玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
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抒情詩

12孫光憲《巻八30定西番二首 其二》『花間集』382全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7174

孫光憲  定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

12孫光憲《巻八30定西番二首 其二》『花間集』382全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7174

 

 

 
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花間集 教坊曲『定西番』七首

溫庭筠

巻一27定西番三首其一漢使昔年離別。攀弱柳,折寒梅,上高臺。千里玉關春雪,鴈來人不來。羌笛一聲愁,月徘徊。

溫庭筠

巻一28定西番三首其二海鷰欲飛調羽。萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。雙鬢翠霞金縷,一枝春豔濃。樓上月明三五,鏁窗中。

溫庭筠

巻一29定西番三首其三細雨曉鶯春晚。人似玉,柳如眉,正相思。羅幕翠簾初捲,鏡中花一枝。腸斷塞門消息,鴈來稀。

牛嶠

巻四23定西番紫塞月明千里,金甲冷,戍樓寒,夢長安。思望中天闊,漏殘星亦殘。畫角數聲嗚咽,雪漫漫。

孫光憲

巻八29定西番二首 其一鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

孫光憲

巻八30定西番二首 其二帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

毛熙震

《巻十04定西番》  蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

 

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

定西番二首 其二

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

 

(定西番二首 其の二)

帝子 枕前秋の夜、霜幄 冷やか、月華明るく、正に三更まり。

何處にか 戍樓 笛寒く,夢殘り 一聲を聞く。

遙かに想う 漢關 萬里,淚 縱橫にす。

 

大明宮の圖003


 

『定西番二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

 

(下し文)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

(現代語訳)

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

 

(訳注)

定西番二首 其二

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

 

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。

双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/6⑤6③の詞形をとる。

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天,馬蹄

鵲面弓離短韔,彎來月欲

一隻鳴雲外,曉鴻

○●○○○△  ○●● ●○○  ●○△

●●○△●●  ○△●●○

●●○○○●  ●△○

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。既に溫庭筠と牛嶠については掲載済みである。双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、❻3③③/6⑤❻③の詞形をとる。

定西番二首 其二

帝子枕前秋霜幄,月華,正三

何處戍樓寒笛,夢殘聞一

遙想漢關萬,淚縱

●●△○○●  ○●△ ●△○  △△△

△●●○○●  △○△●○

○●●○●●  ●△△

 

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

9. 秋夜 ・天長節は、85日の玄宗の誕生日を国慶節としたことによる。宮廷では宴席を行い、興慶宮の広場で、玄宗のもとで宮廷楽団の音楽や大規模な舞踊、出し物や曲芸、軽業、手品などの百戯が行われた。全国の寺観でも盛大な儀式が行われ、農民も天神を祭るという行事に組み入れられた。・中秋節は、815日に、中秋の名月を眺める日であり、この日の満月が最も美しい月とされた。果物などを食べながら、月見を行った。唐代の半ばにはじまり、晩唐には定着した。

・重陽節は、99日に、人々が高い丘や高楼の高所に登高し、茱萸(かわはじかみ)の枝や菊の花を髪に挿し、その実を入れた袋を肘に下げ、菊酒を飲み邪気を祓う行事である。翌日の910日が小重陽で酒宴が開かれた。

10. 幄 四隅に柱を立て、棟・檐(のき)を渡して布帛(ふはく)で覆った仮小屋。祭儀などのときに、臨時に庭に設けるもの。幄。幄の屋()。あげばり。

11. 三更 五更の第三。およそ現在の午後11時または午前零時からの2時間をいう。子()の刻。丙夜(へいや)

 

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

12. 戍樓 西域の国境を守る塞の楼閣。

 

遙想漢關萬里,淚縱橫。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

13. 漢關萬里 万里の長城の先の玉門關。

 

 

 

 

定西番

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》溫庭筠66首巻一27-〈27〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5332

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孫光憲 定西番二首 【字解】

1. 鶏禄山 今の内蒙古の杭錦後旗の西北にある山。鶏禄墓に続く。後漢の賛意は、鶏禄塞を出て匈奴と稽落山(鶏禄山) で戦い、勝利を収めると、燕然山に登って石に戦功を刻んで帰った。古山名。在今蒙古人民共和国西南部。東漢永元元年(公元89) 竇憲による北匈奴の大破と班超による西域平定という外征の大成果があり、親政後にも新降匈奴や西羌に優位を保ち、対外的に国威が最も発揚された時代とされる

2. 遊騎 遊撃騎馬兵。

3. 馬蹄軽 凍りついた表土がやわらかくなって、馬が歩きやすくなること。

4. 鵲面弓 背面にカササギの形の飾りの付いた弓。なお、弓の名と解する説もある。鵲はカラスより小さいが、カラス科の鳥だけあって、胸一面が真っ白であとは真っ黒である。カチカチと鳴くので、勝烏(かちがらす)、烏鵲(うじゃく)、喜鵲(きじゃく)の名もある。

5. 離短鼓 弓袋から取り出す。離は取り出す。鼓は弓を入れる袋。短は、馬上で用いる弓が小型なことを意味する。

6. 月欲成 満月になろうとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

7. 鳴 鳴り響く鏑矢。鏑をつけた矢。射ると大きな音響を発して飛ぶ。狩猟用の野矢の一種。軍陣の箙(えびら)には上差(うわざし)として差し添えた。鳴り鏑矢。鳴り矢。

8. 曉鴻 明け方にとっでゆく大雁。鴻:1.水鳥の一つ。大形の水鳥。おおとり。「鴻毛・鴻鵠」2.大きい。広大。
安史の乱期 勢力図 002
 

改訂 12孫光憲《巻八29定西番二首 其一》『花間集』381全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7169

孫光憲  定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

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花間集 教坊曲『定西番』七首

溫庭筠

巻一27定西番三首其一漢使昔年離別。攀弱柳,折寒梅,上高臺。千里玉關春雪,鴈來人不來。羌笛一聲愁,月徘徊。

溫庭筠

巻一28定西番三首其二海鷰欲飛調羽。萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。雙鬢翠霞金縷,一枝春豔濃。樓上月明三五,鏁窗中。

溫庭筠

巻一29定西番三首其三細雨曉鶯春晚。人似玉,柳如眉,正相思。羅幕翠簾初捲,鏡中花一枝。腸斷塞門消息,鴈來稀。

牛嶠

巻四23定西番紫塞月明千里,金甲冷,戍樓寒,夢長安。思望中天闊,漏殘星亦殘。畫角數聲嗚咽,雪漫漫。

孫光憲

巻八29定西番二首 其一鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

孫光憲

巻八30定西番二首 其二帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

毛熙震

《巻十04定西番》  蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

 

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

 

 

『定西番二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

 

(下し文)

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

(現代語訳)

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

 

(訳注)

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

【解説】 辺塞の防備に当たる騎馬兵の活動を詠う。『花間集』の中にあっては、邊西詩があることが特異な作品であるが、その一とその二は一体のものであるということで花間集に取り上げられたのである。ただ、カササギは浮き橋となって織姫のところへ渡らせてくれるのであり、弓を引けば月のようになる、つまり美人の顔のようだ、こんな邊西の地にあってもカササギが思い出させてくれるということでもある。いかに戦場であっても風流に考えようという、戦場にはいかないで想定して詠うもの。

 

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。

双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/6⑤6③の詞形をとる。

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天,馬蹄

鵲面弓離短韔,彎來月欲

一隻鳴雲外,曉鴻

○●○○○△  ○●● ●○○  ●○△

●●○△●●  ○△●●○

●●○○○●  ●△○

安史の乱期 勢力図 002
 

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

1. 鶏禄山 今の内蒙古の杭錦後旗の西北にある山。鶏禄墓に続く。後漢の賛意は、鶏禄塞を出て匈奴と稽落山(鶏禄山) で戦い、勝利を収めると、燕然山に登って石に戦功を刻んで帰った。古山名。在今蒙古人民共和国西南部。東漢永元元年(公元89) 竇憲による北匈奴の大破と班超による西域平定という外征の大成果があり、親政後にも新降匈奴や西羌に優位を保ち、対外的に国威が最も発揚された時代とされる

2. 遊騎 遊撃騎馬兵。

3. 馬蹄軽 凍りついた表土がやわらかくなって、馬が歩きやすくなること。

 

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

4. 鵲面弓 背面にカササギの形の飾りの付いた弓。なお、弓の名と解する説もある。鵲はカラスより小さいが、カラス科の鳥だけあって、胸一面が真っ白であとは真っ黒である。カチカチと鳴くので、勝烏(かちがらす)、烏鵲(うじゃく)、喜鵲(きじゃく)の名もある。

5. 離短鼓 弓袋から取り出す。離は取り出す。鼓は弓を入れる袋。短は、馬上で用いる弓が小型なことを意味する。

6. 月欲成 満月になろうとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

 

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

7. 鳴 鳴り響く鏑矢。鏑をつけた矢。射ると大きな音響を発して飛ぶ。狩猟用の野矢の一種。軍陣の箙(えびら)には上差(うわざし)として差し添えた。鳴り鏑矢。鳴り矢。

8. 曉鴻 明け方にとっでゆく大雁。鴻:1.水鳥の一つ。大形の水鳥。おおとり。「鴻毛・鴻鵠」2.大きい。広大。

7毛文錫《巻五33巫山一段雲一首》『花間集』234全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6442

毛文錫  巫山一段雲一首  

雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

7毛文錫《巻五33巫山一段雲一首》『花間集』234全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6442

 
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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 

巫山一段雲

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

 

 

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

 

『巫山一段雲一首』 現代語訳と訳註

(本文)

巫山一段雲一首

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

 

 

(下し文)

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

 

 

(現代語訳)

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

 

 (訳注)

巫山一段雲一首

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

【解説】 巫山の神女の故事を詠う。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、.坐山の神女の故事に思いを馳せる。

巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。

 

唐の教坊の曲名。『花問集』には三首所収。毛文錫の作は.首収められている。双調四十四字、前後段二十二字四句三平韻で、5⑤⑦⑤/5⑤⑦⑤の詞形をとる。

雨霽巫山上  雲輕映碧天  遠峯吹散又相  十二晚峯
暗濕啼猿樹  高籠過客  朝朝暮暮楚江  幾度降神

●●○○●  ○△●●○  ●○△●●△○  ●●●○○

●●○○●  ○△△●○  ○○●●●○○  △●△○○

 

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

○巫山 今の四川省巫山県の東にある山。その辺りは三峡の一つの巫峡。巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

温庭筠『河瀆神三首(其一)』

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

河瀆神 三首其一 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞Gs-362-1-#68 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3357

張泌『浣渓沙十首(其三)』 

獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

浣渓沙 十首 其三 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-341-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3252

神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。

韋荘『望遠行』「欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。  人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

謁巫山廟 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-242-108-#98  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

20-514《巫山一段雲二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-697-20-(514) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5032

20-515《巫山一段二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-698-20-(515) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5037

 

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

〇十二晩峯 夕暮れ時の巫山の十二の峯々。夕暮れ時の巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-67-2皇甫松1《巻2-17 天仙子二首其一》皇甫松12首巻二17-〈67〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5537

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-68-2皇甫松2《巻2-18 天仙子二首其二》皇甫松12首巻二18-〈68〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5542

 

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

○囁猿 古くから三峡の問は、両岸の山々に高木が茂り、船で通過する問、手長猿の鳴き声の絶えることがなく、旅人はそれを聞くと誰もが望郷の念を抱いたと言う。

 

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

〇朝朝暮暮 朝な夕なに。楚の懐土が高唐に遊び夢の中で巫山の神女と情を交わした故事を踏まえる前述 韋荘『望遠行』「雲雨別来易東西」の注参照。

○楚江 ここでは長江のこと。

○神仙 ここでは楚の懐王の夢に現れて懐壬と情を交わした巫山の神女を指す。前述 韋荘『望遠行』参照。

宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」

張泌《巻五03何瀆神一首》『花間集』204全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6292

張泌  河瀆神 一首  

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

(長江の水神を祀る社の内外の景色を、朝、昼、夕、夜の様子を詠う。)山門を潜り中に入ると、古木にからすや、冬の烏が鳴き騒ぎ、楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱい庭一面を覆うのである。祠の中は真昼時というのにうすぐらく、薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともしていて、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾のかげが斜めになびく。

張泌《巻五03何瀆神一首》『花間集』204全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6292

 
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(改訂版Ver.2.1

河瀆神 一首

(長江の水神を祀る社の内外の景色を、朝、昼、夕、夜の様子を詠う。)

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

山門を潜り中に入ると、古木にからすや、冬の烏が鳴き騒ぎ、楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱい庭一面を覆うのである。

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

祠の中は真昼時というのにうすぐらく、薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともしていて、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾のかげが斜めになびく。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

それなのに、門前を行き交うのは参詣の人や道祠女の客であり中まで入ってこない、その向こうにはひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

振り向けば川を隔てむこうの渡し場に迎えのかがり火がたかれ、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

河瀆神【かとくしん】 一首

古樹 寒鴉【かんあ】噪【さわ】がしく,庭を滿る 楓葉【ふうよう】蘆花【ろか】。

晝燈【ちゅうとう】午に當りて輕紗【けいさ】を隔て,畫閣 珠簾 影斜【なな】めなり。

門外 往來す祈賽【きさい】の客,翩翩【へんぺん】たる帆は天涯に落つ。

首を迴らせば 江を隔つる煙火あり,渡頭 三つ兩つの人家あり。

 


(改訂版Ver.2.1

『河瀆神一首』現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神 一首

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

 

(下し文)

河瀆神【かとくしん】 一首

古樹 寒鴉【かんあ】噪【さわ】がしく,庭を滿る 楓葉【ふうよう】蘆花【ろか】。

晝燈【ちゅうとう】午に當りて輕紗【けいさ】を隔て,畫閣 珠簾 影斜【なな】めなり。

門外 往來す祈賽【きさい】の客,翩翩【へんぺん】たる帆は天涯に落つ。

首を迴らせば 江を隔つる煙火あり,渡頭 三つ兩つの人家あり。

 

(現代語訳)

(長江の水神を祀る社の内外の景色を、朝、昼、夕、夜の様子を詠う。)

山門を潜り中に入ると、古木にからすや、冬の烏が鳴き騒ぎ、楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱい庭一面を覆うのである。

祠の中は真昼時というのにうすぐらく、薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともしていて、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾のかげが斜めになびく。

それなのに、門前を行き交うのは参詣の人や道祠女の客であり中まで入ってこない、その向こうにはひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

振り向けば川を隔てむこうの渡し場に迎えのかがり火がたかれ、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

河瀆神 一首

(長江の水神を祀る社の内外の景色を、朝、昼、夕、夜の様子を詠う。)

歴史のある長江の水神を祀る社の内側は、ひっそりとしていて、落ち葉も庭一面に広がり、紅葉も赤く染まっている。長江に灌ぎこむ支流の川の両岸には多くの人がいるが、長江の向こう岸には、二、三軒の民家が夕餉の支度をしている。

前段は、冬を迎える社を覆う古木、烏、楓、蘆の花、祠の高閣の珠簾、灯明を掲げて客を迎えるのを描き、後段は、社の外の参拝客、川を行く帆船、娼屋の燈火が上る二、三軒の人家の様を描く。

『花間集』には張泌の作が一首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段五字四句四灰韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。

河瀆神 一首

古樹噪寒,滿庭楓葉蘆

晝燈當午隔輕,畫閣珠簾影

門外往來祈賽,翩翩帆落天

迴首隔江煙,渡頭三兩人

●●●○○  ●○○●○○

●○△●●△○  ●●○○●○

○●●△○●●  ○○△●○○

△●●○○●  ●○△●○○

 

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

山門を潜り中に入ると、古木にからすや、冬の烏が鳴き騒ぎ、楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱい庭一面を覆うのである。

古樹 長い年月を経ている樹木。古木(こぼく)。古い歴史のある社を連想させる。

○寒鴉 秋から冬にかけての烏。『鴉』(からす)、人がいない寂しさを連想させる。

楓葉 紅葉したカエデの葉。・楓 マンサク科の落葉高木。カエデではない。

滿庭 「秋の花」庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花、秋の景色がいっぱいであること。

○蘆花 アシの花穂。蘆には秋という意味があり「秋の花」庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいであること。

此の二句は、秋の色模様と矢代の寂寞感を表す。

 

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

祠の中は真昼時というのにうすぐらく、薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともしていて、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾のかげが斜めになびく。

晝燈 昼行燈。 (日中にともっている行灯のように)ぼんやりとしている人。また,役に立たない人。

當午 1.正午, 中午。 唐李紳《憫農》詩之二: “鋤禾日當午, 汗滴禾下土。2)指午夜。 温庭筠 巻一12菩薩蠻十四首其十二》夜來皓月纔當午,重簾悄悄無人語。深處麝煙長,臥時留薄粧。當年還自惜,往事那堪憶。花落月明殘,錦衾知曉寒。」

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠2《菩薩蠻十四首 其二》溫庭筠66首巻一1-2〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5207

○畫閣 絵が壁に描かれた祠の楼閣。珠簾とあるところから、道女、聖女妓の祠であることがわかる。

 

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

それなのに、門前を行き交うのは参詣の人や道祠女の客であり中まで入ってこない、その向こうにはひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

○門外往來 門前を行き交う

○祈賽 祈は御利益を祈る、賽は神の加護に感謝を捧げる。

○翩翩 ばたばたとはためくさま。

落天涯 水平線の彼方に消え去る。

 

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

振り向けば川を隔てむこうの渡し場に迎えのかがり火がたかれ、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

迴首隔江 振り向けば川を隔てる渡し場

〇煙火 炊事の煙が起ち上るとかがり火。

○渡頭 渡し場。

三兩 二、三軒の家

 

 

 

 

 

 

温庭筠、『河瀆神』参照。

 

(改訂)-1溫庭筠45《巻1-45 河瀆神 三首其一》

(改訂)-1溫庭筠46《巻1-46 河瀆神 三首其二》

改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》

 

 

孫光憲の

14-359《河瀆神二首其一》孫光憲

14-360《河瀆神二首其二》孫光憲

 

 

 

牛嶠《巻四23江城子二首 其二》『花間集』174全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6142

牛嶠  江城子二首 其二  

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

渡口楊花,狂雪任風吹。

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

(はるかに長い浦辺に別離旅立ちのときがくる、船着き場の抒情を詠う。)遙か遠くに続く浦にある水辺にたちこめていた靄が消えると水鳥は飛びたつ、別離の宴があり、別れはいよいよ迫ってくる。そこでさらに金杯に最期の酒を勧める。

牛嶠《巻四23江城子二首 其二》『花間集』174全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6142

 
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歴史絵巻は私たちに唐代の女性の生き生きとした姿を示してくれる。

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。「錦を集め花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流」(施肩吾「少婦遊寿詞」)、「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

瓜田李下の疑い、唐人はらず。「瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」

「瓜田に履を入れず、李下(すももの木の下)に冠を正さず」 の格言に基づく、疑われやすい状況のたとえ。

宋洪邁《容齋三筆白公夜聞歌者》:然鄂州所見, 亦一女子獨處, 夫不在焉。 瓜田李下之疑, 唐人不譏也。”

 

彼女たちは「胡服騎射」を好む気風があり、胡服戎装(北方民族の軍装)をしたり、男装したりすることを楽しみ、雄々しく馬を走らせ鞭を振い、「撃を露わにして〔馬を〕馳験せた」(『新唐書』車服志)。

またポロや狩猟などの活動に加わることもできた。

杜甫の《哀江頭》詩に「輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」(輦前の才人 弓箭【きゅうせん】を 帶び,白馬 嚼噛【しゃくげつ】す 黄金の勒【くつわ】。身を翻して天に向ひ 仰ぎて雲を射れば,一笑 正に堕つ 雙飛翼。)と描写されている。馬上で矢を射る女たちの何と雄々しき姿であることか。彼女たちは勇敢かつ大胆で、よく愛し、よく恨み、また、よく怒りよく罵り、古来女性に押しつけられてきた柔順、謙恭、忍耐などの「美徳」とはほとんど無縁のようだった。誰にも馴れない荒馬を前にして、武則天は公衆に言った。「私はこの馬を制することができる。それには三つの物が必要だ。一つめは鉄鞭、二つめは鉄樋(鉄杖、武器の一種)、三つめは短剣である。鉄鞭で撃っても服さなければ馬首を鉄樋でたたき、それでもなお服さなければ剣でその喉を断つ」(『資治通鑑』巻二〇六、則天后久視元年)と。この話は唐代の女性たちに特有の勇敢で、剛毅な性格をじつに生々と表わしている。

彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。『西廟記』『人面桃花』『侍女離魂』『蘭橋遇仙』『柳毅伝書』等の、儒教道徳に反した恋愛物語が、どれも唐朝に誕生したことは、この常よい証拠である。

 

彼女たちの家庭における地位は比較的高く、「婦は強く夫は弱く、内(女)は齢く外(男)は柔かい」(張鷲『朝野愈載』巻四)といった現象はどこにでも見られた。唐朝の前期には上は天子から下は公卿・士大夫に至るまで、「恐妻」がなんと時代風潮にさえなったのである。ある道化の楽人は唐の中宗の面前で、「かかあ天下も大いに結構」(孟築『本事詩』嘲戯)と歌ったことで、葦皇后から褒美をもらったという。御史大夫の襲談は恐妻家としてたいへん有名であったばかりか、妻は恐るべしという理論までもっていた。妻たちが家で勝手気ままに振舞っているのを見聞したある人は、大いに慨嘆して次のようにいった。「家をもてば妻がこれをほしいままにし、国をもてば妻がそれを占拠し、天下をもてば妻がそれを指図する」(干義方『異心符』)と。

この時代には、まだ「女子は才無きが便ち是れ徳なり」(清の石成金の『家訓抄』が引く明の陳眉公の語)という観念は形成されていなかった。宮廷の妃嫁、貴婦人、令嬢から貧しい家の娘、尼僧や女道士、娼妓や女俳優、はては婦女にいたるまで文字を識る者がきわめで多く、女性たちが書を読み文を作り、詩を吟じ賊を作る風潮がたいへん盛んであった。これによって唐代には数多くの才能ある女性詩人が生れたのである。女道士のッ魚玄機はかつて嘆息して、「自ら恨む 羅衣の 詩句を掩うを、頭を挙げて空しく羨む 模中の名(女に生れて詩文の才を発揮できないのが恨めしい。むなしく科挙合格者の名簿を眺める)」(「崇真観の南楼に遊び、新及第の題名の処を括る」)と詠んだ。この詩句は、女性が才能の点で男性に譲らぬ自信をもってはいるが、男とともに金棒(科挙合格者発表の掲示板)に名を載せ、才能を発揮できない無念さをよく表している。

以上の説明でも、まだ鮮明なイメージをもてないならば、永泰公主(中宗の七女、武則天の孫娘)等の墓葬壁画、張萱の描いた「我国夫人済春図」などの絵画、さらには大量に出土した唐代の女桶(墓に副葬された女型の人形)をちょっと見てほしい。そうすれば唐代の女性の、あの「胡服騎射」 の雄々しい姿、胸もあらわな妖艶な姿を実際に目で見ることができ、開放的な時代の息吹きを強く感じることができると思う。まさに「三寸金蓮」(纏足で小さくされた足)に折り曲げられなかった自然の足のように、彼女たちはまだ完全には封建道徳によって束縛、抑圧されて奇形になってはおらず、なお多くの自然らしさと人間らしさを保っていた。ここに彼女たちの幸運があった。

 

 

(改訂版Ver.2.1

江城子二首 其一

(睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

ゴイサギ.は起き上がって群れをなして、城東の方へ飛んでゆく、そこは大江と天空は碧く一体化しているし、なかば航海が困難な急流があり風がある。

越王宮殿,蘋葉藕花中。

その江南には、「会稽の恥」で臥薪嘗胆して呉を破った越の宮殿には浮草であっても気っても繋がっているレンコンのような花が集まっている。

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

(江城子 二首 其の一)

鵁鶄【こうせい】 起きて郡て城東に飛び,江空を碧とし,半灘の風。

越王の宮殿,蘋葉 藕花 中【あつま】る。

簾捲 水樓 魚浪 起き,千片の雪,雨 濛濛たり。

 

(改訂版Ver.2.1

江城子二首其二

(はるかに長い浦辺に別離旅立ちのときがくる、船着き場の抒情を詠う。)

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

遙か遠くに続く浦にある水辺にたちこめていた靄が消えると水鳥は飛びたつ、別離の宴があり、別れはいよいよ迫ってくる。そこでさらに金杯に最期の酒を勧める。

渡口楊花,狂雪任風吹。

渡し場に柳絮の花が、吹雪のように降り続け、風吹くままに吹雪のように散っている。

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

日暮れの空は晴れ渡っているのに、この港のある川は春水の波が高く流れが速い、岸には芳しい春草がのびてきており、そこに降る雨は、糸のような雨が降りつづく。

 

(江城子二首其の二)

極浦 煙 消えて水鳥 飛び,離筵 分首の時,金巵【きんし】を送る。

渡口の楊花,狂雪 風吹に任かす。

日暮 天空 波浪 急に,芳艸の岸,雨 絲如し。

 

 

(改訂版Ver.2.1

江城子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

江城子二首 其二

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

渡口楊花,狂雪任風吹。

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

 

 

(下し文)

(其の二)

極浦 煙 消えて水鳥 飛び,離筵 分首の時,金巵【きんし】を送る。

渡口の楊花,狂雪 風吹に任かす。

日暮 天空 波浪 急に,芳艸の岸,雨 絲如し。

 

 

(現代語訳)

(はるかに長い浦辺に別離旅立ちのときがくる、船着き場の抒情を詠う。)

遙か遠くに続く浦にある水辺にたちこめていた靄が消えると水鳥は飛びたつ、別離の宴があり、別れはいよいよ迫ってくる。そこでさらに金杯に最期の酒を勧める。

渡し場に柳絮の花が、吹雪のように降り続け、風吹くままに吹雪のように散っている。

日暮れの空は晴れ渡っているのに、この港のある川は春水の波が高く流れが速い、岸には芳しい春草がのびてきており、そこに降る雨は、糸のような雨が降りつづく。

 

 

(改訂版Ver.2.1

 (訳注)

江城子二首 其二

(はるかに長い浦辺に別離旅立ちのときがくる、船着き場の抒情を詠う。)

荒れる川面も、糸のように降る雨も実景であると同時に、人を見送った後の心の中の風景でもある。また岸辺の芳草も旅立った人の帰りの遅くなることを暗に予期させる。

 

『花間集』には七首所収。牛嶠二首、韋荘の作二首(掲載済み)が二首収められ、張泌、欧

陽炯らも所収されている。単調二十七字、八句五平韻 ⑦③③/4⑤/73③の詞形をとる。

江城子二首 其一

鵁鶄飛起郡城,碧江,半灘

越王宮殿,蘋葉藕花

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛

○○○●●○○  ●○△ ●△△

●△○● ○●●○△

○△●○○△● ○●●  ●△△

江城子二首 其二

 

極浦煙消水鳥  離筵分首時 送金

渡口楊花 狂雪任風

日暮天空波浪急 芳艸岸  雨如

●●○○●●○  △○△●○

●○○  ●●○○ △●△△△

●●○△○△● ○●●  ●△○

 

江城子二首 其一

恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。

朱唇未動,先覺口脂香。

緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-25韋荘103《巻3-03 江城子二首 其一》三巻3-〈103〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5717

江城子二首 其二

髻鬟狼藉黛眉長,出蘭房,別檀郎。

角聲嗚咽,星斗漸微茫。

露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-26韋荘104《巻3-04 江城子二首 其二》三巻4-〈104〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5722

 

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

遙か遠くに続く浦にある水辺にたちこめていた靄が消えると水鳥は飛びたつ、別離の宴があり、別れはいよいよ迫ってくる。そこでさらに金杯に最期の酒を勧める。

○極浦 果ての遙か遠くの水辺。遙かに続く浦。《楚辞九歌、湘君》「望涔陽兮極浦 横大江兮揚靈。」(涔陽の極浦に望み、大江に横わって靈を揚ぐ。)

○水鳥飛 水鳥はおおむね番でいたり、群れを成して行動する。

○離筵 別離の宴席。

〇分首時 いよいよの別れの時。分常は別れる。

〇金巵 金の杯。金属製の杯を飾って言ったもの。

 

渡口楊花,狂雪任風吹。

渡し場に柳絮の花が、吹雪のように降り続け、風吹くままに吹雪のように散っている。

○楊花 柳絮の花、晩春に吹雪のように舞い飛ぶことをいう。

○狂雪 吹雪のように降り続けるような景色をいう。

○任風吹 風の吹くままに任せる。

 

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

日暮れの空は晴れ渡っているのに、この港のある川は春水の波が高く流れが速い、岸には芳しい春草がのびてきており、そこに降る雨は、糸のような雨が降りつづく。

○日暮天空波浪急 今日も人気はない、日暮れの空は晴れ渡っているのに、この港のある川は春水の波が高く流れが速い。雪解けの春水は澄み切った水であり、川の流れの流れも澄んだ水で盛り上がって流れている。布団の中に入って寝ている状況を連想させる

○芳草 芳しい草。旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことを。『楚辞』招隠士第十二「王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。」(王孫 遊びて歸らず、春草 生じて萋萋たり。) 

韋荘『望遠行』

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

不忍別君後、却入旧香閏。

(望遠行)

別れんと欲して 言 無く 画屏に倚る、恨みを含みて 暗に情を傷ましむ。

謝家の庭樹 錦鶏 鳴き、残月 辺城に落つ。

人 別れんと欲し、馬 頻に嘶く、緑槐 千里の艮堤。

門を出づれば 芳草 路に妻萎たり、雲雨 別れてより來 東西なり易し。

忍びず 君と別れし後、却って旧の香閨に入るに。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-22韋荘100《巻2-50 望遠行一首》二巻50-〈100〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5702

牛嶠《巻三46 柳枝五首 其一》『花間集』147全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5937

柳枝五首 其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(後宮の池塘の柳は、春に芽吹いてから行き交う人を誘ってくる、毎年行き交う人にそうしていて、行き交う宮人の生涯を見届けている。)

牛嶠《巻三46 柳枝五首 其一》『花間集』147全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5937

 
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牛嶠 花間集 巻三 柳枝五首


花間集 巻四

女冠子四首 夢江南二首 感恩多二首

應天長二首 更漏子三首 望江怨一首

菩薩蠻七首 酒泉子一首 定西番一首

玉樓春一首 西溪子一首 江城子二首

 

5 牛嶠(生卒年未詳、)字は松脚、また二子虻峰という。院讐甘粛)の人。唐宰相牛僧指の子孫にあたるという。乾符五年(878)の進士。唐朝に仕えて、拾遺・補闕・校書即の官を歴任した。王建が節度使となって蜀(四川)を鎮めたとき、闢されて判官となった。

王建が蜀国を建ててから、蜀に仕えて給事中の官を拝した。よって牛給事とよばれている。博学で文学をよくし、詩歌においてはとくに名があらわれていた。ひそかに李賀(長吉)の歌詩を慕って、筆をとればただちにその詩風にならうことが多かったといぅ。詞はとくにその長ずるところで、女冠子詞の「繍帯芙蓉帳、金紋芍薬花」とか、菩薩蛮詞の「山月照山花、夢回鐙影斜」などはかれの佳句として知られていたといぅ。いわゆる花間沢とよばれる一派のなかで、況庭箔の詞風をうけてその辞句の美しきや情味の深いことでとくにすぐれた詞人である。集三十巻歌詩三巻があったというが今わずかに一部分が伝わるだけである。詞は花間集に三十二首を収めている。

 

 

柳枝五首

其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

 

其二

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

 

其三

橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。

金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

 

其四

狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。

莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

 

其五

裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。

章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

 

 

牛嶠《巻三46 柳枝五首 其一》『花間集』147全詩訳注解説(改訂版)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5937

 

 

(改訂版)《巻三46柳枝五首 其一》

柳枝五首其一

(後宮の池塘の柳は、春に芽吹いてから行き交う人を誘ってくる、毎年行き交う人にそうしていて、行き交う宮人の生涯を見届けている。)

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

正月の解凍水の時期も過ぎて、春風が優しく吹いてくると柳の梢にも青い目が噴出して、春は万物が目覚め成長する、そしてそこを通る人に、「もうそろそろ薄絹の上衣を脱衣しますわよ。早くいらして。」といっているようである。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

そして、その柳の並木道の柳の枝葉はしなやかな細い腰の女たちのように、後宮へ続く道にずっと揺れ動くのをやめないし、そして行き交う人の生涯を見続けているのである。

 

(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來りて 末上 青くなり,羅袖を解かんと垂なんとす、「拜卿卿」。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

 

『柳枝五首其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(下し文)
(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來りて 末上 青くなり,羅袖を解かんと垂なんとす、「拜卿卿」。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

(現代語訳)
(後宮の池塘の柳は、春に芽吹いてから行き交う人を誘ってくる、毎年行き交う人にそうしていて、行き交う宮人の生涯を見届けている。)

正月の解凍水の時期も過ぎて、春風が優しく吹いてくると柳の梢にも青い目が噴出して、春は万物が目覚め成長する、そしてそこを通る人に、「もうそろそろ薄絹の上衣を脱衣しますわよ。早くいらして。」といっているようである。

そして、その柳の並木道の柳の枝葉はしなやかな細い腰の女たちのように、後宮へ続く道にずっと揺れ動くのをやめないし、そして行き交う人の生涯を見続けているのである。



(訳注)

柳枝五首其一

柳枝

 

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。柳を詠い込んで、唐の長安・洛陽の民歌として作ったものからはじまり、後宮の池塘の柳を詠うことで、宮女の一生、女性の一生を詠うものと広げて行っている。。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがあるが、それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なることによって、曲調も当然ながら異なっている。

 

唐教坊の曲名。単調と双調がある。花間集には二十四首所収(異名の「柳枝」九首を含む)皇甫松の詩は二首で、単調二十八字四句三平韻で、⑦⑦7⑦の絶句詞形をとる。

柳枝五首其一

解凍風來末上,解垂羅袖拜卿

無端裊娜臨官路,舞送行人過一


 

解凍 風來 末上青,解垂 羅袖 拜卿卿。

正月の解凍水の時期も過ぎて、春風が優しく吹いてくると柳の梢にも青い目が噴出して、春は万物が目覚め成長する、そしてそこを通る人に、「もうそろそろ薄絹の上衣を脱衣しますわよ。早くいらして。」といっているようである。

解凍 樹氷が溶けおちる。とける。古代にこの語を使っていない。落ちる。悟る。とおす。よくす。言い訳。解き明かし。悟り。楽章の一節。文体の名。・・・ゆるむ。明·王志堅《表異録》卷二「正月解凍水,二月白蘋水。・・・」

末上青 柳の梢の先に芽吹き始めたことをいう。少女から大人になることを示唆する。末は木梢、上は梢のあたり、全体的に、青は芽吹いてきたこと。 歐陽脩 

宋玉在《風賦》中寫道: “夫風生於地,起於青萍之末,

解垂 もう少しで解衣しそうなこと。もうそろそろ脱衣します。垂はまさに~しようとする。

卿卿 妻が夫を呼ぶ称。閨褥での言葉。南朝宋·劉義慶《世新語·惑溺》:“親卿愛卿,是以卿卿,我不卿卿,誰當卿卿?”

