玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

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中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

12孫光憲《巻八04菩薩蠻五首其四 青巖》『花間集』356全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7052

孫光憲  菩薩蠻          其四

青巖碧洞經朝雨,隔花相喚南溪去。一隻木蘭舡,波平遠浸天。

扣舡驚翡翠,嫩玉擡香臂。紅日欲沉西,煙中遙解觽。

(成都から乗り合わせの舟に乗って長江を下る。重慶に立ち寄るまでの舟の中から見えた南渓の景色と美人に見とれた様子を詠う。)

舟が急流に差し掛かると苔が張り付いた大きな岩があり、今度は木々の被われた洞窟を過ぎる。巫女の化身の朝から降っていた雨が止んだ。川岸には花が離れ合って互いの綺麗さを競っている。峨嵋山を過ぎて長江の流れは進み、南渓を通過していく。一槽の木蘭の中型船は進んでゆく、川幅は広がり、波は穏やかに平坦な流れに変わると流れの先、遠くの先の方では天にしみ込んでいくようだ。船端をたたいて詠い始めると翡翠鳥は驚いて翅をばたつかせると、舟の上の美しく若い妓女は香りの良い肩と腕を少し高くするように動かして翡翠のまねをして可愛いい振りをする夕日は紅く西の山影に沈んでゆき、夕靄に煙る中を遙か先に向い謎解きのように探りながら船は進んでゆく。

12孫光憲《巻八04菩薩蠻五首其四 青巖》『花間集』356全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7052

 

 
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菩薩蠻 五首其一

(妃嬪も年を重ねてきて以前の若さがなくなってきて、それでも希望をもって夜を過ごす女を詠う)

月華如水籠香砌,金環碎撼門初閉。

仲秋の明月は明るく庭を照らすけれど、水に映るのと違って地面にかくれている、庭に出ると石砌のとこまでは閨のお香が漂ってくる。風が吹く度、門がゆれ、錠の音が響くので、開いていた門扉をはじめて閉じる。

      寒影墮高簷,鉤垂一面簾。

秋の夜が更け、高き庇の影が寒々と地に落ちる。月の形の吊金具をはずしてすべての簾を垂らす。

      碧煙輕裊裊,紅戰燈花笑。

閨で青い薫香が軽やかに、なよなよと立ち上がり、紅き炎が大きく揺れ、灯芯が爆けて嬉しいことと笑みをうかべる。

      即此是高唐,掩屏秋夢長。

すなわち、これこそが、きっと「高唐賦」にいう化身をしたことだろう。寝牀のまわりにたてる屏風を用意し、秋の夜は長いから、秋の夜の夢はながくつづく。

(菩薩蠻          其の一)

月華 水の如く香砌【こうせい】を籠め,金環 碎け撼【ゆ】れて 門 初めて閉す。

影を寒くして 高簷【こうえん】に墮ち,鉤は 一面に簾を垂らす。

碧煙 輕やかに 裊裊【じょうじょう】とし,紅 戰うは 燈花 笑う。

即ち 此れは 是れ「高唐」なり,屏を掩うは 秋の夢も 長し。

 

菩薩蠻 其二

(寵愛を受け、夜を一緒に過ごしたけれど、暗いうちから、鶏や、鶯までも鳴きだして朝を知らせる。まだ名残の月が明るいというのに見送らねばならないと妃賓を詠う)

花冠頻皷牆頭翼,東方澹白連色。

まだ暗いうちに雄鶏が土塀の上でしきりに羽ばたきをはじめた。するとまもなく、東側の窓が白みはじめて空が明け初めた。

      門外早鶯聲,背樓殘月明。

門の外の高枝で、まだ夜が明けきっていない早い時間なのに鶯がなきだした、名残月は高殿の彼方高く、まだ明るくのこっている。

      薄寒籠醉態,依舊鈆華在。

春といっても早朝はまだ寒く、酔いが残るからだを寒さが包む、少しでも長く仲睦まじくしていたいから、夜化粧はそのままにしている。

      握手送人歸,半拖金縷衣。

あのお方がお帰りになるのを送るために手を握り交わし、金糸の縫い取りの衣を半ば肩にはおらせてあげる。

(菩薩蠻          其の二)

花冠 頻りに 牆頭 翼を鼓し、東方 澹白にして 窓色に連なる。

門外 早に鶯声すれど、楼を背に 残月 明きらかなり。

薄寒 酔態を寵め、旧に依り 鈆華 在り。

手を握り 人 帰るを送り、半ば金縷の衣を拖く。

 

菩薩蠻 其三

(寵愛を受けているときと同じように、春の盛りに散った花ビラを風流に楽しんでもらおうと、そうじもさせずにまっている。今は独りで春が過ぎようとしている)

小庭花落無人掃,疎香滿地東風老。

寝殿の中庭には咲き誇って花もみんな散り落ちているが、人に掃除はさせない。焚くお香は時折この中庭に漂い満ちていて春の風も終わって、夏の風に変わろうとしている。

      春晚信沉沉,天涯何處尋。

春も終ろうとするのに暗い気持ちになってどうしようもない。このまま寵愛を失ったままでは、この後宮での生涯は何処いくやら、どうしたらいいのやら、だれに尋ねたらいいのか。

      曉堂屏六扇,眉共湘山遠。

朝焼けの楼閣の閨には六曲の屏風と團扇を飾っていて、眉も瀟湘八景の絵の山々も遠く影を薄くする。

      爭那別離心,近來尤不禁。

心の中で攻めたり、許したり、もうあきらめるかと落ち着かずにいる、でも別れる気持ちになることなどあろうか、又寵愛を近いうちにあるだろう、もうしばらくするとあるのかと考えてばかりこんな想いはいけないというのだろうか。

(菩薩蠻          其の三)

小庭 花落ち 人 掃く無し,疎香 滿地 東風 老ゆ。

春晚 信 沉沉,天涯 何處にか尋ねん。

曉堂 屏 六扇あり,眉 共に 湘山 遠し。

爭 那ぞ別離の心あらん,近來 尤も禁じえず。

 

菩薩蠻  其四

           青巖碧洞經朝雨,隔花相喚南溪去。

           一隻木蘭舡,波平遠浸天。

           扣舡驚翡翠,嫩玉擡香臂。

           紅日欲沉西,煙中遙解觽。

(成都から乗り合わせの舟に乗って長江を下る。重慶に立ち寄るまでの舟の中から見えた南渓の景色と美人に見とれた様子を詠う。)

舟が急流に差し掛かると苔が張り付いた大きな岩があり、今度は木々の被われた洞窟を過ぎる。巫女の化身の朝から降っていた雨が止んだ。川岸には花が離れ合って互いの綺麗さを競っている。峨嵋山を過ぎて長江の流れは進み、南渓を通過していく。

一槽の木蘭の中型船は進んでゆく、川幅は広がり、波は穏やかに平坦な流れに変わると流れの先、遠くの先の方では天にしみ込んでいくようだ。

船端をたたいて詠い始めると翡翠鳥は驚いて翅をばたつかせると、舟の上の美しく若い妓女は香りの良い肩と腕を少し高くするように動かして翡翠のまねをして可愛いい振りをする

夕日は紅く西の山影に沈んでゆき、夕靄に煙る中を遙か先に向い謎解きのように探りながら船は進んでゆく。

(菩薩蠻          其の四)

青巖 碧洞 朝雨を經り,隔花 相喚して南溪 去り。

一隻 木蘭の舡,波平らかにして 遠く天に浸む。

扣舡 翡翠驚き,嫩玉 香臂に擡す。

紅日 西に沉まんと欲し,煙中 遙か觽を解く。

             

菩薩蠻    其五

              木綿花映叢祠小,越禽聲裏春光曉。

              銅皷與蠻歌,南人祈賽多。

              客帆風正急,茜袖隈牆立。

              極浦幾迴頭,煙波無限愁。

 

 

『菩薩蠻  其四』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻    其四

青巖碧洞經朝雨,隔花相喚南溪去。

一隻木蘭舡,波平遠浸天。

扣舡驚翡翠,嫩玉擡香臂。

紅日欲沉西,煙中遙解觽。

 

(下し文)

(菩薩蠻              其の四)

青巖 碧洞 朝雨を經り,隔花 相喚して南溪 去り。

一隻 木蘭の舡,波平らかにして 遠く天に浸む。

扣舡 翡翠驚き,嫩玉 香臂に擡す。

紅日 西に沉まんと欲し,煙中 遙か觽を解く。

 

(現代語訳)

(成都から乗り合わせの舟に乗って長江を下る。重慶に立ち寄るまでの舟の中から見えた南渓の景色と美人に見とれた様子を詠う。)

