漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2012年11月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

月蝕詩 盧仝 詩<7>Ⅱ中唐詩512 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1615

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月蝕詩 盧仝 詩<7>Ⅱ中唐詩512 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1615

盧仝(ろ・どう、生年不詳-835年)は中国・唐代中期の詩人。字は不明。号は玉川子。
范陽(北京市)の出身。出世の志なく、若いときから少室山(河南省)に隠棲して学問を究めた。諫議大夫に召されたこともあるが辞して仕えなかった。かつて月蝕の詩を作って元和の逆党(李忠臣をさすとも、宦官の吐突をさすともいわれる)を譏ったところ、韓愈に賞され韓愈もこれにならった月蝕詩がある。甘露の変のとき王涯の邸で会食していたところを巻き込まれ逮捕された。盧仝は宦官一掃の計画となんの関わりもなかったが、問答無用とばかりに殺された。


ここで訳注するのは「其二」のみで、其一は白文のみを掲載する。内容については、韓愈の『月蝕詩效玉川子作』は盧仝の詩の要約文といえるので、比較して読まれるとよいと思う。

卷388_8  月蝕詩 其二盧仝
東海出明月,清明照毫髮。
はるか東海から仲秋の名月が昇ってきた。その清らかなる明月は頭髮の細毛が分かるほど明るく照らしている。
朱弦初罷彈,金兔正奇絕。
朱く宝飾で飾られたことを初めて引くのが止められる。金の兎の輝きはまさにめずらしいことに消えたのである。
三五與二八,此時光滿時。
真冬の明月は日十五夜、十六夜である、この時月の明かりはいっぱいに広がっている。
頗奈蝦蟆兒,吞我芳桂枝。
月に住む蝦蟇の子がどうして傾いたのか、月のかぐわしい桐の木を食べて飲んでしまったのか。
我愛明鏡潔,爾乃痕翳之。

我々はこの明鏡のようなきよらかなものをあいしている、ところが今の月は傷ついたように陰となってきたのだ。
#2
爾且無六翮,焉得升天涯。方寸有白刃,無由揚清輝。
如何萬里光,遭爾小物欺。卻吐天漢中,良久素魄微。
日月尚如此,人情良可知。


東海に明月出づ,清明して毫髮を照す。
朱弦 初めて罷彈す,金兔 正奇 絕つ。
三五と二八,此時 光 滿る時なり。頗【かたむき】奈【いかん】とす 蝦蟆【かばく】の兒,我を吞むは芳しき桂枝なり。
我を愛すは明鏡の潔なり,爾じ乃ち翳の之を痕けん。

爾 且て六翮無く,焉んぞ天涯の升るを得んや。
方寸にして白刃有り,由無くは清輝に揚る。
如何する萬里の光,爾 小物の欺に遭う。
卻って天の漢中に吐く,良く久しく 素魄微にす。
日月 尚お 此の如く,人情 良しく知る可し。


『月蝕詩』 其二 現代語訳と訳註
(本文)

東海出明月,清明照毫髮。朱弦初罷彈,金兔正奇絕。
三五與二八,此時光滿時。頗奈蝦蟆兒,吞我芳桂枝。
我愛明鏡潔,爾乃痕翳之。


(下し文)
東海に明月出づ,清明して毫髮を照す。
朱弦 初めて罷彈す,金兔 正奇 絕つ。
三五と二八,此時 光 滿る時なり。
頗【かたむき】奈【いかん】とす 蝦蟆【かばく】の兒,我を吞むは芳しき桂枝なり。
我を愛すは明鏡の潔なり,爾じ乃ち翳の之を痕けん。


(現代語訳)
はるか東海から仲秋の名月が昇ってきた。その清らかなる明月は頭髮の細毛が分かるほど明るく照らしている。
朱く宝飾で飾られたことを初めて引くのが止められる。金の兎の輝きはまさにめずらしいことに消えたのである。
真冬の明月は日十五夜、十六夜である、この時月の明かりはいっぱいに広がっている。
月に住む蝦蟇の子がどうして傾いたのか、月のかぐわしい桐の木を食べて飲んでしまったのか。
我々はこの明鏡のようなきよらかなものをあいしている、ところが今の月は傷ついたように陰となってきたのだ。


(訳注)
月蝕詩 其二

長詩の其一の要約版。

810年元和五年庚寅の年、11月14日に月蝕があった。韓愈の友人の慮全が長篇の「月蝕詩」(後ろに掲載)を作った。奇抜な作品だが、冗漫なものである。韓愈は全く模倣して作っている。
盧仝は済源の人。博学で詩にたくみであり、茶を愛して、有名な「茶歌」がある.

中唐詩人ID-44 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶#1 kanbun-iinkai紀頌之の李商隠と中唐の漢詩ブログ251



東海出明月,清明照毫髮。
はるか東海から仲秋の名月が昇ってきた。その清らかなる明月は頭髮の細毛が分かるほど明るく照らしている。
・毫髮 毫:細毛、髮=發:頭髮


朱弦初罷彈,金兔正奇絕。
朱く宝飾で飾られたことを初めて引くのが止められる。金の兎の輝きはまさにめずらしいことに消えたのである。
やめる まかる1 仕事を中止する。「罷業・罷工」2 役目をやめさせる。「罷免」3 疲れてやる気がなくなる。


三五與二八,此時光滿時。
真冬の明月は日十五夜、十六夜である、この時月の明かりはいっぱいに広がっている。
三五、二八 十五夜、十六夜


頗奈蝦蟆兒,吞我芳桂枝。
月に住む蝦蟇の子がどうして傾いたのか、月のかぐわしい桐の木を食べて飲んでしまったのか。


我愛明鏡潔,爾乃痕翳之。
我々はこの明鏡のようなきよらかなものをあいしている、ところが今の月は傷ついたように陰となってきたのだ。



月蝕詩(盧仝 唐詩)
 
其一:
新天子即位五年,歲次庚寅,鬥柄插子,律調黄鍾。
森森萬木夜僵立,寒氣贔屭頑無風。
爛銀盤從海底出,出來照我草屋東。
天色紺滑凝不流,冰光交貫寒曈曨。
初疑白蓮花,浮出龍王宮。
八月十五夜,比並不可雙。
此時怪事發,有物吞食來。
輪如壯士斧斫壞,桂似雪山風拉摧。
百鍊鏡,照見膽,平地埋寒灰。
火龍珠,飛出腦,卻入蚌蛤胎。
摧環破璧眼看盡,當天一搭如煤炱。
磨蹤滅蹟須臾間,便似萬古不可開。
不料至神物,有此大狼狽。
星如撒沙出,爭頭事光大。
奴婢炷暗燈,掩菼如玳瑁。
今夜吐焰長如虹,孔隙千道射戶外。
玉川子,涕泗下,中庭獨自行。
念此日月者,太陰太陽精。
皇天要識物,日月乃化生。
走天汲汲勞四體,與天作眼行光明。
此眼不自保,天公行道何由行。
吾見陰陽家有說,望日蝕月月光滅,朔月掩日日光缺。
兩眼不相攻,此說吾不容。
又孔子師老子雲,五色令人目盲。
吾恐天似人,好色即喪明。
幸且非春時,萬物不嬌榮。
青山破瓦色,綠水冰崢嶸。
花枯無女豔,鳥死沉歌聲。
頑冬何所好,偏使一目盲。
傳聞古老說,蝕月蝦蟆精。
徑圓千里入汝腹,汝此癡骸阿誰生。
可從海窟來,便解緣青冥。
恐是眶睫間,掩塞所化成。
黄帝有二目,帝舜重瞳明。
二帝懸四目,四海生光輝。
吾不遇二帝,滉漭不可知。
何故瞳子上,坐受蟲豸欺。
長嗟白兔搗靈藥,恰似有意防奸非。
藥成滿臼不中度,委任白兔夫何爲。
憶昔堯爲天,十日燒九州。金爍水銀流,玉煼丹砂焦。
六合烘爲窯,堯心增百憂。
帝見堯心憂,勃然發怒決洪流。
立擬沃殺九日妖,天高日走沃不及,但見萬國赤子□生魚頭。
此時九禦導九日,爭持節幡麾幢旒。
駕車六九五十四頭蛟螭虯,掣電九火輈。
汝若蝕開齱齵輪,禦轡執索相爬鉤,推盪轟訇入汝喉。
紅鱗焰鳥燒口快,翎鬣倒側聲醆鄒。
撑腸拄肚礧傀如山丘,自可飽死更不偷。
不獨填饑坑,亦解堯心憂。
恨汝時當食,藏頭擫腦不肯食。
不當食,張唇哆觜食不休。
食天之眼養逆命,安得上帝請汝劉。
嗚呼,人養虎,被虎齧。天媚蟆,被蟆瞎。
乃知恩非類,一一自作孽。
吾見患眼人,必索良工訣。
想天不異人,愛眼固應一。
安得常娥氏,來習扁鵲術。
手操舂喉戈,去此睛上物。
其初猶朦朧,既久如抹漆。
但恐功業成,便此不吐出。
玉川子又涕泗下,心禱再拜額榻砂土中,地上蟣虱臣仝告愬帝天皇。
臣心有鐵一寸,可刳妖蟆癡腸。
上天不爲臣立梯磴,臣血肉身,無由飛上天,颺天光。
封詞付與小心風,颰排閶闔入紫宮。
密邇玉幾前擘坼,奏上臣仝頑愚胸。
敢死横幹天,代天謀其長。
東方蒼龍角,插戟尾捭風。
當心開明堂。
統領三百六十鱗蟲,坐理東方宮。
月蝕不救援,安用東方龍。
南方火鳥赤潑血,項長尾短飛跋躠,頭戴井冠高逵枿。
月蝕鳥宮十三度,鳥爲居停主人不覺察,貪向何人家。
行赤口毒舌,毒蟲頭上吃卻月,不啄殺。
虛眨鬼眼明,鳥罪不可雪。
西方攫虎立踦踦,斧爲牙,鑿爲齒。偷犧牲,食封豕。大蟆一臠,固當軟美。
見似不見,是何道理。
爪牙根天不念天,天若准擬錯准擬。
北方寒龜被蛇縛,藏頭入殼如入獄。
蛇觔束緊束破殼,寒龜夏鱉一種味。
且當以其肉充臛,死殼沒信處,唯堪支床腳,不堪鑽灼與天蔔。
歲星主福德,官爵奉董秦。
忍使黔婁生,覆屍無衣巾。
天失眼不弔,歲星胡其仁。
熒惑矍鑠翁,執法大不中。
月明無罪過,不糾蝕月蟲。
年年十月朝太微。支盧謫罰何災凶。
土星與土性相背,反養福德生禍害。
到人頭上死破敗,今夜月蝕安可會。
太白真將軍,怒激鋒铓生。
恒州陣斬酈定進,項骨脆甚春蔓菁。
天唯兩眼失一眼,將軍何處行天兵。
辰星任廷尉,天律自主持。
人命在盆底,固應樂見天盲時。
天若不肯信,試喚皋陶鬼一問。
一如今日,三台文昌宮,作上天紀綱。
環天二十八宿,磊磊尚書郎。
整頓排班行,劍握他人將。
一四太陽側,一四天市傍。
操斧代大匠,兩手不怕傷。
弧矢引滿反射人,天狼呀啄明煌煌。
癡牛與騃女,不肯勤農桑。徒勞含淫思,旦夕遙相望。
蚩尤簸旗弄旬朔,始捶天鼓鳴璫琅。枉矢能蛇行,眊目森森張。
天狗下舐地,血流何滂滂。
譎險萬萬黨,架構何可當。
眯目釁成就,害我光明王。
請留北鬥一星相北極,指麾萬國懸中央。
此外盡掃除,堆積如山岡,贖我父母光。當時常星沒,殞雨如迸漿。
似天會事發,叱喝誅奸強。
何故中道廢,自遺今日殃。
善善又惡惡,郭公所以亡。
願天神聖心,無信他人忠。
玉川子詞訖,風色緊格格。
近月黑暗邊,有似動劍戟。
須臾癡蟆精,兩吻自決坼。
初露半個璧,漸吐滿輪魄。
眾星盡原赦,一蟆獨誅磔。
腹肚忽脱落,依舊掛穹碧。
光彩未蘇來,慘澹一片白。
奈何萬里光,受此吞吐厄。
再得見天眼,感荷天地力。
或問玉川子,孔子修春秋。
二百四十年,月蝕盡不收。
今子咄咄詞,頗合孔意不。
玉川子笑答,或請聽逗留。
孔子父母魯,諱魯不諱周。
書外書大惡,故月蝕不見收。
予命唐天,口食唐土。
唐禮過三,唐樂過五。
小猶不說,大不可數。
災沴無有小大愈,安得引衰周,研核其可否。
日分晝,月分夜,辨寒暑。
一主刑,二主德,政乃擧。
孰爲人面上,一目偏可去。
願天完兩目,照下萬方土,
萬古更不瞽,萬萬古,更不瞽,照萬古。
 
 
其二
東海出明月,清明照毫發。
朱弦初罷彈,金兔正奇絕。
三五與二八,此時光滿時。
頗奈蝦蟆兒,吞我芳桂枝。
我愛明鏡潔,爾乃痕翳之。
爾且無六翮,焉得升天涯。
方寸有白刃,無由颺清輝。
如何萬里光,遭爾小物欺。
卻吐天漢中,良久素魄微。
日月尚如此,人情良可知。

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直鉤吟 盧仝 詩<6>Ⅱ中唐詩511 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1612


卷388_9 《直鉤吟》盧仝

初歲學釣魚,自謂魚易得。三十持釣竿,一魚釣不得。
人鉤曲,我鉤直,哀哉我鉤又無食。文王已沒不復生,
直鉤之道何時行。


直鉤吟
初歲學釣魚,自謂魚易得。
幼い時に魚を釣ることを教えてもらった。その頃に思ったことは「魚はこんなに容易くとることが出来るのか」ということであった。
三十持釣竿,一魚釣不得。
論語に言う「三十而立」の年齢になった、それなりの釣竿を持つようになったが、一匹の魚でさえ収獲できないのである。
人鉤曲,我鉤直,哀哉我鉤又無食。
他の人間の釣り針は曲がっているものであり、私の釣り針はまっすぐにしているのである。悲しいと思うのはこの私の釣り針では釣ることもできなければ又食うこともできないのである。
文王已沒不復生,直鉤之道何時行。
儒家の手本であり、為政者の手本である文王は既に歿しており、また生き返るということはないので期待はできないのである。人を欺いたり、信念を曲げることをせず、だから私はまっすぐに生きていく、「直鉤」という道こそはどんなことがあろうといつまでも貫いて行動していくということである。

初歲 魚を釣ることを學び,自ら謂【おも】えらく魚は得易【やす】しと。
三十 釣竿を持し,一魚をも釣り得ず。
人の鉤【はり】は曲り,我が鉤は直なり,哀しい哉 我が鉤は又食【えさ】無し。
文王 已に沒して 復た生せず,直鉤【ちょっこう】の道は何れの時にか行なわれん。


『直鉤吟』 現代語訳と訳註
(本文)
直鉤吟
初歲學釣魚,自謂魚易得。
三十持釣竿,一魚釣不得。
人鉤曲,我鉤直,哀哉我鉤又無食。
文王已沒不復生,直鉤之道何時行。


(下し文)
初歲 魚を釣ることを學び,自ら謂【おも】えらく魚は得易【やす】しと。
三十 釣竿を持し,一魚をも釣り得ず。
人の鉤【はり】は曲り,我が鉤は直なり,哀しい哉 我が鉤は又食【えさ】無し。
文王 已に沒して 復た生せず,直鉤【ちょっこう】の道は何れの時にか行なわれん。


(現代語訳)
幼い時に魚を釣ることを教えてもらった。その頃に思ったことは「魚はこんなに容易くとることが出来るのか」ということであった。
論語に言う「三十而立」の年齢になった、それなりの釣竿を持つようになったが、一匹の魚でさえ収獲できないのである。他の人間の釣り針は曲がっているものであり、私の釣り針はまっすぐにしているのである。悲しいと思うのはこの私の釣り針では釣ることもできなければ又食うこともできないのである。
儒家の手本であり、為政者の手本である文王は既に歿しており、また生き返るということはないので期待はできないのである。人を欺いたり、信念を曲げることをせず、だから私はまっすぐに生きていく、「直鉤」という道こそはどんなことがあろうといつまでも貫いて行動していくということである。


(訳注)
直鉤吟

詩の結句にある語を用いて詩題としている。


初歲學釣魚,自謂魚易得。
幼い時に魚を釣ることを教えてもらった。その頃に思ったことは「魚はこんなに容易くとることが出来るのか」ということであった。


三十持釣竿,一魚釣不得。
論語に言う「三十而立」の年齢になった、それなりの釣竿を持つようになったが、一匹の魚でさえ収獲できないのである。


人鉤曲,我鉤直,哀哉我鉤又無食。
他の人間の釣り針は曲がっているものであり、私の釣り針はまっすぐにしているのである。悲しいと思うのはこの私の釣り針では釣ることもできなければ又食うこともできないのである。


文王已沒不復生,直鉤之道何時行。
儒家の手本であり、為政者の手本である文王は既に歿しており、また生き返るということはないので期待はできないのである。人を欺いたり、信念を曲げることをせず、だから私はまっすぐに生きていく、「直鉤」という道こそはどんなことがあろうといつまでも貫いて行動していくということである。
文王 紀元前1152年-紀元前1056年 寿命 97才)は、中国の周朝の始祖。姓は姫、諱は昌。父季歴と母太任の子。周王朝の創始者である武王の父にあたる。文王は商に仕えて、三公(特に重要な三人の諸侯)の地位にあり、父である季歴の死後に周の地を受け継ぎ、岐山のふもとより本拠地を灃河(渭河の支流である。湖南省の澧水とは字が異なる)の西岸の豊邑(正しくは豐邑。後の長安の近く)に移し、仁政を行ってこの地を豊かにしていた。武王が文王の積み上げた物を基盤として商を倒し、周王朝を立てた。武王は昌に対し文王と追号した。後世、特に儒家からは武王と並んで聖王として崇められ、為政者の手本となった。

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卷388_7 《歎昨日三首》盧仝
歎昨日三首其一
昨日之日不可追,今日之日須臾期。
昨日は昨日の事で過ぎ去ってしまったもので追いかけて行くことはできない。今日のこの日はなんといっても約束の日で楽しみにしていたのに瞬く間に過ぎ去ってしまう。
如此如此複如此, 壯心死盡生鬢絲。
このようにし、こうであって、そしてまたこの通りで過ごすのである。若いころに思うことはいつの間にかなくなってしまいそれに代わって髪に白いものが生えてくるのである。
秋風落葉客腸斷,不辦鬥酒開愁眉。
秋風が吹けば紅葉して落葉していく旅人は故郷が恋しくて断腸の思いになるものだ。だから一斗の樽酒が悲愁に浸るこの胸の内を晴らすのである、それを分別を持つことはないのだ。
賢名聖行甚辛苦,周公孔子徒自欺。

賢者も聖人も酒を呑んだ故事はあるがその道を進むには辛苦がはなはだしくついてまわる。「周公を訪ねる」という孔子が夢で旦に教えを請うた故事から、夢に出なくなったといって自ら歎いたというではないか。

其二
天下薄夫苦耽酒,玉川先生也耽酒。
賢者は清談して呑むが天下の仁徳を重ねない浅い人間はただ酒にひたっているものだ。斯くいう私、玉川先生といわれているがその実さけにおぼれているだけなのだ。
薄夫有錢恣張樂,先生無錢養恬漠。
仁徳がない人はお金を以ているので快楽・享楽・悦楽を思いどおりにできる。私、玉川先生はお金を持っていないから恬淡な生活を心静かに過ごすのである。
有錢無錢俱可憐,百年驟過如流川。
お金があってもお金がないということもどちらも少しかわいそうなのだ。それは人生百年が過ぎてしまうのは川の水が流れて行くようなものであるからである。
平生心事消散盡,天上白日悠悠懸。
したがって、日ごろの心がけとして、小さなことからすべてのことを消し去ることである、天上にはいまも真昼の太陽があり、その光ははるか先の先までかかっているではないか。

其三
上帝板板主何物,日車劫劫西向沒。
天上にあって万物を主宰する者は道理に反して乱れた世において主とするものをどのようなものとするのだろうか。そのような世であっても太陽は意気ようようと西に向かいそして沈んでゆく。
自古賢聖無奈何,道行不得皆白骨。
いにしえから教えられることは賢者と成人がどんなにいたとしてもどうしようもできない。孝徳の道を進めていくのに為し得ず、結局はみんな白骨となってしまうではないか。
白骨土化鬼入泉,生人莫負平生年。
白骨はやがて土になっていきその魂は黄泉の国にはいっていくのだ。だから生きているものとしては分不相応に請け負わず、平常にこの日この時を繰り返しその年を過ごしていくことである。
何時出得禁酒國,滿甕釀酒曝背眠。

酒を思いのまま飲むことが出来ないこの世界から何時になったら脱出できるのであろうか、そして酒瓶をたくさん用意して、醸造したてのお酒でもって浴びるほどに飲みまくり背中をはだけて爆睡できるのだろうか。


其の一
昨日之日 追う可からず,今日 之日 須く期に臾【すす】む。
此如くと此如くして複た此の如し, 壯心 死盡して 鬢絲を生む。
秋風 落葉して客 腸斷し,鬥の酒 愁眉を開くを辦【わきま】えず 。
賢名し聖行するは辛苦に甚え,周公孔子は徒【いたずら】に自ら欺くのみ。

其の二
天下の薄夫 苦【はなは】だ酒に耽【ふ】けり,玉川先生 酒に耽【つか】る也。
薄夫 錢有りて樂を張るを恣【ほしいまま】にし,先生 錢無くして恬漠【てんばく】を養う。
錢有ると錢無きとは俱に憐れむ可し,百年驟【にわか】に過ぎて流るる川の如し。
平生の事を心して消散し盡し,天上の白日 悠悠として懸かれり。

其三
上帝 板板として主に何の物,日車 劫劫として西に向き沒す。
古え自り賢聖とは奈何とする無く,道行するは皆白骨となるを得ず。
白骨は土化して鬼 泉に入り,生人は平生の年となるを負う莫れ。
何時ぞ禁酒の國と得るを出んや,滿甕 釀酒は曝して背眠する。




『歎昨日三首、其三』 現代語訳と訳註
(本文) 其三
上帝板板主何物,日車劫劫西向沒。自古賢聖無奈何,
道行不得皆白骨。白骨土化鬼入泉,生人莫負平生年。
何時出得禁酒國,滿甕釀酒曝背眠。


(下し文) 其三
上帝 板板として主に何の物,日車 劫劫として西に向き沒す。
古え自り賢聖とは奈何とする無く,道行するは皆白骨となるを得ず。
白骨は土化して鬼 泉に入り,生人は平生の年となるを負う莫れ。
何時ぞ禁酒の國と得るを出んや,滿甕 釀酒は曝して背眠する。


(現代語訳)
天上にあって万物を主宰する者は道理に反して乱れた世において主とするものをどのようなものとするのだろうか。そのような世であっても太陽は意気ようようと西に向かいそして沈んでゆく。
いにしえから教えられることは賢者と成人がどんなにいたとしてもどうしようもできない。孝徳の道を進めていくのに為し得ず、結局はみんな白骨となってしまうではないか。
白骨はやがて土になっていきその魂は黄泉の国にはいっていくのだ。だから生きているものとしては分不相応に請け負わず、平常にこの日この時を繰り返しその年を過ごしていくことである。
酒を思いのまま飲むことが出来ないこの世界から何時になったら脱出できるのであろうか、そして酒瓶をたくさん用意して、醸造したてのお酒でもって浴びるほどに飲みまくり背中をはだけて爆睡できるのだろうか。


(訳注) 其三
上帝板板主何物,日車劫劫西向沒。
天上にあって万物を主宰する者は道理に反して乱れた世において主とするものをどのようなものとするのだろうか。そのような世であっても太陽は意気ようようと西に向かいそして沈んでゆく。
・上帝 天上にあって万物を主宰する者。天の神。天帝。また、地上の主宰者である天子。
・板板 板:天子の詔書。書物。バンギ。板板は乖。道理に反して乱れたさま。


自古賢聖無奈何, 道行不得皆白骨。
いにしえから教えられることは賢者と成人がどんなにいたとしてもどうしようもできない。孝徳の道を進めていくのに為し得ず、結局はみんな白骨となってしまうではないか。


白骨土化鬼入泉,生人莫負平生年。
白骨はやがて土になっていきその魂は黄泉の国にはいっていくのだ。だから生きているものとしては分不相応に請け負わず、平常にこの日この時を繰り返しその年を過ごしていくことである。
・鬼 死者の霊魂。靈神。


何時出得禁酒國,滿甕釀酒曝背眠。
酒を思いのまま飲むことが出来ないこの世界から何時になったら脱出できるのであろうか、そして酒瓶をたくさん用意して、醸造したてのお酒でもって浴びるほどに飲みまくり背中をはだけて爆睡できるのだろうか。


盧仝は酒を心行くまで呑みたいということはあるかもしれない。しかし、世を捨てた隠遁者にとって、腐敗頽廃の官僚、牛李の闘争、宦官の陰謀など政治に関心がない、それから逃避しているのである。
酒を呑み、泥酔をすることで体制批判をした竹林の七子を意識して酒を題材にしているのである。当時は直接的な政治批判はできるものではなく、儒教、文芸復古、などを唱えつつ批判に変えたのである。

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卷388_7 《歎昨日三首》盧仝
歎昨日三首其一
昨日之日不可追,今日之日須臾期。如此如此複如此, 壯心死盡生鬢絲。
秋風落葉客腸斷,不辦鬥酒開愁眉。 賢名聖行甚辛苦,周公孔子徒自欺。

其二
天下薄夫苦耽酒,玉川先生也耽酒。
賢者は清談して呑むが天下の仁徳を重ねない浅い人間はただ酒にひたっているものだ。斯くいう私、玉川先生といわれているがその実さけにおぼれているだけなのだ。
薄夫有錢恣張樂,先生無錢養恬漠。
仁徳がない人はお金を以ているので快楽・享楽・悦楽を思いどおりにできる。私、玉川先生はお金を持っていないから恬淡な生活を心静かに過ごすのである。
有錢無錢俱可憐,百年驟過如流川。
お金があってもお金がないということもどちらも少しかわいそうなのだ。それは人生百年が過ぎてしまうのは川の水が流れて行くようなものであるからである。
平生心事消散盡,天上白日悠悠懸。

したがって、日ごろの心がけとして、小さなことからすべてのことを消し去ることである、天上にはいまも真昼の太陽があり、その光ははるか先の先までかかっているではないか。

其三
上帝板板主何物,日車劫劫西向沒。自古賢聖無奈何,道行不得皆白骨。
白骨土化鬼入泉,生人莫負平生年。何時出得禁酒國,滿甕釀酒曝背眠。

其の一
昨日之日 追う可からず,今日 之日 須く期に臾【すす】む。
此如くと此如くして複た此の如し, 壯心 死盡して 鬢絲を生む。
秋風 落葉して客 腸斷し,鬥の酒 愁眉を開くを辦【わきま】えず 。
賢名し聖行するは辛苦に甚え,周公孔子は徒【いたずら】に自ら欺くのみ。

其の二
天下の薄夫 苦【はなは】だ酒に耽【ふ】けり,玉川先生 酒に耽【つか】る也。
薄夫 錢有りて樂を張るを恣【ほしいまま】にし,先生 錢無くして恬漠【てんばく】を養う。
錢有ると錢無きとは俱に憐れむ可し,百年驟【にわか】に過ぎて流るる川の如し。
平生の事を心して消散し盡し,天上の白日 悠悠として懸かれり。

其三
上帝 板板として主に何の物,日車 劫劫として西に向き沒す。
古え自り賢聖とは奈何とする無く,道行するは皆白骨となるを得ず。
白骨は土化して鬼 泉に入り,生人は平生の年となるを負う莫れ。
何時ぞ禁酒の國と得るを出んや,滿甕 釀酒は曝して背眠する。


