漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2013年01月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

原道 韓退之(韓愈)詩<115-2>Ⅱ中唐詩574 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1862


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女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道 韓退之(韓愈)詩<115-2>Ⅱ中唐詩574 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1862


原道
1段目
博愛之謂仁,行而宜之之謂義。
分け隔てなく人々を愛すること、これを仁という。そういう行為は適宜におこなうこと、これを義という。
由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
この仁と義により通って行くこと、これを道という。人が生まれならに得ている性格、また学問や修養によって身つけ得たもの、外から何にもしないで与えられることを待たないものであること、これを徳という。徳は得、自身に得ている人格である
仁與義為定名,道與德為虛位。
この場合、仁と義は具体的に人を愛する情と、適宜という理性をもって行いを宜しくする筋道とであるから、定格した名称である。それに反して、道と徳は由るべき道とか、得ている性格とかいうものであるからそれは内容の虚しいものでしかないのだ。従って各種の内容の入り得る場所、すなわち抽象概念である。
故道有君子小人,而德有凶有吉。
それ故、道には君子のものがあり、小人の道もある。そして徳には悪い不祥な人格もあれば、良い嘉すべき人格もあるということである。


2段目
老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。
老子がこれまでいう儒家の説く仁義をとるにたらないものとしている、そして仁義をそしるのである、それは彼の視点が小さいことからのものである。
坐井而觀天,曰天小者,非天小也。
その小さい視点というのは井戸の中に座って天を観て、天は小さいというものである。これは天が小さいのではないのであるということである。
彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。
彼は小さな日光で温められたようなわずかな愛情の様子を見てそれが仁であるとし、孤立して小さく自己を守るのを義であると思ったことであるし、彼が仁義のとらえ方を小さなものであるとするのも、またもっともなことといえるのである。
其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;

彼のいうところの道は、彼が道であるとするところの形而上的、主観的なものを道とするのであり、万物現象の奥にある本体を名づけて道とするのであるから、私のいうところの人間の身に実践で得た道徳性のものをいうのではないのである。
其所謂德,德其所德,非吾所謂德也。
凡吾所謂道德云者,合仁與義言之也,
天下之公言也。老子之所謂道德云者,
去仁與義言之也,一人之私言也。

老子の仁義を小として,之を非毀【ひき】するは,其の見る者 小なればなり。
井に坐して天を觀て,天は小なりと曰う者は,天の小なるに非ざりなり。
彼は煦煦【くく】を以って仁と為し,孑孑【けつけつ】を義と為す,其の之を小としるも則ち宜【うべ】なり。
其の所謂【いわゆる】道は,其の道とする所を道とするなり,吾が所謂道に非ざるなり;

其の所謂【いわゆる】德は,其の德とする所を德とし,吾が所謂【いわゆる】德に非ざるなり。
凡そ吾が所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを合せて之を言うなり,天下の公言なり。
老子の所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを去って之を言うなり,一人の私言なり。
原道 韓退之(韓愈)01
 

現代語訳と訳註
(本文)

老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。
坐井而觀天,曰天小者,非天小也。
彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。
其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;


(下し文)
老子も仁義をとして,之を非毀【ひき】するは,其の見る者 小なればなり。
井に坐して天を觀て,天は小なりと曰う者は,天の小なるに非ざりなり。
彼は煦煦【くく】を以って仁と為し,孑孑【けつけつ】を義と為す,其の之を小としるも則ち宜【うべ】なり。
其の所謂【いわゆる】道は,其の道とする所を道とするなり,吾が所謂道に非ざるなり;


(現代語訳)
老子がこれまでいう儒家の説く仁義をとるにたらないものとしている、そして仁義をそしるのである、それは彼の視点が小さいことからのものである。
その小さい視点というのは井戸の中に座って天を観て、天は小さいというものである。これは天が小さいのではないのであるということである。
彼は小さな日光で温められたようなわずかな愛情の様子を見てそれが仁であるとし、孤立して小さく自己を守るのを義であると思ったことであるし、彼が仁義のとらえ方を小さなものであるとするのも、またもっともなことといえるのである。
彼のいうところの道は、彼が道であるとするところの形而上的、主観的なものを道とするのであり、万物現象の奥にある本体を名づけて道とするのであるから、私のいうところの人間の身に実践で得た道徳性のものをいうのではないのである。


(訳注)
老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。
老子これを仁義をとして,之を非毀【ひき】するは,其の見る者 小なればなり。
老子がこれまでいう儒家の説く仁義をとるにたらないものとしている、そして仁義をそしるのである、それは彼の視点が小さいことからのものである。
○老子 姓は李、名は耳(前六―前五世紀)字は耼【たん】、あるいは字は伯陽、耼は諡ともいう。《史記》老子列伝によれば,姓は李,名は耳,字は(たん)といい,楚の苦県(こけん)(河南省鹿邑県)の人。かつて周の王室図書館の役人となり,儒家の祖孔子の訪問を受けて礼を問われたこともあるが,周室の衰運を見定めるや西方へと旅立ち,途中関を通った際に,関守の尹喜(いんき)の求めに応じて〈道徳〉に関する書上下2編を書き残し,いずくへともなく立ち去ったといわれる。その思想は、万象の本体は知覚を超えた虚無なものであるが、これを大道と名づけて重んじ、現世の道徳は相対的なものであるから、これを超越し、無為自然を旨として生活することを教える。
○小仁義 人間愛や理性の命ずる当為の行いを、つまらぬものとする。『老子』十八章に「大道廃【すた】れて仁義有り」とある。
○非毀 そしりきずつける。悪口をいう。


坐井而觀天,曰天小者,非天小也。
井に坐して天を觀て,天は小なりと曰う者は,天の小なるに非ざりなり。
その小さい視点というのは井戸の中に座って天を観て、天は小さいというものである。これは天が小さいのではないのであるということである。


彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。
彼は煦煦【くく】を以って仁と為し,孑孑【けつけつ】を義と為す,其の之を小としるも則ち宜【うべ】なり。
彼は小さな日光で温められたようなわずかな愛情の様子を見てそれが仁であるとし、孤立して小さく自己を守るのを義であると思ったことであるし、彼が仁義のとらえ方を小さなものであるとするのも、またもっともなことといえるのである。
○煦煦 小さな恵みの形容。わずかな日光で温めること。
○孑孑 小さく孤立する形容。自己を小さく守るさま。


其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;
其の所謂【いわゆる】道は,其の道とする所を道とするなり,吾が所謂道に非ざるなり;
彼のいうところの道は、彼が道であるとするところの形而上的、主観的なものを道とするのであり、万物現象の奥にある本体を名づけて道とするのであるから、私のいうところの人間の身に実践で得た道徳性のものをいうのではないのである。
○道其所道 『老子』首章に「道の道とす可きは常の道に非ず」という。これが道だということができるものは、それは常(永遠普遍)の道ではないという。老子は無声無形の形而上の本体を道といった。


老子  ウィキペディアより。
老子(ろうし)は、古代中国の哲学者であり、道教創案の中心人物。「老子」の呼び名は「偉大な人物」を意味する尊称と考えられている。書物『老子』(またの名を『老子道徳経』)を書いたとされるがその履歴については不明な部分が多く、実在が疑問視されたり、生きた時代について激しい議論が行われたりする[2]。道教のほとんどの宗派にて老子は神格(en)として崇拝され、三清の一人である太上老君の神名を持つ。
中国の言い伝えによると、老子は紀元前6世紀の人物とされる。歴史家の評は様々で、彼は神話上の人物とする意見、複数の歴史上の人物を統合させたという説、在命時期を紀元前4世紀とし戦国時代の諸子百家と時期を同じくするという考えなど多様にある[3]。
老子は中国文化の中心を為す人物のひとりで、貴族から平民まで彼の血筋を主張する者は多く李氏の多くが彼の末裔を称する[4]。歴史上、彼は多くの反権威主義的な業績を残したと受け止められている[5][6

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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原道 韓退之(韓愈)詩<115-1>Ⅱ中唐詩573 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1858


儒教の復興は、彼の思想の基盤である。古文復興運動とは表裏のものであり、その観点から原道」「原性」「原毀」「原人」「「原鬼」などを著している。その一方で、排仏論も、彼の儒教復興の姿勢からきたものであった。六朝から隋、唐にかけての崇仏の傾向が強くくなったのも中国人民に儒教が嫌悪されたからで、学問として哲学としても敬遠されたのだ。そうした中で、韓愈の一門は中国古来の儒教の地位を回復しようとするのであった。

「原」(尋ねるという意味)は、『淮南子』の「原道訓」に倣って、韓愈が始めた論文の一種で、本原をたずねて推論する性質のもであって、「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の五原がある。
《原性》を書いて性三品説を確立した。
《原毀》世の謗りは人は多情であっても名声あるものを嫉妬することにある。
《原人》人間とは何か、人道、「仁」の本原の理を明らかにする。
《原鬼》人間の精霊の本原の理を明らかにする。
ということである。
まず原道から始めることとする。長文のため、意味によって区切り、おおむね14段分割し、掲載は22回程度になる。
原道 韓退之(韓愈)01

原道
『原道』:儒教家の道徳根原へ本質を原(たず)ねる文。

老荘や釈迦の教えが盛んであった盛唐、中唐において、これらの思想を排斥して'中国古来の聖人の道、儒家の実際主義の道徳を明らかにするもので、韓愈の思想を最もよ-表明した議論文ということになる。


1段目
道をたずねる。
博愛之謂仁,行而宜之之謂義。
分け隔てなく人々を愛すること、これを仁という。そういう行為は適宜におこなうこと、これを義という。
由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
この仁と義により通って行くこと、これを道という。人が生まれならに得ている性格、また学問や修養によって身つけ得たもの、外から何にもしないで与えられることを待たないものであること、これを徳という。徳は得、自身に得ている人格である
仁與義為定名,道與德為虛位。
この場合、仁と義は具体的に人を愛する情と、適宜という理性をもって行いを宜しくする筋道とであるから、定格した名称である。それに反して、道と徳は由るべき道とか、得ている性格とかいうものであるからそれは内容の虚しいものでしかないのだ。従って各種の内容の入り得る場所、すなわち抽象概念である。
故道有君子小人,而德有凶有吉。
それ故、道には君子のものがあり、小人の道もある。そして徳には悪い不祥な人格もあれば、良い嘉すべき人格もあるということである。

博く愛する之を仁と謂う。行って之を宜しうする、之を義と謂う。
これ由【よ】って之く、之を道と謂う、己に足りて、外に待つこと無き、之を徳と謂う。
仁と義は定名爲り、道と徳は虚位為り。
故に道君子有り 小人有り、而して徳に凶有り吉有り。

『原道』 現代語訳と訳註
(本文)
1段目
博愛之謂仁,行而宜之之謂義。由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。仁與義為定名,道與德為虛位。故道有君子小人,而德有凶有吉。


(下し文)
博く-愛する之を仁と謂う。行って之を宜しうする、之を義と謂う。
これ由【よ】って之く、之を道と謂う、己に足りて、外に待つこと無き、之を徳と謂う。
仁と義は定名爲り、道と徳は虚位為り。
故に道君子有り 小人有り、而して徳に凶有り吉有り。


(現代語訳)
道をたずねる。
分け隔てなく人々を愛すること、これを仁という。そういう行為は適宜におこなうこと、これを義という。
この仁と義により通って行くこと、これを道という。人が生まれならに得ている性格、また学問や修養によって身つけ得たもの、外から何にもしないで与えられることを待たないものであること、これを徳という。徳は得、自身に得ている人格である
この場合、仁と義は具体的に人を愛する情と、適宜という理性をもって行いを宜しくする筋道とであるから、定格した名称である。それに反して、道と徳は由るべき道とか、得ている性格とかいうものであるからそれは内容の虚しいものでしかないのだ。従って各種の内容の入り得る場所、すなわち抽象概念である。
それ故、道には君子のものがあり、小人の道もある。そして徳には悪い不祥な人格もあれば、良い嘉すべき人格もあるということである。


(訳注)
原道 1段目


博愛之謂仁,行而宜之之謂義。
分け隔てなく人々を愛すること、これを仁という。そういう行為は適宜におこなうこと、これを義という。
○愽愛 分け隔てなく人々を愛すること。
○仁 仁愛、人の道。仁はひと訓ずる。人間関係に存在す愛情をいう。人のなさけ。これは、親子兄弟から博く一般に及ぼす、博愛が仁の窮極であるから、博愛を仁という。
○義 すじみち、理性によって行動を規制し、宜しくする。義は宜であり、「よし」と訓ずる。


由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
この仁と義により通って行くこと、これを道という。人が生まれならに得ている性格、また学問や修養によって身つけ得たもの、外から何にもしないで与えられることを待たないものであること、これを徳という。徳は得、自身に得ている人格である。
○由是 仁と義によるおこない。
○道 経由す所、そこを通って行くの道という。儒家では、人に実際に従って行動する、人の在り方をいう。
○徳 得と同じく、人が生まれならに得ている性格、また学問や修養によって身つけ得たものもある。ともに身に得た人格を指す。


仁與義為定名,道與德為虛位。
この場合、仁と義は具体的に人を愛する情と、適宜という理性をもって行いを宜しくする筋道とであるから、定格した名称である。それに反して、道と徳は由るべき道とか、得ている性格とかいうものであるからそれは内容の虚しいものでしかないのだ。従って各種の内容の入り得る場所、すなわち抽象概念である。
○定名 定格した固定的内容を有する名称。きまっていて他のもので置き換えることないもの。
虚位 空置、そこにはさまざまの内容が入ることできる。儒家のいう道徳は、人の実際に行うべき実践道徳であり、老荘のいわゆる道は、形而上の万物の本体をさしていい、徳は人間をはじめ万物の得ている自然性をいうのである。


故道有君子小人,而德有凶有吉。
それ故、道には君子のものがあり、小人の道もある。そして徳には悪い不祥な人格もあれば、良い嘉すべき人格もあるということである。
○君子 有徳の人、仁義を行う人、民を治める人。
○小人 徳の卑小な人、名利を求めて仁義を思わぬ人。下位の被治者。
○凶・吉 良い悪いの2種類で表すときに使うことばである。

「学問を進めるための解明文」進学解(まとめ) 韓退之(韓愈)詩<114-16>Ⅱ中唐詩572 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1854

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星川清孝著「唐宋八大家文読本」巻一 明治書院発行100ページ〔題意〕に次のように述べている。

802年貞元十八年に国子四門博士(大学教授)となって以来十余年、一時監察御史に出たほか、三度博士に任ぜられ、813年元和八年以後しきりに左遷されていた韓退之は、この文章を作って、学殖がありながら世に用いられない一人の博士の自己弁明を滑稽に述べたのである。
題して「学問を進めるための解明文」という。この解も漢の揚雄の「解嘲」に倣った問答体の俳諧文で、韻を踏んだ賦に似た形式もその系統をあらわしている。揚雄は「太玄経」を著したが、ある人から「玄(幽玄な哲学) を説くには、尚、彼の徳は白(素白、浅薄)である」といわれた。玄と白との語言上の戯れであるが、この嘲(からかい)を解くための文章という意味で 「解嘲」と題した。これは漢の東方朔の「答客難」に倣ったものであるが、後漢の班国は、またこれをうけて「答賓戯」を作った。『文選』には「設諭」体の三篇としてこれらを収載している。韓愈はこれを継いだのである。



進學解  韓愈
#1(1)-1
國子先生,晨入太學,召諸生立館下,誨之曰:「業精於勤,荒於嬉。行成於思,毀於隨。
方今聖賢相逢,治具畢張,拔去兇邪,登崇俊良。
#2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。爬羅剔抉,刮垢磨光。蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?諸生業患不能精,無患有司之不明;行患不能成,無患有司之不公。」

#3(2)-1
言未既。有笑於列者曰:「先生欺余哉!弟子事先生,於茲有年矣。
先生口不絕吟於六藝之文,手不停披於百家之編。
#4(2)-2
記事者必提其要,纂言者必鉤其玄。貪多務得,細大不捐。焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年:先生之於業,可謂勤矣。

#5(3)
觝排異端,攘斥佛老。補苴罅漏,張皇幽眇。尋墜緒之茫茫,獨旁搜而遠紹。障百川而東之,迴狂瀾於既倒:先生之於儒,可謂有勞矣。

#6(4)-1
沈浸醲郁,含英咀華,作為文章,其書滿家。上規姚姒,渾渾無涯。周誥殷盤,佶屈聱牙。春秋謹嚴,左氏浮誇。
#7(4)-2
易奇而法,詩正而葩。下逮莊騷,太史所錄。子雲、相如,同工異曲;先生之於文,可謂閎其中而肆其外矣!

#8(5)-1
少始知學,勇於敢為。長通於方,左右俱宜:先生之於為人,可謂成矣。然而公不見信於人,私不見助於友。跋前躓後,動輒得咎。暫為御史,遂竄南夷。
#9(5)-2
三爲博士,冗不見治。命與仇謀,取敗幾時!冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。頭童齒豁,竟死何裨?不知慮此,而反教人為!」

#10(6)-1
先生曰:「吁!子來前。夫大木為杗,細木為桷。欂櫨侏儒,椳闑扂楔。各得其宜,施以成室者,匠氏之工也。
#11(6)-2
玉札、丹砂,赤箭、青芝,牛溲,馬勃,敗鼓之皮,俱收並蓄,待用無遺者,醫師之良也。登明選公,雜進巧拙,紆餘為姘,卓犖為傑,校短量長,惟器是適者,宰相之方也。

#12(7)
昔者孟軻好辯,孔道以明。轍環天下,卒老於行。荀卿守正,大論是宏。逃讒於楚,廢死蘭陵。是二儒者,吐辭為經,舉足為法。絕類離倫,優入聖域,其遇於世何如也?

#13(8)-1
今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。猶且月費俸錢,歲糜廩粟。子不知耕,婦不知織。
#14(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?動而得謗,名亦隨之。投閑置散,乃分之宜。

#15(9)
若夫商財賄之有亡,計班資之崇庳。忘己量之所稱,指前人之瑕疵。是所謂詰匠氏之不以杙為楹,而訾醫師以昌陽引年,欲進其豨苓也。」



進學解  韓愈
#1(1)-1
國子先生,晨入太學,召諸生立館下,誨之曰:「業精於勤,荒於嬉。行成於思,毀於隨。
方今聖賢相逢,治具畢張,拔去兇邪,登崇俊良。
国子学の先生は、明け方早く大学に入る。まず、学生を招きあつめて大学館の下に整列して立たせる。
朝の訓示を教えさとして謂う。「学業は勤勉に学ぶことによって心を精(精爽・精通・精明・精妙)することになり、遊ぶことによって心はすさんでしまうのである。」
そして「意識を以て学問をすることによって成就するものであり、学問を自然にまかせることによることは自身をだめにするものである。」
「まさにいま、聖天子と賢相が出会われたのである。政治の道具である制度、法制もことごとく充分に行われることになる。」
「悪いよこしまなものを抜き去り、すぐれて善い人物の地位をのぼらせ、尊ぶ姿勢をするのである。」
進学解 韓退之(韓愈)詩<114-1>Ⅱ中唐詩557 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1794


#2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。爬羅剔抉,刮垢磨光。蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?諸生業患不能精,無患有司之不明;行患不能成,無患有司之不公。」
「小さな善事を持っているものまで、おおよそ記録されているし、一芸に秀でるもの、名のある人ならば登用さられないことはない。
善い人物は爪で掻いて網で集め取るように残らず採りあげられ、悪い者はけずり、ほじくり除き捨てるようにして、その短所を除き、長所の光をみがきあげて、人材を助成育成されるのである。そのようなことがあるはずはないのだ。
諸君、学業が精通・精明していないことを心配せよ。役人が人を見る目が節穴で明らかでないことを心配するな。
行いが立派にできないことを心配せよ。役人が人物を用いるのに公平でない、依怙贔屓するかもしれぬなどと心配するな、」と。


#3(2)-1
言未既。有笑於列者曰:「先生欺余哉!弟子事先生,於茲有年矣。先生口不絕吟於六藝之文,手不停披於百家之編。
先生の言葉がまだ終わらないうちに、列の中で笑っていうものがあった、
先生は私をあざむいておられますよ。弟子の私は先生にお仕えすることです。
ここにおいて年久しくなっています。その間、先生は口に『詩経』・『書経』・『礼経』・『楽経』・『易経』・『春秋経』の儒家の六経の文を口ずさむことをやめないのです。
そして、手には諸子百家の書物をひらき読むことをやめないのです。
進学解 韓退之(韓愈)詩<114-3>Ⅱ中唐詩559 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1802
記事の文にたいしては必ずその大切であることを取りあげられ、論説、言説を集めた本は必ずその奥深い道理を鈎で引き出すように明示してくださる。
そして、多種多彩な知識を丹念に飽くことなく追究し、身に修徳することを第一事として、小事も大事も捨てられないのです。
膏の燈油を焚いて昼に継いで夜も読書し、常に努力してやむことはなく、一年中を暮らしておられる。
これが先生のお仕事であり、この勤勉に対して感謝を申し上げるのであります。
進学解 韓退之(韓愈)詩<114-4>第2段の2Ⅱ中唐詩560 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1806
先生は儒家と出発点を異にした学問思想を突きのけおしのけられた、その上で仏教や老荘思想を払いしりぞけられた。
儒家の学問上欠点のわれ目や漏る亀裂をおぎないふさがれ、静かで奥深くかすかな点を広く大きくして明らかにされた。
それは、既に地に墜ちて明らかでない儒家の伝銃のいとぐちを尋ねられ、ただ独りの所からあまねくさがして遠い昔を承け継いでおられるのである。
これは、百という多くの川の流れあったとしてもやがて「すべて東に流れていくものであり」ということは思想宗教では難しいもので、狂って打ち寄せる大波により倒れてしまったあとで、通りに立ち返らせるのに似た、殆んど不可能な難事業であるのです。
これが先生の儒学発展における御努力は、御苦労なことに対して感謝を申し上げるべきであります。
進学解 韓退之(韓愈)詩<114-5>Ⅱ中唐詩561 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1810
先生の詩文は濃くて香り高い酒のようで、中に沈み浸り、花房を含み、花をかみしめるようにすぐれた詩文を味わっておられる。
そして、詩文章を作られるのであり、その書は家に満ちているのである。
上代でいえば舜や禹の文、『書経』の尭典・舜典、禹貢などの、素朴円満で、含蓄の涯しなく深い文章を規準にされている。
周代の告諭文である大誥・康誥、殷の盤庚の告文などの読みにくくわかりにくい表現の文章などあるのです。
『春秋』の謹み深くきびしい筆法、その『春秋』左氏伝の根拠なく大げさな文章もあります。
『易経』のすぐれて面白く法則の整った文章、『詩経』の中正で花やいだ詩篇なども基準にされているのです。
進学解 韓退之(韓愈)詩<114-6>Ⅱ中唐詩562 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1814
伝説的な上代に変わって現実的な下としては戦国時代の荘周の『荘子』や楚の屈原の『離騒』篇、漢の太史公司馬遷の記録した『史記』をとりあげられた。
それに加え、漢の揚雄、字は子雲がおり、司馬相如の賦などがある、音楽でいえば曲はちがっても同じくたくみなのに似たようなもので、何れ劣らぬ各種の名文章にまで及んで、すべての文章、賦詞、詩歌の長所を学び取っておられるのである。
先生は文章を作ることを重要なお仕事とされておるのであり、それは内容が広く大きいものであり、形式においても自由自在なものであるということができるのであります。
進学解 韓退之(韓愈)詩<114-7>Ⅱ中唐詩563 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1818
先生は年若くして始めて学問を知るが、学んだ道を思い切ってすることに勇気があるということである。
成長してからは道理・法則がよくわかって、包容力についても左にも右にもともによろしく理にかなった行いをされるのである。
先生の人柄は、完全にでき上がったものということができるでしょう。
ただそうだといっても、先生は公について、役所ではそこの人から信ぜられず、先生を個人的に友人たちで助けることができないということがあった。
『詩経』に「老いた狼が、進めばあごの下の肉を踏み、退けば大きな尾につまずく」、とあるように、進退いずれも困難な時期があり、ちょっとしたことで咎めを受けてしまわれた。
御史大夫になって少しの間(約3か月)で、ついに南方のはてに追いやられたのです。
進学解 韓退之(韓愈)詩<114-8>Ⅱ中唐詩564 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1822
三度目の博士となってからは、余計な人間としてふるまい政治に関心を見せないようにしたので治績をあげることはなかった。
そうなれば運命と仇敵とが謀を相談し合っておとしいれるかのようになり、失敗なさるのはあと幾時であろうかと、いずれにしてもそう遅くはないことでしょう。
あたたかい冬というのに着物が足りないので幼児は寒さになきさけぶだろうし、豊年でも飯米が不足したというなら妻は飢えに泣くというものでしょう。
先生御自身は、老いて頭は禿げてしまい歯は抜け落ちてまばらになってしまい、ついには死んでしまうというのでは、何の益があるというのでしょう。
このことを思もん計るわけでもなく、反って人に、「学問を精明にし、行いを成せ」と教え、戒めることなどをなさっておられるが、これは矛盾ではありませんか、と。
進学解 韓退之(韓愈)詩<114-9>Ⅱ中唐詩565 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1826
先生はいわれた、おおい、君は前に出て来なさい。
屋の組は柱の上の枡型や梁の上の短い柱、戸のくるるや門の戸をとざす柱、門の扉、そのかんぬきや門の両がわの柱などにつかわれる。
各々その用い方による木を生かしてうまく使い、その施工法で家を完成させるのは、大工の棟梁の腕によるところである。

#11(6)-2
玉札、丹砂,赤箭、青芝,牛溲,馬勃,敗鼓之皮,俱收並蓄,
待用無遺者,醫師之良也。
登明選公,雜進巧拙,紆餘為姘,卓犖為傑,校短量長,
惟器是適者,宰相之方也。

漢方薬でいうと玉札という粉薬、不老長寿薬の丹砂、赤箭といぅ薬草、青芝という霊芝類、牛の尿や馬勃というまぐそ笋などある。
それらを破れた鼓の皮などに、みな取り入れ、一様にたくわえるであろう。
それを必要に応じて手落ちのないように処方するのは医師の良い者がすることである。
力量高くすぐれたものを秀でた人物とし、短く劣ったところと長くすぐれた所とをくらべ計ることの目があるあるかどうか。
ただその人物の器量を見抜き、適所に用いることこそが、宰相大臣の正しい道である。

