玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

逸話

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊131《巻三34浣溪紗八首 其五》巻三3431-〈131〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5857

.薛昭蘊(改訂版)浣溪紗八首其五  元宵節の時に知り合って、親の目を盗んで、月一回のお参りに、寒食・清明節と逢瀬を重ねた。才色兼備の令嬢崔鶯鶯はと書生の張君瑞とたまたま元宵節で出会って愛しあい、封建道徳の束縛と母親の反対を押しのけて西廂(西の棟)でこっそりと会っては情交を結んだ、それは悲恋に終わったと詠う。

 

 
 2015年4月16日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-47-#5奉節-38-#5 《巻16-10 八哀詩八首(八)故右僕射相國張公九齡 -5》 杜甫index-15 杜甫<910-#5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5855 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊131《巻三34浣溪紗八首 其五》巻三3431-131〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5857

 

 

才色兼備の令嬢崔鶯鶯は、書生の張君瑞とたまたま元宵節で出会って愛しあい、封建道徳の束縛と母親の反対を押しのけて西廂(西の棟)でこっそりと会っては情交を結んだ、というロマンチックな物語も生れた(元稹『蔦鴬伝』)。これは後世、ながく名作として喧伝されることになる戯曲『西廂記』 の原話である。これは中国古代の恋愛物語の典型ということができる。また、別の話であるが、美しくて聡明な官僚の家の娘無双は、従兄と幼い時から仲良く遊び互いに愛し合っていた。後に無双が家族の罪に連坐し宮中の婢にされると、この従兄は侠客に頼んで彼女を救い出し、二人はめでたく結婚したという話(薛調『劉無双伝』)。名妓李娃は、自分のために金と財産を使い果し、乞食に落ちぶれた某公子を救い、さんざん苦労して彼が名を成すのを助け、二人は白髪になるまで一緒に暮らしたという話(『李娃伝』)。妓女霞小玉は才子の李益を死ぬほど愛したが、李益は途中で心変りして彼女を棄ててしまった。小玉は気持が沈んで病気にかかり、臨終に臨み李益をはげしく恨んで失恋のため死んでしまったという話(蒋防『霍小玉伝』)。唐代には、こうした話以外に、人と神、人と幽霊、人と狐が愛しあう「柳毅伝書」、「蘭橋遇仙」など有名な物語がたくさん生れた。唐代の愛情物語は、中国古代のなかできわだっており、後代の戯曲、小説に題材を提供する宝庫となった。

 

愛情物語の中ばかりでなく、現実の生活の中でも、当時の労働する女性たちが自由に恋愛し夫婦となることは、どこでもわりに一般的に見られることであった。「妾が家は越水の辺、艇を揺らして江煙に入る。既に同心の侶を覚め、復た同心の蓮を来る」(徐彦伯「採蓮曲」)。あるいは「楊柳青青として 江水平らかに、邸が江上の唱歌の声を聞く。東辺に日出で西辺は雨、遣う是れ無暗(無情)は却って有晴(有情)」(劉禹錫「竹枝詞」)などと詠われている。これらは労働する女性たちの自由な愛情を描いている。彼女たちは長年屋外で働いていたので、男性との交際も比較的多かった。同時にまた、封建道徳観念は稀薄であり、感情は自然で自由奔放であったから、自由な恋愛はわりに多くみられた。一般庶民の家の娘は礼教の影響や束縛を受けることが比較的少なく、自由な男女の結びつきは常に、またどこにでも存在していたのである。たとえば、大暦年間、才女の見栄は隣に住む文士の文茂と常に詩をやりとりして情を通じ、また機会を見つけては情交を重ねた。見栄の母はそれを知り、「才子佳人というものは、往々にしてこんなふうになるものだ」と嘆息したが、ついに二人を結婚させた(『古今図書集成』「閏媛典閏藻部」)。この話は、当時の社会には男女の自由な恋愛やひそかな情交があったばかりでなく、こうした関係を父母が許していたことも示している。

 

女性が恋人と駆落ちするという事件も時々発生した。白居易は次に紹介する詩の中で、庶民の娘の「駆落ち」について書いている。

 

 

井底引銀缾 白居易 (井底より銀缾を引く)白居易(白氏文集 巻四)

井底引銀缾、銀瓶欲上糸縄絶。

石上磨玉簪、玉簪欲成中央折。

瓶沈簪折知奈何、似妾今朝与君別。

憶昔在家為女時、人言挙動有殊姿。

嬋娟両鬢秋蝉翼、宛転双蛾遠山色。

笑随戯伴後園中、此時与君未相識。

妾弄青梅憑短牆、君騎白馬傍垂楊。

牆頭馬上遥相顧、一見知君卽断腸。

 

知君断腸共君語、君指南山松柏樹。

感君松栢化為心、暗合双鬢逐君去。

到君家舎五六年、君家大人頻有君。

聘則為妻奔是妾、不堪主祀奉蘋蘩。

終知君家不可住、其奈出門無去処。

豈無父母在高堂、亦有情親満故郷。

潜来更不通消息、今日悲羞帰不得。

為君一日恩、誤妾百年身。

寄言癡小人家女、慎勿将身軽許人。

 

(井底より銀缾を引く)

