玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
******************************************

温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

教坊曲

臺新詠 巻三  目次  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9437

玉臺新詠 巻三  目次

 

 

2017119

の紀頌之”6”つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

757年 s-71擬古,十二首之六(巻二四(二)一三七七) -#2漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9433

LiveDoo

rBlog

未編年 s-69擬古,十二首之四(巻二四(二)一三七六) -#1漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9420

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-173 先生-巻15-08上襄陽於相公書 -# 1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9371

LiveDoo

rBlog

806年-集20- 韓昌黎集字解集會合聯句【案:韓愈、張籍、孟郊、張徹】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9310

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-146 峽隘(卷一九(四)一七二六)注(1160) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9265

LiveDoo

rBlog

767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年-集-20-3 【字解集】  ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(3) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9267

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (289)回目 歐陽烱 巻六 《鳳樓春鳳》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9443 (11/09)

  fc2

Blog

花間集 訳注解説 (238)回目毛文錫【字解集】a.虞美人二首 b.酒泉子 c.喜遷鶯 d.西溪子 e.中興樂 f.更漏子 g.接賢賓 h.贊浦子》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9037 (09/05)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

臺新詠 巻三  目次  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9437

LiveDoo

rBlog

玉集-019【字解集】  悼亡詩二首其三  Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9207

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

八、2.83 薛濤 《送扶煉師 》 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9452

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

李白詩のサイト

古詩源

花間集案内

漢詩・唐詩・宋詩研究

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

 

 

玉臺新詠 巻三  目次  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9437

 

 

 

 

 

玉臺新詠 巻三  目次

 

 


続きを読む

17 毛熙震《巻十09巻十酒泉子二首其一》『花間集』462全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7574

毛熙震  酒泉子二首其一

閑臥繡幃,慵想萬般情寵。錦檀偏,翹股重,翠雲欹。

暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

(これ以上ないほどの寵愛を受けていても、子が生まれないとやがて忘れられるものである)  鳳凰の刺繍のとばりの内に静かに横になっている、寵愛を受けているので、何をするにも物憂げになってしまう。寝牀の上には、錦の敷物が乱れてしまい、二人待度々重なり合う、翡翠の雁を付けた妃嬪と雲となりお方は寄り添っている。夕暮れになると寝牀のまわりに屏風を立てられ、屏風の絵の春の山の影となる。お香の煙は辺りに漂いその場所は他の所を隔てる様に漂う。品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

《花間集》411巻十09

酒泉子二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7574

(改訂版Ver.2.1

13魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 

 

 

花間集 教坊曲 《酒泉子》 二十二首

韋莊

巻三24酒泉子  月落星沉,樓上美人春睡。綠雲傾,金枕膩,畫屏深。子規啼破相思夢,曙色東方纔動。柳煙輕,花露重,思難任。

牛嶠

巻四22酒泉子  記得去年,煙暖杏園。花正發,雪飄香,江艸綠,柳絲長。鈿車纖手捲簾望,眉學春山樣。鳳釵低裊翠鬟,落梅粧。

張泌

巻四42酒泉子二首其一  春雨打,驚夢覺來天氣曉。畫堂深,紅焰小,背蘭缸。酒香噴鼻懶開缸,惆悵更無人共醉。舊巢中,新鷰子,語雙雙

張泌

巻四43酒泉子二首其二  紫陌青門,三十六宮春色。御溝輦路暗相通,杏園風。咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。插花走馬落殘紅,月明中。

毛文錫

巻五07酒泉子  綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。蕙風飄蕩入芳叢,惹殘紅。柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。海棠花下思朦朧,醉香風。

牛希濟

巻五43酒泉子  枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。月光斜、簾影動,舊鑪香。夢中盡相思事,纖手勻雙淚。去年書,今日意,斷離腸。

顧夐

巻七09酒泉子七首其一  楊柳舞風,輕惹春煙殘雨。杏花愁,鶯正語,畫樓東。錦屏寂寞思無窮,還是不知消息。鏡塵生,珠淚滴,損儀容。

顧夐

巻七10酒泉子七首其二  羅帶縷金,蘭麝煙凝魂斷。畫屏欹,雲鬢亂,恨難任。幾迴垂淚滴鴛衾,薄情何處去。登臨,花滿樹,信沉沉

顧夐

巻七11酒泉子七首其三  小檻日斜,風度綠人悄悄。翠幃閑掩舞雙鸞,舊香寒。別來情緒轉難判,韶顏看卻老。依稀粉上有啼痕,暗銷魂。

顧夐

巻七12酒泉子七首其四  黛薄紅深,約掠綠鬟雲膩。小鴛鴦,金翡翠,稱人心。錦鱗無處傳幽意,海鷰蘭堂春又去。隔年書,千點淚,恨難任。

顧夐

巻七13酒泉子七首其五  掩卻菱花,收拾翠鈿休上面。金蟲玉鷰鏁香奩,恨猒猒。雲鬟半墜懶重篸,淚侵山枕濕。恨燈背帳夢方酣,鴈飛南。

顧夐

巻七14酒泉子七首其六  水碧風清,入檻細香紅藕膩。謝娘斂翠恨無涯,小屏斜。堪憎蕩子不還家,謾留羅帶結。帳深枕膩炷沉煙,負當年。

顧夐

巻七15酒泉子七首其七  黛怨紅羞,掩映畫堂春欲暮。殘花微雨隔青樓,思悠悠。芳菲時節看將度,寂寞無人還獨語。畫羅襦,香粉,不勝愁。

孫光憲

巻八17酒泉子三首其一  空磧無邊,萬里陽關道路。馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。綺羅心,魂夢隔,上高樓。

孫光憲

巻八18酒泉子三首其二  曲檻小樓,正是鶯花二月。思無憀,愁欲,鬱離襟。展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

孫光憲

巻八19酒泉子三首其三  斂態前,裊裊雀釵頸。鷰成雙,鸞對影,耦新知。玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。翠連娟,紅縹渺,早粧時。

毛熙震

《巻十09巻十酒泉子二首其一》  閑臥繡幃,慵想萬般情寵。錦檀偏,翹股重,翠雲欹。暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

毛熙震

《巻十10酒泉子二首其二》  鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。日初昇,簾半掩,對殘粧。

李珣

《巻十38酒泉子四首其一》  寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。月朦朧,花暗澹,鏁春愁。尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

李珣

《巻十39酒泉子四首其二》  雨清花零,紅散香凋池兩岸。別情遙,春歌斷,掩銀屏。孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?曲中情,絃上語,不堪聽。

李珣

《巻十40酒泉子四首其三》  秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。那堪深夜枕前聽,酒初醒。牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。細和煙,冷和雨,透簾中。

李珣

《巻十41酒泉子四首其四》  秋月嬋娟,皎潔碧紗外。照花穿竹冷沉沉,印池心。凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。夜深斜傍枕前來,影徘徊。

 

酒泉子二首

 

酒泉子二首其一

(これ以上ないほどの寵愛を受けていても、子が生まれないとやがて忘れられるものである)

閑臥繡幃,慵想萬般情寵。

鳳凰の刺繍のとばりの内に静かに横になっている、寵愛を受けているので、何をするにも物憂げになってしまう。

錦檀偏,翹股重,翠雲欹。

寝牀の上には、錦の敷物が乱れてしまい、二人待度々重なり合う、翡翠の雁を付けた妃嬪と雲となりお方は寄り添っている。

暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。

夕暮れになると寝牀のまわりに屏風を立てられ、屏風の絵の春の山の影となる。お香の煙は辺りに漂いその場所は他の所を隔てる様に漂う。

蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

 

酒泉子二首其の一

繡幃に閑かに臥せて,慵く想う 萬般 情寵を。

錦檀偏り,翹股重り,翠雲欹てる。

暮天 屏上 春山碧り,香を映す 煙霧隔つを。

蕙蘭の心,魂夢の役,蛾眉を斂す。

 

酒泉子二首其二

鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。

月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。

曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。

日初昇,簾半掩,對殘粧。

 

雲髻001
 

『酒泉子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

酒泉子二首其一

閑臥繡幃,慵想萬般情寵。

錦檀偏,翹股重,翠雲欹。

暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。

蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

 

(下し文)

酒泉子二首其の一

繡幃に閑かに臥せて,慵く想う 萬般 情寵を。

錦檀偏り,翹股重り,翠雲欹てる。

暮天 屏上 春山碧り,香を映す 煙霧隔つを。

蕙蘭の心,魂夢の役,蛾眉を斂す。

 

(現代語訳)

(これ以上ないほどの寵愛を受けていても、子が生まれないとやがて忘れられるものである)

鳳凰の刺繍のとばりの内に静かに横になっている、寵愛を受けているので、何をするにも物憂げになってしまう。

寝牀の上には、錦の敷物が乱れてしまい、二人待度々重なり合う、翡翠の雁を付けた妃嬪と雲となりお方は寄り添っている。

夕暮れになると寝牀のまわりに屏風を立てられ、屏風の絵の春の山の影となる。お香の煙は辺りに漂いその場所は他の所を隔てる様に漂う。

品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

 長安城図 作図00

 

(訳注)

酒泉子二首其一

(これ以上ないほどの寵愛を受けていても、子が生まれないとやがて忘れられるものである)

『花間集』には毛熙震の作が二首収められている。双調四十字、前段十九字五句二仄韻一平韻、後段二十一字五句三仄韻一平韻で、④③/⑦533③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は④③/⑦733③の詞形をとる。

閑臥繡  慵想萬般情
錦檀偏 翹股  翠雲
暮天屏上春山  映香煙霧
蕙蘭心 魂夢  斂蛾

○●●○  ○●●○○●

●○△ △●▲  ●○○

●○△●○○●  ●○○△●

●○○ ○△●  ●△○

 

閑臥繡幃,慵想萬般情寵。

鳳凰の刺繍のとばりの内に静かに横になっている、寵愛を受けているので、何をするにも物憂げになってしまう。

幃 1帷。2(古代の身に帯びる)香袋。

萬般 そのことに関するさまざまな方面。百般。

情寵 1 いつくしむ。いつくしみ。「恩寵・天寵」2 気に入ってかわいがる。お気に入り。寵愛

 

錦檀偏,翹股重,翠雲欹。

寝牀の上には、錦の敷物が乱れてしまい、二人待度々重なり合う、翡翠の雁を付けた妃嬪と雲となりお方は寄り添っている。

翹股 性的局部。

翠雲 翡翠は翡は男性を意味し、翠は女性を意味す。雲は男性を意味する語。

欹 そばだてる。

 

暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。

夕暮れになると寝牀のまわりに屏風を立てられ、屏風の絵の春の山の影となる。お香の煙は辺りに漂いその場所は他の所を隔てる様に漂う。

春山碧 ここでの春山は寝牀のシルエットをいう。

 

蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

蕙蘭心 品性高潔な女性。

蕙蘭 蘭科植物は(西)洋蘭と東洋蘭(恵蘭、金稜辺、春蘭、寒蘭、長生蘭、富貴蘭など)、その他野生蘭などに大別できる。 古来中国では一茎一花を蘭花、一茎多花を恵花と区別して、花の観賞を対象としてきた。

17 毛熙震《巻十08後庭花三首其三》『花間集』461全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7569

毛熙震  後庭花三首       其三

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつも聞いていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

《花間集》411巻十08

後庭花三首其三

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7569

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 

 
  2016年4月3日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-14李太白集184巻五17沐浴子  429Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-15【56首】Ⅰ李白詩1803 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7555  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈144-#3《 巻02-19喜侯喜至贈張籍、張徹》  #3 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(19)<1718> Ⅱ #3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7566  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 25 杜少陵集-巻18-57 《暮春題瀼西新賃草屋,五首之一》25 杜甫詩index-15-1184 <1634> 18-57 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7567  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻十08後庭花三首其三》『花間集』461全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7569  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲 《後庭花》 五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

後庭花三首 其二

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

             

後庭花三首 其三

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつも聞いていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。

爭不教人長相見,畫堂深院。

あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

(後庭花三首其の三)

越羅の小袖 新らたに香蒨せり,金釧を薄籠す。

欄に倚れど語ること無く輕く扇を搖し,半ば勻面を遮る。

春殘り 日暖く鶯嬌 懶き,花片 庭に滿つ。

爭せしめず 人長らく相い見するを,畫堂 院を深くす。

 

木蓮0005
杏の花01

『後庭花三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首           其三

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

(下し文)

(後庭花三首其の三)

越羅の小袖 新らたに香蒨せり,金釧を薄籠す。

欄に倚れど語ること無く輕く扇を搖し,半ば勻面を遮る。

春殘り 日暖く鶯嬌 懶き,花片 庭に滿つ。

爭せしめず 人長らく相い見するを,畫堂 院を深くす。

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。

春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつも聞いていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。

あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

紅梅202
 

(訳注)

後庭花三首     其三

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

後宮の妃嬪はえらばれることが第一で、その後の人生は、その当初寵愛を受けた時に懐妊するかしないかで、人生は劇的に変わる。

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場であるが、妃嬪は常に新しく選ばれるもので、天子の在位が長ければ、すまじい数の妃嬪が後宮に存在することになる。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

 

越羅小袖新香  薄籠金
倚欄無語搖輕  半遮勻
春殘日暖鶯嬌懶  滿庭花
爭不教人長相  畫堂深

●○●●○○●  ●△○●

△○○●○△△  ●○○●

○○●●○△●  ●○○●

○△△○△△●  ●○△△

 

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

越羅小袖新香蒨 越産のうす絹の小袖が新しくて茜色で鮮やかなさまである。

越羅 浙江省湘江地方の羅の小袖。

 茜草。草の盛んに繁るさま。あざやかなさま。

薄籠金釧 うっすらと小袖の中にらせん状の金の腕飾りが透けて見える艶めかしさ、はなやかさをいう。

薄籠 うっすらと小袖の中に腕飾りが透けて見える艶めかしさ、はなやかさをいう。をいう。

金釧 金釧という装身品。らせん状に巻いた腕飾り(ブレスレット)

 

倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。

 欄干(らんかん)。てすり。

勻面 化粧で整えた顔。

 

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつもきいていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。

鶯嬌懶 鶯の美しく鳴くけれど、何処か物憂げに聞こえてくる。早春から盛春を過ぎようとしている時間の経過を教える。

 

爭不教人長相見,畫堂深院。

あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

爭不教 何不使と同じ。どうして~してくれないのか。

17 毛熙震《巻十07後庭花三首其二》『花間集』460全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7564

毛熙震  後庭花三首       其二

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)  軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

《花間集》411巻十07

後庭花三首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7564

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 
  2016年3月30日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-14李太白集161巻四36東武吟  -4 428-#4Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-14【56首】Ⅰ李白詩1804 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7560  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈144-#2《 巻02-19喜侯喜至贈張籍、張徹》  #2 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(18)<1717> Ⅱ #2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7561  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 24 杜少陵集-巻18-56 《卜居》24 杜甫詩index-15-1183 <1633> 18-56 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7562  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻十07後庭花三首其二》『花間集』460全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7564  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲 《後庭花》 五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

後庭花三首 其二

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

             

後庭花三首           其三

              越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

              倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

              春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

              爭不教人長相見,畫堂深院。

 

興慶宮002
興慶宮の位置関係00
 

『後庭花三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首           其二

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

 

(下し文)

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

 

(現代語訳)

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

 

 花蕊夫人006

(訳注)

後庭花三首     其二

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

輕盈舞妓含芳  競粧新
步搖珠翠脩蛾  膩鬟雲
歌聲慢發開檀  繡衫斜
時將纖手勻紅  笑拈金

△○●△○○●  ●?○△

●○○●○△●  ●○○●

○○●●○○●  ●○○●

○△○●○○△  ●○○●

 

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

 

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

 

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

 

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

拈 ひねり出すこと。苦心して考え出すこと。 「妙案を拈出する」; やりくり算段して、無理に金銭をなどをつくり出すこと。 「費用を拈出する」. 「捻出」とも書く。 【拈る】ひねる. 物を指先などでねじる。 体の一部をねじり回す。

17 毛熙震《巻十06後庭花三首其一》『花間集』459全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7559

毛熙震  後庭花三首 其一

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

《花間集》411巻十06

後庭花三首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7559

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 
  2016年3月29日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-14李太白集161巻四36東武吟  -3 428-#3Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-16【56首】Ⅰ李白詩1803 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7555  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈144-#1《 巻02-19喜侯喜至贈張籍、張徹 (昔我在南時,)》  #1 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(17)<1716> Ⅱ #1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7556  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 23 杜少陵集-巻18-55 《赤甲》23 杜甫詩index-15-1182 <1632> 18-55 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7557  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻十06後庭花三首其一》『花間集』459全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7559  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲 《後庭花》 五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

  

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。
自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。
傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 大明宮の圖003

 

『後庭花三首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首 其一

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

 

(下し文)

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり。

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

長安城図 作図00
 

(訳注)

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

鶯啼鷰語芳菲節  瑞庭花
昔時懽宴歌聲  管絃清
自從陵谷追遊  畫梁塵
傷心一片如珪  閑鏁宮

○○●●○△●  ●○○●

●○△●○○●  ●△○●

●△○●○○●  ●○○●

△○●●△○●  ○?○●

 

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

 

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

懽 喜ぶ,楽しむ.2((方言)) 形容詞 勢いがよい,活発である,盛んである.

清越 形容詞 (多く4字句に用い;音声が)清らかでよくとおる,清らかに響く.用例其声清越=その声が清らかに響く.清越的歌声=清らかな歌声. 清越=清らかで抑揚がある.

 

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

  (1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間

 黒みがかった黄色.

 

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

珪月 圭の古代文字。玉のような月。

鏁とは?漢字辞典。 〔動詞「鏈る」の連用形から〕 金属製の輪をつないだひも状のもの。 「懐中時計の-」 -につながれた猛獣」 物と物とを結び付けているもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。

19-499《後庭花三首,其二》十巻 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-682-19-(499)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4957

 

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

 

楽戸とは、楽籍という膿民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃∵勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。

 

梨園、宜春院。玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

17 毛熙震《巻十05木蘭花》『花間集』458全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7554

毛熙震  木蘭花

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

《花間集》45405

木  蘭  花

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7554

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月28日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-15李太白集161巻四36東武吟  -2 428-#2Ⅰ李白詩1802 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7550  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈143-#10《 巻02-19薦士 -#10》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(15)-#10<1715> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7551  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 22 杜少陵集-巻18-54 《入宅,三首之三【案:大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。】》22 杜甫詩index-15-1179 <1629>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7542  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog
17 毛熙震《巻十05木蘭花》『花間集』458全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7554
 
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

木蘭花

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

 

(木蘭花)

朱扉を掩い,翠箔を鈎し,鶯聲院に滿ちるも 春 寂寞たり。

粉淚を勻し,檀郎を恨めども,一び去って 花歸らず又た落つ。

斜暉に對し,小閣に臨む,前事 豈に重ねて想着するに堪えん。

金帶 冷たく,畫屏 幽なり,寶帳 慵薰し 蘭麝 薄たり。

 

 

『木蘭花』 現代語訳と訳註

(本文)

木蘭花

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

 

(下し文)

(木蘭花)

朱扉を掩い,翠箔を鈎し,鶯聲院に滿ちるも 春 寂寞たり。

粉淚を勻し,檀郎を恨めども,一び去って 花歸らず又た落つ。

斜暉に對し,小閣に臨む,前事 豈に重ねて想着するに堪えん。

金帶 冷たく,畫屏 幽なり,寶帳 慵薰し 蘭麝 薄たり。

 

(現代語訳)

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

木蓮0005
 

 

(訳注)

木蘭花

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

1 妓女であるが、他の客をとらなくて囲われたものを「買斷」という。官妓を題材にしたものが多く、官妓の「買斷」はほとんどが、金のやり取りではなく、報償、許可により授けられることが多かったようだ。女儀のほとんどは妓婢であったからである。

花間集の「木蘭花」をりかいするためには、直接関係するわけではないが、木蘭従軍の故事を理解する必要がある。

花木蘭 老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリー。釈智匠の《古今楽録》に収める《木蘭詩()》がこの物語を記す最も古い文献だとされ,元来,南北朝期の北方の民間民謡に由来するとされる。木蘭従軍の故事は後代,詩歌の題材となるほか,現在の京劇など伝統戯曲においても《花木蘭》(花(か)が木蘭の姓)の題で演じられている。なおそこでは元帥の賀廷玉が木蘭をぜひとも自分のむすめの婿にと願ったことから,木蘭が女性であることが知れるという筋書となっている。

 

2構成 『花間集』には教坊曲『木蘭花』は三首、魏承斑の作が一首収められている。双調五十四字、前段二十六字六句三仄韻、後段二十八字四句四仄韻で、3❸❼33/3❸❼33の詞形をとる。

掩朱扉 鈎翠箔   滿院鶯聲春寂
勻粉淚 恨檀郎   一去不歸花又
對斜暉 臨小閣   前事豈堪重想着
金帶冷 畫屏幽   寶帳慵薰蘭麝

●○○ ?●●  ●△○○○●●

○●● ●○○  ●●△○○●●

●○○ △●●  ○●●○△●●

○●△ ●△○  ●●○△○●●

 

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

3 朱扉 妃嬪の後宮の宮殿の正門

4 鈎翠箔 鈎は簾や、とばりを釣り上げる金具。

5 滿院 その宮殿の庭に花が一杯咲き誇る。

6 鶯聲 鶯は春を告げて啼く。

7 春寂寞 春は離れたものも帰って情事をするものであるのにここには寂しさだけがある。

 

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

8 勻粉淚 涙の流れ落ちる面積と化粧が残っている面積が等しい。

9 檀郎 夫や恋い慕う男を意味する。情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだが、劉郞<阮郎<檀郎と身分が高いことを意味している。

和凝『山花子二首 其二』

銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。

玉腕重金扼臂,澹梳粧。

幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。

佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

12 -7 山花子二首 其二  和學士凝二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-434-12-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3717

10 一去不歸花又落 帰ってこないこと、前句「檀郎」までの語句は、春になって訪れるものがなく、春が過ぎようとしている事実を受け入れたくないということを表現するもの。檀郎という表現でその事実を受け入れしかたのないこととあきらめる。後の語句は、辛さに堪えるということを表現するもの。

 

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

11 對斜暉 この句は秋が来たこと、女性の身にも歳が重ねられたことを意味する。

12 前事【ぜんじ】 以前にあった事柄。前事を忘れざるは後事の師なり《「史記」秦始皇本紀・賛から》以前のことを心に留めておくと、後にすることの役に立つ。

 

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

13 金帶冷 帯を解かれたことはもう随分前のことで、それ以来その帯が、かけられたままである。古代帯は愛する男に贈り、愛を受け入れる意味で男は受け取ったものである。ここでは、別れの際金の刺繍の入った帯を女に還した、「別れた」ことを意味するものである。

14 畫屏幽 屏風は、情事の際、寝牀のまわりに立てるもので、それが開かれず、閉じたままでしまわれていることをいう。

15 寶帳 宝飾に飾られたとばり

16 慵薰 お香を焚く気になれない様子。慵:無気力、物事をする気力がないこと

17 蘭麝薄 昔焚かれた蘭麝香が少し残っていてほのかに香るというほどの意味。蘭麝【らんじゃ】とは。蘭の花と麝香(じゃこう)の香り。また、よい香り。 
凌波曲舞002
 

17 毛熙震《巻十03小重山》 《花間集》456全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7544

毛熙震  小重山

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

《花間集》456巻十03

小 重 山

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7544

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月26日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-13李太白集139巻四09 來日大難 -3 427-#3Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-13#3【56首】Ⅰ李白詩1800 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7540  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈143-#8《 巻02-19薦士 -#8》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(15)-#8<1713> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7541  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年- 20 杜少陵集-巻18-52 《入宅,三首之一【案:大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。】》20 杜甫詩index-15-1177 <1627> 18-52漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7532  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻十03小重山》 《花間集》456全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7544  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲 《小重山》 六首

韋莊

巻三26小重山 一閉昭陽春又春,夜寒宮漏永,夢君恩。昏思陳事暗消魂,羅衣濕,紅袂有啼痕。歌吹隔重閽,遶庭芳艸綠,倚長門。萬般惆悵向誰論?顒情立,宮殿欲黃昏。

薛昭蘊

巻三38小重山二首其一 春到長門春草青,玉堦華露滴,月朧明。東風吹斷玉簫聲,宮漏促,簾外曉啼鶯。愁起夢難成,紅粧流宿淚,不勝情。手挼裙帶遶宮行,思君切,羅幌暗塵生。

薛昭蘊

巻三39小重山二首其二 秋到長門秋草黃,畫梁雙鷰去,出宮牆。玉簫無復理霓裳,金蟬墜,鸞鏡掩休粧。憶昔在昭陽,舞衣紅綬帶,繡鴛鴦。至今猶惹御爐香,魂夢斷,愁聽漏更長。

和凝

巻六14小重山二首其一  春入神京萬木芳,禁林鶯語滑,蝶飛狂。曉花擎露妬啼粧,紅日永,風和百花香。煙鏁柳絲長,御溝澄碧水,轉池塘。時時微雨洗風光,天衢遠,到處引笙篁。

和凝

巻六15小重山二首其二  正是神京爛熳時,羣仙初折得,郄詵枝。烏犀白紵最相宜,精神出,御陌袖鞭垂。柳色展愁眉,管絃分響亮,探花期。光陰占斷曲江池,新牓上,名姓徹丹墀。

毛熙震

《巻十03小重山》  梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

 

 

小重山

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

 

(小重山)

梁の鷰は畫閣の前に雙飛す,寂寥として多少恨み,懶して孤眠す。

曉來っても閑かな處 君を想えば憐れなり,紅羅の帳,金鴨 煙を冷沉す。

誰か信ず 嬋娟を損なわんか,屏に倚りて玉筋に啼く,香鈿を濕す。

四支 無力にして 鞦韆に上り,羣花 謝し,豔陽の天に對すも愁うだけなり。

 

白貯舞005
 

『小重山一首』 現代語訳と訳註

(本文)

小重山

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

 

(下し文)

(小重山)

梁の鷰は畫閣の前に雙飛す,寂寥として多少恨み,懶して孤眠す。

曉來っても閑かな處 君を想えば憐れなり,紅羅の帳,金鴨 煙を冷沉す。

誰か信ず 嬋娟を損なわんか,屏に倚りて玉筋に啼く,香鈿を濕す。

四支 無力にして 鞦韆に上り,羣花 謝し,豔陽の天に對すも愁うだけなり。

 

(現代語訳)

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

DCF00209
 

(訳注)

小重山

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

1構成 『花間集』には六首所収されているが、いそう毛熙震の作は一首収められている。双調五十八字、前段三十字六句四平韻、後段二十八字六句四平韻で、⑦5③⑦3⑤/⑤5③⑦3⑤の詞形をとる。

梁鷰雙飛畫閣  寂寥多少恨 懶孤

曉來閑處想君憐 紅羅帳  金鴨冷沉
誰信損嬋  倚屏啼玉筋 濕香

四支無力上鞦韆 羣花謝  愁對豔陽

○●○○●●○  ●△○●● ●○○

●△○●●○○ ○○●  ○●△○○

○△●○○  △△○●○ ●○△

●○○●●○○ ○○●  ○●●○○

 

2 毛秘書熙震二十九首

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後蜀に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。情致の美しい、欧陽烱、牛嶠と並ぶ優れた詩人である。

 

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

3 梁鷰 子作りのために梁上に巣を作った燕。春から初夏にかけてのこと。

 

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

 

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

4 嬋娟 /嬋妍・嬋姸  あでやかで美しいさま。せんげん。

 

 

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

5 鞦韆 ブランコ。高貴なものの娘が妃嬪に選ばれて後宮に入っても、必ず寵愛を受けるとは限らない、十二歳を過ぎ、十四五歳までに入るので、遊び道具は用意された。唐以降の後宮には、制度的に百人以上の妃嬪がいるのである。

蕩鞦韆(ぶらんこ蕩ぎ)

この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鍬極を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩に、「少年き児女は鍬確を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裾薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴環を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝欽 従って地に堕つ」(王建「鞭極詞」)。また別の詩に、「五糸もて縄を繋ぎ 塔を出ること遅く、力尽き綾かに隣りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱関に借りて久しく語無し」(韓健「鞭樗」)とある。これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

 

 

妃嬪について

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。

17 毛熙震《巻十02河滿子二首 其二》『花間集』455全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7539

毛熙震  河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

《花間集》455巻十02

南歌子二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7539

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 

 

花間集 教坊曲 《河滿子》 六首

毛文錫

《巻五33河滿子》紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。恨對百花時節,王孫綠草萋萋

和凝

《巻六21河滿子二首其一》  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

和凝

《巻六22河滿子二首其二》  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

孫光憲

《巻八31河滿子》 冠劍不隨君去,江河還共恩深。歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

毛熙震

《巻十01河滿子二首 其一》  寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。緬想舊歡多少事,轉添春思難平。曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。一片相思休不得,忍教長日愁生。誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情

毛熙震

《巻十02河滿子二首 其二》  無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

河滿子二首 其一

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

(河滿子二首 其の一)

寂寞として芳菲 暗く度り,華するは箭の如く堪驚す。

緬想す 舊歡 多少の事を,轉添す 春思平かなり難しを。

曲檻 絲垂る金柳を,小  銀箏を絃斷す。

深院 空しく聞く 鷰語,園に滿つ 閑かに落つ 花輕ろく。

一片 相思 休むを得ず,教るに忍ぶ 長日 愁生すを。

誰か見る 夕陽の孤夢を,覺え來って 無限 情を傷す。

 

河滿子二首 其二

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

(河滿子二首 其二)

語る無し 粧澹薄を殘し,羞を含む嚲袂 輕く盈る。

幾度か 香閨 曉に眠り,綺 疎日 微かに明るし。

雲母 帳中 惜み,水精の枕の上に初めて驚く。

笑靨 嫩疑【どんぎ】花坼し,愁眉 翠斂 山 橫たわる。

相望し 只だ教わる 悵みに恨むを添う,整鬟 時に見る 纖瓊を。

獨り倚る 朱扉 閑かに立ち,誰か知る 深情なるも 別れ有るを。

珠櫻001
 

 

『河滿子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

(下し文)

(河滿子二首 其二)

語る無し 粧澹薄を殘し,羞を含む嚲袂 輕く盈る。

幾度か 香閨 曉に眠り,綺 疎日 微かに明るし。

雲母 帳中 に惜み,水精の枕の上に初めて驚く。

笑靨 嫩疑【どんぎ】花坼し,愁眉 翠斂 山 橫たわる。

相望し 只だ教わる 悵みに恨むを添う,整鬟 時に見る 纖瓊を。

獨り倚る 朱扉 閑かに立ち,誰か知る 深情なるも 別れ有るを。

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。

今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。

雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。

笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。

ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。

あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

莊周夢蝶00
 

(訳注)

河滿子二首 其二

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

9 構成 唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。双調七十六字、十六句、同名の他の詩人の作、単調三十八字、三平韻の詞形を6⑥7⑥6⑦/6⑥7⑥6⑦くりかえす。

無語殘粧澹薄  含羞嚲袂輕
幾度香閨眠曉  疎日
雲母帳中  水精枕上初
笑靨嫩疑花坼  愁眉翠斂山
相望只教添悵恨  整鬟時見纖
獨倚朱扉閑立  誰知別有深

○●○?△●  ○○●●△○

△●○○○●  ●?△●○○

○△●△○●  ●△△●○○

●●●○○●  ○○●●○△

△△△△○●●  ●○○●○○

●△○○○●  ○○●●△○

 

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。、、

10 盈  みちる。いっぱいになる。たっぷりとあるさま。みたす。いっぱいにする。 「満」 「虧」「虚」; あまる。 「贏」. 【盈盈】えいえい. 水の満ちるさま。物の多量にあるさま。 「財宝が盈盈とある」; 女性の容姿のゆったりとして美しいさま。 【盈盈一水】えいえいいっすい. 水が満ちあふれる。

 

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。

 

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。

 

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。

11 笑靨 〔笑(え)窪(くぼ)の意〕 笑うと,頰にできる小さなくぼみ。 ほくろ。

12 嫩【わか】い. 生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。

13 坼  坼画数:8音読み:タク、 チャク訓読み:さける、 わかれる、 ひらく、 さけめ

 

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。

14 繊 1 ほそい。こまかい。「繊維・繊細・繊繊・繊毛」2 繊維。

15 瓊 1 たま。「瓊玉」2 玉のように美しい。「瓊筵(けいえん

 

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

17 毛熙震《巻十01河滿子二首 其一》『花間集』454全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7534

毛熙震  河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

一片相思休不得,忍教長日愁生。誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

 

《花間集》454巻十01

南歌子二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7534

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 

 

花間集 教坊曲 《河滿子》 六首

毛文錫

《巻五33河滿子》紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。恨對百花時節,王孫綠草萋萋

和凝

《巻六21河滿子二首其一》  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

和凝

《巻六22河滿子二首其二》  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

孫光憲

《巻八31河滿子》 冠劍不隨君去,江河還共恩深。歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

毛熙震

《巻十01河滿子二首 其一》  寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。緬想舊歡多少事,轉添春思難平。曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。一片相思休不得,忍教長日愁生。誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情

毛熙震

《巻十02河滿子二首 其二》  無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

河滿子二首 其一

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

(河滿子二首 其の一)

寂寞として芳菲 暗く度り,華するは箭の如く堪驚す。

緬想す 舊歡 多少の事を,轉添す 春思平かなり難しを。

曲檻 絲垂る金柳を,小  銀箏を絃斷す。

深院 空しく聞く 鷰語,園に滿つ 閑かに落つ 花輕ろく。

一片 相思 休むを得ず,教るに忍ぶ 長日 愁生すを。

誰か見る 夕陽の孤夢を,覺え來って 無限 情を傷す。

Flower1-001
 

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

 

『河滿子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

 

(下し文)

(河滿子二首 其の一)

寂寞として芳菲 暗く度り,華するは箭の如く堪驚す。

緬想す 舊歡 多少の事を,轉添す 春思平かなり難しを。

曲檻 絲垂る金柳を,小  銀箏を絃斷す。

深院 空しく聞く 鷰語,園に滿つ 閑かに落つ 花輕ろく。

一片 相思 休むを得ず,教るに忍ぶ 長日 愁生すを。

誰か見る 夕陽の孤夢を,覺え來って 無限 情を傷す。

 

(現代語訳)

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

 金燈花01

 

(訳注)

河滿子二首 其一

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

1 背景 水陸駅には官制の歓楽街があり、その周りに民間の娼屋があり歓楽街を作っていた。その官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。官妓の「身請け」、「買斷」は必ずしも金によるものではない場合もある、吏官からの申し出を許可するという場合もあり、女妓にとっては、それも名誉ではあるが、その権利を持った男が、女妓を尋ねなくなれば、女として憐れな、侘しい日を過ごすことになる。実際には、古代は、かなり自由恋愛の時代ではあったので、何処まで、侘しい生活であったかは想像して考えるしかない。明、清の時代以降は娼屋も、纏足などかなり厳しいものへと変わっていく。

2 構成 唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。双調七十六字、十六句、同名の他の詩人の作、単調三十八字、三平韻の詞形を6⑥7⑥6⑦/6⑥7⑥6⑦くりかえす。

寂寞芳菲暗度  華如箭
緬想舊歡多少事  轉添春思難
曲檻絲垂金柳  絃斷
深院空聞鷰語  滿園閑落花
一片相思休不得  忍教長日愁
誰見夕陽孤夢  覺來無限傷

●●○△●●  ●△△●○○

●●●○○●●  ●○○△△○

●●○○○●  ●○△●○○

△△△△●●  ●○○●○△

●●△△△△●  ●△△●○△

○●●○○△  ●△○●△○

 

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

3 寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。じゃくまく。

4 箭 1 武器・狩猟具の一。弓の弦(つる)につがえ、距離を隔てた目的物を射るもの。木または竹で作った棒状のもので、一方の端に羽をつけ、他方の端に鏃(やじり)をつける。2 木材や石など、かたいもの.

 

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

5 緬 1 はるかに遠い。「緬(めんばく)2 細く長い糸。

 

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

6 妓楼は船で来る客の為、欄干のもとに舟をつないだり、柳の木につなぐ、当然馬で繰る場合は柳のもとに馬を止める、そういった位置関係に高楼がある。

 

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

7 深院 身請けされるか、他の客を取らず決まった人だけの相手をする「買斷」のどちらも、決まった閨に住まいする。それの奥まったところの中庭ということ。

8 滿園 庭中に花が満開の状態である。春が通り過ぎて行くことを連想させる。

 

一片相思休不得,忍教長日愁生。

その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。

 

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

17 毛熙震《巻九49南歌子二首其二》『花間集』451全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7519

毛熙震  南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

《花間集》450巻九49

南歌子二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7519

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月23日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-12李太白集118巻三29 上之回  426-#2Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-12【56首】Ⅰ李白詩1795 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7515  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈143-#5《 巻02-19薦士 -#5》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(15)-#5<1708> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7516  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(17)杜少陵集 《月,三首之二》18-85 杜甫詩index-15-1174 <1624> 767年大暦2年56歲-(17) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7517  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九49南歌子二首其二》『花間集』451全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7519  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

 

花間集 教坊曲 《南歌子》 十三首

溫庭筠

巻一38南歌子七首其一手裡金鸚鵡,胸前繡鳳凰。眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。

溫庭筠

巻一39南歌子七首其二似帶如絲柳,團蘇握雪花。簾捲玉鈎斜,九衢塵欲暮,逐香車。

溫庭筠

巻一40南歌子七首其三窩墮低梳髻,連娟細掃眉。終日兩相思,為君憔悴盡,百花時。

溫庭筠

巻一41南歌子七首其四臉上金霞細,眉間翠鈿深。欹枕覆鴛衾,隔簾鶯百囀,感君心。

溫庭筠

巻一42南歌子七首其五撲蘂添黃子,呵花滿翠鬟。鴛枕映屏山,明月三五夜,對芳顏。

溫庭筠

巻一43南歌子七首其六轉眄如波眼,娉婷似柳腰,花裏暗相招。憶君腸欲斷,恨春宵。

溫庭筠

巻一44南歌子七首其七懶拂鴛鴦枕,休縫翡翠裙,羅帳罷鑪燻。近來心更切,為思君。

張泌

巻四48南歌子三首其一柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

張泌

巻四49南歌子三首其二岸柳拖煙綠,庭花照日紅。數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空

張泌

巻四50南歌子三首其三錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

毛熙震

《巻九48南歌子二首其一》  遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。深院堂人靜,理銀箏。鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。楊柳杏花時節,幾多情

毛熙震

《巻九49南歌子二首其二》  惹恨還添恨,牽腸即斷腸。凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,衣香。暗想為雲女,應憐傅粉郎。來輕出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂

張泌

《巻四48南歌子三首其一》柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

 

DCF00104
 

  

毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》 

南歌子二首其一

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

深院晚堂人靜,理銀箏。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

楊柳杏花時節,幾多情?

