中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

2013年02月

原性 韓愈(韓退之) <116-4>Ⅱ中唐詩602 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1994

原性 韓愈(韓退之) <116-4>

2013年2月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-4>Ⅱ中唐詩602 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1994
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集夜歸鹿門山歌 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1996 (02/28)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性愁思 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-90-26-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1997
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首   
 


原性 韓愈(韓退之) <116-4>Ⅱ中唐詩602 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1994


人間の倫理性の本質を原【たず】ねる論文。孟子の性善、荀子の性悪、揚雄の性善悪混在説の三説に対して、韓愈は性に上・中・下三等の区別があるとし、その上品と下品の性は移らないものであるという新しい見解を述べた。


#4 三段目 の1
情之品有上中下三,其所以為情者七:
「性」という心のはたらきが外物と接して生ずる感情の品には、上・中・下の三つの品がある。その感情の種類とするところのものは七種である。
曰喜、曰怒、曰哀、曰懼、曰愛、曰惡、曰欲。
まずいう、「喜び」である。続いて言うのは「怒り」であり、続いて言うのは「哀しみ」であり、続いて言うのは「懼れ」であり、続いて言うのは「愛」であり、続いて言うのは「悪【にく】しみ」であり、続いて言うのは「欲」である。
上焉者之於七也,動而處其中;
上等の情とこの七種の感情との関係は、情が動いて、しかも過不足のない適度のところに安定しているものである。
#5 三段目 の2
中焉者之於七也,有所甚,
有所亡,然而求合其中者也;
下焉者之於七也,亡與甚,直情而行者也。
情之於性視其品。

情の品に上中下の三有り。其の情爲る所以【ゆえん】の者七あり。曰く喜、曰く怒、日く京、曰く怖、曰く愛、曰く悪、曰く欲と。
上なる者の七に於けるや、動いて其の中に處【お】る。

中なる者の七に於けるや、甚しき所有り、
亡き所有り。然れども其の中に合はんことを求むる者なり。
下なる者の七に於けるや、亡きと甚【はなはだ】しきと、直情にして行ふ者なり。
情の性に於ける、其の品に視【なぞら】ふと。

原道孔子廟001306



















『原性』三段目 現代語訳と訳註
(本文)
#4 三段目 の1
情之品有上中下三,其所以為情者七:
曰喜、曰怒、曰哀、曰懼、曰愛、曰惡、曰欲。
上焉者之於七也,動而處其中;


(下し文)
情の品に上中下の三有り。其の情爲る所以【ゆえん】の者七あり。曰く喜、曰く怒、日く京、曰く怖、曰く愛、曰く悪、曰く欲と。
上なる者の七に於けるや、動いて其の中に處【お】る。


(現代語訳)
「性」という心のはたらきが外物と接して生ずる感情の品には、上・中・下の三つの品がある。その感情の種類とするところのものは七種である。
まずいう、「喜び」である。続いて言うのは「怒り」であり、続いて言うのは「哀しみ」であり、続いて言うのは「懼れ」であり、続いて言うのは「愛」であり、続いて言うのは「悪【にく】しみ」であり、続いて言うのは「欲」である。
上等の情とこの七種の感情との関係は、情が動いて、しかも過不足のない適度のところに安定しているものである。


(訳注)
一段目
性也者,與生俱生也;
「性」というものは、誕生により生ずるのであり、人間の生きるための心のはたらきである。
情也者,接於物而生也。
「情」というものは、生まれ持つ「性」という心のはたらきが外物と接して生ずる感情をいうのである。
性之品有三,而其所以為性者五;
性の区別等級に三つあって、その性という概念に五種類がある。
情之品有三,而其所以為情者七
感情の品等に三つあって、その情というものに七種類がある。


#4 三段目 の1
情之品有上中下三,其所以為情者七:

「性」という心のはたらきが外物と接して生ずる感情の品には、上・中・下の三つの品がある。その感情の種類とするところのものは七種である。


曰喜、曰怒、曰哀、曰懼、曰愛、曰惡、曰欲。
まずいう、「喜び」である。続いて言うのは「怒り」であり、続いて言うのは「哀しみ」であり、続いて言うのは「懼れ」であり、続いて言うのは「愛」であり、続いて言うのは「悪【にく】しみ」であり、続いて言うのは「欲」である。


上焉者之於七也,動而處其中;
上等の情とこの七種の感情との関係は、情が動いて、しかも過不足のない適度のところに安定しているものである
○処中 中は過不足のない適当のところ。処るとは、安んじて居る。道理に中(あた)るところに安定していることをいう。


原性 韓愈(韓退之) <116-3>Ⅱ中唐詩601 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1989

原性 韓愈(韓退之) <116-3>10回のうちの3回目

韓愈0015





















2013年2月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩
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女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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原性 韓愈(韓退之) <116-3>Ⅱ中唐詩601 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1989


#2二段目
曰:何也?
続いて言う:それはどういうことかといえば、次のようなわけである。
曰:性之品有上中下三。
続いて言う:「性」それは“人の誕生により生ずるもののであり、人間の生きるための心のはたらきである”ものに上・中・下の三等があるということだ。
上焉者,善焉而已矣;
その内の上等のものは善ばかりということである。
中焉者,可導而上下也;
その内の中等のものは、導きにより上等にも下等にもなりうるものである。
下焉者,惡焉而已矣。
その内の下等のものは、悪ばかりということである。
其所以為性者五
人間の心の働きとするところの「性」に五種ある。
:曰仁、曰禮、曰信、曰義、曰智。
「仁」という人間愛の心であり、「礼」という道徳形式の定めに従う心であり、「信」という言行一致のいつわりのない心であり、「義」という理性によって正しい行いをする心であり、「智」という善悪是非を判断する心のはたらきである。
#3
上焉者之於五也,主於一而行於四;
上等の生まれつきのものの、この五種の徳性に対する関係は、その内一つを主として、他の四種に行きわたり働く(実行は相互に関係して成長するもの)。
中焉者之於五也,一不少有焉,
中等の性のものが、五つの徳性に対する関係は、その内一種が少しだけ有るという程度である。
則少反焉,其於四也混;
あるいは、少し叛いている。そして他の四種の徳は、備えていたり、不足していたりして、混合、不安定な状態である。
下焉者之於五也,反於一而悖於四。
性の下等な者が、五つの徳に対する心の働きは、その内の一つには完全にそむいていて、他の四種についても実行しようと云う意識にもかけているということだ。
性之於情視其品。

生れながらにそなわった「性」と「情」との関係は、情の上中下の三品位に比例していているのである。


日く、何ぞやと。
日く、性の品に上中下の≡有り。
上なる者は善のみ。
中なる者は導いて上下す可きなり。
下なる者は悪のみ。
其の性為る所以の者五あり。日く仁、白く禮、日く信、曰くく義、日く智と。
上なる者の五に於けるや、一に主にして四に行はる。
中なる者の五に於けるや、一少しく有せざれは、
則ち少しく反し、其の四に於けるや混す。
下なる者の五に於けるや、一に反して四に悖る。
性の情に於ける、其の品に視ふ。


原性01
#2『原性』二段目 現代語訳と訳註
(本文) #3

上焉者之於五也,主於一而行於四;
中焉者之於五也,一不少有焉,
則少反焉,其於四也混;
下焉者之於五也,反於一而悖於四。
性之於情視其品。


(下し文)
日く、何ぞやと。
日く、性の品に上中下の≡有り。
上なる者は善のみ。
中なる者は導いて上下す可きなり。
下なる者は悪のみ。
其の性為る所以の者五あり。日く仁、白く禮、日く信、曰くく義、日く智と。

上なる者の五に於けるや、一に主にして四に行はる。中なる者の五に於けるや、一少しく有せざれは、則ち少しく反し、其の四に於けるや混す。
下なる者の五に於けるや、一に反して四に悖る。性の情に於ける、其の品に視ふ。


(現代語訳)
上等の生まれつきのものの、この五種の徳性に対する関係は、その内一つを主として、他の四種に行きわたり働く(実行は相互に関係して成長するもの)。
中等の性のものが、五つの徳性に対する関係は、その内一種が少しだけ有るという程度である。
あるいは、少し叛いている。そして他の四種の徳は、備えていたり、不足していたりして、混合、不安定な状態である。
性の下等な者が、五つの徳に対する心の働きは、その内の一つには完全にそむいていて、他の四種についても実行しようと云う意識にもかけているということだ。
生れながらにそなわった「性」と「情」との関係は、情の上中下の三品位に比例していているのである。


(訳注) #3
上焉者之於五也,主於一而行於四;

上等の生まれつきのものの、この五種の徳性に対する関係は、その内一つを主として、他の四種に行きわたり働く(実行は相互に関係して成長するもの)。
〇一 五常(仁・礼・信・義・智)のうちのどれか一種の徳をいう。必ずしも信をさすのではない。


中焉者之於五也,一不少有焉,
中等の性のものが、五つの徳性に対する関係は、その内一種が少しだけ有るという程度である。


則少反焉,其於四也混;
あるいは、少し叛いている。そして他の四種の徳は、備えていたり、不足していたりして、混合、不安定な状態である。
○混 善悪混合、多かったり、すくな語りその時々で変わる不安定な状態である。


下焉者之於五也,反於一而悖於四。
性の下等な者が、五つの徳に対する心の働きは、その内の一つには完全にそむいていて、他の四種についても実行しようと云う意識にもかけているということだ。
○悖 もとる。さからう。


性之於情視其品。
生れながらにそなわった「性」と「情」との関係は、情の上中下の三品位に比例していているのである。
○視 なぞらえる。比べる。
○其品 情の上中下の三品位。

原性 韓愈(韓退之) <116-2>Ⅱ中唐詩600 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1984

原性 韓愈(韓退之) <116-2>

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孟郊詩
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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 
 


原性 韓愈(韓退之) <116-2>Ⅱ中唐詩600 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1984


#1一段目
性也者,與生俱生也;情也者,接於物而生也。
性之品有三,而其所以為性者五;情之品有三,而其所以為情者七。

#2二段目
曰:何也?
曰:性之品有上中下三。
上焉者,善焉而已矣;中焉者,可導而上下也;
下焉者,惡焉而已矣。
其所以為性者五:曰仁、曰禮、曰信、曰義、曰智。
#3
上焉者之於五也,主於一而行於四;
中焉者之於五也,一不少有焉,
則少反焉,其於四也混;
下焉者之於五也,反於一而悖於四。
性之於情視其品。

#4三段目
情之品有上中下三,其所以為情者七:
曰喜、曰怒、曰哀、曰懼、曰愛、曰惡、曰欲。
上焉者之於七也,動而處其中;
#5
中焉者之於七也,有所甚,有所亡,然而求合其中者也;
下焉者之於七也,亡與甚,直情而行者也。
情之於性視其品。

#6四段目
孟子之言性曰:人之性善。
荀子之言性曰:人之性惡。
揚子之言性曰:人之性善惡混。
夫始善而進惡,與始惡而進善,與始也混而今也善惡,
皆舉其中而遺其上下者也,得其一而失其二者也。

#7五段目
叔魚之生也,其母視之,知其必以賄死。
楊食我之生也,叔向之母聞其號也,知必滅其宗。
越椒之生也,子文以為大戚,知若敖氏之鬼不食也。
人之性果善乎?後稷之生也,其母無災,其始匍匐也,
則岐岐然,嶷嶷然。
#8
文王之在母也,母不憂;既生也,傅不勤;既學也,師不煩;
人之性果惡乎?堯之朱,舜之均,文王之管、蔡,習非不善也,
而卒為奸;
瞽叟之舜,鯀之禹,習非不惡也,而卒為聖。人之性善惡果混乎?

#9六段目
故曰:三子之言性也,舉其中而遺其上下者也,得其一而失其二者也。
曰:然則性之上下者,其終不可移乎?
曰:上之性,就學而愈明;下之性,畏威而寡罪;
#10
是故上者可教,而下者可制也,其品則孔子謂不移也。
曰:今之言性者異於此,何也?
曰:今之言者,雜佛、老而言也;雜佛、老而言也者,奚言而不異?


#2二段目
曰:何也?
続いて言う:それはどういうことかといえば、次のようなわけである。
曰:性之品有上中下三。
続いて言う:「性」それは“人の誕生により生ずるもののであり、人間の生きるための心のはたらきである”ものに上・中・下の三等があるということだ。
上焉者,善焉而已矣;
その内の上等のものは善ばかりということである。
中焉者,可導而上下也;
その内の中等のものは、導きにより上等にも下等にもなりうるものである。
下焉者,惡焉而已矣。
その内の下等のものは、悪ばかりということである。
其所以為性者五:
人間の心の働きとするところの「性」に五種ある。
曰仁、曰禮、曰信、曰義、曰智。

「仁」という人間愛の心であり、「礼」という道徳形式の定めに従う心であり、「信」という言行一致のいつわりのない心であり、「義」という理性によって正しい行いをする心であり、「智」という善悪是非を判断する心のはたらきである。

#3
上焉者之於五也,主於一而行於四;
中焉者之於五也,一不少有焉,
則少反焉,其於四也混;
下焉者之於五也,反於一而悖於四。
性之於情視其品。

日く、何ぞやと。
日く、性の品に上中下の≡有り。
上なる者は善のみ。
中なる者は導いて上下す可きなり。
下なる者は悪のみ。
其の性為る所以の者五あり。日く仁、白く禮、日く信、曰くく義、日く智と。

上なる者の五に於けるや、一に主にして四に行はる。中なる者の五に於けるや、一少しく有せざれは、則ち少しく反し、其の四に於けるや混す。
下なる者の五に於けるや、一に反して四に悖る。性の情に於ける、其の品に視ふ。


原性01


#2『原性』二段目 現代語訳と訳註
(本文)

曰:何也?
曰:性之品有上中下三。
上焉者,善焉而已矣;
中焉者,可導而上下也;
下焉者,惡焉而已矣。
其所以為性者五:
曰仁、曰禮、曰信、曰義、曰智。


(下し文)
日く、何ぞやと。
日く、性の品に上中下の≡有り。
上なる者は善のみ。
中なる者は導いて上下す可きなり。
下なる者は悪のみ。
其の性為る所以の者五あり。日く仁、白く禮、日く信、曰くく義、日く智と。
上なる者の五に於けるや、一に主にして四に行はる。中なる者の五に於けるや、一少しく有せざれは、則ち少しく反し、其の四に於けるや混す。
下なる者の五に於けるや、一に反して四に悖る。性の情に於ける、其の品に視ふ。


(現代語訳)
続いて言う:それはどういうことかといえば、次のようなわけである。
続いて言う:「性」それは“人の誕生により生ずるもののであり、人間の生きるための心のはたらきである”ものに上・中・下の三等があるということだ。
その内の上等のものは善ばかりということである。
その内の中等のものは、導きにより上等にも下等にもなりうるものである。
その内の下等のものは、悪ばかりということである。

人間の心の働きとするところの「性」に五種ある。「仁」という人間愛の心であり、「礼」という道徳形式の定めに従う心であり、「信」という言行一致のいつわりのない心であり、「義」という理性によって正しい行いをする心であり、「智」という善悪是非を判断する心のはたらきである。

(訳注)#2二段目
性の三品について述べる。


曰:何也?
続いて言う:それはどういうことかといえば、次のようなわけである。


曰:性之品有上中下三。
続いて言う:「性」それは“人の誕生により生ずるもののであり、人間の生きるための心のはたらきである”ものに上・中・下の三等があるということだ。


上焉者,善焉而已矣;
その内の上等のものは善ばかりということである。


中焉者,可導而上下也;
その内の中等のものは、導きにより上等にも下等にもなりうるものである。


下焉者,惡焉而已矣。
その内の下等のものは、悪ばかりということである


其所以為性者五:曰仁、曰禮、曰信、曰義、曰智。
人間の心の働きとするところの「性」に五種ある。「仁」という人間愛の心であり、「礼」という道徳形式の定めに従う心であり、「信」という言行一致のいつわりのない心であり、「義」という理性によって正しい行いをする心であり、「智」という善悪是非を判断する心のはたらきである。
仁・礼・信・義・智 人間の生得の道徳的理性の内容。いわゆる五常の徳である。人の常に行うべき五つの道,仁・義・礼・智・信をいう。性善説をとなえた孟子は,他人の不幸を見すごすことのできない〈惻隠(そくいん)の心〉を仁の端,不善を恥じにくむ〈羞悪(しゆうお)の心〉を義の端,権威に服従する〈辞譲の心〉を礼の端,善悪を弁別する〈是非の心〉を智の端と言い,この四端は道徳そのものではないが,これを拡充すれば仁・義・礼・智の徳が成立すると説いた。漢代になると董仲舒(とうちゆうじよ)はこれに信を加え,木・火・土・金・水の五行(ごぎよう)に配して,五常と称した。


五常の徳を少し詳しく述べる
<仁>
人を思いやること。孔子は、仁をもって最高の道徳であるとしており、日常生活から遠いものではないが、一方では容易に到達できぬものとした。
『論語』では、ある場合は「人を愛すること」と説明し、顔回の質問に対しては、「克己復礼」すなわち「己に克ちて礼を復むを仁と為す(私心を克服して礼を重んじること。それが仁である)と答えている。前者は外部に対する行為を指し、後者すなわち顔回に対する答えは自身の内なる修養のあり方を指している。具体的な心構えとしては、「己れの欲せざるところ、これを人に施すなかれ」(『論語』顔淵篇)がよく知られている。すなわち、「仁」とは、思いやりの心で万人を愛し、利己的な欲望を抑えて礼儀をとりおこなうことである。
<義>
利欲にとらわれず、なすべきことをすること。正義。中国思想においては、常に「利」と対比される概念である。
<礼>
「仁」を具体的な行動として、表したもの。もともとは宗教儀礼でのタブーや伝統的な習慣・制度を意味していた。のちに、人間社会の上下関係で守るべきことを意味するようになった。儒者のなかでも、性悪説の立場に立った荀子は特に「礼」を重視した。
<智>
学問に励むこと、知識を重んじること。
<信>
友情に厚く、言明をたがえないこと、真実を告げること、約束を守ること、誠実であること。孟子の四端説における「仁義礼智」の四徳に対し、前漢の董仲舒は五行説にもとづいて「信」を加えた。

原性 韓愈(韓退之) <116-1>Ⅱ中唐詩599 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1979

韓愈0015











一段目
性也者,與生俱生也;情也者,接於物而生也。
性之品有三,而其所以為性者五;情之品有三,而其所以為情者七。

二段目
曰:何也?
曰:性之品有上中下三。
上焉者,善焉而已矣;中焉者,可導而上下也;
下焉者,惡焉而已矣。
其所以為性者五:曰仁、曰禮、曰信、曰義、曰智。
上焉者之於五也,主於一而行於四;
中焉者之於五也,一不少有焉,則少反焉,其於四也混;
下焉者之於五也,反於一而悖於四。性之於情視其品。

三段目
情之品有上中下三,其所以為情者七:
曰喜、曰怒、曰哀、曰懼、曰愛、曰惡、曰欲。
上焉者之於七也,動而處其中;
中焉者之於七也,有所甚,有所亡,然而求合其中者也;
下焉者之於七也,亡與甚,直情而行者也。
情之於性視其品。

四段目
孟子之言性曰:人之性善。
荀子之言性曰:人之性惡。
揚子之言性曰:人之性善惡混。
夫始善而進惡,與始惡而進善,與始也混而今也善惡,
皆舉其中而遺其上下者也,得其一而失其二者也。

五段目
叔魚之生也,其母視之,知其必以賄死。
楊食我之生也,叔向之母聞其號也,知必滅其宗。
越椒之生也,子文以為大戚,知若敖氏之鬼不食也。
人之性果善乎?後稷之生也,其母無災,其始匍匐也,
則岐岐然,嶷嶷然。
文王之在母也,母不憂;既生也,傅不勤;既學也,師不煩;
人之性果惡乎?堯之朱,舜之均,文王之管、蔡,習非不善也,
而卒為奸;
瞽叟之舜,鯀之禹,習非不惡也,而卒為聖。人之性善惡果混乎?

六段目
故曰:三子之言性也,舉其中而遺其上下者也,得其一而失其二者也。
曰:然則性之上下者,其終不可移乎?
曰:上之性,就學而愈明;下之性,畏威而寡罪;
是故上者可教,而下者可制也,其品則孔子謂不移也。
曰:今之言性者異於此,何也?
曰:今之言者,雜佛、老而言也;雜佛、老而言也者,奚言而不異?



原性01


原性 韓愈(韓退之) <116-1>Ⅱ中唐詩599 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1979


人間の倫理性の本質を原【たず】ねる論文。孟子の性善、荀子の性悪、揚雄の性善悪混在説の三説に対して、韓愈は性に上・中・下三等の区別があるとし、その上品と下品の性は移らないものであるという新しい見解を述べた。


原性一段目
性也者,與生俱生也;
「性」というものは、誕生により生ずるのであり、人間の生きるための心のはたらきである。
情也者,接於物而生也。
「情」というものは、生まれ持つ「性」という心のはたらきが外物と接して生ずる感情をいうのである。
性之品有三,而其所以為性者五;
性の区別等級に三つあって、その性という概念に五種類がある。
情之品有三,而其所以為情者七。
感情の品等に三つあって、その情というものに七種類がある。

性なる者は生と倶に生ずるなり。
情なる者は物に接して生ずるなり。
性の品に三有り。而して其の性為る所以の者五あり。
情の品に三有り。而して其の情為る所以の者七あり。


『原性』一段目 現代語訳と訳註
(本文)

性也者,與生俱生也;
情也者,接於物而生也。
性之品有三,而其所以為性者五;
情之品有三,而其所以為情者七。


(下し文)
性なる者は生と倶に生ずるなり。
情なる者は物に接して生ずるなり。
性の品に三有り。而して其の性為る所以の者五あり。
情の品に三有り。而して其の情為る所以の者七あり。


(現代語訳)
「性」というものは、誕生により生ずるのであり、人間の生きるための心のはたらきである。
「情」というものは、生まれ持つ「性」という心のはたらきが外物と接して生ずる感情をいうのである。
性の区別等級に三つあって、その性という概念に五種類がある。
感情の品等に三つあって、その情というものに七種類がある。


(訳注) 一段目
性也者,與生俱生也;

「性」というものは、誕生により生ずるのであり、人間の生きるための心のはたらきである。


情也者,接於物而生也。
「情」というものは、生まれ持つ「性」という心のはたらきが外物と接して生ずる感情をいうのである。


性之品有三,而其所以為性者五;
性の区別等級に三つあって、その性という概念に五種類がある。
 字形が心に従い、生に従うように、人が生まれながらに得た心のはたらきをいう。また生きるための心のはたらきでもあり、道徳的理性と食色の本能的感性とをあわせて性という。
・性善説 人間の本性は基本的に善であるとする倫理学・道徳学説、特に儒教主流派の中心概念。人の本性に関する考察は古今東西行われてきたが、「性善説」ということばは儒家のひとり孟子に由来する。
・性悪説 《荀子》の〈性悪篇〉には〈人の性は悪なり,その善なる者は偽なり〉と説く。偽とは,作為のことで,後天的努力をいう。人は無限の欲望をもち,放任しておけば他人の欲望と衝突して争いを起こし,社会は混乱におちいるであろう。放任しておくと悪にむかう人の性,それは悪といわざるをえない。性の悪なる人間を善に導くためには,作為によって規制しなければならない。先王が礼を作ったのは,人の欲望を規制して社会に秩序を確保するためであった。


情之品有三,而其所以為情者七。
感情の品等に三つあって、その情というものに七種類がある。
〇惰 性、すなわち生得の心のはたらきが、物に接して生ずる感情をいう。
三:「上・中・下」
五:「仁・禮・信・義・智」、

七:「喜・怒・哀・憾・愛・悪・欲の七者は、学はずして能くす」とある、自然の心理作用とする。


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原性 韓愈

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道をたずねる 原道 17回~24回 まとめ(3) 韓愈(韓退之) <115-26>Ⅱ中唐詩598 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1974
10段目
傳曰:「古之欲明明德於天下者,先治其國。
古人の言説を伝えた書『礼記』大学篇にいう、「古人の中で、人間の光輝ある徳性を天下に明らかに示して施政、教化しょうとする者は、先ずその諸侯としての国を治めるものでなくてはならない。
欲治其國者,先齊其家。
自分の国を治めようとする諸侯は、まずその家族を過不及なく整え治めるものでなければならない。
欲齊其家者,先修其身。
そして、自分の家族を整え治めようと思う者は、まず自分の身の行いを善くするのである。
欲修其身者,先正其心。
わが身の行いを善くしようと思うものは、まず自分の心の判断を正しく安定させることにある。
欲正其心者,先誠其意。」
自分の心を安定し正しくしようと思う者は、先ずその心の動きを誠実にすること、そのことが真実にてらすことで矛盾のないものであることである。」と。
原道  韓愈 (韓退之) <115-17>Ⅱ中唐詩 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1929

然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。
自分自身に誠実であるならば、古人のいうところの心を正しくし目的意識を誠実にすることにより、窮極において、天下国家にたいして教化を為すということになるのである。
今也欲治其心,而外天下國家,
ところがいま、老荘思想、仏教思想においては、それを心の問題として、その心を治めようとしているのだ、だから天下国家についての考えは論の外においているのだ。
滅其天常;子焉而不父其父,
人間が天然に持って生まれ、どこでも、いつでも妥当な道徳性の五常と五倫、すなわち君臣の義、父子の親、夫婦の一別、長幼の序、朋友の信などの道を滅ぼし棄て、家を出、国を捨て、家業をやめて出家して山にはいる。そして、子が自分の父を父として孝行,扶養しないで捨て去るのである。
臣焉而不君其君,民焉而不事其事。
それが、臣下でありながら自分の君主を君主として忠節を尽くすことを放棄し、人民でありながら、自分の仕事を仕事として努力しない、人民としての義務を果たさない考えが支配するようになるということなのだ。
原道  韓愈 (韓退之)<115-18>Ⅱ中唐詩590 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1934


