玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

七言律詩

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

牡丹 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-244-110-#100  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602

薛濤牡丹 昨年の春のこと、春も終わるころにぽとり、ぽとりとすべて花弁は散り落ちてしまった。あのとき、あなたと別れたことに、涙を流して泣き、紅い詩箋にうらむ歌をかきつけたものでした。


2013年8月1日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


牡丹 薛濤  Ⅹ
唐五代詞・宋詩Gs-244-110-#100   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602

 

  

牡丹

去春零落暮春時,淚濕紅箋怨離。

昨年の春のこと、春も終わるころにぽとり、ぽとりとすべて花弁は散り落ちてしまった。あのとき、あなたと別れたことに、涙を流して泣き、紅い詩箋にうらむ歌をかきつけたものでした。

常恐便同巫峽散,因何重有武陵期。

いつも心に思うのは、あの楚王と巫山の神女の一夜の契りのように、散り散りに別れることを心配していたものでした。どうしたわけだか、あの陶淵明の「桃花源記」に武陵の山間の桃花林をたずねた漁父が、そこを出ると二度とは行けなかったとあるように、二度と逢えると思っていなかったのに、花咲くころにどうしてあえたのでしょう! 

傳情每向馨香得,不語還應彼此知。

愛の心は必ず伝わります。身につけているよい匂いというものがいつもその人がわかるというようにです。また、一言も彼の人は口に出してはいわぬが、心におもうことはよくわかるようにです。

隻欲欄邊安枕席,夜深閑共相思。

一つの枕がこの欄干を通っていったあたりには寝台に置いてやすらぎます。夜がふけています、しずかに二人で、たがいの愛の思いを語りあかそうではありませんか。

牡丹

去春 零落【れいらく】す 暮春【ぼしゅん】の時、涙は紅箋【こうせん】をして 別離を怨む。

常に恐れぬ 便ち巫峡【ふきょう】と同じく散ぜんことを、何に因ってか重ねて武陵【ぶりょう】の期あらんとは。

情を傳ふるは 毎に馨香【けいこう】に向って得、語らざるも 遠 應に彼此【ひし】知るべし。

只 欄邊【らんへん】 枕席【ちんせき】に安きて、夜深うして 閒【しず】かに共に相思を説【い】はんと欲す。

botan00 

 




















 

『牡丹』 現代語訳と訳註

(本文)

去春零落暮春時,淚濕紅箋怨離。

常恐便同巫峽散,因何重有武陵期。

傳情每向馨香得,不語還應彼此知。

隻欲欄邊安枕席,夜深閑共相思。

 

 

(下し文)

牡丹

去春 零落【れいらく】す 暮春【ぼしゅん】の時、涙は紅箋【こうせん】をして 別離を怨む。

常に恐れぬ 便ち巫峡【ふきょう】と同じく散ぜんことを、何に因ってか重ねて武陵【ぶりょう】の期あらんとは。

情を傳ふるは 毎に馨香【けいこう】に向って得、語らざるも 遠 應に彼此【ひし】知るべし。

只 欄邊【らんへん】 枕席【ちんせき】に安きて、夜深うして 閒【しず】かに共に相思を説【い】はんと欲す。

 

 

(現代語訳)

昨年の春のこと、春も終わるころにぽとり、ぽとりとすべて花弁は散り落ちてしまった。あのとき、あなたと別れたことに、涙を流して泣き、紅い詩箋にうらむ歌をかきつけたものでした。

いつも心に思うのは、あの楚王と巫山の神女の一夜の契りのように、散り散りに別れることを心配していたものでした。どうしたわけだか、あの陶淵明の「桃花源記」に武陵の山間の桃花林をたずねた漁父が、そこを出ると二度とは行けなかったとあるように、二度と逢えると思っていなかったのに、花咲くころにどうしてあえたのでしょう。! 

愛の心は必ず伝わります。身につけているよい匂いというものがいつもその人がわかるというようにです。また、一言も彼の人は口に出してはいわぬが、心におもうことはよくわかるようにです。

一つの枕がこの欄干を通っていったあたりには寝台に置いてやすらぎます。夜がふけています、しずかに二人で、たがいの愛の思いを語りあかそうではありませんか。

 

 

(訳注)

牡丹

牡丹の花を、たくみに擬人法をもって、愛人のようにうたって

木芙蓉01 

去春零落暮春時,淚濕紅箋怨離。

昨年の春のこと、春も終わるころにぽとり、ぽとりとすべて花弁は散り落ちてしまった。あのとき、あなたと別れたことに、涙を流して泣き、紅い詩箋にうらむ歌をかきつけたものでした。

・零落 落ち散る。

・紅箋 詩などを書く紅色の紙。箋は儀

に同じ。

・津(うるおす) 湿の本字。

・第二句は、机の上にひろげていた紅色の詩箋の上に涙を落としたといっているが、別離をうらんで、その怨みごとの詩を涙で紅色の詩箋の上に書きつづったというところまで突っこんで考えたい。

 

常恐便同巫峽散,因何重有武陵期。

いつも心に思うのは、あの楚王と巫山の神女の一夜の契りのように、散りじりに別れることを心配していたものでした。どうしたわけだか、あの陶淵明の「桃花源記」に武陵の山間の桃花林をたずねた漁父が、そこを出ると二度とは行けなかったとあるように、二度と逢えると思っていなかったのに、花咲くころにどうしてあえたのでしょう。! 

・巫峡 「巫山繭に謁す」を見よ。巫暁は三峡の一つで、上に巫山廟がある。

・武陵 湖南省武陵県にあるいわゆる桃源郷。晋の陶潜に、「桃花源記」がある。ここでは牡丹を女性自身としている。漁父が掃ってから太守がそこを探らせたが、二度と尋ねあてることができなかったということ強調。

 

傳情每向馨香得,不語還應彼此知。

愛の心は必ず伝わります。身につけているよい匂いというものがいつもその人がわかるというようにです。また、一言も彼の人は口に出してはいわぬが、心におもうことはよくわかるようにです。

・馨香 よい匂い。

・彼此 おたがいに。

 

隻欲欄邊安枕席,夜深閑共相思。

一つの枕がこの欄干を通っていったあたりには寝台に置いてやすらぎます。夜がふけています、しずかに二人で、たがいの愛の思いを語りあかそうではありませんか。

・隻 ① 比較的大きい船を数えるのに用いる。② 屏風など対(つい)になっているものの片方を数えるのに用いる。③ 魚・鳥・矢などを数えるのに用いる。

・欄 おはしま。廊下の手すり。

・相思 相愛の心。恋心。

 

 

薛能 牡丹四首

第一首原詩:

異色稟陶甄,常疑主者偏。眾芳殊不類,一笑獨奢妍。

顆折羞含懶,叢虛隱陷圓。亞心堆勝被,美色艷于蓮。

品格如寒食,精光似少年。種堪收子子,價合易賢賢。

迥秀應無妒,奇香稱有仙。深陰宜映幕,富貴助開筵。

蜀水爭能染,巫山未可憐。數難忘次第,立困戀傍邊。

逐日愁風雨,和星祝夜天。且從留盡賞,離此便歸田。

 

第二首原詩:

照初筵,狂遊憶少年。曉光如曲水,顏色似西川。

白向庚辛受,朱從造化研。眾開成伴侶,相笑極神仙。

見焰寧勞火,聞香不帶煙。自高輕月桂,非偶賤池蓮。

影接雕盤動,叢遭惡草偏。招歡憂事阻,就臥覺情牽。

四面宜綈錦,當頭稱管弦。泊來鶯定憶,粉擾蝶何顛。

蘇息承朝露,滋榮仰霽天。壓欄多盡好,敵國貴宜然。

未落須迷醉,因茲任病纏。人誰知極物,空負感麟篇。

 

第三首原詩:

去年零落暮春時,淚濕紅箋怨別離。

常恐便隨巫峽散,何因重有武陵期。

傳情每向馨香得,不語還應彼此知。

欲就欄邊安枕席,夜深閒共相思。

 

第四首原詩:

牡丹愁為牡丹饑,自惜多情欲瘦羸。

濃艷冷香初蓋後,好風幹雨正開時。

吟蜂遍坐無閒蕊,醉客曾有折枝。

京國別來誰佔玩,此花光景屬吾詩。

寄舊詩與元微之 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-243-109-#99  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597

薛濤《寄舊詩與元微之》  耀くブラッドストーンは誰にもわからない奥深い所に何時までも大事にしておくもの、女性の大切な物、たいせつな男には與えるもの、そして詩䇳に書きつける詩というものの全ては、大胆に思うままに、風流に詠うものです。

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html 
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
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孟浩然の詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
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孟郊詩 
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李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

寄舊詩與元微之 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-243-109-#99   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597


寄舊詩與元微之
(昔作った詩を元稹におくる。)
詩篇調態人皆有,細膩風光我獨知。
詩篇というものの形態・雰囲気は、人それぞれ違うものであるが、きめの細かさややわらかな自然のすがたについて、わたくしひとりだけが、よく知っているつもりでいます。
月下詠花憐暗淡,雨朝題柳為欹垂。
明月が影を落す時、花の趣きをうたうのは、その暗く静まりかえっているところを、こよなくうれしいと思って詠うものです。雨に煙る朝の柳のありさまを詩題に詠うと、その枝がまっすぐに垂れてしずかに動かない状景を、風流をとらえるのです。
長教碧玉藏深處,總向紅箋寫自隨。
耀くブラッドストーンは誰にもわからない奥深い所に何時までも大事にしておくもの、女性の大切な物、たいせつな男には與えるもの、そして詩䇳に書きつける詩というものの全ては、大胆に思うままに、風流に詠うものです。
老大不能收拾得,與君開似好男兒。
年をとるまでどんどん詩を作っていくと、作品を集めまとめることが、できないほどにもなってしまうでしょう。でも、そのときになったら、将来の夫と二人して、それを二人の間にできた息子に示し、詩のお手本にさせようというつもりでいるのです。

(舊詩【きゅうし】を寄せて元微之に與う)
詩篇の調態【ちょうたい】は 人 皆有るも、細膩【さいじ】の風光は 我 濁り知る。
月下に 花を詠じては暗淡を憐み、雨朝に 柳に題しては欹垂【きすい】を為【おも】う。
長へに 碧玉をして深處に蔵せしめ、總て 紅箋に向っては自隨を寫【しる】さん。
老大 收拾【しゅうしゅう】し得ること能はざらんも、君と與【とも】に 開き似【しめ】して 男兒【だんじ】に教へん。


『寄舊詩與元微之』 現代語訳と訳註
kagaribi00(本文)
詩篇調態人皆有,細膩風光我獨知。
月下詠花憐暗淡,雨朝題柳為欹垂。
長教碧玉藏深處,總向紅箋寫自隨。
老大不能收拾得,與君開似好男兒。


(下し文)
(舊詩【きゅうし】を寄せて元微之に與う)
詩篇の調態【ちょうたい】は 人 皆有るも、細膩【さいじ】の風光は 我 濁り知る。
月下に 花を詠じては暗淡を憐み、雨朝に 柳に題しては欹垂【きすい】を為【おも】う。
長へに 碧玉をして深處に蔵せしめ、總て 紅箋に向っては自隨を寫【しる】さん。
老大 收拾【しゅうしゅう】し得ること能はざらんも、君と與【とも】に 開き似【しめ】して 男兒【だんじ】に教へん。


(現代語訳)
(昔作った詩を元稹におくる。)
詩篇というものの形態・雰囲気は、人それぞれ違うものであるが、きめの細かさややわらかな自然のすがたについて、わたくしひとりだけが、よく知っているつもりでいます。
明月が影を落す時、花の趣きをうたうのは、その暗く静まりかえっているところを、こよなくうれしいと思って詠うものです。雨に煙る朝の柳のありさまを詩題に詠うと、その枝がまっすぐに垂れてしずかに動かない状景を、風流をとらえるのです。
耀くブラッドストーンは誰にもわからない奥深い所に何時までも大事にしておくもの、女性の大切な物、たいせつな男には與えるもの、そして詩䇳に書きつける詩というものの全ては、大胆に思うままに、風流に詠うものです。
年をとるまでどんどん詩を作っていくと、作品を集めまとめることが、できないほどにもなってしまうでしょう。でも、そのときになったら、将来の夫と二人して、それを二人の間にできた息子に示し、詩のお手本にさせようというつもりでいるのです。


(訳注)
寄舊詩與元微之
(昔作った詩を元稹におくる。)
・旧詩 旧作。処女時代の作品であろう。
・與元微之 元微之は元稹。元稹が監察使として蜀の地にあった頃、薛濤は厳司空(当時は東川節度使)の命によって、その旅情を慰むるために、身辺に侍した〔妓女であり、詩人であった彼女は、両方の意味で奉仕したのであろう。そこでふつうなれは、一贈」の字を使うべきところを、「与」の字を使ったのではないだろうか。もっとも年齢からいえば、辞藩の方が十二歳年長(薛濤が大暦三年に生まれたとして)であるが、身分の高い元稹に「与ふ」 の字を使ったのは、元稹から贈ったものとすれば当然であろう。

詩篇調態人皆有,細膩風光我獨知。
詩篇というものの形態・雰囲気は、人それぞれ違うものであるが、きめの細かさややわらかな自然のすがたについて、わたくしひとりだけが、よく知っているつもりでいます。
・調態 詩のふり。詩風。
・細膩 きめがこまかく、かつ光沢があること。
・風光 自然の姿。風や光のおもむき。
百舌鳥02
月下詠花憐暗淡,雨朝題柳為欹垂。
明月が影を落す時、花の趣きをうたうのは、その暗く静まりかえっているところを、こよなくうれしいと思って詠うものです。雨に煙る朝の柳のありさまを詩題に詠うと、その枝がまっすぐに垂れてしずかに動かない状景を、風流をとらえるのです。
・暗淡 あざやかでなく、うすぐろいさま。くらくてしずかなさま。
・爲 念う。
・欹垂 欹はそばだつ意。垂はたれる。まっすぐに条を垂れていること。

長教碧玉藏深處,總向紅箋寫自隨。
耀くブラッドストーンは誰にもわからない奥深い所に何時までも大事にしておくもの、女性の大切な物、たいせつな男には與えるもの、そして詩䇳に書きつける詩というものの全ては、大胆に思うままに、風流に詠うものです。
・碧玉 処女の語に対応する女性の局部を意味するもの。微細な石英の結晶が集まってできた鉱物(潜晶質石英)であり、宝石の一種。 不純物 を含んだ石英は種類が多く、それゆえに様々な呼び方がある。3月の誕生石になっているブラッドストーン(血玉髄)も碧玉の一つである。薛濤『上王尚書』(王尚書にたてまつる。)「碧玉雙幢白玉郎,初辭天帝下扶桑。手持云篆題新榜,十萬人家春日長。」(碧玉の雙幢【そうとう】白玉の郎、初めて天帝を辞して 扶桑に下る。手に雲篆【うんてん】を持して 新榜【しんぼう】に題す、十萬の人家 春 日長し。)
碧玉はエメラルド色の玉。尊いものを意味し、破瓜とあわせて、処女をいう。結句の「君」は、この孫絆の詩を踏んで、嫁いだ相手、すなわち将来の夫をさしていると思われ、男児は、従って夫婦の問に生まれた男の子の意であろう。
・紅偶 赤い色の詩儀。詩を書く囁く
・白随 自分の気まま。

老大不能收拾得,與君開似好男兒。
年をとるまでどんどん詩を作っていくと、作品を集めまとめることが、できないほどにもなってしまうでしょう。でも、そのときになったら、将来の夫と二人して、それを二人の間にできた息子に示し、詩のお手本にさせようというつもりでいるのです。
・君 将来の夫を指す。
・男兒 男の子。息子。ただしこの作を元稹のものとして、その方にも収めている「全唐詩」では、末句を、「君と与に間に好男児に似さん」となっている。
★この詩も中唐期の男性が艶閨詩で使う語で歌われており、薛濤の七言絶句では見られない表現であることから、元稹が薛濤に贈ったものと考えるのが妥当であろう。

謁巫山廟 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-242-108-#98  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592

薛濤《謁巫山廟》 猿の鳴き聲がみだれてきこえるあたり、宋玉の詠った「楚王の高唐の夢にあらわれて、王と一夜の契りをむすんだという紳女を祭ってある巫山廟」をたずねると、路は霞の奥にわけ入り、かぐわしい草や木の香りが、心をすがすがしくひきしめる。

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謁巫山廟 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-242-108-#98   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592


謁巫山廟
亂猿啼處訪高唐,路入煙霞草木香。
猿の鳴き聲がみだれてきこえるあたり、宋玉の詠った「楚王の高唐の夢にあらわれて、王と一夜の契りをむすんだという紳女を祭ってある巫山廟」をたずねると、路は霞の奥にわけ入り、かぐわしい草や木の香りが、心をすがすがしくひきしめる。
山色未能忘宋玉,水聲猶是哭襄王。
巫山十二峯の山々の色には、詩人宋玉の「高唐賦」のことがしきりに思い出され、足もとに渦をまいて流れくだっている三峡の急流の音は、秦の白起の軍の侵入によって都を奪われた楚の襄王のことを、あわれみ泣いているように聞こえてくる。
朝朝夜夜陽台下,為雨為云楚國亡。
朝、その朝、神女はこの巫山の南の高い石山のあたり、美しい色どりの雲となり、夕には雨に化身したというが、楚王はこの美しい神女に心を奪われて、ついに國をほろぼしてしまったのだ。
惆悵廟前多少柳,春來空斗畫眉長。
悲しみ歎きの廟の前には、たくさんな柳の木が、新しい葉をつけている。柳のほっそりとした葉の形は・美人のかき眉の長さをきそっているのであろうか。春が来たというのに、神女の夢のなかの契だけは、いたくあわれに思わずにはおれないのであった。

巫山廓に謁す
乱猿【らんえん】啼く處に 高唐を訪へば、路は煙霞に入って 草木香し。
山色 末だ宋玉を忘るること能はず、水聲 猶は是れ襄王を哭す。
朝朝 夜夜 陽臺の下、雨と為り 雲と為って 楚國亡ぶ。
惆悵す 廟前 多少の柳、春来 空しく畫眉の長きを 闘はす。


『謁巫山廟』 現代語訳と訳註
(本文)
謁巫山廟
亂猿啼處訪高唐,路入煙霞草木香。
山色未能忘宋玉,水聲猶是哭襄王。
朝朝夜夜陽台下,為雨為云楚國亡。
惆悵廟前多少柳,春來空斗畫眉長。


(下し文)
巫山廓に謁す
乱猿【らんえん】啼く處に 高唐を訪へば、路は煙霞に入って 草木香し。
山色 末だ宋玉を忘るること能はず、水聲 猶は是れ襄王を哭す。
朝朝 夜夜 陽臺の下、雨と為り 雲と為って 楚國亡ぶ。
惆悵す 廟前 多少の柳、春来 空しく畫眉の長きを 闘はす。


(現代語訳)
猿の鳴き聲がみだれてきこえるあたり、宋玉の詠った「楚王の高唐の夢にあらわれて、王と一夜の契りをむすんだという紳女を祭ってある巫山廟」をたずねると、路は霞の奥にわけ入り、かぐわしい草や木の香りが、心をすがすがしくひきしめる。
巫山十二峯の山々の色には、詩人宋玉の「高唐賦」のことがしきりに思い出され、足もとに渦をまいて流れくだっている三峡の急流の音は、秦の白起の軍の侵入によって都を奪われた楚の襄王のことを、あわれみ泣いているように聞こえてくる。
朝、その朝、神女はこの巫山の南の高い石山のあたり、美しい色どりの雲となり、夕には雨に化身したというが、楚王はこの美しい神女に心を奪われて、ついに國をほろぼしてしまったのだ。
悲しみ歎きの廟の前には、たくさんな柳の木が、新しい葉をつけている。柳のほっそりとした葉の形は・美人のかき眉の長さをきそっているのであろうか。春が来たというのに、神女の夢のなかの契だけは、いたくあわれに思わずにはおれないのであった。


(訳注)
謁巫山廟
bijo02・巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。
巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。
西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。
楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。
・巫山廟 宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,崪兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」
・謁 おまいりすること。


亂猿啼處訪高唐,路入煙霞草木香。
猿の鳴き聲がみだれてきこえるあたり、宋玉の詠った「楚王の高唐の夢にあらわれて、王と一夜の契りをむすんだという紳女を祭ってある巫山廟」をたずねると、路は霞の奥にわけ入り、かぐわしい草や木の香りが、心をすがすがしくひきしめる。
・亂猿啼處 独特の啼き方をする猿。高適『送李少府貶峡中王少府貶長沙』「嗟君此別意何如、駐馬銜杯問謫居。巫峡啼猿数行涙、衡陽歸雁幾封書。青楓江上秋天遠、白帝城邊古木疎。聖代即今多雨露、暫時分手莫躊躇。」(李少府の峡中に貶せられ、王少府の長沙に貶せらるるを送る)詩に、「巫峡の啼猿数行の涙」の句がある。この附近は猿が多い。李白『早發白帝城』「朝辭白帝彩雲間,千里江陵一日還。兩岸猿聲啼不住,輕舟已過萬重山。」(早に白帝城を発す)の詩にも、猿声の句がある.
・高唐 宋玉の「高唐賦」」にうたわれた楚の雲夢の沢にある台観の名まえであるが、ここではその賦にうたわれている神女を祭った巫山廟をさす。
・煙霞 かすみ。

oborotsuki02h
山色未能忘宋玉,水聲猶是哭襄王。
巫山十二峯の山々の色には、詩人宋玉の「高唐賦」のことがしきりに思い出され、足もとに渦をまいて流れくだっている三峡の急流の音は、秦の白起の軍の侵入によって都を奪われた楚の襄王のことを、あわれみ泣いているように聞こえてくる。
・宋玉 あざなほ子測。周末の楚国の詩人。屈原の弟子といわれ、楚国の大夫となった。その折屈原が放逐されたのをかなしみ、「九弁」を作ったといわれ、また「神女賦」「高唐賦」の作者でもある。
・裏王(じようおう) 宋玉の「高唐拭」で神女と契ったという楚王。宋玉の「夙賦」に、「楚の某王、蘭台の官に遊ぶ。宋華崇差侍す」とある。


朝朝夜夜陽台下,為雨為云楚國亡。
朝、その朝、神女はこの巫山の南の高い石山のあたり、美しい色どりの雲となり、夕には雨に化身したというが、楚王はこの美しい神女に心を奪われて、ついに國をほろぼしてしまったのだ。
・朝朝夜夜陽台下 「高唐賦」のなかの句「朝朝暮々陽台の下」をつかい、ただ暮々を夜々に改めたもの。陽台→男女のひそかな戯れ。陽台不帰の雲→一度契りを結んだだけで二度と会うことができないことで、
「巫山の夢」、「巫山の雲雨」、「朝雲暮雨」、「雲となり雨となる」これはみんな一緒の意味。男女が情交すること。
・為雨為云 おなじく「高唐賦」のなかの「且に朝雲と為り、碁に行雨と為る」からきている句。なおこの賦によって、男女の性交のことを「雲雨の交わり」という。雲は男、雨が女。詩に男女をあらわす語は沢山ある。


惆悵廟前多少柳,春來空斗畫眉長。
悲しみ歎きの廟の前には、たくさんな柳の木が、新しい葉をつけている。柳のほっそりとした葉の形は・美人のかき眉の長さをきそっているのであろうか。春が来たというのに、神女の夢のなかの契だけは、いたくあわれに思わずにはおれないのであった。
・惆悵 なげくこと。
・多少 多い意。
・畫眉長 唐代には、女の眉は長いことを美人の条件にした。眉をえがくならわしは、すでに漢代からあり、漢の張敞が妻のために眉をえがいてやったことは一つの故事になっている。なお「柳眉」という言葉もあるように、柳の葉の形は、女の眉の形として考えられている.白居易の「長恨歌」に、「芙蓉は面の如く、柳は眉の如し」の句がある。
・この詩は、韋荘の作かもしれないとされている。全唐詩ではこの作品を韋荘、薛濤のどちらも載せている。わたしは、作風から韋荘と考える。
 

題武擔寺西臺 段文昌 唐五代詞・宋詩 薛濤-221-87-#79+1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652

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題武擔寺西臺 段文昌 唐五代詞・宋詩 薛濤-221-87-#79+1   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652


段文昌(だん ぶんしょう、772年 - 835年)は、中国・唐代の宰相である。子に『酉陽雑俎』の撰者である段成式がいる。

字は墨卿。その本貫は西河(山西省汾陽市)であるが、荊州(湖北省江陵県)で育った。
起家の官は、校書郎。李吉甫の知るところとなり、また、李逢吉とも交遊があった。次第に官を累進して、翰林学士より祠部郎中に進んだ。
穆宗朝で、中書侍郎平章事、つまり宰相になった。
長慶元年(821年)に、剣南西川節度使となった。剣南(四川省)の幕府では善政を敷き、諸蛮を支配下に置いた。翌年、雲南が唐朝の領内に侵攻した際も、使者を派遣して慰撫するのみで退けた。
以後、諸官を歴任し、最期は、再度、西川節度使となって没した。没後に太尉を追贈された。文集30巻が存したとされるが、現在伝わっていない。


段文昌(772年-835年),字墨卿,一字景初,唐朝鄒平(今屬山東濱州)人。生於荊州江陵(今湖北荊州市)。唐代政治人物,曾拜宰相,後除節度使,歷轉各軍。卒赠太尉。子段成式,為太常少卿。
簡介

