玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

抒情詩

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
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12孫光憲《巻八30定西番二首 其二》『花間集』382全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7174

孫光憲  定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

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花間集 教坊曲『定西番』七首

溫庭筠

巻一27定西番三首其一漢使昔年離別。攀弱柳,折寒梅,上高臺。千里玉關春雪,鴈來人不來。羌笛一聲愁,月徘徊。

溫庭筠

巻一28定西番三首其二海鷰欲飛調羽。萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。雙鬢翠霞金縷,一枝春豔濃。樓上月明三五,鏁窗中。

溫庭筠

巻一29定西番三首其三細雨曉鶯春晚。人似玉,柳如眉,正相思。羅幕翠簾初捲,鏡中花一枝。腸斷塞門消息,鴈來稀。

牛嶠

巻四23定西番紫塞月明千里,金甲冷,戍樓寒,夢長安。思望中天闊,漏殘星亦殘。畫角數聲嗚咽,雪漫漫。

孫光憲

巻八29定西番二首 其一鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

孫光憲

巻八30定西番二首 其二帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

毛熙震

《巻十04定西番》  蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

 

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

定西番二首 其二

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

 

(定西番二首 其の二)

帝子 枕前秋の夜、霜幄 冷やか、月華明るく、正に三更まり。

何處にか 戍樓 笛寒く,夢殘り 一聲を聞く。

遙かに想う 漢關 萬里,淚 縱橫にす。

 

大明宮の圖003


 

『定西番二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

 

(下し文)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

(現代語訳)

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

 

(訳注)

定西番二首 其二

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

 

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。

双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/6⑤6③の詞形をとる。

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天,馬蹄

鵲面弓離短韔,彎來月欲

一隻鳴雲外,曉鴻

○●○○○△  ○●● ●○○  ●○△

●●○△●●  ○△●●○

●●○○○●  ●△○

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。既に溫庭筠と牛嶠については掲載済みである。双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、❻3③③/6⑤❻③の詞形をとる。

定西番二首 其二

帝子枕前秋霜幄,月華,正三

何處戍樓寒笛,夢殘聞一

遙想漢關萬,淚縱

●●△○○●  ○●△ ●△○  △△△

△●●○○●  △○△●○

○●●○●●  ●△△

 

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

9. 秋夜 ・天長節は、85日の玄宗の誕生日を国慶節としたことによる。宮廷では宴席を行い、興慶宮の広場で、玄宗のもとで宮廷楽団の音楽や大規模な舞踊、出し物や曲芸、軽業、手品などの百戯が行われた。全国の寺観でも盛大な儀式が行われ、農民も天神を祭るという行事に組み入れられた。・中秋節は、815日に、中秋の名月を眺める日であり、この日の満月が最も美しい月とされた。果物などを食べながら、月見を行った。唐代の半ばにはじまり、晩唐には定着した。

・重陽節は、99日に、人々が高い丘や高楼の高所に登高し、茱萸(かわはじかみ)の枝や菊の花を髪に挿し、その実を入れた袋を肘に下げ、菊酒を飲み邪気を祓う行事である。翌日の910日が小重陽で酒宴が開かれた。

10. 幄 四隅に柱を立て、棟・檐(のき)を渡して布帛(ふはく)で覆った仮小屋。祭儀などのときに、臨時に庭に設けるもの。幄。幄の屋()。あげばり。

11. 三更 五更の第三。およそ現在の午後11時または午前零時からの2時間をいう。子()の刻。丙夜(へいや)

 

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

12. 戍樓 西域の国境を守る塞の楼閣。

 

遙想漢關萬里,淚縱橫。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

13. 漢關萬里 万里の長城の先の玉門關。

 

 

 

 

定西番

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》溫庭筠66首巻一27-〈27〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5332

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孫光憲 定西番二首 【字解】

1. 鶏禄山 今の内蒙古の杭錦後旗の西北にある山。鶏禄墓に続く。後漢の賛意は、鶏禄塞を出て匈奴と稽落山(鶏禄山) で戦い、勝利を収めると、燕然山に登って石に戦功を刻んで帰った。古山名。在今蒙古人民共和国西南部。東漢永元元年(公元89) 竇憲による北匈奴の大破と班超による西域平定という外征の大成果があり、親政後にも新降匈奴や西羌に優位を保ち、対外的に国威が最も発揚された時代とされる

2. 遊騎 遊撃騎馬兵。

3. 馬蹄軽 凍りついた表土がやわらかくなって、馬が歩きやすくなること。

4. 鵲面弓 背面にカササギの形の飾りの付いた弓。なお、弓の名と解する説もある。鵲はカラスより小さいが、カラス科の鳥だけあって、胸一面が真っ白であとは真っ黒である。カチカチと鳴くので、勝烏(かちがらす)、烏鵲(うじゃく)、喜鵲(きじゃく)の名もある。

5. 離短鼓 弓袋から取り出す。離は取り出す。鼓は弓を入れる袋。短は、馬上で用いる弓が小型なことを意味する。

6. 月欲成 満月になろうとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

7. 鳴 鳴り響く鏑矢。鏑をつけた矢。射ると大きな音響を発して飛ぶ。狩猟用の野矢の一種。軍陣の箙(えびら)には上差(うわざし)として差し添えた。鳴り鏑矢。鳴り矢。

8. 曉鴻 明け方にとっでゆく大雁。鴻:1.水鳥の一つ。大形の水鳥。おおとり。「鴻毛・鴻鵠」2.大きい。広大。
安史の乱期 勢力図 002
 

改訂 12孫光憲《巻八29定西番二首 其一》『花間集』381全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7169

孫光憲  定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

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花間集 教坊曲『定西番』七首

溫庭筠

巻一27定西番三首其一漢使昔年離別。攀弱柳,折寒梅,上高臺。千里玉關春雪,鴈來人不來。羌笛一聲愁,月徘徊。

溫庭筠

巻一28定西番三首其二海鷰欲飛調羽。萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。雙鬢翠霞金縷,一枝春豔濃。樓上月明三五,鏁窗中。

溫庭筠

巻一29定西番三首其三細雨曉鶯春晚。人似玉,柳如眉,正相思。羅幕翠簾初捲,鏡中花一枝。腸斷塞門消息,鴈來稀。

牛嶠

巻四23定西番紫塞月明千里,金甲冷,戍樓寒,夢長安。思望中天闊,漏殘星亦殘。畫角數聲嗚咽,雪漫漫。

孫光憲

巻八29定西番二首 其一鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

孫光憲

巻八30定西番二首 其二帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

毛熙震

《巻十04定西番》  蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

 

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

 

 

『定西番二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

 

(下し文)

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

(現代語訳)

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

 

(訳注)

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

【解説】 辺塞の防備に当たる騎馬兵の活動を詠う。『花間集』の中にあっては、邊西詩があることが特異な作品であるが、その一とその二は一体のものであるということで花間集に取り上げられたのである。ただ、カササギは浮き橋となって織姫のところへ渡らせてくれるのであり、弓を引けば月のようになる、つまり美人の顔のようだ、こんな邊西の地にあってもカササギが思い出させてくれるということでもある。いかに戦場であっても風流に考えようという、戦場にはいかないで想定して詠うもの。

 

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。

双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/6⑤6③の詞形をとる。

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天,馬蹄

鵲面弓離短韔,彎來月欲

一隻鳴雲外,曉鴻

○●○○○△  ○●● ●○○  ●○△

●●○△●●  ○△●●○

●●○○○●  ●△○

安史の乱期 勢力図 002
 

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

1. 鶏禄山 今の内蒙古の杭錦後旗の西北にある山。鶏禄墓に続く。後漢の賛意は、鶏禄塞を出て匈奴と稽落山(鶏禄山) で戦い、勝利を収めると、燕然山に登って石に戦功を刻んで帰った。古山名。在今蒙古人民共和国西南部。東漢永元元年(公元89) 竇憲による北匈奴の大破と班超による西域平定という外征の大成果があり、親政後にも新降匈奴や西羌に優位を保ち、対外的に国威が最も発揚された時代とされる

2. 遊騎 遊撃騎馬兵。

3. 馬蹄軽 凍りついた表土がやわらかくなって、馬が歩きやすくなること。

 

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

4. 鵲面弓 背面にカササギの形の飾りの付いた弓。なお、弓の名と解する説もある。鵲はカラスより小さいが、カラス科の鳥だけあって、胸一面が真っ白であとは真っ黒である。カチカチと鳴くので、勝烏(かちがらす)、烏鵲(うじゃく)、喜鵲(きじゃく)の名もある。