 

無端 裊娜 臨官路,舞送 行人 過一生。

その柳の並木道の柳の枝葉はしなやかな細い腰の女たちのように、後宮へ続く道にずっと揺れ動くのをやめない、そして行き交う人の生涯を見続けているのである。

無端 末端がない。何処までも終わりがないほど続く。

裊娜 嫋娜【じょうだ】 しなやかなさま。なよなよしたさま。

官路 朝廷の御門に通づる大道。

岳飛《小重山一首》花間集関連詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5902

小重山
岳飛《小重山一首》 むかし、閨で一緒に聞いた蟋蟀の声、昨夜は、晩秋というのにコオロギが鳴きやまず、うとうとしては、驚いて目を覚ます、きっとおまえも、遥か千里の彼方のわたしのことを夢見ていてくれるだろう。 すでに午前零時を過ぎているころのことだった。

昨夜寒蛩不住鳴,驚回千里夢。已三更。

起來獨自遶階行,人悄悄,簾外月朧明。

白首爲功名,舊山松竹老,阻歸程。

欲將心事付瑤琴,知音少,絃斷有誰聽。


-

 

-岳飛《小重山一首》花間集関連詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5902

 
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臨江仙一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-373-8-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3412

毛文錫《臨江仙一首》川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃はいくら弾いてもひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなしく広がって來るのである。


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臨江仙一首 毛文錫【もうぶんせき】  Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-373-8-#9   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3412

 

 

毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 

臨江仙

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

(娥皇、女英の瀟水、湘水の夜景を詠い、宋玉の「高唐の賦」に詠われたように夜が明ければ化身の雨も雲も消えていくという詩)

夕暮れてくると蟬の声は、夕日が沈みかかると鳴き尽してしまう。月がのぼると瀟水、湘水の川面に影をおとす。

娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしない。楚の山々は紅葉にそまるし、煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた台をとおく隔っている。

岸辺には港の火が、湖には舟の漁火があり、風が吹くと波に揺れ砕ける。水草の白き花は月影と共にひろがり、濃き香りは辺りに放っている。

川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃はいくら弾いてもひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなしく広がって來るのである。

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

oushokun01
 

『臨江仙』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

 

 

(下し文)

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

(現代語訳)

(娥皇、女英の瀟水、湘水の夜景を詠い、宋玉の「高唐の賦」に詠われたように夜が明ければ化身の雨も雲も消えていくという詩)

夕暮れてくると蟬の声は、夕日が沈みかかると鳴き尽してしまう。月がのぼると瀟水、湘水の川面に影をおとす。

娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしない。楚の山々は紅葉にそまるし、煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた台をとおく隔っている。

岸辺には港の火が、湖には舟の漁火があり、風が吹くと波に揺れ砕ける。水草の白き花は月影と共にひろがり、濃き香りは辺りに放っている。

川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃はいくら弾いてもひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなしく広がって來るのである。

 

 

(訳注)

臨江仙 一首

(娥皇、女英の瀟水、湘水の夜景を詠い、宋玉の「高唐の賦」に詠われたように夜が明ければ化身の雨も雲も消えていくという詩)

心情を直接表現した語は、わずかに「失絃凄切に」の」句のみである。「朱絃」は川音を蛾卓の弾く琴の弦に喩えている。その響きが「凄切」とは、美の舜を失って湘の川に身を投げた娥・英の悲しみを表すとともに、巫女が雨に化身し、雲に化身するが朝になればすっかり晴れ渡って來るという故事にもとずき、湊港の女性、女妓との交わりと別れを詠うものである。

 

漢詩ブログ001
 

臨江仙

『花間集』 には毛文錫の作が一首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四半韻、後段二十九字五句三平韻で、双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。張泌『臨江仙 一首』と同じ形をとっている。

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

花間集の臨江仙

張泌    臨江仙一首

・毛文錫              臨江仙一首

・牛希濟              臨江仙七首

・歐陽炯              臨江仙二首

・顧    臨江仙三首

・孫光憲              臨江仙二首

・魏承班              臨江仙二首

・閻選    臨江仙二首

・毛熙震              臨江仙二首

・李珣    臨江仙二首

 

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

夕暮れてくると蟬の声は、夕日が沈みかかると鳴き尽してしまう。月がのぼると瀟水、湘水の川面に影をおとす。

○銀蟾 月の別称。中国の古代伝説に拠れば、月には兎や蛤(ヒキガエル)が住むとされた。張泌『浣溪沙十首 其一』

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242

銀は、ここでは月の輝きを形容する。韋荘『天仙子 其三』の「蟾彩」

蟾彩霜華夜不分。天外鴻聾枕上聞。

綉衾香冷懶重燻。

入寂寂、葉紛紛。

纔睡依前夢見君。

天仙子 其三 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-272-5-#26  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2907

○瀟湘 湖南省洞庭湖にを流れこむ蒲水、湘水の二つの川の名。ここでは洞庭湖南岸一帯の地を指す。湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、水は西岸の支流である

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黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしない。楚の山々は紅葉にそまるし、煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた台をとおく隔っている。

○黄陵廟 舜の妃となった夷の二人の娘、娥皇と女英を祀った廟。湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。その地は今の湖南省湘陰の北、湘水のほとりに当たる。『臨江仙 一首』

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

○高唐 楚の宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。雲夢(湿地の名)にあった高台の名。

 

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

岸辺には港の火が、湖には舟の漁火があり、風が吹くと波に揺れ砕ける。水草の白き花は月影と共にひろがり、濃き香りは辺りに放っている。

○風颭碎 風に揺れ砕けること。

○白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。

 

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃はいくら弾いてもひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなしく広がって來るのである。

〇霊娥 舜の亡き後、湘水に身を投じて湘水の女神となった蛾皇、女英を指す。

○韻清商 湘水の流れの音を湘神となった蛾皇が水中で奏でる琴の音に喩えたもの。商は音律五音のうちの商の音。ここでは、清らかな音の意。

秋笛
清商欲盡奏,奏苦血沾衣。
他日傷心極,徵人白骨歸。
相逢恐恨過,故作發聲微。
不見秋雲動,悲風稍稍飛。

清苦にして哀愁のある音調。 ・商 秋、秋風。西の方角。星座のこと。五音階。「宮・商・角・徴・羽」隋・唐は中国史上で最も強大・安定し、音楽・絵画・書・舞踊・建築などが発展した。 音楽は「宮廷音楽(七部伎=清商伎・国伎・亀慈伎・安国伎・天竺伎・高麗伎・文康伎)」と 「民間音楽(山歌・小曲、器楽=琵琶・笙・笛などの演奏)」に二分される。
曹丕(曹子桓/魏文帝)詩 『燕歌行』 
燕歌行
秋風蕭瑟天気涼、草木搖落露為霜、
羣燕辭帰雁南翔。
念君客遊思断腸、慊慊思帰戀故郷、
何為淹留寄他方。』
賤妾煢煢守空房、憂来思君不敢忘。
不覚涙下霑衣裳。
援琴鳴絃發清商、短歌微吟不能長。』
明月皎皎照我牀、星漢西流夜未央。
牽牛織女遥相望、爾獨何辜限河梁。』

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河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

張泌河瀆神 一首 古木にからすや、冬の烏鳴がき騒ぎ、庭一面を覆う楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいである。真昼時というのに薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともり、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾斜めになびく。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

 

河瀆神 一首

(道女の祠にも冬が来たと夜が早く来るその景色をうたう)

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

古木にからすや、冬の烏鳴がき騒ぎ、庭一面を覆う楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいである。

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

真昼時というのに薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともり、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾斜めになびく。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

門前を行き交うのは参詣の人や道女の客の群れであり、ひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

振り向けば川を隔てる渡し場に迎えのかがり火がたかれ、、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

河瀆神【かとくしん】 一首

古樹 寒鴉【かんあ】噪【さわ】がしく,庭を滿る 楓葉【ふうよう】蘆花【ろか】。

晝燈【ちゅうとう】午に當りて輕紗【けいさ】を隔て,畫閣 珠簾 影斜【なな】めなり。

門外 往來す祈賽【きさい】の客,翩翩【へんぺん】たる帆は天涯に落つ。

首を迴らせば 江を隔つる煙火あり,渡頭 三つ兩つの人家あり。

 


『河瀆神一首』現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神 一首

古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。


(下し文)

河瀆神【かとくしん】 一首

古樹 寒鴉【かんあ】噪【さわ】がしく,庭を滿る 楓葉【ふうよう】蘆花【ろか】。

晝燈【ちゅうとう】午に當りて輕紗【けいさ】を隔て,畫閣 珠簾 影斜【なな】めなり。

門外 往來す祈賽【きさい】の客,翩翩【へんぺん】たる帆は天涯に落つ。

首を迴らせば 江を隔つる煙火あり,渡頭 三つ兩つの人家あり。


(現代語訳)

(道女の祠にも冬が来たと夜が早く来るその景色をうたう)

古木にからすや、冬の烏鳴がき騒ぎ、庭一面を覆う楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいである。

真昼時というのに薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともり、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾斜めになびく。

門前を行き交うのは参詣の人や道女の客の群れであり、ひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

振り向けば川を隔てる渡し場に迎えのかがり火がたかれ、、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

 nanda019


(訳注)

河瀆神 一首

(道女の祠にも冬が来たと夜が早く来るその景色をうたう)

『花間集』には張泌の作が一首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段五字四句四灰韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。温庭筠、孫光憲の『河瀆神』参照。

水神を祀る社とその周辺の道女の祠と娼屋と周辺の模様を詠う。前段は、冬を迎える社を覆う古木、烏、楓、蘆の花、祠の高閣の珠簾、灯明をかかげてきゃくをむかえるのを描き、後段は、社の外の参拝客、川を行く帆船、娼屋の燈火が上る二、三軒の人家の様を描く。


古樹噪寒鴉,滿庭楓葉蘆花。

古木にからすや、冬の烏鳴がき騒ぎ、庭一面を覆う楓樹に庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいである。

○寒鴉 秋から冬にかけての烏。『鴉』(からす)

○楓 マンサク科の落葉高木。カエデではない。

○蘆花 アシの花穂。蘆には秋という意味があり「秋の花」庭に落ち葉、紅葉などふくめて秋の花がいっぱいであること。


晝燈當午隔輕紗,畫閣珠簾影斜。

真昼時というのに薄い帳がかかり、その奥深くには灯明ともり、絵が壁に描かれた祠の楼閣に下がる珠簾斜めになびく。

○畫閣 絵が壁に描かれた祠の楼閣。珠簾とあるところから、道女、聖女妓の祠であることがわかる。


門外往來祈賽客,翩翩帆落天涯。

門前を行き交うのは参詣の人や道女の客の群れであり、ひらひらと水面の果てに帆船が消え行く。

○祈賽 祈は御利益を祈る、賽は神の加護に感謝を捧げる。○翩翩 ばたばたとはためくさま。

落天涯 水平線の彼方に消え去る。


迴首隔江煙火,渡頭三兩人家。

振り向けば川を隔てる渡し場に迎えのかがり火がたかれ、、埠頭に火を焚き、その向こうに人家が二つ三つとならぶ。

〇煙火 煙と火。

○渡頭 渡し場。
Flower1-004

127 金陵圖 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-281-5-#35  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2952

金陵圖 韋莊 長江に晩春の雨がしとしとと岸辺の草に降って、もう草は成長して生え揃っている。この地に六朝の栄華は夢のように儚く、今は鳥が空しく鳴いているだけである。

 

2013年9月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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127 金陵圖 韋荘  Ⅹ唐五代詞・宋詩Gs-281-5-#35   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2952

 

 

金陵圖 韋莊

(金陵の絵を見て。)

江雨霏霏江草齊,六朝如夢鳥空啼。

長江に晩春の雨がしとしとと岸辺の草に降って、もう草は成長して生え揃っている。この地に六朝の栄華は夢のように儚く、今は鳥が空しく鳴いているだけである。

無情最是臺城柳,依舊烟籠十里堤。

歴史上の悲劇を知っていながら「無情であるかの如く」なのは宮城の柳である。それは昔とおなじように、十里の堤を緑色の霞の籠に包んでしまっていることだ。

 

(金陵の圖)

江雨霏霏【びび】として 江草齊【ひと】し,六朝【りくちょう】 夢の如く 鳥空しく啼く。

無情 最も是れ 臺城の柳,舊に 依りて 烟は籠【こ】む十里の堤。

 美女画557

 


『金陵圖』 現代語訳と訳註

(本文)

金陵圖

江雨霏霏江草齊,六朝如夢鳥空啼。

無情最是臺城柳,依舊烟籠十里堤。

 

 

(下し文)

(金陵の圖)

江雨霏霏【びび】として 江草齊【ひと】し,六朝【りくちょう】 夢の如く 鳥空しく啼く。

無情 最も是れ 臺城の柳,舊に 依りて 烟は籠【こ】む十里の堤。

 

 

(現代語訳)

(金陵の絵を見て。)

長江に晩春の雨がしとしとと岸辺の草に降って、もう草は成長して生え揃っている。この地に六朝の栄華は夢のように儚く、今は鳥が空しく鳴いているだけである。

歴史上の悲劇を知っていながら「無情であるかの如く」なのは宮城の柳である。それは昔とおなじように、十里の堤を緑色の霞の籠に包んでしまっていることだ。

 

 

(訳注)

金陵圖

(金陵の絵を見て。)

『聯珠詩格』では『過金陵』とする。 

・金陵:古代の金陵邑。六朝の建業、建康。元代の集慶のこと。この時代明初の應天、現・南京のこと。六朝の古都なので異称、別名が多い。

 

 

江雨霏霏江草齊、六朝如夢鳥空啼。

長江に晩春の雨がしとしとと岸辺の草に降って、もう草は成長して生え揃っている。この地に六朝の栄華は夢のように儚く、今は鳥が空しく鳴いているだけである。

・江雨:長江に降る雨。 

・霏霏:霧雨がしとしとと降るさま。韋莊『淸平樂』「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。   盡日相望王孫, 塵滿衣上涙痕。 誰向橋邊吹笛, 駐馬西望消魂。」淸平樂(三) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-262-5-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2692

・江草:岸辺の草。 

・齊:そろう。ひとしい。たいらか。草が成長している晩春の様子を云う。

・六朝:江南に興った六つの王朝。三国以降の魏晋南北朝の(金陵に都をおいた)南朝で、文学で謂う漢魏六朝の六朝のこと。東呉、東晉、宋、齊、梁、陳の六代に亘る王朝のことで、約三百年間を指す。

全て金陵(南京)を都とした。

・如夢:夢のようである。どの王朝も短命で儚く滅んでいったことからいう。 

・空啼:かいもなく鳴く。

 

無情最是臺城柳依舊烟籠十里堤

歴史上の悲劇を知っていながら「無情であるかの如く」なのは宮城の柳である。それは昔とおなじように、十里の堤を緑色の霞の籠に包んでしまっていることだ。

・無情:金陵は、六朝・陳、隋の歴史上の悲劇が起こったところではあるが、春の風情は、人の世の出来事とは関わることなく、恰も無情であるかの如くである。 

・最是:一番に。 

・臺城:宮城。

・依舊:昔のままに。昔ながらに。
・烟籠:もやが立ち込めている。霞がかかっている。柳や草が遥か遠くまで茂っているさまを屡々こう表現する。また、葉がこんもりと茂って恰も緑色のもやがかかっているかのようであるかのようであることをいう。

柳絮02

長安春 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-269-5-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2892

長安の春 韋荘  当時、長安は人口120万にを超す世界最大級の都市。大雁塔は古き良き長安の姿を今も残す。杏園は大雁塔の皆々あった庭園である。春、都では科挙に合格した者たちの祝宴が開かれる。貴族たちの家々は合格者に解放され、無礼講。


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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
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当時、長安は人口120万にを超す世界最大級の都市であった。
7
世紀に建立された大雁塔は古き良き長安の姿を今も残す。
この詩の杏園は大雁塔の皆々あった庭園である。
春、都では官僚になるための試験、科挙に合格した者たちの祝宴が開かれる。

貴族たちの家々は合格者に解放され、無礼講。

庭の花を競い、酒を競い、華やかな歌舞に宮廷料理、宴は賑やかに行われる。

科挙に合格した者だけがわが世の春を謳歌するのだ。
この日だけは、華やかな高殿の若き乙女たちも主役の座を譲ってくれる。

この試験のために全国から若者が集まってくる。

何年もかかってやっと合格するもの、どうしても及第しないもの悲喜こもごもの日なのだが、この詩は長安のにぎわいを詠った有名な詩である。
作者韋荘も合格した一人だが、合格後しばらくして唐王朝は滅亡している。
この詩は、絢爛たる輝きを見せた長安最後の姿かもしれない。

長安の春」 韋荘
 長安は旧暦2月、春の盛りの大賑わい、都の大通りには、車馬が音を立てて行きかう。家々には、花も恥じらう乙女たちが集まり、木々の枝にはほころんだ蕾のように艶めかしい。
 簾の中で笑い、ざわめき、長安の春はわたしのためにあるとばかりに自慢顔。
 長安の春は、皆のもののはずだが昔から、高殿の乙女たちの独り占め。
 それでも今日だけは彼女たちもどうしようもない。杏園に向かう人たちが軽快な馬車で春を連れ去ってしまうのだから。



長安の春
長安二月多香塵、六街車馬聲鈴凛。
家家楼上如花人、千枝萬枝紅艶新。
簾間笑語自相問、何人占得長安春。
長安春色本無主、古来盡屬紅樓女。
如今無奈杏園人、駿馬輕車擁将去。


■ 韋荘 (いそう)836910晩唐の詩人。字は端己。
杜陵(現・陝西省西安附近)の人。字(あざな)は端己(たんき)。杜陵(陝西省西安)の人。温庭均(おんていいん)とともに唐五代の詞を代表する
・唐末の都の荒廃をうたった長編の七言古詩「秦婦吟」が有名。
・秦婦吟  金陵圖(江雨霏霏江草齊)   古別離(晴煙漠漠柳??)   題酒家(酒綠花紅客愛詩)
botan00


上記、唐の詩人、韋荘いそうの長編詩の巻頭にみる如く繁栄を誇った「長安」も紀元前221年、初めて戦国乱世に終止符を打ち全中国を統一した、秦の始皇帝に始まっている。


■ 長安をめぐる
 秦王朝の首都「咸陽」は渭水の北岸にあった。現在の咸陽市であえる。始皇帝は更に空き地の多い南岸を開発し「阿房宮」を中心とする壮麗な離宮を建造した。この「渭水」南岸地域が以後の長安の基礎となった。 

そればかりではない、同時に死後の離宮の意味で陵みささぎを造営したのが、2000年以上の時を経て、現在我々が接することの出来る始皇帝陵であり兵馬俑なのである。

始皇帝の死後、「咸陽」は徹底的に破壊されたが、南岸の離宮は破壊を免れた。紀元前202年、項羽を滅ぼし天下を統一した前漢(前208年~後8年)の高祖、劉邦は、この南岸の離宮を基盤にして新首都を築き「長安」と名付けた。 

以後、後8年、王莽おうもうに滅ぼされるまで前漢の首都であり続けた。王莽の敗死後、前漢の一族劉秀が光武帝として後漢の王朝を立てるが、後漢は首都を「洛陽」に定め、以後「三国時代」の魏王朝(220年から265年)、次いで中国全土を統一した「西晋王朝」(265~316)に至るまで約300年間、洛陽が首都、長安が副都として機能したに止まった。 

長安が生まれ変わり、再び首都として復帰したのは、それから270年後の隋王朝の時代である。因みに、4世紀初め西晋滅亡後、中国は南北に分裂、南部を漢民族の王朝(南朝)が、北部を異民族の王朝(北朝)が支配する状況が続く。
北朝系の隋王朝の創始者、文帝(楊堅)は581年、南朝最後の王朝陳を滅ぼして分裂状態を終息させ、中国全土を統一した。

文帝は北朝の前王朝北周を滅ぼし、隋を創設した翌年の開皇2年(582)、前漢の旧都を受け継いだ北周の首都、長安を破壊し、その東南に整然とした都市計画に基ずき新首都を建設、「大興」と名付けた。

隋は第2代皇帝煬帝の失政が祟り、短期間で滅亡したけれども、文帝の建造した大興は、次なる唐王朝に受け継がれ、唐の首都「長安」として、華々しい発展を遂げる。

函谷関長安地図座標001




















唐代、長安が最も栄えたのは、絶世の美女楊貴妃との恋で知られる、第6代皇帝玄宗(685~712)の時代である。当時、長安の人口120万、多くの留学生や商人が滞在する、絢爛たる国際都市であった。その中には空海や安部仲麻呂など日本からの留学生も含まれていた。当時の華やぎは冒頭の詩「長安の春」で想像出きるでしょう。


現在の西安は唐の長安の一部だが、市内に聳える大鴈塔、郊外の華清池や乾陵(玄宗の祖父母、高宗と則天武后の陵)等々無数の旧跡によってその栄華を偲ぶことが出来る。
このように、西安(長安)は始皇帝の時代から輝ける唐の時代を経て現在に至るまで、悠久の歴史を内包した稀有の歴史都市である。 

  大雁塔


大雁寺02
  慈恩寺 大雁塔

歴代の王朝が都を定めた長安。その長安で古都の雰囲気を演出しているもののひとつに大雁塔があります。塔は現在の西安の東南郊外慈恩寺境内にあります。

 慈恩寺は648年、唐の第三代皇帝高宗李治が亡くなった母、文徳皇后の慈恩を追慕して建立した寺で、高宗の皇太子時代に立てられました。当時の慈恩寺は僧房1897室、僧侶300人が集まっていました。しかし、唐代末期、戦乱のため焼き払われ、今の大きさは昔の十分の一に過ぎません。現在の境内にある当時の建物は大雁塔だけですが、塔の前方には明代と清代の建物が残っています。

 

 

長安春
長安二月多香塵、六街車馬聲鈴凛。

長安の盛春は、花の香りがあつまって塵が多く舞い立つのです。長安の目ぬき通りには、車や馬などの乗り物の音が、ガラガラ、リンリンときしり音が轟いているのです。 

家家楼上如花人、千枝萬枝紅艶新。

どの家でも、建物の上には花のように美しい女の人が庭の花をみている。多くの枝々で赤い花があでやかで新鮮であり、そのように、べにおしろいがあでやかな女性たちが多くいる。

簾間笑語自相問、何人占得長安春。』

すだれをした部屋で、笑って気楽なことばはなしている、そして自分に問いかけてくる。その話題は「どういう人が、長安の春を独占しているのかということだ。 

長安春色本無主、古来盡屬紅樓女。

長安の春の景色は、本来、あるじというものが無いものです。昔からことごとく、高楼から望む女性に附属するものだったのです。 

如今無奈杏園人、駿馬輕車擁将去。』

だが、現在は、どうしようもないことだが、科挙に合格し、新たに進士となった人たちが杏園で、祝宴を賜っている。彼等が軽快な車で長安の春を独占して、紅の女たちを携えて持って行くようになってしまった。

長安 二月  香塵【かうじん】多く,六街【りくがい】の車馬  聲【せい】轔轔【りんりん】。

家家【かか】樓上 花の如き人,千枝萬枝 紅豔【こうえん】新あらたなり。

簾間【れんかん】笑語 自みづから相い問う、何人なんぴとか 占しめ得たる長安の春を。

 

長安の春色 本もと主じ無く,古來 盡【ことごと】く屬す  紅樓【こうろう】の女に。

如今【じょこん】奈【いかん】ともする無し 杏園【きゃうえん】の人,駿馬【しゅんめ】輕車にて擁し將て去る。

 

 

『長安春』 現代語訳と訳註

(本文)

長安二月多香塵、六街車馬聲鈴凛。

家家楼上如花人、千枝萬枝紅艶新。

簾間笑語自相問、何人占得長安春。

 

長安春色本無主、古来盡屬紅樓女。

如今無奈杏園人、駿馬輕車擁将去。

 

(下し文)

(長安春)

長安二月 香塵【かうじん】多く,六街【りくがい】の車馬  聲【せい】轔轔【りんりん】。

家家【かか】樓上 花の如き人,千枝萬枝 紅豔【こうえん】新あらたなり。

簾間【れんかん】笑語 自みづから相い問う、何人なんぴとか 占しめ得たる長安の春を。

 

長安の春色 本もと主じ無く,古來 盡【ことごと】く屬す  紅樓【こうろう】の女に。

如今【じょこん】奈【いかん】ともする無し 杏園【きゃうえん】の人,駿馬【しゅんめ】輕車にて擁し將て去る。

 

 

(現代語訳)

長安の盛春は、花の香りがあつまって塵が多く舞い立つのです。長安の目ぬき通りには、車や馬などの乗り物の音が、ガラガラ、リンリンときしり音が轟いているのです。 

どの家でも、建物の上には花のように美しい女の人が庭の花をみている。多くの枝々で赤い花があでやかで新鮮であり、そのように、べにおしろいがあでやかな女性たちが多くいる。

すだれをした部屋で、笑って気楽なことばはなしている、そして自分に問いかけてくる。その話題は「どういう人が、長安の春を独占しているのかということだ。 

長安の春の景色は、本来、あるじというものが無いものです。昔からことごとく、高楼から望む女性に附属するものだったのです。 

だが、現在は、どうしようもないことだが、科挙に合格し、新たに進士となった人たちが杏園で、祝宴を賜っている。彼等が軽快な車で長安の春を独占して、紅の女たちを携えて持って行くようになってしまった。 

 

 

(訳注)

長安春 帝都・長安での進士合格者に対する春の花の宴に対して。長安の春。 *作者が進士の試験に落ちた時の詩作だろうか、進士合格者の花の宴に対して、複雑な気持ちを詠ったもの。進士の試験は秋にあり、翌年の春の花が咲き誇る時期に結果発表がある。官吏登用試験(科挙)に合格した進士には、後出・長安の曲江の池の畔(ほとり)にあった杏園で、祝宴を賜り、長安の街を園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。また、貴族は自邸自慢のボタンを庭を開放して鑑賞させ、合格者の無礼を許した。

・長安:唐の首都。現・陝西省・西安 。科挙の最終試験会場もここにあり、科挙合格者の祝宴もここで開かれる。

孟郊はそれに落第して、落胆のさまを『再下第』「一夕九起嗟,夢短不到家。兩度長安陌,空將涙見花。」とうたった。この詩もそれと似た感情を詠っていよう。

孟郊は『登科後』で「昔日齷齪不足誇,今朝放蕩思無涯。春風得意馬蹄疾,一日看盡長安花。」と、がらりと変わった詩を作っている。 唐宋詩236 登科後 Ⅶ孟郊(孟東野)<19>紀頌之の漢詩ブログ

 

 

長安二月多香塵、六街車馬声轔轔。

長安の盛春は、花の香りがあつまって塵が多く舞い立つのです。長安の目ぬき通りには、車や馬などの乗り物の音が、ガラガラ、リンリンときしり音が轟いているのです。 

・二月:陰暦二月のことで、盛春。太陽暦の三月下旬~四月中旬頃。 

・香塵:塵に香りが移ったこと、花が散ったこと。今まで吹いていた風で花が散ってしまったことを表す。また、沈香を削った粉。石崇の家で働く歌妓が軽やかに舞えるかを試すために、床に沈香を削った粉を撒き、その上を歌妓に通らせ、足跡がつかなかった者には褒美として真珠を与え、跡がついた者には罰として食べ物を減らして細身にさせた。

・六街:長安の街並み(通り・辻)。長安城の街衢。下図に見る様に唐代、長安は東市と西市の間に六つ街衢があった。このあたりが最も人が集まった。

長安城図 座標






































『資治通鑑』巻二百九「中書舎人韋元徼巡六街。
長安城中左、右六街,金吾街使主之;左、右金吾将軍,掌晝夜巡警之法,以執禦非違。」とある。 

・車馬:車と馬。車や馬などの乗り物。 

・声:音声。音。せい。 

・轔轔:車のきしり轟(とどろ)く音。さかんなさま。杜甫の『兵車行』に「車轔轔,馬蕭蕭,行人弓箭各在腰。耶孃妻子走相送,塵埃不見咸陽橋。牽衣頓足闌道哭,哭聲直上干雲霄。道旁過者問行人,行人但云點行頻。或從十五北防河,便至四十西營田。去時里正與裹頭,歸來頭白還戍邊。邊庭流血成海水,武皇開邊意未已。君不聞漢家山東二百州,千邨萬落生荊杞。縱有健婦把鋤犁,禾生隴畝無東西。況復秦兵耐苦戰,被驅不異犬與鷄。長者雖有問,役夫敢申恨。且如今年冬,未休關西卒。縣官急索租,租税從何出。信知生男惡,反是生女好。生女猶得嫁比鄰,生男埋沒隨百草。君不見青海頭,古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。」とある。