『歎昨日三首其二』 現代語訳と訳註
(本文) 其二

天下薄夫苦耽酒,玉川先生也耽酒。薄夫有錢恣張樂,
先生無錢養恬漠。有錢無錢俱可憐,百年驟過如流川。
平生心事消散盡,天上白日悠悠懸。


(下し文)
天下の薄夫 苦【はなは】だ酒に耽【ふ】けり,玉川先生 也【ま】た酒に耽【つか】る。
薄夫 錢有りて樂を張るを恣【ほしいまま】にし,先生 錢無くして恬漠【てんばく】を養う。
錢有ると錢無きとは俱に憐れむ可し,百年驟【にわか】に過ぎて流るる川の如し。
平生の事を心して消散し盡し,天上の白日 悠悠として懸かれり。


(現代語訳)
賢者は清談して呑むが天下の仁徳を重ねない浅い人間はただ酒にひたっているものだ。斯くいう私、玉川先生といわれているがその実さけにおぼれているだけなのだ。
仁徳がない人はお金を以ているので快楽・享楽・悦楽を思いどおりにできる。私、玉川先生はお金を持っていないから恬淡な生活を心静かに過ごすのである。
お金があってもお金がないということもどちらも少しかわいそうなのだ。それは人生百年が過ぎてしまうのは川の水が流れて行くようなものであるからである。
したがって、日ごろの心がけとして、小さなことからすべてのことを消し去ることである、天上にはいまも真昼の太陽があり、その光ははるか先の先までかかっているではないか。


(訳注) 其二
天下薄夫苦耽酒,玉川先生也耽酒。

賢者は清談して呑むが天下の仁徳を重ねない浅い人間はただ酒にひたっているものだ。斯くいう私、玉川先生といわれているがその実さけにおぼれているだけなのだ。
・薄夫 薄情な人。考えの浅い人。仁徳がない人。


薄夫有錢恣張樂,先生無錢養恬漠。
仁徳がない人はお金を以ているので快楽・享楽・悦楽を思いどおりにできる。私、玉川先生はお金を持っていないから恬淡な生活を心静かに過ごすのである。
恬漠 恬泊。心静かで欲がなくあっさりしている。淡泊。『後漢書、逸民、法真傅』「幽居恬泊、楽以忘憂。」(幽居して恬泊、楽しみて以って憂を忘る。)恬淡な生活を心静かに過ごす。後漢の建安文学より隠遁者が好んで使う語である。


有錢無錢俱可憐,百年驟過如流川。
お金があってもお金がないということもどちらも少しかわいそうなのだ。それは人生百年が過ぎてしまうのは川の水が流れて行くようなものであるからである。


平生心事消散盡,天上白日悠悠懸。
したがって、日ごろの心がけとして、小さなことからすべてのことを消し去ることである、天上にはいまも真昼の太陽があり、その光ははるか先の先までかかっているではないか。


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韓愈、河南太子の頃の友人として、孟郊、張籍、皇甫湜、李翺、賈島、盧仝がおり、盧仝については既に、

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中唐詩 Ⅶ孟郊(孟東野) 答盧仝#1 <24>
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と掲載したが、韓愈の交友を理解を深めるため、ここで少し、盧仝の詩についてみてみよう。盧仝については『走筆謝孟諫議寄新茶』が群を抜いて知れ渡ってはいるが、ここに挙げるものは、斬新なものではない。



卷388_7 《歎昨日三首》盧仝
歎昨日三首其一
昨日之日不可追,今日之日須臾期。
如此如此複如此,壯心死盡生鬢絲。
秋風落葉客腸斷,不辦鬥酒開愁眉。
賢名聖行甚辛苦,周公孔子徒自欺。

其二
天下薄夫苦耽酒,玉川先生也耽酒。
薄夫有錢恣張樂,先生無錢養恬漠。
有錢無錢俱可憐,百年驟過如流川。
平生心事消散盡,天上白日悠悠懸。

其三
上帝板板主何物,日車劫劫西向沒。
自古賢聖無奈何,道行不得皆白骨。
白骨土化鬼入泉,生人莫負平生年。
何時出得禁酒國,滿甕釀酒曝背眠。


其の一
昨日之日 追う可からず,今日 之日 須く期に臾【すす】む。
此如くと此如くして複た此の如し, 壯心 死盡して 鬢絲を生む。
秋風 落葉して客 腸斷し,鬥の酒 愁眉を開くを辦【わきま】えず 。
賢名し聖行するは辛苦に甚え,周公孔子は徒【いたずら】に自ら欺くのみ。

其の二
天下の薄夫 苦【はなは】だ酒に耽【ふ】けり,玉川先生 也【ま】た酒に耽【つか】る。
薄夫 錢有りて樂を張るを恣【ほしいまま】にし,先生 錢無くして恬漠【てんばく】を養う。
錢有ると錢無きとは俱に憐れむ可し,百年驟【にわか】に過ぎて流るる川の如し。
平生の事を心して消散し盡し,天上の白日 悠悠として懸かれり。

其三
上帝 板板として主に何の物,日車 劫劫として西に向き沒す。
古え自り賢聖とは奈何とする無く,道行するは皆白骨となるを得ず。
白骨は土化して鬼 泉に入り,生人は平生の年となるを負う莫れ。
何時ぞ禁酒の國と得るを出んや,滿甕 釀酒は曝して背眠する。


歎昨日三首其一
昨日之日不可追,今日之日須臾期。
昨日は昨日の事で過ぎ去ってしまったもので追いかけて行くことはできない。今日のこの日はなんといっても約束の日で楽しみにしていたのに瞬く間に過ぎ去ってしまう。
如此如此複如此,壯心死盡生鬢絲。
このようにし、こうであって、そしてまたこの通りで過ごすのである。若いころに思うことはいつの間にかなくなってしまいそれに代わって髪に白いものが生えてくるのである。
秋風落葉客腸斷,不辦鬥酒開愁眉。
秋風が吹けば紅葉して落葉していく旅人は故郷が恋しくて断腸の思いになるものだ。だから一斗の樽酒が悲愁に浸るこの胸の内を晴らすのである、それを分別を持つことはないのだ。
賢名聖行甚辛苦,周公孔子徒自欺。
賢者も聖人も酒を呑んだ故事はあるがその道を進むには辛苦がはなはだしくついてまわる。「周公を訪ねる」という孔子が夢で旦に教えを請うた故事から、夢に出なくなったといって自ら歎いたというではないか。
其の一
昨日之日 追う可からず,今日 之日 須く期に臾う。
此如くと此如くして複た此の如し, 壯心 死盡 鬢絲を生む。
秋風 落葉して客 腸斷し,鬥酒 愁眉を開くを辦えず 。
賢名 聖行して辛苦に甚え,周公 孔子は自ら欺くを徒す。




『歎昨日三首其一』 現代語訳と訳註
(本文)

昨日之日不可追,今日之日須臾期。
如此如此複如此,壯心死盡生鬢絲。
秋風落葉客腸斷,不辦鬥酒開愁眉。
賢名聖行甚辛苦,周公孔子徒自欺。


(下し文)
昨日之日 追う可からず,今日 之日 須く期に臾う。
此如くと此如くして複た此の如し, 壯心 死盡 鬢絲を生む。
秋風 落葉して客 腸斷し,鬥酒 愁眉を開くを辦えず 。
賢名 聖行して辛苦に甚え,周公 孔子は自ら欺くを徒す。


(現代語訳)
昨日は昨日の事で過ぎ去ってしまったもので追いかけて行くことはできない。今日のこの日はなんといっても約束の日で楽しみにしていたのに瞬く間に過ぎ去ってしまう。
このようにし、こうであって、そしてまたこの通りで過ごすのである。若いころに思うことはいつの間にかなくなってしまいそれに代わって髪に白いものが生えてくるのである。
秋風が吹けば紅葉して落葉していく旅人は故郷が恋しくて断腸の思いになるものだ。だから一斗の樽酒が悲愁に浸るこの胸の内を晴らすのである、それを分別を持つことはないのだ。
賢者も聖人も酒を呑んだ故事はあるがその道を進むには辛苦がはなはだしくついてまわる。「周公を訪ねる」という孔子が夢で旦に教えを請うた故事から、夢に出なくなったといって自ら歎いたというではないか。


(訳注)
昨日之日不可追,今日之日須臾期。

昨日は昨日の事で過ぎ去ってしまったもので追いかけて行くことはできない。今日のこの日はなんといっても約束の日で楽しみにしていたのに瞬く間に過ぎ去ってしまう。


如此如此複如此,壯心死盡生鬢絲。
このようにし、こうであって、そしてまたこの通りで過ごすのである。若いころに思うことはいつの間にかなくなってしまいそれに代わって髪に白いものが生えてくるのである。


秋風落葉客腸斷,不辦鬥酒開愁眉。
秋風が吹けば紅葉して落葉していく旅人は故郷が恋しくて断腸の思いになるものだ。だから一斗の樽酒が悲愁に浸るこの胸の内を晴らすのである、それを分別を持つことはないのだ。
腸断 断腸には相手がいる。古来、妻であったり、交際の相手に会えない状態でいるものが、秋になり、夜が長くなるとその人と過ごした夜が忘れられなくて下半身に疼きを覚える。間もなくこの年も終わるあの人もまた一つ年を取ってしまう。秋風→夜長→旅客→轉蓬→寂寞→歳暮→悶夜→閨艶→断腸→悲愁 という三段論法、聯想があるのであるが、盧仝は隠遁者、韓愈たちは儒者であり「悶夜→閨艶→断腸」ということは詩の上では関係ないかもしれない。
・辨【わきまえる】1 物事の違いを見分ける。弁別する。区別する。2 物事の道理をよく知っている。心得ている。


賢名聖行甚辛苦,周公孔子徒自欺。
賢者も聖人も酒を呑んだ故事はあるがその道を進むには辛苦がはなはだしくついてまわる。「周公を訪ねる」という孔子が夢で旦に教えを請うた故事から、夢に出なくなったといって自ら歎いたというではないか。
賢名聖行 「賢者は濁り酒を飲んで白眼視して、清談するもの、聖人は清酒を呑み、ひもじくて死んでいくもの。」という竹林の七子のことを踏まえての句である。


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東都遭春
#1
少年氣真狂,有意與春競。行逢二三月,九州花相映。
若いころの気質というものは真面目であり、一本気でほかのものが目に入らないで懸命にするというものである、心に持つ思いと万物成長の春とが勢いを競いあっているようなところがあるのだ。
清明節の春の季節に逢えば行楽へ出かけるし、世界じゅうの花が私と照りはえるのである。

川原曉服鮮,桃李晨妝靚。荒乘不知疲,醉死豈辭病。
川ぞいの平原は朝日でよそおいも鮮やかになり、桃や李の花にも日がさしてそこにいる女の人の朝の化粧の美しさが映えるのである。
郊外の野辺まで馬に乗って行っても疲れを知らず、たとい酔って死のうとも病気といって断わることはしないというものだ。

飲啖惟所便,文章倚豪橫。爾來曾幾時,白髮忽滿鏡。
飲食についてはただ気の向くままであるが、違うのはそこで作る詩文、文学は豪放を旨とするものである。
それからというものどれほどの時間がたったのだろうか、ふと鏡を見ると、そこには白髪いっぱいの老人のあたまがひろがっているのである。
#2
舊遊喜乖張,新輩足嘲評。心腸一變化,羞見時節盛。
古くからつきあっている連中は、自分との主張が食い違うことを喜び、新しい連中からは、あざけって批評する声はかりだ。
そこで、心の内の思い、腹の底から思っていることに変化が生じることがあり、今の世に隆盛を極めているものを見るのが恥ずかしくなるのだ。

得閒無所作,貴欲辭視聽。深居疑避仇,默臥如當暝。
そうすると何もすることがなくひまな時間ができるのだが、世俗の欲望を去って、見たり聞いたりする楽しみを断って、儒者として貴いことをしようとするのだ。
家の奥深くこもったきりで、まるで仇の眼を避けているのかと疑われそうだし、黙りこんで座った姿は眠っているようになる。

朝曦入牖來,鳥喚昏不醒。為生鄙計算,鹽米告屢罄。
そうなると朝の日が戸口からさしこんできて、鳥が呼んでもまず寝こんだまま覚めないのである。
生活をするのに計算にうとく、塩や米などもしばしば勤行のように「なくなってしまいました」といわれるのである。

#3
坐疲都忘起,冠側懶複正。幸蒙東都官,獲離機與阱。
ずっと座ったままでいるとかえって疲れてしまうおまけに立つのをすっかり忘れてしまい、かぶっている冠が傾いても直すのも面倒なくらい物憂さになるのだ。
そんな時に幸いなことに東都の官に任ずるご命令を受け、宦官が陰湿な仕掛けをしているワナと落とし穴とからのがれることができたのだ。

乖慵遭傲僻,漸染生弊性。既去焉能追,有來猶莫騁。
ものぐさな性格が人に頭を下げぬ性格といっしょにかさなって、それがいつしかそれが習慣となって人づきあいの悪い性分を形成してしまった。
過ぎ去ったことは今からは追っかけたって取りかえしがつかないのだ。かといって将来のことをこまごま予定を立ててもどうなるものでもないのだ。

有船魏王池,往往縱孤泳。水容與天色,此處皆綠淨。
洛陽の町なかにある魏王の大きな池に浮かべる船はあるので、先の事より、往々にして私一人で水遊びを楽しみまくっている。
池の水は空の色と一体化してつながり、ここではすべてが緑で清浄な場所なのだ。


#4
岸樹共紛披,渚牙相緯經。懷歸苦不果,即事取幽逬。
魏王池の岸辺の木々はそろって風に吹かれてざわめいている。なぎさの葦の芽は互いに縦横にからみあっている。
私は隠遁して田園に帰りたいと心に抱いてきているが、その望みはなかなか果たせるものではない、しかしすぐにでも、何事につけても、隠遁しての幽遠の生活を求めているのである。

貪求匪名利,所得亦已並。悠悠度朝昏,落落捐季孟。
こころから手に入れたいと願っているのは名声や利益ではないのであるが、これまでに得たものはそれら普通にならべたてたものをあわせたようなものだ。
かくてゆうゆうとのんびりと俗耳に無関心な態度で朝晩を過ごし、無頓着にして故事に言う孔子でさえ「季氏と孟氏」の間程度の職位であったのだからそれでらくらくと平然としている。
群公一何賢,上戴天子聖。謀謨收禹績,四面出雄勁。
諸公たちはいま世に時めいているまったく賢者ぞろいである、そしてその上に天子の聖徳を戴いているのである。
国家のための謀というものは三皇五帝の舜禹の禹皇帝の功績をも収めようとするものだし、四面国境を守るために出た軍隊は勇ましくあるものだ。


#5
轉輸非不勤,稽逋有軍令。
国境への輸送に努力しないということではいけないのであり、徴兵逃れや、軍律破りにたいしては期限を定めた軍令によっては処罰されるのである。
在庭百執事,奉職各祗敬。
その政治をするのはその役所につとめる官僚たちであり、それぞれを役目大切にと励まないといけない。
我獨胡為哉,坐與億兆慶。
私はただ一人で何が為せるというのだろうか。それはこうしていつも座ったままで億兆の民草の喜びを与えられているということだ。
譬如籠中鳥,仰給活性命。
たとえてみれば、寵のなかの鳥なのであり、やっと餌をもらって命をのばしているようなものなのだ。
為詩告友生,負愧終究竟。
まず、わたしは詩を作って友人たちに申しあげるが、このように恥ずかしい気持を抱いたままでは、とても最後まではいられるものでない。

転輸【てんゆ】勤めざるに非ず、稽逋【けいほ】軍令有り。
在庭の百執事、職を奉ずること各【おのお】の祗【つつし】み敬【つつし】む。
我独り胡【なに】をか為す、坐【い】ながらにして億兆の慶びに与【あず】かる。
譬【たと】えば籠中【ろうちゅう】の鳥の、給を仰いで性命を活かすが如し。
詩を為って友生に告ぐ、愧【はじ】を負うて終【つい】に究竟【きゅうきょう】せんやと


『東都遇春』 現代語訳と訳註 #5
(本文)
#5
轉輸非不勤,稽逋有軍令。在庭百執事,奉職各祗敬。
我獨胡為哉,坐與億兆慶。譬如籠中鳥,仰給活性命。
為詩告友生,負愧終究竟。


(下し文)
転輸【てんゆ】勤めざるに非ず、稽逋【けいほ】軍令有り。
在庭の百執事、職を奉ずること各【おのお】の祗【つつし】み敬【つつし】む。
我独り胡【なに】をか為す、坐【い】ながらにして億兆の慶びに与【あず】かる。
譬【たと】えば籠中【ろうちゅう】の鳥の、給を仰いで性命を活かすが如し。
詩を為って友生に告ぐ、愧【はじ】を負うて終【つい】に究竟【きゅうきょう】せんやと


(現代語訳)
国境への輸送に努力しないということではいけないのであり、徴兵逃れや、軍律破りにたいしては期限を定めた軍令によっては処罰されるのである。
その政治をするのはその役所につとめる官僚たちであり、それぞれを役目大切にと励まないといけない。
私はただ一人で何が為せるというのだろうか。それはこうしていつも座ったままで億兆の民草の喜びを与えられているということだ。
たとえてみれば、寵のなかの鳥なのであり、やっと餌をもらって命をのばしているようなものなのだ。
まず、わたしは詩を作って友人たちに申しあげるが、このように恥ずかしい気持を抱いたままでは、とても最後まではいられるものでない。


(訳注) #5
轉輸非不勤,稽逋有軍令。
国境への輸送に努力しないということではいけないのであり、徴兵逃れや、軍律破りにたいしては期限を定めた軍令によっては処罰されるのである。
・稽逋 徴兵逃れや、軍律破りの意味。稽【かんがえる】:物事を突き詰めて考え合わす。寄せ集めて引き比べる。逋:1 追及などを逃れること。 2 租税を逃れること。脱税。


在庭百執事,奉職各祗敬。
その政治をするのはその役所につとめる官僚たちであり、それぞれを役目大切にと励まないといけない。
・庭 朝廷。幕府、役所、官僚の政治の場。


我獨胡為哉,坐與億兆慶
私はただ一人で何が為せるというのだろうか。それはこうしていつも座ったままで億兆の民草の喜びを与えられているということだ。


譬如籠中鳥,仰給活性命。
たとえてみれば、寵のなかの鳥なのであり、やっと餌をもらって命をのばしているようなものなのだ。


為詩告友生,負愧終究竟。
まず、わたしは詩を作って友人たちに申しあげるが、このように恥ずかしい気持を抱いたままでは、とても最後まではいられるものでない。

東都遭春 韓退之(韓愈)詩<95-#4>Ⅱ中唐詩506 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1597

 
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東都遭春 韓退之(韓愈)詩<95-#4>Ⅱ中唐詩506 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1597


東都遭春
#1
少年氣真狂,有意與春競。行逢二三月,九州花相映。
若いころの気質というものは真面目であり、一本気でほかのものが目に入らないで懸命にするというものである、心に持つ思いと万物成長の春とが勢いを競いあっているようなところがあるのだ。
清明節の春の季節に逢えば行楽へ出かけるし、世界じゅうの花が私と照りはえるのである。

川原曉服鮮,桃李晨妝靚。荒乘不知疲,醉死豈辭病。
川ぞいの平原は朝日でよそおいも鮮やかになり、桃や李の花にも日がさしてそこにいる女の人の朝の化粧の美しさが映えるのである。
郊外の野辺まで馬に乗って行っても疲れを知らず、たとい酔って死のうとも病気といって断わることはしないというものだ。

飲啖惟所便,文章倚豪橫。爾來曾幾時,白髮忽滿鏡。
飲食についてはただ気の向くままであるが、違うのはそこで作る詩文、文学は豪放を旨とするものである。
それからというものどれほどの時間がたったのだろうか、ふと鏡を見ると、そこには白髪いっぱいの老人のあたまがひろがっているのである。

#2
舊遊喜乖張,新輩足嘲評。心腸一變化,羞見時節盛。
古くからつきあっている連中は、自分との主張が食い違うことを喜び、新しい連中からは、あざけって批評する声はかりだ。
そこで、心の内の思い、腹の底から思っていることに変化が生じることがあり、今の世に隆盛を極めているものを見るのが恥ずかしくなるのだ。

得閒無所作,貴欲辭視聽。深居疑避仇,默臥如當暝。
そうすると何もすることがなくひまな時間ができるのだが、世俗の欲望を去って、見たり聞いたりする楽しみを断って、儒者として貴いことをしようとするのだ。
家の奥深くこもったきりで、まるで仇の眼を避けているのかと疑われそうだし、黙りこんで座った姿は眠っているようになる。

朝曦入牖來,鳥喚昏不醒。為生鄙計算,鹽米告屢罄。
そうなると朝の日が戸口からさしこんできて、鳥が呼んでもまず寝こんだまま覚めないのである。
生活をするのに計算にうとく、塩や米などもしばしば勤行のように「なくなってしまいました」といわれるのである。

#3
坐疲都忘起,冠側懶複正。幸蒙東都官,獲離機與阱。
ずっと座ったままでいるとかえって疲れてしまうおまけに立つのをすっかり忘れてしまい、かぶっている冠が傾いても直すのも面倒なくらい物憂さになるのだ。
そんな時に幸いなことに東都の官に任ずるご命令を受け、宦官が陰湿な仕掛けをしているワナと落とし穴とからのがれることができたのだ。

乖慵遭傲僻,漸染生弊性。既去焉能追,有來猶莫騁。
ものぐさな性格が人に頭を下げぬ性格といっしょにかさなって、それがいつしかそれが習慣となって人づきあいの悪い性分を形成してしまった。
過ぎ去ったことは今からは追っかけたって取りかえしがつかないのだ。かといって将来のことをこまごま予定を立ててもどうなるものでもないのだ。

有船魏王池,往往縱孤泳。水容與天色,此處皆綠淨。
洛陽の町なかにある魏王の大きな池に浮かべる船はあるので、先の事より、往々にして私一人で水遊びを楽しみまくっている。
池の水は空の色と一体化してつながり、ここではすべてが緑で清浄な場所なのだ。


#4
岸樹共紛披,渚牙相緯經。
魏王池の岸辺の木々はそろって風に吹かれてざわめいている。なぎさの葦の芽は互いに縦横にからみあっている。
懷歸苦不果,即事取幽逬。
私は隠遁して田園に帰りたいと心に抱いてきているが、その望みはなかなか果たせるものではない、しかしすぐにでも、何事につけても、隠遁しての幽遠の生活を求めているのである。
貪求匪名利,所得亦已並。
こころから手に入れたいと願っているのは名声や利益ではないのであるが、これまでに得たものはそれら普通にならべたてたものをあわせたようなものだ。
悠悠度朝昏,落落捐季孟。
かくてゆうゆうとのんびりと俗耳に無関心な態度で朝晩を過ごし、無頓着にして故事に言う孔子でさえ「季氏と孟氏」の間程度の職位であったのだからそれでらくらくと平然としている。
群公一何賢,上戴天子聖。
諸公たちはいま世に時めいているまったく賢者ぞろいである、そしてその上に天子の聖徳を戴いているのである。
謀謨收禹績,四面出雄勁。

国家のための謀というものは三皇五帝の舜禹の禹皇帝の功績をも収めようとするものだし、四面国境を守るために出た軍隊は勇ましくあるものだ。

岸樹 共に紛技として、渚牙【しょが】相 緯経【いけい】す。
帰るを懐うて果たさざるに苦しみ、事に即いて幽迸【ゆうほう】を取る。
貪り求むるは名利に匪ず、得る所 亦己に併す。
悠悠として朝昏を度り、落落として季孟を捐【す】つ。
群公一に何ぞ賢なる、上に天子の聖を戴【いただ】く。
謀謨【ぼうばく】禹績【うせき】を収め、四面 出でて雄勁【ゆうけい】なり。


『東都遭春』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
岸樹共紛披,渚牙相緯經。懷歸苦不果,即事取幽迸。
貪求匪名利,所得亦已並。悠悠度朝昏,落落捐季孟。
群公一何賢,上戴天子聖。謀謨收禹績,四面出雄勁。


(下し文)
岸樹 共に紛技として、渚牙【しょが】相 緯経【いけい】す。
帰るを懐うて果たさざるに苦しみ、事に即いて幽迸【ゆうほう】を取る。
貪り求むるは名利に匪ず、得る所 亦己に併す。
悠悠として朝昏を度り、落落として季孟を捐【す】つ。
群公一に何ぞ賢なる、上に天子の聖を戴【いただ】く。
謀謨【ぼうばく】禹績【うせき】を収め、四面 出でて雄勁【ゆうけい】なり。


(現代語訳)
魏王池の岸辺の木々はそろって風に吹かれてざわめいている。なぎさの葦の芽は互いに縦横にからみあっている。
私は隠遁して田園に帰りたいと心に抱いてきているが、その望みはなかなか果たせるものではない、しかしすぐにでも、何事につけても、隠遁しての幽遠の生活を求めているのである。
こころから手に入れたいと願っているのは名声や利益ではないのであるが、これまでに得たものはそれら普通にならべたてたものをあわせたようなものだ。
かくてゆうゆうとのんびりと俗耳に無関心な態度で朝晩を過ごし、無頓着にして故事に言う孔子でさえ「季氏と孟氏」の間程度の職位であったのだからそれでらくらくと平然としている。
諸公たちはいま世に時めいているまったく賢者ぞろいである、そしてその上に天子の聖徳を戴いているのである。
国家のための謀というものは三皇五帝の舜禹の禹皇帝の功績をも収めようとするものだし、四面国境を守るために出た軍隊は勇ましくあるものだ。


(訳注) #4
岸樹共紛披,渚牙相緯經。

魏王池の岸辺の木々はそろって風に吹かれてざわめいている。なぎさの葦の芽は互いに縦横にからみあっている。


懷歸苦不果,即事取幽逬。
私は隠遁して田園に帰りたいと心に抱いてきているが、その望みはなかなか果たせるものではない、しかしすぐにでも、何事につけても、隠遁しての幽遂の生活を求めているのである。
・幽逬 ・迸る・逬る【ほとはしる】①いきおいよく流れでる。とびちる。②喜び・恐怖などでとび上がる。
幽閑な中でほとばしるような喜びを感じる生活を送るというほどの意味であろうか。韓愈の造語である。


貪求匪名利,所得亦已並。
こころから手に入れたいと願っているのは名声や利益ではないのであるが、これまでに得たものはそれら普通にならべたてたものをあわせたようなものだ。


悠悠度朝昏,落落捐季孟。
かくてゆうゆうとのんびりと俗耳に無関心な態度で朝晩を過ごし、無頓着にして故事に言う孔子でさえ「季氏と孟氏」の間程度の職位であったのだからそれでらくらくと平然としている。
季孟 季氏は春秋時代の魯国の上卿、孟氏は同じく下卿。斉が孔子を自分の国に迎えようとしたとき、季氏と孟氏との中間の待遇をしようと申し入れたことに基づく。『論語、微子第十八』「斉景公待孔子曰、若季氏則吾不能。以季孟之間待之。曰、吾老矣、不能用也。孔子行。」とあること。
 

群公一何賢,上戴天子聖。
諸公たちはいま世に時めいているまったく賢者ぞろいである、そしてその上に天子の聖徳を戴いているのである。


謀謨收禹績,四面出雄勁。
国家のための謀というものは三皇五帝の舜禹の禹皇帝の功績をも収めようとするものだし、四面国境を守るために出た軍隊は勇ましくあるものだ。
禹績 三皇五帝の舜禹の禹皇帝の業績こと。禹は、武器の生産を取り止め、収穫量を増加させ農民を苦しませず、宮殿の大増築はできるだけ先送りし、関所や市場にかかる諸税を免除し、地方に都市を造り、煩雑な制度を廃止して行政を簡略化している。そのため、内外より朝貢を求めてきた。さらに禹は河川を整備し、周辺の土地を耕して草木を育成し、中央と東西南北の違いを旗によって人々に示し、古のやり方も踏襲し全国を分けて九州を置いた。禹は倹約政策を取り、自ら率先して行動した。

東都遭春 韓退之(韓愈)詩<95-#3>Ⅱ中唐詩505 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1594

 
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東都遭春 韓退之(韓愈)詩<95-#3>Ⅱ中唐詩505 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1594
810年作