11段目
孔子之作春秋也,諸侯用夷禮,
孔子が大義名分を明らかにして、『春秋』を著し歴史を作った。諸侯が真の礼ではなく異民族の礼を用いた場合は、これを異民族として扱うものである。
則夷之,進於中國,則中國之。
中国は進歩して、夷狄のものが中国の礼を用いた場合には、これを中国の諸侯なみに扱って記述している。
經曰:「夷狄之有君,不如諸夏之亡!」
「経」聖人の教えの書である『論語』八?篇に、「東夷や北狄の未開な国は、その国の君主が具わっていても、文化道徳が劣っているために、わが中国の諸侯の中で君がなくて乱れているのにも及ばない。」といっている。
君主のない国でも、礼楽制度が行われているので、社会は維持されているからである」とある。
詩曰:「戎狄是膺,荊舒是懲。」
『詩経』にいう、「未開で中国を侵す戎狄こそは撃ち、剤蛮や紆国の未開の民こそは懲らしめる」とある。
今之舉夷狄之法,而加之先王之教之上,
中国は周囲の異民族より高い文化を誇りとしていたものである。ところが今や、えびすの道、仏法すなわち印度の仏教を取り挙げて、これをわが先王以来の教えにもとづく儒教の上に置き、これを尊ぶのである。
幾何其不胥而為夷也!
今後いくばくの間、いったい相連れ立って皆が夷狄の文化にならないでおられるだろうか。(このままでは、まもなく中国本来の文化は失われるであろう。)
原道 韓愈 (韓退之) 11段目<115-19>Ⅱ中唐詩591 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1939

12段目
#1
夫所謂先王之教者,何也?
それでは、いったい謂うところの中國古来の先王の教えとは何であるか。
博愛之謂仁,行而宜之之謂義,
博く徳を以て愛する、これを仁といい、徳を以て行って宜しくする、これを義という。
由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
それをそれを一つ一つ重ね通って行くのを、これを道といい、自分に十分に持っていて、外から与えられるのを待たない人間のもっている性、これを徳というのである。
其文,詩書易春秋;
その教えの書かれた文書が、『詩経』『書経』『易経』『春秋』である。
其法,禮樂刑政;
その従うべきもの法としては、身分規定のもとである「礼」や人間感情の和合の作用をする「音楽」、悪人を処分する「刑罰」や人民を統率する「政治・施政」である。 
其民,士農工賈;
その人民の範疇としては、士・農・工・商の四民である。
其位,君臣父子師友賓主昆弟夫婦;
それから、社会の地位は、君と臣、父と子、師と友、客と主人、兄と弟、夫と妻など、脱離できない人間関係、社会的立場、身分の貴賤が定ま目書かれているのである。
原道 韓退之(韓愈)詩12段目<115-20>Ⅱ中唐詩592 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1944

其服,麻絲;
またその衣服は、道服や僧衣のような特異なものではなく、麻とか生糸で織り普通の衣服なのだ。
其居,宮室;
その住居は、仏寺や道院などの人里離れた所でなくて、城郭の宮殿のおそばの普通の家屋に住む。
其食,粟米果蔬魚肉:
また、その食物は、粟米や野菜果物、魚や獣肉などを普通にたべるのである。
其為道易明,而其為教易行也。
だから、修行ということで、仙人食の松の葉や霞などでもなく、僧のように精進料理に限るわけでもないものなのである。そして、その道というものは日常生活の人のあり方であるからわかりやすく、その教えは行いやすいというものである。
是故以之為己,則順而祥;
このように、先王の道をもって自分の身を修めるというものであるから、道理にかなっており、幸いを得られるものなのだ。
以之為人,則愛而公;
これが儒教であり、これをもって人を治めるならば、愛情深く公平にすることができるのである。
以之為心,則和而平;
これをもって人の心を修めるならば、穏やかに平等でありうるのである。
以之為天下國家,無所處而不當。
この儒教精神でもって天下国家を治めていくことなのであり、そうすればいかなることも対処でき、これほど適格・適切にできることはないということなのだ。
是故生則得其情,死則盡其常;
このゆえに、人々はこの先王の道によって、生きているときには、人情・感情・心情に適宜であり、死者に対しても、世間の定まった儀礼を十分におこなうものとなるのである。
郊焉而天神假,廟焉而人鬼饗。
天子が冬至に都城の南郊で天を祭る行いは、天神がその仁徳を喜び、讃えて祭壇に至るものであり、祖先の御廟に向かっては、人間の霊魂は、先祖を敬うことを受けて、喜んでその供物を食するものである。
原道 韓愈 (韓退之)詩文12段目#2<115-21>Ⅱ中唐詩593 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1949

13段目 -#1
曰:「斯道也,何道也?」
わたしは自問自答をしてみる「この道とは何の道であるか」と問いかける。
曰:「斯吾所謂道也,非向所謂老與佛之道也。」
答えていう、「これは私のいうところの人間の在り方であります。さきに述べた黄老・老荘の道と仏教の道などではないのです。」
堯以是傳之舜,舜以是傳之禹,
「先王の堯帝はこれを舜帝に伝え、舜帝はこれを夏の禹王に伝えたのです。」
禹以是傳之湯,湯以是傳之文武周公,
そして「禹王は、この道を殷の湯王に伝え、湯王はこれを周の文王・武王・周公且に伝えました。」
文武周公傳之孔子,孔子傳之孟軻。
さらに「文・武・周公はこれを孔子に伝え、孔子はこれを孟子に伝えました。」
原道 韓愈(韓退之) 13段目の#1<115-22>Ⅱ中唐詩594 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1954

軻之死,不得其傳焉。
孟子が死んだあとは、其の道を伝え得ないで終わった。
荀與揚也,擇焉而不精,語焉而不詳。
その後、戦国の荀子と漢の揚雄とは、儒家の道を異端の説と区別して択び取るのに精密でないし、またその論述も詳細でなく、そざつであるとしかいいようがないために、先王の儒学の道が明確でなくなったのである。
由周公而上,上而為君,故其事行;
それに周公より以前の先王は、民の上にいて君主であった。それ故その儒教の道を政治の上の仕事に実施したのである。
由周公而下,下而為臣,故其?長。
ところが周公より後世の、孔子・孟子その他の人々については、身分が下で臣下であった。それゆえこれを政事・施政として行えなかったが、その學説は書物に記述することができ、長く後世に伝えられるところとなったのである」と。
原道 韓愈(韓退之) 13段目-#2<115-23>Ⅱ中唐詩595 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1959

14段目【最終】
然則如之何而可也?
それならは何をどうしたらよいのか
曰:「不塞不流,不止不行。
私は結論をいう、「老荘、仏教の思想を塞がなければ、先王の道は流れ広がらないということである。
人其人,火其書,廬其居,
この異端の思想をひとが止めなければ、わが儒教の道は行われない。そこで僧や道士を普通の民に戻すことである。それらの書物を焚き捨て、その修行場である隔離された寺院や道観から一般の普通の宿舎に住まわせることである。
明先王之道以道之,鰥寡孤獨廢疾者,
先王の道徳を明らかにし、そしてこれらの道を教え導くこと、やもめ、後家、親の無い子、子のない親、不治の病人・肢体不自由な人たちに目を向けることである。
有養也,其亦庶乎其可也。」
それはその者たちの生活が保護されなければいけないのだ。そういったことであればそれでよいということに近いというものだ。」と。
原道 韓愈(韓退之) 14段目最終<115-24>Ⅱ中唐詩596 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1964



原道
1段目
博愛之謂仁,行而宜之之謂義。由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。仁與義為定名,道與德為虛位。故道有君子小人,而德有凶有吉。


2段目
老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。坐井而觀天,曰天小者,非天小也。彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;其所謂德,德其所德,非吾所謂德也。凡吾所謂道德云者,合仁與義言之也,天下之公言也。老子之所謂道德云者,去仁與義言之也,一人之私言也。


3段目
周道衰,孔子沒。火于秦,黃老于漢,佛于晉、魏、梁、隋之間。其言道德仁義 者,不入于楊,則入于墨。不入于老,則入于佛。入于彼,必出于此。入者主之,出
者奴之;入者附之,出者汙之。噫!後之人其欲聞仁義道德之說,孰從而聽之?


4段目
老者曰:「孔子,吾師之弟子也。」佛者曰:「孔子,吾師之弟子也。」為孔子者,習聞 其說,樂其誕而自小也,亦曰:「吾師亦嘗師之云爾。」不惟舉之於其口,而又筆之 於其書。噫!後之人,雖欲聞仁義道德之說,其孰從而求之?甚矣!人之好怪也,不 求其端,不訊其末,惟怪之欲聞。


5段目
古之為民者四,今之為民者六。古之教者處其一,今之教者處其三。農之家一,而食粟之家六。工之家一,而用器之家六。賈之家一,而資焉之家六。奈之何民不窮
且盜也!


6段目
古之時,人之害多矣。有聖人者立,然後教之以相生養之道。為之君,為之師,驅其蟲蛇禽獸,而處之中土。寒,然後為之衣。飢,然後為之食。木處而顛,土處而
病也,然後為之宮室。為之工,以贍其器用。為之賈,以通其有無。為之醫藥,以濟其夭死。為之葬埋祭祀,以長其恩愛。為之禮,以次其先後。為之樂,以宣其凐鬱。 為之政,以率其怠倦。為之刑,以鋤其強梗。相欺也,為之符璽斗斛權衡以信之。相奪也,為之城郭甲兵以守之。害至而為之備,患生而為之防。


7段目
今其言曰:「聖人不死,大盜不止。剖斗折衡,而民不爭。」嗚呼!其亦不思而已矣!如古之無聖人,人之類滅久矣。何也?無羽毛鱗介以居寒熱也,無爪牙以爭食也。


8段目
是故君者,出令者也。臣者,行君之令而致之民者也。民者,出粟米麻絲,作器皿,通貨財,以事其上者也。君不出令,則失其所以為君。臣不行君之令而致之民,則失其所以為臣。民不出粟米麻絲,作器皿,通貨財,以事其上,則誅。今其法曰:「必棄而君臣,去而父子,禁而相生養之道。」以求其所謂清淨寂滅者。嗚呼!其亦幸而出於三代之後,不見黜於禹、湯、文、武、周公、孔子也。其亦不幸而不出於三代之前,不見正於禹、湯、文、武、周公、孔子也。


9段目
帝之與王,其號名殊,其所以為聖一也。夏葛而冬裘,渴飲而飢食,其事殊,其 所以為智一也。今其言曰:「曷不為太古之無事?」是亦責冬之裘者曰:「曷不為葛 之之易也?」責飢之食者曰:「曷不為飲之之易也。」


10段目
傳曰:「古之欲明明德於天下者,先治其國。欲治其國者,先齊其家。欲齊其家者,先修其身。欲修其身者,先正其心。欲正其心者,先誠其意。」然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。今也欲 治其心,而外天下國家,滅其天常;子焉而不父其父,臣焉而不君其君,民焉而不事 其事。


11段目
孔子之作春秋也,諸侯用夷禮,則夷之,進於中國,則中國之。經曰:「夷狄之有君,不如諸夏之亡!」詩曰:「戎狄是膺,荊舒是懲。」今之舉夷狄之法,而加
之先王之教之上,幾何其不胥而為夷也!


12段目
夫所謂先王之教者,何也?博愛之謂仁,行而宜之之謂義,由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。其文,詩書易春秋;其法,禮樂刑政;其民,士農工賈;其位,君臣父子師友賓主昆弟夫婦;其服,麻絲;其居,宮室;其食,粟米果蔬魚肉: 其為道易明,而其為教易行也。是故以之為己,則順而祥;以之為人,則愛而公;以之為心,則和而平;以之為天下國家,無所處而不當。是故生則得其情,死則盡其常;郊焉而天神假,廟焉而人鬼饗。


13段目
曰:「斯道也,何道也?」曰:「斯吾所謂道也,
非向所謂老與佛之道也。」堯以是傳之舜,舜以是傳之禹,禹以是傳之湯,湯以是傳之文武周公,文武周公傳之孔子,孔子傳之孟軻。軻之死,不得其傳焉。荀與揚也,擇焉而不精,語焉而不詳。由周公而上,上而為君,故其事行;由周公而下,下而為臣,故其說長。


14段目
然則如之何而可也?曰:「不塞不流,不止不行。人其人,火其書,廬其居,明先王之道以道之,鰥寡孤獨廢疾者,有養也,其亦庶乎其可也。」


道をたずねる。原道 13回~24回 まとめ(2) 韓愈(韓退之) <115-26>Ⅱ中唐詩598 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1974





道をたずねる。 原道 1回~12回 まとめ(1) 韓愈(韓退之) <25>Ⅱ中唐詩597 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1969
道をたずねる原道 13回~24回 まとめ(2) 韓愈(韓退之) <115-26>Ⅱ中唐詩598 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1974
道をたずねる 原道 17回~24回 まとめ(3) 韓愈(韓退之) <115-26>Ⅱ中唐詩598 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1974


 
 2013/2/23の紀頌之5つのブログ

 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
贈白馬王彪 其七 曹植(曹子建) 魏詩<46>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1973
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67806315.html

Ⅱ中唐詩・晩唐詩
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
道をたずねる 原道 13回~24回 まとめ(2) 韓愈(韓退之) <115-26>Ⅱ中唐詩598 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1974
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6304965.html

Ⅲ杜甫詩1000詩集
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 1)  杜甫 <406> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1975 杜甫詩1000-406-589/1500
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/archives/67806772.html

Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集
宿桐廬江寄廣陵舊遊 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1976 (02/24)
http://kanshi100x100.blog.fc2.com/blog-entry-640.html

Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
和友人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-86-22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1977
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/archives/23636254.html

 

原道 13回~24回 まとめ(2) 韓愈(韓退之) <115-26>Ⅱ中唐詩598 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1974

8段目
是故君者,出令者也。

このゆえに、君主というものが必要で、人間社会には政治・施政が必要な事あるのだ。そして、君主は政治・施政のために命令を出さなければいけない者であるのだ。
臣者,行君之令而致之民者也。
そしてそれの実現のためには臣下が必要で、臣下は君主の命令を行って、これを人民に施すもの、及ぼす者であるのだ。
民者,出粟米麻絲,作器皿,
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産するのである。
通貨財,以事其上者也。
こうして、物資や貨幣、財宝というものが生じてくると、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって君主に仕えるということになるのである。
君不出令,則失其所以為君。
君主がその施政職務のための命令を出すことをしなければ、それは君主たる理由を失うもので君主であり続けることはできないのである。
原道  韓愈<115-13>Ⅱ中唐詩585 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1906

臣不行君之令而致之民,則失其所以為臣。
臣下は君主の命令を実行して、これを人民に施し、及ぼすことができなければ、臣下の臣下たる存在理由がなくなるわけであり、その地位を失うことになるのだ。
民不出粟米麻絲,作器皿,
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産し、
通貨財,以事其上,則誅。
物資や貨幣、財宝というもの、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって、君主に仕えるということをしなければ、罪によって殺されることになるのである。
今其法曰:「必棄而君臣,
ところが、儒者以外の老荘・仏教者の道ではこういう、「まずはじめに、あなたの主従、君臣の関係を破棄解消を必ずすることだ。」
去而父子,禁而相生養之道。」
そして、「あなたの親子関係にたいして道から離脱し、互助して生き養う生活のあり方を禁じるのである。」と。
原道  韓愈 (韓退之)<115-14>Ⅱ中唐詩586 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1910

以求其所謂清淨寂滅者。
それでもって老荘のいう所の無欲で汚れがない清浄、、仏者のいう所の煩悩を去って寂かに、生死の業苦を滅することを求めて涅槃にはいる寂滅、これらをそれぞれをもとめるところとしている。」と。
嗚呼!其亦幸而出於三代之後,
ああ、これは道理に合わぬことなのに、幸いに夏・殷・周三代の後に出た思想なのだ。
不見黜於禹、湯、文、武、周公、孔子也。
だから、夏の禹王・殿の湯王・周の文王・武王・周公且や孔子に退けられなかっただけのことなのである。
其亦不幸而不出於三代之前,
そのことは、また別の言い方をすれば、三代の前に出なかったことは不幸なことなのだ。
不見正於禹、湯、文、武、周公、孔子也。
なぜなら、禹・湯・文・武・周公・孔子にその誤りを正されなかったということなのである。それだからこそ、今の世に、平気で誤った説を述べつづけているわけである。
原道  韓愈 (韓退之) <#15>Ⅱ中唐詩587 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1914

9段目
帝之與王,其號名殊,其所以為聖一也。
帝というものを王と比較してみる。よびかたにおいてはそれぞれ違っている。しかし、その聡明さ、至徳の聖人であることは同一なのである。
夏葛而冬裘,?飲而飢食,其事殊,
そのことは夏は葛の繊維で織った衣をつけ涼しくし、冬は毛衣を着てあたたかくする、またのどが渇けば水を飲むし、腹がすけば飯を食うということなのだ。
其所以為智一也。
夏と冬、飲むと喰う、それぞれすることはちがっていても、それが生活上の工夫や智恵(なくてはならないもの)であるわけは同一である。
今其言曰:「曷不為太古之無事?」
ところがいま、老子の言説ではいう、「どうして人々は太古の時代の無為自然、何も心身をわずらわすことの無い、自然に同化した為すがままの生活をしないのか」と。
是亦責冬之裘者曰:「曷不為葛之之易也?」
これもまた、冬に毛衣を着るのを責めて、「なぜ葛の衣を着る自然のままの暮らしをしないのか」というのである。
責飢之食者曰:「曷不為飲之之易也。」
腹の空いている者が飯を食うのを責めて、「なぜ水を飲むという容易なことをしないで、わざわざ苦労して飯を食うのか」というのと同じである。
*老荘家は、安易素朴を旨とし、実生活の必要から人智の考え出した生活文化を排斥し、隠遁し、自然の塵の一つになるという、仙人になるを良しとする主張をするのである。自然に生きることで仙人になるといい。智慧による生活の改善、文化向上を嫌うものである。
原道  韓愈 (韓退之) <115-16>Ⅱ中唐詩 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1918 

10段目

道をたずねる 原道 17回~24回 まとめ(3) 韓愈(韓退之) <115-26>Ⅱ中唐詩598 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1974

つづく



原道
1段目
博愛之謂仁,行而宜之之謂義。由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。仁與義為定名,道與德為虛位。故道有君子小人,而德有凶有吉。


2段目
老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。坐井而觀天,曰天小者,非天小也。彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;其所謂德,德其所德,非吾所謂德也。凡吾所謂道德云者,合仁與義言之也,天下之公言也。老子之所謂道德云者,去仁與義言之也,一人之私言也。


3段目
周道衰,孔子沒。火于秦,黃老于漢,佛于晉、魏、梁、隋之間。其言道德仁義 者,不入于楊,則入于墨。不入于老,則入于佛。入于彼,必出于此。入者主之,出
者奴之;入者附之,出者汙之。噫!後之人其欲聞仁義道德之說,孰從而聽之?


4段目
老者曰:「孔子,吾師之弟子也。」佛者曰:「孔子,吾師之弟子也。」為孔子者,習聞 其說,樂其誕而自小也,亦曰:「吾師亦嘗師之云爾。」不惟舉之於其口,而又筆之 於其書。噫!後之人,雖欲聞仁義道德之說,其孰從而求之?甚矣!人之好怪也,不 求其端,不訊其末,惟怪之欲聞。


5段目
古之為民者四,今之為民者六。古之教者處其一,今之教者處其三。農之家一,而食粟之家六。工之家一,而用器之家六。賈之家一,而資焉之家六。奈之何民不窮
且盜也!


6段目
古之時,人之害多矣。有聖人者立,然後教之以相生養之道。為之君,為之師,驅其蟲蛇禽獸,而處之中土。寒,然後為之衣。飢,然後為之食。木處而顛,土處而
病也,然後為之宮室。為之工,以贍其器用。為之賈,以通其有無。為之醫藥,以濟其夭死。為之葬埋祭祀,以長其恩愛。為之禮,以次其先後。為之樂,以宣其凐鬱。 為之政,以率其怠倦。為之刑,以鋤其強梗。相欺也,為之符璽斗斛權衡以信之。相奪也,為之城郭甲兵以守之。害至而為之備,患生而為之防。


7段目
今其言曰:「聖人不死,大盜不止。剖斗折衡,而民不爭。」嗚呼!其亦不思而已矣!如古之無聖人,人之類滅久矣。何也?無羽毛鱗介以居寒熱也,無爪牙以爭食也。


8段目
是故君者,出令者也。臣者,行君之令而致之民者也。民者,出粟米麻絲,作器皿,通貨財,以事其上者也。君不出令,則失其所以為君。臣不行君之令而致之民,則失其所以為臣。民不出粟米麻絲,作器皿,通貨財,以事其上,則誅。今其法曰:「必棄而君臣,去而父子,禁而相生養之道。」以求其所謂清淨寂滅者。嗚呼!其亦幸而出於三代之後,不見黜於禹、湯、文、武、周公、孔子也。其亦不幸而不出於三代之前,不見正於禹、湯、文、武、周公、孔子也。


9段目
帝之與王,其號名殊,其所以為聖一也。夏葛而冬裘,渴飲而飢食,其事殊,其 所以為智一也。今其言曰:「曷不為太古之無事?」是亦責冬之裘者曰:「曷不為葛 之之易也?」責飢之食者曰:「曷不為飲之之易也。」


10段目
傳曰:「古之欲明明德於天下者,先治其國。欲治其國者,先齊其家。欲齊其家者,先修其身。欲修其身者,先正其心。欲正其心者,先誠其意。」然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。今也欲 治其心,而外天下國家,滅其天常;子焉而不父其父,臣焉而不君其君,民焉而不事 其事。


11段目
孔子之作春秋也,諸侯用夷禮,則夷之,進於中國,則中國之。經曰:「夷狄之有君,不如諸夏之亡!」詩曰:「戎狄是膺,荊舒是懲。」今之舉夷狄之法,而加
之先王之教之上,幾何其不胥而為夷也!


12段目
夫所謂先王之教者,何也?博愛之謂仁,行而宜之之謂義,由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。其文,詩書易春秋;其法,禮樂刑政;其民,士農工賈;其位,君臣父子師友賓主昆弟夫婦;其服,麻絲;其居,宮室;其食,粟米果蔬魚肉: 其為道易明,而其為教易行也。是故以之為己,則順而祥;以之為人,則愛而公;以之為心,則和而平;以之為天下國家,無所處而不當。是故生則得其情,死則盡其常;郊焉而天神假,廟焉而人鬼饗。


13段目
曰:「斯道也,何道也?」曰:「斯吾所謂道也,
非向所謂老與佛之道也。」堯以是傳之舜,舜以是傳之禹,禹以是傳之湯,湯以是傳之文武周公,文武周公傳之孔子,孔子傳之孟軻。軻之死,不得其傳焉。荀與揚也,擇焉而不精,語焉而不詳。由周公而上,上而為君,故其事行;由周公而下,下而為臣,故其說長。


14段目
然則如之何而可也?曰:「不塞不流,不止不行。人其人,火其書,廬其居,明先王之道以道之,鰥寡孤獨廢疾者,有養也,其亦庶乎其可也。」


道をたずねる。 原道 1回~12回 まとめ(1) 韓愈(韓退之) <25>Ⅱ中唐詩597 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1969

儒者の道を尋ねる。原道 1回~12回 まとめ(1) 韓愈(韓退之)
 2013/2/23の紀頌之5つのブログ
 贈白馬王彪 其六 曹植(曹子建) 魏詩<45>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1968
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道をたずねる。 原道 1回~12回 まとめ(1) 韓愈(韓退之) <25>Ⅱ中唐詩597 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1969
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寄贈王十將軍承俊 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -19) <405> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1970 杜甫詩1000-405-588/1500
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望洞庭湖贈張丞相 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1971 (02/23)
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次韻西鄰新居兼乞酒 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-84-20-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1967
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道をたずねる。 原道 1回~12回 まとめ(1) 韓愈(韓退之) <25>Ⅱ中唐詩597 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1969
道をたずねる原道 13回~24回 まとめ(2) 韓愈(韓退之) <115-26>Ⅱ中唐詩598 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1974
道をたずねる 原道 17回~24回 まとめ(3) 韓愈(韓退之) <115-26>Ⅱ中唐詩598 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1974

原道 1回~12回 まとめ(1) 韓愈(韓退之) <>Ⅱ中唐詩597 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1969


儒教の復興は、彼の思想の基盤である。古文復興運動とは表裏のものであり、その観点から原道」「原性」「原毀」「原人」「「原鬼」などを著している。その一方で、排仏論も、彼の儒教復興の姿勢からきたものであった。六朝から隋、唐にかけての崇仏の傾向が強くくなったのも中国人民に儒教が嫌悪されたからで、学問として哲学としても敬遠されたのだ。そうした中で、韓愈の一門は中国古来の儒教の地位を回復しようとするのであった。

「原」(尋ねるという意味)は、『淮南子』の「原道訓」に倣って、韓愈が始めた論文の一種で、本原をたずねて推論する性質のもであって、「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の五原がある。
《原性》を書いて性三品説を確立した。
《原毀》世の謗りは人は多情であっても名声あるものを嫉妬することにある。
《原人》人間とは何か、人道、「仁」の本原の理を明らかにする。
《原鬼》人間の精霊の本原の理を明らかにする。
ということである。
まず原道から始めることとする。長文のため、意味によって区切り、おおむね14段分割し、掲載は22回程度になる。
原道孔子廟001305


原道
『原道』:儒教家の道徳根原へ本質を原(たず)ねる文。

老荘や釈迦の教えが盛んであった盛唐、中唐において、これらの思想を排斥して'中国古来の聖人の道、儒家の実際主義の道徳を明らかにするもので、韓愈の思想を最もよ-表明した議論文ということになる。


1段目
道をたずねる。
博愛之謂仁,行而宜之之謂義。
分け隔てなく人々を愛すること、これを仁という。そういう行為は適宜におこなうこと、これを義という。
由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
この仁と義により通って行くこと、これを道という。人が生まれならに得ている性格、また学問や修養によって身つけ得たもの、外から何にもしないで与えられることを待たないものであること、これを徳という。徳は得、自身に得ている人格である
仁與義為定名,道與德為?位。
この場合、仁と義は具体的に人を愛する情と、適宜という理性をもって行いを宜しくする筋道とであるから、定格した名称である。それに反して、道と徳は由るべき道とか、得ている性格とかいうものであるからそれは内容の虚しいものでしかないのだ。従って各種の内容の入り得る場所、すなわち抽象概念である。
故道有君子小人,而德有凶有吉。
それ故、道には君子のものがあり、小人の道もある。そして徳には悪い不祥な人格もあれば、良い嘉すべき人格もあるということである。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-1>Ⅱ中唐詩573 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1858

