漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2013年05月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷 韓愈(韓退之) <133>Ⅱ中唐詩694 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2454


韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷》
柳並木と町並みにまた柳絮が飛び交っている。その春もあと幾日あるのだろう。

2013年5月31日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 王粲》 謝靈運 六朝詩<79-#3>文選 雜擬 上 781 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2453
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷 韓愈(韓退之) <133>Ⅱ中唐詩694 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2454
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《大雨》 五言古詩 成都6-(4) 杜甫 <470-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2455 杜甫詩1000-470-#2-685/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 馬離廄 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-182-54-#42  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2457
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷 韓愈(韓退之) <133>Ⅱ中唐詩694 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2454


298-14 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳巷」を詠う。)
柳巷還飛絮,春餘幾許時。
柳並木と町並みにまた柳絮が飛び交っている。その春もあと幾日あるのだろう。
吏人休報事,公作送春詩。

この街の役人の書記は春の間は報告書を書くのを休むのだ。この季節は行く春について詩を詠い作るのがおおやけのしごとなのだ。



『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷』 現代語訳と訳註
柳i112(本文)

柳巷還飛絮,春餘幾許時。
吏人休報事,公作送春詩。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳巷」)
柳巷に還た絮飛び,春は幾許【いくばく】の時をか餘す。
吏人は報事を休め,公は送春の詩を作るなり。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳巷」を詠う。)
柳並木と町並みにまた柳絮が飛び交っている。その春もあと幾日あるのだろう。
この街の役人の書記は春の間は報告書を書くのを休むのだ。この季節は行く春について詩を詠い作るのがおおやけのしごとなのだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳巷」を詠う。)


柳巷還飛絮,春餘幾許時。
柳並木と町並みにまた柳絮が飛び交っている。その春もあと幾日あるのだろう。
・柳巷 花街に柳が植えてある。土手の柳、娼屋にも船着き場に柳が植えてある。水際の街である。


吏人休報事,公作送春詩。
この街の役人の書記は春の間は報告書を書くのを休むのだ。この季節は行く春について詩を詠い作るのがおおやけのしごとなのだ。
彼の文章の才を認めてこの発令があった以上、実際の仕事は兼務の史館修撰のほうにあったし、ほかの人たちの彼を見る目も、ほとんどもっぱら史館の地位にある者としてであった。史館修撰というのは、史料を集めたり、取捨選択したりするが、最終的にはそれを利用して歴史を書くことを本務とする。歴史は後世に残るものであり、その時代を代表するものなのだから、文章の才にかけて当代一流の人が執筆しなければならないというのが、中国のどの時代にもあった考え方である。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦 韓愈(韓退之) <132>Ⅱ中唐詩693 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2449

韓愈《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦》罫線を引いたような畦をこうしてみると数えることに抵抗はない。そこに鏡を張ったような水が枝わかれしてどこへ行くのかわかりはしない。

 

2013年5月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 王粲》 謝靈運 六朝詩<79-#2>文選 雜擬 上 780 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2448
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦 韓愈(韓退之) <132>Ⅱ中唐詩693 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2449
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《大雨》 成都6-(3) 杜甫 <470>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2450 杜甫詩1000-470-684/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 筆離手 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-181-53-#41-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2452
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦 韓愈(韓退之) <132>Ⅱ中唐詩693 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2449


297-13 奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦
罫布畦堪數,枝分水莫尋。魚肥知已秀,鶴沒覺初深。

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「稻畦」を詠う。)
罫線を引いたような畦をこうしてみると数えることに抵抗はない。そこに鏡を張ったような水が枝わかれしてどこへ行くのかわかりはしない。
そこでは魚が肥えていて、稲が実ってもう垂れている。あそこでは鶴が沈んだのだろう、はじめてわかったことだがあそこにはきっと深いところがあるのだろう。
(稻畦)
罫を布きて畦の数ふるに堪へたり、枝のごと分れて水は尋ぬる莫し
魚肥えて己に秀づるを知り、鶴沒して初めて深きを覚ゆ。




終南山03










『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦』 現代語訳と訳註  稻畦
(本文)
罫布畦堪數,枝分水莫尋。魚肥知已秀,鶴沒覺初深。


(下し文)
(稻畦)
罫を布きて畦の数ふるに堪へたり、枝のごと分れて水は尋ぬる莫し
魚肥えて己に秀づるを知り、鶴沒して初めて深きを覚ゆ。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「稻畦」を詠う。)
罫線を引いたような畦をこうしてみると数えることに抵抗はない。そこに鏡を張ったような水が枝わかれしてどこへ行くのかわかりはしない。
そこでは魚が肥えていて、稲が実ってもう垂れている。あそこでは鶴が沈んだのだろう、はじめてわかったことだがあそこにはきっと深いところがあるのだろう。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「稻畦」を詠う。)


罫布畦堪數,枝分水莫尋。
罫線を引いたような畦をこうしてみると数えることに抵抗はない。そこに鏡を張ったような水が枝わかれしてどこへ行くのかわかりはしない
・罫 水 田圃の風景で、田植え前後の光景を描く。王維の『田園楽』七首


魚肥知已秀,鶴沒覺初深。
そこでは魚が肥えていて、稲が実ってもう垂れている。あそこでは鶴が沈んだのだろう、はじめてわかったことだがあそこにはきっと深いところがあるのだろう。
・秀 稲がたわわにみのって穂がたれ下ること。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池 韓愈(韓退之) <131>Ⅱ中唐詩692 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2444

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池》 ざわざわ鳴る音が聞き分けなくても何の音かわかるというわけにはいかない。ひらひらひるがえ、まきあがる姿はなにかににているようだ。

2013年5月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 王粲》 謝靈運 六朝詩<79-#1>文選 雜擬 上 779 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2443
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池 韓愈(韓退之) <131>Ⅱ中唐詩692 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2444
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集入奏行贈西山檢察使竇侍禦 五言律詩 成都(6-(2-#4)) 杜甫 <469-#4>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2440 杜甫詩1000-469#4-683/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 犬離主 原註 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-180-52-#40-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2447
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池 韓愈(韓退之) <131>Ⅱ中唐詩692 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2444


296-12 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「荷池」を詠う。)
風雨秋池上,高荷蓋水繁。
ここに、風がふき雨がふる秋の蓮池のあたりに、背の高い蓮が水面いっぱいに繁っている。
未諳鳴摵摵,那似卷翻翻。

ざわざわ鳴る音が聞き分けなくても何の音かわかるというわけにはいかない。ひらひらひるがえ、まきあがる姿はなにかににているようだ。

kyoko113







『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池』 現代語訳と訳註
(本文)

風雨秋池上,高荷蓋水繁。
未諳鳴摵摵,那似卷翻翻。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「荷池」)
風雨 秋池の上【あた】り,高荷 水を蓋うて繁る。
未だ諳【そら】んぜざるは 鳴きて摵摵【さくさく】たるを,那んぞ卷いて翻翻たるに似ん。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「荷池」を詠う。)
ここに、風がふき雨がふる秋の蓮池のあたりに、背の高い蓮が水面いっぱいに繁っている。
ざわざわ鳴る音が聞き分けなくても何の音かわかるというわけにはいかない。ひらひらひるがえ、まきあがる姿はなにかににているようだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「荷池」を詠う。)
・荷池 はすいけ.


風雨秋池上,高荷蓋水繁。
ここに、風がふき雨がふる秋の蓮池のあたりに、背の高い蓮が水面いっぱいに繁っている。
・高荷 背の高いはす.


未諳鳴摵摵,那似卷翻翻。
ざわざわ鳴る音が聞き分けなくても何の音かわかるというわけにはいかない。ひらひらひるがえ、まきあがる姿はなにかににているようだ。
・諳 おぼえていること。聞き分けなくても何の音かわかる。
・摵摵 風のざやぎや鳴るさま.
・翻翻 ひらひらひるがえるさま。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹徑 韓愈(韓退之) <130>Ⅱ中唐詩691 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2439

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹徑》この道には塵がないので掃くことはなく、そのままにしている。鳥がいても矢玉を撃てということはない。


2013年5月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首  魏太子 謝靈運 六朝魏詩<78-#3>文選 雜擬 上 778 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2438
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹徑 韓愈(韓退之) <130>Ⅱ中唐詩691 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2439
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#3) 杜甫 <469-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2440 杜甫詩1000-469-682/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 犬離主 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-178-50-#40-2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2437
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹徑 韓愈(韓退之) <130>Ⅱ中唐詩691 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2439
  


295-11 奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹徑
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹徑」を詠う。)
無塵從不掃,有鳥莫令彈。
この道には塵がないので掃くことはなく、そのままにしている。鳥がいても矢玉を撃てということはない。
若要添風月,應除數百竿。
もしかして風がそよいできて照る月を添えてあげたかったとしたら、どうしてもこの竹の數百竿をとりのぞかなければならないのだ。

竹林0021

『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹徑』 現代語訳と訳註
(本文)
無塵從不掃,有鳥莫令彈。
若要添風月,應除數百竿。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹徑」)
無塵從不掃,有鳥莫令彈。若要添風月,應除數百竿。

塵無ければ掃はざるが従にす、鳥有るも弾ぜしむる莫れ。
若し風月を添へむと要めなば、應に數百竿を除くべし。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹徑」を詠う。)
この道には塵がないので掃くことはなく、そのままにしている。鳥がいても矢玉を撃てということはない。
もしかして風がそよいできて照る月を添えてあげたかったとしたら、どうしてもこの竹の數百竿をとりのぞかなければならないのだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹徑

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹徑」を詠う。)
・竹徑 竹のこみち.


無塵從不掃,有鳥莫令彈。
この道には塵がないので掃くことはなく、そのままにしている。鳥がいても矢玉を撃てということはない。
・彈 1 弦をはじいて楽器を奏でる。「2 指でぴんとはじく。3 罪をあばく。責めたてる。4 はねかえす。はずむ。5 鉄砲のたま。


若要添風月,應除數百竿。
もしかして風がそよいできて照る月を添えてあげたかったとしたら、どうしてもこの竹の數百竿をとりのぞかなければならないのだ。
・要 要求する.

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山 韓愈(韓退之) <129>Ⅱ中唐詩690 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2434

韓愈《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山》
秋が深まり希望一杯の新月が過ぎてもう宵待ち月を迎え、登り始めた月は山の端にかかっている。天高くはれわたった秋に浮浪雲が晩になってものこっている。


2013年5月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首  魏太子 謝靈運 六朝魏詩<78-#2>文選 雜擬 上 777 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2433
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山 韓愈(韓退之) <129>Ⅱ中唐詩690 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2434
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#2) 杜甫 <469-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2435 杜甫詩1000-468-#2-681/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 犬離主-幷序 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-178-50-#1-#40 -1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2437
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山 韓愈(韓退之) <129>Ⅱ中唐詩690 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2434


293-9 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」を詠う。)
柳樹誰人種,行行夾岸高。
この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。
莫將條系纜,著處有蟬號。

たわわな枝があるからといって、この枝、大樹にともづなをかけることなどしないでほしい。その船の着く所は 蝉が集まって鳴き叫んでいているではないですか。

moon4733
294-10 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山
下弦の月を過ぎるころには名残月が西山の上に残るのを見ると晴雲邪魔をする。こんなことではとうとう、ふりかえる気はしなくなるものなのだ。
  
  
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「西山」を詠う。)
新月迎宵掛,晴雲到晚留。
秋が深まり希望一杯の新月が過ぎてもう宵待ち月を迎え、登り始めた月は山の端にかかっている。天高くはれわたった秋に浮浪雲が晩になってものこっている。
為遮西望眼,終是懶回頭。

tski001

『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山』 現代語訳と訳註
(本文)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山
新月迎宵掛,晴雲到晚留。
為遮西望眼,終是懶回頭。


(下し文)
西 山
新月は膏を遇へて撞り
暗雲は晩に到るも留まる
西望の眼を遮るが為に
終に是れ頭を廻すに備し


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「西山」を詠う。)
秋が深まり希望一杯の新月が過ぎてもう宵待ち月を迎え、登り始めた月は山の端にかかっている。天高くはれわたった秋に浮浪雲が晩になってものこっている。
下弦の月を過ぎるころには名残月が西山の上に残るのを見ると晴雲邪魔をする。こんなことではとうとう、ふりかえる気はしなくなるものなのだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「西山」を詠う。)


新月迎宵掛,晴雲到晚留。
秋が深まり希望一杯の新月が過ぎてもう宵待ち月を迎え、登り始めた月は山の端にかかっている。天高くはれわたった秋に浮浪雲が晩になってものこっている。
・新月 9月の初め三日あたりということ。8月初めの月は初月、新月は希望を持つことを云う。月と太陽の視黄経が一致する瞬時。朔(さく)ともいう。太陰暦では一般にこれを含む日を各月のはじめの日(朔(ついたち))とした。この日,月は見えないが,日食となればその所在は知れる。
・宵掛 1《翌日の十五夜の月を待つ宵の意》陰暦8月14日の夜。小望月(こもちづき)。《季 秋》
2 来るはずの人を待つ宵。
・晴雲 「晴雲」は、晴れた空に浮かぶ白雲のこと。「秋月」は、秋の澄んだ空にかかる月の意。


為遮西望眼,終是懶回頭。
下弦の月を過ぎるころには名残月が西山の上に残るのを見ると晴雲邪魔をする。こんなことではとうとう、ふりかえる気はしなくなるものなのだ。
・西望眼 下弦の月を過ぎるころには名残月が西の空に残るのを見る。別れを覚悟して西の空の月を見る

moon5411

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪 韓愈(韓退之) <128>Ⅱ中唐詩689 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2429

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪》 この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。

2013年5月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首  魏太子 謝靈運 六朝魏詩<78-#1>文選 雜擬 上 776 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2428
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪 韓愈(韓退之) <128>Ⅱ中唐詩689 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2429
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#1) 杜甫 <469-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2430 杜甫詩1000-468-#2-680/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性罰赴邊上韋相公二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-177-49-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2432
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪 韓愈(韓退之) <128>Ⅱ中唐詩689 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2429


285-1
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。新亭
湖上新亭好,公來日出初。
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。

まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


286-2
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】
汩汩幾時休,從春復到秋。
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
只言池未滿,池滿強交流。
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。

 

287-3
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞
竹林0021(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。)
竹洞何年有,公初斫竹開。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。

 

288-4 奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。
 

289-5
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)
自有人知處,那無步往蹤。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
莫教安四壁,面面看芙蓉。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。
 

290-6
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)
藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。
291-7
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北湖」を詠う。)
聞說遊湖棹,尋常到此回。
きくところでは、みずうみに船遊びをするのに棹を漕ぎだす、普通、たいていここ湖の北へくると引きかえすというのです。
應留醒心處,准擬醉時來。
まさに目の醒めるような美しいところを残っておいてくれたのだろう。わたしが酔ったときに来るというのを予想して準備しているというのだ。

292-8
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」を詠う。)
蜂蝶去紛紛,香風隔岸聞。
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。
欲知花島處,水上覓紅雲。

花さく島がどこにあるのか知りたいとおもうなら、水の上に浮んでいるピンクの雲をさがすことである

293-9 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」を詠う。)
柳樹誰人種,行行夾岸高。
この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。
莫將條系纜,著處有蟬號。
たわわな枝があるからといって、この枝、大樹にともづなをかけることなどしないでほしい。その船の着く所は 蝉が集まって鳴き叫んでいているではないですか。

楊柳00005






『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪』 現代語訳と訳註
(本文)
柳樹誰人種,行行夾岸高。莫將條繫纜,著處有蟬號。 


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」)
柳樹は誰人か種えたる、行行 岸を爽んで高し。
條を將て纜を繋ぐこと莫れ、著くる處に蝉號有り。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」を詠う。)
この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。
たわわな枝があるからといって、この枝、大樹にともづなをかけることなどしないでほしい。その船の着く所は 蝉が集まって鳴き叫んでいているではないですか。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」を詠う。)


柳樹 誰人 種 ,行行 夾岸 高 。
この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。
・「柳樹」 大樹、柳。
・「誰人」 人稱代名詞、誰か。なんびと。
・「行行」 どの列も。
・「夾岸」 沙洲島嶼、岸。


莫將條 繫纜 ,著處 有 蟬號 。
たわわな枝があるからといって、この枝、大樹にともづなをかけることなどしないでほしい。その船の着く所は 蝉が集まって鳴き叫んでいているではないですか。
・「」語義類別:其他、單位詞、量詞單位、條。
・「繫纜」 (糸部)、繫纜。
・「著處」 場域概稱、著處。
・「蟬號」 昆蟲爬蟲である蟬の叫。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島 韓愈(韓退之) <127>Ⅱ中唐詩688 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2424

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島》
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。


2013年5月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首 幷序 謝靈運 六朝魏詩<77-#2>文選 雜擬 上 775 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2423
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島 韓愈(韓退之) <127>Ⅱ中唐詩688 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2424
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集麗春 五言古詩 成都6-(1) 杜甫<468-#1>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2425 杜甫詩1000-468-#1-679/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性罰赴邊上韋相公二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-176-48-#38  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2427
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島 韓愈(韓退之) <127>Ⅱ中唐詩688 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2424




285-1
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。新亭
湖上新亭好,公來日出初。
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。

まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。

  
286-2 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】
汩汩幾時休,從春復到秋。
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
只言池未滿,池滿強交流。
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。
  
   
  
287-3 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞
竹林0021(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。)
竹洞何年有,公初斫竹開。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。
  
   
  
288-4 奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。  
   
  
289-5 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)
自有人知處,那無步往蹤。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
莫教安四壁,面面看芙蓉。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。  
   
  
290-6 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)
藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。  
291-7 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北湖」を詠う。)
聞說遊湖棹,尋常到此回。
きくところでは、みずうみに船遊びをするのに棹を漕ぎだす、普通、たいていここ湖の北へくると引きかえすというのです。
應留醒心處,准擬醉時來。
まさに目の醒めるような美しいところを残っておいてくれたのだろう。わたしが酔ったときに来るというのを予想して準備しているというのだ。

292-8 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」を詠う。)
蜂蝶去紛紛,香風隔岸聞。
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。
欲知花島處,水上覓紅雲。

花さく島がどこにあるのか知りたいとおもうなら、水の上に浮んでいるピンクの雲をさがすことである
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」)
蜂蝶は去りて紛紛たり,香風は岸を隔てて聞ゆ。
花島の處を知らんと欲すれば,水上に紅雲を覓める。



『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島』 現代語訳と訳註
海棠花04(本文)
蜂蝶去紛紛,香風隔岸聞。
欲知花島處,水上覓紅雲。


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」)
蜂蝶は去りて紛紛たり,香風は岸を隔てて聞ゆ。
花島の處を知らんと欲すれば,水上に紅雲を覓める。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」を詠う。)
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。
花さく島がどこにあるのか知りたいとおもうなら、水の上に浮んでいるピンクの雲をさがすことである


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」を詠う。)
・花島 花がさきみだれる湖に浮かぶ島。


蜂蝶 去 紛紛 ,香風 隔岸 聞 。
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。
・「蜂蝶」 蜂と蝶。
・「」 ゆくことだが、島の方からいえば、来る、である。
・「紛紛」語義類別:物、形容詞彙(物)、動物形態、紛紛。 ・紛紛 いりみだれるさま。
・「隔岸」 岸のむこうにも。沙洲島嶼、岸。
「聞」 におう。香をかぐことを聞香という。


