玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

七言歌行

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

江月樓 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-241-107-#97  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587

薛濤《江月樓》 悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。
  

2013年7月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
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李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


江月樓 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-241-107-#97   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587
 

江月樓
秋風仿佛吳江冷,鷗鷺參差夕陽影。 
悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。
垂虹納納臥譙門,雉堞耽耽俯漁艇。 
小雨のあとに、まるい虹がかかり、その裾は城門の望楼のあたりで消えていて、城のめがきの上からは、魚をとる小舟がいくつか見おろせるのも江南の景色でしょう。
陽安小兒拍手笑,使君幻出江南景。 
そこでこれを見た簡州陽安の子どもたちは手をたたき、よろこび微笑んで、州長官さまが、魔法を使ってこんな景色をあらわしてくださったんだなどと申しております。(よい政治、あたたかい政治をしておられることの表れでしょう。)

ani0071秋風 吳江の冷しきに仿佛し,鷗鷺【おうろ】 參差【しんし】 夕陽の影。
垂虹【すいこう】 納納【のうのう】 譙門【しょうもん】に臥し,雉堞耽耽俯漁艇。 
陽安の小兒 拍手をって笑う,使君 幻出し 江南の景と。
 


『江月樓』 現代語訳と訳註
(本文)
秋風仿佛吳江冷,鷗鷺參差夕陽影。 
垂虹納納臥譙門,雉堞耽耽俯漁艇。 
陽安小兒拍手笑,使君幻出江南景。 


(下し文)
(江月樓)
秋風 吳江の冷しきに仿佛し,鷗鷺【おうろ】 參差【しんし】 夕陽の影。
垂虹【すいこう】 納納【のうのう】 譙門【しょうもん】に臥し,雉堞耽耽俯漁艇。 
陽安の小兒 拍手をって笑う,使君 幻出し 江南の景と。 


(現代語訳)
悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。
小雨のあとに、まるい虹がかかり、その裾は城門の望楼のあたりで消えていて、城のめがきの上からは、魚をとる小舟がいくつか見おろせるのも江南の景色でしょう。
そこでこれを見た簡州陽安の子どもたちは手をたたき、よろこび微笑んで、州長官さまが、魔法を使ってこんな景色をあらわしてくださったんだなどと申しております。(よい政治、あたたかい政治をしておられることの表れでしょう。)


(訳注)
江月樓
簡州簡陽県の地にある。簡陽(中国歴史地図唐e-2)現在、成滝鉄道の沿線の都市で、汶江に臨んでいる。古の簡県の地で、西南三里に、三国時代の陽安関があるので、別に陽安ともよばれている。その陽安の南三十歩に赤水というのがあり、また際水というのも流入しているが、その赤水と雁水の中間にあるのが江月榛だと「九州要記」に記され、薛濤のこの詩も載せられている。


秋風仿佛吳江冷,鷗鷺參差夕陽影。 
悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。
・秋風 悲秋を感じさせる風。
・彷彿 はっきり見分けにくいさま。そこで、さながら、さも似たりの意となる。
・呉江 今の呉淞江。ただしここでは、江南の呉地方の河というていどの意。それは江南地方の温暖平穏な川の風景を想像させる。
・鷗鷺 鷗:かもめと鷺:きざ。
・参差 いり乱れている形。
 

垂虹納納臥譙門,雉堞耽耽俯漁艇。 
小雨のあとに、まるい虹がかかり、その裾は城門の望楼のあたりで消えていて、城のめがきの上からは、魚をとる小舟がいくつか見おろせるのも江南の景色でしょう。
・垂虹 空から地へ半円を措いてとどい に.している虹。
・納納 物を包み入れるさま。まるく包むように虹がかけているありさま。
・譙門 物見やぐらのついている城門。
・雉堞 城上のひめがき。女墻に同じ。
・耽耽 見おろすさま。


陽安小兒拍手笑,使君幻出江南景。 
そこでこれを見た簡州陽安の子どもたちは手をたたき、よろこび微笑んで、州長官さまが、魔法を使ってこんな景色をあらわしてくださったんだなどと申しております。(よい政治、あたたかい政治をしておられることの表れでしょう。)
・陽安 今の四川省の簡陽県。唐代に簡州ともいう。(d・e―
・小兒 こども。
・使君 刺史(官名)をいう。州の長官。
成都遂州00

自朗州至京戲贈看花諸君(玄都觀看花) 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 劉禹錫-237--#93  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2732

劉禹錫《自朗州至京戲贈看花諸君》玄都観の中には千本の桃の木が植えられているというが、その木々のことごとく全部が仙桃を味わった劉晨が、仙郷を去った後に栽えられたものだという。〔12年も経過すると、朝廷に誇らかにしている官僚は、ことごとく、わたし(劉禹錫)が左遷されてから出世した連中でしかないのだ。〕


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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
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孟郊詩
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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

自朗州至京戲贈看花諸君(玄都觀看花) 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 劉禹錫-237--#93   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2732


元和十一年自朗州召至京戲贈看花諸君子:自朗州至京戲贈看花諸君:(玄都觀看花)」玄都観にて花を看る

劉禹錫(りゅう うしゃく、772年 - 842年)は中国の唐代(中唐)期の詩人、政治家。字は夢得(ぼうとく)。自身は中山(河北省定州市)出身と称したが、彭城(江蘇省徐州市)出身とも伝えられる。詩豪と呼ばれた。

劉禹錫・『晩笑堂竹荘畫傳』
代々儒学者として名があった家に生まれた。793年(貞元9年)進士に及第した。淮南節度使であった杜佑の配下で書記を務めた。その後、中央政界で同じ年に進士となった柳宗元とともに王叔文の党派に連なり、徳宗末期の貞元年間から順宗期を経て政治改革を推進した(永貞の革新)。なかでも劉禹錫は財政面を担当し、王叔文・王伾・柳宗元らとともに「二王劉柳」と並称されるほど重要な役割を果たした。急激な改革だったため彼らは武元衡のような政敵を多くつくってしまう。宦官の圧力のために在位8ヶ月にして順宗が退位させられ憲宗が即位すると武元衡ら守旧派が力を盛り返し、王叔文は失脚、劉禹錫も連州(広東省連州市)刺史に左遷を命じられ、その途次で朗州(湖南省常徳市)司馬に降格となった。このとき他の主立った同志も同じように各地の司馬に左遷された(八司馬事件)。朗州での約9年間、劉禹錫は文学に没頭するようになり、古来楚であった当地の風俗に取材した詩をつくったり、民衆のために祭祀用の歌詞をつくった。
815年(元和10年)、ようやく都長安に召還されたが、玄都観(道教の施設)で詠んだ詩が政府の主流派を揶揄する内容だったためその怒りにふれ、連州刺史に逆戻りとなった。それから数ヶ所の刺史を経たあと、828年(大和2年)に長安に戻り主客郎中を拝命した。そこで劉禹錫はまたも玄都観で、前回の続編となる詩を詠んだ。このときは宰相裴度のおかげでどうにか左遷を免れていたが、その裴度が引退すると洛陽にやられた後、832年(大和6年)蘇州刺史にされた。このように劉禹錫は、狭量な性格ゆえにその地位が安定しなかった。その後も太子賓客となったり刺史となったりを繰り返した。
晩年は白居易と親交が深まり、元稹亡き後も詩を唱和し、その神妙さを讃えられた。最終的には検校礼部尚書・太子賓客で生涯を終えた。


薛濤『和劉賓客玉蕣』
(太子賓客、劉禹錫さまがお作りになった「玉蕣」の詩に和します。)
瓊枝玓瓅露珊珊,欲折如披云彩寒。
玉の蕣(あさがお)は、朝露をおびて、その枝は、きらきらと日に輝き、はらはらと露がこぼれ落ちます。それは、花を折ろうとして、手にとると、まるで美しい玉を開くようなすがすがしさなのです。
閑拂朱房何所似,緣山偏映日輪殘。
そっとやさしく赤い花房をちぎってしまうと、花瓣の形は、何にたとえられるのでしょう。それは、山の端に沈んでゆく太陽が偏ったかがやきの形を遺している姿のようでしょうか。
(劉賓客の玉蕣【ぎょくしゅん】に和す)
瓊枝【けいし】玓瓅【てきれき】露 珊珊【さんさん】,折らん欲とすれば云彩【うんさい】の寒さを披くが如し。
閑かに朱房【しゅぼう】を拂えば何の似たる所ぞ,山に緣【そ】うて 偏映【へんえい】 日輪の殘するに。

劉禹錫 
七言絶句。來・囘・栽(平声灰韻)。
『自朗州至京戲贈看花諸君』「玄都觀看花」
(朗州から長安に帰ってきて、戯れに花を看て仲間の諸君にこの詩を贈る。)
紫陌紅塵拂面來、無人不道看花囘。
長安の真ん中を東西南北の交差点、人通りの多い大通りの塵は顔を撫で払うように飛んで来る。この通りにいるどの人も砂ぼこりが顔につかない人はいないし、花を看ての帰りだというのにそれを口に出して謂う人もいない。
玄都觀裏桃千樹、盡是劉郎去後栽。

玄都観の中には千本の桃の木が植えられているというが、その木々のことごとく全部が仙桃を味わった劉晨が、仙郷を去った後に栽えられたものだという。
〔12年も経過すると、朝廷に誇らかにしている官僚は、ことごとく、わたし(劉禹錫)が左遷されてから出世した連中でしかないのだ。〕
(朗州より京に至いたり、戯れに花を看る諸君に贈る)
紫陌【しはく】の紅塵【こうじん】 面を払って来きたる、人の花を看て回ると道わざるなし。
玄都観の裏 桃千樹、盡【ことごと】く是れ 劉郎去って後に栽えたり。