#12(7)
昔者孟軻好辯,孔道以明。轍環天下,卒老於行。
荀卿守正,大論是宏。逃讒於楚,廢死蘭陵。
是二儒者,吐辭為經,舉足為法。
絕類離倫,優入聖域,其遇於世何如也?
昔、孟軻は弁舌するのが好きである、論弁することによって孔子の道は明らかになったのである。
天下の諸侯に遊説する彼の車の轍は天下をめぐってその道を説いたが、ついに旅の中途にのかかわらず年老いてしまったのである。
筍卿は正しい道を守って、その大論説はそのために世に弘まった。
楚の国で祭酒と最長老についたが讒言を逃れて楚に行き、蘭陵で役をやめられて死んでしまった。
この二人は儒者である、彼等の言辞が口から出れば、そのまま聖賢の教えとなり、足を挙げて行動すれば、それが世の手本となるというものであった。
世俗の人間の仲間から並み外れてすぐれている、十分に聖人の領域に入っていたのであるが、彼らの人世での境遇はどうであったろうかというと、まことに不幸せであったということであろう。

#13(8)-1
今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。
文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。
猶且月費俸錢,歲糜廩粟。
子不知耕,婦不知織。
先生は今思えば儒家のこれまでは、学問的には努力してきたけれども、その正しい系統を継いでいないのである。言説は多いけれども、その過不足のない道理の根幹にあたることを求めていないのである。
文章は興味深く面白いものというだけでは用をなさないのである。行いは善くても、多数の人々の行いまで変えていくほどのきわだちがなくてはならないのである。
それを私にあてて考えてみると、それでもまた毎月俸給の金銭を考えもなく費やし、そして年々俸禄を消費しているのである。
それに、子供には田を耕す苦労を教えておらず、妻は機を織ることも知らないということなのだ。
(孔子・孟子からその後受け継ぎが出来なかったのを自分にあてはめると学問として理解していても、実生活の上で生かしていない、理論と実践が鳴っていないことを云う。)

#14(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。
踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?
動而得謗,名亦隨之。
投閑置散,乃分之宜。
外出に際して馬に乗り、供人を連れているのであり、安楽に坐ったままで、何も働かずに食えるのである。
平凡な日常生活を送り、ただこせこせと歩くようにきまった途できまじめに暮らすのである。そして古い書物を覗いては、その中の知識をひそかに盗みとって書き物をしているのである。
行動すると悪口をいわれ、名声、評判もそれにしたがって悪いのである。
しかし、閑職に投入され、無用の役に置かれているということも、それはそれで私の分際にちょうどいいと思ってはいるのである。


#15(9段目)
若夫商財賄之有亡,計班資之崇庳。
忘己量之所稱,指前人之瑕疵。
是所謂詰匠氏之不以杙為楹,
而訾醫師以昌陽引年,欲進其豨苓也。」

ただ、もし私が財産の有る無しということや、官位や俸緑の高い低いを計るという考えをしたということにしよう。
あるいは、自分の力量のふさわしいところを忘れたり、先輩の人材登用の欠点を指さし非難するということをしたとしよう。
こう云う考えは前にいった大工の棟梁が小木の垂木をもって柱にしないただしいことなのにそれを問いつめるようなものだし、
医師が菖蒲の根をもって年寿を延ばそうとするのを悪くいって、自分がとってきた毒草を進めようと思うようなもので、建築では大工に、医療では医師に、政事上の人材登用では宰相にこそまかせるべきである、と。
(大所高所に立って考えたものを目先の損得や、狭い視野の考えで批判するようなことはいけない。もっと学問をして自分の知識能力を深め高めなさい。)


#4第2段の2
記事者必提其要,纂言者必鉤其玄。
貪多務得,細大不捐。
焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年:
先生之於業,可謂勤矣。


#5『進學解』3段目
觝排異端,攘斥佛老。補苴罅漏,張皇幽眇。尋墜緒之茫茫,獨旁搜而遠紹。障百川而東之,迴狂瀾於既倒:先生之於儒,可謂有勞矣。


#6(4)-1
沈浸醲郁,含英咀華,作為文章,其書滿家。
上規姚姒,渾渾無涯。周誥殷盤,佶屈聱牙。
春秋謹嚴,左氏浮誇。易奇而法,詩正而葩。


#7(4)-2
下逮莊騷,太史所錄。子雲、相如,同工異曲;先生之於文,可謂閎其中而肆其外矣!


#8(5)-1
少始知學,勇於敢為。長通於方,左右俱宜:先生之於為人,可謂成矣。然而公不見信於人,私不見助於友。跋前躓後,動輒得咎。暫為御史,遂竄南夷。


#9(5)-2
三爲博士,冗不見治。命與仇謀,取敗幾時!
冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。
頭童齒豁,竟死何裨?不知慮此,而反教人為!


#10(6)-1
先生曰:「吁!子來前。夫大木為杗,細木為桷。
欂櫨侏儒,椳闑扂楔。各得其宜,施以成室者,匠氏之工也。


進学解 韓退之(韓愈)詩<114-2>Ⅱ中唐詩558 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1798


進学解 韓退之(韓愈)詩<114-15>Ⅱ中唐詩571 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1850


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女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-15>Ⅱ中唐詩571 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1850

(9段目)


『易経』を模した『太玄経』をあらわした漢の揚雄が世の中から、からかいの評価を受けたことで、「解嘲」と題した嘲(からかい)を解くための文章をあらわした。
 これにならって、学殖がありながら世に用いられない一人の博士の自己弁明を滑稽に述べた「進學解」をあらわしたのである。
14分割して最終回の掲載である。

韓愈の理解のために、このブログではこの「進學解」掲載の後に韓愈「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の順に取り上げていきたい。韓愈の五つの本質を原【たず】ねた推論について、特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べた「原性」からこのブログに取り上げ解説する予定である。


#13(8)-1
今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。
先生は今思えば儒家のこれまでは、学問的には努力してきたけれども、その正しい系統を継いでいないのである。言説は多いけれども、その過不足のない道理の根幹にあたることを求めていないのである。
文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。
文章は興味深く面白いものというだけでは用をなさないのである。行いは善くても、多数の人々の行いまで変えていくほどのきわだちがなくてはならないのである。
猶且月費俸錢,歲糜廩粟。
それを私にあてて考えてみると、それでもまた毎月俸給の金銭を考えもなく費やし、そして年々俸禄を消費しているのである。
子不知耕,婦不知織。

それに、子供には田を耕す苦労を教えておらず、妻は機を織ることも知らないということなのだ。
(孔子・孟子からその後受け継ぎが出来なかったのを自分にあてはめると学問として理解していても、実生活の上で生かしていない、理論と実践ができていないことを云う。)

#14(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。
外出に際して馬に乗り、供人を連れているのであり、安楽に坐ったままで、何も働かずに食えるのである。
踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
平凡な日常生活を送り、ただこせこせと歩くようにきまった途できまじめに暮らすのである。
そして古い書物を覗いては、その中の知識をひそかに盗みとって書き物をしているのである。
然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?
そういうことであっても聖徳ある天子は死罪を加えられるということはなく、宰相の大臣にも退けられるということがないのであり、これは孟子や荀子にくらべて幸運ということではなかろうか。
動而得謗,名亦隨之。
行動すると悪口をいわれ、名声、評判もそれにしたがって悪いのである。
投閑置散,乃分之宜。

しかし、閑職に投入され、無用の役に置かれているということも、それはそれで私の分際にちょうどいいと思ってはいるのである。

#15(9段目)
若夫商財賄之有亡,計班資之崇庳。
ただ、もし私が財産の有る無しということや、官位や俸緑の高い低いを計るという考えをしたということにしよう。
忘己量之所稱,指前人之瑕疵。
あるいは、自分の力量のふさわしいところを忘れたり、先輩の人材登用の欠点を指さし非難するということをしたとしよう。
是所謂詰匠氏之不以杙為楹,
こう云う考えは前にいった大工の棟梁が小木の垂木をもって柱にしないただしいことなのにそれを問いつめるようなものだし、
而訾醫師以昌陽引年,欲進其豨苓也。」
医師が菖蒲の根をもって年寿を延ばそうとするのを悪くいって、自分がとってきた毒草を進めようと思うようなもので、建築では大工に、医療では医師に、政事上の人材登用では宰相にこそまかせるべきである、と。
(大所高所に立って考えたものを目先の損得や、狭い視野の考えで批判するようなことはいけない。もっと学問をして自分の知識能力を深め高めなさい。)

#15(9)
若し夫れ財賄【ざいわい】の有亡【うむ】を商【はか】り,班資【はんし】の崇庳【すうし】を計り。
己が量の稱【かな】う所を忘れて,前人の瑕疵【かし】を指す。是れ所謂【いわゆる】 匠氏【しょうし】の不杙【くび】を以って楹【はしら】と為さざるを詰【なじ】りて,醫師【いし】の昌陽【しょうよう】を以って年を引くを訾【そし】り,其の豨苓【きれい】を進めんと欲する也。」と。


銅雀臺00


『進学解』(9段目) 現代語訳と訳註
(本文)
#15(9)
若夫商財賄之有亡,計班資之崇庳。忘己量之所稱,指前人之瑕疵。是所謂詰匠氏之不以杙為楹,而訾醫師以昌陽引年,欲進其豨苓也。」


(下し文)
#15(9段目)
若し夫れ財賄【ざいわい】の有亡【うむ】を商【はか】り,班資【はんし】の崇庳【すうし】を計り。
己が量の稱【かな】う所を忘れて,前人の瑕疵【かし】を指す。是れ所謂【いわゆる】 匠氏【しょうし】の不杙【くび】を以って楹【はしら】と為さざるを詰【なじ】りて,醫師【いし】の昌陽【しょうよう】を以って年を引くを訾【そし】り,其の豨苓【きれい】を進めんと欲する也。」と。

(現代語訳)
ただ、もし私が財産の有る無しということや、官位や俸緑の高い低いを計るという考えをしたということにしよう。
あるいは、自分の力量のふさわしいところを忘れたり、先輩の人材登用の欠点を指さし非難するということをしたとしよう。
こう云う考えは前にいった大工の棟梁が小木の垂木をもって柱にしないただしいことなのにそれを問いつめるようなものだし、
医師が菖蒲の根をもって年寿を延ばそうとするのを悪くいって、自分がとってきた毒草を進めようと思うようなもので、建築では大工に、医療では医師に、政事上の人材登用では宰相にこそまかせるべきである、と。
(大所高所に立って考えたものを目先の損得や、狭い視野の考えで批判するようなことはいけない。もっと学問をして自分の知識能力を深め高めなさい。)


(訳注) #15(9)
若夫商財賄之有亡,計班資之崇庳。
ただ、もし私が財産の有る無しということや、官位や俸緑の高い低いを計るという考えをしたということにしよう。
・商財賄之有亡 財産の有る無しをはかり考える。「財」「賄」両方ともたから。
・計班資之崇庳 官位と俸緑の高い低いを計算する。班は官位、官僚機構・支配機構を担った身分階級のこと。資は俸給。1 あることに役立てる金品。もとで。「資金・資産・資本/学資・巨資・出資・投資・物資・融資」 2 もとになるもの。「資材・資料」 3 もちまえ。たち。「資格・資質/英資」


忘己量之所稱,指前人之瑕疵。
あるいは、自分の力量のふさわしいところを忘れたり、先輩の人材登用の欠点を指さし非難するということをしたとしよう。
・前人 先輩。
・暇庇傷、欠点。


是所謂詰匠氏之不以杙為楹,
こう云う考えは前にいった大工の棟梁が小木の垂木をもって柱にしないただしいことなのにそれを問いつめるようなものだし、
・杙 小材の例としての棒くい、垂木。
・楹 まるはしら。大黒柱のような意味合い。


而訾醫師以昌陽引年,欲進其豨苓也。」
医師が菖蒲の根をもって年寿を延ばそうとするのを悪くいって、自分がとってきた毒草を進めようと思うようなもので、建築では大工に、医療では医師に、政事上の人材登用では宰相にこそまかせるべきである、と。
(大所高所に立って考えたものを目先の損得や、狭い視野の考えで批判するようなことはいけない。もっと学問をして自分の知識能力を深め高めなさい。)
・昌陽 寺に九つの節がある菖蒲の根。薬草。
・引年 年齢を延長する。 
・稀苓 いのくそぐさ、また、毒草の名。希苓に同じ

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-14>Ⅱ中唐詩570 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1846

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-14>


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-14>Ⅱ中唐詩570 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1846


#13(8)-1
今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。
先生は今思えば儒家のこれまでは、学問的には努力してきたけれども、その正しい系統を継いでいないのである。言説は多いけれども、その過不足のない道理の根幹にあたることを求めていないのである。
文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。
文章は興味深く面白いものというだけでは用をなさないのである。行いは善くても、多数の人々の行いまで変えていくほどのきわだちがなくてはならないのである。
猶且月費俸錢,歲糜廩粟。
それを私にあてて考えてみると、それでもまた毎月俸給の金銭を考えもなく費やし、そして年々俸禄を消費しているのである。
子不知耕,婦不知織。
それに、子供には田を耕す苦労を教えておらず、妻は機を織ることも知らないということなのだ。
(孔子・孟子からその後受け継ぎが出来なかったのを自分にあてはめると学問として理解していても、実生活の上で生かしていない、理論と実践ができていないことを云う。)

#14(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。
踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?
動而得謗,名亦隨之。
投閑置散,乃分之宜。

外出に際して馬に乗り、供人を連れているのであり、安楽に坐ったままで、何も働かずに食えるのである。
平凡な日常生活を送り、ただこせこせと歩くようにきまった途できまじめに暮らすのである。そして古い書物を覗いては、その中の知識をひそかに盗みとって書き物をしているのである。
行動すると悪口をいわれ、名声、評判もそれにしたがって悪いのである。
しかし、閑職に投入され、無用の役に置かれているということも、それはそれで私の分際にちょうどいいと思ってはいるのである。


今 先生は學は勤めたりと雖も 而も其の統に繇【よ】らず,言は多しと雖も 而も其の中を要【もと】めず。
文は奇なりと雖も而も用を濟【な】さず,行【おこない】は修まれりと雖も而も眾【しゅう】に顯【あらわ】れず。
猶お且つ月【つきづき】に俸錢【ほうせん】を費し,歲【としどし】に廩粟【りんぞく】を糜【ついや】す。
子は耕すことを知らず,婦は織ることを知らず。
#14(8)-2
乘馬して徒を從えて,安坐して食う。
常途【じょうと】を踵【ふ】み之れ促促たり,陳編【ちんべん】を窺【うかが】い以って盜竊【とうせつ】す。
然り而して聖主【せいしゅ】誅を加えず,宰臣にも斥【しりぞ】けられず,茲れ其の幸【さいわい】に非らず?
動いて謗【そしり】を得,名も亦た之に隨う。
閑に投じ散にか置るるは,乃ち分の宜しきなり。


DCF00212

『進学解 韓退之(韓愈)』 現代語訳と訳註
(本文)
#14(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?動而得謗,名亦隨之。投閑置散,乃分之宜。


(下し文) #14(8)-2
乘馬して徒を從えて,安坐して食う。
常途【じょうと】を踵【ふ】み之れ促促たり,陳編【ちんべん】を窺【うかが】い以って盜竊【とうせつ】す。
然り而して聖主【せいしゅ】誅を加えず,宰臣にも斥【しりぞ】けられず,茲れ其の幸【さいわい】に非らず?
動いて謗【そしり】を得,名も亦た之に隨う。
閑に投じ散にか置るるは,乃ち分の宜しきなり。


(現代語訳)
外出に際して馬に乗り、供人を連れているのであり、安楽に坐ったままで、何も働かずに食えるのである。
平凡な日常生活を送り、ただこせこせと歩くようにきまった途できまじめに暮らすのである。そして古い書物を覗いては、その中の知識をひそかに盗みとって書き物をしているのである。
行動すると悪口をいわれ、名声、評判もそれにしたがって悪いのである。
しかし、閑職に投入され、無用の役に置かれているということも、それはそれで私の分際にちょうどいいと思ってはいるのである。


(訳注) #14(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。

外出に際して馬に乗り、供人を連れているのであり、安楽に坐ったままで、何も働かずに食えるのである。


踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
平凡な日常生活を送り、ただこせこせと歩くようにきまった途できまじめに暮らすのである。そして古い書物を覗いては、その中の知識をひそかに盗みとって書き物をしているのである。
・踵常途 きまった途を歩く。平凡な日常を送る。
・促促 捉捉、離鮫と同じ、きまじめにこせこせと。
・陳編 古書、陳は古。
・盜竊 その中の知識をひそかに盗みとる。


然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?
そういうことであっても聖徳ある天子は死罪を加えられるということはなく、宰相の大臣にも退けられるということがないのであり、これは孟子や荀子にくらべて幸運ということではなかろうか。


動而得謗,名亦隨之。
だけど、行動すると悪口をいわれ、名声、評判もそれにしたがって悪いのである。


投閑置散,乃分之宜。
しかし、閑職に投入され、無用の役に置かれているということも、それはそれで私の分際にちょうどいいと思ってはいるのである。
・投閑 ひまな役に任ずる。
・置散 役に立たない官に置く。博士の戦を暗示する。
・分之宜 自分の分鞍では宜しいところ。分とは才能の限界、自分の力の限度。分相応。

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-13>Ⅱ中唐詩569 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1842

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-13>


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-13>Ⅱ中唐詩569 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1842


#12(7)
昔者孟軻好辯,孔道以明。
昔、孟軻は弁舌するのが好きである、論弁することによって孔子の道は明らかになったのである。
轍環天下,卒老於行。
天下の諸侯に遊説する彼の車の轍は天下をめぐってその道を説いたが、ついに旅の中途にのかかわらず年老いてしまったのである。
荀卿守正,大論是宏。
筍卿は正しい道を守って、その大論説はそのために世に弘まった。
逃讒於楚,廢死蘭陵。
楚の国で祭酒と最長老についたが讒言を逃れて楚に行き、蘭陵で役をやめられて死んでしまった。
是二儒者,吐辭為經,舉足為法。
この二人は儒者である、彼等の言辞が口から出れば、そのまま聖賢の教えとなり、足を挙げて行動すれば、それが世の手本となるというものであった。
絕類離倫,優入聖域,其遇於世何如也?
世俗の人間の仲間から並み外れてすぐれている、十分に聖人の領域に入っていたのであるが、彼らの人世での境遇はどうであったろうかというと、まことに不幸せであったということであろう。


#13(8)-1
今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。
先生は今思えば儒家のこれまでは、学問的には努力してきたけれども、その正しい系統を継いでいないのである。言説は多いけれども、その過不足のない道理の根幹にあたることを求めていないのである。
文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。
文章は興味深く面白いものというだけでは用をなさないのである。行いは善くても、多数の人々の行いまで変えていくほどのきわだちがなくてはならないのである。
猶且月費俸錢,歲糜廩粟。
それを私にあてて考えてみると、それでもまた毎月俸給の金銭を考えもなく費やし、そして年々俸禄を消費しているのである。
子不知耕,婦不知織。
それに、子供には田を耕す苦労を教えておらず、妻は機を織ることも知らないということなのだ。
(孔子・孟子からその後受け継ぎが出来なかったのを自分にあてはめると学問として理解していても、実生活の上で生かしていない、理論と実践ができてていないことを云う。)

#14(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?動而得謗,名亦隨之。投閑置散,乃分之宜。


今 先生は學は勤めたりと雖も 而も其の統に繇【よ】らず,言は多しと雖も 而も其の中を要【もと】めず。
文は奇なりと雖も而も用を濟【な】さず,行【おこない】は修まれりと雖も而も眾【しゅう】に顯【あらわ】れず。
猶お且つ月【つきづき】に俸錢【ほうせん】を費し,歲【としどし】に廩粟【りんぞく】を糜【ついや】す。
子は耕すことを知らず,婦は織ることを知らず

#14(8)-2
乘馬して徒を從えて,安坐して食う。
常途【じょうと】を踵【ふ】み之れ促促たり,陳編【ちんべん】を窺【うかが】い以って盜竊【とうせつ】す。
然り而して聖主【せいしゅ】誅を加えず,宰臣にも斥【しりぞ】けられず,茲れ其の幸【さいわい】に非らず?
動いて謗【そしり】を得,名も亦た之に隨う。
閑に投じ散にか置るるは,乃ち分の宜しきなり。

DCF00214

『進学解』 現代語訳と訳註
(本文) #13(8)-1

今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。猶且月費俸錢,歲糜廩粟。子不知耕,婦不知織。


(下し文)
今 先生は學は勤めたりと雖も 而も其の統に繇【よ】らず,言は多しと雖も 而も其の中を要【もと】めず。
文は奇なりと雖も而も用を濟【な】さず,行【おこない】は修まれりと雖も而も眾【しゅう】に顯【あらわ】れず。
猶お且つ月【つきづき】に俸錢【ほうせん】を費し,歲【としどし】に廩粟【りんぞく】を糜【ついや】す。
子は耕すことを知らず,婦は織ることを知らず。


(現代語訳)
先生は今思えば儒家のこれまでは、学問的には努力してきたけれども、その正しい系統を継いでいないのである。言説は多いけれども、その過不足のない道理の根幹にあたることを求めていないのである。
文章は興味深く面白いものというだけでは用をなさないのである。行いは善くても、多数の人々の行いまで変えていくほどのきわだちがなくてはならないのである。
それを私にあてて考えてみると、それでもまた毎月俸給の金銭を考えもなく費やし、そして年々俸禄を消費しているのである。
それに、子供には田を耕す苦労を教えておらず、妻は機を織ることも知らないということなのだ。
(孔子・孟子からその後受け継ぎが出来なかったのを自分にあてはめると学問として理解していても、実生活の上で生かしていない、理論と実践ができていないことを云う。)


(訳注) #13(8)-1
今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。

先生は今思えば儒家のこれまでは、学問的には努力してきたけれども、その正しい系統を継いでいないのである。言説は多いけれども、その過不足のない道理の根幹にあたることを求めていないのである。
・不繇其統 儒家の聖人の道の伝統を受けついでいない。孟子以後伝統か絶えていること。老荘思想・神仙、道教と引き継がれていき儒教の理論的発展がなかったことを云う。
・不要其中 中は過不及のない中正の道。道理の中心、根幹を求めない。
 

文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。
文章は興味深く面白いものというだけでは用をなさないのである。行いは善くても、多数の人々の行いまで変えていくほどのきわだちがなくてはならないのである。


猶且月費俸錢,歲糜廩粟。
それを私にあてて考えてみると、それでもまた毎月俸給の金銭を考えもなく費やし、そして年々俸禄を消費しているのである。
・糜廩粟 廩は政府の米倉。粟は米穀のもみの状態のもの。俸禄米を何とはなしに費やす。糜はかゆの米粒の形がない状態をいう。


子不知耕,婦不知織。
それに、子供には田を耕す苦労を教えておらず、妻は機を織ることも知らないということなのだ。
(孔子・孟子からその後受け継ぎが出来なかったのを自分にあてはめると学問として理解していても、実生活の上で生かしていない、理論と実践ができていないことを云う。)

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-12>Ⅱ中唐詩568 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1838


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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩進学解 韓退之(韓愈)詩<114-12>Ⅱ中唐詩568 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1838 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-12>Ⅱ中唐詩568 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1838


#12(7)
昔者孟軻好辯,孔道以明。
昔、孟軻は弁舌するのが好きである、論弁することによって孔子の道は明らかになったのである。
轍環天下,卒老於行。
天下の諸侯に遊説する彼の車の轍は天下をめぐってその道を説いたが、ついに旅の中途にのかかわらず年老いてしまったのである。
荀卿守正,大論是宏。
筍卿は正しい道を守って、その大論説はそのために世に弘まった。
逃讒於楚,廢死蘭陵。
楚の国で祭酒と最長老についたが讒言を逃れて楚に行き、蘭陵で役をやめられて死んでしまった。
是二儒者,吐辭為經,舉足為法。
この二人は儒者である、彼等の言辞が口から出れば、そのまま聖賢の教えとなり、足を挙げて行動すれば、それが世の手本となるというものであった。
絕類離倫,優入聖域,其遇於世何如也?

世俗の人間の仲間から並み外れてすぐれている、十分に聖人の領域に入っていたのであるが、彼らの人世での境遇はどうであったろうかというと、まことに不幸せであったということであろう。

昔は孟軻【もうか】辯【べん】を好んで,孔道【こうどう】以って明らかなり。
轍【わだち】天下を環【めぐ】って,卒【つい】に行【みち】に老いたり。
荀卿【じゅんけい】正を守って,大論【たいろん】是に宏まる。
讒を楚に逃れて,蘭陵【らんりょう】に廢死せり。
是の二儒の者は,辭を吐けば經と為り,足を舉ぐれば法と為り。
類を絕ち倫を離れて,優に聖域に入る,其の世に遇える何如【いかん】ぞや?


『進学解』 現代語訳と訳註
(本文)
#12(7)
昔者孟軻好辯,孔道以明。轍環天下,卒老於行。荀卿守正,大論是宏。逃讒於楚,廢死蘭陵。是二儒者,吐辭為經,舉足為法。絕類離倫,優入聖域,其遇於世何如也?


(下し文)
昔は孟軻【もうか】辯【べん】を好んで,孔道【こうどう】以って明らかなり。
轍【わだち】天下を環【めぐ】って,卒【つい】に行【みち】に老いたり。
荀卿【じゅんけい】正を守って,大論【たいろん】是に宏まる。
讒を楚に逃れて,蘭陵【らんりょう】に廢死せり。
是の二儒の者は,辭を吐けば經と為り,足を舉ぐれば法と為り。
類を絕ち倫を離れて,優に聖域に入る,其の世に遇える何如【いかん】ぞや?