5. 離短鼓 弓袋から取り出す。離は取り出す。鼓は弓を入れる袋。短は、馬上で用いる弓が小型なことを意味する。

6. 月欲成 満月になろうとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

 

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

7. 鳴 鳴り響く鏑矢。鏑をつけた矢。射ると大きな音響を発して飛ぶ。狩猟用の野矢の一種。軍陣の箙(えびら)には上差(うわざし)として差し添えた。鳴り鏑矢。鳴り矢。

8. 曉鴻 明け方にとっでゆく大雁。鴻:1.水鳥の一つ。大形の水鳥。おおとり。「鴻毛・鴻鵠」2.大きい。広大。

7毛文錫《巻五33巫山一段雲一首》『花間集』234全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6442

毛文錫  巫山一段雲一首  

雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

7毛文錫《巻五33巫山一段雲一首》『花間集』234全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6442

 
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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 

巫山一段雲

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

 

 

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

 

『巫山一段雲一首』 現代語訳と訳註

(本文)

巫山一段雲一首

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

 

 

(下し文)

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

 

 

(現代語訳)

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

 

 (訳注)

巫山一段雲一首

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

【解説】 巫山の神女の故事を詠う。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、.坐山の神女の故事に思いを馳せる。

巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。

 

唐の教坊の曲名。『花問集』には三首所収。毛文錫の作は.首収められている。双調四十四字、前後段二十二字四句三平韻で、5⑤⑦⑤/5⑤⑦⑤の詞形をとる。

雨霽巫山上  雲輕映碧天  遠峯吹散又相  十二晚峯
暗濕啼猿樹  高籠過客  朝朝暮暮楚江  幾度降神

●●○○●  ○△●●○  ●○△●●△○  ●●●○○

●●○○●  ○△△●○  ○○●●●○○  △●△○○

 

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

○巫山 今の四川省巫山県の東にある山。その辺りは三峡の一つの巫峡。巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

温庭筠『河瀆神三首(其一)』

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

河瀆神 三首其一 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞Gs-362-1-#68 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3357

張泌『浣渓沙十首(其三)』 

獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

浣渓沙 十首 其三 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-341-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3252

神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。

韋荘『望遠行』「欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。  人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

謁巫山廟 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-242-108-#98  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

20-514《巫山一段雲二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-697-20-(514) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5032

20-515《巫山一段二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-698-20-(515) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5037

 

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

〇十二晩峯 夕暮れ時の巫山の十二の峯々。夕暮れ時の巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-67-2皇甫松1《巻2-17 天仙子二首其一》皇甫松12首巻二17-〈67〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5537

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-68-2皇甫松2《巻2-18 天仙子二首其二》皇甫松12首巻二18-〈68〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5542

 

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

○囁猿 古くから三峡の問は、両岸の山々に高木が茂り、船で通過する問、手長猿の鳴き声の絶えることがなく、旅人はそれを聞くと誰もが望郷の念を抱いたと言う。

 

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

〇朝朝暮暮 朝な夕なに。楚の懐土が高唐に遊び夢の中で巫山の神女と情を交わした故事を踏まえる前述 韋荘『望遠行』「雲雨別来易東西」の注参照。

○楚江 ここでは長江のこと。

○神仙 ここでは楚の懐王の夢に現れて懐壬と情を交わした巫山の神女を指す。前述 韋荘『望遠行』参照。

宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」

張泌《巻五03何瀆神一首》『花間集』204全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6292

張泌  河瀆神 一首  

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

(長江の水神を祀る社の内外の景色を、朝、昼、夕、夜の様子を詠う。)山門を潜り中に入ると、古木にからすや、冬の烏が鳴き騒ぎ、楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱい庭一面を覆うのである。祠の中は真昼時というのにうすぐらく、薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともしていて、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾のかげが斜めになびく。

張泌《巻五03何瀆神一首》『花間集』204全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6292

 
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(改訂版Ver.2.1

河瀆神 一首

(長江の水神を祀る社の内外の景色を、朝、昼、夕、夜の様子を詠う。)

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

山門を潜り中に入ると、古木にからすや、冬の烏が鳴き騒ぎ、楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱい庭一面を覆うのである。

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

祠の中は真昼時というのにうすぐらく、薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともしていて、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾のかげが斜めになびく。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

それなのに、門前を行き交うのは参詣の人や道祠女の客であり中まで入ってこない、その向こうにはひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

振り向けば川を隔てむこうの渡し場に迎えのかがり火がたかれ、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

河瀆神【かとくしん】 一首

古樹 寒鴉【かんあ】噪【さわ】がしく,庭を滿る 楓葉【ふうよう】蘆花【ろか】。

晝燈【ちゅうとう】午に當りて輕紗【けいさ】を隔て,畫閣 珠簾 影斜【なな】めなり。

門外 往來す祈賽【きさい】の客,翩翩【へんぺん】たる帆は天涯に落つ。

首を迴らせば 江を隔つる煙火あり,渡頭 三つ兩つの人家あり。

 


(改訂版Ver.2.1

『河瀆神一首』現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神 一首

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

 

(下し文)

河瀆神【かとくしん】 一首

古樹 寒鴉【かんあ】噪【さわ】がしく,庭を滿る 楓葉【ふうよう】蘆花【ろか】。

晝燈【ちゅうとう】午に當りて輕紗【けいさ】を隔て,畫閣 珠簾 影斜【なな】めなり。

門外 往來す祈賽【きさい】の客,翩翩【へんぺん】たる帆は天涯に落つ。

首を迴らせば 江を隔つる煙火あり,渡頭 三つ兩つの人家あり。

 

(現代語訳)

(長江の水神を祀る社の内外の景色を、朝、昼、夕、夜の様子を詠う。)

山門を潜り中に入ると、古木にからすや、冬の烏が鳴き騒ぎ、楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱい庭一面を覆うのである。

祠の中は真昼時というのにうすぐらく、薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともしていて、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾のかげが斜めになびく。

それなのに、門前を行き交うのは参詣の人や道祠女の客であり中まで入ってこない、その向こうにはひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

振り向けば川を隔てむこうの渡し場に迎えのかがり火がたかれ、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

河瀆神 一首

(長江の水神を祀る社の内外の景色を、朝、昼、夕、夜の様子を詠う。)

歴史のある長江の水神を祀る社の内側は、ひっそりとしていて、落ち葉も庭一面に広がり、紅葉も赤く染まっている。長江に灌ぎこむ支流の川の両岸には多くの人がいるが、長江の向こう岸には、二、三軒の民家が夕餉の支度をしている。

前段は、冬を迎える社を覆う古木、烏、楓、蘆の花、祠の高閣の珠簾、灯明を掲げて客を迎えるのを描き、後段は、社の外の参拝客、川を行く帆船、娼屋の燈火が上る二、三軒の人家の様を描く。

『花間集』には張泌の作が一首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段五字四句四灰韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。

河瀆神 一首

古樹噪寒,滿庭楓葉蘆

晝燈當午隔輕,畫閣珠簾影

門外往來祈賽,翩翩帆落天

迴首隔江煙,渡頭三兩人

●●●○○  ●○○●○○

●○△●●△○  ●●○○●○

○●●△○●●  ○○△●○○

△●●○○●  ●○△●○○

 

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

山門を潜り中に入ると、古木にからすや、冬の烏が鳴き騒ぎ、楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱい庭一面を覆うのである。

古樹 長い年月を経ている樹木。古木(こぼく)。古い歴史のある社を連想させる。

○寒鴉 秋から冬にかけての烏。『鴉』(からす)、人がいない寂しさを連想させる。

楓葉 紅葉したカエデの葉。・楓 マンサク科の落葉高木。カエデではない。

滿庭 「秋の花」庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花、秋の景色がいっぱいであること。

○蘆花 アシの花穂。蘆には秋という意味があり「秋の花」庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいであること。

此の二句は、秋の色模様と矢代の寂寞感を表す。

 

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

祠の中は真昼時というのにうすぐらく、薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともしていて、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾のかげが斜めになびく。

晝燈 昼行燈。 (日中にともっている行灯のように)ぼんやりとしている人。また,役に立たない人。

當午 1.正午, 中午。 唐李紳《憫農》詩之二: “鋤禾日當午, 汗滴禾下土。2)指午夜。 温庭筠 巻一12菩薩蠻十四首其十二》夜來皓月纔當午,重簾悄悄無人語。深處麝煙長,臥時留薄粧。當年還自惜,往事那堪憶。花落月明殘,錦衾知曉寒。」

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠2《菩薩蠻十四首 其二》溫庭筠66首巻一1-2〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5207