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

 

『南歌子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

 

 

(下し文)

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

(現代語訳)

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

木蓮0005
 

(訳注)

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

8 江南に高貴な子女として生まれ、美しく育てられ、妃嬪の地位に召されたものの全く接触がなく、この立場に置かれたままな生活は死ぬほどつらいものであった。その不運な人生を恨みぬいていた。ある日寵愛を受け始めると、今までのことがすべてなかったことのように思われ、すべてよそごとになって行ってが、しかし寵愛を失うのは早く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸したふるまいをするようになり、何時しか宮殿から姿を消したのである。

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。

 

9 『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調五十六字十句、前段二十八字三平韻、後段二十八字三平韻、5⑤❼6③/5⑤❼6③の詞形をとる。

惹恨還添恨  牽腸即斷
凝情不語一枝  獨映畫簾閑立 繡衣

 暗想為雲女 應憐傅粉

晚來輕步出閨房 髻慢釵橫無力  縱猖

●●○○●  △○●●○

△○△●●○○  ●●●○○● ●△○

●●○○● △○△●○

●△△●●○○ ●●○△○●  △○△

 

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

 

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

 

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

10 傅粉郎 何晏は色白の美男子で、余りの白さに魏明帝は白粉を付けているのかと疑われたが、夏の最中に熱湯の餅を食べさせた。食後大汗をかいたので朱衣で顔をふいたところ、色白の顔はいよいよ白く輝いた。『世説新語』(巻下・容止第一四・2)である。この故事はよく知られ、顔には常に白粉を粉飾し(本当に真っ白な肌だったとも)、手鏡を携帯し、自分の顔を見る度にそれに「うっとり」としていたという。歩く際にも、己の影の形を気にしつつ歩んだと伝えられている。また、夏侯玄や司馬師と親しくし、優れた評価を与える一方で、自分自身のことは神に等しい存在だと準えていたという(『魏氏春秋』)

 

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

11 猖狂 荒々しく常軌を逸した振る舞いをすること。

17 毛熙震《巻九47清平樂》 春》『花間集』449全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7509

毛熙震  清平樂

春光欲暮,寂寞閑庭粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

《花間集》449巻九47

清 平 樂

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7509

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月19日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-11-#2李太白集96巻三7 山人勸酒  425-#2Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-11-#2 Ⅰ李白詩1793 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7505  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈143-#3《 巻02-19薦士 -#3》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(15)-#3<1706> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7506  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(15)杜少陵集 《18-51懷灞上遊》杜甫詩index-15-1172 <1622> 767年大暦2年56歲-(15)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7507  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九47清平樂》 春》『花間集』449全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7509  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲《清平樂》九首

溫庭筠

巻二01清平樂二首其一上陽春晚,宮女愁蛾淺。新清平思同輦,爭那長安路遠。鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。競把黃金買賦,為妾將上明君。

溫庭筠

巻二02清平樂二首其二洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

韋莊

巻二46清平樂四首其一春愁南陌,故國音書隔。細雨霏霏棃花白,鷰拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上淚痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望銷魂。

韋莊

巻二47清平樂四首其二野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。夢覺半床斜月,小風觸鳴琴

韋莊

巻二48清平樂四首其三何處游女,蜀國多雲雨。雲解有情花解語,窣地繡羅金縷。粧成不整金鈿,含羞待月鞦韆。住在綠槐陰裡,門臨春水橋邊。

韋莊

巻二49清平樂四首其四鶯啼殘月,繡閣香燈滅。門外馬嘶郎欲別,正是落花時節。粧成不畫蛾眉,含愁獨倚金扉。雲路香塵莫掃,掃即郎去歸遲。

孫光憲

巻八20清平樂二首其一愁腸欲斷,正是青春半。連理分枝鸞失伴,又是一場離散。掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。憑使東風吹夢,與郎終日東西。

孫光憲

巻八21清平樂二首其二等閑無語,春恨如何去?終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸

毛熙震

《巻九47清平樂》  春光欲暮,寂寞閑庭。粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

 

清平樂

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

春光欲暮,寂寞閑庭

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

 

(清平樂)

 春光 暮んと欲し, 寂寞として庭戸 閑かなり 。

 粉蝶 雙雙として 檻を穿ちて舞い, 簾 卷く 晩天の疏雨。

 愁を含みて 獨り閨の幃に倚り, 玉鑪 煙 斷え 香 微かなり。

 正に是れ 銷魂の時節, 東風 樹に滿ち 花を飛ぶ。

botan00
 

 

『清平樂』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂

春光欲暮,寂寞閑庭

粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。

正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

 

(下し文)

(清平樂)

 春光 暮んと欲し, 寂寞として庭戸 閑かなり 。

 粉蝶 雙雙として 檻を穿ちて舞い, 簾 卷く 晩天の疏雨。

 愁を含みて 獨り閨の幃に倚り, 玉鑪 煙 斷え 香 微かなり。

 正に是れ 銷魂の時節, 東風 樹に滿ち 花を飛ぶ。

 

(現代語訳)

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

杏の花01
 

(訳注)

清平樂

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

1 後宮の妃嬪は、数十人から百人を超える場合もある、その上毎年、うら若い女が妃嬪に召される。女の盛りのわずかな時のみ寵愛され、それを過ぎれば、ただ待ち侘びる日を過ごすのだ。清平楽は、後宮の妃嬪を詠ったものである。

 

2 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

3 后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。

 

4 『花間集』には毛熙震の作が一首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。

春光欲  寂寞閑庭
粉蝶雙雙穿檻  簾捲晚天疎
含愁獨倚閨  玉鑪煙斷香
正是銷魂時節  東風滿樹花

○△●●  ●●○○●

●●○○△●●  ○△●○△●

○○●△○○  ●○○●○○

△●○○○●  ○△●●○○

花間集 白梅
 

5 清平樂について

楽府の一つ。李白の清平楽・調は、唐の玄宗が楊貴妃と沈香亭で牡丹をながめて楽しんだとき、李白が勅を受けて作ったものであった。楽府には、清調・平調・瑟調があったが、李白が、清調と平調を合わせて清平調三章を作ったのである。

清平調とは、欒律の名である。

通典に「『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:『平調、清調、瑟調,皆周房中曲之遺聲,漢世謂之三調。』則似漢代己有清商三調的稱呼了.」

(『清商三調』,而其初,則是僅有『清商』曲之稱.我們如今就來談漢朝起初的『清商』曲的古琴的訂弦法.而唐朝杜佑《通典》:平調、清調、瑟調は皆周の房中曲の遺聲、漢世、これを三調といい、すべて相和調という。則似漢代己有清商三調的稱呼了.」とある。

李白の巻四303132-《清平調詞,三首之一・二・三》詩は、沈香亭の牡丹の宴に際し、勅命に因って作ったので、清調平調の二つを合して曲に譜したから、清平調といったので、もとより詩題ではない。それから、李白が勅命に因って作ったのは、この詩と宮中行楽詞十首とであるが、これに就いては、後人の記述が錯雑して、傳聞異辭、頗る多く、紛粉として、歸著するところを知らぬようである。

 

春光欲暮,寂寞閑庭

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

6 春光:春の光景。春の季節。ここでは、季節のみならず、人生の春のこともぼんやりと感じさせる。 

7 欲暮:(季節が)終わろうとしている。季節が過ぎ去ってゆくことの描写であるとともに、人生においての時間の経過をも表している。時間が過ぎ去っていく。わたしの人生の春が終わろうとしている。

8 寂寞閒庭戸:寂しげで静かな屋敷では。 ・庭戸:庭や建物。屋敷。

 

粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

9 粉蝶 胡蝶。シロチョウ。モンシロチョウ。胡蝶の夢(こちょうのゆめ)は、中国の戦国時代の宋国(現在の河南省)に生まれた思想家で、道教の始祖の1人とされる人物の荘子(荘周)による説話である。荘子の考えが顕著に表れている説話として、またその代表作として一般的にもよく知られている。[荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。

毛熙震《定西番》

蒼翠濃陰滿院,鶯對語。

蝶交飛,戲薔薇。

斜日倚闌風好,餘香出繍衣。

未得玉郎消息,幾時歸。

と、蝶を春の情景の一つと同時に、花間を花を求めて飛び交うものとも描いている。

10 雙雙 二つそろって。蝶はオス、メス一対で、飛ぶのに、わたしは、独りである。ということをいう。

溫庭筠《菩薩蛮 (一)》 

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。

照花前後鏡。花面交相映。

新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。

(菩薩蠻 一)

小山 重疊して 金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)香顋の雪に。

懶げに起き 蛾眉を 畫く。妝を弄び 梳洗 遲し。

花を照らす 前後の 鏡。花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。

新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙 金の鷓鴣。

『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

11 穿 通る。くぐり抜ける。通す。白話では、上記の意味でよく使われる。 

12  欄干。手すり。 

13 舞 蝶がひらひらと舞い飛ぶ。

14 簾卷 (窓の)カーテンを捲いて開けて(、外の様子を見る)。外の情景を確かめること。前出馮延己の「采桑子」「玉堂香煖珠簾卷,雙燕來歸。」に同じ。なお、後出の「幃」もカーテンであるが、「簾」は、屋内外の間にあって、内外を隔てるものであって、それに対して「幃」は、屋内に設けるとばりのこと。 

15 晩天 夕方の夕暮れの空。 

16 疏雨 まばらに降る雨。ぱらぱらと降る雨。

 

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

17 倚 寄る。 

18 閨 女性の部屋、女性の住む建物の部屋。 

19 幃 とばり。

20 玉鑪 宝玉でできた立派な香炉。「鑪」は「爐」に通じる。 

21 煙斷香微 香木が燃え尽きてしまって、香りもかすかになった。

22 銷魂時節 たましいも身に付かない時節。麗しい春が終わって、季節が移ろう時期。

 

正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

23 正是 ちょうど。 

24 東風 春風。

17 毛熙震《巻九46女冠子二首其二》『花間集』448全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7504

毛熙震  女冠子二首其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)  お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

《花間集》445巻九46

女冠子二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7504

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月18日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-11-#1李太白集96巻三7 山人勸酒  425Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-11-#1【56首】Ⅰ李白詩1792 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7500  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈143-#2《 巻02-19薦士 -#2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(15)-#2<1705> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7501  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(14)杜少陵集 《卷一五59 晴二首其二》15-59 杜甫詩index-15-1171 <1621> 767年大暦2年56歲-(14)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7502  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九46女冠子二首其二》『花間集』448全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7504  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

應共吹簫侶,暗相尋。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

(女冠子二首其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。

香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。

翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。

應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。

 

女冠子二首其二

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

悶來深院裏,閑步落花傍。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

纖手輕輕整,玉鑪香。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を澹拂す。。

悶し來って院裏に深し,閑かに步む 落花の傍。

纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。

 

『女冠子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

(下し文)

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を澹拂す。。

悶し來って院裏に深し,閑かに步む 落花の傍。

纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。

 

(現代語訳)

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

紅梅003
紅梅002
紅梅002
 

(訳注)

女冠子二首其二

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

1 唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には毛熙震の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

脩蛾慢,不語檀心一,小山

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂

悶來深院裏,閑步落花

纖手輕輕整,玉鑪

○△●△  △●○○●● ●○○

○●○○● ○△△●○

●△△△● ○●●○△

○●△△● ●○○

 

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

2 脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

3 慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

《後庭花二首其二》孫光憲(24) 「脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。」(脩蛾し 慢臉して 雕輦に陪すれば,後庭 新らたに宴す。)宮女たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれるのだ。 14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282

4 檀心 檀郎の心根、思い。「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。「佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。」(佯弄【ようろう】 紅絲【こうし】 蠅の拂子【ほっす】,檀郎を打つ。)あの別れた日の約束は私をもてあそぶもので素振りだけ、紅い糸で結ばれているといった、その赤い糸で蠅を打ち拂う「払子」を作って、あの恋しい「檀郎」を打ちたたいてやりたいものです。

・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

5 小山粧 寝牀の化粧。小山は女性が情交の準備をして横になって待つこと。

 

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

6  みどり色、暗い、緑色のもの、刈安、二番目、二回、双方、という意味がある。

澹拂黃 女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。孫光憲《酒泉子三首其三》「玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。」(玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。)繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。

 

悶來深院裏,閑步落花傍。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

7  1 もだえ苦しむ。「悶死・悶絶・悶悶/苦悶・煩悶」2 もつれる。「悶着」

 

纖手輕輕整,玉鑪香。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

17 毛熙震《巻九45女冠子二首其一》『花間集』447全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7499

毛熙震  女冠子二首其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)  みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

《花間集》445巻九43

女冠子二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7489

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
  2016年3月17日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-10李太白集74巻二15 行路難三首 其三 #2 424-#2Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-10【56首】Ⅰ李白詩1791 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7495  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈144《 巻02-18薦士》(周詩三百篇,) 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(16)<1704> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7496  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(13)杜少陵集 《卷一五58 晴二首其一》15-58 杜甫詩index-15-1170 <1620> 767年大暦2年56歲-(13) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7497   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九45女冠子二首其一》『花間集』447全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7499  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

應共吹簫侶,暗相尋。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

(女冠子二首其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。

香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。

翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。

應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。

 

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

鶯00
曉鶯001

 

『女冠子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

應共吹簫侶,暗相尋。

 

(下し文)

(女冠子二首其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。

香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。

翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。

應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。

 

(現代語訳)

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

DCF00118
 

 

(訳注)

女冠子二首其一

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

1 唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には毛熙震の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5/55③の詞形をとる。

碧桃紅 遲日媚籠光影 彩霞

香暖薰鶯語 風清引鶴

翠鬟冠玉 霓袖捧瑤

應共吹簫侶 暗相

●○○●  ○●●△△● ●○△

○●△○● △○●●○

●○△●● △●●○○

△△△○● ●△○

 

2 女冠

宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

 

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

  病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

  圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

④ 家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

    妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

⑥ 貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

 

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

3 遲日 四季、春。日が長くなったということで春を示す。ここでは晩春から初夏と考える。

杜甫《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》

遲日深春水,輕舟送別筵。

愁緒外,春色淚痕邊。

見酒須相憶,將詩莫浪傳。

若逢岑與范,為報各衰年。 

677 《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》 蜀中転々 杜甫 <583  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3225 杜甫詩1000-583-839/1500

4 彩霞 朝焼け,夕焼け.

 

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

5 鶯語 鶯(うぐいす)の鳴き声。鶯が囀る。

6 鶯語・引鶴音 鶯の囀り、鶴が番で引き合うのも、仲の良く、睦まじく過すことを意味する。鶴音:仙人の音楽。

 

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

7 翠鬟 輪型に巻いた、美人のつやつやしいまげ。

8 玉葉 ①青い玉のように美しい葉。②天子の一族。王孫公子。③他人の手紙の敬称。

9 捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。

10 霓袖 ①天人や仙女などの着る衣。霓裳。霓衣:仙人の衣。楚辞九歌東君「青雲衣兮白霓袖」②唐の玄宗が、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽にならって作ったと伝えられる楽曲。「霓裳曲。」

 

應共吹簫侶,暗相尋。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

11 吹簫侶 蕭史の故事。中国・春秋時代の仙人です。秦の国に住む、笙の名手でした。ある時、秦王である穆公の眼に留まり、娘の弄玉を嫁に貰いました。蕭史が弄玉に笙を教え、いつしか笙の音を聞き鳳凰が来るようになりました。その後、蕭史と弄玉の夫婦は鳳凰に乗り、飛び去って行きました。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。」

17 毛熙震《巻九43更漏子二首其一》『花間集』445全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7489

更漏子二首其一

秋色清,河影澹,深燭寒光暗。綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。

更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)

初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)

《花間集》445巻九43

更漏子二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7489

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 
  2016年3月15日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-9李太白集65巻02-06楽府烏棲曲  423Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-9【56首】Ⅰ李白詩1789 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7485  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#7《 巻02-16送文暢師北遊 (昔在四門館,)-#7》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(14)8分割-#7<1702> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7486  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(12)-#1杜少陵集 《雨  (山雨不作埿,)》19-23 杜甫詩index-15-1168 <1618> 767年大暦2年56歲-(12)-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7487  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九43更漏子二首其一》『花間集』445全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7489  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲『更漏子』 十六首

溫庭筠

《巻一15更漏子六首其一》 柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。驚塞鴈,起城烏,畫屏金鷓鴣。香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。

溫庭筠

《巻一16更漏子六首其二》 星斗稀,鐘鼓歇,簾外曉鶯殘月。蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。虛閣上,倚蘭望,還似去年惆悵。春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。

溫庭筠

《巻一17更漏子六首其三》 金雀釵,紅粉面,花裡暫如相見。知我意,感君憐,此情須問天。香作穗,成淚,還似兩人心意。山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。

溫庭筠

《巻一18更漏子六首其四》 相見稀,相憶久,眉淺淡烟如柳。垂翠幕,結同心,待郎燻繡衾。城上月,白如雪,蟬髩美人愁。宮樹暗,鵲橋橫,玉籤初報明。

溫庭筠

《巻一19更漏子六首其五》 背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。堤柳動,島煙昬,兩行征鴈分。西陵路,歸帆渡,正是芳菲欲度。銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。

溫庭筠

《巻一20更漏子六首其六》 玉鑪香,紅蠟淚,偏照畫堂秋思。眉黛薄,髩雲殘,夜長衾枕寒。梧桐樹,三更雨,不道離情正苦。一葉葉,一聲聲,空階滴到明。

韋莊

《巻三23更漏子 一首  》 鐘皷寒,樓閣暝,月照古桐金井。深院閉,小庭空,落花香露紅。煙柳重,春霧薄,燈背水高閣。閑倚,暗沾衣,待郎郎不歸。

牛嶠

《巻四11更漏子三首其一》 星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。挑錦字,記情事,惟願兩心相似。收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。

牛嶠

《巻四12更漏子三首其二》 春夜闌,更漏促,金燼暗挑殘燭。驚夢斷,錦屏深,兩明月心。閨艸碧,望歸客,還是不知消息。辜負我,悔憐君,告天天不聞。

牛嶠

《巻四13更漏子三首其三》 南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。招手別,寸腸結,還是去年時節。書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

毛文錫

《巻五12 更漏子 一首》  春夜闌,春恨切,花外子規啼月。人不見,夢難憑,紅紗一點燈。偏怨別,是芳節,庭中丁香千結。宵霧散,曉霞輝,梁間雙鷰飛。

顧夐

《巻七37 更漏子  一首》 舊歡,新悵望,擁鼻含嚬樓上。濃柳翠,晚霞微,江鷗接翼飛。簾半捲,屏斜掩,遠岫參差迷眼。歌滿耳,酒盈罇,前非不要論。

孫光憲

《巻八22更漏子二首其一》 聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

孫光憲

《巻八23更漏子二首其二》 今夜期,來日別,相對秖堪愁。隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

毛熙震

《巻九43更漏子二首其一》  秋色清,河影澹,深燭寒光暗。綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

毛熙震

《巻九44更漏子二首其二》  煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。長憶得,與郎期,竊香私語時。

 

 

毛熙震 更漏子二首

 

更漏子二首其一

(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)

秋色清,河影澹,深燭寒光暗。

初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。

綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。

春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。

更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。

この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。

新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)

(更漏子二首其の一)

秋色は清なり,河影は澹なり,深の燭は寒く 光は暗なり。

綃幌は碧く,錦衾は紅に,博山香炷は融なり。

更漏に咽び,蛩鳴 切なり,院に霜華滿つるは雪の如し。

新月 上り,薄雲 收まり,簾に映える 玉鉤 懸かるを。

 

更漏子二首其二

煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。

羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。

人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。

長憶得,與郎期,竊香私語時。

 

 

『更漏子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

更漏子二首其一

秋色清,河影澹,深燭寒光暗。

綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。

更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。

新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

 

(下し文)

(更漏子二首其の一)

秋色は清なり,河影は澹なり,深燭は寒く 光は暗なり。

綃幌は碧く,錦衾は紅に,博山香炷は融なり。

更漏に咽び,蛩鳴 切なり,院に霜華滿つるは雪の如し。

新月 上り,薄雲 收まり,簾に映える 玉鉤 懸かるを。

 

(現代語訳)

(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)

初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。

春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。

この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。

それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)

花鈿02
 

(訳注)

更漏子二首其一

(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)

1【解説】 一首全体が叙景であり、直接に愛艶、情を語る言葉は用いられてはいないが、暗く寒々とした灯火の光や、燃え尽きて灰となった香、泣き咽ぶような水時計の音、心に迫る蟋蟀の声などから、妃賓の宮殿の独り秋の夜を送る辛い心情が読み取れる。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。

 

2【構成】 『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二灰韻二平韻、後段二十三字六句三灰韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻❸③⑤ の詞形をとる。宮人の室には漏刻が置かれていた、そういった身分の女性を詠ったもの、何時までも眠りに着けず更漏の時を迎える女性を詠ったものである。

秋色清,河影,深燭寒光

綃幌碧,錦衾,博山香炷

更漏咽,蛩鳴,滿院霜華如

新月,薄雲,映簾懸玉

○●○  ○●△ △●●○△●

○●● ●○○  ●○○●○

△●△  ○○● ●△○△△●

○●● ●○△  ●○○●○

 

秋色清,河影澹,深燭寒光暗。

初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。

3 秋色 秋の様子、秋気。

4 河 天の川。今年もあのお方は来てくれなかったことを連想させる。天の川を鵲が橋を作ってあの方と合わせてくれるのはたった一日、今はそれもかなわない。天の川は所収はっきりと見え、秋が深まるにつれ、次第に薄れて行く。

5 深戸 奥深い閏。

 

綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。

春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。

6 綃幌 寝牀を囲う絹の幌。五行思想によって綃幌を季節の色に変える。この詩は秋で、白色であるはずが、春の緑のままになっていることで、次の「紅」は夏のものであることで、わびしさをいう。

7 博山香蛙融 博山香炉は、大変高価で、高貴な閨にしかない。その香が燃え尽きて灰となってくずれたこと。融は融解、灰の形が崩れてしまって形をなくすこと。

 

更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。

この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。

8 更漏 水時計、女官五品以上で執務室に設置された。ここでは水時計から滴る水の音を聞くことが出来るほどの地位であったこと。後宮以外では富貴の者以外は、漏刻は役人の鳴らす鐘の音を聞いて知った。

 

新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)

9 新月 新月、三日月は希望を持つ意味につかわれる。この新月の釣り針の形と簾を止める「玉鉤」の形によって、希望を失わないということの意味になる。

10 映簾懸玉鉤 玉製の鈎から垂れ下がった簾に(新月の影が)映る。玉鉤は簾を巻いて掛けるカギ。簾をかかげるのは希望を持つための意味となる。前聯の「霜華如雪」が簾をかかげることにつながる。

雲髻001
 

唐宋の結婚事情  【適齢期】

唐代の女性は一般に早婚であり、大半が十五歳前後で嫁に行った。早い人は十三、四歳であり、遅い人は十七、八歳であった。これくらいが正常な結婚年齢であった。「媒が無ければ選ぶを得ず、年は忽三六(十八歳)を過ぐ」(白居易「続古詩」)。女子は十八歳を過ぎれば婚期を逸したと思われていたようである。唐初より以来、人口増殖のために、国家は結婚適齢期に遅れないように結婚せよとずっと強調してきた。貞観年間には十五歳以上の女子に対して、開元年間には十三歳以上の女子に対して、婚期に遅れないように結婚すべしと命じた(『唐会要』巻三八「嫁要」)。こうしてみると、女性第8節 愛情,結婚及び貞操観の結婚年齢は大体これらの年齢のあたりを上下していた。

女子の結婚の大半は、父母の命令と媒酌人の仲立ちに依って行われたが、父母の命令は常々女子の結婚に悲劇をもたらした。

 

唐代の結婚は、また「門当戸対」とか、「当色為婚」とか言われる、家柄のつり合いを大変に重視した。良民と賎民は決して縁組みをしないばかりか、良民の中でも同じ階層の者同士が結婚するのが普通だった。唐代は士族と庶民の区別が前代のようには厳密でなく、また通婚圏もそれほど閉鎖的ではなかったが、士族・庶民ともに一族一門の名誉の観念は依然として強烈であった。

 

家柄以外では、婿の家の財産と本人の才能が重視された。唐代には文学が尊ばれ、また科挙制度も発達したので、文士は名声が高まるだけでなく、文才で出世することも比較的容易であった。こうして才能の中でも文才が重んじられたのである。高貴で財産もある家でも、婿を取る時には家柄や財産よりはむしろ文才を重んじる場合があった。

 

女が嫁に選ばれる資格の第一は容姿であり、第二が金と財産であった。原理的には、徳を重んじて色を重んじないということになってはいたが、しかし唐代の世風は礼法を尚はず、色気や艶っぽさを重んじたので、男は誰でも美貌を重視した。才子や名士などといわれる人物は、とりわけそうした傾向が強かった。たとえば、名士捏顛は前後四、五回も妻を替えたが、その度にただ美貌だけを問題にした。また、才子張又新は「ただ美しい妻を得さえすれば、それで一生満足である」とさえ言った(『唐才子伝』巻六)。もちろん、妾を入れる時は一層容貌が選択の基準になった。娘の家の財産もたいへん重視された。だからこそ、貧しい家の娘はもらい手がなく大きな社会問題となった。

17 毛熙震《巻九42臨江仙二首其二》『花間集』444全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7484

毛熙震  臨江仙二首其二

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)  独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。

寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。

《花間集》

443巻九42

臨江仙二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7484

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 

 

 
  2016年3月14日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-8李太白集055巻一55 古風,五十九首之五十五 422Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-8【56首】Ⅰ李白詩1788 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7480  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#6《 巻02-16送文暢師北遊》-#6〔8分割〕 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(14)<1701> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7481  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(11)杜少陵集 《暮春》18-49 杜甫詩index-15-1167 <1617> 767年大暦2年56歲-(11) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7482  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九42臨江仙二首其二》『花間集』444全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7484  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

臨江仙二首

臨江仙二首其一

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。

(臨江仙二首其の一)

南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。

潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。

態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。

纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。

 

臨江仙二首其二

(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。

独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)

好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。

寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。

澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。

 

(臨江仙二首其の二)

幽閨 曙けんと欲し 鶯の囀ずるを聞く,紅 月影 微かに明らかなり。

好風 頻りに謝らす 落花の聲,幃を隔て 燭を殘し,猶お綺屏の箏を照らす。

繡被 錦茵 玉 暖かに眠り,炷香 斜めに 裊煙 輕し。

澹蛾 羞じらい斂め 情に勝えず,暗くして閑夢を思い,何處にか雲を逐う行かん。

 

興慶宮の位置関係00
海棠花1050
 

『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其二

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。

好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。

澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の二)

幽閨 曙けんと欲し 鶯の囀ずるを聞く,紅 月影 微かに明らかなり。

好風 頻りに謝らす 落花の聲,幃を隔て 燭を殘し,猶お綺屏の箏を照らす。

繡被 錦茵 玉 暖かに眠り,炷香 斜めに 裊煙 輕し。

澹蛾 羞じらい斂め 情に勝えず,暗くして閑夢を思い,何處にか雲を逐う行かん。

 

(現代語訳)

(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)

独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)

余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。

寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。

もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。

 

 

(訳注)

臨江仙二首其二

(愛されることのなくなった女性は与えられた宮殿・蘭房で思い出に生きるだけであることを詠う。)

12 この時代の女性は、それぞれ異なった階層に属し、およそ次の十種に分けることができる。①后妃、②宮人、③公主(附郡主・県主)、④貴族・宦門婦人、⑤平民労働婦人、⑥商家の婦人、⑦妓優、⑧姫妾・家妓、⑨奴碑、⑩女尼・女冠(女道士)・女巫 - 以上である。花間集に登場するのは、太字の女性であるがその中でも、特に①②⑦⑧⑩が多い。

②宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局(尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闈、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司醞、司薬、司饎、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

「三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕。」(三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん)《白居易「後宮詞」》。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、宦官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。この詩もそういった女性を違った視点で詠ったものである。

 

13 唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。毛熙震の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる

幽閨欲曙聞鶯囀  月影
好風頻謝落花  隔幃殘燭 猶照綺屏 

繡被錦茵眠玉暖 炷香斜裊煙

澹蛾羞斂不勝情 暗思閑夢  何處逐雲

○○●●△○●  ○?●●○○

●△○●●○○  ●○○● △●●△○

●●●○○●● ●○○?○△

△△○●△△○ ●△○△  △●●○△

 

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。

独りで寂しく眠れぬ夜を過ごす閏に夜明けがちかづくと、鶯の囀りが聞こえてくる、南側の紅塗りの窓に月影淡くみえる。(又、夜が明けようとし、春がまた来た。)

14 欲曙 夜が明けようとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

 

好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

余りに静かで、春の良き風にはらはらと散る花の音がきこえる。離れて足れる帳に残灯のかげがさびしく映る、それでもなおもいつでも寝牀の準備をして、屏風と琴に残灯に照らされている。

15 綺屏箏 美しい屏風の傍らに置かれた琴。

 

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。

寝牀にはお迎えの為、刺繍の掛け布団と錦を用意をして、玉のような美しき女体が暖かに横たわるだけ、香の煙はなよなよ立ち上る、侘しい夜を過ごす。

16  ここでは玉のように白く艶やかな肌をした美女を指す。

17 衰煙 燻る香。

 

澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

もう若い時のような眉ではなく淡き眉をかく、眉間にしわを寄せればそれも恥じらうことであり、思い続けることはつらい、誰にも言えずただ寂しく夢を見るだけ、もう靑の人の思いは、行方定めない雲のようで、いくらおもってもあの人のこころはどこかに行ってしまった。

18 澹蛾 淡い眉。

19 不勝情 思いに堪えかねる。

20 閑夢 ここでは男と会っていた夢を指す。

21 逐雲行 ここでは男と会っていた夢から覚めて、もう一度、夢を見ようとしても叶わぬことを言う。行雲は行方定めず空を流れ行く雲を指すと同時に、巫山の神女の故事による男女の出会いを暗示し、さすらいの旅を続ける男が旅先で女と情を交わしているのではないかという意を含ませている。巫山の神女の故事については、韋莊『望遠行』の「出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。」 (この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。)

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

白貯舞005
 

 

 

臨江仙二首其一 【字解】

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

1 李商隠《南 朝》 

玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。

誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。

敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。

満宮学土皆顔色、江令當年只費才。

(南 朝)

玄武湖中 玉漏催し、鶏鳴壊口 繍襦廻る。

誰か言う 瓊樹 朝朝に見わるるは、金蓮 歩歩に来たるに及はずと

敵国の軍営 木柹を漂わし、前朝の神廟 煙煤に鎖さる

満宮の学士 皆な顔色あり、江令 当年只だ才を費す

南 朝 (南斉の武帝と陳の後主)李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 46

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。毛熙震の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる

南齊天子寵嬋  六宮羅綺三
潘妃嬌豔獨芳  椒房蘭洞 雲雨降神

縱態迷歡心不足 風流可惜當  

纖腰婉約步金蓮 妖君傾國 猶自至今

○△○●●○○  ●○○●△○

○△△●●○○ ○○○△ ○●△○○

△●○○○△● △○●●△○

○○●●●○△ ○○○●  △●●○△

 

2 南斉 中国,南北朝時代の南朝の一(479502)。宋の蕭道成(しようどうせい)が順帝の禅譲を得て建国。都は建康(今の南京)。七代で蕭衍(しようえん)(梁の武帝)に国を奪われた

3 嬋娟 容姿のあでやかで美しいさま。

4 六宮 中国で、皇后と五人の夫人が住む六つの宮殿。皇后と五人の夫人。後宮。

綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。

5 三千 宮女三千人。

杜甫はかつて《20-99 観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。

767年-23幷序⑶ 杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 幷序⑶》 杜甫詩index-15-1145 <1595> 767年大暦2年56-23幷序⑶

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。100人くらいもいる妃賓に100人の宮女が使えていたとするから、後宮には一万人くらいがいたとされる。

7 潘妃 (生没年不明)東昏侯の妃。本名は兪尼子、のちに、潘玉児といった。もと王敬則の妓で、東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長する ことが大であった。かつて東昏侯は、金の蓮華を地に敷いて潘妃にその上を歩かせ、「歩歩蓮華を生ず」といった。梁の武帝の革命が起こると、東昏侯は殺され、潘妃は捕えられたが、部 将の妾となることを拒んで自殺した。

8 芳妍【ほうけん】美しく、優美な女たちがあつまれば芳しい香りでこと。

9 椒房 ①皇后の御所。②皇后・皇妃の別名。「椒」は山椒(さんしよう)、「房」は室の意。中国で皇后の御所の壁に邪気を払うためと、実の多いことにあやかり、皇子が多く生まれるようにと、山椒を塗り込めたり、庭に植えたりしたところからこの名があるという。

10 蘭洞 妃賓の宮殿。

11 金蓮 南斉の末期の帝、東昏侯蕭宝巻(483501)は黄金で蓮の花をこしらえて地面に敷き、その上を愛姫の潘妃に歩ませて、「此れ歩歩に蓮華を生ずるなり」といった(『南史』斉本紀)にある。

〔「南史斉本紀」より。中国南朝の東昏侯(とうこんこう)が潘妃(ばんき)に金製の蓮華の上を歩かせた故事による〕美人のあでやかな歩み。蓮歩。

17 毛熙震《巻九41臨江仙二首其一》『花間集』443全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7479

毛熙震  臨江仙二首其一

南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている

《花間集》

443巻九41

臨江仙二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7479

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。

潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。

纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。

(臨江仙二首其の一)

南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。

潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。

態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。

纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。

 

臨江仙二首其二

幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。

好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。

繡被錦茵眠玉暖,炷香斜裊煙輕。

澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行。

 

興慶宮沈香亭
 

『臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其一

南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。

潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。

纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の一)

南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。

潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。

態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。

纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。

 

(現代語訳)

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。

花間集 白梅
 

(訳注)

臨江仙二首其一

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

1 李商隠《南 朝》 

玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。

誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。

敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。

満宮学土皆顔色、江令當年只費才。

(南 朝)

玄武湖中 玉漏催し、鶏鳴壊口 繍襦廻る。

誰か言う 瓊樹 朝朝に見わるるは、金蓮 歩歩に来たるに及はずと

敵国の軍営 木柹を漂わし、前朝の神廟 煙煤に鎖さる

満宮の学士 皆な顔色あり、江令 当年只だ才を費す

南 朝 (南斉の武帝と陳の後主)李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 46

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。毛熙震の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる

南齊天子寵嬋  六宮羅綺三
潘妃嬌豔獨芳  椒房蘭洞 雲雨降神

縱態迷歡心不足 風流可惜當  

纖腰婉約步金蓮 妖君傾國 猶自至今

○△○●●○○  ●○○●△○

○△△●●○○ ○○○△ ○●△○○

△●○○○△● △○●●△○

○○●●●○△ ○○○●  △●●○△

 

南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

2 南斉 中国,南北朝時代の南朝の一(479502)。宋の蕭道成(しようどうせい)が順帝の禅譲を得て建国。都は建康(今の南京)。七代で蕭衍(しようえん)(梁の武帝)に国を奪われた

3 嬋娟 容姿のあでやかで美しいさま。

4 六宮 中国で、皇后と五人の夫人が住む六つの宮殿。皇后と五人の夫人。後宮。

綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。

5 三千 宮女三千人。

杜甫はかつて《20-99 観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。

767年-23幷序⑶ 杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 幷序⑶》 杜甫詩index-15-1145 <1595> 767年大暦2年56-23幷序⑶

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。100人くらいもいる妃賓に100人の宮女が使えていたとするから、後宮には一万人くらいがいたとされる。

 

潘妃嬌豔獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

7 潘妃 (生没年不明)東昏侯の妃。本名は兪尼子、のちに、潘玉児といった。もと王敬則の妓で、東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長する ことが大であった。かつて東昏侯は、金の蓮華を地に敷いて潘妃にその上を歩かせ、「歩歩蓮華を生ず」といった。梁の武帝の革命が起こると、東昏侯は殺され、潘妃は捕えられたが、部 将の妾となることを拒んで自殺した。

8 芳妍【ほうけん】美しく、優美な女たちがあつまれば芳しい香りでこと。

9 椒房 ①皇后の御所。②皇后・皇妃の別名。「椒」は山椒(さんしよう)、「房」は室の意。中国で皇后の御所の壁に邪気を払うためと、実の多いことにあやかり、皇子が多く生まれるようにと、山椒を塗り込めたり、庭に植えたりしたところからこの名があるという。

10 蘭洞 妃賓の宮殿。

 

縱態迷歡心不足,風流可惜當年。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

 

纖腰婉約步金蓮,妖君傾國,猶自至今傳。

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。

11 金蓮 南斉の末期の帝、東昏侯蕭宝巻(483501)は黄金で蓮の花をこしらえて地面に敷き、その上を愛姫の潘妃に歩ませて、「此れ歩歩に蓮華を生ずるなり」といった(『南史』斉本紀)にある。

〔「南史斉本紀」より。中国南朝の東昏侯(とうこんこう)が潘妃(ばんき)に金製の蓮華の上を歩かせた故事による〕美人のあでやかな歩み。蓮歩。

 

杏の花01
 

南 朝 
玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。
楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。
誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。
誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。
敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。
敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。
満宮学土皆顔色、江令當年只費才。
千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。


楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。
誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。
敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。
千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。

 

南 朝
玄武湖中 玉漏催し、鶏鳴壊口 繍襦廻る。
誰か言う 瓊樹 朝朝に見わるるは、金蓮 歩歩に来たるに及はずと
敵国の軍営 木柹を漂わし、前朝の神廟 煙煤に鎖さる
満宮の学士 皆な顔色あり、江令 当年只だ才を費す

 

 

南朝 439年から始まり、隋が中国を再び統一する589年まで、中国の南北に王朝が並立していた時期を指す。建康(江蘇省南京市)に都を置いた東晋・宋・南斉・梁・陳の王朝。西晋末の五胡十六国の乱から隋が統一するまで三百年近く、中国は漢民族による南朝と北方民族による北朝とに分裂した時期が続いた。北朝の質実剛健、南朝の繊細華美という対比で捉えられる。
北魏が華北を統一し、華南には宋、斉、梁、陳の4つの王朝が興亡した。こちらを南朝と呼ぶ。同じく建康(建業)に都をおいた三国時代の呉、東晋と南朝の4つの王朝をあわせて六朝(りくちょう)と呼び、この時代を六朝時代とも呼ぶ。この時期、江南の開発が一挙に進み、後の隋や唐の時代、江南は中国全体の経済基盤となった。南朝では政治的な混乱とは対照的に文学や仏教が隆盛をきわめ、六朝文化と呼ばれる貴族文化が栄えて、陶淵明や王羲之などが活躍した。
 
また華北では、鮮卑拓跋部の建てた北魏が五胡十六国時代の戦乱を収め、北方遊牧民の部族制を解体し、貴族制に基づく中国的国家に脱皮しつつあった。
李商隠にはほかにも「南朝(地険悠悠天険長)」と題する七言絶句がある。

 

玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。
楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。
玄武湖 南京市北郊の湖。南朝宋の文帝が開墾し楽遊園に造った、行楽の場とした。「陳の後宮(玄武)」詩にも「玄武 新苑を開き、龍舟 燕幸(御幸して宴を催すこと)頻りなり」。○玉漏催 玉でできた漏刻(水時計)がせき立てるように時を刻む。文帝は次々に土木工事行い、夜まで時を忘れて享楽に耽ったことをいう。○鶏鳴埭 (けいめいたい) 玄武湖の北の堰の名。南斉の武帝はしばしば官女を引き連れて琅琊城に行幸し、宮廷を早朝に発って玄武湖の堰まで来ると鶏が鳴いたのでそこを「鶏鳴埭」と呼んだという(『南史』后妃伝・武穣装皇后伝)。「域」は堰の意。○繍襦廻 「繍襦」はうす絹の襦袢で刺繍を施したものをいう。膝上までの短衣を着たお供の官女たちを指す。「」は短衣が舞いながら回転する。




誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。
誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。
瓊樹 宝玉のように美しい木。陳の後主が張貴妃、孔貴嬪の美貌を讃えて作った「玉樹後庭歌」をふまえてに「璧月は 夜夜に満ち、瓊樹は朝朝新たなり」(『陳書』後主沈皇后伝論)にもとづく。「瓊」は赤い宝石。「璧」も美しい玉。○金蓮歩歩來 南斉の末期の帝、東昏侯蕭宝巻(483501)は黄金で蓮の花をこしらえて地面に敷き、その上を愛姫の潘妃に歩ませて、「此れ歩歩に蓮華を生ずるなり」といった(『南史』斉本紀)にある。
〔「南史斉本紀」より。中国南朝の東昏侯(とうこんこう)が潘妃(ばんき)に金製の蓮華の上を歩かせた故事による〕美人のあでやかな歩み。
蓮歩。

