玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

酬答 贈答 寄せる

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什 薛濤関連  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-240-106-#96  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582

和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什」(西川の李尚書の『孔雀を傷む』および薛濤の什に和す)李徳祐と薛濤の詩に和した劉禹錫唯一の詩である。一生を地方めぐりにであった。しかし詩名は高く、白居易(欒天)と多くの詩を酬和し、七十二歳で沒した。彼の詩集のなかには、剣南西川節度使であった武元衝や李徳祐に贈った詩がのこっている。

2013年7月28日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 絕句,三首之一 蜀中転々 杜甫 <510>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2745 杜甫詩1000-510-743/1500 
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什 劉禹錫 薛濤関連  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-240-106-#96  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

劉禹錫 《和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什》
 草木が枯れ始める中で木芙蓉は朝露に咲いている,これを私の生き方としてきたが、涙が頬を數行ものくやしい淚があふれることばかりで、清々しいすんだ池になみだを滴らせたものか。

和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什 薛濤関連  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-240-106-#96   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582



薛濤 『和劉賓客玉蕣』(太子賓客、劉禹錫さまがお作りになった「玉蕣」の詩に和します。)この時の劉禹錫の詩をみてみる。薛濤との唯一の接点である。詩題・内容に劉禹錫が人間的好人物であったことがうかがえる。
和劉賓客玉蕣
瓊枝玓瓅露珊珊,欲折如披云彩寒。
閑拂朱房何所似,緣山偏映日輪殘。
・玉蕣 玉は詩語として冠したもの、蕣は、むくげ、木模。銭葵料の落葉濯木。枝の繁るのを利用して生垣につくる。あさがおの国訓もある。

・劉賓客はこの時、大子賓客の官位であった。劉は姓、禹錫が名である。劉禹錫(772~842年)白居易や柳宗元との詩の応酬も多い。白居易とともに『竹枝詞』や『楊柳枝』を作る等、前衛的、実験的なことに取り組む。字は夢得。監察御史、太子賓客。中唐の文学を構成する人物である。彼の作品は以下に示す。いずれこのブログでも解説する予定である。作品
秋風引(何處秋風至)  浪淘沙(八月濤聲吼地來)  楊柳枝詞(煬帝行宮汴水濱)  石頭城(山圍故國週遭在)  浪淘沙(九曲黄河萬里沙)  再遊玄都觀(百畝庭中半是苔)  烏衣巷(朱雀橋邊野草花)  與歌者何戡(二十餘年別帝京)  秋詞(自古逢秋悲寂寥) 同樂天登棲靈寺塔(歩歩相攜不覺難)  同樂天登棲靈寺塔(歩歩相攜不覺難)  元和十一年自朗州召至京戲贈看花諸君子(紫陌紅塵拂面來)  杏園花下酬樂天見贈(二十餘年作逐臣)  詠紅柿子(曉連星影出)   逢舊    憶江南

貞元元年の進士で、監察御史となったが、王叔文に利用されて連坐し、連州(廣東省にある)の刺史におとされ、途中でさらに郎州(貴州省にある)司馬に左遷された。十年後、やっと召しかえされたが、有名な『自朗州至京戲贈看花諸君』「玄都觀看花」玄都観にて花を看る」

紫陌紅塵拂面來,無人不道看花回,
玄都觀裡桃千樹,盡是劉郎去後栽。

の詩が執政の怒りにふれ、すぐに播州の刺史に出され、裴度の救いにょって遠州に改められ、その後、夔州(現四川奉節)・和州の刺史をへて、やっとよびもどされて中央の主客郎中になった。しかしまたも「再遊玄都觀」重ねて玄都親に遊ぶ」

百畝庭中半是苔, 桃花淨盡菜花開。 
種桃道士歸何處? 前度劉郎今又來。

という詩を作って問題を起こし、東都洛陽の分司に出された。その後また裴度の力添えによって長安に帰ることができ、禮部郎中・集賢直學士となったが、裴度が宰相をやめると、蘇州・汝州・同州と刺史をつとめ歩き、開成三年にまた中央へもどり、太子賓客となってまたも東都に分司した。まったく一生を廉い中国の地方めぐりに歩かせられたようなものであった。しかし詩名は高く、晩年には白居易(欒天)と多くの詩を酬和し、會昌二年、検校値部周書のとき七十二歳で沒した。(「新唐書」巻一六八)彼の詩集のなかには、剣南西川節度使であった武元衝や李徳祐に贈った詩がのこっているが、ことに李徳祐と薛濤の詩
李徳祐と薛濤の詩に和した「和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什」(西川の李尚書の『孔雀を傷む』および薛濤の什に和す)と題したつぎの詩である。



和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什
(剣南西川の李尚書の作られた『傷孔雀』と『薛濤の詩篇』に唱和してつくる詩)
玉兒已逐金鐶葬,翠羽先隨秋草萎。
輝きをはっする青年もいつの間にか、出世も諦め棺桶に足を突っ込みそうな年になった。若くて力強い翼でもって飛び立っていたのに、秋草の枯れていくのにも従っていくように思うのだ。
唯見芙蓉含曉露,數行紅淚滴清池。
唯だ、草木が枯れ始める中で木芙蓉は朝露に咲いている,これを私の生き方としてきたが、涙が頬を數行ものくやしい淚があふれることばかりで、清々しいすんだ池になみだを滴らせたものか。

(西川の李尚書の『孔雀を傷む』および薛濤の什に和す)
玉兒 已に 金鐶の葬むらるを逐い,翠羽 先づ 秋草の萎えるに隨う。
唯 見る 芙蓉 曉露を含むを,數行の紅淚 清池に滴る。


『和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什』 現代語訳と訳註
木芙蓉01
(本文)
玉兒已逐金鐶葬,翠羽先隨秋草萎。
唯見芙蓉含曉露,數行紅淚滴清池。
(下し文)

(西川の李尚書の『孔雀を傷む』および薛濤の什に和す)
玉兒 已に 金鐶の葬むらるを逐い,翠羽 先づ 秋草の萎えるに隨う。
唯 見る 芙蓉 曉露を含むを,數行の紅淚 清池に滴る。


(現代語訳)
(剣南西川の李尚書の作られた『傷孔雀』と『薛濤の詩篇』に唱和してつくる詩)
輝きをはっする青年もいつの間にか、出世も諦め棺桶に足を突っ込みそうな年になった。若くて力強い翼でもって飛び立っていたのに、秋草の枯れていくのにも従っていくように思うのだ。
唯だ、草木が枯れ始める中で木芙蓉は朝露に咲いている,これを私の生き方としてきたが、涙が頬を數行ものくやしい淚があふれることばかりで、清々しいすんだ池になみだを滴らせたものか。


(訳注)
和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什
(剣南西川の李尚書の作られた『傷孔雀』と『薛濤の詩篇』に唱和してつくる詩)
・李尚書 李徳祐はまもなく西川(せいせん:現在の四川省)節度使に移された。ここでの彼の働きは秀抜だった。
まず、辺境平定をはかるという意の「籌辺楼」なる楼台を築いて、そこに南は南詔(なんしょう)を含め、西は吐蕃との境界に達する蜀全体の地図を描いた。そして連日、国境地帯の地理に通じた老練の古参兵を呼んで、実際に現地を調査してきたのと変わりなしと、自分で納得できるまで反復習熟した。同時に、防備を固め、兵士を訓練した。やがて、維州城を守っていた吐藩の悉たん謀という将が投降してきた。維州城は、吐藩が漢から奪って、無憂城と称していたほどの要害の地である。李徳祐は、戦略上きわめて有利と喜んだが、中央では牛僧孺が対外紛争の種になると反対し、城もろとも吐藩に返還させた。吐藩は、悉たん謀をこれ見よがしに惨殺した。牛僧孺と李徳祐、この両者の反目は,これを境にますます深刻さを加えていくことになる。


玉兒已逐金鐶葬,翠羽先隨秋草萎。
輝きをはっする青年もいつの間にか、出世も諦め棺桶に足を突っ込みそうな年になった。若くて力強い翼でもって飛び立っていたのに、秋草の枯れていくのにも従っていくように思うのだ。
・玉兒 輝いている青年。
・鐶:① 机・たんすなどの引き出しにつける金属製の取っ手。② 切れ目の入った鉄の輪で、茶釜の両耳に差し入れて釜の上げ下ろしに用いるもの。③ 紋所の名。1の形を図案化したもの。鐶桐(かんぎり)・鐶雀(かんすずめ)・四つ鐶菱(かんびし)などがある。ここでは出世の道というほどの意味。


唯見芙蓉含曉露,數行紅淚滴清池。
唯だ、草木が枯れ始める中で木芙蓉は朝露に咲いている,これを私の生き方としてきたが、涙が頬を數行ものくやしい淚があふれることばかりで、清々しいすんだ池になみだを滴らせたものか。
・芙蓉 アオイ科フヨウ属の落葉低木。「芙蓉」はハスの美称でもあることから、とくに区別する際には「木芙蓉」(もくふよう)とも呼ばれる。7~10月始めにかけてピンクや白で直径10~15cm程度の花をつける。朝咲いて夕方にはしぼむ1日花で、長期間にわたって毎日次々と開花する。花は他のフヨウ属と同様な形態で、花弁は5枚で回旋し椀状に広がる。先端で円筒状に散開するおしべは根元では筒状に癒合しており、その中心部からめしべが延び、おしべの先よりもさらに突き出して5裂する。
・紅淚 くやしなみだ。

和劉賓客玉蕣 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-236--#92  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2727

薛濤《和劉賓客玉蕣》   玉の蕣(あさがお)は、朝露をおびて、その枝は、きらきらと日に輝き、はらはらと露がこぼれ落ちます。それは、花を折ろうとして、手にとると、まるで美しい玉を開くようなすがすがしさなのです。


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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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和劉賓客玉蕣 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-236--#92   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2727


和劉賓客玉蕣
(太子賓客、劉禹錫さまがお作りになった「玉蕣」の詩に和します。)
瓊枝玓瓅露珊珊,欲折如披云彩寒。
玉の蕣(あさがお)は、朝露をおびて、その枝は、きらきらと日に輝き、はらはらと露がこぼれ落ちます。それは、花を折ろうとして、手にとると、まるで美しい玉を開くようなすがすがしさなのです。
閑拂朱房何所似,緣山偏映日輪殘。
そっとやさしく赤い花房をちぎってしまうと、花瓣の形は、何にたとえられるのでしょう。それは、山の端に沈んでゆく太陽が偏ったかがやきの形を遺している姿のようでしょうか。

千畳敷0010劉賓客の玉蕣【ぎょくしゅん】に和す
瓊枝【けいし】玓瓅【てきれき】露 珊珊【さんさん】,折らん欲とすれば云彩【うんさい】の寒さを披くが如し。
閑かに朱房【しゅぼう】を拂えば何の似たる所ぞ,山に緣【そ】うて 偏映【へんえい】 日輪の殘するに。


『和劉賓客玉蕣』 現代語訳と訳註
(本文)
和劉賓客玉蕣
瓊枝玓瓅露珊珊,欲折如披云彩寒。
閑拂朱房何所似,緣山偏映日輪殘。


(下し文)
劉賓客の玉蕣【ぎょくしゅん】に和す
瓊枝【けいし】玓瓅【てきれき】露 珊珊【さんさん】,折らん欲とすれば云彩【うんさい】の寒さを披くが如し。
閑かに朱房【しゅぼう】を拂えば何の似たる所ぞ,山に緣【そ】うて 偏映【へんえい】 日輪の殘するに。


(現代語訳)
(太子賓客、劉禹錫さまがお作りになった「玉蕣」の詩に和します。)
玉の蕣(あさがお)は、朝露をおびて、その枝は、きらきらと日に輝き、はらはらと露がこぼれ落ちます。それは、花を折ろうとして、手にとると、まるで美しい玉を開くようなすがすがしさなのです。
そっとやさしく赤い花房をちぎってしまうと、花瓣の形は、何にたとえられるのでしょう。それは、山の端に沈んでゆく太陽が偏ったかがやきの形を遺している姿のようでしょうか。


(訳注)
和劉賓客玉蕣
(太子賓客、劉禹錫さまがお作りになった「玉蕣」の詩に和します。)
・劉賓客 賓客は大子賓客の略、官名。劉は姓、劉禹錫をいう。劉禹錫(772~842年)白居易や柳宗元との詩の応酬も多い。白居易とともに『竹枝詞』や『楊柳枝』を作る等、前衛的、実験的なことに取り組む。字は夢得。監察御史、太子賓客。 
秋風引(何處秋風至)  浪淘沙(八月濤聲吼地來)  楊柳枝詞(煬帝行宮汴水濱)  石頭城(山圍故國週遭在)  浪淘沙(九曲黄河萬里沙)  再遊玄都觀(百畝庭中半是苔)  烏衣巷(朱雀橋邊野草花)  與歌者何戡(二十餘年別帝京)  秋詞(自古逢秋悲寂寥) 同樂天登棲靈寺塔(歩歩相攜不覺難)  同樂天登棲靈寺塔(歩歩相攜不覺難)  元和十一年自朗州召至京戲贈看花諸君子(紫陌紅塵拂面來)  杏園花下酬樂天見贈(二十餘年作逐臣)  詠紅柿子(曉連星影出)   逢舊    憶江南
貞元元年の進士で、監察御史となったが、王叔文に利用されて達坐し、連州(廣東省にある)の刺史におとされ、途中でさらに郎州(貴州省にある)司馬に左遷された。十年後、やっと召しかえされたが、有名な「玄都觀看花」玄都観にて花を看る」
紫陌紅塵拂面來,無人不道看花回,
玄都觀裡桃千樹,盡是劉郎去後栽。
(原註:後魏元樹,南陽王禧之子。南陽到建業,數年後北歸,愛姬朱玉兒脫金指鐶為贈。樹至魏,卻以指鐶寄玉兒,示有還意。)
の詩が執政の怒りにふれ、すぐに播州の刺史に出され、裴度の救いにょって遠州に改められ、その後、夔州(現四川奉節)・和州の刺史をへて、やっとよびもどされて中央の主客郎中になった。しかしまたも「再遊玄都觀」重ねて玄都親に遊ぶ」
百畝庭中半是苔, 桃花淨盡菜花開。
種桃道士歸何處? 前度劉郎今又來。
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玉兒已逐金鐶葬,翠羽先隨秋草萎。
唯見芙蓉含曉露,數行紅淚滴清池。
・玉蕣 玉は詩語として冠したもの、蕣は、むくげ、木模。銭葵料の落葉濯木。枝の繁るのを利用して生垣につくる。あさがおの国訓もある。


瓊枝玓瓅露珊珊,欲折如披云彩寒。
玉の蕣(あさがお)は、朝露をおびて、その枝は、きらきらと日に輝き、はらはらと露がこぼれ落ちます。それは、花を折ろうとして、手にとると、まるで美しい玉を開くようなすがすがしさなのです。
・瓊枝 瓊はたま。美しい赤玉。ただし物の美称として上に冠する語。ここはたんに朝殊のつるをいったもの。
・玓瓅 あざやか、鮮明なさま。きらきらと輝くさま。
・珊珊 膝に帯びる玉の鳴る形容、ここははらはら。
・抜 開く、また衣を肩にかけること、ここは後者をとる。
・玉彩寒 玉彩は、美しいいろどり。それをもって女の衣をいったもの。寒は、涼しい。

閑拂朱房何所似,緣山偏映日輪殘。
そっとやさしく赤い花房をちぎってしまうと、花瓣の形は、何にたとえられるのでしょう。それは、山の端に沈んでゆく太陽が偏ったかがやきの形を遺している姿のようでしょうか。
・朱房(しゅはう) 赤い花房。
・偏映 偏はかたよる。山に入りかけている日光。
・日輪残 沈みかけた太陽。
落日、花弁がちぎられた朝顔、妓女である女性の過去から現在の年を取っていく様子を云うのである。朝顔に玉の露というのは女性性器を表現している。年増芸妓の下ネタの詩という見方もできる。



30 劉禹錫(りゅううしゃく) 772~842年 劉禹錫:中唐の詩人。772年(大暦七年)~842年(會昌二年)。白居易や柳宗元との詩の応酬も多い。白居易とともに『竹枝詞』や『楊柳枝』を作る等、前衛的、実験的なことに取り組む。字は夢得。監察御史、太子賓客。 
秋風引(何處秋風至)  浪淘沙(八月濤聲吼地來)  楊柳枝詞(煬帝行宮汴水濱)  石頭城(山圍故國週遭在)  浪淘沙(九曲黄河萬里沙)  再遊玄都觀(百畝庭中半是苔)  烏衣巷(朱雀橋邊野草花)  與歌者何戡(二十餘年別帝京)  秋詞(自古逢秋悲寂寥) 同樂天登棲靈寺塔(歩歩相攜不覺難)  同樂天登棲靈寺塔(歩歩相攜不覺難)  元和十一年自朗州召至京戲贈看花諸君子(紫陌紅塵拂面來)  杏園花下酬樂天見贈(二十餘年作逐臣)  詠紅柿子(曉連星影出)   逢舊    憶江南

22 武元衡(ぶげんこう) 758~815  字は伯蒼。河南の人。建中四年(783)、進士に及第した。徳宗に才能を認められ、華原の令から比部員外郎・右司郎中・御史中丞を歴任。順宗のときに、王叔文に従わなかったため降職されて太子右庶子となった。憲宗の時代になって御史中丞・戸部侍郎を歴任し、元和二年(807)には門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)に至った。淮西節度使・呉元済が叛乱を起こしたとき、憲宗から委任されて討伐を準備したが、呉元済派の朝臣の放った刺客に暗殺された。  題嘉陵驛(悠悠風旆繞山川)

棠梨花和李太尉 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-235--#91  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2722

薛濤《棠梨花和李太尉》 李大尉さまのお花園は、六朝梁の詩人呉均の花園のように、名木をお集めておられるというが、そのなかに蜀の名花の棠梨の木を、新しく移された。今まさに春で、春水も豊富なよい時節はこの花園にも及んで、その棠梨の木も、花を一面につけたことでしょう。
  

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

棠梨花和李太尉 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-235--#91   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2722


棠梨花和李太尉
(「棠梨の花」という題で、李大尉さまがお作りになった詩に、唱和申し上げます。)
吳鈞蕙圃移嘉木,正及東溪春雨時。
李大尉さまのお花園は、六朝梁の詩人呉均の花園のように、名木をお集めておられるというが、そのなかに蜀の名花の棠梨の木を、新しく移された。今まさに春で、春水も豊富なよい時節はこの花園にも及んで、その棠梨の木も、花を一面につけたことでしょう。
日晚鶯啼何所為,淺深紅膩壓繁枝。
春の日ぐれ、春の盛りを過ぎようとしているのに、春を告げるうぐいすが何のためにどこでさえずっているのでしょう。繁った棠梨の枝に、薄く濃く紅色花が枝もたわむように、咲きあふれているからでしょう。

「棠梨の花」 李太尉に和す
吳鈞の蕙圃 嘉木に移し,正に東溪春雨の時に及ばんとす。
日晚れて 鶯啼き 何所にか為さん,淺深【せんしん】にして紅膩【こうじ】繁枝を壓す。

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『棠梨花和李太尉』 現代語訳と訳註
(本文)
棠梨花和李太尉
吳鈞蕙圃移嘉木,正及東溪春雨時。
日晚鶯啼何所為,淺深紅膩壓繁枝。


(下し文)
「棠梨の花」 李太尉に和す
吳鈞の蕙圃 嘉木に移し,正に東溪春雨の時に及ばんとす。
日晚れて 鶯啼き 何所にか為さん,淺深【せんしん】にして紅膩【こうじ】繁枝を壓す。


(現代語訳)
(「棠梨の花」という題で、李大尉さまがお作りになった詩に、唱和申し上げます。)
李大尉さまのお花園は、六朝梁の詩人呉均の花園のように、名木をお集めておられるというが、そのなかに蜀の名花の棠梨の木を、新しく移された。今まさに春で、春水も豊富なよい時節はこの花園にも及んで、その棠梨の木も、花を一面につけたことでしょう。
春の日ぐれ、春の盛りを過ぎようとしているのに、春を告げるうぐいすが何のためにどこでさえずっているのでしょう。繁った棠梨の枝に、薄く濃く紅色花が枝もたわむように、咲きあふれているからでしょう。


(訳注)
棠梨花和李太尉
(「棠梨の花」という題で、李大尉さまがお作りになった詩に、唱和申し上げます。)
・大尉 官名。軍事をつかさどる。三公の一で、今日の国防長官。中央官庁の重職である。(官名) にまでなり、著述も多かった。ここでは、李大尉をその呉均になぞらえた。


吳鈞蕙圃移嘉木,正及東溪春雨時。
李大尉さまのお花園は、六朝梁の詩人呉均の花園のように、名木をお集めておられるというが、そのなかに蜀の名花の棠梨の木を、新しく移された。今まさに春で、春水も豊富なよい時節はこの花園にも及んで、その棠梨の木も、花を一面につけたことでしょう。
・吳鈞・吳均(469—520)字は叔庠。吳興故鄣(今浙江安吉縣西北)の人。南朝梁文學家。寒微の出身ではあったが,学問がすきで、すぐれた才をもっていた。梁の天監の初め、柳博が呉興の刺史となると、郡の主簿に迎え、毎日、詩を作りあったので、それにならう者が多くあらわれ、彼らの詩風を「呉均体」といった。仕えて奉朝詰・棠梨花 棠梨はアマナシの一名。薔薇科の落葉喬木で、新暦の四月ごろ、帝紅い花を咲かせる。
・蕙圃 蕙は香り革。圃は庭、圃場。
・嘉末 よい木。ここでは棠梨の木をさす。
・東渓 東の谷。春は五行思想で東、青。春の渓谷の意。
・及 間にあう。春の景色がその花園にいきわたる。


日晚鶯啼何所為,淺深紅膩壓繁枝。
春の日ぐれ、春の盛りを過ぎようとしているのに、春を告げるうぐいすが何のためにどこでさえずっているのでしょう。繁った棠梨の枝に、薄く濃く紅色花が枝もたわむように、咲きあふれているからでしょう。
・紅賦(こうじ) 脱は化粧するあぶら。紅脂のこと。

酬吳使君 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-233--#89  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2712

薛濤《酬吳使君》 長官のお宅は、東晋時代の僧支遁の別荘とおなじようにお庭の花園の出入口につながって、風流なお住居だというし、そのうえ、前の山もお手にお入れされたといいではないですか。それなのに、そこまで行ったことはないというお話は、よほど廣いお敷地ということですね。
  