井の底より銀缾を引きあぐに、銀桝は上らんと欲で糸縄絶つ。

石の上にて玉くつわ簪を磨くも、玉簪は成らんと欲て中央より折れたり。

研沈み簪折れる 知らず奈何せん、妾 今朝君と別れるに似たり。

憶うに昔家に在りて女為りし時、人言う 挙動に殊姿有りと。

嬋娟な両鬢は秋蝉の翼、宛転った双蛾は遠山の色。

笑いで戯伴に随う後園の中、此の時君と末だ相い識らず。

妾は青梅を弄びて短塔に憑りかかり、君は白馬に騎って垂楊に傍う。

墻頭と馬上とで遥かに相い顧み、一見して君が即ち断腸たるを知る。

 

君の断腸たるを知りて君と共に語り、君は南山の松柏の樹(雄大にして常緑なる巨木のたとえ)を指さす。

君が松柏を化して心と為す(わが心は松柏の如く四時変ることがない)に感じ、闇かに双鬟(少女の髪型)を合して君を逐うて去る。

君が家に到りて舎ること五、六年、君が家の大人頻りに言有り(小言をいう)。

「聘すれば(礼をもって迎えたならば)則ち妻と為り 奔すれば(出奔して来たならば)是れ妾、

主祀(祭りの主宰)として蘋蘩(供物とするヨモギ科の草)を奉ずるに堪えず」と。

終に君が家の住まる可からざるを知るも、其れ門を出でて去く処無きを奈んせん。

豈 父母の高堂に在る無からんや、亦た親情(肉親)の故郷に満つる有り。

潜かに来れば更に消息を通ぜず、今日 悲しみ羞じて帰り得ず。

君が一日の恩の為に、妾が百年の身を誤る。

言を痴小なる人家の女に寄す、「慎んで身を将て軽しく人に許すこと勿れ」と。

 

 

白居易は詩を書いて世の人々を戒めたのであるが、こうした駆落ちは決して例外的なことではなく、また結婚も必ずしも両家の家長の承認を得なければならないものでもなかったことが分かる。官僚の家の女子の自由恋愛は比較的困難であったが、元稹が自分の経験に基づいて書いた『鴬鴬伝』や、陳玄祐の『離魂記』、薛調の『劉無双伝』などの小説が世に出現したことは、彼女たちの中にも崔鶯鴬のような、封建道徳への反逆者たちが出現していたことを示している。六朝以来、儒教的恋愛観は嫌気があり、そこに、北方文化との融合があって、自由な恋愛が広がったのである。(この時期の自由恋愛の風潮は、中國のみならず、日本を含めた世界的なものである。)

要するに、唐代の女性たちの愛を追求する想いは、決して封建道徳というのはこの頃は成熟していなくて、完全に圧殺されはしなかったし、彼女たちの勇気に人々は感嘆の声を上げたのである。

唐代の女性の恋愛観は社会全体の価値観の影響を全面的に受けて、相手に「文才」があることをとても重んじた。小説はもちろん現実の世界においても、女性が愛する対象はたいてい風流才子であった。「我は悦ぶ 子の容艶を、子は傾く 我が文章に」(李白「情人に別れしひとに代りで」)、「娘は才を愛し、男は色を重んじる」(『零小玉伝』)というように、女は男の才能を愛し、男は女の容色を重んずるというのが、唐代の男女の典型的な恋愛観であった。ここから、後世の小説や戯曲の中の「才子佳人」という恋愛パターンが形成されたのである。

 


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朱槿花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-155-27-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2322

薛濤 《朱槿花》
ハイビスカスをみて「常に新しい美」「繊細美」「新しい恋」「勇ましさ」「華やか」「愛よよみがえれ」。ということを思って詠ったもの。

2013年5月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

 
朱槿花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-155-27-#20   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2322

 
朱槿花
朱槿花(このハイビスカスをみて「常に新しい美」「繊細美」「新しい恋」「勇ましさ」「華やか」「愛よよみがえれ」。ということを思って詠った)
紅開露臉誤文君,司蒡芙蓉草綠云。
朱い花弁がひらくと可愛い頬は露に似れている卓文君の生まれ変わりだろうか、司馬相如のような立派な男は、その若々しい女性といっしょに緑の草が雲が波打つようにすごしている。
造化大都排比巧,衣裳色澤總薰薰。

万物を創造し、変化していくこの大きな町において、その若々しい色と巧みさとは次第にすたれていく。それに伴って着飾る衣裳の色彩は色気たっぷりになっていき、香草をおき、香を焚きこめるようにそこにあるものを自分なりに変えてひきよせるというのが、このハイビスカスの花なのです。
(朱槿の花)
紅く開いて露臉するは 文君に誤り,司蒡 芙蓉 草綠の雲。
造化して大都 比の巧に排し,衣裳 色澤 總て薰薰たり。


