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20-529《女冠子二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-712-20-(529)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5107

 

 

女冠子二首

 

女冠子二首其一

(若者同士で祠に来て女冠子と一夜を過そうとするが、自分はその気になれず、夜半過ぎからは、一人庭を開会し次こそは蓬莱山を目指そうと思うと詠う。)

星高月午,丹桂青松深處。

星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。

醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。

祠の神を祭る祭壇をひらき、金きり音、清らかな露の滴り落ちる音、珠のとばり、祠の垂れ絹、辺りには大樹が立ち青々とした苔が敷き詰められている。

步虛聲縹緲,想像思徘徊。

自分一人、他のもののようにはできず、その中をむなしく歩き、はるか遠い先に声を聴く、頭ではいろんなことを想像し、ただ考えながら彷徨い歩くのである。

曉天歸去路,指蓬萊。

やがて朝が来て暁の空が晴れてその帰り道の向うには、自分は今度こそ、神仙の蓬莱山を目指そうと思うのである。

(女冠子二首 其の一)

星高く月午なり,丹桂 青松 深き處。

醮壇開き,金磬 清露を敲き,珠幢 翠苔に立つ。

步 虛しく 聲 縹緲たり,想像 思うて徘徊す。

曉天 歸去の路,蓬萊を指す。

 

女冠子二首其二

(これだけ綺麗な冠女にも別れていったいとしい男がいたと詠う)

春山夜靜,愁聞洞天疎磬。

春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる

玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。

かがやくほど飾られた奥の講堂には誰もいない。外には霧雨が降り、佩び玉のように簾が垂れていて、軽やかにお香の煙がただよい冠女は緑の裾の着物をひっぱって歩いてくる。

對花情脉脉,望月步徐徐。

こんな花のような美人に情感のこもったまなざしで見るだけであり、月の様な美女をずっと見るとしずしずと歩いている。

劉阮今何處?來書。

聞いてくるには、別れて去っていった愛しいあのお方は、今、何処にいるのでしょう、手紙も今は堪えてしまったと。

(女冠子二首其の二)

春山 夜靜かなり,愁いは洞天疎磬を聞く。

玉堂虛し,細霧 珠珮を垂れ,輕煙 翠裾を曳く。

花に對して 情 脉脉たり,月に望んで 步 徐徐たる。

劉阮 今 何處? 來書をつ。

 

宮島(10)
 

『女冠子二首其二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

女冠子二首其二

春山夜靜,愁聞洞天疎磬。

玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。

對花情脉脉,望月步徐徐。

劉阮今何處?來書。

bijo02 

(下し文)

(女冠子二首其の二)

春山 夜靜かなり,愁いは洞天疎磬を聞く。

玉堂虛し,細霧 珠珮を垂れ,輕煙 翠裾を曳く。

花に對して 情 脉脉たり,月に望んで 步 徐徐たる。

劉阮 今 何處? 來書をつ。

 

(現代語訳)
(これだけ綺麗な冠女にも別れていったいとしい男がいたと詠う)

春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる

かがやくほど飾られた奥の講堂には誰もいない。外には霧雨が降り、佩び玉のように簾が垂れていて、軽やかにお香の煙がただよい冠女は緑の裾の着物をひっぱって歩いてくる。

こんな花のような美人に情感のこもったまなざしで見るだけであり、月の様な美女をずっと見るとしずしずと歩いている。

聞いてくるには、別れて去っていった愛しいあのお方は、今、何処にいるのでしょう、手紙も今は堪えてしまったと。

 

(訳注)

女冠子二首其二

 

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には李珣の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻二平韻三仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❻③❺⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

春山夜,愁聞洞天疎

玉堂,細霧垂珠,輕煙曳翠

對花情脉,望月步徐

劉阮今何

○○●●  ○△△○△●

●○○  ●△○○● △○●●○

●○○●● △●●○○

○△○△● ●△○

 

