玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

 -8. 王元長

玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-5雜詩五首其五巫山高 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11091

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玉臺新詠集 巻四
8.王融_ 48-1-5雜詩五首其五巫山高 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11091

 

 

 8.王融_

 

48-1-5雜詩五首其五巫山高

 

玉臺新詠集 訳注解説

 

 

漢文委員会 紀頌之Blog11069

 

 

 

 

作者:王融

 

 

雜詩五首 其一 古意二首 

其一

遊禽暮知反、行人獨不歸。坐銷芳草氣、空度明月輝

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。巫山彩雲沒、淇上綠條稀

待君竟不至、秋雁雙雙飛。

其二

霜氣下孟津、秋風度函谷。念君淒已寒、當軒卷羅縠。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。千里不相聞、寸心氛氳。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

 

雜詩五首其二 詠琵琶

抱月如可明、懷風殊復清。絲中傳意緒、花裏寄春情。

掩抑有奇態、悽愴多好聲。芳袖幸時拂、龍門空自生。

 

雜詩五首其三 詠幔

幸得與珠綴、羃歷君之楹。月映不辭卷、風來輒自輕。

每聚金鑪氣、時駐玉琴聲。俱願致尊酒、蘭釭當夜明。

 

雜詩五首其四 巫山高

想象巫山高、薄暮陽臺曲。煙霞乍舒卷、蘅芳時斷續。

彼美如可期、寤言紛在属。撫然坐相思、秋風下庭綠。

 

雜詩五首 其一 古意二首 其一

(つがいの雁、をみて旅に出て戻らない夫についての意を述べたもの)

遊禽暮知反、行人獨不歸。

明るいとき、飛び、遊ぶ禽でも日暮れには、塒に帰るということを知っているのに、旅に出た夫は、いろんなことがあるだろうが、その身はいまだに帰ってこない。

坐銷芳草氣、空度明月輝

留守居のわたしは春の若草の香りは夫婦の約束のことであり、それもいつとはなしに消え失わせ、また、早くも秋になり、明月の光も空しく見すごしている。

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。

朝、鏡に映るのは愁いのためのしかめ顔と姿がうつっているのを見ると、悲しみの涙が春衣に点々としたたりおちるのです。

巫山彩雲沒、淇上綠條稀

男女の情をいう巫山を彩る雲も今は消えて、楚王と神女との契りを偲ぶよすがもなく、淇水のほとりには緑の条もまばらとなって、そこに愛する人を見送ったという歌も遠い昔のこととなってしまう。
待君竟不至、秋雁雙雙飛。

それも、これも、君を待つことしかなにもできないわが身の上に起こることであり、また、秋空につがいの雁が二羽揃うて飛んでゆくのを見つめているのです

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の一)

遊禽は暮に反るを知るも、行人は獨り歸らず。

坐ろに 芳草の氣を銷し、空しく明月の輝を度る

嚬容は朝鏡に入り、思淚は春衣に點ず。

巫山に彩雲沒し、淇上に綠條稀なり。

君を待つ竟に至らず、秋雁 雙雙として飛ぶ。

其二

(故郷を思い出すはずの秋風が吹いてきても、極寒の寒さの中でも、私のもとに帰ってこない、もう何も贈る気はしないし、私自身のことも何もする気にはなれないと詠う)

霜氣下孟津、秋風度函谷。

孟津のほとりは霜の気が下り、函谷関には故郷を思い出させる秋風が吹きわたっていることでしょう。

念君淒已寒、當軒卷羅縠。

あなたは定めしぞっとするような寒さを身にしみ感じて居られると察っし、着物を縫おうと軒ばでうすぎぬの服地を巻き初めました。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。

だけど、気がすすまぬままに、かよわい手での針仕事をやめてしまい、また、ゆがんだ髪を洗うこともせず、髪膏さすことも怠っているのです。

千里不相聞、寸心氛氳。

千里も遠く離れたあなたからは何のお便りも聞かしていただけず、わたしの胸はうつうつとふさがりもつれて何も手につきません。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

ましてこの螢の飛びかう夜、木の葉がはらはらと乱れ散るのを眺めてはわびしきにたえることはできません。

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の二)

(二)(霜気孟津に下る)

霜気 孟津に下り、秋風函谷をわたる。

念う 君が淒として 已に寒からんことを、軒に當りて 羅縠を卷く。

纎手 裁縫を廢し、曲鬢 膏沐を罷む。

千里 相い聞えず、寸心 として氛氳たり。

况んや 復た 飛螢の夜、木葉 亂れて 紛紛たるや。

 

雜詩五首其二 詠琵琶

(月琴・琵琶の形状・音声さまざまのおもむきを写した詠物詩を詠う)

抱月如可明、懷風殊復清。

月琴琵琶の月のような円い胴をいだくと、あたりを明るくすることができそうだし、器から起こる風を懐にすると、ことさら にすがすがしい気持ちになります。

絲中傳意緒、花裏寄春情。

絃絲の中にわが想いを寄せるお方に心持ちを伝え、琵琶胴体の花模様のうちにあのお方と情を交わす春の思いを寄せるのです。

掩抑有奇態、悽愴多好聲。

また、絃絲をおさえると音には不思議な抑揚と変化がおこり、見ていられないほど悲しむような響きの中に気持ちを和らげるよい音色がこもって聞こえてくるのです。

芳袖幸時拂、龍門空自生。

この器は願わくば美人のかぐわしい袖で時々払ってもらいたい、そうしてもらうと天への門である龍門山の桐もいたずらに生えてくるというのが、生き甲斐を持って生えてくるということになるのです。

 

(雜詩五首其の二 琵琶を詠む)

月を抱けば 明らかにすべきが如く、風を懷けば 殊に復た清し。

絲中に意緒を傳へ、花裏に春情を寄す。

掩抑すれば 奇態有り、悽愴として 好聲多し。

芳袖 幸に 時に拂えよ、龍門 空しく自ら生ぜん。

雜詩五首其三 詠幔

(楹の場所を飾ることを説明し、そこで月をめでて酒を酌み交わしたいものと詠う)

幸得與珠綴、羃歷君之楹。

仕合わせなことにこの 「まんまく」は珠と綴られて君の家のをおおい、あたりに張りめぐらされている。

月映不辭卷、風來輒自輕。

その楹は、月の光が映ずるときほ巻きつけることが意味のないどころか際立ってきれいであるし、風が吹いてくるといつも軽やかにゆらめいている。

每聚金鑪氣、時駐玉琴聲。

この楹の場所は、つねに黄金で作った香炉の気をあつめ、時には玉琴の声をとどめて共鳴するのである。

俱願致尊酒、蘭釭當夜明。

ここで、ただ願わしいのは樽酒を用意し、蘭香をたき、そして夜を照らす燈し皿のもとで華やかな宴を催すならば望ましいことである。

(雜詩五首三首 幔を詠む)

幸 に珠と綴らるるを得て 君の楹に羃歷たり。

月映じて巻くを辭せず、風来れば輒ち自ら軽し。

毎に金鑪の気を究め、時に玉琴の聾を駐む。

但だ願う 樽酒を置き、蘭紅の夜に当たって明かならんことを。

 

雜詩五首其四 巫山高

(重畳して天日を隠蔽する巫山についてそう玉の賦に基づいて詠う)