(現代語訳)
昔、孟軻は弁舌するのが好きである、論弁することによって孔子の道は明らかになったのである。
天下の諸侯に遊説する彼の車の轍は天下をめぐってその道を説いたが、ついに旅の中途にのかかわらず年老いてしまったのである。
筍卿は正しい道を守って、その大論説はそのために世に弘まった。
楚の国で祭酒と最長老についたが讒言を逃れて楚に行き、蘭陵で役をやめられて死んでしまった。
この二人は儒者である、彼等の言辞が口から出れば、そのまま聖賢の教えとなり、足を挙げて行動すれば、それが世の手本となるというものであった。
世俗の人間の仲間から並み外れてすぐれている、十分に聖人の領域に入っていたのであるが、彼らの人世での境遇はどうであったろうかというと、まことに不幸せであったということであろう。


(訳注) #12(7)
昔者孟軻好辯,孔道以明。
昔、孟軻は弁舌するのが好きである、論弁することによって孔子の道は明らかになったのである。
・孟軻好辯 『孟子』滕文下篇に「公都子曰:「外人皆稱夫子好辯,敢問何也?」 孟子曰:「予豈好辯哉?予不得已也!」(孔都子日く、外人皆夫子は弁を好む称す。敢て問う何ぞやと。孟子日く、予豈弁を好まんや、予己むを得ざれはなり)とあるのによる。


轍環天下,卒老於行。
天下の諸侯に遊説する彼の車の轍は天下をめぐってその道を説いたが、ついに旅の中途にのかかわらず年老いてしまったのである。
・轍環天下 車の輪のあとが天下をめぐる。天下の諸侯に遊説した。
・行 途中。


荀卿守正,大論是宏。
筍卿は正しい道を守って、その大論説はそのために世に弘まった。
・荀卿 中国の思想家、荀子の尊称。孟子と同じく孔子の弟子として出発した荀子だが、人間が本質的に善であるか悪であるかについて対立したとはどの教科書にも載っていることである。時代的には、孟子が性善説を述べ、これに対して荀子が反論した。


逃讒於楚,廢死蘭陵。
楚の国で祭酒と最長老についたが讒言を逃れて楚に行き、蘭陵で役をやめられて死んでしまった。
・逃讒於楚 筍子は五十歳で斉の学者の中の最長老となり、三たび祭酒となったが、或る人の讒言を逃れて楚に行き、春申君に仕えて、蘭陵の県令となった。
・廃死 役をやめられ、蘭陵に住んでそこで死んだとあるのをさす。


是二儒者,吐辭為經,舉足為法。
この二人は儒者である、彼等の言辞が口から出れば、そのまま聖賢の教えとなり、足を挙げて行動すれば、それが世の手本となるというものであった。


絕類離倫,優入聖域,其遇於世何如也?
世俗の人間の仲間から並み外れてすぐれている、十分に聖人の領域に入っていたのであるが、彼らの人世での境遇はどうであったろうかというと、まことに不幸せであったということであろう。
・絶類離倫 類倫(世の仲間同類)から絶離(かけ
はなれる)する。人並み外れてすぐれていること。「類」、「倫」はともに仲間や同類のこと。同類を超えて離れる、超越しているという意味。
○優 ゆたか、十分。
○聖域 最高の知徳の人の領域(さかい)に入る。

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-11>Ⅱ中唐詩567 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1834

『進学解』(11回目)6段の2回目  韓退之(韓愈)



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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-11>Ⅱ中唐詩567 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1834


#8(5)-1
少始知學,勇於敢為。
先生は年若くして始めて学問を知るが、学んだ道を思い切ってすることに勇気があるということである。
長通於方,左右俱宜:
成長してからは道理・法則がよくわかって、包容力についても左にも右にもともによろしく理にかなった行いをされるのである。
先生之於為人,可謂成矣。
先生の人柄は、完全にでき上がったものということができるでしょう。
然而公不見信於人,私不見助於友。
ただそうだといっても、先生は公について、役所ではそこの人から信ぜられず、先生を個人的に友人たちで助けることができないということがあった。
跋前躓後,動輒得咎。
『詩経』に「老いた狼が、進めばあごの下の肉を踏み、退けば大きな尾につまずく」、とあるように、進退いずれも困難な時期があり、ちょっとしたことで咎めを受けてしまわれた。
暫為御史,遂竄南夷。
御史大夫になって少しの間(約3か月)で、ついに南方のはてに追いやられたのです。
#9(5)-2
三爲博士,冗不見治。
三度目の博士となってからは、余計な人間としてふるまい政治に関心を見せないようにしたので治績をあげることはなかった。
命與仇謀,取敗幾時!
そうなれば運命と仇敵とが謀を相談し合っておとしいれるかのようになり、失敗なさるのはあと幾時であろうかと、いずれにしてもそう遅くはないことでしょう。
冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。
あたたかい冬というのに着物が足りないので幼児は寒さになきさけぶだろうし、豊年でも飯米が不足したというなら妻は飢えに泣くというものでしょう。
頭童齒豁,竟死何裨?
先生御自身は、老いて頭は禿げてしまい歯は抜け落ちてまばらになってしまい、ついには死んでしまうというのでは、何の益があるというのでしょう。
不知慮此,而反教人為!

このことを思もん計るわけでもなく、反って人に、「学問を精明にし、行いを成せ」と教え、戒めることなどをなさっておられるが、これは矛盾ではありませんか、と。


#10(6)-1
先生曰:「吁!子來前。
先生はいわれた、おおい、君は前に出て来なさい。
夫大木為杗,細木為桷。
家を建設することは、大木を棟や梁とし、細木は野地組垂木とするものである。
欂櫨侏儒,椳闑扂楔。
屋根の小屋組は柱の上の枡型や梁の上の短い柱、戸のくるるや門の戸をとざす柱、門の扉、そのかんぬきや門の両がわの柱などにつかわれる。
各得其宜,施以成室者,匠氏之工也。

各々その用い方による木を生かしてうまく使い、その施工法で家を完成させるのは、大工の棟梁の腕によるところである。

#11(6)-2
玉札、丹砂,赤箭、青芝,牛溲,馬勃,
漢方薬でいうと玉札という粉薬、不老長寿薬の丹砂、赤箭といぅ薬草、青芝という霊芝類、牛の尿や馬勃というまぐそ笋などある。
敗鼓之皮,俱收並蓄,
それらを破れた鼓の皮などに、みな取り入れ、一様にたくわえるであろう。
待用無遺者,醫師之良也。
それを必要に応じて手落ちのないように処方するのは医師の良い者がすることである。
登明選公,雜進巧拙,紆餘為姘,
上に立つものが人物を登用するのに眼が明らかなことが重要で、官吏を選ぶのに公平であり、上手も下手もまじえ進め用い、才徳のありあまるものを美事な人物を選ぶことが出来るかどうか。、
卓犖為傑,校短量長,
力量高くすぐれたものを秀でた人物とし、短く劣ったところと長くすぐれた所とをくらべ計ることの目があるあるかどうか。
惟器是適者,宰相之方也。

ただその人物の器量を見抜き、適所に用いることこそが、宰相大臣の正しい道である。


先生曰く:「吁あ!子來り前【すす】め。
夫れ大木を杗【うつばり】と為し,細木桷【たるき】と為し。
欂櫨【はくろ】侏儒【しゅじゅ】,椳闑【わいげき】扂楔【てんせつ】。
各の其の宜しきを得て,施して以って室を成す者は,匠氏の工なり。

玉札【ぎょくさつ】、丹砂【たんさ】,赤箭【せきせん】、青芝,牛溲【ぎゅうしゅう】,馬勃【ばぼつ】,敗鼓【はいこ】の皮,俱に收め並びに蓄え,用を待って遺す無き者は,醫師の良なり。登すこと明に選ぶこと公にして,巧拙を雜え進め,紆餘【うよ】を姘【けん】と為し,卓犖【たくらく】を傑と為し,短を校【くら】べ長を量り,惟だ器を是れに適する者は,宰相の方なり。

ocha00

『進学解』(11回目)6段の2回目 現代語訳と訳註
(本文)
#11(6)-2
玉札、丹砂,赤箭、青芝,牛溲,馬勃,敗鼓之皮,俱收並蓄,待用無遺者,醫師之良也。登明選公,雜進巧拙,紆餘為姘,卓犖為傑,校短量長,惟器是適者,宰相之方也。


(下し文)
玉札【ぎょくさつ】、丹砂【たんさ】,赤箭【せきせん】、青芝,牛溲【ぎゅうしゅう】,馬勃【ばぼつ】,敗鼓【はいこ】の皮,俱に收め並びに蓄え,用を待って遺す無き者は,醫師の良なり。登すこと明に選ぶこと公にして,巧拙を雜え進め,紆餘【うよ】を姘【けん】と為し,卓犖【たくらく】を傑と為し,短を校【くら】べ長を量り,惟だ器を是れに適する者は,宰相の方なり。


(現代語訳)
漢方薬でいうと玉札という粉薬、不老長寿薬の丹砂、赤箭といぅ薬草、青芝という霊芝類、牛の尿や馬勃というまぐそ笋などある。
それらを破れた鼓の皮などに、みな取り入れ、一様にたくわえるであろう。
それを必要に応じて手落ちのないように処方するのは医師の良い者がすることである。
上に立つものが人物を登用するのに眼が明らかなことが重要で、官吏を選ぶのに公平であり、上手も下手もまじえ進め用い、才徳のありあまるものを美事な人物を選ぶことが出来るかどうか。、
力量高くすぐれたものを秀でた人物とし、短く劣ったところと長くすぐれた所とをくらべ計ることの目があるあるかどうか。
ただその人物の器量を見抜き、適所に用いることこそが、宰相大臣の正しい道である。


(訳注) #11(6)-2
玉札、丹砂,赤箭、青芝,牛溲,馬勃,

漢方薬でいうと玉札という粉薬、不老長寿薬の丹砂、赤箭といぅ薬草、青芝という霊芝類、牛の尿や馬勃というまぐそ笋などある。
○玉札 玉のすり屑、薬品名。相手を敬って、その手紙をいう語。ここでは薬になる玉石を擂り潰した薬の粉じょうたいのもの。
丹砂 朱砂・辰砂。道教の仙人が作る不老養生の仙薬の材料。ドロマイト中に含まれる辰砂の結晶。中国産. 辰砂(しんしゃ、cinnabar)は硫化水銀(II)(HgS)からなる鉱物である。別名に賢者の石、赤色硫化水銀、丹砂、朱砂、水銀朱などがある。日本では古来「丹(に)」と呼ばれた。水銀の重要な鉱石鉱物。
○赤箭 薬草の名。赤い矢のような形の草(菌類)。
○青芝 青い菌。霊芝の一種。霊薬の名。
〇牛溲 牛の尿
○馬勃 まぐそだけ。キノコの一種。


敗鼓之皮,俱收並蓄,
それらを破れた鼓の皮などに、みな取り入れ、一様にたくわえるであろう。
○枚 鼓之皮 やぶれ太鼓の皮。


待用無遺者,醫師之良也。
それを必要に応じて手落ちのないように処方するのは医師の良い者がすることである。


登明選公,雜進巧拙,紆餘為姘,
上に立つものが人物を登用するのに眼が明らかなことが重要で、官吏を選ぶのに公平であり、上手も下手もまじえ進め用い、才徳のありあまるものを美事な人物を選ぶことが出来るかどうか。、
○紆余 ありあまる。才徳の豊かなこと。
○研 美。


卓犖為傑,校短量長,
力量高くすぐれたものを秀でた人物とし、短く劣ったところと長くすぐれた所とをくらべ計ることの目があるあるかどうか。
〇卓牽 高くすぐれているさま。力量示抜きんでている。
○傑 秀でた者。
〇校 くらべる。


惟器是適者,宰相之方也。
ただその人物の器量を見抜き、適所に用いることこそが、宰相大臣の正しい道である。
○器是適 「適レ器」の倒置法。器量にふさわしく用いる。是は強意の助字。
〇方 遺、法。

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-10>Ⅱ中唐詩566 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1830

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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#8(5)-1
少始知學,勇於敢為。
先生は年若くして始めて学問を知るが、学んだ道を思い切ってすることに勇気があるということである。
長通於方,左右俱宜:
成長してからは道理・法則がよくわかって、包容力についても左にも右にもともによろしく理にかなった行いをされるのである。
先生之於為人,可謂成矣。
先生の人柄は、完全にでき上がったものということができるでしょう。
然而公不見信於人,私不見助於友。
ただそうだといっても、先生は公について、役所ではそこの人から信ぜられず、先生を個人的に友人たちで助けることができないということがあった。
跋前躓後,動輒得咎。
『詩経』に「老いた狼が、進めばあごの下の肉を踏み、退けば大きな尾につまずく」、とあるように、進退いずれも困難な時期があり、ちょっとしたことで咎めを受けてしまわれた。
暫為御史,遂竄南夷。
御史大夫になって少しの間(約3か月)で、ついに南方のはてに追いやられたのです。
#9(5)-2
三爲博士,冗不見治。
三度目の博士となってからは、余計な人間としてふるまい政治に関心を見せないようにしたので治績をあげることはなかった。
命與仇謀,取敗幾時!
そうなれば運命と仇敵とが謀を相談し合っておとしいれるかのようになり、失敗なさるのはあと幾時であろうかと、いずれにしてもそう遅くはないことでしょう。
冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。
あたたかい冬というのに着物が足りないので幼児は寒さになきさけぶだろうし、豊年でも飯米が不足したというなら妻は飢えに泣くというものでしょう。
頭童齒豁,竟死何裨?
先生御自身は、老いて頭は禿げてしまい歯は抜け落ちてまばらになってしまい、ついには死んでしまうというのでは、何の益があるというのでしょう。
不知慮此,而反教人為!
このことを思もん計るわけでもなく、反って人に、「学問を精明にし、行いを成せ」と教え、戒めることなどをなさっておられるが、これは矛盾ではありませんか、と。


#10(6)-1
先生曰:「吁!子來前。
先生はいわれた、おおい、君は前に出て来なさい。
夫大木為杗,細木為桷。
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欂櫨侏儒,椳闑扂楔。
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各得其宜,施以成室者,匠氏之工也。
各々その用い方による木を生かしてうまく使い、その施工法で家を完成させるのは、大工の棟梁の腕によるところである。

#11(6)-2
玉札、丹砂,赤箭、青芝,牛溲,馬勃,敗鼓之皮,俱收並蓄,待用無遺者,醫師之良也。登明選公,雜進巧拙,紆餘為姘,卓犖為傑,校短量長,惟器是適者,宰相之方也。


先生曰く:「吁あ!子來り前【すす】め。
夫れ大木を杗【うつばり】と為し,細木桷【たるき】と為し。
欂櫨【はくろ】侏儒【しゅじゅ】,椳闑【わいげき】扂楔【てんせつ】。
各の其の宜しきを得て,施して以って室を成す者は,匠氏の工なり。

玉札【ぎょくさつ】、丹砂【たんさ】,赤箭【せきせん】、青芝,牛溲【ぎゅうしゅう】,馬勃【ばぼつ】,敗鼓【はいこ】の皮,俱に收め並びに蓄え,用を待って遺す無き者は,醫師の良なり。登すこと明に選ぶこと公にして,巧拙を雜え進め,紆餘【うよ】を姘【けん】と為し,卓犖【たくらく】を傑と為し,短を校【くら】べ長を量り,惟だ器を是れに適する者は,宰相の方なり。


五重塔(1)
『進学解』 現代語訳と訳註
(本文)
#10(6)-1
先生曰:「吁!子來前。夫大木為杗,細木為桷。欂櫨侏儒,椳闑扂楔。各得其宜,施以成室者,匠氏之工也。


(下し文)
先生曰く:「吁あ!子來り前【すす】め。
夫れ大木を杗【うつばり】と為し,細木桷【たるき】と為し。
欂櫨【はくろ】侏儒【しゅじゅ】,椳闑【わいげき】扂楔【てんせつ】。
各の其の宜しきを得て,施して以って室を成す者は,匠氏の工なり。


(現代語訳)
先生はいわれた、おおい、君は前に出て来なさい。
家を建設することは、大木を棟や梁とし、細木は野地組垂木とするものである。
屋根の小屋組は柱の上の枡型や梁の上の短い柱、戸のくるるや門の戸をとざす柱、門の扉、そのかんぬきや門の両がわの柱などにつかわれる。
各々その用い方による木を生かしてうまく使い、その施工法で家を完成させるのは、大工の棟梁の腕によるところである。


(訳注) #10(6)-1
先生曰:「吁!子來前。
先生はいわれた、おおい、君は前に出て来なさい。


夫大木為杗,細木為桷。
家を建設することは、大木を棟や梁とし、細木は野地組垂木とするものである。
○杗 音バウ、棟木、梁。
○桷 野地組たるき。


欂櫨侏儒,椳闑扂楔。
屋根の小屋組は柱の上の枡型や梁の上の短い柱、戸のくるるや門の戸をとざす柱、門の扉、そのかんぬきや門の両がわの柱などにつかわれる。
○槽櫨 柱の上部の四角な材。ますがた。屋根荷重を集中させるもの地震の場合にはなくてはならないもの。
○侏儒 梁の上の短柱。うだち。侏儒は小人。屋根の小屋組みの柱。
○椳 門の枢(くるる、とぼそ)。
○闑 門の中央の木で、扉を閉じる支え。
○扂 門扉のかんぬき。
○楔 門の両側の柱。


各得其宜,施以成室者,匠氏之工也。
各々その用い方による木を生かしてうまく使い、その施工法で家を完成させるのは、大工の棟梁の腕によるところである
○室 家屋。
○匠氏 大工の棟梁。


進学解 韓退之(韓愈)詩<114-9>Ⅱ中唐詩565 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1826

進学解 韓退之



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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-9>Ⅱ中唐詩565 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1826


五段目の2回目

#8(5)-1
少始知學,勇於敢為。
先生は年若くして始めて学問を知るが、学んだ道を思い切ってすることに勇気があるということである。
長通於方,左右俱宜:
成長してからは道理・法則がよくわかって、包容力についても左にも右にもともによろしく理にかなった行いをされるのである。
先生之於為人,可謂成矣。
先生の人柄は、完全にでき上がったものということができるでしょう。
然而公不見信於人,私不見助於友。
ただそうだといっても、先生は公について、役所ではそこの人から信ぜられず、先生を個人的に友人たちで助けることができないということがあった。
跋前躓後,動輒得咎。
『詩経』に「老いた狼が、進めばあごの下の肉を踏み、退けば大きな尾につまずく」、とあるように、進退いずれも困難な時期があり、ちょっとしたことで咎めを受けてしまわれた。
暫為御史,遂竄南夷。

御史大夫になって少しの間(約3か月)で、ついに南方のはてに追いやられたのです。
#9(5)-2
三爲博士,冗不見治。
三度目の博士となってからは、余計な人間としてふるまい政治に関心を見せないようにしたので治績をあげることはなかった。
命與仇謀,取敗幾時!
そうなれば運命と仇敵とが謀を相談し合っておとしいれるかのようになり、失敗なさるのはあと幾時であろうかと、いずれにしてもそう遅くはないことでしょう。
冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。
あたたかい冬というのに着物が足りないので幼児は寒さになきさけぶだろうし、豊年でも飯米が不足したというなら妻は飢えに泣くというものでしょう。
頭童齒豁,竟死何裨?
先生御自身は、老いて頭は禿げてしまい歯は抜け落ちてまばらになってしまい、ついには死んでしまうというのでは、何の益があるというのでしょう。
不知慮此,而反教人為!
このことを思もん計るわけでもなく、反って人に、「学問を精明にし、行いを成せ」と教え、戒めることなどをなさっておられるが、これは矛盾ではありませんか、と。


#8(5)-1
少【わか】くして始めて學を知りて,敢為に於勇なり。
長じて方【みち】に於通じて,左右俱に宜し:
先生の人と為り於ける,成り謂う可し。
然れども公にしては人に信ぜられず,私にしては友に助けられず。
前に跋【ふ】み後に躓【つまず】き,動【やや】もすれば輒ち咎【とがめ】を得ん。
暫らく御史と為り,遂に南夷に竄【ざん】せらる。
#9(5)-2
三たび博士と爲り,冗として治を見ず。
命と仇を謀り,敗を取ること幾時ぞ!
冬暖かなれども兒は寒に號【さけ】び,年豐かなれども妻は飢に啼く。頭は童に齒は豁【くわ】に,竟に死すとも何の裨【おきない】かあらん?
不れを慮【おもんばか】るを知らずして,反って人を教えるを為さん!

fuyu0005

『進学解』 現代語訳と訳註
(本文)
#9(5)-2
三爲博士,冗不見治。命與仇謀,取敗幾時!冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。頭童齒豁,竟死何裨?不知慮此,而反教人為!


(下し文)
#9(5)-2
三たび博士と爲り,冗として治を見ず。
命と仇を謀り,敗を取ること幾時ぞ!
冬暖かなれども兒は寒に號【さけ】び,年豐かなれども妻は飢に啼く。頭は童に齒は豁【くわ】に,竟に死すとも何の裨【おきない】かあらん?
不れを慮【おもんばか】るを知らずして,反って人を教えるを為さん!


(現代語訳)
三度目の博士となってからは、余計な人間としてふるまい政治に関心を見せないようにしたので治績をあげることはなかった。
そうなれば運命と仇敵とが謀を相談し合っておとしいれるかのようになり、失敗なさるのはあと幾時であろうかと、いずれにしてもそう遅くはないことでしょう。
あたたかい冬というのに着物が足りないので幼児は寒さになきさけぶだろうし、豊年でも飯米が不足したというなら妻は飢えに泣くというものでしょう。
先生御自身は、老いて頭は禿げてしまい歯は抜け落ちてまばらになってしまい、ついには死んでしまうというのでは、何の益があるというのでしょう。
このことを思もん計るわけでもなく、反って人に、「学問を精明にし、行いを成せ」と教え、戒めることなどをなさっておられるが、これは矛盾ではありませんか、と。


(訳注) #9(5)-2
三爲博士,冗不見治。
三度目の博士となってからは、余計な人間としてふるまい政治に関心を見せないようにしたので治績をあげることはなかった。
○冗不見治 ひまな、余計な人として、政治を見ない。


命與仇謀,取敗幾時!
そうなれば運命と仇敵とが謀を相談し合っておとしいれるかのようになり、失敗なさるのはあと幾時であろうかと、いずれにしてもそう遅くはないことでしょう。
○命与仇謀 運命と仇敵とが共にたくらんで陥れるかのようである。
○取敗幾時 失敗を取るのはあと


冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。
あたたかい冬というのに着物が足りないので幼児は寒さになきさけぶだろうし、豊年でも飯米が不足したというなら妻は飢えに泣くというものでしょう。
・この聯は最終句に矛盾ではないかということに架かるものである。

頭童齒豁,竟死何裨?
先生御自身は、老いて頭は禿げてしまい歯は抜け落ちてまばらになってしまい、ついには死んでしまうというのでは、何の益があるというのでしょう。
齒豁 韓愈は35歳の時歯が抜け始め瞬く間に20本を下回る本数しかなかった。
落歯#2 監察御史 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈詩集-27


不知慮此,而反教人為!
このことを思もん計るわけでもなく、反って人に、「学問を精明にし、行いを成せ」と教え、戒めることなどをなさっておられるが、これは矛盾ではありませんか、と。

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-8>Ⅱ中唐詩564 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1822

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-8>



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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首


◎漢文委員会のHP http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/
         http://kanbuniinkai7.dousetsu.com
         http://kanbuniinkai8.dousetsu.com
         http://3rd.geocities.jp/miz910yh/
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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-8>Ⅱ中唐詩564 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1822

14分割の8回目、5段目の1回目


#8(5)-1
少始知學,勇於敢為。
先生は年若くして始めて学問を知るが、学んだ道を思い切ってすることに勇気があるということである。
長通於方,左右俱宜:
成長してからは道理・法則がよくわかって、包容力についても左にも右にもともによろしく理にかなった行いをされるのである。
先生之於為人,可謂成矣。
先生の人柄は、完全にでき上がったものということができるでしょう。
然而公不見信於人,私不見助於友。
ただそうだといっても、先生は公について、役所ではそこの人から信ぜられず、先生を個人的に友人たちで助けることができないということがあった。
跋前躓後,動輒得咎。
『詩経』に「老いた狼が、進めばあごの下の肉を踏み、退けば大きな尾につまずく」、とあるように、進退いずれも困難な時期があり、ちょっとしたことで咎めを受けてしまわれた。
暫為御史,遂竄南夷。
御史大夫になって少しの間(約3か月)で、ついに南方のはてに追いやられたのです。
#9(5)-2
三爲博士,冗不見治。命與仇謀,取敗幾時!冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。頭童齒豁,竟死何裨?不知慮此,而反教人為!


#8(5)-1
少【わか】くして始めて學を知りて,敢為に於勇なり。
長じて方【みち】に於通じて,左右俱に宜し:
先生の人と為り於ける,成り謂う可し。
然れども公にしては人に信ぜられず,私にしては友に助けられず。
前に跋【ふ】み後に躓【つまず】き,動【やや】もすれば輒ち咎【とがめ】を得ん。
暫らく御史と為り,遂に南夷に竄【ざん】せらる。

#9(5)-2
三たび博士と爲り,冗として治を見ず。
命と仇を謀り,敗を取ること幾時ぞ!
冬暖かなれども兒は寒に號【さけ】び,年豐かなれども妻は飢に啼く。頭は童に齒は豁【くわ】に,竟に死すとも何の裨【おきない】かあらん?
不れを慮【おもんばか】るを知らずして,反って人を教えるを為さん!


