玉集-019【字解集】 悼亡詩二首其三
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2017年10月12日 |
の紀頌之”6”つの校注Blog |
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10年のBLOGの集大成 |
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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注 |
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Ⅰ李白詩 |
(李白集校注) |
745年 n-55-#3 鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居(卷七(一)五一二)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9244 |
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745年-08 【字解集】008 A鳴皋歌送岑徵君 B對雪奉餞任城六父秩滿歸京Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8975 |
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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注 |
806年-152 昌黎先生 巻八-03鬥雞聯句【案:韓愈、孟郊】-#7 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9203 |
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Ⅲ 杜詩 |
詳注 |
767年-141#27 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#27§9.-2注(1155) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9232 |
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767年-集-19 【字解集】 ・H提封 I鸚鵡 J孤雁 K鷗 L猿 M麂 N雞 O黃魚 P白小 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8998 |
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集 不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。 |
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Ⅳブログ詩集 |
漢・唐・宋詞 |
花間集 訳注解説 (264)回目牛希濟巻五38臨江仙七首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9247 (10/12) |
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10年のBLOGの集大成 |
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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始 |
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Ⅴ.唐五代詞詩・女性 |
・玉臺新詠 |
玉集-019【字解集】 悼亡詩二首其三 Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9206 |
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玉集-018【字解集】 e. 悼亡詩二首其一 f. 悼亡詩二首其二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9165 |
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Ⅵ唐代女性論 ninjaブログ |
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玉集-019【字解集】 悼亡詩二首其三
Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9206
【字解集】 g. 悼亡詩二首其三
悼亡詩三首其三 #1
22. (死を悼む哀傷の詩文を得意とし、愛妻の死を嘆く名作)其の三 #1
2. 悼亡詩 妻の死をいたむ詩を悼亡という。作者は特に誄詞(るいし)すなわち死者を弔う詩をよくし、悼亡の詩に特色をあらわしているという。特に、潘岳は、死を悼む哀傷の詩文を得意とし、愛妻の死を嘆く名作「悼亡」詩は以降の詩人に大きな影響を与えた。
『文選』には三首収めてあるが、玉臺新詠にはその第一、第二首であるが、三首もけいさいする。共に亡き妻をいたんで綿々とその情を寄せた代表作である。
曜靈運天機,四節代遷逝。
日は天の機関によってめぐり、かくて春夏秋冬はつぎつぎとうつりかわってゆく。
37. 天機 天の機関(柁)、それによって日月星などが運行する。陳琳の柳賦にも「天機の運り旋るや、夫れ何ぞ逝くこと速かなる」。0烈烈 寒さがきびしいさま。
淒淒朝露凝,烈烈夕風厲。
今や、朝露は寒ざむと凝りかたまり、夕べの風は身にしみるごとくきびしい秋となった。
38. 淒淒 さびしく痛ましい ・ 寂しい.