想象巫山高、薄暮陽臺曲。

ここには男女の情行に想像に思いを走らせる。見ると巫山は重畳して天日を隠蔽するという巫山十二峰は高くそびえ、陽台のくまには、日が暮れかかれば暗い。

煙霞乍舒卷、蘅芳時斷續。

そこには煙や霞がたちまちひろがって雲になり、巻き収まったり、谷底に吹く風で香草の香りが時に断えたり続いたりする。

彼美如可期、寤言紛在属。

この地は神秘的で目ざめると神女の姿が眼の中にちらつきまさしく美人と会えるような思いになる。

撫然坐相思、秋風下庭綠。

やがて茫然としてわれを忘れ、わけもなく彼女のことを思いつづける。しか しすべては想像にすぎない。現実に返れば庭にはすでに秋風が緑の草の上に吹き下っている。

 

(雜詩五首其四 巫山高し)

想象 巫山高く、薄暮 陽臺の曲。

煙霞 乍まち 舒卷し、蘅芳 時に斷續す。

彼の美 期す可きが如し、寤めて 言に紛として 属に在る。

撫然として 坐ろに 相思、秋風 庭綠に下る。

 巫山十二峰002

 

《雜詩五首其四 巫山高》現代語訳と訳注解説

雜詩五首其四 巫山高

想象巫山高、薄暮陽臺曲。

煙霞乍舒卷、蘅芳時斷續。

彼美如可期、寤言紛在属。

撫然坐相思、秋風下庭綠。

 

〔下し文〕

(雜詩五首其四 巫山高し)

想象 巫山高く、薄暮 陽臺の曲。

煙霞 乍まち 舒卷し、蘅芳 時に斷續す。

彼の美 期す可きが如し、寤めて 言に紛として 属に在る。

撫然として 坐ろに 相思、秋風 庭綠に下る。

 

〔現代語訳〕

(重畳して天日を隠蔽する巫山についてそう玉の賦に基づいて詠う)

ここには男女の情行に想像に思いを走らせる。見ると巫山は重畳して天日を隠蔽するという巫山十二峰は高くそびえ、陽台のくまには、日が暮れかかれば暗い。

そこには煙や霞がたちまちひろがって雲になり、巻き収まったり、谷底に吹く風で香草の香りが時に断えたり続いたりする。

この地は神秘的で目ざめると神女の姿が眼の中にちらつきまさしく美人と会えるような思いになる。

やがて茫然としてわれを忘れ、わけもなく彼女のことを思いつづける。しか しすべては想像にすぎない。現実に返れば庭にはすでに秋風が緑の草の上に吹き下っている。

 

 

〔訳注解説〕

作者 王融(おうゆう、467 - 493年)は、中国南北朝時代、南斉の政治家・文学者。字は元長。本貫は琅邪郡臨沂県(現在の山東省臨沂市蘭山区)。六朝時代を代表する名門貴族出身。名門の出身に加えて文才にも優れ、南斉の皇族、竟陵王蕭子良の西邸に集った文人「竟陵八友」の1人に数えられ、同じく八友の仲間である沈約・謝朓らとともに「永明体」と呼ばれる詩風を生み出した。

 

雜詩五首其四 巫山高

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漢代の「鼓吹曲辞」で鐃歌(ドウ)に「巫山高」があり、これに擬した作である。巫山は四川省にある山、巫山の神女に関する説話は 前出王元長の雑詩第一首の注(二七八貫) に記した。この詩はその巫山の神女を慕うことを述べたのである。

巫山 重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成する。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

楚の宋玉の「高唐賦」(『文選』所収)序に、楚の懐王が高唐(楚の雲夢沢(中国語版)にあった台館)に遊んだ際、疲れて昼寝していると、夢の中に「巫山の女(むすめ)」と名乗る女が現れて王の寵愛を受けた、という記述がある。彼女は立ち去る際、王に「私は巫山の南の、険しい峰の頂に住んでおります。朝は雲となり、夕べは雨となり(旦為朝雲、暮為行雨)、朝な夕な、この楼台のもとに参るでしょう」[2]と告げた。

 

想象巫山高、薄暮陽臺曲。

ここには男女の情行に想像に思いを走らせる。見ると巫山は重畳して天日を隠蔽するという巫山十二峰は高くそびえ、陽台のくまには、日が暮れかかれば暗い。

想像 この二字諸本異同多い。『宋刻』本では「響像」、『古楽府』では「髣髴」、『芸文類聚』では「髣象」に作る。ここは『楽府詩集』に従った。

陽台 「高唐賦」に見える台、神女と楚襄王と会し夢を結んだところ。

 

煙霞乍舒卷、蘅芳時斷續。

そこには煙や霞がたちまちひろがって雲になり、巻き収まったり、谷底に吹く風で香草の香りが時に断えたり続いたりする。

蘅芳時断続 一本「蘅芳」を「猿島」に作る。 「蘅」は「かおりぐさ」。

 

彼美如可期、寤言紛在属。

この地は神秘的で目ざめると神女の姿が眼の中にちらつきまさしく美人と会えるような思いになる。

この二句 高唐賦で、“疲れて昼寝していると、夢の中に「巫山の女」と名乗る女が現れて王の寵愛を受けた”に基づく。

 

撫然坐相思、秋風下庭綠。

やがて茫然としてわれを忘れ、わけもなく彼女のことを思いつづける。しか しすべては想像にすぎない。現実に返れば庭にはすでに秋風が緑の草の上に吹き下っている。

撫然坐相思 『芸文類衆』には「無応坐相望」に作る。今『楽府詩集』に従う。「憮然」は失意のさま、ぼんやりすること。「相思」
長相思 久遠の辞、行人久寿戍、書を寄せて思うところをおくる。夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるという女の気持ちを詠う。

李白 長相思【寄遠】,二首之一

日色已盡花含煙,月明欲素愁不眠。

趙瑟初停鳳凰柱,蜀琴欲奏鴛鴦弦。

此曲有意無人傳,願隨春風寄燕然。

憶君迢迢隔青天,昔日橫波目。【昔時橫波目】。

今成流淚泉。

不信妾腸斷,歸來看取明鏡前。

 (長相思,二首之一)

日色 已に盡きて 花は煙を含む,月明 素ならんと欲して愁て眠らず。

趙瑟 初めて停む鳳凰の柱,蜀琴 奏せんと欲す 鴛鴦の弦。

此曲 意有れども人の傳うる無し,願くば 春風に隨って燕然に寄せん。

君を憶えば迢迢として青天を隔ち,昔日 橫波の目。

今は流淚の泉と成る。

妾の腸斷つを信ぜざれば,歸り來って明鏡の前へ看取せよ。

巫山十二峰003

玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-4雜詩五首其四詠幔 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11083

玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 48-1-4雜詩五首其四詠幔 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11083

 

 

 8.王融_

 

48-1-4雜詩五首其四詠幔

 

玉臺新詠集 訳注解説

 

 

漢文委員会 紀頌之Blog11061

 

 

 

作者:王融

 

 

雜詩五首 其一 古意二首 

其一

遊禽暮知反、行人獨不歸。坐銷芳草氣、空度明月輝

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。巫山彩雲沒、淇上綠條稀

待君竟不至、秋雁雙雙飛。

其二

霜氣下孟津、秋風度函谷。念君淒已寒、當軒卷羅縠。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。千里不相聞、寸心氛氳。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

 