『朱槿花』 現代語訳と訳註
朱槿花・佛桑華

(本文)
紅開露臉誤文君,司蒡芙蓉草綠云。
造化大都排比巧,衣裳色澤總薰薰。


(下し文)
(朱槿の花)
紅く開いて露臉するは 文君に誤り,司蒡 芙蓉 草綠の雲。
造化して大都 比の巧に排し,衣裳 色澤 總て薰薰たり。



(現代語訳)
朱槿花(このハイビスカスをみて「常に新しい美」「繊細美」「新しい恋」「勇ましさ」「華やか」「愛よよみがえれ」。ということを思って詠った)
朱い花弁がひらくと可愛い頬は露に似れている卓文君の生まれ変わりだろうか、司馬相如のような立派な男は、その若々しい女性といっしょに緑の草が雲が波打つようにすごしている。
万物を創造し、変化していくこの大きな町において、その若々しい色と巧みさとは次第にすたれていく。それに伴って着飾る衣裳の色彩は色気たっぷりになっていき、香草をおき、香を焚きこめるようにそこにあるものを自分なりに変えてひきよせるというのが、このハイビスカスの花なのです。


(訳注)
朱槿花
朱槿花・佛桑華
 雌蕊(メシベ)は長く、その周囲に多数の雄蕊(オシベ)が合体。葉が桑の葉に似ていることから佛桑華(ブッソウゲ).扶桑。仏桑。ハイビスカスは特に観賞用に栽培する園芸品種をいう。ハワイの州花。 ≪季・夏≫。
このハイビスカスをみて「常に新しい美」「繊細美」「新しい恋」「勇ましさ」「華やか」「愛よよみがえれ」。ということを思って詠ったもの。


紅開露臉誤文君,司蒡芙蓉草綠云。
朱い花弁がひらくと可愛い頬は露に似れている卓文君の生まれ変わりだろうか、司馬相如のような立派な男は、その若々しい女性といっしょに緑の草が雲が波打つようにすごしている。
・露臉 脸(臉)(1)顔.(2)表情笑脸笑顔.(3) 体面,メンツ。面目を失う.(4) 物の前の部分.多く子供の)ほっぺた,顔.
・文君 中唐詩人は薛濤を卓文君に喩えて詠っている。これらの詩の訳注はこのブログに掲載「検索」で参照されたい。
紅梅0021鄭谷『蜀中三首、其一』
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。
元稹『寄贈薛濤』 
錦江滑膩蛾眉秀,幻出文君與薛濤。
言語巧偷鸚鵡舌,文章分得鳳凰毛。
紛紛辭客多停筆,個個公卿欲夢刀。
别後相思隔煙水,菖蒲花發五雲高。
魚玄機『和人』
茫茫九陌無知己,暮去朝來典繡衣。
寶匣鏡昏蟬鬢亂,博山爐暖麝煙微。
多情公子春留句,少思文君晝掩扉。
莫惜羊車頻列載,柳絲梅綻正芳菲。
・卓文君 下句の「司蒡」と対句の末尾と先頭語という婦随を表している。
前漢時代、臨の大富豪である卓王孫の娘。司馬相如と恋に落ちて駆け落ちをする、愛情溢れる女性とされる。
『白頭吟』の初句に「皚如山上雪,皎若雲間月。」とある。成都の西にある臨邛は司馬相如が卓文君と恋に落ちて駆け落ちを始めたところ。男を惑わす女の居る所の意で使う。臨邛は、秦の時代に置かれた県名。現・四川省邛耒県。
・司蒡 1 香りが発散する。よい香り。「芳紀・芳香・芳醇(ほうじゅん)」2 花。「衆芳」3 よい評判。「遺芳」4 相手の物事に冠して敬意を表す語。司馬相如を指し、そのような男という意味。
・芙蓉 1 アオイ科の落葉低木。暖地の海岸近くに自生。葉は手のひら状に裂けていて、先がとがる。夏から秋、葉の付け根に淡紅色の大きな5弁花を開き、1日でしぼむ。園芸品種には白・紅などの花色や八重のものもある。蓮葉(れんよう)蓮は、芙蓉であり、その葉と花で性行為そのもをあらわし、恋の意が裏にふくまれている。また、蓮と恋とは同音である。・芙蓉 蓮の異名。蓮の字は音レン、恋の音とおなじ。ここではその実の意味もふくめてよんでいる。蓮の花。両頬が白粉により美しくなったことを蓮花にたとえていった。
葵科の落葉濯木。花は大形で淡紅色または白色であり、観賞用になる。「芙蓉」はハスの美称でもあることから、とくに区別する際には「木芙蓉」(もくふよう)とも呼ばれる。

温庭筠『楊柳枝』(之三)
禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。

温庭筠『玉胡蝶』
秋風淒切傷離,行客未歸時。
寒外草先衰,江南雁到遲。
芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。
搖落使人悲,腸斷誰得知?
・芙蓉凋嫩臉 芙蓉:若々しい女性を象徴するもの。凋嫩臉:精神的苦痛が頬をこけさせることを云う。
・楊柳墮新眉 楊柳:男女の若々しい様子を示すもので男女のいとなみも暗示させる。柳の葉の形の眉も若い女性がした化粧である。この聯は完全対句となっている。
/○楊柳 楊柳は男女を示す。また楊は芸妓の色町を示す語である。柳は男性であるが、細柳は女性を示す語として、つかわれる。


造化大都排比巧,衣裳色澤總薰薰。
万物を創造し、変化していくこの大きな町において、その若々しい色と巧みさとは次第にすたれていく。それに伴って着飾る衣裳の色彩は色気たっぷりになっていき、香草をおき、香を焚きこめるようにそこにあるものを自分なりに変えてひきよせるというのが、このハイビスカスの花なのです。
・比巧 「比」は前句の芙蓉の若さを云い、巧はいろんなテクニックを云う。
・色澤 色気たっぷりにする。
・總薰薰 香草をおき、香を焚きこめて、そこにあるものを自分なりに変えてひきよせる。