欲知 花島 處 ,水上 覓 紅雲 。
花さく島がどこにあるのか知りたいとおもうなら、水の上に浮んでいるピンクの雲をさがすことである

・「欲知」 知りたいと思う。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖 韓愈(韓退之) <126>Ⅱ中唐詩687 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2419

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖》 

きくところでは、みずうみに船遊びをするのに棹を漕ぎだす、普通、たいていここ湖の北へくると引きかえすというのです。

2013年5月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首 幷序 謝靈運 六朝魏詩<77-#1> 774 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2418
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖 韓愈(韓退之) <126>Ⅱ中唐詩687 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2419
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集李司馬橋成,高使君自成都回 七言絶句 成都5-(42) 杜甫 <467>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2420 杜甫詩1000-467-678/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性海棠溪 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-175-47-#37  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2422
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖 韓愈(韓退之) <126>Ⅱ中唐詩687 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2419



奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭
湖上新亭好,公來日出初。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞
竹洞何年有,公初斫竹開。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺
南館城陰闊,東湖水氣多。
直須臺上看,始奈月明何。
月見台に向かい南の館があり、城郭に月影がひろがる。東の方には湖霧がふかく暗闇が広がる。
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
自有人知處,那無步往蹤。
莫教安四壁,面面看芙蓉。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪
藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。
291-7 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)
聞說遊湖棹,尋常到此回。
きくところでは、みずうみに船遊びをするのに棹を漕ぎだす、普通、たいていここ湖の北へくると引きかえすというのです。
應留醒心處,准擬醉時來。
まさに目の醒めるような美しいところを残っておいてくれたのだろう。わたしが酔ったときに来るというのを予想して準備しているというのだ。

(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北湖」)
聞說らく湖に遊ぶ棹,尋常は此に到って回える。
應に醒心處を留むるなるべく,醉時に來らむことを准擬す。

茶苑

















『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖』 現代語訳と訳註
(本文)

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖
聞說遊湖棹,尋常到此回。
應留醒心處,准擬醉時來。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北湖」)
聞說らく湖に遊ぶ棹,尋常は此に到って回える。
應に醒心處を留むるなるべく,醉時に來らむことを准擬す。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北湖」を詠う。)
きくところでは、みずうみに船遊びをするのに棹を漕ぎだす、普通、たいていここ湖の北へくると引きかえすというのです。
まさに目の醒めるような美しいところを残っておいてくれたのだろう。わたしが酔ったときに来るというのを予想して準備しているというのだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北湖」を詠う。)


聞說遊湖棹,尋常到此回。
きくところでは、みずうみに船遊びをするのに棹を漕ぎだす、普通、たいていここ湖の北へくると引きかえすというのです。
・聞説 きくところでは。
・遊湖棹 湖を遊覧するため舟に棹さす人、というほどの意。
・尋常 ① 特別でなく、普通であること。また、そのさま。あたりまえ。②見苦しくないこと。目立たず上品なこと。
尋常の「尋」も「常」も長さの単位で、古代中国で「尋」は8尺(日本では6尺または5尺)、「常」はその2倍の16尺を表した。 8尺や16尺は並みの長さであることから、「普通の長さ」を意味し、「普通」や「当たり前」の意味に転じた。


應留醒心處,准擬醉時來。
まさに目の醒めるような美しいところを残っておいてくれたのだろう。わたしが酔ったときに来るというのを予想して準備しているというのだ。
・応留 のこしておいてくれたのだろう。
・醒心処 目のさめるような美しいところ。
・准擬 予想して準備する。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪 韓愈(韓退之) <125>Ⅱ中唐詩686 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2414

《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪》 韓愈
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。


2013年5月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 曹植 魏詩<76-#まとめ>文選 上 献詩 773 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2413
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪 韓愈(韓退之) <125>Ⅱ中唐詩686 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2414
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集陪李七司馬皂江上觀造竹橋即日成往來之人免冬寒入水聊題短作簡李公,二首之二 成都5-(41) 杜甫<466>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2415 
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江村即事 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-174-46-#36-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2417
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪 韓愈(韓退之) <125>Ⅱ中唐詩686 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2414
 

作年:813年  元和八年  46歲
卷別: 卷三四三  文體: 五言絕句 
詩題: 奉和虢州劉給事使君【案:伯芻。】三堂新題二十一詠:渚亭【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】 
詩序: 并序:虢州刺史宅連水池竹林,往往為亭臺島渚,目其處為三堂。劉兄自給事中出刺此州,在任餘歲,職修人治,州中稱無事,頗復增飾。從子弟而遊其間,又作二十一詩以詠其事,流行京師,文士爭和之。余與劉善,故亦同作。 
寫作地點: 目前尚無資料 
寫及地點:  虢州 (河東道 虢州 虢州) 別名:弘農郡     
交遊人物/地點: 劉伯芻 書信往來(河東道 虢州 虢州)


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)
藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。

すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。

(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」)
藹藹【あいあい】として溪流慢【ゆるやか】に,梢梢【しょうしょう】として岸篠【がんじょう】長し。
沙を穿って碧簳【へきかん】淨く,水落ちて紫苞【しほう】香【かんば】し。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。『竹溪』 
現代語訳と訳註
(本文)

藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」)
藹藹【あいあい】として溪流慢【ゆるやか】に,梢梢【しょうしょう】として岸篠【がんじょう】長し。
沙を穿って碧簳【へきかん】淨く,水落ちて紫苞【しほう】香【かんば】し。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)

竹林0021

藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
・藹藹 おだやかなさま。
・梢梢 抜きん出るさま。
・岸篠 岸べのしのだけ。


穿沙碧簳淨,落水紫苞香。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。
・穿沙 抄に穴をあける。ここでは抄からつき出ていることをさしている。
・碧簳 みどりのみき。
・落水 水ぎわまでのびていっていること。
・紫苞 むらさきの色した竹の子の皮。


并序:
虢州刺史宅連水池竹林,
往往為亭臺島渚,目其處為三堂。
劉兄自給事中出刺此州,
在任餘歲,職修人治,
州中稱無事,頗復增飾。
從子弟而遊其間,
又作二十一詩以詠其事,
流行京師,文士爭和之。
余與劉善,故亦同作。
虢州刺史の官舎は、川と池と竹林に連続している。さきごろ、亭や台や島や渚をつくって、そこに「三堂」という名をつけた。
劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。
職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。
そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。
また二十一首の詩をつくって そのことを詠じた。これが、都にも流行し、文士たちは争って唱和した。
わたしは、劉兄と親しい仲なので、同じようにつくってみた。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭
湖上新亭好,公來日出初。 
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。 
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞
竹洞何年有,公初斫竹開。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺
南館城陰闊,東湖水氣多。
直須臺上看,始奈月明何。
月見台に向かい南の館があり、城郭に月影がひろがる。東の方には湖霧がふかく暗闇が広がる。
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
自有人知處,那無步往蹤。
莫教安四壁,面面看芙蓉。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪
藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭 韓愈(韓退之) <124>Ⅱ中唐詩685 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2409

韓愈(韓退之)  《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭》
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。

2013年5月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 曹植 魏詩<76-#6>文選 上 献詩 女性詩772 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2408
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭 韓愈(韓退之) <124>Ⅱ中唐詩685 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2409
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題斷作,簡李公。 五言律詩 成都5-(40) 杜甫 <465>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2410 杜甫詩1000-465-676/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集秋胡詩 (1) 顔延之(延年)   六朝詩<5> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2411 (05/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 -173-45-#36-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭 韓愈(韓退之) <124>Ⅱ中唐詩685 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2409


作年:813年  元和八年  46歲
卷別: 卷三四三  文體: 五言絕句 
詩題: 奉和虢州劉給事使君【案:伯芻。】三堂新題二十一詠:渚亭【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】 
詩序: 并序:虢州刺史宅連水池竹林,往往為亭臺島渚,目其處為三堂。劉兄自給事中出刺此州,在任餘歲,職修人治,州中稱無事,頗復增飾。從子弟而遊其間,又作二十一詩以詠其事,流行京師,文士爭和之。余與劉善,故亦同作。 
寫作地點: 目前尚無資料 
寫及地點:  虢州 (河東道 虢州 虢州) 別名:弘農郡     
交遊人物/地點: 劉伯芻 書信往來(河東道 虢州 虢州)


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)
自有人知處,那無步往蹤。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
莫教安四壁,面面看芙蓉。

四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。

(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」)
自ら人の虚を知る有り、那んぞ歩往の蹤無からむ。
四壁を安けしむる莫れ、面面に芙蓉を看む。


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭』 現代語訳と訳註
(本文)
自有人知處,那無步往蹤。
莫教安四壁,面面看芙蓉。


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」)
自ら人の虚を知る有り、那んぞ歩往の蹤無からむ。
四壁を安けしむる莫れ、面面に芙蓉を看む。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)



自有人知處,那無步往蹤。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
步往蹤 砂地にのころ人のあるいた足跡。



莫教安四壁,面面看芙蓉。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。
◎渚に立つ四阿が仙郷の雰囲気を味あわせることを云う。これらの詩は韓愈には珍しい艶歌で使う用語が出て來る。庭園=風雅=艶歌=六朝文化、という雰囲気を醸し出すものであろう。


王維の輞川集に倣ったもの。(比較してみるのも面白い。)


輞川集 20首       もうせんしゅう

 輞川集解説

1孟城幼もうじょうおう2華子岡 かしこう3文杏館ぶんきょうかん4斤竹嶺きんちくれい
5鹿柴   ろくさい 6木蘭柴 もくらんさい7茱萸拌 しゅゆはん8宮塊陌 きゅうかいはく
9臨湖亭 りんこてい10南 陀 なんだ11欹 湖 いこ12柳 浪 りゅうろう
13欒家瀬らんからい14金屑泉きんせつせん15白石灘はくせきたん16北 陀 ほくだ
17竹里館ちくりかん18辛夷塢 しんいお19漆 園 しつえん20椒 園 しょうえん

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺 韓愈(韓退之) <123>Ⅱ中唐詩684 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2404

韓愈(韓退之) 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺

月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。

2013年5月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 曹植 魏詩<76-#5>文選 上 献詩 女性詩771 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2403
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺 韓愈(韓退之) <123>Ⅱ中唐詩684 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2404
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集王竟攜酒,高亦同過,共用寒字 七言律詩 成都5-(39) 杜甫 <464>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2405 杜甫詩1000-464-675/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺 韓愈(韓退之) <123>Ⅱ中唐詩684 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2404 



奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠月臺
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)

南館城陰闊,東湖水氣多。
月見台に向かい南の館があり、城郭に月影がひろがる。東の方には湖霧がふかく暗闇が広がる。
直須臺上看,始奈月明何。

とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺』 
満月004現代語訳と訳註
(本文)

南館城陰闊,東湖水氣多。
直須臺上看,始奈月明何。


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「」)
南館 城陰 闊く,東湖 水氣 多し。
直に 須く臺上より看るべし、始めて 月明 奈何。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)


月見台に向かい南の館があり、城郭に月影がひろがる。東の方には湖霧がふかく暗闇が広がる。
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)


南館 城 陰闊 ,東湖 水氣 多 。
月見台に向かうと南の館があり、城郭に月影がひろがる。東の方には湖霧がふかく暗闇が広がる。
南館」空間、方向、南の館。
」都城
」陰影、陰。
」東方向。
」水澤湖泊、湖。
」湖水。
」風霜雪露、霧。

 
直須 臺上 看 ,始奈月明 何。
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。
直須」とにかく、いそいで。
」亭の月見臺、樓閣の臺。
」のぼる。
」視覺、看る。
月明」明月。昼間のように明るく見通せる様子。
+(月明)

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:竹洞 韓愈(韓退之) <122>Ⅱ中唐詩683 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2399

韓愈(韓退之) 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:竹洞》 【劉伯芻、元和八年、出刺虢州。】
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。

2013年5月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 曹植 魏詩<76-#4>文選 上 献詩 女性詩770 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2398
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:竹洞 韓愈(韓退之) <122>Ⅱ中唐詩683 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2399
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到  七言律詩 成都5-(38) 杜甫 <463>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2400 杜甫詩1000-463-674/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性賦凌云寺二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-171-43-#36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2402
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:竹洞 韓愈(韓退之) <122>Ⅱ中唐詩683 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2399


并序:
虢州刺史宅連水池竹林,
往往為亭臺島渚,目其處為三堂。
劉兄自給事中出刺此州,
在任餘歲,職修人治,
州中稱無事,頗復增飾。
從子弟而遊其間,
又作二十一詩以詠其事,
流行京師,文士爭和之。
余與劉善,故亦同作。

虢州刺史の官舎は、川と池と竹林に連続している。さきごろ、亭や台や島や渚をつくって、そこに「三堂」という名をつけた。
劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。
職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。
そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。
また二十一首の詩をつくって そのことを詠じた。これが、都にも流行し、文士たちは争って唱和した。
わたしは、劉兄と親しい仲なので、同じようにつくってみた。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭
湖上新亭好,公來日出初。 
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。
 
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
汩汩幾時休,從春復到秋。 
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
只言池未滿,池滿強交流。
 
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。

287-3 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞
竹林0021(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。)
竹洞何年有,公初斫竹開。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。

これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。

(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」)
竹洞は何れの年よりか有る、公の初めて竹を斫って開きしなり。
洞門 鎖鑰 無きも、俗客曾て来らず。



『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:竹洞』 現代語訳と訳註
(本文)

竹洞何年有,公初斫竹開。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」)
竹洞は何れの年よりか有る、公の初めて竹を斫って開きしなり。
洞門 鎖鑰 無きも、俗客曾て来らず。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。)
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞

虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。


竹洞何年有,公初斫竹開。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
・洞 1 筒形に抜け通る穴。ほらあな。「洞窟(どうくつ)・洞穴・洞門/空洞・風洞・鍾乳洞(しょうにゅうどう)」2 奥深い場所。婦人の部屋。また、仙人の住まい。「洞房・洞天」3 奥底まで見抜く。「洞見・洞察」〈トウ〉仙人の住まい。「仙洞」
・斫竹開 竹を切ってこの門を開かれる。


洞門無鎖鑰,俗客不曾來。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。
・洞門 筒形に抜け通る穴
・鎖鑰 1 錠と鍵。また、戸締まり。2 外敵の侵入を防ぐ重要な場所。要所。
・俗客 風流・風雅を理解できない人。また、僧に対して、在家の人。俗人。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水 韓愈(韓退之) <121>Ⅱ中唐詩682 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2394

韓愈《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水》
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。

 

2013年5月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 曹植 魏詩<76-#3>文選 上 献詩 女性詩769 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2393
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水 韓愈(韓退之) <121>Ⅱ中唐詩682 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2394
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集範二員外邈吳十侍禦鬱特枉駕,闕展待,聊寄此作 五言律詩 成都5-(37) 杜甫 <462>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2395 杜甫詩1000-462-673/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性賦凌云寺二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-170-42-#35  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2397
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水 韓愈(韓退之) <121>Ⅱ中唐詩682 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2394


作者:  韓愈
作時:  813年元和八年  46歲 
卷別: 卷三四三  文體: 五言絕句 
詩題: 奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
地點:  虢州 (河東道 虢州 虢州) 別名:弘農郡     
交遊人物/地點: 劉伯芻 書信往來(河東道 虢州 虢州)


并序:
虢州刺史宅連水池竹林,
往往為亭臺島渚,目其處為三堂。
劉兄自給事中出刺此州,
在任餘歲,職修人治,
州中稱無事,頗復增飾。
從子弟而遊其間,
又作二十一詩以詠其事,
流行京師,文士爭和之。
余與劉善,故亦同作。

虢州刺史の官舎は、川と池と竹林に連続している。さきごろ、亭や台や島や渚をつくって、そこに「三堂」という名をつけた。
劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。
職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。
そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。
また二十一首の詩をつくって そのことを詠じた。これが、都にも流行し、文士たちは争って唱和した。
わたしは、劉兄と親しい仲なので、同じようにつくってみた。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭
湖上新亭好,公來日出初。 
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。 
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】
汩汩幾時休,從春復到秋。 
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
只言池未滿,池滿強交流。 
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。
 
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」)
汩汩【いついつ】として幾時か休まん、春より復た秋に到る。
只だ言ふ 池未だ満たず と、池満たは強【あながち】に交【こもご】も流れん。

茶苑


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水』 現代語訳と訳註
(本文)

汩汩幾時休,從春復到秋。
只言池未滿【祗言池未滿】,池滿強交流。 


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」)
汩汩【いついつ】として幾時か休まん、春より復た秋に到る。
只だ言ふ 池未だ満たず と、池満たは強【あながち】に交【こもご】も流れん。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水

虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。

底本巻九。 813年元和八年に韓愈の知人の劉伯弟が侍従の官である給事中から、雛州別史に逢った。劉伯爵は字を素芝といい詺州広平のひとである。
この転任は、病気のため中央の劇務から、比較的ひまな地方官への転出を希望して容れられたものである。翫州は河南省底氏県である。劉は官舎に庭園をいとなみ「三堂」となづけ、これにちなんだ詩をつくった。これに和して韓愈のつくったのが、この詩である。


汩汩幾時休,從春復到秋。 
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
・汩汩 水の流れ去るさま。(水の流れる音・様子)ザーザー.用例渠里的水汩汩地流入田里。=用水路の水がザーザーと田んぼに流れ込む.