雜詩五首其二 詠琵琶

抱月如可明、懷風殊復清。絲中傳意緒、花裏寄春情。

掩抑有奇態、悽愴多好聲。芳袖幸時拂、龍門空自生。

 

雜詩五首其三 詠幔

幸得與珠綴、羃歷君之楹。月映不辭卷、風來輒自輕。

每聚金鑪氣、時駐玉琴聲。俱願致尊酒、蘭釭當夜明。

 

雜詩五首其四 巫山高

想象巫山高、薄暮陽臺曲。煙霞乍舒卷、蘅芳時斷續。

彼美如可期、寤言紛在属。撫然坐相思、秋風下庭綠。

 

雜詩五首 其一 古意二首 其一

(つがいの雁、をみて旅に出て戻らない夫についての意を述べたもの)

遊禽暮知反、行人獨不歸。

明るいとき、飛び、遊ぶ禽でも日暮れには、塒に帰るということを知っているのに、旅に出た夫は、いろんなことがあるだろうが、その身はいまだに帰ってこない。

坐銷芳草氣、空度明月輝

留守居のわたしは春の若草の香りは夫婦の約束のことであり、それもいつとはなしに消え失わせ、また、早くも秋になり、明月の光も空しく見すごしている。

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。

朝、鏡に映るのは愁いのためのしかめ顔と姿がうつっているのを見ると、悲しみの涙が春衣に点々としたたりおちるのです。

巫山彩雲沒、淇上綠條稀

男女の情をいう巫山を彩る雲も今は消えて、楚王と神女との契りを偲ぶよすがもなく、淇水のほとりには緑の条もまばらとなって、そこに愛する人を見送ったという歌も遠い昔のこととなってしまう。
待君竟不至、秋雁雙雙飛。

それも、これも、君を待つことしかなにもできないわが身の上に起こることであり、また、秋空につがいの雁が二羽揃うて飛んでゆくのを見つめているのです

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の一)

遊禽は暮に反るを知るも、行人は獨り歸らず。

坐ろに 芳草の氣を銷し、空しく明月の輝を度る

嚬容は朝鏡に入り、思淚は春衣に點ず。

巫山に彩雲沒し、淇上に綠條稀なり。

君を待つ竟に至らず、秋雁 雙雙として飛ぶ。

其二

(故郷を思い出すはずの秋風が吹いてきても、極寒の寒さの中でも、私のもとに帰ってこない、もう何も贈る気はしないし、私自身のことも何もする気にはなれないと詠う)

霜氣下孟津、秋風度函谷。

孟津のほとりは霜の気が下り、函谷関には故郷を思い出させる秋風が吹きわたっていることでしょう。

念君淒已寒、當軒卷羅縠。

あなたは定めしぞっとするような寒さを身にしみ感じて居られると察っし、着物を縫おうと軒ばでうすぎぬの服地を巻き初めました。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。

だけど、気がすすまぬままに、かよわい手での針仕事をやめてしまい、また、ゆがんだ髪を洗うこともせず、髪膏さすことも怠っているのです。

千里不相聞、寸心氛氳。

千里も遠く離れたあなたからは何のお便りも聞かしていただけず、わたしの胸はうつうつとふさがりもつれて何も手につきません。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

ましてこの螢の飛びかう夜、木の葉がはらはらと乱れ散るのを眺めてはわびしきにたえることはできません。

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の二)

(二)(霜気孟津に下る)

霜気 孟津に下り、秋風函谷をわたる。

念う 君が淒として 已に寒からんことを、軒に當りて 羅縠を卷く。

纎手 裁縫を廢し、曲鬢 膏沐を罷む。

千里 相い聞えず、寸心 として氛氳たり。

况んや 復た 飛螢の夜、木葉 亂れて 紛紛たるや。

 

雜詩五首其二 詠琵琶

(月琴・琵琶の形状・音声さまざまのおもむきを写した詠物詩を詠う)

抱月如可明、懷風殊復清。

月琴琵琶の月のような円い胴をいだくと、あたりを明るくすることができそうだし、器から起こる風を懐にすると、ことさら にすがすがしい気持ちになります。

絲中傳意緒、花裏寄春情。

絃絲の中にわが想いを寄せるお方に心持ちを伝え、琵琶胴体の花模様のうちにあのお方と情を交わす春の思いを寄せるのです。

掩抑有奇態、悽愴多好聲。

また、絃絲をおさえると音には不思議な抑揚と変化がおこり、見ていられないほど悲しむような響きの中に気持ちを和らげるよい音色がこもって聞こえてくるのです。

芳袖幸時拂、龍門空自生。

この器は願わくば美人のかぐわしい袖で時々払ってもらいたい、そうしてもらうと天への門である龍門山の桐もいたずらに生えてくるというのが、生き甲斐を持って生えてくるということになるのです。

 

(雜詩五首其の二 琵琶を詠む)

月を抱けば 明らかにすべきが如く、風を懷けば 殊に復た清し。

絲中に意緒を傳へ、花裏に春情を寄す。

掩抑すれば 奇態有り、悽愴として 好聲多し。

芳袖 幸に 時に拂えよ、龍門 空しく自ら生ぜん。

雜詩五首其三 詠幔

(楹の場所を飾ることを説明し、そこで月をめでて酒を酌み交わしたいものと詠う)

幸得與珠綴、羃歷君之楹。

仕合わせなことにこの 「まんまく」は珠と綴られて君の家のをおおい、あたりに張りめぐらされている。

月映不辭卷、風來輒自輕。

その楹は、月の光が映ずるときほ巻きつけることが意味のないどころか際立ってきれいであるし、風が吹いてくるといつも軽やかにゆらめいている。

每聚金鑪氣、時駐玉琴聲。

この楹の場所は、つねに黄金で作った香炉の気をあつめ、時には玉琴の声をとどめて共鳴するのである。

俱願致尊酒、蘭釭當夜明。

ここで、ただ願わしいのは樽酒を用意し、蘭香をたき、そして夜を照らす燈し皿のもとで華やかな宴を催すならば望ましいことである。

(雜詩五首三首 幔を詠む)

幸 に珠と綴らるるを得て 君の楹に羃歷たり。

月映じて巻くを辭せず、風来れば輒ち自ら軽し。

毎に金鑪の気を究め、時に玉琴の聾を駐む。

但だ願う 樽酒を置き、蘭紅の夜に当たって明かならんことを。

 

 

《雜詩五首其二 詠琵琶》現代語訳と訳注解説

雜詩五首其三 詠幔

幸得與珠綴、羃歷君之楹。

月映不辭卷、風來輒自輕。

每聚金鑪氣、時駐玉琴聲。

俱願致尊酒、蘭釭當夜明。

 

〔下し文〕

(雜詩五首三首 幔を詠む)

幸 に珠と綴らるるを得て 君の楹に羃歷たり。

月映じて巻くを辭せず、風来れば輒ち自ら軽し。

毎に金鑪の気を究め、時に玉琴の聾を駐む。

但だ願う 樽酒を置き、蘭紅の夜に当たって明かならんことを。

〔現代語訳〕

(楹の場所を飾ることを説明し、そこで月をめでて酒を酌み交わしたいものと詠う)

