玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

温庭筠

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

(改訂版)-溫庭筠全詩index 『花間集』全詩訳注解説《(改訂)全詩訳注解説ID-1溫庭筠66首》1-〈index〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5532

 


 
 2015年2月10日の紀頌之5つのブログ 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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(改訂版)-溫庭筠全詩index 『花間集』全詩訳注解説《(改訂)全詩訳注解説ID-1溫庭筠66首》1-index〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5532

 

 

 

 

内職、冊封

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。

 

唐代の皇帝たちは、後宮の女性を選抜したり寵愛したりするのに、あまり尊卑貴賎を気にかけなかったが、彼女たちに地位・晶級を賜る時には家柄をたいへん重視した。とりわけ皇后に立てる時には絶対に家柄が高貴でなければならず、「天下の名族を厳選」しなければならなかった(『資治通鑑』巻一九九、高宗永徴六年)。漢代に歌妓の衛子夫(武帝の皇后。もと武帝の姉の歌妓)や舞妓の超飛燕(成帝の皇后。もと身なし児で歌妓)が皇后になったようなことは、唐代には完全に跡を絶った。后妃に封ずる時は、まず「地肖清華」(家柄の高貴)、「軒冤之族」(貴顕なる名族)等々の出身であることが強調され、その次にやっと徳行が問われた。

 

 

 

 

花間集序 欧陽烱

欧陽烱《花間集序 (1)》 趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-(1) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177



《花間集序 (2)》 古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182

 

《花間集序 (3)》 詩文が最高潮となった唐より後は、唐の滅亡、都の政情不安により、詩文、音曲歌舞は各地に分散し国の津々浦々に至るまで広がるということになった。蜀の家々の庭先には花が咲きみだれ、花の香りが春風に乗って小道に吹きわたり、南国の美女を訪ねるまでもなく、文化は成長したのである。

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187

 

 

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

《花間集序 (4)》 衛尉少卿弘基殿は翡翠の羽を洲のほとりに拾い、見事な羽を手に入れたのである。(趙家の奢侈なサロンで優雅な雰囲気の中に詞は集められた)蛟人のように綺麗な水底に絹を織り、素晴らしい機織りの技を示すかのように、出来栄えの良い、順序秩序を間違えぬ良き歌を集められた。

 

《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197

《花間集序 (5)》 唐朝滅亡後、宋朝が興るまでの間、中原では五代に亘って王朝が交替し、江南を始めとする各地では、小国が分立した。この間の小国分立時代を五代または、五代十国と呼ぶ。この時代は、唐最後の皇帝の譲位から宋建国までの五十余年間と、短い。しかし、この中原と江南の政情不安は、才人、技能の優秀なもの、優れた楽工、優秀な妓優らを蜀に集めることとなった。中原から来たもののうち趙一族により、詩文、歌舞が保護発展せられ、趙家の文芸サロンに集められたことが、「花間集」というものに集大成されたというのが、その歴史的背景なのである。

 

 


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春も暮れかかってきた杏花ちりおちて、疎らに残っているだけだ。もう夢だけでしか会えなくなったこの閨でも、依然とは違った生活で、愁えている毎日だ。ここに来る旅の人は燕は一たび去ると既に飛ぶのをやめる。そして、帰ることはない。別れて残されたものの頬には涙の痕が残っており、着物を中には空しさだけが残っている。

 
 2014年7月19日の紀頌之5つのブログ 
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35ー#1 《古風五十九首之三十五》Index-29Ⅳ-4 750年天寶九年50歳538古風,五十九首之三十五醜女來效顰, <35ー#1> Ⅰ李白詩1195 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4523 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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1-65-413《河傳三首其三》温庭筠Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-596-1-65-(413)  二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4527

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河傳』十八首

 

 

溫庭筠

巻二

河傳三首其一

江畔,相喚。曉妝仙,仙景箇

 

 

巻二

河傳三首其二

湖上,閑望。雨蕭蕭,煙浦花

 

 

巻二

河傳三首其三

同伴,相喚。杏花稀,夢裡每

 

 

韋莊

巻二

105 河傳 其一 韋荘

何處,煙雨,隋堤

 

 

巻二

106 河傳三首 其二 韋荘

春晚,風暖,錦城

 

 

巻二

107 河傳三首 其三 韋荘

錦浦,春女,繡衣

 

 

張泌

巻五

河傳 二首之一 張泌【ちょうひつ】 

渺莽雲水,惆悵暮

 

 

巻五

河傳 二首之二 張泌【ちょうひつ】

紅杏,交枝相映,

 

 


巻七

 河傳三首 其一顧夐【

鷰颺,晴景。小

 

 

巻七

河傳三首 其二顧夐

曲檻,春晚。

 

 

巻七

13-9《 河傳三首 其三 顧夐

棹舉,舟去,波光

 

 

孫光憲

巻七

14-350《河傳四首(1)》孫光憲

太平天子,等閑遊

 

 

巻七

14-351《河傳四首(2)》孫光憲

柳拖金縷,着煙籠

 

 

巻七

14-352河傳四首(3)》孫光憲

花落,煙薄,謝家

 

 

巻七

14-353《河傳四首(4)》孫光憲

風颭,波斂。

 

 

閻選

巻九

河傳一首

秋雨,秋雨,

 

 

李珣

巻十

河傳二首其一

朝雲暮雨,依舊

 

 

 

巻十

河傳二首其二

落花深處,啼鳥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《河傳三首其一》

江畔,相喚。

曉妝仙,仙景箇女採蓮。

請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。

紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。

浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

(大江のほとりの女の館に貴公子たちが遊びに来る、遊んだあとはそれぞれ女を棄てて帰っていくと詠う)

大江の岸辺のあたりで、女たちにむけて大きな声で呼び合っている。

朝化粧をきれいにした女たちがいる、こちらには川辺の祠館の風景の中で、今しも、一人の女が蓮を摘み取っている。

あなたにお願いしたいのは向うの方に行ってはダメだということ、あそこの岸辺のこと。貴公子がいるのだ。かれらはよい花の美人ばかりを新たに選んで行ってあの船をいっぱいにしようとしている。

採蓮の女は、紅い袖をたくし上げて素肌を見せている。そちらから吹いてくる風は暖かい。しろくかがやくうでを船縁から垂らして蓮を摘む。恋い焦がれた思いをいくら向けようとも、貴公子は柳の梢を断ち切るようにすぐわかれるだろう。

入り江の港から南に向かって帰っていくもの、同じように北に帰るものがいたとしてもそれ以上を知ろうとするものではない。やがて夕刻になるように若さもやがてなくなるもので、歳をとっても捨てられないというのも稀な事なのだ。

(河傳三首 其の一)

江畔,相いに喚【よびあ】う。

曉妝の仙,仙景 箇女 蓮を採る。

君に請う 向う莫れ 那の岸邊,少年,花を好み 新たに舡滿つ。

紅袖 搖れ曳き 風暖を逐う,玉腕を垂れ,腸は向えど 柳絲斷つ。

浦南 歸りて,浦北 歸り,知る莫れ,晚來りて 人に稀れなり。

 

河傳三首其二

湖上,閑望。

雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。

謝娘翠蛾愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。

蕩子天涯歸棹遠,春已晚,語空腸斷。

若耶溪,溪水西。

柳堤,不聞郎馬嘶。

湖の上り,閑かに望む。

雨 蕭蕭として,煙める浦に花橋の路遙なり。

娘 翠蛾を謝するは愁い消さず,終に朝なり,夢魂は晚の潮に迷う。

蕩子は天涯にあり棹して歸るは遠く,春 已に晚く,鶯語 空しく腸斷す。

若耶溪,溪水の西。

柳の堤,郎の馬嘶くも聞えず。

湖のほとりの樓閣から、静かに湖面を眺めている。

雨はしとしとと降り続いてる。雨靄のかかった入り江に、橋のほとりに花が雨に潤い鮮やかにさいている、その路はとおくはるかにかすんでいる。

嘗ては謝安に携えられた娘のようであったのに今は、みどりの蛾眉が消えかけても愁いは消えないでいるのです。宵の化粧もそのままについにあさになるのです、あの人は夜は夢のなか、昼は魂さえも雨靄に、夕ぐれになれば潮のあとを追って迷ってばかりなのでしょう。

空のはてに行ったまま、わたしのことも忘れてしまっている放蕩癖のあの人が、舟にのって帰ってくることはないのでしょうか。この長雨で春はもう過ぎて行こうとしています。鶯の鳴き声を聞くたびにただむなしい下腹はいたくなるだけなのです。

若耶渓にも女が居ます、西施が足を洗って見初められた渓川の西の方に。

楊柳を折った柳の堤に、ここにはあの人が旅立つときに乗った馬のいなないたのに、今はなにもきこえないのです。

『河傳』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-49-2-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1812