 

 

 

敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。
敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。
敵国 隋を指す。○漂木柹 隋の文帝は戦艦を建造した際、秘密裡に進めるようにという忠告に対して、天誅を施そうとしているのだから隠すまでもない、川に船の木くずを流せ、戦艦が攻めてくると知って陳が放埓を改めるならはそれでよい、と語った(『南史』陳本紀)。「柹」は木屑。○前朝神廟鎖煙煤 先帝の建国の艱難辛苦忘れ、霊を祀った7か所の御廟が祭祀も行われずに放置され酒食に耽った。その上、陳の後主(陳叔宝)は先祖の祀りを怠って酒食に溺れ、とがめた章華を斬殺した(司馬光「資治通鑑」)。「煙煤」はすすけむり。



満宮学土皆顔色、江令當年只費才。
千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。
満宮学土皆顔色 陳の後主は宮女のなかで文才のあるものを「女学士」に命じ、宴遊に際して詩を書かせ、千人以上の宮女たちに合唱させた。「顔色」は美貌。○江令 陳の宮廷の御用文人江総(519594)、梁、陳、隋の三朝に仕えた。尚書令であったので「江令」という。『陳書』江総伝に、総は権宰であったのに、政務を持せず、後主と遊宴のみし、陳喧・孔範・王瑳ら十余人と共にし、「狎客(お追従もの)」と称された。国政に与る身でありながら享楽の詩にのみ才を注いだことをのべる。

17 毛熙震《巻九40浣溪沙七首其七》『花間集』442全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7474

毛熙震  浣溪沙七首其七

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

(多くいる妃賓は若く綺麗な時には寵愛を受け、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)  妃賓の数は多く、時期を過ぎれば寵愛を受けていたことを思い出に、酒におぼれ、ほろ酔いながら思いに耽り、思い出の刺繍の寝牀のマットレスに横たわり、眠い体は力抜けただ自分で、スカートをおろす。寂しさを紛らわす籠の鸚鵡の声を聞きつづけるのも、もう飽きてしまった。髪をとかすも煩わしく、抜け落ちた簪、金の鳳冠、翡翠の飾りをしなおして、象牙の櫛を斜めに鬢をなおせば、雲より出た月のようにしっかりとした顔立ちである。それでも錦の屏風をまわりに立て、絹の帳に香の煙の漂い薫らせて、ただ待ち続ける。

《花間集》437巻九39

浣溪沙七首其六

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7469

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世

 

 

 
  2016年3月12日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-6李太白集042巻一42 古風,五十九首之四十二 420Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-6【56首】 Ⅰ李白詩1786 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7470  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#4《 巻02-16送文暢師北遊 (昔在四門館,)-#4》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(14)8分割-#4<1699> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7471  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(9)杜少陵集 《遣悶戲呈路十九曹長》18-47 杜甫詩index-15-1165 <1615> 767年大暦2年56歲-(9)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7472  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九40浣溪沙七首其七》『花間集』442全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7474  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其七

(多くいる妃賓は若く綺麗な時には寵愛を受け、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

妃賓の数は多く、時期を過ぎれば寵愛を受けていたことを思い出に、酒におぼれ、ほろ酔いながら思いに耽り、思い出の刺繍の寝牀のマットレスに横たわり、眠い体は力抜けただ自分で、スカートをおろす。寂しさを紛らわす籠の鸚鵡の声を聞きつづけるのも、もう飽きてしまった。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

髪をとかすも煩わしく、抜け落ちた簪、金の鳳冠、翡翠の飾りをしなおして、象牙の櫛を斜めに鬢をなおせば、雲より出た月のようにしっかりとした顔立ちである。それでも錦の屏風をまわりに立て、絹の帳に香の煙の漂い薫らせて、ただ待ち続ける。

(浣溪沙七首其の七)

半ば酔い情を凝らして繍菌に臥せ、睡容 力無く 羅布を卸す、玉寵の鶴鵡を聴聞するを敵う。

傭く落敦を整う 金の薪翠、象琉 贅に歌て 月 雲に生ず、錦屏 給幌 靡煙 薫る。

DCF00209
 

『浣溪沙七首其七』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其七

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

 

 

(下し文)

(浣溪沙七首其の七)

半ば酔い情を凝らして繍菌に臥せ、睡容 力無く 羅布を卸す、玉寵の鶴鵡を聴聞するを敵う。

傭く落敦を整う 金の薪翠、象琉 贅に歌て 月 雲に生ず、錦屏 給幌 靡煙 薫る。

 

(現代語訳)

(多くいる妃賓は若く綺麗な時には寵愛を受け、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

妃賓の数は多く、時期を過ぎれば寵愛を受けていたことを思い出に、酒におぼれ、ほろ酔いながら思いに耽り、思い出の刺繍の寝牀のマットレスに横たわり、眠い体は力抜けただ自分で、スカートをおろす。寂しさを紛らわす籠の鸚鵡の声を聞きつづけるのも、もう飽きてしまった。

髪をとかすも煩わしく、抜け落ちた簪、金の鳳冠、翡翠の飾りをしなおして、象牙の櫛を斜めに鬢をなおせば、雲より出た月のようにしっかりとした顔立ちである。それでも錦の屏風をまわりに立て、絹の帳に香の煙の漂い薫らせて、ただ待ち続ける。

 

曉鶯001
 

(訳注)

浣溪沙七首其七

(多くいる妃賓は若く綺麗な時には寵愛を受け、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

半醉凝情臥繡 睡容無力卸羅裙 玉籠鸚鵡猒聽

慵整落釵金翡翠 象梳欹鬢月生雲 錦屏綃幌麝煙

●●△○●●○  ●○○●●○○

●△○●△△△  ○●●○○●●

●○○●●△○  ●△○●●○△

 

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

妃賓の数は多く、時期を過ぎれば寵愛を受けていたことを思い出に、酒におぼれ、ほろ酔いながら思いに耽り、思い出の刺繍の寝牀のマットレスに横たわり、眠い体は力抜けただ自分で、スカートをおろす。寂しさを紛らわす籠の鸚鵡の声を聞きつづけるのも、もう飽きてしまった。

1 繡茵 刺繍の施された寝牀に敷かれたマットレス。

2 玉籠 美しい寵。玉は寵を飾って言ったもの。宮殿で鸚鵡を飼える身分の人である。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

髪をとかすも煩わしく、抜け落ちた簪、金の鳳冠、翡翠の飾りをしなおして、象牙の櫛を斜めに鬢をなおせば、雲より出た月のようにしっかりとした顔立ちである。それでも錦の屏風をまわりに立て、絹の帳に香の煙の漂い薫らせて、ただ待ち続ける。

3 落釵金翡翠 抜け落ちた金のカワセミの飾りの付いた管。

4 月生雲 妃賓の顔が月であることは、寵愛はなくなったとしても、まだ若く綺麗であることを意味し、髪の形をあらわすのが雲であって、おおきな髪型にできるものは、一般の女性ではない。雲型は大きいほど位が高い。

5 綃幌 寝台を囲う絹の幌。「中國歴史ドラマ」《後宮の涙》などでは他の番組より、詳しい。

浣溪沙七首其七

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

 

(浣溪沙七首其の七)

半ば酔い情を凝らして繍菌に臥せ、睡容 力無く 羅布を卸す、玉寵の鶴鵡を聴聞するを敵う。

傭く落敦を整う 金の薪翠、象琉 贅に歌て 月 雲に生ず、錦屏 給幌 靡煙 薫る。

 

 

6 【解説】 ただ生きるだけとなる妃賓と雖も、ただ酔って力なく床に身を横たえる女であり、しかし、そうした時代であり、品位の高い者の娘は、出自の家系の為、それを願って後宮に入っている。

「三千の宮女 脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん」(白居易「後宮詞」)。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、宦官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

鶯00
 


続きを読む

17 毛熙震《巻九39浣溪沙七首其六》『花間集』441全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7469

毛熙震  浣溪沙七首其六

碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。

暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。) 緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)

《花間集》437巻九39

浣溪沙七首其六

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7469

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世

 

 
  2016年3月11日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-5李太白集040巻一40 古風,五十九首之四十 419Index-24Ⅲ-3 5【56首】Ⅰ李白詩1785 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7465  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#3《 巻02-16送文暢師北遊-#3》806年貞元22年 39歳-(14)8分割-#3<1698> Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7466  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(8)杜少陵集 《晝夢》18-48 杜甫詩index-15-1164 <1614> 767年大暦2年56歲-(8)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7467  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 李太白集  379《太白巻十四34 贈別王山人歸布山》(王子析道論,) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7473 (03/11)  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九39浣溪沙七首其六》『花間集』441全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7469  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其一

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。

春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。

弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。

(浣溪沙七首 其の一)

春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。

弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

(浣溪沙七首其の二)

花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。

紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。

 

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

(浣溪沙七首其の三)

晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。

好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。

 

 

浣溪沙七首其四

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

 

 

浣溪沙七首其五

(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)

雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。

妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。

佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。

あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。

(浣溪沙七首其の五)

雲薄く 羅裙 綬帶長し,滿身 新裛 瑞龍の香,翠鈿 斜映して 梅粧を豔す。

人を覷ず佯し 空しく婉約す,笑和し 嬌語す 太倡狂と,忍ぶこと教えられ 恨むことを牽きても 暗き形相するも。

 

 

浣溪沙七首其六

(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)

碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。

緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。

暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)

(浣溪沙 七首 其の六)

碧玉 冠輕うして 鷰釵を裊し,捧心 語ること無く 香堦を步む,弓底 繡羅の鞋に緩移す。

暗想にして 歡するは何んぞ好を計らん,豈に 期約 乖く有る時を堪えん,日高く 深院 正に懷うを忘ん。

 

浣溪沙七首其七

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

 

莊周夢蝶00
 

『浣溪沙七首其六』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其六

碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。

暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

 

 

(下し文)

(浣溪沙 七首 其の六)

碧玉 冠輕うして 鷰釵を裊し,捧心 語ること無く 香堦を步む,弓底 繡羅の鞋に緩移す。

暗想にして 歡するは何んぞ好を計らん,豈に 期約 乖く有る時を堪えん,日高く 深院 正に懷うを忘ん。

 

 

(現代語訳)

(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)

緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。

こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)

 

木蓮0005
 

(訳注)

浣溪沙七首其六

(後宮において、寵愛を受けていた后妃が年と共に疎遠になってゆくのを詠う。)

1 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

碧玉冠輕裊鷰釵 捧心無語步香堦 緩移弓底繡羅

暗想歡何計好 豈堪期約有時乖 日高深院正忘

●●△△?●○  ●○○●●○○ ●○○●●○○

●●○△△●● ●○○●●○○  ●○△△△●○

 

碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。

緑色の玉と冠も軽く揺れるツバメの簪もゆるく揺れる。あの人を憶う心はかわらないまま、閨のお香の届く外のきざはしをひとり歩く、靴底が弓になっている纏足の刺繍で飾られた絹の靴でゆっくりと歩いて移動する。

2 碧玉 ① 青色または緑色の玉。 玉髄の一。酸化鉄からなる不純物を含む不透明な石英。紅色・緑色・黄色・褐色などを呈する。碧玉(へきぎよく)と通称する緑色凝灰岩の類を材料とし,内径56cmの環状に作っている。円形の断面をもったものなどの,表裏の区別のない石釧もまれにあるが,大多数は裏面がたいらで,表面の上半部を斜面とし,ここに放射状のこまかい線を刻んでいる。

3 堦 階(きざはし)杜甫《蜀相》「映堦碧草自春色, 隔葉黄鸝空好音。」美しい緑色をした若草の色が階(きざはし)に照り映えて、自然と春の季節の気配を漂わせている。葉の繁みの向こう側で、高麗ウグイスが(聴く人もいないのに)空しく鳴いている。

4 緩 1 締め方がきつくないさま。ゆるいさま。「(髪ヲ)いと―にひき結はせ給ひて」〈栄花・楚王の夢〉2 ゆっくりとしたさま。

弓底 古代 纏足 女性が履いている靴。婦人纏足で足が 弓形 ので、その靴はこの名。婦人纏足説から 南朝 一説、から5世代。明、清王朝のスタイルが平、高底多種で、そして飾 刺繍 珠玉などと。

5 鞋 鞋(わらじ) - 草鞋; 鞋(くつ)。絹に刺繍をほどこした履。

 

暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

こんなに暗い思いをしていて、その日その場が良ければと歓娯に吹けることなどどうしてすることが出来ようか、それでなくとも、逢瀬の約束の日も、守ってくれないことばかりなのだ、昨日も来てくれず夜が明け、もう太陽が真上にあがってきて、この奥深い宮殿にはまさにあの人のことを思うことを忘れるようにするだけなのだ。(こういう生活も仕方ないと生きてゆくのだ。)

6 歡 よろこび楽しむこと。

7 期約 逢瀬の約束の日。

8 乖 (1) (子供が)おとなしい,素直な孩子真乖この子は本当に素直だ.(2) 賢い,利口な乖機敏で賢い.(1) 非常識な,道にもとる乖舛間違った.(2) ひねくれた.

 


続きを読む

17 毛熙震《巻九38浣溪沙七首其五》『花間集』440全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7464

毛熙震  浣溪沙七首其五

雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。

佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。

(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)

妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。

あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。

《花間集》437巻九38

浣溪沙七首其五

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7464

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世

 

 
 2016年3月10日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-4李太白集022巻一22 古風,五十九首之二十二 418Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-4【56首】Ⅰ李白詩1784 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7460 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#2《 巻02-16送文暢師北遊 (昔在四門館,)-#2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(14)8分割-#2<1697> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7461 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog767年-(7)杜少陵集 《愁》18-44 杜甫詩index-15-1163 <1613> 767年大暦2年56歲-(7)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7462 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog李太白集  378《太白巻十二06-夕霽杜陵登樓寄韋繇》 (浮陽滅霽景) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7468 (03/10) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog17 毛熙震《巻九38浣溪沙七首其五》『花間集』440全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7464 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其一

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。

春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。

弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。

(浣溪沙七首 其の一)

春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。

弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

(浣溪沙七首其の二)

花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。

紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。

 

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

(浣溪沙七首其の三)

晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。

好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。

 

 

浣溪沙七首其四

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

 

 

浣溪沙七首其五

(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)

雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。

妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。

佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。

あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。

(浣溪沙七首其の五)

雲薄く 羅裙 綬帶長し,滿身 新裛 瑞龍の香,翠鈿 斜映して 梅粧を豔す。

人を覷ず佯し 空しく婉約す,笑和し 嬌語す 太倡狂と,忍ぶこと教えられ 恨むことを牽きても 暗き形相するも。

6

浣溪沙七首其六

碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語步香堦,緩移弓底繡羅鞋。

暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

7 

浣溪沙七首其七

半醉凝情臥繡茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡猒聽聞。

慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏綃幌麝煙薰。

 

紅梅002
 

『浣溪沙七首其五』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其五

雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。

佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。

 

 

(下し文)

(浣溪沙七首其の五)

雲薄く 羅裙 綬帶長し,滿身 新裛 瑞龍の香,翠鈿 斜映して 梅粧を豔す。

人を覷ず佯し 空しく婉約す,笑和し 嬌語す 太倡狂と,忍ぶこと教えられ 恨むことを牽きても 暗き形相するも。

 

 

(現代語訳)

(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)

妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。

あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。

 

海棠花101
 

(訳注)

浣溪沙七首其五

(音楽を演奏する妓優たちはその演奏する姿を見初められる、そして「太倡狂」といわれる男性であっても、もう一度結ばれたいと詠う。)

1 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

雲薄羅裙綬帶 滿身新裛瑞龍香 翠鈿斜映豔梅

佯不覷人空婉約 笑和嬌語太倡 忍教牽恨暗形

○●○○●●△  ●○○●●○○ ●△○●●○○

○△●○△●● ●△△●●△△  ●△△●●○△

 

雲薄羅裙綬帶長,滿身新裛瑞龍香,翠鈿斜映豔梅粧。

妓優の雲型の髪は両鬢で薄く梳かれていて、薄絹のスカートを着て、佩び玉の着いた帯は長い。新たに袋に入れて全身の装束に瑞龍香を焚きしめている、翡翠の花鈿は顔を斜めに映して、艶めかしい梅の香料の化粧でうつくしい。

2 雲薄 妓優、宮女、女官の髪型。ここは、妓優である楽女の髪型。

3 羅裙 うす絹のスカート。

4 綬帶 官印を帯びるための組紐の帯。佩び玉の着いた帯。

5 新裛 新たに装束に香をたきしめるための袋。また、その材料。栴檀(せんだん)の葉や樹皮から作るという。

6 瑞龍香 高貴なお香の名。

7 翠鈿 翡翠の花鈿。

8 豔梅粧 艶めかしい梅の香料の化粧。

 

佯不覷人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。

あの人を覗い見ることもできず、素振りだけするし、その素直で美しく控えめであるこの女の存在は空しいものでしかない。閨で語られ、笑い和むことは、それが甚だしくあちこちの楽女にうつつを抜かす遊び人であってもいいのだ、その後に、耐え忍ぶこと、恨みの心になってゆくこと、暗い顔形になったとしてもたったひと時でもあのお方と過ごしたいのだ。

9 佯 振りをする,見せ掛ける佯死死んだ振りをする.佯装…の振りをする.佯攻陽動作戦をとる,偽装攻撃をする.佯狂(阳狂)狂人を装う,気のふれた振りをする.佯言

10 覷人 人をうかがうい みる。

11 婉約 すなおでうつくしくひかえめである。

12 太倡狂 甚だしく楽女にうつつを抜かす遊び人。

 

 

浣溪沙七首其一 【字解】

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

0 【解説】 晩春の夕景色を詠う。后妃であっても年を重ねると宮殿で一生を過ごして果てる。白居易の《上陽の白髪の人》白居易「後宮詞」

雨露由來一點恩,爭能遍布及千門?

三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕!

「三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん」(白居易「後宮詞」)。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、官官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

春暮黃鶯下砌前 水精簾影露珠懸 綺霞低映晚晴

弱柳萬條垂翠帶 殘紅滿地碎香鈿  蕙風飄蕩散輕

○●○○●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○○

●●●○○●● ○○●●●○△  ●△○●●△○

 

1 砌 《「水限(みぎり)」の意で、雨滴の落ちるきわ、また、そこを限るところからという》1 時節。おり。ころ。「暑さの―御身お大事に」「幼少の―」2 軒下や階下の石畳。

2 水精 水に映り輝く宮殿。水精は水の精。水星、辰星。水の中から産する珠。水の妖精。「珠水精、故以禦火灾」(珠は水精、故に以て火灾を禦【ふせ】ぐ)とある。また、水精宮とすれば、水際の水晶で飾られた宮殿の閨。

杜甫『曲江對酒』

苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。

縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。

(曲江にて酒に對す)

苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。

飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。

春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。

それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。

勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。

官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

 

3 綺霞 美しい夕焼け、夕映え。

4 香鈿 額飾りや頬飾り。ここでは頬飾りを指す。

5 蕙風 香しい風。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

6 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

花榭香紅煙景迷 滿庭芳艸綠萋萋 金鋪閑掩繡簾 

紫鷰一雙嬌語碎 翠屏十二晚峯齊 夢魂銷散醉空

○●○○○●○  ●○○●●○○

○△○●●○○  ●●●○△●●

●△●●●○△  △○○●●△○

7 花榭 花に囲まれた水際の四阿。榭:屋根のあるうてな,あずまや()水榭水ぎわの亭(チン)

8 萋萋 草木の茂っているさま。さいさい。「水草の―と繁茂して居る気味の悪い沼地」

9 金鋪 黄金で飾った閨。鋪:鉱山で、坑道のひと区切りのこと。舗/鋪【ほ】とは。意味や解説。[名]みせ。店舗。「―を構える」[接尾]助数詞。地図など、畳みものの本を数えるのに用いる。上に来る語によっては「ぽ」となる。「

10 閑掩 しずけさにつつまれる。

11 繡簾低 鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている、それはその戸張の中で過ごしていることを意味する。

 

12 紫鷰 紫は、仙郷をイメージするものであり、道教の気高い巫女を連想させる。

13 嬌語碎 やさしくささやくこと。

14 十二晚峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

皇甫松《天仙子二首其一》

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

齊,夢魂銷散醉空閨

4-414《天仙子二首其一》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

1『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

晚起紅房醉欲銷 綠鬟雲散裊金翹 雪香花語不勝

好是向人柔弱處 玉纖時急繡裙腰 春心牽惹轉無

●●○○●●○  ●○○●○○△ ●○○●△△△

●●●○○●● ●○○●●○○  ○○△●●○○

 

2 雪香 雪のような牡丹の花のお香がただようこと。

3 花語 情事の中で話される、愛の言葉をいう。

4 柔弱 気力や体質が弱々しいこと。また、そのさま。【じゅうじゃく】

5 無憀 ・何もしないでボーっとする。顧夐『河傳三首 其三』「棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰。倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦。」13-9 河傳三首 其三 》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集」Gs-461-13-(9) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3852

・心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。牛希濟『臨江仙七首 其三』「渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。」10 -7 臨江仙七首其三 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-404-10-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3567

 

浣溪沙七首其四

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

1 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦ の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

一隻橫釵墜髻  靜眠珍簟起來慵 繡羅紅嫩抹酥

羞斂細蛾魂暗斷 困迷無語思猶濃 小屏香靄碧山

●●△○●●○  ●○○●●△○ ●○○●●○○

○●●△○●● ●○○●△△○  ●△○●●○△

2 珍簟 上等な竹延。簟:細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。《季 夏》簟のベットシーツは汗ばむ時には最高のものだが、汗もかかない一人寝の秋には冷たすぎる。しかし、もしかしたら、又帰ってくれるかもしれない。その時にはこの敷物が無くてはならないという待つ身の女心をあらわす意味になる。この時代の簟は、極めて珍しく高価なものであった。ベッドインしてから情事で汗をかくそのためのシ-ツであるから、情事の際には、春から秋まで使用したが、一人で寝る際には秋も半ばを過ぎると寒くなるというもの。

魏承班《訴衷情五首其三》

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

顧夐《浣溪沙八首其七》

鴈響遙天玉漏清,小紗外月朧明,翠幃金鴨炷香平。

何處不歸音信斷,良宵空使夢魂驚,簟涼枕冷不勝情。

(浣溪沙八首其の七)

鴈の響き遙かな天に 玉漏清きなり,小紗の外は月朧明し,翠幃に金鴨ありて炷香平かなり。

何處にか歸らず 音信斷つ,良宵 空しく使わしむ夢魂驚き,簟涼 枕冷 情に勝てず。

3 繡羅紅嫩抹酥胸 艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てる。酥胸は乳白色をした艶やかな胸。抹胸は胸当て、なお酥は牛や羊の乳の表面にできる膜から作る食べ物。

4 小屏香露碧山垂 花間集に商山という表現があるのは、薄絹をまとった女性が横たわった姿をいうもので、情事を待つ寝牀に横たわった様子の描写である。ここでは。屏風に女性の横たわった影が映っていることをいう。そこにはお香がただよっている。後宮のいずれかの后妃も年を重ねて、独り寝に堪える、屏風には描かれた山が重なり、屏風に香の煙が漂って趣きを深める。

17 毛熙震《巻九37浣溪沙七首其四》『花間集』439全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7459

毛熙震  浣溪沙七首其四

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)  今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

《花間集》437巻九35

浣溪沙七首其四

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7449

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世

 

 
  2016年3月9日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-3李太白集020巻一20 古風,五十九首之二十 417Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-3【56首】 Ⅰ李白詩1783 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7455  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈142-#1《 巻02-16送文暢師北遊 (昔在四門館,)-#1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(14)8分割-#1<1696> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7456  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(6)杜少陵集 《18-46崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡》 index-15-1162 <1612> 767年大暦2年56歲-(6) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7457  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九37浣溪沙七首其四》『花間集』439全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7459  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其一

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。

春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。

弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。

(浣溪沙七首 其の一)

春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。

弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

(浣溪沙七首其の二)

花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。

紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。

 

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

(浣溪沙七首其の三)

晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。

好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。

 

 

浣溪沙七首其四

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

 

長安城図 作図00
 

『浣溪沙七首其四』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其四

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

 

(下し文)

(浣溪沙七首其の四)

一隻の橫釵 髻叢より墜つ、静かに珍簟に眠り 起き来たるに慵く、繍羅 紅 嫩らかに 酥胸に抹く。

酥じらい細き蛾を斂め 魂 暗に断え、困迷して 語無く 思い猶お濃く、小屏 香靄 碧山 重なる。

 

(現代語訳)

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。

細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

花間集 白梅
 

(訳注)

浣溪沙七首其四

(目覚めれば、簟のシーツは冷たく、この閨には、気だるい美人の姿と愁いだけがのこると詠う。)

1 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦ の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

一隻橫釵墜髻  靜眠珍簟起來慵 繡羅紅嫩抹酥

羞斂細蛾魂暗斷 困迷無語思猶濃 小屏香靄碧山

●●△○●●○  ●○○●●△○ ●○○●●○○

○●●△○●● ●○○●△△○  ●△○●●○△

 

一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,繡羅紅嫩抹酥胸。

今夜もまた訪れてくれず、后妃の高く結われた髪から抜け落ちた簪が一つ横たわっている、独り静かに眠るのも、この時期には簟は冷たく、その竹筵より物憂く起き上がるけれど、寝化粧は崩れてはいないし、艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てて愁いを残す。

2 珍簟 上等な竹延。簟:細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。《季 夏》簟のベットシーツは汗ばむ時には最高のものだが、汗もかかない一人寝の秋には冷たすぎる。しかし、もしかしたら、又帰ってくれるかもしれない。その時にはこの敷物が無くてはならないという待つ身の女心をあらわす意味になる。この時代の簟は、極めて珍しく高価なものであった。ベッドインしてから情事で汗をかくそのためのシ-ツであるから、情事の際には、春から秋まで使用したが、一人で寝る際には秋も半ばを過ぎると寒くなるというもの。

魏承班《訴衷情五首其三》

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

顧夐《浣溪沙八首其七》

鴈響遙天玉漏清,小紗外月朧明,翠幃金鴨炷香平。

何處不歸音信斷,良宵空使夢魂驚,簟涼枕冷不勝情。

(浣溪沙八首其の七)

鴈の響き遙かな天に 玉漏清きなり,小紗の外は月朧明し,翠幃に金鴨ありて炷香平かなり。

何處にか歸らず 音信斷つ,良宵 空しく使わしむ夢魂驚き,簟涼 枕冷 情に勝てず。

3 繡羅紅嫩抹酥胸 艶やかな白い胸に紅色の刺繍のある薄絹の胸当てを当てる。酥胸は乳白色をした艶やかな胸。抹胸は胸当て、なお酥は牛や羊の乳の表面にできる膜から作る食べ物。

 

羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

細い眉を寄せてしわが残るのを恥ずかしいこととであり、魂は既に消え失せてしまったし、来てくれないことは、困った事であり、思いは迷うことであるけれど、それを話す人もいない、それなのに情はますます募る、屏風には女性の横たわった影が映って、香の煙はたたよう、屏風には描かれた青き山に影が重なる。

4 小屏香露碧山垂 花間集に商山という表現があるのは、薄絹をまとった女性が横たわった姿をいうもので、情事を待つ寝牀に横たわった様子の描写である。ここでは。屏風に女性の横たわった影が映っていることをいう。そこにはお香がただよっている。後宮のいずれかの后妃も年を重ねて、独り寝に堪える、屏風には描かれた山が重なり、屏風に香の煙が漂って趣きを深める。

 

紅梅003
 

 

浣溪沙七首其一 【字解】

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

0 【解説】 晩春の夕景色を詠う。后妃であっても年を重ねると宮殿で一生を過ごして果てる。白居易の《上陽の白髪の人》白居易「後宮詞」

雨露由來一點恩,爭能遍布及千門?

三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕!

「三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん」(白居易「後宮詞」)。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、官官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

春暮黃鶯下砌前 水精簾影露珠懸 綺霞低映晚晴

弱柳萬條垂翠帶 殘紅滿地碎香鈿  蕙風飄蕩散輕

○●○○●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○○

●●●○○●● ○○●●●○△  ●△○●●△○

 

1 砌 《「水限(みぎり)」の意で、雨滴の落ちるきわ、また、そこを限るところからという》1 時節。おり。ころ。「暑さの―御身お大事に」「幼少の―」2 軒下や階下の石畳。

2 水精 水に映り輝く宮殿。水精は水の精。水星、辰星。水の中から産する珠。水の妖精。「珠水精、故以禦火灾」(珠は水精、故に以て火灾を禦【ふせ】ぐ)とある。また、水精宮とすれば、水際の水晶で飾られた宮殿の閨。

杜甫『曲江對酒』

苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。

縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。

(曲江にて酒に對す)

苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。

飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。

春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。

それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。

勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。

官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

 

3 綺霞 美しい夕焼け、夕映え。

4 香鈿 額飾りや頬飾り。ここでは頬飾りを指す。

5 蕙風 香しい風。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

6 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

花榭香紅煙景迷 滿庭芳艸綠萋萋 金鋪閑掩繡簾 

紫鷰一雙嬌語碎 翠屏十二晚峯齊 夢魂銷散醉空

○●○○○●○  ●○○●●○○

○△○●●○○  ●●●○△●●

●△●●●○△  △○○●●△○

7 花榭 花に囲まれた水際の四阿。榭:屋根のあるうてな,あずまや()水榭水ぎわの亭(チン)

8 萋萋 草木の茂っているさま。さいさい。「水草の―と繁茂して居る気味の悪い沼地」

9 金鋪 黄金で飾った閨。鋪:鉱山で、坑道のひと区切りのこと。舗/鋪【ほ】とは。意味や解説。[名]みせ。店舗。「―を構える」[接尾]助数詞。地図など、畳みものの本を数えるのに用いる。上に来る語によっては「ぽ」となる。「

10 閑掩 しずけさにつつまれる。

11 繡簾低 鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている、それはその戸張の中で過ごしていることを意味する。

 

12 紫鷰 紫は、仙郷をイメージするものであり、道教の気高い巫女を連想させる。

13 嬌語碎 やさしくささやくこと。

14 十二晚峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

皇甫松《天仙子二首其一》

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

齊,夢魂銷散醉空閨

4-414《天仙子二首其一》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

1『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

晚起紅房醉欲銷 綠鬟雲散裊金翹 雪香花語不勝

好是向人柔弱處 玉纖時急繡裙腰 春心牽惹轉無

●●○○●●○  ●○○●○○△ ●○○●△△△

●●●○○●● ●○○●●○○  ○○△●●○○

 

2 雪香 雪のような牡丹の花のお香がただようこと。

3 花語 情事の中で話される、愛の言葉をいう。

4 柔弱 気力や体質が弱々しいこと。また、そのさま。【じゅうじゃく】

5 無憀 ・何もしないでボーっとする。顧夐『河傳三首 其三』「棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰。倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦。」13-9 河傳三首 其三 》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集」Gs-461-13-(9) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3852

・心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。牛希濟『臨江仙七首 其三』「渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。」10 -7 臨江仙七首其三 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-404-10-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3567

17 毛熙震《巻九36浣溪沙七首其三》『花間集』438全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7454

毛熙震  浣溪沙七首其三

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

《花間集》437巻九35

浣溪沙七首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7449

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世


 
  2016年3月8日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年年44歳-2李太白集005巻一05 古風,五十九首之五 416Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-2【56首】-364-005Ⅰ李白詩1782 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7450  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈141-#5《 巻02-08醉贈張祕書 #5》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(13)-#5<1695> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7451  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(5)杜少陵集 《老病》15-16 杜甫詩index-15-1161 <1611> 767年大暦2年56歲-(5) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7452  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九36浣溪沙七首其三》『花間集』438全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7454  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其一

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。

春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。

弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。

(浣溪沙七首 其の一)

春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。

弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

(浣溪沙七首其の二)

花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。

紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。

 

 

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

(浣溪沙七首其の三)

晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。

好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。

白貯舞005
 

 

『浣溪沙七首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其三

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

 

(下し文)

(浣溪沙七首其の三)

晚 紅房に起き 醉い銷さんと欲し,綠鬟 雲散 金翹を裊にし,雪香 花語 嬌勝てず。

好是は 人に向うて 柔弱の處,玉纖 急な時に 繡裙の腰,春心 牽惹すは 轉た無憀たり。

 

(現代語訳)

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

 

長安城図 作図00
 

(訳注)

浣溪沙七首其三

(若く綺麗なときには、高貴なお方に見初められ、どんな時でもその容姿によってすくわれるものであり、おとこのこころにある「春心」は何にもしないでもその魅力にひかれるものだと詠う。)

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

晚起紅房醉欲銷 綠鬟雲散裊金翹 雪香花語不勝

好是向人柔弱處 玉纖時急繡裙腰 春心牽惹轉無

●●○○●●○  ●○○●○○△ ●○○●△△△

●●●○○●● ●○○●●○○  ○○△●●○○

 

晚起紅房醉欲銷,綠鬟雲散裊金翹,雪香花語不勝嬌。

夕方、昼寝から起きると、窓に挿した夕日で紅く染まった閨にいるけれど酒に寄ったのを醒まそうとしている。黒髪を髷に結い雲型に編みこんだ髪型乱れ、金細工のカンザシは緩やかに揺れている。雪のような牡丹の花のお香がただよい、花のような愛の言葉は、どんな艶めかしい言葉に勝るものである。

雪香 雪のような牡丹の花のお香がただようこと。

花語 情事の中で話される、愛の言葉をいう。

 

好是向人柔弱處,玉纖時急繡裙腰,春心牽惹轉無憀。

それが人にとって良いことであるのは、生まれながらにして一番弱い所なのだ、そして、輝くほどに繊細な時には刺繍に飾られたうす絹のスカートを着て艶めかしさを出し、葉になると誰もが思う「春心」はその姿にひかれるものだから、何にも考えず、ボーっと過ごしていればいいのである

柔弱 気力や体質が弱々しいこと。また、そのさま。【じゅうじゃく】

無憀 ・何もしないでボーっとする。顧夐『河傳三首 其三』「棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰。倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦。」13-9 河傳三首 其三 》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集」Gs-461-13-(9) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3852

・心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。牛希濟『臨江仙七首 其三』「渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。」10 -7 臨江仙七首其三 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-404-10-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3567

 

 

浣溪沙七首其一 【字解】

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

0 【解説】 晩春の夕景色を詠う。后妃であっても年を重ねると宮殿で一生を過ごして果てる。白居易の《上陽の白髪の人》白居易「後宮詞」

雨露由來一點恩,爭能遍布及千門?

三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕!

「三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん」(白居易「後宮詞」)。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、官官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

春暮黃鶯下砌前 水精簾影露珠懸 綺霞低映晚晴

弱柳萬條垂翠帶 殘紅滿地碎香鈿  蕙風飄蕩散輕

○●○○●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○○

●●●○○●● ○○●●●○△  ●△○●●△○

 

1 砌 《「水限(みぎり)」の意で、雨滴の落ちるきわ、また、そこを限るところからという》1 時節。おり。ころ。「暑さの―御身お大事に」「幼少の―」2 軒下や階下の石畳。

2 水精 水に映り輝く宮殿。水精は水の精。水星、辰星。水の中から産する珠。水の妖精。「珠水精、故以禦火灾」(珠は水精、故に以て火灾を禦【ふせ】ぐ)とある。また、水精宮とすれば、水際の水晶で飾られた宮殿の閨。

杜甫『曲江對酒』

苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。

縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。

(曲江にて酒に對す)

苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。

飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。

春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。

それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。

勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。

官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

 

3 綺霞 美しい夕焼け、夕映え。

4 香鈿 額飾りや頬飾り。ここでは頬飾りを指す。

5 蕙風 香しい風。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

6 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

花榭香紅煙景迷 滿庭芳艸綠萋萋 金鋪閑掩繡簾 

紫鷰一雙嬌語碎 翠屏十二晚峯齊 夢魂銷散醉空

○●○○○●○  ●○○●●○○

○△○●●○○  ●●●○△●●

●△●●●○△  △○○●●△○

7 花榭 花に囲まれた水際の四阿。榭:屋根のあるうてな,あずまや()水榭水ぎわの亭(チン)

8 萋萋 草木の茂っているさま。さいさい。「水草の―と繁茂して居る気味の悪い沼地」

9 金鋪 黄金で飾った閨。鋪:鉱山で、坑道のひと区切りのこと。舗/鋪【ほ】とは。意味や解説。[名]みせ。店舗。「―を構える」[接尾]助数詞。地図など、畳みものの本を数えるのに用いる。上に来る語によっては「ぽ」となる。「

10 閑掩 しずけさにつつまれる。

11 繡簾低 鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている、それはその戸張の中で過ごしていることを意味する。

 

12 紫鷰 紫は、仙郷をイメージするものであり、道教の気高い巫女を連想させる。

13 嬌語碎 やさしくささやくこと。

14 十二晚峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

皇甫松《天仙子二首其一》

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

齊,夢魂銷散醉空閨

4-414《天仙子二首其一》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532

17 毛熙震《巻九35浣溪沙七首其二》『花間集』437全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7449

毛熙震  浣溪沙七首其二

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

《花間集》437巻九35

浣溪沙七首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7449

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

947年前後に在世

 

 
  2016年3月7日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
744年歳-1李太白集230卷六25白云歌送劉十六歸山 415Index-24Ⅲ-3 744年天寶三年44歳-1【56首】Ⅰ李白詩1781 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7445  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈141-#4《 巻02-08醉贈張祕書 #4》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(13)-#4<1694> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7446  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(4)杜少陵集 《王十五前閣會》18-45 杜甫詩index-15-1160 <1610> 767年大暦2年56歲-(4)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7447   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 17 毛熙震《巻九35浣溪沙七首其二》『花間集』437全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7449  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰

 

 

毛秘書熙震二十九首

 

毛無震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後苛に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。

 

浣溪沙七首其一

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。

春暮れて高樓の砌の前に高麗鶯が止まっている、水精宮の閨には、水珠の簾に日が射しこんで、露の珠の影がうつる。沈みかけた夕日は空低く夕焼けを映している。

弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

華奢な細腰は、柔らかき柳のえだであり、翠の糸を万条と垂れている、春も盛りを過ぎて、地一面の花びらは花鈿、額の飾りの砕けたようであり、香しき風は流れさり、花曇りの薄靄も、もう散りさってしまう。

(浣溪沙七首 其の一)

春暮 黃鶯 砌前に下る,水精の簾影 露珠 懸かり,綺霞 低く 晚晴の天に映ゆ。

弱柳 萬條 翠帶を垂れ,殘紅 地に滿ち 香鈿碎ける,蕙風 飄蕩して 輕煙 散る。

 

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

(浣溪沙七首其の二)

花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。

紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。

 

曉鶯001
 

 

『浣溪沙七首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙七首其二

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

 

(下し文)

(浣溪沙七首其の二)

花榭 紅に香り 煙景迷う,庭 芳艸に滿ち 綠萋萋たり,金鋪 閑かに掩い 繡簾低る。

紫鷰 一雙 嬌語碎う,翠屏 十二 晚峯齊し,夢魂 銷散 空閨に醉う。

 

 

(現代語訳)

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

大明宮の圖003
 

 

(訳注)

浣溪沙七首其二

(若く綺麗な妓優夏、巫女か高貴なお方に見初められ、優雅な時を過しても、何時かは一人さびしく過ごさねばなくなると詠う。)

6 『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

花榭香紅煙景迷 滿庭芳艸綠萋萋 金鋪閑掩繡簾 

紫鷰一雙嬌語碎 翠屏十二晚峯齊 夢魂銷散醉空

○●○○○●○  ●○○●●○○

○△○●●○○  ●●●○△●●

●△●●●○△  △○○●●△○

 

花榭香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩繡簾低。

花に囲まれた水際の四阿には春の盛りの紅色の香りが漂い春霞の景色はその行く先を迷う、庭園には、薫り高い若草がさかんに茂り、それなのに、黄金で飾った閨には静けさに覆われ、鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている。

7 花榭 花に囲まれた水際の四阿。榭:屋根のあるうてな,あずまや()水榭水ぎわの亭(チン)

8 萋萋 草木の茂っているさま。さいさい。「水草の―と繁茂して居る気味の悪い沼地」

9 金鋪 黄金で飾った閨。鋪:鉱山で、坑道のひと区切りのこと。舗/鋪【ほ】とは。意味や解説。[名]みせ。店舗。「―を構える」[接尾]助数詞。地図など、畳みものの本を数えるのに用いる。上に来る語によっては「ぽ」となる。「

10 閑掩 しずけさにつつまれる。

11 繡簾低 鳳凰の刺繍の簾のとばりも低く垂れたままになっている、それはその戸張の中で過ごしていることを意味する。

 

紫鷰一雙嬌語碎,翠屏十二晚峯齊,夢魂銷散醉空閨。

この仙郷に飛ぶつばめがたった一ツガイだけで、やさしくささやいている、翡翠の飾りの屏風には楚の懐王の故事の巫山十二峰の等しく描かれているものが寝牀のまわりに立てられている。それなのに、夢には出て來るけれど現実には消え去ってしまう、今は、誰もいないこの閨に一人お酒に酔うだけである。

12 紫鷰 紫は、仙郷をイメージするものであり、道教の気高い巫女を連想させる。

13 嬌語碎 やさしくささやくこと。

14 十二晚峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

皇甫松《天仙子二首其一》

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

齊,夢魂銷散醉空閨

4-414《天仙子二首其一》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532

 

 

浣溪沙七首其一 【字解】

(后妃もいつしか、水精の宮殿に移ってからは、春が音連れても、あのお方は尋ねてくることはない、この春も何時しか過ぎようとしている。)

0 【解説】 晩春の夕景色を詠う。后妃であっても年を重ねると宮殿で一生を過ごして果てる。白居易の《上陽の白髪の人》白居易「後宮詞」

雨露由來一點恩,爭能遍布及千門?