唐才子傳 辛文房  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-70-6-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1897

辛文房『唐才子傳』卷八

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。



李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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唐才子傳 辛文房  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-70-6-#2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1897


辛文房『唐才子傳』卷八

魚玄機,長安人,女道士也。
魚玄機は、長安の人であり、女道士である。
性聰慧,好讀書,尤工韻調,情致繁縟。
性格は、聡慧であり、読書を好み、尤も詩詞の韻調に技巧に卓越しており、詩のおもむきはまつわりつきわずらわしいものである。
咸通中及笄,為李億補闕侍寵。
咸通中、金が支払われ、魚玄機は李億補閥にかこわれ妻となって行動を共にしたのだ。
夫人妒,不能容,億遣隸咸宜觀披戴。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
有怨李詩云:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
與李郢端公同巷,居止接近,詩筒往反。
李郢端公の詩に言う「一場春夢」と春の夜に見るひとときだけの短い夢と巷でいうことと同じのことであった。李億の住居と離れたとろろが選ばれた。書簡のやり取りはできたのである。
復與溫庭筠交游,有相寄篇什。
しかし、復た温庭筠とは交遊したのである、特に詩篇什を相互に寄せていたのである。
嘗登崇真觀南樓,睹新進士題名,

かつて崇真観の南樓に登り、三月、及第した新進士が壁に題名を書いているのを見た。

賦詩曰:
魚玄機の絶句の詩にいっている、
“云峰滿目放春情,歷歷銀鉤指下生。
 自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。”
「見渡す彼方には雲の峯が。くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に画かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできないのです。音に生れていればなあと思うのです。」と。

觀其志意激切,使為一男子,
この詩を見るように魚玄機の気性はかなり強く激しいものであることがわかる。男子と生まれていればなあということだ。
必有用之才,作者頗賞憐之。
若し男であったなら必らず有用有能な人材になったであろうと思う。魚玄機の作った詩はひとかどのものならだれもが賞賛し女であることを哀れんだものなのである。
時京師諸宮宇女郎,皆清俊濟楚,
この時、彼女は長安城内の官妓娼家の芸妓であった。だれも皆が清俊にして秀美であるとおもったものである。
簪星曳月,惟以吟詠自遣,
一時期は星を簪にし月を曳くほどの勢いを持っていた。それも、惟だ、吟詠をすれば誰もが自然と心惹かれていくものであった
玄機杰出,多見酬酢云。
魚玄機は傑出したそんざいであったことはまちがいない。一度に多く酒を酌(く)み交わすことで接客ができたという。
有詩集一卷,今傳。
詩集一巻あり、これは今に伝えられて残っている。

魚玄機は、長安の人、女道士なり。
性、聡慧にして、読書を好み、尤も韻調に工に、情致緊縟なり。
咸通中、笄に及び、李億補閥のために寵に侍す。
夫人妒にして、容るること能はず。
億、咸宜觀に隷して披戴せしむ。
李を怨むの詩あって云ふ、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
李郢端公と巷を同じうし、居接近を止み、詩筒往反す。
復た温庭筠と交遊し、篇什を相寄するあり。
嘗て崇真観の南樓に登り、新進士の題名を睹、

詩を賦して日く、「雲峯満目春情を放つ、歴歴銀鉤指下に生ず、自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む榜中の名。」と。
その志意の激切なるを観る、男子と作らしめば、必らず有用の才となりしならん。識者頗る之を賞憐す。
時に京師の諸官宇の女郎、皆清俊にして秀美、
星を簪にし月を曳き、惟、吟詠を以て懐を迫る。
玄機は杰出し、多く酬酢を見ると云ふ、
詩集一巻あり、今に伝ふと。


李清照0055










『唐才子傳』卷八 辛文房 現代語訳と訳註
 (本文)
賦詩曰:“云峰滿目放春情,歷歷銀鉤指下生。
自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。”
觀其志意激切,使為一男子,
必有用之才,作者頗賞憐之。
時京師諸宮宇女郎,皆清俊濟楚,
簪星曳月,惟以吟詠自遣,
玄機杰出,多見酬酢云。
有詩集一卷,今傳。


(下し文)
詩を賦して日く、
「雲峯満目春情を放つ、歴歴銀鉤指下に生ず。
自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む榜中の名。」と。
その志意の激切なるを観る、男子と作らしめば、必らず有用の才となりしならん。識者頗る之を賞憐す。
時に京師の諸官宇の女郎、皆清俊にして秀美、
星を簪にし月を曳き、惟、吟詠を以て懐を迫る。
玄機は杰出し、多く酬酢を見ると云ふ、
詩集一巻あり、今に伝ふと。