舟が急流に差し掛かると苔が張り付いた大きな岩があり、今度は木々の被われた洞窟を過ぎる。巫女の化身の朝から降っていた雨が止んだ。川岸には花が離れ合って互いの綺麗さを競っている。峨嵋山を過ぎて長江の流れは進み、南渓を通過していく。

一槽の木蘭の中型船は進んでゆく、川幅は広がり、波は穏やかに平坦な流れに変わると流れの先、遠くの先の方では天にしみ込んでいくようだ。

船端をたたいて詠い始めると翡翠鳥は驚いて翅をばたつかせると、舟の上の美しく若い妓女は香りの良い肩と腕を少し高くするように動かして翡翠のまねをして可愛いい振りをする

夕日は紅く西の山影に沈んでゆき、夕靄に煙る中を遙か先に向い謎解きのように探りながら船は進んでゆく。

 

(訳注)

菩薩蠻其四

(成都から乗り合わせの舟に乗って長江を下る。重慶に立ち寄るまでの舟の中から見えた南渓の景色と美人に見とれた様子を詠う。)

 

『花問集』 には孫光憲の作が五首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎➄➄の詞形をとる。

菩薩蠻    其一

月華如水籠香,金環碎撼門初

寒影墮高,鉤垂一面

碧煙輕裊,紅戰燈花

即此是高,掩屏秋夢

●△△●△○●  ○○●●○○●

○●△○○  ○○●●○

●○△??  ○●○○●

●●●○○  ●△○△△

双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎➄➄の詞形をとる。

菩薩蠻    其二

花冠頻皷牆頭,東方澹白連

門外早鶯,背樓殘月

薄寒籠醉,依舊鈆華

握手送人,半拖金縷

○△○●○○●  ○○△●○?●

○●●○○  ●○○●○

●○△●●  △●○△●

●●●○○  ●△○●△

双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎➄➄の詞形をとる。

菩薩蠻    其三

小庭花落無人,疎香滿地東風

春晚信沉,天涯何處

曉堂屏六,眉共湘山

爭那別離,近來尤不

●○○●○○●  △○●●○△●

○●△○○  ○○△●○

●○△●△  ○△○○●

○△●△○  ●△○△△

双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎➄➄の詞形をとる。

菩薩蠻    其四

青巖碧洞經朝,隔花相喚南溪

一隻木蘭,波平遠浸

扣舡驚翡,嫩玉擡香

紅日欲沉西,煙中遙解

○○●△△○●  ●○△●○○●

●●●○○  ○○●△○

●○○●●  ●●○○●

○●●○○  ○△○●?

 

青巖碧洞經朝雨,隔花相喚南溪去。

舟が急流に差し掛かると苔が張り付いた大きな岩があり、今度は木々の被われた洞窟を過ぎる。朝から降っていた雨が止んだ。川岸には花が離れ合って互いの綺麗さを競っている。峨嵋山を過ぎて長江の流れは進み、南渓を通過していく。

25. 南溪 四川省西部地図 DE―1 成都から乗り合わせの舟に乗って長江を下る。重慶に立ち寄るまでの舟の中から見えた南渓の景色。

 

一隻木蘭舡,波平遠浸天。

一槽の木蘭の中型船は進んでゆく、川幅は広がり、波は穏やかに平坦な流れに変わると遠くの先の方では天にしみ込んでいくようだ。

26. 木蘭舡 木蘭の中型船。

 

扣舡驚翡翠,嫩玉擡香臂。

船端をたたいて詠い始めると翡翠鳥は驚いて翅をばたつかせると、舟の上の美しく若い妓女は香りの良い肩と腕を少し高くするように動かして翡翠のまねをして可愛いい振りをする

27. 扣舡 船端をたたいて船頭が舟歌を歌い始めること。王維輞川集二十首『欒家瀨』では水しぶきの音でシラサギが飛んでゆく、とある。

28. 嫩玉 美しく若い妓女。

29. 擡香臂 香りの良い肩と腕を少し高くするように動かして翡翠のまねをして可愛いい振りをする

 

紅日欲沉西,煙中遙解觽。

夕日は紅く西の山影に沈んでゆき、夕靄に煙る中を遙か先に向い謎解きのように探りながら船は進んでゆく。

30. 觽  くじり。つのぎり。紐の結び目を角でほどいたことから すなわち 掘り下げる。えくじり. 「探る 」の意味

 

 四川省西部地区略図

 

 

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姚康 和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
松徑引清風,登台古寺中。
この高台に続く松林の小道には清々しい風がふきぬける。進んでゆけば高台に登り、そこには古い寺がある。
江平沙岸白,日下錦川紅。
錦江は遠く水平線に続いていて、砂浜は白く続く。太陽が西に下ると錦江は赤く染まる。
疏樹山根淨,深雲鳥跡窮。
疎らに生えている木樹は山に大地に根を下ろしていてここの雰囲気を浄化している。そこは奥深く雲の中のようにおい繁っていて、鳥が棲んでいて巣作りを極めている。
自慚陪末席,便與九霄通。
ここにおいて私詩人の端くれとしてこの宴の末席に陪席させていただいている。ということで、ここより九天の高い所と通じていることに喜びを感じているのである。

姚康 (武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
松徑 清風を引き,台に登る古寺の中。
江 平かにして 沙岸白く,日下 錦川【きんせん】紅なり。
疏樹【そじゅ】山根 淨く,深雲 鳥跡【ちょうせき】窮まる。
自ら慚じて 末席に陪するも,便ち 九霄【きゅうしょう】と通ず。

幻日環01











『和段相公登武擔寺西臺』 現代語訳と訳註
(本文) 姚康 
松徑引清風,登台古寺中。
江平沙岸白,日下錦川紅。
疏樹山根淨,深雲鳥跡窮。
自慚陪末席,便與九霄通。


(下し文)
(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
松徑 清風を引き,台に登る古寺の中。
江 平かにして 沙岸白く,日下 錦川【きんせん】紅なり。
疏樹【そじゅ】山根 淨く,深雲 鳥跡【ちょうせき】窮まる。
自ら慚じて 末席に陪するも,便ち 九霄【きゅうしょう】と通ず。


(現代語訳)
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
この高台に続く松林の小道には清々しい風がふきぬける。進んでゆけば高台に登り、そこには古い寺がある。
錦江は遠く水平線に続いていて、砂浜は白く続く。太陽が西に下ると錦江は赤く染まる。
疎らに生えている木樹は山に大地に根を下ろしていてここの雰囲気を浄化している。そこは奥深く雲の中のようにおい繁っていて、鳥が棲んでいて巣作りを極めている。
ここにおいて私詩人の端くれとしてこの宴の末席に陪席させていただいている。ということで、ここより九天の高い所と通じていることに喜びを感じているのである。


(訳注)
和段相公登武擔寺西臺
 
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。
・武擔寺 成都市内の西北偶の武擔山にある寺。楊雄の「蜀本紀」 によれば、武都(甘粛の成県の西)の男が化して女になったのを、覇王が納れて妃にしたが、まもなく死亡したので、武都の土を運んで、成都の城内に積んで、葬った所という。後に三国時代、蜀の劉備がこの武擔山の南で、帝位に即いたという。寺内から錦江の流れがながめられることは、姚康の詩によってもうかがわれる。現在は俗に五担山と称し、山というより小さな岡にすぎず、高さ四六五メートル。昭列帝(劉備)の祠堂が山のそばにあり、ふもとに池がある。
・姚康 『送姚員外』 薛濤
萬條江柳早秋枝,裊地翻風色未衰。
欲折爾來將贈別,莫教煙月兩鄉悲。
送姚員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-198-64-#58  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2537

姚康は、あざなを汝諧といい、下邽(陝西省渭南縣)の人で、元和十五年に進士に及第し、右武衛曹参軍をへて、剣南観察推官になり、宜宗のときに太子唐草で終わっている。どちらも段文昌が西川節度使であったときに、成都におって、「段相公の晩夏に張儀楼(成都にある)に登りたまふに陪し奉る」と、「段相公の『武婚寺の西蔓に登る』に和す」という詩をのこしている。
薛濤の年齢は五十四歳から五十六歳までの問ということになる。


松徑引清風,登台古寺中。
この高台に続く松林の小道には清々しい風がふきぬける。進んでゆけば高台に登り、そこには古い寺がある。
・松徑 松林の小道。


江平沙岸白,日下錦川紅。
錦江は遠く水平線に続いていて、砂浜は白く続く。太陽が西に下ると錦江は赤く染まる。


疏樹山根淨,深雲鳥跡窮。
疎らに生えている木樹は山に大地に根を下ろしていてここの雰囲気を浄化している。そこは奥深く雲の中のようにおい繁っていて、鳥が棲んでいて巣作りを極めている。


