漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2013年06月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

遊太平公主山莊 韓愈(韓退之) <146>Ⅱ中唐詩724 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2604

韓愈(韓退之) 《遊太平公主山莊》太平公主は武則天の死後、わが世の春と独占欲を押し通した。そのため、亭臺樓閣、城璧、それより小高い高台を制覇したのである。


2013年6月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


遊太平公主山莊 韓愈(韓退之) <146>Ⅱ中唐詩724 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2604


作年: 元和八年  813年  46歲 
卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 
詩題: 遊太平公主山莊
〔此首前有〈太安池〉一首,闕不載。洪邁《唐人絕句》,此首題即作〈太安池〉。〕
〔洪邁(こう・まい、1123年 - 1202年)は南宋の政治家、儒学者。字は景廬。諡は文敏。兄の洪适・洪遵も文名が高い。 生涯 [編集]. 鄱陽(現在の江西省鄱陽県)の出身。幼少のころから群書を読破し、二人の兄に先んじて紹興15年(1145年)に博学宏詞科に及第。〕 
地點:  樂遊原 (京畿道 京兆府 長安) 別名:宜春北苑、宜春北院、宜春苑、太平公主山莊、曲江、樂遊苑、樂遊園、江頭     
終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山
 

遊太平公主山莊
(楽遊原にある太平公主の山荘に遊ぶ詩)
公主當年欲占春,故將臺榭押城闉。
太平公主は武則天の死後、わが世の春と独占欲を押し通した。そのため、亭臺樓閣、城璧、それより小高い高台を制覇したのである。
欲知前面花多少,直到南山不屬人。

その前面に女という面を多くだしたり、小出しにしたりしたということを認識してほしいと思う。権謀に長けた太平公主は人民が繋がらないようにし、終南山から謀の指令を出したのだ。
(太平公主の山莊に遊ぶ)
公主 當年 春を占せんと欲す,故に將って臺榭 城闉を押す。
前面 花 多少となるを知らんと欲し,直しに 南山 人の屬せざるを到す。
 

詩文(含異文):
公主當年欲占春,故將臺榭押城闉【故將臺榭壓城闉】。
欲知前面花多少,直到南山不屬人。 

終南山03










『遊太平公主山莊』 現代語訳と訳註
(本文)
遊太平公主山莊
公主當年欲占春,故將臺榭押城闉。
欲知前面花多少,直到南山不屬人。


(下し文)
(太平公主の山莊に遊ぶ)
公主 當年 春を占せんと欲す,故に將って臺榭 城闉を押す。
前面 花 多少となるを知らんと欲し,直しに 南山 人の屬せざるを到す。


(現代語訳)
(楽遊原にある太平公主の山荘に遊ぶ詩)
太平公主は武則天の死後、わが世の春と独占欲を押し通した。そのため、亭臺樓閣、城璧、それより小高い高台を制覇したのである。
その前面に女という面を多くだしたり、小出しにしたりしたということを認識してほしいと思う。権謀に長けた太平公主は人民が繋がらないようにし、終南山から謀の指令を出したのだ。


(訳注)
遊太平公主山莊
楽遊原にある太平公主の山荘に遊ぶ詩
楽遊原:長安の東南にある遊覧の地で、高くなっており、長安を眺め渡すことができる古来からの名勝地で漢の武帝のころからすでにそうだという。唐長安の城郭内の東南に位置し、城内が見渡せた。


公主 當年 欲占春 ,故將臺榭 押城闉 。
太平公主は武則天の死後、わが世の春と独占欲を押し通した。そのため、亭臺樓閣、城璧、それより小高い高台を制覇したのである。
・「公主」語義類別:人、稱謂、皇室稱謂、公主。太平公主(たいへいこうしゅ、665年? - 713年)は、唐の皇帝高宗の娘。母は武則天(則天武后)。公主は皇帝を父に持つ皇女のことを指すが、太平公主の場合、父母ともに皇帝である。712年、睿宗が皇太子・隆基に譲位すると、皇帝(玄宗)と公主の対立は激化した。公主は英明な玄宗の廃立を図るが、陰謀が露顕する。713年、皇帝自ら兵300余を率いて公主一派を倒し、公主に死を賜った。以後、玄宗の独裁体制が確立し、「開元の治」と呼ばれる唐朝の最盛期につながっていく。
・「當年」語義類別:時、時間、範圍時間(今昔)、當年。
・「占」独占する。
・「春」四季、春をいい、頽廃した色欲を意味する。。
・「臺榭」語義類別:物、建築物、亭臺樓閣、榭。台榭中国,古代の高台式建築。本来,台は,土をつき固めて築いた方形の高台,榭は高台の上に木造の建物を築いたものをいい,この種の高台式建物を台榭と総称する。
・「城」邦國都城、城郭内。
・「闉」語義類別:物、建築物、建築部件、門。 城壁の高さは5~8mであったから,まず距闉(きよいん)と呼ぶ,城壁より高い土山を作り,城内を俯瞰(ふかん)し,攻撃の指揮をすると同時に,火矢や弩(ど)石をここから発射もする。


欲知 前面 花 多少 ,直到 南山 不屬 人 。
その前面に女という面を多くだしたり、小出しにしたりしたということを認識してほしいと思う。権謀に長けた太平公主は人民が繋がらないようにし、終南山から謀の指令を出したのだ。
・「知」語義類別:人、狀態、心智狀態、知。
・「前面」語義類別:地、空間、位置、前。
・「花」語義類別:物、生物、植物泛稱(花)、花。太平公主は唐高宗、則天皇后腹の皇女であり、『新唐書』には「后愛之傾諸女」と記されている。権謀に長じた太平は、則天皇后、中宗、叡宗に重んじられ、多くの政治事件に関与したことがあり、初唐の政壇に重きをなしていた人物である。
・「多少」語義類別:物、狀態、對比狀態、多少。
・「到」語義類別:人、行為動作、一般行為(刀部)、到。
・「南山」語義類別:地、地名、山嶺地名、終南山。

桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#5>Ⅱ中唐詩723 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2599

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#5>Ⅱ中唐詩723 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2599



桃源圖
(桃源郷の図について)
神仙有無何渺茫,桃源之說誠荒唐。
神仙の郷が有るのか無いのか、このことはじつに漠然としたことではなかろうか。それも桃源郷の説を詩文書画などあらわされているが、荒唐無稽なことだ。
流水盤迴山百轉,生綃數幅垂中堂。
流れる川水は、盤のように廻り、山は百転し、うねりつづく‥…・。そんな図柄の絵が数幅、この奥座敷にかけられている。
武陵太守好事者,題封遠寄南宮下。
武陵の太守が風流好きということで、この箱書きなんぞをはるばる礼部に頼んで来たということなのだ
#2
南宮先生忻得之,波濤入筆驅文辭。
南宮礼部の先生はこの図を手にして、大よろこびである。波濤逆巻くほどの文章を筆に入魂して書き上げる。
文工畫妙各臻極,異境恍惚移於斯。
文はとても巧みで、画派というと巧妙なのであり、それらが相互に申し分ものとなっている。そこには、ふしぎな世界がひろがり、恍惚にうっとりとして、この画の中にはいりこんでいくようである。
架巖鑿谷開宮室,接屋連牆千萬日。
大岩に橋かけ、谷を穿ちひらいて、その奥に御殿を建てている。家は接近してならべられ、囲う垣根はつらねて守ること一千万日過ぎたという。
嬴顛劉蹶了不聞,地坼天分非所恤。
秦の始皇帝の瀛氏と漢を再興させるはずの劉家などが滅亡したことを聞くことはなかったという。そこでは天がさけ、地がくだけても、いっさいかかわりもたなかったという。
#3
種桃處處惟開花,川原近遠蒸紅霞。
桃の木をいっぱいに植えており、あちらにもこちらにも、ただ花は咲きほこる。河原、高原、近くから遠くまで、真紅にかすんでいる。
初來猶自念鄉邑,歲久此地還成家。
はじめ来たころはやっぱり故郷が恋しかったのだが、ながらく住むうちここも我が家という気になった。
漁舟之子來何所,物色相猜更問語。
舟の上の漁師の方はいったい何処からここへこられたのでしょう。互いに観察して、猜疑心の顔つきをした後互いに問答をしている。
大蛇中斷喪前王,群馬南渡開新主。
「大蛇が斬られたために前の王様はほろびました」といい。「馬のむれは南に渡ってしまい、新しいお領主ができたのです。」と話した。
#4
聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
その話を聞き終わったがだれも言葉も出ないままに、 みんなしんみりとしたままだ。そして、ひとりごとをつぶやいた。もう「六百年もたっていたのか」と。
當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
その当時のすべての事についてこの画の中、みな目の前にあるみたいだがよくわからない。
爭持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
それからみんな争うように酒とさかな持って来てすすめてくれるが、膳立てもちがっているし、諸事しきたりも 同じではない。
月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。
月が明るく照らされた道を同伴して宿った家は人気はまったくなく、骨はひんやりとしていて、魂はさえきって、夢うつつともいかないのである。
#5
夜半金雞啁哳鳴,火輪飛出客心驚。
夜中だというのにコケッコッコと金鷄が鳴き出して、太陽が突然に飛び出すとそこにいるお客はびっくり仰天する。
人間有累不可住,依然離別難為情。
世間の人間にほだしがある身であるからにはそこに とどまるわけにゆかないというものだが、しかし、やっぱり、わかれというものはつらいものだ。
船開櫂進一迴顧,萬里蒼蒼煙水暮。
そして、舟をこぎ出し、棹さして舟を進めて、そして、ふと、ふりかえるのである。はるか万里のさきまで蒼蒼として、ゆうぐれに煙る川上に夕闇が迫るのである。
世俗寧知偽與真,至今傳者武陵人。
うそなのか、真実の事なのか 世間のわれらには知りようないのだし、この言いつたえというのは、いまでも武陵の人たちに残っているのである。

桃源の圖
神仙の有無 何ぞ渺茫【びゅうぼう】,桃源の說 誠に荒唐。
流水 盤迴 山 百轉,生綃 數幅 中堂に垂る。
武陵の太守は 好事の者,題封 遠く寄す南宮の下。
#2
南宮先生 之を得たるを忻び,波濤 筆に入って文辭を驅る。
文は工【たくみ】に畫は妙に各の極に臻【いた】る,異境 恍惚として 斯に移る。
巖に架け 谷を鑿って宮室を開き,屋を接し 牆を連ぬる 千萬日。
嬴の顛【くつがえ】り 劉の蹶【つまづ】きしこと 了に聞かず,地は坼【くじ】け天は分るるも恤【あわれ】む所に非らず。
#3
桃を種えて處處 惟だ花を開かせ,川原 近遠 紅霞蒸す。
初めて來りしとき 猶お鄉邑を念いしを,歲久しくして 此の地も還た家と成れり。
漁舟の子よ 何れの所より來りしや,物色し相い猜し更に問語す。
大蛇 中斷せられて 前王 喪び,群馬 南渡して 新主開く。
#4
聽き終って辭絕え 共に悽然,自ら說く 今に經る六百年。
當時の萬事 皆 眼に見る,知らず幾許【いくばく】か猶お流傳する。
爭うて酒食を持し來って相い饋【おく】る,禮數【れいすう】同じからず樽俎【そんそ】異れり。
月明に伴いて宿すれば玉堂空し,骨 冷かに 魂 清く 夢寐【むび】無し。
#5
夜半 金雞 啁哳【とうせき】として鳴き,火輪飛びて出で 客心 驚く。
人間に累有り 住【とどま】る可からず,依然 離別情を為り難し。
船は開き 櫂は進み 一たび迴顧するに,萬里 蒼蒼として煙水 暮れる。
世俗 寧ろ知らむや 偽と真と,今に至るまで傳うる者は武陵の人。


『桃源圖』 現代語訳と訳註
(本文)
#5
海棠花011夜半金雞啁哳鳴,火輪飛出客心驚。
人間有累不可住,依然離別難為情。
船開櫂進一迴顧,萬里蒼蒼煙水暮。
世俗寧知偽與真,至今傳者武陵人。


(下し文) #5
夜半 金雞 啁哳【とうせき】として鳴き,火輪飛びて出で 客心 驚く。
人間に累有り 住【とどま】る可からず,依然 離別情を為り難し。
船は開き 櫂は進み 一たび迴顧するに,萬里 蒼蒼として煙水 暮れる。
世俗 寧ろ知らむや 偽と真と,今に至るまで傳うる者は武陵の人。


(現代語訳)
夜中だというのにコケッコッコと金鷄が鳴き出して、太陽が突然に飛び出すとそこにいるお客はびっくり仰天する。
世間の人間にほだしがある身であるからにはそこに とどまるわけにゆかないというものだが、しかし、やっぱり、わかれというものはつらいものだ。
そして、舟をこぎ出し、棹さして舟を進めて、そして、ふと、ふりかえるのである。はるか万里のさきまで蒼蒼として、ゆうぐれに煙る川上に夕闇が迫るのである。
うそなのか、真実の事なのか 世間のわれらには知りようないのだし、この言いつたえというのは、いまでも武陵の人たちに残っているのである。


(訳注)#5
夜半金雞啁哳鳴,火輪飛出客心驚。
夜なかだというのにコケッコッコと金鷄が鳴き出して、太陽が突然に飛び出すとそこにいるお客はびっくり仰天する。
・啁哳 金鷄がコケッコッコと鳴き出すこえをいう。
・火輪 1 火が輪のように見えるもの。転じて、太陽のこと。2 「火輪車」「火輪船」の略。 3 密教で、五輪の一。


人間有累不可住,依然離別難為情。
世間の人間にほだしがある身であるからにはそこに とどまるわけにゆかないというものだが、しかし、やっぱり、わかれというものはつらいものだ。
・累(絆し)【ほだし】① 人の心や行動の自由を縛るもの。自由をさまたげるもの。② 馬の足をつなぎとめるための縄。ふもだし。③ 手かせや足かせ。ほだ。


船開櫂進一迴顧,萬里蒼蒼煙水暮。
そして、舟をこぎ出し、棹さして舟を進めて、そして、ふと、ふりかえるのである。はるか万里のさきまで蒼蒼として、ゆうぐれに煙る川上に夕闇が迫るのである。


世俗寧知偽與真,至今傳者武陵人。
うそなのか、真実の事なのか 世間のわれらには知りようないのだし、この言いつたえというのは、いまでも武陵の人たちに残っているのである。


桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#4>Ⅱ中唐詩722 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2594

韓愈(韓退之) 《桃源圖》 その話を聞き終わったがだれも言葉も出ないままに、 みんなしんみりとしたままだ。そして、ひとりごとをつぶやいた。もう「六百年もたっていたのか」と。


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Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#4>Ⅱ中唐詩722 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2594
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Ⅲ杜甫詩1000詩集冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都 杜甫 <490-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2595 杜甫詩1000-490-#2-713/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送盧員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-210-76-#70  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#4>Ⅱ中唐詩722 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2594


桃源圖
(桃源郷の図について)
神仙有無何渺茫,桃源之說誠荒唐。
神仙の郷が有るのか無いのか、このことはじつに漠然としたことではなかろうか。それも桃源郷の説を詩文書画などあらわされているが、荒唐無稽なことだ。
流水盤迴山百轉,生綃數幅垂中堂。
流れる川水は、盤のように廻り、山は百転し、うねりつづく‥…・。そんな図柄の絵が数幅、この奥座敷にかけられている。
武陵太守好事者,題封遠寄南宮下。
武陵の太守が風流好きということで、この箱書きなんぞをはるばる礼部に頼んで来たということなのだ
#2
南宮先生忻得之,波濤入筆驅文辭。
南宮礼部の先生はこの図を手にして、大よろこびである。波濤逆巻くほどの文章を筆に入魂して書き上げる。
文工畫妙各臻極,異境恍惚移於斯。
文はとても巧みで、画派というと巧妙なのであり、それらが相互に申し分ものとなっている。そこには、ふしぎな世界がひろがり、恍惚にうっとりとして、この画の中にはいりこんでいくようである。
架巖鑿谷開宮室,接屋連牆千萬日。
大岩に橋かけ、谷を穿ちひらいて、その奥に御殿を建てている。家は接近してならべられ、囲う垣根はつらねて守ること一千万日過ぎたという。
嬴顛劉蹶了不聞,地坼天分非所恤。
秦の始皇帝の瀛氏と漢を再興させるはずの劉家などが滅亡したことを聞くことはなかったという。そこでは天がさけ、地がくだけても、いっさいかかわりもたなかったという。
#3
種桃處處惟開花,川原近遠蒸紅霞。
桃の木をいっぱいに植えており、あちらにもこちらにも、ただ花は咲きほこる。河原、高原、近くから遠くまで、真紅にかすんでいる。
初來猶自念鄉邑,歲久此地還成家。
はじめ来たころはやっぱり故郷が恋しかったのだが、ながらく住むうちここも我が家という気になった。
漁舟之子來何所,物色相猜更問語。
舟の上の漁師の方はいったい何処からここへこられたのでしょう。互いに観察して、猜疑心の顔つきをした後互いに問答をしている。
大蛇中斷喪前王,群馬南渡開新主。
「大蛇が斬られたために前の王様はほろびました」といい。「馬のむれは南に渡ってしまい、新しいお領主ができたのです。」と話した。
#4
聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
その話を聞き終わったがだれも言葉も出ないままに、 みんなしんみりとしたままだ。そして、ひとりごとをつぶやいた。もう「六百年もたっていたのか」と。
當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
その当時のすべての事についてこの画の中、みな目の前にあるみたいだがよくわからない。
爭持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
それからみんな争うように酒とさかな持って来てすすめてくれるが、膳立てもちがっているし、諸事しきたりも 同じではない。
月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。
月が明るく照らされた道を同伴して宿った家は人気はまったくなく、骨はひんやりとしていて、魂はさえきって、夢うつつともいかないのである。
#5
夜半金雞啁哳鳴,火輪飛出客心驚。
人間有累不可住,依然離別難為情。
船開櫂進一迴顧,萬里蒼蒼煙水暮。
世俗寧知偽與真,至今傳者武陵人。

桃源の圖
神仙の有無 何ぞ渺茫【びゅうぼう】,桃源の說 誠に荒唐。
流水 盤迴 山 百轉,生綃 數幅 中堂に垂る。
武陵の太守は 好事の者,題封 遠く寄す南宮の下。
 
#2
南宮先生 之を得たるを忻び,波濤 筆に入って文辭を驅る。
文は工【たくみ】に畫は妙に各の極に臻【いた】る,異境 恍惚として 斯に移る。
巖に架け 谷を鑿って宮室を開き,屋を接し 牆を連ぬる 千萬日。
嬴の顛【くつがえ】り 劉の蹶【つまづ】きしこと 了に聞かず,地は坼【くじ】け天は分るるも恤【あわれ】む所に非らず。
#3
桃を種えて處處 惟だ花を開かせ,川原 近遠 紅霞蒸す。
初めて來りしとき 猶お鄉邑を念いしを,歲久しくして 此の地も還た家と成れり。
漁舟の子よ 何れの所より來りしや,物色し相い猜し更に問語す。
大蛇 中斷せられて 前王 喪び,群馬 南渡して 新主開く。
#4
聽き終って辭絕え 共に悽然,自ら說く 今に經る六百年。
當時の萬事 皆 眼に見る,知らず幾許【いくばく】か猶お流傳する。
爭うて酒食を持し來って相い饋【おく】る,禮數【れいすう】同じからず樽俎【そんそ】異れり。
月明に伴いて宿すれば玉堂空し,骨 冷かに 魂 清く 夢寐【むび】無し。


『桃源圖』 現代語訳と訳註
海棠花011(本文)
#4
聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
爭持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。


(下し文) #4
聽き終って辭絕え 共に悽然,自ら說く 今に經る六百年。
當時の萬事 皆 眼に見る,知らず幾許【いくばく】か猶お流傳する。
爭うて酒食を持し來って相い饋【おく】る,禮數【れいすう】同じからず樽俎【そんそ】異れり。
月明に伴いて宿すれば玉堂空し,骨 冷かに 魂 清く 夢寐【むび】無し。


(現代語訳)
その話を聞き終わったがだれも言葉も出ないままに、 みんなしんみりとしたままだ。そして、ひとりごとをつぶやいた。もう「六百年もたっていたのか」と。
その当時のすべての事についてこの画の中、みな目の前にあるみたいだがよくわからない。
それからみんな争うように酒とさかな持って来てすすめてくれるが、膳立てもちがっているし、諸事しきたりも 同じではない。
月が明るく照らされた道を同伴して宿った家は人気はまったくなく、骨はひんやりとしていて、魂はさえきって、夢うつつともいかないのである。


(訳注) 桃源圖#4
・桃源図 この詩は陶淵明が「桃花源の詩」とその序でえがいた理想郷が、当時のひとびとに実在のものと考えられ、それが絵に描かれたり語りつたえたりされていた。たまたま武陵の太守の某なる人がかかせた絵を見せられたとき、その絵にちなんで桃花源伝説の虚罔性を批判したものである。陶淵明の詩以後、王維が「桃源行」をつくっているが、韓愈は、この詩で陶・王の二氏を兼ねて批判したもの


聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
その話を聞き終わったがだれも言葉も出ないままに、 みんなしんみりとしたままだ。そして、ひとりごとをつぶやいた。もう「六百年もたっていたのか」と。
・悽然 しんみりとしたまま

當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
その当時のすべての事についてこの画の中、みな目の前にあるみたいだがよくわからない。
そのどれだけが まだ世の中に伝わってるか」


持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
それからみんな争うように酒とさかな持って来てすすめてくれるが、膳立てもちがっているし、諸事しきたりも 同じではない。


月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。
月が明るく照らされた道を同伴して宿った家は人気はまったくなく、骨はひんやりとしていて、魂はさえきって、夢うつつともいかないのである。
海棠花021

桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#3>Ⅱ中唐詩721 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2589

韓愈(韓退之) 《桃源圖》-#3  桃の木をいっぱいに植えており、あちらにもこちらにも、ただ花は咲きほこる。河原、高原、近くから遠くまで、真紅にかすんでいる。


2013年6月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《薤露行》 武帝 魏詩<89-#2>古詩源 巻五 808 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2588
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#3>Ⅱ中唐詩721 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2589
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#3>Ⅱ中唐詩721 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2589


桃源圖
(桃源郷の図について)
神仙有無何渺茫,桃源之說誠荒唐。
神仙の郷が有るのか無いのか、このことはじつに漠然としたことではなかろうか。それも桃源郷の説を詩文書画などあらわされているが、荒唐無稽なことだ。
流水盤迴山百轉,生綃數幅垂中堂。
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#2
南宮先生忻得之,波濤入筆驅文辭。
南宮礼部の先生はこの図を手にして、大よろこびである。波濤逆巻くほどの文章を筆に入魂して書き上げる。
文工畫妙各臻極,異境恍惚移於斯。
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大岩に橋かけ、谷を穿ちひらいて、その奥に御殿を建てている。家は接近してならべられ、囲う垣根はつらねて守ること一千万日過ぎたという。
嬴顛劉蹶了不聞,地坼天分非所恤。
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#3
種桃處處惟開花,川原近遠蒸紅霞。
桃の木をいっぱいに植えており、あちらにもこちらにも、ただ花は咲きほこる。河原、高原、近くから遠くまで、真紅にかすんでいる。
初來猶自念鄉邑,歲久此地還成家。
はじめ来たころはやっぱり故郷が恋しかったのだが、ながらく住むうちここも我が家という気になった。
漁舟之子來何所,物色相猜更問語。
舟の上の漁師の方はいったい何処からここへこられたのでしょう。互いに観察して、猜疑心の顔つきをした後互いに問答をしている。
大蛇中斷喪前王,群馬南渡開新主。
「大蛇が斬られたために前の王様はほろびました」といい。「馬のむれは南に渡ってしまい、新しいお領主ができたのです。」と話した。
#4
聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
爭持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。
#5
夜半金雞啁哳鳴,火輪飛出客心驚。
人間有累不可住,依然離別難為情。
船開櫂進一迴顧,萬里蒼蒼煙水暮。
世俗寧知偽與真,至今傳者武陵人。

桃源の圖
神仙の有無 何ぞ渺茫【びゅうぼう】,桃源の說 誠に荒唐。
流水 盤迴 山 百轉,生綃 數幅 中堂に垂る。
武陵の太守は 好事の者,題封 遠く寄す南宮の下。
 
#2
南宮先生 之を得たるを忻び,波濤 筆に入って文辭を驅る。
文は工【たくみ】に畫は妙に各の極に臻【いた】る,異境 恍惚として 斯に移る。
巖に架け 谷を鑿って宮室を開き,屋を接し 牆を連ぬる 千萬日。
嬴の顛【くつがえ】り 劉の蹶【つまづ】きしこと 了に聞かず,地は坼【くじ】け天は分るるも恤【あわれ】む所に非らず。
海棠花04


