○畫閣 絵が壁に描かれた祠の楼閣。珠簾とあるところから、道女、聖女妓の祠であることがわかる。

 

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

それなのに、門前を行き交うのは参詣の人や道祠女の客であり中まで入ってこない、その向こうにはひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

○門外往來 門前を行き交う

○祈賽 祈は御利益を祈る、賽は神の加護に感謝を捧げる。

○翩翩 ばたばたとはためくさま。

落天涯 水平線の彼方に消え去る。

 

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

振り向けば川を隔てむこうの渡し場に迎えのかがり火がたかれ、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

迴首隔江 振り向けば川を隔てる渡し場

〇煙火 炊事の煙が起ち上るとかがり火。

○渡頭 渡し場。

三兩 二、三軒の家

 

 

 

 

 

 

温庭筠、『河瀆神』参照。

 

(改訂)-1溫庭筠45《巻1-45 河瀆神 三首其一》

(改訂)-1溫庭筠46《巻1-46 河瀆神 三首其二》

改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》

 

 

孫光憲の

14-359《河瀆神二首其一》孫光憲

14-360《河瀆神二首其二》孫光憲

 

 

 

牛嶠《巻四23江城子二首 其二》『花間集』174全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6142

牛嶠  江城子二首 其二  

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

渡口楊花,狂雪任風吹。

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

(はるかに長い浦辺に別離旅立ちのときがくる、船着き場の抒情を詠う。)遙か遠くに続く浦にある水辺にたちこめていた靄が消えると水鳥は飛びたつ、別離の宴があり、別れはいよいよ迫ってくる。そこでさらに金杯に最期の酒を勧める。

牛嶠《巻四23江城子二首 其二》『花間集』174全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6142

 
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歴史絵巻は私たちに唐代の女性の生き生きとした姿を示してくれる。

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。「錦を集め花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流」(施肩吾「少婦遊寿詞」)、「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

瓜田李下の疑い、唐人はらず。「瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」

「瓜田に履を入れず、李下(すももの木の下)に冠を正さず」 の格言に基づく、疑われやすい状況のたとえ。

宋洪邁《容齋三筆白公夜聞歌者》:然鄂州所見, 亦一女子獨處, 夫不在焉。 瓜田李下之疑, 唐人不譏也。”

 

彼女たちは「胡服騎射」を好む気風があり、胡服戎装(北方民族の軍装)をしたり、男装したりすることを楽しみ、雄々しく馬を走らせ鞭を振い、「撃を露わにして〔馬を〕馳験せた」(『新唐書』車服志)。

またポロや狩猟などの活動に加わることもできた。

杜甫の《哀江頭》詩に「輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」(輦前の才人 弓箭【きゅうせん】を 帶び,白馬 嚼噛【しゃくげつ】す 黄金の勒【くつわ】。身を翻して天に向ひ 仰ぎて雲を射れば,一笑 正に堕つ 雙飛翼。)と描写されている。馬上で矢を射る女たちの何と雄々しき姿であることか。彼女たちは勇敢かつ大胆で、よく愛し、よく恨み、また、よく怒りよく罵り、古来女性に押しつけられてきた柔順、謙恭、忍耐などの「美徳」とはほとんど無縁のようだった。誰にも馴れない荒馬を前にして、武則天は公衆に言った。「私はこの馬を制することができる。それには三つの物が必要だ。一つめは鉄鞭、二つめは鉄樋(鉄杖、武器の一種)、三つめは短剣である。鉄鞭で撃っても服さなければ馬首を鉄樋でたたき、それでもなお服さなければ剣でその喉を断つ」(『資治通鑑』巻二〇六、則天后久視元年)と。この話は唐代の女性たちに特有の勇敢で、剛毅な性格をじつに生々と表わしている。

彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。『西廟記』『人面桃花』『侍女離魂』『蘭橋遇仙』『柳毅伝書』等の、儒教道徳に反した恋愛物語が、どれも唐朝に誕生したことは、この常よい証拠である。

 

彼女たちの家庭における地位は比較的高く、「婦は強く夫は弱く、内(女)は齢く外(男)は柔かい」(張鷲『朝野愈載』巻四)といった現象はどこにでも見られた。唐朝の前期には上は天子から下は公卿・士大夫に至るまで、「恐妻」がなんと時代風潮にさえなったのである。ある道化の楽人は唐の中宗の面前で、「かかあ天下も大いに結構」(孟築『本事詩』嘲戯)と歌ったことで、葦皇后から褒美をもらったという。御史大夫の襲談は恐妻家としてたいへん有名であったばかりか、妻は恐るべしという理論までもっていた。妻たちが家で勝手気ままに振舞っているのを見聞したある人は、大いに慨嘆して次のようにいった。「家をもてば妻がこれをほしいままにし、国をもてば妻がそれを占拠し、天下をもてば妻がそれを指図する」(干義方『異心符』)と。

この時代には、まだ「女子は才無きが便ち是れ徳なり」(清の石成金の『家訓抄』が引く明の陳眉公の語)という観念は形成されていなかった。宮廷の妃嫁、貴婦人、令嬢から貧しい家の娘、尼僧や女道士、娼妓や女俳優、はては婦女にいたるまで文字を識る者がきわめで多く、女性たちが書を読み文を作り、詩を吟じ賊を作る風潮がたいへん盛んであった。これによって唐代には数多くの才能ある女性詩人が生れたのである。女道士のッ魚玄機はかつて嘆息して、「自ら恨む 羅衣の 詩句を掩うを、頭を挙げて空しく羨む 模中の名(女に生れて詩文の才を発揮できないのが恨めしい。むなしく科挙合格者の名簿を眺める)」(「崇真観の南楼に遊び、新及第の題名の処を括る」)と詠んだ。この詩句は、女性が才能の点で男性に譲らぬ自信をもってはいるが、男とともに金棒(科挙合格者発表の掲示板)に名を載せ、才能を発揮できない無念さをよく表している。

以上の説明でも、まだ鮮明なイメージをもてないならば、永泰公主(中宗の七女、武則天の孫娘)等の墓葬壁画、張萱の描いた「我国夫人済春図」などの絵画、さらには大量に出土した唐代の女桶(墓に副葬された女型の人形)をちょっと見てほしい。そうすれば唐代の女性の、あの「胡服騎射」 の雄々しい姿、胸もあらわな妖艶な姿を実際に目で見ることができ、開放的な時代の息吹きを強く感じることができると思う。まさに「三寸金蓮」(纏足で小さくされた足)に折り曲げられなかった自然の足のように、彼女たちはまだ完全には封建道徳によって束縛、抑圧されて奇形になってはおらず、なお多くの自然らしさと人間らしさを保っていた。ここに彼女たちの幸運があった。

 

 

(改訂版Ver.2.1

江城子二首 其一

(睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

ゴイサギ.は起き上がって群れをなして、城東の方へ飛んでゆく、そこは大江と天空は碧く一体化しているし、なかば航海が困難な急流があり風がある。

越王宮殿,蘋葉藕花中。

その江南には、「会稽の恥」で臥薪嘗胆して呉を破った越の宮殿には浮草であっても気っても繋がっているレンコンのような花が集まっている。

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

(江城子 二首 其の一)

鵁鶄【こうせい】 起きて郡て城東に飛び,江空を碧とし,半灘の風。

越王の宮殿,蘋葉 藕花 中【あつま】る。

簾捲 水樓 魚浪 起き,千片の雪,雨 濛濛たり。

 

(改訂版Ver.2.1

江城子二首其二

(はるかに長い浦辺に別離旅立ちのときがくる、船着き場の抒情を詠う。)

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

遙か遠くに続く浦にある水辺にたちこめていた靄が消えると水鳥は飛びたつ、別離の宴があり、別れはいよいよ迫ってくる。そこでさらに金杯に最期の酒を勧める。

渡口楊花,狂雪任風吹。

渡し場に柳絮の花が、吹雪のように降り続け、風吹くままに吹雪のように散っている。

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

日暮れの空は晴れ渡っているのに、この港のある川は春水の波が高く流れが速い、岸には芳しい春草がのびてきており、そこに降る雨は、糸のような雨が降りつづく。

 

(江城子二首其の二)

極浦 煙 消えて水鳥 飛び,離筵 分首の時,金巵【きんし】を送る。

渡口の楊花,狂雪 風吹に任かす。

日暮 天空 波浪 急に,芳艸の岸,雨 絲如し。

 

 

(改訂版Ver.2.1

江城子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

江城子二首 其二

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

渡口楊花,狂雪任風吹。

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

 

 

(下し文)

(其の二)