大历八年(773年)出生于江陵,父段锷,官江陵县令。先祖為褒國公段志玄。
少有才名,貞元初年,劍南節度使韋皋薦為校書郎,累擢翰林學士、中書舍人。
贞元十五年(799年),入蜀初授校书郎。
唐憲宗元和十二年(817年)李愬平定淮西(今河南省東南部)吳元濟,韓愈寫碑文,碑成,立在汝南城北門外。由於碑文大力歌頌裴度功勳,甚少提到立功極大的李愬的事蹟,李愬的部下石孝忠憤怒,將碑文砸毀。天子時敕段文昌重撰。
唐穆宗即位,與令狐楚同拜中書侍郎、同中書門下平章事。
未逾年,长庆元年(821年),请辞相位,出為西川節度使。治蜀期間“素洽蜀人之情,至是以寬政為治,嚴靜有斷,蠻夷畏服”,长庆二年(822年),云南流民窜扰贵州,朝廷命段文昌处理,他派特使前往谈判,不久流民退去。
长庆三年(823年),拜刑部尚书。
宝历元年(825年),拜兵部尚书。
唐文宗大和元年(826年),拜御史大夫,次年拜淮南节度使。
大和四年(830年),改荊南节度使。
大和六年(832年)終官劍南西川節度使,生前與女詩人薛濤有往來,薛濤死後,段文昌為她作墓志銘[2]。
太和九年(835年)卒於剑南西川,赠太尉。集三十卷。《全唐诗》輯其詩四首。《舊唐書》、《太平廣記》有傳。有四子:段成伋、段成式、段胜添、段胜云。




段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。

段文昌 武擔寺の西臺に題す
段文昌 全唐詩 卷三百三十一/段文昌

 卷331_2題武擔寺西臺 五言律詩押東韻.
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。水暗餘霞外,山明落照中。 鳥行看漸遠,松韻聽難窮。今日登臨意,多歡語笑同。


姚向 開閣錦城中
和段相公登武擔寺西臺(唐•姚向) 五言律詩押東韻.
開閣錦城中,餘閑訪梵宮。九層連晝景,萬象寫秋空。 天半將身到,江長與海通。提攜出塵土,曾是穆清風。


李敬伯 臺上起涼風
和段相公登武擔寺西臺(唐•李敬伯) 五言律詩押東韻. 臺上起涼風,乘閑覽歲功。自隨台席貴,盡許羽觴同。 樓殿斜暉照,江山極望通。賦詩思共樂,俱得詠時豐。


溫會 和段相公登武擔寺西臺 桑臺煙樹中
和段相公登武擔寺西臺(唐•溫會) 五言律詩押東韻.
桑臺煙樹中,臺榭造雲空。眺聽逢秋興,篇辭變國風。
坐愁高鳥起,笑指遠人同。始愧才情薄,躋攀繼韻窮。



五言律詩押東韻.
題武擔寺西臺 
(武擔寺の西の高台で詩を作る。)
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。
この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。
水暗餘霞外,山明落照中。
山影の池の水は暗くなっていて暗くなったところから外に向かってカスミが広がる。日が当たっている山は明るく照らされて、落ちかかる日は斜めに照らしている。
鳥行看漸遠,松韻聽難窮。
鳥は巣に向かい見ている間に次第に遠ざかる。松に吹き付ける風音は聞いている間に次第におさまって聞こえにくくなる。
今日登臨意,多歡語笑同。

今日みんなでこうして寺に昇って風流な心意気でこの風景を見る。みんなで多く語らい、談笑しあって、楽しく過ごす。
武擔寺の西臺を題す 
秋天 鏡の如く空し,樓閣 盡く玲瓏。
水は暗し 餘霞の外,山は明らかなり 落照の中。
鳥は行き 看れど漸【ようや】く遠くなり,松は韻し聽けど難かしく窮むなり。
今日 登臨の意,多く語笑の同じゅうするを 歡ぶ。

DCF00012













『題武擔寺西臺』 現代語訳と訳註
(本文) 
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。
水暗餘霞外,山明落照中。
鳥行看漸遠,松韻聽難窮。
今日登臨意,多歡語笑同。


(下し文)
(武擔寺の西臺を題す)
秋天 鏡の如く空し,樓閣 盡く玲瓏。
水は暗し 餘霞の外,山は明らかなり 落照の中。
鳥は行き 看れど漸【ようや】く遠くなり,松は韻し聽けど難かしく窮むなり。
今日 登臨の意,多く語笑の同じゅうするを 歡ぶ。


(現代語訳)
(武擔寺の西の高台で詩を作る。)
この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。
山影の池の水は暗くなっていて暗くなったところから外に向かってカスミが広がる。日が当たっている山は明るく照らされて、落ちかかる日は斜めに照らしている。
鳥は巣に向かい見ている間に次第に遠ざかる。松に吹き付ける風音は聞いている間に次第におさまって聞こえにくくなる。
今日みんなでこうして寺に昇って風流な心意気でこの風景を見る。みんなで多く語らい、談笑しあって、楽しく過ごす。


(訳注)
題武擔寺西臺 
武擔寺の西の高台で詩を作る。
・武擔寺 成都市内の西北偶の武擔山にある寺。楊雄の「蜀本紀」 によれば、武都(甘粛の成県の西)の男が化して女になったのを、覇王が納れて妃にしたが、まもなく死亡したので、武都の土を運んで、成都の城内に積んで、葬った所という。後に三国時代、蜀の劉備がこの武擔山の南で、帝位に即いたという。寺内から錦江の流れがながめられることは、姚康の詩によってもうかがわれる。現在は俗に五担山と称し、山というより小さな岡にすぎず、高さ四六五メートル。昭列帝(劉備)の祠堂が山のそばにあり、ふもとに池がある。


秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。
この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。
・玲瓏 1 玉などが透き通るように美しいさま。また、玉のように輝くさま。 2 玉などの触れ合って美しく鳴るさま。また、音声の澄んで響くさま。
紅梅0021韓愈『題百葉桃花』
百葉雙桃晚更紅,窺窗映竹見玲瓏。 
應知侍史歸天上,故伴仙郎宿禁中。
(百葉桃花に題す
百葉の雙桃 晚 更に紅なり,窗を窺【うかが】い 竹に映じて玲瓏【れいろう】を見る。
應に知るべし 侍史の天上に歸るを,故【ことさ】らに 仙郎を伴って禁中に宿す。

(百葉桃花の風情を詩にする。)
百葉桃花は両株並び立ち、日暮れになると、花の色はひとしお赤くなる。窓を覗い、竹にその影を映す。せいそできれいなはなとしていかにも清らかなものである。
侍史の者たちは、私を送ってきて、やがて内廷に帰ってしまい、まことに寂しい所から、この桃花は郎官の職にあるこの私の相手をしてくれ、長閑に禁中の当直をすることが出来るのである。だからこのような花のしおらしい所が良いのだ。


水暗餘霞外,山明落照中。
山影の池の水は暗くなっていて暗くなったところから外に向かってカスミが広がる。日が当たっている山は明るく照らされて、落ちかかる日は斜めに照らしている。
・落照中 太陽が傾くと山の中腹の火があたらなかった奥にまで日が射しこむ状況を云う。


鳥行看漸遠,松韻聽難窮。
鳥は巣に向かい見ている間に次第に遠ざかる。松に吹き付ける風音は聞いている間に次第におさまって聞こえにくくなる。
・鳥行 日が傾くととりは巣に帰る。
・松韻 松に風があたり音を立てる。


今日登臨意,多歡語笑同。
今日みんなでこうして寺に昇って風流な心意気でこの風景を見る。みんなで多く語らい、談笑しあって、楽しく過ごす。
・語笑同 段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和するすることを意味する。この時、薛濤も招待されていたのだ。
薛濤『段相國游武擔寺病不能從題寄』
消瘦翻堪見令公,落花無那恨東風。
儂心猶道青春在,羞看飛蓬石鏡中。
(段相國 武擔寺に游ぶ、病みて從うに能わず題して寄す)
消瘦【しょうそう】翻【かえ】って令公を見えるに堪【たえ】んや,落花 那【いか】んともする無し東風を恨む。
儂【わ】が心には猶お青春在りと道【い】う,飛蓬【ひほう】を石鏡の中に看るを羞じる。
(段相国さまが武擔寺にお遊びにおいでになったとき、あいにく病気でおともできなかったので、同じ題で、この詩を差しあげます。)
病気のために衰えやせ細ったこの身では、かえって相國さまのお前にまかり出るのは失礼と存じます。散りゆく花は、あと数日なりとも、どうにかならないかと思いますが、花を散らせる春風を恨むよりないのです。

摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582

薛濤 《摩訶池宴》 成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。

2013年6月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582


・摩訶池宴 ・七言律詩 押灰韻
・中唐•武元衡
・武元衡(ぶ げんこう、758年 - 815年)は、中国・唐の詩人。河南緱氏(こうし、河南省偃師の南)の出身。字は伯蒼。 徳宗の建中4年(783年)の進士。徳宗に才能を認められ、比部員外郎・右司郎中・御史中丞を歴任。順宗朝では権臣・王叔文に従わなかった為、降職されたが、憲宗の元和2年(807年)には門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)に至った。同年、宰相のまま剣南西河節度使に任ぜられて蜀に赴き、7年間、蜀に滞在した。


摩訶池宴
摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。

海棠花011摩訶池の宴
摩訶池の上【ほとり】春光早し,水を愛し花を看るに日日來る。
穠李【じょうき】雪開く歌扇【かせん】掩い,綠楊 風動く舞腰 回る。
蕪臺【ぶだい】事往きて空しく恨みを留め,金谷 時危うくして才を惜むを悟る。
晝短かければ清夜を將って繼がんと欲す,西園 自ら月の裴回する有り。


『摩訶池宴』 現代語訳と訳註
(本文)

摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。


(下し文)
摩訶池の宴
摩訶池の上【ほとり】春光早し,水を愛し花を看るに日日來る。
穠李【じょうき】雪開く歌扇【かせん】掩い,綠楊 風動く舞腰 回る。
蕪臺【ぶだい】事往きて空しく恨みを留め,金谷 時危うくして才を惜むを悟る。
晝短かければ清夜を將って繼がんと欲す,西園 自ら月の裴回する有り。


(現代語訳)
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。


(訳注)
摩訶池宴

・摩詞池 成都城内にある池の名。陳・隋間の勇将、蕭摩訶がつくったというもの。蕭摩訶は、南蘭陵の人で、あざなは元胤。幼い時に父をなくしたが、元気いっぱい、勇力があり、陳の呉明徹の部将となり、北伐にしたがい、部下の騎馬隊を引具して、深く敵の城に入り、縦横に奮撃、当たるところ敵なしというありさまであったので、呉明徹は、彼を三国時代の蜀の勇将、関羽や張飛以上だといったという。功績によって腰騎大将軍となり、緩遠郡公に封ぜられた。隋の時代には、開府儀同三司になったが、幷州で叛逆に加わり、誅せられた。この他、今はないという。摩訶池では、しばしば船を浮かべて宴が催されたらしく、西川節度使武元衝の詩中にも、「摩訶池宴」とか、「摩訶池送李侍禦之鳳翔」(摩詞池にて李侍御の鳳翔に之くを送る)などの詩がのこっている。「摩訶池宴」は当時のこの池の風光をよく写している。


摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。


穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
・穠李 花がたくさん咲いているすもも。
・綠楊 男女の性交に喩えられる。柳腰、細腰。


蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
・蕪臺 荒れ果てた政治府。
・金谷 贅の限りを盡したたに苑。


晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。
・晝短 昼の時間帯が短い秋冬のことを謂う。
海棠花04

題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407

司空曙 《題凌云寺》 唐五代詞・宋詩
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。

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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407


司空曙『題凌云寺』
王屋山01春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。
百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
百丈懐海がこの山で悟りを開いて禅宗のもとを作られた。岩にたくさんの窪みを刻んで灯篭を設置して、山の緑つたかずらがのびてくるのを寺とを隔てている。
云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。
不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。

ここでは袈裟を与えられることはなく他の宗派と一緒になることはない。これほどにここでの規律が厳しく、この山を降りて世俗の人になった時にはどうしたらよいのかわからなくなるという。

春山 古寺 滄波【そうは】を繞り,石磴【せきとう】 空を盤【めぐ】って鳥道【ちょうどう】を過る。
百丈 金身 翠壁を開き,萬龕【ばんがん】燈焰【とうえん】煙蘿【えんら】を隔つ。
云生 客到 衣濕を侵し,花落 僧禪 地多を覆う。
方袍よらずして 結社を同うし,歸り下りて塵世 竟に何如んせん。


『題凌云寺』司空曙 現代語訳と訳註
(本文)

春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。


(下し文)
春山 古寺 滄波【そうは】を繞り,石磴【せきとう】 空を盤【めぐ】って鳥道【ちょうどう】を過る。
百丈 金身 翠壁を開き,萬龕【ばんがん】燈焰【とうえん】煙蘿【えんら】を隔つ。
云生 客到 衣濕を侵し,花落 僧禪 地多を覆う。
方袍よらずして 結社を同うし,歸り下りて塵世 竟に何如んせん。


(現代語訳)
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。
百丈懐海がこの山で悟りを開いて禅宗のもとを作られた。岩にたくさんの窪みを刻んで灯篭を設置して、山の緑つたかずらがのびてくるのを寺とを隔てている。
湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。
ここでは袈裟を与えられることはなく他の宗派と一緒になることはない。これほどにここでの規律が厳しく、この山を降りて世俗の人になった時にはどうしたらよいのかわからなくなるという。


(訳注)
題凌云寺
凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。
司空 曙(しくう しょ)は、中国・唐の詩人。広平(河北省永年)の出身。字は文名または文初。
代宗の大暦年間の初め頃(770年頃)、左拾遺となり、徳宗の貞元初年(785年頃)、剣南西川節度使の幕僚になった。潔癖な性格で権臣に媚びず、長沙(湖南省)のあたりに流寓していたこともある。大暦十才子の一人。この『題凌云寺』、『江村即事』(五言絶句)は剣南西川節度使の幕僚であった時の作品である。


春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。


百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
紅梅0021百丈懐海がこの山で悟りを開いて禅宗のもとを作られた。岩にたくさんの窪みを刻んで灯篭を設置して、山の緑つたかずらがのびてくるのを寺とを隔てている。
・百丈懐海 [ひゃくじょうえかい] 禅師(749~814)が出られ、『百丈清規 [ひゃくじょうしんぎ] 』を書き、禅宗の規則を制定し、唐代より禅宗は叢林 [そうりん] (寺院)の形態を整える。
・金身 沙悟浄が「金身羅漢」となったことから、悟りを開くことを意味する。
・萬龕 1 石窟や家屋の壁面に、仏像・仏具を納めるために設けたくぼみ。また、仏壇・厨子(ずし)にもいう。仏龕(ぶつがん)。 2 遺体を納める棺(かん)や輿(こし)。ひつぎ。
・煙蘿 もやの立ちこめた中のつたかずら。また、一説に煙霧のように見える松蘿(しょうら)のことともいう。


云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。
・この二句は春のようすを詠う、孟浩然『春暁』、王維の『田園楽七首』の雰囲気を借りている。盛唐詩 春暁 孟浩然28 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -335


不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。
ここでは袈裟を与えられることはなく他の宗派と一緒になることはない。これほどにここでの規律が厳しく、この山を降りて世俗の人になった時にはどうしたらよいのかわからなくなるという。
・方袍 袈裟(けさ)のこと。形が方形であるところからいう。
・如何 1 どうしたらよかろうか。どうしようか。2 いい方法が見いだせないことを表す。残念にも。

浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-150-22-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2297

15薛濤 《浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊》 55
西方に慰問に行くご命令を終わるようなご命令をいただき、帰ってまいりました。東の垣根から再び太陽が上がり始めたことに感激いたしています。

2013年4月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#3>文選 上 献詩 749 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2293
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#7 宋玉  <00-#33>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 662 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2294
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集逢唐興劉主簿弟 成都5-(17) 杜甫 <466>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2295 杜甫詩1000-466-653/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-150-22-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2297
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-150-22-#15   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2297


浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊
(浣花亭において剣南西川節度使韋皐様に陪して王播相公さまと暨といわれる同行の方と同に「早菊」を賦す)
西陸行終令,東籬始再陽。
西方に慰問に行くご命令を終わるようなご命令をいただき、帰ってまいりました。東の垣根から再び太陽が上がり始めたことに感激いたしています。
綠英初濯露,金蕊半含霜。
緑の花が咲き、初めてこの花に涙の露をそそいだのです。金燈花の蕊には半分の露を落とし含んだのです。
自有兼材用,那同眾草芳。
私でよければなんにでも登用していただければと思っており、どうして一緒になって薫り高い草草を刈り集めることにかぎません。
獻酬樽俎外,寧有懼豺狼。
お酒を注いでいただいたり注がせていただく、ここの浣花亭の酒や料理の出る宴席でなくてもいいのです。むしろ今心配なのは豺狼などの異民族の脅威があるだけなのです。

(浣花亭、川主、王播相公、暨僚と陪し、同【とも】に「早菊」を賦す)
西陸 行 終ら令め,東籬 再び陽を始める。
綠英 初めて露を濯ぎ,金蕊 半ば霜を含む。
自ら兼材の用る有り,那ぞ同【とも】に草芳を眾す。
獻酬して樽俎の外,寧ろ豺狼を懼る有る。


『浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊』 現代語訳と訳註
(本文)

西陸行終令,東籬始再陽。
綠英初濯露,金蕊半含霜。
自有兼材用,那同眾草芳。
獻酬樽俎外,寧有懼豺狼。


(下し文)
(浣花亭、川主、王播相公、暨僚と陪し、同【とも】に「早菊」を賦す)
西陸 行 終ら令め,東籬 再び陽を始める。
綠英 初めて露を濯ぎ,金蕊 半ば霜を含む。
自ら兼材の用る有り,那ぞ同【とも】に草芳を眾す。
獻酬して樽俎の外,寧ろ豺狼を懼る有る。


(現代語訳)
(浣花亭において剣南西川節度使韋皐様に陪して王播相公さまと暨といわれる同行の方と同に「早菊」を賦す)
西方に慰問に行くご命令を終わるようなご命令をいただき、帰ってまいりました。東の垣根から再び太陽が上がり始めたことに感激いたしています。
緑の花が咲き、初めてこの花に涙の露をそそいだのです。金燈花の蕊には半分の露を落とし含んだのです。
私でよければなんにでも登用していただければと思っており、どうして一緒になって薫り高い草草を刈り集めることにかぎません。
お酒を注いでいただいたり注がせていただく、ここの浣花亭の酒や料理の出る宴席でなくてもいいのです。むしろ今心配なのは豺狼などの異民族の脅威があるだけなのです。


(訳注)
浣花亭 陪 川主 王播 相公 暨僚 同 賦 早菊

(浣花亭において剣南西川節度使韋皐様に陪して王播相公さまと暨といわれる同行の方と同に「早菊」を賦す)
・浣花亭 成都の中心と杜甫草堂の下流の中間地点に百花潭という淵がありその辺りに半官半隠の庵があったが、ここでは剣南西川節度使軍の營妓の高楼を云うものと思う。
・川主 剣南西川節度使、韋皐のこと。
・王播相公 王播(西元759年~西元830年),字明敭(同「揚」)。唐德宗貞元十年(西元791年) 王播考中進土,同年又應制舉賢良方正科,成績優異,曾任淮南節度使,至左僕射,在唐代是尚書省的長官,等同於宰相。唐 王播《題木蘭院》二首がある。
・暨僚 暨某という同行者。。僚とは1 同じ仕事や役目を持つ仲間。「僚艦・僚友/同僚」2 役人。つかさ。「下僚・官僚・属僚・幕僚(ばくりょう)・百僚」[名のり]あきら・とも
・早菊 初秋の菊。緑の花をつけて咲いてはいないもの。


西陸 行 終令,東籬 始 再 陽。
西方に慰問に行くご命令を終わるようなご命令をいただき、帰ってまいりました。東の垣根から再び太陽が上がり始めたことに感激いたしています。
・西陸・行 西の吐蕃国境恭州都護府の軍隊慰問旅行のこと。801年貞元17年松州方面への吐蕃の侵略があったころのこと。詩はその前年の作。罰をうけた原因については、「鑑戒録」には、彼女が有名になり、中央から遣わされてくる役人が、韋皐へ口効きをする。彼女を通じて韋皐の側近へ金品をとどけてもらったり、彼女自身に金品を贈ったりしたことがあった。薛濤33・34歳頃のことである。詩により名声が高くなるに伴い増加したとある。ここでいう罰はこの収賄により国境の軍隊慰問をさせられたということなのだ。
この2年後に薛濤を寵愛した剣南節度使韋皐は蜀の地で死んでいる。61歳であった。


綠英 初 濯露,金蕊 半 含霜。
緑の花が咲き、初めてこの花に涙の露をそそいだのです。金燈花の蕊には半分の露を落とし含んだのです。
・綠英 晩春から初夏に咲く花。早菊。
・濯露 花にかかるつゆ。
・金蕊 薛濤は『金燈花』という七言絶句を詠っている。
・含霜 花の蕊に露が残る。ここは男女の性行為の描写である。


自 有 兼材 用,那 同 眾 草芳。
私でよければなんにでも登用していただければと思っており、どうして一緒になって薫り高い草草を刈り集めることにかぎません。
・兼材 材を兼ねて登用する。


獻酬 樽俎 外,寧 有 懼 豺狼。
お酒を注いでいただいたり注がせていただく、ここの浣花亭の酒や料理の出る宴席でなくてもいいのです。むしろ今心配なのは豺狼などの異民族の脅威があるだけなのです。
・獻酬 酒杯をやりとりすること。
・樽俎/尊俎 【そんそ】とは。酒樽(さかだる)といけにえを載せる台。転じて、酒や料理の出る宴席。そんそせっしょう【樽俎折衝】宴席のなごやかな談笑のうちに話し合いを進め、交渉を有利に展開させること。外交上のかけひき。
・豺狼 1 やまいぬとおおかみ。 2 残酷で欲深い人。むごたらしいことをする人。ここは、薛濤が吐蕃国境の前線慰問を経験したことからいうのである。

蜀中三首 其三 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-135-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2222

鄭谷《蜀中三首》 其三 


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

蜀中三首 其三 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-135-7-#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2222


薛濤(せつとう)は768年うまれ 831年歿した。中国・中唐代の宮妓・詩人、魚玄機とならび詩妓の双璧と称される。
・ 字は洪度または宏度。長安の良家に生まれたが、父が地方官として赴任するのに伴われて、蜀(四川省成都)へゆき、そこで父を失い妓女となった。節度使韋皐(いこう)に愛され、召されて宴会で詩をつくり、女校書(じょこうしょ)と称された。
・ 浣花渓にいて、白居易、元槇、牛僧孺、令狐楚、張籍、杜牧、劉禹錫など多くの詩人たちとと唱和し、名妓として知られた。なかでも元槇と親しかった。
・ 彼女が作った深紅の小彩がついた詩箋(色紙のようなもの)は、当時「薛濤箋」として持てはやされた。
・ 王羲之の書法を学んだ書家としても認められ、その一片は宋の宮廷に秘蔵されていたという。晩年は碧溪房に居住し、吟詩楼を建てた。段文昌の墓誌が残されている。


其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。

錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に火が入る。この時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。

其二
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
春も盛りになり夜に大雨が降ることはなくなった、それを示すように朝になると塵が巻き立つのだ。春草も萌黄の色を越して爛々と光っている。これが日々新しくなっているのだ。
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
蒙頂山には茶のさんちで畑が畝をなしている。ここでの千年茶とも言われるお茶のしずくは天下の銘茶である。薛濤が考案して作った「浣花箋」の神にはこの年の春の谷のようすを詠いしるすのだ。
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
この成都では揚雄が住んでいたし、杜甫が「錯比揚雄宅」といって白髪頭の揚雄と間違われるといって照れたものだが、その杜甫は朝廷の立派な地位を捨ててまでこの古い町の近所で世俗をたってすんだのだ。
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。
しかし、杜甫も薛濤も共に退いてしまって海棠の花が約束されたように咲いている。薛濤が生まれ変わったといっても数年待っても花は変わらず人の姿には戻ってくれないのだ。

其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
渚は遠くにまで続いている、錦江はきよくながれている。河畔の宴席には清涼感のある緑の簟の敷物がしここまれている。小桃の花が周りに咲き乱れている薛濤の墓墳がある。
朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
この成都の朱塗りの万里橋から直接中央の金馬門へも伝わり知られた。それは城郭の金の上のひめがきのように高く連なり、かがやきを幾重にも重なった雲のように崇高であった。
窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
窓の下で琴を奏でると鳳凰が足を挙げて飛び上がったというし、浪は立っている錦江にうかんで錦を洗うと群がっていたカモメが散りぢりに飛び立ったというように薛等に合いたい高官たちも群れをなすように集まった。
子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。
それでも巴蜀は恋多き町でありホトトギスは夜ごと啼いている。それはホトトギスのふるさとが呉であり、楚の国、江南の美女たちの国でさえも並び立つものではない。

其の三
渚遠く江清くして 碧りの簟紋,小桃の花は繞る 薛濤の墳。
朱橋 直ちに指す 金門の路,粉堞 高く連なる 玉壘の雲。
窗下に 琴を斷ずれば 鳳足を翹ぐ,波中に 錦を濯えば 鷗群を散ず。
子規 夜夜 巴蜀に啼き,並ばざるは 吳鄉、楚國と聞くに。


『蜀中三首』 現代語訳と訳註
(本文)
其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。


(下し文)
其の三
渚遠く江清くして 碧りの簟紋,小桃の花は繞る 薛濤の墳。
朱橋 直ちに指す 金門の路,粉堞 高く連なる 玉壘の雲。
窗下に 琴を斷ずれば 鳳足を翹ぐ,波中に 錦を濯えば 鷗群を散ず。
子規 夜夜 巴蜀に啼き,並ばざるは 吳鄉、楚國と聞くに。