仕合わせなことにこの 「まんまく」は珠と綴られて君の家のをおおい、あたりに張りめぐらされている。

その楹は、月の光が映ずるときほ巻きつけることが意味のないどころか際立ってきれいであるし、風が吹いてくるといつも軽やかにゆらめいている。

この楹の場所は、つねに黄金で作った香炉の気をあつめ、時には玉琴の声をとどめて共鳴するのである。

ここで、ただ願わしいのは樽酒を用意し、蘭香をたき、そして夜を照らす燈し皿のもとで華やかな宴を催すならば望ましいことである。

〔訳注解説〕

雜詩五首其三 詠幔  作者:王融(王 元長)

(楹の場所を飾ることを説明し、そこで月をめでて酒を酌み交わしたいものと詠う)

「幔」は「まんまく」の意。この詩を『古文苑』では謝朓の作としているが、誤りであろう。

作者 王融(おうゆう、467 - 493年)は、中国南北朝時代、南斉の政治家・文学者。字は元長。本貫は琅邪郡臨沂県(現在の山東省臨沂市蘭山区)。六朝時代を代表する名門貴族出身。名門の出身に加えて文才にも優れ、南斉の皇族、竟陵王蕭子良の西邸に集った文人「竟陵八友」の1人に数えられ、同じく八友の仲間である沈約・謝朓らとともに「永明体」と呼ばれる詩風を生み出した。

 

幸得與珠綴、羃歷君之楹。

仕合わせなことにこの 「まんまく」は珠と綴られて君の家のをおおい、あたりに張りめぐらされている。

羃歷 分布覆被の貌、楹柱に赤い布などきれいなぬのでおおい包んでしき連ねるさま。

 楹の柱や梁にはいろんな飾りをする。入り口前の左右の柱には、対句の詩を書くので、対聯という。

 楹、楹柱・楹梁

月映不辭卷、風來輒自輕。

その楹は、月の光が映ずるときほ巻きつけることが意味のないどころか際立ってきれいであるし、風が吹いてくるといつも軽やかにゆらめいている。

 

每聚金鑪氣、時駐玉琴聲。

この楹の場所は、つねに黄金で作った香炉の気をあつめ、時には玉琴の声をとどめて共鳴するのである。

金鑪 ① 黄金で作った香炉。また、香炉の美称。② 金、または金属をとかす炉。

玉琴 玉で飾った琴。また、琴の美称。前詩では月琴を詠ったが、玉金は総称である。

 

俱願致尊酒、蘭釭當夜明。

ここで、ただ願わしいのは樽酒を用意し、蘭香をたき、そして夜を照らす燈し皿のもとで華やかな宴を催すならば望ましいことである。
蘭紅 蘭香をもやすあぶら皿。

玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-3雜詩五首其三詠琵琶 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11075

 

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玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 48-1-3雜詩五首其三詠琵琶 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11075

 

 

 8.王融_

 

48-1-3雜詩五首其三詠琵琶

 

玉臺新詠集 訳注解説

 

 

漢文委員会 紀頌之Blog11053

 

 

 

作者:王融

 

 

雜詩五首 其一 古意二首 

其一

遊禽暮知反、行人獨不歸。坐銷芳草氣、空度明月輝

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。巫山彩雲沒、淇上綠條稀

待君竟不至、秋雁雙雙飛。

其二

霜氣下孟津、秋風度函谷。念君淒已寒、當軒卷羅縠。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。千里不相聞、寸心氛氳。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

 

雜詩五首其二 詠琵琶

抱月如可明、懷風殊復清。絲中傳意緒、花裏寄春情。

掩抑有奇態、悽愴多好聲。芳袖幸時拂、龍門空自生。

 

雜詩五首其三 詠幔

幸得與珠綴、羃歷君之楹。月映不辭卷、風來輒自輕。

每聚金鑪氣、時駐玉琴聲。俱願致尊酒、蘭釭當夜明。

 

雜詩五首其四 巫山高

想象巫山高、薄暮陽臺曲。煙霞乍舒卷、蘅芳時斷續。

彼美如可期、寤言紛在属。撫然坐相思、秋風下庭綠。

 

雜詩五首 其一 古意二首 其一

(つがいの雁、をみて旅に出て戻らない夫についての意を述べたもの)

遊禽暮知反、行人獨不歸。

明るいとき、飛び、遊ぶ禽でも日暮れには、塒に帰るということを知っているのに、旅に出た夫は、いろんなことがあるだろうが、その身はいまだに帰ってこない。

坐銷芳草氣、空度明月輝

留守居のわたしは春の若草の香りは夫婦の約束のことであり、それもいつとはなしに消え失わせ、また、早くも秋になり、明月の光も空しく見すごしている。

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。

朝、鏡に映るのは愁いのためのしかめ顔と姿がうつっているのを見ると、悲しみの涙が春衣に点々としたたりおちるのです。

巫山彩雲沒、淇上綠條稀

男女の情をいう巫山を彩る雲も今は消えて、楚王と神女との契りを偲ぶよすがもなく、淇水のほとりには緑の条もまばらとなって、そこに愛する人を見送ったという歌も遠い昔のこととなってしまう。
待君竟不至、秋雁雙雙飛。

それも、これも、君を待つことしかなにもできないわが身の上に起こることであり、また、秋空につがいの雁が二羽揃うて飛んでゆくのを見つめているのです

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の一)

遊禽は暮に反るを知るも、行人は獨り歸らず。

坐ろに 芳草の氣を銷し、空しく明月の輝を度る

嚬容は朝鏡に入り、思淚は春衣に點ず。

巫山に彩雲沒し、淇上に綠條稀なり。

君を待つ竟に至らず、秋雁 雙雙として飛ぶ。

其二

(故郷を思い出すはずの秋風が吹いてきても、極寒の寒さの中でも、私のもとに帰ってこない、もう何も贈る気はしないし、私自身のことも何もする気にはなれないと詠う)

霜氣下孟津、秋風度函谷。

孟津のほとりは霜の気が下り、函谷関には故郷を思い出させる秋風が吹きわたっていることでしょう。

念君淒已寒、當軒卷羅縠。

あなたは定めしぞっとするような寒さを身にしみ感じて居られると察っし、着物を縫おうと軒ばでうすぎぬの服地を巻き初めました。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。

だけど、気がすすまぬままに、かよわい手での針仕事をやめてしまい、また、ゆがんだ髪を洗うこともせず、髪膏さすことも怠っているのです。

千里不相聞、寸心氛氳。

千里も遠く離れたあなたからは何のお便りも聞かしていただけず、わたしの胸はうつうつとふさがりもつれて何も手につきません。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

ましてこの螢の飛びかう夜、木の葉がはらはらと乱れ散るのを眺めてはわびしきにたえることはできません。

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の二)

(二)(霜気孟津に下る)

霜気 孟津に下り、秋風函谷をわたる。

念う 君が淒として 已に寒からんことを、軒に當りて 羅縠を卷く。

纎手 裁縫を廢し、曲鬢 膏沐を罷む。

千里 相い聞えず、寸心 として氛氳たり。

况んや 復た 飛螢の夜、木葉 亂れて 紛紛たるや。

 

雜詩五首其二 詠琵琶

(月琴・琵琶の形状・音声さまざまのおもむきを写した詠物詩を詠う)