『自朗州至京戲贈看花諸君』 現代語訳と訳註
(本文)
『自朗州至京戲贈看花諸君』「玄都觀看花」
紫陌紅塵拂面來,無人不道看花回,
玄都觀裡桃千樹,盡是劉郎去後栽。


(下し文)
(朗州より京に至いたり、戯れに花を看る諸君に贈る)(玄都観にて花を看る)
紫陌【しはく】の紅塵【こうじん】面を拂うて來る,人【ひとびと】は無く  花を看回るを道わず,
玄都觀の裡 桃千樹,盡く是れ 劉郎 去りて後 栽うるものなり。


(現代語訳)
(朗州から長安に帰ってきて、戯れに花を看て仲間の諸君にこの詩を贈る。)
長安の真ん中を東西南北の交差点、人通りの多い大通りの塵は顔を撫で払うように飛んで来る。この通りにいるどの人も砂ぼこりが顔につかない人はいないし、花を看ての帰りだというのにそれを口に出して謂う人もいない。
玄都観の中には千本の桃の木が植えられているというが、その木々のことごとく全部が仙桃を味わった劉晨が、仙郷を去った後に栽えられたものだという。
〔12年も経過すると、朝廷に誇らかにしている官僚は、ことごとく、わたし(劉禹錫)が左遷されてから出世した連中でしかないのだ。〕

長安城図 座標

































(訳注)
『自朗州至京戲贈看花諸君』「玄都觀看花」
(朗州から長安に帰ってきて、戯れに花を看ている仲間の諸君にこの詩を贈る。)
・朗州 湖南省にかつて設置された州。現在の常徳市一帯に相当する。 魏晋南北朝時代. 南北朝時代の560年(天嘉元年)、陳により荊州天門郡、義陽郡、南平郡及び郢州武陵郡に設置された武州を前身とする。
・自朗州至京 816年元和十一年に朗州(現・湖南省常徳市。洞庭湖西岸の地名。「武陵桃源」の武陵。)より召還され、長安に戻ってきて、戯れに花見をしている諸賢に詩を贈る。805年永貞元年に政争に敗れて地方の連州(広東省連州市)刺史に左遷され、更に朗州(湖南省常徳市)司馬に左遷されて、足掛け12年、都へ呼び戻されたとき(816年元和十一年)、この詩を作ったのである。それが政敵に知られることとなり、「この表現内容が、朝政を嘲弄しており、不穏当」とのことで、再び地方へ飛ばされる原因(口実)となった。やがて、この詩作のとき(元和十一年:816年)から、更に十四年後の太和二年(828年)、再び都へ呼び戻された。その時の詩作『再遊玄都觀』とその序に、その間の事情が説明されている。

再遊玄都觀

余貞元二十一年爲屯田員外郎時,此觀未有花。是歳出牧連州,尋貶朗州司馬。居十年,召至京師,人人皆言,有道士手植仙桃,滿觀如紅霞,遂有前篇以志一時之事。旋又出牧,今十有四年,復爲主客郞中。重遊玄都觀,蕩然無復一樹,唯兔葵燕麥動搖於春風耳。因再題二十八字,以俟後遊,時太和二年三月。
(再遊玄都觀:本文)
百畝庭中半是苔, 桃花淨盡菜花開。
種桃道士歸何處? 前度劉郎今又來。
・玄都觀 道教寺院の名。長安の東西を春明門と金光門、延興門と延平門に大通りがあり、南北通り朱雀門と明徳門、が交差するあたりにあった。(長安図 f-3付近


紫陌紅塵拂面來、無人不道看花回。
長安の真ん中を東西南北の交差点、人通りの多い大通りの塵は顔を撫で払うように飛んで来る。この通りにいるどの人も砂ぼこりが顔につかない人はいないし、花を看ての帰りだというのにそれを口に出して謂う人もいない。
・紫陌 都の市街。帝都の郊外の道路。 
・紅塵 賑やかな街の埃(ほこり)。市街地に立つ土ぼこり。繁華な市街地。また、空が赤茶けて見えるほどの土ぼこり。また、浮き世の塵。煩(わずら)わしい俗世間。俗塵。反対意見は握りつぶされていることを示す。
・拂面 顔を撫(な)で払う。
・無人 …という人はいない。誰もが…でない。 
・道 言う。動詞。 
・無…不… …しない…はない。全て…だ。(結果として)二重否定。
・回 戻る。めぐる。かえる。


玄都觀裏桃千樹、盡是劉郎去後栽。
玄都観の中には千本の桃の木が植えられているというが、その木々のことごとく全部が仙桃を味わった劉晨が、仙郷を去った後に栽えられたものだという。
〔12年も経過すると、朝廷に誇らかにしている官僚は、ことごとく、わたし(劉禹錫)が左遷されてから出世した連中でしかないのだ。〕
・玄都觀 道教寺院の名。長安の朱雀街(f-3付近)にあった。 
・裏 (…の)中。 
・桃千樹 千本の桃の木。この語に寓意があるとされた。「新・官僚」。
・盡是 ことごとく…だ。 
・劉郎 仙桃を味わった劉晨、中国版・浦島太郎伝説中の人物。であり、12年ぶりに帰ってきた作者・劉禹錫であるということは誰もが容易に理解した。
・去後 去っていったあと(で)。 
・栽 植える。栽培する。


(玄都観にて花を看る)
紫陌【しはく】の紅塵【こうじん】面を拂うて來る,人【ひとびと】は無く  花を看回るを道わず,
玄都觀の裡 桃千樹,盡く是れ 劉郎 去りて後 栽うるものなり。
海棠花04

續嘉陵驛詩獻武相國 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-201-67-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2552

薛濤《續嘉陵驛詩獻武相國》蜀への入り口といわれる嘉陵の駅から、さらに西の方、青天にものぼるような剣門のけわしい山路の旅をつづけられたことにたいし、一つ思いきって、恒例の蜀の鄙歌を弦いて、うたわせていただきます。
 

2013年6月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#2>713 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2549
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集海棕行 楽府(七言歌行) 成都6-(20) 杜甫 <482-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2550 杜甫詩1000-482-#2-704/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性續嘉陵驛詩獻武相國 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-201-67-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2552
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

續嘉陵驛詩獻武相國 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-201-67-#61   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2552


續嘉陵驛詩獻武相國
(『題嘉陵驛』の詩に続いて武元衝節度使様にこの詩を献上もうしあげます。)
蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。
蜀への入り口といわれる嘉陵の駅から、さらに西の方、青天にものぼるような剣門のけわしい山路の旅をつづけられたことにたいし、一つ思いきって、恒例の蜀の鄙歌を弦いて、うたわせていただきます。
卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。

この蜀のくにではご存じの、男といえは司馬相加、女といえば卓文君、それにあわせて、美しい錦江の流れ、それから玉塁山、これら山と川の代表をすべてをささげてお願い申しあげます。


この詩は、武元衝の「嘉陵驛に題す」と題した次の詩につづけて作ったものである。
悠悠風旆繞山川、山驛空濛雨作煙。
路半嘉陵頭己白、蜀門西更上青天。
悠悠 風旆 山川を繞る、山驛 空濛 雨 煙と作る。
路 嘉陵に半ばして頭は己に白くし、蜀門 西のかた更に青天に上る。

剣門関01



『續嘉陵驛詩獻武相國』 現代語訳と訳註
(本文)

蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。
卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。


(下し文)
(「題嘉陵驛」の詩に續いて武相國に獻ず)
蜀門 西のかた更に青天に上り,強いて公の為に蜀國の弦を歌わん。
卓氏 長卿 士女を稱し,錦江 玉壘 山川を獻ず。


(現代語訳)
(『題嘉陵驛』の詩に続いて武元衝節度使様にこの詩を献上もうしあげます。)
蜀への入り口といわれる嘉陵の駅から、さらに西の方、青天にものぼるような剣門のけわしい山路の旅をつづけられたことにたいし、一つ思いきって、恒例の蜀の鄙歌を弦いて、うたわせていただきます。
この蜀のくにではご存じの、男といえは司馬相加、女といえば卓文君、それにあわせて、美しい錦江の流れ、それから玉塁山、これら山と川の代表をすべてをささげてお願い申しあげます。


(訳注)
續嘉陵驛詩獻武相國

『題嘉陵驛』の詩に続いて武元衝節度使様にこの詩を献上もうしあげます。
・續 武元衝の「嘉陵驛に題す」の原作につづける意。武元衝の詩の第四句が。薛濤の詩の第一句になっている。
・嘉陵驛 今の四川省の広元。嘉陵江の東岸にあり、秦から蜀への要道を拒し、その第一の高処。西は剣門に入り南の成都へ向かう。城の西門に「全蜀咽喉」の四字が掲げられている。
・武相國 武元衝が創南西川節度使として蜀に赴任してきたとき、最初の宴席で彼女が賦したものであろう。武元衡の赴任は、憲宗の元和二年、冬十月のことであった(武元衡の「准南の中書相公の寄せらるるに酬ひたてまつる」といぅ詩の序文に、「皇帝改元の二年、余、詔によって放校更部尚書兼門下侍郎を授けられ、膨弓致矢、出でて西局を潰す」とあることにょって知られる)から、従ってこの詩は蹄溝が四十歳のときの作ということになる。武詩の第四句を、蒔溝は第一旬に取り入れてうけていることに注意。また彼女が武元衡にたてまった詩は、ほかにもある。
62・63 上川主武元衡相國二首
其一
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。 
其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。
とある。


蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。
蜀への入り口といわれる嘉陵の駅から、さらに西の方、青天にものぼるような剣門のけわしい山路の旅をつづけられたことにたいし、一つ思いきって、恒例の蜀の鄙歌を弦いて、うたわせていただきます。


卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。
この蜀のくにではご存じの、男といえは司馬相加、女といえば卓文君、それにあわせて、美しい錦江の流れ、それから玉塁山、これら山と川の代表をすべてをささげてお願い申しあげます。
・卓氏長卿 卓氏は卓王孫のむすめの卓文君。長卿は漢の司馬相如のあざな。成都の人。相如は臨邛の官邸に客として泊まっているうち、卓邸に招かれ、琴をひいて卓文君を誘惑し、二人は手を振りあって成都に逃走し、酒肆を開いて、文君は炉にのぞみ、相加は酒器を洗ったので、王孫は恥じてこれに金と奴隷を与えたので、司馬相如は一挙に富人となり、都へ出発。武帝に「上林」・-「子鹿」の杭を献じて、郎となり、西南夷を平定して功あり、孝文園の吏となり、病んで茂陵で死んだが、漠代文学の代表的作家であった。
錦江 成都附近を流れる河の名。もとこの地に錦官を置き、この川で濯いでつくられた錦の製造を監督した。
・玉塁 四川省理蕃県東南にある山の名、現在四川省都江堰市玉塁山(標高約800m)。奇石千尺、城表に伐立屹立している。青城山、峨媚山とならんで四川省の代表的な山。

青城山02

光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-126--#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2177

魚玄機 光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 

七言の詩をここまでのいいものに仕上げている。男性を含めた多くの詩の中でもよくまとまった抜群の作詩力である。秀作である。

2013年4月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-126--#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2177
 
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 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。

孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。

 

光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-126--#8   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2177


bijo04光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
#3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。

それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。

文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。

但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


『光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
王屋山01但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。


(下し文)
但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


(現代語訳)
だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。


(訳注) #3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。

だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
・為雨  ・爲雲爲雨 男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり、夕べには雨になるという故事からきている。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りという風ではなく、もう少し気楽な交わりを謂う。 ・爲雲 (神女は、朝は巫山の)雲となる。 ・爲雨 (神女は、夕べには巫山の)雨になる ・楚襄王 そじょうおう 楚の襄王。宋玉の『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの)があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。婉約の詩歌でよく使われる。「巫山之夢」。李白の『清平調』三首之二に「一枝紅艷露凝香,雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似,可憐飛燕倚新粧。」 と詠っている。
公子行  劉希夷(劉廷芝) (1) 初唐


・吹簫  簫史と弄玉との故事。 『列仙伝』に「簫史者、秦穆公時人也。善吹簫、穆公有女號弄玉、好之、遂以妻焉。遂教弄玉作鳳鳴。居數十年、吹似鳳凰、鳳凰來止其屋、為作鳳臺、夫婦止其下。不數年、一旦隨鳳凰飛去。」(秦の穆公の時、蕭史あり、善く簫を吹く。公の女弄玉これを好む。公もって奏す。遂に弄玉に教へて鳳鴫をなす。居ること数年、吹くに鳳凰の声あり。鳳来ってその星に止まる。公、為に鳳台を作る。夫妻その上に止りしが、一旦、みな鳳凰に随って飛去す)とみえる。・霊妃 秦の穆公の女の弄玉。
春秋時代、秦の穆公に弄玉というむすめがあった。帯の名手の蒲史を愛したので穆公は二人を夫婦にした。弄玉は夫から蒲の吹き方を教わり、鳳の鳴き声が吹けるようになり、その昔につられて鳳がやってくるようになった。後に斎史は竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、二人とも天上にのぼったという伝説がある。


阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
・阿母 娼妓を置いている館の女主人。仮母である。
・藩郎 晋の潘岳。美男子であり、詩人であった。魚玄機『迎李近仁員外』
今日喜時聞喜鵲,昨宵燈下拜燈花。
焚香出戶迎潘嶽,不羨牽牛織女家。
迎李近仁員外 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-115-50-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2122

・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。『和新及第悼亡詩二首 其一』
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。

和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982

和新及第悼亡詩二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-88-24-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1987


暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
・清句 清らかな詞句。
・魂猶斷 魂だけでなく下腹にも恋する思い。
・紅顔 若くうつくしい顔。


悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。
それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。
魚玄機55021・悵望 かなしくながめる。
・佳人 三姉妹の事。「後漢書」に、「尚書令の陸閉、姿容、玉の如し。光武歎じて日く、南方佳人多しと」三人の夫たるにふさわしい美男子をいうか。
・行雲 流れ雲のような男の行動を云う。原詩に、「為雲分易甘」(雲となるに甘んず)の語があることに応ず。
・歸北 妻のもとに帰る。
・歸南 聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、(風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。)に基づいている。」

光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172

光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172


2013年4月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩種葛篇 曹植 魏詩<62-#3> 女性詩724 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2168
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#4 宋玉  <00-#8回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 637 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2169
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初去郡 謝霊運<34> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2171 (04/04)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172
 
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光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
#3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。

文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。

但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


『光・威・裒、姉妹三人、・・・・・因次其韻。』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。


(下し文)
文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。


(現代語訳)
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。


(訳注) #2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
・文姫 後漢の蔡邕の娘で蔡琰のことで、学識と琴の腕を誇る女性。匈奴単于にとらえられ、その妻にされるがその後、曹操によって保護され帰る。匈奴に残した子供との離れ離れの悲しさを『悲憤詩(三章)』、『胡笳十八拍』に賦した名作がある。
・貌 かんはせ。(1)顔つき。顔のさま。 美醜などから見た顔容貌 ・ 容色 ・ 器量 ・ 造作(ぞうさく) ・ みめかたち ・ 目鼻立ち ・ 顔立ち ・ 紅顔の(美少年) ・ (花の)かんばせ ・ (甘い)マスク  (2)名誉。体面。
・西子 本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。
 現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施>>>西施と呼ばれるようになった。
 紀元前5世紀、越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されてたといわれている。越の策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
呉が滅びた後の生涯は不明だが、勾践夫人が彼女の美貌を恐れ、夫も二の舞にならぬよう、また呉国の人民も彼女のことを妖術で国王をたぶらかし、国を滅亡に追い込んだ妖怪と思っていたことから、西施も生きたまま皮袋に入れられ長江に投げられた。また、美女献上の策案者であり世話役でもあった范蠡に付き従って越を出奔し、余生を暮らしたという説もある。
(2)西施ものがたり  李白がよく取り上げた題材

・『古風五十九首 第十八 李白ではべつの視点から興味あるとらえ方をしている。李白は西施にかかわる多く詩を残している。
・無言 言は文字。西子には文学的作品がなかった。


一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
・杳杳 遙々。はるかに深いさま。
・四絃 琵琶のこと。
・喃喃 賞賛した声はなんなんとどこまでもつづく。


當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
・當臺 台は鏡台。鏡台にむかって。
・青絲發 長いくろかみ。
・簪 かんざし。こうがい。ここはこうがい。

小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。

王屋山01
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
・小有洞 道教の洞祠。仙境。河南省の王屋山上にある王屋山小有洞のこと。「小有清虚洞天」という。杜甫『秦州雑詩二十首 其十四』(古来、道教の仙人が住んだという仇池山の洞穴のことを想像してのべる。)
萬古仇池穴,潛通小有天。
神魚今不見,福地語真傳。
近接西南境,長懷十九泉。
何當一茅屋,送老白雲邊。
仇池山の洞穴は古来からある、そこははるか河南の王屋山にある小有天の洞穴とひそかに通じているという。
その池にいるという神魚は今は見えないが、その場所が旧書の謂う所の仙人の住む福地だという話は本当に伝わっている。
この秦州は西から南にかけて国境であり、異民族と接している、仇池山は国境近くに接している、自分はいつもそこに在るという恵み豊かな九十九泉のことなどおもっている。
いつになったら一軒の茅屋をそこにかまえて、白雲の浮かべるあたりで老いさきを送ることができるであろうか。

秦州雜詩二十首 其十四 杜甫 第4部 <267> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1250 杜甫詩 700- 381

小有清虚洞天
●山の中が空洞になっており、其の中に多くの仙人たちの住宅がある。その広きこと、王者の館のごとくである。
頂上に天壇があり、いつも雲気があってこれを輪のように取り囲んで隠している。雷・雨の類はすべてこの天壇より下に起こり、飛ぶ鳥も背中しか見えぬ。いにしえより、仙人・神霊の朝に会するところと伝わる。
●この山麓は唐の司馬承禎の真理を修めたところである。白雲道院あり、承禎の名づけるところである。
●宋の徽宗皇帝、かつて遊び、天尊殿内の壁に自ら神仙・龍・鶴・雲気昇降・仙人たちの車や籠の類を描いており、これを見るにすこぶるすばらしい。
●仙猫洞なる洞あり。かつて燕真人が丹薬作りに成功し、そのエネルギーでニワトリやイヌとともに天上に昇っていった場所である。ただネコだけが同時に昇天できず、いまに至るもこの洞に住むという。洞の入り口より呼びかければネコの声が応えるのである。

光威裒姉妹三人小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#6 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-124 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2167

光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。



2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩種葛篇 曹植 魏詩<62-#2> 女性詩723 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2163
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#3 宋玉  <00-#7回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 636 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2164
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其一 成都浣花渓 杜甫 <445>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2170 杜甫詩1000-445-628/1500 
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集石門巌上宿 謝霊運<33> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2166 (04/03)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#6 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-124 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2167
 
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー

 

光威裒姉妹三人小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#6 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-124 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2167


光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
(光・威・哀三姉妹は、小くして孤、而も始めて姸、乃ち是の作あり。精醉儔し難し。謝家の聯雪と雖も、何を以てか之に加へん。客の京師より來る者あり、予に示す。困って其の韻に次す。)

卷804_47 【光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。】魚玄機


光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
bijo02#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。
#3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。

文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。

但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


『光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。』 現代語訳と訳註
bijo04(本文)