2段目
老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。
老子がこれまでいう儒家の説く仁義をとるにたらないものとしている、そして仁義をそしるのである、それは彼の視点が小さいことからのものである。
坐井而觀天,曰天小者,非天小也。
その小さい視点というのは井戸の中に座って天を観て、天は小さいというものである。これは天が小さいのではないのであるということである。
彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。
彼は小さな日光で温められたようなわずかな愛情の様子を見てそれが仁であるとし、孤立して小さく自己を守るのを義であると思ったことであるし、彼が仁義のとらえ方を小さなものであるとするのも、またもっともなことといえるのである。
其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;
彼のいうところの道は、彼が道であるとするところの形而上的、主観的なものを道とするのであり、万物現象の奥にある本体を名づけて道とするのであるから、私のいうところの人間の身に実践で得た道徳性のものをいうのではないのである。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-2>Ⅱ中唐詩574 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1862
其所謂德,德其所德,非吾所謂德也。
彼(老子)のいういわゆる徳というのは、彼が徳であると意識・認識する所のものを徳とし、形而上の本体の無為自然の在り方に従って生得する自然の性を徳とするのである。私のいうところの人間の身に得た道徳性ではないのである。
凡吾所謂道德云者,合仁與義言之也,天下之公言也。
およそ私のいうところの道徳というものは、人間愛の仁と、理性に照らして宜しとする義とを合わせていうのである。これは天下のどこでも通用する言葉であるのだ。
老子之所謂道德云者,去仁與義言之也,一人之私言也。
老子のいうところの道徳というのは(次元が違っていて)、この仁と義とを捨て去っていうのである。
老子一人の個人的な言葉であるとするものである
原道 韓退之(韓愈)詩<115-3>Ⅱ中唐詩575 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1866
3段目
周道衰,孔子沒。
周王朝の政道が衰え、孔子が死去して以後、その教えも没していく。
火于秦,?老于漢,
秦の始皇帝の時に、儒書を焼く弾圧があり、漢代には黄帝老子の黄老思想が盛んになっていく、
佛于晉、魏、梁、隋之間。
晋・北魏・梁・隋の南北朝の間には仏教を信じるものが主流になっている。
其言道德仁義者,不入于楊,則入于墨。
その六朝時代に道徳や仁義を言う者は、楊朱の「為我説」の個人主義にはいり、はいらない場合は、墨子の兼愛・非戦・節倹の道にはいっていたのだ。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-4>Ⅱ中唐詩576 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1870
不入于老,則入于佛。
墨子の説に入らないものは、老子の価値は相対的なものと考え、自然の道家の思想にはいっており、老子の道にはいらなければ、仏教の道にはいっている。
入于彼,必出于此。
彼ら考えに入るには、必ずこちらを出て行くわけである。
入者主之,出者奴之;
進んではいった思想は、これを主人として尊び、出て来た思想は、これを奴隷としていやしめるものである。
入者附之,出者?之。
はいった思想には付き随っていて、出る前の思想に対しては、これを穢れたつまらぬものとするのである。
噫!後之人其欲聞仁義道德之?,孰從而聽之?
ああ、こんなことでは後世の人が、一体、仁義道徳の説を聞こうと思っても、誰に従ってこれを聴こうか。聴くべき人がいなくなったのである。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-5>Ⅱ中唐詩577 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1874

4段目-1
老者曰:「孔子,吾師之弟子也。」
老子学派の者はいう、『史記』に「孔子はわが師老子の弟子である。」と書いてあり、老子に礼を学んだことがあるといわれているのだ、と。
佛者曰:「孔子,吾師之弟子也。」
また仏教徒はいう、三聖化現説において、「孔子はわが師釈迦の弟子、光浄菩薩であるされている」と。
為孔子者,習聞其?,樂其誕而自小也,
孔子の儒学を学んでいるものでさえも、彼ら仏教者、老子思想者の説を聞きいれ慣らされてて、彼らのでたらめの説を楽しくうけいれ、自分の儒教の学問を飽きて、つまらぬものと思うようになる。
亦曰:「吾師亦嘗師之云爾。」
そしてまたいう、「わが師とする孔子も、またかつて老子や釈迦を師として学んだと、そういうことである」と。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-6>Ⅱ中唐詩578 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1878

不惟舉之於其口,而又筆之 於其書。
ただこれを口にだしてあげつらっていうだけでなく、その上このことを書物に筆録しているのである。
噫!後之人,雖欲聞仁義道德之?,
ああ、このようであるから、後世にいたる世の人に対して仁義遺徳についての説を聞こうと思うのであるが、
そのことを従って聞ける人がいるのか、誰にこの説明を求めればよいのか。こんなにも厭飽されかたの何と甚しいことであろうか、どうして人々が道理にあわないようなあやしい話を好むのであろうか。
其孰從而求之?甚矣!人之好怪也,
その物事のはじめ、始まりを追求しないというのはどうであろう。その結末をもただし問わないというのもどうだろう。
不求其端,不訊其末,惟怪之欲聞。
ただ怪しい迷信や、伝説のような話ばかりを聞きたがっているのである。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-7>Ⅱ中唐詩579 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1882

5段目
古之為民者四,今之為民者六。
古代より生き方からの民のとらえ方として四分類できるとされていた、士・農・工・商の四分類である。今、これをみなおして民を考えてみると、六分類の範疇であろう、それは士・農・工・商・仏・老である。
古之教者處其一,今之教者處其三。
古代よりの民を教えた者は、四民の一つを占めていた士である。今の世の民を教えるものは、六民のうちの三を占めている士(儒)・仏・老である。
農之家一,而食粟之家六。
農の家は六分類されるうちの一つの部分であるのに、穀物を食う家は六つのものすべてであるのだ。
工之家一,而用器之家六。
工人の家は一つであるのに、工人の作る器を用いる家は六である。
賈之家一,而資焉之家六。
商人の家は一つの部門であるのにもかかわらず、物資の供給はすべての六部門にされ、生活するのである。
奈之何民不窮  且盜也!
このように生活に必要なものを生産や流通させる仕事をするものが少ないのにたいして、消費する者はすべてのものなのである。したがって生活が困窮して、盗みをするということになるのである。世の常識としてそういう結果にならざるをえないということだ。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-8>Ⅱ中唐詩580 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1886

6段目
古之時,人之害多矣。
古代には人々にとっての害が多かった。
有聖人者立,然後教之以相生養之道。
そのため、智徳の最高にすぐれた聖人が帝位について継承して人を治めるということがなされ、それから後にこれを人に教えるのに、人々が互いに助け合って生き養う道を自らが行うことを示したのである。
為之君,為之師,
そして人民の君主となって治め、人民の師となって教えまず文明をもたらしたのである。
驅其蟲蛇禽獸,而處之中土。
先に述べた四分類からはみ出した人民を苦しめる盗賊を虫や蛇、鳥や獣を追いなくした。国土の中央を中原として豊かにすることで害のない処としたのだ。
寒,然後為之衣。飢,然後為之食。
まず寒さについて、即位後武具よりもはじめて衣服作りを優先させ、飢えにたしてはその後に武器生産より食糧生産を挙げることで食を成立させたのである。
木處而顛,土處而病也,然後為之宮室。
それまで木の上に棲んで落ちるものがおおく、土の穴(ヤオトン)に住んでいるため病気も発生した、だから帝位について後に人民の家を造りを進めたのである。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-9>Ⅱ中唐詩581 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1890

為之工,以贍其器用。
人民のための工業職をつくって、それでもって人々の器物を作り作業が十分にできるようにした。
為之賈,以通其有無。
その生活の不足を補うために商業、商店を作って、それでもって物資を有るところから無い所に運び商売をさせた。
為之醫藥,以濟其夭死。
人民のための医者や薬材を造くらせ、それでもって若か死することの治療にたいしてと、老死を少しでも救う手だてを作った。
為之葬埋祭祀,以長其恩愛。
人民のための死者の埋葬の礼法や祭りの儀式をつくって、それでもって、彼らの死者や先祖にたいして慈恩精神や、愛する心を増すこととなったのだ。
為之禮,以次其先後。
彼らの身分制度、社会制度を道徳形式をつくり定めることでもって、彼らの身分の後先順序、社会秩序を整えたのである。
為之樂,以宣其?鬱。
人民のための音楽を作って情操教育とし、それでもって彼らの沈みふさがった心をのびのびと発散させるものとしたのだ。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-10>Ⅱ中唐詩582 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1894

為之政,以率其怠倦。
人民のための施政を行う指針の政策を作った。それにより、飽きたり、厭になったり、なまけたりしている人民の心を引き立て、持ち直すようにしたのである。
為之刑,以鋤其強梗。
更に進めて、彼らのために刑罰を作った。それでもって横暴や暴力で邪魔をする者を鋤き取ったのである。
相欺也,為之符璽斗斛權衡以信之。
人民同士で互いに欺き合うという場合のことも考えた。彼らのために割符や印判、一斗、一斛(石)の枡や計量器を作って、それでもって誤魔化しや偽りがないように取り決めと取締りをしたのだ。
相奪也,為之城郭甲兵以守之。
また互いに争いごとや奪い合うときのことにもたいしょした。人民のために、城壁や外城壁をつくりそのなかであんぜんにくらせるようにし、、鎧や武器を作って、軍隊として整備して人民生活を守ったのである。
害至而為之備,患生而為之防。
敵よる害、災害などがの予防策もした。まず、考えられる諸災害の備えをすることをし、新たな外患、内患が生じたら、ただちにその防禦の方法を作り出したのである。
原道 韓退之(韓愈)詩<115-11>Ⅱ中唐詩583 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1898

7段目
今其言曰:「聖人不死,大盜不止。
今、老荘の言説にいう、「聖人が死に去らなければ、世に大盗賊はやまない。聖人が智を用いると、その智を悪用して、天下の民をあざむき盗むものが出るからである。
剖斗折衡,而民不爭。」
また桝を破り、はかりのさおを折ってしまえば、分量を計り較べることができないのである。そうすれば人民は利を争わなくなるというものだ。」と。
嗚呼!其亦不思而已矣!
ああ、このことはかれらは物の理を思わないからこそ、このようなことをいうのである。
如古之無聖人,人之類滅久矣。
もし古代に聖人がいなかったら、人類は生活できずに、滅亡していて久しくなることであっただろう。
何也?無羽毛鱗介以居寒熱也,無爪牙以爭食也。
それは何故なのだろうか。それは、人類には羽や毛皮や、うろこや貝殻などの、寒熱の地に居るための防護のすべがないということからである。また爪やきばなど、それをもって食物を争い取る武器を動物のように具えていないのである。ということで、生活の技術を教えてくれなければ、人類は死滅するよりほかなかった。
原道  韓愈 (韓退之)<115-12>Ⅱ中唐詩584 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1902

原道 韓愈(韓退之) 14段目最終<115-24>Ⅱ中唐詩596 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1964

原道 韓愈(韓退之) 14段目最終

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原道 韓愈(韓退之) 14段目最終<115-24>Ⅱ中唐詩596 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1964




14段目【最終】
然則如之何而可也?
それならは何をどうしたらよいのか
曰:「不塞不流,不止不行。
私は結論をいう、「老荘、仏教の思想を塞がなければ、先王の道は流れ広がらないということである。
人其人,火其書,廬其居,
この異端の思想をひとが止めなければ、わが儒教の道は行われない。そこで僧や道士を普通の民に戻すことである。それらの書物を焚き捨て、その修行場である隔離された寺院や道観から一般の普通の宿舎に住まわせることである。
明先王之道以道之,鰥寡孤獨廢疾者,
先王の道徳を明らかにし、そしてこれらの道を教え導くこと、やもめ、後家、親の無い子、子のない親、不治の病人・肢体不自由な人たちに目を向けることである。
有養也,其亦庶乎其可也。」

それはその者たちの生活が保護されなければいけないのだ。そういったことであればそれでよいということに近いというものだ。」と。

然らば則ち之を如何にして可ならんや。
日く、塞がずんば流れず。止めずんば行はれず。
其の人を人にし、其の書を火にし、其の居を底にし、
先王の道を明かにして、以て之を道き、鰥寡【かんか】孤獨【こどく】廢疾【はいしつ】の者に義ふこと有らは、其れ亦其の可なるに庶【ちか】からんと。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』最終回 現代語訳と訳註
(本文)
然則如之何而可也?
曰:「不塞不流,不止不行。
人其人,火其書,廬其居,
明先王之道以道之,鰥寡孤獨廢疾者,
有養也,其亦庶乎其可也。」

(下し文)
然らば則ち之を如何にして可ならんや。
日く、塞がずんば流れず。止めずんば行はれず。
其の人を人にし、其の書を火にし、其の居を底にし、
先王の道を明かにして、以て之を道き、鰥寡【かんか】孤獨【こどく】廢疾【はいしつ】の者に義ふこと有らは、其れ亦其の可なるに庶【ちか】からんと。


(現代語訳)
それならは何をどうしたらよいのか
私は結論をいう、「老荘、仏教の思想を塞がなければ、先王の道は流れ広がらないということである。
この異端の思想をひとが止めなければ、わが儒教の道は行われない。そこで僧や道士を普通の民に戻すことである。それらの書物を焚き捨て、その修行場である隔離された寺院や道観から一般の普通の宿舎に住まわせることである。
先王の道徳を明らかにし、そしてこれらの道を教え導くこと、やもめ、後家、親の無い子、子のない親、不治の病人・肢体不自由な人たちに目を向けることである。
それはその者たちの生活が保護されなければいけないのだ。そういったことであればそれでよいということに近いというものだ。」と。


(訳注)
然則如之何而可也?
それならは何をどうしたらよいのか


曰:「不塞不流,不止不行。
私は結論をいう、「老荘、仏教の思想を塞がなければ、先王の道は流れ広がらないということである。
○不塞不流 道教と仏教が水に喩えるほどのひろがりをみせたのだろう、老荘、仏教の思想を塞がなければ、先王の道は流れ広がらないとする。


人其人,火其書,廬其居,
この異端の思想をひとが止めなければ、わが儒教の道は行われない。そこで僧や道士を普通の民に戻すことである。それらの書物を焚き捨て、その修行場である隔離された寺院や道観から一般の普通の宿舎に住まわせることである。
○人其人 道士や仏僧になった人々を、普通の人間に還らせる。
○廬 修行場として隔離された寺院や道観。
○居 すまい。隔離された寺院や道観ではない普通の住まいにする。


明先王之道以道之,鰥寡孤獨廢疾者,
先王の道徳を明らかにし、そしてこれらの道を教え導くこと、やもめ、後家、親の無い子、子のない親、不治の病人・肢体不自由な人たちに目を向けることである。
○道 導く。
○鰥 妻のない者。やもお。
○寡 老いて夫のない女。後家。
○独 老いて子のない者。
○廢疾 不治の病気にかかったもの。廃人同然の病にかかっている。薬が全く効かず寝たきりの病気。


有養也,其亦庶乎其可也。」
それはその者たちの生活が保護されなければいけないのだ。そういったことであればそれでよいということに近いというものだ。」と。
○有養 衣食住の生活物資が与えられる。
○庶 ほとんど到達する。近い。
○其可 それがまずまずよいところ。十分ではないがまずよい。


原道 韓愈(韓退之) 13段目-#2<115-23>Ⅱ中唐詩595 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1959

原道 韓愈(韓退之) 13段目-#2

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謝靈運詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 





原道 韓愈(韓退之) 13段目-#2<115-23>Ⅱ中唐詩595 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1959
13段目-#2


13段目 -#1
曰:「斯道也,何道也?」
わたしは自問自答をしてみる「この道とは何の道であるか」と問いかける。
曰:「斯吾所謂道也,非向所謂老與佛之道也。」
答えていう、「これは私のいうところの人間の在り方であります。さきに述べた黄老・老荘の道と仏教の道などではないのです。」
堯以是傳之舜,舜以是傳之禹,
「先王の堯帝はこれを舜帝に伝え、舜帝はこれを夏の禹王に伝えたのです。」
禹以是傳之湯,湯以是傳之文武周公,
そして「禹王は、この道を殷の湯王に伝え、湯王はこれを周の文王・武王・周公且に伝えました。」
文武周公傳之孔子,孔子傳之孟軻。

さらに「文・武・周公はこれを孔子に伝え、孔子はこれを孟子に伝えました。」
 -#2
軻之死,不得其傳焉。
孟子が死んだあとは、其の道を伝え得ないで終わった。
荀與揚也,擇焉而不精,語焉而不詳。
その後、戦国の荀子と漢の揚雄とは、儒家の道を異端の説と区別して択び取るのに精密でないし、またその論述も詳細でなく、そざつであるとしかいいようがないために、先王の儒学の道が明確でなくなったのである。
由周公而上,上而為君,故其事行;
それに周公より以前の先王は、民の上にいて君主であった。それ故その儒教の道を政治の上の仕事に実施したのである。
由周公而下,下而為臣,故其說長。

ところが周公より後世の、孔子・孟子その他の人々については、身分が下で臣下であった。それゆえこれを政事・施政として行えなかったが、その學説は書物に記述することができ、長く後世に伝えられるところとなったのである」と。

日く、斯の道は何の道ぞや。
日く、斯れ吾が所謂遺なり。
向の所謂老と仏との道に非ざるなり。
堯は是を以て之を舜に伝え、舜は是を以て之を禹に博へ、
禹は是を以て之を湯に伝へ、湯は是を以て之を文・武・周公に伝へ、
文・武・周公は之を孔子に伝へ、孔子は之を孟軻に伝う。
#2
軻の死するや、其の伝を得ず。
荀と揚とは、擇【えら】んで精しからず、語って詳【つまびら】かならず。
周公よりして上は、上として君爲り。故に其の事行はる。
周公よりして下は、下として臣爲り。故に其の説長しと。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』13段目-#2韓愈(韓退之) 現代語訳と訳註
(本文)
-#2
軻之死,不得其傳焉。
荀與揚也,擇焉而不精,語焉而不詳。
由周公而上,上而為君,
故其事行;
由周公而下,下而為臣,故其說長。


(下し文)
#2
軻の死するや、其の伝を得ず。
荀と揚とは、擇【えら】んで精しからず、語って詳【つまびら】かならず。
周公よりして上は、上として君爲り。故に其の事行はる。
周公よりして下は、下として臣爲り。故に其の説長しと。


(現代語訳)
孟子が死んだあとは、其の道を伝え得ないで終わった。
その後、戦国の荀子と漢の揚雄とは、儒家の道を異端の説と区別して択び取るのに精密でないし、またその論述も詳細でなく、そざつであるとしかいいようがないために、先王の儒学の道が明確でなくなったのである。
それに周公より以前の先王は、民の上にいて君主であった。それ故その儒教の道を政治の上の仕事に実施したのである。
ところが周公より後世の、孔子・孟子その他の人々については、身分が下で臣下であった。それゆえこれを政事・施政として行えなかったが、その學説は書物に記述することができ、長く後世に伝えられるところとなったのである」と。

shia02

(訳注) -#2
軻之死,不得其傳焉。
孟子が死んだあとは、其の道を伝え得ないで終わった。


荀與揚也,擇焉而不精,語焉而不詳。
その後、戦国の荀子と漢の揚雄とは、儒家の道を異端の説と区別して択び取るのに精密でないし、またその論述も詳細でなく、そざつであるとしかいいようがないために、先王の儒学の道が明確でなくなったのである。
○荀 荀況、または筍卿(前320-前250ごろ)、孫卿ともいわれる。戦国の斉の学者、「善」を「治」、「悪」を「乱」と規定し、また人間の「性」(本性)は「限度のない欲望」だという前提から、各人がそれぞれ無限の欲望を満たそうとすれば、奪い合い・殺し合いが生じて社会は「乱」(=「悪」)に陥る、と述べてその性悪説を論証する。 そして、各人の欲望を外的な規範(=「礼」)で規制することによってのみ「治」(=「善」)が実現されるとして、礼を学ぶことの重要性を説いた。このような思想は、社会契約説の一種であるとも評価される。要約すると孟子の性善説に反対し、礼を重んじた。その弟子に韓非・李斯浮丘伯の3人が知られる。純枠の儒者ではないが、自分では孔子の思想を継ぐことをもって任じていた。『筍子』二十巻三十二第かある。
〇揚 揚雄(前53-後18)字は子雲、前漢末蜀の成都の人。人性に善悪二因子があると説いた。その著『法言』は『論語』に比し、『太玄』は『易』に比し、孔子を継ぐものと自任した。また、みずからの不遇を嘆いて自殺した屈原の生き方に反論して,有名な《反離騒》を著した。成帝の奢侈(しやし)を風刺した〈甘泉賦(かんせんふ)〉を奏上した。
○擇焉而不精「焉【これ】を択んで精ならず」の意味。儒家の道を異端の説と区別して択び取るのに精密でない。荀子の性悪説、揚雄の性善悪混合説は、分析が粗雑である。
○語焉而不詳 「焉を語りて詳ならず」の意味。論述が詳細でなく粗雑である。これは韓愈の『読荀子』に述べている。


由周公而上,上而為君,故其事行;
それに周公より以前の先王は、民の上にいて君主であった。それ故その儒教の道を政治の上の仕事に実施したのである。
○由周公而上 周公旦より前の堯・舜・禹・湯・文・武の諸聖王、周公も成王の摂政であったからこの中にはいる。上は上代、以前。
〇上而為君 上位に在って君主である。
○其事行 政治の事業が行われた。


由周公而下,下而為臣,故其說長。
ところが周公より後世の、孔子・孟子その他の人々については、身分が下で臣下であった。それゆえこれを政事・施政として行えなかったが、その學説は書物に記述することができ、長く後世に伝えられるところとなったのである」と。
○由間公而下 周公且から後、周公をもふくめて、孔子・孟子・荀子その他。
○下而為臣 身分が下で臣である。
○其説長 その學説は経典に載せられて長く伝わる。長は久しい。


原道 韓愈(韓退之) 13段目の#1<115-22>Ⅱ中唐詩594 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1954

原道 韓愈(韓退之) 13段目の#1



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孟浩然の詩
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女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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原道 韓愈(韓退之) 13段目の#1<115-22>Ⅱ中唐詩594 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1954
13段目


13段目 -#1
曰:「斯道也,何道也?」
わたしは自問自答をしてみる「この道とは何の道であるか」と問いかける。
曰:「斯吾所謂道也,非向所謂老與佛之道也。」
答えていう、「これは私のいうところの人間の在り方であります。さきに述べた黄老・老荘の道と仏教の道などではないのです。」
堯以是傳之舜,舜以是傳之禹,
「先王の堯帝はこれを舜帝に伝え、舜帝はこれを夏の禹王に伝えたのです。」
禹以是傳之湯,湯以是傳之文武周公,
そして「禹王は、この道を殷の湯王に伝え、湯王はこれを周の文王・武王・周公且に伝えました。」
文武周公傳之孔子,孔子傳之孟軻。
さらに「文・武・周公はこれを孔子に伝え、孔子はこれを孟子に伝えました。」
 -#2
軻之死,不得其傳焉。
荀與揚也,擇焉而不精,語焉而不詳。
由周公而上,上而為君,
故其事行;
由周公而下,下而為臣,故其說長。

日く、斯の道は何の道ぞや。
日く、斯れ吾が所謂遺なり。
向の所謂老と仏との道に非ざるなり。
堯は是を以て之を舜に伝え、舜は是を以て之を禹に博へ、
禹は是を以て之を湯に伝へ、湯は是を以て之を文・武・周公に伝へ、
文・武・周公は之を孔子に伝へ、孔子は之を孟軻に伝う。

#2
軻の死するや、其の伝を得ず。
荀と揚とは、擇んで精しからず、語って詳かならず。
周公よりして上は、上として君爲り。故に其の事行はる。
周公よりして下は、下として臣爲り。故に其の説長しと。

sangaku880

原道 韓退之(韓愈)01


『原道』13段目-#1 現代語訳と訳註
(本文)
曰:「斯道也,何道也?」
曰:「斯吾所謂道也,非向所謂老與佛之道也。」
堯以是傳之舜,舜以是傳之禹,
禹以是傳之湯,湯以是傳之文武周公,
文武周公傳之孔子,孔子傳之孟軻。


(下し文)
日く、斯の道は何の道ぞや。
日く、斯れ吾が所謂遺なり。
向の所謂老と仏との道に非ざるなり。
堯は是を以て之を舜に伝え、舜は是を以て之を禹に博へ、
禹は是を以て之を湯に伝へ、湯は是を以て之を文・武・周公に伝へ、
文・武・周公は之を孔子に伝へ、孔子は之を孟軻に伝う。


(現代語訳)
わたしは自問自答をしてみる「この道とは何の道であるか」と問いかける。
答えていう、「これは私のいうところの人間の在り方であります。さきに述べた黄老・老荘の道と仏教の道などではないのです。」
「先王の堯帝はこれを舜帝に伝え、舜帝はこれを夏の禹王に伝えたのです。」
そして「禹王は、この道を殷の湯王に伝え、湯王はこれを周の文王・武王・周公且に伝えました。」
さらに「文・武・周公はこれを孔子に伝え、孔子はこれを孟子に伝えました。」

mugi880

(訳注)
曰:「斯道也,何道也?」

わたしは自問自答をしてみる「この道とは何の道であるか」と問いかける。
〇日 二つの「日」は自問自答の形式である。


曰:「斯吾所謂道也,非向所謂老與佛之道也。」
答えていう、「これは私のいうところの人間の在り方であります。さきに述べた黄老・老荘の道と仏教の道などではないのです。」


