漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2013年08月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

遊城南十六首:風折花枝 韓愈(韓退之) <175>Ⅱ中唐詩786 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2914

遊城南十六首:風折花枝 韓愈 春風はまた浮気心、思いが多いものであり、粋なことであろうか。私も多情な気持ちになって、故意に若葉が茂っている枝を折ってあなたに贈ってみるのです。


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遊城南十六首:風折花枝 韓愈(韓退之) <175>Ⅱ中唐詩786 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2914

 

 

作者: 韓愈  816  元和十一年  49 

卷別: 卷三四三  文體: 七言 

詩題: 遊城南十六首:風折花枝 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:風折花枝

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の風折花枝。)

浮豔侵天難就看,清香撲地只遙聞。

浮き立つようなあでやかさは天を侵して近づけないが、清らな香りは地をおおってはるかにっとくまでにおいはひろがっているのです。

春風也是多情思,故揀繁枝折贈君。

春風はまた浮気心、思いが多いものであり、粋なことであろうか。私も多情な気持ちになって、故意に若葉が茂っている枝を折ってあなたに贈ってみるのです。

 

(城南に遊ぶ十六首:風は花枝を折る)

浮豔【ふえん】すは天を侵し 就いて看難し,清香【せいこう】地を撲【おお】い只だ遙かに聞こゆ。

春風は也【ま】た是れ 情思【じょうし】多くし,故【ことさら】に繁枝【はんし】を揀【えら】び 折りて 君に贈る。 

 

 

 

『遊城南十六首:風折花枝』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:風折花枝

浮豔侵天難就看,清香撲地只遙聞。

春風也是多情思,故揀繁枝折贈君。

 

 

(下し文)

(城南に遊ぶ十六首:風は花枝を折る)

浮豔【ふえん】すは天を侵し 就いて看難し,清香【せいこう】地を撲【おお】い只だ遙かに聞こゆ。

春風は也【ま】た是れ 情思【じょうし】多くし,故【ことさら】に繁枝【はんし】を揀【えら】び 折りて 君に贈る。 

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の風折花枝。)

浮き立つようなあでやかさは天を侵して近づけないが、清らな香りは地をおおってはるかにっとくまでにおいはひろがっているのです。

春風はまた浮気心、思いが多いものであり、粋なことであろうか。私も多情な気持ちになって、故意に若葉が茂っている枝を折ってあなたに贈ってみるのです。

柳絮01 








 

(訳注)

遊城南十六首:風折花枝 

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の風折花枝。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

 

 

浮豔 侵天 難就 ,清香 撲地 只遙聞

浮き立つようなあでやかさは天を侵して近づけないが、清らな香りは地をおおってはるかにっとくまでにおいはひろがっているのです。

・浮豔 ただようあでやかさ.ここでは、浮き立つようなあでやかさというほどの意であろう。

・侵天 天空、天上にいたる。ここのところは、愛する女性を、貴族かあるいはそれ以上の高い地位の人に奪われて、遠くからそれをしたっている男の恋情をうたったような気味がある。

・撲地 地をおおう。地上に満ちるというほどの意。

 

 

 

春風 也是多情 ,故揀 繁枝 折贈

春風はまた浮気心、思いが多いものであり、粋なことであろうか。私も多情な気持ちになって、故意に若葉が茂っている枝を折ってあなたに贈ってみるのです。

・情思 思いやり、というほどの意。

・繁枝 上句の多情思をうけている。

・折贈君 春風が原因で贈る気になったということ。これで女性が口説けたのだろう。

・この詩は起句に「」(女性の色気)を使い、承句に「香」(女性)「撲」(性行為の腰の運動)、転結二句「春風」(性行為)「多情」(浮気心)「繁枝」(浮気心)「折贈」(性行為)と、艶歌に使う言葉を鏤めていて、韓愈にしては珍しいもので、面白いが、良い詩ではない。
魚玄機55021 

遊城南十六首:楸樹,二首之二 韓愈(韓退之) <174>Ⅱ中唐詩785 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2909

楸樹,二首之二 韓愈 幸せなところ、じぶんの力で枝々はしっかりと伸びて樹を大きくしているのだ。蔓の蔓なんぞにからんでもらう、わずらわしいことはないのだ。

 

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

遊城南十六首:楸樹,二首之二 韓愈(韓退之) <174>Ⅱ中唐詩785 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2909

 

作者: 韓愈 元和十一年  816  49  

卷別: 卷三四三  文體: 七言 

詩題: 遊城南十六首:楸樹,二首之二 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:楸樹,二首之二

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の二。)

幸自枝條能樹立,可煩蘿蔓作交加。

幸せなところ、じぶんの力で枝々はしっかりと伸びて樹を大きくしているのだ。蔓の蔓なんぞにからんでもらう、わずらわしいことはないのだ。

傍人不解尋根本,卻道新花勝舊花。

はたの人は 根本のところを見きわめもしないというのに、「こんどの花は前の花よりいい」などといっている。

 

(遊城南十六首:楸【キササゲ】の樹,二首の二)  

幸【もともと】自ら枝條の能く樹立せしなり,可んぞ蘿蔓【らまん】を煩わして交加【こうか】を作さんや。

傍人は根本を尋ぬるを解せずして,卻って道【い】う「新花は舊花より勝れり」と。

楠樹03 















 

『遊城南十六首:楸樹,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:楸樹,二首之二

幸自枝條能樹立,可煩蘿蔓作交加。

傍人不解尋根本,卻道新花勝舊花。

 

 

(下し文)

(遊城南十六首:楸【キササゲ】の樹,二首の二)  

幸【もともと】自ら枝條の能く樹立せしなり,可んぞ蘿蔓【らまん】を煩わして交加【こうか】を作さんや。

傍人は根本を尋ぬるを解せずして,卻って道【い】う「新花は舊花より勝れり」と。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の二。)

幸せなところ、じぶんの力で枝々はしっかりと伸びて樹を大きくしているのだ。蔓の蔓なんぞにからんでもらう、わずらわしいことはないのだ。

はたの人は 根本のところを見きわめもしないというのに、「こんどの花は前の花よりいい」などといっている。

 

美女004



(
訳注)

遊城南十六首:楸樹,二首之二 

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の二。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・楸 ひさぎ、また、キササゲという木である。ノウゼンカズラ科の落葉高木。中国中南部原産。葉は大形で、キリの葉に似る。夏、枝先に淡黄色の花を密につける。果実は細長く垂れ、ササゲのさやに似る。果実を食用、また利尿薬にする。花園, 庭園; . 黄蝉を意味する。

 

 

幸自 枝條 樹立 ,可煩 蘿蔓 作交加。

幸せなところ、じぶんの力で枝々はしっかりと伸びて樹を大きくしているのだ。蔓の蔓なんぞにからんでもらう、わずらわしいことはないのだ。

・蘿蔓 かずらのつる。

・交加 もつれあう。

 

 

傍人 不解 根本 ,卻道 新花 舊花

はたの人は 根本のところを見きわめもしないというのに、「こんどの花は前の花よりいい」などといっている。

・幸 盛唐ごろから使われた俗語で、もともと、とか、ちゃんと、とかいうほどの意。杜甫の「除架」に「幸結白花了」

除架 杜甫 <300> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1367 杜甫詩 700- 420

韓愈の「薦士」に「幸当択珉玉」

薦士 韓退之(韓愈)詩<62-#1>Ⅱ中唐詩367 紀頌之の漢詩ブログ1180

温庭筠の『楊柳枝』に「春來幸自長如線」などの例がみえる。

楊柳枝 (之五)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。

春來自長如線,可惜牽纏蕩子心。

楊柳枝 之五 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-61-14-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1860
・可 ○可待 何を待とうか。待つまでもないことだ。反語的な語気を含む。李商隠の 

錦瑟

錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。

莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。

滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。

此情待成追憶、只是當時已惘然。

錦瑟 李商隠 1 Ⅰ晩唐李商隠詩<1>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之漢詩ブログ<64>

遊城南十六首:楸樹,二首之一 韓愈(韓退之) <173>Ⅱ中唐詩784 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2904

楸樹,二首之一 韓愈 この木は幾年もかかって大木になったのであるが、ある日気が付くとまといつかれたた藤づるにくるしむこととなる。


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

遊城南十六首:楸樹,二首之一 韓愈(韓退之) <173>Ⅱ中唐詩784 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2904

 

 

作 者: 韓愈 元和十一年  816  49 

卷 別: 卷三四三  文體: 七言 

詩 題: 遊城南十六首:楸樹,二首之一 

及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:楸樹,二首之一  

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の一。)

生成為大樹,一朝纏繞困長藤。

この木は幾年もかかって大木になったのであるが、ある日気が付くとまといつかれたた藤づるにくるしむこととなる。

誰人與青羅帔,看吐高花萬萬層。

誰か、あの若くて書生の様な青い上衣を脱がせてやれないものか、そうしたらその枝の高い所にまで、何万という花をつけて咲きはこるのがいやというほど見られることだろう。

 

遊城南十六首:楸【キササゲ】の樹,二首之一  

 生成して大樹と為る,一朝 纏繞【てんじょう】せられて長藤に困しむ。

誰人か與【ため】に青羅の帔をせば高花の萬萬【ばんばん】層なるを吐くを看る。

楠樹03 















 

『遊城南十六首:楸樹,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:楸樹,二首之一  

生成為大樹,一朝纏繞困長藤。

誰人與青羅帔,看吐高花萬萬層。

 

 

(下し文)

遊城南十六首:楸【キササゲ】の樹,二首之一  

 生成して大樹と為る,一朝 纏繞【てんじょう】せられて長藤に困しむ。

誰人か與【ため】に青羅の帔をせば高花の萬萬【ばんばん】層なるを吐くを看る。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の一。)

この木は幾年もかかって大木になったのであるが、ある日気が付くとまといつかれたた藤づるにくるしむこととなる。

誰か、あの若くて書生の様な青い上衣を脱がせてやれないものか、そうしたらその枝の高い所にまで、何万という花をつけて咲きはこるのがいやというほど見られることだろう。

 

wakaba002

 

(訳注)

遊城南十六首:楸樹,二首之一

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の一。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・楸 ひさぎ、また、キササゲという木である。ノウゼンカズラ科の落葉高木。中国中南部原産。葉は大形で、キリの葉に似る。夏、枝先に淡黄色の花を密につける。果実は細長く垂れ、ササゲのさやに似る。果実を食用、また利尿薬にする。花園, 庭園; . 黄蝉を意味する。

 

 

生成 為大樹 ,一朝 纏繞 困長藤

この木は幾年もかかって大木になったのであるが、ある日気が付くとまといつかれたた藤づるにくるむこととなる。

・「幾何年もかけて。数十年

 

 

誰人 羅帔 ,看吐 高花 萬萬

誰か、あの若くて書生の様な青い上衣を脱がせてやれないものか、そうしたらその枝の高い所にまで、何万という花をつけて咲きはこるのがいやというほど見られることだろう。

・青羅帔 青い薄絹の肩衣。書生の服装。絲帛服飾(衣冠腰帶)。

・吐 吐くように垂れる。

・高花 背丈の高い木で枝の先端に花をつけるので高い所に咲く。

遊城南十六首:落花 韓愈(韓退之) <172>Ⅱ中唐詩783 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2899

遊城南十六首:落花 韓愈おもいもかけず、それまで悶々としていたときに、あまい春風に当てられ、あやまちを犯したことから、それまで東家の女といわれていたものが「西家の女」と淫乱な女に落ちてしまった。もうもとへ帰れないのです。

 

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
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遊城南十六首:落花 韓愈(韓退之) <172>Ⅱ中唐詩783 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2899

 

 

作者: 韓愈  元和十一年  816  49 

卷別: 卷三四三  文體: 七言 

詩題: 遊城南十六首:落花 

寫作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

 

遊城南十六首:落花 

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の淫乱で落ちていった女。)

已分將身著地飛,那羞踐踏損光暉。

寂しさのあまりにとった行動は、地について身をひくくしてどこにでも飛ぶことをも己の分と覚悟してはいたのである。それでもどうして、ふみにじられて綺麗な顔を踏みつけられ、汚されて、ここまで恥辱をうけるのでしょうか。

無端又被春風誤,吹落西家不得歸。

おもいもかけず、それまで悶々としていたときに、あまい春風に当てられ、あやまちを犯したことから、それまで東家の女といわれていたものが「西家の女」と淫乱な女に落ちてしまった。もうもとへ帰れないのです。

 

(遊城南十六首:落花) 

已に 身を將って地に著き 飛を分とす,那んぞ 踐踏【せんとう】光暉を損ずるも羞じあらんや。

端無くも 又 春風に被われ誤ちたり,西家に吹落して 歸るを得ず。
 

美女004 

 


『遊城南十六首:落花』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:落花 

已分將身著地飛,那羞踐踏損光暉。

無端又被春風誤,吹落西家不得歸。

 

 

(下し文)

(遊城南十六首:落花) 

已に 身を將って地に著き 飛を分とす,那んぞ 踐踏【せんとう】光暉を損ずるも羞じあらんや。

端無くも 又 春風に被われ誤ちたり,西家に吹落して 歸るを得ず。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の淫乱で落ちていった女。)

寂しさのあまりにとった行動は、地について身をひくくしてどこにでも飛ぶことをも己の分と覚悟してはいたのである。それでもどうして、ふみにじられて綺麗な顔を踏みつけられ、汚されて、ここまで恥辱をうけるのでしょうか。

おもいもかけず、それまで悶々としていたときに、あまい春風に当てられ、あやまちを犯したことから、それまで東家の女といわれていたものが「西家の女」と淫乱な女に落ちてしまった。もうもとへ帰れないのです。

 

(訳注)

遊城南十六首:落花 

鬢毛01(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の淫乱で落ちていった女。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。儒家の厳しい目で女性を見たもので、年増になれば、憐れな女性が多かったということであろう。

・落花 語意にむつかしいところはない。美しい未亡人が長らく独り身を通して貞婦といわれていたのに、ふとしたことからつまらぬ男に迷って泥沼の生活におちこんだことを、しみじみとなげいているようなところがある。韓愈が中書舎人から太子右庶子におとされたときの感情を託したのだろう、という批評家もある。東の女は賢くて貞操がある女。西家の女は色気があって浮気者。東家の女とか東隣婦という表現で登場する。『為焦仲卿妻作』-其十一場面「東家有賢女,窈窕豔城郭。」(昔からいうように東の方の家に賢い娘がいます。そのしとやかさ、上品であでやかさは城郭の内でも評判だというのです。)ということである。

西家の女は浮気者で悲惨なことになってしまう。五行思想からいうことでもあるが、西家について、六朝末の鮑照(ほう しょう、414?(義熙10年) - 466年(泰始2年))は、中国南北朝時代、宋の詩人。字は明遠。本籍地はもと上党郡(現在の山西省長治市)、後に東海郡(現在の江蘇省漣水県、または山東省郯城県)に移る。この鮑照