 

 

家家楼上如花人、千枝万枝紅艶新。

どの家でも、建物の上には花のように美しい女の人が庭の花をみている。多くの枝々で赤い花があでやかで新鮮であり、そのように、べにおしろいがあでやかな女性たちが多くいる。

・家家:どの家でも。全ての家で。 

・楼上:高い高樓上の。建物の上の。 

・如花人:花のように美しい(女の)人。

・千枝万枝:多くの枝々で。・千…万…:数え切れないほど多いさま。強調を表す。 

・紅艶新:べに(おしろい)の化粧があでやかで粧(よそお)いたてである。 *この「紅艶新」の部分は「紅艶・新」(べにの化粧があでやかで、したてである、の意)なのか、「紅・艶又新」((べにの化粧は、あでやかで、したてである、の意)なのか、よく分からない。思うに、「如花人」と女性の美しさを称えたことから、「紅」は、「花(赤いはな)」と「べに(化粧)」と両方の意を持たせた相関語としているだろうことから、「紅艶新」も双方にとるのだろう。

 

簾間笑語自相問、何人占得長安春。

すだれをした部屋で、笑って気楽なことばはなしている、そして自分に問いかけてくる。その話題は「どういう人が、長安の春を独占しているのかということだ。 

・簾間:すだれの中。すだれをした部屋。女性の部屋。 

・笑語:笑いながら話す。 ・自相問:自問(自答)をする意。 

・自:みづから。また、自然と。おのづから。ここは、前者の意。 

・相問:問いかける。…に問いかける。

・何人:どういう人。いかなる人。なにびと。「誰」よりも、疑問・詰問の感じが強い。「何人」を「誰人」とすると反語となり、意味が異なる。 

・占得:独占する。

 

長安春色本無主、古来尽属紅楼女。

長安の春の景色は、本来、あるじというものが無いものです。昔からことごとく、高楼から望む女性に附属するものだったのです。 

・春色:春の景色。春の気配。韋莊の『古別離』で「晴煙漠漠柳毿毿,不那離情酒半酣。更把玉鞭雲外指,斷腸春色在江南。」と使う。古別離 韋荘  Ⅹ唐五代詞・宋詩Gs-273-5-#27   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2912 

・本:本来。もともと。 

・無主:(愛でてくれる)あるじがいないこと。また、死者を祀る施主がいない。

・古来:むかしから。 ・尽:ことごとく。 

・属:つながる。属する。附属する。 ・紅楼:富家の女の住居。また、妓楼。本来の意は、朱塗りのたかどの。

 

如今無奈杏園人、駿馬軽車擁将去。

だが、現在は、どうしようもないことだが、科挙に合格し、新たに進士となった人たちが杏園で、祝宴を賜っている。彼等が軽快な車で長安の春を独占して、紅の女たちを携えて持って行くようになってしまった。 

・如今:いま。ただいま。現今。 

・無奈:どうしようもない。いかんともし難い。いたしかたがない。いかんともすることがない。いかんせん。いかんともするなし。「無可奈何」の略。

・杏園:官吏登用試験(科挙)に合格した進士たちの祝宴会場。科挙に合格した進士には、曲江の池の畔(ほとり)の杏園で、祝宴を賜り、長安の街で園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。 

・杏園人:科挙に合格し、新たに進士となった人たちを指す。

・駿馬:足の速い優(すぐ)れた馬。李白の『襄陽歌』「此江若變作春酒,壘麹便築糟丘臺。千金駿馬換小妾,笑坐雕鞍歌落梅。車旁側挂一壺酒,鳳笙龍管行相催。咸陽市中歎黄犬,何如月下傾金罍。君不見晉朝羊公一片石,龜頭剥落生莓苔。涙亦不能爲之墮,心亦不能爲之哀。清風朗月不用一錢買,玉山自倒非人推。舒州杓,力士鐺。李白與爾同死生,襄王雲雨今安在,江水東流猿夜聲。」とある。 

李白と道教48襄陽歌 ⅰ

李白と道教48襄陽歌 ⅱ

李白と道教(7)襄陽曲49から52

・軽車:軽快な車。小さな車。 

・擁将去:抱(だ)き抱(かか)えて持って行く。 

・将去:持って行く。・将:持つ。孟郊は落胆のさまを『再下第』「兩度長安陌,空將涙見花。」とうたった。botan00

梅 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-213-79-#73  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2612 薛濤最終回

薛濤《梅》 梅の枝に咲く白梅の花が宝石のように見える、奥座敷の前にある一本の梅木に。よく見てみるとどうやら今朝数輪咲いたようなのです。

 

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梅 薛濤  Ⅹ唐五代詞・宋詩Gs-213-79-#73   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2612

薛濤最終回

 

 

(梅)

白玉堂前一樹梅,今朝忽見數花開。

梅の枝に咲く白梅の花が宝石のように見える、奥座敷の前にある一本の梅木に。よく見てみるとどうやら今朝数輪咲いたようなのです。

兒家門尋常閉,春色因何入得來。

花の良さがわからない子供のいる家なのでしょうかいつも家の門を固く閉ざしている。せっかく春が来たというのにこんなことでは春の訪れを知らせてくれる意味がないというものですね。

 

白玉 堂前 一樹の梅あり、今朝 忽ち 数花の開くを見る。

兒家の門戸は 重重閉ざす、春色 何に困って 入り得來るらん。

 

 

』 現代語訳と訳註

(本文)

白玉堂前一樹梅,今朝忽見數花開。

兒家門尋常閉,春色因何入得來。

 

 

(下し文)

白玉 堂前 一樹の梅あり、今朝 忽ち 数花の開くを見る。

兒家の門戸は 重重閉ざす、春色 何に困って 入り得來るらん。

 

 

(現代語訳)

(梅)

梅の枝に咲く白梅の花が宝石のように見える、奥座敷の前にある一本の梅木に。よく見てみるとどうやら今朝数輪咲いたようなのです。

花の良さがわからない子供のいる家なのでしょうかいつも家の門を固く閉ざしている。せっかく春が来たというのにこんなことでは春の訪れを知らせてくれる意味がないというものですね。

 

 

(訳注)

唐◎蔣維翰《春女怨》:とされている。《春女怨》

 

 

白玉 堂前一樹梅,今朝忽見數花開。

梅の枝に咲く白梅の花が宝石のように見える、奥座敷の前にある一本の梅木に。よく見てみるとどうやら今朝数輪咲いたようなのです。

・白玉 白く明るい宝玉。梅の枝に咲く白梅の花が宝石のように見える。李白『古朗月行』#1「小時不識月、呼作白玉盤。」

古朗月行 #1 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 264/350

・堂前 奥座敷の前

 

兒家門尋常閉,春色因何入得來。

花の良さがわからない子供のいる家なのでしょうかいつも家の門を固く閉ざしている。せっかく春が来たというのにこんなことでは春の訪れを知らせてくれる意味がないというものですね。

○兒家 子供を理由に遊びに来ない男をいうものか、ここでは、梅の木の花を風流に考えられない子供のような男ということであろう。

江月樓 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-241-107-#97  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587

薛濤《江月樓》 悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。
  

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http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html 
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html 
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html 
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html 
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


江月樓 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-241-107-#97   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587
 

江月樓
秋風仿佛吳江冷,鷗鷺參差夕陽影。 
悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。
垂虹納納臥譙門,雉堞耽耽俯漁艇。 
小雨のあとに、まるい虹がかかり、その裾は城門の望楼のあたりで消えていて、城のめがきの上からは、魚をとる小舟がいくつか見おろせるのも江南の景色でしょう。
陽安小兒拍手笑,使君幻出江南景。 
そこでこれを見た簡州陽安の子どもたちは手をたたき、よろこび微笑んで、州長官さまが、魔法を使ってこんな景色をあらわしてくださったんだなどと申しております。(よい政治、あたたかい政治をしておられることの表れでしょう。)

ani0071秋風 吳江の冷しきに仿佛し,鷗鷺【おうろ】 參差【しんし】 夕陽の影。
垂虹【すいこう】 納納【のうのう】 譙門【しょうもん】に臥し,雉堞耽耽俯漁艇。 
陽安の小兒 拍手をって笑う,使君 幻出し 江南の景と。
 


『江月樓』 現代語訳と訳註
(本文)
秋風仿佛吳江冷,鷗鷺參差夕陽影。 
垂虹納納臥譙門,雉堞耽耽俯漁艇。 
陽安小兒拍手笑,使君幻出江南景。 


(下し文)
(江月樓)
秋風 吳江の冷しきに仿佛し,鷗鷺【おうろ】 參差【しんし】 夕陽の影。
垂虹【すいこう】 納納【のうのう】 譙門【しょうもん】に臥し,雉堞耽耽俯漁艇。 
陽安の小兒 拍手をって笑う,使君 幻出し 江南の景と。 


(現代語訳)
悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。
小雨のあとに、まるい虹がかかり、その裾は城門の望楼のあたりで消えていて、城のめがきの上からは、魚をとる小舟がいくつか見おろせるのも江南の景色でしょう。
そこでこれを見た簡州陽安の子どもたちは手をたたき、よろこび微笑んで、州長官さまが、魔法を使ってこんな景色をあらわしてくださったんだなどと申しております。(よい政治、あたたかい政治をしておられることの表れでしょう。)


(訳注)
江月樓
簡州簡陽県の地にある。簡陽(中国歴史地図唐e-2)現在、成滝鉄道の沿線の都市で、汶江に臨んでいる。古の簡県の地で、西南三里に、三国時代の陽安関があるので、別に陽安ともよばれている。その陽安の南三十歩に赤水というのがあり、また際水というのも流入しているが、その赤水と雁水の中間にあるのが江月榛だと「九州要記」に記され、薛濤のこの詩も載せられている。


秋風仿佛吳江冷,鷗鷺參差夕陽影。 
悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。
・秋風 悲秋を感じさせる風。
・彷彿 はっきり見分けにくいさま。そこで、さながら、さも似たりの意となる。
・呉江 今の呉淞江。ただしここでは、江南の呉地方の河というていどの意。それは江南地方の温暖平穏な川の風景を想像させる。
・鷗鷺 鷗:かもめと鷺:きざ。
・参差 いり乱れている形。
 

垂虹納納臥譙門,雉堞耽耽俯漁艇。 
小雨のあとに、まるい虹がかかり、その裾は城門の望楼のあたりで消えていて、城のめがきの上からは、魚をとる小舟がいくつか見おろせるのも江南の景色でしょう。
・垂虹 空から地へ半円を措いてとどい に.している虹。
・納納 物を包み入れるさま。まるく包むように虹がかけているありさま。
・譙門 物見やぐらのついている城門。
・雉堞 城上のひめがき。女墻に同じ。
・耽耽 見おろすさま。


陽安小兒拍手笑,使君幻出江南景。 
そこでこれを見た簡州陽安の子どもたちは手をたたき、よろこび微笑んで、州長官さまが、魔法を使ってこんな景色をあらわしてくださったんだなどと申しております。(よい政治、あたたかい政治をしておられることの表れでしょう。)
・陽安 今の四川省の簡陽県。唐代に簡州ともいう。(d・e―
・小兒 こども。
・使君 刺史(官名)をいう。州の長官。
成都遂州00

籌邊樓 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-234--#90  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2717

籌邊樓 薛濤 この成都平野に、秋峯に高くそびえている籌邊樓の四方に開いている八つの窓から、雲や鳥が、眺められます。その威風堂々たる建物は、西川地方四十州を圧倒しているのです。
  

2013年7月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

籌邊樓 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-234--#90   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2717

 
籌邊樓
(剣南西川の平穏を臨む籌邊樓の詩)
平臨云鳥八窗秋,壯壓西川四十州。
この成都平野に、秋峯に高くそびえている籌邊樓の四方に開いている八つの窓から、雲や鳥が、眺められます。その威風堂々たる建物は、西川地方四十州を圧倒しているのです。
諸將莫貪羌族馬,最高層處見邊頭。
わが西川の国境を守る諸将たちよ、羌族の馬を略奪など貪ってはならない、それが、侵攻してくる口実を輿えることになるのです。すべての統治の象徴である籌邊樓の最高層から、じっと国境地帯をにらんでおいでになります。
  
籌邊樓【ちゅうへんろう】
平に云鳥に八窗の秋に臨む,壯んに壓す西川 四十州。
諸將 貪ること莫れ 羌族の馬,最高層の處 邊頭を見る。


DCF00209













『籌邊樓』 現代語訳と訳註
(本文)
籌邊樓
平臨云鳥八窗秋,壯壓西川四十州。
諸將莫貪羌族馬,最高層處見邊頭。


(下し文)
籌邊樓【ちゅうへんろう】
平に云鳥に八窗の秋に臨む,壯んに壓す西川 四十州。
諸將 貪ること莫れ 羌族の馬,最高層の處 邊頭を見る。


(現代語訳)
(剣南西川の平穏を臨む籌邊樓の詩)
この成都平野に、秋峯に高くそびえている籌邊樓の四方に開いている八つの窓から、雲や鳥が、眺められます。その威風堂々たる建物は、西川地方四十州を圧倒しているのです。
わが西川の国境を守る諸将たちよ、羌族の馬を略奪など貪ってはならない、それが、侵攻してくる口実を輿えることになるのです。すべての統治の象徴である籌邊樓の最高層から、じっと国境地帯をにらんでおいでになります。


(訳注)
籌邊樓
(剣南西川の平穏を臨む籌邊樓の詩)
・籌邊樓 文宗の大和三年に、前剣南西川節度使の悪政から、ついに南詔の侵入をまねき、成都は掠奪の憂目にあった。その後始末に、兵部尚書であった李徳拓が翌四年、着任し、新鋭の気塊をもって、着々と軍備を回復し、その一施策として建てたのが、この縁辺楼である。当時の簑辺榛の位置は、成都府治の西に建てられたというが、宋の陸游(放翁)のころには、すでにその位置がわからなくなってしまい、淳熙三年、制置使知府(成都の長官)であった范成大が、子城の西南隅に重建し、その完成とともに、みずから「水調歌頭」の詞を作ったが、その後、都院の東掖に移ったという


平臨云鳥八窗秋,壯壓西川四十州。
この成都平野に、秋峯に高くそびえている籌邊樓の四方に開いている八つの窓から、雲や鳥が、眺められます。その威風堂々たる建物は、西川地方四十州を圧倒しているのです。
・雲鳥(うんちょう) 雲や空を飛ぶ鳥。
・八窗 四方に各二窓ずつ、都合八つの窓があり、四方を見わたせた。 
・西川四十州 四川省西部の称。唐の粛宗の時、成都を改めて南京といい、剣南に東川と西川の二つの節度使を置いた。宋の西川路。今の四川西川道。


諸將莫貪羌族馬,最高層處見邊頭。
わが西川の国境を守る諸将たちよ、羌族の馬を略奪など貪ってはならない、それが、侵攻してくる口実を輿えることになるのです。すべての統治の象徴である籌邊樓の最高層から、じっと国境地帯をにらんでおいでになります。
・羌族 東漢時代に東西羌にわかれ、晋のときには五胡の一で、その後、今の甘粛省の臨潭、岷県、四川省の松潘・茂縣などの地にいた。すなわち甘粛の南部から四川の西北部にいた異民族。
・最高層(さいこうそう)
・邊頭 国境の端のあたり。
成都遂州00

鄉思 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-209-75-#69  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592

薛濤 《鄉思》 峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。


2013年6月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《薤露行》 武帝 魏詩<89-#2>古詩源 巻五 808 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2588
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#3>Ⅱ中唐詩721 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2589
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http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
鄉思 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-209-75-#69   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592


鄉思
峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。
(故郷を思う詩)
峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。


『鄉思』 現代語訳と訳註
(本文)
峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。


(下し文) 鄉思
峨嵋 山の下 油の如く水あり,我が心 繫舟をがざるを同じうするを憐む。
何れの日にか 片帆 錦の浦を離れん,棹聲 齊唱して 中流を發す。


(現代語訳)
(故郷を思う詩)
峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。


(訳注)
*成都から南の嘉州にくだる岷江川幅が広がり、の流れがなく、葦の間を油のように静かに流れているとあるから、第一句は、実景そのままだという。この詩は、前詩『摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞』とまったく同じ韻(油,舟。流。)であり、テーマとして与えられたことに応えてのものである。お座敷遊び化、書簡によるものかは不明であるが、そういった要求が無ければ詩を作る意味がないし、時機を逸して同じ韻を踏むことそのものに文学的な意味を見いだせない【漢詩大系の辺に詳しい解説も的外れで苦笑する。】
摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞
昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
淒涼逝水頹波遠,惟有碑泉咽不流。

鄉思(故郷を思う詩)
・郷思 故郷をしたうこと。薛濤は長安のうまれ。本籍は河東といわれるが、薛濤は自分のことをこの詩で詠っているのではない。誰かを想定して、韻を踏んで詠ったに過ぎないもので、感情がこもったものではない。


峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
・峨眉山 四川省にある名山。成都の南方に当たる。かなり距離があるから、成郡からは見えない。成都に入るには船旅が多く長い船旅で峨眉が見えれば成都に入ることを思い、峨眉山と別れをすることが成都に別れを告げることになる。李白が成都を後にして江南への旅をする際『峨眉山月下』を詠っており、詩情の中では、成都といえば、峨眉山が連想されるのである。
・水如池 成都の町を流れ下る水は、油を流したように静かである。
錦江は、かの所謂蜀江の錦を洗ったというその蜀江だ。水清く、静かに流れ、成郡の南で岷江に入る。岷江は、その源を岷算に発し、東南流して灌県都江堰で、水数流に分れて蜀の平野に治水、潅漑し、成都の南で諸水合流して南に流れ、嘉定の城南で大渡河の水を合してさらに南に流れるもので、成都盆地で河川の黄梅が急になくなるので、黄梅のゆるくなる箇所で灌漑のための水というより治水調整が必要であった。このため川幅の大きな河川をいくつも作ったのである。この河川は農業ばかりでなく商工業に盛んに利用され、中国内陸部では珍しく安定した地域であった。
蜀の秋は静かであった。岷江の水も静かで、両岸に護花咲き乱れ、風光絵のやうであった。その静かな眠江を下りつつ、いよいよ帰るのだと息へは、急に旅愁身にしむを覚えた。
・不繋舟 船頭もなく、ただ水面に浮いている舟。運命にまかせたすがた。


何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。
何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。
・錦浦 成都を錦官城という。錦を産するからである。その城のあきを錦江が流れている。その河辺の船着場。
・棹聲 権は、舟の側にとつけて舟を漕ぐ道具。棹声は宣唐の歌う舟歌。

摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582

薛濤 《摩訶池宴》 成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。

2013年6月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《龜雖壽》 武帝 魏詩<88-#2>古詩源 巻五 806 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2578
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582


・摩訶池宴 ・七言律詩 押灰韻
・中唐•武元衡
・武元衡(ぶ げんこう、758年 - 815年)は、中国・唐の詩人。河南緱氏(こうし、河南省偃師の南)の出身。字は伯蒼。 徳宗の建中4年(783年)の進士。徳宗に才能を認められ、比部員外郎・右司郎中・御史中丞を歴任。順宗朝では権臣・王叔文に従わなかった為、降職されたが、憲宗の元和2年(807年)には門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)に至った。同年、宰相のまま剣南西河節度使に任ぜられて蜀に赴き、7年間、蜀に滞在した。


摩訶池宴
摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。

海棠花011摩訶池の宴
摩訶池の上【ほとり】春光早し,水を愛し花を看るに日日來る。
穠李【じょうき】雪開く歌扇【かせん】掩い,綠楊 風動く舞腰 回る。
蕪臺【ぶだい】事往きて空しく恨みを留め,金谷 時危うくして才を惜むを悟る。
晝短かければ清夜を將って繼がんと欲す,西園 自ら月の裴回する有り。


『摩訶池宴』 現代語訳と訳註
(本文)

摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。


(下し文)
摩訶池の宴
摩訶池の上【ほとり】春光早し,水を愛し花を看るに日日來る。
穠李【じょうき】雪開く歌扇【かせん】掩い,綠楊 風動く舞腰 回る。
蕪臺【ぶだい】事往きて空しく恨みを留め,金谷 時危うくして才を惜むを悟る。
晝短かければ清夜を將って繼がんと欲す,西園 自ら月の裴回する有り。


(現代語訳)
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。


(訳注)
摩訶池宴

・摩詞池 成都城内にある池の名。陳・隋間の勇将、蕭摩訶がつくったというもの。蕭摩訶は、南蘭陵の人で、あざなは元胤。幼い時に父をなくしたが、元気いっぱい、勇力があり、陳の呉明徹の部将となり、北伐にしたがい、部下の騎馬隊を引具して、深く敵の城に入り、縦横に奮撃、当たるところ敵なしというありさまであったので、呉明徹は、彼を三国時代の蜀の勇将、関羽や張飛以上だといったという。功績によって腰騎大将軍となり、緩遠郡公に封ぜられた。隋の時代には、開府儀同三司になったが、幷州で叛逆に加わり、誅せられた。この他、今はないという。摩訶池では、しばしば船を浮かべて宴が催されたらしく、西川節度使武元衝の詩中にも、「摩訶池宴」とか、「摩訶池送李侍禦之鳳翔」(摩詞池にて李侍御の鳳翔に之くを送る)などの詩がのこっている。「摩訶池宴」は当時のこの池の風光をよく写している。


摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。


穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
・穠李 花がたくさん咲いているすもも。
・綠楊 男女の性交に喩えられる。柳腰、細腰。


蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
・蕪臺 荒れ果てた政治府。
・金谷 贅の限りを盡したたに苑。


晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。
・晝短 昼の時間帯が短い秋冬のことを謂う。
海棠花04

聽歌 武元衝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-206-72-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2577

武元衡《聽歌》奥の御座敷に居るのは誰だろう?きっと古くからの友人だろう。たから、こういう寂寞の悲愁には千金を払うことさえ惜しくはないだろう。

2013年6月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



聽歌 武元衝  唐五代詞・宋詩 薛濤-206-72-#66   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2577



《聽歌》武元衡
(麗しの歌人の歌を聞く)
月上重樓絲管秋,佳人夜唱古梁州。
明月が数階層の樓の上に昇ってくると瑟の音色が悲しい秋のようである。美しい人はこの夜に梁州の古歌を歌い合唱している。
滿堂誰是知音者,不惜千金與莫愁。
奥の御座敷に居るのは誰だろう?きっと古くからの友人だろう。たから、こういう寂寞の悲愁には千金を払うことさえ惜しくはないだろう。


『聽歌』 現代語訳と訳註
kagaribi00(本文)
月上重樓絲管秋,佳人夜唱古梁州。
滿堂誰是知音者,不惜千金與莫愁。


(下し文)
歌を聴く
月は 重樓に上る 絲管の秋、佳人 夜唱ふ 古染州。
満堂 誰か是れ 知音の者ぞ、千金を惜しまず 莫愁に與ふ。


(現代語訳)
(麗しの歌人の歌を聞く)
明月が数階層の樓の上に昇ってくると瑟の音色が悲しい秋のようである。美しい人はこの夜に梁州の古歌を歌い合唱している。
奥の御座敷に居るのは誰だろう?きっと古くからの友人だろう。たから、こういう寂寞の悲愁には千金を払うことさえ惜しくはないだろう。


(訳注)
聽歌
麗しの歌人の歌を聞く

月上重樓絲管秋,佳人夜唱古梁州。
明月が数階層の樓の上に昇ってくると瑟の音色が悲しい秋のようである。美しい人はこの夜に梁州の古歌を歌い合唱している。
・絲管 弦楽器と管楽器。また、音楽。糸竹。


滿堂誰是知音者,不惜千金與莫愁。
奥の御座敷に居るのは誰だろう?きっと古くからの友人だろう。たから、こういう寂寞の悲愁には千金を払うことさえ惜しくはないだろう。
・莫愁 寂寞の秋。

題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567

武元衡 《題嘉陵驛》 ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。


2013年6月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#2>716 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2564
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567


武元衝の「嘉陵驛に題す」と題した次の詩につづけて作ったものである。
題嘉陵驛
(武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。)
悠悠風旆繞山川、山驛空濛雨作煙。
ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 
路半嘉陵頭己白、蜀門西更上青天。
津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。 


悠悠 風旆 山川を繞る、山驛 空濛 雨 煙と作る。
路 嘉陵に半ばして頭は己に白くし、蜀門 西のかた更に青天に上る。


『題嘉陵驛』 現代語訳と訳註
(本文)

悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。
路半嘉陵頭已白,蜀門西更上靑天。


(下し文)
嘉陵驛かりょうえきに題す
悠悠たる 風旆ふうはい  山川を繞めぐり,
山驛 空濛くうもうとして  雨 煙と作なる。
路 嘉陵かりょうに半ばして  頭かうべ 已すでに白く,
蜀門 西のかた 更に  青天に上のぼらん。


(現代語訳)
(武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。)
ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 

津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。 

剣門関01












(訳注)
題嘉陵驛
武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。 
・題:…を題とした詩を作る。 
・嘉陵驛:陝西から蜀に入る道の途中にある駅。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)の52-53ページ「唐 山南東道 山南西道」で蜀の入り口附近の、街道と嘉陵江が交わる近くに綿谷、利州や、渡し場の吉柏津(fg-4)が並んでいる。吉伯津から渡って蜀に入った。現・広元よりややわずかに益昌、剣閣(南側:蜀)寄り。
武元衡:中唐の政治家。字は伯蒼。河南氏の人。758年(乾元元年)~815年(元和十年)。憲宗の元和二年に門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)となった。


悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。
ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 
・悠悠:遠くはるかなさま。限りないさま。長く久しいさま。ゆつたりと落ち着いたさま。『詩經・王風・黍離』に「彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心搖搖。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。彼黍離離,彼稷之穗。行邁靡靡,中心如醉。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。彼黍離離,彼稷之實。行邁靡靡,中心如噎。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。」とあり、曹操は『短歌行』「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。青青子衿,悠悠我心。 但爲君故,沈吟至今。鹿鳴,食野之苹。我有嘉賓,鼓瑟吹笙。」とある。 

《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#1>  古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548

・風旆:風に靡く旗。 ・旆:はた。黒地にさまざまの色の縁飾りを附け、その末端を燕の尾のように裂いた旗。大将の立てる旗。 
・繞:めぐる。まつわる。まとう。 
・山川:秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江が流れる。それらの山河。
・山驛:・空濛:霧雨が降って薄暗いさま。後世、蘇軾の『飮湖上初晴後雨』で「水光瀲晴方好,山色空濛雨亦奇。欲把西湖比西子,淡粧濃抹總相宜。」と使う。 ・作:(…と)なる。「似」ともする。 ・似:ごとし。 ・煙:もや。


路半嘉陵頭已白,蜀門西更上靑天。
任地蜀への路程は半ばで、やっと嘉陵江の渡し場吉柏津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。 
・路半:(蜀の任地への)路程は半ばである。 
・嘉陵:陝西省西部を川から南に流れる川の名。蜀に至る街道と並行しているが、蜀に入る手前で交叉する。陝成都遂州00西省東北部の嘉陵谷を水源とし、四川省東部を南流して、重慶附近で長江に注ぐ川で、秦嶺山脈、大巴山の大山脈西側、岷山の大山脈の東側を南流している。その低地(谷間)に沿って街道もできた。長安など関中から四川に出る唯一の道筋。 
・頭:あたま(の髪)。こうべ。 
・已:とっくに。すでに。 
・白:白い。白髪となる。
*「蜀門西上更青天」ともする。 
・蜀門:蜀の剣閣。街道が蜀の国に入った所の地名。蜀の国の入り口の意。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「剣南道北部」fg-4にある、(長安と成都を結ぶ街道を塞ぐばかりに聳える)大剣山、石門山辺りを指す。杜甫の成都紀行にこのあたりの風景が描写されている。

”成都紀行(9)” 桔柏渡 杜甫詩1000 <349>#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1683 杜甫1500- 520

”成都紀行(10)” 剣門 杜甫詩1000 <349>#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1687 杜甫1500- 521

”成都紀行(11)”  鹿頭山 杜甫詩1000 <350>#1/3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1695 杜甫1500- 523


・西:西に向かう。西す(る)。動詞。 
・更:その上。 上:のぼる。 
・青天:青空。ここでは天に上るかのような険しい山道が続いていることをいう。李白蜀道難 「噫吁戲危乎高哉,蜀道之難難於上青天。蠶叢及魚鳧,開國何茫然。」とある。

海棠溪 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-175-47-#37  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2422

薛濤《海棠溪》
春を教えてくれる神様は、風であったり、光と影、景色であったり、谷いっぱいの花がかすみか雲であったりを以て知らせてくれる。清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのように映る。

2013年5月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖 韓愈(韓退之) <126>Ⅱ中唐詩687 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2419
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性海棠溪 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-175-47-#37  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2422
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

海棠溪 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-175-47-#37   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2422  


海棠溪
春教風景駐仙霞,水面魚身總帶花。
海棠花011春を教えてくれる神様は、風であったり、光と影、景色であったり、谷いっぱいの花がかすみか雲であったりを以て知らせてくれる。清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのように映る。
人世不思靈卉異,競將紅纈染輕沙。
この人の世では、この自然の霊妙な技を使おうと思うわけではないが、神に競うように人間だって赤いしぼり布を河原の砂の上に干している。(渓谷に咲く花に対して人が染め着けた色の布を干して春をおしえてくれている。)

(海棠溪)
春は風景をして仙霞を駐【とど】めしめ、水面の魚身総て花を帯ぶ。
人世【じんせい】思わず霊卉【れいき】の異【い】を、競って紅纈【こうけつ】を将【も】って軽沙【けいさ】を染む。


『海棠溪』 現代語訳と訳註
(本文)
春教風景駐仙霞,水面魚身總帶花。
人世不思靈卉異,競將紅纈染輕沙。


(下し文)
(海棠溪)
春は風景をして仙霞を駐【とど】めしめ、水面の魚身総て花を帯ぶ。
人世【じんせい】思わず霊卉【れいき】の異【い】を、競って紅纈【こうけつ】を将【も】って軽沙【けいさ】を染む。


(現代語訳)
(海棠溪)
春を教えてくれる神様は、風であったり、光と影、景色であったり、谷いっぱいの花がかすみか雲であったりを以て知らせてくれる。清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのように映る。
この人の世では、この自然の霊妙な技を使おうと思うわけではないが、神に競うように人間だって赤いしぼり布を河原の砂の上に干している。(渓谷に咲く花に対して人が染め着けた色の布を干して春をおしえてくれている。)


(訳注)
海棠溪

・海棠溪 二つ考えられるが、蜀全体の海棠花が咲き乱れる渓谷とする。地図上で確認されるところとしては第一は四川省の重慶から長江を渡った対岸にある名所。おそらく薛濤は巫山へ行ったときでも上流運河を利用すると重慶を通過したかどうか、ここに立ち寄るには回り道である。第二は、四川省越雋県の北百二十五里に海棠関というのがあり、その南十五里を清水堡という。その附近にもあるが、營妓である薛濤が行くには遠すぎる。いずれにしても「百花譜」 に「海棠は蜀に盛んにして、秦中これに次ぐ」というから、あちこちに名所があるのであろう。その意味で詩人の場所を特定しないで、感じさせる用語としての海棠渓と考える方が良い意味になる。
『蜀中三首』其二 鄭谷
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。