(現代語訳)
渚は遠くにまで続いている、錦江はきよくながれている。河畔の宴席には清涼感のある緑の簟の敷物がしここまれている。小桃の花が周りに咲き乱れている薛濤の墓墳がある。
この成都の朱塗りの万里橋から直接中央の金馬門へも伝わり知られた。それは城郭の金の上のひめがきのように高く連なり、かがやきを幾重にも重なった雲のように崇高であった。
窓の下で琴を奏でると鳳凰が足を挙げて飛び上がったというし、浪は立っている錦江にうかんで錦を洗うと群がっていたカモメが散りぢりに飛び立ったというように薛等に合いたい高官たちも群れをなすように集まった。
それでも巴蜀は恋多き町でありホトトギスは夜ごと啼いている。それはホトトギスのふるさとが呉であり、楚の国、江南の美女たちの国でさえも並び立つものではない。

Nature1-007
(訳注) 其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
渚は遠くにまで続いている、錦江はきよくながれている。河畔の宴席には清涼感のある緑の簟の敷物がしここまれている。小桃の花が周りに咲き乱れている薛濤の墓墳がある。
簟紋 簟:竹。竹でできた宴席の細密に編み込まれた文様によって清涼感のある状況を云う。


朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
この成都の朱塗りの万里橋から直接中央の金馬門へも伝わり知られた。それは城郭の金の上のひめがきのように高く連なり、かがやきを幾重にも重なった雲のように崇高であった。
・朱橋 成都の南にある朱塗りの万里橋。
・金門 唐代では文学の翰林院の門の金馬門のこと。漢代の未央宮(びおうきゅう)の門の一。側臣が出仕して下問を待つ所。金馬。金門。
・粉堞 白塗りのひめがき。城壁の上に回らした低い墻。化粧をした女娼。


窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
窓の下で琴を奏でると鳳凰が足を挙げて飛び上がったというし、浪は立っている錦江にうかんで錦を洗うと群がっていたカモメが散りぢりに飛び立ったというように薛等に合いたい高官たちも群れをなすように集まった。
・窗下の二句 窗下という場合閨を示す。女木の役とは全く違った訳もできる。


子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。
それでも巴蜀は恋多き町でありホトトギスは夜ごとないている。それはホトトギスのふるさとが呉であり、楚の国、江南の美女たちの国でさえも並び立つものではない。
・子規夜夜啼巴蜀 蚕叢(さんそう)、柏灌(はくかん)、魚鳧(ぎょふ)に次いで蜀(四川省)を治めたとされる中国神話上の蜀王。最後にホトトギスになったという伝説がある。
 望帝はもとは杜宇(とう)という名の天神だった。天から朱提山(しゅていざん)に降り、江源(こうげん)の井戸の中から現れた利という女を妻とした後、蜀王となって望帝と称した。
 その望帝が百余歳のころ、楚(そ)の国で鼈霊(べつれい)という男が死んだ。ところが、その死体は長江を遡(さかのぼ)り、蜀の都に流れ着いて生き返り、望帝に会いに来た。そこで、望帝は鼈霊を宰相に任命した。おりしも、蜀で大洪水が起こり、鼈霊がまるで禹と同じように活躍し、それを治めた。ところが、この後、望帝は鼈霊の妻と密通してしまい、良心の呵責(かしゃく)にさいなまれて鼈霊に位を譲った。王となった鼈霊は開明帝と称したが、望帝の方は退位後に修行を積んでホトトギスとなり、毎年春が来るたびに鳴いた。蜀の人々はその鳴き声を聞いて望帝をしのんだという。
それを知った杜宇ホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。帰ることが出来ない。)と鳴きながら血を吐いた。ホトトギスの口が赤いのはそのためだ。
 以上がホトトギスを不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄などと表記するゆえんだ。

杜鵑行 杜甫 成都(2)浣花渓の草堂(2 -16-1)  <379 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1831 杜甫詩1000-379-557/1500

蜀の山50055


成都市は戦国時代以来「蜀錦」と呼ばれる錦織の製造が盛んであり、蜀錦の品質の高さは雲錦・宋錦・壮錦と並び称された。漢代には、朝廷が成都に錦織物を扱う専門の官員を置いたため、成都は「錦官城」あるいは「錦城」と呼ばれていた

蜀中三首 其二 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-134-6-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2217

鄭谷 蜀中三首 其二 

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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

蜀中三首 其二 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-134-6-#2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2217


薛濤一身既傳薛濤井、薛濤牋、女校書之典,自不能免於文人風騷之筆,茲《全唐詩》搜尋偶得鄭谷「蜀中三首」: 
   
其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。

其二
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新,
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春,
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰,
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。

其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。

其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。
錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に火が入る。この時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。

其二
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
春も盛りになり夜に大雨が降ることはなくなった、それを示すように朝になると塵が巻き立つのだ。春草も萌黄の色を越して爛々と光っている。これが日々新しくなっているのだ。
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
蒙頂山には茶のさんちで畑が畝をなしている。ここでの千年茶とも言われるお茶のしずくは天下の銘茶である。薛濤が考案して作った「浣花箋」の神にはこの年の春の谷のようすを詠いしるすのだ。
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
この成都では揚雄が住んでいたし、杜甫が「錯比揚雄宅」といって白髪頭の揚雄と間違われるといって照れたものだが、その杜甫は朝廷の立派な地位を捨ててまでこの古い町の近所で世俗をたってすんだのだ。
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。
しかし、杜甫も薛濤も共に退いてしまって海棠の花が約束されたように咲いている。薛濤が生まれ変わったといっても数年待っても花は変わらず人の姿には戻ってくれないのだ。

其二
夜に多雨無く 曉に塵を生じ,草は嵐光を色なし 日日に新し。
蒙頂の茶畦 千點の露,浣花の牋紙 一溪の春。
揚雄は宅在して 唯 喬木し,杜甫は臺荒して 絕だ舊鄰す。
共に卻【しりぞい】て 海棠 花に約する有り,數年 留滯して人に歸らず。


『蜀中三首』其二 現代語訳と訳註
八女茶 畑(本文) 其二

夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。


(下し文) 其二
夜に多雨無く 曉に塵を生じ,草は嵐光を色なし 日日に新し。
蒙頂の茶畦 千點の露,浣花の牋紙 一溪の春。
揚雄は宅在して 唯 喬木し,杜甫は臺荒して 絕だ舊鄰す。
共に卻【しりぞい】て 海棠 花に約する有り,數年 留滯して人に歸らず。


(現代語訳)
春も盛りになり夜に大雨が降ることはなくなった、それを示すように朝になると塵が巻き立つのだ。春草も萌黄の色を越して爛々と光っている。これが日々新しくなっているのだ。
蒙頂山には茶のさんちで畑が畝をなしている。ここでの千年茶とも言われるお茶のしずくは天下の銘茶である。薛濤が考案して作った「浣花箋」の神にはこの年の春の谷のようすを詠いしるすのだ。
この成都では揚雄が住んでいたし、杜甫が「錯比揚雄宅」といって白髪頭の揚雄と間違われるといって照れたものだが、その杜甫は朝廷の立派な地位を捨ててまでこの古い町の近所で世俗をたってすんだのだ。
しかし、杜甫も薛濤も共に退いてしまって海棠の花が約束されたように咲いている。薛濤が生まれ変わったといっても数年待っても花は変わらず人の姿には戻ってくれないのだ。


(訳注)蜀中三首 其二
880年頃、蜀を訪れ、成都東南にある薛濤の墓にきた。薛濤の死後、半世紀後のことであった。

夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
春も盛りになり夜に大雨が降ることはなくなった、それを示すように朝になると塵が巻き立つのだ。春草も萌黄の色を越して爛々と光っている。これが日々新しくなっているのだ。
・夜無多雨 蜀では季節の変わり目には夜雨が降り、朝に晴れる。仙女が雨に化けているから降るという伝説。ここでは薛濤という美女がいるので雨の仙女が出てこれないという意味。


蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
蒙頂山には茶のさんちで畑が畝をなしている。ここでの千年茶とも言われるお茶のしずくは天下の銘茶である。薛濤が考案して作った「浣花箋」の神にはこの年の春の谷のようすを詠いしるすのだ。
・蒙頂 蒙頂山四川茶、中国の代表的緑茶産地をとして、蒙頂山茶は、中国の六大茶の一つ。四川省雅安市、南に山北部、四川盆地の南西部、雅安市名山県西北部の嘘を北東-南西帯状分布であった、雅安市の中にも及ぶ。山は約10キロと4キロの幅である。蒙頂山は五峰でなりたち,蓮花のように形作る。清峰を最高峰として,海拔1456m。名山縣にある。
・浣花牋「浣花箋」 浣花牋とは紙を桃花色にそめたもので、薛濤箋ともいい、 唐末五代名紙である。このため薛等を海棠に喩える。


揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
この成都では揚雄が住んでいたし、杜甫が「錯比揚雄宅」といって白髪頭の揚雄と間違われるといって照れたものだが、その杜甫は朝廷の立派な地位を捨ててまでこの古い町の近所で世俗をたってすんだのだ。
・揚雄宅 杜甫が『堂成』で「旁人錯比揚雄宅,懶惰無心作解嘲。」<私の頭が白いのでこのあたりのよその人は揚雄の宅と間違えて比べられるが、そう云われたからといって私は怠け者だから、揚雄のようにすぐ答えて「解嘲賦」をつくりはしないのだ。>ということに基づいている。
・喬木 「高木(こうぼく)」に同じ。 ⇔灌木(かんぼく)
・台〔臺〕1 周囲が見渡せるように高く造った建物や構造物。うてな。「灯台・番台・露台・楼台・天文台」2 政府の役所。「弾正台」3 平らで小高い土地。.


卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。
しかし、杜甫も薛濤も共に退いてしまって海棠の花が約束されたように咲いている。薛濤が生まれ変わったといっても数年待っても花は変わらず人の姿には戻ってくれないのだ。


題新津北橋棲00

海棠渓 
春教風景駐仙霞、水面魚身総帯花。
人世不思霊卉異、競将紅纈染軽沙。

春は風景をして仙霞を駐(とど)めしめ、水面の魚身総て花を帯ぶ。
人世(じんせい)思わず霊卉(れいき)の異(い)を、競って紅纈を将(も)って軽沙を染む。

春の神様は、風と光に、谷いっぱいの花がすみを送り届けさせたもうた。 清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのよう。 世間では、この海棠の霊妙なわざに気がつきもせず、競って赤いしぼりを河原の砂の上に干している。




薛濤(せつとう)は768年うまれ 831年歿した。中国・中唐代の宮妓・詩人、魚玄機とならび詩妓の双璧と称される。

 字は洪度または宏度。長安の良家に生まれたが、父が地方官として赴任するのに伴われて、蜀(四川省成都)へゆき、そこで父を失い妓女となった。節度使韋皐(いこう)に愛され、召されて宴会で詩をつくり、女校書(じょこうしょ)と称された。
 浣花渓にいて、白居易、元槇、牛僧孺、令狐楚、張籍、杜牧、劉禹錫など多くの詩人たちとと唱和し、名妓として知られた。なかでも元槇と親しかった。
 彼女が作った深紅の小彩がついた詩箋(色紙のようなもの)は、当時「薛濤箋」として持てはやされた。
 王羲之の書法を学んだ書家としても認められ、その一片は宋の宮廷に秘蔵されていたという。晩年は碧溪房に居住し、吟詩楼を建てた。段文昌の墓誌が残されている。


蜀中三首 其一 鄭谷 唐五代詞・宋詩 薛濤Gs-133--#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2212

鄭谷「蜀中三首」


2013年4月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第五段-#6 宋玉  <00-#16>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 645 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2209
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集田南樹園激流植援 謝霊運<42> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2211 (04/12)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性蜀中三首 其一 鄭谷 唐五代詞・宋詩 薛濤Gs-133--#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2212
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


蜀中三首 其一 鄭谷 唐五代詞・宋詩 薛濤Gs-133--#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2212


千載人憐女校書(三)

薛濤一身既傳薛濤井、薛濤牋、女校書之典,自不能免於文人風騷之筆,茲《全唐詩》搜尋偶得鄭谷「蜀中三首」: 
   

其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。
其二
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新,
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春,
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰,
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。
其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。



「蜀中三首」
其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒。
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山。
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間。
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。

錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に火が入る。この時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。
(其の一)
馬頭 春向して鹿頭の關あり,遠樹 平蕪して一望の閒なり,
雪下の文君は酒市に沾う,雲藏の李白は書山を讀む,
江樓の客恨は黃梅の後,村落の人歌は紫芋の間にある,
堤月 橋燈 好時の景なり,漢庭は事無くして 蠻を征せず。


『蜀中三首』其一 現代語訳と訳註
(本文)

馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。

(下し文) (其の一)
馬頭 春向して鹿頭の關あり,遠樹 平蕪して一望の閒なり,
雪下の文君は酒市に沾う,雲藏の李白は書山を讀む,
江樓の客恨は黃梅の後,村落の人歌は紫芋の間にある,
堤月 橋燈 好時の景なり,漢庭は事無くして 蠻を征せず。


(現代語訳)
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に日が入る。子の時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。


(訳注)
杜甫 体系 地図459同谷紀行蜀中三首 其一

880年頃、蜀を訪れ、成都東南にある薛濤の墓にきた。薛濤の死後、半世紀後のことであった。
鄭谷【ていこく】( 未詳‐896頃)中国,唐末の詩人。字は守愚。宜春(江西省)の人。司空図(しくうと)に文才を認められた。光啓3年(887)進士に及第し,官位は都官郎中に至った。鄭都官とも称される。〈鷓鴣詩(しやこのし)〉が広く人口に膾炙(かいしや)し,ために鄭鷓鴣の呼び名さえあった。清婉明白な詩風と評される。僖宗(きそう)に従って華山に登り,雲台の道観において編まれた詩集《雲台編》3巻がよく知られる。ほかに《宜陽集》3巻の著もあったが散逸した。


馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
・鹿頭關 鹿頭山とそこを超える所にある関所。杜甫の『成都紀行十二首』の十二番目に鹿頭山がある。長安から蜀に入る最後の難関である。この中で杜甫が「連山西南斷,俯見千裡豁。遊子出京華,劍門不可越。及茲險阻盡,始喜原野闊。」(山々は連なっているのだが西南に向かっては谷で遮断されている。目を下に向けると千里先まで次第に広々としていく。ここに來る旅人は長安の方からのものだが、この剣門を越えて通過することはしない方がよい。これに及ぶ道は険し過ぎるもので、ここへ来て初めて原野がひらかれたので見晴らしが良くなってやっと喜んだのである。)あるいは李白は『蜀道難』で「劍閣崢嶸而崔嵬。」(剣門山の閣道は、崢嶸で崔嵬として草木もなく高く険しすぎる。)といっている。
・平蕪 雑草の生い茂った野原。
○春になって鄭谷はここを越えて蜀、成都に入ったのだろう。


雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
・卓文君
前漢時代、臨の大富豪である卓王孫の娘。司馬相如と恋に落ちて駆け落ちをする、愛情溢れる女性とされる。
『白頭吟』の初句に「皚如山上雪,皎若雲間月。」とある。成都の西にある臨邛は司馬相如が卓文君と恋に落ちて駆け落ちを始めたところ。男を惑わす女の居る所の意で使う。臨邛は、秦の時代に置かれた県名。現・四川省邛耒県。
・雲藏 すぐれた才能を持って謫仙人といわれた。
・讀書山 李白は山について多くの詩を残している。その初期の作品『峨眉山月歌』
訪載天山道士不遇 李白1

峨眉山歌 李白 2



江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
・江樓 錦江の辺に立つ高樓。薛濤が若い時に過ごした妓楼。万里橋の近くにあったもの。
・黃梅:紫芋 黃梅の見ごろは早春で、紫芋の作付けはこうばいがおわってから晩春から初夏にするもの。



浣花峡556堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。
錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に日が入る。子の時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。
・堤月橋燈 錦江の北側に西川節度使の幕府駐屯地があり、錦江を挟んで南がわに官妓楼閣があった。橋は万里橋。
・漢庭無事不征蠻 黄巣の乱を意味するもの。乾符元年(874年)、同じ塩の闇業者だった王仙芝が挙兵するとこれに参加し、やがて反乱軍の中心人物の一人となっていった。塩賊はあちこちで兵を挙げ、それらを糾合した王仙芝と黄巣の反乱は瞬く間にその規模を増大させて各地を荒らしまわった。
その後王仙芝と黄巣は分裂し、双方とも各地を転戦したが、乾符5年(878年)に王仙芝は官軍に破れて戦死、一方の黄巣はこの年広州を落として勢いを増すと、その後は破竹の進撃を続けていった。金統元年(880年)には洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗を蜀の地へと逃亡させた。

寄贈薛濤  元稹  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-129--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2192

(元稹 唐詩)寄贈薛濤


2013年4月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩當牆欲高行 曹植 魏詩<64> 女性詩728 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2188
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第五段-#2 宋玉  <00-#12>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 641 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2189
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其六 成都浣花渓 杜甫 <450>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2195 杜甫詩1000-450-633/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集東陽溪中贈答二首その(1) 謝霊運<38> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2191 (04/08)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性

寄贈薛濤  元稹  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-129--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2192

 
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"安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

寄贈薛濤  元稹  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-129--#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2192


寄贈薛濤
錦江滑膩蛾眉秀,幻出文君與薛濤。
錦江の流れのあるところに滑らかなきめの細かい葉だ、秀美な眉の人がいる。そんなところに卓文君と薛濤は幻のように輩出された。
言語巧偷鸚鵡舌,文章分得鳳凰毛。
彼女らの詩句に云う言語は鸚鵡の舌を盗んだかのようであり、司馬相如の詩賦を借りたようである。文章は理解しやすくその鮮やかさは鳳凰のきのようである。
紛紛辭客多停筆,個個公卿欲夢刀。
沢山いる文人詩人たちはこぞって筆を競い詩を酬唱する。そして一人一人の三公九卿までもが、晋の刀州である成都に來ることを夢に見たという。
别後相思隔煙水,菖蒲花發五雲高。
薛濤と別れてもう随分経ち、はるか遠く雲と河水を隔てていても私は彼女を思い続けているのだ。成都のあの菖蒲花は長安の五色の雲よりも鮮やかに心に残っているのだ。

錦江の滑膩 蛾眉の秀、幻出す 文君と薛濤と。
言語 巧みに倫む 鸚鵡の舌、文章 分ち得たり 鳳凰の毛。
紛紛たる詞客 多く筆を停め、箇箇の公侯刀を夢みんと欲す。
別後の相思煙水を隔つ、菖蒲 花發いて 五雲高からん。

『寄贈薛濤』 現代語訳と訳註
bijo02(本文)

錦江滑膩蛾眉秀,幻出文君與薛濤。
言語巧偷鸚鵡舌,文章分得鳳凰毛。
紛紛辭客多停筆,個個公卿欲夢刀。
别後相思隔煙水,菖蒲花發五雲高。

(下し文)
錦江の滑膩 蛾眉の秀、幻出す 文君と薛濤と。
言語 巧みに倫む 鸚鵡の舌、文章 分ち得たり 鳳凰の毛。
紛紛たる詞客 多く筆を停め、箇箇の公侯刀を夢みんと欲す。
別後の相思煙水を隔つ、菖蒲 花發いて 五雲高からん。


(現代語訳)
錦江の流れのあるところに滑らかなきめの細かい葉だ、秀美な眉の人がいる。そんなところに卓文君と薛濤は幻のように輩出された。
彼女らの詩句に云う言語は鸚鵡の舌を盗んだかのようであり、司馬相如の詩賦を借りたようである。文章は理解しやすくその鮮やかさは鳳凰のきのようである。
沢山いる文人詩人たちはこぞって筆を競い詩を酬唱する。そして一人一人の三公九卿までもが、晋の刀州である成都に來ることを夢に見たという。
薛濤と別れてもう随分経ち、はるか遠く雲と河水を隔てていても私は彼女を思い続けているのだ。成都のあの菖蒲花は長安の五色の雲よりも鮮やかに心に残っているのだ。


(訳注)
寄贈薛濤

元稹から薛濤に贈った詩は、その集に一首だけ収められ、「全唐詩」では巻四二三に、それが翰林學士になった後に贈ったものであるという註をつけている。


錦江滑膩蛾眉秀,幻出文君與薛濤。
錦江の流れのあるところに滑らかなきめの細かい葉だ、秀美な眉の人がいる。そんなところに卓文君と薛濤は幻のように輩出された。
・滑膩 滑:なめらか。 膩:あぶら。ねっとりした脂肪。 なめらか。きめ細かい。
・蛾眉 蛾眉山と芸妓の眉、美人の眉を云う。
・文君 司馬相如の妻、卓文君。
 漢  88   白頭吟            卓文君          古詩源(上)
白頭吟 卓文君 <109-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩543 1446
白頭吟 卓文君 <109-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩544 1449
 

言語巧偷鸚鵡舌,文章分得鳳凰毛。
彼女らの詩句に云う言語は鸚鵡の舌を盗んだかのようであり、司馬相如の詩賦を借りたようである。文章は理解しやすくその鮮やかさは鳳凰のきのようである。
・鸚鵡 司馬相如の『長門賦』『鸚鵡賦』を云い、それを鸚鵡がうたうようにくりかえす。
・鳳凰 司馬相如『鳳求凰』(琴歌)がある。


紛紛辭客多停筆,個個公卿欲夢刀。
沢山いる文人詩人たちはこぞって筆を競い詩を酬唱する。そして一人一人の三公九卿までもが、晋の刀州である成都に來ることを夢に見たという。
・紛紛 わずらわしいさま。 葉蔓にさす月光のゆらいでみだれるさま。おおいさま。杜甫『貧交行』「翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。」
・辭客 詩人・文人。
・停筆 唱和すること。
・個個 われもわれもと。ひとりひとりが。
・公卿 三公九卿から〕「公」と「卿(けい)」の総称。公は太政大臣、左・右大臣、卿は大・中納言、三位以上の朝官および参議。
・刀 晋の刀州。晉の王濬の故事。蜀を滅びした功績により相国・晋王に奉じられ、かつての曹操以来、臣下が王を賜ることになったもの。


别後相思隔煙水,菖蒲花發五雲高。
薛濤と別れてもう随分経ち、はるか遠く雲と河水を隔てていても私は彼女を思い続けているのだ。成都のあの菖蒲花は長安の五色の雲よりも鮮やかに心に残っているのだ。
・别後 元稹は東川で別れて10年経過している。809年元和四年のこと。
・相思 元稹が薛濤のことを思っていることを云い、相手がどう思っているかはわからない場合でも使う。
・隔煙水 はるか遠く雲と河水を隔てていても
・菖蒲花發 菖蒲は薛等を示し、元稹の心に刻まれたものであることを云う。「唐才子博」に、薛濤の浣花里の住居の門のところに一面に植えられていて、そこは東北長安へむかう大道に臨んでいたので、往来の車馬もその美しきにしばらく見とれたとあるもの。
・五雲高 五雲 五色の雲。綵雲。杜甫『重経昭陵』
「再窺松柏路,還見五雲飛。」(再び窺【うかが】う 松柏の路、還た見る五雲の飛ぶを。)
菖蒲02

和人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-118-53-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2137

魚玄機 和人次韻
生きていくためには質素倹約に務め、「芸、勤勉、従属と性」によった時代に「女性の才」を最大の売りとした魚玄機には媚びるところがないのである。女性史に突出した人物である。


2013年3月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#1> 女性詩717 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2133
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 宋玉 <00-#1>もっとも影響を与えた詩文 630 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2134
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集游赤石進帆海詩 謝霊運<27> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2136 (03/28)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-118-53-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2137
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

和人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-118-53-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2137  
卷804_46 【和人次韻】魚玄機

和人次韻
喧喧朱紫雜人寰,獨自清吟日色間。
表通りの喧騒で俗な人間のお付き合いから、また、朱紫の方とのお付き合いからもかくれるように身を退いて、只今ではただひとり、誰にわずらわされることもなく、歌詠みに日を送って、静かな時を眺め過ごしております。
何事玉郎搜藻思,忽將瓊韻扣柴關。
このたび、詩文をたくみに作られたごようす。わたくしの始終とじている柴門の戸をたたいて、お使いの人にりっぱな詩を持たせてよこされました。
白花發詠慚稱謝,僻巷深居謬學顏。
その詩に雪の降るのを見て、柳の白いわたが飛んでいるようだとうたったあの謝道韞のようだと私のことをいわれましたが畏れ多いことですし、孔子さまの弟子だったあの顔回が、僻巷の奥に住んでいたのをまねてただくらしているだけなのです。
不用多情欲相見,松蘿高處是前山。
過分なるご厚情に感謝申し上げます。あの高い所の松の大木と姫葛のように喝采を浴びるものと違いこうして、前の小山にあるようにただひっそりと暮らしているのでございます。
美女画55101道観(人の次韻に和す)
喧喧【けんけん】朱紫【しゅし】人寰【じんかん】に雜り、獨自 清吟 日色間なり。
何事ぞ 玉郎 藻思【そうし】を捜し、忽ち瓊韻【けいいん】を將って 柴関【しかん】を叩く。
白花 詠を發するも 謝を称するを慚づ、僻巷【へきこう】深居 謬【あやま】って顔を学ぶ。
用ひず 多情 相見んと欲するを、松羅【しょうら】高き處 是れ前山なり。


『和人次韻』 現代語訳と訳註
(本文)
喧喧朱紫雜人寰,獨自清吟日色間。
何事玉郎搜藻思,忽將瓊韻扣柴關。
白花發詠慚稱謝,僻巷深居謬學顏。
不用多情欲相見,松蘿高處是前山。