「擬行路難十八首」之八

中庭五株桃,一株先作花。

陽春妖冶二三月,從風簸盪落西家。

西家思婦見悲惋,零淚沾衣撫心歎。

初送我君出時,何言淹留節回換。

床席生塵明鏡垢,纖腰瘦削髮蓬亂。

人生不得恒稱悲,惆悵徙倚至夜半。

中庭五株の桃、一株先づ花を作す。

陽春妖冶二二月、風に従ひ簸盪して西家に落つ。

西家の思婦見て悲惋し、涙を尽し衣を沾し心を撫でて欺く。

初め我が君の戸を出づるを送りし時、何ぞ冒はむ留して節廻換せむと。

床席生じ明鏡垢づき、腰痩削し髪蓬乱す。

人生恒には意に称ふことを得ず、惆悵徙倚して夜半に至る。

というのがある。『落花』の「吹落西家不得歸。」結句の吹落四家の語からみて、韓愈が鮑照「從風簸盪落西家。」を念頭においたことは明らかだが、夫を思う妻の悲しみを、道を誤った女の欺きと変えているところが妙ではあるが、儒者の単純さは否めない。まだ、この時代では、詩に別れた夫のことを思って生活しなければいけないということは確立されていない。通い婚が基本である。

 

已分 將身 著地 ,那羞 踐踏 損光暉

寂しさのあまりにとった行動は、地について身をひくくしてどこにでも飛ぶことをも己の分と覚悟してはいたのである。それでもどうして、ふみにじられて綺麗な顔を踏みつけられ、汚されて、ここまで恥辱をうけるのでしょうか。

・「分」自分の性。

・「羞」恥辱を受ける。

・「踏」踏みにじられる。

・「光暉」女の顔は生き生きしてかがやいていた事。

 

 

無端 又被春風 誤,吹落 西家 不得

おもいもかけず、それまで悶々としていたときに、あまい春風に当てられ、あやまちを犯したことから、それまで東家の女といわれていたものが「西家の女」と淫乱な女に落ちてしまった。もうもとへ帰れないのです。

・「無端」はしなくも。おもいもかけず。

・「春風」誰にでも声をかけるほどの浮気心。噂が立って誰も相手をしなくなるほどの淫乱な行動をしたという意味になる。この時代は結構自由な性の環境にあった。1200年頃から、明、清にかけ最頂、清朝末期頃が貞操に厳しいものがあった。

・「西家」東の女は賢くて貞操がある女。西家の女は色気があって浮気者。儒家は東家の女を詠うことが多いが、西家を詠うのは珍しい。
蛺蝶02 

遊城南十六首:晚春 韓愈(韓退之) <171>Ⅱ中唐詩782 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2894

遊城南十六首:晚春 韓愈 白楊の花がいっぱいで、楡の実のさやはその際うまく使っていないで気がきかない。ただ、この春の終わりに、この空いっぱいに雪のように飛ぶことを知ってるだけだ。

 

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謝靈運詩 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
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遊城南十六首:晚春 韓愈(韓退之) <171>Ⅱ中唐詩782 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2894

 

 

作者: 韓愈 

元和十一年  816  49 

卷別: 卷三四三  文體: 七言 

詩題: 遊城南十六首:晚春 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:晚春

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の晩春。)

草樹知春不久歸,百般紅紫鬥芳菲。

草木樹、万物というものは 春がおわるとしてもしばらく帰って来ないのを知っていて、いろんなものは紅や紫、色さまざま 美しさを あらそって見せる。

楊花莢無才思,惟解漫天作雪飛。

白楊の花がいっぱいで、楡の実のさやはその際うまく使っていないで気がきかない。ただ、この春の終わりに、この空いっぱいに雪のように飛ぶことを知ってるだけだ。 

(城南に遊ぶ十六首:晚春)

草樹は春の久しく歸らざるを知り,百般の紅紫【こうし】芳菲【ほうひ】を鬥はしむ。

楊花と莢【ゆきょう】才思無く,惟だ天に漫【はびこ】り雪と作って飛ぶを解するのみ。

柳絮01 

 







『遊城南十六首』
(3) 現代語訳と訳註

(本文) 遊城南十六首:晚春

草樹知春不久歸,百般紅紫鬥芳菲。

楊花莢無才思,惟解漫天作雪飛。

海棠花021 










 

(下し文)

 (城南に遊ぶ十六首:晚春)

草樹は春の久しく歸らざるを知り,百般の紅紫【こうし】芳菲【ほうひ】を鬥はしむ。

楊花と莢【ゆきょう】才思無く,惟だ天に漫【はびこ】り雪と作って飛ぶを解するのみ。

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の晩春。)

草木樹、万物というものは 春がおわるとしてもしばらく帰って来ないのを知っていて、いろんなものは紅や紫、色さまざま 美しさを あらそって見せる。

白楊の花がいっぱいで、楡の実のさやはその際うまく使っていないで気がきかない。ただ、この春の終わりに、この空いっぱいに雪のように飛ぶことを知ってるだけだ。

 

 

(訳注)

遊城南十六首:晚春  

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の晩春。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

 

 

 

草樹 知春 不久 ,百般 紅紫 芳菲

草木樹、万物というものは 春がおわるとしてもしばらく帰って来ないのを知っていて、いろんなものは紅や紫、色さまざま 美しさを あらそって見せる。

・「春」万物が成長する春。

・「紅紫」花・顏色、間色、紅紫。

・「鬥」あらそって見せる。

・「芳菲」花。

 

 

楊花 無才 ,惟解 漫天 作雪飛

白楊の花がいっぱいで、楡の実のさやはその際うまく使っていないで気がきかない。ただ、この春の終わりに、この空いっぱいに雪のように飛ぶことを知ってるだけだ。

・「楊花」(木本)、白楊の花。

・「莢」の実のさや

・「漫天」天空。
杏の花002 

遊城南十六首:題于賓客莊 韓愈(韓退之) <170>Ⅱ中唐詩781 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2889

遊城南十六首:題于賓客莊 韓愈 あれだけ権威を誇った家の朱塗の正門にいまでは馬の蹄の跡もひとつもない。これではたとえ春というのに使いをよこして帰って来てもどうしてそれを知ることが出来るだろう。


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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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揚雄 《甘泉賦 》(15)#5-1 文選 賦<108-#14>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩868 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2888
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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女性詩人 
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遊城南十六首:題于賓客莊 韓愈(韓退之) <170>Ⅱ中唐詩781 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2889
 

 

作者: 韓愈  元和十一年  816  49 

卷別: 卷三四三  文體: 七言 

詩題: 遊城南十六首:題于賓客莊 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

于賓客莊 (京畿道 京兆府 萬年)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:題于賓客莊  

莢車前蓋地皮,薔薇蘸水筍穿籬。

馬蹄無入朱門跡,縱使春歸可得知。

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の于賓客の莊に立ち寄ってこの詩を題す。)

の実の莢【さや】や事前草が 地面を覆っている。薔薇は水にちょこんと浸っており、竹の子は生垣から突き出ている。

あれだけ権威を誇った家の朱塗の正門にいまでは馬の蹄の跡もひとつもない。これではたとえ春というのに使いをよこして帰って来てもどうしてそれを知ることが出来るだろう。

 

(城南に遊ぶ十六首:于【う】賓客【ひんかく】の莊に題す)

【ゆきょう】車前 地皮を蓋【おお】う薔薇【しょうび】は水に蘸【ひた】り筍は籬【まがき】を穿つ。

馬蹄 朱門に入る跡無し,縱い春をして歸らしむるも知るを得可けむや。

880ろせ 






 

遊城南十六首:題于賓客莊』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:題于賓客莊  

莢車前蓋地皮,薔薇蘸水筍穿籬。

馬蹄無入朱門跡,縱使春歸可得知。

 

 

(下し文)

(城南に遊ぶ十六首:于【う】賓客【ひんかく】の莊に題す)

【ゆきょう】車前 地皮を蓋【おお】う薔薇【しょうび】は水に蘸【ひた】り筍は籬【まがき】を穿つ。

馬蹄 朱門に入る跡無し,縱い春をして歸らしむるも知るを得可けむや。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の于賓客の莊に立ち寄ってこの詩を題す。)

の実の莢【さや】や事前草が 地面を覆っている。薔薇は水にちょこんと浸っており、竹の子は生垣から突き出ている。

あれだけ権威を誇った家の朱塗の正門にいまでは馬の蹄の跡もひとつもない。これではたとえ春というのに使いをよこして帰って来てもどうしてそれを知ることが出来るだろう。

くちなしの花 






 

(訳注)

遊城南十六首:題于賓客莊  

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の于賓客の莊に立ち寄ってこの詩を題す。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・于賢客 太子賓客の于顓のこと。干顓は字は允元、貞元十四年、山南東道節度使となり、憲宗が即位して中央に帰り宰相となったが、その豪奢な生活態度がわ

ざわいして元和八年、恩王の傳に貶められ、九月、太子賓客となり、十三年辞表を出したとき、宰相が太子少保にしたらと意見をのべたが、憲宗は許さなかった。その年の八月死んだ。韓愈は青年時代このひとに三度も就職依頼状を出して返事をもらえなかった。ふと歩み入った荒れはてた屋敷が、そのひとのものであり、そのひともすでに亡いことを知って、作ったのかこの詩、諷意がかすかにただようが、それのみではない複雑な感情がある。

 

莢車前蓋地皮,薔薇蘸水筍穿籬。

の実の莢【さや】や事前草が 地面を覆っている。薔薇は水にちょこんと浸っており、竹の子は生垣から突き出ている。

車前 車前草=大葉子はオオバコ科オオバコ属の多年草。オオバコの成熟種子、花期の全草を乾燥したものを、それぞれ車前子(しゃぜんし)、車前草(しゃぜんそう)といい、生薬である。

・薔薇 バラ科バラ属の種(しゅ)の総称。 バラ属の植物は、灌木、低木、または木本性のつる植物で、葉や茎に棘があるものが多い。葉は1回奇数羽状複葉。花は5枚の花びらと多数の雄蘂を持つ(ただし、園芸種では大部分が八重咲きである)。

・蘸 液体や粉末に)ちょっとつける蘸点儿墨水ちょっとインクをつける.蘸火焼き入れをする.

 

馬蹄無入朱門跡,縱使春歸可得知。

あれだけ権威を誇った家の朱塗の正門にいまでは馬の蹄の跡もひとつもない。これではたとえ春というのに使いをよこして帰って来てもどうしてそれを知ることが出来るだろう。

朱門跡 役職に在る時に正門には尋ねる人が多かった。

縱使 韓愈は度々陳情書を出している。

・春歸 最盛期の春が帰って來る。
百舌鳥03 

遊城南十六首:賽神 韓愈(韓退之) <169>Ⅱ中唐詩780 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2884

遊城南十六首 賽神 韓愈  貧しいものか、隠者であろうか白布の長い上着に首に書けた肩巾のものたちがいる。賦役のないものにとってはこんな時にはやることのない閑人となっている。


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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
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孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

遊城南十六首:賽神 韓愈(韓退之) <169>Ⅱ中唐詩780 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2884

 

 

作年: 元和十一年  816  49 

卷別: 卷三四三  文體: 七言 

詩題: 遊城南十六首:賽神 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:賽神

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の賽神。)

白布長衫紫領巾,差科未動是閒人。

貧しいものか、隠者であろうか白布の長い上着に首に書けた肩巾のものたちがいる。賦役のないものにとってはこんな時にはやることのない閑人となっている。

麥苗含穟桑生葚,共向田頭樂社神。

冬を越した麦苗は穂をふくみ 桑は実をもうつけている。田圃のほとりにある鎮守さまでご一緒に神楽をあげて神さまをたのしませている。

 

城南に遊ぶ 十六首:賽神【さいしん】

白布【はくふ】長衫【ちょうさん】紫の領巾,差科【さか】にも未だ動かされず是れ閒人。

麥苗【ばくびょう】は穟【すき】を含み桑は葚を生ず,共に田頭に向て社神を樂ましむ。

 花瓊

 












遊城南十六首』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:賽神

白布長衫紫領巾,差科未動是閒人。

麥苗含穟桑生葚,共向田頭樂社神。

 

 

(下し文)

城南に遊ぶ 十六首:賽神【さいしん】

白布【はくふ】長衫【ちょうさん】紫の領巾,差科【さか】にも未だ動かされず是れ閒人。

麥苗【ばくびょう】は穟【すき】を含み桑は葚を生ず,共に田頭に向て社神を樂ましむ。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の賽神。)

貧しいものか、隠者であろうか白布の長い上着に首に書けた肩巾のものたちがいる。賦役のないものにとってはこんな時にはやることのない閑人となっている。

冬を越した麦苗は穂をふくみ 桑は実をもうつけている。田圃のほとりにある鎮守さまでご一緒に神楽をあげて神さまをたのしませている。

燕麦01









 

 

(訳注)

遊城南十六首:賽神

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の賽神。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・賽神 神さまへのお礼まいりだがこれは村まつりをうたっているのである。鎮守の神様。

 

 

白布長衫紫領巾,差科未動是閒人。

貧しいものか、隠者であろうか白布の長い上着に首に書けた肩巾のものたちがいる。賦役のないものにとってはこんな時にはやることのない閑人となっている。

・白布長衫 白衣は民間人、あるいは卑賤の者のつける着物だが、長衫すなわち長い上着は卑賤のもののつけるものではない。やや隠者ぶった服装である。

紫領巾 古代に女子が首にかけ,左右に垂らして用いた一条の布。褶,比礼,肩巾とも記す。5尺から25寸の羅や紗などを,一幅または二幅に合わせてつくった。古くは男女ともに着用したもの

・差科 賦役。民間人は税金をおさめ労務に服する義務があり、そのすべてをふくめてこういった。

・未動 士太夫以上は差科の対象として使役されない。

 

 

麥苗含穟桑生葚,共向田頭樂社神。

冬を越した麦苗は穂をふくみ 桑は実をもうつけている。田圃のほとりにある鎮守さまでご一緒に神楽をあげて神さまをたのしませている。

・葚 桑の実。

・田頭 田んぼのほとり。そこにある村社をさす。

・楽社神 神楽をあげて神さまをたのしませる。
 蛺蝶02

人日城南登高 韓愈(韓退之) <168>Ⅱ中唐詩779 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2879

人日城南登高 韓愈 うたげを進めるには六朝の優雅である「流觴曲水」にのっとりやりたいのだ。王羲之のように「一觴一詠。」新しい詩をつくり杯を送ろうではないか。

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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

人日城南登高 韓愈(韓退之) <168>Ⅱ中唐詩779 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2879

 

 

作者: 韓愈 

元和十一年  816  49 

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 人日城南登高 

地點: 城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

人日城南登高

(正月の七日、長安城の南西にある圭峰に登高する。)

