漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2011年10月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

獨居有懐 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 100

獨居有懐 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 100
五言排律


獨居有懐
麝重愁風逼、羅踈畏月侵。
濃密に麝香の香り漂う部屋にいる私は風評や圧迫に愁いに沈んでいるのだ、月の光が明るくて透き通ったとばりからはいってくるので心は落ち着かない。
怨魂迷恐斷、嬌喘細疑沈。
怨みに思う魂は迷い、おそれ、ちぎれそうだし、妓女の喘ぐ声をため息のように沈んだ声に消しているのだ。
數急芙蓉帯、頻抽翡翠簪。
妓女のところに何度も来て、芙蓉の帯を何度も締め直し、乱れ髪から抜け落ちる劣翠のかんざしを度々挿し直したのだ。
柔情終不遠、遙妒己先深。
あの情を交わす柔らかな心根はいつまでも薄れはしない、もう遙かなむかしのことにした妬む気持ちもすでにその先から深い所においてしまった。
浦冷鴛鴦去、園空蛺蝶尋。
寒々とした入り江の水辺にいた番いの鴛鴦はいなくなった、ひっそりしたなにもない小園に一羽の蝶がやってきた。
蝋花長遞涙、筝桂鎮移心。
蝋燭の頭が花になるほどの時が過ぎ、涙は途切れずながれている、こと糸を動かすように胸の思いはいつも定まらない。
覓使嵩雲暮、廻頭㶚岸陰。
手紙を届けてくれる青い鳥はいないかと捜そうにも、ここ嵩山は雲に覆われて日暮れ、㶚陵まで来て振り返っても、㶚陵橋の岸辺の楊は雲の影で暗くなっている。
只聞涼葉院、露井近寒砧。

ただ耳に聞こえるのは秋の木の葉音のする庭園のさびしさがつのり、屋根のない井戸端のあたりから冬着の支度を急ぐ砧の音が響きわたる。



独居 懐う有り
麝は重くして風逼(ふうひつ)を愁う、蘿は踈にして月侵すを畏る。
怨魂 迷いて断たれんかと恐れ、嬌喘 細くして沈まんかと疑う。
数しば急うす 芙蓉の帯、頻りに抽く 翡翠の簪。
柔情 終に遠からず、遥妒(ようと) 己に先んじて探し。
浦は冷やかにして鴛鴦去り、園は空しくして蛺蝶尋ぬ。
蝋花 長えに涙を逓し、筝柱 鎮に心を移す。
使いを覓むるも嵩雲暮れ、頭を廻らすも㶚岸陰る。
只だ聞く 涼葉の院、露井 寒砧近きを。


獨居有懐  現代語訳と訳註、解説

(本文)
麝重愁風逼、羅踈畏月侵。
怨魂迷恐斷、嬌喘細疑沈。
數急芙蓉帯、頻抽翡翠簪。
柔情終不遠、遙妒己先深。
浦冷鴛鴦去、園空蛺蝶尋。
蝋花長遞涙、筝桂鎮移心。
覓使嵩雲暮、廻頭㶚岸陰。
只聞涼葉院、露井近寒砧。


(下し文)
麝は重くして風の逼るを愁い、蘿は踈にして月の侵すを畏る。
怨魂 迷いて断たれんかと恐れ、嬌喘 細くして沈まんかと疑う。
数しば急うす 芙蓉の帯、頻りに抽く 翡翠の簪。
柔情 終に遠からず、遥妒(ようと) 己に先んじて探し。
浦は冷やかにして鴛鴦去り、園は空しくして蛺蝶尋ぬ。
蝋花 長えに涙を逓し、筝柱 鎮に心を移す。
使いを覓むるも嵩雲暮れ、頭を廻らすも㶚岸陰る。
只だ聞く 涼葉の院、露井 寒砧近きを。


(現代訳文)
濃密に麝香の香り漂う部屋にいる私は風評や圧迫に愁いに沈んでいるのだ、月の光が明るくて透き通ったとばりからはいってくるので心は落ち着かない。
怨みに思う魂は迷い、おそれ、ちぎれそうだし、妓女の喘ぐ声をため息のように沈んだ声に消しているのだ。
妓女のところに何度も来て、芙蓉の帯を何度も締め直し、乱れ髪から抜け落ちる劣翠のかんざしを度々挿し直したのだ。
あの情を交わす柔らかな心根はいつまでも薄れはしない、もう遙かなむかしのことにした妬む気持ちもすでにその先から深い所においてしまった。
寒々とした入り江の水辺にいた番いの鴛鴦はいなくなった、ひっそりしたなにもない小園に一羽の蝶がやってきた。
蝋燭の頭が花になるほどの時が過ぎ、涙は途切れずながれている、こと糸を動かすように胸の思いはいつも定まらない。
手紙を届けてくれる青い鳥はいないかと捜そうにも、ここ嵩山は雲に覆われて日暮れ、㶚陵まで来て振り返っても、㶚陵橋の岸辺の楊は雲の影で暗くなっている。
ただ耳に聞こえるのは秋の木の葉音のする庭園のさびしさがつのり、屋根のない井戸端のあたりから冬着の支度を急ぐ砧の音が響きわたる。


(訳註)
麝重愁風逼、羅踈畏月侵。

濃密に麝香の香り漂う部屋にいる私は風評や圧迫に愁いに沈んでいるのだ、月の光が明るくて透き通ったとばりからはいってくるので心は落ち着かない。
○麝重 麝香の香りが重く濃密に漂う。○愁風逼 ○羅疎 「羅」はうすぎぬ。目の粗い。薄絹を通り越す。○畏月侵 月の光がはいってくるので心は落ち着かない。


怨魂迷恐斷、嬌喘細疑沈。
怨みに思う魂は迷い、おそれ、ちぎれそうだし、妓女の喘ぐ声をため息のように沈んだ声に消しているのだ。
怨魂 怨魂は恋人を怨みがましく思う魂。魂が「断」たれるとは、茫然自失の状態になること。○迷恐斷 おそれ、ちぎれ、迷うのだ。○嬌喘 たおやかなあえぎ声。○細疑沈 ため息のように沈んだ声に消しているのだ。


數急芙蓉帯、頻抽翡翠簪。
妓女のところに何度も来て、芙蓉の帯を何度も締め直し、乱れ髪から抜け落ちる劣翠のかんざしを度々挿し直したのだ。
数急 急はきついこと。ここでは帯をきつく締めることをいう。何度もきゅっと締めなおす。○芙蓉帯 芙蓉、すなわちハスの花を模様に描いた帯。○頻抽 抽」は抜く。思い悩んで髪が乱れるために何度もかんざしを抜き取って髪を整える。○翡翠簪 翡翠の羽を飾ったかんざし。


柔情終不遠、遙妒己先深。
あの情を交わす柔らかな心根はいつまでも薄れはしない、もう遙かなむかしのことにした妬む気持ちもすでにその先から深い所においてしまった。
柔情 慕う気持ち。○終不達 いつまでも薄れはしない。○遥妬 もう遙かなむかしのことに妬む。


浦冷鴛鴦去、園空蛺蝶尋。
寒々とした入り江の水辺にいた番いの鴛鴦はいなくなった、ひっそりしたなにもない小園に一羽の蝶がやってきた。
鴛鴦 オシドリ。仲むつまじい男女の象徴。○蛺蝶 アゲハチョウ。ここでは一羽。飾り立てた妓女の象徴。
(地の果て、寂しいところにいることを想像させる。)


蝋花長遞涙、筝桂鎮移心。
蝋燭の頭が花になるほどの時が過ぎ、涙は途切れずながれている、こと糸を動かすように胸の思いはいつも定まらない。
蝋花 蝋燭の灯心の先。丁子頭。○長逓涙 逓は次々と送る。○琴柱 筝は十三舷のこと。柱はこと糸。李商隠1錦瑟。李白「前有樽酒行 其二」参照○ つねに。○移心 こと糸を動かすことに掛けて、心が定まらないことをいう。


覓使嵩雲暮、廻頭㶚岸陰。
手紙を届けてくれる青い鳥はいないかと捜そうにも、ここ嵩山は雲に覆われて日暮れ、㶚陵まで来て振り返っても、㶚陵橋の岸辺の楊は雲の影で暗くなっている。
覓使嵩雲暮 恋の使いをする青鳥は李商隠無題(相見時難別亦難) 杜甫「麗人行」にみえる。嵩山も道教の本山のあるところであり、仙界を印象付ける。
廻頭㶚岸陰 㶚水は長安東郊を流れる川。またその付近の㶚陵を指す。七哀詩三首に「南の方㶚陵に登り、首をめぐらして長安を望む」とある。王粲は長安を去って㶚水を上流に登り、峠を越えて、漢水にのり、荊州(湖北省江陵県)の劉表のもとに赴くのである。こちらの古道は南の道。李白の雑言古詩李白139灞陵行送別にイメージを借りている。


只聞涼葉院、露井近寒砧。
ただ耳に聞こえるのは秋の木の葉音のする庭園のさびしさがつのり、屋根のない井戸端のあたりから冬着の支度を急ぐ砧の音が響きわたる。
涼葉院 秋の木の葉音のする庭園のさびしさがつのる。○寒砧 冬の衣を打つきぬた。ここではきぬたの音。織りあがった布を和らげるために石の台の上に載せ叩くこと、冬着の支度を急ぐ砧の音は晩秋の夜のものさびしい風物として、また、女の夫を思う気持ちを表現するのにうたわれる。


○詩型 五言排律。
○押韻 侵・沈・啓・深・尋・心・陰・砧。平水韻、


出世ラインを外れた文人は女の思い、寡居の女になりかわってその胸中をうたう。長安のあたりであったり、洛陽の地であったり、さびしい心情は女が慕い続け、その揺れ動く心は同じなのだ。
 李商隠は自分のことを妓女に置き換えて表現しなければならなかったのだ。したがって、捨てられた女、出征兵士の女、表現は細やかなものになるほどあわれをさそうのである。

聖女詞 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 99

聖女詞 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 99



聖女詞
松篁臺殿蕙香幃、龍護瑤窗鳳掩扉。
松と竹に囲まれた台殿のやしろが蕙香の香りと格調高いとばりにかこまれている。かがやく宝玉で飾った拝殿の窓には守護するように龍が彫られ、扉には鳳凰が一面に刻まれている。
無質易迷三里霧、不寒長著五銖衣。
どれほどのものが証というのか自分には差し出すものがないので連れ添ってくれないから迷ってしまう三里先が見えない霧の中にいるようだ、寒くはない、長い間肌をあらわにしたままで五銖の銭で服をぬいで交わった。
人閒定有崔羅什、天上應無劉武威。
人の世には女性と楽しく過ごすことは当たり前のようにある、ましてや崔羅什のような体験もあるのだ。天上世界においては劉武威のような凛々しい武将であっても女性と楽しく過ごせることなどありはしないのだ。
寄問釵頭雙白燕、毎朝珠館幾時歸。

教えてほしい、簪で綺麗に着飾った二人より沿う白燕の彼女たち、。その御殿にいつも参内されている聖女は、いつここへ帰って来られるのか。(国教である道教がこんなことでよいのか)

聖女詞

松篁の台殿 蕙香の幃、龍は瑤窗を護り 鳳は扉を掩う。

質無くして迷い易し 三里の霧、寒からずして長に著る 五銖の衣。

人間 定めて有り 崔羅什、天上 応に無かるべし 劉武威。

問いを寄す 釵頭の双白燕、毎に珠館に朝して幾時か帰る。



聖女詞  現代語訳と訳註、解説
(本文)

松篁臺殿蕙香幃、龍護瑤窗鳳掩扉。
無質易迷三里霧、不寒長著五銖衣。
人閒定有崔羅什、天上應無劉武威。
寄問釵頭雙白燕、毎朝珠館幾時歸。


(下し文)
松篁の台殿 蕙香の幃、龍は瑤窗を護り 鳳は扉を掩う。
質無くして迷い易し 三里の霧、寒からずして長に著る 五銖の衣。
人間 定めて有り 崔羅什、天上 応に無かるべし 劉武威。
問いを寄す 釵頭の双白燕、毎に珠館に朝して幾時か帰る。


(現代語訳)
松と竹に囲まれた台殿のやしろが蕙香の香りと格調高いとばりにかこまれている。かがやく宝玉で飾った拝殿の窓には守護するように龍が彫られ、扉には鳳凰が一面に刻まれている。
どれほどのものが証というのか自分には差し出すものがないので連れ添ってくれないから迷ってしまう三里先が見えない霧の中にいるようだ、寒くはない、長い間肌をあらわにしたままで五銖の銭で服をぬいで交わった。
人の世には女性と楽しく過ごすことは当たり前のようにある、ましてや崔羅什のような体験もあるのだ。天上世界においては劉武威のような凛々しい武将であっても女性と楽しく過ごせることなどありはしないのだ。

(訳註)
聖女詞

聖女詞 道教の神女を祀ったほこら。

李商隠 6 重過聖女詞
鳳州(陝西省鳳翔)の秦岡山の懸崖の側、列壁の上にある祠。その神体は女性で上が赤く下が白く塗られているという。(856年45歳のころ、東川の幕府からか、陝西省南鄭県)興元の方面から長安に帰る途中か、あるいは向かう折かの作と推定されている。

唐代の道教のやしろ、或いはそれに類するいわゆる淫祠の女冠は多分に売春、娼妓的性格をもっていた。それを考え併せてこの詩を読まないとわからない。


松篁臺殿蕙香幃、龍護瑤窗鳳掩扉。
松と竹に囲まれた台殿のやしろが蕙香の香りと格調高いとばりにかこまれている。かがやく宝玉で飾った拝殿の窓には守護するように龍が彫られ、扉には鳳凰が一面に刻まれている。
松篁「篁」は竹林、竹であるが、道沿いに整然と見え、鬱蒼としている状況でないもの。○蕙香幃「蕙」は香草の名。「幃」はとばり。○龍護瑤窗鳳掩扉 祠の窓、扉に龍や鳳凰が刻まれている壮麗さをいう。「瑤窓」は宝玉で飾った窓。日の光を浴びで神秘的に光るイメージを言う。


無質易迷三里霧、不寒長著五銖衣。
どれほどのものが証というのか自分には差し出すものがないので連れ添ってくれないから迷ってしまう三里先が見えない霧の中にいるようだ、寒くはない、長い間肌をあらわにしたままで五銖の銭で服をぬいで交わった。
無質 さし出すもの。真。約束。〇三里霧 いわゆる五里霧中の状態。暗い中での男女の交わりをあらわす。○長著 あらわれる。服を脱ぐ。〇五銖衣 銖は重さの単位ごくわずかの単位で五銖ほどの軽さという意味。五銖で娼妓を買うという意味であろう。


人閒定有崔羅什、天上應無劉武威。
人の世には女性と楽しく過ごすことは当たり前のようにある、ましてや崔羅什のような体験もあるのだ。天上世界においては劉武威のような凛々しい武将であっても女性と楽しく過ごせることなどありはしないのだ。
人閒 人の世の中。○崔羅什 墳墓のなかの女性に歓待された男の話。段成式『酉陽雑姐』冥跡に見える。北魏の時、崔羅什が長白山のふもとにさしかかった時、ふいに豪壮な邸宅があらわれた。中に招かれて女主人と歓談したのち、十年後にまた会うことを約して辞し、振り返ってみるとそこには大きな墳墓があるだけだった。〇劉武威 仙女との交歓を語る武将の物語にもとづくであろう。


寄問釵頭雙白燕、毎朝珠館幾時歸。
教えてほしい、簪で綺麗に着飾った二人より沿う白燕の彼女たち、。その御殿にいつも参内されている聖女は、いつここへ帰って来られるのか。(国教である道教がこんなことでよいのか)
欽頭双白燕 かんざしにつけたつがいの白いツバメ、この祠にいるおしろいをつけた娼妓のこと。今全員に客がついている。○珠舘 仙界の建物。祠近くにある娼屋を意味する。


○詩型 七言律詩。
○押韻 幃、扉、衣、威、帰。



道教の老荘思想について李商隠は学びもし、評価もしているが、道教の道士の唐王朝に対する媚と金丹による中毒、あるいは道教と宦官の関係に対して憤りを覚えていたのである。道教の女神をまつった祠にしても、何らかの罪を犯してきた女性等を贖罪のためか生活のためか住まわしていた。何らかの形で性と結びついている道教について批判的であると感じる。

代贈二首 其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 98

代贈二首 其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 98


其二
東南日出照高樓、樓上離人唱石州。
冬の夜長冬枯れの寂しさのただよう高楼にやっと日の出で日差しがさして来た。北方の塞の見張り台にいるだろう出征の兵士のあのひと、待ちわびる女同士では「石州」を歌い唱和している。
總把春山掃眉黛、不知供得幾多愁。
あなたのいない今、あまたの男を相手にしてきたが眉墨でまゆを画く、自分も年を取ってきた、幾多の愁いを伴ってここまで来たのだがどこまで知ってくれているだろう。


(下し文)
東南 日出でて高楼を照らす、楼上の離人 石州を唱う。
総て春山を把って眉黛を掃う、知らず 幾多の愁いを供し得たるかを。


(現代語訳)
冬の夜長冬枯れの寂しさのただよう高楼にやっと日の出で日差しがさして来た。北方の塞の見張り台にいるだろう出征の兵士のあのひと、待ちわびる女同士で「石州」を歌い唱和している。
あなたのいない今、あまたの男を相手にしてきたが眉墨でまゆを画く、自分も年を取ってきた、幾多の愁いを伴ってここまで来たのだがどこまで知ってくれているだろう。


(普通に訳すと以下のように意味不明になる。)
東南から昇った太陽が高い楼閣を照らし出す。楼の上に一人のこされた女は、別離の悲しみをうたった「石州」 の歌を口ずさむ。
あげくに春の山のかたちにまゆずみを引いてみる。なだらかに引かれたその眉はいかほどの悲しみを生んできたことか。
(同じ場所の楼閣なら、上句、下句二度云う必要はない。)


東南日出照高樓、樓上離人唱石州。
冬の夜長冬枯れの寂しさのただよう高楼にやっと日の出で日差しがさして来た。北方の塞の見張り台にいるだろう出征の兵士のあのひと、待ちわびる女同士では「石州」を歌い唱和している。
東南日出 東南の日の出は冬の日の出を示す。冬になると北方の異民族は南下して戦が激しくなった。冬の夜長の高楼にやっと日の出が来たのだ。冬枯れの寂しさの高楼。○楼上 前句の高楼と異なるもの。北方の塞の見張り台である。○離人 なじみで好きだった男が出征兵士となっている。○石州 山西省から陝西省の北部一帯を示す。若き李商隠の赴任地。万里の長城が黄河を渡る付近も入る。この地の北側はムウス砂漠である。この地は冬以外戦争はない地点である。唐代無名氏の楽府に「石州」がある。辺境の地に出征した男を待ちわびる妻の思いをうたったもの。


總把春山掃眉黛、不知供得幾多愁。
あなたのいない今、あまたの男を相手にしてきたが眉墨でまゆを画く、自分も年を取ってきた、幾多の愁いを伴ってここまで来たのだがどこまで知ってくれているだろう。
総把 全てを束にして握る。○春山 男女の情欲の気持ちのかたまり。○掃眉 まゆをかく。 ・眉黛眉毛を剃って墨で描いたまゆ。眉には年を取ってくるという意味を含む。


○詩型 七言絶句。
○押韻 楼、州、愁。


李商隠は27,28歳のころ、王茂元に招かれてこの地方に来ている。その娘を娶っている。12年後に妻が没している。また、31歳母の死で喪に服したのちは、不遇に徹した。

 「代」とは、何を表現するのであろうか。芸妓にとって代わって文を出す場合があると思えないし、喩えればなんででも表現はできるから、芸妓ではないのであろう。
 政治的な発言も直接的に表現すれば、明日の命はないのである。李商隠は自分の置かれている立場について、あるいは、劉蕡など自己の主張を堂々としていたものが次第に発言できなくなっていく状況を芸妓を使って表現しているのである。

 李商隠にとって、わかる人にわかってもらえばよいのである。だから、難解、解読不能、意味不明な詩が出現するのである。芸妓の艶情詩に載せておくったのであろう。
 そう考えてれば、李商隠の詩はとても味わい深いものとなっていくのである。裏表の二面ではなく、その裏に奥行きがあるということだ。
(詳しくは別の機会に譲る)

代贈二首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 97

代贈二首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 97


 青雲の志を失った男は、まったく口を閉ざしてしまった。周りの人に真意を捉まえられると生きていけないのだ。
 男にも華やかな時もあった。綵なる宮殿の中で佩びを鳴らして歩いていたこともある。ある日、頼りにしていたお方は、貶められてしまった。男も地の果てのようなところの官吏にされてしまったのだ。でも正しいこと、正義はきっと勝つと信じているが、中央からの呼び出しはこない。また別な人が左遷されたそうだ。

 代附二首 は妓女の代わりに文をしたためた、という妓女の高楼を舞台に作られた詩といわれるが、前文のフィクションを前提にするとけっして妓女の話ではないのだ。


代贈二首
其一
樓上黄昏欲望休、玉梯横絶月中鉤。
高楼にたそがれがせまる、あなたがおいでくださらないか、遙か小道を眺めることはしないことにしました。輝く綺麗な階段にあなたの姿は、楼閣を結ぶ渡り廊下橋が横たわり、空に浮かんでいるのは、鉤のように細い月、何を見てもあなたとのこと。
芭蕉不展丁香結、同向春風各自愁。

硬く丸まった芭蕉の葉、硬く結ばれた丁子のつぼみ、ともに春風に吹かれながらそれぞれの悲しみをかかえ、愁えているのだ。


代わりて贈る二首
其の一
楼上 黄昏 望まんと欲して休め
玉梯 横絶す 月中の釣
芭蕉は展びず 丁香は結ぶ
同に春風に向かいて 各自愁う



樓上黄昏欲望休、玉梯横絶月中鉤。
高楼にたそがれがせまる、あなたがおいでくださらないか、遙か小道を眺めることはしないことにしました。輝く綺麗な階段にあなたの姿は、楼閣を結ぶ渡り廊下橋が横たわり、空に浮かんでいるのは、鉤のように細い月、何を見てもあなたとのこと。
欲望休 『才調集』では「望欲休(望休まんと欲す)」に作る。語法としては安定するが、「欲望休」の場合の心のたゆたいが失われる。○玉梯 はしごを華やかな妓楼にふさわしく美化した語。屋内の階段。芸妓のいる建物の中で一番あでやかなところ。○横絶 横断して渡、離れた奥座敷に渡る、渡り廊下。通路が空中で楼閣をつないでいる。○月中鉤 楚の国の剣は細い月を喩えにされる。また、廉を巻き上げて止める鉤にたとえる。



芭蕉不展丁香結、同向春風各自愁。
硬く丸まった芭蕉の葉、硬く結ばれた丁子のつぼみ、ともに春風に吹かれながらそれぞれの悲しみをかかえ、愁いているのです。
芭蕉不展 バショゥの若葉が丸まったまま。男の心が開かぬことをいう。○丁香結 「丁香」はチョウジ。香気の強い植物。「結」はつぼみ、つぼみがつく。つぼみが硬く閉ざしたままであることと、女の気持ちが結ばれている。



○詩型 七言絶句。
○押韻 休、鉤、愁。



芭蕉のツボミ、丁子のツボミ。男と女に、口を閉ざさなければいけないわけがあるのだろうか。春風に同じように向かって各々の心の内にそれぞれ違った愁いというものがあるのだろうか。
 貴公子に、富豪には口を閉ざす理由はない。権力を持たない、制側にない官僚には理由はある。妓女になる女性にはいつも違ったわけがある。

可歎 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-96

      
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可歎 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-96


 李商隠の詩の語訳には、誤訳が多い。李商隠の詩の背景を無視し、語句だけを訳すからとんでもない詩になってしまう。李商隠は、パズルゲームをするように故事を並べ、総括して題を付けている。唐王朝のみならず、どの王朝も頽廃、不義密通、媚薬、中毒、豪奢、横暴、数々の道義、礼節、にかけることばかり、李商隠の詩は、一詩を見ると恋歌、艶歌、閨情詩であるが、その時期の数種数十首を集めて読んでいくと、社会批判の内容なのだ。そういう1から100を、全体から個を見る視点が必要である。
さて、この「嘆くべし」には、八つの嘆きが詠われている。私のこの詩題は「八歎詩」である。
*答えはやくちゅうをよめばわかるが、解説の末尾にも示す。


