巻三 【字解集】 19.合歡詩五首
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巻三 【字解集】 19.合歡詩五首 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9738
【字解集】 19.合歡詩五首
合歡詩五首 其一
虎嘯谷風起、龍躍景雲浮。同聲好相應、同氣自相求。
我情與子親、譬如影追軀。食共並根穗、飮共連理杯。
衣用双絲絹、寢共無縫綯。居願接膝坐、行願擕手趨。
子靖我不動、子逰我無留。齊彼同心鳥、譬此比目魚。
情至斷金石、膠漆未爲牢。但願長無别、合形作一軀。
生爲併身物、死爲同槨灰。秦氏自言至、我情不可儔。
(合歡の詩五首 其の一)
虎嘯けば 谷風 起り、龍躍れば 景雲 浮ぶ。
同聾は 好く相應じ、同気は 自ら相求む。
我が情子と親しむこと、譬えは 影の躯を迫ふが如し。
#2
食は 並根の穂を 共にし、飲は 連理の杯を 共にす。
衣は 双絲の絹を用い、寝は無縫の綯を共にす。
居は膝を接して坐せんことを願ひ、行は手を携へて趨らんことを願ふ。
#3
子静なれば我動かず、子遊べば我留まる無し。
彼の同心の鳥と齊しくし、此の比目の魚に 譬う。
情至れば金石をも断ち、膠漆も末だ牢しと為さず。
#4
但願ふ長えに別るること無く、形を合せて一驅と作らんことを。
生きては 併身の物と爲り、死しては 同槨の灰と爲らん。
秦氏は 自ら至れりと言うも、我が情には 儔す可からず。
合歡詩五首
1. 《玉臺新詠考異》の解説、下し文
馮氏は「詩紀」は别後の三首を「雜詩」として為し、註に其下曰く、樂府は前に通ず、合歡詩を為し、今、玉臺の案に從う。馮氏が據する所は、乃ち是れ明刻なり、其宋は正作を刻す。合歡詩五首と樂府の詩集とは、相い『藝文類聚』同うす。合歡部は此の第五首を收む、題に曰く晉の楊方の合歡詩は誤りあると雖も、以て「詠合歡花」と為す。然るに、當時、此の詩本題の合歡と見る可し。乃ち此に誤る有るなり。蓋して此の五首は皆、寓言に屬す。
前の二首は極めて篤摯の忱ろを冩し、第三首は乃ち暌違の感に入り、第四首は見て親しまざれるを言い、第五首は之を求めて得ざるを言う。詞は屬せずと雖も、意は實に相承く」といい、明人は、以て前の二首が相いに酬荅の語あるを以て、遂に誤って比を賦と為し、而して三首を析した後に曰く、「雜詩」と題した、のであると述べ、 輕改舊文殊に「古人之意を失うもの」と断じている。今は仍ち宋刻に從う。とするとしている。
2. この「合歓詩五首」について異説がある。漏惟訴(冊舅)の『古詩紀』は後の三首を「雑詩」として区別してあるが、『芸文類衆』はこの第五首を特に「詠二合歓花一詩」とし、『楽府詩集』(巻七十六)には五首みな楊方の作としている。紀容野の『考異』本は五首共に「合歓詩」と認め、且つ日く、「この五首はみな寓言に属す。前の二首は極めて篤肇の恍(あついまごころ)を写し、第三首は乃ち際遣石感(わかれの思い)に入り、第四百は見て親しまれざるを言ひ、第五首は之を求めて得ざるをいふ、詞は属せずと蛙も、意は実に相承(ぅ)く」といい、五首に分るるも恰かも一篇であるかの如く見なしている。而して明人は前二首が互いに酬答の語あるを以て遂に誤って比を賊となし、後の三首を分析して「雑詩」と題したのであると述べ、これ下八の意を失うものと断じている。鈴木博士は別に説を為して、これをすべて贈答・往返の詩と見、第六に答詩のあるべきが欠けたのだと推定して居られる。余は必ずしもこれに従わず、しばらく『考異』本に従うことにする。
合歡詩五首 其一
3. (夫婦共に歓び、共に牀をともに過ごすことを歓びとしているが、昔、秦の羅敷は夫にたいして真心を最上至極のものとしたが私らのそれはそれ以上のものであると詠う。)
合歓 1 ともに喜び楽しむこと。2 男女が共寝すること。同衾(どうきん)。3 「合歓木」の略。
虎嘯谷風起、龍躍景雲浮。
虎がうそぶくと谷の風が吹き起こり、龍が躍ると五色の慶雲が浮かぶという。
4. 景雲 めでたい五色の雲、「慶雲」に同じ。
同聲好相應、同氣自相求。
そうした嘯きに同調する声は、よく応じ合うものであり、同種、同類の気はひとりでに遠吠えして求め合うものである。
5. 同声・同気 『易経』文言伝に、「同声相応じ、同気相求む。雲は龍に従ひ、風は虎に従ふ」とある。
我情與子親、譬如影追軀。
それと同じく私の情は、あなたと親しむことで与えられ、たとえば日の影が自分の形のままに追ってきて離れないようなものである。
#2
食共並根穗、飮共連理杯。
食事をとるには、田植えから根を並べてそだてた稲の穂を共にし、飲むには木目がそろい、つながった酒杯でのんでいる。
6. 連理杯 木目のつながった木で作った酒杯。
衣用双絲絹、寢共無縫綯。
二人が着る衣は二本糸で縫った絹を用い、二人で一緒に寝る切れ目なし、縫い目なしの“かいまき”を着て一緒に寝る。