初正候纔兆,涉七氣已弄。 

初春のきざしが見えたばかりと思っていると、もう正月も七日になる。あかるい気配がただよってきはじめた。

靄靄野浮陽,暉暉水披凍。 

あわあわとなごやかなふんいきに 野に陽を浮かべてきている。きらきらと水面をかがやかせて渭水に灌ぐ川は氷がとけてながれる。

聖朝身不廢,佳節古所用。 

それにこの天子の都に漂う良い運気の流れを感じるこの登高は古来からのならわしなのだ。

親交既許來,子妷亦可從。 

聖天子の御代に身は参朝をゆるされ、追放せられることもなく、子らと甥たちもついて来て良い日なのだ。

盤蔬冬春雜,尊酒清濁共。 

弁当は去年暮の残りも正月の煮しめもごっちゃに詰めた手料理ではあるし、大盃で飲む酒も清酒濁酒あるにまかせて持って來させたのだ。

#2

令徵前事為,觴詠新詩送。 

だが、うたげを進めるには六朝の優雅である「流觴曲水」にのっとりやりたいのだ。王羲之のように「一觴一詠。」新しい詩をつくり杯を送ろうではないか。

扶杖凌圮阯,刺船犯枯葑。 

杖をついて 土橋のほとりを散歩し、舟に棹さして、 枯れたマコモの根につきあてるもよくいではないか、

戀池群鴨回,釋嶠孤雲縱。 

池を恋してめぐる鴨の群を追ってゆくのもいいし、峰をはなれてひとひら浮かぶ雲を眺めるのもいいだろう。

人生本坦蕩,誰使妄倥傯。 

人生はもともとたいらかにいきることがよいのだし、だれが好き好んで欺き悲しむことをするものか。

直指桃李闌,幽尋寧止重。 

きょうの遊びが気にいったら、桃や李の盛りのころには、幾度もこの静かな景色をたずね 喜びを重ねるのもいいではないか。

 

(人日城南より登高す)

初正 候 纔【わずか】に兆し,七に涉りて氣は已に弄【ろう】す。

靄靄【あいあい】として野は陽を浮べ,暉暉【きき】として水は凍【こおり】を披く。 

聖朝に身は廢せられず、佳節 古より用いし所。

親交 既に来るを許し、子妷【してつ】亦た従ふ可し。

盤疏【ばんそ】冬春 雜わり、樽酒【そんしゅ】清濁 共にす。

#2

令は前事を徴して為し、觴【しょう】は新詩を詠じて送る。

杖を扶きて圮阯【いし】を凌ぎ、船を刺して枯葑【こほう】を犯す。

池を戀うて 羣鴨【ぐんおう】廻り、嶠【みね】を釋【はな】れて 孤雲 縦なり。

人生 本と 坦蕩【たんとう】、誰か 妄【みだり】りに倥傯【こうそう】たらしむる。

直に桃李の闌【たけなわ】なるを指し、幽尋 寧ぞ止に重するのみならむ。

 

 

『人日城南登高』 現代語訳と訳註

(本文)

人日城南登高

初正候纔兆,涉七氣已弄。 

靄靄野浮陽,暉暉水披凍。 

聖朝身不廢,佳節古所用。 

親交既許來,子妷亦可從。 

盤蔬冬春雜,尊酒清濁共。 

#2

令徵前事為,觴詠新詩送。 

扶杖凌圮阯,刺船犯枯葑。 

戀池群鴨回,釋嶠孤雲縱。 

人生本坦蕩,誰使妄倥傯。 

直指桃李闌,幽尋寧止重。 

 

 

詩文(含異文)

初正候纔兆,涉七氣已弄。

靄靄野浮陽,暉暉水披凍。

聖朝身不廢,佳節古所用。

親交既許來,子女妷【同:姪。】亦可從。

盤蔬冬春雜,尊酒清濁共。

令徵前事為,觴詠新詩送。

扶杖凌圮阯【扶杖凌圮址】,刺船犯枯葑。

戀池群鴨回,釋嶠孤雲縱。

人生本坦蕩,誰使妄倥傯。

直指桃李闌,幽尋寧止重。 

 

 

(下し文) #2

令は前事を徴して為し、觴【しょう】は新詩を詠じて送る。

杖を扶きて圮阯【いし】を凌ぎ、船を刺して枯葑【こほう】を犯す。

池を戀うて 羣鴨【ぐんおう】廻り、嶠【みね】を釋【はな】れて 孤雲 縦なり。

人生 本と 坦蕩【たんとう】、誰か 妄【みだり】りに倥傯【こうそう】たらしむる。

直に桃李の闌【たけなわ】なるを指し、幽尋 寧ぞ止に重するのみならむ。

 

 

(現代語訳)

だが、うたげを進めるには六朝の優雅である「流觴曲水」にのっとりやりたいのだ。王羲之のように「一觴一詠。」新しい詩をつくり杯を送ろうではないか。

杖をついて 土橋のほとりを散歩し、舟に棹さして、 枯れたマコモの根につきあてるもよくいではないか、

池を恋してめぐる鴨の群を追ってゆくのもいいし、峰をはなれてひとひら浮かぶ雲を眺めるのもいいだろう。

人生はもともとたいらかにいきることがよいのだし、だれが好き好んで欺き悲しむことをするものか。

きょうの遊びが気にいったら、桃や李の盛りのころには、幾度もこの静かな景色をたずね 喜びを重ねるのもいいではないか。

DCF00034 

 








(
訳注) #2

令徵前事為,觴詠新詩送。 

だがうたげを進めるには六朝の優雅である「流觴曲水」にのっとりやりたいのだ。王羲之のように「一觴一詠。」新しい詩をつくり杯を送ろうではないか。

・徵前事 前代の故事にのっとる。有名な王羲之の蘭亭のつどいなどのことを意識していっている。

・觴 さかすき。「流觴曲水」王義之の「蘭亭序」に「一觴一詠。亦足以暢叙幽情。 是日也。天朗気清。惠風和暢。仰觀宇宙之大。俯察品類之盛。所以遊目騁懷。」(一觴一詠、亦た幽情を特叙するに足る)の評がみえる。

会稽内史の王羲之を中心とする42名の人士が,会稽山陰(浙江省紹興市)の蘭亭に集い,流觴曲水の宴を催した。そこで作られた .

 

扶杖凌圮阯,刺船犯枯葑。 

杖をついて 土橋のほとりを散歩し、舟に棹さして、 枯れたマコモの根につきあてるもよくいではないか、

・扶杖 つえをつく。

・圮阯 土橋のほとりというほどの意。

・刺船 舟に棒をさす。

・犯 つきあてる。

・枯葑 かれたマコモの根。

 

 

戀池群鴨回,釋嶠孤雲縱。 

池を恋してめぐる鴨の群を追ってゆくのもいいし、峰をはなれてひとひら浮かぶ雲を眺めるのもいいだろう。

・釈嶠 みねをはなれる。

・縦 自由にしている。

 

 

人生本坦蕩,誰使妄倥傯。 

人生はもともとたいらかにいきることがよいのだし、だれが好き好んで欺き悲しむことをするものか。

坦蕩 たいらかなさま。

・倥傯 くるしむ。

 

 

直指桃李闌,幽尋寧止重。 

きょうの遊びが気にいったら、桃や李の盛りのころには、幾度もこの静かな景色をたずね 喜びを重ねるのもいいではないか。

・直指 ちょうどその時をめざして。ここまで遊びのことを謂っているのでそれが満足できるならという意味。

・闌 やや盛りをすぎた状態をいう。

・幽尋 静かな景色をたずねること。

・寧止重 どうして二度ぐらいでやめておけようか.
函谷関長安地図座標001 

人日城南登高 韓愈(韓退之) <167>Ⅱ中唐詩778 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2874

人日城南登高 韓愈 初春のきざしが見えたばかりと思っていると、もう正月も七日になる。あかるい気配がただよってきはじめた。

 

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
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孟郊詩 
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李商隠詩 
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人日城南登高 韓愈(韓退之) <167>Ⅱ中唐詩778 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2874

 

 

作者: 韓愈 

元和十一年  816  49 

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 人日城南登高 

地點: 城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

人日城南登高

(正月の七日、長安城の南西にある圭峰に登高する。)

初正候纔兆,涉七氣已弄。 

初春のきざしが見えたばかりと思っていると、もう正月も七日になる。あかるい気配がただよってきはじめた。

靄靄野浮陽,暉暉水披凍。 

あわあわとなごやかなふんいきに 野に陽を浮かべてきている。きらきらと水面をかがやかせて渭水に灌ぐ川は氷がとけてながれる。

聖朝身不廢,佳節古所用。 

それにこの天子の都に漂う良い運気の流れを感じるこの登高は古来からのならわしなのだ。

親交既許來,子妷亦可從。 

聖天子の御代に身は参朝をゆるされ、追放せられることもなく、子らと甥たちもついて来て良い日なのだ。

盤蔬冬春雜,尊酒清濁共。 

弁当は去年暮の残りも正月の煮しめもごっちゃに詰めた手料理ではあるし、大盃で飲む酒も清酒濁酒あるにまかせて持って來させたのだ。

#2

令徵前事為,觴詠新詩送。 

扶杖凌圮阯,刺船犯枯葑。 

戀池群鴨回,釋嶠孤雲縱。 

人生本坦蕩,誰使妄倥傯。 

直指桃李闌,幽尋寧止重。 

(人日城南より登高す)

初正 候 纔【わずか】に兆し,七に涉りて氣は已に弄【ろう】す。

靄靄【あいあい】として野は陽を浮べ,暉暉【きき】として水は凍【こおり】を披く。 

聖朝に身は廢せられず、佳節 古より用いし所。

親交 既に来るを許し、子妷【してつ】亦た従ふ可し。

盤疏【ばんそ】冬春 雜わり、樽酒【そんしゅ】清濁 共にす。

#2

令は前事を徴して為し、觴【しょう】は新詩を詠じて送る。

杖を扶きて圮阯【いし】を凌ぎ、船を刺して枯葑【こほう】を犯す。

池を戀うて 羣鴨【ぐんおう】廻り、嶠【みね】を釋【はな】れて 孤雲 縦なり。

人生 本と 坦蕩【たんとう】、誰か 妄【みだり】りに倥傯【こうそう】たらしむる。

直に桃李の闌【たけなわ】なるを指し、幽尋 寧ぞ止に重するのみならむ。

 

 

『人日城南登高』 現代語訳と訳註

(本文) #1

初正候纔兆,涉七氣已弄。 

靄靄野浮陽,暉暉水披凍。 

聖朝身不廢,佳節古所用。 

親交既許來,子妷亦可從。 

盤蔬冬春雜,尊酒清濁共。 

 

 

(下し文)

(人日城南より登高す)

初正 候 纔【わずか】に兆し,七に涉りて氣は已に弄【ろう】す。

靄靄【あいあい】として野は陽を浮べ,暉暉【きき】として水は凍【こおり】を披く。 

聖朝に身は廢せられず、佳節 古より用いし所。

親交 既に来るを許し、子妷【してつ】亦た従ふ可し。

盤疏【ばんそ】冬春 雜わり、樽酒【そんしゅ】清濁 共にす。

 

 

(現代語訳)

(正月の七日、長安城の南西にある圭峰に登高する。)

初春のきざしが見えたばかりと思っていると、もう正月も七日になる。あかるい気配がただよってきはじめた。

あわあわとなごやかなふんいきに 野に陽を浮かべてきている。きらきらと水面をかがやかせて渭水に灌ぐ川は氷がとけてながれる。

それにこの天子の都に漂う良い運気の流れを感じるこの登高は古来からのならわしなのだ。

聖天子の御代に身は参朝をゆるされ、追放せられることもなく、子らと甥たちもついて来て良い日なのだ。

弁当は去年暮の残りも正月の煮しめもごっちゃに詰めた手料理ではあるし、大盃で飲む酒も清酒濁酒あるにまかせて持って來させたのだ。

 

 

(訳注)

人日城南登高

(正月の七日、長安城の南西にある圭峰に登高する。)

人日城南登高 底本巻六。中国の古俗で、正月一日を鷄日、二日を狗日、三日を猪日、四日を羊日、五日を午日、六日を馬日、七日を人日という。人目には七種の菜であつものをつくってたべ、また親戚知人がピクニックするならわしがある。この詩は、ピクニックをうたった。

・城南 長安城の南の丘陵地域、ここでは長安城とその北に渭水、その北の五陵などの墓陵が臨めるところである。通常城南で登高というと圭峰(-F-01)に昇ることを云う。

函谷関長安地図座標001












 

初正候纔兆,涉七氣已弄。 

初春のきざしが見えたばかりと思っていると、もう正月も七日になる。あかるい気配がただよってきはじめた。

・初正 初春の月、すなわち正月のこと。

・渉七 七日目にいたる。

・気已弄 陽気がもうただよいはじめる。

 

靄靄野浮陽,暉暉水披凍。 

あわあわとなごやかなふんいきに 野に陽を浮かべてきている。きらきらと水面をかがやかせて渭水に灌ぐ川は氷がとけてながれる。

・靄靄 なごやかなさま。

・暉暉 きらきらかがやくさせる。

・披凍 凍っていたものがとける。

 

聖朝身不廢,佳節古所用。 

それにこの天子の都に漂う良い運気の流れを感じるこの登高は古来からのならわしなのだ。

親しいひとたちからも 参りましょう と返事があった

・聖朝 聖代と同じ。聖天子の治下。

・佳節 めでたい節句(1/1という意味)。天子の都に漂う良い運気の流れの季節。

・古所用 むかしからのならわし。人日に登高することは古代にはなかったが、晋末から貴族や文人の間で行なわれた。

 

親交既許來,子妷亦可從。 

聖天子の御代に身は参朝をゆるされ、追放せられることもなく、子らと甥たちもついて来て良い日なのだ。

・許來 来てもよいという。相手のことをいうので許して下さったということばをつかっている。前の天子の時に広東の陽山へ流罪されたことと比較して言う。

・子妷 こどもとおい。妷、姪も“てつ”と読む。

 

盤蔬冬春雜,尊酒清濁共。 

弁当は去年暮の残りも正月の煮しめもごっちゃに詰めた手料理ではあるし、大盃で飲む酒も清酒濁酒あるにまかせて持って來させたのだ。

・盤蔬 皿に盛ったお菜。

・冬春 年末のものと新春のもの。

・樽酒 たるの酒。

・令 酒宴での規則。たとえば詩の競作をして負けたものは罰として酒を三杯のむ、といったたぐい。酒宴での遊びのルールである。今日の一気飲みをするような。
終南山06 

符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#6>Ⅱ中唐詩777 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2869

符讀書城南 韓愈 秋の夜長に燈火にようやく慣れ親しむものである。そうすれば書物を巻いたりひろげたり読書を進めることである。

 

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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
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符讀書城南