可歎
歎きなさい
幸會東城宴末廻、年華憂共水相催。
春の長安の宴の席で幸運にも出会ったので、宴を抜けてでも私のもとに帰ってきてほしいと思っているのにまだ帰らない。若くて盛んなころと違い歳を重ねてきた今は時間は流れる水とせき立て合うように過ぎてゆくのが歎きなのだ
梁家宅裏秦宮入、趙后樓中赤鳳來。
梁冀の邸内ではその妻のもとに下僕の秦官が入り込み密通した、趙飛燕の楼には召使いの赤鳳が出入りし私通した。(趙飛燕自体も妹の行為に嘆いた。)
冰簟且眠金鏤枕、瓊筵不酔玉交杯。
涼やかな敷布に金細工の枕でただ眠るだけの嘆きがある、瓊の玉の筵、敷物に宝玉の杯を手にとめどなく飲み続けても何事もうまくいかないので歎きながら飲む酒は酔わないものなのだ。
宓妃愁坐芝田館、用盡陳王八斗才。

洛水の女神宓妃は崑崙山の芝田の館にただ一人愁いをもって待っている。すべての才一石のうち、八斗の才と称された詩才あふれる陳王曹植が、その才を尽くして描いた恋もうまくいかなかった。

歎くべし

幸いに東城に会い宴より未だ廻らず、年華 水と相い催すを憂う。

梁家の宅裏に秦宮入り、趙后の楼中に赤鳳来たる。

氷簟 且く眠る 金鏤の枕、瓊筵 酔わず 玉交の杯。

妃は愁い坐す 芝田の館、用い尽くす 陳王八斗の才。




可歎  語訳語註と解説
(本文)
幸會東城宴末廻、年華憂共水相催。
梁家宅裏秦宮入、趙后樓中赤鳳來。
冰簟且眠金鏤枕、瓊筵不酔玉交杯。
宓妃愁坐芝田館、用盡陳王八斗才。

(下し文)
幸いに東城に会い宴より未だ廻らず、年華 水と相い催すを憂う。
梁家の宅裏に秦宮入り、趙后の楼中に赤鳳来たる。
氷簟 且く眠る 金鏤の枕、瓊筵 酔わず 玉交の杯。
宓妃は愁い坐す 芝田の館、用い尽くす 陳王八斗の才。


(現代語訳)
春の長安の宴の席で幸運にも出会ったので、宴を抜けてでも私のもとに帰ってきてほしいと思っているのにまだ帰らない。若くて盛んなころと違い歳を重ねてきた今は時間は流れる水とせき立て合うように過ぎてゆくのが歎きなのだ
梁冀の邸内ではその妻のもとに下僕の秦官が入り込み密通した、趙飛燕の楼には召使いの赤鳳が出入りし私通した。(趙飛燕自体も妹の行為に嘆いた。)
涼やかな敷布に金細工の枕でただ眠るだけの嘆きがある、瓊の玉の筵、敷物に宝玉の杯を手にとめどなく飲み続けても何事もうまくいかないので歎きながら飲む酒は酔わないものなのだ。
洛水の女神宓妃は崑崙山の芝田の館にただ一人愁いをもって待っている。すべての才一石のうち、八斗の才と称された詩才あふれる陳王曹植が、その才を尽くして描いた恋もうまくいかなかった。


(訳註)

可歎
歎きなさい


幸會東城宴未廻、年華憂共水相催。
春の長安の宴の席で幸運にも出会ったので、宴を抜けてでも私のもとに帰ってきてほしいと思っているのにまだ帰らない。若くて盛んなころと違い歳を重ねてきた今は時間は流れる水とせき立て合うように過ぎてゆくのが歎きなのだ。
幸會 無題の詩に見える、惚れて通ってくれた人が全く来なくなった。手紙を出そうにもどこにだしたらよいのかわからない。妓女は探して歩くわけにいかないのだ。ところが、幸いに宴の席で見かけたという意味。○東城 東は春を意味する。春の長安。無題(來是空言去絶蹤) 李商隠 19  宴未廻 宴を抜けてでも私のもとに帰ってきてほしいという意味。〇年華 時間、歳月、わかさ。○共水相催 孔子の川上の歎以来、水の流れは時の推移の比喩。「催」はせきたてる。陶淵明「雑詩」其の七に「日月貰えて遅たず、四時相い催し迫る」。

梁家宅裏秦宮入、趙后樓中赤鳳來。
梁冀の邸内ではその妻のもとに下僕の秦官が入り込み密通した、趙飛燕の楼には召使いの赤鳳が出入りし私通した。(趙飛燕自体も妹の行為に嘆いた。)
梁家一句 後漢・梁巽の妻の故事を用いる。梁巽は監奴(下僕の長)の秦宮をかわいがっていたが、梁巽の妻の孫寿のもとに出入りするうちに孫寿に気に入られ、密通した。『後漢書』梁巽伝にも見える。○趙后一句 漢・成帝の皇后超飛燕とその妹の故事を用いる。趨飛燕は寵愛されて皇后になり、妹も昭俵に取り立てられた。趙飛燕が私通していた下僕の赤鳳は昭俵とも通じていて、姉妹のいさかいを招いた(『趙飛燕外伝』)。


冰簟且眠金鏤枕、瓊筵不酔玉交杯。
涼やかな敷布に金細工の枕でただ眠るだけの嘆きがある、瓊の玉の筵、敷物に宝玉の杯を手にとめどなく飲み続けても何事もうまくいかないので歎きながら飲む酒は酔わないものなのだ。
氷簟 水のように冷たいたかむしろ。「簟」は涼を取るための敷物。○金鏤枕 黄金をちりばめた枕。曹植「洛神の賦」(『文選』巻一九)の李善の注が引く「記」 に、「東阿王(曹植)朝に入り、帝(文帝=曹丕)は植に甄后の玉銭金帯枕を示す」。○瓊筵の句 瓊筵 は仙人や天子の使う玉でこしらえた豪華な敷物をさすが、李白「春夜桃李園宴序」 にある聯に基づいていている。
開瓊筵以坐華, 飛羽觴而醉月。(瓊筵を開きて以て華に坐し,羽觴を飛ばして月に醉(よ)ふ。)
美しい玉で飾った敷物を花咲くもとで広げて座った、羽をひろげた形をした杯を飛んでいるような形で酌み交わし、月明かりに酒に酔う。(何もかもうまくいくから酔うということ)これに対して思いが通らないので○不酔 いくら杯を重ねても酔うことなく飲み続ける。○玉交杯 李白の詩では、雀の羽型の盃だけどこの詩では、いくつかの種類の玉の盃、豪華な盃。

宓妃愁坐芝田館、用盡陳王八斗才。
洛水の女神宓妃は崑崙山の芝田の館にただ一人愁いをもって待っている。すべての才一石のうち、八斗の才と称された詩才あふれる陳王曹植が、その才を尽くして描いた恋もうまくいかなかった。
宓妃 曹植「洛神の賦」 に登場する洛水の女神。怒妃は実は曹垂の妻甑后であり、二人は密かに愛し合っていたものの結ばれなかった。李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)
芝田 崑崙山にある農地の名。『拾遺記』崑崙山に「第九層……下に芝田・蕙圃有り。皆な数百頃。群仙種耨す(耕作する)」。○陳王八斗才「陳王」は陳思王曹植。天下のすべての才を一石とすれば曹植が八斗を占めるという謝霊運のことばが古くから伝えられた。この二句は、曹植が「洛神の賦」で文才を駆使して宓妃(=甑后)を描出しても、二人の恋は実ることなく、怒妃は仙女となって孤独に沈むはかなかったことをいう。



(解説)

○詩型 七言律詩。
○押韻 廻、催、来、杯、才。



この詩のもとになる詩は、あるいは参考とする詩は李商隠「無題」とする詩である。
約束の日にもかない、待ち続けて、捜すにもさがせない身の妓女がたまたま宴席で出会った。その日は来てくれると思った儺来ないので歎く①
歳を重ね日増しに呼ばれることがなくなってくる妓女は嘆くべし。②
密通したためにおとがめを受けた秦の宮廷宦官の孫寿は嘆くべし。③
妹に寝取られた趙飛燕は嘆くべし④、趙飛燕に私通した下僕赤鳳もおとがめを受けた、これも歎くべし⑤。
富豪のもとで囲われている芸妓が毎夜一人寝している。嘆くべし。⑥ 玉の筵、宝玉の杯で飲んでも詩をうまく作れない。嘆くべし。⑦
死んだ後、仙女になっても思い続けているだけの宓妃、
詩文に比類ない才能を発揮したが、生涯兄嫁甑后の宓妃を慕い続けたが、兄嫁に振り向かれることがなかった、これも嘆くべし。⑧


爲有 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-95

爲有 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-95


爲有
爲有雲屏無限嬬、鳳城寒盡怕春宵。
有るがためにおこった事というのは、ないようなものの雲母の雲のように包まれるほれた女性の色香は愛らしさは無限のものがある。美人のいる奥座敷、冬の寒さは終わり、心ときめく春の宵時間が次第に短くなっていくのがこわいのだ。
無端嫁得金龜婿、辜負香衾事早朝。
理由もないのにおこった事というのは金と地位によって嫁を得たものにおこるのだ、家で一緒に夜を過ごそうとしても閨には寄り付かず、夜明け前から朝廷に参じてしまうというものだ。


有るが為に

雲屏有るが為に無限の嬌あり、鳳城 寒尽きて春宵を怕る

端無くも金亀の婿に嫁ぎ得て、香衾に辜負して早朝に事む。






有るが為に  訳註と現代語訳、解説

(本分)
爲有雲屏無限嬬、鳳城寒盡怕春宵。
無端嫁得金龜婿、辜負香衾事早朝。

(下し文)
雲屏有るが為に無限の嬌あり、鳳城 寒尽きて春宵を怕る
端無くも金亀の婿に嫁ぎ得て、香衾に辜負して早朝に事む。

 (現代語訳)
有るがためにおこった事というのは、ないようなものの雲母の雲のように包まれるほれた女性の色香は愛らしさは無限のものがある。美人のいる奥座敷、冬の寒さは終わり、心ときめく春の宵時間が次第に短くなっていくのがこわいのだ。
理由もないのにおこった事というのは金と地位によって嫁を得たものにおこるのだ、家で一緒に夜を過ごそうとしても閨には寄り付かず、夜明け前から朝廷に参じてしまうというものだ。


 (訳註)
爲有雲屏無限嬬、鳳城寒盡怕春宵。
有るがためにおこった事というのは、ないようなものの雲母の雲のように包まれるほれた女性の色香は愛らしさは無限のものがある。美人のいる奥座敷、冬の寒さは終わり、心ときめく春の宵時間が次第に短くなっていくのがこわいのだ。
為有 詩の最初の二字を取り出して題としたもの。○雲屏 雲母でこしらえた屏風、豪奮な調度品、ということも言えるが、同時に、雲を男性と考え、屏は包まれ隠されるという意味。ここでは男性の腕の中にいることを示す○ ほれた女性の色香は愛らしい。○鳳城 鳳凰の棲む仙界。ここでは美人のいる奥座敷。○怕春宵 冬の長い夜が春になると短くなっていく。惚れた女との時間が短じかくなるのをおそれるという意味。白居易「長恨歌」に「春宵苦だ短く日高くして起き、此れより君主 早朝せず」。



無端嫁得金龜婿、辜負香衾事早朝。
理由もないのにおこった事というのは金と地位によって嫁を得たものにおこるのだ、家で一緒に夜を過ごそうとしても閨には寄り付かず、夜明け前から朝廷に参じてしまうというものだ。
無端 これといったわけもなく。○金亀婿 位階の高い婿。「金亀」は高官が身につける割り符。唐代の官員は魚をかたどった割り符(魚符)を袋にいれて登庁の際に身につけた(魚袋)。三品以上の魚符は金、五品以上は銀。武則天の一時期、魚でなく亀が用いられたことがあり、ここではそれを用いる。○辜負 そむく。背を向ける。○香衾 香り高い夜具。○早朝 朝早くの朝見。夜明けが仕事始めを守って早めに出勤する。「早朝」の「朝」はあさではなく朝廷。官人は夜明けとともに参内した。「無題(昨夜の星辰)」詩の「聴鼓」「応官」の注参照。また上の「春宵」の注に引く「長恨歌」にも皇帝の立場からする「早朝」が見える。「五更」という表現もある。



(解説)

○詩型 七言絶句。
○押韻 嬬・宵・朝。



有るがためにおこった事、それは形のないもの愛情いっぱいの生活。
理由もないのにおこった事、地位や金があるのものに起こる愛情のない生活。
この詩は李商隠はしてやったりとほほえみを浮かべながら詠ったと思う。多くの詩は貴公子や富豪による理不尽や横暴を指摘していたが、ここでは地位や金があって奪ったような女性が温かく包んでくれるようなことはない。そういう交わりは女性も金目当てで、お互い嫌気がして、生活が空虚なものになる。


無 題(紫府仙人號寶鐙) 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-93

無 題(紫府仙人號寶鐙) 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-93




 不老不死の仙薬と称して、回春作用のある薬を肯定し飲ませ、性行為に対しての薬依存症にさせる。宦官たちは皇帝を無力化させるため媚薬をのませたのだ。
 仙界における仙女宝鐙が五雲漿を飲み飛んできてくれるのか、金丹を飲んで飛んでゆくのか、媚薬について恋を絡めながら、皇帝は何人も中毒になってい行く。このことを前提にこの詩を読んだら李商隠の詩は奥深いものとなる。

無 題
紫府仙人號寶鐙、雲漿未飲結成冰。
紫府の仙女は宝燈という號をもっている。五雲漿の媚薬は氷に結晶していてまだ飲めないでいる。
如何雪月交光夜、更在瑤臺十二層。

媚薬を飲んでいないので、どうしたら、雪の光となり月光となってこの夜交わり合えるのだろうか。いつまでもいるだけであった、神山崑崙の瑤台、十二段に。


無 題
紫府の仙人宝鐙(ほうとう)と号す、雲漿 未だ飲まざるに結びて氷と成る。
如何ぞ 雪月 光を交うるの夜、更に瑤台十二層に在るや。




無 題(紫府仙人號寶鐙) 訳註と解説

(本文)
紫府仙人號寶鐙、雲漿未飲結成冰。
如何雪月交光夜、更在瑤臺十二層。

(下し文)
紫府の仙人宝鐙(ほうとう)と号す、雲漿 未だ飲まざるに結びて氷と成る。
如何ぞ 雪月 光を交うるの夜、更に瑤台十二層に在るや。


(現代語訳)
ー直訳ー
紫府の仙女は宝燈という號をもっている。五雲漿の媚薬は氷に結晶していてまだ飲めないでいる。
媚薬を飲んでいないので、どうしたら、雪の光となり月光となってこの夜交わり合えるのだろうか。いつまでもいるだけであった、神山崑崙の瑤台、十二段に。


 (紫宸殿、紫蘭殿、紫微殿後宮にあるものである。紫は、皇帝の統治の色である。「紫府」と王朝を示しながら天子を仙人として宮妓を仙女としている。)
いつもこの媚薬を飲んで交わっていた。なぜ、この頃は交われないのかきっと天子はこの媚薬を飲んでいないのではないか。今夜、飲もうと思ったら、長く放置しているから固まってしまっていた。待っているだけだとつらい、どうしたら、月や雪の光となって情交できるのだろう。いつまでもこの場所で待ち続けているのだ。


(訳註)
紫府仙人號寶鐙、雲漿未飲結成冰。

紫府の仙女は宝燈という號をもっている。五雲漿の媚薬は氷に結晶していてまだ飲めないでいる。
紫府 道教の仙人の居所の名。『海内十洲記』に南海にある長洲は一名青丘ともいい、その風山には「紫府宮有り。天真仙女、此の地に遊ぶ」。○宝鐙 本来は仏の名。『仏説仏名経』に見える。道教と仏教はしばしば語彙を共有する。また仏前に供える灯火をもいう。その名で呼ばれる女性はこの詩の発語者にとって光明となる存在であるばかりか、輝かしい人として当時広く人気があったことを意味するか。○雲漿 不老不死を可能にする仙界の飲み物。『太平御覧』巻八六一の引く『漢武故事』に、漢の武帝が西王母に不死の薬を尋ねた時、西王母が挙げた薬名のなかに「五雲の漿」が見える。



如何雪月交光夜、更在瑤臺十二層。
媚薬を飲んでいないので、どうしたら、雪の光となり月光となってこの夜交わり合えるのだろうか。いつまでもいるだけであった、神山崑崙の瑤台、十二段に。
雪月交光夜 雪と月の光の交錯は李商隠に少し先立つ眺合の「雪を詠ず」詩に「月と光を交え瑞色を口王す」。それもこの世ならざる景が顕現したかにうたう。○更在 いつまでも居続ける。地上でも雪月光を交うる清澄な夜に、何もこの場所にいなくてもよいのに。○瑤台 李白「古朗月行」「清平調詞其一」につかう。崑崙山にある神仙の居所。『拾遺記』に「崑崙山……傍らに瑤台十二有り、各おの広さ千歩。皆な五色の玉もて台の基と為す」というように十二層の楼台。十二は道教の聖数に由来する。ここでは李白、謝朓の「玉階怨」のイメージを重ねているように見える。


(解説)
○詩型 七言絶句。
○押韻 鎧、氷、層。


李商隠が35歳の時に武宗が仙薬で中毒死している。李商隠が、生まれて35年の間に6人の皇帝が仙薬による中毒死、もしくは薬殺、得体のしれない病死など何らかの不審死をしているのである。
直接的な表現はできないので舞台を変え、状況を変え、宦官による宮廷の腐敗、頽廃を批判している。新しい皇帝は、慣性力排除に掛かるのであるが、短年度の間で殺されたのである。
道教の神仙思想と不死思想による金丹は唐王朝に道教の国教化をもたらせた。ここに滑り込むように宦官たちは滑り込み巧みに勢力を巨大化させたのである。
 無 題(紫府仙人號寶鐙)は、こうした仙薬について、表立った批判ができないので仙女を題材にしているのである。


晩唐と道教の概略、その影響
道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
 これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壺(方丈)、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸い、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。このような神仙との交通によって、同じように神仙と化し延寿を計り得るのであるとする。これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとしているのである。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられ、ここに言う金丹は、ヒ素、水銀などが練りこまれている、常用していくと中毒死するもので、唐の後宮では数々の皇帝が、これにより中毒死、あるいは、暗殺されている。李商隠の時代、朝廷では、牛僧儒と李徳裕の両派閥の政争とされているが、道教の政治加入による傀儡同士政争で、これに朝廷内の実質権力は、数千人に膨らんだ宦官の手にあったのである。

破鏡 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-93

破鏡 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-93


破れた鏡、鏡は古くより男女の情交を示唆するものである。壊れた鏡の右と左、男と女なのである。また、満月があり、半月があるように詩の中で男女の情愛を詠うものであった、男女の意志で割ったもの、割られたもの、無理やりに引きはがされたもの、その鏡にはいろんなものがある。ここでは、山鶏と鸞鳳、牛李の党争、あるいは、賈誼と守旧派・宦官勢力、劉蕡と守旧派、を比喩として詠いあげる。

破鏡
玉匣清光不復持、菱花散亂月輪虧。
宝玉飾られた箱の中に、清らかな光を秘めている、その輝きが蘇ることは二度とないのだ。泥の中から菱の花を咲かせるように、守旧派の闇の中で輝きを持っていた花も乱れ散ったのだ、月輪のような正論を輝かせたのも影で欠けてしまった。
秦臺一照山鶏後、便是孤鸞罷舞時。

うぬぼれ者の山鶏が秦の朝廷という鏡に姿を映してからは、孤独な実力のある鸞は鏡の前で舞うのを止めされられた。


破 鏡
玉匣の清光 復た持せず、菱花散乱して月輪 虧(かける)
秦台一たび山鶏を照らして後、便ち是れ孤鸞 舞いを罷むるの時。


破鏡 訳註と解説

(本文)
破鏡
玉匣清光不復持、菱花散亂月輪虧。
秦臺一照山鶏後、便是孤鸞罷舞時。

(下し文)
玉匣の清光 復た持せず、菱花散乱して月輪 虧(かける)
秦台一たび山鶏を照らして後、便ち是れ孤鸞 舞いを罷むるの時。

(現代語訳)
宝玉飾られた箱の中に、清らかな光を秘めている、その輝きが蘇ることは二度とないのだ。泥の中から菱の花を咲かせるように、守旧派の闇の中で輝きを持っていた花も乱れ散ったのだ、月輪のような正論を輝かせたのも影で欠けてしまった。
ぅぬぼれ者の山鶏が秦の朝廷という鏡に姿を映してからは、孤独な実力のある鸞は鏡の前で舞うのを止めされられた。


破鏡
○破鏡 割れた鏡、半月を示す。男女の離別を意味するのは、
①『神異経』(『太平御覧』巻七一七)に見える故事による。ある夫婦が別々に住む際、鏡を二つに割って半分ずつをもち、愛情のあかしとした。のちに妻が他の男と通じた時、鏡は鵜となって夫のもとへ飛び、夫は何が起こったかを知った。以来、鏡の背面に鵜の模様を施すことになった、と。
②また『芸文類架』巻五六で、「藁砧詩」、
③『王台新詠』では「古絶句四首」其一藁砧今何在と題する詩では、(外に出ていった夫はどこにいるのか、帰ってくるのはいつだろう、、「破鏡飛上天」(破鏡飛んで天に上る)の句で結ばれる。欠けた月が空に上がるとは、十五日を過ぎて帰ってくる、という謎解き。そこでは「破鏡」は残月を意味するものの、やはり男女の離合に関わっている。


 
玉匣清光不復持、菱花散亂月輪虧。
宝玉飾られた箱の中に、清らかな光を秘めている、その輝きが蘇ることは二度とないのだ。泥の中から菱の花を咲かせるように、守旧派の闇の中で輝きを持っていた花も乱れ散ったのだ、月輪のような正論を輝かせたのも影で欠けてしまった。
玉匣 鏡を入れる箱。○不復持 もはや保ち続けられない。○菱花 蓮と菱はともに水草であり、娼屋の妓女の別名である。また語の通り、鏡の裏の絵柄が菱の花であること、鏡で日光を反射させると壁に菱の花模様が浮かぶとする。庚信「鏡の賦」に「目に照らせば則ち壁上に菱生ず」。〇月輪 古くから鏡を月にたとえる。同じく庚信「鏡の賦」に「水に臨めば則ち地中に月出ず」。満月の団円は男女和合の象徴でもある。 



秦臺一照山鶏後、便是孤鸞罷舞時。
うぬぼれ者の山鶏が秦の朝廷という鏡に姿を映してからは、孤独な実力のある鸞は鏡の前で舞うのを止めされられた。
秦台 秦の朝廷。○山鶏 華美な羽をもった鳥。真に実力を備えて鳥の鸞鳳に対する実力のない空威張りの鳥である。南朝宋・劉敬叔『異苑』に、山鶏は自分の美しい羽を愛し、水に映った姿に見とれて舞う習性があり、魏の武帝(曹操)の時に南方から献じられた山鶏の前に鏡を置くと、舞い続けて死んだという。李商隠「鸞鳳」詩では鳳に似て非なる鳥として対比されている。宦官を示す○孤鸞 鏡の前に置いた鸞は映った姿を見て鳴き続け、絶命したという故事にもと、づく。「陳の後宮」詩では、昔、罽賓の国の王が一羽の鸞を捕えたが、鳴かない。夫人が鸞は仲間を見ると鳴くといいますから鏡を置いたらどうでしょぅと言った」皆は鏡のなかの姿を見ると、悲痛な声を発して鳴き続け、夜中に身を震わせるとそのまま息絶えた、という。李商隠頻用の故事。白居易「太行路」にもみえる。ここでは鑾鏡(鸞の模様が刻まれている鏡)を指す。「鸞開鏡」は「開攣鏡」を倒置したもの。劉蕡など正論を唱える人物をしめす。