只言池未滿,池滿強交流。 
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。
宮島(6)

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭 韓愈(韓退之) <120>Ⅱ中唐詩681 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2389

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭》
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
 

2013年5月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 魏詩<76-#2>文選 上 献詩 女性詩768 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2388
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭 韓愈(韓退之) <120>Ⅱ中唐詩681 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2389
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集徐九少尹見過 五言律詩 成都5-(36) 杜甫 <484>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2390 杜甫詩1000-484-672/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題竹郎廟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-169-41-#34  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2392
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭 韓愈(韓退之) <120>Ⅱ中唐詩681 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2389


并序:
虢州刺史宅連水池竹林,
往往為亭臺島渚,目其處為三堂。
劉兄自給事中出刺此州,
在任餘歲,職修人治,
州中稱無事,頗復增飾。
從子弟而遊其間,
又作二十一詩以詠其事,
流行京師,文士爭和之。
余與劉善,故亦同作。
miyajima 683虢州刺史の官舎は、川と池と竹林に連続している。さきごろ、亭や台や島や渚をつくって、そこに「三堂」という名をつけた。
劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。
職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。
そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。
また二十一首の詩をつくって そのことを詠じた。これが、都にも流行し、文士たちは争って唱和した。
わたしは、劉兄と親しい仲なので、同じようにつくってみた。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭
湖上新亭好,公來日出初。 
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。
 
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。

湖上 新亭 好し,公來る 日出づる初【とき】。 
水文 枕簟【ちんてん】浮び,瓦影【がえい】龜魚【きぎょ】を蔭にす。
 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠『新亭』 現代語訳と訳註
(本文)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭
湖上新亭好,公來日出初。 
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。 


(下し文)
湖上 新亭 好し,公來る 日出づる初【とき】。 
水文 枕簟【ちんてん】浮び,瓦影【がえい】龜魚【きぎょ】を蔭にす。 


(現代語訳)
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭

底本巻九。元和七年(あるいは八年)に韓愈の知人の劉伯弟が侍従の官である給事中から、雛州別史に逢った。劉伯爵は字を素芝といい詺州広平のひとである。
この転任は、病気のため中央の劇務から、比較的ひまな地方官への転出を希望して容れられたものである。翫州は河南省底氏県である。劉は官舎に庭園をいとなみ「三堂」となづけ、これにちなんだ詩をつくった。これに和して韓愈のつくったのが、この詩である。
新亭 新しいあずまや。


湖上新亭好,公來日出初。
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
・湖上 湖のほとり。上は辺というほどの意味。この場合、湖の水面につき出たあずまやであったのだろう。


水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。 
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。
・枕簟 枕とたかむしろ。たかむしろは、竹をほそくそいでその皮をあんでつくったむしろ。シーツはたかむしろではないが、どちらもベッドに敷かれるものであり、ここでは、そこにうつってゆらいでいる改紋に重心がかかっているのだから、ここではシーツということである。・清簟 すがすがしい竹むしろ。韓愈は、でっぷりと肥えた人で、暑がりやの汗かきだった。少し親しい人だと、訪ねていった早々に、竹むしろと枕を出させて、ねそべった、というエピソードが残っている『鄭羣贈簟 #1 Ⅱ韓退之(韓愈)307 紀頌之の漢詩ブログ998』寺の客殿にはいって、まず華榻清簟をうたうところ、いかにもかれらしい。この時も、おそらく、杜侍御などほったらかしにして、大好きな簟にごろりと寝ころんだことだろうと思う。
・瓦影 水にうつった屋根瓦のかげ。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠 并序 韓愈(韓退之) <120>Ⅱ中唐詩679 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2379

韓愈《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠 并序》 劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。

2013年5月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 曹植 魏詩<76-#1> 文選 上 献詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2383
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠 并序 韓愈(韓退之) <120>Ⅱ中唐詩679 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2379
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集野望 七言律詩 成都5-(35) 杜甫 <460>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2385 杜甫詩1000-460-671/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性西巌 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-168-40-#33  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2387
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠 并序 韓愈(韓退之) <120>Ⅱ中唐詩679 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2379




作者: 
  813年元和八年  46歲 
卷別: 卷三四三  文體: 五言絕句 
詩題: 奉和虢州劉給事使君【案:伯芻。】三堂新題二十一詠:新亭【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】 
地點:  虢州 (河東道 虢州 虢州) 別名:弘農郡     
交遊人物/地點: 劉伯芻 書信往來(河東道 虢州 虢州) 
 

并序:
虢州刺史宅連水池竹林,
往往為亭臺島渚,目其處為三堂。
劉兄自給事中出刺此州,在任餘歲,職修人治,
州中稱無事,頗復增飾。從子弟而遊其間,
又作二十一詩以詠其事,流行京師,文士爭和之。
余與劉善,故亦同作。
 

并に序:虢州【かしゅう】刺史の宅は水池 竹林に連なり,
往往【おうおう】亭臺【ていだい】島渚を為【つく】り,其の處を目して三堂と為す。
劉兄は給事中自り出でて此の州に刺たり,任に在ること歲を餘【こ】え,職修【ととの】い人治【おさ】まり,
州中、事無稱す,頗【やや】復た增飾【ぞうしょく】し。子弟を從えて其の間に遊ぶ,
又、二十一詩を作り以て其の事を詠う,京師に流行す,文士、爭って之に和す。
余と劉と善し,故に亦た同じく作りぬ。


miyajima 683

『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠 并序』 現代語訳と訳註
(本文)

并序:虢州刺史宅連水池竹林,往往為亭臺島渚,目其處為三堂。劉兄自給事中出刺此州,在任餘歲,職修人治,州中稱無事,頗復增飾。從子弟而遊其間,又作二十一詩以詠其事,流行京師,文士爭和之。余與劉善,故亦同作。


(下し文)
并に序:虢州【かしゅう】刺史の宅は水池 竹林に連なり,往往【おうおう】亭臺【ていだい】島渚を為【つく】り,其の處を目して三堂と為す。劉兄は給事中自り出でて此の州に刺たり,任に在ること歲を餘【こ】え,職修【ととの】い人治【おさ】まり,州中、事無稱す,頗【やや】復た增飾【ぞうしょく】し。子弟を從えて其の間に遊ぶ,又、二十一詩を作り以て其の事を詠う,京師に流行す,文士、爭って之に和す。余と劉と善し,故に亦た同じく作りぬ。


(現代語訳)
虢州刺史の官舎は、川と池と竹林に連続している。さきごろ、亭や台や島や渚をつくって、そこに「三堂」という名をつけた。
劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。
職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。
そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。
また二十一首の詩をつくって そのことを詠じた。これが、都にも流行し、文士たちは争って唱和した。
わたしは、劉兄と親しい仲なので、同じようにつくってみた。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠 并序

底本巻九。元和七年(あるいは八年)に韓愈の知人の劉伯弟が侍従の官である給事中から、雛州別史に逢った。劉伯爵は字を素芝といい詺州広平のひとである。
この転任は、病気のため中央の劇務から、比較的ひまな地方官への転出を希望して容れられたものである。翫州は河南省底氏県である。劉は官舎に庭園をいとなみ「三堂」となづけ、これにちなんだ詩をつくった。これに和して韓愈のつくったのが、この詩である。


虢州刺史宅連水池竹林,往往為亭臺島渚,目其處為三堂。
虢州刺史の官舎は、川と池と竹林に連続している。さきごろ、亭や台や島や渚をつくって、そこに「三堂」という名をつけた。


劉兄自給事中出刺此州,在任餘歲,
劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。


職修人治,州中稱無事,
職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。


頗復增飾。從子弟而遊其間,
そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。


又作二十一詩以詠其事,流行京師,文士爭和之。
また二十一首の詩をつくって そのことを詠じた。これが、都にも流行し、文士たちは争って唱和した。


余與劉善,故亦同作。 
わたしは、劉兄と親しい仲なので、同じようにつくってみた。


王維の輞川集に倣ったもの。(比較してみるのも面白い。)

輞川集 20首       もうせんしゅう

 輞川集解説

1孟城幼 もうじょうおう2華子岡 かしこう3文杏館ぶんきょうかん4斤竹嶺 きんちくれい
5鹿柴   ろくさい 6木蘭柴 もくらんさい7茱萸拌 しゅゆはん8宮塊陌 きゅうかいはく
9臨湖亭 りんこてい10南 陀 なんだ11欹 湖 いこ12柳 浪 りゅうろう
13欒家瀬らんからい14金屑泉きんせつせん15白石灘はくせきたん16北 陀 ほくだ
17竹里館 ちくりかん18辛夷塢 しんいお19漆 園 しつえん20椒 園 しょうえん

送劉師服 韓愈(韓退之) <119>Ⅱ中唐詩678 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2374

韓愈(韓退之) 《送劉師服》 
並の人物というものは市場に入って行って売り込みをする。富貴の者はどんな時でも売るということはしないものだ。勉めなさい! その仕事をコツコツとしなさい。それで待っていれば年を重ねていくことで晩年には身についていくものである


2013年5月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ーまとめ>文選 上 献詩 女性詩766 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2378
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩送劉師服 韓愈(韓退之) <119>Ⅱ中唐詩678 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2374
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集草堂即事 五言律詩 成都5-(34) 杜甫 <459>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2380 杜甫詩1000-459-670/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


送劉師服 韓愈(韓退之) <119>Ⅱ中唐詩678 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2374




詩題: 送劉師服 
作者: 韓愈 
813年  元和八年  46歲
卷別: 卷三四0  文體: 五言古詩 
交遊人物//地點: 劉師命 當地交遊(京畿道 京兆府 長安)
 

彼の文章の才を認めてこの発令があった以上、実際の仕事は兼務の史館修撰のほうにあったし、ほかの人たちの彼を見る目も、ほとんどもっぱら史館の地位にある者としてであった。史館修撰というのは、史料を集めたり、取捨選択したりするが、最終的にはそれを利用して歴史を書くことを本務とする。歴史は後世に残るものであり、その時代を代表するものなのだから、文章の才にかけて当代一流の人が執筆しなければならないというのが、中国のどの時代にもあった考え方である。
この頃のグループの付き合いの中に劉師命がいて、進士に及第し、東の任地に赴くときにつくった詩である。


送劉師服
夏半陰氣始,淅然雲景秋。 
夏も半ばを過ぎ曇りがちの日々が続き始める。冷寒は雲を影とし、秋の景色になり始めている。
蟬聲入客耳,驚起不可留。 
そんな時に蝉の声のように赴任のことが旅立つものの耳に入ってくる。それを聞いて驚いて飛び起きて此処に留まっておれなくなるのだ。
草草具盤饌,不待酒獻酬。 
急いでもてなしとしては待遇が不十分ではあるが共に食事の準備をする。待つこともできないままに酒を酌み交わす。
士生為名累,有似魚中鉤。 
急いでもてなしとしては待遇が不十分ではあるが共に食事の準備をする。待つこともできないままに酒を酌み交わす。
齎材入市賣,貴者恆難售。 
士太夫として生まれたものとして名声を挙げることを重ねたい。魚を釣り上げるためには釣り針が良く似たものである。
豈不畏憔悴,為功忌中休。 
並の人物というものは市場に入って行って売り込みをする。富貴の者はどんな時でも売るということはしないものだ。
勉哉耘其業,以待歲晚收。
 
どういうわけか精神的疲労を懼れることはない。それは勲功を成すことを喪中の間休むようなものであるのだ。
勉めなさい! その仕事をコツコツとしなさい。それで待っていれば年を重ねていくことで晩年には身についていくものである。 

夏半して陰氣 始り,淅然【セキゼン】として雲景の秋なり。
蟬聲【ぜんせい】客耳に入り,驚起【きょうき】して留む可からず。
草草 具に盤饌【ばんせん】し,待たずして 酒の獻酬【けんしゅう】。
士生【ししょう】して為名を累し,有似【ゆうじ】して魚中の鉤。
齎材【さいざい】は市に入りて賣り,貴者【きしゃ】は恆【つね】に售【う】り難し。
豈に憔悴を畏れず,功を為すは忌中の休。
勉哉【つとめよ!】 其業を耘【くさぎ】り,以って歲晚の收を待たん。
 


『送劉師服』 現代語訳と訳註
(本文)
送劉師服
夏半陰氣始,淅然雲景秋。 
蟬聲入客耳,驚起不可留。 
草草具盤饌,不待酒獻酬。 
士生為名累,有似魚中鉤。 
齎材入市賣,貴者恆難售。 
豈不畏憔悴,為功忌中休。 
勉哉耘其業,以待歲晚收。 


(下し文)
(劉師が服すを送る)
夏半して陰氣 始り,淅然【セキゼン】として雲景の秋なり。
蟬聲【ぜんせい】客耳に入り,驚起【きょうき】して留む可からず。
草草 具に盤饌【ばんせん】し,酒の獻酬【けんしゅう】を待たず。
士生【ししょう】して為名を累し,有似【ゆうじ】して魚中の鉤。
齎材【さいざい】は市に入りて賣り,貴者【きしゃ】は恆【つね】に售【う】り難し。
豈に憔悴を畏れず,功を為すは忌中の休。
勉哉【つとめよ!】 其業を耘【くさぎ】り,以って歲晚の收を待たん。 


(現代語訳)
夏も半ばを過ぎ曇りがちの日々が続き始める。冷寒は雲を影とし、秋の景色になり始めている。
そんな時に蝉の声のように赴任のことが旅立つものの耳に入ってくる。それを聞いて驚いて飛び起きて此処に留まっておれなくなるのだ。
急いでもてなしとしては待遇が不十分ではあるが共に食事の準備をする。待つこともできないままに酒を酌み交わす。
急いでもてなしとしては待遇が不十分ではあるが共に食事の準備をする。待つこともできないままに酒を酌み交わす。
士太夫として生まれたものとして名声を挙げることを重ねたい。魚を釣り上げるためには釣り針が良く似たものである。
並の人物というものは市場に入って行って売り込みをする。富貴の者はどんな時でも売るということはしないものだ。
どういうわけか精神的疲労を懼れることはない。それは勲功を成すことを喪中の間休むようなものであるのだ。
勉めなさい! その仕事をコツコツとしなさい。それで待っていれば年を重ねていくことで晩年には身についていくものである。


(訳注)
送劉師服

劉師命君が、進士に及第し、東の任地に赴くため故郷に帰るのを送るときにつくった詩『送進士劉師服東歸』がある


夏半 陰氣 始,淅然 雲景 秋。
夏も半ばを過ぎ曇りがちの日々が続き始める。冷寒は雲を影とし、秋の景色になり始めている。
・陰氣 天候氣象、陰雨と風霜雪露。
・淅然 天候氣象、冷寒、寒。 皮膚上に寒けを覚えること。
・雲景 天候氣象、雲霧煙霞、自然景觀、自然景物。雲が厚く長雨で気温が上がらない、冷夏のまま秋を迎える状況を云う。


蟬聲 入 客耳 ,驚起 不可 留 。
そんな時に蝉の声のように赴任のことが旅立つものの耳に入ってくる。それを聞いて驚いて飛び起きて此処に留まっておれなくなるのだ。
・蟬聲 蟬の鳴き声。聽覺、聲。
・驚起  驚いて飛び起きること。


草草 具 盤饌 ,不待 酒 獻酬 。
急いでもてなしとしては待遇が不十分ではあるが共に食事の準備をする。待つこともできないままに酒を酌み交わす。
・草草 匆匆におなじ。簡略なさま。粗略なさま。また、もてなしや待遇が不十分なさま。
・盤饌 飲食、食品、饌。
・獻酬 酒を酌み交わすこと。挿しつさされつで飲み明かすこと。


士生 為名 累 ,有似 魚中 鉤 。
士太夫として生まれたものとして名声を挙げることを重ねたい。魚を釣り上げるためには釣り針が良く似たものである。
・鉤 釣り針。工具用品(生活工具單稱)、鉤。


齎材 入市 賣 ,貴者 恆難售 。
並の人物というものは市場に入って行って売り込みをする。富貴の者はどんな時でも売るということはしないものだ。
・齎材 並の人物。
・市 邦國都城、市。
・賣 うる。 ものをうる。
・貴者 富貴の者。
・售 うる。「芸」「色」「魂」「命」をうる。


豈不 畏 憔悴 ,為功 忌中 休 。
どういうわけか精神的疲労を懼れることはない。それは勲功を成すことを喪中の間休むようなものであるのだ。
・憔悴 精神的疲労(が激しい) ・ (激しい)消耗 ・ 面(おも)やつれ ・ やつれ(が見える) ・ 悄然 ・ 虚脱感 ・ 心労(が重なる)。
・功 官場境遇、功。勲功。


勉哉 耘 其業 ,以待 歲 晚收 。
勉めなさい! その仕事をコツコツとしなさい。それで待っていれば年を重ねていくことで晩年には身についていくものである。
・耘 くさぎる【耘る/草切る】田畑の雑草を刈り除く。除草する。「彼等は今はただ黙って土を耕し、植え、―・り、収穫(とりい)れていることだろう」〈島木健作・生活の探求〉

送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <117-#3>Ⅱ中唐詩678 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2374

韓愈(韓退之) 《送進士劉師服東歸》
歴史は後世に残るものであり、その時代を代表するものなのだから、文章の才にかけて当代一流の人が執筆しなければならないというのが、中国のどの時代にもあった考え方である。
この頃のグループの付き合いの中に劉師命がいて、進士に及第し、東の任地に赴くときにつくった詩である。


2013年5月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#12>文選 上 献詩 女性詩765 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2373
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <117-#3>Ⅱ中唐詩678 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2374
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集不見 五言律詩 成都5-(33) 杜甫 <458>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2375 杜甫詩1000-458-669/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性試新服裁制初成三首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-166-38-#31  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2377
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <117-#3>Ⅱ中唐詩678 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2374


送進士劉師服東歸
猛虎落檻阱,坐食如孤豚。
猛々しい虎は仕掛けた罠の檻に落ちた。檻の中でその時々に餌を食べるのをみると一匹の猪を見るようなものだ。
丈夫在富貴,豈必守一門。
立派になった劉君は家柄もよいそだちもよいのである。どうしてもこの家系一族の伝統をまもるのである。
公心有勇氣,公口有直言。
君の社会に対する思いは勇気あるものである。また、社会に対しては率直な物言いをしている。
奈何任埋沒,不自求騰軒。
しかしどういうわけか、君は成り行きに任せて埋没していた。自分から、上昇志向を持っているとは思えなかった。

#2
僕本亦進士,頗嘗究根源。
私の考えに本質的に従順であることがそれによって進士になったのである。それでも我々のグループは物事の根源を探求していた。
由來骨鯁材,喜被軟弱吞。
物事の由来については道理にそっている諌めの言葉を能く勉強したものだが、喜びに被われるかと思えばよわよわしいいちめんものぞかせる。
低頭受侮笑,隱忍硉兀冤。
泰山の夕日02頭を低く下げることは小馬鹿にされたような嘲笑を受けるものである。じっと我慢する者の中で突飛な考えや、突飛な行動すると冤罪を受けることになる。
泥雨城東路,夏槐作雲屯。
今君が行こうとする長安城から東にむかう路は長雨による泥まみれになっている。夏槐のように雲がかたまりをつくっているからだ。

#3
還家雖闕短,指日親晨飧。
そういう困難な時を乗り越えて家に帰るということは役所での働きを短い期間であっても懸命にし、日にちを指定して朝はやくから食事をしてしごとをすることである。
攜持令名歸,自足貽家尊。
任務を持ち携えて名を為して帰ることになり、自ら自分の生れた家を尊ぶこととなり親を満足させるのである。
時節不可玩,親交可攀援。
そうしてその時が来たならば遊ぶことなどしてはならない。ただ親交を深めることはもろ手を挙げてよいことである。
勉來取金紫,勿久休中園。
そうして頑張って金紫の爵位をとることなのだ。もちろん久しい間、妓女たちとのお遊びはやめなければならない。

#3
家に還らんとするは闕【けつ】短かしと雖も,日を指して晨飧【しんさん】を親する。
攜持【けいじ】して名は歸ら令め,自ら家尊を貽【やど】るに足る。
時節 玩ぶ可からず,親交 攀援【きょえん】す可し。
勉來りて金紫【きんし】を取り,勿久しく中園を休む。


『送進士劉師服東歸』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
還家雖闕短,指日親晨飧。
攜持令名歸,自足貽家尊。
時節不可玩,親交可攀援。
勉來取金紫,勿久休中園。


(下し文) #3
家に還らんとするは闕【けつ】短かしと雖も,日を指して晨飧【しんさん】を親する。
攜持【けいじ】して名は歸ら令め,自ら家尊を貽【やど】るに足る。
時節 玩ぶ可からず,親交 攀援【きょえん】す可し。
勉來りて金紫【きんし】を取り,勿久しく中園を休む。