#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。


(下し文)
昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。


(現代語訳)
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。


(訳注) #1
光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
聯句を詠っている姉妹三人、光・威・裒のことである。
小さいころに父親と死別した。(十分に教育してくれる人もなかったであろうと思われるのに)しかも初めから美人であり、美しい詩を作る。すなわち、こんなに立派な詩を作っている。
まことにりっぱな作品で、これに匹敵するような作品は、見出せないようなりっぱなものである。昔、晋の謝安の家で集まりがあったときに、たまたま降ってきた雪に封して、娘の道韞がそれを詩に詠んで、風にふかれて飛んでいる柳のわたのようだといい、いまだに語り草としてもてはやされているが、それさえもこの作以上とは思われない。
都の長安からやってきた旅の人が、こちらにきて、わたくしに見せてくれた。感心のあまり、次韻して、この詩を作ってみた。


昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
・容華 容色の華麗なこと。美人をいう。
曹植『雜詩六首、其四』
南國有佳人,容華若桃李。朝游江北岸,夕宿瀟湘沚。
時俗薄朱顏,誰為發皓齒。俯仰歲將暮,榮耀難久恃。
南国に佳人有り、容華 桃李の若し。
朝に 江北の岸に遊び、夕に 瀟湘の沚に宿す。
時俗 朱顔を薄んず、誰が為にか皓歯を発かん。
俯仰すれば 歳将に暮れんとす、栄耀 久しくは恃み難し。
列女伝、東家の女。秋胡詩、日出東南隅ということで、ほぼ同様な詩である。日出東南隅行 謝霊運(康楽) 詩<68>490 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1287身を売った西家の女は傾城といわれるほどの妓女となって黄金で身を飾り、刺繍を施した肌着を身に纏えるほどの生活をしている。 しかし東家の女はただただ貧しさに苦しみながらも、その玉体を北国の人買いの手には渡さなかった。
・東家有賢女 美人といっても賢くて美人の東家の女です。西は、色気がある傾国の美女を云う。
為焦仲卿妻作#4(-其二)で「東家有賢女,自名秦羅敷。」「でも、東隣には賢い女がいる。本人が自分でも秦の羅敷だというほどの器量よしなのだ。」と母親が息子の府吏にいっている。
・東家有賢女  ・東家 楚の宋玉の『登徒子好色の賦』「臣が里の美しき者は、臣が東家の子に若くはなし。」とある。ここから美人のたとえを”東家之子”又は”東家之女”と。美女を称して”東隣”とした事例に唐の李白「自古有秀色、西施与東隣」(古来より秀でた容姿端麗美人、西施と東隣)白居易「感情」のもある 
李白『白紵辭其一』「揚清歌、發皓齒。 北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。」
李白81白紵辭其一  82白紵辭其二  83 巴女詞
無題(何處哀筝随急管) 李商隠21

・秦羅敷 秦氏羅敷。「陌上桑」その美貌をほこって自ら泰氏の羅敷と称したのである。秋胡詩 (1) 顔延之
秋胡詩 (1) 顔延之(延年) 詩<2471 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1230


妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
・妝閣 娼屋の化粧室。妓女の住むへや。
・鸚鵡賦 建安年間の初め、遷都されたばかりの許に上京した。しかし、才能を鼻にかけて傲慢な態度をとったうえ、他人の評価に対しては酷評を行なったため、人々から憎まれた。ただ、孔融だけは禰衡を高く評価し、曹操にも推薦していた。司馬遷は彼らが諷諫によって君主の愚行を改めさせた点を高く評価し,《史記》の中に〈滑稽列伝〉を立てて表彰する。《漢書》も〈東方朔伝〉を詳しく記すが,以後この種の人々は宮廷に少なく,おそらく後漢末に〈俳優饒言〉と形容された禰衡(でいこう)を最後として姿を消す。
・碧窗 靑緑の色に塗った東の窓。
・繡 ぬいとりすることし
・鳳凰 架空の鳥。瑞鳥である。壁の絵、鏡、着物、男女にまつわる模様につかう。
 単衣。または袖なし。


bijo01紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
・紅芳 赤い花。
・院 中庭。
・参差 長短や高低のそろわぬこと。
・綠醑 新酒の上等の酒。醑はしたみざけ。清酒。上等の酒には緑字を冠する。
・次第 順序をおって。


恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
瑤池 崑崙山にあり、周の穆王が西王母と会ったという伝説の仙境。西王母は仙女王。三人の姉妹はその西王母に仕えていた天上仙宮の仙女であったろうという心。

瑤池 李商隱 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 52

瑤池阿母綺窗開、黄竹歌聲動地哀。
八駿日行三萬里、穆王何事不重來。
崑崙山の瑶池に住む不老不死の薬を持つ女の仙人の西王母(せいおうぼ)は、綾絹(あやぎぬ)を張った美しい窓を開けると。穆王が作った民の苦しみを歌った『黄竹詩(こうちくし)』の歌声が地を揺るがせて響いてきて哀(あわれ)なものだ。
西王母とは、西方の崑崙山上に住する女性の尊称である。すべての女仙たちを統率する聖母。東王父に対応する。
周の穆王が西に巡符して崑崙に遊び、彼女に会い、帰るのを忘れたという。また前漢の武帝が長生を願っていた際、西王母は天上から降り、三千年に一度咲くという仙桃七顆を与えたという。
周の穆王は八頭だての馬車に乗って、一日に三万里の道のりを行ける、穆王は、どうしてなのだろうか、西王母の許へ再び来ることはなかった。
・謫 罪によって遠地に流されること。
・塵世 人人間の住む俗界。下界。

聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・因次其韻。-#5 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-123--#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2162

聯句 光威裒


2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩種葛篇 曹植 魏詩<62-#1> 女性詩722 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2158
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#2 宋玉  <00-#6回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 635 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2159
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集斎中讀書 謝霊運<32> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2161 (04/02)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・因次其韻。-#5 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-123--#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2162
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・因次其韻。-#5 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-123--#5   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2162

聯句 光威裒
yamanoki01朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。[:光。]
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。[:威。]
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。[:裒。]
#2
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。[:光。]
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。[:威。]
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。[:裒。]
#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。[:光。]
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。[:威。]
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。[:裒。]
#4
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。[:光。]
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。[:威。]
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。[:裒。]


聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。
南の方向の朱く塗られた高楼に正午の太陽がさしかかり、影は真下に落ちている。夜になって月明かりにきらめく大樹が落す月影も低いと思ったら真夜中の三更で月が一番高い所にあるのです。
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。
あぶら口紅と白粉が夜も更けてとれて消えそうでも懸想道具入れの箱の吟の模様は輝いている。こんな暗い時に鋏を以て裁断しようものなら泥金衫の着物にはさみを入れかねないのです。
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。

刺繍で飾られた寝台では怖いことが起こっていると思ったら、烏龍が吠えている(エクスタシーの声を指す)。きっと満たされない思いを錦の布に書きしるし西王母の使いの青い鳥に託して呼ぶことが出来たせいでしょう。

#2
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。
これでは百薬草を練り込んで持ってきてこどもをうんだあとにひつような益母草を用意することを可愛そうに思う。千にも及び花が咲くところに宴を開いたら宜男草を身に着けて春の行楽を闘いあうことになるのです。
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。
そんなことから始まった鴛鴦のように常に一緒になっている誰からも羨ましがられる。それかと思うと、人の言葉を言い返す鸚鵡が一言も語れないそんなお付き合いをしているなんて私自身が恥ずかしいと思うことがあるのです。
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。

春の行楽であの殿方は蜂が花から花へとブンブンとびまわるように変にはしゃいでいる。男女の偽りの付き合いに驚愕しているツバメのようにペチャクチャと語り合うこともあります。

#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。
変わったものを可愛がることには毛虫のようなもの、かたつむりのようなものを飼ってそれを増やしていくのを愉しんでいるのです。そんな風に女をあつかう男がいるかと思えば、毎日鼈甲のかんざしを磨いて光らせるように女を扱う男もいます。
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。
この仙人が澄んでいる女の園に何年も何年も女が棄てられる悲しみがあるし、一年に一度だけ橋をわたってくるような一夜のとばりの中の空しい出会いもあるというもの。
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。
女のその部屋の寝台の窓辺にはそんな悲しみで時を過ごし時には空しさで自分を投げ出すことも愧じるのです。世の中の色恋についてこうして苦しいことを詩にそらんじてはにが笑いをするのです。

#4
魚玄機が宮島に獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。[:光。]
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。[:威。]
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。[:裒。]


#4
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。
ひとり江南の薄絹をはおることで江南の雰囲気にひたるのです。そして部屋を暗くして檀香をたきこめた袖着物を垂らしたりして男の人が通ってくるようにするのです。
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。
どうにかして誰かを夫としてえらぶことが出来るように心を落ち着けることを知るようになってきました。したがってこれによって冷静に男とわかれてしまうこと別な男と甘い関係になるのです。
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。

風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。

獨り香綃【こうしょう】を結んで餉送【しょうそう】偷【ぬす】み,暗に檀袖【だんしゅう】を垂れて通參【つうさん】を學ぶ。
須く知るべし 石に化するも心定めき難を,卻って是れ雲と為し 分 甘んじ易すし。
看するは 風光 零落 盡するを見,弦するは 猶お逐う 「江南を望む」を聲す。


『聯句』 現代語訳と訳註
(本文)
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。


(下し文)
獨り香綃【こうしょう】を結んで餉送【しょうそう】偷【ぬす】み,暗に檀袖【だんしゅう】を垂れて通參【つうさん】を學ぶ。
須く知るべし 石に化するも心定めき難を,卻って是れ雲と為し 分 甘んじ易すし。
看するは 風光 零落 盡するを見,弦するは 猶お逐う 「江南を望む」を聲す。