○詩型 七言絶句。 
○押韻 持、虧、時。



(解説)
割れたのか、割られたのか、あるいは引き裂かれたのか、いろんな「破れた鏡」がある。この時代、鏡を持てたものは一定以上の身分の人か、芸妓である。
 いかにも芸妓の艶歌の装を凝らしながら、朝廷内で裏で画策し、貶めていく宦官勢力は鳳凰のような能力を持った人物を葬ってきた。

李 白 詩
唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))
杜 甫 詩
李白詩INDEX02
李商隠INDEX02
杜甫詩INDEX02

落花 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-92

落花 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-92


落花 
高閣客竟去、小園花亂飛。
高楼から花を眺めていた男女はそれぞれのところへと去っていく、庭には着飾った妓女が花のように舞い乱れている。
参差連曲陌、迢遞送斜暉。
もつれあいは小道を曲がらせていくようにつながっている。高い所で照らして影になっていたが日が傾いてきたら影になって見えなかったところをてらしていったのだ。
腸斷未忍掃、眼穿仍欲稀。
見ているだけの自分は腸が絶たれる気分であり、我慢して掃き捨てることもできないでいる。この状態では目を凝らして探しだせることはまずできないことなのだろう。
芳心向春盡、所得是沾衣。

美人の心は限りないほどこの春性の期待に向かわせた、しかし、得たものといえばこんなことでころもをぬらしたことだ。


高閣 客 竟に去る、小園 花 亂飛す。

参差として 曲陌に連なり、迢遞として斜暉を送る。

腸斷れて未だ掃うに忍ばず、眼穿てば 仍 稀ならんと欲す。

芳心 春盡くるに向かい、得る所は 是れ 衣を沾すのみ。





落花 訳註と解説


(本文)
高閣客竟去、小園花亂飛。
参差連曲陌、迢遞送斜暉。
腸斷未忍掃、眼穿仍欲稀。
芳心向春盡、所得是沾衣。


(下し文)
高閣 客 竟に去る、小園 花 亂飛す。
参差(しんし)として 曲陌に連なり、迢遞として斜暉を送る。
腸斷れて未だ掃うに忍ばず、眼穿てば 仍 稀ならんと欲す。
芳心 春盡くるに向かい、得る所は 是れ 衣を沾すのみ。

(現代語訳)
高楼から花を眺めていた男女はそれぞれのところへと去っていく、庭には着飾った妓女が花のように舞い乱れている。
もつれあいは小道を曲がらせていくようにつながっている。高い所で照らして影になっていたが日が傾いてきたら影になって見えなかったところをてらしていったのだ。
見ているだけの自分は腸が絶たれる気分であり、我慢して掃き捨てることもできないでいる。この状態では目を凝らして探しだせることはまずできないことなのだろう。
美人の心は限りないほどこの春性の期待に向かわせた、しかし、得たものといえばこんなことでころもをぬらしたことだ。


(語訳と訳註)

高閣客竟去、小園花亂飛。
高楼から花を眺めていた男女はそれぞれのところへと去っていく、庭には着飾った妓女が花のように舞い乱れている。
小園 中庭、農作のはたけ。



参差連曲陌、迢遞送斜暉。
もつれあいは小道を曲がらせていくようにつながっている。高い所で照らして影になっていたが日が傾いてきたら影になって見えなかったところをてらしていったのだ。
参差 長短のふぞろいなさま。ここでは落花が相前後しながら舞っている状態を指しながら、男女の絡み合いを言う。○曲陌 曲がりくねった小道。○迢遞  高いさま。遠くへ隔だたるさまをいう。○斜暉 夕日。斜めの光は奥の方まで照らす。木の葉影で見えにくかったところが横からの光に照らし出される様子を言う。



腸斷未忍掃、眼穿仍欲稀。
見ているだけの自分は腸が絶たれる気分であり、我慢して掃き捨てることもできないでいる。この状態では目を凝らして探しだせることはまずできないことなのだろう。
腸斷 セックスに満たされぬ思いを言う場合に断腸という語になる。心に思うことは別の語。○未忍掃 自慰行為を指すものもまだできない。○眼穿 穴のあくほど見つめる。



芳心向春盡、所得是沾衣。
美人の心は限りないほどこの春性の期待に向かわせた、しかし、得たものといえばこんなことでころもをぬらしたことだ。
芳心 春を楽しむ気持ち。芳は花の芳香。美人の心。妓女の心持。○沾衣 本来ならば情交、性交によって潤う湿り気を指す。貴公子や、富豪の者たちに好き勝手にされ、待ち続けてもなかなか自分のところに来てくれない。悔し涙で着衣をぬらすととることは無理がある語である。やるせない思いはなみだにならない。


○詩型 五言律詩。
○押韻 飛、曝、稀、衣。



(解説)
上巳の節句頃(3月3日)、行楽といって、野山で幔幕をはって、酒を飲み、情交、陰姦が行われた。娼屋では、中庭、近隣の畑などでも繰り広げられた。
 李商隠の得意とする、春の行楽の詩。李商隠はなじみの妓女がなかなか見つからない、一人寂しく眺めているというパターンは多い。
 下級官僚や金のないものは相手にされないのは何時の時代もあることである。


無題二首其二(幽人不倦賞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-91

無題二首其二(幽人不倦賞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-91



 

無題二首其一
照梁初有情、出水舊知名。
はじめての経験、その夜は眠れず朝を迎え、ういういしさを朝日が座敷のはりを照らす輝きに、嬉恥ずかしい新しい気持ちなのだ。水面の上に花開く蓮は古くからはじめて開く妓女の姿として知られている。
裙衩芙蓉小、釵茸翡翠輕。
きものの裾は小さな蓮のように開かれるのである。房が多いかんざしには羽飾りの軽やかな翡翠がきれいだ。
錦長書鄭重、眉細恨分明。
今頃になると来てくれない、昔から思いのたけをていねいに長い錦に織り込んだ、細く描いた眉には、恋のつらさが浮かび上がる。
莫近彈棋局、中心最不平。
しかし、いくら約束の日に来ないといってもお相手をきめる弾棋の盤には近づかない方がいい。心の中の思いは燃えたぎっていて、平静の気持ちでおられない。

 

無題二首其の一

梁を照らして初めて情有り、水より出でて旧より名を知らる。

裙衩 芙蓉小さく、欽茸 翡翠軽し。

錦長くして書は鄭重、眉細くして恨みは分明。

弾棋の局に近づくこと莫かれ、中心 最も平らかならず。

 

無題二首其二(幽人不倦賞) 
幽人不倦賞、秋暑貴招邀。
隠遁者のような男がいる、まわりの風情を眺めるようすはない。秋とはいえこの暑さ、涼みがてらに人を招きたくなるというものだ。
竹碧轉悵望、池淸尤寂寥。
竹林の青々とした静かなたたずまい、それを逆から見てみると悵めしい眺めなのだ。池の水清らかさ、切ないほどの寂しさがこみ上げるのだ。
露花終裛濕、風蝶強嬌饒。
あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。
此地如攜手、兼君不自聊。
来られるものならこの地でもいい、あの人と手を取りからめ合いたい、あの人と一緒ならこんな自慰をしはしないのに。

 

無題二首其の二

幽人 賞するに倦まず、秋暑 招邀【しょうよう】せんと貴【ほっ】す。

竹 碧にして転【うた】た悵望し、池 清くして尤も寂蓼たり

露花 終に裛濕【ゆうしつ】し、凰蝶 強いて嬌饒【きょうじょう】たり。

此の地 如し手を携えれば、君と自ら聊【たの】しまざらんや。

 


無題二首其二(幽人不倦賞) 訳註と解説

(本文)
幽人不倦賞、秋暑貴招邀。
竹碧轉悵望、池淸尤寂寥。
露花終裛濕、風蝶強嬌饒。
此地如攜手、兼君不自聊。

 

(下し文)
無題二首其の二

幽人 賞するに倦まず、秋暑 招邀【しょうよう】せんと貴【ほっ】す。

竹 碧にして転【うた】た悵望し、池 清くして尤も寂蓼たり

露花 終に裛濕【ゆうしつ】し、凰蝶 強いて嬌饒【きょうじょう】たり。

此の地 如し手を携えれば、君と自ら聊【たの】しまざらんや。

 

(現代語訳)
隠遁者のような男がいる、まわりの風情を眺めるようすはない。秋とはいえこの暑さ、涼みがてらに人を招きたくなるというものだ。
竹林の青々とした静かなたたずまい、それを逆から見てみると悵めしい眺めなのだ。池の水清らかさ、切ないほどの寂しさがこみ上げるのだ。
あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。
来られるものならこの地でもいい、あの人と手を取りからめ合いたい、あの人と一緒ならこんな自慰をしはしないのに。

 

(語訳と訳註)

無題二首其二


幽人不倦賞  秋暑貴招
竹碧轉悵望  池淸尤寂
露花終裛濕  風蝶強嬌
此地如攜手  兼君不自

○○△●●  ○●●○○

●●●●△  ○?○●△

●○○●●  △●○△△

●●△○●  △○△●○

 

幽人不倦賞、秋暑貴招邀。
隠遁者のような男がいる、まわりの風情を眺めるようすはない。秋とはいえこの暑さ、涼みがてらに人を招きたくなるというものだ。
幽人 ふつうは竹林の側、薄暗い奥まったところにいる隠者を示す語であるが、自分からなろうとしないで左遷され、隠遁者の住まいのような場所で世の喧噪から必然的に離され、友人も恋人もいない男として読む。

不倦覚 飽きることなく観賞する。○秋暑 残暑。

景招激 「貴」は欲の意。=‥‥したいと思う。「招遊」は人を招き迎える。


竹碧轉悵望、池淸尤寂寥。
竹林の青々とした静かなたたずまい、それを逆から見てみると悵めしい眺めなのだ。池の水清らかさ、切ないほどの寂しさがこみ上げるのだ。
悵望 悲しい思いで眺める。「七月二十八日夜……」詩注参照(七四頁)。


露花終裛濕、風蝶強嬌饒。
あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。
裛湿「嚢」は泡に通ずる。湿と同じくうるおう。

風蝶 風のなかに舞う蝶。

強嬌 なまめかしさをいう畳韻の語。『王台新詠』に桑摘みのむすめを唱った「重病綾の詩」がある。同音の「嫡嬢」とも表記する。


此地如攜手、兼君不自聊。
来られるものならこの地でもいい、あの人と手を取りからめ合いたい、あの人と一緒ならこんな自慰をしはしないのに。
○此地 朝廷から、取り上げられることがない。隠遁者と同様な暮らしを強いられている。正論を言う機会さえない。来ることは絶対にありえない「この地」という意味。

攜手 ここでは手を携えることを男女の性行為として表現している。同性どうしでも異性の間でも親密な関係を示すしぐさとして使われる。この語が次の句の「不自聊」にかかる。

兼君 「兼」は与と同じ。……といっしょに。

不自聊 自聊は自慰、しないこと。



○詩型 五言律詩。
○押韻 賞、賞、寥、饒、聊。



(解説)

この詩は、「幽人」という語を正しく理解しないと単なる艶情詩になってしまう。詩の状況から、巴の梓州に3年左遷されていた。唐の中央から地方まで牛李の闘争を繰り広げていた。作者の周りの地方官もすべてが反対派であった。その状況を詠いたかったのである。 
孤独であるため、初秋の景物を眺め、本来なら風流なものとして映るはずのものである。転じてみれば、「恨めしい」、景色なのだ。

せっかく仲良くなったあの人のことを考える毎日だ。

無 題(照梁初有情) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-90

無 題(照梁初有情) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-90
無 題(照梁初有情)

無 題
照梁初有情、出水舊知名。
はじめての経験、その夜は眠れず朝を迎え、ういういしさを朝日が座敷のはりを照らす輝きに、嬉恥ずかしい新しい気持ちなのだ。水面の上に花開く蓮は古くからはじめて開く妓女の姿として知られている。
裙衩芙蓉小、釵茸翡翠輕。
きものの裾は小さな蓮のように開かれるのである。房が多いかんざしには羽飾りの軽やかな翡翠がきれいだ。
錦長書鄭重、眉細恨分明。
今頃になると来てくれない、昔から思いのたけをていねいに長い錦に織り込んだ、細く描いた眉には、恋のつらさが浮かび上がる。
莫近彈棋局、中心最不平。

しかし、いくら約束の日に来ないといってもお相手をきめる弾棋の盤には近づかない方がいい。心の中の思いは燃えたぎっていて、平静の気持ちでおられない。



無 題 訳註と解説
照梁初有情、出水舊知名。
裙衩芙蓉小、釵茸翡翠輕。
錦長書鄭重、眉細恨分明。
莫近彈棋局、中心最不平。


(下し文)無 題
梁を照らして初めて情有り、水より出でて旧より名を知らる。
裙衩 芙蓉小さく、欽茸 翡翠軽し。
錦長くして書は鄭重、眉細くして恨みは分明。
弾棋の局に近づくこと莫かれ、中心 最も平らかならず。

(現代語訳)
はじめての経験、その夜は眠れず朝を迎え、ういういしさを朝日が座敷のはりを照らす輝きに、嬉恥ずかしい新しい気持ちなのだ。水面の上に花開く蓮は古くからはじめて開く妓女の姿として知られている。
きものの裾は小さな蓮のように開かれるのである。房が多いかんざしには羽飾りの軽やかな翡翠がきれいだ。
今頃になると来てくれない、昔から思いのたけをていねいに長い錦に織り込んだ、細く描いた眉には、恋のつらさが浮かび上がる。
しかし、いくら約束の日に来ないといってもお相手をきめる弾棋の盤には近づかない方がいい。心の中の思いは燃えたぎっていて、平静の気持ちでおられない。




照梁初有情、出水舊知名。
はじめての経験、その夜は眠れず朝を迎え、ういういしさを朝日が座敷のはりを照らす輝きに、嬉恥ずかしい新しい気持ちなのだ。水面の上に花開く蓮は古くからはじめて開く妓女の姿として知られている。
照梁 はじめての経験、その夜は眠れず朝を迎え、ういういしさを朝日が座敷のはりを照らす輝きにたとえる。宋玉「神女の賦」(『文選』巻一九)に「其の始めて来たるや、耀として白日の初めて出でて屋梁を照らすが若し」。○初有情 「情」は恋心。恋を知りそめる年になったこと。○出水 清新な美しきを蓮の花が水面に開いたのにたとえる。曹植「洛神の賦」(『文選』巻一九)に「灼として芙蓉の淥波(緑波)を出ずるが若し」。梁・鐘嶸『詩品』に南朝宋・湯恵休が謝霊運と顔延之を比較して、「謝詩は芙蓉の水を出ずるが如く、顔詩は彩りを錯じえ金を鏤めるが如し」と、詩を評した比喩にも用いられる。○旧知名 古くからはじみめて開く妓女の姿として知られている。


裙衩芙蓉小、釵茸翡翠輕。
きものの裾は小さな蓮のように開かれるのである。房が多いかんざしには羽飾りの軽やかな翡翠がきれいだ。
裙衩 着物の合わせのすそを開く。切り込みの入った着物の裾。「裙衩」は蓮の花のように開かせる。○芙蓉 蓮の花。もすその模様としては、『楚辞』離騒に「芰荷を製して以て衣と為し、芙蓉を集めて以て裳と為す」とみえる。○叙茸 ふさふさした飾りをつけたかんざし。「茸」はにこけ。○翡翠 芸妓は翡翠の羽をかんざしの飾りとしてつける。宋玉「諷賦」(『芸文類架』巻二四)に「其の翡翠の釵を以て、臣の冠䋝(かんむりを結ぶひも)に挂く」とみえる。


錦長書鄭重、眉細恨分明。
今頃になると来てくれない、昔から思いのたけをていねいに長い錦に織り込んだ、、細く描いた眉には、恋のつらさが浮かび上がる。
錦長一句 錦を織って回文詩を夫に送った故事を用いる。前秦の竇滔の妻蘇恵は遠方にいる夫を思って、上から読んでも下から読んでも詩になる八百四十字を錦に織り込んで連綿たる思いを綴った(『晋書』列女伝)。回文詩の始まりとされる。○眉細一句 眉を細く描いて憂わしげな表情を作る化粧。後漢の時、外戚として権勢を振るった梁冀の家から始まり、都一円に流行した。『後漢書』五行志に「所謂愁眉なるものは、細くして曲折す」と説明される。

莫近彈棋局、中心最不平。
しかし、いくら約束の日に来ないといってもお相手をきめる弾棋の盤には近づかない方がいい。心の中の思いは燃えたぎっていて、平静の気持ちでおられない。
弾棋局 弾棋のゲームをする盤。「弾棋」は中央が鉢を伏せたように盛り上がった碁盤の両側からコマを弾いて相手のコマにあてるゲーム(『夢渓筆談』巻一六)。同じ音の「棋」(ゲームのこま)と「期」(逢い引き、またその約束)の掛けことばは、恋をうたう南朝の楽府に習見。○中心一句 盤の「中心」が盛り上がっているのと掛けて、「心中」が平らでないという。


○詩型 五言律詩。
・押韻 情・名・軽・明・平。

 
芸妓になって稽古してきた初めて接客をした。初めての夜は、夜明けまで眠らず、日の出を迎えた。ベットで横になったままでいると、梁に朝日が射してきた。
それなのに今は約束をしても来てくれない。大人になりそめて、恋の悲しみを知った女性をうたう。楽府のうたいぶりを借りた軽やかな艶詩。

即日 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-89


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即日 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-89

856年 45歳 長安

即 日
即日にもいろいろある。
一歳林花即日休、江閒亭下悵淹留。
一年思い続けていた、数いる妓女の一人に思いを寄せていたがきょうやっと喜びを感じる日となるのだ。滻水と㶚水の間にある亭にとまって長らく滞在することはがっかりしていたのだ。
重吟細把眞無奈、已落猶開未放愁。
なんども恋歌を吟じ、細腰をだいたのだが、でも本当のところどうしようもないのだ。恋する気持ちは消沈したり、やはりまだ恋しいと花開く気分になる、愁いの気持ちを放つことができないでいるのだ
山色正來銜小苑、春陰只欲傍高樓。
山の緑も本格的なものになり、人の気持ちもその気になって亭の中庭の木々草木の中に男女が横たわっている。ただ男女の情交がしたいと思いつつ高楼の傍らにたたずんでいる。
金鞍忽散銀壷滴、更醉誰家白玉鉤。

黄金の鞍をきらめかせて貴公子や、富豪たちは事を済ませて消えていく、後に残るのは銀の漏刻の水音だけ聞こえてくる。でも、外に出ると次はどこの女のところで酔うことにするかとしている、白玉、宝玉をちらつかせてものにして行くのだ。


即 日

一歳の林花即日に休む、江間 亭下 淹留 悵とす。

重ねて吟じ細を把るも真に奈ともする無く、己に落ち猶お開きて末だ愁いを放たず。

山色 正に来たりて小苑を街み、春陰 只だ高楼に傍わんと欲す。

金鞍 忽ち散じて銀壷滴る、更に誰が家の白玉をして鉤に酔わん。




訳註と解説

(本文)
即 日
一歳林花即日休、江閒亭下悵淹留。
重吟細把眞無奈、已落猶開未放愁。
山色正來銜小苑、春陰只欲傍高樓。
金鞍忽散銀壷滴、更醉誰家白玉鉤。

(下し文)
一歳の林花即日に休む、江間 亭下 淹留 悵とす。
重ねて吟じ細を把るも真に奈ともする無く、己に落ち猶お開きて末だ愁いを放たず。
山色 正に来たりて小苑を街み、春陰 只だ高楼に傍わんと欲す。
金鞍 忽ち散じて銀壷滴る、更に誰が家の白玉をして鉤に酔わん。

(現代語訳)
一年思い続けていた、数いる妓女の一人に思いを寄せていたがきょうやっと喜びを感じる日となるのだ。滻水と㶚水の間にある亭にとまって長らく滞在することはがっかりしていたのだ。
なんども恋歌を吟じ、細腰をだいたのだが、でも本当のところどうしようもないのだ。恋する気持ちは消沈したり、やはりまだ恋しいと花開く気分になる、愁いの気持ちを放つことができないでいるのだ
山の緑も本格的なものになり、人の気持ちもその気になって亭の中庭の木々草木の中に男女が横たわっている。ただ男女の情交がしたいと思いつつ高楼の傍らにたたずんでいる。
黄金の鞍をきらめかせて貴公子や、富豪たちは事を済ませて消えていく、後に残るのは銀の漏刻の水音だけ聞こえてくる。でも、外に出ると次はどこの女のところで酔うことにするかとしている、白玉、宝玉をちらつかせてものにして行くのだ。



(訳註・解説)

即日 高級官僚や富豪はたとえ人妻であろうが何であってもそ日のうちにものにしてしまうが、私は一年かけて思い続けている女さえものにできないという世相批判の詩である。




一歳林花即日休、江閒亭下悵淹留。
一年思い続けていた、数いる妓女の一人に思いを寄せていたがきょうやっと喜びを感じる日となるのだ。滻水と㶚水の間にある亭にとまって長らく滞在することはがっかりしていたのだ。
(一年かかって開いた花もその日のうちに散ってしまう。もの悲しくたたずむ川沿いの亭。)
林花 たくさん生えている花。ここでは妓女がたくさんいること。 ○即日休 当日、その日の内。そのうち、近いうち。休む。止める。良い、美しい。よろこび、幸い。 ○江閒 滻水と㶚水の間の㶚陵亭と考えるとわかりやすい。 ○亭下 亭にいる。 ○ 恨めしい。がっかりする。 ○淹留 長らく滞在する。立ち去りがたくその場に居続ける。

重吟細把眞無奈、已落猶開未放愁。
なんども恋歌を吟じ、細腰をだいたでも本当のところどうしようもないのだ。恋する気持ちは消沈したり、やはりまだ恋しと花開く気分になる、愁いの気持ちを放つことができないでいるのだ
(繰り返し詩を口ずさみ、そっと花を手にしても、やるかたない。はや散った花、まだ咲きのこる花、悲しみは尽きることはない。)
重吟 なんども恋歌を吟じた。○細把 腰の細い部分をつかむ。○眞無奈 ほんとうにどうしようもない。「無奈何」「無可奈何」と同じ。○已落 恋する気持ちは消沈したり、○猶開 やはりまだ恋しい○未放愁 胸中の愁いを外に向かって放つ。



山色正來銜小苑、春陰只欲傍高樓。
山の緑も本格的なものになり、人の気持ちもその気になって亭の中庭の木々草木の中に男女が横たわっている。ただ男女の情交がしたいと思いつつ高楼の傍らにたたずんでいる。
(山の縁は御苑を包みこまんほどに拡がり、春の雲は高楼に寄り添わんかに漂う。)
○銜小苑 亭の中庭に草木が植えられ入っていくと姿が見えないようなところ。木々草木の中に人が横たわると口にくわえられたように見える。○春陰 男女のいとなみ。



金鞍忽散銀壷滴、更醉誰家白玉鉤。
黄金の鞍をきらめかせて貴公子や、富豪たちは事を済ませて消えていく、後に残るのは銀の漏刻の水音だけ聞こえてくる。でも、外に出ると次はどこの女のところで酔うことにするかとしている、白玉、宝玉をちらつかせてものにして行くのだ。
(黄金の鞍をきらめかせて遊客たちはたちまち消え、聞こえるのは銀の漏刻の水音だけ。
さて、これからいずこで今ひとたびの酔いを重ねよう 、白玉の鉤をつけたとばりのもとで。)
金鞍 家書な馬具。富貴の遊客をいう。○銀壷 水時計。○白玉鉤 白玉、宝玉で女をつりあげること。酒家、妓楼の女を金によってものにして行くこと。強姦、暴行ということもある。この時代、行楽というのは、青草踏ということであり、いわゆる野姦をしめす。


○詩型 七言律詩。
○押韻 休・留・愁・楼・鉤。




解説
 いままで、李商隠の詩を紹介するにあたって、川合康三 李商隠選集(岩波文庫)を参考に掲載してきた。かならずしも、そのとおりの順序ではないが、比較しやすいようにしてきた。李商隠は他の作者と違い景色を眺めてそれを詩にしていない。この「即日」についての語訳は特にひどいので明確に指摘しておく。現代語訳のところに()内に同氏の意味不明の語訳をそのまま掲載した。