自慚陪末席,便與九霄通。
ここにおいて私詩人の端くれとしてこの宴の末席に陪席させていただいている。ということで、ここより九天の高い所と通じていることに喜びを感じているのである。
大空。天の高い所。九天。
DCF00009

和段相公登武擔寺西臺 溫會 唐五代詞・宋詩 薛濤-223-89-#79+4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2662

溫會 《和段相公登武擔寺西臺》   東側の高台には紅葉に西日にてらされ、燃える樹になっているし、高台に植えてある樹木は高く聳えたち空に浮かぶ雲を作る。

2013年7月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

和段相公登武擔寺西臺 溫會 唐五代詞・宋詩 薛濤-223-89-#79+4   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2662

王屋山01

段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。
 卷331_2題武擔寺西臺 五言律詩押東韻.
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。水暗餘霞外,山明落照中。 鳥行看漸遠,松韻聽難窮。今日登臨意,多歡語笑同。


姚向 開閣錦城中
和段相公登武擔寺西臺(唐•姚向) 五言律詩押東韻.
開閣錦城中,餘閑訪梵宮。九層連晝景,萬象寫秋空。 天半將身到,江長與海通。提攜出塵土,曾是穆清風。


李敬伯 臺上起涼風
和段相公登武擔寺西臺(唐•李敬伯) 五言律詩押東韻. 臺上起涼風,乘閑覽歲功。自隨台席貴,盡許羽觴同。 樓殿斜暉照,江山極望通。賦詩思共樂,俱得詠時豐。


溫會 和段相公登武擔寺西臺 桑臺煙樹中
和段相公登武擔寺西臺(唐•溫會) 五言律詩押東韻.
桑臺煙樹中,臺榭造雲空。眺聽逢秋興,篇辭變國風。
坐愁高鳥起,笑指遠人同。始愧才情薄,躋攀繼韻窮。



五言律詩押東韻.

五言律詩押東韻.
題武擔寺西臺 
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。水暗餘霞外,山明落照中。
鳥行看漸遠,松韻聽難窮。今日登臨意,多歡語笑同。
この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。
山影の池の水は暗くなっていて暗くなったところから外に向かってカスミが広がる。日が当たっている山は明るく照らされて、落ちかかる日は斜めに照らしている。
鳥は巣に向かい見ている間に次第に遠ざかる。松に吹き付ける風音は聞いている間に次第におさまって聞こえにくくなる。
今日みんなでこうして寺に昇って風流な心意気でこの風景を見る。みんなで多く語らい、談笑しあって、楽しく過ごす。

武擔寺の西臺を題す 
秋天 鏡の如く空し,樓閣 盡く玲瓏。
水は暗し 餘霞の外,山は明らかなり 落照の中。
鳥は行き 看れど漸【ようや】く遠くなり,松は韻し聽けど難かしく窮むなり。
今日 登臨の意,多く語笑の同じゅうするを 歡ぶ。


(唐•姚向) 五言律詩押東韻.
和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
開閣錦城中,餘閑訪梵宮。
この寺の樓閣は成都錦城の中に有る。ここはあまりにも静かで寺院の梵天の宮殿を訪れる。
九層連晝景,萬象寫秋空。
そこには九層の塔がたち、昼間の景色の中に連なっている。ここにあるすべての物の現象は天高く綺麗な青空に寫している。
天半將身到,江長與海通。
この西台は天空から中ほどに当たりそこにこの身を置いている。傍を流れる錦江はずっと長く流れてゆきやがて海に注ぐ。
提攜出塵土,曾是穆清風。
持てるものを携えて俗世間を出て行こう。それでもって煩わしいことが無く世の中が静まっておだやかな風を受けるのだ

(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
閣を開く 錦城の中,餘閑【よかん】にして 梵宮【そきゅう】を訪う。
九層 晝景【ちゅうけい】に連り,萬象 秋空を寫す。
天半 將って身 到らんとし,江長 與って海 通ず。
提攜【ていけい】して塵土【じんど】を出づ,曾【すなわ】ち是れ穆清【ぼくせい】の風。


李敬伯 
(唐•李敬伯) 五言律詩押東韻.
和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。
臺上起涼風,乘閑覽歲功。
この西の高台に登とそこに涼やかな風が起こる。誰もいない静けさに風流な気持ちも乗じてき他のと是までの歳月の経験などがここで見るような気持ちになる。
自隨台席貴,盡許羽觴同。
この高台に四人で登ると自然にその歲功によって貴き順に並んでしまう。でもそういう中でもしすべてのことが許されるならば酒杯だけでも同じようにしたいものである。
樓殿斜暉照,江山極望通。
ここの楼閣や、本殿に傾きかけた太陽の日差しが赤るる照っている。この山、錦江や遙かな連峰は遠い先に臨まれる。
賦詩思共樂,俱得詠時豐。
唱和する賦詩を思い思いにつくって楽しいと思うのである。こんな詩を詠うひと時を一緒に過ごせて本当によかったのである。

(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
臺上に 涼風起る,閑に乘じて 歲功を覽る。
自ら台席の貴に隨い,盡く 羽觴 同じゅうするを許す。
樓殿 斜暉に 照らし,江山 極望に 通ず。
詩を賦して共に樂しまんことを思い,俱に 時豐を詠ずるを得たり。



溫會 五言律詩押東韻
和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
桑臺煙樹中,臺榭造雲空。
東側の高台には紅葉に西日にてらされ、燃える樹になっているし、高台に植えてある樹木は高く聳えたち空に浮かぶ雲を作る。
眺聽逢秋興,篇辭變國風。
ここで眺め風の音を聞き秋の趣きにであうことが出来るし、この風流を詩にし篇じるは詩経の詩を変化させる。
坐愁高鳥起,笑指遠人同。
座って高く飛びあがる鳥を見て愁い、この趣のある景色をと同席した者たちと共有して微笑む。
始愧才情薄,躋攀繼韻窮。
そういう中で自分の詩才や情感の薄さを始めて愧じるけれども、這い上がり攀じ登るように懸命に詩韻を繋いで極めたいものである。

(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
桑臺 煙樹の中,臺榭 造雲の空。
眺聽して 秋興に逢い,篇辭して 國風を變ず。
坐して 高鳥起きるを愁い,笑って 遠人同じゅうするを指す。
始めて才情の薄きを愧じれども,躋攀【せいはん】して繼韻 窮む。


『和段相公登武擔寺西臺』 現代語訳と訳註
(本文)

桑臺煙樹中,臺榭造雲空。
眺聽逢秋興,篇辭變國風。
坐愁高鳥起,笑指遠人同。
始愧才情薄,躋攀繼韻窮。


(下し文)
(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
桑臺 煙樹の中,臺榭 造雲の空。
眺聽して 秋興に逢い,篇辭して 國風を變ず。
坐して 高鳥起きるを愁い,笑って 遠人同じゅうするを指す。
始めて才情の薄きを愧じれども,躋攀【せいはん】して繼韻 窮む。


(現代語訳)
東側の高台には紅葉に西日にてらされ、燃える樹になっているし、高台に植えてある樹木は高く聳えたち空に浮かぶ雲を作る。
ここで眺め風の音を聞き秋の趣きにであうことが出来るし、この風流を詩にし篇じるは詩経の詩を変化させる。
座って高く飛びあがる鳥を見て愁い、この趣のある景色をと同席した者たちと共有して微笑む。
そういう中で自分の詩才や情感の薄さを始めて愧じるけれども、這い上がり攀じ登るように懸命に詩韻を繋いで極めたいものである。


(訳注)
和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。
・武擔寺 成都市内の西北偶の武擔山にある寺。楊雄の「蜀本紀」 によれば、武都(甘粛の成県の西)の男が化して女になったのを、覇王が納れて妃にしたが、まもなく死亡したので、武都の土を運んで、成都の城内に積んで、葬った所という。後に三国時代、蜀の劉備がこの武擔山の南で、帝位に即いたという。寺内から錦江の流れがながめられることは、姚康の詩によってもうかがわれる。現在は俗に五担山と称し、山というより小さな岡にすぎず、高さ四六五メートル。昭列帝(劉備)の祠堂が山のそばにあり、ふもとに池がある。
そういう中で自分の詩才や情感の薄さを始めて愧じるけれども、這い上がり攀じ登るように懸命に詩韻を繋いで極めたいものである。


桑臺煙樹中,臺榭造雲空。
東側の高台には紅葉に西日にてらされ、燃える樹になっているし、高台に植えてある樹木は高く聳えたち空に浮かぶ雲を作る。
・桑臺 桑は東の畑に植えるので、東側の高台。蛇足だが扶桑は蜀を示す語ではある。
・煙樹 紅葉に燃える樹で、西日があたっている状況を云う。