(下し文) 人の次韻に和す
喧喧【けんけん】朱紫【しゅし】人寰【じんかん】に雜り、獨自 清吟 日色間なり。
何事ぞ 玉郎 藻思【そうし】を捜し、忽ち瓊韻【けいいん】を將って 柴関【しかん】を叩く。
白花 詠を發するも 謝を称するを慚づ、僻巷【へきこう】深居 謬【あやま】って顔を学ぶ。
用ひず 多情 相見んと欲するを、松羅【しょうら】高き處 是れ前山なり。


(現代語訳)
表通りの喧騒で俗な人間のお付き合いから、また、朱紫の方とのお付き合いからもかくれるように身を退いて、只今ではただひとり、誰にわずらわされることもなく、歌詠みに日を送って、静かな時を眺め過ごしております。
このたび、詩文をたくみに作られたごようす。わたくしの始終とじている柴門の戸をたたいて、お使いの人にりっぱな詩を持たせてよこされました。
その詩に雪の降るのを見て、柳の白いわたが飛んでいるようだとうたったあの謝道韞のようだと私のことをいわれましたが畏れ多いことですし、孔子さまの弟子だったあの顔回が、僻巷の奥に住んでいたのをまねてただくらしているだけなのです。
過分なるご厚情に感謝申し上げます。あの高い所の松の大木と姫葛のように喝采を浴びるものと違いこうして、前の小山にあるようにただひっそりと暮らしているのでございます。


(訳注)
美女画557和人次韻

逢いたいという意味の詩をよこした相手に対して、迭った返事の詩で、その「合いたい」という意味は、情を通じたいという含みをもったものであるし、貰った魚玄機も、型通り返事をしている。後のことはご想像に任せるということだろう。明清の時代より、男女間の道徳感は緩い時代である。生きていくためには質素倹約に務め、「芸、勤勉、従属と性」によった時代に「女性の才」を最大の売りとした魚玄機には媚びるところがないのである。女性史に突出した人物である。


喧喧朱紫雜人寰,獨自清吟日色間。
表通りの喧騒で俗な人間のお付き合いから、また、朱紫の方とのお付き合いからもかくれるように身を退いて、只今ではただひとり、誰にわずらわされることもなく、歌詠みに日を送って、静かな時を眺め過ごしております。
・喧喧 やかましい。表通りの音声がさわがしくわずらわしいこと。
・朱紫 衣服や官印のひもがあかやむらさきの人。高位高官の人。
・人寰 人の住むところ。人境。人界。
・清吟 清らかに詩や歌をうたう。詩を作ってもそれを表に出さないで楽しむだけにしている。
・日色 宋本には月色となっている。日常生活。
・間 しずか。


何事玉郎搜藻思,忽將瓊韻扣柴關。
このたび、詩文をたくみに作られたごようす。わたくしの始終とじている柴門の戸をたたいて、お使いの人にりっぱな詩を持たせてよこされました。
・玉郎 玉のような男。相手の男の尊称。
藻思 詩文をたくみに作る才能。
・瓊韻 玉のような韻文。りっぱな詩。
・柴関 柴門でできている関戸。隠棲の住居。女性の隠遁者という意味。


白花發詠慚稱謝,僻巷深居謬學顏。
その詩に雪の降るのを見て、柳の白いわたが飛んでいるようだとうたったあの謝道韞のようだと私のことをいわれましたが畏れ多いことですし、孔子さまの弟子だったあの顔回が、僻巷の奥に住んでいたのをまねてただくらしているだけなのです。
・白花發詠 晋の謝安の家で家族の者があつまっていると、牡丹のような雪片が落ちはじめた。謝安が「これを何にたとえたらよかろう」というと、男の子は、「白い塩を空にまきちらしているようです」と答えたが、謝安の娘の謝道韞は、「楊柳の架が飛び散っているようです」と答え、詩才があると褒められたという故事をふんだ。白花は、楊柳の白い花すなわち柳絮をいったもの。魚玄機も柳絮を詠っている。『賦得江邊柳』
翠色連荒岸,煙姿入遠樓。
影鋪秋水面,花落釣人頭。
根老藏魚窟,枝低繫客舟。
蕭蕭風雨夜,驚夢復添愁。
『折楊柳』
朝朝送別泣花鈿,折盡春風楊柳煙。
願得西山無樹木,免教人作淚懸懸。
・稱謝 謝は右の謝安のむすめ謝道韞。それに自己をたとえられること。
・僻巻(へきこう)探居 顔淵(回)のように、陋巷に住居すること。陋巷はうらまち。「論語」の蕹也篇に「子日く、賢なるかな回や。一箪の食一瓢の飲、陋巷に在り。人はその憂いに堪へず。回やその楽を改めず。賢なるかな回や」とあるによる。陋巷は僻巷におなじ。
學顏 顔淵のまねをして隈巷におること。


不用多情欲相見,松蘿高處是前山。
過分なるご厚情に感謝申し上げます。あの高い所の松の大木と姫葛のように喝采を浴びるものと違いこうして、前の小山にあるようにただひっそりと暮らしているのでございます。
・松蘿高處 羅はかずら。松の幹にはいのぼって生きている植物。松が夫であり、蘿は女。その松蘿が高い所、目立つところで。
・前山 眼前の山。

寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-113-48-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2112

寄子安 魚玄機  唐五代詞・宋詩

2013年3月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩名都篇 曹植 魏<57-#3> 女性詩712 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2108
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集朝雨 杜甫 <433>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2110 杜甫詩1000-433-616/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集郡東山望凕海 謝霊運<22> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2111 (03/23)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-113-48-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2112
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-113-48-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2112

卷804_41 【寄子安】魚玄機
この詩は別れる以上元の女郎、花街に還すことはやめてくれと夫に訴えている。この時代の常識としても高級官僚の第二夫人として迎えられた女性が娼屋にすぐ戻るとなればそれは男の恥というものである。「別れてもいいからこの問題を放置したままにするな」といっているのである。この詩の「蕙蘭銷歇歸春圃,楊柳東西絆客舟。」は名句とされている。ただでさえ難しくて、男性詩人でも少ない七言句でありながら、魚玄機は七言律詩が多い。ここに、女性詩人を越えたい魚玄機の矜持があるのである。



寄子安
(李億さまへお願いで寄せる)
醉別千卮不浣愁,離腸百結解無由。
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
蕙蘭銷歇歸春圃,楊柳東西絆客舟。
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
聚散已悲雲不定,恩情須學水長流。
人は離合集散であり、前々からそうなることはあなたの優柔不断なところでわかっておりました。しかし、あなたのこれまでの恩情については感謝し、人生長い水の流れの中のことと学びました。
有花時節知難遇,未肯厭厭醉玉樓。

私もまだ、今まだ花が咲いている季節なのですが、あなたとはもうお会いできないことわかっております。ただ、これから厭で厭で仕方がないことはあの玉楼で酔わなければならないことです。(道観に隠遁させてくれという願いをこめている。)
寄子安
醉別【すいべつ】千卮【せんし】愁を浣がず,離腸【りちょう】百結【ひゃくけつ】解く由無し。
蕙蘭【けいらん】銷歇【しょうけつ】春圃に歸り,楊柳【ようりゅう】東西 客舟に絆ぐ。
聚散 已に悲し 雲定まらず,恩情 須らく學ぶべし水の長流するを。
有花の時節 遇い難きを知り,未に肯て厭厭として玉樓に醉えず。


『寄子安』 現代語訳と訳註
魚玄機888(本文)
醉別千卮不浣愁,離腸百結解無由。
蕙蘭銷歇歸春圃,楊柳東西絆客舟。
聚散已悲雲不定,恩情須學水長流。
有花時節知難遇,未肯厭厭醉玉樓。



(下し文) (寄子安)
醉別【すいべつ】千卮【せんし】愁を浣がず,離腸【りちょう】百結【ひゃくけつ】解く由無し。
蕙蘭【けいらん】銷歇【しょうけつ】春圃に歸り,楊柳【ようりゅう】東西 客舟に絆ぐ。
聚散 已に悲し 雲定まらず,恩情 須らく學ぶべし水の長流するを。
有花の時節 遇い難きを知り,未に肯て厭厭として玉樓に醉えず。


(現代語訳)
(李億さまへお願いで寄せる)
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
人は離合集散であり、前々からそうなることはあなたの優柔不断なところでわかっておりました。しかし、あなたのこれまでの恩情については感謝し、人生長い水の流れの中のことと学びました。
私もまだ、今まだ花が咲いている季節なのですが、あなたとはもうお会いできないことわかっております。ただ、これから厭で厭で仕方がないことはあの玉楼で酔わなければならないことです。(道観に隠遁させてくれという願いをこめている。)


(訳注)
寄子安

・子安 夫の李億。この子安を使う段階では別れることを云われていたのではない時期で、思わせぶりな(魚玄機は度々「含情」という表現をしている。)面を持っていた男のようだ。


醉別千卮不浣愁,離腸百結解無由。
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
・千卮 卮はさかずき。いくたび杯を重ねること。
・浣 水で洗う。ここは消す意味だが、暗いじめじめした感じではなく、明るくさばさばした感じに使う。
・離腸 腸は性交を示す語でセックスをしないことを含めて別れることを云う。別れても好きな人ではないことを示す。


蕙蘭銷歇歸春圃,楊柳東西絆客舟。
香りのよい蘭の花も色あせ香しい香りも消え失せて春圃の街に帰るのです、ここには柳が植えられた岸辺、男と女、楊と柳とが東と西にわかれるあなたの舟をつないでいます。
・蕙蘭 かおりぐさ。一種の香草。魚玄機の字名。
・銷歇 銷はきえること。歇はなくなること。
・春圃 圃はその、はたけ。商業をうえるところ。花街娼屋のこと。
・楊柳 やなぎ。楊は男性をしめし、柳は女性を示すもの。男女が東西に別れること、別れに楊柳の枝を折って贈る風習がある。
・客舟(かくしゅう) 旅人をのせる舟。「このまま離れることは恥ですよ」ということ。


杏の花001聚散已悲雲不定,恩情須學水長流。
人は離合集散であり、前々からそうなることはあなたの優柔不断なところでわかっておりました。しかし、あなたのこれまでの恩情については感謝し、人生長い水の流れの中のことと学びました。
・聚散 離合集散。
・已悲 前々からそうなることはあなたの優柔不断なところでわかっていたということ。


有花時節知難遇,未肯厭厭醉玉樓。
私もまだ、今まだ花が咲いている季節なのですが、あなたとはもうお会いできないことわかっております。ただ、これから厭で厭で仕方がないことはあの玉楼で酔わなければならないことです。(道観に隠遁させてくれという願いをこめている。)
(結果隠遁するのである。日本の出家とは違って俗世界と完全に立つわけではなく普通に生活をする。)


和人 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-109-44-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ209

和人 魚玄機
咸宜観にはいって女遺士として暮らしていたころのある日、客のひとりが留守中にたずねてきて、詩を置いていった。これに封して、返した歌である。

2013年3月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩棄婦篇 曹植 魏詩<56-#2> 女性詩708 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2088
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#4>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集徐歩 杜甫 <429>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2090 杜甫詩1000-429-612/1500徐歩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 24)
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集白石巌下径行田詩 謝霊運<18> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2091 (03/19)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和人 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-109-44-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ209
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


和人 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-109-44-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2092


卷804_37 【和人】魚玄機
咸宜観にはいって女遺士として暮らしていたころのある日、客のひとりが留守中にたずねてきて、詩を置いていった。これに封して、返した歌である。


和人
茫茫九陌無知己,暮去朝來典繡衣。
これだけ広い長安の大通り、長安の街で知己を通じて援助を受けようなどとは思いません。くる日もくる日も、毎日のように、着物を質に入れて、くらしています。
寶匣鏡昏蟬鬢亂,博山爐暖麝煙微。
美しい小箱に以前使っていた鏡を曇らせたままに収めております。前のように蟬髪にすることではなくてそのままおろして修行しております。「博山爐」で麝香をたまにたくだけで微かにその香を残すのです。
多情公子春留句,少思文君晝掩扉。
ご厚情にもあなた様はおいでくださいまして、わたくしの「春のきもち」を呼び戻す詩句を残してくれました。卓文君のように詩文で少し心が動きますが、今、お昼は修行での身ですから表の門も閉めたままにしております。
莫惜羊車頻列載,柳絲梅綻正芳菲。

修業の時はおいでくださいましても、なんの風情もございません。修行のない時、このわたくしを車にのせて、いっしょに郊外へ行楽しましょう。それでしたら何度でもお供いたします。柳も芽をふき、梅の花もほころび、草もよい香の花を咲かせているころには楽しみしております。
(和人)
茫茫たり 九陌に知己【ちき】無し,暮去【ぼきょ】朝來【ちょうらい】繡衣【しゅうい】を典す。
寶匣【ほうこう】鏡 昏うして蟬鬢【ぜんびん】亂れ,博山【はくざん】爐 暖こうして麝煙【じゃえん】微かなり。
多情の公子 春 句を留め,少思の文君 晝 扉を掩う。
惜しむこと莫れ羊車 頻りに列載するを,柳絲【りゅうし】梅綻【ばいたん】正に芳菲なり。


魚玄機888『和人』 現代語訳と訳註
(本文)
和人
茫茫九陌無知己,暮去朝來典繡衣。
寶匣鏡昏蟬鬢亂,博山爐暖麝煙微。
多情公子春留句,少思文君晝掩扉。
莫惜羊車頻列載,柳絲梅綻正芳菲。


(下し文)
(和人)
茫茫たり 九陌に知己【ちき】無し,暮去【ぼきょ】朝來【ちょうらい】繡衣【しゅうい】を典す。
寶匣【ほうこう】鏡 昏うして蟬鬢【ぜんびん】亂れ,博山【はくざん】爐 暖こうして麝煙【じゃえん】微かなり。
多情の公子 春 句を留め,少思の文君 晝 扉を掩う。
惜しむこと莫れ羊車 頻りに列載するを,柳絲【りゅうし】梅綻【ばいたん】正に芳菲なり。


(現代語訳)
これだけ広い長安の大通り、長安の街で知己を通じて援助を受けようなどとは思いません。くる日もくる日も、毎日のように、着物を質に入れて、くらしています。
美しい小箱に以前使っていた鏡を曇らせたままに収めております。前のように蟬髪にすることではなくてそのままおろして修行しております。「博山爐」で麝香をたまにたくだけで微かにその香を残すのです。
ご厚情にもあなた様はおいでくださいまして、わたくしの「春のきもち」を呼び戻す詩句を残してくれました。卓文君のように詩文で少し心が動きますが、今、お昼は修行での身ですから表の門も閉めたままにしております。
修業の時はおいでくださいましても、なんの風情もございません。修行のない時、このわたくしを車にのせて、いっしょに郊外へ行楽しましょう。それでしたら何度でもお供いたします。柳も芽をふき、梅の花もほころび、草もよい香の花を咲かせているころには楽しみしております。


(訳注)
和人
咸宜観にはいって女遺士として暮らしていたころのある日、客のひとりが留守中にたずねてきて、詩を置いていった。これに封して、返した歌である。
この詩も「漢詩大系15」P145-146の解釈はどうかしているとしか思えない。私の解釈と比較されたい。
意味深な語句は花街の女性であったから男に対して自分を縣そうしていうのであるからその後を使う。プライドの高い女性である。杜甫でも数が少ないのように七言律詩を詠っているのである。


茫茫九陌無知己,暮去朝來典繡衣。
長安城の図01これだけ広い長安の大通り、長安の街で知己を通じて援助を受けようなどとは思いません。くる日もくる日も、毎日のように、着物を質に入れて、くらしています。
茫茫 遠く広いさま。
・九陌 九陌はもともと南北に通じている田の畦みちをいったが、後には、都会の街もいうようになった。九陌は、漢の都の長安にあった九つの大道を指したが、これも転じて、ひろく都大路をいうことになった。ここでは唐の長安城においても南北の通りは九本である。 
・暮去朝来 くる日もくる日も、毎日のように。
・繍衣 ぬいとりのある着物。ここではたんに着物。
・典 衣類を入質すること。これは惨めな事と解釈するのは間違い。儒教、道教問わず、その日を楽しく過ごすことを矜持の事としていっているわけである。杜甫『曲江三章章五句2』『奉陪鄭駙馬韋曲二首其一』 杜甫  樂遊園歌  杜甫  



寶匣鏡昏蟬鬢亂,博山爐暖麝煙微。
美しい小箱に以前使っていた鏡を曇らせたままに収めております。前のように蟬髪にすることではなくてそのままおろして修行しております。「博山爐」で麝香をたまにたくだけで微かにその香を残すのです。
・寶匣 匣はハコ。宝は単に美しい意。
・昏 うす暗い。磨くのを怠っているから。
・蟬鬢 女の髪をゆった形が、蝉の羽のようだから畔蛍という。
・繍衣・宝匝撃、みな美しい語を使っただけで、上にかぶせた形容詞に深い比重はおいていない。詩語というものである。
・博山爐 仙山のかたちをした香炉のこと。
李白 「楊叛兒」
君歌楊叛兒、妾勸新豐酒。
何許最關人、烏啼白門柳。
烏啼隱楊花、君醉留妾家。
博山爐中沈香火、雙煙一氣凌紫霞。○博山香 「博山」という仙山のかたちをした香炉かんたんにいえは、山の形をした香炉である。博山は、山東省にある山の名。炉の形は山形をしているが、下の盤に湯を入れ、それに蒸されて、上にある香が煙になって昇るように仕掛けたものらしい。
・麝煙微 麝香の煙がわずかに立ちのぼっている。麝香は貴重高価なものであった。微の字に重点があり、たまにたくことでほのかに残している。修行において香は重要である。以前は客を迎えるために焚いたものと比較する。漢詩ブログについて、と李白36 楊叛兒と蘇東坡-蘇軾 ⑪江城子 密州出猟


多情公子春留句,少思文君晝掩扉。
ご厚情にもあなた様はおいでくださいまして、わたくしの「春のきもち」を呼び戻す詩句を残してくれました。卓文君のように詩文で少し心が動きますが、今、お昼は修行での身ですから表の門も閉めたままにしております。
・少思 思うことの少ない、自分を文署にたとえ、それに比べれば物思い、恋心の少ないといったもの。
・文君 蜀の司馬相如の妻であった卓文君。卓文君は司馬相如の詩文を見て司馬相如のもとに走った。自分をそれにたとえていう。


莫惜羊車頻列載,柳絲梅綻正芳菲。
修業の時はおいでくださいましても、なんの風情もございません。修行のない時、このわたくしを車にのせて、いっしょに郊外へ行楽しましょう。それでしたら何度でもお供いたします。柳も芽をふき、梅の花もほころび、草もよい香の花を咲かせているころには楽しみしております。
・羊車 羊にひかせる小型の車、控えめに言っている。
・列戴 ならんでのせること。道女がたくさんいて、どの車にも女を同伴してのせていること。
・柳絲 柳の枝が芽をふくこと。
・梅綻 梅の花がほころびること。
・芳菲 芳も菲も、ともにかんばしいことをいう。
李白『春日獨酌 二首 其一』
東風扇淑氣、水木榮春暉。
白日照綠草、落花散且飛。
孤雲還空山、眾鳥各已歸。
彼物皆有托、吾生獨無依。
對此石上月、長醉歌芳菲。
春日獨酌二首 其一  李白 104

代人悼亡 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-108-43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2087

代人悼亡 魚玄機

2013年3月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩棄婦篇 曹植 魏詩<56-#1> 女性詩707 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2083
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#3>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集獨酌 杜甫 <428>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2085 杜甫詩1000-428-611/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集晚出西射堂 謝霊運<17> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2086 (03/18)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性代人悼亡 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-108-43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2087
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


代人悼亡 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-108-43   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2087


結句は、相手が、先に逝ってしまったことを、残されたものの恨みに思う思いを、深い情愛をぅたいあげたもの。思いやりのある女性らしい作品。傑作の一つ。題が、「人に代って」とある。さびしい男が花街に来て紛らわせる。その時魚玄機が男に持たせて帰らせた。


卷804_36 【代人悼亡】魚玄機



代人悼亡
曾睹夭桃想玉姿,帶風楊柳認蛾眉。
咲きはこっている桃の花の姿を見ては、おまえのようだと思ったことがあった。春風にゆれている楊柳の葉を見ては、おまえの眉の形にそっくりだと思ったこともあった。
珠歸龍窟知誰見,鏡在鸞臺話向誰。
龍のあざとの下にあるという千金の玉にもたとえたい女だった。今では、もとの龍のすむ淵へもどってしまった。だから、誰にしたっておまえを見にゆくことは、できないのだ。あの愛用の鏡塞がのこっている。その鏡のなかから、にっこりしてわたしに話しかけてきたものだが、今ではわたしがのぞいてみても、話しかけてくれるひとはいない。
從此夢悲煙雨夜,不堪吟苦寂寥時。
これからは、細雨が煙のように細くしとしとと降る夜には、夢をみて、ひとしお悲しい思いをすることだろう。寂しい時に思い出が強くて詩を作ることもくるしくてたえきれない。
西山日落東山月,恨想無因有了期。

西の山に日が落ち、月が東の山のはからのぼってくる。満たされぬ夜が又来る。限りなく夜ごとにつづくこのおもいはいつおわるということもなくつづくのだろう。

(人に代って悼亡)
曾て 夭桃【ようとう】を観ては玉姿【ぎょくし】を想い、風を帶びる楊柳に、蛾眉【がび】を認む。
珠 龍窟【りゅうくつ】に歸る 知るも誰か見ん。鏡 鸞臺【らんだい】に在るも 誰に向ってか 話せん。
此れ從り 夢に悲しまん 煙雨の夜、吟苦に 堪へざらん 寂蓼【せきりょう】の時。
西山には日落ち 東山には月、恨想【こんそう】す 了期あるに因なきを。

oborotsuki04

『代人悼亡』 現代語訳と訳註
(本文)

曾睹夭桃想玉姿,帶風楊柳認蛾眉。
珠歸龍窟知誰見,鏡在鸞臺話向誰。
從此夢悲煙雨夜,不堪吟苦寂寥時。
西山日落東山月,恨想無因有了期。


(下し文)
(人に代って悼亡)
曾て 夭桃【ようとう】を観ては玉姿【ぎょくし】を想い、風を帶びる楊柳に、蛾眉【がび】を認む。
珠 龍窟【りゅうくつ】に歸る 知るも誰か見ん。鏡 鸞臺【らんだい】に在るも 誰に向ってか 話せん。
此れ從り 夢に悲しまん 煙雨の夜、吟苦に 堪へざらん 寂蓼【せきりょう】の時。
西山には日落ち 東山には月、恨想【こんそう】す 了期あるに因なきを。


(現代語訳)
咲きはこっている桃の花の姿を見ては、おまえのようだと思ったことがあった。春風にゆれている楊柳の葉を見ては、おまえの眉の形にそっくりだと思ったこともあった。
龍のあざとの下にあるという千金の玉にもたとえたい女だった。今では、もとの龍のすむ淵へもどってしまった。だから、誰にしたっておまえを見にゆくことは、できないのだ。あの愛用の鏡塞がのこっている。その鏡のなかから、にっこりしてわたしに話しかけてきたものだが、今ではわたしがのぞいてみても、話しかけてくれるひとはいない。
これからは、細雨が煙のように細くしとしとと降る夜には、夢をみて、ひとしお悲しい思いをすることだろう。寂しい時に思い出が強くて詩を作ることもくるしくてたえきれない。
西の山に日が落ち、月が東の山のはからのぼってくる。満たされぬ夜が又来る。限りなく夜ごとにつづくこのおもいはいつおわるということもなくつづくのだろう。


(訳注)
代人悼亡

・悼亡 妻の死を悲しむこと。晋の潘岳が妾の死をいたんで「悼亡」とこう題する三首の詩を作ったのにはじまる。潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982

和新及第悼亡詩二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-88-24-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1987


寒梅901曾睹夭桃想玉姿,帶風楊柳認蛾眉。
咲きはこっている桃の花の姿を見ては、おまえのようだと思ったことがあった。春風にゆれている楊柳の葉を見ては、おまえの眉の形にそっくりだと思ったこともあった。
・夭桃 美しく咲いた桃の花。若い女性の容色の形容に 用いる。桃夭。
・楊柳(ようりゅう) 柳のこと。ここは柳の葉を指す。
・蛾眉 要人の眉のこと。蛾の細長くまがっている触角を、美人の票しい眉にたとえていう。「詩経」の衛鼠の「碩人」に、「藻首蠍眉、巧笑借たり」という句がある。起こ句とも「詩経」をふまえていることに注意。


歸龍窟知誰見,鏡在鸞臺話向誰。
龍のあざとの下にあるという千金の玉にもたとえたい女だった。今では、もとの龍のすむ淵へもどってしまった。だから、誰にしたっておまえを見にゆくことは、できないのだ。あの愛用の鏡塞がのこっている。その鏡のなかから、にっこりしてわたしに話しかけてきたものだが、今ではわたしがのぞいてみても、話しかけてくれるひとはいない
・龍窟 「荘子」の列禦寇第三十二に、竜の棲む探い淵から、千金の値うちがある珠を、竜か眠っている問に、そのあざとからとってきた男の話がのっている。ここは亡き妻を、その千金の珠にもたとえたいほど、たいせつなものと考え、それがもとのところへもどった今、誰も奪い返すことはできないの意。
・鸞臺 鸞は仮想の鳥の名で、鳳凰のたぐい。五色のうちとくに青い色の多い羽をもっていると考えられている。○鸞臺 鏡中鸞 金属製の鏡の背面に彫られた鸞の模様が「双鳳文鏡」であり、離ればなれのつがいの鸞がお互いを求め合う姿を彫刻しているものが多い。「鸞鏡」は、愛し合う(時にはなれねばならない)男女の思いを映し出す鏡をしめす。鸞は理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。白楽天「太行路」に鏡中鸞を引き合いにし男女について詠っている。


從此夢悲煙雨夜,不堪吟苦寂寥時。
これからは、細雨が煙のように細くしとしとと降る夜には、夢をみて、ひとしお悲しい思いをすることだろう。寂しい時に思い出が強くて詩を作ることもくるしくてたえきれない。
・煙雨 けぶるような雨。細雨が煙のように細くしとしとと降っているありさま。
・吟苦 吟は詩を口ずさむこと。吟苦は詩作の苦。
・寂蓼(せきりょう) さびしいこと。


西山日落東山月,恨想無因有了期。
西の山に日が落ち、月が東の山のはからのぼってくる。満たされぬ夜が又来る。限りなく夜ごとにつづくこのおもいはいつおわるということもなくつづくのだろう。
・了細 終了の時期。.