極浦 煙 消えて水鳥 飛び,離筵 分首の時,金巵【きんし】を送る。

渡口の楊花,狂雪 風吹に任かす。

日暮 天空 波浪 急に,芳艸の岸,雨 絲如し。

 

 

(現代語訳)

(はるかに長い浦辺に別離旅立ちのときがくる、船着き場の抒情を詠う。)

遙か遠くに続く浦にある水辺にたちこめていた靄が消えると水鳥は飛びたつ、別離の宴があり、別れはいよいよ迫ってくる。そこでさらに金杯に最期の酒を勧める。

渡し場に柳絮の花が、吹雪のように降り続け、風吹くままに吹雪のように散っている。

日暮れの空は晴れ渡っているのに、この港のある川は春水の波が高く流れが速い、岸には芳しい春草がのびてきており、そこに降る雨は、糸のような雨が降りつづく。

 

 

(改訂版Ver.2.1

 (訳注)

江城子二首 其二

(はるかに長い浦辺に別離旅立ちのときがくる、船着き場の抒情を詠う。)

荒れる川面も、糸のように降る雨も実景であると同時に、人を見送った後の心の中の風景でもある。また岸辺の芳草も旅立った人の帰りの遅くなることを暗に予期させる。

 

『花間集』には七首所収。牛嶠二首、韋荘の作二首(掲載済み)が二首収められ、張泌、欧

陽炯らも所収されている。単調二十七字、八句五平韻 ⑦③③/4⑤/73③の詞形をとる。

江城子二首 其一

鵁鶄飛起郡城,碧江,半灘

越王宮殿,蘋葉藕花

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛

○○○●●○○  ●○△ ●△△

●△○● ○●●○△

○△●○○△● ○●●  ●△△

江城子二首 其二

 

極浦煙消水鳥  離筵分首時 送金

渡口楊花 狂雪任風

日暮天空波浪急 芳艸岸  雨如

●●○○●●○  △○△●○

●○○  ●●○○ △●△△△

●●○△○△● ○●●  ●△○

 

江城子二首 其一

恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。

朱唇未動,先覺口脂香。

緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-25韋荘103《巻3-03 江城子二首 其一》三巻3-〈103〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5717

江城子二首 其二

髻鬟狼藉黛眉長,出蘭房,別檀郎。

角聲嗚咽,星斗漸微茫。

露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》三巻4-〈104〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5722

 

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

遙か遠くに続く浦にある水辺にたちこめていた靄が消えると水鳥は飛びたつ、別離の宴があり、別れはいよいよ迫ってくる。そこでさらに金杯に最期の酒を勧める。

○極浦 果ての遙か遠くの水辺。遙かに続く浦。《楚辞九歌、湘君》「望涔陽兮極浦 横大江兮揚靈。」(涔陽の極浦に望み、大江に横わって靈を揚ぐ。)

○水鳥飛 水鳥はおおむね番でいたり、群れを成して行動する。

○離筵 別離の宴席。

〇分首時 いよいよの別れの時。分常は別れる。

〇金巵 金の杯。金属製の杯を飾って言ったもの。

 

渡口楊花,狂雪任風吹。

渡し場に柳絮の花が、吹雪のように降り続け、風吹くままに吹雪のように散っている。

○楊花 柳絮の花、晩春に吹雪のように舞い飛ぶことをいう。

○狂雪 吹雪のように降り続けるような景色をいう。

○任風吹 風の吹くままに任せる。

 

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

日暮れの空は晴れ渡っているのに、この港のある川は春水の波が高く流れが速い、岸には芳しい春草がのびてきており、そこに降る雨は、糸のような雨が降りつづく。

○日暮天空波浪急 今日も人気はない、日暮れの空は晴れ渡っているのに、この港のある川は春水の波が高く流れが速い。雪解けの春水は澄み切った水であり、川の流れの流れも澄んだ水で盛り上がって流れている。布団の中に入って寝ている状況を連想させる

○芳草 芳しい草。旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことを。『楚辞』招隠士第十二「王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。」(王孫 遊びて歸らず、春草 生じて萋萋たり。) 

韋荘『望遠行』

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

不忍別君後、却入旧香閏。

(望遠行)

別れんと欲して 言 無く 画屏に倚る、恨みを含みて 暗に情を傷ましむ。

謝家の庭樹 錦鶏 鳴き、残月 辺城に落つ。

人 別れんと欲し、馬 頻に嘶く、緑槐 千里の艮堤。

門を出づれば 芳草 路に妻萎たり、雲雨 別れてより來 東西なり易し。

忍びず 君と別れし後、却って旧の香閨に入るに。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》二巻50-〈100〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5702

牛嶠《巻三46 柳枝五首 其一》『花間集』147全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5937

柳枝五首 其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(後宮の池塘の柳は、春に芽吹いてから行き交う人を誘ってくる、毎年行き交う人にそうしていて、行き交う宮人の生涯を見届けている。)

牛嶠《巻三46 柳枝五首 其一》『花間集』147全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5937

 
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牛嶠 花間集 巻三 柳枝五首


花間集 巻四

女冠子四首 夢江南二首 感恩多二首

應天長二首 更漏子三首 望江怨一首

菩薩蠻七首 酒泉子一首 定西番一首

玉樓春一首 西溪子一首 江城子二首

 

5 牛嶠(生卒年未詳、)字は松脚、また二子虻峰という。院讐甘粛)の人。唐宰相牛僧指の子孫にあたるという。乾符五年(878)の進士。唐朝に仕えて、拾遺・補闕・校書即の官を歴任した。王建が節度使となって蜀(四川)を鎮めたとき、闢されて判官となった。

王建が蜀国を建ててから、蜀に仕えて給事中の官を拝した。よって牛給事とよばれている。博学で文学をよくし、詩歌においてはとくに名があらわれていた。ひそかに李賀(長吉)の歌詩を慕って、筆をとればただちにその詩風にならうことが多かったといぅ。詞はとくにその長ずるところで、女冠子詞の「繍帯芙蓉帳、金紋芍薬花」とか、菩薩蛮詞の「山月照山花、夢回鐙影斜」などはかれの佳句として知られていたといぅ。いわゆる花間沢とよばれる一派のなかで、況庭箔の詞風をうけてその辞句の美しきや情味の深いことでとくにすぐれた詞人である。集三十巻歌詩三巻があったというが今わずかに一部分が伝わるだけである。詞は花間集に三十二首を収めている。

 

 

柳枝五首

其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

 

其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

 

其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

 

其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

 

其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

 

 

牛嶠《巻三46 柳枝五首 其一》『花間集』147全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5937

 

 

(改訂版)《巻三46柳枝五首 其一》

柳枝五首其一

(後宮の池塘の柳は、春に芽吹いてから行き交う人を誘ってくる、毎年行き交う人にそうしていて、行き交う宮人の生涯を見届けている。)

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

正月の解凍水の時期も過ぎて、春風が優しく吹いてくると柳の梢にも青い目が噴出して、春は万物が目覚め成長する、そしてそこを通る人に、「もうそろそろ薄絹の上衣を脱衣しますわよ。早くいらして。」といっているようである。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

そして、その柳の並木道の柳の枝葉はしなやかな細い腰の女たちのように、後宮へ続く道にずっと揺れ動くのをやめないし、そして行き交う人の生涯を見続けているのである。

 

(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來りて 末上 青くなり,羅袖を解かんと垂なんとす、「拜卿卿」。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

 

『柳枝五首其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(下し文)
(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來りて 末上 青くなり,羅袖を解かんと垂なんとす、「拜卿卿」。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

(現代語訳)
(後宮の池塘の柳は、春に芽吹いてから行き交う人を誘ってくる、毎年行き交う人にそうしていて、行き交う宮人の生涯を見届けている。)

正月の解凍水の時期も過ぎて、春風が優しく吹いてくると柳の梢にも青い目が噴出して、春は万物が目覚め成長する、そしてそこを通る人に、「もうそろそろ薄絹の上衣を脱衣しますわよ。早くいらして。」といっているようである。

そして、その柳の並木道の柳の枝葉はしなやかな細い腰の女たちのように、後宮へ続く道にずっと揺れ動くのをやめないし、そして行き交う人の生涯を見続けているのである。



(訳注)

柳枝五首其一

柳枝

 

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。柳を詠い込んで、唐の長安・洛陽の民歌として作ったものからはじまり、後宮の池塘の柳を詠うことで、宮女の一生、女性の一生を詠うものと広げて行っている。。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがあるが、それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なることによって、曲調も当然ながら異なっている。

 

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「柳枝」九首を含む)皇甫松の詩は二首で、単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の絶句詞形をとる。