抱月如可明、懷風殊復清。

月琴琵琶の月のような円い胴をいだくと、あたりを明るくすることができそうだし、器から起こる風を懐にすると、ことさら にすがすがしい気持ちになります。

絲中傳意緒、花裏寄春情。

絃絲の中にわが想いを寄せるお方に心持ちを伝え、琵琶胴体の花模様のうちにあのお方と情を交わす春の思いを寄せるのです。

掩抑有奇態、悽愴多好聲。

また、絃絲をおさえると音には不思議な抑揚と変化がおこり、見ていられないほど悲しむような響きの中に気持ちを和らげるよい音色がこもって聞こえてくるのです。

芳袖幸時拂、龍門空自生。

この器は願わくば美人のかぐわしい袖で時々払ってもらいたい、そうしてもらうと天への門である龍門山の桐もいたずらに生えてくるというのが、生き甲斐を持って生えてくるということになるのです。

 

(雜詩五首其の二 琵琶を詠む)

月を抱けば 明らかにすべきが如く、風を懷けば 殊に復た清し。

絲中に意緒を傳へ、花裏に春情を寄す。

掩抑すれば 奇態有り、悽愴として 好聲多し。

芳袖 幸に 時に拂えよ、龍門 空しく自ら生ぜん。

 龍門石窟003

 

《雜詩五首其二 詠琵琶》現代語訳と訳注解説

雜詩五首其二 詠琵琶

抱月如可明、懷風殊復清。

絲中傳意緒、花裏寄春情。

掩抑有奇態、悽愴多好聲。

芳袖幸時拂、龍門空自生。

 

〔下し文〕

(雜詩五首其の二 琵琶を詠む)

月を抱けば 明らかにすべきが如く、風を懷けば 殊に復た清し。

絲中に意緒を傳へ、花裏に春情を寄す。

掩抑すれば 奇態有り、悽愴として 好聲多し。

芳袖 幸に 時に拂えよ、龍門 空しく自ら生ぜん。

 

〔現代語訳〕

(月琴・琵琶の形状・音声さまざまのおもむきを写した詠物詩を詠う)

月琴琵琶の月のような円い胴をいだくと、あたりを明るくすることができそうだし、器から起こる風を懐にすると、ことさら にすがすがしい気持ちになります。

絃絲の中にわが想いを寄せるお方に心持ちを伝え、琵琶胴体の花模様のうちにあのお方と情を交わす春の思いを寄せるのです。

また、絃絲をおさえると音には不思議な抑揚と変化がおこり、見ていられないほど悲しむような響きの中に気持ちを和らげるよい音色がこもって聞こえてくるのです。

この器は願わくば美人のかぐわしい袖で時々払ってもらいたい、そうしてもらうと天への門である龍門山の桐もいたずらに生えてくるというのが、生き甲斐を持って生えてくるということになるのです。

 

〔訳注解説〕

雜詩五首 其二 詠琵琶  作者:王融(王 元長)

(月琴・琵琶の形状・音声さまざまのおもむきを写した詠物詩を詠う)

作者 王融(おうゆう、467 - 493年)は、中国南北朝時代、南斉の政治家・文学者。字は元長。本貫は琅邪郡臨沂県(現在の山東省臨沂市蘭山区)。六朝時代を代表する名門貴族出身。名門の出身に加えて文才にも優れ、南斉の皇族、竟陵王蕭子良の西邸に集った文人「竟陵八友」の1人に数えられ、同じく八友の仲間である沈約・謝朓らとともに「永明体」と呼ばれる詩風を生み出した。

琵琶 唐代の琵琶については、正倉院に保存されている五つの楽器が資料として重要である。これらのうち四つが四弦曲頸洋ナシ形胴の楽器で、残りの一つが五弦直頸洋ナシ形胴の螺鈿紫檀五絃(らでんしたんごげん)琵琶である。前者がイラン起源、後者がインド起源と考えられる。またこのほかに四弦直頸円形胴の阮咸(げんかん)(唐代以前は秦(しん)琵琶とよばれた)が二面保存されている。いずれも美しい装飾が施され、撥(ばち)面にはラクダやゾウの図もみえる。宋(そう)代には独奏および伴奏楽器として広く愛好され、とくに南部では叙事物語の朗唱(弾詞(だんし))の伴奏に用いられた。明(みん)代にはさらに室内音楽および劇場音楽としても使われたが、清(しん)代に入って三弦の胡弓(こきゅう)に似た楽器によってとってかわられた。

 

抱月如可明、懷風殊復清。

月琴琵琶の月のような円い胴をいだくと、あたりを明るくすることができそうだし、器から起こる風を懐にすると、ことさら にすがすがしい気持ちになります。

抱月 琵琶の起源である月琴のことであろう、月琴は阮咸琵琶や阮と呼ばれるものであるとされている。琴の胴の形が円形にちかいもので、月を思わせる形態を言ったものである。

 

絲中傳意緒、花裏寄春情。

絃絲の中にわが想いを寄せるお方に心持ちを伝え、琵琶胴体の花模様のうちにあのお方と情を交わす春の思いを寄せるのです。

花裏 「花」は琵琶に画かれた花模様のまき絵などか。

 

掩抑有奇態、悽愴多好聲。

また、絃絲をおさえると音には不思議な抑揚と変化がおこり、見ていられないほど悲しむような響きの中に気持ちを和らげるよい音色がこもって聞こえてくるのです。

悽愴 いたみ悲しむこと。一本に「凄鏘」とある。金玉の音のものすごく高い意。悽愴流涕という意味とおもう, 痛々しいほどに悲しみ、涙を流す様子。 「悽愴」は見ていられないほど悲しむこと。 「流涕」は涙を流すこと。 「凄愴流涕」とも、「淒愴流涕」とも書く。

 

芳袖幸時拂、龍門空自生。

この器は願わくば美人のかぐわしい袖で時々払ってもらいたい、そうしてもらうと天への門である龍門山の桐もいたずらに生えてくるというのが、生き甲斐を持って生えてくるということになるのです。

龍門 天門という意味を持つ。陝西省韓城県東北、桐の産地。枚乘の「七發」に 「龍門之桐,高百尺而無枝。」(龍門の桐、高さ百尺にして枝なし)とある。
秦州成都襄陽洛陽 黄河中流域 漢水流域

玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-2雜詩五首其二古意二首之二 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11067

 

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寫懷二首其一 -2

 

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玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 48-1-2雜詩五首其二古意二首之二 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11067

 

 

 8.王融_(王元長)

 

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作者:王融

 

 

雜詩五首 其一 古意二首 

其一

遊禽暮知反、行人獨不歸。坐銷芳草氣、空度明月輝

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。巫山彩雲沒、淇上綠條稀

待君竟不至、秋雁雙雙飛。

其二

霜氣下孟津、秋風度函谷。念君淒已寒、當軒卷羅縠。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。千里不相聞、寸心氛氳。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

 

雜詩五首其二 詠琵琶

抱月如可明、懷風殊復清。絲中傳意緒、花裏寄春情。

掩抑有奇態、悽愴多好聲。芳袖幸時拂、龍門空自生。

 

雜詩五首其三 詠幔

幸得與珠綴、羃歷君之楹。月映不辭卷、風來輒自輕。

每聚金鑪氣、時駐玉琴聲。俱願致尊酒、蘭釭當夜明。

 

雜詩五首其四 巫山高

想象巫山高、薄暮陽臺曲。煙霞乍舒卷、蘅芳時斷續。

彼美如可期、寤言紛在属。撫然坐相思、秋風下庭綠。

 