#2
舊遊喜乖張,新輩足嘲評。心腸一變化,羞見時節盛。
古くからつきあっている連中は、自分との主張が食い違うことを喜び、新しい連中からは、あざけって批評する声はかりだ。
そこで、心の内の思い、腹の底から思っていることに変化が生じることがあり、今の世に隆盛を極めているものを見るのが恥ずかしくなるのだ。

得閒無所作,貴欲辭視聽。深居疑避仇,默臥如當暝。
そうすると何もすることがなくひまな時間ができるのだが、世俗の欲望を去って、見たり聞いたりする楽しみを断って、儒者として貴いことをしようとするのだ。
家の奥深くこもったきりで、まるで仇の眼を避けているのかと疑われそうだし、黙りこんで座った姿は眠っているようになる。

朝曦入牖來,鳥喚昏不醒。為生鄙計算,鹽米告屢罄。
そうなると朝の日が戸口からさしこんできて、鳥が呼んでもまず寝こんだまま覚めないのである。
生活をするのに計算にうとく、塩や米などもしばしば勤行のように「なくなってしまいました」といわれるのである。

#3
坐疲都忘起,冠側懶複正。
ずっと座ったままでいるとかえって疲れてしまうおまけに立つのをすっかり忘れてしまい、かぶっている冠が傾いても直すのも面倒なくらい物憂さになるのだ。
幸蒙東都官,獲離機與阱。
そんな時に幸いなことに東都の官に任ずるご命令を受け、宦官が陰湿な仕掛けをしているワナと落とし穴とからのがれることができたのだ。
乖慵遭傲僻,漸染生弊性。
ものぐさな性格が人に頭を下げぬ性格といっしょにかさなって、それがいつしかそれが習慣となって人づきあいの悪い性分を形成してしまった。
既去焉能追,有來猶莫騁。
過ぎ去ったことは今からは追っかけたって取りかえしがつかないのだ。かといって将来のことをこまごま予定を立ててもどうなるものでもないのだ。
有船魏王池,往往縱孤泳。
洛陽の町なかにある魏王の大きな池に浮かべる船はあるので、先の事より、往々にして私一人で水遊びを楽しみまくっている。
水容與天色,此處皆綠淨。
池の水は空の色と一体化してつながり、ここではすべてが緑で清浄な場所なのだ。

坐疲れて都【す】べて起つを忘れ、冠側【かたむ】きて復正すに懶【ものう】し
幸いに東都の官を蒙【こうむ】り、機と阱とより離るるを獲たり。
乖慵【かいよう】して傲僻【ごうへき】に遭い、漸染【ぜんせん】して弊性を生ず。
既に去るは焉【いず】くんぞ能く追わん、来たる有るは猶お騁【へい】すること莫けん。
船有り親王の池、往往 孤泳を縦【ほしいまま】にす。
水容と天色と、此の処 皆緑浄なり。


『東都遇春』 現代語訳と訳註 #3
(本文) #3
坐疲都忘起,冠側懶複正。幸蒙東都官,獲離機與阱。
乖慵遭傲僻,漸染生弊性。既去焉能追,有來猶莫騁。
有船魏王池,往往縱孤泳。水容與天色,此處皆綠淨。


(下し文)
坐疲れて都【す】べて起つを忘れ、冠側【かたむ】きて復正すに懶【ものう】し
幸いに東都の官を蒙【こうむ】り、機と阱とより離るるを獲たり。
乖慵【かいよう】して傲僻【ごうへき】に遭い、漸染【ぜんせん】して弊性を生ず。
既に去るは焉【いず】くんぞ能く追わん、来たる有るは猶お騁【へい】すること莫けん。
船有り親王の池、往往 孤泳を縦【ほしいまま】にす。
水容と天色と、此の処 皆緑浄なり。


(現代語訳)
ずっと座ったままでいるとかえって疲れてしまうおまけに立つのをすっかり忘れてしまい、かぶっている冠が傾いても直すのも面倒なくらい物憂さになるのだ。
そんな時に幸いなことに東都の官に任ずるご命令を受け、宦官が陰湿な仕掛けをしているワナと落とし穴とからのがれることができたのだ。
ものぐさな性格が人に頭を下げぬ性格といっしょにかさなって、それがいつしかそれが習慣となって人づきあいの悪い性分を形成してしまった。
過ぎ去ったことは今からは追っかけたって取りかえしがつかないのだ。かといって将来のことをこまごま予定を立ててもどうなるものでもないのだ。
洛陽の町なかにある魏王の大きな池に浮かべる船はあるので、先の事より、往々にして私一人で水遊びを楽しみまくっている。
池の水は空の色と一体化してつながり、ここではすべてが緑で清浄な場所なのだ。


doteiko012
(訳注) #3
坐疲都忘起,冠側懶複正。

ずっと座ったままでいるとかえって疲れてしまうおまけに立つのをすっかり忘れてしまい、かぶっている冠が傾いても直すのも面倒なくらい物憂さになるのだ。


幸蒙東都官,獲離機與阱。
そんな時に幸いなことに東都の官に任ずるご命令を受け、宦官が陰湿な仕掛けをしているワナと落とし穴とからのがれることができたのだ。
・この頃韓愈と仲の良い白居易のグループの元稹はワナにはまっている。
809年元和4年 憲宗神策軍強化に宦官を抜擢、李絳、白居易宦官糾弾の上奏文、元稹は更に強く矢継ぎ早に糾弾した。そのため、宰相に嫌われ、左遷される。元稹はその手腕は高評価され、すぐ中央に呼び戻される。また、元稹は地方の節度使、地方官僚の汚職、収賄にまみれている状態を、徹底糾弾しているのだ。31,32歳の若者が地方の最高責任者や権力者を糾察するわけだけだから徹底的に嫌われてしまう。こうして宦官の策略で、810年3月元稹は四川に左遷される。8月一緒に戦っていた白居易が宮中において宿直をしているとき、元稹にあてて詠った詩がこの詩である。
八月十五日夜禁中独直対月憶元九 
銀台金闕夕沈沈、独宿相思在翰林。
三五夜中新月色、二千里外故人心。
渚宮東面煙波冷、浴殿西頭鐘漏深。
猶恐清光不同見、江陵卑湿足秋陰。
kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 147 八月十五日夜禁中独直対月憶元九 白居易


乖慵遭傲僻,漸染生弊性。
ものぐさな性格が人に頭を下げぬ性格といっしょにかさなって、それがいつしかそれが習慣となって人づきあいの悪い性分を形成してしまった。
・乖慵 ものうい,だるい、ものぐさな性格。
・傲僻 傲慢邪僻。


既去焉能追,有來猶莫騁。
過ぎ去ったことは今からは追っかけたって取りかえしがつかないのだ。かといって将来のことをこまごま予定を立ててもどうなるものでもないのだ。


有船魏王池,往往縱孤泳。
洛陽の町なかにある魏王の大きな池に浮かべる船はあるので、先の事より、往々にして私一人で水遊びを楽しみまくっている。


水容與天色,此處皆綠淨
池の水は空の色と一体化してつながり、ここではすべてが緑で清浄な場所なのだ。

東都遭春 韓退之(韓愈)詩<95-#2>Ⅱ中唐詩504 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1591

 
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東都遭春 韓退之(韓愈)詩<95-#2>Ⅱ中唐詩504 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1591


東都遭春
#1
少年氣真狂,有意與春競。
若いころの気質というものは真面目であり、一本気でほかのものが目に入らないで懸命にするというものである、心に持つ思いと万物成長の春とが勢いを競いあっているようなところがあるのだ。
行逢二三月,九州花相映。
清明節の春の季節に逢えば行楽へ出かけるし、世界じゅうの花が私と照りはえるのである。
川原曉服鮮,桃李晨妝靚。
川ぞいの平原は朝日でよそおいも鮮やかになり、桃や李の花にも日がさしてそこにいる女の人の朝の化粧の美しさが映えるのである。
荒乘不知疲,醉死豈辭病。
郊外の野辺まで馬に乗って行っても疲れを知らず、たとい酔って死のうとも病気といって断わることはしないというものだ。
飲啖惟所便,文章倚豪橫。
飲食についてはただ気の向くままであるが、違うのはそこで作る詩文、文学は豪放を旨とするものである。
爾來曾幾時,白髮忽滿鏡。
それからというものどれほどの時間がたったのだろうか、ふと鏡を見ると、そこには白髪いっぱいの老人のあたまがひろがっているのである。

#2
舊遊喜乖張,新輩足嘲評。
古くからつきあっている連中は、自分との主張が食い違うことを喜び、新しい連中からは、あざけって批評する声はかりだ。
心腸一變化,羞見時節盛。
そこで、心の内の思い、腹の底から思っていることに変化が生じることがあり、今の世に隆盛を極めているものを見るのが恥ずかしくなるのだ。
得閒無所作,貴欲辭視聽。
そうすると何もすることがなくひまな時間ができるのだが、世俗の欲望を去って、見たり聞いたりする楽しみを断って、儒者として貴いことをしようとするのだ。
深居疑避仇,默臥如當暝。
家の奥深くこもったきりで、まるで仇の眼を避けているのかと疑われそうだし、黙りこんで座った姿は眠っているようになる。
朝曦入牖來,鳥喚昏不醒。
そうなると朝の日が戸口からさしこんできて、鳥が呼んでもまず寝こんだまま覚めないのである。
為生鄙計算,鹽米告屢罄。

生活をするのに計算にうとく、塩や米などもしばしば勤行のように「なくなってしまいました」といわれるのである。

旧遊は乖張【かいちょう】を苦み、新輩【しんはい】は嘲評【ちょうひょう】足れり。
心腸一たび変化し、時節の盛なるを見るを羞ず。
間を得て作す所無く、貴欲 視聴を辞す。
深居 仇を避くるかと疑い、黙臥 瞑に当たるが如し。
朝曦【ちょうぎ】牖【まど】に入り来たり、鳥喚べども昏にして醒めず。
生を為すに計算に鄙【うと】く、塩米 屡【しばし】ば罄【つ】くるを告ぐ。


『東都遇春』 現代語訳と訳註 #2
(本文)
#2
舊遊喜乖張,新輩足嘲評。心腸一變化,羞見時節盛。
得閒無所作,貴欲辭視聽。深居疑避仇,默臥如當暝。
朝曦入牖來,鳥喚昏不醒。為生鄙計算,鹽米告屢罄。


(下し文)
旧遊は乖張【かいちょう】を喜【この】み、新輩【しんはい】は嘲評【ちょうひょう】足れり。
心腸一たび変化し、時節の盛なるを見るを羞ず。
間を得て作す所無く、貴欲 視聴を辞す。
深居 仇を避くるかと疑い、黙臥 瞑に当たるが如し。
朝曦【ちょうぎ】牖【まど】に入り来たり、鳥喚べども昏にして醒めず。
生を為すに計算に鄙【うと】く、塩米 屡【しばし】ば罄【つ】くるを告ぐ。


(現代語訳)
古くからつきあっている連中は、自分との主張が食い違うことを喜び、新しい連中からは、あざけって批評する声はかりだ。
そこで、心の内の思い、腹の底から思っていることに変化が生じることがあり、今の世に隆盛を極めているものを見るのが恥ずかしくなるのだ。
そうすると何もすることがなくひまな時間ができるのだが、世俗の欲望を去って、見たり聞いたりする楽しみを断って、儒者として貴いことをしようとするのだ。
家の奥深くこもったきりで、まるで仇の眼を避けているのかと疑われそうだし、黙りこんで座った姿は眠っているようになる。
そうなると朝の日が戸口からさしこんできて、鳥が呼んでもまず寝こんだまま覚めないのである。
生活をするのに計算にうとく、塩や米などもしばしば勤行のように「なくなってしまいました」といわれるのである。


(訳注) #2
舊遊喜乖張,新輩足嘲評

古くからつきあっている連中は、自分との主張が食い違うことを喜び、新しい連中からは、あざけって批評する声はかりだ。
乖張 主張が食い違うこと。
・嘲評 あざけって批評すること。


心腸一變化,羞見時節盛。
そこで、心の内の思い、腹の底から思っていることに変化が生じることがあり、今の世に隆盛を極めているものを見るのが恥ずかしくなるのだ
心腸 心の内の思い、腹の底から思っていること。


得閒無所作,貴欲辭視聽。
そうすると何もすることがなくひまな時間ができるのだが、世俗の欲望を去って、見たり聞いたりする楽しみを断って、儒者として貴いことをしようとするのだ。


深居疑避仇,默臥如當暝。
家の奥深くこもったきりで、まるで仇の眼を避けているのかと疑われそうだし、黙りこんで座った姿は眠っているようになる。


朝曦入牖來,鳥喚昏不醒。
そうなると朝の日が戸口からさしこんできて、鳥が呼んでもまず寝こんだまま覚めないのである。
 妃のひかり。太陽。


為生鄙計算,鹽米告屢罄。
生活をするのに計算にうとく、塩や米などもしばしば勤行のように「なくなってしまいました」といわれるのである。
 中国伝来の打楽器の一つ。石や銅の板をへの字形にし、つり下げて打ち鳴らすもの。仏具として勤行(ごんぎよう)に用いる。

東都遭春 韓退之(韓愈)詩<84-#1>Ⅱ中唐詩464 紀頌之の漢詩ブログ1471

 
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東都遭春 韓退之(韓愈)詩<84-#1>Ⅱ中唐詩464 紀頌之の漢詩ブログ1471



<詩の背景>
809年元和四年。四十二歳になった愈は、都官員外郎に転任した。この職にはやはり長安と洛陽とに勤務する場所が分かれており、恵はまた「分司東都」を命ぜられた。洛陽に住んだままで、勤め先だけが変れる職であった。同時に両部員外郎の職務を執行すべきことが命ぜられていた。
これは定期異動による転任で、都官は刑部に属し、罪人の家財没収の執行や没収した家財の管理をつかさどるものであり、員外郎は、その役所の事務官ということである。博士とは違っていちおうは行政官であり、行政上の手腕を揮うチャンスであった。


問題は兼務の両部員外郎のほうに発生した。両部は礼部に属し、祭両・易占および宗教に関する事務を管掌する。仏教の寺院および道教の道観も、制度上は両部の所管であった。ところが、当時、寺院や道観を事実上管理していたのは宦官たちであった。玄宗皇帝が道教を国教として依頼、道教が朝廷内に入り込み、同時に宦官と結託すことになり、皇帝の地位させ裏で左右するところまで権力を持ってきていた。
本来、宦官は皇帝の身のまわりの世話をする本来は賎しい職だったが、皇帝の寵愛を受け、皇后側室の庇護を受け、そして外部勢力と接近すことにより朝廷内の警部まで実質的にするようになっていた。
韓愈はこれに対し、宦官の寺院または道観への立ち入りを禁止したのであるが、これは法律てきには正しくても、絶大な権力を握っている宦官たちに反発は免れなかったのである。

韓愈は勤務ぶりから、あらゆる点について、少しでも誤りや欠点があればそこを取りあげて弾劾しょうと、細かい点までチェックが入り、陰湿な攻撃を受けることになったのである。

堪り兼ねた韓愈は東都留守の以前に四門博士だったとき、国子祭酒という直属上官の地位にあった鄭余慶に手紙を送り、自分の立場を訴えた。
表面だって宦官に逆らうもののいない時代に、韓愈は孤立無援の立場に自らを置いたのである。そんな出来事の始まりのころの詩である。


韓愈84首目 東都遇春 5分割の1回目


東都遇春  #1
少年氣真狂,有意與春競。行逢二三月,九州花相映。
川原曉服鮮,桃李晨妝靚。荒乘不知疲,醉死豈辭病。
飲啖惟所便,文章倚豪橫。爾來曾幾時,白髮忽滿鏡。
#2
舊遊喜乖張,新輩足嘲評。心腸一變化,羞見時節盛。
得閒無所作,貴欲辭視聽。深居疑避仇,默臥如當暝。
朝曦入牖來,鳥喚昏不醒。為生鄙計算,鹽米告屢罄。
#3
坐疲都忘起,冠側懶複正。幸蒙東都官,獲離機與阱。
乖慵遭傲僻,漸染生弊性。既去焉能追,有來猶莫騁。
有船魏王池,往往縱孤泳。水容與天色,此處皆綠淨。
#4
岸樹共紛披,渚牙相緯經。懷歸苦不果,即事取幽迸。
貪求匪名利,所得亦已並。悠悠度朝昏,落落捐季孟。
群公一何賢,上戴天子聖。謀謨收禹績,四面出雄勁。
#5
轉輸非不勤,稽逋有軍令。在庭百執事,奉職各祗敬。
我獨胡為哉,坐與億兆慶。譬如籠中鳥,仰給活性命。
為詩告友生,負愧終究竟。



東都遭春
#1
少年氣真狂,有意與春競。
若いころの気質というものは真面目であり、一本気でほかのものが目に入らないで懸命にするというものである、心に持つ思いと万物成長の春とが勢いを競いあっているようなところがあるのだ。
行逢二三月,九州花相映。
清明節の春の季節に逢えば行楽へ出かけるし、世界じゅうの花が私と照りはえるのである。
川原曉服鮮,桃李晨妝靚。
川ぞいの平原は朝日でよそおいも鮮やかになり、桃や李の花にも日がさしてそこにいる女の人の朝の化粧の美しさが映えるのである。
荒乘不知疲,醉死豈辭病。
郊外の野辺まで馬に乗って行っても疲れを知らず、たとい酔って死のうとも病気といって断わることはしないというものだ。
飲啖惟所便,文章倚豪橫。
飲食についてはただ気の向くままであるが、違うのはそこで作る詩文、文学は豪放を旨とするものである。
爾來曾幾時,白髮忽滿鏡。
それからというものどれほどの時間がたったのだろうか、ふと鏡を見ると、そこには白髪いっぱいの老人のあたまがひろがっているのである。

少年 気 真【まこと】に狂なり、意 春と競う有り。
行きて二三月に逢えば、九州 花 相映ず。
川原【せんげん】暁服【ぎょうふく】鮮かに、桃李 晨妝【しんしょう】靚【うつく】し。
荒乗 疲れを知らず、酔死 豈病いを辞せんや。
飲啖【いんたん】 惟だ便とする所、文章 豪橫【ごうおう】に倚る。
爾来【じらい】 曾て幾時ぞ、白髪 忽【たちま】ち鏡に満つ。


#2
舊遊喜乖張,新輩足嘲評。心腸一變化,羞見時節盛。
得閒無所作,貴欲辭視聽。深居疑避仇,默臥如當暝。
朝曦入牖來,鳥喚昏不醒。為生鄙計算,鹽米告屢罄。

旧遊は乖張【かいちょう】を苦み、新輩【しんはい】は嘲評【ちょうひょう】足れり。
心腸一たび変化し、時節の盛なるを見るを羞ず。
間を得て作す所無く、貴欲 視聴を辞す。
深居 仇を避くるかと疑い、黙臥 瞑に当たるが如し。
朝曦【ちょうぎ】牖【まど】に入り来たり、鳥喚べども昏にして醒めず。
生を為すに計算に鄙【うと】く、塩米 屡【しばし】ば罄【つ】くるを告ぐ。


#3
坐疲都忘起,冠側懶複正。幸蒙東都官,獲離機與阱。
乖慵遭傲僻,漸染生弊性。既去焉能追,有來猶莫騁。
有船魏王池,往往縱孤泳。水容與天色,此處皆綠淨。

坐疲れて都【す】べて起つを忘れ、冠側【かたむ】きて復正すに懶【ものう】し
幸いに東都の官を蒙【こうむ】り、機と阱とより離るるを獲たり。
乖慵【かいよう】して傲僻【ごうへき】に遭い、漸染【ぜんせん】して弊性を生ず。
既に去るは焉【いず】くんぞ能く追わん、来たる有るは猶お騁【へい】すること莫けん。
船有り親王の池、往往 孤泳を縦【ほしいまま】にす。
水容と天色と、此の処 皆緑浄なり。


#4
岸樹共紛披,渚牙相緯經。懷歸苦不果,即事取幽迸。
貪求匪名利,所得亦已並。悠悠度朝昏,落落捐季孟。
群公一何賢,上戴天子聖。謀謨收禹績,四面出雄勁。

岸樹 共に紛技として、渚牙【しょが】相 緯経【いけい】す。
帰るを懐うて果たさざるに苦しみ、事に即いて幽迸【ゆうほう】を取る。
貪り求むるは名利に匪ず、得る所 亦己に併す。
悠悠として朝昏を度り、落落として季孟を捐【す】つ。
群公一に何ぞ賢なる、上に天子の聖を戴【いただ】く。
謀謨【ぼうばく】禹績【うせき】を収め、四面 出でて雄勁【ゆうけい】なり。


#5
轉輸非不勤,稽逋有軍令。在庭百執事,奉職各祗敬。
我獨胡為哉,坐與億兆慶。譬如籠中鳥,仰給活性命。
為詩告友生,負愧終究竟。

転輸【てんゆ】勤めざるに非ず、稽逋【けいほ】軍令有り。
在庭の百執事、職を奉ずること各【おのお】の祗【つつし】み敬【つつし】む。
我独り胡【なに】をか為す、坐【い】ながらにして億兆の慶びに与【あず】かる。
譬【たと】えば籠中【ろうちゅう】の鳥の、給を仰いで性命を活かすが如し。
詩を為って友生に告ぐ、愧【はじ】を負うて終【つい】に究竟【きゅうきょう】せんやと


『東都遇春』 現代語訳と訳註 #1
(本文) #1

少年氣真狂,有意與春競。行逢二三月,九州花相映。
川原曉服鮮,桃李晨妝靚。荒乘不知疲,醉死豈辭病。
飲啖惟所便,文章倚豪橫。爾來曾幾時,白髮忽滿鏡。


(下し文)
少年 気 真【まこと】に狂なり、意 春と競う有り。
行きて二三月に逢えば、九州 花 相映ず。
川原【せんげん】暁服【ぎょうふく】鮮かに、桃李 晨妝【しんしょう】靚【うつく】し。
荒乗 疲れを知らず、酔死 豈病いを辞せんや。
飲啖【いんたん】 惟だ便とする所、文章 豪橫【ごうおう】に倚る。
爾来【じらい】 曾て幾時ぞ、白髪 忽【たちま】ち鏡に満つ。


(現代語訳)

若いころの気質というものは真面目であり、一本気でほかのものが目に入らないで懸命にするというものである、心に持つ思いと万物成長の春とが勢いを競いあっているようなところがあるのだ。
清明節の春の季節に逢えば行楽へ出かけるし、世界じゅうの花が私と照りはえるのである。
川ぞいの平原は朝日でよそおいも鮮やかになり、桃や李の花にも日がさしてそこにいる女の人の朝の化粧の美しさが映えるのである。
郊外の野辺まで馬に乗って行っても疲れを知らず、たとい酔って死のうとも病気といって断わることはしないというものだ。
飲食についてはただ気の向くままであるが、違うのはそこで作る詩文、文学は豪放を旨とするものである。
それからというものどれほどの時間がたったのだろうか、ふと鏡を見ると、そこには白髪いっぱいの老人のあたまがひろがっているのである。


(訳注)#1
東都遇春

この詩は810年元和五年の春の作である。前年の冬、恒州(今の河北省南部の正定県-地図の中央上)に本拠をもつ成徳軍節度の王承宗が謀反をおこし、朝廷では征討の軍を差し向ける一方、成徳軍の四方をかこむ潘鎮に鎮圧の命令を下した。しかし、潘鎮は必ずしも熱心に征討につとめようとはしなかったので、事件は元和五年にも続き、なお長期化の様相を見せていた。そして元和五年の冬、韓愈ほ河南県令に転じたのである。


少年氣真狂,有意與春競。
若いころの気質というものは真面目であり、一本気でほかのものが目に入らないで懸命にするというものである、心に持つ思いと万物成長の春とが勢いを競いあっているようなところがあるのだ。
・少年 15歳から20歳まで位を云う。
・氣真狂 気質が真面目であり、一本気である。狂は狂っているのではなく一本気、ほかのものが目に入らないで懸命にするという意味。


行逢二三月,九州花相映。
清明節の春の季節に逢えば行楽へ出かけるし、世界じゅうの花が私と照りはえるのである。
・行逢 行は行楽で当時は野山に出かけ酒を呑むことを万幕を張って楽しんだ。
・二三月 二月は桃の花、と三月は梨の花、牡丹であった。二三月清明節(旧暦3/3)のころを云う。


川原曉服鮮,桃李晨妝靚。
川ぞいの平原は朝日でよそおいも鮮やかになり、桃や李の花にも日がさしてそこにいる女の人の朝の化粧の美しさが映えるのである。
・曉服 夜明け前のモノトーンの暁の光でカラートンが蘇ってくる様子。朝のよそおい。


荒乘不知疲,醉死豈辭病。
郊外の野辺まで馬に乗って行っても疲れを知らず、たとい酔って死のうとも病気といって断わることはしないというものだ。


飲啖惟所便,文章倚豪橫。
飲食についてはただ気の向くままであるが、違うのはそこで作る詩文、文学は豪放を旨とするものである。


爾來曾幾時,白髮忽滿鏡。
それからというものどれほどの時間がたったのだろうか、ふと鏡を見ると、そこには白髪いっぱいの老人のあたまがひろがっているのである。

 


『東都遇春』 
少年氣真狂,有意與春競。行逢二三月,九州花相映。
川原曉服鮮,桃李晨妝靚。荒乘不知疲,醉死豈辭病。
飲啖惟所便,文章倚豪橫。爾來曾幾時,白髮忽滿鏡。

少年 気 真【まこと】に狂なり、意 春と競う有り。
行きて二三月に逢えば、九州 花 相映ず。
川原【せんげん】暁服【ぎょうふく】鮮かに、桃李 晨妝【しんしょう】靚【うつく】し。
荒乗 疲れを知らず、酔死 豈病いを辞せんや。
飲啖【いんたん】 惟だ便とする所、文章 豪橫【ごうおう】に倚る。
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石佛谷 皇甫湜 詩<94-#3>Ⅱ中唐詩502 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1585

 
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石佛谷 皇甫湜 詩<94-#3>Ⅱ中唐詩502 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1585


卷 別: 卷三六九
詩 題: 石佛谷


石佛谷
漫澶太行北,千里一塊石。
心を揺さぶるような太行山脈は北に続いている。それは千里にわたって一塊の岩場で続いている。
平腹有壑谷,深廣數百尺。
頂に至るその中腹に深い谷がある、そこは深く広くそこの広さは百尺である。
土僧何為者,老草毛髮白。
この山にいる僧侶は何をしているのだろう。その人は歳をとって白髪姿である。
寢處容身龕,足膝隱成跡。

寝所と云えば、石龕の中に身を置くのである。足を使いひざを折って山に入りそのあともわからなくなる隠遁生活をしている。

金仙琢靈象,相好倚北壁。
ここに隠遁され修業されるものは不思議な現象を起して岩に刻みを残す。刻まれた仏の顔と表情はその谷の北の壁によってある。
花座五雲扶,玉毫六虛射。
そして蓮華の花の台座を敷き、五色の雲にまかれている、そこから出る輝ける閃光は人の六虚を射ぬくのである。
文人留紀述,時事可辨析。
文人であるのならば昔から起こることのべられることすべて書きとどめておくものであり、そしてときとしての出来事、仕事を分析し解析しなければならないのだ。
鳥跡巧均分,龍骸極臞瘠。
鳥の足跡を見て文字を考案し、巧みに振り分けられるものであり、龍であってもむくろになったならきわめてやせ細りカスカスになるというものだ。

枯松間槎櫱,猛獸恣騰擲。
枯れた松の間から孫生えの若芽が出て來るようなところもあるし、猛獣が好き勝手に飛んだり跳ねたりしているような岩場もある。
蛣屋蟲食縱,懸垂露凝滴。
木喰虫が縦に食い散らかし、露がしたたり落ちてつららのようになっている。
精藝貫古今,窮巖誰愛惜。
精魂込めていにしえから今日まで芸術を貫き通して作られているし、究極の岩場をだれもが愛し、惜しんでいるのである。
託師禪誦餘,勿使塵埃積。
これだけの場所である以上、禅師に託して、禅宗のお経を有り余るほど唱えるのである、そうすれば俗世間の事柄は問題のないことになってしまうであろう。