暮春即事 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-107-42-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2082

暮春即事 魚玄機
年を取ってきた芸妓のことをのべる。春も終わろうとしているのに年増の芸子にはお客もなじみもなくなってしまってどうしようもなくなる。同じ女としてのべたたものである。

2013年3月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

暮春即事 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-107-42-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2082

卷804_35 【暮春即事】魚玄機



暮春即事
深巷窮門少侶儔,阮郎唯有夢中留。
その女は路地の奥、あまりばっとしない小さな家に、誰も寄り付かないくらしをしている。パトロンの男は足もいつか遠のいて、泊ってくれるのは夢のなかでだけだという。
香飄羅綺誰家席,風送歌聲何處樓。
思えば、どこかの邸の宴席では、美しい衣裳の女たちが、香のにおいをただよわせながら、舞っているであろう。どこかの家の二階では、そこも宴席で、歌姫がうたう歌聾が、春の夜風にのって外に聞こえてくる。
街近鼓鼙喧曉睡,庭閑鵲語亂春愁。
すぐそこの大通りを楽隊が通るのか、やかましい音に、朝寝の目をさまされてしまう。静かなの庭で、こんどはかさきざのさわぐ聾がする。かささぎが騒げば、よいことがあるという。春に体を持て余している女にとっては気持ちをみだすことである。
安能追逐人間事,萬裏身同不系舟。
人間の行く末などというものは、どれほど思いめぐらしてもどうにかなるものではない。はてしもない川の流れに繋がれず浮んだまま流されてゆく、小舟のようなものである。

(暮春即事)
深巷 窮門 侶儔【りょちゅう】少き,阮郎 唯だ夢中に留まる有るのみ。
香 羅綺を飄えす 誰家の席,風 歌聲を送る 何處の樓。
街 近く 鼓鼙【こへい】曉睡【ぎょうすい】喧【かますび】しく,庭 閑か 鵲語【じゃくご】春愁を亂す。
安くんぞ能く 人間の事を 追逐せん、萬里 身は同じ 繋がざる舟に。


wakaba002『暮春即事』 現代語訳と訳註
(本文)
暮春即事
深巷窮門少侶儔,阮郎唯有夢中留。
香飄羅綺誰家席,風送歌聲何處樓。
街近鼓鼙喧曉睡,庭閑鵲語亂春愁。
安能追逐人間事,萬裏身同不系舟。


(下し文)
深巷 窮門 侶儔【りょちゅう】少き,阮郎 唯だ夢中に留まる有るのみ。
香 羅綺を飄えす 誰家の席,風 歌聲を送る 何處の樓。
街 近く 鼓鼙【こへい】曉睡【ぎょうすい】喧【かますび】しく,庭 閑か 鵲語【じゃくご】春愁を亂す。
安くんぞ能く 人間の事を 追逐せん、萬里 身は同じ 繋がざる舟に。


(現代語訳)
その女は路地の奥、あまりばっとしない小さな家に、誰も寄り付かないくらしをしている。パトロンの男は足もいつか遠のいて、泊ってくれるのは夢のなかでだけだという。
思えば、どこかの邸の宴席では、美しい衣裳の女たちが、香のにおいをただよわせながら、舞っているであろう。どこかの家の二階では、そこも宴席で、歌姫がうたう歌聾が、春の夜風にのって外に聞こえてくる。
すぐそこの大通りを楽隊が通るのか、やかましい音に、朝寝の目をさまされてしまう。静かなの庭で、こんどはかさきざのさわぐ聾がする。かささぎが騒げば、よいことがあるという。春に体を持て余している女にとっては気持ちをみだすことである。
人間の行く末などというものは、どれほど思いめぐらしてもどうにかなるものではない。はてしもない川の流れに繋がれず浮んだまま流されてゆく、小舟のようなものである。


(訳注)
暮春即事

・暮春 年を取ってきた芸妓のことをのべる。花街で、かこわれた女にとって年を取ることは堪えがたいこととして、多くの詩人に取り上げられている。李商隠は「無題」として、蝉その他、この類いの詩を二十首以上も読んでいる。

燕臺詩四首 其二 夏#1 李商隠130 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 130-1

無題(幽人不倦賞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-91

無題(何處哀筝随急管) 李商隠21

・即事 その場の事柄、目の前のけしき・ようすを即興で詩にしたもの。
杜甫『即事』
聞道花門破,和親事卻非。
人憐漢公主,生得渡河歸。
秋思拋雲髻,腰肢勝寶衣。
群凶猶索戰,回首意多違。

即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410

杜甫『草堂即事』
荒村建子月,獨樹老夫家。雪裡江船渡,風前竹徑斜。
寒魚依密藻,宿鷺起圓沙。蜀酒禁愁得,無錢何處賒?


深巷窮門少侶儔,阮郎唯有夢中留。
その女はろじの奥、あまりばっとしない小さな家に、誰も寄り付かないくらしをしている。パトロンの男は足もいつか遠のいて、泊ってくれるのは夢のなかでだけだという。
・深巻 人通りの少ないちまた。
・窮門 貧乏な家。
・侶儔 とも。伴侶。なかま。ともがら。
・阮郎 花街では桃源郷を花街とし、宮女に逢うことから、男性を呼ぶ場合阮肇の故事をもじってこう呼ぶ。『幽明録』にある民話では、漢の明帝の永平5年(62年)に剡県で、劉晨と阮肇が天台山で宮女に出会い、村へ帰ると七代後の子孫が住んでいた。この変形で「仙女の洞窟」という民話では、劉晨と阮肇が山で迷い込んだ洞窟で仙女が碁を打っていた。村へ帰ると4、500年が過ぎており、洞窟に戻ると扉が閉じていて、二人は頭を壁に打ちつけて死んでしまった。天はこれを哀れんで、二人を幸運の神と悪運の神に任命した。
魚玄機『聞李端公垂釣回寄贈』
無限荷香染暑衣,阮郎何處弄船歸。
自慚不及鴛鴦侶,猶得雙雙近釣磯。

聞李端公垂釣回寄贈 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-94-30-# 卷804_23 【聞李端公垂釣回寄贈】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2017


香飄羅綺誰家席,風送歌聲何處樓。
思えば、どこかの邸の宴席では、美しい衣裳の女たちが、香のにおいをただよわせながら、舞っているであろう。どこかの家の二階では、そこも宴席で、歌姫がうたう歌聾が、春の夜風にのって外に聞こえてくる。
・羅綺 薄物の美しい衣裳。


街近鼓鼙喧曉睡,庭閑鵲語亂春愁。
すぐそこの大通りを楽隊が通るのか、やかましい音に、朝寝の目をさまされてしまう。静かなの庭で、こんどはかさきざのさわぐ聾がする。かささぎが騒げば、よいことがあるという。春に体を持て余している女にとっては気持ちをみだすことである。
・街 巷に対してこれはメインストリート。大街。表通り。
・鼓鼙 鼓はつづみ。鼙は軍鼓。軍鼓は夜が明けるとたたき始める
・曉睡 朝のねむり。夜寝つけなくて、明け方にうとうととすること。
・鵠語 かさきざのなく声。朝、かさきざが騒がしく鳴くとその日よいことがある吉兆であるといわれる。
・春愁 春のものさびしさ。「阮郎唯有夢中留」に対する思い。


安能追逐人間事,萬裏身同不系舟。
人間の行く末などというものは、どれほど思いめぐらしてもどうにかなるものではない。はてしもない川の流れに繋がれず浮んだまま流されてゆく、小舟のようなものである。
・迫逐(ついちく) おっかける。
hinode0100

夏日山居 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-106-41-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2077

夏日山居 魚玄機


2013年3月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

夏日山居 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-106-41-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2077

卷804_34 【夏日山居】魚玄機


夏日山居
移得仙居此地來,花叢自遍不曾栽。
道女の住居を移したが、そこには一面に花さく場所である。しかしそれはわざわざここにきて植えたのではなく、自然にそうした土地なので、いっそううれしく趣きがある。
庭前亞樹張衣桁,坐上新泉泛酒杯。
庭の木の横枝は、自然に衣桁のかわりをつとめてくれるし、坐っている座席の近くに、小さな泉がわいている。それはまったく小さくてちょうど杯に酒をみたしたようである。
軒檻暗傳深竹徑,綺羅長擁亂書堆。
軒下のらんかんの奥は、深い竹の小みちに通じているし、部屋のなかの美しい衣裳の下は乱雑に積み重ねた書物が置きっぱなしにしたままなのだ。
閑乘畫舫吟明月,信任輕風吹卻回。
ひまにまかせて、畫舫で舟遊びをする。明月の下では詩を吟じる。もうこれからは軽く吹いてくる風に、すべてを任せて、生活をしていくのである
(夏日山居)
仙居を移し得て此の地に来る、花叢 自ら偏く曾て栽ゑず。
庭前の亞樹は衣を張るの桁、坐上の新泉は酒を浮ぶるの杯。
軒檻暗に傳く深竹径、綺羅 長に擁す亂書堆。
閑に畫舫に乘って明月に吟じ,信任するは輕風 吹いて卻回【きゃくかい】す。


嘉陵江111111
『夏日山居』 現代語訳と訳註
(本文)
夏日山居
移得仙居此地來,花叢自遍不曾栽。
庭前亞樹張衣桁,坐上新泉泛酒杯。
軒檻暗傳深竹徑,綺羅長擁亂書堆。
閑乘畫舫吟明月,信任輕風吹卻回。


(下し文)
仙居を移し得て此の地に来る、花叢 自ら偏く曾て栽ゑず。
庭前の亞樹は衣を張るの桁、坐上の新泉は酒を浮ぶるの杯。
軒檻暗に傳く深竹径、綺羅 長に擁す亂書堆。
閑に畫舫に乘って明月に吟じ,信任するは輕風 吹いて卻回【きゃくかい】す。


(現代語訳)
道女の住居を移したが、そこには一面に花さく場所である。しかしそれはわざわざここにきて植えたのではなく、自然にそうした土地なので、いっそううれしく趣きがある。
庭の木の横枝は、自然に衣桁のかわりをつとめてくれるし、坐っている座席の近くに、小さな泉がわいている。それはまったく小さくてちょうど杯に酒をみたしたようである。
軒下のらんかんの奥は、深い竹の小みちに通じているし、部屋のなかの美しい衣裳の下は乱雑に積み重ねた書物が置きっぱなしにしたままなのだ。
ひまにまかせて、畫舫で舟遊びをする。明月の下では詩を吟じる。もうこれからは軽く吹いてくる風に、すべてを任せて、生活をしていくのである。


(訳注)
夏日山居
愛衰えるにおよんで山に入り、西京の咸宜觀に隷して女遺士となる」と見えている。山は都の長安に在った。
宋・孫光憲『北夢瑣言
唐女道魚玄機字蕙蘭,甚有才思。
鹹通中,為李憶補闕執箕帚,
後愛衰,下山隸咸宜觀為女道士。

魚元機は晩唐の女道士であり、字を蕙蘭という。とても才能思想の持ち主である、
咸通元年、李億補闕の妻妾として仕えることとなる。

しかし、その後、夫李億の愛衰へ他の女のもとにいった、魚玄機は山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。
北夢瑣言 孫光憲  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-67-3-# 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1884


移得仙居此地來,花叢自遍不曾栽。
道女の住居を移したが、そこには一面に花さく場所である。しかしそれはわざわざここにきて植えたのではなく、自然にそうした土地なので、いっそううれしく趣きがある。
・此地 ここ。おそらくそれは長安での移盾ではあるまい。女性に逢いを選べる時代ではなく、男に愛が衰えるとあとは一定のお金で済ますのである。旅の途中で捨てるとことはないはずである。


庭前亞樹張衣桁,坐上新泉泛酒杯。
庭の木の横枝は、自然に衣桁のかわりをつとめてくれるし、坐っている座席の近くに、小さな泉がわいている。それはまったく小さくてちょうど杯に酒をみたしたようである。
・花叢 花のくさむら。
・亞樹 亜字型にたった枝の出ている木。横に枝の出ている木。
・桁 衣桁。


軒檻暗傳深竹徑,綺羅長擁亂書堆。
軒下のらんかんの奥は、深い竹の小みちに通じているし、部屋のなかの美しい衣裳の下は乱雑に積み重ねた書物が置きっぱなしにしたままなのだ。
・軒檻 軒の下にある手すり。
・探竹裡 こんもりと竹を植えた間の暗い小みち。
・綺羅 美しい着物。
・書堆 積みかさねた書物。


閑乘畫舫吟明月,信任輕風吹卻回。
ひまにまかせて、畫舫で舟遊びをする。明月の下では詩を吟じる。もうこれからは軽く吹いてくる風に、すべてを任せて、生活をしていくのである。
・畫舫 湖や川のよどみに浮かべ、遊びの用に当てるきれいな舟。
・卻回 あともどりする。へさきの向きをかえる。
・信任 すっかりまかせる。
鶯00

過鄂州 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-105-40-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2072

過鄂州 魚玄機

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


過鄂州 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-105-40-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2072

卷804_33 【過鄂州】魚玄機

過鄂州 魚玄機
(鄂州を過ぎたとすれば)
柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。

あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。

鄂州【がくしゅう】を過【よぎ】る  魚玄機
柳 蘭橈【らんとう】を拂ひて花 枝に滿つ,石城 城下 暮れて帆 遲れる。
牌を折りて峰上 三閭の墓,火を遠くして山頭 五馬の旗。
白雪 調 高くして舊寺に題し,陽春 歌 在りて 新詞み換【か】ゆ。
莫愁の魂 清江を逐いて去り,空しく行人を使【し】て 萬首の詩。


美女画557
『過鄂州』 現代語訳と訳註
(本文)

柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。
折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。
白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。
莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。


(下し文)
鄂州【がくしゅう】を過【よぎ】る  魚玄機
柳 蘭橈【らんとう】を拂ひて花 枝に滿つ,石城 城下 暮れて帆 遲れる。
牌を折りて峰上 三閭の墓,火を遠くして山頭 五馬の旗。
白雪 調 高くして舊寺に題し,陽春 歌 在りて 新詞み換【か】ゆ。
莫愁の魂 清江を逐いて去り,空しく行人を使【し】て 萬首の詩。


(現代語訳)
(鄂州を過ぎたとすれば)
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。


(訳注)
過鄂州
鄂州を過ぎたとすれば
・鄂州 今の湖北省武漢市、当時の武昌は長江を50kmくだったところに現在の鄂州市があり、当時の武昌である。地名がそれぞれ入れ替わっているのである。
この詩も何らかのことで、題材が与えられて空想して書いたものであろう。詩としては面白いのではあるが、自分の目で見たものというより、この詩を読んでくれる人のことを考えた描写のようで実感のないものである。長安の人々にはアイドル魚玄機の詩として好評ではなかったろうか。


柳拂蘭橈花滿枝,石城城下暮帆遲。
柳の枝は低くたれ、船頭の漕ぐかじをはらう、木々はみな花ざかり、枝もたわわに花が咲きほこっている。石城城下の船着き場の水上には、夕ぐれに泊り場へとゆく帆をかけた船が、ゆっくりと動いている。
・蘭橈(らんとう) 橈は舟のかじ。


折牌峰上三閭墓,遠火山頭五馬旗。
名所奮跡の山々が屏風のようにはるかな峯々が連なり、嶺の上には、楚の三閭大夫であった屈原の墓があるし、遠く漁火がもれ、山のあたりには、ありし日の五頭立ての大守の旗が今もひるがえっている。
・石城 鐘祥県をさす。ここに北周のときに石城郡治をおいた。荊州であるから、長江を100km以上遡ったところである。
・折牌峯 地名ではなくて長江が蛇行して、名所奮跡の山々が屏風のような形であることを云うのであろう。
・三閭 楚の屈原をいう。屈原は三間の大夫であった。
・遠火山 未詳。遠く漁火がもれ、山のあたり。
・五馬旗 太守の乗車には、新馬すなわち四頭だての馬のはかに、鯵(そえうま)を加え、五頭をつけたので、転じて五馬は太守の異称となった。
此の句など全く実感のない観光案内のようである。


白雪調高題舊寺,陽春歌在換新詞。
白雪の古曲の調がたかくひびいている古寺の東山寺であり、そこにはみごとな詩が書きつけてある、また陽春の民謡のうたごえがある、今ではそれが新しい換え歌に作りかえられて歌われている。
陽春、白雪ともに古曲名。とくに白雪は、五十絃の琴曲で、あるいは大帝が東女にひかせた曲という。

・舊寺 宝通禅寺は武昌洪山南麓に位置し、湖北省の有名な古いお寺で武漢市仏教四大寺にもなっている。宝通禅寺は1600年余りの歴史があり世界的にもよく知られている。南北朝時代の劉宋時代(420-479年)に建てられた。もともとは東山寺と呼ばれていたが唐の貞観代(627-649年)に弥陀寺にと改め、南宋の端平代(1234-1236年)に崇寧万寿禅師と改称した。明の時代になると成化二十一年(1485年)に「宝通禅寺」となった。武漢に現存する最古の寺院である。

莫愁魂逐清江去,空使行人萬首詩。
あの有名な歌姫の莫愁をうんだところ。その莫愁の魂は今では、ゆく川の水のように去っている。旅人は、こうした附近の名勝古跡、それから思い出の歌姫と、あらゆるものに感慨をもよおすことが多く、みんなたくさんな詩をのこすことになるのである。

天台山 瓊臺


観光案内の紹介
宝通禅寺は昔から皇室の寺院で、武漢の寺院群の中では異色です。そのため宝通禅寺の建築様式は北京の故宮(故宮―紫禁城とも呼ばれ、明清朝時代の王宮である歴史的建造物です。)に非常に似ています。寺院には放生池、聖僧橋、接引殿、東西庁、大雄宝殿、祖師殿、禅堂などの建築物があり、全体は起伏した山のように並んでいます。寺院の後ろには洪山宝塔、法界宮が建てられています。この他にも東屋や奇岩怪石、幽径、華厳洞、白龍泉などがあり観光客を和ませています。

山門
宝通寺では先ず山門の装飾を見ることができます。門額には「宝通禅寺」と書かれています。その字体は雄壮で力強く、気勢に溢れています。これは中国仏教協会协会の主席であり著名な書家趙朴初先生が書かれたものです。

洪山宝塔
洪山宝塔は名のごとく小高い丘陵になっている緑豊かな洪山公園にあります。元々は臨済塔と称し、元の大徳十一年(1307年)に建て始められ延祐二年(1315年)に完成したとされています。

塔は八角七層の楼閣式塔です。塔身内部には石が積み上げられており外壁にはレンガが用いられています。塔の高さは約43mあります。志書によると各層毎に木の梁を縦横に組み合わせながら上へと積んであります。内部には螺旋階段があります。八角の隅行にそれぞれ風鈴が下がっています。精巧なデザインが施されており湖北省の屈指の塔です。

愁思 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-90-26-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1997

愁思 魚玄機

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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩
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女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首   
 

愁思 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-90-26-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1997

卷804_20 【愁思】魚玄機


愁思
(いろんな思い)
落葉紛紛暮雨和,朱絲獨撫自清歌。
庭に落ちた木の葉が風に舞いさらさら音を立て、夕方の時雨がその子の葉に降る音で和ませてくれます。そしたら、清廉なことを示すまっすぐな朱き琴に信頼の絲、それでも一人で弾いていると自然にすがすがしいうたを歌います。
放情休恨無心友,養性空拋苦海波。
うすい思いやりの心に対して憾むことなんかもうやめていますし単なる友人としても、もうありえないのです。それは人の性、道を修養することであり、裏切りや強欲に苦しむことの人間世界から離れて修業することは確かに難しいものです。
長者車音門外有,道家書卷枕前多。
社会的に、勉学にもたけておられるお方がこの道観を訪ねられてもこちらには入ってこられることはないのです。私の枕元には道教を修学するための書籍でいっぱいなのです。
布衣終作雲霄客,綠水青山時一過。

私ももう着飾った着物を着たいとは思はないし、普通の着物を着て修業を積んで仙人のようなところまで到達したいと思っています。そうなれば、透き通った水に、はるか遠くの山を望そんなひと時を過ごすことになることでしょう。
落葉 紡紛として暮雨に和す、朱絲 獨り撫でて自ら清歌す。
情を放ち恨を休み友に心すること無し,性を養い拋うつこと空し海波に苦しむ。
長者車音は門外に有り,道家書卷は枕前に多し。
布衣 終に作る雲霄の客,綠水青山 時に一過す。

yamanoki01
『愁思』 現代語訳と訳註
(本文)

落葉紛紛暮雨和,朱絲獨撫自清歌。
放情休恨無心友,養性空拋苦海波。
長者車音門外有,道家書卷枕前多。
布衣終作雲霄客,綠水青山時一過。


(下し文)
落葉 紡紛として暮雨に和す、朱絲 獨り撫でて自ら清歌す。
情を放ち恨を休み友に心すること無し,性を養い拋うつこと空し海波に苦しむ。
長者車音は門外に有り,道家書卷は枕前に多し。
布衣 終に作る雲霄の客,綠水青山 時に一過す。


 (現代語訳)
(いろんな思い)

庭に落ちた木の葉が風に舞いさらさら音を立て、夕方の時雨がその子の葉に降る音で和ませてくれます。そしたら、清廉なことを示すまっすぐな朱き琴に信頼の絲、それでも一人で弾いていると自然にすがすがしいうたを歌います。
うすい思いやりの心に対して憾むことなんかもうやめていますし単なる友人としても、もうありえないのです。それは人の性、道を修養することであり、裏切りや強欲に苦しむことの人間世界から離れて修業することは確かに難しいものです。
社会的に、勉学にもたけておられるお方がこの道観を訪ねられてもこちらには入ってこられることはないのです。私の枕元には道教を修学するための書籍でいっぱいなのです。
私ももう着飾った着物を着たいとは思はないし、普通の着物を着て修業を積んで仙人のようなところまで到達したいと思っています。そうなれば、透き通った水に、はるか遠くの山を望そんなひと時を過ごすことになることでしょう。


(訳注)
愁思

いろんなおもい(愁うことと思うこと)
杜甫『喜達行在所三首 其二』 
愁思胡笳夕,淒涼漢苑春。
生還今日事,間道暫時人。
司隸章初睹,南陽氣已新。
喜心翻倒極,鳴咽淚沾巾。
この詩も漢詩大系15(P109-110)の訳詩と解説はひどすぎる(どうかしている)。女心も人の心もわかっていない。すべての出来事を「馬鹿男の李億に棄てられた」ことに関連図けていること、閨情詩に使う語句についても、李億をわすれられないことに結び付け、満たされない性に結び付けている。全くの間違いである。魚玄機は男に生れたかったということについても、そうすれば「男に棄てられることはなかった」という低次元の解釈をしているのだ。魚玄機の初期の作品の語句の使用法と晩年の使用法の中にこそ、語句、文法、押韻・・・・すべて自由に使用できる男性を羨んだのである。大系15ではこの詩は男が居なくて身もだえをする女性として解釈をしているというのは、あたかもその解釈は女性蔑視ですべてを性の対象として見る「李億そのもの」の視点であるということである。このブログで魚玄機の詩を全て訳した後は全く違った魚玄機の女性像が見えてくるはずである。


落葉紛紛暮雨和,朱絲獨撫自清歌。
庭に落ちた木の葉が風に舞いさらさら音を立て、夕方の時雨がその子の葉に降る音で和ませてくれます。そしたら、清廉なことを示すまっすぐな朱き琴に信頼の絲、それでも一人で弾いていると自然にすがすがしいうたを歌います。
・落葉 落ち葉の音は昔は男が来てくれる時の音だった。
・暮雨和 そんな男を待つ生活は雨で流し、落ち葉にあたる雨音はことwpつま弾く気分にさせてくれる。
・朱絲 杜甫『寄岳州賈司馬六丈、巴州嚴八使君兩閣老五十韻』  -#7「貝錦無停織,朱絲有斷弦。」(讒人は織物女工がたえず貝錦の紋を織りつづけ止めることがないように粛宗皇帝に耳元でささやき続けたし、清廉なことを示すまっすぐな朱き琴糸も裏切りに遭えば信頼の絲は断ちきられるものである。)


放情休恨無心友,養性空拋苦海波。
うすい思いやりの心に対して憾むことなんかもうやめていますし単なる友人としても、もうありえないのです。それは人の性、道を修養することであり、裏切りや強欲に苦しむことの人間世界から離れて修業することは確かに難しいものです。
・放情 情を放棄する。人に対する思いやりの心を棄てること。うす情け。
・休恨 憾むことを止めることにより、きれいな心を取り戻すこと。
・無心友 心に思う友となるべきおとこはいらない。
・養性 性、道の修養をすること。
・空拋 俗世界から離れることがなかなか難しい。
・苦海波 裏切りや強欲に苦しむこと