(現代語訳)
そういう困難な時を乗り越えて家に帰るということは役所での働きを短い期間であっても懸命にし、日にちを指定して朝はやくから食事をしてしごとをすることである。
任務を持ち携えて名を為して帰ることになり、自ら自分の生れた家を尊ぶこととなり親を満足させるのである。
そうしてその時が来たならば遊ぶことなどしてはならない。ただ親交を深めることはもろ手を挙げてよいことである。
そうして頑張って金紫の爵位をとることなのだ。もちろん久しい間、妓女たちとのお遊びはやめなければならない。


(訳注)
還家 雖闕 短 ,指日 親 晨飧 。

そういう困難な時を乗り越えて家に帰るということは役所での働きを短い期間であっても懸命にし、日にちを指定して朝はやくから食事をしてしごとをすることである。
・闕 建築物、亭臺樓閣、闕。
・指日 範圍時間(時刻)、指日。
 親人眷屬、親。
・晨 清晨、朝。
・飧 飲食、食品、飧。


攜持 令 名歸 ,自足 貽 家尊
任務を持ち携えて名を為して帰ることになり、自ら自分の生れた家を尊ぶこととなり親を満足させるのである。
・攜持 手で持。
・名 官場境遇、名声。
・貽 行為動作、一般行為(辵部)、遺。
・家尊 親人眷屬、父。


時節 不可 玩 ,親交 可攀援 。
そうしてその時が来たならば遊ぶことなどしてはならない。ただ親交を深めることはもろ手を挙げてよいことである。
・玩 一般行為(其他部)、玩。あそぶこと。
・親 稱謂、親人眷屬、親。
・攀援 一般行為(手部)、攀。


勉來 取 金紫 ,勿久 休 中園 。
そうして頑張って金紫の爵位をとることなのだ。もちろん久しい間、妓女たちとのお遊びはやめなければならない。
・金紫 爵位、金紫。
・久 相對時間、久。
・休 生活狀態、休。
・中園 建築物、園林院落、園。 妓女のいるところ。女たちと行楽をすること。
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
猛虎落檻阱,坐食如孤豚。丈夫在富貴,豈必守一門。公心有勇氣,公口有直言。奈何任埋沒,不自求騰軒。僕本亦進士,頗嘗究根源。由來骨鯁材,喜被軟弱吞。低頭受侮笑,隱忍硉兀冤。泥雨城東路,夏槐作雲屯。還家雖闕短,指日親晨飧。攜持令名歸,自足貽家尊。時節不可玩,親交可攀援。勉來取金紫,勿久休中園。 
 
猛々しい虎は仕掛けた罠の檻に落ちた。檻の中でその時々に餌を食べるのをみると一匹の猪を見るようなものだ。
立派になった劉君は家柄もよいそだちもよいのである。どうしてもこの家系一族の伝統をまもるのである。
君の社会に対する思いは勇気あるものである。また、社会に対しては率直な物言いをしている。
しかしどういうわけか、君は成り行きに任せて埋没していた。自分から、上昇志向を持っているとは思えなかった。
私の考えに本質的に従順であることがそれによって進士になったのである。それでも我々のグループは物事の根源を探求していた。
物事の由来については道理にそっている諌めの言葉を能く勉強したものだが、喜びに被われるかと思えばよわよわしい一面ものぞかせる。
頭を低く下げることは小馬鹿にされたような嘲笑を受けるものである。じっと我慢する者の中で突飛な考えや、突飛な行動すると冤罪を受けることになる。
今君が行こうとする長安城から東にむかう路は長雨による泥まみれになっている。夏槐のように雲がかたまりをつくっているからだ。
そういう困難な時を乗り越えて家に帰るということは役所での働きを短い期間であっても懸命にし、日にちを指定して朝はやくから食事をしてしごとをすることである。
任務を持ち携えて名を為して帰ることになり、自ら自分の生れた家を尊ぶこととなり親を満足させるのである。
そうしてその時が来たならば遊ぶことなどしてはならない。ただ親交を深めることはもろ手を挙げてよいことである。
そうして頑張って金紫の爵位をとることなのだ。もちろん久しい間、妓女たちとのお遊びはやめなければならない。


送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <118>Ⅱ中唐詩677 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2369

韓愈(韓退之) 《送進士劉師服東歸》  私の考えに本質的に従順であることがそれによって進士になったのである。それでも我々のグループは物事の根源を探求していた。
物事の由来については道理にそっている諌めの言葉を能く勉強したものだが、喜びに被われるかと思えばよわよわしいいちめんものぞかせる。


 

 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#11>文選 上 献詩 女性詩764 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2368
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <118>Ⅱ中唐詩677 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2369
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集所思 七言律詩  成都5-(32) 杜甫 <480>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2370 杜甫詩1000-480-668/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性試新服裁制初成三首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-165-37-#30  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2372
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <118>Ⅱ中唐詩677 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2369


送進士劉師服東歸
猛虎落檻阱,坐食如孤豚。
猛々しい虎は仕掛けた罠の檻に落ちた。檻の中でその時々に餌を食べるのをみると一匹の猪を見るようなものだ。
丈夫在富貴,豈必守一門。
立派になった劉君は家柄もよいそだちもよいのである。どうしてもこの家系一族の伝統をまもるのである。
公心有勇氣,公口有直言。
君の社会に対する思いは勇気あるものである。また、社会に対しては率直な物言いをしている。
奈何任埋沒,不自求騰軒。
しかしどういうわけか、君は成り行きに任せて埋没していた。自分から、上昇志向を持っているとは思えなかった。

#2
僕本亦進士,頗嘗究根源。
私の考えに本質的に従順であることがそれによって進士になったのである。それでも我々のグループは物事の根源を探求していた。
由來骨鯁材,喜被軟弱吞。
物事の由来については道理にそっている諌めの言葉を能く勉強したものだが、喜びに被われるかと思えばよわよわしいいちめんものぞかせる。
低頭受侮笑,隱忍硉兀冤。
頭を低く下げることは小馬鹿にされたような嘲笑を受けるものである。じっと我慢する者の中で突飛な考えや、突飛な行動すると冤罪を受けることになる。
泥雨城東路,夏槐作雲屯。
今君が行こうとする長安城から東にむかう路は長雨による泥まみれになっている。夏槐のように雲がかたまりをつくっているからだ。

僕本 亦た進士,頗【かたよ】り嘗て 根源を究る。
由來は骨鯁【こつこう】の材,喜被【きひ】して軟弱の吞。
頭を低れて侮笑【ぶしょう】を受け,隱忍して硉兀【しこつ】冤【えん】ず。
泥雨 城東の路,夏槐 雲屯を作す。

槐002#3
還家雖闕短,指日親晨飧。攜持令名歸,自足貽家尊。
時節不可玩,親交可攀援。勉來取金紫,勿久休中園。


『送進士劉師服東歸』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
僕本亦進士,頗嘗究根源。由來骨鯁材,喜被軟弱吞。低頭受侮笑,隱忍硉兀冤。泥雨城東路,夏槐作雲屯。


(下し文) #2
僕本 亦た進士,頗【かたよ】り嘗て 根源を究る。
由來は骨鯁【こつこう】の材,喜被【きひ】して軟弱の吞。
頭を低れて侮笑【ぶしょう】を受け,隱忍して硉兀【しこつ】冤【えん】ず。
泥雨 城東の路,夏槐 雲屯を作す。


wakaba002(現代語訳)
私の考えに本質的に従順であることがそれによって進士になったのである。それでも我々のグループは物事の根源を探求していた。
物事の由来については道理にそっている諌めの言葉を能く勉強したものだが、喜びに被われるかと思えばよわよわしいいちめんものぞかせる。
頭を低く下げることは小馬鹿にされたような嘲笑を受けるものである。じっと我慢する者の中で突飛な考えや、突飛な行動すると冤罪を受けることになる。
今君が行こうとする長安城から東にむかう路は長雨による泥まみれになっている。夏槐のように雲がかたまりをつくっているからだ。


(訳注)
僕本 亦進士 ,頗嘗究 根源。

私の考えに本質的に従順であることがそれによって進士になったのである。それでも我々のグループは物事の根源を探求していた。
・僕本 職業身份、奴僕。
・進士 職官爵位、進士。
・究 探求。研究。追究。


由來骨鯁 材 ,喜被 軟弱 吞 。
物事の由来については道理にそっている諌めの言葉を能く勉強したものだが、喜びに被われるかと思えばよわよわしいいちめんものぞかせる。
・由來 物事がいつ、何から起こり、どのようにして現在まで伝えられてきたかということ。また、その起源・歴史。いわれ。来歴。
・骨鯁 耳ざわりだが、道理にそっている諌めの言葉を遠慮せずに言うこと。「直言」は思ったことを遠慮せずに言うこと、「鯁」は魚の骨、「骨鯁」は耳ざわりな直言を魚の骨がのどにつかえることにたとえたもの。
・材 才能。能力。
・軟弱 氣質內涵、軟弱。
 

低頭 受 侮笑 ,隱忍 硉兀 冤 。
頭を低く下げることは小馬鹿にされたような嘲笑を受けるものである。じっと我慢する者の中で突飛な考えや、突飛な行動すると冤罪を受けることになる。
・侮笑 ①軽蔑した笑い。尊敬・尊重する価値がないとわらう。②気軽に心を許せるさま、気のおけないさまとして微笑む。
・隱忍 じっと我慢すること。つらさを表に表さずにこらえること。
・硉兀 不平坦。高聳;突出。モグラたたき。突飛な考え。突飛な行動。
・冤 無実の罪。ぬれぎぬ。


泥雨 城 東路 ,夏槐 作 雲屯 。
今君が行こうとする長安城から東にむかう路は長雨による泥まみれになっている。夏槐のように雲がかたまりをつくっているからだ。
・泥雨 長雨、大雨、陰雨、雨。
・城 長安城。
・東路 街道巷弄、路。 春明門を出て滻水橋、㶚水橋を越えて洛陽方面に向かう都大路。
・夏槐 夏。マメ科の落葉高木。葉は羽状複葉で、小葉は長卵形。夏に、黄白色の小花が群生して咲き、くびれたさやのある実がなる。中国の原産。庭木や街路樹とし、木材は建築・器具などに用いる。花・実は薬用。きふじ。玉樹。槐樹(かいじゅ)。《季 花=夏》。
「作」人、行為動作、一般行為(人部)、作。
・雲屯 。1 人が雲のようにたくさん集まること。2 煎茶(せんちゃ)道具の一。水差し。
槐001

送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <117>Ⅱ中唐詩676 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2364

韓愈(韓退之) 《送進士劉師服東歸》 
歴史は後世に残るものであり、その時代を代表するものなのだから、文章の才にかけて当代一流の人が執筆しなければならないというのが、中国のどの時代にもあった考え方である。
この頃のグループの付き合いの中に劉師命がいて、進士に及第し、東の任地に赴くときにつくった詩である。

2013年5月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#10>文選 上 献詩 女性詩763 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2363
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <117>Ⅱ中唐詩676 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2364
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集柟(枯楠) 五言古詩 成都5-(31) 杜甫 <479-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2365 杜甫詩1000-479-667/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性試新服裁制初成三首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-164-36-#29  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2367
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <117>Ⅱ中唐詩676 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2364


作者: 韓愈 
作時年:813年、元和八年  46歲 
卷別: 卷三四0  文體: 五言古詩 
詩題: 送進士劉師服東歸 


彼の文章の才を認めてこの発令があった以上、実際の仕事は兼務の史館修撰のほうにあったし、ほかの人たちの彼を見る目も、ほとんどもっぱら史館の地位にある者としてであった。史館修撰というのは、史料を集めたり、取捨選択したりするが、最終的にはそれを利用して歴史を書くことを本務とする。歴史は後世に残るものであり、その時代を代表するものなのだから、文章の才にかけて当代一流の人が執筆しなければならないというのが、中国のどの時代にもあった考え方である。
この頃のグループの付き合いの中に劉師命がいて、進士に及第し、東の任地に赴くときにつくった詩である。



送進士劉師服東歸
(劉師命君が、進士に及第し、東の任地に赴くため故郷に帰るのを送るときにつくった詩)
猛虎落檻阱,坐食如孤豚。
猛々しい虎は仕掛けた罠の檻に落ちた。檻の中でその時々に餌を食べるのをみると一匹の猪を見るようなものだ。
丈夫在富貴,豈必守一門。
立派になった劉君は家柄もよいそだちもよいのである。どうしてもこの家系一族の伝統をまもるのである。
公心有勇氣,公口有直言。
君の社会に対する思いは勇気あるものである。また、社会に対しては率直な物言いをしている。
奈何任埋沒,不自求騰軒。
しかしどういうわけか、君は成り行きに任せて埋没していた。自分から、上昇志向を持っているとは思えなかった。

終南山06#2
僕本亦進士,頗嘗究根源。
由來骨鯁材,喜被軟弱吞。
低頭受侮笑,隱忍硉兀冤。
泥雨城東路,夏槐作雲屯。

進士劉師 服して東歸するを送る。
猛虎 檻阱【かんせい】に落ち,坐食して孤豚の如し。
丈夫 富貴に在り,豈に必ず一門を守らん。
公心 勇氣有り,公口 直言有る。
奈何ぞ任せて埋沒せん,自ら求めて騰軒【とうけん】せず。

#2
僕本 亦た進士,頗【かたよ】り嘗て 根源を究る。
由來は骨鯁【こつこう】の材,喜被【きひ】して軟弱の吞。
頭を低れて侮笑【ぶしょう】を受け,隱忍して硉兀【しこつ】冤【えん】ず。
泥雨 城東の路,夏槐 雲屯を作す。


『送進士劉師服東歸』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
猛虎落檻阱,坐食如孤豚。
丈夫在富貴,豈必守一門。
公心有勇氣,公口有直言。
奈何任埋沒,不自求騰軒。


(下し文)
進士劉師 服して東歸するを送る。
猛虎 檻阱【かんせい】に落ち,坐食して孤豚の如し。
丈夫 富貴に在り,豈に必ず一門を守らん。
公心 勇氣有り,公口 直言有る。
奈何ぞ任せて埋沒せん,自ら求めて騰軒【とうけん】せず。


(現代語訳)
(劉師命君が、進士に及第し、東の任地に赴くため故郷に帰るのを送るときにつくった詩)
猛々しい虎は仕掛けた罠の檻に落ちた。檻の中でその時々に餌を食べるのをみると一匹の猪を見るようなものだ。
立派になった劉君は家柄もよいそだちもよいのである。どうしてもこの家系一族の伝統をまもるのである。
君の社会に対する思いは勇気あるものである。また、社会に対しては率直な物言いをしている。
しかしどういうわけか、君は成り行きに任せて埋没していた。自分から、上昇志向を持っているとは思えなかった。


(訳注)
送進士劉師服東歸

劉師命君が、進士に及第し、東の任地に赴くため故郷に帰るのを送るときにつくった詩


猛虎 落 檻阱 ,坐食 如孤豚 。
猛々しい虎は仕掛けた罠の檻に落ちた。檻の中でその時々に餌を食べるのをみると一匹の猪を見るようなものだ。
・猛虎 動物專名(走獸)、虎。
・檻阱 軍事攻防、阱。おり【檻】とは。意味や解説。《「居(お)り」からという》猛獣や罪人が逃げないように入れておく、鉄格子などを使った頑丈な囲い、または室。阱(穽)とは。意味や日本語訳。(獣を捕える)落とし穴,わな
・豚 動物專名(走獸)、豬。


丈夫 在 富貴 ,豈必 守 一門 。
立派になった劉君は家柄もよいそだちもよいのである。どうしてもこの家系一族の伝統をまもるのである。
・丈夫 一般稱謂、丈夫。
・富貴 狀態、生活狀態、富貴。
・豈必 狀態、心理能願、必。
・一門 家系一族。韓愈の学問のグループ。


公心 有 勇氣 ,公口 有 直言 。
君の社会に対する思いは勇気あるものである。また、社会に対しては率直な物言いをしている。
・公心 公平な思い。


奈何任埋沒 ,不自 求 騰軒 。
しかしどういうわけか、君は成り行きに任せて埋没していた。自分から、上昇志向を持っているとは思えなかった。。
・埋沒 埋れること。
・求 探求する。
・騰軒 人生機遇、發達。上昇志向。

晩春 韓愈(韓退之) <116>Ⅱ中唐詩675 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2359

韓愈(韓退之) 《晩春》 
彼の文章の才を認めてこの発令があった以上、実際の仕事は兼務の史館修撰のほうにあったし、ほかの人たちの彼を見る目も、ほとんどもっぱら史館の地位にある者としてであった。史館修撰というのは、史料を集めたり、取捨選択したりするが、最終的にはそれを利用して歴史を書くことを本務とする。歴史は後世に残るものであり、その時代を代表するものなのだから、文章の才にかけて当代一流の人が執筆しなければならないというのが、中国のどの時代にもあった考え方である。




2013年5月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#9>文選 上 献詩 女性詩762 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2358
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩晩春 韓愈(韓退之) <116>Ⅱ中唐詩675 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2359
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集枯楠(枯柟) 五言古詩 成都5-(30) 杜甫 <478-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2360 
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聽僧吹蘆管 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-163-35-#28  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2362
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首


晩春 韓愈(韓退之) <116>Ⅱ中唐詩675 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2359

詩題: 晚春 
-----------------------------------------------------------------------
作 者: 韓愈 
作時年: 元和八年  813年 
年 齢: 46歲 
卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 
韓愈の散文として有名な「進学の解」は、813年の初めに書かれたものである。それは国子博士である韓愈と学生たちとの対話という形式をとり、「古えの道」を守ろうとする決意を述べるものであったが、この文章が宰相たち(当時の宰相は複数で、武元衡・李書甫・李終らの人々であった)の目にふれたとき、彼らが最も評価したのは韓愈の「文章の才」であった。そこで彼は813年元和八年三月、比部郎中兼史館修撰に転職させられた。
晩春はこの頃の作品である。
進学の解
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6240580.html


晚春
(春も終わろうとしているころ。)
誰收春色將歸去,慢綠妖紅半不存。  
春の盛りの景色が去って行き、誰が晩春さえも納めて帰ろうとしているのだろうか。若葉の薄緑色は妖艶な紅の花に半分の色なのにその主役を奪われている。
榆莢祗能隨柳絮,等閒撩亂走空園。  

春の盛りの景色が去って行き、誰が晩春さえも納めて帰ろうとしているのだろうか。若葉の薄緑色は妖艶な紅の花に半分の色なのにその主役を奪われている。

晚春
誰か春色を收めて將に歸り去り,慢綠【まんりょく】妖紅【ゆうこう】半ば存せず。 
榆莢【ゆきょう】祗だ能く柳絮に隨い,等閒【とうかん】撩亂【りょうらん】空園【くうえん】を走る。
 

柳絮01






『晚春』 現代語訳と訳註
(本文)

晚春
誰收春色將歸去,慢綠妖紅半不存。 
榆莢祗能隨柳絮,等閒撩亂走空園。 
 

(下し文)
晚春
誰か春色を收めて將に歸り去り,慢綠【まんりょく】妖紅【ゆうこう】半ば存せず。 
榆莢【ゆきょう】祗だ能く柳絮に隨い,等閒【とうかん】撩亂【りょうらん】空園【くうえん】を走る。 


sakura0081(現代語訳)
(春も終わろうとしているころ。)
春の盛りの景色が去って行き、誰が晩春さえも納めて帰ろうとしているのだろうか。若葉の薄緑色は妖艶な紅の花に半分の色なのにその主役を奪われている。
春の盛りの景色が去って行き、誰が晩春さえも納めて帰ろうとしているのだろうか。若葉の薄緑色は妖艶な紅の花に半分の色なのにその主役を奪われている。