石佛谷
漫澶【まんたん】たる太行の北,千里一塊の石。
平腹に壑谷【がくこく】有り,深廣 數百尺。
土僧 何為【なんす】る者ぞ,老草 毛髮 白し。
寢處 身を容るる龕,足膝 成跡を隱せり。
#2
金仙【きんせん】靈象【れいしょう】琢【きざ】み,相好 北壁に倚る。
花座 五雲 扶【たす】け,玉毫【ぎょくごう】六虛の射。
文人 紀述を留め,時事 辨析すべし。
鳥跡 巧に均分し,龍骸 極めて臞瘠【くせ】せり。
#3
枯松 槎櫱【さげつ】を間【まじ】え,猛獸 騰擲【とうてい】を恣【ほしいまま】にす 。
蛣〔虫+屋〕【きつおく】蟲 縱に食し,懸垂 露 滴を凝らす。
精藝【せいげい】古今を貫くも,窮巖 誰か愛惜せむ。
師に託さむ 禪誦の餘,塵埃をして積らしむる勿れ。

 


現代語訳と訳註
(本文)

枯松間槎櫱,猛獸恣騰擲。
蛣屋蟲食縱,懸垂露凝滴。
精藝貫古今,窮巖誰愛惜。
託師禪誦餘,勿使塵埃積。


(下し文)#3
枯松 槎櫱【さげつ】を間【まじ】え,猛獸 騰擲【とうてい】を恣【ほしいまま】にす 。
蛣屋【きつおく】蟲 縱に食し,懸垂 露 滴を凝らす。
精藝【せいげい】古今を貫くも,窮巖 誰か愛惜せむ。
師に託さむ 禪誦の餘,塵埃をして積らしむる勿れ。


(現代語訳)
枯れた松の間から孫生えの若芽が出て來るようなところもあるし、猛獣が好き勝手に飛んだり跳ねたりしているような岩場もある。
木喰虫が縦に食い散らかし、露がしたたり落ちてつららのようになっている。
精魂込めていにしえから今日まで芸術を貫き通して作られているし、究極の岩場をだれもが愛し、惜しんでいるのである。
これだけの場所である以上、禅師に託して、禅宗のお経を有り余るほど唱えるのである、そうすれば俗世間の事柄は問題のないことになってしまうであろう。


(訳注)
枯松間槎櫱,猛獸恣騰擲。

枯松 槎櫱【さげつ】を間【まじ】え,猛獸 騰擲【とうてき】を恣【ほしいまま】にす 。
枯れた松の間から孫生えの若芽が出て來るようなところもあるし、猛獣が好き勝手に飛んだり跳ねたりしているような岩場もある。
・槎櫱 斜めにそぎ切った木から生ずる芽。樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のこと。 太い幹に対して、孫(ひこ)に見立てて「ひこばえ(孫生え)」という。
騰擲 とびあがりなげうつ。韓愈『謁衡獄廟遂宿獄寺題門樓』「紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。」


蛣〔虫+屋〕蟲食縱,懸垂露凝滴。
蛣屋【きつおく】蟲 縱に食し,懸垂 露 滴を凝らす。
木喰虫が縦に食い散らかし、露がしたたり落ちてつららのようになっている。
蛣〔虫+屋〕きくいむし。やどかりむし。


精藝貫古今,窮巖誰愛惜。
精藝【せいげい】古今を貫くも,窮巖 誰か愛惜せむ。
精魂込めていにしえから今日まで芸術を貫き通して作られているし、究極の岩場をだれもが愛し、惜しんでいるのである。


託師禪誦餘,勿使塵埃積。
師に託さむ 禪誦の餘,塵埃をして積らしむる勿れ。
これだけの場所である以上、禅師に託して、禅宗のお経を有り余るほど唱えるのである、そうすれば俗世間の事柄は問題のないことになってしまうであろう。
塵埃 1 ちりとほこり。「―にまみれる」 2 世の中の、もろもろの汚れたもの。俗世間の事柄。
 

石佛谷 皇甫湜 詩<94-#2>Ⅱ中唐詩501 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1582

 
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 上代・後漢・三国・晉南北朝・隋初唐・盛唐・中唐・晩唐北宋の詩人  
 
石佛谷 皇甫湜 詩<94-#2>Ⅱ中唐詩501 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1582


石佛谷
漫澶太行北,千里一塊石。
心を揺さぶるような太行山脈は北に続いている。それは千里にわたって一塊の岩場で続いている。
平腹有壑谷,深廣數百尺。
頂に至るその中腹に深い谷がある、そこは深く広くそこの広さは百尺である。
土僧何為者,老草毛髮白。
この山にいる僧侶は何をしているのだろう。その人は歳をとって白髪姿である。
寢處容身龕,足膝隱成跡。

寝所と云えば、石龕の中に身を置くのである。足を使いひざを折って山に入りそのあともわからなくなる隠遁生活をしている。

金仙琢靈象,相好倚北壁。
ここに隠遁され修業されるものは不思議な現象を起して岩に刻みを残す。刻まれた仏の顔と表情はその谷の北の壁によってある。
花座五雲扶,玉毫六虛射。
そして蓮華の花の台座を敷き、五色の雲にまかれている、そこから出る輝ける閃光は人の六虚を射ぬくのである。
文人留紀述,時事可辨析。
文人であるのならば昔から起こることのべられることすべて書きとどめておくものであり、そしてときとしての出来事、仕事を分析し解析しなければならないのだ。
鳥跡巧均分,龍骸極臞瘠。

鳥の足跡を見て文字を考案し、巧みに振り分けられるものであり、龍であってもむくろになったならきわめてやせ細りカスカスになるというものだ。

枯松間槎櫱,猛獸恣騰擲。
蛣〔虫+屋〕蟲食縱,懸垂露凝滴。
精藝貫古今,窮巖誰愛惜。
託師禪誦餘,勿使塵埃積。

石佛谷
漫澶【まんたん】たる太行の北,千里一塊の石。
平腹に壑谷【がくこく】有り,深廣 數百尺。
土僧 何為【なんす】る者ぞ,老草 毛髮 白し。
寢處 身を容るる龕,足膝 成跡を隱せり。
#2
金仙【きんせん】靈象【れいしょう】琢【きざ】み,相好 北壁に倚る。
花座 五雲 扶【たす】け,玉毫【ぎょくごう】六虛の射。
文人 紀述を留め,時事 辨析すべし。
鳥跡 巧に均分し,龍骸 極めて臞瘠【くせ】せり。

#3
枯松 槎櫱【さげつ】を間【まじ】え,猛獸 騰擲【とうてき】を恣【ほしいまま】にす 。
蛣〔虫+屋〕【きつおく】蟲 縱に食し,懸垂 露 滴を凝らす。
精藝【せいげい】古今を貫くも,窮巖 誰か愛惜せむ。
師に託さむ 禪誦の餘,使塵埃をして積らしむる勿れ。

太行山脈001

現代語訳と訳註
(本文)

金仙琢靈象,相好倚北壁。
花座五雲扶,玉毫六虛射。
文人留紀述,時事可辨析。
鳥跡巧均分,龍骸極臞瘠。


(下し文)
#2
金仙【きんせん】靈象【れいしょう】琢【きざ】み,相好 北壁に倚る。
花座 五雲 扶【たす】け,玉毫【ぎょくごう】六虛の射。
文人 紀述を留め,時事 辨析すべし。
鳥跡 巧に均分し,龍骸 極めて臞瘠【くせ】せり。


(現代語訳)
ここに隠遁され修業されるものは不思議な現象を起して岩に刻みを残す。刻まれた仏の顔と表情はその谷の北の壁によってある。
そして蓮華の花の台座を敷き、五色の雲にまかれている、そこから出る輝ける閃光は人の六虚を射ぬくのである。
文人であるのならば昔から起こることのべられることすべて書きとどめておくものであり、そしてときとしての出来事、仕事を分析し解析しなければならないのだ。
鳥の足跡を見て文字を考案し、巧みに振り分けられるものであり、龍であってもむくろになったならきわめてやせ細りカスカスになるというものだ。


(訳注)
金仙琢靈象,相好倚北壁。
金仙【きんせん】靈象【れいしょう】琢【きざ】み,相好 北壁に倚る。
ここに隠遁され修業されるものは不思議な現象を起して岩に刻みを残す。刻まれた仏の顔と表情はその谷の北の壁によってある。
・金仙 仏陀のこと。また、釈迦(しゃか)のこと。仙:1 山中で修行して不老不死の術を修めた人。「仙境・仙骨・仙術・仙女(せんにょ・せんじょ)・仙人/神仙・謫仙(たくせん)・登仙」2 世俗にとらわれない人。非凡な才能を持つ
・靈象 不思議な現象。『魏志、文帝紀』「靈象變于上、羣瑞應于下。」
・相好 1 仏の身体に備わっている特徴。32の相と80種の好の総称。 2 顔かたち。顔つき。表情。


花座五雲扶,玉毫六虛射。
花座 五雲 扶【たす】け,玉毫【ぎょくごう】六虛の射。
そして蓮華の花の台座を敷き、五色の雲にまかれている、そこから出る輝ける閃光は人の六虚を射ぬくのである。
・花座 蓮華座(れんげざ). 如来や菩薩、愛染明王などの明王の一部が蓮台に乗ることが出来る一番下の框台は蓮華が咲く泥沼の水面を表す。蓮台と反花(かえりばな)、框台だけの簡単なものを大仏座という。
・五雲 1 仙人や天女が遊ぶ所にかかるという5色の雲。2 「五雲の車」の略。
・玉毫 1 細い毛。「毫毛/白毫(びゃくごう)」 2 ごくわずかなもの。「毫末/一毫・寸毫」 3 小数の名。一厘の十分の一。「毫釐(ごうり)」 4 毛筆。「揮毫」
・六虛 虚無/盈虚(えいきょ)・空虚」 2 うわべだけで中身がない。「虚栄・虚飾・虚勢・虚名・虚礼」 3 うそ。いつわり。「虚偽・虚言・虚構・虚実・虚報・虚妄」 4 気力や精気が足りない。「虚弱・虚脱/腎虚(じんきょ)」 5 備えがないこと。すき。「虚虚実実」 6 邪心を持たない。


文人留紀述,時事可辨析。
文人 紀述を留め,時事 辨析すべし。
文人であるのならば昔から起こることのべられることすべて書きとどめておくものであり、そしてときとしての出来事、仕事を分析し解析しなければならないのだ。
・辨析 みわける。はんだんする。


鳥跡巧均分,龍骸極臞瘠。
鳥跡 巧に均分し,龍骸 極めて臞瘠【くせ】せり。
鳥の足跡を見て文字を考案し、巧みに振り分けられるものであり、龍であってもむくろになったならきわめてやせ細りカスカスになるというものだ。
鳥跡 1 鳥の足跡。 2 《中国で、黄帝の時、蒼頡(そうけつ)が鳥の足跡を見て文字を考案したという故事から》漢字。また、文字。立つ鳥跡を濁さず。
龍骸 龍のなきがら。首のない胴体だけの死体。
臞瘠 二字ともやせる。

石佛谷 皇甫湜 詩<94-#1>Ⅱ中唐詩498 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1573

 
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石佛谷 皇甫湜 詩<94-#1>Ⅱ中唐詩498 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1573


作者: 皇甫湜(こうほしょく)777—835,中国中唐代散文家。字は持正,唐の睦州新安の人(今浙江建德淳安)。牛李黨派に属す。韓愈門下で,韓愈の唱える學古文復活に随う。


韓愈(かんゆ)①   韓退之 768年~824年 韓愈:中唐の文人、政治家。768年(大暦三年)~824年(長慶四年)。洛陽の西北西100キロメートルの河陽(現・河南省孟県)の人。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)44-45ページ「唐 都畿道 河南道」。字は退之。諡は文公。四六駢儷文を批判し、古文復興を倡えた。仏舎利が宮中に迎えられることに対して韓愈は、『論仏骨表』を帝(憲宗)に奉ったが、却って帝の逆鱗に触れ、潮州刺史に左遷された。その時の詩 。唐宋八大家の一人。


卷 別: 卷三六九
詩 題: 石佛谷



石佛谷
漫澶太行北,千里一塊石。
心を揺さぶるような太行山脈は北に続いている。それは千里にわたって一塊の岩場で続いている。
平腹有壑谷,深廣數百尺。
頂に至るその中腹に深い谷がある、そこは深く広くそこの広さは百尺である。
土僧何為者,老草毛髮白。
この山にいる僧侶は何をしているのだろう。その人は歳をとって白髪姿である。
寢處容身龕,足膝隱成跡。

寝所と云えば、石龕の中に身を置くのである。足を使いひざを折って山に入りそのあともわからなくなる隠遁生活をしている。
金仙琢靈象,相好倚北壁。
花座五雲扶,玉毫六虛射。
文人留紀述,時事可辨析。
鳥跡巧均分,龍骸極臞瘠。

枯松間槎櫱,猛獸恣騰擲。
蛣〔虫+屋〕蟲食縱,懸垂露凝滴。
精藝貫古今,窮巖誰愛惜。
託師禪誦餘,勿使塵埃積。

石佛谷
漫澶【まんたん】たる太行の北,千里一塊の石。
平腹に壑谷【がくこく】有り,深廣 數百尺。
土僧 何為【なんす】る者ぞ,老草 毛髮 白し。
寢處 身を容るる龕,足膝 成跡を隱せり。

#2
金仙【きんせん】靈象【れいしょう】琢【きざ】み,相好 北壁に倚る。
花座 五雲 扶【たす】け,玉毫【ぎょくごう】六虛の射。
文人 紀述を留め,時事 辨析すべし。
鳥跡 巧に均分し,龍骸 極めて臞瘠【くせ】せり。
#3
枯松 槎櫱【さげつ】を間【まじ】え,猛獸 騰擲【とうてき】を恣【ほしいまま】にす 。
蛣〔虫+屋〕【きつおく】蟲 縱に食し,懸垂 露 滴を凝らす。
精藝【せいげい】古今を貫くも,窮巖 誰か愛惜せむ。
師に託さむ 禪誦の餘,塵埃をして積らしむる勿れ。

 太行山脈001

現代語訳と訳註
(本文)
石佛谷
漫澶太行北,千里一塊石。
平腹有壑谷,深廣數百尺。
土僧何為者,老草毛髮白。
寢處容身龕,足膝隱成跡。


(下し文)
石佛谷
漫澶【まんたん】たる太行の北,千里一塊の石。
平腹に壑谷【がくこく】有り,深廣 數百尺。
土僧 何為【なんす】る者ぞ,老草 毛髮 白し。
寢處 身を容るる龕,足膝 成跡を隱せり。


(現代語訳)
心を揺さぶるような太行山脈は北に続いている。それは千里にわたって一塊の岩場で続いている。
頂に至るその中腹に深い谷がある、そこは深く広くそこの広さは百尺である。
この山にいる僧侶は何をしているのだろう。その人は歳をとって白髪姿である。
寝所と云えば、石龕の中に身を置くのである。足を使いひざを折って山に入りそのあともわからなくなる隠遁生活をしている。


(訳注)
石佛谷

河北贊皇縣,有世界最大的天然迴音壁。五台山は文殊菩薩、峨眉山は普賢菩薩、九華山はお地蔵様、普陀山は観音様の住む聖地とされている。
五台山の五台とは5つの平らな峰という意味で、平均海抜は1000m以上あり、風が強く、背の高い木は育っていない。道も険しく、五月でも綿入れの上着を着るほど寒いところ。また、ラマ教徒の聖地にもなっている。


漫澶太行北,千里一塊石。
漫澶【まんたん】たる太行の北,千里一塊の石。
心を揺さぶるような太行山脈は北に続いている。それは千里にわたって一塊の岩場で続いている。
漫澶 ほしいままなさま。澶漫 『莊子•馬蹄篇』「澶漫為樂,摘辟為禮,而天下始分矣。」
太行 太行山脈山西省、河南省、河北省の三つの省の境界部分に位置する。太行山脈は東の華北平野と西の山西高原(黄土高原の最東端)の間に、北東から南西へ400kmにわたり伸びており、平均標高は1,500mから2,000mである。最高峰は河北省張家口市の小五台山で、標高2,882m。山脈の東にある標高1,000mほどの蒼岩山は自然の奇峰や歴史ある楼閣などの多い風景区となっている。山西省・山東省の地名は、この太行山脈の西・東にあることに由来する。


平腹有壑谷,深廣數百尺。
平腹に壑谷【がくこく】有り,深廣 數百尺。
頂に至るその中腹に深い谷がある、そこは深く広くそこの広さは百尺である。


土僧何為者,老草毛髮白。
土僧 何為【なんす】る者ぞ,老草 毛髮 白し。
この山にいる僧侶は何をしているのだろう。その人は歳をとって白髪姿である。


寢處容身龕,足膝隱成跡。
寢處 身を容るる龕,足膝 成跡を隱せり。
寝所と云えば、石龕の中に身を置くのである。足を使いひざを折って山に入りそのあともわからなくなる隠遁生活をしている。

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 詩<93-#6>Ⅱ中唐詩499 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1576

 
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陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 詩<93-#6>Ⅱ中唐詩499 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1576


#4
谽呀钜壑頗黎盆,豆登五山瀛四尊。
その肉の山と大きな谷を頗黎盆に取り大口を開いて食うのだ。肉を盛る祭器はまるで五岳であり、瀛山を浮かべる四海をさかずきにしたようなものだ。
熙熙釂酬笑語言,雷公擘山海水翻。
なごやかに喜びあい、酒を酌み交わし、笑い、談義を尽くす。雷様は山に堕ち、海の水を翻している。
齒牙嚼齧舌齶反,電光殲磹赬目厖,
歯をむき出し、牙むく、そして舌を出したりひるがえしたり、電光が炸裂するかと思えば、きらめく光で目玉を大きくするのである。
頊冥收威避玄根,斥棄輿馬背厥孫。
水の神とされる顓頊・玄冥は威勢あがらずみずのそこにいる。乗用の車や馬、御輿を棄ててしまったのか 火の神までがでてこないのである。
縮身潛喘拳肩跟,君臣相憐加愛恩。
身をかがめて知事困り、息をころして、かたとくるぶしをくっつけていて水底にすまいしていて、顓頊・玄冥の家来どもは互いに哀れんで御恩を感謝している。

谽呀【かんか】たる钜壑【きょがく】は頗黎【はり】の盆,五山を豆登して 瀛【うみ】は四尊【しそん】。
熙熙【きき】として釂酬【しょうしゅう】し 笑って語言す,雷公 山を擘【つんざ】き海水翻る。
齒牙もて嚼齧【しゃくげつ】舌齶【ぜつがく】反【かえ】る,電光 殲磹【せんてん】し赬目【ていもく】厖【おおい】なり,
頊冥【ぎょくめい】威を收めて 玄根に避け,輿馬【よば】を斥棄【せきき】して厥【そ】の孫に背く。
身を縮め 潛かに喘いで肩跟【けんこん】を拳ぐ,君臣 相憐みて 愛恩を加える。


#5
命黑螭偵焚其元,天闕悠悠不可援。
なんとかしようと螭に命じて偵察させたのだけれど頭に火傷おってしまった。天の関門は遠いはるかなところにあり攀じ登ることはできはしない。
夢通上帝血面論,側身欲進叱於閽。
夢で天子に拝謁して上訴を行ったのはよいが、御傍に寄ろうとしたら臣官にどなられたのだ。
帝賜九河湔涕痕,又詔巫陽反其魂。
天帝はあわれにおもわれて世界の九河の水で涙洗わせてもらったのだ。そして 巫女つかわして「招魂」によって魂を呼び戻された。
徐命之前問何冤,火行於冬古所存。
魂は呼びもどされてその訴え聞いてくれた。そして 言われた「冬になれば昔から、火の神というものは存分にはたらくものだ。」
我如禁之絕其飧,女丁婦壬傳世婚。
われわれがそれを止めれば夕食の煮たきもできない、そうであれば「溫泉之神」といわれるといわれるものだけが結婚できるというものだ。

黑螭【こくち】に命じて偵【うかが】わしむるに其の元を焚かる,天闕 悠悠 援づ可からず。
夢に上帝に通じて血面もて論じ,身を側て進まむと欲するに閽に叱せらる。
帝 九河を賜うて涕痕【ていこん】を湔【そそ】がしめ,又 巫陽に詔【みことのり】して其の魂を反さしむ。
徐【おもむろ】に之を命じ 前【すす】めましめて問う 何の冤ぞ,火の冬に行くは古より存する所。
我 如【も】し 之を禁せば 其の飧【そん】を絕たん,女丁は壬に婦となり 世を傳えて婚す。


#6
一朝結讎奈後昆,時行當反慎藏蹲。
ある朝それを始めたとしたらやるか止めるか子々孫々までの喧嘩をするようなものだ、御時勢にあわないというならばひっそりと隠居でもするか。
視桃著花可小騫,月及申酉利複怨。
二月三月、桃の花が咲くころには気分も高まってくるというもの、やがて7月八月になれば大水が出て何もかも怨みというものを洗い流して晴らしてくれる。
助汝五龍從九鯤,溺厥邑囚之昆崙。
そして五頭立ての天を駆け巡る竜の御車と海を行くには九鯤に乗ることによって君を助ける、それでもぐずぐず言うようであればそいつらを束にしてとらえて崑崙山に押しこめてしまう。」
皇甫作詩止睡昏,辭誇出真遂上焚。
皇甫湜君のために眠気覚ましに作った詩であるというのに、「真実を吐き出した愛での事」とうぬぼれたことをいっている。(韓愈が皇甫湜を持ち上げて作ったことに対して皇甫湜が自惚れたことの返事をしたということ。)
要餘和增怪又煩,雖欲悔舌不可捫。

わしにも要求したのはこの増長に合わせろと言い、怪しんだりうたがったりするなという、こんなことをしろと言われても舌を噛んで我慢しないといけないが、でも行ってしまったので、もう追っつきはしないことだ。
一朝にして 讎【あた】を結ばは後昆を奈【いかん】せん,時行 反するに當っては慎んで藏蹲【ぞうそん】せよ。
桃の花を著【つ】くるを視ば小【すこ】し騫【あ】ぐべし,月 申酉【しんゆう】に及わば怨を複するに利あらん。
汝を助けて五龍を九鯤に從わしめん,厥の邑を溺らせ之を昆崙に囚えよ。
皇甫の詩を作るは止睡昏【すいこん】をめるためなるに,辭に真に出づるを誇り 遂に上焚【じょうふん】す。
餘【われ】の和して增怪と煩とを要【もと】む,悔いむと欲すと雖も 舌 捫【な】づべからず。

現代語訳と訳註
(本文) #6

一朝結讎奈後昆,時行當反慎藏蹲。
視桃著花可小騫,月及申酉利複怨。
助汝五龍從九鯤,溺厥邑囚之昆崙。
皇甫作詩止睡昏,辭誇出真遂上焚。
要餘和增怪又煩,雖欲悔舌不可捫。


(下し文)
 一朝にして 讎【あた】を結ばは後昆を奈【いかん】せん,時行 反するに當っては慎んで藏蹲【ぞうそん】せよ。
桃の花を著【つ】くるを視ば小【すこ】し騫【あ】ぐべし,月 申酉【しんゆう】に及わば怨を複するに利あらん。
汝を助けて五龍を九鯤に從わしめん,厥の邑を溺らせ之を昆崙に囚えよ。
皇甫の詩を作るは止睡昏【すいこん】をめるためなるに,辭に真に出づるを誇り 遂に上焚【じょうふん】す。
餘【われ】の和して增怪と煩とを要【もと】む,悔いむと欲すと雖も 舌 捫【な】づべからず。


(現代語訳)
ある朝それを始めたとしたらやるか止めるか子々孫々までの喧嘩をするようなものだ、御時勢にあわないというならばひっそりと隠居でもするか。
二月三月、桃の花が咲くころには気分も高まってくるというもの、やがて7月八月になれば大水が出て何もかも怨みというものを洗い流して晴らしてくれる。
そして五頭立ての天を駆け巡る竜の御車と海を行くには九鯤に乗ることによって君を助ける、それでもぐずぐず言うようであればそいつらを束にしてとらえて崑崙山に押しこめてしまう。」
皇甫湜君のために眠気覚ましに作った詩であるというのに、「真実を吐き出した愛での事」とうぬぼれたことをいっている。(韓愈が皇甫湜を持ち上げて作ったことに対して皇甫湜が自惚れたことの返事をしたということ。)
わしにも要求したのはこの増長に合わせろと言い、怪しんだりうたがったりするなという、こんなことをしろと言われても舌を噛んで我慢しないといけないが、でも行ってしまったので、もう追っつきはしないことだ。


(訳注) #6
一朝結讎奈後昆,時行當反慎藏蹲。
ある朝それを始めたとしたらやるか止めるか子々孫々までの喧嘩をするようなものだ、御時勢にあわないというならばひっそりと隠居でもするか。
・後昆 のちの子孫。
・藏蹲 かくれうずくまる。


視桃著花可小騫,月及申酉利複怨。
二月三月、桃の花が咲くころには気分も高まってくるというもの、やがて7月八月になれば大水が出て何もかも怨みというものを洗い流して晴らしてくれる。
 頭をあげる。
申酉 中は七月、酉は八月。このころは大水の季節。


助汝五龍從九鯤,溺厥邑囚之昆崙。
そして五頭立ての天を駆け巡る竜の御車と海を行くには九鯤に乗ることによって君を助ける、それでもぐずぐず言うようであればそいつらを束にしてとらえて崑崙山に押しこめてしまう。」
五竜 五頭立ての天を駆け巡る馬車の馬の変わりに龍が引いてゆくこと。
九鯤 『荘子、逍遥遊』中国古代の想像上の大魚。北方の大海にすみ、大きさは幾千里だかわからないという。
・昆崙 中国古代の伝説上の山岳。崑崙山・崑崙丘・崑崙虚ともいう。中国の西方にあり、黄河の源で、玉を産出し、仙女の西王母がいるとされた。


皇甫作詩止睡昏,辭誇出真遂上焚。
皇甫湜君のために眠気覚ましに作った詩であるというのに、「真実を吐き出した愛での事」とうぬぼれたことをいっている。(韓愈が皇甫湜を持ち上げて作ったことに対して皇甫湜が自惚れたことの返事をしたということ。)
睡昏 ねむけ。
上焚 焚いて天に告げる。うぬぼれること。


要餘和增怪又煩,雖欲悔舌不可捫。
わしにも要求したのはこの増長に合わせろと言い、怪しんだりうたがったりするなという、こんなことをしろと言われても舌を噛んで我慢しないといけないが、でも行ってしまったので、もう追っつきはしないことだ。
悔舌 舌が動くのをひねってとめる。
しゃべらないようにする。うっかり皇甫湜めにつられて、こんな詩をつくって、ここまできて、やれしまったとおもってももうおそく、舌をつねってみても、どうにもならない、という意味だが、難しい七言の詩でもって冗談を繰り返す韓愈の多才な一面を見せつけたというところ詩である

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 詩<93-#5>Ⅱ中唐詩498 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1573

 
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#4
谽呀钜壑頗黎盆,豆登五山瀛四尊。
その肉の山と大きな谷を頗黎盆に取り大口を開いて食うのだ。肉を盛る祭器はまるで五岳であり、瀛山を浮かべる四海をさかずきにしたようなものだ。
熙熙釂酬笑語言,雷公擘山海水翻。
なごやかに喜びあい、酒を酌み交わし、笑い、談義を尽くす。雷様は山に堕ち、海の水を翻している。
齒牙嚼齧舌齶反,電光殲磹赬目厖,
歯をむき出し、牙むく、そして舌を出したりひるがえしたり、電光が炸裂するかと思えば、きらめく光で目玉を大きくするのである。
頊冥收威避玄根,斥棄輿馬背厥孫。
水の神とされる顓頊・玄冥は威勢あがらずみずのそこにいる。乗用の車や馬、御輿を棄ててしまったのか 火の神までがでてこないのである。
縮身潛喘拳肩跟,君臣相憐加愛恩。
身をかがめて知事困り、息をころして、かたとくるぶしをくっつけていて水底にすまいしていて、顓頊・玄冥の家来どもは互いに哀れんで御恩を感謝している。