三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕!

「三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん」(白居易「後宮詞」)。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、官官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

『花間集』には毛照震の作が七首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。花間集他の56作品の浣渓沙の解説参照。

春暮黃鶯下砌前 水精簾影露珠懸 綺霞低映晚晴

弱柳萬條垂翠帶 殘紅滿地碎香鈿  蕙風飄蕩散輕

○●○○●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○○

●●●○○●● ○○●●●○△  ●△○●●△○

 

1 砌 《「水限(みぎり)」の意で、雨滴の落ちるきわ、また、そこを限るところからという》1 時節。おり。ころ。「暑さの―御身お大事に」「幼少の―」2 軒下や階下の石畳。

2 水精 水に映り輝く宮殿。水精は水の精。水星、辰星。水の中から産する珠。水の妖精。「珠水精、故以禦火灾」(珠は水精、故に以て火灾を禦【ふせ】ぐ)とある。また、水精宮とすれば、水際の水晶で飾られた宮殿の閨。

杜甫『曲江對酒』

苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。

縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。

(曲江にて酒に對す)

苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。

飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。

春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。

それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。

勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。

官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

 

3 綺霞 美しい夕焼け、夕映え。

4 香鈿 額飾りや頬飾り。ここでは頬飾りを指す。

5 蕙風 香しい風。

16尹鶚《巻九33菩薩蠻》『花間集』435全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7439

尹顎  菩薩蠻

隴雲暗合秋天白,俯獨坐窺煙陌。樓際角重吹,黃昬方醉歸。

荒唐難共語,明日還應去。上馬出門時,金鞭莫與伊。

(女性のもとに、西域から朝廷に命を受けて帰り、次の朝には又帰っていく、宮中の后妃であろう女性を詠う。)

隴山にかかる雲が広がると暗く厚く重い雲が秋晴れの白く高い空に蔽い始める、下窓の前に一人座って大通りからの塵埃の砂煙をうかがう。西域からあの人が帰って来る。高楼の端っこの向うから角笛が吹かれ響き渡る、夕暮れ時から帰国の宴があり、酔っ払って帰って来る。帰って来れば、とりとめのないこと二人で話したが通じ合わなかったようだ、それでも明日にはまたあの地へ帰っていくのだ。馬に跨り西の門から出て行こうとした時、寂しさよくないことと、ここにかのひとのぬくもりを遺すこととをして、西域を平定するため「金鞭」を振るって出発してゆく。

《花間集》434巻九33

菩  薩  蠻

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7439

(改訂版Ver.2.1

16尹顎

前蜀の詞人

920年前後に在世

 

 

 

 
  2016年3月5日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(95)李太白集943巻二十四54學古思邊  414Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(95) Ⅰ李白詩1779 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7435  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈141-#2《 巻02-08醉贈張祕書 #2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(13)-#2<1692> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7436韓愈詩-韓愈141-#2  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-(1)杜少陵集 《立春》18-41 杜甫詩index-15-1157 <1607> 767年大暦2年56歲-(1)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7432  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 16尹鶚《巻九33菩薩蠻》『花間集』435全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7439  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

菩薩蠻

(女性のもとに、西域から朝廷に命を受けて帰り、次の朝には又帰っていく、宮中の后妃であろう女性を詠う。)

隴雲暗合秋天白,俯獨坐窺煙陌。

隴山にかかる雲が広がると暗く厚く重い雲が秋晴れの白く高い空に蔽い始める、下窓の前に一人座って大通りからの塵埃の砂煙をうかがう。西域からあの人が帰って来る。

樓際角重吹,黃昬方醉歸。

高楼の端っこの向うから角笛が吹かれ響き渡る、夕暮れ時から帰国の宴があり、酔っ払って帰って来る。

荒唐難共語,明日還應去。

帰って来れば、とりとめのないこと二人で話したが通じ合わなかったようだ、それでも明日にはまたあの地へ帰っていくのだ。

上馬出門時,金鞭莫與伊。

馬に跨り西の門から出て行こうとした時、寂しさよくないことと、ここにかのひとのぬくもりを遺すこととをして、西域を平定するため「金鞭」を振るって出発してゆく。

 

(菩薩蠻)

隴雲 暗く 秋天の白に合し,俯して 獨り坐り煙陌を窺う。

樓の際 角吹くを重ね,黃昬 方に醉い歸る。

荒唐にして 共に語り難し,明日には 還た應に去らん。

上馬し 門を出づるの時,金鞭は 莫と伊とをす。

 

紅梅202
 

『菩薩蠻』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻

隴雲暗合秋天白,俯獨坐窺煙陌。

樓際角重吹,黃方醉歸。

荒唐難共語,明日還應去。

上馬出門時,金鞭莫與伊。

 

(下し文)

(菩薩蠻)

隴雲 暗く 秋天の白に合し,俯して 獨り坐り煙陌を窺う。

樓の際 角吹くを重ね,黃 方に醉い歸る。

荒唐にして 共に語り難し,明日には 還た應に去らん。

上馬し 門を出づるの時,金鞭は 莫と伊とをす。

 

(現代語訳)

(女性のもとに、西域から朝廷に命を受けて帰り、次の朝には又帰っていく、宮中の后妃であろう女性を詠う。)

隴山にかかる雲が広がると暗く厚く重い雲が秋晴れの白く高い空に蔽い始める、下窓の前に一人座って大通りからの塵埃の砂煙をうかがう。西域からあの人が帰って来る。

高楼の端っこの向うから角笛が吹かれ響き渡る、夕暮れ時から帰国の宴があり、酔っ払って帰って来る。

帰って来れば、とりとめのないこと二人で話したが通じ合わなかったようだ、それでも明日にはまたあの地へ帰っていくのだ。

馬に跨り西の門から出て行こうとした時、寂しさよくないことと、ここにかのひとのぬくもりを遺すこととをして、西域を平定するため「金鞭」を振るって出発してゆく。

大明宮の圖003
 

(訳注)

菩薩蠻

(女性のもとに、西域から朝廷に命を受けて帰り、次の朝には又帰っていく、宮中の后妃であろう女性を詠う。)

宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

『花問集』 には孫光憲の作が五首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎➄➄の詞形をとる。

隴雲暗合秋天  獨坐窺煙

樓際角重  黃昬方醉

荒唐難共  明日還應

上馬出門  金鞭莫與

●○●●○○●  ●?●●○○●

○●●△△  ○?○●○

△○△△●  ○●○△●

●●●○○  ○○●△○

 

隴雲暗合秋天白,俯獨坐窺煙陌。

隴山にかかる雲が広がると暗く厚く重い雲が秋晴れの白く高い空に蔽い始める、下窓の前に一人座って大通りからの塵埃の砂煙をうかがう。西域からあの人が帰って来る。

○隴雲 西への道は天に続く、天日への道であること。そこに続く道は杜甫の「兵車行」に述べられており、隴西から過酷な峠を抜ける様子も「前出塞九首」「後出塞五首」に述べられており、隴山に懸かる雲はそのすべてを見ている。兵車行  杜甫

前出塞九首 其九 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ  48

後出塞五首 其五 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ  99

 

酒泉子三首其一

空磧無邊,萬里陽關道路。

馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。

綺羅心,魂夢隔,上高樓。

(酒泉子三首 其の一)

空磧 辺 無く、万里のさき陽関の道路あり。

馬は蕭蕭とし、人は去り去りて、隴雲は愁う。

香貂【こうちょう】 旧製にして戎衣窄【きつ】し、胡霜 千里さきに白し。

綺羅 心し、魂夢は隔つ、高楼に上らん。

14-370《酒泉子三首其一》孫光憲(30)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-553-14-(370) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4312

 

樓際角重吹,黃昬方醉歸。

高楼の端っこの向うから角笛が吹かれ響き渡る、夕暮れ時から帰国の宴があり、酔っ払って帰って来る。

 

荒唐難共語,明日還應去。

帰って来れば、とりとめのないこと二人で話したが通じ合わなかったようだ、それでも明日にはまたあの地へ帰っていくのだ。

○荒唐 「荒」も「唐」も大きく、広い意。言うことに根拠がなく、とりとめのないこと。また、そのさま。

 

上馬出門時,金鞭莫與伊。

馬に跨り西の門から出て行こうとした時、寂しさよくないことと、ここにかのひとのぬくもりを遺すこととをして、西域を平定するため「金鞭」を振るって出発してゆく。

○金鞭 きんべん 聞仲の宝貝。二本の蛟竜が化したという双鞭。普通に鞭として使っても強力だが、空中に投げあげて放つと相手を落馬させるほどのダメージを与える。西岐遠征時に使用し、那咤を初め姜子牙、金咤、木咤らを次々に打ち据えた。三日後の戦いで姜子牙の打神鞭に壊されるが、なぜかその後の戦いでも使用されている。

○莫與伊 莫:よくないこと。さみしいこと。伊:このこと。これ。かれ。

 

 

続きを読む

16尹鶚《巻九32醉公子》『花間集』434全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7434

尹顎  醉公子

暮煙籠蘚砌,戟門猶未閉。盡日醉尋春,歸來月滿身。

離鞍隈繡袂,墜巾花亂綴。何處惱佳人,檀痕衣上新。

(春が訪れると公子は風流を求めて飲み明かし、愛妾と共に過ごすが、やがて、他の美人のもとに行ってしまったと詠う)

夕暮れの靄は囲われたこの庭の鮮やかな建物との砌に漂う。公子の邸宅の御門は未だに閉められたままだ。一日じゅう、種々の趣きの庭に春の風流を尋ねて酒に酔う。夜になって、また同じところに帰ってきて、月が真上にあがるまで又、酒をのみ続ける。馬を繋いでその場所から離れ、うす絹の刺繍のたもとの中に入ってゆく。来ていた着物はその場に脱ぎ捨て、女の花弁は乱れそしてつづられる。それなのに、今は何処に行かれたのだろう、美人の元だろうけど頭を悩ます、寝牀に心の傷跡を残してしまったので今日からは気分一新するためにも着物を新しくしたようだ。

《花間集》434巻九32

醉 公 子

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7434

(改訂版Ver.2.1

16尹顎

前蜀の詞人

920年前後に在世

 

 

 

 
  2016年3月4日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(94)李太白集941巻二十四53怨情  413Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(94) Ⅰ李白詩1778 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7430  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈141-#1《 巻02-08醉贈張祕書 (人皆勸我酒,)#1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(13)-#1(5分割)<1691> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7431  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-26杜少陵集 《17-24 秋風,二首之二》 杜甫詩index-15-1156 <1606> 767年大暦2年56歲-26 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7427  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 16尹鶚《巻九32醉公子》『花間集』434全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7434  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲『醉公子』 四首

薛昭蘊

《巻三42 醉公子》 慢綰青絲髮,光砑綾襪。床上小燻籠,韶州新退紅。叵耐無端處,捻得從頭汚。惱得眼慵開,問人閑事來。

顧夐

《巻七35 醉公子二首其一》 漠漠秋雲澹,紅耦香侵檻。枕倚小山屏,金鋪向晚扃。睡起橫波慢,獨望情何限。衰柳數聲蟬,魂銷似去年。

顧夐

《巻七36 醉公子二首其二》 岸柳垂金線,雨晴鶯百囀。家在綠楊邊,往來多少年。馬嘶芳草遠,高樓簾半捲。斂袖翠蛾攢,相逢爾許難。

尹鶚

《巻九32 醉公子》  暮煙籠蘚砌,戟門猶未閉。盡日醉尋春,歸來月滿身。離鞍隈袂,墜巾花亂綴。何處惱佳人,檀痕衣上新

 

 

醉公子

(春が訪れると公子は風流を求めて飲み明かし、愛妾と共に過ごすが、やがて、他の美人のもとに行ってしまったと詠う)

暮煙籠蘚砌,戟門猶未閉。

夕暮れの靄は囲われたこの庭の鮮やかな建物との砌に漂う。公子の邸宅の御門は未だに閉められたままだ。

盡日醉尋春,歸來月滿身。

一日じゅう、種々の趣きの庭に春の風流を尋ねて酒に酔う。夜になって、また同じところに帰ってきて、月が真上にあがるまで又、酒をのみ続ける。

離鞍隈繡袂,墜巾花亂綴。

馬を繋いでその場所から離れ、うす絹の刺繍のたもとの中に入ってゆく。来ていた着物はその場に脱ぎ捨て、女の花弁は乱れそしてつづられる。

何處惱佳人,檀痕衣上新。

それなのに、今は何処に行かれたのだろう、美人の元だろうけど頭を悩ます、寝牀に心の傷跡を残してしまったので今日からは気分一新するためにも着物を新しくしたようだ。

(醉公子)

暮煙 籠蘚の砌,戟門 猶お未だ閉ず。

盡日 春を尋ね醉い,月滿身に歸來す。

鞍を離れ 繡袂を隈れ,巾を墜す 花亂綴。

何の處にか佳人を惱し,檀痕 衣上新らたなり。

 

tsuki001
 

『醉公子一首』 現代語訳と訳註

(本文)

醉公子

暮煙籠蘚砌,戟門猶未閉。

盡日醉尋春,歸來月滿身。

離鞍隈繡袂,墜巾花亂綴。

何處惱佳人,檀痕衣上新。

 

(下し文)

(醉公子)

暮煙 籠蘚の砌,戟門 猶お未だ閉ず。

盡日 春を尋ね醉い,月滿身に歸來す。

鞍を離れ 繡袂を隈れ,巾を墜す 花亂綴。

何の處にか佳人を惱し,檀痕 衣上新らたなり。

 

 

(現代語訳)

(春が訪れると公子は風流を求めて飲み明かし、愛妾と共に過ごすが、やがて、他の美人のもとに行ってしまったと詠う)

夕暮れの靄は囲われたこの庭の鮮やかな建物との砌に漂う。公子の邸宅の御門は未だに閉められたままだ。

一日じゅう、種々の趣きの庭に春の風流を尋ねて酒に酔う。夜になって、また同じところに帰ってきて、月が真上にあがるまで又、酒をのみ続ける。

馬を繋いでその場所から離れ、うす絹の刺繍のたもとの中に入ってゆく。来ていた着物はその場に脱ぎ捨て、女の花弁は乱れそしてつづられる。

それなのに、今は何処に行かれたのだろう、美人の元だろうけど頭を悩ます、寝牀に心の傷跡を残してしまったので今日からは気分一新するためにも着物を新しくしたようだ。

花間集 白梅
 

(訳注)

醉公子

(春が訪れると公子は風流を求めて飲み明かし、愛妾と共に過ごすが、やがて、他の美人のもとに行ってしまったと詠う)

1 公子(こうし)は、中国の春秋戦国時代の各国の公族の子弟。君主(公)の子は公子と呼ばれ、公子の子は公孫と呼ばれた。実質上、諸侯は王族に等しく、その子弟も王子と呼んでもさしつかえはないが、建前上、列国は周王の家来であり、王は周王ただ一人であるので、諸侯は公を称し、その子弟は公子となった。ただし、楚に限っては周王の権威を認めておらず、歴代の君主は王と称したので、その子弟は当然王子であったはずだが、周の傘下にあった諸国の文献においては公子と記されている。戦国時代に入って周の権威が完全に失墜した後は、諸侯は次々に王を僭称したが、公式には公であったので、その子弟は相変わらず公子と呼ばれた。

 

醉公子は、唐の教坊の曲名。『花間集』には尹鶚の一首他三首の所収。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻、韻二平韻で、❺❺⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

暮煙籠蘚  戟門猶未
盡日醉尋  歸來月滿
離鞍隈繡  墜巾花亂
何處惱佳  檀痕衣上

●○△●●  ●○△●●

●●●○○  ○△●●○

△○△●●  ●○○●●

△●●○○  ○○△●○

紅梅202
 

暮煙籠蘚砌,戟門猶未閉。

夕暮れの靄は囲われたこの庭の鮮やかな建物との砌に漂う。公子の邸宅の御門は未だに閉められたままだ。

2 戟門 ホコなどの儀杖を門に立てて並べることから、大官の邸宅、あるいは、役所、顕貴の家。

 

盡日醉尋春,歸來月滿身。

一日じゅう、種々の趣きの庭に春の風流を尋ねて酒に酔う。夜になって、また同じところに帰ってきて、月が真上にあがるまで又、酒をのみ続ける。

3 盡日 ① 一日じゅう。終日。 -降雨」 各月または一年の最後の日。みそか。おおみそか。

4 尋春 春の風流をもとめ、そこで宴する。大官の邸宅であるから、種々の趣きの庭があるのをたずねあるく。

 

離鞍隈繡袂,墜巾花亂綴。

馬を繋いでその場所から離れ、うす絹の刺繍のたもとの中に入ってゆく。来ていた着物はその場に脱ぎ捨て、女の花弁は乱れそしてつづられる。

5 この二句は、ベッドインしての描写。

 

何處惱佳人,檀痕衣上新。

それなのに、今は何処に行かれたのだろう、美人の元だろうけど頭を悩ます、寝牀に心の傷跡を残してしまったので今日からは気分一新するためにも着物を新しくしたようだ。

6 佳人 美しい女の人。

7 檀痕 檀は公子と共にすごした寝牀で、そこには公子の残した痕跡がたくさんあること。

 

 

 


続きを読む

16尹鶚《巻九31杏園芳》『花間集』433全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7429

尹顎  杏園芳

嚴粧嫩臉花明,教人見了關情。含羞舉步越羅輕,稱娉婷。

終朝咫尺窺香閣,迢遙似隔層城。何時休遣夢相縈,入雲屏。

(高嶺の花である妓優と杏園とで夢を詠ったものである)

年に一度の発表の日で、念入りに粧いし柔肌の顔立ちは花のごとく明るく映えている、こんな感じで見る人はきっと心を虜にするだろう。その素振りは何処か恥じらいを含んでいて、細腰を越羅のスカートで包み、軽やかに足を運べば、艶やかで美しく、えも言えぬほどだ。終日ごく間近なところで、芸を磨くのをみているし、楼閣での宴で妓優の芸を窺いてみてはいるものの、実際には、高楼から望んで遙かに遠く高い城壁に隔たれているかのようである。こんな美人を看た誰もが夢にまでつきまとうものだから、いつの日か寝牀のまわりに雲母の屏風を立てかけて、一緒に過ごしたいとおもっているのだ。

《花間集》416巻九31

杏 園 芳

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7429

(改訂版Ver.2.1

16尹顎

前蜀の詞人

920年前後に在世

 

 
  2016年3月3日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(93)李太白集939巻二十四50怨情  412Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(93) Ⅰ李白詩1777 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7425  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈140《 巻01-24秋懷詩,十一首之十一 (鮮鮮霜中菊,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(12)<1690> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7426  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-26杜少陵集 《17-24 秋風,二首之二》 杜甫詩index-15-1156 <1606> 767年大暦2年56歲-26 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7427  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 16尹鶚《巻九31杏園芳》『花間集』433全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7429  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

色と芸を売って生業とする娼妓と女芸人とである。「妓」、この後世もっぱら肉体を売る女性を指すようになった呼称は、もとは「伎(技)」 の意味から来たもので、歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。それゆえ彼女たちも一括して論ずることにする。

 

 

 

杏園芳

嚴粧嫩臉花明,教人見了關情。

含羞舉步越羅輕,稱娉婷。

終朝咫尺窺香閣,迢遙似隔層城。

何時休遣夢相縈,入雲屏。

(高嶺の花である妓優と杏園とで夢を詠ったものである)

年に一度の発表の日で、念入りに粧いし柔肌の顔立ちは花のごとく明るく映えている、こんな感じで見る人はきっと心を虜にするだろう。

その素振りは何処か恥じらいを含んでいて、細腰を越羅のスカートで包み、軽やかに足を運べば、艶やかで美しく、えも言えぬほどだ。

終日ごく間近なところで、芸を磨くのをみているし、楼閣での宴で妓優の芸を窺いてみてはいるものの、実際には、高楼から望んで遙かに遠く高い城壁に隔たれているかのようである。

こんな美人を看た誰もが夢にまでつきまとうものだから、いつの日か寝牀のまわりに雲母の屏風を立てかけて、一緒に過ごしたいとおもっているのだ。

 

(杏園芳)

嚴粧の嫩臉【どうけん】花明るく,人 見了れば情に關わら教む。

羞らいを含み 越羅輕やかに步を舉げれば,娉婷【へいてい】に稱う。

朝から終まで 咫尺にて香閣を窺う,迢遙として層城を隔つに似たり。

何れの時にか 夢の相い縈い遣むるを休め,雲屏に入らん。

花蕊夫人002
 

 

『杏園芳』 現代語訳と訳註

(本文)

杏園芳

嚴粧嫩臉花明,教人見了關情。

含羞舉步越羅輕,稱娉婷。

終朝咫尺窺香閣,迢遙似隔層城。

何時休遣夢相縈,入雲屏。

 

(下し文)

(杏園芳)

嚴粧の嫩臉【どうけん】花明るく,人 見了れば情に關わら教む。

羞らいを含み 越羅輕やかに步を舉げれば,娉婷【へいてい】に稱う。

朝から終まで 咫尺にて香閣を窺う,迢遙として層城を隔つに似たり。

何れの時にか 夢の相い縈い遣むるを休め,雲屏に入らん。

 

(現代語訳)

(高嶺の花である妓優と杏園とで夢を詠ったものである)

年に一度の発表の日で、念入りに粧いし柔肌の顔立ちは花のごとく明るく映えている、こんな感じで見る人はきっと心を虜にするだろう。

その素振りは何処か恥じらいを含んでいて、細腰を越羅のスカートで包み、軽やかに足を運べば、艶やかで美しく、えも言えぬほどだ。

終日ごく間近なところで、芸を磨くのをみているし、楼閣での宴で妓優の芸を窺いてみてはいるものの、実際には、高楼から望んで遙かに遠く高い城壁に隔たれているかのようである。

こんな美人を看た誰もが夢にまでつきまとうものだから、いつの日か寝牀のまわりに雲母の屏風を立てかけて、一緒に過ごしたいとおもっているのだ。

 

紅梅002
 

(訳注)

 

『花間集』には尹鶚の一首のみ所収。今日伝わる杏園芳もまたこの一首だけである。教坊所属の妓優について詠ったものである。

 

1 杏園芳 杏園から春の科挙祝宴、饗宴での妓優や女妓とのその日の無礼講を連想する。

・杏園:官吏登用試験(科挙)に合格した進士たちの祝宴会場。科挙に合格した進士には、曲江の池の畔(ほとり)の杏園で、祝宴を賜り、長安の街で園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。 

・杏園人:科挙に合格し、新たに進士となった人たちを指す。

長安曲江 杏園 進士の試験は秋にあり、翌年の春の花が咲き誇る時期に結果発表がある。官吏登用試験(科挙)に合格した進士には、後出・長安の曲江の池の畔(ほとり)にあった杏園で、祝宴を賜り、長安の街を園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。また、貴族は自邸自慢のボタンを庭を開放して鑑賞させ、合格者の無礼を許した。

・長安:唐の首都。現・陝西省・西安 。科挙の最終試験会場もここにあり、科挙合格者の祝宴もここで開かれる。

孟郊はそれに落第して、落胆のさまを『再下第』「一夕九起嗟,夢短不到家。兩度長安陌,空將涙見花。」とうたった。この詩もそれと似た感情を詠っていよう。

孟郊は『登科後』で「昔日齷齪不足誇,今朝放蕩思無涯。春風得意馬蹄疾,一日看盡長安花。」と、がらりと変わった詩を作っている。 唐宋詩236 登科後 Ⅶ孟郊(孟東野)<19>紀頌之の漢詩ブログ

○詞の構成について 双調四十五字、前段二十二字四句四平韻、後段二十三字四句三平韻で、⑥⑥⑦③/7⑥⑦③詞形をとる。

嚴粧嫩臉花  教人見了關
含羞舉步越羅  稱娉
終朝咫尺窺香閣  迢遙似隔層
何時休遣夢相  入雲

○?●△○○  △○●●○○

○○●●●○△  △●○

○○●●○○●  ○○●●○○

△○△●△△○  ●○△

 

嚴粧嫩臉花明,教人見了關情。

年に一度の発表の日で、念入りに粧いし柔肌の顔立ちは花のごとく明るく映えている、こんな感じで見る人はきっと心を虜にするだろう。

2 厳粧 念入りな化粧。

3 嫩臉 若くみずみずしい顔。

4 教人見了関情 人が見たら心を捉えて離さないようにさせる。見た人の心を捉える、の意。交は使役を表す。了は〜したら。

 

含羞舉步越羅輕,稱娉婷。

その素振りは何処か恥じらいを含んでいて、細腰を越羅のスカートで包み、軽やかに足を運べば、艶やかで美しく、えも言えぬほどだ。

5 越羅 越産の上等な薄絹。ここではそれで作ったスカートを言う。越は今の浙江省。

6 称娉婷 美に適ぅ。娉婷は艶やかで美しいこと。

 

終朝咫尺窺香閣,迢遙似隔層城。

終日ごく間近なところで、芸を磨くのをみているし、楼閣での宴で妓優の芸を窺いてみてはいるものの、実際には、高楼から望んで遙かに遠く高い城壁に隔たれているかのようである。

7 咫尺 ごく間近。咫は八寸、尺は十寸。

8 香閣 香を焚く楼閣の講堂で妓優の芸を見る。

9 層城 高い城壁。

 

何時休遣夢相縈,入雲屏。

こんな美人を看た誰もが夢にまでつきまとうものだから、いつの日か寝牀のまわりに雲母の屏風を立てかけて、一緒に過ごしたいとおもっているのだ。

10  () まといつく,絡む.気にかかる. (周りを)巡る,まつわる.まつわりつく,(周りを)巡る.

11 人雲屏 屏風の陰に入る。屏風は多く寒さを避けたり人目を遮るために寝台の脇に置かれるもの。したがって、入雲屏は床をともに(ベットイン)することを意味する。

 

 

12 【解説】 女性に心惹かれる男の情を詠う。後段、一日中、女の芸の練習をまじかで窺っていても、まるではるか彼方の高い城壁に隔てられているかのようで、常に夢の内で恋い焦がれているが、一体いつになったら女の閏に入り、屏風の陰で時をともにすることができるのかと、女への熱い思いを語る。

妓優であるから間直に見る事もある男ではあるものの、実際には遠い存在で、近づくこともできない。

杏園での一大イベントは科挙の発表であり、唯一のチャンスの時ではある。詩はそうした高嶺の花である妓優と杏園とで夢を詠ったものである。

 

 

 

 

尹顎 臨江仙二首 【字解】

尹鶚,生卒年不詳,仕蜀為翰林、校書郎,累官至參卿。錦城今四川成都煙月之士。工詩詞,與賓貢李烙焉啤J飼笆裎校書郎。《花間集》卷九稱『尹參卿鶚』,參卿為參佐官之敬稱,非具體官守。事跡見《鑒戒錄》卷四、《十國春秋》卷四四本傳。

尹鶚詞。《花間集》錄存六首,《尊前集》錄存十一首,共十七首。

 

其一(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

一番荷芰生池沼  檻前風送馨
昔年於此伴蕭  相偎佇立 牽惹敘衷

時逞笑容無限態 還如菡萏爭

別來虛遣思悠颺 慵窺往事  金鏁小蘭

●△△●△○●  ●○△●○○

●○○●●○○  △○●● △●●△○

○●●○○●● ○△●●○○

●△○●△○△ ○○●●  ○?●○○

1 荷芰 蓮と菱

2 檻前 池の側の四阿の欄干。

3 蕭娘  身請けをされた女妓のこと。沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。

戯蕭娘

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)
明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。
風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。
凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。
意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

4 偎 ぴったり寄り添う,寄り掛かる偎傍, 偎依寄り掛かる.音読み:ワイ、 エ訓読み:ほのか、 なじむ、 したしむ、 ちかよる

5 逞 たくましい1 たくましい。「逞卒・逞兵」2 思うとおりにする

6 笑容 笑顔,笑み笑容可掬にこやかな笑みをたたえた.

7 菡萏 スイレン科の抽水性多年草、園芸植物、薬用植物。 はすのはな。

 

8 虛遣 空しくやる

9 悠颺(ゆうよう)」は、「ゆったりと舞い上がる」

10 往事 過ぎ去った事柄。昔のこと。

11 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

鹿虔扆【ろくけんい】)臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

16-457《臨江仙二首,其一》九巻 鹿虔扆 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-640-16-(457) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4747

12 蘭房 妓女の美しい寝室。また、美人の閨房(けいぼう)

芍薬001
 

13 【解説】 孤閏の恨みを詠う。後段、夢覚めた後、半ば消えかかった灯火は暗く、梧桐の葉に滴り落ちる滴の音一つ一つに、一層悲しみを誘われずにはいないことを言う。

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

深秋寒夜銀河靜  月明深院中
西幽夢等閑  逡巡覺後 特地恨難

紅燭半條殘焰短 依稀暗背銀 

枕前何事最傷 梧桐葉上  點點露珠

△○○●○○●  ●○△△△○

○?○△●○○  ○○●● ●●●△○

○●●○○●● △○●●○△

△○△●●△○ ○○●●  ●●●○△

14 銀河 天の川。銀漢。天漢。《季 秋》銀漢 あまのがわ。銀河・経河・河漢・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。《季 秋》

詩経の大雅•棫樸、「倬彼雲漢、爲章于天。」小雅大東などに雲漢,銀河,天河がみえる。古詩十九首之十「迢迢牽牛星、皎皎河漢女。」、謝霊運(康楽) 『燕歌行』「誰知河漢淺且清,展轉思服悲明星。」、李商隠『燕臺詩四首 其二』 「直教銀漢堕懐中、未遣星妃鎭來去。」七夕伝説では、織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が天の川である。二人は互いに恋しあっていたが、天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになった。秦州抒情詩(7)  天河 杜甫 <292> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

15 西 正妻ではない愛妾(女妓)、の閨。

16 幽夢 人知れぬ徴かな夢。幽の字、底本では郷に作るが四部備要本に拠って改めた。

17 等閑 いつものように。

18 遽巡 束の間。

19 特地 特別に。

20 依稀 徴かなさま。

21 背銀屏 銀屏風を背後にする。つまり灯火が銀屏風の前に置かれていることを言う。男と共に過ごす時、燈火も、屏風は寝牀のまわりに置くもので、「背」にするのは屏風が壁側に寄せられたままだということで、ずっと背後にあるということ。女が横になっていることを表現する語である。

22 梧桐葉上 梧桐はツガイの鳳凰の愛の巢である。その梧桐の葉のうえには愛の雫を落していたという意味。

23 露珠零 滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった

 

滿宮花

(年を重ねた、女妓が春には来ると男との約束を守って待つが、秋は過ぎ又春が来る、今度の春こそ来てくれると詠う)

『花間集』 には三首所収。魏承斑の作は一首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句三仄韻、後段二十六字四句三仄韻で、3❸❻7❻/3❸❻7❻の詞形をとる。月沉月沉沉 人悄  一炷後庭香
風流帝子不歸來  滿地禁花慵
離恨多 相見  何處醉迷三
漏清宮樹子規啼  愁鏁碧

●○○ ○●●  ●●●○○●

△○●●△○△  ●●△○○●

△●○ △●●  △●●○△●

●○○●●○○  ○?●?○●

1 沉沉 (1) ずっしり重い,重量のある.(2) うち沈んだ,重苦しい.

2 悄悄 (1) ひっそりと,音もなく.(2) こっそりと,内密に悄悄内緒話

3 一炷 (1) 香をひとたきくゆらせること。また、その香。(2) 1本の灯心。

4 香裊 香がしなやかに漂う。

5 帝子 ここでは、神仙三島のある仙界(歓楽街)に来た高貴なお客。道教の最高神格のこと。「それぞれ道教における天上界の最高天「玉清境」「上清境」「太清境」に住し、この三天のことも「三清」と呼ぶ。

6 禁花 使ってはいけない花。嫌われる花。ここでは散り落ちた花弁。落ちてしまうと汚れ腐り嫌われる花になる。花落 花が 散る。若い時の花は散る。女妓が年老いたので嫌われるということ。

7 迷三島 宮中のみならず、富貴の家、歓楽街の池には、池中に、神仙の住む蓬莱(ほうらい)・瀛州(えいしゅう)・方丈(ほうじょう)になぞらえられた3島(三神島)造営する。 黄河が渤海へと注ぐ岸に立ち、遥か東の海上をのぞむと、忽然と浮かび上がる島影が浮かぶという設定である。

8 漏清 漏刻の音が清らかに響く。

9 子規啼 男を求めて泣くけれど、啼いて血を吐くホトトギス。ツツジの花は初夏であるから時間の経過も示している。

温庭筠『菩薩蠻 七』 

玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。

門外草萋萋,送君聞馬嘶。

畫羅金翡翠,香燭銷成淚。

花落子規啼,綠窗殘夢迷。

玉樓明月長へに相ひ憶ふ、柳絲裊娜【じょうや】春力無し。

門外草萋萋たり、君を送れば馬の嘶くを聞けり。

畫【いろうつくしき】羅【うすぎぬ】金の翡翠、香【かぐはしき】燭消【とけ】て涙を成す。

花落ちて子規啼けば、綠窗【ろくそう】に殘夢迷ふ。

『菩薩蠻 七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-1-#7 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644


10
 子規 ホトトギス杜鵑。血を吐きながら、悲しげに、鳴くことから鳴き声が読み方と類似しているため不如歸とも書き表す。

宣城見杜鵑花 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集-244-350


法鏡寺 杜甫
洩雲蒙清晨,初日翳複吐。
朱甍半光炯,戸牖粲可數。
拄策忘前期,出蘿已亭午。
冥冥子規叫,微徑不複取。

“同谷紀行(6)” 法鏡寺 杜甫 <325#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1541 杜甫詩 700- 478


杜甫の鳥獸蟲魚類について整理してみると次のようにある。
五言律詩 
『鸚鵡』、『子規』、『百舌』、『歸鴈二首』、『歸鴈』、『孤鴈』、『鸂鶒』、『花鴨』『麂』、    

錦瑟
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。

錦瑟 李商隠 1 Ⅰ晩唐李商隠詩<1>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之漢詩ブログ<64>

 

11 鏁 蘭房に他の者との接触を断つため、①. 0 戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。 -をさす」 -をおろす」. . 1 錠剤。 《錠》

16尹鶚《巻九30滿宮花》『花間集』432全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7424

尹顎  滿宮花

月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。

風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。

離恨多,相見少,何處醉迷三島。

漏清宮樹子規啼,愁鏁碧春曉。

(年を重ねた、女妓が春には来ると男との約束を守って待つが、秋は過ぎ又春が来る、今度の春こそ来てくれると詠う)

秋の月の光に照らされて森々と夜が更けてゆく、だれ一人いなくてひっそりとしている。香をひとたきくゆらせるとそれが裏庭の方までしなやかに漂い、ほのかな香りに包まれる。春景色はこんなにも風流であるのに、高貴なお方は帰ってこない、だから、まわりの地の全てには、花が散り落ちた花弁で一杯なのに、それをすすんで掃き奇麗にする気になれないのだ。別離のままではこんなにも恨む気持ちは多くなり、あの人を見る事は無くなってしまった。何処へ行ったのだろうか、きっと、神仙の三山といわれる歓楽街を酒に酔い迷ってしまっているのだろう。眠りにつけず、漏刻の音が清らかに響くのを聞いていると、宮殿の庭の大樹に杜鵑がなく夜明けになっている。時は廻り、愁いに満ちたこの蘭房にも東の窓にまた新しい春の暁が訪れている。(こんどの春こそきっと来てくれると希望をもって春を迎える。)

《花間集》432巻九30 

滿 宮 花

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7424

(改訂版Ver.2.1

16尹鶚

前蜀の詞人

920年前後に在世

 

 
  2016年3月2日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(92)李太白集932巻二十四44 春怨  411Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(92) Ⅰ李白詩1776 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7420  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈140-#《 巻01-23秋懷詩,十一首之十 #2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(11) #2<1689> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7421  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-25 杜少陵集 《17-23 秋風,二首之一》 杜甫詩index-15-1155 <1605> 767年大暦2年56歲-25 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7422  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 16尹鶚《巻九30滿宮花》『花間集』432全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7424  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

 

紅梅202

尹鶚(生卒年末詳)は、前蜀の詞人。成都の人。前苛の王術に仕えて翰林校書となる、続いて校書郎、参卿に進んだため、「尹参卿鶚」と呼ばれた。『花間集』には六首が収められる。

前蜀(907年—925年),五代政之一,王建所建,定都成都

 

花間集 教坊曲《滿宮花》三首

張泌

《巻四46滿宮花》 花正芳,樓似綺,寂寞上陽宮裏。鈿籠金鏁睡鴛鴦,簾冷露華珠翠。嬌豔輕盈香雪膩,細雨黃鶯雙起。東風惆悵欲清明,公子橋邊沉醉。

魏承班

《巻九01滿宮花》  雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。春朝秋夜思君甚,愁見屏孤枕。少年何事負初心,滴縷金雙衽

尹鶚

《巻九30滿宮花》  沉沉,人悄悄,一後庭香。風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。離恨多,相見少,何處醉迷三島。漏清宮樹子規啼,愁春曉

 

 

滿宮花

(年を重ねた、女妓が春には来ると男との約束を守って待つが、秋は過ぎ又春が来る、今度の春こそ来てくれると詠う)

月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。

秋の月の光に照らされて森々と夜が更けてゆく、だれ一人いなくてひっそりとしている。香をひとたきくゆらせるとそれが裏庭の方までしなやかに漂い、ほのかな香りに包まれる。

風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。

春景色はこんなにも風流であるのに、高貴なお方は帰ってこない、だから、まわりの地の全てには、花が散り落ちた花弁で一杯なのに、それをすすんで掃き奇麗にする気になれないのだ。

離恨多,相見少,何處醉迷三島。

別離のままではこんなにも恨む気持ちは多くなり、あの人を見る事は無くなってしまった。何処へ行ったのだろうか、きっと、神仙の三山といわれる歓楽街を酒に酔い迷ってしまっているのだろう。

漏清宮樹子規啼,愁鏁碧春曉。

眠りにつけず、漏刻の音が清らかに響くのを聞いていると、宮殿の庭の大樹に杜鵑がなく夜明けになっている。時は廻り、愁いに満ちたこの蘭房にも東の窓にまた新しい春の暁が訪れている。(こんどの春こそきっと来てくれると希望をもって春を迎える。)

 

滿宮花

月 沉沉とし,人 悄悄たり,一炷は後庭にあり 裊香る。

風流 帝子 歸來せず,滿地 禁花 慵く掃く。

離は恨多く,相い見少くし,何處ぞ 醉いて三島を迷う。

漏清く 宮樹に 子規啼く,鏁を愁う 碧春曉。

 

西湖十景 曲院風荷02
 

『滿宮花』 現代語訳と訳註

(本文)

滿宮花

月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。

風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。

離恨多,相見少,何處醉迷三島。

漏清宮樹子規啼,愁鏁碧春曉。

 

(下し文)

滿宮花

月 沉沉とし,人 悄悄たり,一炷は後庭にあり 裊香る。

風流 帝子 歸來せず,滿地 禁花 慵く掃く。

離は恨多く,相い見少くし,何處ぞ 醉いて三島を迷う。

漏清く 宮樹に 子規啼く,鏁を愁う 碧の春曉。

 

(現代語訳)

(年を重ねた、女妓が春には来ると男との約束を守って待つが、秋は過ぎ又春が来る、今度の春こそ来てくれると詠う)

秋の月の光に照らされて森々と夜が更けてゆく、だれ一人いなくてひっそりとしている。香をひとたきくゆらせるとそれが裏庭の方までしなやかに漂い、ほのかな香りに包まれる。

春景色はこんなにも風流であるのに、高貴なお方は帰ってこない、だから、まわりの地の全てには、花が散り落ちた花弁で一杯なのに、それをすすんで掃き奇麗にする気になれないのだ。

別離のままではこんなにも恨む気持ちは多くなり、あの人を見る事は無くなってしまった。何処へ行ったのだろうか、きっと、神仙の三山といわれる歓楽街を酒に酔い迷ってしまっているのだろう。

眠りにつけず、漏刻の音が清らかに響くのを聞いていると、宮殿の庭の大樹に杜鵑がなく夜明けになっている。時は廻り、愁いに満ちたこの蘭房にも東の窓にまた新しい春の暁が訪れている。(こんどの春こそきっと来てくれると希望をもって春を迎える。)

 

 

(訳注)

滿宮花

(年を重ねた、女妓が春には来ると男との約束を守って待つが、秋は過ぎ又春が来る、今度の春こそ来てくれると詠う)

『花間集』 には三首所収。魏承斑の作は一首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句三仄韻、後段二十六字四句三仄韻で、3❸❻7❻/3❸❻7❻の詞形をとる。月沉月沉沉 人悄  一炷後庭香
風流帝子不歸來  滿地禁花慵
離恨多 相見  何處醉迷三
漏清宮樹子規啼  愁鏁碧

●○○ ○●●  ●●●○○●

△○●●△○△  ●●△○○●

△●○ △●●  △●●○△●

●○○●●○○  ○?●?○●

 

月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。

月の光に照らされて森々と夜が更けてゆく、だれ一人いなくてひっそりとしている。香をひとたきくゆらせるとそれが裏庭の方までしなやかに漂い、ほのかな香りに包まれる。

1 沉沉 (1) ずっしり重い,重量のある.(2) うち沈んだ,重苦しい.