『桃源圖』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
種桃處處惟開花,川原近遠蒸紅霞。
初來猶自念鄉邑,歲久此地還成家。
漁舟之子來何所,物色相猜更問語。
大蛇中斷喪前王,群馬南渡開新主。


(下し文) #3
桃を種えて處處 惟だ花を開かせ,川原 近遠 紅霞蒸す。
初めて來りしとき 猶お鄉邑を念いしを,歲久しくして 此の地も還た家と成れり。
漁舟の子よ 何れの所より來りしや,物色し相い猜し更に問語す。
大蛇 中斷せられて 前王 喪び,群馬 南渡して 新主開く。


(現代語訳)
桃の木をいっぱいに植えており、あちらにもこちらにも、ただ花は咲きほこる。河原、高原、近くから遠くまで、真紅にかすんでいる。
はじめ来たころはやっぱり故郷が恋しかったのだが、ながらく住むうちここも我が家という気になった。
舟の上の漁師の方はいったい何処からここへこられたのでしょう。互いに観察して、猜疑心の顔つきをした後互いに問答をしている。
「大蛇が斬られたために前の王様はほろびました」といい。「馬のむれは南に渡ってしまい、新しいお領主ができたのです。」と話した。


(訳注)
桃源圖

・桃源図 この詩は陶淵明が「桃花源の詩」とその序でえがいた理想郷が、当時のひとびとに実在のものと考えられ、それが絵に描かれたり語りつたえたりされていた。たまたま武陵の太守の某なる人がかかせた絵を見せられたとき、その絵にちなんで桃花源伝説の虚罔性を批判したものである。陶淵明の詩以後、王維が「桃源行」をつくっているが、韓愈は、この詩で陶・王の二氏を兼ねて批判したもの


種桃處處惟開花,川原近遠蒸紅霞。
桃の木をいっぱいに植えており、あちらにもこちらにも、ただ花は咲きほこる。河原、高原、近くから遠くまで、真紅にかすんでいる。


初來猶自念鄉邑,歲久此地還成家。
はじめ来たころはやっぱり故郷が恋しかったのだが、ながらく住むうちここも我が家という気になった。


漁舟之子來何所,物色相猜更問語。
舟の上の漁師の方はいったい何処からここへこられたのでしょう。互いに観察して、猜疑心の顔つきをした後互いに問答をしている。


大蛇中斷喪前王,群馬南渡開新主。
「大蛇が斬られたために前の王様はほろびました」といい。「馬のむれは南に渡ってしまい、新しいお領主ができたのです。」と話した。

桃源圖 韓愈(韓退之) <146-#2>Ⅱ中唐詩720 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2584

韓愈(韓退之) 《桃源圖》<146-#2>南宮礼部の先生はこの図を手にして、大よろこびである。波濤逆巻くほどの文章を筆に入魂して書き上げる。

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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


桃源圖 韓愈(韓退之) <146-#2>Ⅱ中唐詩720 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2584


海棠花011作者: 韓愈 
皇帝紀年: 元和八年 
寫作時間: 813年 
寫作年紀: 46歲 
卷別: 卷三三八  文體: 七言古詩 
詩題: 桃源圖 
寫及地點:  武陵 (江南西道 朗州 武陵)     
 
 
 
桃源圖
(桃源郷の図について)
神仙有無何渺茫,桃源之說誠荒唐。
神仙の郷が有るのか無いのか、このことはじつに漠然としたことではなかろうか。それも桃源郷の説を詩文書画などあらわされているが、荒唐無稽なことだ。
流水盤迴山百轉,生綃數幅垂中堂。
流れる川水は、盤のように廻り、山は百転し、うねりつづく‥…・。そんな図柄の絵が数幅、この奥座敷にかけられている。
武陵太守好事者,題封遠寄南宮下。
武陵の太守が風流好きということで、この箱書きなんぞをはるばる礼部に頼んで来たということなのだ
#2
南宮先生忻得之,波濤入筆驅文辭。
文工畫妙各臻極,異境恍惚移於斯。
架巖鑿谷開宮室,接屋連牆千萬日。
嬴顛劉蹶了不聞,地坼天分非所恤。
南宮礼部の先生はこの図を手にして、大よろこびである。波濤逆巻くほどの文章を筆に入魂して書き上げる。
文はとても巧みで、画派というと巧妙なのであり、それらが相互に申し分ものとなっている。そこには、ふしぎな世界がひろがり、恍惚にうっとりとして、この画の中にはいりこんでいくようである。
大岩に橋かけ、谷を穿ちひらいて、その奥に御殿を建てている。家は接近してならべられ、囲う垣根はつらねて守ること一千万日過ぎたという。
秦の始皇帝の瀛氏と漢を再興させるはずの劉家などが滅亡したことを聞くことはなかったという。そこでは天がさけ、地がくだけても、いっさいかかわりもたなかったという。

#3
種桃處處惟開花,川原近遠蒸紅霞。
初來猶自念鄉邑,歲久此地還成家。
漁舟之子來何所,物色相猜更問語。
大蛇中斷喪前王,群馬南渡開新主。
#4
聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
爭持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。
#5
夜半金雞啁哳鳴,火輪飛出客心驚。
人間有累不可住,依然離別難為情。
船開櫂進一迴顧,萬里蒼蒼煙水暮。
世俗寧知偽與真,至今傳者武陵人。



桃源の圖
神仙の有無 何ぞ渺茫【びゅうぼう】,桃源の說 誠に荒唐。
流水 盤迴 山 百轉,生綃 數幅 中堂に垂る。
武陵の太守は 好事の者,題封 遠く寄す南宮の下。
#2
南宮先生 之を得たるを忻び,波濤 筆に入って文辭を驅る。
文は工【たくみ】に畫は妙に各の極に臻【いた】る,異境 恍惚として 斯に移る。
巖に架け 谷を鑿って宮室を開き,屋を接し 牆を連ぬる 千萬日。
嬴の顛【くつがえ】り 劉の蹶【つまづ】きしこと 了に聞かず,地は坼【くじ】け天は分るるも恤【あわれ】む所に非らず。



『桃源圖』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
南宮先生忻得之,波濤入筆驅文辭。
文工畫妙各臻極,異境恍惚移於斯。
架巖鑿谷開宮室,接屋連牆千萬日。
嬴顛劉蹶了不聞,地坼天分非所恤。


(下し文) #2
南宮先生 之を得たるを忻び,波濤 筆に入って文辭を驅る。
文は工【たくみ】に畫は妙に各の極に臻【いた】る,異境 恍惚として 斯に移る。
巖に架け 谷を鑿って宮室を開き,屋を接し 牆を連ぬる 千萬日。
嬴の顛【くつがえ】り 劉の蹶【つまづ】きしこと 了に聞かず,地は坼【くじ】け天は分るるも恤【あわれ】む所に非らず。


(現代語訳)
南宮礼部の先生はこの図を手にして、大よろこびである。波濤逆巻くほどの文章を筆に入魂して書き上げる。
文はとても巧みで、画派というと巧妙なのであり、それらが相互に申し分ものとなっている。そこには、ふしぎな世界がひろがり、恍惚にうっとりとして、この画の中にはいりこんでいくようである。
大岩に橋かけ、谷を穿ちひらいて、その奥に御殿を建てている。家は接近してならべられ、囲う垣根はつらねて守ること一千万日過ぎたという。
秦の始皇帝の瀛氏と漢を再興させるはずの劉家などが滅亡したことを聞くことはなかったという。そこでは天がさけ、地がくだけても、いっさいかかわりもたなかったという。


(訳注)#2
南宮先生忻得之,波濤入筆驅文辭。
南宮礼部の先生はこの図を手にして、大よろこびである。波濤逆巻くほどの文章を筆に入魂して書き上げる。
・忻 よろこぶ。たのしむ。
・南宮 礼部のこと。六部の1つで、礼楽儀仗・教育・国家祭祀・宗教・外交・科挙などを司掌した。


文工畫妙各臻極,異境恍惚移於斯。
文はとても巧みで、画派というと巧妙なのであり、それらが相互に申し分ものとなっている。そこには、ふしぎな世界がひろがり、恍惚にうっとりとして、この画の中にはいりこんでいくようである。


架巖鑿谷開宮室,接屋連牆千萬日。
大岩に橋かけ、谷を穿ちひらいて、その奥に御殿を建てている。家は接近してならべられ、囲う垣根はつらねて守ること一千万日過ぎたという。
⋆ここから絵に描かれた桃源郷のことをのべる。


嬴顛劉蹶了不聞,地坼天分非所恤。
秦の始皇帝の瀛氏と漢を再興させるはずの劉家などが滅亡したことを聞くことはなかったという。そこでは天がさけ、地がくだけても、いっさいかかわりもたなかったという。
・嬴顛 秦の始皇帝の瀛氏は滅亡した。
・劉蹶 漢を再興させるはずの劉家は中途で躓き滅ぼされた。
桃園001

桃源圖 韓愈(韓退之) <145>Ⅱ中唐詩719 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2579

韓愈(韓退之) 《桃源圖》 <145>(桃源郷の図について)神仙の郷が有るのか無いのか、このことはじつに漠然としたことではなかろうか。それも桃源郷の説を詩文書画などあらわされているが、荒唐無稽なことだ。


2013年6月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《龜雖壽》 武帝 魏詩<88-#2>古詩源 巻五 806 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2578
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145>Ⅱ中唐詩719 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2579
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》  楽府(五言古詩) 成都6-(25-#2) 杜甫 <488-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2580 杜甫詩1000-488-#2-710/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

桃源圖 韓愈(韓退之) <145>Ⅱ中唐詩719 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2579


作者: 韓愈 
皇帝紀年: 元和八年 
寫作時間: 813年 
寫作年紀: 46歲 
卷別: 卷三三八  文體: 七言古詩 
詩題: 桃源圖 
寫及地點:  武陵 (江南西道 朗州 武陵)     
 
 
 
桃源圖
(桃源郷の図について)
神仙有無何渺茫,桃源之說誠荒唐。
神仙の郷が有るのか無いのか、このことはじつに漠然としたことではなかろうか。それも桃源郷の説を詩文書画などあらわされているが、荒唐無稽なことだ。
流水盤迴山百轉,生綃數幅垂中堂。
流れる川水は、盤のように廻り、山は百転し、うねりつづく‥…・。そんな図柄の絵が数幅、この奥座敷にかけられている。
武陵太守好事者,題封遠寄南宮下。
武陵の太守が風流好きということで、この箱書きなんぞをはるばる礼部に頼んで来たということなのだ
海棠花011#2
南宮先生忻得之,波濤入筆驅文辭。
文工畫妙各臻極,異境恍惚移於斯。
架巖鑿谷開宮室,接屋連牆千萬日。
嬴顛劉蹶了不聞,地坼天分非所恤。
#3
種桃處處惟開花,川原近遠蒸紅霞。
初來猶自念鄉邑,歲久此地還成家。
漁舟之子來何所,物色相猜更問語。
大蛇中斷喪前王,群馬南渡開新主。
#4
聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
爭持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。
#5
夜半金雞啁哳鳴,火輪飛出客心驚。
人間有累不可住,依然離別難為情。
船開櫂進一迴顧,萬里蒼蒼煙水暮。
世俗寧知偽與真,至今傳者武陵人。
 

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詩文(異文):
神仙有無何渺茫,桃源之說誠荒唐。
流水盤迴山百轉,生綃數幅垂中堂。
武陵太守好事者,題封遠寄南宮下。
南宮先生忻得之,波濤入筆驅文辭。
文工畫妙各臻極,異境恍惚移於斯。
架巖鑿谷開宮室,接屋連牆千萬日。
嬴顛劉蹶了不聞,地坼天分非所恤。
種桃處處惟開花,川原近遠蒸紅霞【川原近遠烝紅霞】。
初來猶自念鄉邑,歲久此地還成家。
漁舟之子來何所,物色相猜更問語。
大蛇中斷喪前王,群馬南渡開新主。
聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
爭持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。
夜半金雞啁哳鳴,火輪飛出客心驚。
人間有累不可住,依然離別難為情。
船開櫂進一迴顧,萬里蒼蒼煙水暮。
世俗寧知偽與真,至今傳者武陵人。
海棠花021 









 
『桃源圖』 現代語訳と訳註
(本文)
神仙有無何渺茫,桃源之說誠荒唐。
流水盤迴山百轉,生綃數幅垂中堂。
武陵太守好事者,題封遠寄南宮下。


(下し文)
桃源の圖
神仙の有無 何ぞ渺茫【びゅうぼう】,桃源の說 誠に荒唐。
流水 盤迴 山 百轉,生綃 數幅 中堂に垂る。
武陵の太守は 好事の者,題封 遠く寄す南宮の下。


(現代語訳)
(桃源郷の図について)
神仙の郷が有るのか無いのか、このことはじつに漠然としたことではなかろうか。それも桃源郷の説を詩文書画などあらわされているが、荒唐無稽なことだ。
流れる川水は、盤のように廻り、山は百転し、うねりつづく‥…・。そんな図柄の絵が数幅、この奥座敷にかけられている。
武陵の太守が風流好きということで、この箱書きなんぞをはるばる礼部に頼んで来たということなのだ


(訳注)
桃源圖
・桃源図 この詩は陶淵明が「桃花源の詩」とその序でえがいた理想郷が、当時のひとびとに実在のものと考えられ、それが絵に描かれたり語りつたえたりされていた。たまたま武陵の太守の某なる人がかかせた絵を見せられたとき、その絵にちなんで桃花源伝説の虚罔性を批判したものである。陶淵明の詩以後、王維が「桃源行」をつくっているが、韓愈は、この詩で陶・王の二氏を兼ねて批判したものとみてよい。左に陶氏の序と詩、王氏の詩を参考までに掲げよう


神仙有無何渺茫,桃源之說誠荒唐。
神仙の郷が有るのか無いのか、このことはじつに漠然としたことではなかろうか。それも桃源郷の説を詩文書画などあらわされているが、荒唐無稽なことだ。


流水盤迴山百轉,生綃數幅垂中堂。
流れる川水は、盤のように廻り、山は百転し、うねりつづく‥…・。そんな図柄の絵が数幅、この奥座敷にかけられている。


武陵太守好事者,題封遠寄南宮下。
武陵の太守が風流好きということで、この箱書きなんぞをはるばる礼部に頼んで来たということなのだ


《桃源行》 王維  <#4>718 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2574

王維  《桃源行》 <#4>そこに春が来ると、ここのすべてが桃の花が咲き乱れ花びらが水面にも落ちて広がる。そんな仙人が澄む桃源郷がどこにあるのか尋ねることを語ることも許されない。


2013年6月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《龜雖壽》 武帝 魏詩<88-#1>古詩源 巻五 805 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2573
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#4>718 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2574
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴 楽府(七言歌行) 成都6-(25) 杜甫 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2575 杜甫詩1000-846-709/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聽歌 武元衝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-206-72-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2577
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



《桃源行》 王維  <#4>718 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2574



《桃源行》作者:王維
海棠花011漁舟逐水愛山春,兩岸桃花夾去津。
漁師の船は水面をすすんでゆき、愛すべき山水に春がおとずれる。さらに進むと両岸には桃の花が咲き誇り、突き当りの舟付き場まで桃の花に挟まれる。
坐看紅樹不知遠,行盡青溪忽視人。
岸の桃の花の咲く木の下に座って近くの花を見ると、遠くの景色を見ることをしない。春の若芽でいっぱいの渓谷を昇って行き着く所まで上がるとあたりに人はいなくなっている。
山口潛行始隈隩,山開曠望旋平陸。 
山の昇り口に進むと木々の下を抜けて行くと初めて入り組んだところは暗くなるほどだ。すると今度は前がパッと開けてグルット見回すと遠くに平地が見える。
遙看一處攢云樹,近入千家散花竹。
はるか遠くに一か所にこんもりと木があつまり茂った森が見える。その近くにたくさんの家があり花と竹があちこちに見える。

#2
樵客初傳漢姓名,居人未改秦衣服。 
木こりの旅人はここに初めての漢人系統の姓名が伝えられた。ここに住む住人は長安地方の衣服を未だに改めようとはしていない。
居人共住武陵源,還從物外起田園。
ここに住む住人は何事も一緒に行う武陵源の少数民族である。外部からここに及んでくるものを排除してここに田園経営を起こしたのである。
月明松下房櫳靜,日出云中雞犬喧。 
月の明かりが明るい夜は末の下に作った部屋や囲いの中で静かに過ごし、朝日が昇ってからはここのなかで忙しく働き鶏や犬のようにさわがしくすごす。
惊聞俗客爭來集,競引還家問都邑。
・云中 云は物の多いさま、ここでは忙しいさまを云う。
俗人に対して驚かすのが聞えて來るし、争い事があるようだと集団でこれにあたる。競い合い引き合いの後家にかえって村全体に相談するのである。

#3
平明閭巷掃花開,薄暮漁樵乘水入。 
夜明けになってこの村里は散る花を掃き奇麗にして花の開くのを待つ。夕暮れてここの住人の漁師や木こりは河水から村に帰って來る。
初因避地去人間,及至成仙遂不還。
ここに来る前、初めに世俗から逃れたところに、人間世界を去って行くことにしたのであった。そうして、各地を探し此処に至ったことは隠遁して仙人になるということでもう世俗には帰らないこととしたのだ。
峽里誰知有人事,世中遙望空云山。 
谷間の村里には人間同士の事柄は誰も問題にはしない。世の中遙か遠く、むなしく雲や山を望むのである。
不疑靈境難聞見,塵心未盡思鄉縣。

この里では神仏等の神聖な郷境というべきものを見聞きすることは難しいということは疑う余地はない。俗世界の事は考え尽くすことはなく、故郷の郷縣のことを思うのだ。

#4
出洞無論隔山水,辭家終擬長游衍。 
巌谷を抜け出てこの里の山水から離れていくけれどそれを問題にして論ずることはない。家に別れをつげてついに長い遊学、見聞を広げるたびに出ようかと思案する。
自謂經過舊不迷,安知峰壑今來變。
この経過について、昔のことについても迷うことはない。どうしてなのか、嶺や谷が今こうしてきてみる路変化はないという。
當時只記入山深,青溪几曲到云林。 
この時にあたって、ただ、この山深き所に入って來ることを記録しているのだ、そして、春になって若葉の谷間には曲がりくねって行き着くところはうっそうと茂っている林の中なのだ。
春來遍是桃花水,不辨仙源何處尋。
そこに春が来ると、ここのすべてが桃の花が咲き乱れ花びらが水面にも落ちて広がる。そんな仙人が澄む桃源郷がどこにあるのか尋ねることを語ることも許されない。桃園001


《桃源行》作者:王維
漁舟 水を逐い山の春を愛し,兩岸に桃花 去津を夾む。
坐して紅樹を看て遠きを知らず,青溪を行き盡き忽として人を視る。
山口 潛行は隈隩より始り,山開 曠望は平陸より旋る。 
遙に看るは 一處 云樹を攢【あつ】むるを,近くに入れば千家 花竹を散ず。
#2
樵客 初めて傳う 漢の姓名,居人 未だ改めず 秦の衣服。
居人 共に住す 武陵源,還た物外に從って田園を起す。
月明かにして 松下 房櫳 靜か,日出ずれば 云中雞犬 喧し。
惊れて俗客を聞き 爭い來り集い,競うて引き 家に還り都邑を問う。
#3
平明に閭巷は花を掃うて開き,薄暮に漁樵は水に乘じて入る。 
初めに避地 人間を去るに因り,及び至り 仙と成って遂に還らざるに。
峽里 誰か人事有るを知る,世中 遙に望めば空しく云山。 
靈境 聞見し難きを疑わざれども,塵心 未だ盡きず鄉縣を思う。
#4
洞を出でて 山水を隔つるを論ずる無し,家を辭して終に 長く游衍せむことを 擬す。 
自ら經過 舊【もと】迷わずと 謂う,安んぞ峰壑 今來 變ずるを 知らん。
當時 只だ記す 入山の深きを,青溪 几曲 云林に到る。
春來 遍く是れ 桃花の水,辨ぜず 仙源 何れの處に尋ねるべきかを。


『桃源行』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
出洞無論隔山水,辭家終擬長游衍。 
自謂經過舊不迷,安知峰壑今來變。
當時只記入山深,青溪几曲到云林。 
春來遍是桃花水,不辨仙源何處尋。


(下し文) #4
洞を出でて 山水を隔つるを論ずる無し,家を辭して終に 長く游衍せむことを 擬す。 
自ら經過 舊【もと】迷わずと 謂う,安んぞ峰壑 今來 變ずるを 知らん。
當時 只だ記す 入山の深きを,青溪 几曲 云林に到る。
春來 遍く是れ 桃花の水,辨ぜず 仙源 何れの處に尋ねるべきかを。


(現代語訳)
巌谷を抜け出てこの里の山水から離れていくけれどそれを問題にして論ずることはない。家に別れをつげてついに長い遊学、見聞を広げるたびに出ようかと思案する。
この経過について、昔のことについても迷うことはない。どうしてなのか、嶺や谷が今こうしてきてみる路変化はないという。
この時にあたって、ただ、この山深き所に入って來ることを記録しているのだ、そして、春になって若葉の谷間には曲がりくねって行き着くところはうっそうと茂っている林の中なのだ。
そこに春が来ると、ここのすべてが桃の花が咲き乱れ花びらが水面にも落ちて広がる。そんな仙人が澄む桃源郷がどこにあるのか尋ねることを語ることも許されない。


(訳注) #4
出洞無論隔山水,辭家終擬長游衍。 
洞を出でて 山水を隔つるを論ずる無し,家を辭して終に 長く游衍せむことを 擬す。 
巌谷を抜け出てこの里の山水から離れていくけれどそれを問題にして論ずることはない。家に別れをつげてついに長い遊学、見聞を広げるたびに出ようかと思案する。
・擬 ① どうしようかとはかり考える。思案する。「擬議」② 他のものと引き比べてみる。本物らしく似せる。なぞらえる。「擬音・擬勢・擬態・擬古文・擬人法・擬声語/模擬」[難読]雁擬(がんもどき)・擬宝珠(ぎぼし)
・衍 ① 余分にあまる。余計な。「衍字・衍文」② 延び広がる。押し広げる。「衍義/敷衍」


自謂經過舊不迷,安知峰壑今來變。
自ら經過 舊【もと】迷わずと 謂う,安んぞ峰壑 今來 變ずるを 知らん。
この経過について、昔のことについても迷うことはない。どうしてなのか、嶺や谷が今こうしてきてみる路変化はないという。


當時只記入山深,青溪几曲到云林。 
當時 只だ記す 入山の深きを,青溪 几曲 云林に到る。
この時にあたって、ただ、この山深き所に入って來ることを記録しているのだ、そして、春になって若葉の谷間には曲がりくねって行き着くところはうっそうと茂っている林の中なのだ。


春來遍是桃花水,不辨仙源何處尋。
春來 遍く是れ 桃花の水,辨ぜず 仙源 何れの處に尋ねるべきかを。
そこに春が来ると、ここのすべてが桃の花が咲き乱れ花びらが水面にも落ちて広がる。そんな仙人が澄む桃源郷がどこにあるのか尋ねることを語ることも許されない。
桑畑

《桃源行》 王維  <#3>717 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2569

王維  《桃源行》 <#3>夜明けになってこの村里は散る花を掃き奇麗にして花の開くのを待つ。夕暮れてここの住人の漁師や木こりは河水から村に帰って來る。

2013年6月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《觀滄海 曹操》 武帝 魏詩<87-#2>古詩源 巻五 804 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2568
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#3>717 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2569
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性贈歌人 武元衝 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-205-71-#65  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2572
 
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http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



《桃源行》 王維  <#3>717 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2569



《桃源行》作者:王維
漁舟逐水愛山春,兩岸桃花夾去津。
漁師の船は水面をすすんでゆき、愛すべき山水に春がおとずれる。さらに進むと両岸には桃の花が咲き誇り、突き当りの舟付き場まで桃の花に挟まれる。
坐看紅樹不知遠,行盡青溪忽視人。
岸の桃の花の咲く木の下に座って近くの花を見ると、遠くの景色を見ることをしない。春の若芽でいっぱいの渓谷を昇って行き着く所まで上がるとあたりに人はいなくなっている。
山口潛行始隈隩,山開曠望旋平陸。 
山の昇り口に進むと木々の下を抜けて行くと初めて入り組んだところは暗くなるほどだ。すると今度は前がパッと開けてグルット見回すと遠くに平地が見える。
遙看一處攢云樹,近入千家散花竹。
はるか遠くに一か所にこんもりと木があつまり茂った森が見える。その近くにたくさんの家があり花と竹があちこちに見える。