(訳注)
晚春

(春も終わろうとしているころ。)
813年、元和八年、春の終わりの時期。春は早春、盛春、晩春の三春、三か月。


誰收春色將歸去,慢綠妖紅半不存。 
春の盛りの景色が去って行き、誰が晩春さえも納めて帰ろうとしているのだろうか。若葉の薄緑色は妖艶な紅の花に半分の色なのにその主役を奪われている。
・慢綠 薄緑色。
・妖紅 妖艶な紅。


榆莢祗能隨柳絮,等閒撩亂走空園。 
にれの実のさやはただ白い綿毛をとばしていた柳に従っているようだ。楡と柳はどちらもこの春に乱れ飛び散っていつもの誰もいない庭園林になってしまった。
・榆莢 にれの実のさや。
・柳絮 白い綿毛のついた柳の種子。また、それが春に飛び漂うこと。盛春から晩春にかけての風物詩。
・等閒 ひとしく。ともに。
・撩亂 乱れ飛び散る。
・空園 誰もいない園林。


韓愈の散文として有名な「進学の解」は、813年の初めに書かれたものである。それは国子博士である韓愈と学生たちとの対話という形式をとり、「古えの道」を守ろうとする決意を述べるものであったが、この文章が宰相たち(当時の宰相は複数で、武元衡・李書甫・李終らの人々であった)の目にふれたとき、彼らが最も評価したのは韓愈の「文章の才」であった。そこで彼は813年元和八年三月、比部郎中兼史館修撰に転職させられた。
晩春はこの頃の作品である。

しかし、彼の文章の才を認めてこの発令があった以上、実際の仕事は兼務の史館修撰のほうにあったし、ほかの人たちの彼を見る目も、ほとんどもっぱら史館の地位にある者としてであった。史館修撰というのは、史料を集めたり、取捨選択したりするが、最終的にはそれを利用して歴史を書くことを本務とする。歴史は後世に残るものであり、その時代を代表するものなのだから、文章の才にかけて当代一流の人が執筆しなければならないというのが、中国のどの時代にもあった考え方である。



韓愈《晩春》兼務の仕事は史館修撰であった。史館修撰というのは、史料を集めたり、取捨選択したりするが、最終的にはそれを利用して歴史を書くことを本務とする。文章の才にかけて当代一流の人が執筆するのが中国のどの時代にもあった考え方である。

感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#2>Ⅱ中唐詩674 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2354

韓愈(韓退之) 《感春三首 其三》
あでやかな舞い姫が毛氈の上で舞っているが、そのきれいなまなざしは剣や戟とばかりわたしにつきささる。
私の心に浮かぶのは古いいつもの友だちのことであるが、そのひとりさえもこの宴にいあわせないのである。

2013年5月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#8>文選 上 献詩 女性詩761 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2353
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#2>Ⅱ中唐詩674 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2354
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集枯椶 五言古詩 成都5-(26-2) 杜甫 <477>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2355 杜甫詩1000-477-665/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-162-34-#27  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2357
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


 
感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#2>Ⅱ中唐詩674 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2354



(一)
紅梅0021偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
時節適當爾,懷悲自無端。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
春序一如此,汝顏安足賴。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
誰能駕飛車,相從觀海外。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。

(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
明け方からいろいろの花さく林を遊覧すると、あかくあかく咲く花のかたまり、また白く白い花のかたまりがある。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
柳の枝はしなやかにこまやかに、柳の樹木から百尺も垂れている。
左右同來人,金紫貴顯劇。
左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(
#1
なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。

豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
あでやかな舞い姫が毛氈の上で舞っているが、そのきれいなまなざしは剣や戟とばかりわたしにつきささる。
心懷平生友,莫一在燕席。
私の心に浮かぶのは古いいつもの友だちのことであるが、そのひとりさえもこの宴にいあわせないのである。
死者長眇芒,生者困乖隔。
死んだ者とは永遠に交渉のなくなった状態になってしまい、生きている者とこまったことにはなればなれになったままである。
少年真可喜,老大百無益。
(#2
若いときこそほんとにたのしくよろこばしいものだ。老いさらばえては何ごとにつけても益が無いのである。


晨に百花の林に遊べば、朱朱 兼ねて白白。
柳の枝は弱【なよ】やかにして細【こま】やかに、樹に懸かって垂るること百尺なり。
左右の同【とも】に来たる人は、金紫【きんし】貴顕【きけん】なること劇【はなは】だし。
嬌童【きょうどう】我が為に歌い、哀しき響きは箏笛【そうてき】に跨【こ】ゆ。
豔姬【えんぎ】筵を傷んで舞い、清き眸【ひとみ】は剣戟【けんげき】を刺す。
心に平生の友を懐うに、一【ひとり】も燕席に在ること莫し。
死せる者は長【とこしえ】に眇芒【びょうぼう】たり、生ける者は乖隔【かくかく】するに困しむ。
少年は真に喜ぶべし、老大【ろうだい】百ながら益無【えきな】し。


『感春三首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)
(#2
豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。


(下し文)
豔姬【えんぎ】筵を傷んで舞い、清き眸【ひとみ】は剣戟【けんげき】を刺す。
心に平生の友を懐うに、一【ひとり】も燕席に在ること莫し。
死せる者は長【とこしえ】に眇芒【びょうぼう】たり、生ける者は乖隔【かくかく】するに困しむ。
少年は真に喜ぶべし、老大【ろうだい】百ながら益無【えきな】し。


(現代語訳)
あでやかな舞い姫が毛氈の上で舞っているが、そのきれいなまなざしは剣や戟とばかりわたしにつきささる。
私の心に浮かぶのは古いいつもの友だちのことであるが、そのひとりさえもこの宴にいあわせないのである。
死んだ者とは永遠に交渉のなくなった状態になってしまい、生きている者とこまったことにはなればなれになったままである。
若いときこそほんとにたのしくよろこばしいものだ。老いさらばえては何ごとにつけても益が無いのである。


(訳注)
感春 816年元和十一年三月、韓愈四十九歳、中書舎人なったころの作。


豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
あでやかな舞い姫が毛氈の上で舞っているが、そのきれいなまなざしは剣や戟とばかりわたしにつきささる。
〇豔姬 あでやかな舞い姫。
〇清眸刺劍戟 清らかな視線は剣や戦をつきさすようにわたしを射る。


心懷平生友,莫一在燕席。
私の心に浮かぶのは古いいつもの友だちのことであるが、そのひとりさえもこの宴にいあわせないのである。
○燕席 燕は宴と同じ。宴会の席。


死者長眇芒,生者困乖隔。
死んだ者とは永遠に交渉のなくなった状態になってしまい、生きている者とこまったことにはなればなれになったままである。
〇眇芒 紗茫と同じ。はるかなかなたへ行って、自分と交渉のなくなった状態をいう。
〇乖隔 はなればなれになる。


少年真可喜,老大百無益。
若いときこそほんとにたのしくよろこばしいものだ。老いさらばえては何ごとにつけても益が無いのである。
〇百無益 何ごとにつけても益が無い。


(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
左右同來人,金紫貴顯劇。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(#1
豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。(#2

晨に百花の林に遊べば、朱朱 兼ねて白白。
柳の枝は弱【なよ】やかにして細【こま】やかに、樹に懸かって垂るること百尺なり。
左右の同【とも】に来たる人は、金紫【きんし】貴顕【きけん】なること劇【はなは】だし。
嬌童【きょうどう】我が為に歌い、哀しき響きは箏笛【そうてき】に跨【こ】ゆ。
豔姬【えんぎ】筵を傷んで舞い、清き眸【ひとみ】は剣戟【けんげき】を刺す。
心に平生の友を懐うに、一【ひとり】も燕席に在ること莫し。
死せる者は長【とこしえ】に眇芒【びょうぼう】たり、生ける者は乖隔【かくかく】するに困しむ。
少年は真に喜ぶべし、老大【ろうだい】百ながら益無【えきな】し。

感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#1>Ⅱ中唐詩673 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2349

韓愈 《感春三首 其三》

左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。

2013年5月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#7>文選 上 献詩 女性詩760 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2348
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#1>Ⅱ中唐詩673 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2349
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集枯椶  五言古詩 成都5-(26-1) 杜甫 <476>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2350 杜甫詩1000-476-664/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集悲哉行 謝霊運(康楽) <70> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2351 (05/10)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-161-33-#26  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2352
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#1>Ⅱ中唐詩673 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2349



(一)
紅梅0021偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
時節適當爾,懷悲自無端。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
春序一如此,汝顏安足賴。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
誰能駕飛車,相從觀海外。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。

(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
明け方からいろいろの花さく林を遊覧すると、あかくあかく咲く花のかたまり、また白く白い花のかたまりがある。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
柳の枝はしなやかにこまやかに、柳の樹木から百尺も垂れている。
左右同來人,金紫貴顯劇。
左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(
#1
なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。

豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。(#2

晨に百花の林に遊べば、朱朱 兼ねて白白。
柳の枝は弱【なよ】やかにして細【こま】やかに、樹に懸かって垂るること百尺なり。
左右の同【とも】に来たる人は、金紫【きんし】貴顕【きけん】なること劇【はなは】だし。
嬌童【きょうどう】我が為に歌い、哀しき響きは箏笛【そうてき】に跨【こ】ゆ。

豔姬【えんぎ】筵を傷んで舞い、清き眸【ひとみ】は剣戟【けんげき】を刺す。
心に平生の友を懐うに、一【ひとり】も燕席に在ること莫し。
死せる者は長【とこしえ】に眇芒【びょうぼう】たり、生ける者は乖隔【かくかく】するに困しむ。
少年は真に喜ぶべし、老大【ろうだい】百ながら益無【えきな】し。


『感春三首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)
(三)#1
wakaba002晨游百花林,朱朱兼白白。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
左右同來人,金紫貴顯劇。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。


(下し文)
晨に百花の林に遊べば、朱朱 兼ねて白白。
柳の枝は弱【なよ】やかにして細【こま】やかに、樹に懸かって垂るること百尺なり。
左右の同【とも】に来たる人は、金紫【きんし】貴顕【きけん】なること劇【はなは】だし。
嬌童【きょうどう】我が為に歌い、哀しき響きは箏笛【そうてき】に跨【こ】ゆ。


(現代語訳)
明け方からいろいろの花さく林を遊覧すると、あかくあかく咲く花のかたまり、また白く白い花のかたまりがある。
柳の枝はしなやかにこまやかに、柳の樹木から百尺も垂れている。
左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。
なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。


(訳注)(三)-#1
感春 816年元和十一年三月、韓愈四十九歳、中書舎人なったころの作。


晨游百花林,朱朱兼白白。
明け方からいろいろの花さく林を遊覧すると、あかくあかく咲く花のかたまり、また白く白い花のかたまりがある。


柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
柳の枝はしなやかにこまやかに、柳の樹木から百尺も垂れている。


左右同來人,金紫貴顯劇。
左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。
○同来 いっしょに来る。
○金紫 高官の服飾。紫の衣と金の魚袋であろう。魚懸帯玉。


嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。
なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。
○嬌童 なまめかしい少年。おかまの類である。媚を売る美少年。
○哀響 心を打つかん高い歌ごえ。哀は、かなしいと同時に調子のたかいことでもある。

感春三首 其二 韓愈(韓退之) <114>Ⅱ中唐詩672 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2344

韓愈(韓退之)  《感春三首 其二》

かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。

2013年5月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#6>文選 上 献詩 女性詩759 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2343
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其二 韓愈(韓退之) <114>Ⅱ中唐詩672 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2344
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集病橘 五言古詩 成都5-(25-2) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2345 杜甫詩1000-475-663/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集君子有所思行 謝霊運(康楽) <69> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2346 (05/09)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江邊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-160-32-#25  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2347
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

感春三首 其二 韓愈(韓退之) <114>Ⅱ中唐詩672 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2344


感春三首(韓愈 唐詩)
(一)
偶坐藤樹下,暮春下旬間。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
時節適當爾,懷悲自無端。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
春序一如此,汝顏安足賴。
誰能駕飛車,相從觀海外。

(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
左右同來人,金紫貴顯劇。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(#1
豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。(#2


(一)
偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
時節適當爾,懷悲自無端。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
春序一如此,汝顏安足賴。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
誰能駕飛車,相從觀海外。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。

黄黄【こうこう】たり蕪菁【ぶせい】の花、桃李【とうり】事 己に退く。
狂風【きょうふう】枯楡【こゆ】を簸【は】し、狼籍【ろうぜき】たり九衢【きゅうく】の内。
春序【しゅんじょ】一に此くの如し、汝が顔 安【いずく】んぞ頼むに足らん。
誰か能く飛車に駕【が】して、相い従って海外を観ん。



『感春三首 其二』 現代語訳と訳註
金燈花03(本文)
(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
春序一如此,汝顏安足賴。
誰能駕飛車,相從觀海外。


(下し文)
黄黄【こうこう】たり蕪菁【ぶせい】の花、桃李【とうり】事 己に退く。
狂風【きょうふう】枯楡【こゆ】を簸【は】し、狼籍【ろうぜき】たり九衢【きゅうく】の内。
春序【しゅんじょ】一に此くの如し、汝が顔 安【いずく】んぞ頼むに足らん。
誰か能く飛車に駕【が】して、相い従って海外を観ん。


(現代語訳)
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。


(訳注) (二)
感春 816年元和十一年三月、韓愈四十九歳、中書舎人なったころの作。儒者が楡の木と過ぎ行く春の日を詠う。


黄黄蕪菁花,桃李事已退。
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
○蕪菁 かぶら。


狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
○簸 実でふるうようにまきあげる。
○桔榆 榆は、にれの木。春、葉の出る前に花を開き、実がなる。箕の皮が大きく外にそりかえって、鳥のはねのようになる。それを楡葉【ゆよう】という。ここの枯楡は、かさかさになった楡莢【ゆきょう】をいう。
〇九衢 都大路。四方に通じる街路を衢といい、九衢とは、到る処に通じる街路をいう。
○狼藉 中国の通史『史記 滑稽列伝』による漢語で、「藉」には「敷く」や「踏む」「雑」などの意味があり、狼藉は狼が寝るために敷いた草の乱れた様子から、物が散らかっている様子を意味した。


春序一如此,汝顏安足賴。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
〇春序 春の季節。


誰能駕飛車,相從觀海外。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。
○駕 車にそれをひっはる動物をつけること。馬車なら馬をつけることである。
○飛車 空飛ぶ車。海外異国ものがたりをも含む地理書「山海経」の中に、一本腕國の人は、百羽の鳥をつかまえて飛車を作り、風にまかせて遠くまで旅行する、と見える。

感春三首 其一 韓愈(韓退之) <113>Ⅱ中唐詩671 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2339

韓愈(韓退之) 《感春三首 其一》 
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

2013年5月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#5>文選 上 献詩 女性詩758 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2338
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其一 韓愈(韓退之) <113>Ⅱ中唐詩671 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2339
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集病橘 五言古詩 成都5-(25-1) 杜甫 <474-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2340 杜甫詩1000-474-662/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集泰山吟 謝霊運(康楽) <68> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2341 (05/08)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性菱荇沼 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-159-31-#24  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2342
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

感春三首 其一 韓愈(韓退之) <113>Ⅱ中唐詩671 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2339



感春三首(韓愈 唐詩)
(一)
偶坐藤樹下,暮春下旬間。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
時節適當爾,懷悲自無端。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
春序一如此,汝顏安足賴。
誰能駕飛車,相從觀海外。

(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
左右同來人,金紫貴顯劇。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(#1
豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。(#2


(一)
偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
時節適當爾,懷悲自無端。

晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

(春に感ず 三首其の一)
偶たま坐す 藤樹の下、暮春 下旬の間。
藤陰 己に庇いつべきも、落蕊 還【な】お漫漫たり。
亹亹【びび】として新葉大に、瓏瓏として晩花 乾く。
青天 高うして寥寥【りょうりょう】たり、兩蝶 飛んで翻翻【へんぺん】たり。
時節 適【たまた】ま当に爾【しか】るべきに、悲しみを懐くこと自ずから端無し。

藤の花01
『感春三首』 現代語訳と訳註
(本文)(一)

偶坐藤樹下,暮春下旬間。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
時節適當爾,懷悲自無端。



(下し文)
(春に感ず 三首其の一)
偶たま坐す 藤樹の下、暮春 下旬の間。
藤陰 己に庇いつべきも、落蕊 還【な】お漫漫たり。
亹亹【びび】として新葉大に、瓏瓏として晩花 乾く。
青天 高うして寥寥【りょうりょう】たり、兩蝶 飛んで翻翻【へんぺん】たり。
時節 適【たまた】ま当に爾【しか】るべきに、悲しみを懐くこと自ずから端無し。


(現代語訳)
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。


(訳注)
感春三首(一)

○感春 816年元和十一年三月、韓愈四十九歳、中書舎人なったころの作。


偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
○偶 偶然。何の気もなしに。
○暮春 春は早春、盛春、晩春の三春の三か月。通常三月というと三春をいう。


藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
○落蕊 蕊はがんらい花のしべであるが、ここの落蕊は、落花と同じ。
○還 まだやはり。 
○漫漫 広々と果てしないさま。落ちた花弁がいっぱいひろがっているさま。


亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
○亹亹 どんどんと時がたつにつれてたえず大きくなって行くさま。
○瓏瓏 玉のように白いさま。


青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
○寥寥 からりとして何ものもないこと。


時節適當爾,懷悲自無端。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。
○無端 何という原因もなしに。

示児 韓愈(韓退之) <112-#6>Ⅱ中唐詩670 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2334

韓愈 《示児》
816年元和十一年正月49歳、韓愈は中書舎人となり、緋魚袋を賜ったのである。これは中書省に属し、長官の中書令、次官の中書侍郎に次ぐナンバー3の地位で、もちろん韓愈がこれまでに歩んできた出世コースの最高峰である。彼も官界の波に慣れたと見え、順調に昇進している。だから、子供に、自慢し、それをグループの者に自慢したのである。 

2013年5月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#4>文選 上 献詩 女性詩757 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2333
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩示児 韓愈(韓退之) <112-#6>Ⅱ中唐詩670 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2334
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集病柏 五言古詩 成都5-(24-1) 杜甫 <473-#2>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2335 杜甫詩1000-473-#2-661/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集折楊柳行 その二 謝霊運(康楽) <67> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2336 (05/07)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性采蓮舟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-158-30-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2337
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

示児 韓愈(韓退之) <112-#6>Ⅱ中唐詩670 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2334