 

河傳三首其三

同伴,相喚。

杏花稀,夢裡每愁依違。

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

(女の盛り、春の盛りにはいつも一緒に過ごしたのに、春も終わり、男は旅に出て帰って来ることはなかった、秋を迎えれば悲愁であり、心は傷つくばかりと詠う。)

いつも一緒だったし、何時も声を掛け合った。

春も暮れかかってきた杏花ちりおちて、疎らに残っているだけだ。もう夢だけでしか会えなくなったこの閨でも、依然とは違った生活で、愁えている毎日だ。

ここに来る旅の人は燕は一たび去ると既に飛ぶのをやめる。そして、帰ることはない。別れて残されたものの頬には涙の痕が残っており、着物を中には空しさだけが残っている。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、春霞は広がり渡ってこの南苑に漂い渡る。

柳永が「雪梅香」という歌曲で、宋玉が九辯であらわした「悲愁」を詠い、柳の並木は長く続いている、その先にはまだあどけない女が一人、でもそれからは人として生きていても毎日は心痛められる事ばかりなのだ。

 

(河傳三首其の三)

同伴し,相い喚ぶ。

杏花稀れにして,夢裡 每に依違を愁う。

仙客 一去って 鷰已に飛び,歸らず,淚痕 空しく衣滿つ。

天際 雲鳥 晴遠を引く,春已に晚れ,煙靄 南苑に渡る。

雪梅 香り,柳帶 長く,小娘,轉た人をして意傷きわ令む。

紅梅00
 

 

河傳三首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

河傳三首其三

同伴,相喚。

杏花稀,夢裡每愁依違。

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

 

 

芙蓉33302
(
下し文)

(河傳三首其の三)

同伴し,相い喚ぶ。

杏花稀れにして,夢裡 每に依違を愁う。

仙客 一去って 鷰已に飛び,歸らず,淚痕 空しく衣滿つ。

天際 雲鳥 晴遠を引く,春已に晚れ,煙靄 南苑に渡る。

雪梅 香り,柳帶 長く,小娘,轉た人をして意傷きわ令む。

 

(現代語訳)

(女の盛り、春の盛りにはいつも一緒に過ごしたのに、春も終わり、男は旅に出て帰って来ることはなかった、秋を迎えれば悲愁であり、心は傷つくばかりと詠う。)

いつも一緒だったし、何時も声を掛け合った。

春も暮れかかってきた杏花ちりおちて、疎らに残っているだけだ。もう夢だけでしか会えなくなったこの閨でも、依然とは違った生活で、愁えている毎日だ。

ここに来る旅の人は燕は一たび去ると既に飛ぶのをやめる。そして、帰ることはない。別れて残されたものの頬には涙の痕が残っており、着物を中には空しさだけが残っている。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、春霞は広がり渡ってこの南苑に漂い渡る。

柳永が「雪梅香」という歌曲で、宋玉が九辯であらわした「悲愁」を詠い、柳の並木は長く続いている、その先にはまだあどけない女が一人、でもそれからは人として生きていても毎日は心痛められる事ばかりなのだ。

 

(訳注)

河傳
・双調五十五字、前段七旬同氏韻五平韻、後段七句三穴韻四平韻(詞譜十一)。

河傳三首其三

(女の盛り、春の盛りにはいつも一緒に過ごしたのに、春も終わり、男は旅に出て帰って来ることはなかった、秋を迎えれば悲愁であり、心は傷つくばかりと詠う。)

 

 

同伴,相喚。

いつも一緒だったし、何時も声を掛け合った。

 

杏花稀,夢裡每愁依違。

春も暮れかかってきた杏花ちりおちて、疎らに残っているだけだ。もう夢だけでしか会えなくなったこの閨でも、依然とは違った生活で、愁えている毎日だ。

 

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

ここに来る旅の人は燕は一たび去ると既に飛ぶのをやめる。そして、帰ることはない。別れて残されたものの頬には涙の痕が残っており、着物を中には空しさだけが残っている。

 

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、春霞は広がり渡ってこの南苑に漂い渡る。

 

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

柳永が「雪梅香」という歌曲で宋玉が九辯であらわした「悲愁」を詠い、柳の並木は長く続いている、その先にはまだあどけない女が一人、でもそれからは人として生きていても毎日は心痛められる事ばかりなのだ。

 

 

柳永【りゅうえい】  中国,北宋の詞人。生没年不詳。初めの名は三変,字は耆卿。福建省崇安の人。景祐1(1034)の進士に及第。官は屯田員外郎に至り,柳屯田と呼ばれる。都の開封で遊興に耽り,歌謡作家となる。歌辞文芸,詞の興隆期に当たり,卑俗とそしられながら通俗歌謡の形式や表現手法をとりいれることによってこの様式を発展させた。不遇であった晩年の作は,深い憂悶を旅情に託し,ことに優れる。詞集《楽章集》3巻がある。【村上 哲見】

 

柳永 雪梅香·景索景索,危楼独立面晴空。悲秋情緒,当時宋玉同①。市孤烟寒碧,水村残叶舞愁。楚天,浪浸斜阳,千里溶溶。 临风。想佳后愁镇敛眉峰②。可惜当年,乖雨迹云踪③。雅妍姿正洽,落花流水忽西

1-63-411《清平樂二首其二》温庭筠Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-594-1-63-(411) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4517

温庭筠《清平樂二首其二》洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

 
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1-63-411《清平樂二首其二》温庭筠唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-594-1-63-(411)  二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4517

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

 

溫助教庭筠

巻二

清平樂二首其一

上陽春晚,宮女

 

 

 

巻二

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳

 

 

韋荘(韋相莊)

巻二

清平樂四首其一

春愁南陌,故國

 

 

 

巻二

清平樂四首其二

野花芳草,寂寞

 

 

 

巻二

清平樂四首其三

何處游女,蜀國

 

 

 

巻二

清平樂四首其四

鶯啼殘月,繡閣

 

 

孫少監光憲

巻八

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是

 

 

 

巻八

清平樂二首其二

等閑無語,春恨

 

 

毛秘書熙震

巻九

清平樂一首

春光欲暮,寂寞

 

 

 

 

 

清平樂二首其一

(寵愛を失った宮女が姥捨て山ともいえる上陽宮にたくさんいて、美貌や芸では若く新鮮な宮女に負けてしまうもの、そしてそこで一生を終えるのだが、文学に秀でているなら寵愛を取り戻せるかもしれないと詠う)

上陽春晚,宮女愁蛾淺。

寵愛を失った宮女が不遇な一生を送った上陽宮には春を過ぎた景色になる。ここ生きている宮女たちは白居易が「上陽白髪人」と詠ったように眉も薄くなった美人たちの愁いが漂っているのだ。

清平思同輦,爭那長安路遠。

新しい歳に変わっても、世の中が清らかに治まっていても、彼女らは、漢の班捷伃が「同輦を辞」したような思いでいる。何せ、天子の寵愛を爭おうとしても天子の入る長安までの道のりは遠いのである。

鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。

鳳凰の画かれたとばり、鴛鴦の刺繍のかけ布団、そしていたずらに焚かれるお香、そこには天子に寵愛されることが終わった名残ばかりがあるのである。ここでは、かつて花とさいた宮女たちは心が満たされずにもの寂しいだけであり、その多くの宮女の門は閉じられたままになっているのだ。

競把黃金買賦,為妾將上明君。

若さを失った宮女が寵愛を受けるために本当に競い合うなら、漢の陳后が司馬相如に黄金百斤で賦を作ってもらい天子の寵愛を取り戻すということだ。それで、やっと寵愛をうける女として、まさに、賢明な天子のもとにあがることになるのだ。 

(清平樂二首其の一)

上陽の春晚,宮女 蛾淺に愁う。

 清平 同輦を思う,爭い那ぞ長安路遠く。

鳳帳 鴛被 徒らに燻じ,寂寞 花鏁 千門。

把を競い 黃金 賦を買う,妾為す 將に明君に上る。

 

清平樂二首其二

(唐の東都洛陽の町には、終日、あちこちで柳の枝を手折っては旅立ついろんな人を詠う。)

洛陽愁,楊柳花飄雪。

春も盛り、柳架は花のように、雪のように乱れ散るというのに、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願すると、それにつられて橋の下流れさる春水は嗚咽して泣いてくれるのだ。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

旅立とうとして馬に上ってまでも、人々は争って別れを傷むので盃をわたし見送りの酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

(清平樂二首其の二)