#2
樵客初傳漢姓名,居人未改秦衣服。 
木こりの旅人はここに初めての漢人系統の姓名が伝えられた。ここに住む住人は長安地方の衣服を未だに改めようとはしていない。
居人共住武陵源,還從物外起田園。
ここに住む住人は何事も一緒に行う武陵源の少数民族である。外部からここに及んでくるものを排除してここに田園経営を起こしたのである。
月明松下房櫳靜,日出云中雞犬喧。 
月の明かりが明るい夜は末の下に作った部屋や囲いの中で静かに過ごし、朝日が昇ってからはここのなかで忙しく働き鶏や犬のようにさわがしくすごす。
惊聞俗客爭來集,競引還家問都邑。
俗人に対して驚かすのが聞えて來るし、争い事があるようだと集団でこれにあたる。競い合い引き合いの後家にかえって村全体に相談するのである。

#3
平明閭巷掃花開,薄暮漁樵乘水入。 
夜明けになってこの村里は散る花を掃き奇麗にして花の開くのを待つ。夕暮れてここの住人の漁師や木こりは河水から村に帰って來る。
初因避地去人間,及至成仙遂不還。
ここに来る前、初めに世俗から逃れたところに、人間世界を去って行くことにしたのであった。そうして、各地を探し此処に至ったことは隠遁して仙人になるということでもう世俗には帰らないこととしたのだ。
峽里誰知有人事,世中遙望空云山。 
谷間の村里には人間同士の事柄は誰も問題にはしない。世の中遙か遠く、むなしく雲や山を望むのである。
不疑靈境難聞見,塵心未盡思鄉縣。
この里では神仏等の神聖な郷境というべきものを見聞きすることは難しいということは疑う余地はない。俗世界の事は考え尽くすことはなく、故郷の郷縣のことを思うのだ。

#4
出洞無論隔山水,辭家終擬長游衍。 
自謂經過舊不迷,安知峰壑今來變。
當時只記入山深,青溪几曲到云林。 
春來遍是桃花水,不辨仙源何處尋。

海棠花021










《桃源行》作者:王維
漁舟 水を逐い山の春を愛し,兩岸に桃花 去津を夾む。
坐して紅樹を看て遠きを知らず,青溪を行き盡き忽として人を視る。
山口 潛行は隈隩より始り,山開 曠望は平陸より旋る。 
遙に看るは 一處 云樹を攢【あつ】むるを,近くに入れば千家 花竹を散ず。
#2
樵客 初めて傳う 漢の姓名,居人 未だ改めず 秦の衣服。
居人 共に住す 武陵源,還た物外に從って田園を起す。
月明かにして 松下 房櫳 靜か,日出ずれば 云中雞犬 喧し。
惊れて俗客を聞き 爭い來り集い,競うて引き 家に還り都邑を問う。
#3
平明に閭巷は花を掃うて開き,薄暮に漁樵は水に乘じて入る。 
初めに避地 人間を去るに因り,及び至り 仙と成って遂に還らざるに。
峽里 誰か人事有るを知る,世中 遙に望めば空しく云山。 
靈境 聞見し難きを疑わざれども,塵心 未だ盡きず鄉縣を思う。

#4
洞を出でて 山水を隔つるを論ずる無し,家を辭して終に 長く游衍せむことを 擬す。 
自ら經過 舊【もと】迷わずと 謂う,安んぞ峰壑 今來 變ずるを 知らん。
當時 只だ記す 入山の深きを,青溪 几曲 云林に到る。
春來 遍く是れ 桃花の水,辨ぜず 仙源 何れの處に尋ねるべきかを。



桃源行』 現代語訳と訳註
海棠花011(本文)
#3
平明閭巷掃花開,薄暮漁樵乘水入。 
初因避地去人間,及至成仙遂不還。
峽里誰知有人事,世中遙望空云山。 
不疑靈境難聞見,塵心未盡思鄉縣。


(下し文) #3
平明に閭巷は花を掃うて開き,薄暮に漁樵は水に乘じて入る。 
初めに避地 人間を去るに因り,及び至り 仙と成って遂に還らざるに。
峽里 誰か人事有るを知る,世中 遙に望めば空しく云山。 
靈境 聞見し難きを疑わざれども,塵心 未だ盡きず鄉縣を思う。


(現代語訳)
夜明けになってこの村里は散る花を掃き奇麗にして花の開くのを待つ。夕暮れてここの住人の漁師や木こりは河水から村に帰って來る。
ここに来る前、初めに世俗から逃れたところに、人間世界を去って行くことにしたのであった。そうして、各地を探し此処に至ったことは隠遁して仙人になるということでもう世俗には帰らないこととしたのだ。
谷間の村里には人間同士の事柄は誰も問題にはしない。世の中遙か遠く、むなしく雲や山を望むのである。
この里では神仏等の神聖な郷境というべきものを見聞きすることは難しいということは疑う余地はない。俗世界の事は考え尽くすことはなく、故郷の郷縣のことを思うのだ。
 

(訳注) #3
平明閭巷掃花開,薄暮漁樵乘水入。 
平明に閭巷【りょこう】は花を掃うて開き,薄暮に漁樵は水に乘じて入る。 
夜明けになってこの村里は散る花を掃き奇麗にして花の開くのを待つ。夕暮れてここの住人の漁師や木こりは河水から村に帰って來る。
・平明 ① わかりやすくはっきりしていること。また、そのさま。「―な解説」② 夜明け。明け方。
・閭巷 村里。また、民間。


初因避地去人間,及至成仙遂不還。
初めに避地 人間を去るに因り,及び至り 仙と成って遂に還らざるに。
ここに来る前、初めに世俗から逃れたところに、人間世界を去って行くことにしたのであった。そうして、各地を探し此処に至ったことは隠遁して仙人になるということでもう世俗には帰らないこととしたのだ。


峽里誰知有人事,世中遙望空云山。 
峽里 誰か人事有るを知る,世中 遙に望めば空しく云山。 
谷間の村里には人間同士の事柄は誰も問題にはしない。世の中遙か遠く、むなしく雲や山を望むのである。
・峽里 谷間の村里。


不疑靈境難聞見,塵心未盡思鄉縣。
靈境 聞見し難きを疑わざれども,塵心 未だ盡きず鄉縣を思う。
この里では神仏等の神聖な郷境というべきものを見聞きすることは難しいということは疑う余地はない。俗世界の事は考え尽くすことはなく、故郷の郷縣のことを思うのだ。
・靈境 神仏等のある神聖な場所。霊場。霊地。

《桃源行》 王維  <#2>716 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2564

王維 《桃源行》木こりの旅人はここに初めての漢人系統の姓名が伝えられた。ここに住む住人は長安地方の衣服を未だに改めようとはしていない。


2013年6月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《觀滄海 曹操》 武帝 魏詩<87-#1> 平原侯值 803 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2563
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集光祿阪行 楽府(七言歌行) 成都6-(22) 杜甫 <484>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2560 杜甫詩1000-484-706/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

《桃源行》 王維  <#2>716 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2564


《桃源行》作者:王維
漁舟逐水愛山春,兩岸桃花夾去津。
坐看紅樹不知遠,行盡青溪忽視人。
山口潛行始隈隩,山開曠望旋平陸。 
遙看一處攢云樹,近入千家散花竹。
#2
樵客初傳漢姓名,居人未改秦衣服。 
居人共住武陵源,還從物外起田園。
月明松下房櫳靜,日出云中雞犬喧。 
惊聞俗客爭來集,競引還家問都邑。
#3
平明閭巷掃花開,薄暮漁樵乘水入。 
初因避地去人間,及至成仙遂不還。
峽里誰知有人事,世中遙望空云山。 
不疑靈境難聞見,塵心未盡思鄉縣。
#4
出洞無論隔山水,辭家終擬長游衍。 
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春來遍是桃花水,不辨仙源何處尋。

海棠花011
《桃源行》作者:王維
漁舟 水を逐い山の春を愛し,兩岸に桃花 去津を夾む。
坐して紅樹を看て遠きを知らず,青溪を行き盡き忽として人を視る。
山口 潛行は隈隩より始り,山開 曠望は平陸より旋る。 
遙に看るは 一處 云樹を攢【あつ】むるを,近くに入れば千家 花竹を散ず。
#2
樵客 初めて傳う 漢の姓名,居人 未だ改めず 秦の衣服。
居人 共に住す 武陵源,還た物外に從って田園を起す。
月明かにして 松下 房櫳 靜か,日出ずれば 云中雞犬 喧し。
惊れて俗客を聞き 爭い來り集い,競うて引き 家に還り都邑を問う。
#3
平明に閭巷は花を掃うて開き,薄暮に漁樵は水に乘じて入る。 
初めに避地 人間を去るに因り,及び至り 仙と成って遂に還らざるに。
峽里 誰か人事有るを知る,世中 遙に望めば空しく云山。 
靈境 聞見し難きを疑わざれども,塵心 未だ盡きず鄉縣を思う。
#4
洞を出でて 山水を隔つるを論ずる無し,家を辭して終に 長く游衍せむことを 擬す。 
自ら經過 舊【もと】迷わずと 謂う,安んぞ峰壑 今來 變ずるを 知らん。
當時 只だ記す 入山の深きを,青溪 几曲 云林に到る。
春來 遍く是れ 桃花の水,辨ぜず 仙源 何れの處に尋ねるべきかを。










《桃源行》作者:王維
漁舟逐水愛山春,兩岸桃花夾去津。
漁師の船は水面をすすんでゆき、愛すべき山水に春がおとずれる。さらに進むと両岸には桃の花が咲き誇り、突き当りの舟付き場まで桃の花に挟まれる。
坐看紅樹不知遠,行盡青溪忽視人。
岸の桃の花の咲く木の下に座って近くの花を見ると、遠くの景色を見ることをしない。春の若芽でいっぱいの渓谷を昇って行き着く所まで上がるとあたりに人はいなくなっている。
山口潛行始隈隩,山開曠望旋平陸。 
山の昇り口に進むと木々の下を抜けて行くと初めて入り組んだところは暗くなるほどだ。すると今度は前がパッと開けてグルット見回すと遠くに平地が見える。
遙看一處攢云樹,近入千家散花竹。
はるか遠くに一か所にこんもりと木があつまり茂った森が見える。その近くにたくさんの家があり花と竹があちこちに見える。

海棠花021









#2
樵客初傳漢姓名,居人未改秦衣服。 
木こりの旅人はここに初めての漢人系統の姓名が伝えられた。ここに住む住人は長安地方の衣服を未だに改めようとはしていない。
居人共住武陵源,還從物外起田園。
木こりの旅人はここに初めての漢人系統の姓名が伝えられた。ここに住む住人は長安地方の衣服を未だに改めようとはしていない。
月明松下房櫳靜,日出云中雞犬喧。 
ここに住む住人は何事も一緒に行う武陵源の少数民族である。外部からここに及んでくるものを排除してここに田園経営を起こしたのである。
惊聞俗客爭來集,競引還家問都邑。
月の明かりが明るい夜は末の下に作った部屋や囲いの中で静かに過ごし、朝日が昇ってからはここのなかで忙しく働き鶏や犬のようにさわがしくすごす。
・云中 云は物の多いさま、ここでは忙しいさまを云う。
俗人に対して驚かすのが聞えて來るし、争い事があるようだと集団でこれにあたる。競い合い引き合いの後家にかえって村全体に相談するのである。


『桃源行』 現代語訳と訳註
 (本文)
#2
樵客初傳漢姓名,居人未改秦衣服。 
居人共住武陵源,還從物外起田園。
月明松下房櫳靜,日出云中雞犬喧。 
惊聞俗客爭來集,競引還家問都邑。


(下し文) #2
樵客 初めて傳う 漢の姓名,居人 未だ改めず 秦の衣服。
居人 共に住す 武陵源,還た物外に從って田園を起す。
月明かにして 松下 房櫳 靜か,日出ずれば 云中雞犬 喧し。
惊れて俗客を聞き 爭い來り集い,競うて引き 家に還り都邑を問う。


(現代語訳)
木こりの旅人はここに初めての漢人系統の姓名が伝えられた。ここに住む住人は長安地方の衣服を未だに改めようとはしていない。
木こりの旅人はここに初めての漢人系統の姓名が伝えられた。ここに住む住人は長安地方の衣服を未だに改めようとはしていない。
ここに住む住人は何事も一緒に行う武陵源の少数民族である。外部からここに及んでくるものを排除してここに田園経営を起こしたのである。
月の明かりが明るい夜は末の下に作った部屋や囲いの中で静かに過ごし、朝日が昇ってからはここのなかで忙しく働き鶏や犬のようにさわがしくすごす。


(訳注) #2
樵客初傳漢姓名,居人未改秦衣服。
 
樵客 初めて傳う 漢の姓名,居人 未だ改めず 秦の衣服。
木こりの旅人はここに初めての漢人系統の姓名が伝えられた。ここに住む住人は長安地方の衣服を未だに改めようとはしていない。


居人共住武陵源,還從物外起田園。
居人 共に住す 武陵源,還た物外に從って田園を起す。
ここに住む住人は何事も一緒に行う武陵源の少数民族である。外部からここに及んでくるものを排除してここに田園経営を起こしたのである。
・武陵源 武陵源は、湖南省張家界市にあり、張家界森林公園、索渓谷自然保護区、天子山自然保護区などの地域からなる自然保護区です。エリアの97%が森林に覆われており、奇岩と木々、雲海が、ここにしかない特別な風景を作り出しています。3000を越す奇岩が瞬時に千変万化する素晴らしい景観には、心を奪われることでしょう。武陵源には、土家族という少数民族も暮らしている。険しい山の畑を耕しながら、奥地の村でひっそりと生きてきた彼らだが、今ではその暮らしも大分楽になった。変化に富んだ景観は、その時々によってもまた姿を変え、観光客の目を楽しませる。武陵源は、独特の地形とその豊かな生態系の普遍的な価値を認られ、1992年世界自然遺産に登録された。
・外物とは外からわが身に及んでくるものを言い、それは人間の知力による合理的判断では解決のつかないものと論じる。合理的な因果応報は実在しないと具体例によって論証し、その合理性を支える言語、知力は無意味なもので、それらに頼って生きようとする事が、人間としての主体性を失うと説く。


月明松下房櫳靜,日出云中雞犬喧。 
月明かにして 松下 房櫳 靜か,日出ずれば 云中雞犬 喧し。
月の明かりが明るい夜は末の下に作った部屋や囲いの中で静かに過ごし、朝日が昇ってからはここのなかで忙しく働き鶏や犬のようにさわがしくすごす。
・云中 云は物の多いさま、ここでは忙しいさまを云う。


惊聞俗客爭來集,競引還家問都邑。
惊れて俗客を聞き 爭い來り集い,競うて引き 家に還り都邑を問う。
俗人に対して驚かすのが聞えて來るし、争い事があるようだと集団でこれにあたる。競い合い引き合いの後家にかえって村全体に相談するのである。
・惊 (1) 驚く,ぎょっとする.(2) 驚かす,脅えさせる「别惊了孩子」子供を驚かしちゃいけない.(3) (馬やラバが)脅えて暴れる,狂奔する.
・都邑 (1)まちとむら。 (2)都会。みやこ。(3)村全体。

《桃源行》 王維  <#1>715 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2559

《桃源行》 王維《桃源行》 王維漁師の船は水面をすすんでゆき、愛すべき山水に春がおとずれる。さらに進むと両岸には桃の花が咲き誇り、突き当りの舟付き場まで桃の花に挟まれる。

2013年6月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#3> 古詩源 802 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2558
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#1>715 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2559
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性上川主武元衡相國二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-203-69-#63  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2562
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


《桃源行》 王維  <#1>715 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2559


《桃源行》作者:王維
漁舟逐水愛山春,兩岸桃花夾去津。
坐看紅樹不知遠,行盡青溪忽視人。
山口潛行始隈隩,山開曠望旋平陸。 
遙看一處攢云樹,近入千家散花竹。
#2
樵客初傳漢姓名,居人未改秦衣服。 
居人共住武陵源,還從物外起田園。
月明松下房櫳靜,日出云中雞犬喧。 
惊聞俗客爭來集,競引還家問都邑。
海棠花021










#3
平明閭巷掃花開,薄暮漁樵乘水入。 
初因避地去人間,及至成仙遂不還。
峽里誰知有人事,世中遙望空云山。 
不疑靈境難聞見,塵心未盡思鄉縣。
#4
出洞無論隔山水,辭家終擬長游衍。 
自謂經過舊不迷,安知峰壑今來變。
當時只記入山深,青溪几曲到云林。 
春來遍是桃花水,不辨仙源何處尋。


《桃源行》作者:王維
漁舟 水を逐い山の春を愛し,兩岸に桃花 去津を夾む。
坐して紅樹を看て遠きを知らず,青溪を行き盡き忽として人を視る。
山口 潛行は隈隩より始り,山開 曠望は平陸より旋る。 
遙に看るは 一處 云樹を攢【あつ】むるを,近くに入れば千家 花竹を散ず。
#2
樵客 初めて傳う 漢の姓名,居人 未だ改めず 秦の衣服。
居人 共に住す 武陵源,還た物外に從って田園を起す。
月明かにして 松下 房櫳 靜か,日出ずれば 云中雞犬 喧し。
惊れて俗客を聞き 爭い來り集い,競うて引き 家に還り都邑を問う。
#3
桃園001明に閭巷は花を掃うて開き,薄暮に漁樵は水に乘じて入る。 
初めに避地 人間を去るに因り,及び至り 仙と成って遂に還らざるに。
峽里 誰か人事有るを知る,世中 遙に望めば空しく云山。 
靈境 聞見し難きを疑わざれども,塵心 未だ盡きず鄉縣を思う。
#4
洞を出でて 山水を隔つるを論ずる無し,家を辭して終に 長く游衍せむことを 擬す。 
自ら經過 舊【もと】迷わずと 謂う,安んぞ峰壑 今來 變ずるを 知らん。
當時 只だ記す 入山の深きを,青溪 几曲 云林に到る。
春來 遍く是れ 桃花の水,辨ぜず 仙源 何れの處に尋ねるべきかを。

《桃源行》 作者:王維
漁舟逐水愛山春,兩岸桃花夾去津。
漁師の船は水面をすすんでゆき、愛すべき山水に春がおとずれる。さらに進むと両岸には桃の花が咲き誇り、突き当りの舟付き場まで桃の花に挟まれる。
坐看紅樹不知遠,行盡青溪忽視人。
岸の桃の花の咲く木の下に座って近くの花を見ると、遠くの景色を見ることをしない。春の若芽でいっぱいの渓谷を昇って行き着く所まで上がるとあたりに人はいなくなっている。
山口潛行始隈隩,山開曠望旋平陸。 
山の昇り口に進むと木々の下を抜けて行くと初めて入り組んだところは暗くなるほどだ。すると今度は前がパッと開けてグルット見回すと遠くに平地が見える。
遙看一處攢云樹,近入千家散花竹。
はるか遠くに一か所にこんもりと木があつまり茂った森が見える。その近くにたくさんの家があり花と竹があちこちに見える。


『桃源行』 現代語訳と訳註
海棠花011(本文)
漁舟逐水愛山春,兩岸桃花夾去津。
坐看紅樹不知遠,行盡青溪忽視人。
山口潛行始隈隩,山開曠望旋平陸。 
遙看一處攢云樹,近入千家散花竹。


(下し文) 《桃源行》#1
漁舟 水を逐い山の春を愛し,兩岸に桃花 去津を夾む。
坐して紅樹を看て遠きを知らず,青溪を行き盡き忽として人を視る。
山口 潛行は隈隩より始り,山開 曠望は平陸より旋る。 
遙に看るは 一處 云樹を攢【あつ】むるを,近くに入れば千家 花竹を散ず。


(現代語訳)#1
漁師の船は水面をすすんでゆき、愛すべき山水に春がおとずれる。さらに進むと両岸には桃の花が咲き誇り、突き当りの舟付き場まで桃の花に挟まれる。
岸の桃の花の咲く木の下に座って近くの花を見ると、遠くの景色を見ることをしない。春の若芽でいっぱいの渓谷を昇って行き着く所まで上がるとあたりに人はいなくなっている。
山の昇り口に進むと木々の下を抜けて行くと初めて入り組んだところは暗くなるほどだ。すると今度は前がパッと開けてグルット見回すと遠くに平地が見える。
はるか遠くに一か所にこんもりと木があつまり茂った森が見える。その近くにたくさんの家があり花と竹があちこちに見える。


(訳注)
《桃源行》

桃源郷について詩人は窮極の隠棲地として考え、体制批判の延長線上にあるものとしていた。王維の詩は、陶淵明とは違って山水を愛すものとしての表現の範囲内のものであるということである。作品として高い評価はない。それは輞川集が王維の桃源郷としての位置づけ、詩集としても受け入れられる内容のものであったことにある。


漁舟逐水愛山春,兩岸桃花夾去津。
漁舟 水を逐い山の春を愛し,兩岸に桃花 去津を夾む。
漁師の船は水面をすすんでゆき、愛すべき山水に春がおとずれる。さらに進むと両岸には桃の花が咲き誇り、突き当りの舟付き場まで桃の花に挟まれる。
・漁舟 漁師と樵は隠遁者、桃源郷の必須アイテム。
・山春 それぞれの句に春の色を鏤めた詩になっている。


坐看紅樹不知遠,行盡青溪忽視人。
坐して紅樹を看て遠きを知らず,青溪を行き盡き忽として人を視る。
岸の桃の花の咲く木の下に座って近くの花を見ると、遠くの景色を見ることをしない。春の若芽でいっぱいの渓谷を昇って行き着く所まで上がるとあたりに人はいなくなっている。
・紅樹 草木の花が咲き乱れる。ここ桃源郷では桃の花ということ。
・青溪 五行思想で春は青、若芽が吹き出した渓谷。冬の黒から青に変わる。


山口潛行始隈隩,山開曠望旋平陸。 
山口 潛行は隈隩より始り,山開 曠望は平陸より旋る。 
山の昇り口に進むと木々の下を抜けて行くと初めて入り組んだところは暗くなるほどだ。すると今度は前がパッと開けてグルット見回すと遠くに平地が見える。
・隈襖 山のくま。'隈, 山曲也。'隩, 隈也。謝靈運 謝霊運(康楽) 『従斤竹澗超嶺渓行』「猿鳴誠知曙。穀幽光未顯。巌下雲方合。花上露猶泫。逶迤傍隈隩。迢遞陟陘峴。」
従斤竹澗超嶺渓行 謝霊運(康楽) 詩<51#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩446 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1155


遙看一處攢云樹,近入千家散花竹。
遙に看るは 一處 云樹を攢【あつ】むるを,近くに入れば千家 花竹を散ず。
はるか遠くに一か所にこんもりと木があつまり茂った森が見える。その近くにたくさんの家があり花と竹があちこちに見える。
・攢 あつまる。
・云樹 ぽっかりと浮かんだ雲のように茂った樹。

《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#3>714 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2554

陶淵明(陶潜)  《桃花源詩》<#3>暦や記録が無いということであっても、四季の移り変わりで自然と一年はできあがっている。 すなおにしていても、十分なたのしみはあるものだ。 何に智慧を働かせる必要があるというのか。不思議な足どりが隠れてしまってから、五百年が経つ。ある日、神秘な世界(桃花源)が、遮るものがなくなって広々とした視界にあらわれた。

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#3>714 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2554


桃花源詩
#1
嬴氏亂天紀    賢者避其世
黃綺之商山    伊人亦云逝
往跡浸復湮    來逕遂蕪廢
相命肆農耕    日入從所憩
桑竹垂餘蔭    菽稷隨時藝
(桃花源をうたった詩。こちらの詩はそれを薄く敷衍した感じでもある。多くの聯が対句になっている。)
夏貴公や綺里季たちは商山にゆき、この桃源の人人もその時はるかに去って行ったのである。
かれらは互いにはげましあって農耕にはげみ、日が沈めば何の気がねもなしに休息をとるのだった。
互いに声を掛け合って農業に励んだ。 日が沈んでからは、憩いの時ということに合わせている。 
桑や竹がたっぷりとした木藤を作り二且や粟を季節季節に応じてうえる。
#2
春蠶收長絲    秋熟靡王稅
荒路曖交通    雞犬亙鳴吠
俎豆猶古法    衣裳無新製
童孺縱行歌    斑白歡游詣
草榮識節和    木衰知風厲
春蚕からはゆたかな糸がとれ、秋のみのりにもお上から税金をとりたてられることはない。
草の生い茂った道がはるかにかすんでゆきかい、鶏や犬がのどかになきかわす。
お供えをして、先祖の祭りをするやり方は、今も昔のしきたりに従い、衣裳も新しい型のものはつくらない。
子供たちは気のむくままに歩きながら歌をうたい、ごましお頭の老人たちもたのしげに好き差を訪ね1 19
で歩く。
草木が盛んに生い茂り、花が咲くことで、季節がなごやかになったことを知る。木の葉が一枚一枚と落ちて減っていくことで、秋風のはげしさを知る。  
#3
雖無紀歷志    四時自成歲
暦や記録が無いということであっても、四季の移り変わりで自然と一年はできあがっている。 
怡然有餘樂    於何勞智慧
すなおにしていても、十分なたのしみはあるものだ。 何に智慧を働かせる必要があるというのか。
奇蹤隱五百    一朝敞神界
不思議な足どりが隠れてしまってから、五百年が経つ。ある日、神秘な世界(桃花源)が、遮るものがなくなって広々とした視界にあらわれた。
淳薄既異源    旋復還幽蔽
人情の厚薄の違いは、全く異なったものになった。だから、たちまちに再び、なおもまた覆い隠されてしまった。
借問游方士    焉測塵囂外
世俗の人におたずねするが いったい、この俗世間の外(隠棲世界、桃花源)を想像してみたことはあるのか。 
願言躡輕風    高舉尋吾契
できることならば、軽やかな風に乗りたいものだ。そうすれば、高らかに舞い上がって、わたしの理想に合致したあの桃源郷の人々を尋ねたいとおもうのだ。

