鴛鴦草 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-137-9-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2232
薛濤は西川節度使が管轄する官妓であった。「韋皐から李德裕までの歴代十一人の節度使に仕えて、詩によって知遇を受けている。その間に元稹・白居易・牛僧孺・令狐楚・裴度・嚴綬・張籍・杜牧・劉禹錫等、凡そ二十人の名士とも詩を唱和したとされる。また薛濤が詠じた詩は、『稿簡贅筆』には「有詩五百首」とあるが、現存しているのは約九十首である。
鴛鴦草
綠英滿香砌,兩兩鴛鴦小。
鴛鴦草が緑の花を咲かせ、この部屋を出た叩きの外に一杯に咲かせています。ふたつ、ふたつ、鴛鴦が小さく並んで咲いているのです。
但娛春日長,不管秋風早。
春の日は次第に月日が進みます。日が長くなると行楽を愉しむのです。だから、日が早くて秋風が吹いてくる心配も少しも気にしないのです。
緑英 香砌【こうぜい】に満ち、両両 鴛鴦 小なり。
但だ 春日の長きを娯み、秋風の早きに 管せず。
『鴛鴦草』 現代語訳と訳註
(本文) 鴛鴦草
綠英滿香砌,兩兩鴛鴦小。
但娛春日長,不管秋風早。
(下し文)
緑英 香砌【こうぜい】に満ち、両両 鴛鴦 小なり。
但だ 春日の長きを娯み、秋風の早きに 管せず。
(現代語訳)
鴛鴦草が緑の花を咲かせ、この部屋を出た叩きの外に一杯に咲かせています。ふたつ、ふたつ、鴛鴦が小さく並んで咲いているのです。
春の日は次第に月日が進みます。日が長くなると行楽を愉しむのです。だから、日が早くて秋風が吹いてくる心配も少しも気にしないのです。
(訳注)
鴛鴦草 花が対に咲いて、実も二つ並んでつくのを鴛鴦の仲のよさに例えている。江戸末期『重修本草綱目啓蒙』にみえる。「スヒスヒカズラ スイバナカズラ 木楊藤 過東藤 甜藤 老公鬚 左 絞藤 左紐 鴛鴦草 金銀花草 金銀藤 冬傷草 環児花 蜜啜花 左纒藤」あるいは吉祥文様の鴛鴦や御所車、色とりどりの花々がきらびやかな、蜀絹織の絢爛豪華な打掛をいう。真紅の掛下をあわせてきるものとされるものかもしれない。
綠英滿香砌,兩兩鴛鴦小。
鴛鴦草が緑の花を咲かせ、この部屋を出た叩きの外に一杯に咲かせています。ふたつ、ふたつ、鴛鴦が小さく並んで咲いているのです。
・綠英 英ははな。花のあと実がなるのを華といい、実のならないのを英という。青い花と思われる。
・香砌(こうぜい) 香は修飾的な詩的冠語。樹は、石または煉瓦のきざはし(階段)。室内から庭へおりるところにある段。砌は石または煉瓦のきざはしの段をいうが、部屋から庭に出るポーチの角。魚玄機も多く使う。女性らしい、細かい景色の描写の一つになる。『寄飛卿』「階砌亂蛩鳴,庭柯煙露清。」・『遣懷』「繞砌澄清沼,抽簪映細流。」・『期友人阻雨不至』「近泉鳴砌畔,遠浪漲江湄。」
・兩兩 二つずつ。
・鴛鴦 おしどり。
但娛春日長,不管秋風早。
春の日は次第に月日が進みます。日が長くなると行楽を愉しむのです。だから、日が早くて秋風が吹いてくる心配も少しも気にしないのです。
・不管(かんせず) 管はつかさどる、支配する。不管は、気にとめない。
・秋風 秋の風。花が萎れる、草が枯れることを意味する。
.早 「はやし」と読む。