(現代語訳)
ひとり江南の薄絹をはおることで江南の雰囲気にひたるのです。そして部屋を暗くして檀香をたきこめた袖着物を垂らしたりして男の人が通ってくるようにするのです。
どうにかして誰かを夫としてえらぶことが出来るように心を落ち着けることを知るようになってきました。したがってこれによって冷静に男とわかれてしまうこと別な男と甘い関係になるのです。
風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。


(訳注)
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。

ひとり江南の薄絹をはおることで江南の雰囲気にひたるのです。そして部屋を暗くして檀香をたきこめた袖着物を垂らしたりして男の人が通ってくるようにするのです。
・香綃 南方産の薄絹。
・偷餉送 江南の雰囲気にひたる。・偷 ~にのがれる。・餉迭 おくること。
・檀袖 南方産の檀香をたきこめた袖。


須知化石心難定,卻是為雲分易甘。
どうにかして誰かを夫としてえらぶことが出来るように心を落ち着けることを知るようになってきました。したがってこれによって冷静に男とわかれてしまうこと別な男と甘い関係になるのです。
・化石 望夫石となること。誰かを夫としてえらぶことをいったものか。
・為雲分易甘 雲散すること。男とわかれてしまうこと別な男と甘い関係になる。


看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。
風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。
・看見風光零落盡 春の景色がすぎ去ってしまおうとしているのを見て、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをみて、自分たちの青春がすぎ去ろうとしているのを思い詠う。
・弦聲猶逐望江南 ひく琴の曲は、「望江南」の曲で二回目の時には追いかけるようにして声に出してうたう。「望江南」それは、江南地方恋しやの曲、その江南は三人の故郷で、結局、男よりも故郷恋しやと唱いつづけているということ。

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聯句 光威裒


2013年4月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・・・因次其韻。-#4 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-122--#4   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2157


聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。[:光。]
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。[:威。]
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。[:裒。]
#2
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鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。[:威。]
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。[:裒。]
#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。[:光。]
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。[:威。]
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。[:裒。]
#4
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。[:光。]
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。[:威。]
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。[:裒。]



聯句 光威裒
oborotsuki02h朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。
南の方向の朱く塗られた高楼に正午の太陽がさしかかり、影は真下に落ちている。夜になって月明かりにきらめく大樹が落す月影も低いと思ったら真夜中の三更で月が一番高い所にあるのです。
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。
あぶら口紅と白粉が夜も更けてとれて消えそうでも懸想道具入れの箱の吟の模様は輝いている。こんな暗い時に鋏を以て裁断しようものなら泥金衫の着物にはさみを入れかねないのです。
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。

刺繍で飾られた寝台では怖いことが起こっていると思ったら、烏龍が吠えている(エクスタシーの声を指す)。きっと満たされない思いを錦の布に書きしるし西王母の使いの青い鳥に託して呼ぶことが出来たせいでしょう。

#2
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。
これでは百薬草を練り込んで持ってきてこどもをうんだあとにひつような益母草を用意することを可愛そうに思う。千にも及び花が咲くところに宴を開いたら宜男草を身に着けて春の行楽を闘いあうことになるのです。
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。
そんなことから始まった鴛鴦のように常に一緒になっている誰からも羨ましがられる。それかと思うと、人の言葉を言い返す鸚鵡が一言も語れないそんなお付き合いをしているなんて私自身が恥ずかしいと思うことがあるのです。
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。

春の行楽であの殿方は蜂が花から花へとブンブンとびまわるように変にはしゃいでいる。男女の偽りの付き合いに驚愕しているツバメのようにペチャクチャと語り合うこともあります


#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。
変わったものを可愛がることには毛虫のようなもの、かたつむりのようなものを飼ってそれを増やしていくのを愉しんでいるのです。そんな風に女をあつかう男がいるかと思えば、毎日鼈甲のかんざしを磨いて光らせるように女を扱う男もいます。
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。
この仙人が澄んでいる女の園に何年も何年も女が棄てられる悲しみがあるし、一年に一度だけ橋をわたってくるような一夜のとばりの中の空しい出会いもあるというもの。
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。

女のその部屋の寝台の窓辺にはそんな悲しみで時を過ごし時には空しさで自分を投げ出すことも梁愧じるのです世の中の色恋についてこうして苦しいことを詩にそらんじては煮が笑うのです。

偏【ひとえ】に憐みて愛しみを數え 蛓蛦【じい】の掌【しょう】,每【つね】に憶いて光【かがや】かしさを抽【ぬ】く玳瑁【たいまい】の簪【しん】。
煙洞【えんどう】幾年【いくねん】悲しみ尚お在り,星橋【せいきょう】一夕【いつせき】帳 空しく含む。
窗前【そうぜん】の時節【じせつ】虛しく擲【なげうつ】を羞じ,世上【せじょう】の風流【ふうりゅう】苦【はなは】だ諳【そらん】ずるを笑む


『聯句』光、威、裒の三姉妹 現代語訳と訳註
花蕊夫人006(本文)
#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。


(下し文)
偏【ひとえ】に憐みて愛しみを數え 蛓蛦【じい】の掌【しょう】,每【つね】に憶いて光【かがや】かしさを抽【ぬ】く玳瑁【たいまい】の簪【しん】。
煙洞【えんどう】幾年【いくねん】悲しみ尚お在り,星橋【せいきょう】一夕【いつせき】帳 空しく含む。
窗前【そうぜん】の時節【じせつ】虛しく擲【なげうつ】を羞じ,世上【せじょう】の風流【ふうりゅう】苦【はなは】だ諳【そらん】ずるを笑む。


(現代語訳)
変わったものを可愛がることには毛虫のようなもの、かたつむりのようなものを飼ってそれを増やしていくのを愉しんでいるのです。そんな風に女をあつかう男がいるかと思えば、毎日鼈甲のかんざしを磨いて光らせるように女を扱う男もいます。
この仙人が澄んでいる女の園に何年も何年も女が棄てられる悲しみがあるし、一年に一度だけ橋をわたってくるような一夜のとばりの中の空しい出会いもあるというもの。
女のその部屋の寝台の窓辺にはそんな悲しみで時を過ごし時には空しさで自分を投げ出すことも梁愧じるのです世の中の色恋についてこうして苦しいことを詩にそらんじては煮が笑うのです。


(訳注) #3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。
変わったものを可愛がることには毛虫のようなもの、かたつむりのようなものを飼ってそれを増やしていくのを愉しんでいるのです。そんな風に女をあつかう男がいるかと思えば、毎日鼈甲のかんざしを磨いて光らせるように女を扱う男もいます。
・蛓蛦 蛓はけむし。蛦はかたつむり。
・玳瑁 ウミガメ科のカメ。甲長約1メートル。背面の甲は黄褐色に黒褐色の斑紋があり、鱗板(りんばん)は瓦状に重なり合う。口の先端はくちばし状。熱帯・亜熱帯の海洋に分布。甲は鼈甲(べっこう)として装飾品の材料になる.


煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。
この仙人が澄んでいる女の園に何年も何年も女が棄てられる悲しみがあるし、一年に一度だけ橋をわたってくるような一夜のとばりの中の空しい出会いもあるというもの。
・煙洞 仙人のすむところ、じつは妓女のすまい。
・星橋 いわゆるかさきざのわたせる橋。天の川に橋を渡していつでも行き交うこと。


窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。
女のその部屋の寝台の窓辺にはそんな悲しみで時を過ごし時には空しさで自分を投げ出すことも梁愧じるのです世の中の色恋についてこうして苦しいことを詩にそらんじては煮が笑うのです。
・風流 色恋の道。

聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・・・因次其韻。-#3 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-121--#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2152

聯句 光威裒


2013年3月31日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#4> 女性詩720 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2148
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第二段-#2 宋玉  <00-#4>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 633 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2149
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Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其五 成都浣花渓 杜甫 <441>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2150 杜甫詩1000-441-624/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集石門在永嘉 謝霊運<30> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2151 (03/31)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・・・因次其韻。-#3 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-121--#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2152
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#3 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-121--#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2152


聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。[:光。]
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。[:威。]
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。[:裒。]
#2
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。[:光。]
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。[:威。]
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。[:裒。]
#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。[:光。]
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。[:威。]
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。[:裒。]
#4
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。[:光。]
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。[:威。]
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。[:裒。]



聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。
南の方向の朱く塗られた高楼に正午の太陽がさしかかり、影は真下に落ちている。夜になって月明かりにきらめく大樹が落す月影も低いと思ったら真夜中の三更で月が一番高い所にある。
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。
あぶら口紅と白粉が夜も更けてとれて消えそうでも懸想道具入れの箱の吟の模様は輝いている。こんな暗い時に鋏を以て裁断しようものなら泥金衫の着物にはさみを入れかねない。
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。
刺繍で飾られた寝台では怖いことが起こっていると思ったら、烏龍が吠えている(エクスタシーの声を指す)。きっと満たされない思いを錦の布に書きしるし西王母の使いの青い鳥に託して呼ぶことが出来たせいでしょう。

#2
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。
これでは百薬草を練り込んで持ってきてこどもをうんだあとにひつような益母草を用意することを可愛そうに思う。千にも及び花が咲くところに宴を開いたら宜男草を身に着けて春の行楽を闘いあうことになる。
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。
そんなことから始まった鴛鴦のように常に一緒になっている誰からも羨ましがられる。それかと思うと、人の言葉を言い返す鸚鵡が一言も語れないそんなお付き合いをしているなんて私自身が恥ずかしいと思うことである。
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。
春の行楽であの殿方は蜂が花から花へとブンブンとびまわるように変にはしゃいでいる。男女の偽りの付き合いに驚愕しているツバメのようにペチャクチャと語り合うのである。