長者車音門外有,道家書卷枕前多。
社会的に、勉学にもたけておられるお方がこの道観を訪ねられてもこちらには入ってこられることはないのです。私の枕元には道教を修学するための書籍でいっぱいなのです。
・長者 富貴の人、社会的に、勉学にもたけているひと。
・車音 遠くに聞こえる道観に來る来観者の車の音。
・門外有 富貴のものが道観の傍を通る。今の自分には全く関係ないことであるということを云う。
・道家 道教を勉強、修養するもの。
・書卷 道教に関する書籍。
・枕前多 寝床枕元一派にに書籍にかこまれていて、他には誰も入ってこないこと。


布衣終作雲霄客,綠水青山時一過。
私ももう着飾った着物を着たいとは思はないし、普通の着物を着て修業を積んで仙人のようなところまで到達したいと思っています。そうなれば、透き通った水に、はるか遠くの山を望む、そんな春の行楽と関係のない清々しいひと時を過ごすことになることでしょう。
・布衣 粗末な着物。冠位のない人。杜甫『秋雨嘆三首  其三』「長安布衣誰比數,反鎖衡門守環堵。」(私はだれからも相手にされない長安の一市民。門を閉ざし、土塀で囲まれた家の中でじっとしている。)
・雲霄客 仙人。高士。低次元の人間でないこと。
・綠水 清らかに澄んだ水。
・青山 はるかに見える春の山々。
「布衣」「雲霄」「綠水」「青山」「一過」こうした語句はつまらぬ男との決別していることを著したいと思う語句であろう。
魚玄機が宮島に

和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 



和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982

卷804_18 【和新及第悼亡詩二首】魚玄機


和新及第悼亡詩二首 其一
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。鴛鴦帳下香猶暖,
鸚鵡籠中語未休。朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。

其二
一枝月桂和煙秀,萬樹江桃帶雨紅。
且醉尊前休悵望,古來悲樂與今同。


和新及第悼亡詩二首 其一
(新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。)
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
仙界からこの人間の世界へ降りてこられたお方というのは、長く地上に留まることができないということなのでしょう。でもあっという間に、十回も秋をすぎてしまったのでしょう。
鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
きっと今でも鴛鴦が美しい戸張のなかで、お香がなお暖かに匂っております、鸚鵡は籠のなかには、数えていただいたことばを、今もなお忘れずに口にしているでしょう。
朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
朝露にぬれた花ビラは瞳に溢れる恨みの涕のようです。夕方の風に柳の葉が動きます、柳の葉は美しい眉なのに愁いに溢れます。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。
試験及第で思いが叶い、色美しい朝の雲が消えてしまうように、姿をお隠しになったきり、二度とお姿をおあらわしにならないでしょう。西晋の潘岳は悼亡三首を作りその愛情の豊さを著しましたが、いまのあなた様も悼亡によって潘岳のような白髪頭になられるのでしょう。
(新及第の悼亡の詩に和す 二首 其一)
仙籍【せんせき】は 人間に久しく留まらず、片時 巳に過ぎ 十たび秋を経たり。
鴛鴦【えんおう】帳下 香 猶は暖かに、鸚鵡【おうむ】籠中 語 末だ休めず。
朝露 花を綴れば 臉 恨むが如く、晩風 柳を欹つれば 眉愁ふるに似たり。
彩雲【さいうん】一去 消息無し、潘嶽【はんがく】多情 白頭ならんとす。


原道 韓退之(韓愈)05








『和新及第悼亡詩二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。


(下し文)
(新及第の悼亡の詩に和す 二首 其一)
仙籍【せんせき】は 人間に久しく留まらず、片時 巳に過ぎ 十たび秋を経たり。
鴛鴦【えんおう】帳下 香 猶は暖かに、鸚鵡【おうむ】籠中 語 末だ休めず。
朝露 花を綴れば 臉 恨むが如く、晩風 柳を欹つれば 眉愁ふるに似たり。
彩雲【さいうん】一去 消息無し、潘嶽【はんがく】多情 白頭ならんとす。

美女画555













(現代語訳)

(新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。)
仙界からこの人間の世界へ降りてこられたお方というのは、長く地上に留まることができないということなのでしょう。でもあっという間に、十回も秋をすぎてしまったのでしょう。
きっと今でも鴛鴦が美しい戸張のなかで、お香がなお暖かに匂っております、鸚鵡は籠のなかには、数えていただいたことばを、今もなお忘れずに口にしているでしょう。
朝露にぬれた花ビラは瞳に溢れる恨みの涕のようです。夕方の風に柳の葉が動きます、柳の葉は美しい眉なのに愁いに溢れます。

試験及第で思いが叶い、色美しい朝の雲が消えてしまうように、姿をお隠しになったきり、二度とお姿をおあらわしにならないでしょう。西晋の潘岳は悼亡三首を作りその愛情の豊さを著しましたが、いまのあなた様も悼亡によって潘岳のような白髪頭になられるのでしょう。

(訳注)
和新及第悼亡詩二首 其一

新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。
・新及第 進上の試験に及第したばかりの人。
・悼亡 妻の死を悲しむこと。晋の潘岳が妾の死をいたんで「悼亡」とこう題する三首の詩を作ったのにはじまる。潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。


仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
仙界からこの人間の世界へ降りてこられたお方というのは、長く地上に留まることができないということなのでしょう。でもあっという間に、十回も秋をすぎてしまったのでしょう。
・仙籍 その妻であった人が、仙女の天降ったものであるという詩想から、この文字か使っている。
・片時 アッという間に。
・十經秋 秋は一年に一度。そこでそれが十たび過ぎたといえば、十年たったこと。


鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
きっと今でも鴛鴦が美しい戸張のなかで、お香がなお暖かに匂っております、鸚鵡は籠のなかには、数えていただいたことばを、今もなお忘れずに口にしているでしょう。
・駕駕帳 帳はとばり。寝台のまわりに垂れるまく。それにおしどりの刺繍がしてある。
・鸚鵡 おうむを飼っていた。そのおうむが妾のいたころ、教えられていっていたことばを、いまだに忘れずにいっていること。


朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
朝露にぬれた花ビラは瞳に溢れる恨みの涕のようです。夕方の風に柳の葉が動きます、柳の葉は美しい眉なのに愁いに溢れます。
・敬柳 柳の基が夙によってななめになると、層をしかめた形になる。


彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。
試験及第で思いが叶い、色美しい朝の雲が消えてしまうように、姿をお隠しになったきり、二度とお姿をおあらわしにならないでしょう。西晋の潘岳は悼亡三首を作りその愛情の豊さを著しましたが、いまのあなた様も悼亡によって潘岳のような白髪頭になられるのでしょう。
・彩雲一去 朝日が昇る前の五色の雲。良いことの表れ、李白の詩に「朝に辞す白帝彩雲の間」という句がある。
・消息 たよりがない。姿を見せない。
・潘岳 西晋の詩人。妻の死を悲しんで「悼亡」の詩を作った。悼亡は「亡き人をいたむ」意。

和友人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-86-22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1977

和友人次韻 魚玄機  

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女性詩人
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李商隠詩
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和友人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-86-22   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1977

卷804_17 【和友人次韻】魚玄機


和友人次韻
友人が返詩したものに合わせて作る詩。
何事能銷旅館愁,紅箋開處見銀鉤。
旅に出て何事も期待できない旅館の愁いを消しさってくれるものがあります。それは私が贈った詩箋にお返しの詩を見ることでそれは新月の期待をみるものであり、素晴らしい書の跡を見るとその旅館は開かれた場所になるのです。
蓬山雨灑千峰小,嶰谷風吹萬葉秋。
蓬莱山から雨雲が降り注がれ、天下の峰々にこぬか雨が降ります。崑崙山の北谷の嶰谷には吹く風に、木々の葉はすべて黄ばんで秋になります。
字字朝看輕碧玉,篇篇夜誦在衾裯。
あなたの詩は、一字一句、エメラルド色の宝石が軽く見えるほどのものです。その詩篇を何遍もみています。夜になれば、御布団の中で口遊むのです。
欲將香匣收藏卻,且惜時吟在手頭。
香の小箱にしまっておこうと思うのですが、収めてないのです。なぜかというと、片時も手から離さないもので、今も手にもって吟じているからなのです。
(友人の次韻に和す)
何事か 能く旋館の愁を銷さん、紅箋 開く處 銀鉤を見る。
蓬山 雨灑いで千峯 小く、嶰谷 風吹いて萬葉 秋なり。
字字 朝に看ては碧玉を軽んじ、篇篇 夜誦しては衾裯に在り。
香匣を將て 収蔵卻せんと欲するも、且く 時を惜んで 吟じて手頭に在り。



2蜀の山003





















『和友人次韻』 現代語訳と訳註
(本文)

何事能銷旅館愁,紅箋開處見銀鉤。
蓬山雨灑千峰小,嶰谷風吹萬葉秋。
字字朝看輕碧玉,篇篇夜誦在衾裯。
欲將香匣收藏卻,且惜時吟在手頭。


(下し文)
(友人の次韻に和す)
何事か 能く旋館の愁を銷さん、紅箋 開く處 銀鉤を見る。
蓬山 雨灑いで千峯 小く、嶰谷 風吹いて萬葉 秋なり。
字字 朝に看ては碧玉を軽んじ、篇篇 夜誦しては衾裯に在り。
香匣を將て 収蔵卻せんと欲するも、且く 時を惜んで 吟じて手頭に在り。


(現代語訳)
(友人が返詩したものに合わせて作る詩。)
旅に出て何事も期待できない旅館の愁いを消しさってくれるものがあります。それは私が贈った詩箋にお返しの詩を見ることでそれは新月の期待をみるものであり、素晴らしい書の跡を見るとその旅館は開かれた場所になるのです。
蓬莱山から雨雲が降り注がれ、天下の峰々にこぬか雨が降ります。崑崙山の北谷の嶰谷には吹く風に、木々の葉はすべて黄ばんで秋になります。
あなたの詩は、一字一句、エメラルド色の宝石が軽く見えるほどのものです。その詩篇を何遍もみています。夜になれば、御布団の中で口遊むのです。
香の小箱にしまっておこうと思うのですが、収めてないのです。なぜかというと、片時も手から離さないもので、今も手にもって吟じているからなのです。


(訳注)
和友人次韻

友人が返詩したものに合わせて作る詩。
魚玄機の初期の作品である。詩を見せ合い作り合いをしていたころのものであろう。頭の中で旅を回らし、わずかな経験、書による知識で作られたものである。


何事能銷旅館愁,紅箋開處見銀鉤。
旅に出て何事も期待できない旅館の愁いを消しさってくれるものがあります。それは私が贈った詩箋にお返しの詩を見ることでそれは新月の期待をみるものであり、素晴らしい書の跡を見るとその旅館は開かれた場所になるのです。
・旅館愁 旅籠での宿泊に異性のいない寂しさ、故郷を思う愁い。単なる郷愁だけではない。
・紅箋 花街の女性用の短冊、詩䇳。
・銀鉤 書法の草書体の強く太く書かれた書。 1 銀の鉤(かぎ)。銀製の釣り針。また、銀製のすだれかけ。 2 書の筆法の一。また、巧みな書の形容。 3 新月をたとえていう語。


蓬山雨灑千峰小,嶰谷風吹萬葉秋。
蓬莱山から雨雲が降り注がれ、天下の峰々にこぬか雨が降ります。崑崙山の北谷の嶰谷には吹く風に、木々の葉はすべて黄ばんで秋になります。
・蓬山 東海中にある、三山の一つ。蓬莱山・瀛州山・方丈山の神仙の住むという山。
・嶰谷 崑崙山北谷名まえである。「漢書」の律暦志「昔、黄帝使伶伦自大夏之西, 崑崙之阴,取竹於嶰谷,生其窍厚均者,断两节而吹之,以为黄鐘之管。」昔、黄帝が崑崙山の北谷の嶰谷の竹をとって、笛をつくらせたとある。
・萬葉 すべての木の葉。


字字朝看輕碧玉,篇篇夜誦在衾裯。
あなたの詩は、一字一句、エメラルド色の宝石が軽く見えるほどのものです。その詩篇を何遍もみています。夜になれば、御布団の中で口遊むのです。
碧玉 エメラルド色の玉。
・衾裯 よぎ。ふすま。夜具。衾はひとえのよぎである。


欲將香匣收藏卻,且惜時吟在手頭。
香の小箱にしまっておこうと思うのですが、収めてないのです。なぜかというと、片時も手から離さないもので、今も手にもって吟じているからなのです。
香匣 香はお香。香をいれる小箱。単に美しい箱、大切なものを入れる小箱。
收藏卻 大事に収納する。

次韻西鄰新居兼乞酒 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-84-20-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1967

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謝靈運詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 
 
 



卷804_16 【次韻西鄰新居兼乞酒】魚玄機

魚玄機0005






















次韻西鄰新居兼乞酒
(西どなりに新しくきた人が1新居 と題した詩をよこされ、ついでにお酒を少しはかり分けていただきたいともうされたた。そこでお酒にそえて「返し」の歌をさしあげる。)
一首詩來百度吟,新情字字又聲金。
引っ越し早々いただいた詩を何度も繰り返して吟じてみました。すばらしい字一字、新しい感情にひたりその上、ひびきもよく通り、立派な一作だと心から感じ入りました。
西看已有登垣意,遠望能無化石心。
この詩を吟じているとお宅のある方の西ばかりみています。もう垣根をよじ上って拝見したいと思うほどでございます。遠くから望んでいてももう何もできないくらいで心が石のように固まってしまいました。
河漢期賒空極目,瀟湘夢斷罷調琴。
天の川のように牽牛と織女は会える日というのを遠い約束としていますが、お隣とはいえお目にかかるのは空しくあきらめております。また瀟湘の川の湘妃の故事のように月の夜川に向かって琴をつま弾いて愛しい人を待つことを夢に思うことなども諦めております。
況逢寒節添鄉思,叔夜佳醪莫獨斟。
まして、寒食の時節(旧暦3月3日)でやまにひをつけてでも会いたいと思って、いっそ故郷の都のことがなつかしく、さびしい思いでおります。あなたさまは、あの魏の竹林の七賢の叔夜のような風流なお方、この用意した搾りたてのお酒を、おひとりで召しあがらないでください。とこの詩を添えます。
(西鄰の「新居」兼ねて酒を乞うに次韻す)
一首の詩來り百度吟じ,情を新たに字字又聲金なり。
西看 已に垣に登るの意有り,遠望 能く石に化する心無からんや。
河漢【かかん】期 賒【とお】く空しく極目し,瀟湘【しょうしょう】夢斷えて調琴【ちょうきん】を罷【や】む。
況んや寒節【かんせつ】に逢うては鄉思【きょうし】を添ゆ,叔夜【しゅくや】佳醪【かりょう】獨り斟【く】むこと莫れ。

美女画55101道観













『次韻西鄰新居兼乞酒』 現代語訳と訳註
(本文)
次韻西鄰新居兼乞酒
一首詩來百度吟,新情字字又聲金。
西看已有登垣意,遠望能無化石心。
河漢期賒空極目,瀟湘夢斷罷調琴。
況逢寒節添鄉思,叔夜佳醪莫獨斟。


(下し文)
(西鄰の「新居」兼ねて酒を乞うに次韻す)
一首の詩來り百度吟じ,情を新たに字字又聲金なり。
西看 已に垣に登るの意有り,遠望 能く石に化する心無からんや。
河漢【かかん】期 賒【とお】く空しく極目し,瀟湘【しょうしょう】夢斷えて調琴【ちょうきん】を罷【や】む。
況んや寒節【かんせつ】に逢うては鄉思【きょうし】を添ゆ,叔夜【しゅくや】佳醪【かりょう】獨り斟【く】むこと莫れ。


(現代語訳)
(西どなりに新しくきた人が1新居 と題した詩をよこされ、ついでにお酒を少しはかり分けていただきたいともうされたた。そこでお酒にそえて「返し」の歌をさしあげる。)
引っ越し早々いただいた詩を何度も繰り返して吟じてみました。すばらしい字一字、新しい感情にひたりその上、ひびきもよく通り、立派な一作だと心から感じ入りました。
この詩を吟じているとお宅のある方の西ばかりみています。もう垣根をよじ上って拝見したいと思うほどでございます。遠くから望んでいてももう何もできないくらいで心が石のように固まってしまいました。
天の川のように牽牛と織女は会える日というのを遠い約束としていますが、お隣とはいえお目にかかるのは空しくあきらめております。また瀟湘の川の湘妃の故事のように月の夜川に向かって琴をつま弾いて愛しい人を待つことを夢に思うことなども諦めております。
まして、寒食の時節(旧暦3月3日)でやまにひをつけてでも会いたいと思って、いっそ故郷の都のことがなつかしく、さびしい思いでおります。あなたさまは、あの魏の竹林の七賢の叔夜のような風流なお方、この用意した搾りたてのお酒を、おひとりで召しあがらないでください。とこの詩を添えます。


(訳注)
次韻西鄰新居兼乞酒

西どなりに新しくきた人が1新居 と題した詩をよこされ、ついでにお酒を少しはかり分けていただきたいともうされたた。そこでお酒にそえて「返し」の歌をさしあげる。
・漢詩大系15ではこの詩まで、李億との詩のように無理やり拡大して解釈するのはむちゃくちゃである。酒を貸してくれないでしょうかと詩を添えてきた人に、わたしは先にすてられましたなどと、いきなり引っ越してきた人に別れた男のことを謂うわけがない。この詩はただ隣に引っ越した人を持ち上げていることだけである。李億とは全く関係ないもので素直に解釈すべきである。詩の解釈は前提が違えば解釈は全く異なったものとなる。この詩は西隣の引っ越してきた人が、酒を少し分けてくれと言ってきたことに対し、酒を隣に届ける際逃げ玄機が詩を添えて渡すのである。その意味で漢詩大系15の『魚玄機・薛濤』の解釈はほとんどが頓珍漢な解釈である。ほとんどの詩の解釈が間違っている酷いものである。


一首詩來百度吟,新情字字又聲金。
引っ越し早々いただいた詩を何度も繰り返して吟じてみました。すばらしい字一字、新しい感情にひたりその上、ひびきもよく通り、立派な一作だと心から感じ入りました。


西看已有登垣意,遠望能無化石心。
この詩を吟じているとお宅のある方の西ばかりみています。もう垣根をよじ上って拝見したいと思うほどでございます。遠くから望んでいてももう何もできないくらいで心が石のように固まってしまいました。


河漢期賒空極目,瀟湘夢斷罷調琴。
天の川のように牽牛と織女は会える日というのを遠い約束としていますが、お隣とはいえお目にかかるのは空しくあきらめております。また瀟湘の川の湘妃の故事のように月の夜川に向かって琴をつま弾いて愛しい人を待つことを夢に思うことなども諦めております。
○河漢 あまのがわ。天河・銀河・経河・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。杜甫『初月』『天河』。など。
○瀟湘 鼓宏舜の妻、蛾皇・女英の二人が舜王のあとを追いかけ湘水までゆき、舜の死んだことをきき、湘水に身をなげて死に、湘水の女神となった。それが湘妃であり、この湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓くという古伝説がある。○この二句は湘妃の故事に基づいている。この詩は中国人的な持ち上げ方をしていることなのである。解釈する方はする方で中国人的には捨てられた李億の関連付けた方が面白いストーリーとなる。


況逢寒節添鄉思,叔夜佳醪莫獨斟。
まして、寒食の時節(旧暦3月3日)でやまにひをつけてでも会いたいと思って、いっそ故郷の都のことがなつかしく、さびしい思いでおります。あなたさまは、あの魏の竹林の七賢の叔夜のような風流なお方、この用意した搾りたてのお酒を、おひとりで召しあがらないでください。とこの詩を添えます。
○寒節 寒食の時節。冬至から105日目に(旧暦3月3日)、火気を用いないで冷たい食事をしたこと。そのころは風雨が激しいので火災予防のためとも、また、一度火を断って新しい火で春を促すためともいう。
その故事は、昔、春秋・戦国時代に晋国の君主献公の息子の重耳は迫害されて、外国に逃亡。彼に従っていた介子椎と数人の者が忠義心厚く一緒に亡命していた。その後、重耳は晋国の王となった時に自分に連いて亡命していた者たちに論功行賞を行い、それぞれを諸侯にした。しかし、介子椎だけは母親と山に入って隠居した。王は山に火を放ったら、母と共に山から逃げ出してくると思い、山に火を放ち全体を焼きつくした。王が人を遣わし見に行かせたら、介子椎母子は1本の枯れた柳の木に抱きついた侭焼死していた。王はこの親子に対し心から傷みを感じ篤く葬り、廟を建立した。名前も介山とし、国王はこの日には各家庭で火を使わず、あらかじめ用意していた冷たい食べ物を食するように全国に命令を下したと言われ、その風習が今に受け継がれていると言われています。
○叔夜 嵆 康(けい こう、224年 - 262年あるいは263年)は、中国三国時代の魏の文人。竹林の七賢の一人で、その主導的な人物の一人。字は叔夜。

冬夜寄溫飛卿 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-82-18-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1957

冬夜寄溫飛卿 魚玄機


2013年2月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩原道 韓愈(韓退之) 13段目の#1<115-22>Ⅱ中唐詩594 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1954
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集村夜 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -14)  杜甫 <402> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1955 杜甫詩1000-402-585/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集宿天台桐柏觀 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1956 (02/20)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性冬夜寄溫飛卿 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-82-18-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1957
 
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 




冬夜寄溫飛卿 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-82-18-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1957

卷804_14 【冬夜寄溫飛卿】魚玄機



冬夜寄溫飛卿
苦思搜詩燈下吟,不眠長夜怕寒衾。
女性が詞を作るにはその表現に苦労します。自分の気持ちを適格に表現できるだけではいけないので字句を求めて、燈火の下で、吟じては修正するのです。冬の夜長、詩の語句を吟じると眠れずふとんにはいっても、寒さにふるえることもあるのです。
滿庭木葉愁風起,透幌紗窗惜月沈。
庭一面に木の葉が落ちています。さびしい風の音をたてて吹きぬけると木の葉が舞い踊ります。寝所のカーテンの透けて見える向こうには、薄絹を張った窓に月影がさしこんで、やがてその月も沈んでしまうので、この美しい光景を惜しむのです。
疏散未閑終遂願,盛衰空見本來心。
人には別れというものがあり、わたしもまだ、その別れがおさまったわけもないのですが、願いどおりの道土の生活に入ることができています。妻として楽しく暮らしていたころにはわからなかった、しかし空虚な生活で自分の本来の心を見出したのです。
幽棲莫定梧桐處,暮雀啾啾空繞林。
げる所には住んではいけないのです。夕暮れの雀はチュッチュッと鳴いて空しく林を廻って自分の巣へ帰っていくのです。(再び、妻になろうなんて思いません。道観に入って修行するのがこれからの生き方でしょう。)

(冬夜、温飛卿に寄す)
苦思 詩を捜して燈下に吟じ、不眠の長夜 寒衾を怕る。
滿庭の木葉 愁風 起き,透幌の紗窗 惜月 沈む。
疏散 未だ閑ならざるも 終に願いを遂ぐ,盛衰 空しく見る本來の心。
幽棲 定まる莫れ梧桐の處,暮雀 啾啾 空しく林を繞る。


美女画55101道観




















『冬夜寄溫飛卿』 現代語訳と訳註
(本文)
冬夜寄溫飛卿
苦思搜詩燈下吟,不眠長夜怕寒衾。
滿庭木葉愁風起,透幌紗窗惜月沈。
疏散未閑終遂願,盛衰空見本來心。
幽棲莫定梧桐處,暮雀啾啾空繞林。


(下し文)
(冬夜、温飛卿に寄す)
苦思 詩を捜して燈下に吟じ、不眠の長夜 寒衾を怕る。
滿庭の木葉 愁風 起き,透幌の紗窗 惜月 沈む。
疏散 未だ閑ならざるも 終に願いを遂ぐ,盛衰 空しく見る本來の心。
幽棲 定まる莫れ梧桐の處,暮雀 啾啾 空しく林を繞る。


(現代語訳)
女性が詞を作るにはその表現に苦労します。自分の気持ちを適格に表現できるだけではいけないので字句を求めて、燈火の下で、吟じては修正するのです。冬の夜長、詩の語句を吟じると眠れずふとんにはいっても、寒さにふるえることもあるのです。
庭一面に木の葉が落ちています。さびしい風の音をたてて吹きぬけると木の葉が舞い踊ります。寝所のカーテンの透けて見える向こうには、薄絹を張った窓に月影がさしこんで、やがてその月も沈んでしまうので、この美しい光景を惜しむのです。
人には別れというものがあり、わたしもまだ、その別れがおさまったわけもないのですが、願いどおりの道土の生活に入ることができています。妻として楽しく暮らしていたころにはわからなかった、しかし空虚な生活で自分の本来の心を見出したのです。
げる所には住んではいけないのです。夕暮れの雀はチュッチュッと鳴いて空しく林を廻って自分の巣へ帰っていくのです。(再び、妻になろうなんて思いません。道観に入って修行するのがこれからの生き方でしょう。)


(訳注)
冬夜寄溫飛卿

・温飛卿 温庭筠、初名は岐。魚玄機の詩才を認め、都にあったころはしたしく指導した、当時の代表的詩人。このブログに60首程度掲載している。


苦思搜詩燈下吟,不眠長夜怕寒衾。
女性が詞を作るにはその表現に苦労します。自分の気持ちを適格に表現できるだけではいけないので字句を求めて、燈火の下で、吟じては修正するのです。冬の夜長、詩の語句を吟じると眠れずふとんにはいっても、寒さにふるえることもあるのです。
・苦思 魚玄機の詩は他の女性の詩とは異なる。芸妓としても語句も、詩風も異なっている。それは評価される場合と逆に批判もあったはずで、その面において温庭筠に相談を持ちかけたのではあるまいか。
・捜詩 女性の詩は韻重視のものが多く、律詩は少ない。韻と対句、女性として生意気でなく、優しそうな意味と優しそうな言葉を捜す。律詩における対句七言律詩は男性詩人であっても難しいので作品は少ない。