岳陽樓003


『進学解』8回目 現代語訳と訳註
(本文)
#8(5段目)-1回目
少始知學,勇於敢為。長通於方,左右俱宜:先生之於為人,可謂成矣。然而公不見信於人,私不見助於友。跋前躓後,動輒得咎。暫為御史,遂竄南夷。


(下し文) #8(5)-1
少【わか】くして始めて學を知りて,敢為に於勇なり。
長じて方【みち】に於通じて,左右俱に宜し:
先生の人と為り於ける,成り謂う可し。
然れども公にしては人に信ぜられず,私にしては友に助けられず。
前に跋【ふ】み後に躓【つまず】き,動【やや】もすれば輒ち咎【とがめ】を得ん。
暫らく御史と為り,遂に南夷に竄【ざん】せらる。


(現代語訳)
先生は年若くして始めて学問を知るが、学んだ道を思い切ってすることに勇気があるということである。
成長してからは道理・法則がよくわかって、包容力についても左にも右にもともによろしく理にかなった行いをされるのである。
先生の人柄は、完全にでき上がったものということができるでしょう。
ただそうだといっても、先生は公について、役所ではそこの人から信ぜられず、先生を個人的に友人たちで助けることができないということがあった。
『詩経』に「老いた狼が、進めばあごの下の肉を踏み、退けば大きな尾につまずく」、とあるように、進退いずれも困難な時期があり、ちょっとしたことで咎めを受けてしまわれた。
御史大夫になって少しの間(約3か月)で、ついに南方のはてに追いやられたのです。


(訳注) 『進学解』8回目(5段目)-1回目
少始知學,勇於敢為。

先生は年若くして始めて学問を知るが、学んだ道を思い切ってすることに勇気があるということである。
・敢為 思い切ってする


長通於方,左右俱宜:
成長してからは道理・法則がよくわかって、包容力についても左にも右にもともによろしく理にかなった行いをされるのである。
・方 みち、道理法則。
・左右具宜 左にも右にも、ともに理に合って宜しい行いをする。


先生之於為人,可謂成矣。
先生の人柄は、完全にでき上がったものということができるでしょう。


然而公不見信於人,私不見助於友。
ただそうだといっても、先生は公について、役所ではそこの人から信ぜられず、先生を個人的に友人たちで助けることができないということがあった。
・公 おおやけ、役所のこと。


跋前躓後,動輒得咎。
『詩経』に「老いた狼が、進めばあごの下の肉を踏み、退けば大きな尾につまずく」、とあるように、進退いずれも困難な時期があり、ちょっとしたことで咎めを受けてしまわれた。
・跋前躓後 『詩経』豳風、風狼跋篇に「狼其の胡を跋む、載【すなわ】ち其の尾に躓く」とある。胡は顎の下の垂れ肉。躓はつまずく。尾につまずく。前にも後にも、進退にくるしむ。
動輒 どうかすると、そのつど。ちょっとしたことで。


暫為御史,遂竄南夷。
御史大夫になって少しの間(約3か月)で、ついに南方のはてに追いやられたのです。
○御史 監察御史。官吏を取り締まる官。
○竄 遠くに流される。(軽い流罪:陽山の県知事に貶められる。)
○南夷 五嶺山脈をこえて南のはての異民族の地。広東の連州陽山に流されたことについては、このブログでも20首程度掲載している。


進学解 韓退之(韓愈)詩<114-7>Ⅱ中唐詩563 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1818

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-7>


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 Ⅲ杜甫詩1000詩集石犀行 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -14-2)  <377> 2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1819 杜甫詩1000-377-554/1500 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-7>Ⅱ中唐詩563 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1818


『易経』を模した『太玄経』をあらわした漢の揚雄が世の中から、からかいの評価を受けたことで、「解嘲」と題した嘲(からかい)を解くための文章をあらわした。
 これにならって、学殖がありながら世に用いられない一人の博士の自己弁明を滑稽に述べた「進學解」をあらわしたのである。
14分割の7回目、4段目の2回目


進学解#7(4)-1
沈浸醲郁,含英咀華,
先生の詩文は濃くて香り高い酒のようで、中に沈み浸り、花房を含み、花をかみしめるようにすぐれた詩文を味わっておられる。
作為文章,其書滿家。
そして、詩文章を作られるのであり、その書は家に満ちているのである。
上規姚姒,渾渾無涯。
上代でいえば舜や禹の文、『書経』の尭典・舜典、禹貢などの、素朴円満で、含蓄の涯しなく深い文章を規準にされている。
周誥殷盤,佶屈聱牙。
周代の告諭文である大誥・康誥、殷の盤庚の告文などの読みにくくわかりにくい表現の文章などあるのです。
春秋謹嚴,左氏浮誇。
『春秋』の謹み深くきびしい筆法、その『春秋』左氏伝の根拠なく大げさな文章もあります。
易奇而法,詩正而葩。
『易経』のすぐれて面白く法則の整った文章、『詩経』の中正で花やいだ詩篇なども基準にされているのです。
#7(4)-2
下逮莊騷,太史所錄。
先生は文章を作ることを重要なお仕事とされておるのであり、それは内容が広く大きいものであり、形式においても自由自在なものであるということができるのであります。
伝説的な上代に変わって現実的な下としては戦国時代の荘周の『荘子』や楚の屈原の『離騒』篇、漢の太史公司馬遷の記録した『史記』をとりあげられた。
子雲、相如,同工異曲;
それに加え、漢の揚雄、字は子雲がおり、司馬相如の賦などがある、音楽でいえば曲はちがっても同じくたくみなのに似たようなもので、何れ劣らぬ各種の名文章にまで及んで、すべての文章、賦詞、詩歌の長所を学び取っておられるのである。
先生之於文,可謂閎其中而肆其外矣!

(4)-1
醲郁【じょういく】沈浸し,英を含み華を咀【くら】い,
文章を作為し,其の書 家に滿つ。
「上は姚姒【ようじ】にて,渾渾として涯無きに規る。周誥【しゅうこう】に殷盤【いんばん】にして,聱牙【ごうが】を佶屈【きつくつ】する。
春秋の謹嚴にして,左氏 浮誇なり。
易の奇にして法ある,詩の正にして葩なるもの」 と。
(4)-2
「下は莊騷【そうそう】,太史の錄する所に逮【およ】ぶものなり。
子雲、相如,同工異曲なり;
先生の文に於ける,其の中を閎【おほい】にして其の外を肆【ほしいまま】にすと謂う可し!

DCF00220

『進学解』 現代語訳と訳註
(本文)
#7(4)-2
下逮莊騷,太史所錄。子雲、相如,同工異曲;先生之於文,可謂閎其中而肆其外矣!


(下し文)
「下は莊騷【そうそう】,太史の錄する所に逮【およ】ぶものなり。
子雲、相如,同工異曲なり;
先生の文に於ける,其の中を閎【おほい】にして其の外を肆【ほしいまま】にすと謂う可し!


(現代語訳)
伝説的な上代に変わって現実的な下としては戦国時代の荘周の『荘子』や楚の屈原の『離騒』篇、漢の太史公司馬遷の記録した『史記』をとりあげられた。
それに加え、漢の揚雄、字は子雲がおり、司馬相如の賦などがある、音楽でいえば曲はちがっても同じくたくみなのに似たようなもので、何れ劣らぬ各種の名文章にまで及んで、すべての文章、賦詞、詩歌の長所を学び取っておられるのである。
先生は文章を作ることを重要なお仕事とされておるのであり、それは内容が広く大きいものであり、形式においても自由自在なものであるということができるのであります。


(訳注)#7(4)-2
下逮莊騷,太史所錄。

伝説的な上代に変わって現実的な下としては戦国時代の荘周の『荘子』や楚の屈原の『離騒』篇、漢の太史公司馬遷の記録した『史記』をとりあげられた。

○荘騒 『荘子』と『楚辞』「離騒」、周の戦国のころの道家の思想家荘周の文は、寓言が多くすぐれた文章であり、楚の屈原の 「離騒」は長篇の詩で、その情感深く、香気高い文である。
・荘子(そうし、生没年は厳密には不明だが、紀元前369年 - 紀元前286年と推定されている)は、中国の戦国時代の宋国の蒙(現在の河南省商丘あるいは安徽省蒙城)に産まれた思想家で、道教の始祖の一人とされる人物である。荘周(姓=荘、名=周)。字は子休とされるが、字についての確たる根拠に乏しい。荘子の著書と言われる『荘子』(そうじ)には、内篇七篇、外篇十五篇、雑篇十一篇があり、この中で内篇だけが荘子本人の手によるものと見られ、それ以外は弟子や後世の人の手によるものと見られている(異説あり)。実際、内篇に比べ外篇・雑篇は文章の点でも未熟であり、漢代になってから主導権を握った儒教に対する敵愾心が多く出過ぎており、無為の境地からは遠く離れたものとなっている。
荘子内篇は寓話を多く用い、読む者を夢幻の世界へと引きずり込む。
道教に取り入られ老荘が道教の神として崇められる様になっているが、老荘思想と道教の思想とはかけ離れているとされている。しかし、これに反対する説もある。
・「離騒」「離」は遭う、「騒」は憂え。憂えに遭(あ)う意》「楚辞」の代表的な長編詩。中国の戦国時代、楚(そ)の屈原の詩で、讒言(ざんげん)によって王に追放され、失意のあまり投身を決するまでの心境を夢幻的にうたったもの。
楚辞(そじ)は中国戦国時代の楚地方に於いて謡われた詩の様式のこと。またはそれらを集めた詩集の名前である。全17巻。
○太史所録 漢の司馬遷は太史公であり、『史記』百三十巻を作った。雄健で闊達な史筆である。司馬遷(しばせん、紀元前145/135年? – 紀元前87/86年?)は、中国前漢時代の歴史家で、『史記』の著者。 姓は司馬。名は遷、字は子長。周代の記録係である司馬氏の子孫で、太史令の司馬談を父に持つ。太初暦の制定や、通史『史記』の執筆などの業績がある。

子雲、相如,同工異曲;
それに加え、漢の揚雄、字は子雲がおり、司馬相如の賦などがある、音楽でいえば曲はちがっても同じくたくみなのに似たようなもので、何れ劣らぬ各種の名文章にまで及んで、すべての文章、賦詞、詩歌の長所を学び取っておられるのである。
○子雲相如 漢の司馬相如は屈原の楚辞の賦に倣って、漢賦(辞賦) の名篤を著した。「美人賦」「子虚の賦」「鳳求凰」(琴歌)「天子游獵賦」「長門賦」「喩巴蜀父老檄」「難蜀父老文」「大人賦」「封禪文」「梨賦」「魚葅賦」「梓桐山賦」「題市門」「報卓文君書」など。
また前漢末の揚雄は相加に倣ってすぐれた賦を作った。「長揚斌」「羽猟賦」等。
司馬 相如(しば しょうじょ、紀元前179年 - 紀元前117年)は、中国の前漢の頃の文章家である。蜀郡成都の人。字は長卿(ちょうけい)。名は、もと犬子(けんし)と言った。 賦の名人として知られ、武帝に仕え、その才能を高く評価された。また妻である卓氏との恋愛も有名である。
○同工異曲 異曲同工ともいう。曲調は異なっているけれども、たくみなことは同じ。子雲と相加の文筆がともに美しいことをいう。韓愈のこの文によって成語となったものである。故事ことわざ辞典にも載っている。


先生之於文,可謂閎其中而肆其外矣!
先生は文章を作ることを重要なお仕事とされておるのであり、それは内容が広く大きいものであり、形式においても自由自在なものであるということができるのであります。
○閎其中 思想を大いに広くする。
肆其外 形式を存分に駆使する。

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-6>Ⅱ中唐詩562 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1814

進学解 韓退之(韓愈)詩


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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-6>Ⅱ中唐詩562 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1814

4段目の1回目

#6(4)-1
沈浸醲郁,含英咀華,
先生の詩文は濃くて香り高い酒のようで、中に沈み浸り、花房を含み、花をかみしめるようにすぐれた詩文を味わっておられる。
作為文章,其書滿家。
そして、詩文章を作られるのであり、その書は家に満ちているのである。
上規姚姒,渾渾無涯。
上代でいえば舜や禹の文、『書経』の尭典・舜典、禹貢などの、素朴円満で、含蓄の涯しなく深い文章を規準にされている。
周誥殷盤,佶屈聱牙。
周代の告諭文である大誥・康誥、殷の盤庚の告文などの読みにくくわかりにくい表現の文章などあるのです。
春秋謹嚴,左氏浮誇。
『春秋』の謹み深くきびしい筆法、その『春秋』左氏伝の根拠なく大げさな文章もあります。
易奇而法,詩正而葩。
『易経』のすぐれて面白く法則の整った文章、『詩経』の中正で花やいだ詩篇なども基準にされているのです。
#6(4)-2
下逮莊騷,太史所錄。子雲、相如,同工異曲;先生之於文,可謂閎其中而肆其外矣!


醲郁【じょういく】沈浸し,英を含み華を咀【くら】い,
文章を作為し,其の書 家に滿つ。
「上は姚姒【ようじ】にて,渾渾として涯無きに規る。周誥【しゅうこう】に殷盤【いんばん】にして,聱牙【ごうが】を佶屈【きつくつ】する。
春秋の謹嚴にして,左氏 浮誇なり。
易の奇にして法ある,詩の正にして葩なるもの」 と。

(4)-2
「下は莊騷【そうそう】,太史の錄する所に逮【およ】ぶものなり。
子雲、相如,同工異曲なり;
先生の文に於ける,其の中を閎【おほい】にして其の外を肆【ほしいまま】にすと謂う可し!


『進学解』 現代語訳と訳註
(本文)
#6(4)-1
沈浸醲郁,含英咀華,作為文章,其書滿家。上規姚姒,渾渾無涯。周誥殷盤,佶屈聱牙。春秋謹嚴,左氏浮誇。
易奇而法,詩正而葩。

(下し文)
醲郁【じょういく】沈浸し,英を含み華を咀【くら】い,
文章を作為し,其の書 家に滿つ。
「上は姚姒【ようじ】にて,渾渾として涯無きに規る。周誥【しゅうこう】に殷盤【いんばん】にして,聱牙【ごうが】を佶屈【きつくつ】する。
春秋の謹嚴にして,左氏 浮誇なり。
易の奇にして法ある,詩の正にして葩なるもの」 と。

(現代語訳)
先生の詩文は濃くて香り高い酒のようで、中に沈み浸り、花房を含み、花をかみしめるようにすぐれた詩文を味わっておられる。
そして、詩文章を作られるのであり、その書は家に満ちているのである。
上代でいえば舜や禹の文、『書経』の尭典・舜典、禹貢などの、素朴円満で、含蓄の涯しなく深い文章を規準にされている。
周代の告諭文である大誥・康誥、殷の盤庚の告文などの読みにくくわかりにくい表現の文章などあるのです。
『春秋』の謹み深くきびしい筆法、その『春秋』左氏伝の根拠なく大げさな文章もあります。
『易経』のすぐれて面白く法則の整った文章、『詩経』の中正で花やいだ詩篇なども基準にされているのです。


(訳注) #6(4)-1
沈浸醲郁,含英咀華,
先生の詩文は濃くて香り高い酒のようで、中に沈み浸り、花房を含み、花をかみしめるようにすぐれた詩文を味わっておられる。
・醲郁 濃い酒の香り高いもの。文章の味わい深く香気の上品なものにたとえる。
・含英咀華 花ぶさを口にふくみ、華を阻(か)む。文の美しく香り高いものを味わう。


作為文章,其書滿家。
そして、詩文章を作られるのであり、その書は家に満ちているのである。


上規姚姒,渾渾無涯。
上代でいえば舜や禹の文、『書経』の尭典・舜典、禹貢などの、素朴円満で、含蓄の涯しなく深い文章を規準にされている。
・規 手本、規準にする。
・姚姒 姚は舜の姓、姒は禹の姓、舜の時代の文は『書経』の「堯典」、禹の時の文は「舜典」「禹貢」。舜(しゅん)は中国神話に登場する君主。五帝の一人。姓は姚(よう)、名は重華(ちょうか)、虞氏(ぐし)と称した。儒家により神聖視され、堯(ぎょう)と並んで堯舜と呼ばれて聖人と崇められた。また、二十四孝として数えられている。南風歌という歌を作ったと言われている。
禹(う、紀元前2070年頃)は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。名は、文命(ぶんめい)、大禹、夏禹、戎禹ともいい、姓は姒(じ)、夏王朝創始後、氏を夏后とした。


周誥殷盤,佶屈聱牙。
周代の告諭文である大誥・康誥、殷の盤庚の告文などの読みにくくわかりにくい表現の文章などあるのです。
・周誥 周代の告諭文。『書経』の「大詰」「鹿語」「酒語」「召許」「洛語」。 
・殷盤 殷の天子盤庚の人民に告げた文。『書経』の 「盤庚」篇。
・倍屈聱牙 文章が読み難く理解しにくい、むずかしい文章表現。倍屈はとどこおりつまって進まないこと、贅牙は歯がかみ合わない。


春秋謹嚴,左氏浮誇。
『春秋』の謹み深くきびしい筆法、その『春秋』左氏伝の根拠なく大げさな文章もあります。
・春秋謹厳 孔子の『春秋』は二言二句も厳密正確な筆法で、褒めたりけなしたりする意味がふくまれている。これを「春秋の筆法」という。
・左氏浮誇 戦国のころ左丘明が書いた『左氏春秋』一名『春秋左氏伝』、『春秋』の歴史の解説。その文は浮いて、事実の根拠がなく、誇大な表現があると批評される。


易奇而法,詩正而葩。
『易経』のすぐれて面白く法則の整った文章、『詩経』の中正で花やいだ詩篇なども基準にされているのです。
・易奇而法 『易経』の文章はめずらしくすぐれていて、法則の整ったものである。
・詩正而葩 『詩経』の詩は、思想は中正で、美しい花のようである。葩は花びら。

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-5>Ⅱ中唐詩561 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1810

進学解 韓退之(韓愈) 5回目 第3段の1


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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-5>Ⅱ中唐詩561 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1810

第3段の1


韓愈の理解のために、このブログではこの「進學解」掲載の後に韓愈「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の順に取り上げていきたい。韓愈の五つの本質を原【たず】ねた推論について、特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べた「原性」からこのブログに取り上げ解説する予定である。

進學解  韓愈
#1(1)-1
國子先生,晨入太學,召諸生立館下,誨之曰:「業精於勤,荒於嬉。行成於思,毀於隨。
方今聖賢相逢,治具畢張,拔去兇邪,登崇俊良。
#2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。爬羅剔抉,刮垢磨光。蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?諸生業患不能精,無患有司之不明;行患不能成,無患有司之不公。」

#3(2)-1
言未既。有笑於列者曰:「先生欺余哉!弟子事先生,於茲有年矣。
先生口不絕吟於六藝之文,手不停披於百家之編。
#4(2)-2
記事者必提其要,纂言者必鉤其玄。貪多務得,細大不捐。焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年:先生之於業,可謂勤矣。

#5(3)
觝排異端,攘斥佛老。補苴罅漏,張皇幽眇。尋墜緒之茫茫,獨旁搜而遠紹。障百川而東之,迴狂瀾於既倒:先生之於儒,可謂有勞矣。

#6(4)-1
沈浸醲郁,含英咀華,作為文章,其書滿家。上規姚姒,渾渾無涯。周誥殷盤,佶屈聱牙。春秋謹嚴,左氏浮誇。
#6(4)-2
易奇而法,詩正而葩。下逮莊騷,太史所錄。子雲、相如,同工異曲;先生之於文,可謂閎其中而肆其外矣!

#7(5)-1
少始知學,勇於敢為。長通於方,左右俱宜:先生之於為人,可謂成矣。然而公不見信於人,私不見助於友。跋前躓後,動輒得咎。暫為御史,遂竄南夷。
#8(5)-2
三爲博士,冗不見治。命與仇謀,取敗幾時!冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。頭童齒豁,竟死何裨?不知慮此,而反教人為!」

#9(6)-1
先生曰:「吁!子來前。夫大木為杗,細木為桷。欂櫨侏儒,椳闑扂楔。各得其宜,施以成室者,匠氏之工也。
#10(6)-2
玉札、丹砂,赤箭、青芝,牛溲,馬勃,敗鼓之皮,俱收並蓄,待用無遺者,醫師之良也。登明選公,雜進巧拙,紆餘為姘,卓犖為傑,校短量長,惟器是適者,宰相之方也。

#11(7)
昔者孟軻好辯,孔道以明。轍環天下,卒老於行。荀卿守正,大論是宏。逃讒於楚,廢死蘭陵。是二儒者,吐辭為經,舉足為法。絕類離倫,優入聖域,其遇於世何如也?

#12(8)-1
今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。猶且月費俸錢,歲糜廩粟。子不知耕,婦不知織。
#13(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?動而得謗,名亦隨之。投閑置散,乃分之宜。

#14(9)
若夫商財賄之有亡,計班資之崇庳。忘己量之所稱,指前人之瑕疵。是所謂詰匠氏之不以杙為楹,而訾醫師以昌陽引年,欲進其豨苓也。」


#5『進學解』3段目
觝排異端,攘斥佛老。
先生は儒家と出発点を異にした学問思想を突きのけおしのけられた、その上で仏教や老荘思想を払いしりぞけられた。
補苴罅漏,張皇幽眇。
儒家の学問上欠点のわれ目や漏る亀裂をおぎないふさがれ、静かで奥深くかすかな点を広く大きくして明らかにされた。
尋墜緒之茫茫,獨旁搜而遠紹。
それは、既に地に墜ちて明らかでない儒家の伝銃のいとぐちを尋ねられ、ただ独りの所からあまねくさがして遠い昔を承け継いでおられるのである。
障百川而東之,迴狂瀾於既倒:
これは、百という多くの川の流れあったとしてもやがて「すべて東に流れていくものであり」ということは思想宗教では難しいもので、狂って打ち寄せる大波により倒れてしまったあとで、通りに立ち返らせるのに似た、殆んど不可能な難事業であるのです。
先生之於儒,可謂有勞矣。
これが先生の儒学発展における御努力は、御苦労なことに対して感謝を申し上げるべきであります。


『進學解』3段目 現代語訳と訳註
(本文)
#5(3)
觝排異端,攘斥佛老。補苴罅漏,張皇幽眇。尋墜緒之茫茫,獨旁搜而遠紹。障百川而東之,迴狂瀾於既倒:先生之於儒,可謂有勞矣。


(下し文)
異端を醍排し、悌老を凍斥し、綽漏を補宜し、幽抄を張皇し、堕緒の茫茫たるを尋ね、漏り穿く捜りて遠く紹ぐ。古川を障へて之を東せしめ、狂瀾を既倒に廻らす。先生の儒に於ける、螢せりと謂ふ可し。


(現代語訳)
先生は儒家と出発点を異にした学問思想を突きのけおしのけられた、その上で仏教や老荘思想を払いしりぞけられた。
儒家の学問上欠点のわれ目や漏る亀裂をおぎないふさがれ、静かで奥深くかすかな点を広く大きくして明らかにされた。
それは、既に地に墜ちて明らかでない儒家の伝銃のいとぐちを尋ねられ、ただ独りの所からあまねくさがして遠い昔を承け継いでおられるのである。
これは、百という多くの川の流れあったとしてもやがて「すべて東に流れていくものであり」ということは思想宗教では難しいもので、狂って打ち寄せる大波により倒れてしまったあとで、通りに立ち返らせるのに似た、殆んど不可能な難事業であるのです。
これが先生の儒学発展における御努力は、御苦労なことに対して感謝を申し上げるべきであります。


(訳注) #5(3)
觝排異端,攘斥佛老。
先生は儒家と出発点を異にした学問思想を突きのけおしのけられた、その上で仏教や老荘思想を払いしりぞけられた。
・觝排 觝は突き当たる。排はおしのける。
・異端 儒家以外の思想学問をいう。儒家と端(出発点)がちがっているもの。韓愈は仏教について819年『仏骨を論ずる表』を奏上している。
・攘斥 攘は払う、斥はしりぞける。
・佛老 仏教と老荘思想と土着の宗教との融合が道教であるが、理論的には老荘で儀式的な派とまったく別な宗教のようであった


補苴罅漏,張皇幽眇。
儒家の学問上欠点のわれ目や漏る亀裂をおぎないふさがれ、静かで奥深くかすかな点を広く大きくして明らかにされた。
・補苴 補いつづる。つくろいふさぐ。
・罅漏 ひびわれ、水漏れ。
・張皇 拡げ大きくする。
・幽眇 静かで奥深くかすかで明らかでないところ。


尋墜緒之茫茫,獨旁搜而遠紹。
それは、既に地に墜ちて明らかでない儒家の伝銃のいとぐちを尋ねられ、ただ独りの所からあまねくさがして遠い昔を承け継いでおられるのである。
・墜緒 地に墜ちた糸口。絶えてしまった伝統の糸。孟子以後、殆んど絶えた儒家の伝統。権力者が統治のため利用したため嫌気がさしたということある。
・茫茫 ぼんやりと定かでない形容。
・遠紹 遠い昔のものを承け継ぐ。紹はつぐ。


障百川而東之,迴狂瀾於既倒:
これは、百という多くの川の流れあったとしてもやがて「すべて東に流れていくものであり」ということは思想宗教では難しいもので、狂って打ち寄せる大波により倒れてしまったあとで、通りに立ち返らせるのに似た、殆んど不可能な難事業であるのです。
・障百川而東之 「大河は東流するもの」いろんな流れがあっても東流することになってしまう。これが中國の常識である。だからといって、いろんな思想も一つの思想宗教に収斂されるということにはならない。多くの川の流れをせきとめて、すべて東に流れさす。すべての思想を儒家に慣わせること、大変で不可能に近いということである。
・廻狂瀾於既倒 狂いたけって打ち寄せる波を、すでに倒れた後で、これをもと通りに立ち直らせる。これも至難の専業を喩える。儒家の復興の極めて困難なことを敢てすること。


先生之於儒,可謂有勞矣。
これが先生の儒学発展における御努力は、御苦労なことに対して感謝を申し上げるべきであります。


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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-4>第2段の2Ⅱ中唐詩560 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1806


進学解 第2段の2  4回目

#3第2段の-1
言未既。有笑於列者曰:
先生の言葉がまだ終わらないうちに、列の中で笑っていうものがあった、
「先生欺余哉!弟子事先生,
先生は私をあざむいておられますよ。弟子の私は先生にお仕えすることです。
於茲有年矣。先生口不絕吟於六藝之文,
ここにおいて年久しくなっています。その間、先生は口に『詩経』・『書経』・『礼経』・『楽経』・『易経』・『春秋経』の儒家の六経の文を口ずさむことをやめないのです。
手不停披於百家之編。
そして、手には諸子百家の書物をひらき読むことをやめないのです。
言 未だ既【おわ】らざるに。列に於て笑う者有りて曰く:「先生 余をむ欺く哉!弟子 先生に事【つか】うること,茲に於て年有り。先生 口に六藝の文を吟ずることを絕たず,手に百家の編を披【ひら】くことを停【や】めず。

#4第2段の2
記事者必提其要,纂言者必鉤其玄。
貪多務得,細大不捐。
焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年:
先生之於業,可謂勤矣。

記事の文にたいしては必ずその大切であることを取りあげられ、論説、言説を集めた本は必ずその奥深い道理を鈎で引き出すように明示してくださる。
そして、多種多彩な知識を丹念に飽くことなく追究し、身に修徳することを第一事として、小事も大事も捨てられないのです。
膏の燈油を焚いて昼に継いで夜も読書し、常に努力してやむことはなく、一年中を暮らしておられる。
これが先生のお仕事であり、この勤勉に対して感謝を申し上げるのであります。