眺聽逢秋興,篇辭變國風。
ここで眺め風の音を聞き秋の趣きにであうことが出来るし、この風流を詩にし篇じるは詩経の詩を変化させる。
・秋興 秋のおもしろさ。秋の興趣。
・國風 (1)その国や地方の風俗・習慣。その国や地方の気風。くにがら。 (2)「国風歌舞(くにぶりのうたまい)」の略。 (3)『詩経』に詠う、周王朝の時代の十五の国と地域の小唄や民謡を収める。


坐愁高鳥起,笑指遠人同。
座って高く飛びあがる鳥を見て愁い、この趣のある景色をと同席した者たちと共有して微笑む。


始愧才情薄,躋攀繼韻窮。
そういう中で自分の詩才や情感の薄さを始めて愧じるけれども、這い上がり攀じ登るように懸命に詩韻を繋いで極めたいものである。
・躋攀【せいはん】よじのぼること。登攀。攀躋。意味は同じく高いところに登ること。躋る(のぼる)と読む。

和段相公登武擔寺西臺 李敬伯 唐五代詞・宋詩 薛濤-222-88-#79+3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2657

李敬伯 《和段相公登武擔寺西臺》この西の高台に登とそこに涼やかな風が起こる。誰もいない静けさに風流な気持ちも乗じてき他のと是までの歳月の経験などがここで見るような気持ちになる。



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和段相公登武擔寺西臺 李敬伯 唐五代詞・宋詩 薛濤-222-88-#79+3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2657


段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。
 卷331_2題武擔寺西臺 五言律詩押東韻.
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。水暗餘霞外,山明落照中。
鳥行看漸遠,松韻聽難窮。今日登臨意,多歡語笑同。

姚向 開閣錦城中
和段相公登武擔寺西臺(唐•姚向) 五言律詩押東韻.
開閣錦城中,餘閑訪梵宮。九層連晝景,萬象寫秋空。
天半將身到,江長與海通。提攜出塵土,曾是穆清風。


李敬伯 臺上起涼風
和段相公登武擔寺西臺(唐•李敬伯) 五言律詩押東韻.
臺上起涼風,乘閑覽歲功。自隨台席貴,盡許羽觴同。
樓殿斜暉照,江山極望通。賦詩思共樂,俱得詠時豐。

溫會 和段相公登武擔寺西臺 桑臺煙樹中
和段相公登武擔寺西臺(唐•溫會) 五言律詩押東韻.
桑臺煙樹中,臺榭造雲空。眺聽逢秋興,篇辭變國風。
坐愁高鳥起,笑指遠人同。始愧才情薄,躋攀繼韻窮。



五言律詩押東韻.
題武擔寺西臺 
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。水暗餘霞外,山明落照中。
鳥行看漸遠,松韻聽難窮。今日登臨意,多歡語笑同。
この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。
山影の池の水は暗くなっていて暗くなったところから外に向かってカスミが広がる。日が当たっている山は明るく照らされて、落ちかかる日は斜めに照らしている。
鳥は巣に向かい見ている間に次第に遠ざかる。松に吹き付ける風音は聞いている間に次第におさまって聞こえにくくなる。
今日みんなでこうして寺に昇って風流な心意気でこの風景を見る。みんなで多く語らい、談笑しあって、楽しく過ごす。

武擔寺の西臺を題す 
秋天 鏡の如く空し,樓閣 盡く玲瓏。
水は暗し 餘霞の外,山は明らかなり 落照の中。
鳥は行き 看れど漸【ようや】く遠くなり,松は韻し聽けど難かしく窮むなり。
今日 登臨の意,多く語笑の同じゅうするを 歡ぶ。


(唐•姚向) 五言律詩押東韻.
和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
開閣錦城中,餘閑訪梵宮。
この寺の樓閣は成都錦城の中に有る。ここはあまりにも静かで寺院の梵天の宮殿を訪れる。
九層連晝景,萬象寫秋空。
そこには九層の塔がたち、昼間の景色の中に連なっている。ここにあるすべての物の現象は天高く綺麗な青空に寫している。
天半將身到,江長與海通。
この西台は天空から中ほどに当たりそこにこの身を置いている。傍を流れる錦江はずっと長く流れてゆきやがて海に注ぐ。
提攜出塵土,曾是穆清風。
持てるものを携えて俗世間を出て行こう。それでもって煩わしいことが無く世の中が静まっておだやかな風を受けるのだ

(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
閣を開く 錦城の中,餘閑【よかん】にして 梵宮【そきゅう】を訪う。
九層 晝景【ちゅうけい】に連り,萬象 秋空を寫す。
天半 將って身 到らんとし,江長 與って海 通ず。
提攜【ていけい】して塵土【じんど】を出づ,曾【すなわ】ち是れ穆清【ぼくせい】の風。


李敬伯 
(唐•李敬伯) 五言律詩押東韻.
和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。
臺上起涼風,乘閑覽歲功。
この西の高台に登とそこに涼やかな風が起こる。誰もいない静けさに風流な気持ちも乗じてき他のと是までの歳月の経験などがここで見るような気持ちになる。
自隨台席貴,盡許羽觴同。
この高台に四人で登ると自然にその歲功によって貴き順に並んでしまう。でもそういう中でもしすべてのことが許されるならば酒杯だけでも同じようにしたいものである。
樓殿斜暉照,江山極望通。
ここの楼閣や、本殿に傾きかけた太陽の日差しが赤るる照っている。この山、錦江や遙かな連峰は遠い先に臨まれる。
賦詩思共樂,俱得詠時豐。
唱和する賦詩を思い思いにつくって楽しいと思うのである。こんな詩を詠うひと時を一緒に過ごせて本当によかったのである。

(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
臺上に 涼風起る,閑に乘じて 歲功を覽る。
自ら台席の貴に隨い,盡く 羽觴 同じゅうするを許す。
樓殿 斜暉に 照らし,江山 極望に 通ず。
詩を賦して共に樂しまんことを思い,俱に 時豐を詠ずるを得たり。


『和段相公登武擔寺西臺』 現代語訳と訳註
(本文)
和段相公登武擔寺西臺
臺上起涼風,乘閑覽歲功。
自隨台席貴,盡許羽觴同。
樓殿斜暉照,江山極望通。
賦詩思共樂,俱得詠時豐。


(下し文)
(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
臺上に 涼風起る,閑に乘じて 歲功を覽る。
自ら台席の貴に隨い,盡く 羽觴 同じゅうするを許す。
樓殿 斜暉に 照らし,江山 極望に 通ず。
詩を賦して共に樂しまんことを思い,俱に 時豐を詠ずるを得たり。


(現代語訳)
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。
この西の高台に登とそこに涼やかな風が起こる。誰もいない静けさに風流な気持ちも乗じてき他のと是までの歳月の経験などがここで見るような気持ちになる。
この高台に四人で登ると自然にその歲功によって貴き順に並んでしまう。でもそういう中でもしすべてのことが許されるならば酒杯だけでも同じようにしたいものである。
ここの楼閣や、本殿に傾きかけた太陽の日差しが赤るる照っている。この山、錦江や遙かな連峰は遠い先に臨まれる。
唱和する賦詩を思い思いにつくって楽しいと思うのである。こんな詩を詠うひと時を一緒に過ごせて本当によかったのである。


(訳注)
和段相公登武擔寺西臺
王屋山01(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。
・武擔寺 成都市内の西北偶の武擔山にある寺。楊雄の「蜀本紀」 によれば、武都(甘粛の成県の西)の男が化して女になったのを、覇王が納れて妃にしたが、まもなく死亡したので、武都の土を運んで、成都の城内に積んで、葬った所という。後に三国時代、蜀の劉備がこの武擔山の南で、帝位に即いたという。寺内から錦江の流れがながめられることは、姚康の詩によってもうかがわれる。現在は俗に五担山と称し、山というより小さな岡にすぎず、高さ四六五メートル。昭列帝(劉備)の祠堂が山のそばにあり、ふもとに池がある。


臺上起涼風,乘閑覽歲功。
この西の高台に登とそこに涼やかな風が起こる。誰もいない静けさに風流な気持ちも乗じてき他のと是までの歳月の経験などがここで見るような気持ちになる。
・歲功 年を取って、経験を積んでいること。また、その経験の力。


自隨台席貴,盡許羽觴同。
この高台に四人で登ると自然にその歲功によって貴き順に並んでしまう。でもそういう中でもしすべてのことが許されるならば酒杯だけでも同じようにしたいものである。
・羽觴 雀(すずめ)の形に作って頭部や翼などをつけた杯のこと。転じて、杯。酒杯。


樓殿斜暉照,江山極望通。
ここの楼閣や、本殿に傾きかけた太陽の日差しが赤るる照っている。この山、錦江や遙かな連峰は遠い先に臨まれる。
・斜暉照 建物の横に傾いた日差しがあたっている。軒下まではっきり見えるということ。