海棠花04



















春教風景駐仙霞,水面魚身總帶花。
春を教えてくれる神様は、風であったり、光と影、景色であったり、谷いっぱいの花がかすみか雲であったりを以て知らせてくれる。清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのように映る。
・仙霞 花がすみ。ここでその花は海棠であり、「百花譜」の著者王禹偁は、海某を花のなかの神仙といっている。また「群芳譜」にも、唐の相の賈耽が「花譜」を著わして、海棠を花のなかの神仙といったことが記されている。


人世不思靈卉異,競將紅纈染輕沙。
この人の世では、この自然の霊妙な技を使おうと思うわけではないが、神に競うように人間だって赤いしぼり布を河原の砂の上に干している。(渓谷に咲く花に対して人が染め着けた色の布を干して春をおしえてくれている。)
・靈卉 卉は草木。「詩経」の小雅の四月の詩に、「日に嘉卉あり」という句がある。霊は、神のような、すぐれたの意味。靈卉で海棠をさしていったもの。
・紅纈 あかいしぼり。
「なんと人間のわざのつたないことであろうか。」という解釈をしている書籍もあるが、これは思い込みで解釈している。
神が「海棠花」「風」「景色」「水」「魚」で春を教えてくれるが、人間のすることの中にも春を知らせることがあるというものである。
薛濤が作った薛濤䇳でも教えてくれるのであろうか。海棠の花がすみ、澄みきって下に泳ぐ魚の姿のはっきり見える谷川の水、それと白砂、そこにほされている赤いしぼりの布の美しさ。それだけのものがいっしょになって、一つの海棠渓の印象を、読者の眼のなかに、焼きつける。自然の景のあざやかな描写が目に浮かんでくる。薛濤の作品のなかでは、すぐれたものの一つで、かわいらしく感じているのがいい。

江村即事 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-174-46-#36-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2417

司空曙 《江村即事》釣りをやめて家に帰ってきたが、船はしっかりと繋ぎとめたわけではない。この錦江の川辺の村には、月が没して暗闇が一段と増してきて、眠るのにちょうどいい感じになった。 

2013年5月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


江村即事 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-174-46-#36-#4   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2417


15司空曙しくうしょ(?~790?)
大歴十才 
江村即事(釣罷歸來不繋船)
送吉校書東帰 
司空 曙(しくう しょ)は、中国・唐の詩人。広平(河北省永年)の出身。字は文名または文初。
代宗の大暦年間の初め頃(770年頃)、左拾遺となり、徳宗の貞元初年(785年頃)、剣南西川節度使の幕僚になった。潔癖な性格で権臣に媚びず、長沙(湖南省)のあたりに流寓していたこともある。大暦十才子の一人。


司空曙
『別盧秦卿』(五言絶句)
別盧秦卿
知有前期在、難分比夜中。
無将故人酒、不及石尤風。
(盧秦卿に別る)
前期の在ること有るを知れども、分ち難し 此の夜の中(うち)。
故人の酒を将(もっ)て、石尤(せきゆう)の風に及ばずとする無かれ。


江村即事(七言絶句)
釣罷歸來不繋船,江村月落正堪眠。
釣りをやめて家に帰ってきたが、船はしっかりと繋ぎとめたわけではない。この錦江の川辺の村には、月が没して暗闇が一段と増してきて、眠るのにちょうどいい感じになった。
縱然一夜風吹去,只在蘆花淺水邊。

たとえ、夜中に風が舟を吹き飛ばすこともあるだろうが、どうせ、アシの花の咲いている浅瀬あたりに流されている程度のことだとおもう。 

(江村即事)
釣 罷め 歸り來かへ きたりて  船を繋がず,江村 月 落ちて  正に眠るに堪たり。
縱然【たとひ】 一夜  風 吹き去るとも,只だ 蘆花 淺水の邊りに 在らん。


『江村即事』 現代語訳と訳註
tski00120(本文)
江村即事(五言絶句)
釣罷歸來不繋船,江村月落正堪眠。
縱然一夜風吹去,只在蘆花淺水邊。


(下し文) (江村即事)
釣 罷め 歸り來かへ きたりて  船を繋がず,江村 月 落ちて  正に眠るに堪たり。
縱然【たとひ】 一夜  風 吹き去るとも,只だ 蘆花 淺水の邊りに 在らん。


(現代語訳)(江村即事)
釣りをやめて家に帰ってきたが、船はしっかりと繋ぎとめたわけではない。この錦江の川辺の村には、月が没して暗闇が一段と増してきて、眠るのにちょうどいい感じになった。
たとえ、夜中に風が舟を吹き飛ばすこともあるだろうが、どうせ、アシの花の咲いている浅瀬あたりに流されている程度のことだとおもう。 



(訳注)
江村即事

錦江の村(浣花渓村)を詠じた詩。 
・江村:錦江の村(浣花渓村)川辺の村。川に沿った村。杜甫の草堂のある浣花渓とは位置的に東に5km程度行ったところと考える。 
・即事:その場のことを詠じた詩。目の前の景色や様子。
杜甫『草堂即事』
草堂即事
荒村建子月,獨樹老夫家。
雪裡江船渡,風前竹徑斜。
寒魚依密藻,宿鷺起圓沙。
蜀酒禁愁得,無錢何處賒?
草堂即事 五言律詩 成都5-(34) 杜甫 <459  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2380 杜甫詩1000-459-670/1500



斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382

oborotsuki04
釣罷歸來不繋船、江村月落正堪眠。
釣りをやめて家に帰ってきたが、船はしっかりと繋ぎとめたわけではない。この錦江の川辺の村には、月が没して暗闇が一段と増してきて、眠るのにちょうどいい感じになった。
・釣:釣ること。 
・罷:やめる。中止する。 
・歸來:(自宅など本来の居場所に)かえってくる。 
・繋:繋(つな)ぎとめる。つなぐ。 
・月落:上弦の月のころであろう西空に沈み、まだ夜暗い。夜空が一層暗くなり、夜も更けたさまを謂う。李白73『宿清溪主人』「夜至清渓宿、主人碧厳裏。簷楹挂星斗、枕席響風水。月落西山時、啾啾夜猿起。」
(清溪の主人の家に宿泊した。夜に入って 清渓のほとりにきて宿泊した。主人の家は、碧(みどり)の木々苔むす厳の奥にある。軒天の端には北斗七星がきらめき、寝室の枕席にはさわやかな風が吹いてきて、静かさの中せせらぎが響く。しばらくすると月が西の山の端に落ちはじめた時、啾啾と悲しげに夜猿が鳴き始めた。)李白70清溪半夜聞笛 71秋浦歌十七首 其二 72清溪行 73 宿清溪主人
張繼の『楓橋夜泊』に「月落烏啼霜滿天,江楓漁火對愁眠。姑蘇城外寒山寺,夜半鐘聲到客船。」とある。 
・正:ちょうど。 
・堪眠:眠るのに充分である。 
・堪:ものにこらえられる。…にたえる。…できる。…に充分である。…に好適である。


縱然一夜風吹去、只在蘆花淺水邊。
たとえ、夜中に風が舟を吹き飛ばすこともあるだろうが、どうせ、アシの花の咲いている浅瀬あたりに流されている程度のことだとおもう。 
・縱然:たとえ…であろうとも。 
・吹去:吹き飛ばす。 
・-去:動詞の後に附いて、動作が遠ざかる、持続する感じを表す。…しさる。
・只在:ただ…にあるだけ。 
・蘆花:アシの花。 
・淺水:浅瀬。
・儒者の冗談はこの程度のものなのだ。これが風流とは思えないものだが、おそらく湿地の淵のようなところに停泊させたのであろう。百花潭の近くかもしれない。

薛濤『斛石山書事』

凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 -173-45-#36-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412

薛能 《凌云寺》 
ここに上がってくると曇りがなくさっぱりとした心境になるし、夕日が沈むと鳩も去って静かに過ごせる。


2013年5月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題斷作,簡李公。 五言律詩 成都5-(40) 杜甫 <465>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2410 杜甫詩1000-465-676/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集秋胡詩 (1) 顔延之(延年)   六朝詩<5> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2411 (05/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 -173-45-#36-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 -173-45-#36-#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412


薛能『凌云寺』
(凌云寺)
像閣与山齋,何人致石梯。
磨崖佛を蔽うている九層の楼は山と同じ大きさである。どれだけの人が石をつみあげていったものであろうか。
万烟生聚落,一崦露招提。
今、多くのお参りに来る人で大きな町が出来ている、その西側の山に招提寺が大きく見えるのである。
霽月人来上,残阳鸽去栖。
ここに上がってくると曇りがなくさっぱりとした心境になるし、夕日が沈むと鳩も去って静かに過ごせる。
从边亦已极,烽火是沈黎。

この国境の偏狭な場所であっても世情はすでに落ち着いたものであり、烽火などなく墨で塗りつぶしたように火種などないのである

(凌云寺)
像閣【しょうかく】山と齋し,何人か 石梯【せきてい】を致す。
万烟【ばんえん】聚落【じゅらく】に生じ,一崦【いちえん】招提【しょうだい】を露わす。
霽月【せいげつ】人来り上り,残阳【ざんよう】鸽【はと】去りて栖【す】む。
邊に從う亦た已に極まる,烽火【ほうか】是れ沈黎【ちんれい】。

朱槿花・佛桑華














『凌云寺』 現代語訳と訳註
王屋山01(本文)

像閣与山齋,何人致石梯。
万烟生聚落,一崦露招提。
霽月人来上,残陽鴿去棲。
從邊亦已极,烽火是沈黎。


(下し文)
(凌云寺)
像閣【しょうかく】山と齋し,何人か 石梯【せきてい】を致す。
万烟【ばんえん】聚落【じゅらく】に生じ,一崦【いちえん】招提【しょうだい】を露わす。
霽月【せいげつ】人来り上り,残阳【ざんよう】鸽【はと】去りて栖【す】む。
邊に從う亦た已に極まる,烽火【ほうか】是れ沈黎【ちんれい】。


(現代語訳)
(凌云寺)

磨崖佛を蔽うている九層の楼は山と同じ大きさである。どれだけの人が石をつみあげていったものであろうか。
今、多くのお参りに来る人で大きな町が出来ている、その西側の山に招提寺が大きく見えるのである。
ここに上がってくると曇りがなくさっぱりとした心境になるし、夕日が沈むと鳩も去って静かに過ごせる。
この国境の偏狭な場所であっても世情はすでに落ち着いたものであり、烽火などなく墨で塗りつぶしたように火種などないのである。


(訳注)凌云寺
凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。
薛能,字を太拙という,唐朝、汾州の人。846年唐武宗會昌六年登狄慎思榜進士,盩厔尉に任ぜられる。李福任滑州節度使の時,薛能は觀察判官に任ぜられる。後、歷官御史、都官、刑部員外郎等をへて,又、李福遷官に隨って西蜀につく。咸通年間中,嘉州刺史代理となる。


像閣与山齋,何人致石梯。
磨崖佛を蔽うている九層の楼は山と同じ大きさである。どれだけの人が石をつみあげていったものであろうか。
・「像閣」は磨崖佛をおおうていたという九層の楼。


万烟生聚落,一崦露招提。
今、多くのお参りに来る人で大きな町が出来ている、その西側の山に招提寺が大きく見えるのである。
・聚落 人の集まり住む村。集落。対封岸の嘉州城をいったもの
・一崦 崦嵫(えんし) ①甘肅省にある山の名.②太陽の沈む西方の山..
・招提 てら。


霽月人来上,残阳鸽去栖。
ここに上がってくると曇りがなくさっぱりとした心境になるし、夕日が沈むと鳩も去って静かに過ごせる。
・霽月 雨が上がったあとの月。転じて、曇りがなくさっぱりとした心境。


從邊亦已极,烽火是沈黎。
この国境の偏狭な場所であっても世情はすでに落ち着いたものであり、烽火などなく墨で塗りつぶしたように火種などないのである。
・沈黎 墨のように黒くあるというのは、非常を告げるようなことがなく平和であることをいう。薛濤死後の唐末の状況である。題新津北橋棲00


題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407

司空曙 《題凌云寺》 唐五代詞・宋詩
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。

2013年5月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 曹植 魏詩<76-#5>文選 上 献詩 女性詩771 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2403
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺 韓愈(韓退之) <123>Ⅱ中唐詩684 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2404
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407


司空曙『題凌云寺』
王屋山01春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。
百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
百丈懐海がこの山で悟りを開いて禅宗のもとを作られた。岩にたくさんの窪みを刻んで灯篭を設置して、山の緑つたかずらがのびてくるのを寺とを隔てている。
云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。
不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。

ここでは袈裟を与えられることはなく他の宗派と一緒になることはない。これほどにここでの規律が厳しく、この山を降りて世俗の人になった時にはどうしたらよいのかわからなくなるという。

春山 古寺 滄波【そうは】を繞り,石磴【せきとう】 空を盤【めぐ】って鳥道【ちょうどう】を過る。
百丈 金身 翠壁を開き,萬龕【ばんがん】燈焰【とうえん】煙蘿【えんら】を隔つ。
云生 客到 衣濕を侵し,花落 僧禪 地多を覆う。
方袍よらずして 結社を同うし,歸り下りて塵世 竟に何如んせん。


『題凌云寺』司空曙 現代語訳と訳註
(本文)

春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。


(下し文)
春山 古寺 滄波【そうは】を繞り,石磴【せきとう】 空を盤【めぐ】って鳥道【ちょうどう】を過る。
百丈 金身 翠壁を開き,萬龕【ばんがん】燈焰【とうえん】煙蘿【えんら】を隔つ。
云生 客到 衣濕を侵し,花落 僧禪 地多を覆う。
方袍よらずして 結社を同うし,歸り下りて塵世 竟に何如んせん。


(現代語訳)
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。
百丈懐海がこの山で悟りを開いて禅宗のもとを作られた。岩にたくさんの窪みを刻んで灯篭を設置して、山の緑つたかずらがのびてくるのを寺とを隔てている。
湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。
ここでは袈裟を与えられることはなく他の宗派と一緒になることはない。これほどにここでの規律が厳しく、この山を降りて世俗の人になった時にはどうしたらよいのかわからなくなるという。


(訳注)
題凌云寺
凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。
司空 曙(しくう しょ)は、中国・唐の詩人。広平(河北省永年)の出身。字は文名または文初。
代宗の大暦年間の初め頃(770年頃)、左拾遺となり、徳宗の貞元初年(785年頃)、剣南西川節度使の幕僚になった。潔癖な性格で権臣に媚びず、長沙(湖南省)のあたりに流寓していたこともある。大暦十才子の一人。この『題凌云寺』、『江村即事』(五言絶句)は剣南西川節度使の幕僚であった時の作品である。


春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。


百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
紅梅0021百丈懐海がこの山で悟りを開いて禅宗のもとを作られた。岩にたくさんの窪みを刻んで灯篭を設置して、山の緑つたかずらがのびてくるのを寺とを隔てている。
・百丈懐海 [ひゃくじょうえかい] 禅師(749~814)が出られ、『百丈清規 [ひゃくじょうしんぎ] 』を書き、禅宗の規則を制定し、唐代より禅宗は叢林 [そうりん] (寺院)の形態を整える。
・金身 沙悟浄が「金身羅漢」となったことから、悟りを開くことを意味する。
・萬龕 1 石窟や家屋の壁面に、仏像・仏具を納めるために設けたくぼみ。また、仏壇・厨子(ずし)にもいう。仏龕(ぶつがん)。 2 遺体を納める棺(かん)や輿(こし)。ひつぎ。
・煙蘿 もやの立ちこめた中のつたかずら。また、一説に煙霧のように見える松蘿(しょうら)のことともいう。


云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。
・この二句は春のようすを詠う、孟浩然『春暁』、王維の『田園楽七首』の雰囲気を借りている。盛唐詩 春暁 孟浩然28 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -335


不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。
ここでは袈裟を与えられることはなく他の宗派と一緒になることはない。これほどにここでの規律が厳しく、この山を降りて世俗の人になった時にはどうしたらよいのかわからなくなるという。
・方袍 袈裟(けさ)のこと。形が方形であるところからいう。
・如何 1 どうしたらよかろうか。どうしようか。2 いい方法が見いだせないことを表す。残念にも。

賦凌云寺二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-171-43-#36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2402


薛濤 《賦凌云寺二首 其二》
凌雲寺には美しい花がさくことについても、うわさに聞いている。嫦娥の住むという月がでないことがあっても、この散る花が仙宮の五色の霞のように、寺のあたりの美しきを感歎させるというもの。

 

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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性賦凌云寺二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-171-43-#36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2402
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

賦凌云寺二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-171-43-#36   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2402


薛濤 《賦凌云寺二首》 
35聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。 38
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。 
  
36聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。 39
有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。 


賦凌云寺二首 其一
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。)
聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。

横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。


賦凌云寺二首 其二
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。その二)
聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。
凌雲寺には美しい花がさくことについても、うわさに聞いている。風があると、散る花は空を飛び(磴とあるから、石段が続く高い山中の寺であることがわかっている)石だたみのあたりを舞い、やがて岷江の方へずっと斜めに飛んでゆく。
有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。
時に嫦娥の住むという月がでないことがあっても、この散る花が仙宮の五色の霞のように、寺のあたりの美しきを感歎させるというもの。


『賦凌云寺二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
賦凌云寺二首 其二
聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。
有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。


(下し文)
聞説 凌雲寺裏の花、空を飛び 磴を繞り 江を逐うて斜なり。
時に 嫦娥の鏡を鎖し得る有るも、鏤出す 瑤台五色の霞。


(現代語訳)
紅梅0021(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。その二)
凌雲寺には美しい花がさくことについても、うわさに聞いている。風があると、散る花は空を飛び(磴とあるから、石段が続く高い山中の寺であることがわかっている)石だたみのあたりを舞い、やがて岷江の方へずっと斜めに飛んでゆく。
時に嫦娥の住むという月がでないことがあっても、この散る花が仙宮の五色の霞のように、寺のあたりの美しきを感歎させるというもの。


(訳注)
賦凌云寺二首 其二

凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。この寺については以下の詩がある。
司空曙『題凌云寺』
春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。
題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407
薛能『凌云寺』
像閣与山齋,何人致石梯。
万烟生聚落,一崦露招提。
霽月人来上,残阳鸽去栖。
从边亦已极,烽火是沈黎。

凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 薛濤-173-45-#36-#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412


聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。
bijo02凌雲寺には美しい花がさくことについても、うわさに聞いている。風があると、散る花は空を飛び(磴とあるから、石段が続く高い山中の寺であることがわかっている)石だたみのあたりを舞い、やがて岷江の方へずっと斜めに飛んでゆく。
・磴 石段。


有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。
時に嫦娥の住むという月がでないことがあっても、この散る花が仙宮の五色の霞のように、寺のあたりの美しきを感歎させるというもの。
・嫦娥鏡 鏡は月。嫦娥は、月中に住むという仙女。もと天宮の仙女であったが、王母の薬を盗んで月中に逃げたという神話がある。
薛濤『試新服裁制初成三首 其一』
紫陽宮里賜紅綃,仙霧朦朧隔海遙。
霜兔毳寒冰繭淨,嫦娥笑指織星橋。
・嫦娥/姮娥 『准南子』に「翠、不死の薬を西王母に請ふ。その妻檀紙、これを病みて月官に奔る」とみえる。・誇蛾 恒蛾、嫦娥、常娥、娥娥 蛾娥など 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。ここでは占いの雰囲気作りには妙齢な女性の神、巫女が登場という。試新服裁制初成三首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-164-36-#29  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2367
・鏤出 鏤は金属をちりばめること。
・瑤台 玉のうてな、りつばな宮殿。「淮南子」 に「放軍瑤台を為る」とある。また、仙人のいる所。
李白『古朗月行』
小時不識月、呼作白玉盤。
又疑瑤台鏡、飛在青云端。
仙人垂兩足、桂樹何團團。
白兔搗藥成、問言與誰餐。

古朗月行 #1 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 264350


李白『清平調詞三首 其一』
云想衣裳花想容、春風拂檻露華濃。
若非群玉山頭見、會向瑤台月下逢。

清平調詞 三首 其一 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白160/350

賦凌云寺二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-170-42-#35  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2397

35薛濤 《賦凌云寺二首》 よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。

 




賦凌云寺二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-170-42-#35   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2397

薛濤 《賦凌云寺二首》 
35聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。 38
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。 
  
36聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。 39
有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。 


賦凌云寺二首 其一
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。)
聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。

横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。


『賦凌云寺二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。


(下し文)
(凌云寺を賦す 二首 其の一)
聞說 凌雲寺裏の苔、風高く 日近うして纖埃【】を絶つと。
横雲 芙蓉の壁を點染し、詩人と寶月の来るを 待つに似たり。


(現代語訳)
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。)
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。

sas0013
(訳注)
賦凌云寺二首 薛濤
凌雲寺を二首、詩歌に詠む。
・賦 詩歌に詠むこと。




聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
・聞說 よく耳にする。
・日近 寺が凌雲山にあって高い位置にあるので太陽の近くにあるという。
・纖埃 こまかい塵。


橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。
横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。
・横雲 横たわっている雲。
・粘染 点のように、また筆で描いたように染める。夕方の空に夕陽を反映してあかあかと見事な色彩で横たわっている雲が、壁に映えること。
・芙蓉 蓬莱のように緑色をした壁か、あるいは寺の壁であるから、蓮の飾りがついた壁か。
・賓月 月。宝字を冠したのは、珍重する心をふくめた詩語。


凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。その山の江にのぞむ断崖には、玄宗の開元中に、僧侶の海通が、高さ三百六十丈の大麿崖傍をきざみ、九層の楼でおおうた。寺は江岸からただちに高い石段をのぼった位置にあり、眼下に対岸の嘉州城を俯瞰し、遠く峨眉山の方から吹いてくる風をうけ、風光絶佳をもって知られ、宋代には、蘇東玻がここで書を読み、范石湖の「呉船録」にも記されている。今は荒れはてているようであるが、開元の末年から、葦皐の死(薛濤三十八歳)までは、六十五年、薛濤のころには、のちにしるす司空曙の詩句に見えるように、なお磨崖佛は金色にかがやいていたと思われる。

楽山大仏は峨眉山地域内の長江の支流、岷江(びん-こう)、大渡河、青衣江が合流する地点にある。
近代以前に造られたものでは世界最大・最長の仏像であり、石像である[1]。顔は100畳分、岩山を掘り、90年かけて造られた。高さは71メートル。東大寺の大仏の5倍にも及ぶ。当時、多くの大仏が国家によって造られたのに対して、楽山大仏は民衆の力で作られた。
「峨眉山と楽山大仏」として、近隣にある峨眉山とともにユネスコの世界遺産に登録されている。

韋皐(い-こう)が編ませた『嘉州凌雲寺大像記』の伝えるところによれば、開元元年(713年)、楽山周辺では塩が大量に取れ、年間の生産高は現在の価格に換算すると1千億円以上でその成功を仏様に感謝したいという気運が高まったことと、当時頻繁に起こっていた塩を運ぶ大動脈である岷江の水害を大仏の力で治めてもらおうという願いから、僧の海通が民衆の布施の下に寺院・凌雲寺に隣接する崖に石像を彫り始めた。
天宝2年(743年)、海通は大仏が完成する前に亡くなったが、剣南西川節度使であった韋皐が建設を受け継ぎ貞元19年(803年)に完成した。 川の合流地点に工事で出た大量の土砂を投入することにより、川底が浅くなり、海通の意図通りに水害は大幅に減ることとなった。
完成当時、大仏は「大仏像閣」と称する13層の木造の建造物に覆われ、法衣には金箔、胴には朱色が塗られていた。 さらに、湧水を外に逃がすための排水溝、そして雨水を効率よく逃す溝が掘られていた。 しかし、明代末期に建物は焼失、大仏も風雨に晒されて色が落ち、雑草に覆われていった。

2013年5月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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題竹郎廟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-169-41-#34  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2392

34薛濤 題竹郎廟 47 蜀の栄県の竹郎廟のまえには多くの古木が残っている。夕日が山の端に沈んでゆく、沈むにしたがって古木の緑が濃くなってゆく。


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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

題竹郎廟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-169-41-#34   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2392


題竹郎廟 
(竹郎廟に題す)
竹郎廟前多古木,夕陽沉沉山更綠。
蜀の栄県の竹郎廟のまえには多くの古木が残っている。夕日が山の端に沈んでゆく、沈むにしたがって古木の緑が濃くなってゆく。
何處江村有笛聲,聲聲盡是迎郎曲。
何処からだろうか、この川べりの村に笛の音が聞えてくる。次々に聞こえてくる笛の調はことごとく「竹郎を迎える曲」である。
竹郎廟に題す
竹郎の廟前 古木多く、夕陽 沈沈 山更に緑なり。
何れの處の江村か 笛声あり、聾撃 盡く是れ 迎郎曲。


『題竹郎廟』 現代語訳と訳註
(本文) 
竹郎廟前多古木,夕陽沉沉山更綠。
何處江村有笛聲,聲聲盡是迎郎曲。


(下し文)
竹郎廟に題す
竹郎の廟前 古木多く、夕陽 沈沈 山更に緑なり。
何れの處の江村か 笛声あり、聾撃 盡く是れ 迎郎曲。


(現代語訳)
(竹郎廟に題す)
蜀の栄県の竹郎廟のまえには多くの古木が残っている。夕日が山の端に沈んでゆく、沈むにしたがって古木の緑が濃くなってゆく。
何処からだろうか、この川べりの村に笛の音が聞えてくる。次々に聞こえてくる笛の調はことごとく「竹郎を迎える曲」である。


(訳注)
題竹郎廟
 
(竹郎廟に題す)
これは貴州省の桐梓の「竹郎廟」ではない。四川省と貴州省とは隣りあわせているで、四川省の南を流れる榮川の岸にも、竹邸を祭った廟はあった。(D・E-1・2)そこで「巫山廟に謁す」(90)などと同時期の者であろう。この詩は、薛濤の四十四歳から四十七歳までの間の作ということである。この詩は、薛濤の代表作の一つになっている。「四庫全書提要」の「薛濤李冶詩集」の條には、この詩と「友人を迭る」(69)の両詩をもって、「向乗、博詞すろところと賃や」と記してある。それは後蘭の韋穀(王建に仕えて監察御史となる)の「才調集」(十巻・四部叢刊本あり)に、この二首と『柳絮』(18)が採られているからであろう。



竹郎廟前多古木,夕陽沉沉山更綠。
蜀の栄県の竹郎廟のまえには多くの古木が残っている。夕日が山の端に沈んでゆく、沈むにしたがって古木の緑が濃くなってゆく。
成都南部01・竹郎廟 今の栄県の東を流れる栄川の河岸にある。栄県は、楽山縣の東115km、儙為の東121km、東は40kmの威遠県をへて資中に、東南は自流井まで56kmという地点。栄川は今、梧桐溝といい沱江の支流である。これが古代に遯水とよばれた河で、「蜀記」によれば、この他の河岸に竹郎廟がある。竹郎については、「漢書」の西南夷伝に、「遯水のほとりで洗濯していた女の足の間に、節の三つある大きな竹が流れついた。竹の中から泣き声がするので、女が竹を割ってみると、なかに男の子がいた。抱いて帰り育てると、才あり武芸もたっしゃな大人になった。彼は自立して夜郎侯を名乗り、竹を姓とした。武帝のとき、南夷を平げて牂柯郡を置いたが、そのとき、夜郎侯は漠の征討軍を出迎えてくだったので、武帝はこれに印綬をあたえたが、後に殺してしまった。その地方の者は、竹王が竹から生まれたというので、尊敬していたから、その死後、彼の血筋の者を立てたいと願い出た。牂柯の太守定覇は、そのことを上奏したので、武帝は、彼の二人の息子をそれぞれ侯にし、死後は父といっしょに祭られることを許した。今、夜県(貴州省の北境に近い) に『竹王の三郎廟』があるのが、それである」と見えている。
「才調集」の箋註にも、同じことを「華陽国志にいふ」として説明している。すなわち竹郎廟は、夜郎侯とその三人の息子を祭った廟である。漢の牂柯郡は、今の貴州省の徳江県のあたり。
 ・沈沈 静かなさま。


何處江村有笛聲,聲聲盡是迎郎曲。
何処からだろうか、この川べりの村に笛の音が聞えてくる。次々に聞こえてくる笛の調はことごとく「竹郎を迎える曲」である。
・江村 川ぞいの村。江頭とした本もある。頭はほとり。
・迎郎曲 夜郎王らの霊を迎える祭りの笛のふし。

西巌 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-168-40-#33  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2387

薛濤 《西巌》  
静かでこぬか雨の音さえ聞こえてくるような神秘的な景色、そのまま馬で通り過ぎるにはあまりに惜しい。夕日がさすこの里に、あちこちでしきりに蝉の鳴き声がしてきます。


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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

西巌 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-168-40-#33   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2387


西巌
(西の方に巌が見えるところで)
憑闌卻憶騎鯨客,把酒臨風手自招。
西巌の江月楼の欄干によりかかっていると、川風に吹かれて、「騎鯨客」となのった李白か、仙人の楊昇賢が、昇天した故事を思い浮かべます。風の吹く欄干で、酒杯を手にしてよい気持ちになっていると、お前もはやく鯨に乗せてくれと手招きしているような気持ちなる。
細雨聲中停去馬,夕陽影里亂鳴蜩。

静かでこぬか雨の音さえ聞こえてくるような神秘的な景色、そのまま馬で通り過ぎるにはあまりに惜しい。夕日がさすこの里に、あちこちでしきりに蝉の鳴き声がしてきます。
(西岩)
闌に憑れば 卻って鯨に騎るの客を憶う,酒を把って風に臨めば手自ら招く。
細雨 聲中 去馬を停め,夕陽 影里 亂鳴の蜩【せみ】。

魚玄機が宮島に
『西巌』 現代語訳と訳註
(本文)
西岩
憑闌卻憶騎鯨客,把酒臨風手自招。
細雨聲中停去馬,夕陽影里亂鳴蜩。


(下し文)
(西岩)
闌に憑れば 卻って鯨に騎るの客を憶う,酒を把って風に臨めば手自ら招く。
細雨 聲中 去馬を停め,夕陽 影里 亂鳴の蜩【せみ】。


(現代語訳)
(西の方に巌が見えるところで)
西巌の江月楼の欄干によりかかっていると、川風に吹かれて、「騎鯨客」となのった李白か、仙人の楊昇賢が、昇天した故事を思い浮かべます。風の吹く欄干で、酒杯を手にしてよい気持ちになっていると、お前もはやく鯨に乗せてくれと手招きしているような気持ちなる。
静かでこぬか雨の音さえ聞こえてくるような神秘的な景色、そのまま馬で通り過ぎるにはあまりに惜しい。夕日がさすこの里に、あちこちでしきりに蝉の鳴き声がしてきます。


(訳注)
西岩
(西の方に巌が見えるところで)
・西巌 簡州(今の簡陽)の四巌の一つ、西巌を詠じたものと思われる。
「九州要記」に、「陽安県南七十歩、赤水の絳の如きあり。今の治西の二里絳渓これなり。又、陽安に雁水あり。雁・赤二水の間に、江月楼あり」と見え、この詩を引いている。
「蜀志補嘑」によれは、「西巌は簡州の湧泉鎮に在り。石刻の大悲観音の像あり。光相しばしは現はる。志に云ふ、治の西五里にあり、巌洞の酸さ三丈五尺、闊さこれに如く。洞門に西巌の二字を刻す。宋の嘉定甲子、王武卿、庵を比に結び、名を題す」とある。そして「巌に近く石柱山あり。孤高独立。上に石像百余、石室数間あり。仙人楊氏、養丹の炉鼎尚は存す。その頂に登れば、逍遥山を望むべし」とあることから、第一句の末三字「騎鯨客」は騎鯨=乗雲であり、ここから仙人の揚氏が昇天したことを詠じたものではある。
江月楼 今の簡陽県の地にある。簡陽は成渝鉄道の沿線の都市で、汶江に臨んでいる。古の簡県の地で、西南三里に、三国時代の陽安関があるので、別に陽安ともよばれている。その陽安の南三十歩に赤水というのがあり、また際水というのも流入しているが、その赤水と雁水の中間にあるのが江月榛だと「九州要記」に記され、繹薄のこの詩も載せられている。
 

