漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2012年05月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

次同冠峡 韓愈<45> Ⅱ韓退之(韓愈)詩329 紀頌之の漢詩ブログ 1066

次同冠峡 韓愈<45> Ⅱ韓退之(韓愈)詩329 紀頌之の漢詩ブログ 1066
(同冠峡に次【やど】る)

次同冠峡
同冠峡に宿泊した。(キャンプをした)
今日是何朝?天晴物色饒。
きようは いったい なんという朝だ、天は晴れ すべての物の色が じつに豊にあざやかではないか。
落英千尺墮, 遊絲百丈飄。
落ちて散り來るはなびらは千尺の崖の上から舞っているし、舞い上がるいとゆうは百丈の野にひるがえる。
泄乳交巖脈, 懸流揭浪標。
鐘乳のしたたりは巌脈にまじわりたれているし、その崖から流れ落ちる瀑布は白い波柱をあげている。
無心思嶺北, 猿鳥莫相撩。

此の南方に来て嶺北のことは思うまいとしているのだが、猿や鳥のように泣かれてはわたしの心をかきみだすことになってしまう。

同冠峡に次【やど】る
今日 是れ 何の朝【あした】ぞ?、天晴れて 物色饒【ゆたか】なり。
落英【らくえい】千尺より墮つ,遊絲【ゆうし】百丈に飄【ひるがえ】る。
泄乳【せつにゅう】巖脈【がんみゃく】交わり,懸流【けんりゅう】浪標【ろうひょう】を揭【あ】ぐ。
嶺北【れいほく】を思うに心無し,猿鳥 相【あい】撩【みだ】す莫れ。


現代語訳と訳註
(本文)

次同冠峡
今日是何朝?天晴物色饒。
落英千尺墮,遊絲百丈飄。
泄乳交巖脈,懸流揭浪標。
無心思嶺北,猿鳥莫相撩。


(下し文)
同冠峡に次【やど】る
今日 是れ 何の朝【あした】ぞ?、天晴れて 物色饒【ゆたか】なり。
落英【らくえい】千尺より墮つ,遊絲【ゆうし】百丈に飄【ひるがえ】る。
泄乳【せつにゅう】巖脈【がんみゃく】交わり,懸流【けんりゅう】浪標【ろうひょう】を揭【あ】ぐ。
嶺北【れいほく】を思うに心無し,猿鳥 相【あい】撩【みだ】す莫れ。


(現代語訳)
同冠峡に宿泊した。(キャンプをした)
きようは いったい なんという朝だ、天は晴れ すべての物の色が じつに豊にあざやかではないか。
落ちて散り來るはなびらは千尺の崖の上から舞っているし、舞い上がるいとゆうは百丈の野にひるがえる。
鐘乳のしたたりは巌脈にまじわりたれているし、その崖から流れ落ちる瀑布は白い波柱をあげている。
此の南方に来て嶺北のことは思うまいとしているのだが、猿や鳥のように泣かれてはわたしの心をかきみだすことになってしまう。


(訳注)
次同冠峡

同冠峡に宿泊した。(キャンプをした)
・次同冠峡 さきの同冠峡の詩についでつくった。次は宿ること。


今日是何朝?天晴物色饒。
きようは いったい なんという朝だ、天は晴れ すべての物の色が じつに豊にあざやかではないか。
今日是何朝 悲しみや苦しみの中にあるとき、その思いになんのかかわりもなく、太陽がきらきら輝き、風が爽やかに吹くと、それがあまりに良すぎて、ひとはそれに対して逆の愁いをいだきたくなるものだ。この句はそうした郷愁の感情から生まれたものである。


落英千尺墮,遊絲百丈飄。
落ちて散り來るはなびらは千尺の崖の上から舞っているし、舞い上がるいとゆうは百丈の野にひるがえる。
落英 おちる花びら。○遊絲 いとゆう。旅人(韓愈自身)を示す言葉。


泄乳交巖脈,懸流揭浪標。
鐘乳のしたたりは巌脈にまじわりたれているし、その崖から流れ落ちる瀑布は白い波柱をあげている。
泄乳 もれ出る鍾乳。○懸流 たき。○浪標 浪柱のこと.李白『望廬山五老峯』『望廬山瀑布水 二首其一』『望廬山瀑布二首其二(絶句)』に雰囲気が似ている。

無心思嶺北,猿鳥莫相撩。
此の南方に来て嶺北のことは思うまいとしているのだが、猿や鳥のように泣かれてはわたしの心をかきみだすことになってしまう。
嶺北 嶺は広東・広西の北境にある大庾・始安・臨賀・桂陽・掲陽の五嶺山脈のことで、この嶺から北の方を嶺北という。ここでは長安にのこして来た二男のことを持す。○猿鳥 中国南部に生息する手長猿で、悲鳴の声をさらに引っ張って慟哭するように鳴く。鳥は、啼いて血を吐くホトトギスに代表され、人恋しさの喩えに使われる。こうした猿や鳥の鋭い鳴き声は、孤独な旅人にとっては、殊に悲しいものである。○莫相撩 せっかく忘れようとしている北方への郷愁をかきたて、わたしの心なみだすことはするな。相は、ここでは互いにという意妹はもたない。

同冠峡 韓愈<46> Ⅱ韓退之(韓愈)詩328 紀頌之の漢詩ブログ 1063

同冠峡 韓愈<46> Ⅱ韓退之(韓愈)詩328 紀頌之の漢詩ブログ 1063


同冠峡
南方二月半、春物亦己少。
南方の広州府陽山県、二月の半ばになる、しかし、ここでの春の景物がまたとても稀なものである。
維舟山水間、晨坐聴百鳥。
五嶺山脈を越えてきて陽山に入ったといってもまだ山峡のさなかであり、そこに舟をつないだのだ。朝が来て坐してボーっとしていると百鳥の声が聴こえてくる
宿雲尚含姿、朝日忽斤暁。
そして、夜来の雲はなお都での友人たちのおもかげがなごり寂しい気持ちにさせる、朝日はたちまち暁の空に昇りはじめる。
羇旅感和鳴、囚拘念軽矯。
流刑で辺鄙な地への旅の孤独感は寂しく鳴く鳥たちと唱和しているかのように感じられる。そして流刑の囚われの身は鳥が軽やかに飛翔するのを羨ましく思うのである。
潺湲涙久迸、詰曲思増繞。
水瓶にいっぱいにためた水がしたたり落ちるように涙がとめどなく迸り、この渓谷が山間をうねうね曲がりくねるように私への罪について屈曲する疑問はさまざまな思いをよびおこすのである。
行矣且無然、蓋棺事乃了。

行くしかない! 過ぎたことは戻りはしないから余計な思いはしてはいけない、この冤罪は自分が死んで棺に蓋をされるときには何もかもはっきりしているのだ。


同冠峡
南方 二月の半、春物【しゅんぶつ】亦 己に少【まれ】なり。
舟を山水の間に維【つな】ぎ、晨【あした】に坐して百鳥を聴く。
宿雲【しゅくうん】尚お姿を含み、朝日 忽ち暁に升る。
羇旅【きりょ】和嶋【わめい】に感じ、囚拘【しゅうこう】 軽矯【けいきょう】を念ふ。
潺湲【せんかん】として涙久しく迸【ほとばし】り、詰曲【きつきょく】して 思ひ増【ますま】す繞【めぐ】る。
行【ゆ】け 且く然【しか】すること無けむ、棺【かん】を蓋【おお】ひて 事 乃【すなわ】ち了【あきらか】ならむ。


現代語訳と訳註
(本文)
同冠峡
南方二月半、春物亦己少。
維舟山水間、晨坐聴百鳥。
宿雲尚含姿、朝日忽斤暁。
羇旅感和鳴、囚拘念軽矯。
潺湲涙久迸、詰曲思増繞。
行矣且無然、蓋棺事乃了。


(下し文) 同冠峡
南方 二月の半、春物【しゅんぶつ】亦 己に少【まれ】なり。
舟を山水の間に維【つな】ぎ、晨【あした】に坐して百鳥を聴く。
宿雲【しゅくうん】尚お姿を含み、朝日 忽ち暁に升る。
羇旅【きりょ】和嶋【わめい】に感じ、囚拘【しゅうこう】 軽矯【けいきょう】を念ふ。
潺湲【せんかん】として涙久しく迸【ほとばし】り、詰曲【きつきょく】して 思ひ増【ますま】す繞【めぐ】る。
行【ゆ】け 且く然【しか】すること無けむ、棺【かん】を蓋【おお】ひて 事 乃【すなわ】ち了【あきらか】ならむ。


(現代語訳)
南方の広州府陽山県、二月の半ばになる、しかし、ここでの春の景物がまたとても稀なものである。
五嶺山脈を越えてきて陽山に入ったといってもまだ山峡のさなかであり、そこに舟をつないだのだ。朝が来て坐してボーっとしていると百鳥の声が聴こえてくる
そして、夜来の雲はなお都での友人たちのおもかげがなごり寂しい気持ちにさせる、朝日はたちまち暁の空に昇りはじめる。
流刑で辺鄙な地への旅の孤独感は寂しく鳴く鳥たちと唱和しているかのように感じられる。そして流刑の囚われの身は鳥が軽やかに飛翔するのを羨ましく思うのである。
水瓶にいっぱいにためた水がしたたり落ちるように涙がとめどなく迸り、この渓谷が山間をうねうね曲がりくねるように私への罪について屈曲する疑問はさまざまな思いをよびおこすのである。
行くしかない! 過ぎたことは戻りはしないから余計な思いはしてはいけない、この冤罪は自分が死んで棺に蓋をされるときには何もかもはっきりしているのだ。


(訳注) 同冠峡
同冠峡 底本巻二。左透されて陽山に赴く途中の作。同冠峡は今の広州府陽山県の西北七十里、連州との境にある峡谷。


南方二月半、春物亦己少。
南方の広州府陽山県、二月の半ばになる、しかし、ここでの春の景物がまたとても稀なものである。
*韓愈が陽山に着いたのは804貞元二十年の2月であったから、その時の作品である。この韓愈の左遷と謝霊運の温州の左遷の旅は同じ雰囲気である。韓愈は謝霊運を意識して歌う。

など

維舟山水間、晨坐聴百鳥。
五嶺山脈を越えてきて陽山に入ったといってもまだ山峡のさなかであり、そこに舟をつないだのだ。朝が来て坐してボーっとしていると百鳥の声が聴こえてくる。



宿雲尚含姿、朝日忽斤暁。
そして、夜来の雲はなお都での友人たちのおもかげがなごり寂しい気持ちにさせる、朝日はたちまち暁の空に昇りはじめる。
宿雲尚含姿 夜来の雲がなお夜のなごりをとどめている。「濫檻浮宿雲」(濫檻として宿雲浮ぶ)という秀句がある。おもかげとでもいうのが姿の意味だが、夢想がそこに投影されているのである。心残りなことをいうのである。ここで韓愈にとっては冤罪をいう。


羇旅感和鳴、囚拘念軽矯。
流刑で辺鄙な地への旅の孤独感は寂しく鳴く鳥たちと唱和しているかのように感じられる。そして流刑の囚われの身は鳥が軽やかに飛翔するのを羨ましく思うのである。
羇旅 羇は孤独の身を他郷に寄せるという意味である。孤独感は孤独でないものに対置されるときいっそう深められる。○感和鳴和鳴は鳥の唱和してなきかわす声である。○囚拘 囚は閉ざされた部屋の中に人間がおしこめられ拘束されている状態をあらわす文字だ。韓愈が半拘束され独房にとらわれ、この旅が不自由なものであることを示す。○念樫矯 とらわれの感情は自由に軽やかに飛翔するものに対置されるとき、かぎりなく強められる。


潺湲涙久迸、詰曲思増繞。
水瓶にいっぱいに溜めた水がしたたり落ちるように涙がとめどなく迸り、この渓谷が山間をうねうね曲がりくねるように私への罪について屈曲する疑問はさまざまな思いをよびおこすのである。
潺湲 湛漆付け水の流れるさまをあらわすことば。ここでは、谷川の水の流れる音に感情移入しておのれの涙の迸り流れる昔としてとらえているのだ。○涙久迸 涙とめどなく迸り流れ落ちる。
詩曲 試曲は曲がりくねるさま。渓谷が山間をうねうね曲がりくねるさま○思増轟 曲がりくねるさまが、おのれにまといつくさまざまな思いとしてとらえられている。改革派と称す王伾、王叔文一派の陰謀により、重臣たちが貶められ、韓愈は巻き添えを食って左遷された。左遷される2か月前に観察使に抜擢されたことが陰謀の始まりと考えていた。改革派には柳宗元、劉禹錫がいたが韓愈の友人で信頼していた。


行矣且無然、蓋棺事乃了。
行くしかない! 過ぎたことは戻りはしないから余計な思いはしてはいけない、この冤罪は自分が死んで棺に蓋をされるときには何もかもはっきりしているのだ。
行夫且無然 いままでにのべてきたいろいろの思いをうちきって、行け、とみずからに命じているのだ。
蓋棺事乃了 自分が死ぬ頃までには、改革派と称する者たちの陰謀は明らかにされるだろう。


苦寒 韓愈<45>#8 Ⅱ韓退之(韓愈)詩327 紀頌之の漢詩ブログ 1060

苦寒 韓愈<45>#8 Ⅱ韓退之(韓愈)詩327 紀頌之の漢詩ブログ 1060
*『唐書』の五行志によると、803良元十九年三月に大雪が降った。三月といえば、太陽暦では四月の末から五月のはじめにかけてに当たる。よほど不順な気候だったわけで、この詩はその時の模様につて、諷刺的な傾向の強い詩として書かれたものである。

苦寒 #1
四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
#2
草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」
#3
炎帝持祝融,呵噓不相炎。
而我當此時,恩光何由沾。
肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」
#4
濁醪沸入喉,口角如銜箝。
將持匕箸食,觸指如排簽。
侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
探湯無所益,何況纊與縑。」
#5
虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
芒碭大包内,生類恐盡殲。
啾啾窗間雀,不知已微纖。
擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」
#6
不如彈射死,卻得親炰燖。
鸞皇苟不存,爾固不在占。
其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
伊我稱最靈,不能女覆苫。
悲哀激憤歎,五藏難安恬。」
#7
中宵倚牆立,淫淚何漸漸。
天王哀無辜,惠我下顧瞻。
褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
賢能日登禦,黜彼傲與憸。
生風吹死氣,豁達如褰簾。」
#8
懸乳零落堕,晨光入前檐。
ツララがすべてくずれおちてきた、朝の光が軒先に差し込んできていたのだ。
雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
するとふかく積もった雪もとけはじめている、土が顔を出し始め台地は油で地肌を整えたようになり、そして粘土の様にしっとりと潤いを見せている。
豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
どういうものか見る間に蘭のよい香や蘭のように薫るよい草がさかんになってくる、また、ヨモギやアシばんぶつが芽をふいてくるのである。
日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
日に映えて花はきらきらと輝いている、風はそよぎそぞろに枝にさらさらとぬけていく。
天乎苟其能,吾死意亦厭。」
もしわたしの春の思いの望みをかなえてくださるならば、その代償としてわたしが死なねばならないとしても、それでもわたしは満足するでしょう。

寒きに苦しむ #1
四時 各々 平分し、一気 兼ぬ可からず。
隆寒【りゅうかん】 春序を奪ふは、顓頊【せんぎょく】 固に廉ならず。
太昊【たいこう】 維綱【いこう】を弛め、畏避【いひ】して 但 謙を守る。
遂に黄泉の下【もと】をして、萌牙【ほうが】 勾尖【こうせん】を夭【よう】せしむ。
#2
草木 復 柚【ぬ】かず、百昧【ひゃくみ】 苦甜【くてん】を失ふ。
凶飆【きょうふう】 宇宙を攪【みだ】し、鑑刀【ぼうじん】 割砭【かつへん】より甚【はなはだ】し。
日月は尊しと云ふと韓も、烏蟾【うせん】を活かす能はず。
義和 日を造って出づるに、恇怯【きょうきょう】して頻りに窺覘するのみ。
#3
炎帝 祝融【しゅくゆう】を持【ひか】え、呵嘘【かきょ】して 相 炎【も】えしめず。
而も 我 此の時に當って、恩光 何に由ってか沾【うるは】はむ。
肌膚【きふ】鱗甲【りんこう】生じ、衣被【いひ】刀鐮【とうれん】の如し。
気 寒くして 鼻 嗅ぐなく、血 凍って 指 拈めず。
#4
濁醪【だくろう】沸いて 喉に入れども、口角 箝を銜める如し。
將に匕箸【ひちょ】を持して食はむとするに、指に觸【ふ】るること簽【せん】を排【なら】ぶるが如し。
鑪【ろ】を侵して暖【だん】を覚えず、炭を熾【さかん】にして 屡【しばしば】 己に添【そ】ふ。
湯を探れども益【えき】する所無し、何に況んや纊【こう】と縑【けん】とをや。
#5
虎豹【こひょう】穴中に僵【たう】れ、蛟螭【こうち】 幽潜【ゆうせん】に死す。
熒惑 纏次【てんじ】を喪【うしな】ひ、六龍【りくりゅう】冰って 髭脱く。
芒碭【ぼうとう】たる大包の内、生類【しょうるい】恐らくは盡く殲【つ】きむ。
啾啾たり窗間【そうかん】の雀、己の微纖【びせん】なるを知らず。
頭を挙げ 天を仰いで 鳴く、願う所は晷刻【きこく】の淹【ひさ】しからむことを。
#6
如【し】かず 彈射【だんしゃ】せられて死し、卻【かえ】って親く炰燖【ほうじん】せらるるを得むには。
鸞皇【らんこう】苟【いやし】くも存せず、爾【なんじ】は固【もと】より占【せん】に在らず。
其の餘【よ】の蠢動【しゅんどう】する儔【たぐい】、俱【とも】に死すとも誰か恩嫌【おんけん】せむ。
伊【こ】れ 我 最も靈なりと稱すとも、女【なんじ】を覆苫【ふくせん】すること能はず。
悲哀【ひあい】 激して 憤歎【ふんたん】し、五臓【ごぞう】 安恬【あんてん】し難し。
#7
中宵【ちゅうしょう】牆【かき】に倚って立てば、淫涙【いんるい】何ぞ 漸漸【ぜんぜん】たる。
天や 無辜【むこう】を哀み、我を惠みて下に顧瞻【こせん】せよ。
旒【りゅう】を褰【かか】げて耳纊【じこう】を去り、調和するに梅鹽【ばいえん】を進めよ。
賢能 日に登御【とうぎょ】し、彼の傲【ごう】と憸【せん】とを黜【しりぞ】けよ
生風【せいふう】死気【しき】を吹き、豁達【かくたつ】 簾【すだれ】を褰【かか】ぐる如くならむ。
#8
懸乳【けんにゅう】零落【れいらく】して堕ち、晨光【しんこう】 前檐【ぜんえん】に入り。
雪霜【せつそう】頓【とみ】に銷釋【しょうしゃく】し、且土脈【どみゃく】膏【こう】にして 且 黏【でん】ならむ。
豈 徒に蘭と蕙との榮【はなさ】くのみならむや、施【し】いて艾【かい】と蒹【けん】に及ばむ。
日萼【じつがく】行くゆく鑠鑠【しゃくしゃく】たり,風條【ふうじょう】坐【い】ながら襜襜【せんせん】たり。
天乎【てんや】苟【いやし】くも其れ能くせは,吾死すとも意【こころ】に亦厭【た】りなむ。」


現代語訳と訳註
(本文)
#8
懸乳零落堕,晨光入前檐。
雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
天乎苟其能,吾死意亦厭。」


(下し文) #8
懸乳【けんにゅう】零落【れいらく】して堕ち、晨光【しんこう】 前檐【ぜんえん】に入り。
雪霜【せつそう】頓【とみ】に銷釋【しょうしゃく】し、且土脈【どみゃく】膏【こう】にして 且 黏【でん】ならむ。
豈 徒に蘭と蕙との榮【はなさ】くのみならむや、施【し】いて艾【かい】と蒹【けん】に及ばむ。
日萼【じつがく】行くゆく鑠鑠【しゃくしゃく】たり,風條【ふうじょう】坐【い】ながら襜襜【せんせん】たり。
天乎【てんや】苟【いやし】くも其れ能くせは,吾死すとも意【こころ】に亦厭【た】りなむ。」


(現代語訳)
ツララがすべてくずれおちてきた、朝の光が軒先に差し込んできていたのだ。
するとふかく積もった雪もとけはじめている、土が顔を出し始め台地は油で地肌を整えたようになり、そして粘土の様にしっとりと潤いを見せている。
どういうものか見る間に蘭のよい香や蘭のように薫るよい草がさかんになってくる、また、ヨモギやアシばんぶつが芽をふいてくるのである。
どういうものか見る間に蘭のよい香や蘭のように薫るよい草がさかんになってくる、また、ヨモギやアシばんぶつが芽をふいてくるのである。
日に映えて花はきらきらと輝いている、風はそよぎそぞろに枝にさらさらとぬけていく。
もしわたしの春の思いの望みをかなえてくださるならば、その代償としてわたしが死なねばならないとしても、それでもわたしは満足するでしょう。


(訳注) #8
懸乳零落堕,晨光入前檐。
ツララがすべてくずれおちてきた、朝の光が軒先に差し込んできていたのだ。
懸乳 つらら。○晨光 明け方の光。○前檐 のきさき。


雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
するとふかく積もった雪もとけはじめている、土が顔を出し始め台地は油で地肌を整えたようになり、そして粘土の様にしっとりと潤いを見せている。
 すぐ。○銷釋 消解、消散。銷は消とおなじ。とけてきえる。○土脈 土地の脈絡。○膏且黏 膏:あぶら、潤肌膏 黏:(1)ねばりけがあること。また、ねばねばするもの。 (2)「粘土(ねばつち)」に同じ。。


豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
どういうものか見る間に蘭のよい香や蘭のように薫るよい草がさかんになってくる、また、ヨモギやアシばんぶつが芽をふいてくるのである。
蘭蕙 蘭のよい香。蘭のように薫るよい草。『楚辞』ではつねにすぐれた人物と美人にたとえられる。○艾與蒹 よもぎとあし。どこにでもある草。一般の人にたぐえる。


日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
日に映えて花はきらきらと輝いている、風はそよぎそぞろに枝にさらさらとぬけていく。
○日萼 日の光に照り映える花。○轢轢 きらきらとかがやくさま。○風條 夙にふかれる枝。條:細く垂れさがった枝、柳条という表現が多い。○襜襜 さやさやとそよぐさま。


天乎苟其能,吾死意亦厭。」
もしわたしの春の思いの望みをかなえてくださるならば、その代償としてわたしが死なねばならないとしても、それでもわたしは満足するでしょう。
筍其能 もしわたしの望みをかなえてくださるならば。○吾死意亦厭 その代償としてわたしが死なねばならないとしても、それでもわたしは満足するでしょう。
*『唐書』の五行志によると、803良元十九年三月に大雪が降った。三月といえば、太陽暦では四月の末から五月のはじめにかけてに当たる。よほど不順な気候だったわけで、この詩はその時の模様につて、諷刺的な傾向の強い詩として書かれたものである。800年前後10年(805年陸贄が死没)陸贄の不遇を詠ったものであろう。


陸贄(りくし730~805)
 (792年)韓愈を進士に及第させた人
  字は敬輿。蘇州嘉興の人。十八歳のとき、進士に及第した。華州鄭県の県尉・渭南県主簿・監察御史などを歴任した。徳宗が即位すると、翰林学士となった。帝の不興も恐れず、帝の重用していた盧杞の罪を鳴らしてやまなかったという。建中四年(783)、朱泚が叛乱を起こすと徳宗に従って奉天に避難した。官は考功郎中に遷った。朱泚が大秦皇帝を名乗って勢威をほこったため、陸贄は徳宗に己を罪する詔を下すことを勧めた。その方策はあたって、罪を許された藩鎮が帰順したので、危機は去った。李懐光が叛乱したときも、徳宗は梁州に逃れたが、陸贄は諫議大夫としてこれに従った。貞元八年(792)、中書侍郎・同門下同平章事(宰相)に上った。この年科挙の試験で韓愈を及第させた。両税法の改革を推進した。十年(794)、裴延齢の讒言を信じた徳宗により宰相職を罷免され、太子賓客に任ぜられた。翌年、旱害や辺境防備について上疏したところ、かえって誣告を受けて忠州別駕に左遷された。忠州にあること十年、順宗が呼び戻そうとしたが、詔書が届く前に病没した。『陸氏集験方』。

苦寒 韓愈<45>#7 Ⅱ韓退之(韓愈)詩326 紀頌之の漢詩ブログ 1057

苦寒 韓愈<45>#7 Ⅱ韓退之(韓愈)詩326 紀頌之の漢詩ブログ 1057
*『唐書』の五行志によると、803良元十九年三月に大雪が降った。三月といえば、太陽暦では四月の末から五月のはじめにかけてに当たる。よほど不順な気候だったわけで、この詩はその時の模様につて、諷刺的な傾向の強い詩として書かれたものである。


苦寒 #1
四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
#2
草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」
#3
炎帝持祝融,呵噓不相炎。
而我當此時,恩光何由沾。
肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」
#4
濁醪沸入喉,口角如銜箝。
將持匕箸食,觸指如排簽。
侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
探湯無所益,何況纊與縑。」
#5
虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
芒碭大包内,生類恐盡殲。
啾啾窗間雀,不知已微纖。
擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」
#6
不如彈射死,卻得親炰燖。
鸞皇苟不存,爾固不在占。
其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
伊我稱最靈,不能女覆苫。
悲哀激憤歎,五藏難安恬。」
#7
中宵倚牆立,淫淚何漸漸。
ま夜なかになって、垣根に倚り添った、とめどなく流れる涙、どうしてサメザメと泣けてくるのだろう。
天王哀無辜,惠我下顧瞻。
天の王たるものに哀れんでくれる心がないのか、我々下々には罪はないはずだ。我々には下界のことを顧みてくれて恵みを与えてほしいというものだ。
褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
この世は目かくしをし、耳をふさいで去っていくことばかりだが、気候の手直し朝廷の手直しをするには汁の味を良くするために梅や塩をうまく使うように奸臣や野心を持った者、暗躍する宦官をとりのぞき、立派な人物をとりあげることが必要だ。
賢能日登禦,黜彼傲與憸。
若し賢臣で能力のあるものをと取り立ててひびこれにあてられると、おごる者、ねじけた者と利己主義の者たちをきちんと見分け官職を解いてくれる。
生風吹死氣,豁達如褰簾。」
生命の風が死気を吹きはらうのであり、心が大きく、小さな物事にこだわらない自由なものにしてくれ、ちょうどそれは、カラリと簾をあげた時のように、媚、嫉み、など暗い陰湿なものが吹き抜けていくのである。

#8
懸乳零落堕,晨光入前檐。
雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
天乎苟其能,吾死意亦厭。」

寒きに苦しむ #1
四時 各々 平分し、一気 兼ぬ可からず。
隆寒【りゅうかん】 春序を奪ふは、顓頊【せんぎょく】 固に廉ならず。
太昊【たいこう】 維綱【いこう】を弛め、畏避【いひ】して 但 謙を守る。
遂に黄泉の下【もと】をして、萌牙【ほうが】 勾尖【こうせん】を夭【よう】せしむ。
#2
草木 復 柚【ぬ】かず、百昧【ひゃくみ】 苦甜【くてん】を失ふ。
凶飆【きょうふう】 宇宙を攪【みだ】し、鑑刀【ぼうじん】 割砭【かつへん】より甚【はなはだ】し。
日月は尊しと云ふと韓も、烏蟾【うせん】を活かす能はず。
義和 日を造って出づるに、恇怯【きょうきょう】して頻りに窺覘するのみ。
#3
炎帝 祝融【しゅくゆう】を持【ひか】え、呵嘘【かきょ】して 相 炎【も】えしめず。
而も 我 此の時に當って、恩光 何に由ってか沾【うるは】はむ。
肌膚【きふ】鱗甲【りんこう】生じ、衣被【いひ】刀鐮【とうれん】の如し。
気 寒くして 鼻 嗅ぐなく、血 凍って 指 拈めず。
#4
濁醪【だくろう】沸いて 喉に入れども、口角 箝を銜める如し。
將に匕箸【ひちょ】を持して食はむとするに、指に觸【ふ】るること簽【せん】を排【なら】ぶるが如し。
鑪【ろ】を侵して暖【だん】を覚えず、炭を熾【さかん】にして 屡【しばしば】 己に添【そ】ふ。
湯を探れども益【えき】する所無し、何に況んや纊【こう】と縑【けん】とをや。
#5
虎豹【こひょう】穴中に僵【たう】れ、蛟螭【こうち】 幽潜【ゆうせん】に死す。
熒惑 纏次【てんじ】を喪【うしな】ひ、六龍【りくりゅう】冰って 髭脱く。
芒碭【ぼうとう】たる大包の内、生類【しょうるい】恐らくは盡く殲【つ】きむ。
啾啾たり窗間【そうかん】の雀、己の微纖【びせん】なるを知らず。
頭を挙げ 天を仰いで 鳴く、願う所は晷刻【きこく】の淹【ひさ】しからむことを。
#6
如【し】かず 彈射【だんしゃ】せられて死し、卻【かえ】って親く炰燖【ほうじん】せらるるを得むには。
鸞皇【らんこう】苟【いやし】くも存せず、爾【なんじ】は固【もと】より占【せん】に在らず。
其の餘【よ】の蠢動【しゅんどう】する儔【たぐい】、俱【とも】に死すとも誰か恩嫌【おんけん】せむ。
伊【こ】れ 我 最も靈なりと稱すとも、女【なんじ】を覆苫【ふくせん】すること能はず。
悲哀【ひあい】 激して 憤歎【ふんたん】し、五臓【ごぞう】 安恬【あんてん】し難し。
#7
中宵【ちゅうしょう】牆【かき】に倚って立てば、淫涙【いんるい】何ぞ 漸漸【ぜんぜん】たる。
天や 無辜【むこう】を哀み、我を惠みて下に顧瞻【こせん】せよ。
旒【りゅう】を褰【かか】げて耳纊【じこう】を去り、調和するに梅鹽【ばいえん】を進めよ。
賢能 日に登御【とうぎょ】し、彼の傲【ごう】と憸【せん】とを黜【しりぞ】けよ
生風【せいふう】死気【しき】を吹き、豁達【かくたつ】 簾【すだれ】を褰【かか】ぐる如くならむ。