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

木之就規矩,在梓匠輪輿。

孟子は「木を加工する規矩術につくものといえば梓の建具、匠の木工、輪の車輪、輿の台車を作る職人というものである」としている。

人之能為人,由腹有詩書。

人は人として良くするものとして徹底して「五経」を暗記し、理解して腹に入れておくのだ。

詩書勤乃有,不勤腹空虛。

特に詩経と書経は勤勉にすることでありそれを重ねていくことである、勤勉でなければその知識のおなかには空虚なものでしかないのだ。

欲知學之力,賢愚同一初。

知己気を得ようとするならば四書五経の教えるところを学ぶのである。愚者であるか、賢者であるかというが、最初は皆同一であるのだ。

#2

由其不能學,所入遂異閭。

そういうことであっても学問をよくしなかったなら、朝廷における採用されるべきところも入門する所から違ってくる。

兩家各生子,提孩巧相如。

二つの家があり、各々子が生まれたが、乳呑児を抱いた段階では巧みに違いがあれども似たり寄ったりというところだ。

少長聚嬉戲,不殊同隊魚。

学問を少ししかしない場合、長時間にわたってよくした場合、楽しいことや、戯ればかりしたものみんなが集まったとしたら、魚が皆同じに列をなしたようで特殊なものではない。

年至十二三,頭角稍相疏。

成長して十二三歳になった時、少しづつ傾向がで始め学問をしたものが抜きんでてくるようになる。

 

#3

二十漸乖張,清溝映汙渠。

それで二十歳になれば違異したまま大きくなる。きれいな溝が汚れきった運河となってしまうのだ。

三十骨骼成,乃一龍一豬。

三十歳になれば骨組みまでしっかりしてくる。すなわち一方では龍となるか、もう一方では猪となるかである。

飛黃騰踏去,不能顧蟾蜍。

黄色い出世の道に飛んで行くか、上がったり踏みつけられた挙句去って行くかである。思い通りいくことがなく蟾蜍のようにみられるかである。

一為馬前卒,鞭背生蟲蛆。

云い方を変えると、一つは一兵卒として馬の前を行進して、背に鞭を当てられ、虫けらのように生きるかということだ。

#4

一為公與相,潭潭府中居。

あるいは、ひとつは諸侯や宰相となって出世し、朝廷や、幕府の奥深い所の官邸の中をゆったり歩き、住まいとするかである。

問之何因爾,學與不學歟。

此れのどの道をゆくのかと問われれば、汝はどうこたえる。その答えによるところの学問を致すか、学問を致さないのかということである。

金璧雖重寶,費用難貯儲。

金で壁を作ると貴重な寶となるかもしれないが、それにかかる費用は大変なもので貯蓄をすることや儲けることが難しくなる。

學問藏之身,身在則有餘。

学問というのはその人間の身の内を蔵にしてため込むものであり、その身さえあればその後もいくら学問をしてもいくらでもためられるというのが法則というものである。

君子與小人,不繫父母且。

学問を積んだ君子と何にもしていない普通の者とはその父母からのつながりだけでなるものではないのである。

 

#5

不見公與相,起身自犁鉏。

お前の歳ではまだ諸侯や宰相といわれる人にであっていないだろう。箕を起して自ら隙をとって耕す。

不見三公後,寒飢出無驢。

お前は最高位三公その部下たちも見たことはないだろう。寒さは飢餓を生み驢馬もいなくで出ることもできない。

文章豈不貴,經訓乃菑畬。

詩文章は敢て貴いものとは言い難い、それは四書をただ訓じるだけであればそれは荒れ地や焼き畑のままということなのだ。

潢潦無根源,朝滿夕已除。

いくら水が重要でも、地上のたまり水が畑の食物の根に行き渡ることにはならないし、朝満ちるほどであったものが夕べにはすでに無くなっている。

人不通古今,馬牛而襟裾。

人というもの昔から今までを通じで生きていくことはない、それと馬や牛をして衿や袖を付けるということだ。

#6

行身陷不義,況望多名譽。

その身の行動については道義をしないことにおちいる、況や名声や、栄誉というものを多く望むものである。

時秋積雨霽,新涼入郊墟。

時は秋の長雨が続きその後空が晴れ渡る、すると秋の清々しさは郊外の丘陵地にはいってくる。

燈火稍可親,簡編可卷舒。

秋の夜長に燈火にようやく慣れ親しむものである。そうすれば書物を巻いたりひろげたり読書を進めることである。

豈不旦夕念,為爾惜居諸。

かといって朝から夕方まで物思いにふけるというのではない。お前がすべきことは君臣、君主とその夫人、父と母を惜しんでつくすことなのだ。

恩義有相奪,作詩勸躊躇。

報恩と道義に関しては互いに奪うようにして行動することにある。詩文を作ることはじっくり考慮しためらうことで、功を焦ってはいけない

 

 

 

(符 城南で書を讀め)

木の規矩に就(つ)くは、梓【しょう】匠【しょう】輪【りん】輿【よ】に在り。

人の能く人と為【な】るは、腹に詩書有るに由る。

詩書 勤むれば乃ち有り、勤めざれば腹空虚なり。

学の力を知らんと欲せば、賢愚 同に初めを一【いつ】にするも。

#2

其の学ぶこと能はざるに由りて、入る所 遂に閭を異にす。

両家各おの子を生むに、提孩【ていがい】巧みに相如【し】く。

少長聚まって嬉戲【きぎ】するや、一隊の魚に殊ならず。

年十二三に至って、頭角稍く相い疎【わか】る。

#3

二十にして漸く乖張し、清溝 汗渠【おきょ】に映ず。

三十にして骨骼成り、乃ち一は竜、一は豬【ちょ】。

飛黄騰踏して去り、蟾蜍【せんじょ】を顧みる能はず。

一は馬前の卒と為り、背に鞭うたれて虫蛆【ちゅうしょ】を生ず。

#4

一は公と相【しょう】と為り、潭潭として府中に居る。

之を問ふ 何に因りて爾【しか】ると、学べると学ばざりしとか。

金璧は重宝なりと雖も、費用貯儲【ちょちょ】し難し。

学問は之を身に蔵するも、身在れば則ち餘り有り。

君子と小人と、父母に繋【かか】わらず。

#5

見ずや公と相とは、身を起つるに牽鉏【れいしょ】自りす。

見ずや三公の後、寒饑して出づるに驢無し。

文章豈に貴からざらんや、経訓は乃ち菑【わざわい】の畬【はたけ】。

潢潦は根源無く、朝に満つれば夕には已に除かる。

 古今に通ぜざれば、馬牛にして襟裾【きんきょ】。

#6

身を行なひて不義に陥らん、況んや名誉多からんことを望むをや。

時秋にして積雨霽【は】れ、新涼 郊墟に入る。

燈火稍【ようや】く親しむべく、簡編 卷舒【けんじょ】すべし。

豈に旦夕に念【おも】はざらんや、爾が為に居諸【きょしょ】を惜しむ。

恩義 相奪ふこと有り、詩を作りて 躊躇を勧【はげ】ます。

4岳陽樓詩人003 

 













 

 

『符讀書城南』現代語訳と訳註

(本文#6

行身陷不義,況望多名譽。

時秋積雨霽,新涼入郊墟。

燈火稍可親,簡編可卷舒。

豈不旦夕念,為爾惜居諸。

恩義有相奪,作詩勸躊躇。

  

(下し文)#6

身を行なひて不義に陥らん、況んや名誉多からんことを望むをや。

時秋にして積雨霽【は】れ、新涼 郊墟に入る。

燈火稍【ようや】く親しむべく、簡編 卷舒【けんじょ】すべし。

豈に旦夕に念【おも】はざらんや、爾が為に居諸【きょしょ】を惜しむ。

恩義 相奪ふこと有り、詩を作りて 躊躇を勧【はげ】ます。

 

(現代語訳)#6

その身の行動については道義をしないことにおちいる、況や名声や、栄誉というものを多く望むものである。

時は秋の長雨が続きその後空が晴れ渡る、すると秋の清々しさは郊外の丘陵地にはいってくる。

秋の夜長に燈火にようやく慣れ親しむものである。そうすれば書物を巻いたりひろげたり読書を進めることである。

かといって朝から夕方まで物思いにふけるというのではない。お前がすべきことは君臣、君主とその夫人、父と母を惜しんでつくすことなのだ。

報恩と道義に関しては互いに奪うようにして行動することにある。詩文を作ることはじっくり考慮しためらうことで、功を焦ってはいけない

 

 

(訳注#6

行身陷不義,況望多名譽。

その身の行動については道義をしないことにおちいる、況や名声や、栄誉というものを多く望むものである。

 

時秋積雨霽,新涼入郊墟。

時は秋の長雨が続きその後空が晴れ渡る、すると秋の清々しさは郊外の丘陵地にはいってくる。

・積雨 降り続く雨。長雨。

・霽 雨・雪などがやんで、空がすっきり晴れる。

・新涼 秋のはじめの涼しさ。

・郊墟  郊外の丘陵地。墟は丘。

 

燈火稍可親,簡編可卷舒。

秋の夜長に燈火にようやく慣れ親しむものである。そうすれば書物を巻いたりひろげたり読書を進めることである。

・簡編 書物。

・巻舒 巻いたり広げたりする。

 

豈不旦夕念,為爾惜居諸。

かといって朝から夕方まで物思いにふけるというのではない。お前がすべきことは君臣、君主とその夫人、父と母を惜しんでつくすことなのだ。

・居諸 君臣、君主とその夫人、父と母などのたとえ。また、月日が流れ去ること。▽「居」「諸」はともに句末に置いて語調を整える字。「日よ月よ」と呼び掛けている。「日」と「月」は、ともに天に輝き下界を照らしている『詩経、邶風・柏舟』「日居月諸」

 

恩義有相奪,作詩勸躊躇。

報恩と道義に関しては互いに奪うようにして行動することにある。詩文を作ることはじっくり考慮しためらうことで、功を焦ってはいけない

・躊躇 あれこれ迷って決心できないこと。ためらうこと。功を焦ってはいけないことを云う。

 秋蘭001

符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#5>Ⅱ中唐詩776 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2864

符讀書城南 韓愈 いくら水が重要でも、地上のたまり水が畑の食物の根に行き渡ることにはならないし、朝満ちるほどであったものが夕べにはすでに無くなっている。

 

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符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#5>Ⅱ中唐詩776 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2864

 

 

符讀書城南

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

木之就規矩,在梓匠輪輿。

孟子は「木を加工する規矩術につくものといえば梓の建具、匠の木工、輪の車輪、輿の台車を作る職人というものである」としている。

人之能為人,由腹有詩書。

人は人として良くするものとして徹底して「五経」を暗記し、理解して腹に入れておくのだ。

詩書勤乃有,不勤腹空虛。

特に詩経と書経は勤勉にすることでありそれを重ねていくことである、勤勉でなければその知識のおなかには空虚なものでしかないのだ。

欲知學之力,賢愚同一初。

知己気を得ようとするならば四書五経の教えるところを学ぶのである。愚者であるか、賢者であるかというが、最初は皆同一であるのだ。

#2

由其不能學,所入遂異閭。

そういうことであっても学問をよくしなかったなら、朝廷における採用されるべきところも入門する所から違ってくる。

兩家各生子,提孩巧相如。

二つの家があり、各々子が生まれたが、乳呑児を抱いた段階では巧みに違いがあれども似たり寄ったりというところだ。

少長聚嬉戲,不殊同隊魚。

学問を少ししかしない場合、長時間にわたってよくした場合、楽しいことや、戯ればかりしたものみんなが集まったとしたら、魚が皆同じに列をなしたようで特殊なものではない。

年至十二三,頭角稍相疏。

成長して十二三歳になった時、少しづつ傾向がで始め学問をしたものが抜きんでてくるようになる。

 

#3

二十漸乖張,清溝映汙渠。

それで二十歳になれば違異したまま大きくなる。きれいな溝が汚れきった運河となってしまうのだ。

三十骨骼成,乃一龍一豬。

三十歳になれば骨組みまでしっかりしてくる。すなわち一方では龍となるか、もう一方では猪となるかである。

飛黃騰踏去,不能顧蟾蜍。

黄色い出世の道に飛んで行くか、上がったり踏みつけられた挙句去って行くかである。思い通りいくことがなく蟾蜍のようにみられるかである。

一為馬前卒,鞭背生蟲蛆。

云い方を変えると、一つは一兵卒として馬の前を行進して、背に鞭を当てられ、虫けらのように生きるかということだ。

#4

一為公與相,潭潭府中居。

あるいは、ひとつは諸侯や宰相となって出世し、朝廷や、幕府の奥深い所の官邸の中をゆったり歩き、住まいとするかである。

問之何因爾,學與不學歟。

此れのどの道をゆくのかと問われれば、汝はどうこたえる。その答えによるところの学問を致すか、学問を致さないのかということである。

金璧雖重寶,費用難貯儲。

金で壁を作ると貴重な寶となるかもしれないが、それにかかる費用は大変なもので貯蓄をすることや儲けることが難しくなる。

學問藏之身,身在則有餘。

学問というのはその人間の身の内を蔵にしてため込むものであり、その身さえあればその後もいくら学問をしてもいくらでもためられるというのが法則というものである。

君子與小人,不繫父母且。

学問を積んだ君子と何にもしていない普通の者とはその父母からのつながりだけでなるものではないのである。

 

#5

不見公與相,起身自犁鉏。

お前の歳ではまだ諸侯や宰相といわれる人にであっていないだろう。箕を起して自ら隙をとって耕す。

不見三公後,寒飢出無驢。

お前は最高位三公その部下たちも見たことはないだろう。寒さは飢餓を生み驢馬もいなくで出ることもできない。

文章豈不貴,經訓乃菑畬。

詩文章は敢て貴いものとは言い難い、それは四書をただ訓じるだけであればそれは荒れ地や焼き畑のままということなのだ。

潢潦無根源,朝滿夕已除。

いくら水が重要でも、地上のたまり水が畑の食物の根に行き渡ることにはならないし、朝満ちるほどであったものが夕べにはすでに無くなっている。

人不通古今,馬牛而襟裾。

人というもの昔から今までを通じで生きていくことはない、それと馬や牛をして衿や袖を付けるということだ。

#6

行身陷不義,況望多名譽。

時秋積雨霽,新涼入郊墟。

燈火稍可親,簡編可卷舒。

豈不旦夕念,為爾惜居諸。

恩義有相奪,作詩勸躊躇。

 

 

(符 城南で書を讀め)

