江陵愁望寄子安 魚玄機
この詩は、夫李億ともう心さえも繋がっていないことを感じさせる、最後の手紙で、たぶん届先のない別れの手紙であろう。悲しくもあるが、凛とした女性を感じるものである。
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江陵愁望寄子安 魚玄機 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-112-47-# 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2107
江陵愁望寄子安
(江陵でとてもさびしい気持ちでいらっしゃるでしょう子安様よせる。)
楓葉千枝復萬枝,江橋掩映暮帆遲。
楓のまっ赤な千の枝が、万の枝に変わり秋も深まってきています。あなたのいらっしゃる大江の渡し場付近でも紅葉は広がって水面に映しているでしょう。あなたからのお手紙もなく心変わりされたことも船がなかなかつかないことのように感じております。
憶君心似西江水,日夜東流無歇時。
私のあなたを思う気持ちは長江の西の水と同じなのです。それは片時もやむことなく、東流していてやむ時がないことと同じことなのです。
(江陵の愁望、子安に寄す)
楓葉 千枝復た萬枝、江橋 掩映 暮れて帆遅。
君を憶う 心は似たり 西江の水、日夜 東流して 畝む時なきに。
『江陵愁望寄子安』 現代語訳と訳註
(本文)
楓葉千枝復萬枝,江橋掩映暮帆遲。
憶君心似西江水,日夜東流無歇時。
(下し文)
(江陵の愁望、子安に寄す)
楓葉 千枝復た萬枝、江橋 掩映 暮れて帆遅。
君を憶う 心は似たり 西江の水、日夜 東流して 畝む時なきに。
(現代語訳)
(江陵でとてもさびしい気持ちでいらっしゃるでしょう子安様よせる。)
楓のまっ赤な千の枝が、万の枝に変わり秋も深まってきています。あなたのいらっしゃる大江の渡し場付近でも紅葉は広がって水面に映しているでしょう。あなたからのお手紙もなく心変わりされたことも船がなかなかつかないことのように感じております。
私のあなたを思う気持ちは長江の西の水と同じなのです。それは片時もやむことなく、東流していてやむ時がないことと同じことなのです。
(訳注)
江陵愁望寄子安
江陵でとてもさびしい気持ちでいらっしゃるでしょう子安様よせる。
・江陵(こうりよう) 地名。湖北省の都市で、長江にのぞむ。武漢の上流にある。旧名荊州。天宝元年に江陵郡治となる。長安にいる魚玄機はこの時は李億がいる場所を知らないので漠然とした地名を挙げている。魚玄機が旅をして江陵にいるのではない。
この時、李億は、「江北」の江陵にいるのか、「江南」の岳州にあったか、「江南」の遠く浙江の地にあったか、ということがわからなかったのである。つまり早い段階で、李億は嫉妬心の強い正妻に第二夫人の魚玄機と別れさせられていたのである。そのことを知らない魚玄機が健気にも詩を作って贈ったのである。
ただ、花街で育った魚玄機にとって、李億の心変わりは判ってはいたことであろう。この詩は、「寄せる」と題しながら、李億に対する別れを意味した詩である。
・愁望 旅先の遠く李億がきっと憂愁の思いを抱いているであろう方を望むのである。この場合の「愁望」は魚玄機は寄せるのであるから、愁う、望むの主語は相手、つまり李億である。中国人の表現は自分も愁いにも持っていますがあなたはもっと愁いを持っておられるでしょうねということであり、だからこの詩を寄せるのですということである。漢文大系15の語訳はこのあたりが魚玄機が捨てられて狂ってしまったと思い込んでしまい「誤訳」しているのである。魚玄機は江陵にも、武漢にも鄂州にも来ていないのである。
・子安 李億のあざな。
楓葉千枝復萬枝,江橋掩映暮帆遲。
楓のまっ赤な千の枝が、万の枝に変わり秋も深まってきています。あなたのいらっしゃる大江の渡し場付近でも紅葉は広がって水面に映しているでしょう。あなたからのお手紙もなく心変わりされたことも船がなかなかつかないことのように感じております。
・楓葉 かえでの葉。楓や楡の木は西の方角、落ち葉を示し、暗に相手に対する気持ちがなくなってくることを確認するものと思われる。
・江橋 河にかけた橋。この江は長江で、土地勘のない魚玄機の表現である。この時代に江と呼ばれる大江にかかる橋はできていない。渡し場を示すもの。
憶君心似西江水,日夜東流無歇時。
私のあなたを思う気持ちは長江の西の水と同じなのです。それは片時もやむことなく、東流していてやむ時がないことと同じことなのです。
・君 李億をさす。
・西江 広西省を流れる西江でもなければ、また湖北の監利県の東南にある西江をさすのでもなく、たんに普通名詞のように 「この西方にある川」というていどの意。つまり、西江をうけての下句、東流である。
・東流 東へむかって流れる。中國では常識を示す言葉であり、仕方ない出来事を云うものである。つまり、夫が、別の女のもとに走り、世継ぎを産んだ正妻は厳然として、自分は第二夫人であること、それらは判っておりますというあきらめほどの意味。
・歇 やすむ、つきる。本当に愛し合っているときにこんな表現はしないものである。