#8
懸乳【けんにゅう】零落【れいらく】して堕ち、晨光【しんこう】 前檐【ぜんえん】に入り。
雪霜【せつそう】頓【とみ】に銷釋【しょうしゃく】し、且土脈【どみゃく】膏【こう】にして 且 黏【でん】ならむ。
豈 徒に蘭と蕙との榮【はなさ】くのみならむや、施【し】いて艾【かい】と蒹【けん】に及ばむ。
日萼【じつがく】行くゆく鑠鑠【しゃくしゃく】たり,風條【ふうじょう】坐【い】ながら襜襜【せんせん】たり。
天乎【てんや】苟【いやし】くも其れ能くせは,吾死すとも意【こころ】に亦厭【た】りなむ。」


現代語訳と訳註
(本文) #7
中宵倚牆立,淫淚何漸漸。
天王哀無辜,惠我下顧瞻。
褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
賢能日登禦,黜彼傲與憸。
生風吹死氣,豁達如褰簾。」


(下し文)
中宵【ちゅうしょう】牆【かき】に倚って立てば、淫涙【いんるい】何ぞ 漸漸【ぜんぜん】たる。
天や 無辜【むこう】を哀み、我を惠みて下に顧瞻【こせん】せよ。
旒【りゅう】を褰【かか】げて耳纊【じこう】を去り、調和するに梅鹽【ばいえん】を進めよ。
賢能 日に登御【とうぎょ】し、彼の傲【ごう】と憸【せん】とを黜【しりぞ】けよ
生風【せいふう】死気【しき】を吹き、豁達【かくたつ】 簾【すだれ】を褰【かか】ぐる如くならむ。


(現代語訳)
ま夜なかになって、垣根に倚り添った、とめどなく流れる涙、どうしてサメザメと泣けてくるのだろう。
天の王たるものに哀れんでくれる心がないのか、我々下々には罪はないはずだ。我々には下界のことを顧みてくれて恵みを与えてほしいというものだ。
この世は目かくしをし、耳をふさいで去っていくことばかりだが、気候の手直し朝廷の手直しをするには汁の味を良くするために梅や塩をうまく使うように奸臣や野心を持った者、暗躍する宦官をとりのぞき、立派な人物をとりあげることが必要だ。
若し賢臣で能力のあるものをと取り立ててひびこれにあてられると、おごる者、ねじけた者と利己主義の者たちをきちんと見分け官職を解いてくれる。
生命の風が死気を吹きはらうのであり、心が大きく、小さな物事にこだわらない自由なものにしてくれ、ちょうどそれは、カラリと簾をあげた時のように、媚、嫉み、など暗い陰湿なものが吹き抜けていくのである。


(訳注) #7
中宵倚牆立,淫淚何漸漸。

ま夜なかになって、垣根に倚り添った、とめどなく流れる涙、どうしてサメザメと泣けてくるのだろう。
○中宵 夜中。宵はゆうがたではなく夜である。○淫涙 とめどなく流れる涙。○漸漸 サメザメと泣くさま。


天王哀無辜,惠我下顧瞻。
天の王たるものに哀れんでくれる心がないのか、我々下々には罪はないはずだ。我々には下界のことを顧みてくれて恵みを与えてほしいというものだ。
○天王 天の中に序列はないのか、あるなら王たるものが秩序、軌道をくるわせるな。○無辜 つみなきもの。○顧脂 かえりみる。


褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
この世は目かくしをし、耳をふさいで去っていくことばかりだが、気候の手直し朝廷の手直しをするには汁の味を良くするために梅や塩をうまく使うように奸臣や野心を持った者、暗躍する宦官をとりのぞき、立派な人物をとりあげることが必要だ。
 日かくし。○耳綿 耳の詰め。○調和進梅鹽  汁の味をよくするためには調味料を使用するのがよい。気候の不順、あるいは政治の不調をよくするため、立派な人物をとりあげることが必要だ。


賢能日登禦,黜彼傲與憸。
若し賢臣で能力のあるものをと取り立ててひびこれにあてられると、おごる者、ねじけた者と利己主義の者たちをきちんと見分け官職を解いてくれる。
登御 登用する。○ 官職を解くこと。また、地位を下げる。○傲與憸 おごる者とねじけた者。いられている語である。○ おごる。おごりおごりたかぶる。○ かたよる。私利私欲。いずれも『書経』に、悪臣の性格を表現するために用いられている用語である。このころには宦官の力が増大。


生風吹死氣,豁達如褰簾。」
生命の風が死気を吹きはらうのであり、心が大きく、小さな物事にこだわらない自由なものにしてくれ、ちょうどそれは、カラリと簾をあげた時のように、媚、嫉み、など暗い陰湿なものが吹き抜けていくのである。
生風吹死気 生命の風が死気を吹きはらう。○豁達 カラッとしているさま。心が大きく、小さな物事にこだわらないさま。度量の大きいさま。

苦寒 韓愈<45>#6 Ⅱ韓退之(韓愈)詩325 紀頌之の漢詩ブログ 1054

苦寒 韓愈<45>#6 Ⅱ韓退之(韓愈)詩325 紀頌之の漢詩ブログ 1054
803年 貞元19年35歳 この年は四門博士に任官。すぐに休暇をとって洛陽に行き、途中華山を遊覧している。 
*『唐書』の五行志によると、803年貞元十九年三月に大雪が降った。三月は、太陽暦では四月の末から五月のはじめ、今ではゴールデンウィークに大雪が降ったということだ。よほど不順な気候だったわけで、この詩はその時の模様につて、諷刺的な傾向の強い詩として書かれたものである。


苦寒 #1
四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
#2
草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」
#3
炎帝持祝融,呵噓不相炎。
而我當此時,恩光何由沾。
肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」
#4
濁醪沸入喉,口角如銜箝。
將持匕箸食,觸指如排簽。
侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
探湯無所益,何況纊與縑。」
#5
虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
芒碭大包内,生類恐盡殲。
啾啾窗間雀,不知已微纖。
擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」
#6
不如彈射死,卻得親炰燖。
突然の寒さに弾丸か、弓矢にうたれたというほどのことではないけれど、あるいは、煮て食われてしまう方がまだましというものだ。
鸞皇苟不存,爾固不在占。
これでは、瑞鳥の鸞と鳳凰でさえおられないというものだ。ましてや、おまえなどがとても数のうちに入るものではないのだ。
其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
その他のうごめくたぐいの虫類にしたって、共に死んでも誰も気にかけてくれるということにはならないのだ。
伊我稱最靈,不能女覆苫。
とはいうものの、我々は、霊長類の中でも最も優秀な存在であるといわれているというのに、お前たちをかばってやれないのだ。
悲哀激憤歎,五藏難安恬。」

こんなに悲しくかわいそうな出来事をおもえば腹立って、嘆かわしくおもうのであり、見ているこちらの五臓六腑も心が落ち着いて穏やかな状態にすることは難しいのだ。
#7
中宵倚牆立,淫淚何漸漸。
天王哀無辜,惠我下顧瞻。
褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
賢能日登禦,黜彼傲與憸。
生風吹死氣,豁達如褰簾。」
#8
懸乳零落堕,晨光入前檐。
雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
天乎苟其能,吾死意亦厭。」

寒きに苦しむ #1
四時 各々 平分し、一気 兼ぬ可からず。
隆寒【りゅうかん】 春序を奪ふは、顓頊【せんぎょく】 固に廉ならず。
太昊【たいこう】 維綱【いこう】を弛め、畏避【いひ】して 但 謙を守る。
遂に黄泉の下【もと】をして、萌牙【ほうが】 勾尖【こうせん】を夭【よう】せしむ。
#2
草木 復 柚【ぬ】かず、百昧【ひゃくみ】 苦甜【くてん】を失ふ。
凶飆【きょうふう】 宇宙を攪【みだ】し、鑑刀【ぼうじん】 割砭【かつへん】より甚【はなはだ】し。
日月は尊しと云ふと韓も、烏蟾【うせん】を活かす能はず。
義和 日を造って出づるに、恇怯【きょうきょう】して頻りに窺覘するのみ。
#3
炎帝 祝融【しゅくゆう】を持【ひか】え、呵嘘【かきょ】して 相 炎【も】えしめず。
而も 我 此の時に當って、恩光 何に由ってか沾【うるは】はむ。
肌膚【きふ】鱗甲【りんこう】生じ、衣被【いひ】刀鐮【とうれん】の如し。
気 寒くして 鼻 嗅ぐなく、血 凍って 指 拈めず。
#4
濁醪【だくろう】沸いて 喉に入れども、口角 箝を銜める如し。
將に匕箸【ひちょ】を持して食はむとするに、指に觸【ふ】るること簽【せん】を排【なら】ぶるが如し。
鑪【ろ】を侵して暖【だん】を覚えず、炭を熾【さかん】にして 屡【しばしば】 己に添【そ】ふ。
湯を探れども益【えき】する所無し、何に況んや纊【こう】と縑【けん】とをや。
#5
虎豹【こひょう】穴中に僵【たう】れ、蛟螭【こうち】 幽潜【ゆうせん】に死す。
熒惑 纏次【てんじ】を喪【うしな】ひ、六龍【りくりゅう】冰って 髭脱く。
芒碭【ぼうとう】たる大包の内、生類【しょうるい】恐らくは盡く殲【つ】きむ。
啾啾たり窗間【そうかん】の雀、己の微纖【びせん】なるを知らず。
頭を挙げ 天を仰いで 鳴く、願う所は晷刻【きこく】の淹【ひさ】しからむことを。
#6
如【し】かず 彈射【だんしゃ】せられて死し、卻【かえ】って親く炰燖【ほうじん】せらるるを得むには。
鸞皇【らんこう】苟【いやし】くも存せず、爾【なんじ】は固【もと】より占【せん】に在らず。
其の餘【よ】の蠢動【しゅんどう】する儔【たぐい】、俱【とも】に死すとも誰か恩嫌【おんけん】せむ。
伊【こ】れ 我 最も靈なりと稱すとも、女【なんじ】を覆苫【ふくせん】すること能はず。
悲哀【ひあい】 激して 憤歎【ふんたん】し、五臓【ごぞう】 安恬【あんてん】し難し。

#7
中宵【ちゅうしょう】牆【かき】に倚って立てば、淫涙【いんるい】何ぞ 漸漸【ぜんぜん】たる。
天や 無辜【むこう】を哀み、我を惠みて下に顧瞻【こせん】せよ。
旒【りゅう】を褰【かか】げて耳纊【じこう】を去り、調和するに梅鹽【ばいえん】を進めよ。
賢能 日に登御【とうぎょ】し、彼の傲【ごう】と憸【せん】とを黜【しりぞ】けよ
生風【せいふう】死気【しき】を吹き、豁達【かくたつ】 簾【すだれ】を褰【かか】ぐる如くならむ。
#8
懸乳【けんにゅう】零落【れいらく】して堕ち、晨光【しんこう】 前檐【ぜんえん】に入り。
雪霜【せつそう】頓【とみ】に銷釋【しょうしゃく】し、且土脈【どみゃく】膏【こう】にして 且 黏【でん】ならむ。
豈 徒に蘭と蕙との榮【はなさ】くのみならむや、施【し】いて艾【かい】と蒹【けん】に及ばむ。
日萼【じつがく】行くゆく鑠鑠【しゃくしゃく】たり,風條【ふうじょう】坐【い】ながら襜襜【せんせん】たり。
天乎【てんや】苟【いやし】くも其れ能くせは,吾死すとも意【こころ】に亦厭【た】りなむ。」


現代語訳と訳註
(本文)
#6
不如彈射死,卻得親炰燖。
鸞皇苟不存,爾固不在占。
其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
伊我稱最靈,不能女覆苫。
悲哀激憤歎,五藏難安恬。」


(下し文) #6
如【し】かず 彈射【だんしゃ】せられて死し、卻【かえ】って親く炰燖【ほうじん】せらるるを得むには。
鸞皇【らんこう】苟【いやし】くも存せず、爾【なんじ】は固【もと】より占【せん】に在らず。
其の餘【よ】の蠢動【しゅんどう】する儔【たぐい】、俱【とも】に死すとも誰か恩嫌【おんけん】せむ。
伊【こ】れ 我 最も靈なりと稱すとも、女【なんじ】を覆苫【ふくせん】すること能はず。
悲哀【ひあい】 激して 憤歎【ふんたん】し、五臓【ごぞう】 安恬【あんてん】し難し。


(現代語訳)
突然の寒さに弾丸か、弓矢にうたれたというほどのことではないけれど、あるいは、煮て食われてしまう方がまだましというものだ。
これでは、瑞鳥の鸞と鳳凰でさえおられないというものだ。ましてや、おまえなどがとても数のうちに入るものではないのだ。
その他のうごめくたぐいの虫類にしたって、共に死んでも誰も気にかけてくれるということにはならないのだ。
とはいうものの、我々は、霊長類の中でも最も優秀な存在であるといわれているというのに、お前たちをかばってやれないのだ。
こんなに悲しくかわいそうな出来事をおもえば腹立って、嘆かわしくおもうのであり、見ているこちらの五臓六腑も心が落ち着いて穏やかな状態にすることは難しいのだ。


(訳注) #6
不如彈射死,卻得親炰燖。

突然の寒さに弾丸か、弓矢にうたれたというほどのことではないけれど、あるいは、煮て食われてしまう方がまだましというものだ。
炰燖 やいたり、うでたりする。


鸞皇苟不存,爾固不在占。
これでは、瑞鳥の鸞と鳳凰でさえおられないというものだ。ましてや、おまえなどがとても数のうちに入るものではないのだ
○鸞皇 鸞と鳳凰。いずれも瑞鳥。○ 数というほどの意。不在占は数のうちに入らぬ。


其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
その他のうごめくたぐいの虫類にしたって、共に死んでも誰も気にかけてくれるということにはならないのだ。
蠢動儔 うごめくたぐいの虫類。○恩嫌 かわいがったり、にくんだり。


伊我稱最靈,不能女覆苫。
とはいうものの、我々は、霊長類の中でも最も優秀な存在であるといわれているというのに、お前たちをかばってやれないのだ
稱最靈 霊長類の中でも最も優秀な存在であるといわれている○径苫 おおう、かばう。


悲哀激憤歎,五藏難安恬。」
こんなに悲しくかわいそうな出来事をおもえば腹立って、嘆かわしくおもうのであり、見ているこちらの五臓六腑も心が落ち着いて穏やかな状態にすることは難しいのだ。
安恬 心が落ち着いて穏やかな状態。『漢書、厳安傳』「心既和平、其性恬安。恬安不營、則盗賊銷。」(心既に和平なれば、其の性恬安たり。恬安として營せざれば、則ち盗賊銷ゆ。)とある。

苦寒 韓愈<45>#5 Ⅱ韓退之(韓愈)詩324 紀頌之の漢詩ブログ 1051

苦寒 韓愈<45>#5 Ⅱ韓退之(韓愈)詩324 紀頌之の漢詩ブログ 1051

803年 貞元19年35歳 この年は四門博士に任官。すぐに休暇をとって洛陽に行き、途中華山を遊覧している。
*『唐書』の五行志によると、803年貞元十九年三月に大雪が降った。三月は、太陽暦では四月の末から五月のはじめ、今ではゴールデンウィークに大雪が降ったということだ。よほど不順な気候だったわけで、この詩はその時の模様につて、諷刺的な傾向の強い詩として書かれたものである。

苦寒 #1
四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
#2
草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」
#3
炎帝持祝融,呵噓不相炎。
而我當此時,恩光何由沾。
肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」
#4
濁醪沸入喉,口角如銜箝。
將持匕箸食,觸指如排簽。
侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
探湯無所益,何況纊與縑。」
#5
虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
虎や豹が、穴にの中に入ったままででてこない、そのうえ、蛟たちまでも暗い水の底で死んでしまった。
熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
夏の神の火星は軌道を見失ってしまったのだ、季節が変わらず寒いままで六匹の龍までもが凍ってあの髯がぬけおちてしまったのだ。
芒碭大包内,生類恐盡殲。
かぎりなくひろい天地、宇宙の中での生きものはその中のことなのだ、生き歳往けるものすべてが全滅するのではないかと心配するのである。
啾啾窗間雀,不知已微纖。
チュウチュウと鳴いて窓べに寄せて来る雀がいる。微かな小さなものである自分の身のほどであるということを知りはしないのだ。
擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」
頭を持ち上げ、天を仰いで囀るのであるが一時てきであってもなんとか生きのびようとすることを願っている。

#6
不如彈射死,卻得親炰燖。
鸞皇苟不存,爾固不在占。
其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
伊我稱最靈,不能女覆苫。
悲哀激憤歎,五藏難安恬。」
#7
中宵倚牆立,淫淚何漸漸。
天王哀無辜,惠我下顧瞻。
褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
賢能日登禦,黜彼傲與憸。
生風吹死氣,豁達如褰簾。」
#8
懸乳零落堕,晨光入前檐。
雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
天乎苟其能,吾死意亦厭。」

寒きに苦しむ #1
四時 各々 平分し、一気 兼ぬ可からず。
隆寒【りゅうかん】 春序を奪ふは、顓頊【せんぎょく】 固に廉ならず。
太昊【たいこう】 維綱【いこう】を弛め、畏避【いひ】して 但 謙を守る。
遂に黄泉の下【もと】をして、萌牙【ほうが】 勾尖【こうせん】を夭【よう】せしむ。
#2
草木 復 柚【ぬ】かず、百昧【ひゃくみ】 苦甜【くてん】を失ふ。
凶飆【きょうふう】 宇宙を攪【みだ】し、鑑刀【ぼうじん】 割砭【かつへん】より甚【はなはだ】し。
日月は尊しと云ふと韓も、烏蟾【うせん】を活かす能はず。
義和 日を造って出づるに、恇怯【きょうきょう】して頻りに窺覘するのみ。
#3
炎帝 祝融【しゅくゆう】を持【ひか】え、呵嘘【かきょ】して 相 炎【も】えしめず。
而も 我 此の時に當って、恩光 何に由ってか沾【うるは】はむ。
肌膚【きふ】鱗甲【りんこう】生じ、衣被【いひ】刀鐮【とうれん】の如し。
気 寒くして 鼻 嗅ぐなく、血 凍って 指 拈めず。
#4
濁醪【だくろう】沸いて 喉に入れども、口角 箝を銜める如し。
將に匕箸【ひちょ】を持して食はむとするに、指に觸【ふ】るること簽【せん】を排【なら】ぶるが如し。
鑪【ろ】を侵して暖【だん】を覚えず、炭を熾【さかん】にして 屡【しばしば】 己に添【そ】ふ。
湯を探れども益【えき】する所無し、何に況んや纊【こう】と縑【けん】とをや。
#5
虎豹【こひょう】穴中に僵【たう】れ、蛟螭【こうち】 幽潜【ゆうせん】に死す。
熒惑 纏次【てんじ】を喪【うしな】ひ、六龍【りくりゅう】冰って 髭脱く。
芒碭【ぼうとう】たる大包の内、生類【しょうるい】恐らくは盡く殲【つ】きむ。
啾啾たり窗間【そうかん】の雀、己の微纖【びせん】なるを知らず。
頭を挙げ 天を仰いで 鳴く、願う所は晷刻【きこく】の淹【ひさ】しからむことを。

#6
如【し】かず 彈射【だんしゃ】せられて死し、卻【かえ】って親く炰燖【ほうじん】せらるるを得むには。
鸞皇【らんこう】苟【いやし】くも存せず、爾【なんじ】は固【もと】より占【せん】に在らず。
其の餘【よ】の蠢動【しゅんどう】する儔【たぐい】、俱【とも】に死すとも誰か恩嫌【おんけん】せむ。
伊【こ】れ 我 最も靈なりと稱すとも、女【なんじ】を覆苫【ふくせん】すること能はず。
悲哀【ひあい】 激して 憤歎【ふんたん】し、五臓【ごぞう】 安恬【あんてん】し難し。
#7
中宵【ちゅうしょう】牆【かき】に倚って立てば、淫涙【いんるい】何ぞ 漸漸【ぜんぜん】たる。
天や 無辜【むこう】を哀み、我を惠みて下に顧瞻【こせん】せよ。
旒【りゅう】を褰【かか】げて耳纊【じこう】を去り、調和するに梅鹽【ばいえん】を進めよ。
賢能 日に登御【とうぎょ】し、彼の傲【ごう】と憸【せん】とを黜【しりぞ】けよ
生風【せいふう】死気【しき】を吹き、豁達【かくたつ】 簾【すだれ】を褰【かか】ぐる如くならむ。
#8
懸乳【けんにゅう】零落【れいらく】して堕ち、晨光【しんこう】 前檐【ぜんえん】に入り。
雪霜【せつそう】頓【とみ】に銷釋【しょうしゃく】し、且土脈【どみゃく】膏【こう】にして 且 黏【でん】ならむ。
豈 徒に蘭と蕙との榮【はなさ】くのみならむや、施【し】いて艾【かい】と蒹【けん】に及ばむ。
日萼【じつがく】行くゆく鑠鑠【しゃくしゃく】たり,風條【ふうじょう】坐【い】ながら襜襜【せんせん】たり。
天乎【てんや】苟【いやし】くも其れ能くせは,吾死すとも意【こころ】に亦厭【た】りなむ。」


現代語訳と訳註
(本文)
#5
虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
芒碭大包内,生類恐盡殲。
啾啾窗間雀,不知已微纖。
擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」

(下し文) #5
虎豹【こひょう】穴中に僵【たう】れ、蛟螭【こうち】 幽潜【ゆうせん】に死す。
熒惑 纏次【てんじ】を喪【うしな】ひ、六龍【りくりゅう】冰って 髭脱く。
芒碭【ぼうとう】たる大包の内、生類【しょうるい】恐らくは盡く殲【つ】きむ。
啾啾たり窗間【そうかん】の雀、己の微纖【びせん】なるを知らず。
頭を挙げ 天を仰いで 鳴く、願う所は晷刻【きこく】の淹【ひさ】しからむことを。


(現代語訳)
虎や豹が、穴にの中に入ったままででてこない、そのうえ、蛟たちまでも暗い水の底で死んでしまった。
夏の神の火星は軌道を見失ってしまったのだ、季節が変わらず寒いままで六匹の龍までもが凍ってあの髯がぬけおちてしまったのだ。
かぎりなくひろい天地、宇宙の中での生きものはその中のことなのだ、生き歳往けるものすべてが全滅するのではないかと心配するのである。
チュウチュウと鳴いて窓べに寄せて来る雀がいる。
微かな小さなものである自分の身のほどであるということを知りはしないのだ。
頭を持ち上げ、天を仰いで囀るのであるが一時てきであってもなんとか生きのびようとすることを願っている。


(訳注) #5
虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
虎や豹が、穴にの中に入ったままででてこない、そのうえ、蛟たちまでも暗い水の底で死んでしまった。
 面(おもて)を改める,表情をひきしめる.膠着状態の,にっちもさっちもゆかない.○硬直した,こわばった手、手がかじかんだ.○蛟螭 みずち。龍に似た角のある想像上の動物の名、同「蛟」「螭」。○幽潜 暗い水底。


熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
夏の神の火星は軌道を見失ってしまったのだ、季節が変わらず寒いままで六匹の龍までもが凍ってあの髯がぬけおちてしまったのだ
熒惑 火星。火星は五行説では熒惑、営惑とも書く。火星がさそり座のアンタレス(黄道の近くに位置しているため)に接近することを熒惑守心(熒惑心を守る)といい、不吉の前兆とされた。心は、星官、心宿のこと。○纏次 軌道.季節を変えるためのもの。○六竜 六匹の龍。『易経』乾の彖伝に「大哉乾元 萬物資始。乃統天。雲行雨施、品物流形。大明終始、六位時成。時乗六龍、以御天。乾道變化、各正性命、保合大和、乃利貞。首出庶物、万国咸寧。」(大いなるかな乾元! 万物資(と)りて始む。すなわち天を統ぶ。雲行き雨施し、品物形を流(し)く。大いに終始を明らかにし、六位時に成る。時に六竜に乗り、もって天を御す。乾道変化して、おのおの性命を正しくし、大和を保合するは、すなわち利貞なり。庶物に首出して、万国ことごとく寧(やす)し。)とある。乾元すなわち天の大本の気が、天を制御するために乗る六匹の竜。なお『易経』の疏に「陽気の昇降する、これ六竜といふ」とある。
脱髯 『史記』の封禅書『列仙伝』(黄帝は首山の銅を採って荊山の麓で鼎(かなえ)を鋳造した。鼎が完成すると、一匹の竜が髯を垂らして迎えにきた。黄帝はそれに乗って昇天した。臣下たちは悉く竜の髯をつかまえ、帝の弓にぶら下がって、帝とともに昇天しようとしたところ、竜の髯が抜け、弓も落ちてしまったので、臣下たちは着いて行くことができず、帝を仰いで泣き叫んだ。)これに似た故事の用法を駆使しているようである。


芒碭大包内,生類恐盡殲。
かぎりなくひろい天地、宇宙の中での生きものはその中のことなのだ、生き歳往けるものすべてが全滅するのではないかと心配するのである。
芒碭 茫轟と同じで、かぎりなくひろいこと。○大包 宇宙。○ 滅びる.