谽呀【かんか】たる钜壑【きょがく】は頗黎【はり】の盆,五山を豆登して 瀛【うみ】は四尊【しそん】。
熙熙【きき】として釂酬【しょうしゅう】し 笑って語言す,雷公 山を擘【つんざ】き海水翻る。
齒牙もて嚼齧【しゃくげつ】舌齶【ぜつがく】反【かえ】る,電光 殲磹【せんてん】し赬目【ていもく】厖【おおい】なり,
頊冥【ぎょくめい】威を收めて 玄根に避け,輿馬【よば】を斥棄【せきき】して厥【そ】の孫に背く。
身を縮め 潛かに喘いで肩跟【けんこん】を拳ぐ,君臣 相憐みて 愛恩を加える。


#5
命黑螭偵焚其元,天闕悠悠不可援。
なんとかしようと螭に命じて偵察させたのだけれど頭に火傷おってしまった。天の関門は遠いはるかなところにあり攀じ登ることはできはしない。
夢通上帝血面論,側身欲進叱於閽。
夢で天子に拝謁して上訴を行ったのはよいが、御傍に寄ろうとしたら臣官にどなられたのだ。
帝賜九河湔涕痕,又詔巫陽反其魂。
天帝はあわれにおもわれて世界の九河の水で涙洗わせてもらったのだ。そして 巫女つかわして「招魂」によって魂を呼び戻された。
徐命之前問何冤,火行於冬古所存。
魂は呼びもどされてその訴え聞いてくれた。そして 言われた「冬になれば昔から、火の神というものは存分にはたらくものだ。」
我如禁之絕其飧,女丁婦壬傳世婚。
われわれがそれを止めれば夕食の煮たきもできない、そうであれば「溫泉之神」といわれるといわれるものだけが結婚できるというものだ。

黑螭【こくち】に命じて偵【うかが】わしむるに其の元を焚かる,天闕 悠悠 援づ可からず。
夢に上帝に通じて血面もて論じ,身を側て進まむと欲するに閽に叱せらる。
帝 九河を賜うて涕痕【ていこん】を湔【そそ】がしめ,又 巫陽に詔【みことのり】して其の魂を反さしむ。
徐【おもむろ】に之を命じ 前【すす】めましめて問う 何の冤ぞ,火の冬に行くは古より存する所。
我 如【も】し 之を禁せば 其の飧【そん】を絕たん,女丁は壬に婦となり 世を傳えて婚す。


#6
一朝結讎奈後昆,時行當反慎藏蹲。
視桃著花可小騫,月及申酉利複怨。
助汝五龍從九鯤,溺厥邑囚之昆崙。
皇甫作詩止睡昏,辭誇出真遂上焚。
要餘和增怪又煩,雖欲悔舌不可捫。

一朝にして 讎【あた】を結ばは後昆を奈【いかん】せん,時行 反するに當っては慎んで藏蹲【ぞうそん】せよ。
桃の花を著【つ】くるを視ば小【すこ】し騫【あ】ぐべし,月 申酉【しんゆう】に及わば怨を複するに利あらん。
汝を助けて五龍を九鯤に從わしめん,厥の邑を溺らせ之を昆崙に囚えよ。
皇甫の詩を作るは止睡昏【すいこん】をめるためなるに,辭に真に出づるを誇り 遂に上焚【じょうふん】す。
餘【われ】の和して增怪と煩とを要【もと】む,悔いむと欲すと雖も 舌 捫【な】づべからず。


現代語訳と訳註
(本文)
#5
命黑螭偵焚其元,天闕悠悠不可援。
夢通上帝血面論,側身欲進叱於閽。
帝賜九河湔涕痕,又詔巫陽反其魂。
徐命之前問何冤,火行於冬古所存。
我如禁之絕其飧,女丁婦壬傳世婚。


(下し文)
黑螭【こくち】に命じて偵【うかが】わしむるに其の元を焚かる,天闕 悠悠 援づ可からず。
夢に上帝に通じて血面もて論じ,身を側て進まむと欲するに閽に叱せらる。
帝 九河を賜うて涕痕【ていこん】を湔【そそ】がしめ,又 巫陽に詔【みことのり】して其の魂を反さしむ。
徐【おもむろ】に之を命じ 前【すす】めましめて問う 何の冤ぞ,火の冬に行くは古より存する所。
我 如【も】し 之を禁せば 其の飧【そん】を絕たん,女丁は壬に婦となり 世を傳えて婚す。

(現代語訳)
なんとかしようと螭に命じて偵察させたのだけれど頭に火傷おってしまった。天の関門は遠いはるかなところにあり攀じ登ることはできはしない。
夢で天子に拝謁して上訴を行ったのはよいが、御傍に寄ろうとしたら臣官にどなられたのだ。
天帝はあわれにおもわれて世界の九河の水で涙洗わせてもらったのだ。そして 巫女つかわして「招魂」によって魂を呼び戻された。
魂は呼びもどされてその訴え聞いてくれた。そして 言われた「冬になれば昔から、火の神というものは存分にはたらくものだ。」
われわれがそれを止めれば夕食の煮たきもできない、そうであれば「溫泉之神」といわれるといわれるものだけが結婚できるというものだ。


(訳注) #5
命黑螭偵焚其元,天闕悠悠不可援。

なんとかしようと螭に命じて偵察させたのだけれど頭に火傷おってしまった。天の関門は遠いはるかなところにあり攀じ登ることはできはしない。
・天闕 天の関門。天帝の宮殿の門。また、宮城の門。宮門。禁闕。閶闔門。
・援 よじのぼる。


夢通上帝血面論,側身欲進叱於閽。
夢で天子に拝謁して上訴を行ったのはよいが、御傍に寄ろうとしたら臣官にどなられたのだ。
・血面 血まみれの顔。
・閽 周時代の官名。王宮の門の開閉を任務とする臣官。


帝賜九河湔涕痕,又詔巫陽反其魂。
天帝はあわれにおもわれて世界の九河の水で涙洗わせてもらったのだ。そして 巫女つかわして「招魂」によって魂を呼び戻された。
巫陽 天帝のむすめ。宋玉の「招魂」に、屈原の魂塊が離散したのを天帝があわれみ、むすめの巫陽にさがさせ、よびかえしてやった、という話がみえる。


徐命之前問何冤,火行於冬古所存。
魂は呼びもどされてその訴え聞いてくれた。そして 言われた「冬になれば昔から、火の神というものは存分にはたらくものだ。」


我如禁之絕其飧,女丁婦壬傳世婚。
われわれがそれを止めれば夕食の煮たきもできない、そうであれば「溫泉之神」といわれるといわれるものだけが結婚できるというものだ。
 夕食のことだが、ここでは煮たきした食
事というほどの意。
女丁婦壬 #4に登場した「頊冥收威避玄根」顓頊と玄冥の玄冥の子が壬夫安で祝融氏のむすめが丁芊という共に「水仙」を学んで習得したので「溫泉之神」とされた。日本でいう釜戸の神というところであろう。『東山少連』「玄冥之子曰壬夫安,祝融氏之女曰丁芊,俱學水仙,是為溫泉之神。」

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#4>Ⅱ中唐詩497 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1570

 
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陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#4>Ⅱ中唐詩497 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1570


#3
攢雜啾嚄沸篪塤,彤幢絳旃紫纛幡。
竹製の横笛をふき、土笛を吹き鳴らして沸き立ち、ざわめくのであり、赤丹を塗った旗矛あり、柄の曲がった旗があり、紫の旗まであるのだ。
炎官熱屬朱冠褌,髹其肉皮通髀臀。
炎の神の従属の者たちは赤い帽子にふんどし、スカート姿でいるし、皮膚の肉には赤漆を塗りつけていて肩から尻まで塗っているのを見せつけている。
頹胸垤腹車掀轅,緹顏靺股豹兩鞬。
肉のたれ下った胸、ふくれ上った腹をゆすって 車の長柄棒をかき上げふりあげて、黒ずんだ赤ら顔、あかねぞめの革の股引、弓袋ふりわけ、きめている。
霞車虹靷日轂轓,丹蕤縓蓋緋繙鰭。
霞の中を虹の手綱をつけて、日輪の車にこしきと被いをつけて鞭うつのである、そしてあかい旗かざり、赤の幌、緋の旗ひれをゆすってすすむ。
紅帷赤幕羅脤膰,衁池波風肉陵屯。
赤の幔幕の内側には祭に供える肉がはるか向こうまで並べられており、血の池には風がそよいでなみがたち、肉の山はそびえるほど高いのである。

啾嚄【しゅうかく】を攢雜【さんざつ】して篪塤【ちけん】沸く,彤幢【とうどう】絳旃【こうせん】紫纛幡【しとうばん】。
炎官 熱屬 冠褌【かんこん】を朱にし,其の肉皮を髹【きゅう】にし 髀臀【ひどん】に通ず。
頹胸【たいきょう】垤腹【てつふく】車 轅【ながえ】を掀【かか】ぐ,緹顏【ていがん】靺股【ばつこ】豹の兩鞬【りょうけん】。
霞車【かしゃ】虹靷【こういん】日の轂轓【こくへん】,丹蕤【たんすき】縓蓋【せんがい】緋に鰭【ひれ】を繙【ひるが】えす。
紅帷 赤幕 脤膰【はり】の羅【つら】ぬ,衁池【こうち】波風 肉の陵屯。

#4
谽呀钜壑頗黎盆,豆登五山瀛四尊。
その肉の山と大きな谷を頗黎盆に取り大口を開いて食うのだ。肉を盛る祭器はまるで五岳であり、瀛山を浮かべる四海をさかずきにしたようなものだ。
熙熙釂酬笑語言,雷公擘山海水翻。
なごやかに喜びあい、酒を酌み交わし、笑い、談義を尽くす。雷様は山に堕ち、海の水を翻している。
齒牙嚼齧舌齶反,電光殲磹赬目厖,
歯をむき出し、牙むく、そして舌を出したりひるがえしたり、電光が炸裂するかと思えば、きらめく光で目玉を大きくするのである。
頊冥收威避玄根,斥棄輿馬背厥孫。
水の神とされる顓頊・玄冥は威勢あがらずみずのそこにいる。乗用の車や馬、御輿を棄ててしまったのか 火の神までがでてこないのである。
縮身潛喘拳肩跟,君臣相憐加愛恩。
身をかがめて知事困り、息をころして、かたとくるぶしをくっつけていて水底にすまいしていて、顓頊・玄冥の家来どもは互いに哀れんで御恩を感謝している。
谽呀【かんか】たる钜壑【きょがく】は頗黎【はり】の盆,五山を豆登して 瀛【うみ】は四尊【しそん】。
熙熙【きき】として釂酬【しょうしゅう】し 笑って語言す,雷公 山を擘【つんざ】き海水翻る。
齒牙もて嚼齧【しゃくげつ】舌齶【ぜつがく】反【かえ】る,電光 殲磹【せんてん】し赬目【ていもく】厖【おおい】なり,
頊冥【ぎょくめい】威を收めて 玄根に避け,輿馬【よば】を斥棄【せきき】して厥【そ】の孫に背く。
身を縮め 潛かに喘いで肩跟【けんこん】を拳ぐ,君臣 相憐みて 愛恩を加える。


#5
命黑螭偵焚其元,天闕悠悠不可援。
夢通上帝血面論,側身欲進叱於閽。
帝賜九河湔涕痕,又詔巫陽反其魂。
徐命之前問何冤,火行於冬古所存。
我如禁之絕其飧,女丁婦壬傳世婚。

黑螭【こくち】に命じて偵【うかが】わしむるに其の元を焚かる,天闕 悠悠 援づ可からず。
夢に上帝に通じて血面もて論じ,身を側て進まむと欲するに閽に叱せらる。
帝 九河を賜うて涕痕【ていこん】を湔【そそ】がしめ,又 巫陽に詔【みことのり】して其の魂を反さしむ。
徐【おもむろ】に之を命じ 前【すす】めましめて問う 何の冤ぞ,火の冬に行くは古より存する所。
我 如【も】し 之を禁せば 其の飧【そん】を絕たん,女丁は壬に婦となり 世を傳えて婚す。


#6
一朝結讎奈後昆,時行當反慎藏蹲。
視桃著花可小騫,月及申酉利複怨。
助汝五龍從九鯤,溺厥邑囚之昆崙。
皇甫作詩止睡昏,辭誇出真遂上焚。
要餘和增怪又煩,雖欲悔舌不可捫。

一朝にして 讎【あた】を結ばは後昆を奈【いかん】せん,時行 反するに當っては慎んで藏蹲【ぞうそん】せよ。
桃の花を著【つ】くるを視ば小【すこ】し騫【あ】ぐべし,月 申酉【しんゆう】に及わば怨を複するに利あらん。
汝を助けて五龍を九鯤に從わしめん,厥の邑を溺らせ之を昆崙に囚えよ。
皇甫の詩を作るは止睡昏【すいこん】をめるためなるに,辭に真に出づるを誇り 遂に上焚【じょうふん】す。
餘【われ】の和して增怪と煩とを要【もと】む,悔いむと欲すと雖も 舌 捫【な】づべからず。


現代語訳と訳註
(本文)
#4
谽呀钜壑頗黎盆,豆登五山瀛四尊。
熙熙釂酬笑語言,雷公擘山海水翻。
齒牙嚼齧舌齶反,電光殲磹赬目厖,
頊冥收威避玄根,斥棄輿馬背厥孫。
縮身潛喘拳肩跟,君臣相憐加愛恩。


(下し文)
谽呀【かんか】たる钜壑【きょがく】は頗黎【はり】の盆,五山を豆登して 瀛【うみ】は四尊【しそん】。
熙熙【きき】として釂酬【しょうしゅう】し 笑って語言す,雷公 山を擘【つんざ】き海水翻る。
齒牙もて嚼齧【しゃくげつ】舌齶【ぜつがく】反【かえ】る,電光 殲磹【せんてん】し赬目【ていもく】厖【おおい】なり,
頊冥【ぎょくめい】威を收めて 玄根に避け,輿馬【よば】を斥棄【せきき】して厥【そ】の孫に背く。
身を縮め 潛かに喘いで肩跟【けんこん】を拳ぐ,君臣 相憐みて 愛恩を加える。


(現代語訳)
その肉の山と大きな谷を頗黎盆に取り大口を開いて食うのだ。肉を盛る祭器はまるで五岳であり、瀛山を浮かべる四海をさかずきにしたようなものだ。
なごやかに喜びあい、酒を酌み交わし、笑い、談義を尽くす。雷様は山に堕ち、海の水を翻している。
歯をむき出し、牙むく、そして舌を出したりひるがえしたり、電光が炸裂するかと思えば、きらめく光で目玉を大きくするのである。
水の神とされる顓頊・玄冥は威勢あがらずみずのそこにいる。乗用の車や馬、御輿を棄ててしまったのか 火の神までがでてこないのである。
身をかがめて知事困り、息をころして、かたとくるぶしをくっつけていて水底にすまいしていて、顓頊・玄冥の家来どもは互いに哀れんで御恩を感謝している。


(訳注) #4
谽呀鉅壑頗黎盆,豆登五山瀛四尊。
その肉の山と大きな谷を頗黎盆に取り大口を開いて食うのだ。肉を盛る祭器はまるで五岳であり、瀛山を浮かべる四海をさかずきにしたようなものだ。
・谽呀 谷の大いにひらけたさま。パックリとひらいた、というほどの意。
・鉅壑 大きな谷。
・頗黎 赤玉。
・豆登 肉を盛る祭器。


熙熙釂酬笑語言,雷公擘山海水翻。
なごやかに喜びあい、酒を酌み交わし、笑い、談義を尽くす。雷様は山に堕ち、海の水を翻している。
熙熙【きき】. なごやかに喜びあうさま。 「衆人熙熙として楽しむ」. 【熙熙攘攘】ききじょうじょう. 大勢の人が賑やかに行き交うさま。 「熙熙」は喜んで楽しむさま。「攘攘」は入り乱れるさま、多いさま。 「攘攘」は「壌壌」とも書く。 【熙笑】きしょう. なごやかに笑うこと。
・釂酬 のみほしたり、返杯したりする。


齒牙嚼齧舌齶反,電光殲磹赬目厖,
歯をむき出し、牙むく、そして舌を出したりひるがえしたり、電光が炸裂するかと思えば、きらめく光で目玉を大きくするのである。
殲磹 きらめく。
・暖/〔暖に偏が目〕 目の大きなさま.


頊冥收威避玄根,斥棄輿馬背厥孫。
水の神とされる顓頊・玄冥は威勢あがらずみずのそこにいる。乗用の車や馬、御輿を棄ててしまったのか 火の神までがでてこないのである。
・頊冥 顓頊と玄冥。顓頊は中国古代の伝説上の天子。玄冥はどちらの文字も北を示し北方の神。顓頊・玄冥いずれも冬をつかさどり、水の神とされる。
・玄根 『列子』天瑞篇に「玄牝の門はこれ天地の根」 の語がみえる。ここでは、幽玄なものの根元ということで、水底をさすのであろう。万物生々流転、疑独=道を窮(きわ)む
・斥棄 すてさる。
・輿馬 乗用の車や馬。
・背厭孫 中国の五行説では、水は木を生じ、木から火が生まれる。いま、水の神の前項や玄英が、その孫にあたる火の神の祝融たちをおそれて逃げかくれしているので、その孫に背くという。

 五行関係図

縮身潛喘拳肩跟,君臣相憐加愛恩。
身をかがめて知事困り、息をころして、かたとくるぶしをくっつけていて水底にすまいしていて、顓頊・玄冥の家来どもは互いに哀れんで御恩を感謝している。
肩跟 かたとくるぶし。
・君臣 顧頚と玄冥とをさす。

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#3>Ⅱ中唐詩496 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1567

 
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#3
攢雜啾嚄沸篪塤,彤幢絳旃紫纛幡。
竹製の横笛をふき、土笛を吹き鳴らして沸き立ち、ざわめくのであり、赤丹を塗った旗矛あり、柄の曲がった旗があり、紫の旗まであるのだ。
炎官熱屬朱冠褌,髹其肉皮通髀臀。
炎の神の従属の者たちは赤い帽子にふんどし、スカート姿でいるし、皮膚の肉には赤漆を塗りつけていて肩から尻まで塗っているのを見せつけている。
頹胸垤腹車掀轅,緹顏靺股豹兩鞬。
肉のたれ下った胸、ふくれ上った腹をゆすって 車の長柄棒をかき上げふりあげて、黒ずんだ赤ら顔、あかねぞめの革の股引、弓袋ふりわけ、きめている。
霞車虹靷日轂轓,丹蕤縓蓋緋繙鰭。
霞の中を虹の手綱をつけて、日輪の車にこしきと被いをつけて鞭うつのである、そしてあかい旗かざり、赤の幌、緋の旗ひれをゆすってすすむ。
紅帷赤幕羅脤膰,衁池波風肉陵屯。
赤の幔幕の内側には祭に供える肉がはるか向こうまで並べられており、血の池には風がそよいでなみがたち、肉の山はそびえるほど高いのである。

啾嚄【しゅうかく】を攢雜【さんざつ】して篪塤【ちけん】沸く,彤幢【とうどう】絳旃【こうせん】紫纛幡【しとうばん】。
炎官 熱屬 冠褌【かんこん】を朱にし,其の肉皮を髹【きゅう】にし 髀臀【ひどん】に通ず。
頹胸【たいきょう】垤腹【てつふく】車 轅【ながえ】を掀【かか】ぐ,緹顏【ていがん】靺股【ばつこ】豹の兩鞬【りょうけん】。
霞車【かしゃ】虹靷【こういん】日の轂轓【こくへん】,丹蕤【たんすき】縓蓋【せんがい】緋に鰭【ひれ】を繙【ひるが】えす。
紅帷 赤幕 脤膰【はり】の羅【つら】ぬ,衁池【こうち】波風 肉の陵屯。


現代語訳と訳註
(本文)
#3
攢雜啾嚄沸篪塤,彤幢絳旃紫纛幡。
炎官熱屬朱冠褌,髹其肉皮通髀臀。
頹胸垤腹車掀轅,緹顏靺股豹兩鞬。
霞車虹靷日轂轓,丹蕤縓蓋緋繙鰭。
紅帷赤幕羅脤膰,衁池波風肉陵屯。


(下し文)
啾嚄【しゅうかく】を攢雜【さんざつ】して篪塤【ちけん】沸く,彤幢【とうどう】絳旃【こうせん】紫纛幡【しとうばん】。
炎官 熱屬 冠褌【かんこん】を朱にし,其の肉皮を髹【きゅう】にし 髀臀【ひどん】に通ず。
頹胸【たいきょう】垤腹【てつふく】車 轅【ながえ】を掀【かか】ぐ,緹顏【ていがん】靺股【ばつこ】豹の兩鞬【りょうけん】。
霞車【かしゃ】虹靷【こういん】日の轂轓【こくへん】,丹蕤【たんすき】縓蓋【せんがい】緋に鰭【ひれ】を繙【ひるが】えす。
紅帷 赤幕 脤膰【はり】の羅【つら】ぬ,衁池【こうち】波風 肉の陵屯。


(現代語訳)
竹製の横笛をふき、土笛を吹き鳴らして沸き立ち、ざわめくのであり、赤丹を塗った旗矛あり、柄の曲がった旗があり、紫の旗まであるのだ。
炎の神の従属の者たちは赤い帽子にふんどし、スカート姿でいるし、皮膚の肉には赤漆を塗りつけていて肩から尻まで塗っているのを見せつけている。
肉のたれ下った胸、ふくれ上った腹をゆすって 車の長柄棒をかき上げふりあげて、黒ずんだ赤ら顔、あかねぞめの革の股引、弓袋ふりわけ、きめている。
霞の中を虹の手綱をつけて、日輪の車にこしきと被いをつけて鞭うつのである、そしてあかい旗かざり、赤の幌、緋の旗ひれをゆすってすすむ。
赤の幔幕の内側には祭に供える肉がはるか向こうまで並べられており、血の池には風がそよいでなみがたち、肉の山はそびえるほど高いのである。


(訳注) #3
攢雜啾嚄沸篪塤,彤幢絳旃紫纛幡。

竹製の横笛をふき、土笛を吹き鳴らして沸き立ち、ざわめくのであり、赤丹を塗った旗矛あり、柄の曲がった旗があり、紫の旗まであるのだ。
篪塤 竹製の横笛と、土笛。
彤幢 赤丹を塗った旗矛。幢:1 昔、儀式または軍隊の指揮などに用いた旗の一種。彩色した布で作り、竿の先につけたり、柱に懸けたりした。はたほこ。 2 魔軍を制する仏・菩薩(ぼさつ)のしるし。また、仏堂の装飾とするたれぎぬ。
・絳旃 濃い赤色の練り絹の旗の靡く所に着けた柄の曲がった旗。
紫纛幡 むらさきで染められ飾られた旗。


炎官熱屬朱冠褌,髹其肉皮通髀臀。
炎の神の従属の者たちは赤い帽子にふんどし、スカート姿でいるし、皮膚の肉には赤漆を塗りつけていて肩から尻まで塗っているのを見せつけている。
・炎官熱屬 炎の神の従属の者たち。
朱冠 赤い帽子。
 ふんどし。スカート。
 赤漆を塗りつける。
・髀臀 肩から尻まで。


頹胸垤腹車掀轅,緹顏靺股豹兩鞬。
肉のたれ下った胸、ふくれ上った腹をゆすって 車の長柄棒をかき上げふりあげて、黒ずんだ赤ら顔、あかねぞめの革の股引、弓袋ふりわけ、きめている。
・頹胸垤腹 肉のたれ下った胸、ふくれ上った腹。
緹顏 黒ずんだ赤ら顔。
・靺股 あかねぞめの革の股引。
・鞬 弓ぶくろ。


霞車虹靷日轂轓,丹蕤縓蓋緋繙鰭。
霞の中を虹の手綱をつけて、日輪の車にこしきと被いをつけて鞭うつのである、そしてあかい旗かざり、赤の幌、緋の旗ひれをゆすってすすむ。
・虹靷 虹のひきづな。
轂轓 車のこしきと被い。
・丹蕤 あかい旗かざり。
縓蓋 うすあかいろのおおい。
 〔怨の心の部分が巾〕ひれ。


帷赤幕羅脤膰,衁池波風肉陵屯。
赤の幔幕の内側には祭に供える肉がはるか向こうまで並べられており、血の池には風がそよいでなみがたち、肉の山はそびえるほど高いのである。
・脤膰 ひもろぎ。祭に供える肉。
・衁池 血の池。
・陵屯 おか。

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#2>Ⅱ中唐詩495 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1564

 
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#2
三光弛隳不複暾,虎熊麋豬逮猴猿。
日月星辰 天にあるものすべてものが地に堕ちてくる。地にいる虎 熊 鹿 猪 猿猴のたぐいも一緒になる。
水龍鼉龜魚與黿,鴉鴟雕鷹雉鵠鹍。
水の中に住む、水竜【みずち】鼉【すっぽん】亀【かめ】魚【うお】黿【やもり】たちに、鳥の鴉【からす】鴟【とび】雕【わし】鷹【たか】雉【きじ】鵠【くぐい】鹍【とおまる】がいる。
燖炰煨爊孰飛奔,祝融告休酌卑尊,
それを焼いたり、焦がしたり、蒸されたり、そして、みんな飛び出したのだ。火をつかさどる神はこのあたりで攻撃をやめよと命令するとむれいこうとなってさかもりにうつるのである。
錯陳齊玫辟華園,芙蓉披猖塞鮮繁。
火の玉を松明代わりにならべた花園で宴はひらけられている、紅蓮の花束は目も鮮かにかざられている。
千鍾萬鼓咽耳喧。
千の鐘をならし、万の鼓をとどろきわたり耳をつんざくばかりなのだ。


三光 弛隳【しき】して 復た暾【あきら】かならず、
水龍 鼉 龜 魚と黿と,鴉 鴟 雕 鷹 雉 鵠 鹍。
燖炰【じんぽう】煨爊【わいおう】孰【いづ】れか飛奔【ひほん】する,祝融【しゅくゆう】休を告げ 卑尊【ひそん】に酌む,
齊玫【せいばい】錯陳【さくちん】し 華園【かえん】を辟【ひら】く,芙蓉 披猖【ひしょう】し塞って鮮繁【せんぱん】。
千鍾 萬鼓 耳に咽【むせ】んで喧【かますび】す。


現代語訳と訳註
(本文)
#2
三光弛隳不複暾,虎熊麋豬逮猴猿。
水龍鼉龜魚與黿,鴉鴟雕鷹雉鵠鹍。
燖炰煨爊孰飛奔,祝融告休酌卑尊,
錯陳齊玫辟華園,芙蓉披猖塞鮮繁。
千鍾萬鼓咽耳喧。


(下し文)
三光 弛隳【しき】して 復た暾【あきら】かならず、
水龍 鼉 龜 魚と黿と,鴉 鴟 雕 鷹 雉 鵠 鹍。
燖炰【じんぽう】煨爊【わいおう】孰【いづ】れか飛奔【ひほん】する,祝融【しゅくゆう】休を告げ 卑尊【ひそん】に酌む,
齊玫【せいばい】錯陳【さくちん】し 華園【かえん】を辟【ひら】く,芙蓉 披猖【ひしょう】し塞って鮮繁【せんぱん】。
千鍾 萬鼓 耳に咽【むせ】んで喧【かますび】す。


(現代語訳)
日月星辰 天にあるものすべてものが地に堕ちてくる。地にいる虎 熊 鹿 猪 猿猴のたぐいも一緒になる。
水の中に住む、水竜【みずち】鼉【すっぽん】亀【かめ】魚【うお】黿【やもり】たちに、鳥の鴉【からす】鴟【とび】雕【わし】鷹【たか】雉【きじ】鵠【くぐい】鹍【とおまる】がいる。
それを焼いたり、焦がしたり、蒸されたり、そして、みんな飛び出したのだ。火をつかさどる神はこのあたりで攻撃をやめよと命令するとむれいこうとなってさかもりにうつるのである。
火の玉を松明代わりにならべた花園で宴はひらけられている、紅蓮の花束は目も鮮かにかざられている。
・錯陳 まぜならべる。
千の鐘をならし、万の鼓をとどろきわたり耳をつんざくばかりなのだ。