憑闌卻憶騎鯨客,把酒臨風手自招。
西巌の江月楼の欄干によりかかっていると、川風に吹かれて、「騎鯨客」となのった李白か、仙人の楊昇賢が、昇天した故事を思い浮かべます。風の吹く欄干で、酒杯を手にしてよい気持ちになっていると、お前もはやく鯨に乗せてくれと手招きしているような気持ちなる。
・闌 攔干。
・騎鯨客 謫仙人と呼ばれた李白が自分のことを「海上騎鯨客」といっているが、ここではたんに仙人という意であろう。もちろん揚昇賢をさしたもの。“騎鯨人”仍指李白,傳說李白死後騎鯨歸去,而李白自己也曾自稱“海上騎鯨客”。


細雨聲中停去馬,夕陽影里亂鳴蜩。
静かでこぬか雨の音さえ聞こえてくるような神秘的な景色、そのまま馬で通り過ぎるにはあまりに惜しい。夕日がさすこの里に、あちこちでしきりに蝉の鳴き声がしてきます。
・細雨 こまかい雨。ぬかあめ。きりさめ。
・停去馬 旅立ってゆこうとする人の乗る馬を停めるのか、ついここの風景に見惚れて、足をとどめる意か。
・蜩 蝉の総称。

斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382

薛濤 《斛石山書事》 唐五代詞
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。




2013年5月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382
 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382



斛石山書事
(斛石山で、感じたままをスケッチする。)
王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。
今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。

ところが今日、思いがけなく、あの崑崙山のような高い大空のうえの山(斛石山)にのぼってみると、步搖峯だとか、冠翠峯だとか、遠く囲む千もあろうかという峯々がながめられて、王維の山水画も、実景をしたものだと思うようになったのです。

(斛石山書事)
王家の山水 畫圖の中、意に思ふ都盧粉墨の容と。
今日忽ち 虚境に登って望めば、歩揺 冠翠 一千峯。

峨眉山003
『斛石山書事』 現代語訳と訳註
(本文)
王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。


(下し文)
(斛石山書事)
王家の山水 畫圖の中、意に思ふ都盧粉墨の容と。
今日忽ち 虚境に登って望めば、歩揺 冠翠 一千峯。


(現代語訳)
(斛石山で、感じたままをスケッチする。)
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。
ところが今日、思いがけなく、あの崑崙山のような高い大空のうえの山(斛石山)にのぼってみると、步搖峯だとか、冠翠峯だとか、遠く囲む千もあろうかという峯々がながめられて、王維の山水画も、実景をしたものだと思うようになったのです。


(訳注)
斛石山書事

(斛石山で、感じたままをスケッチする。)
題新津北橋棲00・斛石山 成都盆地の中に有る山で成都 学射山、現在鳳凰山。学射山の古名で、蜀県の北十五里(約9km 地図5/4-C/D)「益州日記」に、斛石山に雨女擪ありと見ゆるもの。北宗の田況の「三月三日、学射山に登る」。三国時代蜀漢、劉備の子、劉禅が弓の練習をしたとされることから、「学射山」といわれた。斛も石も物の量をあらわす語で10斗の量になる。
・書事 即事におなじ。スケッチといったもの。
杜甫に成都での五言律詩に
『草堂即事』
荒村建子月,獨樹老夫家。
雪裡江船渡,風前竹徑斜。
寒魚依密藻,宿鷺起圓沙。
蜀酒禁愁得,無錢何處賒?
草堂即事 五言律詩 成都5-(34) 杜甫 <459>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2380 杜甫詩1000-459-670/1500
『即事』
聞道花門破,和親事卻非。
人憐漢公主,生得渡河歸。
秋思拋雲髻,腰肢勝寶衣。
群凶猶索戰,回首意多違。
即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410


王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。
・王家山水 王は、唐の詩人であり山水画家であった王維。王維の山水画に影響され、平遠のおもむきをよく写した。大きな遠景がとくいであった。その一派の山水画をいう。南宋画派に受け継がれ発展した。
・都盧 唐代からよくつかわれるとうになった言いまわしで、すべての意。いまの中国語で、「都」一字を、すべての意に用いるのは、このころから始まったものといわれている。白居易(楽天)に「骨肉都盧十口無し」の句がある。みんなでの意。


今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。
ところが今日、思いがけなく、あの崑崙山のような高い大空のうえの山(斛石山)にのぼってみると、步搖峯だとか、冠翠峯だとか、遠く囲む千もあろうかという峯々がながめられて、王維の山水画も、実景をしたものだと思うようになったのです。
・粉墨 白と墨。えのぐ。
虛境 「説文」に「崑崙の丘、これを崑崙の虚という」とある。虚は大丘の意。後に墟と書くようになった。また天空を虚ともいう。
・ 步搖冠翠  歩揺峰・冠翠峰 斛石山から望まれる峯の名。ここで実際の山名とは異なる名前をわざわざ使ったのである。歩揺〔歩くたびに揺れるところから〕古代中国で、女性の髪飾り・かんざしの類をいい、また、冠翠は蜀地方に住む綺麗な小鳥をいうため、山々の表現をかわいらしく云ったもの。


試新服裁制初成三首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-166-38-#31  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2377

薛濤 《試新服裁制初成三首 其三》 唐五代詞・宋詩
頂戴しました美しい布地を、裾の長い着物にこしらえましたが、これはわれわれ妓女仙宮でのしきたりです。大勢の仙人(諸官吏)のおかたが、玉芝(役人が天子にまみえるときに持つ如意笏)をお持ちになっていらっしゃいますところへ、これまでずっと侍らせていただきました。


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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試新服裁制初成三首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-166-38-#31   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2377


(一)試新服裁制初成三首 其一
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。)
節度使から、薛濤ら營枝の何人かが、美しい布地をもらった。薛濤はその布で新しい着物をつくって、そのお礼と感激をこの詩によみこんだもの。

紫陽宮里賜紅綃,仙霧朦朧隔海遙。
仙人の紫陽宮(ここでは剣南西川節度使署を示す)から、あかいあやぎぬを頂いたのです。その宮殿は、海路はるかに仙霧のたちこめたあたりにあり、俗人の容易には出入できぬ尊いところです。ちょうどあの月宮殿にもたとえるべきところで、月のなかの兎は、この衣をつくるために、やわらかい毛をとられたにちがいない。
霜兔毳寒冰繭淨,嫦娥笑指織星橋。

月の兎はかわいそうに、いかにも清らかで、俗塵のかけらさえも見られない寒がっていることだろう。わたしは毛で織られたこの衣はおかげでさむくはないのです。月宮殿の女仙嫦娥も、さあさ急いで織ったがよいぞと、年一度の天の川の上にかかる織星橋の方を指さして、笑いながら、天上の織女星にお命じになり、そのようにして織りなされたものであろう。

(二)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その二)
九氣分為九色霞,五靈仙馭五云車。
この布の色彩は、九天の佳気が分かれてできた九つの色の霞のような美しきです。そして、五つの神霊的鳥獣によって駆られた神仙が乗っている五色の雲の車のような美しきです。
春風因過東君舍,偷樣人間染百花。
そのうえ、春の神のいますところを通ってきた春風が、天上の百花の美しい姿を、そっとぬすんできて、人間のために染めてくださったようにも思われます。

(三)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その三)
長裾本是上清儀,曾逐群仙把玉芝。
頂戴しました美しい布地を、裾の長い着物にこしらえましたが、これはわれわれ妓女仙宮でのしきたりです。大勢の仙人(諸官吏)のおかたが、玉芝(役人が天子にまみえるときに持つ如意笏)をお持ちになっていらっしゃいますところへ、これまでずっと侍らせていただきました。(官宴にて酒衛のとりもち)
每到宮中歌舞會,折腰齊唱步虛詞。
これからは、仙宮のお役所で歌舞の宴会がございます度に、みんなでそろってお心をうたった「步虛の詞」を、うたって、ご奉仕いたしたいと思っております。

(一)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の一)
紫陽【しよう】宮里【きゅうり】紅綃【こうしょう】を賜う,仙霧【せんむ】朦朧【もうろう】海を隔てて遙かなり。
霜兔【そうと】毳【ぜい】寒うして冰繭【ひょうけん】淨し,嫦娥【じょうが】笑って指さす織星の橋。

(二)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の二)
九氣 分れて九色の霞と為り,五靈の仙 五云の車を馭す。
春風 東君の舍を過ぎるに因り,樣を偷んで人間に百花を染む。

(新服の裁制を試み初めて成る三首其の三)
(三)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の三)
長裾【ちょうきょ】本【もとも】と是れ上清の儀,曾て群仙の玉芝を把るを逐う。
宮中の歌舞の會に到る每に,折腰【せつよう】齊唱【せいしょう】步虛【ほきょ】の詞【うた】。


花蕊夫人006

『試新服裁制初成三首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)
(三)
長裾本是上清儀,曾逐群仙把玉芝。
每到宮中歌舞會,折腰齊唱步虛詞。


(下し文) (三)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の三)
長裾【ちょうきょ】本【もとも】と是れ上清の儀,曾て群仙の玉芝を把るを逐う。
宮中の歌舞の會に到る每に,折腰【せつよう】齊唱【せいしょう】步虛【ほきょ】の詞【うた】。


(現代語訳)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その三)
頂戴しました美しい布地を、裾の長い着物にこしらえましたが、これはわれわれ妓女仙宮でのしきたりです。大勢の仙人(諸官吏)のおかたが、玉芝(役人が天子にまみえるときに持つ如意笏)をお持ちになっていらっしゃいますところへ、これまでずっと侍らせていただきました。(官宴にて酒衛のとりもち)
これからは、仙宮のお役所で歌舞の宴会がございます度に、みんなでそろってお心をうたった「步虛の詞」を、うたって、ご奉仕いたしたいと思っております。


(訳注) (三)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その三)


長裾本是上清儀,曾逐群仙把玉芝。
頂戴しました美しい布地を、裾の長い着物にこしらえましたが、これはわれわれ妓女仙官でのしきたりです。大勢の仙人(諸官吏)のおかたが、玉芝(役人が天子にまみえるときに持つ如意笏)をお持ちになっていらっしゃいますところへ、これまでずっと侍らせていただきました。(官宴にて酒衛のとりもち)
・長裾(ちょうきよ) 裾は着物のもすそ、スカートをいう。
・上清 道教では人天の外に二つの清境があると考える。「霊宝元経」に、「三凊の間、おのおの正位あり、聖は玉清に登り、真は上清に登り、仙は太凊に登る」とある。
・儀 おきて。行儀。
・玉芝 芝はさいかいだけ。きのこの類。その形に型どった玉製の如意のようなもの。玉製如意は、細い磨きと彫刻などの工程、外壁に諸般の紋様に上がることを刻むもの。


每到宮中歌舞會,折腰齊唱步虛詞。
これからは、仙宮のお役所で歌舞の宴会がございますたびに、みんなでそろってお心をうたった「步虛の詞」を、うたって、ご奉仕いたしたいと思っております。
・折腰(せつよう) 腰を折り下拝すること。うやうしくといった意。 
・歩虚詞 道家の曲の「楽府」の雑曲歌にあるもの。虚は空中。

聽僧吹蘆管 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-163-35-#28  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2362

薛濤 《聽僧吹蘆管》 
お経を読むのを止めて遊び心で一曲吹く笛のなのです。蝉の声、鶯のこえ、そして笛の音が澄み渡った秋の気配の中にしみていき、寺の鐘、磬板のおとがそれに続いていきます。




2013年5月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聽僧吹蘆管 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-163-35-#28  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2362
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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聽僧吹蘆管 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-163-35-#28   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2362



聽僧吹蘆管
僧侶の蘆管を吹くをききて
曉蟬鳴咽暮鶯愁,言語殷勤十指頭。
あけがたに鳴くせみの声は、すすりあげるように泣く暮春の鶯は春が終ろうとしているのを悲しみ、ふえの音の抑揚高低を人の言葉のようであるのは十の指のわざが素晴らしく繰り返し、繰り返し続いてゆく笛の音のためなのです。
罷閱梵書勞一弄,散隨金磬泥清秋。

お経を読むのを止めて遊び心で一曲吹く笛のなのです。蝉の声、鶯のこえ、そして笛の音が澄み渡った秋の気配の中にしみていき、寺の鐘、磬板のおとがそれに続いていきます。

僧の蘆管を吹くを聴く
曉蟬 鳴咽し 暮鶯愁い、言語 殿勤 十指頭。
梵書を閲むを罷めて、勞か一弄すれば、散じて 金磬に隨って清秋に泥む。


『聽僧吹蘆管』 現代語訳と訳註
(本文)
曉蟬鳴咽暮鶯愁,言語殷勤十指頭。
罷閱梵書勞一弄,散隨金磬泥清秋。


(下し文)
(僧の蘆管を吹くを聴く)
曉蟬 鳴咽し 暮鶯愁い、言語 殿勤 十指頭。
梵書を閲むを罷めて、勞か一弄すれば、散じて 金磬に隨って清秋に泥む。


(現代語訳)
僧侶の蘆管を吹くをききて
あけがたに鳴くせみの声は、すすりあげるように泣く暮春の鶯は春が終ろうとしているのを悲しみ、ふえの音の抑揚高低を人の言葉のようであるのは十の指のわざが素晴らしく繰り返し繰り返し続いてゆく笛の音のためなのです。
お経を読むのを止めて遊び心で一曲吹く笛のなのです。蝉の声、鶯のこえ、そして笛の音が澄み渡った秋の気配の中にしみていき、寺の鐘、磬板のおとがそれに続いていきます。


(訳注)
聽僧吹蘆管

僧侶の蘆管を吹くをききて
・蘆管 あしぶえ。(1)葦の葉を巻いて作った草ぶえ。 (2)葦の茎で作った、たて笛。


曉蟬鳴咽暮鶯愁,言語殷勤十指頭。
あけがたに鳴くせみの声は、すすりあげるように泣く暮春の鶯は春が終ろうとしているのを悲しみ、ふえの音の抑揚高低を人の言葉のようであるのは十の指のわざが素晴らしく繰り返し繰り返し続いてゆく笛の音のためなのです。
・曉蟬(ぎようぜん) あけがたに鳴くせみ。
・鳴咽(おえつ) すすりあげるように泣く。むせびなく。
・暮鴬(はおう) 膚彦謙の詩句に 「暮鴬嘩叫、芳時を惜む」とあるように、暮春の鶯。
・愁 春が終ろうとしているのを悲しむ意。
・言語 ふえの音の抑揚高低を人の言葉のようだとたとえたわけ。
・殷勤 ていねい、ゆきとどく。くりかえしくりかえしつづいてゆく笛の音をいう。


罷閱梵書勞一弄,散隨金磬泥清秋。
お経を読むのを止めて遊び心で一曲吹く笛のなのです。蝉の声、鶯のこえ、そして笛の音が澄み渡った秋の気配の中にしみていき、寺の鐘、磬板のおとがそれに続いていきます。
・梵書 仏書。お経。
・一弄 弄ほここではふえを吹くこと。
・散 ふえの音が空中に散ってゆく。みごとな文字の駆使である。
・金磬 寺の鐘の音と帯板の音、磐は石板でできていて、つるしてあって、これを木槌で叩く。
・泥 渋滞する。じっと溶け入っている。
・清秋(せいしゅう) すみきった秋の気。

九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-162-34-#27  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2357

薛濤  《九日遇雨二首 其二》
茱萸を髪にさして、山にのぼり今日の節句を、欒しみに約束してもらっていたのに、だめになってしまった。それでも、雨の寒い中、黄金色した黄菊が、さびしく庭一面に、においをただよわせている。


2013年5月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-162-34-#27   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2357 


(一) 
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首。)
萬里驚飆朔氣深,江城蕭索晝陰陰。
はるか万里のさきからおそろしい暴風がおそってくる。狂ったように雨を打ちつけて、冬のような北の寒さが、ひしひしと身にしみるほどつめたいのです。錦江沿いの町は、ものさびしくひっそりして、昼というのに、すっかり雨雲におおわれて、夜のように暗いのです。
誰憐不得登山去,可惜寒芳色似金。
だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。
(二)   
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首其の二。)
茱萸秋節佳期阻,金菊寒花滿院香。
茱萸を髪にさして、山にのぼり今日の節句を、欒しみに約束してもらっていたのに、だめになってしまった。それでも、雨の寒い中、黄金色した黄菊が、さびしく庭一面に、においをただよわせている。
神女欲來知有意,先令云雨暗池塘。
これは、神女さまが、その菊花をめでたくて、降りておいでになられたいのです。それに先駆けて命じられて、雲や雨を地上にさしむけられ、池のあたりまで、真っ暗にされてしまわれたことなのでしょう。

(九日、雨に遇ふ 二首 其の一)
萬里 驚飆【きょうふう】朔気【さくき】深く、江城 蕭索【しょうさく】晝【ひる】陰陰。
誰か憐【あわれ】まん 山に登り去き得ざるを、惜むべし 寒芳【かんほう】色 金に似たり。

(九日、雨に邁ふ 二首 其の二)
茱萸【しゅゆ】の秋節 佳期【かき】阻まる、金菊 寒花 満院【まんいん】香し。
神女来らんと欲す 意有るを知る、先づ 雲雨をして 池塘【ちとう】を暗からしむ。


『九日遇雨二首』 現代語訳と訳註
(本文)
(二)   
茱萸秋節佳期阻,金菊寒花滿院香。
神女欲來知有意,先令云雨暗池塘。


(下し文)
(九日、雨に遇ふ 二首 其の二)
茱萸【しゅゆ】の秋節 佳期【かき】阻まる、金菊 寒花 満院【まんいん】香し。
神女来らんと欲す 意有るを知る、先づ 雲雨をして 池塘【ちとう】を暗からしむ。


(現代語訳)
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首其の二。)
茱萸を髪にさして、山にのぼり今日の節句を、欒しみに約束してもらっていたのに、だめになってしまった。それでも、雨の寒い中、黄金色した黄菊が、さびしく庭一面に、においをただよわせている。
これは、神女さまが、その菊花をめでたくて、降りておいでになられたいのです。それに先駆けて命じられて、雲や雨を地上にさしむけられ、池のあたりまで、真っ暗にされてしまわれたことなのでしょう。


(訳注) (二)同じ題材の妓女の詩比較してみると面白い。   
魚玄機『重陽阻雨』
滿庭黃菊籬邊拆,兩朵芙蓉鏡裏開。
落帽臺前風雨阻,不知何處醉金杯。
(重陽の日に雨に阻まれる。)
まがきのあたりに、一面に咲いていた黄金色の菊の花は、雨風にたたかれて、茎の折れてしまったものさえある。外は雨、鏡を開けると、蓮の花が兩の頬に咲いているように映る。
晋の孟嘉の故事のように山に昇れば帽子が飛ばされても気が付かないほどお酒をいただき、良い詩を返そうと思う前に嵐によって山に向かう外に出るのさえ阻まれたのです。こんなことではどこで黃菊酒の盃で酔えばよいのかわからない。

重陽阻雨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-97-33-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2032


茱萸秋節佳期阻,金菊寒花滿院香。
茱萸を髪にさして、山にのぼり今日の節句を、欒しみに約束してもらっていたのに、だめになってしまった。それでも、雨の寒い中、黄金色した黄菊が、さびしく庭一面に、においをただよわせている。
・茱萸秋節 茱萸は、ぐみともいわれるが、ぐみではなく、はじかみの一種で、夏に校のこずえに、黄白の花がむらがり咲き、その実は紫をおびた赤い色。かえでの一種ともいう。九月九日の重陽の日には、この茱萸のふさを髪にさし、山に登り、邪気をはらう風習があった。そこで旧暦九月九日の節句を茱萸の秋節という。薛濤の慕う杜甫『九日藍田崔氏荘』「明年此会知誰健、酔把茱萸子細看。」(今日は主賓と共にこんなにおもしろく過ごせたが、さて明年のこの会には、果たして誰が変わりなく達者でいるであろうか、それをおもうて自分は酔いながら茱萸の枝を手にして詳しく眺めいるのである。)の句もある。
・佳期 よい約束の日。今で云うデートの約束。
・金菊 黄金色の菊花。四川省に多い。唐代には、白菊は珍しく、黄菊は一般的であったという。金色の酒に金色の菊。
・寒花 さびしい花。
・満院 院は、内庭。満院は、庭いっぱい。


神女欲來知有意,先令云雨暗池塘。
これは、神女さまが、その菊花をめでたくて、降りておいでになられたいのです。それに先駆けて命じられて、雲や雨を地上にさしむけられ、池のあたりまで、真っ暗にされてしまわれたことなのでしょう。
・神女 宋玉の「神女賦」に、「且に朝雲となり、碁に行雨となる」「朝雲暮雨。」の句がある。結句の「雲雨」に応じている。神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させる。
・池塘(ちとう) いけ。堤のある池。


九日藍田崔氏荘
老去悲愁強自寛、興来今日尽君歓。
自分はだんだん年老いて悲しき秋にあたって無理に胸の内を寛ごうと思って、漫然とした生活の中で気の向くままにとおもっていたが、今日にかぎっては十分に君が奉げてくれる歓情を受け尽くすのである。
羞将短髪環吹帽、笑倩旁人為正冠。
晉の孟嘉のように適当なかぶり方にして風が帽子を吹きおとすのは老いの短い髪の毛になっている自分にははずかしいことにおもわれる、笑い話のようであるが自分は孟嘉ほどのものではないので脇の人にこいねがってこの帽のかぶり具合をきちんと治してもらうことにしよう。
藍水遠従千澗落、玉山高並両峰寒。
荘外をながめると、遠く多くの谷間の水を集めてそこから藍水へと落ちてくるし、玉山はその二つの峰が高くならんできた赦免なのですでに寒色をたたえている。
明年此会知誰健、酔把茱萸子細看。

今日は主賓と共にこんなにおもしろく過ごせたが、さて明年のこの会には、果たして誰が変わりなく達者でいるであろうか、それをおもうて自分は酔いながら茱萸の枝を手にして詳しく眺めいるのである。

(九日 藍田の崔氏の荘)
老い去【ゆ】きて悲愁(に強【し】いて自ら寛(ゆる)うし、
興【きょう】来【おこ】りて今日ぞ君の歓(よろこ)びを尽くさん。
羞【は】ずらくは短髪を将【もっ】て環【な】お帽を吹かかることを、笑いて旁人に倩【こ】いて為に冠【かんむり】を正さしむ。
藍水【らんすい】は遠く  千澗【せんかん】従【よ】りして落ち、玉山【ぎょくざん】は高く 両峰【りょうほう】に並【そ】うて寒し。
明年【みょうねん】は 此の会【つど】い 知んぬ 誰か健【すこやか】なるを、酔うて茱萸【しゅゆ】を把【と】りて子細【しさい】に看【み】る。

九日藍田崔氏荘 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 277


王維 『九月九日憶山東兄弟』
獨在異鄉為異客、每逢佳節倍思親。
遙知兄弟登高處、遍插茱萸少一人。

九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-161-33-#26  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2352

薛濤 《九日遇雨二首》

だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-161-33-#26   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2352



九日遇雨二首其一 
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首。)
萬里驚飆朔氣深,江城蕭索晝陰陰。
はるか万里のさきからおそろしい暴風がおそってくる。狂ったように雨を打ちつけて、冬のような北の寒さが、ひしひしと身にしみるほどつめたいのです。錦江沿いの町は、ものさびしくひっそりして、昼というのに、すっかり雨雲におおわれて、夜のように暗いのです。
誰憐不得登山去,可惜寒芳色似金。
  
だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。

(二)   
茱萸秋節佳期阻,金菊寒花滿院香。
神女欲來知有意,先令云雨暗池塘。


(九日、雨に遇ふ 二首 其の一)
萬里 驚飆【きょうふう】朔気【さくき】深く、江城 蕭索【しょうさく】晝【ひる】陰陰。
誰か憐【あわれ】まん 山に登り去き得ざるを、惜むべし 寒芳【かんほう】色 金に似たり。

(九日、雨に邁ふ 二首 其の二)
茱萸の秋節 任期阻まる、金菊 寒花 満院香し。
神女来らんと欲す 意有るを知る、先づ 雲雨をして 池塘を暗からしむ。


『九日遇雨二首』 現代語訳と訳註
(本文)
(一) 
萬里驚飆朔氣深,江城蕭索晝陰陰。
誰憐不得登山去,可惜寒芳色似金。


(下し文)
(九日、雨に遇ふ 二首)
萬里 驚飆【きょうふう】朔気【さくき】深く、江城 蕭索【しょうさく】晝【ひる】陰陰。
誰か憐【あわれ】まん 山に登り去き得ざるを、惜むべし 寒芳【かんほう】色 金に似たり。


(現代語訳)
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首。)
はるか万里のさきからおそろしい暴風がおそってくる。狂ったように雨を打ちつけて、冬のような北の寒さが、ひしひしと身にしみるほどつめたいのです。錦江沿いの町は、ものさびしくひっそりして、昼というのに、すっかり雨雲におおわれて、夜のように暗いのです。

だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。

(訳注) (一)
九日遇雨二首

(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首。)
・九日 陰暦九月九日の節句の日をいう。陰陽思想では奇数は陽の数であり、陽数の極である9が重なる日であることから「重陽」と呼ばれる。奇数の重なる月日は陽の気が強すぎるため不吉とされ、それを払う行事として節句が行なわれていたが、九は一桁の数のうち最大の「陽」であり、特に負担の大きい節句と考えられていた。後、陽の重なりを吉祥とする考えに転じ、祝い事となったものである。『芸文類聚』に魏の文帝が鍾繇へ菊花を贈った記事が見える。 上記の菊を使った習慣の他に、茱萸(グミではなくカワハジカミ)の実を入れた袋を肘に下げたり、郊外の丘など高い場所へピクニックに出掛け遠くを見る(これを登高と呼ぶ)ことが行われた。
中国で重陽が正式な節句として認められたのは漢代である。劉歆による『西京雑記』に、高祖の愛妾であった戚夫人が殺害された後、宮廷より放逐された侍女の賈佩蘭が、9月9日は宮廷では茱萸を肘に下げ、菊酒を飲み長寿を祈る習慣があったと人に話したことにより、民間でも祝われるようになったとある。
魏の文帝が鐘繇にあたえた手紙に、「歳月来り、忽ち復た九月九日。九は陽数為り、而して日月並び応ず、故に重陽と日ふ」と見えている。 
魚玄機『重陽阻雨』
滿庭黃菊籬邊拆,兩朵芙蓉鏡裏開。
落帽臺前風雨阻,不知何處醉金杯。

重陽阻雨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-97-33-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2032


萬里驚飆朔氣深,江城蕭索晝陰陰。
はるか万里のさきからおそろしい暴風がおそってくる。狂ったように雨を打ちつけて、冬のような北の寒さが、ひしひしと身にしみるほどつめたいのです。錦江沿いの町は、ものさびしくひっそりして、昼というのに、すっかり雨雲におおわれて、夜のように暗いのです。
・萬里 成都には劉備が呉に攻め込む際、諸葛亮が見送った有名な万里橋があり、薛濤の住まいの近くにあるが、ここは重陽節で遠方の人の健康を願う日であるから固有名詞ではなく、はるか万里の向こうという意味である。
・驚飆(きょうひょぅ) 飆は、つむじ風。暴風で二爾雅」には、「暴帆の下より上る女親という」と説明してある。
・朔気 北方の気。
・江城(こうじよう) 成都は涙江に臨んでいるから、河辺の城。
・粛索 ものさびしく、ひっそりしているさま。
杜甫『秦州雜詩二十首 其十七』
邊秋陰易久,不複辨晨光。
簷雨亂淋幔,山雲低度牆。
鸕鶿窺淺井,蚯蚓上深堂。
車馬何蕭索,門前百草長。
秦州雜詩二十首 其十七 杜甫 第5部 <270> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1259 杜甫詩 700- 384
杜甫『送樊二十三侍禦赴漢中判官』
威弧不能弦,自爾無寧歲。
川穀血橫流,豺狼沸相噬。』
天子從北來,長驅振凋敞。
頓兵岐梁下,卻跨沙漠裔。
二京陷未收,四極我得製。
蕭索漢水清,緬通淮湖稅。』
送樊二十三侍禦赴漢中判官 #1 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 173
李白『古風五十九首 其十四』「胡關饒風沙、蕭索竟終古。」古風五十九首 其十四 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白151


誰憐不得登山去,可惜寒芳色似金。
だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。
・登山 この日、山に登って菊酒をのみ、邪気をはらう風習がある。

江邊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-160-32-#25  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2347

薛濤 《江邊》 唐五代詞・宋詩

秋風が吹きはじめたかと思うと、北の方から、雁が列をなして飛んでくると。それは人の世のこのわが身も、心精神と肉体と、ともにその自然のおとろえに應ずるかのように、女はおとろえをみせてくるのを感じるのです。

2013年5月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

25  江邊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-160-32-#25   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2347


江邊
(錦江の辺で待っている女を詠う。)
西風忽報雁雙雙,人世心形兩自降。
秋風が吹きはじめたかと思うと、北の方から、雁が列をなして飛んでくると。それは人の世のこのわが身も、心精神と肉体と、ともにその自然のおとろえに應ずるかのように、女はおとろえをみせてくるのを感じるのです。
不為魚腸有真訣,誰能夜夜立清江。

女が毎夜のように、江邊に立っているのは、もしかしたら帰ってこない男から魚の腹にしのばせた便りがないかと、心待ちに、待ちつづけているからなのです。
嘉陵江111111(江邊)
西風忽ち報じ 雁 雙雙、人世 心世 兩つながら自ら降る。
魚腸に真訣あるが爲ならずんは、誰か能く 夢夢 清江に立たん。


『江邊』 現代語訳と訳註
(本文)
江邊
西風忽報雁雙雙,人世心形兩自降。
不為魚腸有真訣,誰能夜夜立清江。


(下し文)
西風忽ち報じ 雁 雙雙、人世 心世 兩つながら自ら降る。
魚腸に真訣あるが爲ならずんは、誰か能く 夢夢 清江に立たん。


(現代語訳)
(錦江の辺で待っている女を詠う。)
秋風が吹きはじめたかと思うと、北の方から、雁が列をなして飛んでくると。それは人の世のこのわが身も、心精神と肉体と、ともにその自然のおとろえに應ずるかのように、女はおとろえをみせてくるのを感じるのです
女が毎夜のように、江邊に立っているのは、もしかしたら帰ってこない男から魚の腹にしのばせた便りがないかと、心待ちに、待ちつづけているからなのです。


(訳注)
江邊

(錦江の辺で待っている女を詠う。)
有る秋に客に対して詩を作って、それを薛濤䇳に書き示したものであろう。薛濤の実体験のものではない。魚玄機にはもっと過激な引用で同様の詩がある。ただ薛濤は自己の知識をひけらかして無いだけかもしれないという点を考慮したとしても、薛濤と魚玄機の詩の力量、学力の比較は魚玄機が数段上のようである。


西風忽報雁雙雙,人世心形兩自降。
oborotsuki04秋風が吹きはじめたかと思うと、北の方から、雁が列をなして飛んでくると。それは人の世のこのわが身も、心精神と肉体と、ともにその自然のおとろえに應ずるかのように、女はおとろえをみせてくるのを感じるのです。
・西風 秋風。
・忽報 吹きそめたかと思うと。
雁雙雙 雁は秋に入ると冷たい北方から飛んでくる。それが列をなして飛んでくるの意。雁の足には手紙が付けられて飛んでくるという意味を含む。その場合の雁は雁書。雁足 蘇武の故事。妻からの手紙をいう。蘇武が漢の使となって匈奴に捕えられていたとき、漢より別の使者がいって匈奴をあざむいていうのに、天子が上林中において弓を射て雁を得たところ、雁の足に帛書が繋いであった「蘇武は大沢の中にある」により蘇武の所在がわかり、救出できた。
・心形 精神と肉体。
・降 おとろえること。