#1
瀛氏  天紀を 亂し,賢者  其の世を 避く。
黄綺  商山に 之【ゆ】き,伊【こ】の人も亦 云【ここ】に逝く。
往跡  浸く 復た 湮れ,來る逕  遂に 蕪れ廢る。
相ひ命じて  農耕を肆め,日 入らば  憩ふ所に從ふ。
桑竹は  餘【あまた】の蔭を垂らし,菽稷は  隨時に 藝【う】う。
#2
春の蠶【かいこ】に 長絲を 收め,秋の熟【みのり】に 王の税 靡【な】し。
荒路 曖として 交り通じ,鷄犬  互ひに 鳴き吠ゆ。
俎豆【そとう】は  猶も 古法のごとく,衣裳は  新製 無し。
童孺【どうじゅ】縱【ほしいまま】に行き 歌ひ,斑白  歡び游びて 詣【いた】る。
草の 榮【はなさ】きて  節の和【なご】むを識り,木の衰【おとろ】えて 風の厲【つめ】たきを知る。
#3
紀歴の志【しるし】無しと雖も,四時【しいじ】自ら歳を成す。
怡然【いぜん】として 餘【た】らえる樂しみ有り,何に于【おい】てか 智慧【ちえ】を勞せん。
奇しき蹤【あと】隱るること 五百,一朝【いっちょう】神界【しんかい】を敞【あらは】わせり。
淳【あつ】きと薄きと 既に源を異にし,旋【たちま】ち復【ま】た 幽蔽【いうへい】に還【かへ】る。
借問す  方【ほう】に游ぶの士,焉ぞ測らん  塵囂【じんごう】の外を。
願くは言【ここ】に輕風を躡【ふ】み,高舉【こうきょ】 吾が契を 尋ねん。


終南山06

『桃花源詩』 現代語訳と訳註
 (本文)
#3
雖無紀歷志    四時自成歲
怡然有餘樂    於何勞智慧
奇蹤隱五百    一朝敞神界
淳薄既異源    旋復還幽蔽
借問游方士    焉測塵囂外
願言躡輕風    高舉尋吾契


(下し文) #3
紀歴の志【しるし】無しと雖も,四時【しいじ】自ら歳を成す。
怡然【いぜん】として 餘【た】らえる樂しみ有り,何に于【おい】てか 智慧【ちえ】を勞せん。
奇しき蹤【あと】隱るること 五百,一朝【いっちょう】神界【しんかい】を敞【あらは】わせり。
淳【あつ】きと薄きと 既に源を異にし,旋【たちま】ち復【ま】た 幽蔽【いうへい】に還【かへ】る。
借問す  方【ほう】に游ぶの士,焉ぞ測らん  塵囂【じんごう】の外を。
願くは言【ここ】に輕風を躡【ふ】み,高舉【こうきょ】 吾が契を 尋ねん。


(現代語訳)
暦や記録が無いということであっても、四季の移り変わりで自然と一年はできあがっている。 
すなおにしていても、十分なたのしみはあるものだ。 何に智慧を働かせる必要があるというのか。
不思議な足どりが隠れてしまってから、五百年が経つ。ある日、神秘な世界(桃花源)が、遮るものがなくなって広々とした視界にあらわれた。
人情の厚薄の違いは、全く異なったものになった。だから、たちまちに再び、なおもまた覆い隠されてしまった。
世俗の人におたずねするが いったい、この俗世間の外(隠棲世界、桃花源)を想像してみたことはあるのか。 
できることならば、軽やかな風に乗りたいものだ。そうすれば、高らかに舞い上がって、わたしの理想に合致したあの桃源郷の人々を尋ねたいとおもうのだ。


(訳注)#3
雖無紀歷志、四時自成歲。

暦や記録が無いということであっても、四季の移り変わりで自然と一年はできあがっている。 
・雖無:…が無いといえども。 
・紀歴志:こよみの記録。
・四時:四季。


怡然有餘樂、於何勞智慧。
すなおにしていても、十分なたのしみはあるものだ。 何に智慧を働かせる必要があるというのか。
・怡然:喜び楽しむさま。すなおなさま。 
・餘樂:ゆとりある楽しみ。残りのたのしみ。
・于何:何において。何に。 ・于≒於。


奇蹤隱五百、一朝敞神界。
不思議な足どりが隠れてしまってから、五百年が経つ。ある日、神秘な世界(桃花源)が、遮るものがなくなって広々とした視界にあらわれた。
*註 遺民が桃花源に隠れてから五百年が経った太元年間に武陵の漁師が現れるまでの期間を謂う。 
*註 太元年間に、武陵の漁師がこの桃花源を訪れ、神秘のベールが取り払われたことを謂う。
・奇蹤:不思議な足跡。
・一朝:あるとき。ひとたび。 
・神界:神秘な世界。ここでは桃源郷のことを言う。 
・敞:たかい。遮るものが無くてひろやか。あけ広げる。ほがらか。のびやか。


淳薄既異源、旋復還幽蔽。
人情の厚薄の違いは、全く異なったものになった。だから、たちまちに再び、なおもまた覆い隠されてしまった。
*註 桃源郷の人々の価値観は大きくずれているということ。 
・淳薄:人情が厚いことと薄いこと。 
・淳=醇。醇厚。人情が厚いこと。 
・異源:來源を異とする。
・旋:たちまちに ・復:また。再びまた。 ・還:なおもまた。 
・幽蔽:覆い隠す。


借問游方士、焉測塵囂外。
世俗の人におたずねするが いったい、この俗世間の外(隠棲世界、桃花源)を想像してみたことはあるのか。 
・借問:おたずねしますが。 
・游方士:方の内に游ぶの士。俗世間に住む人。世俗の人。 ・方内:人の世、俗世間。 ・方:国。道、常、道義。宇宙。世界。「莊子」「孔子曰:『彼游於方之外者也,而丘游方之内者也。』」からきている。
・焉:いづくんぞ。なんぞ。疑問、反語。 ・測:憶測する。推測する。想像する。はかる。 
・塵囂:塵埃と騒音。塵埃と騒音の巷。ここは俗世間のこと。


願言躡輕風、高舉尋吾契。
できることならば、軽やかな風に乗りたいものだ。そうすれば、高らかに舞い上がって、わたしの理想に合致したあの桃源郷の人々を尋ねたいとおもうのだ。
・願:ねがわくは。 
・言:無意味の語気助詞。 
・躡:ふむ。(人の足を)ふんずける。(靴を)履く。
・高舉:高く舞い上がる。 
・吾契:わたしと契り合ったもの。自分の理想に合致した。
海棠花04

《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#2>713 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2549

陶淵明(陶潜) 《桃花源詩》  春蚕からはゆたかな糸がとれ、秋のみのりにもお上から税金をとりたてられることはない。草の生い茂った道がはるかにかすんでゆきかい、鶏や犬がのどかになきかわす。お供えをして、先祖の祭りをするやり方は、今も昔のしきたりに従い、衣裳も新しい型のものはつくらない。

2013年6月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行》 魏武帝  魏詩<86-#1> 古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#2>713 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2549
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集海棕行 楽府(七言歌行) 成都6-(20) 杜甫 <482-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2550 杜甫詩1000-482-#2-704/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性續嘉陵驛詩獻武相國 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-201-67-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2552
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#2>713 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2549


桃花源詩 #1
(桃花源をうたった詩。こちらの詩はそれを薄く敷衍した感じでもある。多くの聯が対句になっている。)
嬴氏亂天紀    賢者避其世
秦の皇帝瀛氏は暴政を行い、世界の秩序をみだしたので、賢者たちは世をのがれて隠遁した。
黃綺之商山    伊人亦云逝
夏貴公や綺里季たちは商山にゆき、この桃源の人人もその時はるかに去って行ったのである。
往跡浸復湮    來逕遂蕪廢
かれらは互いにはげましあって農耕にはげみ、日が沈めば何の気がねもなしに休息をとるのだった。
相命肆農耕    日入從所憩
互いに声を掛け合って農業に励んだ。 日が沈んでからは、憩いの時ということに合わせている。 
桑竹垂餘蔭    菽稷隨時藝
桑や竹がたっぷりとした木藤を作り二且や粟を季節季節に応じてうえる。
#2
春蠶收長絲    秋熟靡王稅
春蚕からはゆたかな糸がとれ、秋のみのりにもお上から税金をとりたてられることはない。
荒路曖交通    雞犬亙鳴吠
草の生い茂った道がはるかにかすんでゆきかい、鶏や犬がのどかになきかわす。
俎豆猶古法    衣裳無新製
お供えをして、先祖の祭りをするやり方は、今も昔のしきたりに従い、衣裳も新しい型のものはつくらない。
童孺縱行歌    斑白歡游詣
子供たちは気のむくままに歩きながら歌をうたい、ごましお頭の老人たちもたのしげに好き差を訪ね1 19
で歩く。

草榮識節和    木衰知風厲

草木が盛んに生い茂り、花が咲くことで、季節がなごやかになったことを知る。木の葉が一枚一枚と落ちて減っていくことで、秋風のはげしさを知る。  
桑畑#3
雖無紀歷志    四時自成歲
怡然有餘樂    於何勞智慧
奇蹤隱五百    一朝敞神界
淳薄既異源    旋復還幽蔽
借問游方士    焉測塵囂外
願言躡輕風    高舉尋吾契
#1
瀛氏  天紀を 亂し,賢者  其の世を 避く。
黄綺  商山に 之【ゆ】き,伊【こ】の人も亦 云【ここ】に逝く。
往跡  浸く 復た 湮れ,來る逕  遂に 蕪れ廢る。
相ひ命じて  農耕を肆め,日 入らば  憩ふ所に從ふ。
桑竹は  餘【あまた】の蔭を垂らし,菽稷は  隨時に 藝【う】う。
#2
春の蠶【かいこ】に 長絲を 收め,秋の熟【みのり】に 王の税 靡【な】し。
荒路 曖として 交り通じ,鷄犬  互ひに 鳴き吠ゆ。
俎豆【そとう】は  猶も 古法のごとく,衣裳は  新製 無し。
童孺【どうじゅ】縱【ほしいまま】に行き 歌ひ,斑白  歡び游びて 詣【いた】る。
草の 榮【はなさ】きて  節の和【なご】むを識り,木の衰【おとろ】えて 風の厲【つめ】たきを知る。
#3
紀歴の志【しるし】無しと雖も,四時【しいじ】自ら歳を成す。
怡然【いぜん】として 餘【た】らえる樂しみ有り,何に于【おい】てか 智慧【ちえ】を勞せん。
奇しき蹤【あと】隱るること 五百,一朝【いっちょう】神界【しんかい】を敞【あらは】わせり。
淳【あつ】きと薄きと 既に源を異にし,旋【たちま】ち復【ま】た 幽蔽【いうへい】に還【かへ】る。
借問す  方【ほう】に游ぶの士,焉ぞ測らん  塵囂【じんごう】の外を。
願くは言【ここ】に輕風を躡【ふ】み,高舉【こうきょ】 吾が契を 尋ねん。


『桃花源詩』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
春蠶收長絲    秋熟靡王稅
荒路曖交通    雞犬亙鳴吠
俎豆猶古法    衣裳無新製
童孺縱行歌    斑白歡游詣
草榮識節和    木衰知風厲


(下し文) #2
春の蠶【かいこ】に 長絲を 收め,秋の熟【みのり】に 王の税 靡【な】し。
荒路 曖として 交り通じ,鷄犬  互ひに 鳴き吠ゆ。
俎豆【そとう】は  猶も 古法のごとく,衣裳は  新製 無し。
童孺【どうじゅ】縱【ほしいまま】に行き 歌ひ,斑白  歡び游びて 詣【いた】る。
草の 榮【はなさ】きて  節の和【なご】むを識り,木の衰【おとろ】えて 風の厲【つめ】たきを知る。


(現代語訳)
春蚕からはゆたかな糸がとれ、秋のみのりにもお上から税金をとりたてられることはない。
草の生い茂った道がはるかにかすんでゆきかい、鶏や犬がのどかになきかわす。
お供えをして、先祖の祭りをするやり方は、今も昔のしきたりに従い、衣裳も新しい型のものはつくらない。
子供たちは気のむくままに歩きながら歌をうたい、ごましお頭の老人たちもたのしげに好き差を訪ね1 19
で歩く。
草木が盛んに生い茂り、花が咲くことで、季節がなごやかになったことを知る。木の葉が一枚一枚と落ちて減っていくことで、秋風のはげしさを知る。  


(訳注)
春蠶收長絲、秋熟靡王税。
春蚕からはゆたかな糸がとれ、秋のみのりにもお上から税金をとりたてられることはない。
・春蠶:カイコ。 ・收:手に入れる。収穫する。蛇足だが、「収」「納」のどちらも日本語では「おさめる」と訓んでいるが、「収」は物品を自分の方へ入れることであって、「納」は、それとは逆に、物品を自分の方から上級の他者へ入れてやる(「自分」というものを中心にして言えば「他者へ出す」)ことである。
・秋熟:秋の収穫の時。 ・靡:…が無い。「無」と同じような働きをする。 ・王税:王侯に納める税。


荒路曖交通、鷄犬互鳴吠。
草の生い茂った道がはるかにかすんでゆきかい、鶏や犬がのどかになきかわす。
・荒路:草が繁った道。 ・曖:ぼんやりとしているさま。 ・交通:交わり通じているさま。


俎豆猶古法、衣裳無新製。
お供えをして、先祖の祭りをするやり方は、今も昔のしきたりに従い、衣裳も新しい型のものはつくらない。

・俎豆:お供えをして(先祖の)祭りをすること。祭壇とお供え。 ・俎:祭りのとき、魚肉を載せるお供えの台。 ・豆:祭りのときの供えの高坏。豆字はその象形である。俎豆は「まないた」と「まめ」ではない。 ・猶:今に到るまでずっと。 ・古法:昔の作法。
*衣服は、新しい様式ではなくて、古い形式のものだの意であって、ここは、「(ここの里人は)新たに服をつくることがなく、(古いぼろぼろの衣裳を纏っている)」などではない。


童孺縱行歌、斑白歡游詣。
子供たちは気のむくままに歩きながら歌をうたい、ごましお頭の老人たちもたのしげに好き差を訪ね1 19
で歩く。
*この聯は、長閑なさまを謂う。 
・童孺:こども。 ・縱:ほしいままに。 ・行:行く行く。
・斑白:ごま塩頭。また、その人。ここでは後者の意。 
・歡游:歓び遊ぶ。 
・詣:いたる。行く。進む。伺候する。


草榮識節和、木衰知風厲。
草木が盛んに生い茂り、花が咲くことで、季節がなごやかになったことを知る。木の葉が一枚一枚と落ちて減っていくことで、秋風のはげしさを知る。  
*自然の営みから春が来たことを知るということ。 
・榮:草木が盛んになる。花が咲く。花。 
・節和:季節がなごやかになる。
*自然の営みから秋からが冬を迎えようとしていることを知るということ。 
・木衰:木の葉が一枚一枚と落ちて減っていくことであって、ここは、木がおとろえてくる、ということではない。 
・衰:疎らになる。
・風厲:風がはげしい。
桃園001

《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#1>712 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2544

陶淵明(陶潜) 《桃花源詩》 秦の皇帝瀛氏は暴政を行い、世界の秩序をみだしたので、賢者たちは世をのがれて隠遁した。夏貴公や綺里季たちは商山にゆき、この桃源の人人もその時はるかに去って行ったのである。

2013年6月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#3>平原侯值瑒 799 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2543
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#1>712 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2544
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集越王樓歌 楽府(七言歌行) 成都6-(19) 杜甫 <482-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2545 杜甫詩1000-482-#1-703/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性賊平后上高相公 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-200-66-#60  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2547
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#1>712 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2544


桃花源詩 #1
(桃花源をうたった詩。)
嬴氏亂天紀    賢者避其世
秦の皇帝瀛氏は暴政を行い、世界の秩序をみだしたので、賢者たちは世をのがれて隠遁した。
黃綺之商山    伊人亦云逝
夏貴公や綺里季たちは商山にゆき、この桃源の人人もその時はるかに去って行ったのである。
往跡浸復湮    來逕遂蕪廢
かれらは互いにはげましあって農耕にはげみ、日が沈めば何の気がねもなしに休息をとるのだった。
相命肆農耕    日入從所憩
互いに声を掛け合って農業に励んだ。 日が沈んでからは、憩いの時ということに合わせている。 
桑竹垂餘蔭    菽稷隨時藝

桑や竹がたっぷりとした木藤を作り二且や粟を季節季節に応じてうえる。
#2
春蠶收長絲    秋熟靡王稅
荒路曖交通    雞犬亙鳴吠
俎豆猶古法    衣裳無新製
童孺縱行歌    斑白歡游詣
草榮識節和    木衰知風厲
#3
雖無紀歷志    四時自成歲
怡然有餘樂    於何勞智慧
奇蹤隱五百    一朝敞神界
淳薄既異源    旋復還幽蔽
借問游方士    焉測塵囂外
願言躡輕風    高舉尋吾契
#1
瀛氏  天紀を 亂し,賢者  其の世を 避く。
黄綺  商山に 之【ゆ】き,伊【こ】の人も亦 云【ここ】に逝く。
往跡  浸く 復た 湮れ,來る逕  遂に 蕪れ廢る。
相ひ命じて  農耕を肆め,日 入らば  憩ふ所に從ふ。
桑竹は  餘【あまた】の蔭を垂らし,菽稷は  隨時に 藝【う】う。

#2
桑畑春の蠶【かいこ】に 長絲を 收め,秋の熟【みのり】に 王の税 靡【な】し。
荒路 曖として 交り通じ,鷄犬  互ひに 鳴き吠ゆ。
俎豆【そとう】は  猶も 古法のごとく,衣裳は  新製 無し。
童孺【どうじゅ】縱【ほしいまま】に行き 歌ひ,斑白  歡び游びて 詣【いた】る。
草の 榮【はなさ】きて  節の和【なご】むを識り,木の衰【おとろ】えて 風の厲【つめ】たきを知る。
#3
紀歴の志【しるし】無しと雖も,四時【しいじ】自ら歳を成す。
怡然【いぜん】として 餘【た】らえる樂しみ有り,何に于【おい】てか 智慧【ちえ】を勞せん。
奇しき蹤【あと】隱るること 五百,一朝【いっちょう】神界【しんかい】を敞【あらは】わせり。
淳【あつ】きと薄きと 既に源を異にし,旋【たちま】ち復【ま】た 幽蔽【いうへい】に還【かへ】る。
借問す  方【ほう】に游ぶの士,焉ぞ測らん  塵囂【じんごう】の外を。
願くは言【ここ】に輕風を躡【ふ】み,高舉【こうきょ】 吾が契を 尋ねん。




『桃花源詩』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
嬴氏亂天紀    賢者避其世
黃綺之商山    伊人亦云逝
往跡浸復湮    來逕遂蕪廢
相命肆農耕    日入從所憩
桑竹垂餘蔭    菽稷隨時藝


(下し文) #1
瀛氏  天紀を 亂し,賢者  其の世を 避く。
黄綺  商山に 之【ゆ】き,伊【こ】の人も亦 云【ここ】に逝く。
往跡  浸く 復た 湮れ,來る逕  遂に 蕪れ廢る。
相ひ命じて  農耕を肆め,日 入らば  憩ふ所に從ふ。
桑竹は  餘【あまた】の蔭を垂らし,菽稷は  隨時に 藝【う】う。


(現代語訳)
(桃花源をうたった詩。こちらの詩はそれを薄く敷衍した感じでもある。多くの聯が対句になっている。)
秦の皇帝瀛氏は暴政を行い、世界の秩序をみだしたので、賢者たちは世をのがれて隠遁した。
夏貴公や綺里季たちは商山にゆき、この桃源の人人もその時はるかに去って行ったのである。
かれらは互いにはげましあって農耕にはげみ、日が沈めば何の気がねもなしに休息をとるのだった。
互いに声を掛け合って農業に励んだ。 日が沈んでからは、憩いの時ということに合わせている。 
桑や竹がたっぷりとした木藤を作り二且や粟を季節季節に応じてうえる。


(訳注)
桃花源詩
桃花源をうたった詩。こちらの詩はそれを薄く敷衍した感じでもある。多くの聯が対句になっている。


瀛氏亂天紀、賢者避其世。
秦の皇帝瀛氏は暴政を行い、世界の秩序をみだしたので、賢者たちは世をのがれて隠遁した。
・瀛氏:秦朝の皇帝の姓。ここでは始皇帝を指している。 
・天紀:天ののり。この世の法則。
・賢者 徳のない権力者に屈しないものをいう賢者と施政を仁徳でもって行うものを聖者という。


黄綺之商山、伊人亦云逝。
夏貴公や綺里季たちは商山にゆき、この桃源の人人もその時はるかに去って行ったのである。
・黄綺:二人の人名。夏黄公と綺里季のこと。秦を厭って商山に隠棲した。 ・之:ゆく。ここでは、隠遁したということ。 ・商山:陝西省にある四皓(前出の夏黄公と綺里季の外に、東園公、角里先生)が隠れた山。商州の東にある商嶺というが、詳しい場所は、見つけられない。秦嶺の中の一つか。
・伊人:この人。桃源郷に住む人々を指している。 ・伊:この、これ。彼。 ・云:ここに。語調を整えるために添える助辞。商山四皓。秦末に商山(陝西省商県)に乱を避けて隠居した4人の老人を画題とする絵画にかかれる。四皓とは東園公,夏黄公,甪里(ろくり)先生,綺里季の4人で,鬚眉がみな白かったのでこのように呼ばれた。


往跡浸復湮、來逕遂蕪廢。
かれらは互いにはげましあって農耕にはげみ、日が沈めば何の気がねもなしに休息をとるのだった。
・往跡:行ったあと。 ・浸:やや。ようやく。だんだん。 ・湮:うずもれる。ふさがる。
 ・來逕:来た道。「往跡」の対として使われている。 ・逕:こみち。 ・蕪:あれる。雑草が生い茂る。


相命肆農耕、日入從所憩。
互いに声を掛け合って農業に励んだ。 日が沈んでからは、憩いの時ということに合わせている。 
・相命:互いに声を掛け合って。 ・肆:つとめる。きわめる。
・所:…ところ。動詞の前に附いて、名詞化する。 ・從:調子をあわせる。


桑竹垂餘蔭、菽稷隨時藝。
桑や竹がたっぷりとした木藤を作り二且や粟を季節季節に応じてうえる。
・桑竹:クワの木と竹。 ・餘蔭:ゆたかな木陰。
 ・菽稷:穀類。 ・菽:まめ。豆類の総称。 ・稷:キビ。 ・隨時:適切な時に。 ・藝:うえる。
桃園001

《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#4>711 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2539

陶淵明(陶潜)《桃花源幷記》-#4 別れぎわにこの土地の人人は、「外界の人たちにはお話ししてはいけません」ということだった。やがて漁師はここを出て、もとの船を見つけ、もと来た道をたどって、途中あちこちに目じるしをつけておいた。城下に帰って来た漁師は、太守のところにまかり出て、しかじかかようのことがと申し上げた。

2013年6月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#4>711 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2539
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(18) 杜甫 <481-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2540 杜甫詩1000-481-#2-702/1500
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬祝十三秀才 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-199-65-#59  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2542
 

《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#4>711 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2539
韓愈 桃源圖を掲載する前に陶潜(陶淵明)『桃花源幷記』、『桃花源詩』を掲載し、王維の『桃源行』をつづけ、韓愈に繋いでゆく。