啾啾窗間雀,不知已微纖。
チュウチュウと鳴いて窓べに寄せて来る雀がいる。
微かな小さなものである自分の身のほどであるということを知りはしないのだ。
啾啾 チュウチュウ.○ 窓のこと。○微纖 わずかな、ちいさなもの。細い、繊維、小さい、しなやか、内衣の飾り、デリケート、脆弱、慎ましい、ケチ、という意味。


擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」
頭を持ち上げ、天を仰いで囀るのであるが一時てきであってもなんとか生きのびようとすることを願っている。
晷刻 光陰。時間。○ 卻の俗字。

苦寒 韓愈<45>#4 Ⅱ韓退之(韓愈)詩323 紀頌之の漢詩ブログ 1048

苦寒 韓愈<45>#4 Ⅱ韓退之(韓愈)詩323 紀頌之の漢詩ブログ 1048
803年 貞元19年35歳 この年は四門博士に任官。すぐに休暇をとって洛陽に行き、途中華山を遊覧している。
*『唐書』の五行志によると、803年貞元十九年三月に大雪が降った。三月は、太陽暦では四月の末から五月のはじめ、今ではゴールデンウィークに大雪が降ったということだ。よほど不順な気候だったわけで、この詩はその時の模様につて、諷刺的な傾向の強い詩として書かれたものである。

苦寒 #1
四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
#2
草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」
#3
炎帝持祝融,呵噓不相炎。
而我當此時,恩光何由沾。
肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」
#4
濁醪沸入喉,口角如銜箝。
生ドブロクが沸きたつようなのがのどを焼くようにはいりはしたが、口の端に残ったドブロクがたちまち凍って口かせのようになる。
將持匕箸食,觸指如排簽。
それでは食い物を箸とサジで食おうとすくうけれど、指で触ると食べ物がまるで竹ベラのようにカチカチだ。
侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
寒気が囲炉裏に侵入して、それで炭をしばしばどっさりくべたけれど、てんで暖くならない。
探湯無所益,何況纊與縑。」

からだを温めようとして風呂にはいった甲斐もないのだ、それでワタイレとフタコギヌを身に着けたとしてどうなろうというのか。
#5
虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
芒碭大包内,生類恐盡殲。
啾啾窗間雀,不知已微纖。
擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」
#6
不如彈射死,卻得親炰燖。
鸞皇苟不存,爾固不在占。
其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
伊我稱最靈,不能女覆苫。
悲哀激憤歎,五藏難安恬。」
#7
中宵倚牆立,淫淚何漸漸。
天王哀無辜,惠我下顧瞻。
褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
賢能日登禦,黜彼傲與憸。
生風吹死氣,豁達如褰簾。」
#8
懸乳零落堕,晨光入前檐。
雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
天乎苟其能,吾死意亦厭。」

寒きに苦しむ #1
四時 各々 平分し、一気 兼ぬ可からず。
隆寒【りゅうかん】 春序を奪ふは、顓頊【せんぎょく】 固に廉ならず。
太昊【たいこう】 維綱【いこう】を弛め、畏避【いひ】して 但 謙を守る。
遂に黄泉の下【もと】をして、萌牙【ほうが】 勾尖【こうせん】を夭【よう】せしむ。
#2
草木 復 柚【ぬ】かず、百昧【ひゃくみ】 苦甜【くてん】を失ふ。
凶飆【きょうふう】 宇宙を攪【みだ】し、鑑刀【ぼうじん】 割砭【かつへん】より甚【はなはだ】し。
日月は尊しと云ふと韓も、烏蟾【うせん】を活かす能はず。
義和 日を造って出づるに、恇怯【きょうきょう】して頻りに窺覘するのみ。
#3
炎帝 祝融【しゅくゆう】を持【ひか】え、呵嘘【かきょ】して 相 炎【も】えしめず。
而も 我 此の時に當って、恩光 何に由ってか沾【うるは】はむ。
肌膚【きふ】鱗甲【りんこう】生じ、衣被【いひ】刀鐮【とうれん】の如し。
気 寒くして 鼻 嗅ぐなく、血 凍って 指 拈めず。
#4
濁醪【だくろう】沸いて 喉に入れども、口角 箝を銜める如し。
將に匕箸【ひちょ】を持して食はむとするに、指に觸【ふ】るること簽【せん】を排【なら】ぶるが如し。
鑪【ろ】を侵して暖【だん】を覚えず、炭を熾【さかん】にして 屡【しばしば】 己に添【そ】ふ。
湯を探れども益【えき】する所無し、何に況んや纊【こう】と縑【けん】とをや。

#5
虎豹【こひょう】穴中に僵【たう】れ、蛟螭【こうち】 幽潜【ゆうせん】に死す。
熒惑 纏次【てんじ】を喪【うしな】ひ、六龍【りくりゅう】冰って 髭脱く。
芒碭【ぼうとう】たる大包の内、生類【しょうるい】恐らくは盡く殲【つ】きむ。
啾啾たり窗間【そうかん】の雀、己の微纖【びせん】なるを知らず。
頭を挙げ 天を仰いで 鳴く、願う所は晷刻【きこく】の淹【ひさ】しからむことを。
#6
如【し】かず 彈射【だんしゃ】せられて死し、卻【かえ】って親く炰燖【ほうじん】せらるるを得むには。
鸞皇【らんこう】苟【いやし】くも存せず、爾【なんじ】は固【もと】より占【せん】に在らず。
其の餘【よ】の蠢動【しゅんどう】する儔【たぐい】、俱【とも】に死すとも誰か恩嫌【おんけん】せむ。
伊【こ】れ 我 最も靈なりと稱すとも、女【なんじ】を覆苫【ふくせん】すること能はず。
悲哀【ひあい】 激して 憤歎【ふんたん】し、五臓【ごぞう】 安恬【あんてん】し難し。
#7
中宵【ちゅうしょう】牆【かき】に倚って立てば、淫涙【いんるい】何ぞ 漸漸【ぜんぜん】たる。
天や 無辜【むこう】を哀み、我を惠みて下に顧瞻【こせん】せよ。
旒【りゅう】を褰【かか】げて耳纊【じこう】を去り、調和するに梅鹽【ばいえん】を進めよ。
賢能 日に登御【とうぎょ】し、彼の傲【ごう】と憸【せん】とを黜【しりぞ】けよ
生風【せいふう】死気【しき】を吹き、豁達【かくたつ】 簾【すだれ】を褰【かか】ぐる如くならむ。
#8
懸乳【けんにゅう】零落【れいらく】して堕ち、晨光【しんこう】 前檐【ぜんえん】に入り。
雪霜【せつそう】頓【とみ】に銷釋【しょうしゃく】し、且土脈【どみゃく】膏【こう】にして 且 黏【でん】ならむ。
豈 徒に蘭と蕙との榮【はなさ】くのみならむや、施【し】いて艾【かい】と蒹【けん】に及ばむ。
日萼【じつがく】行くゆく鑠鑠【しゃくしゃく】たり,風條【ふうじょう】坐【い】ながら襜襜【せんせん】たり。
天乎【てんや】苟【いやし】くも其れ能くせは,吾死すとも意【こころ】に亦厭【た】りなむ。」


現代語訳と訳註
(本文)
#4
濁醪沸入喉,口角如銜箝。
將持匕箸食,觸指如排簽。
侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
探湯無所益,何況纊與縑。」


(下し文) #4
濁醪【だくろう】沸いて 喉に入れども、口角 箝を銜める如し。
將に匕箸【ひちょ】を持して食はむとするに、指に觸【ふ】るること簽【せん】を排【なら】ぶるが如し。
鑪【ろ】を侵して暖【だん】を覚えず、炭を熾【さかん】にして 屡【しばしば】 己に添【そ】ふ。
湯を探れども益【えき】する所無し、何に況んや纊【こう】と縑【けん】とをや。


(現代語訳)
生ドブロクが沸きたつようなのがのどを焼くようにはいりはしたが、口の端に残ったドブロクがたちまち凍って口かせのようになる。
それでは食い物を箸とサジで食おうとすくうけれど、指で触ると食べ物がまるで竹ベラのようにカチカチだ。
寒気が囲炉裏に侵入して、それで炭をしばしばどっさりくべたけれど、てんで暖くならない。
からだを温めようとして風呂にはいった甲斐もないのだ、それでワタイレとフタコギヌを身に着けたとしてどうなろうというのか。


(訳注) #4
濁醪沸入喉,口角如銜箝。

生ドブロクが沸きたつようなのがのどを焼くようにはいりはしたが、口の端に残ったドブロクがたちまち凍って口かせのようになる。
濁醪 生ドブロク。にごりもろみ。○沸入喉 沸きたつようなのがのどを焼くようにはいりはしたが。○ 声を出させないため口にくわえさせる木。口かせ。口の端に残ったドブロクがたちまち凍って口かせのようになるというのである。


將持匕箸食,觸指如排簽。
それでは食い物を箸とサジで食おうとすくうけれど、指で触ると食べ物がまるで竹ベラのようにカチカチだ。
匕箸 サジとハシ。○如排簽 食べ物がまるで竹ベラのようにカチカチだ、というのである。


侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
寒気が囲炉裏に侵入して、それで炭をしばしばどっさりくべたけれど、てんで暖くならない。
○侵鑪 寒気が囲炉裏に侵入して。


探湯無所益,何況纊與縑。」
からだを温めようとして風呂にはいった甲斐もないのだ、それでワタイレとフタコギヌを身に着けたとしてどうなろうというのか。
探湯 からだを温めようとして湯につかるが。○纊与縑 ワタイレとフタコギヌ。
*マイナス35度~-40度の世界をいう。

苦寒 韓愈<45>#3 Ⅱ韓退之(韓愈)詩322 紀頌之の漢詩ブログ 1045

苦寒 韓愈<45>#3 Ⅱ韓退之(韓愈)詩322 紀頌之の漢詩ブログ 1045

803年 貞元19年35歳 この年は四門博士に任官。すぐに休暇をとって洛陽に行き、途中華山を遊覧している。
*『唐書』の五行志によると、803年貞元十九年三月に大雪が降った。三月は、太陽暦では四月の末から五月のはじめ、今ではゴールデンウィークに大雪が降ったということだ。よほど不順な気候だったわけで、この詩はその時の模様につて、諷刺的な傾向の強い詩として書かれたものである。


苦寒 #1
四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
#2
草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」
#3
炎帝持祝融,呵噓不相炎。
夏を支配し火をつかさどる炎帝は、火の神祝融をしたがえたが、ご命令をだされるのは燃えてはいけない ということであった。
而我當此時,恩光何由沾。
それではこのわたしにこの時にあたって、めぐみの光がどうして注ぎ潤ってくれるというのか。
肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
素肌は魚の鱗のようにひびわれが生じてきて、衣はカタナとカマでもってさながら切り裂かれた状況にある。
氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」

寒気があまりに凄いので息をするのがやっとで鼻は匂うことができない、生き血は凍ってしまい指でつまむこともできないのである。

#4
濁醪沸入喉,口角如銜箝。
將持匕箸食,觸指如排簽。
侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
探湯無所益,何況纊與縑。」
#5
虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
芒碭大包内,生類恐盡殲。
啾啾窗間雀,不知已微纖。
擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」
#6
不如彈射死,卻得親炰燖。
鸞皇苟不存,爾固不在占。
其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
伊我稱最靈,不能女覆苫。
悲哀激憤歎,五藏難安恬。」
#7
中宵倚牆立,淫淚何漸漸。
天王哀無辜,惠我下顧瞻。
褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
賢能日登禦,黜彼傲與憸。
生風吹死氣,豁達如褰簾。」
#8
懸乳零落堕,晨光入前檐。
雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
天乎苟其能,吾死意亦厭。」

寒きに苦しむ #1
四時 各々 平分し、一気 兼ぬ可からず。
隆寒【りゅうかん】 春序を奪ふは、顓頊【せんぎょく】 固に廉ならず。
太昊【たいこう】 維綱【いこう】を弛め、畏避【いひ】して 但 謙を守る。
遂に黄泉の下【もと】をして、萌牙【ほうが】 勾尖【こうせん】を夭【よう】せしむ。
#2
草木 復 柚【ぬ】かず、百昧【ひゃくみ】 苦甜【くてん】を失ふ。
凶飆【きょうふう】 宇宙を攪【みだ】し、鑑刀【ぼうじん】 割砭【かつへん】より甚【はなはだ】し。
日月は尊しと云ふと韓も、烏蟾【うせん】を活かす能はず。
義和 日を造って出づるに、恇怯【きょうきょう】して頻りに窺覘するのみ。
#3
炎帝 祝融【しゅくゆう】を持【ひか】え、呵嘘【かきょ】して 相 炎【も】えしめず。
而も 我 此の時に當って、恩光 何に由ってか沾【うるは】はむ。
肌膚【きふ】鱗甲【りんこう】生じ、衣被【いひ】刀鐮【とうれん】の如し。
気 寒くして 鼻 嗅ぐなく、血 凍って 指 拈めず。

#4
濁醪【だくろう】沸いて 喉に入れども、口角 箝を銜める如し。
將に匕箸【ひちょ】を持して食はむとするに、指に觸【ふ】るること簽【せん】を排【なら】ぶるが如し。
鑪【ろ】を侵して暖【だん】を覚えず、炭を熾【さかん】にして 屡【しばしば】 己に添【そ】ふ。
湯を探れども益【えき】する所無し、何に況んや纊【こう】と縑【けん】とをや。
#5
虎豹【こひょう】穴中に僵【たう】れ、蛟螭【こうち】 幽潜【ゆうせん】に死す。
熒惑 纏次【てんじ】を喪【うしな】ひ、六龍【りくりゅう】冰って 髭脱く。
芒碭【ぼうとう】たる大包の内、生類【しょうるい】恐らくは盡く殲【つ】きむ。
啾啾たり窗間【そうかん】の雀、己の微纖【びせん】なるを知らず。
頭を挙げ 天を仰いで 鳴く、願う所は晷刻【きこく】の淹【ひさ】しからむことを。
#6
如【し】かず 彈射【だんしゃ】せられて死し、卻【かえ】って親く炰燖【ほうじん】せらるるを得むには。
鸞皇【らんこう】苟【いやし】くも存せず、爾【なんじ】は固【もと】より占【せん】に在らず。
其の餘【よ】の蠢動【しゅんどう】する儔【たぐい】、俱【とも】に死すとも誰か恩嫌【おんけん】せむ。
伊【こ】れ 我 最も靈なりと稱すとも、女【なんじ】を覆苫【ふくせん】すること能はず。
悲哀【ひあい】 激して 憤歎【ふんたん】し、五臓【ごぞう】 安恬【あんてん】し難し。
#7
中宵【ちゅうしょう】牆【かき】に倚って立てば、淫涙【いんるい】何ぞ 漸漸【ぜんぜん】たる。
天や 無辜【むこう】を哀み、我を惠みて下に顧瞻【こせん】せよ。
旒【りゅう】を褰【かか】げて耳纊【じこう】を去り、調和するに梅鹽【ばいえん】を進めよ。
賢能 日に登御【とうぎょ】し、彼の傲【ごう】と憸【せん】とを黜【しりぞ】けよ
生風【せいふう】死気【しき】を吹き、豁達【かくたつ】 簾【すだれ】を褰【かか】ぐる如くならむ。
#8
懸乳【けんにゅう】零落【れいらく】して堕ち、晨光【しんこう】 前檐【ぜんえん】に入り。
雪霜【せつそう】頓【とみ】に銷釋【しょうしゃく】し、且土脈【どみゃく】膏【こう】にして 且 黏【でん】ならむ。
豈 徒に蘭と蕙との榮【はなさ】くのみならむや、施【し】いて艾【かい】と蒹【けん】に及ばむ。
日萼【じつがく】行くゆく鑠鑠【しゃくしゃく】たり,風條【ふうじょう】坐【い】ながら襜襜【せんせん】たり。
天乎【てんや】苟【いやし】くも其れ能くせは,吾死すとも意【こころ】に亦厭【た】りなむ。」


現代語訳と訳註
(本文)
#3
炎帝持祝融,呵噓不相炎。
而我當此時,恩光何由沾。
肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」

(下し文) #3
炎帝 祝融【しゅくゆう】を持【ひか】え、呵嘘【かきょ】して 相 炎【も】えしめず。
而も 我 此の時に當って、恩光 何に由ってか沾【うるは】はむ。
肌膚【きふ】鱗甲【りんこう】生じ、衣被【いひ】刀鐮【とうれん】の如し。
気 寒くして 鼻 嗅ぐなく、血 凍って 指 拈めず。


(現代語訳)
夏を支配し火をつかさどる炎帝は、火の神祝融をしたがえたが、ご命令をだされるのは燃えてはいけない ということであった。
それではこのわたしにこの時にあたって、めぐみの光がどうして注ぎ潤ってくれるというのか。
素肌は魚の鱗のようにひびわれが生じてきて、衣はカタナとカマでもってさながら切り裂かれた状況にある。
寒気があまりに凄いので息をするのがやっとで鼻は匂うことができない、生き血は凍ってしまい指でつまむこともできないのである。


(訳注) #3
炎帝持祝融,呵噓不相炎。
夏を支配し火をつかさどる炎帝は、火の神祝融をしたがえたが、ご命令をだされるのは燃えてはいけない ということであった。 
炎帝 古代の伝説の帝王。夏を支配し火をつかさどると考えられた。○祝融 火の神。ここでは炎帝の部下。○呵嘘 いきをはく。ここでは、いいつけるというほどの悪弊につかっているのだろう。


而我當此時,恩光何由沾。
それではこのわたしにこの時にあたって、めぐみの光がどうして注ぎ潤ってくれるというのか。


肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
素肌は魚の鱗のようにひびわれが生じてきて、衣はカタナとカマでもってさながら切り裂かれた状況にある。
刀鐮 カタナとカマ。


氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」
寒気があまりに凄いので息をするのがやっとで鼻は匂うことができない、生き血は凍ってしまい指でつまむこともできないのである。

苦寒 韓愈<45>#2 Ⅱ韓退之(韓愈)詩321 紀頌之の漢詩ブログ 1042

苦寒 韓愈<45>#2 Ⅱ韓退之(韓愈)詩321 紀頌之の漢詩ブログ 1042
803年 貞元19年35歳 この年は四門博士に任官。すぐに休暇をとって洛陽に行き、途中華山を遊覧している。
*『唐書』の五行志によると、803年貞元十九年三月に大雪が降った。三月は、太陽暦では四月の末から五月のはじめ、今ではゴールデンウィークに大雪が降ったということだ。よほど不順な気候だったわけで、この詩はその時の模様につて、諷刺的な傾向の強い詩として書かれたものである。

苦寒 #1
四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
#2
草木不複抽,百味失苦甜。
いったん枯れた草木も春にはもういちどぬきん出てくるものだのに、草木が伸びないというのは、すべての味わいをもつものがその苦さや甘さを喪失するということである。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
凶悪なつむじ風は宇宙の秩序をみだすものであり、刃の先でさくことは石針で刺し通すことがより難しいのだ。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
太陽と月は雲に隠されようとも尊ばれるものであるといいながらも、天の法則が乱れれば、日の九羽のカラス、三本足のカラス、月の蛙も生きてはおれないのだ。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」

堯舜の時代から羲氏と和氏は日の出をつかさどっているのだが、怖がってしまい、びくびくして、おどおどして、そしてうかがい見をするばかりなのだ。
#3
炎帝持祝融,呵噓不相炎。
而我當此時,恩光何由沾。
肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」
#4
濁醪沸入喉,口角如銜箝。
將持匕箸食,觸指如排簽。
侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
探湯無所益,何況纊與縑。」
#5
虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
芒碭大包内,生類恐盡殲。
啾啾窗間雀,不知已微纖。
擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」
#6
不如彈射死,卻得親炰燖。
鸞皇苟不存,爾固不在占。
其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
伊我稱最靈,不能女覆苫。
悲哀激憤歎,五藏難安恬。」
#7
中宵倚牆立,淫淚何漸漸。
天王哀無辜,惠我下顧瞻。
褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
賢能日登禦,黜彼傲與憸。
生風吹死氣,豁達如褰簾。」
#8
懸乳零落堕,晨光入前檐。
雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
天乎苟其能,吾死意亦厭。」

寒きに苦しむ #1
四時 各々 平分し、一気 兼ぬ可からず。
隆寒【りゅうかん】 春序を奪ふは、顓頊【せんぎょく】 固に廉ならず。
太昊【たいこう】 維綱【いこう】を弛め、畏避【いひ】して 但 謙を守る。
遂に黄泉の下【もと】をして、萌牙【ほうが】 勾尖【こうせん】を夭【よう】せしむ。
#2
草木 復 柚【ぬ】かず、百昧【ひゃくみ】 苦甜【くてん】を失ふ。
凶飆【きょうふう】 宇宙を攪【みだ】し、鑑刀【ぼうじん】 割砭【かつへん】より甚【はなはだ】し。
日月は尊しと云ふと韓も、烏蟾【うせん】を活かす能はず。
義和 日を造って出づるに、恇怯【きょうきょう】して頻りに窺覘するのみ。

#3
炎帝 祝融【しゅくゆう】を持【ひか】え、呵嘘【かきょ】して 相 炎【も】えしめず。
而も 我 此の時に當って、恩光 何に由ってか沾【うるは】はむ。
肌膚【きふ】鱗甲【りんこう】生じ、衣被【いひ】刀鐮【とうれん】の如し。
気 寒くして 鼻 嗅ぐなく、血 凍って 指 拈めず。
#4
濁醪【だくろう】沸いて 喉に入れども、口角 箝を銜める如し。
將に匕箸【ひちょ】を持して食はむとするに、指に觸【ふ】るること簽【せん】を排【なら】ぶるが如し。
鑪【ろ】を侵して暖【だん】を覚えず、炭を熾【さかん】にして 屡【しばしば】 己に添【そ】ふ。
湯を探れども益【えき】する所無し、何に況んや纊【こう】と縑【けん】とをや。
#5
虎豹【こひょう】穴中に僵【たう】れ、蛟螭【こうち】 幽潜【ゆうせん】に死す。
熒惑 纏次【てんじ】を喪【うしな】ひ、六龍【りくりゅう】冰って 髭脱く。
芒碭【ぼうとう】たる大包の内、生類【しょうるい】恐らくは盡く殲【つ】きむ。
啾啾たり窗間【そうかん】の雀、己の微纖【びせん】なるを知らず。
頭を挙げ 天を仰いで 鳴く、願う所は晷刻【きこく】の淹【ひさ】しからむことを。
#6
如【し】かず 彈射【だんしゃ】せられて死し、卻【かえ】って親く炰燖【ほうじん】せらるるを得むには。
鸞皇【らんこう】苟【いやし】くも存せず、爾【なんじ】は固【もと】より占【せん】に在らず。
其の餘【よ】の蠢動【しゅんどう】する儔【たぐい】、俱【とも】に死すとも誰か恩嫌【おんけん】せむ。
伊【こ】れ 我 最も靈なりと稱すとも、女【なんじ】を覆苫【ふくせん】すること能はず。
悲哀【ひあい】 激して 憤歎【ふんたん】し、五臓【ごぞう】 安恬【あんてん】し難し。
#7
中宵【ちゅうしょう】牆【かき】に倚って立てば、淫涙【いんるい】何ぞ 漸漸【ぜんぜん】たる。
天や 無辜【むこう】を哀み、我を惠みて下に顧瞻【こせん】せよ。
旒【りゅう】を褰【かか】げて耳纊【じこう】を去り、調和するに梅鹽【ばいえん】を進めよ。
賢能 日に登御【とうぎょ】し、彼の傲【ごう】と憸【せん】とを黜【しりぞ】けよ
生風【せいふう】死気【しき】を吹き、豁達【かくたつ】 簾【すだれ】を褰【かか】ぐる如くならむ。
#8
懸乳【けんにゅう】零落【れいらく】して堕ち、晨光【しんこう】 前檐【ぜんえん】に入り。
雪霜【せつそう】頓【とみ】に銷釋【しょうしゃく】し、且土脈【どみゃく】膏【こう】にして 且 黏【でん】ならむ。
豈 徒に蘭と蕙との榮【はなさ】くのみならむや、施【し】いて艾【かい】と蒹【けん】に及ばむ。
日萼【じつがく】行くゆく鑠鑠【しゃくしゃく】たり,風條【ふうじょう】坐【い】ながら襜襜【せんせん】たり。
天乎【てんや】苟【いやし】くも其れ能くせは,吾死すとも意【こころ】に亦厭【た】りなむ。」


現代語訳と訳註
(本文)
#2
草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」


(下し文) #2
草木 復 柚【ぬ】かず、百昧【ひゃくみ】 苦甜【くてん】を失ふ。
凶飆【きょうふう】 宇宙を攪【みだ】し、鑑刀【ぼうじん】 割砭【かつへん】より甚【はなはだ】し。
日月は尊しと云ふと韓も、烏蟾【うせん】を活かす能はず。
義和 日を造って出づるに、恇怯【きょうきょう】して頻りに窺覘するのみ。


 (現代語訳)
いったん枯れた草木も春にはもういちどぬきん出てくるものだのに、草木が伸びないというのは、すべての味わいをもつものがその苦さや甘さを喪失するということである。
凶悪なつむじ風は宇宙の秩序をみだすものであり、刃の先でさくことは石針で刺し通すことがより難しいのだ。
太陽と月は雲に隠されようとも尊ばれるものであるといいながらも、天の法則が乱れれば、日の九羽のカラス、三本足のカラス、月の蛙も生きてはおれないのだ。
堯舜の時代から羲氏と和氏は日の出をつかさどっているのだが、怖がってしまい、びくびくして、おどおどして、そしてうかがい見をするばかりなのだ。


 (訳注) #2
草木不複抽,百味失苦甜。

いったん枯れた草木も春にはもういちどぬきん出てくるものだのに、草木が伸びないというのは、すべての味わいをもつものがその苦さや甘さを喪失するということである。
草木不復抽 いったん枯れた草木も春にはもういちどぬきん出てくるものだのに、それがぬき出てこない。○百味失苦甜 すべての味わいをもつものがその苦さや甘さを喪失する。


凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
凶悪なつむじ風は宇宙の秩序をみだすものであり、刃の先でさくことは石針で刺し通すことがより難しいのだ。
凶飆 凶悪なつむじ風。飆は飇の俗字。○铓刃 やいばのさき。○割砭 石針で刺し通すこと。


日月雖雲尊,不能活烏蟾。
太陽と月は雲に隠されようとも尊ばれるものであるといいながらも、天の法則が乱れれば、日の九羽のカラス、三本足のカラス、月の蛙も生きてはおれないのだ。
烏蟾 太陽には三本足のカラスが、月にはヒキガエルが、住むと考えられた。
李白「古朗月行」 #2 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 265350
「蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。 羿昔落九烏、天人清且安。陰精此淪惑、去去不足觀。 憂來其如何、淒愴摧心肝。」(蟾蜍(せんじょ)は 円影を蝕し、大明 夜已に残く。羿(げい)は昔 九鳥を落とし、天人 清く且つ安し。陰精(いんせい) 此に淪惑(りんわく)、去去 観るに足らず。憂 來りて 其れ如何、悽愴(せいそう) 心肝を摧(くだ)く。)
月の中にはヒキガエルがすんでいて、月のまるい影を食べている。月明かりが大きく照らさている夜があり、欠けてしまって夜の明りがのこる。大むかし十個の太陽があっって、日が定まらず困っていたので、弓の名手の羿が、九羽のカラスを射落すことによって、天は清らかに、人びとは安らかになった。天道には、陰と陽があり、陰の象徴である月の梧桐から追い出され后妃を殺し、沈みきって蜀まで迷い逃げた。叛乱軍は衰えるところなく時は、しだいに都を見るかげもないものにして行った。この先行きに対し、憂いのおこるのをどうしたらよいのであろう。この国のことを考えるにつけ、いたみかなしみがとめどなく、わたしの心をこなごなにする。


羲和送日出,恇怯頻窺覘。」
堯舜の時代から羲氏と和氏は日の出をつかさどっているのだが、怖がってしまい、びくびくして、おどおどして、そしてうかがい見をするばかりなのだ。
羲和 堯舜の時代に暦をつかさどった羲氏と和氏のこと。日の神。太陽をのせた車を運転すると考えられた。○恇怯 おそれる。○頻窺覘 頻:しきりに。窺:うかがう。覘;うかがいみる。

苦寒 韓愈<45>#1 Ⅱ韓退之(韓愈)詩320 紀頌之の漢詩ブログ 1039

苦寒 韓愈<45>#1 Ⅱ韓退之(韓愈)詩320 紀頌之の漢詩ブログ 1039
底本巻四
803年 貞元19年35歳 この年は四門博士に任官。すぐに休暇をとって洛陽に行き、途中華山を遊覧している。
*『唐書』の五行志によると、803年貞元十九年三月に大雪が降った。三月は、太陽暦では四月の末から五月のはじめ、今ではゴールデンウィークに大雪が降ったということだ。よほど不順な気候だったわけで、この詩はその時の模様につて、諷刺的な傾向の強い詩として書かれたものである。

苦寒

四時各平分,一氣不可兼。
四季、一日の四時というものは、平等に分けたれている。それで一気が他の気を兼ねてはならないのだ。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
暦で春なのにはげしい寒さがある、それは古代の伝説の天子、冬を支配する神である顓頊が引退すべきところ潔くない子としているのだ。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
古代の伝説の天子、春を支配する神である太昊どのが四隅の網の結び目をゆるめておられる。少しばかり掟をゆるくして、冬の神に遠慮されているのだ
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」

そういう緒風として残っていても土の下には陽気が蓄積されついにはかわるのである、草木のめも尖が枉げられしぼんでしまうのだ。

草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」

炎帝持祝融,呵噓不相炎。
而我當此時,恩光何由沾。
肌膚生鱗甲,衣被如刀鐮。
氣寒鼻莫嗅,血凍指不拈。」

濁醪沸入喉,口角如銜箝。
將持匕箸食,觸指如排簽。
侵鑪不覺暖,熾炭屢已添。
探湯無所益,何況纊與縑。」

虎豹僵穴中,蛟螭死幽潛。
熒惑喪纏次,六龍冰脱髯。
芒碭大包内,生類恐盡殲。
啾啾窗間雀,不知已微纖。
擧頭仰天鳴,所願晷刻淹。」

不如彈射死,卻得親炰燖。
鸞皇苟不存,爾固不在占。
其餘蠢動儔,俱死誰恩嫌。
伊我稱最靈,不能女覆苫。
悲哀激憤歎,五藏難安恬。」

中宵倚牆立,淫淚何漸漸。
天王哀無辜,惠我下顧瞻。
褰旒去耳纊,調和進梅鹽。
賢能日登禦,黜彼傲與憸。
生風吹死氣,豁達如褰簾。」

懸乳零落堕,晨光入前檐。
雪霜頓銷釋,土脈膏且黏。
豈徒蘭蕙榮,施及艾與蒹。
日萼行鑠鑠,風條坐襜襜。
天乎苟其能,吾死意亦厭。」

寒きに苦しむ #1
四時 各々 平分し、一気 兼ぬ可からず。
隆寒【りゅうかん】 春序を奪ふは、顓頊【せんぎょく】 固に廉ならず。
太昊【たいこう】 維綱【いこう】を弛め、畏避【いひ】して 但 謙を守る。
遂に黄泉の下【もと】をして、萌牙【ほうが】 勾尖【こうせん】を夭【よう】せしむ。
#2

草木 復 柚【ぬ】かず、百昧【ひゃくみ】 苦甜【くてん】を失ふ。
凶飆【きょうふう】 宇宙を攪【みだ】し、鑑刀【ぼうじん】 割砭【かつへん】より甚【はなはだ】し。
日月は尊しと云ふと韓も、烏蟾【うせん】を活かす能はず。
義和 日を造って出づるに、恇怯【きょうきょう】して頻りに窺覘するのみ。

炎帝 祝融【しゅくゆう】を持【ひか】え、呵嘘【かきょ】して 相 炎【も】えしめず。
而も 我 此の時に當って、恩光 何に由ってか沾【うるは】はむ。
肌膚【きふ】鱗甲【りんこう】生じ、衣被【いひ】刀鐮【とうれん】の如し。
気 寒くして 鼻 嗅ぐなく、血 凍って 指 拈めず。

濁醪【だくろう】沸いて 喉に入れども、口角 箝を銜める如し。
將に匕箸【ひちょ】を持して食はむとするに、指に觸【ふ】るること簽【せん】を排【なら】ぶるが如し。
鑪【ろ】を侵して暖【だん】を覚えず、炭を熾【さかん】にして 屡【しばしば】 己に添【そ】ふ。
湯を探れども益【えき】する所無し、何に況んや纊【こう】と縑【けん】とをや。

虎豹【こひょう】穴中に僵【たう】れ、蛟螭【こうち】 幽潜【ゆうせん】に死す。
熒惑 纏次【てんじ】を喪【うしな】ひ、六龍【りくりゅう】冰って 髭脱く。
芒碭【ぼうとう】たる大包の内、生類【しょうるい】恐らくは盡く殲【つ】きむ。
啾啾たり窗間【そうかん】の雀、己の微纖【びせん】なるを知らず。
頭を挙げ 天を仰いで 鳴く、願う所は晷刻【きこく】の淹【ひさ】しからむことを。