7. 縫綯 かいまき、ないまぜ【綯い交ぜ】,ないまぜる【綯い交ぜる】,なう【綯う】掻巻(かいまき)とは、袖のついた着物状の寝具のこと。 掻巻とは袖のついた寝具のことで、綿入れの一種である。
居願接膝坐、行願擕手趨。
起きていて一緒にすごすには、いつも膝とひざを突き合わせて座りたいと互いに願っているし、どこかに行く時に、あるくには必ず手を携えて二人三脚のように仲良くはしりたいと願っている。
8. 接膝坐 膝とひざを突き合わせて座る。
9. 擕手趨 手を携え、二人三脚のように仲良く走る。
#3
子靖我不動、子逰我無留。
だから、夫がじっとして居れば私も動かないし、夫が遊びにゆくというと、私も留まってはおられない。
齊彼同心鳥、譬此比目魚。
胸を一つにして飛ぶ鳥、あの同心の鳥と同じく、また、一つ目の魚で、2匹並んではじめて泳ぐことができるという此の比目の魚にたとえたい。
10. 同心鳥 胸を一つにして飛ぶ鳥。1. 傳說中の鳥。古人 以て祥瑞の象徵と為す。 《宋書•符瑞志下》に「同心鳥,王者德及遐方,四夷合同則至。」とある。 2. 愛情の象徵とする。 晉の傅玄の詩に《擬四愁》詩之二に、「佳人貽我蘭蕙草,何以要之同心鳥。」とある。 3.愛し合った伴侶をいう。 晉·楊方《合歡詩》之一:「齊彼同心鳥,譬此比目魚。」とある。《漢語大詞典》第3510页第3卷104にある。
11. 比目魚 1 一つ目の魚で、2匹並んではじめて泳ぐことができるという、中国の伝説上の魚。仲のよい夫婦のたとえ。2 ヒラメやカレイのこと。『爾雅』によれば「東方に比白魚あり、比せざれは行かず」とある。二匹ならねば行かぬ魚という。今は傑(はれ)・鮮(誓)の煩をいう。既は両目ひとしく体の右にあり、酢は、之に反して左にあるのでいう。
情至斷金石、膠漆未爲牢。
二人の情の極まりに比べれば、金石の堅いものだって、断ち切ることができるといい、まして、膠と漆の結合などでは、固いものとも思えないということである。
12. 断金石 『易経』繋辞伝に「二人心を同じうすれば其の利金をも断つ」とある。「金石」はきわめて堅く、永久に変わらないもののたとえに用いる。
「漢書・韓信伝」に「今足下は漢王と金石の交わりを為すといえども、然れども終には漢王の擒とする所と為らん」とあることから。
【類義語】
・魚と水・管鮑の交わり・膠漆の交わり・心腹の友・水魚の親・水魚の交わり・断金の契り・断金の交わり・・・・。
#4
但願長無别、合形作一軀。
願わくばいつまでも別れることなく、形を合わせて一身同体となり、愛を確かめる。
13. 合形作一軀 体を受け入れて一心同体、性交渉の表現。
生爲併身物、死爲同槨灰。
だから、確かめ合った愛は、生きているかぎり、心はいつも一つに並んでおり、体は一つのものとなり、死ぬときは同じ棺の灰となるのである。
14. 併身物 身も心も、使っている者もすべて一つになる。一心同体の異なった表現として使う。
秦氏自言至、我情不可儔。
昔、泰の羅敦という女は夫をほめて、自らのまごころを最上至極のように言うて、操節をまもったというが、それでも、私の情にはとても及ぶことはないのである。
15. 泰氏 玉臺新詠(巻一09 古樂府詩六首)「日出東南隅行」に見える秦羅敦のこと。列女伝、東家の女。秋胡詩、日出東南隅ということで、ほぼ同様な詩である。羅敦は邑人王仁の妻となり、王仁は後に趙王の家令となった。羅敷がある時、路で桑摘みをしていると、趙王が台の上から見て悦び、宴によびよせて奪い取ろうとした。羅敷は筝をひき、「陌上桑」の歌をうたって、自らを明らかにしたので、趙王は思いとまったとある。この詩をみると、趙王ではなくて、土地の長官大守が羅敷を見そめたことになっている。いずれにしても、わが夫の美をたたえて太守の招きを強く拒絶した女性ということである。【このような詩ができるという事は、この時代には、身分の上位の者、仕事上の上司、が下級のものの妻を奪い取ることが珍しいことでなく、それを毅然として断ったことが痛快な出来事であったという事を示すものである。性風俗、倫理感が中世封建制と違って緩やかな時代であったという事である。】
玉-010-#1 古樂府詩六首其一 -#1日出二東南隅行〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7737
日出東南隅行 謝霊運(康楽) <68>Ⅱ李白に影響を与えた詩 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1287
身を売った西家の女は傾城といわれるほどの妓女となって黄金で身を飾り、刺繍を施した肌着を身に纏えるほどの生活をしている。
しかし東家の女はただただ貧しさに苦しみながらも、その玉体を北国の人買いの手には渡さなかった。
陌上桑行 古詩漢楽府<55>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩
16. 儔 たぐい。等漬、なかま。