木の規矩に就(つ)くは、梓【しょう】匠【しょう】輪【りん】輿【よ】に在り。

人の能く人と為【な】るは、腹に詩書有るに由る。

詩書 勤むれば乃ち有り、勤めざれば腹空虚なり。

学の力を知らんと欲せば、賢愚 同に初めを一【いつ】にするも。

#2

其の学ぶこと能はざるに由りて、入る所 遂に閭を異にす。

両家各おの子を生むに、提孩【ていがい】巧みに相如【し】く。

少長聚まって嬉戲【きぎ】するや、一隊の魚に殊ならず。

年十二三に至って、頭角稍く相い疎【わか】る。

#3

二十にして漸く乖張し、清溝 汗渠【おきょ】に映ず。

三十にして骨骼成り、乃ち一は竜、一は豬【ちょ】。

飛黄騰踏して去り、蟾蜍【せんじょ】を顧みる能はず。

一は馬前の卒と為り、背に鞭うたれて虫蛆【ちゅうしょ】を生ず。

#4

一は公と相【しょう】と為り、潭潭として府中に居る。

之を問ふ 何に因りて爾【しか】ると、学べると学ばざりしとか。

金璧は重宝なりと雖も、費用貯儲【ちょちょ】し難し。

学問は之を身に蔵するも、身在れば則ち餘り有り。

君子と小人と、父母に繋【かか】わらず。

#5

見ずや公と相とは、身を起つるに牽鉏【れいしょ】自りす。

見ずや三公の後、寒饑して出づるに驢無し。

文章豈に貴からざらんや、経訓は乃ち菑【わざわい】の畬【はたけ】。

潢潦は根源無く、朝に満つれば夕には已に除かる。

古今に通ぜざれば、馬牛にして襟裾【きんきょ】。

#6

身を行なひて不義に陥らん、況んや名誉多からんことを望むをや。

時秋にして積雨霽【は】れ、新涼 郊墟に入る。

燈火稍【ようや】く親しむべく、簡編 卷舒【けんじょ】すべし。

豈に旦夕に念【おも】はざらんや、爾が為に居諸【きょしょ】を惜しむ。

恩義 相奪ふこと有り、詩を作りて 躊躇を勧【はげ】ます。

 

 

 

『符讀書城南』#5 現代語訳と訳註

金燈花03(本文)

#5

不見公與相,起身自犁鉏。

不見三公後,寒飢出無驢。

文章豈不貴,經訓乃菑畬。

潢潦無根源,朝滿夕已除。

人不通古今,馬牛而襟裾。

 

 

(下し文)#5

見ずや公と相とは、身を起つるに牽鉏【れいしょ】自りす。

見ずや三公の後、寒饑して出づるに驢無し。

文章豈に貴からざらんや、経訓は乃ち菑【わざわい】の畬【はたけ】。

潢潦は根源無く、朝に満つれば夕には已に除かる。

古今に通ぜざれば、馬牛にして襟裾【きんきょ】。

 

 

(現代語訳)

お前の歳ではまだ諸侯や宰相といわれる人にであっていないだろう。箕を起して自ら隙をとって耕す。

お前は最高位三公その部下たちも見たことはないだろう。寒さは飢餓を生み驢馬もいなくで出ることもできない。

詩文章は敢て貴いものとは言い難い、それは四書をただ訓じるだけであればそれは荒れ地や焼き畑のままということなのだ。

いくら水が重要でも、地上のたまり水が畑の食物の根に行き渡ることにはならないし、朝満ちるほどであったものが夕べにはすでに無くなっている。

人というもの昔から今までを通じで生きていくことはない、それと馬や牛をして衿や袖を付けるということだ。

 

 

(訳注) #5

不見公與相,起身自犁鉏。

お前の歳ではまだ諸侯や宰相といわれる人にであっていないだろう。箕を起して自ら隙をとって耕す。

 

不見三公後,寒飢出無驢。

お前は最高位三公その部下たちも見たことはないだろう。寒さは飢餓を生み驢馬もいなくで出ることもできない。

・三公 最高位に位置する3つの官職についている大臣のこと。その起源は周王朝に始まるといわれる。 周においては、太師、太傅、太保の3官職が三公と呼ばれていた。三公九卿(さんこうきゅうけい)、中国の秦漢時代の行政官職の総称である。

・驢 ロバ。

 

文章豈不貴,經訓乃菑畬。

詩文章は敢て貴いものとは言い難い、それは四書をただ訓じるだけであればそれは荒れ地や焼き畑のままということなのだ。

・菑 荒れた田ばた。初耕的田地。

・畬 やきはた。雑草を焼き払ってつくった耕地

 

潢潦無根源,朝滿夕已除。

いくら水が重要でも、地上のたまり水が畑の食物の根に行き渡ることにはならないし、朝満ちるほどであったものが夕べにはすでに無くなっている。

・潢潦 地上にたまった雨水。

 

人不通古今,馬牛而襟裾。

人というもの昔から今までを通じで生きていくことはない、それと馬や牛をして衿や袖を付けるということだ。
槐002 

符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#4>Ⅱ中唐詩775 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2859

符讀書城南 韓愈 金で壁を作ると貴重な寶となるかもしれないが、それにかかる費用は大変なもので貯蓄をすることや儲けることが難しくなる。

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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揚雄 《甘泉賦 》(9)#4-1 文選 賦<108-(9)#4-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩862 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2858
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#4>Ⅱ中唐詩775 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2859
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
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孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#4>Ⅱ中唐詩775 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2859

 

 

符讀書城南

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

木之就規矩,在梓匠輪輿。

孟子は「木を加工する規矩術につくものといえば梓の建具、匠の木工、輪の車輪、輿の台車を作る職人というものである」としている。

人之能為人,由腹有詩書。

人は人として良くするものとして徹底して「五経」を暗記し、理解して腹に入れておくのだ。

詩書勤乃有,不勤腹空虛。

特に詩経と書経は勤勉にすることでありそれを重ねていくことである、勤勉でなければその知識のおなかには空虚なものでしかないのだ。

欲知學之力,賢愚同一初。

知己気を得ようとするならば四書五経の教えるところを学ぶのである。愚者であるか、賢者であるかというが、最初は皆同一であるのだ。

#2

由其不能學,所入遂異閭。

そういうことであっても学問をよくしなかったなら、朝廷における採用されるべきところも入門する所から違ってくる。

兩家各生子,提孩巧相如。

二つの家があり、各々子が生まれたが、乳呑児を抱いた段階では巧みに違いがあれども似たり寄ったりというところだ。

少長聚嬉戲,不殊同隊魚。

学問を少ししかしない場合、長時間にわたってよくした場合、楽しいことや、戯ればかりしたものみんなが集まったとしたら、魚が皆同じに列をなしたようで特殊なものではない。

年至十二三,頭角稍相疏。

成長して十二三歳になった時、少しづつ傾向がで始め学問をしたものが抜きんでてくるようになる。

 

#3

二十漸乖張,清溝映汙渠。

それで二十歳になれば違異したまま大きくなる。きれいな溝が汚れきった運河となってしまうのだ。

三十骨骼成,乃一龍一豬。

三十歳になれば骨組みまでしっかりしてくる。すなわち一方では龍となるか、もう一方では猪となるかである。

飛黃騰踏去,不能顧蟾蜍。

黄色い出世の道に飛んで行くか、上がったり踏みつけられた挙句去って行くかである。思い通りいくことがなく蟾蜍のようにみられるかである。

一為馬前卒,鞭背生蟲蛆。

云い方を変えると、一つは一兵卒として馬の前を行進して、背に鞭を当てられ、虫けらのように生きるかということだ。

#4

一為公與相,潭潭府中居。

あるいは、ひとつは諸侯や宰相となって出世し、朝廷や、幕府の奥深い所の官邸の中をゆったり歩き、住まいとするかである。

問之何因爾,學與不學歟。

此れのどの道をゆくのかと問われれば、汝はどうこたえる。その答えによるところの学問を致すか、学問を致さないのかということである。

金璧雖重寶,費用難貯儲。

金で壁を作ると貴重な寶となるかもしれないが、それにかかる費用は大変なもので貯蓄をすることや儲けることが難しくなる。

學問藏之身,身在則有餘。

学問というのはその人間の身の内を蔵にしてため込むものであり、その身さえあればその後もいくら学問をしてもいくらでもためられるというのが法則というものである。

君子與小人,不繫父母且。

学問を積んだ君子と何にもしていない普通の者とはその父母からのつながりだけでなるものではないのである。

sora001 

#3

二十にして漸く乖張し、清溝 汗渠【おきょ】に映ず。

三十にして骨骼成り、乃ち一は竜、一は豬【ちょ】。

飛黄騰踏して去り、蟾蜍【せんじょ】を顧みる能はず。

一は馬前の卒と為り、背に鞭うたれて虫蛆【ちゅうしょ】を生ず。

#4

一は公と相【しょう】と為り、潭潭として府中に居る。

之を問ふ 何に因りて爾【しか】ると、学べると学ばざりしとか。

金璧は重宝なりと雖も、費用貯儲【ちょちょ】し難し。

学問は之を身に蔵するも、身在れば則ち餘り有り。

君子と小人と、父母に繋【かか】わらず。

 

 

『符讀書城南』現代語訳と訳註

(本文)#4

 一為公與相,潭潭府中居。

問之何因爾,學與不學歟。

金璧雖重寶,費用難貯儲。

學問藏之身,身在則有餘。

君子與小人,不繫父母且。

 

 

 

(下し文) #4

一は公と相【しょう】と為り、潭潭として府中に居る。

之を問ふ 何に因りて爾【しか】ると、学べると学ばざりしとか。

金璧は重宝なりと雖も、費用貯儲【ちょちょ】し難し。

学問は之を身に蔵するも、身在れば則ち餘り有り。

君子と小人と、父母に繋【かか】わらず。

 

 

(現代語訳)

あるいは、ひとつは諸侯や宰相となって出世し、朝廷や、幕府の奥深い所の官邸の中をゆったり歩き、住まいとするかである。

此れのどの道をゆくのかと問われれば、汝はどうこたえる。その答えによるところの学問を致すか、学問を致さないのかということである。

金で壁を作ると貴重な寶となるかもしれないが、それにかかる費用は大変なもので貯蓄をすることや儲けることが難しくなる。

学問というのはその人間の身の内を蔵にしてため込むものであり、その身さえあればその後もいくら学問をしてもいくらでもためられるというのが法則というものである。

学問を積んだ君子と何にもしていない普通の者とはその父母からのつながりだけでなるものではないのである。

 

 

(訳注)

符讀書城南 #4

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

 

一為公與相,潭潭府中居。

あるいは、ひとつは諸侯や宰相となって出世し、朝廷や、幕府の奥深い所の官邸の中をゆったり歩き、住まいとするかである。

・潭潭 水が深くたたえられているさま。

 

問之何因爾,學與不學歟。

此れのどの道をゆくのかと問われれば、汝はどうこたえる。その答えによるところの学問を致すか、学問を致さないのかということである。

 

金璧雖重寶,費用難貯儲。

金で壁を作ると貴重な寶となるかもしれないが、それにかかる費用は大変なもので貯蓄をすることや儲けることが難しくなる。

 

 

學問藏之身,身在則有餘。

学問というのはその人間の身の内を蔵にしてため込むものであり、その身さえあればその後もいくら学問をしてもいくらでもためられるというのが法則というものである。

 

君子與小人,不繫父母且。

学問を積んだ君子と何にもしていない普通の者とはその父母からのつながりだけでなるものではないのである。

・父母且 父母さえも。父母だけで。
蛺蝶02 

符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#3>Ⅱ中唐詩774 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2854

符讀書城南 韓愈 それで二十歳になれば違異したまま大きくなる。きれいな溝が汚れきった運河となってしまうのだ。三十歳になれば骨組みまでしっかりしてくる。すなわち一方では龍となるか、もう一方では猪となるかである。

 

2013年8月19日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#3>Ⅱ中唐詩774 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2854

 

 

符讀書城南

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

木之就規矩,在梓匠輪輿。

孟子は「木を加工する規矩術につくものといえば梓の建具、匠の木工、輪の車輪、輿の台車を作る職人というものである」としている。

人之能為人,由腹有詩書。

人は人として良くするものとして徹底して「五経」を暗記し、理解して腹に入れておくのだ。

詩書勤乃有,不勤腹空虛。

特に詩経と書経は勤勉にすることでありそれを重ねていくことである、勤勉でなければその知識のおなかには空虚なものでしかないのだ。

欲知學之力,賢愚同一初。

知己気を得ようとするならば四書五経の教えるところを学ぶのである。愚者であるか、賢者であるかというが、最初は皆同一であるのだ。

#2

由其不能學,所入遂異閭。

そういうことであっても学問をよくしなかったなら、朝廷における採用されるべきところも入門する所から違ってくる。

兩家各生子,提孩巧相如。

二つの家があり、各々子が生まれたが、乳呑児を抱いた段階では巧みに違いがあれども似たり寄ったりというところだ。

少長聚嬉戲,不殊同隊魚。

学問を少ししかしない場合、長時間にわたってよくした場合、楽しいことや、戯ればかりしたものみんなが集まったとしたら、魚が皆同じに列をなしたようで特殊なものではない。

年至十二三,頭角稍相疏。

成長して十二三歳になった時、少しづつ傾向がで始め学問をしたものが抜きんでてくるようになる。

 

#3

二十漸乖張,清溝映汙渠。

それで二十歳になれば違異したまま大きくなる。きれいな溝が汚れきった運河となってしまうのだ。

三十骨骼成,乃一龍一豬。

三十歳になれば骨組みまでしっかりしてくる。すなわち一方では龍となるか、もう一方では猪となるかである。

飛黃騰踏去,不能顧蟾蜍。

黄色い出世の道に飛んで行くか、上がったり踏みつけられた挙句去って行くかである。思い通りいくことがなく蟾蜍のようにみられるかである。

一為馬前卒,鞭背生蟲蛆。

云い方を変えると、一つは一兵卒として馬の前を行進して、背に鞭を当てられ、虫けらのように生きるかということだ。

鷹将

#4

一為公與相,潭潭府中居。

問之何因爾,學與不學歟。

金璧雖重寶,費用難貯儲。

學問藏之身,身在則有餘。

君子與小人,不繫父母且。

 

#3

二十にして漸く乖張し、清溝 汗渠【おきょ】に映ず。

三十にして骨骼成り、乃ち一は竜、一は豬【ちょ】。

飛黄騰踏して去り、蟾蜍【せんじょ】を顧みる能はず。

一は馬前の卒と為り、背に鞭うたれて虫蛆【ちゅうしょ】を生ず。


一は公と相【しょう】と為り、潭潭として府中に居る。
#4

之を問ふ 何に因りて爾【しか】ると、学べると学ばざりしとか。

金璧は重宝なりと雖も、費用貯儲【ちょちょ】し難し。

学問は之を身に蔵するも、身在れば則ち餘り有り。

君子と小人と、父母に繋【かか】わらず。

 

 

『符讀書城南』 現代語訳と訳註

(本文) #3

二十漸乖張,清溝映汙渠。

三十骨骼成,乃一龍一豬。

飛黃騰踏去,不能顧蟾蜍。

一為馬前卒,鞭背生蟲蛆。

 

 