雜詩五首 其一 古意二首 其一

(つがいの雁、をみて旅に出て戻らない夫についての意を述べたもの)

遊禽暮知反、行人獨不歸。

明るいとき、飛び、遊ぶ禽でも日暮れには、塒に帰るということを知っているのに、旅に出た夫は、いろんなことがあるだろうが、その身はいまだに帰ってこない。

坐銷芳草氣、空度明月輝

留守居のわたしは春の若草の香りは夫婦の約束のことであり、それもいつとはなしに消え失わせ、また、早くも秋になり、明月の光も空しく見すごしている。

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。

朝、鏡に映るのは愁いのためのしかめ顔と姿がうつっているのを見ると、悲しみの涙が春衣に点々としたたりおちるのです。

巫山彩雲沒、淇上綠條稀

男女の情をいう巫山を彩る雲も今は消えて、楚王と神女との契りを偲ぶよすがもなく、淇水のほとりには緑の条もまばらとなって、そこに愛する人を見送ったという歌も遠い昔のこととなってしまう。
待君竟不至、秋雁雙雙飛。

それも、これも、君を待つことしかなにもできないわが身の上に起こることであり、また、秋空につがいの雁が二羽揃うて飛んでゆくのを見つめているのです

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の一)

遊禽は暮に反るを知るも、行人は獨り歸らず。

坐ろに 芳草の氣を銷し、空しく明月の輝を度る

嚬容は朝鏡に入り、思淚は春衣に點ず。

巫山に彩雲沒し、淇上に綠條稀なり。

君を待つ竟に至らず、秋雁 雙雙として飛ぶ。

其二

(故郷を思い出すはずの秋風が吹いてきても、極寒の寒さの中でも、私のもとに帰ってこない、もう何も贈る気はしないし、私自身のことも何もする気にはなれないと詠う)

霜氣下孟津、秋風度函谷。

孟津のほとりは霜の気が下り、函谷関には故郷を思い出させる秋風が吹きわたっていることでしょう。

念君淒已寒、當軒卷羅縠。

あなたは定めしぞっとするような寒さを身にしみ感じて居られると察っし、着物を縫おうと軒ばでうすぎぬの服地を巻き初めました。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。

だけど、気がすすまぬままに、かよわい手での針仕事をやめてしまい、また、ゆがんだ髪を洗うこともせず、髪膏さすことも怠っているのです。

千里不相聞、寸心氛氳。

千里も遠く離れたあなたからは何のお便りも聞かしていただけず、わたしの胸はうつうつとふさがりもつれて何も手につきません。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

ましてこの螢の飛びかう夜、木の葉がはらはらと乱れ散るのを眺めてはわびしきにたえることはできません。

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の二)

(二)(霜気孟津に下る)

霜気 孟津に下り、秋風函谷をわたる。

念う 君が淒として 已に寒からんことを、軒に當りて 羅縠を卷く。

纎手 裁縫を廢し、曲鬢 膏沐を罷む。

千里 相い聞えず、寸心 として氛氳たり。

况んや 復た 飛螢の夜、木葉 亂れて 紛紛たるや。

秦州成都襄陽洛陽 黄河中流域 漢水流域
 

 

《雜詩五首其一 古意二首其一》現代語訳と訳注解説

雜詩五首 其一 古意二首 

其二

霜氣下孟津、秋風度函谷。念君淒已寒、當軒卷羅縠。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。千里不相聞、寸心氛氳。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

 

〔下し文〕

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の二)

(二)(霜気孟津に下る)

霜気 孟津に下り、秋風函谷をわたる。

念う 君が淒として 已に寒からんことを、軒に當りて 羅縠を卷く。

纎手 裁縫を廢し、曲鬢 膏沐を罷む。

千里 相い聞えず、寸心 として氛氳たり。

况んや 復た 飛螢の夜、木葉 亂れて 紛紛たるや。

 

〔現代語訳〕

(故郷を思い出すはずの秋風が吹いてきても、極寒の寒さの中でも、私のもとに帰ってこない、もう何も贈る気はしないし、私自身のことも何もする気にはなれないと詠う)

孟津のほとりは霜の気が下り、函谷関には故郷を思い出させる秋風が吹きわたっていることでしょう。

あなたは定めしぞっとするような寒さを身にしみ感じて居られると察っし、着物を縫おうと軒ばでうすぎぬの服地を巻き初めました。

だけど、気がすすまぬままに、かよわい手での針仕事をやめてしまい、また、ゆがんだ髪を洗うこともせず、髪膏さすことも怠っているのです。

千里も遠く離れたあなたからは何のお便りも聞かしていただけず、わたしの胸はうつうつとふさがりもつれて何も手につきません。

ましてこの螢の飛びかう夜、木の葉がはらはらと乱れ散るのを眺めてはわびしきにたえることはできません。

 

〔訳注解説〕

雜詩五首 其一 古意二首其二  作者:王融(王 元長)

(故郷を思い出すはずの秋風が吹いてきても、極寒の寒さの中でも、私のもとに帰ってこない、もう何も贈る気はしないし、私自身のことも何もする気にはなれないと詠う)

作者 王融(おうゆう、467 - 493年)は、中国南北朝時代、南斉の政治家・文学者。字は元長。本貫は琅邪郡臨沂県(現在の山東省臨沂市蘭山区)。六朝時代を代表する名門貴族出身。名門の出身に加えて文才にも優れ、南斉の皇族、竟陵王蕭子良の西邸に集った文人「竟陵八友」の1人に数えられ、同じく八友の仲間である沈約・謝朓らとともに「永明体」と呼ばれる詩風を生み出した。

 

霜氣下孟津、秋風度函谷。

孟津のほとりは霜の気が下り、函谷関には故郷を思い出させる秋風が吹きわたっていることでしょう。

孟津「盟津」とも書く。洛陽の東北に在る渡し場。0函谷洛陽の西にあたる関所、駅西省墓る。共に夫の現在の地方を指す。
秋風 蓴羹鱸膾:故郷を思う気持ちが強いこと。または、ふるさとの味という意味。秋風が吹いてきたことで、晉の張翰は、故郷の蓴菜の羹と鱸の膾のおいしい味を思い出し、なんで恋々と虚業にしがみついていることがあろうかと、辞職して故郷に帰ったという故事から。

『晋書―文苑伝・張翰』に、「翰因見秋風起、乃思呉中菰菜蓴羹鱸魚膾、曰、人生貴得適志、何能覊宦数千里以要名爵乎、遂命駕而帰」とある。

 

念君淒已寒、當軒卷羅縠。

あなたは定めしぞっとするような寒さを身にしみ感じて居られると察っし、着物を縫おうと軒ばでうすぎぬの服地を巻き初めました。

羅縠 ① うすものとこめ織。うすものの絹布。転じて、しなやかで立派な衣服。〔晉書‐石崇伝〕「颯纚羅縠、何応愛喜」② 竹の筒の内側についている薄い皮。

 

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。

だけど、気がすすまぬままに、かよわい手での針仕事をやめてしまい、また、ゆがんだ髪を洗うこともせず、髪膏さすことも怠っているのです。

 

 

千里不相聞、寸心氛氳

千里も遠く離れたあなたからは何のお便りも聞かしていただけず、わたしの胸はうつうつとふさがりもつれて何も手につきません。

氛氳 他本に「紛議」「気患」などと作るものもあるが、みな気のふさがりて、もやもやとしているさま。通常、気の盛んなさま。勢いのよいさまをいう。

 