不為魚腸有真訣,誰能夜夜立清江。
女が毎夜のように、江邊に立っているのは、もしかしたら帰ってこない男から魚の腹にしのばせた便りがないかと、心待ちに、待ちつづけているからなのです。
・魚腸/雁飛魚在/鴻魚尺素 鯉素 (故事). 手紙のこと。「鯉魚尺素」の略。鯉の腹の中から白絹(=素)に書かれた手紙が出てきた故事による。 「古楽府」飲馬長城窟行の「客従遠方来、遺我双鯉魚、呼児烹鯉魚、中有尺素書。
手紙のこと。「鯉魚尺素」の略。鯉の腹の中から白絹(=素)に書かれた手紙が出てきた故事による。「古楽府」『飲馬長城窟行』の「客従遠方来、遺我双鯉魚、呼児烹鯉魚、中有尺素書。(客遠方より来たり、我に双鯉魚を遺る、児を呼んで鯉魚を烹んとすれば、中に尺素の書有り)に由来する。
・眞訣 訣は、奥の手。奥義。
・夢夢 夜ごとの夢に。
・清江 固有名詞ではない。錦江の河辺の意味。



李白『烏夜啼』
黄雲城辺烏欲棲、帰飛唖亜枝上啼。
機中織錦秦川女、碧紗如煙隔窓語。
停梭悵然憶遠人、独宿弧房涙如雨。
「機中織錦秦川女」織機(はた)を前に 錦を織っている長安の女。・機中錦 錦を織る。夫を思い慕ったことばを回文で織り込む。 ・機中:機(はた)で織り込む。 ・機:はた。はたおる。 ・織錦:錦を織る。夫を思い慕ったことばを回文で織り込む。 ・秦川女:蘇蕙(蘇若蘭)のこと。この句は『晋書・列伝第六十六・列女・竇滔妻蘇氏』砂漠方面に流された夫を思う妻の典型を引用。秦川は長安地方を指す。夫が秦川刺史であったことによるための言い方。回文の錦を織った妻のことで竇滔とうとうの妻の蘇蕙(蘇若蘭)のこと。回文:順序を逆に読めば、別の意味になる文のこと。

『早秋』魚玄機-34 早秋
嫩菊含新彩,遠山閑夕煙。
涼風驚綠樹,清韻入朱弦。
思婦機中錦,征人塞外天。
雁飛魚在水,書信若為傳。

『盤中詩』 蘇伯玉妻
山樹高,鳥鳴悲。泉水深,鯉魚肥。
空倉雀,常苦飢。吏人婦,會夫稀。
出門望,見白衣。謂當是,而更非。
還入門,中心悲。
#2
北上堂,西入階。急機絞,杼聲催。
長嘆息,當語誰。
君有行,妾念之。出有日,還無期。
結巾帶,長相思。君忘妾,未知之。
妾忘君,罪當治。妾有行,宜知之。
#3
黃者金,白者玉。高者山,下者谷。
姓者蘇,字伯玉。人才多,智謀足。
家居長安身在蜀,何惜馬蹄歸不數。
羊肉千斤酒百斛,令君馬肥麥與粟。
今時人,智不足。與其書,不能讀。
當從中央周四角。

『盤中詩』「山樹高,鳥鳴悲。泉水深,鯉魚肥。」
夫の影を寫す山の樹木はさびしく高くしているのです。鳥鳴いて悲しみをしめす。私の思いの泉の水は深くして、文が入っているはずの鯉魚は肥え太っていくばかりです。
・山樹高,鳥鳴悲 樹は夫を示す。『詩経、小雅、伐木』
・泉水 女性を示す。『詩経、国風、泉水』「毖彼泉水、亦流于淇。」(毖たる彼の泉水、亦淇に流る。)
・鯉魚:りぎょ  表面は実物、裏面はてがみのこと、漢の蘇武が雁の足につけたてがみを天子が射て得たというはなしがある。また古人は絹に書信をかきそれを鯉魚の形状に結んだという。また、魚は男性の象徴でもある。盤中詩 蘇伯玉妻 漢詩<141-#1>古詩源 巻二 女性詩578 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1551

菱荇沼 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-159-31-#24  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2342

24 薛濤 《 菱荇沼》  七言絶句
春に蓮の若葉が出て、ジュンサイの花が咲く。春に行楽に行って、見るだけなのだ。秋に若い女が素足を出して、采蓮、采荷、采菱し、歌を歌い楽しく過ごす。この時男女の出会いがある。だからその時が待ち遠しいということを詠ったものである。


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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#5>文選 上 献詩 女性詩758 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2338
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

菱荇沼 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-159-31-#24   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2342


菱荇沼
水荇斜牽綠藻浮,柳絲和葉臥清流。
花ジュンサイが、みどり色の水藻をひき連れて水面に浮いている。糸のような柳の枝にはやわらかな若葉がいっぱいにつけて、清らかな流れの岸に臥したように並木が続き横たわっているように見える。
何時得向溪頭賞,旋摘菱花旋泛舟。
いつになったら、晩春に花ジュンサイの芽を取ったり、ひしの花が咲いて、初夏に咲くひしの花をつんだり、秋には采蓮とそれぞれの季節にぐるっとまわって舟あそびしたりする日を迎えることになるのでしょうか。

水荇【すいこう】斜に 綠藻【りょくそう】を牽きて浮び、柳絲【りゅうし】の和葉【わよう】清流に臥す。
何れの時か 渓頭に向って 賞し、旋【かえ】って菱花を摘み 旋って舟を泛ぶるを得ん。


『菱荇沼』 現代語訳と訳註
(本文)

菱荇沼
水荇斜牽綠藻浮,柳絲和葉臥清流。
何時得向溪頭賞,旋摘菱花旋泛舟。


(下し文)
(菱荇沼)
水荇【すいこう】斜に 綠藻【りょくそう】を牽きて浮び、柳絲【りゅうし】の和葉【わよう】清流に臥す。
何れの時か 渓頭に向って 賞し、旋【かえ】って菱花を摘み 旋って舟を泛ぶるを得ん。


(現代語訳)
花ジュンサイが、みどり色の水藻をひき連れて水面に浮いている。糸のような柳の枝にはやわらかな若葉がいっぱいにつけて、清らかな流れの岸に臥したように並木が続き横たわっているように見える。
いつになったら、晩春に花ジュンサイの芽を取ったり、ひしの花が咲いて、初夏に咲くひしの花をつんだり、秋には采蓮とそれぞれの季節にぐるっとまわって舟あそびしたりする日を迎えることになるのでしょうか。


(訳注)
菱荇沼

・菱荇 菱はひし。夏近く白い花をつけ、実は食用になる。荇はあさざ。はなじゅんさい。若葉を食用にする。・:①ヒシ科の一年生水草。各地の沼や池に群生。茎は水中を伸びて各節に細根を生じる。葉は菱形で、葉柄はふくれて空気を含み、水面に浮く。夏、白色四弁の花が咲く。果実はかたい殻でおおわれ両側に鋭いとげがある。食用となる。〔「菱の花」は [季]夏。「菱の実」は [季]秋〕 ②家紋の一。菱形を組み合わせたもの。松皮菱・割菱(武田菱)・三階菱など。③武器の一。鉄製で菱の実形に作り、先端をとがらせたもので、地上や河中に立てたり、まいたりして敵の進入を妨げる。車菱(くるまびし)。
:リンドウ科の多年生水草。沼沢に自生する。葉は緑色の広楕円形で,地下茎から長い柄を出して水面に浮かぶ。夏,黄色の五弁花を水上に開く。若葉は食用。ハナジュンサイ。 [季] 夏。
春に蓮の若葉が出て、ジュンサイの花が咲く。春に行楽に行って、見るだけなのだ。秋に若い女が素足を出して、采蓮、采荷、采菱し、歌を歌い楽しく過ごす。この時男女の出会いがある。だからその時が待ち遠しいということを詠ったものである。西施はこの時見初められたのである。この頃の女性は人間としての扱いがなく、女郎か、下女か奴隷のような生活しかなく、こうした出会いによって持参金が入り、夢のような生活ができる古代チャイナドリームの可能性があったのがこうした行事である。
花街の女たちはそれぞれの季節に舟遊びをする。それをお客が鑑賞することで、行楽の一つである。
この詩もどこか特定する場所があるわけではなく風物詩として詠ったものである。


水荇斜牽綠藻浮,柳絲和葉臥清流。
花ジュンサイが、みどり色の水藻をひき連れて水面に浮いている。糸のような柳の枝にはやわらかな若葉がいっぱいにつけて、清らかな流れの岸に臥したように並木が続き横たわっているように見える。
・水荇 水の中の花ジュンサイの若芽。
・綠藻 みどり色のも。
・和葉 やわらかな葉。春に出たばかりの葉。
・清流 ここは詩の中で純情なイメージを感じさせるのと技巧的には彩をつけている。清流は白、青、緑 黒である。この二句では多くの色を配置させている。①水②斜牽③綠④浮,⑤柳⑥和⑧⑨清⑩流


何時得向溪頭賞,旋摘菱花旋泛舟。
いつになったら、晩春に花ジュンサイの芽を取ったり、ひしの花が咲いて、初夏に咲くひしの花をつんだり、秋には采蓮とそれぞれの季節にぐるっとまわって舟あそびしたりする日を迎えることになるのでしょうか。
・渓頭 谷川のほとり。この沼は谷川から入りこんでいるもので、水はつづいていると思われる。百花潭のあたりかもしれない。
・賞 鑑賞する。めでる。
・旋 何々したり何したりの意ときせつがかわること、ぐるぐるまわること。
采蓮003

采蓮舟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-158-30-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2337

薛濤 《采蓮舟》 
新鮮な秋の魚の料理に舌づつみをうっているうちに、月は上って時がすぎていくと男女はどこかへ消えていき人の声もなく静かになった。先ほどまで谷間をいっぱいにした採連の女たちが帰ってきはじめた。白い足に紅い袂の女たちの歌がおわると、船頭の舶唄がはじめて聞こえてきた。

2013年5月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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采蓮舟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-158-30-#23   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2337


采蓮舟
(蓮の実をとる舟。)
風前一葉壓荷蕖,解報新秋又得魚。
涼しい新秋の風のなか、一そうの小舟が、はすの実や葉をおさえつけ、分けてこちらへ進んでくる。そして初めての采蓮の舟は収獲して、また、魚をとってきたと報せてきました。
兔走烏馳人語靜,滿溪紅袂棹歌初。

新鮮な秋の魚の料理に舌づつみをうっているうちに、月は上って時がすぎていくと男女はどこかへ消えていき人の声もなく静かになった。先ほどまで谷間をいっぱいにした採連の女たちが帰ってきはじめた。白い足に紅い袂の女たちの歌がおわると、船頭の舶唄がはじめて聞こえてきた。

(采蓮の舟)
風前 一葉 荷蕖【かきょ】を壓し,報ず解【ら】く 新秋 又魚を得たると。
兔走【とそう】烏馳【うち】人語は靜まり,滿溪【まんけい】紅袂【こうへい】棹歌【とうか】は初まる。


『采蓮舟』 現代語訳と訳註
宮島(7)(本文)
風前一葉壓荷蕖,解報新秋又得魚。
兔走烏馳人語靜,滿溪紅袂棹歌初。


(下し文)
(采蓮の舟)
風前 一葉 荷蕖【かきょ】を壓し,報ず解【ら】く 新秋 又魚を得たると。
兔走【とそう】烏馳【うち】人語は靜まり,滿溪【まんけい】紅袂【こうへい】棹歌【とうか】は初まる。


(現代語訳)
(蓮の実をとる舟。)
涼しい新秋の風のなか、一そうの小舟が、はすの実や葉をおさえつけ、分けてこちらへ進んでくる。そして初めての采蓮の舟は収獲して、また、魚をとってきたと報せてきました。
新鮮な秋の魚の料理に舌づつみをうっているうちに、月は上って時がすぎていくと男女はどこかへ消えていき人の声もなく静かになった。先ほどまで谷間をいっぱいにした採連の女たちが帰ってきはじめた。白い足に紅い袂の女たちの歌がおわると、船頭の舶唄がはじめて聞こえてきた。


(訳注)
上弦の月采蓮舟

蓮の実をとる舟。
採蓮のことは、六朝時代から詩によまれて、李白が長江下流域、呉越を旅する時の多くの詩を残している。
李白『採蓮曲』
若耶渓傍採蓮女、笑隔荷花共人語。
日照新粧水底明、風飄香袖空中挙。
岸上誰家遊冶郎、三三五五映垂楊。
紫騮嘶入落花去、見此踟蹰空断腸。
李白10  採蓮曲

淥水曲  李白 11

越女詞 五首 其一 李白12

越女詞 五首 其二 李白13

越女詞五首其三 14其四 12-5其五


李白秋浦歌十七首其十三 
淥水淨素月。 月明白鷺飛。
郎聽采菱女。 一道夜歌歸。
秋浦歌十七首 其三 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集247/350


風前一葉壓荷蕖,解報新秋又得魚。
涼しい新秋の風のなか、一そうの小舟が、はすの実や葉をおさえつけ、分けてこちらへ進んでくる。そして初めての采蓮の舟は収獲して、また、魚をとってきたと報せてきました。
・風前 涼しい新秋の風のなかの意。
・一葉(いちょう) 木の葉にたとえた一艘の舟。
・荷蕖 スイレン科の抽水性多年草、園芸植物、薬用植物。
・歴 押し分けてゆく。
・解報 何々と知らせてきたようだの意。(解道をイフナラク、解聞をキクナラクとどうようのつかいかた)
と読んだ。
・新秋(しんしゅう)初めて採連に出て収獲すること。
・魚 この蓮の咲いている漢の下の水中に住む魚で、今夜の宴のさかなである。別の意味としては水の中の魚は男性を指す。


兔走烏馳人語靜,滿溪紅袂棹歌初。
新鮮な秋の魚の料理に舌づつみをうっているうちに、月は上って時がすぎていくと男女はどこかへ消えていき人の声もなく静かになった。谷間をいっぱいにした採連の女たちが帰ってきはじめた。白い足に紅い袂の女たちの歌がおわると、船頭の舶唄がはじめて聞こえてきた。
pla039・兎走烏馳 兎や烏は、月に住むもので、上弦(7日)の月から満月(15日)にかけての月をいう。そこでそれらが走りかけるというのは、月が上って時がたつこと。「烏免勿々」の語がある。
・紅袂 あかいたもと。舟の上で、船歌を合唱する美しい女たちの姿。採連の女は素足を出すものでその白さと赤を印象付ける。
・棹歌(とうか) 船頭が棹で調子をとって歌ふなうた。ここは探蓮の曲や、この辺りの船呪であろう。
李白『留別廣陵諸公』
憶昔作少年,結交趙與燕。
金羈絡駿馬,錦帶橫龍泉。
寸心無疑事,所向非徒然。
晚節覺此疏,獵精草太玄。
空名束壯士,薄俗棄高賢。」#1
中迴聖明顧,揮翰淩雲煙。
騎虎不敢下,攀龍忽墮天。
還家守清真,孤節勵秋蟬。
煉丹費火石,採藥窮山川。」#2
臥海不關人,租稅遼東田。
乘興忽復起,棹歌溪中船。
臨醉謝葛強,山公欲倒鞭。
狂歌自此別,垂釣滄浪前。」
越女詞 五首 其三 李白14
耶溪採蓮女,見客棹歌囘。
笑入荷花去,佯羞不出來。
・初 これからずっと夜ふけるまでつづくであろうという心がふくまれて、歌い出したの意。

憶荔枝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-156-28-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2327

薛濤 《憶荔枝》 
昔から聞いているが、荔枝の原産地は、五嶺山脈のむこうの象郡であると、ずっと中国の南方の荒れ果て未開の地である。かつてそれを食べたことがあるが、その赤い実のゆたかな肌あいは、忘れようとして忘れることができない。

2013年5月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

憶荔枝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-156-28-#21   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2327


憶荔枝
(昔は遠く運ばれてきていた荔枝のことを考える。)
傳聞象郡隔南荒,絳實丰肌不可忘。
昔から聞いているが、荔枝の原産地は、五嶺山脈のむこうの象郡であると、ずっと中国の南方の荒れ果て未開の地である。かつてそれを食べたことがあるが、その赤い実のゆたかな肌あいは、忘れようとして忘れることができない。
近有青衣連楚水,素漿還得類瓊漿。

近ごろ聞くところによると、わが四川省の青衣江のほとりでも、それを産するようになり、南方の味が、楚水を通じて、この地方にも移されてきたが、しかし、その実のふくんでいる水分は、あの原産地の産品とくらべると、雲泥の相違だが、だがまあ、それでもみごとな原産地物の味を、思い出させてくれるぐらいの味はもっている。


(荔枝【れいし】を憶)
傳聞するは 象郡 南荒に隔つと,絳實【こうじつ】丰肌【ほうき】忘る可からず。
近ごろ青衣の楚水に連なる有り,素漿 還た瓊漿に類するを得ん。


『憶荔枝』 現代語訳と訳註
(本文)

傳聞象郡隔南荒,絳實丰肌不可忘。
近有青衣連楚水,素漿還得類瓊漿。


(下し文) (荔枝【れいし】を憶)
傳聞するは 象郡 南荒に隔つと,絳實【こうじつ】丰肌【ほうき】忘る可からず。
近ごろ青衣の楚水に連なる有り,素漿 還た瓊漿に類するを得ん。


(現代語訳)
(昔は遠く運ばれてきていた荔枝のことを考える。)
昔から聞いているが、荔枝の原産地は、五嶺山脈のむこうの象郡であると、ずっと中国の南方の荒れ果て未開の地である。かつてそれを食べたことがあるが、その赤い実のゆたかな肌あいは、忘れようとして忘れることができない。
近ごろ聞くところによると、わが四川省の青衣江のほとりでも、それを産するようになり、南方の味が、楚水を通じて、この地方にも移されてきたが、しかし、その実のふくんでいる水分は、あの原産地の産品とくらべると、雲泥の相違だが、だがまあ、それでもみごとな原産地物の味を、思い出させてくれるぐらいの味はもっている。


(訳注)
憶荔枝

(昔は遠く運ばれてきていた荔枝のことを考える。)
ライチ(広東語 lai6ji1)はムクロジ科の常緑高木の果樹。 レイシ(荔枝、茘枝、学名:Litchi chinensis)とも呼ばれる。1属1種。 中国の嶺南地方原産で、熱帯・亜熱帯地方で栽培される。中国語ではリーチー(拼音: Lizhī 、)で、属名もこれに由来する。「ライチ(ー)」は、広東語での茘枝の読みを片仮名表記したものである。英語のlycheeは、広東語風にライチーとも、北京語風にリーチーとも発音する。

杜甫《病橘》五言古詩 成都(5部)浣花渓の草堂(5-(25-1))
群橘少生意,雖多亦奚為?惜哉結實小,酸澀如棠梨。
剖之盡蠹蟲,采掇爽所宜。紛然不適口,豈只存其皮。

蕭蕭半死葉,未忍別故枝。玄冬霜雪積,況乃回風吹。』
嘗聞蓬萊殿,羅列瀟湘姿。此物歲不稔,玉食失光輝。

寇盜尚憑陵,當君減膳時。汝病是天意,吾恐罪有司。
憶昔南海使,奔騰獻荔枝。百馬死山谷,到今耆舊悲。』
病橘五言古詩 成都5-(25-1) 杜甫 <474>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2340 杜甫詩1000-474-662/1500


傳聞象郡隔南荒,絳實丰肌不可忘。
昔から聞いているが、荔枝の原産地は、五嶺山脈のむこうの象郡であると、ずっと中国の南方の荒れ果て未開の地である。かつてそれを食べたことがあるが、その赤い実のゆたかな肌あいは、忘れようとして忘れることができない。
・象郡 今の広東省の南方から広西省の歪、安南に至る地域。
・南荒(なんこう) 中国の南方の地域。荒はアレチであり、また中国の外周の地。
・絳實(こうじつ) 赤い実。赤く熟した荔枝の実。
・丰肌 殻の中の実の乳白色のゆたかな肌。


近有青衣連楚水,素漿還得類瓊漿。
近ごろ聞くところによると、わが四川省の青衣江のほとりでも、それを産するようになり、南方の味が、楚水を通じて、この地方にも移されてきたが、しかし、その実のふくんでいる水分は、あの原産地の産品とくらべると、雲泥の相違だが、だがまあ、それでもみごとな原産地物の味を、思い出させてくれるぐらいの味はもっている。
・青衣 靑衣水という河の名。四川省の楽山県で長江に注ぐ河。この附近にも誘枝を産するようになった。(下の地図B-2,B-3の広範囲の一帯)
・楚水 湘水のこと。この川をさかのぼり永州、桂州が運河により繋がっていて、嶺南地方象郡と川でつながって居ることを云う。杜甫の「岳陽楼」の詩に、「呉楚東南に折け」とあるが、その楚地方の河。広東広西方面へつづく河がみえる。
・素漿 ふつうの水。四川産の荔枝がふくんでいる水分。
・瓊漿 瓊は美玉。りつはな珍重すべきもの。南方産の荔枝がふくんでいる水分を四川産のものにくらべて、瓊玉のようだといったわけ.

成都南部01
・荔枝 中国南方の塵。果実は食用となる。揚貴妃がこのんで、はや馬で取り寄せたことがある。易支・離枝・丹歳ともいう。珍奇な果実である。後に四川省の楽山県の辺りにも産するようになったが、味は劣るということのようだ。
 

唐・杜甫『解悶』
一辭故國十經秋,毎見秋瓜憶故丘。
今日南湖采薇蕨,何人爲覓鄭瓜州。

悶を解く 
一たび 故國を辭して十たび秋を經へ,秋瓜を見る毎ごとに故丘を憶おもふ。
今日 南湖に薇蕨を采とる,何人か 爲ために覓めん鄭瓜州。

先帝貴妃今寂寞,荔枝還復入長安。
炎方每續朱櫻獻,玉座應悲白露團。

春望詞四首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-144-16-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2267

薛濤《春望詞四首 其三》
春になっても来てくれない客がどうしているのかあいさつ代わりに贈った詩で、通り一遍の手紙、一般的な詩ではなくこのような詩は上品であっても心をかなり動かすなかなかのテクニックである。
自分の気持ちを表に出してはいけない時代である。


2013年4月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#3> 女性詩743 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2263
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#1 宋玉  <00-#27>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 656 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2264
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Ⅲ杜甫詩1000詩集贈虞十五司馬 成都5-(10-1) 杜甫 <463-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2260 杜甫詩1000-463-#1-646/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集入彭蟸湖口 謝霊運<53> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2266 (04/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春望詞四首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-144-16-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2267
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春望詞四首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-144-16-#9   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2267  


春望詞四首 
wakaba002花開不同賞,花落不同悲。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです
欲問相思處,花開花落時。

お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。
  
嚂草結同心,將以遺知音。
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。

春愁正斷絕,春鳥復哀吟。
女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。
  
風花日將老,佳期猶渺渺。
春の日は終わろうとしている。風流な風も、行楽の花も、女もおいてゆく。又逢うことのお約束今なお、遠いぼんやりしたままなのです。
不結同心人,空結同心草。

心が通い合っているあの人とは結ばれることはなかった。でも、空しいことは、あのとき、誓い合って結んだ「同心むすび」の草を今一人で結んでいることなのです。
  
那堪花滿枝,翻作兩相思。
玉箸垂朝鏡,春風知不知。


『春望詞四首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)

風花日將老,佳期猶渺渺。
不結同心人,空結同心草。


(下し文)
風花 日に將に老いんとする、佳期 猶は渺渺。
同心の人とは 結ばれず、空しく 同心の草を 結ぶ。


(現代語訳)
春の日は終わろうとしている。風流な風も、行楽の花も、女もおいてゆく。又逢うことのお約束今なお、遠いぼんやりしたままなのです。
心が通い合っているあの人とは結ばれることはなかった。でも、空しいことは、あのとき、誓い合って結んだ「同心むすび」の草を今一人で結んでいることなのです。


(訳注)
春望詞四首

春になっても来てくれない客がどうしているのかあいさつ代わりに贈った詩で、通り一遍の手紙、一般的な詩ではなくこのような詩は上品であっても心をかなり動かすなかなかのテクニックである。
自分の気持ちを表に出してはいけない時代である。したがって、日本における訳注はどうも間違ったものが多く、参考にならない。


風花日將老,佳期猶渺渺。
春の日は終わろうとしている。風流な風も、行楽の花も、女もおいてゆく。又逢うことのお約束今なお、遠いぼんやりしたままなのです。

・風花 風流な風も、行楽の花。単なる風と花ではない。
・老 花と女が老化していくこと。
・佳期 会う時期を約束すること
・渺渺 遠いぼんやりしたままの状態。

不結同心人,空結同心草。
心が通い合っているあの人とは結ばれることはなかった。でも、空しいことは、あのとき、誓い合って結んだ「同心むすび」の草を今一人で結んでいることなのです。
玉台新詠巻十に、銭唐蘇小歌一首として次の詩がある。「 妾乗油璧車、郎騎青□馬、 何処結同心、西陵松柏下。」(何れの処にか同心を結ばん)という句がある。
温庭筠 『更漏子』
相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
城上月,白如雪,蟬鬓美人愁絕。

春望詞四首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-143-15-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2262

《春望詞四首 其二》 薛濤

2013年4月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#2> 女性詩742 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2258
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第六・七・八段 まとめ 宋玉  <00-#26>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 655 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2259
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集贈虞十五司馬 成都5-(10-2) 杜甫 <463-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2265 杜甫詩1000-463-#2-647/1500 
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春望詞四首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-143-15-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2262
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春望詞四首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-143-15-#8   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2262


春望詞四首春望詞四首 其二 薛濤 
oborotsuki02h花開不同賞,花落不同悲。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです
欲問相思處,花開花落時。

お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。
  
嚂草結同心,將以遺知音。
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。

春愁正斷絕,春鳥復哀吟。
女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。

  其三
風花日將老,佳期猶渺渺。
不結同心人,空結同心草。

  其四
那堪花滿枝,翻作兩相思。
玉箸垂朝鏡,春風知不知。



『春望詞四首』 現代語訳と訳註
(本文)

嚂草結同心,將以遺知音。
春愁正斷絕,春鳥復哀吟。


(下し文)
草を携りて同心を結び、將に 以て知音に遺らんとす。
春愁 正に断絶す。春鳥 また京吟す。


(現代語訳)
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。
女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。


(訳注)
春望詞四首

春になっても来てくれない客がどうしているのかあいさつ代わりに贈った詩で、通り一遍の手紙、一般的な詩ではなくこのような詩は上品であっても心をかなり動かすなかなかのテクニックである。
自分の気持ちを表に出してはいけない時代である。したがって、日本における訳注はどうも間違ったものが多く、参考にならない。


嚂草結同心,將以遺知音。
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。
・嚂 むさぼる、 たしなむ、 しかる、 こえ.過ぎた恩恵を受ける。おおごえをあげて
・結同心 わが国の女の子たちがクローバーをとってむすび輪を作ったりするのと同じしぐさ。中国では、古く、錦帯をむすんで、順々に輪にしてつづけるやり方があり、相愛のこころをそれにふくませて、「同心結び」といった。玉台新詠巻十に、銭唐蘇小歌一首として次の詩がある。「 妾乗油璧車、郎騎青□馬、 何処結同心、西陵松柏下。」(何れの処にか同心を結ばん)という句がある。
温庭筠 『更漏子』
相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
城上月,白如雪,蟬鬓美人愁絕。
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明。
『更漏子 四』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-18-2-#4 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1688

・知音 もっともよき理解者、心の友をいう。ここでは恋の相手。親しい客。鍾子期と伯牙の故事による。伯牙は琴の名手で、鍾子期はその昔菜のもっともよき理解者であったが、饉予期が死ぬと、伯牙は、もう自分の琴をわかってくれる人はないといって、その愛琴の舷を切り、こわしてしまったという。○知音 知己。自分の琴の演奏の良さを理解していくれる親友のこと。伯牙は琴を能くしたが、鍾子期はその琴の音によって、伯牙の心を見抜いたという。転じて自分を理解してくれる知人。
『列子、湯問』
「伯牙善鼓琴。鐘子期善聽。伯牙鼓琴。志在登高山。鐘子期曰。善哉。巍巍兮若泰山。志在流水。鍾子期曰。善哉。洋洋兮若江河。伯牙所念。鐘子期必得之。伯牙游於泰山之陰。卒逢暴雨。止於巖下心悲。乃援琴而鼓之。初為霖雨之操。更造崩山之音。曲毎奏。鐘子期輒窮其趣。伯牙乃舍琴而嘆曰。善哉善哉。子之聽。夫志想象。猶吾心也。吾於何逃聲哉。」 
(下し文)
伯牙善く琴を鼓し、鍾子期善く聴く。
伯牙琴を鼓し、志泰山登るに在り、鍾子期曰く、善い哉、巍巍兮として泰山の若し、と。
志流水に在らば、鍾子期曰く、 善い哉、琴を鼓する、洋洋兮として江河の若し、と。
伯牙の念ふ所、鐘子期必ず之を得。
伯牙、泰山の陰に遊び、卒に暴雨に逢ふ。
巖下に止まりて心悲しみ、乃ち琴を援りて之を鼓す。
初め「霖雨の操」を為し、更に「崩山の音」を造す。
曲奏する毎に、鐘子期輒ち其の趣きを窮む。
伯牙乃ち琴を舎きて嘆じて曰く、善い哉、善い哉、子の聴く。
夫れ志を想像する、猶ほ吾が心のごときなり。
吾れ何に於いて声を逃れんや、と。



春愁正斷絕,春鳥復哀吟。
女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。
・春愁 春のかなしさ、さびしさ。
・断絶 つづいていた春愁が、草をむすぶことによって、ぷっつりと消滅する。
・春鳥 春の鳥。鶯、燕、ヤマドリ。
・復 かさねて。もとにもどること。往復の復。鳥もまたの意ではない。
・哀吟 吟は、うたうこと。ここでは鳴くこと。



春望詞四首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-142-14-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2257

薛濤 《春望詞四首》其一 唐五代詞・宋詩

お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。


2013年4月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#1> 女性詩741 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2253
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第八段-#2 宋玉  <00-#25>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 654 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2254
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集送裴五赴東川 成都5-(9) 杜甫 <462>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2255 杜甫詩1000-462-645/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集従斤竹澗超嶺渓行 謝霊運<51> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2256 (04/21)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春望詞四首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-142-14-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2257
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春望詞四首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-142-14-#7   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2257


紅梅0021 春望詞四首 
7 花開不同賞,花落不同悲。 
 欲問相思處,花開花落時。 
  
8 嚂草結同心,將以遺知音。 
 春愁正斷絕,春鳥復哀吟。 
  
9 風花日將老,佳期猶渺渺。 
 不結同心人,空結同心草。 
  
10 那堪花滿枝,翻作兩相思。 
 玉箸垂朝鏡,春風知不知。 



薛濤が尊敬した杜甫の同題詩。
春望  ―長安   
國破山河在,城春草木深。
感時花濺涙,恨別鳥驚心。
烽火連三月,家書抵萬金。
白頭掻更短,渾欲不勝簪。
野望  ―秦州
清秋望不極,迢遞起層陰。
遠水兼天淨,孤城隱霧深。
葉稀風更落,山迥日初沈。
獨鶴歸何晚?昏鴉已滿林。
野望 ―成都 
西山白雪三城戍,南浦清江萬裡橋。
海內風塵諸弟隔,天涯涕淚一身遙。
惟將遲暮供多病,未有涓埃答聖朝。
跨馬出郊時極目,不堪人事日蕭條!