桃花源記 幷記
晉太元中,武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。
晋の大元年間のこと、武陵の人で魚を捕ることを仕事にしていた男があった。
ある日谷にそって川をのぼって行ったが、どれほどの道のりをやって来たのかわからなくなったころ、突然桃の花の咲いている林に出逢った。
夾岸數百歩,中無雜樹。
両岸数百歩の間二本のほかの雜木さえもなった。
芳草鮮美,落英繽紛。
かぐわしい草はあざやかに美しく、散る花びらははらはらと乱れ飛んでいる。
漁人甚異之,復前行,欲窮其林。
漁師はたいへん不思議に思い、さらに進んで林の奥をきわめようとした。
林盡水源,便得一山。
林は川の源の所でつきてしまい、そこに一の山があった。
山有小口。髣髴若有光。
山には小差ほら穴があって、そこからほのかに光がさしているように思われた。
便舎船從口入。
漁師はそのまま船を捨て、その口から入って行った。
#2
初極狹,纔通人。
はじめはとても狭く、やっとひと一人が通れるほどしかなかった
復行數十歩,豁然開朗。
数十歩進んでゆくと、璧然眼の前はからりとひらけた。
土地平曠,屋舍儼然,有良田美池桑竹之屬。
見れば土地は平らかにびろびろとうち芸がり、豪家のたたずまいもちゃんとととのって、よく肥えた田圃や美しい池があり、桑や竹などがうわっている。
阡陌交通,鷄犬相聞
縦横に通じているあぜ道は四方にゆきかい、あちこちから鶏や犬の声が聞こえてくる。
其中往來種作,男女衣著,悉如外人。
ここを往き来しつつ畑に働く男女の服装は、みな漁師などよその土地の、ものと同じようであり、
黄髮垂髫,並怡然自樂。
白髪の老人も垂らし髪した劫な児も、みな屈託なげにそれぞれ楽しんでいる。#3
見漁人,乃大驚,問所從來。
漁師を見つけて大変おどろき、どこからやって来たのかとたずねる。
具答之,便要還家。設酒殺鷄作食。
事こまかにこれに答えると、さあおいでなさいと家へつれて帰り、酒の用意をし、鶏をころして、もてなしてくれるのだった。
村中聞有此人,咸來問訊。
村の人たちは、こんな男が来たと聞き、みんなやって来てあいさつする。
自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,
不復出焉。
この家のあるじはいう、「私どもの先祖は、秦の時代の世の乱れを避け、妻子や村人をひきつれて、このうき世をはなれた土地へやって来ました。それ以来ここから一歩も出ていないのです。
遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,
無論魏晉。
こうして外界の人と隔たってしまったのです」。そして「今は一体何という時代ですか」ときくのである。なんと漢という時代のあったことを知らず、そのあとの魏や晋のことなどはいうまでもない。
此人一一爲具言所聞,皆歎惋。
そこで漁師が、自分の知っていることを一一こまかに話してやると、みんなはひどく感にうたれた様子であった。
餘人各復延至其家,皆出酒食。
ほかの人たちも、それぞれまた百分の家に招待して、みな酒や食べものを出してくれた。
#4
停數日,辭去。
このようにして数日のあいだ滞在し、やっとここを去ることにした。
此中人語云:不足爲外人道也。
別れぎわにこの土地の人人は、「外界の人たちにはお話ししてはいけません」ということだった。
既出,得其船,便扶向路,處處誌之。
やがて漁師はここを出て、もとの船を見つけ、もと来た道をたどって、途中あちこちに目じるしをつけておいた。
及郡下,詣太守,説如此。
城下に帰って来た漁師は、太守のところにまかり出て、しかじかかようのことがと申し上げた。
太守即遣人隨其往,尋向所誌, 遂迷不復得路。
太守はすぐさま部下にいいつけて、その男のあとについてゆかせ、さきにしるしをつけておいた所をたずねてみたが、結局見失って、もはやさきの路を探し出すことはできなかった。
南陽劉子驥,高尚士也。聞之欣然規往。
南陽の劉子驥は、高潔な人物であった。この話をきいて、自分も行ってみようと大いによろこびいさんでいたが、
未果,尋病終。後遂無問津者。

目的を果さぬうちにまもなく病気にかかり、死んでしまった。かくてその後、あの渡し場を問う人もなくなってしまったのである。


桃花源記
晉の太元中, 武陵の人 魚を捕ふるを 業【わざ】と爲せり,
溪に縁【そ】ひて行き, 路の遠近を忘る, 忽【たちま】ち 桃花の林に 逢ふ。
岸を夾みて 數百歩, 中に雜樹 無し。
芳草 鮮美として, 落英 繽紛たり。
漁人 甚だ之れを異とす, 復た前に行き, 其の林を窮めんと欲す。
林 水源に盡き, 便ち 一山を得。
山に 小口 有り。 髣髴として光 有るが若【ごと】し。
便ち船を舎【す】てて 口 從【よ】り 入る。
#2
初め極めて狹く, 纔かに人を通すのみ。
復た行くこと數十歩, 豁然として開朗。
土地 平曠として, 屋舍 儼然たり, 良田 美池 桑竹の屬【たぐひ】有り。
阡陌 交【こもご】も通じ, 鷄犬 相ひ聞ゆ。
其の中 往來し 種え作【たがや】す, 男女 衣著, 悉【ことごと】く外人の如く, 黄髮 髫を垂るも, 並【べつ】に 怡然として自ら樂しむ。
#3
漁人 見, 乃【すなは】ち大いに驚き, 從って來たる所を問ふ。 具【つぶさ】に之に答へ, 便ち 家に還へるを要す。
酒を設け 鷄を殺して 食を作る。 村中 此の人有るを聞き,咸【み】な來りて問ひ訊ぬ。
自ら云ふ:先の世 秦時に亂を避【のが】れ,妻子 邑【むら】人を率ゐて此の絶境に來たりて, 復たとは 焉【ここ】を出ず。
遂ひに 外人と間隔つ。 今は是れ何【いづ】れの世なるかを問ふ,乃【すなは】ち 漢 有るを知らず, 無論 魏晉をや。
此の人一一 爲に具【つぶさ】に聞かるる所を言へば, 皆 歎【たんわん】す。
餘人 各【おのお】の 復【ま)た延ゐて其の家に至り, 皆 出でて酒食す。
#4
停【とどま】ること數日にして, 辭去す。 此の中の人 語りて云【いは】く:外人の爲に道【い】ふに足【た】らざる也と。
既に出で, 其の船を得, 便ち 向【さき】の路に扶【よ】りて, 處處に之を誌【しる】す。
郡下に及び, 太守に詣【いた】り, 此【かく】の如く説く。
太守 即ち 人を遣りて其の往【ゆ】けるところに隨ひて, 向【さき】に誌【しる】せる所を尋ねんとすも, 遂に迷ひて 復【ま】たとは 路を得ず。 南陽の劉子驥【き】, 高尚の士也。 之を聞き欣【きん】然として往【ゆ】くを規【くはだ】つ。 未【いま】だ果たせずして, 尋【つい】で病に終る。 後【のち】 遂【つひ】に津を問ふ者 無し。




『桃花源記 幷記』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
停數日,辭去。
此中人語云:不足爲外人道也。
既出,得其船,便扶向路,處處誌之。
及郡下,詣太守,説如此。
太守即遣人隨其往,尋向所誌, 遂迷不復得路。
南陽劉子驥,高尚士也。聞之欣然規往。
未果,尋病終。後遂無問津者。


(下し文) #4
停【とどま】ること數日にして, 辭去す。 此の中の人 語りて云【いは】く:外人の爲に道【い】ふに足【た】らざる也と。
既に出で, 其の船を得, 便ち 向【さき】の路に扶【よ】りて, 處處に之を誌【しる】す。
郡下に及び, 太守に詣【いた】り, 此【かく】の如く説く。
太守 即ち 人を遣りて其の往【ゆ】けるところに隨ひて, 向【さき】に誌【しる】せる所を尋ねんとすも, 遂に迷ひて 復【ま】たとは 路を得ず。 南陽の劉子驥【き】, 高尚の士也。 之を聞き欣【きん】然として往【ゆ】くを規【くはだ】つ。 未【いま】だ果たせずして, 尋【つい】で病に終る。 後【のち】 遂【つひ】に津を問ふ者 無し。


(現代語訳)
このようにして数日のあいだ滞在し、やっとここを去ることにした。
別れぎわにこの土地の人人は、「外界の人たちにはお話ししてはいけません」ということだった。
やがて漁師はここを出て、もとの船を見つけ、もと来た道をたどって、途中あちこちに目じるしをつけておいた。
城下に帰って来た漁師は、太守のところにまかり出て、しかじかかようのことがと申し上げた。
太守はすぐさま部下にいいつけて、その男のあとについてゆかせ、さきにしるしをつけておいた所をたずねてみたが、結局見失って、もはやさきの路を探し出すことはできなかった。
南陽の劉子驥は、高潔な人物であった。この話をきいて、自分も行ってみようと大いによろこびいさんでいたが、
目的を果さぬうちにまもなく病気にかかり、死んでしまった。かくてその後、あの渡し場を問う人もなくなってしまったのである。
詩人055










(訳注) #4
停數日,辭去。
このようにして数日のあいだ滞在し、やっとここを去ることにした。


此中人語云:不足爲外人道也。
別れぎわにこの土地の人人は、「外界の人たちにはお話ししてはいけません」ということだった。
〇不足爲外人道也:外界人に言ってはいけませんよ。
・不足;…にはおよばない。…てはいけない。誰も満足しない。
・爲外人:他の外界人に。ここ以外のひと。
・道:言う。
・也:終助詞。


既出,得其船,便扶向路,處處誌之。
やがて漁師はここを出て、もとの船を見つけ、もと来た道をたどって、途中あちこちに目じるしをつけておいた。
・扶:よる。来た道に沿って行くこと。前出の「縁溪行」の「縁」と似たような意味と働きがある。
・向路:来た道。 ・向:先に。以前。


及郡下,詣太守,説如此。
城下に帰って来た漁師は、太守のところにまかり出て、しかじかかようのことがと申し上げた。
・及:いたる。およぶ。
・詣太守:ここの「詣」の意味は、「及郡下,詣太守,説如此」の「太守」の意味によって変わってくる。「郡に帰ってきて、太守にお目にかかり、…」だと「詣」は「参内する、訪問する、おじゃまをする」になる。もしも、「太守」の意味が、「太守のいる官衙」という機関だとすると、「郡に帰ってきて、太守のいらっしゃるお役所に行き、…」となり、その場合、「詣」は「いたる。行く。進む」になる。ここは後者の意であろう。ここの「及郡下,詣太守,説如此」の場合は官衙であって、「太守即遣人隨其往」の場合は太守個人ではなかろうか。詣:いたる。行く。進む。敬語的な表現で、訪問する。もうでる。


太守即遣人隨其往,尋向所誌, 遂迷不復得路。
太守はすぐさま部下にいいつけて、その男のあとについてゆかせ、さきにしるしをつけておいた所をたずねてみたが、結局見失って、もはやさきの路を探し出すことはできなかった。
・不復得路:二度とは路が分からなかった。
・尋:たずねる。もう一度行くこと。
・向:先に。以前。昔。
・誌:しるす。めじるしをつける。


南陽劉子驥,高尚士也。聞之欣然規往。
南陽の劉子驥は、高潔な人物であった。この話をきいて、自分も行ってみようと大いによろこびいさん
でいたが、
・南陽:地名。河南省南部の大都市。湖南省の武陵とは大きく離れている。
・劉子驥:『晋書巻九十四・隠逸』に陶淵明と共に劉驎之として載っている。「劉驎之字子驥,南陽人,光祿大夫耽之族也。」
・欣然:よろこんで。
・規:はかる。くわだてる。


未果,尋病終。後遂無問津者。
目的を果さぬうちにまもなく病気にかかり、死んでしまった。
かくてその後、あの渡し場を問う人もなくなってしまったのである。
・尋:まもなく。ついで。にわかに。ここは前者の意。
〇問津:(桃源郷への)道を尋ねる。(桃源郷を)訪問する。津:渡し場。船着き場。桃源郷への出発点。

海棠花04


松枝茂夫・和田武司著『陶淵明』集英社から
武陵(今の湖南、常徳)の漁師がこのような桃源郷を訪ねた説話は、四世紀末から五世紀にかけてかなり流布していたようだ。淵明と同時代の志怪小説集『捜神後記』にも、この話が載っている。劉敬叔(南朝、宋の人)の『異苑』には、この理想郷を見つけたのは、「武陵蛮」の狩人だと伝えている。「武陵蛮」は、湖南の洞庭湖から貴州省にかけての地域、東は江西省まで分布していた少数民族である。


彼ら少数民族は、江南に大量移住してきた漢民族の圧迫を受けて、僻地に追いこまれ、狩猟や漁労に頼らざるをえない生活を送っていた。したがって、「鶏犬相い聞こゆる」原始共同体的な農耕生活は、彼らの失われた理想郷にはかならなかった、とみることができる。
ここでわれわれは、陶淵明の骨祖父陶侃が「渓族」出身であったことを思い起こさざるをえない。陶淵明にも渓族の血が流れていたとすれば、当時このような話を聞いて、大きな関心を寄せたであろうことは、想像にかたくない。


もっとも、「桃花源記」のなかで、「泰時の乱を避けた」といっていることからすれば、西晋末年に江南へ移住できなかった漢民族が、北方異民族の圧迫を避けて、外界と隔絶した平野部を探しあて、そこに暮らしていたとみることもできる。劉裕に随行して閑中入りしたときの見聞である戴延之の『西征記』にこうした記事が伝えられている。もしそうだとすれば、陶淵明は関中に行った友人の羊松齢の帰国談から、こうした話を聞き、刺激を受けたのかもしれない。
さらにまた、晋代には、劉麟之という男が衡山(湖南の名山)に薬草を採りに入って道に迷った話が伝わっている。この劉鱗之は「桃花源記」のなかの劉子礫を思わせる。


いずれにしろ、こうした素材を組み立てて「桃花源記」は創作されたのだろう。ここに描かれているのは「秋熟、王税なし」(「桃花源記」)という一個の搾取なき社会である。現実の政治に対する反発または批判として、上古の聖王の時代を仰ぎ慕っていた陶淵明が、当時流布された話に刺激を受けて、このようなユートピアを結晶させたとみなしてよいだろう。「今はこれ何れの世なるかと問う。乃ち漢あるを知らず、観音は論ずるなし」。こう言いきってはばからないところに、現実社会に対する彼の絶望感がみてとれる。

《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#3>710 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2534

陶淵明(陶潜)《桃花源幷記》 村の人たちは、こんな男が来たと聞き、みんなやって来てあいさつする。この家のあるじはいう、「私どもの先祖は、秦の時代の世の乱れを避け、妻子や村人をひきつれて、このうき世をはなれた土地へやって来ました。それ以来ここから一歩も出ていないのです。


2013年6月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#1>平原侯值瑒 797 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2533
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#3>710 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2534
韓愈 桃源圖を掲載する前に陶潜(陶淵明)『桃花源幷記』、『桃花源詩』を掲載し、王維の『桃源行』をつづけ、韓愈に繋いでゆく。

桃花源記 陶淵明(陶潜)


桃花源記 幷記
晉太元中,武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。
晋の大元年間のこと、武陵の人で魚を捕ることを仕事にしていた男があった。
ある日谷にそって川をのぼって行ったが、どれほどの道のりをやって来たのかわからなくなったころ、突然桃の花の咲いている林に出逢った。
夾岸數百歩,中無雜樹。
両岸数百歩の間二本のほかの雜木さえもなった。
芳草鮮美,落英繽紛。
かぐわしい草はあざやかに美しく、散る花びらははらはらと乱れ飛んでいる。
漁人甚異之,復前行,欲窮其林。
漁師はたいへん不思議に思い、さらに進んで林の奥をきわめようとした。
林盡水源,便得一山。
林は川の源の所でつきてしまい、そこに一の山があった。
山有小口。髣髴若有光。
山には小差ほら穴があって、そこからほのかに光がさしているように思われた。
便舎船從口入。
漁師はそのまま船を捨て、その口から入って行った。
#2
初極狹,纔通人。
はじめはとても狭く、やっとひと一人が通れるほどしかなかった
復行數十歩,豁然開朗。
数十歩進んでゆくと、璧然眼の前はからりとひらけた。
土地平曠,屋舍儼然,有良田美池桑竹之屬。
見れば土地は平らかにびろびろとうち芸がり、豪家のたたずまいもちゃんとととのって、よく肥えた田圃や美しい池があり、桑や竹などがうわっている。
阡陌交通,鷄犬相聞
縦横に通じているあぜ道は四方にゆきかい、あちこちから鶏や犬の声が聞こえてくる。
其中往來種作,男女衣著,悉如外人。
ここを往き来しつつ畑に働く男女の服装は、みな漁師などよその土地の、ものと同じようであり、
黄髮垂髫,並怡然自樂。
白髪の老人も垂らし髪した劫な児も、みな屈託なげにそれぞれ楽しんでいる。#3
見漁人,乃大驚,問所從來。
漁師を見つけて大変おどろき、どこからやって来たのかとたずねる。
具答之,便要還家。設酒殺鷄作食。
事こまかにこれに答えると、さあおいでなさいと家へつれて帰り、酒の用意をし、鶏をころして、もてなしてくれるのだった。
村中聞有此人,咸來問訊。
村の人たちは、こんな男が来たと聞き、みんなやって来てあいさつする。
自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,
不復出焉。
この家のあるじはいう、「私どもの先祖は、秦の時代の世の乱れを避け、妻子や村人をひきつれて、このうき世をはなれた土地へやって来ました。それ以来ここから一歩も出ていないのです。
遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,
無論魏晉。
こうして外界の人と隔たってしまったのです」。そして「今は一体何という時代ですか」ときくのである。なんと漢という時代のあったことを知らず、そのあとの魏や晋のことなどはいうまでもない。
此人一一爲具言所聞,皆歎惋。
そこで漁師が、自分の知っていることを一一こまかに話してやると、みんなはひどく感にうたれた様子であった。
餘人各復延至其家,皆出酒食。
ほかの人たちも、それぞれまた百分の家に招待して、みな酒や食べものを出してくれた。
海棠花04#4
停數日,辭去。
此中人語云:不足爲外人道也。
既出,得其船,便扶向路,處處誌之。
及郡下,詣太守,説如此。
太守即遣人隨其往,尋向所誌, 遂迷不復得路。
南陽劉子驥,高尚士也。聞之欣然規往。
未果,尋病終。後遂無問津者。


桃花源記
晉の太元中, 武陵の人 魚を捕ふるを 業【わざ】と爲せり,
溪に縁【そ】ひて行き, 路の遠近を忘る, 忽【たちま】ち 桃花の林に 逢ふ。
岸を夾みて 數百歩, 中に雜樹 無し。
芳草 鮮美として, 落英 繽紛たり。
漁人 甚だ之れを異とす, 復た前に行き, 其の林を窮めんと欲す。
林 水源に盡き, 便ち 一山を得。
山に 小口 有り。 髣髴として光 有るが若【ごと】し。
便ち船を舎【す】てて 口 從【よ】り 入る。
#2
初め極めて狹く, 纔かに人を通すのみ。
復た行くこと數十歩, 豁然として開朗。
土地 平曠として, 屋舍 儼然たり, 良田 美池 桑竹の屬【たぐひ】有り。
阡陌 交【こもご】も通じ, 鷄犬 相ひ聞ゆ。
其の中 往來し 種え作【たがや】す, 男女 衣著, 悉【ことごと】く外人の如く, 黄髮 髫を垂るも, 並【べつ】に 怡然として自ら樂しむ。
#3
漁人 見, 乃【すなは】ち大いに驚き, 從って來たる所を問ふ。 具【つぶさ】に之に答へ, 便ち 家に還へるを要す。
酒を設け 鷄を殺して 食を作る。 村中 此の人有るを聞き,咸【み】な來りて問ひ訊ぬ。
自ら云ふ:先の世 秦時に亂を避【のが】れ,妻子 邑【むら】人を率ゐて此の絶境に來たりて, 復たとは 焉【ここ】を出ず。
遂ひに 外人と間隔つ。 今は是れ何【いづ】れの世なるかを問ふ,乃【すなは】ち 漢 有るを知らず, 無論 魏晉をや。
此の人一一 爲に具【つぶさ】に聞かるる所を言へば, 皆 歎【たんわん】す。
餘人 各【おのお】の 復【ま)た延ゐて其の家に至り, 皆 出でて酒食す。

#4
停【とどま】ること數日にして, 辭去す。 此の中の人 語りて云【いは】く:外人の爲に道【い】ふに足【た】らざる也と。
既に出で, 其の船を得, 便ち 向【さき】の路に扶【よ】りて, 處處に之を誌【しる】す。
郡下に及び, 太守に詣【いた】り, 此【かく】の如く説く。
太守 即ち 人を遣りて其の往【ゆ】けるところに隨ひて, 向【さき】に誌【しる】せる所を尋ねんとすも, 遂に迷ひて 復【ま】たとは 路を得ず。 南陽の劉子驥【き】, 高尚の士也。 之を聞き欣【きん】然として往【ゆ】くを規【くはだ】つ。
未【いま】だ果たせずして, 尋【つい】で病に終る。 後【のち】 遂【つひ】に津を問ふ者 無し。 

『桃花源記 幷記』 現代語訳と訳註

海棠花002
(本文) #3
見漁人,乃大驚,問所從來。
具答之,便要還家。設酒殺鷄作食。
村中聞有此人,咸來問訊。
自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,不復出焉。
遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,無論魏晉。
此人一一爲具言所聞,皆歎惋。
餘人各復延至其家,皆出酒食。


(下し文) #3
漁人 見, 乃【すなは】ち大いに驚き, 從って來たる所を問ふ。 具【つぶさ】に之に答へ, 便ち 家に還へるを要す。
酒を設け 鷄を殺して 食を作る。 村中 此の人有るを聞き,咸【み】な來りて問ひ訊ぬ。
自ら云ふ:先の世 秦時に亂を避【のが】れ,妻子 邑【むら】人を率ゐて此の絶境に來たりて, 復たとは 焉【ここ】を出ず。
遂ひに 外人と間隔つ。 今は是れ何【いづ】れの世なるかを問ふ,乃【すなは】ち 漢 有るを知らず, 無論 魏晉をや。
此の人一一 爲に具【つぶさ】に聞かるる所を言へば, 皆 歎【たんわん】す。
餘人 各【おのお】の 復【ま)た延ゐて其の家に至り, 皆 出でて酒食す。


(現代語訳)
漁師を見つけて大変おどろき、どこからやって来たのかとたずねる。
事こまかにこれに答えると、さあおいでなさいと家へつれて帰り、酒の用意をし、鶏をころして、もてなしてくれるのだった。
村の人たちは、こんな男が来たと聞き、みんなやって来てあいさつする。
この家のあるじはいう、「私どもの先祖は、秦の時代の世の乱れを避け、妻子や村人をひきつれて、このうき世をはなれた土地へやって来ました。それ以来ここから一歩も出ていないのです。
こうして外界の人と隔たってしまったのです」。そして「今は一体何という時代ですか」ときくのである。なんと漢という時代のあったことを知らず、そのあとの魏や晋のことなどはいうまでもない。
そこで漁師が、自分の知っていることを一一こまかに話してやると、みんなはひどく感にうたれた様子であった。
ほかの人たちも、それぞれまた百分の家に招待して、みな酒や食べものを出してくれた。


(訳注) #3
見漁人,乃大驚,問所從來。
漁師を見つけて大変おどろき、どこからやって来たのかとたずねる。


具答之,便要還家。設酒殺鷄作食。
事こまかにこれに答えると、さあおいでなさいと家へつれて帰り、酒の用意をし、鶏をころして、もてなしてくれるのだった。
・具:つぶさに。詳しく。ありのままに。具体的に。


村中聞有此人,咸來問訊。
村の人たちは、こんな男が来たと聞き、みんなやって来てあいさつする。


自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,不復出焉。
この家のあるじはいう、「私どもの先祖は、秦の時代の世の乱れを避け、妻子や村人をひきつれて、このうき世をはなれた土地へやって来ました。それ以来ここから一歩も出ていないのです。
・避秦時亂:秦の戦乱を避けて。虞美人、劉邦等が輩出した、天下大乱の時代を指している。
・焉:ここに。これ。ここ。
・不復出焉:ここを二度とは出なかった。ここを一度も出なかったということ。前出『老子』の「鷄犬之聲相聞,民至老死,不相往來。」のこと。 ・不復…:二度とは…ない。一度も…ない。似た表現で「復不…」は、またもや…ない。二度目も…でない、になる。


遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,無論魏晉。
こうして外界の人と隔たってしまったのです」。そして「今は一体何という時代ですか」ときくのである。なんと漢という時代のあったことを知らず、そのあとの魏や晋のことなどはいうまでもない。
・不知有漢,無論魏晉:漢は云うまでもなく魏や晉の各代を知らない。諸葛亮、劉備、周瑜、曹操、曹植、桓温、王謝の一族が出てくる時代である。


此人一一爲具言所聞,皆歎惋。
そこで漁師が、自分の知っていることを一一こまかに話してやると、みんなはひどく感にうたれた様子であった。
・歎惋:嘆き驚く。


餘人各復延至其家,皆出酒食。
ほかの人たちも、それぞれまた百分の家に招待して、みな酒や食べものを出してくれた。
桃園001

《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#2>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529

陶淵明(陶潜)《桃花源幷記》はじめはとても狭く、やっとひと一人が通れるほどしかなかった。数十歩進んでゆくと、璧然眼の前はからりとひらけた。見れば土地は平らかにびろびろとうち芸がり、豪家のたたずまいもちゃんとととのって、よく肥えた田圃や美しい池があり、桑や竹などがうわっている。