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

ましてこの螢の飛びかう夜、木の葉がはらはらと乱れ散るのを眺めてはわびしきにたえることはできません。

 

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(二)(霜気孟津に下る)
霜気 孟津に下り、秋風函谷をわたる。

念う 君が淒として 已に寒からんことを、軒に當りて 羅縠を卷く。

纎手 裁縫を廢し、曲鬢 膏沐を罷む。

千里 相い聞えず、寸心 として氛氳たり。

况んや 復た 飛螢の夜、木葉 亂れて 紛紛たるや。

玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 巻4•8-1-1雜詩五首其一古意二首之一 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11059

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王融_ 雜詩五首其一古意

 

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玉臺新詠集 巻四 8.王融_ 48-1-1雜詩五首其一古意二首之一 訳注解説 漢文委員会 紀頌之Blog11059

 

 

 

 8.王融_

 

 

48-1-1雜詩五首其一古意二首之一

 

 

玉臺新詠集 訳注解説

 

 

漢文委員会 紀頌之Blog11035

 

 

 

作者:王融

 

 

雜詩五首 其一 古意二首 

其一

遊禽暮知反、行人獨不歸。坐銷芳草氣、空度明月輝

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。巫山彩雲沒、淇上綠條稀

待君竟不至、秋雁雙雙飛。

其二

霜氣下孟津、秋風度函谷。念君淒已寒、當軒卷羅縠。

纎手廢裁縫、曲鬢罷膏沐。千里不相聞、寸心氛氳。

况復飛螢夜、木葉亂紛紛。

 

雜詩五首其二 詠琵琶

抱月如可明、懷風殊復清。絲中傳意緒、花裏寄春情。

掩抑有奇態、悽愴多好聲。芳袖幸時拂、龍門空自生。

 

雜詩五首其三 詠幔

幸得與珠綴、羃歷君之楹。月映不辭卷、風來輒自輕。

每聚金鑪氣、時駐玉琴聲。俱願致尊酒、蘭釭當夜明。

 

雜詩五首其四 巫山高

想象巫山高、薄暮陽臺曲。煙霞乍舒卷、蘅芳時斷續。

彼美如可期、寤言紛在属。撫然坐相思、秋風下庭綠。

 

雜詩五首 其一 古意二首 其一

(つがいの雁、をみて旅に出て戻らない夫についての意を述べたもの)

遊禽暮知反、行人獨不歸。

明るいとき、飛び、遊ぶ禽でも日暮れには、塒に帰るということを知っているのに、旅に出た夫は、いろんなことがあるだろうが、その身はいまだに帰ってこない。

坐銷芳草氣、空度明月輝

留守居のわたしは春の若草の香りは夫婦の約束のことであり、それもいつとはなしに消え失わせ、また、早くも秋になり、明月の光も空しく見すごしている。

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。

朝、鏡に映るのは愁いのためのしかめ顔と姿がうつっているのを見ると、悲しみの涙が春衣に点々としたたりおちるのです。

巫山彩雲沒、淇上綠條稀

男女の情をいう巫山を彩る雲も今は消えて、楚王と神女との契りを偲ぶよすがもなく、淇水のほとりには緑の条もまばらとなって、そこに愛する人を見送ったという歌も遠い昔のこととなってしまう。
待君竟不至、秋雁雙雙飛。

それも、これも、君を待つことしかなにもできないわが身の上に起こることであり、また、秋空につがいの雁が二羽揃うて飛んでゆくのを見つめているのです

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の一)

遊禽は暮に反るを知るも、行人は獨り歸らず。

坐ろに 芳草の氣を銷し、空しく明月の輝を度る

嚬容は朝鏡に入り、思淚は春衣に點ず。

巫山に彩雲沒し、淇上に綠條稀なり。

君を待つ竟に至らず、秋雁 雙雙として飛ぶ。

巫山十二峰003
 

 

《雜詩五首其一 古意二首其一》現代語訳と訳注解説

雜詩五首 其一 古意二首 

其一

遊禽暮知反、行人獨不歸。坐銷芳草氣、空度明月輝

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。巫山彩雲沒、淇上綠條稀

待君竟不至、秋雁雙雙飛。

 

 

〔下し文〕

(雜詩五首 其の一 古意二首の其の一)

遊禽は暮に反るを知るも、行人は獨り歸らず。

坐ろに 芳草の氣を銷し、空しく明月の輝を度る

嚬容は朝鏡に入り、思淚は春衣に點ず。

巫山に彩雲沒し、淇上に綠條稀なり。

君を待つ竟に至らず、秋雁 雙雙として飛ぶ。

 

〔現代語訳〕

(つがいの雁、をみて旅に出て戻らない夫についての意を述べたもの)

明るいとき、飛び、遊ぶ禽でも日暮れには、塒に帰るということを知っているのに、旅に出た夫は、いろんなことがあるだろうが、その身はいまだに帰ってこない。

留守居のわたしは春の若草の香りは夫婦の約束のことであり、それもいつとはなしに消え失わせ、また、早くも秋になり、明月の光も空しく見すごしている。

朝、鏡に映るのは愁いのためのしかめ顔と姿がうつっているのを見ると、悲しみの涙が春衣に点々としたたりおちるのです。

男女の情をいう巫山を彩る雲も今は消えて、楚王と神女との契りを偲ぶよすがもなく、淇水のほとりには緑の条もまばらとなって、そこに愛する人を見送ったという歌も遠い昔のこととなってしまう。
それも、これも、君を待つことしかなにもできないわが身の上に起こることであり、また、秋空につがいの雁が二羽揃うて飛んでゆくのを見つめているのです

 

〔訳注解説〕

雜詩五首 其一 古意二首其一  作者:王融(王 元長)

(つがいの雁、をみて旅に出て戻らない夫についての韋を述べたもの)

作者 王融(おうゆう、467 - 493年)は、中国南北朝時代、南斉の政治家・文学者。字は元長。本貫は琅邪郡臨沂県(現在の山東省臨沂市蘭山区)。六朝時代を代表する名門貴族出身。名門の出身に加えて文才にも優れ、南斉の皇族、竟陵王蕭子良の西邸に集った文人「竟陵八友」の1人に数えられ、同じく八友の仲間である沈約・謝朓らとともに「永明体」と呼ばれる詩風を生み出した。

王融は六朝時代の名門・琅邪王氏の出身で、6世前の祖先に東晋の丞相王導、高祖父に東晋の司徒王珣、曾祖父に宋の司空王弘、祖父に宋の中書令王僧達を持つなど、その中でも目覚ましい家系の生まれであった。父の王道琰は廬陵内史となり、若くして死去したが、母は琅邪王氏と並び称される陳郡謝氏の一族、謝恵宣の娘で、息子の王融に書や学問を教えた。王融は幼い頃から聡明で、博識で文才があった。おじの王倹は王融を評して「この子が40になれば、名声と地位は祖父に並ぶことだろう」と人に語っていたという。

秀才に挙げられ、南斉の晋安王蕭子懋の行参軍・竟陵王蕭子良の法曹行参軍・太子舎人を歴任した。王融は父親の官位が低かったことから、家の再興を図って、武帝に自分を試しに用いるよう上表し、秘書丞に遷った。王倹が儀同三司を授けられると、王融は詩と書を彼に贈った。王倹はその出来映えに感心し、「(こんなに褒められては)穣侯の印綬をすぐ解くわけにはいかないようだ」と人に語ったという。その後、丹陽丞・中書郎を歴任した。