如【し】かず 彈射【だんしゃ】せられて死し、卻【かえ】って親く炰燖【ほうじん】せらるるを得むには。
鸞皇【らんこう】苟【いやし】くも存せず、爾【なんじ】は固【もと】より占【せん】に在らず。
其の餘【よ】の蠢動【しゅんどう】する儔【たぐい】、俱【とも】に死すとも誰か恩嫌【おんけん】せむ。
伊【こ】れ 我 最も靈なりと稱すとも、女【なんじ】を覆苫【ふくせん】すること能はず。
悲哀【ひあい】 激して 憤歎【ふんたん】し、五臓【ごぞう】 安恬【あんてん】し難し。

中宵【ちゅうしょう】牆【かき】に倚って立てば、淫涙【いんるい】何ぞ 漸漸【ぜんぜん】たる。
天や 無辜【むこう】を哀み、我を惠みて下に顧瞻【こせん】せよ。
旒【りゅう】を褰【かか】げて耳纊【じこう】を去り、調和するに梅鹽【ばいえん】を進めよ。
賢能 日に登御【とうぎょ】し、彼の傲【ごう】と憸【せん】とを黜【しりぞ】けよ
生風【せいふう】死気【しき】を吹き、豁達【かくたつ】 簾【すだれ】を褰【かか】ぐる如くならむ。
懸乳【けんにゅう】零落【れいらく】して堕ち、晨光【しんこう】 前檐【ぜんえん】に入り。
雪霜【せつそう】頓【とみ】に銷釋【しょうしゃく】し、且土脈【どみゃく】膏【こう】にして 且 黏【でん】ならむ。
豈 徒に蘭と蕙との榮【はなさ】くのみならむや、施【し】いて艾【かい】と蒹【けん】に及ばむ。

日萼【じつがく】行くゆく鑠鑠【しゃくしゃく】たり,風條【ふうじょう】坐【い】ながら襜襜【せんせん】たり。
天乎【てんや】苟【いやし】くも其れ能くせは,吾死すとも意【こころ】に亦厭【た】りなむ。」



現代語訳と訳註
(本文)苦寒

四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」

(下し文) 寒きに苦しむ
四時 各々 平分し、一気 兼ぬ可からず。
隆寒【りゅうかん】 春序を奪ふは、顓頊【せんぎょく】 固に廉ならず。
太昊【たいこう】 維綱【いこう】を弛め、畏避【いひ】して 但 謙を守る。
遂に黄泉の下【もと】をして、萌牙【ほうが】 勾尖【こうせん】を夭【よう】せしむ。


(現代語訳)
寒さに苦しむ
四季、一日の四時というものは、平等に分けたれている。それで一気が他の気を兼ねてはならないのだ。
暦で春なのにはげしい寒さがある、それは古代の伝説の天子、冬を支配する神である顓頊が引退すべきところ潔くない子としているのだ。
古代の伝説の天子、春を支配する神である太昊どのが四隅の網の結び目をゆるめておられる。少しばかり掟をゆるくして、冬の神に遠慮されているのだ
そういう緒風として残っていても土の下には陽気が蓄積されついにはかわるのである、草木のめも尖が枉げられしぼんでしまうのだ。

(訳注)
○苦寒
 同時期に孟郊「寒地百姓吟」がある。
 無火炙地眠,半夜皆立號。
 冷箭何處來,棘針風騷勞。
 霜吹破四壁,苦痛不可逃。
 高堂搥鍾飲,到曉聞烹炮。』
 寒者願爲蛾,燒死彼華膏。
 華膏隔仙羅,虛繞千萬遭。
 到頭落地死,踏地爲游遨。
 游遨者是誰,君子爲鬱陶。』



又、韓愈に次の詩がある。
苦寒歌

 黃昏苦寒歌,夜半不能休。

 豈不有陽春,節聿其周,君何愛重裘。

 兼味養大賢,冰食葛制神所憐。

 填窗塞慎勿出,暄風暖景明年日。



四時各平分,一氣不可兼。
四季、一日の四時というものは、平等に分けたれている。それで一気が他の気を兼ねてはならないのだ。
四時 春夏秋冬の四季。四運。朝、昼、夕、夜。浄土教、禅宗の時の考え方。一般的には五行思想であった。○各平分 春夏秋冬の四季は三カ月ずつ平均して配分されている。『楚辞』に「皇天は四時を平分す」という句が見える。○気不可兼 四季のうちの一つの気、たとえば冬の気が、他の気、春、夏、秋など別のの気を兼ねて受けもつことはいけないとする。


隆寒奪春序,顓頊固不廉。
暦で春なのにはげしい寒さがある、それは古代の伝説の天子、冬を支配する神である顓頊が引退すべきところ潔くない子としているのだ。
隆寒 はげしい寒さ。○春序 春の出現すべき順序。○顓頊 古代の伝説の天子。冬を支配する神と考えられている。○不廉 引退の時期が来ているのにまだ出しゃばっているのは、いさざよい身の処し方ではない。


太昊弛維綱,畏避但守謙。
古代の伝説の天子、春を支配する神である太昊どのが四隅の網の結び目をゆるめておられる。少しばかり掟をゆるくして、冬の神に遠慮されているのだ
太昊 古代の伝説の天子。春を支配する神と考えられている。○弛維網 規則をいいかげんにする。維は世界の四すみをつなぐ大綱、網は綱のしめくくりをつける太い網。それから転じて法度、規則などの意陳に用いられる。○畏避但守謙 こわがって逃げ、ぺこぺこするばかりだ。


遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
そういう緒風として残っていても土の下には陽気が蓄積されついにはかわるのである、草木のめも尖が枉げられしぼんでしまうのだ。
黄泉下 地下。「天地陰陽、不革而成。」『易経、革』「上六、君子豹変、小人革面」(上六、君子は豹変し、小人は面を革む。)四季の移り変わりのように自然と直ってゆくことを言う。年が改まり、去年の秋冬の風が初春の景色へと変わってゆくように、何かが新しく、正しく改革されてゆく。それは下から登ってきた陽気が去年の陰気に取って代わられてゆくからである。易では下の陽気が上昇し、陰気と入れ替わってゆくことで春が来る。初春は泰(上が坤で下が乾の卦)で表し、地面の上は去年から残る秋冬の風の陰気が「緒風」として残っているが、地面には既に陽気が登ってきて、春が来たのが感じられる。
登池上樓 #2 謝靈運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005


○萌牙 草木のめ。

*権力者や治政者が我儘なことをしているということを冬将軍に喩えている。春が来て新芽が出ることを下級官僚や若い官僚に喩えている。

河之水二首寄子侄老成 <44>Ⅱ韓退之(韓愈)詩319 紀頌之の漢詩ブログ 1036

河之水二首寄子侄老成 <44>Ⅱ韓退之(韓愈)詩319 紀頌之の漢詩ブログ 1036


詩経、王風『揚之水』(たばしるみず)
揚之水、不流束薪。
彼其之子、不與我戍申。
懐哉懐哉、曷月予還歸哉。
揚之水、不流束楚。
彼其之子、不與我戍甫。
懐哉懐哉、曷月予還歸哉。

(たばしる水)
揚れる水は、束ねし楚をも流さず。
彼の其の子は、我と與に申を戍らず。
懐う哉 懐う哉、曷【いつ】の月か予【わ】れは還り歸らん哉。

揚れる水は、束ねし薪をも流さず。
彼の其の子は、我と與に甫を戍らず。
懐う哉 懐う哉、曷【いつ】の月か予【わ】れは還り歸らん哉。

平王の時代、あいまいな理由で、国境警備に狩出された近衛兵が、理不尽な配置であること、早く故郷に帰りたいと不平を詠う詩である。同じ語で、一部置き換えて詠う。詩経に多い形である。韓愈はこれを踏襲している。



河之水二首寄子侄老成

河之水,去悠悠。
我不如,水東流。
我有孤侄在海陬,三年不見兮使我生憂。
日複日,夜複夜。
三年不見汝,使我鬢發未老而先化。
  

河之水,悠悠去。
黄河の水、はるかかなたに去り流れていく。
我不如,水東注。
わたしは黄河の流れがあたりまえのこととして東の海に注いでいるのに君にこの思いをそそぐことをしていない情ない身の上だ。
我有孤侄在海浦,三年不見兮使我心苦。
そして、私には君という宣城上元の荘園に孤独にさせ、それは東海の海や入り江の泊まりにそのまま放置しているのと同じことなのだ、もう三年逢っていない、だから心配で仕方がない気持ちがいつも胸が苦しくてたまらない思いだ。
采蕨於山,緡魚於淵。
わたしは高い山にワラビを取りながら君のことを思いやり、君は沈碑潭の淵で釣り糸を垂れて魚を取りながら私の迎えを待っている。
我徂京師,不遠其還。

そして私は長安の都に行ったままだけど、そんなに遠くではないやがて君をむかえに帰るよ。



(河の水 二首 子姪老成に寄す)1
河の水、去って悠悠【ゆうゆう】。
我は 如【し】かず、水の東流するに。
我に孤侄【こてん】有り、海陬【かいすう】に在り、三年 見ず、我をして忧【うれえ】を生ぜしむ
日 復 日、夜 復 夜。
三年 汝を見ず、我が鬢髪【びんはつ】をして未だ老いざるに而【しか】も先づ化【か】せしむ。

2.
河の水、悠悠と去る。
我は如かず、水の東注するに。
我に孤姪有り 海浦に在り、三年 見ず我をして心苦ましむ。
蕨を山に采り、魚を淵に緡す。
我 京師に徂くも、遠からず其れ還らむ


現代語訳と訳註
(本文) 2.

河之水,悠悠去。
我不如,水東注。
我有孤侄在海浦,三年不見兮使我心苦。
采蕨於山,緡魚於淵。
我徂京師,不遠其還。


(下し文)
河の水、悠悠と去る。
我は如かず、水の東注するに。
我に孤姪有り 海浦に在り、三年 見ず我をして心苦ましむ。
蕨を山に采り、魚を淵に緡す。
我 京師に徂くも、遠からず其れ還らむ

(現代語訳)
黄河の水、はるかかなたに去り流れていく。
わたしは黄河の流れがあたりまえのこととして東の海に注いでいるのに君にこの思いをそそぐことをしていない情ない身の上だ。
そして、私には君という宣城上元の荘園に孤独にさせ、それは東海の海や入り江の泊まりにそのまま放置しているのと同じことなのだ、もう三年逢っていない、だから心配で仕方がない気持ちがいつも胸が苦しくてたまらない思いだ。
わたしは高い山にワラビを取りながら君のことを思いやり、君は沈碑潭の淵で釣り糸を垂れて魚を取りながら私の迎えを待っている。
そして私は長安の都に行ったままだけど、そんなに遠くではないやがて君をむかえに帰るよ。

嚢陽一帯00

(訳注)
河之水,悠悠去。

黄河の水、はるかかなたに去り流れていく。
悠悠 日本語では悠悠とか悠然とかいう場合は、ゆったりしたとの意で、やや威張った感じに使われるが、中国の詩文では愁いを帯びたことばとして用いられることが多い。


我不如,水東注。
わたしは黄河の流れがあたりまえのこととして東の海に注いでいるのに君にこの思いをそそぐことをしていない情ない身の上だ。


我有孤侄在海浦,三年不見兮使我心苦。
そして、私には君という宣城上元の荘園に孤独にさせ、それは東海の海や入り江の泊まりにそのまま放置しているのと同じことなのだ、もう三年逢っていない、だから心配で仕方がない気持ちがいつも胸が苦しくてたまらない思いだ。

 
采蕨於山,緡魚於淵。
わたしは高い山にワラビを取りながら君のことを思いやり、君は沈碑潭の淵で釣り糸を垂れて魚を取りながら私の迎えを待っている。
采蕨於山 詩経、召南の『草蟲』「渉彼南山、言采其蕨。未見君子、憂いの心、をる彼の南山に捗って、言、其の蕨を采る。未まだ君子を見ざれば、憂いの心惙惙たり。」の句がある。南の山に登って私はワラビを摘む。あなたの御顔を見ぬうちは心配で胸がずきずき痛む。○緡魚於淵 詩経召南の『何彼穠矣』に「其釣維何、維絲伊緡。」(其の釣するは維れ何ぞ、維れ糸を伊れ緡とす)の句がある。行こうにも行けない韓愈を、兵士の妻や、嫁入りの娘に喩え、詩経を釈文してあらわす。挺古詩をいかに巧みに作りうるかが、詩人の才能をはかる一つの尺度とされていた(科挙試験など)。この詩も『詩経』の諸篇とほとんどみわけがつかないぐらいうまく古調を模している点で高く評価されたのであろう。復古主義の韓愈はこうして、子供の時に約束した子供のように思っていた老成に語句の背面にある『詩経』の心を、老成にくみ取らせ、老成が『詩経』を読むたびに韓愈を思い、寂しさを勉学に向かわせようとした。中國の人々は老成と同じ気持ちになって、韓愈の思いやりを読み取ったのである。したがって韓愈のこの詩が人々の中に受け入れられたのであり、華美、美辞麗句、艶歌に向かいがちであった人たちに古き詩文の新しさを感じさせたのである。


我徂京師,不遠其還。
そして私は長安の都に行ったままだけど、そんなに遠くではないやがて君をむかえに帰るよ。

河之水二首寄子侄老成 <43>Ⅱ韓退之(韓愈)詩318 紀頌之の漢詩ブログ 1033

河之水二首寄子侄老成 <43>Ⅱ韓退之(韓愈)詩318 紀頌之の漢詩ブログ 1033

河之水二首寄子侄老成

河之水,去悠悠。
河の水二首このように思う甥の老成に寄せる。
我不如,水東流。
わたしは黄河の流れがあたりまえのこととして東流しているように君のところへ行くことをしていない情ない身の上だ。
我有孤侄在海陬,三年不見兮使我生憂。
そして、私には君という宣城上元の荘園に孤独にさせている甥がいるのだ、もう三年逢っていない、だから心配で仕方がない気持ちがいつも胸が詰まる思いだ。
日複日,夜複夜。
夜一日すぎて、また一日がやって來る、一夜あけて、また一夜が来る。
三年不見汝,使我鬢發未老而先化。
本当に三年も君と会っていないと、目はぼうっとかすみ、髪はすっかり白くなってしまった。
  

河之水,悠悠去。
我不如,水東注。
我有孤侄在海浦,三年不見兮使我心苦。
采蕨於山,緡魚於淵。
我徂京師,不遠其還。


(河の水 二首 子姪老成に寄す)1
河の水、去って悠悠【ゆうゆう】。
我は 如【し】かず、水の東流するに。
我に孤侄【こてん】有り、海陬【かいすう】に在り、三年 見ず、我をして忧【うれえ】を生ぜしむ
日 復 日、夜 復 夜。
三年 汝を見ず、我が鬢髪【びんはつ】をして未だ老いざるに而【しか】も先づ化【か】せしむ。

2.
河の水、悠悠と去る。
我は如かず、水の東注するに。
我に孤姪有り 海浦に在り、三年 見ず我をして心苦ましむ。
蕨を山に采り、魚を淵に緡す。
我 京師に徂くも、遠からず其れ還らむ

現代語訳と訳註
(本文) 1

河之水,去悠悠。
我不如,水東流。
我有孤侄在海陬,三年不見兮使我生憂。
日複日,夜複夜。
三年不見汝,使我鬢發未老而先化。


(下し文) (河の水 二首 子姪老成に寄す)1
河の水、去って悠悠【ゆうゆう】。
我は 如【し】かず、水の東流するに。
我に孤侄【こてん】有り、海陬【かいすう】に在り、三年 見ず、我をして忧【うれえ】を生ぜしむ
日 復 日、夜 復 夜。
三年 汝を見ず、我が鬢髪【びんはつ】をして未だ老いざるに而【しか】も先づ化【か】せしむ。


(現代語訳)
河の水二首このように思う甥の老成に寄せる。
わたしは黄河の流れがあたりまえのこととして東流しているように君のところへ行くことをしていない情ない身の上だ。
そして、私には君という宣城上元の荘園に孤独にさせている甥がいるのだ、もう三年逢っていない、だから心配で仕方がない気持ちがいつも胸が詰まる思いだ。
夜一日すぎて、また一日がやって來る、一夜あけて、また一夜が来る。
本当に三年も君と会っていないと、目はぼうっとかすみ、髪はすっかり白くなってしまった。


(訳注)
河之水二首寄子侄老成

河の水二首このように思う甥の老成に寄せる。
河之水二首 底本巻三。この題も『詩経』にならったもの。二首が、少しばかりの語をのぞいて、互いにほとんど同じであるところも『詩経』をまねたものである。○子侄 侄は甥のこと。子の字は以前韓愈が一緒に住んでいたことを意味し、このように思う(十二郎を祭る文)とするもの。あるいは、誤って加わった文字だとする説があるが従えない。○老成 韓愈の次兄韓介の子で、長兄韓会の養子となり、十二郎とよばれた韓老成である。韓老成四歳、韓愈14歳の時、兄韓会が左遷先(韶州・現広東省曲江県)で死去、兄嫁と甥の老成と共に戦乱の中、死物狂いで、洛陽まで帰った。その後兄嫁も死に、老成と二人、死んだ兄の荘園で暮らす経験を持つもの。十九歳、老成9歳になって、韓愈は受験で出る。この時「しばらく別れるが必ず一緒に棲む」と約束して出発する。何回か再会し、汴州の乱がおこるまで1年一緒に暮らすが、その後、老成と死に別れする。その詩に対しての詩が『祭十二郎文(十二郎を祭る文)』である。


河之水,去悠悠。
黄河の水、はるかかなたに流れ去っていく。


我不如,水東流。
わたしは黄河の流れがあたりまえのこととして東流しているように君のところへ行くことをしていない情ない身の上だ。
我不如水東流 東海のほとりに住むおまえに会いにもゆけないわたしは、東の方に流れてゆく川水にも及ばない情ない身の上だ。


我有孤侄在海陬,三年不見兮使我生憂。
そして、私には君という宣城上元の荘園に孤独にさせている甥がいるのだ、もう三年逢っていない、だから心配で仕方がない気持ちがいつも胸が詰まる思いだ。
孤姪 親のない甥。○海陬【かいすう】 海(みずうみ)のほとり。このとき老成は、宣城上元の荘園にいた。・宜城酒:裏陽が名酒の産地であつた。襄州宜城(現在湖北宜城県)・雲夢:古代中国で湖北省の武漢一帯にあったとされる大湿地。のち、長江と漢水が沖積して平原となった。武漢付近に散在する湖沼はその跡。宜城は海岸のまちではないが大湿地帯で、湖が散在していること。漢水により、荘園が水没した経験からこの表現になったのではないか。


日複日,夜複夜。
夜一日すぎて、また一日がやって來る、一夜あけて、また一夜が来る。
日夜日夜復 夜一日すぎて、また一日がやって來る、一夜あけて、また一夜が来る。おとついも会えず、きのうも食えず、またきょうも会えなかった。そんな嘆きが、このくりかえされる語と句とから、読む者の胸に、自然に、痛切に、響いてくる。古い詩によく使われた句だ。


三年不見汝,使我鬢發未老而先化。
本当に三年も君と会っていないと、目はぼうっとかすみ、髪はすっかり白くなってしまった。
未老而先化 韓愈は「十二郎を祭る文」の中で「吾、年いまだ四十ならざるに、しかも視は茫茫として、髪は蒼蒼たりしといっている。目はぼうっとかすみ、髪はすっかり白くなってしまった、というのである。又別に、『落歯』「去年落一牙、今年落一齒。俄然落六七、落勢殊未已。」(昨年、一牙【いちが】を落ち、今年、一歯【いっし】を落つ。俄然【がぜん】として六七を落ち、落つる勢い殊に未だ己【や】まず。)に、三十代で歯槽膿漏で苦しんだ。その白髪の、なんと悲痛にひびいてくる。

嗟哉董生行 <42>#3Ⅱ韓退之(韓愈)詩317 紀頌之の漢詩ブログ 1030

嗟哉董生行 <42>#3Ⅱ韓退之(韓愈)詩317 紀頌之の漢詩ブログ 1030
嗟哉董生行(韓愈 唐詩 底本二巻)
(嗟哉【ああ】董生の行【うた】)


嗟哉董生行  #1
淮水出桐柏,山東馳遙遙、千里不能休;
淝水出其側,不能千里, 百里入淮流。
壽州屬縣有安豐,唐 貞元時,縣人 董生召南,隱居行義於其中。
刺史不能薦,天子 不聞名聲。
#2
爵祿不及門,門外惟有吏,日來征租更索錢。
嗟哉董生,朝出耕夜歸讀古人書,盡日不得息。
或山而樵,或水而漁。
入廚具甘旨,上堂問起居。
父母不戚戚,妻子不咨咨。
嗟哉董生孝且慈,人不識,惟有天翁知,生祥下瑞無時期。
#3
家有狗乳出求食,雞來哺其兒。
家に仔犬をそだてる母犬がいた、その犬が子を生んで 餌をさがしに出る、すると鶏がやって来て 犬の子に食べさせようとする。
啄啄庭中拾蟲蟻,哺之不食鳴聲悲。
コツコツと庭の虫や蟻を拾ってきて、口移しで食べさせようとするのだが 食べないで悲しげに鳴いている。
彷徨躑躅久不去,以翼來覆待狗歸。
鶏は行ったり来たりうろついて、行ってしまうこともしないでそこにいる。翼で小犬をだきかかえ 親犬の帰りを待った。
嗟哉董生,誰將與儔?
ああ 董くん、誰をきみにくらべることができようか。
時之人,夫妻相虐,兄弟爲讎。
世間の人というものは、夫婦が互いに苦しめ合い、兄弟同士でまるで仇のようになる。
食君之祿,而令父母愁。
天子からから俸禄をもらっている、そうしながら、父母を泣かせている連中がいる。
亦獨何心,嗟哉董生無與儔。

これはいったいどんな気持ちというのだろうか、ああ 董くん、きみのようなひとはいないのだ。



(嗟哉【ああ】董生の行【うた】)
准水【わいすい】は桐柏【とうはく】より出で、山東に馳【は】せて 遙遙【ようよう】、千里 休む能【あた】はず。
淝水【ひすい】は其の側【かたわら】に出で、千里なる能はざれども、百里にして淮に入りて 流る。
壽州【じゅしゅう】の屬縣【ぞくけん】に安豊【あんぽう】有り、唐の貞元【ていげん】の時、縣人の董生【とうせい】召南【しょうなん】あり、隠れ居【す】みて 義を其の中【うち】に行ふ。
刺史【しし】は薦むる能はず、天子は名聾を聞かず。
#2

爵祿【しゃくろく】門に及ばず、門外 惟【ただ】吏【り】あるのみ、日に来って租を徹し更に餞を索【もと】む。
嗟哉【ああ】董生【とうせい】、朝に出でて耕し、夜は掃って古人の書を読む、尽日 息ふことを得ず。
或は山に樵【しょう】し、或は水に漁す。
厨【くりや】に入って甘旨【かんし】を具【ととの】へ、堂に上って起居を問ふ。
父母は戚戚たらず、妻子は咨咨【しし】たらず。
嗟哉【ああ】董生【とうせい】 孝にして且 慈【じ】、人識らず、惟 天翁【てんおう】のみ知る有り、祥を生じ 瑞【ずき】を下し 時期 無し。

#3
家に狗【いぬ】の乳する有り 出でて食を求む、鷄【にわとり】来って その児【こ】を哺【はぐく】まむとす。
啄啄【たくたく】として庭中に蟲蟻【ちゅうぎ】を拾ふ、之を哺【はぐく】ましめむとすれども食はず 鳴く聲悲し。
彷徨【ほうこう】し躑躅【てきちょく】して 久しく去らず、翼を以て来り覆うて 狗の歸るを待つ。
嗟哉 董生、誰を以てか與【とも】に儔【たぐ】へむ。
時の人、夫妻 相 虐【さいな】み 兄弟讎【あた】を爲す。
君の祿を食【は】み、而【しか】も 父母をして愁へしむ。
亦 濁り何の心ぞ、嗟哉 董生、與【とも】に儔【たぐ】へむもの無し。


現代語訳と訳註
(本文)
#3
家有狗乳出求食,雞來哺其兒。
啄啄庭中拾蟲蟻,哺之不食鳴聲悲。
彷徨躑躅久不去,以翼來覆待狗歸。
嗟哉董生,誰將與儔?
時之人,夫妻相虐,兄弟爲讎。
食君之祿,而令父母愁。
亦獨何心,嗟哉董生,無與儔。

(下し文) #3
家に狗【いぬ】の乳する有り 出でて食を求む、鷄【にわとり】来って その児【こ】を哺【はぐく】まむとす。
啄啄【たくたく】として庭中に蟲蟻【ちゅうぎ】を拾ふ、之を哺【はぐく】ましめむとすれども食はず 鳴く聲悲し。
彷徨【ほうこう】し躑躅【てきちょく】して 久しく去らず、翼を以て来り覆うて 狗の歸るを待つ。
嗟哉 董生、誰を以てか與【とも】に儔【たぐ】へむ。
時の人、夫妻 相 虐【さいな】み 兄弟讎【あた】を爲す。
君の祿を食【は】み、而【しか】も 父母をして愁へしむ。
亦 濁り何の心ぞ、嗟哉 董生、與【とも】に儔【たぐ】へむもの無し。


(現代語訳)
家に仔犬をそだてる母犬がいた、その犬が子を生んで 餌をさがしに出る、すると鶏がやって来て 犬の子に食べさせようとする。
コツコツと庭の虫や蟻を拾ってきて、口移しで食べさせようとするのだが 食べないで悲しげに鳴いている。
鶏は行ったり来たりうろついて、行ってしまうこともしないでそこにいる。翼で小犬をだきかかえ 親犬の帰りを待った。
ああ 董くん、誰をきみにくらべることができようか。
世間の人というものは、夫婦が互いに苦しめ合い、兄弟同士でまるで仇のようになる。
天子からから俸禄をもらっている、そうしながら、父母を泣かせている連中がいる。
これはいったいどんな気持ちというのだろうか、ああ 董くん、きみのようなひとはいないのだ。


(訳注)
家有狗乳出求食,雞來哺其兒。

家に仔犬をそだてる母犬がいた、その犬が子を生んで 餌をさがしに出る、すると鶏がやって来て 犬の子に食べさせようとする。
 乳をのませる。家有狗乳は、家に仔犬をそだてる母犬がいた。○ ロうつしに食物を与えること。


啄啄庭中拾蟲蟻,哺之不食鳴聲悲。
コツコツと庭の虫や蟻を拾ってきて、口移しで食べさせようとするのだが 食べないで悲しげに鳴いている。
啄啄 ついばみついばむ。タクタクという字音が、こつこつついばむさまをたくみに表現している。陶侃に「山鷄啄蟲蟻」杜甫に「家人厭鷄食蟲蟻」の句がある。○鳴声悲 仔犬は腹がへって鳴く声が悲しそうだ。


彷徨躑躅久不去,以翼來覆待狗歸。
鶏は行ったり来たりうろついて、行ってしまうこともしないでそこにいる。翼で小犬をだきかかえ 親犬の帰りを待った。
彷徨 うろつく。○躑躅 行きつもどりつする。


嗟哉董生,誰將與儔?
ああ 董くん、誰をきみにくらべることができようか。


時之人,夫妻相虐,兄弟爲讎。
世間の人というものは、夫婦が互いに苦しめ合い、兄弟同士でがまるで仇のようになる。


食君之祿,而令父母愁。
天子からから俸禄をもらっている、そうしながら、父母を泣かせている連中がいる。


亦獨何心,嗟哉董生,無與儔。
これはいったいどんな気持ちというのだろうか、ああ 董くん、きみのようなひとはいないのだ。

嗟哉董生行 <42>#2Ⅱ韓退之(韓愈)詩316 紀頌之の漢詩ブログ 1027

嗟哉董生行 <42>#2Ⅱ韓退之(韓愈)詩316 紀頌之の漢詩ブログ 1027
嗟哉董生行(韓愈 唐詩 底本二巻)
(嗟哉【ああ】董生の行【うた】)


嗟哉董生行  #1
淮水出桐柏,山東馳遙遙、千里不能休;
淝水出其側,不能千里, 百里入淮流。
壽州屬縣有安豐,唐 貞元時,縣人 董生召南,隱居行義於其中。
刺史不能薦,天子 不聞名聲。
#2
爵祿不及門,門外惟有吏,日來征租更索錢。
俸禄が門を開けて家にとどくはずがない、門戸に税吏だけがあり、毎日やって来て納税の督促し、そのうえ「わいろ=小銭」を要求する。
嗟哉董生,朝出耕夜歸讀古人書,盡日不得息。
ああ 董くん、こんなことじゃ朝家を出て畑を耕し、夜帰って古人の書を読む毎日だが、昼の間休むこともできないありさまだ。
或山而樵,或水而漁。
また、ある日は山で木こりをし、ある日は川で漁師をする。
入廚具甘旨,上堂問起居。
台所に入りごはんしたくをうまいものをつくり、奥座敷の親のためにごきげんをうかがっている。
父母不戚戚,妻子不咨咨。
父母はくよくよせず、妻子もあくせくしない。
嗟哉董生孝且慈,人不識,惟有天翁知,生祥下瑞無時期。