示児 ―#1
始我來京師,止攜一束書。
辛勤三十年,以有此屋廬。
此屋豈為華,於我自有餘。』

#2
中堂高且新,四時登牢蔬。
前榮饌賓親,冠婚之所於。」

庭內無所有,高樹八九株。
有藤婁絡之,春華夏陰敷。」
#3
東堂坐見山,雲風相吹噓。
松果連南亭,外有瓜芋區。」

西偏屋不多,槐榆翳空虛。
山鳥旦夕鳴,有類澗谷居。」
#4
主婦治北堂,膳服適戚疏。
恩封高平君,子孫從朝裾。」

開門問誰來,無非卿大夫。
不知官高卑,玉帶懸金魚。」
#5
問客之所為,峨冠講唐虞。
酒食罷無為,棋槊以相娛。
凡此座中人,十九持鈞樞。」

又問誰與頻,莫與張樊如。
來過亦無事,考評道精粗。」
#6
躚躚媚學子,牆屏日有徒。
以能問不能,其蔽豈可袪。」

嗟我不修飾,事與庸人俱。
安能坐如此,比肩於朝儒。
詩以示兒曹,其無迷厥初。」


終南山04

ともかく、816年元和十一年正月49歳、韓愈は中書舎人となり、緋魚袋を賜ったのである。これは中書省に属し、長官の中書令、次官の中書侍郎に次ぐナンバー3の地位で、もちろん韓愈がこれまでに歩んできた出世コースの最高峰である。彼も官界の波に慣れたと見え、順調に昇進している。だから、子供に、自慢し、それをグループの者に自慢したのである。





示兒 ―#1
始我來京師,止攜一束書。
辛勤三十年,以有此屋廬。
此屋豈為華,於我自有餘。』
(子にしめす)
はじめてわたしが都に出たときのことである。身にたずさえたものはたった一束の書物だけであった。
それからこつこつと苦しみつつ精出すこと三十年になる。そのおかげで長安の靖安里にこの屋敷ができたのだ。
この家は豪華とまではいえないが、わたしにとってはこれだけでも十分すぎるものといえるのである。

#2
中堂高且新,四時登牢蔬。
前榮饌賓親,冠婚之所於。」
庭內無所有,高樹八九株。
有藤婁絡之,春華夏陰敷。」
中央の表座敷きは高くで新らしく、季節、季節に神さまや御先祖にお供えをさし上げる。
堂の南側はお客や親類をもてなすところだ。そして、元服や婚礼の行われるところなのだ。
そのころは庭のなかには何も無く、高い木の八九本だけだった。
その木には藤がからみついていて、春には花がさき夏は葉かげをひろげるだけのものである。

#3
東堂坐見山,雲風相吹噓。
松果連南亭,外有瓜芋區。」
西偏屋不多,槐榆翳空虛。
山鳥旦夕鳴,有類澗谷居。」
東の離れ書斎からは腰かけたまま終南山が見える。山にはつぎつぎと雲がかかっては風が吹き散らしている。
そこから松の木や果樹が南のあずまやまでずっと連なるほど植えている。その外には瓜やさといものはたけが区分けしてある。
西寄りには建て物もすくなく、えんじゅとにれの木ががらんとした地面にかげを落としている。
終南山には山鳥がおり、それが夕べには鳴きさわぐ。その雰囲気は谷間の住まいに類せるものが有るのだ。

#4
主婦治北堂,膳服適戚疏。
恩封高平君,子孫從朝裾。」
開門問誰來,無非卿大夫。
不知官高卑,玉帶懸金魚。」
主婦は北の座敷を管理し、人に出す食膳も人前に出るときの服装も、親しいものと縁の薄いものとの区別にかなうようにする。
わが君の御恩によって高平君に封ぜられ、参内するときは子や孫がその裾について行くことにする。
門をあけて来る者は誰かと問えば、昔の卿・大夫に相当する朝廷のおえら方はかりと答える。
官位の高位か卑下かは別問題であって、みな宝石で飾った帯をしめ、それに魚の形をした金色の札を入れた袋をさげている。
#5
問客之所為,峨冠講唐虞。
酒食罷無為,棋槊以相娛。
凡此座中人,十九持鈞樞。」
又問誰與頻,莫與張樊如。
來過亦無事,考評道精粗。」
その客人たちのすることは何かと問えば、冠を高くそばだたせて真剣に堯・舜の事跡を論ずるのである。
酒食の宴が終わってすることがなければ、囲碁だの双六だのを娯楽とする。
だいたいこの座につらなる人の十人のうち九人までは政治の中枢にたずさわる人々である。」
また誰といちばんよくつきあっているかと問えば、張籍・樊宗師たちに過ぎる者はない。
彼らがうちへ来るのは、ほかに用事があるわけではなく、聖人の教えた道にたいしてそれが純粋か否かを議論しあうのだ。」
#6
躚躚媚學子,牆屏日有徒。
軽やかに動く学問好きな若者たちで、私の家の塀のなか私の学派は日ごとに仲間がふえていく。
以能問不能,其蔽豈可袪。」

しかし、能力をもっている彼らは、能力のない私に道を問うている。彼らの考え違いのある後輩を指導して派閥グループ維持していくことはもうやめにしよう。
嗟我不修飾,事與庸人俱。
ああ、私が学問によって教養を身につけることにつとめなければ、なにごとにつけても凡庸な人々なみの待遇を受けたであろう。
安能坐如此,比肩於朝儒。
座ったままでこのとおりでいる。だから、朝廷の儒者たちと肩をならべることが、どうしてできるというのであろう。
詩以示兒曹,其無迷厥初。」
しかし、こうして詩を作って子どもたちに示す。初心がどうであったかを忘れ、迷うようなことがあってはならないということだ。

躚躚【せんせん】として媚【うるわ】しき學子,牆屏【しょうへい】に日【ひび】に徒有り。
能を以って不能に問う,其の蔽 豈に袪【のぞ】く可けんや。」

嗟【ああ】我れ不修飾せざらましかば,事 庸人と俱【とも】にならん。
安【いずく】んぞ能く坐ながら如此くのくにして,肩を朝儒に比らべん。
詩して以って兒曹に示す,其れ厥【そ】の初じめに迷うこと無れ。」


『示児』 現代語訳と訳註
(本文)
#6
躚躚媚學子,牆屏日有徒。
以能問不能,其蔽豈可袪。」

嗟我不修飾,事與庸人俱。
安能坐如此,比肩於朝儒。
詩以示兒曹,其無迷厥初。」


(下し文) #6
躚躚【せんせん】として媚【うるわ】しき學子,牆屏【しょうへい】に日【ひび】に徒有り。
能を以って不能に問う,其の蔽 豈に袪【のぞ】く可けんや。」

嗟【ああ】我れ不修飾せざらましかば,事 庸人と俱【とも】にならん。
安【いずく】んぞ能く坐ながら如此くのくにして,肩を朝儒に比らべん。
詩して以って兒曹に示す,其れ厥【そ】の初じめに迷うこと無れ。」


(現代語訳)
軽やかに動く学問好きな若者たちで、私の家の塀のなか私の学派は日ごとに仲間がふえていく。
しかし、能力をもっている彼らは、能力のない私に道を問うている。彼らの考え違いのある後輩を指導して派閥グループ維持していくことはもうやめにしよう。
ああ、私が学問によって教養を身につけることにつとめなければ、なにごとにつけても凡庸な人々なみの待遇を受けたであろう。
座ったままでこのとおりでいる。だから、朝廷の儒者たちと肩をならべることが、どうしてできるというのであろう。
しかし、こうして詩を作って子どもたちに示す。初心がどうであったかを忘れ、迷うようなことがあってはならないということだ。


(訳注) #6
○示児 自分の男の子に読ませるために作った詩。韓愈には、韓昶【かんちょう】(799-855年)という子があった。この詩は、元和十年(815年)ごろの作。元和十年とすれば、韓愈48歳、韓昶17歳。韓愈が心の底に持っていた立身出世主義を露骨に出した作品で、新興成金のおやじが、むすこに自分の成功談を得得と話している。


<青年たちが訪問することをいう。>
躚躚媚學子,牆屏日有徒。
軽やかに動く学問好きな若者たちで、私の家の塀のなか私の学派は日ごとに仲間がふえていく。
○躚躚媚學子 躚躚は、あたりをめぐり歩くさま。媚は、若くて美しいこと。學子は、学生。子は、男子をひろくよぶ云い方。
○牆屏 牆は、土べい。屏は、門のつきあたりに設けて、家の中が直接外から見えないようにするかき。しとみ。人は、その左右を通って出入りする。
○徒 なかま。生徒。


以能問不能,其蔽豈可袪。」
しかし、能力をもっている彼らは、能力のない私に道を問うている。彼らの考え違いのある後輩を指導して派閥グループ維持していくことはもうやめにしよう。
○以能問不能 自分に才能がありながら、才能のないものにたずねて、いっそう自分の学問をひろめよう与ること。「論語」都側篇に見えることば。
○其蔽 韓愈のところへ訪問して誉学生たちの疑問。薇は、本来分かるべきものが何かにおおわれて分かっていないこと。
○豈可袪 とりのぞくことができようか。すなわち、蓋われて分かっていないことについて、そのおおいを取り除くことはできない、ということ。反語である。袪は、がんらい袖を挙げるということ、ここは、取り上げてのぞく意に用いた。韓愈は、最初は、よく後輩のものを引き立でたが、官位が高くなってからは、それをしないようになった。


<自分がこのように苗的な地位を得たのは、学問につとめたからであるといって結びとする。>
嗟我不修飾,事與庸人俱。
ああ、私が学問によって教養を身につけることにつとめなければ、なにごとにつけても凡庸な人々なみの待遇を受けたであろう。
○業不修飾 修飾は、かざること、ここでは・学問によって教養を身につけること。
○庸人 つまらぬありふれた人。


安能坐如此,比肩於朝儒。
座ったままでこのとおりでいる。だから、朝廷の儒者たちと肩をならべることが、どうしてできるというのであろう。
○安 どうして。ここは反語。
○坐 じっとしたままで。何豊ずとも。
○朝儒 朝廷に仕えている儒者。


詩以示兒曹,其無迷厥初。」
しかし、こうして詩を作って子どもたちに示す。初心がどうであったかを忘れ、迷うようなことがあってはならないということだ。
○兒曹 こどもたち。曹はなかま。
○其 ことばの調子を強めることば。
○迷厥初 厥は、「其」の古いことば。

示児 韓愈(韓退之) <112-#5>Ⅱ中唐詩669 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2329

韓愈 《示児》 
その客人たちのすることは何かと問えば、冠を高くそばだたせて真剣に堯・舜の事跡を論ずるのである。
酒食の宴が終わってすることがなければ、囲碁だの双六だのを娯楽とする。

2013年5月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#3>古詩源 巻三 女性詩756 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2328
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩示児 韓愈(韓退之) <112-#5>Ⅱ中唐詩669 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2329
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集病柏 五言古詩 成都5-(24) 杜甫 <473-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2330 杜甫詩1000-473-#1-660/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集折楊柳行 その一 謝霊運(康楽) <66> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2331 (05/06)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性秋泉 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-157-29-#22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2332
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

示児 韓愈(韓退之) <112-#5>Ⅱ中唐詩669 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2329

この詩は中書舎人に転任し、緋魚袋を賜って舞い上がっていたころに書いているので、韓愈の俗物性を諸に著しているものとして有名なのである。宋の蘇軾はこの詩を全部「利禄の事」しか言っていないと評する。そのなかに「聖賢の事」を言うのが高級で「利禄の事」は低級だとする考え方が見えるが、それが儒教であり、蘇軾も伝統的な儒教の価値観に拘束され、きっちり体制内での論争をしているのに過ぎないのである。韓愈のように舞い上がって単純に俗物性をむき出しにしているのは、根が正直なだけである。その時代に適応した儒教であって、時代背景等を考慮すると大差はない。

本物の儒者であったら、歴史上表に出るものではなく、必ず餓死するはずであり、儒者の誰もが、三顧の礼で迎えられたいと思っている以上、五十歩百歩であろうと思う。
王朝政治しか経験していない国での、老荘思想、儒教思想、仏教においても体制内であるから成立したのであり、その底辺に流れる思想に五行思想が粘着性の高いものとして存在している。どの王朝もその前の退化した王朝よりよいのは建国して、良く持っても数十年すると腐敗、贈収賄の政治が繰り返され、宦官による陰湿、頽廃はどの時代も受け継がれている。

歴史上の人物を客観的に見て純粋な儒教は存在していない。共産主義が王朝制になる国柄である。

ともかく、816年元和十一年正月49歳、韓愈は中書舎人となり、緋魚袋を賜ったのである。これは中書省に属し、長官の中書令、次官の中書侍郎に次ぐナンバー3の地位で、もちろん韓愈がこれまでに歩んできた出世コースの最高峰である。彼も官界の波に慣れたと見え、順調に昇進している。だから、子供に、自慢し、それをグループの者に自慢したのである。


示兒 ―#1
(子にしめす)
始我來京師,止攜一束書。
はじめてわたしが都に出たときのことである。身にたずさえたものはたった一束の書物だけであった。
辛勤三十年,以有此屋廬。
それからこつこつと苦しみつつ精出すこと三十年になる。そのおかげで長安の靖安里にこの屋敷ができたのだ。
此屋豈為華,於我自有餘。』
この家は豪華とまではいえないが、わたしにとってはこれだけでも十分すぎるものといえるのである。

#2
中堂高且新,四時登牢蔬。
中央の表座敷きは高くで新らしく、季節、季節に神さまや御先祖にお供えをさし上げる。
前榮饌賓親,冠婚之所於。」
堂の南側はお客や親類をもてなすところだ。そして、元服や婚礼の行われるところなのだ。
詩人055庭內無所有,高樹八九株。
そのころは庭のなかには何も無く、高い木の八九本だけだった。
有藤婁絡之,春華夏陰敷。」

その木には藤がからみついていて、春には花がさき夏は葉かげをひろげるだけのものである。

#3
東堂坐見山,雲風相吹噓。
東の離れ書斎からは腰かけたまま終南山が見える。山にはつぎつぎと雲がかかっては風が吹き散らしている。
松果連南亭,外有瓜芋區。」
そこから松の木や果樹が南のあずまやまでずっと連なるほど植えている。その外には瓜やさといものはたけが区分けしてある。
西偏屋不多,槐榆翳空虛。
西寄りには建て物もすくなく、えんじゅとにれの木ががらんとした地面にかげを落としている。
山鳥旦夕鳴,有類澗谷居。」

終南山には山鳥がおり、それが夕べには鳴きさわぐ。その雰囲気は谷間の住まいに類せるものが有るのだ。

桑摘女00#4
主婦治北堂,膳服適戚疏。
主婦は北の座敷を管理し、人に出す食膳も人前に出るときの服装も、親しいものと縁の薄いものとの区別にかなうようにする。
恩封高平君,子孫從朝裾。」

わが君の御恩によって高平君に封ぜられ、参内するときは子や孫がその裾について行くことにする。
開門問誰來,無非卿大夫。
門をあけて来る者は誰かと問えば、昔の卿・大夫に相当する朝廷のおえら方はかりと答える。
不知官高卑,玉帶懸金魚。」

官位の高位か卑下かは別問題であって、みな宝石で飾った帯をしめ、それに魚の形をした金色の札を入れた袋をさげている。
#5
問客之所為,峨冠講唐虞。
その客人たちのすることは何かと問えば、冠を高くそばだたせて真剣に堯・舜の事跡を論ずるのである。
酒食罷無為,棋槊以相娛。
酒食の宴が終わってすることがなければ、囲碁だの双六だのを娯楽とする。
凡此座中人,十九持鈞樞。」
だいたいこの座につらなる人の十人のうち九人までは政治の中枢にたずさわる人々である。」
又問誰與頻,莫與張樊如。
また誰といちばんよくつきあっているかと問えば、張籍・樊宗師たちに過ぎる者はない。
來過亦無事,考評道精粗。」
らがうちへ来るのは、ほかに用事があるわけではなく、聖人の教えた道にたいしてそれが純粋か否かを議論しあうのだ。」

客の為す所を問えば,冠を峨【たか】くして唐虞【とうぐ】を講ず。
酒食罷んで為す無くば,棋槊【きさく】以って相い娛しむ。
凡そ此の座中の人,十に九は鈞樞【きんきゅう】を持れり。」
又 誰れと與に頻【しきり】なると問えば,張と樊と與に如くは莫し。
來たり過ぐる亦た事無く,道の精粗【せいそ】を考評す。」


『示兒』 現代語訳と訳註
(本文)
#5
問客之所為,峨冠講唐虞。
酒食罷無為,棋槊以相娛。
凡此座中人,十九持鈞樞。」

又問誰與頻,莫與張樊如。
來過亦無事,考評道精粗。」


(下し文)
客の為す所を問えば,冠を峨【たか】くして唐虞【とうぐ】を講ず。
酒食罷んで為す無くば,棋槊【きさく】以って相い娛しむ。
凡そ此の座中の人,十に九は鈞樞【きんきゅう】を持れり。」
又 誰れと與に頻【しきり】なると問えば,張と樊と與に如くは莫し。
來たり過ぐる亦た事無く,道の精粗【せいそ】を考評す。」


(現代語訳)
その客人たちのすることは何かと問えば、冠を高くそばだたせて真剣に堯・舜の事跡を論ずるのである。
酒食の宴が終わってすることがなければ、囲碁だの双六だのを娯楽とする。
だいたいこの座につらなる人の十人のうち九人までは政治の中枢にたずさわる人々である。
また誰といちばんよくつきあっているかと問えば、張籍・樊宗師たちに過ぎる者はない。
彼らがうちへ来るのは、ほかに用事があるわけではなく、聖人の教えた道にたいしてそれが純粋か否かを議論しあうのだ

(訳注) #5
問客之所為,峨冠講唐虞。
その客人たちのすることは何かと問えば、冠を高くそばだたせて真剣に堯・舜の事跡を論ずるのである。
⋆問客之所為以下四聯 来客のようすをいう。
○峨冠 朝廷の官吏のかぶる正装時の冠。
○唐虞 中国の伝説上の聖天子である陶唐氏(尭(ぎょう))と有虞氏(舜(しゅん))を併せてよぶ名。また、その二人の治めた時代。とうぐさんだい【唐虞三代】尭と舜に、夏・殷(いん)・周の3代を加えた呼び名。


酒食罷無為,棋槊以相娛。
酒食の宴が終わってすることがなければ、囲碁だの双六だのを娯楽とする。
○罷 おわる。
○棋槊 棋は、囲碁。槊は、すご六。


凡此座中人,十九持鈞樞。」
だいたいこの座につらなる人の十人のうち九人までは政治の中枢にたずさわる人々である。
○十九 十人のうち九人は。
○鈞樞 鈞は、陶器をつくるろくろ。あるいは、はかり。樞は、ひらき戸を開閉する軸となるところ。要するに、鈞も樞も、支配するということ。○秉鈞 『詩経、小雅、節南山』に「秉国之鈞、四方是維。」(国の釣を乗る、四方を是れ維ぐ。)とある、宰相は国中の均衡をたもつものである、ここは宰相の地位をさしていう。
杜甫『奉贈鮮於京兆二十韻』「破膽遭前政,陰謀獨秉鈞。」(破胆前政の陰謀独り鈞を秉るに遭う) 宰相たる者は一国の公平を手にするものであるということを独りで独占する。