堯以是傳之舜,舜以是傳之禹,
「先王の堯帝はこれを舜帝に伝え、舜帝はこれを夏の禹王に伝えたのです。」
・堯帝 堯(尭、ぎょう)は中国神話に登場する君主。姓は伊祁(いき)、名は放勲(ほうくん)。陶、次いで唐に封建されたので陶唐氏ともいう。儒家により神聖視され、聖人と崇められた。
・舜帝 中国の古伝説上の聖王。五帝の一人。儒教の聖人の一人。姓は虞(ぐ)、名は重華。その治世は、先帝尭(ぎよう)の世とともに天下が最もよく治まった黄金時代とされる。大舜。有虞氏。
・夏の禹王 禹(う、紀元前2070年頃)は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。名は、文命(ぶんめい)、大禹、夏禹、戎禹ともいい、姓は姒(じ)、夏王朝創始後、氏を夏后とした。


禹以是傳之湯,湯以是傳之文武周公,
そして「禹王は、この道を殷の湯王に伝え、湯王はこれを周の文王・武王・周公旦に伝えました。」
殷の湯王 中国、殷王朝の創始者。成湯ともいう。名臣、伊尹(いいん)らとともに夏の桀王(けつおう)を討って殷王朝を建国したという。
・周の文王 中国、周王朝の始祖武王の父。姓は姫(き)、名は昌。西伯と称する。殷(いん)代末期に、太公望など賢士を集め、渭水(いすい)盆地を平定して周の基礎を築いた。古代の聖王の模範とされる。生没年未詳。ぶんのう。
・周の武王 中国、周王朝の始祖。前一一世紀の人。姓は姫(き)、名は発。父の文王を継ぎ、殷(いん)の紂王(ちゆうおう)を滅ぼして天下を統一。鎬京(こうけい)に都をおき、一族・功臣を各地に封じた。生没年未詳。
・周公旦 中国、周初の政治家。文王の子。姓は姫(き)、名は旦(たん)。兄の武王を助けて殷を滅ぼし、その死後、幼少の成王を補佐して周の基礎を固めた。孔子は礼を整備した聖人として尊敬し、後世、先聖とあがめられた。魯(ろ)の祖。周公旦。


文武周公傳之孔子,孔子傳之孟軻。
さらに「文・武・周公はこれを孔子に伝え、孔子はこれを孟子に伝えました。」
・孔子 中国、春秋時代の魯(ろ)の思想家。儒教の祖。名は丘、字(あざな)は仲尼(ちゆうじ)、諡(おくりな)は文宣王。昌平郷陬邑(すうゆう)(山東省曲阜(きよくふ)県)の生まれ。魯に仕えたがいれられず、諸国を遊説したのち、門人の教育に専念。周公旦(しゆうこうたん)の政治と事績を理想とし、仁と礼とを倫理的行為の根本におき、徳治政治を達成せんとした。その思想は、言行を記録した「論語」にみられる。また、「書経」「詩経」「春秋」などを整理・編纂したといわれる。
・孟軻 孟子(もうし、紀元前372年? - 紀元前289年)は戦国時代中国の儒学者。姓は孟、諱は軻(か)、字は子輿(しよ)。亜聖(あせい)とも称される。孟子の「子」とは先生というほどの意。儒教では孔子に次いで重要な人物であり、そのため儒教は別名「孔孟の教え」とも呼ばれる。

原道 韓愈 (韓退之)詩文12段目#2<115-21>Ⅱ中唐詩593 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1949

原道 韓愈 (韓退之)詩文12段目#2

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
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女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



原道 韓愈 (韓退之)詩文12段目#2<115-21>Ⅱ中唐詩593 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1949


12段目#2
#1
夫所謂先王之教者,何也?
それでは、いったい謂うところの中國古来の先王の教えとは何であるか。
博愛之謂仁,行而宜之之謂義,
博く徳を以て愛する、これを仁といい、徳を以て行って宜しくする、これを義という。
由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
それをそれを一つ一つ重ね通って行くのを、これを道といい、自分に十分に持っていて、外から与えられるのを待たない人間のもっている性、これを徳というのである。
其文,詩書易春秋;
その教えの書かれた文書が、『詩経』『書経』『易経』『春秋』である。
其法,禮樂刑政;
その従うべきもの法としては、身分規定のもとである「礼」や人間感情の和合の作用をする「音楽」、悪人を処分する「刑罰」や人民を統率する「政治・施政」である。 
其民,士農工賈;
その人民の範疇としては、士・農・工・商の四民である。
其位,君臣父子師友賓主昆弟夫婦;
それから、社会の地位は、君と臣、父と子、師と友、客と主人、兄と弟、夫と妻など、脱離できない人間関係、社会的立場、身分の貴賤が定ま目書かれているのである。
#2
其服,麻絲;
またその衣服は、道服や僧衣のような特異なものではなく、麻とか生糸で織り普通の衣服なのだ。
其居,宮室;
その住居は、仏寺や道院などの人里離れた所でなくて、城郭の宮殿のおそばの普通の家屋に住む。
其食,粟米果蔬魚肉:
また、その食物は、粟米や野菜果物、魚や獣肉などを普通にたべるのである。
其為道易明,而其為教易行也。
だから、修行ということで、仙人食の松の葉や霞などでもなく、僧のように精進料理に限るわけでもないものなのである。そして、その道というものは日常生活の人のあり方であるからわかりやすく、その教えは行いやすいというものである。
是故以之為己,則順而祥;
このように、先王の道をもって自分の身を修めるというものであるから、道理にかなっており、幸いを得られるものなのだ。
以之為人,則愛而公;
これが儒教であり、これをもって人を治めるならば、愛情深く公平にすることができるのである。
以之為心,則和而平;
これをもって人の心を修めるならば、穏やかに平等でありうるのである。
以之為天下國家,無所處而不當。
この儒教精神でもって天下国家を治めていくことなのであり、そうすればいかなることも対処でき、これほど適格・適切にできることはないということなのだ。
是故生則得其情,死則盡其常;
このゆえに、人々はこの先王の道によって、生きているときには、人情・感情・心情に適宜であり、死者に対しても、世間の定まった儀礼を十分におこなうものとなるのである。
郊焉而天神假,廟焉而人鬼饗。
天子が冬至に都城の南郊で天を祭る行いは、天神がその仁徳を喜び、讃えて祭壇に至るものであり、祖先の御廟に向かっては、人間の霊魂は、先祖を敬うことを受けて、喜んでその供物を食するものである。

#1
夫れ所謂先王の教とは何ぞや。
博く愛する之を仁と謂ひ、行ひて之を宜しうする、之を義と謂ふ。
是に由りて之く、之を道と謂ひ、己に足りて、外に待つこと無き、之を徳と謂ふ。
其の文は詩・書・易・春秋、
其の法は禮樂【れいがく】刑政【けいせい】、 
其の民は士・農・工・賈、
其の位は君臣・父子・師友・賓主【ひんしゅ】・昆弟【こんてい】・夫婦、
#2
其の服は麻絲、
其の居は宮室、
其の食は粟米【ぞくべい】・果蔬【かそ】・魚肉。
其の道爲る明かにし易く、其の教爲る行ひ易きなり。是の故に之を以て己を爲【おさ】むれば、則ち順にして祥なり。
之を以て人を爲【おさ】むれば則ち愛して公なり。
之を以て心を爲【おさ】むれば、則ち和にして平かなり。
之を以て天下国家を爲【おさ】むれば、處する所として當らざるは無し。
是の故に生きては則ち其の情を得、死しては則ち其の常を盡す。
郊にしては天神仮【いた】り、廟にしては人鬼饗【う】く。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』12段目#2 現代語訳と訳註
(本文)
#2
其服,麻絲;
其居,宮室;
其食,粟米果蔬魚肉:
 其為道易明,而其為教易行也。
是故以之為己,則順而祥;
以之為人,則愛而公;
以之為心,則和而平;
以之為天下國家,無所處而不當。
是故生則得其情,死則盡其常;
郊焉而天神假,廟焉而人鬼饗。


(下し文)
#2
其の服は麻絲、
其の居は宮室、
其の食は粟米【ぞくべい】・果蔬【かそ】・魚肉。
其の道爲る明かにし易く、其の教爲る行ひ易きなり。是の故に之を以て己を爲【おさ】むれば、則ち順にして祥なり。
之を以て人を爲【おさ】むれば則ち愛して公なり。
之を以て心を爲【おさ】むれば、則ち和にして平かなり。
之を以て天下国家を爲【おさ】むれば、處する所として當らざるは無し。
是の故に生きては則ち其の情を得、死しては則ち其の常を盡す。
郊にしては天神仮【いた】り、廟にしては人鬼饗【う】く。


(現代語訳)
またその衣服は、道服や僧衣のような特異なものではなく、麻とか生糸で織り普通の衣服なのだ。
その住居は、仏寺や道院などの人里離れた所でなくて、城郭の宮殿のおそばの普通の家屋に住む。
また、その食物は、粟米や野菜果物、魚や獣肉などを普通にたべるのである。
だから、修行ということで、仙人食の松の葉や霞などでもなく、僧のように精進料理に限るわけでもないものなのである。そして、その道というものは日常生活の人のあり方であるからわかりやすく、その教えは行いやすいというものである。
このように、先王の道をもって自分の身を修めるというものであるから、道理にかなっており、幸いを得られるものなのだ。
これが儒教であり、これをもって人を治めるならば、愛情深く公平にすることができるのである。
これをもって人の心を修めるならば、穏やかに平等でありうるのである。
この儒教精神でもって天下国家を治めていくことなのであり、そうすればいかなることも対処でき、これほど適格・適切にできることはないということなのだ。
このゆえに、人々はこの先王の道によって、生きているときには、人情・感情・心情に適宜であり、死者に対しても、世間の定まった儀礼を十分におこなうものとなるのである。
天子が冬至に都城の南郊で天を祭る行いは、天神がその仁徳を喜び、讃えて祭壇に至るものであり、祖先の御廟に向かっては、人間の霊魂は、先祖を敬うことを受けて、喜んでその供物を食するものである。

銅雀臺00

(訳注) #2
其服,麻絲;
またその衣服は、道服や僧衣のような特異なものではなく、麻とか生糸で織り普通の衣服なのだ。


其居,宮室;
その住居は、仏寺や道院などの人里離れた所でなくて、城郭の宮殿のおそばの普通の家屋に住む。


其食,粟米果蔬魚肉:
また、その食物は、粟米や野菜果物、魚や獣肉などを普通にたべるのである。
○果疏 くだものと疏菜。
○魚肉 魚と獣肉。普通人の食物、僧侶は忌んで食わない。


其為道易明,而其為教易行也。
だから、修行ということで、仙人食の松の葉や霞などでもなく、僧のように精進料理に限るわけでもないものなのである。そして、その道というものは日常生活の人のあり方であるからわかりやすく、その教えは行いやすいというものである。


是故以之為己,則順而祥;
このように、先王の道をもって自分の身を修めるというものであるから、道理にかなっており、幸いを得られるものなのだ。
○為己 為には「なす」「行う」「治める」の意味がある。また「ためにする」と読む説もある。
○順而祥 理に順当で、祥(さいわい・しあわせ)がある。


以之為人,則愛而公;
これが儒教であり、これをもって人を治めるならば、愛情深く公平にすることができるのである。


以之為心,則和而平;
これをもって人の心を修めるならば、穏やかに平等でありうるのである。


以之為天下國家,無所處而不當。
この儒教精神でもって天下国家を治めていくことなのであり、そうすればいかなることも対処でき、これほど適格・適切にできることはないということなのだ。
○所処 「処する所」と読む。とりさばき始末をする場合。一説に「処而(ところとして)」と下に続けてよよくない。


是故生則得其情,死則盡其常;
このゆえに、人々はこの先王の道によって、生きているときには、人情・感情・心情に適宜であり、死者に対しても、世間の定まった儀礼を十分におこなうものとなるのである。
○得其情 人民の感情にぴったり適合している。
○尽其常 定まった儀礼を十分に行う。


郊焉而天神假,廟焉而人鬼饗。
天子が冬至に都城の南郊で天を祭る行いは、天神がその仁徳を喜び、讃えて祭壇に至るものであり、祖先の御廟に向かっては、人間の霊魂は、先祖を敬うことを受けて、喜んでその供物を食するものである。
○郊 郊祀のことで、都城郊外の南北に天地を祀る壇を設けて祭祀を行なうことであり、中国前漢代より始まった。建始2年(前31)正月にはじめて南郊祭が実施された。その理論的根拠となったのが、『書経』にみえる周の文王・武王・成王が行なった郊の祭りであり、また『礼記』祭法篇にみえる円丘で柴を燃やして埋めて天を祀り、方丘で絹と犠牲を埋める祭祀であった(『漢書』巻25下、郊祀志第5下)。夏至・冬至・正月上旬の辛日ないし丁日が祭祀の日と定められた。冬至の南郊の祭祀、夏至の北郊の祭祀は関係官が行なう有司摂祭となった(『漢書』巻25下、郊祀志第5下)。天を祀る円丘は南郊壇、地を祀る方丘は北郊壇といった。南郊において壇を築いて天を祀ることは、天子たる皇帝のみが実施できる祭祀であると観念づけられており、当然のことながら、皇帝以外は実施することは原則としてはできなかった。冬至に南の城外で天を祭る天子の礼。
○仮 至る。格(いた)る。
〇人鬼 死人の霊。
○饗 祭りや供物を神霊が受けること。

原道 韓退之(韓愈)詩12段目<115-20>Ⅱ中唐詩592 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1944

原道 韓愈(韓退之)12段目-#1

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩


http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



原道 韓退之(韓愈)詩12段目<115-20>Ⅱ中唐詩592 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1944


12段目
#1
夫所謂先王之教者,何也?
それでは、いったい謂うところの中國古来の先王の教えとは何であるか。
博愛之謂仁,行而宜之之謂義,
博く徳を以て愛する、これを仁といい、徳を以て行って宜しくする、これを義という。
由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
それをそれを一つ一つ重ね通って行くのを、これを道といい、自分に十分に持っていて、外から与えられるのを待たない人間のもっている性、これを徳というのである。
其文,詩書易春秋;
その教えの書かれた文書が、『詩経』『書経』『易経』『春秋』である。
其法,禮樂刑政;
その従うべきもの法としては、身分規定のもとである「礼」や人間感情の和合の作用をする「音楽」、悪人を処分する「刑罰」や人民を統率する「政治・施政」である。 
其民,士農工賈;
その人民の範疇としては、士・農・工・商の四民である。
其位,君臣父子師友賓主昆弟夫婦;

それから、社会の地位は、君と臣、父と子、師と友、客と主人、兄と弟、夫と妻など、脱離できない人間関係、社会的立場、身分の貴賤が定ま目書かれているのである。
#2
其服,麻絲;
其居,宮室;
其食,粟米果蔬魚肉:
 其為道易明,而其為教易行也。
是故以之為己,則順而祥;
以之為人,則愛而公;
以之為心,則和而平;
以之為天下國家,無所處而不當。
是故生則得其情,死則盡其常;
郊焉而天神假,廟焉而人鬼饗。
#1
夫れ所謂先王の教とは何ぞや。
博く愛する之を仁と謂ひ、行ひて之を宜しうする、之を義と謂ふ。
是に由りて之く、之を道と謂ひ、己に足りて、外に待つこと無き、之を徳と謂ふ。
其の文は詩・書・易・春秋、
其の法は禮樂【れいがく】刑政【けいせい】、 
其の民は士・農・工・賈、
其の位は君臣・父子・師友・賓主【ひんしゅ】・昆弟【こんてい】・夫婦、

#2
其の服は麻絲、
其の居は宮室、
其の食は粟米【ぞくべい】・果蔬【かそ】・魚肉。
其の道爲る明かにし易く、其の教爲る行ひ易きなり。是の故に之を以て己を爲【おさ】むれば、則ち順にして祥なり。
之を以て人を爲【おさ】むれば則ち愛して公なり。
之を以て心を爲【おさ】むれば、則ち和にして平かなり。
之を以て天下国家を爲【おさ】むれば、處する所として當らざるは無し。
是の故に生きては則ち其の情を得、死しては則ち其の常を盡す。
郊にしては天神仮【いた】り、廟にしては人鬼饗【う】く。


600moon880
原道 韓退之(韓愈)01
『原道』 現代語訳と訳註
(本文)12段目
#1
夫所謂先王之教者,何也?
博愛之謂仁,行而宜之之謂義,
由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
其文,詩書易春秋;
其法,禮樂刑政;
其民,士農工賈;
其位,君臣父子師友賓主昆弟夫婦;


(下し文)#1
夫れ所謂先王の教とは何ぞや。
博く愛する之を仁と謂ひ、行ひて之を宜しうする、之を義と謂ふ。
是に由りて之く、之を道と謂ひ、己に足りて、外に待つこと無き、之を徳と謂ふ。
其の文は詩・書・易・春秋、
其の法は禮樂【れいがく】刑政【けいせい】、 
其の民は士・農・工・賈、
其の位は君臣・父子・師友・賓主【ひんしゅ】・昆弟【こんてい】・夫婦、


(現代語訳)

それでは、いったい謂うところの中國古来の先王の教えとは何であるか。
博く徳を以て愛する、これを仁といい、徳を以て行って宜しくする、これを義という。
それをそれを一つ一つ重ね通って行くのを、これを道といい、自分に十分に持っていて、外から与えられるのを待たない人間のもっている性、これを徳というのである。
その教えの書かれた文書が、『詩経』『書経』『易経』『春秋』である。
その従うべきもの法としては、身分規定のもとである「礼」や人間感情の和合の作用をする「音楽」、悪人を処分する「刑罰」や人民を統率する「政治・施政」である。 
その人民の範疇としては、士・農・工・商の四民である。
それから、社会の地位は、君と臣、父と子、師と友、客と主人、兄と弟、夫と妻など、脱離できない人間関係、社会的立場、身分の貴賤が定ま目書かれているのである。


(訳注)
12段目
#1
夫所謂先王之教者,何也?
それでは、いったい謂うところの中國古来の先王の教えとは何であるか。


博愛之謂仁,行而宜之之謂義,
博く徳を以て愛する、これを仁といい、徳を以て行って宜しくする、これを義という。


由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
それをそれを一つ一つ重ね通って行くのを、これを道といい、自分に十分に持っていて、外から与えられるのを待たない人間のもっている性、これを徳というのである。


其文,詩書易春秋;
その教えの書かれた文書が、『詩経』『書経』『易経』『春秋』である。
○詩 『詩経』。夏・殿・周三代の詩三百五篇を集め、十五国風、大・小二雅、周・魯・商三頌からなる。中国最古の詩集。五経の一つ。孔子以来,儒家の経典とされた。諸国の民謡を集めた〈風〉,宮廷の音楽〈雅〉,宗廟の祭祀の楽歌〈頌〉の三部分から成る。〈風〉は,〈国風〉とも呼ばれ,周南・召南・邶(はい)・鄘(よう)・衛・王・鄭・斉・魏・唐・秦・陳・檜・曹・豳(ひん)の15国160編,〈雅〉は,小雅74編・大雅31編,〈頌〉は,周頌31編・魯頌4編・商頌5編を収める。風は,結婚,恋愛,狩猟,建築,労働,出征,農事など当時の人民の生活の各方面を題材に,愛の喜び,死者への哀悼,肉親への思い,搾取者への憎悪,時間の推移への恐れ,時代の悪さへの悲嘆など,さまざまの感情を率直にうたう。
○書 『書経』。堯・舜から周間代までの政治上の文献・告諭・詔勅などを集めた書、『尚書』ともいう。中国の経書。五経の一つ。先秦では単に《書》といい,漢代からは《尚書》と呼ばれ,宋以後《書経》と称される。《書》は史官の記録に由来する中国最古の文献であり,早くから民族の古典として尊ばれており,儒家はそれを自己の経典としたのである。周王朝の創業者である文王,武王,周公を主人公とする諸編,〈周書〉のいわゆる五誥(ごこう)がその根幹であった。ところが諸子百家との論争がさかんに展開されるころに,儒家の理念を投影した尭・舜の世の記録(〈虞書〉)や,禹および夏王朝の記録(〈夏書〉),殷王朝の記録(〈商書〉)が加上された。
○易 『周易』。八卦(か)によって陰陽二気の交合の状を見、自然や人事の変化の中に、不変の道を観察判断する「うらない」の書。『易経』。古代中国の周の時代に作成された卜術の一つ。「易経」という古典に照らし合わせて解釈される。「易経」は占いの書物であったことから、随時代の煬帝による焚書坑儒を免れ、その後の儒学者たちの研究により儒学的・道徳的に変化していった。
○春秋 孔子の著した史書。中国の古典。周代の魯国に《春秋》と呼ばれる宮廷年代記があった。このうち隠公1年(前722)から哀公14年(前481)にいたる,12公,242年間の部分に対して,孔子が独自の理念と周到な論理をもって添削を施したという。こうして成立した《春秋》は儒家の重要な教科書となり,五経の一つに数えられる。《春秋》には孔子の精神が寓されており,大義名分の書である,との見方を最初に提示したのは孟子である。司馬遷は《春秋》には〈人道浹(あまね)く,王道備わる〉〈万物の散聚,みな春秋に在り〉と評価する。


其法,禮樂刑政;
その従うべきもの法としては、身分規定のもとである「礼」や人間感情の和合の作用をする「音楽」、悪人を処分する「刑罰」や人民を統率する「政治・施政」である。 


其民,士農工賈;
その人民の範疇としては、士・農・工・商の四民である。


其位,君臣父子師友賓主昆弟夫婦;
それから、社会の地位は、君と臣、父と子、師と友、客と主人、兄と弟、夫と妻など、脱離できない人間関係、社会的立場、身分の貴賤が定ま目書かれているのである。
○賓主 客と主人、人間社会で、他人との地位関係の一つの場合。
○昆弟 兄弟。昆は1 仲間が多い。「昆虫」2 兄。「昆弟」3 子孫。「後昆」。

原道 韓愈 (韓退之) 11段目<115-19>Ⅱ中唐詩591 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1939

原道 11段目


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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

 


原道 韓愈 (韓退之) 11段目<115-19>Ⅱ中唐詩591 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1939 


原道 11段目
孔子之作春秋也,諸侯用夷禮,
孔子が大義名分を明らかにして、『春秋』を著し歴史を作った。諸侯が真の礼ではなく異民族の礼を用いた場合は、これを異民族として扱うものである。
則夷之,進於中國,則中國之。
中国は進歩して、夷狄のものが中国の礼を用いた場合には、これを中国の諸侯なみに扱って記述している。
經曰:「夷狄之有君,不如諸夏之亡!」
「経」聖人の教えの書である『論語』八佾篇に、「東夷や北狄の未開な国は、その国の君主が具わっていても、文化道徳が劣っているために、わが中国の諸侯の中で君がなくて乱れているのにも及ばない。」といっている。
君主のない国でも、礼楽制度が行われているので、社会は維持されているからである」とある。

詩曰:「戎狄是膺,荊舒是懲。」
『詩経』にいう、「未開で中国を侵す戎狄こそは撃ち、剤蛮や紆国の未開の民こそは懲らしめる」とある。
今之舉夷狄之法,而加之先王之教之上,
中国は周囲の異民族より高い文化を誇りとしていたものである。ところが今や、えびすの道、仏法すなわち印度の仏教を取り挙げて、これをわが先王以来の教えにもとづく儒教の上に置き、これを尊ぶのである。
幾何其不胥而為夷也!

今後いくばくの間、いったい相連れ立って皆が夷狄の文化にならないでおられるだろうか。(このままでは、まもなく中国本来の文化は失われるであろう。)

孔子の春秋を作るや,諸侯の夷の禮を用いれば,
則ち之を夷とし,中國に進めば,則ち之を中國にす。
經に曰く:「夷狄【いてき】の君有るは,諸夏【しょか】の亡きに如かず!」
詩に曰く:「戎狄【じゅうてき】は是に膺【う】ち,荊舒は是れ懲す。」と。
今 夷狄の法を舉げて,之を先王の教の上に加う,
幾何か其れ胥【ひき】いて夷と為らざらんや!

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』 11段目 現代語訳と訳註
(本文)

孔子之作春秋也,諸侯用夷禮,
則夷之,進於中國,則中國之。
經曰:「夷狄之有君,不如諸夏之亡!」
詩曰:「戎狄是膺,荊舒是懲。」
今之舉夷狄之法,而加
之先王之教之上,幾何其不胥而為夷也!


(下し文)
孔子の春秋を作るや,諸侯の夷の禮を用いれば,
則ち之を夷とし,中國に進めば,則ち之を中國にす。
經に曰く:「夷狄【いてき】の君有るは,諸夏【しょか】の亡きに如かず!」
詩に曰く:「戎狄【じゅうてき】は是に膺【う】ち,荊舒は是れ懲す。」と。
今 夷狄の法を舉げて,之を先王の教の上に加う,
幾何か其れ胥【ひき】いて夷と為らざらんや!