事を記する者は必ず其の要を提【ひっさ】げ,言を纂【あつ】むる者は必ず其の玄を鉤す。
多きを貪ぼり得ることを務め,細大【さいだい】捐【す】てず。
膏油【こうゆ】を焚いて以って晷【き】に繼ぎ,恆に兀兀【こつこつ】として以て年を窮む:
先生之業に於ては,勤めたりと謂う可し。

oth006

『進学解』 現代語訳と訳註
(本文)
#4第2段の2
記事者必提其要,纂言者必鉤其玄。貪多務得,細大不捐。焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年:先生之於業,可謂勤矣。


(下し文)
事を記する者は必ず其の要を提【ひっさ】げ,言を纂【あつ】むる者は必ず其の玄を鉤す。多きを貪ぼり得ることを務め,細大【さいだい】捐【す】てず。膏油【こうゆ】を焚いて以って晷【き】に繼ぎ,恆に兀兀【こつこつ】として以て年を窮む:先生之業に於ては,勤めたりと謂う可し。


(現代語訳)
記事の文にたいしては必ずその大切であることを取りあげられ、論説、言説を集めた本は必ずその奥深い道理を鈎で引き出すように明示してくださる。
そして、多種多彩な知識を丹念に飽くことなく追究し、身に修徳することを第一事として、小事も大事も捨てられないのです。
膏の燈油を焚いて昼に継いで夜も読書し、常に努力してやむことはなく、一年中を暮らしておられる。
これが先生のお仕事であり、この勤勉に対して感謝を申し上げるのであります。


(訳注) #4第2段の2
記事者必提其要,纂言者必鉤其玄。
記事の文にたいしては必ずその大切であることを取りあげられ、論説、言説を集めた本は必ずその奥深い道理を鈎で引き出すように明示してくださる。
○記事 事を記した書
○要 最も大切なところ。
○纂言 纂修/雑纂・編纂・論纂、言論を集めた書。
○鉤 深い所からかざで引っかけて取り出す。
○玄 奥深い原理、思想。


貪多務得,細大不捐。
そして、多種多彩な知識を丹念に飽くことなく追究し、身に修徳することを第一事として、小事も大事も捨てられないのです。


焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年:
膏の燈油を焚いて昼に継いで夜も読書し、常に努力してやむことはなく、一年中を暮らしておられる。
継晷 晷は日かげ、日脚。日に継いで夜も。
兀兀 休まずつとめるさま。勤労する


先生之於業,可謂勤矣。
これが先生のお仕事であり、この勤勉に対して感謝を申し上げるのであります。


進学解 韓退之(韓愈)詩<114-3>Ⅱ中唐詩559 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1802


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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-3>Ⅱ中唐詩559 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1802

14分割の3回目
第2場面の(1)

『易経』を模した『太玄経』をあらわした漢の揚雄が世の中から、からかいの評価を受けたことで、「解嘲」と題した嘲(からかい)を解くための文章をあらわした。
 これにならって、学殖がありながら世に用いられない一人の博士の自己弁明を滑稽に述べた「進學解」をあらわしたのである。
14分割して掲載の予定である。

韓愈の理解のために、このブログではこの「進學解」掲載の後に韓愈「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の順に取り上げていきたい。韓愈の五つの本質を原【たず】ねた推論について、特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べた「原性」からこのブログに取り上げ解説する予定である。

進學解  韓愈
#1(1)-1
國子先生,晨入太學,
召諸生立館下,誨之曰:
「業精於勤,荒於嬉。
行成於思,毀於隨。
方今聖賢相逢,治具畢張,
拔去兇邪,登崇俊良。
國子先生,晨【あした】に太學に入り,諸生を召いて館下に立たしめ,之【これ】に誨【おし】えて曰く:「業は勤むるに於て精【くわ】しく,嬉【たの】しむに於て荒【すさ】む。行【おこない】は思うに於て成りて,隨うに於て毀【やぶ】る。方今【ほうこん】聖賢【せいけん】相い逢いて,治具【ちぐ】畢【ことごと】く張り,兇邪【きょうじゃ】を拔去【ばっきょ】し,俊良【しゅんりょう】を登崇【とうすう】す。

#2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。
爬羅剔抉,刮垢磨光。
蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?
諸生業患不能精,無患有司之不明;
行患不能成,無患有司之不公。」

小善を占むる者も率【おおむ】ね以って錄せられ,一藝に名のある者は庸【もち】いらざる無し。爬羅【はら】剔抉【てきけつ】,垢【こう】を刮【けず】り光を磨く。蓋し幸にして選ばるるを獲【う】ること有りとも,孰れか多にして揚げられずと云わんや?諸生【しょせい】業は精【くわ】しかる能わざるを患えよ,有司【ゆうし】之れ明ならざるを患うること無かれ;行は成る能わざる患えよ,有司之れ公ならざるを患うること無かれ。」と。

#3(2)-1
言未既。有笑於列者曰:
先生の言葉がまだ終わらないうちに、列の中で笑っていうものがあった、
「先生欺余哉!弟子事先生,
先生は私をあざむいておられますよ。弟子の私は先生にお仕えすることです。
於茲有年矣。先生口不絕吟於六藝之文,
ここにおいて年久しくなっています。その間、先生は口に『詩経』・『書経』・『礼経』・『楽経』・『易経』・『春秋経』の儒家の六経の文を口ずさむことをやめないのです。
手不停披於百家之編。

そして、手には諸子百家の書物をひらき読むことをやめないのです。
言 未だ既【おわ】らざるに。列に於て笑う者有りて曰く:「先生 余をむ欺く哉!弟子 先生に事【つか】うること,茲に於て年有り。先生 口に六藝の文を吟ずることを絕たず,手に百家の編を披【ひら】くことを停【や】めず。

#4(2)-2
記事者必提其要,纂言者必鉤其玄。貪多務得,細大不捐。焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年:先生之於業,可謂勤矣。

事を記する者は必ず其の要を提【ひっさ】げ,言を纂【あつ】むる者は必ず其の玄を鉤す。多きを貪ぼり得ることを務め,細大【さいだい】捐【す】てず。膏油【こうゆ】を焚いて以って晷【き】に繼ぎ,恆に兀兀【こつこつ】として以て年を窮む:先生之業に於ては,勤めたりと謂う可し。



『進學解』 現代語訳と訳註
(本文)
#3(2)-1
言未既。有笑於列者曰:「先生欺余哉!弟子事先生,於茲有年矣。先生口不絕吟於六藝之文,手不停披於百家之編。

(下し文)
言 未だ既【おわ】らざるに。列に於て笑う者有りて曰く:「先生 余をむ欺く哉!弟子 先生に事【つか】うること,茲に於て年有り。先生 口に六藝の文を吟ずることを絕たず,手に百家の編を披【ひら】くことを停【や】めず。


(現代語訳)
先生の言葉がまだ終わらないうちに、列の中で笑っていうものがあった、
先生は私をあざむいておられますよ。弟子の私は先生にお仕えすることです。
ここにおいて年久しくなっています。その間、先生は口に『詩経』・『書経』・『礼経』・『楽経』・『易経』・『春秋経』の儒家の六経の文を口ずさむことをやめないのです。
そして、手には諸子百家の書物をひらき読むことをやめないのです。


(訳注) #3(2)-1
言未既。有笑於列者曰:
先生の言葉がまだ終わらないうちに、列の中で笑っていうものがあった、
○既 終わる。「つく」とも読む。


「先生欺余哉!弟子事先生,
先生は私をあざむいておられますよ。弟子の私は先生にお仕えすることです。


於茲有年矣。先生口不絕吟於六藝之文,
ここにおいて年久しくなっています。その間、先生は口に『詩経』・『書経』・『礼経』・『楽経』・『易経』・『春秋経』の儒家の六経の文を口ずさむことをやめないのです。
〇六藝 『詩経』・『書経』・『礼経』・『楽経』・『易経』・『春秋経』の六経であり、『楽経』を除いたものが「五経」である。儒家の六経【りくけい】という。


手不停披於百家之編。
そして、手には諸子百家の書物をひらき読むことをやめないのです。
百家 諸子百家、儒家以外の学者、思想家及びその書。「諸子」は孔子、老子、荘子、墨子、孟子、荀子などの人物を指し、「百家」は儒家、道家、墨家、名家、法家などの学派である。
周王朝が衰えると、中国では有力諸侯が王を称して覇権を競う、春秋・戦国時代となる。諸侯は国力の充実に努め、有用な人材の登用を行うようになる。こうした状況の中で登場したのが、諸子百家と呼ばれる思想家たちである。


進学解 韓退之(韓愈)詩<114-2>Ⅱ中唐詩558 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1798

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-2>


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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-2>Ⅱ中唐詩558 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1798


『易経』を模した『太玄経』をあらわした漢の揚雄が世の中から、からかいの評価を受けたことで、「解嘲」と題した嘲(からかい)を解くための文章をあらわした。
 これにならって、学殖がありながら世に用いられない一人の博士の自己弁明を滑稽に述べた「進學解」をあらわしたのである。
14分割して掲載の予定である。

韓愈の理解のために、このブログではこの「進學解」掲載の後に韓愈「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の順に取り上げていきたい。韓愈の五つの本質を原【たず】ねた推論について、特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べた「原性」からこのブログに取り上げ解説する予定である。


進學解  韓愈
#1(1)-1
國子先生,晨入太學,召諸生立館下,誨之曰:「業精於勤,荒於嬉。行成於思,毀於隨。
方今聖賢相逢,治具畢張,拔去兇邪,登崇俊良。
#2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。爬羅剔抉,刮垢磨光。蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?諸生業患不能精,無患有司之不明;行患不能成,無患有司之不公。」

#3(2)-1
言未既。有笑於列者曰:「先生欺余哉!弟子事先生,於茲有年矣。
先生口不絕吟於六藝之文,手不停披於百家之編。
#4(2)-2
記事者必提其要,纂言者必鉤其玄。貪多務得,細大不捐。焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年:先生之於業,可謂勤矣。

#5(3)
觝排異端,攘斥佛老。補苴罅漏,張皇幽眇。尋墜緒之茫茫,獨旁搜而遠紹。障百川而東之,迴狂瀾於既倒:先生之於儒,可謂有勞矣。

#6(4)-1
沈浸醲郁,含英咀華,作為文章,其書滿家。上規姚姒,渾渾無涯。周誥殷盤,佶屈聱牙。春秋謹嚴,左氏浮誇。
#6(4)-2
易奇而法,詩正而葩。下逮莊騷,太史所錄。子雲、相如,同工異曲;先生之於文,可謂閎其中而肆其外矣!

#7(5)-1
少始知學,勇於敢為。長通於方,左右俱宜:先生之於為人,可謂成矣。然而公不見信於人,私不見助於友。跋前躓後,動輒得咎。暫為御史,遂竄南夷。
#8(5)-2
三爲博士,冗不見治。命與仇謀,取敗幾時!冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。頭童齒豁,竟死何裨?不知慮此,而反教人為!」

#9(6)-1
先生曰:「吁!子來前。夫大木為杗,細木為桷。欂櫨侏儒,椳闑扂楔。各得其宜,施以成室者,匠氏之工也。
#10(6)-2
玉札、丹砂,赤箭、青芝,牛溲,馬勃,敗鼓之皮,俱收並蓄,待用無遺者,醫師之良也。登明選公,雜進巧拙,紆餘為姘,卓犖為傑,校短量長,惟器是適者,宰相之方也。

#11(7)
昔者孟軻好辯,孔道以明。轍環天下,卒老於行。荀卿守正,大論是宏。逃讒於楚,廢死蘭陵。是二儒者,吐辭為經,舉足為法。絕類離倫,優入聖域,其遇於世何如也?

#12(8)-1
今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。猶且月費俸錢,歲糜廩粟。子不知耕,婦不知織。
#13(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?動而得謗,名亦隨之。投閑置散,乃分之宜。

#14(9)
若夫商財賄之有亡,計班資之崇庳。忘己量之所稱,指前人之瑕疵。是所謂詰匠氏之不以杙為楹,而訾醫師以昌陽引年,欲進其豨苓也。」


進學解  韓愈
#1(1)-1
國子先生,晨入太學,召諸生立館下,
国子学の先生は、明け方早く大学に入る。まず、学生を招きあつめて大学館の下に整列して立たせる。
誨之曰:「業精於勤,荒於嬉。
朝の訓示を教えさとして謂う。「学業は勤勉に学ぶことによって心を精(精爽・精通・精明・精妙)することになり、遊ぶことによって心はすさんでしまうのである。」
行成於思,毀於隨。
そして「意識を以て学問をすることによって成就するものであり、学問を自然にまかせることによることは自身をだめにするものである。」
方今聖賢相逢,治具畢張,
「まさにいま、聖天子と賢相が出会われたのである。政治の道具である制度、法制もことごとく充分に行われることになる。」
拔去兇邪,登崇俊良。

「悪いよこしまなものを抜き去り、すぐれて善い人物の地位をのぼらせ、尊ぶ姿勢をするのである。」
#2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。
「小さな善事を持っているものまで、おおよそ記録されているし、一芸に秀でるもの、名のある人ならば登用さられないことはない。
爬羅剔抉,刮垢磨光。
善い人物は爪で掻いて網で集め取るように残らず採りあげられ、悪い者はけずり、ほじくり除き捨てるようにして、その短所を除き、長所の光をみがきあげて、人材を助成育成されるのである。そのようなことがあるはずはないのだ。
蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?
諸君、学業が精通・精明していないことを心配せよ。役人が人を見る目が節穴で明らかでないことを心配するな。
諸生業患不能精,無患有司之不明;
だけど思うに、そこで幸運にも選ばれたものがあったとしても、多才の人であれば、だれがとり揚げ用いられないなどというものであるか。そのようなことがあるはずはないのだ。
行患不能成,無患有司之不公。」

行いが立派にできないことを心配せよ。役人が人物を用いるのに公平でない、依怙贔屓するかもしれぬなどと心配するな、」と。


『進學解』 現代語訳と訳註
(本文)
#2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。爬羅剔抉,刮垢磨光。蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?諸生業患不能精,無患有司之不明;行患不能成,無患有司之不公。」


(下し文) #2(1)-2
小善を占むる者も率【おおむ】ね以って錄せられ,一藝に名のある者は庸【もち】いらざる無し。爬羅【はら】剔抉【てきけつ】,垢【こう】を刮【けず】り光を磨く。蓋し幸にして選ばるるを獲【う】ること有りとも,孰れか多にして揚げられずと云わんや?諸生【しょせい】業は精【くわ】しかる能わざるを患えよ,有司【ゆうし】之れ明ならざるを患うること無かれ;行は成る能わざる患えよ,有司之れ公ならざるを患うること無かれ。」と。


(現代語訳)
「小さな善事を持っているものまで、おおよそ記録されているし、一芸に秀でるもの、名のある人ならば登用さられないことはない。
善い人物は爪で掻いて網で集め取るように残らず採りあげられ、悪い者はけずり、ほじくり除き捨てるようにして、その短所を除き、長所の光をみがきあげて、人材を助成育成されるのである。そのようなことがあるはずはないのだ。
だけど思うに、そこで幸運にも選ばれたものがあったとしても、多才の人であれば、だれがとり揚げ用いられないなどというものであるか。そのようなことがあるはずはないのだ。
諸君、学業が精通・精明していないことを心配せよ。役人が人を見る目が節穴で明らかでないことを心配するな。
行いが立派にできないことを心配せよ。役人が人物を用いるのに公平でない、依怙贔屓するかもしれぬなどと心配するな、」と。



『進學解』 現代語訳と訳註
(訳注) #2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。
小さな善事を持っているものまで、おおよそ記録されているし、一芸に秀でるもの、名のある人ならば登用さられないことはない。
善い人物は爪で掻いて網で集め取るように残らず採りあげられ、悪い者はけずり、ほじくり除き捨てるようにして、その短所を除き、長所の光をみがきあげて、人材を助成育成されるのである。


爬羅剔抉,刮垢磨光。
善い人物は爪で掻いて網で集め取るように残らず採りあげられ、悪い者はけずり、ほじくり除き捨てるようにして、その短所を除き、長所の光をみがきあげて、人材を助成育成されるのである。
・爬羅 爪でかき出し網でとらえる。人材を集め、網羅する。
・剔抉 削りほじり取る。不良なものをけずり除く。一般にこれも骨から肉を削り取りほじり出すように人物を捜して集める意。
・刮垢磨光 汚れを削り、光沢を磨き出す。人材の短所を除き、長所を助成すること。


蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?
だけど思うに、そこで幸運にも選ばれたものがあったとしても、多才の人であれば、だれがとり揚げ用いられないなどというものであるか。そのようなことがあるはずはないのだ。


諸生業患不能精,無患有司之不明;
諸君、学業が精通・精明していないことを心配せよ。役人が人を見る目が節穴で明らかでないことを心配するな。
・精 精爽【清らかな心】・精通【詳しく知る】・精明【物事の道理を深く知る】・精妙【非常に優れている】などが当てはまる。
有司 役人。

 
行患不能成,無患有司之不公。」

行いが立派にできないことを心配せよ。役人が人物を用いるのに公平でない、依怙贔屓するかもしれぬなどと心配するな、」と。

進学解 韓退之(韓愈)詩<114-1>Ⅱ中唐詩557 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1794


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進学解 韓退之(韓愈)詩<114-1>Ⅱ中唐詩557 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1794


『易経』を模した『太玄経』をあらわした漢の揚雄が世の中から、からかいの評価を受けたことで、「解嘲」と題した嘲(からかい)を解くための文章をあらわした。
 これにならって、学殖がありながら世に用いられない一人の博士の自己弁明を滑稽に述べた「進學解」をあらわしたのである。
14分割して掲載の予定である。

韓愈の理解のために、このブログではこの「進學解」掲載の後に韓愈「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の順に取り上げていきたい。韓愈の五つの本質を原【たず】ねた推論について、特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べた「原性」からこのブログに取り上げ解説する予定である。


進學解  韓愈
#1(1)-1
國子先生,晨入太學,召諸生立館下,誨之曰:「業精於勤,荒於嬉。行成於思,毀於隨。
方今聖賢相逢,治具畢張,拔去兇邪,登崇俊良。
#2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。爬羅剔抉,刮垢磨光。蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?諸生業患不能精,無患有司之不明;行患不能成,無患有司之不公。」

#3(2)-1
言未既。有笑於列者曰:「先生欺余哉!弟子事先生,於茲有年矣。
先生口不絕吟於六藝之文,手不停披於百家之編。
#4(2)-2
記事者必提其要,纂言者必鉤其玄。貪多務得,細大不捐。焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年:先生之於業,可謂勤矣。

#5(3)
觝排異端,攘斥佛老。補苴罅漏,張皇幽眇。尋墜緒之茫茫,獨旁搜而遠紹。障百川而東之,迴狂瀾於既倒:先生之於儒,可謂有勞矣。

#6(4)-1
沈浸醲郁,含英咀華,作為文章,其書滿家。上規姚姒,渾渾無涯。周誥殷盤,佶屈聱牙。春秋謹嚴,左氏浮誇。
#6(4)-2
易奇而法,詩正而葩。下逮莊騷,太史所錄。子雲、相如,同工異曲;先生之於文,可謂閎其中而肆其外矣!

#7(5)-1
少始知學,勇於敢為。長通於方,左右俱宜:先生之於為人,可謂成矣。然而公不見信於人,私不見助於友。跋前躓後,動輒得咎。暫為御史,遂竄南夷。
#8(5)-2
三爲博士,冗不見治。命與仇謀,取敗幾時!冬暖而兒號寒,年豐而妻啼飢。頭童齒豁,竟死何裨?不知慮此,而反教人為!」

#9(6)-1
先生曰:「吁!子來前。夫大木為杗,細木為桷。欂櫨侏儒,椳闑扂楔。各得其宜,施以成室者,匠氏之工也。
#10(6)-2
玉札、丹砂,赤箭、青芝,牛溲,馬勃,敗鼓之皮,俱收並蓄,待用無遺者,醫師之良也。登明選公,雜進巧拙,紆餘為姘,卓犖為傑,校短量長,惟器是適者,宰相之方也。

#11(7)
昔者孟軻好辯,孔道以明。轍環天下,卒老於行。荀卿守正,大論是宏。逃讒於楚,廢死蘭陵。是二儒者,吐辭為經,舉足為法。絕類離倫,優入聖域,其遇於世何如也?

#12(8)-1
今先生學雖勤而不繇其統,言雖多而不要其中。文雖奇而不濟於用,行雖修而不顯於眾。猶且月費俸錢,歲糜廩粟。子不知耕,婦不知織。
#13(8)-2
乘馬從徒,安坐而食。踵常途之促促,窺陳編以盜竊。
然而聖主不加誅,宰臣不見斥,茲非其幸歟?動而得謗,名亦隨之。投閑置散,乃分之宜。

#14(9)
若夫商財賄之有亡,計班資之崇庳。忘己量之所稱,指前人之瑕疵。是所謂詰匠氏之不以杙為楹,而訾醫師以昌陽引年,欲進其豨苓也。」


進學解  韓愈
#1(1)-1
國子先生,晨入太學,召諸生立館下,
国子学の先生は、明け方早く大学に入る。まず、学生を招きあつめて大学館の下に整列して立たせる。
誨之曰:「業精於勤,荒於嬉。
朝の訓示を教えさとして謂う。「学業は勤勉に学ぶことによって心を精(精爽・精通・精明・精妙)することになり、遊ぶことによって心はすさんでしまうのである。」
行成於思,毀於隨。
そして「意識を以て学問をすることによって成就するものであり、学問を自然にまかせることによることは自身をだめにするものである。」
方今聖賢相逢,治具畢張,
「まさにいま、聖天子と賢相が出会われたのである。政治の道具である制度、法制もことごとく充分に行われることになる。」
拔去兇邪,登崇俊良。

「悪いよこしまなものを抜き去り、すぐれて善い人物の地位をのぼらせ、尊ぶ姿勢をするのである。」
#2(1)-2
占小善者率以錄,名一藝者無不庸。爬羅剔抉,刮垢磨光。蓋有幸而獲選,孰云多而不揚?諸生業患不能精,無患有司之不明;行患不能成,無患有司之不公。」


『進學解』 現代語訳と訳註
(本文)
#1(1)-1
國子先生,晨入太學,召諸生立館下,誨之曰:「業精於勤,荒於嬉。行成於思,毀於隨。方今聖賢相逢,治具畢張,拔去兇邪,登崇俊良。


(下し文)
國子先生,晨【あした】に太學に入り,諸生を召いて館下に立たしめ,之【これ】に誨【おし】えて曰く:「業は勤むるに於て精【くわ】しく,嬉【たの】しむに於て荒【すさ】む。行【おこない】は思うに於て成りて,隨うに於て毀【やぶ】る。方今【ほうこん】聖賢【せいけん】相い逢いて,治具【ちぐ】畢【ことごと】く張り,兇邪【きょうじゃ】を拔去【ばっきょ】し,俊良【しゅんりょう】を登崇【とうすう】す。


(現代語訳)
国子学の先生は、明け方早く大学に入る。まず、学生を招きあつめて大学館の下に整列して立たせる。
朝の訓示を教えさとして謂う。「学業は勤勉に学ぶことによって心を精(精爽・精通・精明・精妙)することになり、遊ぶことによって心はすさんでしまうのである。」
そして「意識を以て学問をすることによって成就するものであり、学問を自然にまかせることによることは自身をだめにするものである。」
「まさにいま、聖天子と賢相が出会われたのである。政治の道具である制度、法制もことごとく充分に行われることになる。」
「悪いよこしまなものを抜き去り、すぐれて善い人物の地位をのぼらせ、尊ぶ姿勢をするのである。」


(訳注) #1(1)-1
國子先生,晨入太學,召諸生立館下,

国子学の先生は、明け方早く大学に入る。まず、学生を招きあつめて大学館の下に整列して立たせる。
・国子先生 国子博士。国子学の教授職。国子学は天子の都城内にあり、貴族及び全国の挙人・貢生・監生らを集めて教授する大学。唐代は長安に国子学(博士2名・助教2名・五経博士5名・学生300名)・太学(博士3名・助教3・学生500)・四門学(博士3名・助教3・学生500・俊士800)・律学・書学・算学・広文館などの教育機関があり、これらを統括する行政機関として国子監が設置されて国子祭酒・国子司業以下の職員が置かれた。また、「東都」と称された洛陽にも国子監が設置されていた。唐代にはそれぞれに入学する資格に父祖の品階が深く関わっており、庶民は俊士になる以外に学生になることは出来なかったが、宋代には太学・四門学にまで入学可能となった。


誨之曰:「業精於勤,荒於嬉。
朝の訓示を教えさとして謂う。「学業は勤勉に学ぶことによって心を精(精爽・精通・精明・精妙)することになり、遊ぶことによって心はすさんでしまうのである。」
・精 精爽【清らかな心】・精通【詳しく知る】・精明【物事の道理を深く知る】・精妙【非常に優れている】などが当てはまる。
・荒 気持ちや生活態度にゆとりやうるおいなどがなくなる。とげとげしくなる。
・嬉 嬉戯。勉学に勤しまず、戯れて遊ぶこと。この学校は貴公子などが入学する学校なので攣るんで遊び呆けるものもいた。


行成於思,毀於隨。
そして「意識を以て学問をすることによって成就するものであり、学問を自然にまかせることによることは自身をだめにするものである。」
・思 目的意識を持つこと。意識を以て学問をする。
・毀 やぶれる。だめになる。
・随 気ままにする。また自然にまかせると解するのでも通ずる。ほかに、人に随って遊ぶ、または悪い道に随うと解するのはよくない。


方今聖賢相逢,治具畢張,
「まさにいま、聖天子と賢相が出会われたのである。政治の道具である制度、法制もことごとく充分に行われることになる。」
・方今 まさにいま。ただいま。
・聖賢 聖天子と賢相。
・治具 政治の設備、制度。


拔去兇邪,登崇俊良。
「悪いよこしまなものを抜き去り、すぐれて善い人物の地位をのぼらせ、尊ぶ姿勢をするのである。」
・俊良 俊良に同じ。すぐれた人や善良な者。

崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-4>Ⅱ中唐詩556 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1790

崋山女 韓退之(韓愈)詩

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崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-4>Ⅱ中唐詩556 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1790