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《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#2>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529

韓愈 桃源圖を掲載する前に陶潜(陶淵明)『桃花源幷記』、『桃花源詩』を掲載し、王維の『桃源行』をつづけ、韓愈に繋いでゆく。

桃花源記 陶淵明(陶潜)


桃花源記 幷記
晉太元中,武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,
忽逢桃花林。
晋の大元年間のこと、武陵の人で魚を捕ることを仕事にしていた男があった。
ある日谷にそって川をのぼって行ったが、どれほどの道のりをやって来たのかわからなくなったころ、突然桃の花の咲いている林に出逢った。
夾岸數百歩,中無雜樹。
両岸数百歩の間二本のほかの雜木さえもなった。
芳草鮮美,落英繽紛。
かぐわしい草はあざやかに美しく、散る花びらははらはらと乱れ飛んでいる。
漁人甚異之,復前行,欲窮其林。
漁師はたいへん不思議に思い、さらに進んで林の奥をきわめようとした。
林盡水源,便得一山。
林は川の源の所でつきてしまい、そこに一の山があった。
山有小口。髣髴若有光。
山には小差ほら穴があって、そこからほのかに光がさしているように思われた。
便舎船從口入。
漁師はそのまま船を捨て、その口から入って行った。
#2
初極狹,纔通人。
はじめはとても狭く、やっとひと一人が通れるほどしかなかった
復行數十歩,豁然開朗。
数十歩進んでゆくと、璧然眼の前はからりとひらけた。
土地平曠,屋舍儼然,有良田美池桑竹之屬。
見れば土地は平らかにびろびろとうち芸がり、豪家のたたずまいもちゃんとととのって、よく肥えた田圃や美しい池があり、桑や竹などがうわっている。
阡陌交通,鷄犬相聞
縦横に通じているあぜ道は四方にゆきかい、あちこちから鶏や犬の声が聞こえてくる。
其中往來種作,男女衣著,悉如外人。
ここを往き来しつつ畑に働く男女の服装は、みな漁師などよその土地の、ものと同じようであり、
黄髮垂髫,並怡然自樂。
白髪の老人も垂らし髪した劫な児も、みな屈託なげにそれぞれ楽しんでいる。
#3
見漁人,乃大驚,問所從來。
具答之,便要還家。設酒殺鷄作食。
村中聞有此人,咸來問訊。
自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,不復出焉。
遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,無論魏晉。
此人一一爲具言所聞,皆歎惋。
餘人各復延至其家,皆出酒食。
#4
停數日,辭去。
此中人語云:不足爲外人道也。
既出,得其船,便扶向路,處處誌之。
及郡下,詣太守,説如此。
太守即遣人隨其往,尋向所誌, 遂迷不復得路。
南陽劉子驥,高尚士也。聞之欣然規往。
未果,尋病終。後遂無問津者。


桃花源記
晉の太元中, 武陵の人 魚を捕ふるを 業【わざ】と爲せり,
溪に縁【そ】ひて行き, 路の遠近を忘る, 忽【たちま】ち 桃花の林に 逢ふ。
岸を夾みて 數百歩, 中に雜樹 無し。
芳草 鮮美として, 落英 繽紛たり。
漁人 甚だ之れを異とす, 復た前に行き, 其の林を窮めんと欲す。
林 水源に盡き, 便ち 一山を得。
山に 小口 有り。 髣髴として光 有るが若【ごと】し。
便ち船を舎【す】てて 口 從【よ】り 入る。

#2
初め極めて狹く, 纔かに人を通すのみ。
復た行くこと數十歩, 豁然として開朗。
土地 平曠として, 屋舍 儼然たり, 良田 美池 桑竹の屬【たぐひ】有り。
阡陌 交【こもご】も通じ, 鷄犬 相ひ聞ゆ。
其の中 往來し 種え作【たがや】す, 男女 衣著, 悉【ことごと】く外人の如く, 黄髮 髫を垂るも, 並【べつ】に 怡然として自ら樂しむ。

#3
漁人 見, 乃【すなは】ち大いに驚き, 從って來たる所を問ふ。 具【つぶさ】に之に答へ, 便ち 家に還へるを要す。
酒を設け 鷄を殺して 食を作る。 村中 此の人有るを聞き,咸【み】な來りて問ひ訊ぬ。
自ら云ふ:先の世 秦時に亂を避【のが】れ,妻子 邑【むら】人を率ゐて此の絶境に來たりて, 復たとは 焉【ここ】を出ず。
遂ひに 外人と間隔つ。 今は是れ何【いづ】れの世なるかを問ふ,乃【すなは】ち 漢 有るを知らず, 無論 魏晉をや。
此の人一一 爲に具【つぶさ】に聞かるる所を言へば, 皆 歎【たんわん】す。
餘人 各【おのお】の 復【ま)た延ゐて其の家に至り, 皆 出でて酒食す。
#4
停【とどま】ること數日にして, 辭去す。 此の中の人 語りて云【いは】く:外人の爲に道【い】ふに足【た】らざる也と。
既に出で, 其の船を得, 便ち 向【さき】の路に扶【よ】りて, 處處に之を誌【しる】す。
郡下に及び, 太守に詣【いた】り, 此【かく】の如く説く。
太守 即ち 人を遣りて其の往【ゆ】けるところに隨ひて, 向【さき】に誌【しる】せる所を尋ねんとすも, 遂に迷ひて 復【ま】たとは 路を得ず。 南陽の劉子驥【き】, 高尚の士也。 之を聞き欣【きん】然として往【ゆ】くを規【くはだ】つ。 未【いま】だ果たせずして, 尋【つい】で病に終る。 後【のち】 遂【つひ】に津を問ふ者 無し。


『桃花源記 幷記』 現代語訳と訳註
(本文)
 #2
初極狹,纔通人。
復行數十歩,豁然開朗。
土地平曠,屋舍儼然,有良田美池桑竹之屬。
阡陌交通,鷄犬相聞
其中往來種作,男女衣著,悉如外人。
黄髮垂髫,並怡然自樂。


(下し文) #2
初め極めて狹く, 纔かに人を通すのみ。
復た行くこと數十歩, 豁然として開朗。
土地 平曠として, 屋舍 儼然たり, 良田 美池 桑竹の屬【たぐひ】有り。
阡陌 交【こもご】も通じ, 鷄犬 相ひ聞ゆ。
其の中 往來し 種え作【たがや】す, 男女 衣著, 悉【ことごと】く外人の如く, 黄髮 髫を垂るも, 並【べつ】に 怡然として自ら樂しむ。


(現代語訳)
はじめはとても狭く、やっとひと一人が通れるほどしかなかった
数十歩進んでゆくと、璧然眼の前はからりとひらけた。
見れば土地は平らかにびろびろとうち芸がり、豪家のたたずまいもちゃんとととのって、よく肥えた田圃や美しい池があり、桑や竹などがうわっている。
縦横に通じているあぜ道は四方にゆきかい、あちこちから鶏や犬の声が聞こえてくる。
ここを往き来しつつ畑に働く男女の服装は、みな漁師などよその土地の、ものと同じようであり、
白髪の老人も垂らし髪した劫な児も、みな屈託なげにそれぞれ楽しんでいる。


(訳注) #2
初極狹,纔通人。
はじめはとても狭く、やっとひと一人が通れるほどしかなかった
・纔:わずかに。やっとのことで。


復行數十歩,豁然開朗。
数十歩進んでゆくと、璧然眼の前はからりとひらけた。
・豁然開朗:急に開けている。


土地平曠,屋舍儼然,有良田美池桑竹之屬。
見れば土地は平らかにびろびろとうち芸がり、豪家のたたずまいもちゃんとととのって、よく肥えた田圃や美しい池があり、桑や竹などがうわっている。
・土地平曠:土地が広々としている。
・屋舍儼然:建物がしっかりとあるさま。
・良田美池桑竹:すばらしい田や立派な池、(農民の生活を支える)クワや竹。
・屬:たぐい。種類。


阡陌交通,鷄犬相聞
縦横に通じているあぜ道は四方にゆきかい、あちこちから鶏や犬の声が聞こえてくる。
・阡陌:縦横に通じているあぜ道。 ・阡:南北に通ずるあぜ道。道。 ・陌:東西に通ずるあぜ道。道。
・交通:交わり通じている。
・便:すなわち。便、即、乃などもみな同様に読むが、意味が違う。 ・便:そのまま、すぐに。 ・即:とりもなおさず、そのまますぐに、ただちに。 ・乃:そこで、ようやく、やむなく。
・鷄犬相聞:鶏や犬の鳴き声が聞こえてくる。のどかで平和な田園の暮らしのさまをいう。『老子』「甘其食,美其服,安其居,樂其俗,鄰國相望,鷄犬之聲相聞,民至老死,不相往來。」に依る。理想郷の表現の一。


其中往來種作,男女衣著,悉如外人。
ここを往き来しつつ畑に働く男女の服装は、みな漁師などよその土地の、ものと同じようであり、
・種作:種を播くことと耕作をすること。
・衣著:いちゃく。=衣着。着衣。きもの。
・悉如:みんな…のようだ。
・外人:ここでは「外人」は次の三度出てくる。桃源郷の人間にとって外部の人間をいう。①「男女衣著,悉如外人」、 ②「遂與外人間隔」、 ③「不足爲外人道也」。とある。異民族、あるいは異様な服装をしていると考えない方が良い。漁夫と同じようにごく普通の服装と解すべきである。


黄髮垂髫,並怡然自樂。
白髪の老人も垂らし髪した劫な児も、みな屈託なげにそれぞれ楽しんでいる。
・黄髮:老人の髪の毛。転じて老人。白髪がより進み黄色っぽくなることから、こういう。
・髫:たれがみ。うなじのあたりまで垂れ下がっている幼児の髪型。転じて、幼児。
・黄髮垂髫:老人も子供も。
・怡然:〔いぜん〕たのしむさま。よろこぶさま。
・自樂:自分で満足して楽しむ。

《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#1>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529

《桃花源幷記》陶淵明(陶潜) 韓愈 桃源圖を掲載する前に陶潜(陶淵明)『桃花源幷記』、『桃花源詩』を掲載し、王維の『桃源行』をつづけ、韓愈に繋いでゆく。


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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#1>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529
韓愈 桃源圖を掲載する前に陶潜(陶淵明)『桃花源幷記』、『桃花源詩』を掲載し、王維の『桃源行』をつづけ、韓愈に繋いでゆく。

桃花源記 陶淵明(陶潜)


桃花源記 幷記
晉太元中,武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。
晋の大元年間のこと、武陵の人で魚を捕ることを仕事にしていた男があった。
ある日谷にそって川をのぼって行ったが、どれほどの道のりをやって来たのかわからなくなったころ、突然桃の花の咲いている林に出逢った。

夾岸數百歩,中無雜樹。
両岸数百歩の間二本のほかの雜木さえもなった。
芳草鮮美,落英繽紛。
かぐわしい草はあざやかに美しく、散る花びらははらはらと乱れ飛んでいる。
漁人甚異之,復前行,欲窮其林。
漁師はたいへん不思議に思い、さらに進んで林の奥をきわめようとした。
林盡水源,便得一山。
林は川の源の所でつきてしまい、そこに一の山があった。
山有小口。髣髴若有光。
山には小差ほら穴があって、そこからほのかに光がさしているように思われた。
便舎船從口入。
漁師はそのまま船を捨て、その口から入って行った。
#2
初極狹,纔通人。
復行數十歩,豁然開朗。
土地平曠,屋舍儼然,有良田美池桑竹之屬。
阡陌交通,鷄犬相聞
其中往來種作,男女衣著,悉如外人。
黄髮垂髫,並怡然自樂。
#3
見漁人,乃大驚,問所從來。
具答之,便要還家。設酒殺鷄作食。
村中聞有此人,咸來問訊。
自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,不復出焉。
遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,無論魏晉。
此人一一爲具言所聞,皆歎惋。
餘人各復延至其家,皆出酒食。
#4
停數日,辭去。
此中人語云:不足爲外人道也。
既出,得其船,便扶向路,處處誌之。
及郡下,詣太守,説如此。
太守即遣人隨其往,尋向所誌, 遂迷不復得路。
南陽劉子驥,高尚士也。聞之欣然規往。
未果,尋病終。後遂無問津者。


桃花源記
晉の太元中, 武陵の人 魚を捕ふるを 業(わざ)と爲せり, 溪に縁(そ)ひて行き, 路の遠近を忘る, 忽(たちま)ち 桃花の林に 逢ふ。 岸を夾みて 數百歩, 中に雜樹 無し。 芳草 鮮美として, 落英 繽紛たり。 漁人 甚だ之れを異とす, 復た前に行き, 其の林を窮めんと欲す。 林 水源に盡き, 便ち 一山を得。 山に 小口 有り。 髣髴として光 有るが若(ごと)し。 便ち船を舎(す)てて 口 從(よ)り 入る。
初め極めて狹く, 纔かに人を通すのみ。 復た行くこと數十歩, 豁然として開朗。 土地 平曠として, 屋舍 儼然たり, 良田 美池 桑竹の屬(たぐひ)有り。 阡陌 交(こもご)も通じ, 鷄犬 相ひ聞ゆ。 其の中 往來し 種うゑ作(たがや)す, 男女 衣著, 悉(ことごと)く外人の如く, 黄髮 髫を垂るも, 並(べつ)に 怡然として自ら樂しむ。 漁人 見, 乃(すなは)ち大いに驚き, 從って來たる所を問ふ。 具(つぶさ)に之に答へ, 便ち 家に還へるを要す。 酒を設け 鷄を殺して 食を作る。 村中 此の人有るを聞き, 咸(み)な來りて問ひ訊ぬ。 自ら云ふ:先の世 秦時に亂を避(のが)れ, 妻子 邑(むら)人を率ゐて此の絶境に來たりて, 復たとは 焉(ここ)を出ず。 遂ひに 外人と間隔つ。 今は是れ何(いづ)れの世なるかを問ふ, 乃(すなは)ち 漢 有るを知らず, 無論 魏晉をや。 此の人一一 爲に具(つぶさ)に聞かるる所を言へば, 皆 歎(たんわん)す。 餘人 各(おのお)の 復(ま)た延ゐて其の家に至り, 皆 出でて酒食す。 停(とどま)ること數日にして, 辭去す。 此の中の人 語りて云(いは)く:外人の爲に道(い)ふに足(た)らざる也と。 既に出で, 其の船を得, 便ち 向(さき)の路に扶(よ)りて, 處處に之を誌(しる)す。 郡下に及び, 太守に詣(いた)り, 此(かく)の如く説く。 太守 即ち 人を遣りて其の往(ゆ)けるところに隨ひて, 向(さき)に誌(しる)せる所を尋ねんとすも, 遂に迷ひて 復(ま)たとは 路を得ず。 南陽の劉子驥(き), 高尚の士也。 之を聞き欣(きん)然として往(ゆ)くを規(くはだ)つ。 未(いま)だ果たせずして, 尋(つい)で病に終る。 後(のち) 遂(つひ)に津を問ふ者 無し。


『桃花源記 幷記』 現代語訳と訳註
(本文)
晉太元中,武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。
寒梅901夾岸數百歩,中無雜樹。
芳草鮮美,落英繽紛。
漁人甚異之,復前行,欲窮其林。
林盡水源,便得一山。
山有小口。髣髴若有光。
便舎船從口入。


(下し文)
晉の太元中, 武陵の人 魚を捕ふるを 業【わざ】と爲せり,
溪に縁【そ】ひて行き, 路の遠近を忘る, 忽【たちま】ち 桃花の林に 逢ふ。
岸を夾みて 數百歩, 中に雜樹 無し。
芳草 鮮美として, 落英 繽紛たり。
漁人 甚だ之れを異とす, 復た前に行き, 其の林を窮めんと欲す。
林 水源に盡き, 便ち 一山を得。
山に 小口 有り。 髣髴として光 有るが若【ごと】し。
便ち船を舎【す】てて 口 從【よ】り 入る。


(現代語訳)
晋の大元年間のこと、武陵の人で魚を捕ることを仕事にしていた男があった。
ある日谷にそって川をのぼって行ったが、どれほどの道のりをやって来たのかわからなくなったころ、突然桃の花の咲いている林に出逢った。
両岸数百歩の間二本のほかの雜木さえもなった。
かぐわしい草はあざやかに美しく、散る花びらははらはらと乱れ飛んでいる。
漁師はたいへん不思議に思い、さらに進んで林の奥をきわめようとした。
林は川の源の所でつきてしまい、そこに一の山があった。
山には小差ほら穴があって、そこからほのかに光がさしているように思われた。
漁師はそのまま船を捨て、その口から入って行った。

海棠花002















(訳注)
晉太元中,武陵人捕魚爲業,
晋の大元年間のこと、武陵の人で魚を捕ることを仕事にしていた男があった。
・晉太元中 東晋の孝武帝の太元年間(376~396年)。
・武陵 湖南省の北部、洞庭湖の西方にある地名。


縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。
ある日谷にそって川をのぼって行ったが、どれほどの道のりをやって来たのかわからなくなったころ、突然桃の花の咲いている林に出逢った。
縁溪行:谷川に沿って行く。


夾岸數百歩,中無雜樹。
両岸数百歩の間二本のほかの雜木さえもなった。


芳草鮮美,落英繽紛。
かぐわしい草はあざやかに美しく、散る花びらははらはらと乱れ飛んでいる。
鮮美:あざやかでうつうしい。
落英繽紛:花びらの散ったのが。 ・落英:散る花弁 ・繽紛:花びらの盛んに乱れ散る様子を云う。


漁人甚異之,復前行,欲窮其林。
漁師はたいへん不思議に思い、さらに進んで林の奥をきわめようとした。


林盡水源,便得一山。
林は川の源の所でつきてしまい、そこに一の山があった。


山有小口。髣髴若有光。
山には小差ほら穴があって、そこからほのかに光がさしているように思われた。
髣髴:ぼんやり見えるさま。かすかに見える様。ここでは、よく似ているさまの意はない。


便舎船從口入。
漁師はそのまま船を捨て、その口から入って行った。
舎:=捨。捨てる。
桃園001

酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#2>Ⅱ中唐詩708 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2524

韓愈 《酬藍田崔丞立之詠雪見寄》朝の時を知らせる街鼓を聞き、やせ我慢をして起き上がっては見たがどうも寒くてたまらないところから、山簡のように酒を呑んで寝ていることしかできないのである。


 
2013年6月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#2>Ⅱ中唐詩708 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2524
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#2>Ⅱ中唐詩708 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2524


酬藍田崔丞立之詠雪見寄
(藍田県丞の崔立之が雪を見て詠った詩に寄せる。)
京城數尺雪,寒氣倍常年。
長安城中では数尺の雪が降り積もり、寒気は例年に倍してはなはだ厳しい。
泯泯都無地,茫茫豈是天。
雪にうずもれては泯泯として大地は全く見えない。しかし茫茫と全てが真白である。しかしこれは天ではないのだ。
崩奔驚亂射,揮霍訝相纏。
その雪が崩れ走る時は天からの乱射の勢いはすさまじきことは驚くべきばかりなのだ。振り掛かって飛びつくところはさながら、付きまといつかれるかのようで訝るばかりなのである。
不覺侵堂陛,方應折屋椽。
その内いつしか家の階からしんにゅうしてくるかのようにもなってくる。そして、やがて屋根の軒先の棟垂木を折ってしまうのである。
出門愁落道,上馬恐平韉。
門を出ると雪がひらひらと道路に落ちるのが苦痛になるし、馬に乗ると下鞍と平均するほども高く積もることを懼れるのである。
#2
朝鼓矜凌起,山齋酩酊眠。
朝の時を知らせる街鼓を聞き、やせ我慢をして起き上がっては見たがどうも寒くてたまらないところから、山簡のように酒を呑んで寝ていることしかできないのである。
吾方嗟此役,君乃詠其妍。
しかし、私には役所勤めがあるから勝手に休むわけにはいかない、そんな中、君は即ち、雪の姸なる所を賦詠されたのはよほどのんきなことである。
冰玉清顏隔,波濤盛句傳。
彼のその氷の玉のような賦詠をみては凊顔は遠く隔たっていることに情けなさを感じ、それで波濤の様に吟じられればそれでこの句は名句となって後の世に伝わっていくことになる。
朝飧思共飯,夜宿憶同氈。
出来れば平時に一緒に寝起きして朝夕の食事を共にする、夜寝るときは布団に入るのも一緒にしたいと思う。
しかし、ここに目を挙げれば天地は白色でない処はないのだ。私はただ一人、昔の揚雄と同じようにしたいと思
舉目無非白,雄文乃獨玄。
うそれは、「太玄賦」の名にふさわしく漆黒の色となることではなかろうか。


酬藍田の崔丞立之の雪を詠じて寄せら見るに酬ゆ
京城 數尺の雪,寒氣 常年に倍す。
泯泯【ひんびん】都【すべ】て地無く,茫茫として豈に是れ天ならん。
崩奔【ほうほん】して亂射するに驚き,揮霍【きかく】して訝相い纏うかと【いぶか】る。
不覺えず堂陛を侵すを,方應【まさ】に屋椽【おくてん】を折るなるべし。
門を出でては道を落つるを愁え,馬に上っては韉【したぐら】に平かならむを恐る。
#2
朝鼓【ちょうこ】矜凌【きょうりょう】起ち,山齋【さんさい】酩酊【めいてい】して眠る。
吾 方に此の役を嗟し,君 乃ち其の妍を詠ず。
冰玉 清顏 隔り,波濤 盛句 傳う。
朝飧【ちょうさん】には飯を共にせんと思う,夜宿【やしゅく】には氈【せん】を同じゅうせんことを憶う。
目を舉ぐれば白の非らざるはなし,雄の文乃ち獨り玄なるのみ。


『酬藍田崔丞立之詠雪見寄』 現代語訳と訳註
minamo03(本文)
#2
朝鼓矜凌起,山齋酩酊眠。吾方嗟此役,君乃詠其妍。
冰玉清顏隔,波濤盛句傳。朝飧思共飯,夜宿憶同氈。
舉目無非白,雄文乃獨玄。


(下し文) #2
朝鼓【ちょうこ】矜凌【きょうりょう】起ち,山齋【さんさい】酩酊【めいてい】して眠る。
吾 方に此の役を嗟し,君 乃ち其の妍を詠ず。
冰玉 清顏 隔り,波濤 盛句 傳う。
朝飧【ちょうさん】には飯を共にせんと思う,夜宿【やしゅく】には氈【せん】を同じゅうせんことを憶う。
目を舉ぐれば白の非らざるはなし,雄の文乃ち獨り玄なるのみ。


(現代語訳)
朝の時を知らせる街鼓を聞き、やせ我慢をして起き上がっては見たがどうも寒くてたまらないところから、山間のように酒を呑んで寝ていることしかできないのである。
しかし、私には役所勤めがあるから勝手に休むわけにはいかない、そんな中、君は即ち、雪の姸なる所を賦詠されたのはよほどのんきなことである。
彼のその氷の玉のような賦詠をみては凊顔は遠く隔たっていることに情けなさを感じ、それで波濤の様に吟じられればそれでこの句は名句となって後の世に伝わっていくことになる。
出来れば平時に一緒に寝起きして朝夕の食事を共にする、夜寝るときは布団に入るのも一緒にしたいと思う。
しかし、ここに目を挙げれば天地は白色でない処はないのだ。私はただ一人、昔の揚雄と同じようにしたいと思うそれは、「太玄賦」の名にふさわしく漆黒の色となることではなかろうか。


(訳注)#2
朝鼓矜凌起,山齋酩酊眠。
朝の時を知らせる街鼓を聞き、やせ我慢をして起き上がっては見たがどうも寒くてたまらないところから、山間のように酒を呑んで寝ていることしかできないのである。
・矜凌 やせがまんをすること。
・山齋 山簡が役所でもどこでも酒を呑んでいたことからいう。


吾方嗟此役,君乃詠其妍。
しかし、私には役所勤めがあるから勝手に休むわけにはいかない、そんな中、君は即ち、雪の姸なる所を賦詠されたのはよほどのんきなことである。
・此役 公務のために出勤すること。


冰玉清顏隔,波濤盛句傳。
彼のその氷の玉のような賦詠をみては凊顔は遠く隔たっていることに情けなさを感じ、それで波濤の様に吟じられればそれでこの句は名句となって後の世に伝わっていくことになる。
・冰玉・波濤 賦詠と吟詠の状況を云う。


朝飧思共飯,夜宿憶同氈。
出来れば平時に一緒に寝起きして朝夕の食事を共にする、夜寝るときは布団に入るのも一緒にしたいと思う。


舉目無非白,雄文乃獨玄。
しかし、ここに目を挙げれば天地は白色でない処はないのだ。私はただ一人、昔の揚雄と同じようにしたいと思うそれは、「太玄賦」の名にふさわしく漆黒の色となることではなかろうか。
・雄文乃獨玄 揚雄が「太玄賦」を作ったことに基づいている。

酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#1>Ⅱ中唐詩707 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2519

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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#1>Ⅱ中唐詩707 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2519


詩題: 酬藍田崔丞立之詠雪見寄【案:見《外集》。】【案:見《遺集》。】 

作者: 韓愈 
皇帝紀年: 元和八年 
寫作時間: 813年 
寫作年紀: 46歲
卷別: 卷三四五  文體: 五言古詩 
寫及地點:  藍田 (京畿道 京兆府 藍田)     
交遊人物/地點: 崔立之 書信往來(京畿道 京兆府 藍田)
 


酬藍田崔丞立之詠雪見寄
京城數尺雪,寒氣倍常年。泯泯都無地,茫茫豈是天。
崩奔驚亂射,揮霍訝相纏。不覺侵堂陛,方應折屋椽。
出門愁落道,上馬恐平韉。
(藍田県丞の崔立之が雪を見て詠った詩に寄せる。)
長安城中では数尺の雪が降り積もり、寒気は例年に倍してはなはだ厳しい。
雪にうずもれては泯泯として大地は全く見えない。しかし茫茫と全てが真白である。しかしこれは天ではないのだ。
その雪が崩れ走る時は天からの乱射の勢いはすさまじきことは驚くべきばかりなのだ。振り掛かって飛びつくところはさながら、付きまといつかれるかのようで訝るばかりなのである。
その内いつしか家の階からしんにゅうしてくるかのようにもなってくる。そして、やがて屋根の軒先の棟垂木を折ってしまうのである。
門を出ると雪がひらひらと道路に落ちるのが苦痛になるし、馬に乗ると下鞍と平均するほども高く積もることを懼れるのである。
#2
朝鼓矜凌起,山齋酩酊眠。吾方嗟此役,君乃詠其妍。
冰玉清顏隔,波濤盛句傳。朝飧思共飯,夜宿憶同氈。
舉目無非白,雄文乃獨玄。


酬藍田の崔丞立之の雪を詠じて寄せら見るに酬ゆ
京城 數尺の雪,寒氣 常年に倍す。
泯泯【ひんびん】都【すべ】て地無く,茫茫として豈に是れ天ならん。
崩奔【ほうほん】して亂射するに驚き,揮霍【きかく】して訝相い纏うかと【いぶか】る。
不覺えず堂陛を侵すを,方應【まさ】に屋椽【おくてん】を折るなるべし。
門を出でては道を落つるを愁え,馬に上っては韉【したぐら】に平かならむを恐る。
#2
朝鼓【ちょうこ】矜凌【きょうりょう】起ち,山齋【さんさい】酩酊【めいてい】して眠る。
吾 方に此の役を嗟し,君 乃ち其の妍を詠ず。
冰玉 清顏 隔り,波濤 盛句 傳う。
朝飧【ちょうさん】には飯を共にせんと思う,夜宿【やしゅく】には氈【せん】を同じゅうせんことを憶う。
目を舉ぐれば白の非らざるはなし,雄の文乃ち獨り玄なるのみ。
 
 
『酬藍田崔丞立之詠雪見寄』 現代語訳と訳註
(本文)
京城數尺雪,寒氣倍常年。泯泯都無地,茫茫豈是天。
崩奔驚亂射,揮霍訝相纏。不覺侵堂陛,方應折屋椽。
出門愁落道,上馬恐平韉。


(下し文)
酬藍田の崔丞立之の雪を詠じて寄せら見るに酬ゆ
京城 數尺の雪,寒氣 常年に倍す。
泯泯【ひんびん】都【すべ】て地無く,茫茫として豈に是れ天ならん。
崩奔【ほうほん】して亂射するに驚き,揮霍【きかく】して訝相い纏うかと【いぶか】る。
不覺えず堂陛を侵すを,方應【まさ】に屋椽【おくてん】を折るなるべし。
門を出でては道を落つるを愁え,馬に上っては韉【したぐら】に平かならむを恐る。


(現代語訳)
(藍田県丞の崔立之が雪を見て詠った詩に寄せる。)
長安城中では数尺の雪が降り積もり、寒気は例年に倍してはなはだ厳しい。
雪にうずもれては泯泯として大地は全く見えない。しかし茫茫と全てが真白である。しかしこれは天ではないのだ。
その雪が崩れ走る時は天からの乱射の勢いはすさまじきことは驚くべきばかりなのだ。振り掛かって飛びつくところはさながら、付きまといつかれるかのようで訝るばかりなのである。
その内いつしか家の階からしんにゅうしてくるかのようにもなってくる。そして、やがて屋根の軒先の棟垂木を折ってしまうのである。
門を出ると雪がひらひらと道路に落ちるのが苦痛になるし、馬に乗ると下鞍と平均するほども高く積もることを懼れるのである。


(訳注)
酬藍田崔丞立之詠雪見寄
藍田県丞の崔立之が雪を見て詠った詩に寄せる。
・藍田 陝西省西安市に位置する県。
・崔丞立之 この当時藍田県丞であった。


京城數尺雪,寒氣倍常年。
長安城中では数尺の雪が降り積もり、寒気は例年に倍してはなはだ厳しい。
・京城 長安城内に、京兆地方に雪が降った。


泯泯都無地,茫茫豈是天。
雪にうずもれては泯泯として大地は全く見えない。しかし茫茫と全てが真白である。しかしこれは天ではないのだ。
・泯泯 埋もれた様子を云う。ここでは積雪のようすを云う。
・茫茫 (1)果てしなく広々としているさま。 「―とした大平原」「―たる太平洋より/もしや草紙(桜痴)」 (2)ぼんやりしてはっきりしないさま。


崩奔驚亂射,揮霍訝相纏。
その雪が崩れ走る時は天からの乱射の勢いはすさまじきことは驚くべきばかりなのだ。振り掛かって飛びつくところはさながら、付きまといつかれるかのようで訝るばかりなのである。
・揮霍 振り掛かって飛びつく。


不覺侵堂陛,方應折屋椽。
その内いつしか家の階からしんにゅうしてくるかのようにもなってくる。そして、やがて屋根の軒先の棟垂木を折ってしまうのである。
・屋椽 屋根の軒先の棟垂木。


出門愁落道,上馬恐平韉。
門を出ると雪がひらひらと道路に落ちるのが苦痛になるし、馬に乗ると下鞍と平均するほども高く積もることを懼れるのである。
・平韉 下鞍と平均する。雪が馬の蔵の高さになることを云う。

奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀 韓愈(韓退之) <143>Ⅱ中唐詩706 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2514

韓愈 《奉和武相公鎮蜀時詠使宅韋太尉所養孔雀》 威儀の隆盛なっている、すぐれた人物が成都を守って居る。もう何年になろうかこの地に来て留まっておさめているのは。


 

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀 韓愈(韓退之) <143>Ⅱ中唐詩706 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2514


作者: 韓愈 
作年:元和八年  813年  46歲
卷別: 卷三四二  文體: 五言律詩 
詩題: 奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀
寫及地點:  成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀     
武元衡 書信往來(京畿道 京兆府 長安)
韋皐宅

807年西川節度使として成都に入り812年吐蕃の入寇をするを防御蜀を鎮めた。813年2月成都を出立、3月に入京、宰相となる。

奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀
(武相公が蜀を鎮めた時に唱和し奉る,「韋太尉の宅に使して孔雀を養いし所を詠う」をつくった。)
穆穆鸞鳳友,何年來止茲。
威儀の隆盛なっている、すぐれた人物が成都を守って居る。もう何年になろうかこの地に来て留まっておさめているのは。
飄零失故態,隔絕抱長思。
花びらや葉がひらひらと落ちていくように他の友人が落ちて行き失ったというのに。そしてこれほどに遠く離れていることがいつの間にか連絡も取れなくなり長くただ思い遣ることしかできないということであった。
翠角高獨聳,金華煥相差。
この度の功績は緑の角を高くして獨り聳え立ち、金の花を鏤めて左右互いにかがやいているものである。
坐蒙恩顧重,畢命守階墀。 
そうしたなにげないようでその内にも恩顧を重ねて御蔭を蒙っているのであり、残された命を階段の上にある庭を守るようにだれからもみまもられてゆくというものだ。


『奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀』 現代語訳と訳註
minamo03(本文)
穆穆鸞鳳友,何年來止茲。
飄零失故態,隔絕抱長思。
翠角高獨聳,金華煥相差。
坐蒙恩顧重,畢命守階墀。 


(下し文)
(武相公が蜀を鎮めた時に和し奉る,韋太尉の宅に使して孔雀を養いし所を詠うを)
穆穆 鸞鳳の友,何年 來りて茲に止まる。
飄零して故態を失う,隔絕して長思を抱く。
翠角 高く獨り聳す,金華 煥く相い差す。
坐ろに恩顧も重を蒙むる,畢命して階墀を守る。 


(現代語訳)
(武相公が蜀を鎮めた時に唱和し奉る,「韋太尉の宅に使して孔雀を養いし所を詠う」をつくった。)
威儀の隆盛なっている、すぐれた人物が成都を守って居る。もう何年になろうかこの地に来て留まっておさめているのは。
花びらや葉がひらひらと落ちていくように他の友人が落ちて行き失ったというのに。そしてこれほどに遠く離れていることがいつの間にか連絡も取れなくなり長くただ思い遣ることしかできないということであった。
この度の功績は緑の角を高くして獨り聳え立ち、金の花を鏤めて左右互いにかがやいているものである。
そうしたなにげないようでその内にも恩顧を重ねて御蔭を蒙っているのであり、残された命を階段の上にある庭を守るようにだれからもみまもられてゆくというものだ。


(訳注)
奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀
武相公が蜀を鎮めた時に唱和し奉る,「韋太尉の宅に使して孔雀を養いし所を詠う」をつくった。


穆穆 鸞鳳 友 ,何年 來 止茲 。
威儀の隆盛なっている、すぐれた人物が成都を守って居る。もう何年になろうかこの地に来て留まっておさめているのは。
「穆穆」美好。①天子のなごやかなお顔、②威儀の隆盛なさまをいう。
「鸞鳳」神物。(1)想像上の鳥。鸞鳥と鳳凰。 (2)すぐれた人物や、君子 などのたとえ。 「―は荊棘(けいきよく)に棲(す)まず」 (3)固く契った夫婦や同志のたとえ。
「友」朋友。
「何年」語義類別:時、時間、範圍時間(年)、年。
「止」 7年成都、西川節度使であった。薛濤とやり取りも残っている。


飄零 失故態 ,隔絕 抱 長思 。
花びらや葉がひらひらと落ちていくように他の友人が落ちて行き失ったというのに。そしてこれほどに遠く離れていることがいつの間にか連絡も取れなくなり長くただ思い遣ることしかできないということであった。
「飄零」人生機遇、1 花びらや葉がひらひらと落ちること。2 おちぶれること。
「隔絶」かけ離れていること。遠くへだたっていること。


翠角 高 獨聳 ,金華 煥 相差。
この度の功績は緑の角を高くして獨り聳え立ち、金の花を鏤めて左右互いにかがやいているものである。
「翠」顏色、原色、綠。


坐蒙 恩顧重 ,畢命 守 階墀 。
そうしたなにげないようでその内にも恩顧を重ねて御蔭を蒙っているのであり、残された命を階段の上にある庭を守るようにだれからもみまもられてゆくというものだ。
「坐」行為動作、一般行為(土部)、坐。
「重」狀態、對比狀態、輕重(重)。
「命」行為動作、一般行為(口部)、命生命の終わること。また、生ある限り。生涯。ひつめい。
「階墀」 階段。階段の上の漆喰で塗ったり、石で作った庭。

雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#3>Ⅱ中唐詩705 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2509

韓愈 《雪後寄崔二十六丞公》 詩を詠う老人、孟郊は憔悴しており、荒れた棘が集まったようなところに棲み斃れた。しかし、孟郊の詩は清々しい宝玉であり、佩び玉として刻まれ、それを連ねて環にされるというものだ。


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#3>Ⅱ中唐詩705 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2509


雪後寄崔二十六丞公
(雪が積もった後で崔丞公に寄せる。)
藍田十月雪塞關,我興南望愁群山。
藍田の郷に十月になって積雪があり、動きが取れなく行く道をふさがれてしまった。我々は起き上がって南の方を望むと終南山から続く山々が愁いにひたっている。
攢天嵬嵬凍相映,君乃寄命於其間。
天がここにあつまり、終南山は高くそそり立ち、凍りつきそしてそれぞれを移している。崔くんは少しの間出立の命を置いておくことである。
秩卑俸薄食口眾,豈有酒食開容顏。
役人としての地位が卑しいし、俸禄は薄いのにそれを当てにしている口数は集まってきている。どうしてなのか、酒と肴と食事を用意して顔を集めることにする。

殿前群公賜食罷,驊騮蹋路驕且閑。
御殿には数多の諸公がそろってはいるがこのまま家臣の食を賜るのを止める。旅を共にする駿馬の「驊騮」はふぃちを踏み固めて、踊ってはねたり、静かにしていたりする。
稱多量少鑒裁密,豈念幽桂遺榛菅。
多くの称号を得ているし、貰っている糧は少ない。顔の細やかな変化にも判断する詩さらにこまやかなところまで覗き込む。どうして静かな隠遁する場所は桂が植えてある所で、カバノキや菅や葉のある所ではないと思うのであろうか。
幾欲犯嚴出薦口,氣象硉兀未可攀。
幾ばくかは厳しいことばかりでこころを犯すばかりでなく賞賛することを云いだすことも必要だ。こうした出来事は厳格なものかもしれないがいまだに手を挙げてはじめてはいないのだ。
歸來殞涕揜關臥,心之紛亂誰能刪。
帰って来てみると涙を流すのは嫌なことで門を閉じてかぎを掛けひきこもる。心はというと乱れ飛び散っているが誰といってこれを咎める者はいない。

詩翁憔悴斸荒棘,清玉刻佩聯玦環。
詩を詠う老人、孟郊は憔悴しており、荒れた棘が集まったようなところに棲み斃れた。しかし、孟郊の詩は清々しい宝玉であり、佩び玉として刻まれ、それを連ねて環にされるというものだ。
腦脂遮眼臥壯士,大弨挂壁無由彎。
門下の張籍というものは肥満して糖尿病にでもなれば、目は見えなくなり勇壮な男でも床に臥すようになる。どんなに詩才があっても大きな弓は壁に立てかけるだけでなかなか弓を番えることはないことと同じなのだ。
乾坤惠施萬物遂,獨於數子懷偏慳。
天からほどこされる恵みあるものは万物そのように生育される。ただ一人、あるいは、数人がかたよったかんがえをしている
朝欷暮唶不可解,我心安得如石頑。 

そんなふうに朝に歎き、ゆうべには悲しむが苦しむことばかりでそのわけも分からないのである。私の心はどうしてこんなにも、石のように意固地な考えをしているのだろうか。

雪後 崔二十六丞公に寄せる
藍田 十月 雪の塞關をぐ,我 興きて 南望して 群山を愁う。
天に攢って 嵬嵬 凍りて相い映り,君 乃ち命を其間に寄す。
秩は卑く 俸は薄くして 食口眾し,豈に 酒食の容顏を開く有らむ。

殿前の群公は食を賜りて罷み,驊騮 路を蹋みて驕り且つ閑【なら】へる。
稱多く量少く鑒裁【かんさい】密にす,豈に念う幽桂は榛菅を遺す。
幾【いくたび】か欲す 嚴を犯し 薦口を出ださむと,氣象 硉兀【みつこつ】未だ攀ぐ可からず。
歸り來て涕を殞【おと】し揜關【こうかん】して臥し,心は之れ紛亂し 誰か能く刪【けず】らん。
詩翁 憔悴して 荒棘【こうきょく】を斸す,清玉 佩を刻し玦環【けつかん】を聯ぬ。
腦脂 遮眼して 壯士を臥す,大弨 壁に挂け 彎するに由無し。
乾坤 惠施して 萬物遂【と】ぐ,獨り數子於て懷は偏慳なり。
朝に欷し 暮に唶し 解す可からず,我が心 安んぞ 石の如く頑なるを得んや。
 


『雪後寄崔二十六丞公』 現代語訳と訳註
4岳陽樓詩人003(本文)

詩翁憔悴斸荒棘,清玉刻佩聯玦環。
腦脂遮眼臥壯士,大弨挂壁無由彎。
乾坤惠施萬物遂,獨於數子懷偏慳。
朝欷暮唶不可解,我心安得如石頑。 


(下し文)
詩翁 憔悴して 荒棘【こうきょく】を斸す,清玉 佩を刻し玦環【けつかん】を聯ぬ。
腦脂 遮眼して 壯士を臥す,大弨 壁に挂け 彎するに由無し。
乾坤 惠施して 萬物遂【と】ぐ,獨り數子於て懷は偏慳なり。
朝に欷し 暮に唶し 解す可からず,我が心 安んぞ 石の如く頑なるを得んや。 


(現代語訳)
詩を詠う老人、孟郊は憔悴しており、荒れた棘が集まったようなところに棲み斃れた。しかし、孟郊の詩は清々しい宝玉であり、佩び玉として刻まれ、それを連ねて環にされるというものだ。
門下の張籍というものは肥満して糖尿病にでもなれば、目は見えなくなり勇壮な男でも床に臥すようになる。どんなに詩才があっても大きな弓は壁に立てかけるだけでなかなか弓を番えることはないことと同じなのだ。
天からほどこされる恵みあるものは万物そのように生育される。ただ一人、あるいは、数人がかたよったかんがえをしている
そんなふうに朝に歎き、ゆうべには悲しむが苦しむことばかりでそのわけも分からないのである。私の心はどうしてこんなにも、石のように意固地な考えをしているのだろうか。


(訳注)
詩翁憔悴斸荒棘,清玉刻佩聯玦環。
詩を詠う老人、孟郊は憔悴しており、荒れた棘が集まったようなところに棲み斃れた。しかし、孟郊の詩は清々しい宝玉であり、佩び玉として刻まれ、それを連ねて環にされるというものだ。
・詩翁 詩を詠う老人。孟郊のこと。
・憔悴 心配や疲労・病気のためにやせ衰えること。
・斸 ぞくする。あつめる。きる。斃れる。
・荒棘 あばら家に棲む。
・清玉 清々しい宝玉のことで孟郊の詩に喩える。
・刻佩 この語も詩の喩え。
・聯玦環 この語も詩の喩えで詩の技巧を云う。


腦脂遮眼臥壯士,大弨挂壁無由彎。
門下の張籍というものは肥満して糖尿病にでもなれば、目は見えなくなり勇壮な男でも床に臥すようになる。どんなに詩才があっても大きな弓は壁に立てかけるだけでなかなか弓を番えることはないことと同じなのだ。
・腦脂 肥満して糖尿病。張籍のこと。
・遮眼 馬が前方しか見えないように視野をさえぎる
・大弨 おおきくそりかえる。
・彎 弓を引き絞ったように曲がる。「彎曲・彎月」


乾坤惠施萬物遂,獨於數子懷偏慳。
天からほどこされる恵みあるものは万物そのように生育される。ただ一人、あるいは、数人がかたよったかんがえをしている
・乾坤 1 易(えき)の卦(け)の乾と坤。 2 天と地。天地。「奔騰狂転せる風は…、―を震撼し、樹石を動盪(どうとう)しぬ」〈露伴・運命〉 3 陰陽。 4 いぬい(北西)の方角とひつじさる(南西)の方角。 5 2巻で一組となっている書物の、上巻と
・偏慳 1 けちけちする。「慳貪(けんどん)・慳吝(けんりん)」 2 いじわるな。むごい。「邪慳」


朝欷暮唶不可解,我心安得如石頑。 
そんなふうに朝に歎き、ゆうべには悲しむが苦しむことばかりでそのわけも分からないのである。私の心はどうしてこんなにも、石のように意固地な考えをしているのだろうか。
・欷/唶 どちらもなげくこと。
・石頑 石のように頑固である。意固地である。
詩人055

雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#2>Ⅱ中唐詩704 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2504

韓愈 《雪後寄崔二十六丞公》-#2 御殿には数多の諸公がそろってはいるがこのまま家臣の食を賜るのを止める。旅を共にする駿馬の「驊騮」はふぃちを踏み固めて、踊ってはねたり、静かにしていたりする。

2013年6月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬辛員外折花見遺 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-191-57-#51  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2502
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#2>Ⅱ中唐詩704 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2504



雪後寄崔二十六丞公
(雪が積もった後で崔丞公に寄せる。)
藍田十月雪塞關,我興南望愁群山。
藍田の郷に十月になって積雪があり、動きが取れなく行く道をふさがれてしまった。我々は起き上がって南の方を望むと終南山から続く山々が愁いにひたっている。
攢天嵬嵬凍相映,君乃寄命於其間。
天がここにあつまり、終南山は高くそそり立ち、凍りつきそしてそれぞれを移している。崔くんは少しの間出立の命を置いておくことである。
秩卑俸薄食口眾,豈有酒食開容顏。
役人としての地位が卑しいし、俸禄は薄いのにそれを当てにしている口数は集まってきている。どうしてなのか、酒と肴と食事を用意して顔を集めることにする。

殿前群公賜食罷,驊騮蹋路驕且閑。
御殿には数多の諸公がそろってはいるがこのまま家臣の食を賜るのを止める。旅を共にする駿馬の「驊騮」はふぃちを踏み固めて、踊ってはねたり、静かにしていたりする。
稱多量少鑒裁密,豈念幽桂遺榛菅。
多くの称号を得ているし、貰っている糧は少ない。顔の細やかな変化にも判断する詩さらにこまやかなところまで覗き込む。どうして静かな隠遁する場所は桂が植えてある所で、カバノキや菅や葉のある所ではないと思うのであろうか。
幾欲犯嚴出薦口,氣象硉兀未可攀。
幾ばくかは厳しいことばかりでこころを犯すばかりでなく賞賛することを云いだすことも必要だ。こうした出来事は厳格なものかもしれないがいまだに手を挙げてはじめてはいないのだ。
歸來殞涕揜關臥,心之紛亂誰能刪。
帰って来てみると涙を流すのは嫌なことで門を閉じてかぎを掛けひきこもる。心はというと乱れ飛び散っているが誰といってこれを咎める者はいない。

詩翁憔悴斸荒棘,清玉刻佩聯玦環。
腦脂遮眼臥壯士,大弨挂壁無由彎。
乾坤惠施萬物遂,獨於數子懷偏慳。
朝欷暮唶不可解,我心安得如石頑。 


雪後 崔二十六丞公に寄せる
藍田 十月 雪の塞關,我興 南望して 群山を愁う。
攢天 嵬嵬 凍し相い映り,君 乃ち命を寄せて其間に於いてす。
秩卑 俸薄 食口眾り,豈に 酒食有り 容顏を開く。


殿前の群公は食を賜りて罷る,驊騮 路を蹋みて驕り且つ閑す。
稱多く量少く鑒裁 密にす,豈に念う幽桂は榛菅を遺す。
幾か欲す 嚴を犯し 薦口を出ず,氣象 硉兀 未だ攀ぐ可からず。
歸來て涕を殞がり揜關して臥し,心は之れ紛亂し 誰か能く刪せん。




『雪後寄崔二十六丞公』 現代語訳と訳註
sakura0081(本文)
殿前群公賜食罷,驊騮蹋路驕且閑。
稱多量少鑒裁密,豈念幽桂遺榛菅。
幾欲犯嚴出薦口,氣象硉兀未可攀。
歸來殞涕揜關臥,心之紛亂誰能刪。


(下し文)
殿前の群公は食を賜りて罷る,驊騮 路を蹋みて驕り且つ閑す。
稱多く量少く鑒裁 密にす,豈に念う幽桂は榛菅を遺す。
幾か欲す 嚴を犯し 薦口を出ず,氣象 硉兀 未だ攀ぐ可からず。
歸來て涕を殞がり揜關して臥し,心は之れ紛亂し 誰か能く刪せん。


(現代語訳)
御殿には数多の諸公がそろってはいるがこのまま家臣の食を賜るのを止める。旅を共にする駿馬の「驊騮」はふぃちを踏み固めて、踊ってはねたり、静かにしていたりする。
多くの称号を得ているし、貰っている糧は少ない。顔の細やかな変化にも判断する詩さらにこまやかなところまで覗き込む。どうして静かな隠遁する場所は桂が植えてある所で、カバノキや菅や葉のある所ではないと思うのであろうか。
幾ばくかは厳しいことばかりでこころを犯すばかりでなく賞賛することを云いだすことも必要だ。こうした出来事は厳格なものかもしれないがいまだに手を挙げてはじめてはいないのだ。
帰って来てみると涙を流すのは嫌なことで門を閉じてかぎを掛けひきこもる。心はというと乱れ飛び散っているが誰といってこれを咎める者はいない。