(現代語訳)
孔子が大義名分を明らかにして、『春秋』を著し歴史を作った。諸侯が真の礼ではなく異民族の礼を用いた場合は、これを異民族として扱うものである。
中国は進歩して、夷狄のものが中国の礼を用いた場合には、これを中国の諸侯なみに扱って記述している。
「経」聖人の教えの書である『論語』八佾篇に、「東夷や北狄の未開な国は、その国の君主が具わっていても、文化道徳が劣っているために、わが中国の諸侯の中で君がなくて乱れているのにも及ばない。」といっている。
君主のない国でも、礼楽制度が行われているので、社会は維持されているからである」とある。
『詩経』にいう、「未開で中国を侵す戎狄こそは撃ち、剤蛮や紆国の未開の民こそは懲らしめる」とある。
中国は周囲の異民族より高い文化を誇りとしていたものである。ところが今や、えびすの道、仏法すなわち印度の仏教を取り挙げて、これをわが先王以来の教えにもとづく儒教の上に置き、これを尊ぶのである。
今後いくばくの間、いったい相連れ立って皆が夷狄の文化にならないでおられるだろうか。(このままでは、まもなく中国本来の文化は失われるであろう。)

五重塔(2)

(訳注)
孔子之作春秋也,諸侯用夷禮,則夷之,
孔子が大義名分を明らかにして、『春秋』を著し歴史を作った。諸侯が真の礼ではなく異民族の礼を用いた場合は、これを異民族として扱うものである。
○春秋 中国の古典。周代の魯国に《春秋》と呼ばれる宮廷年代記があった。このうち隠公1年(前722)から哀公14年(前481)にいたる,12公,242年間の部分に対して,孔子が独自の理念と周到な論理をもって添削を施したという。こうして成立した《春秋》は儒家の重要な教科書となり,五経の一つに数えられる。《春秋》には孔子の精神が寓されており,大義名分の書である,との見方を最初に提示したのは孟子である。司馬遷は《春秋》には〈人道浹(あまね)く,王道備わる〉〈万物の散聚,みな春秋に在り〉と評価する。記事を春夏秋冬の順序に編集した編年体の歴史であるから『春秋』という。
○諸侯用夷礼 『春秋』僖公二十七年に「杷子来朝す」とある。『左伝』に「杷の桓公来朝す。夷礼を用ふ。故に子と云ふ」と。杷は侯爵であるが、夷礼を用いたので、夷狄なみに子爵と記してこれをけなしたのである、ということに基づく。


進於中國,則中國之。
中国は進歩して、夷狄のものが中国の礼を用いた場合には、これを中国の諸侯なみに扱って記述している。
○中国之 『春秋』穀梁伝、文公九年に「楚子萩をして来眄せしむ。楚に大夫なし。其の萩といふは何ぞや。其の我に来るを以て之を褒むるなり」とある。
楚ほ刑蛮ともいわれる夷の類である。自ら王を称し、その大夫は周王室の任命したものではないが、礼をもって魯に来朝したので、褒めて大夫扱いにして、その名を記したというのである。


經曰:「夷狄之有君,不如諸夏之亡!」
「経」聖人の教えの書である『論語』八佾篇に、「東夷や北狄の未開な国は、その国の君主が具わっていても、文化道徳が劣っているために、わが中国の諸侯の中で君がなくて乱れているのにも及ばない。」といっている。
君主のない国でも、礼楽制度が行われているので、社会は維持されているからである」とある。
○經 『論語』八佾篇のこと。
○夷秋之有君 文化の劣った異民族では、たとえ君があって国の体をなしていても、諸夏、即ち中国の諸侯の乱れて君のないのにも及ばない。・夏は文化の意味で、諸侯の国にも文化制度があって国が維持されているからである。一説に、文化のない夷秋ですら君がある。中国の諸侯の文化は進んでいながら、国が乱れて君主がいないような有様ではない、と解する。ここの引用の意味は、前の解釈である。


詩曰:「戎狄是膺,荊舒是懲。」
『詩経』にいう、「未開で中国を侵す戎狄こそは撃ち、剤蛮や紆国の未開の民こそは懲らしめる」とある。
○詩 『詩経』魯頌・悶宮篇の句。
○膺 撃つ、当たる。
○荊舒 制蛮は楚国、野はその隣国、ともに未開の異民族、周公はこれらを伐ちこらした。
○夷秋之法 仏教。釈迦はインド人。文化の劣った異民族の教えと見る。


今之舉夷狄之法,而加之先王之教之上,
中国は周囲の異民族より高い文化を誇りとしていたものである。ところが今や、えびすの道、仏法すなわち印度の仏教を取り挙げて、これをわが先王以来の教えにもとづく儒教の上に置き、これを尊ぶのである。
○加 上に置く。尚ぶ。


幾何其不胥而為夷也!
今後いくばくの間、いったい相連れ立って皆が夷狄の文化にならないでおられるだろうか。(このままでは、まもなく中国本来の文化は失われるであろう。)
○幾何其不背面為夷 仏教がかなり広まってきてどれほどの間か、みんなが中國本来の礼をとらず夷の法道によれば夷の国にならないであろうか。「其」は強意の助字。胥は相率いてともどもに。「夷と為る」は、未開民族の仲間入りをするほどの意味。

原道  韓愈 (韓退之) 10段目-2<115-18>Ⅱ中唐詩590 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1934

原道  韓愈 (韓退之)  #18 10段目-2

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 





原道 韓退之(韓愈)詩10段目-2<115-18>Ⅱ中唐詩590 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1934


10段目-1
傳曰:「古之欲明明德於天下者,先治其國。
古人の言説を伝えた書『礼記』大学篇にいう、「古人の中で、人間の光輝ある徳性を天下に明らかに示して施政、教化しょうとする者は、先ずその諸侯としての国を治めるものでなくてはならない。
欲治其國者,先齊其家。
自分の国を治めようとする諸侯は、まずその家族を過不及なく整え治めるものでなければならない。
欲齊其家者,先修其身。
そして、自分の家族を整え治めようと思う者は、まず自分の身の行いを善くするのである。
欲修其身者,先正其心。
わが身の行いを善くしようと思うものは、まず自分の心の判断を正しく安定させることにある。
欲正其心者,先誠其意。」
自分の心を安定し正しくしようと思う者は、先ずその心の動きを誠実にすること、そのことが真実にてらすことで矛盾のないものであることである。」と。

#2
然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。
自分自身に誠実であるならば、古人のいうところの心を正しくし目的意識を誠実にすることにより、窮極において、天下国家にたいして教化を為すということになるのである。
今也欲 治其心,而外天下國家,
ところがいま、老荘思想、仏教思想においては、それを心の問題として、その心を治めようとしているのだ、だから天下国家についての考えは論の外においているのだ。
滅其天常;子焉而不父其父,
人間が天然に持って生まれ、どこでも、いつでも妥当な道徳性の五常と五倫、すなわち君臣の義、父子の親、夫婦の一別、長幼の序、朋友の信などの道を滅ぼし棄て、家を出、国を捨て、家業をやめて出家して山にはいる。そして、子が自分の父を父として孝行,扶養しないで捨て去るのである。
臣焉而不君其君,民焉而不事 其事。
それが、臣下でありながら自分の君主を君主として忠節を尽くすことを放棄し、人民でありながら、自分の仕事を仕事として努力しない、人民としての義務を果たさない考えが支配するようになるということなのだ。

#1
傳に日く、古の明徳を天下に明かにせんと欲する者は、先づ其の國を治む。
其の國を治めんと欲する者は、先づ其の家を齊ふ。
其の家を斉へんと欲する者は、先づ其の身を修む。
其の身を修めんと欲する者は、先づ其の心を正しうす。其の心を正しうせんと欲する者は、先づ其の意を誠にすと。
#2
然らば則ち古の所謂心を正しうして意を誠にする者は、將に以て爲す有らんとするなり。
今や其の心を治めんと欲して、而も天下国家を外にし、
其の天常を滅ぼし、子として其の父を父とせず。
臣として其の君を君とせず。民として其の事を事とせず。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』10段目の#1 現代語訳と訳註

(本文) #2
然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。今也欲 治其心,而外天下國家,滅其天常;子焉而不父其父,臣焉而不君其君,民焉而不事 其事。


(下し文)#2
然らば則ち古の所謂心を正しうして意を誠にする者は、將に以て爲す有らんとするなり。
今や其の心を治めんと欲して、而も天下国家を外にし、
其の天常を滅ぼし、子として其の父を父とせず。
臣として其の君を君とせず。民として其の事を事とせず。


(現代語訳)
自分自身に誠実であるならば、古人のいうところの心を正しくし目的意識を誠実にすることにより、窮極において、天下国家にたいして教化を為すということになるのである。
ところがいま、老荘思想、仏教思想においては、それを心の問題として、その心を治めようとしているのだ、だから天下国家についての考えは論の外においているのだ。
人間が天然に持って生まれ、どこでも、いつでも妥当な道徳性の五常と五倫、すなわち君臣の義、父子の親、夫婦の一別、長幼の序、朋友の信などの道を滅ぼし棄て、家を出、国を捨て、家業をやめて出家して山にはいる。そして、子が自分の父を父として孝行,扶養しないで捨て去るのである。
それが、臣下でありながら自分の君主を君主として忠節を尽くすことを放棄し、人民でありながら、自分の仕事を仕事として努力しない、人民としての義務を果たさない考えが支配するようになるということなのだ。

mugi880

(訳注) #2
然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。
自分自身に誠実であるならば、古人のいうところの心を正しくし目的意識を誠実にすることにより、窮極において、天下国家にたいして教化を為すということになるのである。


今也欲 治其心,而外天下國家,
ところがいま、老荘思想、仏教思想においては、それを心の問題として、その心を治めようとしているのだ、だから天下国家についての考えは論の外においているのだ。


滅其天常;子焉而不父其父,
人間が天然に持って生まれ、どこでも、いつでも妥当な道徳性の五常と五倫、すなわち君臣の義、父子の親、夫婦の一別、長幼の序、朋友の信などの道を滅ぼし棄て、家を出、国を捨て、家業をやめて出家して山にはいる。そして、子が自分の父を父として孝行,扶養しないで捨て去るのである。
○天常 天から与えられた人間の不変な遣徳性。常は、どこでも、いつでも妥当なもの。儒家の説く五倫(父子、君臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持することを。仁・義・礼・知・信の五常をさす。


臣焉而不君其君,民焉而不事 其事。
それが、臣下でありながら自分の君主を君主として忠節を尽くすことを放棄し、人民でありながら、自分の仕事を仕事として努力しない、人民としての義務を果たさない考えが支配するようになるということなのだ。

原道  韓愈 (韓退之) 10段目<115-17>Ⅱ中唐詩589 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1929

原道  韓愈 (韓退之) 




原道 韓退之(韓愈)詩10段目<115-17>Ⅱ中唐詩589 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1929


10段目
傳曰:「古之欲明明德於天下者,先治其國。
古人の言説を伝えた書『礼記』大学篇にいう、「古人の中で、人間の光輝ある徳性を天下に明らかに示して施政、教化しょうとする者は、先ずその諸侯としての国を治めるものでなくてはならない。
欲治其國者,先齊其家。
自分の国を治めようとする諸侯は、まずその家族を過不及なく整え治めるものでなければならない。
欲齊其家者,先修其身。
そして、自分の家族を整え治めようと思う者は、まず自分の身の行いを善くするのである。
欲修其身者,先正其心。
わが身の行いを善くしようと思うものは、まず自分の心の判断を正しく安定させることにある。
欲正其心者,先誠其意。」

自分の心を安定し正しくしようと思う者は、先ずその心の動きを誠実にすること、そのことが真実にてらすことで矛盾のないものであることである。」と。

#2
然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。今也欲 治其心,而外天下國家,滅其天常;子焉而不父其父,臣焉而不君其君,民焉而不事 其事。

#1
傳に日く、古の明徳を天下に明かにせんと欲する者は、先づ其の國を治む。
其の國を治めんと欲する者は、先づ其の家を齊ふ。
其の家を斉へんと欲する者は、先づ其の身を修む。
其の身を修めんと欲する者は、先づ其の心を正しうす。其の心を正しうせんと欲する者は、先づ其の意を誠にすと。

#2
然らば則ち古の所謂心を正しうして意を誠にする者は、將に以て爲す有らんとするなり。
今や其の心を治めんと欲して、而も天下国家を外にし、
其の天常を滅ぼし、子として其の父を父とせず。
臣として其の君を君とせず。民として其の事を事とせず。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』10段目の#1 現代語訳と訳註
(本文)

傳曰:「古之欲明明德於天下者,先治其國。
欲治其國者,先齊其家。
欲齊其家者,先修其身。欲修其身者,先正其心。欲正其心者,先誠其意。」


(下し文)#1
傳に日く、古の明徳を天下に明かにせんと欲する者は、先づ其の國を治む。
其の國を治めんと欲する者は、先づ其の家を齊ふ。
其の家を斉へんと欲する者は、先づ其の身を修む。
其の身を修めんと欲する者は、先づ其の心を正しうす。其の心を正しうせんと欲する者は、先づ其の意を誠にすと。


(現代語訳)
古人の言説を伝えた書『礼記』大学篇にいう、「古人の中で、人間の光輝ある徳性を天下に明らかに示して施政、教化しょうとする者は、先ずその諸侯としての国を治めるものでなくてはならない。
自分の国を治めようとする諸侯は、まずその家族を過不及なく整え治めるものでなければならない。
そして、自分の家族を整え治めようと思う者は、まず自分の身の行いを善くするのである。
わが身の行いを善くしようと思うものは、まず自分の心の判断を正しく安定させることにある。
自分の心を安定し正しくしようと思う者は、先ずその心の動きを誠実にすること、そのことが真実にてらすことで矛盾のないものであることである。」と。

終南山03

(訳注)
傳曰:「古之欲明明德於天下者,先治其國。

古人の言説を伝えた書『礼記』大学篇にいう、「古人の中で、人間の光輝ある徳性を天下に明らかに示して施政、教化しょうとする者は、先ずその諸侯としての国を治めるものでなくてはならない。
〇伝一般には、古代から事物を記し伝えた書物。この伝は『大学』(南宋以降の名称であるから当時はまだ49篇の『礼記』の一篇)の首章。
大学(だいがく)とは儒教の経書の一つ。南宋以降、『中庸』『論語』『孟子』と合わせて四書とされた。もともとは『礼記』の一篇であり、曾子に作られたとも秦漢の儒家によって作られたとも言われる。
○明明徳 人間の有する光輝ある人間性は、仁・義・礼・知・信の五常の徳性を明らかに実現させることにある。施政者ここでは諸侯。唐の初期太宗の時代には諸侯の五常の徳性のものを登用することで盗賊が激減した。


欲治其國者,先齊其家。
自分の国を治めようとする諸侯は、まずその家族を過不及なく整え治めるものでなければならない。
〇斉家 家人を整え治める。周代の大夫は家を世襲し、多数の家臣一族を過不足なく教え治め整えなければならなかった。家の中の家父長化のルール。


欲齊其家者,先修其身。
そして、自分の家族を整え治めようと思う者は、まず自分の身の行いを善くするのである。
○修身 身の行いを修(よ)くする。


欲修其身者,先正其心。
わが身の行いを善くしようと思うものは、まず自分の心の判断を正しく安定させることにある。
○仁・義・礼・知・信の五常の徳性がすべてのことに当てはまる。


欲正其心者,先誠其意。」
自分の心を安定し正しくしようと思う者は、先ずその心の動きを誠実にすること、そのことが真実にてらすことで矛盾のないものであることである。」と。
○正心 心の判断を正しくする。心を正しく定める。
○誠意 心の動きを矛盾なく真実にする。


原道  韓愈 (韓退之) 9段目<115-16>Ⅱ中唐詩588 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1918 

韓退之(韓愈)  原道 16回目 9段目


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古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
又贈丁儀王粲 曹植(曹子建) 魏詩<38-#1>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1917

Ⅱ.中唐詩・晩唐詩
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原道  韓愈 (韓退之) 9段目<115-16>Ⅱ中唐詩588 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1918 

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恨別 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -10)  杜甫 <398> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1919 杜甫詩1000-398-579/1500

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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



原道 韓退之(韓愈)詩9段目<115-16>Ⅱ中唐詩588 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1918 


9段目
帝之與王,其號名殊,其所以為聖一也。
帝というものを王と比較してみる。よびかたにおいてはそれぞれ違っている。しかし、その聡明さ、至徳の聖人であることは同一なのである。
夏葛而冬裘,渴飲而飢食,其事殊,
そのことは夏は葛の繊維で織った衣をつけ涼しくし、冬は毛衣を着てあたたかくする、またのどが渇けば水を飲むし、腹がすけば飯を食うということなのだ。
其所以為智一也。
夏と冬、飲むと喰う、それぞれすることはちがっていても、それが生活上の工夫や智恵(なくてはならないもの)であるわけは同一である。
今其言曰:「曷不為太古之無事?」
ところがいま、老子の言説ではいう、「どうして人々は太古の時代の無為自然、何も心身をわずらわすことの無い、自然に同化した為すがままの生活をしないのか」と。
是亦責冬之裘者曰:「曷不為葛 之之易也?」
これもまた、冬に毛衣を着るのを責めて、「なぜ葛の衣を着る自然のままの暮らしをしないのか」というのである。
責飢之食者曰:「曷不為飲之之易也。」
腹の空いている者が飯を食うのを責めて、「なぜ水を飲むという容易なことをしないで、わざわざ苦労して飯を食うのか」というのと同じである。
*老荘家は、安易素朴を旨とし、実生活の必要から人智の考え出した生活文化を排斥し、隠遁し、自然の塵の一つになるという、仙人になるを良しとする主張をするのである。自然に生きることで仙人になるといい。智慧による生活の改善、文化向上を嫌うものである。

帝の王における,其の號名は殊なり,其の聖為【た】る所以【ゆえん】は一にする也。
夏は葛【かつ】して冬は裘【きゅう】し,渴すれば飲みて飢えれば食う,其の事 殊【こと】なれど,其の 智為【た】る所以【ゆえん】は一にする也。
今、其の言に曰く:「曷【なん】ぞ太古の無事を為さざると?」
是も亦た冬の裘する者を責めて曰うなり:「「曷【なん】ぞ之【これ】を葛にするの易きを為さざる也?」と。
飢えるの食う者を責めて曰く:「「曷【なん】ぞ之を飲むの易きを為さざる也。」と

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』 現代語訳と訳註
(本文)

帝之與王,其號名殊,其所以為聖一也。夏葛而冬裘,渴飲而飢食,其事殊,其 所以為智一也。今其言曰:「曷不為太古之無事?」是亦責冬之裘者曰:「曷不為葛 之之易也?」責飢之食者曰:「曷不為飲之之易也。」


(下し文)
帝の王における,其の號名は殊なり,其の聖為【た】る所以【ゆえん】は一にする也。
夏は葛【かつ】して冬は裘【きゅう】し,渴すれば飲みて飢えれば食う,其の事 殊【こと】なれど,其の 智為【た】る所以【ゆえん】は一にする也。
今、其の言に曰く:「曷【なん】ぞ太古の無事を為さざると?」
是も亦た冬の裘する者を責めて曰うなり:「「曷【なん】ぞ之【これ】を葛にするの易きを為さざる也?」と。
飢えるの食う者を責めて曰く:「「曷【なん】ぞ之を飲むの易きを為さざる也。」と


(現代語訳)
帝というものを王と比較してみる。よびかたにおいてはそれぞれ違っている。しかし、その聡明さ、至徳の聖人であることは同一なのである。
そのことは夏は葛の繊維で織った衣をつけ涼しくし、冬は毛衣を着てあたたかくする、またのどが渇けば水を飲むし、腹がすけば飯を食うということなのだ。
夏と冬、飲むと喰う、それぞれすることはちがっていても、それが生活上の工夫や智恵(なくてはならないもの)であるわけは同一である。
ところがいま、老子の言説ではいう、「どうして人々は太古の時代の無為自然、何も心身をわずらわすことの無い、自然に同化した為すがままの生活をしないのか」と。
これもまた、冬に毛衣を着るのを責めて、「なぜ葛の衣を着る自然のままの暮らしをしないのか」というのである。
腹の空いている者が飯を食うのを責めて、「なぜ水を飲むという容易なことをしないで、わざわざ苦労して飯を食うのか」というのと同じである。
*老荘家は、安易素朴を旨とし、実生活の必要から人智の考え出した生活文化を排斥し、隠遁し、自然の塵の一つになるという、仙人になるを良しとする主張をするのである。自然に生きることで仙人になるといい。智慧による生活の改善、文化向上を嫌うものである。


(訳注)
帝之與王,其號名殊,其所以為聖一也。

帝というものを王と比較してみる。よびかたにおいてはそれぞれ違っている。しかし、その聡明さ、至徳の聖人であることは同一なのである。
○帝之於三 帝と王とは。「之与」は「与(と)」と同じである。『白虎通』には「徳天地に合する者を帝と称す」と。『穀梁伝』荘公三年に「其れ王と日うは、民の帰往する所なり」とある。五帝・三王という。


夏葛而冬裘,渴飲而飢食,
そのことは夏は葛の繊維で織った衣をつけ涼しくし、冬は毛衣を着てあたたかくする、またのどが渇けば水を飲むし、腹がすけば飯を食うということなのだ。
○葛 くずの織椎で織った涼しい夏衣。
○裘 かわごろも、毛衣。冬の衣。


其事殊,其 所以為智一也。
夏と冬、飲むと喰う、それぞれすることはちがっていても、それが生活上の工夫や智恵(なくてはならないもの)であるわけは同一である。


今其言曰:「曷不為太古之無事?」
ところがいま、老子の言説ではいう、「どうして人々は太古の時代の無為自然、何も心身をわずらわすことの無い、自然に同化した為すがままの生活をしないのか」と。
太古之無事 老子は太古の無為自然、素朴な生活をよいとする。無事は、仕事がない、安楽なこと。自然に同化した為すがままの生活ということ。


是亦責冬之裘者曰:「曷不為葛 之之易也?」
これもまた、冬に毛衣を着るのを責めて、「なぜ葛の衣を着る自然のままの暮らしをしないのか」というのである。


責飢之食者曰:「曷不為飲之之易也。」
腹の空いている者が飯を食うのを責めて、「なぜ水を飲むという容易なことをしないで、わざわざ苦労して飯を食うのか」というのと同じである。
*老荘家は、安易素朴を旨とし、実生活の必要から人智の考え出した生活文化を排斥し、隠遁し、自然の塵の一つになるという、仙人になるを良しとする主張をするのである。自然に生きることで仙人になるといい。智慧による生活の改善、文化向上を嫌うものである。

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道  韓愈 (韓退之) 8段目-3<>Ⅱ中唐詩587 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1914 
8段目-3




8段目-#1
是故君者,出令者也。
このゆえに、君主というものが必要で、人間社会には政治・施政が必要な事あるのだ。そして、君主は政治・施政のために命令を出さなければいけない者であるのだ。
臣者,行君之令而致之民者也。
そしてそれの実現のためには臣下が必要で、臣下は君主の命令を行って、これを人民に施すもの、及ぼす者であるのだ。
民者,出粟米麻絲,作器皿,
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産するのである。
通貨財,以事其上者也。
こうして、物資や貨幣、財宝というものが生じてくると、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって君主に仕えるということになるのである。
君不出令,則失其所以為君。
君主がその施政職務のための命令を出すことをしなければ、それは君主たる理由を失うもので君主であり続けることはできないのである。
-#2
臣不行君之令而致之民,則失其所以為臣。
臣下は君主の命令を実行して、これを人民に施し、及ぼすことができなければ、臣下の臣下たる存在理由がなくなるわけであり、その地位を失うことになるのだ。
民不出粟米麻絲,作器皿,
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産し、
通貨財,以事其上,則誅。
物資や貨幣、財宝というもの、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって、君主に仕えるということをしなければ、罪によって殺されることになるのである。
今其法曰:「必棄而君臣,去而父子,禁而相生養之道。」

ところが、儒者以外の老荘・仏教者の道ではこういう、「まずはじめに、あなたの主従、君臣の関係を破棄解消を必ずすることだ。」
そして、「あなたの親子関係にたいして道から離脱し、互助して生き養う生活のあり方を禁じるのである。」と。
-#3
以求其所謂清淨寂滅者。
それでもって老荘のいう所の無欲で汚れがない清浄、、仏者のいう所の煩悩を去って寂かに、生死の業苦を滅することを求めて涅槃にはいる寂滅、これらをそれぞれをもとめるところとしている。」と。
嗚呼!其亦幸而出於三代之後,
ああ、これは道理に合わぬことなのに、幸いに夏・殷・周三代の後に出た思想なのだ。
不見黜於禹、湯、文、武、周公、孔子也。
だから、夏の禹王・殿の湯王・周の文王・武王・周公且や孔子に退けられなかっただけのことなのである。
其亦不幸而不出於三代之前,
そのことは、また別の言い方をすれば、三代の前に出なかったことは不幸なことなのだ。
不見正於禹、湯、文、武、周公、孔子也。

なぜなら、禹・湯・文・武・周公・孔子にその誤りを正されなかったということなのである。それだからこそ、今の世に、平気で誤った説を述べつづけているわけである。
8段目
是の故に君は令を出す者なり。臣は君の令を行ひて、之を民に致す者なり。
民は粟米【ぞくべい】麻絲【まし】を出し、器皿【きべい】を作り、貨財を通じ、以て其の上に事うる者なり。
君令を出さざれは、則ち其の君爲る所以【ゆえん】を失はん。
#2
臣君の令を行ひて、之を民に致さざれは、則ち其の臣爲る所以【ゆえん】を失はん。
民粟米麻絲出し、器皿を作り、貨財を通じ、以て其の上に事へざれは則ち誅せられん。
今其の法に曰く、必ず而の君臣を棄て、而の父子を去り、而の相生養するの道を禁じ、
#3
以て其の所謂清浄寂滅なる者を求めよと。
嗚呼、其れ亦幸にして三代の後に出でて、禹・湯・文・武・周公・孔子に黜【しりぞ】けられざるなり。
其れ亦不幸にして、三代の前に出でずして、禹・湯・文・武・周公・孔子に正されざるなり。


原道 韓退之(韓愈)01



『原道』 現代語訳と訳註
(本文)
8段目 -#3
以求其所謂清淨寂滅者。
嗚呼!其亦幸而出於三代之後,
不見黜於禹、湯、文、武、周公、孔子也。
其亦不幸而不出於三代之前,
不見正於禹、湯、文、武、周公、孔子也。


(下し文) 8段目#3
以て其の所謂清浄寂滅なる者を求めよと。
嗚呼、其れ亦幸にして三代の後に出でて、禹・湯・文・武・周公・孔子に黜【しりぞ】けられざるなり。
其れ亦不幸にして、三代の前に出でずして、禹・湯・文・武・周公・孔子に正されざるなり。


(現代語訳)
それでもって老荘のいう所の無欲で汚れがない清浄、、仏者のいう所の煩悩を去って寂かに、生死の業苦を滅することを求めて涅槃にはいる寂滅、これらをそれぞれをもとめるところとしている。」と。
ああ、これは道理に合わぬことなのに、幸いに夏・殷・周三代の後に出た思想なのだ。
だから、夏の禹王・殿の湯王・周の文王・武王・周公且や孔子に退けられなかっただけのことなのである。
そのことは、また別の言い方をすれば、三代の前に出なかったことは不幸なことなのだ。
なぜなら、禹・湯・文・武・周公・孔子にその誤りを正されなかったということなのである。それだからこそ、今の世に、平気で誤った説を述べつづけているわけである。