自分の一年もかかってやっとその日を迎えた「即日」。でも、それをお金に飽かせて横取りしていく、王の王朝は上から下まで、横暴がまかり通っていることを詠っている。李商隠には、根底に権力の横暴に足しての怒りがわいている。しかし、どこに、目があり、耳があるかわからないのである。性の表現でカムフラージュしたのである。
どんな時代でもエロス、頽廃文化は時の権力者に対する批判をあらわすものである。

屏風 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-88

屏風 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-88



屏 風
六曲連環接翠帷、高樓半夜酒醒時。
六曲扇でつくられた屏風が奥座敷をぐるりと囲んでいて、翡翠で飾られたとばりが上から垂れ屏風の中ほどで触れるので中のことが分からない。そんな座敷のある高楼、酔いも醒める深夜になる頃のことだ。
掩燈遮霧密如此、雨落月明倶不知。
部屋のともしびを包み、香の煙霧さえこはむこの細緻さはなんとしたことか、大雨が降る音も月があかるく照らそうが、この部屋でおこることは、わかりはしない。



屏 風

六曲連環して翠帳に接す

高楼 半夜 酒醒むるの時

燈を掩い霧を遮りて密なること此くの如ければ

雨落つるも月明らかなるも供に知らず



屏 風 訳註と解説

(本文)
屏 風
六曲連環接翠帷、高樓半夜酒醒時。
掩燈遮霧密如此、雨落月明倶不知。


(下し文)
六曲連環して翠帳に接す
高楼 半夜 酒醒むるの時
燈を掩い霧を遮りて密なること此くの如ければ
雨落つるも月明らかなるも供に知らず


(現代語訳)

六曲扇でつくられた屏風が奥座敷をぐるりと囲んでいて、翡翠で飾られたとばりが上から垂れ屏風の中ほどで触れるので中のことが分からない。そんな座敷のある高楼、酔いも醒める深夜になる頃のことだ。
部屋のともしびを包み、香の煙霧さえこはむこの細緻さはなんとしたことか、大雨が降る音も月があかるく照らそうが、この部屋でおこることは、わかりはしない。



六曲連環接翠帷、高樓半夜酒醒時。
六曲扇でつくられた屏風が奥座敷をぐるりと囲んでいて、翡翠で飾られたとばりが上から垂れ屏風の中ほどで触れるので中のことが分からない。そんな座敷のある高楼、酔いも醒める深夜になる頃のことだ。
六曲 六枚をつなげた屏風。○翠帷 劣翠の羽を飾りにした、あるいは薪翠色のとばり。司馬相如「子虚賦」 に「翠帷を張り、羽蓋を建つ」。




掩燈遮霧密如此、雨落月明倶不知。
部屋のともしびを包み、香の煙霧さえこはむこの細緻さはなんとしたことか、大雨が降る音も月があかるく照らそうが、この部屋でおこることは、わかりはしない。


○詩型 七言絶句。
○押韻 知、椎、時。


絢爛豪華な部屋の飾りは、実はその中に、様々な涙を生む座敷なのである。力あるものが、力のないものの自由を奪い、身体を貪る、家臣の妻であっても、この部屋に入れば、それから後は、かこわれ者になってしまうのである。
 官僚、富豪たちは自分の欲望を遂げるための装置、座敷に屏風と帷を設置したのである。

室内外の物を取り上げてうたう詠物詩は南朝の宮廷で盛んに作られたが、晩唐に至って再び流行する。詠物詩ゆえに詩題に表示した「屏風」は本文中には出てこないが、すべて屏風にまつわることをうたう。屏風によって閉ざされた濃密な空間、そこには濃い香りがたちこめているかのようだ。


屏風の歴史は古く、中国の漢時代には、すでに風よけの道具として存在していた。魏、晋、南北朝時代には、王族の贅沢な装飾品へと変化していった。
献納品のうち、最高のものであった。
基本的な構造は、一隻六扇(六曲)が一般的で、矩形の木枠の骨格に用紙または用布を貼ったもので、この細長いパネルを一扇といい、向かって右から第一扇(曲)、第二扇と数える。これを接続したものが屏風の一単位、一隻(一畳、一帖)である。向かって右側の屏風を右隻、左側の屏風を左隻と呼ぶ。画面周囲には縁(ふち)がめぐらされる。


二月二日 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-87

二月二日 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-87

854年梓州(三台)

二月二日
二月二日江上行、東風日暖聞吹笙。
二月二日、踏青節のこの日に川べりを歩めば、柔らかな春風、暖かな陽ざし、おや、風の音に混じって笛のような男女の声が聞こえてくる。
花鬚柳眼各無頼、紫蝶黄蜂倶有情。』
こちらにいる花の様な妓女、そちらには、切れ長の目をした男性それぞれが一人ぼっちでいる。紫の羽の蝶のようなあでやかな女、黄色の蜂のように元気者の男、どちらも気にった様子がうかがえる。』
萬里憶歸元亮井、三年従事亞夫營。
一方では、万里のふるさとに80日あまりで官を捨て陶淵明は郷里に帰ったことを思う、他方、実際は、三年、軍律を厳格に従わせる周亜夫に様な上司に仕えてきたのだ。
新灘莫悟遊人意、更作風簷雨夜聾。』

あたらしい上司が来たから踏青節に野山で女遊びをしたいこころを理解することをしない。軒端を揺らす夜の風雨にも似た凄絶たる風雨のようにやかましくどなり立てている。』



二月二日

二月二日 江上を行く、東風 日 暖かくして吹笙を聞く。

花鬚(かしゅ)柳眼(りゅうがん)各々無頼、紫蝶 黄蜂倶に情有り。

萬里 歸憶う元亮の井(せい)、三年 事に従う 亞夫の營。

新灘(しんたん)は遊人の意を悟る莫く、更に作す風簷(ふうえん)雨夜の聾。





二月二日 訳註と解説

(本文)
二月二日江上行、東風日暖聞吹笙。
花鬚柳眼各無頼、紫蝶黄蜂倶有情。』
萬里憶歸元亮井、三年従事亞夫營。
新灘莫悟遊人意、更作風簷雨夜聾。』

(下し文)
二月二日 江上を行く、東風 日 暖かくして吹笙を聞く。
花鬚(かしゅ)柳眼(りゅうがん)各々無頼、紫蝶 黄蜂倶に情有り。
萬里 歸憶う元亮の井(せい)、三年 事に従う 亞夫の營。
新灘(しんたん)は遊人の意を悟る莫く、更に作す風簷(ふうえん)雨夜の聾。

(現代語訳)
二月二日、踏青節のこの日に川べりを歩めば、柔らかな春風、暖かな陽ざし、おや、風の音に混じって笛のような男女の声が聞こえてくる。
こちらにいる花の様な妓女、そちらには、切れ長の目をした男性それぞれが一人ぼっちでいる。紫の羽の蝶のようなあでやかな女、黄色の蜂のように元気者の男、どちらも気にった様子がうかがえる。』
一方では、万里のふるさとに80日あまりで官を捨て陶淵明は郷里に帰ったことを思う、他方、実際は、三年、軍律を厳格に従わせる周亜夫に様な上司に仕えてきたのだ。
あたらしい上司が来たから踏青節に野山で女遊びをしたいこころを理解することをしない。軒端を揺らす夜の風雨にも似た凄絶たる風雨のようにやかましくどなり立てている。』



二月二日江上行、東風日暖聞吹笙。
二月二日、踏青節のこの日に川べりを歩めば、柔らかな春風、暖かな陽ざし、おや、風の音に混じって笛のような男女の声が聞こえてくる。
二月二日 春遊は春の菜を摘む「採草」の俗と、春の青草を踏む「踏青」の俗から起こった風習で四川では「踏青節」といった。酒肴を携えて郊外に出かけ春の景物を楽しんだ。唐の徳宗の貞元5年(789)に仲春に節日がないことから決められ、長安の東南隅のあった曲江池において臣下に曲江の宴を賜う。○江 陵江○吹笙 『詩経』小雅・鹿鴨に「我に嘉寅有り、忘を鼓し笙を吹く」。宴席で奏される笙。管楽器の一。匏(ほう)の上に17本の長短の竹管を環状に立てたもので、竹管の根元に簧(した)、下方側面に指孔がある。匏の側面の吹き口から吹いたり吸ったりして鳴らす。ここでは男女の情交の際の声を言う。



花鬚柳眼各無頼、紫蝶黄蜂倶有情。』
こちらにいる花の様な妓女、そちらには、切れ長の目をした男性それぞれが一人ぼっちでいる。紫の羽の蝶のようなあでやかな女、黄色の蜂のように元気者の男、どちらも気にった様子がうかがえる。』
花鬚 白鬚(ユキノシタ科ウメバチソウ属の多年草)、岩鬚花弁の形が外側に向けて鬚のようになっている。形から、女性の局部、性器をしめす。妓女の別称。 ○柳眼 柳は男性を示す語。男の目。元稹「春生ず二十章」詩の九に「何処にか春草生ず、春は生ず 柳眼の中」。○無頼 危うい魅力をいう俗語的表現。杜甫「絶句慢興九首」の其の一に「眼のあたりに客慾を見るも愁い醒めず、無頼の春色江事に到る」。○有情 情愛を感じさせる。李商隠の詩に頻用。ここでは、性交を表現しているが、訳文としては、両方が気に入ったという訳でよかろう



萬里憶歸元亮井、三年従事亞夫營。
一方では、万里のふるさとに80日あまりで官を捨て陶淵明は郷里に帰ったことを思う、他方、実際は、三年、軍律を厳格に従わせる周亜夫に様な上司に仕えてきたのだ。
元亮井 「元亮」は陶淵明の字。「帰去来の辞」が知られるように、陶淵明は官人生活を嫌悪し郷里へ帰ることを切望した人の典型。故郷を離れることを「離郷背井」というように、井戸によって故郷をあらわす。隠遁者を示す。○従事 節度使柳仲郡の幕下に仕えていることを指す。○亜夫営 「亜夫」は漢の文帝に仕えた将軍周亜夫。匈奴の侵入に備えて細柳の地に軍営を設けた。慰問に訪れた文帝をすら軍律に従わせ、文帝から「此れ真の将軍なり」と称賛された(『漢書』周亜美伝)。ここは儒者をしめす。



新灘莫悟遊人意、更作風簷雨夜聾。』
あたらしい上司が来たから踏青節に野山で女遊びをしたいこころを理解することをしない。軒端を揺らす夜の風雨にも似た凄絶たる風雨のようにやかましくどなり立てている。』
新灘 「灘」は早瀬。流れが急で危険なこと。○遊人 野山に出て遊ぶ人。ばくち打ち。風来坊。○風簷雨夜声 早瀬の水音を軒端に打ち付ける風雨の音に聞きなす。簷 のきば。


(解説)
○詩型 七言律詩。
○押韻 行、笙、情/井、営、声

梓州(四川省)で東川節度使柳仲郡の幕下に仕えていた時期の作で、二月二日、踏青節であっても、上司本人は、野山で女を連れ出し遊んでいる。自分はやかましく怒鳴られて儒者のように仕事をしている。四川では、踏青節として晩唐時代には定着していたようだ。

杜工部蜀中離席 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-86

杜工部蜀中離席 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-86




杜工部蜀中離席

人生何處不離羣、世路干戈惜暫分。
人が生きていく上で、人の集まりからの別離しなくていいところがどこにあるというのか。今の世代の政治体制の上で戦乱はある、出征する兵士としばしの別れには別れに後ろ髪を引かれる。
雪嶺末歸天外使、松州猶駐殿前軍。
雪山の嶺である天涯の地に赴いた使者は故郷に帰ることない、松州には近衛軍団という一個旅団が駐留し続けている。
座中酔客延醒客、江上晴雲雜雨雲。
酒を飲む気にもなれないのに、酔客に引っ張り込まれた宴席がつづく。川辺のはるかな青空に何かを予感する雨雲がまじってきた。
美酒成都堪送老、當壚仍是卓文君。
こんなにうまい酒に恵まれた成都の地でこのまま晩年を過ごすのも悪くないとおもう。この地では酒を相手にしてくれるのは、やはり卓文君に限るというものだ。


(下し文)
人生 何れの処か群を離れざる、世路 千戈 暫くも分かるるを惜しむ。
雪嶺 末だ帰らず 天外の使、松州 猶お駐まる 殿前の軍。
座中の酔客 醒客を延べ、江上の暗雲 雨雲を雑う。
美酒 成都 老を送るに堪う、壚に当たるは仍お是れ卓文君。







杜工部蜀中離席 訳註と解説

(本文)
人生何處不離羣、世路干戈惜暫分。
雪嶺末歸天外使、松州猶駐殿前軍。
座中酔客延醒客、江上晴雲雜雨雲。
美酒成都堪送老、當壚仍是卓文君。


(下し文)
人生 何れの処か群を離れざる、世路 千戈 暫くも分かるるを惜しむ。
雪嶺 末だ帰らず 天外の使、松州 猶お駐まる 殿前の軍。
座中の酔客 醒客を延べ、江上の暗雲 雨雲を雑う。
美酒 成都 老を送るに堪う、壚に当たるは仍お是れ卓文君。


(現代語訳)

人が生きていく上で、人の集まりからの別離しなくていいところがどこにあるというのか。今の世代の政治体制の上で戦乱はある、出征する兵士としばしの別れには別れに後ろ髪を引かれる。
雪山の嶺である天涯の地に赴いた使者は故郷に帰ることない、松州には近衛軍団という一個旅団が駐留し続けている。
酒を飲む気にもなれないのに、酔客に引っ張り込まれた宴席がつづく。川辺のはるかな青空に何かを予感する雨雲がまじってきた。
こんなにうまい酒に恵まれた成都の地でこのまま晩年を過ごすのも悪くないとおもう。この地では酒を相手にしてくれるのは、やはり卓文君に限るというものだ。



杜工部蜀中離席
杜工部 杜甫は蜀(成都浣花渓)に滞在中、剣南東西川節度使であった厳武の庇護を受けてその参謀に取り立てられ、それに対応する朝廷の肩書きとして工部員外郎の官位を得たので、杜工部と呼ばれる。○離席 送別の宴席。



人生何處不離羣、世路干戈惜暫分。
人が生きていく上で、人の集まりからの別離しなくていいところがどこにあるというのか。今の世代の政治体制の上で戦乱はある、出征する兵士としばしの別れには別れに後ろ髪を引かれる。
離群 仲間と別れて一人で住まう。『礼記』檀弓の子夏の言葉「離群索居」 にもとづく。「索居」は離れて住むこと。○干戈 たてとはこ。戦乱をいう。杜甫「前出塞」其一、「月」「喜聞官軍已臨賊境二十韻」「観兵」杜甫の詩に頻見の語。



雪嶺末歸天外使、松州猶駐殿前軍。
雪山の嶺である天涯の地に赴いた使者は故郷に帰ることない、松州には近衛軍団という一個旅団が駐留し続けている。
雪嶺末歸天外使 杜甫「厳公の庁の宴に覇道の画図を詠ずるに同ず」詩に「剣閣 星橋の北、松州 雪嶺の東」。「松州」(四川省松播県)は蜀の北部、吐蕃と接する地。唐太宗の時に都督府が置かれ、境界の防備に当てた。そこに雪山(雪嶺)の山脈が横たわり、唐と吐蕃とを分ける。「殿前軍」は宮殿の前の軍の意味で、本来は近衛兵。辺境の武将は軍事費獲得のために朝廷の直轄であろうとしてこのように称した。
「嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖」(得空字) 厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。宝応元年成都においでの作。



座中酔客延醒客、江上晴雲雜雨雲。
酒を飲む気にもなれないのに、酔客に引っ張り込まれた宴席がつづく。川辺のはるかな青空に何かを予感する雨雲がまじってきた。
座中一句 世事と我が身を思えば酔う気にもなれないのに、宴会の席で酔った人に無理矢理勧められる。「延」は引き入れるの意。「酔客」-「醒客」 の対は『楚辞』漁父の 「衆人皆な酔いて我れ一人醒む」を思わせる。「座中」「江上」 の一聯は「酔客」「醒客」、「暗雲」「雨雲」を対にした、どちらも句中の対の技法を用いる。句中の対は杜甫から顕著になるといわれる。



美酒成都堪送老、當壚仍是卓文君。
こんなにうまい酒に恵まれた成都の地でこのまま晩年を過ごすのも悪くないとおもう。この地では酒を相手にしてくれるのは、やはり卓文君に限るというものだ。
當壚仍是卓文君 「壚」は酒に爛をつけるいろり、から、お酒のお相手となる。卓文君の故事にもとづく。蜀の司馬相如は世に出る前、卓文君と駆け落ちして、生活のために臨卭(四川省卭崍県)の地で飲み屋を開き、「文君をして盧に当たらしむ」(『漢書』司馬相如伝)。「盧」は「壚」に通じる。顔師古の注ではいろりではなく酒のかめを置くために土を盛った所という。




(解説)

○詩型 七言律詩。
○押韻 群・分・軍・雲・君。

藥轉 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-85

藥轉 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-85

 
藥轉
鬱金堂北畫樓東、換骨神万上藥通。
香を焚きしめた鮮やかな黄色の奥座敷の北側、あでやかな色彩の楼閣の東側にある。仙骨に変わる神秘の方法、最上の仙薬こそがそこに通ずる手段なのだ。
露気暗連靑桂苑、風聾偏猟紫蘭叢。
佳人をあらわにするような雰囲気が暗いところまで続いている、春の誘いをもよおす桂樹の庭園である。風の音に混じって紫の蘭の花のくさむらの一部のあたりで鳥獣を追い立てるような声がしている。
長籌末必輸孫皓、香棗何勞問石崇。
長い竹べらがある、西晋の富豪孫酷は竹べらで局部がはれたがまだそこまでに、なっていないようだ。厠に香を焚き、侍女に香り高い棗よういさせる、それは何のためかと石崇に尋ねるまでもない彼らと同様の横暴ななふるまいをしているのだ。
憶事懐人兼得句、翠衾歸臥繍簾中。

いろんな故事をおもいだし、いろんな人を思ってこんな詩句ができた。自分もみどりのしとねにくるまった妓女がいる、刺繍のすだれの部屋の真ん中に帰り、臥せることにしよう。

薬 転
鬱金の堂の北 画楼の東、換骨 神方 上薬にして通ず。
露気 暗に連なる 青の桂苑、風声 偏猟にして紫蘭の叢。
長語末だ必ずしも孫皓に輸せず、香棗 何ぞ石崇に問うを労せん。
事を憶い人を懐いて兼ねて句を得たり、翠衾 歸りて臥さん 繍簾の中。


訳註と解説
(本文)
鬱金堂北畫樓東、換骨神万上藥通。
露気暗連靑桂苑、風聾偏猟紫蘭叢。
長籌末必輸孫皓、香棗何勞問石崇。
憶事懐人兼得句、翠衾歸臥繍簾中。

(下し文)
鬱金の堂の北 画楼の東、換骨 神方 上薬にして通ず。
露気 暗に連なる 青の桂苑、風声 偏猟にして紫蘭の叢。
長語末だ必ずしも孫皓に輸せず、香棗 何ぞ石崇に問うを労せん。
事を憶い人を懐いて兼ねて句を得たり、翠衾 歸りて臥さん 繍簾の中。
 
(現代語訳)

香を焚きしめた鮮やかな黄色の奥座敷の北側、あでやかな色彩の楼閣の東側にある。仙骨に変わる神秘の方法、最上の仙薬こそがそこに通ずる手段なのだ。
佳人をあらわにするような雰囲気が暗いところまで続いている、春の誘いをもよおす桂樹の庭園である。風の音に混じって紫の蘭の花のくさむらの一部のあたりで鳥獣を追い立てるような声がしている。
長い竹べらがある、西晋の富豪孫酷は竹べらで局部がはれたがまだそこまでに、なっていないようだ。厠に香を焚き、侍女に香り高い棗よういさせる、それは何のためかと石崇に尋ねるまでもない彼らと同様の横暴ななふるまいをしているのだ。
いろんな故事をおもいだし、いろんな人を思ってこんな詩句ができた。自分もみどりのしとねにくるまった妓女がいる、刺繍のすだれの部屋の真ん中に帰り、臥せることにしよう。


藥轉
薬転 薬が作用を発揮することにより、人が変わり、状況が変わる。



鬱金堂北畫樓東、換骨神万上藥通。
香を焚きしめた鮮やかな黄色の奥座敷の北側、あでやかな色彩の楼閣の東側にある。仙骨に変わる神秘の方法、最上の仙薬こそがそこに通ずる手段なのだ。
鬱金 鮮やかな黄色の座敷。鬱金草の香を焚いている。○堂北 座敷。主要な奥座敷。通常は西の方角に位置するが、その北側にある。○画楼 彩り鮮やかな楼閣。○換骨 服薬によって骨が変わり仙人の肉体になる。『漢武内伝』に服薬して仙人になる九年の過程を述べ、「六年にして骨を易う」。○神方 薬により仙人になる方法、処方。「碧城三首」其の三参照。○上薬 仙薬のなかで上中下のランクの最高のもの。

 

露気暗連靑桂苑、風聾偏猟紫蘭叢。
佳人をあらわにするような雰囲気が暗いところまで続いている、春の誘いをもよおす桂樹の庭園である。風の音に混じって紫の蘭の花のくさむらの一部のあたりで鳥獣を追い立てるような声がしている。
露気暗連 あらわにするような雰囲気が暗いところまで続いているこれが次の句の叢に掛かる。○青桂苑 青が五行思想で春を示す、桂は奥座敷の部屋の柱ほか材料であり、桂の植わる庭園は、屋外の情交の場所。○偏猟 叢の一部で狩りをしているような動きがある。○紫蘭叢 紫の蘭の咲き誇る草むら。美女の集う場をあらわす。「少年」詩に「別館覚め来たる雲雨の夢、後門帰り去る意蘭の叢」。これも武帝、西王母の逢い引きに連なる。西王母の来訪を知らせに来た使者は「西王母の紫蘭宮の玉女」であったと『漢武内伝』に見える。



長籌未必輸孫皓、香棗何勞問石崇。
長い竹べらがある、西晋の富豪孫酷は竹べらで局部がはれたがまだそこまでに、なっていないようだ。厠に香を焚き、侍女に香り高い棗よういさせる、それは何のためかと石崇に尋ねるまでもない彼らと同様の横暴ななふるまいをしているのだ。
長籌 厠籌のこと。用便、性交のあとで用いる竹べら。○輸孫皓 道世『法苑珠林』に見える呉の孫皓の故事を用いる。孫皓は仏像を厠に置き、廊箸を持たせた。下女をはべらせた前で仏像の頭に放尿して遊んでいると、陰部が腫れて激痛に苦しんだ。下女の一人が仏像を供養することを勧めたのに従うと、痛みは消えたという。「輸」は負けること。孫皓は「暴君」であり、無理やり群臣達に飲酒を強要した上で、監視の役人を側に置き、酩酊状態でわずかでも問題のある言動があれば処罰を加えた。また後宮に何千もの女性を入侍させ、意にそぐわない宮女を殺害し、宮殿内に引き込んだ川にその死体を遺棄したという。刑罰では残虐な方法を使い、人の顔を剥いだり、目玉をえぐったりもしたという。お気に入りの人物は重用し高官に取り立てた。○香棗何勞問石崇 これも周に関わる、『自氏六帖』 に見える故事を用いる。贅を極めたことで知られる西晋の石崇は廟の中にも下女を数十人はべらせ、棗の実をもたせた。将軍の王敦が訪れた時、それが臭気を防ぐために鼻に詰めるものであると知らず、棗を食べてしまったので下女たちの笑いものになったという。同時に、王敦だけは、全く動じる様子が無く、傲然としてサービスを受けたのである。これを見た石崇の侍女達は、「王敦殿は、将来きっと大それたことをするだろう」と言い合ったという。

 当時の上流階級は、厠(トイレ)に行くと、衣服を全て脱ぐという風習があった。上流階級の一人である石崇の家の厠では、煌びやかな服を着た侍女達が十数人も並んでいて、香を焚いて、仕立て下ろしの服を着せるというサービスをしていた。そのため大抵の客は、恥ずかしさのあまり厠に行きそびれたり、たとえ行っても恥ずかしさのあまり、落ち着かない表情とかをしていたのである(「世説新語」汰侈篇)