洛陽に愁絶す、楊柳 花 雪を飄【ひるが】えす。

終日 行人 攀折を爭い、橋下 水流 鳴咽す。

馬に上れば 争いて離れの觴を勧む、南浦 鶯声 腸を断つ。

愁殺す 平原の年少、首を遅らし涙千行を揮う。

 

珠櫻001
 

『清平樂二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳花飄雪。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

 

(下し文)

(清平樂二首其の二)

洛陽に愁絶す、楊柳 花 雪を飄【ひるが】えす。

終日 行人 攀折を爭い、橋下 水流 鳴咽す。

馬に上れば 争いて離れの觴を勧む、南浦 鶯声 腸を断つ。

愁殺す 平原の年少、首を遅らし涙千行を揮う。

 

(現代語訳)

(唐の東都洛陽の町には、終日、あちこちで柳の枝を手折っては旅立ついろんな人を詠う。)

春も盛り、柳架は花のように、雪のように乱れ散るというのに、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願すると、それにつられて橋の下流れさる春水は嗚咽して泣いてくれるのだ。

旅立とうとして馬に上ってまでも、人々は争って別れを傷むので盃をわたし見送りの酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。

洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

 

采蓮004
 

(訳注)

清平楽二首

唐の教坊曲、『花間集』には清平樂は九首溫庭筠の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑥⑥6⑥の詞形をとる。

清平樂二首其二

(唐の東都洛陽の町には、終日、あちこちで柳の枝を手折っては旅立ついろんな人を詠う。)

【解説】 唐の東都洛陽の町の、終日、柳の枝を手折っては旅立つ人を描写する。前段は、まず第一句で、洛陽が愁い極まる町であることを指摘、三、四句で、洛陽が愁い極まる町である理由が明かされる。そして、人生意気に感ずる若者も、さすが別離に当たっては愁い極まり、見送る人々を振り返り見ながらとめどなく流れる涙を拭いつつ去ってゆくと結ぶ。

 

洛陽愁,楊柳花飄雪。

春も盛り、柳架は花のように、雪のように乱れ散るというのに、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

○楊柳花 綿毛の生えた柳の種、柳架。・楊柳 楊柳は男女を示す。また楊は芸妓の色町を示す語である。柳は男性であるが、細柳は女性を示す語として、つかわれる。

 

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願すると、それにつられて橋の下流れさる春水は嗚咽して泣いてくれるのだ。

○行人 ここでは、出征した夫。旅人。行商人。李白『北風行』「倚門望行人、念君長城苦寒良可哀。」 『古風,五十九首之二十四』「鼻息干虹蜺,行人皆怵惕」

○爭攀折 「折楊柳」のことで、ここでは、我先にと争って柳の枝をとろうと手を上にあげている様子をいう。古く中国では、旅立ちを見送る際に、無事の帰りを願い、旅立つ人に柳の枝を手折って環にして贈る習慣があった。握った手を離すと、環はまっすぐに元に戻るところから、環と帰還の還をかけて、旅立った人がすぐに戻って来るようにとの縁起をかついで行ったもの。

○醉壺觴 酒つぼとさかずき。壺酒は新酒は春の呼び声とともにある。新種の壺酒は油紙のような蓋をして黄色の紐で封印がしてある。

 

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

旅立とうとして馬に上ってまでも、人々は争って別れを傷むので盃をわたし見送りの酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。

○南浦 洛陽城の南の水辺の送別の地。王維《斉州送祖三二首 其二》「送君南浦涙如糸、君向東州使我悲。為報故人憔悴尽、如今不似洛陽時。」(斉州にて祖三を送る 二首其の二)君を南浦(なんぽ)に送れば 涙 糸の如し、君は東州に向かい 我をして悲しましむ。為に報ぜよ 故人は憔悴(しょうすい)し尽くし、如今(じょこん)は 洛陽の時に似ず。

とあるのに基づく。

 

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

○愁殺 愁い極まる。殺は動詞や形容詞の後について程度のきわめて高いことを表す。

○平原年少 人生意気に感ずる若者の意。平原は平原君のこと、戦国時代の都邑。今の山東省平原。食客三千人を養ったと言われる戦国趙の恵文王の弟平原君が封ぜられた地。ここではそれを借りて洛陽の地の意気盛んな若者を指す。

平原君(?~前251 〔平原は号。山東の平原に封ぜられたことから〕 中国,戦国時代の趙の王族。姓は趙,名は勝。趙の恵文王・孝成王に仕え宰相となる。食客は数千人。斉の孟嘗君らとともに戦国の四君に数えられる。

いわゆる貴公子とか、游侠の若者に詩を贈る。作者の心と若者の心の絡み合うさまを詩にする。詩中の「淮陰市」はキーワードで、「隠忍自重した游侠の徒・韓信のようにあれ。」と歌う。両者は、出逢って楽しむということはなく「客恨」「秋風」「淮陰市」と失意の情感を醸している。 
少年:若者。年若い者。唐詩で「少年」といえば、
王維 少年行
新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。
李白 17少年行
少年行      
五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。
落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。
杜甫 少年行

馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
 
王昌齢『少年行』
走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。
いなせな若者や壮士を詠う。

1-62-410《清平樂二首其一》温庭筠Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-593-1-62-(410) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4512

《清平樂二首其一》温庭筠≫(寵愛を失った宮女が姥捨て山ともいえる上陽宮にたくさんいて、美貌や芸では若く新鮮な宮女に負けてしまうもの、そしてそこで一生を終えるのだが、文学に秀でているなら寵愛を取り戻せるかもしれないと詠う)

 
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1-62-410《清平樂二首其一》温庭筠唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-593-1-62-(410)  二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4512

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

 

溫助教庭筠

巻二

清平樂二首其一

上陽春晚,宮女

 

 

 

巻二

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳

 

 

韋荘(韋相莊)

巻二

清平樂四首其一

春愁南陌,故國

 

 

 

巻二

清平樂四首其二

野花芳草,寂寞

 

 

 

巻二

清平樂四首其三

何處游女,蜀國

 

 

 

巻二

清平樂四首其四

鶯啼殘月,繡閣

 

 

孫少監光憲

巻八

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是

 

 

 

巻八

清平樂二首其二

等閑無語,春恨

 

 

毛秘書熙震

巻九

清平樂一首

春光欲暮,寂寞

 

 

 

 

 

清平樂二首其一

(寵愛を失った宮女が姥捨て山ともいえる上陽宮にたくさんいて、美貌や芸では若く新鮮な宮女に負けてしまうもの、そしてそこで一生を終えるのだが、文学に秀でているなら寵愛を取り戻せるかもしれないと詠う)

上陽春晚,宮女愁蛾淺。

寵愛を失った宮女が不遇な一生を送った上陽宮には春を過ぎた景色になる。ここ生きている宮女たちは白居易が「上陽白髪人」と詠ったように眉も薄くなった美人たちの愁いが漂っているのだ。

清平思同輦,爭那長安路遠。

新しい歳に変わっても、世の中が清らかに治まっていても、彼女らは、漢の班捷伃が「同輦を辞」したような思いでいる。何せ、天子の寵愛を爭おうとしても天子の入る長安までの道のりは遠いのである。

鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。

鳳凰の画かれたとばり、鴛鴦の刺繍のかけ布団、そしていたずらに焚かれるお香、そこには天子に寵愛されることが終わった名残ばかりがあるのである。ここでは、かつて花とさいた宮女たちは心が満たされずにもの寂しいだけであり、その多くの宮女の門は閉じられたままになっているのだ。

競把黃金買賦,為妾將上明君。

若さを失った宮女が寵愛を受けるために本当に競い合うなら、漢の陳后が司馬相如に黄金百斤で賦を作ってもらい天子の寵愛を取り戻すということだ。それで、やっと寵愛をうける女として、まさに、賢明な天子のもとにあがることになるのだ。 

清平樂二首其一

上陽の春晚,宮女 蛾淺に愁う。

 清平 同輦を思う,爭い那ぞ長安路遠く。

鳳帳 鴛被 徒らに燻じ,寂寞 花鏁 千門。

把を競い 黃金 賦を買う,妾為す 將に明君に上る。

 

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳花飄雪。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

 

DCF00199
 

『清平樂二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂二首其一

上陽春晚,宮女愁蛾淺。

清平思同輦,爭那長安路遠。

鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。

競把黃金買賦,為妾將上明君。

 

(下し文)

清平樂二首其一

上陽の春晚,宮女 蛾淺に愁う。

 清平 同輦を思う,爭い那ぞ長安路遠く。

鳳帳 鴛被 徒らに燻じ,寂寞 花鏁 千門。

把を競い 黃金 賦を買う,妾為す 將に明君に上る。

 

(現代語訳)