又問誰與頻,莫與張樊如。
また誰といちばんよくつきあっているかと問えば、張籍・樊宗師たちに過ぎる者はない。
○又問誰与頻 来客のうちでも頻繁にやって来るもののことをいう。与は、……といっし上に。
○莫與張樊如 與張樊は、上句の「誰」を受けて、「與張樊」といっしょにいる、張と樊に交わる。莫如は、
及ぶものはない、
張は、張籍(「張籍を調る」詩参照。調張籍 韓退之(韓愈)詩<112-1>Ⅱ中唐詩548 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1758張籍の屋敷は、韓愈と同じ靖安里にあった。
・樊は、樊宗師。字を紹述といい,今の山西省永濟、河中の人。韓愈のごく親しい文学者であるが、その文は、「作文力求奇古。至不可句讀。」ということでわかりにくいので有名であった。韓愈がその墓誌銘を書いている。


來過亦無事,考評道精粗。」
彼らがうちへ来るのは、ほかに用事があるわけではなく、聖人の教えた道にたいしてそれが純粋か否かを議論しあうのだ。
○無事 用事が無い。
○考評道精粗 道は、儒教の遣。精粗は、純粋か否か、純粋さの強度をいう。儒教の道として、どういうのがもっとも純粋かということを考え批評しあうのである。

示児 韓愈(韓退之) <112-#4>Ⅱ中唐詩668 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2324

韓愈 《示児》 
自分の男の子に読ませるために作った詩。韓愈には、韓昶【かんちょう】(799-855年)という子があった。この詩は、元和十年(815年)ごろの作。辺鄙な、不鱒雪片すみという感じがある。この一段は、やしきのまう鳥さえ朝夕さえずりで、何かしら谷間の住まいのような趣きがある。

2013年5月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#2>古詩源 巻三 女性詩755 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2323
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩示児 韓愈(韓退之) <112-#4>Ⅱ中唐詩668 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2324
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集贈花卿 七言絶句 成都5-(23) 杜甫 <472>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2325 杜甫詩1000-472-659/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登臨海嶠發疆中作,與從弟惠連,可見羊何共和之。 謝霊運(康楽) <65> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2326 (05/05)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性憶荔枝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-156-28-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2327
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

示児 韓愈(韓退之) <112-#4>Ⅱ中唐詩668 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2324


示兒 ―#1
(子にしめす)
始我來京師,止攜一束書。
はじめてわたしが都に出たときのことである。身にたずさえたものはたった一束の書物だけであった。
辛勤三十年,以有此屋廬。
それからこつこつと苦しみつつ精出すこと三十年になる。そのおかげで長安の靖安里にこの屋敷ができたのだ。
此屋豈為華,於我自有餘。』

この家は豪華とまではいえないが、わたしにとってはこれだけでも十分すぎるものといえるのである。

#2
中堂高且新,四時登牢蔬。
中央の表座敷きは高くで新らしく、季節、季節に神さまや御先祖にお供えをさし上げる。
前榮饌賓親,冠婚之所於。」
堂の南側はお客や親類をもてなすところだ。そして、元服や婚礼の行われるところなのだ。
詩人055庭內無所有,高樹八九株。
そのころは庭のなかには何も無く、高い木の八九本だけだった。
有藤婁絡之,春華夏陰敷。」

その木には藤がからみついていて、春には花がさき夏は葉かげをひろげるだけのものである。

#3
東堂坐見山,雲風相吹噓。
東の離れ書斎からは腰かけたまま終南山が見える。山にはつぎつぎと雲がかかっては風が吹き散らしている。
松果連南亭,外有瓜芋區。」
そこから松の木や果樹が南のあずまやまでずっと連なるほど植えている。その外には瓜やさといものはたけが区分けしてある。
西偏屋不多,槐榆翳空虛。
西寄りには建て物もすくなく、えんじゅとにれの木ががらんとした地面にかげを落としている。
山鳥旦夕鳴,有類澗谷居。」

終南山には山鳥がおり、それが夕べには鳴きさわぐ。その雰囲気は谷間の住まいに類せるものが有るのだ。

桑摘女00#4
主婦治北堂,膳服適戚疏。
主婦は北の座敷を管理し、人に出す食膳も人前に出るときの服装も、親しいものと縁の薄いものとの区別にかなうようにする。
恩封高平君,子孫從朝裾。」

わが君の御恩によって高平君に封ぜられ、参内するときは子や孫がその裾について行くことにする。
開門問誰來,無非卿大夫。
門をあけて来る者は誰かと問えば、昔の卿・大夫に相当する朝廷のおえら方はかりと答える。
不知官高卑,玉帶懸金魚。」

官位の高位か卑下かは別問題であって、みな宝石で飾った帯をしめ、それに魚の形をした金色の札を入れた袋をさげている。
主婦は 北堂を治め、膳服【ぜんぷく】戚疏【せきそ】に適【かな】う。
恩は 高平君に封ぜられ、子孫 朝裾【ちょうきょ】に従う。
門を開きて誰か来たると問えば、卿大夫に非らざること無し。
官の高卑を知らず、玉帯 金魚を懸けたり。


『示兒』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
主婦治北堂,膳服適戚疏。
恩封高平君,子孫從朝裾。」

開門問誰來,無非卿大夫。
不知官高卑,玉帶懸金魚。」


(下し文)
主婦は 北堂を治め、膳服【ぜんぷく】戚疏【せきそ】に適【かな】う。
恩は 高平君に封ぜられ、子孫 朝裾【ちょうきょ】に従う。
門を開きて誰か来たると問えば、卿大夫に非らざること無し。
官の高卑を知らず、玉帯 金魚を懸けたり。


(現代語訳)#4
主婦は北の座敷を管理し、人に出す食膳も人前に出るときの服装も、親しいものと縁の薄いものとの区別にかなうようにする。
わが君の御恩によって高平君に封ぜられ、参内するときは子や孫がその裾について行くことにする。
門をあけて来る者は誰かと問えば、昔の卿・大夫に相当する朝廷のおえら方はかりと答える。
官位の高位か卑下かは別問題であって、みな宝石で飾った帯をしめ、それに魚の形をした金色の札を入れた袋をさげている。


(訳注)
○示児
 自分の男の子に読ませるために作った詩。韓愈には、韓昶【かんちょう】(799-855年)という子があった。この詩は、元和十年(815年)ごろの作。辺鄙な、不鱒雪片すみという感じがある。この一段は、やしきのまう鳥さえ朝夕さえずりで、何かしら谷間の住まいのような趣きがある。


主婦治北堂,膳服適戚疏。
主婦は北の座敷を管理し、人に出す食膳も人前に出るときの服装も、親しいものと縁の薄いものとの区別にかなうようにする。
○主婦 主人の正妻のことをいう。私生活を象徴する
○北堂 韓愈夫人をいう。韓池からいえば、母に当たる。此の段は、やしきの北堂のことから、妻北の樗堂の北がわの居間をいうこともあるが、ここは、そうでないであろう。主婦の管理する棟である。あたかも、寝殿造りの北の対のごとし。
○膳服 食膳と眼御。すなわち食事と衣服その他の 餅身の廻り晶。
○適戚疏 通は、それぞれに適当なようにする。戚は、親しい人。疎は、疎遠な人。


恩封高平君,子孫從朝裾。」
わが君の御恩によって高平君に封ぜられ、参内するときは子や孫がその裾について行くことにする。
○恩封高平君 官吏の妻は、夫の身分にしたがって、県君とか郡君とか国夫人などという称号を与えられ、何かのお祝いや季節季節の儀式には、参朝することになっていた。韓愈の夫人は、高平郡君という称号を賜わっていた。恩は、天子の御恩で、ということ。称号を賜わることは、恩恵と考えられた。封は、大名にすること、この場合は、称号を賜わるにすぎない。
○子孫従朝裾 韓愈夫人が、参内するとき、礼服を着ると、子や孫が、そのあとからついて来る。朝裾は、朝廷へ参内するときの礼服のすそ。


開門問誰來,無非卿大夫。
門をあけて来る者は誰かと問えば、昔の卿・大夫に相当する朝廷のおえら方はかりと答える。
○関門間誰来 この段から数段は、韓愈の交友をいう。ここは、その総説である。
○卿大夫 高級官電がんらい、中国の古代の階級制度で、諸侯の家老にあたるものを、大夫といい、そのうちでも上級のものを卿といった。


不知官高卑,玉帶懸金魚。」
官位の高位か卑下かは別問題であって、みな宝石で飾った帯をしめ、それに魚の形をした金色の札を入れた袋をさげている。
○不知官高卑 高卑は、どれだけの高さ。不知は、疑問の語気を表わすことばで、下に疑問文
がつづく。……かしら。
○玉帶懸金魚 身分を示すものとして朝廷から賜わる。位階によって色が違い、金色は地位が高い。金魚袋は、魚の形をした一種の鑑札(魚符)を、袋(魚袋)に入れで、帯につりさげたもの。がんらい、五品以上の官が所持し三品以上は金、四品は銀、五品は銅で作られたが、のち官品(官位)にあまり関係なく、勅旨で個人に賜わるようになったけ金魚は、高い地位の官吏であることをしめす。

示児 韓愈(韓退之) <112-#3>Ⅱ中唐詩667 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2319

韓愈 《示児》 
東の離れ書斎からは腰かけたまま終南山が見える。山にはつぎつぎと雲がかかっては風が吹き散らしている。
そこから松の木や果樹が南のあずまやまでずっと連なるほど植えている。その外には瓜やさといものはたけが区分けしてある。

2013年5月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 魏詩<75ー#1>古詩源 巻三 女性詩754 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2318
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩示児 韓愈(韓退之) <112-#3>Ⅱ中唐詩667 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2319
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集戲作花卿歌  七言歌行  成都5-(22) 杜甫 <471>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2320 杜甫詩1000-471-658/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集豫章行 謝霊運(康楽) <64> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2321 (05/04)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性朱槿花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-155-27-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2322
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

示児 韓愈(韓退之) <112-#3>Ⅱ中唐詩667 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2319



示兒 ―#1
(子にしめす)
始我來京師,止攜一束書。
はじめてわたしが都に出たときのことである。身にたずさえたものはたった一束の書物だけであった。
辛勤三十年,以有此屋廬。
それからこつこつと苦しみつつ精出すこと三十年になる。そのおかげで長安の靖安里にこの屋敷ができたのだ。
此屋豈為華,於我自有餘。』
この家は豪華とまではいえないが、わたしにとってはこれだけでも十分すぎるものといえるのである。

#2
中堂高且新,四時登牢蔬。
中央の表座敷きは高くで新らしく、季節季節に神さまや御先祖にお供えをさし上げる。
前榮饌賓親,冠婚之所於。」
堂の南側はお客や親類をもてなすところだ。そして、元服や婚礼の行われるところなのだ。
庭內無所有,高樹八九株。
そのころは庭のなかには何も無く、高い木の八九本だけだった。
有藤婁絡之,春華夏陰敷。」

その木には藤がからみついていて、春には花がさき夏は葉かげをひろげるだけのものである。

#3
東堂坐見山,雲風相吹噓。
東の離れ書斎からは腰かけたまま終南山が見える。山にはつぎつぎと雲がかかっては風が吹き散らしている。
松果連南亭,外有瓜芋區。」
そこから松の木や果樹が南のあずまやまでずっと連なるほど植えている。その外には瓜やさといものはたけが区分けしてある。
西偏屋不多,槐榆翳空虛。
西寄りには建て物もすくなく、えんじゅとにれの木ががらんとした地面にかげを落としている。
山鳥旦夕鳴,有類澗谷居。」

終南山には山鳥がおり、それが夕べには鳴きさわぐ。その雰囲気は谷間の住まいに類せるものが有るのだ。
東堂は坐して山を見、雲と風と相い吹噓【すいきょ】す。
松果【しょうか】南亭に連なり、外には瓜芋【かう】の区有り。
西偏【せいへん】は屋多からず、槐榆【かいゆ】空虚に翳【かざ】す。
山鳥 旦【あした】に夕べに鳴き、澗谷【かんこく】の居に類せること有り。


『示児』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
東堂坐見山,雲風相吹噓。
松果連南亭,外有瓜芋區。」
西偏屋不多,槐榆翳空虛。
山鳥旦夕鳴,有類澗谷居。」


(下し文)
東堂は坐して山を見、雲と風と相い吹噓【すいきょ】す。
松果【しょうか】南亭に連なり、外には瓜芋【かう】の区有り。
西偏【せいへん】は屋多からず、槐榆【かいゆ】空虚に翳【かざ】す。
山鳥 旦【あした】に夕べに鳴き、澗谷【かんこく】の居に類せること有り。


終南山06(現代語訳)
東の離れ書斎からは腰かけたまま終南山が見える。山にはつぎつぎと雲がかかっては風が吹き散らしている。
そこから松の木や果樹が南のあずまやまでずっと連なるほど植えている。その外には瓜やさといものはたけが区分けしてある。
西寄りには建て物もすくなく、えんじゅとにれの木ががらんとした地面にかげを落としている。
終南山には山鳥がおり、それが朝夕には鳴きさわぐ。その雰囲気は谷間の住まいに類せるものが有るのだ。


(訳注)#3
<この段は、やしきの東から南、西にかけてのありさまをいう。>
東堂坐見山,雲風相吹噓。
東の離れ書斎からは腰かけたまま終南山が見える。山にはつぎつぎと雲がかかっては風が吹き散らしている。
終南山03○東堂坐見山 東堂は、東の離れのざしき。屋敷の東がわをいう。おそらく韓愈の書斎・居間であろう。坐は、腰をおろしてじっとしたままで。山は、南方向に聳える終南山である。坐見山とは、東堂から見はらしのきくことを示す。
○雲風相吹噓 東堂から見える山のありさまをいう。嘘も、吹とほぼ同じく、ふくということ。山に雲がかかると風が吹きはらい、吹きはらうと、また雲が追いかけて来て山にかかる、というようなありさまをいう。


松果連南亭,外有瓜芋區。」
そこから松の木や果樹が南のあずまやまでずっと連なるほど植えている。その外には瓜やさといものはたけが区分けしてある。
○松果 松と果樹。
○南亭 やしきの南の方にあるあずまや。
○瓜芋区 瓜やさといものはたけ。区はブロックに分けていること。


西偏屋不多,槐榆翳空虛。
西寄りには建て物もすくなく、えんじゅとにれの木ががらんとした地面にかげを落としている。
○西偏 西がわ。偏は、かたよったところ。辺都な、西寄りのところをいう。
○槐榆 槐は、えんじゅ。榆は、にれ。夕日を避ける西側に植える木。


山鳥旦夕鳴,有類澗谷居。」
終南山には山鳥がおり、それが朝夕には鳴きさわぐ。その雰囲気は谷間の住まいに類せるものが有るのだ。
○山烏 山に住む鳥。特定の鳥をさすのではない。
○瑚谷 間も、谷と同じく、たに。

示児 韓愈(韓退之) <112-#1>Ⅱ中唐詩665 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2309

韓愈 《示児》 
自分の男の子に読ませるために作った詩。韓愈には、韓昶【かんちょう】(799-855年)という子があった。この詩は、元和十年(815年)ごろの作。

2013年5月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#7>古詩源 巻三 女性詩753 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2313
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩示児 韓愈(韓退之) <112-#1>Ⅱ中唐詩665 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2309
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集徐卿二子歌楽府(七言歌行) 成都5-(21) 杜甫 <470>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2315 杜甫詩1000-470-657/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集苦寒行 謝霊運(康楽)<63> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2316 (05/03)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性金燈花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-154-26-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2317
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

示児 韓愈(韓退之) <112-#1>Ⅱ中唐詩665 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2309



職方員外郎
河南県令としての韓愈が節度使のかってに任命した部下を取り締まったことは、前に述べた。この話が長安まで伝わったとき、当時の皇帝の憲宗は、「韓愈は我を助くる者なり」といったといぅ。節度使や匡官の横暴に対し、朝廷の権威を回復したいというのが、憲宗の念願やあった。その日からは、節度使の威力にも屈せぬ韓愈は、頼もしい男とうつったのであろう。
811年元和六年の秋、韓愈は職方員外郎に任ずるむねの辞令を受けた。職方は兵部に属し、軍事上必要な地図の制作や要塞の管理にあたる。員外郎はそこの事務官である。この任命は洛陽にいる愈を長安に呼びもどして朝廷の官僚とし、憲宗の味方にしようとする意図から出たものであった。韓愈もそれを理想としていたので、この点では君臣の考えが一致していたということができる。
しかし韓愈は、行くさきざきで問題をおこす男であった。そのころ長安東方の華陰県に柳潤という県令がおり、不正をはたらいたというかどで直属上官の華州刺史から処罰を受けていたのを不満とし、治下の農民を煽動して不穏の動きがあった。たまたま韓愈がそこを通りかかった、というのは、職務上、地方へ出張していたのであろう。そしてこの事態を見、刺史が地位を利用して県令を迫害しているのだと思い、柳潤の再審理を請願する上奏文を奉呈した。朝廷ではこれを受理し、再審を行なったところ、真実はどうだったかわからないが、柳潤が不正をはたらいたという新しい証拠が出てきた。柳はいっそう重い処罰を受けるし、彼の再審を請求した韓愈も、面目を失う結果となってしまった。


作者: 韓愈
皇帝紀年: 元和十年
寫作時間: 815年
寫作年紀: 48歲
卷別: 卷三四二  文體: 五言古詩
詩題: 示兒


示児 ―#1
始我來京師,止攜一束書。
辛勤三十年,以有此屋廬。
此屋豈為華,於我自有餘。』

#2
中堂高且新,四時登牢蔬。
前榮饌賓親,冠婚之所於。」

庭內無所有,高樹八九株。
有藤婁絡之,春華夏陰敷。」
#3
東堂坐見山,雲風相吹噓。
松果連南亭,外有瓜芋區。」

西偏屋不多,槐榆翳空虛。
山鳥旦夕鳴,有類澗谷居。」
#4
主婦治北堂,膳服適戚疏。
恩封高平君,子孫從朝裾。」

開門問誰來,無非卿大夫。
不知官高卑,玉帶懸金魚。」
#5
問客之所為,峨冠講唐虞。
酒食罷無為,棋槊以相娛。
凡此座中人,十九持鈞樞。」

又問誰與頻,莫與張樊如。
來過亦無事,考評道精粗。」
#6
躚躚媚學子,牆屏日有徒。
以能問不能,其蔽豈可袪。」

嗟我不修飾,事與庸人俱。
安能坐如此,比肩於朝儒。
詩以示兒曹,其無迷厥初。」


示児 ―#1
(子にしめす)
始我來京師,止攜一束書。
はじめてわたしが都に出たときのことである。身にたずさえたものはたった一束の書物だけであった。
辛勤三十年,以有此屋廬。
それからこつこつと苦しみつつ精出すこと三十年になる。そのおかげで長安の靖安里にこの屋敷ができたのだ。
此屋豈為華,於我自有餘。』

この家は豪華とまではいえないが、わたしにとってはこれだけでも十分すぎるものといえるのである。

(児に示す)
始め我れ京師に来たりしとき、止だ一束の書を携うるのみ。
辛勤すること三十年にして、以て此の屋盧有り。
此の屋豈華なりと為さんや、我れに於いては自のずから余り有り。