滿庭木葉愁風起,透幌紗窗惜月沈。
庭一面に木の葉が落ちています。さびしい風の音をたてて吹きぬけると木の葉が舞い踊ります。寝所のカーテンの透けて見える向こうには、薄絹を張った窓に月影がさしこんで、やがてその月も沈んでしまうので、この美しい光景を惜しむのです。
・幌 とばり、たれぎぬ。帷帳。
・紗窗 紗はうすぎぬ。きわめて軽く薄い織物。それをはった窓。


疏散未閑終遂願,盛衰空見本來心。
人には別れというものがあり、わたしもまだ、その別れがおさまったわけもないのですが、願いどおりの道土の生活に入ることができています。妻として楽しく暮らしていたころにはわからなかった、しかし空虚な生活で自分の本来の心を見出したのです。
・疏散 疏はうとんぜられること。散はわかれること。
・盛衰 李億の妻として楽しく暮らしていたころのこと。


幽棲莫定梧桐處,暮雀啾啾空繞林。
今は、人里離れた静かなところで鳳凰の住む梧桐のしげる所には住んではいけないのです。夕暮れの雀はチュッチュッと鳴いて空しく林を廻って自分の巣へ帰っていくのです。(再び、妻になろうなんて思いません。道観に入って修行するのがこれからの生き方でしょう。)
・幽棲 人里離れた静かなところ。道観の咸宜観のこと。
・梧桐 あおぎりの葉が茂ること。つがいの鳳凰が住むところとされる。「古朗月行」 #2 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 265350「蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。 羿昔落九烏、天人清且安。陰精此淪惑、去去不足觀。 憂來其如何、淒愴摧心肝。」(蟾蜍(せんじょ)は 円影を蝕し、大明 夜已に残く。羿(げい)は昔 九鳥を落とし、天人 清く且つ安し。陰精(いんせい) 此に淪惑(りんわく)、去去 観るに足らず。憂 來りて 其れ如何、悽愴(せいそう) 心肝を摧(くだ)く。)
月の中にはヒキガエルがすんでいて、月のまるい影を食べている。月明かりが大きく照らさている夜があり、欠けてしまって夜の明りがのこる。大むかし十個の太陽があっって、日が定まらず困っていたので、弓の名手の羿が、九羽のカラスを射落すことによって、天は清らかに、人びとは安らかになった。天道には、陰と陽があり、陰の象徴である月の梧桐から追い出され后妃を殺し、沈みきって蜀まで迷い逃げた。叛乱軍は衰えるところなく時は、しだいに都を見るかげもないものにして行った。この先行きに対し、憂いのおこるのをどうしたらよいのであろう。この国のことを考えるにつけ、いたみかなしみがとめどなく、わたしの心をこなごなにする。

打球作 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-80-16-# 卷804_12 【打球作】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1947

打球作 魚玄機

2013年2月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集
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古詩十九首 (1) 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67676781.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩


http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


打球作 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-80-16-#  卷804_12 【打球作】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1947
卷804_12 【打球作】魚玄機


打球作
堅圓凈滑一星流,月杖爭敲未擬休。
堅くてまるい滑らかな球体球がそれはまるで流星を思わせる。馬上から杖でゴールに向けてたたきはじいて、敵味方攻防戦で、休むひまもない。
無滯礙時從撥弄,有遮欄處任鉤留。
停滞することはなく、打っては走り回るのです、周りの欄干の方に撃たれても、そこにはポール留めの柵があるから、飛び出す心配はないのです。
不辭宛轉長隨手,卻恐相將不到頭。
転がっている球体を馬で追っかけ、人が追いかけ、人馬で打って、敵に邪魔されたり、陣地に打ちこまれないようにするのであり、どこまでもボールをたえず手もとに引き付けて、それで敵陣まで行けないことを、むしろ心配するのである。
畢竟入門應始了,願君爭取最前籌。

けっきょく、そのようにして.ゴールにボールを入れると、そこで試合はおわるのです。わたしが応援するあなた様、どうぞ、くじの一等賞を当てられることを願っております。
打球の作
堅圓【けんあん】凈滑【じょうかつ】一星流る、月杖 爭ひ敲【たた】き末だ休めんと擬せず。
滯礙【たいがい】の時無く撥弄【はつろう】に從ひ、遮欄【しゃらん】の處有って鉤留【こうりゅう】に任す。
宛轉【あんてん】長く手に随ふを 辭せず、卻って 相將って 頭に到らざるを 恐る。
畢竟【ひっきょう】門に入りて 應に始めて了るべし、願はくば 君 爭取【そうしゅ】せよ 最前籌を。

 
魚玄機0005














『打球作』 現代語訳と訳註
(本文)
打球作
堅圓凈滑一星流,月杖爭敲未擬休。
無滯礙時從撥弄,有遮欄處任鉤留。
不辭宛轉長隨手,卻恐相將不到頭。
畢竟入門應始了,願君爭取最前籌。


(下し文)
打球の作
堅圓【けんあん】凈滑【じょうかつ】一星流る、月杖 爭ひ敲【たた】き末だ休めんと擬せず。
滯礙【たいがい】の時無く撥弄【はつろう】に從ひ、遮欄【しゃらん】の處有って鉤留【こうりゅう】に任す。
宛轉【あんてん】長く手に随ふを 辭せず、卻って 相將って 頭に到らざるを 恐る。
畢竟【ひっきょう】門に入りて 應に始めて了るべし、願はくば 君 爭取【そうしゅ】せよ 最前籌を。


(現代語訳)
堅くてまるい滑らかな球体球がそれはまるで流星を思わせる。馬上から杖でゴールに向けてたたきはじいて、敵味方攻防戦で、休むひまもない。
停滞することはなく、打っては走り回るのです、周りの欄干の方に撃たれても、そこにはポール留めの柵があるから、飛び出す心配はないのです。
転がっている球体を馬で追っかけ、人が追いかけ、人馬で打って、敵に邪魔されたり、陣地に打ちこまれないようにするのであり、どこまでもボールをたえず手もとに引き付けて、それで敵陣まで行けないことを、むしろ心配するのである。
けっきょく、そのようにして.ゴールにボールを入れると、そこで試合はおわるのです。わたしが応援するあなた様、どうぞ、くじの一等賞を当てられることを願っております。


(訳注)
打球作

・打球 フットボールに、ポロとバレーを兼ねたような球戯であったように思われる。
映画『レッドクリフⅡ』初めで孫権の妹が忍び込んで試合を見るシーンがある。このゲームはサッカーのようであり、韓国映画『太平四神起』では人馬一体のゲームであった。このゲームにトトカルチョをするのである。そのくじをかけている官僚の応援をするのがこの詩なのである。水滸伝でも蹴鞠の得意な風流な主人公が描かれている。
魚玄機、こんな詩を書く人がどうして人を殺すのだろうか。


堅圓凈滑一星流,月杖爭敲未擬休。
堅くてまるい滑らかな球体球がそれはまるで流星を思わせる。馬上から杖でゴールに向けてたたきはじいて、敵味方攻防戦で、休むひまもない。
・堅圓凈滑 ポールの状態をいったもので、かたく、まろく、きれいで、すべすべしている。
・月杖 月に意味はない。前句に「一星凍る」とよんだので、杖に月を冠らせたまで。ポロやゴルフの棒のエうなものと思えばよい。


無滯礙時從撥弄,有遮欄處任鉤留。
停滞することはなく、打っては走り回るのです、周りの欄干の方に撃たれても、そこにはポール留めの柵があるから、飛び出す心配はないのです。
・滯礙 とどこおること。停滞する。
撥弄 撥ははじく。
・遮欄 ポール留めのさく。
・鉤留 くいとめる。


不辭宛轉長隨手,卻恐相將不到頭。
転がっている球体を馬で追っかけ、人が追いかけ、人馬で打って、敵に邪魔されたり、陣地に打ちこまれないようにするのであり、どこまでもボールをたえず手もとに引き付けて、それで敵陣まで行けないことを、むしろ心配するのである。
・宛轉 ころがること。


畢竟入門應始了,願君爭取最前籌。
けっきょく、そのようにして.ゴールにボールを入れると、そこで試合はおわるのです。わたしが応援するあなた様、どうぞくじの一等賞を当てられることを願っております。
・畢竟 けっきっく。
・門 アーチ。フットボールのゴールのようなもの。
・爭取 きそって取り合え。
・最前籌 籌はくじ、ふだ。最前籌は昔のくじ。すなわち一等賞。

閨怨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-78-14-# 卷804_10 【閨怨】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1937

卷804_10 【閨怨】魚玄機

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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集題長安主人壁 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1936 (02/16)
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
杜甫詩index 杜甫詩http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/01toshiindex1.html
李白詩index 李白350首http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99blogindexrihaku.html
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




閨怨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-78-14-#  卷804_10 【閨怨】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1937



閨怨
蘼蕪盈手泣斜暉,聞道鄰家夫婿歸。
ある日、漢の古詩にあるように「蘼蕪」を手にいっぱいにとって山を下りると日が西に傾き女は誰にも会わないのです。こちらの女に聞くところによると帰ってこないと思っていた隣の浮気者の夫は帰ってきたというのです。
別日南鴻才北去,今朝北雁又南飛。
別れた日は大鳥が北に変える春の日でした。けさ、北に帰っていた雁が、南につがいで飛んでくる。
春來秋去相思在,秋去春來信息稀。
春に来て秋に去って行く雁には互いのことを思う気持ちがある。秋去るけれど春には來るという書簡に癒されるのは稀の事でいいのです。
扃閉朱門人不到,砧聲何事透羅幃。

貴族の家の南門は閂がされたままで主人は帰ってこない。秋に夫の冬着の準備の砧の音をさせるころ何事もなく薄いとばりを抜けて入ってくるのはその音だけなのです。
閨怨
蘼蕪【びぶ】手に盈ちて斜暉【しゃき】に泣く,聞道らく鄰家夫婿【ふせい】の歸。
別日は南鴻【なんこう】才に北去し,今朝 北雁 又南に飛ぶ。
春來り秋去るも相い思う在り,秋去り春來るも 信に 息うも稀れなり。
扃閉じ朱門は人到らざる,砧聲【ちんせい】何事ぞ羅幃【らい】を透す。


魚玄機2長安洛陽中原地図













『閨怨』 現代語訳と訳註
(本文)
閨怨
蘼蕪盈手泣斜暉,聞道鄰家夫婿歸。
別日南鴻才北去,今朝北雁又南飛。
春來秋去相思在,秋去春來信息稀。
扃閉朱門人不到,砧聲何事透羅幃。



(下し文)
閨怨
蘼蕪【びぶ】手に盈ちて斜暉【しゃき】に泣く,聞道らく鄰家夫婿【ふせい】の歸。
別日は南鴻【なんこう】才に北去し,今朝 北雁 又南に飛ぶ。
春來り秋去るも相い思う在り,秋去り春來るも 信に 息うも稀れなり。
扃閉じ朱門は人到らざる,砧聲【ちんせい】何事ぞ羅幃【らい】を透す。


(現代語訳)
ある日、漢の古詩にあるように「蘼蕪」を手にいっぱいにとって山を下りると日が西に傾き女は誰にも会わないのです。こちらの女に聞くところによると帰ってこないと思っていた隣の浮気者の夫は帰ってきたというのです。
別れた日は大鳥が北に変える春の日でした。けさ、北に帰っていた雁が、南につがいで飛んでくる。
春に来て秋に去って行く雁には互いのことを思う気持ちがある。秋去るけれど春には來るという書簡に癒されるのは稀の事でいいのです。
貴族の家の南門は閂がされたままで主人は帰ってこない。秋に夫の冬着の準備の砧の音をさせるころ何事もなく薄いとばりを抜けて入ってくるのはその音だけなのです。


(訳注)
閨怨

魚玄機の詩は仕事柄、いわゆる「賦得」という詩題を与えられてつくる、あるいはテーマが先に有って、来客の受けを狙っているものである。だから、大人気だったのである。詩の内容が李億とのことで魚玄機があわれになればなるほど人気は高まった。この詩も、実際の出来事と詩の内容から魚玄機の心情を考えるというのは薄知恵である。
・閨怨 ねやのもだえ。女のひとり寢のなやみ、さびしさをかこつうた。おそらく、これまでの詩人の同詩題の話題で作られたものだろう。


蘼蕪盈手泣斜暉,聞道鄰家夫婿歸。
ある日、漢の古詩にあるように「蘼蕪」を手にいっぱいにとって山を下りると日が西に傾き女は誰にも会わないのです。こちらの女に聞くところによると帰ってこないと思っていた隣の浮気者の夫は帰ってきたというのです。
・蘼蕪盈手泣斜暉 ・蘼蕪 おんなかつら。この句は漢の無名氏、古詩、追い出された妻の話に基づいている。古詩 「上山採蘼蕪. 上山採蘼蕪,下山逢故夫。長跪問故夫:新人復何如?新人雖言好,未若故人殊。顏色類相似,手爪不相如。新人從門入,故人從閣去。新人工織縑,故人工織素。織縑一日匹,織素五丈餘。將縑來比素,新人不如故。」
山の上で香草をとり、帰りみち、ふもとで前の夫に出あった。そこで追い出された女が、前の大の前にひざまずいて、「新しい奥さまはどうですか」とひにくったところ、大の答えろのに、なるほど新しい妻はよいのはよいが、やっぱりおまえのガが突入だった。まあ所の美しさは、かりにおっかつだとしても、手の働きはとてもおまえにおJばない。後妻がきたのでおまえを追い出してしまったが、新しい後妻は桐を織るのが上手なぜいたくな女、おまえの方は、木綿を織るのが上手な働き者だったよ。
絹は一日に一匹(四丈)だが、木綿ならば、五丈を超える。はたらきものだった点では、やっぱりおまえほがよかったよ。-と答えたという。
・斜暉 夕方の光線のなかで。
・聞道鄰家夫婿歸 この詩は杜甫の詩に基づく。 
杜甫『佳人』
世情惡衰歇,萬事隨轉燭。
夫婿輕薄兒,新人美如玉。
合昏尚知時,鴛鴦不獨宿。
但見新人笑,那聞舊人哭?』
世情【せじょう】衰歇【すいけつ】を悪む、万事【ばんじ】転燭【てんしょく】に随う。
夫婿【ふせい】は軽薄の児、新人【しんじん】美なること玉の如し。
合昏【ごうこん】すら 尚お時を知る、鴛鴦【えんおう】独り宿せず。
但だ見る新人の笑うを、那【なん】ぞ聞かんや旧人の哭するを。』
普通世間の人にたいする情というものは女盛りなら誰でも愛すものだが、歳を重ね衰えてしまった肢体顔色、後ろ盾がなく、頼る背のないものは嫌がられるものであり、わが身づくろいも万事はその場の成り行きのままになってきた。
見栄えと親族兄弟の後ろ盾の無くなった自分に対し婿夫【むこ】はうわきもので、わかくて玉のような美人をあらたにむかえいれた。
「ねむ」の花は、夕方になれば葉と葉がよりあう時刻を知っているものであり、おしどりのつがいは独りでは宿らず必ず並びあってねむる。(かつて私にそうであったように(新人に合歓の葉、おしどりのようにしている。)
ただ、新しい女のおもしろそうに笑うことはできているのはみとめられるが、彼らには元の妻が泣き悲しむ声などを聞く耳などありはしないのだ。(そのうち自分のみに帰ってくることだ)』

佳人 <229-#2>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブロ1112 杜甫特集700- 335


別日南鴻才北去,今朝北雁又南飛。
別れた日は大鳥が北に変える春の日でした。けさ、北に帰っていた雁が、南につがいで飛んでくる。
・南鴻 鴻は、わたり鳥で、雁の大きなもの。南鴻は、寒くなって南方にきていた雁。帰る時は孤雁でも來るときはつがいになっている。


春來秋去相思在,秋去春來信息稀。
春に来て秋に去って行く雁には互いのことを思う気持ちがある。秋去るけれど春には來るという書簡に癒されるのは稀の事でいいのです。
・漢の蘇武が雁の足につけたてがみを天子が射て得たというはなしがある。また古人は絹に書信をかきそれを鯉魚の形状に結んだという。


扃閉朱門人不到,砧聲何事透羅幃。
貴族の家の南門は閂がされたままで主人は帰ってこない。秋に夫の冬着の準備の砧の音をさせるころ何事もなく薄いとばりを抜けて入ってくるのはその音だけなのです。
・扃 かんぬき。戸じまり用の横木。また出入り口。
・朱門 高貴の邸は家の方位が守られ主用の門が南門で朱色で塗ってあったから、血八族または金持ちの意につかう。
・人不到 他人がはいってこない意(ひとり夫を思って浮気もしないでいる心)。また自分がひたすら待ち続けている主人が入って來るもんは開けられない。隣家の夫は高貴な身分かどうかはわからないが、ここでいう夫は、朱塗りの門の夫で女が何人もいてもおかしくない。この時期の富貴のものは金に飽かして何人もいた、それがステータスでおかしいことはなかったのだ。
・砧 きぬた。洗濯した衣桝を木製の台にのせ、木のつちでたたいて、布を閉めのはし縫いやすくする道具。秋になると、冬に備えて、主婦がする夜なべの什事。
謝惠連『擣衣』 
衡紀無淹度、晷運倐如催。
白露園滋菊、秋風落庭槐。
肅肅莎雞羽、烈烈寒螿啼。
夕陰結空幕、霄月皓中閨。
美人戒裳服、端飭相招攜。
簪玉出北房、鳴金步南階。
楣高砧響發、楹長杵聲哀。
微芳起兩袖、輕汗染雙題。」
紈素既已成、君子行不歸。
裁用笥中刀、縫為萬里衣。
盈篋自予手、幽緘俟君開。
腰帶准疇昔、不知今是非。」

擣衣 謝惠連 詩<83-#3>Ⅱ李白に影響を与えた詩515 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1362

杜甫『擣衣』
亦知戍不返,秋至拭清砧。
已近苦寒月,況經長別心。
寧辭擣衣倦,一寄塞垣深。
用盡閨中力,君聽空外音。
李白
李白『子夜呉歌其三 秋』
長安一片月、万戸擣衣声。
秋風吹不尽、総是玉関情。
何日平胡虜、良人罷遠征。
・羅幃 うすものの布。たれまく。ベッドの周囲に蚊帳のように垂らしたカーテン。
美女画557

情書(書情寄李子安) 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-77-13-# 卷804_9 【情書(一作書情寄李子安)】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1932


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情書(書情寄李子安) 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-77-13-# 卷804_9 【情書(一作書情寄李子安)】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1932

 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




卷804_9 【情書(書情寄李子安)】魚玄機
情書(書情寄李子安) 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-77-13-#  卷804_9 【情書(一作書情寄李子安)】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1932


情書(書情寄李子安)
こころをこめて李子安さまへ書を寄せます
飲冰食檗誌無功,晉水壺關在夢中。
氷をのんでも、あんなに食べにくいキハダを食べても、情炎を消すことできないのです。夜ごとの夢のなかに、あなたとすごした晉水、壺關にいたころのことが毎夜あらわれるのです。
秦鏡欲分愁墮鵲,舜琴將弄怨飛鴻。
このままだと私だってカササギが落ちて愁いを分けた様「秦鏡」に映しだされてしまう操を守れないかもしれませんよ。また古代舜の時代からの琴を弾くと「南風」がおこり、飛べないわが身をとんでいきたいと思うばかり、大鳥が飛んでいくのを恨むばかりです。
井邊桐葉鳴秋雨,窗下銀燈暗曉風。
井戸のあたりに植えられている夫婦の象徴のあおぎりの葉が、秋雨に打たれて音をたてています。窓の近くにおいてある燭燈火でさえも、暁け方近くなると、夜明けの冷たい風に消えそうになってしまいます。
書信茫茫何處問,持竿盡日碧江空。

帰られるお約束はともかく私への書簡さえも春笠にまで注意してみていてもどこからもなにも言って来ませんね。鳥も、飛脚もだめで、魚書でというなら釣竿を以て日がな一日、青空が夕空に変わるまで釣り糸を垂れましょう。
情書、李子安に寄す
冰を飲むも檗【きにた】を食ふも志 功なし、晉水 壺關【こくかん】夢中に在り。
秦鏡【しんきょう】分たんと欲するも墮鵲【だじゃく】を愁ひ、舜琴【しゅんきん】弄【ろう】せんと將【す】るも飛鴻【ほこう】を怨む。
井邊【せいへん】の桐葉【とうよう】は 秋雨に鳴り、窗下【そうか】の銀燈【ぎんとう】は 暁風【ぎょうふう】に暗し。
書信【しょしん】 茫茫 何れの處にか問はん、竿を持つこと盡日【じんじつ】なるも 碧江【へきこう】空し。

女性詩人0053














『情書(書情寄李子安)』 現代語訳と訳註
(本文)
情書
飲冰食檗誌無功,晉水壺關在夢中。
秦鏡欲分愁墮鵲,舜琴將弄怨飛鴻。
井邊桐葉鳴秋雨,窗下銀燈暗曉風。
書信茫茫何處問,持竿盡日碧江空。


(下し文)
情書、李子安に寄す
冰を飲むも檗【きにた】を食ふも志 功なし、晉水 壺關【こくかん】夢中に在り。
秦鏡【しんきょう】分たんと欲するも墮鵲【だじゃく】を愁ひ、舜琴【しゅんきん】弄【ろう】せんと將【す】るも飛鴻【ほこう】を怨む。
井邊【せいへん】の桐葉【とうよう】は 秋雨に鳴り、窗下【そうか】の銀燈【ぎんとう】は 暁風【ぎょうふう】に暗し。
書信【しょしん】 茫茫 何れの處にか問はん、竿を持つこと盡日【じんじつ】なるも 碧江【へきこう】空し。

(現代語訳)
こころをこめて李子安さまへ書を寄せます
氷をのんでも、あんなに食べにくいキハダを食べても、情炎を消すことできないのです。夜ごとの夢のなかに、あなたとすごした晉水、壺關にいたころのことが毎夜あらわれるのです。
このままだと私だってカササギが落ちて愁いを分けた様「秦鏡」に映しだされてしまう操を守れないかもしれませんよ。また古代舜の時代からの琴を弾くと「南風」がおこり、飛べないわが身をとんでいきたいと思うばかり、大鳥が飛んでいくのを恨むばかりです。
井戸のあたりに植えられている夫婦の象徴のあおぎりの葉が、秋雨に打たれて音をたてています。窓の近くにおいてある燭燈火でさえも、暁け方近くなると、夜明けの冷たい風に消えそうになってしまいます。
帰られるお約束はともかく私への書簡さえも春笠にまで注意してみていてもどこからもなにも言って来ませんね。鳥も、飛脚もだめで、魚書でというなら釣竿を以て日がな一日、青空が夕空に変わるまで釣り糸を垂れましょう。


(訳注)
情書情書(書情寄李子安)

こころをこめて李子安さまへ書を寄せます
山西の澤州の夫の実家から、自分だけひと足さきに長安に戻ってきた彼女が、すぐ後を追って長安へもどるといった李億がなかなか歸ってこないので、いらいらして待ちわびているころの作。
第一句の.こときは情熱の女魚玄機らしく、あからさまにばっと自分の悶える心をぶっつけている。詩全般としてもよいできばえの一つ。

魚玄機2長安洛陽中原地図
飲冰食檗誌無功,晉水壺關在夢中。
氷をのんでも、あんなに食べにくいキハダを食べても、情炎を消すことできないのです。夜ごとの夢のなかに、あなたとすごした晉水、壺關にいたころのことが毎夜あらわれるのです。
・冰(こおり)
・檗 キハダ。黄檗(おうばく)のこと。1 (「黄柏」とも書く)キハダの別名。また、キハダの樹皮から作った染料、または生薬。漢方で内皮を健胃・収斂(しゅうれん)薬などに使用。熱をさげる効果がある。「木鶏」(中国の有名な机物に関する薫物) にも見えている。
・晉水 山西省を流れている河。末は黄河に合流するひ この地方に李子安がいるわけ。魚玄機も去年はそこにいた。魚玄桟の第一の澤州の旅。
・壺關(こかん) 壺關山のこと。山西省の長治牌の壷口山をいう。やはり李子安がいる地方をさす。


秦鏡欲分愁墮鵲,舜琴將弄怨飛鴻。
このままだと私だってカササギが落ちて愁いを分けた様「秦鏡」に映しだされてしまう操を守れないかもしれませんよ。また古代舜の時代からの琴を弾くと「南風」がおこり、飛べないわが身をとんでいきたいと思うばかり、大鳥が飛んでいくのを恨むばかりです。
・秦鏡欲分愁墮鵲 「西京雑記」に、秦の始皇が人間の腸や胃など五臓を照らし見ることのできる鏡をもっていて、女が邪心なおもいをいだくと、胆臓が張り心臓が動くのでわかったという。心の奥底を照らし見せる鏡の意。また「鵲鏡」ということばがあり、「神異経」に、昔、別居している夫婦があり、それぞれ鏡の半分を分けてもっていたが、ある時、妻の方がよその男と通じた。すると女のもっていた鏡が、鵲に化して夫のもとへ飛んでいった。それから鵲を鏡の裏面にうきぼりにするようになったという。呉均の「閏怨」 の詩に、「ねがはくは飛鵲の鏡となり翩々として別離を照さん」という句がある。魚玄機の詩のこの旬は、これらを踏まえて詠じたもの。
・舜琴將弄怨飛鴻 舜が五弦の琴を作り、「南風」の詩をうたったことが、「礼紀」という古典に見えている。「怨飛鴻」はあるいはそういう題の琴曲があるのではあるまいか。
・弄(ろう)は琴を弾くこと。