(現代語訳)
魚玄機の絶句の詩にいっている、「見渡す彼方には雲の峯が。くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に画かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできないのです。音に生れていればなあと思うのです。」と。
この詩を見るように魚玄機の気性はかなり強く激しいものであることがわかる。男子と生まれていればなあということだ。
若し男であったなら必らず有用有能な人材になったであろうと思う。魚玄機の作った詩はひとかどのものならだれもが賞賛し女であることを哀れんだものなのである。
この時、彼女は長安城内の官妓娼家の芸妓であった。だれも皆が清俊にして秀美であるとおもったものである。
一時期は星を簪にし月を曳くほどの勢いを持っていた。それも、惟だ、吟詠をすれば誰もが自然と心惹かれていくものであった
魚玄機は傑出したそんざいであったことはまちがいない。一度に多く酒を酌(く)み交わすことで接客ができたという。
詩集一巻あり、これは今に伝えられて残っている。


(訳注)
辛文房『唐才子傳』卷八

・唐才子傳 元の辛文房の撰。唐代詩人の伝記集で、278人(付伝を含めると398人)の小伝を載せる。『唐書』に伝記があるものは百人余りに過ぎないので、本書の価値は高い。この書は、中国では完本が伝わらず、日本で出版された「佚存叢書」によって逆輸入された。
・辛文房 元の西域人1324年)官居省郎之職能诗﹐与王执谦﹑杨载齐名。


賦詩曰:
“云峰滿目放春情,歷歷銀鉤指下生。
 自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。”
魚玄機の絶句の詩にいっている、「見渡す彼方に雲の峯がみえますが、くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に達筆で書かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできない、男に生れていればなあと思うのです。」
・辛文房は魚玄機の若いころの作で『游崇真觀南樓覩新及第題名處』の詩をここにあげた。李に聘ぜられる前の事である。崇真觀に行った魚玄機は南楼の壁に状元以下の及第した進士が名を掻きつけたのを見て書いた詩がこの絶句である。訳注解説については後日のブログに掲載する。


觀其志意激切,使為一男子,
この詩を見るように魚玄機の気性はかなり強く激しいものであることがわかる。男子と生まれていればなあということだ。


必有用之才,作者頗賞憐之。
若し男であったなら必らず有用有能な人材になったであろうと思う。魚玄機の作った詩はひとかどのものならだれもが賞賛し女であることを哀れんだものなのである。


時京師諸宮宇女郎,皆清俊濟楚,
この時、彼女は長安城内の官妓娼家の芸妓であった。だれも皆が清俊にして秀美であるとおもったものである。
・諸宮宇 官妓娼家。節婦 囲われている女性(民妓)だが、節操の正しい婦人。貞節な女性。貴族は側室として芸妓を迎え入れている。後ろに参考までに芸妓の概略を示す。


簪星曳月,惟以吟詠自遣,
一時期は星を簪にし月を曳くほどの勢いを持っていた。それも、惟だ、吟詠をすれば誰もが自然と心惹かれていくものであった。


玄機杰出,多見酬酢云。
魚玄機は傑出したそんざいであったことはまちがいない。一度に多く酒を酌(く)み交わすことで接客ができたという。
・杰出 傑出した,とび抜けた.
・酬酢 (1)主人と客が互いに酒を酌(く)み交わすこと。 (2)応対すること。


有詩集一卷,今傳。
詩集一巻あり、これは今に伝えられて残っている。


宮島(9)








芸妓について

妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。
もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。
(1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

1 宮妓
皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。


2 家妓
高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。


3営妓
軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

4官妓
中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。
唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。


5民妓
民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。

6.道妓
道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。



妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。

妓女の部屋もまた、趣味がよく風雅であり、文人の書斎風になっているものもあった。李白の作品、李商隠の作品で登場する部隊はここの琴である。

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唐才子傳 辛文房

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。



李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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辛文房『唐才子傳』卷八

魚玄機,長安人,女道士也。
魚玄機は、長安の人であり、女道士である。
性聰慧,好讀書,尤工韻調,情致繁縟。
性格は、聡慧であり、読書を好み、尤も詩詞の韻調に技巧に卓越しており、詩のおもむきはまつわりつきわずらわしいものである。
咸通中及笄,為李億補闕侍寵。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
夫人妒,不能容,億遣隸咸宜觀披戴。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
有怨李詩云:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
與李郢端公同巷,居止接近,詩筒往反。
李郢端公の詩に言う「一場春夢」と春の夜に見るひとときだけの短い夢と巷でいうことと同じのことであった。李億の住居と離れたとろろが選ばれた。書簡のやり取りはできたのである。
復與溫庭筠交游,有相寄篇什。
しかし、復た温庭筠とは交遊したのである、特に詩篇什を相互に寄せていたのである。
嘗登崇真觀南樓,睹新進士題名,

かつて崇真観の南樓に登り、三月、及第した新進士が壁に題名を書いているのを見た。

賦詩曰:“云峰滿目放春情,歷歷銀鉤指下生。
自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。”
觀其志意激切,使為一男子,
必有用之才,作者頗賞憐之。
時京師諸宮宇女郎,皆清俊濟楚,
簪星曳月,惟以吟詠自遣,
玄機杰出,多見酬酢云。
有詩集一卷,今傳。


魚玄機は、長安の人、女道士なり。
性、聡慧にして、読書を好み、尤も韻調に工に、情致緊縟なり。
咸通中、笄に及び、李億補閥のために寵に侍す。
夫人妒にして、容るること能はず。
億、咸宜觀に隷して披戴せしむ。
李を怨むの詩あって云ふ、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
李郢端公と巷を同じうし、居接近を止み、詩筒往反す。
復た温庭筠と交遊し、篇什を相寄するあり。
嘗て崇真観の南樓に登り、新進士の題名を睹、