2 悄悄 (1) ひっそりと,音もなく.(2) こっそりと,内密に悄悄内緒話

3 一炷 (1) 香をひとたきくゆらせること。また、その香。(2) 1本の灯心。

4 香裊 香がしなやかに漂う。

 

風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。

春景色はこんなにも風流であるのに、高貴なお方は帰ってこない、だから、まわりの地の全てには、花が散り落ちた花弁で一杯なのに、それをすすんで掃き奇麗にする気になれないのだ。

5 帝子 ここでは、神仙三島のある仙界(歓楽街)に来た高貴なお客。道教の最高神格のこと。「それぞれ道教における天上界の最高天「玉清境」「上清境」「太清境」に住し、この三天のことも「三清」と呼ぶ。

6 禁花 使ってはいけない花。嫌われる花。ここでは散り落ちた花弁。落ちてしまうと汚れ腐り嫌われる花になる。花落 花が 散る。若い時の花は散る。女妓が年老いたので嫌われるということ。

 

離恨多,相見少,何處醉迷三島。

別離のままではこんなにも恨む気持ちは多くなり、あの人を見る事は無くなってしまった。何処へ行ったのだろうか、きっと、神仙の三山といわれる歓楽街を酒に酔い迷ってしまっているのだろう。

7 迷三島 宮中のみならず、富貴の家、歓楽街の池には、池中に、神仙の住む蓬莱(ほうらい)・瀛州(えいしゅう)・方丈(ほうじょう)になぞらえられた3島(三神島)造営する。 黄河が渤海へと注ぐ岸に立ち、遥か東の海上をのぞむと、忽然と浮かび上がる島影が浮かぶという設定である。

 

漏清宮樹子規啼,愁鏁碧春曉。

眠りにつけず、漏刻の音が清らかに響くのを聞いていると、宮殿の庭の大樹に杜鵑がなく夜明けになっている。愁いに満ちたこの蘭房にも東の窓にまた新しい春の暁が訪れている。(こんどの春こそきっと来てくれると希望をもって春を迎える。)

8 漏清 漏刻の音が清らかに響く。

9 子規啼 男を求めて泣くけれど、啼いて血を吐くホトトギス。ツツジの花は初夏であるから時間の経過も示している。

温庭筠『菩薩蠻 七』 

玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。

門外草萋萋,送君聞馬嘶。

畫羅金翡翠,香燭銷成淚。

花落子規啼,綠窗殘夢迷。

玉樓明月長へに相ひ憶ふ、柳絲裊娜【じょうや】春力無し。

門外草萋萋たり、君を送れば馬の嘶くを聞けり。

畫【いろうつくしき】羅【うすぎぬ】金の翡翠、香【かぐはしき】燭消【とけ】て涙を成す。

花落ちて子規啼けば、綠窗【ろくそう】に殘夢迷ふ。

『菩薩蠻 七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-1-#7 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644


10
 子規 ホトトギス杜鵑。血を吐きながら、悲しげに、鳴くことから鳴き声が読み方と類似しているため不如歸とも書き表す。

宣城見杜鵑花 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集-244-350


法鏡寺 杜甫
洩雲蒙清晨,初日翳複吐。
朱甍半光炯,戸牖粲可數。
拄策忘前期,出蘿已亭午。
冥冥子規叫,微徑不複取。

“同谷紀行(6)” 法鏡寺 杜甫 <325#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1541 杜甫詩 700- 478


杜甫の鳥獸蟲魚類について整理してみると次のようにある。
五言律詩 
『鸚鵡』、『子規』、『百舌』、『歸鴈二首』、『歸鴈』、『孤鴈』、『鸂鶒』、『花鴨』『麂』、    

錦瑟
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。

錦瑟 李商隠 1 Ⅰ晩唐李商隠詩<1>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之漢詩ブログ<64>

 

11 鏁 蘭房に他の者との接触を断つため、①. 0 戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。 -をさす」 -をおろす」. . 1 錠剤。 《錠》

 

 

 

 

尹顎 臨江仙二首 【字解】

尹鶚,生卒年不詳,仕蜀為翰林、校書郎,累官至參卿。錦城今四川成都煙月之士。工詩詞,與賓貢李烙焉啤J飼笆裎校書郎。《花間集》卷九稱『尹參卿鶚』,參卿為參佐官之敬稱,非具體官守。事跡見《鑒戒錄》卷四、《十國春秋》卷四四本傳。

尹鶚詞。《花間集》錄存六首,《尊前集》錄存十一首,共十七首。

 

其一(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

一番荷芰生池沼  檻前風送馨
昔年於此伴蕭  相偎佇立 牽惹敘衷

時逞笑容無限態 還如菡萏爭

別來虛遣思悠颺 慵窺往事  金鏁小蘭

●△△●△○●  ●○△●○○

●○○●●○○  △○●● △●●△○

○●●○○●● ○△●●○○

●△○●△○△ ○○●●  ○?●○○

1 荷芰 蓮と菱

2 檻前 池の側の四阿の欄干。

3 蕭娘  身請けをされた女妓のこと。沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。

戯蕭娘

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)
明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。
風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。
凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。
意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

4 偎 ぴったり寄り添う,寄り掛かる偎傍, 偎依寄り掛かる.音読み:ワイ、 エ訓読み:ほのか、 なじむ、 したしむ、 ちかよる

5 逞 たくましい1 たくましい。「逞卒・逞兵」2 思うとおりにする

6 笑容 笑顔,笑み笑容可掬にこやかな笑みをたたえた.

7 菡萏 スイレン科の抽水性多年草、園芸植物、薬用植物。 はすのはな。

 

8 虛遣 空しくやる

9 悠颺(ゆうよう)」は、「ゆったりと舞い上がる」

10 往事 過ぎ去った事柄。昔のこと。

11 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

鹿虔扆【ろくけんい】)臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

16-457《臨江仙二首,其一》九巻 鹿虔扆 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-640-16-(457) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4747

12 蘭房 妓女の美しい寝室。また、美人の閨房(けいぼう)

 

13 【解説】 孤閏の恨みを詠う。後段、夢覚めた後、半ば消えかかった灯火は暗く、梧桐の葉に滴り落ちる滴の音一つ一つに、一層悲しみを誘われずにはいないことを言う。

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

深秋寒夜銀河靜  月明深院中
西幽夢等閑  逡巡覺後 特地恨難

紅燭半條殘焰短 依稀暗背銀 

枕前何事最傷 梧桐葉上  點點露珠

△○○●○○●  ●○△△△○

○?○△●○○  ○○●● ●●●△○

○●●○○●● △○●●○△

△○△●●△○ ○○●●  ●●●○△

14 銀河 天の川。銀漢。天漢。《季 秋》銀漢 あまのがわ。銀河・経河・河漢・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。《季 秋》

詩経の大雅•棫樸、「倬彼雲漢、爲章于天。」小雅大東などに雲漢,銀河,天河がみえる。古詩十九首之十「迢迢牽牛星、皎皎河漢女。」、謝霊運(康楽) 『燕歌行』「誰知河漢淺且清,展轉思服悲明星。」、李商隠『燕臺詩四首 其二』 「直教銀漢堕懐中、未遣星妃鎭來去。」七夕伝説では、織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が天の川である。二人は互いに恋しあっていたが、天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになった。秦州抒情詩(7)  天河 杜甫 <292> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

15 西 正妻ではない愛妾(女妓)、の閨。

16 幽夢 人知れぬ徴かな夢。幽の字、底本では郷に作るが四部備要本に拠って改めた。

17 等閑 いつものように。

18 遽巡 束の間。

19 特地 特別に。

20 依稀 徴かなさま。

21 背銀屏 銀屏風を背後にする。つまり灯火が銀屏風の前に置かれていることを言う。男と共に過ごす時、燈火も、屏風は寝牀のまわりに置くもので、「背」にするのは屏風が壁側に寄せられたままだということで、ずっと背後にあるということ。女が横になっていることを表現する語である。

22 梧桐葉上 梧桐はツガイの鳳凰の愛の巢である。その梧桐の葉のうえには愛の雫を落していたという意味。

23 露珠零 滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった

16尹鶚《巻九29臨江仙二首其二》『花間集』431全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7419

尹顎  臨江仙二首其二

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

(離宮に移された妃嬪はにどとちょうあいをうけることはないのに、閨では寵愛を受ける準備はしてまちわびている、でも、それしかないと、落す涙も枯れ果てたと詠う。

秋は深まり、夜長は寒く、銀河は静かに流れてゆく、月の光は奥深き中庭に降り注ぐ。

西の閨の窓辺にはいつものように、だれにも知られることもなく見るのはあのおかたの夢である、それも、ねむりがあさく、たちまちにして覚めてしまえば、恨み心は、特別に穏やかになるのが難しいほど動悸がする。

目が覚めても物憂く、紅い灯火が半ば消えかかり炎短くてもそのままにする、銀屏風は壁際に寄せたまま、炎が消えそうでも、あかりを背に暗くしたまま横たえている。

男用の枕の前に頭を横たえるけれど、この生活の最も心を傷ましむるできごとは、以前は、鳳凰の愛の巢である梧桐の葉に愛の雫を落していたのに、いまは、ぽとぽとと滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった。

《花間集》416巻九29

臨江仙二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7419

(改訂版Ver.2.1

16尹鶚

前蜀の詞人

920年前後に在世

 

 

 

 
  2016年3月1日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(91)李太白集931巻二十四42長門怨二首 其二  410Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(91) Ⅰ李白詩1775 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7415  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈139-#1《 巻01-23秋懷詩,十一首之十 #1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(11) #1<1688> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7416  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #5杜少陵集 《19-38 狄明府〔寄狄明府博濟〕#5》 杜甫詩index-15-1154 <1604> 767年大暦2年56歲-24 #5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7417   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 16尹鶚《巻九29臨江仙二首其二》『花間集』431全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7419  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

尹鶚(生卒年末詳)は、前蜀の詞人。成都の人。前苛の王術に仕えて翰林校書となる、続いて校書郎、参卿に進んだため、「尹参卿鶚」と呼ばれた。『花間集』には六首が収められる。

前蜀(907年—925年),五代政之一,王建所建,定都成都

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。

昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いに慕い、相佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。

この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。

別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。

(臨江仙二首其の一)

一番 荷芰 生池の沼,檻前 風送り 馨香あり。

昔年 此に於て蕭娘を伴とし,相いに偎【なじ】み佇立す,牽き惹れても 衷腸を敘す。

時逞す 笑容 無限の態,還如す 菡萏 芳を爭う。

別れ來って 虛しく遣る 悠颺を思うを,慵うき 往事を窺う,金鏁は 小蘭房なり。

 

臨江仙二首其二

(離宮に移された妃嬪はにどとちょうあいをうけることはないのに、閨では寵愛を受ける準備はしてまちわびている、でも、それしかないと、落す涙も枯れ果てたと詠う。

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

秋は深まり、夜長は寒く、銀河は静かに流れてゆく、月の光は奥深き中庭に降り注ぐ。

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

西の閨の窓辺にはいつものように、だれにも知られることもなく見るのはあのおかたの夢である、それも、ねむりがあさく、たちまちにして覚めてしまえば、恨み心は、特別に穏やかになるのが難しいほど動悸がする。

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

目が覚めても物憂く、紅い灯火が半ば消えかかり炎短くてもそのままにする、銀屏風は壁際に寄せたまま、炎が消えそうでも、あかりを背に暗くしたまま横たえている。

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

男用の枕の前に頭を横たえるけれど、この生活の最も心を傷ましむるできごとは、以前は、鳳凰の愛の巢である梧桐の葉に愛の雫を落していたのに、いまは、ぽとぽとと滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった。

(臨江仙二首其の二)

深秋 寒夜 銀河 靜まり,月 深院の中庭に明かなる。

西 幽夢 等閑 成り,逡巡 覺むる後,特地 恨みは平らかなり難し。

紅燭 半條して 焰短を殘し,依稀として 暗く 銀屏を背にす。

枕前 何事か最も情を傷ましめん,梧桐の葉上,點點として 露珠さえ零【わず】かなり。

 

西湖十景 曲院風荷02
 

臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其二

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の二)

深秋 寒夜 銀河 靜まり,月 深院の中庭に明かなる。

西 幽夢 等閑 成り,逡巡 覺むる後,特地 恨みは平らかなり難し。

紅燭 半條して 焰短を殘し,依稀として 暗く 銀屏を背にす。

枕前 何事か最も情を傷ましめん,梧桐の葉上,點點として 露珠さえ零【わず】かなり。

 

(現代語訳)

(離宮に移された妃嬪はにどとちょうあいをうけることはないのに、閨では寵愛を受ける準備はしてまちわびている、でも、それしかないと、落す涙も枯れ果てたと詠う。

秋は深まり、夜長は寒く、銀河は静かに流れてゆく、月の光は奥深き中庭に降り注ぐ。

西の閨の窓辺にはいつものように、だれにも知られることもなく見るのはあのおかたの夢である、それも、ねむりがあさく、たちまちにして覚めてしまえば、恨み心は、特別に穏やかになるのが難しいほど動悸がする。

目が覚めても物憂く、紅い灯火が半ば消えかかり炎短くてもそのままにする、銀屏風は壁際に寄せたまま、炎が消えそうでも、あかりを背に暗くしたまま横たえている。

男用の枕の前に頭を横たえるけれど、この生活の最も心を傷ましむるできごとは、以前は、鳳凰の愛の巢である梧桐の葉に愛の雫を落していたのに、いまは、ぽとぽとと滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった。

kairo10681
 

(訳注)

臨江仙二首其二

(離宮に移された妃嬪はにどとちょうあいをうけることはないのに、閨では寵愛を受ける準備はしてまちわびている、でも、それしかないと、落す涙も枯れ果てたと詠う。

13 【解説】 孤閏の恨みを詠う。後段、夢覚めた後、半ば消えかかった灯火は暗く、梧桐の葉に滴り落ちる滴の音一つ一つに、一層悲しみを誘われずにはいないことを言う。

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

深秋寒夜銀河靜  月明深院中
西幽夢等閑  逡巡覺後 特地恨難

紅燭半條殘焰短 依稀暗背銀 

枕前何事最傷 梧桐葉上  點點露珠

△○○●○○●  ●○△△△○

○?○△●○○  ○○●● ●●●△○

○●●○○●● △○●●○△

△○△●●△○ ○○●●  ●●●○△

 

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

秋は深まり、夜長は寒く、銀河は静かに流れてゆく、月の光は奥深き中庭に降り注ぐ。

14 銀河 天の川。銀漢。天漢。《季 秋》銀漢 あまのがわ。銀河・経河・河漢・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。《季 秋》

詩経の大雅•棫樸、「倬彼雲漢、爲章于天。」小雅大東などに雲漢,銀河,天河がみえる。古詩十九首之十「迢迢牽牛星、皎皎河漢女。」、謝霊運(康楽) 『燕歌行』「誰知河漢淺且清,展轉思服悲明星。」、李商隠『燕臺詩四首 其二』 「直教銀漢堕懐中、未遣星妃鎭來去。」七夕伝説では、織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が天の川である。二人は互いに恋しあっていたが、天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになった。州抒情詩(7)  天河 杜甫 <292> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

 

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

西の閨の窓辺にはいつものように、だれにもおとずれることもない、見るのはあのおかたの夢だけである、それも、ねむりがあさく、たちまちにして覚めてしまえば、恨み心は、特別に穏やかになるのが難しいほど動悸がする。

15 西 正妻ではない愛妾(女妓)、の閨。

16 幽夢 人知れぬ徴かな夢。幽の字、底本では郷に作るが四部備要本に拠って改めた。

17 等閑 いつものように。

18 遽巡 束の間。

19 特地 特別に。

 

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

目が覚めても物憂く、紅い灯火が半ば消えかかり炎短くてもそのままにする、銀屏風は壁際に寄せたまま、炎が消えそうでも、あかりを背に暗くしたまま横たえている。

20 依稀 徴かなさま。

21 背銀屏 銀屏風を背後にする。つまり灯火が銀屏風の前に置かれていることを言う。男と共に過ごす時、燈火も、屏風は寝牀のまわりに置くもので、「背」にするのは屏風が壁側に寄せられたままだということで、ずっと背後にあるということ。女が横になっていることを表現する語である。

 

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

殿方用の枕の前に頭を横たえるけれど、この生活の最も心を傷ましむるできごとは、以前は、鳳凰の愛の巢である梧桐の葉に愛の雫を落していたのに、いまは、ぽとぽとと滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった。

22 梧桐葉上 梧桐はツガイの鳳凰の愛の巢である。その梧桐の葉のうえには愛の雫を落していたという意味。

23 露珠零 滴り落ちる涙の露でさえも枯れて少なくなってしまった

 

 

 

尹顎 臨江仙二首 【字解】

尹鶚,生卒年不詳,仕蜀為翰林、校書郎,累官至參卿。錦城今四川成都煙月之士。工詩詞,與賓貢李烙焉啤J飼笆裎校書郎。《花間集》卷九稱『尹參卿鶚』,參卿為參佐官之敬稱,非具體官守。事跡見《鑒戒錄》卷四、《十國春秋》卷四四本傳。

尹鶚詞。《花間集》錄存六首,《尊前集》錄存十一首,共十七首。

 

其一(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

一番荷芰生池沼  檻前風送馨
昔年於此伴蕭  相偎佇立 牽惹敘衷

時逞笑容無限態 還如菡萏爭

別來虛遣思悠颺 慵窺往事  金鏁小蘭

●△△●△○●  ●○△●○○

●○○●●○○  △○●● △●●△○

○●●○○●● ○△●●○○

●△○●△○△ ○○●●  ○?●○○

1 荷芰 蓮と菱

2 檻前 池の側の四阿の欄干。

3 蕭娘  身請けをされた女妓のこと。沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。

戯蕭娘

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)
明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。
風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。
凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。
意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

4 偎 ぴったり寄り添う,寄り掛かる偎傍, 偎依寄り掛かる.音読み:ワイ、 エ訓読み:ほのか、 なじむ、 したしむ、 ちかよる

5 逞 たくましい1 たくましい。「逞卒・逞兵」2 思うとおりにする

6 笑容 笑顔,笑み笑容可掬にこやかな笑みをたたえた.

7 菡萏 スイレン科の抽水性多年草、園芸植物、薬用植物。 はすのはな。

 

8 虛遣 空しくやる

9 悠颺(ゆうよう)」は、「ゆったりと舞い上がる」

10 往事 過ぎ去った事柄。昔のこと。

11 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

鹿虔扆【ろくけんい】)臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

16-457《臨江仙二首,其一》九巻 鹿虔扆 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-640-16-(457) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4747

12 蘭房 妓女の美しい寝室。また、美人の閨房(けいぼう)

16尹鶚《巻九28臨江仙二首其一》『花間集』430全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7414

  臨江仙二首其一

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いにしたい愛佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。 

《花間集》416巻九28

臨江仙二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7414

(改訂版Ver.2.1

16尹鶚

前蜀の詞人

920年前後に在世

 

 
  2016年2月29日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(90)李太白集930巻二十四41長門怨二首 其一  409Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(90) Ⅰ李白詩1774 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7410  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈138 #2《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#2<1687> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7411  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #4杜少陵集 《19-38 狄明府〔寄狄明府博濟〕#4》 杜甫詩index-15-1153 <1603> 767年大暦2年56歲-24 #4漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7412  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 尹鶚《巻九28臨江仙二首其一》『花間集』430全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7414  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

尹參卿鶚六首

 

尹鶚(生卒年末詳)は、前蜀の詞人。成都の人。前苛の王術に仕えて翰林校書となる、続いて校書郎、参卿に進んだため、「尹参卿鶚」と呼ばれた。『花間集』には六首が収められる。

前蜀(907年—925年),五代政之一,王建所建,定都成都

 

 

花間集 教坊曲 『臨江仙』 二十六首

張泌

巻四38臨江仙  煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙  暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一  峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二  謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三  渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四  江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五  素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六  柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七  洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

和凝

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一  碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二  幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三  月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一  霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二  暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

尹參卿鶚六首

 

尹鶚(生卒年末詳)は、前蜀の詞人。成都の人。前苛の王術に仕えて翰林校書となる、続いて校書郎、参卿に進んだため、「尹参卿鶚」と呼ばれた。『花間集』には六首が収められる。

前蜀(907年—925年),五代政之一,王建所建,定都成都

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。

昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いに慕い、相佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。

この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。

別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。

(臨江仙二首其の一)

一番 荷芰 生池の沼,檻前 風送り 馨香あり。

昔年 此に於て蕭娘を伴とし,相いに偎【なじ】み佇立す,牽き惹れても 衷腸を敘す。

時逞す 笑容 無限の態,還如す 菡萏 芳を爭う。

別れ來って 虛しく遣る 悠颺を思うを,慵うき 往事を窺う,金鏁は 小蘭房なり。

 

臨江仙二首其二

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

紅梅202
 

 

臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其一

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。

昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。

別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

 

 

(下し文)

(臨江仙二首其の一)

一番 荷芰 生池の沼,檻前 風送り 馨香あり。

昔年 此に於て蕭娘を伴とし,相いに偎【なじ】み佇立す,牽き惹れても 衷腸を敘す。

時逞す 笑容 無限の態,還如す 菡萏 芳を爭う。

別れ來って 虛しく遣る 悠颺を思うを,慵うき 往事を窺う,金鏁は 小蘭房なり。

 

(現代語訳)

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。

昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いにしたい愛佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。

この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。

それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。

花間集 白梅
 

(訳注)

臨江仙二首其一

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

一番荷芰生池沼  檻前風送馨
昔年於此伴蕭  相偎佇立 牽惹敘衷

時逞笑容無限態 還如菡萏爭

別來虛遣思悠颺 慵窺往事  金鏁小蘭

●△△●△○●  ●○△●○○

●○○●●○○  △○●● △●●△○

○●●○○●● ○△●●○○

●△○●△○△ ○○●●  ○?●○○

曲院風荷01
 

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。

1 荷芰 蓮と菱

2 檻前 池の側の四阿の欄干。

 

昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いに慕い、相佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。

3 蕭娘  身請けをされた女妓のこと。沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。

戯蕭娘

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)
明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。
風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。
凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。
意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

4 偎 ぴったり寄り添う,寄り掛かる偎傍, 偎依寄り掛かる.音読み:ワイ、 エ訓読み:ほのか、 なじむ、 したしむ、 ちかよる

 

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。

この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。

5 逞 たくましい1 たくましい。「逞卒・逞兵」2 思うとおりにする

6 笑容 笑顔,笑み笑容可掬にこやかな笑みをたたえた.

7 菡萏 スイレン科の抽水性多年草、園芸植物、薬用植物。 はすのはな。

 

別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。

8 虛遣 空しくやる

9 悠颺(ゆうよう)」は、「ゆったりと舞い上がる」

10 往事 過ぎ去った事柄。昔のこと。

11 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

鹿虔扆【ろくけんい】)臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

16-457《臨江仙二首,其一》九巻 鹿虔扆 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-640-16-(457) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4747

12 蘭房 妓女の美しい寝室。また、美人の閨房(けいぼう)

 

 

 

 

尹鶚,生卒年不詳,仕蜀為翰林、校書郎,累官至參卿。錦城今四川成都煙月之士。工詩詞,與賓貢李烙焉啤J飼笆裎校書郎。《花間集》卷九稱『尹參卿鶚』,參卿為參佐官之敬稱,非具體官守。事跡見《鑒戒錄》卷四、《十國春秋》卷四四本傳。

尹鶚詞。《花間集》錄存六首,《尊前集》錄存十一首,共十七首。

15閻選《巻九27河傳 一首》 》『花間集』429全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7409

閻選 河傳 一首

秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。

西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。

(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)

秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。 秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。

《花間集》424巻九27

河傳 一首

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7409

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 
  2016年2月28日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(89)李太白集929巻二十四41長信宮  408Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(89) Ⅰ李白詩1773 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7405  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈138 #1《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#1<1686> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7406  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #3杜少陵集 《19-38 狄明府〔寄狄明府博濟〕#3》 杜甫詩index-15-1152 <1602> 767年大暦2年56歲-24 #3漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7407  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 15閻選《巻九27河傳 一首》 》『花間集』429全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7409  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

花間集  河傳 十八首

溫庭筠

《巻二09河傳三首其一》江畔,相喚。曉妝仙,仙景箇女採蓮。請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

溫庭筠

《巻二10河傳三首其二》湖上,閑望。雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。謝娘翠娥愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。蕩子天涯歸棹遠,春已晚,鶯語空腸斷。若耶溪,溪水西,柳堤,不聞郎馬嘶。

溫庭筠

《巻二11河傳三首其三》同伴,相喚。杏花稀,夢裡每愁依違。仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

韋莊

《巻三05河傳三首其一》何處,煙雨,隋堤春暮。柳色葱蘢,畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。青娥殿春粧媚,輕雲裡,綽約司花妓。江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁

韋莊

《巻三06河傳三首其二》春晚,風暖,錦城花滿。狂殺遊人,玉鞭金勒,尋勝馳驟輕塵,惜良晨。翠娥爭勸臨邛酒,纖纖手,拂面垂絲柳。歸時煙裏,鐘皷正是黃昏,暗銷魂。

韋莊

《巻三07河傳三首其三》錦浦,春女,繡衣金縷。霧薄雲輕,花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。香塵隱映,遙見翠檻紅樓,黛眉愁。

張泌

《巻四40河傳二首其一》渺莽雲水,惆悵暮帆,去程迢遞。夕陽芳艸,千里萬里,鴈聲無限起。夢魂悄斷煙波裡,心如醉。相見何處是,錦屏香冷無睡,被頭多少淚。

張泌

《巻四41河傳二首其二》紅杏,交枝相映,密密濛濛。一庭濃豔倚東風,香融,透簾櫳。斜陽似共春光語,蝶爭舞,更引流鶯妬。魂銷千片玉樽前,神仙,瑤池醉暮天。

顧夐

《巻六40河傳三首其一》鷰颺,晴景。小屏暖,鴛鴦交頸。菱花掩卻翠鬟欹,慵整。海棠簾外影。繡幃香斷金鸂鶒,無消息,心事空相憶。東風,春正濃。愁紅,淚痕衣上重

顧夐

《巻六41河傳三首其二》曲檻,春晚。碧流紋細,綠楊絲軟,露花,鮮杏,枝繁鶯囀,野蕪似剪。直是人間到天上,堪遊賞,醉眼疑屏障,對池塘,惜韶光,斷腸為花須盡狂。

顧夐

《巻六42河傳三首其三》棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰。倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦

孫光憲

《巻七47河傳四首其一》太平天子,等閑遊戲,疏河千里。柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中

孫光憲

《巻七48河傳四首其二》柳拖金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。襞花牋,豔思牽。成篇,官娥相與傳。

孫光憲

《巻七49河傳四首其三》花落,煙薄,謝家池閣。寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。沾襟,無人知此心。玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

孫光憲

《巻七50河傳四首其四》風颭,波斂。團荷閃閃,珠傾露點。木蘭舟上,何處娃越豔,藕花紅照臉。大堤狂殺襄陽客,煙波隔,渺渺湖光白。身已歸,心不歸。斜暉,遠汀鸂鶒飛

閻選

《巻九27河傳 一首》  秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸

李珣

《巻十49河傳二首其一》  去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書。想佳人花下,對明月春風,恨應同。

李珣

《巻十50河傳二首其二》  春暮,微雨。送君南浦,愁斂雙蛾。落花深處,啼鳥似逐離歌,粉檀珠淚和。臨流更把同心結,情哽咽,後會何時節?不堪迴首,相望已隔汀洲,艣聲幽。

 

 

河傳 一首

(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)

秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。

秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。

暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。

今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。 

西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。

秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。

幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。

幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。

 

(河傳)

秋の雨,秋の雨に,晝と無く夜と無く,滴滴として霏霏たり。

燈暗く簟涼かにして 分離を怨み,妖,悲に勝えず。

西風 稍や急に 喧【かまびす】し,停み 又た續き,膩臉【じけん】雙玉に懸かり。

幾たび迴るも 約せし 鴈來る時を邀うるも,期に違い,鴈歸るも,人歸えらず。

三峡 巫山十二峰001
 

宮島(10)
 

『河傳 一首』 現代語訳と訳註

(本文)

秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。

暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。

西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。

幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。

 

(下し文)

(河傳)

秋の雨,秋の雨に,晝と無く夜と無く,滴滴として霏霏たり。

燈暗く簟涼かにして 分離を怨み,妖,悲に勝えず。

西風 稍や急に 竹喧【かまびす】し,停み 又た續き,膩臉【じけん】雙玉に懸かり。

幾たび迴るも 約せし 鴈來る時を邀うるも,期に違い,鴈歸るも,人歸えらず。

 

(現代語訳)

(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)

秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。

今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。 

秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。

幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。

 

(訳注)

河傳 一首

(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)

60【解説】雁が飛び帰る頃、秋雨の降ると船は航行されず、本当は浮気心の男なのに、雨や、風で帰れないと雨や風をを恨むことでまぎらわせる女性の心情を詠う。末尾、男は「雁が帰る頃旨分も戻って来る」と約束をしたが、何年も約束を破り、今年も雁は渡って来たが、あの人はまたも帰って来なかったと恨みを述べる。昼夜を分かたず降り続く雨、窓辺で風にざわめく竹は胸中の不安を示すと同時に、船が航行されないから帰ってこないと気持ちを雨と風に恨む気持ちを紛らわせる。でも帰ってきて肥満体の男は暑がりだから、簟のシーツを片付けることが出来ない女の思いやりをうたっている。

この時代に、若くして、愛妾とされ、身請けされ、買斷されるというのは女妓たちの憧れである。その憧れは同時に閨で、一人で過ごすということも意味している。李白の「江夏行」「長干行」などとこの詩は、シチュエーションが似ているということでより参考にすると味わいが深まる。

なおも夏用の竹筵を使っているのは、女が愁いと悲しみとのために何もする気になれず、竹筵をしまうのも面倒なためであるとする解説書もあるが、それでは意味が浅すぎる。

『花問集』には閣選の作が一首収められている。双調五十三字、前段二十四字七句二仄韻四平韻、後段二十九字六句三仄韻四平韻で、❷❷4④⑦②③/❼❸❺⑦②②③の詞形をとる。

   無晝無夜  滴滴霏
暗燈涼簟怨分   不勝

西風稍急喧 停又  膩臉懸雙
幾迴邀約鴈來  期   人不

○●  ○● ○●○●  ●●○○

●○△●△△△  ○○ △△○

○△●●○?● ○●●  ●△○○●

△△○●●△○  ○○ ●○  ○△○

 

秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。

秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。

61 秋雨,秋雨 雨の日には船の航行が出来ないので、雨を恨む様子をいう。

62 霏霏 雨や雪の激しく降るさま。この四句は約束の時期に降る、秋の長雨を恨んでいる。

 

暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。

今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。 

63 涼簟 冷たい竹筵の高級ベッドシーツ。筆は竹皮で編んだ夏用の敷物。既に雁渡る秋に入っているので涼簟と言う。ベッドの情交の際、汗でぼと着くことが無い。閨で待ち続ける女の侘しさをイメージさせる。簟は高級なので男は富貴の者であることを意味する。

64 分離 ここでは男が別の女のもとに行っていることをイメージさせる、別れ別れになっていること。

65 妖姫 魅惑的な美女。女の良さをいうことは、男はそれに飽きたということを感じさせる。この三句は、男を待つ閨の様子と待つことに堪えなければいけないことをいう。

 

西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。

秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。

66 西風 西風が吹けば長江を遡上できなくて航行不能になる。

67 雙玉 二筋の真珠の涙がおちる双玉は双真珠の様な珠の涙がほほをつたう涙の玉。

 

幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。

幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。

68 幾迴 何年も経過したこと。

 

 泰山の夕日02

 


続きを読む

15閻選《巻九26八拍蠻二首其二》『花間集』428全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7404

閻選 八拍蠻二首 其二

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

《花間集》424巻九26

八拍蠻二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7404

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 

              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

孫光憲 《八拍蠻》

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

美人が多い南国の女らは昼には競って岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

 

 

 

閻選 八拍蠻二首 其一

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

(八拍蠻二首 其の一)

雲鏁 嫩黃【ぜんこう】 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。

光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。

 

閻選 八拍蠻二首 其二

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

(八拍蠻二首 其二)

愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。

憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと


興慶宮002
丁子001
 

『八拍蠻二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

八拍蠻二首 其二

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

 

 

(下し文)

(八拍蠻二首 其二)

愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。

憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと。

 

(現代語訳)

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。

なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

 

(訳注)

八拍蠻二首 其二

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

53 《八拍蛮》单调,二十八字,四句,二/三平韵。唐教坊曲名。白居易が始めた歌曲様式。本来は漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、詩の形式は七言絶句体であるが、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に《楊柳枝詞》《採蓮子》《陽関曲》《浪淘沙》《江南春》《阿那曲》《欸乃曲》《水調歌》《清平調》などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なり、曲調も異なっている。

『花間集』にはこの詩題の閻選の作が二首収められている。単調二十八字、四句二平韻二仄韻で、❼⑦❼⑦の詞形をとる。

愁鏁黛眉煙易慘  淚飄紅臉粉難
憔悴不知緣底事  遇人推道不宜

○?●○○●●  ●○○△●△○

○●△○△●●  ●○○●△○○

閻處士選(閻選,生卒年不詳。為前蜀布衣,時稱閻處士。)

【解説】 基本的に宮女・教坊の妓優に関する詞である。春には逢えるはずと思って侘しく待つ女の心の様子を女の身近な変化でそれを詠う。

 

 

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。

54  ①金属製の輪をつないだひも状のもの。②物と物とを結び付けているもの。きずな。戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。

55 煙易惨 閨で準備のための香を焚き続け、煙でいぶされて黒ずんだこと。

56 粉難勻 涙でくずれた化粧は繕うことができ

ないほどである。

 

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

57 憔悴不知緣底事 人が女のやつれたのを見て、なぜやつれたのか理由が分からず、女にその訳を尋ねた、と解する。

58 推道 言い逃れる、言い訳をする。

59 不宜春 体が春にむいていない。

霓裳羽衣舞001

 

 


続きを読む

15閻選《巻九25八拍蠻二首其一》『花間集』427全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7399

閻選  八拍蠻二首 其一

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

《花間集》 424巻九25

八拍蠻二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7399

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 
  2016年2月26日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(87)李太白集886巻二十三61詠桂  406Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(87) Ⅰ李白詩1771 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7395  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈137-#1《 巻01-21秋懷詩,十一首之八 (卷卷落地葉,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(9)#1<1684> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7396  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #1杜少陵集 《19-38 狄明府【寄狄明府博濟】-#1》 杜甫詩index-15-1150 <1600> 767年大暦2年56歲-24 #1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7397  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 15閻選《巻九25八拍蠻二首其一》『花間集』427全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7399  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

孫光憲 《八拍蠻》

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

美人が多い南国の女らは昼には競って岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

 

 

 

八拍蠻二首 其一

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

(八拍蠻二首 其の一)

雲鏁 嫩黃【ぜんこう】 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。

光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。

 

八拍蠻二首 其二

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

(八拍蠻二首 其二)

愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。

憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと

 

西湖十景 曲院風荷02
 

『八拍蠻二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

八拍蠻二首 其一

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。 

 

(下し文)

(八拍蠻二首 其の一)

雲鏁 嫩黃 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。

光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。

 

(現代語訳)

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

 

隋堤002
 

(訳注)

八拍蠻二首 其一

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

47 《八拍蛮》单调,二十八字,四句,二/三平韵。唐教坊曲名。白居易が始めた歌曲様式。本来は漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、詩の形式は七言絶句体であるが、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に《楊柳枝詞》《採蓮子》《陽関曲》《浪淘沙》《江南春》《阿那曲》《欸乃曲》《水調歌》《清平調》などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なり、曲調も異なっている。

閻處士選(閻選,生卒年不詳。為前蜀布衣,時稱閻處士。)

『花間集』にはこの詩題の閻選の作が二首収められている。単調二十八字、四句二平韻二仄韻で、❼⑦❼⑦の詞形をとる。

雲鏁嫩黃煙柳,風吹紅蒂雪梅

光影不勝閨閣,行行坐坐黛眉

○?●○○●●  △△○●●○○

△●△△○●●  △△●●●○○

 

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

48 鏁・鎖・鏈【くさり】①. 金属製の輪をつないだひも状のもの。 「懐中時計の-」 -につながれた猛獣」. . 物と物とを結び付けているもの。きずな。

49 嫩 1(植物の芽・果実や人の肌などが)若い,柔らかい,みずみずしい.3.用例个姑娘 niang 皮很嫩。〔述〕=この娘は肌がみずみずしい.又白又嫩的小手=色白で柔らかい小さいこと

 

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

50 光影 春の光は馬物を成長させ、風光明媚にしていく。

李白《越女詞其五》

鏡湖水如月,耶溪女似雪。

新妝蕩新波,光影兩奇絶。

鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。

新妝 新波に蕩ゆらめき,光影 兩つながら奇絶。

鏡湖は水が月光のようにすみ,耶溪は女むすめが雪のように色白。

初々しい化粧姿はすがすがしい波間にうつる,その光影はどちらも比べがたく素晴らしい。

51 攢 ()とは。意味や日本語訳。[]集める,集めまとめる攒钱金を集める. zǎn cuánjù[]群がる,密集する.