(下し文) #3

二十にして漸く乖張し、清溝 汗渠【おきょ】に映ず。

三十にして骨骼成り、乃ち一は竜、一は豬【ちょ】。

飛黄騰踏して去り、蟾蜍【せんじょ】を顧みる能はず。

一は馬前の卒と為り、背に鞭うたれて虫蛆【ちゅうしょ】を生ず。

 

 

(現代語訳)

それで二十歳になれば違異したまま大きくなる。きれいな溝が汚れきった運河となってしまうのだ。

三十歳になれば骨組みまでしっかりしてくる。すなわち一方では龍となるか、もう一方では猪となるかである。

黄色い出世の道に飛んで行くか、上がったり踏みつけられた挙句去って行くかである。思い通りいくことがなく蟾蜍のようにみられるかである。

云い方を変えると、一つは一兵卒として馬の前を行進して、背に鞭を当てられ、虫けらのように生きるかということだ。

 

 

(訳注) #3

符讀書城南 #3

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

 

二十漸乖張,清溝映汙渠。

それで二十歳になれば違異したまま大きくなる。きれいな溝が汚れきった運河となってしまうのだ。

・乖張 違異したまま大きくなる。乖はそむく。張はそのまま成長する事。

・清溝 きれいな水が流れている水溝。

・汙渠 汚れにごった運河。

 
 

三十骨骼成,乃一龍一豬。

三十歳になれば骨組みまでしっかりしてくる。すなわち一方では龍となるか、もう一方では猪となるかである。

 
 

飛黃騰踏去,不能顧蟾蜍。

黄色い出世の道に飛んで行くか、上がったり踏みつけられた挙句去って行くかである。思い通りいくことがなく蟾蜍のようにみられるかである。

・蟾蜍 1 ヒキガエルのこと。 2 《西王母(せいおうぼ)の秘薬を盗んだ娥(こうが)が月に逃げてヒキガエルになったという「後漢書」の伝説から》月の中にいるというヒキガエル。転じて、月のこと。

 
 

一為馬前卒,鞭背生蟲蛆。

云い方を変えると、一つは一兵卒として馬の前を行進して、背に鞭を当てられ、虫けらのように生きるかということだ。

符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#2>Ⅱ中唐詩773 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2849

符讀書城南 韓愈 学問を少ししかしない場合、長時間にわたってよくした場合、楽しいことや、戯ればかりしたものみんなが集まったとしたら、魚が皆同じに列をなしたようで特殊なものではない。

 

2013年8月18日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 

 

符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#2>Ⅱ中唐詩773 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2849

moon2011 






 

符讀書城南

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

木之就規矩,在梓匠輪輿。

孟子は「木を加工する規矩術につくものといえば梓の建具、匠の木工、輪の車輪、輿の台車を作る職人というものである」としている。

人之能為人,由腹有詩書。

人は人として良くするものとして徹底して「五経」を暗記し、理解して腹に入れておくのだ。

詩書勤乃有,不勤腹空虛。

特に詩経と書経は勤勉にすることでありそれを重ねていくことである、勤勉でなければその知識のおなかには空虚なものでしかないのだ。

欲知學之力,賢愚同一初。

知己気を得ようとするならば四書五経の教えるところを学ぶのである。愚者であるか、賢者であるかというが、最初は皆同一であるのだ。

#2

由其不能學,所入遂異閭。

そういうことであっても学問をよくしなかったなら、朝廷における採用されるべきところも入門する所から違ってくる。

兩家各生子,提孩巧相如。

二つの家があり、各々子が生まれたが、乳呑児を抱いた段階では巧みに違いがあれども似たり寄ったりというところだ。

少長聚嬉戲,不殊同隊魚。

学問を少ししかしない場合、長時間にわたってよくした場合、楽しいことや、戯ればかりしたものみんなが集まったとしたら、魚が皆同じに列をなしたようで特殊なものではない。

年至十二三,頭角稍相疏。

成長して十二三歳になった時、少しづつ傾向がで始め学問をしたものが抜きんでてくるようになる。

 

燕麦003(符 城南で書を讀め)

木の規矩に就【つ】くは、梓匠【しょうしょう】と輪輿【りんよ】に在り。

人の能く人と為るは、腹に詩書有るに由る。

詩書 勤むれば乃ち有り勤めざれば腹空虚なり。

学の力を知らんと欲せば、賢愚 同に初めを一【いつ】にするも。

#2

其の学ぶこと能はざるに由りて、入る所 遂に閭を異にす。

両家各おの子を生むに、提孩【ていがい】巧みに相如【し】く。

少長聚まって嬉戲【きぎ】するや、一隊の魚に殊ならず。

年十二三に至って、頭角稍く相い疎【わか】る。

 

『符讀書城南』 現代語訳と訳註

(本文) #2

由其不能學,所入遂異閭。

兩家各生子,提孩巧相如。

少長聚嬉戲,不殊同隊魚。

年至十二三,頭角稍相疏。

 

 

 

(下し文) (符 城南で書を讀め)#2

其の学ぶこと能はざるに由りて、入る所 遂に閭を異にす。

両家各おの子を生むに、提孩【ていがい】巧みに相如【し】く。

少長聚まって嬉戲【きぎ】するや、一隊の魚に殊ならず。

年十二三に至って、頭角稍く相い疎【わか】る。

 

 

(現代語訳)

そういうことであっても学問をよくしなかったなら、朝廷における採用されるべきところも入門する所から違ってくる。

二つの家があり、各々子が生まれたが、乳呑児を抱いた段階では巧みに違いがあれども似たり寄ったりというところだ。

学問を少ししかしない場合、長時間にわたってよくした場合、楽しいことや、戯ればかりしたものみんなが集まったとしたら、魚が皆同じに列をなしたようで特殊なものではない。

成長して十二三歳になった時、少しづつ傾向がで始め学問をしたものが抜きんでてくるようになる。

 

 

(訳注) #2

由其不能學,所入遂異閭。

そういうことであっても学問をよくしなかったなら、朝廷における採用されるべきところも入門する所から違ってくる。

 

兩家各生子,提孩巧相如。

二つの家があり、各々子が生まれたが、乳呑児を抱いた段階では巧みに違いがあれども似たり寄ったりというところだ。

 乳飲み子。あかご。「(がいえい)/嬰孩(えいがい)・童・幼

 

少長聚嬉戲,不殊同隊魚。

学問を少ししかしない場合、長時間にわたってよくした場合、楽しいことや、戯ればかりしたものみんなが集まったとしたら、魚が皆同じに列をなしたようで特殊なものではない。

★小さいころは十羽一絡げということ。

 

年至十二三,頭角稍相疏。

成長して十二三歳になった時、少しづつ傾向がで始め学問をしたものが抜きんでてくるようになる。

・稍相疏 少しずつ違いが出始めるということ。

符讀書城南 韓愈(韓退之) <166>Ⅱ中唐詩772 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2844

符讀書城南 韓愈 孟子は「木を加工する規矩術につくものといえば梓の建具、匠の木工、輪の車輪、輿の台車を作る職人というものである」としている。
 

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
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符讀書城南 韓愈(韓退之) <166>Ⅱ中唐詩772 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2844

 

作年: 元和十一年  816  49 

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 符讀書城南〔符,愈之子;城南,愈別墅。〕 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

「符読書城南」詩は、韓愈がその子の符に、学問の大切さを諭したもので、この時、韓愈49歳、符は18歳である。城南は長安の都の南の意味で韓愈の詩に多い。

 

 

詩文:符讀書城南

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

木之就規矩,在梓匠輪輿。

孟子は「木を加工する規矩術につくものといえば梓の建具、匠の木工、輪の車輪、輿の台車を作る職人というものである」としている。

人之能為人,由腹有詩書。

人は人として良くするものとして徹底して「五経」を暗記し、理解して腹に入れておくのだ。

詩書勤乃有,不勤腹空虛。

特に詩経と書経は勤勉にすることでありそれを重ねていくことである、勤勉でなければその知識のおなかには空虚なものでしかないのだ。

欲知學之力,賢愚同一初。

知己気を得ようとするならば四書五経の教えるところを学ぶのである。愚者であるか、賢者であるかというが、最初は皆同一であるのだ。

#2

由其不能學,所入遂異閭。

兩家各生子,提孩巧相如。

少長聚嬉戲,不殊同隊魚。

年至十二三,頭角稍相疏。

#3

二十漸乖張,清溝映汙渠。

三十骨骼成,乃一龍一豬。

飛黃騰踏去,不能顧蟾蜍。

一為馬前卒,鞭背生蟲蛆。

#4

一為公與相,潭潭府中居。

問之何因爾,學與不學歟。

金璧雖重寶,費用難貯儲。

學問藏之身,身在則有餘。

君子與小人,不繫父母且。

#5

不見公與相,起身自犁鉏。

不見三公後,寒飢出無驢。

文章豈不貴,經訓乃菑畬。

潢潦無根源,朝滿夕已除。

人不通古今,馬牛而襟裾。

#6

行身陷不義,況望多名譽。

時秋積雨霽,新涼入郊墟。

燈火稍可親,簡編可卷舒。

豈不旦夕念,為爾惜居諸。

恩義有相奪,作詩勸躊躇。

 

 

木の規矩に就(つ)くは、梓匠(しょうしょう)と輪輿(りんよ)に在り。

人の能く人と為(な)るは、腹に詩書有るに由る。(*詩経と書経。)

詩書 勤むれば乃ち有り勤めざれば腹空虚なり。

学の力を知らんと欲せば、賢愚 同に初めを一(いつ)にするも。

海水001

#2

其の学ぶこと能はざるに由りて、入る所 遂に閭を異にす。

両家各おの子を生むに、提孩【ていがい】巧みに相如【し】く。

少長聚まって嬉戲【きぎ】するや、一隊の魚に殊ならず。

年十二三に至って、頭角稍く相い疎【わか】る。

#3

二十にして漸く乖張し、清溝 汗渠【おきょ】に映ず。

三十にして骨骼成り、乃ち一は竜、一は豬【ちょ】。

飛黄騰踏して去り、蟾蜍【せんじょ】を顧みる能はず。

一は馬前の卒と為り、背に鞭うたれて虫蛆【ちゅうしょ】を生ず。

#4

一は公と相【しょう】と為り、潭潭として府中に居る。

之を問ふ 何に因りて爾【しか】ると、学べると学ばざりしとか。

金璧は重宝なりと雖も、費用貯儲【ちょちょ】し難し。

学問は之を身に蔵するも、身在れば則ち餘り有り。

君子と小人と、父母に繋【かか】わらず。

#5

見ずや公と相とは、身を起つるに牽鉏【れいしょ】自りす。

見ずや三公の後、寒饑して出づるに驢無し。

文章豈に貴からざらんや、経訓は乃ち菑【わざわい】の畬【はたけ】。

潢潦は根源無く、朝に満つれば夕には已に除かる。

古今に通ぜざれば、馬牛にして襟裾【きんきょ】。

#6

身を行なひて不義に陥らん、況んや名誉多からんことを望むをや。

時秋にして積雨霽【は】れ、新涼 郊墟に入る。

燈火稍【ようや】く親しむべく、簡編 卷舒【けんじょ】すべし。

豈に旦夕に念【おも】はざらんや、爾が為に居諸【きょしょ】を惜しむ。

恩義 相奪ふこと有り、詩を作りて 躊躇を勧【はげ】ます。

 

 

 

『符讀書城南』#1現代語訳と訳註

(本文)

木之就規矩,在梓匠輪輿。

人之能為人,由腹有詩書。

詩書勤乃有,不勤腹空虛。

欲知學之力,賢愚同一初。

 

 

(下し文)

木の規矩に就(つ)くは、梓【しょう】匠【しょう】輪【りん】輿【よ】に在り。

人の能く人と為【な】るは、腹に詩書有るに由る。

詩書 勤むれば乃ち有り、勤めざれば腹空虚なり。

学の力を知らんと欲せば、賢愚 同に初めを一【いつ】にするも。

 

(現代語訳)

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

孟子は「木を加工する規矩術につくものといえば梓の建具、匠の木工、輪の車輪、輿の台車を作る職人というものである」としている。

人は人として良くするものとして徹底して「五経」を暗記し、理解して腹に入れておくのだ。

特に詩経と書経は勤勉にすることでありそれを重ねていくことである、勤勉でなければその知識のおなかには空虚なものでしかないのだ。

知己気を得ようとするならば四書五経の教えるところを学ぶのである。愚者であるか、賢者であるかというが、最初は皆同一であるのだ。

 

 

(訳注)

符讀書城南

(息子がこの長安の南郊の家で勉学をするための詩)

一年前に作ったものに『示兒』がある。示兒 韓愈(韓退之) <112-#2>Ⅱ中唐詩666 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2314

自分の男の子に読ませるために作った詩。韓愈には、韓昶という子があった。韓愈長子韓昶【かんちょう】貞元十五年(799855年),幼少期の名を符といった。この詩は、元和十年(815年)ごろの作。元和十年とすれば、韓愈48歳、韓昶17歳。韓愈が心の底に持っていた立身出世主義を露骨に出した作品で、新興成金のおやじが、むすこに自分の成功談を得得と話している。

 

符讀書城南【案:符,愈之子;城南,愈別墅。】 韓愈(韓退之) <166>Ⅱ中唐詩772 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2844

城南聯句 韓退之(韓愈)詩<64-#31最終回>Ⅱ中唐詩427 紀頌之の漢詩ブログ1360

人日城南登高 韓愈(韓退之) <167>Ⅱ中唐詩773 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2849

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木之就規矩,在梓匠輪輿。

孟子は「木を加工する規矩術につくものといえば梓の建具、匠の木工、輪の車輪、輿の台車を作る職人というものである」としている。

・規矩 1 コンパスとさしがね。転じて、寸法や形。2 考えや行動の規準とするもの。手本。規則。「詩歌といい、舞踏といい、皆それぞれに―をそなえて」〈逍遥・小説神髄〉3 「規矩術」の略。規矩術:さしがねを用いて、建物の垂木(たるき)などの構造部の実形を立体幾何学的に求め、直接木材に作図する方法。規矩法。規矩準縄:《「孟子」離婁上から。「準」は平をはかるみずもり、「縄」は直をはかるすみなわ》物事・行動の規準になるもの。法則。規則。手本。

・『孟子-盡心』“「梓匠輪輿,能與人規矩,不能使人巧。」(梓・匠・輪・輿は能く人に規矩を興ふるも,人をして巧ならしむることあたはず.)梓は建具、匠は木工、輪は車輪、輿は台車を作る職人のこと。

 

人之能為人,由腹有詩書。

人は人として良くするものとして徹底して「五経」を暗記し、理解して腹に入れておくのだ。

・詩書 詩経と書経、四経。『荘子』や『語叢』においては、下記の六種類の経書が列挙されている。

「詩」、「書」、「礼」、「楽」、「易」「春秋」。当時の儒家らはこれらの経典を重視したが、『楽』は早くに失われたとされる。

前漢では五経「易」、「書」、「詩」、「士礼」、「春秋」

唐代、唐の太宗は、以下の経典を「五経」とし、『五経正義』という解釈を孔穎達らに定めさせた。「易」、「書」、「詩」、「礼記」、「春秋」。

 