柳枝五首其一

解凍風來末上,解垂羅袖拜卿

無端裊娜臨官路,舞送行人過一


 

解凍 風來 末上青,解垂 羅袖 拜卿卿。

正月の解凍水の時期も過ぎて、春風が優しく吹いてくると柳の梢にも青い目が噴出して、春は万物が目覚め成長する、そしてそこを通る人に、「もうそろそろ薄絹の上衣を脱衣しますわよ。早くいらして。」といっているようである。

解凍 樹氷が溶けおちる。とける。古代にこの語を使っていない。落ちる。悟る。とおす。よくす。言い訳。解き明かし。悟り。楽章の一節。文体の名。・・・ゆるむ。明·王志堅《表異録》卷二「正月解凍水,二月白蘋水。・・・」

末上青 柳の梢の先に芽吹き始めたことをいう。少女から大人になることを示唆する。末は木梢、上は梢のあたり、全体的に、青は芽吹いてきたこと。 歐陽脩 

宋玉在《風賦》中寫道: “夫風生於地,起於青萍之末,

解垂 もう少しで解衣しそうなこと。もうそろそろ脱衣します。垂はまさに~しようとする。

卿卿 妻が夫を呼ぶ称。閨褥での言葉。南朝宋·劉義慶《世新語·惑溺》:“親卿愛卿,是以卿卿,我不卿卿,誰當卿卿?”

 

無端 裊娜 臨官路,舞送 行人 過一生。

その柳の並木道の柳の枝葉はしなやかな細い腰の女たちのように、後宮へ続く道にずっと揺れ動くのをやめない、そして行き交う人の生涯を見続けているのである。

無端 末端がない。何処までも終わりがないほど続く。

裊娜 嫋娜【じょうだ】 しなやかなさま。なよなよしたさま。

官路 朝廷の御門に通づる大道。

岳飛《小重山一首》花間集関連詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5902

小重山
岳飛《小重山一首》 むかし、閨で一緒に聞いた蟋蟀の声、昨夜は、晩秋というのにコオロギが鳴きやまず、うとうとしては、驚いて目を覚ます、きっとおまえも、遥か千里の彼方のわたしのことを夢見ていてくれるだろう。 すでに午前零時を過ぎているころのことだった。

昨夜寒蛩不住鳴,驚回千里夢。已三更。

起來獨自遶階行,人悄悄,簾外月朧明。

白首爲功名,舊山松竹老,阻歸程。

欲將心事付瑤琴,知音少,絃斷有誰聽。


-

 

-岳飛《小重山一首》花間集関連詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5902

 
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臨江仙一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-373-8-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3412

毛文錫《臨江仙一首》川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃はいくら弾いてもひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなしく広がって來るのである。


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臨江仙一首 毛文錫【もうぶんせき】  Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-373-8-#9   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3412

 

 

毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 

臨江仙

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

(娥皇、女英の瀟水、湘水の夜景を詠い、宋玉の「高唐の賦」に詠われたように夜が明ければ化身の雨も雲も消えていくという詩)

夕暮れてくると蟬の声は、夕日が沈みかかると鳴き尽してしまう。月がのぼると瀟水、湘水の川面に影をおとす。

娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしない。楚の山々は紅葉にそまるし、煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた台をとおく隔っている。

岸辺には港の火が、湖には舟の漁火があり、風が吹くと波に揺れ砕ける。水草の白き花は月影と共にひろがり、濃き香りは辺りに放っている。

川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃はいくら弾いてもひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなしく広がって來るのである。

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

oushokun01
 

『臨江仙』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

 

 

(下し文)

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

(現代語訳)

(娥皇、女英の瀟水、湘水の夜景を詠い、宋玉の「高唐の賦」に詠われたように夜が明ければ化身の雨も雲も消えていくという詩)

夕暮れてくると蟬の声は、夕日が沈みかかると鳴き尽してしまう。月がのぼると瀟水、湘水の川面に影をおとす。

娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしない。楚の山々は紅葉にそまるし、煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた台をとおく隔っている。

岸辺には港の火が、湖には舟の漁火があり、風が吹くと波に揺れ砕ける。水草の白き花は月影と共にひろがり、濃き香りは辺りに放っている。

川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃はいくら弾いてもひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなしく広がって來るのである。

 

 

(訳注)

臨江仙 一首

(娥皇、女英の瀟水、湘水の夜景を詠い、宋玉の「高唐の賦」に詠われたように夜が明ければ化身の雨も雲も消えていくという詩)

心情を直接表現した語は、わずかに「失絃凄切に」の」句のみである。「朱絃」は川音を蛾卓の弾く琴の弦に喩えている。その響きが「凄切」とは、美の舜を失って湘の川に身を投げた娥・英の悲しみを表すとともに、巫女が雨に化身し、雲に化身するが朝になればすっかり晴れ渡って來るという故事にもとずき、湊港の女性、女妓との交わりと別れを詠うものである。

 

漢詩ブログ001
 

臨江仙

『花間集』 には毛文錫の作が一首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四半韻、後段二十九字五句三平韻で、双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。張泌『臨江仙 一首』と同じ形をとっている。

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

花間集の臨江仙

張泌    臨江仙一首

・毛文錫              臨江仙一首

・牛希濟              臨江仙七首

・歐陽炯              臨江仙二首

・顧    臨江仙三首

・孫光憲              臨江仙二首

・魏承班              臨江仙二首

・閻選    臨江仙二首

・毛熙震              臨江仙二首

・李珣    臨江仙二首

 

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

夕暮れてくると蟬の声は、夕日が沈みかかると鳴き尽してしまう。月がのぼると瀟水、湘水の川面に影をおとす。

○銀蟾 月の別称。中国の古代伝説に拠れば、月には兎や蛤(ヒキガエル)が住むとされた。張泌『浣溪沙十首 其一』

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242

銀は、ここでは月の輝きを形容する。韋荘『天仙子 其三』の「蟾彩」

蟾彩霜華夜不分。天外鴻聾枕上聞。

綉衾香冷懶重燻。

入寂寂、葉紛紛。

纔睡依前夢見君。

天仙子 其三 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-272-5-#26  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2907

○瀟湘 湖南省洞庭湖にを流れこむ蒲水、湘水の二つの川の名。ここでは洞庭湖南岸一帯の地を指す。湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、水は西岸の支流である

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黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしない。楚の山々は紅葉にそまるし、煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた台をとおく隔っている。

○黄陵廟 舜の妃となった夷の二人の娘、娥皇と女英を祀った廟。湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。その地は今の湖南省湘陰の北、湘水のほとりに当たる。『臨江仙 一首』

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

○高唐 楚の宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。雲夢(湿地の名)にあった高台の名。

 

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

岸辺には港の火が、湖には舟の漁火があり、風が吹くと波に揺れ砕ける。水草の白き花は月影と共にひろがり、濃き香りは辺りに放っている。

○風颭碎 風に揺れ砕けること。

○白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。

 

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃はいくら弾いてもひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなしく広がって來るのである。

〇霊娥 舜の亡き後、湘水に身を投じて湘水の女神となった蛾皇、女英を指す。

○韻清商 湘水の流れの音を湘神となった蛾皇が水中で奏でる琴の音に喩えたもの。商は音律五音のうちの商の音。ここでは、清らかな音の意。

秋笛
清商欲盡奏,奏苦血沾衣。
他日傷心極,徵人白骨歸。
相逢恐恨過,故作發聲微。
不見秋雲動,悲風稍稍飛。

清苦にして哀愁のある音調。 ・商 秋、秋風。西の方角。星座のこと。五音階。「宮・商・角・徴・羽」隋・唐は中国史上で最も強大・安定し、音楽・絵画・書・舞踊・建築などが発展した。 音楽は「宮廷音楽(七部伎=清商伎・国伎・亀慈伎・安国伎・天竺伎・高麗伎・文康伎)」と 「民間音楽(山歌・小曲、器楽=琵琶・笙・笛などの演奏)」に二分される。
曹丕(曹子桓/魏文帝)詩 『燕歌行』 
燕歌行
秋風蕭瑟天気涼、草木搖落露為霜、
羣燕辭帰雁南翔。
念君客遊思断腸、慊慊思帰戀故郷、
何為淹留寄他方。』
賤妾煢煢守空房、憂来思君不敢忘。
不覚涙下霑衣裳。
援琴鳴絃發清商、短歌微吟不能長。』
明月皎皎照我牀、星漢西流夜未央。
牽牛織女遥相望、爾獨何辜限河梁。』

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河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

張泌河瀆神 一首 古木にからすや、冬の烏鳴がき騒ぎ、庭一面を覆う楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいである。真昼時というのに薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともり、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾斜めになびく。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