賦詩思共樂,俱得詠時豐。
唱和する賦詩を思い思いにつくって楽しいと思うのである。こんな詩を詠うひと時を一緒に過ごせて本当によかったのである。

和段相公登武擔寺西臺 姚向 唐五代詞・宋詩 薛濤-221-87-#79+2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652

姚向 《和段相公登武擔寺西臺》 この寺の樓閣は成都錦城の中に有る。ここはあまりにも静かで寺院の梵天の宮殿を訪れる。そこには九層の塔がたち、昼間の景色の中に連なっている。ここにあるすべての物の現象は天高く綺麗な青空に寫している。


2013年7月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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和段相公登武擔寺西臺 姚向 唐五代詞・宋詩 薛濤-221-87-#79+2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652


 卷331_2題武擔寺西臺 五言律詩押東韻.
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。水暗餘霞外,山明落照中。
鳥行看漸遠,松韻聽難窮。今日登臨意,多歡語笑同。


姚向 開閣錦城中
和段相公登武擔寺西臺(唐•姚向) 五言律詩押東韻.
開閣錦城中,餘閑訪梵宮。九層連晝景,萬象寫秋空。
天半將身到,江長與海通。提攜出塵土,曾是穆清風。


李敬伯 臺上起涼風
和段相公登武擔寺西臺(唐•李敬伯) 五言律詩押東韻.
臺上起涼風,乘閑覽歲功。自隨台席貴,盡許羽觴同。
樓殿斜暉照,江山極望通。賦詩思共樂,俱得詠時豐。

溫會 和段相公登武擔寺西臺 桑臺煙樹中
和段相公登武擔寺西臺(唐•溫會) 五言律詩押東韻.
桑臺煙樹中,臺榭造雲空。眺聽逢秋興,篇辭變國風。
坐愁高鳥起,笑指遠人同。始愧才情薄,躋攀繼韻窮。



五言律詩押東韻.
題武擔寺西臺 
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。水暗餘霞外,山明落照中。
鳥行看漸遠,松韻聽難窮。今日登臨意,多歡語笑同。
この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。
山影の池の水は暗くなっていて暗くなったところから外に向かってカスミが広がる。日が当たっている山は明るく照らされて、落ちかかる日は斜めに照らしている。
鳥は巣に向かい見ている間に次第に遠ざかる。松に吹き付ける風音は聞いている間に次第におさまって聞こえにくくなる。
今日みんなでこうして寺に昇って風流な心意気でこの風景を見る。みんなで多く語らい、談笑しあって、楽しく過ごす。

武擔寺の西臺を題す 
秋天 鏡の如く空し,樓閣 盡く玲瓏。
水は暗し 餘霞の外,山は明らかなり 落照の中。
鳥は行き 看れど漸【ようや】く遠くなり,松は韻し聽けど難かしく窮むなり。
今日 登臨の意,多く語笑の同じゅうするを 歡ぶ。


(唐•姚向) 五言律詩押東韻.
和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
開閣錦城中,餘閑訪梵宮。
この寺の樓閣は成都錦城の中に有る。ここはあまりにも静かで寺院の梵天の宮殿を訪れる。
九層連晝景,萬象寫秋空。
そこには九層の塔がたち、昼間の景色の中に連なっている。ここにあるすべての物の現象は天高く綺麗な青空に寫している。
天半將身到,江長與海通。
この西台は天空から中ほどに当たりそこにこの身を置いている。傍を流れる錦江はずっと長く流れてゆきやがて海に注ぐ。
提攜出塵土,曾是穆清風。
持てるものを携えて俗世間を出て行こう。それでもって煩わしいことが無く世の中が静まっておだやかな風を受けるのだ

(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
閣を開く 錦城の中,餘閑【よかん】にして 梵宮【そきゅう】を訪う。
九層 晝景【ちゅうけい】に連り,萬象 秋空を寫す。
天半 將って身 到らんとし,江長 與って海 通ず。
提攜【ていけい】して塵土【じんど】を出づ,曾【すなわ】ち是れ穆清【ぼくせい】の風。

DCF00209













『和段相公登武擔寺西臺』 現代語訳と訳註
(本文)
開閣錦城中,餘閑訪梵宮。九層連晝景,萬象寫秋空。 天半將身到,江長與海通。提攜出塵土,曾是穆清風。


(下し文)
(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
閣を開く 錦城の中,餘閑【よかん】にして 梵宮【そきゅう】を訪う。
九層 晝景【ちゅうけい】に連り,萬象 秋空を寫す。
天半 將って身 到らんとし,江長 與って海 通ず。
提攜【ていけい】して塵土【じんど】を出づ,曾【すなわ】ち是れ穆清【ぼくせい】の風。


(現代語訳)
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
この寺の樓閣は成都錦城の中に有る。ここはあまりにも静かで寺院の梵天の宮殿を訪れる。
そこには九層の塔がたち、昼間の景色の中に連なっている。ここにあるすべての物の現象は天高く綺麗な青空に寫している。
この西台は天空から中ほどに当たりそこにこの身を置いている。傍を流れる錦江はずっと長く流れてゆきやがて海に注ぐ。
持てるものを携えて俗世間を出て行こう。それでもって煩わしいことが無く世の中が静まっておだやかな風を受けるのだ


(訳注)
和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
・武擔寺 成都市内の西北偶の武擔山にある寺。楊雄の「蜀本紀」 によれば、武都(甘粛の成県の西)の男が化して女になったのを、覇王が納れて妃にしたが、まもなく死亡したので、武都の土を運んで、成都の城内に積んで、葬った所という。後に三国時代、蜀の劉備がこの武擔山の南で、帝位に即いたという。寺内から錦江の流れがながめられることは、姚康の詩によってもうかがわれる。現在は俗に五担山と称し、山というより小さな岡にすぎず、高さ四六五メートル。昭列帝(劉備)の祠堂が山のそばにあり、ふもとに池がある。


開閣錦城中,餘閑訪梵宮。
この寺の樓閣は成都錦城の中に有る。ここはあまりにも静かで寺院の梵天の宮殿を訪れる。
・梵宮  (1)梵天の宮殿。 (2)寺。寺院。


九層連晝景,萬象寫秋空。
そこには九層の塔がたち、昼間の景色の中に連なっている。ここにあるすべての物の現象は天高く綺麗な青空に寫している。


天半將身到,江長與海通。
この西台は天空から中ほどに当たりそこにこの身を置いている。傍を流れる錦江はずっと長く流れてゆきやがて海に注ぐ。


提攜出塵土,曾是穆清風。
持てるものを携えて俗世間を出て行こう。それでもって煩わしいことが無く世の中が静まっておだやかな風を受けるのだ
・塵土 ① ちりと土。取るに足りないもの、値うちのないもののたとえにもいう。② けがれた現世。俗世間。
・穆清 世の中が静まっておだやかなこと。 天子の美徳によって教化がおだやかに行われること。

題武擔寺西臺 段文昌 唐五代詞・宋詩 薛濤-221-87-#79+1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652

段文昌 《題武擔寺西臺》 この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。

2013年7月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



題武擔寺西臺 段文昌 唐五代詞・宋詩 薛濤-221-87-#79+1   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652


段文昌(だん ぶんしょう、772年 - 835年)は、中国・唐代の宰相である。子に『酉陽雑俎』の撰者である段成式がいる。

字は墨卿。その本貫は西河(山西省汾陽市)であるが、荊州(湖北省江陵県)で育った。
起家の官は、校書郎。李吉甫の知るところとなり、また、李逢吉とも交遊があった。次第に官を累進して、翰林学士より祠部郎中に進んだ。
穆宗朝で、中書侍郎平章事、つまり宰相になった。
長慶元年(821年)に、剣南西川節度使となった。剣南(四川省)の幕府では善政を敷き、諸蛮を支配下に置いた。翌年、雲南が唐朝の領内に侵攻した際も、使者を派遣して慰撫するのみで退けた。
以後、諸官を歴任し、最期は、再度、西川節度使となって没した。没後に太尉を追贈された。文集30巻が存したとされるが、現在伝わっていない。


段文昌(772年-835年),字墨卿,一字景初,唐朝鄒平(今屬山東濱州)人。生於荊州江陵(今湖北荊州市)。唐代政治人物,曾拜宰相,後除節度使,歷轉各軍。卒赠太尉。子段成式,為太常少卿。
簡介