詩書勤乃有,不勤腹空虛。

特に詩経と書経は勤勉にすることでありそれを重ねていくことである、勤勉でなければその知識のおなかには空虚なものでしかないのだ。

 

欲知學之力,賢愚同一初。

知己気を得ようとするならば四書五経の教えるところを学ぶのである。愚者であるか、賢者であるかというが、最初は皆同一であるのだ。

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嘲魯連子 韓愈 戦国齊の魯仲連は繊細にして聡明である。黄色の斑があるあの「はしたか」に似ているようである。戰國齊の田巴はせがたかくろうれんなおとこだったが、口が上手いことに自惚れていることにこの男の哀れさを感じさせる。

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嘲魯連子 韓愈(韓退之) <165>Ⅱ中唐詩771 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2839

 

 

詩題: 嘲魯連子 

卷別: 卷三四0  文體: 五言古詩 

作年: 元和十一年  816  49 

 

 

嘲魯連子

(魯仲連をあざける)

魯連細而黠,有似黃鷂子。 

戦国齊の魯仲連は繊細にして聡明である。黄色の斑があるあの「はしたか」に似ているようである。

田巴兀老蒼,憐汝矜爪觜。 

戰國齊の田巴はせがたかくろうれんなおとこだったが、口が上手いことに自惚れていることにこの男の哀れさを感じさせる。

開端要驚人,雄跨吾厭矣。 

発端になったことはまず人々を驚かせる必要があった子である。戦いにおいて形ばかりに勇ましく軍馬にまたがっているようなものは私は嫌いである。

高拱禪鴻聲,若輟一杯水。 

両手を合わせてたかくあげて拝礼して、大鳥の声が聞えて儀式をする、若し大樽一杯の水によって止めることになる。

獨稱唐虞賢,顧未知之耳。 

古代の唐虞三代はひとり賢帝としょうされた、東晉の虎頭将軍はいまだ誰の耳に聞こえしらないものはない。

 

魯連子を嘲る

魯連 細にして黠【かつ】なり,黃鷂子に似る有り。 

田巴 老蒼を兀くす,汝を憐れむ 爪觜を矜るを。 

開端は 人を驚かすを要す,雄跨は吾 厭なり。 

高く拱し鴻聲くを禪し,若し一杯水をもって輟まんとす。 

獨り唐虞の賢を稱し,顧 未た之の耳にするを知らざる。 

 

 

『嘲魯連子』 現代語訳と訳註

鷹将(本文)

魯連細而黠,有似黃鷂子。 

田巴兀老蒼,憐汝矜爪觜。 

開端要驚人,雄跨吾厭矣。 

高拱禪鴻聲,若輟一杯水。 

獨稱唐虞賢,顧未知之耳。 

 

詩文(含異文)

魯連細而黠【魯連細兒黠】,有似黃鷂子。

田巴兀老蒼,憐汝矜爪觜。

開端要驚人,雄跨吾厭矣。

高拱禪鴻聲,若輟一杯水【若啜一杯水】。

獨稱唐虞賢,顧未知之耳。

 

 

(下し文)

魯連子を嘲る

魯連 細にして黠【かつ】なり,黃鷂子に似る有り。 

田巴 老蒼を兀くす,汝を憐れむ 爪觜を矜るを。 

開端は 人を驚かすを要す,雄跨は吾 厭なり。 

高く拱し鴻聲くを禪し,若し一杯水をもって輟まんとす。 

獨り唐虞の賢を稱し,顧 未た之の耳にするを知らざる。 

 

 

(現代語訳)

(魯仲連をあざける)

戦国齊の魯仲連は繊細にして聡明である。黄色の斑があるあの「はしたか」に似ているようである。

戰國齊の田巴はせがたかくろうれんなおとこだったが、口が上手いことに自惚れていることにこの男の哀れさを感じさせる。

発端になったことはまず人々を驚かせる必要があった子である。戦いにおいて形ばかりに勇ましく軍馬にまたがっているようなものは私は嫌いである。

両手を合わせてたかくあげて拝礼して、大鳥の声が聞えて儀式をする、若し大樽一杯の水によって止めることになる。

古代の唐虞三代はひとり賢帝としょうされた、東晉の虎頭将軍はいまだ誰の耳に聞こえしらないものはない。

 

 

(訳注)

嘲魯連子

(魯仲連などをあざける)

魯仲連【ろちゅうれん】とは。中国、戦国時代の斉の雄弁家。高節を守って誰にも仕えず、諸国を遊歴した。生没年未詳。魯連。【案:齊田巴辯於徂丘,議於稷下,一日而服千人,有徐劫弟子曰魯連,年十二,謂劫曰:「臣願當田子,使不得復」魯連往見田,巴於是杜口易業,終身不談。】

 

 

魯連 而黠 ,有似 鷂子

戦国齊の魯仲連は繊細にして聡明である。黄色の斑があるあの「はしたか」に似ているようである。

魯連」魯連(戰國齊)。

細」繊細。

「黠」聰明。かんかつ【奸黠/姦黠】とは。意味や解説。[名・形動]悪賢いこと。また、そのさま。狡猾(こうかつ)

「黃」黃。皇帝のいろ。

「鷂子」飛禽、はしたか。

 

 

田巴 兀老蒼 ,憐汝 爪觜

戰國齊の田巴はせがたかくろうれんなおとこだったが、口が上手いことに自惚れていることにこの男の哀れさを感じさせる。

「田巴」田巴(戰國齊)。

「兀」 たかい。はげやま。無知。兀兀:地道に働くさま。たゆまず努め励むさま。

「老蒼」年をとって髪が白くなること。老練。

「矜」矜持。うぬぼれる。

「爪觜」言語動作において口才であること。

 

 

開端 驚人 ,雄跨 厭矣

発端になったことはまず人々を驚かせる必要があった子である。戦いにおいて形ばかりに勇ましく軍馬にまたがっているようなものは私は嫌いである。

「開端」発端,始まり

「雄跨」雄々しくまたがる

 

 

高拱 鴻聲 ,若輟 一杯

両手を合わせてたかくあげて拝礼して、大鳥の声が聞えて儀式をする、若し大樽一杯の水によって止めることになる。

「高拱」高。拱【こまね】く。両手を組む。両手を合わせて拝礼する。転じて、ある方向に向かう。

「禪」宗教稱謂、禪。1 天子が天を祭る儀式。「封禅(ほうぜん)2 天子が位を譲る。「禅譲/受禅」3 仏教で、雑念を払い、心を集中して悟りの境地を得ること。「禅定(ぜんじょう)/座禅・参禅・修禅

「鴻」(飛禽)、鴻。大鳥。

「輟」一般行為(其他部)、輟。やめる。

 

 

獨稱唐虞 ,顧未 知之 耳。

古代の唐虞三代はひとり賢帝としょうされた、東晉の虎頭将軍はいまだ誰の耳に聞こえしらないものはない。

「唐虞」中国の伝説上の聖天子である陶唐氏(尭(ぎょう))と有虞氏(舜(しゅん))を併せてよぶ名。また、その二人の治めた時代。とうぐさんだい【唐虞三代】尭と舜に、夏・殷(いん)・周の3代を加えた呼び名。

「顧」 愷之中国・東晋時代の画家。字は長康、またかつて虎頭将軍となったことから、顧虎頭とも称する。

 ani0026

聽穎師彈琴 韓愈(韓退之) <164-#2>Ⅱ中唐詩770 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2834

聽穎師彈琴 韓愈 「穎師」よ あなたはまことによくやられるお方である。本当に氷や炭の上によくその腸を置かれてよく辛抱されるお方であることは他にはいないのだ。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 

 

聽穎師彈琴 韓愈(韓退之) <164-#2>Ⅱ中唐詩770 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2834

 

 

作年: 元和十一年  81649

卷別: 卷三四0  文體: 雜言古詩 

詩題: 聽穎師彈琴【聽潁師彈琴】 

作點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

くちなしの花




 

 

聽穎師彈琴

(穎師の弾く琴の調べを聞く)

昵昵兒女語,恩怨相爾汝。

男と女の親しげでなれなれしく語る声のようにきこえ、心の通じ合ったおまえとわたしのことのようにきこえる。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

だしぬけに意気が高く上がり変化し、勇士が敵との戦いに行くかのようにも思える。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。 

はくれ雲や、柳の綿帽子のように大地に根を下ろしていない。天と地は広く広がっておりそこに飛び上がってどこまでもいこうというのに随ってひろがっていく。

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

やかましく啼きとおすいっぱいいる鳥の群れのようであり、そう思っていると鳳凰のように悠然と一羽の大鳥を見るようでもある。

#2

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。 

よじのぼっていって別れ別れにする 昇っていくことはいけない、勢いがなくなって、どんなに屈強な者でも落ちてしまう。

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。 

ああ、私にはこの両耳がある、未だに琴の調べや笙の笛を聞くことをかえりみることはない。

自聞穎師彈,起坐在一旁。 

自然に聞こえてくる「穎師」の爪弾く琴の音である、起き上がったり坐ったりして傍らに身をせてみる。

推手遽止之,衣淚滂滂。 

「穎師」よ あなたはまことによくやられるお方である。本当に氷や炭の上によくその腸を置かれてよく辛抱されるお方であることは他にはいないのだ。

 

(穎師の彈く琴を聽く)

昵昵として兒女の語,恩怨 相いに爾と汝。

劃然として軒昂に變じ,勇士 敵場に赴く。

浮雲 柳絮 根蒂無く,天地 闊遠 飛揚に隨う。 

喧啾【けんしゅう】百鳥の群,忽く孤り鳳皇を見る。

#2

躋攀【せいはん】して分寸するは上す可からず,勢を失う 一落 千丈の強。 

嗟 余には兩耳有り,未だ絲篁を聽くを省みず。 

自ら聞く 穎師の彈,起坐し一旁に在る。 

推手し 遽して之を止み,衣【しつい】 淚 滂滂。 

 百舌鳥03

 

『聽穎師彈琴』 現代語訳と訳註

(本文)#2

昵昵兒女語,恩怨相爾汝。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。 

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。 

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。 

自聞穎師彈,起坐在一旁。 

推手遽止之,衣淚滂滂。 

 

詩文(含異文)

昵昵兒女語【妮妮兒女語】,恩怨相爾汝。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。

自聞穎師彈,起坐在一旁【起坐在一床】。

推手遽止之,衣淚滂滂。

穎乎爾誠能,無以冰炭置我腸。 

 

 

(下し文)

(穎師の彈く琴を聽く)

昵昵として兒女の語,恩怨 相いに爾と汝。

劃然として軒昂に變じ,勇士 敵場に赴く。

浮雲 柳絮 根蒂無く,天地 闊遠 飛揚に隨う。 

喧啾【けんしゅう】百鳥の群,忽く孤り鳳皇を見る。

#2

躋攀【せいはん】して分寸するは上す可からず,勢を失う 一落 千丈の強。 

嗟 余には兩耳有り,未だ絲篁を聽くを省みず。 

自ら聞く 穎師の彈,起坐し一旁に在る。 

推手し 遽して之を止み,衣【しつい】 淚 滂滂。

 

(現代語訳)

よじのぼっていって別れ別れにする 昇っていくことはいけない、勢いがなくなって、どんなに屈強な者でも落ちてしまう。

ああ、私にはこの両耳がある、未だに琴の調べや笙の笛を聞くことをかえりみることはない。

自然に聞こえてくる「穎師」の爪弾く琴の音である、起き上がったり坐ったりして傍らに身をせてみる。

「穎師」よ あなたはまことによくやられるお方である。本当に氷や炭の上によくその腸を置かれてよく辛抱されるお方であることは他にはいないのだ。

 

 

(訳注)

聽穎師彈琴

(穎師の弾く琴の調べを聞く)#1

穎師 唐の僧侶。同時期の詩人李賀にも『聴穎師弾琴歌』(穎師の琴を弾ずるを聴く歌)とある。このしには穎僧侶の人となりがわかる描写(赤字で示す)がある。穎師は托鉢の僧であった李賀の家の門前に立った。僧の眉目秀麗な姿と琴の大きくて立派なことを詠っている。「八尺」は約2m50cmで、車に乗せて持ち歩く琴であったろう。

 

 

躋攀 分寸 不可 ,失勢 一落 千丈 強。

よじのぼっていって別れ別れにする 昇っていくことはいけない、勢いがなくなって、どんなに屈強な者でも落ちてしまう。

「躋攀」よじのぼる。

「分寸」巣の中にいる雛鳥をよりわける。すべて琴の調の比喩である。

 

 

嗟余 兩耳 ,未省聽 絲篁

ああ、私にはこの両耳がある、未だに琴の調べや笙の笛を聞くことをかえりみることはない。

「絲篁」弦楽器と管楽器。

 

 

自聞 穎師 ,起坐 一旁

自然に聞こえてくる「穎師」の爪弾く琴の音である、起き上がったり坐ったりして傍らに身をせてみる。

「穎師」僧侶、穎師(唐)。

 

 

推手 止之 滂滂

手をおし出してことをひくのをとめてみる。濡れてしまった着物にまた涙が落ちてべとべとになってしまっている。

「遽」範圍時間(時刻)、忽。

自然現象、濕。

「滂滂」其他形容、淚多。

 

 

穎乎 誠能 ,無以 冰炭 我腸

「穎師」よ あなたはまことによくやられるお方である。本当に氷や炭の上によくその腸を置かれてよく辛抱されるお方であることは他にはいないのだ。

「冰炭」(相反詞)、冰炭。この句は臥薪嘗胆をいう。

「腸」身體器官、五臟器官、腸。嘗胆に同義する。

 ani0026

聽穎師彈琴【聽潁師彈琴】 韓愈(韓退之) <164-#1>Ⅱ中唐詩769 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2829

聽穎師彈琴 韓愈 男と女の親しげでなれなれしく語る声のようにきこえ、心の通じ合ったおまえとわたしのことのようにきこえる。だしぬけに意気が高く上がり変化し、勇士が敵との戦いに行くかのようにも思える。

 

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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
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聽穎師彈琴【聽潁師彈琴】 韓愈(韓退之) <164-#1>Ⅱ中唐詩769 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2829

 

 

作年: 元和十一年  81649

卷別: 卷三四0  文體: 雜言古詩 

詩題: 聽穎師彈琴【聽潁師彈琴】 

作點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

聽穎師彈琴

(穎師の弾く琴の調べを聞く)

昵昵兒女語,恩怨相爾汝。

男と女の親しげでなれなれしく語る声のようにきこえ、心の通じ合ったおまえとわたしのことのようにきこえる。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