詩を賦して日く、「雲峯満目春情を放つ、歴歴銀鉤指下に生ず、自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む榜中の名。」と。
その志意の激切なるを観る、男子と作らしめば、必らず有用の才となりしならん。識者頗る之を賞憐す。
時に京師の諸官宇の女郎、皆清俊にして秀美、
星を簪にし月を曳き、惟、吟詠を以て懐を迫る。
玄機は杰出し、多く酬酢を見ると云ふ、
詩集一巻あり、今に伝ふと。

女性詩人0053














『唐才子傳』卷八 辛文房 現代語訳と訳註
(本文)

魚玄機,長安人,女道士也。
性聰慧,好讀書,尤工韻調,情致繁縟。
咸通中及笄,為李億補闕侍寵。
夫人妒,不能容,億遣隸咸宜觀披戴。
有怨李詩云:“易求無價寶,難得有心郎。”
與李郢端公同巷,居止接近,詩筒往反。
嘗登崇真觀南樓,睹新進士題名,


(下し文)
魚玄機は、長安の人、女道士なり。
性、聡慧にして、読書を好み、尤も韻調に工に、情致緊縟なり。
咸通中、笄に及び、李億補閥のために寵に侍す。
夫人妒にして、容るること能はず。
億、咸宜觀に隷して披戴せしむ。
李を怨むの詩あって云ふ、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
李郢端公と巷を同じうし、居接近を止み、詩筒往反す。
復た温庭筠と交遊し、篇什を相寄するあり。
嘗て崇真観の南樓に登り、新進士の題名を睹、


(現代語訳)
魚玄機は、長安の人であり、女道士である。
性格は、聡慧であり、読書を好み、尤も詩詞の韻調に技巧に卓越しており、詩のおもむきはまつわりつきわずらわしいものである。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
李郢端公の詩に言う「一場春夢」と春の夜に見るひとときだけの短い夢と巷でいうことと同じのことであった。李億の住居と離れたとろろが選ばれた。書簡のやり取りはできたのである。
しかし、復た温庭筠とは交遊したのである、特に詩篇什を相互に寄せていたのである。
かつて崇真観の南樓に登り、三月、及第した新進士が壁に題名を書いているのを見た。

華山000
(訳注)
辛文房『唐才子傳』卷八

・唐才子傳 元の辛文房の撰。唐代詩人の伝記集で、278人(付伝を含めると398人)の小伝を載せる。『唐書』に伝記があるものは百人余りに過ぎないので、本書の価値は高い。この書は、中国では完本が伝わらず、日本で出版された「佚存叢書」によって逆輸入された。
辛文房 元の西域人1324年)官居省郎之職能诗﹐与王执谦﹑杨载齐名。


魚玄機,長安人,女道士也。
魚玄機は、長安の人であり、女道士である。


性聰慧,好讀書,尤工韻調,情致繁縟。
性格は、聡慧であり、読書を好み、尤も詩詞の韻調に技巧に卓越しており、詩のおもむきはまつわりつきわずらわしいものである。
・情致 おもむき。風情。情緒。情趣。
・緊縟 まつわりつきわずらわしいもの。


咸通中及笄,為李億補闕侍寵。
咸通中、金が支払われ、魚玄機は李億補閥にかこわれ妻となって行動を共にしたのだ。
・笄 1 髪をかき上げるのに使った、箸(はし)に似た細長い道具。銀・象牙などで作る。2 女性の髷(まげ)に横に挿して飾りとする道具。ここでは、見受けをしたということ。


夫人妒,不能容,億遣隸咸宜觀披戴。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
・妒 ねたむ、 そねむ、 つもる、 ふさぐ。
・李億 魚玄機の夫。
・咸宜觀 長安の道教、咸宜観で李は玄機に大金を残したため、玄機 はのんびり暮らせた。彼女はいつも作 詩したり本を読んだりして、たまにやや 文字を識る士人が来て詩を乞(こ)い書 を求めることをして愉しんだ。


有怨李詩云:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。

贈隣女
羞日遮羅袖、愁春懶起粧。
易求無價宝、難得有心郎。
枕上潜垂涙、花間暗断腸。
自能窺宋玉、何必恨王昌
贈鄰女 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-66-2-#五言律詩  2.贈鄰女 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1880

與李郢端公同巷,居止接近,詩筒往反。
李郢端公の詩に言う「一場春夢」と春の夜に見るひとときだけの短い夢と巷でいうことと同じのことであった。李億の住居と離れたとろろが選ばれた。書簡のやり取りはできたのである。
・李郢端公 盧延譲「李郢端公を哭こくす」・一場春夢(いちじょうしゅんむ・いちじょうのしゅんむ) 《四熟》 春の夜に見るひとときだけの短い夢。人の栄華が、極めて儚(はかな)く消えてしまうことの喩え。 類:●一場の夢●一炊之夢●邯鄲之夢●黄粱一炊●盧生之夢 出典:盧延譲の詩「哭李郢端公」「詩侶酒徒消散盡、一場春夢越王城」


