆくと決め、春の花は散り、若草はおい茂る時節になってしまっても、以前の約束日はとっくに過ぎてしまったけれど、この辛い気持ちはだれにもわからないのだ。 

(虞美人二首其の二)

好風 微かに掲げ 簾旌を起こし、金巽 鸞 相い倚る。

翠簷 愁い聴く 乳禽の声、此の時 春態 暗に情に関わり、独り平らかなり難し。

画堂 流水 空しく相いに翳【おお】い、一穂 香 搖曳す。

交【こ】の人 相思を寄する処無く、落花 芳草 前期を過ぎて、人の知ること没し。

 

 

『虞美人二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

虞美人二首           其二

好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。

翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。

畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。

交人無處寄相思,落花芳艸過前期,沒人知。

 

 

(下し文)

(虞美人二首其の二)

好風 微かに掲げ 簾旌を起こし、金巽 鸞 相い倚る。

翠簷 愁い聴く 乳禽の声、此の時 春態 暗に情に関わり、独り平らかなり難し。

画堂 流水 空しく相いに翳【おお】い、一穂 香 搖曳す。

交【こ】の人 相思を寄する処無く、落花 芳草 前期を過ぎて、人の知ること没し。

 

(現代語訳)

(約束の春の日はすぎて、何時しか夏になるが寵愛を受けることはないそれでも、空しさと寂しさに囲まれるが、寵愛を受ける準備だけは、毎日欠かさずしている)

心地よいそよ風がそっと簾を巻き上げ、吹き流しのように揺れる。金糸の刺繍の番の鸞は互いに寄り添う。

翠の軒端の燕の巢に愁わし鳴く雛鳥の声がきこえてくる、こんな時、春景色に囲まれているのに、春心が報われなくて暗い気持ちになってしまう、女一人、平穏な気持ちでいることは難しい。

彩が鮮やかな御殿の横を流れる小川の流れ、春というのに空虚な雰囲気はたがいに覆われる、香炉に一筋の煙がゆれて、そしてほそながく漂ってのこっている。

慕い、思い焦がれる気持ちともうどうなってもいいという気持、こころをどこにおいていいのか、と、かわるがわるが繰り返して思うことを言い、そんな気持ちをいつまで続けていくのやら、それでもやはり思い続けてゆくと決め、春の花は散り、若草はおい茂る時節になってしまっても、以前の約束日はとっくに過ぎてしまったけれど、この辛い気持ちはだれにもわからないのだ。 

 

(訳注)

虞美人二首其二

(約束の春の日はすぎて、何時しか夏になるが寵愛を受けることはないそれでも、空しさと寂しさに囲まれるが、寵愛を受ける準備だけは、毎日欠かさずしている)

【解説】 寵愛を失った妃賓、登場の「虞美人」は、春というもの、四面幔幕で覆われ行楽を楽しむはずであったもの。それが、四面楚歌ならぬ四面静寂であるということなのだ。魅力がなくなったと自ら思うことはない、結果として、寵愛を失ったのである。春は万物が成長するとき、また、“春情を抑えることが出来ない”というのを前提にしないとここに登場する「虞美人」の辛さがわからない。

1 虞美人 項羽の愛姫で虞姫ともいう。5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか・安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒宴をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞世の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。虞美人草の名は,彼女の鮮血が化して草花になったという伝から来ている。

秦末 虞美人『虞美人歌』

漢兵已略地,四方楚歌聲。

大王意氣盡,賤妾何聊生。

(虞美人の歌)

漢兵 已に地を略し,四方 楚の歌聲。

大王 意氣盡き,賤妾 何ぞ生を聊んぜん。

虞美人歌  秦末・虞美 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482

項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌』

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

2. 美人 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。

      

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字二仄韻三平韻で、❼❺⑦⑦③/❼❺⑦⑦③の詞形をとる。

虞美人二首           其一

寂寂無人,暗澹梨花

繡羅紋地粉新,博山香炷旋抽,睡魂

天涯一去無消,終日長相

交人相憶幾時?不堪悵觸別離,淚還

○?●●○○●  ●△○○●

●○○●●○○  ●○○●△○○ ●○○

○○●●○○● ○●△△●

○○△●△○△ △○●●●△○ ●○○

虞美人二首           其二

好風微揭簾旌,金翼鸞相

翠簷愁聽乳禽,此時春態暗關,獨難

畫堂流水空相,一穗香搖

交人無處寄相,落花芳艸過前,沒人

●△○●○○●  ○●○△△ 

●○○△●○○  ●○○●●○○ ●△○

●○○●△△△ ●●○○●

○○○●●△△ ●○○●△○○  ●○○

 

好風微揭簾旌起,金翼鸞相倚。

心地よいそよ風がそっと簾を巻き上げ、吹き流しのように揺れる。金糸の刺繍の番の鸞は互いに寄り添う。

12. 簾旌 簾が幔幕や吹き流しのように持ち上げられる様子であることをいう。旌は吹き流しの様な旗。

13. 金翼鸞 簾に金糸で刺繍された鸞。

 

翠簷愁聽乳禽聲,此時春態暗關情,獨難平。

翠の軒端の燕の巢に愁わし鳴く雛鳥の声がきこえてくる、こんな時、春景色に囲まれているのに、春心が報われなくて暗い気持ちになってしまう、女一人、平穏な気持ちでいることは難しい。

14. 翠篇 翠色の庇。

15. 春態 春の姿、様態。

 

畫堂流水空相翳,一穗香搖曳。

彩が鮮やかな御殿の横を流れる小川の流れ、春というのに空虚な雰囲気はたがいに覆われる、香炉に一筋の煙がゆれて、そしてほそながく漂ってのこっている。

16.