(寵愛を失った宮女が姥捨て山ともいえる上陽宮にたくさんいて、美貌や芸では若く新鮮な宮女に負けてしまうもの、そしてそこで一生を終えるのだが、文学に秀でているなら寵愛を取り戻せるかもしれないと詠う)

寵愛を失った宮女が不遇な一生を送った上陽宮には春を過ぎた景色になる。ここ生きている宮女たちは白居易が「上陽白髪人」と詠ったように眉も薄くなった美人たちの愁いが漂っているのだ。

新しい歳に変わっても、世の中が清らかに治まっていても、彼女らは、漢の班捷伃が「同輦を辞」したような思いでいる。何せ、天子の寵愛を爭おうとしても天子の入る長安までの道のりは遠いのである。

鳳凰の画かれたとばり、鴛鴦の刺繍のかけ布団、そしていたずらに焚かれるお香、そこには天子に寵愛されることが終わった名残ばかりがあるのである。ここでは、かつて花とさいた宮女たちは心が満たされずにもの寂しいだけであり、その多くの宮女の門は閉じられたままになっているのだ。

若さを失った宮女が寵愛を受けるために本当に競い合うなら、漢の陳后が司馬相如に黄金百斤で賦を作ってもらい天子の寵愛を取り戻すということだ。それで、やっと寵愛をうける女として、まさに、賢明な天子のもとにあがることになるのだ。

 

楊貴妃清華池002
 

 (訳注)

清平樂二首其一

唐の教坊曲、『花間集』には清平樂は九首溫庭筠の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑥⑥6⑥の詞形をとる。

唐太宗位之初后の時の女は実に三千人,であった。百年後玄宗のときには侍女は八千人になった。『新唐書』「宦者傳」、「開元、宮嬪はおおよそ四万に至る。」と、玄宗の時の宮女の数を示している。杜甫は、「先帝侍女八千人」といい、白居易も「後宮の佳麗三千人」李百薬は「無用の宮人は数万に達する」といっている。女たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下稗が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」(皇帝を色香によ惑わせた罪)の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。あるいは、皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなく、天下の母の鏡と尊ばれながら、じつは常に他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあったのである。宮人は、身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家碑に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「官女」「宮城」「宮脾」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮、別館、諸親王府、皇帝陵にそれぞれ配属されていた。

 

皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなくなるので、早くから考えをめぐらせた人たちもいた。男子を生んだ后妃は、いうまでもなくあらゆる手段を講じてわが子を皇太子にし、その貴い子の母たる地位を手に入れようとした。こうして跡継ぎを決めることも、后妃たちの激しい競争となった。玄宗はすでに趨魔妃の生んだ子を皇太子にしていたが、武恵妃が玄宗の寵愛を受けるようになると、現皇太子の位を奪って我が子寿王を皇太子に立てようと画策した。まず彼女は皇太子を廃するため罠をしかけて、〝宮中に賊が出た〞と言って皇太子と二人の王子に鎧を着て来させ、その後で玄宗に三人が謀反を起したと告げた。それで、太子と二人の王子は処刑された。男子のない后妃、あっても皇太子になる望みのない后妃は別に出路を求め、皇太子かその他の皇子たちにとりいって自己の安全を図ったのである。高祖李淵が晩年に寵愛したダ徳妃、張捷好などは子がなかったり、あっても助かったので、すでに勢力をもっている他の何人かの皇子と争うことはたいへん難しかった。そこで彼女たちは皇太子の李建成と互いに結びあい、利用しあって建成の即位を助け、高祖の死後のわれとわが子の不測の運命にそなえたのである。后妃たちは表面的には高貴で優閑な生活を送っていたが、裏では緊張に満ちた活動をしており、それは彼女たちの別の生活の大きな部分をなしていた。こうした様々な手段は決して公明正大なものとはいえない。しかし、政治の変動と後宮の生活が彼女たちにもたらす残酷無情な状況を見るならば、そしてまた天下の母の鏡と尊ばれながら、じつは常に他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあったことを考えるならば、彼女たちが自分の運命を変えようと少しあがいたからといって、どうして厳しく責めることができよう。

白居易 上陽白髪人

 

清平樂二首其一

(寵愛を失った宮女が姥捨て山ともいえる上陽宮にたくさんいて、美貌や芸では若く新鮮な宮女に負けてしまうもの、そしてそこで一生を終えるのだが、文学に秀でているなら寵愛を取り戻せるかもしれないと詠う)

 

touRAKUYOjou1000
 

上陽春晚,宮女愁蛾淺。

寵愛を失った宮女が不遇な一生を送った上陽宮には春を過ぎた景色になる。ここ生きている宮女たちは白居易が「上陽白髪人」と詠ったように眉も薄くなった美人たちの愁いが漂っているのだ。

上陽 洛陽上陽宮

上陽人 《「上陽」は唐代、洛陽の宮城内にあった宮殿の名》上陽宮にいた宮女。楊貴妃が玄宗皇帝の寵愛(ちょうあい)を一身に集めたため、他の宮女が不遇な一生を送ったところから、女性、特に宮女の不遇をたとえる語として用いられる。

唐の玄宗の時,楊貴妃に寵愛(ちようあい)を独占されて上陽宮に移され空しく老いた宮女たち。不遇な宮女。上陽宮の人。白居易「後宮詞」白居易『上陽白髪人』。劉長卿『上陽宮望幸』など多くの作品がある。

白居易「後宮詞」

雨露由來一點恩,爭能遍布及千門?

三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕!

「三千の宮女 胴脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん」(白居易「後宮詞」)。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、官官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

清平思同輦,爭那長安路遠。

新しい歳に変わっても、世の中が清らかに治まっていても、彼女らは、漢の班捷伃が「同輦を辞」したような思いでいる。何せ、天子の寵愛を爭おうとしても天子の入る長安までの道のりは遠いのである。

清平 世の中が清らかに治まっている・こと(さま)。

同輦 同輦を辞す。班婕妤の故事に基づく。

前漢の時代、成帝(せい)が後宮に来て遊んでいた。そこへ、班捷伃という美しい女性が手押し車に乗ってやってきた。それを見た成帝は、戯れに班捷伃の乗っている手押し車に、一緒に乗ろうとした。班捷伃は辞退して言った「古の絵を見ていますと、賢聖の君にはみな名臣がいて、傍らにいます。しかし、夏・殷・周の最後の君は、お気に入りの女がいます。今同じ車に乗ろうとなさるのはこれに似ておりませんか?」それを聞いた、成帝は、それもそうだと思い、一緒に車に乗ることをやめた。

 

鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。

鳳凰の画かれたとばり、鴛鴦の刺繍のかけ布団、そしていたずらに焚かれるお香、そこには天子に寵愛されることが終わった名残ばかりがあるのである。ここでは、かつて花とさいた宮女たちは心が満たされずにもの寂しいだけであり、その多くの宮女の門は閉じられたままになっているのだ。

寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。

 ① 金属製の輪をつないだひも状のもの。   物と物とを結び付けているもの。きずな。

千門 千門万戸。非常に多くの家。

 

競把黃金買賦,為妾將上明君。

若さを失った宮女が寵愛を受けるために本当に競い合うなら、漢の陳后が司馬相如に黄金百斤で賦を作ってもらい天子の寵愛を取り戻すということだ。それで、やっと寵愛をうける女として、まさに、賢明な天子のもとにあがることになるのだ。

黃金買賦/千金買賦  ①漢武帝陳皇後的故事。漢司馬相如《長門賦》序:"孝武皇帝陳皇後,時得幸,頗妒,在長門宮,愁悶悲思。聞蜀郡成都司馬相如,天下工爲文,奉黄金百斤,爲相如文君取酒,因於解悲愁之詞。而相如爲文以悟主上,陳皇後複得親幸。

武帝に疎んぜられた陳皇后が、夫の愛を取り戻すため、司馬相如に「賦」の作成を依頼。その作品は「長門の賦」といわれ、皇后は愛を取り戻した。(『文選』) 史記や漢書によると、この陳皇后は廃されたまま亡くなっている。

明君 賢明な君主。賢明な天子。

 

劉長卿. 709年—780年字は文房。河間(現・河北省)の人。進士に合格して官吏となるも下獄、左遷された。ために、詩には失意の情感や離乱を詠うものが多い。

 

上陽宮望幸 劉長卿

 玉輦西巡久未還、春光猶入上陽間。

 萬木長承新雨露、千門空對舊河山。

 深花寂寂宮城閉、細草青青御路閑。

 獨見彩雲飛不盡、只應來去候龍顔。


上陽宮に幸を望む。) 

