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卷 別:卷七九一
詩 題:莎柵聯句〈韓愈、孟郊〉
808年元和三年、かれは、権知国子博士から、正博士に進んだ。このとし、同じ洛陽で、水陸転運判官として、東都留守の鄭余慶の幕下にあった孟郊が、生まれてまもない子どもを死なせた。孟郊はすでに五十六歳、それまでにも、二人の子を、生まれてすぐに死なせている。そのなげき方は、ひと通りでなかった。悲しみのあまり、天をもうらみ、おのれの生をすら厭うほどであった。韓愈は、この友を、何とかなぐさめ、力づけたいと思って「孟東野、子を失う」の詩をつくって贈った。
やはりこのころ、たぶん韓愈が孟郊の気を晴らせようとして誘ったのでもあろう。ふたりは莎柵谷に遊んだ。このとき試みたのが「莎柵聯旬」である。だが、谷では、風ははげしく、景色は荒涼として、かえってふたりの心を悲哀にさそい、聯句もまた、おのおの一韻をおいたのみで、吹っ切れてしまったのだ。
莎柵谷は、いまの河南省洛寧県に近く、その谷の水は東流して昌谷に入り、やがて洛水にそそぎ、洛陽を通って黄河に合するのである。その昌谷には、さきごろ韓愈の弟子となった少年詩人李賀の家がある。ふたりが莎柵谷をたずねたのは、李賀がその勝景を吹聴していたからであるかもしれない。
莎柵聯句
冰溪時咽絕,風櫪方軒舉。 -〈韓愈〉
氷結した莎柵の渓谷はこの季節になるとむせんでいきがたえるほどである、風にふかれるくぬぎはまさにたかくそびえている。
此處不斷腸,定知無斷處。 -〈孟郊〉
ここのこの場所は凍りつく寒さと風の枝きり音により断腸の声ではないというが、この場所にじっとしていると断腸の声を上げているのではないということが分かった。
莎柵聯句
冰渓【ひょうけい】時に 咽絶【えんぜつ】し、
風櫪【ふうれき】方【まさ】に軒舉【れんきょ】す。 -〈韓愈〉
此の處に断腸せずむば、定めて知る 断ずる虚無けむ。 -〈孟郊〉
現代語訳と訳註
(本文) 莎柵聯句
冰溪時咽絕,風櫪方軒舉。
此處不斷腸,定知無斷處。
(下し文)
冰渓【ひょうけい】時に 咽絶【えんぜつ】し、
風櫪【ふうれき】方【まさ】に軒舉【れんきょ】す。
此の處に断腸せずむば、
定めて知る 断ずる虚無けむ。
(現代語訳)
氷結した莎柵の渓谷はこの季節になるとむせんでいきがたえるほどである、風にふかれるくぬぎはまさにたかくそびえている。
ここのこの場所は凍りつく寒さと風の枝きり音により断腸の声ではないというが、この場所にじっとしていると断腸の声を上げているのではないということが分かった。
(訳注)
莎柵聯句
・莎柵 莎柵は谷の名。中国歴史地図唐44-45都畿道河南府、洛陽の西南西110里(約60km)長水と福昌の中間いまの河南省洛寧県に近く、その水は東流して昌谷に入り、洛水にそそぐ。

冰溪時咽絕,風櫪方軒舉。
氷結した莎柵の渓谷はこの季節になるとむせんでいきがたえるほどである、風にふかれるくぬぎはまさにたかくそびえている。
・氷渓 氷結した渓谷。
・咽絶 むせんでいきがたえる。
・風櫪 風にふかれるくぬぎ。櫪:ブナ科の落葉高木。雑木林に多い。葉は狭長楕円形で縁に鋸歯(きよし)がある。秋、球形の「どんぐり」がなる。どんぐりの皿には線形の鱗片(りんぺん)が多数つく。
・軒舉 軒は高いさま。挙はあがる。たかくそびえること。
此處不斷腸,定知無斷處。 -〈孟郊〉
ここのこの場所は凍りつく寒さと風の枝きり音により断腸の声ではないというが、この場所にじっとしていると断腸の声を上げているのではないということが分かった。
冬の渓谷は冷凍庫のようであり、落葉したくぬぎに北風が吹き抜けると、さびしい思いをした女性の嘆きの叫びのように聞こえるのであろう。