DCF00205

(訳注)8段目 -#3
『原道』
儒教の復興は、彼の思想の基盤である。古文復興運動とは表裏のものであり、その観点から原道」「原性」「原毀」「原人」「「原鬼」などを著している。その一方で、排仏論も、彼の儒教復興の姿勢からきたものであった。六朝から隋、唐にかけての崇仏の傾向が強くくなったのも中国人民に儒教が嫌悪されたからで、学問として哲学としても敬遠されたのだ。そうした中で、韓愈の一門は中国古来の儒教の地位を回復しようとするのであった。
「原」(尋ねるという意味)は、『淮南子』の「原道訓」に倣って、韓愈が始めた論文の一種で、本原をたずねて推論する性質のもであって、「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の五原がある。
《原性》を書いて性三品説を確立した。
《原毀》世の謗りは人は多情であっても名声あるものを嫉妬することにある。
《原人》人間とは何か、人道、「仁」の本原の理を明らかにする。
《原鬼》人間の精霊の本原の理を明らかにする。
ということである。
まず原道から始めることとする。長文のため、意味によって区切り、おおむね14段分割し、掲載は22回程度になる。


以求其所謂清淨寂滅者。
それでもって老荘のいう所の無欲で汚れがない清浄、、仏者のいう所の煩悩を去って寂かに、生死の業苦を滅することを求めて涅槃にはいる寂滅、これらをそれぞれをもとめるところとしている。」と。
○清浄 老荘の思想。『史記』老子伝に、「李耳無為にして自ら化し、清静にして自ら正す」と。老子は意図的に行動せずして自然に化し、清らかに無欲で静かにして自然と物を正しからしめたというのである。
碑文の本葉では「清浄」隈なっているから「無欲で汚れがない」の意であるが、一に「清静」とするばあいもある。道教は、「清浄」「煉養」「服食」「符録」「経典科教」の5つを要素に挙げている。「清浄」は黄帝・老子・列子・荘子らの著にある清浄無為の思想、「煉養」は赤松子や魏伯陽らに代表される内丹などの修練、「服食」は盧生や李少君らに代表される外丹服薬、「符録」は張陵や寇謙之などに代表される符を用いた呪術、「経典科教」は杜光庭など道士と彼らが膨大な経典を元に行う儀礼をそれぞれ指す。
○寂滅 仏教の思想。『涅槃経』に、「諸行無常、是生滅法。生滅滅巳、寂滅為楽」とある。諸煩悩を去って、心しずかに、生死の苦楽を絶滅して、涅槃(永遠の無) に入る。すなわち仏になる。
仏教の立場から道教を批判的に書いた『滅惑論』も、その流れを汲み著された『文献通考』も、古い要素(老子の教え)は良いが、時代が下るほどに価値のないものになると論じている。


嗚呼!其亦幸而出於三代之後,
ああ、これは道理に合わぬことなのに、幸いに夏・殷・周三代の後に出た思想なのだ。


不見黜於禹、湯、文、武、周公、孔子也。
だから、夏の禹王・殿の湯王・周の文王・武王・周公且や孔子に退けられなかっただけのことなのである。


其亦不幸而不出於三代之前,
そのことは、また別の言い方をすれば、三代の前に出なかったことは不幸なことなのだ。


不見正於禹、湯、文、武、周公、孔子也。
なぜなら、禹・湯・文・武・周公・孔子にその誤りを正されなかったということなのである。それだからこそ、今の世に、平気で誤った説を述べつづけているわけである。

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
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李商隠詩
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8段目-2

8段目-#1
是故君者,出令者也。
このゆえに、君主というものが必要で、人間社会には政治・施政が必要な事あるのだ。そして、君主は政治・施政のために命令を出さなければいけない者であるのだ。
臣者,行君之令而致之民者也。
そしてそれの実現のためには臣下が必要で、臣下は君主の命令を行って、これを人民に施すもの、及ぼす者であるのだ。
民者,出粟米麻絲,作器皿,
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産するのである。
通貨財,以事其上者也。

こうして、物資や貨幣、財宝というものが生じてくると、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって君主に仕えるということになるのである。
君不出令,則失其所以為君。

君主がその施政職務のための命令を出すことをしなければ、それは君主たる理由を失うもので君主であり続けることはできないのである。
-#2
臣不行君之令而致之民,則失其所以為臣。
臣下は君主の命令を実行して、これを人民に施し、及ぼすことができなければ、臣下の臣下たる存在理由がなくなるわけであり、その地位を失うことになるのだ。
民不出粟米麻絲,作器皿,
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産し、
通貨財,以事其上,則誅。
物資や貨幣、財宝というもの、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって、君主に仕えるということをしなければ、罪によって殺されることになるのである。
今其法曰:「必棄而君臣,
ところが、儒者以外の老荘・仏教者の道ではこういう、「まずはじめに、あなたの主従、君臣の関係を破棄解消を必ずすることだ。」
去而父子,禁而相生養之道。」

そして、「あなたの親子関係にたいして道から離脱し、互助して生き養う生活のあり方を禁じるのである。」と。
-#3
以求其所謂清淨寂滅者。
嗚呼!其亦幸而出於三代之後,
不見黜於禹、湯、文、武、周公、孔子也。
其亦不幸而不出於三代之前,
不見正於禹、湯、文、武、周公、孔子也。

是の故に君は令を出す者なり。臣は君の令を行ひて、之を民に致す者なり。
民は粟米【ぞくべい】麻絲【まし】を出し、器皿【きべい】を作り、貨財を通じ、以て其の上に事うる者なり。
君令を出さざれは、則ち其の君爲る所以【ゆえん】を失はん。
#2
臣君の令を行ひて、之を民に致さざれは、則ち其の臣爲る所以【ゆえん】を失はん。
民粟米麻絲出し、器皿を作り、貨財を通じ、以て其の上に事へざれは則ち誅せられん。
今其の法に曰く、必ず而の君臣を棄て、而の父子を去り、而の相生養するの道を禁じ、

#3
以て其の所謂清浄寂滅なる者を求めよと。
嗚呼、其れ亦幸にして三代の後に出でて、禹・湯・文・武・周公・孔子に黜【しりぞ】けられざるなり。
其れ亦不幸にして、三代の前に出でずして、禹・湯・文・武・周公・孔子に正されざるなり。

原道 韓退之(韓愈)01


『原道』 現代語訳と訳註
 (本文)
-#2
臣不行君之令而致之民,則失其所以為臣。
民不出粟米麻絲,作器皿,
通貨財,以事其上,則誅。
今其法曰:「必棄而君臣,去而父子,禁而相生養之道。」


(下し文)#2
臣君の令を行ひて、之を民に致さざれは、則ち其の臣爲る所以【ゆえん】を失はん。
民粟米麻絲出し、器皿を作り、貨財を通じ、以て其の上に事へざれは則ち誅せられん。
今其の法に曰く、必ず而の君臣を棄て、而の父子を去り、而の相生養するの道を禁じ、


(現代語訳)
臣下は君主の命令を実行して、これを人民に施し、及ぼすことができなければ、臣下の臣下たる存在理由がなくなるわけであり、その地位を失うことになるのだ。
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産し、
物資や貨幣、財宝というもの、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって、君主に仕えるということをしなければ、罪によって殺されることになるのである。
ところが、儒者以外の老荘・仏教者の道ではこういう、「まずはじめに、あなたの主従、君臣の関係を破棄解消を必ずすることだ。」
そして、「あなたの親子関係にたいして道から離脱し、互助して生き養う生活のあり方を禁じるのである。」と。

真竹002

(訳注)-#2
臣不行君之令而致之民,則失其所以為臣。

臣下は君主の命令を実行して、これを人民に施し、及ぼすことができなければ、臣下の臣下たる存在理由がなくなるわけであり、その地位を失うことになるのだ。


民不出粟米麻絲,作器皿,
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産し、

 
通貨財,以事其上,則誅。
物資や貨幣、財宝というもの、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって、君主に仕えるということをしなければ、罪によって殺されることになるのである。
○誅 罪によって殺す。


今其法曰:「必棄而君臣,
ところが、儒者以外の老荘・仏教者の道ではこういう、「まずはじめに、あなたの主従、君臣の関係を破棄解消を必ずすることだ。」


去而父子,禁而相生養之道。」
そして、「あなたの親子関係にたいして道から離脱し、互助して生き養う生活のあり方を禁じるのである。」

原道  韓愈 (韓退之) 13回目<115-13>Ⅱ中唐詩585 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1906

原道  韓愈 (韓退之)  <115-13>13回目


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
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孟郊詩
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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道 韓退之(韓愈)詩13回目<115-13>Ⅱ中唐詩585 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1906



8段目-#1
是故君者,出令者也。
このゆえに、君主というものが必要で、人間社会には政治・施政が必要な事あるのだ。そして、君主は政治・施政のために命令を出さなければいけない者であるのだ。
臣者,行君之令而致之民者也。
そしてそれの実現のためには臣下が必要で、臣下は君主の命令を行って、これを人民に施すもの、及ぼす者であるのだ。
民者,出粟米麻絲,作器皿,
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産するのである。
通貨財,以事其上者也。
こうして、物資や貨幣、財宝というものが生じてくると、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって君主に仕えるということになるのである。
君不出令,則失其所以為君。
君主がその施政職務のための命令を出すことをしなければ、それは君主たる理由を失うもので君主であり続けることはできないのである。
-#2
臣不行君之令而致之民,則失其所以為臣。
民不出粟米麻絲,作器皿,
通貨財,以事其上,則誅。
今其法曰:「必棄而君臣,去而父子,禁而相生養之道。」
-#3
以求其所謂清淨寂滅者。
嗚呼!其亦幸而出於三代之後,
不見黜於禹、湯、文、武、周公、孔子也。
其亦不幸而不出於三代之前,
不見正於禹、湯、文、武、周公、孔子也。

是の故に君は令を出す者なり。
臣は君の令を行ひて、之を民に致す者なり。
民は粟米【ぞくべい】麻絲【まし】を出し、器皿【きべい】を作り、貨財を通じ、以て其の上に事うる者なり。
君令を出さざれは、則ち其の君爲る所以【ゆえん】を失はん。

臣君の令を行ひて、之を民に致さざれは、則ち其の臣爲る所以【ゆえん】を失はん。
民粟米麻絲出し、器皿を作り、貨財を通じ、以て其の上に事へざれは則ち誅せられん。
今其の法に曰く、必ず而の君臣を棄て、而の父子を去り、而の相生養するの道を禁じ、以て其の所謂清浄寂滅なる者を求めよと。
嗚呼、其れ亦幸にして三代の後に出でて、禹・湯・文・武・周公・孔子に黜【しりぞ】けられざるなり。
其れ亦不幸にして、三代の前に出でずして、禹・湯・文・武・周公・孔子に正されざるなり。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』 現代語訳と訳註
(本文)
8段目-#1
是故君者,出令者也。
臣者,行君之令而致之民者也。
民者,出粟米麻絲,作器皿,
通貨財,以事其上者也。
君不出令,則失其所以為君。


(下し文)
是の故に君は令を出す者なり。臣は君の令を行ひて、之を民に致す者なり。
民は粟米【ぞくべい】麻絲【まし】を出し、器皿【きべい】を作り、貨財を通じ、以て其の上に事うる者なり。


(現代語訳)
このゆえに、君主というものが必要で、人間社会には政治・施政が必要な事あるのだ。そして、君主は政治・施政のために命令を出さなければいけない者であるのだ。
そしてそれの実現のためには臣下が必要で、臣下は君主の命令を行って、これを人民に施すもの、及ぼす者であるのだ。
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産するのである。
こうして、物資や貨幣、財宝というものが生じてくると、この生産物や労働力、兵役を負担することでもって君主に仕えるということになるのである。
君主がその施政職務のための命令を出すことをしなければ、それは君主たる理由を失うもので君主であり続けることはできないのである。

終南山01

(訳注)
原道
8段目-#1
『原道』:儒教家の道徳根原へ本質を原(たず)ねる文。
老荘や釈迦の教えが盛んであった盛唐、中唐において、これらの思想を排斥して'中国古来の聖人の道、儒家の実際主義の道徳を明らかにするもので、韓愈の思想を最もよく表明した議論文ということになる。
(前回)
もし古代に聖人がいなかったら、人類は生活できずに、滅亡していて久しくなることであっただろう。
人類には羽や毛皮や、うろこや貝殻などの、寒熱の地に居るための防護のすべがない
生活の技術を教えてもらったので、人類は死滅しなかった。


是故君者,出令者也
このゆえに、君主というものが必要で、人間社会には政治・施政が必要な事あるのだ。そして、君主は政治・施政のために命令を出さなければいけない者であるのだ。


臣者,行君之令而致之民者也。
そしてそれの実現のためには臣下が必要で、臣下は君主の命令を行って、これを人民に施すもの、及ぼす者であるのだ。
○致之民 人民に君主の命令を伝える。致すとは、持って行く、到達させる。


民者,出粟米麻絲,作器皿,
人民は穀物・米・麻・生糸を生産し、供出するし、器物や皿など日常生活用品を生産するのである。
○栗米麻糸 もみ・米・あさ・きいと。農産物。
○器皿 うつわやさら、日常生活用品。


通貨財,以事其上者也。
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道 韓愈 (韓退之)詩<115-12>Ⅱ中唐詩584 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1902
7段目


7段目
今其言曰:「聖人不死,大盜不止。
今、老荘の言説にいう、「聖人が死に去らなければ、世に大盗賊はやまない。聖人が智を用いると、その智を悪用して、天下の民をあざむき盗むものが出るからである。
剖斗折衡,而民不爭。」
また桝を破り、はかりのさおを折ってしまえば、分量を計り較べることができないのである。そうすれば人民は利を争わなくなるというものだ。」と。
嗚呼!其亦不思而已矣!
ああ、このことはかれらは物の理を思わないからこそ、このようなことをいうのである。
如古之無聖人,人之類滅久矣。
もし古代に聖人がいなかったら、人類は生活できずに、滅亡していて久しくなることであっただろう。
何也?無羽毛鱗介以居寒熱也,無爪牙以爭食也。

それは何故なのだろうか。それは、人類には羽や毛皮や、うろこや貝殻などの、寒熱の地に居るための防護のすべがないということからである。また爪やきばなど、それをもって食物を争い取る武器を動物のように具えていないのである。ということで、生活の技術を教えてくれなければ、人類は死滅するよりほかなかった。

今其の言に日く、聖人死せざれは、大盗止まず。
斗を剖き衡を折りて、民爭はずと。
鳴呼、其れ亦恩はざるのみ。
如し古に之れ聖人無くんば、人の類滅ぶること久しからん。
何ぞや。羽毛鱗介の以て寒熱に居る無ければなり。
爪牙の以て食を爭ふ無ければなり。
 7段目

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』 現代語訳と訳註
(本文) 7段目

今其言曰:「聖人不死,大盜不止。
剖斗折衡,而民不爭。」
嗚呼!其亦不思而已矣!
如古之無聖人,人之類滅久矣。
何也?無羽毛鱗介以居寒熱也,無爪牙以爭食也。


(下し文)
今其の言に日く、聖人死せざれは、大盗止まず。
斗を剖き衡を折りて、民爭はずと。
鳴呼、其れ亦恩はざるのみ。
如し古に之れ聖人無くんば、人の類滅ぶること久しからん。
何ぞや。羽毛鱗介の以て寒熱に居る無ければなり。
爪牙の以て食を爭ふ無ければなり。


(現代語訳)
今、老荘の言説にいう、「聖人が死に去らなければ、世に大盗賊はやまない。聖人が智を用いると、その智を悪用して、天下の民をあざむき盗むものが出るからである。
また桝を破り、はかりのさおを折ってしまえば、分量を計り較べることができないのである。そうすれば人民は利を争わなくなるというものだ。」と。
ああ、このことはかれらは物の理を思わないからこそ、このようなことをいうのである。
もし古代に聖人がいなかったら、人類は生活できずに、滅亡していて久しくなることであっただろう。
それは何故なのだろうか。それは、人類には羽や毛皮や、うろこや貝殻などの、寒熱の地に居るための防護のすべがないということからである。また爪やきばなど、それをもって食物を争い取る武器を動物のように具えていないのである。ということで、生活の技術を教えてくれなければ、人類は死滅するよりほかなかった。


(訳注) 7段目
今其言曰:「聖人不死,大盜不止。
今、老荘の言説にいう、「聖人が死に去らなければ、世に大盗賊はやまない。聖人が智を用いると、その智を悪用して、天下の民をあざむき盗むものが出るからである。
○其言 老荘の言説。
○聖人不死 聖人が死なないと大盗賊は引っ込まない。これは以下に基づく。
『荘子』胠筺篇 第十
聖人不死、大盜不止。
雖重聖人而治天下、則是重利盜跖也。
爲之斗斛以量之、則幷與斗斛而竊之。
爲之斗權衡稱之。則幷與權衡而竊之。
爲之符璽以信之。則幷與符璽而竊之。
爲之仁義以矯之。則幷與符璽而竊之。
故絶聖棄知、大盗乃止,擿玉毀珠、小盗不起; 焚符破璽, 而民朴鄙; 掊斗折衡, 而民不争。
殫殘天下之聖法、而民始可與論議。
聖人死せざれは、大盗止まず。聖人を重ねて天下を治むと雖も、是れ重ねて盜跖するなり。
之が斗斛を為りて、以て之を量れば、則ち幷せて斗斜と与もにして之を竊む。
之が仁義を為して、以て之を矯(た)むれば、則ち幷せて仁義と与にして之を窃む。
故に聖を絶ち知を棄つれば、大盗乃ち止み、玉を擿ち珠を毀てば、小盗起らず。符を焚き璽を破れば、而ち民朴鄙にして、斗を掊き衝を折れば、民争はず。
天下の聖法を殫殘すれば、而ち民始めて与に論議すべし。
とある。


剖斗折衡,而民不爭。」
また桝を破り、はかりのさおを折ってしまえば、分量を計り較べることができないのである。そうすれば人民は利を争わなくなるというものだ。」と。
・剖 刃物で切り開く。「剖検/解剖」〈ホウ〉解き分ける。分かれ開ける。


嗚呼!其亦不思而已矣!
ああ、このことはかれらは物の理を思わないからこそ、このようなことをいうのである。


如古之無聖人,人之類滅久矣。
もし古代に聖人がいなかったら、人類は生活できずに、滅亡していて久しくなることであっただろう。
○滅久矣 滅亡して久しくなっていることだろう。


何也?無羽毛鱗介以居寒熱也,無爪牙以爭食也。
それは何故なのだろうか。それは、人類には羽や毛皮や、うろこや貝殻などの、寒熱の地に居るための防護のすべがないということからである。また爪やきばなど、それをもって食物を争い取る武器を動物のように具えていないのである。ということで、生活の技術を教えてくれなければ、人類は死滅するよりほかなかった。
○羽毛鱗介 烏の羽、獣物の毛皮、魚の鱗、貝の殻、すべて身を保護する物。
○爪牙 食物を取る手管して自然に与えられた道具。これは人間にはない。

原道 韓退之(韓愈)詩<115-11>Ⅱ中唐詩583 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1898

原道 韓退之(韓愈)詩<115-11>Ⅱ中唐詩583 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1898
6段目-3


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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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6段目-1#9
古之時,人之害多矣。
古代には人々にとっての害が多かった。
有聖人者立,然後教之以相生養之道。
そのため、智徳の最高にすぐれた聖人が帝位について継承して人を治めるということがなされ、それから後にこれを人に教えるのに、人々が互いに助け合って生き養う道を自らが行うことを示したのである。
為之君,為之師,
そして人民の君主となって治め、人民の師となって教えまず文明をもたらしたのである。
驅其蟲蛇禽獸,而處之中土。
先に述べた四分類からはみ出した人民を苦しめる盗賊を虫や蛇、鳥や獣を追いなくした。国土の中央を中原として豊かにすることで害のない処としたのだ。
寒,然後為之衣。飢,然後為之食。
まず寒さについて、即位後武具よりもはじめて衣服作りを優先させ、飢えにたしてはその後に武器生産より食糧生産を挙げることで食を成立させたのである。
木處而顛,土處而病也,然後為之宮室。

それまで木の上に棲んで落ちるものがおおく、土の穴(ヤオトン)に住んでいるため病気も発生した、だから帝位について後に人民の家を造りを進めたのである。

-2 #10
為之工,以贍其器用。
人民のための工業職をつくって、それでもって人々の器物を作り作業が十分にできるようにした。
為之賈,以通其有無。
その生活の不足を補うために商業、商店を作って、それでもって物資を有るところから無い所に運び商売をさせた。
為之醫藥,以濟其夭死。
人民のための医者や薬材を造くらせ、それでもって若か死することの治療にたいしてと、老死を少しでも救う手だてを作った。
為之葬埋祭祀,以長其恩愛。
人民のための死者の埋葬の礼法や祭りの儀式をつくって、それでもって、彼らの死者や先祖にたいして慈恩精神や、愛する心を増すこととなったのだ。
為之禮,以次其先後。
彼らの身分制度、社会制度を道徳形式をつくり定めることでもって、彼らの身分の後先順序、社会秩序を整えたのである。
為之樂,以宣其凐鬱。
人民のための音楽を作って情操教育とし、それでもって彼らの沈みふさがった心をのびのびと発散させるものとしたのだ。

-3 #11
為之政,以率其怠倦。
人民のための施政を行う指針の政策を作った。それにより、飽きたり、厭になったり、なまけたりしている人民の心を引き立て、持ち直すようにしたのである。
為之刑,以鋤其強梗。
更に進めて、彼らのために刑罰を作った。それでもって横暴や暴力で邪魔をする者を鋤き取ったのである。
相欺也,為之符璽斗斛權衡以信之。
人民同士で互いに欺き合うという場合のことも考えた。彼らのために割符や印判、一斗、一斛(石)の枡や計量器を作って、それでもって誤魔化しや偽りがないように取り決めと取締りをしたのだ。
相奪也,為之城郭甲兵以守之。
また互いに争いごとや奪い合うときのことにもたいしょした。人民のために、城壁や外城壁をつくりそのなかであんぜんにくらせるようにし、、鎧や武器を作って、軍隊として整備して人民生活を守ったのである。
害至而為之備,患生而為之防。
敵よる害、災害などがの予防策もした。まず、考えられる諸災害の備えをすることをし、新たな外患、内患が生じたら、ただちにその防禦の方法を作り出したのである。

6段目-1
古の時、人の害多し。聖人という者立つ有りて、然る後に之に教うるに相い生養【せいよう】するの道を以ってす。之が君と爲り、之が師と爲りて、其の蟲蛇【ちゅうだ】禽獸【きんじゅう】を駆りて、之を中土に處らしめ、寒くして然る後に之が衣を爲り、餞えて然る後に之が食を為り、木處【ぼくしょ】して顛【くつがえ】り、土處【どしょ】して病むや、然る後に之が宮室【きゅうしつ】を為す。

6段目-2
之が工を為して、以て其の器用を渡す。
之が賈を為して、以て其の有無を通ず。
之が醫藥【いやく】を為して、以て其の夭死を済う。
之が葬埋祭祀を為して、以て其の恩愛を長ず。
之が禮を為して、以て其の先後を次す。
之が樂を為して、以て其の凐鬱【いんうつ】を宣ぶ。

6段目-3
之が政【まつりごと】を為して、以て其の怠倦【かいけん】を率【ひき】い。
之が刑を為して、以て其の強梗【きょうこう】を鋤【のぞ】く。
相い欺くや、之が符璽【ふじ】斗斛【とこく】權衡【けんこう】を爲して、以て之を信にす。
相奪ふや、之が城郭甲兵を爲して、以て之を守る。
害至りて之が備【そなえ】を為し、患【うれい】生じて之が防【ふせぎ】を爲せり。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』6段目-3 現代語訳と訳註
(本文)
-3 #11
為之政,以率其怠倦。
為之刑,以鋤其強梗。
相欺也,為之符璽斗斛權衡以信之。
相奪也,為之城郭甲兵以守之。
害至而為之備,患生而為之防。


(下し文) 6段目-3
之が政【まつりごと】を為して、以て其の怠倦【かいけん】を率【ひき】い。
之が刑を為して、以て其の強梗【きょうこう】を鋤【のぞ】く。
相い欺くや、之が符璽【ふじ】斗斛【とこく】權衡【けんこう】を爲して、以て之を信にす。
相奪ふや、之が城郭甲兵を爲して、以て之を守る。
害至りて之が備【そなえ】を為し、患【うれい】生じて之が防【ふせぎ】を爲せり。


(現代語訳)
人民のための施政を行う指針の政策を作った。それにより、飽きたり、厭になったり、なまけたりしている人民の心を引き立て、持ち直すようにしたのである。
更に進めて、彼らのために刑罰を作った。それでもって横暴や暴力で邪魔をする者を鋤き取ったのである。
人民同士で互いに欺き合うという場合のことも考えた。彼らのために割符や印判、一斗、一斛(石)の枡や計量器を作って、それでもって誤魔化しや偽りがないように取り決めと取締りをしたのだ。
また互いに争いごとや奪い合うときのことにもたいしょした。人民のために、城壁や外城壁をつくりそのなかであんぜんにくらせるようにし、、鎧や武器を作って、軍隊として整備して人民生活を守ったのである。
敵よる害、災害などがの予防策もした。まず、考えられる諸災害の備えをすることをし、新たな外患、内患が生じたら、ただちにその防禦の方法を作り出したのである。

denen03350

(訳注) -3 #11
為之政,以率其怠倦。
人民のための施政を行う指針の政策を作った。それにより、飽きたり、厭になったり、なまけたりしている人民の心を引き立て、持ち直すようにしたのである。
○怠倦 倦怠に同じ。1 物事に飽きて嫌になること。飽き飽きすること。2 心身が疲れてだるいこと。「―感」けんたいき【倦怠期】飽きて嫌になる時期。特に夫婦の間柄についていう。