春望詞四首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-142-14-#7   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2257


春望詞四首
花開不同賞,花落不同悲。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです
欲問相思處,花開花落時。

お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。

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春 望 四首
花開くも 同に賞せず、花落つるも 同に悲まず。
問はんと欲す 相思の處、花開き花落つるの時。



『春望詞四首』 現代語訳と訳註
(本文)
花開不同賞,花落不同悲。
欲問相思處,花開花落時。


(下し文)
春 望 四首
花開くも 同に賞せず、花落つるも 同に悲まず。
問はんと欲す 相思の處、花開き花落つるの時。


(現代語訳)
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです
お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。


(訳注)
春望詞四首

春になっても来てくれない客がどうしているのかあいさつ代わりに贈った詩で、通り一遍の手紙、一般的な詩ではなくこのような詩は上品であっても心をかなり動かすなかなかのテクニックである。
自分の気持ちを表に出してはいけない時代である。したがって、日本における訳注はどうも間違ったものが多く、参考にならない。。


花開不同賞,花落不同悲。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです


欲問相思處,花開花落時。
お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。

yayoipl05




昭和の初めから中期にかけて訳されたもの。全く頓珍漢な訳文としか言いようがない。
漢文大系15 の訳
春です。花が咲けばうれしいものですが、愛するあなたといっしょに、そのうれしさをともにして、賞でることもかなわず、また花が散るのはさびしいものですが、さびしいとて、ごいっしょにさびしがることもできない今のあたし。さて、愛するあなたは、そちらで、花が嘆き花が散る釘をごらんになって、おひとりで、どんな思いをしていらっしゃるのでしょうか?- (あなたも、さぞかしさびしい思いでいらやることと思われます。しかしまたあるいは、わたくしのことなどお忘れになって、そちらの美しい方と浮かれておいでになるのではあるまいかという不安な気もいたします。いえいえ、あなたは決してそんなお方ではないはず、やっぱりきっとさびしがっておいでになるでしょう。そうだそうだ、それにちかいないと、自分にいい聞かせていますが、しかし、いかがでしょうか?)


・那珂秀穂の訳。(支那歴朝閨秀詩抄-昭和十八年 地平社刊)
花咲きてうれしかるとも
花散りてかなしかるとも
いかがせむ 君はいづくに
ながむるや 咲きて散る花
・小田嶽夫・武田泰淳氏の「揚子江風土記」(昭和十六年 竜吟社刊)の訳。
花が咲いたら しぼんだら
かたりあひたいあのひとと
うれしかなしのむわのうち
花が咲くのに しぼむのに

 

蟬 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-141-13-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2252

薛濤 蟬  唐五代詞・宋詩
夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちる、蝉の声がする中その音はすがすがしい風の中に次第に遠ざかりしなくなる。かぜがそよいで葉が擦れ合い音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。

2013年4月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第八段-#1 宋玉  <00-#24>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 653 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2249
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集丈人山 成都5-(8) 杜甫 <461>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2250 杜甫詩1000-461-644/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初発石首城 謝霊運<50> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2251 (04/20)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性蟬 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-141-13-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2252
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

蟬 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-141-13-#6   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2252




露滌音清遠,風吹故葉齊。 
夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちる、蝉の声がする中その音はすがすがしい風の中に次第に遠ざかりしなくなる。かぜがそよいで葉が擦れ合い音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。
聲聲似相接,各在一枝棲。

この静けさの中に、鳴く声や葉擦れの声があり、相乗して聴こえてくる。でもそれぞれの声はそれぞれ一つの枝から発しているのであり、それぞれが一緒に暮らしているのでしょう。

露滌【ろじょう】音【いん】清しく遠ざかり,風吹 故葉 齊し。 
聲聲【せいせい】相接するが似き,各【おのお】の一枝の棲に在る。

kokage01
『蟬』 現代語訳と訳註
(本文)

露滌音清遠,風吹故葉齊。 
聲聲似相接,各在一枝棲。


(下し文)
露滌【ろじょう】音【いん】清しく遠ざかり,風吹 故葉 齊し。 
聲聲【せいせい】相接するが似き,各【おのお】の一枝の棲に在る。


(現代語訳)
夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちる、蝉の声がする中その音はすがすがしい風の中に次第に遠ざかりしなくなる。かぜがそよいで葉が擦れ合い音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。
この静けさの中に、鳴く声や葉擦れの声があり、相乗して聴こえてくる。でもそれぞれの声はそれぞれ一つの枝から発しているのであり、それぞれが一緒に暮らしているのでしょう。


(訳注)
 蟬
宋玉『九辯』「燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。」(そうなると燕はひらりひらりと飛んでいても結局は別れを告げて飛び去りのであり、蝉はもう静かに影もなくどこかに消えて声さえ聞こえないのだ。)
九辯 宋玉 <00-#2>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 631 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2139
韓愈『秋懐詩十一首 其二』「寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。」(ひぐらしぜみがしばらく鳴かなくなって静寂になるとこんどは、こおろぎがせいいっぱい鳴きまくるのである。)秋懐詩十一首(2) 韓愈 韓退之(韓愈)詩<102>Ⅱ中唐詩537 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1714
李商隠『燕臺詩四首 其四』「破鬟倭墮淩朝寒,白玉燕釵黃金蟬。」
燕臺詩四首 其四 冬#2 李商隠135 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 134-#2


露滌音清遠,風吹故葉齊。
夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちる、蝉の声がする中その音はすがすがしい風の中に次第に遠ざかりしなくなる。かぜがそよいで葉が擦れ合い音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。
・露滌 夏の夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちるようなとき。滌は、洗う、すすぐ。
・音清 蝉の美しい鳴き声をいったもの。せせらぎの音でもなければ、水滴そのものの音でもない。
・遠 露の落ちる音が次第にしなくなる。蝉の声は静けさの意味である。
・風吹 風が吹いてもの意。
・故葉 繁った状態の葉で枯葉ではない。ベースに蝉の声があり、葉擦れの音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。静けさを表現している。


聲聲似相接,各在一枝棲。
この静けさの中に、鳴く声や葉擦れの声があり、相乗して聴こえてくる。でもそれぞれの声はそれぞれ一つの枝から発しているのであり、それぞれが一緒に暮らしているのでしょう。
〇蝉は鳴き声を聞かせてくれる前、地中で長い間力を蓄える。蝉は不遇な男の声を象徴するものである。薛濤はここで葉擦れの音を不遇の男性客にたいして慰めの詩を作ったものであろう。この詩をもらった男性はきっと勇気づけられたことであろう。
この詩においても、「漢文大系15」P250における訳は全く理解力がないひどいものである。

月 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-140-12-#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2247

薛濤 月 
新月から三日月の「生魄」は明るく光る所は鉤のように小さいがその影の部分に生きる力がある。漢の班婕妤の『怨歌行』に詠うようにきれいなまるい扇でも秋になれば棄てられるという、だからいまもっと愛してください。


2013年4月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

月 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-140-12-#5   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2247



魄依鉤樣小,扇逐漢機團。 
新月から三日月の「生魄」は明るく光る所は鉤のように小さいがその影の部分に生きる力がある。漢の班婕妤の『怨歌行』に詠うようにきれいなまるい扇でも秋になれば棄てられるという、だからいまもっと愛してください。
細影將圓質,人間幾處看。

細い月影がやがては真ん丸に成長してゆきます。そしてまた「生魄」が成長します。人間世界も、このように陰と陽が成長し合っているものでさまざまなところでさまざまな思いをこめて仰ぎ見ているのでしょう。

(月)
魄は鉤樣【こうよう】小きに依り,扇は漢機團きを逐う。 
細き影は將に圓質なり,人間 幾處に看る。

三日月01








『月』 現代語訳と訳註
(本文)

魄依鉤樣小,扇逐漢機團。 
細影將圓質,人間幾處看。


(下し文) (月)
魄は鉤樣【こうよう】小きに依り,扇は漢機團きを逐う。 
細き影は將に圓質なり,人間 幾處に看る。


(現代語訳)
新月から三日月の「生魄」は明るく光る所は鉤のように小さいがその影の部分に生きる力がある。漢の班婕妤の『怨歌行』に詠うようにきれいなまるい扇でも秋になれば棄てられるという、だからいまもっと愛してください。
細い月影がやがては真ん丸に成長してゆきます。そしてまた「生魄」が成長します。人間世界も、このように陰と陽が成長し合っているものでさまざまなところでさまざまな思いをこめて仰ぎ見ているのでしょう。

上弦の月






(訳注)
(月)

さまざまな角度から月を詠じたものというだけでなく、満月が良いのではなく、月の陰の部分にこそ力があるもの、生き歳いきるものその力をもって生きるべきであるというもの。この詩を単にいろんな月がありますという解釈をしているのは、女性蔑視の軽薄な文学である。


魄依鉤樣小,扇逐漢機團。 
新月から三日月の「生魄」は明るく光る所は鉤のように小さいがその影の部分に生きる力がある。漢の班婕妤の『怨歌行』に詠うようにきれいなまるい扇でも秋になれば棄てられるという、だからいまもっと愛してください。。
・魄 月魄。三日月の陰の部分を月の生魄といい、この部分に生れる力、たましいを感じたのである。精神をつかさどる陽の気を魂(こん)というのに対し、肉体をつかさどるという陰の霊気。1 人の肉体に宿り、活力を生み出すもの。たましい。「気魄・魂魄」
2 月のかげの部分。「生魄」
3 落ちぶれる。「落魄」。
・鉤樣 鉤は、簾をまきあげてかける金具。形は鉤形。鎌のような形。三日月。
57moon・扇 中国古代の扇は、開くとうちわ型になった。
・漢機 漢代の機。漢の班婕妤
怨歌行  
新裂齊紈素,皎潔如霜雪。
裁爲合歡扇,團團似明月。
出入君懷袖,動搖微風發。
常恐秋節至,涼風奪炎熱。
棄捐篋笥中,恩情中道絶。
(新たらしい斉の国産の白練り絹を裂いている、それは純白、潔白で穢れない清い白さは、霜や雪のようだ。
裁断して、両面から張り合わせの扇を作っている。丸くしてまるで満月のようです。
でもいつもこころに恐れていることがあるのは秋の季節が来ることなのです。秋の清々しい風は、わが君の情熱を奪って涼しくしてしまうのです。
そうすると、屑籠の中に投げ捨てられてしまうことになります。わが君、帝王の寵愛が途中で絶えてしまうことになるのです。)
第二句はこれ基づいてよんだもの。怨歌行 班婕妤(倢伃) 漢詩<111>玉台新詠集 女性詩547 漢文委員会kannuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1458


細影將圓質,人間幾處看。
細い月影がやがては真ん丸に成長してゆきます。そしてまた「生魄」が成長します。人間世界も、このように陰と陽が成長し合っているものでさまざまなところでさまざまな思いをこめて仰ぎ見ているのでしょう。
・細影 月の細い形。初月近くをいう。陰と陽が成長することを云う。薛濤は明るい部分だけ月と云っているのではないのである。班婕妤を引用した意味はこの点にある。
・質 満月と新月。どちらも本来の姿である。
・幾處 何か処で、であるが、反語的用法で、いたるところでの意。

風 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-139-11-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2242

薛濤《風》唐五代詞・宋詩

香り草を抜けた風がかすかな香りを運んできて遠くの方に抜けていく、その風がひるがえり、弓矢を放った一撃の音がその風を切る音、それは鶴の一鳴きのようである。

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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

風 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-139-11-#4   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2242



獵蕙微風遠,飄弦唳一聲。
香り草を抜けた風がかすかな香りを運んできて遠くの方に抜けていく、その風がひるがえり、弓矢を放った一撃の音がその風を切る音、それは鶴の一鳴きのようである。
林梢明淅瀝,松徑夜淒清。
その風は林の中の木々のこずえを抜けて、ひゅぅひゅうと音をたてる。やがて夜が訪れ、松の小路を、散策する。涼しくすがすがしい松風のもたらす涼しさである。

獵蕙【りょうけい】微風【びふう】遠のき、飄って弦ずれば 唳くこと一聾。
林梢 明るく淅瀝【せきれき】し、松徑【しょうけい】夜となり淒清【せいせい】す。



『風』 現代語訳と訳註
終南山06
(本文)

獵蕙微風遠,飄弦唳一聲。
林梢明淅瀝,松徑夜淒清。


(下し文)
獵蕙【りょうけい】微風【びふう】遠のき、飄って弦ずれば 唳くこと一聾。
林梢 明るく淅瀝【せきれき】し、松徑【しょうけい】夜となり淒清【せいせい】す。


(現代語訳)
香り草を抜けた風がかすかな香りを運んできて遠くの方に抜けていく、その風がひるがえり、弓矢を放った一撃の音がその風を切る音、それは鶴の一鳴きのようである。その風は林の中の木々のこずえを抜けて、ひゅぅひゅうと音をたてる。やがて夜が訪れ、松の小路を、散策する。涼しくすがすがしい松風のもたらす涼しさである。


(訳注)

この詩は中国では珍しい「風」が主語である。日本では“風が通り抜ける”という表現は当たり前のことであるが、中国人はほとんどが自分が主語であることが多い。そのため、漢詩大系15『魚玄機・薛濤』P229<風の姿を四つの場合にうけとめてよんだもの。ふつうの五絶のように各句が順に起伏しっつも連嬉し一首を構成するのではなく、各旬はそれぞれ燭立して、風の姿をとらえているのであるから、起承輪結の法は守られていない。特異な作品である。> と解釈している。まぎれもなく五言絶句である。


獵蕙微風遠,飄弦唳一聲。
香り草を抜けた風がかすかな香りを運んできて遠くの方に抜けていく、その風がひるがえり、弓矢を放った一撃の音がその風を切る音、それは鶴の一鳴きのようである。
・獵蕙 香草の間を通り抜けた風。・蕙 かおり草。一種の香草。・猟 とる。かならずしも禽獣をとることにかぎらない。漁船のことを猟船ということもある。(1)野生の鳥や獣をとること。猟(りよう)。狩猟。[季]冬。 (2)犯罪者などを捜索し、つかまえること。 「暴力団―」「山―」 (3)自然の中に分け入って、野草や貝などをとったり、花やもみじを観賞した.1. 捕捉禽獸:~捕。~獲。~逐。~取。~奇。狩~。田~。漁~。圍~。 2. 打獵的:~人。~戶。~狗。~槍。
・弦 矢をつがえて弓の弦を放つこと。
・唳 鳴くこと。鶴のなくことを鶴唳という。風声鶴唳とは。おじけづいて、わずかなことにも恐れおののくことのたとえ。▽「風声」は風の音。「鶴唳」はつるの鳴き声。わずかな物音にもおびえるたとえ。「鶴唳風声 かくれいふうせい 」ともいう。


林梢明淅瀝,松徑夜淒清。
その風は林の中の木々のこずえを抜けて、ひゅぅひゅうと音をたてる。やがて夜が訪れ、松の小路を、散策する。涼しくすがすがしい松風のもたらす涼しさである。
・林梢(りんしよう) 林の木々のこずえ。
・淅瀝 風音の形容。ひゅうひゅう。雨や雪の音をいうこともある。
杜甫『白水崔少府十九翁高齋三十韻』
「危階根青冥,曾冰生淅瀝。」(この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。)
・松徑 松林中の小路。
・淒清 涼しい意。涼しくすがすがしい松風のもたらす涼しさをいう。

過鄂州 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-105-40-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2072

過鄂州 魚玄機

2013年3月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


過鄂州 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-105-40-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2072

卷804_33 【過鄂州】魚玄機

過鄂州 魚玄機
(鄂州を過ぎたとすれば)
柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。

あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。

鄂州【がくしゅう】を過【よぎ】る  魚玄機
柳 蘭橈【らんとう】を拂ひて花 枝に滿つ,石城 城下 暮れて帆 遲れる。
牌を折りて峰上 三閭の墓,火を遠くして山頭 五馬の旗。
白雪 調 高くして舊寺に題し,陽春 歌 在りて 新詞み換【か】ゆ。
莫愁の魂 清江を逐いて去り,空しく行人を使【し】て 萬首の詩。


美女画557
『過鄂州』 現代語訳と訳註
(本文)

柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。
折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。
白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。
莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。


(下し文)
鄂州【がくしゅう】を過【よぎ】る  魚玄機
柳 蘭橈【らんとう】を拂ひて花 枝に滿つ,石城 城下 暮れて帆 遲れる。
牌を折りて峰上 三閭の墓,火を遠くして山頭 五馬の旗。
白雪 調 高くして舊寺に題し,陽春 歌 在りて 新詞み換【か】ゆ。
莫愁の魂 清江を逐いて去り,空しく行人を使【し】て 萬首の詩。


(現代語訳)
(鄂州を過ぎたとすれば)
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。


(訳注)
過鄂州
鄂州を過ぎたとすれば
・鄂州 今の湖北省武漢市、当時の武昌は長江を50kmくだったところに現在の鄂州市があり、当時の武昌である。地名がそれぞれ入れ替わっているのである。
この詩も何らかのことで、題材が与えられて空想して書いたものであろう。詩としては面白いのではあるが、自分の目で見たものというより、この詩を読んでくれる人のことを考えた描写のようで実感のないものである。長安の人々にはアイドル魚玄機の詩として好評ではなかったろうか。


柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
・蘭橈(らんとう) 橈は舟のかじ。


折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
・石城 鐘祥県をさす。ここに北周のときに石城郡治をおいた。荊州であるから、長江を100km以上遡ったところである。
・折牌峯 地名ではなくて長江が蛇行して、名所奮跡の山々が屏風のような形であることを云うのであろう。
・三閭 楚の屈原をいう。屈原は三間の大夫であった。
・遠火山 未詳。遠く漁火がもれ、山のあたり。
・五馬旗 太守の乗車には、新馬すなわち四頭だての馬のはかに、鯵(そえうま)を加え、五頭をつけたので、転じて五馬は太守の異称となった。
此の句など全く実感のない観光案内のようである。


白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
陽春、白雪ともに古曲名。とくに白雪は、五十絃の琴曲で、あるいは大帝が東女にひかせた曲という。

・舊寺 宝通禅寺は武昌洪山南麓に位置し、湖北省の有名な古いお寺で武漢市仏教四大寺にもなっている。宝通禅寺は1600年余りの歴史があり世界的にもよく知られている。南北朝時代の劉宋時代(420-479年)に建てられた。もともとは東山寺と呼ばれていたが唐の貞観代(627-649年)に弥陀寺にと改め、南宋の端平代(1234-1236年)に崇寧万寿禅師と改称した。明の時代になると成化二十一年(1485年)に「宝通禅寺」となった。武漢に現存する最古の寺院である。

莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。
あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。

天台山 瓊臺


観光案内の紹介
宝通禅寺は昔から皇室の寺院で、武漢の寺院群の中では異色です。そのため宝通禅寺の建築様式は北京の故宮(故宮―紫禁城とも呼ばれ、明清朝時代の王宮である歴史的建造物です。)に非常に似ています。寺院には放生池、聖僧橋、接引殿、東西庁、大雄宝殿、祖師殿、禅堂などの建築物があり、全体は起伏した山のように並んでいます。寺院の後ろには洪山宝塔、法界宮が建てられています。この他にも東屋や奇岩怪石、幽径、華厳洞、白龍泉などがあり観光客を和ませています。

山門
宝通寺では先ず山門の装飾を見ることができます。門額には「宝通禅寺」と書かれています。その字体は雄壮で力強く、気勢に溢れています。これは中国仏教協会协会の主席であり著名な書家趙朴初先生が書かれたものです。

洪山宝塔
洪山宝塔は名のごとく小高い丘陵になっている緑豊かな洪山公園にあります。元々は臨済塔と称し、元の大徳十一年(1307年)に建て始められ延祐二年(1315年)に完成したとされています。

塔は八角七層の楼閣式塔です。塔身内部には石が積み上げられており外壁にはレンガが用いられています。塔の高さは約43mあります。志書によると各層毎に木の梁を縦横に組み合わせながら上へと積んであります。内部には螺旋階段があります。八角の隅行にそれぞれ風鈴が下がっています。精巧なデザインが施されており湖北省の屈指の塔です。

重陽阻雨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-97-33-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2032

重陽阻雨

2013年3月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



重陽阻雨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-97-33-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2032

卷804_26 【重陽阻雨】魚玄機


重陽阻雨
(重陽の日に雨に阻まれる。)
滿庭黃菊籬邊拆,兩朵芙蓉鏡裏開。
まがきのあたりに、一面に咲いていた黄金色の菊の花は、雨風にたたかれて、茎の折れてしまったものさえある。外は雨、鏡を開けると、蓮の花が兩の頬に咲いているように映る。
落帽臺前風雨阻,不知何處醉金杯。
晋の孟嘉の故事のように山に昇れば帽子が飛ばされても気が付かないほどお酒をいただき、良い詩を返そうと思う前に嵐によって山に向かう外に出るのさえ阻まれたのです。こんなことではどこで黃菊酒の盃で酔えばよいのかわからない。

(重陽雨に阻まる)
滿庭の黃菊 籬邊に拆れ,兩朵【りょうだ】の芙蓉 鏡裏に開く。
落帽 臺を前にして風雨 阻み,何【いずれ】の處に金杯に醉うを知らざらん。




魚玄機が宮島に
『重陽阻雨』
魚玄機#33 
現代語訳と訳註
(本文)
重陽阻雨
滿庭黃菊籬邊拆,兩朵芙蓉鏡裏開。
落帽臺前風雨阻,不知何處醉金杯。


(下し文)
(重陽雨に阻まる)
滿庭の黃菊 籬邊に拆れ,兩朵【りょうだ】の芙蓉 鏡裏に開く。
落帽 臺を前にして風雨 阻み,何【いずれ】の處に金杯に醉うを知らざらん。


(現代語訳)
(重陽の日に雨に阻まれる。)
まがきのあたりに、一面に咲いていた黄金色の菊の花は、雨風にたたかれて、茎の折れてしまったものさえある。外は雨、鏡を開けると、蓮の花が兩の頬に咲いているように映る。
晋の孟嘉の故事のように山に昇れば帽子が飛ばされても気が付かないほどお酒をいただき、良い詩を返そうと思う前に嵐によって山に向かう外に出るのさえ阻まれたのです。こんなことではどこで黃菊酒の盃で酔えばよいのかわからない。


(訳注)
重陽阻雨
重陽の日に雨に阻まれる。
重陽節は、古来より「邪を避ける」日である。その起源は下記の故事が元になっている。
『續齊諧記』後漢の時代、河南省汝南に桓景という男が住んでいた。桓景は道士の費長房に師事していた。ある時、師匠の費長房が「9月9日、お前の故郷に災難が襲い掛かるだろう」と予言した。それを聞いた桓景は急いで帰郷し、家族を連れて、師匠に言われた通りに、茱萸(グミの一種)の袋を肘にかけ、高い山へ登って菊花酒を飲めば災難からのがれることができる。」と、教えた。桓景はそのとおりにして、やまからおろて家へかえってみると、犬や牛、羊など飼っていた動物は皆死んでいた。桓景がこの話を費長房にしたところ、「動物たちが家族の代わりに災いを受けてくれたのだ。」と。
この話が広まって、9月9日には茱萸を腕に結んだり、登山をしたり、菊花酒を飲む風習が生まれたとされる。


滿庭黃菊籬邊拆,兩朵芙蓉鏡裏開。
まがきのあたりに、一面に咲いていた黄金色の菊の花は、雨風にたたかれて、茎の折れてしまったものさえある。外は雨、鏡を開けると、蓮の花が兩の頬に咲いているように映る。
・黃菊(こうきく)(1)黄色い花の菊。[季]秋。(2) 襲(かさね)の色目の名。表は黄、裏は青。また、表は黄、裏は萌黄(もえぎ)。秋に用いる 。
・籬 まがき。
・折 おれる。
・兩朵(りょうだ) 朵は花の茎を数える単位。二本。
・芙蓉 蓮の花。両頬が白粉により美しくなったことを蓮花にたとえていった。
・鏡裏(きょうり)鏡の中鏡に映る姿。


落帽臺前風雨阻,不知何處醉金杯。
晋の孟嘉の故事のように山に昇れば帽子が飛ばされても気が付かないほどお酒をいただき、良い詩を返そうと思う前に嵐によって山に向かう外に出るのさえ阻まれたのです。こんなことではどこで黃菊酒の盃で酔えばよいのかわからない。
・落帽臺前 ・落帽;ここは山の名前を云うのではなく晋の孟嘉の故事をしめすもの。・臺前 やまをまえにしたこと。この詩では場所を特定する意味は全くないのである。雨が降ってしまって、黄菊酒が酔うほど飲めないこと、詩を作りたかったけれどできなかったことを詩にしたもので、大系15のように全く関係のない重陽と関係のない、関羽の落帽場所に無理やりこじつけて解説している。詩は作者が何を云わんとしているのかを解釈しないといけないのである。自説、仮設、主観だけで解釈して行くのは間違い。
晋の孟嘉 落帽山(後世の龍山落帽図など参照)
晋の孟嘉が桓温の参軍となり、九日龍山で催おされた登高の宴に、秋風のいたずらに孟嘉の帽子を飛ばした。本人はそれに気づかなかったが、桓温はそっと左右のものに目配せをし放置させ、やがて、孟嘉が手洗いに立つと文士の孫盛に命じ、孟嘉を嘲笑する文を孟嘉の席に置いた。席に戻った孟嘉は冷静に答辭を作った。其の文は見事な美文で一同を感嘆させた。東晉の風流の故事の一つとされている。その故事から、龍山を落帽山ともいう。
別に荊州にも関羽が劉備を助ける際帽子を落した山があるが、詩人の言う落帽山とは無関係である。なお、魚玄機の前に下記の詩人が題材としている。魚玄機の彼女らしい詠い方をしたのである。

杜甫『九日藍田崔氏荘』
老去悲愁強自寛、興来今日尽君歓。
羞将短髪環吹帽、笑倩旁人為正冠
藍水遠従千澗落、玉山高並両峰寒。
明年此会知誰健、酔把茱萸子細看。

李白『九日龍山飲』
九日龍山飲、黄花笑逐臣。
酔看風落帽、舞愛月留人。

獨孤及『九月九日李蘇州東樓宴』
是菊花開日,當君乘興秋。風前孟嘉帽,月下庾公樓。
 酒解留征客,歌能破別愁。醉歸無以贈,只奉萬年酬。

唐 元稹 『答姨兄胡靈之見寄五十韻』
「登樓王粲望,落帽孟嘉情。」

宋 陳師道 《後山詩話》:
「 孟嘉 落帽, 前世以為勝絕。

明 無心子 《金雀記‧訪花》:
「倘籬邊短幹, 肯移 陶令 之前;境上清風, 准擬落 孟嘉 之帽。」
華山000

江行 二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-93-29-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2012

江行 二首 其二 魚玄機 

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首  
 
 



江行 二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-93-29-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2012

卷804_22 【江行】魚玄機

江行 二首
其一
大江橫抱武昌斜,鸚鵡洲前戶萬家。
大いなる長江の流れのむこうに、斜めに広がる武昌の町が見える。まるで長江が町をかかえこんでいる。そこに鸚鵡洲があり、家が万戸建っている。
畫舸春眠朝未足,夢為蝴蝶也尋花。
華やかな舟の旅はずっとのんびりしたもので、春の朝の今朝も、まだ眠りが足りない感じである。またうとうとするうちに荘周の「蝴蝶」のように、夢のなかで花から花へ、またも飛びまわったのである。

其二
煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。
春がすみのなかを、すでに鸕鶿の港へきているようだ。私の乗った奇麗なお船は、依然として鸚鵡洲に沿って航行している。
醉臥醒吟都不覺,今朝驚在漢江頭。

船の旅の間中、酒に酔い、酔えば眠り、醒めれば詩を吟じる。それの繰り返し、何もかにも全く覚えていない。今朝も目をさますと、船はもう漢水の川口にいるので驚いたのです。


江行 二首 其一
大江 橫にして武昌を斜にするを抱く,鸚鵡 洲にして戶 萬家を前にす。
畫舸【がか】春眠 朝 未だ足らず,夢に蝴蝶と為りて 也た花を尋ぬ。

江行 二首 其二
煙花 已に入る 鸕鶿【ろじ】の港,畫舸 猶お沿う鸚鵡の洲。
醉臥 醒吟 都て覺らず,今朝 漢江の頭【ほとり】に在るを驚く。


『江行 二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)

煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。
醉臥醒吟都不覺,今朝驚在漢江頭。


(下し文)
江行 二首 其二
煙花 已に入る 鸕鶿【ろじ】の港,畫舸 猶お沿う鸚鵡の洲。
醉臥 醒吟 都て覺らず,今朝 漢江の頭【ほとり】に在るを驚く。


(現代語訳)
春がすみのなかを、すでに鸕鶿の港へきているようだ。私の乗った奇麗なお船は、依然として鸚鵡洲に沿って航行している。
船の旅の間中、酒に酔い、酔えば眠り、醒めれば詩を吟じる。それの繰り返し、何もかにも全く覚えていない。今朝も目をさますと、船はもう漢水の川口にいるので驚いたのです。


(訳注)
江行 二首 其二
深江をくだり、揚子江との合流瓢につき、むこうに武昌のにぎやかな市街、こちらがわに鸚鵡洲を見て、舟中での作とされる。
洞庭湖鄂州02この詩も唐時代の地名と詩の雰囲気が合わないような気がする。唐の時代の武昌は現在の位置とは全く違うところにあり、長江の流れ、湿地帯、中州の様相が全く違うのである。魚玄機は漢江を下って武昌に着いたのであればどこへ行こうというのか。
この詩は魚玄機が想像で作ったものであるということであれば、客のお題に沿って詩を作ったということではなかろうか。魚玄機の詩に地名が出て來ると地図で確認するとどこかずれているのである。したがって、その地名で魚玄機の足跡は確かなものとはいえなし、判断を間違える。地図を参照されたい。大系15の解釈は魚玄機が漢江を下って長江(揚子江)との合流地点を詠ったものとしている。その根拠は武昌という地名で、地図ではi-6地点である。しかし、中国歴史地図六朝時代から隋、唐、宋まで丹念に確認したが、jk-5地点なのである。詩の雰囲気もいかにもお座敷で作られたように現実感のない詩であるのもうなずけるのではなかろうか。江行 二首についても、私には現実感が全くないとしか思えないのである。


煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。
春がすみのなかを、すでに鸕鶿の港へきているようだ。私の乗った奇麗なお船は、依然として鸚鵡洲に沿って航行している。
・煙花(えんか) 花がすみ。春の景色。
・鸕鶿 鵜のとり。中國古代より鵜飼が行われていた様でその港ではなかろうか。この二句は対句を意識しているため想像で描く風景であろう。


醉臥醒吟都不覺,今朝驚在漢江頭。
船の旅の間中、酒に酔い、酔えば眠り、醒めれば詩を吟じる。それの繰り返し、何もかにも全く覚えていない。今朝も目をさますと、船はもう漢水の川口にいるので驚いたのです。
・漢江頭 かんこうのほとり) 漢江が長江に合流するところ。

魚玄機の詩は李白の『鸚鵡洲』を参考にしてお座敷で作られたものと考える方が妥当ではなかろうか。つまり、ここに魚玄機は旅行していないのである。
鸚鵡洲(李白 唐詩)
鸚鵡來過吳江水,江上洲傳鸚鵡名。
鸚鵡西飛隴山去,芳洲之樹何青青。
煙開蘭葉香風暖,岸夾桃花錦浪生。
遷客此時徒極目,長洲孤月向誰明。

この詩においては、森鴎外の判断の方が正しいものと思われる。

江行 二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-92-28-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2007