 玉輦西巡久しくして未だ還らず、春光猶ほ入る上陽の間。

 万木長(つね)に承く新雨露、千門空しく対す旧河山。

 深花寂寂として宮城閉ぢ、細草青青として御路閑かなり。

 独り見る彩雲の飛んで尽きざるを、只応に来去して龍顔を候つべし。
洛陽 函谷関002
 

贈少年 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-56-9-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1840

贈少年 温庭筠


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贈少年 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-56-9-#  花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1840


贈少年 温庭筠
江海相逢客恨多,秋風葉下洞庭波。
漂泊の旅をつづけ江南を進んでいる、旅での出会いに旅愁を感じることが多くあるのだ。季節も変わり秋風に葉が散り落ち、悲愁の洞庭湖は波立っている。
酒酣夜別淮陰市,月照高樓一曲歌。

酒の宴がたけなわになった夜更け、韓信の故事のある淮陰の市場を別れることになるが、月の光は、高楼で別れの歌を一曲歌っている少年たちを照している。
(少年に贈る)
江海【かうかい】相【あ】ひ逢【あ】ひて客恨【かくこん】多く,秋風 葉は 下くだりて洞庭【どうてい】波だつ。
酒 酣【たけなわ】にして 夜 別る淮陰【わいいん】の市,月は照らす 高樓 一曲の歌。



oborotsuki03h『贈少年』温庭筠 現代語訳と訳註
(本文)

江海相逢客恨多,秋風葉下洞庭波。
酒酣夜別淮陰市,月照高樓一曲歌。


(下し文)
(少年に贈る)
江海【かうかい】相【あ】ひ逢【あ】ひて客恨【かくこん】多く,秋風 葉は 下くだりて洞庭【どうてい】波だつ。
酒 酣【たけなわ】にして 夜 別る淮陰【わいいん】の市,月は照らす 高樓 一曲の歌。


(現代語訳)
漂泊の旅をつづけ江南を進んでいる、旅での出会いに旅愁を感じることが多くあるのだ。季節も変わり秋風に葉が散り落ち、悲愁の洞庭湖は波立っている。
酒の宴がたけなわになった夜更け、韓信の故事のある淮陰の市場を別れることになるが、月の光は、高楼で別れの歌を一曲歌っている少年たちを照している。


(訳注)
贈少年

いわゆる貴公子とか、游侠の若者に詩を贈る。作者の心と若者の心の絡み合うさまを詩にする。詩中の「淮陰市」はキーワードで、「隠忍自重した游侠の徒・韓信のようにあれ。」と歌う。両者は、出逢って楽しむということはなく「客恨」「秋風」「淮陰市」と失意の情感を醸している。 
少年:若者。年若い者。唐詩で「少年」といえば、王維 少年行
新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。
李白 17少年行
少年行      
五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。
落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。
杜甫 少年行

馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
 王昌齢『少年行』
走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。
いなせな若者や壮士を詠う。


江海相逢客恨多、秋風葉下洞庭波。
漂泊の旅をつづけ江南を進んでいる、旅での出会いに旅愁を感じることが多くあるのだ。季節も変わり秋風に葉が散り落ち、悲愁の洞庭湖は波立っている。
・江海 他郷。長江下流域、江南地方。
・相逢 出逢う。作者が若者に偶然に出逢ったこと。 
・客恨 女性と別れて旅にでて、その寂しさを旅で感じ続けていること。旅中の寂しい気持ち。旅愁。客愁。
・秋風 侘びしげな秋の風。万物の精気が衰えてくる季節の風。夏がすぎ秋風が吹く新たな季節となりと時間経過を示す。


酒酣夜別淮陰市、月照高樓一曲歌
酒の宴がたけなわになった夜更け、韓信の故事のある淮陰の市場を別れることになるが、月の光は、高楼で別れの歌を一曲歌っている少年たちを照している。 
・酣 たけなわ。
・淮陰市 韓信が人生を変えた漂母と出会った街。

李白『猛虎行』朝過博浪沙。 暮入淮陰市。

猛虎行 #2 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -277

・淮陰 現・江蘇省淮安の地。淮陰侯・韓信の游侠時代の股くぐりや、食べ物を恵んでもらった故事等を指そう。恐らく詩中の「少年」は、何か屈辱的なことにあって、傷つき落ち込んでいたのだろう。 ・市:市街。いち。物品を売買を販売する所。人や物資の多く集まる場所。

經下邳圯橋懷張子房 李白-272

扶風豪士歌 安史の乱と李白(3215

淮陰書懷寄王宗成李白350-199

李白32 玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿二首 其二



韓信が人生を変えた漂母と出会った故事。
貧乏で品行も悪かったために職に就けず、他人の家に上がり込んでは居候するという遊侠無頼の生活に終始していた。こんな有様であったため、淮陰の者はみな韓信を見下していた。とある亭長の家に居候していたが、嫌気がした亭長とその妻は韓信に食事を出さなくなった。いよいよ当てのなくなった韓信は、数日間何も食べないで放浪し、見かねた老女に数十日間食事を恵まれる有様であった。韓信はその老女に「必ず厚く御礼をする」と言ったが、老女は「あんたが可哀想だからしてあげただけのこと。御礼なんて望んでいない」と語ったという。

韓信の「股をくぐり」の故事

韓信は町の少年に「お前は背が高く、いつも剣を帯びているが、実際には臆病者に違いない。その剣で俺を刺してみろ。出来ないならば俺の股をくぐれ」と挑発された。韓信は黙って少年の股をくぐり、周囲の者は韓信を大いに笑ったという。大いに笑われた韓信であったが、「恥は一時、志は一生。ここでこいつを切り殺しても何の得もなく、それどころか仇持ちになってしまうだけだ」と冷静に判断していたのである。この出来事は「韓信の股くぐり」として知られることになる。


『河傳』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-49-2-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1812

河傳 温庭筠 



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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首


『河傳』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-49-2-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1812






河傳
湖上,閑望。
湖のほとりの樓閣から、静かに湖面を眺めている。
雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。
雨はしとしとと降り続いてる。雨靄のかかった入り江に、橋のほとりに花が雨に潤い鮮やかにさいている、その路はとおくはるかにかすんでいる。
謝娘翠蛾愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。
嘗ては謝安に携えられた娘のようであったのに今は、みどりの蛾眉が消えかけても愁いは消えないでいるのです。宵の化粧もそのままについにあさになるのです、あの人は夜は夢のなか、昼は魂さえも雨靄に、夕ぐれになれば潮のあとを追って迷ってばかりなのでしょう。
蕩子天涯歸棹遠,春已晚,莺語空腸斷。
空のはてに行ったまま、わたしのことも忘れてしまっている放蕩癖のあの人が、舟にのって帰ってくることはないのでしょうか。この長雨で春はもう過ぎて行こうとしています。鶯の鳴き声を聞くたびにただむなしい下腹はいたくなるだけなのです。
若耶溪,溪水西。
若耶渓にも女が居ます、西施が足を洗って見初められた渓川の西の方に。
柳堤,不聞郎馬嘶。

楊柳を折った柳の堤に、ここにはあの人が旅立つときに乗った馬のいなないたのに、今はなにもきこえないのです。
河傳
湖の上り,閑かに望む。
雨 蕭蕭として,煙める浦に花橋の路遙なり。
娘 翠蛾を謝するは愁い消さず,終に朝なり,夢魂は晚の潮に迷う。
蕩子は天涯にあり棹して歸るは遠く,春 已に晚く,鶯語 空しく腸斷す。
若耶溪,溪水の西。
柳の堤,郎の馬嘶くも聞えず。

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『河傳』 現代語訳と訳註
(本文)

湖上,閑望。
雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。
謝娘翠蛾愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。
蕩子天涯歸棹遠,春已晚,莺語空腸斷。
若耶溪,溪水西。
柳堤,不聞郎馬嘶。


(下し文)
湖の上り,閑かに望む。
雨 蕭蕭として,煙める浦に花橋の路遙なり。
娘 翠蛾を謝するは愁い消さず,終に朝なり,夢魂は晚の潮に迷う。
蕩子は天涯にあり棹して歸るは遠く,春 已に晚く,鶯語 空しく腸斷す。
若耶溪,溪水の西。
柳の堤,郎の馬嘶くも聞えず。


(現代語訳)
湖のほとりの樓閣から、静かに湖面を眺めている。
雨はしとしとと降り続いてる。雨靄のかかった入り江に、橋のほとりに花が雨に潤い鮮やかにさいている、その路はとおくはるかにかすんでいる。
嘗ては謝安に携えられた娘のようであったのに今は、みどりの蛾眉が消えかけても愁いは消えないでいるのです。宵の化粧もそのままについにあさになるのです、あの人は夜は夢のなか、昼は魂さえも雨靄に、夕ぐれになれば潮のあとを追って迷ってばかりなのでしょう。
空のはてに行ったまま、わたしのことも忘れてしまっている放蕩癖のあの人が、舟にのって帰ってくることはないのでしょうか。この長雨で春はもう過ぎて行こうとしています。鶯の鳴き声を聞くたびにただむなしい下腹はいたくなるだけなのです。
若耶渓にも女が居ます、西施が足を洗って見初められた渓川の西の方に。
楊柳を折った柳の堤に、ここにはあの人が旅立つときに乗った馬のいなないたのに、今はなにもきこえないのです。