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

酬吳使君 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-233--#89   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2712


酬吳使君
(呉使君から贈られた詩にお返しする詩。)
支公別墅接花扃,買得前山總未經。
長官のお宅は、東晋時代の僧支遁の別荘とおなじようにお庭の花園の出入口につながって、風流なお住居だというし、そのうえ、前の山もお手にお入れされたといいではないですか。それなのに、そこまで行ったことはないというお話は、よほど廣いお敷地ということですね。
入戶剡溪云水滿,高齋咫尺躡青冥。

お部屋のなかにはいったら、剡渓の美しい自然の雲や水が、いっぱいに感じられることでしょう。そして書斎からは、すぐ目の前に青空へふみ出せる景色が広がるのでしょう。

(吳使君に酬ゆ)
支公の別墅【べつしょ】 花扃【かけい】に接す,前山を買い得たるも 總て未だ經【よぎ】らず。
戶に入るの剡溪【えんけい】には 云水【うんすい】滿ち,高齋は 咫尺【ししゃく】に青冥【せいめい】を躡【ふ】むならん。


幻日環01












『酬吳使君』 現代語訳と訳註
(本文)
酬吳使君
支公別墅接花扃,買得前山總未經。
入戶剡溪云水滿,高齋咫尺躡青冥。


(下し文)
(吳使君に酬ゆ)
支公の別墅【べつしょ】 花扃【かけい】に接す,前山を買い得たるも 總て未だ經【よぎ】らず。
戶に入るの剡溪【えんけい】には 云水【うんすい】滿ち,高齋は 咫尺【ししゃく】に青冥【せいめい】を躡【ふ】むならん。


(現代語訳)
(呉使君から贈られた詩にお返しする詩。)
長官のお宅は、東晋時代の僧支遁の別荘とおなじようにお庭の花園の出入口につながって、風流なお住居だというし、そのうえ、前の山もお手にお入れされたといいではないですか。それなのに、そこまで行ったことはないというお話は、よほど廣いお敷地ということですね。
お部屋のなかにはいったら、剡渓の美しい自然の雲や水が、いっぱいに感じられることでしょう。そして書斎からは、すぐ目の前に青空へふみ出せる景色が広がるのでしょう。


(訳注)
酬吳使君
(呉使君から贈られた詩にお返しする詩。)
・呉使君 使君は、州郡の長官。呉という人物については、「全唐詩」巻七七四、呉商浩『塞上即事』という作品を残している人物といわれる、以下の詩にあるように故郷は浙江省東部、天台山の近所である。
卷774_5 《巫峽聽猿》吳商浩
巴江猿嘯苦,響入客舟中。孤枕破殘夢,三聲隨曉風。
連雲波澹澹,和霧雨濛濛。巫峽去家遠,不堪魂斷空。

卷774_7 《塞上即事》吳商浩
身似星流跡似蓬,玉關孤望杳溟蒙。
寒沙萬里平鋪月,曉角一聲高卷風。
戰士歿邊魂尚哭,單于獵處火猶紅。
分明更想殘宵夢,故國依然在甬東


支公別墅接花扃,買得前山總未經。
長官のお宅は、東晋時代の僧支遁の別荘とおなじようにお庭の花園の出入口につながって、風流なお住居だというし、そのうえ、前の山もお手にお入れされたといいではないですか。それなのに、そこまで行ったことはないというお話は、よほど廣いお敷地ということですね。
支公 東晋時代の僧支遁のこと。陳留(河南省陳留県)の出身とも,河東林慮(河南省林県)の出身ともいう。本姓は関、字は道林。二十五才で剃髪して僧となり、剣藻に入って寺を建てて修業した。都の建康(南京)と会稽の剡山(えんざん)で活躍。おもに般若(はんにや)系統の仏典を研究し,かれの般若の“空”の解釈は〈即色義〉とよばれたが,そこには老荘思想の影響がつよくみとめられる。洒脱で闊達な人柄は貴族社交界にむかえられ,清談の好手としても有名であった。父祖の代からの仏教徒であり、幼い頃に已に西晋末の華北の動乱を避け、江南に移り住んでいたが、25歳で出家した。『道行般若経』などの教理研究に専心した。また、老荘思想や清談にも精通しており、『荘子』「逍遥遊篇」に注釈を加え、独自の見解を述べている。
その後、江蘇の支山寺に入ったが、王羲之の要請によって会稽(浙江省)の霊嘉寺に移った。以後も、各地で仏典の講説を行い、弟子百人あまりを率いていた。哀帝の招きにより、都の建康に出て、東安寺で『道行般若経』を講ずるなどした。王羲之のほか、孫綽・許詢・謝安・劉恢らの東晋一流の文人らと交遊したが、東晋の太和元年(366年)、余姚(浙江省)で病死した。
・別墅 別荘。
・花扃 扃は出入ロ。花園の入口
・接 接近の接。つづくの意。
・経 経過。いったこと。


入戶剡溪云水滿,高齋咫尺躡青冥。
お部屋のなかにはいったら、剡渓の美しい自然の雲や水が、いっぱいに感じられることでしょう。そして書斎からは、すぐ目の前に青空へふみ出せる景色が広がるのでしょう。
・戸 へや。
・剡溪 浙江省の曹蛾江の上流の谷川。源は天台山に出るという。王子猷が雪の夜に戴達を訪ねたことで有名なところ。
・高齋 高いところにある書斎。相手の書斎であるから、高の字をつけたものとしてもよい。
・咫尺 咫は八寸。八寸か一尺はかりということは、きわめてわずかの距離を意味する。つい目の前の意。「左伝」に、「天成、顔を違らざること間尺」とある。それはすぐ目の前に天子がいるの意。
・躡 ふむ。ふまえる。足の下におしつける。「史記」 の推陰侯伝に、「漠王の足を蹄み、困って耳を附けて語る」とある。一本に按としてあるが、按の字は第一句にすでに用いられているから、とらぬ。
・青冥 青空。「楚辞」の「九章」に、「靑冥に拠って、虹を撼ぶ」とある。

天台山 瓊臺

吳商浩 作品集
-----------------------------------------------------------------------------
卷774_5 《巫峽聽猿》吳商浩
巴江猿嘯苦,響入客舟中。孤枕破殘夢,三聲隨曉風。
連雲波澹澹,和霧雨濛濛。巫峽去家遠,不堪魂斷空。


卷774_6 《長安春贈友人》吳商浩
繁華堪泣帝城春,粉堞青樓勢礙雲。花對玉鉤簾外發,
歌飄塵土路邊聞。幾多遠客魂空斷,何處王孫酒自醺。
各有歸程千萬裏,東風時節恨離群。


卷774_7 《塞上即事》吳商浩
身似星流跡似蓬,玉關孤望杳溟蒙。寒沙萬里平鋪月,
曉角一聲高卷風。戰士歿邊魂尚哭,單于獵處火猶紅。
分明更想殘宵夢,故國依然在甬東。


卷774_8 《宿山驛》吳商浩
文戰何堪功未圖,又驅羸馬指天衢。露華凝夜渚蓮盡,
月彩滿輪山驛孤。岐路辛勤終日有,鄉關音信來年無。
好同範蠡扁舟興,高掛一帆歸五湖。


卷774_9 《北邙山》吳商浩
北邙山草又青青,今日銷魂事可明。綠酒醉來春未歇,
白楊風起柳初晴。岡原旋葬松新長,年代無人闕半平。
堪取金爐九還藥,不能隨夢向浮生。


卷774_10 《秋塘曉望》吳商浩
鐘盡疏桐散曙鴉,故山煙樹隔天涯。
西風一夜秋塘曉,零落幾多紅藕花。


卷774_11 《水樓感事》吳商浩
高柳螿啼雨後秋,年光空感淚如流。
  滿湖菱荇東歸晚,閑倚南軒盡日愁。


卷774_12 《泊舟》吳商浩
身逐煙波魂自驚,木蘭舟上一帆輕。
雲中有寺在何處,山底宿時聞磬聲。


卷774_13 《湘雲》吳商浩
□滿湘江雲瑩空,紛紛長對水溶溶。
日西遙望自歸處,盡掛九疑千萬峰。

酬杜舍人 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-232--#88  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2707

《酬杜舍人》 薛濤 どうしてわたくしのところへ、玉詩を賜わり、とても恐れ多いことに存じ、深く感激いたしております。その書かれた便箋はお筆の跡も新しく、一字一句が美しい霞でもあるかのように感じられました。

2013年7月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#1>Ⅱ中唐詩744 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2704
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor酬杜舍人 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-232--#88  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2707
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


酬杜舍人 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-232--#88   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2707
  
 
酬杜舍人
(杜舎人さまにご返事申しあげる。)
雙魚底事到儂家,扑手新詩片片霞。
どうしてわたくしのところへ、玉詩を賜わり、とても恐れ多いことに存じ、深く感激いたしております。その書かれた便箋はお筆の跡も新しく、一字一句が美しい霞でもあるかのように感じられました。
唱到白蘋洲畔曲,芙蓉空老蜀江花。
あの私の住まいする「白いかたはみの花の咲いている河の隈の洲のほとりで」というおことばのところは、まったく恐縮の限りで、若いころにいわれた「蜀江の花、芙蓉」にもたとえられましたが、今は老いてしまっており、お気を遣わせ痛み入ることです。

杜舍人に酬ゆ
雙魚【そうぎょ】底事【なにごと】ぞ 儂【わ】が家に到る,手を扑【う】つ 新詩 片片の霞。
唱って 白蘋【はくひん】洲畔【しゅうはん】の曲に到り,芙蓉 空しく蜀江の花も老るのみ。

白蘋005
















『酬杜舍人』 現代語訳と訳註
(本文)
酬杜舍人
雙魚底事到儂家,扑手新詩片片霞。
唱到白蘋洲畔曲,芙蓉空老蜀江花。


(下し文)
杜舍人に酬ゆ
雙魚【そうぎょ】底事【なにごと】ぞ 儂【わ】が家に到る,手を扑【う】つ 新詩 片片の霞。
唱って 白蘋【はくひん】洲畔【しゅうはん】の曲に到り,芙蓉 空しく蜀江の花も老るのみ。


(現代語訳)
(杜舎人さまにご返事申しあげる。)
どうしてわたくしのところへ、玉詩を賜わり、とても恐れ多いことに存じ、深く感激いたしております。その書かれた便箋はお筆の跡も新しく、一字一句が美しい霞でもあるかのように感じられました。
あの私の住まいする「白いかたはみの花の咲いている河の隈の洲のほとりで」というおことばのところは、まったく恐縮の限りで、若いころにいわれた「蜀江の花、芙蓉」にもたとえられましたが、今は老いてしまっており、お気を遣わせ痛み入ることです。


(訳注)
酬杜舍人
(杜舎人さまにご返事申しあげる。)
・酬 返事する。
・杜舎人 杜は杜元穎をさすと思われる。舎人は官名。中書舎人の昭。
杜舎人は、中書舎人になった杜元頴のこと。剣南西川節度使として成都に赴任している。杜元頴は初唐の名臣杜如晦の五世の孫にあたり、徳宗の貞元十六年の進土、空詞科にも及第し、右補闕で翰林學士をかねたが、文章が巧みであったことから、憲宗に愛されたという。つぎの穆宗が即位すると、すぐに中書舎人となり、そしてその年のうちに、宰相となる。
この薛濤の詩は、したがって穆宗が即位した820年元和十五年(元和帝は正月に急逝。翌年長慶に改元)の作であり、時に彼女は五十三歳であった。それ故に、詩中に「芙蓉空しく老ゆ蜀江の花」という句があるのはおそらく杜元頴が彼女のことを「蜀江の花」という言葉をつかってその美貌と詩才とをたたえたのに封して、「空しく老ゆ」と答えたものである。ただ、杜元頴が彼女に贈ったその詩は、今、のこっていない。


雙魚底事到儂家,扑手新詩片片霞。
どうしてわたくしのところへ、玉詩を賜わり、とても恐れ多いことに存じ、深く感激いたしております。その書かれた便箋はお筆の跡も新しく、一字一句が美しい霞でもあるかのように感じられました。
・雙魚 手紙のこと。昔、遠地から二匹の鯉を送ってきたが、その腹を開いてみると、なかに布に書かれた便りがあったということから。古楽府に「客、遠方より来る。我に双鯉魚を通る、宴を呼びて鯉魚を烹るに、中に尺素書あり、長跪して素書を読む。書中竟に何如、上に餐食を加へよとあり」とあるにもとづく。
・倶 われ。韓魚の詩に、「鮮魚、船よりも大に、許眼、燈を怖殺す」とある。かれの意になることもある。他人の意。揚維椴の詩に、「膿に勤む上ること莫れ北高峯」 の句がある。ここはわれ。
・扑手 扑は払著の意。ふりかかりつくの意。岑参の詩に「花は玉缸を撲って春酒香し」の句がある。缸はかめ。『韋員外家花樹歌』 唐・岑參
今年花似去年好,去年人到今年老。
始知人老不如花,可惜落花君莫掃。
君家兄弟不可當,列卿御史尚書郞。
朝囘花底恆會客,花撲玉缸春酒香。
・片片 ひるがえるさま。また軽く飛ぶさま。


唱到白蘋洲畔曲,芙蓉空老蜀江花。
あの私の住まいする「白いかたはみの花の咲いている河の隈の洲のほとりで」というおことばのところは、まったく恐縮の限りで、若いころにいわれた「蜀江の花、芙蓉」にもたとえられましたが、今は老いてしまっており、お気を遣わせ痛み入ることです。
・白蘋洲畔 白い花を咲かせているかたはみの生えた濯錦江百花潭の洲のほとり。
采蓮004

酬楊供奉法師見招 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-231--#87  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2702

薛濤《酬楊供奉法師見招》遠く遙かにながく流れてゆくさまを、潔癖なまでに清らかな水の流れのもとに隠棲されておられたが、窓に雪がふりつもり、その場所は雲と同じぐらいの高さであったときいています。


2013年7月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

酬楊供奉法師見招 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-231--#87   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2702



酬楊供奉法師見招
(山中に隠棲していた楊法師が、宮中供奉官として、天子のお側近くお招かれになり「招かれた」という詩をお作りになって、わたしに賜わったので、その詩にお返しする。)
遠水長流潔復清,雪窗高臥與云平。 
遠く遙かにながく流れてゆくさまを、潔癖なまでに清らかな水の流れのもとに隠棲されておられたが、窓に雪がふりつもり、その場所は雲と同じぐらいの高さであったときいています。
不嫌袁室無煙火,惟笑商山有姓名。 
後漢の袁閎が隠棲していた土室は、自分では煮焚きしなかったという故事があるが、ただ、漢の初めに、商山にかくれていた四皓が、呂后からお迎えをうけて都へと山をおりていったのと同様であるが、楊法師さまは、その四皓のように、自分が有名であることを苦笑していらっしゃると思われる。

(楊供奉法師の「招かる」を見ゆ に酬ゆ)
遠水 長流 潔くして復た清く,雪窗 高臥して 雲と平かなり。 
袁室 煙火 無きを嫌わず,惟だ商山 姓名有るを笑う。



『酬楊供奉法師見招』 現代語訳と訳註
DCF00021(本文)
遠水長流潔復清,雪窗高臥與云平。 
不嫌袁室無煙火,惟笑商山有姓名。 


(下し文)
(楊供奉法師の「招かる」を見ゆ に酬ゆ)
遠水 長流 潔くして復た清く,雪窗 高臥して 雲と平かなり。 
袁室 煙火 無きを嫌わず,惟だ商山 姓名有るを笑う。


(現代語訳)
(山中に隠棲していた楊法師が、宮中供奉官として、天子のお側近くお招かれになり「招かれた」という詩をお作りになって、わたしに賜わったので、その詩にお返しする。)
遠く遙かにながく流れてゆくさまを、潔癖なまでに清らかな水の流れのもとに隠棲されておられたが、窓に雪がふりつもり、その場所は雲と同じぐらいの高さであったときいています。
後漢の袁閎が隠棲していた土室は、自分では煮焚きしなかったという故事があるが、ただ、漢の初めに、商山にかくれていた四皓が、呂后からお迎えをうけて都へと山をおりていったのと同様であるが、楊法師さまは、その四皓のように、自分が有名であることを苦笑していらっしゃると思われる。


(訳注)
酬楊供奉法師見招
(山中に隠棲していた楊法師が、宮中供奉官として、天子のお側近くお招かれになり「招かれた」という詩をお作りになって、わたしに賜わったので、その詩にお返しする。)
・供奉 官名。唐の時代に、文芸や技芸にすぐれた者を宮中へ奉仕させた。僧や道士なども宮中にあがって経典の講義・法話をしたりした。(13)においてもみえる。
宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287

見招 見るを受身によむ。この二字が楊法師の原作の題。供奉官として都へよばれたので、その感想を記した詩を昏清に贈ったものと思われる。


遠水長流潔復清,雪窗高臥與云平。 
遠く遙かにながく流れてゆくさまを、潔癖なまでに清らかな水の流れのもとに隠棲されておられたが、窓に雪がふりつもり、その場所は雲と同じぐらいの高さであったときいています。
・雪窗 雪は清らかな意と、山上の書斎の窓であることとから加えた修飾語。
・高臥 世を避け、山に隠れなどして、自由な生活をすること。「晋蓄」の謝安伝に「東山に高臥す」という語が見えている。


不嫌袁室無煙火,惟笑商山有姓名。 
後漢の袁閎が隠棲していた土室は、自分では煮焚きしなかったという故事があるが、ただ、漢の初めに、商山にかくれていた四皓が、呂后からお迎えをうけて都へと山をおりていったのと同様であるが、楊法師さまは、その四皓のように、自分が有名であることを苦笑していらっしゃると思われる。
・袁室 後漢の袁閎が、朋党の争いが起こると、それに抱きこまれたくないので、土室を築いて入口をつくらず、窓から食物を入れてもらい、妻子とも顔をあわせず、十八年にわたって、経をつ誦えづけたという故事がある。
・煙火 ご飯を焚く煙。
・商山は陝西省の商県の東にある山の名。中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。漢の高祖の時四人の老人があり秦の乱をさけでその山に隠れ芝を採ってくらした。中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。みな鬚眉(しゅび)が皓白(こうはく)の老人であったのでいう。商山の四皓はもと秦の博士であったが世のみだれたのにより山にかくれて採芝の歌をつくった。その歌は四言十句あって、「曄曄紫芝,可以疗飢。皇虞邈远,余将安歸」(曄曄たる紫芝、以て飢を療す可し。唐虞往きぬ、吾は当に安にか帰すべき。)の語がある。ところが、有名なりつばな人物たちであったので、漢の高祖は、招こうとしたが、四人ともことわった。後に高祖が太子を廃して趙王の如意を立てようとしたとき、母の呂后は、張良の計にょって、厚く礼してこの四人を招き、太子の相談役として、太子といっしょに高祖に会わせたので、高祖は、自分がよんだときには山をおりてこなかった四人が、太子のためにはきたのかと驚き、「羽翼すでに成る」(もうりつばに天子になる準備資格ができているな)といって、廃立をあきらめたという。
DCF00023

贈蘇十三中丞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-230-96-#86 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2697

薛濤 《贈蘇十三中丞》 後漢の時代に、地方官の心のゆるみをひきしめるために派遣されました張嗣が、「中央の執政者がよくない行為をしているのにくらぶれば、地方の小官の乱れなどは些細なことである。むしろ問題は中央の宰相の行為にあるんだ」といって、地方出張のためにあたえられた車を、都の郊外で埋めて出かけなかった
 

2013年7月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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贈蘇十三中丞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-230-96-#86  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2697


贈蘇十三中丞
(蘇辯十三中丞さまにこの詩を贈ります。)
洛陽陌上埋輪氣,欲逐秋空擊隼飛。
後漢の時代に、地方官の心のゆるみをひきしめるために派遣されました張嗣が、「中央の執政者がよくない行為をしているのにくらぶれば、地方の小官の乱れなどは些細なことである。むしろ問題は中央の宰相の行為にあるんだ」といって、地方出張のためにあたえられた車を、都の郊外で埋めて、出かけなかったというような気概のあるものでしたが、あなたさまは、御史臺の長官できっとそのようなお方だと思っております。またたとえたならば、秋峯を高く飛んでいるはやぶさのように、役所に巣食う悪者どもを射落としてもらいたいものです。
今日芝泥檢征詔,別須台外振霜威。
天子さまの新しい印肉の勅命で悪い者どもを成敗されるという、どうかわるい人の恐れるようなきびしいご態度で、あらゆる方面におのぞまれることと、心からご期待申しあげております。


(蘇十三中丞に贈る)
洛陽 陌上【はくじょう】 埋輪【まいりん】の氣,秋空を逐うて隼の飛ぶを擊たんと欲す。
今日 芝泥【しでい】 征詔【せいしょう】に檢し,別に台外に霜威【そうい】を振わんことを須【ま】つのみ。


『贈蘇十三中丞』 現代語訳と訳註
DCF00021(本文)
贈蘇十三中丞
洛陽陌上埋輪氣,欲逐秋空擊隼飛。
今日芝泥檢征詔,別須台外振霜威。


(下し文)
(蘇十三中丞に贈る)
洛陽 陌上【はくじょう】 埋輪【まいりん】の氣,秋空を逐うて隼の飛ぶを擊たんと欲す。
今日 芝泥【しでい】 征詔【せいしょう】に檢し,別に台外に霜威【そうい】を振わんことを須【ま】つのみ。


(現代語訳)
(蘇辯十三中丞さまにこの詩を贈ります。)
後漢の時代に、地方官の心のゆるみをひきしめるために派遣されました張嗣が、「中央の執政者がよくない行為をしているのにくらぶれば、地方の小官の乱れなどは些細なことである。むしろ問題は中央の宰相の行為にあるんだ」といって、地方出張のためにあたえられた車を、都の郊外で埋めて、出かけなかったというような気概のあるものでしたが、あなたさまは、御史臺の長官できっとそのようなお方だと思っております。またたとえたならば、秋峯を高く飛んでいるはやぶさのように、役所に巣食う悪者どもを射落としてもらいたいものです。
天子さまの新しい印肉の勅命で悪い者どもを成敗されるという、どうかわるい人の恐れるようなきびしいご態度で、あらゆる方面におのぞまれることと、心からご期待申しあげております。