52 行行坐坐 心に落ち着きがなく、立ったり座ったり、行ったり戻ったりすること。

57moon

 


続きを読む

15閻選《巻九24浣溪沙》 『花間集』426全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7394

閻選  浣溪沙

寂寞流蘇冷繡茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。

劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。

(「買斷」の妓女は別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を待つだけの暮らしをするしかないと詠う。)

誰も来ない閨は寂寞として侘しさだけの房飾りの付いた戸帳りが垂れ、寝牀に敷かれたマットにも冷ややかなものになっている、屏風は傍らに立てかけたままだし。そのそばには、使わなくなった山形の枕があり、徴かな香りが残っている、閨から見える小さな庭の花は露に濡れていて、女は濡れることはない、色濃くなった春というのがまたすぎてゆくと思えば、なみだがあふれただ泣くだけである。あの人は、劉郎・阮郎の故事のように仙界の客ではなかったということだった、別れ去って久しく帰らない愛しい男の心は、この館の女の夫になりえなかったのであるし、このおんなは、この月の館の常蛾のように別世界の人となりだれともせっしょくなくくらすというものだし、この世に生を受けたものは、「東隣之佳人」であってもただ見ているだけだったように、もう彼女を訪ねて行くという路はないということなのだ。

《花間集》424巻九24

浣 溪 沙

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7394

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 
  2016年2月25日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(86)李太白集885巻二十三61詠槿  405Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(86) Ⅰ李白詩1770 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7390  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈136-#2《 巻01-20秋懷詩,十一首之七 (秋夜不可晨,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(8)<1683> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7391  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-23 本文#4杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 本文#4》 杜甫詩index-15-1149 <1599> 767年大暦2年56歲-23本文#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7392   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 15閻選《巻九24浣溪沙》 『花間集』426全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7394  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

凌波曲舞002
 

浣溪沙

(「買斷」の妓女は別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を待つだけの暮らしをするしかないと詠う。)

寂寞流蘇冷繡茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。

誰も来ない閨は寂寞として侘しさだけの房飾りの付いた戸帳りが垂れ、寝牀に敷かれたマットにも冷ややかなものになっている、屏風は傍らに立てかけたままだし。そのそばには、使わなくなった山形の枕があり、徴かな香りが残っている、閨から見える小さな庭の花は露に濡れていて、女は濡れることはない、色濃くなった春というのがまたすぎてゆくと思えば、なみだがあふれただ泣くだけである。

劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。

あの人は、劉郎・阮郎の故事のように仙界の客ではなかったということだった、別れ去って久しく帰らない愛しい男の心は、この館の女の夫になりえなかったのであるし、このおんなは、この月の館の常蛾のように別世界の人となりだれともせっしょくなくくらすというものだし、この世に生を受けたものは、「東隣之佳人」であってもただ見ているだけだったように、もう彼女を訪ねて行くという路はないということなのだ。

(浣溪沙)

寂寞たる流蘇 繡茵冷やかに,屏に倚る山枕 香塵を惹き,小庭 花 露して濃香に泣く。

劉阮は信に仙洞の客に非らず,常娥は終に是れ月中の人,此の生 路の東鄰を訪う無し。

 

海棠花101
 

『浣溪沙』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙

寂寞流蘇冷繡茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。

劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。

 

 

(下し文)

(浣溪沙)

寂寞たる流蘇 繡茵冷やかに,屏に倚る山枕 香塵を惹き,小庭 花 露して濃香に泣く。

劉阮は信に仙洞の客に非らず,常娥は終に是れ月中の人,此の生 路の東鄰を訪う無し。

 

 

(現代語訳)

(「買斷」の妓女は別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を待つだけの暮らしをするしかないと詠う。)

誰も来ない閨は寂寞として侘しさだけの房飾りの付いた戸帳りが垂れ、寝牀に敷かれたマットにも冷ややかなものになっている、屏風は傍らに立てかけたままだし。そのそばには、使わなくなった山形の枕があり、徴かな香りが残っている、閨から見える小さな庭の花は露に濡れていて、女は濡れることはない、色濃くなった春というのがまたすぎてゆくと思えば、なみだがあふれただ泣くだけである。

あの人は、劉郎・阮郎の故事のように仙界の客ではなかったということだった、別れ去って久しく帰らない愛しい男の心は、この館の女の夫になりえなかったのであるし、このおんなは、この月の館の常蛾のように別世界の人となりだれともせっしょくなくくらすというものだし、この世に生を受けたものは、「東隣之佳人」であってもただ見ているだけだったように、もう彼女を訪ねて行くという路はないということなのだ。

 

 

(訳注)

浣溪沙

(「買斷」の妓女は別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を待つだけの暮らしをするしかないと詠う。)

38 浣溪沙【解説】 女性に対する男の思慕の情を詠う。前段は、女のいない俺しい室内の模様を描き、我が身の悲しみを、深まる春、露に泣き濡れる花に重ねて詠じる。後段は、一度は女と情を交わし得たが、女は所詮別世界に住み、俗界の人間の私の手の届く人ではないのだと、この世において女を訪ねるすべのないことを言う。

『花間集』には開運の作が一首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

寂寞流蘇冷繡  倚屏山枕惹香 小庭花露泣濃

劉阮信非仙洞客 常娥終是月中  此生無路訪東

●●○○△●○  △△○△●○○ ●○○●●○○

○△△○○△● ○○○●●△○  ●△○●●○○

 

 

寂寞流蘇冷繡茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。

誰も来ない閨は寂寞として侘しさだけの房飾りの付いた戸帳りが垂れ、寝牀に敷かれたマットにも冷ややかなものになっている、屏風は傍らに立てかけたままだし。そのそばには、使わなくなった山形の枕があり、徴かな香りが残っている、閨から見える小さな庭の花は露に濡れていて、女は濡れることはない、色濃くなった春というのがまたすぎてゆくと思えば、なみだがあふれただ泣くだけである。

39 寂寞【せきばく】1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。

40 流蘇 房飾りの付いた帳、流蘇帳。流蘇:五色の糸を混ぜたふさで、幕や旗などの飾りに使う。流蘇帳は、ふさの飾りが付いた幕。華麗で艶めかしいベッド等の家具を連想させる働きがある。

韋莊『天仙子 其二』

深夜歸來長酩酊。扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒気麝蘭和。

驚睡覚、笑呵呵。

長道人生能幾何。

(天仙子【てんせんし】 其の二)

深夜 歸り来たりて長く酩酊【めいてい】し、扶けられて流蘇【りゅうそ】に入るも 猶お未だ醒めず。

醺醺【くんくん】たる酒気、麝蘭【じゃらん】と和じる。

驚いて睡りより覚むれば 笑ふこと呵呵【かか】とし。

長んに道ふ人生能く幾何ぞと。

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の二 酒)

夜も更けてから帰ってゆく長い時間酩酊状態にあるようだ。万幕を張ったような流蘇樹の中に助けられて入っていったのだが、やっぱりまだ酔いがさめてはいないのだ。

酒に酔ってにこにこしている状態は続いているのにさらに酒を呑んでいるけれど、美人の蘭の香りや麝香の香りが和んでいる。

眠りから覚めて驚いたようで、次に大声で笑い始めている。

そして、何度も言うことは「人生というものはどれだけものであるか。」だからいまのこの時を愉しまないでどうするのか。

天仙子 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-271-5-#25  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2902

41 繡茵 刺繍の施された床敷(マットレス)。ここでは敷布団の意。

42 倚屏山枕 屏風は情事の際寝牀のまわりに置かれるがたたんで蒲に倚りかかったままということ。その傍らに置かれた枕。山枕は山形をした枕。真ん中が窪み、両端が高い凹形状のまくら。首筋に当てて寝ている時も髪型が崩れない様、動かないためのまくら。山は妓女という意味があり、妓女が使う枕である。ここの意味は、「買斷」で他の男とは接触がなく、その男が来ないので、ひとり暮らしをしていて、髪型を気にして寝ることが無くなったことを意味する。

43 惹香塵 枕に塵が積もる。香塵はここでは微かに女の香りを残す塵。

 

劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。

あの人は、劉郎・阮郎の故事のように仙界の客ではなかったということだった、別れ去って久しく帰らない愛しい男の心は、この館の女の夫になりえなかったのであるし、このおんなは、この月の館の常蛾のように別世界の人となりだれともせっしょくなくくらすというものだし、この世に生を受けたものは、「東隣之佳人」であってもただ見ているだけだったように、もう彼女を訪ねて行くという路はないということなのだ。

44 劉阮信非仙洞客 後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。劉展、阮肇は、仙女に逢ったけれども、結局、仙女とは無縁の俗世の人間であった。ここではそれを借りて、自分は結局彼女と縁がなかった、と言ったもの。

45 常娥終是月中人 常蛾は結局月世界の人。常蛾は夫が西王母からもらった不老不死の薬を盗んで月に逃げた伝説上の月世界の神女。作中の男主人公が恋い慕う女性が、月世界の神女、常蛾にも等しい別世界の人であることを言ったもの。この句も自分は結局彼女と縁がなかったことを言う。

46 東鄰 「東隣之佳人」東鄰子 宋玉の賦の中に出てくる美人。司馬相如の「美人賦」に「臣之東隣有一女子」と言い、梁江淹の「麗色賦」に「東隣之佳人」と言うように、美人と言えば「東隣」の女として表現するのが漢籍の常で、文選の「好色賦」における「隣之女」「東家之子」や、玉台新詠の徐悱の詩に「東家」とあるのも、同様に理解される。ここでは、独り暮らしの女は、他の男性と接触を断っているということであるから、気軽に訪ねるわけにいかず見ているだけということ。

続きを読む

15閻選《巻九23臨江仙二首其二》『花間集』425全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7389

閻選  臨江仙二首其二

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている

《花間集》424巻九23

臨江仙二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7389

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 
  2016年2月24日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(85)李太白集856卷23-32翰林讀書言懷呈集賢諸學士#2 404-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(85) Ⅰ李白詩1769 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7385  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈136《 巻01-20秋懷詩,十一首之七 (秋夜不可晨,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(8)<1682> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7386  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-23-本文#3杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行-本文#3》 杜甫詩index-15-1148 <1598> 767年大暦2年56歲-23 -本文#3漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7387  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 15閻選《巻九23臨江仙二首其二》『花間集』425全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7389  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

花間集 教坊曲 『臨江仙』 二十六首

張泌

巻四38臨江仙  煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙  暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一  峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二  謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三  渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四  江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五  素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六  柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七  洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

和凝

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一  碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二  幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三  月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一  霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二  暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。

物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。

秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。

欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

(臨江仙二首其の一)

雨停み 荷芰 濃香を逗め,岸邊 蟬噪して 楊を垂る。

物華空しく 舊き池塘有り,仙子に逢わず,何處にか襄王を夢みん。

珍簟 對して欹てて鴛枕冷やかなり,此來 塵暗く淒涼たり。

危檻に憑らんと欲すれども恨み偏長するばかり,藕の花 珠 綴り,猶お 汗 凝粧に似たり。

 

 

臨江仙二首其二

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている。

(臨江仙二首其の二)

十二の高峯 天外寒し,竹梢 輕やかに 拂仙の壇とす。

寶衣 行雨 雲端に在り,畫簾 深く殿し,香霧 冷やかに風 殘る。

楚王 何處に去らん?と問わんと欲せば、翠屏 猶の金鸞を掩う。

猿啼いて 明月 空灘を照らし,孤舟 行客,夢に驚き亦た艱難たり。

 

巫山十二峰002
 

『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其二

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

 

 

(下し文)

(臨江仙二首其の二)

十二の高峯 天外寒し,竹梢 輕やかに 拂仙の壇とす。

寶衣 行雨 雲端に在り,畫簾 深く殿し,香霧 冷やかに風 殘る。

楚王 何處に去らん?と問わんと欲せば、翠屏 猶の金鸞を掩う。

猿啼いて 明月 空灘を照らし,孤舟 行客,夢に驚き亦た艱難たり。

 

(現代語訳)

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている。

 

巫山十二峰004
花間集 白梅
 

(訳注)

臨江仙二首其二

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

『花間集』には閻選の作が八首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

十二高峯天外  竹梢輕拂仙
寶衣行雨在雲  畫簾深殿 香霧冷風  

欲問楚王何處去 翠屏猶掩金
猿啼明月照空  孤舟行客 驚夢亦艱

●●○○○●○  ●△△●○○

●△△●●○○  ●○△● ○△△△○

●●●△△●● ●△△●○○

○○○●●△△  ○○△● ○△●○△

 

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

38 十二高峯 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

麻姑山仙壇記

建碑:唐・大暦6年(771年)顔眞卿は大暦3年に江南道の撫州刺史として、撫州に赴任した。仙女麻姑の伝承をもつ麻姑山は、この撫州に属する南城縣にあり、現在は、江西省の南昌から東南に旰江を遡ったところ、本碑は、麻姑が得道したと伝えられる土壇の傍に顔眞卿がその伝説や仙壇・祠堂の由来を書き記して、石に刻した。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

39 寶衣 ・寶衣 宝玉と絹の衣裳。

秦州抒情詩 杜甫《即時》

聞道花門破,和親事卻非。

人憐漢公主,生得渡河歸。

秋思雲髻,腰肢勝寶衣。

群凶猶索戰,回首意多違。

即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410

 

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

40 楚王 楚王 春秋戦国時代の楚の王。古代の南部中国の帝王。靈王、襄王、懷王、莊王などか。ここでは、巫山の夢であるから、宋玉《高唐賦》懐王である。

司馬相如《子虛賦》「於是楚王乃登陽雲之臺,泊乎無為,澹乎自持,勺藥之和具而後御之。」(是に於て楚王 乃ち陽雲の臺に登りて,泊乎【はくこ】として為す無く,澹乎として自ら持す,勺藥【しゃくやく】の和を具【そな】わりて後に之を御す。)司馬相如 《子虚賦 》(19#8-1 文選 賦<109-#8-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩898 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3038

41 翠屏 翡翠の屏風で、男女まじわる際、寝牀のまわりに立てる。

42 金鸞 金の鸞鳳、鳳凰を屏風、とばりなどに、つがいで描く。

 

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている。

43 孤舟行客 三峡、灔澦堆を下るのは命がけであったのでその前に港で女性と交わって次の日に下ってゆく。下る船の中で、昨晩のことと、楚王と神女のことがダブってしまい、夢が醒めると次の急流に向かう、というのがこの詩である。

劉禹錫《巫山神女廟》

巫山十二鬱蒼蒼,片石亭亭號女郎。

曉霧乍開疑卷幔,山花欲謝似殘妝。

星河好夜聞清佩,雲雨歸時帶異香。

何事神仙九天上,人間來就楚襄王。

(巫山の神女峰 劉禹錫)

巫山十二 鬱として蒼蒼、片石亭亭 女郎と号す

暁霧 乍ち開いて幔を巻けるかと疑い、山花 謝まんと欲して妝を残うに似たり

星河の好夜 清佩を聞き、雲雨 帰る時 異香を帯ぶ

何事ぞ 神仙 九天の上より、人間 来たりて 楚の襄王に就けり

 


続きを読む

15閻選《巻九22臨江仙二首其一》『花間集』424全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7384

閻選  臨江仙二首其一

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

《花間集》424巻九22

臨江仙二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7384

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 
  2016年2月23日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(85)李太白集856卷23-32翰林讀書言懷呈集賢諸學士 ( 一本集賢后有院內二字)  404Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(85) Ⅰ李白詩1768 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7380  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈135《 巻01-19秋懷詩,十一首之六 (今晨不成起,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(7)<1681> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7381  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-23 #2杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 #5》 杜甫詩index-15-1147 <1597> 767年大暦2年56歲-23 #2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7382   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 15閻選《巻九22臨江仙二首其一》『花間集』424全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7384  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

花間集 教坊曲 『臨江仙』 二十六首

張泌

巻四38臨江仙  煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙  暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一  峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二  謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三  渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四  江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五  素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六  柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七  洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

和凝

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一  碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二  幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三  月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一  霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二  暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。

物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。

秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。

欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

(臨江仙二首其の一)

雨停み 荷芰 濃香を逗め,岸邊 蟬噪して 楊を垂る。

物華空しく 舊き池塘有り,仙子に逢わず,何處にか襄王を夢みん。

珍簟 對して欹てて鴛枕冷やかなり,此來 塵暗く淒涼たり。

危檻に憑らんと欲すれども恨み偏長するばかり,藕の花 珠 綴り,猶お 汗 凝粧に似たり。

 

臨江仙二首其二

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

 

Flower1-008
 

『臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其一

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。

物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。

欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の一)

雨停み 荷芰 濃香を逗め,岸邊 蟬噪して 楊を垂る。

物華空しく 舊き池塘有り,仙子に逢わず,何處にか襄王を夢みん。

珍簟 對して欹てて鴛枕冷やかなり,此來 塵暗く淒涼たり。

危檻に憑らんと欲すれども恨み偏長するばかり,藕の花 珠 綴り,猶お 汗 凝粧に似たり。

 

(現代語訳)

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。

この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。

秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。

高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

紅梅004
 

(訳注)

臨江仙二首其一

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

27 【解説】 正妻に認められず道女となって、男を毎日待っている女性を詠う。前段は、かつてあの人と共に遊んだ池塘にはくさがおいしげり、男は行方は知れず、せめて夢の中に男に逢おうとしても、女には待つことだけが許されている。一夫多妻制、通い婚が基本の時代、再会を果たせぬ悲しみを述べる。後段は、この頃は簟もそのまま、枕にも塵が積もったままの侘しい限りで、高殿に身を寄せて遥かに男を偲べば、恨みは尽きることなく、露置く蓮の花に、在りし日の汗した男の顔を思い浮かべると、男への思慕の情を綴る。

妓女は、「買斷」の場合、娼屋の離れ、房に囲われ、そこで一生男を待つ、身請けをして妾となる場合、正妻が家妓を認めない場合の多くは、道女となって道観の離れで男を待つということが多かった。いずれにしても、こうした女性は、若い間に「離れ」「奥座敷」に住まわれるように努力をすることが一番であった。

『花間集』には閻選の作が八首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/⑦⑥⑦4⑤の詞形をとる。

雨停荷芰逗濃香  岸邊蟬噪垂
物華空有舊池塘 不逢仙子 何處夢襄

珍簟對欹鴛枕 此來塵暗淒

欲憑危檻恨偏長 藕花珠綴  猶似汗凝

●○△●●○○  ●○○●○○

●△△●●○○  △○○● △●△○△ 

○●●○○△△ ●△○●○△ 

●○○●●△△ ●○○●  △●△△?

 

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。

28 芰荷 .蓮の葉。菱と蓮。《楚辞·離騒7段「製芰荷以衣兮,集芙蓉以裳。」(芰と荷を製して以て衣と爲し,集芙蓉以裳。菱と蓮の葉を裁縫して上衣とし、蓮の花を集めて袴とする。

29 逗 (1) からかう,かまう,あやす.(2) 誘う,招く。逗人笑人を笑わせる.(3) 《方》笑わせる。(4)留まる.

30 蟬噪 せんそう【蝉噪・蟬噪・蝉騒・蟬騒】. . (せみ)がさわがしく鳴くこと。 . 多くの人がさわがしく言い立てること。

 

物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。

31 物華 美しい風物。

32 旧池塘 今は初夏で草が茂るだけだが、少し前には春の息吹、若草が一面に生えていて、行楽でにぎわった「池塘」である。謝靈運《登池上樓》「初景革緒風,新陽改故陰。池塘生春草,園柳變鳴禽。」(初景【はつはる】は緒風を革【あらた】め、新陽は故き蔭【ふゆ】を改む。池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。)

初春の景色は去年の秋冬の名残の風を改めている、新しい日の光が照り、去年の冬の名残りの陰気はすっかり改まっている。

昔なじみのある池。旧は以前から知っている、の意もあるが、ここはこの池塘で行楽での男女が遊んでいたところという意味である。そうでなければ、後ろ二句に宋玉の《高都賦》を持ってきた意味が淡泊なことになり、それでは味わい深くない。

33 仙子 仙女。ここでは仙女のように美しい女の意。おそらく道女であろう。

34 何処夢襄王 襄王はどこで夢に仙女と逢ったらよいのか。押韻のために「何処襄王夢」の語順が変わったもの。楚の襄王が高唐に遊び夢の中で巫山の神女と情を交わした故事に基づく。ここではこの故事を借りて、かつて睦み合った道女にせめて夢の中で逢いたいが、どこを尋ねたらよいのか、という意味。

 

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。

秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。

35 鴛枕冷 オシドリの刺繍のある枕は冷たい。独り寝の催しさを言ったもの。

36 此来 近頃。

 

欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

37 危檻 高所の手すり、高殿の手すり。

 

 

 

花間集 閻選 虞美人二首 臨江仙二首【字解】

 

1 粉融 おしろいがとけてくずれる。

2 蓮房綻 蓮の花の花弁はほころびる、縫い目がほどける。破れる。

3 紅膩 頬を赤くし顔が油出て驅。

4 蓮房綻 宮女の閨に鍵をかける。

5 臉動 顔が動く。

6 雙波慢 二つの波がゆっくりと動く。慢【まん】[常用漢字][音]マン(呉)1 心がゆるんで締まりがない。「怠慢」2 速度や進行がだらだらと遅い。「慢性/緩慢」3 他をみくびっておごる。

7 小魚 この句は情事の性描写で訳しにくいこと。

8 鬢釵橫 簪を髪につけて横たわっている

9 石榴 赤身ザクロのほかに、白い水晶ザクロや果肉が黒いザクロなどがあり、アメリカ合衆国ではワンダフル、ルビーレッドなど、中国では水晶石榴、剛石榴、大紅石榴などの品種が多く栽培されている。

10 轉娉婷 【へいてい】.ひたすら、婦人の姿や振舞いが優雅な,美しい.

11  なおざりの時期。一時のがれを約束する。

12 夢雲兼雨 雲雨は情交、高唐賦、朝雲暮雨、男女が愛し合い、片時も離れていられないほどの深い仲であることのたとえ。男女の情交のことも。楚(そ)の懐王(かいおう)が夢の中で情を交わした女神が立ち去る時に、「朝は雲に、日暮れには雨となり、朝な夕なあなたのそばにおります」といったことから。

13 臂留 あの方の腕の中の温もりが残る。

14 檀印 閨の寝牀にはお香の香りが残る。檀:寝牀。檀香。 前蜀休《桐江居》之三:「静室焚檀印,深炉烧铁瓶。...

15 齒痕香 キスマークにも香りが残る。

16 楚腰 楚の細腰

17 蠐領 首はすく蟲のよう。木の中に巣食うスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋。《詩経衛風碩人》「手如柔荑,膚如凝脂,領如蝤蠐,齒如瓠犀,螓首蛾眉。」(領は蝤蠐【しゅうせい】の如し)手は初めて伸びた柔らかい荑のようで、しなやかである。肌は凝り固まった脂肪のように白くてこってりと引き締まって清く、首筋のしなやかであるのは、木の中に巣食うスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている。

18 蠐螬  地中にいる昆虫。コガネムシ類の幼虫を主にいう。地虫(じむし)。せいそう。《季 秋》

19 團 1 まるい。まるくまとまる。「団扇(だんせん)・団団・団欒(だんらん)/大団円」2 ひとかたまりに集まったもの。「団塊・団結・団地/一団・星団・船団・寒気団・原子団」3 同類の人の集まり。人が集まってつくる組織。「団員・団体・団長/楽団・球団・教団・結団・公団・集団・退団・入団・兵団」4 「団体」の略。「団交/経団連」〈トン〉まるい。まるいもの。「団栗(どんぐり)/金団・水団・炭団(たどん)・蒲団(ふとん)」[名のり]あつ・まどか・まる

20 月蛾 月に上った嫦娥のように美しい。嫦娥(じょうが、こうが)は、中国神話に登場する人物。后羿の妻。姮娥とも表記する。『淮南子』覧冥訓によれば、もとは仙女だったが地上に下りた際に不死でなくなったため、夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げ、蝦蟇になったと伝えられる。別の話では、后羿が離れ離れになった嫦娥をより近くで見るために月に向かって供え物をしたのが、月見の由来だとも伝えている。道教では、嫦娥を月神とみなし、「太陰星君」さらに「月宮黄華素曜元精聖後太陰元君」「月宮太陰皇君孝道明王」と呼び、中秋節に祀っている。「嫦」は「姮」の異体字で同じ意味である。前漢の文帝の名が「恒」であるため、字形のよく似た「姮」を避諱して「嫦」を用いるようになった。日本では百姓読みにより旁の「常」から「じょう」と読まれるようになったが、本来の読み通りに「こう」と読む場合もある。

21 笑微 麗しの傾国の美女の微笑。美しすぎるとその美しさに一人だけ寵愛すると天下の平穏が乱され、国を傾けることになる。唐の宣宗の事例がある。穏健な抑制政策を採用するなどの社会の安定を図ったので聖帝とされたが、献上された美女を数日寵愛し、その後後宮から追放しても朕の思いが残るだけと「沈毒盃」により葬った。

22 勻 読み:イン訓読み:すくない、 ひとしい。

23 水紋簟 晩春から初秋まで寝牀のシーツとして敷かれる高価なもの。

24 青紗帳 春に垂らされたうす絹のとばり、夏を過ぎると、白絹に替えられるものである。

25 霧罩 霧が大地にかぶさる

  この二句は、宮女への寵愛は亡くなってしまった様子をいう。水紋簟・青紗帳・霧罩・秋波、一人の寂しさ、侘しさをいう語である。

26 忡忡 憂い悲しむさま。気が気でないさま.

14鹿虔扆《巻九19虞美人》『花間集』421全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7369

虞美人

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。璅疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

《花間集》420巻九19

虞 美 人

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7369

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

938965年前後に在世

 

 

 

 
  2016年2月20日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(82)李太白集829巻二十三03效古二首其二  401Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(82) Ⅰ李白詩1765 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7365  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈132-#2《 巻01-16秋懷詩,十一首之三 -#2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(4)<1678> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7366  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-23 #2杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 #2》 杜甫詩index-15-1144 <1594> 767年大暦2年56歲-23 #2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7367  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 14鹿虔扆《巻九19虞美人》『花間集』421全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7369  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

 

 

虞美人

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。

疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。

九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。

不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

 

(虞美人)

卷荷 香澹 煙り渚に浮き,綠嫩【りょくどん】新雨に擎たれる。

【そうそう】疎に透き 曉の風清く,象床の珍簟 冷く光り輕やかにし,水紋 平かなり。

九疑 黛色の屏 斜に掩う,枕上 眉心の斂。

堪えず 相い望む 病 將って成すを,鈿昬【でんこん】 檀粉 淚 縱橫にし,情に勝らず。

 

Flower1-001
 

『虞美人一首』 現代語訳と訳註

(本文)

虞美人

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。

疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。

不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

 

 

(下し文)

(虞美人)

卷荷 香澹 煙り渚に浮き,綠嫩【りょくどん】新雨に擎たれる。

【そうそう】疎に透き 曉の風清く,象床の珍簟 冷く光り輕やかにし,水紋 平かなり。

九疑 黛色の屏 斜に掩う,枕上 眉心の斂。

堪えず 相い望む 病 將って成すを,鈿昬【でんこん】 檀粉 淚 縱橫にし,情に勝らず。

 

(現代語訳)

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。

宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。

九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。

もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

 

四川省西部地区略図
 

(訳注)

虞美人

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

寵愛がまだあるかもしれないと思って悶々とした生活を送っているが、天子の許しを得て、道女になることが目標となるが大抵許されず、朽ち果てる様に死んでゆくものである。

1 1 虞美人 項羽の愛姫で虞姫ともいう。5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか・安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒宴をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞世の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。虞美人草の名は,彼女の鮮血が化して草花になったという伝から来ている。

秦末 虞美人『虞美人歌』

漢兵已略地,四方楚歌聲。

大王意氣盡,賤妾何聊生。

(虞美人の歌)

漢兵 已に地を略し,四方 楚の歌聲。

大王 意氣盡き,賤妾 何ぞ生を聊んぜん。

虞美人歌  秦末・虞美 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482

項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌』

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

2. 美人 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。鹿虔扆の詩は一首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字三平韻で、75⑦⑦③/75⑦⑦③の詞形をとる。

卷荷香澹浮煙渚  綠嫩擎新雨
疎透曉  象床珍簟冷光輕 水紋

九疑黛色屏斜掩 枕上眉心斂

不堪相望病將成 鈿昬檀粉淚縱  不勝

△△○△○○●  ●●○○●

●?△●●△○  ●○○●△△△ ●○○

△○●●△○● △●○○●

△○△△●△○ △?○●●△△  △△○

 

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。

3 嫩 新芽の葉。若葉。 【嫩芽】どんが. 新しく生えてきた芽。新芽。 【嫩緑】どんりょく. 草や木の新芽の色。 若緑 ( わかみどり ) 。新緑。 【嫩い】わかい. 生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。 【嫩草】わかくさ. 若々しく柔らかい草。 「若草」とも書く。「どんそう」とも読む。1(植物の芽・果実や人の肌などが)若い,柔らかい,みずみずしい.3.用例个姑娘 niang 皮很嫩。〔述〕=この娘は肌がみずみずしい

◎この前半、二句と次の三句は宮女=虞美人が寵愛されている様子を蓮、香り、煙、綠嫩、擎、新雨等の語で情事の様子をイメージさせている。それはやがて孤独な生活へ変わってゆく前奏曲の様なものなのである。

 

疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。

4 璅 宝飾で飾られた窓。宮女の閨の窓。

5 簟 細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。古代では高価なもので、特にここに出ている水紋の網目のものは最も高価なものである。花間集では、情事を連想させるアイテムとして登場する。

 

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。

九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。

6 九疑 屏風に描かれた山水画であろう。1. 九嶷山 「舜 之所葬,在 零陵 界中。」 2.九疑山 之神。《楚辞·離騒》十三段:「百神翳其備降兮,九疑繽其並迎。」《楚辞、九歌、(四)湘夫人》「九疑繽兮並迎、霊之來兮如雲。」(九疑山の神々が 盛んにむらがり並んで迎えると、湘君の神霊は衆神を随えて雲のように降ってこられる。)

◎後半、この二句と次の三句は寵愛がなくなる様子、男性の象徴である九疑山の神の屏風がかたずけられ、悶々として横になるしかない様子をいう。

 

不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

もうこの生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

7 鈿昬 昬:昏 花鈿が暗くなる。花鈿が薄れて消えかけている。

8 檀粉 化粧品で白粉の中に香りが良いものが入っている。高価なもので宮女の使う化粧品。

 

 

9 『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で一二二人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 

唐代の皇帝たちは、後宮の女性を選抜したり寵愛したりするのに、あまり尊卑貴職を気にかけなかったが、彼女たちに地位・品級を賜る時には家柄をたいへん重視した。とりわけ皇后に立てる時には絶対に家柄が高貴でなければならず、「天下の名族を厳選」しなければならなかった(『資治通鑑』巻一九九、高宗永徴六年)。漢代に歌妓の衛子夫(武帝の皇后。もと武帝の姉の歌妓)や舞妓の超飛燕(成帝の皇后。もと身なし児で歌妓)が皇后になったようなことは、唐代には完全に跡を絶った。后妃に封ずる時は、まず「地肖清華」(家柄の高貴)、「軒冤之族」(貴顕なる名族)等々の出身であることが強調され、その次にやっと徳行が問われた。

 

彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

 

 

 

思越人【字解】

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

1 【解説】詩題の意味は江南に去って行った阮郎を恨むということである。李白の《巴女詞》と同じように、蜀の女妓について詠ったものである。鹿虔扆の役職からすれば、官妓についてのものである。蜀には、成都の西側とには、南津の渡し場には、民妓が、南から東側に官妓がいた。表向きには漢魏が圧倒していた。其処にいる女たちの歌である。もっとも花間集における「恨む」は男目線のものである。当時の倫理観には、棄てられた女が男を恨むということはなく、民から近代にかけての儒教思想による倫理観に変化したことで、詩の解釈も儒教的解釈が当たり前となったことで、男目線の「恨む」という解釈に変わったのである。この事については花間集の訳註解説として別の機会に発表する予定である。 女性の孤閏の侘しさを詠う。前段は、独り寝の夜の閏の様子を通じて、女の侘しさを述べ、後段は、前半の二句で、枕を覆う乱れた髪と、それを物憂く整えるさまを、後半の二句で、男との出会いの夢から覚めた後の悲痛な思いを語る。

2 『花間集』には鹿慶辰の作が二首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。

翠屏欹 銀燭背  漏殘清夜迢
雙帶繡窠盤錦薦  淚浸花暗香
珊瑚枕膩鴉鬟  玉纖慵整雲
若是適來新夢  離腸爭不千

●△○ ○●●  ●○○●○○

○●●○○●●  ●△○●○○

○○△●○○●  ●○○●○●

△●●△○△●  △○○△○●

3 銀燭背 灯火に背を向ける。銀燭は明るく燃える灯燭。一人で居て悶々としていることを強調する語。

4 漏殘清夜迢迢 長い夜が明けそぅになることを言う。漏は水時計。ここでは時間の意。残は損なわれる、さびれる。迢迢は遙かなさま。

5 双帯繍窠盤錦薦 刺繍のある帯の両端が錦の敷物の上に垂れ、蛇がとぐろを巻いたように円くなっていることを言う。葉は刺繍模様。薦ほ敷物。

6 涙侵花暗香銷 敷物の上に置かれた帯の模様の上に涙がこぼれ落ちて薫きしめた香の香りも消えた、ということ。花は帯の刺繍模様。暗香は徴かな香り。

7 珊瑚枕膩 珊瑚の飾りの付いた枕が髪油、皮脂の染みで光っていること。一人寝をひたすらしているということ。この時代の女性は自らの意思で外に出ることはできない。

8 鴉鬟 結い上げた黒髪の髷。鴉はいわゆる「烏の濡羽色」。

9 雲散 髪の乱れを言う。雲は女性の大きく膨らませた豊かな髪を形容する言葉、で、鬢を蝉の羽のように梳いた髪型を両雲鬢。この髪型が乱れたままというのは見せる人がいないこと。寝崩れしても気にしないことをいう。

10 適来 今しがた。

11 若是適來新夢見 もし、いまここで、夢で情交できるというのなら、という意味。

12 唐宋時代の貞操観、倫理観

唐代の女性は一般に早婚であり、大半が十五歳前後で嫁に行った。早い人は十三、四歳であり、遅い人は十七、八歳であった。これくらいが正常な結婚年齢であった。「媒無ければ選ぶを得ず、年は忽三六(十八歳)を過ぐ」(自居易「続古詩」)。女子は十八歳を過ぎれば婚期を逸したと思われていたようである。唐初より以来、人口増殖のために、国家は結婚適齢期に遅れないように結婚せよとずっと強調してきた。貞観年間には十五歳以上の女子に対して、開元年間には十三歳以上の女子に対して、婚期に遅れないように結婚すべしと命じた(『唐会要』巻三八「嫁要」

当然花街における妓女も15歳から23・4までがピークである。性的成長と婚姻が驚くほど低年齢であった。結婚感は、前世から定められているもので、本人の気持ちで決まるものではない。その一方で貞操感が全くないので、父母、媒酌人、天意できめられた。

唐代の結婚について、もう一つ注目すべき現象がある。それは男が女の家に行って婚礼をあげるケースがひじょうに多いということである。これについては、敦燈で発見された唐代の書儀(諸種の公文・書簡等の書式)の写本が確かな証拠を提供してくれる。それに「最近の人の多くは妻を自分の家に迎えない。つまり妻の実家で結婚式をあげ、何年たっても夫の実家に行かない。自分の実家でそのまま子供を出産することが、一度や二度にとどまらない者もいる。道が遠くて日返りで舅姑に挨拶に行けないからでもない。……婦人は婚礼が終っても夫の一族を全く知らないのである」という。

この文書からみると、夫は妻の実家で結婚式をあげ、また妻は何年も夫の家に行かないのみならず、甚だしい場合には、何人か子どもを生んだ後でも妻は夫の実家の人々と知りあうことがないのである(以上の観点と材料は超和平先生より提供いただいた。併せて周一良先生の「敦煙写本書儀の中に見る

 

唐代の人々は貞操観念が稀薄だったので、離婚、再婚はきわめて一般的な風潮となり、古代社会史上注目すべき現象となった。ところで離婚は、もちろん男女双方に平等というわけではなかった。

 

唐代の法律は、まず男が女を離婚して家から出す権利を保証している。唐律は、妻が次の「七出」を犯せば、夫は離婚してもよいと規定している。「七出」とは古い時代からの礼法により、Ⅲ男児を生まない、榔淫乱である、㈲舅姑によく仕えない、㈲他人の悪口を言いふらす、㈲盗みを行う、㈱嫉妬心が強い、仰悪い病気にかかる、以上の七項目とされている。しかし、「七出」に該当するものでも、追い出せない三つの条件があった。それは、Ⅲ舅姑の葬式を主催した者、榔嫁に来た時は下品であったが後に立派な女性になった者、㈱離婚されても行くところのない者、以上の三つの場合は妻を離縁すべきでないとした(『唐律疏議』巻一四)。こうした一定の制限があったにせよ、妻を離縁することはやはりきわめで簡単であった。離婚の理由はたいへん多く、たとえば、厳澄夫の妻慎氏は十余年たっても子供が出来なかったので離縁された(『雲渓友議』巻一)、李過秀の母は微賎の生れであったが、嫁が家の奴婦を叱る声を聴き不愉快になった。息子の過秀はそれを知るとすぐ妻を離縁した(『雲渓友議』巻一、『旧唐書』李大亮伝附李過秀伝)。自居易の判決文にも、妻を離縁することを許した例が少なからずある。たとえば、父母が嫁を女性たちの乱行や道徳に反した現象が、じつは少なくなかった。敦煌変文の 「齢酎書」 の中に、次のような女性たちの情況が記されている。

 