ああ 董くん、きみは孝行もので情ぶかい、このことは人は気もつかぬことであるが、天の神さまだけはご存じで、しょっちゅう幸せな喜ばしいことをおくだしになる。
#3
家有狗乳出求食,雞來哺其兒。
啄啄庭中拾蟲蟻,哺之不食鳴聲悲。
彷徨躑躅久不去,以翼來覆待狗歸。
嗟哉董生,誰將與儔?
時之人,夫妻相虐,兄弟爲讎。
食君之祿,而令父母愁。
亦獨何心,嗟哉董生無與儔。

(嗟哉【ああ】董生の行【うた】)#1
准水【わいすい】は桐柏【とうはく】より出で、山東に馳【は】せて 遙遙【ようよう】、千里 休む能【あた】はず。
淝水【ひすい】は其の側【かたわら】に出で、千里なる能はざれども、百里にして淮に入りて 流る。
壽州【じゅしゅう】の屬縣【ぞくけん】に安豊【あんぽう】有り、唐の貞元【ていげん】の時、縣人の董生【とうせい】召南【しょうなん】あり、隠れ居【す】みて 義を其の中【うち】に行ふ。
刺史【しし】は薦むる能はず、天子は名聾を聞かず。
#2
爵祿【しゃくろく】門に及ばず、門外 惟【ただ】吏【り】あるのみ、日に来って租を徹し更に餞を索【もと】む。
嗟哉【ああ】董生【とうせい】、朝に出でて耕し、夜は掃って古人の書を読む、尽日 息ふことを得ず。
或は山に樵【しょう】し、或は水に漁す。
厨【くりや】に入って甘旨【かんし】を具【ととの】へ、堂に上って起居を問ふ。
父母は戚戚たらず、妻子は咨咨【しし】たらず。
嗟哉【ああ】董生【とうせい】 孝にして且 慈【じ】、人識らず、惟 天翁【てんおう】のみ知る有り、祥を生じ 瑞【ずき】を下し 時期 無し。

#3
家に狗【いぬ】の乳する有り 出でて食を求む、鷄【にわとり】来って その児【こ】を哺【はぐく】まむとす。
啄啄【たくたく】として庭中に蟲蟻【ちゅうぎ】を拾ふ、之を哺【はぐく】ましめむとすれども食はず 鳴く聲悲し。
彷徨【ほうこう】し躑躅【てきちょく】して 久しく去らず、翼を以て来り覆うて 狗の歸るを待つ。
嗟哉 董生、誰を以てか與【とも】に儔【たぐ】へむ。
時の人、夫妻 相 虐【さいな】み 兄弟讎【あた】を爲す。
君の祿を食【は】み、而【しか】も 父母をして愁へしむ。
亦 濁り何の心ぞ、嗟哉 董生、與【とも】に儔【たぐ】へむもの無し。



現代語訳と訳註
(本文) #2

爵祿不及門,門外惟有吏,日來征租更索錢。
嗟哉董生、朝出耕,夜歸讀古人書,盡日不得息。
或山而樵,或水而漁。
入廚具甘旨,上堂問起居。
父母不戚戚,妻子不咨咨。
嗟哉董生孝且慈,人不識,惟有天翁知,生祥下瑞無時期。


(下し文)#2
爵祿【しゃくろく】門に及ばず、門外 惟【ただ】吏【り】あるのみ、日に来って租を徹し更に餞を索【もと】む。
嗟哉【ああ】董生【とうせい】、朝に出でて耕し、夜は掃って古人の書を読む、尽日 息ふことを得ず。
或は山に樵【しょう】し、或は水に漁す。
厨【くりや】に入って甘旨【かんし】を具【ととの】へ、堂に上って起居を問ふ。
父母は戚戚たらず、妻子は咨咨【しし】たらず。
嗟哉【ああ】董生【とうせい】 孝にして且 慈【じ】、人識らず、惟 天翁【てんおう】のみ知る有り、祥を生じ 瑞【ずき】を下し 時期 無し。


(現代語訳)#2
俸禄が門を開けて家にとどくはずがない、門戸に税吏だけがあり、毎日やって来て納税の督促し、そのうえ「わいろ=小銭」を要求する。
ああ 董くん、こんなことじゃ朝家を出て畑を耕し、夜帰って古人の書を読む毎日だが、昼の間休むこともできないありさまだ。
また、ある日は山で木こりをし、ある日は川で漁師をする。
台所に入りごはんしたくをうまいものをつくり、奥座敷の親のためにごきげんをうかがっている。
父母はくよくよせず、妻子もあくせくしない。
ああ 董くん、きみは孝行もので情ぶかい、このことは人は気もつかぬことであるが、天の神さまだけはご存じで、しょっちゅう幸せな喜ばしいことをおくだしになる。


(訳注)#2
爵祿不及門,門外惟有吏,日來征租更索錢。

俸禄が門を開けて家にとどくはずがない、門戸に税吏だけがあり、毎日やって来て納税の督促し、そのうえ「わいろ=小銭」を要求する。
○吏 官吏は、天子が直接任命する官と、出先官庁がやとう吏とからなり、吏は書吏とも背丈とも称する。官は転任することが多いが、吏は転任せず、官の下役として官庁の実務にあたった。ここにうたわれる吏は緻税吏である。・吏索銭 税金を徴収した上、さらにワイロを出せと請求する。これまた「古来非独今」である。
從仕  (韓愈)
居閑食不足,從仕力難任。
兩事皆害性,一生恒苦心。
黄昏歸私室,惆悵起歎音。
棄置人間世,古來非獨今。


嗟哉董生、朝出耕,夜歸讀古人書,盡日不得息。
ああ 董くん、こんなことじゃ朝家を出て畑を耕し、夜帰って古人の書を読む毎日だが、昼の間休むこともできないありさまだ。
古人書 韓愈『雜詩』「古史散左右、詩書置後前。」(古史 左右に散じ、詩書 後前【こうぜん】に置く。)とある。古代の歴史の巻々は左右において勉学しているのでどうしても散らばりがちになってしまう。『詩経』『書経』詩人の詩文を前後において私の詩作に生かしている。


或山而樵,或水而漁。
また、ある日は山で木こりをし、ある日は川で漁師をする。
或山樵、戎水 二つの字を于とするものもある。この語法も韓愈の古文復活を示すところ。詩経を模したもの。


入廚具甘旨,上堂問起居。
台所に入りご飯仕度でうまいものを作り、奥座敷の親のためにご機嫌をうかがっている。
 台所。男が親のために、みずから調理することは中国では孝行の定型の一つである。○上堂 家の中で最もよい部屋が堂であって、そこに父母を住まわせる。だから父母のことを堂上ともいう。父母のいる部室に入ることを上堂という。○問起居 起き居が安らかであるかどうかをたずねる。すなわち、ごきげんをぅかがうこと。朝夕起居を問うのが子の親に対する礼儀とされる。


父母不戚戚,妻子不咨咨。
父母はくよくよせず、妻子もあくせくしない。
戚戚 くよくよする。○咨咨 あくせくする。


嗟哉董生、孝且慈,人不識,惟有天翁知,生祥下瑞無時期。
ああ 董くん、きみは孝行もので情ぶかい、このことは人は気もつかぬことであるが、天の神さまだけはご存じで、しょっちゅう幸せな喜ばしいことをおくだしになる。

孝且慈 孝は目上のものに対する、慈は目下のものに対する、やさしさ。○天翁 唐代には、物語の中で、天の神をこういった。天のあるじ、天帝のことである。○生祥下瑞 祥、瑞すなわち奇蹟をあらわした。○無時期 やむときがない。ひっきりなしに、というほどの意。

嗟哉董生行 <42>#1Ⅱ韓退之(韓愈)詩315 紀頌之の漢詩ブログ 1024

嗟哉董生行 <42>#1Ⅱ韓退之(韓愈)詩315 紀頌之の漢詩ブログ 1024
嗟哉董生行(韓愈 唐詩 底本二巻)
(嗟哉【ああ】董生の行【うた】)


嗟哉董生行  #1
ああ嘆かわしい世だね、董くんに歌う。
淮水出桐柏,山東馳遙遙、千里不能休;
淮水は胎簪山を水源にして桐柏山のふもとをめぐり流れ出でている、山の東へはるばる馳せ流れる、千里の間休んだりすることはない。
淝水出其側,不能千里, 百里入淮流。
支流に淝水があり、その水源の傍から出ており、千里とはいかないが百里を過ぎると淮水に注入し合流する。
壽州屬縣有安豐,唐 貞元時,縣人 董生召南,隱居行義於其中。
そこに壽州があり、屬縣の安豐が有るのだ、唐の徳宗の貞元時代に、その県人の董召南くんがいる、その男は知識人なのに仕官せず、民間にいるが正義や忠義を心の中に持っていて行いの正しいことをしている。
刺史不能薦,天子 不聞名聲。

州長官はその男を推薦しようとはしないのだ、だから天子は彼の名声を聞き及ぶことはないのだ。

#2
爵祿不及門,門外惟有吏,日來征租更索錢。
嗟哉董生,朝出耕夜歸讀古人書,盡日不得息。
或山而樵,或水而漁。
入廚具甘旨,上堂問起居。
父母不戚戚,妻子不咨咨。
嗟哉董生孝且慈,人不識,惟有天翁知,生祥下瑞無時期。
#3
家有狗乳出求食,雞來哺其兒。
啄啄庭中拾蟲蟻,哺之不食鳴聲悲。
彷徨躑躅久不去,以翼來覆待狗歸。
嗟哉董生,誰將與儔?
時之人,夫妻相虐,兄弟爲讎。
食君之祿,而令父母愁。
亦獨何心,嗟哉董生無與儔。


(嗟哉【ああ】董生の行【うた】)
准水【わいすい】は桐柏【とうはく】より出で、山東に馳【は】せて 遙遙【ようよう】、千里 休む能【あた】はず。
淝水【ひすい】は其の側【かたわら】に出で、千里なる能はざれども、百里にして淮に入りて 流る。
壽州【じゅしゅう】の屬縣【ぞくけん】に安豊【あんぽう】有り、唐の貞元【ていげん】の時、縣人の董生【とうせい】召南【しょうなん】あり、隠れ居【す】みて 義を其の中【うち】に行ふ。
刺史【しし】は薦むる能はず、天子は名聾を聞かず。

#2
爵祿【しゃくろく】門に及ばず、門外 惟【ただ】吏【り】あるのみ、日に来って租を徹し更に餞を索【もと】む。
嗟哉【ああ】董生【とうせい】、朝に出でて耕し、夜は掃って古人の書を読む、尽日 息ふことを得ず。
或は山に樵【しょう】し、或は水に漁す。
厨【くりや】に入って甘旨【かんし】を具【ととの】へ、堂に上って起居を問ふ。
父母は戚戚たらず、妻子は咨咨【しし】たらず。
嗟哉【ああ】董生【とうせい】 孝にして且 慈【じ】、人識らず、惟 天翁【てんおう】のみ知る有り、祥を生じ 瑞【ずき】を下し 時期 無し。
#3

家に狗【いぬ】の乳する有り 出でて食を求む、鷄【にわとり】来って その児【こ】を哺【はぐく】まむとす。
啄啄【たくたく】として庭中に蟲蟻【ちゅうぎ】を拾ふ、之を哺【はぐく】ましめむとすれども食はず 鳴く聲悲し。
彷徨【ほうこう】し躑躅【てきちょく】して 久しく去らず、翼を以て来り覆うて 狗の歸るを待つ。
嗟哉 董生、誰を以てか與【とも】に儔【たぐ】へむ。
時の人、夫妻 相 虐【さいな】み 兄弟讎【あた】を爲す。
君の祿を食【は】み、而【しか】も 父母をして愁へしむ。
亦 濁り何の心ぞ、嗟哉 董生、與【とも】に儔【たぐ】へむもの無し。



現代語訳と訳註
(本文) 嗟哉董生行  #1

淮水出桐柏,山東馳遙遙、千里不能休;
淝水出其側,不能千里  ,百里入淮流。
壽州屬縣有安豐,唐 貞元時,縣人 董生召南,隱居行義於其中。
刺史不能薦,天子 不聞名聲。


(下し文) (嗟哉【ああ】董生の行【うた】)#1
准水【わいすい】は桐柏【とうはく】より出で、山東に馳【は】せて 遙遙【ようよう】、千里 休む能【あた】はず。
淝水【ひすい】は其の側【かたわら】に出で、千里なる能はざれども、百里にして淮に入りて 流る。
壽州【じゅしゅう】の屬縣【ぞくけん】に安豊【あんぽう】有り、唐の貞元【ていげん】の時、縣人の董生【とうせい】召南【しょうなん】あり、隠れ居【す】みて 義を其の中【うち】に行ふ。
刺史【しし】は薦むる能はず、天子は名聾を聞かず。


(現代語訳)#1
ああ嘆かわしい世だね、董くんに歌う。
淮水は胎簪山を水源にして桐柏山のふもとをめぐり流れ出でている、山の東へはるばる馳せ流れる、千里の間休んだりすることはない。
支流に淝水があり、その水源の傍から出ており、千里とはいかないが百里を過ぎると淮水に注入し合流する。
そこに壽州があり、屬縣の安豐が有るのだ、唐の徳宗の貞元時代に、その県人の董召南くんがいる、その男は知識人なのに仕官せず、民間にいるが正義や忠義を心の中に持っていて行いの正しいことをしている。
州長官はその男を推薦しようとはしないのだ、だから天子は彼の名声を聞き及ぶことはないのだ。


(訳注) 嗟哉董生行  #1
ああ嘆かわしい世だね、董くんに歌う。
嗟哉董生行 底本巻二。董召南というすぐれた民間知識人をたたえたうた。嗟哉は「ああ」。董生は董召南をさす。生はもと学者という意味で、唐の時代には、くん、とか、さん、とかぐらいの敬称として用いられた。は詩体の一種。「男はつらいよ」の寅さんが口上を言うような詩である。このブログでは、漢詩の訳文を「現代詩」として付くことはしない事としている。できるだけ漢詩の意味が深く理解できるように考えて掲載しているが、この詩は、韓愈が啖呵を切るため、あるいは強調するため五言を四言にしたり、七言を六言にしている。その表現については原文に空白にしてあらわした。


淮水出桐柏,山東馳遙遙,千里不能休;
淮水は胎簪山を水源にして桐柏山のふもとをめぐり流れ出でている、山の東へはるばる馳せ流れる、千里の間休んだりすることはない。
推水 推陽平民県胎簪山から流れ出、東北方の桐柏山のふもとをめぐり、遠く東流して洪沢湖に注ぐ河。○遙遙 はるばる。『左伝、昭公二十五』「鸚鵠来巣、遠哉遙遙」(鸚鵠 巣より来たり、遠き遙遙たり)の句がみえる。


淝水出其側,不能千里 ,百里入淮流。
支流に淝水があり、その水源の傍から出ており、千里とはいかないが百里を過ぎると淮水に注入し合流する。
淝水 九江成徳県広陽郷から流出し西北に走って淮水に合流する。


壽州屬縣有安豐,唐貞元時 ,縣人 董生召南,隱居行義於其中。
そこに壽州があり、屬縣の安豐が有るのだ、唐の徳宗の貞元時代に、その県人の董召南くんがいる、その男は知識人なのに仕官せず、民間にいるが正義や忠義を心の中に持っていて行いの正しいことをしている。
寿州 淮・淝二水の合流点にある。いまは安徽省に属する。○隠居 知識人が仕官せず、民間にいること。中国の通念では、知識人は官文になって社会に奉仕すべきだとされる。それを官吏にならないから隠れ棲むことになる。おのれの意志で仕官しない場合と、望んでもできない場合とがある。董生は後者であった。


刺史不能薦,天子 不聞名聲。
州長官はその男を推薦しようとはしないのだ、だから天子は彼の名声を聞き及ぶことはないのだ。
刺史 州長官。○薦 州長官は管下の人材を天子に推薦する義務をもち、唐代には、だいたい毎年、長官が主宰して試験し、合格したものを、長安の郡で行なわれる官吏資格認定試験に送ることになっていた。これを「薦【せん】」という。この詩で「不能薦」というのは、董生が州での試験に合格しなかったことをさす。このような試験にも裏口の存在したこと、「古来非独今」である。『從仕』 (韓愈)を参照。

從仕  (韓愈)
居閑食不足,從仕力難任。
兩事皆害性,一生恒苦心。
黄昏歸私室,惆悵起歎音。
棄置人間世,古來非獨今。

從仕 Ⅱ韓退之(韓愈)詩<41>314 紀頌之の漢詩ブログ 1021

從仕 Ⅱ韓退之(韓愈)詩<41>314 紀頌之の漢詩ブログ 1021


從仕  
居閑食不足,從仕力難任。
暇を持て余して暮らしていると先のことが不安で食が細くなりがちになる。仕事に忙殺されていると体の方が問題になってくる。
兩事皆害性,一生恒苦心。
食がたりない「食不足」と身が持たない「力難任」の事柄はどちらも体の害になることである。だけど私の一生は常に苦しみに思う心境が続いている。
黄昏歸私室,惆悵起歎音。
夕方黄昏てきたら私の部屋にかえる。そうすると決まって歎き悲しむことが続いてどうしても口に出してしまう。
棄置人間世,古來非獨今。
こうした惆悵の毎日であると人の世を捨てて隠棲したと思う、この考えは昔からあることであるし、特別今に始まった事ではない。

仕に從う
閑に居れば 食ふもの足らず、仕に從へば 力 任へ難し
兩事 皆 性を害す、一生 恆【つね】に心を苦む。
黄昏【こうこん】私室に歸り、惆悵【ちゅうちょう】して歎音【たんおん】を起す。
人間【じんかん】の世を棄置【きち】せむに、古來 獨り今のみに非ず。


現代語訳と訳註
(本文)
從仕  
居閑食不足,從仕力難任。
兩事皆害性,一生恒苦心。
黄昏歸私室,惆悵起歎音。
棄置人間世,古來非獨今。


(下し文) 仕に從う
閑に居れば 食ふもの足らず、仕に從へば 力 任へ難し
兩事 皆 性を害す、一生 恆【つね】に心を苦む。
黄昏【こうこん】私室に歸り、惆悵【ちゅうちょう】して歎音【たんおん】を起す。
人間【じんかん】の世を棄置【きち】せむに、古來 獨り今のみに非ず。


(現代語訳)
暇を持て余して暮らしていると先のことが不安で食が細くなりがちになる。仕事に忙殺されていると体の方が問題になってくる。
食がたりない「食不足」と身が持たない「力難任」の事柄はどちらも体の害になることである。だけど私の一生は常に苦しみに思う心境が続いている。
夕方黄昏てきたら私の部屋にかえる。そうすると決まって歎き悲しむことが続いてどうしても口に出してしまう。
こうした惆悵の毎日であると人の世を捨てて隠棲したと思う、この考えは昔からあることであるし、特別今に始まった事ではない。



(訳注)
從仕
  
官吏生活の味気なさをうたった。


居閑食不足,從仕力難任。
暇を持て余して暮らしていると先のことが不安で食が細くなりがちになる。仕事に忙殺されていると体の方が問題になってくる。
居閑 ひまな状態でいること。「二句は謝霊運の『登池上樓』の「進徳智所拙、退耕力不任」を意識においてつくったとされている。
登池上樓
潛虯媚幽姿,飛鴻響遠音。薄霄愧雲浮,棲川怍淵沉。
進德智所拙,退耕力不任。徇祿反窮海,臥痾對空林。
衾枕昧節候,褰開暫窺臨。傾耳聆波瀾,舉目眺嶇嶔。』
初景革緒風,新陽改故陰。池塘生春草,園柳變鳴禽。
祁祁傷豳歌,萋萋感楚吟。索居易永久,離群難處心。
持操豈獨古,無悶徵在今。』
(現代語訳)池の上りの樓に登る
淵深く潜むみずちの龍の奥ゆかしい姿は心惹かれ麗しいものである、空高く飛ぶ大きな雁は遥か遠くからそのなく声を響かして聞えてくる。(俗世を超越し、隠棲した人は一人物静かに生き、奥ゆかしく美しい。)しかし、私は空高く上がっても浮雲のうえにでることはできない心の萎縮を愧じるのである、かといって川に棲み淵の底のその奥に身を潜めることもできないことは、この身も切られるくらいの慚に思うのだ。徳を積み修行をして立派な人として官僚の上に立つほど智徳、慈悲が稚拙である、そうかといって引退して畑を耕して暮らすにはそれに耐えるだけの体力がないのである。(隠棲することは自然への同化である。道教でなくても仏教の修行も死と隣り合わせであるからそれに耐えうる体力がない。持病を持っていた)官を辞せずにやむをえず俸禄を求めてこんな最果ての見知らぬ海辺のまちに来ている、その上、厄介な病気のことを考えると志で棲みたいと思っていたひと気のない林を眺めるしかないのである。そして、寝床にいたため節季行事もすることができないため季節感がわからなくなっている、簾の裾を開けてはしばらく外を覗き見るのである。寝床から耳をすますと大きな波の連なるのを聞くのである、目を挙げて険しく聳えてのしかかってくるかのような山を眺めるのである。
初春の景色は去年の秋冬の名残の風を改めている、新しい日の光が照り、去年の冬の名残りの陰気はすっかり改まっている。池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。春の日あしはのどかにあるとした『詩経』の豳歌に心を痛め、さわさわとした草の茂りに『楚辞、招隠士』の「王孫遊びて帰らず、春草生じて萋萋たり。」ということに感動するのである。友と離れて病床につき一人引きこもってれば永久になりやすのだ、群から離れたら心を落ち着けることは難しい。それでも志を持ち続ける節操として守り続けるのは一人古人だけだろうか、今の世に隠棲してよをのがれることができるなら、「無悶」の徴候は今ここに実証としてあるということなのだ。


兩事皆害性,一生恒苦心。
食がたりない「食不足」と身が持たない「力難任」の事柄はどちらも体の害になることである。だけど私の一生は常に苦しみに思う心境が続いている。
両事 食不足と力難任の二つをさす。○害性 生命を害する。肉体的生命を生、精神的生命を性と表現することがある。現代のサラリーマンにノイローゼ患者が多いのは、性を害しているのである。○恒苦心 長い間ずっと心を苦しめる。陸機の「悪木豈無枝、志士多苦心。」を意識してつくった句だとする。陸機「猛虎行」から》志士は、簡単にはその志を変えないために、こと志と違って苦労することが多い。
猛虎行
渇不飲盗泉水、熱不息悪木陰。
悪木豈無枝、志士多苦心。整駕肅時命、杖策將尋遠。
飢食猛虎窟、寒栖野雀林。」日歸功未建、時往歳載陰。
崇雲臨岸駭、鳴條随風吟。靜言幽谷底、長嘯高山岑。
急絃無懦響、亮節難爲音。人生誠未易、曷云開此衿。
眷我耿介懐、俯仰愧古今。」


黄昏歸私室,惆悵起歎音。
夕方黄昏てきたら私の部屋にかえる。そうすると決まって歎き悲しむことが続いてどうしても口に出してしまう。
惆悵 歎き悲しむさま、韓愈が今日よりさかのぼってうらむ。ここまで心苦なことが、かなりの経過時間そうであったこと。韓愈の尊敬した杜甫に「惆悵再難述」「閭里為我色惆悵」などの句がみえる。
杜甫.『自京赴奉先縣詠懷五百字詩』「榮枯咫尺異,惆悵難再述。」
杜甫『乾元中寓居同谷縣作歌七首之二』「嗚呼二歌兮歌始放,閭里為我色惆悵。」
宋玉『九辨』、
悲哉秋之為氣也!
蕭瑟兮草木搖落而變衰,
憭慄兮若在遠行,
登山臨水兮送將歸,
泬寥兮天高而氣清,
寂寥兮收潦而水清,
憯悽欷兮薄寒之中人,
愴怳懭悢兮去故而就新,
坎廩兮貧士失職而志不平,
廓落兮羇旅而無友生。
惆悵兮而私自憐。
燕翩翩其辭歸兮,蝉寂漠而無聲。
鴈廱廱而南遊兮,鶤[昆+鳥]雞 啁哳而悲鳴。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。


棄置人間世,古來非獨今。
こうした惆悵の毎日であると人の世を捨てて隠棲したと思う、この考えは昔からあることであるし、特別今に始まった事ではないし、現実はそうはいかない。
棄置人間世 隠遁することをいう。○棄置 うっちゃりすてる。○人間世 人間も、人間世も、ともに人間社会のこと。『荘子』に「人間世」の一篇がある。『漢書』の張良伝に、「願はくは人間の事を棄て、赤松子に従ひて遊ばんと欲するのみ」 の語がみえる。豪傑の張良さえ逃げ出したくなる人間世。神経の細い読書人、高級、下級とわず官吏が脱出したくなるのも無理もない。間は閒の俗字。○古来非独今 むかしからそうなのであった。ただ現代、現実としてそうなのではない。

雜詩 #3 Ⅱ-312韓退之(韓愈)詩<40>#3 紀頌之の漢詩ブログ1018

雜詩 #3 Ⅱ-313韓退之(韓愈)詩<40>#3 紀頌之の漢詩ブログ1018

792年進士及第。793・794年上級の博学宏詞科の落第が続いていたころの作で、こののち董晉に随って汴州の観察推官として幕下についた。

雜 詩
古史散左右、詩書置後前。
豈殊蠧書蟲、生死文字閒。
古道自愚憃、古言自包纏。
當今固殊古、誰與爲欣歓。』
獨攜無言子、共昇崑崙巓。
長風飄襟裾、逐起飛高圓。
下覛禹九州、一塵集豪端。
遨嬉未云幾、下已億萬年。
向者夸奪子、萬墳厭其巓。』
惜哉抱所見、白黒未及分。
残念なことだが、わたしには別の考えがあった。物の白黒、善悪を分別し、考え直すものもないではなかったということだ。
慷慨爲悲咤、涙如九河翻。
世間の悪しき風潮や社会の不正などを、怒り嘆き、かなしみにあふれるのだ。この悲しみの涙は九河の流れをひとつに束ねたかわがひるがえったようにとどまらない。
指摘相告語、雖還今誰親。
一緒に来た無言子は相手に向かって、下界を指さし、こう告げた。「彼方に帰ったとしても、もはや親しみ語るものもありはしない。」
翩然下大荒、被髪騎騏驎。』

髪ふりさばき、千里走るという騏驎に騎乗して、ひらりと翻り、果てしない天空に下って行った。

雜詩 #1
古史 左右に散じ、詩書 後前【こうぜん】に置く。
豈に殊【こと】ならむや 蠧書蟲【としょちゅう】の、文字の閒に生死するに。
古道【こどう】は自らを愚憃【ぐとう】にし、古言【こげん】は自らを包纏【ほうてん】す。
當今は固より古しえと殊【こと】なれり、誰と與【とも】にか欣歓をなさむ。』
#2
獨り無言子を攜へ、共に昇る崑崙【こんろん】の巓【いただき】。
長風【ちょうふう】襟裾【きんきょ】を飄し、逐に起て高圓【こうえん】に飛ぶ。
下 禹の九州を覛る、一塵 豪端に集【とど】まるを。
遨嬉【ごうぎ】すること未だ云【ここ】に幾【いくばく】ならん、下は已に億萬年。
向者【さき】の夸奪子【かだっし】、萬墳【まんふん】其の巓【いただき】厭【おそ】う。』
#3
惜しい哉【かな】所見を抱きしに、白黒【はくこく】未だ分【わか】つに及ばず。
慷慨【こうがい】悲咤【ひた】をなし、涙は九河【きゅうが】の翻えるが如し。
指摘【してき】して相【あい】告語【こくご】す、還ると雖も今や誰とか親【したし】まむ。
翩然【へんぜん】大荒【たいこう】に下らむとし、被髪【ひはつ】して騏驎【きりん】に騎【き】す。』

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現代語訳と訳註
(本文)
#3
惜哉抱所見、白黒未及分。
慷慨爲悲咤、涙如九河翻。
指摘相告語、雖還今誰親。
翩然下大荒、被髪騎騏驎。』

(下し文) #3
惜しい哉【かな】所見を抱きしに、白黒【はくこく】未だ分【わか】つに及ばず。
慷慨【こうがい】悲咤【ひた】をなし、涙は九河【きゅうが】の翻えるが如し。
指摘【してき】して相【あい】告語【こくご】す、還ると雖も今や誰とか親【したし】まむ。
翩然【へんぜん】大荒【たいこう】に下らむとし、被髪【ひはつ】して騏驎【きりん】に騎【き】す。』


(現代語訳)
残念なことだが、わたしには別の考えがあった。物の白黒、善悪を分別し、考え直すものもないではなかったということだ。
世間の悪しき風潮や社会の不正などを、怒り嘆き、かなしみにあふれるのだ。この悲しみの涙は九河の流れをひとつに束ねたかわがひるがえったようにとどまらない。
一緒に来た無言子は相手に向かって、下界を指さし、こう告げた。「彼方に帰ったとしても、もはや親しみ語るものもありはしない。」
髪ふりさばき、千里走るという騏驎に騎乗して、ひらりと翻り、果てしない天空に下って行った。


(訳注)
惜哉抱所見、白黒未及分。

残念なことだが、わたしには別の考えがあった。物の白黒、善悪を分別し、考え直すものもないではなかったということだ。
所見 かんがえ。○白黒 善悪。


慷慨爲悲咤、涙如九河翻。
世間の悪しき風潮や社会の不正などを、怒り嘆き、かなしみにあふれるのだ。この悲しみの涙は九河の流れをひとつに束ねたかわがひるがえったようにとどまらない。
慷慨【こうがい】[名・形動](スル)1 世間の悪しき風潮や社会の不正などを、怒り嘆くこと。「社会の矛盾を―する」「悲憤―」2 意気が盛んなこと。また、そのさま。○悲咤 かなしみなげく。○九河 『禹貢』「九河之名,徒駭太史馬頰覆釜胡蘇簡絜鉤槃﹑鬲津.」周の時代、斉の桓公がこれを塞いで一本の河とした。今の河間弓高から東、平原の鬲・般まで、至る所にその名残がある。」槃は『爾雅』九河の鉤槃の河である。