 

河瀆神 一首

(道女の祠にも冬が来たと夜が早く来るその景色をうたう)

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

古木にからすや、冬の烏鳴がき騒ぎ、庭一面を覆う楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいである。

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

真昼時というのに薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともり、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾斜めになびく。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

門前を行き交うのは参詣の人や道女の客の群れであり、ひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

振り向けば川を隔てる渡し場に迎えのかがり火がたかれ、、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

河瀆神【かとくしん】 一首

古樹 寒鴉【かんあ】噪【さわ】がしく,庭を滿る 楓葉【ふうよう】蘆花【ろか】。

晝燈【ちゅうとう】午に當りて輕紗【けいさ】を隔て,畫閣 珠簾 影斜【なな】めなり。

門外 往來す祈賽【きさい】の客,翩翩【へんぺん】たる帆は天涯に落つ。

首を迴らせば 江を隔つる煙火あり,渡頭 三つ兩つの人家あり。

 


『河瀆神一首』現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神 一首

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。


(下し文)

河瀆神【かとくしん】 一首

古樹 寒鴉【かんあ】噪【さわ】がしく,庭を滿る 楓葉【ふうよう】蘆花【ろか】。

晝燈【ちゅうとう】午に當りて輕紗【けいさ】を隔て,畫閣 珠簾 影斜【なな】めなり。

門外 往來す祈賽【きさい】の客,翩翩【へんぺん】たる帆は天涯に落つ。

首を迴らせば 江を隔つる煙火あり,渡頭 三つ兩つの人家あり。


(現代語訳)

(道女の祠にも冬が来たと夜が早く来るその景色をうたう)

古木にからすや、冬の烏鳴がき騒ぎ、庭一面を覆う楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいである。

真昼時というのに薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともり、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾斜めになびく。

門前を行き交うのは参詣の人や道女の客の群れであり、ひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

振り向けば川を隔てる渡し場に迎えのかがり火がたかれ、、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

 nanda019


(訳注)

河瀆神 一首

(道女の祠にも冬が来たと夜が早く来るその景色をうたう)

『花間集』には張泌の作が一首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段五字四句四灰韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。温庭筠、孫光憲の『河瀆神』参照。

水神を祀る社とその周辺の道女の祠と娼屋と周辺の模様を詠う。前段は、冬を迎える社を覆う古木、烏、楓、蘆の花、祠の高閣の珠簾、灯明をかかげてきゃくをむかえるのを描き、後段は、社の外の参拝客、川を行く帆船、娼屋の燈火が上る二、三軒の人家の様を描く。


古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

古木にからすや、冬の烏鳴がき騒ぎ、庭一面を覆う楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいである。

○寒鴉 秋から冬にかけての烏。『鴉』(からす)

○楓 マンサク科の落葉高木。カエデではない。

○蘆花 アシの花穂。蘆には秋という意味があり「秋の花」庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいであること。


晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

真昼時というのに薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともり、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾斜めになびく。

○畫閣 絵が壁に描かれた祠の楼閣。珠簾とあるところから、道女、聖女妓の祠であることがわかる。


門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

門前を行き交うのは参詣の人や道女の客の群れであり、ひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

○祈賽 祈は御利益を祈る、賽は神の加護に感謝を捧げる。○翩翩 ばたばたとはためくさま。

落天涯 水平線の彼方に消え去る。


迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

振り向けば川を隔てる渡し場に迎えのかがり火がたかれ、、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

〇煙火 煙と火。

○渡頭 渡し場。
Flower1-004

127 金陵圖 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-281-5-#35  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2952

金陵圖 韋莊 長江に晩春の雨がしとしとと岸辺の草に降って、もう草は成長して生え揃っている。この地に六朝の栄華は夢のように儚く、今は鳥が空しく鳴いているだけである。

 

2013年9月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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127 金陵圖 韋荘  Ⅹ唐五代詞・宋詩Gs-281-5-#35   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2952

 

 

金陵圖 韋莊

(金陵の絵を見て。)

江雨霏霏江草齊,六朝如夢鳥空啼。

長江に晩春の雨がしとしとと岸辺の草に降って、もう草は成長して生え揃っている。この地に六朝の栄華は夢のように儚く、今は鳥が空しく鳴いているだけである。

無情最是臺城柳,依舊烟籠十里堤。

歴史上の悲劇を知っていながら「無情であるかの如く」なのは宮城の柳である。それは昔とおなじように、十里の堤を緑色の霞の籠に包んでしまっていることだ。

 

(金陵の圖)

江雨霏霏【びび】として 江草齊【ひと】し,六朝【りくちょう】 夢の如く 鳥空しく啼く。

無情 最も是れ 臺城の柳,舊に 依りて 烟は籠【こ】む十里の堤。

 美女画557

 


『金陵圖』 現代語訳と訳註

(本文)

金陵圖

江雨霏霏江草齊,六朝如夢鳥空啼。

無情最是臺城柳,依舊烟籠十里堤。

 

 

(下し文)

(金陵の圖)

江雨霏霏【びび】として 江草齊【ひと】し,六朝【りくちょう】 夢の如く 鳥空しく啼く。

無情 最も是れ 臺城の柳,舊に 依りて 烟は籠【こ】む十里の堤。

 

 

(現代語訳)

(金陵の絵を見て。)

長江に晩春の雨がしとしとと岸辺の草に降って、もう草は成長して生え揃っている。この地に六朝の栄華は夢のように儚く、今は鳥が空しく鳴いているだけである。

歴史上の悲劇を知っていながら「無情であるかの如く」なのは宮城の柳である。それは昔とおなじように、十里の堤を緑色の霞の籠に包んでしまっていることだ。

 

 

(訳注)

金陵圖

(金陵の絵を見て。)

『聯珠詩格』では『過金陵』とする。 

・金陵:古代の金陵邑。六朝の建業、建康。元代の集慶のこと。この時代明初の應天、現・南京のこと。六朝の古都なので異称、別名が多い。

 

 

江雨霏霏江草齊、六朝如夢鳥空啼。

長江に晩春の雨がしとしとと岸辺の草に降って、もう草は成長して生え揃っている。この地に六朝の栄華は夢のように儚く、今は鳥が空しく鳴いているだけである。

・江雨:長江に降る雨。 

・霏霏:霧雨がしとしとと降るさま。韋莊『淸平樂』「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。   盡日相望王孫, 塵滿衣上涙痕。 誰向橋邊吹笛, 駐馬西望消魂。」淸平樂(三) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-262-5-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2692

・江草:岸辺の草。 

・齊:そろう。ひとしい。たいらか。草が成長している晩春の様子を云う。

・六朝:江南に興った六つの王朝。三国以降の魏晋南北朝の(金陵に都をおいた)南朝で、文学で謂う漢魏六朝の六朝のこと。東呉、東晉、宋、齊、梁、陳の六代に亘る王朝のことで、約三百年間を指す。

全て金陵(南京)を都とした。

・如夢:夢のようである。どの王朝も短命で儚く滅んでいったことからいう。 

・空啼:かいもなく鳴く。

 

無情最是臺城柳依舊烟籠十里堤

歴史上の悲劇を知っていながら「無情であるかの如く」なのは宮城の柳である。それは昔とおなじように、十里の堤を緑色の霞の籠に包んでしまっていることだ。

・無情:金陵は、六朝・陳、隋の歴史上の悲劇が起こったところではあるが、春の風情は、人の世の出来事とは関わることなく、恰も無情であるかの如くである。 

・最是:一番に。 

・臺城:宮城。

・依舊:昔のままに。昔ながらに。
・烟籠:もやが立ち込めている。霞がかかっている。柳や草が遥か遠くまで茂っているさまを屡々こう表現する。また、葉がこんもりと茂って恰も緑色のもやがかかっているかのようであるかのようであることをいう。

柳絮02

長安春 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-269-5-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2892

長安の春 韋荘  当時、長安は人口120万にを超す世界最大級の都市。大雁塔は古き良き長安の姿を今も残す。杏園は大雁塔の皆々あった庭園である。春、都では科挙に合格した者たちの祝宴が開かれる。貴族たちの家々は合格者に解放され、無礼講。


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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
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当時、長安は人口120万にを超す世界最大級の都市であった。
7
世紀に建立された大雁塔は古き良き長安の姿を今も残す。
この詩の杏園は大雁塔の皆々あった庭園である。
春、都では官僚になるための試験、科挙に合格した者たちの祝宴が開かれる。

