次同冠峡 韓愈<45> Ⅱ韓退之(韓愈)詩329 紀頌之の漢詩ブログ 1066
(同冠峡に次【やど】る)
次同冠峡
同冠峡に宿泊した。(キャンプをした)
今日是何朝?天晴物色饒。
きようは いったい なんという朝だ、天は晴れ すべての物の色が じつに豊にあざやかではないか。
落英千尺墮, 遊絲百丈飄。
落ちて散り來るはなびらは千尺の崖の上から舞っているし、舞い上がるいとゆうは百丈の野にひるがえる。
泄乳交巖脈, 懸流揭浪標。
鐘乳のしたたりは巌脈にまじわりたれているし、その崖から流れ落ちる瀑布は白い波柱をあげている。
無心思嶺北, 猿鳥莫相撩。
此の南方に来て嶺北のことは思うまいとしているのだが、猿や鳥のように泣かれてはわたしの心をかきみだすことになってしまう。
同冠峡に次【やど】る
今日 是れ 何の朝【あした】ぞ?、天晴れて 物色饒【ゆたか】なり。
落英【らくえい】千尺より墮つ,遊絲【ゆうし】百丈に飄【ひるがえ】る。
泄乳【せつにゅう】巖脈【がんみゃく】交わり,懸流【けんりゅう】浪標【ろうひょう】を揭【あ】ぐ。
嶺北【れいほく】を思うに心無し,猿鳥 相【あい】撩【みだ】す莫れ。
現代語訳と訳註
(本文)
次同冠峡
今日是何朝?天晴物色饒。
落英千尺墮,遊絲百丈飄。
泄乳交巖脈,懸流揭浪標。
無心思嶺北,猿鳥莫相撩。
(下し文)
同冠峡に次【やど】る
今日 是れ 何の朝【あした】ぞ?、天晴れて 物色饒【ゆたか】なり。
落英【らくえい】千尺より墮つ,遊絲【ゆうし】百丈に飄【ひるがえ】る。
泄乳【せつにゅう】巖脈【がんみゃく】交わり,懸流【けんりゅう】浪標【ろうひょう】を揭【あ】ぐ。
嶺北【れいほく】を思うに心無し,猿鳥 相【あい】撩【みだ】す莫れ。
(現代語訳)
同冠峡に宿泊した。(キャンプをした)
きようは いったい なんという朝だ、天は晴れ すべての物の色が じつに豊にあざやかではないか。
落ちて散り來るはなびらは千尺の崖の上から舞っているし、舞い上がるいとゆうは百丈の野にひるがえる。
鐘乳のしたたりは巌脈にまじわりたれているし、その崖から流れ落ちる瀑布は白い波柱をあげている。
此の南方に来て嶺北のことは思うまいとしているのだが、猿や鳥のように泣かれてはわたしの心をかきみだすことになってしまう。
(訳注)
次同冠峡
同冠峡に宿泊した。(キャンプをした)
・次同冠峡 さきの同冠峡の詩についでつくった。次は宿ること。
今日是何朝?天晴物色饒。
きようは いったい なんという朝だ、天は晴れ すべての物の色が じつに豊にあざやかではないか。
○今日是何朝 悲しみや苦しみの中にあるとき、その思いになんのかかわりもなく、太陽がきらきら輝き、風が爽やかに吹くと、それがあまりに良すぎて、ひとはそれに対して逆の愁いをいだきたくなるものだ。この句はそうした郷愁の感情から生まれたものである。
落英千尺墮,遊絲百丈飄。
落ちて散り來るはなびらは千尺の崖の上から舞っているし、舞い上がるいとゆうは百丈の野にひるがえる。
○落英 おちる花びら。○遊絲 いとゆう。旅人(韓愈自身)を示す言葉。
泄乳交巖脈,懸流揭浪標。
鐘乳のしたたりは巌脈にまじわりたれているし、その崖から流れ落ちる瀑布は白い波柱をあげている。
○泄乳 もれ出る鍾乳。○懸流 たき。○浪標 浪柱のこと.李白『望廬山五老峯』『望廬山瀑布水 二首其一』『望廬山瀑布二首其二(絶句)』に雰囲気が似ている。
無心思嶺北,猿鳥莫相撩。
此の南方に来て嶺北のことは思うまいとしているのだが、猿や鳥のように泣かれてはわたしの心をかきみだすことになってしまう。
○嶺北 嶺は広東・広西の北境にある大庾・始安・臨賀・桂陽・掲陽の五嶺山脈のことで、この嶺から北の方を嶺北という。ここでは長安にのこして来た二男のことを持す。○猿鳥 中国南部に生息する手長猿で、悲鳴の声をさらに引っ張って慟哭するように鳴く。鳥は、啼いて血を吐くホトトギスに代表され、人恋しさの喩えに使われる。こうした猿や鳥の鋭い鳴き声は、孤独な旅人にとっては、殊に悲しいものである。○莫相撩 せっかく忘れようとしている北方への郷愁をかきたて、わたしの心なみだすことはするな。相は、ここでは互いにという意妹はもたない。