(訳注)
贈蘇十三中丞
(蘇辯十三中丞さまにこの詩を贈ります。)
・蘇十三中丞 蘇は姓。名は弁。十三は排行。同一血族中の男の順位。三十とした本もある。名をいうかわりに、この排行の順で、人をよぶ場合が多い。中丞は官名。官吏の弾劾や法律の施行をつかさどる御史台の長官。蘇十三中丞は、蘇世長の徒孫、蘇辯とおもわれる。蘇辯は、あざなを元容といい、京兆武功の人。進士に及第して奉天(駅西省乾陽)の主簿をしていたときに、朱泚の亂があり、(徳宗の建中四年)、徳宗が奉天に蒙塵したとき、よく部下をひきいて奉仕したので、乱が平らぐと、功によって大理司直に任ぜられ、司法関係の事務についていたが、やがて監察御史に抜擢された。中丞は御吏臺の長官をいう。この詩はこのときの就任をききつけ、おくったものである。


洛陽陌上埋輪氣,欲逐秋空擊隼飛。
後漢の時代に、地方官の心のゆるみをひきしめるために派遣されました張嗣が、「中央の執政者がよくない行為をしているのにくらぶれば、地方の小官の乱れなどは些細なことである。むしろ問題は中央の宰相の行為にあるんだ」といって、地方出張のためにあたえられた車を、都の郊外で埋めて、出かけなかったというような気概のあるものでしたが、あなたさまは、御史臺の長官できっとそのようなお方だと思っております。またたとえたならば、秋峯を高く飛んでいるはやぶさのように、役所に巣食う悪者どもを射落としてもらいたいものです。
・洛陽 後漢の首都。長安の西都にたいし、東都、東京と呼ばれた。
・陌上 陌は道路。
・埋輪気 順帝(115-144)は後漢の第8代皇帝。 概要[編集]. 安帝の末年から権勢を振るっていた外戚の閻氏や側近の宦官の讒言により一時廃嫡されたが、それを憎んだ宦官の孫程のクーデターにより閻氏らが打倒されたため、皇帝となった。梁商は専横を振るうことも無く、宦官と融和を図り朝政を運営した。しかし、その子梁冀を世襲させたことで、梁冀が宰相として権勢をほしいままにして、勝手なふるまいした。順帝は八人の特別使を各地方へ派遣して、風俗の乱れを正させようとしたところ、七人の署はそれぞれ出発したが、ひとり張嗣だけは、郊外に出ると、その乗車を破棄、埋めて云った。「射狼、国に当る。安くんぞ狐狸を問はん」大悪人が中央で政治を乱している時に、地方の小役人や小悪者をただしてみたところで、何になる?」といったという故事。


今日芝泥檢征詔,別須台外振霜威。
天子さまの新しい印肉の勅命で悪い者どもを成敗されるという、どうかわるい人の恐れるようなきびしいご態度で、あらゆる方面にのぞまれることと、心からご期待申しあげております。
・芝泥 印肉のこと。
・徴詔 天子より車夫官署へのお召のみことのり。したがってこの時、蘇弁は成都にいたと思われる。
・檢 ふういんすること。
・台外 御史台のほかに。
・霜威 きびしい威力。
DCF00023

酬雍秀才貽巴峽圖 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-229-95-#85  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2692

薛濤《酬雍秀才貽巴峽圖》  かぞえきれない雲をつくような高い山々はすばらしい、こんなにも広い湖、洞庭湖。白い波をたててながれる長江は、それらの山々の間をぬい、湖の水をふくらませながら、はるか東の方、荊呉の地方へと、めぐりめぐって流れくだっています。



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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


酬雍秀才貽巴峽圖 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-229-95-#85   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2692

酬雍秀才貽巴峽圖
(雍秀才がのこしている巴峡の絵図を見せてもらったことへお返しの詩。)
千疊云峰萬頃湖,白波分去繞荊吳。
かぞえきれない雲をつくような高い山々はすばらしい、こんなにも広い湖、洞庭湖。白い波をたててながれる長江は、それらの山々の間をぬい、湖の水をふくらませながら、はるか東の方、荊呉の地方へと、めぐりめぐって流れくだっています。
感君識我枕流意,重示瞿塘峽口圖。

雄大なその姿を写した絵図は、俗界を離れて、石を枕に自然のふところにはいりたいと願っていることを、ご理解され、続いて瞿塘峡の入口の風景をえがいた絵図をみせくださったご厚意には、心うたれるのです。

雍秀才の巴峽の圖を貽【のこ】せしに酬る
千疊 云峰 萬頃【ばんけい】の湖,白波 分去して荊吳を繞る。
君 我が枕流【ちんりゅう】の意を識すを感じ,重ねて示す 瞿塘峽 口の圖を。


『酬雍秀才貽巴峽圖』 現代語訳と訳註
古桟道0011(本文)

千疊云峰萬頃湖,白波分去繞荊吳。
感君識我枕流意,重示瞿塘峽口圖。


(下し文)
雍秀才の巴峽の圖を貽【のこ】せしに酬る
千疊 云峰 萬頃【ばんけい】の湖,白波 分去して荊吳を繞る。
君 我が枕流【ちんりゅう】の意を識すを感じ,重ねて示す 瞿塘峽 口の圖を。


(現代語訳)
(雍秀才がのこしている巴峡の絵図を見せてもらったことへお返しの詩。)
かぞえきれない雲をつくような高い山々はすばらしい、こんなにも広い湖、洞庭湖。白い波をたててながれる長江は、それらの山々の間をぬい、湖の水をふくらませながら、はるか東の方、荊呉の地方へと、めぐりめぐって流れくだっています。
雄大なその姿を写した絵図は、俗界を離れて、石を枕に自然のふところにはいりたいと願っていることを、ご理解され、続いて瞿塘峡の入口の風景をえがいた絵図をみせくださったご厚意には、心うたれるのです。


(訳注)
酬雍秀才貽巴峽圖

(雍秀才がのこしている巴峡の絵図を見せてもらったことへお返しの詩。)
・雍秀才 詩人蕹陶の若きころ。蜀の生まれで大和三年(薛濤六十二歳のとき)に南詔が入寇した直後のありさまを詠じた詩を遺している。ここに言う巴峡、三峡、瞿塘峡の画と詩は必ずしも薛濤に向けて書いたものではなく見せてもらったというところ、お返しの詩を作った。「贈」ではなく、残す意味の「貽」をつかっている。
・貽 (1) 贈る.(2) 残す贻患災いの種をまく.
・秀才 地方試験に及第した者の称。彼はこれから推薦を得て中央試験をうけようとしている人である。
薛濤『酬祝十三秀才』
浩思藍山玉彩寒,冰囊敲碎楚金盤。
詩家利器馳聲久,何用春闈榜下看。
巴峡 渝州(重慶)を過ぎたあたりを、巴峡と呼び、三峡の内には入れない。それより150km下流に三峡がある。巴山巴峡には雨がよくふる。


千疊云峰萬頃湖,白波分去繞荊吳。
かぞえきれない雲をつくような高い山々はすばらしい、こんなにも広い湖、洞庭湖。白い波をたててながれる長江は、それらの山々の間をぬい、湖の水をふくらませながら、はるか東の方、荊呉の地方へと、めぐりめぐって流れくだっています。
・萬頃湖 一頃は百畝。すばらしい広さの湖といういみで、洞庭湖を指す。
・荊呉 荊は今の湖北・湖南・広西・貴州地方。九州の一。ここでは湖北・紺南を主として据す。呉は趙江の下流域の江蘇地方。


感君識我枕流意,重示瞿塘峽口圖。
雄大なその姿を写した絵図は、俗界を離れて、石を枕に自然のふところにはいりたいと願っていることを、ご理解され、続いて瞿塘峡の入口の風景をえがいた絵図をみせくださったご厚意には、心うたれるのです。
・枕流意 中国西晋せいしんの孫楚そんそは「石に枕し流れに漱くちすすぐ」と言うべきところを、「石に漱ぎ流れに枕す」と言ってしまい、誤りを指摘されると、「石に漱ぐのは歯を磨くため、流れに枕するのは耳を洗うためだ」と言ってごまかした故事から。そこから、自分の失敗を認めず、屁理屈へりくつを並べて言い逃れをすること。負け惜しみの強いこと。▽「石に漱くちすすぎ流れに枕する」と常用され、夏目漱石の雅号「漱石」の由来として有名。「枕流漱石ちんりゅうそうせき」ともいう。
ここでは隠棲したいことを示すのであるが耳を洗う許由の故事を云う。《「史記正義」伯夷伝・註から。中国の伝説上の人物許由が、天子の堯から帝位を譲ろうと言われて、汚れたことを聞いたと耳を洗ったという故事から》汚れたことを聞いたので、その耳を流れで洗い清める。俗事にかかわりなく暮らすことのたとえ。潁水(えいすい)に耳を洗う。
・瞿塘峡 瞿塘峡は三峡のもっとも上流にあり、西は重慶市奉節県の白帝城から、東は重慶市巫山県の大溪鎮までの区間である。四川盆地の東部では、東西方向に伸びる細長い褶曲山脈が多数平行に走っているが、その山脈のうち高さ1,000mを超える一本を長江本流が北西から東南へ貫通するところが瞿塘峡である。巫峡(ふきょう)、西陵峡(せいりょうきょう)と並び、三峡を構成する。別名は夔峡(ききょう)。

酬李校書 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-228-94-#84  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687

薛濤《酬李校書》すはらしい才をおもちで、現象の世界を越えて、高遠な道の世界にまで達していらっしゃるし、人柄も、それにふさわしく高尚なお方なのです。しかも学問の点においては、幕府・役所でもひときわぬきんでているといううわさは、誰の耳にもよくはいっているのです。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

酬李校書 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-228-94-#84   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687


酬李校書
(李校書さまから贈られた詩にお返しの詩を作りました。)
才游象外身雖遠,學茂區中事易聞。
すはらしい才をおもちで、現象の世界を越えて、高遠な道の世界にまで達していらっしゃるし、人柄も、それにふさわしく高尚なお方なのです。しかも学問の点においては、幕府・役所でもひときわぬきんでているといううわさは、誰の耳にもよくはいっているのです。
顧漳濱多病後,空瞻逸翮舞青云。
さて、あなたさまもご自分のこと振り返ってみて、賓客を支えるには、これからはいろんな病気が心配でなりません、あの青室の雲の上を群をぬいて飛んでいる鳥を仰ぎ見るように、ご出世になったあなたさまを仰ぎみることでございましょう。

李校書に酬ゆ
才は象外に游び 身は雖【こ】れ遠く,學は區中に茂【ひい】いで 事 聞し易し。
自ら顧うに 漳濱【しょうひん】多病の後,空しく逸翮【いつかく】青云に舞うを瞻ん。 


茶苑


















『酬李校書』 現代語訳と訳註
(本文)
酬李校書
才游象外身雖遠,學茂區中事易聞。
自顧漳濱多病後,空瞻逸翮舞青云。


(下し文)
李校書に酬ゆ
才は象外に游び 身は雖【こ】れ遠く,學は區中に茂【ひい】いで 事 聞し易し。
自ら顧うに 漳濱【しょうひん】多病の後,空しく逸翮【いつかく】青云に舞うを瞻ん。 


(現代語訳)
(李校書さまから贈られた詩にお返しの詩を作りました。)
すはらしい才をおもちで、現象の世界を越えて、高遠な道の世界にまで達していらっしゃるし、人柄も、それにふさわしく高尚なお方なのです。しかも学問の点においては、幕府・役所でもひときわぬきんでているといううわさは、誰の耳にもよくはいっているのです。
さて、あなたさまもご自分のこと振り返ってみて、賓客を支えるには、これからはいろんな病気が心配でなりません、あの青室の雲の上を群をぬいて飛んでいる鳥を仰ぎ見るように、ご出世になったあなたさまを仰ぎみることでございましょう。


(訳注)
酬李校書
(李校書さまから贈られた詩にお返しの詩を作りました。)
この相手の李校書といぅのは、誰であろうか。確認のない人物を、よい加減にあてはめることは、できないということになっている。
・酬 贈られた詩に対する返し。
・李校書 校書は書記官。『贈段校書』(70)には段校書。『贈韋校書』(50)には韋校書の名が見える。『和李書記席上見贈』(77)


才游象外身雖遠,學茂區中事易聞。
すはらしい才をおもちで、現象の世界を越えて、高遠な道の世界にまで達していらっしゃるし、人柄も、それにふさわしく高尚なお方なのです。しかも学問の点においては、幕府・役所でもひときわぬきんでているといううわさは、誰の耳にもよくはいっているのです。
・遊象外(しょうがいにあそぶ) 形のある世界の外にあそぶ。高尚なこと。
・雖遠 雖は此におなじ。遠は高尚なこと。
・茂 秀で・すぐれていること。
・区中 区はある限定された地域。ここでは地方をいう。


自顧漳濱多病後,空瞻逸翮舞青云。
さて、あなたさまもご自分のこと振り返ってみて、賓客を支えるには、これからはいろんな病気が心配でなりません、あの青室の雲の上を群をぬいて飛んでいる鳥を仰ぎ見るように、ご出世になったあなたさまを仰ぎみることでございましょう。
・漳濱 賓客を支えるというのに
・多病 浣花渓という名をつけた、尊敬する杜甫のことであろう。李校書が体を壊して杜甫を喩えにしたか、作者みずからの将来を想像していうものであろう。
・逸翮(いっかく) 群れをはなれた鳥。李校書をさす。
・舞青雲 高い雲の上に舞うとは、出世することをいう。
甘粛省-嘉峪関

酬文使君 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-227-93-#83  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682

薛濤 《酬文使君》 延英殿で、唐朝廷の新任の御礼をもって拝謁されます。長官として五頭立ての馬で移動され、八街九陌におこる塵もはなやかに舞いあがっていることでしょう。


2013年7月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

酬文使君 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-227-93-#83   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682


酬文使君
(文使君さまにこの詩をお贈りいたします)
延英曉拜漢恩新,五馬騰驤九陌塵。
延英殿で、唐朝廷の新任の御礼をもって拝謁されます。長官として五頭立ての馬で移動され、八街九陌におこる塵もはなやかに舞いあがっていることでしょう。
今日謝庭飛白雪,巴歌不復舊陽春。
今日は、ここ四川成都のお邸での宴席で、晋の謝庭の故事のように、白雪をどんなふうに詠いあげるのか、巴蜀の田舎の歌なのか、それでもまた、誰もが一緒に歌えない宋玉の「陽春白雪」のような高尚な曲にはなっていないことでしょう。

文使君に酬ゆ
延英の曉拜 漢恩 新たなり,五馬 騰驤し 九陌の塵。
今日 謝庭 白雪を飛ばし,巴歌 復た舊陽の春ならず。


海棠花022















『酬文使君』 現代語訳と訳註
(本文)
延英曉拜漢恩新,五馬騰驤九陌塵。
今日謝庭飛白雪,巴歌不復舊陽春。


(下し文)
文使君に酬ゆ
延英の曉拜 漢恩 新たなり,五馬 騰驤し 九陌の塵。
今日 謝庭 白雪を飛ばし,巴歌 復た舊陽の春ならず。


(現代語訳)
(文使君さまにこの詩をお贈りいたします)
延英殿で、唐朝廷の新任の御礼をもって拝謁されます。長官として五頭立ての馬で移動され、八街九陌におこる塵もはなやかに舞いあがっていることでしょう。
今日は、ここ四川成都のお邸での宴席で、晋の謝庭の故事のように、白雪をどんなふうに詠いあげるのか、巴蜀の田舎の歌なのか、それでもまた、誰もが一緒に歌えない宋玉の「陽春白雪」のような高尚な曲にはなっていないことでしょう。


(訳注)
酬文使君
(文使君さまにこの詩をお贈りいたします)
文使君が何人であるかあきらかでない。使君とあるから州の長官であるし、それが新しく出世して中央にゆくのに歸ったとおもわれることから、相当の地位にのぼった人物であろうが、「全唐詩」および「新唐書」ともに、女性は稀であるにもかかわらず、それらしい人物は見あたらない。


延英曉拜漢恩新,五馬騰驤九陌塵。
延英殿で、唐朝廷の新任の御礼をもって拝謁されます。長官として五頭立ての馬で移動され、八街九陌におこる塵もはなやかに舞いあがっていることでしょう。
・延英 唐の長安の宮殿の名。百官はここで天子に拝謁する。(大明宮図参照d-6
・曉拜 日が昇る前に参集整列し、天子への拝謁、そのほか天子の政治的仕事は、すべて早朝から行なわれた。
・漢思 実は唐の天子の恩をいうのであるが、権威付け、漢からつながったという意味をもって唐に代えて詠ずる。
五馬 太守の乗車には、駟馬(四頭だて)のほかに驂(そえ馬)を加えて五頭の馬をつけた。
騰驤 騰も驤も、あがる意。馬が首をあげて勢いよく走ること。
九陌 陌はみち。九陌は、僕の首都長安城中にあった九つの大道。都城の大道凡そ九條あるをいふ、漢の長安城中八街九陌あること三輔黄圖に見ゆ。


今日謝庭飛白雪,巴歌不復舊陽春。
今日は、ここ四川成都のお邸での宴席で、晋の謝庭の故事のように、白雪をどんなふうに詠いあげるのか、巴蜀の田舎の歌なのか、それでもまた、誰もが一緒に歌えない宋玉の「陽春白雪」のような高尚な曲にはなっていないことでしょう。
謝庭 晋の謝奕の邸。謝奕のむすめを道韞といった。ある日、一族のものが集まっているところへ。雪が降ってきた。叔父の謝安が、「この雪をたとえてみたら?」というと、安の子は、「塩を空中に撒いたようです」といったが、道覇は、「風に吹かれて散る柳絮のようですわ」といったので、一座のものは、その詩的感覚に感心したという故事がある。なお次句の陽春・巴歌とも関聯して、この語は用いられている。
・巴歌 いなか歌。下品な誰にでもわかる俗話。階に作者は自己の詩をけんそんしてこのように言っているのである。
舊陽春 前句の白雪とともに、古い歌曲の名で、宋玉の 「対楚王間」に、「その陽春白雪を為るや、国中属して和する者、数十人に過ぎず」の句があり、下里巴人すなわち田舎のくだらぬ俗話なら、すぐに数千人のいっしょにうたう者があらわれるが、陽春白雪のような高尚な曲になると、ほとんど合唱する者がなくなるという話から、陽春白雪は、高尚な曲をいう。
大明宮-座標

和李書記席上見贈 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-225-91-#81  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

薛濤 《和李書記席上見贈》 李書記さまは、詩文がスラスラ舞い飛ぶように出て來る詩才をお持ちになって、文官のならぶお役所の間でも、特別にすぐれたお方とされています。本日光栄にも、そのようなお方にお逢いいでき、とても欒しく、小さなわたくしの心は、のびのびとよろこびにあふれております。


2013年7月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

和李書記席上見贈 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-225-91-#81   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672


和李書記席上見贈 
(書記の李さまが、宴合の席で、わたくしにくださった詩に、お答え申しあげる。)
翩翩射策東堂秀,豈復相逢豁寸心。
李書記さまは、詩文がスラスラ舞い飛ぶように出て來る詩才をお持ちになって、文官のならぶお役所の間でも、特別にすぐれたお方とされています。本日光栄にも、そのようなお方にお逢いいでき、とても欒しく、小さなわたくしの心は、のびのびとよろこびにあふれております。
借問風光為誰麗,萬條絲柳翠煙深。
晩春のうるわしい景色が、誰のためのものか、しつもんさせてください。たくさんな柳の木が、緑の霞の枝をたれて、それに夕霞がかかり、とてもよい眺めになっています。

李書記の席上に贈らるを見て和す 
翩翩【へんぺん】射策 東堂の秀,豈に復た 相い逢うて寸心を豁くす。
借問す 風光 誰が為に麗しき,萬條【ばんじょう】の絲柳【しりゅう】 翠煙【すいえん】 深し。

美女画557













『和李書記席上見贈』 現代語訳と訳註
(本文) 
翩翩射策東堂秀,豈復相逢豁寸心。
借問風光為誰麗,萬條絲柳翠煙深。


(下し文)
李書記の席上に贈らるを見て和す 
翩翩【へんぺん】射策 東堂の秀,豈に復た 相い逢うて寸心を豁くす。
借問す 風光 誰が為に麗しき,萬條【ばんじょう】の絲柳【しりゅう】 翠煙【すいえん】 深し。


(現代語訳)
(書記の李さまが、宴合の席で、わたくしにくださった詩に、お答え申しあげる。)
李書記さまは、詩文がスラスラ舞い飛ぶように出て來る詩才をお持ちになって、文官のならぶお役所の間でも、特別にすぐれたお方とされています。本日光栄にも、そのようなお方にお逢いいでき、とても欒しく、小さなわたくしの心は、のびのびとよろこびにあふれております。
李書記さまは、詩文がスラスラ舞い飛ぶように出て來る詩才をお持ちになって、文官のならぶお役所の間でも、特別にすぐれたお方とされています。本日光栄にも、そのようなお方にお逢いいでき、とても欒しく、小さなわたくしの心は、のびのびとよろこびにあふれております。


(訳注)
和李書記席上見贈 
書記の李さまが、宴合の席で、わたくしにくださった詩に、お答え申しあげる。
・和 和電したということ。人から詩を贈られたのに対して、同一の韻群の字をつかって答えること。
・李書記 書記は官名。文書記録をつかさどる。李姓の人物については上の解説を見よ。


翩翩射策東堂秀,豈復相逢豁寸心。
李書記さまは、詩文がスラスラ舞い飛ぶように出て來る詩才をお持ちになって、文官のならぶお役所の間でも、特別にすぐれたお方とされています。本日光栄にも、そのようなお方にお逢いいでき、とても欒しく、小さなわたくしの心は、のびのびとよろこびにあふれております。
・翩翩 才の美しいかたち。ひらひらと舞い飛ぶことをあらわすことから、詩文がスラスラ舞い飛ぶように出て來ることをあらわす。
・射策 経書または政治上の疑問を竹のふだに書き、そのふだをならべておいて、問題をあらわさず、受験者めいめいに射あてたものについて、解答を書かせた官吏恕用試験の方法で、「漢書」 の児寛伝に、「射策を以て掌故となる」とある。
・東堂 門下省、翔鸞閣をいう。弘文館、史館、待制院など歴史記録などの文官をいう。
・秀 すぐれた人物。
・豈復 「全唐詩」、一般テキストで豈復となっているが、強調する語である。「豈弟」とむりやり、あやまりとする解説もある。参考までに、豈弟はまた憧悌とも書き、やわらぎ楽しんで親しみのあることとしている。