だしぬけに意気が高く上がり変化し、勇士が敵との戦いに行くかのようにも思える。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。 

はくれ雲や、柳の綿帽子のように大地に根を下ろしていない。天と地は広く広がっておりそこに飛び上がってどこまでもいこうというのに随ってひろがっていく。

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

やかましく啼きとおすいっぱいいる鳥の群れのようであり、そう思っていると鳳凰のように悠然と一羽の大鳥を見るようでもある。

#2

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。 

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。 

自聞穎師彈,起坐在一旁。 

推手遽止之,衣淚滂滂。 

 

(穎師の彈く琴を聽く)

昵昵として兒女の語,恩怨 相いに爾と汝。

劃然として軒昂に變じ,勇士 敵場に赴く。

浮雲 柳絮 根蒂無く,天地 闊遠 飛揚に隨う。 

喧啾【けんしゅう】百鳥の群,忽く孤り鳳皇を見る。

#2

躋攀【せいはん】して分寸するは上す可からず,勢を失う 一落 千丈の強。 

嗟 余には兩耳有り,未だ絲篁を聽くを省みず。 

自ら聞く 穎師の彈,起坐し一旁に在る。 

推手し 遽して之を止み,衣【しつい】 淚 滂滂。 

詩人055 

 


















『聽穎師彈琴』 現代語訳と訳註

(本文)

昵昵兒女語,恩怨相爾汝。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。 

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。 

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。 

自聞穎師彈,起坐在一旁。 

推手遽止之,衣淚滂滂。 

 

詩文(含異文)

昵昵兒女語【妮妮兒女語】,恩怨相爾汝。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。

自聞穎師彈,起坐在一旁【起坐在一床】。

推手遽止之,衣淚滂滂。

穎乎爾誠能,無以冰炭置我腸。 

 

(下し文)

(穎師の彈く琴を聽く)

昵昵として兒女の語,恩怨 相いに爾と汝。

劃然として軒昂に變じ,勇士 敵場に赴く。

浮雲 柳絮 根蒂無く,天地 闊遠 飛揚に隨う。 

喧啾【けんしゅう】百鳥の群,忽く孤り鳳皇を見る。

 

(現代語訳)

(穎師の弾く琴の調べを聞く)

男と女の親しげでなれなれしく語る声のようにきこえ、心の通じ合ったおまえとわたしのことのようにきこえる。

だしぬけに意気が高く上がり変化し、勇士が敵との戦いに行くかのようにも思える。

はくれ雲や、柳の綿帽子のように大地に根を下ろしていない。天と地は広く広がっておりそこに飛び上がってどこまでもいこうというのに随ってひろがっていく。

やかましく啼きとおすいっぱいいる鳥の群れのようであり、そう思っていると鳳凰のように悠然と一羽の大鳥を見るようでもある。

 

 

(訳注)

聽穎師彈琴

(穎師の弾く琴の調べを聞く)

穎師 唐の僧侶。同時期の詩人李賀にも『聴穎師弾琴歌』(穎師の琴を弾ずるを聴く歌)とある。このしには穎僧侶の人となりがわかる描写(赤字で示す)がある。穎師は托鉢の僧であった李賀の家の門前に立った。僧の眉目秀麗な姿と琴の大きくて立派なことを詠っている。「八尺」は約2m50cmで、車に乗せて持ち歩く琴であったろう。。

聴穎師弾琴

別浦雲帰桂花渚、蜀国絃中双鳳語。   

芙蓉葉落秋鸞離、越王夜起遊天姥。

暗佩清臣敲水玉、渡海蛾眉牽白鹿。

誰看挟剣赴長橋、誰看浸髪題春竹。

竺僧前立当吾門、梵宮真相眉稜尊。

古琴大軫長八尺、嶧陽老樹非桐孫。

涼館聞絃驚病客、薬囊暫別龍鬚席。

請歌直請卿相歌、奉礼官卑復何益。

 

別浦(べっぽ)雲帰る 桂花(けいか)の渚(なぎさ)、蜀国絃中双鳳(そうほう)語る。

芙蓉(ふよう) 葉落ちて 秋鸞(しゅうらん)離れ、越王夜起きて天姥(てんぼ)に遊ぶ。

暗佩(あんぱい)の清臣 水玉(すいぎょく)を敲(たた)き、渡海(とかい)の蛾眉白鹿(はくろく)を牽()く。

誰か看る 剣を挟(はさ)みて長橋(ちょうきょう)に赴くを、誰か看る  髪を浸(ひた)して春竹(しゅんちく)に題するを。

竺僧(じくそう)  前に立ち  ()が門に当たる、梵宮(ぼんきゅう)の真相眉稜(びりょう)(とうと)し。

古琴大軫(だいしん)  長さ八尺、嶧陽(えきよう)の老樹  桐孫(とうそん)に非(あら)ず。

涼館(りょうかん)  絃を聞きて 病客(びょうかく)驚き、薬囊(やくのう) 暫く別る 龍鬚(りゅうしゅ)の席。

歌を請()わば直ちに卿相(けいしょう)の歌を請え、奉礼官卑(ひく)し 復()た何の益(えき)かあらん。

 

穎師が持っていたのは嶧陽の桐で作った琴であった。

穎師の琴を聞く李賀は病気で臥していた。琴の音を聞いて驚いて起き上がり、「龍鬚」(龍鬚草)で編んだ席に坐り直して聞いた。穎師は李賀に詩を求めてきた。李賀は奉礼郎のような身分の低い者から詩をもらっても役に立たない。「卿相」のような高位の者に頼んだ方がよいと断った。

 

 

昵昵 兒女 ,恩怨 相爾汝

男と女の親しげでなれなれしく語る声のようにきこえ、心の通じ合ったおまえとわたしのことのようにきこえる。

「昵昵」なれなれしくする。

「兒女」男と女。

 

 

劃然 變軒昂 ,勇士 敵場

だしぬけに意気が高く上がり変化し、勇士が敵との戦いに行くかのようにも思える。

「劃然」忽然に近い意味。急に前触れなく唐突に現れ出るさまぬっと ぬうっと 不意に 出し抜けに 突然に。ざっくばらんに言えば。

「軒昂」意気が高く上がるさま。奮い立つさま。意気軒昂

 

 

浮雲 柳絮 根蒂 ,天地 闊遠 飛揚

はくれ雲や、柳の綿帽子のように大地に根を下ろしていない。天と地は広く広がっておりそこに飛び上がってどこまでもいこうというのに随ってひろがっていく。

「浮雲」浮雲。はくれ雲。

「柳絮」 白い綿毛のついた柳の種子。また、それが春に飛び漂うこと。《季 春》

「蒂」】(瓜や果物の)へた(【関】把 ba )瓜熟蒂落(瓜が熟せばへたが落ちる>)条件が整えば事は自然と成就する.。

「闊遠」「近い岸の向うが廣い水や曠濶な空間の彼方に遥かな山が見える

 

 

喧啾 百鳥 ,忽見 鳳皇

やかましく啼きとおすいっぱいいる鳥の群れのようであり、そう思っていると鳳凰のように悠然と一羽の大鳥を見るようでもある。

「喧啾」動物聲音、やかましく囀る様子をいう。

「百鳥群」多くの鳥。いろいろの鳥。

「鳳皇」鳳凰。伝説上の霊鳥。鳳が雄,凰が雌。鳳皇とも書く。餌は竹の実で,梧桐の木にしか止まらぬとされる。
真竹002 

平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#24-2>Ⅱ中唐詩767 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2819

准西の乱は平定し、裴度の戦功、功労は比べるものなく秀れ、その恩賞もはかり知れず大きいものであった。憲宗皇帝はもうされたことは「このたびは汝、裴度が功績第一のものである。」であった、また「汝の部下の韓愈が、碑に刻むべき文章を作らせるがよろしかろう。」と申されたのだ。

2013年8月13日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#24-2>Ⅱ中唐詩767 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2819
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 擬魏太子鄴中集詩八首 《陳琳》 謝靈運 六朝詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2826 (08/13)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 應天長 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-256-5-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2662
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#24-2>Ⅱ中唐詩767 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2819


■平淮西碑 (韓碑)に関する韓愈の年譜

815

憲宗

元和

10

48

5月、「淮西の事宜を論ずる状」を上奏し、淮西の乱に断固たる措置を求める。夏、「順宗実録」を撰進。*「盆地五首」*「児に示す」作。

816

11

49

正月20日、中書舎人に転任。緋魚袋を賜わる。5月18日、太子右庶士に降任。*「張籍を調(あざけ)る」作

817

12

50

7月29日、裴度、淮西宣慰招討処置使となるに伴い、兼御史中丞、彰義軍行軍司馬となる。8月、滝関を出、本隊より離れて汴州に急行し、宣武軍節度使韓弘の協力をとりつける。10月、敵の本拠、蔡州を間道づたいに突くことを願うも、唐鄧随節度使李愬に先をこされる。1128日、蔡州を発して長安へ向かう。1216日、長安へ帰る。21日、刑部侍郎に転任。*「裴相公の東征して途に女几山の下を経たりの作に和し奉る」作

818

13

51

正月、「淮西を平らぐる碑」 を上るも、李愬の訴えにより、碑文は磨り消される。4月、鄭余慶、詳定礼楽使となり、推薦されて副使をつとめる。*「独り釣る四首」

819

14

52

正月14日、「仏骨を論ずる表」を上り、極刑に処せられるところを、裴度らのとりなしで、潮州刺史に左遷となる。3月25日、潮州に着任。1024日、兗州刺史に転任。*「左遷せられて藍関に至り姪孫湘に示す」*「滝吏」*「始興江口に過る感懐」*「柳柳州の蝦蟇を食うに答う」*「兗州に量移せらる張端公詩を以て相賀す因って之に酬ゆ」  *二月二日、潮州への旅の途次、四女挐、死没。7月、大赦。


#11

唐承天命,遂臣萬邦。

まず、唐王朝は天の命令を受けて、遂に万国を臣下としたのである。

孰居近土,襲盜以狂。

誰が近畿地方の土地に居て、襲い盗み、狂った行動をするものか。

往在玄宗,崇極而圮。

昔は玄宗皇帝の「開元の治」といわれるものの高く隆盛を極めてのち、崩れ乱れた。

河北悍驕,河南附起。

河北の地では猛く驕った者たちが叛き、河南はそれに追随して起こった。

四聖不宥,屢興師征。

その後の四聖帝はこれらをゆるさず、度々軍を強化し謀反・反乱を征伐されたのだ。

12

有不能尅,益戍以兵。

根強くて叛乱を克服することができないところがあって、益々守るために兵を派遣したのだ。

夫耕不食,婦織不裳。

そこでは男が耕作をしても食う物もなく、女が織物を生産しても袴にする布もないいわゆる「不毛の地」となっていた。

輸之以車,為卒賜糧。

それらをすべて車で運び、守備の士卒のために食糧を賜った。

外多失朝,曠不嶽狩。

遠くの潘鎮、節度使たちの多くは入朝して臣下の礼を取ることをしなくなり、ここ久しく、天子の四岳の地方を巡狩されることがなかったのである。

百隸怠官,事亡其舊。

百官・官吏は官職に勤めず怠り、政事はその旧の形を亡ってしまった。

13

帝時繼位,顧瞻咨嗟。

皇帝はその時、位を継いで、この状況に顧み仰ぎ溜息をついて嗟かれた。

惟汝文武,孰恤予家。

「これお前たち文武の臣よ。誰がわが唐の王家を憂えるだろうか、」と。

既斬蜀,旋取山東。

やがて呉及び蜀の地を平定し、また山東を取った。

魏將首義,六州降從。

魏の将は大義の先頭として服し、六つの州は降り従った。

淮蔡不順,自以為強。

ところが淮西・蔡州の地は順わなかった、自らが強いと思っていたのだ。

提兵叫讙,欲事故常。

彼は兵を引き連れて叫びさわいだ、そして、古くからの慣わしを固守して朝廷を無視しようとした。


14

始命討之,遂連姦鄰。

そこで、皇帝は命じてこれを討たせられた。追い詰められた彼らはついに邪な近隣の州と連合するのである。

陰遣刺客,來賊相臣。

ひそかに暗殺者を派遣して闇討ちを図るのである。朝廷の重臣宰相武元衡を殺し、裴度を傷害した。

方戰未利,驚京師。

戦いがまだ勝利でない最中に、さっと広まり、長安の都を驚かしたのである。

羣公上言,莫若惠來。

諸侯の公卿は天子に申し上げた、敵に恵んで懐かせるのに越したことはない、と。

帝為不聞,與神為謀。

皇帝はこの非戦論を聞かぬふりをされたのであり、そこで、神霊と討伐の謀をなされたのである。

乃相同德,以訖天誅。

ところが宰相も天子と同じ徳ある人であったから、それ故、天意を以て賊を誅する「天誅の戦い」を遂行したのであった。


15

乃敕顏胤,愬武古通,

そこで李光顏・烏重胤・韓公武・李道古鄂岳觀察使・壽州刺史李文通の諸将に勅令された。

咸統於弘,各奏汝功。

すべて都統韓弘に統率させ、おのおの汝らの功を挙げさせた。

三方分攻,五萬其師。

そして三方からわかれて攻めたのは、五万のその軍であった。

大軍北乘,厥數倍之。

そうして大軍が北から攻め込んだのである。その数は三路の軍の倍にもなっていた。

常兵時曲,軍士蠢蠢。

以前にも時曲に戦った時、敵の軍はうごめき動揺するだけであった。

既翦陵雲,蔡卒大窘。

やがてわが師が陵雲を乗り従えるに及んで、蔡の兵卒は大いに苦しむだけになった。

16

海水001勝之邵陵,郾城來降。

これに邵陵で勝ち、郾城の軍は降参して来た。

自夏入秋,復屯相望。

夏から秋に入るころには、易の復の卦の善に復る運と屯の卦の物の発生の運とが相継いで来るという幸運続きであった。

兵頓不勵,告功不時。

ところがその後、兵の勢いはとどまり励み進まなくて、功を告げるのに時が定まらなかった。

帝哀征夫,命相往釐。

帝は遠征の兵士たちを哀れみ、宰相に命じて往って物を腸せられた。

士飽而歌,馬騰於槽。

士は十分に食って勇み歌い、馬は飼糟の上で躍り上がって元気づいたのである。

17

試之新城,賊遇敗逃。

試みにこの兵を新城攻略にに用いた、賊はこれに遇って敗れ逃亡したのである。

盡抽其有,聚以防我。

そこでその所有の軍兵をことごとく抽抜し、これをあつめてわが軍を防いだ。

西師躍入,道無留者。

西方からの軍は躍り込んでこれを討ったところ、道にこれを防ぎ留める者がなかった。

頟頟蔡城,其壃千里。

昼夜休む間もなく悪事を働いた蔡の城、その領域は千里四方であったのだ。

既入而有,莫不順俟。