復與溫庭筠交游,有相寄篇什。
しかし、復た温庭筠とは交遊したのである、特に詩篇什を相互に寄せていたのである。
溫庭筠 このブログで60首の訳註解説している。晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。


嘗登崇真觀南樓,睹新進士題名,
かつて崇真観の南樓に登り、三月、及第した新進士が壁に題名を書いているのを見た。
・この句は森鴎外の小説のもとになった文である。ある日玄機は崇真観(しゅうしんかん)に往って、南楼に状元(じょうげん)以下の進士等が名を題したのを見て、慨然として詩を賦(ふ)した。

北夢瑣言 孫光憲  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-68-4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1888


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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北夢瑣言 孫光憲  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-68-4   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1888


北夢瑣言 卷九
唐女道魚玄機字蕙蘭,甚有才思。
魚元機は晩唐の女道士であり、字を蕙蘭という。とても才能思想の持ち主である、
鹹通中,為李憶補闕執箕帚,
咸通元年、李億補闕の妻妾として仕えることとなる。
後愛衰,下山隸咸宜觀為女道士。
しかし、その後、夫李億の愛衰へ他の女のもとにいった、魚玄機は山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。

有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があっていっているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”
又別の詩『寄子安』に言う、「香りのよい蘭の花も色あせ香しい香りも消え失せて春浦の街に帰るのです、ここには柳が植えられた岸辺、男と女、楊と柳とが東と西にわかれるあなたの舟をつないでいます。」と。
自是縱懷,乃娼婦也,
こういうことでこの日から自由勝手に男の人を好きになれることになった。すなわちそれは娼婦に戻るということである。
竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。

そんなことがあって竟に魚玄機は召使の女を殺してしまうのであり、長安の市長 溫璋 は魚玄機に死罪を与えた。魚玄機の詩集は発行され世に広まったのである。

唐の女道、魚元機、字を蕙蘭という。甚だ才思あり。
咸通中、李億補闕のために箕帚を執る。
後、愛衰へて、山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。
李公を怨むの詩あって日う、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
又云ふ、「蕙蘭銷歇して春浦に帰り、楊柳東西に客舟を伴(絆)ぐ。と。是れより縦懐、乃ち娼婦なり。竟に、侍婢を殺すを以て、京兆の尹温璋、之を殺すところとなる。集ありて世に行はる。


美女画555















『北夢瑣言』 現代語訳と訳註
(本文)

有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”
又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”
自是縱懷,乃娼婦也,
竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。


(下し文)
李公を怨むの詩あって日う、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
又云ふ、「蕙蘭銷歇して春浦に帰り、楊柳東西に客舟を伴(絆)ぐ。と。是れより縦懐、乃ち娼婦なり。竟に、侍婢を殺すを以て、京兆の尹温璋、之を殺すところとなる。集ありて世に行はる。
 

(現代語訳)
李公を怨むという詩『贈鄰女』があっていっているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
又別の詩『寄子安』に言う、「香りのよい蘭の花も色あせ香しい香りも消え失せて春浦の街に帰るのです、ここには柳が植えられた岸辺、男と女、楊と柳とが東と西にわかれるあなたの舟をつないでいます。」と。
こういうことでこの日から自由勝手に男の人を好きになれることになった。すなわちそれは娼婦に戻るということである。
そんなことがあって竟に魚玄機は召使の女を殺してしまうのであり、長安の市長 溫璋 は魚玄機に死罪を与えた。魚玄機の詩集は発行され世に広まったのである。


(訳注)
北夢瑣言【ほくぼうさげん】 逸話集。宋の孫光憲著。20巻。唐以降の逸話類を記したもの。光憲は夢沢の北に住んだので「北夢」と言った。
・孫光憲(?~968?)  字は孟文、号は葆光子。貴平の人。農家に生まれたが、学問を好んだ。後唐に仕えて陵州判官となった。のちに江陵に居を移し、高季興に仕えた。高季興が楚と決戦しようとしたのを諫めて止めさせたという。荊南三代に仕えて、荊南節度副使・検校秘書少監を歴任した。乾徳元年(963)、高継冲に勧めて、領土を宋の太祖に献じさせた。この功績で黄州刺史に任ぜられた。


有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
・易求無價寶,難得有心郎。
魚玄機『贈鄰女』
羞日遮羅袖、愁春懶起粧。
易求無價宝、難得有心郎。
枕上潜垂涙、花間暗断腸。
自能窺宋玉、何必恨王昌。


自能窺宋玉、何必恨王昌。
どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。
・有心郎(ゆうしんのろう) ほんとうに心から自分を愛してくれる男。


又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”
又別の詩『寄子安』に言う、「香りのよい蘭の花も色あせ香しい香りも消え失せて春浦の街に帰るのです、ここには柳が植えられた岸辺、男と女、楊と柳とが東と西にわかれるあなたの舟をつないでいます。」と。
魚玄機『寄子安』
醉別千卮不浣愁,離腸百結解無由。
蕙蘭銷歇歸春圃, 楊柳東西絆客舟。
聚散已悲雲不定,恩情須學水長流。
有花時節知難遇,未肯厭厭醉玉樓。


自是縱懷,乃娼婦也,
こういうことでこの日から自由勝手に男の人を好きになれることになった。すなわちそれは娼婦に戻るということである。
・縱懷 思いをほしいままにする。自由勝手に男の人を好きになれること。


竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。
そんなことがあって竟に魚玄機は召使の女を殺してしまうのであり、長安の市長 溫璋 は魚玄機に死罪を与えた。魚玄機の詩集は発行され世に広まったのである。
終南山06

北夢瑣言 孫光憲  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-67-3-# 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1884

北夢瑣言 卷九


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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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北夢瑣言 孫光憲  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-67-3-# 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1884


北夢瑣言 卷九
唐女道魚玄機字蕙蘭,甚有才思。
魚元機は晩唐の女道士であり、字を蕙蘭という。とても才能思想の持ち主である、
鹹通中,為李憶補闕執箕帚,
咸通元年、李億補闕の妻妾として仕えることとなる。
後愛衰,下山隸咸宜觀為女道士。
しかし、その後、夫李億の愛衰へ他の女のもとにいった、魚玄機は山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。

有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”
又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”
自是縱懷,乃娼婦也,
竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。


唐の女道、魚元機、字を蕙蘭という。甚だ才思あり。
咸通中、李億補闕のために箕帚を執る。
後、愛衰へて、山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。
李公を怨むの詩あって日う、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
又云ふ、「蕙蘭銷歇して春浦に帰り、楊柳東西に客舟を伴(絆)ぐ。と。是れより縦懐、乃ち娼婦なり。竟に、侍婢を殺すを以て、京兆の尹温璋、之を殺すところとなる。集ありて世に行はる。

女性詩人0053














『北夢瑣言』 現代語訳と訳註
(本文)

唐女道魚玄機字蕙蘭,甚有才思。鹹通中,為李憶補闕執箕帚,後愛衰,下山隸咸宜觀為女道士。
有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”自是縱懷,乃娼婦也,竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。


(下し文)
唐の女道、魚元機、字を蕙蘭という。甚だ才思あり。
咸通中、李億補闕のために箕帚を執る。
後、愛衰へて、山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。
李公を怨むの詩あって日う、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
又云ふ、「蕙蘭銷歇して春浦に帰り、楊柳東西に客舟を伴(絆)ぐ。と。是れより縦懐、乃ち娼婦なり。竟に、侍婢を殺すを以て、京兆の尹温璋、之を殺すところとなる。集ありて世に行はる。


(現代語訳)
魚元機は晩唐の女道士であり、字を蕙蘭という。とても才能思想の持ち主である、
咸通元年、李億補闕の妻妾として仕えることとなる。
しかし、その後、夫李億の愛衰へ他の女のもとにいった、魚玄機は山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。



(訳注)
・北夢瑣言【ほくぼうさげん】 逸話集。宋の孫光憲著。20巻。唐以降の逸話類を記したもの。光憲は夢沢の北に住んだので「北夢」と言った。
・孫光憲(?~968?)  字は孟文、号は葆光子。貴平の人。農家に生まれたが、学問を好んだ。後唐に仕えて陵州判官となった。のちに江陵に居を移し、高季興に仕えた。高季興が楚と決戦しようとしたのを諫めて止めさせたという。荊南三代に仕えて、荊南節度副使・検校秘書少監を歴任した。乾徳元年(963)、高継冲に勧めて、領土を宋の太祖に献じさせた。この功績で黄州刺史に任ぜられた。


唐女道魚玄機字蕙蘭,甚有才思。
魚元機は晩唐の女道士であり、字を蕙蘭という。とても才能思想の持ち主である、


鹹通中,為李憶補闕執箕帚,
咸通元年、李億補闕の妻妾として仕えることとなる。
・鹹通中 咸通年間中(860 ~873年)のこと。ここは元年。
・李億補闕 魚玄機の夫。
・箕帚 【きそう】ちりとりと、ほうき。また、掃除をすること。きしゅう。箕帚を執る掃除する。また、妻妾として仕える。
森鴎外の「魚玄機」には次のように書いている。
温庭筠の友に李億と云う素封家があった。年は温より十ばかりも少くて頗る詞賦を解していた。
咸通元年の春であった。久しく襄陽に往っていた温が長安に還ったので、李がその寓居を訪ねた。襄陽では、温は刺史徐商の下で小吏になって、やや久しく勤めていたが、終に厭倦【えんけん】を生じて罷めたのである。
温の机の上に玄機の詩稿があった。李億はそれを見て
歎称した。そしてどんな女かと云った。温は三年前
から詩を教えている、花の如き少女だと告げた。それ
を聞くと、李億は精【くわ】しく魚家のある街を問うて、何か思うことありげに、急いで座を起った。
李は温の所を辞して、径【ただ】ちに魚家に往って、玄機を納【い】れて側室にしようと云った。玄機の両親は幣の厚いのに動された。
玄機は出でて李と相見た。今年はもう十八歳になっている。その容貌の美しさは、温の初て逢った時の比ではない。李もまた白皙【はくせき】の美丈夫である。李は切に請い、玄機は必ずしも拒まぬので、約束は即時に成就して、数日の後に、李は玄機を城外の林亭に迎え入れた。
 こうして李億の妻になったのである。


後愛衰,下山隸咸宜觀為女道士。
しかし、その後、夫李億の愛衰へ他の女のもとにいった、魚玄機は山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。

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