借問風光為誰麗,萬條絲柳翠煙深。
晩春のうるわしい景色が、誰のためのものか、しつもんさせてください。たくさんな柳の木が、緑の霞の枝をたれて、それに夕霞がかかり、とてもよい眺めになっています。
・寸心 小さいむねの意。杜甫の詩に、
杜甫『述懐』「反畏消息來,寸心亦何有?」
そうはいっても、実はかえって便りが来るのを畏れているのだ、もしたよりに家族全滅を知らせてくるかもしれないので私のこの胸の内は心も消えうせるばかりなのだ。
○消息 鄜州の妻子からのたより。○寸心 むねのうち、中国人は心のはたらきを一寸四方の心臓に在るとかんがえていた。○亦何有 なにもないことをいう、心も消えうせるばかり。述懐 #3 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 180
杜甫 『送重表姪王砅評事便南海』「苟活到今日,寸心銘佩牢。」(なんとか今日まで生きてこられたのは君のおかげ、心に深く刻みこんでけっして忘れはしない。)
○銘佩牢 肝に銘じて体に佩びること。佩は腰につける飾り。

送重表姪王砅評事便南海 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 131

李清照0055

段相國游武擔寺病不能從題寄 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-219-85-#79  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

薛濤 《段相國游武擔寺病不能從題寄》 (段相国さまが武擔寺にお遊びにおいでになったとき、あいにく病気でおともできなかったので、同じ題で、この詩を差しあげます。)病気のために衰えやせ細ったこの身では、かえって相國さまのお前にまかり出るのは失礼と存じます。

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

段相國游武擔寺病不能從題寄 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-219-85-#79   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

段相國游武擔寺病不能從題寄
(段相国さまが武擔寺にお遊びにおいでになったとき、あいにく病気でおともできなかったので、同じ題で、この詩を差しあげます。)

消瘦翻堪見令公,落花無那恨東風。 
病気のために衰えやせ細ったこの身では、かえって相國さまのお前にまかり出るのは失礼と存じます。
儂心猶道青春在,羞看飛蓬石鏡中。

散りゆく花は、あと数日なりとも、どうにかならないかと思いますが、花を散らせる春風を恨むよりないのです。


紅梅0021
段文昌(だん ぶんしょう、772年 - 835年)は、中国・唐代の宰相である。子に『酉陽雑俎』の撰者である段成式がいる。
段文昌(772年-835年),字墨卿,一字景初,唐朝鄒平(今屬山東濱州)人。生於荊州江陵(今湖北荊州市)。唐代政治人物,曾拜宰相,後除節度使,歷轉各軍。卒赠太尉。子段成式,為太常少卿。

段校書は、後に二度も剣南西川節度使として、成郡に赴任し「新唐書」によれは、に景初のあざな段文昌といい、もあり、剰州の生まれ。さっぱりした人物で、賄が嫌いで、刑南節度使の襲胃に愛されたが、やがて成都に出て彼はあざなを墨卿といい、別義侠な男、こせこせとしたこと、ここでもまた節度使の尊卑に醇清が死んだとき、彼女のために墓誌を書いてやった段文昌であろう。めに墓誌を書いた。
かわいがられ、韋皐は彼を中央政府に願って校苦邸とした。そして順宗の805年永貞元年に、韋皐が蜀で死に、807年元和二年に、李書簡が宰相となると、彼は抜擢されて登封(河南省にある)の尉になった。したがってこの作は、その前のことであるから、彼女の三十五歳から四十歳までの間のことであろう。段は彼女よりおそらく若干年下であった



『段相國游武擔寺病不能從題寄』 現代語訳と訳註
(本文)
段相國游武擔寺病不能從題寄
消瘦翻堪見令公,落花無那恨東風。 
儂心猶道青春在,羞看飛蓬石鏡中。 


(下し文)
(段相國 武擔寺に游ぶ、病みて從うに能わず題して寄す)
消瘦【しょうそう】翻【かえ】って令公を見えるに堪【たえ】んや,落花 那【いか】んともする無し東風を恨む。
儂【わ】が心には猶お青春在りと道【い】う,飛蓬【ひほう】を石鏡の中に看るを羞じる。 


(現代語訳)
(段相国さまが武擔寺にお遊びにおいでになったとき、あいにく病気でおともできなかったので、同じ題で、この詩を差しあげます。)
病気のために衰えやせ細ったこの身では、かえって相國さまのお前にまかり出るのは失礼と存じます。散りゆく花は、あと数日なりとも、どうにかならないかと思いますが、花を散らせる春風を恨むよりないのです。


(訳注)
段相國游武擔寺病不能從題寄
(段相国さまが武擔寺にお遊びにおいでになったとき、あいにく病気でおともできなかったので、同じ題で、この詩を差しあげます。)
段相國 剣南西川節度使であった段文昌をさす。相国といったのは、彼が穆宗の朝に、中書侍郎同中書門下平輩事(大臣)から、剣南西川節度使に赴任しきたから。文昌はあざなを墨卿、また景初ともいった。貞元の初めに、校書郎を授けられ、翰林学士をへて、中書舎人となり、穆宗の即位とともに、中書侍郎同中書門下平章事となり、年を踰えずして、出でて剣南西川節度使となった。かくて穆宗の822長慶中と敬宗の826宝暦中、あわせて約五年あまり、成都にいたが、それは薛濤の五十五歳から六十歳までの間にあたる。ついで文宗の御代(827太和)になると、御史大夫に招かれ、淮南節度使となり、荊南節度使となり、ふたたび西川節度使となって、825太和九年、成都で没している。彼が成都に節度使としていたのは、したがって二回であるが、「全唐詩」を見ると、姚向が長慶二年に、西川節度判官となり、同じく「段相公の武擔寺の西台に登るに和す」という詩がのせられているから、この薛濤の詩は最初の赴任時の作と思われる。なお段文昌が、再度赴任してきたのは、李徳柘が節度使から、元卸七年に、召されて相となったのに、入れかわったものと思われるから、薛濤が831太和五年に死んだとすれば、その直後で、段文昌は彼女のために、墓誌碑文を書いたといわれている。

・武擔寺 成都市内の西北偶の武擔山にある寺。楊雄の「蜀本紀」 によれば、武都(甘粛の成県の西)の男が化して女になったのを、覇王が納れて妃にしたが、まもなく死亡したので、武都の土を運んで、成都の城内に積んで、葬った所という。後に三国時代、蜀の劉備がこの武擔山の南で、帝位に即いたという。寺内から錦江の流れがながめられることは、姚康の詩によってもうかがわれる。現在は俗に五担山と称し、山というより小さな岡にすぎず、高さ四六五メートル。昭列帝(劉備)の祠堂が山のそばにあり、ふもとに池がある。
題寄 詩を書いて贈ること。


木芙蓉00消瘦翻堪見令公,落花無那恨東風。
病気のために衰えやせ細ったこの身では、かえって相國さまのお前にまかり出るのは失礼と存じます。散りゆく花は、あと数日なりとも、どうにかならないかと思いますが、花を散らせる春風を恨むよりないのです。
・消瘦 肉がおち痩せること。
・令公 ここは節度使の武元衡を指す。
・東風 春風。春は方位でいえは東にあたる。


儂心猶道青春在,羞看飛蓬石鏡中。
わたくしの心は、「まだまだ若さを持っております」といってはおりますが、年は隠せず飛蓬のように枯れた感じがしております。お供して、石鏡に自分の姿がうつると、はずかしくて、おともできなかったわけでございます。
・儂 我におなじ。
飛蓬 蓬はよもぎ。乱れたよもぎ。みだれ髪にたとえる (病中であるから)。杜甫『奉寄河南葦草丈人』奉寄河南韋尹丈人 杜甫
飛蓬  秋風にとぶよもぎ、髪の乱れたさまをたとえていう。「詩経」伯今の詩に「伯の東せるより、首は飛蓬の如し」とあるのに本づく。
・石鏡・蜀王鏡
武都有一丈夫,化為女子,美而豔,蓋山精也。蜀王納為妃。不習水土,欲去。王必留之,乃為《東平》之歌以樂之。無幾,物故。蜀王哀之。乃遣五丁之武都擔土,為妃作冢,蓋地數畝,高七丈。上有石鏡。今成都北角武擔是也。武都の人で善知という人がいた。蜀王は、その妻を蜀へ引っ越させた。蜀に居住した後、そこの風土に合わず、帰りたがった。蜀王は彼女を愛していたので、留め置いた。《伊鳴声》という六つの舞踊曲を作った。
 武都の夫は女となった。美しく山々の精と言われた。蜀王は彼女を娶って妻とした。風土習俗が合わず、病を得て帰りたがった。蜀王はこれを留め置いた。幾ばくもせずに帰らぬ人となった。蜀王は兵士を出して武都の土を持ってこさせ、成都の城内に埋葬した。大よそその地は、180平米*4、高さ7メートル*5、武担と言い、石で一枚の鏡を作ってその墓の表に置いた。鏡の幅は1メートル、高さは120cm程だった。
杜甫『石鏡』
蜀王將此鏡,送死置空山。
冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
眾妃無複歡,千騎亦虛還。
獨有傷心石,埋輪月宇間。
蜀王は山々の精と言われた妻を成都の街に埋葬しここに石鏡を作っておいた。その死後時は立って空しい山となっている。
静かで暗いそこには芳しい骨となっているだけで憐れをもよおすのである。その意志の鏡に輝く顔を近づけてみるのである。
たくさん集められたその妃たちは再び歓喜の声を上げることはない。この石鏡のための千騎のの兵士たちも又帰って來ることはないのである。
私は独り此処に傷心の石があるだけであると思う。
孫子の兵法で「馬を並べて車輪を埋め、以て進退を封じて往く所無きにす」という秦が攻めて來るに際して戦略のものも今では月の世界の話となっている。

石鏡 杜甫 <431  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2100 杜甫詩1000-431-614/1500

琴台 杜甫 <432  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2105 杜甫詩1000-432-615/1500

朝雨 杜甫 <433  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2110 杜甫詩1000-433-616/1500


寄張元夫 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-217-83-#77  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2632

薛濤 《寄張元夫》渓谷の向こう岸に、ひとりぽつんと白鷺が黙って立っている。その谷川のこちら側の道には、進んでゆく高官の人々の姿が見える。向こう側の鷺は、朱衣を着たこちら側の人の行動を見ても、「川下に飛び立つ」などの驚きをするようなことなどありはしない。


2013年7月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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寄張元夫 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-217-83-#77   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2632


寄張元夫
(張元夫さまにこの詩をよせる)
前溪獨立後溪行,鷺識朱衣自不驚。
渓谷の向こう岸に、ひとりぽつんと白鷺が黙って立っている。その谷川のこちら側の道には、進んでゆく高官の人々の姿が見える。向こう側の鷺は、朱衣を着たこちら側の人の行動を見ても、「川下に飛び立つ」などの驚きをするようなことなどありはしない。
借問人間愁寂意,伯牙弦絕已無聲。
すこし、きいてみたいことがある。人というものは、さびしくて切ない気持ちを持っているものです。あなた様の寂しさはきっと、「列子」の湯問篇の伯牙の故事にある自分の音曲の理解者の死去により、琴糸をたち切った伯牙のさびしさのようなものだろうと想像いたします。

haqro04









『寄張元夫』 現代語訳と訳註
(本文)
前溪獨立後溪行,鷺識朱衣自不驚。
借問人間愁寂意,伯牙弦絕已無聲。


(下し文)
張元夫に寄す
前溪は獨立、後渓は行む。鷺 朱衣を識るも 自ら驚かず。
借問す 人間 愁寂の意。伯牙 弦絶えて 己に聾なし。


(現代語訳)
(張元夫さまにこの詩をよせる)
渓谷の向こう岸に、ひとりぽつんと白鷺が黙って立っている。その谷川のこちら側の道には、進んでゆく高官の人々の姿が見える。向こう側の鷺は、朱衣を着たこちら側の人の行動を見ても、「川下に飛び立つ」などの驚きをするようなことなどありはしない。
すこし、きいてみたいことがある。人というものは、さびしくて切ない気持ちを持っているものです。あなた様の寂しさはきっと、「列子」の湯問篇の伯牙の故事にある自分の音曲の理解者の死去により、琴糸をたち切った伯牙のさびしさのようなものだろうと想像いたします。


(訳注)
寄張元夫
(張元夫さまにこの詩をよせる)
・張元夫(ちょうげんぷ) 剣南東川節度使のもとで校書をしていた人物。才ありながら、その才を認めてくれる人がいなくなって、さびしがっている張元夫を慰めて滑った詩。(〈家瀨〉)


前溪獨立後溪行,鷺識朱衣自不驚。
渓谷の向こう岸に、ひとりぽつんと白鷺が黙って立っている。その谷川のこちら側の道には、進んでゆく高官の人々の姿が見える。向こう側の鷺は、朱衣を着たこちら側の人の行動を見ても、「川下に飛び立つ」などの驚きをするようなどない。
haqro02・前溪・後溪 谷川の向こう側とこちら側。
・独立 鷺が片脚でひとりぽつんと立っていることをいう。
 すすむ意。出世してゆくことにもかかる。
・朱衣 高官は朱衣を着た。
鷺識朱衣自不驚 静かな渓谷のちょっとした風による流れの音の変化で驚くシロサギを詠った王維の詩がある。この薛濤の詩ではシロサギが驚かないというのであるが雰囲気を王維の輞川州、欒家瀨の景色を彷彿させる。
王維『輞川集〈欒家瀨〉』
「颯颯秋雨中,淺淺石溜瀉。跳波自相濺,白鷺驚復下。」
颯颯(さつさつ)たる秋雨(しゅうう)の中(うち)。浅浅(せんせん)として石溜(せきりゅう)に瀉ぐ。波は跳(おど)って自(おのずか)ら相い濺(そそ)ぎ。白鷺(はくろ)は驚きて復(ま)た下(くだ)れり。


借問人間愁寂意,伯牙弦絕已無聲。
すこし、きいてみたいことがある。人というものは、さびしくて切ない気持ちを持っているものです。あなた様の寂しさはきっと、「列子」の湯問篇の伯牙の故事にある自分の音曲の理解者の死去により、琴糸をたち切った伯牙のさびしさのようなものだろうと想像いたします。
・伯牙弦絶 「列子」の湯問篇に、伯牙は琴の名人であり、鐘子期はまた、その音楽のすばらしい理解者であったことが見える。また、「呂氏春秋」に、その「鐘子期が死ぬと、伯牙は琴をうち砕き、弦を切ってしまって、一生二度と琴を弾かなかった。もはやわが琴の心をわかってくれる人はないと思ったからであった」と見えている。この故事に基づいている。
・聾 琴の音。
張元夫の才能を理解していたただ一人、前任の節度使をうしない、仲間のはなやかな出世の姿を、ただ、見送っているだけの状況を、心からご同情を詠ったものであるが、この詩で張元夫が涙を流して薛等に感謝するということはないだろうと思う。この詩は、「女の私でもこれだけに知識があります」といっているように見える。

贈遠二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-216-82-#76  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2627

薛濤 《贈遠二首 其二》蜀の木芙蓉の花が散りはじめて、山々は、もう秋もおわりになろうとしている、国境の方々も思い浮かべるでしょう。うれしいお便りも封を開ければ、さびしいことばかりが書き連ねてありました。


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


贈遠二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-216-82-#76   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2627


贈遠二首 其一  
(遠きに贈る 二首其の一)
擾弱新蒲葉又齊,春深花發塞前溪。
新しい葉がいちめんについて川やなぎはなよなよと嫋やかに乱れる。春も深まると、花はしっかりとひらき落ちはじめると思う間に、目の前の谷川には、落花が流れをせきとめるほどである。
知君未轉秦關騎,月照千門掩袖啼。
国境地方守備の将であるあなたは、そこから離れることが出来ないことを十分承知しているのです。秋の月が、家家の上に光を投げかけてるころには、兵士の妾たちはみんな泣きぬれているのです。

贈遠二首 其二
(遠きに贈る 二首其の二)
芙蓉新落蜀山秋,錦字開緘到是愁。
蜀の木芙蓉の花が散りはじめて、山々は、もう秋もおわりになろうとしている、国境の方々も思い浮かべるでしょう。うれしいお便りも封を開ければ、さびしいことばかりが書き連ねてありました。
閨閣不知戎馬事,月高還上望夫樓。
わたくしは女の部屋では、戦争のことは話題にもしません。ただ、澄んだ秋の夜空にのぼってゆく月の下で、なんども樓閣にのぼっては、遠くあなたのいらっしゃる國境の方を眺めては、お祈りし待っております。

木芙蓉00

















『贈遠二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
贈遠二首 其二
芙蓉新落蜀山秋,錦字開緘到是愁。
閨閣不知戎馬事,月高還上望夫樓。


(下し文)
(遠きに贈る)其の二
芙蓉 新たに落ち 蜀山の秋,錦字 緘を開き 是れ愁に到る。
閨閣【けいかく】戎馬【じゅうば】の事を知らず,月高く 還た上り 夫樓を望む。


(現代語訳)
(遠きに贈る 二首其の二)
蜀の木芙蓉の花が散りはじめて、山々は、もう秋もおわりになろうとしている、国境の方々も思い浮かべるでしょう。うれしいお便りも封を開ければ、さびしいことばかりが書き連ねてありました。
わたくしは女の部屋では、戦争のことは話題にもしません。ただ、澄んだ秋の夜空にのぼってゆく月の下で、なんども樓閣にのぼっては、遠くあなたのいらっしゃる國境の方を眺めては、お祈りし待っております。


(訳注)
贈遠二首 其二


金燈花03芙蓉新落蜀山秋,錦字開緘到是愁。
蜀の木芙蓉の花が散りはじめて、山々は、もう秋もおわりになろうとしている、国境の方々も思い浮かべるでしょう。うれしいお便りも封を開ければ、さびしいことばかりが書き連ねてありました。
芙蓉 ①は木芙蓉といわれるもの、②は蓮の異名。後者は呉越江南地方でよばれる異名であり、落つということばや、蜀山という語と、ふさわしくないから、前者と解す。「木芙蓉」フヨウ(芙蓉、Hibiscus mutabilis)はアオイ科フヨウ属の落葉低木。種小名 mutabilisは「変化しやすい」(英語のmutable)の意。「芙蓉」はハスの美称でもあることから、とくに区別する際には(もくふよう)とも呼ばれる。
原産地は中国で、台湾、日本の沖縄、九州・四国に自生する。日本では関東地方以南で観賞用に栽培される。幹は高さ1.5~3m。寒地では冬に地上部は枯れ、春に新たな芽を生やす。
葉は互生し、表面に白色の短毛を有し掌状に浅く3~7裂する。
7~10月始めにかけてピンクや白で直径10~15cm程度の花をつける。朝咲いて夕方にはしぼむ1日花で、長期間にわたって毎日次々と開花する。花は他のフヨウ属と同様な形態で、花弁は5枚で回旋し椀状に広がる。先端で円筒状に散開するおしべは根元では筒状に癒合しており、その中心部からめしべが延び、おしべの先よりもさらに突き出して5裂する。
果実はさく果で、毛に覆われて多数の種子をつける。
錦字 恋しい人からのにしきに織り成した文字のこと。前秦の竇豹が、襄陽の守りに赴任したとき、その妻の蘇氏が、二百余首の詩を、錦に織り、回文の形で、思いを寄せた故事がある(侍児小名録)ところから、女の筆になる手紙をさすが、ここは国境の将兵からの便りとし、待ち遠しい人からの手紙と思わせる、薛濤の女性を売る言い回し。
・到 周到の意。中から外へ回文であるから、至ると読まないといけない。


閨閣不知戎馬事,月高還上望夫樓。
わたくしは女の部屋では、戦争のことは話題にもしません。ただ、澄んだ秋の夜空にのぼってゆく月の下で、なんども樓閣にのぼっては、遠くあなたのいらっしゃる國境の方を眺めては、お祈りし待っております。
閏閣 妓女の部屋。閨は、セックスが女の部屋に行って行うものであったこと、通い婚である。ここは作者自身を意味する。
戎馬 兵馬。戦争のこと。
月高 起句の秋に応じている。
還上 一度だけではない。昨夜も今夜もと、くりかえされていることがわかる。
望夫楼 特定の楼名ではない。

贈遠二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-215-81-#75  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2622

薛濤 《贈遠二首 其一》国境地方守備の将であるあなたは、そこから離れることが出来ないことを十分承知しているのです。秋の月が、家家の上に光を投げかけてるころには、兵士の妾たちはみんな泣きぬれているのです。

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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


贈遠二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-215-81-#75   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2622



贈遠二首 其一  
(遠きに贈る 二首其の一)
擾弱新蒲葉又齊,春深花發塞前溪。
新しい葉がいちめんについて川やなぎはなよなよと嫋やかに乱れる。春も深まると、花はしっかりとひらき落ちはじめると思う間に、目の前の谷川には、落花が流れをせきとめるほどである。
知君未轉秦關騎,月照千門掩袖啼。
国境地方守備の将であるあなたは、そこから離れることが出来ないことを十分承知しているのです。秋の月が、家家の上に光を投げかけてるころには、兵士の妾たちはみんな泣きぬれているのです。

贈遠二首 其二
芙蓉新落蜀山秋,錦字開緘到是愁。
閨閣不知戎馬事,月高還上望夫樓。


『贈遠二首』 現代語訳と訳註
美人002522(本文) 贈遠二首 其一  
擾弱新蒲葉又齊,春深花發塞前溪。
知君未轉秦關騎,月照千門掩袖啼。


(下し文) 
(遠きに贈る)其の一  
擾弱【じょうじゃく】たる新蒲【しんほ】 葉又齊し,春深くして花發ち 前溪を塞ぐ。
君の未だ秦關【しんかん】の騎より轉ぜざるを知る,月は照らす 千門【せんもん】袖を掩うて啼くを。


(現代語訳)
(遠きに贈る)
新しい葉がいちめんについて川やなぎはなよなよと嫋やかに乱れる。春も深まると、花はしっかりとひらき落ちはじめると思う間に、目の前の谷川には、落花が流れをせきとめるほどである。
国境地方守備の将であるあなたは、そこから離れることが出来ないことを十分承知しているのです。秋の月が、家家の上に光を投げかけてるころには、兵士の妾たちはみんな泣きぬれているのです。


(訳注)
贈遠二首 其一  
其二詩とあわせて「遠きに贈る」と題し、これは春、かれは秋と詠む。国境の守備にあたっている特定のある誰かに贈ったものとして、机上の作とである。