(訳注)
殿前群公賜食罷,驊騮蹋路驕且閑。
御殿には数多の諸公がそろってはいるがこのまま家臣の食を賜るのを止める。旅を共にする駿馬の「驊騮」はふぃちを踏み固めて、踊ってはねたり、静かにしていたりする。
○驊騮 名馬の名前。黒いたてがみの赤の馬。周の穆王が天下を周遊したときに乗ったという八頭立ての駿馬の内の一頭の名前。韓愈『華山女』「掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。」(眾寺を掃除して人跡絕え,驊騮【かりゅう】路に塞りて輜輧【しへい】に連なる。)
○蹋路 路を踏み固める。


稱多量少鑒裁密,豈念幽桂遺榛菅。
多くの称号を得ているし、貰っている糧は少ない。顔の細やかな変化にも判断する詩さらにこまやかなところまで覗き込む。どうして静かな隠遁する場所は桂が植えてある所で、カバノキや菅や葉のある所ではないと思うのであろうか。
鑒裁密 鏡で細やかなところまで覗き込む。〔「かがみ(鏡)」と同源。映し見る意から〕規範とすべきもの。模範。手本。亀鑑(きかん)。
○「」カバノキ科の落葉低木。日当たりの良い山野に生える。葉は広卵形で鋸歯(きよし)がある。若葉には紫褐色の斑紋がある。雌雄同株で、三、四月に葉より先に開花。雄花穂はひも状。
○「」菅(スゲ) - カヤツリグサ科の植物。スゲ属。種類が非常に多いことで知られる。葉で菅笠などを作る。


幾欲犯嚴出薦口,氣象硉兀未可攀。
幾ばくかは厳しいことばかりでこころを犯すばかりでなく賞賛することを云いだすことも必要だ。こうした出来事は厳格なものかもしれないがいまだに手を挙げてはじめてはいないのだ。


歸來殞涕揜關臥,心之紛亂誰能刪。
帰って来てみると涙を流すのは嫌なことで門を閉じてかぎを掛けひきこもる。心はというと乱れ飛び散っているが誰といってこれを咎める者はいない。
○殞涕 涙を流すのは嫌なこと。
○揜關臥 門を閉じてかぎを掛けひきこもる。

和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494

韓愈(韓退之) 《和武相公早春聞鶯》
早春の夕刻、武元衡は飛ぶようにして成都錦官城にはいってくる。この人はだれであろうか、あちらでもこちらでも啼いていて教えてもらうことも聞き分けることもできない


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494   


作者: 韓愈 
皇帝紀年: 元和八年 
寫作時間: 813年 
寫作年紀: 46歲 
卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 
詩題: 和武相公早春聞鶯 
寫及地點:  錦城 (劍南道北部 益州 錦城)     
交遊人物/地點: 武元衡 書信往來(京畿道 京兆府 長安)
 
 
詩文:
和武相公早春聞鶯
(早春の夕方に鶯のなくのを聞き武元衡の詩に唱和する)
早晚飛來入錦城,誰人教解百般鳴。 
早春の夕刻、武元衡は飛ぶようにして成都錦官城にはいってくる。この人はだれであろうか、あちらでもこちらでも啼いていて教えてもらうことも聞き分けることもできない
春風紅樹驚眠處,似妒歌童作豔聲。 
春を運ぶ東から吹く風は花を咲かせた木々に寄せてくる強い風で眠る場所にいても驚く。嫉妬にも似たこの気持ちで孩童の歌声を聞えてくるようで艶っぽい声も一緒になったのだ。
 
(早晩に鶯を聞き武相公に和す)
早晚 飛來して 錦城に入り,誰人か 教解して 百般の鳴。
春風 紅樹 眠處を驚き,妒に似るは 童を歌うて 豔聲を作す。


『和武相公早春聞鶯』 現代語訳と訳註
菖蒲03(本文)
和武相公早春聞鶯
早晚飛來入錦城,誰人教解百般鳴。 
春風紅樹驚眠處,似妒歌童作豔聲。 


(下し文)
(早晩に鶯を聞き武相公に和す)
早晚 飛來して 錦城に入り,誰人か 教解して 百般の鳴。
春風 紅樹 眠處を驚き,妒に似るは 童を歌うて 豔聲を作す。


(現代語訳)
(早春の夕方に鶯のなくのを聞き武元衡の詩に唱和する)
早春の夕刻、武元衡は飛ぶようにして成都錦官城にはいってくる。この人はだれであろうか、あちらでもこちらでも啼いていて教えてもらうことも聞き分けることもできない
春を運ぶ東から吹く風は花を咲かせた木々に寄せてくる強い風で眠る場所にいても驚く。嫉妬にも似たこの気持ちで孩童の歌声を聞えてくるようで艶っぽい声も一緒になったのだ。


(訳注)
和武相公早春聞鶯
(朝方、春を告げる鶯の声を聞いたが夕刻には艶めかしい声を聞き武元衡の詩に唱和する。)
武元衡
武元衡(ぶ げんこう、758年 - 815年)は、中国・唐の詩人。河南緱氏(こうし、河南省偃師の南)の出身。字は伯蒼。 徳宗の建中4年(783年)の進士。徳宗に才能を認められ、比部員外郎・右司郎中・御史中丞を歴任。順宗朝では権臣・王叔文に従わなかった為、降職されたが、憲宗の元和2年(807年)には門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)に至った。同年、宰相のまま剣南西河節度使に任ぜられて蜀に赴き、7年間、蜀に滞在した。


早晚 飛來 入 錦城 ,誰人 教解 百般 鳴 。
早春の夕刻、武元衡は飛ぶようにして成都錦官城にはいってくる。この人はだれであろうか、あちらでもこちらでも啼いていて教えてもらうことも聞き分けることもできない
「早晚」早晚。
・「錦城」語義類別:地、地名、行政地名、錦官城。
・「教解」教え理解する。
・「百般」量詞單位、般。
・「鳴」鳴。


春風 紅樹 驚 眠處 ,似妒 歌童 作 豔聲 。
春を運ぶ東から吹く風は花を咲かせた木々に寄せてくる強い風で眠る場所にいても驚く。嫉妬にも似たこの気持ちで孩童の歌声を聞えてくるようで艶っぽい声も一緒になったのだ。
・「春風」四時節氣、四季、春風霜雪露、風。
・「紅樹」植物泛稱(木)、樹。1 紅葉した樹木。もみじ。紅葉。《季 秋》 2 赤い花の咲いている樹木。 3 オヒルギなど、ヒルギ科の常緑樹。マングローブの構成種。
・「驚」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、負面情感(擔驚受怕)、驚。
・「眠處」語義類別:地、地理、場域概稱、處。
・「似妒」(綜合情感)、負面情感(惱怒怨妒)、妒。
・「歌」語義類別:人、文藝、樂曲泛稱、歌。
・「童」孩童。
・「作」作。いっしょにする。
・ 「豔」 (艷)とは。意味や日本語訳。[形]色あざやかな,あでやかな艳装華やかな服装.(1) うらやむ,あこがれる艳羡うらやむ.(2) 色恋(いろこい)がらみの,情事にまつわる艳情色恋.艳丽 yanli[形]色あざやかな,あでやかな,
「聲」語義類別:人、感官詞、聽覺、聲。
 

雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#1>Ⅱ中唐詩703 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2499

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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#1>Ⅱ中唐詩703 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2499



作者: 韓愈 
元和八年  813年  46歲 
卷別: 卷三四二  文體: 七言古詩 
詩題: 雪後寄崔二十六丞公【案:斯立。】 
寫作地點: 目前尚無資料 
寫及地點:  藍田 (京畿道 京兆府 藍田)     
交遊人物/地點: 崔立之 當地交遊(京畿道 京兆府 藍田)
 

雪後寄崔二十六丞公
藍田十月雪塞關,我興南望愁群山。
攢天嵬嵬凍相映,君乃寄命於其間。
秩卑俸薄食口眾,豈有酒食開容顏。


殿前群公賜食罷,驊騮蹋路驕且閑。
稱多量少鑒裁密,豈念幽桂遺榛菅。
幾欲犯嚴出薦口,氣象硉兀未可攀。
歸來殞涕揜關臥,心之紛亂誰能刪。


詩翁憔悴斸荒棘,清玉刻佩聯玦環。
腦脂遮眼臥壯士,大弨挂壁無由彎。
乾坤惠施萬物遂,獨於數子懷偏慳。
朝欷暮唶不可解,我心安得如石頑。 

--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
藍田十月雪塞關,我興南望愁群山。
攢天嵬嵬凍相映【攢天崔嵬凍相映】,君乃寄命於其間。
秩卑俸薄食口眾,豈有酒食開容顏。
殿前群公賜食罷,驊騮蹋路驕且閑。
稱多量少鑒裁密,豈念幽桂遺榛菅。
幾欲犯嚴出薦口,氣象硉兀未可攀。
歸來殞涕揜關臥,心之紛亂誰能刪。
詩翁憔悴斸荒棘【案:謂孟郊。】,清玉刻佩聯玦環。
腦脂遮眼臥壯士【案:謂張籍病眼。】,大弨挂壁無由彎。
乾坤惠施萬物遂,獨於數子懷偏慳。
朝欷暮唶不可解,我心安得如石頑。 
 





『雪後寄崔二十六丞公』 現代語訳と訳註
(本文) 雪後寄崔二十六丞公
藍田十月雪塞關,我興南望愁群山。
攢天嵬嵬凍相映,君乃寄命於其間。
秩卑俸薄食口眾,豈有酒食開容顏。


(下し文)
雪後 崔二十六丞公に寄せる
藍田 十月 雪の塞關,我興 南望して 群山を愁う。
攢天 嵬嵬 凍し相い映り,君 乃ち命を寄せて其間に於いてす。
秩卑 俸薄 食口眾り,豈に 酒食有り 容顏を開く。


(現代語訳)
(雪が積もった後で崔丞公に寄せる。)
藍田の郷に十月になって積雪があり、動きが取れなく行く道をふさがれてしまった。我々は起き上がって南の方を望むと終南山から続く山々が愁いにひたっている。
天がここにあつまり、終南山は高くそそり立ち、凍りつきそしてそれぞれを移している。崔くんは少しの間出立の命を置いておくことである。
役人としての地位が卑しいし、俸禄は薄いのにそれを当てにしている口数は集まってきている。どうしてなのか、酒と肴と食事を用意して顔を集めることにする。


(訳注)
雪後寄崔二十六丞公
雪が積もった後で崔丞公に寄せる。


藍田十月雪塞關,我興南望愁群山。
藍田の郷に十月になって積雪があり、動きが取れなく行く道をふさがれてしまった。我々は起き上がって南の方を望むと終南山から続く山々が愁いにひたっている。
・藍田 陝西省西安市に位置する県。


攢天嵬嵬凍相映,君乃寄命於其間。
天がここにあつまり、終南山は高くそそり立ち、凍りつきそしてそれぞれを移している。崔くんは少しの間出立の命を置いておくことである。
・攢 あつまる。むらがる。
・嵬嵬 高くそそりたつ。


秩卑俸薄食口眾,豈有酒食開容顏。
役人としての地位が卑しいし、俸禄は薄いのにそれを当てにしている口数は集まってきている。どうしてなのか、酒と肴と食事を用意して顔を集めることにする。
・秩卑 役人としての地位が卑しい。


・贈崔立之 底本外葉巻一。この詩を贈った対手の崔立之、名は斯立、立之はその字である。博陵の人で元和元年には大理評事、すなわち裁判所の下級判事であった。韓愈の詩にはこの人に贈るものが頗る多い。ずいぶん親しい調子で、からかったりもしているから、弟子のひとりだったのであろう。
「答崔立之書」韓愈が吏部の試験に三度も及第しないことに崔立之が激励の詩をよこしたことに応えたもの。
「贈崔立之評事」「崔立之評事に贈る」という詩に「崔侯文章苦捷敏,高浪駕天輸不盡。崖侯の文章は苦だ捷敏」とうたい 「才豪氣猛易語言,往往蛟螭雜螻蚓。」(才豪に気猛に語言を易しとし、往々にして較蛸に蝮矧を雑ふ)といっているところからすれば、才気にまかせて書きなぐり、できた詩文は玉石混清だったのであろう。同じ詩に「頻蒙怨句刺棄遺,豈有閑官敢推引。」(頻に怨句を蒙って棄遺すと刺らる。豈 問官にして敢て推引するあらむ)というのは、崔が現職にあきたらず、有利な職へ転ずるよう推薦してほしいと、しつこくたのみ、話がてきぱきと進まないと「お忘れになったのですか」と嫌味をいうこともあったのであろう。これに対し大学の下級教官では人を推薦できる柄ではない、といっているのである。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月池 韓愈(韓退之) <140>Ⅱ中唐詩701 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2489

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奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月池 韓愈(韓退之) <140>Ⅱ中唐詩701 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2489


305-21 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月池
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月池」を詠う。)
寒池月下明,新月池邊曲。
晩秋のこと寒気はふかまり、この池に月影が下を明るくてらす。やがて、冬がおとずれ、新月がこの池のほとりで奥まったところでくねっている。
若不妒清妍,卻成相映燭。

妖艶でうつくしいことをもし、妬んだりしてはいけないことだとしたら、二人は蝋燭の下に似合いのふたりとして影を映していたのだということだ。

moon4733





















『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月池』 現代語訳と訳註
(本文)

寒池月下明,新月池邊曲。
若不妒清妍,卻成相映燭。


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月池」)
寒地 月下に明かに、新月 池邊に曲りたり。
若し清妍を妬まずんば、却って相映燭するを成さむ。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月池」を詠う。)
晩秋のこと寒気はふかまり、この池に月影が下を明るくてらす。やがて、冬がおとずれ、新月がこの池のほとりで奥まったところでくねっている。
妖艶でうつくしいことをもし、妬んだりしてはいけないことだとしたら、二人は蝋燭の下に似合いのふたりとして影を映していたのだということだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月池

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月池」を詠う。)


寒池月下明,新月池邊曲。
晩秋のこと寒気はふかまり、この池に月影が下を明るくてらす。やがて、冬がおとずれ、新月がこの池のほとりで奥まったところでくねっている。
・月下明 この月は晩秋の満月であり、寒さが広がってくる。
・新月 この月は、初秋の新月である。ここでの月は男女の情交を示しているので、そのことを基本にしてこの詩を詠むことである。


若不妒清妍,卻成相映燭。
妖艶でうつくしいことをもし、妬んだりしてはいけないことだとしたら、二人は蝋燭の下に似合いのふたりとして影を映していたのだということだ。

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303-19 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。方橋
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「方橋」を詠う。)
非閣複非船,可居兼可過。
楼閣ようで樓閣ではなく 大型館船かというとそうではない。しかし、そこで住むことが出来るし、そこを通過することもできるのである。
君欲問方橋,方橋如此作。

あなたが方橋とは何だとたずねられるなら、こんなふうにこたえるのここの方橋なのです


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。方橋』 現代語訳と訳註
kyoko113(本文)

非閣複非船,可居兼可過。
君欲問方橋,方橋如此作。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「方橋」)
閣に非ず 復た 船に非ず、居るべく 兼ねて 過るべし。
君 方橋を問はむと欲し、方橋は此の如くに作る。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「方橋」を詠う。)
楼閣ようで樓閣ではなく 大型館船かというとそうではない。しかし、そこで住むことが出来るし、そこを通過することもできるのである。
あなたが方橋とは何だとたずねられるなら、こんなふうにこたえるのここの方橋なのです


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。方橋
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「方橋」を詠う。)


非閣複非船,可居兼可過。
楼閣ようで樓閣ではなく 大型館船かというとそうではない。しかし、そこで住むことが出来るし、そこを通過することもできるのである。
・閣 樓閣。橋の中央部に樓閣を備えている。
・船 船の中央部に樓閣がある。


君欲問方橋,方橋如此作。
あなたが方橋とは何だとたずねられるなら、こんなふうにこたえるのここの方橋なのです


起承で閣:船、居:過とそれぞれ対比させ、転結に入ると「方橋」を繰り返して面白さを出している。この詩はおやじギャグのような詩である。韓愈の面白くない面白さというところだろう。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。孤嶼 韓愈(韓退之) <137>Ⅱ中唐詩698 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2474

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朝のあいだは 離れ小島の南の方で遊ぶのがいちばんです。暮れになると離れ小島の北の方でたわむれてあそぶのです。


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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。孤嶼 韓愈(韓退之) <137>Ⅱ中唐詩698 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2474


302-18 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。孤嶼
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「孤嶼」を詠う。)
朝游孤嶼南,暮戲孤嶼北。
朝のあいだは 離れ小島の南の方で遊ぶのがいちばんです。暮れになると離れ小島の北の方でたわむれてあそぶのです。
所以孤嶼鳥,與公盡相識。

だからこの離れ小島に棲む鳥たちがいる。この鳥たちはあのお方とみんな知り合いなのです

kyoko113








『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。孤嶼』 現代語訳と訳註
(本文)

朝游孤嶼南,暮戲孤嶼北。所以孤嶼鳥,與公盡相識。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「孤嶼」)
朝に孤嶼の南に遊び、暮に孤嶼の北に戯る
所以に孤嶼の鳥は、公と盡く相い識なり。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「孤嶼」を詠う。)
朝のあいだは 離れ小島の南の方で遊ぶのがいちばんです。暮れになると離れ小島の北の方でたわむれてあそぶのです。
だからこの離れ小島に棲む鳥たちがいる。この鳥たちはあのお方とみんな知り合いなのです


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。孤嶼

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「孤嶼」を詠う。)
・孤嶼 はなれこじま。
底本巻九。元和七年(あるいは八年)に韓愈の知人の劉伯弟が侍従の官である給事中から、雛州別史に逢った。劉伯爵は字を素芝といい詺州広平のひとである。
この転任は、病気のため中央の劇務から、比較的ひまな地方官への転出を希望して容れられたものである。翫州は河南省底氏県である。劉は官舎に庭園をいとなみ「三堂」となづけ、これにちなんだ詩をつくった。これに和して韓愈のつくったのが、この詩である。


朝游孤嶼南,暮戲孤嶼北。
朝のあいだは 離れ小島の南の方で遊ぶのがいちばんです。暮れになると離れ小島の北の方でたわむれてあそぶのです。


所以孤嶼鳥,與公盡相識。
だからこの離れ小島に棲む鳥たちがいる。この鳥たちはあのお方とみんな知り合いなのです
・公 韓愈の知人の劉伯弟であり、韓愈の事である。
楊柳00005

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭 韓愈(韓退之) <136>Ⅱ中唐詩697 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2469

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭》 
この淵には魚も蝦も逃げたり隠れたりすることはない。ただ、やはりここでは蛟竜が一番照らされるところなのです。

2013年6月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭 韓愈(韓退之) <136>Ⅱ中唐詩697 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2469


301-17 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「鏡潭」を詠う。)
非鑄複非熔,泓澄忽此逢。
鋳造したものでなく、また熔けてかたまったものでもない。ひろく深いみずが澄んでいる淵はたちまちにしてこんなふうになったというのです。
魚蝦不用避,只是照蛟龍。

この淵には魚も蝦も逃げたり隠れたりすることはない。ただ、やはりここでは蛟竜が一番照らされるところなのです。


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭』 現代語訳と訳註
楊柳00005(本文)

非鑄複非熔,泓澄忽此逢。
魚蝦不用避,只是照蛟龍。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「鏡潭」)
鑄たるに非ず 復た熔かしたるに非ず、泓澄 忽ち 此に逢ふ。
魚蝦 避くるを用いず、只だ走れ蚊龍を照さんがためなり。


(現代語訳)

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「鏡潭」を詠う。)
鋳造したものでなく、また熔けてかたまったものでもない。ひろく深いみずが澄んでいる淵はたちまちにしてこんなふうになったというのです。
この淵には魚も蝦も逃げたり隠れたりすることはない。ただ、やはりここでは蛟竜が一番照らされるところなのです。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「鏡潭」を詠う。)
・鏡潭 かがみのふち。


非鑄複非熔,泓澄忽此逢。
鋳造したものでなく、また熔けてかたまったものでもない。ひろく深いみずが澄んでいる淵はたちまちにしてこんなふうになったというのです。
・鑄 鋳造。
・熔 とけるとかす鉱物がとける。とかす。「熔岩・熔接・熔鉱炉」
・泓 ひろくふかいみず。ふち.


魚蝦不用避,只是照蛟龍。
この淵には魚も蝦も逃げたり隠れたりすることはない。ただ、やはりここでは蛟竜が一番照らされるところなのです。
・蝦 泳ぐような小さいのが蝦. 泳がずに歩く大きいのが海老。
・蛟龍 中国の竜の一種、あるいは、姿が変態する竜種の幼生(成長の過程の幼齢期・未成期)だとされる。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓 韓愈(韓退之) <135>Ⅱ中唐詩696 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2464

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓》
明け方の名残月をまってから、郡の役所の高殿に上ってみる、この月も終わろうとする日はかえることはないのです。

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓 韓愈(韓退之) <135>Ⅱ中唐詩696 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2464


300-16 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北樓」を詠う。)
郡樓乘曉上,盡日不能回。
明け方の名残月をまってから、郡の役所の高殿に上ってみる、この月も終わろうとする日はかえることはないのです。
晚色將秋至,長風送月來。

日が傾き夕べの色は次第に秋を送って深まっていく。西風が長くなって北風に変わりはじめると月さまを送ってきて寒くなり始めたようです。


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓』 現代語訳と訳註
minamo03(本文)
北樓
郡樓乘曉上,盡日不能回。
晚色將秋至,長風送月來。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北樓」)
郡樓 曉に乘じて上り,盡日 回る能わず。
晚色 秋を將って至り,長風 月を送り來る。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北樓」を詠う。)
明け方の名残月をまってから、郡の役所の高殿に上ってみる、この月も終わろうとする日はかえることはないのです。
日が傾き夕べの色は次第に秋を送って深まっていく。西風が長くなって北風に変わりはじめると月さまを送ってきて寒くなり始めたようです。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北樓」を詠う。)
・北榛 役所の北の方の物見やぐら。


郡樓乘曉上,盡日不能回。
明け方の名残月をまってから、郡の役所の高殿に上ってみる、この月も終わろうとする日はかえることはないのです。
・郡樓 郡の役所の高殿。
・盡日 (1)一日じゅう。終日。 「―降雨」 (2)各月または一年の最後の日。みそか。おおみそか。詩の雰囲気から8月の末日であろうと思う。


晚色將秋至,長風送月來。
日が傾き夕べの色は次第に秋を送って深まっていく。西風が長くなって北風に変わりはじめると月さまを送ってきて寒くなり始めたようです。
・長風 冬の風を運んでくること。西風から北風に変わることを意味する。
送月來 新しい月になることと、寒さを運んでくること。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源 韓愈(韓退之) <134>Ⅱ中唐詩695 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2459

《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源》王維の輞川集二十首に倣い作った21首。
水源地のまわりに花がさき出している。これを見るとあの詩を詠う役人の方は毎日いきていることだろう。
紅い花と紫の花にくれぐれも言っておくけれど、けっして、いちどに咲いては いけないのだよ。


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Ⅲ杜甫詩1000詩集《大雨》 五言古詩 成都6-(5) 杜甫 <470-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2460 杜甫詩1000-470-#3-686/1500
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 鸚鵡離籠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-183-55-#43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2462
 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源 韓愈(韓退之) <134>Ⅱ中唐詩695 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2459


299-15 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花源」を詠う。)水源地の周りに花が咲く。
源上花初發,公應日日來。
水源地のまわりに花がさき出している。これを見るとあの詩を詠う役人の方は毎日いきていることだろう。
丁寧紅與紫,慎莫一時開。

紅い花と紫の花にくれぐれも言っておくけれど、けっして、いちどに咲いては いけないのだよ。




『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源』 現代語訳と訳註
菖蒲02(本文)
源上花初發,公應日日來。丁寧紅與紫,慎莫一時開。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花源」)
(花 源)
源上 花 初めて發き、公は應に日々に来るべし。
丁寧にせよ 紅と紫、慎んで一時に開く莫れ。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花源」を詠う。)水源地の周りに花が咲く。
水源地のまわりに花がさき出している。これを見るとあの詩を詠う役人の方は毎日いきていることだろう。
紅い花と紫の花にくれぐれも言っておくけれど、けっして、いちどに咲いては いけないのだよ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花源」を詠う。)水源地の周りに花が咲く。


源上花初發,公應日日來。
水源地のまわりに花がさき出している。これを見るとあの詩を詠う役人の方は毎日いきていることだろう。
・源上 水源地のほとりに、それは花さく源の地でもあるという意味。
・公 前詩『柳巷』にある吏人のこと。
柳巷還飛絮,春餘幾許時。
吏人休報事,公作送春詩。
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷 韓愈(韓退之) <133>Ⅱ中唐詩694 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2454


丁寧紅與紫,慎莫一時開。
紅い花と紫の花にくれぐれも言っておくけれど、けっして、いちどに咲いては いけないのだよ。
海棠花002

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