491年(永明9年)33日、武帝が芳林園に行幸して曲水の宴を催し、王融にその序文を書かせたところ、その文章は当時大いに評判となり、北魏にまでも「顔延之の序を上回る名作」という評価が伝わった。493年、北魏の房亮と宋弁が使者として南斉にやって来た時、武帝は王融にその接待を命じたが、2人は王融から評判の「曲水詩の序」を見せてもらい、司馬相如の「封禅文」に並ぶ作品と評価した。

王融は自分の家柄と才能と常々たのみにし、30歳になる前に宰相の地位に就くことを望んでいた。蕭子良の法曹となったばかりの頃、王僧祐を訪ねたところ、人が王僧祐に「これはどこの若造だ」と聞いたのを耳にして、「私の名声は太陽の如く天下に輝きわたっていて、知らない人間などいないのに、お前はそんなことを聞くのか」と憤然と答えたという。中書郎となった時には「鄧禹は私のことを笑うだろう」と言っていた。功名を求め、しばしば武帝に上書しては、軍事や政治の重大事について意見を述べた。竟陵王の蕭子良は配下の文人で王融を特に寵愛し、北魏が軍を動かした時には、彼を寧朔将軍・軍主に任じた。

4937月、武帝が危篤状態に陥った時、たまたま子良は宮殿内にいて、皇太孫の蕭昭業(後の鬱林王)はまだ参上していなかった。王融は中書省の入口で東宮の儀仗を妨げ、詔勅を偽造して子良を皇帝に擁立しようと図った。しかし武帝が意識を取り戻し、また子良には政務を執る意思はなく、このため朝廷の一切は西昌侯蕭鸞(後の明帝)に委ねられることになった。間もなく武帝は死去したが、王融はなおも子良の兵を率いて宮中の門を塞ぎ、蕭鸞の参内を阻もうとした。蕭鸞はこれを排して宮中に入り、皇太孫を殿内に奉じる一方、配下に命じて子良を助け出させた。王融は自らの計画が失敗したことを知り、歎息して「公が私を誤らせたのだ」と言った。昭業はこのことで王融を深く怨み、即位して10日余りで王融を獄に下した。王融が逮捕されると多くの友人や部下たちが獄に面会に行き、行列ができるほどであった。王融は子良に救いを求めたが、子良は恐れて救い出せなかった。詔勅によって王融は自殺を命じられた。享年27。死に臨んで王融は「もし老母のためを思わなかったら、きっと一言(帝が東宮だった頃の過失を)指摘してやったものを」と言ったという。

王融は竟陵王蕭子良配下を代表する文人「竟陵八友」の一人であり、前述の「三月三日曲水詩序」など、散文に優れた作品を残し、当時の名声は非常に高かった。

詩の分野では、沈約・謝朓らとともに詩の韻律・形式面を重視した「永明体」の提唱者である。梁の鍾嶸の『詩品』序によると、王融はかつて鍾嶸に声律の理論の重要性を語ったことがあり、彼の主張に共鳴した沈約・謝朓の2人がそれを継承したとする。ただし、王融の実際の詩に対する評価は同時代から必ずしも高くない。鍾嶸は王融を沈約・謝朓らの1ランク下の下品に評し、「詞は美しく英浄なるも、五言の作に至りては、尺にも短き所有るに幾し。譬えば応変の将略は、武侯の長ずる所に非ざるも、未だ以て臥龍を貶するに足らざるがごとし」と文章は美しいが五言詩には巧みでなかったと断じていほか、序文では「近ごろ任昉・王元長等は詞に奇を貴ばず、競いて新事を須(もち)う」と、その典故を多用する姿勢を批判している。また昭明太子の編纂した『文選』でも、沈約・謝朓らの詩が比較的多数採録されているのに対し(沈約は13首、謝朓は21首)、王融の詩は1首も採録されていない。

【題意】

雜詩五首其一古意二首 『古文苑』には「和王友徳元」の五字を上に加えてある。すなわち王徳元の擬古詩に和した詩であろう。徳元は三貴の子で、車騎 長史となった人、「友」はその名、徳元は字である。

「古意」の意義については鮑令暉の雑詩(四)にも見た。擬古、倣古などと同じ意であるが、昔の思い人のことを意味するものである。このころの詩の多くは、男女の情を内容とするものが多く、南北朝から、唐にかけて多く詠われた。この詩もつがいの雁、をみて旅に出て戻らない夫についての韋を述べたものである。

 

遊禽暮知反、行人獨不歸。

明るいとき、飛び、遊ぶ禽でも日暮れには、塒に帰るということを知っているのに、旅に出た夫は、いろんなことがあるだろうが、その身はいまだに帰ってこない。

行人 古代中国、前漢や後漢における爵位の一つ。 元は徹侯と言った。武帝の名が「徹」である ... また家丞、庶子、門大夫、洗馬、行人といった属官が置かれた。以降、朝廷から名を受けて旅立つ旅人を行人と呼んだ。南北朝以降、民間の旅人に対しても、特に行ったきりでいつ帰るかわからない旅人を示す、詩上の五として使われている。

 

坐銷芳草氣、空度明月輝。

留守居のわたしは春の若草の香りは夫婦の約束のことであり、それもいつとはなしに消え失わせ、また、早くも秋になり、明月の光も空しく見すごしている。

坐銷芳草氣 春の芳草が生えても夫は帰らず、わが身の夫を待つ意欲もいつとはなしに消え去る意。芳草が生えることは、春になると男女の情も芽生え結ばれることを意味する。

 

嚬容入朝鏡、思淚點春衣。

朝、鏡に映るのは愁いのためのしかめ顔と姿がうつっているのを見ると、悲しみの涙が春衣に点々としたたりおちるのです。

嚬容 ひそめる姿。顔をしかめた姿。

 

巫山彩雲沒淇上綠條稀

男女の情をいう巫山を彩る雲も今は消えて、楚王と神女との契りを偲ぶよすがもなく、淇水のほとりには緑の条もまばらとなって、そこに愛する人を見送ったという歌も遠い昔のこととなってしまう。
巫山彩雲沒 巫山は四川省に在る。宋玉 の「高唐賦」に楚の聖が高唐(楼観の名)に遊んで夢蒜すを見、之を愛した。神女は去る時に「妾は巫山の陽(みなみ)高丘の岨(そ)に在り、旦(あした)には朝雲となり暮には行雨となる」とある故事を借りて用いたもの。

淇上綠條稀 『詩経』榔凰乗車篇に「我王宮(地 名)にむかへ、我を浜のほとりまで送りぬ」とあり、男女桑中にあいびきする歌。「洪」は川の名、昔衛の国の川、今河南省を流れる。 「線条」は完に「緑楊」とあるを参照して、楊(誓)の枝との解もあるが、「桑中篇」に本づけば桑樹の枝と見るのがよいと思う。

 

待君竟不至、秋雁雙雙飛。

それも、これも、君を待つことしかなにもできないわが身の上に起こることであり、また、秋空につがいの雁が二羽揃うて飛んでゆくのを見つめているのです

巫山十二峰002
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