擾弱新蒲葉又齊,春深花發塞前溪。
新しい葉がいちめんについて川やなぎはなよなよと嫋やかに乱れる。春も深まると、花はしっかりとひらきくと落ちはじめ、目の前の谷川には、落花が流れをせきとめるほどである。
・擾弱 擾は乱。みだれたおやかな。この語は男女の交わりに使うもの。
・蒲 かわやなぎ。
・葉 柳を緑にする芽吹いた葉を云う。別に緑に作るテキストもある。
・花發 花が満開になることで、一部散り始めることをいう。
・前渓 目の前の小さな谷川。


知君未轉秦關騎,月照千門掩袖啼。
国境地方守備の将であるあなたは、そこから離れることが出来ないことを十分承知しているのです。秋の月が、家家の上に光を投げかけてるころには、兵士の妾たちはみんな泣きぬれているのです。
・秦関騎 国境地方守備の将。
・掩(おおう)

寄詞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-212-78-#72  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2607

薛濤 《寄詞》朝まだきの暗いもやのなかに、菌閣といわれ、霊芝の樓のある道教のお寺のいろいろな建物がねむっている。朝日がさしはじめ、かすみは幕を開き消えてゆき、そのずっと奥の方には、最上神天帝のお住まいになる玉皇宮(本殿)が、あらわれた。


2013年6月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
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遊太平公主山莊 韓愈(韓退之) <146>Ⅱ中唐詩724 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2604
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


寄詞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-212-78-#72   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2607


寄詞
(あなたにこの詩をおくります。)
菌閣芝樓杳靄中,霞開深見玉皇宮。
朝まだきの暗いもやのなかに、菌閣といわれ、霊芝の樓のある道教のお寺のいろいろな建物がねむっている。朝日がさしはじめ、かすみは幕を開き消えてゆき、そのずっと奥の方には、最上神天帝のお住まいになる玉皇宮(本殿)が、あらわれた。
紫陽天上神仙客,稱在人間立世功。

この道数の天上官においては、あなたの吐蕃での功績をお誉めになって、天上から一時的に下界に下られた仙人とされたのです。
詞を寄せる
菌閣【きんかく】芝樓【しろう】杳靄【ようあい】の中,霞開いて 深く見る玉皇の宮。
紫陽天上神仙の客,人間に在りて世功をて立しを稱う。


『寄詞』 現代語訳と訳註
王屋山01(本文)

寄詞
菌閣芝樓杳靄中,霞開深見玉皇宮。
紫陽天上神仙客,稱在人間立世功。


(下し文)
詞を寄せる
菌閣【きんかく】芝樓【しろう】杳靄【ようあい】の中,霞開いて 深く見る玉皇の宮。
紫陽天上神仙の客,人間に在りて世功をて立しを稱う。


(現代語訳)
(あなたにこの詩をおくります。)
朝まだきの暗いもやのなかに、菌閣といわれ、霊芝の樓のある道教のお寺のいろいろな建物がねむっている。朝日がさしはじめ、かすみは幕を開き消えてゆき、そのずっと奥の方には、最上神天帝のお住まいになる玉皇宮(本殿)が、あらわれた。
この道数の天上官においては、あなたの吐蕃での功績をお誉めになって、天上から一時的に下界に下られた仙人とされたのです。


(訳注)
寄詞

(あなたにこの詩をおくります。)
・薛濤と同時代で、呂姓で、侍御になった者には、呂元質・昌温・呂恭の三人がいる。このうち呂元質は、薛濤との関係がない。呂温と呂恭は兄弟で、どちらも侍御史であったことがある。呂温は、あざな和叙、また化光ともいった。呂謂の長男で、貞元十四年の進士。韋執誼とひじように親しかったことから、王叔文とも仲よく、左拾遺になり、やがて侍御史をもって張薦の吐蕃行き使節の副使をつとめた。在外中に王叔文一派(柳宗元のグループ)はそれぞれ中央政府からひどい適地へおいやられたが、呂温は、外國に足どめされていたことがかえって幸いして、罪せられずにすみ、帰国すると戸部員外郎へ昇進した。簹羣・羊士鍔と親しく、性格は腹黒いところがあり、遠州へおわれ、衡州へやられて、その地で四十歳でなくなっている。


菌閣芝樓杳靄中,霞開深見玉皇宮。
朝まだきの暗いもやのなかに、菌閣といわれ、霊芝の樓のある道教のお寺のいろいろな建物がねむっている。朝日がさしはじめ、かすみは幕を開き消えてゆき、そのずっと奥の方には、最上神天帝のお住まいになる玉皇宮(本殿)が、あらわれた。
・菌閣芝棲 菌はまた芝ともいう。芝は霊芝で、ともに道教の寺の建物を美しく形容したもの。
・杳靄 杳は暗い意。靄は、もや・かすみ。
・玉皇(ぎょくこう) 天帝をいう。道教の最上神。


紫陽天上神仙客,稱在人間立世功。
この道数の天上官においては、あなたの吐蕃での功績をお誉めになって、天上から一時的に下界に下られた仙人とされたのです。
・紫陽 道教の神仙につけられる称号。周の穆王の時の李八百は、紫陽貴君といい、漢の周義山および朱の張伯端は、ともに紫陽真君とよばれている。
・神仙客 人間世界で一世をおどろかすような功績をたてた人をさす。その人は、もともと仙人だ。ここではそれが下界に一時おりて、そのような功績をたてたという考えで、この詩を贈る相手、呂温をさすものであろう。

摩訶池贈蕭中丞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-208-74-#68  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587

薛濤《摩訶池贈蕭中丞》この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。

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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


摩訶池贈蕭中丞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-208-74-#68   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587


摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞
(武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。)
昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
淒涼逝水頹波遠,惟有碑泉咽不流。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。

摩訶池、蕭中丞に贈る
昔 多能を以って碧油【へきゆう】を佐く,今朝 同に泛ぶ舊仙舟。
淒涼たる逝水【せいすい】頹波 遠く,惟だ碑泉に有って咽【むせ】んで流れず。

魚玄機が宮島に














摩訶池宴
摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。
摩訶池の宴
摩訶池の上【ほとり】春光早し,水を愛し花を看るに日日來る。
穠李【じょうき】雪開く歌扇【かせん】掩い,綠楊 風動く舞腰 回る。
蕪臺【ぶだい】事往きて空しく恨みを留め,金谷 時危うくして才を惜むを悟る。
晝短かければ清夜を將って繼がんと欲す,西園 自ら月の裴回する有り。


『摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞』 現代語訳と訳註
(本文)
昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
淒涼逝水頹波遠,惟有碑泉咽不流。


(下し文)
摩訶池、蕭中丞に贈る
昔 多能を以って碧油【へきゆう】を佐く,今朝 同に泛ぶ舊仙舟。
淒涼たる逝水【せいすい】頹波 遠く,惟だ碑泉に有って咽【むせ】んで流れず。


(現代語訳)
(武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。)
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。


(訳注)
摩訶池贈蕭中丞
武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。
・摩詞池 成都城内にある池の名。陳・隋間の勇将、蕭摩訶がつくったというもの。蕭摩訶は、南蘭陵の人で、あざなは元胤。幼い時に父をなくしたが、元気いっぱい、勇力があり、陳の呉明徹の部将となり、北伐にしたがい、部下の騎馬隊を引具して、深く敵の城に入り、縦横に奮撃、当たるところ敵なしというありさまであったので、呉明徹は、彼を三国時代の蜀の勇将、関羽や張飛以上だといったという。功績によって腰騎大将軍となり、緩遠郡公に封ぜられた。隋の時代には、開府儀同三司になったが、幷州で叛逆に加わり、誅せられた。この他、今はないという。摩訶池では、しばしば船を浮かべて宴が催されたらしく、西川節度使武元衝の詩中にも、「摩訶池宴」とか、「摩訶池送李侍禦之鳳翔」(摩詞池にて李侍御の鳳翔に之くを送る)などの詩がのこっている。「摩訶池宴」は当時のこの池の風光をよく写している。
・蕭中丞 中丞は御史中丞の略称。官名。法律にあかるい者をもってあて、官吏の弾劾などのことに当たる役。蕭は蕭祜。また蕭祐ともいう。あざなは祐之。蘭陵の人。進士の試験によらず、処士から特に召されて、拾遺(官名)となり、元和の初め、御史中丞をへて、桂管防御史観察使になった。


昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
・多能 いろいろな才があっての意。蕭砧は、琴が巧みで、かつ書画をよくし、自然を愛し、ごくおだやかな人物であったという。
・碧油 碧油の幢。幢は旗の一種。青色の、雨をとおしがたい布の旗。多く軍中に用いたので、ここは節度使(軍政長官)のことをさす。剣南西川節度使の武元衡をさす。
・仙舟 風流な舟。仙はその美称の冠辞。


淒涼逝水頹波遠,惟有碑泉咽不流。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。
・淒涼 ものさびしい感じ。・淒涼 ひえびえとする。うらさびしい。別れて、一人で清々する。 でも、また寂しさを感じる。杜甫は人と別れる際の詩に多く使う。『贈虞十五司馬』詩に「淒涼憐筆勢,浩蕩問詞源。」など。
・頹波 くずれる波。岸辺に寄せる波。
・碑 石碑。


贈歌人 武元衝 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-205-71-#65  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2572

武元衝 《贈歌人》春を告げる鶯が林の枝にとまって一声を挙げる四つの季節の春が来る。その人はセミの羽根のように薄い薄絹の着物をきて、真珠の様なひとなのだ.

2013年6月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《觀滄海 曹操》 武帝 魏詩<87-#2>古詩源 巻五 804 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2568
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#3>717 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2569
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性贈歌人 武元衝 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-205-71-#65  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2572
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


贈歌人 武元衝 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-205-71-#65   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2572


武元衝 贈歌人 
(歌人にこの詩を贈る。)
林鶯一哢四時春、蟬翼羅衣白玉人。
春を告げる鶯が林の枝にとまって一声を挙げる四つの季節の春が来る。その人はセミの羽根のように薄い薄絹の着物をきて、真珠の様なひとなのだ.
曾逐使君歌舞地、淸泉長咽翠眉頻。
重ねて国守の所を訪れ、歌人の詠う詩に合わせて踊る者たちの所を訪ねる。清々しい詩が湧水のように詠われ、長く吟じられ鶯00、そこには緑の眉の歌人が頻りに登場する。














『贈歌人』 現代語訳と訳註
(本文) 
 
林鶯一哢四時春、蟬翼羅衣白玉人。
曾逐使君歌舞地、淸泉長咽翠眉頻。


(下し文) 贈歌人 
林鶯【りんおう】一たび哢す四時【しいじ】の春、蟬翼【せんよく】羅衣【らい】白玉の人。
曾ねて使君 歌舞の地を逐う、淸泉 長咽【ちょうえつ】翠眉【すいび】頻す。


紅梅0021(現代語訳)
(歌人にこの詩を贈る。)
春を告げる鶯が林の枝にとまって一声を挙げる四つの季節の春が来る。その人はセミの羽根のように薄い薄絹の着物をきて、真珠の様なひとなのだ.
重ねて国守の所を訪れ、歌人の詠う詩に合わせて踊る者たちの所を訪ねる。清々しい詩が湧水のように詠われ、長く吟じられ、そこには緑の眉の歌人が頻りに登場する。


(訳注)
贈歌人 
歌人にこの詩を贈る

歌人は薛濤のことであるが、詩の内容その他から判断されるもので、言葉の上では、鶯という表現もあり、芸妓の女性の中で歌を詠む人となっている。

林鶯一哢四時春、蟬翼羅衣白玉人。
春を告げる鶯が林の枝にとまって一声を挙げる四つの季節の春が来る。その人はセミの羽根のように薄い薄絹の着物をきて、真珠の様なひとなのだ.
・羅衣  薄絹(うすぎぬ)で仕立てた着物。
・白玉  1 白色の玉。特に真珠をいう。 2 白玉粉を水でこね、小さく丸めてゆでた白い団子。冷やして砂糖をかけたり、冷たい砂糖水に入れたりして食べる。《季 夏》3 「白玉椿(しらたまつばき)」
・蟬翼 セミの羽根のように薄い.薄如蝉翼((成語))=


曾逐使君歌舞地、淸泉長咽翠眉頻。
重ねて国守の所を訪れ、歌人の詠う詩に合わせて踊る者たちの所を訪ねる。清々しい詩が湧水のように詠われ、長く吟じられ、そこには緑の眉の歌人が頻りに登場する。
・使君  1 国守の唐名。 2 古く中国で、刺史の敬称。 3 中国で、天子の命を受けて国外または地方に派遣された使者の敬称。勅使。
・清泉 きれいな泉。きれいなわき水。ここでは歌人の詠う詩が清々しい泉のように湧き出ることを云う。


武元衡については紀頌之の別のブログにも同時期の詩人韓愈の詩がある。
韓愈 『和武相公早春聞鶯』
早晚飛來入錦城,誰人教解百般鳴。 
春風紅樹驚眠處,似妒歌童作豔聲。 
和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141-#1>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494

韓愈『奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀』
穆穆鸞鳳友,何年來止茲。
飄零失故態,隔絕抱長思。
翠角高獨聳,金華煥相差。
坐蒙恩顧重,畢命守階墀。 
奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀 韓愈(韓退之) <143>Ⅱ中唐詩706 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2514


上川主武元衡相國二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-203-69-#63  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2562

薛濤 《上川主武元衡相國二首 其二》東の樓閣に宴席を移られましたが、この宴席もみごとなにならべられているのです。それに節度使さまは、りっはな貂の尾を飾った簪をつけ、龍節の旗も飾られ、春の夜にふさわしいなごやかなありさまになっているのです。


2013年6月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#3> 古詩源 802 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2558
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


上川主武元衡相國二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-203-69-#63   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2562

武元衛は、彼女が成都で仕えた十一人の節度使のうちの一人。元和二年、彼女の四十六歳の年に、武元衛は宰相を兼務したまま剣南西川節度使となって赴任してきた。その着任と同時に献じた詩が、「嘉陵驛の詩に續けて、武相國に獻ず」(6 1)で、この詩はその翌年の春の作である。武元衡は、元和八年二月、成都を出塗して、宰相として都にもどっている。薛濤は、四十歳から四十七歳までの八年、營妓として武元衝に仕えた。


上川主武元衡相國 其一
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。 
上川主武元衡相國 其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 
  


上川主武元衡相國二首 其一
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。)
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。
明るい月がのぼり、節度使さまは、「月に庭のかがり火がわりにちょうどよい」と仰せられて、すだれをおろすことをとめられた。おかげで月光とかがり火の風流な宴席となったのです。


上川主武元衡相國 其二
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。その二)
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
東の樓閣に宴席を移られましたが、この宴席もみごとなにならべられているのです。それに節度使さまは、りっはな貂の尾を飾った簪をつけ、龍節の旗も飾られ、春の夜にふさわしいなごやかなありさまになっているのです。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 
城の鼓楼からは、三聾の角笛のひびきが、ここにも伝わってくるのです。夜気の冷たさをさえぎるためにはじめて幔幕が垂らしはられて、そこにあかあかと紅いろうそくに燈が灯されるのです。


『上川主武元衡相國二首』 現代語訳と訳註
kagaribi00(本文)
上川主武元衡相國 其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 


(下し文)
(上川主【せんしゅ】武元衡 相國【しょうこく】に【たてまつ】る 二首 其の二) 
東閣に尊を移して 綺席【きせき】を陳ね,貂簪【ちょうしん】龍節【りょうせつ】更に春に宜し。
軍城の畫角【がかく】三聲【さんせい】歇【や】み,云幕【うんばく】初めて垂れて 紅燭 新なり。


(現代語訳)
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。その二)
東の樓閣に宴席を移られましたが、この宴席もみごとなにならべられているのです。それに節度使さまは、りっはな貂の尾を飾った簪をつけ、龍節の旗も飾られ、春の夜にふさわしいなごやかなありさまになっているのです。
城の鼓楼からは、三聾の角笛のひびきが、ここにも伝わってくるのです。夜気の冷たさをさえぎるためにはじめて幔幕が垂らしはられて、そこにあかあかと紅いろうそくに燈が灯されるのです。


(訳注)
上川主武元衡相國 其二
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。その二)


東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
東の樓閣に宴席を移られましたが、この宴席もみごとなにならべられているのです。それに節度使さまは、りっはな貂の尾を飾った簪をつけ、龍節の旗も飾られ、春の夜にふさわしいなごやかなありさまになっているのです。
・東閣 邸内の東側にある別の高閣。
・尊 さかずき。ここは宴席をいう。
・綺席 はなやかに飾られた宴席をいう.
・貂簪 貂はテン。いたち科の獣。その尾は淡黄色をしていて、冠につけて飾りとした。簪はかんむりをとめるために髪に挿すもの。高貴な人は貂尾のついた冠をかむり、その冠を簪で髪にとめていた。
・龍節 竿の上部に竜の形を型どった飾りがつき。下にふさがついていて、将軍や外国に使する使節に与えられるしるしのはたである。節度使は将軍としてこれを与えられていたということ。 


軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 
城の鼓楼からは、三聾の角笛のひびきが、ここにも伝わってくるのです。夜気の冷たさをさえぎるためにはじめて幔幕が垂らしはられて、そこにあかあかと紅いろうそくに燈が灯されるのです。
・軍城 西川節度使(軍政長官)の屯する蜀都成郡のことであるから、詩的表現、軍城といった。
・畫角 角笛。時を告げる。
・雲幕 雲の模様のある幕。幕はカーテンと思えばよい。軍内と庭とを区切るもの幔幕。
・紅燭 べに色のローソクの燈火。

上川主武元衡相國二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-202-68-#62  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2557

薛濤 《上川主武元衡相國 其一》 日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。

2013年6月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行》 魏武帝 魏詩<86-#2> 古詩源 801 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2553
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#3>714 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2554
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Ⅲ杜甫詩1000詩集姜楚公畫角鷹歌【案:姜皎,上邽人,善畫鷹鳥,官至太常,封楚國公。】 楽府(七言歌行) 成都6-(21) 杜甫 <483>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2555 杜甫詩1000-483-705/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性上川主武元衡相國二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-202-68-#62  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2557
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


上川主武元衡相國二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-202-68-#62   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2557


武元衛は、彼女が成都で仕えた十一人の節度使のうちの一人。元和二年、彼女の四十六歳の年に、武元衛は宰相を兼務したまま剣南西川節度使となって赴任してきた。その着任と同時に献じた詩が、「嘉陵驛の詩に續けて、武相國に獻ず」(6 1)で、この詩はその翌年の春の作である。武元衡は、元和八年二月、成都を出塗して、宰相として都にもどっている。薛濤は、四十歳から四十七歳までの八年、營妓として武元衝に仕えた。


上川主武元衡相國 其一
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。 
上川主武元衡相國 其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 
kagaribi00  


上川主武元衡相國二首 其一
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。)
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。

明るい月がのぼり、節度使さまは、「月に庭のかがり火がわりにちょうどよい」と仰せられて、すだれをおろすことをとめられた。おかげで月光とかがり火の風流な宴席となったのです。


上川主武元衡相國二首其一 現代語訳と訳註
(本文)
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。


(下し文)
(上川主【せんしゅ】武元衡 相國【しょうこく】に【たてまつ】る 二首 其の一) 
落日 重城 夕霧收まる,玳筵【たいえん】雕俎【ちょうそ】諸侯に荐【すす】む。
朗月をして庭燎【ていりょう】に當らしむに因って,不使珠帘【しゅれん】をして玉鉤【ぎょくこう】より下さしめず。


 (現代語訳)
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。)
日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。
明るい月がのぼり、節度使さまは、「月に庭のかがり火がわりにちょうどよい」と仰せられて、すだれをおろすことをとめられた。おかげで月光とかがり火の風流な宴席となったのです。


(訳注)
満月003上川主武元衡相國二首 其一
剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。


落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。
・川主武元衡相国 川主は剣南西川節度使。西川地方の軍政の長官であるから、川主という。武元衡は憲宗の元和二年正月に門下侍郎平章事となっている。宰相であるから相国といった。
・重城 いくえにも厳重にかさなった城。蜀の城をさす。
・玳筵 玳は南海に産する海亀の玳瑁のこと。甲を亀甲といい装身具にする。筵はむしろ。あわせて豪華な宴席。
・雕俎 彫は飾る。雕は机、宴会の時に食器をのせる台。あわせて豪華な宴会の料理。


因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。
明るい月がのぼり、節度使さまは、「月に庭のかがり火がわりにちょうどよい」と仰せられて、すだれをおろすことをとめられた。おかげで月光とかがり火の風流な宴席となったのです。
・朗月 あきらかに照る月。
庭燎 庭のかがり火。
・珠帘/簾 玉のすだれ。
・玉鉤 玉でできている廉の捲きどめ。かぎ型をしている。

酬祝十三秀才 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-199-65-#59  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2542

薛濤 《酬祝十三秀才》すばらし詩想は、藍田の山から出る美玉のようであり、色合いと美しさは、すがすがしいものです。その詩は、氷の嚢の中に納められ、そして、その氷をきらびやかな楚の金製の皿の上で打ちくだいたように、一語一語が、きらきらと輝いています。



2013年6月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#4>711 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2539
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬祝十三秀才 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-199-65-#59  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2542
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


酬祝十三秀才 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-199-65-#59   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2542
59 酬祝十三秀才 28


酬祝十三秀才
浩思藍山玉彩寒,冰囊敲碎楚金盤。
詩家利器馳聲久,何用春闈榜下看。
(祝家十三番排行の秀才にこの詩をお返しする。)
すばらし詩想は、藍田の山から出る美玉のようであり、色合いと美しさは、すがすがしいものです。その詩は、氷の嚢の中に納められ、そして、その氷をきらびやかな楚の金製の皿の上で打ちくだいたように、一語一語が、きらきらと輝いています。
詩人としての技は、もう誰一人、今日では知らぬ者はいないという。中央の進士の試験をお受ければ、及第者の氏名吏表を、見に行く必要なんかどうしてあろうものでしょうか。

祝十三秀才に酬ゆ
浩思【こうし】は藍山【らんざん】の玉彩【ぎょくさい】寒し,冰囊【ひょうのう】敲【たた】き碎【くだ】く 楚の金盤。
詩家の利器 聲を馳すこと久し,何ぞ用いん 春闈【しゅんい】榜下【ぼうか】に看るを。