この頃のアイドルは巫女、道女、妓女である。韓愈は、道教が仏教と共にきらいであって、道教を排斥した詩には、このほか、「謝自然詩」「誰氏子」などがある。当時の道教が、新興宗教的要素を持っていたことが分かる。
仏教を風刺したものとして・『送靈師』『題木居士二首其一 』 『題木居士二首其二』 

かなり長いので、四段に分けた。


宮島(3)


華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 
#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」
そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。
#3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
寺観はきれいに掃除し、はらい清められて人の足あともなくされる、こちらには駿馬が路をふさぐほどいっぱいになり、婦人の乗るほろ車が連なっているのだ。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
道観の中には人がいっぱいにあふれて寺観の外にまで腰を下ろしているのだ、遅れてやって来たものは居場所がなく聴く方法さえないというほどだ。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
カンザシを抜き腕輪をはずし佩玉を解いて寄進を済ませるのだ、金を積む上げ、玉がかさねているものはきらきらと光りかがやいている。
天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
「天門貴人」といわれる宦官が詔を伝えおぼしめされる、それにつづいて後宮の女官たちは女道士さまのおかおが見たいものと願いでる。
玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』
玉皇さまはうなずいて帰り行くことをお許しになり、女道士は龍の乗り鶴に車を引かせて青ぞらを渡って帰って行くのである。

#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
富豪の息子たち、大家の貴公子たちは道教の教えなど勉強もしていないのでわかるはずがないのに、ここへ来て百たびもまわりをめぐってまだ歩き続けている。
雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
雲や霧のかくす窓や高殿の中では何事があるのかぼんやりとしてよく分からない、かわせみ色に光るとばりが重なりあい金の屏風が深く深く置かれていて秘密のベールに包まれる。
仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』
神仙へのはしごがよじのぼりにくいのは俗世間との縁が深いためだということだ、だから、あてもないのに思いを繋ぐ青鳥を使いとしてはねんごろな心持ちを通じたいと思っているのである。


(華山女)
街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。
#2
華山の女兒【じょじ】家道を奉じ,異教を驅って仙靈【せんれい】に歸せしめんと欲す。
妝を洗い面を拭って冠帔【かんぴ】を著け,白咽【はくいん】紅頰【こうきょう】長眉【ちょうび】青し。
遂に來って座に升りて真訣【しんけつ】を演【の】べ,觀門許さず人の扃【とびら】を開くことを。
知らず誰人か暗【ひそ】かに相い報ぜじ,訇然【こぜん】として振動して雷霆【らいてい】の如し。」
#3
眾寺を掃除して人跡絕え,驊騮【かりゅう】路に塞りて輜輧【しへい】に連なる。
觀中人滿ちて觀外に坐し,後れて至るは地無く聽くに由無し。
簪を抽【ぬ】きて釧【せん】を脫し環佩【かんぽい】を解く,金を堆【つ】み玉を疊んで光り青熒【せいけい】たり。
天門の貴人 詔を傳えて召し,六宮 師の顏形を識らんことを願う。
玉皇 首を頷いて歸り去らんことを許し,龍に乘りて鶴に駕して青冥に來たる。』
#4
豪家の少年豈に道を知らんや,來たって繞ぐること百匝【ひゃくそう】して腳【あし】停どまらず。
雲窗【うんそう】霧閣【むかく】事恍惚たり,重重たる翠幕【すいばく】深き金屏【こんべい】。
仙梯【せんてい】攀【よ】じ難くして俗緣【ぞくえん】重く,浪【みだ】りに青鳥に憑【よ】って丁寧【ていねい】を通ず。』


『華山女』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』


(下し文) #4
豪家の少年豈に道を知らんや,來たって繞ぐること百匝【ひゃくそう】して腳【あし】停どまらず。
雲窗【うんそう】霧閣【むかく】事恍惚たり,重重たる翠幕【すいばく】深き金屏【こんべい】。
仙梯【せんてい】攀【よ】じ難くして俗緣【ぞくえん】重く,浪【みだ】りに青鳥に憑【よ】って丁寧【ていねい】を通ず。』


(現代語訳)
富豪の息子たち、大家の貴公子たちは道教の教えなど勉強もしていないのでわかるはずがないのに、ここへ来て百たびもまわりをめぐってまだ歩き続けている。
雲や霧のかくす窓や高殿の中では何事があるのかぼんやりとしてよく分からない、かわせみ色に光るとばりが重なりあい金の屏風が深く深く置かれていて秘密のベールに包まれる。
神仙へのはしごがよじのぼりにくいのは俗世間との縁が深いためだということだ、だから、あてもないのに思いを繋ぐ青鳥を使いとしてはねんごろな心持ちを通じたいと思っているのである。


(訳注) #4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
富豪の息子たち、大家の貴公子たちは道教の教えなど勉強もしていないのでわかるはずがないのに、ここへ来て百たびもまわりをめぐってまだ歩き続けている。
・豪家少年豈知道 貴公子(お金持ちのうちの若ものたち)が道教の道を知っているはずがない。豪家は、財力を持っている家。少年は、若衆。豈知道は、反語、不知道というにひとしい。道は、道教の道。この一段は、華山女に、若ものたちが好き心をいだいてつきまとうことをえがき、その愚かさをあざけっている。杜甫、李白、王維なども「少年行」であざけっている。また、唐代の女道士のなかに売春を行っていたものがあるようである。森鴎外の短編作で有名な魚玄機にしても、そのようなふしがあるようだし、それほどでなくとも、玄宗皇帝の寵妃楊貴妃が、一時女道士であったように、性的魅力にあふれるものであったのだ。李商隠の詩には多く登場する。この結びは逆説的に、華山女が豪家少年どもには見向きもせず、更に高い地位の人たちに媚態を呈していることを諷刺したものである。女児の生きていく路は難しい時代であったことには間違いことではあるのであえうが。
・繞 ぐるぐるあるものを中心にしてまわる。
・百匝 匝は、と同じ。一周すること。百回も華山の女のまわりをうろつく。


雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
雲や霧のかくす窓や高殿の中では何事があるのかぼんやりとしてよく分からない、かわせみ色に光るとばりが重なりあい金の屏風が深く深く置かれていて秘密のベールに包まれる。
・雲窗霧閣 雲や霧におく深くとざされているまどや高どの。窓は、窓と同じ。雲窓は、雲のもようを窓にかいたものをいうが、ここは、下の霧閣に対して、雲のかかっている窓ということであろう。閣は、楼閣、何階建てにもなっている高どの。なお、雲や霧は、仙人にしたがものであるが、また、宋玉(紀元前290―222年)の「高唐の賦」に見える楚の襄王の寝所に侍った巫女の神女が、雲や雨となって朝夕巫山にかかるという物語にもとづいている。問題は、華山女の色っぽさを利用しているものがいるから、この女を風刺するのである。
・恍惚 エクスタシーをいう。ぼんやりとしてよく分からないさま。うっとりとしてわれを忘れるさま。
・重重翠幕深金屏 かさなりあった翡翠色のとばりとおく深い金の屏風によって秘密のベールに包まれる。重重と深、翠性と金屏とがそれぞれ対している。


仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』
神仙へのはしごがよじのぼりにくいのは俗世間との縁が深いためだということだ、だから、あてもないのに思いを繋ぐ青鳥を使いとしてはねんごろな心持ちを通じたいと思っているのである。
・仙梯難攀 神仙の世界へのはしごはよじ登りにくい。華山女を神仙とし、豪家の少年たちが華山女に近づきがたいことを比喩する。
・俗縁重 この俗世間の縁が重い。仙梯の攣じ難い理由を示す。
・浪 むやみに。むなしく。何の効果もないのにあてもなく行うということを示す副詞。
・憑 たのみとして。
・青島 西王母の使いの鳥で、人間界との橋渡しを行う。西王母は、女性としていちばん高い地位にある神仙。ここは、華山女を、西王母にたとえ、青島は、したがって、豪家の少年が華山女と便りを通ずるための使いの者をいう。
・寧 ねんごろな心持ち。ここでは下心というところか。

崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-3>Ⅱ中唐詩555 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1786


崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-3>



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仏教を風刺したものとして・『送靈師』題木居士二首其一  『題木居士二首其二』  

かなり長いので、四段に分けた。


華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 
#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」
そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。
#3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
寺観はきれいに掃除し、はらい清められて人の足あともなくされる、こちらには駿馬が路をふさぐほどいっぱいになり、婦人の乗るほろ車が連なっているのだ。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
道観の中には人がいっぱいにあふれて寺観の外にまで腰を下ろしているのだ、遅れてやって来たものは居場所がなく聴く方法さえないというほどだ。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
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天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
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玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』
玉皇さまはうなずいて帰り行くことをお許しになり、女道士は龍の乗り鶴に車を引かせて青ぞらを渡って帰って行くのである。

#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』


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街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。
#2
華山の女兒【じょじ】家道を奉じ,異教を驅って仙靈【せんれい】に歸せしめんと欲す。
妝を洗い面を拭って冠帔【かんぴ】を著け,白咽【はくいん】紅頰【こうきょう】長眉【ちょうび】青し。
遂に來って座に升りて真訣【しんけつ】を演【の】べ,觀門許さず人の扃【とびら】を開くことを。
知らず誰人か暗【ひそ】かに相い報ぜじ,訇然【こぜん】として振動して雷霆【らいてい】の如し。」
#3
眾寺を掃除して人跡絕え,驊騮【かりゅう】路に塞りて輜輧【しへい】に連なる。
觀中人滿ちて觀外に坐し,後れて至るは地無く聽くに由無し。
簪を抽【ぬ】きて釧【せん】を脫し環佩【かんぽい】を解く,金を堆【つ】み玉を疊んで光り青熒【せいけい】たり。
天門の貴人 詔を傳えて召し,六宮 師の顏形を識らんことを願う。
玉皇 首を頷いて歸り去らんことを許し,龍に乘りて鶴に駕して青冥に來たる。』


華山000


『華山女』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』


(下し文) #3
眾寺を掃除して人跡絕え,驊騮【かりゅう】路に塞りて輜輧【しへい】に連なる。
觀中人滿ちて觀外に坐し,後れて至るは地無く聽くに由無し。
簪を抽【ぬ】きて釧【せん】を脫し環佩【かんぽい】を解く,金を堆【つ】み玉を疊んで光り青熒【せいけい】たり。
天門の貴人 詔を傳えて召し,六宮 師の顏形を識らんことを願う。
玉皇 首を頷いて歸り去らんことを許し,龍に乘りて鶴に駕して青冥に來たる。』


(現代語訳)
寺観はきれいに掃除し、はらい清められて人の足あともなくされる、こちらには駿馬が路をふさぐほどいっぱいになり、婦人の乗るほろ車が連なっているのだ。
道観の中には人がいっぱいにあふれて寺観の外にまで腰を下ろしているのだ、遅れてやって来たものは居場所がなく聴く方法さえないというほどだ。
カンザシを抜き腕輪をはずし佩玉を解いて寄進を済ませるのだ、金を積む上げ、玉がかさねているものはきらきらと光りかがやいている。
「天門貴人」といわれる宦官が詔を伝えおぼしめされる、それにつづいて後宮の女官たちは女道士さまのおかおが見たいものと願いでる。
玉皇さまはうなずいて帰り行くことをお許しになり、女道士は龍の乗り鶴に車を引かせて青ぞらを渡って帰って行くのである。


(訳注) #3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。

寺観はきれいに掃除し、はらい清められて人の足あともなくされる、こちらには駿馬が路をふさぐほどいっぱいになり、婦人の乗るほろ車が連なっているのだ。
・掃除 掃い除く。一掃する。
・驊騮 駿馬。がんらい周の穆王(前1002-947年在位)の世界旅行のとき、車を引かせた八匹の駿馬のうちの一匹の名。
・輜輧 ほろのある車。婦人の乗り物である。


觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
道観の中には人がいっぱいにあふれて寺観の外にまで腰を下ろしているのだ、遅れてやって来たものは居場所がなく聴く方法さえないというほどだ。
無由聴 聴く方法がない。由は、それによって目的(ここでは聴く)を達すること。


抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
カンザシを抜き腕輪をはずし佩玉を解いて寄進を済ませるのだ、金を積む上げ、玉がかさねているものはきらきらと光りかがやいている。
 二またのかんざし。
・釧 腕輪。
・環佩 腰にさげる玉。いくつも下げて、歩くとき、互にふれあってさやか書をたでる。男もさげるが、環佩というときは、婦のばあいが多い。ここの装身具をはずすのは、婦人の聴衆が墓に感動して、自分の装身具をはずして寄進することをいぅ。
・堆金疊玉光青熒 金をつみあげ玉をかさねきらきらと光っている。寄進された釵と釧や環佩を形容したもの。青熒は、かがやくさま。


天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
「天門貴人」といわれる宦官が詔を伝えおぼしめされる、それにつづいて後宮の女官たちは女道士さまのおかおが見たいものと願いでる。
天門貴人 宮中の宦官。天門は、天上の門から、宮中のことをいう。以下宮中のことを、神仙の世界の天上にたとえである。貴人は、女官の名にもあるが、ここでは、詔を伝えたとあるから、中貴人すなわち宦官のことである。
六宮 天子の後宮。六棟の宮殿から成り、皇后・夫人以下官が分かれて住んでいる。長安大明宮の場合、蓬莱殿、綾綺殿、宣微殿、紫宸殿、浴堂殿、温室殿である。
 華山の少女の女道士。師は、僧侶・道士の尊称として用いられる。


玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』
玉皇さまはうなずいて帰り行くことをお許しになり、女道士は龍の乗り鶴に車を引かせて青ぞらをかけて帰って行くのである。
・玉皇 道教で、天上の上帝を呼ぶ名。ここでは、天子をたとえている。
頷首 うなずく。許可を示す。
乗竜 竜や鶴に乗り物を引かせる竜や鶴は、神仙が乗り物を引かせるのに用いる動物である。
靑冥 青ぞらをかけて下界へ降って来る。青冥は、青くてはるかな空と、天をさす。女道士が通って来る場所をいう。
杜甫 体系 地図458華州から秦州

崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-2>Ⅱ中唐詩554 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1782

崋山女 韓退之(韓愈)

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崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-2>Ⅱ中唐詩554 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1782


この頃のアイドルは巫女、道女、妓女である。韓愈は、道教が仏教と共にきらいであって、道教を排斥した詩には、このほか、「謝自然詩」「誰氏子」などがある。当時の道教が、新興宗教的要素を持っていたことが分かる。
仏教を風刺したものとして・『送靈師』『題木居士二首其一 』 『題木居士二首其二』 

かなり長いので、四段に分けた。


華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 
#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」

そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。
#3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』

#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』

華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』

(華山女)
街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。
#2
華山の女兒【じょじ】家道を奉じ,異教を驅って仙靈【せんれい】に歸せしめんと欲す。
妝を洗い面を拭って冠帔【かんぴ】を著け,白咽【はくいん】紅頰【こうきょう】長眉【ちょうび】青し。
遂に來って座に升りて真訣【しんけつ】を演【の】べ,觀門許さず人の扃【とびら】を開くことを。
知らず誰人か暗【ひそ】かに相い報ぜじ,訇然【こぜん】として振動して雷霆【らいてい】の如し。」


華山道教000

『華山女』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」


(下し文)
#2
華山の女兒【じょじ】家道を奉じ,異教を驅って仙靈【せんれい】に歸せしめんと欲す。
妝を洗い面を拭って冠帔【かんぴ】を著け,白咽【はくいん】紅頰【こうきょう】長眉【ちょうび】青し。
遂に來って座に升りて真訣【しんけつ】を演【の】べ,觀門許さず人の扃【とびら】を開くことを。
知らず誰人か暗【ひそ】かに相い報ぜじ,訇然【こぜん】として振動して雷霆【らいてい】の如し。」


(現代語訳)
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。


 (訳注) #2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
・華山女児 華山は、陝西省華陰県にある名山、芸の西岳。道教の修行をするものがよくこもる山で、りっぱな墓の寺観もあった。この少女が華山から出たというのも、華山にそういう神秘的な陰影があるからである。
以下この一段、華山の少女が、突然女道士として評判が高くなり、宮中にまで召されるようになったことをいう
・家奉道 家庭が道教を信奉していた。
・異教 仏教の事。
・仙霊神仙。神仙の思想と老子にはじまる道家の思想とは、がんらい別のものであったが、道教になって結びつき、神仙は、道教の修行者たちの目標となった。


洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
・洗粧 化粧を洗いおとす。
・拭面 かおをふきとる。化粧を取るのである。
・冠帔 女道士は、冠をつける。帔は、肩にかける短い着物。はおりの類。
白咽 咽は、のど。
・長眉青 青は、ここでは黒と同じょうに用いられる。眉の長いのは、美人とされる。


遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
・升座 座は、講壇。
・演 説明する。講演・演説の演である。
・真訣 道教の秘訣。兵は、道家に於ける理想で、道を体得した完全な状態をいう。訣は、道教において奥儀の意。
・観門 観は、道教の寺院。
・開扃 扃は、かんぬき、又は、とびら。ここは、とびらであろう。


不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」
そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。
・暗 人知れず。わからないように。
・訇然 大きな声の形容。
・雷霆、はげしい雷。

華山女 韓退之(韓愈)詩<113-1>Ⅱ中唐詩553 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1778

華山女 韓退之(韓愈)詩

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華山女 韓退之(韓愈)詩<113-1>Ⅱ中唐詩553 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1778


この頃のアイドルは巫女、道女、妓女である。韓愈は、道教が仏教と共にきらいであって、道教を排斥した詩には、このほか、「謝自然詩」「誰氏子」などがある。当時の道教が、新興宗教的要素を持っていたことが分かる。
仏教を風刺したものとして・送靈師題木居士二首其一  題木居士二首其二  


華山女は長詩なので、四段に分けた。


華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』

#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」
#3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』

#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』

華山000

華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 

(華山女)
街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。


『華山女』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』

(下し文) (華山女)
街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。


(現代語訳)
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 


(訳注)
華山女

(現在の陝西省華陰県にある山)に住む少女が、女道士となって、大変人気があったが、彼の女を取
りまく信者たちの熱狂ぶりや、彼の女に妙な興味をいだく好き者たちの行動をえがいて、その愚かさを諷刺した。
華山 中国陝西省華陰市にある険しい山。道教の修道院があり、中国五名山、五岳の一つで、西岳と称されている。最高峰となる南峰の標高は2,160m。花崗岩の岩場を削って、無数の石段が作られており、一部には断崖絶壁の上に作られた20cmほどしかない足場や桟道を通って行かねばならない場所があり、宗教聖地として、格段の険しい山として知られる。
杜甫 体系 地図458華州から秦州
 

街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
・街東得西 唐代の長安の市街は、中央を南北につらぬく朱雀門街で二つの区域に分かたれ、朱雀門街より東を街東と略称し、万年県の管轄、朱雀門律より西を街西と略称し、長安県の管轄とされていた。わ
講仏経 お経を講釈している。当時、僧侶が仏教説話をおもしろく節をつけて語る説経講談のような語りもの「俗講」が寺院で行われており、この「講仏経」は、そのことをいったものとされる。最近、「俗講」は、中国における寄席演芸の超原として注目され、その講釈のテキスト「変文」も、甘粛省敦煌で発見された古文書の中から幾篇か見つけ出され、研究が盛んに行われている。
・螺 ほら貝。
・鬧 さわがせる。音楽がさわがしいのである。

 10risho長安城の図

廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
広張 大きく誇張する。
・資誘脅 脅して誘い合わさせる手助けの種とする。
狎恰 おしあいへしあいするさま。
・排浮萍 ただよっているうきくさがおしのけあっている。聴衆のもみあっている比喩である。この最初の四句は、当「俗講」が非常に流行していたことを示すものとされる。『資治通鑑宝暦二年六月己卯の条』に、文淑という僧の「俗講」に、敬宗皇帝(李湛)が見物に行ったとされている。


黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 
・黃衣道士 黄いろい衣をきた遭士。遺士は、道教の宣教師で、有髪で冠をかぶっている。その衣は、色が定まっていて、黄もそのうちのlつであった。
・座下 道士の説教の座の下。
・蓼落 まばらなさま。道教が衰退すること。
・明星 あけがたの星のようにまばらである。明星は、ふつう金星をいうのであるが、ここは、暁星、と同じく、明け方の星をいうのであろう。華星は夜明けの金星。
以上このl段は、仏教の盛況と、道教の衰微をい
うものである。道教は玄宗の開元、天宝の45年年間隆盛を極めた。
謝靈運『燕歌行』「對君不樂淚沾纓,闢窗開幌弄秦箏,調絃促柱多哀聲,遙夜明月鑒帷屏,誰知河漢淺且清,展轉思服悲明星。」
燕歌行 謝霊運(康楽) 詩<79-#2>

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李商隠 『嫦娥』 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集約130首 詩の背景1.道教 2.芸妓 3.嫦娥と李商隠
『嫦娥』
「雲母屏風燭影深、長河漸落暁星沈。」・暁星 暁の明星
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調張籍 韓退之(韓愈)詩<112-#4>Ⅱ中唐詩552 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1774

調張籍 韓退之(韓愈)詩


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調張籍 韓退之(韓愈)詩<112-#4>Ⅱ中唐詩552 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1774


調張籍 
#1
李杜文章在,光焰萬丈長。不知群兒愚,那用故謗傷。
李白と杜甫はその文学が厳然ひかりと存在している、そのかがやく焔は万丈の長さにも及んでいるものである。
それにどういうわけか私にはわからないが幼稚な子供のような愚かな者たちがいることだ。それはなぜわざわざ彼らを誹謗や中傷したりするのだろう。

蚍蜉撼大樹,可笑不自量。伊我生其後,舉頸遙相望。
大蟻かもしれないが荘厳な大木をゆりうごかそうとしているのだ、そんな身の程知らずなことは笑ってやることしかないだろう。
このわたしは李白杜甫の後に生まれているのであるが、首をのばしてはるか昔まで数多の文学者たちを望んでみる。

夜夢多見之,晝思反微茫。
過去を振り返って夜、夢に出るほどの詩人は李白杜甫を多く見るのであるが、昼に今の文壇のことを評価すると此れと言って評価できる詩人はいないのである。
李杜 文章在り、光焰 万丈長し。
知らず 群児の愚かなる、那にを用ってか故さらに謗傷する。
蚍蜉 大樹を撼かす、笑うべし 自ずから量らざるを。
伊れ我れ其の後に生まれて、頸を挙げて遙かに相い望む。
夜るには夢に多くこれを見るも、昼に思えば反って微茫たり。

#2
徒觀斧鑿痕,不矚治水航。想當施手時,巨刃磨天揚。
ただ単に山峡を削り出しただけの跡を見るという語句をあれこれ議論して添削しても、禹が治水工事を完成させて船の就航が良くなったように詩歌が上手く流れないとみつめる意味がないのである。
想像するに李杜が手を加えるというそんな時は、巨大な刃が天を削り磨き上げ丸くするように振り上げられたにちがいない。

垠崖劃崩豁,乾坤擺雷硠。惟此兩夫子,家居率荒涼。
崖であるべきところはすぽっと切りおとされ、崩されて開かれるのであり、天と地は雷鳴轟き、うちふるえたことであろう。
そうであってもこの文壇両巨頭の二人は、暮らし向きとなるといたってわびしかったのである。

帝欲長吟哦,故遣起且僵。

それは天の神がいつまでも詩を作っていさせようと思われ、わざわざ、起きては倒れ、うまくいくとすかさず難関に向かわせるようになされたのだ。

徒【いたずら】に斧鑿【ふさく】の痕【あと】を觀て,治水の航を矚【み】ず。
想うに手を施す時に當って,巨刃は揚げるをして天を磨る。
垠崖【ぎんがい】劃【かく】として崩豁【ほうかつ】たり,乾坤【けんこん】雷硠【らいろう】を擺【ふる】う。
惟れ此の兩の夫子,家居率【おおむ】ね荒涼たり。
帝長く吟哦【ぎんが】せしめんと欲し,故【こと】さらに起ち且つ僵【たお】れ遣【し】む。

剪翎送籠中,使看百鳥翔。平生千萬篇,金薤垂琳琅。
羽を切ってかごの中に送られたような六朝文学(賦、楽府)、四六駢儷文は宮廷文学は籠の中から飛び立つことはできなかった、百鳥のように朝廷文学のなかで李・杜は心ゆくままに天翔けるのを見せつけたことになる。
一生かけて千篇か万篇かの詩を作るというが、書家の金錯書また倒薤書のすぐれてたくみな文字でもって李・杜の琳琅の美しい玉の詩を垂れ字で書かれるのである。

仙官敕六丁,雷電下取將。流落人間者,太山一毫芒。
道教の神で、天帝の走り使いの任をうける六丁にみことのりをされた、雷をとどろかせ稲光をおとして、この世に下り李杜の力を奪い取って持って行ってしまったということだ。
李杜の詩はこの人の世にもれ落ちて伝えられたものである、そしてその詩は泰山の中の毛すじ一本ほどとのものでも駄作はないのだ。

我願生兩翅,捕逐出八荒。

われわれにはどうか左右両のつばさを生やしてもらい、天地のはてをこえでまで李杜の詩を世界のはてまで追っかけたいとおもうのである。

翎【はね】を剪って籠中に送り,百鳥の翔けるを看使【し】む。
平生【へいぜい】千萬篇,金薤【きんかい】琳琅【りんろう】を垂る。
仙官【せんかん】六丁【りくてい】に敕し,雷電して下りて取將【しゅしょう】せしむ。
流落せる人間の者,太山の一毫の芒。
我れ願わくば兩翅【りょうしょう】を生じ,捕逐【ほちく】して八荒【はちこう】を出でんことを。
#4
精誠忽交通,百怪入我腸。
精心誠意をもったこころがたちまち李杜の心と通いあうのである、そうして今までにないハイレベルなおびただしい幻想がわたしの腸にはいって来くるのだ。
刺手拔鯨牙,舉瓢酌天漿。
手に刃をもち、抜いた剣の切っ先を相手の方に向けるため翻して鯨の牙をひっこ抜いて、そのあとはひさごを挙げて天の酒を酌み交わすのである。
騰身跨汗漫,不著織女襄。
愛馬にうちまたがってこの身を広大無辺で計り知れない空に昇らせていく、しかし、七夕織姫の馬車のあとおっかけてついていくことはしないのだ。
顧語地上友,經營無太忙。
ふりかえってみて地上の友である張籍君に語ることにすると、「まめまめしく仕事に務め過ぎてはいないのか。」と。
乞君飛霞佩,與我高頡頏。
そして「君に飛霞の佩をあげよう、わたしといっしょに空を自由に飛びまわろうではないか。」と。
#4
精誠【せいせい】忽【たちま】ち交通し,百怪【ひゃっかい】我が腸に入らん。
刺手して鯨牙【げいが】を拔き,瓢【ひさご】を舉げて天漿を酌【くみかわ】さん。
身を騰【あ】げて汗漫【かんまん】に跨がり,織女の襄【じょう】に著【つ】かず。
顧りみて地上の友に語らく,經營【けいえい】太【はなは】だ忙がわしきこと無からんや。
君に飛霞【ひか】の佩【はい】を乞,我れと高く頡頏【けつこう】されたし。