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(訳注)
河傳

・双調五十五字、前段七旬同氏韻五平韻、後段七句三穴韻四平韻(詞譜十一)。


湖上,閑望。
湖のほとりの楼閣から、静かに湖面を眺めている。
・湖上 中盤に謝娘が出ることから、太湖あたりかもしれない。すると湖畔の樓閣であろう。


雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。
雨はしとしとと降り続いてる。雨靄のかかった入り江に、橋のほとりに花が雨に潤い鮮やかにさいている、その路はとおくはるかにかすんでいる。
・湖、樓閣、浦、花、橋、道、すべてあの人との思い出の場所である。嘗てはあの人に携えられて遊んだところなのだ。

謝娘翠蛾愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。
嘗ては謝安に携えられた娘のようであったのに今は、みどりの蛾眉が消えかけても愁いは消えないでいるのです。宵の化粧もそのままについにあさになるのです、あの人は夜は夢のなか、昼は魂さえも雨靄に、夕ぐれになれば潮のあとを追って迷ってばかりなのでしょう。
・謝女というのは晋の謝安が東山の彼を愛した故事から出たもの。過去女もそういう時期もあった。李白『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』「攜妓東山去。 春光半道催。遙看若桃李。 雙入鏡中開。」
『更漏子 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-15-2-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1676

・翠蛾 翠の蛾眉。
・終朝 宵の化粧(翠蛾)をして待っていても終に朝になってしまう。
・夢魂 夜は夢の中で迷い、昼は魂が雨靄に迷い、夕暮れは潮の波に迷うということ。


蕩子天涯歸棹遠,春已晚,鶯語空腸斷。
空のはてに行ったまま、わたしのことも忘れてしまっている放蕩癖のあの人が、舟にのって帰ってくることはないのでしょうか。この長雨で春はもう過ぎて行こうとしています。鶯の鳴き声を聞くたびにただむなしい下腹はいたくなるだけなのです。
・蕩子 放蕩の男子。いわゆる貴公子という場合もある。久しく他方に行ったまま、遊びつづけて帰ってこない人。古詩十九首 第ニ首「青青河畔艸、欝欝園中柳。盈盈楼上女、皎皎当窓牅。娥娥紅紛粧、繊繊出素手。昔為倡家女、今為蕩子婦。蕩子行不帰、空牀難独守。」とある。
古詩十九首之二 (2) 漢詩<89>Ⅱ李白に影響を与えた詩521 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1380



若耶溪,溪水西。
若耶渓にも女が居ます、西施が足を洗って見初められた渓川の西の方に。
若耶渓 今新江省紹興県南にある。西施が紗を浣ったところ。ここは素女を西施にたとえていう。西施ものがたり 参照

『採蓮曲』
若耶渓傍採蓮女、笑隔荷花共人語。
日照新粧水底明、風飄香袖空中挙。
岸上誰家遊冶郎、三三五五映垂楊。
紫騮嘶入落花去、見此踟蹰空断腸


李白10  採蓮曲


李白『越女詞 五首 其三』 
耶溪採蓮女,見客棹歌囘。
笑入荷花去,佯羞不出來。

越女詞 五首 其三 李白14-3


柳堤,不聞郎馬嘶。
楊柳を折った柳の堤に、ここにはあの人が旅立つときに乗った馬のいなないたのに、今はなにもきこえないのです。



温庭筠の同名の詞は以下の通り内容は連詞のようであるが、注釈は省略する。
河傳
江畔,相喚。曉妝鮮,仙景個女采蓮。
請君莫嚮那岸邊。少年,好花新滿船。
紅袖搖曳逐風暖(一作軟),垂玉腕,腸嚮柳絲斷。
浦南歸,浦北歸。莫知,晚來人已稀。


河傳
同伴,相喚。杏花稀,夢裏每愁依違。
仙客一去燕已飛。不歸,淚痕空滿衣。
天際雲鳥引晴(一作情)遠,春已晚,煙霭渡南苑。
雪梅香,柳帶長。小娘,轉令人意傷。

温庭筠 菩薩蛮 十四首 index(2) まとめ-2

温庭筠 菩薩蛮 十四首 index(2)


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 森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”彼女の詩の先生として登場する 晩唐期の詩人 温庭筠(おんていいん)の作品を訳註解説する。 
温庭筠 菩薩蛮 14首index(2) まとめ-2
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温庭筠 菩薩蛮 14首index(2)
森鴎外『魚玄機』より温庭筠について


温庭筠は大中元年に、三十歳で太原から出て、始て進士の試に応じた。自己の詩文は燭一寸を燃さぬうちに成ったので、隣席のものが呻吟するのを見て、これに手を仮して遣った。その後挙場に入る毎に七八人のために詩文を作る。その中には及第するものがある。ただ温庭筠のみはいつまでも及第しない。
これに反して場外の名は京師に騒いで、大中四年に宰相になった令狐綯も、温庭筠を引見して度々筵席に列せしめた。ある日席上で綯が一の故事を問うた。それは荘子に出ている事であった。温庭筠が直ちに答えたのは好いが、その詞は頗る不謹慎であった。「それは南華に出ております。余り僻書ではございません。相公も爕理の暇には、時々読書をもなさるが宜しゅうございましょう」と云ったのである。
また宣宗が菩薩蛮の詞を愛するので、令狐綯が塡詞して上った。実は温に代作させて口止をして置いたのである。然るに温庭筠は酔ってその事を人に漏した。その上かつて「中書堂内坐将軍をざせしむ」と云ったことがある。令狐綯が無学なのを譏ったのである。
温庭筠の名は遂に宣宗にも聞えた。それはある時宣宗が一句を得て対を挙人中に求めると、温庭筠は宣宗の「金歩揺」に対するに「玉条脱」を以てして、帝に激賞せられたのである。然るに宣宗は微行をする癖があって、温庭筠の名を識ってから間もなく、旗亭で温庭筠に邂逅した。温庭筠は帝の顔を識らぬので、暫く語を交えているうちに傲慢無礼の言をなした。
既にして挙場では、沈詢が知挙になってから、温庭筠を別席に居らせて、隣に空席を置くことになった。詩名はいよいよ高く、帝も宰相もその才を愛しながら、その人を鄙んだ。趙顓【ちょうせん】の妻になっている温庭筠の姉などは、弟のために要路に懇請したが、何の甲斐もなかった。

菩薩蠻0(8)











『菩薩蠻 八』

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。
明鏡照新妝,鬓輕雙臉長。
畫樓相望久,欄外垂絲柳。
音信不歸來,社前雙燕回。


鳳凰 相對して金縷を盤す,牡丹 一夜にして微雨に經る。
明鏡 新妝を照らし,鬓輕 雙びて臉 長し。
畫樓 相望久,欄外 絲柳を垂るる。
音信 歸えり來らず,社前 雙燕 回える。


今朝もさびしい朝化粧、鳳凰のむかいあい、金糸をぬいとりが尾のからみ渦巻く紋様がある。昨日一夜の春の小糠雨に、庭の牡丹の花が濡れ潤いうつくしい。(この女も少し前は若くてうつくしさは小雨に潤う牡丹の花であったのだ。)
部屋に日がさしこみ、鏡にうつすお化粧したてのすがたに日に照らされる、さびしさにおとろえたせいか、頬もうすくなり、そして鬢にかかる雲形の髪も薄くなり、二つの頬はやつれて精彩がなくなっている。
飾られた高楼にのぼって、今日もまた久しくあの人の帰りをまちわびる。欄干のかなたには、しだれ柳が芽をふき、風にふかれてゆれている。
音も沙汰もかえってこないで、今年もまた社日にさきだって交尾する仲むつまじそうな燕がでたりはいったりしている。


菩薩蠻0(9)












『菩薩蠻 九』

牡丹花謝莺聲歇,綠楊滿院中庭月。
相憶夢難成,背窗燈半明。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
人遠淚闌幹,燕飛春又殘。


牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。


晩春になり牡丹の花がちりはじめ、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなった。青柳のみどりはもはや中庭一面に繁り、月かげがさしている。
女の部屋のうちにあって、帰ってこない夫をせめて夢の中にでも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ高窓に背を向けて「知らない!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
その顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしいお化粧ではあるがひとりの閨は寂寞としたうれいにしずんでいる。
かこわれた部屋はひっそりとして人かげもなく、涙を流し続けて頬には、くっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。