為之刑,以鋤其強梗。
更に進めて、彼らのために刑罰を作った。それでもって横暴や暴力で邪魔をする者を鋤き取ったのである。
○鋤 1 (鋤)手と足の力を利用して、土を掘り起こす農具。幅の広い刃に、まっすぐな柄をつけたもの。金(かな)鋤・風呂(ふろ)鋤・江州(ごうしゅう)鋤など。2 (犂)牛や馬に引かせ、畑や田を耕す農具。犂轅(ねりぎ).ここでは除き去ることをいう。
○強梗 強力で妨げる。梗はふさぐ。固い。


相欺也,為之符璽斗斛權衡以信之。
人民同士で互いに欺き合うという場合のことも考えた。彼らのために割符や印判、一斗、一斛(石)の枡や計量器を作って、それでもって誤魔化しや偽りがないように取り決めと取締りをしたのだ。
○符 割符、手形、証拠のしるし。証明書。
○璽 印形、しるし。
○斗 十升の桝。
○斛 十斗の枡。今は五斗。石に同じ。
○権 はかりのおもり。
○衡 はかりの横ざお。権衡は計量器。


相奪也,為之城郭甲兵以守之。
また互いに争いごとや奪い合うときのことにもたいしょした。人民のために、城壁や外城壁をつくりそのなかであんぜんにくらせるようにし、、鎧や武器を作って、軍隊として整備して人民生活を守ったのである。
○城郭 城壁と外城壁。
○甲兵 甲(よろい:甲冑)と兵器。兵は刀や剣。


害至而為之備,患生而為之防。
敵よる害、災害などがの予防策もした。まず、考えられる諸災害の備えをすることをし、新たな外患、内患が生じたら、ただちにその防禦の方法を作り出したのである。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。



李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道 韓退之(韓愈)詩<115-10>Ⅱ中唐詩582 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1894




6段目-1#9
古之時,人之害多矣。
古代には人々にとっての害が多かった。
有聖人者立,然後教之以相生養之道。
そのため、智徳の最高にすぐれた聖人が帝位について継承して人を治めるということがなされ、それから後にこれを人に教えるのに、人々が互いに助け合って生き養う道を自らが行うことを示したのである。
為之君,為之師,
そして人民の君主となって治め、人民の師となって教えまず文明をもたらしたのである。
驅其蟲蛇禽獸,而處之中土。
先に述べた四分類からはみ出した人民を苦しめる盗賊を虫や蛇、鳥や獣を追いなくした。国土の中央を中原として豊かにすることで害のない処としたのだ。
寒,然後為之衣。飢,然後為之食。
まず寒さについて、即位後武具よりもはじめて衣服作りを優先させ、飢えにたしてはその後に武器生産より食糧生産を挙げることで食を成立させたのである。
木處而顛,土處而病也,然後為之宮室。

それまで木の上に棲んで落ちるものがおおく、土の穴(ヤオトン)に住んでいるため病気も発生した、だから帝位について後に人民の家を造りを進めたのである。

-2 #10
為之工,以贍其器用。
人民のための工業職をつくって、それでもって人々の器物を作り作業が十分にできるようにした。
為之賈,以通其有無。
その生活の不足を補うために商業、商店を作って、それでもって物資を有るところから無い所に運び商売をさせた。
為之醫藥,以濟其夭死。
人民のための医者や薬材を造くらせ、それでもって若か死することの治療にたいしてと、老死を少しでも救う手だてを作った。
為之葬埋祭祀,以長其恩愛。
人民のための死者の埋葬の礼法や祭りの儀式をつくって、それでもって、彼らの死者や先祖にたいして慈恩精神や、愛する心を増すこととなったのだ。
為之禮,以次其先後。
彼らの身分制度、社会制度を道徳形式をつくり定めることでもって、彼らの身分の後先順序、社会秩序を整えたのである。
為之樂,以宣其凐鬱。

人民のための音楽を作って情操教育とし、それでもって彼らの沈みふさがった心をのびのびと発散させるものとしたのだ。

-3 #11
為之政,以率其怠倦。
為之刑,以鋤其強梗。
相欺也,為之符璽斗斛權衡以信之。
相奪也,為之城郭甲兵以守之。
害至而為之備,患生而為之防。

6段目-1
古の時、人の害多し。聖人という者立つ有りて、然る後に之に教うるに相い生養【せいよう】するの道を以ってす。之が君と爲り、之が師と爲りて、其の蟲蛇【ちゅうだ】禽獸【きんじゅう】を駆りて、之を中土に處らしめ、寒くして然る後に之が衣を爲り、餞えて然る後に之が食を為り、木處【ぼくしょ】して顛【くつがえ】り、土處【どしょ】して病むや、然る後に之が宮室【きゅうしつ】を為す。

6段目-2
之が工を為して、以て其の器用を渡す。
之が賈を為して、以て其の有無を通ず。
之が醫藥【いやく】を為して、以て其の夭死を済う。
之が葬埋祭祀を為して、以て其の恩愛を長ず。
之が禮を為して、以て其の先後を次す。
之が樂を為して、以て其の凐鬱【いんうつ】を宣ぶ。

6段目-3
之が政【まつりごと】を為して、以て其の怠倦【かいけん】を率【ひき】い。
之が刑を為して、以て其の強梗【きょうこう】を鋤【のぞ】く。
相い欺くや、之が符璽【ふじ】斗斛【とこく】權衡【けんこう】を爲して、以て之を信にす。
相奪ふや、之が城郭甲兵を爲して、以て之を守る。
害至りて之が備【そなえ】を為し、患【うれい】生じて之が防【ふせぎ】を爲せり。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』6段目-2#10 現代語訳と訳註
(本文)
6段目-2 #10
為之工,以贍其器用。
為之賈,以通其有無。
為之醫藥,以濟其夭死。
為之葬埋祭祀,以長其恩愛。
為之禮,以次其先後。
為之樂,以宣其凐鬱。


(下し文) 6段目-2
之が工を為して、以て其の器用を渡す。
之が賈を為して、以て其の有無を通ず。
之が醫藥【いやく】を為して、以て其の夭死を済う。
之が葬埋祭祀を為して、以て其の恩愛を長ず。
之が禮を為して、以て其の先後を次す。
之が樂を為して、以て其の凐鬱【いんうつ】を宣ぶ。


(現代語訳)
人民のための工業職をつくって、それでもって人々の器物を作り作業が十分にできるようにした。
その生活の不足を補うために商業、商店を作って、それでもって物資を有るところから無い所に運び商売をさせた。
人民のための医者や薬材を造くらせ、それでもって若か死することの治療にたいしてと、老死を少しでも救う手だてを作った。
人民のための死者の埋葬の礼法や祭りの儀式をつくって、それでもって、彼らの死者や先祖にたいして慈恩精神や、愛する心を増すこととなったのだ。
彼らの身分制度、社会制度を道徳形式をつくり定めることでもって、彼らの身分の後先順序、社会秩序を整えたのである。
人民のための音楽を作って情操教育とし、それでもって彼らの沈みふさがった心をのびのびと発散させるものとしたのだ。

nat0021

(訳注) 6段目-2 #10
為之工,以贍其器用。
之が工を為して、以て其の器用を渡す。

人民のための工業職をつくって、それでもって人々の器物を作り作業が十分にできるようにした。
○贍 足らす、足す。十分にする。


為之賈,以通其有無。
之が賈を為して、以て其の有無を通ず。
その生活の不足を補うために商業、商店を作って、それでもって物資を有るところから無い所に運び商売をさせた。


為之醫藥,以濟其夭死。
之が醫藥【いやく】を為して、以て其の夭死を済う。
人民のための医者や薬材を造くらせ、それでもって若か死することの治療にたいしてと、老死を少しでも救う手だてを作った。
○為之医薬 『史記』三皇本紀に、神農が百草を嘗めて、医薬を考え出したとある。
○夭死 夭は二十歳未満で死ぬ、若か死に。死は一般老化によるの死。


為之葬埋祭祀,以長其恩愛。
之が葬埋祭祀を為して、以て其の恩愛を長ず。
人民のための死者の埋葬の礼法や祭りの儀式をつくって、それでもって、彼らの死者や先祖にたいして慈恩精神や、愛する心を増すこととなったのだ。
○長其恩愛 慈しみや愛情をそだて増す。


為之禮,以次其先後。
之が禮を為して、以て其の先後を次す。
彼らの身分制度、社会制度を道徳形式をつくり定めることでもって、彼らの身分の後先順序、社会秩序を整えたのである。
○次其先後 礼は秩序の定めであるから、身分による先と後との順序をととのえる。


為之樂,以宣其凐鬱。
之が樂を為して、以て其の凐鬱【いんうつ】を宣ぶ。

人民のための音楽を作って情操教育とし、それでもって彼らの沈みふさがった心をのびのびと発散させるものとしたのだ。
○樂 情操教育。音楽。古代以前にも琴はあったようだし、笛、打楽器、歌など合奏すること。
○凐鬱 凐は沈む、鬱はふさがる。心が抑圧されていること。

原道 韓退之(韓愈)詩<115-9>Ⅱ中唐詩581 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1890

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道 韓退之(韓愈)詩<115-9>Ⅱ中唐詩581 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1890


6段目-1#9
古之時,人之害多矣。
古代には人々にとっての害が多かった。
有聖人者立,然後教之以相生養之道。
そのため、智徳の最高にすぐれた聖人が帝位について継承して人を治めるということがなされ、それから後にこれを人に教えるのに、人々が互いに助け合って生き養う道を自らが行うことを示したのである。
為之君,為之師,
そして人民の君主となって治め、人民の師となって教えまず文明をもたらしたのである。
驅其蟲蛇禽獸,而處之中土。
先に述べた四分類からはみ出した人民を苦しめる盗賊を虫や蛇、鳥や獣を追いなくした。国土の中央を中原として豊かにすることで害のない処としたのだ。
寒,然後為之衣。飢,然後為之食。
まず寒さについて、即位後武具よりもはじめて衣服作りを優先させ、飢えにたしてはその後に武器生産より食糧生産を挙げることで食を成立させたのである。
木處而顛,土處而病也,然後為之宮室。

それまで木の上に棲んで落ちるものがおおく、土の穴(ヤオトン)に住んでいるため病気も発生した、だから帝位について後に人民の家を造りを進めたのである。

-2 #10
為之工,以贍其器用。
為之賈,以通其有無。
為之醫藥,以濟其夭死。
為之葬埋祭祀,以長其恩愛。
為之禮,以次其先後。
為之樂,以宣其凐鬱。
-3 #11
為之政,以率其怠倦。
為之刑,以鋤其強梗。
相欺也,為之符璽斗斛權衡以信之。
相奪也,為之城郭甲兵以守之。
害至而為之備,患生而為之防。


6段目-1
古の時、人の害多し。聖人という者立つ有りて、然る後に之に教うるに相い生養【せいよう】するの道を以ってす。之が君と爲り、之が師と爲りて、其の蟲蛇【ちゅうだ】禽獸【きんじゅう】を駆りて、之を中土に處らしめ、寒くして然る後に之が衣を爲り、餞えて然る後に之が食を為り、木處【ぼくしょ】して顛【くつがえ】り、土處【どしょ】して病むや、然る後に之が宮室【きゅうしつ】を為す。

6段目-2
之が工を為して、以て其の器用を渡す。
之が賈を為して、以て其の有無を通ず。
之が醫藥【いやく】を為して、以て其の夭死を済う。
之が葬埋祭祀を為して、以て其の恩愛を長ず。
之が禮を為して、以て其の先後を次す。
之が樂を為して、以て其の凐鬱【いんうつ】を宣ぶ。

6段目-3
之が政【まつりごと】を為して、以て其の怠倦【かいけん】を率【ひき】い。
之が刑を為して、以て其の強梗【きょうこう】を鋤【のぞ】く。
相い欺くや、之が符璽【ふじ】斗斛【とこく】權衡【けんこう】を爲して、以て之を信にす。
相奪ふや、之が城郭甲兵を爲して、以て之を守る。
害至りて之が備【そなえ】を為し、患【うれい】生じて之が防【ふせぎ】を爲せり。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』#9 現代語訳と訳註
(本文)
6段目-1#9
古之時,人之害多矣。
有聖人者立,然後教之以相生養之道。
為之君,為之師,
驅其蟲蛇禽獸,而處之中土。
寒,然後為之衣。飢,然後為之食。
木處而顛,土處而病也,然後為之宮室。


(下し文) 6段目-1#9
古の時、人の害多し。聖人という者立つ有りて、然る後に之に教うるに相い生養【せいよう】するの道を以ってす。之が君と爲り、之が師と爲りて、其の蟲蛇【ちゅうだ】禽獸【きんじゅう】を駆りて、之を中土に處らしめ、寒くして然る後に之が衣を爲り、餞えて然る後に之が食を為り、木處【ぼくしょ】して顛【くつがえ】り、土處【どしょ】して病むや、然る後に之が宮室【きゅうしつ】を為す。


 (現代語訳)
古代には人々にとっての害が多かった。
そのため、智徳の最高にすぐれた聖人が帝位について継承して人を治めるということがなされ、それから後にこれを人に教えるのに、人々が互いに助け合って生き養う道を自らが行うことを示したのである。
そして人民の君主となって治め、人民の師となって教えまず文明をもたらしたのである。
先に述べた四分類からはみ出した人民を苦しめる盗賊を虫や蛇、鳥や獣を追いなくした。国土の中央を中原として豊かにすることで害のない処としたのだ。
まず寒さについて、即位後武具よりもはじめて衣服作りを優先させ、飢えにたしてはその後に武器生産より食糧生産を挙げることで食を成立させたのである。
それまで木の上に棲んで落ちるものがおおく、土の穴(ヤオトン)に住んでいるため病気も発生した、だから帝位について後に人民の家を造りを進めたのである。

嘉陵江111111

(訳注) 6段目-1#9
古之時,人之害多矣。
古代には人々にとっての害が多かった。


有聖人者立,然後教之以相生養之道。
そのため、智徳の最高にすぐれた聖人が帝位について継承して人を治めるということがなされ、それから後にこれを人に教えるのに、人々が互いに助け合って生き養う道を自らが行うことを示したのである。
○聖人 燧【すい】の人、三皇五帝の三皇をいう。『史記』秦始皇本紀において天皇・地皇・泰皇(人皇)をいい、『春秋緯運斗枢』(『風俗通』皇覇篇、唐の司馬貞補『史記』三皇本紀では.伏羲・女媧・神農の三皇、堯舜禹をさす。


為之君,為之師,
そして人民の君主となって治め、人民の師となって教えまず文明をもたらしたのである。
・君 この文は三皇は文明をもたらしたということ。


驅其蟲蛇禽獸,而處之中土。
先に述べた四分類からはみ出した人民を苦しめる盗賊を虫や蛇、鳥や獣を追いなくした。国土の中央を中原として豊かにすることで害のない処としたのだ。
○驅其蟲蛇禽獸 堯は舜に政治を行わせ、禹に洪水を治めさせ、益に火をつかさどらせた。当時禽獣がはびこり、人民はその害に苦しんだので、草木を焼き払い、これを救った(『孟子』腰文公上・下篇)。前漢末から隆盛した神秘主義的な讖緯思想によって半獣半神の姿をした神として描かれている。
禹は即位後しばらくの間、武器の生産を取り止め、田畑では収穫量に目を光らせ農民を苦しませず、宮殿の大増築は当面先送りし、関所や市場にかかる諸税を免除し、地方に都市を造り、煩雑な制度を廃止して行政を簡略化した。その結果、中国の内はもとより、外までも朝貢を求めてくるようになった。さらに禹は河を意図的に導くなどしてさまざまな河川を整備し、周辺の土地を耕して草木を育成し、中央と東西南北の違いを旗によって人々に示し、古のやり方も踏襲し全国を分けて九州を置いた。禹は倹約政策を取り、自ら率先して行動した。このことが下の文までのべられる。


寒,然後為之衣。飢,然後為之食。
まず寒さについて、即位後武具よりもはじめて衣服作りを優先させ、飢えにたしてはその後に武器生産より食糧生産を挙げることで食を成立させたのである。


木處而顛,土處而病也,然後為之宮室。
それまで木の上に棲んで落ちるものがおおく、土の穴(ヤオトン)に住んでいるため病気も発生した、だから帝位について後に人民の家を造りを進めたのである。
○木処木の上に住居する。
○土処 土中に穴居する。
八女茶 畑

原道 韓退之(韓愈)詩<115-8>Ⅱ中唐詩580 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1886

原道 韓退之(韓愈)詩<115-8>


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李商隠詩
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原道 韓退之(韓愈)詩<115-8>Ⅱ中唐詩580 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1886 
5段目



5段目
古之為民者四,今之為民者六。

古代より生き方からの民のとらえ方として四分類できるとされていた、士・農・工・商の四分類である。今、これをみなおして民を考えてみると、六分類の範疇であろう、それは士・農・工・商・仏・老である。
古之教者處其一,今之教者處其三。
古代よりの民を教えた者は、四民の一つを占めていた士である。今の世の民を教えるものは、六民のうちの三を占めている士(儒)・仏・老である。
農之家一,而食粟之家六。
農の家は六分類されるうちの一つの部分であるのに、穀物を食う家は六つのものすべてであるのだ。
工之家一,而用器之家六。
工人の家は一つであるのに、工人の作る器を用いる家は六である。
賈之家一,而資焉之家六。
商人の家は一つの部門であるのにもかかわらず、物資の供給はすべての六部門にされ、生活するのである。
奈之何民不窮  且盜也!
このように生活に必要なものを生産や流通させる仕事をするものが少ないのにたいして、消費する者はすべてのものなのである。したがって生活が困窮して、盗みをするということになるのである。世の常識としてそういう結果にならざるをえないということだ。

古の民為【た】る者は四、今の民爲る者は六。
古の教うる者は其の一に處【お】り、今の数ふる者は其の三に處る。
農の家は一にして、粟【ぞく】を食むの家は六なり。
工の家は一にして、器を用ふるの家は六なり。
賈【こ】の家は一にして、焉【これ】に資【と】るの家は六なり。
之を奈何【いかん】ぞ民窮して且つ盗せざらんや。


原道 韓退之(韓愈)01

『原道』5段目 現代語訳と訳註
(本文)

古之為民者四,今之為民者六。
古之教者處其一,今之教者處其三。
農之家一,而食粟之家六。
工之家一,而用器之家六。
賈之家一,而資焉之家六。
奈之何民不窮  且盜也!


(下し文)
古の民為【た】る者は四、今の民爲る者は六。
古の教うる者は其の一に處【お】り、今の数ふる者は其の三に處る。
農の家は一にして、粟【ぞく】を食むの家は六なり。
工の家は一にして、器を用ふるの家は六なり。
賈【こ】の家は一にして、焉【これ】に資【と】るの家は六なり。
之を奈何【いかん】ぞ民窮して且つ盗せざらんや。


(現代語訳)
古代より生き方からの民のとらえ方として四分類できるとされていた、士・農・工・商の四分類である。今、これをみなおして民を考えてみると、六分類の範疇であろう、それは士・農・工・商・仏・老である。
古代よりの民を教えた者は、四民の一つを占めていた士である。今の世の民を教えるものは、六民のうちの三を占めている士(儒)・仏・老である。
農の家は六分類されるうちの一つの部分であるのに、穀物を食う家は六つのものすべてであるのだ。
工人の家は一つであるのに、工人の作る器を用いる家は六である。
商人の家は一つの部門であるのにもかかわらず、物資の供給はすべての六部門にされ、生活するのである。
このように生活に必要なものを生産や流通させる仕事をするものが少ないのにたいして、消費する者はすべてのものなのである。したがって生活が困窮して、盗みをするということになるのである。世の常識としてそういう結果にならざるをえないということだ。


(訳注)
古之為民者四,今之為民者六。
古代より生き方からの民のとらえ方として四分類できるとされていた、士・農・工・商の四分類である。今、これをみなおして民を考えてみると、六分類の範疇であろう、それは士・農・工・商・仏・老である。
*下僕、奴婢、女子供は人ではない。


古之教者處其一,今之教者處其三。
古代よりの民を教えた者は、四民の一つを占めていた士である。今の世の民を教えるものは、六民のうちの三を占めている士(儒)・仏・老である。
○処其一 その中の一つである。士・農・工・商の四民の一、四の中の一つを占めるのは士、学徳ある一かどの人物で、儒家の教えをもって民を治め教える。
○処其三 六の中の三を占める。士(儒)と仏僧と道士。
○粟 殻(から)に入ったままの穀物。あわではない。


農之家一,而食粟之家六。
農の家は六分類されるうちの一つの部分であるのに、穀物を食う家は六つのものすべてであるのだ。

工之家一,而用器之家六。
工人の家は一つであるのに、工人の作る器を用いる家は六である。



賈之家一,而資焉之家六。
商人の家は一つの部門であるのにもかかわらず、物資の供給はすべての六部門にされ、生活するのである。
○賈 商人。行商坐賈といい、旅をし、歩きまわって物を売る者を商、店を構えて売る者を賈という。


奈之何民不窮  且盜也!
このように生活に必要なものを生産や流通させる仕事をするものが少ないのにたいして、消費する者はすべてのものなのである。したがって生活が困窮して、盗みをするということになるのである。世の常識としてそういう結果にならざるをえないということだ。
○奈之何 「これをいかんぞ」と読む。どうして。「之」がなくても同じ。
○不窮且盗 生活の困窮と窃盗にならざるをえない。反語。農業、工業、商業をする人が各一部門で、不生産的な職業の士・侶・道士が三であるから、物資不足に当然なるので、盗みをもするのは当然のこととなるというもの。儒教の原則は、自給自足である。盗みを教育の問題としてとらえる前に需給のバランスからも自給自足に近いことを考える。儒教者には餓死者が出るものである。



終南山03

原道 韓退之(韓愈)詩<115-7>Ⅱ中唐詩579 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1882 4段目-2

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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


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女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道 韓退之(韓愈)詩<115-7>Ⅱ中唐詩579 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1882
4段目-2




4段目-1
老者曰:「孔子,吾師之弟子也。」佛者曰:「孔子,吾師之弟子也。」為孔子者,習聞 其說,樂其誕而自小也,亦曰:「吾師亦嘗師之云爾。」
-2
不惟舉之於其口,而又筆之 於其書。噫!後之人,雖欲聞仁義道德之說,其孰從而求之?甚矣!人之好怪也,不 求其端,不訊其末,惟怪之欲聞。


4段目-1
老者曰:「孔子,吾師之弟子也。」
老子学派の者はいう、『史記』に「孔子はわが師老子の弟子である。」と書いてあり、老子に礼を学んだことがあるといわれているのだ、と。
佛者曰:「孔子,吾師之弟子也。」
また仏教徒はいう、三聖化現説において、「孔子はわが師釈迦の弟子、光浄菩薩であるされている」と。
為孔子者,習聞 其說,樂其誕而自小也,
孔子の儒学を学んでいるものでさえも、彼ら仏教者、老子思想者の説を聞きいれ慣らされてて、彼らのでたらめの説を楽しくうけいれ、自分の儒教の学問を飽きて、つまらぬものと思うようになる。
亦曰:「吾師亦嘗師之云爾。」

そしてまたいう、「わが師とする孔子も、またかつて老子や釈迦を師として学んだと、そういうことである」と。
-2
不惟舉之於其口,而又筆之 於其書。
ただこれを口にだしてあげつらっていうだけでなく、その上このことを書物に筆録しているのである。
噫!後之人,雖欲聞仁義道德之說,
ああ、このようであるから、後世にいたる世の人に対して仁義遺徳についての説を聞こうと思うのであるが、
そのことを従って聞ける人がいるのか、誰にこの説明を求めればよいのか。こんなにも厭飽されかたの何と甚しいことであろうか、どうして人々が道理にあわないようなあやしい話を好むのであろうか。

其孰從而求之?甚矣!人之好怪也,
その物事のはじめ、始まりを追求しないというのはどうであろう。その結末をもただし問わないというのもどうだろう。
不求其端,不訊其末,惟怪之欲聞。

ただ怪しい迷信や、伝説のような話ばかりを聞きたがっているのである。

老者は日く、「孔子は吾が師の弟子なり」と。
仏者は日く、孔子は吾が師の弟子なり」と。
孔子を爲【まな】ぶ者も、其の説を習ひ聞き、其の誕を楽しんで自ら小とするなり。
亦日く、吾が師も亦嘗て之を師とせりと爾【しか】云う。」と。
-2
惟之を其の口に挙ぐるのみならずして、又之を其の書に筆す。
噫!後の人仁義道徳の説を聞かんと欲すと雖も、其れ執に従ってか之を求めん。甚【はなはなだ】しいかな、人の怪を好める。
其の端を求めず、其の末を訊はず、惟【ただ】怪を之れ聞かんと欲す。


原道 韓退之(韓愈)01

『原道』 現代語訳と訳註
(本文)
-2
不惟舉之於其口,而又筆之 於其書。
噫!後之人,雖欲聞仁義道德之說,
其孰從而求之?甚矣!人之好怪也,
不 求其端,不訊其末,惟怪之欲聞。


(下し文) -2
惟之を其の口に挙ぐるのみならずして、又之を其の書に筆す。
噫!後の人仁義道徳の説を聞かんと欲すと雖も、其れ執に従ってか之を求めん。甚【はなはなだ】しいかな、人の怪を好める。
其の端を求めず、其の末を訊はず、惟【ただ】怪を之れ聞かんと欲す。


(現代語訳)
ただこれを口にだしてあげつらっていうだけでなく、その上このことを書物に筆録しているのである。
ああ、このようであるから、後世にいたる世の人に対して仁義遺徳についての説を聞こうと思うのであるが、
そのことを従って聞ける人がいるのか、誰にこの説明を求めればよいのか。こんなにも厭飽されかたの何と甚しいことであろうか、どうして人々が道理にあわないようなあやしい話を好むのであろうか。
その物事のはじめ、始まりを追求しないというのはどうであろう。その結末をもただし問わないというのもどうだろう。ただ怪しい迷信や、伝説のような話ばかりを聞きたがっているのである。


(訳注) -2
不惟舉之於其口,而又筆之 於其書。
惟之を其の口に挙ぐるのみならずして、又之を其の書に筆す。
ただこれを口にだしてあげつらっていうだけでなく、その上このことを書物に筆録しているのである。
挙之於其口 口にとりあげ語る。口にだしてあげつらっていうだけでなく.
筆之於其書 『孔子家語』観周篇に、「孔子南宮敬叔に謂って日く、吾聞く、老耼【ろうたん】は古に博くして今を知り、礼楽の原に通じ、道徳の帰に明かなり。則ち吾が師なり。今将に往かんとすと。敬叔俱に周に至り、礼を老耼に問ふ」とある。


