玉-巻二20 樂府詩七首 其一靑靑河邊草篇 -#4〔傳玄〕
玉-巻二20 樂府詩七首 其一靑靑河邊草篇 -#4〔傳玄〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8829
それに夫は去って、帰ってこないままに、季節が変わり、風は悲しく吹いてわが思いをゆるがる。このはてしない心を誰が知ってくれるというのか。四季の気候が移り変わり、空にかかる日月の光は、少しもとどまることなく、忽ち過ぎ去るのは四頭馬車がかけぬけるようなものである。耳を傾ければ、聞こえてくる音がすべてあなたではないかと思ってしまう、目をうごかせば、すぐに涙が両眼からこぼれおちる。もう、生きているうちには、再びお目にかかる時はないだろう。夫と約束できるという事は、黄泉の国のもとで合うという事なのだろう。
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玉臺新詠 巻二 |
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新楽府に対して,六朝時代以前につくられた古い楽府をいう。
楽府(がふ)とは、漢詩の一形式で、古体詩の一種。その文体を楽府体(がふたい)ともいう。
前漢の時、民間歌謡の採集のため楽府という音楽官署(音楽取調所)が設立されたが、楽府において集められた歌謡そのものをさす言葉となった。以後、民間歌謡全般を楽府と称することがあり、宋元の詞や曲も楽府と呼ばれることがあった。文学史上のいわゆる楽府の形式は晋代以降に呼ばれるようになったもので、漢魏の古曲に基づく楽府を楽府古辞、六朝時代の民間歌謡にもとづくものを楽府民歌といい、これらを古楽府という。唐代になると古楽府はほとんど演奏されなくなり、古楽府の形式に沿って作られたりし、朗読される詩歌となっていった。また中唐以降になると、白居易を始めとして新しい題(新題)を創始して楽府が作られるようになり、これを新楽府という。
北宋の郭茂倩の『楽府詩集』では漢から唐に至るまでの歌謡、または文人がその題(古題)を借りて創作したり、その体裁を模倣して作った歌詞、新楽府が収録されている。
