(訳注) #2
三光弛隳不複暾,虎熊麋豬逮猴猿。

日月星辰 天にあるものすべてものが地に堕ちてくる。地にいる虎 熊 鹿 猪 猿猴のたぐいも一緒になる。
三光 日・月・星。
・弛隳 ゆるみくずれる。
・麋 大鹿。
・豬 一つの毛穴から三本の毛が生えているぶた。ここでは野豬すなわち、いのしし、のこと。


水龍鼉龜魚與黿,鴉鴟雕鷹雉鵠鵾。
水の中に住む、水竜【みずち】鼉【すっぽん】亀【かめ】魚【うお】黿【やもり】たちに、鳥の鴉【からす】鴟【とび】雕【わし】鷹【たか】雉【きじ】鵠【くぐい】鹍【とおまる】がいる。
 わにの一種。
黿 あおうみがめ。山の中にわにやうみがめなどいるものではないが、この詩た動物名はとって来て、遠慮なしに使っているのである。これをいちいち動物図
鑑にあたって、九世紀中国には陸上にこんな動物がいたのかなどと驚く必要はない。こうした羅列法は仏典によく見える。特に七言句なので面白さを強調することになる。
 とうまる。大型の鷄。


燖炰煨爊孰飛奔,祝融告休酌卑尊,
それを焼いたり、焦がしたり、蒸されたり、そして、みんな飛び出したのだ。火を司る神はこのあたりで攻撃をやめよと命令すると無礼講となって酒盛りにうつるのである
・燖炰 煮ることと焼くこと。
・煨爊 うずめ焼くこと。これらの文字も、一字一字せんさくする必要はない。おそらく、韓愈のその時の気分で火に関係のある文字は、杏古な感じのするものなら、手あたりしだいに使用されるだろう。
・祝融 火をつかさどる神。
・告休 ふつう休暇をとるという意味だが、ここでは攻撃をやめよと命令する、というほどの意で使われているのであろう。
・卑尊 身分のひくいもの高いもの。火の神の手下をさす。


錯陳齊玫辟華園,芙蓉披猖塞鮮繁。
火の玉を松明代わりにならべた花園で宴はひらけられている、紅蓮の花束は目も鮮かにかざられている。
錯陳 まぜならべる。
斉玫 火をふき出す南方産の珠。
・華園 火のもえさかっているところを花園と見たてたのだ。
芙蓉 紅蓮、これも火。
披猖 みだれる。


千鍾萬鼓咽耳喧。
千の鐘をならし、万の鼓をとどろきわたり耳をつんざくばかりなのだ。
千鐘万鼓 鐘や太鼓でドンチャソ騒ぎをやりだした。

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#1>Ⅱ中唐詩494 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1561

 
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陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#1>Ⅱ中唐詩494 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1561


陸渾山火和皇甫湜用其韻
    (湜時為陸渾尉)#1
皇甫補官古賁渾,時當玄冬澤乾源。
皇甫君の任地は 古代の賁渾といわれたところである、今、季節は厳冬であるが水源の地でさえも乾ききっている。
山狂穀很相吐吞,風怒不休何軒軒。
山は狂ったような音を立て、谷も狂ってせめぎあっている、互いに吐き出して、呑みこんでいる。そしてケンケンと怒って、風も怒って荒れてやまない。
擺磨出火以自燔,有聲夜中驚莫原。
切り開き取り除きながら摩擦してとうとう火を吹き 燃え出しきている。大声にびっくりし、夜中に調査して驚き、どうしたのかもともとのことしらべてもしらべようがない。
天跳地踔顛乾坤,赫赫上照窮崖垠。
天は跳り、地はとび上がることでてんちはひっくりかえる。空のはてまでまっ赤にこがし、かがやき照らしている。
截然高周燒四垣,神焦鬼爛無逃門。
高い空を東西南北に向かって焼けて、引き裂けるのであり、鬼、神、靈も爛れてしまって、逃げるに道ないのである。
陸渾山【りくこんさん】火 皇甫湜【こうほしょく】に和し其の韻を用う。(湜時に陸渾の尉と為す)
#1
皇甫 官に補せらる、古の賁渾【りくこん】、時 玄冬に當って澤は源を乾かす。
山狂ひ 谷很【たけ】り 相吐呑【とどん】す、風怒って休まず 何ぞ軒軒たる。
擺磨【はいま】して火を出し 以て自ら燔く、聾有り 夜中驚いて原【たづ】ぬる莫し。
天跳り 地踔【あが】り 乾坤を顛【くつがえ】す、赫赫として上照し 崖垠【がいぎん】を窮む。
截然【せつぜん】として高く周【めぐ】って四垣【しえん】を焼く、神 焦【こが】れ 鬼 爛【ただ】れ 逃るる門無し。

終南山03


現代語訳と訳註
(本文)
陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉)#1
皇甫補官古賁渾,時當玄冬澤乾源。
山狂穀很相吐吞,風怒不休何軒軒。
擺磨出火以自燔,有聲夜中驚莫原。
天跳地踔顛乾坤,赫赫上照窮崖垠。
截然高周燒四垣,神焦鬼爛無逃門。


(下し文)
陸渾山【りくこんさん】火 皇甫湜【こうほしょく】に和し其の韻を用う。(湜時に陸渾の尉と為す)
#1
皇甫 官に補せらる、古の賁渾【りくこん】、時 玄冬に當って澤は源を乾かす。
山狂ひ 谷很【たけ】り 相吐呑【とどん】す、風怒って休まず 何ぞ軒軒たる。
擺磨【はいま】して火を出し 以て自ら燔く、聾有り 夜中驚いて原【たづ】ぬる莫し。
天跳り 地踔【あが】り 乾坤を顛【くつがえ】す、赫赫として上照し 崖垠【がいぎん】を窮む。
截然【せつぜん】として高く周【めぐ】って四垣【しえん】を焼く、神 焦【こが】れ 鬼 爛【ただ】れ 逃るる門無し。


(現代語訳)
皇甫君の任地は 古代の賁渾といわれたところである、今、季節は厳冬であるが水源の地でさえも乾ききっている。
山は狂ったような音を立て、谷も狂ってせめぎあっている、互いに吐き出して、呑みこんでいる。そしてケンケンと怒って、風も怒って荒れてやまない。
切り開き取り除きながら摩擦してとうとう火を吹き 燃え出しきている。大声にびっくりし、夜中に調査して驚き、どうしたのかもともとのことしらべてもしらべようがない。
天は跳り、地はとび上がることでてんちはひっくりかえる。空のはてまでまっ赤にこがし、かがやき照らしている。
高い空を東西南北に向かって焼けて、引き裂けるのであり、鬼、神、靈も爛れてしまって、逃げるに道ないのである。


(訳注)
陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉)#1

詩の背景については #0を参照。

皇甫補官古賁渾,時當玄冬澤乾源。
皇甫君の任地は 古代の賁渾といわれたところである、今、季節は厳冬であるが水源の地でさえも乾ききっている。
賁渾 陸渾の古名。『春秋公羊伝』宣公三年に「楚子は賁渾の戒を伐つ」とあり、陸徳明の『経典釈文』にこの貴について、旧音はリク、あるいは音はホン、としている。普通の人が陸渾と書くところを賁渾とかかずにいられないところが、韓愈の趣味であり、また詩法であった。
極端に古いものは極端に新しいものでありうるのであり、普通の人の知識や判断力から遠ざかることも、新しいものでありうる。韓愈の文学の新しさは、それを意識的に方法としたものであった。杜甫は陸渾としている。
玄冬 冬。五行思想。青・赤・白・黒の四色を春・夏・秋・冬に配当する習慣がある。玄は黒。


山狂穀很相吐吞,風怒不休何軒軒。
山は狂ったような音を立て、谷も狂ってせめぎあっている、互いに吐き出して、呑みこんでいる。
そしてケンケンと怒って、風も怒って荒れてやまない。
・很 せめぎあらそう。
軒軒 吹きまくるさま。


擺磨出火以自燔,有聲夜中驚莫原。
切り開き取り除きながら摩擦してとうとう火を吹き 燃え出しきている。大声にびっくりし、夜中に調査して驚き、どうしたのかもともとのことしらべてもしらべようがない
擺磨 切り開き取り除きながら摩擦する。
莫原 どうしたのかもともとのことしらべてもしらべようがない。


天跳地踔顛乾坤,赫赫上照窮崖垠。
天は跳り、地はとび上がることでてんちはひっくりかえる。空のはてまでまっ赤にこがし、かがやき照らしている。
・綽 とび上がる。
乾坤 天地。
赫赫 まっ赤にかがやくさま。
崖根 四海にいたる果て。地の果てには崖で海に至る。


截然高周燒四垣,神焦鬼爛無逃門。
高い空を東西南北に向かって焼けて、引き裂けるのであり、鬼、神、靈も爛れてしまって、逃げるに道ないのである。
截然 ひきさけるさま。
神焦鬼爛 神鬼焦欄と同じ、鬼、神、靈もやけただれる。


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陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#0>Ⅱ中唐詩493 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1558

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#0>Ⅱ中唐詩493 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1558


陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉)
 #1
  皇甫補官古賁渾,時當玄冬澤乾源。
  山狂穀很相吐吞,風怒不休何軒軒。
  擺磨出火以自燔,有聲夜中驚莫原。
  天跳地踔顛乾坤,赫赫上照窮崖垠。
  截然高周燒四垣,神焦鬼爛無逃門。
#2
  三光弛隳不複暾,虎熊麋豬逮猴猿。
  水龍鼉龜魚與黿,鴉鴟雕鷹雉鵠鹍。
  燖炰煨爊孰飛奔,祝融告休酌卑尊,
  錯陳齊玫辟華園,芙蓉披猖塞鮮繁。
  千鍾萬鼓咽耳喧。
#3
  攢雜啾嚄沸篪塤,彤幢絳旃紫纛幡。
  炎官熱屬朱冠褌,髹其肉皮通髀臀。
  頹胸垤腹車掀轅,緹顏靺股豹兩鞬。
  霞車虹靷日轂轓,丹蕤縓蓋緋繙鰭。
  紅帷赤幕羅脤膰,衁池波風肉陵屯。
#4
  谽呀钜壑頗黎盆,豆登五山瀛四尊。
  熙熙釂酬笑語言,雷公擘山海水翻。
  齒牙嚼齧舌齶反,電光殲磹赬目厖,
  頊冥收威避玄根,斥棄輿馬背厥孫。
  縮身潛喘拳肩跟,君臣相憐加愛恩。
#5
  命黑螭偵焚其元,天闕悠悠不可援。
  夢通上帝血面論,側身欲進叱於閽。
  帝賜九河湔涕痕,又詔巫陽反其魂。
  徐命之前問何冤,火行於冬古所存。
  我如禁之絕其飧,女丁婦壬傳世婚。
#6
  一朝結讎奈後昆,時行當反慎藏蹲。
  視桃著花可小騫,月及申酉利複怨。
  助汝五龍從九鯤,溺厥邑囚之昆崙。
  皇甫作詩止睡昏,辭誇出真遂上焚。
  要餘和增怪又煩,雖欲悔舌不可捫。


山火事をうたった奇怪な詩「陸渾山火、皇甫湜(こうほしょく、777—835)に和し、其の韻を用う」はこの年の冬の作である。皇甫湜、字は持正・睦州新安の人で、806年元和元年進士試験を通過し、陸渾県の尉となり、元和三年、さらに上級の賢良方正能直言極諌科に及第し、すこぶる意気があがっていた。韓愈にとっては11歳年下の友人でもあり弟子でもあったひとである。皇甫湜は、その任地でおこった大きな山火事を「陸渾山火」という長詩に仕立てて、韓愈におくった。皇甫湜は散文にはひいでた才能をもっているくせに、詩となるとてんで見ばえがしない。

「こんないい材料をもちながら、きみはまた、なんという詩をのたくる男なんだ」韓魚が笑うと、「なんだって、このリアリズムの極致に対して、よくもそんなことがほざけるもんだ。じゃあ、ひとつ、あなたもつくってみるといい、碌なもののできないことは、はじめからわかっているが、ものはためしだ」
結局、韓愈の作がのこって、皇甫湜の原作はのこっていない。

この詩も諷意が濃い。皇甫湜が賢良方正能璽一還諌科の試験に提出した答案は、内容が、当時の宰相李吉帝の施策を手きびしく批判したものであったため、宰相の憎しみをうけ、試験委員であったかれの叔父王涯は情実で甥を及第させたとの疑いで、瀞林学士から舐州司馬に乾せられ、さらに豪州刺史に遣った。
「璽一品諌」すべきものが、その任務をはたしたことによって、こうしたむくいをえ、おのれの任務に忠実でない宰相が栄えている事実に対するいきどおりが、皇甫湜の詩の中で、山火事にかこつけてうたわれていたのであろう。相似た感慨をもつ韓愈が、同感唱和して、この奇怪な諷詩の出現となったものと思われる。


陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉)#1
皇甫補官古賁渾,時當玄冬澤乾源。
山狂穀很相吐吞,風怒不休何軒軒。
擺磨出火以自燔,有聲夜中驚莫原。
天跳地踔顛乾坤,赫赫上照窮崖垠。
截然高周燒四垣,神焦鬼爛無逃門。

陸渾山【りくこんさん】火 皇甫湜【こうほしょく】に和し其の韻を用う。(湜時に陸渾の尉と為す)
#1
皇甫 官に補せらる、古の賁渾【りくこん】、時 玄冬に當って澤は源を乾かす。
山狂ひ 谷很【たけ】り 相吐呑【とどん】す、風怒って休まず 何ぞ軒軒たる。
擺磨して火を出し 以て自ら燔く、聾有り 夜中驚いて原【たづ】ぬる莫し。
天跳り 地踔【あが】り 乾坤を顛【くつがえ】す、赫赫として上照し 崖垠【がいぎん】を窮む。
截然【せつぜん】として高く周【めぐ】って四垣【しえん】を焼く、神 焦【こが】れ 鬼 爛【ただ】れ 逃るる門無し。


#2
三光弛隳不複暾,虎熊麋豬逮猴猿。
水龍鼉龜魚與黿,鴉鴟雕鷹雉鵠鹍。
燖炰煨爊孰飛奔,祝融告休酌卑尊,
錯陳齊玫辟華園,芙蓉披猖塞鮮繁。
千鍾萬鼓咽耳喧。

三光 弛隳【しき】して 復た暾【あきら】かならず、
水龍 鼉 龜 魚と黿と,鴉 鴟 雕 鷹 雉 鵠 鹍。
燖炰【じんぽう】煨爊【わいおう】孰【いづ】れか飛奔【ひほん】する,祝融【しゅくゆう】休を告げ 卑尊【ひそん】に酌む,
齊玫【せいばい】錯陳【さくちん】し 華園【かえん】を辟【ひら】く,芙蓉 披猖【ひしょう】し塞って鮮繁【せんぱん】。
千鍾 萬鼓 耳に咽【むせ】んで喧【かますび】す。


#3
攢雜啾嚄沸篪塤,彤幢絳旃紫纛幡。
炎官熱屬朱冠褌,髹其肉皮通髀臀。
頹胸垤腹車掀轅,緹顏靺股豹兩鞬。
霞車虹靷日轂轓,丹蕤縓蓋緋繙鰭。
紅帷赤幕羅脤膰,衁池波風肉陵屯。

啾嚄【しゅうかく】を攢雜【さんざつ】して篪塤【ちけん】沸く,彤幢【とうどう】絳旃【こうせん】紫纛幡【しとうばん】。
炎官 熱屬 冠褌【かんこん】を朱にし,其の肉皮を髹【きゅう】にし 髀臀【ひどん】に通ず。
頹胸【たいきょう】垤腹【てつふく】車 轅【ながえ】を掀【かか】ぐ,緹顏【ていがん】靺股【ばつこ】豹の兩鞬【りょうけん】。
霞車【かしゃ】虹靷【こういん】日の轂轓【こくへん】,丹蕤【たんすき】縓蓋【せんがい】緋に鰭【ひれ】を繙【ひるが】えす。
紅帷 赤幕 脤膰【はり】の羅【つら】ぬ,衁池【こうち】波風 肉の陵屯。


#4
谽呀钜壑頗黎盆,豆登五山瀛四尊。
熙熙釂酬笑語言,雷公擘山海水翻。
齒牙嚼齧舌齶反,電光殲磹赬目厖,
頊冥收威避玄根,斥棄輿馬背厥孫。
縮身潛喘拳肩跟,君臣相憐加愛恩。

谽呀【かんか】たる钜壑【きょがく】は頗黎【はり】の盆,五山を豆登して 瀛【うみ】は四尊【しそん】。
熙熙【きき】として釂酬【しょうしゅう】し 笑って語言す,雷公 山を擘【つんざ】き海水翻る。
齒牙もて嚼齧【しゃくげつ】舌齶【ぜつがく】反【かえ】る,電光 殲磹【せんてん】し赬目【ていもく】厖【おおい】なり,
頊冥【ぎょくめい】威を收めて 玄根に避け,輿馬【よば】を斥棄【せきき】して厥【そ】の孫に背く。
身を縮め 潛かに喘いで肩跟【けんこん】を拳ぐ,君臣 相憐みて 愛恩を加える。


#5
命黑螭偵焚其元,天闕悠悠不可援。
夢通上帝血面論,側身欲進叱於閽。
帝賜九河湔涕痕,又詔巫陽反其魂。
徐命之前問何冤,火行於冬古所存。
我如禁之絕其飧,女丁婦壬傳世婚。


黑螭【こくち】に命じて偵【うかが】わしむるに其の元を焚かる,天闕 悠悠 援づ可からず。
夢に上帝に通じて血面もて論じ,身を側て進まむと欲するに閽に叱せらる。
帝 九河を賜うて涕痕【ていこん】を湔【そそ】がしめ,又 巫陽に詔【みことのり】して其の魂を反さしむ。
徐【おもむろ】に之を命じ 前【すす】めましめて問う 何の冤ぞ,火の冬に行くは古より存する所。
我 如【も】し 之を禁せば 其の飧【そん】を絕たん,女丁は壬に婦となり 世を傳えて婚す。


#6
一朝結讎奈後昆,時行當反慎藏蹲。
視桃著花可小騫,月及申酉利複怨。
助汝五龍從九鯤,溺厥邑囚之昆崙。
皇甫作詩止睡昏,辭誇出真遂上焚。
要餘和增怪又煩,雖欲悔舌不可捫。

一朝にして 讎【あた】を結ばは後昆を奈【いかん】せん,時行 反するに當っては慎んで藏蹲【ぞうそん】せよ。
桃の花を著【つ】くるを視ば小【すこ】し騫【あ】ぐべし,月 申酉【しんゆう】に及わば怨を複するに利あらん。
汝を助けて五龍を九鯤に從わしめん,厥の邑を溺らせ之を昆崙に囚えよ。
皇甫の詩を作るは止睡昏【すいこん】をめるためなるに,辭に真に出づるを誇り 遂に上焚【じょうふん】す。
餘【われ】の和して增怪と煩とを要【もと】む,悔いむと欲すと雖も 舌 捫【な】づべからず。

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送湖南李正字歸 韓愈 唐詩
 底本巻四

送湖南李正字歸
長沙入楚深,洞庭值秋晚。
人隨鴻雁少,江共蒹葭遠。
曆曆餘所經,悠悠子當返。
孤游懷耿介,旅宿夢婉娩。
風土稍殊音,魚蝦日異飯。
親交俱在此,誰與同息偃。



doteiko012
送湖南李正字歸
長沙入楚深,洞庭值秋晚。
洞庭湖を南下して湘江に入っていくと長沙があり、そこは江南の楚地方の深く入ったところとなる。洞庭湖は秋の真っただ中で日が暮れていく。
人隨鴻雁少,江共蒹葭遠。
ひとは大鳥や雁と同じように秋になって少なくなってしいるのだろう。湘江は葭とともにはるかとおくなっている。
曆曆餘所經,悠悠子當返。
月日を漫然と私の門下で儒者としての道をすごしてきたけれど、こうして、君ははるか遠い先に帰っていくのだ。
孤游懷耿介,旅宿夢婉娩。
独り行く旅人として孤独であっても堅く志を守っていってほしいと思うのであるが、旅先の宿では、艶めかし事は夢の中だけにしておくことだね。
風土稍殊音,魚蝦日異飯。
気候風土が違うと言葉も違っているものだ、魚やエビについても毎日違った食べ物を食べるということになるのだ。
親交俱在此,誰與同息偃。

今この宴席においては共に腹を割って親交を深めるのであり、談議、団欒は誰でも君に対して同じようにするものである。

湖南の李正字が帰るを送る
長沙【ちょうさ】楚の深きに入り、洞庭【どうてい】秋の晩【おそ】きに値ふ。
人は鴻雁【こうがん】に随って少に、江は蒹葭【けんか】と共に遠し。
歴歴【れきれき】として余が経し所、悠悠【ゆうゆう】として子【きみ】當【まさ】に返るべし。
孤游【こゆう】 耿介【こうかい】を懐き、旅宿 夢 婉娩【えんばん】たらん。
風土は稍【やや】に音を殊【こと】にし、魚蝦【ぎょか】は日びに飯を異にせむ。
親交 俱に 此に在り、誰と與【とも】にか息偃【そくえん】を同じうせむ。


韓愈の地図01

現代語訳と訳註
(本文)
送湖南李正字歸
長沙入楚深,洞庭值秋晚。
人隨鴻雁少,江共蒹葭遠。
曆曆餘所經,悠悠子當返。
孤游懷耿介,旅宿夢婉娩。
風土稍殊音,魚蝦日異飯。
親交俱在此,誰與同息偃。


(下し文)
湖南の李正字が帰るを送る
長沙【ちょうさ】楚の深きに入り、洞庭【どうてい】秋の晩【おそ】きに値ふ。
人は鴻雁【こうがん】に随って少に、江は蒹葭【けんか】と共に遠し。
歴歴【れきれき】として余が経し所、悠悠【ゆうゆう】として子【きみ】當【まさ】に返るべし。
孤游【こゆう】 耿介【こうかい】を懐き、旅宿 夢 婉娩【えんばん】たらん。
風土は稍【やや】に音を殊【こと】にし、魚蝦【ぎょか】は日びに飯を異にせむ。
親交 俱に 此に在り、誰と與【とも】にか息偃【そくえん】を同じうせむ。


(現代語訳)
洞庭湖を南下して湘江に入っていくと長沙があり、そこは江南の楚地方の深く入ったところとなる。洞庭湖は秋の真っただ中で日が暮れていく。
ひとは大鳥や雁と同じように秋になって少なくなってしいるのだろう。湘江は葭とともにはるかとおくなっている。
月日を漫然と私の門下で儒者としての道をすごしてきたけれど、こうして、君ははるか遠い先に帰っていくのだ。
独り行く旅人として孤独であっても堅く志を守っていってほしいと思うのであるが、旅先の宿では、艶めかし事は夢の中だけにしておくことだね。
気候風土が違うと言葉も違っているものだ、魚やエビについても毎日違った食べ物を食べるということになるのだ。
今この宴席においては共に腹を割って親交を深めるのであり、談議、団欒は誰でも君に対して同じようにするものである。


(訳注)
送湖南李正字歸
 洞庭湖。
李正字 李生則の子。韓愈の門下。

長沙入楚深,洞庭值秋晚。
洞庭湖を南下して湘江に入っていくと長沙があり、そこは江南の楚地方の深く入ったところとなる。洞庭湖は秋の真っただ中で日が暮れていく。
長沙 春秋戦国時代には楚国に属し、成王のとき黔中郡が置かれたことに始まる。秦代に秦36郡のひとつとして長沙郡が設置されている。漢代初には呉芮を封じて臨湘県を都とする長沙王国が設置され、5代46年間続いた。長沙王国の相である軑侯利蒼一族の墓所として有名な馬王堆漢墓を今に伝える。隋唐代から清末にかけて潭州の中心として発展した。
 楚(そ)は、中国の王朝名、地名。地名としての楚は、現在の湖南省・湖北省を指す。


人隨鴻雁少,江共蒹葭遠。
ひとは大鳥や雁と同じように秋になって少なくなってしいるのだろう。湘江は葭とともにはるかとおくなっている。
鴻雁 おおとりと雁。おおとりは雁に似て大形の鳥。
蒹葭 ひめよし。


曆曆餘所經,悠悠子當返。
月日を漫然と私の門下で儒者としての道をすごしてきたけれど、こうして、君ははるか遠い先に帰っていくのだ。
・歴歴 分明のさま、また行列のさま。次々に並ぶさまや明白なさま。曆曆は月日を漫然と過ごしていったことをいう。


孤游懷耿介,旅宿夢婉娩。
独り行く旅人として孤独であっても堅く志を守っていってほしいと思うのであるが、旅先の宿では、艶めかし事は夢の中だけにしておくことだね。
孤訪 ひとりたび。
耿介 堅く志を守ること、転じて孤独なこと。
・婉娩 しなやかなさま。まとわりつくさま。ここではふるさとのことなどが夢の中にまといついてくることを指す。


風土稍殊音,魚蝦日異飯。
気候風土が違うと言葉も違っているものだ、魚やエビについても毎日違った食べ物を食べるということになるのだ。
殊音 こと.ほがちがち㌔
魚蝦 魚やえび。
異飯 食べものがかわる。


親交俱在此,誰與同息偃。
今この宴席においては共に腹を割って親交を深めるのであり、談議、団欒は誰でも君に対して同じようにするものである。
息偃 だんらん。偃息する。

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送湖南李正字歸 韓退之(韓愈)詩<92>Ⅱ中唐詩491 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1552


送湖南李正字歸 韓愈 唐詩
   底本巻四

送湖南李正字歸
長沙入楚深,洞庭值秋晚。
人隨鴻雁少,江共蒹葭遠。
曆曆餘所經,悠悠子當返。
孤游懷耿介,旅宿夢婉娩。
風土稍殊音,魚蝦日異飯。
親交俱在此,誰與同息偃。


元和四年八〇九六月、韓愈は、国子博士から都官員外郎に転任し、ひきつづき洛陽に勤務していた。都官は刑獄をつかさどる。長官は郎中で、員外邸はそのすぐ下であるから、地位としては悪くほない。けれども、仕事は、かれにとって好もしいものではなかった。かれは、その仕事場で、孤独を感ずることがあったのではないか。ふしぎにデリケイトな味わいをもった「晩菊」の詩は、たぶん、このころの作品であろう。「湖南の李正字の帰るを送る」もまた、都官員外郎時代の作品だが、送別の宴でかれが書いた散文「湖南の李正字を送る序」は、この時代のかれの感情をよくえがいており、送詩を説明してもいるので引いておこう。

送湖南李正字序
貞元中,愈從太傅隴西公平汴州,李生之尊府以侍禦史管汴之鹽鐵,日為酒殺羊享賓客,李生則尚與其弟學讀書,習文辭,以舉進士為業。愈於太傅府年最少,故得交李生父子間。

公薨軍亂,軍司馬從事皆死,侍禦亦被讒為民日南。其後五年,愈又貶陽山令,今愈以都官郎守東都省,侍禦自衡州刺史為親王長史,亦留此掌其府事。

李生自湖南從事請告來覲。於時太傅府之士,惟愈與河南司錄周君巢獨存,其外則李氏父子,相與為四人。離十三年,幸而集處,得燕而舉一觴相屬,此天也,非人力也。

侍禦與周君,於今為先輩成德,李生溫然為君子,有詩八百篇,傳詠於時。惟愈也業不益進,行不加修,顧惟未死耳。往拜侍禦,謁周君,抵李生,退未嚐不發愧也。

往時侍禦有無盡費於朋友,及今則又不忍其三族之寒饑,聚而館之,疏遠畢至,祿不足以養。李生雖欲不從事於外,其勢不可得已也。

重李生之還者皆為詩,愈最故,故又為序雲。

現代語訳
貞元中,愈從太傅隴西公平汴州,李生之尊府以侍禦史管汴之鹽鐵,日為酒殺羊享賓客,李生則尚與其弟學讀書,習文辭,以舉進士為業。愈於太傅府年最少,故得交李生父子間。
貞元中、わたしは太傳隴西公が宜武節度使として汴州に赴任されたとき、その属僚となった。李君のご尊父は侍御史として汴州の塩と鉄とを管理しておられたが、日々、酒を準備し、羊をつぶして、お客を接待されたものだった。李君はというと、まだ弟さんといっしょに、読書をまなび、文章をならって、進士の受験勉強中だった。わたしは、太侍の役所ではもっとも年少だった。だから李君の父子おふたりと交際することができたのだ。