噫!後之人,雖欲聞仁義道德之說,
噫!後の人、仁義道徳の説を聞かんと欲すと雖も、
ああ、このようであるから、後世にいたる世の人に対して仁義遺徳についての説を聞こうと思うのであるが、


其孰從而求之?甚矣!人之好怪也,
其れ執に従ってか之を求めん。甚【はなはなだ】しいかな、人の怪を好める。
そのことを従って聞ける人がいるのか、誰にこの説明を求めればよいのか。こんなにも厭飽されかたの何と甚しいことであろうか、どうして人々が道理にあわないようなあやしい話を好むのであろうか。


不求其端,不訊其末,惟怪之欲聞。
其の端を求めず、其の末を訊はず、惟【ただ】怪を之れ聞かんと欲す。
その物事のはじめ、始まりを追求しないというのはどうであろう。その結末をもただし問わないというのもどうだろう。ただ怪しい迷信や、伝説のような話ばかりを聞きたがっているのである。
○求其端 物はじまりを究め求める。端は発端。
○訊其末 その終わりをたずね問う。末は結末。
○惟怪之欲聞 「惟欲聞怪」 (惟だ怪をのみ聞かんと欲す) と同じ。惟は強意の語で、「之」 の字を入れて、倒置法にした。寄異なことばかり聞きたがる。怪は、不合理、奇異、非常のこと。怪しい迷信や、伝説。

原道 韓退之(韓愈)詩<115-6>Ⅱ中唐詩578 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1878

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
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孟郊詩
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李商隠詩
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4段目-1
老者曰:「孔子,吾師之弟子也。」佛者曰:「孔子,吾師之弟子也。」為孔子者,習聞 其說,樂其誕而自小也,亦曰:「吾師亦嘗師之云爾。」
-2
不惟舉之於其口,而又筆之 於其書。噫!後之人,雖欲聞仁義道德之說,其孰從而求之?甚矣!人之好怪也,不 求其端,不訊其末,惟怪之欲聞。


4段目-1
老者曰:「孔子,吾師之弟子也。」
老子学派の者はいう、『史記』に「孔子はわが師老子の弟子である。」と書いてあり、老子に礼を学んだことがあるといわれているのだ、と。
佛者曰:「孔子,吾師之弟子也。」
また仏教徒はいう、三聖化現説において、「孔子はわが師釈迦の弟子、光浄菩薩であるされている」と。
為孔子者,習聞 其說,樂其誕而自小也,
孔子の儒学を学んでいるものでさえも、彼ら仏教者、老子思想者の説を聞きいれ慣らされてて、彼らのでたらめの説を楽しくうけいれ、自分の儒教の学問を飽きて、つまらぬものと思うようになる。
亦曰:「吾師亦嘗師之云爾。」

そしてまたいう、「わが師とする孔子も、またかつて老子や釈迦を師として学んだと、そういうことである」と。
-2
不惟舉之於其口,而又筆之 於其書。
噫!後之人,雖欲聞仁義道德之說,
其孰從而求之?甚矣!人之好怪也,
不 求其端,不訊其末,惟怪之欲聞。

老者は日く、「孔子は吾が師の弟子なり」と。
仏者は日く、孔子は吾が師の弟子なり」と。
孔子を爲【まな】ぶ者も、其の説を習ひ聞き、其の誕を楽しんで自ら小とするなり。
亦日く、吾が師も亦嘗て之を師とせりと爾【しか】云う。」と。

-2
惟之を其の口に挙ぐるのみならずして、又之を其の書に筆す。
噫!後の人仁義道徳の説を聞かんと欲すと雖も、其れ執に従ってか之を求めん。甚【はなはなだ】しいかな、人の怪を好める。
其の端を求めず、其の末を訊はず、惟【ただ】怪を之れ聞かんと欲す。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』4段目-1 現代語訳と訳註
(本文)
4段目-1
老者曰:「孔子,吾師之弟子也。」
佛者曰:「孔子,吾師之弟子也。」
為孔子者,習聞 其說,樂其誕而自小也,
亦曰:「吾師亦嘗師之云爾。」


(下し文)
老者は日く、「孔子は吾が師の弟子なり」と。
仏者は日く、孔子は吾が師の弟子なり」と。
孔子を爲【まな】ぶ者も、其の説を習ひ聞き、其の誕を楽しんで自ら小とするなり。
亦日く、吾が師も亦嘗て之を師とせりと爾【しか】云う。」と。


(現代語訳)
老子学派の者はいう、『史記』に「孔子はわが師老子の弟子である。」と書いてあり、老子に礼を学んだことがあるといわれているのだ、と。
また仏教徒はいう、三聖化現説において、「孔子はわが師釈迦の弟子、光浄菩薩であるされている」と。
孔子の儒学を学んでいるものでさえも、彼ら仏教者、老子思想者の説を聞きいれ慣らされてて、彼らのでたらめの説を楽しくうけいれ、自分の儒教の学問を飽きて、つまらぬものと思うようになる。
そしてまたいう、「わが師とする孔子も、またかつて老子や釈迦を師として学んだと、そういうことである」と。


(訳注) 4段目-1
老者曰:「孔子,吾師之弟子也。」

老者は日く、「孔子は吾が師の弟子なり」と。
老子学派の者はいう、『史記』に「孔子はわが師老子の弟子である。」と書いてあり、老子に礼を学んだことがあるといわれているのだ、と。
○老者日 老荘学派の説。『史記、孔子世家』「南宮敬叔往學禮焉。是歲,季武子卒,平子代立。 孔子貧且賤。」魯の南宮敬叔が孔子とともに周に行き、礼を問うたが、それは老子にまみえたのであるというとある。


佛者曰:「孔子,吾師之弟子也。」
仏者は日く、孔子は吾が師の弟子なり」と。
また仏教徒はいう、三聖化現説において、「孔子はわが師釈迦の弟子、光浄菩薩であるされている」と。
○仏者日 『清浄行法経』に、三聖弟子を震旦(印度で中国をいう名称)に遣わして教化せしめたとある。光浄菩薩は孔子、儒童菩薩は顏回、迦菓菩薩は老子となったという。ここより孔子は仏の弟子ということになる。
『清浄法行経』における三聖化現説において、夫々、顔淵:儒童菩薩、孔子:光浄菩薩、老子:摩訶迦葉と比定している。老子の思想と儒教の周・孔思想の間に近似するところがあるとし、老子を儒教の系統に属すると考えている点も見うけられる。老子と周・孔の思想は、いずれも「主治世而密為出世階」であるから、どちらを取っても、政府の政治原則になることができる。よって漢の文帝および景帝の世に、斉人の蓋公が、老子の政治思想をもって、君主を輔助し実践した結果は、「文景の治」としてその治績が史冊によく讃美されている。だから、老子哲学はなお道教教理の源流であり、彼の無欲と無名という説を考察すれば、「欲」とは、仏教の欲界煩悩にあたり、「名」とは、仏教の色界煩悩にあたっている。そこで、老子の証悟境に入って無欲と無名になるのは、仏教の立場でいえば無色界の禅定に入ることであろう。それは暫く不生不死の境域と思われるが、真実には三界の生死輪廻を脱出することとは、いまだ言えないであろう。よって、老子は仙人と称讃されているにもかかわらず、結局本当の大覚金仙という真解脱者ではなさそうであるとしている。


為孔子者,習聞 其說,樂其誕而自小也,
孔子を爲【まな】ぶ者も、其の説を習ひ聞き、其の誕を楽しんで自ら小とするなり。
孔子の儒学を学んでいるものでさえも、彼ら仏教者、老子思想者の説を聞きいれ慣らされてて、彼らのでたらめの説を楽しくうけいれ、自分の儒教の学問を飽きて、つまらぬものと思うようになる。
○誕 でたらめ。
〇日小 儒者が自分の学問を自分からつまらぬものと考える。儒教に飽厭したことをいう。


亦曰:「吾師亦嘗師之云爾。」
亦日く、吾が師も亦嘗て之を師とせりと爾【しか】云う。」と。
そしてまたいう、「わが師とする孔子も、またかつて老子や釈迦を師として学んだと、そういうことである」と。
○吾師 孔子を指す。
○云爾 そういうことである。「しかいふ」と読む。


原道 韓退之(韓愈)詩<115-5>Ⅱ中唐詩577 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1874

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道 韓退之(韓愈)詩<115-5>Ⅱ中唐詩577 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1874


原道3段目の1
周道衰,孔子沒。
周王朝の政道が衰え、孔子が死去して以後、その教えも没していく。
火于秦,黃老于漢,
秦の始皇帝の時に、儒書を焼く弾圧があり、漢代には黄帝老子の黄老思想が盛んになっていく、
佛于晉、魏、梁、隋之間。
晋・北魏・梁・隋の南北朝の間には仏教を信じるものが主流になっている。
其言道德仁義者,不入于楊,則入于墨。

その六朝時代に道徳や仁義を言う者は、楊朱の「為我説」の個人主義にはいり、はいらない場合は、墨子の兼愛・非戦・節倹の道にはいっていたのだ。

不入于老,則入于佛。
墨子の説に入らないものは、老子の価値は相対的なものと考え、自然の道家の思想にはいっており、老子の道にはいらなければ、仏教の道にはいっている。
入于彼,必出于此。
彼ら考えに入るには、必ずこちらを出て行くわけである。
入者主之,出者奴之;
進んではいった思想は、これを主人として尊び、出て来た思想は、これを奴隷としていやしめるものである。
入者附之,出者汙之。
はいった思想には付き随っていて、出る前の思想に対しては、これを穢れたつまらぬものとするのである。
噫!後之人其欲聞仁義道德之說,孰從而聽之?
ああ、こんなことでは後世の人が、一体、仁義道徳の説を聞こうと思っても、誰に従ってこれを聴こうか。聴くべき人がいなくなったのである。

3段目
周道衰え,孔子沒して。秦に火あり,漢に黃老あり,
晉、魏、梁、隋の間に佛あり。
其の道德仁義を言う者,楊に入らざれば,則ち墨に入る。
老に入らざれば,則ち佛に入る。
彼に入れば,必ず此を出ず。
入る者は之を主とし,出づる者之を奴とする;
入る者は之に附き,出づる者は之を汙とする。
噫!後の人其れ仁義道德の說を聞かんと欲するも,孰に從ってか之を聽かん?

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』3段目の2 現代語訳と訳註
(本文)

不入于老,則入于佛。
入于彼,必出于此。
入者主之,出者奴之;
入者附之,出者汙之。
噫!後之人其欲聞仁義道德之說,孰從而聽之?


(下し文)
老に入らざれば,則ち佛に入る。
彼に入れば,必ず此を出ず。
入る者は之を主とし,出づる者之を奴とする;
入る者は之に附き,出づる者は之を汙とする。
噫!後の人其れ仁義道德の說を聞かんと欲するも,孰に從ってか之を聽かん?


(現代語訳)
墨子の説に入らないものは、老子の価値は相対的なものと考え、自然の道家の思想にはいっており、老子の道にはいらなければ、仏教の道にはいっている。
彼ら考えに入るには、必ずこちらを出て行くわけである。
進んではいった思想は、これを主人として尊び、出て来た思想は、これを奴隷としていやしめるものである。
はいった思想には付き随っていて、出る前の思想に対しては、これを穢れたつまらぬものとするのである。
ああ、こんなことでは後世の人が、一体、仁義道徳の説を聞こうと思っても、誰に従ってこれを聴こうか。聴くべき人がいなくなったのである。


(訳注)
不入于老,則入于佛。
墨子の説に入らないものは、老子の価値は相対的なものと考え、自然の道家の思想にはいっており、老子の道にはいらなければ、仏教の道にはいっている。
○老 老荘思想:すべての価値は相対的なものと考え、今現在のあるがままを全面的に肯定する。事の善悪是非に執着しない。物事はすべて流転し、それを支配するのでなく、ただ身を委ねることをよしとした。世界は相補的なニ極性、陰陽の原理でなりたっており、それも太一・玄牝などといった宇宙そのものと呼べる究極の一者の中に含まれると考える。民間の呪術思想である道教と共通の根を持っている。社会・政治に対する積極的な働きかけを無意味なものと見なし、世事にかかわらず隠遁生活を送ることを理想とした。人間の知恵の働き、意識的な努力に高い評価をおかず、技術・知性の究極的は無・無心であるとした。


入于彼,必出于此。
彼ら考えに入るには、必ずこちらを出て行くわけである。
○彼 楊・墨・老・仏等の異端の思想をさす。
○此 わが儒家の思想、道徳。


入者主之,出者奴之;
進んではいった思想は、これを主人として尊び、出て来た思想は、これを奴隷としていやしめるものである。


入者附之,出者汙之。
はいった思想には付き随っていて、出る前の思想に対しては、これを穢れたつまらぬものとするのである。
○汗之 これを汚れたものとして捨てる。


噫!後之人其欲聞仁義道德之說,孰從而聽之?
ああ、こんなことでは後世の人が、一体、仁義道徳の説を聞こうと思っても、誰に従ってこれを聴こうか。聴くべき人がいなくなったのである。


原道 韓退之(韓愈)詩<115-4>Ⅱ中唐詩576 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1870



  同じ日の紀頌之5つのブログ 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩送應氏二首 其一 曹植 魏詩<31-2>文選 祖餞 663 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1869 
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩原道 韓退之(韓愈)詩<115-4>Ⅱ中唐詩576 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1870 
 Ⅲ杜甫詩1000詩集因崔五侍禦寄高彭州一絶 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -4)  <386> 五言絶句 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1871 杜甫詩1000-386-567/1500 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集夏日南亭懷辛大 孟浩然 (02/02) 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩『楊柳枝 之八』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-64-17-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1872 
      
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古詩十九首 (1) 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67676781.html
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道 韓退之(韓愈)詩<115-4>Ⅱ中唐詩576 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1870


3段目の1
周道衰,孔子沒。
周王朝の政道が衰え、孔子が死去して以後、その教えも没していく。
火于秦,黃老于漢,
秦の始皇帝の時に、儒書を焼く弾圧があり、漢代には黄帝老子の黄老思想が盛んになっていく、
佛于晉、魏、梁、隋之間。
晋・北魏・梁・隋の南北朝の間には仏教を信じるものが主流になっている。
其言道德仁義者,不入于楊,則入于墨。

その六朝時代に道徳や仁義を言う者は、楊朱の「為我説」の個人主義にはいり、はいらない場合は、墨子の兼愛・非戦・節倹の道にはいっていたのだ。

不入于老,則入于佛。
入于彼,必出于此。
入者主之,出者奴之;
入者附之,出者汙之。
噫!後之人其欲聞仁義道德之說,孰從而聽之?

3段目
周道衰え,孔子沒して。秦に火あり,漢に黃老あり,
晉、魏、梁、隋の間に佛あり。
其の道德仁義を言う者,楊に入らざれば,則ち墨に入る。

老に入らざれば,則ち佛に入る。
彼に入れば,必ず此を出ず。
入る者は之を主とし,出づる者之を奴とする;
入る者は之に附き,出づる者は之を汙とする。
噫!後の人其れ仁義道德の說を聞かんと欲するも,孰に從ってか之を聽かん?

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』3段目 現代語訳と訳註
(本文)

周道衰,孔子沒。火于秦,黃老于漢,
佛于晉、魏、梁、隋之間。
其言道德仁義者,不入于楊,則入于墨。


(下し文)
周道衰え,孔子沒して。秦に火あり,漢に黃老あり,
晉、魏、梁、隋の間に佛あり。
其の道德仁義を言う者,楊に入らざれば,則ち墨に入り。


(現代語訳)
周王朝の政道が衰え、孔子が死去して以後、その教えも没していく。
秦の始皇帝の時に、儒書を焼く弾圧があり、漢代には黄帝老子の思想が盛んになっていく、
秦の始皇帝の時に、儒書を焼く弾圧があり、漢代には黄帝老子の黄老思想が盛んになっていく、
晋・北魏・梁・隋の南北朝の間には仏教を信じるものが主流になっている。
その六朝時代に道徳や仁義を言う者は、楊朱の「為我説」の個人主義にはいり、はいらない場合は、墨子の兼愛・非戦・節倹の道にはいっていたのだ。


(訳注)
周道衰,孔子沒。

周王朝の政道が衰え、孔子が死去して以後、その教えも没していく。
・周 殷王朝をほろぼし、黄河中流域を支配した古代王朝。 前770年に遷都して以後1小国となり、前256年に秦に滅ぼされた。 遷都の前770年以降を東周時代とよぶが、東周時代はほぼ春秋戦国時代と重なる。
・孔子 紀元前551年‐紀元前479年は、春秋時代の中国の思想家、哲学者。儒家の始祖。 氏名は孔、諱は丘、字は仲尼(ちゅうじ)。孔子とは尊称である(子は先生という意味)。


火于秦,黃老于漢,
秦の始皇帝の時に、儒書を焼く弾圧があり、漢代には黄帝老子の黄老思想が盛んになっていく、
・火于秦 焚書・坑儒(ふんしょ・こうじゅ)のことで、中国を秦王朝が統治していた時代に発生した思想弾圧事件。焚書・坑儒とは、「書を燃やし、儒者を坑する(儒者を生き埋めにする)」。秦の始皇34年(紀元前213年)、博士淳于越は郡県制に反対し、いにしえの封建制を主張した。『史記』によると、丞相の李斯は、儒者たちが古(いにし)えによって現政府を批判していると指摘し、この弾圧を建議した。始皇帝はこの建議を容れて挟書律(医学・占い・農業以外の書物の所有を禁じた令)を制定した。
これにより、民間人が所持していた書経・詩経・諸子百家の書物は、ことごとく郡の守尉に提出させ、焼き払うことが命じられた(焚書)。李斯は、秦の歴史家によるものを除いてすべての史書は燃やすべきであると主張し、各諸派によって書かれた書物は、地域の官僚に処分をするよう命令が出された。儒教の経典である六経のうちの『楽経』はこの時失われ、漢代に五経として確立された。
翌年(紀元前212年)、廬生や侯生といった方士や儒者が、始皇帝が独裁者で刑罰を濫発していると非難して逃亡したため、咸陽の方士や儒者460人余りを生き埋めにし、虐殺した(坑儒)。ただし、その後も秦に仕えた儒者はおり、陳勝・呉広の乱が起きた際に二世皇帝胡亥が儒者の叔孫通に諮問している。
戦国末期には法家によって議論されていた現実的な政策であった。始皇帝はそれを採用したに過ぎず、劉邦政権が踏襲したことによっても、挟書律が少なくとも為政者にとっては現実的な政策であったことが分かる。
○黄老 道家の学をいう。道家の老子・荘子の学は、黄帝からはじまるとして、儒家の堯舜を祖とするのに対して黄老と称した。老子と荘子がまとめてあつかわれるようになったのは、前漢の紀元前139年に成書された百科的思想書の『淮南子』(えなんじ)に初めて見え、魏晋南北朝時代のころの玄学において『易経』『老子』『荘子』があわせて学ばれるようになってからであり、魏以後には、「老荘」というようになる。


佛于晉、魏、梁、隋之間。
晋・北魏・梁・隋の南北朝の間には仏教を信じるものが主流になっている。
○仏 後漢の明帝の時に仏教が伝来した。呉の孫権の赤烏四年(241)インド僧が江南に来て寺を建て、南朝の晋・宋・斉・梁・陳の都した金陵には四百八十寺があったといい、北朝では北魏(元魏ともいう。南朝の東晋から梁までに当たる) の仏教が最も盛んであった。隋は南北朝を統一して、仏教は益々隆盛になった。


其言道德仁義者,不入于楊,則入于墨。
その六朝時代に道徳や仁義を言う者は、楊朱の「為我説」の個人主義にはいり、はいらない場合は、墨子の兼愛・非戦・節倹の道にはいっていたのだ。
○不入于楊,則入于墨 『孟子』滕文公篇下に「天下の言、楊に帰せざれは、則ち墨に帰す」とあるのによる。また「楊氏は我が為にす。足れ君を無みするなり。墨氏は兼愛す。走れ父を無みするなり。父を無みし、君を無みするは、是れ禽獣なり」とある。
・楊 楊朱は戦国時代初期に〈為我説(個人主義)〉を唱えた思想家。生没年不詳。楊子の呼称でも知られる。字は子居。朱は名といわれる。楊朱の事跡は明らかでなく,著書も残らないが,《孟子》《列子》などにその思想がうかがえる。人間にとって最も大切なことは,自己の生命を全うし,その生命と不可分の自然な欲望を十分に満足させて,個人としての充実した人生を送ることであり,死後の名声を求めて天下国家のためにおのれの生命をすり減らしたり,名教道徳にとらわれて自己の欲望を抑制したりするのは無意味だと主張し,孟子などから厳しく非難された。
 戦国時代初期の思想家。名は翟(てき)。墨家の祖。儒家の仁を差別愛であるとみなし、血縁によらない普遍的・無差別的博愛や反戦・平和を説いた。生没年未詳。思想書。現存53編。およびその門人や後学の墨家が著した書。兼愛・非戦・節倹などの墨家的主張を述べたもので、他に論理学・自然科学・戦争技術についての記述もみられる。一種の社会主義的思想である。揚・墨二子は、ともに周代、西紀前五-四世紀の人である。

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2段目
老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。
老子がこれまでいう儒家の説く仁義をとるにたらないものとしている、そして仁義をそしるのである、それは彼の視点が小さいことからのものである。
坐井而觀天,曰天小者,非天小也。
その小さい視点というのは井戸の中に座って天を観て、天は小さいというものである。これは天が小さいのではないのであるということである。
彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。
彼は小さな日光で温められたようなわずかな愛情の様子を見てそれが仁であるとし、孤立して小さく自己を守るのを義であると思ったことであるし、彼が仁義のとらえ方を小さなものであるとするのも、またもっともなことといえるのである。
其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;

彼のいうところの道は、彼が道であるとするところの形而上的、主観的なものを道とするのであり、万物現象の奥にある本体を名づけて道とするのであるから、私のいうところの人間の身に実践で得た道徳性のものをいうのではないのである。

其所謂德,德其所德,非吾所謂德也。
彼(老子)のいういわゆる徳というのは、彼が徳であると意識・認識する所のものを徳とし、形而上の本体の無為自然の在り方に従って生得する自然の性を徳とするのである。私のいうところの人間の身に得た道徳性ではないのである。
凡吾所謂道德云者,合仁與義言之也,天下之公言也。
およそ私のいうところの道徳というものは、人間愛の仁と、理性に照らして宜しとする義とを合わせていうのである。これは天下のどこでも通用する言葉であるのだ。
老子之所謂道德云者,去仁與義言之也,一人之私言也。

老子のいうところの道徳というのは(次元が違っていて)、この仁と義とを捨て去っていうのである。
老子一人の個人的な言葉であるとするものである。


老子も仁義をとして,之を非毀【ひき】するは,其の見る者 小なればなり。
井に坐して天を觀て,天は小なりと曰う者は,天の小なるに非ざりなり。
彼は煦煦【くく】を以って仁と為し,孑孑【けつけつ】を義と為す,其の之を小としるも則ち宜【うべ】なり。
其の所謂【いわゆる】道は,其の道とする所を道とするなり,吾が所謂道に非ざるなり;

其の所謂【いわゆる】德は,其の德とする所を德とし,吾が所謂【いわゆる】德に非ざるなり。
凡そ吾が所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを合せて之を言うなり,天下の公言なり。
老子の所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを去って之を言うなり,一人の私言なり。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』 現代語訳と訳註
(本文)

其所謂德,德其所德,非吾所謂德也。
凡吾所謂道德云者,合仁與義言之也,
天下之公言也。老子之所謂道德云者,
去仁與義言之也,一人之私言也。


(下し文)
其の所謂【いわゆる】德は,其の德とする所を德とし,吾が所謂【いわゆる】德に非ざるなり。
凡そ吾が所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを合せて之を言うなり,天下の公言なり。
老子の所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを去って之を言うなり,一人の私言なり。


(現代語訳)
彼(老子)のいういわゆる徳というのは、彼が徳であると意識・認識する所のものを徳とし、形而上の本体の無為自然の在り方に従って生得する自然の性を徳とするのである。私のいうところの人間の身に得た道徳性ではないのである。
およそ私のいうところの道徳というものは、人間愛の仁と、理性に照らして宜しとする義とを合わせていうのである。これは天下のどこでも通用する言葉であるのだ。
老子のいうところの道徳というのは(次元が違っていて)、この仁と義とを捨て去っていうのである。
老子一人の個人的な言葉であるとするものである。


(訳注)
其所謂德,德其所德,非吾所謂德也。
其の所謂【いわゆる】德は,其の德とする所を德とし,吾が所謂【いわゆる】德に非ざるなり。
彼(老子)のいういわゆる徳というのは、彼が徳であると意識・認識する所のものを徳とし、形而上の本体の無為自然の在り方に従って生得する自然の性を徳とするのである。私のいうところの人間の身に得た道徳性ではないのである。
○徳其所徳 自分の徳と考えるものを徳とした。人智か。棄て、聖徳を絶ち、自然人の性を徳とした。『老子』三十八章に「上徳不徳、是以有徳。下徳不失徳、是以無徳。上徳無爲、而無以爲。」(上徳は徳とせず、是を以て徳有り」という.道徳を意識せずして、自然に生活できてこそ、これを治める人に最上の徳があるのだという。


凡吾所謂道德云者,合仁與義言之也,天下之公言也。
凡そ吾が所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを合せて之を言うなり,天下の公言なり。
およそ私のいうところの道徳というものは、人間愛の仁と、理性に照らして宜しとする義とを合わせていうのである。これは天下のどこでも通用する言葉であるのだ。


老子之所謂道德云者,去仁與義言之也,一人之私言也。
老子の所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを去って之を言うなり,一人の私言なり。
老子のいうところの道徳というのは(次元が違っていて)、この仁と義とを捨て去っていうのである。
老子一人の個人的な言葉であるとするものである。
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