指摘相告語、雖還今誰親。
一緒に来た無言子は相手に向かって、下界を指さし、こう告げた。「彼方に帰ったとしても、もはや親しみ語るものもありはしない。」


翩然下大荒、被髪騎騏驎。』
髪ふりさばき、千里走るという騏驎に騎乗して、ひらりと翻り、果てしない天空に下って行った。
○倒句読み。○大荒 ①大凶年。大飢饉。 ②中国からきわめて遠い地。日月の入る所『山海經、大荒東經』「大荒之中有山、名曰合虚。日月所出。」(大荒の中に山あり。名を日月出といふ。)③そら、天、虚空。ここでは③の.意味○騏驎 一日に千里を走るというすぐれた馬。○この詩は李白『古風五十九首 其三十九』を源泉としつつ韓愈独自のものを歌ったもので、宋の王安石はここから多くのものを学んで多く作っている。

江行寄遠 李白 3

渡荊門送別 李白 5

『古風五十九首 其三十九』 李白178



韓愈は受験準備の期間であり、前後左右に書物を置いて、他との接触もなくこの詩を書いたのだ。この詩は李白の『古風五十九首其三十九』に影響を受けている。儒教者の韓愈が若いころにはお遊びとして道教の発想をこころみていた。この詩の参考をいかに示す。

(1)
太陽がかつて十個あったという神話は、殷王朝も共有していた(干支の「十干」や暦の「旬」に今も残る。この前後・相互関係は極めて複雑かつ微妙で、要するに不明である)。三本足のカラスは「八咫烏」(やたがらす)として有名である。

(2)
 月のウサギは道教の神・西王母(せいおうぼ)の神話に属しているが、西方の仙界・崑崙山(こんろんさん)に棲むその西王母に従うものにウサギがいる。ウサギは、上下対称で中央部を持って搗(つ)く杵(きね)でもって、餅ではなく不死の薬草を練って作る。


 以上の諸神話は習合し、定式化されたのは、数千年前であろう。それが時代に合わせて微調整され現代に至っているのである。現代も古代もそれほどのちがいはないのかもしれない。

太陽にはカラスが棲み(あるいは太陽の神使であり)、月(太陰)にはウサギが棲んで杵を搗くということになった。これを実証してくれたのが、楚とその先行文明を色濃く残した地・湖南省長沙市から出た、漢代の馬王堆(まおうたい)遺跡の帛画(はくが:絹衣に描かれた絵)である。そこには扶桑に宿る十個の太陽とカラス、それに三日月にウサギが描かれている。ところが、月にはより大きくヒキガエルが描かれ、しかもカラスは二本足であったのだ。

(3)
古風 其三十九
登高望四海。 天地何漫漫。
霜被群物秋。 風飄大荒寒。
榮華東流水。 萬事皆波瀾。
白日掩徂輝。 浮云無定端。
梧桐巢燕雀。 枳棘棲鴛鸞。
且復歸去來。 劍歌行路難。

参考(4)
古風 五十九首 其四十 
鳳飢不啄粟、所食唯琅玕。
焉能與羣鶏、刺蹙爭一餐。
朝鳴崑邱樹、夕飮砥柱湍。
歸飛海路遠、獨宿天霜寒。
幸遇王子晉、結交青雲端。
懐恩未得報、感別空長歎。

○崑邱樹 崑崙山の絶頂にそびえる木。「山海経」に「西海の南、流沙の浜、赤水の後、黒水の前、大山あり、名を足寄の邸という」とある。朝の朝礼、天子にあいさつする。○砥柱濡 湖は早瀬。砥柱は底柱とも書き、黄河の流れの中に柱のように突立っている山の名。翰林院での古書を紐解き勉学する。○朝鳴二句「港南子」に「鳳凰、合って万仰の上に逝き、四海の外に翔翔し、崑崙の疏国を過ぎ、砥柱の浦瀬に飲む」とあるのにもとづく。
鳳凰は空腹で飢えていても、穀物をつついたりはしない。食べものはただ、琅玕の玉だけである。
どこにでもいるにわとりの群れに加わったとして、こせこせと一回の食事をとりあいすることなど、どうしてできようか。
朝には崑崙山の頂上の木の上で鳴き、夕方には、黄河の流れの中にある砥柱の早瀬の水を飲んだのだ。
住まいとするとこには、海上から道のりは遠いけれど、飛んで歸えったものだった。びとりで宿る住まいには、天より霜が降りて寒いものだった。
さいわいに、もし、笙を吹くのがうまかった仙人の王子晋に出会えるなら、道士たちともきっと会えるし、出世をしたもの、青雲の志を持ったもの同士で旧交をあたためたるのだ
受けたご恩と恵みというものは心にいだいているけれど、いまだに恩返しできないでいる。別れた時の感情は持ち続けているけれど、逢えないから、むなしくいつまでも、ため息をついているだけなのだ。


雜詩 #2 Ⅱ-312韓退之(韓愈)詩40 #2 紀頌之の漢詩ブログ1015

雜詩 #2 Ⅱ-312韓退之(韓愈)詩40 #2 紀頌之の漢詩ブログ1015

792年進士及第。793・794年上級の博学宏詞科の落第が続いていたころの作で、こののち董晉に随って汴州の観察推官として幕下についた。

雜 詩
古史散左右、詩書置後前。
豈殊蠧書蟲、生死文字閒。
古道自愚憃、古言自包纏。
當今固殊古、誰與爲欣歓。』
獨攜無言子、共昇崑崙巓。
こうして一人で勉強をしている私は無言子といつも一緒である。そして彼を携えて、崑崙山の山頂に昇ってみようとおもう。
長風飄襟裾、逐起飛高圓。
遠くから風が吹いてきて襟やそで口から強い風が入り込んでくる。するとどうだろう、体は舞い上がり 高い円いあの天空を飛び廻っている。
下覛禹九州、一塵集豪端。
下界にはわたしが禹皇帝のひらいた九つの国を見下ろし、眺めまわした。筆の穂先にとまった塵のひとつぶの寄せ集めになってるようだ。
遨嬉未云幾、下已億萬年。
天上を遊びたわむれている、まだここでは幾年くらいのはずなのに、下界ではすでに一億万年が過ぎ去っているのだ。
向者夸奪子、萬墳厭其巓。』
以前わしを「時代遅れ」と馬鹿にしていたハッタリ屋、とっくの昔に死者となり、累々たる墳墓はハッタリ屋の頂、脳天を圧迫している。
惜哉抱所見、白黒未及分。
慷慨爲悲咤、涙如九河翻。
指摘相告語、雖還今誰親。
翩然下大荒、被髪騎騏驎。』


雜詩 #1
古史 左右に散じ、詩書 後前【こうぜん】に置く。
豈に殊【こと】ならむや 蠧書蟲【としょちゅう】の、文字の閒に生死するに。
古道【こどう】は自らを愚憃【ぐとう】にし、古言【こげん】は自らを包纏【ほうてん】す。
當今は固より古しえと殊【こと】なれり、誰と與【とも】にか欣歓をなさむ。』
#2
獨り無言子を攜へ、共に昇る崑崙【こんろん】の巓【いただき】。
長風【ちょうふう】襟裾【きんきょ】を飄し、逐に起て高圓【こうえん】に飛ぶ。
下 禹の九州を覛る、一塵 豪端に集【とど】まるを。
遨嬉【ごうぎ】すること未だ云【ここ】に幾【いくばく】ならん、下は已に億萬年。
向者【さき】の夸奪子【かだっし】、萬墳【まんふん】其の巓【いただき】厭【おそ】う。』
#3
惜しい哉【かな】所見を抱きしに、白黒【はくこく】未だ分【わか】つに及ばず。
慷慨【こうがい】悲咤【ひた】をなし、涙は九河【きゅうが】の翻えるが如し。
指摘【してき】して相【あい】告語【こくご】す、還ると雖も今や誰とか親【したし】まむ。
翩然【へんぜん】大荒【たいこう】に下らむとし、被髪【ひはつ】して騏驎【きりん】に騎【き】す。』


現代語訳と訳註
(本文)
獨攜無言子、共昇崑崙巓。
長風飄襟裾、逐起飛高圓。
下覛禹九州、一塵集豪端。
遨嬉未云幾、下已億萬年。
向者夸奪子、萬墳厭其巓。』

(下し文) #2
獨り無言子を攜へ、共に昇る崑崙【こんろん】の巓【いただき】。
長風【ちょうふう】襟裾【きんきょ】を飄し、逐に起て高圓【こうえん】に飛ぶ。
下 禹の九州を覛る、一塵 豪端に集【とど】まるを。
遨嬉【ごうぎ】すること未だ云【ここ】に幾【いくばく】ならん、下は已に億萬年。
向者【さき】の夸奪子【かだっし】、萬墳【まんふん】其の巓【いただき】厭【おそ】う。』


(現代語訳)
こうして一人で勉強をしている私は無言子といつも一緒である。そして彼を携えて、崑崙山の山頂に昇ってみようとおもう。
遠くから風が吹いてきて襟やそで口から強い風が入り込んでくる。するとどうだろう、体は舞い上がり 高い円いあの天空を飛び廻っている。
下界にはわたしが禹皇帝のひらいた九つの国を見下ろし、眺めまわした。筆の穂先にとまった塵のひとつぶの寄せ集めになってるようだ。
天上を遊びたわむれている、まだここでは幾年くらいのはずなのに、下界ではすでに一億万年が過ぎ去っているのだ。
以前わしを「時代遅れ」と馬鹿にしていたハッタリ屋、とっくの昔に死者となり、累々たる墳墓はハッタリ屋の頂、脳天を圧迫している。


(訳注)
獨攜無言子、共昇崑崙巓。
こうして一人で勉強をしている私は無言子といつも一緒である。そして彼を携えて、崑崙山の山頂に昇ってみようとおもう。
○無言子 無言の擬人化。子は孔子・荘子のそれで男子の美称。読書人の夢想宇宙遍歴に、相手を擬人的に出演させたもの。
(韓愈は受験勉強ばかりで、他人との接触が少なかったときであろう。)崑崙山に付いては李白『古風其四十』に詳しい


長風飄襟裾、逐起飛高圓。
遠くから風が吹いてきて襟やそで口から強い風が入り込んでくる。するとどうだろう、体は舞い上がり 高い円いあの天空を飛び廻っている。
長風 遠くから風が吹いてくる様子。転じて雄大な趣をいう。宋玉『高唐賦』「長風至而波起兮、若麗山之孤畝。」(長風至って而して波起り、麗山之れ孤畝の若し。)○高圓 大空。円弓の空。志が高いこと。


下覛禹九州、一塵集豪端。
下界にはわたしが禹皇帝のひらいた九つの国を見下ろし、眺めまわした。筆の穂先にとまった塵のひとつぶの寄せ集めになってるようだ。
 下界。○禹九州 古代の帝王の禹か地上を九つに区分秩序したといわれる中国をさす。○一塵 チリの一粒。大地を一塵と見る表現は李賀『夢天』にもあり、法華経如来寿量晶に由来する。道教思想で疲れることが多い。○豪端 豪は毫。長く鋭い細い毛の先。


遨嬉未云幾、下已億萬年。
天上を遊びたわむれている、まだここでは幾年くらいのはずなのに、下界ではすでに一億万年が過ぎ去っているのだ。
遨嬉 遊びたわむれる。○未云幾 ここでは幾年くらいのはず。


向者夸奪子、萬墳厭其巓。』
以前わしを「時代遅れ」と馬鹿にしていたハッタリ屋、とっくの昔に死者となり、累々たる墳墓はハッタリ屋の頂、脳天を圧迫している。
夸奪子 ハッタリ屋。詐欺師。・夸は大げさに振舞うこと。・奪は鳥が獲物をつかみ、羽をひろげて大きくはばたき去る。○萬墳 累々たる墳墓○厭其巓 山頂をおさえつける。厭は壓(圧)の字と通用される。死んだ人々の頭を圧迫する。

雜詩 #1 Ⅱ-311韓退之(韓愈)詩40  紀頌之の漢詩ブログ1012

雜詩 #1 Ⅱ-311韓退之(韓愈)詩40  紀頌之の漢詩ブログ1012

792年進士及第。793・794年上級の博学宏詞科の落第が続いていたころの作で、こののち董晉に随って汴州の観察推官として幕下についた。


雜 詩
古史散左右、詩書置後前。
古代の歴史の巻々は左右において勉学しているのでどうしても散らばりがちになってしまう。『詩経』『書経』詩人の詩文を前後において私の詩作に生かしている。
豈殊蠧書蟲、生死文字閒。
これではまるで書物を食い荒すシミダニではないか、文字と文字、書物と書物、ダニが文字の中に生きている、わたしは受験のための書物に前後左右をはさまれ そして死んでゆくあのダニとどこが違うのだ。
古道自愚憃、古言自包纏。
昔の人のいうことは、まず自分を愚か者であるとするところから始まり、「子曰く」という言葉は、自分自身を包みまといつき束縛することばでもあるのだ。
當今固殊古、誰與爲欣歓。』

私の生きているいま、基本的に昔とは事情が違っている。誰となら一緒に喜ぶことができるというのか。(教えを守りぬいて古人と喜びを享受できないのか。)
獨攜無言子、共昇崑崙巓。
長風飄襟裾、逐起飛高圓。
下覛禹九州、一塵集豪端。
遨嬉未云幾、下已億萬年。
向者夸奪子、萬墳厭其巓。』
惜哉抱所見、白黒未及分。
慷慨爲悲咤、涙如九河翻。
指摘相告語、雖還今誰親。
翩然下大荒、被髪騎騏驎。』


雜詩 #1
古史 左右に散じ、詩書 後前【こうぜん】に置く。
豈に殊【こと】ならむや 蠧書蟲【としょちゅう】の、文字の閒に生死するに。
古道【こどう】は自らを愚憃【ぐとう】にし、古言【こげん】は自らを包纏【ほうてん】す。
當今は固より古しえと殊【こと】なれり、誰と與【とも】にか欣歓をなさむ。』

#2
獨り無言子を攜へ、共に昇る崑崙【こんろん】の巓【いただき】。
長風【ちょうふう】襟裾【きんきょ】を飄し、逐に起て高圓【こうえん】に飛ぶ。
下 禹の九州を覛る、一塵 豪端に集【とど】まるを。
遨嬉【ごうぎ】すること未だ云【ここ】に幾【いくばく】ならん、下は已に億萬年。
向者【さき】の夸奪子【かだっし】、萬墳【まんふん】其の巓【いただき】厭【おそ】う。』
#3
惜しい哉【かな】所見を抱きしに、白黒【はくこく】未だ分【わか】つに及ばず。
慷慨【こうがい】悲咤【ひた】をなし、涙は九河【きゅうが】の翻えるが如し。
指摘【してき】して相【あい】告語【こくご】す、還ると雖も今や誰とか親【したし】まむ。
翩然【へんぜん】大荒【たいこう】に下らむとし、被髪【ひはつ】して騏驎【きりん】に騎【き】す。』



現代語訳と訳註
(本文)

古史散左右、詩書置後前。
豈殊蠧書蟲、生死文字閒。
古道白愚憃、古言自包纏。
當今固殊古、誰與爲欣歓。』

(下し文) #1
古史 左右に散じ、詩書 後前【こうぜん】に置く。
豈に殊【こと】ならむや 蠧書蟲【としょちゅう】の、文字の閒に生死するに。
古道【こどう】は自らを愚憃【ぐとう】にし、古言【こげん】は自らを包纏【ほうてん】す。
當今は固より古しえと殊【こと】なれり、誰と與【とも】にか欣歓をなさむ。』


(現代語訳)
古代の歴史の巻々は左右において勉学しているのでどうしても散らばりがちになってしまう。『詩経』『書経』詩人の詩文を前後において私の詩作に生かしている。
これではまるで書物を食い荒すシミダニではないか、文字と文字、書物と書物、ダニが文字の中に生きている、わたしは受験のための書物に前後左右をはさまれ そして死んでゆくあのダニとどこが違うのだ。
昔の人のいうことは、まず自分を愚か者であるとするところから始まり、「子曰く」という言葉は、自分自身を包みまといつき束縛することばでもあるのだ。
私の生きているいま、基本的に昔とは事情が違っている。誰となら一緒に喜ぶことができるというのか。(教えを守りぬいて古人と喜びを享受できないのか。


(訳注)
雜詩

「無題」とする場合もある。風刺、特別な感情を込める場合、詩題をわざと目立たない、無造作なものにした。さりげない、つまらないもの・・・そのなかにこそ詩人の思いを凝らしているものである。


#1
古史散左右、詩書置後前。

古史 左右に散じ、詩書 後前【こうぜん】に置く。
古代の歴史の巻々は左右において勉学しているのでどうしても散らばりがちになってしまう。『詩経』『書経』詩人の詩文を前後において私の詩作に生かしている。
○古史 古典、古体、古辞、古文学、歴史書、古文書をいう。○詩書 『詩経』『書経』楚辞、古詩、詩賦など、韓愈の時代には、杜甫の詩集がないだけで、六朝、謝霊運、初唐詩、孟浩然、李白、王維、などは発表されていた。


豈殊蠧書蟲、生死文字閒。
豈に殊【こと】ならむや 蠧書蟲【としょちゅう】の、文字の閒に生死するに。
これではまるで書物を食い荒すシミダニではないか、文字と文字、書物と書物、ダニが文字の中に生きている、わたしは受験のための書物に前後左右をはさまれ そして死んでゆくあのダニとどこが違うのだ
蠧書蟲 書物を食い荒すシミ。ケダニ
斡愈のこの詩は屈原の「離騒」あたりをお手本にしたのであろうか、読書人がくわだてる現実からの脱出には、古今を一にするものがあって、おもしろい。


古道自愚憃、古言自包纏。
古道【こどう】は自らを愚憃【ぐとう】にし、古言【こげん】は自らを包纏【ほうてん】す。
昔の人のいうことは、まず自分を愚か者であるとするところから始まり、「子曰く」という言葉は、自分自身を包みまといつき束縛することばでもあるのだ。
愚憃 おろかでにぶいこと。後漢書『張酺傳』「臣實愚憃、不及大體。」(臣實に愚憃にして、大體に及ばざる。)また、韓非子にみえる。○包纒 包みまといつくさま。束縛。


當今固殊古、誰與爲欣歓。』
當今は固より古しえと殊【こと】なれり、誰と與【とも】にか欣歓をなさむ。』
私の生きているいま、基本的に昔とは事情が違っている。誰となら一緒に喜ぶことができるというのか。(教えを守りぬいて古人と喜びを享受できないのか。)
欣歓 喜び楽しむこと。荘子『盗跖』「怵惕之恐、欣歓之喜、不監於心。」(怵惕之恐れ、欣歓之喜びは、於心に監みず。)

條山蒼 <39>Ⅱ韓退之(韓愈)詩310 紀頌之の漢詩ブログ1009

條山蒼 <39>Ⅱ韓退之(韓愈)詩310 紀頌之の漢詩ブログ1009


條山蒼
786年貞元二年、韓愈19歳の時、長安に出た。その長安途上の作とされる。現存の作品の最初のものである。長安では従兄韓弇【かんえん】の門生となって勉強した。


條山蒼
條山蒼  、河水黄。
浪波沄沄去、松栢在山岡。


(条山 蒼く)
条山 蒼く、河水 黄なり。
浪波は沄沄として去りぬ、松柏 高岡に在り。

nat0021

現代語訳と訳註
(本文)
條山蒼
條山蒼  、河水黄。
浪波沄沄去、松栢在山岡。


(下し文) (条山 蒼く)
条山 蒼く、河水 黄なり。
浪波は沄沄として去りぬ、松柏 高岡に在り。


(現代語訳)
中条山脈は蒼然としている。
中条山脈は日暮れの薄暗さの中で青々としている。その南を流れる黄河の流れは広々として黄色にひろがっている。
黄河は、大波、小波、渦巻き流れさっていく、世間の波もそうやって東流して行く。いつの日にも松やヒノキは常緑でいるけれどそれは特別な事でなくそれは天から授けられた精気の違いで、めいめい自分に与えられた時節に存分に過ごすものなのだそしてその木はその陽城先生と共に高岡に立っている。

(訳注)
條山蒼
中条山脈は蒼然としている。
○条山蒼 底本では巻三。詩の最初の句をとって題としたのは中国最古の詩集『詩経』にならった。蒼は蒼生、蒼然、日暮れの薄暗さ、隠棲を連想させる。


條山蒼  、河水黄。
中条山脈は日暮れの薄暗さの中で青々としている。その南を流れる黄河の流れは広々として黄色にひろがっている。
条山 華山に対し黄河の北にある中条山のこと。中条山は黄河の北岸を東西に走る山脈で、芮城県のある平野と運城市の中心のある盆地との間に立ちはだかっている。芮城県の西端にある風陵渡鎮で山脈が途切れておりその西側には黄河が南北に延びている。県内の最高峰は雪花山の標高1993メートル。その直ぐ東側にある五老峰(標高1809メートル)は風光明媚な観光地として知られる。当時、陽城がここに隠棲していた。陽城はのちに諫議大夫として天子から召された。その時代の陽城を韓愈は無能だとして論難したこともあるが、やはりすぐれたひとで、いと条山蒼は、青年の韓愈が隠者としての陽城に対する敬嘉の気持ちをうたったものだ、ともいわれる。○河水 黄河の水。詩経『碩人』「河水洋洋、北流活活。」(河の水は洋洋として、北に流るること活活たり。)


浪波沄沄去、松栢在山岡。
黄河は大波、小波、渦巻き流れさっていく、世間の波もそうやって東流して行く。いつの日にも松やヒノキは常緑でいるけれどそれは特別な事でなくそれは天から授けられた精気の違いで、めいめい自分に与えられた時節に存分に過ごすものなのだそしてその木はその陽城先生と共に高岡に立っている。
浪波 浪は大波、波は小波。『六書、故』「浪跳波也。」「水紋」「大波爲攔、小波爲淪、直波爲徑。」流行・変化・群衆の暗喩とみることができる。『荘子人閒世』「言者風波也。夫一言之發、激怒千人、非風波乎。」(言は者 風波なり。夫れ一言 之れ發っするや、怒するは千人を激、風波に非ざる乎。)○沄沄 水が渦巻き流れるさま。杜甫『次空霊岸詩』「沄沄逆素浪、落落展清眺。」(沄沄として素浪逆し、落落として清眺に展ぶ。)○松栢 マツとコノテガシワ、いずれも常緑樹、ひのき類の総称。不変・節操の比喩として使用されることが多い。松やヒノキは、冬でも青いが、それは天から授けられた精気の違いで、めいめい自分に与えられた時節に存分に過ごし、自分の安心すべき位置を得ていればそれが良いので、冬青いからといって、特に尊重する必要はない。論語『子罕篇廿八』「子曰 歳寒 然後知松栢之後彫也」人の運は四十にならないと分からない。そこで枯れてしまった者は、ただ運がよかっただけ。栢は柏の俗字。○山岡 高岡とする本があって、上句に沄沄があり、その方がよいようにおもわれる。

鄭羣贈簟 #3 Ⅱ韓退之(韓愈)詩309 紀頌之の漢詩ブログ1006

鄭羣贈簟 #3 Ⅱ韓退之(韓愈)詩309 紀頌之の漢詩ブログ1006
(鄭群 簟を贈る)

江陵の夏は格別蒸し暑くて、肥満体系の韓愈にとって、しのぎかねるものだった。これまで、陽山では左遷とはいえ、県令とうい知事というトップの職であった。暑さに加え、法曹参軍というかなり不満な地位であり、仕事始めであり、職務を怠慢にすることはできない。そうしたときにもらった「箪」だから、自分の立場を理解してくれたように思われて、韓愈としては単に「箪」をもらったことへの謝意だけではなく、知己を得たわけで、深い感謝をささげている。

鄭羣贈簟
蘄州笛竹天下知,鄭君所寶尤瑰奇。
擕來當晝不得臥,一府傳看黄琉璃。
體堅色淨又藏節,盡眼凝滑無瑕疵。
法曹貧賤眾所易,腰腹空大何能爲?』

自從五月困暑濕,如坐深甑遭蒸炊。
手磨袖拂心語口,慢膚多汗真相宜。
日暮歸來獨惆悵,有賣直欲傾家資。
誰謂故人知我意,卷送八尺含風漪。』

呼奴掃地鋪未了,光彩照耀驚童兒。
下男を呼び地面を掃いて敷かせたはじめたが、まだ敷きおわらぬうちに、美しい光が輝きだして子どもたちを驚かせた。
青蠅側翅蚤虱避,肅肅疑有清飆吹。
青繩も羽根をひそめてよけているし、ノミやシラミは逃げだしていく。そよそよとした清涼風が吹いてきたのかと見まちがえるほどだ。
倒身甘寢百疾愈,卻願天日恒炎曦。
からだを倒してその上に寝そべってみれば、さまざまな病気もなおってしまうだろう、これがあるなら、かえって太陽がいつもかんかん照りつけてほしいと願うほどだ。
明珠青玉不足報,贈子相好無時衰。』

これほどの物のお返しとしては、真珠や青玉などでは返礼にならぬ。君にはいつまでも衰えることのない好誼を贈ることにする。(何にも勝るものを贈られ、これ以上のない喜びをいう。)


(鄭群 簟を贈る)#1
蘄州【きしゅう】の笛竹【ちくてき】は天下知る、鄭君の宝とする所 尤【もっと】も壊奇【かいき】なり。
携え来たり昼に当たるも臥すを得ず、一府伝え看る 黄瑠璃【こうるり】。
体堅く色浄く 又節を蔵す、尽眼【じんがん】凝滑にして瑕疵【かし】無し。
法曹は貧賤【ひんせん】にして衆の易【あなど】る所、腰腹空しく大なるも何をか能【よ】く為さん。

#2
五月自従り 暑湿に困【くる】しみ、深甑【しんそう】に坐して蒸炊【じょうすい】に遭うが如し。
手を磨し袖を払いて 心口に語る、慢膚【まんぷ】汗多きは真【まこと】に相宜【よろ】しと。
日暮れて帰り来たり 独り惆悵【ちゅうちょう】し、売る有らば直ちに家資を傾けんと欲す。
誰か謂【おも】わん 故人我が意を知り、八尺の含風【がんふう】漪【い】を巻いて送らんとは。

#3
奴を呼び地を掃【はら】って鋪【し】かしむること未だ了【お】わらざるに、光彩照耀して童児を驚かす。
青蠅【せいよう】は翅を側【そば】め蚤虱【そうしつ】は避け、粛粛【しゅくしゅく】として清飈【せいひょう】の吹くこと有るかと疑う。
身を倒して甘寝【かんしん】し百疾【ひゃくしつ】愈【い】え、却って願う 天日の恒に炎曦【えんぎ】なるを。
明珠・青玉も報ゆるに足らず、子【し】に相好【よ】くして時として衰うる無きを贈らん。


現代語訳と訳註
(本文)

呼奴掃地鋪未了,光彩照耀驚童兒。
青蠅側翅蚤虱避,肅肅疑有清飆吹。
倒身甘寢百疾愈,卻願天日恒炎曦。
明珠青玉不足報,贈子相好無時衰。』

(下し文) #3
奴を呼び地を掃【はら】って鋪【し】かしむること未だ了【お】わらざるに、光彩照耀して童児を驚かす。
青蠅【せいよう】は翅を側【そば】め蚤虱【そうしつ】は避け、粛粛【しゅくしゅく】として清飈【せいひょう】の吹くこと有るかと疑う。
身を倒して甘寝【かんしん】し百疾【ひゃくしつ】愈【い】え、却って願う 天日の恒に炎曦【えんぎ】なるを。
明珠・青玉も報ゆるに足らず、子【し】に相好【よ】くして時として衰うる無きを贈らん。


(現代語訳)
下男を呼び地面を掃いて敷かせたはじめたが、まだ敷きおわらぬうちに、美しい光が輝きだして子どもたちを驚かせた。
青繩も羽根をひそめてよけているし、ノミやシラミは逃げだしていく。そよそよとした清涼風が吹いてきたのかと見まちがえるほどだ。
からだを倒してその上に寝そべってみれば、さまざまな病気もなおってしまうだろう、これがあるなら、かえって太陽がいつもかんかん照りつけてほしいと願うほどだ。
これほどの物のお返しとしては、真珠や青玉などでは返礼にならぬ。君にはいつまでも衰えることのない好誼を贈ることにする。(何にも勝るものを贈られ、これ以上のない喜びをいう。)


(訳注)
呼奴掃地鋪未了,光彩照耀驚童兒。

下男を呼び地面を掃いて敷かせたはじめたが、まだ敷きおわらぬうちに、美しい光が輝きだして子どもたちを驚かせた。
 めしつかい。捕虜。○ 敷く。○童兒 童は10歳前後で、兒はそれ以下。


青蠅側翅蚤虱避,肅肅疑有清飆吹。
青繩も羽根をひそめてよけているし、ノミやシラミは逃げだしていく。そよそよとした清涼風が吹いてきたのかと見まちがえるほどだ。
青蠅側翅 青繩も羽根をひそめてよけている○蚤虱避 ノミやシラミは逃げだしていく。○清飆 清涼風。