大历八年(773年)出生于江陵,父段锷,官江陵县令。先祖為褒國公段志玄。
少有才名,貞元初年,劍南節度使韋皋薦為校書郎,累擢翰林學士、中書舍人。
贞元十五年(799年),入蜀初授校书郎。
唐憲宗元和十二年(817年)李愬平定淮西(今河南省東南部)吳元濟,韓愈寫碑文,碑成,立在汝南城北門外。由於碑文大力歌頌裴度功勳,甚少提到立功極大的李愬的事蹟,李愬的部下石孝忠憤怒,將碑文砸毀。天子時敕段文昌重撰。
唐穆宗即位,與令狐楚同拜中書侍郎、同中書門下平章事。
未逾年,长庆元年(821年),请辞相位,出為西川節度使。治蜀期間“素洽蜀人之情,至是以寬政為治,嚴靜有斷,蠻夷畏服”,长庆二年(822年),云南流民窜扰贵州,朝廷命段文昌处理,他派特使前往谈判,不久流民退去。
长庆三年(823年),拜刑部尚书。
宝历元年(825年),拜兵部尚书。
唐文宗大和元年(826年),拜御史大夫,次年拜淮南节度使。
大和四年(830年),改荊南节度使。
大和六年(832年)終官劍南西川節度使,生前與女詩人薛濤有往來,薛濤死後,段文昌為她作墓志銘[2]。
太和九年(835年)卒於剑南西川,赠太尉。集三十卷。《全唐诗》輯其詩四首。《舊唐書》、《太平廣記》有傳。有四子:段成伋、段成式、段胜添、段胜云。




段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。

段文昌 武擔寺の西臺に題す
段文昌 全唐詩 卷三百三十一/段文昌

 卷331_2題武擔寺西臺 五言律詩押東韻.
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。水暗餘霞外,山明落照中。 鳥行看漸遠,松韻聽難窮。今日登臨意,多歡語笑同。


姚向 開閣錦城中
和段相公登武擔寺西臺(唐•姚向) 五言律詩押東韻.
開閣錦城中,餘閑訪梵宮。九層連晝景,萬象寫秋空。 天半將身到,江長與海通。提攜出塵土,曾是穆清風。


李敬伯 臺上起涼風
和段相公登武擔寺西臺(唐•李敬伯) 五言律詩押東韻. 臺上起涼風,乘閑覽歲功。自隨台席貴,盡許羽觴同。 樓殿斜暉照,江山極望通。賦詩思共樂,俱得詠時豐。


溫會 和段相公登武擔寺西臺 桑臺煙樹中
和段相公登武擔寺西臺(唐•溫會) 五言律詩押東韻.
桑臺煙樹中,臺榭造雲空。眺聽逢秋興,篇辭變國風。
坐愁高鳥起,笑指遠人同。始愧才情薄,躋攀繼韻窮。



五言律詩押東韻.
題武擔寺西臺 
(武擔寺の西の高台で詩を作る。)
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。
この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。
水暗餘霞外,山明落照中。
山影の池の水は暗くなっていて暗くなったところから外に向かってカスミが広がる。日が当たっている山は明るく照らされて、落ちかかる日は斜めに照らしている。
鳥行看漸遠,松韻聽難窮。
鳥は巣に向かい見ている間に次第に遠ざかる。松に吹き付ける風音は聞いている間に次第におさまって聞こえにくくなる。
今日登臨意,多歡語笑同。

今日みんなでこうして寺に昇って風流な心意気でこの風景を見る。みんなで多く語らい、談笑しあって、楽しく過ごす。
武擔寺の西臺を題す 
秋天 鏡の如く空し,樓閣 盡く玲瓏。
水は暗し 餘霞の外,山は明らかなり 落照の中。
鳥は行き 看れど漸【ようや】く遠くなり,松は韻し聽けど難かしく窮むなり。
今日 登臨の意,多く語笑の同じゅうするを 歡ぶ。

DCF00012













『題武擔寺西臺』 現代語訳と訳註
(本文) 
秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。
水暗餘霞外,山明落照中。
鳥行看漸遠,松韻聽難窮。
今日登臨意,多歡語笑同。


(下し文)
(武擔寺の西臺を題す)
秋天 鏡の如く空し,樓閣 盡く玲瓏。
水は暗し 餘霞の外,山は明らかなり 落照の中。
鳥は行き 看れど漸【ようや】く遠くなり,松は韻し聽けど難かしく窮むなり。
今日 登臨の意,多く語笑の同じゅうするを 歡ぶ。


(現代語訳)
(武擔寺の西の高台で詩を作る。)
この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。
山影の池の水は暗くなっていて暗くなったところから外に向かってカスミが広がる。日が当たっている山は明るく照らされて、落ちかかる日は斜めに照らしている。
鳥は巣に向かい見ている間に次第に遠ざかる。松に吹き付ける風音は聞いている間に次第におさまって聞こえにくくなる。
今日みんなでこうして寺に昇って風流な心意気でこの風景を見る。みんなで多く語らい、談笑しあって、楽しく過ごす。


(訳注)
題武擔寺西臺 
武擔寺の西の高台で詩を作る。
・武擔寺 成都市内の西北偶の武擔山にある寺。楊雄の「蜀本紀」 によれば、武都(甘粛の成県の西)の男が化して女になったのを、覇王が納れて妃にしたが、まもなく死亡したので、武都の土を運んで、成都の城内に積んで、葬った所という。後に三国時代、蜀の劉備がこの武擔山の南で、帝位に即いたという。寺内から錦江の流れがながめられることは、姚康の詩によってもうかがわれる。現在は俗に五担山と称し、山というより小さな岡にすぎず、高さ四六五メートル。昭列帝(劉備)の祠堂が山のそばにあり、ふもとに池がある。


秋天如鏡空,樓閣盡玲瓏。
この寺に来て天高い秋の空が透き通って鏡の様なのがむなしい気持ちになる。この寺のすべての樓閣は空に聳え美しい姿を写している。
・玲瓏 1 玉などが透き通るように美しいさま。また、玉のように輝くさま。 2 玉などの触れ合って美しく鳴るさま。また、音声の澄んで響くさま。
紅梅0021韓愈『題百葉桃花』
百葉雙桃晚更紅,窺窗映竹見玲瓏。 
應知侍史歸天上,故伴仙郎宿禁中。
(百葉桃花に題す
百葉の雙桃 晚 更に紅なり,窗を窺【うかが】い 竹に映じて玲瓏【れいろう】を見る。
應に知るべし 侍史の天上に歸るを,故【ことさ】らに 仙郎を伴って禁中に宿す。

(百葉桃花の風情を詩にする。)
百葉桃花は両株並び立ち、日暮れになると、花の色はひとしお赤くなる。窓を覗い、竹にその影を映す。せいそできれいなはなとしていかにも清らかなものである。
侍史の者たちは、私を送ってきて、やがて内廷に帰ってしまい、まことに寂しい所から、この桃花は郎官の職にあるこの私の相手をしてくれ、長閑に禁中の当直をすることが出来るのである。だからこのような花のしおらしい所が良いのだ。


水暗餘霞外,山明落照中。
山影の池の水は暗くなっていて暗くなったところから外に向かってカスミが広がる。日が当たっている山は明るく照らされて、落ちかかる日は斜めに照らしている。
・落照中 太陽が傾くと山の中腹の火があたらなかった奥にまで日が射しこむ状況を云う。


鳥行看漸遠,松韻聽難窮。
鳥は巣に向かい見ている間に次第に遠ざかる。松に吹き付ける風音は聞いている間に次第におさまって聞こえにくくなる。
・鳥行 日が傾くととりは巣に帰る。
・松韻 松に風があたり音を立てる。


今日登臨意,多歡語笑同。
今日みんなでこうして寺に昇って風流な心意気でこの風景を見る。みんなで多く語らい、談笑しあって、楽しく過ごす。
・語笑同 段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和するすることを意味する。この時、薛濤も招待されていたのだ。
薛濤『段相國游武擔寺病不能從題寄』
消瘦翻堪見令公,落花無那恨東風。
儂心猶道青春在,羞看飛蓬石鏡中。
(段相國 武擔寺に游ぶ、病みて從うに能わず題して寄す)
消瘦【しょうそう】翻【かえ】って令公を見えるに堪【たえ】んや,落花 那【いか】んともする無し東風を恨む。
儂【わ】が心には猶お青春在りと道【い】う,飛蓬【ひほう】を石鏡の中に看るを羞じる。
(段相国さまが武擔寺にお遊びにおいでになったとき、あいにく病気でおともできなかったので、同じ題で、この詩を差しあげます。)
病気のために衰えやせ細ったこの身では、かえって相國さまのお前にまかり出るのは失礼と存じます。散りゆく花は、あと数日なりとも、どうにかならないかと思いますが、花を散らせる春風を恨むよりないのです。

斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602

薛濤 《斛石山曉望寄呂侍御》 朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。

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斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602