江行 二首 其一 魚玄機 

2013年3月2日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩箜篌引 曹植 魏詩<50-#3>古詩源 巻五 女性詩691 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2003
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-6>Ⅱ中唐詩602 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1994
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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女性詩人
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孟郊詩
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卷804_22 【江行】魚玄機

江行 二首
其一
大江橫抱武昌斜,鸚鵡洲前戶萬家。
大いなる長江の流れのむこうに、斜めに広がる武昌の町が見える。まるで長江が町をかかえこんでいる。そこに鸚鵡洲があり、家が万戸建っている。
畫舸春眠朝未足,夢為蝴蝶也尋花。

華やかな舟の旅はずっとのんびりしたもので、春の朝の今朝も、まだ眠りが足りない感じである。またうとうとするうちに荘周の「蝴蝶」のように、夢のなかで花から花へ、またも飛びまわったのである。

其二
煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。
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江行 二首 其一
大江 橫にして武昌を斜にするを抱く,鸚鵡 洲にして戶 萬家を前にす。
畫舸【がか】春眠 朝 未だ足らず,夢に蝴蝶と為りて 也た花を尋ぬ。


江行 二首 其二
煙花 已に入る 鸕鶿【ろじ】の港,畫舸 猶お沿う鸚鵡の洲。
醉臥 醒吟 都て覺らず,今朝 漢江の頭【ほとり】に在るを驚く。


doteiko01
『江行 二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
大江橫抱武昌斜,鸚鵡洲前戶萬家。
畫舸春眠朝未足,夢為蝴蝶也尋花。


(下し文) 江行 二首 其一
大江 橫にして武昌を斜にするを抱く,鸚鵡 洲にして戶 萬家を前にす。
畫舸【がか】春眠 朝 未だ足らず,夢に蝴蝶と為りて 也た花を尋ぬ。


(現代語訳)
大いなる長江の流れのむこうに、斜めに広がる武昌の町が見える。まるで長江が町をかかえこんでいる。そこに鸚鵡洲があり、家が万戸建っている。
華やかな舟の旅はずっとのんびりしたもので、春の朝の今朝も、まだ眠りが足りない感じである。またうとうとするうちに荘周の「蝴蝶」のように、夢のなかで花から花へ、またも飛びまわったのである。

洞庭湖鄂州02
















(訳注)
江行 二首 其一

深江をくだり、揚子江との合流瓢につき、むこうに武昌のにぎやかな市街、こちらがわに鸚鵡洲を見て、舟中での作。


大江橫抱武昌斜,鸚鵡洲前戶萬家。
大いなる長江の流れのむこうに、斜めに広がる武昌の町が見える。まるで長江が町をかかえこんでいる。そこに鸚鵡洲があり、家が万戸建っている。
・大江 川幅の広いものをいうが、ここでは長江、すなわち下流の揚子江。
・鸚鵡洲 漢江が長江:揚子江にそそぐ出口のところにあった州のような平板な島。
・戸 いえ。


畫舸春眠朝未足,夢為蝴蝶也尋花。
華やかな舟の旅はずっとのんびりしたもので、春の朝の今朝も、まだ眠りが足りない感じである。またうとうとするうちに荘周の「蝴蝶」のように、夢のなかで花から花へ、またも飛びまわったのである。
・畫舸 彩色を施した船。舸はふね。画は美しく絵どられた飾られた意であるが、詩語として冠したもの。
・春眠 孟浩然『春曉』「春眠不覺曉,處處聞啼鳥。夜來風雨聲,花落知多少。」仕事のない退屈さと風流な気分での朝を詠うもの、ここでも何にもすることのないことを詠う。
・夢為蝴蝶 昔、荘子がで、蝶になった夢をみて、その自由さに暁の夢が覚めてのち、自分の夢か、蝶の夢かとと疑ったという。蝶のように華麗で自由にあなたのもとに飛んでいければいいのに。また、昔の望帝はその身が朽ちて果ててもの春目くその思いを、杜鵑(ホトトギス)に托したという。愛への思い焦がれる執着心はそのように、昼も夜も四六時中、哀鳴するものなのだ。
・蝴蝶 荘周が夢の中で蝶になり、夢からさめた後、荘周が夢を見て蝶になっているのか、蝶が夢を見て荘周になっているのか、一体どちらなのか迷った。 
荘子 内篇齊物論 (最終段)
昔者、荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。
自喩適志与。不知周也。
俄然覚、則遽遽然周也。
不知周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。
(昔者、荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。
自ら喩しみ志に適へるかな。周なるを知らざるなり。
俄然として覚むれば、則ち遽遽然として周なり。
知らず周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか。
周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此れを之れ物化と謂ふ。)
美女画557

秋怨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-91-27-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2002

秋怨 魚玄機

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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首  
 
 



秋怨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-91-27-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2002

卷804_21 【秋怨】魚玄機


秋怨
(秋の長い夜を怨む)
自嘆多情是足愁,況當風月滿庭秋。
自分自身でも浮気っぽい気持ちを持っている。とても一人の男だけを考えいろいろ愁いているということが出来ない。なげかわしいことかもしれません。まして、風がそよぎ、満月が出ているこんな風流な雰囲気が庭中にいっぱいに広がっている秋の夜なのです。
洞房偏與更聲近,夜夜燈前欲白頭。

そんな夜なのにこの寝室で困った事と思いすごす。夜更けの時を告げる太鼓の音が聞こえてくる。もう夜明けが近くなったのでしょうか。それが毎夜毎夜部屋の燈火の前でこんな調子ではきっと若白髪になってしまいます。

自ら嘆ず多情は是れ足愁なるを、況や風月滞庭の秋に 當るをや。
洞房偏へに更聲と近し、夜夜燈前に白頭ならんとす。


58moon


『秋怨』 現代語訳と訳註
(本文)
秋怨
自嘆多情是足愁,況當風月滿庭秋。
洞房偏與更聲近,夜夜燈前欲白頭。


(下し文)
自ら嘆ず多情は是れ足愁なるを、況や風月滞庭の秋に 當るをや。
洞房偏へに更聲と近し、夜夜燈前に白頭ならんとす。


(現代語訳)
(秋の長い夜を怨む)
自分自身でも浮気っぽい気持ちを持っている。とても一人の男だけを考えいろいろ愁いているということが出来ない。なげかわしいことかもしれません。まして、風がそよぎ、満月が出ているこんな風流な雰囲気が庭中にいっぱいに広がっている秋の夜なのです。
そんな夜なのにこの寝室で困った事と思いすごす。夜更けの時を告げる太鼓の音が聞こえてくる。もう夜明けが近くなったのでしょうか。それが毎夜毎夜部屋の燈火の前でこんな調子ではきっと若白髪になってしまいます。

魚玄機が宮島に








(訳注)
秋怨

秋の長い夜を怨む
李白『秋思』『春思』、『静夜思』『玉階怨』『春怨』などに共通しているのは女性は一人の男性のことを思う。それは、戰に出て帰ってこない男、商売で旅に出て帰ってこない男、浮気者の男性が帰ってこない女性を男の目線から詠っているものである。あるいは女性の詩であれば一人の男しか相手にできないという前提があるのである。果たして当時の社会の男女の間の事がそれほど詩に取り上げられるということは逆に一般的に貞操感がないから、男の希望として、一人の男を思うという詩が成り立つのではなかろうか。
魚玄機は、自分自身多情であるといって嘆くのである。この表現は素晴らしく、こんな表現は中国歴史上魚玄機が初めてであろう。決して芸妓だから言えたわけではないのである。
ただ、この詩も大系15では李億に棄てられた魚玄機が一人で過ごす夜が耐えられないという偏った意味で解釈されているが、これは間違っている。魚玄機の詩のよい所をすべて否定した儒教的解釈は面白くない。


自嘆多情是足愁,況當風月滿庭秋。
自分自身でも浮気っぽい気持ちを持っている。とても一人の男だけを考えいろいろ愁いているということが出来ない。なげかわしいことかもしれません。まして、風がそよぎ、満月が出ているこんな風流な雰囲気が庭中にいっぱいに広がっている秋の夜なのです。
・多情 1 情が深くて、感じやすいこと。また、そのさま。「―な青年期」「―多感」 2 異性に対する心が移りやすいこと。また、そのさま。移り気。
・足愁 十分な愁い。限りないさびしさ。
・況(いわんや)まして。


洞房偏與更聲近,夜夜燈前欲白頭。
そんな夜なのにこの寝室で困った事と思いすごす。夜更けの時を告げる太鼓の音が聞こえてくる。もう夜明けが近くなったのでしょうか。それが毎夜毎夜部屋の燈火の前でこんな調子ではきっと若白髪になってしまいます。
・洞房 婦人のへや。女の寝室。
・偏(ひとえに) 不公平な意。やれやれこまったことに、の心をふくんだ副詞。
・更聾(こうせい) 更は、夜の間の時間を五つに区切ることばで、初更が八時、二更が十時、三更が十二時、四更が午前二時、五更が午前四時。そのたびにその時刻を知らせるため城樓で太鼓が打たれる。更声はしたがって鼓声でもある。すぐ近くでその大鼓が鳴る。いっそ聞こえなければよいものをという心が「偏」という字にふくまれている。
・欲 欲望の欲でなく、まさに何々せんとすの意。
・白頭 白髪の頭。憂いのために白髪がふえていく。

寄題錬師 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-72-8-#五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1904



4. 寄題錬師

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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4. 寄題錬師

寄題錬師 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-72-8-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1904


寄題錬師
霞彩剪爲衣、添香出繍幃。
色美しい霞を裁って衣とした道衣を身につけ、焚きこめた香の匂いをただよわせながら、単衣の帷の奥からあらわれた姿は、神秘的ですてきな姿です。
芙蓉花葉…、山水帔…稀。
薄絹に木芙蓉の花と葉が鮮やかに色濃い模様の美しい、とばりの向こうに庭の山水が映っていて、霞模様の着物がまれにみえている。
駐履聞鶯語、開籠放鶴飛。
庭さきに出た彼女は、足をとめてじっと鶯の聾の美しさに聞きほれているようです、また軒につるした籠をあけて、鶴を自由な空へ飛びたたせたりしています。
高堂春睡覚、暮雨正霏霏。
のどかな春の日、高楼の座敷で昼寝のゆっくりした夢からさめました、もう夕暮れちかくになっていて、春雨がしとしと降っているのです。


錬師に寄題す
霞彩を剪りて衣と為し、香を添へて 繍幃を出づ。
芙蓉 花葉…、山水 帔… 稀なり。
履を駐めて 鶯の語るを聞き、籠を開いて 鶴の飛ぶに放す。
高堂 春陸より覚むれば、暮雨 正に 霏霏たり。


女性詩人0053
『寄題錬師』 現代語訳と訳註
(本文)
寄題錬師
霞彩剪爲衣、添香出繍幃。芙蓉花葉 、山水帔霞稀。
駐履聞鶯語、開籠放鶴飛。高堂春睡覚、暮雨正霏霏。


(下し文)
錬師に寄題す
霞彩を剪りて衣と為し、香を添へて 繍幃を出づ。
芙蓉 花葉……、山水 帔霞 稀なり。
履を駐めて 鶯の語るを聞き、籠を開いて 鶴の飛ぶに放す。
高堂 春陸より覚むれば、暮雨 正に 霏霏たり。


(現代語訳)
色美しい霞を裁って衣とした道衣を身につけ、焚きこめた香の匂いをただよわせながら、単衣の帷の奥からあらわれた姿は、神秘的ですてきな姿です。
薄絹に木芙蓉の花と葉が鮮やかに色濃い模様の美しい、とばりの向こうに庭の山水が映っていて、霞模様の着物がまれにみえている。
庭さきに出た彼女は、足をとめてじっと鶯の聾の美しさに聞きほれているようです、また軒につるした籠をあけて、鶴を自由な空へ飛びたたせたりしています。
のどかな春の日、高楼の座敷で昼寝のゆっくりした夢からさめました、もう夕暮れちかくになっていて、春雨がしとしと降っているのです。


(訳注)
寄題錬師 

・寄題 鎌師を題にしてよんだという意。
・錬師 花街の女が官僚の女になったものの互いに呼び合った名前らしい。孫権の歩夫人にあやかっての呼び合っていたのであろう。ちなみに歩夫人は徐州臨淮郡淮陰(現在の江蘇省淮安市)の出身。呉に仕えた歩隲の同族。諱は「練師」だった(『建康実録』)。史書に名前が残る孫権の妻の一人。戦乱を避けて母と共に江東に移住した所、孫権に見初められて夫人となった。嫉妬しない性格だったため孫権が最も寵愛した夫人となった。孫権が皇帝に即位すると内心歩夫人を皇后にしようと考えていたが、皇太子の孫登や群臣達は孫登の養母である徐夫人を皇后にすることを望んでいた。しかし孫権は徐夫人の立后を拒否し、歩夫人もまた皇后につこうとせず238年に没した。
孫権はあらためて歩夫人に皇后の位を追贈し、孫権死後に陵墓である「蒋陵」に一緒に葬られることになった。


霞彩剪爲衣、添香出繍幃。
色美しい霞を裁って衣とした道衣を身につけ、焚きこめた香の匂いをただよわせながら、単衣の帷の奥からあらわれた姿は、神秘的ですてきな姿です。
霞彩 色あざやかなかすみ。
・繍幃(しゅぅい) 繍はぬいとり、幃はひとえのとばり。単帳のこと。


芙蓉花葉、山水帔稀。
薄絹に木芙蓉の花と葉が鮮やかに色濃い模様の美しい、とばりの向こうに庭の山水が映っていて、霞模様の着物がまれにみえている。
・芙蓉花葉、山水帔稀。の部分の意味として、"注意深い ・ かゆい所に手の届く ・ 十分な ・ (密度の)濃、愛情・信用などが厚い(情の)濃い ・ (情の)こもった ・ 親密な(関係) ・ こまやかな ・ 密な(往来) ・ 手厚い(看護) ・ (~を)信頼して ・ 頼りにして."などの意味の語であろう。
・芙蓉 葵科の落葉濯木。花は大形で淡紅色または白色であり、観賞用になる。「芙蓉」はハスの美称でもあることから、とくに区別する際には「木芙蓉」(もくふよう)とも呼ばれる。
・帔霞 帔は、もすそ、またはそでなしの羽織。霞吸は、道士の服で霞のもようのついたもの。


駐履聞鶯語、開籠放鶴飛。
庭さきに出た彼女は、足をとめてじっと鶯の聾の美しさに聞きほれているようです、また軒につるした籠をあけて、鶴を自由な空へ飛びたたせたりしています。
・履 くつ、はきもの。


高堂春睡覚、暮雨正霏霏。
のどかな春の日、高楼の座敷で昼寝のゆっくりした夢からさめました、もう夕暮れちかくになっていて、春雨がしとしと降っているのです。
・高堂(こうどう) 高くかまえたりつばな家。高楼の座敷
・霏霏 雨や雪の盛んにふるさま。
韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」とある。

商山早行 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-52-5-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1824

商山早行 温庭筠 




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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首


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商山早行 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-52-5-#  花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1824


商山早行
晨起動征鐸、客行悲故郷。
朝早くから起きだして、馬の首につけた征鐸を鳴らして出発の準備をしている、旅人には、故郷に悲しい思いを残したまま旅立っているものなのです。
雞聲茅店月、人迹板橋霜。
時を惜しんで過ごしているのにもう朝をつげる鶏が鳴いている、別れの月が茅葺の屋根の上に残っている。そして、凍えつめたい橋の板の霜にあの人の足跡がくっきりと残っている。
槲葉落山路、枳花明驛牆。
山の路に旅の邪気除けの槲かしわの葉が新芽と入れ替わった葉が落ちている、あの人のことを思い出すからたちの花が、宿駅舎の籬に、白く明るく咲いて春を告げている。
因思杜陵夢、鳧雁滿囘塘。
長安の東、杜陵で過ごした夢のようなあの頃が目に浮かびます。鴨の季節でも、雁の季節も池のあたり夫婦でいっぱいに浮かんでいました。(きっと帰ってきて、又堤の辺で過ごしましょう。)
(商山【しょうざん】の早行)
晨【あした】に起きて征鐸【せいたく】を動かし、客行【きゃくこう】故郷を悲しむ。
鶏声【けいせい】茅店【ぼうてん】の月、人跡【じんせき】板橋【ばんきょう】の霜。
槲葉【こくよう】山路【さんろ】に落ち、枳花【きか】駅牆【えきしょう】に明らかなり。
因【よ】りて思う杜陵【とりょう】の夢、鳧雁【ふがん】回塘【かいとう】に満つるを。




『商山早行』 現代語訳と訳註

枳殻の花00
(本文)
晨起動征鐸、客行悲故郷。
雞聲茅店月、人迹板橋霜。
槲葉落山路、枳花明驛牆。
因思杜陵夢、鳧雁滿囘塘。








(下し文) (商山【しょうざん】の早行)
晨【あした】に起きて征鐸【せいたく】を動かし、客行【きゃくこう】故郷を悲しむ。
鶏声【けいせい】茅店【ぼうてん】の月、人跡【じんせき】板橋【ばんきょう】の霜。
槲葉【こくよう】山路【さんろ】に落ち、枳花【きか】駅牆【えきしょう】に明らかなり。
因【よ】りて思う杜陵【とりょう】の夢、鳧雁【ふがん】回塘【かいとう】に満つるを。


(現代語訳)
朝早くから起きだして、馬の首につけた征鐸を鳴らして出発の準備をしている、旅人には、故郷に悲しい思いを残したまま旅立っているものなのです。
時を惜しんで過ごしているのにもう朝をつげる鶏が鳴いている、別れの月が茅葺の屋根の上に残っている。そして、凍えつめたい橋の板の霜にあの人の足跡がくっきりと残っている。
山の路に旅の邪気除けの槲かしわの葉が新芽と入れ替わった葉が落ちている、あの人のことを思い出すからたちの花が、宿駅舎の籬に、白く明るく咲いて春を告げている。
長安の東、杜陵で過ごした夢のようなあの頃が目に浮かびます。鴨の季節でも、雁の季節も池のあたり夫婦でいっぱいに浮かんでいました。(きっと帰ってきて、又堤の辺で過ごしましょう。))


(訳注)
商山早行

『商山の早行』は、山の宿場の早朝の旅立ちをこの宿場まで別れを惜しんできた女の側から詠った五言律詩である。長安の東南に位置する藍田の旅籠であろうと思う。


晨起動征鐸、客行悲故郷。
朝早くから起きだして、馬の首につけた征鐸を鳴らして出発の準備をしている、旅人には、故郷に悲しい思いを残したまま旅立っているものなのです。


雞聲茅店月、人迹板橋霜。
時を惜しんで過ごしているのにもう朝をつげる鶏が鳴いている、別れの月が茅葺の屋根の上に残っている。そして、凍えつめたい橋の板の霜にあの人の足跡がくっきりと残っている。
・雞聲 夜通し起きていたことを意味する語である。
・茅店月 月は女性を意味するということもあるが、ここに言う月は、有明の月 (残る月・朝月・夜明けの月・有明). 残月、有明けの月は別れを意味する陰暦20日の月である。


槲葉落山路、枳花明驛牆。
山の路に旅の邪気除けの槲かしわの葉が新芽と入れ替わった葉が落ちている、あの人のことを思い出すからたちの花が、宿駅舎の籬に、白く明るく咲いて春を告げている。
・槲葉 槲の葉っぱには邪気除けの意味があり別れにつきもののもので、秋に枯れた葉が春までついたまま、新芽が出るまでは落葉しない。
・枳花 胸を痛めて居ることを示す花。片思いの花。春を示す。


因思杜陵夢、鳧雁滿囘塘。
長安の東、杜陵で過ごした夢のようなあの頃が目に浮かびます。鴨の季節でも、雁の季節も池のあたり夫婦でいっぱいに浮かんでいました。(きっと帰ってきて、又堤の辺で過ごしましょう。))
・鳧雁 . かもとかり。水鳥で鴨も雁もツガイでいること

『渭上題三首』 之三温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-42-11-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1784

『渭上題三首』 之三温庭筠 


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『渭上題三首』 之三温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-42-11-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1784


「渭上題三首」溫庭筠
之一
呂公榮達子陵歸,萬古煙波繞釣磯。
橋上一通名利跡,至今江鳥背人飛。
之二
目極雲霄思浩然,風帆一片水連天。
輕橈便是東歸路,不肯忘機作釣船。
之三
煙水何曾息世機,暫時相向亦依依。
所嗟白首磻溪叟,一下漁舟更不歸。

渭上題三首 之一
呂公榮達子陵歸,萬古煙波繞釣磯。
呂尚は渭水の畔で釣りをしていて、文王に見出されて栄達を得たが、子陵は後漢を興した光武帝がまだ書生だった頃、一緒に学んだが、光武帝が即位すると去って身を隠した。萬戸の昔から、もやの立ちこめた水面において釣り糸を垂れていることに絡んでいる。
橋上一通名利跡,至今江鳥背人飛。
㶚水に架かるこの橋の上は一つの通の重要な手紙が行き交ったり、名誉と利得の歴史的な跡がたくさんあり、今ここに至って、江南に向かう鳥、旅人はこの橋を背にして旅立っていく。


呂公は榮達し子陵は歸る,萬古 煙波あり釣磯を繞る。
橋上 一通し名利の跡あり,今に至も江鳥も人をも背にして飛ぶ。


渭上題三首 之二
目極雲霄思浩然,風帆一片水連天。
今舟で旅する行く手をはるか遠くまで望雲の向こうの空まで見えるたびは広くゆったりとしていることだ。風に帆を立てていく一片の船が進むその水面はづっと続いて空とつながっている。
輕橈便是東歸路,不肯忘機作釣船。
渭水の流れに沿って軽い舵を取って進んでいけばこれこそ逗留しているのであるから東の故郷に帰っていく路になるのである。釣り船を作って釣りをして立身出世の機会を忘れてしまうというのは君の才能からして納得はできないことなのである。


目極めて雲霄 浩然とするを思い,風帆 一片 水 天に連なる。
橈を輕くして便ち是れ東歸の路,機を忘れ釣船を作すことを肯【うなず】かず。



渭上題三首之三 温庭筠 
煙水何曾息世機,暫時相向亦依依。
この水面にたちこめた靄というのは、どういうわけかこれまでずっと世の中に認められるチャンスを止めさせたということはない。しばらくの間、この水面に向かっていても、ただまたぼんやり立ち籠めてくるだけなのです。 
所嗟白首磻谿叟,一下漁舟更不歸。
そうしてみるとなげかわしいことは、同じ様に釣り糸を垂れたあの谿の白髪頭の太公望呂尚のことだ。それはひとたび釣り舟を下りて、せっかく半隠士の漁父であることを捨てて、栄達の道を歩み去り、ここには戻ってこないことである。 


渭上の題    
煙水 何ぞ 曾【かつ】て世機を息めん,暫時相い向ひて亦た依依たり。
嗟く所は白首磻谿【はんけい】の叟,一たび漁舟を 下りて更に 歸らざるを。

kairo10681











『渭上題三首』之三 現代語訳と訳註
(本文)

煙水何曾息世機,暫時相向亦依依。
所嗟白首磻溪叟,一下漁舟更不歸。


(下し文)
目極めて雲霄 浩然とするを思い,風帆 一片 水 天に連なる。
橈を輕くして便ち是れ東歸の路,機を忘れ釣船を作すことを肯【うなず】かず。


(現代語訳)
この水面にたちこめた靄というのは、どういうわけかこれまでずっと世の中に認められるチャンスを止めさせたということはない。しばらくの間、この水面に向かっていても、ただまたぼんやり立ち籠めてくるだけなのです。 
そうしてみるとなげかわしいことは、同じ様に釣り糸を垂れたあの谿の白髪頭の太公望呂尚のことだ。それはひとたび釣り舟を下りて、せっかく半隠士の漁父であることを捨てて、栄達の道を歩み去り、ここには戻ってこないことである。


(訳注)
温庭筠:晩唐の詩人。812年元和七年―872年咸通十三年。音楽に詳しく、艶麗優美な詩詞を作る。本名は岐。字は飛卿。太原の人。李商隠と共に「温李」と称される。
・渭上題 渭水の畔での詩作。これは三首連作のその三。


煙水何曾息世機、暫時相向亦依依。
この水面にたちこめた靄というのは、どういうわけかこれまでずっと世の中に認められるチャンスを止めさせたということはない。しばらくの間、この水面に向かっていても、ただまたぼんやり立ち籠めてくるだけなのです。 
・煙水 靄(もや)のたちこめた水面。広い水面が煙ったように波立っているさま。「煙波」この連作『渭上題』のその一では「呂公榮達子陵歸,萬古煙波遶釣磯。」と「煙波」としている。 
・何曾 どうして…(った)ろうか。どうして…であろうか。今までずっと…したことはない。 
・息 やすむ。いこう。 
・世機 世の中との交渉。世に認められる機会。
・暫時 しばらく。しばし。少時。
・亦 …もまた。やはり。 
・依依 遠くてぼんやりしているさま。恋い慕うさま。離れるに忍びないさま。ほのかなさま。枝のしなやかなさま。


所嗟白首谿叟、一下漁舟更不歸。
そうしてみるとなげかわしいことは、同じ様に釣り糸を垂れたあの谿の白髪頭の太公望呂尚のことだ。それはひとたび釣り舟を下りて、せっかく半隠士の漁父であることを捨てて、栄達の道を歩み去り、ここには戻ってこないことである。 
・所嗟 なげかわしいこと。なげくところ。
白首 白髪(しらが)頭。 
・磻谿叟 谿の畔に住んでいた太公望呂尚を指す。呂尚は渭水の畔で釣りをしていて、文王に見出されてその師となり、文王、武王をたすけて殷を滅ぼした。周(西周)政治家。周の祖「太公(文王の父)が待ち望んでいた(賢者)」という意味で、太公望と呼ばれる。武王を佐(たす)けて、殷の紂王を滅ぼし、功によって斉(現:山東省の一部)に封ぜられた。 
・磻谿 陝西省寶鷄県南東を流れて渭水に注ぐ川。太公望呂尚が釣りをしていた所。
・一 ひとたび。 
・漁舟 釣り舟。ここでは、太公望といわれた呂尚のことになる。なお、漁父や樵は、隠士に準ずる位置にある。
同じように、

謝靈運『遊嶺門山』

千圻邈不同,萬嶺狀皆異。威摧三山峭,瀄汩兩江駛。漁舟豈安流,樵拾謝西芘。人生誰雲樂?貴不屈所志。』(千圻【せんせき】は邈【かたち】 同じからず、万嶺は状 皆な異なる。威摧【そび】ゆる三山は峭【けわ】しく、瀄汩【しついつ】は両つの江に駛【はや】し。漁舟は 壹 流れに安んぜんや、樵は西芘【にしかげ】に謝【お】つるを拾う。人生誰か楽と云う、志す所に屈せざるを貴ぶ。)
遊嶺門山  #2 謝霊運<21>  詩集 389http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67482044.html

孟浩然『望洞庭湖贈張丞相』「八月湖水平,涵虚混太淸。氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。欲濟無舟楫,端居恥聖明。坐觀垂釣者,徒有羨魚情。」(洞庭湖を望み 張丞相に贈る。八月 湖水 平らかに,虚【きょ】を涵【ひた】して  太淸【たいせい】に混ず。氣は蒸【む】す 雲夢【うんぼう】澤【たく】,波は撼【ゆる】がす 岳陽【がくよう】城。濟【わた】らんと欲するに 舟楫【しゅうしふ】無く,端居して 聖明【せいめい】に恥づ。坐して 釣を垂る者を 觀【み】るに,徒【いたづら】に 魚【うお】を羨【うらや】むの情 有り。)と詠われる。 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67387159.html
『贈韓退之』  張署
九疑峰畔二江前,戀闕思鄉日抵年。
白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。
鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。
渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。
(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ 鄉を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。

『渭上題三首 之二』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-42-11 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1784

『渭上題三首 之二』温庭筠




 
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『渭上題三首 之二』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-42-11 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1784


「渭上題三首」溫庭筠
之一
呂公榮達子陵歸,萬古煙波繞釣磯。
橋上一通名利跡,至今江鳥背人飛。
之二
目極雲霄思浩然,風帆一片水連天。
輕橈便是東歸路,不肯忘機作釣船。
之三
煙水何曾息世機,暫時相向亦依依。
所嗟白首磻溪叟,一下漁舟更不歸。

渭上題三首 之一
呂公榮達子陵歸,萬古煙波繞釣磯。
呂尚は渭水の畔で釣りをしていて、文王に見出されて栄達を得たが、子陵は後漢を興した光武帝がまだ書生だった頃、一緒に学んだが、光武帝が即位すると去って身を隠した。萬戸の昔から、もやの立ちこめた水面において釣り糸を垂れていることに絡んでいる。
橋上一通名利跡,至今江鳥背人飛。
㶚水に架かるこの橋の上は一つの通の重要な手紙が行き交ったり、名誉と利得の歴史的な跡がたくさんあり、今ここに至って、江南に向かう鳥、旅人はこの橋を背にして旅立っていく。

嘉陵江111111














渭上題三首 之二
目極雲霄思浩然,風帆一片水連天。
今舟で旅する行く手をはるか遠くまで望雲の向こうの空まで見えるたびは広くゆったりとしていることだ。風に帆を立てていく一片の船が進むその水面はづっと続いて空とつながっている。
輕橈便是東歸路,不肯忘機作釣船。

渭水の流れに沿って軽い舵を取って進んでいけばこれこそ逗留しているのであるから東の故郷に帰っていく路になるのである。釣り船を作って釣りをして立身出世の機会を忘れてしまうというのは君の才能からして納得はできないことなのである。

目極めて雲霄 浩然とするを思い,風帆 一片 水 天に連なる。
橈を輕くして便ち是れ東歸の路,機を忘れ釣船を作すことを肯【うなず】かず。


『渭上題三首』 之二 現代語訳と訳註
(本文)

目極雲霄思浩然,風帆一片水連天。
輕橈便是東歸路,不肯忘機作釣船。


(下し文)
目極めて雲霄 浩然とするを思い,風帆 一片 水 天に連なる。
橈を輕くして便ち是れ東歸の路,機を忘れ釣船を作すことを肯【うなず】かず。

(現代語訳)
今舟で旅する行く手をはるか遠くまで望雲の向こうの空まで見えるたびは広くゆったりとしていることだ。風に帆を立てていく一片の船が進むその水面はづっと続いて空とつながっている。
渭水の流れに沿って軽い舵を取って進んでいけばこれこそ逗留しているのであるから東の故郷に帰っていく路になるのである。釣り船を作って釣りをして立身出世の機会を忘れてしまうというのは君の才能からして納得はできないことなのである。


(訳注)
渭上題三首 之二
渭水の畔での詩作。これは三首連作のその二。


目極雲霄思浩然,風帆一片水連天。
今舟で旅する行く手をはるか遠くまで望雲の向こうの空まで見えるたびは広くゆったりとしていることだ。風に帆を立てていく一片の船が進むその水面はづっと続いて空とつながっている。
・目極 目の届くかぎり遠方を見る。
・雲霄 そら、くものうえのおおぞら、高い地位をいう。
・浩然 《「浩」は水が豊かなさま》心などが広くゆったりとしているさま。


輕橈便是東歸路,不肯忘機作釣船。
渭水の流れに沿って軽い舵を取って進んでいけばこれこそ逗留しているのであるから東の故郷に帰っていく路になるのである。釣り船を作って釣りをして立身出世の機会を忘れてしまうというのは君の才能からして納得はできないことなのである。
輕橈 舵が軽い。流れに沿って進むこと。
・東歸路 魚玄義と李億が澤州に帰ること。渭水の流れに乗って行けば、水は東流して行くということ。
・肯 うなずいて承知する。「肯定/首肯」 2 骨についた肉。
・忘機 わかれめをわすれる。魚玄機の才能を棄てて旅立っていくのは残念であるということ。


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