倒身甘寢百疾愈,卻願天日恒炎曦。
からだを倒してその上に寝そべってみれば、さまざまな病気もなおってしまうだろう、これがあるなら、かえって太陽がいつもかんかん照りつけてほしいと願うほどだ。
甘寢 だらっとして横になる。○百疾愈 さまざまな病気もなおってしまう。○ いつも。○炎曦 かんかん照りつけること。


明珠青玉不足報,贈子相好無時衰。』
これほどの物のお返しとしては、真珠や青玉などでは返礼にならぬ。君にはいつまでも衰えることのない好誼を贈ることにする。(何にも勝るものを贈られ、これ以上のない喜びをいう。)
明珠 真珠。○青玉 鋼玉石の一種。装飾品。竹、桐の別名○贈子相好 君には好誼を贈ろう。

鄭羣贈簟 #2 Ⅱ韓退之(韓愈)詩308 紀頌之の漢詩ブログ1003

鄭羣贈簟 #2 Ⅱ韓退之(韓愈)詩308 紀頌之の漢詩ブログ1003
(鄭群 簟を贈る)

江陵の夏は格別蒸し暑くて、肥満体系の韓愈にとって、しのぎかねるものだった。これまで、陽山では左遷とはいえ、県令とうい知事というトップの職であった。暑さに加え、法曹参軍というかなり不満な地位であり、仕事始めであり、職務を怠慢にすることはできない。そうしたときにもらった「箪」だから、自分の立場を理解してくれたように思われて、韓愈としては単に「箪」をもらったことへの謝意だけではなく、知己を得たわけで、深い感謝をささげている。(3回の内2回目)

鄭羣贈簟
蘄州笛竹天下知,鄭君所寶尤瑰奇。
擕來當晝不得臥,一府傳看黄琉璃。
體堅色淨又藏節,盡眼凝滑無瑕疵。
法曹貧賤眾所易,腰腹空大何能爲?』

自從五月困暑濕,如坐深甑遭蒸炊。
五月のころから暑さと湿気に悩まされるが、たとえば深い甑のなかに座って、蒸される目にあっているようなものだ。
手磨袖拂心語口,慢膚多汗真相宜。
手をこすったり袖で払ったりして、心にあることをもらしてひとりごとをいう。肥満体はとかく汗をかきやすいものだとはほんとうによく言ったものだと。
日暮歸來獨惆悵,有賣直欲傾家資。
日が暮れてから家に帰ってきて一人悲しい思いにとらわれ、よい竹むしろを売るものがあれば、すぐに家産を傾けてもいいとさえ思うほどだ。
誰謂故人知我意,卷送八尺含風漪。』
ところが思いがけないことに、旧友がわたくしの気持を知って、長さ八尺の含風浹を巻いて、贈ってくれた。

呼奴掃地鋪未了,光彩照耀驚童兒。
青蠅側翅蚤虱避,肅肅疑有清飆吹。
倒身甘寢百疾愈,卻願天日恒炎曦。
明珠青玉不足報,贈子相好無時衰。』

(鄭群 簟を贈る)#1
蘄州【きしゅう】の笛竹【ちくてき】は天下知る、鄭君の宝とする所 尤【もっと】も壊奇【かいき】なり。
携え来たり昼に当たるも臥すを得ず、一府伝え看る 黄瑠璃【こうるり】。
体堅く色浄く 又節を蔵す、尽眼【じんがん】凝滑にして瑕疵【かし】無し。
法曹は貧賤【ひんせん】にして衆の易【あなど】る所、腰腹空しく大なるも何をか能【よ】く為さん。

#2
五月自従り 暑湿に困【くる】しみ、深甑【しんそう】に坐して蒸炊【じょうすい】に遭うが如し。
手を磨し袖を払いて 心口に語る、慢膚【まんぷ】汗多きは真【まこと】に相宜【よろ】しと。
日暮れて帰り来たり 独り惆悵【ちゅうちょう】し、売る有らば直ちに家資を傾けんと欲す。
誰か謂【おも】わん 故人我が意を知り、八尺の含風【がんふう】漪【い】を巻いて送らんとは。

#3
奴を呼び地を掃【はら】って鋪【し】かしむること未だ了【お】わらざるに、光彩照耀して童児を驚かす。
青蠅【せいよう】は翅を側【そば】め蚤虱【そうしつ】は避け、粛粛【しゅくしゅく】として清飈【せいひょう】の吹くこと有るかと疑う。
身を倒して甘寝【かんしん】し百疾【ひゃくしつ】愈【い】え、却って願う 天日の恒に炎曦【えんぎ】なるを。
明珠・青玉も報ゆるに足らず、子【し】に相好【よ】くして時として衰うる無きを贈らん。


現代語訳と訳註
(本文)

自從五月困暑濕,如坐深甑遭蒸炊。
手磨袖拂心語口,慢膚多汗真相宜。
日暮歸來獨惆悵,有賣直欲傾家資。
誰謂故人知我意,卷送八尺含風漪。』


(下し文) #2
五月自従り 暑湿に困【くる】しみ、深甑【しんそう】に坐して蒸炊【じょうすい】に遭うが如し。
手を磨し袖を払いて 心口に語る、慢膚【まんぷ】汗多きは真【まこと】に相宜【よろ】しと。
日暮れて帰り来たり 独り惆悵【ちゅうちょう】し、売る有らば直ちに家資を傾けんと欲す。
誰か謂【おも】わん 故人我が意を知り、八尺の含風【がんふう】漪【い】を巻いて送らんとは。


(現代語訳)
五月のころから暑さと湿気に悩まされるが、たとえば深い甑のなかに座って、蒸される目にあっているようなものだ。
手をこすったり袖で払ったりして、心にあることをもらしてひとりごとをいう。肥満体はとかく汗をかきやすいものだとはほんとうによく言ったものだと。
日が暮れてから家に帰ってきて一人悲しい思いにとらわれ、よい竹むしろを売るものがあれば、すぐに家産を傾けてもいいとさえ思うほどだ。
ところが思いがけないことに、旧友がわたくしの気持を知って、長さ八尺の含風浹を巻いて、贈ってくれた。


(訳注)
自從五月困暑濕,如坐深甑遭蒸炊。

五月のころから暑さと湿気に悩まされるが、たとえば深い甑のなかに座って、蒸される目にあっているようなものだ。
 蒸し室甕。甑:(こしき)柾目の杉材と竹輪、及び鉄輪、ムシロ、わら縄、しゅろ縄 米を蒸す用具で、釜の上に据え猿を置き、甑布をひいて米を入れる。米を入れ終わると布を掛けムシロをのせ、蒸し米をつくる。


手磨袖拂心語口,慢膚多汗真相宜。
手をこすったり袖で払ったりして、心にあることをもらしてひとりごとをいう。肥満体はとかく汗をかきやすいものだとはほんとうによく言ったものだと。


日暮歸來獨惆悵,有賣直欲傾家資。
日が暮れてから家に帰ってきて一人悲しい思いにとらわれ、よい竹むしろを売るものがあれば、すぐに家産を傾けてもいいとさえ思うほどだ。
惆悵 恨み嘆くこと。
痩馬行  杜甫
去歲奔波逐餘寇,驊騮不慣不得將。
士卒多騎內廄馬,惆悵恐是病乘黃。
當時歷塊誤一蹶,委棄非汝能周防。
見人慘澹若哀訴,失主錯莫無晶光。
天寒遠放雁為伴,日暮不收烏啄瘡。
誰家且養願終惠,更試明年春草長。』

杏花  韓愈
・・・・・・・
鷓鴣鈎輈猿叫歇,杳杳深谷攢青楓。
豈如此樹一來翫,若在京國情何窮。
今旦胡為忽惆悵,萬片飄泊隨西東。
明年更發應更好,道人莫忘鄰家翁。』


誰謂故人知我意,卷送八尺含風漪。』
ところが思いがけないことに、旧友がわたくしの気持を知って、長さ八尺の含風浹を巻いて、贈ってくれた。
八尺含風漪 長さ八尺の風を含んださざなみという名の“竹むしろ”。

鄭羣贈簟 #1 Ⅱ韓退之(韓愈)詩307 紀頌之の漢詩ブログ998

鄭羣贈簟 #1 Ⅱ韓退之(韓愈)詩307 紀頌之の漢詩ブログ998
(鄭群 簟を贈る)

江陵の夏は格別蒸し暑くて、肥満体系の韓愈にとって、しのぎかねるものだった。これまで、陽山では左遷とはいえ、県令とうい知事というトップの職であった。暑さに加え、法曹参軍というかなり不満な地位であり、仕事始めであり、職務を怠慢にすることはできない。そうしたときにもらった「箪」だから、自分の立場を理解してくれたように思われて、韓愈としては単に「箪」をもらったことへの謝意だけではなく、知己を得たわけで、深い感謝をささげている。

鄭羣贈簟
鄭侍御史に簟を贈られる
蘄州笛竹天下知,鄭君所寶尤瑰奇。
蘄州(湖北省蘄春県)の笛竹は天下にその名を知られたものだが、鄭君が宝物にしている竹は特にすぐれて珍しく、美しいものだ。
擕來當晝不得臥,一府傳看黄琉璃。
それを持って来たのはちょうど昼だったが、その上に寝ることもならず、黄色の瑠璃のような竹を幕府の役所じゅうの人が統々と手渡しして見入る。
體堅色淨又藏節,盡眼凝滑無瑕疵。
その本体は堅く色はさっぱりとしているうえに節も見えぬようになっており、目のとどくところはすべてつるつるとしていて悪い所が全くない。
法曹貧賤眾所易,腰腹空大何能爲?』
法曹参軍は俸禄が低いし、地位も低い職で、人々に軽く見られているようだ。太って腰や腹ばかりが大きくても何ができるというのだろうか。

自從五月困暑濕,如坐深甑遭蒸炊。
手磨袖拂心語口,慢膚多汗真相宜。
日暮歸來獨惆悵,有賣直欲傾家資。
誰謂故人知我意,卷送八尺含風漪。』

呼奴掃地鋪未了,光彩照耀驚童兒。
青蠅側翅蚤虱避,肅肅疑有清飆吹。
倒身甘寢百疾愈,卻願天日恒炎曦。
明珠青玉不足報,贈子相好無時衰。』

(鄭群 簟を贈る)#1
蘄州【きしゅう】の笛竹【ちくてき】は天下知る、鄭君の宝とする所 尤【もっと】も壊奇【かいき】なり。
携え来たり昼に当たるも臥すを得ず、一府伝え看る 黄瑠璃【こうるり】。
体堅く色浄く 又節を蔵す、尽眼【じんがん】凝滑にして瑕疵【かし】無し。
法曹は貧賤【ひんせん】にして衆の易【あなど】る所、腰腹空しく大なるも何をか能【よ】く為さん。

#2
五月自従り 暑湿に困【くる】しみ、深甑【しんそう】に坐して蒸炊【じょうすい】に遭うが如し。
手を磨し袖を払いて 心口に語る、慢膚【まんぷ】汗多きは真【まこと】に相宜【よろ】しと。
日暮れて帰り来たり 独り惆悵【ちゅうちょう】し、売る有らば直ちに家資を傾けんと欲す。
誰か謂【おも】わん 故人我が意を知り、八尺の含風【がんふう】漪【い】を巻いて送らんとは。

#3
奴を呼び地を掃【はら】って鋪【し】かしむること未だ了【お】わらざるに、光彩照耀して童児を驚かす。
青蠅【せいよう】は翅を側【そば】め蚤虱【そうしつ】は避け、粛粛【しゅくしゅく】として清飈【せいひょう】の吹くこと有るかと疑う。
身を倒して甘寝【かんしん】し百疾【ひゃくしつ】愈【い】え、却って願う 天日の恒に炎曦【えんぎ】なるを。
明珠・青玉も報ゆるに足らず、子【し】に相好【よ】くして時として衰うる無きを贈らん。


現代語訳と訳註
(本文)

蘄州笛竹天下知,鄭君所寶尤瑰奇。
擕來當晝不得臥,一府傳看黄琉璃。
體堅色淨又藏節,盡眼凝滑無瑕疵。
法曹貧賤眾所易,腰腹空大何能爲?』

(下し文) (鄭群 簟を贈る)#1
蘄州【きしゅう】の笛竹【ちくてき】は天下知る、鄭君の宝とする所 尤【もっと】も壊奇【かいき】なり。
携え来たり昼に当たるも臥すを得ず、一府伝え看る 黄瑠璃【こうるり】。
体堅く色浄く 又節を蔵す、尽眼【じんがん】凝滑にして瑕疵【かし】無し。
法曹は貧賤【ひんせん】にして衆の易【あなど】る所、腰腹空しく大なるも何をか能【よ】く為さん。


(現代語訳)
鄭侍御史に簟を贈られる
蘄州(湖北省蘄春県)の笛竹は天下にその名を知られたものだが、鄭君が宝物にしている竹は特にすぐれて珍しく、美しいものだ。
それを持って来たのはちょうど昼だったが、その上に寝ることもならず、黄色の瑠璃のような竹を幕府の役所じゅうの人が統々と手渡しして見入る。
その本体は堅く色はさっぱりとしているうえに節も見えぬようになっており、目のとどくところはすべてつるつるとしていて悪い所が全くない。
法曹参軍は俸禄が低いし、地位も低い職で、人々に軽く見られているようだ。太って腰や腹ばかりが大きくても何ができるというのだろうか。


(訳注)
鄭羣贈簟

鄭侍御史に簟を贈られる
鄭群 殿中侍御史の肩書をもって刑南節度使裴均の幕僚として江陵に勤務していた人物である。○ シーツに似た寝具で、竹を編んで作る。夏はその上に寝ると、涼しいわけである。


蘄州笛竹天下知,鄭君所寶尤瑰奇。
蘄州(湖北省蘄春県)の笛竹は天下にその名を知られたものだが、鄭君が宝物にしている竹は特にすぐれて珍しく、美しいものだ。
蘄州 湖北省武漢市の近郊の黄岡市の蘄春県方面である。蘄州は隋の時代に設定されたもので、二郡(斉昌郡、永安郡)三県(斉昌県・蘄水県・浠水県)を刑南節度使が治めていた。○ もっとも。瑰奇 優れて珍しい。


擕來當晝不得臥,一府傳看黄琉璃。
それを持って来たのはちょうど昼だったが、その上に寝ることもならず、黄色の瑠璃のような竹を幕府の役所じゅうの人が統々と手渡しして見入る。
 たずさえる。笛を持参してくる。○黄琉璃 黄色の瑠璃のようである。


體堅色淨又藏節,盡眼凝滑無瑕疵。
その本体は堅く色はさっぱりとしているうえに節も見えぬようになっており、目のとどくところはすべてつるつるとしていて悪い所が全くない。
體堅 笛の本体は堅い。○色淨 色はさっぱりとしている○又藏節 節も見えないようになっている。


法曹貧賤眾所易,腰腹空大何能爲?』
法曹参軍は俸禄が低いし、地位も低い職で、人々に軽く見られているようだ。太って腰や腹ばかりが大きくても何ができるというのだろうか。
法曹 江陵の幕府での韓愈の役、法曹参軍。○貧賤 俸禄が低いし、地位も低い職。○腰腹空大 韓愈は太っていたことをいう。

杏花 #3 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ995中唐306 韓愈特集-37-#3

杏花 #3 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ995中唐306 韓愈特集-37-#3


韓愈 杏花 #1
居鄰北郭古寺空,杏花兩株能白紅。
曲江滿園不可到,看此寧避雨與風 ?
二年流竄出嶺外,所見草木多異同。』

冬寒不嚴地恆泄,陽氣發亂無全功。
浮花浪蘂鎮長有,纔開還落瘴霧中。
山榴躑躅少意思,照耀黃紫徒為叢。』

鷓鴣鈎輈猿叫歇,杳杳深谷攢青楓。
鷓鴣が鳴き、猿の叫びがやむとき、底も知れぬ深い谷の奥に青々とした楓がいっぱいに茂っている。
豈如此樹一來翫,若在京國情何窮。
このような杏の木は一度来て見て楽しむだけですまされようか。もし都にあったならば無限の物思いを催させるものとなったであろうものを。
今旦胡為忽惆悵,萬片飄泊隨西東。
今朝はふと悲しみの心が湧いたが、なぜだろう。それは杏の花が一万片の花びらとなって空中にただよい、風の吹くまま西へ東へと飛んでいってしまったからだ。
明年更發應更好,道人莫忘鄰家翁。』

来年また花が咲いたらおそらくもっときれいになるだろう。修行僧侶さま、杏の花を見たがっている隣りの歳よりを忘れないでほしい。
 
 
杏花
居隣【きょりん】の北郭 古寺空しく、杏花両株 能【よ】く白紅。
曲江満園 到る可からず、此を看て 寧【いず】くんぞ雨と風とを避けん。 
二年流竄【りゅうざん】して嶺外【れいがい】に出で、見し所の草木 異同多し。』
#2
冬寒【とうかん】厳【げん】ならず 地恒に泄【も】らし、陽気 発乱して全功無し。
浮花 浪蘂【ろうずい】 鎮長【ちんちょう】に有り、纔かに開いて 還た落つ 瘴霧【しょうむ】の中。
山榴【さんりゅう】躑躅【てきちょく】 意思少なく、   黄紫を照耀【しょうよう】して徒【いたず】らに叢【そう】を為す。』
#3
鷓鴣【しゃこ】鈎輈【こうちゅう】として猿の叫び歇【や】み、杳杳【ようよう】たる深谷 青楓【せいふう】を攢【あつ】む。
壹如【あにし】かんや此の樹の一たび来翫【らいがん】するに、若し京国【けいこく】に在らば 情何ぞ窮まらん。
今且【こんたん】胡為【なんす】れぞ忽【たちま】ち惆悵【ちょうちょう】する、万片飄泊【ひょうはく】して西東に随う。
明年更に発【ひら】けば応【まさ】に更に奸かるべし、道人【どうじん】忘るる莫かれ隣家の翁【おう】。


現代語訳と訳註
(本文)

鷓鴣鈎輈猿叫歇,杳杳深谷攢青楓。
豈如此樹一來翫,若在京國情何窮。
今旦胡為忽惆悵,萬片飄泊隨西東。
明年更發應更好,道人莫忘鄰家翁。』

(下し文) #3
鷓鴣【しゃこ】鈎輈【こうちゅう】として猿の叫び歇【や】み、杳杳【ようよう】たる深谷 青楓【せいふう】を攢【あつ】む。
壹如【あにし】かんや此の樹の一たび来翫【らいがん】するに、若し京国【けいこく】に在らば 情何ぞ窮まらん。
今且【こんたん】胡為【なんす】れぞ忽【たちま】ち惆悵【ちょうちょう】する、万片飄泊【ひょうはく】して西東に随う。
明年更に発【ひら】けば応【まさ】に更に奸かるべし、道人【どうじん】忘るる莫かれ隣家の翁【おう】。

(現代語訳)
麟鵠が鳴き、猿の叫びがやむとき、底も知れぬ深い谷の奥に青々とした楓がいっぱいに茂っている。
このような杏の木は一度来て見て楽しむだけですまされようか。もし都にあったならば無限の物思いを催させるものとなったであろうものを。
今朝はふと悲しみの心が湧いたが、なぜだろう。それは杏の花が一万片の花びらとなって空中にただよい、風の吹くまま西へ東へと飛んでいってしまったからだ。
来年また花が咲いたらおそらくもっときれいになるだろう。修行僧侶さま、杏の花を見たがっている隣りの歳よりを忘れないでほしい。


(訳注)
鷓鴣鈎輈猿叫歇,杳杳深谷攢青楓。

麟鵠が鳴き、猿の叫びがやむとき、底も知れぬ深い谷の奥に青々とした楓がいっぱいに茂っている。
鈎輈【こうちゅう】 力強く鳴く鷓鴣のなきごえ。『本草鷓鴣』「集解、孔志約曰、鷓鴣生江南、形似る母鷄、鳴けば云う鈎輈格磔亅。」(集解、孔志約曰く、鷓鴣は江南に生ず、形母鷄に似る、鳴けば鈎輈格磔【かくたく】と云う)


豈如此樹一來翫,若在京國情何窮。
このような杏の木は一度来て見て楽しむだけですまされようか。もし都にあったならば無限の物思いを催させるものとなったであろうものを。


今旦胡為忽惆悵,萬片飄泊隨西東。
今朝はふと悲しみの心が湧いたが、なぜだろう。それは杏の花が一万片の花びらとなって空中にただよい、風の吹くまま西へ東へと飛んでいってしまったからだ。


明年更發應更好,道人莫忘鄰家翁。』
来年また花が咲いたらおそらくもっときれいになるだろう。修行僧侶さま、杏の花を見たがっている隣りの歳よりを忘れないでほしい。

 この詩は江陵に着いて初めての歳をむかえ、元和元年の春の作である。ここに見える「古寺」は、金鑾寺である。また、

杏花 #2 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ992中唐305 韓愈特集-37-#2

杏花 #2 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ992中唐305 韓愈特集-37-#2
(杏花)

韓愈 杏花 #1
居鄰北郭古寺空,杏花兩株能白紅。
曲江滿園不可到,看此寧避雨與風 ?
二年流竄出嶺外,所見草木多異同。』

冬寒不嚴地恆泄,陽氣發亂無全功。
冬の寒さはあまり厳しくなくて、地面からは暖かい気が漏れており、万物を生長させる陽気はやたらに立ちのぼって、造化の完全なはたらきはない。
浮花浪蘂鎮長有,纔開還落瘴霧中。
季節はずれに咲いているあだ花はいつでもあって、それが南方特有の毒気を帯びているという霧のなかで咲いたかと思うとまた散ってしまう。
山榴躑躅少意思,照耀黃紫徒為叢。』
サツキやツツジも風情に乏しく、黄色や紫の花を輝かせるが、草むらをなしているだけのことだ。

鷓鴣鈎輈猿叫歇,杳杳深谷攢青楓。
豈如此樹一來翫,若在京國情何窮。
今旦胡為忽惆悵,萬片飄泊隨西東。
明年更發應更好,道人莫忘鄰家翁。』

  
杏花
居隣【きょりん】の北郭 古寺空しく、杏花両株 能【よ】く白紅。
曲江満園 到る可からず、此を看て 寧【いず】くんぞ雨と風とを避けん。 
二年流竄【りゅうざん】して嶺外【れいがい】に出で、見し所の草木 異同多し。』
#2
冬寒【とうかん】厳【げん】ならず 地恒に泄【も】らし、陽気 発乱して全功無し。
浮花 浪蘂【ろうずい】 鎮長【ちんちょう】に有り、纔かに開いて 還た落つ 瘴霧【しょうむ】の中。
山榴【さんりゅう】躑躅【てきちょく】 意思少なく、   黄紫を照耀【しょうよう】して徒【いたず】らに叢【そう】を為す。』

#3
鷓鴣【しゃこ】鈎輈【こうしゅう】として猿の叫び歇【や】み、杳杳【ようよう】たる深谷 青楓【せいふう】を攢【あつ】む。
壹如【あにし】かんや此の樹の一たび来翫【らいがん】するに、若し京国【けいこく】に在らば 情何ぞ窮まらん。
今且【こんたん】胡為【なんす】れぞ忽【たちま】ち惆悵【ちょうちょう】する、万片飄泊【ひょうはく】して西東に随う。
明年更に発【ひら】けば応【まさ】に更に奸かるべし、道人【どうじん】忘るる莫かれ隣家の翁【おう】。



現代語訳と訳註
(本文)

冬寒不嚴地恆泄,陽氣發亂無全功。
浮花浪蘂鎮長有,纔開還落瘴霧中。
山榴躑躅少意思,照耀黃紫徒為叢。』


(下し文) #2
冬寒【とうかん】厳【げん】ならず 地恒に泄【も】らし、陽気 発乱して全功無し。
浮花 浪蘂【ろうずい】 鎮長【ちんちょう】に有り、纔かに開いて 還た落つ 瘴霧【しょうむ】の中。
山榴【さんりゅう】躑躅【てきちょく】 意思少なく、   黄紫を照耀【しょうよう】して徒【いたず】らに叢【そう】を為す。』


(現代語訳)
冬の寒さはあまり厳しくなくて、地面からは暖かい気が漏れており、万物を生長させる陽気はやたらに立ちのぼって、造化の完全なはたらきはない。
季節はずれに咲いているあだ花はいつでもあって、それが南方特有の毒気を帯びているという霧のなかで咲いたかと思うとまた散ってしまう。
サツキやツツジも風情に乏しく、黄色や紫の花を輝かせるが、草むらをなしているだけのことだ。

(訳注)
冬寒不嚴地恒泄,陽氣發亂無全功。

冬の寒さはあまり厳しくなくて、地面からは暖かい気が漏れており、万物を生長させる陽気はやたらに立ちのぼって、造化の完全なはたらきはない。
地恒泄 地面からは暖かい気があふれている。○發亂 やたらに立ちのぼる陽炎をいう。○無全功 造化の完全なはたらきはない。


浮花浪蘂鎮長有,纔開還落瘴霧中
季節はずれに咲いているあだ花はいつでもあって、それが南方特有の毒気を帯びているという霧のなかで咲いたかと思うとまた散ってしまう。
浮花 浮花○浪蘂 あだ花○瘴霧中 瘴癘の地の空気中に有る毒気をいう。(実際には蚊によって媒介されていたマラリヤをいう。)


山榴躑躅少意思,照耀黃紫徒為叢。』
サツキやツツジも風情に乏しく、黄色や紫の花を輝かせるが、草むらをなしているだけのことだ。
山榴 「さつき(皐月)」の古名。山奥の岩肌などに自生する。盆栽などで親しまれている。サツキツツジ(皐月躑躅)などとも呼ばれており、他のツツジに比べ一ヶ月程度遅い、旧暦の五月(皐月)の頃に一斉に咲き揃うところからその名が付いたと言われる。○躑躅 ツツジ。おおむね常緑若しくは落葉性の低木から高木で、葉は常緑または落葉性で互生、果実は蒴花である。4月から5月の春先にかけて漏斗型の特徴的な形の花(先端が五裂している)を数個、枝先につける。杜鵑花(とけんか)、杜鵑はほととぎすの別名。

杏花 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ989 韓愈特集-37-#1

杏花 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ989 韓愈特集-37-#1
(杏花)


江陵府法曹參軍に赴任
 韓愈が江陵に到着したのは正確には何月何日のことだったか、はっきりしない。ともかく法曹参軍というのは、韓愈にとっては屈辱的な身分であり、そのことは韓愈自身はもちろんのこと、周囲の人々にとってもわかっていたはずで、普通ならこんな職にある人ではないと、誰もが知っていたろう。しかし韓愈は、周囲のそんな目に甘えも反発もせず、法曹参軍のつとめを真面目に果たしていたらしい。真面目に勤めていれば、いつかはそれが中央にも聞こえて、都に呼びもどしてもらえるとの期待をもったからのようである。だから彼は、己れの「卑官」について愚痴は言うものの、こんな任命をした朝廷に対して文句をつけようとはせず、ひたすら恭順の態度を表わしているのである。806年、元和元年、三十九歳の春を、愈はこのようにして江陵で迎えた。


韓愈 杏花 #1
居鄰北郭古寺空,杏花兩株能白紅。
私の住居の隣り、北の外城にある古寺はがらんとして何もないけれど、杏の花が二か所の束になって、みごとな白と紅の花がいっぱいだ。
曲江滿園不可到,看此寧避雨與風 ?
都の曲江の、園いっぱいに咲きほこる杏の花までは出かけて行くこともできないので、せめてこの花で心を慰めようとする、だけど雨や風を避けたりするほどのものではない。
二年流竄出嶺外,所見草木多異同。』
私は二年間、五嶺山脈の南、瘴癘の地に流されていたのだが、そこでは目にふれた草木はとかく自分がいままで知っているものとは違っていた。
#2
冬寒不嚴地恆泄,陽氣發亂無全功。
浮花浪蘂鎮長有,纔開還落瘴霧中。
山榴躑躅少意思,照耀黃紫徒為叢。』
#3
鷓鴣鈎輈猿叫歇,杳杳深谷攢青楓。
豈如此樹一來翫,若在京國情何窮。
今旦胡為忽惆悵,萬片飄泊隨西東。
明年更發應更好,道人莫忘鄰家翁。』

  
杏花
居隣【きょりん】の北郭 古寺空しく、杏花両株 能【よ】く白紅。
曲江満園 到る可からず、此を看て 寧【いず】くんぞ雨と風とを避けん。 
二年流竄【りゅうざん】して嶺外【れいがい】に出で、見し所の草木 異同多し。』

#2
冬寒【とうかん】厳【げん】ならず 地恒に泄【も】らし、陽気 発乱して全功無し。
浮花 浪蘂【ろうずい】 鎮長【ちんちょう】に有り、纔かに開いて 還た落つ 瘴霧【しょうむ】の中。
山榴【さんりゅう】躑躅【てきちょく】 意思少なく、   黄紫を照耀【しょうよう】して徒【いたず】らに叢【そう】を為す。』
#3
鷓鴣【しゃこ】鈎輈【こうしゅう】として猿の叫び歇【や】み、杳杳【ようよう】たる深谷 青楓【せいふう】を攢【あつ】む。
壹如【あにし】かんや此の樹の一たび来翫【らいがん】するに、若し京国【けいこく】に在らば 情何ぞ窮まらん。
今且【こんたん】胡為【なんす】れぞ忽【たちま】ち惆悵【ちょうちょう】する、万片飄泊【ひょうはく】して西東に随う。
明年更に発【ひら】けば応【まさ】に更に奸かるべし、道人【どうじん】忘るる莫かれ隣家の翁【おう】。