『酬祝十三秀才』 現代語訳と訳註
李清照0055(本文)
浩思藍山玉彩寒,冰囊敲碎楚金盤。
詩家利器馳聲久,何用春闈榜下看。


(下し文)
祝十三秀才に酬ゆ
浩思【こうし】は藍山【らんざん】の玉彩【ぎょくさい】寒し,冰囊【ひょうのう】敲【たた】き碎【くだ】く 楚の金盤。
詩家の利器 聲を馳すこと久し,何ぞ用いん 春闈【しゅんい】榜下【ぼうか】に看るを。


(現代語訳)
(祝家十三番排行の秀才にこの詩をお返しする。)
すばらし詩想は、藍田の山から出る美玉のようであり、色合いと美しさは、すがすがしいものです。その詩は、氷の嚢の中に納められ、そして、その氷をきらびやかな楚の金製の皿の上で打ちくだいたように、一語一語が、きらきらと輝いています。
詩人としての技は、もう誰一人、今日では知らぬ者はいないという。中央の進士の試験をお受ければ、及第者の氏名吏表を、見に行く必要なんかどうしてあろうものでしょうか。


(訳注)
酬祝十三秀才
祝家十三番排行の秀才にこの詩をお返しする。
・酬 かえす、謝礼する意。酬和・酬沓・酬報・酬唱などと熟して、詩文をもって、相手に番えること。
・祝十三 祝が相手の姓。祝元膺といわれている。長安、あるいは藍田県の事務をしていて詩文で名が通っていた人であろう。十三はその祝家で排行が十三番目に当たる人。都から寄せられた詩に返したものである。
・秀才 地方試験に及第した者の称。彼はこれから推薦を得て中央試験をうけようとしている人である。


浩思藍山玉彩寒,冰囊敲碎楚金盤。
すばらし詩想は、藍田の山から出る美玉のようであり、色合いと美しさは、すがすがしいものです。その詩は、氷の嚢の中に納められ、そして、その氷をきらびやかな楚の金製の皿の上で打ちくだいたように、一語一語が、きらきらと輝いています。
・浩思(こうし) 浩は広大の意。
・藍山 藍田の山のことであろう。美玉を産するところ。一本に南山に作るがこれは藍がよかろう。○藍水 藍田にある川の名。㶚水の支流で北流して長安東門春明門を出た街道滻水橋を渡り、㶚陵橋と続くを北流して、渭水に豪牛する。〇千澗 多くの谷川。○玉山 藍田にある山の名、即ち藍田山。昔、宝玉を産出していたのでそう呼ぶ。杜甫『九日藍田崔氏荘』
老去悲愁強自寛、興来今日尽君歓。
羞将短髪環吹帽、笑倩旁人為正冠。
藍水遠従千澗落、玉山高並両峰寒。
明年此会知誰健、酔把茱萸子細看。
九日藍田崔氏荘 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 277

・氷嚢 詩人が作った詩は袋に入れて持ち歩いている。そこから、高潔な詩想をいう。


詩家利器馳聲久,何用春闈榜下看。
詩人としての技は、もう誰一人、今日では知らぬ者はいないという。中央の進士の試験をお受ければ、及第者の氏名吏表を、見に行く必要なんかどうしてあろうものでしょうか。
・利器 技柄。
・聾 名声。
・春闘 春に行なわれる中央試験。
・榜下 試験の及第著名を書きつけた掲示の下。

春郊游眺寄孫處士二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-197-63-#57  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2532

薛濤 《春郊游眺寄孫處士二首 之二》今朝から、思うままに美しい春の花の香り一杯楽しくすごした。春の花園のような野を歩くと、着物のすそは、まるで花模様の衣地のように見え、地上はすべて花で刺繍されている。

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春郊游眺寄孫處士二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-197-63-#57   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2532

海棠花02256春郊游眺寄孫處士二首 之一 
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。
  
57春郊游眺寄孫處士二首 之二
今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。


春郊游眺寄孫處士二首 之一 
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの一。)
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。

春の行楽に、こんなにも素敵な匂いをかいだり、いろんなことをすることができるのを、碧渓の孫さまは楽しんでおられるでしょうか。孫様はお忙しいお方です、秋に百舌鳥が東に飛去れば、春には燕が西へ飛んでゆくように、あちらこちらと飛びまわっていらっしゃるおひとです。


春郊游眺寄孫處士二首 之二
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの二。)
今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
今朝から、思うままに美しい春の花の香り一杯楽しくすごした。春の花園のような野を歩くと、着物のすそは、まるで花模様の衣地のように見え、地上はすべて花で刺繍されている。
滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。

袖のなかも花でいっぱい、髪にもたっぷり花を挿して、手にも持つ、誰が見ても、行楽の歸りだということ、教えなくてもわかってしまう。


『春郊游眺寄孫處士二首』 現代語訳と訳註
(本文)
 春郊游眺寄孫處士二首 之二
今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。


(下し文)
(春郊 游眺【ゆうちょう】孫處士に寄す二首之二)
今朝 縱目 芳菲を玩ぶ,夾纈 裙を籠め 地衣を繡す。
滿袖 滿頭 兼ねて手把す,人を教て 是れ花を看て歸えるを識らしむ。


(現代語訳)
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの二。)
今朝から、思うままに美しい春の花の香り一杯楽しくすごした。春の花園のような野を歩くと、着物のすそは、まるで花模様の衣地のように見え、地上はすべて花で刺繍されている。
袖のなかも花でいっぱい、髪にもたっぷり花を挿して、手にも持つ、誰が見ても、行楽の歸りだということ、教えなくてもわかってしまう。


(訳注)
春郊游眺寄孫處士二首 之二

春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの二。
・孫庭土がいかなる人であるかは、今ではわからない。作者が春の郊外を散策し、花を欒しんで歸ってから、そのことを孫處土に、書き迭ったもの。
・春郊 春の郊外。
・遊眺 眺め遊ぶ。春の行楽の中でのバラの花を見ることを云う。
・處士 官吏でなく民間人。


今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
今朝から、思うままに美しい春の花の香り一杯楽しくすごした。春の花園のような野を歩くと、着物のすそは、まるで花模様の衣地のように見え、地上はすべて花で刺繍されている。
・今朝 この朝ということは前日の夜を連想させる。
・縱目 思うままに日を楽しませる。
・芳菲 香りのよい花。花がかんばしくにおう。
杜甫『落日』
落日在簾鉤,溪邊春事幽。
芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。
濁醪誰造汝?一酌散千愁。
落日 簾鉤【れんこう】に在り,溪邊【けいへん】春事幽なり。
芳菲【ほうひ】なり岸に緣る圃,樵爨【しょうさん】す灘に倚る舟。
啅雀【とうじゃく】枝を爭うて墜ち,飛蟲【ひちゅう】院に滿ちて遊ぶ。
濁醪【だくろう】 誰か汝を造れる?一酌【いちしゃく】千愁散ぜしむ。
夾纈 花模様のプリント布。「唐語林」に、「唐の玄宗のとき、柳姪好の妹の題氏が、たくみな鏡板(型板) の間に布を爽んで花模様を染める法を案出し、造った布を娃師の誕生日に皇后にたてまつったので、玄宗が喜んで、宮中でこれを作らせ、秘していたものが、しぜん世にひろがった」とある。「丹鉛総録」には、元代に、別に萄櫛の名もあったというから、罷溝のころには、四川にそれが流行し始めていたと思われる。爽精とも書く。
 衣に対し、下半身をおおう着物の部分。スカート。
 刺繍する。


滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。
袖のなかも花でいっぱい、髪にもたっぷり花を挿して、手にも持つ、誰が見ても、行楽の歸りだということ、教えなくてもわかってしまう。
・地衣 地を着物と考えていったもの。
・袖 袖口
・手把 手に持つこと。

春郊游眺寄孫處士二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-196-62-#56  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2527

薛濤 《春郊游眺寄孫處士二首 其一》薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。


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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


春郊游眺寄孫處士二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-196-62-#56   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2527


56春郊游眺寄孫處士二首 之一 
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。
  
57春郊游眺寄孫處士二首 之二
今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。


春郊游眺寄孫處士二首 之一 
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの一。)
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。
春の行楽に、こんなにも素敵な匂いをかいだり、いろんなことをすることができるのを、碧渓の孫さまは楽しんでおられるでしょうか。孫様はお忙しいお方です、秋に百舌鳥が東に飛去れば、春には燕が西へ飛んでゆくように、あちらこちらと飛びまわっていらっしゃるおひとです。



『春郊游眺寄孫處士二首』 現代語訳と訳註
百舌鳥02(本文)
 之一 
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。


(下し文)
(春郊 游眺【ゆうちょう】孫處士に寄す二首之一)
低頭 久立 薔薇に向う,零陵に似たるは香りて衣を惹くよりも愛す。
何事ぞ碧雞の孫處士,伯勞 東に去り燕西に飛ぶ。


(現代語訳)
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの一。)
薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。
春の行楽に、こんなにも素敵な匂いをかいだり、いろんなことをすることができるのを、碧渓の孫さまは楽しんでおられるでしょうか。孫様はお忙しいお方です、秋に百舌鳥が東に飛去れば、春には燕が西へ飛んでゆくように、あちらこちらと飛びまわっていらっしゃるおひとです。


(訳注)
春郊游眺寄孫處士二首 之一 
春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの一。
・孫庭土がいかなる人であるかは、今ではわからない。作者が春の郊外を散策し、花を欒しんで歸ってから、そのことを孫處土に、書き迭ったもの。
・春郊 春の郊外。
・遊眺 眺め遊ぶ。春の行楽の中でのバラの花を見ることを云う。
・處士 官吏でなく民間人。


低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。
・低頭 「こうべをたれて」とも読む。薔薇の花の位置が低いので、下を向いての意。低は「たれる」とよむ。
・久立(きゅうりつ) 長い間じっと立っていること。薔薇を愛して立ち去りがたいわけ。
・薔薇 ばら。
・零陵香 零陵は今の五嶺山脈であり、そこをこえて、広西省桂林地方の名。この地方に産する香草木。


何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。
春の行楽に、こんなにも素敵な匂いをかいだり、いろんなことをすることができるのを、碧渓の孫さまは楽しんでおられるでしょうか。孫様はお忙しいお方です、秋に百舌鳥が東に飛去れば、春には燕が西へ飛んでゆくように、あちらこちらと飛びまわっていらっしゃるおひとです。
・何事 どうしたわけであろうか。とんでもないことだの意。
・碧渓 安徽省を西北に流れて桐江に入る河。孫の故郷のあたりをいう。
・伯勞 燕雀目モズ科。やや大型の生餌を捕食するところから猛禽扱いをされている。季節 秋。

和郭員外題萬里橋 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-193-59-#53  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2512

薛濤 《和郭員外題萬里橋》 郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。


 

2013年6月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀 韓愈(韓退之) <143>Ⅱ中唐詩706 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2514
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和郭員外題萬里橋 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-193-59-#53  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2512
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


和郭員外題萬里橋 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-193-59-#53   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2512


和郭員外題萬里橋
(郭員外様のこの「万里橋に題す」という詩に唱和する詩。)
萬里橋頭獨越吟,知憑文字寫愁心。
郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。
細侯風韻兼前事,不止為舟也作霖。

後漢の細侯は前任中の恩徳により風流なお迎えがあったのですが、それは帰ってきた時の事で、あなた様には、雨が細々と降って、まるでご出立を惜しみいやがっているようではございませんか。

李清照0055




『和郭員外題萬里橋』 現代語訳と訳註
(本文)

萬里橋頭獨越吟,知憑 文字 寫愁心。
細侯風韻兼前事,不止為舟也作霖。


(下し文)
郭員外萬里橋に題するに和す
萬里 橋頭にありて 獨り越吟す,文字に憑して愁心を寫すを知る。
細侯 風韻と前事とを兼ぬ,舟を為すに 也た霖を作すを止めず。


(現代語訳)
(郭員外様のこの「万里橋に題す」という詩に唱和する詩。)
郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。
後漢の細侯は前任中の恩徳により風流なお迎えがあったのですが、それは帰ってきた時の事で、あなた様には、雨が細々と降って、まるでご出立を惜しみいやがっているようではございませんか。


(訳注)
和郭員外題萬里橋

(郭員外様のこの「万里橋に題す」という詩に唱和する詩。)
・郭員外 前の“酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507”と同じ人物を見送っての詩である。
・萬里橋は今の成郡市の南門外の錦江に架けられている橋で、三国時代に奥の間へ使節となって出章する費韡を宰相の諸葛亮(孔明)が見返ったところで、費韡が「萬里の行、この橋より始まる」といったことから名づけられたもの。杜甫の草堂は、この橋の西にあり、杜詩に、「萬甲橋西一草堂」の句で有名である。薛濤の住居も、その近くにあった。ちなみに、「長星橋」から「万里橋」に改名されたとされる。現在は更に改名され「老南門大橋」となっている。


萬里橋頭獨越吟,知憑文字寫愁心。
郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。


細侯風韻兼前事,不止為舟也作霖。
後漢の細侯は前任中の恩徳により風流なお迎えがあったのですが、それは帰ってきた時の事で、あなた様には、雨が細々と降って、まるでご出立を惜しみいやがっているようではございませんか。
・愁心(しゅうしん) さびしい心。
・細侯 後漢の郭伋のあざな。郭伋は茂陵の人。王奔のときに井州の牧(長官)となった。のち、また幷州の牧に再任されると、前任のさい居民を愛したので、
居民の老幼みな喜び、児童数百が竹馬にのって着任を迎えた。今、薛濤が見送っている相手の姓が郭であるので、漢の郭伋の故事をつかったもの。
・風韻 右にのべた郭伋の再任を迎えた時の風流な出迎えをいったもの。
・前事 郭伋の前任中に恩徳をほどこしたことをいう。
・作霜 霧雨、すなわちしとしとと降る長雨をふらせて、舟の出帆をはばんだこと。

浣花峡556

























杜甫『野望』
西山白雪三城戍,南浦清江萬裡橋
海內風塵諸弟隔,天涯涕淚一身遙。
惟將遲暮供多病,未有涓埃答聖朝。
跨馬出郊時極目,不堪人事日蕭條!

(野 望)
西山の白雪三城の戍【まもり】、南浦 清江の万里橋。
海内【かいだい】の風塵【ふうじん】に諸弟隔たり、天涯【てんがい】涕涙【ているい】一身 逢かなり。
惟 遅碁【ちぼ】を将て多病に供す、未だ涓埃【けんあい】の聖朝に答うる有らず。
馬に跨り郊を出で時に目を極むれば、堪えず人事の日とに粛条【しょうじょう】たるに。

遠くには西連峰の山々が白雪をいただくあたりに三城の要塞が見える。近くには成都、南の清らかな錦江の川浦があり、あの万里橋が見える。
いま天下には兵馬のちりを巻き起こす兵乱がうちつづくなか弟たちは遠く隔たっている。私は天の果て遙かにひとりさまよって涙をこぼし、喘ぐのである。
私はここで晩年を多年の病に向ってささげているばかりである。まだつゆちりほども聖天子の御恩に報いたてまつったことはないのである。
家を出て馬にまたがって成都の西郊外に、時時はるかに眺めわたしてみる。人間についての消息が日日にさびしくすがれていくのに堪えられぬ思いだ。

酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507

薛濤 《酬郭簡州寄柑子》 御史台様から頂いたこの黄金色の物は同じ色をしていても責められることはありません。まるい形の中にふくまれている清らかな味と、すがすがしい香りは、清らかできびしい高潔なお役目のように思われます。

2013年6月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507
52酬郭簡州寄柑子20


酬郭簡州寄柑子
(郭簡州の刺史さまへ、成都近くの簡州の特産のミカンを送ってくださりそれに酬いた詩をおくります。)
霜規不讓黃金色,圓質仍含御史香。
御史台様から頂いたこの黄金色の物は同じ色をしていても責められることはありません。まるい形の中にふくまれている清らかな味と、すがすがしい香りは、清らかできびしい高潔なお役目のように思われます。
何處同聲情最異,臨川太守謝家郎。
どこかで同じような詩を作り歌う、心持を一般の人とは違った善いお方を思われます。そうそれは六朝の山水詩人、清廉潔白な臨川太守の謝靈運ということでございましょう。


『酬郭簡州寄柑子』 現代語訳と訳註
題新津北橋棲00(本文)
霜規不讓黃金色,圓質仍含御史香。
何處同聲情最異,臨川太守謝家郎。


(下し文)
郭簡州の柑子を寄せらるるに酬ゆ。

霜規 讓めず黃金の色,圓質 仍お含む御史の香。
何處か 同聲をじうして情は最も異なり,臨川の太守謝家の郎。


(現代語訳)
(郭簡州の刺史さまへ、成都近くの簡州の特産のミカンを送ってくださりそれに酬いた詩をおくります。)
御史台様から頂いたこの黄金色の物は同じ色をしていても責められることはありません。まるい形の中にふくまれている清らかな味と、すがすがしい香りは、清らかできびしい高潔なお役目のように思われます。
どこかで同じような詩を作り歌う、心持を一般の人とは違った善いお方を思われます。そうそれは六朝の山水詩人、清廉潔白な臨川太守の謝靈運ということでございましょう。


(訳注)
酬郭簡州寄柑子
郭簡州の柑子を寄せらるるに酬ゆ。
(郭簡州の刺史さまへ、成都近くの簡州の特産のミカンを送ってくださりそれに酬いた詩をおくります。)
・郭簡州 簡州の刺史で郭という人。簡州は今の四川省簡陽縣。成都の東南(D-3)にあり、成都から比較的近い。郭という人物は不明であるが謝靈運と同じような境遇、詩才の人物であったのだろう。
・柑子 みかんの一種。湖北・四川地方はみかんの名産地であったという。


霜規 不讓 黃金色,圓質 仍含 御史香。
御史台様から頂いたこの黄金色の物は同じ色をしていても責められることはありません。まるい形の中にふくまれている清らかな味と、すがすがしい香りは、清らかできびしい高潔なお役目のように思われます。
・霜規 御史台のことを霜憲・霜台・霜署などということを跨まえ、規はおきて、法度の意。御史台は官吏を監察し司法をつかさどる役所。刺史もまた地方長官として管内でその一端をになう。
・黄金 おうごんの色
・圓質 円いみかんのなか身。
・御史香 御史は右の御史台の官。香は、その清廉正直な風格をさす。


何處 同聲 情最異,臨川 太守 謝家郎。
どこかで同じような詩を作り歌う、心持を一般の人とは違った善いお方を思われます。そうそれは六朝の山水詩人、清廉潔白な臨川太守の謝靈運ということでございましょう。
・臨川太守謝家郎 六朝宋代の有名な詩人謝霊運をさす。謝霊運は 「文章の美、江左第一といわれ、康楽侯に封ぜられたから、謝康楽ともよばれ、族弟の謝恵連らと「文章の四友」といわれ、当時第一の詩人で、李白は「春夜、桃李の園に宴するの序」で「吾人の詠歌は康楽に促づ」とまでいっている。
一般的に、性香惨を好み、高位に就き得ないことに不平を抱き.奇矯な行動が多かったので、臨川の内史の時、有司に訴えられて、広州(今の広東)に移され、そこで謀叛を謀ったという者があり、ついに死刑となった。しかし、文選、古詩源に取り上げられている詩からは、その一般的に言われる雰囲気は全く見られない。当時の権力者にとって邪魔な存在であったのであろうとしか思えないのである。
謝靈運の詩についてはそのほとんどを訳注解説しているので参考にされたい。



謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

酬辛員外折花見遺 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-191-57-#51  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2502

薛濤 《酬辛員外折花見遺》 女神西王母の侍女で女神西王母の侍女の春の紳さまのお使いの青い鳥が、東から飛んできて、今は春も終わりのころ、お花をいただいたとき、その鳥が、口いっぱいに花をふくんで、仙女の宮殿からおりてきたようです。


2013年6月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

酬辛員外折花見遺 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-191-57-#51   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2502


酬辛員外折花見遺
(辛員外さまが、折花をお遣りくださったのに対するお返しの詩。)
青鳥東飛正落梅,銜花滿口下瑤台。
女神西王母の侍女で女神西王母の侍女の春の紳さまのお使いの青い鳥が、東から飛んできて、今は春も終わりのころ、お花をいただいたとき、その鳥が、口いっぱいに花をふくんで、仙女の宮殿からおりてきたようです。
一枝為授殷勤意,把向風前旋旋開。
この一枝には、鄭重な心もちが、たっぷりと含まれているのを受け取ることが出来ました。手にしますと、春風の中に、パッと開くのが、とてもうれしく思われるのです。


『酬辛員外折花見遺』 現代語訳と訳註

花蕊夫人006







(本文)

青鳥東飛正落梅,銜花滿口下瑤台。
一枝為授殷勤意,把向風前旋旋開。


(下し文)
(辛員外の花を折りて遣らるるに酬ゆ)
青鳥 東飛 正に落梅、銜花 瓶口 瑤臺を下る。
一枝 為めに授く 殷勤の意、把って 風前に向へは 旋旋として開く。


(現代語訳)
(辛員外さまが、折花をお遣りくださったのに対するお返しの詩。)
女神西王母の侍女で女神西王母の侍女の春の紳さまのお使いの青い鳥が、東から飛んできて、今は春も終わりのころ、お花をいただいたとき、その鳥が、口いっぱいに花をふくんで、仙女の宮殿からおりてきたようです。
この一枝には、鄭重な心もちが、たっぷりと含まれているのを受け取ることが出来ました。手にしますと、春風の中に、パッと開くのが、とてもうれしく思われるのです。


(訳注)
酬辛員外折花見遺
(辛員外さまが、折花をお遣りくださったのに対するお返しの詩。)
・辛員外(しんいんがい) 員外は艮外部の簡称、官名。辛某が誰であるかはわからない。


青鳥東飛正落梅,銜花滿口下瑤台。
女神西王母の侍女で女神西王母の侍女の春の紳さまのお使いの青い鳥が、東から飛んできて、今は春も終わりのころ、お花をいただいたとき、その鳥が、口いっぱいに花をふくんで、仙女の宮殿からおりてきたようです。
・青鳥 青色は五行思想方位で東に当たる。春の神を青帝ともいう。また靑鳥は天上の女神西王母の侍女でもある。そこでここは、青い鳥が春の使者として訪れたことをいうのであろう。
・東飛 ふつうは東へ飛んでゆく場合であるが、ここは東から飛んでくる意に使ったもの。
・落梅 梅の花が黄ばんで落ちて実をつけるのが四、五月というから、春の末をさすか。
・銜花 花をロにふくむこと。
・瑤台 仙官をいう。政治をつかさどるところ。仙女の居所。十二層の楼台。十二は道教の聖数に由来する。ここでは謝朓の「玉階怨」「清平調詞其一」瑤台 李白「古朗月行」「清平調詞其一」につかう。崑崙山にある神仙の居所。『拾遺記』に「崑崙山……傍らに瑤台十二有り、各おの広さ千歩。皆な五色の玉もて台の基と為す」というように十二層の楼台。十二は道教の聖数に由来する。ここでは李白、謝朓の「玉階怨」のイメージを重ねているように見える。