憶事懐人兼得句、翠衾歸臥繍簾中。
いろんな故事をおもいだし、いろんな人を思ってこんな詩句ができた。自分もみどりのしとねにくるまった妓女がいる、刺繍のすだれの部屋の真ん中に帰り、臥せることにしよう。
 故事。○ 薬物により、人格変化した人。○翠衾 みどりも五行思想では春であり、情交をするしとね。
 位置的な意味と行為にあたるという意味。



(解説)
○詩型 七言律詩。
○押韻 東、通、叢、宗、中。


快楽、淫欲の諸相を並べた詩であるが、ここでは、おそらく回春薬、覚せい剤による、人格の変化、状況が変化していくことを、洒落を用いながら詩にしている。歴代王朝で、常にこの薬中毒ということが問題になっている。李商隠の詩にも宦官、道教の金丹、回春薬、不老不死の薬というものが王朝をほろしていることを指摘している。
 当時の人々の間でも、後宮、富豪らか権力や、金ににより、豪奢、奢侈な生活だけでなく、薬物による頽廃し、やがて滅亡することを認識していた。

 この詩で、便所を舞台に、薬物により、変化していった故事に基づいた面白い着想の詩である。

 このほか、李商隠には、堕胎を詠んだ詩であるとか、さらには便秘の悩みがあった李商隠が通じ薬ですっきりした詩であるとかがある。

蝿蝶鶏麝鸞鳳等 成篇 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-84

蝿蝶鶏麝鸞鳳等 成篇 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-84



蝿蝶鶏蔚鸞鳳等 成篇
蝿蝶(ようちょう)鶏麝(けいしゃ)鸞鳳(らんおう)等をもて篇を成す。
韓蝶翻羅幕、曹蝿沸給囱。
ここには、韓憑の生まれ変わりとと同じ境遇の蝶が生まれ、うすぎぬの飾布に舞う姿が描かれている。画家曹不興が画いて孫権が追い払おうとした蝿があやどりした窓に飛ぶ。
闘難廻玉勒、融麝暖金紅。
闘鶏の遊びから宝飾のくつわを光らせた馬で帰ってきた、奥座敷には金の灯蓋に麝香が艶めかしく暖かに融けていく。
玳瑁明書閣、琉璃冰酒缸。
鼈甲の窓を通す光に書斎は明るく満たされ、瑠璃のさかずきで汲む甕には凍ったような濃厚な酒が入っている。
畫樓多有主、鸞鳳各雙雙。

絢爛たる楼閣には多くの引き離された過去を持つ妓女を連れた見勝手な主人たちが集まってきた、鸞と鳳のようにそれぞれみな二人づれになっている。



蝿蝶鶏蔚鸞鳳等成篇 訳註と解説


(本文)
蝿蝶鶏蔚鸞鳳等成篇
韓蝶翻羅幕、曹蝿沸給囱。
闘鶏廻玉勒、融麝暖金紅。
玳瑁明書閣、琉璃冰酒缸。
畫樓多有主、鸞鳳各雙雙。


(下し文)
蝿蝶鶏麝鸞鳳等もて篇を成す
韓蝶 羅幕に翻り、曹蝿 綺窓を払う
鶏を闘わせて玉勒を廻し、麝融かして金紅を暖む
玳瑁 書閣 明らかに、琉璃 酒缸冰る。
畫樓多く主有り、鸞鳳 各おの双双。


(現代訳)
ここには、韓憑の生まれ変わりとと同じ境遇の蝶が生まれ、うすぎぬの飾布に舞う姿が描かれている。画家曹不興が画いて孫権が追い払おうとした蝿があやどりした窓に飛ぶ。
闘鶏の遊びから宝飾のくつわを光らせた馬で帰ってきた、奥座敷には金の灯蓋に麝香が艶めかしく暖かに融けていく。
鼈甲の窓を通す光に書斎は明るく満たされ、瑠璃のさかずきで汲む甕には凍ったような濃厚な酒が入っている。
絢爛たる楼閣には多くの引き離された過去を持つ妓女を連れた見勝手な主人たちが集まってきた、鸞と鳳のようにそれぞれみな二人づれになっている。


韓蝶翻羅幕、曹蝿沸給囱。
ここには、韓憑の生まれ変わりとと同じ境遇の蝶が生まれ、うすぎぬの飾布に舞う姿が描かれている。画家曹不興が画いて孫権が追い払おうとした蝿があやどりした窓に飛ぶ。
韓蝶 韓憑の伝説を用いる。原文・下し文を末尾に掲載。参照。(大意)宋の康王は家来の韓憑の妻が美しいので横取りし、韓憑は獄中で自殺した。妻は王と楼台に登った折に身を投げて夫のあとを追った。遺書には「生前は自分の体を自由にしたが死んだ以上夫の墓に埋葬してくれ」とあったが、離れたところに埋葬させた。やがて二人の墓から木が生えて絡まりあい、樹上ではつがいの鴛駕が悲しく鳴いていた。人々はその木を相思樹と呼んだ。『捜神記』などに見える。『鴛鴦の契』ともしている。また「韓朋賦」には死んで蝶に化身したとある。ここではその化身した蝶と曹不興の蝿の話に基づいて詠われる。
曹蝿 三国・呉の画家曹不興は屏風絵に誤って墨滴を落としが、それを蝿のかたちに画いてごまかした。孫権は本物の蝿かと思って手ではじき落とそうとした、という話にもとづく。『三国志』呉書・趙達伝の裴松之注が引く『呉録』に見えるのをはじめ、『芸文類聚』などにも引かれ、よく知られた故事。○綺窓 彩り鮮やかな窓。「綺」はあやぎぬ。



闘鶏廻玉勒、融麝暖金紅。
闘鶏の遊びから宝飾のくつわを光らせた馬で帰ってきた、奥座敷には金の灯蓋に麝香が艶めかしく暖かに融けていく。
闘鶏 貴公子たち、任侠の者の遊びとして古くからあった。○玉勒 宝飾の豪華なくつわ。○融麝 ジャコウジカから取った麝香を燃やす。○金紅 「紅」はともしびの油さら、灯蓋。「金紅」はもともと后妃の室内の装飾をいうが、ここでは、芸妓を女として、后妃の室内の装飾のように表現している。したがって、油さら、また燈火の意味になる。「夜思」詩に「金鉦 夜光を擬す」というのも、燈火の意。



玳瑁明書閣、琉璃冰酒缸
鼈甲の窓を通す光に書斎は明るく満たされ、瑠璃のさかずきで汲む甕には凍ったような濃厚な酒が入っている。
玳瑁 タイマイの甲羅は髄甲としてかんざしなど装身具に加工されることが多いが、ここでは半透明のそれを窓にはめ込んだもの。○琉璃 瑠璃とも表記する。双声の語。ここでは瑠璃のさかずき。玳瑁も瑠璃も稀少で豪著なもの。○氷酒紅 「紅」は酒を入れる大きなかめ。「氷」はここでは氷るという動詞。かめの酒が凝結したように濃いことをいぅ。 



畫樓多有主、鸞鳳各雙雙。
絢爛たる楼閣には多くの引き離された過去を持つ妓女を連れた見勝手な主人たちが集まってきた、鸞と鳳のようにそれぞれみな二人づれになっている。
画楼 彩り鮮やかな楼閣。○鸞鳳 ここでは客と妓女との組み合わせを鸞と鳳にたとえる。○双双 一組ずつつがいになる。


○詩型 五言律詩。
○韻  窓、鉦、紅、双。


貴公子たちが遊ぶ妓楼のようすを描く。貴公子たちは、宋の康王と同様に勝手気ままに女たちをもてあそぶ、下級の官僚たちのなじみであった妓女を気ままにつれていく。貴公子たちは豪奢な生活ぶりはこの時代に続いていると批判的にとらえている。
詩は、「蝿、蝶、鶏、麝(ジャコウジカ)、鸞、鳳」と各句に動物を散りばめて一篇の詩ができあがったという話題からして遊戯的。動物以外の語、「羅幕、綺窓、玉勒、金紅、玳瑁、瑠璃、画楼」、そこには豪勢な物の数々が華美なことばとして一つの系列を作る。こうした室内外のはでな雰脚気を重ねたあと、最後の聯に妓楼に訪れる貴公子、わけありの主人たちと妓女とがそれぞれ二人組とつがいになっている。この後、高楼から飛び降り自殺者が出なければよいのだが。


《搜神記•韓憑夫婦》(原文轉引東吳大學國文選)
(原文)

宋康王舍人韓憑,娶妻何氏,美,康王奪之。憑怨,王囚之,論為城旦。
妻密遺憑書,繆其辭曰:「其雨淫淫,河大水深,日出當心。」既而王得其書,以示左右;左右莫解其意。臣蘇賀對曰:「『其雨淫淫』,言愁且思也;『河大水深』,不得往來也;『日出當心』,心有死志也。」俄而憑乃自殺。』

其妻乃陰腐其衣。王與之登臺,妻遂自投臺下;左右攬之,衣不中手而死。遺書於帶曰:「王利其生,妾利其死,願以屍骨,賜憑合葬!」』
王怒,弗聽,使里人埋之,塚相望也。王曰:「爾夫婦相愛不已,若能使塚合,則吾弗阻也。」
王怒,弗聽,使里人埋之,塚相望也。王曰:「爾夫婦相愛不已,若能使塚合,則吾弗阻也。」』

宋人哀之,遂號其木曰相思樹。相思之名,起於此也。南人謂此禽即韓憑夫婦之精魂。今睢陽有韓憑城。其歌謠至今猶存。』


(下し文)
宋の康王の舍人 韓憑、娶りて何氏を妻とす。美なれば、康王 之を奪ふ。憑怨めば、王 之を囚へ、論じて城旦と為す。
妻 密かに憑に書を遺り、其の辭を繆りて曰はく「其の雨淫淫として、河大にして水深く、日出でて心に當たる」と。既にして王 其の書を得たり。以て左右に示すも、左右 其の意を解する莫し。臣の蘇賀 對へて曰はく「『其の雨淫淫として』とは、愁ひ且つ思ふを言ふなり。『河大にして水深く』とは、往來するを得ざるなり。『日出でて心に當たる』とは、心に死の志有るなり」と。俄にして憑 乃ち自殺す。』

其の妻 乃ち陰かに其の衣を腐す。王 之と臺に登るに、妻 遂に自ら臺より投ず。左右 之を攬らんとするも、衣 手に中らずして死す。書を帶に遺して曰はく「王は其の生を利とし、妾は其の死を利とす。願はくは屍骨を以て、憑に賜ひて合葬せんことを」と。王怒りて聽さず。』里人をして之を埋め、冢 相望ましむるなり。王曰はく「爾夫婦、相愛して已まず。若し能く冢をして合せしむれば、則ち吾 阻まざるなり」と。宿昔の間、便ち大梓木の、二冢の端に生ずる有り。旬日にして、大きさ抱に盈つ。體を屈して相就き、根は下に交はり、枝は上に錯はる。又 鴛鴦の、雌雄 各(おのおの)一有り。恆に樹上に棲み、晨夕 去らず。頸を交はして悲しみ鳴けば、音聲 人を感ぜしむ。』
宋人 之を哀れみて、遂に其の木を號して「相思樹」と曰ふ。「相思」の名、此に起こるなり。南人謂ふ「此の禽 即ち韓憑夫婦の精魂なり」と。今 睢陽に韓憑の城有り、其の歌謠 今に至るも猶存す。』

無 題(白道縈廻入暮霞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-83

無 題(白道縈廻入暮霞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-83


無 題
白道縈廻入暮霞、斑騅嘶断七香車。
この街の白門につづく道がある、女性の体はうね曲がってその中につつまれていく。あでやかななじみの芸妓は七香のなかで呻き、善がり声が響き渡る。
春風自共何人笑、枉破陽城十寓家。

万物が愛をはぐくむお誘いの風はわけもなく誘われるままに誰にたいしても微笑んだりしている、美女の微笑はことさらに陽城の十万家を滅ぼしたりするというのか。



無 題(白道縈廻入暮霞)の訳註と解説

(無題の本文)
白道縈廻入暮霞、斑騅嘶断七香車。
春風自共何人笑、枉破陽城十寓家。


(下し文)

白道廻して暮霞に入る、斑騅噺断す 七香車。

春風 自ら何人と共に笑い、枉げて破らん 陽城十万の家。


(現代訳)
この街の白門につづく道がある、女性の体はうね曲がってその中につつまれていく。あでやかななじみの芸妓は七香のなかで呻き、善がり声が響き渡る。
万物が愛をはぐくむお誘いの風はわけもなく誘われるままに誰にたいしても微笑んだりしている、美女の微笑はことさらに陽城の十万家を滅ぼしたりするというのか。


無題 楚の国にはことさら美女が多い。芸妓の微笑でみんなが夢中になってしまって陽城の十万家を滅ぼしてしまう。この街にある色町には美人が多いから誘われるとのってしまうという洒落の詩である。
 

白道縈廻入暮霞、斑騅嘶断七香車。
この街の白門につづく道がある、女性の体はうね曲がってその中につつまれていく。あでやかななじみの芸妓は七香のなかで呻き、善がり声が響き渡る。
白道 芸妓のいる色町の門は西にあり、白色である。そこへ続く道。李商隠「春雨」 五行思想からくる○縈廻 女性の肢体の曲線をあらわし、くねくね曲がる。○暮霞 「霞」はかすみではなく、朝晩の色鮮やかな雲。ここでは、雲は女性を示す。○斑騅 楚の国項羽の愛馬を「騅馬」という。気に云ったなじみの芸妓。〇七香車 多種の香木で作られた豪著な車。梁・簡文帝「烏棲曲」に「青牛丹戟七香車、憐むべし今夜 侶家に宿る」。



春風自共何人笑、枉破陽城十寓家。
万物が愛をはぐくむお誘いの風はわけもなく誘われるままに誰にたいしても微笑んだりしている、美女の微笑はことさらに陽城の十万家を滅ぼしたりするというのか。
春風 万物が愛をはぐくむお誘いの風。○自共 自然にわけもなく誘われるままに。 ○人笑 宋玉の「登徒子好色の賦」に楚の美女がほほえむと、陽城や下蔡の人々を夢中にさせた。○枉 ことさらに。○陽城 楚の国の地名。宋玉「登徒子好色の賦」(『文選』巻一九)の序に「婿然として一笑すれば、陽城を惑わし、下蔡を迷わす」。楚の美女がほほえむと、陽城や下蔡の人々を夢中にさせたという。 
この詩は、「人笑」と「陽城」の語で宋玉の「登徒子好色の賦」に基づき作られている、洒落の詩である。


○詩型 七言絶句。
○押韻 霞、車、家。



 宋玉 「登徒子好色賦」
 天下の美人は楚国にあり。楚の国のなまめかしくも美しい娘は、我が故郷に多い。
 その中でもとびきりの別嬪は、我が家の東隣の娘だ。その娘の肢体は適(縈廻)である。背は高くもなく低くもなく、表情は愛らしく化粧しなくともほんのり薄紅色。眉毛、膚、縊れた腰、歯並びなにもかも全て申し分ない。彼女がにっこり微笑む時、その美しさは抜群。形容のしようがない。もし洛陽、下蔡の道楽息子が一目見ると、ただそれだけでとろけて、のぼせることは間違いない。
 だが、この『東家之女(東隣の美人)』は、壁によじ登り常に私を盗み見し、既にまる三年になる。が、私は今に至っても彼女の愛情を受けていいない。

 さらに、登徒子について。
 「登徒大夫について言いますと、私と、はっきりと違います。彼の奥さん、髪は乱れ、耳は歪み、三口(ミツクチ)で、歯も欠け腰は曲がってあっちへ行ったりこっちへ来たり、全身、『できもの』でさらに重度の『痔』。しかしながら、登徒大夫は彼女を好み、既に妻との間に五人子供を造っています。」
 最後に宋玉は楚襄王に言う。
 「述べた通りのこれが事実です。一体全体どちらが好色でしょうか?これで明らかでしょう!」
 襄王は宋玉に道理があると認めた。
 これにより、人々は登徒子を好色男の代表とみなし、好色の人を即ち『登徒子』と呼ぶようになった。
 さらにこれから美人のたとえを『東家之子』又は『東家之女』と呼ぶようになった。美女を称して『東隣』とした李白「白紵辭其一」、『美人一笑』については「白紵辭其二」に見える。李商隠もこの詩を参考にしている。

李白81白紵辭其一  82白紵辭其二  83 巴女詞

漫成三首 其三 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-82

漫成三首 其三 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-82





其 三
霧夕詠芙蕖、何郎得意初。
夕霧のなかに開くハスの花を詠じた詩何遜「看伏郎新婚詩」がある、これぞ何遜公が詩名を得たきっかけになったものだ。
此時誰最賞、沈范兩尚書。

この詩が世に認められる時というのは、誰が最も称賛したかといえば、それは沈約と苑雲、時の文人で高級官僚の二人の尚書であった。


詩と解説
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(本文)其 三
霧夕詠芙蕖、何郎得意初。
此時誰最賞、沈范兩尚書。


(下し文)其の三

霧夕 芙を詠ず、何郎 得意の初め。

此の時 誰か最も賞する、沈苑の両尚書。



(現代訳)
夕霧のなかに開くハスの花を詠じた詩何遜「看伏郎新婚詩」がある、これぞ何遜公が詩名を得たきっかけになったものだ。
この詩が世に認められる時というのは、誰が最も称賛したかといえば、それは沈約と苑雲、時の文人で高級官僚の二人の尚書であった。




其三 訳註と解説
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霧夕詠芙蕖、何郎得意初。
夕霧のなかに開くハスの花を詠じた詩何遜「看伏郎新婚詩」がある、これぞ何遜公が詩名を得たきっかけになったものだ。
霧夕詠芙蕖 「芙蕖」は蓮の花の別名。『爾雅』釈草に「荷は芙蕖」。一句は何遜「看伏郎新婚詩」
霧夕蓮出水,霞朝日照梁。
何如花燭夜,輕扇掩紅妝。
良人復灼灼,席上自生光。
所悲高駕動,環佩出長廊。
「伏郎の新婚を看る」詩の前半四句に「霧の夕べに蓮は水を出で、霞の朝に日は梁を照らす。何如ぞ光燭の夜、軽扇 紅柾を掩う」と花嫁の美しさを朝日の光と蓮にたとえた句を用いる。
何遜に先行して魏・曹植「洛神の賦」(『文選』巻一九)が「遠くより之を望めば、鮫として太陽の朝霞より升るが若く、迫りて之を祭れば、灼として芙妾の操(緑)波を出ずるが若し」と女神の美しきを朝日と蓮の花にたとえている。この詩を少し詳しく末尾に掲載した。参照。○何郎 何遜を指す。「郎」は男子の美称として姓のあとにつける接尾語。



此時誰最賞、沈范兩尚書。
この詩が世に認められる時というのは、誰が最も称賛したかといえば、それは沈約と苑雲、時の文人で高級官僚の二人の尚書であった
沈范兩尚書 沈約と范雲。沈約は尚書令、薄雲は尚書右僕射の官にあったので「両尚書」という。



○詩型 五言絶句。
・韻  蕖、初、書。


絶句の形式を用いて何遜を中心とした梁の詩人を論評した、いわゆる論詩絶句。杜甫に始まる文学批評の新しいスタイルであるが、李商隠のこの連作はそれに連なる早い例。詩的表現の洗練を競った南朝の文学を対象としている。絶句という軽い詩型のためもあって、正面から詩を論ずるものではなく作った感がある。思いつくままに、時にいくらか斜に構えて語



何遜(かそん?~518)中国南北朝時代の文学者。東海郯の人。字は仲言。曾祖父は何承天。幼少より文才に優れ、8歳で詩を作り、20歳の時、州から秀才に選ばれた。南斉の永明年間に、当時の文壇の重鎮であった范雲に文才を認められ、年齢を超えた交際を結ぶ。現存する詩は110首あまり。生涯の大半を地方の幕僚として勤めたことから、友人や同僚たちとの間の応酬・離別の詩や行旅を主題とする詩が多くを占める。その詩風は、寒門の出身者であるが故の、官途の不遇から発せられた心情表現がしばしば見られることが特徴である。その一方で、詩中における自然描写は、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえており、謝朓とならび、唐詩の先駆とみなされている。

沈約(しんやく441年 - 513年) 南朝を代表する文学者、政治家。呉興武康(現在の浙江省武康県)の人。字は休文。沈氏は元来軍事で頭角を現した江南の豪族であるが、沈約自身は幼いときに父を孝武帝に殺されたこともあり、学問に精励し学識を蓄え、宋・斉・梁の3朝に仕えた。南斉の竟陵王蕭子良の招きに応じ、その文学サロンで重きをなし、「竟陵八友」の一人に数えられた。その後蕭衍(後の梁の武帝)の挙兵に協力し、梁が建てられると尚書令に任ぜられ、建昌県侯に封ぜられた。晩年は武帝の不興をこうむり、憂愁のうちに死去したという。その彼が若い「何遜」に対して、「吾れ卿の詩を読む毎に一日に三復するも猶お己む能わず」と絶賛したという(『梁書』何遜伝)。「憐」は対象に対して深く心を惹かれること。気の毒に思うの意味はその一部に過ぎない。 


范雲 (はんうん451 – 503年) 南朝の梁を代表する文人。字は彦龍。451年(元嘉8年)、南郷舞陽(現在の河南省沁陽)で生まれる。斉及び梁に仕え、竟陵王蕭子良八友のひとりに数えられ、蕭衍を沈約と共に助けた。永明10年(492年)、蕭琛と共に北魏に派遣された際には孝文帝の称賞を受けている。梁では尚書左僕射(502年からは尚書右僕射)に任じられ、その清麗な風格の詩風は当時から高い評価を受けた。503年(天監2年)没。




*******参考*******

『洛神の賦』 曹植

この作品の制作動機については、古来有名な説がある。『文選』李善注が引く『感甄記』によると、この洛水の女神のモデルは兄曹丕の妻甄氏であるという。 甄氏(182~221)は、曹操と対立していた袁紹の次男袁熙の妻だった。しかし、袁氏の本拠地鄴を落とした時、曹丕が自分の妻にした。この時、曹植も彼女を妻にと望んだが、結局叶えられなかった。 時は流れて、甄氏は曹丕の寵愛が衰えたため、不幸にも死を賜わった。 甄氏の死後、曹植が洛陽に参内したところ、文帝は、甄氏の枕を取り出し、それを弟に与え、曹植はそれを見て涙を流した。その帰途、曹植が洛水にさしかかった時、甄氏の幻影が現われ、彼女も本当は曹植を愛していたと伝えた。甄氏の姿が消えた後、曹植は感極まって、この賦を作ったという。よって、この賦のタイトルは、最初『感甄賦』だったが、明帝(曹丕と甄氏の息子)の目に触れるところとなり『洛神賦』に改められた


・・・・・・・・・・・・・・・

其形也、翩若驚鴻、婉若遊寵、榮曜秋菊、華茂春松。』

髣髴兮若輕雲之蔽月、飄颻兮若流風之迴雪、遠而望之、皎若太陽升朝霞、迫而察之、灼若芙蓉出淥波。』

襛繊得衷、脩短合度。
肩若削成、腰如約素、廷頸秀項、皓質呈露。芳澤無加、鉛筆弗御、雲髻峩峩、脩眉聯娟。
丹脣外朗、皓齒内鮮、明眸善睞、靨輔承權。瓌姿豔逸、儀靜體閑。柔情綽態、媚於語言。
奇服曠世、骨像應圖。』

披羅衣之璀粲兮、珥瑤碧之華琚、戴金翠之首飾、綴明珠以耀躯。踐遠遊之文履、曳霧綃之輕裾、微幽蘭之芳藹兮、歩踟蹰於山隅。 』

・・・・・・・・・・・・


其の形や、翩たること驚鴻の若く、婉たること遊寵の若し、秋菊より栄曜き、春松より華やかに茂る。』

髣髴たること軽雲の月を蔽うが若く、飄颻たること流風の雪を迴らすが若し、遠くして之を望めば、皎 太陽の朝霞より升るが若し、迫りて之を察れば、灼として芙蓉の淥波より出づるが若し。』