井邊桐葉鳴秋雨,窗下銀燈暗曉風。
井戸のあたりに植えられている夫婦の象徴のあおぎりの葉が、秋雨に打たれて音をたてています。窓の近くにおいてある燭燈火でさえも、暁け方近くなると、夜明けの冷たい風に消えそうになってしまいます。
井邊 梧桐はしばしは井戸のそばに絶えられる。夫婦の象徴で、仲の良い所に植え育つという。
・桐葉(とうよう)・秋雨(しゅぅぅ)・薗下(そうか)
・暁風(ぎようふう)どの語も帰る約束に対しそれを守らないことで男女の結びつきが上手くいかない時のものである。


書信茫茫何處問,持竿盡日碧江空。
帰られるお約束はともかく私への書簡さえも春笠にまで注意してみていてもどこからもなにも言って来ませんね。鳥も、飛脚もだめで、魚書でというなら釣竿を以て日がな一日、青空が夕空に変わるまで釣り糸を垂れましょう。
・書信 魚書・尺素・雙鯉・雙魚ともいう。
古詩十九首之第十七首
孟冬寒氣至,北風何慘栗。愁多知夜長,仰觀眾星列。三五明月滿,四五蟾兔缺。客從遠方來,遺我一書劄。上言長相思,下言久離別。置書懷袖中,三歲字不滅。一心抱區區,懼君不識察。
孟冬寒気至り、北風何ぞ慘栗たる。
愁多くして夜の表きを知り、仰いで衆星の列るを観る。
三五明月満ち、四五蟾兔【せんと】缺く。
客遠方より来り、我に一書札を遣る。
上には長く相思ふと言ひ、下には久しく離別すると言ふ。
書を懐袖【かいしゅう】の中に置き、三歳なるも字滅せず。
(現代語訳)
一心に區區を抱き、君の識察せざらんことを憤る。)
冬の初めというのに極寒の気がおとずれ来た、北風のなんとものすごくつめたいことであろうか。
愁いが鬱積して堪らないのに夜が長いのは身にしみるくるしさだ。見上げる空には多くの星かならんでいる。
月は三夜五夜と日々明るくなり、十五夜には満月になる、四夜五夜と蟾蜍に喰われ兔もいなくなり、二十日夜になると欠け月になる。
こうして辛い月日を過ごしたある日、遠方から訪ねて来た客が、わたしに一連の手紙を渡してくれた。
夫からの便りで、始めの方には「いつまでも忘れぬ」とあり、文末の方には「もうすこしこの別れが久しくなる」と書いてあった。
わたしはこの手紙を懐におさめて肌身離さず大切にし、三年たっても一字も消えてはいないのだ。
心のなかにひとつあるのは夫を思う女心のこまごまとした思い、それをあなたが察してくださらないのかと心配でたまらないのです。
古詩十九首之十七 漢の無名氏 (17) 漢詩<104>Ⅱ李白に影響を与えた詩539 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1434


・茫茫(ほうほう) はるかで見きわめがたいこと。ここではいくら待ち望んでも見られないの意。
・盡日一日中。
・碧江(へきこう) 青い水の流れる河。たんに河の意。


この詩を読むと恋しくてたまらないという内容ではないように思う。魚玄機の作詩能力が高く、過去の故事や、基になる詩があるというだけで、李億がどこまで理解してくれるのか確かめているようにしか思えない。魚玄機が李億に棄てられて嫉妬心でヒステリックな状態でいたという固定観念を捨てて客観的に解釈する必要があるのである。この固定観念により間違った解釈が横行している。ここではそういった解釈を一つ一つ訂正して行こうと思っている。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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賣殘牡丹 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-75--#  卷804_7 【賣殘牡丹】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1916


卷804_7 【賣殘牡丹】魚玄機

 
賣殘牡丹
臨風興嘆落花頻,芳意潛消又一春。
春の突風が牡丹の花に吹き付ける晩秋の季節には咲き誇っていた牡丹の花もなげきをともなって落ちている。かぐわしい花の香りが漂っていたのに知らぬまに、この盛春、そしてまた、晩春と過ぎていこうとしている。
應為價高人不問,卻緣香甚蝶難親。
私には小金が出来ているので安く自分を売ろうとは全く思っていない。そして女としての香り(プライド)、詩文にする才能があるいので、大抵の男は近寄っては来れないのだ。
紅英只稱生宮裏,翠葉那堪染路塵。
この私の性的な魅力は九重の奥深い所に大切にしている。孫蜍そこらの男ならその男に染められるほどにはならないしそこらあたりの路傍にあっても構わない。
及至移根上林苑,王孫方恨買無因。
若しあんな程度のところでなくて、高貴なところに植えられたものであったなら、もっとお金をもらうことが出来ていて貴人の子弟程度のものに買ってもらおうとする恨み言はなかったのだ。
賣残の牡丹
風に臨んで落花の頻なるを興嘆し、芳意又一春潜に消ゆ。
應に價高きが為に人 問はざるなるべし、却て香甚だしきに練って 蝶 親しみ難し。
紅英只稱ふ 宮裏に生まるるに、翠葉那んぞ堪えん 路塵に染まるに。
根を上林苑に移すに至るに及んで、王孫方に恨まん 買ふに困なきを。

美女画555













『賣殘牡丹』 現代語訳と訳註
(本文)

臨風興嘆落花頻,芳意潛消又一春。
應為價高人不問,卻緣香甚蝶難親。
紅英只稱生宮裏,翠葉那堪染路塵。
及至移根上林苑,王孫方恨買無因。


(下し文)
賣残の牡丹

風に臨んで落花の頻なるを興嘆し、芳意又一春潜に消ゆ。
應に價高きが為に人 問はざるなるべし、却て香甚だしきに練って 蝶 親しみ難し。
紅英只稱ふ 宮裏に生まるるに、翠葉那んぞ堪えん 路塵に染まるに。
根を上林苑に移すに至るに及んで、王孫方に恨まん 買ふに困なきを。


(現代語訳)
春の突風が牡丹の花に吹き付ける晩秋の季節には咲き誇っていた牡丹の花もなげきをともなって落ちている。かぐわしい花の香りが漂っていたのに知らぬまに、この盛春、そしてまた、晩春と過ぎていこうとしている。
私には小金が出来ているので安く自分を売ろうとは全く思っていない。そして女としての香り(プライド)、詩文にする才能があるいので、大抵の男は近寄っては来れないのだ。
この私の性的な魅力は九重の奥深い所に大切にしている。孫蜍そこらの男ならその男に染められるほどにはならないしそこらあたりの路傍にあっても構わない。
若しあんな程度のところでなくて、高貴なところに植えられたものであったなら、もっとお金をもらうことが出来ていて貴人の子弟程度のものに買ってもらおうとする恨み言はなかったのだ。


(訳注)
賣殘牡丹

この詩は、作者が、李億に捨てられて長安に締り、威宜観にはいってから綠翹を殺すにいたるまでの問の作と思われる。牡丹に自己を喩えたもので、この時代、いずれの時期には棄てられるのは覚悟の上の事なので、自分の気持ちを率直に述べるというのは中国の歴史の中で目を見張らせるものがある。この詩を以て憐れと感じて解釈するのは間違いである。芸妓のプライドは愛より、金であるということだ。詩には嘆くとか憾むとか入っているが棄てられた女というより強く生き行く抜くことを感じる。この時代にしたたかに生きていくたくましい女性である。


臨風興嘆落花頻,芳意潛消又一春。
春の突風が牡丹の花に吹き付ける晩秋の季節には咲き誇っていた牡丹の花もなげきをともなって落ちている。かぐわしい花の香りが漂っていたのに知らぬまに、この盛春、そしてまた、晩春と過ぎていこうとしている。
・興嘆 興は心の動くこと。嘆はなげく。
・落花(らくか)
・芳意(ほうい) 花の、花としての誇らしい心。
・一春 春は早春、盛春、晩春の三春であり、その内の一春、盛春、そしてまた、晩春と過ぎていくというほどの意味である。


應為價高人不問,卻緣香甚蝶難親。
私には小金が出来ているので安く自分を売ろうとは全く思っていない。そして女としての香り(プライド)、詩文にする才能があるいので、大抵の男は近寄っては来れないのだ。
・香(こう) かおり。におい。よい詩も作れるほどの教養をさす。魚玄機にこの詩人としての矜持があるから長安に戻ってきたのである。
・蝶(ちょう) 男性をさす。


紅英只稱生宮裏,翠葉那堪染路塵。
この私の性的な魅力は九重の奥深い所に大切にしている。孫蜍そこらの男ならその男に染められるほどにはならないしそこらあたりの路傍にあっても構わない。
・紅英 英は花びら。花。女性の局所を指す
・翠葉(すいよう) 緑の葉。男性精気を示す。


及至移根上林苑,王孫方恨買無因。
若しあんな程度のところでなくて、高貴なところに植えられたものであったなら、もっとお金をもらうことが出来ていて貴人の子弟程度のものに買ってもらおうとする恨み言はなかったのだ。
・上林苑 「史記」の「始皇紀」に、「朝官を沼南の上林苑中につくり、まづ前殿阿房をつくる」とある。それ以来、天子の御苑を一般に上林苑という。
王孫(おうそん) 貴人の子弟。貴公子。「史記」の推陰侯伝に、「吾、王孫を哀んで食を進む」とある。「楚辞・招隠士」 「王孫遊兮不帰、春草生兮萋萋」(王孫遊びて帰らず、春草生じて萋萋たり)・・王孫 楊 王孫(よう おうそん、生没年不詳)は、前漢の武帝の時代の人。自らを裸葬にさせた。 黄老の術を学び、家は千金を生む仕事を行っていた。
謝靈運『登池上樓』「池塘生春草,園柳變鳴禽。」登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  詩集 395 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1002
謝霊運『悲哉行』
萋萋春草生,王孫遊有情,差池鷰始飛,夭裊桃始榮,
灼灼桃悅色,飛飛燕弄聲,檐上雲結陰,澗下風吹清,
幽樹雖改觀,終始在初生。
悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩502 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1323
買無因 もはや買う方法がない。多くの詩人が詠う語である。

浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-# 卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1912


◆◆◆2013年2月12日紀頌之の5つの漢文ブログ◆◆◆
Ⅰ.李白と李白に影響を与えた詩集
古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
贈王粲  曹植(曹子建) 魏詩<37-#1>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩

ブログ1909 贈王粲 
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Ⅱ.中唐詩・晩唐詩
 唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
原道  韓愈 (韓退之)14回目 8段目-2<115-14>Ⅱ中唐詩586 漢文委員会kanbuniinkai 紀

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Ⅲ.杜甫詩1000詩集
"●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする
泛溪 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -8-#3)  杜甫 <396>  漢文委員会kanbuniinkai

紀頌之の漢詩ブログ1911 杜甫詩1000-396-577/1500 
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Ⅳ.漢詩・唐詩・宋詞詩詩集
與顏錢塘登障樓望潮作 孟浩然  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1916 (02/12) 

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Ⅴ.晩唐五代詞詩・宋詞詩
 森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれ

に疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-# 卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会

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浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-#  卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1912 

卷804_6 【浣紗廟】魚玄機



浣紗廟
吳越相謀計策多,浣紗神女已相和。
呉の國と越の国と互いに陰謀して抗争し合っていたときに、この山の下の川縁で洗濯をしていた絶世の美女西施は、范蠡に見出された。それで彼女は越國の復興のために力を合わせると合意したのだ。
一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。
夫差は彼女のえくぼに魅せられてしまった。そしてさしもの異国の精兵も、彼女のほほえみにうつつをぬかしてしまった王の嬌奢に反感を抱き、軍の統率力は消え、越軍が侵入すると、あっさり祖国に鉾先を替えてしまった。 範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。
こうして越の范蠡は、王の勾践をたすけて、ついに呉を滅ぼす大功をたてた。ただ、この見事に役目をはたしおわった美女をともなって、五湖のほとりへ隠遁してしまった。しかるに、一方、呉王をたすけていた伍子胥の方は、王の日夜をおかぬ亨楽におぼれ、討齊というのに反対して極諌したために死を賜わった。その國はやがて越軍の揉輪のもとに滅ぼされてしまった。
只今諸暨長江畔,空有青山號苧蘿。

今日では、諸暨(西施の出身地)の大きな河のほとりに、その歴史のなごりをとどめている。ただ、むなしいことは苧羅山と号する山が青々と聳えていて、絶世の美女、西施の跡としては、ただそれだけがあるだけでなのだ。
浣紗廟
呉越相謀るに計策多く、浣紗の神女己に相和す。
一雙の笑靨【しょうよう】複に面を回らせば、十萬の精兵 盡く戈を倒【さかしま】にす。
範蠡【はんれい】は 功成って 身 隱遁【いんとんn】し、伍胥【ごしょ】は 諌死【かんし】して 國 消磨す。
只今 諸暨【しょき】長江の畔、空しく青山の苧蘿【ちょら】と號【ごう】する有るのみ。


天台山 瓊臺

















6.『浣紗廟』 現代語訳と訳註
(本文)
浣紗廟
吳越相謀計策多,浣紗神女已相和。
一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。
範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。
只今諸暨長江畔,空有青山號苧蘿。


(下し文) 浣紗廟
呉越相謀るに計策多く、浣紗の神女己に相和す。
一雙の笑靨【しょうよう】複に面を回らせば、十萬の精兵 盡く戈を倒【さかしま】にす。
範蠡【はんれい】は 功成って 身 隱遁【いんとんn】し、伍胥【ごしょ】は 諌死【かんし】して 國 消磨す。
只今 諸暨【しょき】長江の畔、空しく青山の苧蘿【ちょら】と號【ごう】する有るのみ。


(現代語訳)
呉の國と越の国と互いに陰謀して抗争し合っていたときに、この山の下の川縁で洗濯をしていた絶世の美女西施は、范蠡に見出された。それで彼女は越國の復興のために力を合わせると合意したのだ。
夫差は彼女のえくぼに魅せられてしまった。そしてさしもの異国の精兵も、彼女のほほえみにうつつをぬかしてしまった王の嬌奢に反感を抱き、軍の統率力は消え、越軍が侵入すると、あっさり祖国に鉾先を替えてしまった。
こうして越の范蠡は、王の勾践をたすけて、ついに呉を滅ぼす大功をたてた。ただ、この見事に役目をはたしおわった美女をともなって、五湖のほとりへ隠遁してしまった。しかるに、一方、呉王をたすけていた伍子胥の方は、王の日夜をおかぬ亨楽におぼれ、討齊というのに反対して極諌したために死を賜わった。その國はやがて越軍の揉輪のもとに滅ぼされてしまった。


(訳注)
浣紗廟
 諸曁(しょき)市城区の南部、苧蘿山のほとりを流れる浦陽江(浣江・浣紗渓・浣浦ともいう)の川岸に西施石(浣紗石)、浣紗廟がある。呉越抗争のころ、越の美女西施がこの渓川で洗濯をしていたとつたえられている。紗はうすぎぬ。浣はすすぐ。せんたくすること。1980年、西施を記念する西施亭が、1990年、西施殿が再建されている。

呉越の地図

















吳越相謀計策多,浣紗神女已相和。

呉の國と越の国と互いに陰謀して抗争し合っていたときに、この山の下の川縁で洗濯をしていた絶世の美女西施は、范蠡に見出された。それで彼女は越國の復興のために力を合わせると合意したのだ。
・吳越 春秋時代に、今の江蘇省南部を中心にした呉の国(首都は今の蘇州)と、その南方、折江省の紹輿を中心にした越の国(首都は会稽。今の紹興の南)とが相争っていた。 
・計策多 それぞれいろんな計略をめぐらしていた。呉には楚の国からのがれてきた伍員が参謀格としてついていたし、越には范蠡が参謀としてついていたが、呉王夫差は越に侵入して、越王祁配をとりこにした。ここから、臥薪嘗胆がうまれる。范蠡は夫差の使臣伯嚭に賄賂を贈って巧みに釈放してもらうと、浣紗の美女西施を夫差のもとへ送った。夫差はその計略にかかって、淫楽にふける一方で、呉員の諌めるのもきかず、兵を北に出して斉を討った。勾践・范蠡はその機会をのがさず、呉を攻め、呉を滅ぼした。
・神女 西施をいう。廟に祭られているから神女といった。美しいということで宿敵を破る力となったこと。多大な評価をするということである。
・相和 范蠡はこの西施とかたく約束をむすんで、呉を滅ぼすために、夫差のところへいってもらったことをいう。


一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。
夫差は彼女のえくぼに魅せられてしまった。そしてさしもの異国の精兵も、彼女のほほえみにうつつをぬかしてしまった王の嬌奢に反感を抱き、軍の統率力は消え、越軍が侵入すると、あっさり祖国に鉾先を替えてしまった。
・一雙(いっそう) 二つの意。左右にあるから。
・笑靨(しようよう) えくぼ。
・回面 ふり向く。呉王に媚を豊することをいう。
・十萬精兵 呉軍をいう。
・倒戈 敵(越) にむけていたはこを味方(呉)にむけること。裏切ること。ほこは両刃の短剣を長い柄につけたもの。


範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。
こうして越の范蠡は、王の勾践をたすけて、ついに呉を滅ぼす大功をたてた。ただ、この見事に役目をはたしおわった美女をともなって、五湖のほとりへ隠遁してしまった。しかるに、一方、呉王をたすけていた伍子胥の方は、王の日夜をおかぬ亨楽におぼれ、討齊というのに反対して極諌したために死を賜わった。その國はやがて越軍の揉輪のもとに滅ぼされてしまった。
范蠡 越王勾銭の重臣。
・隠遁 范蠡は、勾践が復仇をとげて凱旋すると、呉の重臣伍負が、斉を討つことに反対して殺されたことを思い、勝利をおさめた勾践のもとにあって、伍員のような運命にめぐりあうこ之を恐れ、西施をつれて隠遁して五湖に泛び、斉にいって大富家となった。
・伍胥背 伍子背(ごししょ)、名は員。もと楚の重臣であった伍奢の子。楚王からその父(伍奢)と兄を殺された彼は、呉にのがれ、前述のように呉王夫差の重臣となったが、夫差が西施の色におぼれ、宮殿を築いて遊楽にふけり、かれは斉(山東省の雄国) への出兵を志したので、これを諌めた。それがかえって夫差の怒りを買い、死を賜わった。死に当たって、自分の首を呉宮の西門にかけさせ、「この目で越軍の入城を見てやる!」といったが、そのとおりに越は侵入し、夫差は殺されて、呉の国は亡びた。
・消磨(しょうま) 消えほろびること。


只今諸暨長江畔,空有青山號苧蘿。
今日では、諸暨(西施の出身地)の大きな河のほとりに、その歴史のなごりをとどめている。ただ、むなしいことは苧羅山と号する山が青々と聳えていて、絶世の美女、西施の跡としては、ただそれだけがあるだけでなのだ。
・諸暨 今の新江省の解興の南、諸聾県。近くに浣沙渓がある。
・長江 揚子江ではない。実際には諸盤の近くを北流する浦陽江をさす。大きな河をいう。
・苧羅(ちょら) 山の名。諸暨に近く、その麓が浣紗渓であり、浣紗廟がある。
・號(ごう) 名をつける。いう




西施についての詩

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李白「烏棲曲」
姑蘇台上烏棲時、吳王宮里醉西施。
吳歌楚舞歡未畢、青山猶銜半邊日。
銀箭金壺漏水多、起看秋月墜江波。
東方漸高奈樂何。





旧苑荒台楊柳新、菱歌清唱不勝春。
只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。
李白8  蘇台覧古

李白 9 越中覧古
越王勾践破呉帰、義士還家尽錦衣。
宮女如花満春殿、只今惟有鷓鴣飛。


李白9  越中覧古

李白10  採蓮曲

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『寄岳州李員外遠』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-50-3-# 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1816 七言律詩

寄岳州李員外遠 温庭筠

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謝靈運詩
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首



『寄岳州李員外遠』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-50-3-#  七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1816 七言律詩


「寄岳州李外郎遠」溫庭筠
含蘋不語坐持頤,天遠樓高宋玉悲。
かおをひそめてだまっている座ったままで下あごに手を当てたままでいる。秋の空はすみきって樓閣は高く聳えている神女を待つ宋玉のように悲しさに耐えきれないでいる。
湖上殘棋人散後,岳陽微雨鳥來遲。
湖のほとりに約束の日に来ないといってもお相手をきめる弾棋の盤には近づかない方がとみんないなくなっていく。岳陽樓に巫山の雨のように小ぬか雨が降る使いの蒼い鳥も遅くなってこないままだ。
早梅猶得回歌扇,春水還應理釣絲。
早梅が咲き始めあの人は春には帰って來るのだろうか、そういって扇に詩歌を書いて廻することにしている、春の雪解け水の季節に変わってもまた神女を待って釣り糸を垂れているのである。
獨有袁宏正憔悴,一樽惆悵落花時。
ただひとり東晋の袁宏というべき李億君はまさに憔悴しきっているということなのだ。この杯を傾け、憂え悲しみぬいてもう花が散り落ちていく時を過ごしていくのだ。
(岳州の李外郎遠に寄す)
蘋【ひん】を含んで語らず 坐して頤【おとがい】を持す,天遠く樓高く宋玉悲しむ。
湖上の殘棋 人散するの後,岳陽の微雨 鳥來ること遲し。
早梅 猶お歌扇を回らすを得ん,春水 還た應に釣絲を理【おさ】むるなるべし。
獨り袁宏の正に憔悴する有り,一樽 惆悵す落花の時。

岳陽楼00














『寄岳州李外郎遠』 現代語訳と訳註
(本文)
含嚬不語坐持頤,天遠樓高宋玉悲。
湖上殘棋人散後,岳陽微雨鳥來遲。
早梅猶得回歌扇,春水還應理釣絲。
獨有袁宏正憔悴,一樽惆悵落花時。


(下し文) (岳州の李外郎遠に寄す)
嚬【ひん】を含んで語らず 坐して頤【おとがい】を持す,天遠く樓高く宋玉悲しむ。
湖上の殘棋 人散するの後,岳陽の微雨 鳥來ること遲し。
早梅 猶お歌扇を回らすを得ん,春水 還た應に釣絲を理【おさ】むるなるべし。
獨り袁宏の正に憔悴する有り,一樽 惆悵す落花の時。


(現代語訳)
かおをひそめてだまっている座ったままで下あごに手を当てたままでいる。秋の空はすみきって樓閣は高く聳えている神女を待つ宋玉のように悲しさに耐えきれないでいる。
湖のほとりに約束の日に来ないといってもお相手をきめる弾棋の盤には近づかない方がとみんないなくなっていく。岳陽樓に巫山の雨のように小ぬか雨が降る使いの蒼い鳥も遅くなってこないままだ。
早梅が咲き始めあの人は春には帰って來るのだろうか、そういって扇に詩歌を書いて廻することにしている、春の雪解け水の季節に変わってもまた神女を待って釣り糸を垂れているのである。
ただひとり東晋の袁宏というべき李億君はまさに憔悴しきっているということなのだ。この杯を傾け、憂え悲しみぬいてもう花が散り落ちていく時を過ごしていくのだ。


(訳注)
寄岳州李外郎遠

岳州に赴任した李億が魚玄機を襄陽で棄てて消え去ったこと。本人に対して故事と喩えの名前でもって反省を促したものとかんがえる。


含蘋不語坐持頤,天遠樓高宋玉悲。
かおをひそめてだまっている座ったままで下あごに手を当てたままでいる。秋の空はすみきって樓閣は高く聳えている神女を待つ宋玉のように悲しさに耐えきれないでいる。
・嚬 眉にしわを寄せる。顔をしかめる。蘋とするテクストもある 蘋はあさざの類、白い花のさく水草。○青鳥 仙女西王母の使いという。この宮女たちを仙女の使者の青鳥の故事を借りている。○銜紅巾 銜は口でくわえること。紅巾は婦人の用いる衿のかざりのきれ。青鳥も馴れ親しむことをいう。
・頤 おとがい。したあご。


湖上殘棋人散後,岳陽微雨鳥來遲。
湖のほとりに約束の日に来ないといってもお相手をきめる弾棋の盤には近づかない方がとみんないなくなっていく。岳陽樓に巫山の雨のように小ぬか雨が降る使いの蒼い鳥も遅くなってこないままだ。
・殘棋 宮中や芸妓のあそびで「彈棋局」というが、中央が鉢を伏せたように盛り上がった碁盤の両側からコマを弾いて相手のコマにあてるゲームで駒が残るのが勝ち相手をするというもので、「棋」(ゲームのこま)と「期」(逢い引き、またその約束)の掛けことばは、恋をうたう南朝の楽府に習見。
心最不平。


早梅猶得回歌扇,春水還應理釣絲。
早梅が咲き始めあの人は春には帰って來るのだろうか、そういって扇に詩歌を書いて廻することにしている、春の雪解け水の季節に変わってもまた神女を待って釣り糸を垂れているのである。
・「早梅」は、異郷に在る悲哀を詠じている。
『楚辞』 「九章」 では、 神仙になって徳の光を輝. かせると述べるために、 日月を ..... 大きな石に座って釣糸を垂れる。 水は澄み切っ て丶 静かな心で、釣り糸を垂れて巫女を待つのである。

寒梅002











獨有袁宏正憔悴,一樽惆悵落花時。
ただひとり東晋の袁宏というべき李億君はまさに憔悴しきっているということなのだ。この杯を傾け、憂え悲しみぬいてもう花が散り落ちていく時を過ごしていくのだ。
袁宏 328年―376年,東晉文學家。字彥伯,小字虎。陳郡陽夏(今河南太康)の人。初入仕途,謝尚引為參軍,累遷至大司馬桓溫府記室。文筆典雅,才思敏捷,深受桓溫器重,使專掌書記。魚玄機の夫の李億と同郷で袁宏をたとえたもの。
憫帳は憂え悲しむこと。

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