一枝為授殷勤意,把向風前旋旋開。
この一枝には、鄭重な心もちが、たっぷりと含まれているのを受け取ることが出来ました。手にしますと、春風の中に、パッと開くのが、とてもうれしく思われるのです。
・殷勤 ていちょうにして行き届いた心。ねんごろな,心のこもった、心からもてなす.謝靈運『道路憶山中』「殷勤訴危柱,慷慨命促管!」(この憂いを晴らす,心をこめて琴柱に訴える、笛の音が急にして怒り嘆きを命じるのである。)
・旋旋 パッと開くの意。またはやいこと。またたく間のことをいう、たちまちと訓する。
鶯00

贈韋校書 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-190-56-#50  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2497

薛濤 《贈韋校書》
わたくしのことを、楚の抃和が荊山から宝玉の原石を手に入れたすばらしい寶にたとえられ、科挙及第、甲乙年と同等といわれましたが、それはまちがいで、わたくしは役立つことは役立ちますが、草むらに見出された薬草、あの香り草ぐらいのものでしかありません。

2013年6月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

贈韋校書 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-190-56-#50   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2497


贈韋校書
(韋校書に贈る。)
芸香誤比荊山玉,那似登科甲乙年。
わたくしのことを、楚の抃和が荊山から宝玉の原石を手に入れたすばらしい寶にたとえられ、科挙及第、甲乙年と同等といわれましたが、それはまちがいで、わたくしは役立つことは役立ちますが、草むらに見出された薬草、あの香り草ぐらいのものでしかありません。
澹地鮮風將綺思,飄花散蕊媚青天。
 
あなたさまは、この風光のよい四川の土地に、詩才を、その花のような、また花の蕊のような精華をもって、青空高くまきちらして、天子さまのお覚えもめでたく、まったくすはらしいお方です。

韋校書に贈る
芸香 誤って比す荊山の玉、那んぞ 登科甲乙の年に 似ん。
澹地 鮮風 綺思を將ひ、親花 散蕊 青天に姫ぶ。


『贈韋校書』 現代語訳と訳註
紅梅0021(本文)

芸香誤比荊山玉,那似登科甲乙年。
淡澹地鮮風將綺思,飄花散蕊媚青天。 


(下し文)
(韋校書に贈る)
芸香 誤って比す荊山の玉、那んぞ 登科甲乙の年に 似ん。
澹地 鮮風 綺思を將ひ、親花 散蕊 青天に姫ぶ。


(現代語訳)
(韋校書に贈る。)
わたくしのことを、楚の抃和が荊山から宝玉の原石を手に入れたすばらしい寶にたとえられ、科挙及第、甲乙年と同等といわれましたが、それはまちがいで、わたくしは役立つことは役立ちますが、草むらに見出された薬草、あの香り草ぐらいのものでしかありません。
あなたさまは、この風光のよい四川の土地に、詩才を、その花のような、また花の蕊のような精華をもって、青空高くまきちらして、天子さまのお覚えもめでたく、まったくすはらしいお方です。


(訳注)
贈韋校書

二十年間にわたり剣南西川節度使として、成都に駐在し、薛濤がほぼ十九歳のころから三十八歳まで世話になった韋皐に、兄の子臧孫(正貫)というのがあり、太子校書部になっていたから、たぶんその韋臧孫に贈ったものであろう。そしてこの詩意からみて、臧孫が彼女を卞和によって見出された戦國時代の名玉、「連城壁」のような寶と禮讃(社交的に)したのに封して、返した詩であろう。またふつうなら「酬」と題すべきところであるが、「贈」としているところから考えると、絶句後半の転結は自己のことを述べたのではなく、相手、すなわち韋臧孫の詩才をたたえたものである。


芸香誤比荊山玉,那似登科甲乙年。
わたくしのことを、楚の抃和が荊山から宝玉の原石を手に入れたすばらしい寶にたとえられ、科挙及第、甲乙年と同等といわれにましたが、それはまちがいで、わたくしは役立つことは役立ちますが、草むらに見出された薬草、あの香り草ぐらいのものでしかありません。
・芸香 ミカン科の多年草、薬用植物
・荊山之玉 優秀で賢明な人をいう。「荊山」は春秋時代、楚の抃和が宝玉の原石を手に入れた山である。そのことから高価な宝石のような人をさしていう。
・登科甲乙年 登科は科挙の試験すなわち官吏の登庸試験に及第すること、甲乙は十干(じっかん)は、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10の要素の順列。干支を書くとき干を支の前に書くことから天干(てんかん)とも言う。その十干の始めの二つであるから、甲の年、乙の年というふうに、何年に及第したということ。


澹地鮮風將綺思,飄花散蕊媚青天。 
あなたさまは、この風光のよい四川の土地に、詩才を、その花のような、また花の蕊のような精華をもって、青空高くまきちらして、天子さまのお覚えもめでたく、まったくすはらしいお方です。
・將 養う。
・飄花 花を鼠にひるがえすこと。
yayoipl05

酬人雨後玩竹 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-149-21-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2292

薛濤 《酬人雨後玩竹》

薛濤 《酬人雨後玩竹》 (人の「雨後、竹を玩づ」に酬ゆ)
南の蛾眉の峯から春雨の温和な時候、春は、あらゆる植物が、皆盛んに繁って自己主張。旺盛な活力を誇っている中にあって、竹は、中身が空虚、空洞であるように、じっと自分だけ、自分の生き方を守っているのです。

2013年4月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬人雨後玩竹 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-149-21-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2292
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

酬人雨後玩竹 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-149-21-#14   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2292




酬人雨後玩竹
(ある人が、「雨あがりに見た竹は、なかなかよいものだ」という題で詩を作り、わたしにくださったのに対して、お返しの詩。)
南天春雨時,那鑒雪霜姿。
南の蛾眉の峯から春雨の温和な時候になってきたころには、その竹が、冬のはげしい雪や霜にたえている強い姿は、誰にだって想像もできないのです。
眾類亦云茂,虛心寧自持。
春は、あらゆる植物が、みんな盛んに繁って自己主張します。その旺盛な活力を誇っているなかにあって、竹だけは、あの中身が空虚、空洞であるように、じっと自分だけ、自分の生き方を守っているのです。
多留晉賢醉,早伴舜妃悲。
昔、晋の竹林の賢者たちが、酔って清談をし、賦詩をのこしたのです。またもっと遠い、舜帝の皇后と妃が、帝の死を悲しんで泣いた涙の跡が、竹の斑紋となったのです。
晚歲君能賞,蒼蒼勁節奇。

年の暮れになって、はげしい寒さがおそってきたときに、ひとり相欒わらず、青々とした色を見せて強靭でおとろえず、節操をまもって雪霜のなかに強く生きぬくのです。

(人の「雨後、竹を玩づ」に酬ゆ)
南天 春雨の時、那んぞ雪霜の姿を 鑒【おも】わん。
衆類 亦【すべ】て云茂【うんも】するに、虚心能く自ら持す。
多く晋賢の酔を 留め、早に舜妃の悲しみに 伴ふ。
晩歳 君 能く質せよ、蒼蒼 勁節【けいせつ】の奇なるを。

pla059


『酬人雨後玩竹』 現代語訳と訳註
(本文)

南天春雨時,那鑒雪霜姿。
眾類亦云茂,虛心寧自持。
多留晉賢醉,早伴舜妃悲。
晚歲君能賞,蒼蒼勁節奇。


(下し文)
(人の「雨後、竹を玩づ」に酬ゆ)
南天 春雨の時、那んぞ雪霜の姿を 鑒【おも】わん。
衆類 亦【すべ】て云茂【うんも】するに、虚心能く自ら持す。
多く晋賢の酔を 留め、早に舜妃の悲しみに 伴ふ。
晩歳 君 能く質せよ、蒼蒼 勁節【けいせつ】の奇なるを。


(現代語訳)
(ある人が、「雨あがりに見た竹は、なかなかよいものだ」という題で詩を作り、わたしにくださったのに対して、お返しの詩。)
南の蛾眉の峯から春雨の温和な時候になってきたころには、その竹が、冬のはげしい雪や霜にたえている強い姿は、誰にだって想像もできないのです。
春は、あらゆる植物が、みんな盛んに繁って自己主張します。その旺盛な活力を誇っているなかにあって、竹だけは、あの中身が空虚、空洞であるように、じっと自分だけ、自分の生き方を守っているのです。
昔、晋の竹林の賢者たちが、酔って清談をし、賦詩をのこしたのです。またもっと遠い、舜帝の皇后と妃が、帝の死を悲しんで泣いた涙の跡が、竹の斑紋となったのです。
年の暮れになって、はげしい寒さがおそってきたときに、ひとり相欒わらず、青々とした色を見せて強靭でおとろえず、節操をまもって雪霜のなかに強く生きぬくのです。


(訳注)
酬人雨後玩竹

(ある人が、「雨あがりに見た竹は、なかなかよいものだ」という題で詩を作り、わたしにくださったのに対して、お返しの詩。)
四川は、竹の名産地である。竿橋と称する大きな竹を編んで作った橋も、この地方の名物である。
望江楼公園には現在すでに七十余種の竹が集め植えられてあるという。中でも特殊なものは邦味の邦竹、蛾眉金頂の冷竹、江安の人面竹、鶏爪竹、長撃の花南竹、小花竹、成都西邦の琴線竹、鳳尾竹。そしてもっとも特色のあるものは綿竹県の綿竹で、米つぶのような実を結び、地に落ちて苗を生じる。杜甫『從韋二明府續處覓綿竹三數叢』「華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。」
成都(1)浣花渓の草堂(5) 從韋二明府續處覓綿竹 杜甫 <356  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1739 杜甫詩 700- 534


南天春雨時,那鑒雪霜姿。
南の蛾眉の峯から春雨の温和な時候になってきたころには、その竹が、冬のはげしい雪や霜にたえている強い姿は、誰にだって想像もできないのです。
・鑒 鑑に同じ。見分ける。知る。
・雪霜姿 冬になって雪や霜に耐えているときのりりしい姿。


眾類亦云茂,虛心寧自持。
春は、あらゆる植物が、みんな盛んに繁って自己主張します。その旺盛な活力を誇っているなかにあって、竹だけは、あの中身が空虚、空洞であるように、じっと自分だけ、自分の生き方を守っているのです。
・衆類 あらゆる植物。
・亦 すべて。
・云茂 云は、物の多く盛んなさま。盛んに繁る。「荘子」 に 「万物云云」 の句がある。
・虚心(きょしん) 中心がむなしい。竹のなかに空洞があることをいう。


多留晉賢醉,早伴舜妃悲。
昔、晋の竹林の賢者たちが、酔って清談をし、賦詩をのこしたのです。またもっと遠い、舜帝の皇后と妃が、帝の死を悲しんで泣いた涙の跡が、竹の斑紋となったのです。
・晉賢醉 魏(三国時代)の時代末期から晋に、酒を飲んだり清談を行なったりと交遊した晋のとき、竹林のなかに遊び、酒を飲んで楽しんでいた七人のグループを、「竹林の七賢」といった。七人は、阮籍(げんせき)嵆康(けいこう)山濤(さんとう)劉伶(りゅうれい)阮咸(げんかん)向秀(しょうしゅう)王戎(おうじゅう)である。
・舜妃悲 ○湘妃 鼓宏舜の妻、蛾皇・女英の二人が舜王のあとを追いかけ湘水までゆき、舜の死んだことをきき、湘水に身をなげて死に、湘水の女神となった。それが湘妃であり、この湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓くという古伝説がある。○斑竹 斑紋のある竹、湘水の地方に産する。その竹は湘妃が涙を流したあとに生じたものであるとの伝説がある。○江 湘江をさす。「博物志」に見える。


晚歲君能賞,蒼蒼勁節奇。
年の暮れになって、はげしい寒さがおそってきたときに、ひとり相欒わらず、青々とした色を見せて強靭でおとろえず、節操をまもって雪霜のなかに強く生きぬくのです。
・晩蔵 歳暮、すなわち冬になったらの意。
・君 原詩の作者を指す。。
・蒼蒼(そうそう) あおあおと。
・勁節 勁は強敬な意。節があって強く、積雪などに折れない。節はふしであるが、同時に節操の節の意をふくみ、みさおがしっかりしていることにもかけている.
・奇 他とちがっていること。
篠竹000

宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287

薛濤《宣上人見示與諸公唱和》 
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。

2013年4月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#5 宋玉  <00-#31>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 660 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2284
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集答靈運 謝宣遠(謝瞻)<57> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2286 (04/27)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287


宣上人見示與諸公唱和
(宣上人様が、諸公と唱和され示されたものをお見せくださった。)
許廁高齋唱,涓泉定不如。
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。
可憐譙記室,流水滿禪居。
しかし、昔、この蜀で、有名な書記官であったあの譙周さまは、まことに愛されました。私も皆様に愛されることにおいて、お上人さまのご指導によって、流水の一部として交じれば、この寺の本堂に、大きなお合唱になり、風流で、すがすがすがしく、まことに素晴らしいことになるでしょう。

(宣上人 諸公との唱和を示すを見せられる)
廁【まじ】って 高齋に唱【とな】うるを許さるるも、涓泉【けんせん】も 定めて如【し】からざらん。
譙【しょう】記室を憐むべし、流水 禪居【ぜんきょ】に満つ。


美女画55101道観



















『宣上人見示與諸公唱和』 現代語訳と訳註
(本文)
許廁高齋唱,涓泉定不如。
可憐譙記室,流水滿禪居。


(下し文)
(宣上人 諸公との唱和を示すを見せられる)
廁【まじ】って 高齋に唱【とな】うるを許さるるも、涓泉【けんせん】も 定めて如【し】からざらん。
譙【しょう】記室を憐むべし、流水 禪居【ぜんきょ】に満つ。


(現代語訳)
(宣上人様が、諸公と唱和され示されたものをお見せくださった。)
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。
しかし、昔、この蜀で、有名な書記官であったあの譙周さまは、まことに愛されました。私も皆様に愛されることにおいて、お上人さまのご指導によって、流水の一部として交じれば、この寺の本堂に、大きなお合唱になり、風流で、すがすがすがしく、まことに素晴らしいことになるでしょう。


(訳注)
宣上人見示與諸公唱和

宣上人様が、諸公と唱和され示されたものをお見せくださった。
・宣上人 現在の双流県- 成都の南西三十里c-3)にある竜華寺にいた同時期の段文昌の詩に「竜華山寺の広宣上人を尋ぬ」という詩がある。
段文昌《尋竜華山寺広宣上人》
十里惟聞く松任の風、江山忽ち転じて龍宮を見る。
正に休師と万に旧を話すれば、風煙幾度か楼中に入る
と詠まれている。薛濤のこの詩は、段のこの詩を心に措きながら味わうべきであろう。


許廁高齋唱,涓泉定不如。
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。
・高齋(こうさい) 齋は書斎。相手の書斎であるから、敬語で高斎というが、寺の場合は高らかに声を上げて経を読む本堂を指す。
・廁 まじわる。家の中の片隅に置かれる便所をあらわす。
・唱 経文を唱すること。
・涓泉 涓は小さい水のしたたり。ここは湧水から、ちょろちょろ小さい音をたてて流れる水。


可憐譙記室,流水滿禪居。
しかし、昔、この蜀で、有名な書記官であったあの譙周さまは、まことに愛されました。私も皆様に愛されることにおいて、お上人さまのご指導によって、流水の一部として交じれば、この寺の本堂に、大きなお合唱になり、風流で、すがすがすがしく、まことに素晴らしいことになるでしょう。
・可憐(あわれむべし) 憐には、「哀」と「愛」 の二意があるが、ここは後者。
・譙記室(しようきしつ) 記室は書記のこと。譙 周(しょう しゅう、199年以前 - 270年)は、中国三国時代から晋の政治家、儒学者。字は允南。譙熙・譙賢・譙同の父、譙秀・譙登の祖父。
巴西郡西充国の人。身長は八尺、誠実で飾り気はなく、頭脳明晰だったが、不意の質問に上手く答えるような機転は利かなかった。幼くして父を亡くしたため家は貧しかったが、勉強熱心で六経を精細に研究し、書簡に巧みで、天文の現象の解釈にも明るかった。諸葛亮孔明から登用され、劉禅に仕え勧学従事になった。ただ学問や教育の分野では重用されたが、政治に関わることはなかった。しかし国家の大事の際には、意見を聞かれた。すると彼は学者としての考えを述べた。多くの著書がある。ここは、その譙周が、書がうまく、学問があるけれど、政治に関与しない。薛濤もいかに学問、書に秀でてもそれ以上のものを望んではいない。詩を賦して校書と称せられているし、王羲之の書法を学んだ書家としても認められている。譙周が愛されたように愛されることは望む、というもの。宣上人を譙周にあてたという解釈、あまりに上から目線であり、当時の女性がのべることはないので間違い。
・流水 詩を詠んだりする流れをいう。
・禪居(ぜんきょ) 宜上人のこの寺において薛濤がお経を読む修行生活することを云う。

左名場自澤州至京,使人傳語 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-117-52-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2132

魚玄機 左名場自澤州至京,使人傳語


2013年3月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 

左名場自澤州至京,使人傳語 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-117-52-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2132

卷804_45 【左名場自澤州至京,使人傳語】魚玄機




左名場自澤州至京,使人傳語
閑居作賦幾年愁,王屋山前是舊遊。
わたくしは、隠遁して閑居において、数年、詩を作って寂愁なくらしをしております。王屋山のふもとにおいて、昔、王屋の道観で遊びましたこと、今もなつかしく思っております。
詩詠東西千嶂亂,馬隨南北一泉流。
詩に詠むのはあの東西にいくえにもつらなった急峻な山々のことですし、峠越えに馬にゆられたことですし、南北に通った一本の河に浮んで旅をしたことなのです。
曾陪雨夜同歡席,別後花時獨上樓。
それから、あの雨の夜、たのしい宴席でごいっしょさせていただきました、お別れしてから、花のさくころには、ひとりで都の高楼の上から、遠く山々を望むのです。
忽喜扣門傳語至,為憐鄰巷小房幽。
さて、思いがけなくも、お使いの人をよこされて、お言付けをいただき、とても喜んでおります。ひっそりした小さな家に住んでおりますので、私のことを気にかけていただいてありがたくおもっております。
相如琴罷朱弦斷,雙燕巢分白露秋。
男の方は司馬相如でさえも琴を弾くのをやめ、女遊びを止めました。つがいのツバメでさえも白露の降りる秋になれば愛の巣を分かつものでございます。(あなた様はご立派なお方です)
莫倦蓬門時一訪,每春忙在曲江頭。

もし、おひまがございましたら、時にはこちらにおたちよりください。ただ、いつも春には、長安の公園の曲江のほとりで、忙しくしております。不在の事もあるかもしれませんのでその節はあしからず。

(左名場、澤州【たくしゅう】より京に至り、人をして傳語せしむ)
閑居【かんきょ】して賦を作る 幾年の愁、王屋【おうおく】山前【さんぜん】は是れ舊【むか】し遊ぶ。
詩は詠ず東西 千嶂【せんしょう】亂れ、馬は随ふ 南北 一泉【いつせん】流る。
曾て陪す 雨の夜 歓席【かんせき】を同じうし、別れし後 花の時濁り樓に上る。
忽ち喜ぶ 門を叩いて 傳語の至るを、爲に憐む巷【こう】を隣して小房【しょうぼう】の幽かなるを。
相加【そうじょ】琴を罷めて朱弦【しゅげん】断え、雙燕【そうえん】巣を分って白露の秋。
倦【う】むこと莫れ 蓬門【ほうもん】時に一訪【いちほう】するを、毎春 忙はしく 曲江の頭【ほとり】に在り。


『左名場自澤州至京,使人傳語』 現代語訳と訳註
(本文)
左名場自澤州至京,使人傳語
魚玄機が宮島に閑居作賦幾年愁,王屋山前是舊遊。
詩詠東西千嶂亂,馬隨南北一泉流。
曾陪雨夜同歡席,別後花時獨上樓。
忽喜扣門傳語至,為憐鄰巷小房幽。
相如琴罷朱弦斷,雙燕巢分白露秋。
莫倦蓬門時一訪,每春忙在曲江頭。


(下し文)
(左名場、澤州【たくしゅう】より京に至り、人をして傳語せしむ)
閑居【かんきょ】して賦を作る 幾年の愁、王屋【おうおく】山前【さんぜん】は是れ舊【むか】し遊ぶ。
詩は詠ず東西 千嶂【せんしょう】亂れ、馬は随ふ 南北 一泉【いつせん】流る。
曾て陪す 雨の夜 歓席【かんせき】を同じうし、別れし後 花の時濁り樓に上る。
忽ち喜ぶ 門を叩いて 傳語の至るを、爲に憐む巷【こう】を隣して小房【しょうぼう】の幽かなるを。
相加【そうじょ】琴を罷めて朱弦【しゅげん】断え、雙燕【そうえん】巣を分って白露の秋。
倦【う】むこと莫れ 蓬門【ほうもん】時に一訪【いちほう】するを、毎春 忙はしく 曲江の頭【ほとり】に在り。


(現代語訳)
わたくしは、隠遁して閑居において、数年、詩を作って寂愁なくらしをしております。王屋山のふもとにおいて、昔、王屋の道観で遊びましたこと、今もなつかしく思っております。
詩に詠むのはあの東西にいくえにもつらなった急峻な山々のことですし、峠越えに馬にゆられたことですし、南北に通った一本の河に浮んで旅をしたことなのです。
それから、あの雨の夜、たのしい宴席でごいっしょさせていただきました、お別れしてから、花のさくころには、ひとりで都の高楼の上から、遠く山々を望むのです。
さて、思いがけなくも、お使いの人をよこされて、お言付けをいただき、とても喜んでおります。ひっそりした小さな家に住んでおりますので、私のことを気にかけていただいてありがたくおもっております。
男の方は司馬相如でさえも琴を弾くのをやめ、女遊びを止めました。つがいのツバメでさえも白露の降りる秋になれば愛の巣を分かつものでございます。(あなた様はご立派なお方です)
もし、おひまがございましたら、時にはこちらにおたちよりください。ただ、いつも春には、長安の公園の曲江のほとりで、忙しくしております。不在の事もあるかもしれませんのでその節はあしからず。