斛石山曉望寄呂侍御
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。

明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。

斛石山 曉望、呂侍御に寄す
曦輪【ぎりん】初めて轉じて仙扃【せんけい】を照らせば,旋【たちま】ち煙嵐【えんらん】を擘【つんざ】いて窅冥【ようめい】に上る。
玄暉【げんき】指を同じゅうして點ずるを得ず,天涯 蒼翠【そうすい】漫に青青たり。


『斛石山曉望寄呂侍御』 現代語訳と訳註
(本文)
斛石山曉望寄呂侍御
曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。


(下し文)
斛石山 曉望、呂侍御に寄す
曦輪【ぎりん】初めて轉じて仙扃【せんけい】を照らせば,旋【たちま】ち煙嵐【えんらん】を擘【つんざ】いて窅冥【ようめい】に上る。
玄暉【げんき】指を同じゅうして點ずるを得ず,天涯 蒼翠【そうすい】漫に青青たり。


(現代語訳)
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。


(訳注)
斛石山曉望寄呂侍御
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
・斛石山 成都盆地の中に有る山で成都 学射山、現在鳳凰山。学射山の古名で、蜀県の北十五里(約9km 地図5/4-C/D)「益州日記」に、斛石山に雨女擪ありと見ゆるもの。北宗の田況の「三月三日、学射山に登る」。三国時代蜀漢、劉備の子、劉禅が弓の練習をしたとされることから、「学射山」といわれた。斛も石も物の量をあらわす語で10斗の量になる。
薛濤『斛石山書事』
王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。

斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382

・呂侍御 吐蕃へ使した侍御史の呂温であろう。


曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
・曦輪 太陽のこと。曦は「日色なり」と「玉篇」にある。花棺の詩に、「朝曦、崖を射て赤し」とある。その太陽は、太陽の神が乗って東から酉へ向かうと考えられているので、曦輪は太陽の神が乗っている車をいう。・朝曦 妃のひかり。太陽。・炎曦 かんかん照りつけること。
・初轉 太陽神の乗車の輪がはじめて動き出すこと。太陽が昇り初めたことをいう。
・仙扃 蜀はとはそ。仙官 - 道教の寺の扉に朝日がさすこと。
・煙嵐 霧や霞をふくんだ山の風。
・窅冥 窅は探い意。冥は暗がり。


不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。
明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。
・玄暉 玄はきらめくありさま。暉はかがやき。あわせて目もくらむ太陽のこと。
・天涯 天のはて。遠く離れていること。
・蒼翠 あおいみどり。山々の色をいう。


斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602

薛濤 《斛石山曉望寄呂侍御》 朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。



斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602


斛石山曉望寄呂侍御
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。
明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。

斛石山 曉望、呂侍御に寄す
曦輪【ぎりん】初めて轉じて仙扃【せんけい】を照らせば,旋【たちま】ち煙嵐【えんらん】を擘【つんざ】いて窅冥【ようめい】に上る。
玄暉【げんき】指を同じゅうして點ずるを得ず,天涯 蒼翠【そうすい】漫に青青たり。


『斛石山曉望寄呂侍御』 現代語訳と訳註
(本文)
斛石山曉望寄呂侍御
曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。


(下し文)
斛石山 曉望、呂侍御に寄す
曦輪【ぎりん】初めて轉じて仙扃【せんけい】を照らせば,旋【たちま】ち煙嵐【えんらん】を擘【つんざ】いて窅冥【ようめい】に上る。
玄暉【げんき】指を同じゅうして點ずるを得ず,天涯 蒼翠【そうすい】漫に青青たり。


(現代語訳)
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。


(訳注)
斛石山曉望寄呂侍御
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
・斛石山 成都盆地の中に有る山で成都 学射山、現在鳳凰山。学射山の古名で、蜀県の北十五里(約9km 地図5/4-C/D)「益州日記」に、斛石山に雨女擪ありと見ゆるもの。北宗の田況の「三月三日、学射山に登る」。三国時代蜀漢、劉備の子、劉禅が弓の練習をしたとされることから、「学射山」といわれた。斛も石も物の量をあらわす語で10斗の量になる。
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王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
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・呂侍御 吐蕃へ使した侍御史の呂温であろう。


曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
・曦輪 太陽のこと。曦は「日色なり」と「玉篇」にある。花棺の詩に、「朝曦、崖を射て赤し」とある。その太陽は、太陽の神が乗って東から酉へ向かうと考えられているので、曦輪は太陽の神が乗っている車をいう。・朝曦 妃のひかり。太陽。・炎曦 かんかん照りつけること。
・初轉 太陽神の乗車の輪がはじめて動き出すこと。太陽が昇り初めたことをいう。
・仙扃 蜀はとはそ。仙官 - 道教の寺の扉に朝日がさすこと。
・煙嵐 霧や霞をふくんだ山の風。
・窅冥 窅は探い意。冥は暗がり。


不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。
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・玄暉 玄はきらめくありさま。暉はかがやき。あわせて目もくらむ太陽のこと。
・天涯 天のはて。遠く離れていること。
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池上雙鳧 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-138-10-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2237

薛濤《池上雙鳧》

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


池上雙鳧 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-138-10-#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2237


池上雙鳧 
(池の水辺のつがいの野鳧)
雙棲綠池上,朝去暮飛還。 
この池の緑の澄み切った水辺に、つがいで棲みついている、その野鳧は朝は飛び去っていても、晩はかえってきていっしょに飛びまわって仲よくくらしている。
更憶將雛日,同心蓮葉間。

もっと思うには、さらにこのつがいは、やがてある日に雛を育てるようになるのです。それには心をあわせているし、池の蓮の葉のかげで、仲睦まじくしていることがあるのです。

池上の雙鳧
綠池の上に 雙棲【そうせい】し、朝去りて 暮に 飛還【ひかん】す。
更に憶ふ 雛を將【やしな】ふの日には、心を 蓮葉【れんよう】の間に 同じうせん。




『池上雙鳧』 現代語訳と訳註
野鴨0111(本文)
池上雙鳧 
雙棲綠池上,朝去暮飛還。 
更憶將雛日,同心蓮葉間。


(下し文)
池上の雙鳧
綠池の上に 雙棲【そうせい】し、朝去りて 暮に 飛還【ひかん】す。
更に憶ふ 雛を將【やしな】ふの日には、心を 蓮葉【れんよう】の間に 同じうせん。


(現代語訳)
(池の水辺のつがいの野鳧)
この池の緑の澄み切った水辺に、つがいで棲みついている、その野鳧は朝は飛び去っていても、晩はかえってきていっしょに飛びまわって仲よくくらしている。
もっと思うには、さらにこのつがいは、やがてある日に雛を育てるようになるのです。それには心をあわせているし、池の蓮の葉のかげで、仲睦まじくしていることがあるのです。


(訳注)
池上雙鳧

(池の水辺のつがいの野鳧) 
○この詩は、高官の男性へのお誘いの詩である。薛濤は性を売る妓女ではなく芸・詩文などを示す役割を持つ営妓、軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませるものであった。又池は、清流にのぞんで詩歌を作り盃を巡らす曲水の宴があり、中国古代、周公の時代に始まったとされている。


雙棲綠池上,朝去暮飛還。 
この池の緑の澄み切った水辺に、つがいで棲みついている、その野鳧は朝は飛び去っていても、晩はかえってきていっしょに飛びまわって仲よくくらしている。
・雙鳧 鳧は野生のかもである。二羽の鳧で、つがい。
・朝去暮飛還 「朝に去り幕に飛び還る」と読むことになる。飛還はもとのところへもどってくること。


更憶將雛日,同心蓮葉間。
もっと思うには、さらにこのつがいは、やがてある日に雛を育てるようになるのです。それには心をあわせているし、池の蓮の葉のかげで、仲睦まじくしていることがあるのです。
・憶 追憶・回憶と熱する字であるが、その思いは作者がこの詩を読む男性に向けての思いを云うのである。
・將【やしなう】 扶養の意。そだてること。
・蓮葉(れんよう)蓮は、芙蓉であり、その葉と花で性行為そのもをあらわし、恋の意が裏にふくまれている。また、蓮と恋とは同音である。
pla039

遊崇真觀南樓,睹新及第題名處 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-89-25-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1992

遊崇真觀南樓,睹新及第題名處 魚玄機

2013年2月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩泰山梁父行 曹植 魏詩・楽府<49>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1988
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-3>Ⅱ中唐詩601 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1989
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遣意二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 4)  杜甫 <409> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1990 杜甫詩1000-409-592/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集秋登蘭山寄張五 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1991 (02/27)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性遊崇真觀南樓,睹新及第題名處 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-89-25-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1992
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 
 


遊崇真觀南樓,睹新及第題名處 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-89-25-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1992