彼女たちは「児を欺り婿を踏みつけにし、大声で罵り、舅や姑が話してもまったく耳を貸さず、台所に入って怒り出したら、粥も汁もひっくり返し、鉢や髄をたたき、釜や鍋を打ち、怒ると水牛の飼葉桶のように大きくふくれ、笑うと轍櫨が廻るようにうるさい」、「村で自由気ままにやってきたのに慣れて、礼儀を学ばず、女仕事も好まない」(『敦塩変文集』巻七)等々。ある唐代の民歌に、「家がだんだん貧しくなるが、これは全くものぐさな妻のせい、酒を飲めば夫も顔負け、衣服を縫ったりほどくこともできない。よい衣裳を着てはすぐ外出し、男の同伴を求めないが、心の中ではいつも男を欲しがっている。東の家ではデマを飛ばし、西の家では相槌を打ち、……」(『唐代民歌考釈及変文考論』)などとある。これらは行儀の悪い婦人を皮肉ったものである。封建道徳の模範となった少数の女性の他に、唐代の女性、とりわけ下層の働く女性の中には、女道徳を守らず、甚だしくは「風を傷つけ俗を敗る」現象さえあったことを、これらの描写は反映している。

 

このような倫理道徳に惇る状況は、夫婦の間の関係と家庭における女性の地位の上に、より集中的に反映していた。礼教の「三綱」(君臣、夫婦、父子の三つの綱)の一つが、夫は妻の綱というものであり、女性の「三従」 の一つが妻は夫に従うぺしというものであった。しかしながら、唐代の少なからざる家庭の中には、逆に「婦は強く夫は弱し、内(妻)は剛く外(夫)は柔なり」(『朝野愈載』巻四)という情況があり、妻が家の主人、夫はただの操り人形でしかない家も多かった。

 

こうした現象は、決して唐代だけに存在したわけではなく、南北朝時代の北朝以来の遺風を受け継ぐものであった。北斉(五五〇1五七七)の顔之推が書いた『顔氏家訓』 の中に、「鄴(北朝の都、現在の河北省臨港県)下の風俗では、もっぱら家は女で維持されている。彼女らは訴訟をおこして是非を争ったり、頼みごとに行ったり、人を接待したりするので、彼女らの乗る車で街路はふさがれ、彼女らの着飾った姿は役所に溢れている。息子に代って官職を求め、夫のために無罪を訴えているのである。これは恒、代(鮮卑族の建てた北魂王朝が最初に都を置いた現在の大同一帯の古地名)の遺風であろうか」とある。北朝の伝統と、封建道徳の不振とが、この 「夫は柔で妻が剛、夫が妻に従う」という現象を日常化したのである。とりわけ唐代の初期は、上は皇帝から下は貴族、士大夫に至るまで、「内(妻)を倶れる」 ことが風習になっていた。しかも、君臣、上下、誰もが妻の恐ろしさを公然と口にして恥とも思わなかったのである。万乗の君ともなった中宗も恐妻家として有名であったから、宮中の伶人(宮中の楽人)が中宗に面と向って「振り返って見ますと、皇帝様は柳の枝で編んだ寵のよう(ぶくぶく肥っているが骨がなく柔かい)、御婦人を恐れることは結構じゃ。宮廷外では蓑談が恐妻家として第一番、宮廷内では李老(中宗)に勝る者はおりません」(『本事詩』嘲戯)などと戯れ歌を唱ったところ、その場ですぐ中宗の妻の葦后から褒美を賜った。また、粛宗は張皇后を大いに恐れていたので、ある詩人は「張后 楽しまざれば 上(皇帝) 忙と為す(心が落ちつかない)」(杜甫「憶昔」)と誘った。

 

士大夫の恐妻家としては、太宗の時代の任壊、中宗の時代の襲談などが有名であった。裳談などは「かかあ天下」 であることを正統化する一式の理屈さえ持っていて、「妻を恐れる理由は三つある。一つは、若くて美しい時に彼女を見れば生菩薩のように見える。どうして生菩薩を畏れない人があろうか。息子や娘が成人する前に彼女を見れば九子魔母(インド渡来の女神で、鬼子母神と同じ)のようである。どうして九子魔母を畏れない人があろうか。五十、六十になって、薄化粧を施し顔が黒くなった彼女を見れば鳩盤茶(インド渡来の神で、人の精気と血を吸う魔神)のようである。どうして鳩盤茶を

畏れない人があろうか」(『本草詩』嘲戯)と言った。高宗はかつて朝臣の楊弘武にどうして某人に官職を与えたのかと問うた。すると場はこともあろうに「臣の妻の毒氏は強くで猛々しい女でございます。昨日この妻が私に頼んだからなのでして、もし従わなければおそらくひどい目に遭うのでございます」と答えた(『太平広記』巻二七二)。次の唐末の宰相王鐸の話はもっと滑稽である。彼は姫妾を連れて黄巣の進撃を防ぎに出陣した。妻は嫉妬して後を追い、とつぜん彼のところに妻が都を離れてこちらに向っているという知らせがとどいた。彼は幕僚たちに「黄巣は南から、妻は北から向って来る。どう対処すればいいだろう」と聞いた。幕僚たちは冗談に「黄巣に降伏する方がマシで

す」と言った(『太平広記』巻二五二)。

 

下級官吏や一般庶民の家にも同じ情況があった。紆州(安徽省懐寧県)の兵士李廷壁は軍内で連日宴会を開き、三日間家に帰らなかった。その妻は恨んで「帰って来たら切り殺してやる」と伝えた。李は驚き恐れて泣きくらし、寺に移り住んで家に帰ろうとしなかった(『太平広記』巻二七二)。自居易は、妻が夫を殴った事件を受理したことがある。この事件は県令がすでに彼女を三年の懲役刑に処した案件であった。

14鹿虔扆《巻九18思越人》『花間集』420全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7364

鹿虔扆  思越人

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。

《花間集》420巻九18

思 越 人

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7364

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

938965年前後に在世

 

 

 
  2016年2月19日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(81)李太白集828卷23-02效古二首其一  400-#3Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(81) Ⅰ李白詩1764 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7360  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈132-#1《 巻01-16秋懷詩,十一首之三 -#1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(4)<1677> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7361  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-23 #1杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 #1》 杜甫詩index-15-1141 <1591> 767年大暦2年56歲-23 #1漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7352  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 14鹿虔扆《巻九18思越人》『花間集』420全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7364  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

 

 

思越人

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。

高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。

雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。

妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。

若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。

 

(越人を思う)

翠屏 欹せ,銀燭 背にし,漏殘り 清夜 迢迢たり。

雙帶 繡窠にして 錦薦を盤にす,淚 花を浸し 暗く香銷ゆ。

珊瑚の枕は膩り 鴉鬟も亂れ,玉纖 雲散を慵く整う。

若し是に 適來すれば 新夢 見ることなり,離腸 爭【いか】で 千斷せざらん。

 

 白貯舞005

『思越人』 現代語訳と訳註

(本文)

思越人

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。

雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。

若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

 

(下し文)

(越人を思う)

翠屏 欹せ,銀燭 背にし,漏殘り 清夜 迢迢たり。

雙帶 繡窠にして 錦薦を盤にす,淚 花を浸し 暗く香銷ゆ。

珊瑚の枕は膩り 鴉鬟も亂れ,玉纖 雲散を慵く整う。

若し是に 適來すれば 新夢 見ることなり,離腸 爭【いか】で 千斷せざらん。

 

(現代語訳)

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。

錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。

妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。

それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。

 

DCF00112
(
訳注)

思越人

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

1 【解説】詩題の意味は江南に去って行った阮郎を恨むということである。李白の《巴女詞》と同じように、蜀の女妓について詠ったものである。鹿虔扆の役職からすれば、官妓についてのものである。蜀には、成都の西側とには、南津の渡し場には、民妓が、南から東側に官妓がいた。表向きには漢魏が圧倒していた。其処にいる女たちの歌である。もっとも花間集における「恨む」は男目線のものである。当時の倫理観には、棄てられた女が男を恨むということはなく、民から近代にかけての儒教思想による倫理観に変化したことで、詩の解釈も儒教的解釈が当たり前となったことで、男目線の「恨む」という解釈に変わったのである。この事については花間集の訳註解説として別の機会に発表する予定である。 女性の孤閏の侘しさを詠う。前段は、独り寝の夜の閏の様子を通じて、女の侘しさを述べ、後段は、前半の二句で、枕を覆う乱れた髪と、それを物憂く整えるさまを、後半の二句で、男との出会いの夢から覚めた後の悲痛な思いを語る。

2 『花間集』には鹿慶辰の作が二首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。

翠屏欹 銀燭背  漏殘清夜迢
雙帶繡窠盤錦薦  淚浸花暗香
珊瑚枕膩鴉鬟  玉纖慵整雲
若是適來新夢  離腸爭不千

●△○ ○●●  ●○○●○○

○●●○○●●  ●△○●○○

○○△●○○●  ●○○●○●

△●●△○△●  △○○△○●

 

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。

高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。

3 銀燭背 灯火に背を向ける。銀燭は明るく燃える灯燭。一人で居て悶々としていることを強調する語。

4 漏殘清夜迢迢 長い夜が明けそぅになることを言う。漏は水時計。ここでは時間の意。残は損なわれる、さびれる。迢迢は遙かなさま。

 

雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。

5 双帯繍窠盤錦薦 刺繍のある帯の両端が錦の敷物の上に垂れ、蛇がとぐろを巻いたように円くなっていることを言う。葉は刺繍模様。薦ほ敷物。

6 涙侵花暗香銷 敷物の上に置かれた帯の模様の上に涙がこぼれ落ちて薫きしめた香の香りも消えた、ということ。花は帯の刺繍模様。暗香は徴かな香り。

 

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。

妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。

7 珊瑚枕膩 珊瑚の飾りの付いた枕が髪油、皮脂の染みで光っていること。一人寝をひたすらしているということ。この時代の女性は自らの意思で外に出ることはできない。

8 鴉鬟 結い上げた黒髪の髷。鴉はいわゆる「烏の濡羽色」。

9 雲散 髪の乱れを言う。雲は女性の大きく膨らませた豊かな髪を形容する言葉、で、鬢を蝉の羽のように梳いた髪型を両雲鬢。この髪型が乱れたままというのは見せる人がいないこと。寝崩れしても気にしないことをいう。

 

若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。

10 適来 今しがた。

11 若是適來新夢見 もし、いまここで、夢で情交できるというのなら、という意味。

曲院風荷01
 

 

 

 

12 唐宋時代の貞操観、倫理観

唐代の女性は一般に早婚であり、大半が十五歳前後で嫁に行った。早い人は十三、四歳であり、遅い人は十七、八歳であった。これくらいが正常な結婚年齢であった。「媒無ければ選ぶを得ず、年は忽三六(十八歳)を過ぐ」(自居易「続古詩」)。女子は十八歳を過ぎれば婚期を逸したと思われていたようである。唐初より以来、人口増殖のために、国家は結婚適齢期に遅れないように結婚せよとずっと強調してきた。貞観年間には十五歳以上の女子に対して、開元年間には十三歳以上の女子に対して、婚期に遅れないように結婚すべしと命じた(『唐会要』巻三八「嫁要」

当然花街における妓女も15歳から23・4までがピークである。性的成長と婚姻が驚くほど低年齢であった。結婚感は、前世から定められているもので、本人の気持ちで決まるものではない。その一方で貞操感が全くないので、父母、媒酌人、天意できめられた。

唐代の結婚について、もう一つ注目すべき現象がある。それは男が女の家に行って婚礼をあげるケースがひじょうに多いということである。これについては、敦燈で発見された唐代の書儀(諸種の公文・書簡等の書式)の写本が確かな証拠を提供してくれる。それに「最近の人の多くは妻を自分の家に迎えない。つまり妻の実家で結婚式をあげ、何年たっても夫の実家に行かない。自分の実家でそのまま子供を出産することが、一度や二度にとどまらない者もいる。道が遠くて日返りで舅姑に挨拶に行けないからでもない。……婦人は婚礼が終っても夫の一族を全く知らないのである」という。

この文書からみると、夫は妻の実家で結婚式をあげ、また妻は何年も夫の家に行かないのみならず、甚だしい場合には、何人か子どもを生んだ後でも妻は夫の実家の人々と知りあうことがないのである(以上の観点と材料は超和平先生より提供いただいた。併せて周一良先生の「敦煙写本書儀の中に見る

 

唐代の人々は貞操観念が稀薄だったので、離婚、再婚はきわめて一般的な風潮となり、古代社会史上注目すべき現象となった。ところで離婚は、もちろん男女双方に平等というわけではなかった。

 

唐代の法律は、まず男が女を離婚して家から出す権利を保証している。唐律は、妻が次の「七出」を犯せば、夫は離婚してもよいと規定している。「七出」とは古い時代からの礼法により、Ⅲ男児を生まない、榔淫乱である、㈲舅姑によく仕えない、㈲他人の悪口を言いふらす、㈲盗みを行う、㈱嫉妬心が強い、仰悪い病気にかかる、以上の七項目とされている。しかし、「七出」に該当するものでも、追い出せない三つの条件があった。それは、Ⅲ舅姑の葬式を主催した者、榔嫁に来た時は下品であったが後に立派な女性になった者、㈱離婚されても行くところのない者、以上の三つの場合は妻を離縁すべきでないとした(『唐律疏議』巻一四)。こうした一定の制限があったにせよ、妻を離縁することはやはりきわめで簡単であった。離婚の理由はたいへん多く、たとえば、厳澄夫の妻慎氏は十余年たっても子供が出来なかったので離縁された(『雲渓友議』巻一)、李過秀の母は微賎の生れであったが、嫁が家の奴婦を叱る声を聴き不愉快になった。息子の過秀はそれを知るとすぐ妻を離縁した(『雲渓友議』巻一、『旧唐書』李大亮伝附李過秀伝)。自居易の判決文にも、妻を離縁することを許した例が少なからずある。たとえば、父母が嫁を女性たちの乱行や道徳に反した現象が、じつは少なくなかった。敦煌変文の 「齢酎書」 の中に、次のような女性たちの情況が記されている。

 

彼女たちは「児を欺り婿を踏みつけにし、大声で罵り、舅や姑が話してもまったく耳を貸さず、台所に入って怒り出したら、粥も汁もひっくり返し、鉢や髄をたたき、釜や鍋を打ち、怒ると水牛の飼葉桶のように大きくふくれ、笑うと轍櫨が廻るようにうるさい」、「村で自由気ままにやってきたのに慣れて、礼儀を学ばず、女仕事も好まない」(『敦塩変文集』巻七)等々。ある唐代の民歌に、「家がだんだん貧しくなるが、これは全くものぐさな妻のせい、酒を飲めば夫も顔負け、衣服を縫ったりほどくこともできない。よい衣裳を着てはすぐ外出し、男の同伴を求めないが、心の中ではいつも男を欲しがっている。東の家ではデマを飛ばし、西の家では相槌を打ち、……」(『唐代民歌考釈及変文考論』)などとある。これらは行儀の悪い婦人を皮肉ったものである。封建道徳の模範となった少数の女性の他に、唐代の女性、とりわけ下層の働く女性の中には、女道徳を守らず、甚だしくは「風を傷つけ俗を敗る」現象さえあったことを、これらの描写は反映している。

 

このような倫理道徳に惇る状況は、夫婦の間の関係と家庭における女性の地位の上に、より集中的に反映していた。礼教の「三綱」(君臣、夫婦、父子の三つの綱)の一つが、夫は妻の綱というものであり、女性の「三従」 の一つが妻は夫に従うぺしというものであった。しかしながら、唐代の少なからざる家庭の中には、逆に「婦は強く夫は弱し、内(妻)は剛く外(夫)は柔なり」(『朝野愈載』巻四)という情況があり、妻が家の主人、夫はただの操り人形でしかない家も多かった。

 

こうした現象は、決して唐代だけに存在したわけではなく、南北朝時代の北朝以来の遺風を受け継ぐものであった。北斉(五五〇1五七七)の顔之推が書いた『顔氏家訓』 の中に、「鄴(北朝の都、現在の河北省臨港県)下の風俗では、もっぱら家は女で維持されている。彼女らは訴訟をおこして是非を争ったり、頼みごとに行ったり、人を接待したりするので、彼女らの乗る車で街路はふさがれ、彼女らの着飾った姿は役所に溢れている。息子に代って官職を求め、夫のために無罪を訴えているのである。これは恒、代(鮮卑族の建てた北魂王朝が最初に都を置いた現在の大同一帯の古地名)の遺風であろうか」とある。北朝の伝統と、封建道徳の不振とが、この 「夫は柔で妻が剛、夫が妻に従う」という現象を日常化したのである。とりわけ唐代の初期は、上は皇帝から下は貴族、士大夫に至るまで、「内(妻)を倶れる」 ことが風習になっていた。しかも、君臣、上下、誰もが妻の恐ろしさを公然と口にして恥とも思わなかったのである。万乗の君ともなった中宗も恐妻家として有名であったから、宮中の伶人(宮中の楽人)が中宗に面と向って「振り返って見ますと、皇帝様は柳の枝で編んだ寵のよう(ぶくぶく肥っているが骨がなく柔かい)、御婦人を恐れることは結構じゃ。宮廷外では蓑談が恐妻家として第一番、宮廷内では李老(中宗)に勝る者はおりません」(『本事詩』嘲戯)などと戯れ歌を唱ったところ、その場ですぐ中宗の妻の葦后から褒美を賜った。また、粛宗は張皇后を大いに恐れていたので、ある詩人は「張后 楽しまざれば 上(皇帝) 忙と為す(心が落ちつかない)」(杜甫「憶昔」)と誘った。

 

士大夫の恐妻家としては、太宗の時代の任壊、中宗の時代の襲談などが有名であった。裳談などは「かかあ天下」 であることを正統化する一式の理屈さえ持っていて、「妻を恐れる理由は三つある。一つは、若くて美しい時に彼女を見れば生菩薩のように見える。どうして生菩薩を畏れない人があろうか。息子や娘が成人する前に彼女を見れば九子魔母(インド渡来の女神で、鬼子母神と同じ)のようである。どうして九子魔母を畏れない人があろうか。五十、六十になって、薄化粧を施し顔が黒くなった彼女を見れば鳩盤茶(インド渡来の神で、人の精気と血を吸う魔神)のようである。どうして鳩盤茶を

畏れない人があろうか」(『本草詩』嘲戯)と言った。高宗はかつて朝臣の楊弘武にどうして某人に官職を与えたのかと問うた。すると場はこともあろうに「臣の妻の毒氏は強くで猛々しい女でございます。昨日この妻が私に頼んだからなのでして、もし従わなければおそらくひどい目に遭うのでございます」と答えた(『太平広記』巻二七二)。次の唐末の宰相王鐸の話はもっと滑稽である。彼は姫妾を連れて黄巣の進撃を防ぎに出陣した。妻は嫉妬して後を追い、とつぜん彼のところに妻が都を離れてこちらに向っているという知らせがとどいた。彼は幕僚たちに「黄巣は南から、妻は北から向って来る。どう対処すればいいだろう」と聞いた。幕僚たちは冗談に「黄巣に降伏する方がマシで

す」と言った(『太平広記』巻二五二)。

 

下級官吏や一般庶民の家にも同じ情況があった。紆州(安徽省懐寧県)の兵士李廷壁は軍内で連日宴会を開き、三日間家に帰らなかった。その妻は恨んで「帰って来たら切り殺してやる」と伝えた。李は驚き恐れて泣きくらし、寺に移り住んで家に帰ろうとしなかった(『太平広記』巻二七二)。自居易は、妻が夫を殴った事件を受理したことがある。この事件は県令がすでに彼女を三年の懲役刑に処した案件であった。

14鹿虔扆《巻九17女冠子二首其二》『花間集』419全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7359

鹿虔扆 女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

《花間集》416巻九17

女冠子二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7359

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 

 
  2016年2月18日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(81)李太白集828卷23-02效古二首其一  400-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(81) Ⅰ李白詩1763 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7355  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈131《 巻01-15秋懷詩,十一首之二 (白露下百草,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(3)<1676> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7356  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-22-#5杜少陵集 《21-05 可歎 #5》 杜甫詩index-15-1142 <1592> 767年大暦2年56歲-22-#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7357  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 14鹿虔扆《巻九17女冠子二首其二》『花間集』419全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7359  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

花間集 教坊曲《女冠子》七首

溫庭筠

巻一48女冠子二首其一含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙。

溫庭筠

巻一49女冠子二首其二霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

巻三21女冠子二首其一四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

巻三22女冠子二首其二昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

巻三43女冠子二首其一求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

巻三44女冠子二首其二雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘。

牛嶠

巻四01女冠子四首其一綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

巻四02女冠子四首其二錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

巻四03女冠子四首其三星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎。

牛嶠

巻四04女冠子四首其四雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時。

張泌

巻四39女冠子露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

巻八24女冠子二首其一蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

巻八25女冠子二首其二澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密壇陰。倚雲低首望,可知心

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。鬢低含綠,羅衣澹拂。悶來深院裏,閑落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

鹿虔扆 女冠子二首

女冠子二首 其一

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

應共吹簫侶,暗相尋。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を拂い澹す。

悶し來って院裏に深し,閑し步みて花傍に落つ。

纖手 輕輕して整い,玉鑪 香す。

 

女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

(女冠子二首 其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。

香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。

翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。

應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。

朱槿花・佛桑華00
 

 

『女冠子二首 』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

 

(下し文)

(女冠子二首 其の二)

脩蛾し 慢臉して,語らず檀心一點にし,小山の粧。

蟬鬢 含綠をむを低れ,羅衣 黃を澹拂す。

悶え來りて 深く院の裏,閑かに步む 落花の傍。

纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。

 

(現代語訳)

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

海棠花101
 

(訳注)

女冠子二首 其二

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻三平韻、後段十八宇四句二平韻で、③5⑤/55③の詞形をとる。

脩蛾慢臉  不語檀心一點小山
蟬鬢低含綠  羅衣澹拂
悶來深院裏  閑步落花
纖手輕輕整  玉鑪

○△●△  △●○○●●●○○

○●○○●  ○△△●○

●△△△●  ○●●○△

○●△△●  ●○○

 

 

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

7 脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

8 慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

《後庭花二首其二》孫光憲(24) 「脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。」(脩蛾し 慢臉して 雕輦に陪すれば,後庭 新らたに宴す。)宮女たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれるのだ。 14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282

9 檀心 檀郎の心根、思い。「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。「佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。」(佯弄【ようろう】 紅絲【こうし】 蠅の拂子【ほっす】,檀郎を打つ。)あの別れた日の約束は私をもてあそぶもので素振りだけ、紅い糸で結ばれているといった、その赤い糸で蠅を打ち拂う「払子」を作って、あの恋しい「檀郎」を打ちたたいてやりたいものです。

・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

10 小山粧 寝牀の化粧。小山は女性が情交の準備をして横になって待つこと。

 

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

11 綠 みどり色、暗い、緑色のもの、刈安、二番目、二回、双方、という意味がある。

澹拂黃 女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。孫光憲《酒泉子三首其三》「玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。」(玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。)繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。

 

悶來深院裏,閑步落花傍。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

12 悶 1 もだえ苦しむ。「悶死・悶絶・悶悶/苦悶・煩悶」2 もつれる。「悶着」

 

纖手輕輕整,玉鑪香。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

 

女冠子二首【字解】

1 女冠  宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

   病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

   圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

  家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

   妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

2 媚 [訓]こびる1 なまめかしくする。色っぽい。「媚態・媚薬」2 こびへつらう。「佞媚(ねいび)3 あでやかで美しい。

3 鶴音 笙を吹く仙人が鶴に乗ってあらわれる。『列仙伝』巻上・王子喬に「王子喬は周の霊王の太子晋なり。好んで笙を吹き、鳳鳴を作し、洛陽の伊水、洛水の間に遊ぶ。

4 霓 夕立のあとなど,太陽と反対側の空に弧状にかかる七色の帯。空中の水滴粒子にあたった光の屈折と分光によって生じる。内側が紫,外側が赤の配列をした虹のほかに,この外側をとりまき,逆の色の配列の第二の虹が見えることがある。

5 捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。

6 蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。穆公有女字弄玉,好之。公以妻焉,遂教弄玉作鳳鳴,居數十年,吹似鳳聲,鳳皇來止其屋。為作鳳臺,夫婦止其上,數年,皆隨鳳飛去。」

「蕭史という者,秦の穆公の時の人である,善く蕭を吹き,能く孔雀を、白鵠致す。穆公は女有り 字を弄玉,之を好む。公は以て妻と焉し,遂に弄玉に教え鳳鳴を作り,數十年居し,吹けば鳳聲に似たり,鳳皇は來りて其の屋に止る。鳳臺を作るを為し,夫婦は其の上に止り,數年,皆に鳳に隨って飛び去る。」

秦の蕭史がとどまるほどの所であり、書きつけてある文章は魯の恭王が残しておかれたもののようである。王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

 

善吹簫 嬴は秦の姓、善吹とは秦の穆公の娘の弄玉をいう。蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。

杜甫『鄭駙馬宅宴洞中』

主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。

春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。

悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。

自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。

鄭駙馬宅宴洞中 杜甫

秦の穆公に女があり弄玉といったが、弄玉は簫の名人の蕭史を愛した。穆公は之を妻わしたところ、二人は日々楼上に於て簫を吹き鳳の鳴くが如くであったが、ある日鳳がやって来てその屋に止まり、夫妻はともにその鳳に随って飛び去った。秦楼とは弄玉のすむ楼をいい、臨晋公主の居楼に比する。

14鹿虔扆《巻九16女冠子二首其一》『花間集』418全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7354

鹿虔扆 女冠子二首 其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

《花間集》416巻九16

女冠子二首 其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7354

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 

花間集 教坊曲《女冠子》七首

溫庭筠

巻一48女冠子二首其一含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙。

溫庭筠

巻一49女冠子二首其二霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

巻三21女冠子二首其一四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

巻三22女冠子二首其二昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

巻三43女冠子二首其一求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

巻三44女冠子二首其二雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘。

牛嶠

巻四01女冠子四首其一綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

巻四02女冠子四首其二錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

巻四03女冠子四首其三星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎。

牛嶠

巻四04女冠子四首其四雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時。

張泌

巻四39女冠子露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

巻八24女冠子二首其一蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

巻八25女冠子二首其二澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密壇陰。倚雲低首望,可知心

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。鬢低含綠,羅衣澹拂。悶來深院裏,閑落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

  

鹿虔扆 女冠子二首

女冠子二首 其一

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

應共吹簫侶,暗相尋。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

 

女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

(女冠子二首 其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。

香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。

翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。

應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。

 

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を拂い澹す。

悶し來って院裏に深し,閑し步みて花傍に落つ。

纖手 輕輕して整い,玉鑪 香す。

泰山の道観02
 

『女冠子二首 』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首 其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

應共吹簫侶,暗相尋。

 

(下し文)

(女冠子二首 其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。

香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。

翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。

應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。

 

(現代語訳)

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

杏の白花012
 

(訳注)

女冠子二首 其一

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻三平韻、後段十八宇四句二平韻で、③5⑤/55③の詞形をとる。

碧桃紅  遲日媚籠光影 彩霞 

香暖薰鶯語 風清引鶴

翠鬟冠玉葉 霓袖捧瑤

應共吹簫侶 暗相

●○○●  ○●●△△● ●○△

○●△○●  △○●●○

●○△●●  △●●○○

△△△○●  ●△○

 

1 女冠  宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

   病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

   圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

  家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

   妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

漢詩ブログ001
 

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

2 媚 [訓]こびる1 なまめかしくする。色っぽい。「媚態・媚薬」2 こびへつらう。「佞媚(ねいび)3 あでやかで美しい。

 

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

3 鶴音 笙を吹く仙人が鶴に乗ってあらわれる。『列仙伝』巻上・王子喬に「王子喬は周の霊王の太子晋なり。好んで笙を吹き、鳳鳴を作し、洛陽の伊水、洛水の間に遊ぶ。

 

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

4 霓 夕立のあとなど,太陽と反対側の空に弧状にかかる七色の帯。空中の水滴粒子にあたった光の屈折と分光によって生じる。内側が紫,外側が赤の配列をした虹のほかに,この外側をとりまき,逆の色の配列の第二の虹が見えることがある。

5 捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。

 

應共吹簫侶,暗相尋。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

6 蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。穆公有女字弄玉,好之。公以妻焉,遂教弄玉作鳳鳴,居數十年,吹似鳳聲,鳳皇來止其屋。為作鳳臺,夫婦止其上,數年,皆隨鳳飛去。」

「蕭史という者,秦の穆公の時の人である,善く蕭を吹き,能く孔雀を、白鵠致す。穆公は女有り 字を弄玉,之を好む。公は以て妻と焉し,遂に弄玉に教え鳳鳴を作り,數十年居し,吹けば鳳聲に似たり,鳳皇は來りて其の屋に止る。鳳臺を作るを為し,夫婦は其の上に止り,數年,皆に鳳に隨って飛び去る。」

秦の蕭史がとどまるほどの所であり、書きつけてある文章は魯の恭王が残しておかれたもののようである。王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

 

善吹簫 嬴は秦の姓、善吹とは秦の穆公の娘の弄玉をいう。蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。

杜甫『鄭駙馬宅宴洞中』

主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。

春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。

悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。

自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。

鄭駙馬宅宴洞中 杜甫

秦の穆公に女があり弄玉といったが、弄玉は簫の名人の蕭史を愛した。穆公は之を妻わしたところ、二人は日々楼上に於て簫を吹き鳳の鳴くが如くであったが、ある日鳳がやって来てその屋に止まり、夫妻はともにその鳳に随って飛び去った。秦楼とは弄玉のすむ楼をいい、臨晋公主の居楼に比する。

14鹿虔扆《巻九15臨江仙二首其二》『花間集』417全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7349

臨江仙二首 其二

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。 

《花間集》416巻九15

臨江仙二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7349

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 
  2016年2月16日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(80)李太白集819巻二十二40憶東山二首 其二  399Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(80) Ⅰ李白詩1761 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7345  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈129《 巻01-14秋懷詩,十一首之一 (窗前兩好樹,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(2)<1674> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7346  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-22-#3杜少陵集 《21-05 可歎 #3》 杜甫詩index-15-1140 <1590> 767年大暦2年56歲-22-#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7347  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 14鹿虔扆《巻九15臨江仙二首其二》『花間集』417全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7349  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

鹿太保虔扆 花間集巻九に六首所収。

臨江仙二首  鹿太保虔扆(鹿虔扆【ろくけんい】)

 

臨江仙二首 其一

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

(臨江仙二首 其の一)

金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺 愁いて秋空に對す。

翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。

煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。

藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。

 

臨江仙二首 其二

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、月は欠けて惨めなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。

(臨江仙二首 其の二)

無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。

に絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。

一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。

暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。

 

 

『臨江仙二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首 其二

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

 

(下し文)

(臨江仙二首 其の二)

無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。

絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。

一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。

暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。

 

(現代語訳)

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。

柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。

一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。

夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。

 

 

(訳注)

臨江仙二首 其二

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

臨江仙二首

『花間集』には鹿虔扆の作が六首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

無賴曉鶯驚夢斷  起來殘醉初
絲柳裊  翠簾慵卷 約砌杏花

一自玉郎遊冶去 蓮凋月慘儀  

暮天微雨灑閑庭 手挼裙帶  無語倚雲

○●●○○△●  ●△○●○

●?○●?○  ●○○△ ●●●○  

●●●○○●● △○●●○ 

●○○●●○ ●○○●  ○●△○

 

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。

9 無賴 ① 定職をもたず,素行の悪い・こと(さま)。そのような人をもいう。ならずもの。  頼るところのないこと。

 

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。

10 裊 裊画数:13音読み:ジョウ、 ニョウ、 チョウ訓読み:しなやか

11 約 やく【約】[漢字項目]とは。意味や解説。[音]ヤク(呉)(漢)[訓]つづめるつづまやか[学習漢字]41 ひもで結ぶ。締めくくる。「制約・括約筋」2 ひもで結び目を作り、取り決めの目印とする。広く、約束のこと。

 

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。

12 遊冶 〔「冶」は飾る意〕 遊びにふけって,容姿を飾ること。酒色にふけること。

慘〔惨〕【さん】1 いたましい。みじめ。「惨禍・惨苦・惨憺(さんたん)・惨落/悲惨」2 むごい。むごたらしい。

13 儀形 手本。模範。ぎぎょう。「和漢の鑑(かがみ)と仰ぎて、四海 ... 1件の用語解説(儀刑で検索). Tweet. デジタル大辞泉の解説. ぎ‐けい 【儀刑/儀型/儀形】 《「儀式刑法」の略》手本。模範。

 

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。

14 挼 [](1) (紙などが)(しわ)になる.(2) (布などが)すりへる.

くんたい【裙帯】① 裳の腰につけて左右に長く垂らした紐。官女が正装の時,装飾として用いた。② すそと帯。

 

 

鹿虔扆 臨江仙二首 【字解】

 

1 鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

前蜀(ぜんしょく907925)は中国・五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。創始者は王建。

創始者王建は許州舞陽(現在の河南省舞陽県)の人で、黄巣の乱の鎮圧に加わって功績を挙げる。その後、唐の実力者である宦官・田令孜の仮子(養子)になり、僖宗が蜀(四川)へ落ち延びる際にこれを救った事で璧州(四川省通江)刺史となる。

888年には永平節度使となり、891年には成都に拠っていた剣南西川節度使の陳敬瑄と仮父である田令孜を殺して、成都を制圧。更に剣南西川藩鎮を滅ぼして、四川全域をほぼ完全に支配下に置いた。また901年には鳳翔の李茂貞(岐王)より漢中を奪う。

これにより、903年に唐より蜀王の地位を与えられ、更に907年に後梁に唐が滅ぼされると皇帝を名乗った。

 

2 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

3 重門 一の門、二の門と言うように重なる門を言う。宮女の居る場所をいう。妓優は必ずしも宮殿内に住む必要がなかった。

4 綺 窓枠などに彫刻や色彩を施した窓。窓の方向性によって五行思想により基本の色が決まる。

5 翠華 天子の旗、天子の儀使。翠花/翠華【すいか】とは。《中国で、天子の旗がカワセミの羽で飾ってあったところから》天子の旗。帝王の旗。皇帝の旗。

6 煙月 雲は男で、月は女、男女の情というものは、というほどの意味。

7 清露泣香紅 露に濡れた蓮の花を擬人化して、蓮の花が泣いていると表現したもの。

 

8 鹿虔扆の背景

蜀は天然の要害であり、周辺からの侵攻の危険が少なく、塩・鉄などの資源を豊富に有して古来より「天府」と呼ばれていた。この平和を求めて多くの文化人・僧などが中原から蜀へ流れてきており、王建も豊かな経済力を背景に文化の保護を行い、木版印刷による儒教・仏教の経典の出版やこの地での絹織物の生産などの事業を興した。

 

しかしその一方で、侵攻の危険性が薄い事から軍隊の目は内部への監視に向いており、尋事団と呼ばれる秘密警察を作り、不満分子を圧殺した。

 

918年に王建が死ぬと王建の実子と仮子の間での相続争いが起き、最終的に王建の末子・王衍が後を継ぐ。

 

王衍は蜀の経済力に依存して奢侈にふけり、政治は宦官に任せきりで、民衆からは搾取を行った。これにより民心は急速に離反して行き、925年に後唐軍が侵攻してくると抵抗する者がおらず、簡単に滅ぼされた。王衍は長安に護送される途中で殺された。

 

前蜀滅亡後は武将の孟知祥がこの地の統治を後唐より任ぜられたが、後に独立して後蜀を建てた。

後蜀(こうしょく 934 - 965年)は中国五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。四川の豊かな財物を背景に文化の華を開かせた。

 

前蜀と同じく、四川には平和を求めて流れて来た文人が数多く集まり、東の呉・南唐と並んで五代十国時代の最高峰の文化を花開かせた。

 

後蜀の代表的な文化人としては画家の黄筌(こうせん)、詞人の毛文錫(もうぶんしゃく)・欧陽炯(おうようけい)などが上げられる。

 

黄筌は前蜀・後蜀の両方に宮廷画家として仕えた人物である。花鳥画を得意とし、後の宋代には黄筌と南唐の花鳥画家・徐煕の二人を花鳥画の基本とした。

 

毛文錫と欧陽炯はこの時代になって一般的になってきたジャンル・「詞」が主な作品である。それまでの詩(漢詩)とは違い、形式に捕らわれずありのままの感情を表現し、歌うように詠むのが詞である。詞にはそれまでは大っぴらに喋るべきことではないと考えられていた恋愛や性的なことを題材とした作品(艶詞と呼ばれる)も多くあり、この時代に意識が開かれた事が感じられる。

 

毛文錫も黄筌と同じように両蜀に仕えた人物であり、欧陽炯は後蜀の宰相にまでなった人物である。別の見方をすれば、このような文人が政権の傍にいたから後蜀は滅んだとも言えないこともないが。これらの詩人の作品は晩唐の836年から940年までに各地で詠まれた詩・詞を集めた詩集・『花間集』に集められ、欧陽炯が序文を書いている。

14鹿虔扆《巻九14臨江仙二首其一》『花間集』416全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7344

鹿虔扆  臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

《花間集》416巻九14

訴衷情五首其五

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7344

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 
  2016年2月15日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(79)李太白集818巻二十二39憶東山二首 其一  398Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(79) Ⅰ李白詩1760 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7340  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#26》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1673> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7341  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-22-#2杜少陵集 《21-05 可歎 #2》 杜甫詩index-15-1139 <1589> 767年大暦2年56歲-22-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7342  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 14鹿虔扆《巻九14臨江仙二首其一》『花間集』416全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7344  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

鹿太保虔扆 花間集巻九に六首所収。

臨江仙二首  鹿太保虔扆(鹿虔扆【ろくけんい】)

 

臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

(臨江仙二首 其の一)

金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺 愁いて秋空に對す。

翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。

煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。

藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。

 

臨江仙二首 其二

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

 

(臨江仙二首 其の二)

無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。

に絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。

一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。

暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。

 

紅梅202
 

 

『臨江仙二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

 

(下し文)

(臨江仙二首 其の一)

金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺 愁いて秋空に對す。

翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。

煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。

藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。

 

(現代語訳)

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

 

成都関連地図 00
 

(訳注)

臨江仙二首 其一

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

【解説】 前段は、目の前に広がる荒れ果てた宮廷の庭園や宮殿を措き、国亡びてより後は、かつて高殿に鳴り響いていた楽の音も歌声もなく、ただ物寂しく風の吹き過ぎゆくばかりであることを述べる。後段は、月は国の亡びたことも知らずに、昔に変わらず宮殿に光を投げかけ、池の蓮の花は亡国を傷むかのように、互いに向き合って露に泣いていると言う。もう一つは、国が破れても、後宮の女たちは次の王たちに仕え、根強く生き続けることをいっているのである。本詞は、前蜀の滅亡しても、宮女たちは、ある意味「強い」ものであり、主が違っても美しく生きることが傷ましいとするものと考えられる。

『花間集』の序の日付は940年大蜀広政三年であることから、本詞は後蜀が文化はなやかなりし時に編纂されたものであることが分かる。

臨江仙二首

『花間集』には鹿虔扆の作が六首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

金鏁重門荒苑  愁對
翠華一去寂無  玉樓歌吹 聲斷已隨

煙月不知人事 夜闌還照深

藕花相向野塘 暗傷亡國  清露泣香

○●△○△●●  ●○○●○△

●△●●●○○  ●○○△ ○●●○△

○●△○○●● ●○○●△○

●○△●●○△ ●△○●  ○●●○○

1 鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

前蜀(ぜんしょく907925)は中国・五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。創始者は王建。

創始者王建は許州舞陽(現在の河南省舞陽県)の人で、黄巣の乱の鎮圧に加わって功績を挙げる。その後、唐の実力者である宦官・田令孜の仮子(養子)になり、僖宗が蜀(四川)へ落ち延びる際にこれを救った事で璧州(四川省通江)刺史となる。