現代語訳と訳註
(本文)
杏花 #1
居鄰北郭古寺空,杏花兩株能白紅。
曲江滿園不可到,看此寧避雨與風 ?
二年流竄出嶺外,所見草木多異同。』


(下し文) 杏花
居隣【きょりん】の北郭 古寺空しく、杏花両株 能【よ】く白紅。
曲江満園 到る可からず、此を看て 寧【いず】くんぞ雨と風とを避けん。 
二年流竄【りゅうざん】して嶺外【れいがい】に出で、見し所の草木 異同多し。』


(現代語訳)
私の住居の隣り、北の外城にある古寺はがらんとして何もないけれど、杏の花が二か所の束になって、みごとな白と紅の花がいっぱいだ。
都の曲江の、園いっぱいに咲きほこる杏の花までは出かけて行くこともできないので、せめてこの花で心を慰めようとする、だけど雨や風を避けたりするほどのものではない。
私は二年間、五嶺山脈の南、瘴癘の地に流されていたのだが、そこでは目にふれた草木はとかく自分がいままで知っているものとは違っていた。

杏00紅白花00

(訳注)
居鄰北郭古寺空,杏花兩株能白紅。

私の住居の隣り、北の外城にある古寺はがらんとして何もないけれど、杏の花が二か所の束になって、みごとな白と紅の花がいっぱいだ。
○居鄰 江陵府について居を構えた。その隣にある。○北郭 城郭の北にある。○古寺 金鑾寺。○杏花 春(現代暦3月下旬から4月頃)に、桜よりもやや早く淡紅の花を咲かせ、初夏にウメに似た実を付ける。美しいため花見の対象となる。杏の花は咲き始めは紅色だが、しだいに白くなっていくとされるが、紅種もあるので、白紅としたもの。○兩株 二本に限らず、花の塊が二か所であろう。


曲江滿園不可到,看此寧避雨與風。
都の曲江の、園いっぱいに咲きほこる杏の花までは出かけて行くこともできないので、せめてこの花で心を慰めようとする、だけど雨や風を避けたりするほどのものではない。
○曲江 長安中心部より東南東数キロのところにある池の名。風光明媚な所。漢・武帝がここに宜春苑を造営した。(地図の赤線は長安城の城郭、青印が曲江) ・曲:くま。この池はかなり曲線があり、池の奥深いところ。池の湾曲した部分をいう。春は、牡丹、梨、杏などすべての花が咲き誇る歓楽地であった。


二年流竄出嶺外,所見草木多異同。
私は二年間、五嶺山脈の南、瘴癘の地に流されていたのだが、そこでは目にふれた草木はとかく自分がいままで知っているものとは違っていた。
嶺外 西から東の順に、越城嶺(えつじょうれい)、都龐嶺(とほうれい)、萌渚嶺(ほうしょれい)、騎田嶺(きでんれい)、大庾嶺(だいゆれい)の五つの山並みが組み合わさっているためこの名がある。
南嶺山脈は歴史的に天然の障壁となっており、嶺南(広東省および広西チワン族自治区)と中原の間の交通の妨げであった。嶺南には中原の政治的支配や文化が十分に及ばない時期もあり、華北の人間は嶺南を「蛮夷の地」と呼んできた。唐朝の宰相・張九齢が大庾嶺を切り開いて「梅関古道」を築いて以後、嶺南地区の開発がようやく進んできた。また古代以来の中国の統治者たちは南嶺を行政区画を作る上で利用してきており、南嶺は諸省区の境界線および辺縁の地となってきた。

中唐詩-303 岳陽樓別竇司直 #9 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ986 韓愈特集-36-#9

中唐詩-303 岳陽樓別竇司直 #9 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ986 韓愈特集-36-#9


#9
生還真可喜,尅己自懲創。
そこから生きて帰れたのはほんとうに喜ばしいことだが、反省してみて自分の心がけを入れ替えることにした。
庶從今日後,粗識得與喪。
どうか今日から後は、いくらかプラスとマイナスとを見分けるようにしたい。
事多改前好,趣有獲新尚。
人間はあるきっかけがあった時万事について、これまでの好みを改めてみることである、そうすれば趣きというものがあり、新しい行く手が開けるものだ。
誓耕十畝田,不取萬乘相。
これからは『荘子』にあるように、地道に十畝ぐらいの畑を耕し、万乗の君に仕える宰相の位はだけを求めていくことはしないことにしよう。
細君知蠶織,稚子已能餉。
家内は養蚕と機織りとを知っているし、幼い子どもも畑まで食事を運んで来られるまでには成長している。
行當掛其冠,生死君一訪。

そのうちに私は辞職して引きこもるつもりだから、私が生きているか死んだかを見に、一度訪ねて来てくれたまえ。
#9
生還せるは真に喜ぶ可し、己れに剋【か】ちて自ら懲創【ちょうそう】す。
庶【こいねが】わくは今日従り後、粗【ほ】ぼ得と喪とを識らん。
事多く前好を改め、趣【すなわ】ち新尚【しんしょう】を獲【う】る有り。
誓って十畝【じっぽ】の田を耕し、万乗の相を取らじ。
細君は蚕織【さんしょく】を知り、稚子【ちし】は已【すで】に能く餉【しょう】す。
行々当【まさ】に其の冠を掛くべし、生死 君一たび訪【と】え。

mugi880


現代語訳と訳註
(本文)#9

生還真可喜,尅己自懲創。
庶從今日後,粗識得與喪。
事多改前好,趣有獲新尚。
誓耕十畝田,不取萬乘相。
細君知蠶織,稚子已能餉。
行當掛其冠,生死君一訪。

(下し文)
生還せるは真に喜ぶ可し、己れに剋【か】ちて自ら懲創【ちょうそう】す。
庶【こいねが】わくは今日従り後、粗【ほ】ぼ得と喪とを識らん。
事多く前好を改め、趣【すなわ】ち新尚【しんしょう】を獲【う】る有り。
誓って十畝【じっぽ】の田を耕し、万乗の相を取らじ。
細君は蚕織【さんしょく】を知り、稚子【ちし】は已【すで】に能く餉【しょう】す。
行々当【まさ】に其の冠を掛くべし、生死 君一たび訪【と】え。


(現代語訳)
そこから生きて帰れたのはほんとうに喜ばしいことだが、反省してみて自分の心がけを入れ替えることにした。
人間は有るきっかけがあった時万事について、これまでの好みを改めてみることである、そうすれば趣きというものがあり、新しい行く手が開けるものだ。
これからは『荘子』にあるように、地道に十畝ぐらいの畑を耕し、万乗の君に仕える宰相の位はだけを求めていくことはしないことにしよう。
家内は養蚕と機織りとを知っているし、幼い子どもも畑まで食事を運んで来られるまでには成長している。
そのうちに私は辞職して引きこもるつもりだから、私が生きているか死んだかを見に、一度訪ねて来てくれたまえ。

韓愈の地図01

(訳注) #9
生還真可喜,尅己自懲創。

そこから生きて帰れたのはほんとうに喜ばしいことだが、反省してみて自分の心がけを入れ替えることにした。
尅己 己を克服する。○自懲創 自分に懲罰をし作り変えることから、心を入れ替える。


庶從今日後,粗識得與喪。
どうか今日から後は、いくらかプラスとマイナスとを見分けるようにしたい。
粗識 あらい認識。○得與喪 得るものか、損失を招くものかということ。


事多改前好,趣有獲新尚。
人間は有るきっかけがあった時万事について、これまでの好みを改めてみることである、そうすれば趣きというものがあり、新しい行く手が開けるものだ。


誓耕十畝田,不取萬乘相。
これからは『荘子』にあるように、地道に十畝ぐらいの畑を耕し、万乗の君に仕える宰相の位はだけを求めていくことはしないことにしよう。
十畝田 これ以降の6句は『莊子‧讓王』に基づいている。末尾に参考として掲載。


細君知蠶織,稚子已能餉。
家内は養蚕と機織りとを知っているし、幼い子どもも畑まで食事を運んで来られるまでには成長している。
蠶織 養蚕と機織り。○稚子 幼い子ども○能餉 畑まで食事を運んで来られる。


行當掛其冠,生死君一訪。
そのうちに私は辞職して引きこもるつもりだから、私が生きているか死んだかを見に、一度訪ねて来てくれたまえ。
掛其冠 辞職して引きこもること。



 「岳陽楼」は湖南省岳陽の町の西南にある楼。ここからは洞庭湖の見晴らしがよく、名勝として知られており、昔から多くの文人墨客がこの楼に登って、作品を残している。
孟浩然が「波は揺がす岳陽城」と歌った
望洞庭湖贈張丞相 孟浩然
八月湖水平,涵虚混太淸。
氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。
欲濟無舟楫,端居恥聖明。
坐觀垂釣者,徒有羨魚情。



杜甫が「昔聞く洞庭の水、今登る岳陽楼」ではじまる詩を残した。

登岳陽樓 唐 杜甫
昔聞洞庭水,今上岳陽樓。
呉楚東南坼,乾坤日夜浮。
親朋無一字,老病有孤舟。
戎馬關山北,憑軒涕泗流。


泊岳陽城下   杜甫
江国踰千里、山城近百層。
岸風翻夕浪、舟雪灑寒灯。
留滞才難尽、艱危気益増。
図南未可料、変化有鯤鵬。


参考
韓愈の#9の最後の6句である。
誓耕十畝田,不取萬乘相。
細君知蠶織,稚子已能餉。
行當掛其冠,生死君一訪。
『莊子‧讓王』に基づいている。原文と現代訳詩文を参考にされたい。

孔子謂顏回曰:「回,來! 家貧居卑,胡不仕乎? 」

顏回對曰 : 「不願仕。 回有郭外之田五十畝,足以給干粥﹔ 郭內之田十畝, 足以為絲麻﹔ 鼓琴足 以自娛﹔ 所學夫子之道者足以自樂也。 回不願仕.」

孔子愀然變容,曰:「善哉回之意!丘聞之:『知足者,不以利自累也﹔審自得者,失之而不懼﹔行修於內者,無位而不怍。』丘誦之久矣,今於回而後見之,是丘之得也。」


孔子が顔回に向っていった「回よ、近くよれ。家が貧しく、地位も低いのにどうして仕官しないのか」。

顔回は答えた「仕官したくないのです。私は城外に五十畝の畑を持ち、それでかゆをすすって生きていくだけの事はできますし、城内には十畝の畑があって、それで絹糸や麻糸を作っていくだけのことは出来ます。琴を弾いて自分で楽しむことも出来ますし、先生から教えていただいた事も、充分楽しませてくれます。私は仕官したくないのです」。

孔子はつつしみ深く居ずまいを正して口を開いた「回の心がけは見事だね。わしの聞くところでは、満足することを知るものは、外界の利益に惹かれて自分の心を煩わせるようなことが無く、悠々自適の境地をわきまえた者は、何かを失ってもびくともせず、内面の修行が行き届いた者は地位が無くとも恥じる事がないという。わしはこの言葉を長い間口ずさんでいたが、今回によって初めてその実例を見たよ。これはわしにとって収穫だね」。

中唐詩-302 岳陽樓別竇司直 #8 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#8

中唐詩-302 岳陽樓別竇司直 #8 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#8


#8
新恩移府庭,逼側廁諸將。
新帝の即位とともに私は御恩をかけていただき、江陵府の役所に移って、腰をかがめながら役所の将校たちの間にまじることになった。
于嗟苦駑緩,但懼失宜當。
ああ、困ったことにのろまな性質で、気がかりなのは量刑が当を得ないのではないかということだけだ。
追思南渡時,魚腹甘所葬。
思い返せば南に流されたときは、魚の腹に入ってしまおうと、死に場所は選ばぬつもりだった。
嚴程迫風帆,劈箭入高浪。
きびしく定められた期限が追手にあげた帆をせきたて、矢のように走る小舟は高浪の中へとつき進んだ。
顛沈在須臾,忠鯁誰復諒。

あっという間に舟が転覆して沈み、真心があって剛直なわたしを、誰も理解してはくれないということになりそうだった。

新恩 府庭に移り、逼側【ひょくそく】として諸将に廁【まじ】わる。
于嗟【ああ】驚緩【どかん】を苦しみ、但だ宜当【ぎとう】を失わんことを懼【おそ】る。
追思す 南渡の時、魚腹 葬る所に甘んず。
厳程 風帆に迫り、劈箭 高浪に入る。
顛沈せんこと須臾【しゅゆ】に在り、忠鯁【ちゅうこう】 誰か復諒【りょう】とせん。


現代語訳と訳註
(本文)#8

新恩移府庭,逼側廁諸將。
于嗟苦駑緩,但懼失宜當。
追思南渡時,魚腹甘所葬。
嚴程迫風帆,劈箭入高浪。
顛沈在須臾,忠鯁誰復諒。

(下し文)
新恩 府庭に移り、逼側【ひょくそく】として諸将に廁【まじ】わる。
于嗟【ああ】驚緩【どかん】を苦しみ、但だ宜当【ぎとう】を失わんことを懼【おそ】る。
追思す 南渡の時、魚腹 葬る所に甘んず。
厳程 風帆に迫り、劈箭 高浪に入る。
顛沈せんこと須臾【しゅゆ】に在り、忠鯁【ちゅうこう】 誰か復諒【りょう】とせん。


(現代語訳)
新帝の即位とともに私は御恩をかけていただき、江陵府の役所に移って、腰をかがめながら役所の将校たちの間にまじることになった。
ああ、困ったことにのろまな性質で、気がかりなのは量刑が当を得ないのではないかということだけだ。
思い返せば南に流されたときは、魚の腹に入ってしまおうと、死に場所は選ばぬつもりだった。
きびしく定められた期限が追手にあげた帆をせきたて、矢のように走る小舟は高浪の中へとつき進んだ。
あっという間に舟が転覆して沈み、真心があって剛直なわたしを、誰も理解してはくれないということになりそうだった。


(訳注) #8
新恩移府庭,逼側廁諸將。
新帝の即位とともに私は御恩をかけていただき、江陵府の役所に移って、腰をかがめながら役所の将校たちの間にまじることになった。
新恩 私は御恩をかけていただ○移府庭 新帝の即位とともに○逼側 腰をかがめながら○廁諸將 役所の将校たちの間にまじることになった。


于嗟苦駑緩,但懼失宜當。
ああ、困ったことにのろまな性質で、気がかりなのは量刑が当を得ないのではないかということだけだ。
苦駑緩 困ったことに何事にのろまな性質○ また欺かれるかもしれない。○失宜當 前の量刑が不当なもので、だまし討ちであったことが影響するかもしれない。


追思南渡時,魚腹甘所葬。
思い返せば南に流されたときは、魚の腹に入ってしまおうと、死に場所は選ばぬつもりだった。
時南渡 五嶺山脈を越えて南に流罪として行く。○魚腹 なすがまま。死んでもいいたとえ。○甘所葬 死に場所は選ばぬどこでもいい。


嚴程迫風帆,劈箭入高浪。
きびしく定められた期限が追手にあげた帆をせきたて、矢のように走る小舟は高浪の中へとつき進んだ。
迫風帆 挙げた帆風が迫ってくる。○劈箭 矢のように早く迫ること。○入高浪 乗っている小舟が高波の中に入っていくこと。


顛沈在須臾,忠鯁誰復諒。
あっという間に舟が転覆して沈み、真心があって剛直なわたしを、誰も理解してはくれないということになりそうだった。
顛沈 船が転覆するということ○在須臾 寸刻の間に。○忠鯁 真心があって剛直なこと。



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中唐詩-301 岳陽樓別竇司直 #7 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#7

中唐詩-301 岳陽樓別竇司直 #7 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#7

#7
屠龍破千金,爲藝亦云亢。
そこで『荘子』に見える「屠龍之技」の故事のように、竜を屠るなどという無益のわざのために千金の財産を費やしたが、身につける技能としてはあまりにも特異に過ぎた。
愛才不擇行,觸事得讒謗。
才能を愛して素行に気をつけようとしないため、何かにつけて悪口を言われるというしまつであったのだ。
前年出官由,此禍最無妄。
前年、地方官として出された原因もそこにあったのだが、これは災難というものでとりわけていわれのないものであった。
公卿採虛名,擢拜識天仗。
詩文を評価されたということで公卿のあいだで虚名を溥したため、抜擢されて天子のおそば近くに仕える身となったのだ。
姦猜畏彈射,斥逐恣欺誑。
奸臣や宦官たちはいかがわしい猜疑心をもって私に弾劾されることを恐れ、あざむき、だぶらかしをおこなって、わたしを都から追放したのだ。

竜を屠【ほふ】らんとして千金を破り、芸を為すこと亦 云【ここ】に亢【たか】し。
才を愛して行ないを択【えら】ばず、事に触れて讒謗【ざんぼう】を得たり。
前年 官を出でし由【よし】、此の禍【わざわい】最も無妄【むもう】なり。
公卿に虚名を採り、擢拝【てきはい】して天仗【てんじょう】を識る。
姦猜【かんさい】弾射【だんせき】を畏れ、斥逐【せきちく】欺誑【ぎきょう】を恣【ほしい】ままにす。
宮島(1)


現代語訳と訳註
(本文) #7
屠龍破千金,爲藝亦云亢。
愛才不擇行,觸事得讒謗。
前年出官由,此禍最無妄。
公卿採虛名,擢拜識天仗。
姦猜畏彈射,斥逐恣欺誑。


(下し文)
竜を屠【ほふ】らんとして千金を破り、芸を為すこと亦 云【ここ】に亢【たか】し。
才を愛して行ないを択【えら】ばず、事に触れて讒謗【ざんぼう】を得たり。
前年 官を出でし由【よし】、此の禍【わざわい】最も無妄【むもう】なり。
公卿に虚名を採り、擢拝【てきはい】して天仗【てんじょう】を識る。
姦猜【かんさい】弾射【だんせき】を畏れ、斥逐【せきちく】欺誑【ぎきょう】を恣【ほしい】ままにす。


(現代語訳)
そこで『荘子』に見える「屠龍之技」の故事のように、竜を屠るなどという無益のわざのために千金の財産を費やしたが、身につける技能としてはあまりにも特異に過ぎた。
才能を愛して素行に気をつけようとしないため、何かにつけて悪口を言われるというしまつであったのだ。
前年、地方官として出された原因もそこにあったのだが、これは災難というものでとりわけていわれのないものであった。
詩文を評価されたということで公卿のあいだで虚名を溥したため、抜擢されて天子のおそば近くに仕える身となったのだ。
奸臣や宦官たちはいかがわしい猜疑心をもって私に弾劾されることを恐れ、あざむき、だぶらかしをおこなって、わたしを都から追放したのだ。


(訳注) #7
屠龍破千金,爲藝亦云亢。

そこで『荘子』に見える「屠龍之技」の故事のように、竜を屠るなどという無益のわざのために千金の財産を費やしたが、身につける技能としてはあまりにも特異に過ぎた。
屠龍 龍を屠殺。屠龍之技。荘子『列禦寇』「朱泙漫學屠龍於支離益,殫千金之家,三年技成,而無所用其巧。」(朱泙漫 屠龍を於支離益に學び,千金之家を殫らし,三年にして技成る,而れども其の巧を用うる所無し。)


愛才不擇行,觸事得讒謗。
才能を愛して素行に気をつけようとしないため、何かにつけて悪口を言われるというしまつであったのだ。
 才能。○擇行 素行に気をつけようとしないこと。○讒謗 何かにつけて悪口を言われ


前年出官由,此禍最無妄。
前年、地方官として出された原因もそこにあったのだが、これは災難というものでとりわけていわれのないものであった。
出官由 地方官として出された原因。○最無妄 とりわけていわれのないもの。


公卿採虛名,擢拜識天仗。
詩文を評価されたということで公卿のあいだで虚名を溥したため、抜擢されて天子のおそば近くに仕える身となったのだ。
虛名 韓愈の散文、五言詩について評価が高かった。謙遜語。


姦猜畏彈射,斥逐恣欺誑。
奸臣や宦官たちはいかがわしい猜疑心をもって私に弾劾されることを恐れ、あざむき、だぶらかしをおこなって、わたしを都から追放したのだ。
姦猜 いかがわしい猜疑心。○彈射 弾劾されること。狙い撃ちされること。○欺誑 欺きたぶらかす。だます。

中唐詩-300 岳陽樓別竇司直 #6 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#6

中唐詩-300 岳陽樓別竇司直 #6 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#6


#6
開筵交履舃,爛漫倒家釀。
そこで酒宴をもよおしてくれて靴を交わし合う無礼講となった、その家に蓄えてあった酒樽を傾け、心ゆくまで酔いみだれた。
杯行無留停,高柱送清唱。
杯が何度もやりとりされて留まることがない、高貴なすばらしい演奏に清らかな歌声で、宴席の興が添えられた。
中盤進橙栗,投擲傾脯醬。
食卓の中央にはだいだいや栗などを盛り、それにつける味噌漬の肉をありったけ並べてある。
歡窮悲心生,婉孌不能忘。
楽しさが極まるにつれて悲しみの心が生じ、胸のなかにいつまでもまつわりついて忘れることができない。
念昔始讀書,志欲干霸王。
いま思えぱその昔、学問をしはじめたころ、王者に認められて片腕となって働こうという理想を抱いた。

筵を開きて履舃【りせき】を交え、爛漫【らんまん】として家醸【かじょう】を倒す。
盃行【はいめぐ】りて留停する無く、高柱 清唱を送る。
中盤 橙栗【とうりつ】を進め、投擲【とうてき】脯醬【ほしょう】を傾く。
歓 窮まって 悲心生じ、婉孌【えんらん】として忘るる能わず。
念う昔 始めて読書せしとき、志 覇王に干【もと】めんと欲す

岳陽樓003


現代語訳と訳註
(本文)#6
開筵交履舃,爛漫倒家釀。
杯行無留停,高柱送清唱。
中盤進橙栗,投擲傾脯醬。
歡窮悲心生,婉孌不能忘。
念昔始讀書,志欲干霸王。

(下し文)#6
筵を開きて履舃【りせき】を交え、爛漫【らんまん】として家醸【かじょう】を倒す。
盃行【はいめぐ】りて留停する無く、高柱 清唱を送る。
中盤 橙栗【とうりつ】を進め、投擲【とうてき】脯醬【ほしょう】を傾く。
歓 窮まって 悲心生じ、婉孌【えんらん】として忘るる能わず。
念う昔 始めて読書せしとき、志 覇王に干【もと】めんと欲す。

(現代語訳)#6
そこで酒宴をもよおしてくれて靴を交わし合う無礼講となった、その家に蓄えてあった酒樽を傾け、心ゆくまで酔いみだれた。
杯が何度もやりとりされて留まることがない、高貴なすばらしい演奏に清らかな歌声で、宴席の興が添えられた。
食卓の中央にはだいだいや栗などを盛り、それにつける味噌漬の肉をありったけ並べてある。
楽しさが極まるにつれて悲しみの心が生じ、胸のなかにいつまでもまつわりついて忘れることができない。
いま思えぱその昔、学問をしはじめたころ、王者に認められて片腕となって働こうという理想を抱いた。

(訳注)
開筵交履舃,爛漫倒家釀。
そこで酒宴をもよおしてくれて靴を交わし合う無礼講となった、その家に蓄えてあった酒樽を傾け、心ゆくまで酔いみだれた
開筵 宴席を設ける。晉書『車胤傳』「謝安游之日、輒開筵待之。」○履舃 くつ。履は一枚底。舃は二枚底。○爛漫 花が咲き乱れるさま。水があふれているさま。


杯行無留停,高柱送清唱。
杯が何度もやりとりされて留まることがない、高貴なすばらしい演奏に清らかな歌声で、宴席の興が添えられた。
○高柱 高貴なすばらしい演奏。


中盤進橙栗,投擲傾脯醬。
食卓の中央にはだいだいや栗などを盛り、それにつける味噌漬の肉をありったけ並べてある。
橙栗 だいだいと栗。○脯醬 味噌漬の肉


歡窮悲心生,婉孌不能忘。
楽しさが極まるにつれて悲しみの心が生じ、胸のなかにいつまでもまつわりついて忘れることができない。
婉孌 年が若く美しい。親しみ愛する。


念昔始讀書,志欲干霸王。
いま思えぱその昔、学問をしはじめたころ、王者に認められて片腕となって働こうという理想を抱いた。
霸王 1 覇者と王者。覇道と王道。2 武力で諸侯を統御して天下を治める者。『礼記』「義與信,和與仁,霸王之器也。」(義と信、和と仁は覇王の器である)

中唐詩-299 岳陽樓別竇司直 #5 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#5

中唐詩-299 岳陽樓別竇司直 #5 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#5

#5
時當冬之孟,隙竅縮寒漲。
ちょうど時節は冬の初めの陰暦十月になってきた、風も冷たく、か細い音をたてて吹きぬけ、水かさも落ちてきた。
前臨指近岸,側坐眇難望。
身をまえに進み出て近くの岸を指さすのだが、船奥に座ったまま首を伸ばしたのでは、向こう岸ははるばるとして望みにくいというものだ。
滌濯神魂醒,幽懷舒以暢。
この風景に洗われてわたくしの魂は夢から醒めてきた、ただ一人思い悩む胸のつかえも晴れるのであろう。
主人孩童舊,握手乍忻悵。
主人の竇庠公は子どものころからの昔なじみである、私の手を握りしめ、悲喜こもごもの様子を示すのである。
憐我竄逐歸,相見得無恙。

私が流罪にあって帰りみちであることにあわれをおもってくれた、そしてここで互いに合い心配ないことを確認しえたのである。

#5
時に冬の孟【はじ】めに当たり、隙竅【げききょう】寒漲【かんちょう】を縮む。
前臨して近岸を指し、側坐するも眇として望み難し。
滌濯【できたく】して神魂醒め、幽懐 舒【の】べ以て暢【の】ぶ。
主人は孩童【がいどう】の旧、手を握って乍【たちま】ち忻悵【きんちょう】す。
憐れむ 我が竄逐【ざんちく】せられて帰り、相見て恙【つつが】無きを得しことを。

岳陽樓003


現代語訳と訳註
(本文)
#5
時當冬之孟,隙竅縮寒漲。
前臨指近岸,側坐眇難望。
滌濯神魂醒,幽懷舒以暢。
主人孩童舊,握手乍忻悵。
憐我竄逐歸,相見得無恙。

(下し文) #5
時に冬の孟【はじ】めに当たり、隙竅【げききょう】寒漲【かんちょう】を縮む。
前臨して近岸を指し、側坐するも眇として望み難し。
滌濯【できたく】して神魂醒め、幽懐 舒【の】べ以て暢【の】ぶ。
主人は孩童【がいどう】の旧、手を握って乍【たちま】ち忻悵【きんちょう】す。
憐れむ 我が竄逐【ざんちく】せられて帰り、相見て恙【つつが】無きを得しことを。


(現代語訳)
ちょうど時節は冬の初めの陰暦十月になってきた、風も冷たく、か細い音をたてて吹きぬけ、水かさも落ちてきた。
身をまえに進み出て近くの岸を指さすのだが、船奥に座ったまま首を伸ばしたのでは、向こう岸ははるばるとして望みにくいというものだ。
この風景に洗われてわたくしの魂は夢から醒めてきた、ただ一人思い悩む胸のつかえも晴れるのであろう。
主人の竇庠公は子どものころからの昔なじみである、私の手を握りしめ、悲喜こもごもの様子を示すのである。
私が流罪にあって帰りみちであることにあわれをおもってくれた、そしてここで互いに合い心配ないことを確認しえたのである。


(訳注)#5
時當冬之孟,隙竅縮寒漲。

ちょうど時節は冬の初めの陰暦十月になってきた、風も冷たく、か細い音をたてて吹きぬけ、水かさも落ちてきた。
隙竅 冷たい風が細く吹き。○縮寒漲 水かさも落ちていること。


前臨指近岸,側坐眇難望。
身をまえに進み出て近くの岸を指さすのだが、船奥に座ったまま首を伸ばしたのでは、向こう岸ははるばるとして望みにくいというものだ。
側坐 座ったまま首を伸ばした○眇難望 向こう岸ははるばるとして望みにくい。


滌濯神魂醒,幽懷舒以暢。
この風景に洗われてわたくしの魂は夢から醒めてきた、ただ一人思い悩む胸のつかえも晴れるのであろう。
滌濯 この風景に洗われている。○神魂醒 魂は夢から醒める。○幽懷 ただ一人思い悩む。○舒以暢 物思いも晴れる。


主人孩童舊,握手乍忻悵。
主人の竇庠公は子どものころからの昔なじみである、私の手を握りしめ、悲喜こもごもの様子を示すのである。
○主 竇司直は竇庠という人。やはり詩人であるが、このときは韓皐という人の幕府に入り、岳州(州庁は岳陽にあった)刺史の事務取扱となっていた。司直は官名で、大理司直の略。検察事務を扱う職だが、節度使の幕下に勤務する場合は朝廷の官職の一つを肩書として授けられるのが常であり、実際の職務としては、節度使からもらった岳州剌史事務取扱のほうが優先するわけである。舟で洞庭湖を渡り、江陵へと赴こうとしていた愈を、詩中に言うように、岳陽にいた竇庠が宴席を設け、招いてくれた。前から知りあいの仲で、久しぶりに顔を合わせたのである。そこで心ゆくまで飲み、別れにあたって、この詩を贈ったのであった。○乍忻悵 悲喜こもごもの様子を示す。


憐我竄逐歸,相見得無恙。
私が流罪にあって帰りみちであることにあわれをおもってくれた、そしてここで互いに合い心配ないことを確認しえたのである。
竄逐歸 流罪にあって帰りみち。○得無恙 心配ないことを確認し得た。

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