嘉陵江111111

『調張籍』最終回 現代語訳と訳註
(本文)
#4
精誠忽交通,百怪入我腸。刺手拔鯨牙,舉瓢酌天漿。騰身跨汗漫,不著織女襄。顧語地上友,經營無太忙。乞君飛霞佩,與我高頡頏。


(下し文)#4
精誠【せいせい】忽【たちま】ち交通し,百怪【ひゃっかい】我が腸に入らん。
刺手して鯨牙【げいが】を拔き,瓢【ひさご】を舉げて天漿を酌【くみかわ】さん。
身を騰【あ】げて汗漫【かんまん】に跨がり,織女の襄【じょう】に著【つ】かず。
顧りみて地上の友に語らく,經營【けいえい】太【はなは】だ忙がわしきこと無からんや。
君に飛霞【ひか】の佩【はい】を乞,我れと高く頡頏【けつこう】されたし。


(現代語訳)
精心誠意をもったこころがたちまち李杜の心と通いあうのである、そうして今までにないハイレベルなおびただしい幻想がわたしの腸にはいって来くるのだ。
手に刃をもち、抜いた剣の切っ先を相手の方に向けるため翻して鯨の牙をひっこ抜いて、そのあとはひさごを挙げて天の酒を酌み交わすのである。
愛馬にうちまたがってこの身を広大無辺で計り知れない空に昇らせていく、しかし、七夕織姫の馬車のあとおっかけてついていくことはしないのだ。
ふりかえってみて地上の友である張籍君に語ることにすると、「まめまめしく仕事に務め過ぎてはいないのか。」と。
そして「君に飛霞の佩をあげよう、わたしといっしょに空を自由に飛びまわろうではないか。」と


(訳註)#4
精誠忽交通,百怪入我腸。
精心誠意をもったこころがたちまち李杜の心と通いあうのである、そうして今までにないハイレベルなおびただしい幻想がわたしの腸にはいって来くるのだ。
・精誠 まごころ。精心誠意。
・交通 通じあう。李白・杜甫の心と通うということであろう。
・百怪 いろいろの化け物というべき、詩的幻想をさす。今まではどうやっても思いつかないようなレベルの違う詩的幻想を云う。


刺手拔鯨牙,舉瓢酌天漿。
手に刃をもち、抜いた剣の切っ先を相手の方に向けるため翻して鯨の牙をひっこ抜いて、そのあとはひさごを挙げて天の酒を酌み交わすのである。
・刺手 手に刃を持ちひるがえすこと。この頃の剣は斬るより衝くことが基本で、抜いた剣の切っ先を相手の方に向けるため翻すことを云う。

○鯨牙 鯨の歯。鯨は、海に住む狂暴な動物として、奇怪なものとされた。
○瓢 ひさご。現在の水筒のように用いられた。
○天栄 柴は、飲みもの。天衆は、天の飲料。醍醐・ネタタルのようなもの。


騰身跨汗漫,不著織女襄。
愛馬にうちまたがってこの身を広大無辺で計り知れない空に昇らせていく、しかし、七夕織姫の馬車のあとおっかけてついていくことはしないのだ。
・騰身 からだを空にのぼらせる。
・汗漫 広い漠然としているところへ出て行くさま。広大無辺で計り知れないこと。水面などが広々としてはてしないこと。また、そのさま。『淮南子』≪‧道應訓≫「吾與汗漫期於九垓之外。」とあり、淮南子に見える天界遊行・古代の宇宙観をいう。廬敖という存在が、遠遊して世界を経巡ったと誇ったところ、ある存在がそれをまだまだ小さいことだとして高誘注で「吾与汗漫、期于九垓之上。吾不可以久(私は汗漫と九天の上で逢う約束をしている。お前の相手をしている暇はない)」として雲の彼方へ消えていった、という説話を載せる。杜甫『渼陂行』「琉利汗漫泛舟入,事殊興極憂思集。渼陂行  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 66
李白『廬山謠寄盧侍御虛舟』「先期汗漫九垓上、願接盧敖遊太清。」孟浩然『寄天臺道士』「海上求仙客,三山望幾時。焚香宿華頂,裛露采靈芝。屢躡莓苔滑,將尋汗漫期。倘因松子去,長與世人辭。」盛唐詩 寄天台道士 孟浩然<27> Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -334
・著 くっつく。
・織女襄 織女星の馬車。「詩経」小雅「跂彼織女、終日七襄」「跂たる彼の織女は、日を終えて七たび襄る。」とある。織女星が、一日中かかって七つの星宿をめぐることをいったもの。嚢は、宿すことを意味し、星から星へ、宿場から宿場まで行くことだという。
「織女の嚢に着かず」とは、織女が星から星へと回っていくことをしないということ。


顧語地上友,經營無太忙。
ふりかえってみて地上の友である張籍君に語ることにすると、「まめまめしく仕事に務め過ぎてはいないのか。」と。
地上友 張籍をさす。
経営 まめまめしくものごとに勤めること。
無太忙 ここでは、無は反語。「……ではないか。」無は、しばしは、反語の気持ちをこめて強めのことばとして用いられる。太は、甚だしく。


乞君飛霞佩,與我高頡頏。
そして「君に飛霞の佩をあげよう、わたしといっしょに空を自由に飛びまわろうではないか。」と
・乞 人にものを与える。
・飛霞佩 飛霞は、空にただよう赤いかすみ。佩は、帯玉。腰にさげるかざりの玉。飛霞佩は、それを身につけることによって空を飛ぶ能力が生ずるものとしているのであろう。
・頡頏 上がったり下がったりして飛ぶ。上へ飛ぶことを頡といい、下へ飛ぶことを頏という。「詩経」邶風 邶風燕燕の篇に見えることば。


調張籍 韓退之(韓愈)詩<112-#3>Ⅱ中唐詩551 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1770

調張籍 韓退之(韓愈) 3/4

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調張籍 韓退之(韓愈)詩<112-#3>Ⅱ中唐詩551 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1770

調張籍
李杜文章在,光焰萬丈長。不知群兒愚,那用故謗傷。
李白と杜甫はその文学が厳然ひかりと存在している、そのかがやく焔は万丈の長さにも及んでいるものである。
それにどういうわけか私にはわからないが幼稚な子供のような愚かな者たちがいることだ。それはなぜわざわざ彼らを誹謗や中傷したりするのだろう。

蚍蜉撼大樹,可笑不自量。伊我生其後,舉頸遙相望。
大蟻かもしれないが荘厳な大木をゆりうごかそうとしているのだ、そんな身の程知らずなことは笑ってやることしかないだろう。
このわたしは李白杜甫の後に生まれているのであるが、首をのばしてはるか昔まで数多の文学者たちを望んでみる。

夜夢多見之,晝思反微茫。
過去を振り返って夜、夢に出るほどの詩人は李白杜甫を多く見るのであるが、昼に今の文壇のことを評価すると此れと言って評価できる詩人はいないのである。

李杜 文章在り、光焰 万丈長し。
知らず 群児の愚かなる、那にを用ってか故さらに謗傷する。
蚍蜉 大樹を撼かす、笑うべし 自ずから量らざるを。
伊れ我れ其の後に生まれて、頸を挙げて遙かに相い望む。
夜るには夢に多くこれを見るも、昼に思えば反って微茫たり。

徒觀斧鑿痕,不矚治水航。想當施手時,巨刃磨天揚。
ただ単に山峡を削り出しただけの跡を見るという語句をあれこれ議論して添削しても、禹が治水工事を完成させて船の就航が良くなったように詩歌が上手く流れないとみつめる意味がないのである。
想像するに李杜が手を加えるというそんな時は、巨大な刃が天を削り磨き上げ丸くするように振り上げられたにちがいない。

垠崖劃崩豁,乾坤擺雷硠。惟此兩夫子,家居率荒涼。
崖であるべきところはすぽっと切りおとされ、崩されて開かれるのであり、天と地は雷鳴轟き、うちふるえたことであろう。
そうであってもこの文壇両巨頭の二人は、暮らし向きとなるといたってわびしかったのである。

帝欲長吟哦,故遣起且僵。
それは天の神がいつまでも詩を作っていさせようと思われ、わざわざ、起きては倒れ、うまくいくとすかさず難関に向かわせるようになされたのだ。

#2
徒觀斧鑿痕,不矚治水航。想當施手時,巨刃磨天揚。
ただ単に山峡を削り出しただけの跡を見るという語句をあれこれ議論して添削しても、禹が治水工事を完成させて船の就航が良くなったように詩歌が上手く流れないとみつめる意味がないのである。
想像するに李杜が手を加えるというそんな時は、巨大な刃が天を削り磨き上げ丸くするように振り上げられたにちがいない。

垠崖劃崩豁,乾坤擺雷硠。惟此兩夫子,家居率荒涼。
崖であるべきところはすぽっと切りおとされ、崩されて開かれるのであり、天と地は雷鳴轟き、うちふるえたことであろう。
そうであってもこの文壇両巨頭の二人は、暮らし向きとなるといたってわびしかったのである。

帝欲長吟哦,故遣起且僵。
それは天の神がいつまでも詩を作っていさせようと思われ、わざわざ、起きては倒れ、うまくいくとすかさず難関に向かわせるようになされたのだ。

徒【いたずら】に斧鑿【ふさく】の痕【あと】を觀て,治水の航を矚【み】ず。
想うに手を施す時に當って,巨刃は揚げるをして天を磨る。
垠崖【ぎんがい】劃【かく】として崩豁【ほうかつ】たり,乾坤【けんこん】雷硠【らいろう】を擺【ふる】う。
惟れ此の兩の夫子,家居率【おおむ】ね荒涼たり。
帝長く吟哦【ぎんが】せしめんと欲し,故【こと】さらに起ち且つ僵【たお】れ遣【し】む。

剪翎送籠中,使看百鳥翔。
羽を切ってかごの中に送られたような六朝文学(賦、楽府)、四六駢儷文は宮廷文学は籠の中から飛び立つことはできなかった、百鳥のように朝廷文学のなかで李・杜は心ゆくままに天翔けるのを見せつけたことになる。
平生千萬篇,金薤垂琳琅。
一生かけて千篇か万篇かの詩を作るというが、書家の金錯書また倒薤書のすぐれてたくみな文字でもって李・杜の琳琅の美しい玉の詩を垂れ字で書かれるのである。
仙官敕六丁,雷電下取將。
道教の神で、天帝の走り使いの任をうける六丁にみことのりをされた、雷をとどろかせ稲光をおとして、この世に下り李杜の力を奪い取って持って行ってしまったということだ。
流落人間者,太山一毫芒。
李杜の詩はこの人の世にもれ落ちて伝えられたものである、そしてその詩は泰山の中の毛すじ一本ほどとのものでも駄作はないのだ。
我願生兩翅,捕逐出八荒。

われわれにはどうか左右両のつばさを生やしてもらい、天地のはてをこえでまで李杜の詩を世界のはてまで追っかけたいとおもうのである。

翎【はね】を剪って籠中に送り,百鳥の翔けるを看使【し】む。
平生【へいぜい】千萬篇,金薤【きんかい】琳琅【りんろう】を垂る。
仙官【せんかん】六丁【りくてい】に敕し,雷電して下りて取將【しゅしょう】せしむ。
流落せる人間の者,太山の一毫の芒。
我れ願わくば兩翅【りょうしょう】を生じ,捕逐【ほちく】して八荒【はちこう】を出でんことを。


#4
精誠忽交通,百怪入我腸。刺手拔鯨牙,舉瓢酌天漿。騰身跨汗漫,不著織女襄。顧語地上友,經營無太忙。乞君飛霞佩,與我高頡頏。

denen03350


『調張籍』 現代語訳と訳註
(本文)

剪翎送籠中,使看百鳥翔。平生千萬篇,金薤垂琳琅。
仙官敕六丁,雷電下取將。流落人間者,太山一毫芒。
我願生兩翅,捕逐出八荒。


(下し文)
翎【はね】を剪って籠中に送り,百鳥の翔けるを看使【し】む。
平生【へいぜい】千萬篇,金薤【きんかい】琳琅【りんろう】を垂る。
仙官【せんかん】六丁【りくてい】に敕し,雷電して下りて取將【しゅしょう】せしむ。
流落せる人間の者,太山の一毫の芒。
我れ願わくば兩翅【りょうしょう】を生じ,捕逐【ほちく】して八荒【はちこう】を出でんことを


(現代語訳)
羽を切ってかごの中に送られたような六朝文学(賦、楽府)、四六駢儷文は宮廷文学は籠の中から飛び立つことはできなかった、百鳥のように朝廷文学のなかで李・杜は心ゆくままに天翔けるのを見せつけたことになる。
一生かけて千篇か万篇かの詩を作るというが、書家の金錯書また倒薤書のすぐれてたくみな文字でもって李・杜の琳琅の美しい玉の詩を垂れ字で書かれるのである。
道教の神で、天帝の走り使いの任をうける六丁にみことのりをされた、雷をとどろかせ稲光をおとして、この世に下り李杜の力を奪い取って持って行ってしまったということだ。
李杜の詩はこの人の世にもれ落ちて伝えられたものである、そしてその詩は泰山の中の毛すじ一本ほどとのものでも駄作はないのだ。
われわれにはどうか左右両のつばさを生やしてもらい、天地のはてをこえでまで李杜の詩を世界のはてまで追っかけたいとおもうのである。


(訳注)
剪翎送籠中,使看百鳥翔。
羽を切ってかごの中に送られたような六朝文学(賦、楽府)、四六駢儷文は宮廷文学は籠の中から飛び立つことはできなかった、百鳥のように朝廷文学のなかで李・杜は心ゆくままに天翔けるのを見せつけたことになる。
・剪翎 翎は、羽毛。島の羽を切って飛べないようにする。六朝文学、四六駢儷文は宮廷文学にどっぷりつかりその領域の中から出ることはなかったことを示す。
・使看百鳥翔 いろいろの鳥が存分に飛びまわっているのを見させた。この百鳥は、朝廷で高位についた人たちをいう。つまり、高官たちが威勢よくくらしているのを見せつけ、それに刺戟されて、李白と杜甫がりっはな詩を作るようにさせた、というもの。


平生千萬篇,金薤垂琳琅。
一生かけて千篇か万篇かの詩を作るというが、書家の金錯書また倒薤書のすぐれてたくみな文字でもって李・杜の琳琅の美しい玉の詩を垂れ字で書かれるのである。
○平生 つねきろ。ここは一生を通じて日常に作ったものということで、一生のこと。
〇千萬篇 千に万にも及ぶ多くの詩。千万は、多数を示す。篇は、詩を数えることばで首より広い意味を持つ。
○金薤 金は、金錯書、薤は、倒薤書、どちら篆書の書体の名で書のすぐれていることをいう。
○垂 垂れている。金錯書、倒薤書の字休が下に垂れたような形である。
○琳琅 美しい玉の名。李白・杜甫の美しい詩をたとえる。


仙官敕六丁,雷電下取將。
道教の神で、天帝の走り使いの任をうける六丁にみことのりをされた、雷をとどろかせ稲光をおとして、この世に下り李杜の力を奪い取って持って行ってしまったということだ。
・仙官 天帝の治下の神仙の世界における官吏。
・勅 勅と同じ。みことのりを下して。
・六丁 道教の神で、天帝の走り使いの任に当たる。
・雷電 雷や電をおとす。
・取将 将は、もって行く。天の機密を盗んで、この世にもらしたものは、天が再びそれを取り上げてしまうという伝説によって、李白杜甫の詩も、天の巧みをこらしたものゆえ、天がそれを去って行った、というのである。李杜以降の詩人が天から力をもらっていないことをいう。


流落人間者,太山一毫芒。
李杜の詩はこの人の世にもれ落ちて伝えられたものである、そしてその詩は泰山の中の毛すじ一本ほどとのものでも駄作はないのだ。
・流落 落ちてこぼれさまよっている。
・人間 この人の世。天上に対する。日本語の人間という意味ではない。
○太山 泰山と同じ。山東省泰安県にある中國の名山で五岳の東岳とされる。大きなものの代表としていつ品用される。
〇一毫芒 豪は、毫の字と同じ。先のとんがった毛。巴は、麦や稲の穂先にある毛。のぎ。毫芒は、ちいさく細いもの代表とされる。李白と杜甫の詩の世に流伝するものは、あの大き泰山の中の一本の毛ほどに、全作品中のごくわずかでしかない、という意。たくさん残されていることと駄作がないということを云う。


我願生兩翅,捕逐出八荒。
われわれにはどうか左右両のつばさを生やしてもらい、天地のはてをこえでまで李杜の詩を世界のはてまで追っかけたいとおもうのである。
〇両麺 二まいのつばさ。
○捕遂 おいかけまわして捕える。天上へと取り去られた李白・杜甫の詩を追いかけるのである。
〇八荒 荒は、地のはて。八荒は、八方の地のはて、つまり、この世界のかぎり。

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 Ⅲ杜甫詩1000詩集成都(2)浣花渓の草堂(2 -2) 梅雨 杜甫 <365>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1767 杜甫詩 700- 541 
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李杜文章在,光焰萬丈長。不知群兒愚,那用故謗傷。
李白と杜甫はその文学が厳然ひかりと存在している、そのかがやく焔は万丈の長さにも及んでいるものである。
それにどういうわけか私にはわからないが幼稚な子供のような愚かな者たちがいることだ。それはなぜわざわざ彼らを誹謗や中傷したりするのだろう。

蚍蜉撼大樹,可笑不自量。伊我生其後,舉頸遙相望。
大蟻かもしれないが荘厳な大木をゆりうごかそうとしているのだ、そんな身の程知らずなことは笑ってやることしかないだろう。
このわたしは李白杜甫の後に生まれているのであるが、首をのばしてはるか昔まで数多の文学者たちを望んでみる。

夜夢多見之,晝思反微茫。
過去を振り返って夜、夢に出るほどの詩人は李白杜甫を多く見るのであるが、昼に今の文壇のことを評価すると此れと言って評価できる詩人はいないのである。

徒觀斧鑿痕,不矚治水航。想當施手時,巨刃磨天揚。
ただ単に山峡を削り出しただけの跡を見るという語句をあれこれ議論して添削しても、禹が治水工事を完成させて船の就航が良くなったように詩歌が上手く流れないとみつめる意味がないのである。
想像するに李杜が手を加えるというそんな時は、巨大な刃が天を削り磨き上げ丸くするように振り上げられたにちがいない。

垠崖劃崩豁,乾坤擺雷硠。惟此兩夫子,家居率荒涼。
崖であるべきところはすぽっと切りおとされ、崩されて開かれるのであり、天と地は雷鳴轟き、うちふるえたことであろう。
そうであってもこの文壇両巨頭の二人は、暮らし向きとなるといたってわびしかったのである。

帝欲長吟哦,故遣起且僵。
それは天の神がいつまでも詩を作っていさせようと思われ、わざわざ、起きては倒れ、うまくいくとすかさず難関に向かわせるようになされたのだ。

剪翎送籠中,使看百鳥翔。平生千萬篇,金薤垂琳琅。仙官敕六丁,雷電下取將。流落人間者,太山一毫芒。
我願生兩翅,捕逐出八荒。

精誠忽交通,百怪入我腸。刺手拔鯨牙,舉瓢酌天漿。騰身跨汗漫,不著織女襄。顧語地上友,經營無太忙。乞君飛霞佩,與我高頡頏。


813年元和八年、韓愈は四十六歳であったの作。長い詩なので、五聯ごとに段を分けて下し文、訳註していく。

調張籍 #2
徒觀斧鑿痕,不矚治水航。
ただ単に山峡を削り出しただけの跡を見るという語句をあれこれ議論して添削しても、禹が治水工事を完成させて船の就航が良くなったように詩歌が上手く流れないとみつめる意味がないのである。
想當施手時,巨刃磨天揚。
想像するに李杜が手を加えるというそんな時は、巨大な刃が天を削り磨き上げ丸くするように振り上げられたにちがいない。
垠崖劃崩豁,乾坤擺雷硠。
崖であるべきところはすぽっと切りおとされ、崩されて開かれるのであり、天と地は雷鳴轟き、うちふるえたことであろう。
惟此兩夫子,家居率荒涼。
そうであってもこの文壇両巨頭の二人は、暮らし向きとなるといたってわびしかったのである。
帝欲長吟哦,故遣起且僵。

それは天の神がいつまでも詩を作っていさせようと思われ、わざわざ、起きては倒れ、うまくいくとすかさず難関に向かわせるようになされたのだ。
徒【いたずら】に斧鑿【ふさく】の痕【あと】を觀て,治水の航を矚【み】ず。
想うに手を施す時に當って,巨刃は揚げるをして天を磨る。
垠崖【ぎんがい】劃【かく】として崩豁【ほうかつ】たり,乾坤【けんこん】雷硠【らいろう】を擺【ふる】う。
惟れ此の兩の夫子,家居率【おおむ】ね荒涼たり。
帝長く吟哦【ぎんが】せしめんと欲し,故【こと】さらに起ち且つ僵【たお】れ遣【し】む。

太行山脈001

『調張籍 』#2 現代語訳と訳註
(本文)

調張籍 #2
徒觀斧鑿痕,不矚治水航。
想當施手時,巨刃磨天揚。
垠崖劃崩豁,乾坤擺雷硠。
惟此兩夫子,家居率荒涼。
帝欲長吟哦,故遣起且僵。


(下し文)
徒【いたずら】に斧鑿【ふさく】の痕【あと】を觀て,治水の航を矚【み】ず。
想うに手を施す時に當って,巨刃は揚げるをして天を磨る。
垠崖【ぎんがい】劃【かく】として崩豁【ほうかつ】たり,乾坤【けんこん】雷硠【らいろう】を擺【ふる】う。
惟れ此の兩の夫子,家居率【おおむ】ね荒涼たり。
帝長く吟哦【ぎんが】せしめんと欲し,故【こと】さらに起ち且つ僵【たお】れ遣【し】む。


(現代語訳)
ただ単に山峡を削り出しただけの跡を見るという語句をあれこれ議論して添削しても、禹が治水工事を完成させて船の就航が良くなったように詩歌が上手く流れないとみつめる意味がないのである。
想像するに李杜が手を加えるというそんな時は、巨大な刃が天を削り磨き上げ丸くするように振り上げられたにちがいない。
崖であるべきところはすぽっと切りおとされ、崩されて開かれるのであり、天と地は雷鳴轟き、うちふるえたことであろう。
そうであってもこの文壇両巨頭の二人は、暮らし向きとなるといたってわびしかったのである。
それは天の神がいつまでも詩を作っていさせようと思われ、わざわざ、起きては倒れ、うまくいくとすかさず難関に向かわせるようになされたのだ。


(訳注)
調張籍 #2
徒觀斧鑿痕,不矚治水航。

ただ単に山峡を削り出しただけの跡を見るという語句をあれこれ議論して添削しても、禹が治水工事を完成させて船の就航が良くなったように詩歌が上手く流れないとみつめる意味がないのである。
徒観 この句より以下「乾坤痛雷破」の句までは、李白と杜甫の文学の制作活動を、古代の三皇五帝の禹が、洪水を治めたときのさまを以て喩える。禹は、嵩山(すうざん)のほとりを本拠としていた。妻は二人いて塗山(とざん)氏の娘で、禹は結婚4日でまた治水工事のために家を出たという。
・斧鑿痕 1 おのとのみ。また、それで細工すること。2 詩文などに技巧を凝らすこと。おのやのみのあと。ここでは、でき上がった作品についていう。禹が山河を切り開いたという神話にもとづき、「斧鑿」という。
・矚 みつめる。
・治水航 川筋を改修工事すること、改修後のスムースな舟の航行。作品を作り上げて行く過程とできあがりこれを吟じ世に広まることをいう。この治水は、禹が洪水を治めたときのことについていう。 


想當施手時,巨刃磨天揚。
想像するに李杜が手を加えるというそんな時は、巨大な刃が天を削り磨き上げ丸くするように振り上げられたにちがいない。
・施手 手を加える。
・巨刃 大きな刃。「斧整」を受けていう。
・磨天 この勝は、摩と同じく、ふれる。


垠崖劃崩豁,乾坤擺雷硠。
崖であるべきところはすぽっと切りおとされ、崩されて開かれるのであり、天と地は雷鳴轟き、うちふるえたことであろう。
・垠崖 垠も崖も、がけ。
・劃 線を入れてすぽっと切る。
・崩豁 くずれてからっと開ける。
・乾坤 乾は天、坤は地。
・擺 振動する。ゆれ動く。
・雷硠 ごろごろととどろく音の形容。雷鳴轟く。


惟此兩夫子,家居率荒涼。
そうであってもこの文壇両巨頭の二人は、暮らし向きとなるといたってわびしかったのである。
惟此両夫子 惟は、句のはじめに来る語調をととのえることば。両夫子は、二人の先生。現代風に言えば、文壇の両巨頭というところか。李白と杜甫をさす。
夫子は、男子を尊敬して呼ぶいい方。特に孔子をさすこともあるが、ここはそうでない。
・家居 日常の家庭生活。
・率大抵。
・荒涼 わびしくさびしい。くらしのまずしかったことをいう。


帝欲長吟哦,故遣起且僵。
それは天の神がいつまでも詩を作っていさせようと思われ、わざわざ、起きては倒れ、うまくいくとすかさず難関に向かわせるようになされたのだ。
・帝 天帝。天の最高神。
・長吟哦 長は、いつまでも。時間的に長い。と。吟哦は、詩を作ること、世に出て詠われること。
・故 ゆえに。わざわざ。ことさらに。ここではわざと。
・遣 怠る。使役の助辞。
・起且僵 起きては倒れ、起きては倒れる。