(訳注)
左名場自澤州至京,使人傳語

魚玄機55021(左名場さんが山西の澤州から都へ出てきて、使いの著をよこし、ことづてしてくれた。)
・左名場 妙な姓名と思うが、はっきり
しない。択州土着の人らしい。左という
姓は山西省によくある姓である。
・澤州 唐代の択州は、今の山西省の陽城県の西の地にあった。
送李億東歸 溫庭筠
黃山遠隔秦樹,紫禁斜通渭城。
別路青青柳弱,前溪漠漠苔生。
和風澹蕩歸客,落月殷勤早鶯。
灞上金樽未飲,宴歌已有餘聲。

情書(書情寄李子安)
飲冰食檗誌無功,晉水壺關在夢中。
秦鏡欲分愁墮鵲,舜琴將弄怨飛鴻。
井邊桐葉鳴秋雨,窗下銀燈暗曉風。
書信茫茫何處問,持竿盡日碧江空。
情書(書情寄李子安) 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-77-13-# 卷804_9 【情書(一作書情寄李子安)】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1932


閑居作賦幾年愁,王屋山前是舊遊。
わたくしは、隠遁して閑居において、数年、詩を作って寂愁なくらしをしております。王屋山のふもとにおいて、昔、王屋の道観で遊びましたこと、今もなつかしく思っております。
・重臣山(おうおくざん) 今の山西省陽城県の西南にある有名な山。道教の聖地でもある。同上地図参照のこと。
・舊遊(きゅうゆう) 前にいったことがある。この語は、魚玄機がかつて沢州へいってあそんだことをいう。

魚玄機2長安洛陽中原地図














詩詠東西千嶂亂,馬隨南北一泉流。
詩に詠むのはあの東西にいくえにもつらなった急峻な山々のことですし、峠越えに馬にゆられたことですし、南北に通った一本の河に浮んで旅をしたことなのです。
・東西千嶂亂 東西に黄河が流れ(地図では2-5)その両側に延々と山が連なる。東西に連なる山は中条山脈(E-4)である景山、王屋山、折城山、烏牢山と太行山脈(G-5)に連なっている。その山を割って絃水(丹水)が潞州、晋州を経て南北に流れ出て黄河に灌ぐのである。
千嶂(せんしよう) 峠は高くてけわしい山、またそのような峯。この附近、中条山脈が東西につらなっており、玉屋山もその山脈中の山である。地図参照
・南北一泉 地図においても流南北へ一本の河が流れており、それにみちびかれて舟上の旅をしたわけである。南流(地図でG-G)した河は黄河にそそいでいる。
 

曾陪雨夜同歡席,別後花時獨上樓。
それから、あの雨の夜、たのしい宴席でごいっしょさせていただきました、お別れしてから、花のさくころには、ひとりで都の高楼の上から、遠く山々を望むのです。
・陪 臨席する。
・歓席(かんせき)たのしい宴席。


忽喜扣門傳語至,為憐鄰巷小房幽。
さて、思いがけなくも、お使いの人をよこされて、お言付けをいただき、とても喜んでおります。ひっそりした小さな家に住んでおりますので、私のことを気にかけていただいてありがたくおもっております。
・巷 ろじ。花街。
・小房 自分の部屋。


相如琴罷朱弦斷,雙燕巢分白露秋。
男の方は司馬相如でさえも琴を弾くのをやめ、女遊びを止めました。つがいのツバメでさえも白露の降りる秋になれば愛の巣を分かつものでございます。(あなた様はご立派なお方です)
・相如 司馬相如。琴を彈じて卓氏のむすめ文君にいどみ、ついに駈落ちして夫婦となって、財を成した。その後女遊びをして、卓文君と別れようとして切り出したが、卓文君の潔さを見直し、琴を弾くのを止め女遊びを一切やめた。左名場さまは司馬相如のようにきちんとしたお方ですね、というほどの意味で李億のことを謂っているわけではない。
・雙燕巢分白露秋 春からずっと愛の巢で過ごした燕でさえ、白露の降りる秋になれば、その巣を別にする。男女の愛の姿を云う。この句を以て李億との関係を他人に芸子がいうわけはない。色恋を他人に言うはずがない。(漢詩大系15の解釈はおかしい。参考にもならず。腹が立ってくるw―。)


莫倦蓬門時一訪,每春忙在曲江頭。
もし、おひまがございましたら、時にはこちらにおたちよりください。ただ、いつも春には、長安の公園の曲江のほとりで、忙しくしております。不在の事もあるかもしれませんのでその節はあしからず。
・曲江 長安の遊楽名勝の地。

寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-113-48-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2112

寄子安 魚玄機  唐五代詞・宋詩

2013年3月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩名都篇 曹植 魏<57-#3> 女性詩712 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2108
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#8>Ⅱ中唐詩625 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2109
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集朝雨 杜甫 <433>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2110 杜甫詩1000-433-616/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集郡東山望凕海 謝霊運<22> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2111 (03/23)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-113-48-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2112
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-113-48-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2112

卷804_41 【寄子安】魚玄機
この詩は別れる以上元の女郎、花街に還すことはやめてくれと夫に訴えている。この時代の常識としても高級官僚の第二夫人として迎えられた女性が娼屋にすぐ戻るとなればそれは男の恥というものである。「別れてもいいからこの問題を放置したままにするな」といっているのである。この詩の「蕙蘭銷歇歸春圃,楊柳東西絆客舟。」は名句とされている。ただでさえ難しくて、男性詩人でも少ない七言句でありながら、魚玄機は七言律詩が多い。ここに、女性詩人を越えたい魚玄機の矜持があるのである。



寄子安
(李億さまへお願いで寄せる)
醉別千卮不浣愁,離腸百結解無由。
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
蕙蘭銷歇歸春圃,楊柳東西絆客舟。
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
聚散已悲雲不定,恩情須學水長流。
人は離合集散であり、前々からそうなることはあなたの優柔不断なところでわかっておりました。しかし、あなたのこれまでの恩情については感謝し、人生長い水の流れの中のことと学びました。
有花時節知難遇,未肯厭厭醉玉樓。

私もまだ、今まだ花が咲いている季節なのですが、あなたとはもうお会いできないことわかっております。ただ、これから厭で厭で仕方がないことはあの玉楼で酔わなければならないことです。(道観に隠遁させてくれという願いをこめている。)
寄子安
醉別【すいべつ】千卮【せんし】愁を浣がず,離腸【りちょう】百結【ひゃくけつ】解く由無し。
蕙蘭【けいらん】銷歇【しょうけつ】春圃に歸り,楊柳【ようりゅう】東西 客舟に絆ぐ。
聚散 已に悲し 雲定まらず,恩情 須らく學ぶべし水の長流するを。
有花の時節 遇い難きを知り,未に肯て厭厭として玉樓に醉えず。


『寄子安』 現代語訳と訳註
魚玄機888(本文)
醉別千卮不浣愁,離腸百結解無由。
蕙蘭銷歇歸春圃,楊柳東西絆客舟。
聚散已悲雲不定,恩情須學水長流。
有花時節知難遇,未肯厭厭醉玉樓。



(下し文) (寄子安)
醉別【すいべつ】千卮【せんし】愁を浣がず,離腸【りちょう】百結【ひゃくけつ】解く由無し。
蕙蘭【けいらん】銷歇【しょうけつ】春圃に歸り,楊柳【ようりゅう】東西 客舟に絆ぐ。
聚散 已に悲し 雲定まらず,恩情 須らく學ぶべし水の長流するを。
有花の時節 遇い難きを知り,未に肯て厭厭として玉樓に醉えず。


(現代語訳)
(李億さまへお願いで寄せる)
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
人は離合集散であり、前々からそうなることはあなたの優柔不断なところでわかっておりました。しかし、あなたのこれまでの恩情については感謝し、人生長い水の流れの中のことと学びました。
私もまだ、今まだ花が咲いている季節なのですが、あなたとはもうお会いできないことわかっております。ただ、これから厭で厭で仕方がないことはあの玉楼で酔わなければならないことです。(道観に隠遁させてくれという願いをこめている。)


(訳注)
寄子安

・子安 夫の李億。この子安を使う段階では別れることを云われていたのではない時期で、思わせぶりな(魚玄機は度々「含情」という表現をしている。)面を持っていた男のようだ。


醉別千卮不浣愁,離腸百結解無由。
酔ってそして別れました。それ以来、お酒を何杯飲んでも心を晴れやかにすることが出来ません。あなたとの夜のいとなみから別れた今も何度も結ばれたいと思います。しかしそれも許されないことなのでしょう。
・千卮 卮はさかずき。いくたび杯を重ねること。
・浣 水で洗う。ここは消す意味だが、暗いじめじめした感じではなく、明るくさばさばした感じに使う。
・離腸 腸は性交を示す語でセックスをしないことを含めて別れることを云う。別れても好きな人ではないことを示す。


蕙蘭銷歇歸春圃,楊柳東西絆客舟。
香りのよい蘭の花も色あせ香しい香りも消え失せて春圃の街に帰るのです、ここには柳が植えられた岸辺、男と女、楊と柳とが東と西にわかれるあなたの舟をつないでいます。
・蕙蘭 かおりぐさ。一種の香草。魚玄機の字名。
・銷歇 銷はきえること。歇はなくなること。
・春圃 圃はその、はたけ。商業をうえるところ。花街娼屋のこと。
・楊柳 やなぎ。楊は男性をしめし、柳は女性を示すもの。男女が東西に別れること、別れに楊柳の枝を折って贈る風習がある。
・客舟(かくしゅう) 旅人をのせる舟。「このまま離れることは恥ですよ」ということ。


杏の花001聚散已悲雲不定,恩情須學水長流。
人は離合集散であり、前々からそうなることはあなたの優柔不断なところでわかっておりました。しかし、あなたのこれまでの恩情については感謝し、人生長い水の流れの中のことと学びました。
・聚散 離合集散。
・已悲 前々からそうなることはあなたの優柔不断なところでわかっていたということ。


有花時節知難遇,未肯厭厭醉玉樓。
私もまだ、今まだ花が咲いている季節なのですが、あなたとはもうお会いできないことわかっております。ただ、これから厭で厭で仕方がないことはあの玉楼で酔わなければならないことです。(道観に隠遁させてくれという願いをこめている。)
(結果隠遁するのである。日本の出家とは違って俗世界と完全に立つわけではなく普通に生活をする。)


江陵愁望寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-112-47-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2107

江陵愁望寄子安 魚玄機
この詩は、夫李億ともう心さえも繋がっていないことを感じさせる、最後の手紙で、たぶん届先のない別れの手紙であろう。悲しくもあるが、凛とした女性を感じるものである。


2013年3月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江陵愁望寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-112-47-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2107
 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


江陵愁望寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-112-47-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2107

魚玄機55021
卷804_40 【江陵愁望寄子安】魚玄機



江陵愁望寄子安
(江陵でとてもさびしい気持ちでいらっしゃるでしょう子安様よせる。)
楓葉千枝復萬枝,江橋掩映暮帆遲。
楓のまっ赤な千の枝が、万の枝に変わり秋も深まってきています。あなたのいらっしゃる大江の渡し場付近でも紅葉は広がって水面に映しているでしょう。あなたからのお手紙もなく心変わりされたことも船がなかなかつかないことのように感じております。
憶君心似西江水,日夜東流無歇時。

私のあなたを思う気持ちは長江の西の水と同じなのです。それは片時もやむことなく、東流していてやむ時がないことと同じことなのです。
(江陵の愁望、子安に寄す)
楓葉 千枝復た萬枝、江橋 掩映 暮れて帆遅。
君を憶う 心は似たり 西江の水、日夜 東流して 畝む時なきに。


『江陵愁望寄子安』 現代語訳と訳註
(本文)
楓葉千枝復萬枝,江橋掩映暮帆遲。
憶君心似西江水,日夜東流無歇時。


(下し文)
(江陵の愁望、子安に寄す)
楓葉 千枝復た萬枝、江橋 掩映 暮れて帆遅。
君を憶う 心は似たり 西江の水、日夜 東流して 畝む時なきに。


嘉陵江111111(現代語訳)
(江陵でとてもさびしい気持ちでいらっしゃるでしょう子安様よせる。)
楓のまっ赤な千の枝が、万の枝に変わり秋も深まってきています。あなたのいらっしゃる大江の渡し場付近でも紅葉は広がって水面に映しているでしょう。あなたからのお手紙もなく心変わりされたことも船がなかなかつかないことのように感じております。
私のあなたを思う気持ちは長江の西の水と同じなのです。それは片時もやむことなく、東流していてやむ時がないことと同じことなのです。


(訳注)
江陵愁望寄子安

江陵でとてもさびしい気持ちでいらっしゃるでしょう子安様よせる。
・江陵(こうりよう) 地名。湖北省の都市で、長江にのぞむ。武漢の上流にある。旧名荊州。天宝元年に江陵郡治となる。長安にいる魚玄機はこの時は李億がいる場所を知らないので漠然とした地名を挙げている。魚玄機が旅をして江陵にいるのではない。
この時、李億は、「江北」の江陵にいるのか、「江南」の岳州にあったか、「江南」の遠く浙江の地にあったか、ということがわからなかったのである。つまり早い段階で、李億は嫉妬心の強い正妻に第二夫人の魚玄機と別れさせられていたのである。そのことを知らない魚玄機が健気にも詩を作って贈ったのである。
ただ、花街で育った魚玄機にとって、李億の心変わりは判ってはいたことであろう。この詩は、「寄せる」と題しながら、李億に対する別れを意味した詩である。
・愁望 旅先の遠く李億がきっと憂愁の思いを抱いているであろう方を望むのである。この場合の「愁望」は魚玄機は寄せるのであるから、愁う、望むの主語は相手、つまり李億である。中国人の表現は自分も愁いにも持っていますがあなたはもっと愁いを持っておられるでしょうねということであり、だからこの詩を寄せるのですということである。漢文大系15の語訳はこのあたりが魚玄機が捨てられて狂ってしまったと思い込んでしまい「誤訳」しているのである。魚玄機は江陵にも、武漢にも鄂州にも来ていないのである。
・子安 李億のあざな。


楓葉千枝復萬枝,江橋掩映暮帆遲。
楓のまっ赤な千の枝が、万の枝に変わり秋も深まってきています。あなたのいらっしゃる大江の渡し場付近でも紅葉は広がって水面に映しているでしょう。あなたからのお手紙もなく心変わりされたことも船がなかなかつかないことのように感じております。
・楓葉 かえでの葉。楓や楡の木は西の方角、落ち葉を示し、暗に相手に対する気持ちがなくなってくることを確認するものと思われる。
・江橋 河にかけた橋。この江は長江で、土地勘のない魚玄機の表現である。この時代に江と呼ばれる大江にかかる橋はできていない。渡し場を示すもの。


憶君心似西江水,日夜東流無歇時。
私のあなたを思う気持ちは長江の西の水と同じなのです。それは片時もやむことなく、東流していてやむ時がないことと同じことなのです。
魚玄機55021・君 李億をさす。
・西江 広西省を流れる西江でもなければ、また湖北の監利県の東南にある西江をさすのでもなく、たんに普通名詞のように 「この西方にある川」というていどの意。つまり、西江をうけての下句、東流である。
・東流 東へむかって流れる。中國では常識を示す言葉であり、仕方ない出来事を云うものである。つまり、夫が、別の女のもとに走り、世継ぎを産んだ正妻は厳然として、自分は第二夫人であること、それらは判っておりますというあきらめほどの意味。
・歇 やすむ、つきる。本当に愛し合っているときにこんな表現はしないものである。

隔漢江寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-110-45-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2097

隔漢江寄子安 魚玄機

山西の旅から長安へもどった魚玄磯のもとへ、約束より遅れはしたが、李億も歸ってきた。そして、何も言わないまま湘南の岳州へむかった。事実上の別れをしたのだ。魚玄機は数通の手紙のやり取りでそのことを理解したのだ。
ともかく、李億は長安から馬で秦嶺を越えて、漢江へ出て、それからはずっと舟旅。やがてその河が長江へ合流するところ、卾州、今日のいわゆる武漢三鎮の地に舟はついた。

2013年3月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性隔漢江寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-110-45-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2097
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 

隔漢江寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-110-45-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2097

卷804_38 【隔漢江寄子安】魚玄機
山西の旅から長安へもどった魚玄磯のもとへ、約束より遅れはしたが、やがて李億も歸ってきた。そして湘南の岳州へむかった。長安から馬で秦嶺を越えて、漢江へ出て、それからはずっと舟旅。やがてその河が長江へ合流するところ、卾州、今日のいわゆる武漢三鎮の地に舟はついた。


隔漢江寄子安
江南江北愁望,相思相憶空吟。
江南でしょうか、江北でこうか気になってなりません。あなたは私を思い私はあなた思って、むなしく詩をよんでいます。
鴛鴦暖臥沙浦,鸂鶒閑飛橘林。
おしどりが船着き場の白砂の上に、日なたほっこしているだろうし、橘の林では、時おり、兄弟鳥の鸂鶒が、いっしょに飛んでいるのが、見えているでしょう。
煙裏歌聲隱隱,渡頭月色沈沈。
夕暮れのもやが、河の水面にたちこめて、そのもやのむこう、あなたのおいでになっている町のあたりから、歌姫の歌輩が、かすかに聞こえているのでしょう。渡し場のあたりには、次第に夜がふけて、今、月が静かに照っています。さびしい景色です。
含情咫尺千裏,況聽家家遠砧。

結局思わせぶりの心では、心でつながって間近なはずがまるで千里も遠くへいらっはなれてしまったのでしょう。それどころか、ここ長安ではあちこちの家で打っているきぬたの音が、遠くからつたわってきます。

(漢江を隔てて、子安に寄す)
江南江北愁ひ望む、相思相憶空しく吟ず。
鴛鴦は沙浦に 暖臥し、鸂鶒は 橘林に 閑飛す。
煙裏 歌聾 隱隱、渡頭 月色 沈沈。
情を含んでは 爬尺も千里、
況んや 家家の遠砧を 聽くをや。


『隔漢江寄子安』 現代語訳と訳註
寒梅901(本文)
江南江北愁望,相思相憶空吟。
鴛鴦暖臥沙浦,鸂鶒閑飛橘林。
煙裏歌聲隱隱,渡頭月色沈沈。
含情咫尺千裏,況聽家家遠砧。


(下し文)
(漢江を隔てて、子安に寄す)
江南江北愁ひ望む、相思相憶空しく吟ず。
鴛鴦は沙浦に 暖臥し、鸂鶒は 橘林に 閑飛す。
煙裏 歌聾 隱隱、渡頭 月色 沈沈。
情を含んでは 爬尺も千里、
況んや 家家の遠砧を 聽くをや。


(現代語訳)
江南でしょうか、江北でこうか気になってなりません。あなたは私を思い私はあなた思って、むなしく詩をよんでいます。
おしどりが船着き場の白砂の上に、日なたほっこしているだろうし、橘の林では、時おり、兄弟鳥の鸂鶒が、いっしょに飛んでいるのが、見えているでしょう。
夕暮れのもやが、河の水面にたちこめて、そのもやのむこう、あなたのおいでになっている町のあたりから、歌姫の歌輩が、かすかに聞こえているのでしょう。渡し場のあたりには、次第に夜がふけて、今、月が静かに照っています。さびしい景色です。
結局思わせぶりの心では、心でつながって間近なはずがまるで千里も遠くへいらっはなれてしまったのでしょう。それどころか、ここ長安ではあちこちの家で打っているきぬたの音が、遠くからつたわってきます。


4岳陽樓詩人003 (訳注)
隔漢江寄子安
遠く漢江の向こうにいる子安寄せる。
・漢江 漢水のこと。陝西省の南部に発し、河北省の洪ロで、長江にそそぐ大きな河。
・子安 李億のあざな。
・長安に居て漢江にいる夫に寄せたもの。この詩を魚玄機が鄂州まで行って詩たものという無茶な論(漢詩大系15、P147)があるが、漢江の江口に居てので待っていて思い込みの解釈の典型であろう


江南江北愁望,相思相憶空吟。
江南でしょうか、江北でこうか気になってなりません。あなたは私を思い私はあなた思って、むなしく詩をよんでいます。
・江南江北 長江を境に南側か、北側の流域、長江の中流域から下流域のかなり広範囲を示す。
・相憶 李億を思うこと。


鴛鴦暖臥沙浦,鸂鶒閑飛橘林。
おしどりが船着き場の白砂の上に、日なたほっこしているだろうし、橘の林では、時おり、兄弟鳥の鸂鶒が、いっしょに飛んでいるのが、見えているでしょう。
・鴛鴦 おしどり。
・沙浦 河水の船泊りになっているところで、砂地のあるところ。港の女に手を出しているのではないかという意味。
・暖臥(だんが) ひなたぼっこしている。
・鸂鶒 【けいせき】おしどり。兄弟の喩えにされる鳥。杜甫はよく使う。鸂鶒【けいせき】紫おしどり。謝霊運『鸂鶒賦』「覧水禽之萬族、信莫麗干鸂鶒。」(水禽之萬族を覧るに、信に干鸂鶒麗しきは莫し。)水鳥。いろいろに書く。鳥の名。常葉の大きなもので、紫色が多いので、紫鷲喬ともいう。
杜甫『春水生 二絶其一』
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。春水生 二絶其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 9)  杜甫 <414>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2015 杜甫詩1000-414-597/1500


煙裏歌聲隱隱,渡頭月色沈沈。
夕暮れのもやが、河の水面にたちこめて、そのもやのむこう、あなたのおいでになっている町のあたりから、歌姫の歌輩が、かすかに聞こえているのでしょう。渡し場のあたりには、次第に夜がふけて、今、月が静かに照っています。さびしい景色です。
・煙裏 ゆうもやのうち。
・波頭 わたしばのあたり。
・沈沈 夜がふけて、ものしずかなさま。杜博の詩に、「月寒く天清く、夜沈々」という句がある。


含情咫尺千裏,況聽家家遠砧。
結局思わせぶりの心では、心でつながって間近なはずがまるで千里も遠くへいらっはなれてしまったのでしょう。それどころか、ここ長安ではあちこちの家で