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『菩薩蠻 十』

滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。


宮に滿つ月明り 梨花の白,故人 萬裏 關山の隔。
金雁 一雙飛,淚痕 繡衣に沾う。
小園 芳草の綠,家住 越溪の曲。
楊柳 色 依依なり,燕歸 君 歸らず。


後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はこないのはまるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、宮女の部屋にお渡りがなくなって随分経つながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。
又季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、わたしもむかし越の国の美人西施が住んでいた若耶渓の「詞曲」のように出会ったのです。
わたしはまだまだ楊柳色のようの若々しくそしてなまめかしい体なのです。そしてまた燕は愛の巢に帰ってきます。愛する君は若い宮女に行っていて私の所に帰ってくれないのです。


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『菩薩蠻 十一』 

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
雨後卻斜陽,杏花零落香。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。


南園は地に滿つ輕絮堆るを,愁 清明の雨一霎するを聞く。
雨後 卻て斜陽なり,杏花 零落して香る。
言無くて睡臉を勻し,枕上に屏山掩う。
時節 黃昏にならんと欲す,無聊 獨り門に倚る。


いつのまにかことしも春の盛りを過ぎて行く、南園には初夏の兆しが、地面いっぱいに雪のように柳絮の花がつもる。愁いの気持ちで、ふりしきりる清明の小雨の音をきいている。
雨がふりすぎたあとには、傾いた日差しが照りかえして、杏の花が一面に散り落ち、良いにおいをあたりにただよわせる。
日暮れになり、寝所に入ろうとして、一言も言わないで、寝覚めのための顔、頬にお化粧をつくろう。枕の上には屏風のように女の体がおおっている。
今年の春も過ぎてしまう。時も季節も、私も黄昏になる。ただひとりでわびしく門にもたれて、あの方が私の所にかえってくることを待ちわびるのである。


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『菩薩蠻』 十二 

雨晴夜台玲珑日,萬枝香袅紅絲拂。
閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
繡簾垂箓簌,眉黛遠山綠。
春水渡溪橋,憑欄魂欲消。


雨晴れ夜合 玲瓏の日,萬枝 香裊【こうじょう】 紅絲拂う。
閑夢は金堂を憶う,庭に滿つ萱草長し。
繡簾 箓簌【ろくそく】を垂し,眉黛【びたい】遠山の綠。
春水 溪橋を渡り,欄に憑【もた】れて魂消さんと欲す。


雨が晴れあがり、潤ったねむの花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごく。
寂しくしずかな夢だけしかなく、あの人と過ごした奇麗な座敷のことを憶いだすだけしかないのです。かなしいのは庭にいっぱい「忘れの花」が生えているのです。
刺繍をした簾には美しい総が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、この体を持て余したまま、季節は夏の装いになってくる。
そしてまた、谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思うこころをきしてしまいたいとおもうのです。



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『菩薩蠻』十三 
竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
兩蛾愁黛淺,故國吳宮遠。
春恨正關情,畫樓殘點聲。


竹風 輕動して 庭除の冷,珠簾 月上りて瓏影するも玲なり。
山枕は濃妝を隱し,綠檀には金の鳳凰あり。
兩蛾は愁いて黛淺し,故國 吳宮の遠。
春恨 正に關情し,畫樓 點聲を殘す。


初夏のさわやかな風が竹の林を抜けて庭先から、軽やかに簾を動かして房に付いている風鈴がすきとおったように美しく鳴りつめたく響く。玉のすだれに月がさしのぼってあかるくすみわたった影をおとす。
閨に横向きで寝枕する女は今宵も待ち侘びて宵の濃い化粧のままある。綠壇でつられた枕には金の鳳風の紋様が彫描されている。
二つの眉はさびしそうにまゆずみがうすれている。むかし呉宮に送られた西施は、はるかにへだたった故国をなつかしくおもった。(今、ひとり待ち侘びる女は西施と同じ思いなのだ。)。
廻り廻って春は男女の交わりが始まるものであるのに待ち侘びる春の恨みはほんとに愛情に関連するものだ。夜明けが近くなったのか、飾られた高楼のうえで時をつげる太鼓の音の名残のようにがとぎれとぎれにきこえてくる。


菩薩蠻0(14)











『菩薩蠻十四』 

水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
江上柳如煙,雁飛殘月天。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
雙鬂隔香紅,玉钗頭上風。


水精の簾の裏 頗黎【はり】の枕,香を暖め夢に惹れ鴛鴦【えんおう】の錦。
江上 柳如の煙,雁飛 月天に殘る。
藕絲【ぐうし】秋色淺く,人勝【じんしょう】參差【さんさ】の剪。
雙鬂【そうびん】香紅を隔ち,玉钗【ぎょくさ】頭上の風。


もう晩秋になろうというのに水晶のすだれの内側に、あの人ための玻璃の枕を用意している、あたたかくする香を焚いて、夢にしか現れない鴛鴦の錦のふすまに横になり、あの人のことを思う。
春になり大江のほとりには、煙と見まごうばかりに柳絮が飛ぶ、雁が有明けの月が残る空をわたってゆく。
おんなは、秋には藕絲のうすいた秋の色の衣服をきていて、人日には髪かざりの人勝をふそろいに飾ってまっていた。
左右の鬢にはうつくしい花のかんざしをへだて挿している。玉のかんざしは風に吹かれてゆらゆらゆれている。

温庭筠 菩薩蛮 十四首 index(1)

温庭筠詩集 菩薩蛮 十四首

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Ⅰ.李白と李白に影響を与えた詩集
古代中国の結婚感、女性感について述べる三国時代の三曹の一人、曹丕魏文帝の詩

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Ⅱ.中唐詩・晩唐詩
 唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ

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Ⅲ.杜甫詩1000詩集
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Ⅴ.晩唐五代詞詩・宋詞詩
 森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”彼女の詩の先生として登場する 晩唐期の詩人 温庭筠(おんていいん)の作品を訳註解説する。
温庭筠 菩薩蛮 14首index(1)
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html
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温庭筠 菩薩蛮 14首index(1)
森鴎外『魚玄機』より温庭筠について


温庭筠は大中元年に、三十歳で太原から出て、始て進士の試に応じた。自己の詩文は燭一寸を燃さぬうちに成ったので、隣席のものが呻吟するのを見て、これに手を仮して遣った。その後挙場に入る毎に七八人のために詩文を作る。その中には及第するものがある。ただ温庭筠のみはいつまでも及第しない。
これに反して場外の名は京師に騒いで、大中四年に宰相になった令狐綯も、温庭筠を引見して度々筵席に列せしめた。ある日席上で綯が一の故事を問うた。それは荘子に出ている事であった。温庭筠が直ちに答えたのは好いが、その詞は頗る不謹慎であった。「それは南華に出ております。余り僻書ではございません。相公も爕理の暇には、時々読書をもなさるが宜しゅうございましょう」と云ったのである。
また宣宗が菩薩蛮の詞を愛するので、令狐綯が塡詞して上った。実は温に代作させて口止をして置いたのである。然るに温庭筠は酔ってその事を人に漏した。その上かつて「中書堂内坐将軍をざせしむ」と云ったことがある。令狐綯が無学なのを譏ったのである。
温庭筠の名は遂に宣宗にも聞えた。それはある時宣宗が一句を得て対を挙人中に求めると、温庭筠は宣宗の「金歩揺」に対するに「玉条脱」を以てして、帝に激賞せられたのである。然るに宣宗は微行をする癖があって、温庭筠の名を識ってから間もなく、旗亭で温庭筠に邂逅した。温庭筠は帝の顔を識らぬので、暫く語を交えているうちに傲慢無礼の言をなした。
既にして挙場では、沈詢が知挙になってから、温庭筠を別席に居らせて、隣に空席を置くことになった。詩名はいよいよ高く、帝も宰相もその才を愛しながら、その人を鄙んだ。趙顓【ちょうせん】の妻になっている温庭筠の姉などは、弟のために要路に懇請したが、何の甲斐もなかった。

『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

菩薩蠻(1)
菩薩蛮 (一) 
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。
照花前後鏡。花面交相映。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。

菩薩蠻 (一)
小山 重疊して 金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)香顋の雪に。
懶げに起き 蛾眉を 畫く。妝を弄び 梳洗 遲し。
花を照らす 前後の 鏡。花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。
新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙 金の鷓鴣。