襛繊 衷ばを得、脩短 度に合す。肩は削り成せるが若く、腰は素を如約ねたるが如し、廷びたる頸 秀でたる項、皓き質 呈露す。芳澤 加うる無く、鉛筆 御せず、雲髻 峩峩として、脩眉 聯娟たり。丹脣 外に朗り、皓齒 内に鮮やか、明眸 善く睞し、靨輔 権に承く。瓌姿は豔逸にして、儀は静かに体は閑なり。柔情 綽態、語言に媚あり。奇服 曠世にして、骨像 図に応ず。』

羅衣の璀粲たるを披り、瑤碧の華琚を珥にし、金翠の首飾りを戴き、明珠を綴りて以て躯を耀かす。遠遊の文履を踐み、霧綃の軽裾を曳き、幽蘭の芳藹たるに微れ、歩みて山隅に踟蹰す。』  



その姿かたちは、不意に飛びたつこうのとりのように軽やかで、天翔る竜のようにたおやか。秋の菊よりも明るく輝き、春の松よりも豊かに華やぐ。』

うす雲が月にかかるようにおぼろで、風に舞い上げられた雪のように変幻自在。遠くから眺めれば、その白く耀く様は、太陽が朝もやの間から昇って来たかと思うし、近付いて見れば、赤く映える蓮の花が緑の波間から現われるようにも見える。』

肉付きは太からず細からず、背は高からず低からず、肩は巧みに削りとられ、白絹を束ねたような腰つき、長くほっそり伸びたうなじ、その真白な肌は目映いばかり。香ぐわしいあぶらもつけず、おしろいも塗っていない。豊かな髷はうず高く、長い眉は細く弧を描く。朱い唇は外に輝き、白い歯は内に鮮やか。明るい瞳はなまめかしく揺らめき、笑くぽが頬にくっきり浮かぶ。たぐい稀な艶やかさ、立居振舞いのもの静かでしなやかなことこの上ない。なごやかな風情、しっとりした物腰、言葉づかいは愛らしい。この世のものとは思われない珍しい衣服をまとい、その姿は絵の中から抜け出してきたかのよう。』

きらきらひかる薄絹を身にまとい、美しく彫刻きれた宝玉の耳飾りをつけ、頭上には黄金や翡翠の髪飾り、体には真珠を連ねた飾りがまばゆい光を放つ。足には「遠遊」の刺繍のある履物をはき、透き通る絹のもすそを引きつつ、幽玄な香りを放つ蘭の辺りに見え隠れし、ゆるやかに山の一隅を歩んでいく。

さて、甄(けん)氏は曹丕との間に、息子の曹叡(そうえい)を産んでいる。曹植がひそかに甄氏を恋していたことは、曹叡にも気づかれていたと思う。なぜなら曹植が作った「感甄(けん)賦」を、後に名を「洛神賦」と改めたのは、曹叡自身であったからだ。曹叡は、母が殺されたことを片時も忘れることはなかった。


漫成三首 其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-81






其 二
沈約憐何遜、延年毀謝荘。
清新倶有得、名譽底相傷。

其の二

沈約は何遜を憐れみ、延年は謝荘を毀(そし)

清新 倶に得る有るも、名誉 底(なん)ぞ相い傷(そこない)

 
南朝斉を代表する詩人沈約は同じ南朝斉の何遜の詩に心惹かれ、南朝宋を代表する詩人顔延之は同じ南朝宋の謝荘の作を謗るのである。
清新さというのは何遜も謝荘もその言葉にある、その名誉はどうして軽々に傷つけられようか、けっして損なわれるものではない。



沈約憐何遜、延年毀謝荘。
南朝斉を代表する詩人沈約は同じ南朝斉の何遜の詩に心惹かれ、南朝宋を代表する詩人顔延之は同じ南朝宋の謝荘の作を謗るのである。
沈約(しんやく441年 - 513年) 南朝を代表する文学者、政治家。呉興武康(現在の浙江省武康県)の人。字は休文。沈氏は元来軍事で頭角を現した江南の豪族であるが、沈約自身は幼いときに父を孝武帝に殺されたこともあり、学問に精励し学識を蓄え、宋・斉・梁の3朝に仕えた。南斉の竟陵王蕭子良の招きに応じ、その文学サロンで重きをなし、「竟陵八友」の一人に数えられた。その後蕭衍(後の梁の武帝)の挙兵に協力し、梁が建てられると尚書令に任ぜられ、建昌県侯に封ぜられた。晩年は武帝の不興をこうむり、憂愁のうちに死去したという。その彼が若い「何遜」に対して、「吾れ卿の詩を読む毎に一日に三復するも猶お己む能わず」と絶賛したという(『梁書』何遜伝)。「憐」は対象に対して深く心を惹かれること。気の毒に思うの意味はその一部に過ぎない。 ○何遜(かそん?~518)中国南北朝時代の文学者。東海郯の人。字は仲言。曾祖父は何承天。幼少より文才に優れ、8歳で詩を作り、20歳の時、州から秀才に選ばれた。南斉の永明年間に、当時の文壇の重鎮であった范雲に文才を認められ、年齢を超えた交際を結ぶ。現存する詩は110首あまり。生涯の大半を地方の幕僚として勤めたことから、友人や同僚たちとの間の応酬・離別の詩や行旅を主題とする詩が多くを占める。その詩風は、寒門の出身者であるが故の、官途の不遇から発せられた心情表現がしばしば見られることが特徴である。その一方で、詩中における自然描写は、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえており、謝朓とならび、唐詩の先駆とみなされている。

延年毀謝荘 「延年」は謝霊運とともに南朝宋を代表する文人顔 延之(がん えんし384年 - 456年)中国南北朝時代、宋の文学者。字は延年。本籍地は琅邪郡臨沂県(現在の山東省臨沂市)。宋の文帝や孝武帝の宮廷文人として活躍し、謝霊運・鮑照らと「元嘉三大家」に総称される。また謝霊運と併称され「顔謝」とも呼ばれる。○謝荘(421~466) 南朝宋を代表する文人。字は希逸。陳郡陽夏の人。謝弘微の子。はじめ始興王劉濬のもとで法曹行参軍となった。太子・劉劭が父・文帝を殺して自立すると、司徒左長史に任ぜられた。武陵王劉駿が劉劭を討つべく起兵すると、檄文を改作して京邑に宣布した。孝武帝(劉駿)が即位すると、吏部尚書に任ぜられた。明帝のとき、中書令に上った。「木方丈図」を作り、中国で最も古い木刻地形図として知られた。また詩文をよくした。『謝光禄集』。顔延之が謝荘をけなした逸話は、『南史』謝荘伝に見える。謝荘の「月の賦」の評価を孝武帝が尋ねると、顔延之は「美なるは則ち美なり。但だ、荘は始めて『千里を隔てて明月を共にす』を知る」と答えた。孝武帝がその話を謝荘に伝えるや否や、謝荘はすかさず「延之は「秋胡の詩」を作り、始めて「生きては久しく離別することを為し、没しては長えに帰らざるを為す」を知る」と応じた。帝はそれを聞いて手を打って喜んだという。「始めて……知る」とはその句を作ってわかりきったことがはじめてわかった。それにはあきれるとそしりあったもの。謝荘「月の賦」は『文選』巻一三、顔延之「秋胡詩」は同巻二一に収められ、いずれも二人の代表作。



清新倶有得、名譽底相傷。
清新さというのは何遜も謝荘もその言葉にある、その名誉はどうして軽々に傷つけられようか、けっして損なわれるものではない。
清新 表現の新鮮さをほめる言葉。杜甫が李白を萸信になぞらえて
春日憶李白 杜甫
白也詩無敵,飄然思不群。清新庚開府,俊逸鮑參軍。
渭北春天樹,江東日暮雲。何時一尊酒,重與細論文?

(春日李白を憶う)
白や詩敵なし 諷然として思羣ならず。
清新は庚開府 俊速は飽参軍。
洞北春天の樹 江東日暮の雲。
何の時か一得の酒 重ねて与に細かに文を論ぜん。

「清新なるは萸開府、俊逸なるは飽参軍(飽照)」の詩に基づいている。○名譽底相傷 何遜は称えられ謝荘はけなされたが、それぞれにすぐれた文学、たとえ批判を被っても真価は揺らがない「底」は「何」と同じく疑問、反語をあらわす。絶句に用いられる俗語的な語。

作品の価値はその批評の仕方によって違う。一方は褒め合い、他方はけなし合う。しかしその清新さは後世の人々からは正当な評価を受ける。他者から受ける批評とは関わりないという李商隠の思いが籠められているか。


○詩型五言絶句
・押韻  荘・傷。




其 二
沈約憐何遜、延年毀謝荘。
南朝斉を代表する詩人沈約は同じ南朝斉の何遜の詩に心惹かれ、南朝宋を代表する詩人顔延之は同じ南朝宋の謝荘の作を謗るのである。
清新倶有得、名譽底相傷。

清新さというのは何遜も謝荘もその言葉にある、その名誉はどうして軽々に傷つけられようか、けっして損なわれるものではない。

漫成三首 其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-81

漫成三首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-80

漫成三首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-80


其一
不妨何范盡詩家、未解昔年垂物華。
何遜と范雲の二人ともに立派な詩人であるのは間違いない。わからないのはなぜ当時誰も書かなかった、二人が自然描写について、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえことができたのか。
遠把龍山千里雪、将来擬述洛陽花。

遥か千里も隔たった龍山に降り積もった雪をわざわざもってきて、まさに都洛陽の花と並べているかの表現の詩を書いているのだ。





其一
不妨何范盡詩家、未解昔年垂物華。
遠把龍山千里雪、将来擬述洛陽花。

漫成三首 其の一

何范 尽く詩家たるを妨げざるも

末だ解せず 当年 物華を重んずるを

遠く龍山千里の雪を把り

将ち来たりて洛陽の花に並べんと擬す



漫成三首
漫成 ふとできあがった詩の意。杜甫に五律の「漫成二首」、七絶の「漫成一首」末尾参照。があるのが「漫成」と題する詩の最も早いもの。杜甫に始まり、李商隠がそれを受け継いだ例の一つ。李商隠にはこの三首のほか、七言絶句の「漫成五章」がある。そのなかの二章もこの連作三首と同じく過去の詩を論評している。

漫成三首
不妨何泊盡詩家、未解昔年垂物華。

何遜と范雲の二人ともに立派な詩人であるのは間違いない。わからないのはなぜ当時誰も書かなかった、二人が自然描写について、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえことができたのか。
何范 梁の詩人、(何遜か そん、467年? - 518年?)は中国南北朝時代の文学者。何遜が秀才に挙げられた時の答案を見て苑雲が称賛したと伝えられるように、范雲が年長であるが、二人は「忘年の交好(年齢の差を気に掛けない交友)を結ぶ」(『梁書』何逓伝)間柄であった。後世の詩名は何遜の方が高く、景物の描写にすぐれた詩人として知られる。○尽 どれもこれもみな、すべてと異なり、文語の「皆」、現代語の「都」と同様、二人、二つに対しても用いる。○物華 景物の美。自然描写は、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえており



遠把龍山千里雪、将来擬述洛陽花。
遥か千里も隔たった龍山に降り積もった雪をわざわざもってきて、まさに都洛陽の花と並べているかの表現の詩を書いているのだ。
遠把二句 龍山は『楚辞』「大招」に見える遭龍という山。北方の寒冷の地にあるとされる。二句は苑雲と何遜の聯句にもとづく。「苑広州(范雲)の宅にての聯句」 の薄雲の手になる四句に「洛陽城の東西、却って作す 経年の別れ。昔去りしとき雪 花の如きも、今来たれは雪 花に似たり」。すなわち雪の舞う時期に別れ、花の舞う時期に再会したことを、花と雪の比喩を入れ替えて表現している。そこでは龍山の雪とは言っていないが、南朝宋・飽照「劉公幹体に学ぶ」詩(『文選』巻三一)に「胡風 朔雪を吹き、千里 龍山を度る」とあるのを併せて用いる。范雲・何遜のこの聯句、李商隠は「王十三校書分司を送る」詩、「韓冬郎 即席に詩を為り相い送る」詩二首の二にも用いているごとくお気に入りの句だったようで、ここでも理解できないと言いながら、実際は称賛している。


七言絶句。
○韻 家・華・花。


上元2年 761年 50歳 成都草堂
漫成二首
其 一 
野日荒荒白,春流泯泯清。渚蒲隨地有,村徑逐門成。
只作披衣慣,常從漉酒生。眼邊無俗物,多病也身輕。

(野の日びは 荒荒として白し,春の流れ泯泯としれ清。
渚蒲 地有に 隨い,村徑 門成を逐う。
只 衣慣 披いて作す,常從り漉酒を生ず。
眼邊 俗物 無く,多病 身輕に也。)
其 二 
江皋已仲春,花下複清晨。仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。近識峨眉老,知予懶是真。

(江皐己に仲春 花下復精兵なり
仰面鳥を看るを余り 回頭錯って人に応ず
書を読むに難字過ごす 酒に対して満壷頻りなり
近ごろ識る峨帽の老 余が憮是れ兵なるを知る)

広徳2年 765年 54歳 夔州寓居
杜甫「漫 成」
江月去人只数尺、風灯照夜欲三更。
沙頭宿鷺聯拳静、船尾跳魚撥剌鳴。
(江月(こうげつ)  人を去ること只(た)だ数尺
風灯  夜を照らして三更(さんこう)ならんと欲す
沙頭の宿鷺(しゅくろ)は聯拳(れんけん)として静かに
船尾(せんび)の跳魚(ちょうぎょ)は撥剌として鳴る)
(江上にうつる月は  数尺の近くにあり
風に揺れる灯火は  闇を照らして真夜中に近い
砂浜でねむる鷺は  拳(こぶし)を並べたように動かず
船尾で魚が  元気に跳ねる音がした)
*音律的に非常に整った杜甫の作品の中でも、細やかな描写が重なり、芸術性の高いものとなっている。

范雲 (はんうん451 – 503年) 南朝の梁を代表する文人。字は彦龍。451年(元嘉8年)、南郷舞陽(現在の河南省沁陽)で生まれる。斉及び梁に仕え、竟陵王蕭子良八友のひとりに数えられ、蕭衍を沈約と共に助けた。永明10年(492年)、蕭琛と共に北魏に派遣された際には孝文帝の称賞を受けている。梁では尚書左僕射(502年からは尚書右僕射)に任じられ、その清麗な風格の詩風は当時から高い評価を受けた。503年(天監2年)没。



何遜 (か そん、467? - 518年?)は中国南北朝時代の文学者。東海郯の人。字は仲言。曾祖父は何承天。幼少より文才に優れ、8歳で詩を作り、20歳の時、州から秀才に選ばれた。南斉の永明年間に、当時の文壇の重鎮であった范雲に文才を認められ、年齢を超えた交際を結ぶ。現存する詩は110首あまり。生涯の大半を地方の幕僚として勤めたことから、友人や同僚たちとの間の応酬・離別の詩や行旅を主題とする詩が多くを占める。その詩風は、寒門の出身者であるが故の、官途の不遇から発せられた心情表現がしばしば見られることが特徴である。その一方で、詩中における自然描写は、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえており、謝朓とならび、唐詩の先駆とみなされている。


何遜と范雲の二人ともに立派な詩人であるのは間違いない。わからないのはなぜ当時誰も書かなかった、二人が自然描写について、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえことができたのか。
遥か千里も隔たった龍山に降り積もった雪をわざわざもってきて、まさに都洛陽の花と並べているかの表現の詩を書いているのだ。

七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作 李商隠  : 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-79

七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作 李商隠  : 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-79

七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作

初夢龍宮賓焔然、瑞霞明麗満晴天。
夢の始まりは、燦然と宝物の輝く龍宮にみちびかれた。香しくめでたい錦の霞が拡がって華麗で輝く宮殿、満点の晴れ空がひろがっていた。
旋成酔倚蓬莱樹、有箇仙人拍我肩。』
盃が廻ってきてたちまち酒に酔い蓬莱山の木にもたれていると、ある仙人がわたしの肩を叩いてきた。
少頃遠聞吹細管、聞聲不見隔飛煙。
しばらくすると遠くから笛の音が聞こえてきた。音は聞こえるが話に遮られて姿は見えない。
逡巡又過瀟湘雨、雨打湘霊五十絃。』
ほどなくさらに瀟湘の江に雨が通り過ぎていった。雨音は湘霊が奏でる五十舷の瑟のような音をたてたのであった。
瞥見馮夷殊悵望、鮫綃休賣海爲田。
水神馮夷をちらっと見ると、悲しげに遠くを眺めているのだ。絹を売る人魚の姿も消え、みるみるうちに海が畑に変わっていったのだ。
亦逢毛女無憀極、龍伯擎將華嶽蓮。』
華山の仙女毛女にも出会ったが、なんともうつろなおももち。巨人龍伯が華山の蓮花峰を手にささげている。
恍惚無倪明文暗、低迷不己断還連。
果てなく続く恍惚の世界、明るんだかと思えば暗くなる。朦朧としたまま、夢は途切れたかと思うと夢と現実がまた続いてくる。
覚來正是平堦雨、末背寒燈枕手眠。』

目覚めれば、なんと降り続けた雨がきざはし一面を浸し、ほの暗いともし火もそのまま、手枕をして寝ていたのだった。



夢の始まりは、燦然と宝物の輝く龍宮にみちびかれた。香しくめでたい錦の霞が拡がって華麗で輝く宮殿、満点の晴れ空がひろがっていた。
盃が廻ってきてたちまち酒に酔い蓬莱山の木にもたれていると、ある仙人がわたしの肩を叩いてきた。
しばらくすると遠くから笛の音が聞こえてきた。音は聞こえるが話に遮られて姿は見えない。
ほどなくさらに瀟湘の江に雨が通り過ぎていった。雨音は湘霊が奏でる五十舷の瑟のような音をたてたのであった。
水神馮夷をちらっと見ると、悲しげに遠くを眺めているのだ。絹を売る人魚の姿も消え、みるみるうちに海が畑に変わっていったのだ。
華山の仙女毛女にも出会ったが、なんともうつろなおももち。巨人龍伯が華山の蓮花峰を手にささげている。
果てなく続く恍惚の世界、明るんだかと思えば暗くなる。朦朧としたまま、夢は途切れたかと思うと夢と現実がまた続いてくる。
目覚めれば、なんと降り続けた雨がきざはし一面を浸し、ほの暗いともし火もそのまま、手枕をして寝ていたのだった。



七月二十八日の夜 王・鄭二秀才と雨を聴きし後の夢の作
初めて夢む 龍宮に宝 焔然たりて、瑞霞 明麗として晴天に満つるを。
旋ち酔いを成して蓬莱の樹に倚れば、箇の仙人の我が肩を拍く有り。
少頃して遠く細管を吹くを聞く、声を聞くも見えず 飛煙に隔たる。
逡巡して又た過ぐ 瀟湘の雨、雨は打つ 湘霊の五十絃。
馮夷を瞥見すれば殊に悵望す、鮫綃売るを休めて海は田と爲る。
亦た毛女に逢えば無惨の極み、龍伯は擎げ将つ 華嶽の蓮。
恍惚として倪無く 明にして又た暗、低迷として巳まず 断えて還た連なる
覚め来たれは正に是れ堦に平らかなる雨、未だ寒燈を背けずして手に枕して眠る。




夜與王鄭二秀才聽雨後夢作
王・鄭二秀才と雨を聴きし後の夢の作
○王鄭二秀才 王と邸の二人、名は未詳。「秀才」は郷試(地方試験)を経て進士の受験資格をもつ者の名称だが、一般に進士に合格する前の人に対する敬称として用いられる。



初夢龍宮賓焔然、瑞霞明麗満晴天。
夢の始まりは、燦然と宝物の輝く龍宮にみちびかれた。香しくめでたい錦の霞が拡がって華麗で輝く宮殿、満点の晴れ空がひろがっていた。
龍宮 龍王が住む海底の宮殿。○ したがう。導かれる。○烙然 燃えるように輝く様子。○瑞霞 めでたいしるしをあらわす色鮮やかな雲。李商隠 「碧城」三首の世界観


旋成酔倚蓬莱樹、有箇仙人拍我肩。
盃が廻ってきてたちまち酒に酔い蓬莱山の木にもたれていると、一人の仙人がわたしの肩を叩いてきた。
蓬莱 方丈、瀛洲とともに、神仙の住む東海の島の一つ。○有箇 一人の、或る、を意味する。



少頃遠聞吹細管、聞聲不見隔飛煙。
しばらくすると遠くから笛の音が聞こえてきた。音は聞こえるが話に遮られて姿は見えない。
少頃 短い時間の経過を示すことば。○細管 箏をいうこともあるが、ここでは長細い管楽器。



逡巡又過瀟湘雨、雨打湘霊五十絃。
ほどなくさらに瀟湘の江に雨が通り過ぎていった。雨音は湘霊が奏でる五十舷の瑟のような音をたてたのであった。
竣巡 これも少しの時間の経過を示す。○瀟湘雨 瀟水・湘水は南から洞庭湖に注ぐ川。○湘霊 湘水の神。『楚辞』遠遊に「湘霊をして窓を鼓せしむ」。〇五十絃 五十舷をもつ伝説のなかの琴。五十弦:古代の瑟は五十弦のものは宮女(宮廷の芸妓)が使ったもの。後に二十五弦と改められたと、琴瑟の起源とともに伝えられている。「錦瑟」参照。


瞥見馮夷殊悵望、鮫綃休賣海爲田。
水神馮夷をちらっと見ると、悲しげに遠くを眺めているのだ。絹を売る人魚の姿も消え、みるみるうちに海が畑に変わっていったのだ。
瞥見 ちらっと見る。○満夷 水神の名。『楚辞』遠遊の先の句に続いて「海若をして漏夷を舞わしむ」。海若は海の神。○帳望 悲しい思いで眺める。杜甫「詠懐古跡」其の二に 
搖落深知宋玉悲,風流儒雅亦吾師。
悵望千秋一灑淚,蕭條異代不同時。
江山故宅空文藻,雲雨荒台豈夢思。
最是楚宮俱泯滅,舟人指點到今疑。
「千秋を帳望して一たび涙を濯ぎ、粛條たる異代 時を同じくせず」。○鮫綃 入魚の織った網の織物。晋・左思「呉都賦」(『文選』巻五)の劉淵林の注が引く伝説に、人魚が水から出て人の家に寄寓し、毎日綃を売った。立ち去る時に主人に器を求め、涙をこぼすと真珠になった、という。○海為田 海が農地となる変化。地上では地殻変動を起こすほどの長い時間が神仙世界ではほんの束の間のことであるのをいう。晋・京浜『神仙伝』に仙女の麻姑が言う、「接待して以来(おもてなしをしてから)、己に東海の三たび桑田と為るを見る」。「桑田蒼海」の成語として使われる。「一片」詩にも「人間桑海 朝朝変ず、佳期をして更に期を後らしむること莫かれ」。



亦逢毛女無憀極、龍伯擎將華嶽蓮。
華山の仙女毛女にも出会ったが、なんともうつろなおももち。巨人龍伯が華山の蓮花峰を手にささげている。
毛女 仙女の名。始皇帝の官女だったが、秦の滅亡のあと華山に入り仙人となった。体中が体毛に覆われていたので「毛女」という(劉向『列仙伝』)。○無憀 無聊と同じ。頼りなげで、うつろな感じ。○龍伯 『列子』湯間に見える伝説上の大人国の名。ここではその巨人。○華嶽蓮 華山は五嶽の一つ。陝西省華陰県にある。その嶺の一つは蓮の花に似ているので蓮花峰と呼ばれる。



恍惚無倪明文暗、低迷不己断還連。
果てなく続くおぼろな世界、明るんだかと思えば暗くなる。朦朧としたまま、夢は途切れたかと思うとまた続く。
○恍惚 朦朧とした様子をいう双声の語。○無倪 果てしがない。○低迷 意識がぼんやりする様子をあらわす塁韻の語。哲康「養生論」(『文選』巻五三)に「夜分にして坐せば、則ち低迷して寝わんことを思う」。ばおっとしたなかで夢が切れたかと思うと続く。この二句のみが対を成し、夢とうつつのはざまの朦朧とした状態にたゆたうありさまをあらわす。