貴族たちの家々は合格者に解放され、無礼講。

庭の花を競い、酒を競い、華やかな歌舞に宮廷料理、宴は賑やかに行われる。

科挙に合格した者だけがわが世の春を謳歌するのだ。
この日だけは、華やかな高殿の若き乙女たちも主役の座を譲ってくれる。

この試験のために全国から若者が集まってくる。

何年もかかってやっと合格するもの、どうしても及第しないもの悲喜こもごもの日なのだが、この詩は長安のにぎわいを詠った有名な詩である。
作者韋荘も合格した一人だが、合格後しばらくして唐王朝は滅亡している。
この詩は、絢爛たる輝きを見せた長安最後の姿かもしれない。

長安の春」 韋荘
 長安は旧暦2月、春の盛りの大賑わい、都の大通りには、車馬が音を立てて行きかう。家々には、花も恥じらう乙女たちが集まり、木々の枝にはほころんだ蕾のように艶めかしい。
 簾の中で笑い、ざわめき、長安の春はわたしのためにあるとばかりに自慢顔。
 長安の春は、皆のもののはずだが昔から、高殿の乙女たちの独り占め。
 それでも今日だけは彼女たちもどうしようもない。杏園に向かう人たちが軽快な馬車で春を連れ去ってしまうのだから。



長安の春
長安二月多香塵、六街車馬聲鈴凛。
家家楼上如花人、千枝萬枝紅艶新。
簾間笑語自相問、何人占得長安春。
長安春色本無主、古来盡屬紅樓女。
如今無奈杏園人、駿馬輕車擁将去。


■ 韋荘 (いそう)836910晩唐の詩人。字は端己。
杜陵(現・陝西省西安附近)の人。字(あざな)は端己(たんき)。杜陵(陝西省西安)の人。温庭均(おんていいん)とともに唐五代の詞を代表する
・唐末の都の荒廃をうたった長編の七言古詩「秦婦吟」が有名。
・秦婦吟  金陵圖(江雨霏霏江草齊)   古別離(晴煙漠漠柳??)   題酒家(酒綠花紅客愛詩)
botan00


上記、唐の詩人、韋荘いそうの長編詩の巻頭にみる如く繁栄を誇った「長安」も紀元前221年、初めて戦国乱世に終止符を打ち全中国を統一した、秦の始皇帝に始まっている。


■ 長安をめぐる
 秦王朝の首都「咸陽」は渭水の北岸にあった。現在の咸陽市であえる。始皇帝は更に空き地の多い南岸を開発し「阿房宮」を中心とする壮麗な離宮を建造した。この「渭水」南岸地域が以後の長安の基礎となった。 

そればかりではない、同時に死後の離宮の意味で陵みささぎを造営したのが、2000年以上の時を経て、現在我々が接することの出来る始皇帝陵であり兵馬俑なのである。

始皇帝の死後、「咸陽」は徹底的に破壊されたが、南岸の離宮は破壊を免れた。紀元前202年、項羽を滅ぼし天下を統一した前漢(前208年~後8年)の高祖、劉邦は、この南岸の離宮を基盤にして新首都を築き「長安」と名付けた。 

以後、後8年、王莽おうもうに滅ぼされるまで前漢の首都であり続けた。王莽の敗死後、前漢の一族劉秀が光武帝として後漢の王朝を立てるが、後漢は首都を「洛陽」に定め、以後「三国時代」の魏王朝(220年から265年)、次いで中国全土を統一した「西晋王朝」(265~316)に至るまで約300年間、洛陽が首都、長安が副都として機能したに止まった。 

長安が生まれ変わり、再び首都として復帰したのは、それから270年後の隋王朝の時代である。因みに、4世紀初め西晋滅亡後、中国は南北に分裂、南部を漢民族の王朝(南朝)が、北部を異民族の王朝(北朝)が支配する状況が続く。
北朝系の隋王朝の創始者、文帝(楊堅)は581年、南朝最後の王朝陳を滅ぼして分裂状態を終息させ、中国全土を統一した。

文帝は北朝の前王朝北周を滅ぼし、隋を創設した翌年の開皇2年(582)、前漢の旧都を受け継いだ北周の首都、長安を破壊し、その東南に整然とした都市計画に基ずき新首都を建設、「大興」と名付けた。

隋は第2代皇帝煬帝の失政が祟り、短期間で滅亡したけれども、文帝の建造した大興は、次なる唐王朝に受け継がれ、唐の首都「長安」として、華々しい発展を遂げる。

函谷関長安地図座標001




















唐代、長安が最も栄えたのは、絶世の美女楊貴妃との恋で知られる、第6代皇帝玄宗(685~712)の時代である。当時、長安の人口120万、多くの留学生や商人が滞在する、絢爛たる国際都市であった。その中には空海や安部仲麻呂など日本からの留学生も含まれていた。当時の華やぎは冒頭の詩「長安の春」で想像出きるでしょう。


現在の西安は唐の長安の一部だが、市内に聳える大鴈塔、郊外の華清池や乾陵(玄宗の祖父母、高宗と則天武后の陵)等々無数の旧跡によってその栄華を偲ぶことが出来る。
このように、西安(長安)は始皇帝の時代から輝ける唐の時代を経て現在に至るまで、悠久の歴史を内包した稀有の歴史都市である。 

  大雁塔


大雁寺02
  慈恩寺 大雁塔

歴代の王朝が都を定めた長安。その長安で古都の雰囲気を演出しているもののひとつに大雁塔があります。塔は現在の西安の東南郊外慈恩寺境内にあります。

 慈恩寺は648年、唐の第三代皇帝高宗李治が亡くなった母、文徳皇后の慈恩を追慕して建立した寺で、高宗の皇太子時代に立てられました。当時の慈恩寺は僧房1897室、僧侶300人が集まっていました。しかし、唐代末期、戦乱のため焼き払われ、今の大きさは昔の十分の一に過ぎません。現在の境内にある当時の建物は大雁塔だけですが、塔の前方には明代と清代の建物が残っています。

 

 

長安春
長安二月多香塵、六街車馬聲鈴凛。

長安の盛春は、花の香りがあつまって塵が多く舞い立つのです。長安の目ぬき通りには、車や馬などの乗り物の音が、ガラガラ、リンリンときしり音が轟いているのです。 

家家楼上如花人、千枝萬枝紅艶新。

どの家でも、建物の上には花のように美しい女の人が庭の花をみている。多くの枝々で赤い花があでやかで新鮮であり、そのように、べにおしろいがあでやかな女性たちが多くいる。

簾間笑語自相問、何人占得長安春。』

すだれをした部屋で、笑って気楽なことばはなしている、そして自分に問いかけてくる。その話題は「どういう人が、長安の春を独占しているのかということだ。 

長安春色本無主、古来盡屬紅樓女。

長安の春の景色は、本来、あるじというものが無いものです。昔からことごとく、高楼から望む女性に附属するものだったのです。 

如今無奈杏園人、駿馬輕車擁将去。』

だが、現在は、どうしようもないことだが、科挙に合格し、新たに進士となった人たちが杏園で、祝宴を賜っている。彼等が軽快な車で長安の春を独占して、紅の女たちを携えて持って行くようになってしまった。

長安 二月  香塵【かうじん】多く,六街【りくがい】の車馬  聲【せい】轔轔【りんりん】。

家家【かか】樓上 花の如き人,千枝萬枝 紅豔【こうえん】新あらたなり。

簾間【れんかん】笑語 自みづから相い問う、何人なんぴとか 占しめ得たる長安の春を。

 

長安の春色 本もと主じ無く,古來 盡【ことごと】く屬す  紅樓【こうろう】の女に。

如今【じょこん】奈【いかん】ともする無し 杏園【きゃうえん】の人,駿馬【しゅんめ】輕車にて擁し將て去る。

 

 

『長安春』 現代語訳と訳註

(本文)

長安二月多香塵、六街車馬聲鈴凛。

家家楼上如花人、千枝萬枝紅艶新。

簾間笑語自相問、何人占得長安春。

 

長安春色本無主、古来盡屬紅樓女。

如今無奈杏園人、駿馬輕車擁将去。

 

(下し文)

(長安春)

長安二月 香塵【かうじん】多く,六街【りくがい】の車馬  聲【せい】轔轔【りんりん】。

家家【かか】樓上 花の如き人,千枝萬枝 紅豔【こうえん】新あらたなり。

簾間【れんかん】笑語 自みづから相い問う、何人なんぴとか 占しめ得たる長安の春を。

 

長安の春色 本もと主じ無く,古來 盡【ことごと】く屬す  紅樓【こうろう】の女に。

如今【じょこん】奈【いかん】ともする無し 杏園【きゃうえん】の人,駿馬【しゅんめ】輕車にて擁し將て去る。

 