鴛鴦おしどり0022百味【ひゃくみ】鍊來【れんらい】して益母【えきぼ】を憐れみ,千花【せんか】開處【かいしょ】して宜男【ぎなん】を鬥う。
鴛鴦【えんおう】伴有り誰が能く羨まん,鸚鵡【おうむ】言無くも 我自ら慚ず。
浪【みだ】りに喜び游蜂【ゆうほう】飛びて撲撲たるを,佯【いつわ】りに驚く孤燕【こえん】語りて喃喃【なんなん】たるを。


『』 現代語訳と訳註
(本文)
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。[:光。]
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。[:威。]
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。[:裒。]


(下し文)
nat0024百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。


(現代語訳)
これでは百薬草を練り込んで持ってきてこどもをうんだあとにひつような益母草を用意することを可愛そうに思う。千にも及び花が咲くところに宴を開いたら宜男草を身に着けて春の行楽を闘いあうことになる。
そんなことから始まった鴛鴦のように常に一緒になっている誰からも羨ましがられる。それかと思うと、人の言葉を言い返す鸚鵡が一言も語れないそんなお付き合いをしているなんて私自身が恥ずかしいと思うことである。
春の行楽であの殿方は蜂が花から花へとブンブンとびまわるように変にはしゃいでいる。男女の偽りの付き合いに驚愕しているツバメのようにペチャクチャと語り合うのである


(訳注)
聯句 光威裒
魚玄機の詩が同韻を踏んでいること、原詩のこの詩とと呼應した表現をとっていること、を見るために三姉妹の詩を先に掲載する。其二回目


百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。
これでは百薬草を練り込んで持ってきてこどもをうんだあとにひつような益母草を用意することを可愛そうに思う。千にも及び花が咲くところに宴を開いたら宜男草を身に着けて春の行楽を闘いあうことになる。
・益母 益母草:漢方薬に用いる生薬(しょうやく)の一つ。シソ科メハジキの全草を乾燥したもの。益母草とはメハジキの別名で、産前産後の薬に用いることから、この名がついた。血行をよくするほか、強壮、利尿、子宮収縮などの作用がある。産後の体力低下、月経不順、血の道(みち)症、更年期障害に効く芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)などに含まれる。
・宜男 草の名。妊婦がこれをもっていると男の子を生むという。萱草「黃花菜」、「忘憂草」、「宜男草」、「療愁」、「鹿箭」等名。


鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。
そんなことから始まった鴛鴦のように常に一緒になっている誰からも羨ましがられる。それかと思うと、人の言葉を言い返す鸚鵡が一言も語れないそんなお付き合いをしているなんて私自身が恥ずかしいと思うことである。
鴛鴦おしどり0022・鴛鴦 仲が良い夫婦を「おしどり夫婦」と呼ぶが、生物学的に、本物のオシドリは、冬ごとに毎年必ずパートナーをかえる。「又有鴛鴦,雌雄各一,恆棲樹上,晨夕不去,交頸悲鳴,音聲感人。」(そしてまた、雌雄一つがいの鴛鴦(おしどり)が常にその連理の樹上に塒(ねぐら)を作り、朝から晩までその連理の枝の上にとまっては互いの首を絡め絡めして悲しげに鳴くのであった)




浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。
春の行楽であの殿方は蜂が花から花へとブンブンとびまわるように変にはしゃいでいる。男女の偽りの付き合いに驚愕しているツバメのようにペチャクチャと語り合うのである
・撲撲 ブンブンと飛ぶありさま。
・喃喃 ペチャクチャしゃべること。

聯句 光威哀姉妹三人、小孤而始折乃有。・・・・・因次其韻-#2 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-120-55-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2147

聯句 光・威・裒の三姉妹
この詩を見て、魚玄機が同じ韻を踏んで詩を作るのでそのもとになった詩を掲載する。


2013年3月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其四 成都浣花渓 杜甫 <440>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2145 杜甫詩1000-440-623/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登上戌石鼓山 謝霊運<29> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2146 (03/30)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威哀姉妹三人、小孤而始折乃有。・・・・・因次其韻-#2 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-120-55-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2147
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#2 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-120-55-#2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2147


oborotsuki03h聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。[:光。]
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。[:威。]
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。[:裒。]

百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。[:光。]
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。[:威。]
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。[:裒。]

偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。[:光。]
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。[:威。]
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。[:裒。]

獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。[:光。]
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。[:威。]
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。[:裒。]


聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。
南の方向の朱く塗られた高楼に正午の太陽がさしかかり、影は真下に落ちている。夜になって月明かりにきらめく大樹が落す月影も低いと思ったら真夜中の三更で月が一番高い所にある。
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。
あぶら口紅と白粉が夜も更けてとれて消えそうでも懸想道具入れの箱の吟の模様は輝いている。こんな暗い時に鋏を以て裁断しようものなら泥金衫の着物にはさみを入れかねない。
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。
刺繍で飾られた寝台では怖いことが起こっていると思ったら、烏龍が吠えている(エクスタシーの声を指す)。きっと満たされない思いを錦の布に書きしるし西王母の使いの青い鳥に託して呼ぶことが出来たせいでしょう。

(聯句 光・威・裒の三姉妹)
朱樓の影 直にして日 當午なり,玉樹の陰 低くくして月 已に三つ。
                                                      ・・・・・[:。]
膩粉【じふん】暗に銷して 銀鏤の合,錯刀【さくとう】閒に翦りて泥金の衫【さん】
                                                               ・・・・・[:。]
繡床【しゅうしょう】怕引して烏龍の吠,錦字【きんじ】愁教して青鳥の銜。
                         ・・・・・[:。]


『聯句』光威裒 現代語訳と訳註
魚玄機が宮島に(本文)
聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。


(下し文)
(聯句 光・威・裒の三姉妹)
朱樓の影 直にして日 當午なり,玉樹の陰 低くくして月 已に三つ。 
膩粉【じふん】暗に銷して 銀鏤の合,錯刀【さくとう】閒に翦りて泥金の衫【さん】
繡床【しゅうしょう】怕引して烏龍の吠,錦字【きんじ】愁教して青鳥の銜


(現代語訳)
南の方向の朱く塗られた高楼に正午の太陽がさしかかり、影は真下に落ちている。夜になって月明かりにきらめく大樹が落す月影も低いと思ったら真夜中の三更で月が一番高い所にある。
あぶら口紅と白粉が夜も更けてとれて消えそうでも懸想道具入れの箱の吟の模様は輝いている。こんな暗い時に鋏を以て裁断しようものなら泥金衫の着物にはさみを入れかねない。
刺繍で飾られた寝台では怖いことが起こっていると思ったら、烏龍が吠えている(エクスタシーの声を指す)。きっと満たされない思いを錦の布に書きしるし西王母の使いの青い鳥に託して呼ぶことが出来たせいでしょう。


(訳注)
聯句 光威裒

魚玄機の詩が同韻を踏んでいること、原詩のこの詩とと呼應した表現をとっていること、を見るために三姉妹の詩を先に掲載する。


朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。
南の方向の朱く塗られた高楼に正午の太陽がさしかかり、影は真下に落ちている。夜になって月明かりにきらめく大樹が落す月影も低いと思ったら真夜中の三更で月が一番高い所にある。
・朱櫨 玉樹とともに、たんに楼および樹。詩語として綺麗な朱や玉の字をかぶせたもの。
・月已三 真夜中の三更であるの意。夕方から明け方を四等分すると五更になる。したがって深夜ということになる。聯句は前の人が詠った調子を変えないで歌い次に渡すというのが基本。


膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。
あぶら口紅と白粉が夜も更けてとれて消えそうでも懸想道具入れの箱の吟の模様は輝いている。こんな暗い時に鋏を以て裁断しようものなら泥金衫の着物にはさみを入れかねない。
・膩粉 膩はあぶらで口ベにのこと。粉は、こなおしろい。
・銀鏤合 合は盆におなじ。化粧の紅や粉を入れる小箱。銀鏤合は、そのうつわに銀がちりばめてあること。
・錯刀 はさみ。
・翦 はさみで切ること。
・泥金衫 ひとえものの着物、また袖なし。泥金は、金泥におなじ。金のこなをにかわにとかしたもの。それで衫にかざりや模様がついているわけ。着る着物というより見せる着物。 


繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。
刺繍で飾られた寝台では怖いことが起こっていると思ったら、烏龍が吠えている(エクスタシーの声を指す)。きっと満たされない思いを錦の布に書きしるし西王母の使いの青い鳥に託して呼ぶことが出来たせいでしょう。
・繍牀 請は、ぬいとり。妹はベッド。
・烏龍 烏は黒い色。次句の青に対す。
・錦字 錦に織りなした文字。手紙の文字の意。
・教青鳥銜 「漢武故事」によって、天上の仙女の王の西王母の使者をつとめた青い鳥。たよりをもたらす使者。杜甫『麗人行』「楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。」麗人行  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 65
李商隠『漢宮詞』
青雀西飛竟未回、君王長在集霊臺。
侍臣最有相如渇、不賜金茎露一杯。
仙女西王母の使者である青い鳥は、崑崙山のある西の彼方へ飛び去って、約束の訓戒を守らず奢侈にあけくれ、ついに二度とかえって来なかった。漢の武帝は西王母を迎え長命の術をさずかるべく、集霊宮、通天台などの高閣を建てて、長くそこで西王母をまっていた。○青雀 仙界との通信を媒介するという鳥。この句は漢の武帝の故事をふまえる。六朝時代の小説「漢武故事」と「漢武帝内伝」の記事を折衷すると以下の如くである。漢の武帝が承華殿で禊をしていたところ、突然、青い鳥が西方から飛んで来た。武帝が侍従文人の東方朔に尋ねた所、仙女西王母の使者に相違ないとの答えだった。事実、間もなく聖母がやって来た。武帝は長命の術をたずね、西母は守るべき訓戒を与えた。三年後に再訪するという約束を得たので、その後、武帝は彼女を迎える楼閣は建てたが、訓戒の養生訓を守らなかったので、西王母は二度とやって来なかったという。なお「漢武帝内伝」では、使者は青衣の女子となっている。○集霊台 漢の武帝が道教に執心し、西王母を迎える為に建てた宮殿の一つ。集霊宮中の通天台のこと。陝西省華山の北の山麓にあったという。