覚來正是平堦雨、未背寒燈枕手眠。
目覚めれば、なんと降り続けた雨がきざはし一面を浸し、ほの暗いともし火もそのまま、手枕をして寝ていたのだった。
平堦雨 「堦」は「階」と同じ。部屋から外に降りる階段。そこに降った雨水が一面にたまっている状態をいう。○未背寒燈 「背燈」は寝る時に灯火の向きを変えて暗くすること。



七言排律
○韻   然、天、肩。管、煙、絃。田、蓮。暗、連、眠。


(李商隠ものがたり<要旨>
唐宮廷の官僚は、牛僧孺・李宗閔らを領袖とする科挙及第者の派閥と、李徳裕に率いられる門閥貴族出身者の派閥に分かれ、政争に明け暮れていた。いわゆる牛李の党争である。若き李商隠は、牛僧孺派の重鎮であった興元尹・山南西道節度使 令狐楚の庇護を受け、837年、26歳にして進士科に及第する。しかしながら同年に令狐楚が没し、翌年には上級試験にも落第すると、今度はなぜか、李徳裕の派に属する太原公王茂元の招きに応じてその庇護下に入り、娘を娶った。翌839年、王茂元の働きかけにより文人官僚のスタートとして最も理想的といわれる秘書省の校書郎に任官されるも、牛僧孺派からは忘恩の徒として激しい謗りを受けることになった。以後も李商隠は、処世のために牛李両党間を渡り歩いたので変節奸と見なされ、厳しい批判を受けて官僚としては一生不遇で終わることとなる。しかし、これは詩人として選んだ道であった。この頃の詩人は、武人でなく、文人詩人としての生き方であったと考えるべきであろう。儒教的発想によりみると詩に、不遇を悔やむものといわれるものがあるや、よく読むと全く悔やむものではなく、矜持を感じるものである。儒教の垣根を取り払ってみなければ、李商隠は理解できない。




この詩は夢のなかで体験した神話的世界を、光、音の豊かなイメージを繰り広げながら描き出す手法で、上記物語<要旨>の強調部分を詠っている。特定の日付と人名は目くらましである。李商隠自身、嫁を娶り、文人スタートとして、華やかにデビューしたのだ。しかし、それは束の間の出来事であった。「旋」「少頃」「選巡」など時間の経過を示すことばによって夢の展開が夢の時間を追いながら記されていること、実際に降っていた雨の音を媒介として夢と現実が交叉していること、夢そのものを主題とした詩にしたてているが、実際の話を、竜宮を舞台に比喩しているのである。下に示す詩を参考にするとよくわかる。(李商隠のすべての詩を関連付けてみるとこの結論に達する)

哭劉蕡  李商隠 36 
寄令狐郎中 李商隠 37 
哭劉司戸二首 其一 李商隠 39 
哭劉司戸二首其二 李商隠 40
潭州 李商隠  41
桂林 李商隠  42 

細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78

細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78
詩型 五言律詩

細雨
瀟洒傍廻汀、依徴過短亭。
軽やかに岸辺の曲折に沿い、朝靄におぼろにぼやけて駅舎を通り過ぎていく細雨がある。
気涼先動竹、點細未開萍。
涼やかな気があり、まず竹を揺らし、小さなしずくは、浮草を開くこともない涼やかな細雨がある。
稍促高高燕、徴疏的的螢。
ちょっぴり慌てたのは空高く飛ぶ燕。わずかに数を減らしたのは、点滅するまばゆい蛍の光にかかる細雨がある。
故園煙草色、仍近五門青。

濡れそぼつふるさとの草の色、ここからほど近くの五門の青さと変わりのない色に染める細雨がある。


軽やかに岸辺の曲折に沿い、朝靄におぼろにぼやけて駅舎を通り過ぎていく細雨がある。
涼やかな気があり、まず竹を揺らし、小さなしずくは、浮草を開くこともない涼やかな細雨がある。
ちょっぴり慌てたのは空高く飛ぶ燕。わずかに数を減らしたのは、点滅するまばゆい蛍の光にかかる細雨がある。
濡れそぼつふるさとの草の色、ここからほど近くの五門の青さと変わりのない色に染める細雨がある。



細 雨
瀟洒として廻汀に傍い、依徴として短亭を過ぐ。
気涼しくして先に竹を動かし、点細くして末だ洋を開かず。
棺や促す 高高たる燕、微かに疎にす 的的たる蛍。
故園 煙草の色、仍お近し 五門の青。





瀟洒傍廻汀、依徴過短亭。
軽やかに岸辺の曲折に沿い、朝靄におぼろにぼやけて駅舎を通り過ぎていく細雨がある。
瀟洒 さっぱりとして俗気がない女性のことと雨が軽やかに降るさまを感じさせる。○汀 水辺が攣曲していることと女性の肢体を感じさせる。○依微 おぼろにぼやけている。韋応物「長安道」詩に「春雨依徴として春尚お早く、長安の貴遊 芳草を愛す」。においても女性かからんでいる。○短亭 街道には五里ごとに「短亭」、十里ごとに「長亭」という休憩所が設けられていた。
春明門を出て㶚水橋のたもとに駅舎があったそこは別れの旅籠があり、娼妓がいた。
灞陵行送別  李白
送君灞陵亭。 灞水流浩浩。
上有無花之古樹。 下有傷心之春草。
我向秦人問路歧。 云是王粲南登之古道。
古道連綿走西京。 紫闕落日浮云生。
正當今夕斷腸處。 驪歌愁絕不忍聽。
李白「灞陵行送別」の訳註に詳しく述べている。参照

灞陵行送別 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 139


気涼先動竹、點細未開萍。
涼やかな気があり、まず竹を揺らし、小さなしずくは、浮草を開くこともない涼やかな細雨がある。
気涼 雨が降り出す前に風が竹林を動かし、涼気が生じるのをいう。○点細 雨滴の玉が小さいのをいう。男女の情愛をイメージする。



稍促高高燕、徴疏的的螢。
ちょっぴり慌てたのは空高く飛ぶ燕。わずかに数を減らしたのは、点滅するまばゆい蛍の光にかかる細雨がある。
稍促 稍は稲の末端。ややすくない。促は促す。短くなる。切迫する○高高 いやがとにも高い。『詩経』周頒・敬之に「高高として上に在りと廿うこと無かれ」。○徴疏 わずかにうとくなる。○的的 光が点滅するさま。男女の情愛をイメージする。



故園煙草色、仍近五門青
濡れそぼつふるさとの草の色、ここからほど近くの五門の青さと変わりのない色に染める細雨がある。
○故園 故郷。○煙草 靄にけむる草。春の草、情交によるうっすらとした肌のうるおい。〇五門 青は東の門、春明門を指す。男女の出会いと別れを示す。

五行
五色(緑)玄(黒)
五方西
五時土用
五節句人日上巳端午七夕重陽


 

○・押韻  汀・亭・萍・蛍・青。

春雨 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-77

春雨 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-77
七言律詩


春雨
李商隠は、風景、情景から言葉ができきてそれを味わい深く詩にして行くのではない。思いと言葉をパズルのように組み合わせている。他の詩人のように本文の一部を取って詩題にするということはなく、題にこそ詩全体のイメージがあるのである。
この詩は、春が持つ万物の成長、男女の情交、雨は逢瀬の約束を守ってやってきてくれる女の情念。春の冷たい雨のなかで、恋人への思いをうたうというものではない。男はどこへ行ったか分からない。遠くなのか、近くにいるはずだけど他の女のもとなのか。女は、探し求めることができない条件下にあるのである。そして女盛りを過ぎようとしていく焦りを詠う。
 ここでの「春雨」は何時もかよってきてくれていたころ、男に、「私は春の雨となってあなたといつも一緒にいる」と約束し、情交を交わしていたのだ。芸妓の恋歌である。
 李商隠自身の政治的な関与、朝廷の中枢から遠い存在、期待していた人物からのお呼び出しは一向にない。自己の焦燥感を芸妓に比喩しているのである。しかし、あくまでも詩人として、自分というものを前に出した詩にはしたくないというところであろう。



 雨
悵臥新春白袷衣、白門蓼落意多違。
待つ身の女は帳の中で横たわっているよりほかにないのだ、新らしい春を迎えたのに、白い袷をまとったまま、鬱々とした思いを胸に残したままでいる。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。私がどんなに思い焦がれていてもかなわぬことばかりなのだ。
紅棲隔雨相望冷、珠箔飄燈獨自歸。
私のいる紅楼にわたしの思う人のために雨となって行きたいけれどその思いはかなわない。真珠のすだれが灯りにきらめくなかを、わたしの気持ちもひとり帰ってきたのだった。
遠路應悲春晼晩、残宵猶得夢依稀。
あの人は、遥か遠い旅先であろう私は女の盛りを過ぎようとしているそれを思うと本当に悲しさがこみあげてくる。眠れぬ夜の尽きるころ、ほのかな夢にあらわれてくれただけでよいというのか。
玉璫緘札何由達、萬里雲羅一雁飛。

玉の耳飾りを添えて手紙を送りたい、でもどうしたら届くのか。大空彼方にまで一面にかすみ網のような雲がある、また、一羽の雁がはばたいて飛んでいるだけなのだ。


待つ身の女は帳の中で横たわっているよりほかにないのだ、新らしい春を迎えたのに、白い袷をまとったまま、鬱々とした思いを胸に残したままでいる。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。私がどんなに思い焦がれていてもかなわぬことばかりなのだ。
私のいる紅楼にわたしの思う人のために雨となって行きたいけれどその思いはかなわない。真珠のすだれが灯りにきらめくなかを、わたしの気持ちもひとり帰ってきたのだった。
あの人は、遥か遠い旅先であろう私は女の盛りを過ぎようとしているそれを思うと本当に悲しさがこみあげてくる。眠れぬ夜の尽きるころ、ほのかな夢にあらわれてくれただけでよいというのか。
玉の耳飾りを添えて手紙を送りたい、でもどうしたら届くのか。大空彼方にまで一面にかすみ網のような雲がある、また、一羽の雁がはばたいて飛んでいるだけなのだ。


春 雨
新春に悵臥す 白袷衣、白門蓼落として意多く違う。
紅楼 雨を隔てて相い望めば冷やかなり、珠箔 燈に飄って独自り帰る。
遠路 応に春の晼晩たるを悲しむべし、残宵 猶お夢の依稀たるを得たり。
玉璫 鍼札 何に由りてか達せん、万里の雲羅一雁飛ぶ。



悵臥新春白袷衣、白門蓼落意多違。
待つ身の女は帳の中で横たわっているよりほかにないのだ、新らしい春を迎えたのに、白い袷をまとったまま、鬱々とした思いを胸に残したままでいる。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。私がどんなに思い焦がれていてもかなわぬことばかりなのだ。
悵臥 愁いを抱いて部屋に閉じこもる。「帳」は失意、憂愁。双声の 「個帳」として用いられることが多い。○白袷衣 「袷衣」あわせ は春秋に着る衣。○白門 五行思想からすれば白色は西を示す。色町の門は西から入るもの。男女の逢瀬の場として南朝の恋の歌に見える。楽府「楊坂児」に「暫く出ず白門の前、楊柳 烏を蔵すべし。歓は沈水香と作り、僕は博山鐘と作らん」。ちなみに公なものには西をあらわすとき金を使う。金門は西の門である。○蓼落 ひっそり寂しいさまをいう双声の語。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。李商隠の詩は句の中で時間経過することが多い。



紅棲隔雨相望冷、珠箔飄燈獨自歸。
私のいる紅楼にわたしの思う人のために雨となって行きたいけれどその思いはかなわない。真珠のすだれが灯りにきらめくなかを、わたしの気持ちもひとり帰ってきたのだった。
紅楼 赤く塗られた楼閣。女の居所をあでやかにいう。○珠箔 真珠で編んだすたれ。「紅楼」と同じく、女の居所を華美な言葉でいう。自分自身は出ていくことはできないが気持ちとして巴女のように雨となってあなたのところへ行きたい、冷たく玉すだれの中へ帰ってきた。



遠路應悲春晼晩、残宵猶得夢依稀。
あの人は、遥か遠い旅先であろう私は女の盛りを過ぎようとしているそれを思うと本当に悲しさがこみあげてくる。眠れぬ夜の尽きるころ、ほのかな夢にあらわれてくれただけでよいというのか。
晼晩 春の日、春の季節が暮れていく様子をいう畳韻の語。 一日乃至は一つの季節(多く春に用う)が暮れゆくさま。晼は日が西に傾くこと。ここでは女としての盛りを過ぎてゆくことを言っている。○依稀 おぼろげな様子をいう。



玉璫緘札何由達、萬里雲羅一雁飛。
玉の耳飾りを添えて手紙を送りたい、でもどうしたら届くのか。大空彼方にまで一面にかすみ網のような雲がある、また、一羽の雁がはばたいて飛んでいるだけなのだ。
玉璫 耳飾り。手紙とともに男が女に贈る習慣があった。「夜思」詩に「恨みを寄す一尺の素(手紙)、隋を含む双玉瑠」。○緘札 「鍼」は手紙に封をする。「札」は文字を書くふだ。○雲羅 「羅」は鳥を捕る網。かすみ網のように空一面に広がった雲。〇一雁 漢の武将蘇武は、匈奴にとらわれていたが、旬奴はそれを隠しすでに死んだと伝えた。漢の使者が、武帝の射た脛の足に蘇武の手紙が結ばれていたから生きているはずだと鎌をかけると、匈奴の単于はやむなく認めて蘇武を釈放した(『漢書』蘇武伝)。その故事から「雁」は手紙を届けてくれる鳥。

○韻 衣・違・帰・稀・飛。

細雨(帷飄白玉堂) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76

細雨 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-75
詩型 五言絶句。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7 無題(颯颯東風細雨來)
8 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53 夜雨寄北
71 風雨
これから  

76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集
77 春雨 李商隠特集
78  細雨(瀟洒傍廻汀)
79 七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作
など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている。


細 雨
帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。
やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。
楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。
巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。


やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。
巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。


細 雨
帷は飄る 白玉の堂、簟は巻く 碧牙の牀
楚女 当時の意、蕭蕭として髪彩涼し


 

細雨 李商隠に雨を詠じた詩は多い
 
帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。
やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。
 部屋の周囲に垂れ掛けるとばり。とばりの中で激しいいとなみ、その肌には白玉の汗がにじむ。○簟 涼を取るために竹を編んで作ったむしろ。○碧牙牀 碧色の象牙で彫琢したベッド。「碧牙」は青白くつやつやと光る。竹の網込みもつややかに光っている・



楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。
巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。
楚女 巫山の神女。雨は楚の王が夢のなかで交わった神女の化身。「重ねて聖女両を過ぎる」夢雨 楚の懐王の巫山神女を夢みるの故事にもとづき、男女の愛の喜びとその名残を夢雨という。晩唐の杜牧(803-852年)の潤州の詩に「柳は朱横に暗く夢雨多し。」と。○蕭蕭 雨の降る音。○髪彩 黒髪に降りかかり細雨の光沢。ここでは雨を神女の髪に比喩する。

○韻 堂・林・涼。 



一句目、二句目の「白玉堂」「碧牙牀」は白と碧という二つの色、また玉と牙(象牙)という二つの硬質な装飾物、いずれも末句の「涼」に連なり、「帷」と「簟」は細やかで柔らかなところから雨に繋がる。さらに天界の館、室から神女に連想が拡がり、細やかに降る雨が巫山神女の髪にたとえられるが、当然そこには女性との交歓にまつわる情感が伴っている。

安定城樓 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-75

安定城樓 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-75

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安定城樓
迢逓高城百尺樓、綠楊枝外盡汀洲。
遥かにそそり立つ、高い城壁の上に建つ百尺の楼閣がある。見下ろせば、緑のしだれ楊枝の並木が土手につづいている、その向こうは涇水の中洲だけである。
賈生年少虚垂涕、王粲春來更遠遊。
賈誼は若くして高官になり、妬みでこのような水辺の地長抄に流され、悔し涙したのだった。王粲は転々と遠い地に落ち延び、春の荊州にまで至ったのだった。
永憶江湖歸白髪、欲廻天地人扁舟。
長い間の思い続ける願いがある、南方の水郷地帯に白髪の年になって伸びやかな世界に身を落ち着けること、春秋時代の蒋義がしたように小舟に身を任せて旅立ち、天地を回転させるような大きな事業を成し遂げたいと思っていることだ。
不知腐鼠成滋味、猜意鴛雛竟未休。

ところが知らなかったことがある。腐った鼠の肉を美味と思う輩がいる。それを奪われまいとして、清らかなものしか口にしない鴛雛に猜疑心を向け続けている。

遥かにそそり立つ、高い城壁の上に建つ百尺の楼閣がある。見下ろせば、緑のしだれ楊枝の並木が土手につづいている、その向こうは涇水の中洲だけである。
賈誼は若くして高官になり、妬みでこのような水辺の地長抄に流され、悔し涙したのだった。王粲は転々と遠い地に落ち延び、春の荊州にまで至ったのだった。
長い間の思い続ける願いがある、南方の水郷地帯に白髪の年になって伸びやかな世界に身を落ち着けること、春秋時代の蒋義がしたように小舟に身を任せて旅立ち、天地を回転させるような大きな事業を成し遂げたいと思っていることだ。

ところが知らなかったことがある。腐った鼠の肉を美味と思う輩がいる。それを奪われまいとして、清らかなものしか口にしない鴛雛に猜疑心を向け続けている。



安定城楼
迢逓たり 高城百尺の楼、緑楊の枝外 尽く汀洲。
賈生 年少くして虚しく弗を垂れ、王粲 春来 更に遠遊す。
永く憶う 江湖 白髪に帰らんことを、天地を廻らして扁舟に入らんと欲す。
知らざりき 腐鼠 滋味と成るとは、鴛雛を猜意して竟に未だ休めず。



安定城樓
安定城楼 安定は浬州(甘粛省浮川県)の古名。その城壁の上に立つ楼閣。


迢逓高城百尺樓、綠楊枝外盡汀洲。
遥かにそそり立つ、高い城壁の上に建つ百尺の楼閣がある。見下ろせば、緑のしだれ楊枝の並木が土手につづいている、その向こうは涇水の中洲だけである。
迢逓 はるか高いことをいう双声の語。○汀洲 川の中州。ここでの川は浬水であるが、「汀洲」の語は『楚辞』九歌・湘夫人の「汀洲の杜若(かきつばた)を搴(と)りて、将に以て遠き者に遺(おく)らんとす」に結びつき、楚の地を思わせる水辺の光景が、楚の地に不遇をかこった次の句の賈誼を導く。



賈生年少虚垂涕、王粲春來更遠遊。
賈誼は若くして高官になり、妬みでこのような水辺の地長抄に流され、悔し涙したのだった。王粲は転々と遠い地に落ち延び、春の荊州にまで至ったのだった。
賈生一句 前漠の文人賈誼。早熟の才子で、博士に召された時は二十余歳、最も年少だったが、若くして才気溢れるのをねたまれて楚の長抄に流された。賈誼の文に「為に痛笑すべき老一、為に流沸すべき老二」。また三十三歳で死ぬ前には「笑泣すること歳余」(『史記』晋誼伝)というように、若いこと、涙を流すこと、いずれも賈誼と結びつく。○王粲一旬 「王粲」は後漢末、建安の文人。三層七子のひとり。曹操政権に入る前、洛陽から長安へ董卓のために強制移住させられ、董卓の暗殺のあと戦乱状態になった長安からさらに避難して、荊州の劉表のもとに身を寄せた。しかし重用されることはなく、不満を「登楼の賦」(『文選』巻11)に綴った。「まことに美しと雖も吾が土に非ず、曾ち何ぞ以て少しく留まるに足らん」。「春来」の「来」は時間をあらわす接尾辞。「登楼の賦」に春という明示はないが、この二句には杜甫「春日江村五首」其の五が介在する。「異時 二子(賈誼と翁粲)を懐い、春日復た情を含む」。賈誼と主粲の不遇を併せて傷むところ、春に設定されているところ、この詩につながる。
春日江村五首 其五  杜甫
群盜哀王粲,中年召賈生。登樓初有作,前席竟為榮。
宅入先賢傳,才高處士名。異時懷二子,春日複含情。



永憶江湖歸白髪、欲廻天地人扁舟。
長い間の思い続ける願いがある、南方の水郷地帯に白髪の年になって伸びやかな世界に身を落ち着けること、春秋時代の蒋義がしたように小舟に身を任せて旅立ち、天地を回転させるような大きな事業を成し遂げたいと思っていることだ。
江湖 南方の水郷地帯。「身は江湖に在るも、心には観閲(都の門)を存す」(『荘子』譲王后にもとづく)の成語が示すように、中心、朝政と対立する周縁、隠逸の空間。政治に関わることによって得られる名利は望めないが、自由が保証される。○廻天地 天地を回転させるような大きな事業を成し遂げる。杜甫「章十侍御に寄せ奉る」詩に章葬の武官としての力量を誉めて、「指揮の能事は天地をも廻らせ、強兵を訓練しては鬼神をも動かす」。○扁舟 小舟。春秋時代の蒋義が越王勾践を補佐して宿敵呉を破ったあと、地位も名も棄てて商人になったことを用いる。『史記』安定城楼貨殖列伝に「乃ち扁舟に乗り、江湖に浮かび、名を変え姓を易え、斉に適きて鴟夷子皮と為る」。



不知腐鼠成滋味、猜意鴛雛竟未休。
ところが知らなかったことがある。腐った鼠の肉を美味と思う輩がいる。それを奪われまいとして、清らかなものしか口にしない鴛雛に猜疑心を向け続けている。
不知腐鼠成滋味、猜意鴛雛竟未休 『荘子』秋水篇の故事を用いる。荘子が梁の国の宰相恵子を訪れようとすると、それは宰相の地位を奪い取ろうとしているのだという重言があった。恐れる恵子に向かって荘子はたとえ話を持ち出す。南方に「鴛雛」という鳥がいて、梧桐にしか止まらず、練実(竹の実)しか食べず、清浄な水しか飲まない。鶴が「腐鼠」を食べていたところに鴛雛が通りかかると、鶴はにらみつけて「嚇」と叫んだ。今あなたは梁の国を取られはしないか恐れて威嚇するのか、と恵子に言った。「猜意」は猜疑の念を抱くこと。唐王朝の党派の政争、宦官たちをのさばらせていることなどが李商隠が指摘するところである。李商隠はこの尾聯が言いたかったことである。



○詩型 七言律詩。
○押韻 楼・洲・遊・舟・休。



詩題の地名によって、涇州の幕下にあった時の作であることは明らか。835年大和九年、王茂元が涇原節度使として涇州に赴任。837年王茂元の娘を娶る。838年開成三年、博学宏詞科に落第した李商隠は王茂元のもとに赴いた、その年の作。時に二十八歳であった。猜疑心によって長抄に流された若い賈誼、荊州に身を寄せても満たされない玉粲、彼らになぞらえているところに、この地でも猜疑心で不如意な思いをかこっていた李商隠の胸中がうかがわれる。


異俗二首其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-74

異俗二首其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-74
847年36歳 桂林。


其 二
戸盡懸秦網、家多事越巫。
家々は秦の法、税と兵役の網がかかっているのだが、本当の網は異民族の巫女の祈祷を信じている。
末曾容獺祭、只是縦猪都。
取った魚を獺の祭壇に祭ることもしないで、いきなり食べる、猪八戒の集まりで示しがついていない。
點封連鼇餌、捜求縛虎符。
あちらでは大亀を捕まえるための餌の数を点検して数えなおしている。こちらでは、トラを捕縛する符があるらしくそれを大探ししている
賈生兼事鬼、不信有洪爐。
あの文人の賈生も兼ねて鬼神に仕えていたというが、万物は大宇宙からなるすべての法則、自然の法則によって動かされているということを信じる事など考えに及ばないのであろう。


家々は秦の法、税と兵役の網がかかっているのだが、本当の網は異民族の巫女の祈祷を信じている。
取った魚を獺の祭壇に祭ることもしないで、いきなり食べる、猪八戒の集まりで示しがついていない。
あちらでは大亀を捕まえるための餌の数を点検して数えなおしている。こちらでは、トラを捕縛する符があるらしくそれを大探ししている
あの文人の賈生も兼ねて鬼神に仕えていたというが、万物は大宇宙からなるすべての法則、自然の法則によって動かされているということを信じる事など考えに及ばないのであろう。