39. 烈烈 気迫・炎などの勢いがはげしいさま。
奈何悼淑儷,儀容永潛翳。
やさしかったわが妻の死を悲しみいたむが、その姿は永久に潛みかくれたままで、見ることができないのを、何としたものであろうか。
40. 淑儀 善良な、やさしい徳のある、つれあい。
41. 儀容 礼にかなったすがた。以上の二語は、播安仁の妻のことをさしていう。
42. 潛翳 1.亦作潜翳。 2.隐蔽;隐藏。亦作“潜翳”。
#2
念此如昨日,誰知已卒歲。
なくなったのは昨日のことのように思われるが、思いつめているので、記憶が、なまなましいからであるが、実はいつしかもう一年もたったのである。
改服從朝政,哀心寄私制。
喪服を改めて官服をきて、朝政に従おうとするけれども、なお妻の喪のことに心がひかれて、かなしい。
43. 従朝政 朝廷に出仕して政事にあずかること。
44. 寄私制 心を私制に寄せ託する。「私制」とは、朝政なる公事に対し、私事なるわが亡妻の喪の礼制をさす。
茵幬張故房,朔望臨爾祭。
妻とともに住んだもとの「へや」の床には生前のごとく茵や棒をかけ帳を張る、一日と十五日とには妻の霊を祭る。
45. 茵幬張 茵西は棒、ふとん、しきもの。幬は床帳、ねどこのとばり。張とは、棒を主として、張るといったのであろう。
#3
爾祭詎幾時,朔望忽復盡。
しかし、おまえの霊を一日と十五日とに妻を祭ってきたが、いつまでも続けられるものではなくて、ぼちぼち終りとしたのである。
衾裳一毀撤,千載不復引。
いま、喪が終ることで、夜着や裳が除き去られることとなり、またそれをふたたび設けつらねるということは永久になくなるであろう。
亹亹期月周,戚戚彌相愍。
こうして、しだいに月日が進んで一年たったのであるが、わが心はますます憂い悲しむのである。
46. 亹亹の用語解説 - ( トタル ) [文] 形動タリ 倦うまずたゆまずに努めるさま。
47. 期月 ここは満一年。期とは扁して、一年目の期にもどる。
48. 戚戚 いたみかなしむ。
49. 愍 あわれむかわいそうに思う。あわれむ。「愍笑・愍然/哀愍・憐愍(れんびん・れんみん)」[補説]「憫」と通用する。
#4
悲懷感物來,泣涕應情隕。
悲愁の秋の風物に接しては悲しみの情がそそられ起り、それにつれて涙がしたたりおちる。
50. 感物 李善の注には、古詩の「物に感じて思う所を懐う」を引くから、物を「時節の物、景物」と解したらしい。呂向は「平生の衣服を見て」云々というから、妻の遺物とみたのであろう。
駕言陟東阜,望墳思紆軫。
それで車に乗って東の岡にのぼり、妻の墳墓をながめては、心が結ばれて堪えがたく悲しい。
51. 思 ここは、かなしさ。
徘徊墟墓間,欲去復不忍。
かくて墓のあたりを往きつ、もどりつして、去ろうと思っても去るに忍びない。
徘徊不忍去,徙倚步踟躕。
何度も、そのあたりをさまようていると、本当に去るに忍びず、歩いたり立ったりして、先へは進まないのである。
52. 徙倚 排御、低回の意。
53. 踟躕 行こうとして、しかも進まぬさま。
#5
落葉委埏側,枯荄帶墳隅。
落ち葉は墓道につもり、枯れ草や、茎と根だけが墳墓をとりまいている。
54. 荄 方言には「根」といい、李周翰には「草の名」という。
孤魂獨煢煢,安知靈與無?
わが魂は、妻とはなれて、ただひとり、とりのこされ憂いているが、妻の霊があるものか、ないものか、わからない。
55. 煢煢 憂える。またただひとり、に同じ。
投心遵朝命,揮涕強就車。
もし霊があるならば、わが悲しい心情は通ずるであろうが、わが心を朝命に従うことに向け、涙をぬぐい心をひきたてて車にのって都に向かうのである。
誰謂帝宮遠?路極悲有餘。
都までは遠いと誰が言うのか、近いとしか考えられない、というのも、路を行きつくしても悲しみがなお止まずして残るからだ。それほどまでに、悲しみは、とても深いのでちかくかんじるのである。
55. 帝宮 帝城、天子のみやこ。
56. 路極悲有余 礼記の檀弓筒上に、子路が孔子から聞いた言として、「喪の礼は、その哀しみ足らずして礼の余り有らんよりは、若かず、礼の足らずして京しみの余り有らんことに」を引く。この詩の句では「路」と「悲」とを対比したのであるが、上述の服喪の終っ手も、悲しみに涙がこぼれる日々が続く、都への道のりも泣きつくすと短く感じる。
