漢宮詞 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 63
李商隠 11 中元作 七言律詩

左名場自澤州至京,使人傳語 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-117-52-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2132

魚玄機 左名場自澤州至京,使人傳語


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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 

左名場自澤州至京,使人傳語 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-117-52-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2132

卷804_45 【左名場自澤州至京,使人傳語】魚玄機




左名場自澤州至京,使人傳語
閑居作賦幾年愁,王屋山前是舊遊。
わたくしは、隠遁して閑居において、数年、詩を作って寂愁なくらしをしております。王屋山のふもとにおいて、昔、王屋の道観で遊びましたこと、今もなつかしく思っております。
詩詠東西千嶂亂,馬隨南北一泉流。
詩に詠むのはあの東西にいくえにもつらなった急峻な山々のことですし、峠越えに馬にゆられたことですし、南北に通った一本の河に浮んで旅をしたことなのです。
曾陪雨夜同歡席,別後花時獨上樓。
それから、あの雨の夜、たのしい宴席でごいっしょさせていただきました、お別れしてから、花のさくころには、ひとりで都の高楼の上から、遠く山々を望むのです。
忽喜扣門傳語至,為憐鄰巷小房幽。
さて、思いがけなくも、お使いの人をよこされて、お言付けをいただき、とても喜んでおります。ひっそりした小さな家に住んでおりますので、私のことを気にかけていただいてありがたくおもっております。
相如琴罷朱弦斷,雙燕巢分白露秋。
男の方は司馬相如でさえも琴を弾くのをやめ、女遊びを止めました。つがいのツバメでさえも白露の降りる秋になれば愛の巣を分かつものでございます。(あなた様はご立派なお方です)
莫倦蓬門時一訪,每春忙在曲江頭。

もし、おひまがございましたら、時にはこちらにおたちよりください。ただ、いつも春には、長安の公園の曲江のほとりで、忙しくしております。不在の事もあるかもしれませんのでその節はあしからず。

(左名場、澤州【たくしゅう】より京に至り、人をして傳語せしむ)
閑居【かんきょ】して賦を作る 幾年の愁、王屋【おうおく】山前【さんぜん】は是れ舊【むか】し遊ぶ。
詩は詠ず東西 千嶂【せんしょう】亂れ、馬は随ふ 南北 一泉【いつせん】流る。
曾て陪す 雨の夜 歓席【かんせき】を同じうし、別れし後 花の時濁り樓に上る。
忽ち喜ぶ 門を叩いて 傳語の至るを、爲に憐む巷【こう】を隣して小房【しょうぼう】の幽かなるを。
相加【そうじょ】琴を罷めて朱弦【しゅげん】断え、雙燕【そうえん】巣を分って白露の秋。
倦【う】むこと莫れ 蓬門【ほうもん】時に一訪【いちほう】するを、毎春 忙はしく 曲江の頭【ほとり】に在り。


『左名場自澤州至京,使人傳語』 現代語訳と訳註
(本文)
左名場自澤州至京,使人傳語
魚玄機が宮島に閑居作賦幾年愁,王屋山前是舊遊。
詩詠東西千嶂亂,馬隨南北一泉流。
曾陪雨夜同歡席,別後花時獨上樓。
忽喜扣門傳語至,為憐鄰巷小房幽。
相如琴罷朱弦斷,雙燕巢分白露秋。
莫倦蓬門時一訪,每春忙在曲江頭。


(下し文)
(左名場、澤州【たくしゅう】より京に至り、人をして傳語せしむ)
閑居【かんきょ】して賦を作る 幾年の愁、王屋【おうおく】山前【さんぜん】は是れ舊【むか】し遊ぶ。
詩は詠ず東西 千嶂【せんしょう】亂れ、馬は随ふ 南北 一泉【いつせん】流る。
曾て陪す 雨の夜 歓席【かんせき】を同じうし、別れし後 花の時濁り樓に上る。
忽ち喜ぶ 門を叩いて 傳語の至るを、爲に憐む巷【こう】を隣して小房【しょうぼう】の幽かなるを。
相加【そうじょ】琴を罷めて朱弦【しゅげん】断え、雙燕【そうえん】巣を分って白露の秋。
倦【う】むこと莫れ 蓬門【ほうもん】時に一訪【いちほう】するを、毎春 忙はしく 曲江の頭【ほとり】に在り。


(現代語訳)
わたくしは、隠遁して閑居において、数年、詩を作って寂愁なくらしをしております。王屋山のふもとにおいて、昔、王屋の道観で遊びましたこと、今もなつかしく思っております。
詩に詠むのはあの東西にいくえにもつらなった急峻な山々のことですし、峠越えに馬にゆられたことですし、南北に通った一本の河に浮んで旅をしたことなのです。
それから、あの雨の夜、たのしい宴席でごいっしょさせていただきました、お別れしてから、花のさくころには、ひとりで都の高楼の上から、遠く山々を望むのです。
さて、思いがけなくも、お使いの人をよこされて、お言付けをいただき、とても喜んでおります。ひっそりした小さな家に住んでおりますので、私のことを気にかけていただいてありがたくおもっております。
男の方は司馬相如でさえも琴を弾くのをやめ、女遊びを止めました。つがいのツバメでさえも白露の降りる秋になれば愛の巣を分かつものでございます。(あなた様はご立派なお方です)
もし、おひまがございましたら、時にはこちらにおたちよりください。ただ、いつも春には、長安の公園の曲江のほとりで、忙しくしております。不在の事もあるかもしれませんのでその節はあしからず。


(訳注)
左名場自澤州至京,使人傳語

魚玄機55021(左名場さんが山西の澤州から都へ出てきて、使いの著をよこし、ことづてしてくれた。)
・左名場 妙な姓名と思うが、はっきり
しない。択州土着の人らしい。左という
姓は山西省によくある姓である。
・澤州 唐代の択州は、今の山西省の陽城県の西の地にあった。
送李億東歸 溫庭筠
黃山遠隔秦樹,紫禁斜通渭城。
別路青青柳弱,前溪漠漠苔生。
和風澹蕩歸客,落月殷勤早鶯。
灞上金樽未飲,宴歌已有餘聲。

情書(書情寄李子安)
飲冰食檗誌無功,晉水壺關在夢中。
秦鏡欲分愁墮鵲,舜琴將弄怨飛鴻。
井邊桐葉鳴秋雨,窗下銀燈暗曉風。
書信茫茫何處問,持竿盡日碧江空。
情書(書情寄李子安) 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-77-13-# 卷804_9 【情書(一作書情寄李子安)】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1932


閑居作賦幾年愁,王屋山前是舊遊。
わたくしは、隠遁して閑居において、数年、詩を作って寂愁なくらしをしております。王屋山のふもとにおいて、昔、王屋の道観で遊びましたこと、今もなつかしく思っております。
・重臣山(おうおくざん) 今の山西省陽城県の西南にある有名な山。道教の聖地でもある。同上地図参照のこと。
・舊遊(きゅうゆう) 前にいったことがある。この語は、魚玄機がかつて沢州へいってあそんだことをいう。

魚玄機2長安洛陽中原地図














詩詠東西千嶂亂,馬隨南北一泉流。
詩に詠むのはあの東西にいくえにもつらなった急峻な山々のことですし、峠越えに馬にゆられたことですし、南北に通った一本の河に浮んで旅をしたことなのです。
・東西千嶂亂 東西に黄河が流れ(地図では2-5)その両側に延々と山が連なる。東西に連なる山は中条山脈(E-4)である景山、王屋山、折城山、烏牢山と太行山脈(G-5)に連なっている。その山を割って絃水(丹水)が潞州、晋州を経て南北に流れ出て黄河に灌ぐのである。
千嶂(せんしよう) 峠は高くてけわしい山、またそのような峯。この附近、中条山脈が東西につらなっており、玉屋山もその山脈中の山である。地図参照
・南北一泉 地図においても流南北へ一本の河が流れており、それにみちびかれて舟上の旅をしたわけである。南流(地図でG-G)した河は黄河にそそいでいる。
 

曾陪雨夜同歡席,別後花時獨上樓。
それから、あの雨の夜、たのしい宴席でごいっしょさせていただきました、お別れしてから、花のさくころには、ひとりで都の高楼の上から、遠く山々を望むのです。
・陪 臨席する。
・歓席(かんせき)たのしい宴席。


忽喜扣門傳語至,為憐鄰巷小房幽。
さて、思いがけなくも、お使いの人をよこされて、お言付けをいただき、とても喜んでおります。ひっそりした小さな家に住んでおりますので、私のことを気にかけていただいてありがたくおもっております。
・巷 ろじ。花街。
・小房 自分の部屋。


相如琴罷朱弦斷,雙燕巢分白露秋。
男の方は司馬相如でさえも琴を弾くのをやめ、女遊びを止めました。つがいのツバメでさえも白露の降りる秋になれば愛の巣を分かつものでございます。(あなた様はご立派なお方です)
・相如 司馬相如。琴を彈じて卓氏のむすめ文君にいどみ、ついに駈落ちして夫婦となって、財を成した。その後女遊びをして、卓文君と別れようとして切り出したが、卓文君の潔さを見直し、琴を弾くのを止め女遊びを一切やめた。左名場さまは司馬相如のようにきちんとしたお方ですね、というほどの意味で李億のことを謂っているわけではない。
・雙燕巢分白露秋 春からずっと愛の巢で過ごした燕でさえ、白露の降りる秋になれば、その巣を別にする。男女の愛の姿を云う。この句を以て李億との関係を他人に芸子がいうわけはない。色恋を他人に言うはずがない。(漢詩大系15の解釈はおかしい。参考にもならず。腹が立ってくるw―。)