888年には永平節度使となり、891年には成都に拠っていた剣南西川節度使の陳敬瑄と仮父である田令孜を殺して、成都を制圧。更に剣南西川藩鎮を滅ぼして、四川全域をほぼ完全に支配下に置いた。また901年には鳳翔の李茂貞(岐王)より漢中を奪う。

これにより、903年に唐より蜀王の地位を与えられ、更に907年に後梁に唐が滅ぼされると皇帝を名乗った。

 

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

2 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

3 重門 一の門、二の門と言うように重なる門を言う。宮女の居る場所をいう。妓優は必ずしも宮殿内に住む必要がなかった。

4 綺 窓枠などに彫刻や色彩を施した窓。窓の方向性によって五行思想により基本の色が決まる。

 

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

5 翠華 天子の旗、天子の儀使。翠花/翠華【すいか】とは。《中国で、天子の旗がカワセミの羽で飾ってあったところから》天子の旗。帝王の旗。皇帝の旗。

 

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

6 煙月 雲は男で、月は女、男女の情というものは、というほどの意味。

 

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

7 清露泣香紅 露に濡れた蓮の花を擬人化して、蓮の花が泣いていると表現したもの。

 

8 鹿虔扆の背景

蜀は天然の要害であり、周辺からの侵攻の危険が少なく、塩・鉄などの資源を豊富に有して古来より「天府」と呼ばれていた。この平和を求めて多くの文化人・僧などが中原から蜀へ流れてきており、王建も豊かな経済力を背景に文化の保護を行い、木版印刷による儒教・仏教の経典の出版やこの地での絹織物の生産などの事業を興した。

 

しかしその一方で、侵攻の危険性が薄い事から軍隊の目は内部への監視に向いており、尋事団と呼ばれる秘密警察を作り、不満分子を圧殺した。

 

918年に王建が死ぬと王建の実子と仮子の間での相続争いが起き、最終的に王建の末子・王衍が後を継ぐ。

 

王衍は蜀の経済力に依存して奢侈にふけり、政治は宦官に任せきりで、民衆からは搾取を行った。これにより民心は急速に離反して行き、925年に後唐軍が侵攻してくると抵抗する者がおらず、簡単に滅ぼされた。王衍は長安に護送される途中で殺された。

 

前蜀滅亡後は武将の孟知祥がこの地の統治を後唐より任ぜられたが、後に独立して後蜀を建てた。

後蜀(こうしょく 934 - 965年)は中国五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。四川の豊かな財物を背景に文化の華を開かせた。

 

前蜀と同じく、四川には平和を求めて流れて来た文人が数多く集まり、東の呉・南唐と並んで五代十国時代の最高峰の文化を花開かせた。

 

後蜀の代表的な文化人としては画家の黄筌(こうせん)、詞人の毛文錫(もうぶんしゃく)・欧陽炯(おうようけい)などが上げられる。

 

黄筌は前蜀・後蜀の両方に宮廷画家として仕えた人物である。花鳥画を得意とし、後の宋代には黄筌と南唐の花鳥画家・徐煕の二人を花鳥画の基本とした。

 

毛文錫と欧陽炯はこの時代になって一般的になってきたジャンル・「詞」が主な作品である。それまでの詩(漢詩)とは違い、形式に捕らわれずありのままの感情を表現し、歌うように詠むのが詞である。詞にはそれまでは大っぴらに喋るべきことではないと考えられていた恋愛や性的なことを題材とした作品(艶詞と呼ばれる)も多くあり、この時代に意識が開かれた事が感じられる。

 

毛文錫も黄筌と同じように両蜀に仕えた人物であり、欧陽炯は後蜀の宰相にまでなった人物である。別の見方をすれば、このような文人が政権の傍にいたから後蜀は滅んだとも言えないこともないが。これらの詩人の作品は晩唐の836年から940年までに各地で詠まれた詩・詞を集めた詩集・『花間集』に集められ、欧陽炯が序文を書いている。

13魏承班《巻九13漁歌子》『花間集』415全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7339

魏承班  漁歌子

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。少年郎,容易別,一去音書斷

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

巫女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

《花間集》411巻九13

漁 歌 子

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7339

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 

 
  2016年2月14日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(78)李太白集816巻二十二37秋夜獨坐懷故山  397Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(78) Ⅰ李白詩1759 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7335  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#25》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1672> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7336  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-22-#1杜少陵集 《21-05 可歎 #1》 杜甫詩index-15-1136 <1586> 767年大暦2年56歲-22-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7327  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 李太白集  354《太白巻四24 宮中行樂詞,八首之三》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7343 (02/14)  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九13漁歌子》『花間集』415全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7339  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』 の 「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

妓女は買われてくると、歌舞や酒席での遊戯などを習い、少しでも怠けると仮母に激しく鞭打たれたり殴られたりし、成人に達すると客を取り銭を稼がされた。彼女たちは行動の自由がなく、平生は勝手に門を出ることもできなかった。平康里の妓女は僧が道でお経を講ずるのを最も待ち望んだ。僧が来ると、仮母に千文納めて機を見て外出し、半日間自由の空気を吸うことができたからである。

 

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平康里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取らねばならなかった。南曲の張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を騙した。陳は処女を得たと思い、さらに三緡(一緡は銅銭一千枚)を張家にやった。その他、「買断」という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一緒を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

 

 

漁歌子

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

少年郎,容易別,一去音書斷

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

 

(漁歌子)

柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。

夢魂 驚き,鐘漏 歇み,外には 曉鶯 殘月あり。

幾多の情,無處の,花落ち 絮飛ぶ 清明節。

少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷

 

扁舟 00
 

『漁歌子』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

少年郎,容易別,一去音書斷

 

(下し文)

(漁歌子)

柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。

夢魂 驚き,鐘漏 歇み,外には 曉鶯 殘月あり。

幾多の情,無處の,花落ち 絮飛ぶ 清明節。

少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷

 

(現代語訳)

漁歌子(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

 

巫女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

白貯舞005
 

(訳注)

漁歌子

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首、魏承班の詩は一首のみ所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

柳如眉 雲似髮 蛟綃霧縠籠香

夢魂驚 鐘漏歇  外曉鶯
幾多情 無處 落花飛絮清明

少年郎 容易  一去音書斷

●△○  ○●● ○○△●△○●

△○○ ○●●  ?●●○○●

△○○  ○●● ●○○●○○●

●○○ ○●●  ●●○○●●

 

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

巫女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

 からみ織りの一種。粟粒のような点で文様を表す。薄くて透けた夏用の布。こめ。宋玉《神女賦》 宜高殿以廣意兮,翼放縱而綽寬。動霧縠以徐步兮、拂墀聲之珊珊。

 

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

 (1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間一歇ごく短い時間.歇班 xiēbān[](~儿)仕事が休みになる,非番になる.

 

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

清明節 清明節は農暦(旧暦)の24節気の一つ。春風が吹き、暖かくなると、空気は新鮮で爽やかになり、天地は明るく、清らかになる。このため「清明」と呼ばれる。しかし、この時節は、雨が次第に多くなる。親に仕える道を重視する中国人は、「生者に仕える如く死者にも仕える」という考え方から出発し、墓を先祖が地下に住んでいる場所と見なし、雨季が到来する前の清明の季節にはまず、風雨に一年間さらされてきた墓を修復、整理し、草を刈り、土を盛らなければならない。そして供物を並べて礼拝し、先祖にご加護と平安を祈るのだ。

妓女からすれば、清明節の時には、故郷の墓を祀るために、あの人はいるものだということをいい。この日は自分の所に来てくれるということをあらわしている。

 

少年郎,容易別,一去音書斷

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

少年郎 貴公子の遊び人。

柳絮01
 

漁歌子二首其二

 

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

 

孫光憲《漁歌子二首》

漁歌子二首其一

(劉郎のように家に帰らなくなった男が、漁師の歌う舟歌を聞きながら、次の港の女のもとにむかう)

草芊芊,波漾,湖邊艸色連波       

沿蓼岸,泊楓,天際玉輪初          

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何       

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏    

●△○  ○●● ○○△●△○●

△○○ ○●●  ?●●○○●

△○○  ○●● ●○○●○○●

●○○ ○●●  ●●○○●●

柳如眉  雲似髮 蛟綃霧縠籠香

夢魂驚 鐘漏  外曉鶯
幾多情  無處 落花飛絮清明

少年郎 容易  一去音書斷

 

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。 

●○○  ○●●

●△●△○○●  △●●

●△△  ●△○○○●

●△○  ○●●

●○●●○○●  △●●

△○○  ●●○○●●

泛流螢  明又滅 夜涼水冷東灣

風浩浩 笛寥寥  萬頃金波澄
杜若洲 香郁烈 一聲宿鴈霜時

經霅水 過松江  盡屬濃家日

13魏承班《巻九12黃鐘樂》『花間集』414全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7334

(蜀の年を重ねた官妓、薛濤を思わせる女の恨みと愁いを詠う。)

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。寵愛を失い年を重ねてくるとその身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。又春が来て、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

《花間集》411巻九12

鐘樂

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7334

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 
  2016年2月13日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(77)李太白集694巻二十08杜陵絕句  396Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(77) Ⅰ李白詩1758 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7330  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#24》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1671> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7331韓愈詩-韓愈128  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-21#3杜少陵集 《20-101 寫懷,二首之二 #3》 杜甫詩index-15-1137 <1587> 767年大暦2年56歲-21#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7332  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九12黃鐘樂》『花間集』414全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7334  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

長安の妓女

 

ここでは主に長安の平鹿里や、その他の街坊に集中して住んでいた一般の娼妓について述べたい。先に述べた皇室専属の教坊妓はこの中には含まない。長安の官妓は、上に述べた地方の官妓とは多くの違いがあるように思う。唐後期の孫薬が長安の妓女について専門に記した『北里志』と、その他こまごまとした史料からみると、長安の妓女も官府に属し、官府の御用に応じなければならなかったが、しかし官奴婦としての色合いはそれほど強くはなかった。官府の彼女たちに対する支配は比較的ゆるやかで、彼女たちも自分がどの長官の管理下にあるかもよく知らず、身分の束縛もあまりなく、地位も少しばかり高かった。また、彼女たちは官府から衣食を支給されておらず、自分で商売を営んでおり、後世の娼妓とほとんど変りなかった。これはたぶん、長安などの大都市が各界の人士、とりわけ天下の才子である進士たちが遊ぶ有名な場所であり、朝廷の支持と容認の下、妓楼で遊ぶ風潮がたいそう盛んであったため、長安などの妓女たちを官府が独占的に支配することはもはやきわめて難しく、しだいに社会全体に開放されていったからであろう。こうした情況は、およそ唐の中後期に向うに従って次第に発展していった。しかし、地方官妓は唐の後期になると藩鋲が巨大な権力を持ったため、なおいっそう地方官、とりわけ渚鋲の独占支配を受けることとなった。長安の妓女たちの生活情況は、唐代の官妓がしだいに自由業の娼妓に変化してゆく過程をよく反映している。

長安の妓女は「楽営」には属さず、孫柴の『北里志』序の言葉をかりると、「京中の飲妓、籍は教坊に属す」というように、籍は教坊にあった。先に述べたように、玄宗時代に教坊が設立されたのは、もともと天下の芸人を集めて訓練を行い、専ら宮廷の御用に供するためであったが、『北里志』がいう「京中の飲妓」とは明らかに宮廷に奉仕する芸人ではなく、民間で営業する娼妓であり、彼女たちも教坊には住まず、平鹿里やその他の里坊に住んでいたのである。これでは「京中の飲妓、籍は教坊に属す」という記述と矛盾する。いったいどうしたことだろうか。筆者が推測するに、こ

れはたぶん教坊制度の変化と関係があるように思う。玄宗以後、教坊はしだいに衰退していったが、

後の時代になっても教坊は依然としてたびたび芸妓を選抜して朝廷の御用に供していた。しかしふだんは彼女たち全部を教坊の中に住まわせることができなくなり、ただ若干の名妓だけを選んで教坊籍に入れ、いつでも宮廷の御用に派遣できるようにしていた。大半の妓女は普通はもといた置家とか、自宅に住んで、前と同じく自由営業の娼妓生活を送っていた。自居易の 「琵琶行」 に、「自ら言う 本これ京城の女、家は蝦焼陵(長安の東部、音楽坊にあった街区名)下に在りて住む。十三にして琵琶を学び得て成り、名は教坊第一部に属す。……五陵(漢の五帝陵が並び長安の上流階級が多く住んでいた地域)の年少、争って纏頭し(祝儀を出す)、一曲に紅補数を知らず」とある。この教坊籍に名を列した琵琶妓は教坊に住んではおらず、一般社会で芸を売り身を売って生活していたのである。

 

長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』の「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。

 

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

長安の妓女の大多数は平康里に住んでいた。「長安に平鹿坊という所があって、妓女の居住地である。京都の侠少(遊侠の若者)は此に草集る。……当時の人々はこの坊を風流薮沢(歓楽街)と呼んだ」(『開元天宝遺事』巻上)。『北里志』の記載によると、平康里の街区は三曲に分れ、名妓は多く南曲、あるいは中曲に住み、北曲に住むものの大多数は無名の「卑屑」(醜くて卑しい)の小妓であった。この三曲に住む妓女の生活に旦口同低貧富の差があった。南曲、中曲はおおむね堂院は広く静かで、院内には花が植えられ池もあり、室内の設備は快適で、華美にすぎるものさえあったが、下層の妓女の住まいは粗末なものであった。劉泰娘は北曲の小さな家の娘であったから、他の妓女たちと宴席に向う時、あなたは何処にお住まいですかと聞かれると、言葉をにごして、門前に一本の木がありますわ、などと言うだけであった。どの曲内に住んでいるかが、その妓女の身価に大きな関係があったようである。それ以外にも平鹿里に住まない妓女がおり、その他の街坊にそれぞれ分散して住んでいた。

 

妓女たちは皆それぞれ一派を立て、家を単位に独立して営業していた。彼女たちのあるものは家族と一緒に住んでいたが、多くは家の暮らしが立たないので、妓女として生きざるをえなかったのである。たとえば、唐代の小説『霞小玉伝』(蒋防作)の主人公霞小玉は、もともと霞王の娘であったが、母親が霞王の婦女であったから、後に母娘ともども追い出されてしまった。やむなく小玉は妓女となり母と一緒にくらした。また、「琵琶行」 に出てくる琵琶妓は、「弟は走って軍に従い阿頻は死す」といっているので、家族と一緒に住んでいたことがわかる。これらの妓女の大半は虐待を受けず、境遇はいくらかマシだった。しかし、その他多くの妓女は家族はおらず、「仮母」 に買われ養女にされたものであった。仮母とは後世いうところの「鴇母」(やりて婆)と同じであり、みな年増の妓女がなった。仮母に夫や家族はなく、しかし容色はまだ全く衰えたというわけではなかったので、大半が王侯貴族の邸宅を警護する武官の囲われ者であった。また、ある者はこっそりと夜伽をする男を囲っていたが、夫と言えるような代物ではなかった。平鹿里の置屋の大部分は仮母が何人かの妓女をかかえで営業していた。たとえば楊妙児の置屋を例にとれば、彼女はもともと名妓であったが、のちに仮母となり、莱児、永児、迎児、桂児の四人の養女をひきとって育てた。その他の置屋もほぼ同じょうなものであった。これらの妓女はみな生活はたいへん苦しく、大部分が「田舎の貧家」 から買われてきた幼女であり、仮母の姓を名のった。ある者は自分の実の父母さえ全く知らなかった。またある者は、人に騙されて売られて、この世界に堕ちたのであった。「ある良家の娘は、自分の家の嫁にするといって連れて行かれたが、他に多額の謝礼で転売され、誤ってこの苦界に堕ち、脱出することができなかった」(『北里志』「海論三曲中事」)。たとえば、王福娘は解梁(山西省臨晋県)の人であったが、嫁にやると騙されて都に連れて行かれ、色町に売られてしまった。しかし彼女は何も真相を知らないでいた。後に置屋は彼女に歌を習わせ客を取らせた。一人のか弱い女が行き場を失えば、他人の言いなりになるしかなかった。この間、家の兄弟が捜し出して奪い返そうとした。しかし彼女は、自分はすでに操を失った身であり、また兄弟には何の力もないことを考えると、望みを絶って兄弟に手を引かせるしか方法がなく、家族と泣き泣き永別したのであった。唐代の社会は良民と膿民の区別が明確であり、いったん娼妓の世界に転落すれば、身を脱することが困難であったばかりか、肉親と行き来して顔を合わせることさえきわめて難しかった。

 

妓女は買われてくると、歌舞や酒席での遊戯などを習い、少しでも怠けると仮母に激しく鞭打たれたり殴られたりし、成人に達すると客を取り銭を稼がされた。彼女たちは行動の自由がなく、平生は勝手に門を出ることもできなかった。平康里の妓女は僧が道でお経を講ずるのを最も待ち望んだ。僧が来ると、仮母に千文納めて機を見て外出し、半日間自由の空気を吸うことができたからである。

 

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平鹿里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

 西湖十景 曲院風荷02

黃鐘樂

(蜀の年を重ねた官妓、薛濤を思わせる女の恨みと愁いを詠う。)

池塘煙暖草萋萋。

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

寵愛を失い年を重ねてくるとその身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

又春が来て、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

(黃鐘樂)

池塘 煙暖して 草萋萋たり。

惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。

遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。

偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。

何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。

 

『黃鐘樂』 現代語訳と訳註

(本文)

黃鐘樂

池塘煙暖草萋萋。

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

 

(下し文)

黃鐘樂

池塘 煙暖して 草萋萋たり。

惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。

遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。

偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。

何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。

 

(現代語訳)

黃鐘樂(蜀の年を重ねた官妓、薛濤を思わせる女の恨みと愁いを詠う。)

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

寵愛を失い年を重ねてくるとその身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

又春が来て、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

成都関連地図 00
 

(訳注)

黃鐘樂

(蜀の年を重ねた官妓、薛濤を思わせる女の恨みと愁いを詠う。)

若く溌剌としているころは、いろんな客接待するより「買斷」で他の客をとらなくても良い方がよかったけれど、歳を重ねた官妓には人と接する機会がなく辛く淋しい日を過さなければならない。

『花間集』には教坊曲『黃鐘樂』は一首、魏承斑の作が収められている。双調ご六十四字、前段三十二字六句三そく平韻、後段三十二字六句四平韻で、⑦+4+4++7+⑦/⑦+4+++7+⑦ の詞形をとる。

池塘煙暖草萋  

惆悵閑宵 含恨愁坐  思堪
遙想玉人情事遠  音容渾似隔桃
偏記同歡秋月  簾外論心 花畔和 暗相
何事春來君不見  夢魂長在錦江西

○○○●●○○ 

○●○○ ○●○●  △○○

○●●○○●●  ○○△●●○○

△●○○○●○  ○●△○ ○●△●  ●△○

△●○△○△●  △○△●●○○

 

池塘煙暖草萋萋。

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

1 池塘のこの句は春に変わりゆく有様をいう場で、有名な謝靈運の《登池上樓》の次の句に基づくものである。「池塘生春草,園柳變鳴禽。」(池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。)池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。

登池上樓 #2 謝靈運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005

 

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

2 惆悵 恨み嘆くこと。恨み嘆くさま。

 

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

3 桃溪 行楽をした浣花渓。

 

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

寵愛を失い年を重ねてくるとその身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

4 偏記 偏った記録。

 

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

又春が来て、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

5 錦江西 薛濤の所縁の地と考えれば、詩の味わいが深まる。薛濤の墓、望江樓は錦江のにしであり、成都の西には琴台、百花潭、浣花渓がある。

 

池塘煙暖草萋  

惆悵閑宵 含恨愁坐  思堪
遙想玉人情事遠  音容渾似隔桃
偏記同歡秋月  簾外論心 花畔和 暗相
何事春來君不見  夢魂長在錦江西

13魏承班《巻九11生查子二首 其二》『花間集』413全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7329

魏承班  生子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

《花間集》412巻九11

子二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7329

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 
  2016年2月12日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(76)李太白集644巻十九18朝下過盧郎中敘舊游  395Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(76) Ⅰ李白詩1757 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7325  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#23》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1670> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7326  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-21#2杜少陵集 《20-101 寫懷,二首之二 #2》 杜甫詩index-15-1136 <1586> 767年大暦2年56歲-21#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7327  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九11生查子二首 其二》『花間集』413全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7329  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

魏承班 生子二首

子二首 其一

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

煙雨晚晴天,零落花無語。

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

難話此時心,梁鷰雙來去。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

子二首 其二

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。

看看又春來,還是長蕭索。

おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

moon4733
 

『生子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(下し文)

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

(現代語訳)

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。

おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

柳絮01
興慶宮沈香亭
 

(訳注)

子二首 其二

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

寂寞畫堂空  深夜垂羅
燈暗錦屏欹  月冷珠簾
愁恨夢應成  何處貪歡
看看又春來  還是長蕭

●●●○△  △●○○●

○●●△○  ●△○○●

○●△△○  △●○○●

△△●○△  ○●△○●

 

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

7寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。「人居を遠く離れた―たる別世界にも」〈柳田・山の人生〉2 心が満たされずにもの寂しいさま。

 

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

 

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。

8夢應成 夢がまさに叶えばいいとおもう。

 

看看又春來,還是長蕭索。

おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

9蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

 

 

子二首【字解】

1煙雨 雲雨というのは宋玉《高唐賦》の巫山の巫女の事(情交)であるが、宮女、教坊の妓優の場合には、煙雨となる。夕方から庭園で宴席が開かれることである。

2零落 宮女・妓優にとって若くないことを意味する。

3薫風 初夏の青葉風。

4有恨和情撫 恨みと思いを込めて奏でる。ここでは恨みや愁いを発散させるべく琴の音に託して奏でることを言う。和:調和させる。撫:奏でる。教坊の曲の女妓は、自分の持っている芸でしか表現することが出来ない。好きである場合も、嫌いであろうと、恨んでいても発言する場はなく、琴を演奏する女妓は琴を弾いて気を引くことしかない。妃嬪であっても全く同じことがいえる。

5腸斷斷絃 身も心も通い合わないでいることは、琴絃が切れても、切れても演奏し続けても相手の心に響かない。

6金縷 衣服に施された金糸の刺繍を指す。

7寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。「人居を遠く離れた―たる別世界にも」〈柳田・山の人生〉2 心が満たされずにもの寂しいさま。

8夢應成 夢がまさに叶えばいいとおもう。

9蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

13魏承班《巻九10生查子二首 其一》『花間集』412全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7324

魏承班  生子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

《花間集》412巻九10

子二首 其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7324

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世


 
  2016年2月11日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(75)李太白集643巻十九17 下終南山過斛斯山人宿置酒  394-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(75) Ⅰ李白詩1756 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7320  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#22》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1669> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7321  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-21#1杜少陵集 《20-101 寫懷,二首之二 #1》 杜甫詩index-15-1135 <1585> 767年大暦2年56歲-21#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7322  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九10生查子二首 其一》『花間集』412全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7324  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

花間集 教坊曲《生子》七首

張泌

《巻四44子》  相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

牛希濟

《巻五44子》  春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

孫光憲

《巻八12子三首其一》  寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

孫光憲

《巻八13子三首其二》  暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

孫光憲

《巻八14子三首其三》  金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪。玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

魏承班

《巻九10子二首 其一》  煙雨晴天,零落花無語。難話此時心,梁雙來去。琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,金縷

魏承班

《巻九11子二首 其二》  寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

 

 

杜甫はかつて《観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。唐の太宗の時、李百薬は上奏して「無用の宮人は、ややもすれば数万に達する」(『全唐文』巻一四二、李百薬「宮人を放つを請うの封事」)といった。『新唐書』の「官者伝」上に、「開元、天宝中、宮嬪はおおよそ四万に至る」と記されている。後者は唐代の宮廷女性の人数に関する最高の具体的な数字であり、まさに盛唐の風流天子玄宗皇帝時代のものである。宋代の人洪邁は、この時期は漢代以来、帝王の妃妾の数が最も多かった時代であるといっている(『容斎五筆』巻三「開元宮嬪」)。うまい具合に、この時期の女性の総人口は先に紹介した数字 - およそ二千六百余万であるから、四万余人とすれば、じつに全女性人口の六百分の一を占める。つまり、女性六百人ごとに一人が宮廷に入ったことになる。唐末になり、国土は荒れ、国勢は衰えたが、いぜんとして「六宮(後宮)の貴・賤の女性は一万人を減らない」(『資治通鑑』巻二七三、後唐の荘宗同光三年)という状態だった。この驚くべき数字の陰で、どのくらい多くの「曠夫怨女」(男やもめと未婚の老女)を造り出したことか計り知れない。唐末の詩人曹鄴が慨嘆して「天子 美女を好み、夫婦 双を成さず」(「捕漁謡」)と詠ったのも怪しむに足りない。

 

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

「楽戸」とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になった

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。

 

「梨園」、「宜春院」玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

 

興慶宮沈香亭
 

魏承班 生子二首

 

子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。

難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

 

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

 

『生子二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。

難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

 

 

(下し文)

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(現代語訳)

子二首 其一(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

大明宮の圖003
 

(訳注)

子二首 其一

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

煙雨晚晴天  零落花無
難話此時心  梁鷰雙來
琴韻對薰風  有恨和情
腸斷斷絃頻  淚滴黃金

○●●○○  △●○○●

△●●○○  ○●○△●

○●●△△  ●●△○●

○●●△○  ●●○○●

 

煙雨晚晴天,零落花無語。

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

○煙雨 雲雨というのは宋玉《高唐賦》の巫山の巫女の事(情交)であるが、宮女、教坊の妓優の場合には、煙雨となる。夕方から庭園で宴席が開かれることである。

○零落 宮女・妓優にとって若くないことを意味する。

 

難話此時心,梁鷰雙來去。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

○薫風 初夏の青葉風。

〇有恨和情撫 恨みと思いを込めて奏でる。ここでは恨みや愁いを発散させるべく琴の音に託して奏でることを言う。和:調和させる。撫:奏でる。教坊の曲の女妓は、自分の持っている芸でしか表現することが出来ない。好きである場合も、嫌いであろうと、恨んでいても発言する場はなく、琴を演奏する女妓は琴を弾いて気を引くことしかない。妃嬪であっても全く同じことがいえる。

 

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど、琴の演奏してもとどかない、涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

○腸斷斷絃 身も心も通い合わないでいることは、琴絃が切れても、切れても演奏し続けても相手の心に響かない。

○金縷 衣服に施された金糸の刺繍を指す。
長安城図 作図00
 

13魏承班《巻九09訴衷情五首其五》『花間集』411全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7319

魏承班  訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

(この詩は若さと魅力を発揮して君王から寵愛を得ようとして春はよかったが、そのごはちょうあいは無くなった宮女を詠ったもの)その五

春になればあの方と夜を過ごしたいと思う気持ちが強くなり、若さに負けてはと、しっかりと化粧を施し、眼もとを化粧し、頬に紅をさした、宮女は嫉妬していても人をゆるすこと、楽しむことを求められる。星のえくぼは頬に小さくあり、宝飾の耳飾りが揺れる。思いが叶って、幾度も共にこの春の歓楽の約束を果たしてもらって、酔いしれる。その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

《花間集》411巻九09

訴衷情五首其五

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7319

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 

 
  2016年2月10日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(75)李太白集643巻十九17下終南山過斛斯山人宿置酒  394Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(75) Ⅰ李白詩1755 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7315  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#21》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1668> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7316  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-20#3杜少陵集 《20-100 寫懷,二首之一 #3》 杜甫詩index-15-1134 <1584> 767年大暦2年56歲-20#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7317  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九09訴衷情五首其五》『花間集』411全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7319  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

『新・旧唐書』の「后妃伝」に記載されている三十六人の后妃のうち、意外なことに十五人は非命の最期をとげている。二人は後宮で皇帝の寵愛を争って死に、二人は動乱のなかで行方不明となり、一人は皇帝の死に殉じて自殺し、一人は皇太后として皇帝から罪を問われて死んだ。その他の九人はすべて政治闘争、宮廷政変で死に、そのうちの三人は朝廷の政治に関与して政敵に殺され、残りの六人は罪もないのに政争の犠牲となった。

后妃たちにとって、最も恐ろしいことはまず第一に政治権力をめぐる闘争であった。彼女たちはしばしば全く理由もなく政治事件の被害に遭ったり、家族の罪に連坐させられたり、甚だしい場合には殺害されるという災難にあった。ここで人々はまず楊貴妃のことを最初に想い浮かべることであろう。複雑な政治闘争、権力闘争の角逐の中で、いまだ政治に関与したことのなかったこの女性は、玄宗皇帝が彼女に夢中になり、また彼女の家族を特別に厚遇したということだけで、君主を迷わし国を誤らせ禍をもたらした罪魁となり、最後には無残にも締め殺されたうえ、千古に残る悪名を背負わされ、正真正銘の生け贅の小羊となった。

唐代に、このような悲劇が決して他になかったわけではない。中宗の趨皇后(死後に皇后の称号を追贈)は王妃となった時、母親の常楽長公主と武則天の間に抗争が起ったため、内侍省(宮中に在る官官管理の一役所)に拘禁された。毎日窓から生のままの食事を少し与えられただけで、世話する人もいなかった。数日後、衛士が中で死んでいるのを発見したとき、死体はすでに腐乱していた。容宗の睾后と劉后は人から無実の罪に陥れられ、武則天の命で、同じ日に秘密裏に殺され、死体は行方知れずになった。粛宗が皇太子だった時、章妃は長兄が罪により死を賜ったため粛宗と離婚を余儀なくされた。以後彼女は宮中で尼僧となって終生灯明古仏を伴としてくらした。唐末、昭宗の何皇后の最後はさらに悲惨で、昭宗が朱全忠に殺された後、罪を控造されて締め殺され、王朝交替の犠牲者となった。

 

彼女たちの第二の脅威は、皇帝の寵愛を失うことに外ならない。大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と艱難を共にしたことによって寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化したり、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。王皇后と玄宗は艱難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った喜后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔艱難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は一時はそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。武宗はかつて一人の妃嬢に非常に腹を立てたことがあった。その場に学士の柳公権がいたので、皇帝は彼に「もし学士が詩を一篇作ってくれるなら、彼女を許してやろう」といった。柳公権が絶句を一首つくると、武宗はたいそう喜び、彼女はこの災難を逃れることができた(王走保『唐掟言』巻一三)。しかし、皇帝から廃されたり、冷遇されただけの者は、まだ不幸中の幸いであったように思う。最悪の場合は生命の危険さえあった。高宗の王皇后と斎淑妃の二人は、武則天と寵愛を争って一敗地に塗れた。

この二人の敗北者は新皇后の階下の囚人となり、それぞれ二百回も杖で打たれてから手足を切断され、酒瓶の中に閉じ込められた後、無惨に殺された。

后妃、妃嬪にとって、最後の脅威は皇帝の死去である。これは皇帝の付属品である后妃たちが、いっさいの地位と栄誉の拠り所を失うことを意味した。一つだけ例外がある。つまり子が皇帝に即位した場合で、「やんごとなき夫の妻」から、「やんごとなき子の母」 へと転じることができた。少なくとも子のある妃嬪はちょっとした地位を保つことができたが、子のない妃嬢たちは武則天のように仏寺に送られて尼にされるか、あるいは寂しく落ちぶれて後宮の中で生涯を終えた。たとえ太后といぅ至尊の地位に登っても、新皇帝の顔色を窺わねばならなかった。憲宗の郭皇后は郭子儀の孫娘にあたり、公主を母に持ち、また穆宗の母となり、敬宗、文宗、武宗の三皇帝の祖母にあたる女性であったから、人々は唐朝の后妃のなかで「最も高貴」な方と呼んだ。しかし、宣宗が即位(八四七年)すると、生母の鄭太后はもともと郭太后の侍女であり、かねてから怨みをもっていたため、郭太后を礼遇しなかった。それで郭太后は鬱々として楽しまず、楼に登って自殺しょうとした。宣宗はそれを聞くと非常に怒った。郭太后はその夜急に死んでしまったが、死因はいうまでもなく明らかであろう。

唐代の后妃のなかには、そのほか皇帝に殉死したという特別な例がある。それは武宗の王賢妃である。彼女はもとは才人の身分であり、歌舞をよくし、皇帝からたいへんな寵愛を受けた。武宗は危篤間近になると、彼女に「朕が死んだらお前はどうするのか」と問うた。すると彼女は「陛下に御供して九泉にまいりたいと思います」と答えた。すると武宗は布を彼女に与えたので、王才人は帳の下で首をくくって死んだ(『資治通鑑』巻二四八、武宗会昌六年)。次の宣宗が即位すると、彼女に「賢妃」を追贈し、その貞節を誉め讃えた。このようにして、一個の生きた肉体が「賢妃」という虚名と取り換えられたのである。

もし、予測のつかない未来と苦難の多い運命によって生みだされる不安な感情が、后妃たちの生活の普通の心理であったとするなら、もう一つ彼女たちにまとわりついているのは、心の慰めや家庭の暖かさが欠けていることによって深く感ずる孤独、寂蓼、哀怨の気特であった。次のようにも言うことができよう。彼女たちは物質的には豊かであったが、人間の情愛の面では貧しかったと。

寵愛を失った者は言うまでもないが、寵愛を受けている者でさえも、何万にものぼる女性が一人の男性に侍っている宮中においては、誰も皇帝の愛情をいつまでも一身に繋ぎとめておくことは不可能であり、また正常な夫婦生活と家族団欒の楽しみを味わうことも不可能であった。皇帝が訪れることもなくなって、零落してしまった后妃の場合、おのずから悲痛はさらに倍加した。

玄宗の時代、妃嬪がはなはだ多かったので、「妃嬪たちに美しい花を挿すよう競わせ、帝は自ら白蝶を捕えて放ち、蝶のとまった妃嬪のところに赴いた」。また、妃嬪たちは常に「銭を投げて帝の寝所に誰が侍るのかを賭けた」(『開元天宝遺事』巻上、下)。彼女たちの苦痛を想像することができる。

「長門(妃嬪の住む宮殿)閉ざし定まりで生を求めず、頭花を焼却し挙を卸却す。玉窓に病臥す 秋雨の下、遥かに聞く別院にて人を喚ぶ声」(王建「長門」)、「早に雨露の翻って相い誤るを知らば、只ら荊の簪を挿して匹夫に嫁したるに」(劉得仁「長門怨」)、「珊瑚の枕上に千行の涙、是れ君を思うにあらず 是れ君を恨むなり」(李紳「長門怨」)等々と詩人に描写されている。唐代の人は「宮怨」「婕妤怨」「長門怨」「昭陽怨」などの類の詩詞を大量に作っており、その大半は詩人が后妃になぞらえて作ったものであるが、じつに的確に后妃たちの苦悶と幽怨の気持とを表している。これらの作品を貴婦人たちの有りもしない苦しみの表現と見なすべきではない。これらには彼女たちの、宮中での不自然な夫婦生活に対する怨み、民間の普通の夫婦に対する憧れがよく表現されている。女性として彼女たちが抱く怨恨と憧憬は、自然の情に合い理にかなっている。

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧の紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

訴衷情五首其五

(この詩は若さと魅力を発揮して君王から寵愛を得ようとして春はよかったが、そのごはちょうあいは無くなった宮女を詠ったもの)その五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

春になればあの方と夜を過ごしたいと思う気持ちが強くなり、若さに負けてはと、しっかりと化粧を施し、眼もとを化粧し、頬に紅をさした、宮女は嫉妬していても人をゆるすこと、楽しむことを求められる。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

星のえくぼは頬に小さくあり、宝飾の耳飾りが揺れる。思いが叶って、幾度も共にこの春の歓楽の約束を果たしてもらって、酔いしれる。

別後憶纖腰,夢魂勞。

その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

(訴衷情五首其の五)

春情 眼に滿ち 臉 綃に紅し,嬌妬 人饒すを索む。

星靨 小さく,玉璫搖れ,幾たびか共にして 春朝を醉う。

別後 纖腰を憶い,夢魂 勞す。

今の如し 風葉 又た蕭蕭たり,恨 迢迢たり。

 

長安皇城宮城00
 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の五)

春情 眼に滿ち 臉 綃に紅し,嬌妬 人饒すを索む。

星靨 小さく,玉璫搖れ,幾たびか共にして 春朝を醉う。

別後 纖腰を憶い,夢魂 勞す。

今の如し 風葉 又た蕭蕭たり,恨 迢迢たり。

 

(現代語訳)

(この詩は若さと魅力を発揮して君王から寵愛を得ようとして春はよかったが、そのごはちょうあいは無くなった宮女を詠ったもの)その五

春になればあの方と夜を過ごしたいと思う気持ちが強くなり、若さに負けてはと、しっかりと化粧を施し、眼もとを化粧し、頬に紅をさした、宮女は嫉妬していても人をゆるすこと、楽しむことを求められる。

星のえくぼは頬に小さくあり、宝飾の耳飾りが揺れる。思いが叶って、幾度も共にこの春の歓楽の約束を果たしてもらって、酔いしれる。

その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。

今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

霓裳羽衣舞001
 


続きを読む

13魏承班《巻九08訴衷情五首其四》『花間集』410全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7314

魏承班  訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。夢成幾度遶天涯,到君家。

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

巻九08

訴衷情五首其四

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》410巻九08

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7314

 

 
  2016年2月9日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 LiveDoorBlog
743年(74)李太白集605巻十八12金門答蘇秀才  393-#5Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(74) Ⅰ李白詩1754 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7310  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
韓愈128《 巻01-13南山詩 -#20》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1667> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7311  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-20#2杜少陵集 《20-100 寫懷,二首之一 #2》 杜甫詩index-15-1133 <1583> 767年大暦2年56歲-20#2漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7312  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 13魏承班《巻九08訴衷情五首其四》『花間集』410全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7314  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
   ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門) 漢詩総合サイト 07ch  
  杜甫全詩案内 韓愈全詩案内 李白全集 文選 古詩源 花間集案内  
 

 

 

皇后、宮女などについて。―――「内職」制度、「内官」制度 ―――

(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

 

(3) 后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。后妃たちの生活は優閑かつ安逸なもので、終日飽食し何もしないで遊びくらした。もちろん、時には彼女たちも形ばかりの仕事をしなければならなかった。たとえば恒例となっている皇后の養蚕の儀式や六宮(皇后の宮殿)での繭を献ずる儀式を主催し参加すること - これは天下の婦女に率先して養蚕事業の範を示すことを意味していた。

 

(4) 形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

(5) 富貴、栄達、優閑、快適 - 彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

魏太尉承班 《訴衷情五首》

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧の紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

 

花間集 白梅
 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

 

(下し文)

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

紅梅202

 

(訳注)

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

金風輕透碧  銀釭焰影
倚枕臥 恨何  山掩小屏
雲雨別  想容
夢成幾度遶天涯  到君

○△△●●?○  ○○●●○

△△● ●△○  ○●●△○

○●●○○  ●○△

△○△●●○○  ●○○

 

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

21 釭 【かりも】. 車軸による磨滅を防ぐために車の轂(こしき)の中にはめる鉄管。かりもの形をした燭台。

 

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みは何と緩やかなものであり、宮女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

22 倚枕臥 屏風に倚りかかり、寝牀に横になる、ここは時間の経過をいう。

23 恨何 恨みは何と緩やかなものであり、ここの女性は、恨んだり、嫉妬することは許されない。

24 山掩小屏霞 ここの山は女性が横たわって動かないでいること、しかし寵愛を受けていた時と同じように身支度、準備等をしていることをいう。

 

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

25 雲雨 ① 雲と雨。 〔三国志 呉書周瑜伝〕 (雲や雨を得て竜が昇天するように)大事をなす機会。 朝雲暮雨(ちよううんぼう) 」に同じ。雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝、巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7
 無題(颯颯東風細雨來)
8 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53 夜雨寄北
71 風雨
76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集

77 春雨 李商隠特集
78
細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠
79
七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作

など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている。

 

26