其の二
戸は尽く秦網(しんもう)を 懸け、家は多く越巫(えつふ)に事う。
未だ曾て 獺祭(だつさい)を容れず、ただ是 猪都(ちょと)を縦いままになす。
点対す 鼇(ごう)を連ぬる餌、捜求す虎を縛る符。
賈生兼ねて鬼に事え、洪爐(きょうろ)有るを信ぜず。




戸盡懸秦網、家多事越巫。
家々は秦の法、税と兵役の網がかかっているのだが、本当の網は異民族の巫女の祈祷を信じている。
秦網 戸ごとに漁網を掛けていくように、全土を覆った秦の苛酷な法網をいう「秦網」という語を用いて「越巫」と対にしたもの。同時に中原の支配がこの地までは及んでいないことも暗示する。○越巫 「越」は長江の南の異民族及びその地域。広西、広東まで含み、百越と総称される。『史記』孝武本紀に「越人の俗は鬼を后ず」(封禅書にも同じ記事が見える)。


末曾容獺祭、只是縦猪都。
取った魚を獺の祭壇に祭ることもしないで、いきなり食べる、猪八戒の集まりで示しがついていない。
獺祭 かわうそが取った魚を祭るかのように並らべること。『礼記』王制に「瀬は魚を祭りて然る後に虞人(山沢監督の役人)沢梁に入る」。また月令にも「孟春の月、:…・瀬は魚を祭る」。王制では自然の恵みを大切にする教えをいうが、この地の人々はかわうそが魚を陳列する間もなく食べてしまうの意。ちなみに典故を多用する李商隠の手法は瀬祭魚と称された。○猪都 いのししに似た怪物。『酉陽雑狙』諾単記下に見える。○点対 程夢星の注では「検点」を意味する方言かと推測する。ならば「点検」の意。



點封連鼇餌、捜求縛虎符。
あちらでは大亀を捕まえるための餌の数を点検して数えなおしている。こちらでは、トラを捕縛する符があるらしくそれを大探ししている
達篭 「竃」はおおがめ。『列子』湯間に「龍伯の国に大人有り、……一たび釣りて六竃を連ぬ」。○虎符 虎よけのためのおふだ。



賈生兼事鬼、不信有洪爐。
あの文人の賈生も兼ねて鬼神に仕えていたというが、万物は大宇宙からなるすべての法則、自然の法則によって動かされているということを信じる事など考えに及ばないのであろう。
賈生兼事鬼、不信有洪爐 「漢の孝文帝劉恒(紀元前202-157年)に仕えた文人賈誼(紀元前201―169年)のこと。洛陽の人。諸吉家の説に通じ、二十歳で博士となった。一年後、太中大夫すなわち内閣建議官となり、法律の改革にのりだして寵任されたが、若輩にして高官についたことを重臣たちに嫉まれ、長沙王の傅に左遷された。のち呼び戻され、孝文帝の鬼神の事に関する質問に答え、弁説して夜にまで及び、孝文帝は坐席をのりだして聴き入ったと伝えられる。その後、孝文帝の少子である梁の懐王の傅となり、まもなく三十三歳を以て死んだ。屈原を弔う文及び鵩(みみずく)の賦が有名。賈誼が長沙にいた時、「目鳥 其の承塵に集まる」。目鳥はふくろうに似た鳥というが、詩文のなかのみにあらわれ、その家の主人の死を予兆する不吉な鳥とされる。賈誼はその出現におびえ、「鵩鳥の賦」(『文選』巻一三)を著した
政治上の意見よりも怪奇辞を聞こうとして御前に呼び出されたことに同情している。
洪爐 大きな溶鉱炉。世界全体を比喩する。天地を大きな火床に喩えた、《荘子、大宗師第六》「今一以天地為大爐,以造化為大冶,惡乎往而不可哉!。」(今、一たび天地を以て大爐(爐は罏に同じ)と為し、造化を以て大冶と為さば、惡【いずく】にか往くとして可ならざらん」“今、天地をおおきな火床に考え、造物主を立派な鍛冶師とみたてたならば、(つまり、造物主に思いを任せて)何に生れ変わっても良いではないか”に基づく。 
賈誼「鵬鳥の賦」(『文選』巻一三)に「且つ夫れ天地を鐘と為し造化を工と為す」。二句は世界の運行には法則があることなど無視して、超自然にのめり込んでいるの意。


○詩型 五言律詩。
・押韻 巫・都・符・墟。


其の一 尾聯で「鳥言成諜訴、多是恨彤襜。」(鳥言 諜訴(ちょうそ)を成す、多くは是れ 彤襜(とうせん)を恨む。
)は、其の二の戸「盡懸秦網、家多事越巫。」(戸は尽く秦網(しんもう)を 懸け、家は多く越巫(えつふ)に事う。
)と位置を受けているのである。とおして読んでいくと地方長官の原住民に対する過酷な税、労役について、私腹を肥やしていることを感じさせるものとなっている。
李商隠はある時は芸妓、恋歌、エロを用いて、また、故事、祭事、この詩のように異民族の生活の描写を利用して、政府批判をしたのだ。

異俗二首其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-73

異俗二首其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-73
847年36歳 桂林。


異俗二首 (時従事嶺南) 其一
鬼瘧朝朝避、春寒夜夜添。
毎朝、朝の行事としておこりを呪いで封じ込めるというこの地、夜ごとのこととして男女の情欲については余寒が身にしみている。
未驚雷破柱、不報水齊簷。
雷が落ちて大柱を裂いたが慣れっこになっているのか驚かない、大水になり水が欄干の軒端まで達しても知らぬ顔をしている。
虎箭侵膚毒、魚鉤刺骨銛。
ここの虎を射る矢は肌を侵しただけで毒がまわる、魚が大きくても捕る釣針はもりのようで骨まで突き通す。
鳥言成諜訴、多是恨彤襜。
鳥が鳴いて騒がしいのかと思うと、ここの異民族の住民が訴えをしている声なのだ、それも大勢が地方長官への恨みを好き勝手に言ってくるのだ。


毎朝、朝の行事としておこりを呪いで封じ込めるというこの地、夜ごとのこととして男女の情欲については余寒が身にしみている。
雷が落ちて大柱を裂いたが慣れっこになっているのか驚かない、大水になり水が欄干の軒端まで達しても知らぬ顔をしている。
ここの虎を射る矢は肌を侵しただけで毒がまわる、魚が大きくても捕る釣針はもりのようで骨まで突き通す。
鳥が鳴いて騒がしいのかと思うと、ここの異民族の住民が訴えをしている声なのだ、それも大勢が地方長官への恨みを好き勝手に言ってくるのだ。



其の一
鬼瘧(きぎゃく) 朝朝避け、春寒 夜夜添う。
未だ雷の柱を破るに驚かず、水の軒に斉しきを報ぜず。
虎箭(こせん) 膚を侵す毒、魚鉤(ぎょこう) 骨を刺す銛(もり)。
鳥言 諜訴(ちょうそ)を成す、多くは是れ 彤襜(とうせん)を恨む。




異俗二首 (時従事嶺南)  其一
嶺南 南嶺山脈は歴史的に天然の障壁となっており、嶺南(広東省および広西チワン族自治区)と中原の間の交通の妨げであった。嶺南には中原の政治的支配や文化が十分に及ばない時期もあり、華北の人間は嶺南を「蛮夷の地」と呼んできた。唐朝の宰相・張九齢が大庾嶺を切り開いて「梅関古道」を築いて以後、嶺南地区の開発がようやく進んできた。唐代には嶺南道が置かれていた。題下の自注にいうように、李商隠は桂管観察使の鄭亜に招かれ、その掌書記として847年大中元年五月、桂林(広西壮族自治区桂林市)に赴任、翌年二月まで勤めた。自注の下に更に「偶たま昭州に客す」四字がある本に従えば、桂林在任中に昭州(広西壮族自治区平楽県)に出張した折の作である。


鬼瘧朝朝避、春寒夜夜添。
毎朝、朝の行事としておこりを呪いで封じ込めるというこの地、夜ごとのこととして男女の情欲については余寒が身にしみている。
鬼瘧 南方の風土病、瘴癘、マラリア。古代の帝王栃項氏の子が死んで「瘧鬼」になったという伝説がある(『後漢書』礼儀志の注などが引く『漢旧儀』)。鬼瘧を避けるとは、病気よけの呪術をすること。一定の時間をおいて発熱と悪寒を繰り返すので祈祷により抑えるといわれた。



未驚雷破柱、不報水齊簷。
雷が落ちて大柱を裂いたが慣れっこになっているのか驚かない、大水になり水が欄干の軒端まで達しても知らぬ顔をしている。
未驚一句 雷が柱に落ち衣冠が焦げたが、平然として書き続けたという話が見える。○不報一句 「簷」は「楣」に同じで軒下でなく、欄干などの飛び出した部分の軒端下をさす。杜甫「江漲る」詩に
江漲柴門外,兒童報急流。
下牀高數尺,倚杖沒中洲。
細動迎風燕,輕搖逐浪鷗。
漁人縈小楫,容易拔船頭。
「江は漲る柴門の外、児童 急流を報ず。林を下れば高さ数尺、杖に倚れば中洲を役す」。二句は桂州の異様な気候風土、それに平然としている人々に対する奇異の念をいう。



虎箭侵膚毒、魚鉤刺骨銛。
ここの虎を射る矢は肌を侵しただけで毒がまわる、魚が大きくても捕る釣針はもりのようで骨まで突き通す。
虎箭 箭は矢。望蛮という種族は矢に毒薬を塗り、人に当たればたちどころに死ぬという。○魚鉤 魚鉤は釣り針。「鈷」はもり、またもりのように鋭いもの。



鳥言成諜訴、多是恨彤襜。
鳥が鳴いて騒がしいのかと思うと、ここの異民族の住民が訴えをしている声なのだ、それも大勢が地方長官への恨みを好き勝手に言ってくるのだ。
鳥言 異民族の話すことばを鳥にたとえる。韓愈「区冊を送る序」に陽山(広東省陽山県)に左遷された時のことを「小吏十余家、皆な鳥言東面。始めて至るときは言語通ぜず、地に画きて字を為す」。古くは『孟子』膝文公篇上に「今や南蛮駿舌の人、先王の道を非とす」と、南方方言をモズの声にたとえる。○諜訴 「訴」の字、底本は「詐」に作るが諸本によって改める。「諜」は「牒」に通じ、訴状をいう。南斉・孔椎珪「北山移文」(『文選』巻四三)に「牒訴陛像として其の懐いを装む」。○彤襜 地方長官の車を覆う赤いとばり。そこから地方長官を指す。仕事の大部分は税の取り立てであるため、生活習慣が違うので従わない様子をあらわしている。
 


○詩型 五言律詩。
○押韻 添、箸・錨・裾。

夢澤 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-72

夢澤 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-72
856年梓州から長安に帰りついた時。



夢澤
夢澤悲風動白茅、楚王葬壷満城嬬。
雲夢の沢を覆い尽くす茅の白い穂、冷たく悲しく風が吹き揺り動かし、波をつくる。そこには、むかし楚の王が死に至らしめたおびただしい数のあでやかな宮女が葬られ埋められている。
未知歌舞能多少、虚減宮厨焉細腰。

楚王に仕えた女たちの歌や舞いは、どれほどのものだったのか、その宮女たちはほっそりした腰を好む王に気にいられようと、餓死するまで食を減らしたという。



雲夢の沢を覆い尽くす茅の白い穂、冷たく悲しく風が吹き揺り動かし、波をつくる。そこには、むかし楚の王が死に至らしめたおびただしい数のあでやかな宮女が葬られ埋められている。
楚王に仕えた女たちの歌や舞いは、どれほどのものだったのか、その宮女たちはほっそりした腰を好む王に気にいられようと、餓死するまで食を減らしたという。


夢 沢
夢沢の悲風 自茅を動かし楚王葬り尽くす 
満城の嫡未だ知らず 歌舞能く多少なるを、虚しく宮厨を減らして細腰を為す


夢沢 「雲夢の沢」を二字にしたもの。楚の地にあったという広大な沼沢地。司馬相如「子戯軒」(『文選』巻七)に「臣聞く楚に七沢有りと。嘗て其の一を見る。」「名づけて雲夢という」。


夢澤悲風動白茅、楚王葬壷満城嬬。
雲夢の沢を覆い尽くす茅の白い穂、冷たく悲しく風が吹き揺り動かし、波をつくる。そこには、むかし楚の王が死に至らしめたおびただしい数のあでやかな宮女が葬られ埋められている。
白茅 茅、チガヤ。原野に地下茎を横走しさかんに繁殖。葉は線形で「つばな」という白い穂をのばし湿原を一面に覆う。次の句の楚王の豪奢に比較しての荒野、悲愴感を増す表現である。○楚王 ここでは春秋、楚の霊王(在位、前540-前529;クーデターで崩壊歿す)を指す。痩せ型の美人を好み、王の趣向を先取りし、そのために食を節して餓死者が増やしたと伝えられる。○満城嬬 城をいっぱいにするほどあでやかな美女(囲った女が異常に多かった)。「嫡」はあでやか、またあでやかな女性をいう。
 楚王の戦争への負担、豪奢、趣向などによる人民の苦しみを与えたことへ批判したものである。



未知歌舞能多少、虚減宮厨焉細腰。
楚王に仕えた女たちの歌や舞いは、どれほどのものだったのか、その宮女たちはほっそりした腰を好む王に気にいられようと、餓死するまで食を減らしたという。
能多少 「多少」はどのくらい。「能」は「できる」ではなく、数量の疑問詞の前に置かれて疑問の語気をあらわす。また疑問詞の前に置かれた「不知」「未知」などは、「知らない」ではなくて「……かしら」 の意味。○細腰 女性の細い腰。楚の霊王が細い腰を好んだという。『漢書・馬寥傳』の「呉王好劍客,百姓多瘡瘢。楚王好細腰,宮中多餓死。」、『荀子・君道』「楚莊王好細腰,故朝有餓人。」や『韓非子』「越王好勇,而民多輕死。楚靈王好細腰,而國中多餓人。」「楚の霊王は細腰を好み、国中餓する人多し」。

○詩型 七言絶句

・押韻  茅・嫡・腰


楚の王のために宮女たちが命を落とした故事と雲夢の沢にチガヤが群生する風景とを結びつけた詠史詩。李商隠の得意とするところだ。荒野、悲愴感漂う原野を舞台にしている。
果てなく広がる雲夢の沢に白茅が風になびく荒涼とした風景、その下に美女たちが埋められているのを想像する。その美女たちは王に気にいられようと餓死するまでに痩せたのでは、本来歌舞を仕事とする宮妓たちなのに、その歌舞すらできなかったのではないかという皮肉を添える。
楊貴妃、西施なども泥の中に埋められていると詠う。

風雨 李商隠  紀頌之の漢詩ブログ李商隠 特集-71

風雨 李商隠  紀頌之の漢詩ブログ李商隠 特集-71
856年梓州から長安に帰りついた時。


風 雨
凄涼寶劍篇、羇泊欲窮年。
郭震の「宝剣篇」を読むとものさびしさにさなまれる。自分の才能も見いだされないでこのたびは続き、今年も終わりに近づいてきた。
黄葉仍風雨、靑樓自管絃。
黄色に枯れゆく葉の上に風が落ち乾いた音を立てている。妓女たちの色鮮やかに塗られた豪奢な高楼にはそれぞれの女たちの管弦楽の音が聞こえている。
新知遭薄俗、舊好隔良縁。
赴任して新しく知り合うがいつも党派が違うのか薄情さに遭遇する、昔いい関係の良好な人とは良好な関係のための情報交換できないほどに隔てられる。
心斷新豐酒、銷愁斗幾千。

出世欲がなくなってしまって、馬周をまねて酒をあおったとしてもどうなろう。この愁いを消してくれるには、一斗いくらの酒代を出せばいいというのか。



郭震の「宝剣篇」を読むとものさびしさにさなまれる。自分の才能も見いだされないでこのたびは続き、今年も終わりに近づいてきた。
黄色に枯れゆく葉の上に風が落ち乾いた音を立てている。妓女たちの色鮮やかに塗られた豪奢な高楼にはそれぞれの女たちの管弦楽の音が聞こえている。
赴任して新しく知り合うがいつも党派が違うのか薄情さに遭遇する、昔いい関係の良好な人とは良好な関係のための情報交換できないほどに隔てられる。
出世欲がなくなってしまって、馬周をまねて酒をあおったとしてもどうなろう。この愁いを消してくれるには、一斗いくらの酒代を出せばいいというのか。


風 雨
凄涼たり 宝剣の篇、羇泊 年を窮めんと欲す。
黄葉 仍お風雨、青楼 自ら管絃。
新知 薄俗に遭い、旧好 良縁を隔つ。
心は断つ 新豊の酒、愁いを銷すは 斗幾千ならん



凄涼寶劍篇、羇泊欲窮年。
郭震の「宝剣篇」を読むとものさびしさにさなまれる。自分の才能も見いだされないでこのたびは続き、今年も終わりに近づいてきた。
凄涼 ものさびしいこと。ぞっとする。そまつであれている。 ○宝剣篇 初唐期の郭震の詩。郭震(656-713)は字元振、県尉の時に武則天に「宝剣篇」を呈して賞賛され、出世のいとぐちをつかんだ。辺境で武功を立て睿宗、玄宗の時に宰相。のちに玄宗の怒りにふれ左遷された、失意のうちに歿した(『新唐書』郭震伝)。「宝剣篇」は精魂込めて作られた名剣が埋もれながらも気を発していることをうたい、才をいだきながら用いられない我が身を寓した詩。○羇泊 「羇」は「羈」と同じ。旅。○欲窮年  人生が終わりに近づくこともいうが、ここでは一年が終わりに近づく。



黄葉仍風雨、靑樓自管絃。
色に枯れゆく葉の上に風が落ち乾いた音を立てている。妓女たちの色鮮やかに塗られた豪奢な高楼にはそれぞれの女たちの管弦楽の音が聞こえている。
○黄葉一句 「黄葉」は黄ばんで枯れていく葉。漢武帝「秋風の辞」(『文選』巻四五)に「草木黄落して雁は南に帰る」。「仍」はただでさえ枯れ落ちる葉がそのうえの意。
李商隠「宿駱氏亭」に「枯荷聴雨聲」(枯荷に雨声を聴く)とある。枯葉に落ちる雨音は凄涼にあう。
青楼 色鮮やかに塗られた豪奢な建物。妓女の館。曹植「美女篇」に「青楼大路に臨み、高門 重関を結ぶ」。



新知遭薄俗、舊好隔良縁。
赴任して新しく知り合うがいつも党派が違うのか薄情さに遭遇する、昔いい関係の良好な人とは良好な関係のための情報交換できないほどに隔てられる。
新知 新たに知り合った人。○薄俗 人情の薄さ。○旧交 古くからのなじみ。○良縁 良好な人間関係。



心斷新豐酒、銷愁斗幾千。
出世欲がなくなってしまって、馬周をまねて酒をあおったとしてもどうなろう。この愁いを消してくれるには、一斗いくらの酒代を出せばいいというのか。
新豊酒 新酒の濁り酒。・新豐:陝西省驪山華清宮近くにある酒の名産地。長安東北郊20kmの地名。唐初の人、馬周の故事を用いる。馬周は芽の出ぬまま新豊(陝西省臨港県)の宿屋でやけ酒をあおっていたが、のちに唐の太宗に抜擢された(『旧唐苦』馬周伝)。微賎の身から栄進した典型として、不遇をかこつ詩によく用いられる。
李白 「楊叛兒」
君歌楊叛兒、妾勸新豐酒。
何許最關人、烏啼白門柳。
烏啼隱楊花、君醉留妾家。
博山爐中沈香火、雙煙一氣凌紫霞。
斗幾千 王維「少年行四首 其一」   
新豊美酒斗十千、咸陽遊侠多少年。  
相逢意気為君飲、繋馬高楼垂柳辺。 


○詩型 五言律詩。 ○韻  篇、年、絃、縁、千。


唐朝は党派対立に敗れたその配下の者に暖かく接してくれるものなどいやしない。秋の枯葉に落ちる雨音は乾いた音がする。出世という夢は枯れ果てている。濁り酒で賢人ぶったとしても、新酒で希望の酒にしようとしても、いったん貼られた、「負けた党派」のレッテルはどうしようもない。しかし、自分には詩人としての矜持はある。


宿駱氏亭寄懐崔蕹崔兗 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-70

宿駱氏亭寄懐崔蕹崔兗 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-70
856年梓州から長安に帰りついた時。


宿駱氏亭寄懐崔蕹崔兗
竹塢無塵水檻清、相思迢逓隔重城。
滻水のほとり、竹の茂った堤に霜風塵もなく、欄干のあるあずまやのすがすがしいたたずまい、この宿から見える幾重もの城壁を隔てたあなた方に、思いを寄せています。
秋陰不散霜飛晩、留得枯荷聴雨聲。
秋空に雲が低く垂れこめていて、霜もまだ降りてこない。枯れて渇いた蓮に打つ雨の音が耳に聞こえてくるのがここちよい。



滻水のほとり、竹の茂った堤に霜風塵もなく、欄干のあるあずまやのすがすがしいたたずまい、この宿から見える幾重もの城壁を隔てたあなた方に、思いを寄せています。
秋空に雲が低く垂れこめていて、霜もまだ降りてこない。枯れて渇いた蓮に打つ雨の音が耳に聞こえてくるのがここちよい。


駱氏亭に宿り懐いを崔蕹(さいよう)、崔兗(さいこん)に寄す
竹塢塵無く 水檻は清し、相思 迢逓として重城を隔つ。
秋陰散ぜず 霜飛ぶこと晩く、枯荷を留め得て雨声を聴く。


宿駱氏亭寄懐崔蕹崔兗
駱氏亭 長安の東の城門、春明門の外、滻水橋のたもとにあったという楼台。○崔蕹・崔兗 李商隠がその幕下に仕えた崔戎の二人の子供。


竹塢無塵水檻清、相思迢逓隔重城。
滻水のほとり、竹の茂った堤に霜風塵もなく、欄干のあるあずまやのすがすがしいたたずまい、この宿から見える幾重もの城壁を隔てたあなた方に、思いを寄せています。
竹塢 堤、土手。小さな塞。村、集落。山のくま。水辺の光景を述べているここでは窪地から土を盛り上げた堤の方に竹が生えているのを指す。○水檻  水辺の欄檻。杜甫「水檻遣心」の詩のやわらかさ、イメージが似ている。○相思 動詞の前の「相」はその動作が及ぶ対象をもつことを際立たせる。日本語の「相思」が、互いに思うであるのと違って、相手を思う。○迢逓 はるか隔たっている。○重城 都を囲む幾重にも重なった城壁。


秋陰不散霜飛晩、留得枯荷聴雨聲。
秋空に雲が低く垂れこめていて、霜もまだ降りてこない。枯れて渇いた蓮に打つ雨の音が耳に聞こえてくるのがここちよい。
秋陰 秋の曇天。○霜飛晩 『礼記』月令では季秋(旧暦九月)に「霜始めて降る」。霜には「風厲しく霜飛ぶ」(西晋・張載「七命」『文選』巻三五)のように秋の季語としてよく使われる。降、飛、満、威、枯、風、楓、葉、露など。
李白「白鷺鷥」
白鷺下秋水、孤飛如墜霜。
心閑且未去、濁立沙洲傍。



○詩型 七言絶句。  ○韻 清、城、声。


長安城内にいる友人を思いながら、郊外の宿の静寂に浸る。水辺の事の清浄で静諾な雰囲気が心地よい。友人への思いも穏やかで、今身を置いている場所の清澄な雰囲気と溶け合っている。特に「枯荷聴雨聲」は女性にどことなく暖かく残る語句とされる。蓮を女性としてうたわれるが秋の蓮を詠うのは李商隠の独壇場ではなかろうか。同じ雨が打つ音でも、晩夏の蓮の音は重音である。

 この詩を書いたあと、「秋の蓮をに落ちる雨音を聞きながら、あなたのことを思っています。 」と、そえるとラブレターになるが、少し古いか。


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