公薨軍亂,軍司馬從事皆死,侍禦亦被讒為民日南。其後五年,愈又貶陽山令,今愈以都官郎守東都省,侍禦自衡州刺史為親王長史,亦留此掌其府事。
公が死去されると軍は乱れ、軍の司馬も従事もみな死んでしまった。侍御もまた讒言され、日南地方に流された。その後五年、わたしもまた陽山の令に貶められた。いま、わたしは都官郎の職で洛陽勤務となり、侍御は衡州刺史から、親王の長史となって、またこの他に滞在し、府の仕事をやっていらっしゃる。

李生自湖南從事請告來覲。於時太傅府之士,惟愈與河南司錄周君巢獨存,其外則李氏父子,相與為四人。離十三年,幸而集處,得燕而舉一觴相屬,此天也,非人力也。
李生は湖南の従事をしていたが、休暇をもらって、洛陽におとうさんの見舞いにやってこられた。このとき太傳の府にいたひとでは、ただわたしと河南司録の周愿君だけがのこっていて、そのほかでは李君父子だけ、あわせて四人なのだ。十三年間も離れはなれになっていて、さいわいこうして集い、宴をひらいて一献かわす。これは天のはからいであって、人間の力でできることではない。

侍禦與周君,於今為先輩成德,李生溫然為君子,有詩八百篇,傳詠於時。惟愈也業不益進,行不加修,顧惟未死耳。往拜侍禦,謁周君,抵李生,退未嚐不發愧也。

侍御と周君とは、今こそいよいよ先輩として、あおぐべき徳をつまれた。李君はおっとりとした君子で、その詩八百篇は、ひとびとに伝称されている。わたしばかりは、学業は一向すすまず、といって、何一つ仕事らしい仕事をしたわけでもない。かえりみて、ただ死ななかったというだけのこと。侍御におめにかかり、周君にお会いし、李君をたずねて帰ってくると、はずかしくなって、顔のあからまないこととてはないのだ。

往時侍禦有無盡費於朋友,及今則又不忍其三族之寒饑,聚而館之,疏遠畢至,祿不足以養。李生雖欲不從事於外,其勢不可得已也。
むかしは、侍御がどんなに朋友のためにつくされても、その範囲はさほどでもなく、従って、それで経済的にどうこういうことはなかったようだ。ところが、今の地位になられると、親戚縁者の困っているひとたちをほおっておくこともできず、集めて家族同様にめんどうをみていらっしゃるので、疎遠だったひとたちまで、みなやって来て、さすがの御俸禄でも、なかなかの負担だ。こうなると、李君が、家を外にしての仕事につきたくなくとも、そうせずにはすまないのだ。

重李生之還者皆為詩,愈最故,故又為序雲。
李君が勤務先に帰られるにあたって、知友みな詩をつくっておくることとした。わたしは、君ともっとも親しいので、序文を書くこととなった。


doteiko012
送湖南李正字歸
長沙入楚深,洞庭值秋晚。
洞庭湖を南下して湘江に入っていくと長沙があり、そこは江南の楚地方の深く入ったところとなる。洞庭湖は秋の真っただ中で日が暮れていく。
人隨鴻雁少,江共蒹葭遠。
ひとは大鳥や雁と同じように秋になって少なくなってしいるのだろう。湘江は葭とともにはるかとおくなっている。
曆曆餘所經,悠悠子當返。
月日を漫然と私の門下で儒者としての道をすごしてきたけれど、こうして、君ははるか遠い先に帰っていくのだ。
孤游懷耿介,旅宿夢婉娩。
独り行く旅人として孤独であっても堅く志を守っていってほしいと思うのであるが、旅先の宿では、艶めかし事は夢の中だけにしておくことだね。
風土稍殊音,魚蝦日異飯。
気候風土が違うと言葉も違っているものだ、魚やエビについても毎日違った食べ物を食べるということになるのだ。
親交俱在此,誰與同息偃。

今この宴席においては共に腹を割って親交を深めるのであり、談議、団欒は誰でも君に対して同じようにするものである。

湖南の李正字が帰るを送る
長沙【ちょうさ】楚の深きに入り、洞庭【どうてい】秋の晩【おそ】きに値ふ。
人は鴻雁【こうがん】に随って少に、江は蒹葭【けんか】と共に遠し。
歴歴【れきれき】として余が経し所、悠悠【ゆうゆう】として子【きみ】當【まさ】に返るべし。
孤游【こゆう】 耿介【こうかい】を懐き、旅宿 夢 婉娩【えんばん】たらん。
風土は稍【やや】に音を殊【こと】にし、魚蝦【ぎょか】は日びに飯を異にせむ。
親交 俱に 此に在り、誰と與【とも】にか息偃【そくえん】を同じうせむ。


韓愈の地図01

現代語訳と訳註
(本文)
送湖南李正字歸
長沙入楚深,洞庭值秋晚。
人隨鴻雁少,江共蒹葭遠。
曆曆餘所經,悠悠子當返。
孤游懷耿介,旅宿夢婉娩。
風土稍殊音,魚蝦日異飯。
親交俱在此,誰與同息偃。


(下し文)
湖南の李正字が帰るを送る
長沙【ちょうさ】楚の深きに入り、洞庭【どうてい】秋の晩【おそ】きに値ふ。
人は鴻雁【こうがん】に随って少に、江は蒹葭【けんか】と共に遠し。
歴歴【れきれき】として余が経し所、悠悠【ゆうゆう】として子【きみ】當【まさ】に返るべし。
孤游【こゆう】 耿介【こうかい】を懐き、旅宿 夢 婉娩【えんばん】たらん。
風土は稍【やや】に音を殊【こと】にし、魚蝦【ぎょか】は日びに飯を異にせむ。
親交 俱に 此に在り、誰と與【とも】にか息偃【そくえん】を同じうせむ。


(現代語訳)
洞庭湖を南下して湘江に入っていくと長沙があり、そこは江南の楚地方の深く入ったところとなる。洞庭湖は秋の真っただ中で日が暮れていく。
ひとは大鳥や雁と同じように秋になって少なくなってしいるのだろう。湘江は葭とともにはるかとおくなっている。
月日を漫然と私の門下で儒者としての道をすごしてきたけれど、こうして、君ははるか遠い先に帰っていくのだ。
独り行く旅人として孤独であっても堅く志を守っていってほしいと思うのであるが、旅先の宿では、艶めかし事は夢の中だけにしておくことだね。
気候風土が違うと言葉も違っているものだ、魚やエビについても毎日違った食べ物を食べるということになるのだ。
今この宴席においては共に腹を割って親交を深めるのであり、談議、団欒は誰でも君に対して同じようにするものである。


(訳注)
送湖南李正字歸
 洞庭湖。
李正字 李生則の子。韓愈の門下。
 

長沙入楚深,洞庭值秋晚。
洞庭湖を南下して湘江に入っていくと長沙があり、そこは江南の楚地方の深く入ったところとなる。洞庭湖は秋の真っただ中で日が暮れていく。
長沙 春秋戦国時代には楚国に属し、成王のとき黔中郡が置かれたことに始まる。秦代に秦36郡のひとつとして長沙郡が設置されている。漢代初には呉芮を封じて臨湘県を都とする長沙王国が設置され、5代46年間続いた。長沙王国の相である軑侯利蒼一族の墓所として有名な馬王堆漢墓を今に伝える。隋唐代から清末にかけて潭州の中心として発展した。
 楚(そ)は、中国の王朝名、地名。地名としての楚は、現在の湖南省・湖北省を指す。


人隨鴻雁少,江共蒹葭遠。
ひとは大鳥や雁と同じように秋になって少なくなってしいるのだろう。湘江は葭とともにはるかとおくなっている。
鴻雁 おおとりと雁。おおとりは雁に似て大形の鳥。
蒹葭 ひめよし。


曆曆餘所經,悠悠子當返。
月日を漫然と私の門下で儒者としての道をすごしてきたけれど、こうして、君ははるか遠い先に帰っていくのだ。
・歴歴 分明のさま、また行列のさま。次々に並ぶさまや明白なさま。曆曆は月日を漫然と過ごしていったことをいう。


孤游懷耿介,旅宿夢婉娩。
独り行く旅人として孤独であっても堅く志を守っていってほしいと思うのであるが、旅先の宿では、艶めかし事は夢の中だけにしておくことだね。
孤訪 ひとりたび。
耿介 堅く志を守ること、転じて孤独なこと。
・婉娩 しなやかなさま。まとわりつくさま。ここではふるさとのことなどが夢の中にまといついてくることを指す。


風土稍殊音,魚蝦日異飯。
気候風土が違うと言葉も違っているものだ、魚やエビについても毎日違った食べ物を食べるということになるのだ。
殊音 こと.ほがちがち㌔
魚蝦 魚やえび。
異飯 食べものがかわる。


親交俱在此,誰與同息偃。
今この宴席においては共に腹を割って親交を深めるのであり、談議、団欒は誰でも君に対して同じようにするものである。
息偃 だんらん。偃息する。


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晩菊 韓退之(韓愈)詩<91>Ⅱ中唐詩490 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1549


晚菊(唐•韓愈)
少年飲酒時,踊躍見菊花。
青年のころの酒をのんだ時の事であるが、飲んで、踊り、飛び上がって、躍り、菊の花を見たものだ。
今來不復飲,每見恒咨嗟。
しかし最近ではもう酒を飲むことがなく、見るたびに いつも「ああ」となげくのだ。
佇立摘滿手,行行把歸家。
たたずんでは摘み、手にいっぱいにするのである、あちらにいって、こちらにもゆき、そして束ねて家に帰えるのである。
此時無與語,棄置奈悲何。

このとき菊を見るのに共に語りあうひとがいないのだ、菊の束をすててしまうことは悲しみをどうしていいかわからないのである。(日が短い、晩秋、衰えてきた、悲愁の秋となったのだ。)
少年にして酒を飲みし時、踊躍【ようやく】して菊花【きくか】を見き。
今来【きんらい】復た飲まず、見る毎【ごと】に恒【つね】に咨嗟【しさ】す。
佇立【ちょりつ】して摘みて手に満ち、行き行きて把りて家に歸る。
此の時 興【とも】に語る無し、棄置【きち】せば悲を奈何【いかん】せん。

晩菊002

現代語訳と訳註
(本文)
晚菊
少年飲酒時,踊躍見菊花。
今來不復飲,每見恒咨嗟。
佇立摘滿手,行行把歸家。
此時無與語,棄置奈悲何。


(下し文)
少年にして酒を飲みし時、踊躍【ようやく】して菊花【きくか】を見き。
今来【きんらい】復た飲まず、見る毎【ごと】に恒【つね】に咨嗟【しさ】す。
佇立【ちょりつ】して摘みて手に満ち、行き行きて把りて家に歸る。
此の時 興【とも】に語る無し、棄置【きち】せば悲を奈何【いかん】せん。


(現代語訳)
青年のころの酒をのんだ時の事であるが、飲んで、踊り、飛び上がって、躍り、菊の花を見たものだ。
しかし最近ではもう酒を飲むことがなく、見るたびに いつも「ああ」となげくのだ。
たたずんでは摘み、手にいっぱいにするのである、あちらにいって、こちらにもゆき、そして束ねて家に帰えるのである。
このとき菊を見るのに共に語りあうひとがいないのだ、菊の束をすててしまうことは悲しみをどうしていいかわからないのである。(日が短い、晩秋、衰えてきた、悲愁の秋となったのだ。)


 (訳注)
晚菊

韓愈、底本巻四。おくれ咲きの菊。菊を愛した東晉詩人陶淵明の境地を味わっているのだろうか。陶淵明の隠遁者の雰囲気は全くない、韓愈らしい教育者が一歳とって若者に現在の心境を詠ったものである。


少年飲酒時,踊躍見菊花。
青年のころの酒をのんだ時の事であるが、飲んで、踊り、飛び上がって、躍り、菊の花を見たものだ。
少年 年少。ここではこどもというのではなく、若いころ、というほどの意。
踊躍 おどりあがる。菊を見ると、うれしくなって、おどりまわったものだ、というのである。


今來不復飲,每見恒咨嗟。
しかし最近ではもう酒を飲むことがなく、見るたびに いつも「ああ」となげくのだ。
・今来 このごろ。最近では。
・咨嗟 なげく。「ああ」となげく。


佇立摘滿手,行行把歸家。
たたずんでは摘み、手にいっぱいにするのである、あちらにいって、こちらにもゆき、そして束ねて家に帰えるのである。
佇立 たたずむ。
摘満手 手にいっぱいになるまでつむ(・行行把帰家 あちらこちらへ行ったが、そのゆく先々で、とった菊を上げるべき人もなく、といって、その菊を棄てさることもできず、手にもったままで帰るという意。


此時無與語,棄置奈悲何。
このとき菊を見るのに共に語りあうひとがいないのだ、菊の束をすててしまうことは悲しみをどうしていいかわからないのである。(日が短い、晩秋、衰えてきた、悲愁の秋となったのだ。)
棄置 これは、つんだ菊を棄てる、というのではなく、おくれ咲きの菊を見すててつみもしなかったならば、というのであろう。
奈悲何 咲き残って、衰えようとする菊の花のほかに、語るものさえないかなしみを、躍りあがって咲き盛る花にたわむれた日のおのれを背景にして、じっとーみつめているのである。



晚菊(唐•韓愈)
少年飲酒時,踊躍見菊花。
今來不復飲,每見恒咨嗟。
佇立摘滿手,行行把歸家。
此時無與語,棄置奈悲何。

少年にして酒を飲みし時、踊躍【ようやく】して菊花【きくか】を見き。
今来【きんらい】復た飲まず、見る毎【ごと】に恒【つね】に咨嗟【しさ】す。
佇立【ちょりつ】して摘みて手に満ち、行き行きて把りて家に歸る。
此の時 興【とも】に語る無し、棄置【きち】せば悲を奈何【いかん】せん。


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新竹 韓退之(韓愈)詩<90>#2Ⅱ中唐詩488 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1543

 
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新竹 韓退之(韓愈)詩<90>#2Ⅱ中唐詩488 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1543


新竹#1 
筍添南階竹,日日成清閟。
たけのこはのびて御陵の南側の階段に竹を添えている。日日に伸び、清らかな静けさと閉じられた中の静かさを加えてゆく。
縹節已儲霜,黄苞猶掩翠。
青竹の節はすでに霜のように白い粉をふきはじめているが、黄色のたけのこの皮はいまだにその翠の肌をおおいかくしている。
出欄抽五六,當戶羅三四。
五、六本はすでに欄干をこえて抜きん出ているし、三、四本は戸口にならんでいる。
高標陵秋嚴,貞色奪春媚。
高く抜きん出ている姿は、秋のきびしさを凌ぐものであり、季節が変わっても変わらぬ靑色は春のなまめかしさをひとりじめにする。

#2
稀生巧補林,並出疑爭地。
すこしだけ生えたのが竹林のすきまをうまくふさいでいる、ならび出たところは縄張り争いをしているのかと疑いたくなる。
縱横乍依行,爛熳忽無次。
縦横に伸びており、たちまち列をつくりだしている、さかんであふれひろがり、やがて順序もなにも なくなってしまう。
風枝未飄吹,露粉先涵淚。
風にあたって枝はいまだひるがえすほどの葉がでてはいない、青竹の露と粉ふく幹はしとどに涙をながしているようだ。
何人可擕玩,清景空瞪視。
いったいどんな人が、どれだけのひとが、たずさえて もてあそぶことになるのだろう、清らかなこの景色を むなしくまじまじと見つめるはかりである。

筍【じゅん】は添へ南階の竹、日日 清閟【せいひ】を成す。
縹節【ひょうせつ】は己に霜を儲【たくわ】へ、黄苞【こうほう】は猶お翠を掩【おお】う。
欄を出でて五六を抽【ぬ】き、戸に当たって三四を羅【つら】ぬ。
高標【こうひょう】秋を陵【しの】いで厳たり、貞色 【ていしょく】春を奪って媚【こ】ぶ。
稀に生じたるは巧に林を補ひ、併せ出でたるは地を爭ふかと疑ふ。
縦横 乍【たちま】ち行に依り、爛漫【らんまん】 忽【たちま】ち次無し。
風枝は未だ吹を飄【ひるがえ】さず、露粉【ろふん】は先づ涙を涵【うるお】す。
何人か擕【たずさ】へ 翫【もてあそ】ぶべき、清景 空しく瞪視【とうし】す。

真竹002

現代語訳と訳註
(本文)
#2
稀生巧補林,並出疑爭地。
縱横乍依行,爛熳忽無次。
風枝未飄吹,露粉先涵淚。
何人可擕玩,清景空瞪視。


(下し文)
稀に生じたるは巧に林を補ひ、併せ出でたるは地を爭ふかと疑ふ。
縦横 乍【たちま】ち行に依り、爛漫【らんまん】 忽【たちま】ち次無し。
風枝は未だ吹を飄【ひるがえ】さず、露粉【ろふん】は先づ涙を涵【うるお】す。
何人か擕【たずさ】へ 翫【もてあそ】ぶべき、清景 空しく瞪視【とうし】す。


(現代語訳)
すこしだけ生えたのが竹林のすきまをうまくふさいでいる、ならび出たところは縄張り争いをしているのかと疑いたくなる。
縦横に伸びており、たちまち列をつくりだしている、さかんであふれひろがり、やがて順序もなにも なくなってしまう。
風にあたって枝はいまだひるがえすほどの葉がでてはいない、青竹の露と粉ふく幹はしとどに涙をながしているようだ。
いったいどんな人が、どれだけのひとが、たずさえて もてあそぶことになるのだろう、清らかなこの景色を むなしくまじまじと見つめるはかりである。


(訳注) #2
稀生巧補林,並出疑爭地。

すこしだけ生えたのが竹林のすきまをうまくふさいでいる、ならび出たところは縄張り争いをしているのかと疑いたくなる。


縱横乍依行,爛熳忽無次。
縦横に伸びており、たちまち列をつくりだしている、さかんであふれひろがり、やがて順序もなにも なくなってしまう。
爛熳 繁茂した, うっそうとしたさま。光り輝くさま。さかんであふれるさま。きえちらばるさま。


風枝未飄吹,露粉先涵淚。
風にあたって枝はいまだひるがえすほどの葉がでてはいない、青竹の露と粉ふく幹はしとどに涙をながしているようだ。


何人可擕玩,清景空瞪視。
いったいどんな人が、どれだけのひとが、たずさえて もてあそぶことになるのだろう、清らかなこの景色を むなしくまじまじと見つめるはかりである。


新竹 韓退之(韓愈)詩<90>#1Ⅱ中唐詩488 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1543

 
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新竹 韓退之(韓愈)詩<90>#1Ⅱ中唐詩488 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1543


新竹#1 
筍添南階竹,日日成清閟。
たけのこはのびて御陵の南側の階段に竹を添えている。日日に伸び、清らかな静けさと閉じられた中の静かさを加えてゆく。
縹節已儲霜,黄苞猶掩翠。
青竹の節はすでに霜のように白い粉をふきはじめているが、黄色のたけのこの皮はいまだにその翠の肌をおおいかくしている。
出欄抽五六,當戶羅三四。
五、六本はすでに欄干をこえて抜きん出ているし、三、四本は戸口にならんでいる。
高標陵秋嚴,貞色奪春媚。
高く抜きん出ている姿は、秋のきびしさを凌ぐものであり、季節が変わっても変わらぬ靑色は春のなまめかしさをひとりじめにする。
#2
稀生巧補林,並出疑爭地。
縱横乍依行,爛熳忽無次。
風枝未飄吹,露粉先涵淚。
何人可擕玩,清景空瞪視。

筍【じゅん】は添へ南階の竹、日日 清閟【せいひ】を成す。
縹節【ひょうせつ】は己に霜を儲【たくわ】へ、黄苞【こうほう】は猶お翠を掩【おお】う。
欄を出でて五六を抽【ぬ】き、戸に当たって三四を羅【つら】ぬ。
高標【こうひょう】秋を陵【しの】いで厳たり、貞色 【ていしょく】春を奪って媚【こ】ぶ。
稀に生じたるは巧に林を補ひ、併せ出でたるは地を爭ふかと疑ふ。
縦横 乍【たちま】ち行に依り、爛漫【らんまん】 忽【たちま】ち次無し。
風枝は未だ吹を飄【ひるがえ】さず、露粉【ろふん】は先づ涙を涵【うるお】す。
何人か擕【たずさ】へ 翫【もてあそ】ぶべき、清景 空しく瞪視【とうし】す。


現代語訳と訳註
(本文)
新竹#1 
筍添南階竹,日日成清閟。
縹節已儲霜,黄苞猶掩翠。
出欄抽五六,當戶羅三四。
高標陵秋嚴,貞色奪春媚。


(下し文)
筍【じゅん】は添へ南階の竹、日日 清閟【せいひ】を成す。
縹節【ひょうせつ】は己に霜を儲【たくわ】へ、黄苞【こうほう】は猶お翠を掩【おお】う。
欄を出でて五六を抽【ぬ】き、戸に当たって三四を羅【つら】ぬ。
高標【こうひょう】秋を陵【しの】いで厳たり、貞色 【ていしょく】春を奪って媚【こ】ぶ。


(現代語訳)
たけのこはのびて御陵の南側の階段に竹を添えている。日日に伸び、清らかな静けさと閉じられた中の静かさを加えてゆく。
青竹の節はすでに霜のように白い粉をふきはじめているが、黄色のたけのこの皮はいまだにその翠の肌をおおいかくしている。
五、六本はすでに欄干をこえて抜きん出ているし、三、四本は戸口にならんでいる。
高く抜きん出ている姿は、秋のきびしさを凌ぐものであり、季節が変わっても変わらぬ靑色は春のなまめかしさをひとりじめにする。


(訳注)
新竹
#1 
全唐詩 卷339_22  、氏本巻四。
まだ、どこか、ひよわいところも残っているが、日ましにぐんぐんのびはびこる若竹のむれを、少年期から青年期に移ろうとする詩である。
豊かでもないのに、つねに門弟の数人を家に養い、食事の間もかれらを教え、また、かれらを官界に送り出す労を惜しまなかった。


筍添南階竹,日日成清閟。
たけのこはのびて御陵の南側の階段に竹を添えている。日日に伸び、清らかな静けさと閉じられた中の静かさを加えてゆく。
・南階 南に面した階段。
・清閟 清らかな静けさと閉じられた中の静かさをいう。『詩経』清廟之什「於穆清廟、粛雝顕相。」祖霊祭祀を中心とした歌。「清静清也。」「清静寂也。」『詩経』の「閟宮」(ひきゅう)の神楽歌「閟宮有侐、実実枚枚。」「閟閑也。」  


縹節已儲霜,黄苞猶掩翠。
青竹の節はすでに霜のように白い粉をふきはじめているが、黄いろいたけのこの皮はいまだにその翠の肌をおおいかくしている。
・縹節 縹(はなだ)もしくは縹色(花田色、はなだいろ)とは、明度が高い薄青色のこと。後漢時代の辞典によると「縹」は「漂」(薄青色)と同義であるとある。花色、月草色、千草色、露草色などの別名があり、すなわち青白色の、竹の節。
・黄苞 きいろい竹の皮。


出欄抽五六,當戶羅三四。
五、六本はすでに欄干をこえて抜きん出ているし、三、四本は戸口にならんでいる。


高標陵秋嚴,貞色奪春媚。
高く抜きん出ている姿は、秋のきびしさを凌ぐものであり、季節が変わっても変わらぬ靑色は春のなまめかしさをひとりじめにする。
高標 高く抜きん出ている。
貞色 さだまった色。青は五行で春である。

送李翺 韓退之(韓愈)詩<89-#2>Ⅱ中唐詩487 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1540

 
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送李翺 韓退之(韓愈)詩<89-#2>Ⅱ中唐詩487 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1540


送李翺 韓愈
<李翺を送別する>
題注:翺娶愈兄弇之女,與愈善。
李翺に韓愈が兄韓弇の娘を娶らせている、李翺は韓愈の愛弟子である。
楊於陵爲廣州刺史,表翶佐其府。

戸部侍郎の楊於陵が広州刺史嶺南節度使に任ぜられた。李翺は楊の幕府を副官として助けることになった。
廣州萬里途,山重江逶迤。
廣州への道は果てしなく遠く万里のかなたである。山は幾重にも連なり長江の流れを曲り曲がって遙か先である。
行行何時到,誰能定歸期。
(私が陽山にむかうときもそうだった。)行進し、更にまた行く、一体いつ着くのだろうという感じであり、まして誰が帰って來る日の約束をすることが出来ようか。
揖我出門去,顏色異恒時。
私に挨拶をして門を出て行こうとしている、愛弟子の顔色がいつもの色とは違って見える。

雖云有追送,足跡絕自茲。
ここにおいて見送るひとはいること居るというものではあるけれども、互いの足取りについては今日かぎりで通い合うことはないのだ。
人生一世間,不自張與弛。
人の生き方というものは一生の間貫くものである。その中では緊張と弛緩とを経験しないわけにはゆかないのだ。
譬如浮江木,縱橫豈自知。
たとえば人生は大江に浮かぶ木のようなものであるし、身を縦にしたり、横にすることもどうして自分でしたいようになるというのであろうか
寧懷別時苦,勿作別後思

その中でむしろ、別れの時の苦しみはやむをえないことであるし、勿論、大切なことは別れの後にいつまでもくよくよ思わないことである。
廣州【こうしゅう】萬里の途【みち】、山は重なり 江は逶迤【きい】たり。
行き行きて何れの時にか到らむ、誰か能く歸期【きき】を定めむや。
我に揖【いつ】して門を出で去くとき、顔色 恒【つね】の時に異れり。

追送【ついそう】有りと云ふと雄も、足跡 茲【これ】より絶えむ。
人 生れて一世【いつせ】の間、張と施とに自らざらむや。
譬【たと】へば江に浮べる木の如し、縱橫 豈に自ら知らむや。
寧ろ別時の苦を懐【いだ】くとも、別後の思を作すこと勿れ。


現代語訳と訳註
(本文)

雖云有追送,足跡絕自茲。
人生一世間,不自張與弛。
譬如浮江木,縱橫豈自知。
寧懷別時苦,勿作別後思。


(下し文)
追送【ついそう】有りと云ふと雄も、足跡 茲【これ】より絶えむ。
人 生れて一世【いつせ】の間、張と施とに自らざらむや。
譬【たと】へば江に浮べる木の如し、縱橫 豈に自ら知らむや。
寧ろ別時の苦を懐【いだ】くとも、別後の思を作すこと勿れ。


(現代語訳)
ここにおいて見送るひとはいること居るというものではあるけれども、互いの足取りについては今日かぎりで通い合うことはないのだ。
人の生き方というものは一生の間貫くものである。その中では緊張と弛緩とを経験しないわけにはゆかないのだ。
たとえば人生は大江に浮かぶ木のようなものであるし、身を縦にしたり、横にすることもどうして自分でしたいようになるというのであろうか
その中でむしろ、別れの時の苦しみはやむをえないことであるし、勿論、大切なことは別れの後にいつまでもくよくよ思わないことである。


(訳注)
雖云有追送,足跡絕自茲。
ここにおいて見送るひとはいること居るというものではあるけれども、互いの足取りについては今日かぎりで通い合うことはないのだ。
・追送 みおくりの人。迫も送と同意。
・足跡 訪問者の足あと。


人生一世間,不自張與弛。
人の生き方というものは一生の間貫くものである。その中では緊張と弛緩とを経験しないわけにはゆかないのだ。
・張与施 緊張と弛緩。施は地と同義。


譬如浮江木,縱橫豈自知。
たとえば人生は大江に浮かぶ木のようなものであるし、身を縦にしたり、横にすることもどうして自分でしたいようになるというのであろうか


寧懷別時苦,勿作別後思。
その中でむしろ、別れの時の苦しみはやむをえないことであるし、勿論、大切なことは別れの後にいつまでもくよくよ思わないことである。
別後思 別れぬまえから、別れののちのかなしみが思われる。だが、そのかなしみを断って、おのれの仕事にうちこむのが、男性なのだ。そう、愛弟子をはげましているのである。李朝の顔色が恒の時と異なる、と見たのは、むしろ、愛弟子をはげましているのである。