調張籍 
#1
李杜文章在,光焰萬丈長。不知群兒愚,那用故謗傷。
蚍蜉撼大樹,可笑不自量。伊我生其後,舉頸遙相望。
夜夢多見之,晝思反微茫。
李杜 文章在り、光焰 万丈長し。
知らず 群児の愚かなる、那にを用ってか故さらに謗傷する。
蚍蜉 大樹を撼かす、笑うべし 自ずから量らざるを。
伊れ我れ其の後に生まれて、頸を挙げて遙かに相い望む。
夜るには夢に多くこれを見るも、昼に思えば反って微茫たり。

#2
徒觀斧鑿痕,不矚治水航。想當施手時,巨刃磨天揚。
垠崖劃崩豁,乾坤擺雷硠。惟此兩夫子,家居率荒涼。
帝欲長吟哦,故遣起且僵。

徒【いたずら】に斧鑿【ふさく】の痕【あと】を觀て,治水の航を矚【み】ず。
想うに手を施す時に當って,巨刃は揚げるをして天を磨る。
垠崖【ぎんがい】劃【かく】として崩豁【ほうかつ】たり,乾坤【けんこん】雷硠【らいろう】を擺【ふる】う。
惟れ此の兩の夫子,家居率【おおむ】ね荒涼たり。
帝長く吟哦【ぎんが】せしめんと欲し,故【こと】さらに起ち且つ僵【たお】れ遣【し】む。

調張籍 韓退之(韓愈)詩<112-1>Ⅱ中唐詩548 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1758

調張籍 韓退之(韓愈)

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調張籍 韓退之(韓愈)詩<112-1>Ⅱ中唐詩548 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1758

調張籍
李杜文章在,光焰萬丈長。不知群兒愚,那用故謗傷。蚍蜉撼大樹,可笑不自量。伊我生其後,舉頸遙相望。
夜夢多見之,晝思反微茫。
徒觀斧鑿痕,不矚治水航。想當施手時,巨刃磨天揚。垠崖劃崩豁,乾坤擺雷硠。惟此兩夫子,家居率荒涼。帝欲長吟哦,故遣起且僵。
剪翎送籠中,使看百鳥翔。平生千萬篇,金薤垂琳琅。仙官敕六丁,雷電下取將。流落人間者,太山一毫芒。
我願生兩翅,捕逐出八荒。
精誠忽交通,百怪入我腸。刺手拔鯨牙,舉瓢酌天漿。騰身跨汗漫,不著織女襄。顧語地上友,經營無太忙。乞君飛霞佩,與我高頡頏。


813年元和八年、韓愈は四十六歳であったの作。長い詩なので、五聯ごとに段を分けて下し文、訳註していく。


調張籍 #1
李杜文章在,光焰萬丈長。
李白と杜甫はその文学が厳然ひかりと存在している、そのかがやく焔は万丈の長さにも及んでいるものである。
不知群兒愚,那用故謗傷。
それにどういうわけか私にはわからないが幼稚な子供のような愚かな者たちがいることだ。それはなぜわざわざ彼らを誹謗や中傷したりするのだろう。
蚍蜉撼大樹,可笑不自量。
大蟻かもしれないが荘厳な大木をゆりうごかそうとしているのだ、そんな身の程知らずなことは笑ってやることしかないだろう。
伊我生其後,舉頸遙相望。
このわたしは李白杜甫の後に生まれているのであるが、首をのばしてはるか昔まで数多の文学者たちを望んでみる。
夜夢多見之,晝思反微茫。

過去を振り返って夜、夢に出るほどの詩人は李白杜甫を多く見るのであるが、昼に今の文壇のことを評価すると此れと言って評価できる詩人はいないのである。

張籍を調る
李杜 文章在り、光焰 万丈長し。
知らず 群児の愚かなる、那にを用ってか故さらに謗傷する。
蚍蜉 大樹を撼かす、笑うべし 自ずから量らざるを。
伊れ我れ其の後に生まれて、頸を挙げて遙かに相い望む。
夜るには夢に多くこれを見るも、昼に思えば反って微茫たり。


『調張籍』 現代語訳と訳註
(本文)
調張籍 #1
李杜文章在,光焰萬丈長。不知群兒愚,那用故謗傷。
蚍蜉撼大樹,可笑不自量。伊我生其後,舉頸遙相望。
夜夢多見之,晝思反微茫。


(下し文) 張籍を調る #1
李杜 文章在り、光焰 万丈長し。
知らず 群児の愚かなる、那にを用ってか故さらに謗傷する。
蚍蜉 大樹を撼かす、笑うべし 自ずから量らざるを。
伊れ我れ其の後に生まれて、頸を挙げて遙かに相い望む。
夜るには夢に多くこれを見るも、昼に思えば反って微茫たり。


(現代語訳)
李白と杜甫はその文学が厳然ひかりと存在している、そのかがやく焔は万丈の長さにも及んでいるものである。
それにどういうわけか私にはわからないが幼稚な子供のような愚かな者たちがいることだ。それはなぜわざわざ彼らを誹謗や中傷したりするのだろう。
大蟻かもしれないが荘厳な大木をゆりうごかそうとしているのだ、そんな身の程知らずなことは笑ってやることしかないだろう。
このわたしは李白杜甫の後に生まれているのであるが、首をのばしてはるか昔まで数多の文学者たちを望んでみる。
過去を振り返って夜、夢に出るほどの詩人は李白杜甫を多く見るのであるが、昼に今の文壇のことを評価すると此れと言って評価できる詩人はいないのである。


(訳注)
調張籍 #1
調張籍 調は、からかう。張籍にたわむれて作ったしである。張籍は、字は文昌。韓愈の弟子で、古体詩、特に楽府にすぐれていた。官が水部員外郎を経て、国子司業にまでなったので、張水部、あるいは張司業と呼ばれる。韓愈は、張籍の地方試験のときの試験委員であったし、のち、韓愈が国子祭酒(国立大学学長)であったとき、張籍を推薦(『薦士』)して国子博士(教授)にしている。この詩の「不知群兒愚,那用故謗傷。」(知らず群児の愚かなる、那にを用ってか故さらに謗傷する。)の句が、当時有名な文学者で白居易の親友なる元稹(779-831年)が、李白杜甫を評したのに対して発したものとすれば、元稹の李杜に対する評論をふくむ「杜(甫)君墓係銘」は、813年元和八年の作であるから、それ以後、あるいは直後に、作られたものになる。813年元和八年、韓愈は四十六歳であった。長い詩であるから、五聯ごとに段を分けることにする。


李杜文章在,光焰萬丈長。
李白と杜甫はその文学が厳然ひかりと存在している、そのかがやく焔は万丈の長さにも及んでいるものである。
李杜 李白(701一762年)と杜甫(712―770年)。中国最大の二人の詩人。韓愈はしばしばこの二詩人について言及している。
『酔留東野』「昔年因讀李白杜甫詩,長恨二人不相從。」
酔留東野  韓退之(韓愈)詩<77-#1>Ⅱ中唐詩441 紀頌之の漢詩ブログ1402

『石鼓歌』「張生手持石鼓文,勸我試作石鼓歌。少陵無人謫仙死,才薄將奈石鼓何。」 (張生 手に石鼓の文を持し、我に勧めて 石鼓の歌を 試作せしむ。少陵に人無く謫仙【たくせん】死せり、才薄きに 將た石鼓を奈何せむ。)
石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#1>Ⅱ中唐詩522 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1654

・在 はっきりと存在している。
・光焰 かがやくほのお。中国詩全般を見て全く次元の違う李杜であることは現代の評価にいたるまで変わりはしない。


不知群兒愚,那用故謗傷。
それにどういうわけか私にはわからないが幼稚な子供のような愚かな者たちがいることだ。それはなぜわざわざ彼らを誹謗や中傷したりするのだろう。
・不知群児愚 幼稚な子供のような愚かな者たちがいる。不知は、その理由が分からぬとしで、いぶかり、なじることば。群児の児は、人を軽く見たいい方。四鹿駢儷文から「詞」を提唱するものや、平易な語を使って子供にも分かる詩を作ろうとしたもの、律詩と絶句ばかり作った連中ということ。その詩人たちが李白と杜甫を間違った評価していることをいうのである。
・那用 どうして。何以と同じ意味。疑問のことば。
・故 わざと。むりに文句をつけて。
・謗傷 誹謗中傷。そしりきずつける。元稹は、「杜君墓係銘」で、杜甫を称讃して、李白を一段低いものとしたが、そのことをいうのであるとされる。李白は儒家から見ると道教的な部分を感じるために低く見た。杜甫については、自己の事を細やかに表現しすぎる、売文、頼みごと、お礼などを詩にしているため賤しいとされたことを云っている。韓愈の時代から数十年経過すると杜甫の評価はがぜん高くなる。


蚍蜉撼大樹,可笑不自量。
大蟻かもしれないが荘厳な大木をゆりうごかそうとしているのだ、そんな身の程知らずなことは笑ってやることしかないだろう。
・蚍蜉 大蟻。
・撼 ゆりうごかす。
・不自量 自分で自分の能力をはからない。自分の身の程を知らない。
 

伊我生其後,舉頸遙相望。
このわたしは李白杜甫の後に生まれているのであるが、首をのばしてはるか昔まで数多の文学者たちを望んでみる。
 これ、この。句のはじめに来る調子を整えることば。


夜夢多見之,晝思反微茫。
過去を振り返って夜、夢に出るほどの詩人は李白杜甫を多く見るのであるが、昼に今の文壇のことを評価すると此れと言って評価できる詩人はいないのである。
 句と句とが逆接することを示すことば。夜は過去のことで、よく夢を見る(李白と杜甫)のに、昼は現実のことで、韓愈の時代の文壇の詩人たちを云う。特に元稹の身の程知らずというのをここで受けている。この時代中唐期の詩人は最も多くの詩人を輩出している。大暦の十才子、孟浩然・王維を受け継ぐグループ、白居易・元稹のグループ、楽府を受け継ぎ詞の分野を開くグループ、韓愈たちのグループと多岐にわたったことをいう。中唐文学はそういった意味でも面白い時代である。
徴茫 ぼんやりとはっきりせぬさま。

秋懐詩十一首(11) 韓退之(韓愈)詩<111>Ⅱ中唐詩548 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1758

秋懷詩十一首 韓退之(韓愈)

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秋懐詩十一首(11) 韓退之(韓愈)詩<111>Ⅱ中唐詩548 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1758


秋懷詩十一首
1   
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。秋風一拂披,策策鳴不已。
微燈照空床,夜半偏入耳。愁憂無端來,感歎成坐起。
天明視顏色,與故不相似。羲和驅日月,疾急不可恃。
浮生雖多塗,趨死惟一軌。胡為浪自苦,得酒且歡喜。
2   
白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。
適時各得所,松柏不必貴。
3   
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。
歸還閱書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。
丈夫意有在,女子乃多怨。
4   
秋氣日惻惻,秋空日淩淩。上無枝上蜩,下無盤中蠅。
豈不感時節,耳目去所憎。清曉卷書坐,南山見高棱。
其下澄湫水,有蛟寒可罾。惜哉不得往,豈謂吾無能。
5   
離離掛空悲,戚戚抱虛警。露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。
斂退就新懦,趨營悼前猛。歸愚識夷塗,汲古得修綆。
名浮猶有恥,味薄真自幸。庶幾遺悔尤,即此是幽屏。
6   
今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。
喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。
尚須勉其頑,王事有朝請。
7   
秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。
寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。
古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。
有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。
豈必求贏餘,所要石與甔。
8    
卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。
空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。
問我我不應,饋我我不餐。退坐西壁下,讀詩盡數編。
作者非今士,相去時已千。其言有感觸,使我複淒酸。
顧謂汝童子,置書且安眠。丈夫屬有念,事業無窮年。
9   
霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。空階一片下,琤若摧琅玕。
謂是夜氣滅,望舒霣其團。青冥無依倚,飛轍危難安。
驚起出戶視,倚楹久汍瀾。憂愁費晷景,日月如跳丸。
迷複不計遠,為君駐塵鞍。
10   
暮暗來客去,群囂各收聲。悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。
世累忽進慮,外憂遂侵誠。強懷張不滿,弱念缺已盈。
詰屈避語阱,冥茫觸心兵。敗虞千金棄,得比寸草榮。
知恥足為勇,晏然誰汝令。
11   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。
朝日がこんなにあざやかに霜の中にさく菊の花に輝いている、秋の季節もおそいというのにどうして美しく咲くのだろうか。
揚揚弄芳蝶,爾生還不早。
ひらひらと元気よく蝶は花蕊の香にたわむれている、こう寒くなるとその君らの命もやはりせまっているのではなかろうか。
運窮兩值遇,婉孌死相保。
運命のおしせまっているものが二つめぐりあったのであるから、した親しみ絡み合いつつ死ぬまで相互で助け合うのである。
西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。
西域から吹く秋風は竜蛇を冬籠りに向かわせるものであり、木々は日ごとに乾燥し、凋み枯れはてていくのだ。
由來命分爾,泯滅豈足道。
まあ、「運命」の由来は命は天から与えられたものということなのだ、ほろびていくのは宿命であるから言うにも足らぬことなのだ。
11   
鮮鮮たり霜中の菊,既に晚れて何ぞ好きことを用いん。
揚揚たり芳を弄する蝶,爾生還た早からず。
運窮まれるもの両つながら值い遇い、婉孌として死ぬまでに相い保つ。
西風は龍蛇を蟄し,眾木は日びに凋槁す。
由来 命分爾り、泥滅 豈道うに足らんや。


『秋懐詩十一首』(十一) 現代語訳と訳註
(本文)
11   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。揚揚弄芳蝶,爾生還不早。
運窮兩值遇,婉孌死相保。西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。
由來命分爾,泯滅豈足道。


(下し文)
鮮鮮たり霜中の菊,既に晚れて何ぞ好きことを用いん。
揚揚たり芳を弄する蝶,爾生還た早からず。
運窮まれるもの両つながら值い遇い、婉孌として死ぬまでに相い保つ。
西風は龍蛇を蟄し,眾木は日びに凋槁す。
由来 命分爾り、泥滅 豈道うに足らんや。


(現代語訳)
朝日がこんなにあざやかに霜の中にさく菊の花に輝いている、秋の季節もおそいというのにどうして美しく咲くのだろうか。
ひらひらと元気よく蝶は花蕊の香にたわむれている、こう寒くなるとその君らの命もやはりせまっているのではなかろうか。
運命のおしせまっているものが二つめぐりあったのであるから、した親しみ絡み合いつつ死ぬまで相互で助け合うのである。
西域から吹く秋風は竜蛇を冬籠りに向かわせるものであり、木々は日ごとに乾燥し、凋み枯れはてていくのだ。
まあ、「運命」の由来は命は天から与えられたものということなのだ、ほろびていくのは宿命であるから言うにも足らぬことなのだ。


(訳注) 11   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。

朝日がこんなにあざやかに霜の中にさく菊の花に輝いている、秋の季節もおそいというのにどうして美しく咲くのだろうか。
・鮮鮮 新誓言。
・既 既は、そのことが既定のことになっていること差す遠は、季節の害いこと。
・何用 どうしてその必要があろうか。反語。コ藁がない」ということ。


揚揚弄芳蝶,爾生還不早。
ひらひらと元気よく蝶は花蕊の香にたわむれている、こう寒くなるとその君らの命もやはりせまっているのではなかろうか。
・揚揚 のびのびとして威勢のよいさま。ひらひらと飛ぶ。
・芳 はなの香。蕊。
・還 やはり遥かと比べる気持ちを含む助辞。


運窮兩值遇,婉孌死相保。
運命のおしせまっているものが二つめぐりあったのであるから、した親しみ絡み合いつつ死ぬまで相互で助け合うのである。
・運窮 運は、時のめぐり合わせ。運窮は、菊と蝶の二つが、寒くなるので生きるべき時節のおしせまっていること。
・両値遇 両は、菊と蝶とその二つがめぐりあう。
婉孌 親しみ絡み合うさま。


西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。
西域から吹く秋風は竜蛇を冬籠りに向かわせるものであり、木々は日ごとに乾燥し、凋み枯れはてていくのだ。
・西風 西は、五行説によれば金に属し、秋も金に属する。西風は、西域からのもので秋風をいう。
五行  木 火 土 金 水
五色  青 紅 黄 白 玄
    (緑)     (黒)
五方  東 南 中 西 北
五時  春 夏 土用 秋 冬
五行関係図

・蟄竃蛇 蟄は、虫が冬眠すること。竜も蛇も、虫のうちである。
・日 日に日に。
・凋槁 洞も槁も、枯れること。


由來命分爾,泯滅豈足道。
まあ、「運命」の由来は命は天から与えられたものということなのだ、ほろびていくのは宿命であるから言うにも足らぬことなのだ。
・由来 もとから。
・命分 命は、天命。分は、自分に与えられた分け前。
・泯滅 ほろびてなくなる。
・道 言う。

秋懐詩十一首(10) 韓退之(韓愈)詩<110>Ⅱ中唐詩547 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1754

秋懐詩十一首(10) 韓退之(韓愈)詩<110>

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秋懐詩十一首(10) 韓退之(韓愈)詩<110>Ⅱ中唐詩547 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1754


秋懷詩十一首
1   
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。秋風一拂披,策策鳴不已。
微燈照空床,夜半偏入耳。愁憂無端來,感歎成坐起。
天明視顏色,與故不相似。羲和驅日月,疾急不可恃。
浮生雖多塗,趨死惟一軌。胡為浪自苦,得酒且歡喜。
2   
白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。
適時各得所,松柏不必貴。
3   
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。
歸還閱書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。
丈夫意有在,女子乃多怨。
4   
秋氣日惻惻,秋空日淩淩。上無枝上蜩,下無盤中蠅。
豈不感時節,耳目去所憎。清曉卷書坐,南山見高棱。
其下澄湫水,有蛟寒可罾。惜哉不得往,豈謂吾無能。
5   
離離掛空悲,戚戚抱虛警。露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。
斂退就新懦,趨營悼前猛。歸愚識夷塗,汲古得修綆。
名浮猶有恥,味薄真自幸。庶幾遺悔尤,即此是幽屏。
6   
今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。
喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。
尚須勉其頑,王事有朝請。
7   
秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。
寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。
古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。
有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。
豈必求贏餘,所要石與甔。
8    
卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。
空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。
問我我不應,饋我我不餐。退坐西壁下,讀詩盡數編。
作者非今士,相去時已千。其言有感觸,使我複淒酸。
顧謂汝童子,置書且安眠。丈夫屬有念,事業無窮年。
9   
霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。空階一片下,琤若摧琅玕。
謂是夜氣滅,望舒霣其團。青冥無依倚,飛轍危難安。
驚起出戶視,倚楹久汍瀾。憂愁費晷景,日月如跳丸。
迷複不計遠,為君駐塵鞍。
10   
暮暗來客去,群囂各收聲。悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。
世累忽進慮,外憂遂侵誠。強懷張不滿,弱念缺已盈。
詰屈避語阱,冥茫觸心兵。敗虞千金棄,得比寸草榮。
知恥足為勇,晏然誰汝令。
11   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。揚揚弄芳蝶,爾生還不早。
運窮兩值遇,婉孌死相保。西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。
由來命分爾,泯滅豈足道。

(十)   
暮暗來客去,群囂各收聲。
日が暮れて暗くなって来客は去って行く、そうして、さまざまのさわがしさはそれぞれの者たちが声をひそめることで収まっていく。
悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。
ゆったりとした夜るのしじまの中で横になるのであるが、そうしてみると道理の微妙なところによく通じている秋の澄明・聡明さを心に抱いているのである。
世累忽進慮,外憂遂侵誠。
世のわずらいがふと思いのうちに入りこんでくるし、外部的な憂れいがかくて心のおく底を侵して来るのである。
強懷張不滿,弱念缺已盈。
強く思う気持ちになっても緊張感は満ちて来ず、弱い思いがなくなったと思うともういっぱいになっている。
詰屈避語阱,冥茫觸心兵。
ごたごたしたことをいって言葉の落とし穴におちることを避け、とりとめのないうちにも心の中の兵隊の武器にさわってはっとするのである。
敗虞千金棄,得比寸草榮。
失敗には千金の宝もすてることになるのがつきものだと気にかかり、成功したとしても一寸の短い草の花がさきほこったとしても目立たないのである。
知恥足為勇,晏然誰汝令。

しかし、恥じを知ることはそれこそが十分に勇者というものなのだ、だからおちついていることがいい、そうすれば、誰もその人に命令するものはないというものだ。
(十)   
暮暗に來客去り,群囂【ぐんがく】各の聲を收む。
悠悠として宵の寂けきに偃し,亹亹【びび】として秋明を抱く。
世累【せるい】忽として慮に進み,外憂【がいゆう】遂に誠を侵す。
懷を強くして張れど滿たされず,念を弱くして缺けれど已に盈ちたり。
詰屈【きつくつ】として語阱【ごせい】を避け,冥茫【めいぼう】として心兵に觸【ふ】る。
敗れて虞う 千金を棄てむことを,比れを得るは寸草の榮。
恥を知るは勇を為すに足れり,晏然たり 誰か汝を令せん。

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『秋懷詩十一首』(十) 現代語訳と訳註
(本文)
10   
暮暗來客去,群囂各收聲。悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。
世累忽進慮,外憂遂侵誠。強懷張不滿,弱念缺已盈。
詰屈避語阱,冥茫觸心兵。敗虞千金棄,得比寸草榮。
知恥足為勇,晏然誰汝令。


(下し文)
(十)
   
暮暗に來客去り,群囂【ぐんがく】各の聲を收む。
悠悠として宵の寂けきに偃し,亹亹【びび】として秋明を抱く。
世累【せるい】忽として慮に進み,外憂【がいゆう】遂に誠を侵す。
懷を強くして張れど滿たされず,念を弱くして缺けれど已に盈ちたり。
詰屈【きつくつ】として語阱【ごせい】を避け,冥茫【めいぼう】として心兵に觸【ふ】る。
敗れて虞う 千金を棄てむことを,比れを得るは寸草の榮。
恥を知るは勇を為すに足れり,晏然たり 誰か汝を令せん。


(現代語訳)
日が暮れて暗くなって来客は去って行く、そうして、さまざまのさわがしさはそれぞれの者たちが声をひそめることで収まっていく。
ゆったりとした夜るのしじまの中で横になるのであるが、そうしてみると道理の微妙なところによく通じている秋の澄明・聡明さを心に抱いているのである。
世のわずらいがふと思いのうちに入りこんでくるし、外部的な憂れいがかくて心のおく底を侵して来るのである。
強く思う気持ちになっても緊張感は満ちて来ず、弱い思いがなくなったと思うともういっぱいになっている。
ごたごたしたことをいって言葉の落とし穴におちることを避け、とりとめのないうちにも心の中の兵隊の武器にさわってはっとするのである。
失敗には千金の宝もすてることになるのがつきものだと気にかかり、成功したとしても一寸の短い草の花がさきほこったとしても目立たないのである。
しかし、恥じを知ることはそれこそが十分に勇者というものなのだ、だからおちついていることがいい、そうすれば、誰もその人に命令するものはないというものだ。


(訳注) 10   
暮暗來客去,群囂各收聲。

日が暮れて暗くなって来客は去って行く、そうして、さまざまのさわがしさはそれぞれの者たちが声をひそめることで収まっていく。
・群囂 もろもろのさわがしいもの音。


悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。
ゆったりとした夜るのしじまの中で横になるのであるが、そうしてみると道理の微妙なところによく通じている秋の澄明・聡明さを心に抱いているのである。
・偃 よこになる。
・宵寂 宵は夜る。夜の静けさ。
・亹亹 道理の微妙なところによく通じているさま。
・秋明 秋の性質として清々しさと澄み切った空気澄明・聡明の明である。秋の澄明・聡明さ。


世累忽進慮,外憂遂侵誠。
世のわずらいがふと思いのうちに入りこんでくるし、外部的な憂れいがかくて心のおく底を侵して来るのである。
・世累 世間のわずらいこと。
・進慮 心の中に侵入する。
・外憂 外部的な愁い。
・侵誠 素直な心に侵入してくること。


強懷張不滿,弱念缺已盈。
強く思う気持ちになっても緊張感は満ちて来ず、弱い思いがなくなったと思うともういっぱいになっている。
・強懷 強く思う気持ち。
・張 緊張させようとする。


詰屈避語阱,冥茫觸心兵。
ごたごたしたことをいって言葉の落とし穴におちることを避け、とりとめのないうちにも心の中の兵隊の武器にさわってはっとするのである
・詰屈 ぎくしゃくとまがりくねっているさま。
・語阱 言葉の落とし穴。
・冥茫 ぼんやりとりとめなく広いさま。
心兵 兵は、武器。心の刃。


敗虞千金棄,得比寸草榮。
失敗には千金の宝もすてることになるのがつきものだと気にかかり、成功したとしても一寸の短い草の花がさきほこったとしても目立たないのである。
・敗虞千金弄 危険にぶつかれば、本質的でないものは、一見貴重に見えるものでも棄てさらねはならぬ。『荘子』山木篇、「林回棄千金之璧,負赤子而趨。或曰:‘為其布與?赤子之布寡矣;為其累與?赤子之累多矣。棄千金之璧,負赤子而趨,何也?’林回曰:‘彼以利合,此以天屬也。’夫以利合者,迫窮齷己.君子之交淡若水,小人之交甘若醴。君子淡以親,小人甘以絕。彼無故以合者,則無故以離。」
「林回、千金の壁を棄て、赤子を負ひて趨る。或人目く「……何ぞや」林回目く「彼は利を以て合ふ。此は天を以て属せり。夫れ利を以て合ふ者は窮禍患害に迫って相乗つ。天を以て属する者は窮禍患害に迫って相収む。……且つ君子の交は淡くして水の若し、小人の交は甘くして酸の若し。君子は淡くして以て親し。小人は甘くして以て絶ゆ。彼の故無くして以て合ふ者は則ち故無くして以て離る」と見える。
・寸草栄 栄は、草のはなが咲き誇る。


知恥足為勇,晏然誰汝令。
しかし、恥じを知ることはそれこそが十分に勇者というものなのだ、だからおちついていることがいい、そうすれば、誰もその人に命令するものはないというものだ。
・知恥 『礼記』の中庸に、「恥を知るは勇に近し」 の語がみえる。
・晏然 やすらぐさま。

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