卷804_19 【遊崇真觀南樓,睹新及第題名處】魚玄機

遊崇真觀南樓,睹新及第題名處
(長安の崇真觀という道教の寺院に遊びにゆき、南樓までゆくと、そこに新しく進士に及第した人たちが、名前を書きつけているのに目がとまった。そこでその時の感想を詠ったものである。)
雲峰滿目放春晴,歷歷銀鉤指下生。
見渡す彼方に雲の峯がみえますが、くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に達筆で書かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。

だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできない、男に生れていればなあと思うのです。

崇眞観の南樓に遊び、新及第の題名のぐ處を観る
雲峯満目春晴を放つ、歴歴 銀鉤指下に生ず。
自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む 榜中の名。


長安城の図01



『遊崇真觀南樓,睹新及第題名處』 現代語訳と訳註
(本文)
遊崇真觀南樓,睹新及第題名處
雲峰滿目放春晴,歷歷銀鉤指下生。
自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。


(下し文)
崇眞観の南樓に遊び、新及第の題名のぐ處を観る
雲峯満目春晴を放つ、歴歴 銀鉤指下に生ず。
自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む 榜中の名。


(現代語訳)
(長安の崇真觀という道教の寺院に遊びにゆき、南樓までゆくと、そこに新しく進士に及第した人たちが、名前を書きつけているのに目がとまった。そこでその時の感想を詠ったものである。)
見渡す彼方に雲の峯がみえますが、くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に達筆で書かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできない、男に生れていればなあと思うのです。


(訳注)
遊崇真觀南樓,睹新及第題名處

長安の崇真觀という道教の寺院に遊びにゆき、南樓までゆくと、そこに新しく進士に及第した人たちが、名前を書きつけているのに目がとまった。そこでその時の感想を詠ったものである。
・崇真觀 道教の寺院。長安城の東の城壁に近い新昌坊にあった。もと李斉の住宅のあとで、開元の初に建てられたもの。白居易もこの坊に住んでいたことがあり、「新昌書事四十韻」の詩に、「丹鳳樓は後に当り、青竜寺は前に在り」という句がある。「両棲」はこの丹鳳樓ではあるまいか。
・題名 新しく進士の試験に及第した進士が、自分の名まえを書きつけるのは、ふつう慈恩寺の雁塔の下であったが、この日までに何らかの約束があって、及第後、名を題したのであろう。


雲峰滿目放春晴,歷歷銀鉤指下生。
見渡す彼方に雲の峯がみえますが、くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に達筆で書かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
・歷歷 分明のさま、また行列をなすさま。ここでは名前を書き連ねたもの。
・銀鉤 1 銀の鉤(かぎ)。銀製の釣り針。また、銀製のすだれ かけ。 2 書の筆法の一。また、巧みな書の形容。 3 新月をたとえていう語。


自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできない、男に生れていればなあと思うのです。
・羅衣 うすものの新物。女の弐しい着物。
・榜中名 榜は立札。進士試験の及第者の姓名の発表書。

打球作 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-80-16-# 卷804_12 【打球作】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1947

打球作 魚玄機

2013年2月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩原道 韓退之(韓愈)詩12段目<115-20>Ⅱ中唐詩592 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1944
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩


http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


打球作 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-80-16-#  卷804_12 【打球作】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1947
卷804_12 【打球作】魚玄機


打球作
堅圓凈滑一星流,月杖爭敲未擬休。
堅くてまるい滑らかな球体球がそれはまるで流星を思わせる。馬上から杖でゴールに向けてたたきはじいて、敵味方攻防戦で、休むひまもない。
無滯礙時從撥弄,有遮欄處任鉤留。
停滞することはなく、打っては走り回るのです、周りの欄干の方に撃たれても、そこにはポール留めの柵があるから、飛び出す心配はないのです。
不辭宛轉長隨手,卻恐相將不到頭。
転がっている球体を馬で追っかけ、人が追いかけ、人馬で打って、敵に邪魔されたり、陣地に打ちこまれないようにするのであり、どこまでもボールをたえず手もとに引き付けて、それで敵陣まで行けないことを、むしろ心配するのである。
畢竟入門應始了,願君爭取最前籌。

けっきょく、そのようにして.ゴールにボールを入れると、そこで試合はおわるのです。わたしが応援するあなた様、どうぞ、くじの一等賞を当てられることを願っております。
打球の作
堅圓【けんあん】凈滑【じょうかつ】一星流る、月杖 爭ひ敲【たた】き末だ休めんと擬せず。
滯礙【たいがい】の時無く撥弄【はつろう】に從ひ、遮欄【しゃらん】の處有って鉤留【こうりゅう】に任す。
宛轉【あんてん】長く手に随ふを 辭せず、卻って 相將って 頭に到らざるを 恐る。
畢竟【ひっきょう】門に入りて 應に始めて了るべし、願はくば 君 爭取【そうしゅ】せよ 最前籌を。

 
魚玄機0005














『打球作』 現代語訳と訳註
(本文)
打球作
堅圓凈滑一星流,月杖爭敲未擬休。
無滯礙時從撥弄,有遮欄處任鉤留。
不辭宛轉長隨手,卻恐相將不到頭。
畢竟入門應始了,願君爭取最前籌。


(下し文)
打球の作
堅圓【けんあん】凈滑【じょうかつ】一星流る、月杖 爭ひ敲【たた】き末だ休めんと擬せず。
滯礙【たいがい】の時無く撥弄【はつろう】に從ひ、遮欄【しゃらん】の處有って鉤留【こうりゅう】に任す。
宛轉【あんてん】長く手に随ふを 辭せず、卻って 相將って 頭に到らざるを 恐る。
畢竟【ひっきょう】門に入りて 應に始めて了るべし、願はくば 君 爭取【そうしゅ】せよ 最前籌を。


(現代語訳)
堅くてまるい滑らかな球体球がそれはまるで流星を思わせる。馬上から杖でゴールに向けてたたきはじいて、敵味方攻防戦で、休むひまもない。
停滞することはなく、打っては走り回るのです、周りの欄干の方に撃たれても、そこにはポール留めの柵があるから、飛び出す心配はないのです。
転がっている球体を馬で追っかけ、人が追いかけ、人馬で打って、敵に邪魔されたり、陣地に打ちこまれないようにするのであり、どこまでもボールをたえず手もとに引き付けて、それで敵陣まで行けないことを、むしろ心配するのである。
けっきょく、そのようにして.ゴールにボールを入れると、そこで試合はおわるのです。わたしが応援するあなた様、どうぞ、くじの一等賞を当てられることを願っております。


(訳注)
打球作

・打球 フットボールに、ポロとバレーを兼ねたような球戯であったように思われる。
映画『レッドクリフⅡ』初めで孫権の妹が忍び込んで試合を見るシーンがある。このゲームはサッカーのようであり、韓国映画『太平四神起』では人馬一体のゲームであった。このゲームにトトカルチョをするのである。そのくじをかけている官僚の応援をするのがこの詩なのである。水滸伝でも蹴鞠の得意な風流な主人公が描かれている。
魚玄機、こんな詩を書く人がどうして人を殺すのだろうか。


堅圓凈滑一星流,月杖爭敲未擬休。
堅くてまるい滑らかな球体球がそれはまるで流星を思わせる。馬上から杖でゴールに向けてたたきはじいて、敵味方攻防戦で、休むひまもない。
・堅圓凈滑 ポールの状態をいったもので、かたく、まろく、きれいで、すべすべしている。
・月杖 月に意味はない。前句に「一星凍る」とよんだので、杖に月を冠らせたまで。ポロやゴルフの棒のエうなものと思えばよい。


無滯礙時從撥弄,有遮欄處任鉤留。
停滞することはなく、打っては走り回るのです、周りの欄干の方に撃たれても、そこにはポール留めの柵があるから、飛び出す心配はないのです。
・滯礙 とどこおること。停滞する。
撥弄 撥ははじく。
・遮欄 ポール留めのさく。
・鉤留 くいとめる。


不辭宛轉長隨手,卻恐相將不到頭。
転がっている球体を馬で追っかけ、人が追いかけ、人馬で打って、敵に邪魔されたり、陣地に打ちこまれないようにするのであり、どこまでもボールをたえず手もとに引き付けて、それで敵陣まで行けないことを、むしろ心配するのである。
・宛轉 ころがること。


畢竟入門應始了,願君爭取最前籌。
けっきょく、そのようにして.ゴールにボールを入れると、そこで試合はおわるのです。わたしが応援するあなた様、どうぞくじの一等賞を当てられることを願っております。
・畢竟 けっきっく。
・門 アーチ。フットボールのゴールのようなもの。
・爭取 きそって取り合え。
・最前籌 籌はくじ、ふだ。最前籌は昔のくじ。すなわち一等賞。

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