 

(現代語訳)

長安の盛春は、花の香りがあつまって塵が多く舞い立つのです。長安の目ぬき通りには、車や馬などの乗り物の音が、ガラガラ、リンリンときしり音が轟いているのです。 

どの家でも、建物の上には花のように美しい女の人が庭の花をみている。多くの枝々で赤い花があでやかで新鮮であり、そのように、べにおしろいがあでやかな女性たちが多くいる。

すだれをした部屋で、笑って気楽なことばはなしている、そして自分に問いかけてくる。その話題は「どういう人が、長安の春を独占しているのかということだ。 

長安の春の景色は、本来、あるじというものが無いものです。昔からことごとく、高楼から望む女性に附属するものだったのです。 

だが、現在は、どうしようもないことだが、科挙に合格し、新たに進士となった人たちが杏園で、祝宴を賜っている。彼等が軽快な車で長安の春を独占して、紅の女たちを携えて持って行くようになってしまった。 

 

 

(訳注)

長安春 帝都・長安での進士合格者に対する春の花の宴に対して。長安の春。 *作者が進士の試験に落ちた時の詩作だろうか、進士合格者の花の宴に対して、複雑な気持ちを詠ったもの。進士の試験は秋にあり、翌年の春の花が咲き誇る時期に結果発表がある。官吏登用試験(科挙)に合格した進士には、後出・長安の曲江の池の畔(ほとり)にあった杏園で、祝宴を賜り、長安の街を園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。また、貴族は自邸自慢のボタンを庭を開放して鑑賞させ、合格者の無礼を許した。

・長安:唐の首都。現・陝西省・西安 。科挙の最終試験会場もここにあり、科挙合格者の祝宴もここで開かれる。

孟郊はそれに落第して、落胆のさまを『再下第』「一夕九起嗟,夢短不到家。兩度長安陌,空將涙見花。」とうたった。この詩もそれと似た感情を詠っていよう。

孟郊は『登科後』で「昔日齷齪不足誇,今朝放蕩思無涯。春風得意馬蹄疾,一日看盡長安花。」と、がらりと変わった詩を作っている。 唐宋詩236 登科後 Ⅶ孟郊(孟東野)<19>紀頌之の漢詩ブログ

 

 

長安二月多香塵、六街車馬声轔轔。

長安の盛春は、花の香りがあつまって塵が多く舞い立つのです。長安の目ぬき通りには、車や馬などの乗り物の音が、ガラガラ、リンリンときしり音が轟いているのです。 

・二月:陰暦二月のことで、盛春。太陽暦の三月下旬~四月中旬頃。 

・香塵:塵に香りが移ったこと、花が散ったこと。今まで吹いていた風で花が散ってしまったことを表す。また、沈香を削った粉。石崇の家で働く歌妓が軽やかに舞えるかを試すために、床に沈香を削った粉を撒き、その上を歌妓に通らせ、足跡がつかなかった者には褒美として真珠を与え、跡がついた者には罰として食べ物を減らして細身にさせた。

・六街:長安の街並み(通り・辻)。長安城の街衢。下図に見る様に唐代、長安は東市と西市の間に六つ街衢があった。このあたりが最も人が集まった。

長安城図 座標






































『資治通鑑』巻二百九「中書舎人韋元徼巡六街。
長安城中左、右六街,金吾街使主之;左、右金吾将軍,掌晝夜巡警之法,以執禦非違。」とある。 

・車馬:車と馬。車や馬などの乗り物。 

・声:音声。音。せい。 

・轔轔:車のきしり轟(とどろ)く音。さかんなさま。杜甫の『兵車行』に「車轔轔,馬蕭蕭,行人弓箭各在腰。耶孃妻子走相送,塵埃不見咸陽橋。牽衣頓足闌道哭,哭聲直上干雲霄。道旁過者問行人,行人但云點行頻。或從十五北防河,便至四十西營田。去時里正與裹頭,歸來頭白還戍邊。邊庭流血成海水,武皇開邊意未已。君不聞漢家山東二百州,千邨萬落生荊杞。縱有健婦把鋤犁,禾生隴畝無東西。況復秦兵耐苦戰,被驅不異犬與鷄。長者雖有問,役夫敢申恨。且如今年冬,未休關西卒。縣官急索租,租税從何出。信知生男惡,反是生女好。生女猶得嫁比鄰,生男埋沒隨百草。君不見青海頭,古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。」とある。

 

 

家家楼上如花人、千枝万枝紅艶新。

どの家でも、建物の上には花のように美しい女の人が庭の花をみている。多くの枝々で赤い花があでやかで新鮮であり、そのように、べにおしろいがあでやかな女性たちが多くいる。

・家家:どの家でも。全ての家で。 

・楼上:高い高樓上の。建物の上の。 

・如花人:花のように美しい(女の)人。

・千枝万枝:多くの枝々で。・千…万…:数え切れないほど多いさま。強調を表す。 

・紅艶新:べに(おしろい)の化粧があでやかで粧(よそお)いたてである。 *この「紅艶新」の部分は「紅艶・新」(べにの化粧があでやかで、したてである、の意)なのか、「紅・艶又新」((べにの化粧は、あでやかで、したてである、の意)なのか、よく分からない。思うに、「如花人」と女性の美しさを称えたことから、「紅」は、「花(赤いはな)」と「べに(化粧)」と両方の意を持たせた相関語としているだろうことから、「紅艶新」も双方にとるのだろう。

 

簾間笑語自相問、何人占得長安春。

すだれをした部屋で、笑って気楽なことばはなしている、そして自分に問いかけてくる。その話題は「どういう人が、長安の春を独占しているのかということだ。 

・簾間:すだれの中。すだれをした部屋。女性の部屋。 

・笑語:笑いながら話す。 ・自相問:自問(自答)をする意。 

・自:みづから。また、自然と。おのづから。ここは、前者の意。 

・相問:問いかける。…に問いかける。

・何人:どういう人。いかなる人。なにびと。「誰」よりも、疑問・詰問の感じが強い。「何人」を「誰人」とすると反語となり、意味が異なる。 

・占得:独占する。

 

長安春色本無主、古来尽属紅楼女。

長安の春の景色は、本来、あるじというものが無いものです。昔からことごとく、高楼から望む女性に附属するものだったのです。 

・春色:春の景色。春の気配。韋莊の『古別離』で「晴煙漠漠柳毿毿,不那離情酒半酣。更把玉鞭雲外指,斷腸春色在江南。」と使う。古別離 韋荘  Ⅹ唐五代詞・宋詩Gs-273-5-#27   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2912 

・本:本来。もともと。 

・無主:(愛でてくれる)あるじがいないこと。また、死者を祀る施主がいない。

・古来:むかしから。 ・尽:ことごとく。 

・属:つながる。属する。附属する。 ・紅楼:富家の女の住居。また、妓楼。本来の意は、朱塗りのたかどの。

 

如今無奈杏園人、駿馬軽車擁将去。

だが、現在は、どうしようもないことだが、科挙に合格し、新たに進士となった人たちが杏園で、祝宴を賜っている。彼等が軽快な車で長安の春を独占して、紅の女たちを携えて持って行くようになってしまった。 

・如今:いま。ただいま。現今。 

・無奈:どうしようもない。いかんともし難い。いたしかたがない。いかんともすることがない。いかんせん。いかんともするなし。「無可奈何」の略。

・杏園:官吏登用試験(科挙)に合格した進士たちの祝宴会場。科挙に合格した進士には、曲江の池の畔(ほとり)の杏園で、祝宴を賜り、長安の街で園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。 

・杏園人:科挙に合格し、新たに進士となった人たちを指す。

・駿馬:足の速い優(すぐ)れた馬。李白の『襄陽歌』「此江若變作春酒,壘麹便築糟丘臺。千金駿馬換小妾,笑坐雕鞍歌落梅。車旁側挂一壺酒,鳳笙龍管行相催。咸陽市中歎黄犬,何如月下傾金罍。君不見晉朝羊公一片石,龜頭剥落生莓苔。涙亦不能爲之墮,心亦不能爲之哀。清風朗月不用一錢買,玉山自倒非人推。舒州杓,力士鐺。李白與爾同死生,襄王雲雨今安在,江水東流猿夜聲。」とある。 

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・軽車:軽快な車。小さな車。 

・擁将去:抱(だ)き抱(かか)えて持って行く。 

・将去:持って行く。・将:持つ。孟郊は落胆のさまを『再下第』「兩度長安陌,空將涙見花。」とうたった。botan00

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