李翺の顔色が通常の色と異なると見たのとは異なる、と見たのは、むしろ。愛弟子と姪を遠くへやる韓愈の心がいつもより湿っていたからかもしれない。
別後の思いをなすことなかれ、と言い放ちながら、かえって、ふきあげてくる別後の思いが「寧ろ別後の苦を懐くとも」の句に溢れているような味わいの作である。作者が平安の境にのみ住んだひとならば、この結びの句はしらじらしく聞こえようが、自ら五嶺山脈を越え、南方の地で苦しみをなめたひとであるがゆえに、沈痛にひびくのである。


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送李翺 韓退之(韓愈)詩<89>Ⅱ中唐詩486 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1537

 
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送李翺 韓退之(韓愈)詩<89>Ⅱ中唐詩486 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1537


唐代は一概に仏教隆盛の時代であったが、その中にあって儒教回帰を唱えたのが、韓愈や李翺たちである。韓愈は著書『原道』で、尭舜から孔子・孟子まで絶えることなく伝授された仁義の「道」こそ仏教・道教の道に取って代わられるべきものだと主張している。李翺は『復性書』において「性」は本来的に善であり、その性に復することで聖人になれるとした。その復性の教えは孔子から伝えられて子思が『中庸』47篇にまとめ、孟子に伝えられたが、秦の焚書坑儒によって失われ、道教・仏教が隆盛するにいたったのだと主張している。彼らの「道」の伝授に関する系統論は宋代の道統論の先駆けとなった。彼らは文学史上、古文復興運動の担い手であるが、古文運動家のいわゆる「文」とは「載道」(道を載せる)の道具であり、文章の字面ではなく、そこに込められた道徳的な精神こそが重要であるとして経文の一字一句にこだわる注疏の学をも批判した。このことが宋代の新しい経学を生む要因の一つとなった。

韓愈の地図03

送李翺 韓愈
<李翺を送別する>
題注:翺娶愈兄弇之女,與愈善。
<題の注釈>
李翺に韓愈が兄韓弇の娘を娶らせている、李翺は韓愈の愛弟子である。
楊於陵爲廣州刺史,表翶佐其府。

戸部侍郎の楊於陵が広州刺史嶺南節度使に任ぜられた。李翺は楊の幕府を副官として助けることになった。
廣州萬里途,山重江逶迤。
廣州への道は果てしなく遠く万里のかなたである。山は幾重にも連なり長江の流れを曲り曲がって遙か先である。
行行何時到,誰能定歸期。
(私が陽山にむかうときもそうだった。)行進し、更にまた行く、一体いつ着くのだろうという感じであり、まして誰が帰って來る日の約束をすることが出来ようか。
揖我出門去,顏色異恒時。

私に挨拶をして門を出て行こうとしている、愛弟子の顔色がいつもの色とは違って見える。
雖云有追送,足跡絕自茲。
人生一世間,不自張與弛。
譬如浮江木,縱橫豈自知。
寧懷別時苦,勿作別後思。

翺 愈の兄 弇【えん】の女【むすめ】を娶とる,愈の善に與【くわわ】る。
楊於陵は廣州刺史に爲く,翶 其府を佐くるを表す。

廣州【こうしゅう】萬里の途【みち】、山は重なり 江は逶迤【きい】たり。
行き行きて何れの時にか到らむ、誰か能く歸期【きき】を定めむや。
我に揖【いつ】して門を出で去くとき、顔色 恒【つね】の時に異れり。


追送【ついそう】有りと云ふと雄も、足跡 茲【これ】より絶えむ。
人 生れて一世【いつせ】の間、張と施とに自らざらむや。
譬【たと】へば江に浮べる木の如し、縱橫 豈に自ら知らむや。
寧ろ別時の苦を懐【いだ】くとも、別後の思を作すこと勿れ。



現代語訳と訳註
(本文)
送李翺 韓愈
題注:翺娶愈兄弇之女,與愈善。
楊於陵爲廣州刺史,表翶佐其府。

廣州萬里途,山重江逶迤。
行行何時到,誰能定歸期。
揖我出門去,顏色異恒時。


(下し文)
翺 愈の兄 弇【えん】の女【むすめ】を娶とる,愈の善に與【くわわ】る。
楊於陵は廣州刺史に爲く,翶 其府を佐くるを表す。

廣州【こうしゅう】萬里の途【みち】、山は重なり 江は逶迤【きい】たり。
行き行きて何れの時にか到らむ、誰か能く歸期【きき】を定めむや。
我に揖【いつ】して門を出で去くとき、顔色 恒【つね】の時に異れり。


(現代語訳)
<題の注釈>
李翺に韓愈が兄韓弇の娘を娶らせている、李翺は韓愈の愛弟子である。
戸部侍郎の楊於陵が広州刺史嶺南節度使に任ぜられた。李翺は楊の幕府を副官として助けることになった。
<李翺を送別する>
廣州への道は果てしなく遠く万里のかなたである。山は幾重にも連なり長江の流れを曲り曲がって遙か先である。
(私が陽山にむかうときもそうだった。)行進し、更にまた行く、一体いつ着くのだろうという感じであり、まして誰が帰って來る日の約束をすることが出来ようか。
私に挨拶をして門を出て行こうとしている、愛弟子の顔色がいつもの色とは違って見える。


(訳注)
送李翺
翺娶愈兄弇之女,與愈善。
李翺に韓愈が兄韓弇の娘を娶らせている、李翺は韓愈の愛弟子である。
送李翺 巻四。李 翺(り こう、772年 – 841年)は、唐代中国の文人。字は習之。西涼の武昭王李暠の子孫とも、北魏の尚書左僕射であった李沖の10世の孫とも伝えられる。韓愈の高弟であり、士を好むところが似ていた。人に一善一能ある時は必ず賞賛し、賢者を推挙する機会を常に求めていたという。
・翺娶愈兄弇之女,與愈善。 李翺は、韓愈が兄韓弇の娘を娶らせた愛弟子である。


楊於陵爲廣州刺史,表翶佐其府。
戸部侍郎の楊於陵が広州刺史嶺南節度使に任ぜられた。李翺は楊の幕府を副官として助けることになった。
表翶佐其府 元和三年、戸部侍郎の楊於陵が広州刺史嶺南節度使に任ぜられた。揚於陵は、李翺を副官としたいと乞うて許された。その年の十月、揚於陵の手紙をうけとった李翺は、翌四年正月、妻子をつれて任地にむかった。この詩は、その折につくられた。なお、李翺は、この旅行の出発から到着までのめんみつな日記、『来南録』をのこしていて、唐代地理上の貴重な文献とされている。


廣州萬里途,山重江逶迤。
廣州への道は果てしなく遠く万里のかなたである。山は幾重にも連なり長江の流れを曲り曲がって遙か先である。
広州 いまの広東省広州。韓愈も数年前に五嶺山脈を越えて広東省陽山の県令に赴任している
万里途 長安から広州までの距離は、『通典』によれば五千四百四十七里。(3138km).
三千里を超えると万里という表現になる。万里ははるかな距離をいうので、日本人的には五、六千里という表現になろうか。
逶迤 水流のまがりくねっているさま。


行行何時到,誰能定歸期。
(私が陽山にむかうときもそうだった。)行進し、更にまた行く、一体いつ着くのだろうという感じであり、まして誰が帰って來る日の約束をすることが出来ようか。


揖我出門去,顏色異恒時。
私に挨拶をして門を出て行こうとしている、愛弟子の顔色がいつもの色とは違って見える。


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洛橋晚望 Ⅶ孟郊(孟東野)詩<25>Ⅱ中唐詩485 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1534

 
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洛橋晚望 Ⅶ孟郊(孟東野)詩<25>Ⅱ中唐詩485 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1534


洛橋晚望(孟郊 唐詩)
天津橋下冰初結,洛陽陌上人行絕。
天が抜けるように寒くなっていく洛橋のたもとの船着き場に今年初めて氷が張って居る。落葉に向かう大通りに行き交う人が全くいない。
榆柳蕭疏樓閣閑,月明直見嵩山雪。

楡や柳の木々はすっかり落葉してさびしいものであり、そこにたたずむ樓閣も静かである。月は明るく照らしており、嵩山の雪は庭に出て率直に見上げるものである。(月夜には香爐峰ではないのだから部屋の中から簾を挙げてみるものではない)
天なる津【つ】橋の下【もと】に 冰 初めて結び,洛陽 陌に上る 人の行く絕ゆ。
榆柳【にれとやなぎ】蕭疏【しょうそ】して樓閣は閑【しずか】なり,月明るくして直ちに見る嵩山の雪。


現代語訳と訳註
(本文)

洛橋晚望
天津橋下冰初結,洛陽陌上人行絕。
榆柳蕭疏樓閣閑,月明直見嵩山雪。


(下し文)
洛橋で晚に望む
天なる津【つ】橋の下【もと】に 冰 初めて結び,洛陽 陌に上る 人の行く絕ゆ。
榆柳【にれとやなぎ】蕭疏【しょうそ】して樓閣は閑【しずか】なり,月明るくして直ちに見る嵩山の雪。


(現代語訳)
天が抜けるように寒くなっていく洛橋のたもとの船着き場に今年初めて氷が張って居る。落葉に向かう大通りに行き交う人が全くいない。
楡や柳の木々はすっかり落葉してさびしいものであり、そこにたたずむ樓閣も静かである。月は明るく照らしており、嵩山の雪は庭に出て率直に見上げるものである。(月夜には香爐峰ではないのだから部屋の中から簾を挙げてみるものではない)


(訳注)
洛橋晚望

・孟東野詩集卷376_16 
・孟郊(751~814),字東野。唐代詩人。諡は貞曜先生という。
・湖州武康(浙江省)の出身。狷介不羈で人嫌いのために、若い頃は河南省嵩山に隠れた。798年、50歳の時に三度目で進士に及第し、江蘇省溧陽の尉となった。一生不遇で、憲宗の時代に没する。
・洛陽で韓愈、盧仝らと韓愈の門下となる。この頃子供を亡くし韓愈との親交がさらに深まる。洛橋のたもとの樓閣で宴を持った時の作品。その時の勧誘の作品は以下である。
祖席 前字  韓愈
送王涯徙袁州刺史作
祖席洛橋邊,親交共黯然。
野晴山簇簇,霜曉菊鮮鮮。
書寄相思處,杯銜欲别前。
淮陽知不薄,終願早回船。
莎柵聯句
冰溪時咽絕,風櫪方軒舉。 -〈韓愈〉
此處不斷腸,定知無斷處。 -〈孟郊〉


天津橋下冰初結,洛陽陌上人行絕;
天が抜けるように寒くなっていく洛橋のたもとの船着き場に今年初めて氷が張って居る。落葉に向かう大通りに行き交う人が全くいない。
天津 橋のたもとに船着き場があり、寒空の船着き場というように解釈できる。
 洛橋,河南省洛陽西南にあって洛水に架した石橋。眼鏡橋で現在も一部断片が残っているが、隋の煬帝が作らせたもの。劉廷之『公子行』「天津橋下陽春水,天津橋上繁華子。馬聲廻合青雲外,人影搖動綠波裏。・・・・・・」(天津の橋下は陽春の水なり,天津の橋上は繁華の子なり。馬聲廻合して青雲の外,人影搖動して綠波の裏。・・・・・・)とあり、孟郊はこの詩を意識し、まったく真逆のシチュエーションを詠う。

参考: 公子行 劉希夷(劉廷芝)初唐詩人。公子行  劉希夷(劉廷芝) (1) 初唐
天津橋下陽春水,天津橋上繁華子。
馬聲廻合青雲外,人影搖動綠波裏。
綠波蕩漾玉爲砂,青雲離披錦作霞。
可憐楊柳傷心樹,可憐桃李斷腸花。
此日遨遊邀美女,此時歌舞入娼家。
娼家美女鬱金香,飛去飛來公子傍。
的的珠簾白日映,娥娥玉顏紅粉妝。
花際裴回雙蛺蝶,池邊顧歩兩鴛鴦。
傾國傾城漢武帝,爲雲爲雨楚襄王。
古來容光人所羨,況復今日遙相見。
願作輕羅著細腰,願爲明鏡分嬌面。
與君相向轉相親,與君雙棲共一身。
願作貞松千歳古,誰論芳槿一朝新。
百年同謝西山日,千秋萬古北邙塵。

榆柳蕭疏樓閣閑, 月明直見嵩山雪。
楡や柳の木々はすっかり落葉してさびしいものであり、そこにたたずむ樓閣も静かである。月は明るく照らしており、嵩山の雪は庭に出て率直に見上げるものである。(月夜には香爐峰ではないのだから部屋の中から簾を挙げてみるものではない)
蕭疏:樹木の葉が落ち淋しくなった様子。蕭疏冷落,稀稀落落。花草樹木都已枯萎凋謝。形容深秋景象。 【出處】:《晉祠》:“春日黃花滿山,徑幽香遠;秋來草木蕭疏,天高水清。


庭は月明かりで霜が降り雪のように真っ白であった。静かな夜に嵩山を眺めるには、庭先に出てみるのが一番だということであろう。孟郊に数少ない七言の詩であり、白居易(772年~ 846年)の向こうを張って作ったものであろうか。
香爐峰下、新卜山居、草堂初成、偶題東壁
日高睡足猶慵起、小閣重衾不怕寒。
遺愛寺鐘欹枕聽、香爐峰雪撥簾看。
匡廬便是逃名地、司馬仍爲送老官。
心泰身寧是歸處、故郷何獨在長安。

(香炉峰下 新たに山居を卜し、草堂初めて成り 偶たまたま東壁に題す)
日高く睡り足れるも猶お起くるに慵く、
       小閣に衾を重ねて寒さを怕れず。
遺愛寺の鐘は枕を欹そばだてて聴き、
       香炉峰の雪は簾を撥かかげて看る。
匡廬きようろは便ち是れ名を逃るるの地、
       司馬は仍なお老いを送るの官為り。
心泰く身寧やすらかなるは是れ帰する処、
       故郷何ぞ独り長安にのみ在らんや。




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祖席 秋字 韓退之(韓愈)詩<88>Ⅱ中唐詩484 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1531

 
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祖席 秋字 韓退之(韓愈)詩<88>Ⅱ中唐詩484 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1531
 

祖席 秋字
  淮南悲木落,而我亦傷秋。
淮南王の劉安は木の葉の落ちるのを悲しんだ故事があるが、そうするとわたしもまた秋になると感傷的になるというものだ。
  況與故人别,那堪羈宦愁。
まして、この度のように、君は親しい仲間達と別れてゆくのだ、どうして見知らぬ国につとめることへの愁いの気持ちに堪えることができようか。
  榮華今異路,風雨昔同憂。
今、われわれは富貴栄華のひととは違ったみちを歩むものであり、雨に、風に、痛切におなじ憂いをおもうのだ。
  莫以宜春遠,江山多勝游。

だが、君のむかう宜春が僻遠の地となげくものではない、そこでの大江や山は眺望にたえる景勝地で、多いに風流の遊び心でいきたまえ。

淮南 木の落つるを悲む、而して 我亦た秋を傷む。
況んや故人と別る、那んぞ羈宦の愁に堪へん。
榮華 今 路を異にし、風雨 苦【はなは】だ憂を同じうす。
宜春【ぎしゅん】を以て遠しとする莫れ、江山 勝遊 多し。


現代語訳と訳註
(本文)
祖席 秋字  
淮南悲木落,而我亦傷秋。
況與故人别,那堪羈宦愁。
榮華今異路,風雨昔同憂。
莫以宜春遠,江山多勝游。


(下し文)
淮南 木の落つるを悲む、而して 我亦た秋を傷む。
況んや故人と別る、那んぞ羈宦の愁に堪へん。
榮華 今 路を異にし、風雨 苦【はなは】だ憂を同じうす。
宜春【ぎしゅん】を以て遠しとする莫れ、江山 勝遊 多し。


(現代語訳)
淮南王の劉安は木の葉の落ちるのを悲しんだ故事があるが、そうするとわたしもまた秋になると感傷的になるというものだ。
まして、この度のように、君は親しい仲間達と別れてゆくのだ、どうして見知らぬ国につとめることへの愁いの気持ちに堪えることができようか。
今、われわれは富貴栄華のひととは違ったみちを歩むものであり、雨に、風に、痛切におなじ憂いをおもうのだ。
だが、君のむかう宜春が僻遠の地となげくものではない、そこでの大江や山は眺望にたえる景勝地で、多いに風流の遊び心でいきたまえ。


(訳注)
祖席 秋字 
 
・秋字 秋字で押韻した詩。韻に秋を含んだ詩であるという意。 文人の詩会は、つねに詩をつくりあう。その時、つどいにちなんだ文句を、題として出したり、その文句の一字ずつを、会衆に分配し、その字を押韻字ときめて詩をつくる場合がある。この祖席で、韓愈に配当された龍字が「前」と「秋」だった。


淮南悲木落,而我亦傷秋。
淮南王の劉安は木の葉の落ちるのを悲しんだ故事があるが、そうするとわたしもまた秋になると感傷的になるというものだ。
推南 漢の高祖の少子で推南王に封ぜられた劉安。『淮南子』の著がある。同書「説山訓」に「文公、荏席の後の徴黒なるを棄つ。咎犯、辞して帰る。故に桑葉落ちて長年悲しむなり」の語がみえる。
晋の文公がベッドのしきむしろの下の方のよごれたのを棄てた。それをみていた老臣の咎犯が、主君が古いものを惜しげもなく捨てられるように、自分ももうここでは用はないのだと感じ、暇をもらって去った。そのことにふれ、桑の葉の落ちるのを見るとおのれの老年がなげかれる、というのである。


況與故人别,那堪羈宦愁。
まして、この度のように、君は親しい仲間達と別れてゆくのだ、どうして見知らぬ国につとめることへの愁いの気持ちに堪えることができようか。
羈宦 遠い旅先で仕官すること。


榮華今異路,風雨昔同憂。
今、われわれは富貴栄華のひととは違ったみちを歩むものであり、雨に、風に、痛切におなじ憂いをおもうのだ。


莫以宜春遠,江山多勝游。
だが、君のむかう宜春が僻遠の地となげくものではない、そこでの大江や山は眺望にたえる景勝地で、多いに風流の遊び心でいきたまえ。
勝遊 遊観するによい景勝の地。

祖席前字 韓退之(韓愈)詩<87>Ⅱ中唐詩483 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1528

 
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祖席前字 韓退之(韓愈)詩<87>Ⅱ中唐詩483 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1528

韓愈『元和聖徳詩 幷序』について
この詩は、韓愈が詩人として儒官としての使命感から彫心鎮骨した大作で、批評家の中には『詩経』や『書経』にもならぶ典重胎奥の文字だとし、この種の作品としては中唐随一だとたたえるひともある。一方、劉閲の族党を刑教する場面の精刻な描写を、秦の始皇の暴虐をたたえた李斯の文以上だと、非難するひともある。
韓愈は難解な詩人だが、この残虐の刑を聖徳として歌うことに何のためらいも感ぜぬ「元和聖徳詩」は殊に、わたくしには理解しがたい。ただ、韓愈の代表作として、みずからも許し、韓愈グループの多くの人々がたたえ、歴代の少なからぬ批評家が認めてきた作品である。これをのぞいては、韓愈の人間像も、文学も、正しくつかむことはできないであろ長安におれば、韓愈の文才は、ひとに知られずにはいない。E十歳、かれの人生は熟し、さまざまな体験が発酵して、才能もまたゆたかに溢れはじめていた。かれの目は、おのれのまわりの些細な事物から、宇宙のはてにいたるまで、貪禁に見つくそうとし、かれの詩筆は、これをことごとく文字に表現せずにはおかない意気ごみだった。送別・唱和の詩はいぅまでもない。夢をうたい、抜ける歯をうたい、おのれの生まれた時を支配する星をうたい、いびきをうたい、友の子を失ったことをうたい、マラリヤをうたった。
「元和聖徳詩」をつくった前後に、宰相の鄭細が、かれの詩文集を見たいといい、かれがそれをおくると、誘われたように、かれをはめそやすひとが出る。だが、一方では、その才能をねたむ者も少なくない。
「韓愈のやつ、宰相に詩文をお贈りしたあとで、なあに、くれといったからやりはしたが、あの人に、おれの文学なんぞわかりはしないのさ、などと吹いていましたよ」
そんなことを、当の郵相に告げ口するものもあったらしい。かれに好意をもっている翰林舎人の李書簡や裳旭のところへも、それぞれにデマが飛んでいた。韓愈ほ「釈言」という一文をつくって、対抗しようとしたが、あまり効果が上がったようでもない。
「まあ、ほとぼりのさめるまで、長安を離れることだな」友人のなかには、心配して、そういうものもいる。かれは、やむなく、国子監の洛陽分校勤務を願い出た。夏の末に長安を離れ、洛陽に着任した。「夢を記す」はたぶんこのころにつくった諷刺詩であろう。
元和三年、かれは、権知国子博士から、正博士に進んだ。このとし、同じ洛陽で、水陸転運判官としてー東都留守の鄭余慶の幕下にあった孟郊が、生まれてまもない子どもを死なせた。孟郊はすでに五十六歳、それまでにも、二人の子を、生まれてすぐに死なせている。そのなげき方は、ひと通りでなかったU悲しみのあまり、天をもうらみおのれの生をすら厭うほどであった。韓愈は、この友を、何とかなぐさめ、力づけたいと思って「孟東野、子を失う」の詩をつくって贈った。
やはりこのころ、たぶん韓愈が孟郊の気を晴らせようとして誘ったのでもあろう。ふたりは莎柵谷に遊んだ。このとき試みたのが「莎柵聯旬」である。だが、谷では、風ははげしく、景色は荒涼として、かえってふたりの心を悲哀にさそい、聯句もまた、おのおの一韻をおいたのみで、吹っ切れてしまった。
莎柵谷は、いまの河南省洛寧県に近く、その谷の水は東流して昌谷に入り、やがて洛水にそそぎ、洛陽を通って黄河に合するのである。その昌谷には、さきごろ韓愈の弟子となった少年詩人李賀の家がある。ふたりが莎柵谷をたずねたのは、李賀がその勝景を吹聴していたからであるかもしれない。
山火事をうたった奇怪な詩「陸渾山火和皇甫湜用其韻<湜時為陸渾尉>(陸渾山火、皇甫堤に和し、其の韻を用う)はこの年の冬の作である。皇甫湜、字は持正・睦州新安の人で、元和元年進士試験を通過し、陸涯県の尉となり、元和三年、さらに上級の賢良方正能直言極諌科に及第し、すこぶる意気があがっていた。韓愈にとっては友人でもあり弟子でもあるといったひとである。皇甫湜は、その任地でおこった大きな山火事を「陸渾山火」という長詩に仕立てて、韓愈におくった。皇甫湜は散文にはひいでた才能をもっているくせに、詩となるとてんで見はえがしない。
「こんないい材料をもちながら、きみはまた、なんという詩をのたくる男なんだ」韓魚が笑うと、「なんだって、このリアリズムの極致に対して、よくもそんなことがほざけるもんだ。じゃあ、ひとつ、あなたもつくってみるといい、橡なもののできないことは、はじめからわかっているが、ものはためしだ」結局、韓愈の作がのこって、皇甫湜の原作は一字ものこっていない。


   祖席前字
   送王涯徙袁州刺史作
  祖席洛橋邊,親交共黯然。
洛橋のほとりの楼閣で送別の宴をひらく、そこでは、親しく交わる仲間のひとびとはみな暗い気持ちになる。
  野晴山簇簇,霜曉菊鮮鮮。
野は晴れて遠くの山波までぞくぞくと見えている。霜の暁は菊の花のさんさんと照らして鮮かなものだ。
  書寄相思處,杯銜欲别前。
仲間のみんなはあなたへの思いの詩を書いてよせるのである。そして別れの前にわかれがたい心を強いて盃を口にするのだ。
  淮陽知不薄,終願早回船。
漢の汲黯の故事のように准陽の地を不足に思っていないことは皆知っている。しかし、最終的にねがうことは、どうか早く船をめぐらせて帰って来てくれることである。
祖席 洛橋【らくきょう】の邊【ほとり】,親交 共に黯然【あんぜん】。
野は晴れて山 簇簇【そうそう】,霜に曉【あ】けて菊 鮮鮮【せんせん】。
書を相思【そうし】の處に寄せ、杯を別れんと欲する前に銜【ふく】む。
淮陽【わいよう】を薄しとせざるを知るも、終に願わくば 早く船を廻【かえ】さんことを。


現代語訳と訳註
(本文)
祖席 前の字
祖席洛橋邊,親交共黯然。
野晴山簇簇,霜曉菊鮮鮮。
書寄相思處,杯銜欲别前。
淮陽知不薄,終願早回船。


(下し文)
祖席 洛橋【らくきょう】の邊【ほとり】,親交 共に黯然【あんぜん】。
野は晴れて山 簇簇【そうそう】,霜に曉【あ】けて菊 鮮鮮【せんせん】。
書を相思【そうし】の處に寄せ、杯を別れんと欲する前に銜【ふく】む。
淮陽【わいよう】を薄しとせざるを知るも、終に願わくば 早く船を廻【かえ】さんことを。


(現代語訳)
洛橋のほとりの楼閣で送別の宴をひらく、そこでは、親しく交わる仲間のひとびとはみな暗い気持ちになる。
野は晴れて遠くの山波までぞくぞくと見えている。霜の暁は菊の花のさんさんと照らして鮮かなものだ。
仲間のみんなはあなたへの思いの詩を書いてよせるのである。そして別れの前にわかれがたい心を強いて盃を口にするのだ。
漢の汲黯の故事のように准陽の地を不足に思っていないことは皆知っている。しかし、最終的にねがうことは、どうか早く船をめぐらせて帰って来てくれることである。


(訳注)
祖席 前字 送王涯徙袁州刺史作

友人の王涯が袁州刺史として赴任するのを送る詩。祖とは旅だつ人を送るときにする祭で、その時、宴会をする。祖席とはその宴席で、というほどの意。
前字 韻に前を含んだ詩であるという意。 文人の詩会は、つねに詩をつくりあう。その時、つどいにちなんだ文句を、題として出したり、その文句の一字ずつを、会衆に分配し、その字を押韻字ときめて詩をつくる場合がある。この祖席で、韓愈に配当された龍字が「前」と「秋」だった。
王涯(765?~835) 字は広津。太原の人。唐の貞元八年(792)、進士に及第した。はじめ藍田尉となり、左拾遺・翰林学士から起居舍人に進んだ。


祖席洛橋邊,親交共黯然。
洛橋のほとりの楼閣で送別の宴をひらく、そこでは、親しく交わる仲間のひとびとはみな暗い気持ちになる。
洛橋 洛陽西郊の天津橋のこと。この付近に樓閣があったようだ。
孟郊『洛橋晚望』(唐詩)「天津橋下冰初結,洛陽陌上人行絕。榆柳蕭疏樓閣閑,月明直見嵩山雪。」
親交 韓愈グループはこの時洛陽に集まっていた。盧仝、孟郊(東野),張籍,賈島(浪仙・無本),崔立之,李翺,皇甫湜、王涯である。
黯然 別れを惜しんで悲しむさま。


野晴山簇簇,霜曉菊鮮鮮。
野は晴れて遠くの山波までぞくぞくと見えている。霜の暁は菊の花のさんさんと照らして鮮かなものだ。
簇簇 むらがるさま。群がり集まるさま。ぞくぞく。
鮮鮮 あざやかなさま。


書寄相思處,杯銜欲别前。
仲間のみんなはあなたへの思いの詩を書いてよせるのである。そして別れの前にわかれがたい心を強いて盃を口にするのだ。


淮陽知不薄,終願早回船。
漢の汲黯の故事のように准陽の地を不足に思っていないことは皆知っている。しかし、最終的にねがうことは、どうか早く船をめぐらせて帰って来てくれることである。
淮陽知不薄 漢の武帝の代に、汲黯という人が、淮陽の太守に任命せられたとき、うなだれたまま、印綬を受けようとしない。帝は「きみは淮陽がつまらない土地だとでもいうのか」と問うた、といぅ話がある。蒋はうとんずること。ここでは王涯が、汲黯のように、淮陽をうとんずるような気持ちではないことは、わたしはよく知っている、という意。


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