小山の屏風のような重なった髪型に金の簪がキラキラ輝いている。雲のような鬢は雪のように真っ白な頬の上にかかり渡っている。
ものうげに起きいでて眉をかき、お化粧をしながらも、髪をくしけずる手はゆっくりとしてすすまない。
花のようなすがたを、前とうしろからあわせ鏡で照らす。うつくしい顔がこもごも鏡にうつる。
新しく閨に張る薄いとばりがあり、刺繍のうすぎぬの襦袢がかけてある。一ツガイずつ向かい合わせになった金の鷓鴣の紋様がぬいとりされている。


『菩薩蠻 二』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-2-2-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1624
菩薩蠻(2)
 菩薩蠻 二
夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
當年還自惜,往事那堪憶。
花露月明殘,錦衾知曉寒。

夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。
處を深くする麝煙【じゃえん】長く,臥せし時 薄妝【はくしょう】を留む。
年に當るは還りて自ら惜みしを,往事 那んぞ憶うを堪んや。
花露 月の明り殘【あま】り,錦の衾【ふすま】 曉寒【ぎょうかん】を知る。

あの人が来るのをまちわびて、眠られぬままにすごしていると、あかるくさえわたった月が、ちょうど中空にかかっている。幾重にもたれるすだれのうちは、ひっそりとしずまりかえり人声もいっさいない。
おくふかい後宮部屋のなかには、麝香の香煙がながくしずかにただよっている。臥所に入るときには、うす化粧の香りがあとにひろがりのこる。
かつては若いころはすぎ去ってゆく時を惜しむように愛し合う月日をすごしたものなのだ。今ひと年取ってしまうと以前のように愛してくれない、どうしてこんなせつない思いにたえることができようか。



『菩薩蠻 三』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-3-3-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1628
菩薩蠻(3)
菩薩蠻 三
蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
相見牡丹時,暫來還別離。
翠钗金作股,钗上蝶雙舞。
心事竟誰知?月明花滿枝。


蕊黃【ずいおう】すれど當に山額に限り無く,宿妝【しゅくしょう】紗窗の隔を隱笑す。
相見 牡丹の時,暫來 還って別離す。
翠钗【すいさ】金作の股,钗上 雙にす蝶の舞。
心事 竟に誰か知る?月明 花 枝に滿つ。


ひたいにお化粧した蕊黄はこのうえもなくうつくしいものだ、うすぎぬの窓をへだてて、昨夜から待ち侘びて崩れかけた化粧の宮女が、諦めの隠し笑いをしている。
あのお方と互い見合ったのは、牡丹の花のさく春であったが、しばらくのあいだやってきてくれたが、帰ったら別れてしまったままなのだ。
宮女がさしているのは、金の柄のついた翡翠のかんざしである。皮肉にもカンザシのうえには一つがいの蝶がむつまじく舞っている。
宮女のさびしいこころのうちにあるのは、けっきょくだれにもわかりはしないのだ。月明りのなかに枝いっぱいに咲いている花だけがそれを知っているのだ。



『菩薩蠻 四』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-4-4-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1632
菩薩蠻(4)
『菩薩蠻 四』

翠翹金縷雙鸂鵣,水紋細起春池碧。
池上海棠梨,雨晴紅滿枝。
繡衫遮笑靥,煙草粘飛蝶。
青瑣對芳菲,玉關音信稀。


翠翹【すいぎょう】金縷【まと】う雙【つがい】の鸂鵣【けいせき】,水紋 細に起き春池の碧。
池上 海棠【かいどう】梨【り】,雨晴れて紅枝に滿つ。
繡衫にて笑靥【えくぼ】を遮い,煙草粘りて飛ぶ蝶。
青瑣【せいき】芳菲に對す,玉關 音信稀れなり。


みどりの羽に金糸をまとった美しいつがいのおしどりが、池のうえに睦まじく戯れている。水紋がこまかくたちおこる春の池は深くみどり水を湛えている。
池のほとりには海棠の花がさき、雨あがりに紅の花が枝いっぱいにさきみちて、春のこころをただよわせている。
刺繍をした衫の袖でわかれたままの愁いに沈んでえくぼをおおいかくす。ぼんやりとした春かすみのなか春草にふれたり離れたり蝶がたわむれ飛ぶのである。
青漆で塗った東の門のほとりにはかぐわしい春の草が花をさかせるころとなったが、とおい西域の国境のかなた玉門関へいった人からの便りもまれにしかやってこない。

菩薩蠻(5)
『菩薩蠻 五』現代語訳と訳註

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。
燈在月朧明,覺來聞曉鶯。
玉鈎褰翠幕,妝淺舊眉薄。
春夢正關情,鏡中蟬鬓輕。


杏花は露を含み香雪を團くす,綠楊 陌上には離別を多くする。
燈在りて月 明を朧【おぼろげ】にす,覺來りて曉の鶯を聞く。
玉鈎 翠幕を褰【かかげ】る,妝淺 舊眉の薄。
春夢 正に情を關わる,鏡中 蟬鬓【ぜんびょう】 輕くする。


中庭の杏の花は朝露を含んでまっしろな雪をまるくかためたようにうつくしい。すももの花がさくころには、青柳の大道のほとりに別離をする人が多いものだ。
閨で一人待つ部屋の燭燈は灯し続け、月はおぼろにかすんでいる。うとうとして目をさますと、暁にうぐいすの啼く声を聴くのである。
簾幕をひっかける玉製のかぎでみどりのとばりの幕をかかげた部屋があり、お化粧もくずれて浅くなっており、昨日の画き眉も薄く消えかかり、何もかも薄れて行っている。
春の夢はほんとうに別れの心情にかかわるものばかり、鏡の中にうつる蝉の羽のような鬢も、愁いのために薄くほつれてみえる。



『菩薩蠻 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-6-6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1640
菩薩蠻(6)
『菩薩蠻 六』

寶函钿雀金鸂鵣,沈香閣上吳山碧。
楊柳又如絲,驛橋春雨時。
畫樓音信斷,芳草江南岸。
鸞鏡與花枝,此情誰得知。


寶函【ほうかん】鈿雀【てんじゃく】金の鸂鵣【けいちょく】,沈香【ちんこう】の閣上 吳山の碧【みどり】。
楊柳 又 絲の如し,驛橋 春雨【はるさめ】の時なり。
畫樓から音信 斷つ,芳草 江南の岸のあり。
鸞鏡と花枝とあり,此の情は誰か知るを得る。


あの人をまちわびている女妓が、目をさまし、うつくしい匣枕、鈿雀のかんざしと、金のおしどりにかざられたかんざしがそばにおちている。起き出すのも物憂い女妓は、朝のお化粧をして沈香のただよう樓閣のうえにのぼって、呉山のみどりの彼方をながめやる。
健康と無事を祈って折った青柳は又芽をふいて、糸のようにほそい枝を風になびかせている。驛亭にしっとりと春雨がふって、あの日ここであの人と別れを告げた。あれからどれほど月日がたったのか。
美しい高楼あの人を待ち侘びているけれど音信はとぎれたままなのだ。かんばしい春の草が江南の岸にはまたさきだした。
このさびしいこころは、鸞鳥を背に彫んだ鏡と花が咲き誇る枝だけがいつもみている。この心情はだれが察っしてくれるのだろうか。



『菩薩蠻 七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-7-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644
菩薩蠻(7)
『菩薩蠻 七』

玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。
門外草萋萋,送君聞馬嘶。
畫羅金翡翠,香燭銷成淚。
花落子規啼,綠窗殘夢迷。


玉樓明月長へに相ひ憶ふ、柳絲裊娜【じょうや】春力無し。
門外草萋萋たり、君を送れば馬の嘶くを聞けり。
畫【いろうつくしき】羅【うすぎぬ】金の翡翠、香【かぐはしき】燭消【とけ】て涙を成す。
花落ちて子規啼けば、綠窗【ろくそう】に殘夢迷ふ。


春の装いにかがやく高楼にのぼり、あかるい月かげがさしこむ、もうずいぶんな歳月になる、私のもとにかえってこないあの人を恋しく思う。柳のいとの様な腰つき、もっと魅力的にしているが、一人過ごす春の日、片思いのままは気力も失せて來る。
門外にでて春の行楽に幔幕を春草がまた青々としげる中に有る。あの人を見送ったときには、乗ってゆく馬のいななくのを聞いたものだった。(いまも馬が嘶いてもあの人は来てくれない。)
うすものの衾に金と翡翠で描かれているのを見るばかり、今宵も更けゆくままに、蝋燭も溶けて流れ、涙もとめどがない。
若い花はちりさり、ほととぎすは逢いたい一心で啼いて血を吐くのだ、部屋のみどり絹の上窓から思いを送るがどこかあの人のもとへ夢はまようのだろう。





『菩薩蠻 五』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-5-5-#5 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1636
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