#2
中堂高且新,四時登牢蔬。
前榮饌賓親,冠婚之所於。」
庭內無所有,高樹八九株。
有藤婁絡之,春華夏陰敷。」



『示児』 現代語訳と訳註
(本文) 
―#1
始我來京師,止攜一束書。
辛勤三十年,以有此屋廬。
此屋豈為華,於我自有餘。


(下し文)
始め我れ京師に来たりしとき、止だ一束の書を携うるのみ。
辛勤すること三十年にして、以て此の屋盧有り。
此の屋豈華なりと為さんや、我れに於いては自のずから余り有り。


(現代語訳)
(子にしめす)
はじめてわたしが都に出たときのことである。身にたずさえたものはたった一束の書物だけであった。
それからこつこつと苦しみつつ精出すこと三十年になる。そのおかげで長安の靖安里にこの屋敷ができたのだ。
この家は豪華とまではいえないが、わたしにとってはこれだけでも十分すぎるものといえるのである。


(訳注)示児 ―#1
○示児 自分の男の子に読ませるために作った詩。韓愈には、韓昶【かんちょう】(799-855年)という子があった。この詩は、元和十年(815年)ごろの作。元和十年とすれば、韓愈48歳、韓昶17歳。韓愈が心の底に持っていた立身出世主義を露骨に出した作品で、新興成金のおやじが、むすこに自分の成功談を得得と話している趣きがあり、宋の蘇軾(1036-1101年)は、「示す所は皆利禄の事なり。」といって、杜甫のその子杜宗武に示した詩が、皆聖賢の事であるのと、対此している。この「児に示す」詩によく似た内容の韓愈の詩に、同じころに作られた「符(韓昶の幼名)城南に読書す」(集巻六)の詩があり、ともに韓愈が一面に持っていた俗人ぶりをよく示している。隠遁しない儒家思想は凡そこのようなものであり、立身出世のための儒家思想なのである。現在においても出世のための共産主義思想という一見結びつきそうにないことなのに矛盾がないのが中國の思想である。隠遁者であっても三顧の礼で迎えられることを夢見ているのが儒家なのである。
長篇であるから、意味の上での区分を」で示し、6段に分けて掲載することにする。


始我來京師,止攜一束書。
はじめてわたしが都に出たときのことである。身にたずさえたものはたった一束の書物だけであった。
○始我来京師 この一段は、序にあたる。韓愈がはじめて京師、すなわち首都長安に出て来たのは、貞元二年(786年)のこと。
○止 ただそれだけ。
○一束書 ひとくくりの書物。当時の書物は巻き物であった。


辛勤三十年,以有此屋廬。
それからこつこつと苦しみつつ精出すこと三十年になる。そのおかげで長安の靖安里にこの屋敷ができたのだ。
○辛勤 こつこつと苦しみつつ精出すさま。
〇三十年 貞元二年(786年)より足掛け三十年といえば、元和十年(815年)になる。ただし、この頃の衆知は概数であるので凡そではある。二十年を過ぎれば三十年である。
○以 「辛勤三十年」のおかげでもって。 
○屋廬 韓愈の屋敷。長安の靖安里にあった。張籍、元稹も同じ一角に屋敷があった。


此屋豈為華,於我自有餘。
この家は豪華とまではいえないが、わたしにとってはこれだけでも十分すぎるものといえるのである。
○於我 じぶんにとっては。
○自 それだけで。ほかのものがなくても、という心持ちを示す助辞。

示兒 韓愈(韓退之) <112-#2>Ⅱ中唐詩666 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2314

韓愈 《示兒》 
そのころは庭のなかには何も無く、高い木の八九本だけだった。
その木には藤がからみついていて、春には花がさき夏は葉かげをひろげるだけのものである。



2013年5月2日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 漢詩<74-#6>Ⅱ李白に影響を与えた詩752 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2308
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩示兒 韓愈(韓退之) <112-#2>Ⅱ中唐詩666 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2314
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集百憂集行 杜甫 五言古詩 成都5-(20)<469>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2310 杜甫詩1000-469-656/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集長歌行 謝霊運(康楽)<62> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2311 (05/02)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性柳絮詠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-153-25-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2312
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

示兒 韓愈(韓退之) <112-#2>Ⅱ中唐詩666 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2314


示兒 ―#1
(子にしめす)
始我來京師,止攜一束書。
はじめてわたしが都に出たときのことである。身にたずさえたものはたった一束の書物だけであった。
辛勤三十年,以有此屋廬。
それからこつこつと苦しみつつ精出すこと三十年になる。そのおかげで長安の靖安里にこの屋敷ができたのだ。
此屋豈為華,於我自有餘。』

この家は豪華とまではいえないが、わたしにとってはこれだけでも十分すぎるものといえるのである。

#2
中堂高且新,四時登牢蔬。
中央の表座敷きは高くで新らしく、季節季節に神さまや御先祖にお供えをさし上げる。
前榮饌賓親,冠婚之所於。」
堂の南側はお客や親類をもてなすところだ。そして、元服や婚礼の行われるところなのだ。
庭內無所有,高樹八九株。
そのころは庭のなかには何も無く、高い木の八九本だけだった。
有藤婁絡之,春華夏陰敷。」

その木には藤がからみついていて、春には花がさき夏は葉かげをひろげるだけのものである。

中堂 高うして且た新たなり、四時に牢蔬【ろうそ】を登ぐ。
前栄は賓親【ひんしん】を饌【せん】し、冠婚の於いてする所なり。」
庭内には有る所無く、高き樹 八九株【はちきゅうしゅ】のみ。
藤有りて之を婁絡【ろうらく】し,春 華【はな】やいで夏 陰に敷く。」

#3
終南山03東堂坐見山,雲風相吹噓。
松果連南亭,外有瓜芋區。」
西偏屋不多,槐榆翳空虛。
山鳥旦夕鳴,有類澗谷居。」


『示兒』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
中堂高且新,四時登牢蔬。
前榮饌賓親,冠婚之所於。」
庭內無所有,高樹八九株。
有藤婁絡之,春華夏陰敷。」


(下し文)
中堂 高うして且た新たなり、四時に牢蔬【ろうそ】を登ぐ。
前栄は賓親【ひんしん】を饌【せん】し、冠婚の於いてする所なり。」
庭内には有る所無く、高き樹 八九株【はちきゅうしゅ】のみ。
藤有りて之を婁絡【ろうらく】し,春 華【はな】やいで夏 陰に敷く。」


(現代語訳)
中央の表座敷きは高くで新らしく、季節季節に神さまや御先祖にお供えをさし上げる。
堂の南側はお客や親類をもてなすところだ。そして、元服や婚礼の行われるところなのだ。
そのころは庭のなかには何も無く、高い木の八九本だけだった。
その木には藤がからみついていて、春には花がさき夏は葉かげをひろげるだけのものである。


(訳注)#2
○示児
 自分の男の子に読ませるために作った詩。韓愈には、韓昶【かんちょう】(799-855年)という子があった。この詩は、元和十年(815年)ごろの作。元和十年とすれば、韓愈48歳、韓昶17歳。韓愈が心の底に持っていた立身出世主義を露骨に出した作品で、新興成金のおやじが、むすこに自分の成功談を得得と話している。


(以下数段にわたって、自分のやしきのありさまを、分けて描写する。
この段は、中央にある母星につい、ていう。)
中堂高且新,四時登牢蔬。
中央の表座敷きは高くで新らしく、季節季節に神さまや御先祖にお供えをさし上げる。
○中堂 中堂は、まん中にある母屋。堂は、座敷にあたるおもてむきの部屋をいう。なお、東に厨、西に寝床、、南には門、中堂は、堂のまん中という意味もある。ここでは、下にある東堂・北堂に対して、中央にある堂ということである。
○且 ここでは、二つの形容詞コ卓と「新」とを、並列の関係で結びつける助辞。また。
〇四時 四季。季節の変わり目には、定まった祭祀が行われる。後漢書に「餘帝四時春以正月,夏以四月,秋以七月,冬以十月及臘,一歲五祀。」とある。
○登 祭り机の上にのせて神霊にささげる。
○牢疏 牢は、神霊にささげる犠牲もの。豚、牛や羊が、犠牲として用いられ、現在でも豚の丸焼きがそなえられる。疏は、野菜。ひろくは、穀物を含んだ植物性の食物をさす。祭祀のときは、稲を嘉疏という(「礼記」曲礼下篇)から、地産の野菜、穀類をさす。


前榮饌賓親,冠婚之所於。」
堂の南側はお客や親類をもてなすところだ。そして、元服や婚礼の行われるところなのだ。
○前栄 栄は、のき。前栄は、堂の南側(堂は南向きに作られる)の庭に近いたたきの部分、走部ささえられた軒は長く広い部分をいう。寝殿造りの南の府の間に当たる。ここは、草堂の前栄である。
○饌 ごちそうする。
○賓親 賓客や親戚。
○冠婚 冠は、子どもが成人したしるしに冠を始めてつけさせる儀式。元服、婚は、婚礼。
○所於 行われる場所である。所は、その下に来ることばを名詞化する働きのある助辞。於は、場所を示す助辞。


庭內無所有,高樹八九株。
そのころは庭のなかには何も無く、高い木の八九本だけだった。
○庭内無所有 無所有は、有るものが無い。何も無い。


有藤婁絡之,春華夏陰敷。」
その木には藤がからみついていて、春には花がさき夏は葉かげをひろげるだけのものである。
○婁絡之 婁絡は、からみつく。之は、高樹をさす。
○春華夏陰敷 この庭のようすは韓愈『感春三首』に詳しく述べている。 感春三首其一
偶坐藤樹下,暮春下旬間。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
時節適當爾,懷悲自無端。
其二
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
春序一如此,汝顏安足賴。
誰能駕飛車,相從觀海外。
其三
晨游百花林,朱朱兼白白。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
左右同來人,金紫貴顯劇。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。

豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。
このブログでは“感春三首 其一韓愈(韓退之) <113>Ⅱ中唐詩671 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2339” から4回にわたって掲載している。

九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304

宋玉 《九辯 第九段》―まとめ 

2013年5月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#5>文選 上 献詩 751 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2303
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集重簡王明府 五言律詩 成都5-(19) 杜甫 <468>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2305 杜甫詩1000-468-655/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集日出東南隅行 謝霊運(康楽) <61> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2306 (05/01)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性四友贊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-152-24-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2307
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304



第九段#1
被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
蓮の花葉の単衣の立派なきものを着ても、ここにみるように丈が長く、広くて身に合わず、破れ易いようなもので帯をすることもできない。
既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
君王に美徳とすぐれた素質を誇り、武力を威張り、左右の剛毅な者をたのみにしておられるのだ。。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
思慮深く聡明で、素養があり、徳あり善美な人を憎んでいるというし、あの小人の心で、昂奮して不義を憤る態度を好まれるという。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。
小人どもはぞろぞろと日々に朝廷に進み用いられ、立派な人物は、はるかに遠ざかって、勢いよく去っていくのである。


荷裯【かちょう】の晏晏たるを被り、然く潢洋【こうよう】として帯す可からず。
既に美に驕りて武を伐り、左右の耿介【こうかい】たるを負む。
慍惀【うんりん】の脩美【しゅうび】を憎み、夫の人の慷慨【こうがい】を好む。
衆踥蹀【しょうちょう】として日に進み、美超遠にして逾邁【ゆまい】す。



農夫輟耕而容與兮,恐田野之蕪穢。
農夫は租税の重さに苦しみ、耕すことをやめてゆっくりと休みのである。すると、田畑野が雜草であれはて五穀は取れなくなること、これが心配である。
事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
君王が細微なことばかりを仕事にされ、自分勝手がこと多いので、私はひそかにその後のことをに危くかんがえて、失敗をされるととりかえしがつかないといたむのである。
世雷同而炫曜兮,何毀譽之昧昧!
世の人々は付和雷同に呼応して響くようになんでも賛成してほめそやすので、何とあなどりと誉れとの区別することが難しいことこの上ない。
今脩飾而窺鏡兮,後尚可以竄藏。

今身を美しく飾るとすれば、鏡をのぞいて化粧を直すように、身の行ないを正しておけば、後に乱が起こったような時に、それでもやはり、世を逃れかくれて住むことができる。

農夫は耕を輟【や】めて容與【ようよ】し、田野の蕪穢【ぶあい】を恐る。
事綿綿として私多く、竊【ひそか】に後の危敗【きはい】を悼【いた】む。
世雷同【らいどう】して炫曜【げんよう】す。何ぞ毀譽【きよ】の昧昧【まいまい】たる。
今脩飾【しゅうしょく】して鏡を窺へば、後に尚以て竄藏【ざんぞう】す可し。


願寄言夫流星兮,羌儵忽而難當。
どうか、あの流れ星にこのことばをことづけたいと思うのであるが、ああ、あまりに速やすぎて、出会い難いのである。
卒壅蔽此浮雲兮,下暗漠而無光。
しまいには、この浮雲に覆われ遮られて、下界は暗くぼんやりとして光がなくなってしまう。
堯舜皆有所舉任兮,故高枕而自適。
堯や舜には皆自分から挙げ用いて、仕事をまかせた賢相がいたので、それ故、枕を高くして安らかに眠れ、気楽にして暮らせたのである。
諒無怨於天下兮,心焉取此怵惕?

このようにまことに天下の人から怨まれることがなければ、どうしてこのみな憐憫の情、可哀相と感じる心を持つことがあろう。


願はくは言を夫の流星に寄せんに、羌儵忽として當り難し。
卒に此の浮雲に壅蔽【ようへい】せられて、下暗漠【あんばく】として光無し。
堯舜は皆挙任する所有り。故に枕を高うして自適す。
諒【まこと】に天下に怨無ければ、心に焉ぞ此の怵惕【じゅつてき】を取らん。

乘騏驥之瀏瀏兮,馭安用夫強策?
千里の馬の流れるように速く走るのに乗るならば、馬を御するのにどうしてあの強い鞭を用いようか。
諒城郭之不足恃兮,雖重介之何益?
まことに城壁や外城壁が当てにできる代物でなければ鎧の数を重ねても何の益があろうか。(政事には、まず賢人を採用することが最も大切なのである。)
邅翼翼而無終兮,忳惛惛而愁約。
歩きめぐって進まずたちもどり、私はただいつまでも敬みかしこまっていて、心は憂いのために暗く、悲しみ窮している。
生天地之若過兮,功不成而無效。
この天地に生まれて、忽ち通り過ぎ去るような一生であって、仕事もなんの成果も上がらず、働きがいもない。

騏驥の瀏瀏たるに乘らば、馭するに安ぞ夫の強策を用ひん。
諒に城郭之れ恃むに足らざれば、介を重ぬと雖も之れ何の益かあらん。
達として巽巽として終無し、帽として悼惜として愁約す。
天地に生じて之れ遇ぐるが若し。功成らずして致無し。


#5
願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
俗世間の底に沈みとどまって現われないでいたいと思うけれど、それでもやはり、わが名を天下中に広めたいと思う気持ちがあるのだ。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
というのも、そのように広々ととりとめのない世では、自分を知る人にも遭遇しないので、ただ愚かにも自分を苦しめているだけなのである。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
草木が茂り、広々とはてしない原野があり、そこで急に飛びまわってもどこまで行こうかと、四方の他国にも行くべきところがないのである。
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?
この国に、千里の馬がいるのに、それを用いて乗ることを知らないでいる。どうして右往左往して落ち着かないで、改めて駿馬をさがし求めようとするのか。


沈滞【ちんたい】して見ざらんと雖も、尚お名を天下に布【し】かんと欲す。
然く潢洋【こうよう】として遇はず、直 怐愚【こうぐ】として自ら苦しむのみ。
莽【ぼう】として洋洋として極りなく、忽まち翱翔【こうしょう】して之れ焉【いづ】くにか薄【いた】る。
國に驥【き】有れども乘るを知らず、焉くんか皇皇【こうこう】として更【あらた】め索【もと】むる。


#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
心もむなしく、涕を流して深く思えば、意を明らかに志を立て堅持してこそ、それができるのだと考えた。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。

心をくだき、純粋に、ただ、真心を尽くしたいと願っているのであるが、私をねたむ者どもが立ち並んでこれをさまたげるのである。


甯戚【ねいせき】車下に謳ひて、桓公【かんこう】聞きて之を知る。
伯楽の善く相する無し。今誰にか之を譽らしめん。
罔として流涕して以て聊慮【れんりょ】し、意を著はして之を得んと惟ふ。
紛として純純として之れ忠を願へども、妒被【とひ】離として之を鄣【さえぎ】る。

#7
願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
願うことなら愚かな私自身、朝廷を辞して自由になることをお許し頂き、お別れをしたいのです。愁いの心を雲の中に存分にあそばせたいのです。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
天地陰陽の純粋な気の真ん丸となった太陽と月に乗り、もろもろの神々霊魂が満ち満ちてよりあつまっていっしょに駆けさせるのです。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
習々と飛ぶ白い虹を添え馬とし、多くむらがるあらゆる神霊の星の宿りを次々に過ぎて行くのです。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣躣。
南方の霊鳥朱雀の飛び揚がるのを左に従え、東方の神獣である蒼竜の進み行くのを右に控えさせ、空を縦横に走らせる用意をするのです。


願はくは不肖【ふしょう】の躯【み】を賜はりて別離し、志を雲中に放遊【ほうゆう】せしめん。
精気【せいき】の摶摶【たんたん】たるに乘り、諸神【しょしん】の湛湛【ゆうゆう】たるを騖【は】せ。
白霓【はくげい】の習習たるを鯵【さん】とし、軍霊【ぐんれい】の豊豊たるを歴【へ】ん。
朱雀【すじゃく】の茇茇【はいはい】たるを左にし、蒼龍【そうりゅう】の躍躍【くく】たるを右にす。


#8
屬雷師之闐闐兮,通飛廉之衙衙。
雷神が鳴り響く中を後に列をなして続いてゆかせ、風神である飛廉の通り過ぎさせて、それを先導させていくのである。
前輊輬之鏘鏘兮,後輜乘之從從。
軽い車の鈴がのしゃんしゃんと鳴るのを前に馳しらせ、幌ある車のじゃんじゃんと鳴るのを後に従える。
載雲旗之委蛇兮,扈屯騎之容容。
雲の旗のうねりなびくのを立て、集まる騎馬の従者が列をなして続くのを従えて行こうと思う。
計專專之不可化兮,願遂推而為臧。
しかし、思いはかなものであり、私の専ら単純な志は変えることができない。どうかこのまま推し進めて善い方向に行ないたいものである。
賴皇天之厚德兮,還及君之無恙。
天の厚いめぐみを頼んで、国に還って、君王のまだお元気なうちに間に合いたいものである。


雷師【らいし】の闐闐【てんてん】たるを屬し,飛廉【ひれん】の衙衙【えいえい】たるを通らしめん。
輊輬【ちりょう】の鏘鏘【しょうしょう】たるを前に,輜乘【しじょう】の從從【じゅうじゅう】たるを後【したが】えん。
雲旗【うんき】の委蛇【いい】たるを載て,屯騎【とんき】の容容たるを扈【したが】えん。
計るに專專は之を化す可からず,願わくば遂に推して臧【ぞう】を為さん。
皇天【こうてん】の厚德に賴りて,還りて君の恙【つつが】無きに及ばん。