莫倦蓬門時一訪,每春忙在曲江頭。
もし、おひまがございましたら、時にはこちらにおたちよりください。ただ、いつも春には、長安の公園の曲江のほとりで、忙しくしております。不在の事もあるかもしれませんのでその節はあしからず。
・曲江 長安の遊楽名勝の地。

春情寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-79-15-# 卷804_11 【春情寄子安】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1942

卷804_11 【春情寄子安】魚玄機



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春情寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-79-15-#  卷804_11 【春情寄子安】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1942


春情寄子安
山路欹斜石磴危,不愁行苦苦相思。
そばだった山路に今度は危い石段の路がつづく、この路をのぼるのは苦しい。しばらくでもお別れしてひとりで都へ歸る苦しさはあなたより先に変えるこの思いの方が、心にこたえます。
冰銷遠澗憐清韻,雪遠寒峰想玉姿。
春になりはじめて、氷の消えた深い谷底の川では、かすかにせせらぎの音が聞こえてきます。
莫聽凡歌春病酒,休招閑客夜貪棋。
彼方に目をはせると、遠くの峯にはまだ雪がのこっていて、その山の姿はあなたのりっはなお姿を思い出します。
如松匪石盟長在,比翼連襟會肯遲。
これからのあなたは、春の夜につまらぬ歌を聞いて、酒を呑みすぎて病気になったりしてはいけません。また用もない客をよんで、碁盤をかこんで、夜ふかしもしないでください。
雖恨獨行冬盡日,終期相見月圓時。
今日は、冷たい冬も最後の日、明日は宜春なのにひとりで旗をすることはうらみにおもいますけれども、お約束いただいたように、月の半ばが満月のころには、またお目にかかることでしょう。
別君何物堪持贈,淚落晴光一首詩。

でも、このようなかた時のお別れとはいえ、さしあげるものとしてもちあわせていないので、ここに、涙で洗われた詩を一首一記して、お贈り申しあげます。

春情、子安に寄す
山路 欹斜 石磴危し、行くことの苦しきを愁へず 相思に苦しむ。
淡 銷えて遠澗清韻憐み、雪 遠くして寒峰玉姿を想う。
凡歌を聽いて春酒に病むこと莫れ,閑客を招いて夜貪棋をること休【やす】む。
松の如としこと 石に匪らずこと 盟するは長しえに在り,比翼にして連襟 會うこと肯えて遲し。
冬盡きる日に獨り行くを恨むと雖ども,終に期して相い見るは月圓の時。
君に別れるは何物にも持贈に堪えん,淚落ち晴れて光き一首の詩に。


李清照0055

『春情寄子安』 現代語訳と訳註
(本文)

春情寄子安
山路欹斜石磴危,不愁行苦苦相思。
冰銷遠澗憐清韻,雪遠寒峰想玉姿。
莫聽凡歌春病酒,休招閑客夜貪棋。
如松匪石盟長在,比翼連襟會肯遲。
雖恨獨行冬盡日,終期相見月圓時。
別君何物堪持贈,淚落晴光一首詩。


(下し文)
春情、子安に寄す
山路 欹斜 石磴危し、行くことの苦しきを愁へず 相思に苦しむ。
淡 銷えて遠澗清韻憐み、雪 遠くして寒峰玉姿を想う。
凡歌を聽いて春酒に病むこと莫れ,閑客を招いて夜貪棋をること休【やす】む。
松の如としこと 石に匪らずこと 盟するは長しえに在り,比翼にして連襟 會うこと肯えて遲し。
冬盡きる日に獨り行くを恨むと雖ども,終に期して相い見るは月圓の時。
君に別れるは何物にも持贈に堪えん,淚落ち晴れて光き一首の詩に。


(現代語訳)
そばだった山路に今度は危い石段の路がつづく、この路をのぼるのは苦しい。しばらくでもお別れしてひとりで都へ歸る苦しさはあなたより先に変えるこの思いの方が、心にこたえます。
春になりはじめて、氷の消えた深い谷底の川では、かすかにせせらぎの音が聞こえてきます。
彼方に目をはせると、遠くの峯にはまだ雪がのこっていて、その山の姿はあなたのりっはなお姿を思い出します。

これからのあなたは、春の夜につまらぬ歌を聞いて、酒を呑みすぎて病気になったりしてはいけません。また用もない客をよんで、碁盤をかこんで、夜ふかしもしないでください。
今日は、冷たい冬も最後の日、明日は宜春なのにひとりで旗をすることはうらみにおもいますけれども、お約束いただいたように、月の半ばが満月のころには、またお目にかかることでしょう。
でも、このようなかた時のお別れとはいえ、さしあげるものとしてもちあわせていないので、ここに、涙で洗われた詩を一首一記して、お贈り申しあげます。



(訳注)
春情寄子安

・子安 魚玄枚の夫の李億のあざな。魚玄機は、李億の何人目かの妻となるとまもなく、あたかも新婚旅行のように、彼の郷里である山西・澤州へ旅した。彼女は一足さきに長安へ戻らねはならなくなった。その一時的な別れの途上から、李億へ贈ったのがこの詩である。まさか、先に帰っている間に、正妻のはかりごとが進んでいようとは、浮気者、新し物好きの李億は魚玄機から心が離れていくのは容易な事であったのだろう。


山路欹斜石磴危,不愁行苦苦相思。
そばだった山路に今度は危い石段の路がつづく、この路をのぼるのは苦しい。しばらくでもお別れしてひとりで都へ歸る苦しさはあなたより先に変えるこの思いの方が、心にこたえます。
・欹斜 敬はそばだつ、かたむく二】字で今日でいう急傾斜の意。
・石磴 石段。石のある坂道。
・行苦一に行路に作る。
・相思(そうし) 恋心。


冰銷遠澗憐清韻,雪遠寒峰想玉姿。
春になりはじめて、氷の消えた深い谷底の川では、かすかにせせらぎの音が聞こえてきます。
彼方に目をはせると、遠くの峯にはまだ雪がのこっていて、その山の姿はあなたのりっはなお姿を思い出します。

・泳(こおり)
・遠澗 潤は谷川。はるかに見くだせる彼方の谷川。


莫聽凡歌春病酒,休招閑客夜貪棋。
これからのあなたは、春の夜につまらぬ歌を聞いて、酒を呑みすぎて病気になったりしてはいけません。また用もない客をよんで、碁盤をかこんで、夜ふかしもしないでください。


如松匪石盟長在,比翼連襟會肯遲。
松や石にたとえたふたりのかわらぬ愛のちかいは、永遠のものです。比翼連理のふたりですから、まもなくあなたと逢うことでしょう。
・如松 松は男の象徴。時節によって色をかえす、いつも変わらぬ緑をたもっていることから、義理と変わらぬ忠誠心を持つ男、姫葛が巻きつく松ということ。。
・匪石 堅くして動かすことのできない心。「詩経」の「咄夙」の相舟の扇に、「我が心、石に匪ず転すべからず」とあるのにもとづく。
・比翼 雌雄おのおの一日一翼で、つねに二羽ならんで飛ぶという想像上の鳥。転じて男女の深い契り。比翼連理とは。意味や解説。男女の情愛の、深くむつまじいことのたとえ。相思相愛の仲。夫婦仲のむつまじいたとえ。▽「比翼」は比翼の鳥のことで、雌雄それぞれ目と翼が一つずつで、常に一体となって飛ぶという想像上の鳥。白居易『』「在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝」
・連襟 述衿・連練ともいい、姉妹の夫がたがいに称することは。連理の誤写ではあるまいか。連理ならば、二本の木の枝がつながって木の理までつながること。
男女の同い契りをいう。


雖恨獨行冬盡日,終期相見月圓時。
今日は、冷たい冬も最後の日、明日は宜春なのにひとりで旗をすることはうらみにおもいますけれども、お約束いただいたように、月の半ばが満月のころには、またお目にかかることでしょう。
・冬盡日 旧暦で立春の前日。満月は15日。これにより10日から、15日くらいの間ということになる。これは李億が魚玄機にうそをついている。


別君何物堪持贈,淚落晴光一首詩。
でも、このようなかた時のお別れとはいえ、さしあげるものとしてもちあわせていないので、ここに、涙で洗われた詩を一首一記して、お贈り申しあげます。
・晴光(せいこう)。


鶯00魚玄機は、李億の何人目かの妻となるとまもなく、あたかも新婚旅行のように、彼の郷里である山西・澤州へ旅した。ところが、そこに正夫人がいて嫉妬したのであろうといわれるが、実際にはあでやかで、賢く、教養があり、強い女である。何より他の女性と違うのは自己を顕示することであろう。こんなタイプの女性はこの時代の田舎のおばさんに太刀打ちできるはずもなく正妻のできることと云えば、魚玄機を阻害すること、いじめることしかなかったろう。したがって、正妻の単なる嫉妬ではなく、どの面でも勝てることが出来ない正妻のできることは、別の新しい女に目を向けさせることではなかったろうか。そうすることによって李億の荷の重い魚玄機に対しての気持ちを別にむけさせ、結果勝つことが出来るということになろうか。この時代の普通の女性なら、正妻は何より強い立場であろうが、魚玄機はまったく違う女性であったのだ。だから、この頃の一般的な女性の感覚で見ない方が良いのである。詩人としての矜持を持っている魚玄機を単なる嫉妬心の強い、ヒステリー女としては描きたくないものである。
とまれ、彼女は一足さきに長安へもどらねはならなくなった。その一時的な別れの途上から、李億へ贈ったのがこの詩である。まさか、先に帰っている間に、正妻のはかりごとが進んでいようとは、浮気者、新し物好きの李億は魚玄機から心が離れていくのは容易な事であったのだろう。

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