春山夜靜,愁聞洞天疎磬。

春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる

洞天 中国の道教で神仙の住むとされる名山勝境のこと。洞天は,壱中天と同じく,一つの限られた空間の中に全宇宙が存在するという考えから生まれたもののようであるが,同時に,それは地下の霊界とつながりをもった聖なる場としての〈洞窟〉に対する原始的な信仰にも基づくものであろう。この考えが唐代になって整理され,十大洞天,三十六小洞天,七十二福地の名が定められた。

 

玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。

かがやくほど飾られた奥の講堂には誰もいない。外には霧雨が降り、佩び玉のように簾が垂れていて、軽やかにお香の煙がただよい冠女は緑の裾の着物をひっぱって歩いてくる。

虛 1 備えのないこと。油断。すき。2 事実でないこと。うそ。いつわり。3 中身・実体がないこと。むなしいこと。うつろ。から。

珠佩 真珠のおびもの。礼服の装飾で、玉を貫いた糸を数本つないで腰から靴の先まで垂れ、歩くとき鳴るようにしたもの。宮中に入るものすべてのものがつけていた。階級によって音が違った。

李白《宮中行樂詞、其八》

水綠南薰殿,花紅北闕樓。 鶯歌聞太液,鳳吹繞瀛洲。

素女鳴珠珮,天人弄綵球。 今朝風日好,宜入未央游。

(宮中行楽詞 其の八)

水は綠なり 南薫殿、花は紅なり 北闕楼。

鶯歌 太液に聞こえ、鳳吹 瀛洲を繞る。

素女は 珠佩を鳴らし、天人は 彩毬を弄す。

今朝 風日好し、宜しく未央に入りて遊ぶべし。

宮中行樂詞八首其八 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白149

裾 1 衣服の下方の縁(ふち)。また、その部分。「着物の―をからげる」2 物の端。下端や末端の部分。「垂れ幕の―」3 頭髪の、襟首(えりくび)に近い、末端の部分。「―を刈り上げる」4 山などの麓。

 

對花情脉脉,望月步徐徐。

こんな花のような美人に情感のこもったまなざしで見るだけであり、月の様な美女をずっと見るとしずしずと歩いている。

脉脉(脈々)①みえないさま。②目の表情で気持ちを伝えようとする,情感のこもったまなざしで見ている.③連続して絶えないさま。

・脉/脈【みゃく】1 動物の体内で血液が流通する管。血管。2 脈拍。3 《医師が患者の脈拍をみて病状を診断するところから》先の望み。見込み。

温庭筠

 

夢江南二首 其一

千萬恨,恨極在天涯。

山月不知心裏事,水風空落眼前花,搖曳碧雲斜。

夢江南二首 其二

梳洗罷,獨倚望江樓。

過盡千帆皆不是,斜暉脉脉水悠悠,腸斷白蘋洲。

過盡千帆皆不是,斜暉脈脈水悠悠。
何もかも通り過ぎてしまったこと、千の帆かけ船が行き交うけれどあの人がのっている船ではないのです。そうしているといつの間にか太陽が西に傾いている、みゃくみゃくと思いつきないこの気持ちを、せつなくやるせない思いを知らないというように川の流れは悠悠と流れて行くのです。

『夢江南 之二』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-45-14-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1796


劉阮今何處?來書

聞いてくるには、別れて去っていった愛しいあのお方は、今、何処にいるのでしょう、手紙も今は堪えてしまったと。

劉阮 劉郎、阮郎 ○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

顧夐『甘州子五首其三』

曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。

綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。

山枕上,長是怯晨鐘。

(甘州子五首 其の三)

曾て劉阮の如く仙を訪ねた蹤あり,洞を深くし客あり,此の時逢う。

綺筵 散後 繡衾 同じゅうし,曲を款めて韶を見て容く。

山 枕の上,是を長くして 晨鐘に怯る。

13-12《甘州子五首其三》顧太尉(顧夐【こけい】)55首 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-465-13-(12) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3872